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ローライブラリー ◆ 2014 年 12 月 12 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.71 文献番号 z18817009-00-050711152 退任した元取締役の第三者に対する責任が認められた事例 【文 献 種 別】 判決/大阪地方裁判所 【裁判年月日】 平成 23 年 10 月 31 日 【事 件 番 号】 平成 19 年(ワ)第 15339 号 【事 件 名】 損害賠償請求事件 【裁 判 結 果】 一部認容(控訴) 【参 照 法 令】 平成 17 年改正前商法 266 条の 3 第 1 項(会社法 429 条 1 項) 【掲 載 誌】 判時 2135 号 121 頁、判タ 1401 号 188 頁、先物取引裁判例集 64 号 100 頁 LEX/DB 文献番号 25480232 …………………………………… …………………………………… それぞれA社の代表取締役に就任し、平成 18 年 10 月までその地位にあった。 それまで業績が好調であったA社は、平成 8 年 4 月、農林水産省より、委託証拠金の返還遅 延及び不徴収等商品取引所法(現・商品先物取引法) の違反並びに委託者事故の不報告、役員の職務不 執行、組織の形骸化及び監査の不実施等を理由に 戒告を受けた。それを皮切りに、A社は、平成 9 年 2 月に、東京穀物商品取引所等の 4 取引所及 び通商産業省(現・経済産業省)から指摘を受け、 平成 11 年 7 月と平成 12 年 3 月に、日商協より、 委託証拠金の返還遅延を理由に過怠金の制裁を受 けるに至った。 その後も、A社は、平成 12 年から平成 13 年 にかけて、委託証拠金の不徴収、委託者財産の分 離保管義務違反等を理由に、通商産業省及び農林 水産省より、取引の停止等の行政処分を受けた。 Yは、平成 12 年 9 月にA社が行政処分を受け たことに伴い、平成 13 年 8 月 16 日、A社の取 締役を辞任した。しかし、Yは、その後も、自己 及びBグループを構成する会社とで、A社の発 行済株式の 80%を超える株式を保有し、A社か ら給与名目で毎月 270 万円の金員の支払を受け 続けた。なお、平成 16 年~平成 17 年における Y以外のA社の役員の給与は、月額約 50 万円~ 250 万円であった。YがA社の取締役を辞任した 後も、A社の組織図の頂点には、「Bグループ会 長 Y」との記載がされていた。そして、A社の 各種稟議申請書の左上端には、YがA社の取締役 を辞任した前後を通じて、別枠で「会長」名の決 裁欄があり、Yは、A社における種々の事業執行 について、自筆で決裁をしていた。Y以外のA社 事実の概要 株式会社A(株式会社コーワフューチャーズ。以 下「A社」という)は、昭和 30 年 1 月に設立され、 商品取引所における上場商品等の先物取引及びそ の受託業務等を業としていた会社である。 Yは、昭和 48 年 5 月、冷凍倉庫業を営む株式 会社B(以下「B社」という) を設立し、その代 表取締役に就任した。その後、Yは、多数の関連 会社を設立し、Bグループを形成するようになっ た。Yは、知人の助言に従い、商品先物取引業を 営む会社を取得すべく、平成 2 年 9 月、自己が 代表取締役を務めていた関連会社を通じ、A社の 発行済株式の約 87%を取得した。Yは、A社を Bグループの傘下に収め、A社の代表取締役に就 任した。 もっとも、Yが商品先物取引についての知識、 経験等に乏しかったこともあり、平成 6 年にかけ てA社の業績は低迷した。Yは、同年 8 月、A社 の代表取締役を辞任し取締役となった。Yは、他 の先物取引会社に在籍していたC及びDを誘い、 それぞれA社の取締役社長及び副社長に就任させ た。Yは、C及びDにA社の事業部をそれぞれ組 織させ、両事業部の営業成績を競わせた。その結 果、A社の営業収益は、平成 7 年から平成 10 年 にかけて、急激な伸びをみせた。しかし、C及び Dは、Yといさかいを起こし、Cは平成 10 年 12 月に取締役を解任され、Dも平成 12 年 5 月に取 締役を辞任した。C及びDがA社の取締役を退 任するのと前後して、E及びFは、平成 11 年 6 月及び平成 12 年 5 月、いずれも取締役に就任し た。Eは平成 13 年 8 月に、Fは平成 17 年 6 月に、 vol.7(2010.10) vol.16(2015.4) 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.71 の取締役らが、Yの意向に反して、A社の意思決 定をしたことはなかった。 X(原告)らは、A社と商品先物取引委託契約 を締結して取引を行った委託者である。Xらの中 には、平成 15 年以降、A社又は代表取締役E若 しくはFに対し、A社従業員の適合性原則違反、 不当勧誘、及び一任売買等の違法行為(以下「過 当営業行為」という)を理由に、 民事訴訟を提起し、 債務名義を取得した者もいた。 Xらの一部がA社の破産手続開始の申立をし、 A社は、平成 18 年 10 月 12 日、破産手続開始決 定を受けた。なお、大阪地方裁判所は、平成 21 年 9 月 1 日、A社につき、破産手続の廃止決定 をした。 Xらは、平成 19 年 12 月 15 日、A社の元取締 役で事実上の取締役Y、A社の破産手続開始決定 時の代表取締役及び監査役、破産手続開始決定時 に取締役及び監査役を退任していた者、B社を含 む関連会社に対して、過当営業取引を推進したこ と等によってXらに損害が発生したとして、旧商 法 266 条の 3 第 1 項又は不法行為に基づき、合 計 9 億 904 万 25 円の損害賠償及び遅延損害金の 支払を求める訴えを提起した。 員及び従業員による過当営業行為を防止するため の社内体制の構築その他適切な措置を講ずべき職 務上の注意義務を負っていたというべきである。 しかるに、Yは、重大な過失によって上記の注 意義務を怠り、その任務を懈怠した結果、A社に おいては、平成 13 年以降も、Xらを含む多数の 顧客との間で、継続して、適合性原則違反、新規 受託者保護義務違反、断定的判断の提供、欺罔行 為、仕切り拒否、両建て勧誘、一任売買、無断売 買、無意味な反復売買といった過当営業行為が行 われ、しかも、A社の営業部門の取締役であった E及びFによっても、このような過当営業行為が 行われていたというのであるから、Yは、上記の 過当営業行為によって顧客が被った損害の賠償義 務を免れない。 ……Yは、上記の期間、A社の取締役又は事実 上の取締役として、A社の役員及び従業員による 過当営業行為を防止するための社内体制の構築そ の他適切な措置を講ずべき義務があったにもかか わらず、その任務を懈怠して、A社の顧客であっ たXらに対して損害を与えたのであるから、Yの 任務懈怠とXらの直接損害との間に因果関係があ ることは明らかである。」 判決の要旨 判例の解説 「Yは、平成 13 年 8 月に取締役の退任登記を 経た後も、従前同様、(自己の名前を冠したと思 われる)Bグループのオーナーの地位にあり、A 社を含むBグループ傘下各社の役員及び従業員か ら、 『会長』又は『Bグループ会長』などと呼ば れる存在であったこと、自己及びG社等のBグ ループを構成する会社と併せてA社の発行済み株 式の 80%を超える株式を所有し、A社から、給 与名目で、月額 270 万円という他の役員や従業 員の給与等に比べても突出して高額な金員の支払 を受け続けていたこと、A社の組織の頂点に立ち、 A社における種々の事業執行について、自ら決裁 するなどしてこれを執り行っていたことなど、Y の地位、A社の他の役員等に対する影響力、A社 の実際の業務に対する関与度合いや高額な対価の 受領等の各事情に照らせば、Yは、取締役の退任 登記を経た後も、その実質において、A社の経営 を支配していたというほかはなく、A社の事実上 の取締役として、E及びFを始めとするA社の役 一 本判決の意義 本判決は、退任した元取締役を事実上の取締役 と認定し、債権者に対する直接損害を認めてい る1)。事実上の取締役に対する旧商法 266 条の 3 第 1 項(会社法 429 条 1 項) に基づく損害賠償請 求において、明示的に直接損害を認めた裁判例 はないとされている2)。本判決は、取締役の対第 三者責任追及の場面において、退任した元取締役 を事実上の取締役と認定した事例としてのみなら ず、直接損害をも認めた事例としても意義を有す る。 2 二 学説と判例 事実上の取締役理論とは、法律上の取締役でな い者であっても、法律上の取締役と同等視し、取 締役としての外観を呈しつつその職務を継続的に 執行してきた者の対内的・対外的業務執行は、原 則として有効とみなされ、かかる者には法律上の 取締役と同様の権利義務が認められることになる 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.71 とする法理である3)。事実上の取締役概念は、多 義性に富んでおり4)、株主総会における取締役選 任決議に瑕疵があったときの当該取締役が行った 取引の効力の有無など対外的な取引の効力が問題 となる場合のみならず、適法な選任手続を経ない まま登記されている表見的取締役に対する第三 者による責任追及の場合(広義の事実上の取締役) にも適用されるべきであるとの主張がなされるに 至っている。 適法な選任手続を経ていないだけでなく、登記 簿上も取締役として選任されていない者に対し、 事実上の取締役として対第三者責任を追及する場 合には、取締役の対第三者責任の対象を拡張する ことになる。法律上の取締役でない者に法律上の 取締役に対する責任を課すことの正当化根拠につ いては、自らが直接的に継続的職務執行をなして いるわけではないが、公序ないし衡平の観点から、 その者に取締役としての義務や責任を課すことこ そ正義にかなう道であると判断される者をも広義 の事実上の取締役として認定し責任を認めるべ きとする見解5)、会社の実質的なオーナーとして 取締役に対して通例的な経営指揮を行う「事実上 の主宰者」 に相応の義務を負わせることによって、 支配と責任を一致させることにあるとする見解6)、 商法上のルールに服することなく業務執行をなし うる者が存在し、現にそのような者によって業務 執行が行われるとすると、商法の用意した利害調 整(取締役の行動準則の設定)が無意味になってし まうとする見解 7) とがある。他方、事実上の取 締役概念の有用性を否定し、取締役に対する指揮・ 指図に基づく対第三者責任につき、民法 719 条 2 項の適用により解決すべきとする有力説8) もあ る。事実上の取締役の認定要件については、取締 役としての外観は不要であるが、会社の重要業務 執行事項に関する通例的な指揮を取締役に対し 行っていることが必要であるとする見解9)、取締 役としての業務執行、権限の引受及び会社の許容 10) とがある。事実上の が必要であるとする見解 取締役に対し対第三者責任を追及する場合におい て、直接損害の類型では、不法行為責任と捉える べきであり、間接損害の類型では、まず正規の取 締役による経営活動についての責任を問うべきで あり、事実上の経営者については不法行為責任を 11) 問うべきとの見解がある 。 最高裁は、事実上の取締役について明示的には vol.7(2010.10) vol.16(2015.4) 認めていない。もっとも、最高裁は、辞任登記未 了の取締役の対第三者責任が問題となった事案に おいて、傍論ながらも、辞任した取締役が辞任後 も取締役として行動した場合に第三者に責任を負 12) うことを認めている 。かかる判例は、法律上 の取締役でない者が事実上の取締役として対第三 13) 者責任を負う可能性を示唆している 。 下級審においては、事実上の取締役の責任を認 14) めたものも多数ある 。近時の裁判例をも踏ま えると、事実上の取締役の認定に際しては、「法 律上の取締役による任務懈怠に対し、法律上の取 締役と同等、あるいはそれ以上の影響力を持って 15) 関与している」ことが必要とされている 。また、 近時の裁判例においては、請求者の属性と、法律 上の取締役による損害の外部化を積極的に推し進 めるような「事実上の取締役」の関与に対する非 難とが相まって、責任を負う者の人的範囲の拡張 16) が正当化されている とも評価されている。 三 本判決の検討 1 事実上の取締役の認定 本判決は、Yは、取締役の退任登記後も、従前 同様、A社を含むBグループ傘下各社の役員及び 従業員から、「会長」又は「Bグループ会長」な どと呼ばれる存在であったこと(①Yの地位)、自 己及びBグループを構成する会社と併せてA社の 発行済株式の 80%を超える株式を保有していた こと(②A社の他の役員等に対する影響力)、A社 から、給与名目で月額 270 万円を受領していた こと(③高額な対価の受領)、A社における種々の 事業執行について、自ら決裁していたこと(④A 社の実際の業務に対する関与の度合) を認定して、 事実上の取締役としている。 ④の事実は、A社の各種稟議申請書の左上端に 別枠で「会長」名の決裁欄があり、Yが自筆で決 裁をしていたという事実と併せて、(代表) 取締 役として業務執行を継続的に行っていたことを示 17) すものである 。本事案において、①~④の事 実は、Yの取締役退任登記の前後を通じて変わっ 18) ていないとみられる 。本事案におけるYは、 取締役退任後も取締役退任前と同じA社の(代表) 取締役として、継続的に業務執行や指揮を行って おり、事実上の(代表)取締役(事実上の主宰者) 19) といえよう 。 他方、学説上、本判決が、Yについて「事実上 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.71 の取締役」としての責任を認めた理由は、取締役 の対第三者責任の規定による請求権は、不法行為 に基づく請求権と異なり短期消滅時効に服しない 20) もなされて ことにあるのではないかとの指摘 いる。すなわち、XらのうちA社との取引が平成 16 年 12 月 4 日以前に終了した者については、Y に対する損害賠償請求権について、3 年の消滅時 効期間が経過し、Yの援用により、損害賠償請求 権が消滅することになるのである。本判決は、損 害賠償金を支払える資力のある者に対し責任を認 21) めることを優先したといえる 。 生還暦記念『公開会社と閉鎖会社の法理』(商事法務研 究会、1992 年)52 頁。 5)石山・前掲注4)66 頁。 6)中村信男「判例における事実上の主宰者概念の登場― ―事実上の主宰者への取締役関連規定の適用事例」判タ 917 号(1996 年)117 頁。 7)藤田友敬「いわゆる登記簿上の取締役の第三者責任に ついて」米田實先生古希記念『現代金融取引法の諸問題』 (民事法研究会、1996 年)40 頁。 8)大隅健一郎「親子会社と取締役の責任」商事 1145 号 (1988 年)46 頁。 9)中村信男「判批」金判 1379 号(2011 年)6 頁、鳥山・ 前掲注2)119 頁、鈴木・前掲注1)50 頁。 10)竹濱修「事実上の取締役の第三者に対する責任」立命 2 事実上の取締役の任務懈怠と直接損害 303 号(2006 年)312~315 頁。 本判決は、従来の裁判例と異なり、事実上の取 締役に対し、監視義務違反や放漫経営などでなく、 内部統制システム構築・整備義務(会社 362 条 4 項 6 号、会規 98 条 1 項 4 号)類似の注意義務によ る任務懈怠を認め、間接損害でなく、直接損害を 肯定している。 本事案において、Yについて間接損害となる任 務懈怠を認めると、A社による不法行為につき短 期消滅時効の問題が生じる。すなわち、A社に対 して債務名義を取得していない者については、A 社による不法行為の短期消滅時効(民 724 条)期 間が経過し、A社に対する損害賠償請求権が時効 の援用により消滅すると、A社に対する損害賠償 請求権の回収不能という事態を観念できなくなる のである。本判決は、Yの任務懈怠を内部統制シ ステムの構築・整備義務違反による直接損害と構 成することによって、A社に対する債務名義を取 得していない個人投資家の救済を図ったともいえ 22) る 。 本判決は、短期消滅時効の問題点を抱えつつ、 個人投資家救済を優先した事例判決といえよう。 11)近藤・前掲注2)790 頁。 12)最判昭 62・4・16 判タ 646 号 104 頁。 13)永井和之「登記簿上の取締役の第三者に対する責任」 新報 96 巻 3 = 4 号(1989 年)21 頁、藤田・前掲注7) 28 頁、32 頁、竹濱・前掲注 10)299 頁、髙橋美加「事 実上の取締役の対第三者責任について」岩原紳作ほか編 『会社・金融・法(上巻)』(商事法務、2013 年)348 頁。 14)東京地判平 2・9・3 金判 880 号 24 頁、大阪地判平 4・ 1・27 労判 611 号 82 頁、京都地判平 4・2・5 判時 1436 号 115 頁、名古屋地判平 22・5・14 判時 2112 号 66 頁、 東京地判平 23・6・2 判タ 1364 号 200 頁。 15)髙橋・前掲注 13)366 頁。 16)髙橋・前掲注 13)369 頁。 17)例えば、銀行の取締役などは、稟議書の決裁をするこ とがその職務となっている。 18)髙橋・前掲注 13)362 頁は、本事例におけるYが事実 上の取締役と認定できたのは、その影響力の残存が認定 できた点、在任中から会社の体制として違法な営業行為 を継続させていたと認定できた点にあるとされる。 19)本事例においては、事実上の取締役理論を用いずに、 最判昭 62・4・16 判タ 646 号 104 頁の傍論で述べられ た場合として、取締役の対第三者責任が問われてもよい のではないかという疑問が残る。 20)伊藤・前掲注1)154 頁注 (9)。 21)伊藤・前掲注1)154 頁注 (9) は、不法行為責任の実 ●――注 質を有する責任について、 「事実上の取締役」理論によっ 1)先行評釈として、 洪済植「判批」金判 1413 号(2013 年) て消滅時効の成立を回避することの正当性は疑わしいと 2 頁、 鈴木千佳子「判批」法研 86 巻 5 号(2013 年)41 頁、 される。 伊藤雄司 「判批」 ビジネス法務 14 巻 4 号 (2014 年)150 頁。 22)内部統制システムの構築義務については、大阪地判平 2)鳥山恭一「判批」法セ 685 号(2012 年)119 頁、近藤 12・9・20 判タ 1047 号 86 頁で述べられており、Xらの 光男「いわゆる『事実上の役員等』―─最近の裁判例の うち、平成 13 年以降に、A社と取引を開始した者との 検討から」石川正先生古稀記念『経済社会と法の役割』 (商 関係では、辛うじて「後知恵」との批判を免れるように 事法務、2013 年)777 頁。 思われる。 3)石山卓磨『事実上の取締役理論とその展開』 (成文堂、 1984 年)164 頁。 4)石山卓磨「事実上の取締役概念の多様性」酒巻俊雄先 4 日本大学助教 金澤大祐 4 新・判例解説 Watch