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曲面の写像類群の有限生成性 - Hiroshima University
指導教員:古宇田 悠哉 准教授 曲面の写像類群の有限生成性 広島大学 理学部 数学科 B120099 迫田 隆二 2016 年 2 月 10 日 目次 準備 3 1.1 諸定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3 1.2 基本事項 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4 2 簡単な曲面の写像類群 5 3 Dehn ツイスト 6 3.1 アニュラス上の Dehn ツイスト . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 6 3.2 一般の曲面における Dehn ツイスト . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 3.3 Dehn ツイストの性質 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 証明の準備 8 4.1 Cutting 準同型 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8 4.2 曲線グラフ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8 4.3 Birman 完全列 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10 4.4 PMod(S0,n ) について . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12 Dehn-Lickorish の定理の証明 13 1 4 5 1 はじめに 連結で向き付けられたコンパクト曲面に対し,その同相写像のイソトピー類のなす群を その曲面の写像類群と呼ぶ.写像類群の生成系は Dehn [4], Lickorish [3], Mumford [5], Humphries [6] らによって研究されてきた.本論文の目的は曲面の写像類群の有限生成性 を主張する Dehn-Lickorish の定理を紹介・証明することである.Lickorish は論文 [3] に おいて,具体的に生成元の候補を与えて,それらが実際に写像類群を生成することを証明 したが,本論文では [1] による Birman 完全列と曲線グラフを用いた証明を紹介する. 本論文の構成は以下の通りである.第 1 章で本論文で用いる用語の定義や基本事項を紹 介する.第 2 章では球面やアニュラス,トーラスといった簡単な曲面の写像類群の例を紹 介する.第 3 章では写像類群の生成系を構成する Dehn ツイストについて解説する.第 4 章では証明の鍵となる Birman 完全列や曲線グラフについて解説する.そして第 5 章で Dehn-Lickorish の定理の証明を紹介する. 本論文は古宇田悠哉先生担当の 2015 年度数学情報課題研究で行ったセミナーをもとに 作成されました.最後になりましたが,この場をお借りして,ご多忙の中丁寧かつ熱心な ご指導を賜りました指導教官の古宇田悠哉先生に感謝致します.またセミナーに参加して 下さったトポロジーグループの先輩方に感謝致します. 迫田 隆二 2 1 準備 ここでは本論文で必要となる定義,事実を紹介する. 1.1 諸定義 以下,g, n を非負整数とし,S = Sg,n を種数が g ,マーク点 (穴) が n 個である連結で 向き付けられたコンパクト曲面とする.また,(Sg,n , x) を Sg,n に新たなマーク点 x を加 えて得られる曲面とする.ここで,(Sg,n , x) ∼ = Sg,n+1 であることに注意する.また,し ばしば Sg,0 を 単に Sg と略記する.特に断らない限りは曲面上の穴とマーク点を区別し ない. 定義 1.1. Homeo+ (S, ∂S) = {f : S → S | f は向きを保つ同相写像,f |∂S = id} とお く.このとき,曲面 S の写像類群 Mod(S) は以下で定義される. Mod(S) := π0 (Homeo+ (S, ∂S)). ここで,Homeo+ (S, ∂S) にはコンパクト開位相を与えている.また,写像の合成を積と して Mod(S) は群構造をもつ. 定義 1.2. 曲面 S 内の弧 α : [0, 1] → S が固有 (proper) であるとは,α−1 (P ∪ ∂S) = {0, 1} を満たすときをいう.ただし,P は S のマーク点の集合を表す. 定義 1.3. 曲面 S 内の弧 α が単純 (simple) であるとは,α の (0, 1) への制限が単射で あるときをいう. 定義 1.4. 曲面 S 内の弧 α が本質的 (essential) であるとは,α が S の境界成分にも,S のマーク点にもホモトピックでないときをいう. 定義 1.5. 曲面 S 上の 2 つの閉曲線のイソトピー類 a, b に対して,a と b の幾何学的交点数 (geometric intersection number) i(a, b) を以下で定義する. i(a, b) := min{|α ∩ β| | α ∈ a, β ∈ b}. 定義 1.6. F , E, B を位相空間とし,p : E → B を全射連続写像とする.このとき, p F →E→B 3 が B を底空間 (base space),F をファイバー (fiber) とするファイバー束 (fiber bundle) であるとは,任意の B の点 b に対して,以下を満たす b の近傍 U が存在することをい う.proj 1 : U × F → U が自然な射影ならば p(p−1 (U )) = proj 1 (U × F ) = U となる ような同相写像 ε : U × F → p−1 (U ) が存在する.この ε を U 上の局所自明化 (local trivialization) という. 定義 1.7. G を群,H, N を G の部分群とする.G が H と N の半直積であるとは以下 の条件 (i) ∼ (iii) を満たすときをいい,このとき G = H ⋉ N と書く. (i) N ◁ G. (ii) G = HN . (iii) H ∩ N = {1}. 1.2 基本事項 次の補題 1.8 は定理 3.2,定理 4.8 の証明で用いる.この事実は一般に change of coordinates principal と呼ばれる. 補題 1.8 (Change of coordinates principal). α, β を S 内の単純閉曲線とする.このと き,α を β にうつすような向きを保つ同相写像が存在することの必要十分条件は,S を α に沿って切った曲面と S を β に沿って切った曲面が同相であることである. 詳しくは [1] の p. 38–41 を参照のこと. 次の補題は定理 4.13 ,定理 5.1 の証明で繰り返し用いる. 補題 1.9. G, N , H を群とし,以下の短完全列があるとする. f g 1 −→ N −→ G −→ H −→ 1 1. この短完全列が切断をもつとき,すなわち g◦s = idH となる単射準同型 s : H → G が存在するとき,G は s(H) と f (N ) の半直積である. 2. N ,H がそれぞれ {yλ | λ ∈ Λ},{zµ | µ ∈ M } により生成されているとす る.各 zµ ∈ H に対し,そのリフト z̃µ ∈ G を 1 つずつ選ぶ.このとき G は {f (yλ ) | λ ∈ Λ} ∪ {z̃µ | µ ∈ M } により生成される.特に切断 s : H → G が存在 するとき,G は {f (yλ ) | λ ∈ Λ} ∪ {s(zµ ) | µ ∈ M } により生成される. 証明. (1) 条件 (i) ∼ (iii) をそれぞれ確かめる.(i) について,f (N ) ◁ G を示す.g は準 4 同型なので,Ker g ◁ G である.完全列より Im f = Ker g である.よって,f (N ) ◁ G である. (ii) について,G = s(H) f (N ) であることを示す.G の元 x に対して y = s(g(x))−1 x と す る と g(y) = g(s(g(x))−1 x) = g(s(g(x))−1 )g(x) = g(s(g(x)))−1 g(x) = g(x)−1 g(x) = 1 で あ る の で y は Ker g の 元 で あ る .ま た ,x = s(g(x))y よ り , x は s(H) Ker g の元である.よって,G ⊂ s(H) Ker g = s(H) f (N ) である.逆の包 含関係は明らかなので,G = s(H) f (N ) である. (iii) について,s(H) ∩ f (N ) = {1} を示す.x を s(H) ∩ f (N ) の元とする.x は s(H) の元なので x = s(y) となる H の元 y が存在する.さらに,x は f (N ) = Ker g の元でもあるから y = g(s(y)) = g(x) = 1 となる.よって x = s(y) = s(1) = 1 を得る. 以上より G = f (N ) ⋉ s(H) である. (2) x を G の任意の元とする.x が {f (yλ ) | λ ∈ Λ} ∪ {z̃µ | µ ∈ M } の元の積で表せる ことを示す.{zµ | µ ∈ M } は H を生成するから,g(x) = zµ1 zµ2 · · · zµm (µi ∈ M ) と書 ける.ここで x′ = x(z̃µ1 z̃µ2 · · · z̃µm )−1 とおくと g(x′ ) = (zµ1 zµ2 · · · zµm )(zµ1 zµ2 · · · zµm )−1 = 1H であるから,x′ ∈ Ker g = Im f である.よって f (y) = x′ なる y ∈ N が存在する. {yλ | λ ∈ Λ} は N を生成するから,y = yλ1 yλ2 · · · yλl (λi ∈ Λ) と書ける.このとき x = f (y)(z̃µ1 z̃µ2 · · · z̃µm ) = f (yλ1 )f (yλ2 ) · · · f (yλl )z̃µ1 z̃µ2 · · · z̃µm と書ける. 次の事実は,Hamstrom [7, 8, 9] によって示された. 事実 1.10. S が S 2 , D 2 , T 2 , 閉アニュラス, 1 点穴あき円盤と同相でないならば S の同 相写像の集合の恒等写像の連結成分 Homeo0 (S) は可縮である. 2 簡単な曲面の写像類群 多くの曲面の写像類群の計算の元になっているのが次に示す閉円盤 D 2 の写像類群で ある. 補題 2.1 (Alexandar の補題). Mod(D2 ) = 1 である. 5 証明. D2 を R2 上の単位円盤とし,ϕ ∈ Homeo(D 2 , ∂D 2 ) とする.このとき,F : D 2 × (1 − t)ϕ( x ) (0 ≤ |x| ≤ 1 − t), 1−t [0, 1] → D2 を F (x, t) = x (1 − t ≤ |x| ≤ 1) で定めると,F (x, 0) = ϕ(x) かつ F (x, 1) = idD2 である.また,定義から明らかに任意の t ∈ [0, 1] に対して F は同相写像である.したがって,この F は ϕ と idD2 の間のイソトピーである.よって, D2 上の任意の同相写像が恒等写像とイソトピックになるので Mod(D2 ) は自明群であ る. 命題 2.2. Mod(S0,3 ) ∼ = Σ3 が成り立つ. Mod(S0,3 ) は 3 つのマーク点を入れ替える同相写像によって生成される. 命題 2.3. Mod(S0,2 ) ∼ = Z/2Z が成り立つ. Mod(S0,2 ) は 2 つのマーク点を入れ替える同相写像によって生成される. 命題 2.4. Mod(A) ∼ = Z が成り立つ. Mod(A) は 3 章で紹介するアニュラス上の Dehn ツイストによって生成される. 定理 2.5. Mod(T 2 ) ∼ = Mod(S1,1 ) ∼ = SL(2, Z) が成り立つ. これはメリディアン,ロンヂチュードに関する Dehn ツイストによって生成される. トーラス T 2 は 4 点球面 S0,4 を Hyperelliptic involution で割ったものであるので,2 つの写像類群の間には強い関係がある.実際,以下が成り立つ. 命題 2.6. Mod(S0,4 ) ∼ = PSL(2, Z) ⋉ (Z/2Z × Z/2Z) が成り立つ. 3 Dehn ツイスト 3.1 アニュラス上の Dehn ツイスト アニュラス A = S 1 × [0, 1] 上の Dehn ツイスト (Dehn Twists) とは以下で与えられ る写像のことである. T : S 1 × [0, 1] → S 1 × [0, 1] (θ, t) 7→ (θ + 2πt, t). すぐに分かることとして,以下がある. 6 • T は ∂A を固定する. • T は向きを保つ同相写像である. すなわち,T ∈ Homeo+ (A, ∂A) である. 3.2 一般の曲面における Dehn ツイスト 定義 3.1. α を S 内の単純閉曲線,N を α の正則近傍,ϕ を A から N への向きを保つ 同相写像とする.このとき,α に関する Dehn ツイスト Tα : S → S を以下で定める. { ϕ ◦ T ◦ ϕ−1 (x) Tα (x) = x (x ∈ N ), (x ∈ / N ). 当然,この Tα は N と ϕ の選び方によるが,正則近傍の一意性により Tα のイソトピー類 はその選び方に依存しない.さらに,α のイソトピー類の単純閉曲線の選び方にもよらな いことが容易に確かめられる.よって,α のイソトピー類を a とすると,Tα は Mod(S) の元として well-defined である.以後, Tα を Ta とも書く. 3.3 Dehn ツイストの性質 定理 3.2. a, b を単純閉曲線のイソトピー類とする.このとき,i(a, b) = 1 ならば Ta Tb (a) = b が成り立つ. (略証) 補題 1.8 と下図により示される. a T b −→ b Tb (a) イソトピー −→ Ta −→ Ta Tb (a) Ta Tb (a) = b 7 4 証明の準備 本論文の目標は次の定理を証明することである. 定理 4.1 (Dehn-Lickorish の定理). Mod(Sg ) は有限個の非分離単純閉曲線に関する Dehn ツイストによって生成される. この章では証明の鍵となる概念・事実を準備する. 4.1 Cutting 準同型 定理 4.2 (Cutting 準同型). S を有限個のマーク点をもつ閉曲面とし,α1 , . . ., αn をそれぞれ互いに素,かつそれぞれ互いにホモトピックでない本質的単純閉曲線とす る.このとき準同型 ϕ : Mod(S, {[α1 ], . . . , [αn ]}) → Mod(S − ∪ αi ) で,Ker ϕ = ⟨Tα1 , . . . , Tαn ⟩ を満たすものが存在する.ここで Mod(S, {[α1 ], . . . , [αn ]}) は Mod(S) における {[α1 ], . . . , [αn ]} の安定部分群を表す.この ϕ を cutting 準同型 (cutting ho- momorphism) とよぶ. (説明) n = 1 とし,α = α1 の時を考える.任意の Mod(S, [α]) の元 f に対し,α を固 定するような代表元 ψ が存在する.このとき,f に [ψ|S−α ] を対応させることで得られ る写像 Mod(S, [α]) → Mod(S − α) は well-defined であることが確かめられる.これが 上の ϕ である. 4.2 曲線グラフ 次の定義は Harvey [2] によって与えられた. 定義 4.3. S の本質的単純閉曲線のイソトピー類の集合を頂点集合 C 0 (S) とし,a0 , a1 ∈ C 0 (S) に対して,i(a0 , a1 ) = 0 のとき a0 と a1 の間を辺で結んで得られるグラフ C(S) を S の曲線グラフという. 定理 4.4. 3g + n ≥ 5 ならば C(Sg,n ) は連結である. 証明は省略する. 定義 4.5. 非分離曲線グラフ N (S) とは非分離本質的単純閉曲線に対応する頂点によっ 8 て張られる C(S) の部分グラフのことである. 定理 4.6. g ≥ 2 ならば N (Sg,n ) は連結である. 証明. n に関する帰納法で示す.まず,n = 0, 1 のときを示す.a, b を S の本質的単純 閉曲線のイソトピー類とする.定理 4.4 より,i(ci , ci+1 ) = 0 なるイソトピー類の列 a = c1 , . . . , cn = b が存在する.以下,この {ci } を非分離曲線のイソトピー類に変えていく.いま,ci を分 離曲線のイソトピー類とする.γi を ci を代表する本質的単純閉曲線とする.また,S ′ , S ′′ を S − γi の 2 つの成分とする.仮定より,n ≤ 1, g ≥ 2 であるから S ′ , S ′′ はとも に正の種数をもつ.ここで,γi−1 と γi+1 が異なる曲面にあるとすると i(ci−1 , ci+1 ) = 0 であるので,列から ci を除けばよい.また,γi−1 と γi+1 がどちらも S ′ にあるとする と S ′′ の非分離単純閉曲線のイソトピー類を ci とすればよい.この操作を ci が非分離に なるまで繰り返すことで求めていた列が得られる. 次に n ≥ 2 について考える.N (Sg,n−1 ) が連結であると仮定する.基本的には n = 0, 1 の場合と同様であるが,γi−1 と γi+1 がともに S ′ にあり,かつ S ′′ の種数が 0 の場合がある.S ′ は種数 g ≥ 2 かつ穴は n より少ないので,帰納法の仮定により N (S ′ ) は連結である.よって ci−1 と ci+1 を結ぶ辺があるので,それを ci と置き換えればよ い. 定義 4.7. N̂ (S) とは C(S) の部分グラフであり,頂点は N (S) と同じであり,辺は a, b ∈ N (0) (S) に対して i(a, b) = 1 のときのみ結ぶとしたもののことである. 定理 4.8. g ≥ 2 ならば N̂ (S) は連結である. 証明. a, b を Sg,n の本質的非分離単純閉曲線のイソトピー類とする.定理 4.6 から,次 の列が存在する. a = c1 , c2 , . . . , ck = b. ただし,それぞれ N̂ (Sg,n ) の頂点であり,i(ci , ci+1 ) = 0 を満たす.補題 1.8 より,任意 の i に対して,i(ci , di ) = i(di , ci+1 ) = 1 となる非分離本質的単純閉曲線のイソトピー類 di が存在する.よって, a = c1 , d1 , c2 , d2 , . . . , ck−1 , dk−1 , ck = b なる列が存在し,N̂ (Sg,n ) は連結である. 9 4.3 Birman 完全列 定理 4.9. (Birman 完全列) χ(S) < 0 とする.このとき,次の列は完全である. F orget Push 1 −−−→ π1 (S, x) −−−−→ Mod(S, x) −−−−−→ Mod(S) −−−→ 1. この完全列を Birman 完全列 (Birman exact sequence) とよぶ. 証明のために次の補題を用意する. 補題 4.10. 次のファイバー束が存在する. p Homeo+ (S, x) → Homeo+ (S) → S (1) ここで,p は x における評価写像 (evaluation map) である.すなわち,p : ϕ 7→ ϕ(x) で ある. (補題の略証) S のマーク点 x とその近傍 U をとる.U の点 u に対して,以下を満たす Homeo+ (U ) の元 ϕu が存在する. ϕu は u に関して連続かつ ϕu (x) = u である.この とき,次の同相写像 ε が U 上の局所自明化を与える. ε : U × Homeo+ (S, x) → p−1 (U ) (u, ψ) 7→ ϕu ◦ ψ 逆写像 ε−1 は, ε−1 : p−1 (U ) → U × Homeo+ (S, x) ψ 7→ (ψ(x), ϕ−1 ψ (x) ◦ ψ) で与えられる. S の x でない任意の点 y に対して,ξ(x) = y なる Homeo+ (S) の元 ξ が存在する.そ こで,以下の同相写像を考えることにより,S の任意の点に対して上の議論が成立する. p−1 (U ) → p−1 (ξ(U )) ψ 7→ ξ ◦ ψ よって (1) はファイバー束である.(補題の略証終わり) (定理 4.9 の証明) 補題 4.10 のファイバー束 (1) に対するホモトピー群の長完全列 · · · → π1 (Homeo+ (S), id) → π1 (S, x) → π0 (Homeo+ (S, x)) 10 → π0 (Homeo+ (S)) → π0 (S) → · · · を考える.π0 (S) = 1 であり,また事実 1.10 により π1 (Homeo+ (S), id) = 1 である.こ れらの間の項は Birman 完全列の項と同型である.(定理 4.9 の証明終わり) 4.3.1 Push, Forget Birman 完全列から得られる 2 つの写像 Push ,Forget について述べる. (i) Forget について S を (穴あき) 曲面とする.このとき,以下の自然な準同型を考えることができる. Forget : Mod(S, x) → Mod(S) [ϕ] 7→ [ϕ]. ただし,[ϕ] ∈ Mod(S, x) は x を固定するイソトピーによる同値類であり,[ϕ] ∈ Mod(S) は単なるイソトピーによる同値類である.マークされた点 x を無いもの として (忘れて) 考える,という意味で Forgetful map といわれる. (ii) Push について S を (穴あき) 曲面とする.ここで, S の基本群を考えるときはマーク点を穴と考 える.このとき以下の準同型を考える. Push : π1 (S, x) → Mod(S, x). α を S 内の基点 x の単純閉曲線とする.α の近傍はアニュラス A = S 1 × [0, 2] と 同一視できる.このとき,恒等写像と Push([α]) の間のイソトピーは,x = (θ, r) = (θ + 2πrt, r) (0 ≤ r ≤ 1), (0, 1) とすると,F ((θ, r), t) = (θ + 2π(2 − r)t, r) (1 ≤ r ≤ 2) で与えられる. Push([α]) のイメージは以下の図の通りである.点 x に指を置いて,そのまま α に沿って 1 周させて得られる同相写像である.点 x を α に沿って push して得ら れるという意味で point-pushing map といわれる. 11 α Push([α]) −→ a x a b b 上の考察をまとめたものが次の命題である. 命題 4.11. α を (S, x) 内の単純閉曲線とする.また,a, b はそれぞれ上の図のア ニュラスの内側,外側とする.このとき,以下が成り立つ. Push([α]) = Ta Tb−1 . 4.4 PMod(S0,n ) について 定義 4.12. Mod(S) の部分群 PMod(S) は以下で定義される. PMod(S) := {f ∈ Mod(S) | f は各マーク点を固定する }. n ≤ 3 のとき,PMod(S0,n ) = 1 である.n ≥ 3 のとき,Birman 完全列 (定理 4.9) よ り次の完全列が存在する. F orget Push 1 −−−→ π1 (S0,n , x) −−−−→ PMod(S0,n+1 ) −−−−−→ PMod(S0,n ) −−−→ 1. n = 3 を代入すると, F orget Push 1 −−−→ π1 (S0,3 , x) −−−−→ PMod(S0,4 ) −−−−−→ PMod(S0,3 ) −−−→ 1. となり, π1 (S0,3 ) ∼ = F2 ,PMod(S0,3 ) = 1 より PMod(S0,4 ) ∼ = F2 である.ここで Fn はランク n の自由群を表す.また,この列より PMod(S0,4 ) の生成元がわかる.n = 4 を代入すると, F orget Push 1 −−−→ π1 (S0,4 , x) −−−−→ PMod(S0,5 ) −−−−−→ PMod(S0,4 ) −−−→ 1. となり,この完全列は切断をもつことが分かる.π1 (S0,4 ) ∼ = F3 , PMod(S0,4 ) ∼ = F2 であ るから補題 1.9 より PMod(S0,5 ) ∼ = F2 ⋉ F3 である.この議論を繰り返すことによって, PMod(S0,n ) を Fn−2 による PMod(S0,n−1 ) の拡大として表すことができる. 12 以上の議論と π1 (S0,n ) が単純閉曲線で生成されること,命題 4.11,補題 1.9 より次が 従う. 定理 4.13. PMod(S0,n ) は有限個の Dehn ツイストによって生成される. Mod(S0,n ) の生成元については以下の完全列を考えれば,PMod(S0,n ) の生成元と Σn の生成元から得られることがわかる. 1 → PMod(S0,n ) → Mod(S0,n ) → Σn → 1. 定理 4.14. X を連結な 1 次元単体的複体,G を X の単体的自己同型写像 g のなす群と する.また,G は以下のように X に作用するとする. (i) X の頂点に推移的に作用する.すなわち,任意の x ∈ X (0) に対して,Gx = {gx | g ∈ G} = X (0) である. (ii) 辺によってつながれた X の頂点の順序対にも推移的に作用する. 辺によってつながれた頂点 v, w をとり,h(w) = v となる G の元 h をとる.このとき, G は h と StabG (v) = {g ∈ G | g(v) = v} によって生成される. 証明. g を G の元,H を h と StabG (v) = {g ∈ G | g(v) = v} によって生成される群と し,g が H の元でもあることを示す.X は連結であることから次の頂点の列が存在する. v = v0 , v1 , . . . vk = g(v). ただし,隣り合った頂点は 1 つの辺でつながっているとする.(i) より,gi (v) = vi となる G の元 gi がとれる.g0 = 1G , gk = g としてとる.gi が H の元であることを i に関する 帰納法で示す.g0 は明らかに H の元である.gi が H の元であると仮定する.vi = gi (v), vi+1 = gi+1 (v) にそれぞれ gi−1 を適用して,gi−1 = v, gi−1 (vi+1 ) = gi−1 (gi+1 (v)) を得る. よって,v と gi−1 (gi+1 (v)) は辺で結ばれている.(ii) より,r(v, gi−1 (gi+1 (v))) = (v, w) と なる G の元 r が存在する.両辺に h を適用して,hr(gi−1 (gi+1 (v))) = h(w) = v を得る. すなわち,hrgi−1 gi+1 ∈ StabG (v) ⊂ H である.ここで h, gi−1 ∈ H, r ∈ StabG (v) ⊂ H であることから gi+1 ∈ H である.以上より,gk = g ∈ H であることが示せた. 5 Dehn-Lickorish の定理の証明 定理 5.1. PMod(Sg,n ) は有限個の非分離単純閉曲線に関する Dehn ツイストによって生 成される. 13 n = 0 のとき,Mod(Sg,0 ) = PMod(Sg,0 ) であるので,定理 5.1 より Dehn-Lickorish の定理が従う. 証明. g, n に関する帰納法により示す. • 初期設定 g = 0 のとき,定理 4.13 より成立する. g = 1, n = 0 のとき,Mod(T 2 ) は 2 つの非分離単純閉曲線 (メリディアンとロン ヂチュード) に関する Dehn ツイストによって生成されるので成立する.(定理 2.5 参照) g = 1, n = 1 のとき,Mod(S1,1 ) ∼ = Mod(T 2 ) より成立する.(定理 2.5 参照) • n に関する帰納法 ( g は止める) g ≥ 1,n ≥ 0 とする (ただし,(g, n) ̸= (1, 0)).PMod(Sg,n ) が Sg,n の有限 個の非分離単純閉曲線 {αi } に関する Dehn ツイストで生成されると仮定し, PMod(Sg,n+1 ) が Sg,n+1 の有限個の非分離単純閉曲線に関する Dehn ツイストで 生成されることを示す.χ(Sg,n+1 ) < 0 であるから,定理 4.9 より Birman 完全列 F orget Push 1 −−−→ π1 (Sg,n , x) −−−−→ PMod(Sg,n+1 ) −−−−−→ PMod(Sg,n ) −−−→ 1. が存在する.g ≥ 1 より π1 (Sg,n ) は有限個の非分離単純閉曲線のイソトピー類で 生成される.命題 4.11 より,これらの Push による像はそれぞれ 2 つの Dehn ツ イストの積で書ける.補題 1.9 より PMod(Sg,n+1 ) はこれらの Dehn ツイストと PMod(Sg,n ) の生成元 [Tαi ] の PMod(Sg,n+1 ) へのリフトにより生成される.必 要ならば,αi をイソトピーで動かし,x ̸∈ αi が成り立っているとしてよい.この とき,αi ⊂ Sg,n+1 とみなして得られる Dehn ツイスト [T̃αi ] ∈ PMod(Sg,n+1 ) は [Tαi ] のリフトである.よって,PMod(Sg,n+1 ) は Sg,n+1 の有限個の非分離単純 閉曲線に関する Dehn ツイストで生成される. • g に関する帰納法 g ≥ 2 とし,任意の g ′ < g と任意の n に対し,PMod(Sg′ ,n ) は有限個の非分離単 純閉曲線に関する Dehn ツイストで生成されるとする.上の議論より,PMod(Sg ) に対して示せば十分である.定理 4.8 より N̂ (Sg ) が連結であり,Mod(Sg ) は i(a, b) = 1 となる単純閉曲線のイソトピー類 a, b のペアに推移的に作用するので, 補題 4.14 が適用できる.(G = Mod(Sg,0 ), X = N̂ (Sg,0 ) として適用する.) Sg の 任意の非分離単純閉曲線のイソトピー類を a とし,b を i(a, b) = 1 を満たす非分離 単純閉曲線のイソトピー類とする.i(a, b) = 1 のとき,命題 3.2 より Tb Ta (b) = a 14 である.したがって補題 4.14 より Mod(Sg ) は Mod(Sg , a) と Ta , Tb によって生 成される.よって,Mod(Sg , a) が Sg の有限個の非分離単純閉曲線 {αi } に関する Dehn ツイストで生成されることを示せばよい.Mod(Sg , ⃗a) := {f ∈ Mod(Sg ) | f は a の向きを保存する } とおく.ここで,f : Mod(Sg , ⃗a) ,→ Mod (Sg , a) を包含 写像とし,g : Mod(Sg , a) → Z/2Z を g([ϕ]) を ϕ が a の向きを保つとき 0,そう でないとき 1 とすると次の短完全列を得る. f g 1 −→ Mod(Sg , ⃗a) −→ Mod(Sg , a) −→ Z/2Z −→ 1. Ker g = {[ϕ] ∈ Mod(Sg , a) | g([ϕ]) = 0} = {[ϕ] ∈ Mod(Sg , a) | ϕは a の向きを 保つ } = Im f である.ここで, Tb Ta2 Tb は a の向きを保たないので (下の図を参 照),[Tb Tα2 Tb ] ̸∈ Im f である.あとは Mod(Sg , ⃗a) が Sg の有限個の非分離単純閉 曲線に関する Dehn ツイストで生成されることを示せばよい.命題 4.2 より次の 短完全列が存在する. 1 −→ ⟨Ta ⟩ −→ Mod(Sg , ⃗a) −→ PMod(Sg − α) −→ 1. ここで α は a の代表元である.ここで,Sg − α と Sg−1,2 は同型である.帰納 法の仮定より PMod(Sg−1,2 ) は Sg−1,2 の有限個の非分離単純閉曲線 {αi } に関 する Dehn ツイストで生成され,生成元である Dehn ツイストは Mod (Sg , ⃗a) 内 の非分離単純閉曲線に関する Dehn ツイストにリフトをもつので,補題 1.9 より Mod(Sg , ⃗a) は Tαi のリフトと Ta により生成される. よって,定理は示された. 15 β T T a −→ b −→ α Tb (α) イソトピー Ta Tb (α) T a −→ −→ Ta2 Tb (α) Ta Tb (α) イソトピー T b −→ −→ Tb Ta2 Tb (α) Tb Ta2 Tb (α) = ᾱ 参考文献 [1] Farb, B., Margalit, D., A primer on mapping class groups, Princeton Mathematical Series, 49, Princeton University Press, Princeton, NJ, 2012. [2] Harvey, W. J., Boundary structure of the modular group, Riemann surfaces and related topics: Proceedings of the 1978 Stony Brook Conference (State Univ. 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