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死傷事故低減に向けた高齢歩行者における 行動特性の究明と対策

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死傷事故低減に向けた高齢歩行者における 行動特性の究明と対策
死傷事故低減に向けた高齢歩行者における
行動特性の究明と対策について
― 平成 23 年度(中間報告) タカタ財団助成研究論文 ―
ISSN 2185-8950
研究代表者
松井 靖浩
研究実施メンバー
研究代表者
研究代表者 交通安全環境研究所
松井 靖浩
研究担当者
車両を使用した歩行特性調査担当
交通安全環境研究所
青木 義郎
歩行者の心理特性調査担当
交通安全環境研究所
関根 道昭
衝突シミュレーション解析担当
名古屋大学
水野 幸治
モデルを使用した歩行特性調査担当
秋田大学
水戸部 一孝
歩行姿勢調査担当
国立障害者リハビリテーションセンター 研究所
河島 則天
研究協力者
車両を使用した歩行特性調査
交通安全環境研究所
及川 昌子
モデルを使用した歩行特性調査
秋田大学
山口 尚将
概
要
歩行者は交通事故の中で最も高い死亡者数を占めており,その対策が急務となっている.
自動車側の対策として,歩行者を検知し衝突前にブレーキをかける歩行者検知型被害軽減装
置が開発され,市販されているが,速度低減による被害軽減効果は不明確とされてきた.ま
た,歩行者が事故に至った時の意識と行動についてこれまで研究されなかった.歩行者死亡
事故の中で高齢者が占める割合は 70 %となっており,高齢者における歩行行動および心理特
性を解明することが極めて重要となる.本研究では,高齢歩行者の行動,心理を究明し,事
故低減に向けた方策の提言を目的とする.
第2章では,実車を用い,高齢層の被験者 19 名を対象として片側1車線の単路を横断する
タイミングを調査している.ここでは実車を用い,被験者が実路を横断することなくぎりぎ
り横断できると判断したタイミングを調査している.
第3章では,車モデルを用い,高齢層の被験者 16 名,若齢層の被験者 8 名を対象として片
側 1 車線の単路を横断するタイミングを調査している.ここでは車モデルを用いることで,
バーチャルリアリティ環境下における被験者の横断調査を試みている.
第4章では,健常高齢者と疾患高齢者の比較の観点から整形外科的疾患者 20 名を含む 30
名の高齢者を対象とした立位姿勢・歩行運動中の力学計測,筋活動計測実験を実施している.
さらに,若年者と高齢者の比較の観点から,健常高齢者 18 名,健常若齢者 10 名を対象とし
た三次元歩行動作解析実験を実施している.
第5章では,第2章,第3章の実験に参加した被験者を対象として,7 m の歩行に要する
時間を測定し,歩行速度を調査している.
第6章では,第2章,第3章,第4章の実験に参加した被験者を対象としてアンケートを
行い,横断歩道のない道路を日常的に横断する機会の有無や,横断する場合の動機などにつ
いて調査している.
第7章では,日本人男性 50 歳代を対象とした衝突用歩行者モデルを作成し,歩行者が車両
と衝突後,路面へ衝突するまでの歩行者の挙動を調査している.
以上,高齢層,若齢層の被験者を対象として,道路の横断タイミング,立位姿勢,身体特
性(歩行速度),意識調査による基礎データを取得することで高齢者の特性を把握した.さら
に,車両対歩行者の衝突シミュレーションを行うことで,高齢歩行者の交通事故死傷者ゼロ
を目指した研究活動について報告するものである.
目
第1章
はじめに
1.1
研究背景
1.2
目的および実施項目
第2章
実車による横断タイミングの実態調査
2.1
目的
2.2
方法
2.3
結果および考察
2.4
まとめ
第3章
車モデルによる横断タイミングの実態調査
3.1
目的
3.2
方法
3.3
結果
3.4
考察
3.5
まとめ
第4章
次
高齢者の立位・歩行特性の調査
4.1
目的
4.2
健常高齢者と虚弱高齢者の立位・歩行特性
4.3
高齢者と若年者の歩行特性の違い
4.4
まとめ
第5章
歩行速度の調査
5.1
目的
5.2
方法
5.3
結果
5.4
考察
5.5
まとめ
第6章
歩行者の生活習慣と意識調査
6.1
目的
6.2
方法
6.3
結果
6.4
考察
6.5
まとめ
第7章
歩行姿勢が変化した場合の衝突状況の調査
7.1
目的
7.2
方法
7.3
結果および考察
7.4
まとめ
第8章
得られた成果と今後の課題
研究実施メンバー
研究代表者
交通安全環境研究所
松井
靖浩
車両を使用した歩行特性調査担当
交通安全環境研究所
青木
義郎
歩行者の心理特性調査担当
交通安全環境研究所
関根
道昭
衝突シミュレーション解析担当
名古屋大学
水野
幸治
モデルを使用した歩行特性調査担当
秋田大学
水戸部
一孝
歩行姿勢調査担当
国立障害者リハビリテーションセンター 研究所
河島
則天
車両を使用した歩行特性調査
交通安全環境研究所
及川
昌子
モデルを使用した歩行特性調査
秋田大学
山口
尚将
研究担当者
研究協力者
第1章
はじめに
1.1
研究背景
日本における 2010 年の交通事故死亡者数(4,863 人)の中で,歩行中の死亡者数は 1,714
人(35.2 %)であり,乗車中の死亡者数 1,602 人(32.9 %)を超えている(図1.1)1).さ
らに,歩行中の死者数割合は近年増加の傾向にある(図1.2,図1.3)1).政府は 2018
年までに交通事故死亡者数を年間 2,500 人以下とする目標を掲げている
2)
が,その目標達成
のためには,交通弱者である歩行者事故への対策がきわめて重要な課題となる.
車両の衝突安全対策技術については,ボンネットを対象とした歩行者頭部保護基準が 2005
年より施行されており,車両構造の安全化が進んでいる.また,予防安全対策技術として有
効な手段として,センサーで歩行者を検知し警報やブレーキ制御をかける歩行者検知型被害
3) 4)
軽減装置の普及も有望視されており実用化
されたものもある.しかし,そうした装置の
効果を明確にするためには歩行者との衝突状況を詳細に把握する必要がある.
高齢者人口とされる 65 歳以上の割合は世界的に増加傾向にある 5).世界の高齢化率の推移
を図1.4に示す.高齢化率が 7 %を超えてから 14 % に達するまでの所要年数は,比較的長
いフランスで 115 年,比較的短いドイツで 40 年であるのに対し,日本の倍化年数は 24 年で
ある.このように,わが国の高齢化は世界に例をみない速度で進行している.
歩行者死亡事故の中で「高齢者」に着目すると,高齢者が占める割合は 70 %となっている.
また,歩行者死亡事故の中で車両と衝突する際の「歩行状態」に着目すると,道路横断時の
歩行者の占める割合がもっとも多く約 70 %となっている 6).そこで,道路横断時の高齢者の
行動および心理状況について被験者を対象として解明することが極めて重要となる.道路横
断時の高齢歩行者の行動については,歩行姿勢,歩行速度,道路横断に費やす時間等を含む
諸特性を把握すること,また,歩行を行う時の心理状態についてはアンケートによる内観調
査を行うことが有効と考える.
歩行者
1,714人
35%
自動車
1,602人
33%
4,863人
自転車
自動二輪
14%
11% 原付
7%
図1.1
日本の交通事故による死亡者数の内訳 1) (2010 ITARDA)
1
(人)
7,000
6,000
5,000
車両乗員
4,000
歩行者
3,000
2,000
二輪車
1,000
1,714人
1,602人
871人
658人
自転車
0
1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 (年)
図1.2
日本の交通事故における状態別死亡者数の年次推移 1)
50%
車両乗員
40%
歩行者
30%
二輪車
20%
自転車
10%
35%
33%
18%
14%
0%
1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010(年)
図1.3
日本の交通事故における状態別死亡者数の構成割合の年次推移 1)
2
図1.4
世界の高齢化率の推移 3)
1.2 目的および実施項目
本研究では高齢歩行者の行動・心理を究明し,事故低減に向けた方策の提言を目的とし,
以下項目を実施した.
(1)実車による横断タイミングの実態調査(2章)
(2)車モデルによる横断タイミングの実態調査(3章)
(3)高齢者の立位・歩行特性の調査(4章)
(4)歩行速度の調査(5章)
(5)歩行者の生活習慣と意識調査(6章)
(6)歩行姿勢が変化した場合の衝突状況の調査(7章)
なお,(1)~(5)は,被験者(表1.1)を対象として各実験を遂行している.
表1.1
実
施
項
目
高齢者
報
告
書
(1) 2章
被験者一覧
実施内容
実施場所
東京都三鷹市
老人クラブ等
埼玉県在住
19名
30名
実車による横断タイミングの実
東京都内自動車学校
態調査
若齢者
秋田県在住
東京都三鷹市
周辺在住
秋田県在住
16名
10名
8名*

車モデルによる横断タイミング
秋田大学
の実態調査
国立障害者リハビリテーションセンター
(3) 4章 高齢者の立位・歩行特性の調査 研究所
交通安全環境研究所

(2) 3章




(4) 5章 歩行速度の調査
交通安全環境研究所/
東京都内自動車学校/
秋田大学



(5) 6章 歩行者の生活習慣と意識調査
交通安全環境研究所/
秋田大学



*(5)については17名
これら平成23年度の研究内容について,以下に報告する.
3

参考文献
(1) 財団法人交通事故総合分析センター:交通統計
平成 22 年版 (2011)
(2) 内閣府:平成 21 年交通安全白書 (2009)
(3) 内閣政府政策総括官,高齢化の状況及び高齢社会対策の実施状況
http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2010/zenbun/html/s1-1-5-02.html
(4) 柴田英司:新開発ステレオカメラによる運転支援システム「Eye Sight」の開発,
自動車技術会
自動車技術 Vol.63, No.2 pp.93-98 (2009)
(5) 葛巻清吾:安全への取り組み,自動車技術会
自動車技術, Vol.63 No.12 pp.11-16
(2009)
(6) 財団法人交通事故総合分析センター:ITARDA インフォーメーション No.53 (2004)
4
第2章
実車による横断タイミングの実態調査
2.1
目的
交通事故を事故類型別にみると,人対車両の死亡事故は死亡事故全体の 32 % 1)(図2.1
参照)を占め,特に歩行者死亡事故のなかで高齢者の割合が 70% 2)と高く,その対策が望ま
れている.また歩行者死亡事故のうち 73% の歩行者は道路横断中に事故が起こっており
(2009 年)
,横断歩道外(単路)を横断中のケースが約 50% を占め最も多い(図2.2参照
3)
)
.歩行者事故の多くは道路横断中に起こっていることから,歩行者がどのような条件であ
れば道路を横断するのかを調査し,その特性に基づいて歩行者事故の予測を行うことが重要
であると考える.三井ら 4) は実験結果に基づき歩行者が横断するか否かの判断を,車両の到
達予測時間との関係式によって導き出している.一方,尾崎ら 5) による歩行者の車両接近時
の横断判断に対するヒヤリング調査では,歩行者の横断判断は車両速度よりも距離を重視す
るとしている.このように歩行者の横断判断が,到達予測時間あるいは距離に基づき決定さ
れるのか,また速度条件などによる影響度合いが十分明らかにされておらず,年齢層による
影響についても解明されていない.
本研究の目的は,特に重大事故につながりやすい「高齢歩行者の横断事故」の発生メカニ
ズムを明らかにすることにした.なお,被験者を対象にした実験は交通安全環境研究所の倫
理規定審査の承認を得て実施している.本章では文献で実施している若齢層を対象として調
査結果とあわせて上記特性を比較した結果を示すこととする.
列車
車両相互
人対車両
その他
8%
追突
6%
出会い頭
17%
横断中
24%
正面衝突
12%
車両単独
21%
右折時衝突
5%
その他
7%
車両単独
図2.1
事故類型別交通死亡事故(構成率)
5
その他
15%
(横断歩道)
22%
通行中
12%
(横断歩道外)
51%
図2.2
2.2
横断中:73%
歩行者事故の行動別割合
方法
所定の速度で接近する車両に対して,車道両側から被験者 10 名(左右 5 名づつ)が同時観
測を行い,歩行者が車道幅 7 m の横断をあきらめる時の歩車間距離を調査した.観測状況を
図2.3に示す.被験者に対しては,横断歩道のない道路でそのまま車両が等速度で接近す
ることを想定するよう教示した.被験者には接近する車両に対しこの距離であれば横断をあ
きらめると判断した瞬間に手元のボタンスイッチ(図2.4)を押すよう依頼した.被験者
がボタンスイッチを押すと図2.
5に示す歩行者横断判断提示装置上の LED ランプが点灯し,
どの被験者がボタンを押したかが瞬時に表示される(図2.6)
.例えば,左側歩行者(装置
A)において被験者 1 がボタンを押すと,装置 A の 1 番に相当する LED ランプ 5 個が同時に
点灯し表示される.LED ランプの点灯状況を走行車両上から撮影する(図2.7)
.ここでは
その動画と車速計を解析することにより,被験者らの「ぎりぎり横断できる」歩車間距離を
算出することとした.
被験者:右側歩行者
(歩行者から見ると車は奥車線)
●●●●●
7m
●●●●●
被験者:左側歩行者
(左側歩行者)
(歩行者から見ると車は手前車線)
図2.3
装置B
歩行者横断判断提示装置
装置A
歩行者横断判断実験状況
6
走行車両
図2.4
図2.5
押しボタンスイッチ
歩行者横断判断提示装置
7
(a)被験者に対して車両が遠方を走行している時
(b)車両が近接した時
図2.6
歩行者横断判断提示装置点灯状況
8
図2.7
2.2.1
車内カメラ及び車速計
実験場所
東京都内の自動車学校における教習所走行コース上を使用した(図2.8:車道幅 7 m を
想定).
図2.8
走行コース実験風景
9
2.2.2
・実験日
実験日時
:2011 年 10 月 31 日
・実験時間:14:00 -16:30
なお,実験中の水平面照度の変化は表2.1の通りであった.
表2.1
実験中の水平面照度
時間
照度(LX)
4820
4540
4300
3980
3340
1174
1570
1328
1101
14:12
14:22
14:32
14:39
14:48
15:18
15:29
15:39
15:49
2.2.3
実験車両
実験車両は 2003 年式トヨタ製
マークⅡ(シルバー色)を使用した(図2.9参照).
図2.9
2.2.4
実験車両
走行条件
・車両走行速度:20,30,40,45 km/h
※被験者より 100 m 程度離れた位置から一定速度に走行した.
10
2.2.5
被験者
(1)被験者
:19 名(年齢 65 歳以上)
※被験者は外部(東京都三鷹市老人クラブ等)への協力依頼により集めている.な
お,当研究所の倫理規定に基づき実験を開始する前に被験者へ実施内容を説明し,
実験参加への同意を得た.
(2)試行回数:各実験条件ごとに 3 回試行
(3)被験者配置位置
車両走行車線側(左側歩行者)および車両走行車線に対して反対側(右側歩行者)
:
歩行者に対して反対側車線を走行する車両に対しても評価可能なように,道路の両
側に被験者を配置した.なお,右側左側に関しては,途中,被験者が入れ替わった.
2.3
結果及び考察
2.3.1
高齢歩行者の横断判断
歩行者横断判断実験により求められた「歩行者がぎりぎり横断出来ると判断した歩車間距
離」の被験者 19 名分の平均値を算出し,結果を図2.10,表2.2に示す.以後,歩行者
がぎりぎり横断できると判断した歩車間距離を「歩車間距離」と呼称する.
「歩車間距離」は,
(接近する車両から見て)左側歩行者よりも右側歩行者の方が長くなる
傾向にある.右側歩行者は車両が通過するラインよりも離れているため,左側歩行者よりも
横断を早めにあきらめやすいものと思われる.また,
「歩車間距離」は一定ではなく車両走行
速度によって変化している.このことから歩行者は距離だけで横断を判断するものではない
ということが推測される.ここで,
「歩車間距離」を「車両走行速度」で除した時間を「車両
到達予測時間」と定義する.図2.11に「歩行者がぎりぎり横断出来ると判断した車両到
達予測時間」と車両走行速度との関係を示す.以後,歩行者がぎりぎり横断できると判断し
た車両到達予測時間を「車両到達予測時間」と呼称する.車両到達予測時間もまた一定では
なく車両走行速度によって変化する.すなわち高齢歩行者は車両までの距離と到達予測時間
の双方から横断の判断を行うものと推測される.なお,被験者 19 名においては,高い身体能
力が確認された(5.4節).
11
歩車間距離 (m)
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
■右側歩行者
■左側歩行者
0
10
20
30
40
50
車両走行速度 (km/h)
到達予測時間 (秒)
図2.10
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
高齢歩行者がぎりぎり横断する歩車間距離
■右側歩行者
■左側歩行者
0
10
20
30
40
50
車両走行速度 (km/h)
図2.11
高齢歩行者がぎりぎり横断する接近車両到達予測時間
表2.2
6)
若齢層20名 <昼の条件時>
(平均35.1歳、標準偏差6.2歳)
被験者
車両走行速度(km/h)
左側
歩車間距離(m)
右側
実験結果一覧
平均
標準偏差
平均
標準偏差
高齢層19名
(平均75.2歳、標準偏差6.2歳)
20
30
40
45
20
30
40
45
35.2
13.9
39.6
13.8
45.5
17.9
50.2
16.5
53.5
19.9
61.0
18.3
57.8
20.8
67.9
20.6
37.9
14.0
41.5
17.5
46.1
17.5
51.3
19.6
55.9
20.4
57.2
16.2
58.0
17.1
60.0
17.0
12
今回の結果について,各実験条件における全データ(227件=速度4種類×被験者19名×
繰り返し回数3回)について,回帰分析を行った.表2.3に,回帰分析の式 Y=aX + b(Y:
ぎりぎり横断する歩車間距離(m),X:車両走行速度(km/h) )により推定された係数 a, b を示
す.
表2.3
高齢層
2.3.2
歩車間距離と車両速度の回帰式の係数
左側歩行者
右側歩行者
係数
0.83
0.75
a
標準偏差
0.12
0.12
係数
21.3
27.3
b
重相関
標準偏差
4.3
0.41
4.3
0.38
若齢層との比較
交通安全環境研究所では実施した 20 ~ 40 代の若齢層を被験者として同様の実験を実施
している 6).本節では本実験結果と若齢層を対象とした実験結果
6)
を比較し考察する. 左側,
右側に位置する歩行者について各車両走行速度に対する歩車間距離の平均値を示したものを
図2.12に示す. 高齢者の場合,左右の歩行者における歩車間距離の差が小さい.高齢者
における車両走行速度が「歩車間距離」に及ぼす影響は若齢層の場合と比べ小さくなること
が示されている.これは高齢歩行者の速度認知能力が低下していることが要因と推測される.
表2.4に高齢層と若齢層について,回帰分析の式 Y=aX + b(Y:歩車間距離(m),X:車
両走行速度(km/h) )の係数 a, b を示す.高齢層の方が若齢層よりも係数 a の値が小さく,車
両走行速度が横断判断に及ぼす影響が小さいことが示されている.しかしながら今回の実験
では若齢層を対象とした夕方の実験条件に相当する時間にも重なっていたため(日没時間は
高齢層の実験日では 16 時 48 分,若齢層の実験日では 16 時 28 分)背景(昼間,夕方,夜間)
による影響については今後の課題とする. なお,高齢層の右側歩行者の「歩車間距離」は若
齢層の夕方の条件と比べても車両走行速度による影響が小さいことが示されている.参考ま
でに,高齢歩行者がぎりぎり横断する接近車両到達予測時間を図2.13に示す.
13
歩車間距離 (m)
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
■高齢歩行者
□若齢歩行者
0
10
20
30
40
50
車両走行速度 (km/h)
歩車間距離 (m)
(a)左側歩行者
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
■高齢歩行者
□若齢歩行者
0
10
20
30
40
50
車両走行速度 (km/h)
(b)右側歩行者
図2.12
歩行者がぎりぎり横断する歩車間距離の年齢層による違い
14
到達予測時間 (秒)
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
■高齢歩行者
□若齢歩行者
0
10
20
30
40
50
車両走行速度 (km/h)
到達予測時間 (秒)
(a)左側歩行者
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
■高齢歩行者
□若齢歩行者
0
10
20
30
40
車両走行速度 (km/h)
50
(b)右側歩行者
図2.13
高齢歩行者がぎりぎり横断する接近車両到達予測時間
15
表2.4
高齢層
若齢層
2.4
歩車間距離と車両速度の回帰式の係数(高齢層と若齢層の比較)
昼
(2011.10.31、14:10~15:50)
昼
左側歩行者
右側歩行者
左側歩行者
(2010.11.29、12.6、1300~15:00) 右側歩行者
夕方
左側歩行者
(2010.11.29、12.6、1300~15:00) 右側歩行者
夜
左側歩行者
(ロービーム)
右側歩行者
夜
左側歩行者
(ハイビーム)
右側歩行者
係数
0.83
0.75
0.90
1.12
0.82
0.88
0.71
0.74
0.45
0.57
a
標準偏差
0.12
0.12
0.12
0.12
0.11
0.10
0.10
0.09
0.11
0.10
係数
21.3
27.3
17.8
17.0
17.2
19.9
24.8
30.3
36.4
38.7
b
標準偏差
4.3
4.3
4.3
4.1
3.9
3.5
3.4
3.2
4.0
3.5
重相関
0.41
0.38
0.42
0.52
0.43
0.49
0.43
0.46
0.25
0.34
まとめ
本研究では車両速度や歩車間距離(歩行者と車両との距離)が,車両接近時における高齢
歩行者の横断可否判断に及ぼす影響について実車を走行させ高齢被験者を対象として調査
した.ここでは,過去,交通安全環境研究所で実施した若齢層を対象とした調査結果をあわ
せて特性を比較した.得られた知見を以下に示す.
(1) 歩行者がぎりぎり横断する「歩車間距離」は,(接近する車両から見て)左側歩行者
よりも右側歩行者の方が長くなる傾向がある.右側歩行者は車両が通過するラインよ
りも離れているため,左側歩行者よりも左側走行する接近車両に対して横断を早めに
あきらめやすいものと思われる.
(2) 歩行者がぎりぎり横断する「歩車間距離」や「車両到達予測時間」は一定ではなく速
度によって変化する.このことから高齢歩行者は,歩車間距離と到達予測時間の双方
から横断の判断を行う可能性のあることが推測される.
(3) 高齢歩行者は若齢歩行者と比べて,右側歩行者の横断判断は車両速度による影響が小
さくなる傾向がある.これは,歩行者から見て奥側車線(車両は左から右へ通行)を
高い走行速度の車両が通行する場合,高齢者は若年者と比べ長い歩車間距離を短く判
断していることから安全に横断できるという判断を誤る可能性のあることを示唆し
ている.
今後さらに,高齢歩行者の横断判断に対して,昼間,夕方,夜間時による明暗の影響など
について調査を行っていく予定である.なお,今回の実験にあたり,三鷹市老人クラブ連合
会の方々にご協力いただいた.記して謝意を表す.
16
参考文献
(1) 警察庁交通局:平成 18 年中の交通事故の発生状況 (2007)
(2) ITARDA INFORMATION #83,pp.1-12, (2010)
(3) ITARDA INFORMATION #87,pp.1-12, (2011)
(4) 三井達郎,矢野伸裕,萩田賢司:無信号横断歩道における高齢者の横断行動と安全対策
に関する研究,土木計画学研究論文集 No.15 (1998) pp.791-802
(5) 尾崎龍樹,日野康雄,吉田長裕,上野精順:無信号横断歩道における歩道錯綜時の安全
性評価,土木学会 土木計画学研究講演集,No.25 (2002)
(6) 青木義郎, 森田和元, 田中信壽, 廣瀬敏也, 関根道昭, 川嵜修男:予防安全支援システム
効果評価シミュレータ (ASSESS) のための歩行者行動特性の解析,自動車技術会論文
集 Vol. 42 (2011), No. 5
17
第3章
車モデルによる横断タイミングの実態調査
3.1
目的
高齢歩行者が犠牲になる交通事故として最も多い状況は単路を横断する際の事故である 1).
単路であれば,交差点などの複雑な交通環境と比べ見通しも良く,接近する車両も二方向だ
けなので車両を認知し易いため交通事故が起きる前に危険を回避するための行動は容易にと
れるはずである.しかし,歩行者の交通死亡事故件数は,郊外の見通しの良い単路が最も多
い.加えて,単路における死亡事故件数は高齢者の割合が高い
1)
ため,高齢者は単路におい
て事故を誘発しやすい要因を抱えているのではないかと考える.本研究の目的は,車両走行
速度をパラメータとした歩行者交通事故の発生率を調べ,歩行者が実際の車道横断時に事故
を誘発する要因を明らかにすることにした.ここでは単路に焦点をあて歩行環境シミュレー
タを用いて片側一車線の単路の交通環境を再現し,若年者と高齢者を被験者として車道横断
時の知覚・認知能力を調査することとする.
3.2
方法
車道横断体験検査システムのブロック図および検査状況を図3.1に示す.暗室内に左面,
右面,正面の 3 枚の 100 インチスクリーンとプロジェクタ,デジタイザのトランスミッタを
設置した.被験者の頭部,首,腰および両膝にデジタイザの磁気式モーションキャプチャシ
ステム (MoCap) (Liberty 16 system, Polhemus)のレシーバを装着した.暗室外にはデジタイザ
本体,PC,モニタ用スクリーンを配置した.
走行車両および被験者の動作計測は,Python ベースのバーチャルリアリティ(VR) 開発環境
である Vizard (WorldViz)で開発したソフトウェアを用いて制御している.USB ポートを介し
て,
被験者の動作を計測する MoCap および VR 空間内での歩行を計測するトレッドミルと PC
との通信が可能である.また,頭部に装着した MoCap のレシーバ・データから被験者の身長
を計測し VR 空間に反映させることで,実際の交通環境で被験者の視点で見える映像を再現
している.
検査では,片側一車線の見通しのよい直線道路が被験者の正面および左右に配置した 3 枚
のスクリーンに呈示される.車両の走行条件について説明する.車両は手前車線(右から左に
車が走行)または奥車線(左から右に車が走行)のいずれか一方のみを走行する場合の 2 条件に
設定した.車の走行環境については,一定走行速度の車が所定の車間距離間隔をあけて繰り
返し通行する.車間距離については初期の車間距離を 5 m とし,以降の車間距離を 10 m,15m
と順に 5 m ずつ増加させている.車の走行速度は 20,30,40,45 km/h の 4 条件とした.た
だし,試行毎に車の走行速度はランダムに設定した.被験者には,普段通りの歩行速度で横
断できるタイミングを見つけて横断する様に教示した.被験者に装着した 5 個のレシーバで
安全確認および車道横断時の動作を 60 Hz で計測した.各条件の繰り返し試験回数は 2 回で
18
あり,被験者一人あたりの試験回数は計 16 回(速度 4 条件,車線 2 条件,繰り返し 2 回)で
ある.
被験者は高齢者 16 名(平均年齢 66.8 歳,標準偏差 3.9 歳)であった.年齢帯と性別に関し
ては,61 歳から 72 歳の男性 8 名(平均年齢 67.3,歳標準偏差 3.2 歳)
,60 歳から 74 歳の女
性 8 名(平均年齢 66.3 歳,標準偏差 4.7 歳)であった.
若年者の被験者は,22 歳から 24 歳の 8 名(平均年齢 22.8 歳,標準偏差 0.7 歳)であった.
22 歳から 23 歳の男性 6 名(平均年齢 22.7 歳,標準偏差 0.5 歳),22 歳 から 24 歳の女性 2 名
(平均年齢 23.0 歳,標準偏差 4.7 歳)であった.なお,被験者を使用した本実験は,秋田大
学および交通安全環境研究所の倫理規定審査の承認を得て実施している.
図3.1
車道横断体験検査システムのブロック図(上)および検査状況(下)
19
本実験に使用した教示条件を表3.1に示す.
表3.1
車道横断検査のための教示条件
車道横断検査のために
1.歩行練習:ルームランナーに慣れるために,スクリーンに映し出された歩道を
歩いていただきます.その後,検査風景をみていただきます.
2.右または左から近付いてくる自動車をよく見て,「歩いて渡れる!」と思ったタイミ
ングで車道を横断してください.
3.右または左から近付く自動車は,車間距離が徐々に広がりますので,待てば待つほど
渡りやすくなります.しかし,「歩いて渡れる!」と思ったギリギリのタイミングで
渡り始めてください.
4.渡り始めたら途中で止まらずに,渡りきってください.
5.横断中に危険を感じたら,「小走り,走る」など,していただいてもかまいません.
6.横断中に事故に遭ったりしても,危険はありませんので,心配無用です.
※
検査途中で気分が悪くなったときには,直ぐに中断しますので,我慢することなく申
し出てください.
20
車道横断時に必要不可欠なプロセスとして車両の認知が挙げられる.車道横断時に歩行者
がとるプロセスとして,下記に示す「知覚」,
「認知」
,「判断」および「行動」の 4 段階があ
る.
知覚:車の存在に気付ける能力.
認知:車の車種,接近速度および車両までの距離を見極めることが出来る能力.
判断:自身の歩行速度と車両速度および距離から安全に渡ることが可能との結論を導く
ことが出来る能力.
行動:実際に車道を横断できる能力.
車道横断を始める初期段階における知覚・認知能力はその後の動作に深く関わっている.
よって,安全を見極めるために必要な知覚・認知能力を把握することは交通事故を未然に防
ぐ上で重要な要素となる.そこで,ここでは歩行環境シミュレータを用いて片側一車線の単
路の交通環境を再現し,高齢者と若年者が車道を横断する時の知覚・認知能力を調査する.
3.3
結果
歩行者が車と接触した事例を事故と仮定し,車道横断回数(試行件数)に占める事故件数
を百分率表示した値を事故発生率と定義した.車の走行速度に対する事故発生率の関係を図
3.2に示す.図3.2 (a) に若年者,同図(b) に高齢者の事故発生率を示す.横軸に車の
走行速度,縦軸に事故発生の割合を示す.若年者・高齢者ともに速度が上がるにつれ事故発
生率が増加していることがわかる.特に高齢者は奥車線(左から右へ車が走行)での事故発
生率が高く,走行速度 40 km/h の条件で 45%,また走行速度 45 km/h では 55%となった.ま
た,若年者・高齢者ともに,手前車線より奥車線の事故発生率が高いことがわかる.全ての
事故発生件数を足し合わせると,若年者では手前車線が 1 件,奥車線が 3 件であり,高齢者
では手前車線が 11 件,奥車線が 34 件であった(表3.2)
.このように,全ての事故発生件
数に占める手前車線と奥車線の割合は,若年者・高齢者ともに,手前車線が約 25%,奥車線
が約 75%であり,高齢者と若年者で違いはなかった.事故発生率一覧を表3.2に示す.
21
事故発生率(%)
手前車線
奥車線
車両走行速度 (km/h)
事故発生率(%)
(a)若年者
手前車線
奥車線
車両走行速度 (km/h)
(b)高齢者
図3.2
車の走行速度に対する事故発生率
22
表3.2
被験者
車両走行速度(km/h)
事故発生率(%)
手前車線 事故件数
試行件数
事故発生率(%)
奥車線 事故件数
試行件数
事故発生率一覧
若年者8名(22-24歳)
高齢者16名(60-74歳)
20
0.0
0
16
0.0
0
16
20
6.3
2
32
3.3
1
30
30
0.0
0
16
0.0
0
16
40
0.0
0
16
6.7
1
15
45
6.7
1
15
12.5
2
16
30
9.4
3
32
13.3
4
30
40
10.3
3
29
44.8
13
29
45
10.3
3
29
55.2
16
29
試行ごとに実施したアンケートを表3.3に示す.毎回の車道横断時の内観報告を得るた
めに,被験者には「自動車の前を横断できると思ったのは,自動車との距離が充分に離れて
いると思ったからである.」との問いに対し,表3.3に示した5段階の回答を選択させた.
手前車線を車道横断した際のアンケート結果を図3.3に示す.図3.3 (a) に若年者,
同図 (b) に高齢者のアンケート結果を示す.横軸をアンケートの回答,縦軸を回答した人の
割合,奥行き軸を車の走行速度とする.図3.3(a)より,若年者は速度が遅いとアンケート
の回答がばらつくが,40 km/h を超えると回答 4 または 5 を選択することがわかる.図3.3
(b)より,高齢者は全ての速度で回答5を選択する人の割合がかなり高いことがわかる.図3.
3(a)および同図(b)を比較すると,若年者に比べ高齢者は,自身が安全な距離を見極めて横断
していると考えている割合が高いことがわかる.
奥車線を車が通行する条件下で被験者が車道横断した際のアンケート結果を図3.4に示
す.図3.4 (a) に若年者,同図 (b) に高齢者のアンケート結果を示す.図3.4 (a) より,
若年者は速度が上がるにつれ,回答 5 を選択する人の割合が高くなることがわかる.図3.
4 (b)より,高齢者の大多数が回答 4 または 5 を選択することがわかる.図3.3(a)および
同図(b)を比較すると,手前車線同様,若年者に比べ高齢者は,自身が安全な距離を見極めて
横断していると考えている割合が高いことがわかる.
高齢者について図3.3(b)および図3.4 (b)を比較した結果,高齢者は手前車線よりも
奥車線の回答にばらつきが多いことを確認できる.一方,若年者について図3.3 (a) およ
び図3.4 (a) を比較した結果,手前車線と奥車線を車が通行する条件で大きな違いはなか
った.また,若年者より高齢者のほうが回答の「5. とてもそう思う」と思って横断した人が
多いことがわかる.回答結果数一覧を表3.4に示す.
23
表3.3
質問
各試行において尋ねたアンケート
自動車の前を横断できると思ったのは,自動車との距離が充分に離れて
いると思ったからである.
回答 1
全くそう思わない.
回答 2
あまりそう思わない.
回答 3
どちらともいえない.
回答 4
どちらかといえばそう思う.
回答 5
とてもそう思う.
表3.4
被験者
車両走行速度(km/h)
回答1
回答2
手前車線 回答3
回答4
回答5
回答1
回答2
奥車線 回答3
回答4
回答5
回答結果数一覧
若年者8名(22-24歳)
高齢者16名(60-74歳)
20
20
30
1
2
4
5
4
0
2
2
6
6
40
0
1
3
7
5
0
0
2
8
6
0
0
0
6
10
0
0
1
6
8
24
45
0
0
0
7
8
0
0
1
6
9
0
1
1
6
24
0
1
1
10
18
30
0
0
0
5
27
0
0
1
9
20
40
0
0
0
6
23
0
0
0
10
19
45
1
0
0
7
22
1
0
2
9
17
手前車線
走行速度毎の構成割合(%)
車両走行速度
km/h
km/h
km/h
km/h
車両走行速度
(km/h)
全くそう
思わない
とても
そう思う
回答結果
(a) 若年者
手前車線
走行速度毎の構成割合(%)
車両走行速度
km/h
km/h
km/h
km/h
車両走行速度
(km/h)
全くそう
思わない
とても
そう思う
回答結果
(b) 高齢者
図3.3
手前車線を車が通行する条件下でのアンケート結果
25
奥車線
車両走行速度
走行速度毎の構成割合(%)
km/h
km/h
km/h
km/h
車両走行速度
(km/h)
全くそう
思わない
回答結果
とても
そう思う
(a) 若年者
走行速度毎の構成割合(%)
奥車線
車両走行速度
km/h
km/h
km/h
km/h
車両走行速度
(km/h)
全くそう
思わない
とても
そう思う
回答結果
(b) 高齢者
図3.4
奥車線を車が通行する条件下でのアンケート結果
26
横断開始時における車両走行速度と最接近車両までの距離の関係を図3.5に示す.ここ
で,最接近車両とは,車道を横断中に被験者に最も近い位置にいた車両(事故時には被験者
に衝突した車両)と定義する.図3.5 (a) に手前車線を車が通行する条件, 同図 (b) に
奥車線を車が通行する条件での結果を示す.横軸は車の走行速度を示し,縦軸は距離の平均
値を示す.また,標準偏差は被験者のばらつきを示す.車両走行速度が高くなると,再接近
車両までの距離は長くなることがわかる.図3.5 (a) より,手前車線では高齢者と若年者
はほぼ等しい車間距離を選択して横断していることがわかる.図3.5 (b) より,奥車線では
高齢者は若年者より短い車間距離を選択して横断開始したことがわかる.さらに,車の走行
速度が 40 km/h 以上になると高齢者における距離は若年者における距離と比べ有意に短くな
る (p<0.05) ことが判明した.図3.4の結果と図3.5を照らし合わせると,高齢者は十分
に距離があり安全だと思って横断するが,認識が甘く,結果として事故を引き起こしたとい
える.
横断開始時における車両走行速度と最接近車両の到達時間の関係を図3.6に示す.最接
近車両の到達時間とは,最接近車両が(被験者が歩行する)横断歩道の中央に到達するまで
に要する時間であり,図3.5における最接近車両との距離を車両走行速度で除算した値で
ある.図3.6 (a) に手前車線を車が通行する条件,同図 (b) に奥車線を車が通行する条件
での結果を示す.横軸は車の走行速度を示し,縦軸は時間を示す.到達時間に関しても距離
と同等の傾向を示しており,手前車線である図3.6(a)では若年者と高齢者に差違はなく,
奥の車線である同図 (b) では高齢者のほうが短い時間で横断を試みたことがわかる.図3.
6(b)の 40 km/h 以上の条件では高齢者と若年者で有意差が現れた.
以上の結果では,奥車線を車が通行する条件下において高齢者は若年者と異なる特性のあ
ることが判明した.そこで,奥車線を車が通行する条件下において高齢者に事故が生じた場
合/生じない場合の特性に着目する.奥車線における高齢者の事故ありと事故なしに分けたと
きの,横断開始時における車両走行速度と最接近車両までの距離の関係を図3.7に示す.
縦軸は距離を示し,横軸は車の走行速度を示す.事故が発生しないときの距離の平均値は事
故ありの場合と比べ長い傾向であるが,速度別に事故ありと事故なしで二標本 t 検定した結
果,有意差は無く(p>0.05),違いはないといえる.
奥車線における高齢者の事故ありと事故なしに分けたときの,横断開始時における車両走
行速度と最接近車両の到達時間の関係を図3.8に示す.縦軸は時間を示し,横軸は車の走
行速度を示す.事故が発生しないときの時間の平均値は,事故ありの場合と比べ長い傾向で
あるが,図3.7同様,事故ありと事故なしでは有意差が現れなく,違いがないと判定した.
距離と車両到達時間一覧を表3.5に示す.
27
距離(m)
手前車線
若年者
高齢者
車両走行速度 (km/h)
(a) 手前車線
奥車線
*
距離(m)
*
若年者
高齢者
車両走行速度 (km/h)
*有意差有り
(b) 奥車線
図3.5
横断開始時における車両走行速度と最接近車両までの距離の関係
28
到達時間(秒)
手前車線
若年者
高齢者
車両走行速度 (km/h)
(a) 手前車線
到達時間(秒)
奥車線
*
*
若年者
高齢者
車両走行速度 (km/h)
*有意差有り
(b) 奥車線
図3.6
横断開始時における車両走行速度と最接近車両の到達時間の関係横
29
事故なし
距離(m)
事故有り
車両走行速度 (km/h)
図3.7
事故の有無別にみた速度および距離の関係(奥車線,高齢者)
事故なし
到達時間(秒)
事故有り
車両走行速度 (km/h)
図3.8
事故の有無別にみた速度および時間の関係(奥車線,高齢者)
30
表3.5
被験者
車両走行速度(km/h)
平均
標準偏差
距離(m)
平均
奥車線
標準偏差
平均
手前車線
標準偏差
到達時間(秒)
平均
奥車線
標準偏差
手前車線
距離と車両到達時間一覧
若年者8名(22-24歳)
高齢者16名(60-74歳)
20
31.9
6.5
48.4
12.6
5.7
2.0
8.7
2.3
20
37.4
10.0
40.7
13.6
6.7
1.8
7.3
2.4
30
42.9
7.6
57.7
10.6
5.2
1.7
6.9
0.3
40
47.9
9.6
64.7
10.2
4.3
1.9
5.8
0.5
45
51.4
12.2
65.3
9.2
4.1
1.8
5.2
0.4
30
44.0
12.5
50.7
13.7
5.3
1.5
6.0
1.6
40
48.0
11.6
53.6
14.4
4.3
1.0
4.8
1.3
45
48.9
13.7
54.9
12.7
3.9
1.1
4.4
1.0
被験者の歩行速度と車の走行速度の関係を図3.9に示す.図3.9 (a) に手前車線,同
図(b) に奥車線を示す.縦軸は歩行速度を示し,横軸に車の走行速度を示す.図3.9より,
若年者より高齢者のほうが,歩行速度が速く見える.しかしながら,検定の結果,有意差が
現れなかったことより (p>0.05),今回の実験では若年者と高齢者の歩行速度に差違はないと
いえる.
上記解析では,事故あり/なしの両者を含んでいる.そこで,奥車線における高齢者の事故
ありと事故なしに分けたときの歩行速度を比較することとした(図3.10).縦軸は歩行速
度を示し,横軸に車の走行速度を示す.事故なしでは明らかに事故ありより歩行速度が速く,
20 km/h を除くすべての速度において有意差が現れた.このことより高齢者に事故が起きた要
素の一つとして,歩行速度があげられる.
31
歩行速度(m/s)
若年者
高齢者
車両走行速度 (km/h)
歩行速度(m/s)
(a) 手前車線
若年者
高齢者
車両走行速度 (km/h)
(b) 奥車線
図3.9
歩行速度と車の走行速度の関係
32
*
*
歩行速度(m/s)
*
事故なし
事故有り
車両走行速度 (km/h)
*有意差有り
図3.10 奥車線高齢者における歩行速度と車の走行速度の関係
33
3.4
考察
今回の検査では,高齢者は奥車線での横断時に「左からしか車が来ない」と教示したにも
関わらず,車の走行速度が 40 km/h 以上になると事故発生率が 4 割を超えた.つまり,左か
ら来ることを知っていて注意しているにも関わらず,奥車線で事故に遭っていることになる.
このことから,一部の高齢者は遠方にある接近車両を知覚認知する機能が衰えていると考え
ざるを得ない.事故が多いにも関わらず,内観報告(アンケート結果)において高齢者の多
数が「距離は充分にあった」と回答していることより,高齢者は自身の「知覚」および「認
知」機能の衰えを自覚できていないと考える.
本検査では,車両走行速度を 20 km/h から 45 km/h までの範囲で,試行ごとにランダムに設
定した.車両走行速度が高くなると判断ミスを伴い車両と接触する可能性が高くなった.な
お,この奥車線における横断判断ミスは若年者にも共通していた.
そこで,歩行開始時の最接近車両までの距離や最接近車両の到達時間を比較した.解析の
結果,奥車線において接近速度が 40 km/h,45 km/h の条件で距離および到達時間に高齢者と
若年者とで有意差が現れた.これは,実際の交通環境において高齢者が事故に遭いやすい条
件と同等であり,若年者と比べ,奥車線を走行する車両の接近速度を認知する能力が衰えて
いると考えざるを得ない.さらに,高齢者において事故の有無で距離と到達時間を比較した
結果,有意差は現れなかった.一方,高齢者において事故の有無で歩行速度を比較した結果,
事故に遭った高齢者の歩行速度は有意に遅いことが明らかになった.このことから,誤った
判断で車道を横断し始め,走り抜けた高齢者は事故を回避できたが,そのまま歩き続けた高
齢者が事故に遭っている様子を反映したものと考える.本来であれば,若年者と同じ距離ま
たは到達時間を見極めて横断すべきであり,ゆっくり歩いても安全に横断できたはずである.
つまり,横断前に奥車線の安全を見極める能力の低下が,高齢歩行者交通事故を誘発するリ
スク要因であるといえる.
今回の教示条件では,車道を走り抜けることで危険なタイミングであるにも関わらず事故
を回避した高齢者が多く見られた.危険を察知して歩行速度を変更する能力は実際の事故回
避に有効と考える.しかし,歩行者の知覚・認知機能を評価するとの本検査の主旨に反して
おり,以後の実験では「一定速度で歩いて渡る」様に教示条件を変更する必要があると考え
る.
34
3.5
まとめ
本研究では高齢歩行者が実際の車道横断時に事故を誘発する要因を明らかにするために
VR 環境下で車道横断を実施し,身体動作を計測した.
実験結果より,若年者・高齢者ともに速度が上がるにつれ事故発生率が増加していること
が判明した.
特に高齢者は奥車線での事故発生率が高く,
車の走行速度 40 km/h の条件で 45%,
また速度 45 km/h では 55%となった.このことから,一部の高齢者は遠方にある接近車両を
知覚認知する機能が衰えていると考えざるを得ない.事故が多いにも関わらず,内観報告(ア
ンケート結果)において高齢者の多数が「距離は充分にあった」と回答していることより,
高齢者は自身の「知覚」および「認知」機能の衰えを自覚できていないと考える.
また,歩行開始時の最接近車両までの距離や最接近車両の到達時間を比較した.解析の結
果,奥車線において車両の接近速度が 40 km/h,45 km/h の条件で距離および到達時間に高齢
者と若年者とで有意に異なることが判明した.しかし,高齢者において事故の有無で距離と
到達時間を比較した結果,有意差は現れなかった.一方,高齢者において事故の有無で歩行
速度を比較した結果,事故に遭った高齢者の歩行速度は有意に遅いことが明らかになった.
本来であれば,高齢者は若年者と同じ距離または到達時間を見極めて横断するべきであり,
ゆっくり歩いても安全に横断できたはずである.つまり,横断前に奥車線の安全を見極める
能力の低下が,高齢歩行者交通事故を誘発する要因であるといえる.
参考文献
(1) (財)交通事故総合分析センター:ITARDA INFORMATION No.53,高齢者の交通事故(2004)
35
第4章
高齢者の立位・歩行特性の調査
4.1
目的
本研究の目的は,高齢者の歩行特性を定量的に把握し,交通事故の計算シミュレーション
を行う上での基礎的資料を得ることである.具体的には,健常高齢者に加え,関節疾患,腰
椎症などの整形外科的疾患を持つ虚弱高齢者を対象として立位姿勢保持中,歩行運動中の動
作力学的計測を実施することにより,加齢や疾患に伴う姿勢と歩行の特性を明らかにし,計
算シミュレーションに投じる基本データを構築するための足がかりを得ることを目標とする.
本年度は,できる限り多くの歩行データを計測し,データベース構築を進める企図から,
国立障害者リハビリテーションセンター研究所,交通安全環境研究所の2施設において,延
べ 58 名のデータ計測を実施した.国立障害者リハビリテーションセンターでは,健常高齢者
と疾患高齢者の比較の観点から,整形外科的疾患者 20 名を含む 30 名の高齢者を対象とした
立位姿勢・歩行運動中の力学計測,筋活動計測実験を実施し,現在までに立位姿勢の解析,
歩行分析にて一般的に用いられる各種パラメータの算出を行った.交通安全環境研究所では,
若年者と高齢者の比較の観点から,65 歳以上の高齢者 18 名を含む 28 名の三次元歩行動作解
析実験を実施し,加齢に伴う歩行動作の一般的特性を把握するために,被験者全員のスティ
ックピクチャを作成する段階まで解析を終えた.本報告では,2 施設で実施した各実験につ
いて実験方法と手順を詳述し,現在までに終えている解析結果を提示する.
4.2
健常高齢者と虚弱高齢者の立位・歩行特性
4.2.1方法
(1)被検者
健常高齢者群(健常群)10 名,変形性膝関節症群(膝 OA 群)10 名,腰椎管狭窄症群(腰
椎症群)10 名の計 30 名を対象とした.被検者には,事前に本研究の内容を十分に説明し,
実験参加について書面による同意を得た上で実験を行った.なお,本実験の計測内容および
実験プロトコルは,国立障害者リハビリテーションセンター倫理委員会の是認を受けた.
(2)システム構成
本実験のシステム構成図を図4.1に示した.本実験は,実験室内に設置された3次元動
作解析システムを用いて実施した.この 3 次元動作解析システムは,赤外線反射マーカーを
被験者の身体標点に貼付し,キャプチャーカメラのレンズの回りに備え付けられたストロボ
を発光させ,その反射光を同期された 8 台のキャプチャーカメラで計測することでマーカー
の座標データを取得できる.座標データはソフトウェア上で三次元化し,リアルタイムで表
示される.座標データに加え,床面に設置されたフォースプレート(Kiszler 社製)を用いて
歩行運動中の床反力を,さらに下肢筋活動をワイヤレス式筋活動計測計(Torino システム,
36
Delsys 社製)にて計測した.計測データはA/D変換ボードを介してホストPCで,マーカー
の座標データと同期して記録した.
図4.1
上段:システム構成,下段:実験室内の歩行路
37
(3)実験手順
まず,歩行課題を行う前に被験者には,3 次元動作解析システム内に設置した床反力計の
上で両手を広げて立ってもらい,静止立位時の床反力を計測した.その後,10 m の歩行路を,
自己快適歩行速度で歩行させた.試行回数は 5 回ですべての試行で床反力,筋活動電位,マ
ーカーの座標データを計測した.試行回数は,被験者の歩行能力をみて適宜操作した.動作
解析に際してのマーカー貼付位置は,図4.2に示す Helen Hayes Marker Set を採用し,被験
者の身体計 29 ヶ所を標点とした.
図4.2
本研究で用いたマーカー貼付位置(Helen Hayes Marker Set)
38
(4)データの記録
身体標点に赤外線反射マーカーを貼付し,マーカーの座標データを 3 次元動作解析システ
ム (MAC3D System, Motion Analysis 社製) を用いてサンプリング周波数 60 Hz で取得した.歩
行中の筋活動電位を,左右の前脛骨筋 (TA),ヒラメ筋 (Sol),内側腓腹筋 (mGas),外側腓腹
筋 (lGas),大腿直筋 (RF),大腿二頭筋 (BF) からワイヤレス式筋電計測システム(Trigno,
Delsys 社製)を用いて計測した(図4.3).電極の貼付位置決定後,アルコール綿で皮膚面を
よく拭き取り,生体用サンドペーパーで軽く研磨することにより皮膚表面の抵抗を落とし電
極を添付した.電極貼付後はサージカルテープとアンダーラッピングで固定した.また,歩
行中の左右脚各々の床反力を,6 枚のフォースプレート(Kistler 社製)を用いて計測した.筋活
動電位,
床反力のデータは Mac3D システムの A/D 変換ボードよりサンプリング周波数 600 Hz
にて記録した.
図4.3
計測対象とした下肢筋群
39
(5)取得座標データによる骨格モデルの構築
歩行中に取得したマーカーの座標データを元にマーカーの定義づけを Cortex ソフトウエア
(Motion Analysis 社製)にて行い,標準化計算を経て骨格モデルを作成した.計測対象とな
るマーカーは,身体標点の空間内での座標位置であるが,骨格モデルを構築することで,身
体各関節の回転中心座標 (virtual marker) の推定が可能となる.これら virtual marker の座標よ
り股関節,膝関節,足関節の各関節角度を MATLAB (Mathworks 社)を用いて算出した.マー
カーより構築した立位姿勢時の骨格モデルを図4.4に示す.床反力は,床面上の足圧中心
点を起点とした 3 成分からなるベクトルにより描画される.
図4.4
マーカーにより構築される骨格モデル
40
(6)立位姿勢の分析
立位姿勢については,①矢状面上の下肢関節角度の平均位置の比較,②フォースプレート
により計測した左右各々の足圧中心位置(以下,CoP),および左右の合成値から算出した総
軌跡長をもって評価した(図4.5参照)
.なお,矢状面とは体の正中に対し平行に体を左右
に分ける面である.CoP の算出には,フォースプレートに内蔵された4つの圧センサーから
検出された各力信号を用い,以下の手順で行った.先ず,取得した静止立位中の床反力デー
タを,カットオフ周波数 3.0 Hz で,2 次のバターワース型のローパスフィルターを双方向か
らかけてフィルタリングの処理を行う.ある点における左右方向の力を Fx,前後方向の力を
Fy,鉛直方向の力を Fz とし,x 軸周りのモーメントを Mx,y 軸周りのモーメントを My とす
ると,以下の式が成り立つ.
CoPx=(My-Fx)/Fz,
CoPy=(Mx-Fy)/Fz
左右各々の床反力計から得られた足圧中心を CoPl,CoPr,その床反力垂直成分を Rvl,Rvr
とし,以下の式により両足の CoP(CoPnet)を算出した.
CoP_net=CoP_l×R_vl/(R_vl+R_vr )+CoP_r×R_vr/(R_vl+R_vr )
図4.5
30 秒間立位姿勢の時の足圧中心位置の変動
(AP position は前後位置,ML position は左右位置を示す)
41
(7)歩行動作の分析
歩行周期の同定には床反力データの踵接地時,離床時点を用いた.歩行速度の算出には推
定した COM (身体中心) の virtual marker を用いて,平均の速度を算出した.また,ステップ
長やステップ時間は heel marker を用いて歩行周期の同定と同様に,踵接地(例えば,右足踵
の接地)から次の踵接地(例えば,左足踵の接地)までを 1 ステップとして算出した.1 ス
テップおよび関節角度を含む各種歩行パラメータの定義について図4.6に示す.
右脚
右脚
左脚
床反力
左脚
時間
図4.6
1 ステップ(上),各種歩行パラメータの定義(下)
42
4.2.2
結果と考察
(1)立位姿勢
図4.7には,高齢者 6 名の静止立位姿勢を示す.個人間で大きく異なる傾向を示した.
若年健常者の場合,立位姿勢中の重心は足関節中心よりやや前方に位置するが,加齢にとも
なって重心位置は後方に偏位する傾向にあった.
図4.7
被験者間で認められる様々な姿勢特性
43
過去に国立リハビリテーションセンター研究所で計測した若年者のデータと,今回対象と
したすべての高齢者間の静止立位姿勢の差異を図4.8に示す.上段は立位姿勢時の股関節,
膝関節,足関節の関節角度平均値,下段は足圧中心の総軌跡長の差異を示している.関節角
度は,高齢者では膝関節角度が屈曲位に偏位する傾向が認められ,総軌跡長は高齢者で開眼,
閉眼条件のいずれにおいても増加する結果が得られた.
DD
図4.8
若年者,高齢者間の立位姿勢の比較
44
(2)歩行特性
歩行解析に関しては現在のところ,健常高齢者群,膝 OA 群,腰椎症群各 10 名について座
標データの計算処理と骨格モデルの構築の過程を終え,図4.9に示す一般的な歩行パラメ
ータを算出した.下記データより,歩行速度には3群間で顕著な差が認められない一方で,
膝 OA 患者では,他の群と比較して歩数を多くするような歩行特性を持ち(図4.9(1)
)
,
ステップ長,ステップ時間ともに左右の非対称性が顕著となる結果が得られた(図4.9(2)
)
.
(m/分)
(ステップ/分)
(1)歩行速度およびケイデンス
(mm)
(%)
(秒)
(%)
(2)左右のステップ長およびステップ時間
図4.9
若年者,高齢者間の立位姿勢の比較
45
4.3
高齢者と若年者の歩行特性の違い
4.3.1
方法
(1)被検者
健常若齢者 10 名,65 歳以上の健常高齢者 18 名の計 28 名を対象とした.被検者には,事
前に本研究の内容を十分に説明し,実験参加について書面による同意を得た上で実験を行っ
た.
(2)実験手順
前項と同様に,実験室内に設置された 3 次元動作解析システムを用いて実施した.被験者
は 10 m の直線上を自己快適歩行速度にて計 2 試行,歩行した.動作解析に際してのマーカー
貼付位置は,図4.2に示す Helen Hayes Marker Set を採用し,被験者の身体標点計 29 ヶ所
を標点とした.
図4.10
上段:システム構成,下段:実験の様子と計測された歩行動作
46
4.3.2
方法
全被験者の歩行データについて,歩行中に取得したマーカーの座標データを元にマーカー
の定義づけを Cortex ソフトウエア(Motion Analysis 社製)にて行い,標準化計算を経て骨格
モデルを作成した.既述の方法で計算される virtual marker の座標を用いて,頭頂,肩関節,
股関節,膝関節,足関節,第二中足骨を結ぶスティックダイアグラムを描画した.年齢と歩
行動作の関係性を把握する目的で,ストライド長と年齢の相関図を作成し,両変数の関連性
を検討した.
図4.11
スティックダイアグラム
47
図4.12-1
全被験者のスティックダイアグラム図(女性)
48
図4.12-2
全被験者のスティックダイアグラム図(女性)
49
図4.12-3
全被験者のスティックダイアグラム図(男性)
50
図4.12-4
全被験者のスティックダイアグラム図(男性)
51
4.3.3
結果
図4.12(1-4)に被験者毎に静止立位姿勢時の写真,股関節位置で標準化したステ
ィックダイアグラム,計測領域内での歩行中の各標点座標の移動を示すスティックダイアグ
ラムの時間経過図を示す.図中の赤線は,ストライド長を示す.図4.13にストライド長
と年齢の関係性を示す.女性においては両変数の間に有意な負の相関関係が認められ,加齢
とともに歩幅が減少することが確認された.男性についても,統計的有意差は認められなか
ったものの,同様に負の相関が認められた.
図4.13
4.4
ストライド長と年齢の関係
まとめ
2 施設にて実施した歩行計測データは今後継続して詳細な解析を進め,シミュレーション
を行う上での基礎データを提供できるよう,来年度前半にすべての解析を終える予定である.
現時点で 58 名のデータを取得しており,データ数は十分な量に達していると考えられるが,
年齢分布にばらつきがあるため,今後の解析の進捗状況に応じて追加実験を実施する.
今後は,計測したすべてのデータを活用して,若年者と高齢者,高齢疾患者の歩行特性に
ついての知見集約に努め,国立障害者リハビリテーションセンター研究所で取得したデータ
に関しては,関節角度変位や床反力特性,各関節のモーメントなどの動作力学的特性を詳細
に検討する予定である.
52
第5章
歩行速度の調査
5.1
目的
本研究では高齢歩行者が被害者となる人対車両の交通事故について様々な考察を進めてい
る.我々は高齢者が事故に遭遇しやすくなる要因の一つとして,接近してくる車両に対する
認知能力の変化を予想しており,高齢者は接近車両までの距離や速度を誤認識しやすくなる
ことが考えられる.或いは,接近車両までの距離や速度は正しく認識できても,歩行速度の
低下により横断が終了しないうちに車両が接近して事故に遭遇する可能性が考えられる.そ
こで本章では,各実験に参加した高齢者と比較対照群としての歩行速度を調査したので以下
報告する.
5.2
方法
被験者が自己快適速度で 7 m を歩行するのに要する時間を測定した.距離を 7m としたの
は,標準的な道路は片側 3.0 m から 3.5 m であり,第2章における実車実験を行った東京都内
自動車学校の教習コースの道幅が2車線で 7m であったことに基づいている.
測定に際して,
歩行開始地点と終了地点を示すテープを地面に貼り付けた.被験者はスタート地点につま先
をそろえてまっすぐに立ち,計測者の合図の直後に歩行を開始し,終了地点で立ち止まらず
にテープの上を通過してもらった(「停止状態からの歩行」と呼称).また,同様に被験者に
11 m を自己快適速度で歩行してもらい,前後 2 m を除く 7 m 区間の通過に要する時間を計測
した(「歩行中の 7 m」と呼称)
.
ここでは,第2章の東京都内自動車学校における実験(屋外実験)
,第3章の秋田大学の共
同研究実験棟における実験(屋内実験),第4章2節の交通安全環境研究所審査棟内における
実験(屋内実験)を実施した際に,歩行速度の調査を併せて実施した.なお,本実験の計測
内容および実験プロトコルは,交通安全環境研究所の倫理規定審査の許可を得た.
第2章で歩行速度の調査に参加した被験者(東京都在住)は,東京都三鷹市老人クラブ等
の高齢者 19 名(男性 12 名,女性 7 名,平均 75.2 歳,標準偏差 6.1 歳)を対象とし「停止状
態からの歩行」
「歩行中の 7 m」を 2 回計測した.なお,若年者を対象とした計測は行ってい
ない.
第3章で歩行速度の調査に参加した被験者(秋田県在住)は,高齢者 16 名(男性 8 名,女
性 8 名,平均年齢 66.8 歳,標準偏差 3.8 歳)を対象として「停止状態からの歩行」を 2 回計
測した.
第4章で歩行速度の調査に参加した被験者(東京都在住)は,東京都三鷹市老人クラブ等
の高齢者 18 名(男性 11 名,女性 7 名,平均年齢 75.2 歳,標準偏差 4.8 歳),比較対照群とし
て若年者 10 名(男性 2 名,女性 8 名,平均年齢 33.6 歳,標準偏差 6.6 歳)を対象とし「停止
状態からの歩行」を 3 回計測した.
53
交通安全環境研究所審査棟内で実施した屋内歩行時間測定の様子を図5.1に示す.
図5.1
屋内歩行時間測定の様子
54
5.3.
結果
5.3.1
屋内実験(交通安全環境研究所:東京都)
第4章の交通安全環境研究所で実施した「高齢者の立位・歩行特性の調査(高齢者と若齢
者の歩行特性の違い)」の調査に協力した被験者について,歩行速度の実験結果を示す.ここ
では歩行測定を 3 回行い,それぞれの試行(1 回目,2 回目,3 回目)における平均値を表5.
1,図5.2に示す.平均歩行時間に対して年齢×回数の 2 要因分散分析を実施したところ,
年齢の要因と回数の要因の交互作用に 10 %の危険率で有意傾向が検出された (F[2,52]= 2.70,
p<.01).そこで単純主効果検定を実施したところ,1 回目の年齢の要因に有意差が検出され
(F[1,23]= 4.54, p<.05),高齢群は回数の要因に有意差が検出された (F[2,52]= 11.94, p<.05).
Bonferroni 法による多重比較を実施したところ,高齢群の 1 回目の歩行時間は 2 回目,3 回目
よりも有意に長いことが判明した (MSe= 0.0755, p<.05).そのため若年者は回数によらず歩行
速度がほぼ一定であるが,高齢群は 1 回目に関しては歩行速度が若年者よりも遅く,2 回目
以降は両者の差が小さくなることがわかった.
表5.1
交通安全環境研究所の屋内実験における停止状態からの歩行 7m に要した時間一
覧(単位は秒)
若年者
回数
高齢者
平均値
標準偏差
平均値
標準偏差
1 回目
5.55
0.49
6.16
0.79
2 回目
5.41
0.59
5.83
0.76
3 回目
5.38
0.48
5.63
0.65
全体の平均
5.45
0.47
5.87
0.70
8.0
7.5
歩行時間(秒)
7.0
6.5
6.0
若年
高齢
5.5
5.0
4.5
4.0
3.5
3.0
1回目
(練習)
図5.2
2回目
3回目
屋内実験における停止状態からの歩行 7m に要した時間
55
5.3.2
屋内実験(秋田大学:秋田県)
第3章「車モデルによる横断タイミングの実態調査」に参加した高齢者(秋田県在住)に
おける歩行時間について調査した結果を表5.2,図5.3に示す.本実験において得られ
た歩行時間は平均 5.17 秒であり,この時間は前出の交通安全環境研究所で測定した若年者の
平均値(5.45 秒)よりも短かった.また,この次の項で説明する,屋外実験で測定した高齢
者の歩行中の 7 m に要した平均時間(4.68 秒)よりも長かった.本実験に参加した秋田県在
住の高齢者の歩行速度は若年者に劣らず高かったことが示唆された.
表5.2
秋田大学の屋内実験における停止状態からの歩行 7 m に要した時間一覧(単位は
秒)
回数
停止状態からの歩行
平均値
標準偏差
1 回目
5.35
0.85
2 回目
5.28
0.67
平均
5.17
0.70
8.0
7.5
歩行時間(秒)
7.0
6.5
6.0
1回目
2回目
5.5
5.0
4.5
4.0
3.5
3.0
回数
図5.3
秋田大学の屋内実験における停止状態からの歩行 7m に要した時間
56
5.3.3
屋外実験(東京都内自動車学校)
第2章における実車実験を行った東京都内自動車学校の教習コースにおいて,歩行速度の
調査を行った.教習コースを用いることにより実路に近い状況での歩行速度を計測すること
が可能であった(図5.4).ここでは,高齢者を対象として,実験回数や測定方法に関し分
析を行った.
図5.4
屋外実験における歩行時間測定の様子
57
表5.3,図5.5に平均歩行時間を示す.停止状態からの歩行(立ち止まった状態から
歩行を開始し,7 m を歩行)に要する時間は約 5.5 秒であった.また,歩行中の 7 m(すでに
歩いている途中の 7 m 区間)を通過するためにかかる時間は約 4.7 秒であり,二つの条件間
に 0.8 秒間の差があった.平均歩行時間に対して,2 要因(回数×測定方法)の分散分析を実
施したところ,測定方法の要因に有意差が認められた (F[1, 18]=98.33, p<.01).
表5.3
屋外の 7m 道路を横断するための歩行時間一覧(単位は秒)
回数
停止状態からの歩行
歩行中の 7m
平均値
標準偏差
平均値
標準偏差
1 回目
5.43
0.62
4.67
0.50
2 回目
5.52
0.50
4.68
0.45
平均
5.48
0.57
4.68
0.47
8.0
1回目
2回目
歩行時間(秒)
7.0
6.0
5.0
4.0
3.0
停止状態からの歩行7m
図5.5
5.4
歩行中の7m
屋外の 7m 道路を横断するための歩行時間
考察
全体として見た場合,今回の実験に参加した高齢者の歩行速度は若年者とほとんど変わら
なかった.交通安全環境研究所の屋内実験における高齢者の歩行時間は若年者よりも少し長
く,統計的な有意差が検出されたのは 1 回目のみであった.また,停止した状態から歩行を
開始した場合は,屋内実験における若年者の歩行時間(平均値 5.45 秒,標準偏差 0.47 秒)と
屋外実験における高齢者の歩行時間(平均値 5.48 秒,標準偏差 0.57 秒)はほぼ同じであった.
実験参加者に対する聞き取り調査から,高齢者の多くは三鷹地区における高齢者団体の幹
部であり,普段から身体的,社会的に精力的な活動を行っていることがわかった.そのため,
一般的な高齢者よりも身体的な能力が高いことが予想される.
58
このことを確認するために追加のテストとして屋外実験の参加者に対して Timed up & Go
テストを実施した.Timed up & go テストは複合動作能力をみる検査であり,転倒場面に多い
動作(立上がり・腰掛・方向転換)を複合的に判断できる.Timed up & go テストの成績が高
いほど日常生活動作の自立度が高いと考えられている
1)
.
テストは次の手順で行う(図5.6).
・ 椅子から立ち上がり 3m 先の目印を折り返し,再び椅子に座るまでの時間を計測する.
・ スタート肢位は椅子の背もたれに背中をつけ,肘掛けに手を置いた姿勢とする.
・ 測定者の掛け声に従い,対象者にとって快適かつ安全な速さで一連の動作を行わせる.
・ 回り方は被験者の自由とする.
・ 教示は「できるだけ速く回ってください」に統一する.
・ 測定者は,対象者が立ち上がって再び座るまでの時間(小数点第 2 位まで)をストップ
ウオッチにて測定する.
・ 1 回の練習ののち 2 回測定を行う.
図5.6
Timed up & go テストの概要(参考資料1より引用)
この一連の動作に要する時間が 10 秒未満の高齢者は一人で歩行が可能と診断される.なお
11 秒以上要する場合は,運動器不安定症と診断される可能性がある.
屋外実験の参加者に対して,この方法で 2 回測定を行った(図5.7).その結果,1 回目
は平均 5.99 秒(標準偏差 0.98 秒)
,2 回目は平均 5.62 秒(同 0.77 秒)であったため,すべて
の参加者が診断基準の 11 秒を大きく下回り,高い身体能力が確認された.そのため,現実の
交通事故に遭遇する高齢歩行者の身体特性に関して事故分析等によりさらに検証を行う必要
があると思われる.
また,停止した状態から歩行を開始する場合は,歩いている途中の区間を測定する場合よ
りも,同じ 7 m の歩行でも約 0.8 秒間長くかかった.そのため,歩行を開始してから一定の
速度に到達するまでに 1 秒近くかかることになる.この 1 秒間のギャップは小さい値ではな
い.たとえば時速 40 km/h (11.1 m/s) の車は 1 秒間に約 10 m 進むため,路肩において接近車
両を確認し,横断を始めてから所定の速度に到達するまでの間に,当初の予測よりも車両が
接近している恐れがある.今後は若年者においても同じ測定を行ない,歩行開始から速度が
一定になるまでの時間に年齢差がないか検討する必要があると思われる.
59
図5.7
5.5
Timed up & go テストの様子
まとめ
高齢歩行者が被害者となる人体車両の交通事故について,歩行速度の低下により横断が終
了しないうちに車両が接近して事故に遭遇する可能性が考えられたため,各実験に参加した
高齢者の歩行速度を調査した.その結果,一般的な 2 車線道路の幅である 7 m の距離を歩行
するのに要する時間は,高齢者が 5.0 秒から 6.0 秒間であり,若年者もほぼ同じであった.追
加の Timed up & go テストを行ったところ,今回の実験に参加した高齢者はいずれも高い歩行
能力を保有することが示唆された.また,歩行を開始してから速度が一定になるまでの時間
に高齢者と若年者で差がある可能性が残された.今後,現実の交通事故に遭遇する高齢歩行
者の身体特性に関して事故分析等により詳細に調査していくことも必要であると考えられる.
60
参考資料
(1) 高橋豊 転倒予防のための運動療法および歩行補助具の使い方山武・長生・夷隅地域リハ
ビリテーション支援センター事業出張研修会資料
http://yutaka-t.cocolog-nifty.com/blog/files/1011.pdf
61
第6章
歩行者の生活習慣と意識調査
6.1
目的
本研究では高齢歩行者が被害者となる人対車両の交通事故について様々な考察を進めてい
る.歩行者の交通事故は交差点以外の単路で多く発生しており,しかも横断歩道のない場所
を横断中であることが多い.交通事故総合分析センターによると,横断歩道以外の道路を横
断中に事故に遭遇した場合は横断歩道を横断中よりも車両の直前速度(走行速度)が高くな
り,傷害の重篤度が高くなることが指摘されている
1)
.高齢者ではより深刻な結果を招く可
能性が高くなる.そこで本研究の各種実験に参加した高齢者および比較対照群の若年者を対
象にアンケートを行い,生活習慣,横断歩道のない道路を日常的に横断する機会の有無,横
断する場合の動機などについて調査を行った.ここでは第3章「車モデルによる横断タイミ
ングの実態調査」に参加した高齢被験者(秋田県)および第4章の「高齢者の立位・歩行特
性の調査(高齢者と若年者の歩行特性の違い)
」に参加した東京都在住の高齢被験者,若年被
験者および秋田県在住の若年者の結果を報告する.
6.2
方法
次ページには実際に使用したアンケートの紙面を示す.まず一般的な属性を質問し,仕事
の有無や外出頻度,目的について調査した.2 番目の質問項目は,日常生活において横断歩
道の無い道路を横断する機会があるかどうかについて質問し,横断する機会がある場合はそ
の理由について尋ねた.
第3章の「車モデルによる横断タイミングの実態調査」に参加した高齢層の被験者(高齢
者(秋田県))は男性 8 名,女性 8 名であり,平均年齢は 66.8 歳(標準偏差 3.8 歳)だった.
第4章の「高齢者の立位・歩行特性の調査(高齢者と若年者の歩行特性の違い)
」に参加し
た高齢層の被験者(高齢者(東京都)
)は男性 11 名,女性 7 名であり,平均年齢は 75.4 歳(標
準偏差 6.7 歳)だった.東京都在住の若年層の被験者(若年者(東京都))は男性 2 名,女性
8 名であり,平均年齢は 33.5 歳(標準偏差 4.7 歳)であった.秋田県在住の若年層の被験者
(若年者(秋田県)
)は男性 16 名,女性 1 名であり,平均年齢は 22.5 歳(標準偏差 1.2 歳)
であった.
62
実験アンケート
実験アンケート
平成
年
平成
月
日
月
日
年
[1]あなた個人のこと,また生活習慣について教えてください.
[1]あなた個人のこと,また生活習慣について教えてください.
1-1
1-1
年齢
1-2
1-2
性別
1-3
1-3
年齢
(
歳)
(
歳)
性別
(
(
男
男
・
)
)
□週に3日以上
□週1~2程度
□仕事はしていない
今現在,お仕事あるいは通学を定期的にされていますか?
1-4
□週1~2程度
□仕事/通学はしていない
徒歩で外出される頻度は1週間にどのくらいですか?
□ほぼ毎日
□週に2,3回
□1回か無い場合もある
徒歩で外出される頻度は1週間にどのくらいですか?
□ほぼ毎日
1-5
1-5
女
女
今現在,お仕事を定期的にされていますか?
□週に3日以上
1-4
・
□週に2,3回
□1回か無い場合もある
外出目的は何ですか?(複数回答可)
□仕事
□習い事やクラブの集まり
外出目的は何ですか?(複数回答可)
□買い物
□その他( □習い事やクラブの集まり
□仕事/通学
)
□買い物
□その他(
□近所の散歩
□近所の散歩
)
[2]次の質問にお答えください.
[2]次の質問にお答えください.
2-1 普段の生活の中で,横断歩道が無い道路を横断することはありますか?
□かなりある
□たまにある
□全くない
2-1 普段の生活の中で,横断歩道が無い道路を横断することはありますか?
□かなりある
2-2
2-2
□たまにある
□全くない
2-1 の質問で,かなりある・たまにあると答えたかたに質問です.
横断している道路はどのような場所ですか?(複数回答可)
2-1 の質問で,かなりある・たまにあると答えたかたに質問です.
□自動車が来なければどこでも
横断している道路はどのような場所ですか?(複数回答可)
□比較的近所の通りなれた道
□自動車が来なければどこでも
□その他(
□比較的近所の通りなれた道
□その他(
)
)
2-3 横断した理由は何ですか? (複数回答可)
□自動車が来ないので問題なかった
2-3 横断した理由は何ですか?
(複数回答可)
□目的地に近道だったから
□自動車が来ないので問題なかった
□自動車が止まってくれると思った
□目的地に近道だったから
□信号機や横断歩道までは遠かったから
63
2-4
最近,歩行中に自動車と接触しそうな危険を感じたことはありますか?
□横断歩道を歩行中にあった
□交差点を歩行中にあった
□信号や横断歩道がない道であった
□特に危ないと感じたことは無い
ご協力ありがとうございました.
64
6.3
結果
アンケートの結果を以下に示す.
■今現在,お仕事あるいは通学を定期的にされていますか?
グラフ値:%
0%
高齢者(秋田県)
(N=16)
20%
13
高齢者(東京都)
(N=18)
40%
60%
13
80%
100%
75
28
28
若年者(秋田県)
(N=17)
29
94
若年者(東京都)
(N=10)
6
週に3日以上
週 1 ~ 2 程度
仕事/通学はしていない
100
東京都の高齢者の就業時間は週に 3 日以上,1 日~2 日,未就業がそれぞれ約 30%程度であ
ったが,秋田県の高齢者は4分の3が未就業であった.東京都の若年者は全員が職に就いて
いることから週に 3 日以上の就業率が 100%であった.秋田県の若年者は大学生を対象とした
調査であったため9割以上が週に3日以上の通学が確認された.今回の調査対象者の場合,
高齢者は若年者よりも生活パターンが多様であることが推察された.
■徒歩で外出される頻度は 1 週間にどのくらいですか?
グラフ値:%
0%
高齢者(秋田県)
(N=16)
高齢者(東京都)
(N=18)
若年者(秋田県)
(N=17)
若年者(東京都)
(N=10)
20%
40%
60%
56
80%
25
89
100%
19
11
81
19
90
ほぼ毎日
週に 2、3 回
1 回か無い場合もある
10
徒歩での外出について,秋田県,東京都の若年者および東京都の高齢者は 80%以上がほぼ
毎日徒歩で外出していることがわかった.一方,秋田県の高齢者は徒歩による外出頻度がも
っとも低かった.公共交通が発達している東京都では徒歩で外出する機会が多いが,秋田県
では車で外出する機会が多いと思われ,徒歩による外出頻度が低くなっている可能性がある.
そのため,外出時の交通手段について調査する必要があると思われた.
65
■外出目的は何ですか?(複数回答可,単位は%)
グループ
高齢者
秋田県
東京都
(N=16)
(N=18)
27.8
27.8
回答
回答の割合(%)
仕事
若年者
秋田県
東京都
(N=17)
(N=10)
64.7
90.0
習い事やクラブの集まり
44.4
61.1
17.6
10.0
買い物
44.4
55.6
52.9
70.0
近所の散歩
44.4
55.6
17.6
10.0
その他
25.0
5.6
23.5
0.0
100
80
60
40
20
その他
近所の散歩
買い物
習い事やクラブの
集まり
仕事/通学
0
高齢者(秋田県)
(N=16)
高齢者(東京都)
(N=18)
若年者(秋田県)
(N=17)
若年者(東京都)
(N=10)
外出目的について,若年者は大半が仕事,買い物であるのに対し,高齢者はこれらに加え
て習い事や散歩など多岐にわたった.就業中の若年者の場合,毎日ほぼ同じルートで通勤す
ると考えられるが,高齢者の方が外出の目的が多岐にわたる分,通行する道路や交通手段が
多様であると考えられる.徒歩による外出が多いことをあわせて鑑みると,高齢者は様々な
道路を歩行する頻度が若年者よりも高く,その際に車両と接近する機会も多いことが推察さ
れる.
66
■普段の生活の中で,横断歩道が無い道路を横断することはありますか?
グラフ値:%
0%
20%
高齢者(秋田県)
(N=16)
60%
22
若年者(秋田県)
(N=17)
61
53
29
10
80%
100%
75
25
高齢者(東京都)
(N=18)
若年者(東京都)
(N=10)
40%
80
17
18
かなりある
たまにある
全くない
10
横断歩道が無い道路を横断する機会について,
「かなりある」と「たまにある」をあわせる
と,すべてのグループにおいて 8 割を超えることがわかった.特に秋田県の高齢者は全員,
横断歩道が無い道路を横断する機会があると答えている.徒歩で外出する頻度が低いことと
あわせて考えると,かなり高い割合であると考えられる.
67
■前の質問で,かなりある・たまにあると答えた方に質問です.
横断している道路はどのような場所ですか?(複数回答可,単位は%)
グループ
回答
自動車が来なければどこでも
高齢者
秋田県
東京都
(N=16)
(N=18)
37.5
50.0
若年者
秋田県
東京都
(N=17)
(N=10)
41.2
30.0
比較的近所の通りなれた道
93.8
61.1
58.8
70.0
その他
0.0
5.6
0.0
0.0
回答の割合(%)
100
80
60
40
20
その他
比較的近所の
通りなれた道
自動車が来なけれ
ばどこでも
0
高齢者(秋田県)
(N=16)
高齢者(東京都)
(N=18)
若年者(秋田県)
(N=17)
若年者(東京都)
(N=10)
横断歩道が無い道路でも,車が来なければどこでも横断すると答えた割合はすべてのグル
ープにおいて約4割前後であった.また,高齢者,若年者とも横断歩道を渡らないのは比較
的近所の通りなれた道の場合が多く,秋田県の高齢者はこの傾向が顕著であった.近所のよ
く知った道であれば,交通量なども熟知しており,本人は事故の可能性が低いと考えて横断
するものと思われる.
68
■横断した理由は何ですか? (複数回答可,単位は%)
グループ
回答
自動車が来ないので問題なかった
高齢者
秋田県
東京都
(N=16)
(N=18)
68.8
66.7
目的地に近道だったから
68.8
38.9
47.1
40.0
自動車が止まってくれると思った
0.0
5.6
0.0
10.0
信号機や横断歩道までは遠かったから
31.3
33.3
35.3
20.0
100
回答の割合(%)
若年者
秋田県
東京都
(N=17)
(N=10)
76.5
80.0
80
60
40
20
信号機や横断歩道
までは遠かったから
自動車が止まって
くれると思った
目的地に近道だっ
たから
自動車が来ないので
問題なかった。
0
高齢者(秋田県)
(N=16)
高齢者(東京都)
(N=18)
若年者(秋田県)
(N=17)
若年者(東京都)
(N=10)
すべてのグループにおいて「自動車がこないので問題なかった」という回答が高かった.
また,目的地への近道として横断歩道のないところの横断は,秋田県の高齢者が顕著に高く,
それ以外のグループはほぼ同率である.同様に「信号機や横断歩道までは遠かったから」と
いう回答も目立つことから,いずれのグループも車が来ない限りはできるだけ近いルートを
選択したいという要求があることが認められた.
69
■最近,歩行中に自動車と接触しそうな危険を感じたことはありますか?
グラフ値:%
0%
20%
高齢者(秋田県)
(N=16)
6
6
高齢者(東京都)
(N=18)
6
11
40%
60%
80%
100%
88
11
横断歩道を歩行中にあった
78
交差点を歩行中にあった
信号や横断歩道が無い道であった
特に危ないと感じたことは無い
若年者(秋田県)
(N=17)
11
若年者(東京都)
(N=10)
12
20
29
10
10
59
60
この調査から自動車との接触の危険があった比率は,高齢者よりも若年者の方が高かった.
横断歩道上で車と接触しそうになった確率は東京都の若年者がもっとも高かった.信号や横
断歩道が無いところの通行中に接触しそうになった比率は秋田県の若年者が最も高かった.
この質問は直近のヒヤリハット経験を尋ねたものであるが,もう少し長い期間を対象として
調査した場合は,違う傾向が現れる可能性もあると思われる.
6.4
考察
高齢歩行者は,外出の目的が多岐にわたる分,通行する道路や交通手段が多様であると考
えられた.徒歩による外出が多いことをあわせて鑑みると,高齢者は様々な道路を歩行する
頻度が若年者よりも高く,その際に車両と接近する機会も多いことが推察された.秋田県在
住の高齢者は,横断歩道のない道路を横断する機会が全回答者で見受けられた.一方で,危
険を感じることはほとんどない傾向も示された.東京都と比べ秋田県の交通量は少ないこと
が本アンケート結果に影響を及ぼしたことが一要因として考えられる.
高齢者,若年者とも横断歩道を渡らないのは比較的近所の通りなれた道の場合が多かった.
近所のよく知った道であれば,交通量なども熟知しており,本人は事故の可能性が低いと考
えて横断するものと思われた.
6.5
まとめ
アンケートの結果,高齢者は未就業者の比率が多い分,外出の目的が多様であり,若年者
よりも活動範囲が多岐にわたっていることがわかった.そのため高齢者は目的に応じて毎日
違う道路を歩行している可能性が示唆された.高齢者は横断歩道のないところを渡ることが
多く,その場合近所のよく知った道で,車が少ない場合であることも判明した.
また,夜間における高齢歩行者の交通事故が多い 2)現状を鑑み,外出する時間帯とそのと
きの交通手段の相関などについても調査することが重要と思われた.
70
参考文献
(1)
松井靖浩:車両と歩行者の衝突の分析,交通事故総合分析センター,交通事故例・分
析報告書(平成 22 年度報告書)
(2)
交通事故総合分析センター編:夜間の高齢歩行者死亡事故,ITARDA インフォメーシ
ョン,No. 87 (2011)
71
第7章
歩行姿勢が変化した場合の衝突状況の調査
7.1
目的
従来,車両が歩行者へ衝突する状況は,特に車が歩行者へ接触するまでの歩行者の挙動を
把握することを目的としてメカニカルなダミーを用いた実験
1)
により確認されてきた.この
ような結果は,歩行者保護を目的とした車両の衝突試験条件の検証に反映される.車両との
衝突後,歩行者は路面等へ衝突するが,その挙動については明らかにされてこなかった.
ここでは,高齢歩行者が車両と衝突する場合の挙動を明らかにすることを目的とする.本
年度はそのパイロットスタディとして,日本人男性 50 歳代を対象とした歩行者モデルを作成
し,歩行者が車両と衝突後,路面へ衝突するまでの歩行者の挙動を調査したので,以下報告
する.
7.2
方法
ここでは,日本人男性 50 歳代を対象とした歩行者モデルを作成し,車両 2)や路面へ歩行者
が衝突する状況をマルチボディシミュレーションにより調査した.歩行者事故における乗員
挙動を検討するため,マルチボディを用いて,歩行者のモデルを作成した.マルチボディと
はボディ(剛体)を 3 次元のジョイントで結合したシステムであり,衝突解析ではこれに衝
撃負荷を与えることによって各部の応答を調べる.マルチボディはモデル作成が容易で,計
算時間も短いため,歩行者の全身挙動や受傷部位の検討など,歩行者保護の研究や事故再現
において広く用いられている.図7.1 に歩行者のマルチボディモデルを示す.歩行者とし
て,米国人成人 (175 cm, 78 kg) が標準的に用いられている.人体はボディに分割され,それ
ぞれ質量と慣性モーメントを入力する.それを関節であるジョイントで連結し,それぞれの
ジョイントには人体の関節特性を表現するようにモーメント抵抗-回転角の関係が入力され
る.
72
モーメント (Nm)
モーメント (Nm)
モーメント (Nm)
600
200
150
400
100
100
200
50
-40
-20
-150 -100 -50
0
0
-50
20
40
回転角(度)
0
-150
(a) 頭顆–頸部
モーメント (Nm)
600
身長
175 cm
50 100 150
回転角(度)
-100
-50
0
-200
100
50
回転角(度)
-100
屈曲伸展
側屈
回旋
-100
0
0
-400
-600
-200
(b) 頸部-胸部
(c) 胸部-腹部
モーメント (Nm)
800
モーメント (Nm)
600
400
400
400
頭部
頚部
胸部
腹部
上腕
前腕
腰部
大腿
下腿
足部
合計
4.1
1.0
23.8
2.3
11.2
3.8
3.6
18.8
7.6
1.8
78.0 kg
200
200
-200
0
-100
-50
0
-200
-100
-300 -200 -100 0
0
50
100
回転角(度)
0
100
200
回転角(度)
0
-200
100 200 300
回転角(度)
-400
-400
-400
-600
-600
-800
(d) 腹部–腰部
(e) 股関節
(f) 肩関節
○
図7.1
:前屈
△:側屈
□:ねじり
歩行者マルチボディモデル
シミュレーションでは,剛体ダミーデータベース (The Generator of Body Data: GEBOD) を
用いて身長や体重に応じて歩行者モデルの大きさを変更できる.例えば,日本人成人男性 50
歳代の平均身長 3) に着目し,ここでは身長 165 cm, 体重 60 kg の歩行者モデルを作成した.
関節のモーメント抵抗については,スケーリング法を用いた.関節の抵抗トルクは,関節を
回転させるときの曲げモーメントにより発生するが,曲げモーメントは力と長さの積で与え
られる.曲げモーメント M,力 F,長さ L について,成人男性と子どもの比をそれぞれ M,
F, L とすると
M  F L
(1)
力 F は,応力(単位面積あたりの力)  と面積 A によって F =  A で与えられ,面積 A は
長さの 2 乗に比例することを考慮して式 (1)を書き直すと
 M  (  A )  L   2L  L   3L
(2)
となる.応力  は,弾性係数 E とひずみ  の積によって  =E と表される.身体を構成
する材料を同じであるとすると,弾性係数 E は人体のサイズが異なっても同じ値である.
相似な物体が同様の変形をしているとき(長さに対する変形量の大きさが同じであるとき)
,
73
ひずみ(変形量/長さ)は同じ値となるから,応力も同じ値となる( = 1).したがって,式
(2) から曲げモーメント M の比は,長さの 3 乗に比例することになる(  M  3L ).体重は体
積と密度の積で与えられるが,体積は長さ L の 3 乗に比例すること,また,同じ材料では密
度が同じであることを考慮すると,体積は体重 W (kg) に比例することになる.したがって
曲げモーメントの比は
 M  W
(3)
となる.式(3)を用いて,関節の角度に対する曲げモーメントを求めた.
7.3
結果および考察
7.3.1
歩行者の挙動
車と歩行者の衝突時には,歩行者は車体形状にそって運動し,それぞれの人体部位が車体
から力を受ける.歩行者の重心(腰部)が,車のフード先端よりも高い位置にあると,下肢
が振り払われて歩行者は回転する.このとき,衝突速度が大きいほど,人体の回転角度は大
きくなる.衝突時に歩行者の各部は加速され,車とほぼ同じ速度を持つに至り,車体から反
発する.車が制動によって減速されれば,歩行者は車両前方に落下する.歩行者の重心高と
フード先端高さの関係,車の車体形状,衝突速度,制動の有無によって,衝突時の歩行者の
挙動が異なる.ボンネット車と衝突する際の歩行者の挙動を図7.2に示す.
(1)跳ね上げ挙動
この挙動はボンネット車で最も一般的に観察される.衝突時にボンネット車の前面にそっ
て歩行者が運動し,下肢が跳ね上げられるが,車が制動によって減速されるため,歩行者は
上体がフード上に衝突した後,フードから車の前方に滑り落ちる挙動である.車の衝突速度
は 30 km/h 程度以下でみられる.歩行者は車で受傷する側と,路面で受傷する側が同じであ
ることが多い.
(2)フェンダー落下
フェンダー落下は,跳ね上げ挙動と同様であるが,歩行者が車のバンパー端部近くに衝突
した場合,あるいは歩行者自身が持つ歩行速度のために,歩行者がフェンダー上に衝突し,
フェンダーから路面に落下する.車は制動をかけた場合と,かけていない場合がある.歩行
者頭部が A ピラー近くに衝突し,フェンダーまわりから車の側面に落下した場合もこの挙動
に含まれる.
(3)跳ね上げ回転
跳ね上げ回転はボンネット車との衝突時にみられ,ラップ・トラジェクトリの延長線上に
あるが,車の衝突速度が 40 km/h 以上になると発生する.衝突速度が高いため,ラップ・ト
ラジェクトリよりも人体の回転量が大きくなり,回転角は 180 以上となる.
(4)跳ね上げルーフ越え
ボンネット車において,衝突後も車が加速したり,高速の衝突で車が一定時間にわたり減
速されない場合に,歩行者がウィンドシールドからルーフ上に移動したり,ルーフを跳び越
74
えて車体後部や路面に落下する.
(5)前方押し倒し
前方押し倒しは,1 BOX 車やトラックなど前面が平坦な車の場合にみられる.歩行者は回
転量が小さく,衝突後は車両前方から路面に投げ出される.歩行者の傷害位置は車で右側面
を受傷する場合は,路面では左側面を受傷する場合が多い.ボンネット車であっても SUV と
子どもの衝突など,人体の重心(腰部)よりも高い位置にフード先端が衝突する場合には前
方押し出し挙動が起きる.
車体前面が平坦な 1 BOX 車あるいはトラックの端部が歩行者に衝突する場合,歩行者がそ
の人体縦軸まわりに 180 回転して路面に転倒する例がみられる.このような事故では,衝突
直前に歩行者が後方を振り返るなどの初期姿勢が含まれることが多いため,歩行者の挙動の
再現は難しい.人体縦軸まわりの回転は,人体の左右方向の柔軟性,および車体端部と人体
背面との接触状況が関与するため,マルチボディシミュレーションや衝突ダミーでは再現が
困難である.一方,有限要素解析では歩行者の初期姿勢の設定が難しいこと,ならびに多大
な計算時間を要するなどの問題がある.なお,有限要素解析結果の 1 例を参考までに図7.
3に示す.
75
(1) 跳ね上げ(25 km/h, 制動あり)
(2) フェンダー落下(25 km/h, 制動あり)
(3) 跳ね上げ回転(40 km/h, 制動あり)
(4) 跳ね上げルーフ越え(50 km/h, 制動なし)
(5) 前方押し倒し(25 km/h, 制動あり)
図7.2
図7.3
歩行者の挙動(ボンネット車との衝突)
歩行者の挙動(1 BOX 車との衝突:40 km/h 制動あり)
76
7.3.2
歩行者が路面と接触する詳細状況(ボンネット車)
歩行者は車との衝突のほかに,路面との衝突によっても傷害を受ける.歩行者が車と衝突
後にどのように路面と衝突するかを,マルチボディシミュレーションにより検討した.ここ
ではボンネット車に着目し歩行者との衝突速度を 10 km/h-60 km/h まで変化させ,歩行者の
挙動,及び頭部と路面の接触速度を調べた.
歩行者は衝突後に車から力を受けて,車軸のまわりに回転する.衝突速度を 22,32,52 km/h
に代表させることで,歩行者の挙動を以下の①~③に分類した.
①衝突速度 22 km/h: 歩行者は跳ね上げ挙動となるが,歩行者の回転角は 45 程度であり,
車との衝突後は,歩行者はボンネットトップから滑り落ち,頭部以外の人体部位が路面
と最初に接触する(図7.4)
.
②衝突速度 32 km/h: 歩行者の回転角は およそ 180 近くとなり,歩行者は頭部付近より
路面に落下する(図7.5).
③衝突速度 52 km/h: 歩行者の回転角は 180 を超える.衝突後に歩行者の持つ速度自体
が大きいため,頭部から路面に落下はしないが頭部が路面に接触したときの速度も高く
なる(図7.6).
図7.7(a) に歩行者頭部と路面の接触速度(3 軸合成速度)を車の衝突速度によって示す.
頭部の接触速度は,車の衝突速度に依存して増加する傾向を示す.ただし,両者の関係は直
線的ではなく,車の衝突速度によって三つの段階に分けることができる.車の衝突速度が低
い領域 10-30 km/h では頭部の路面接触速度は全体的に低い.車の衝突速度 30-50 km/h で
は高くなり,特に車の衝突速度 38 km/h の場合では,歩行者が頭部から路面に落下するため,
頭部の接触速度が大きい.衝突速度 50-60 km/h ではさらに頭部と路面の接触速度が大きく
なり,接触速度はほぼ車の衝突速度に相当する.
頭部と路面の接触速度を,車の進行方向と鉛直方向成分に分けると(図7.7(b), (c)),車
の衝突速度 30 km/h 未満では,車両進行方向よりも鉛直方向成分の速度が大きいが,これは
歩行者がボンネットトップから重力によって滑り落ちることが,路面への接触速度に影響を
及ぼしていることを示している.車の衝突速度 30 km/h 以上では,車の進行方向成分の寄与
分が大きくなるが,これは歩行者が車によって進行方向に加速されるため,路面への接触速
度にも衝突速度が直接的に影響することによる.
これらの結果から,ある衝突速度までは(このシミュレーションの場合 30 km/h),路面と
の衝突により頭部傷害が発生する可能性は低いが,この速度を超えると頭部と路面の衝突速
度が急激に大きくなり,頭部に重篤な傷害を受ける可能性が高いことがわかる.これまで,
路面との衝突による歩行者の傷害は,車両との直接打撃に比較して小さいといわれてきた.
しかし,車両による歩行者保護対策の進展によって車との直接の接触にともなう歩行者の傷
害の重症度は小さくなると考えられ,さらに歩行者の傷害を低減させるためには,今後,歩
行者の路面との衝突時の保護を検討していく必要があると考えられる.
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図7.4
歩行者の挙動(衝突速度 22 km/h)
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図7.5
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歩行者の挙動(衝突速度 32 km/h)
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図7.6
歩行者の挙動(衝突速度 52 km/h)
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頭部と路面の衝突速度 (m/s)
15
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5
0
0
0
5
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10
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20 m/s
60
70 km/h
車の衝突速度
頭部と路面の衝突速度 (m/s)
(a) 3 軸合成速度
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0
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10
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20 m/s
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70 km/h
車の衝突速度
頭部と路面の衝突速度 (m/s)
(b) 車両進行方向速度
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0
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10
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50
車の衝突速度
(c) 鉛直方向速度
図7.7
頭部と路面の衝突速度
79
20 m/s
15
60
70 km/h
7.4
まとめ
日本人男性歩行者が車両と衝突し,路面へ衝突する際の歩行者の挙動をマルチボディシミ
ュレーションにより調査した.得られた知見を以下に示す.
歩行者がボンネット車と衝突する場合,低速度(25 km/h)の衝突では「跳ねあげ」「フェ
ンダー落下」となるが,中速度(40 km/h)での衝突では「跳ね上げ回転」,高速度(50 km/h)
での衝突では「跳ね上げルーフ越え」となる.
なお,歩行者頭部が路面へ衝突する状況に着目すると,衝突速度が低速度(22 km/h)の場
合,歩行者はボンネットトップから滑り落ち,頭部以外の人体部位が路面と最初に接触する.
衝突速度が 32 km/h の場合,歩行者は頭部付近より路面に落下する.衝突速度が高速度
(52km/h)の場合,衝突後に歩行者の持つ速度が高い為,頭部から路面に落下はしないが,
頭部が路面に接触したときの速度が高くなる.
ここでは,50 歳代の男性をベースとして歩行者モデルを作成している.今後,第4章で実
施した高齢者の歩行姿勢をモデルに組み込み分析を進める予定である.
参考文献
(1) Y. Matsui, A Wittele and A. Konosu, Comparison of pedestrian subsystem safety tests using imp
actors and full-scale dummy tests, SAE Transactions Journal of Passenger Cars: Mechanical
Systems Journal, Section 6 Vol. 111, pp.1449-1464 (2002)
(2) 社団法人
人間生活工学センター,日本人の人体計測データ
80
(1997)
第8章
得られた成果と今後の課題
本研究では,高齢歩行者の行動,心理を究明し,事故低減に向けた方策の提言を目的とし
た研究を実施し,以下の知見を得た.
1)実車による横断タイミングの実態調査
・高齢層・若齢層の被験者共に歩行者がぎりぎり横断できる歩行者と車両との距離「歩車間
距離」は,手前車線(右から左に車が走行)よりも奥車線(左から右に車が走行)の
方が長くなる傾向があった.奥車線を走行する車両と歩行者との距離は,手前車線を
走行する車両と歩行者との距離と比べ長い.そのため,車両が奥車線を走行する場合,
歩行者は,距離が長い分の歩行時間を確保する必要があることから横断を早めにあき
らめやすいものと思われる.
・高齢層・若齢層の被験者共に歩行者がぎりぎり横断する“歩車間距離”は車両走行速度
が高くなると長くなる.その際の“車両到達予測時間(=歩車間距離/車両走行速度)”
も車両走行速度が高くなると短くなる.このことから歩行者は,歩車間距離と到達予
測時間の双方から横断の判断を行う可能性のあることが推測される.
・高齢歩行者は若齢歩行者と比べて,車両が奥車線を走行する場合には横断タイミング
が遅くなった.すなわち,高齢歩行者における横断判断は,車両速度による影響が小
さくなる傾向がある.これは,歩行者から見て奥側車線(車両は左から右へ通行)を
高い走行速度の車両が通行する場合,高齢者は若年者と比べ長い歩車間距離を短く判
断していることから安全に横断できるという判断を誤る可能性のあることを示唆して
いる.
・今後は,高齢歩行者の横断判断に対して,昼間,夕方,夜間時による明暗の影響など
について調査する必要がある.
2)車モデルによる横断タイミングの実態調査
・高齢層・若齢層の被験者共に速度が高くなると事故発生率が増加した.特に高齢者は
車が奥車線を通行する時の事故発生率が高く,車両走行速度 40 km/h の条件で 45 %,
また速度 45 km/h では 55%となった.このことから,一部の高齢者は遠方にある接近
車両を知覚認知する機能が衰えていると考えざるを得ない.
・奥車線において車両の接近速度が 40 km/h,45 km/h の条件では,高齢者と若年者にお
ける歩車間距離および車両到達時間は有意に異なることが判明した.ただし,高齢者
のみに着目し,事故の有無で歩車間距離と車両到達時間を比較した結果,有意差は現
れなかった.一方,事故に遭った高齢者の歩行速度は,事故に遭わなかった場合と比
べ有意に遅いことが明らかになった.本来であれば,高齢者は若年者と同じ歩車間距
81
離または車両到達時間を見極めて横断すべきであり,例えゆっくり歩いても安全に横
断できたはずである.つまり,横断前に奥車線の安全を見極める能力の低下が,高齢
歩行者交通事故を誘発する要因である可能性が考えられる.
・今回の教示条件では,車道を駆け抜けることで危険なタイミングであるにも関わらず
事故を回避した高齢者が多く見られた.危険を察知して歩行速度を変更する能力は実
際の事故回避に有効と考える.しかし,歩行者の知覚・認知機能を評価する本検査の
主旨と異なることも考えられるため,今後,教示条件を「一定速度で歩いて渡る」様
に変更する等の改良が必要である.
3)高齢者の立位・歩行特性の調査
・健常高齢者と疾患高齢者の比較の観点から整形外科的疾患者を含む高齢者を対象とし
た立位姿勢・歩行運動中の力学計測,筋活動計測実験を実施した.高齢者の静止立位
姿勢では,個人間で大きくことなる傾向を示した.若年健常者の場合,立位姿勢中の
重心は足関節中心よりやや前方に位置するが,加齢にともなって重心位置は後方に偏
位する傾向にあった.
・関節角度は,高齢者では膝関節角度が屈曲位に偏位する傾向が認められ,総軌跡長は
高齢者で開眼,閉眼条件のいずれにおいても増加する結果が得られた.
・変形性膝関節症群(膝 OA 群)患者では,他の群と比較して歩数を多くするような歩
行特性を持ち,ステップ長,ステップ時間ともに左右の非対称性が顕著となる結果が
得られた.
・若年者と高齢者の比較の観点から,健常高齢者,健常若齢者を対象とした三次元歩行
動作解析実験を実施した.歩行中に取得したマーカーの座標データを元に骨格モデル
を作成した.
・今後は,計測したすべてのデータを活用して,若年者と高齢者,高齢疾患者の歩行特
性についての知見集約に努め,関節角度変位や床反力特性,各関節のモーメントなど
の動作力学的特性を詳細に検討する必要がある.
4)歩行速度の調査
・一般的な 2 車線道路の幅である 7m の距離を歩行するのに要する時間は,高齢者が 5.0
秒から 6.0 秒間であり,若年者もほぼ同じであった.
・Timed up & go テストを行ったところ,今回の実験に参加した高齢者はいずれも高い歩
行能力を保有することが示唆された.また,歩行を開始してから速度が一定になるま
での時間に高齢者と若年者で差がある可能性が残された.
・今後,現実の交通事故に遭遇する高齢歩行者の身体特性に関して事故分析等により詳
細に調査していくことも必要であると考えられる.
5)歩行者の生活習慣と意識調査
・アンケートの結果,高齢者は未就業者の比率が多い分,外出の目的が多様であり,若
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年者よりも活動範囲が多岐にわたっていることがわかった.そのため高齢者は目的に
応じて毎日違う道路を歩行している可能性が示唆された.高齢者は横断歩道のないと
ころを渡ることが多く,その場合近所のよく知った道で,車が少ない場合であること
も判明した.
・また,夜間における高齢歩行者の交通事故が多い現状を鑑み,外出する時間帯とその
ときの交通手段の相関などについても調査することが重要と思われた.
6)歩行姿勢が変化した場合の衝突状況の調査
・日本人男性歩行者が車両と衝突し,路面へ衝突する際の歩行者の挙動をマルチボディ
シミュレーションにより調査した.歩行者がボンネット車と衝突する場合,低速度 (25
km/h) の衝突では「跳ねあげ」
「フェンダー落下」となるが,中速度 (40 km/h) での衝
突では「跳ね上げ回転」
,高速度 (50 km/h) での衝突では「跳ね上げルーフ越え」とな
った.
・歩行者頭部が路面へ衝突する状況に着目すると,衝突速度が低速度 (22 km/h) の場合,
歩行者はボンネットトップから滑り落ち,頭部以外の人体部位が路面と最初に接触し
た.衝突速度が 32 km/h の場合,歩行者は頭部付近より路面に落下する.衝突速度が高
速度 (52 km/h) の場合,衝突後に歩行者の持つ速度が高い為,頭部から路面に落下は
しないが,頭部が路面に接触したときの速度が高くなった.
・ここでは,50 歳代の男性をベースとして歩行者モデルを作成した.今後,高齢者の歩
行姿勢をモデルに組み込み分析を進める必要がある.
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