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見る/開く - 東京外国語大学学術成果コレクション

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見る/開く - 東京外国語大学学術成果コレクション
Asian and African Languages and Linguistics No.1, 2006
ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
澤 田 英 夫
(アジア・アフリカ言語文化研究所)
Phenomena Related to Grammaticalization of Verbs in Lhaovo
Sawada, Hideo
Research Institute for Languages and Cultures of Asia and Africa
Heine & Kuteva(2002) state that the process of grammaticalization involves four main interrelated
mechanisms: desemanticization (or ‘semantic bleaching’), extension (or context generalization),
decategorialization, and erosion (or ‘phonetic reduction’).
In my paper, I analyze cases of desemanticization from verbs in Lhaovo, a Burmish language.
I examine if these examples are true cases of grammaticalization, i.e. in how far the three other
mechanisms can be identified. The following examples are treated: modifier verbs and pre-modifier
verbs; subordinate marker -muNL related to verb muNF ‘occur, do’; quotation marker -kaL and
indicator of hearsay -kaH, both related to verb kaF ‘say, make a sound’; and a further quotation
marker -NL related to verb PaNF ‘think’.
"
Keywords: Lhaovo(Maru), Tibeto-Burman, verb, grammaticalization, desemanticization
キーワード:ロンウォー(マル)語,チベット=ビルマ系言語,動詞,文法化,脱意味化
1 はじめに
2 言語の概況
3 修飾動詞・前修飾動詞
4 従属節標識 -muNL
5 引用標識 -kaL・伝聞を表示する小辞 -kaH
6 引用標識 -NL
"
7 まとめ
参考文献
1 はじめに
世界の様々な言語における文法形式の生起と発展の事例をまとめた Heine & Kuteva(2002)
では,文法化を次のように定義する。
文法化は,語彙的形式から文法的形式への,あるいは,文法的形式からより一層文法的
な形式への発展として定義される。
(p.2)
これは,過去に行われた様々な文法化に関する研究の中での最大公約数的な定義であると
言ってよい。また同書は,文法化にかかわるメカニズムとして次の 4 つを挙げる。
2
アジア・アフリカの言語と言語学 1
(1) (a) 脱意味化 (desemanticization),あるいは「意味的無色化」(semantic bleaching)
— 意味内容の損失
(b)(分布の)拡張 (extension),あるいは文脈の一般化 (context generalization)
— 新たな環境での使用
(c) 脱範疇化 (decategorialization) — 語彙的または他のより文法化されていない形式に
特徴的な形態統語論的特性の損失
(d) 衰弱 (erosion),あるいは「音形の縮約」(phonetic reduction) — 音声的実質の損失
(p.2)
これらも,過去の研究の全てとは言わないまでも,多くの研究の中で言及されてきたもので
ある。このうち Heine & Kuteva(2002) は,(a) の脱意味化が文法化において中心的な役割を果
たし,それが引き金となって (b),(c),(d) が起こると主張する。
本稿では,チベット=ビルマ系のビルマ語群に属するロンウォー語の動詞に起こった脱意味
化の例を挙げ,これらの例で Heine & Kuteva(2002) が挙げた他の 3 つのメカニズム(分布の
拡張・脱範疇化・音形の縮約)が働いているかどうかを検証し,文法化の事例をなすと言える
かどうかを議論する。
2
言語の概況
ロンウォー Lhaovo /loNF voF/ は,中華人民共和国雲南省徳宏立族景頗族自治州,ミャン
¯
マー連邦シャン州北部のナムカム・ムーツェ・クッカイ・センウィ・クンロン・ラシオ,同じ
くカチン州ンマイカ川東岸のソーロー・チープェー,マリカ川西岸のスンプラブン,州都ミッ
チーナーとその対岸ワインモーなどの郡に居住する民族である。
(澤田 1998: pp.51–52)近隣
に居住するジンポー Jinghpaw・ラチッ Lacid(ラシ Lashi)
・ツァイワ Zaiva(アツィ Atsi)な
どの民族などと共に,
「カチン」と呼ばれる文化的集団の成員をなす。人口は,中国に約 5000
人1 ,ミャンマーに約 10 万人である2 。なお「ロンウォー」は自称であり,ビルマ語・ジンポー
語による名称はマル Maru である。
ロンウォーは,その居住地域の主要民族であるジンポー Jingpho/Jinghpaw,およびラチッ
Lacid(ラシ Lashi)・ツァイワ Zaiva(アツィ Atsi)などの民族と共に,
「カチン Kachin」と呼
ばれる民族文化共同体を構成する。
ロンウォー語は,言語系統的にはチベット=ビルマ語派 (Tibeto-Burman) ロロ=ビルマ語
支 (Lolo-Burmese) ビルマ語群 (Burmish) マル下位語群 (Maruic) に属し,ラチッ語・ツァイワ
語・ボラ語などと近い関係にある。
(Nishi1999: p.70)地域共通語であり,チベット=ビルマ
語派に属するジンポー語からは数多くの借用語を受け入れた。また,歴史的に深い関係を持つ
シャン語からも直接あるいはジンポー語経由で,さらに国家公用語でビルマ語からも直接ある
いはジンポー語・シャン語経由で,借用語を受け入れている。
ビルマでは(おそらくロンウォー人を景頗(ジンポー)族の下位分類としかみなさない中国
でも),政府がロンウォー語を保護しようという動きはない。しかしビルマ側の状況を見るか
ぎり,若い世代もロンウォー語を継承しているため,ビルマ語などの影響により変容は免れな
いとしても,当面この言語が消滅することはないと思われる。
ラテン文字によるロンウォー語正書法は,ロンウォー人のカトリック聖職者 Luka Lahhung:
Hhao” Leim” (1936–) によって作られ,1968 年にロンウォー言語文化委員会によって制定さ
れた。(Lhaovo Littero-Cultural Commitee1995: i) ただし,正書法の読み書きが正しくできる
のが一部の教育のある人に限られるため,普及率は低い。ただし,聖書やキリスト教関連の出
1
戴・徐 (1992): p.3.
2
A short information about Lhaovo people: p.1.
澤田英夫:ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
3
版は行われ,また不定期ながら雑誌も刊行されている。
3 修飾動詞・前修飾動詞
ロンウォー語で動詞の脱意味化が起こっていると考えられる例として,まず修飾動詞・前修
飾動詞を取り上げる。
3.1 脱意味化の観察
ビルマ語群の言語一般に見られる特徴の一つは,複数の動詞形態素が間に音形を持った標識
を介することなく列をなすという点である。ロンウォー語もその例外ではない。これを「動詞
列」と呼ぶことにする。
2 つの動詞形態素からなる動詞列には,2 つの種類がある。1 つは 2 形態素が複合して 1 つ
の複合動詞を成すものである。一例として,使役の複合動詞形成が挙げられる。
(2) lømHkhoNF-reF kayF tă-yeL-noNF-φ3 .
¯
[人名]-ACC
市場 [禁止]-行く-[使役]-IMP
ルムコンを市場へ行かせるな。
もう 1 つは 2 つの独立した動詞が動詞連続を成すものである。もっとも基本的な例は,動
詞の連続が,継起する複数の出来事を表す次のような例である。
(3) nePFkhoNF GitF-meNF mă-paPF-TA-kauL-neNH-leH .
¯
明日
水-LOC
[否定]-抱える-&-渡る-IRL-[注意喚起]
(鳥がもぐらに)明日,ぼくは(お前を)抱えて川を渡らないぞ。 (
「ショー婆さん」
)
動詞列を含む否定の文で,否定前接辞 mă- と禁止前接辞 tă- がいずれも,動詞列の先頭要
素に前接されることに注意されたい。4
動詞列に含まれる動詞形態素の数は 2 つとは限らない。3 つ以上の動詞が連続をなすことも
あれば,複合動詞が動詞連続の構成要素となることもある。
2 動詞の連続の後要素として現れるいくつかの動詞は,主動詞を修飾する要素として機能す
る。これを修飾動詞 (modifier verb) と呼ぶ。
(4) 動詞「置く」→ 修飾動詞[ある目的に備えて前もって動作を行う]
myiL myePF matF-TA-toL-kePF-φ .
¯
火
早く
おこす-&-置く-[複数主体]-IMP
火を早くおこしておきなさい。 (
「タンノンポー」
)
(5) 動詞*「近づく」5 → 修飾動詞[漸進的な変化の開始]
tăcitH lauNF-TA-loF-vaH-TA .
¯
少し 暑い-&-来るH -[認識]-RLS
少し暑くなってきた。
3
4
これ以降の例文に含まれる-φ, -TA については 3.2 を参照。
ちなみにビルマ語では,否定前接辞 mă- は動詞連続の末尾の動詞に前接される。ビルマ語では否定前接辞
に先行する動詞が動詞連続の要素である可能性があるが,ロンウォー語にはその可能性はない。
4
アジア・アフリカの言語と言語学 1
(6) 動詞「入れる」→ 修飾動詞[動作がその場で効果的に作用する]
voFkauNL-poNL-reF tsaNL-TA-liH-loNH tshamF-reF
村-人々-ACC
集まる-&-来る-とき 臼-ACC
tauF-TA-lauyL-TA-kePH-TA-kaH .
¯¯
¯¯
¯
持ち上げる-&-ひっくり返す-&-入れる-RLS-[伝聞]
村人たちが集まって来たとき,
(彼は)臼を持ちあげひっくり返してやったとさ。 (
「虎
退治」
)
(7) 動詞*「去る」6 → 修飾動詞[変化の完了相];動詞「始まる」→[動作の開始相]
layF-TA-loH-vaH-TA-TA
NoH-tsinF-meNF chĕ-mauH
過ぎる-&-行くH -[認識]-RLS-ATTR 5-年-LOC
この-仕事
tsauyL-TA-GitF-TA .
¯
持つ-&-始まる-TA
今を去る 5 年前に(直訳:過ぎ去ってしまった 5 年に)この仕事をし始めた。
2 動詞の連続の前要素として現れるいくつかの動詞も,やはり主動詞を修飾する要素として
機能する。これを前修飾動詞 (pre-modifier verb) と呼ぶ。
(8) 動詞「終る」→ 前修飾動詞[動作の完了相]
tsoF
mă-pinF-TA-tsoL-šiL-φ .
食べ物 [否定]-終る-&-食べる-まだ-NEG
まだ食事をし終っていない。
(9) 動詞「知る」→ 前修飾動詞[当該動作を行う能力を習得している]
tsŏnauH mă-paF-TA-cauF-šiL-φ-laPF .
¯¯
子供
[否定]-知る-&-話す-まだ-NEG-[疑問]
子供はまだ話すことができないのか?
5
この語は現在では,グロスにあるように「来るH 」
,すなわち,移動者が発話場所かつ自らの「定位置」に移
動するという事象を表す。ロンウォー語では loF を含む 4 つの動詞が,次のような直示的移動動詞の体系を
なす。
着点=[− 発話場所]
着点=[+ 発話場所]
着点=[− 定位置]
yeL「行く」
liH 「来る」
着点=[+ 定位置]
loH 「行くH 」
loF 「来るH 」
「定位置」は根源的には「移動者の故郷」であるが,意味的拡張によって「上方・川上・遠いところ」など
も含むようになったと考えられる。
(澤田 2003:347)
澤田 (2003) では,これら 4 つの動詞に次のような意味的変化が起こったと推論した。(pp.359–361)
yeL
6
*《移動活動》(「動く」) 移動系の意味 「行く A」(本稿の「行く」)
移動系の意味 「行く B」(本稿の「行くH 」)
loH
*《離脱・消失》(「去る」) liH
*《出現》(「現れる」)
loF
*《接近》(「近づく」)
注 5 を参照。
非移動系の意味[発話時点以降の持続][変化の完了相]
移動系の意味 「来る A」(本稿の「来る」)
非移動系の意味[急激な変化の開始][他者における変化の開始]
移動系の意味 「来る B」(本稿の「来るH 」)
非移動系の意味[発話時点までの持続][漸進的な変化の開始]
[自己における変化の開始]
澤田英夫:ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
5
(10) 動詞「良い」→[当該動作を行う機会を得る]
Păy-yoPF-reF kukHñukH-HePH tshoNFsuFpyuF toNL
¯
その-時間-ACC 動物-COM
人類
言葉
kayF-TA-coH-TA-cauF-TA-TA-raH khyoF NatF-neNH-kyaL .
¯
¯¯
良い-&-互いに7 -&-話す-RLS-ATTR-RA 事柄 COPULA-IRL-[総括]
その頃は,動物と人類は互いに言葉を話すことができたことであったろう。 (
「モン=
ピョッ」
)
3.2 脱範疇化
ロンウォー語の動詞は,次のような形態統語的特徴を示す。
1. 文や節を形成する明示的な標識に後続される。
tsauyL-neNH / tsauyL-laNL / tsauyL-šoNL
// tsauyL-yaNL / tsauyL-loNH
持つ-IRL
/ 持つ-HORT / 持つ-OPT
// 持つ-[接続]
/ 持つ-とき
持つだろう
/ 持ちましょう / 持ちますように // 持って
/ 持つとき
2. 現実 (Realis)・否定の情報授受文 (Informative sentence) を形成する空の標識-φ および命
令文を形成する空の標識-φ に後続される。
mă-tsauyL-φ
/ tsauyL-φ-HaPF / tă-tsauyL-φ
[否定]-持つ-NEG / 持つ-IMP-[指図] / [禁止]-持つ-IMP
持たない
/ 持ちなさい
/ 持つな
3. 小辞類の一種で閉じた類をなす助動詞 -koH [複数主体](現実の情報授受文と共に)・
¯
-kePF [複数主体](それ以外の文と共に)・-vaH [話者が事象の生起を認識すると同時に
それを発話する]・-shiL「まだ」・-loL「もう」に後続される。
mă-tsauyL-koH-φ
/ tsauyL-kePF-φ-HaPF
/ tă-tsauyL-šiL-φ
¯
[否定]-持つ-[複数主体]-NEG / 持つ-[複数主体]-IMP-[指図] / [禁止]-持つ-まだ-IMP
(複数主体が)持たない
/ (複数主体に)持ちなさい / まだ持つな
/ tsauyL-lŏ8 -neNH
/ 持つ-もう-IRL
/ もう持つだろう
4. 否定前接辞 mă-・禁止前接辞 tă- を前接することができる。
5. 名詞化前接辞 Pă- を前接することができる。9
6. 現実・肯定の情報授受文,および,肯定・否定を問わず名詞修飾節 (Attributive clause)
で助動詞に後続されない場合,最終音節が次のような声調交替を被る。
7
coH 「互いに」も前修飾動詞の一種だが,この動詞は前修飾動詞としての用法しか持たない。このような動
¯
詞は他にもいくつかある。
8
助動詞 -loL「まだ」に起こる音節弱化については,3.4 を参照。
派生名詞形成のみならず,日本語の「のだ文」のような機能を果たす文で用いられる。
9
nuNL-šoL mă-tsoL-φ,
GoPF-šoL Pă-tsoL-TA .
牛-肉
[否定]-食べる-NEG 鶏-肉
NPRF-食べる-RLS
牛肉を食べるのではなく,鶏肉を食べるのだ。
6
アジア・アフリカの言語と言語学 1
F →L
/ yuL(-raH)10 / mă-yuL-raH pyuF
取らない / 取る
/ 取らない人
L→H
mă-tsauyL / tsauyH (-raH) / mă-tsauyH -raH pyuF
持たない / 持った
/ 持たない人
(H →H ) mă-taH
/ taH (-raH)
/ mă-taH -raH pyuF
¯
¯
¯
話さない / 話した
/ 話さない人
mă-yuF
/ yuL-raH pyuF
/ 取る人
/ tsauyH -raH pyuF
/ 持った人
/ taH -raH pyuF
¯
/ 話した人
7. 動詞連続内で,動詞が後続する場合に,上記の声調交替を被る。
yuL-vinF- /
取る-運ぶ-
tsauyH-pyaNH¯
持つ-満たす-
持って行く
達成する
8. 動詞連続内で,先行する動詞がある場合,その動詞に上記の声調交替を引き起こす。11
khyinL-yuF選ぶ-取る-
cf. khyinF-
/
選ぶ
選び取る
kaukL-tsauyL拾う-持つ-
cf. kaukF
拾う
拾って持つ
筆者は,声調交替を引き起こす抽象的な要素 TA を立て,これが現実・肯定の情報授受文
の文標識 (-TARLS )・名詞修飾要素の標識 (-TAAT T R ) および動詞連続内での動詞の等位接続子
(-TA& ) として機能するという分析を取る (Sawada2005)。また,名詞修飾節を,名詞修飾要素
の標識-TAAT T R が現実の情報授受文を取って形成されると考える。そうすると,上記 6. に示
した動詞 yuF の 4 つの形式は,次のように分析される。
mă-yuF -φ
[否定]-取る-NEG
取らない
mă-yuF -φ
-TA -raH
[否定]-取る-NEG-ATTR-RA
取らない人
pyuF
yuF -TA -TA12 -raH
取る-RLS -ATTR-RA
pyuF
yuF -TA (-raH) 取る-RLS (-RA) 取る
人
人
取る人
この立場を取ると,上記 6., 7., 8. はそれぞれ次のように言い換えることができる。
6’. 現実・肯定の情報授受文の文標識-TARLS に後続される。13
10
11
12
13
-raH は現実・肯定の名詞修飾節・文の末尾に現れる小辞である。現実・肯定の名詞修飾節においては節と主
要部名詞の間の明示的な繋辞 (linker) として,音形を持たない標識である-TA をサポートする。現実・肯定
の文においては,-raH は文の格式性 (formality) の高さを示す。名詞修飾節における機能が本来のもので,
声調交替の存在を仲介として,現実・肯定の文へもその分布を拡張したものと思われる。(Sawada2005)
例文 (2) のような複合動詞形成の場合には,7. も 8. も起こらない。
TA は直前の音節に対してしか働かず,従って TA の連続の効果は単一の TA のそれと異ならない。
6. の後半部,すなわち
肯定・否定を問わず名詞修飾節において,最終音節が声調交替を被る。
という言明は,次のように言い換えられることになる。
情報授受文の文標識-TARLS (現実・肯定)/ -φNEG (現実・否定)/ -neNH (非現実 Irrealis)は,名詞修飾
要素の標識-TAAT T R に後続される。
これはもはや,動詞に関する言明ではない。
7
澤田英夫:ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
7’. 動詞連続中で,後の動詞と等位接続子-TA& を介して接続される。
8’. 動詞連続中で,前の動詞と等位接続子-TA& を介して接続される。
1., 2., 3., 6’. は,動詞連続の最後の要素となり得る動詞が示す特徴である。修飾動詞はこ
れらの特徴を示すが,動詞連続の最後の要素となり得ない前修飾動詞はこれらの特徴を示さ
ない。
4., 5. は,動詞連続の最初の要素となり得る動詞が示す特徴である。前修飾動詞はこれらの
特徴を示すが,動詞連続の最初の要素となり得ない修飾動詞はこれらの特徴を示さない。
7’. は末尾要素となり得ない動詞に見られる特徴である。全ての前修飾動詞はこの特徴を示
すが,修飾動詞がこの特徴を示すかどうかは,その後に修飾動詞が立つことができるかどうか
によって異なる。
8’. は 1 番目の要素となり得ない動詞に見られる特徴である。全ての修飾動詞はこの特徴を
示すが,前修飾動詞がこの特徴を示すかどうかは,その前に前修飾動詞が立つことができるか
どうかによって異なる。
主動詞の場合も含めて上記の点をまとめると,次のようになる。
(11)
1.
主動詞
修飾動詞
前修飾動詞
明示的
標識が
後続
○
○
×
2.
−φNEG ,
−φIMP
が後続
○
○
×
3.
助動
詞が
後続
○
○
×
6’.
-TARLS
が
後続
○
○
×
4.
mă-,
tă-が
前接
○
×
○
5.
Pă-
7’.
-TA&
8’.
-TA&
が
前接
○
×
○
が
後続
○
(○)
○
が
先行
○
○
( ○)
修飾動詞・前修飾動詞とも,上記 1.–8’. の特徴の全てを備えてはいない。しかしこれは動詞
連続内におけるこれらの動詞の位置によるものである。上記の特徴のあるものを欠くことが
直ちに脱範疇化を起こしていることを示すとは言えない。14
3.3 分布の拡張
修飾動詞・前修飾動詞とも,動詞連続内の要素の特殊なケースであり,その分布は動詞連続
内に限られる。それゆえ,これらは分布の拡張の事例には当たらない。
3.4 音形の縮約
ロンウォー語には前接辞 Pă-, mă-, tă- などに代表される弱音節 (weak syllable) があり,ま
た音節弱化の現象も見られる。音節弱化が義務的に見られるのは,次の 2 つの場合である。
1. 数名詞 (numeral noun) taF 「1」が類別名詞 (classifier noun) や位取りの数名詞 (digit
numeral noun) と結合する場合
pyu tă-yaukF
人 1-CLFR
/
tă-yoF
1-百
2. 助動詞が明示的な文・節の標識あるいは他の助動詞に先行する場合
14
ついでながら,助動詞は 1., 2., 6’., 5. を満たし,複数の助動詞が共起する場合に末尾に来る -koH ・-kePF [複
¯
数主体] 以外は 3. も満たす。
8
アジア・アフリカの言語と言語学 1
/ naF-šı̆-kePF-φ
/
/ 居る-まだ-[複数主体]-IMP
/
(複数の人が)まだいるだろう / (複数の人に)まだいなさい /
mă-naF-lŏ-koH-φ
/ naF-šı̆-vă-koH-TA
¯
¯
[否定]-居る-もう-[複数主体]-NEG / 居る-まだ-[認識]-[複数主体]-RLS
(複数の人が)もういない
/ (複数の人が)まだいた
naF-šı̆-neNH
居る-まだ-IRL
上記 2 つの音節弱化が起こる環境に共通するのは,複合的構造の非末尾要素であるという
点である。
目下の現象に目を向けると,動詞連続の非末尾要素であることが明らかな前修飾動詞には,
この種の音節弱化が起こる例はない。また,修飾動詞に別の修飾動詞が後続すれば,前の修飾
動詞は非末尾要素となるわけだが,この場合にも音節弱化は起こらない。
4
従属節標識 -muNL
次に取り上げる例は,継起の意味の従属節を形成する標識 -muNL である。これは,動詞
muNF が脱意味化したものと考えられる。
(12) tsaNF pePF-muNL tsamF
koH-TA-TA
Pă-koH-TA .
¯
太鼓 打つ-[継起]
豊作の踊り 踊る-RLS-ATTR NPRF-[複数主体]-RLS
(彼らは)太鼓を打って,豊作の踊りを踊るのである。
(13) mă-paF-muNL tsoL-TA-hukH-TA .
¯
ない-知る-[継起] 食べる-&-会う-RLS
知らずに食べてしまった。
4.1 動詞 muNF の意味と用法
動詞 muNF は,出来事・動作を問わず動的事象全般を表す動詞である。出来事を表す場合
は「なる」という意味を表し,動作を表す場合は「する」という意味を表す。
(14) peH mă-muNF-φ .
¯
何
[否定]-なる-NEG
何も起こらない。
(15) mauH katH-TA-reF15 kăloL-tsaL mă-paF-TA-katH-yaukF16 -reF
¯
¯
¯
仕事 する-RLS-ACC よく-[限定] [否定]-知る-&-する-人-ACC
taNFnoNHphoH NoPH-tauyL khyoH
tă-muNF-kePF-φ-kaL
¯
¯¯
[人名]
鳥- 罠
仕掛ける [禁止]-なる-[複数主体]-IMP-QUOT
loNFvoF-GiF toNLkhyoL coPF-TA-loH-TA-TA
nauNF .
¯
¯¯
[民族名]-PLR 言い伝え ある-&-行くH -RLS-ATTR あと
仕事を上手にすることができない人に,
「
『タンノンポーの鳥罠仕掛け』をするな」とい
う,ロンウォー人の言い伝えができてしまった。 (
「タンノンポー」
)
15
16
対格標識 -reF には,時を表す名詞句や現実の情報授受文を取って,出来事の起こる時を表す用法がある。
yaukF は yaukFkayF 「男子」などの複合名詞の要素や,人にかかわる類別名詞として用いられる。ex.
tă-yaukF 「1-人」 また,この例のように,動詞句を取って複合名詞句を作ることもある。
澤田英夫:ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
9
「なる」の意味を表す動詞としては,pøH 「(事物が)生じる,
(出来事が)起こる,…にな
る」の方がよく用いられる。
(16) GukFšinL-khyoH
noFpukL-PăcaLcaL kyayF pøH-TA-raH .
ネズミジラミ-PER 病気-各種
非常に 生じる-RLS-RA
ネズミジラミが媒介となって様々な病気が生じるのだ。
(17) lauNFpyitF-kyøF-meNF myı̆-lakF lakF-TA-TA
ruF-HaF
¯
¯
[地名]-岩場-LOC
火-燃える 燃える-RLS-ATTR こと-TOP
mă-kayF-TA-pøH-TA .
[否定]-良い-&-生じる-RLS
ラウンピィッ川17 岸の岩場が火事になることは,あり得ない。 (
「貧乏人の子供」
)
(18) phyitH-šoH
neNL-kaukH fePH-TA-khyoH-TA-kePH-TA-TA
rŭ-meNH
¯
¯¯
¯
婆さん-[人名] 胡麻-皮
掛ける-&-落とす-&-入れる-RLS-ATTR こと-ABL
chĕ-ruL
pøH-TA-loF-TA-TA
ruF NatF-TA .
この-よう 生じる-&-来るH -RLS-ATTR こと COPULA-RLS
ショー婆さんが胡麻の皮を捨てたことから,このようになったのだ。 (
「ショー婆
さん」
)
また,
「する」の意味を表す動詞としては,katH 「
(ものを)作る,
(物事を)する」の方が
¯
よく用いられる。
(19) yaukFkayF-nauH-GeF kyanF paF-TA-katH-TA-TA Pă-koH-TA .18
¯
¯
男子-子供-PLR
籠
知る-&-作る-RLS-ATTR NPRF-[複数主体]-RLS
男の子たちは,籠を作ることができるのだ。
(20) tă-nePF-paF-reF mukL-thoPH-tauNFkyauNF-tă-yaukF šitF-yaNL
1-CLFR-日-ACC 天-上-[種族名]-1-CLFR
死ぬ-[接続]
kăpanFkoH-pøF katH-koH-TA-kaH .
¯
¯
¯
葬礼の踊り-祭り
する-[複数主体]-TA-[伝聞]
ある日,天上のタウンキャウン族の 1 人が亡くなり,
(タウンキャウン族たちは)葬礼
の踊りを執り行ったとさ。 (
「人が死ぬ訳」
)
(21) lăhauNLlăpoNL-nauH-camF-HaF kyøFsoF katH-TA-toL-TA-TA-raH
¯
¯
¯
¯
[種族名]-子供-PLR-TOP
神
作る-&-置く-RLS-ATTR-RA
mukL-myitF-yŏsoPH-reF PătukHPăGuyF katH-TA-pyePH-pyitL-TA-kaH .
¯
¯
¯
天-地-万象-ACC
あべこべ
する-&-投げる-与える-RLS-[伝聞]
ラハウン=ラポン(森羅万象に混乱をもたらす種族)の子たちは,神の作った天地世界
をあべこべにしてしまったとさ。 (
「ラハウン=ラポン」)
17
18
カチン州を流れるエーヤーワディー(イラワジ)川の 2 大支流の一つ,マリ川(ジンポー語では Măli hka)。
名詞前接辞 Pă- は動詞だけでなく助動詞にも前接され,その場合,直前の動詞は声調交替形を取る。筆者は
この構造を,名詞化した助動詞と名詞修飾節からなる擬似名詞修飾構造であると考えている。なお,名詞化
前接辞を伴った助動詞の後に-TARLS を仮定するのは,この環境で助動詞 -šiL「まだ」と -loL「もう」が交
替形を取るためである。
10
アジア・アフリカの言語と言語学 1
(22) peH mă-katH-φ .
¯
¯
何
[否定]-する-NEG
何もしない。
pøH と katH という 2 つの動詞が,具体的な事物の出現((16),(19))・イベントの成立
¯
((17),(20))
・名詞が表す事態への変化((18),(21))のいずれの成立にかかわる意味も表すこと
のできる生産的な動詞であるのに対し,muNF は (15) のように代動詞として用いられるか,
(14) のように慣用表現として用いられるかのどちらかであることが多い。
動詞 muNF は,従属節標識 -yaNL と結合して用いられることが多い。(23),(24) はそれぞれ
疑問名詞 peH 「何」
・指示名詞 PayF 「それ」を取る例,(25) は ruF 「もの,こと」による名
¯
詞化節を取る例,(26) は起格標識 -meNH によって形成される格句19 を取る例である。
(23) peH muNF-yaNL NoF-reF chĕ-ruL
paL-myitL-TA-PiF .
¯
何
なる-[接続]
私-ACC この-よう 知る-問う-RLS-[疑問]
どうして私にこのように尋ねるのか?(そんなこと尋ねるまでもないことだ。
)
(24) PayF muNF-yaNL vŏkauNL-meNF tsukL-lauLtePH-GeF-reF
その なる-[接続]
町-LOC
名家の-大人-PLR-ACC
lŏ-taH-TA-kyoL-koH-TA-kaH .
¯
¯ ¯
来るH -話す-&-聞かせる-[複数主体]-RLS-[伝聞]
それで,
(彼らは)町で名家の大人たちに話して聞かせたとさ。
(25) Păy-noH soPHhaH GoH-TA-TA
ruF muNF-yaNL ñoNLnauNH
¯
¯
¯¯
この-程度 便宜
得る-RLS-ATTR こと なる-[接続]
私たち (Incl.)
tauNFpyuF-GeF-reL myoNL-reF ñaNH-tsaL
¯¯
カチン人-PLR-[付加] 馬-ACC
確かだ-[限定]
paF-TA-myuNF-chaL-TA-raH-HoH .
¯
知る-&-飼う-必要だ-RLS-RA-[感嘆]
これほど便利なので,我々カチン族たちも馬をきちんと飼育することができる必要が
ある。
(26) yoNL pamF-phyoL-meNH muNF-yaNL voF-khyoF loF-TA-raH .
彼
山-頂き-ABL
なる-[接続]
村-ALL
来るH -RLS-RA
彼は山の頂から町に戻って来た。
ロンウォー語の動詞の基本形,すなわち声調交替を被らない形は,そのままで「V もの」
「V
こと」という意味の派生名詞として用いることができるので,次の 2 例は派生名詞20 を取る代
動詞と接続の従属節標識 -yaNL の組み合わせの例とみなすことができる。
(27) tsaNF pePF muNF-yaNL tsamF
koH-TA-TA
Pă-koH-TA .
¯
太鼓 打つ なる-[接続]
豊作の踊り 踊る-RLS-ATTR NPRF-[複数主体]-RLS
(彼らは)太鼓を打って,豊作の踊りを踊るのである。(直訳:
「太鼓打ちをして」
)
19
20
名詞句+格標識からなる句単位に対して筆者が導入した術語である。動詞句+文標識を「文」,動詞句+節
標識を「節」と呼ぶように,格標識によって形成される文法単位にも固有の名称が必要であると考えたのが,
この術語を導入した所以である。この点からすると,
「格標識」を「格句標識」と呼び替えた方が一貫性があ
るかもしれない。
(27) の場合には,派生名詞を主要部とする複合名詞句。
澤田英夫:ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
11
(28) mă-paF
muNF-yaNL tsoL-TA-hukH-TA .
¯
ない-知る なる-[接続]
食べる-&-会う-RLS
知らずに食べてしまった。
(直訳:
「知らないことになって」
)
これらの例の muNF-yaNL は muNL と交替可能である。
(29) peH-muNL NoF-reF chĕ-ruL
paL-myitL-TA-PiF .
¯
何-[継起]
私-ACC この-よう 知る-問う-RLS-[疑問]
どうして私にこのように尋ねるのか?(そんなこと尋ねるまでもないことだ。
)(
「虎退
治」
)cf.(23)
(30) Păy-muNL vŏkauNL-meNF tsukL-lauLtePH-GeF-reF
その-[継起] 町-LOC
名家の-大人-PLR-ACC
lŏ-taH-TA-kyoL-koH-TA-kaH .
¯
¯ ¯
来るH -話す-&-聞かせる-[複数主体]-RLS-[伝聞]
それで,
(彼らは)町で名家の大人たちに話して聞かせたとさ。 (
「貧乏人の子供」
)
cf.(24)
(31) Păy-noH soPHhaH GoH-TA-TA
ruF-muNL ñoNLnauNH
¯
¯
¯¯
この-程度 便宜
得る-RLS-ATTR こと-[継起] 私たち (Incl.)
tauNFpyuF-GeF-reL myoNL-reF ñaNH-tsaL
¯¯
カチン人-PLR-[付加] 馬-ACC
確かだ-[限定]
paF-TA-myuNF-chaL-TA-raH-HoH .
¯
知る-&-飼う-必要だ-RLS-RA-[感嘆]
これほど便利なので,我々カチン族たちも馬をきちんと飼育することができる必要があ
る。cf.(25)
(32) yoNL pamF-phyoL-meNH-muNL voF-khyoF loF-TA-raH .
彼
山-頂き-ABL-[継起]
村-ALL
来るH -RLS-RA
彼は山の頂から町に戻って来た。cf.(26)
そして,(27),(28) に対応するのが,本節の考察の対象となる (12),(13) である。
4.2 脱範疇化
-muNL が,3.2 に挙げた性質のうち 1., 2., 3., 4., 5., 8’. を持たないことは明白である。また,
この形式はもはや L 以外の声調を取ることがないため,6’., 7’. も保っているとは言えない。
4.3 分布の拡張
従属節標識 -muNL が動詞 muNF の声調交替形に由来することは否定できない。前項でも
述べたように,筆者は声調交替を引き起こす三つの抽象的要素-TARLS ・-TAAT T R ・-TA& を立
てる。声調交替形である muNL は,次のどれかの実現した形である。
• -muNL-TARLS
• -muNL-TARLS -TAAT T R
• -muNL-TA&
12
アジア・アフリカの言語と言語学 1
分布の拡張の有無を言及する前に,まず従属節標識 -muNL がこの 3 つのうちどれに由来す
るものなのかを考察する必要がある。
まず,muNF -TARLS -TAAT T R が従属節標識 -muNL の来源であるとは考えられない。-muNL
が名詞に直接先行することがないわけではないが,その場合でも -muNL の導く従属節が名詞
を修飾することはないからである。
また,muNF -TARLS も -muNL の来源ではあり得ない。もしそうであるとすれば,主節のい
かんにかかわらず,この節の表す内容は現実のものでなければならないはずである。しかしこ
れには明らかな反例がある。主節が命令文である次の例では,発話時点で「太鼓を打つ」とい
う事象は現実に起こっていない。
(33) tsaNF pePF-muNL tsamF
koH-kePF-φ .
太鼓 打つ-[継起]
豊作の踊り 踊る-[複数主体]-φ
(複数の聞き手に対して)太鼓を打って,豊作の踊りを踊れ。
同じことは muNF-yaNL についても当てはまる。
(34) tsaNF pePF muNF-yaNL tsamF
koH-kePF-φ .
太鼓 打つ なる-[接続]
豊作の踊り 踊る-[複数主体]-φ
(複数の聞き手に対して)太鼓を打って,豊作の踊りを踊れ。
そうすると,-muNL の来源として一番妥当なのは muNF -TA& ということになる。動詞連
続内で-TA& が担う機能は前後の動詞の接続であり,しかも声調交替形を取る動詞はその表す
事象が現実のものであるという含意を持たないからである。
通常-TA& が起こるのは動詞連続の内部であるから,従属節標識 -muNL において分布の拡
張が起こったと言うことができる。
4.4 音形の縮約
3.4 で述べたように,音節弱化は複合的構造の非末尾要素に起こる。末尾要素(厳密には,
末尾要素の最終音節)には,音節弱化は通例起こらない。
ロンウォー語に限らずビルマ諸語では,文や節の(明示的な)標識はそれが取る動詞句に後
続する。そして,これらの標識は通例弱化しない。従属節の標識として機能する -muNL もこ
の例に漏れない。
5
引用標識 -kaL・伝聞を表示する小辞 -kaH
次に,動詞 kaL からの脱意味化と考えられる 2 つの形式について考察する。
引用標識 -kaL は,ものの名前から複数の文に到るまで,あらゆる発話内容に後続する。
-kaL によって導かれる引用句は様々なタイプの発話の動詞と共に,また,発話の動詞を主動
詞としない文の中で挿入的に用いられる。
(35) yoNL pyitF-yoPFGukF-meNF loF-neNH-kaL
toNLthaNH pyitL-TA .
彼
4-時-LOC
来るH -IRL-QUOT 約束
与える-RLS
彼は4時に来ると約束した。
澤田英夫:ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
13
(36) yoNL NoF-reF loF-neNH-PiF-kaL
myitL-TA .
彼
私-ACC 来るH -IRL-[疑問]-QUOT 問う-RLS
彼は私に来るかと尋ねた。
(37) yoNL-HaF NoF-reF cheL-tuNHpaukH NePH-φ-HaPF-kaL
moF-TA .
¯
¯¯
¯
¯
彼-TOP
私-ACC この-本
読む-IMP-[指示]-QUOT 話す-RLS
彼は私にこの本を読みなさいと指示した。
(38) yoNL-HaF NoF-reF chĕ-khyoH tă-loF-φ-kaL
tamH-TA-raH .
¯
彼-TOP
私-ACC ここ-PER [禁止]-来るH -IMP-QUOT 禁じる-RLS-RA
彼は私に,ここを通って来てはいけないと禁じた。
(39) laL-kaL taH-TA-naF-TA-raH .
¯
弩-QUOT 話す-&-居る-RLS-RA
「弩」と言っている。
(40) PayL-lăkhaL-reF lătaukH-kaL
maNH-TA-TA
Pă-koH-TA .
¯¯
¯
¯
その-犬-ACC
[犬の名]-QUOT 名づける-RLS-ATTR NPRF-[複数主体]-RLS
その犬をラタウッと名づけたのだ。
(41) myoNL-tsheNF-reF taNL-tauyL katH-neNH-kaL kyayF lauNH-PoF-TA-TA
¯
¯¯
¯
¯¯
馬-髪-ACC
弦楽器-弦 作る-IRL-[引用] 非常に いつも-好む-RLS-ATTR
Pă-koH-TA .
¯
NPRF-[複数主体]-RLS
馬のたてがみを,楽器の弦を作るために(といって)
,永く非常に好んできたのだ。
同じく kaL に関連づけられる -kaH は,文などの発話内容に後続し,その文のソースが伝
聞であることを表示する。前節ですでにいくつか例が挙がっているが,さらに例を挙げる。
(42) tsoL-namF šaukH-phoL
mă-vinF-φ-reF
khyauNF-khukF-meNF peH
¯
食べる-種類 飲む-させるもの [否定]-担う-NEG-ACC 洞窟-中-LOC
何
mă-coPF-φ
NatF-TA-raH-kaH .
[否定]-ある-NEG COPULA-RLS-RA-[伝聞]
食べ物飲み物を持っていかないと,洞窟の中には何もないのだそうだ。 (
「ピュー人の
洞窟」
)
(43) nePFmoHpaF loF-neNH-kaH .
明日
来るH -IRL-[伝聞]
明日来るんだって。
(44) Păy-meNF tauL-TA-GuH-φ-HaPF-kaH .
そこ-LOC 掘る-&-見る-IMP-[指示]-[伝聞]
そこを掘ってみろ,だってさ。
(45) Nă-myiH mo-TA-reF
lăñauL-reF veNL kyiL-šoPH
¯
¯
¯¯
私の-母 話す-RLS-ACC 猫-ACC
腹
満腹だ-まで
tă-tsoL-kePF-φ-kaH .
¯
[禁止]-食べさせる-[複数主体]-IMP-[伝聞]
お母さんが言うことには,猫におなかが一杯になるまで食べさせてはいけません,とさ。
14
アジア・アフリカの言語と言語学 1
5.1 動詞 kaL の意味と用法
動詞 kaL は,文・ものや人の名前さらには擬音語など様々な要素を取って,それが発話・発
声・発音されることを表す。
(46) peH kaLkaL
cheL-myiFGeL-nauH yauNH-TA-raH .
¯
何
言う RDPL この-女性-子供
美しい-RLS-RA
何のかんの言っても,この娘は美しい。
(47) lømHkhoNF kaL-TA-TA-raH
pyuF
[人名]
言う-RLS-ATTR-RA 人
ルムコンという(名前の)人
(48) tauNFmaNL kaL-TA-TA
ruF khayL-meNF .
¯¯
カチン州
言う-RLS-ATTR もの どこ-LOC
カチン州というのは,どこか?
myoNH-šoPH kaNL-šoNL kaL-TA-reF
myiFkhukH-HePH
(49) yamF-sakH
¯
家-新しいもの 永く-まで
堅固だ-OPT 言う-RLS-ACC 煙-COM
yamF tsanH-TA-TA
Pă-koH-TA .
¯
¯
家
燻す-RLS-ATTR NPRF-[複数主体]-RLS
新しい家が永く堅固であるように,煙で家を燻すのだ。
(直訳:
「あるようにというとき
には」
)
(50) peH-muNL kaL-TA-reF
GukFšinL-khyoH
noFpukL-PăcaLcaL kyayF
¯
何-[継起] 言う-RLS-ACC ネズミジラミ-PER 病気-各種
非常に
pøH-TA-raH .
生じる-RLS-RA
なぜかというと,ネズミジラミが媒介となって様々な病気が生じるのだ。
(51) šaPFšaPF kaL-TA-raH .
[擬音語] 言う-RLS-RA
シャーシャーと音を出す。
(52) taH-TA-reF
PeNFPeNF kaL-TA-raH .
¯
話す-RLS-ACC はいはい 言う-RLS-RA
話せばはいはいと言う。
(53) yoNL chĕ-ruL
kaL-TA-raH .
彼
この-よう 言う-RLS-RA
彼はこう言った。
kaL の表す意味においては,話し手による発話の行為よりはむしろ,発話内容そのものの提
示に重点が置かれる。通常の発話の動詞である taH 「話す」や moF 「言う」と比べて,動詞
¯
¯
kaL が動作者の項を主語として取ることは皆無でないにしても非常に少ないということは,こ
のことの傍証であると考えられよう。
澤田英夫:ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
15
5.2 脱範疇化
引用標識 -kaL は 3.2 に挙げた動詞の形態統語的特徴 1.–5., 8’. の全てを持たない。声調も L
に固定されているため,特徴 6’., 7. も持たない。
伝聞表示の -kaH についてもいちおう同様のことは観察されるが,こちらの方は脱範疇化し
ているということに関していささか疑問の余地を残す。これについては 5.3 で述べる。
5.3 分布の拡張
この 2 つの事例で興味深いのは,声調交替を被ったかどうかの違いが,機能の違いに対応し
ているという点である。
引用標識は動詞 kaL の基本形に関連づけられる。基本形はそれ自体で派生名詞としてふる
まい,複合名詞形成の入力として用いられたり,あるいは先行する補語や修飾する要素を取っ
た複合名詞句を形成し,次の例に見られるように動詞の補語として用いられたりする。21
(54) [ kyanF-meNF tsŏkakH kePH-TA-toL ] mă-kayL-φ .
¯
¯
¯
籠-LOC
握り飯 入れる-&-置く [否定]-良い-NEG
籠に握り飯を入れておくのはよくない。
引用標識 -kaL が,動詞 kaL- からの派生名詞「
(と)いうこと」に由来するというのは十分
あり得ることである。
派生名詞として用いられる動詞の基本形は,通常動詞の要求する項として用いられる。そう
すると,(40),(41) の挿入引用句の場合に分布の拡張が起こっていると言うことができる。
一方,伝聞表示の -kaL は,文の末尾に立つことからみて kaL が現実・肯定の情報授受文の
標識-TARLS を伴った形に由来するものと考えられる。人から伝え聞いた時点で,その人によ
る発話行為「言う」は現実のものとなっているわけだから,意味的にも整合性がある。
伝聞表示の -kaH において分布の拡張が見られるかどうかは,かなり微妙な問題である。発
話内容に直接後続し,間に他の要素の介在を許さないという点では動詞 kaL も小辞 -kaH も
変わりない。また,伝聞表示の -kaH と直前要素との間にはポーズが置かれないが,同じこと
は動詞 -kaH にも当てはまる。以上のことから,伝聞表示の -kaH は,単に -kaL-TARLS の脱
意味化したものに留まるという可能性は捨て切れない。後者であった場合には,脱範疇化も起
こっていないことになる。
5.4 音形の縮約
4.4 におけると同様,いずれにおいても音形の縮約は見られない。
6 引用標識 -NL
"
最後に,-kaL と同様に引用標識として働く -NL について考察する。
"
(55) moNLpyoPL-HaF moNLloL-reF chĕ-ruL-NL
taH-TA-kaH .
¯
[人名]-TOP
[虎の名]-ACC この-よう" -QUOT 話す-RLS-[伝聞]
モン=ピョッはモン=ローに,こう言ったとさ。 (
「モン=ピョッ」
)
21
(15) の taNFnoNHphoH ngoPH-tauyL khyoH 「タンノンポーが鳥の罠を仕掛けること」もおそらく類似の
¯
¯¯ を持つので,声調の面からこのことを立証することはできない。
例であるが,khyoH の基本形が
H
16
アジア・アフリカの言語と言語学 1
(56) PăloNH22 moNLloL-HaF kyoL-TA-kyaukF-muNL NoF
そのとき [虎の名]-TOP 聞く-&-恐れる-[継起] 私
lauNH-TA-coPF-TA-leH
tă-kømF-φ-leH-NL
¯
¯ "
隠れる-&-いる-RLS-[注意喚起] [禁止]-投げつける
-IMP-[注意喚起]-QUOT
tamF-TA-taH-TA-kaH .
¯
返る-&-言う-RLS-[伝聞]
そのときモン=ローは(それを)聞いて恐れ,
「私が隠れているよ,
(槍を)投げつけな
いでくれよ」と答えたとさ。 (
「モン=ピョッ」)
(57) săyoF-khyoF yeL-yaNL
pukFkauNF-meNF NoPH-tauyL
¯
¯¯
森-ALL
行く-[接続] 丘-LOC
鳥-罠
yĕ-khyoH-φ-HaPF-NL
Pă-moF-TA-reF
peH-muNL
¯ 話す-RLS-ACC 何
¯ -[継起]
" ]-QUOT NPRF行く-仕掛ける-φ-[指示
yamF-khauNF-toNF-meNF tauyL loF-TA-khyoH-TA-PiF .
¯
¯¯
家-屋根-上-LOC
罠
来るH -&-仕掛ける-RLS-[疑問]
森に行って丘に鳥の罠を仕掛けなさいと言ったのに,どうして家の屋根の上に罠を仕掛
けるんだい? (
「タンノンポー」
)
(58) PăloNH
moNLloL-HaF khyŏ-yeNF-meNH moNL-taNL-reF
¯
柴-束-ACC
choNL-TA-vinF-TA-liH-φ-HaPF NoF hitH-khyoF suL-TA-naF-neNH-NL
¯
"
従う-&-運ぶ-&-来る-IMP-[指示] 私
先-ALL
歩く-&-居る-IRL-QUOT
moNLpyoPL-reF taH-choPH-TA-kaH .
¯
[人名]-ACC
話す-残す-RLS-[伝聞]
そのときモン=ローは,
「道端の柴の束を持って来てくれ,ぼくは先に歩いている」と,
モン=ピョッに言い置いたとさ。 (
「モン=ピョッ」
)
そのとき [虎の名]-TOP 道-付近-ABL
(59) myiHthoNF cøH-loNH taNFnoNHmyiH-HaF yoNL-tsoL-GiF-reF
myiL
¯
夜
到る-とき [人名]-TOP
彼女-息子-大きい-ACC 火
matF-TA-toL-kePF-φ
niH-phoH kyoPF-TA-loF-neNH-NL
¯
"
おこす-&-置く-[複数主体]-IMP あなた-父 寒い-&-来るH -IRL-QUOT
moF-TA-kaH .
¯
話す-RLS-[伝聞]
夜になると,タンノンミィーは上の息子に「火をおこしておきなさい,お前の父さんが
寒がっているだろう」と言ったとさ。 (
「タンノンポー」
)
(60) layF-TA-loH-vaH-TA-TA
tsinFlamL-NoH-yoF-khoF-reF
過ぎる-&-行くH -[認識]-RLS-ATTR 年-5-百-約-ACC
lauNFpyitF-GitF-paFvoNF-tePH-khyoF tsăkhauNL-khoNFmoHGeNF-NL
¯
"
[地名]-川-西-側-ALL
[氏族名]-[人名]-QUOT
maNF-TA-TA-raH
lauLkayF-tă-yaukF naF-TA-kaH .
名を持つ-RLS-ATTR-RA 勇者-1-CLFR
居る-RLS-[伝聞]
今を去る 500 年前,ラウンピィッ川の西岸に,ツァカウン=コンモーゲンという名の勇
者がいたとさ。 (
「虎退治」
)
22
Păy-loNH 「その-とき」の縮約したもの。
澤田英夫:ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
(61) PăloNH
17
taNFnoNHmyiH-TAyaNF tshePH
¯
そのとき [人名]-INST
大鹿
mă-lauNL-TA-myiH-TA-PiF-NL
myitL-TA-kaH .
¯¯
"
[否定]-徘徊する-&-捉まる-RLS-[疑問]-QUOT 問う-RLS-[伝聞]
そのときタンノンミィーが,
「大鹿が罠にかかっていないか」と問うたとさ。 (
「大鹿
の罠」
)
(62) tă-nePL-paF-reF Păy-šitH-tsoL-HaF săyoF-khyoF NoPH-tauyF khyoH-NL
¯
¯¯
" -QUOT
1-CLFR-日-ACC その-2-若者-TOP 森-ALL
鳥-罠
仕掛ける
leNH-TA-loH-koH-TA-kaH .
¯
回る-&-行くH -[複数主体]-RLS-[伝聞]
ある日,その 2 人の若者は,鳥の罠を仕掛けようと,森に出掛けて行った。 (
「貧乏人
の子供」
)
(63) Păy-loNH chukHtsoLnauH-HaF myitF-meNF-HaF vŏGuL
その-とき 貧乏人の子供-TOP
地面-LOC-TOP [鳥名]
mă-kayF-TA-myiH-PaNF-φ
mukL-meNF-reL šŏchitH
[否定]-良い-&-捉まる-当たる-NEG 空-LOC-[付加] 鹿
mă-kayF-TA-myiH-PaNF-φ-NL
tsukLnauH-HePH šŏchitH-reF
[否定]-良い-&-捉まる-当たる" -NEG-QUOT 名家の子供-COM 鹿-ACC
coH-TA-latH-koH-TA-kaH .
¯
¯
¯
互いに-&-奪う-[複数主体]-RLS-[伝聞]
そのとき,貧乏人の子供は,
「地面にヴォクー鳥が捉まっているはずはないし,空に鹿
が捉まっているはずもない」と言って,名家の子供と鹿を奪い合ったとさ。 (
「貧乏人
の子供」
)
6.1 もととなる動詞の候補
引用標識 -gaL にとっての動詞 gaL に当たる動詞を -NL に対して求めるならば,まず NF が
"
"
候補に挙がる。
NF が文の主動詞として用いられる例はあまり見られない。次の例はロンウォー語訳新約聖
"
書から見つけ出した例である。
(64) laFpaF-reF yĕ-GuH-neNH NF-koH-TA-PiF .
¯
¯
"
使徒-ACC 行く-見る-IRL いう
-[複数主体]-RLS-[疑問]
(あなたがたは)使徒を見に行くというのか?(新約聖書マタイ福音書第 11 章第 9 節)
よく見られるのは,声調交替形で対格標識 -reF を伴うケースである。(66) のように名詞化
接辞の Pă- も伴う事例もある。
(65) paL-kauNF tauF-TA-TA
PauL liH-kePF-φ
NF-TA-reF
¯¯
"
日-身体
等しい-RLS-ATTR とき 来る-[複数主体]-IMP いう
-RLS-ACC
peH-muNL paFvoNFtsoH-reF liH-koH-TA-PiF .
¯
¯
何-[継起] 夕方-ACC
来る-[複数主体]-RLS-[疑問]
(お前たちは)正午に来いといったのに,どうして夕方に来たのか。 (
「貧乏人の子供」
)
18
アジア・アフリカの言語と言語学 1
(66) tshoNFsuFpyuF-GeF mă-šitF-φ
Pă-NF-TA-reF
kyayF
" いう-RLS-ACC 非常に
人類-PLR
[否定]-死ぬ-NEG NPRFšitF-nukF-kĕ-nauNF .
¯¯
死ぬ-欲する-[複数主体]-あと
人類は不死であるのに,非常に死にたくなってしまったのだ。23 (「人が死ぬ訳」
)
また,名詞修飾節の主動詞となることもある。
(67) kăneNH tă-laNF taNFnoNHphoH NF-TA-TA
ruF24 -tă-yaukF
¯
¯
"
昔
1-回
[人名]
いう-RLS-ATTR もの-1-人
naF-TA-kaH .
居る-RLS-[伝聞]
昔タンノンポーという一人の人物がいたとさ。 (
「タンノンポー」
)
(68) tauNFpyuL-yamF PălapH NF-neNH-meNF GoPF
¯¯
¯
¯
"
カチン-家
全て
いう
-IRL-LOC 鶏
khauF-TA-toL-paF-TA-TA
Pă-koH-TA .
¯
¯
飼う-&-置く-知る-TA-TANPRF-[複数主体]-RLS
カチンの家々全てで,鶏を飼っておく習慣があるといってよいのだ。
(直訳:カチンの
家全てというであろうもので,鶏を飼っておく習慣があるのだ。
)
さらに次の例では,-NF の基本形が yaukF 「人」と複合して,複合名詞句「…という人」を
"
形成している。
(69) chukHmoHmyiH-HaF tsăkhauNL-khoNFmoHGeNF taH-TA-TA-raH
toNL-reF
¯
¯
未亡人-TOP
[氏族名]-[人名]
言う-RLS-ATTR-RA 言葉-ACC
vŏtsukLphoH khyeNFchinH NF-yaukF-reF yĕ-taH-TA-kyoL-TA-kaH .
¯
¯
"
村長
[人名]
いう
-人-ACC 行く-言う-&-聞かせる-RLS-[伝聞]
未亡人はツァカウン=コンモーゲンの言った言葉を村長のキェンチンという人のところ
に行って聞かせたとさ。 (
「虎退治」
)
実は,もう一つ候補がある。それは動詞 PaNF である。この動詞は「(籤などに)当たる;
(籤などで…に)当たる」の意味に用いられるほか,coF-PaNF 「正しい-正当だ」
・tauF-PaNF
「同じだ-正当だ」
・NatF-PaNF 「[コピュラ]-正当だ」のような対複合動詞 (paired compound
verb) を形成する。また,V-PaNF 「V することが正当だ;V すべきだ」のような複合動詞も形
成する。さらに,文や複合名詞句を取って「考える」
「思う」の意味を表す。
(70) NanHtitF-HaF yaNLkuNL-măchitH-tekFkaFtuL-meNF yĕ-toPF-neNH
¯ ¯
¯
[人名]-TOP
[地名]-薬-大学-LOC
行く-上る-IRL
PaNF-TA-pyaukF-vaH-TA .
考える-&-無くなる-[認識]-RLS
23
24
元来不死であった人間が,天上のタウンキャウン族の葬礼の踊りを見た帰りに動物の死体を拾い,これをま
つって葬礼の踊りをしているのを,タウンキャウン族の一人が見て言った言葉。
ruF 「もの・こと」は人間以外の生物・無生物・あるいは出来事そのものを指すことが多いが,この例のよ
うに人間を指す例もある。
澤田英夫:ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
19
ンガンティッは,ヤンゴン医科大学に進学しようと考えを固めていた。
(71) Păy-thoNF yeFsuF-HaF tukFnoL-paF-reF kaukF-yoF-khyoH
その-後
イエス-TOP 休息-日-ACC
穀物-畑-PER
suL-TA-layF-TA-loH
PaNF-TA-raH .
歩く-&-過ぎる-&-行くH 思う-RLS-RA
そしてイエスは,安息日に畑を通って歩いて行こうとした。
(新約聖書マルコ福音書 2
章 23 節)
ただし,
「考える」
「思う」の意味を表す動詞としては,coF やジンポー語からの借用語であ
¯
る myitF の方がよく用いられる。25
(72) NoF-HaF yoNL yamF-meNF naF-TA-NL
coF-TA .
¯
¯
"
私-TOP 彼
家-LOC
思う-RLS
居る-RLS-QUOT
私は彼が家にいると思う。
(73) NoF-HaF yoNL liH-neNH-NL
myitF-TA .
"
私-TOP 彼
思う-RLS
来る-IRL-QUOT
私は彼が来ると思う。
なお,PaNF, coF, myitF が引用標識として用いられる例は確認されていない。
¯
6.2 音形の縮約
まず最初に,-NL の持つ特異な音形について語らなければならない。
"
-NL は,ロンウォー語におそらく
2 つしかない成音節子音の形態素である。26 この(成音節)
"
子音は動詞 PaNF の末子音と同一の子音であり,しかも PaNF の頭子音は声門閉鎖音である。
引用標識にせよ,動詞にせよ,(-)NL ないしは NF が PaNF の縮約に由来すると考えることは
"
"
不自然ではない。
6.3 脱範疇化と分布の拡張
引用標識 -NL と動詞 NF ,そして動詞 PaNF という 3 つの形式の間でどのような変化が起
"
"
こったのかについては,次の
2 通りの可能性がある。
1.
動詞 PaNF
> 2.
動詞 PaNF
>
> 動詞 NF
"
(縮約)
引用標識 -NL
(脱意味化・脱範疇化・縮約)
引用標識 -NL
"
(脱意味化・脱範疇化)
"
>
(脱範疇化の逆)27
動詞 NF
"
1. を採った場合に問題となるのは,動詞 PaNF > NF の変化である。前述のとおり成音節子
"
音の形態素はロンウォー語の中でも非常に例が少ないものであり,この非常に例の少ない形
式への縮約が起こったとすれば,相応の理由がなければならないはずである。仮に動詞 PaNF
25
26
27
(73) のように,借用語であっても声調交替を被る点は注目に値する。
もう一つは,mL「はい」
(肯定の返事)
。
Willis (ms.) の" ‘category reanalysis from grammtical (preposition, pronoun, article etc.) to (more) lexical (noun,
verb, adjective)’
20
アジア・アフリカの言語と言語学 1
と動詞 NF の間で脱意味化が起こったと主張するにしても,範疇が動詞のままである以上,そ
"
れはこの変化を説明するのに十分なものとは言えない。
一方,2. を採った場合に問題となり得ることがあるとすれば,2. の過程が,文法化に関する
過去の研究の中で繰り返し言及されてきた一方向性 (unidirectionality),すなわち「より文法的
でない形式・構造から,より文法的な形式・構造へと変化する」(Heine & Kuteva2002:4) とい
う一般的な傾向に反している点であろう。しかし,
「より文法的なものから,より文法的でな
いものへ」の変化は,相対的に少ないにしても皆無ではなく,いくつかの事例が報告されてい
28
る。
よってここでは 2. を採ることにする。さらに,動詞 PaNF から引用標識 -NL への変化の中
"
間段階として,引用標識 *-PaNL の段階があったものと仮定する。
2’.
動詞 PaNF > 引用標識*-PaNL > 引用標識 -NL > 動詞 NF
(脱意味化・脱範疇化)
"
(縮約)
(脱範疇化の逆)
"
標識 -NL の縮約前の形式が *-PaNL であると仮定するなら,この *-PaNL は従属節の標識
"
-muNL の場合と同様に動詞
PaNF -TA& に由来し,それゆえに -muNL と同様に 3.2 に挙げた
動詞の形態統語的特徴を持たず,また -muNL と同様な分布の拡張を起こしたと言うことがで
きるであろう。この仮定の下で,*-PaNL が類似の機能を持つ -kaL と異なる方の動詞形式に
由来するという帰結が導かれることになる。その原因は定かでない。
標識 -NL > 動詞 NF という変化は,上で見た PaNF > *-PaNL の変化の逆となっている。た
" の特徴のうち満たすことが確認されているのは
"
だし,3.2
1., 3., 5., 6. のみである。現実・肯定
と非現実の情報授受文以外の環境に生起する例は見られず,動詞連続中で用いられる例もな
い。これは NF が完全に動詞になりきっていないことを示しているように思われる。
"
7
まとめ
ここまで,ロンウォー語で動詞からの脱意味化((1) の (a))と考えられるケースの数々を見
てきた。それぞれの例が (1) の (b),(c),(d) を満たすかどうかをまとめると,次のようになる。
(74)
(b) 脱範疇化
(c) 分布の拡張
(d) 音形の縮約
修飾
前修飾
伝聞表示
動詞
動詞
-kaH
(3 節) (3 節) (5 節)
×
×
?
×
×
?
×
×
×
引用標識
従属節標識
引用標識
-kaL
(5 節)
-muNL
(4 節)
-NL
" 6 節)
(
○
○
×
○
○
×
○
○
○
修飾動詞・前修飾動詞では,(b),(c),(d) のいずれも満たさない。ゆえにこれらは Heine &
Kuteva(2002) の見解に従えば文法化の事例ではない,単なる脱意味化の事例ということにな
29
る。
逆に,引用標識 -NL は (b),(c),(d) の全てを満たす。ゆえにこれは Heine & Kuteva(2002) の
"
見解のもとで完璧な文法化の事例をなすと言える。
28
29
代表例として,Newmeyer(1998) や Norde(2001) で言及された,属格語尾 (genitive ending) に由来する英語・
スウェーデン語・デンマーク語などの句末接語 (phrase-final clitic) -s を挙げることができる。
澤田 (2003) の「移動系の意味を持つ直示的移動動詞を V2 とする動詞列 V1 -V2 の中には,V1 が 文法化 を
起こして V2 を修飾するようなものが存在する」
(p.348,下線筆者)は,今にして思えば,文法化というも
のに対する考察が十分行わないままになされた言明であった。ここにお詫びして訂正する次第である。
ついでながら,同系のビルマ語には動詞の脱意味化の例として,ロンウォー語の修飾動詞・前修飾動詞のよ
うに脱範疇化を起こしていないものと,脱範疇化を起こして小辞化したものの両方がある。
澤田英夫:ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
21
本稿を終えるに当たって,いくつかの事柄を指摘しておきたい。
第一に,音形の縮約を通言語的な文法化の必要条件とみなすことの妥当性について。すぐ上
で述べたように,Heine & Kuteva(2002) の見解に従う限り,ロンウォー語には文法化の事例
は引用標識 -NL ただ 1 つしかない。ここでの音形の縮約が,ロンウォー語でも類の少ない初
"
頭子音が P-を持つ音節に対して起こったと考えられ,しかも縮約の結果が成音節子音という,
これまたロンウォー語でほとんど類例のないものであることは注目すべきであろう。
ロンウォー語で最も一般的な音形の縮約である音節弱化は,3.4 で述べたように,複合的構
造の末尾要素(厳密には,末尾要素の最終音節)には通例起こらない。ロンウォー語で句や節
を形成する小辞(標識)や,談話機能・発話行為機能を表示する小辞は,当該の句や節の末尾
位置に立つ。ゆえにこれらの小辞は,他の小辞に後続されない限り音節弱化を起こさないのが
常である。30 音節弱化を起こしたとしても,それは脱意味化や脱範疇化などに連動してのこと
ではない。
ロンウォー語のように,文法的な要素が起こる環境で音形の縮約が起こりにくい言語の場合
に,音形の縮約を文法化の必要条件とみなすことには疑問の余地がある。脱範疇化も分布の拡
張も起こっている従属節標識 -muNL と引用標識 -kaL は,文法化の事例とみなして差し支え
ないと筆者は考える。
なお,伝聞表示の -kaH が -kaL-T ARLS からの文法化の事例なのか,それとも単なる脱意味
化の事例なのかの判断は,本稿では保留したい。
次に,本稿で文法化の事例とみなした形式の入力となる動詞の意味について。muNF 「な
る,する」
,kaL「いう」
,PaNF 「考える,思う」の 3 つに共通するのは,それぞれが,似通っ
た意味を持ち競合関係にある動詞と比べて意味的実質に乏しく,また劣勢にあるという点で
ある。競合する動詞と比べてより具体的でない意味を持っていたために文法化が進んだのか,
それとも文法化が意味的実質の減少に拍車をかけ,他の動詞に対して劣勢になる要因を作っ
たのか,より古い時代のこの言語の資料がほとんどないため,31 考察の手がかりはほとんど与
えられていないと言ってよい。ただ,発話や思考の意味を表す動詞が,文法化のソースである
kaL と PaNF を除いて引用標識の仲介なしに直接引用句を取ることがないという事実は,後
者の可能性を示唆しているように思われる。
もし本稿での分析が正しければ,引用標識 -NL > 動詞 NF という変化は,Newmeyer(1998)
"
"
32
の ‘upgrading’ や Norde(2001) の deflexion の事例の一つであると言える。
これはまた,
Haspelmath(2004) の反文法化 (antigrammaticalization) の不完全な事例でもある。
30
31
32
引用標識 -NL でさえ固有の調値 L を持つことに注意されたい。
"
数少ない資料として,
Abbey(1899), Clerk(1911) 中の例文がある。ただし,これらの資料中のロンウォー語
形式は声調表記を欠くため,慎重な取り扱いが必要である。
逆の脱範疇化に伴う脱意味化の逆 (Willis (ms.) の ‘antimetaphor’) が起こっていないため,語彙化 (lexicalization) の事例であるとは言えない。
22
アジア・アフリカの言語と言語学 1
略号
&
ABL
ACC
ALL
ATTR
CLFR
COM
COPULA
HORT
IMP
INST
IRL
LOC
NEG
NPRF
OPT
PER
PLR
QUOT
RA
動詞等位接続子
起格標識
対格標識
向格標識
名詞修飾標識
類別名詞
共格標識
コピュラ
文標識:勧誘文
文標識:命令文
具格標識
文標識:情報授受文:非現実
位格標識
RDPL
RLS
TOP
文標識:情報授受文:現実・否定
名詞化前接辞
文標識:祈願文
通格標識
名詞の複数表示
引用標識
現実・肯定の情報授受文における
格式性 (formality) の高さの表示/
名詞修飾節における繋辞 (linker)
重複
文標識:情報授受文:現実・肯定
話題表示
転写
頭子音
Labial Dental Alveolar Palatal Velar Glottal
m
Nasal
Stop/
Affricate
Fricative
unasp.
aspirated
p
ph
ts
tsh
f,v
s
n
ñ
N
t
th
c
ch
k
kh
P
š
x,G
H
Lateral
l
Flap
r
Approximant
母音
Close
Mid
Open
Front Central Back
i
u
e
ø
o
a
au
y
澤田英夫:ロンウォー語における動詞の文法化にかかわる現象
23
末子音(および母音との組み合わせ)
a
au
e
-y
ay
auy
ey
-N
-k
-P
aN
ak
aP
auN
auk
eN
-n
-t
an
at
-m
-p
am
ap
eP
ø
o
i
u
uy
oN
øP
uN
uk
oP
in
it
un
ut
øm
緊喉性素性
[−creaky](V) 声帯の緊張を伴わない。時に息混じりの音
[+creaky](V) 声帯の緊張を伴う。きしんだ音
¯
声調
Falling(F),Low(L),High(H) の 3 つ。
資料
本稿で示した例文の出典を挙げる。
• 民話:2006 年 1 月,カチン州ミッチーナーにて採取。33 語り手は Lamaung: Khao Hhao”
/lămauNL khoNF xoNH/ 氏(60 代男性・カチン州ソーロー郡マンキィー村生れ・現在は
ミッチーナー在住)
–「犬と山羊」
–「サムキュー小母さん」(「サムキュー小母」)
–「人が死ぬようになった訳」 (「人が死ぬ訳」)
–「貧乏人の子供と名家の子供」(「貧乏人の子供」)
–「象の兄妹」
–「チョンモーの村人」
–「ラハウン=ラポンの子ら」(「ラハウン=ラポン」)
–「ピュー人の洞窟」
• 民話:1998 年 11 月,カチン州ミッチーナーにて採取。34 語り手は Zakaung: Khao Je:
/tsăkauNL khoNF ceL/ 氏(60 代男性・カチン州チープイ郡ツムピョッ村生れ・現在はワ
¯¯
インモー在住)
。
–「モン=ピョッとモン=ロー」(「モン=ピョッ」)
–「タンノンポーの話」(「タンノンポー」)
–「タンノンポーが大鹿の罠を仕掛ける話」(「大鹿の罠」)
33
平成 17-19 年度科学研究費補助金基盤研究 (A)「南アジア・東南アジア地域少数民族言語の語彙・文法調査」
(研究代表者:ペーリ・バースカララーオ AA 研教授)による調査。
34
平成 8-10 年度科学研究費補助金国際学術研究「シャン文化圏における言語学的・文化人類学的調査」(代表
者:新谷忠彦 AA 研教授)による調査。
24
アジア・アフリカの言語と言語学 1
–「母の愛情」
–「ツァカウン・コンモーヘンが生きた虎を捕まえる話」(「虎退治」)
–「ショー婆さんの話」(「ショー婆さん」)
出典のないものは筆者の作例による。Lamaung: Khao Hhao”氏のチェックを受けている。
参
考
文
献
Abbey, W. B. T. (1899) Manual of the Maru Language. Rangoon: American Baptist Mission Press.
Clerk, F. V. (1911) A Manual of the Lawngwaw or Măru Language. Rangoon: American Baptist Mission Press.
Haspermath, Martin (2004) “On directionality in language change with particular reference to grammaticalization”. In: Olga Fischer, Muriel Norde and Harry Perridon (eds). Up and Down the Cline: The Nature of
Grammaticalization. (Typological Studies in Language, 59.) Amsterdam: Benjamins, pp.17–44.
Heine, Bernd (2003) “On Degrammaticalization”. In Barry J. Blake & Kate Burridge (Eds.), Historical Linguistics 2001. Amsterdam & Philadelphia: John Benjamins, pp.123–146.
Heine, Bernd & Tania Kuteva (2002) World Lexicon of Grammaticalization. Cambridge: Cambridge University
Press.
Lhaovo Littero-Cultural Commitee (ed.) A Short Information about Lhaovo People. Myitkyina:
Littero-Cultural Commitee.
Lhaovo
Newmeyer, Frederick J. (1998) Language Form and Language Function. Cambridge, MA: MIT Press.
Nishi, Yoshio (1999) Four papers on Burmese, Toward the history of Burmese (the Myanmar language), Tokyo:
ILCAA, Tokyo Univ. of Foreign Studies.
Norde, Muriel (2001) “Deflexion as a counterdirectional factor in grammatical change”. Language Sciences,
23:2–3, pp.231–264.
Sawada, Hideo (2005) “Lhaovo (Maru) Tonal Alternations as Grammatical Markers”. Abstracts of Thesis, the
38th International Conference of Sino-Tibetan Languages and Linguisitics, Xiamen University, pp.117–
123.
Willis, David (ms.) “Syntactic lexicalization as a new type of degrammaticalization”.
載慶厦・徐悉艱 (1992) 『景頗語語法』. 北京: 中央民族学院出版社.
澤田英夫 (1998) 「チベット・ビルマ諸語」新谷忠彦編『黄金の四角地帯—シャン文化圏の歴史・言語・民
族』(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 歴史・民族叢書 II), 慶友社, pp.47–61.
澤田英夫 (2003) 「ロンウォー語の直示的移動動詞の意味的対立」,東南アジア諸言語研究会編『東南アジア
大陸部諸言語の「行く・来る」,慶應義塾大学言語文化研究所,pp.337–364.
Bible Society of Myanmar (2003) Dao: Thang” Asag’ Paug’ We’ Caung: Khin” Paug’ Dao: Zham” Paug’
(『新約聖書・賛美歌と格言』
)
Lhaovo Littero-Cultural Commitee (ed.) (1995) Lhao Tung” Mho” Hhid Paug’(『ロンウォー語初等教本』).
Myitkyina: Lhaovo Littero-Cultural Commitee.
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