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2008年06月号(PDF:4201KB)
IFRS outlook 2008 年 6 月号 国際会計実務の解説 エグゼクティブ ・ サマリー 目次 エグゼクティブ ・ サマリー 1 特集記事 IFRS への対応準備 2 専門分野 IFRS 第 2 号をめぐる論点 − 雇用契約終了時における 株式報酬の会計処理 6 財務報告制度の動向 9 各種資料 IFRS outlook 6 月号をご拝読いただきありがとうございます。IFRS outlook は毎月、 IFRS の最新動向および緊急課題に関する考察を掲載しております。また、本号より新た に「財務報告制度の動向」と題したセクションにおいて、国際会計基準審議会(IASB) と国際財務報告解釈指針委員会(IFRIC)の最新の活動状況の概要報告を行ってまいりま す。なお同セクションでは、金融商品に関する最新報告も扱いますので、これまでの ニュースレター「金融商品に関する IFRS における動向」、「金融商品に関する IFRS にお ける実務上の問題」は、同セクションが引き継ぐ形となります。 本号の主な内容は以下の通りです。 14 •• 特集記事では、IASB のプロジェクト計画が実務に及ぼす影響および企業各社が数年 前から進めてきた IFRS への移行に対する取り組みが、将来の会計基準変更への対応 にどのように寄与するかについて考察するとともに、IFRS 移行への対応準備に追わ れる企業にとって役立つであろう情報を提供いたします。 •• 株式報酬制度に加入している従業員の雇用契約が終了した場合の会計上の影響、特に、 IFRS 第 2 号「株式報酬」が規定する要件の相反関係について取り上げています。 •• 新セクションの「財務報告制度の動向」では、IASB と IFRIC が 4 月と 5 月の会議で 協議を行った問題を取り上げており、これには、収益認識、金融商品、IFRS の初度 適用が含まれます。 2008 年 6 月 新日本有限責任監査法人 IFRS デスク 河野明史 IFRS outlook に関する皆様からのご意見をお待ちしております。本稿についてご不明 点、ご懸案事項などがございましたら、[email protected] までお問い合わせくだ さい。 IFRS への対応準備 2005 年に IFRS を導入した多くの企業にとっては、国際財務報告基準(IFRS) への移行といえば、おそらくはすでに記憶が薄れてしまった遠い過去の出来事 と捉えられていよう。しかし、国際会計基準審議会(IASB)および世界の主要 経済諸国の最近の動向のみならず、以下に挙げる諸事情を勘案すれば、今こそ こうした IFRS に対する見方を再考し、移行作業の経験から学ぶべきときが来て いるように思われる。 •• IASB は、2009 年に適用が開始される多くの重要な基準改訂および細かい改 訂を公表している。 •• IASB には現在審議中のプロジェクトもあり、向こう 3 年間にわたり IFRS に 対する重要な改訂が行われると見込まれている。 •• 日本でももちろんそうであるが、ブラジル、カナダ、中国、インドおよび韓 国は、それぞれの国内基準を IFRS に収斂させるか、または財務報告言語と して IFRS を採用する意向を発表している。これが実現すれば、フォーチュ ン 500 社の約 65% が IFRS に基づき決算を報告することになる。 IASB は、米国財務会計基準審議会(FASB)とのコンバージェンス・プログラムに、引 き続き非常に積極的に取り組んでいる。また、IFRS を適用する米国企業の出現が一段と 現実味を増しているため、IASB と FASB は、2011 年までにいくつかの分野で新基準を 導入すべく、収益認識や金融商品などのより重要なプロジェクトの一部について討議を 本格化させている。このことは、現在 IFRS を適用している企業およびまだ適用していな い企業双方にとって、今から準備を開始する必要のある重要な変更がまだ控えているこ とを意味する。今後見込まれる変更の程度と限られた時間軸を念頭に置くと、事前準備 に加えて、当初 IFRS に移行した際に企業が経験してきたプロセスにある程度類似するア プローチが必要である。次頁の表 1 に、2009 年における最も重要な変更と IASB が今後 数年間で行う予定の重要な活動の一部をまとめておいた。 同時に、将来予定されている変更がどの程度になるかが現時点で不透明ということは、 IFRS への移行の影響や IASB による提案の影響に対する検討を先送りする理由にならな いはずである。 チェンジ・マネジメントのためのプロセス 会計基準に大きな変更を加えること、または財務報告のフレームワークとして IFRS に移 行することは、単なる会計実務上の問題にとどまらず、多くの改革の機会を企業にもた らす一方で、必然的に多くの課題に直面しなければならないことを意味する。例えば、 欧州企業の例を見れば、IFRS への移行完了までに 18 ヵ月あるいはそれ以上の時間を要 している。新基準または改訂基準を適用するにはそれほど長い時間はかからないはずだ が、企業は必要になる時間と資源の現実的な見積りを行う必要がある。例えば、IFRS 第 7 号「金融商品:開示」の適用時には、この新基準を遵守するために必要なプロセス変 更を実施するのに 9 ヵ月以上かかった企業もあった。 2 IFRS outlook 2008 年 6 月号 「今こそ、IFRS への移行第 1 期から学ん だ教訓を十分に踏まえつつ、IFRS の発 展が続くなかでこうした移行作業をさ らに進めて行くにはどのようにすべき かを熟慮するに相応しい時期である。」 表 1‐IASB の活動 2009 年の改訂 IAS 第 1 号の改訂‐ 「財務諸表の表示」 IFRS 第 2 号の改訂‐ 「権利確定条件および取り消し」 IFRS 第 8 号‐ 「事業セグメント」 IAS 第 32 号と IAS 第 1 号の改訂‐ 「プット可能な金融商品および清算時に 発生する債務」 IFRS 第 3 号の改訂‐ 「企業結合」 IAS 第 27 号の改訂‐ 「連結および個別財務諸表」 IFRS 第 1 号と IAS 第 27 号の改訂‐ 「子会社、共同支配事業体または関連会 社に対する投資原価」 年次改善‐15 種類に及ぶ基準の様々な変更 IFRIC 第 12 号‐ 「サービス譲与契約」 IFRIC 第 13 号‐ 「カスタマー ・ ロイヤリティ ・ プログラム」 IFRIC 第 14 号‐IAS 第 19 号‐ 「確定給付資産の制限、最低積立要件および それらの相互関係」 2008 年末までに予定されている新たな解釈指針のうち 2009 年度の 財務報告に影響を及ぼす可能性のあるもの 解釈指針書案第 D21 号‐ 「不動産販売」 解釈指針書案第 D22 号‐ 「在外事業体に対する純投資のヘッジ」 解釈指針書案第 D23 号‐ 「非現金資産の株主への分配」 解釈指針書案第 D24 号‐ 「顧客負担」 今後予定されている重要な改訂 連結‐DP は 2008 年第 3 四半期に公表予定 。 公正価値測定ガイダンス‐ED は 2009 年に公表予定 。 収益認識‐DP は 2008 年第 3 四半期に公表予定 。 退職後給付(年金を含む)‐DP は 2008 年第 1 四半期に公表済み 。 概念フレームワーク ・ プロジェクト(各フェーズ) ‐DP は 2008 年第 2 四半 期に公表済みだが、2008 年第4四半期およびそれ以降にも公表予定 。 金融商品‐DP は 2008 年第 1 四半期に公表済み。 ED =公開草案、DP= 論点整理 IFRS outlook 2008 年 6 月号 過去に実施した移行プロセス中において企業が直面した最大の課 題の 1 つは、経営陣、取締役会、監査委員会から十分な支援をい かに得るかという点であった。IFRS 導入による影響について、 全体的(鳥瞰的)な評価を行ったうえで対応を開始しようという 企業であれば、あらゆる階層の経営管理者に対し、IFRS が従来 の財務報告のレベルをはるかに超えた次元で影響を及ぼすことを 強く訴えることができるはずである。最も成功を収めた IFRS へ の移行例では、取締役会や監査委員会と頻繁にコミュニケーショ ンを図る財務チームの上席メンバーの率いるプロジェクト・マネ ジメント ・ チームが関与していた。また、移行が完了しているか らと言って、新基準を適用することの「緊急性」が必ずしも組織 内で明確に理解されているわけではない。経営者は、移行中に効 果があった施策は何であったかを整理し、今後の基準の改訂に対 しても同じ戦略を実施する時が今まさに来ているとの認識を持つ べきである。 財務情報の影響を受ける企業のあらゆる側面に変化が生じる可能 性がある。例えば、重要な業績指標(特に資金の貸出条件として 定められた比率)、従業員と経営幹部に対する報酬制度、経営者 による内部報告、情報技術(IT)プロセス、買収戦略、法人税申 告書作成、投資家への広報活動(= IR)などである。そのため、 無用の業務上の混乱や市場にとって予期せぬ事態に対するリス ク・エクスポージャーを最小限に抑えるために、移行プロセスを 管理する専門分野横断型のプロジェクト・チームを結成すること が重要である。こうしたチームは、事業部門長をはじめ、IT、人事、 広報、財務の各部門長によって構成されるべきである。 一旦、移行が完了したからと言って、専門分野横断型のプロジェ クト・チームと組織の上層部からの支援の必要性がなくなるわけ ではない。すでに移行が完了した企業は、これに相当するチーム を維持し、新基準の適用が及ぼす影響を評価し、準備に着手する 必要がある。例えば、IFRS 第 3 号の改訂は企業結合の会計処理 に大きな影響を及ぼします。特に、取引コストが発生した期間に 費用計上される点、および偶発的対価については当初、公正価値 で評価され、その後の変動を損益として認識する点が重要である。 改訂基準は 2009 年 7 月 1 日まで適用されないが、この改訂は、 経営者が将来、買収スキームを検討し、買収交渉を行う方法に影 響を及ぼすため、今のうちから準備を始めておくことが望ましい。 3 IFRS への対応準備(続き) IFRS への移行コストは企業の規模によって大幅に異なる。最近の欧州企業による IFRS 移行に関する調査によれば、移行初年度における IFRS ベースの連結財務諸表作成コス トは、売上高 5 億ユーロ未満の企業で売上高の 0.31%、売上高 5 億ユーロ超の企業で売 上高の 0.05% に及ぶことが分かった。またこの調査によって、初年度以降のコストは減 少していることも明らかになった。例えば、移行第 2 年度のコストは、比較的小規模の 1 企業で売上高の 0.06%、比較的大規模の企業で売上高の 0.008‐0.01% であったという。 IFRS の業務への組み込み 表 2 では、IFRS への移行または基準の改訂が広く事業活動に与える影響として、企業 が踏まえておくべき事項をとりまとめたものである。最も成功を収めた IFRS への移行 例をみると、連結組替レベルで IFRS に対応するだけでなく、業務プロセスに IFRS を組 み込むことで効率化を図っている。たしかに、IFRS へ移行した欧州企業の中には、バッ クオフィスでの業務手順と総勘定元帳システムの変更をするためにプロセスを設計する のではなく、データを集めたうえで、IFRS への組み替え計算を行うといった応急処置的 な解決策を採用していた企業もある。その結果、非効率なプロセスが生じ、内部統制上 の誤謬と機能不全リスクを高めてしまった。 SEC(米国証券取引委員会)登録企業は、サーベンス・オクスリー法第 404 条の要件と 内部統制の運用状況に関する報告も同時に検討する必要がある。IFRS に移行するか、新 基準を採用するかを問わず、企業は 404 条に基づく報告内容を裏付けられるような形で 会計処理の変更を検討する必要がある。すでに IFRS に移行している SEC 登録企業のほ とんどが内部統制の有効性に関する報告が義務付けられる前に、IFRS への移行を完了し ているため、これから IFRS へ移行する SEC 登録企業あるいは新基準を採用する SEC 登 録企業にとっては、プロセスの複雑性を高める結果をもたらす。 一方で、IFRS を採用する局面が広まったことで、企業には財務報告に関する業務体系を 見直し、国によって異なる業務慣行の標準化と重複業務の削減により、この体系を簡素 化する機会が与えられたともいえる。これまで自国においてローカル GAAP の採用を義 務付けてきた多くの国では、自国の法定財務報告を IFRS ベースで行うことを義務付け るか、あるいは容認する動きが加速化している。例えば、英国、オランダ、ルクセンブ ルクおよびデンマークではいずれも、IFRS に従って法定財務諸表を提出することを認め られている。1 つの整合がとれたプラットフォームの下で子会社を連結すれば、報告機 能の集中化を通じたコスト削減につながり、またこれにより、財務報告に係る統制が強 化される。こうした施策によってどの程度効率が高まるかは、自国の法定決算書類に IFRS を採用できるか、または採用している企業がどれだけあるかによって決まる。 それゆえ、貴社が移行プロジェクトを開始する立場にあるか、新基準の適用が課題であ るかを問わず、早期に着手することが業務への混乱を最小限に抑え、効率を最大化する カギとなる。 1 出典:EU Implementation of IFRS and the Fair Value Directive‐英国勅許会計士協会 (ICAEW) が作成した欧州委 員会に関するレポート 4 IFRS outlook 2008 年 6 月号 表 2‐IFRS への移行および新基準の採用が広く事業活動に与える影響 検討すべき領域としては、特に以下のものがある。 マーケット・コミュニケーション −財務情報の伝達は、IFRS の改訂により求められる変更、公正価値会 計の実現に向けた抜本的な変更、従来の比率と主要業績指標(例えば、EBITDA、EPS など)への影響など、 財務情報の表示の変更に対応する必要がある。 法務 ‐顧問弁護士・社内弁護士は契約上の条件を解釈する際に会計スタッフを支援し、それぞれの条件 が会計処理に及ぼす影響を理解する必要がある。会計上の影響がプロセスの早い段階で周知されるよう 万全を期すために、契約の締結にあたり、起草、承認および監視のぞれぞれのプロセスとシステムを修 正する必要に迫られる場合がある。 人事 ‐IFRS の採用によってボラティリティが生ずることで、報酬(利益分配、賞与、株式オプション報酬) の計算基準を修正する必要に迫られる恐れがある。例えば、IFRS 第 3 号の改訂により、以前に資産計上 されていた項目が損益計算に反映されることになる。 税務 ‐税務部門は、IFRS がすべての新規事業に及ぼす影響を吟味するにあたって、会計スタッフと密接 に協力する必要がある。 マーケティング ・ 販売 ‐IFRS は、現在、貸借対照表に認識・計上されるブランド ・ 商標のポートフォリ オの管理、在庫の正味実現可能価額の算定、収益認識上の観点からの販売契約の見直し、取引条件およ び組込デリバティブなど、多くの領域に影響を及ぼす。 生産および研究開発 ‐生産および研究開発担当者からの情報は、正常操業度の明示と、関連する在庫の 評価、組込デリバティブの認識、有形固定資産の構成要素の決定、潜在的な減損の認識、研究段階と開 発段階の区別など、幅広いトピックスに関わる会計処理を左右する。 IT システム ‐現行のシステムは IFRS に適合するために必要な情報を完全には生成できていない可能性が ある。IAS 第 16 号の要件に従い、構成要素に基づいて有形固定資産を減価償却しようとすれば、補助元 帳の修正が必要になろう。IFRIC 第 13 号は企業に対し、交付したロイヤリティ・ポイントの公正価値を 見積もるよう要求しており、また必要なデータを収集するためにはシステムの改変が必要となる可能性 もある。 IFRS outlook 2008 年 6 月号 5 IFRS 第 2 号をめぐる論点− 雇用契約終了時における 株式報酬の会計処理 IFRS 第 2 号「株式報酬」の目的は、株式報酬取引を行っている企業に関して認 識、測定、開示の要件を具体的に定めることである。IFRS 第 2 号の適用には困 難が伴うことは周知のとおりである。同じような取引であっても、これをどう 分析・解釈するかによって、会計処理が大きく異なる可能性があるからである。 本稿では、IFRS 第 2 号の要求事項のなかでは比較的よく理解されているものの 1 つである雇用契約終了時に失効する株式報酬の会計処理についての考察を通 じて、上記のような例を中心に解説する。 IFRS 第 2 号は、報酬の失効を権利の喪失と見るか、あるいは取り消しとして見るかによっ て、失効に関して根本的に異なる取り扱いを定めているものの、いずれにしろ両方の場 合において、相手方(従業員)は結局、何も受領しない。前者の取り扱いによれば、株 式報酬に関して費用を認識せず、また多くの場合、以前に認識された費用の振り戻しを 行い、雇用契約を終了した年度に利得として認識しなければならないが、後者の取り扱 いは、権利確定の前倒しとともに、報酬の権利がもし確定していれば認識されていたは ずの報酬コスト全額の認識を定めている。右表は、IFRS 第 2 号により要求される取り消 しと権利の喪失の会計処理をさらに詳細に考察したものである。 一見したところでは、取り消しと見た場合の会計処理は、企業が実際に支払わない役務 の費用を計上するため、直観的には理解しづらい。IFRS 第 2 号の「結論の背景」では、 IASB が US GAAP に合わせて取り消しと見た場合の会計処理を採用したことを示してい るが、実際の理由は「濫用防止」対策であるように思われる。アウト ・ オブ ・ ザ ・ マネー (アンダーウォーター)になるため、権利確定したオプションが行使されない場合に費 用の振り戻しが行われないのは、IFRS 第 2 号の権利付与日測定モデルに固有のものであ る。すなわち、取り消しと取り扱う会計処理は、権利確定期間が満了する直前にアンダー ウォーター ・ オプションを取り消し、取り消しを権利の喪失として取り扱うことで(す なわち、費用の振り戻し処理を行うことで)、企業がこの原則を回避するのを防止する という効果がある。 雇用契約終了の取り扱い 以下の設例を検討する。 2006 年 1 月 1 日、A 社はオプションを従業員に付与した。従業員が 2009 年 1 月 1 日まで継続的に雇用されていた場合、オプションの権利が確定する。2007 年 12 月 31 日、A 社は従業員との雇用契約を終了させたため、オプションは失効した。 雇用契約終了時のオプションの失効は取り消しと見るべきか、それとも権利の喪失と見 るべきか。IFRS 第 2 号は、2 つの相反する記述により両方の取り扱いを認めているよう にとれる。上記の例では、報酬は、従業員に対し 3 年間勤務し続けるよう要求する権利 確定条件を含む。まず、権利確定条件を充足していないということは、従業員が報酬の 権利を喪失したことを意味するという見方ができる。IFRS 第 2 号は、権利の喪失が発生 する場合を具体的に示していない。よって、このことは、権利確定条件を充足していな いことの原因が従業員の行為にあるのかあるいは企業側の行為にあるのかを問わず、権 利の喪失とみなす会計処理が適用されることを意味すると解釈できる。したがって、た とえ従業員が権利確定条件を充足しているか否かについて選択肢がなくても、報酬の権 利は喪失したとみなされ、当該報酬に関して以前に認識されたすべての費用は振り戻し 処理される。この取り扱いは US GAAP に合致している。 6 IFRS outlook 2008 年 6 月号 権利の喪失 従業員が報酬の権利確定条件を充足していない場合、従業員に対する報酬は失効する。例えば、 報酬は権利確定条件(一般に、 「勤務条件」という)を含んでおり、従業員に対し、3 年間雇用を 継続するよう要求するような場合が考えられる。このとき従業員が 2 年以内に退職した場合、権 利確定条件は充足されず、報酬の権利は確定しない。従業員が勤務条件を充足しなかったための 報酬の失効は、IFRS 第 2 号に基づき権利の喪失とみなされる *。 IFRS 第 2 号第 19 項は一般に、権利確定が見込まれる持分証券の数の最善見積りと、最終的に権 利が確定する持分証券の実数を反映するように費用を修正するよう企業側に求めている。上記の 例のように報酬の権利が失効したときには、持分証券の数の最善見積りは明らかにゼロであり、 したがって費用は認識されない。企業は、累積ベースで見たときの費用計上がゼロとなるように、 以前に認識された費用の振り戻し処理を行わなければならない。 * この原則は、株式市場条件である権利確定条件には適用されない。 取り消し 企業は、報酬の権利が確定する前に、報酬を取り消すことを選択できる。報酬が取り消されたと きには、 IFRS 第 2 号第 28 項(a)は企業に対し、 権利確定期間の残存期間中に受ける役務に関して、 取り消しがなければ認識されていたはずの費用の金額を取消しの時点で直ちに認識するよう求め ている。したがって、全報酬コストは前倒しされ、 (報酬が受領されたと仮定して)直ちに認識さ れる。なお、本稿で取り扱う範囲を超えているが、取り消しに伴って計上すべき金額を巡っては 諸説ある。特に論点となっているのは、従業員が自発的に退職したかもしれないという企業側の 見込みを考慮すべきであるか否か、あるいは従業員が他の権利確定条件(すわなち、業績条件) を充足していなかったか可能性があるか否かといった点である。 IFRS outlook 2008 年 6 月号 7 IFRS 第 2 号をめぐる論点− 雇用契約終了時における 株式報酬の会計処理(続き) しかし、IFRS 第 2 号は、 雇用契約の終了を取り消しとして取り扱っ ているとも解釈できる。上記の例では、従業員が権利確定条件を 充足できなかったのは、従業員ではなく、A 社の行為によるもので ある。権利確定条件は、 従業員がこの条件を充足するインセンティ ブを創出するために存在する。この条件を充足しないことが、従 業員のコントロールできる範囲を超える場合、報酬の条件を充足 できなかったのは、従業員側に責任があるとは言い難い。事実上、 雇用契約の終了は A 社のコントロールできる範囲内であるため、 A 社は雇用契約を終了したときに実質的に報酬を取り消すことを 選択したともいえる。さらに、最近公表された IFRS 第 2 号の改 訂「権利確定条件および取り消し」は特に、雇用主が株式報酬制 度を中断した場合に報酬の取り消しが生ずることを定めている。 IFRS 第 2 号は両方の見方を認めているように読めるため、明確 ではないというのが我々の見解である。したがって、企業はどち らか一方の取り扱いを選択して会計方針を決定しなければならな いと考える。IASB が IFRS 第 2 号に対し、こうした状況下で会計 処理に選択の余地を与えるように意図していたとは考えにくいの は確かであるが、現在の IFRS 第 2 号の記述に照らし、他の結論 に達するのは困難である。 これが会計方針選択の問題ではなく、むしろ、雇用契約の終了理 由によって取り消しと権利の喪失を区別する必要があることを意 味する、と見る向きもある。「良い」仕事をしなかったことによ る雇用契約の終了は、(従業員がコントロールできる範囲内であ る)専門的能力の発揮という暗黙の権利確定条件を満たせなかっ たことによる雇用契約の終了とみなされるため、権利の喪失とし て取り扱われる。他の状況における雇用契約の終了は取り消しを 生じさせる。だが、その理由を判断することは実際には困難な場 合がある。また、国によっては、実際には解雇される従業員(特に、 経営幹部)が、形式上は辞表を提出する慣行があることから、こ の問題は一段と複雑になる。 一見したところでは、権利の喪失モデルが企業にとって最も有利 な会計上の結果(すなわち、費用が計上されない)をもたらすよ うに思われる。だが、次のセクションでは、これが必ずしも当て はまるとは限らず、よって企業が行う選択を慎重に検討すべきで ある点に注目してみたい。 取り消しまたは権利の喪失に対する補償 多くの企業は雇用契約を終了するときに、雇用に関して失った報 酬の補償として代替報酬を提供する。この代替報酬の取り扱いは、 雇用契約の終了が取り消しまたは権利の喪失として取り扱われる かによって異なる。 8 IFRS outlook 2008 年 6 月号 企業が雇用契約の終了を報酬の権利の喪失として会計処理する場 合、従業員によるさらなる役務提供がないと仮定すれば、雇用契 約の終了日に代替報酬の公正価値全額が費用として認識される。 提供される将来の役務がないため、費用計上は期間配分されない。 これに対し、雇用契約の終了が報酬の取り消しとして会計処理さ れる場合、代替報酬は当初報酬の修正として会計処理される。 IFRS 第 2 号は、修正に関する具体的な規則を定めている。上述 のように、最初に、企業は当初報酬の原価を前倒しし、全コスト を直ちに認識しなければならない。次に、企業は当初報酬の公正 価値と新たに交付された報酬の公正価値(各々は雇用契約の終了 日に決定される)を比較し、代替報酬を付与することが、追加的 な報酬を与えることになるのかどうかを判断する。修正された報 酬の公正価値が当初報酬の公正価値を下回る場合、追加費用は認 識されない。しかし、修正された報酬の公正価値が当初報酬の公 正価値を上回る場合、企業は超過金額を費用として認識する。 したがって、権利付与日と雇用契約終了日の株価よっては、結果 的に、取り消しと修正により認識される金額が、権利の喪失と新 たな代替報酬により認識される金額を下回る可能性がある。よっ て、企業は、会計方針の選択を慎重に検討すべきである。 まとめ IFRS 第 2 号の取り消しに関する規定は、もともと IASB により一 種の濫用防止規定として盛り込まれたことは想像に難くない。だ が実際には、報酬は、単に IFRS 第 2 号に基づく費用計上を避け るためだけでなく、他の理由で取り消されることもある。こうし た IFRS 第 2 号の相反する規定は、雇用契約の終了に関して非常 に異なる会計処理をもたらしうる。取り消しと見た場合は、報酬 の全コストを計上する必要があり、権利の喪失と見た場合は、報 酬に関して以前に認識されたすべての費用を振り戻し処理する必 要がある。雇用契約終了に関して、IASB が本稿でいうような、 これほどまで異なる 2 つの処理方法を意図していたとは考えにく い。とはいえ、これ以外の帰結を導くこともまた困難である。結 論として、この論点は IASB が再考すべき領域であると考える。 財務報告制度の動向 IASB(以下「審議会」 )は、2008 年 4 月 14 日から 18 日と 2008 年 5 月 19 日から 23 日にロンドンで会議を開催した。 加えて、審議会は、2008 年 4 月 21 日から 22 日に米国財務会計基準審議会(以下「FASB」)との合同会議も行っている。 また、IFRIC は 2008 年 5 月 8 日にロンドンで会議を開催した。下表は、議論された主な論点を整理したものである。次 ページに、表で網掛けされた項目についてのより詳細な情報と解説を示している。 議論されたプロジェクト 重要な論点 進捗状況 概念フレームワーク 審議会は(FASB と共に)経済的単一体観(すなわち、報告エンティティー自体が財務報告の主体と なる考え方)を採用する影響をプロジェクトのフェーズごとに分析することを決定した。 ED(フェーズ A‐目的) と DP( フ ェ ー ズ D‐ 報告主体)は 5 月に公 表済み。 子会社、共同支配事業体また は関連会社に対する投資原 価:IFRS 第 1 号 と IAS 第 27 号を改訂する ED 審議会は 2008 年 5 月に基準を公表した。詳しくは IFRS outlook 増刊第 5 号 を参照のこと。 基準は第 2 四半期に公 表済み。 収益認識:論点整理 審議会は、2 つのモデルについて議論し、論点整理が顧客対価法に有利な予備的見解を表明するこ とを暫定的に決定した。 DP は 第 3 四 半 期 に 公 表される予定。 収 益 認 識: 解 釈 指 針 書 案 第 D21 号「不動産販売」 IFRIC は解釈指針草案の再審議を完了した。 解釈指針は第 2 四半期 に公表される予定。 連結 審議会は、プロジェクトが現在の規定の改善に焦点を当てていることから、次のステップを ED に することを決定した。 ED は 第 3 四 半 期 に 公 表される予定。 金融商品:ヘッジ対象となる 審議会は、以下の論点において存在する実務上の処理の多様性に対応するため、IAS 第 39 号のうち リスクについて IAS 第 39 号 改訂の対象を、ヘッジ対象となるリスクに限定することを決定した。 を改訂する ED (1)買建オプションを全体として、オプション性のない金融商品に対する有効なヘッジ手段として 指定できるか否か、および(2)インフレーションをヘッジ対象リスクとして指定できるか否か。 基準は 2008 年第 4 四 半期に公表される予 定。 金 融 商 品:IFRS の 年 次 改 善 (2008 年) 金 融 商 品: 解 釈 指 針 書 案 第 D22 号「在外事業体に対する 純投資のヘッジ」 審議会は、2 回目の年次改善プロジェクト(2008 年)に IFRIC が提言した IAS 第 39 号パラグラフ 2 の(g)の範囲の改訂案を含めるかどうかについて議論した。 ED は 2008 年 10 月に 公表される予定。 IFRIC は、6 月の会議で承認を得るために IASB に提出する最終的な解釈指針についての議論を完了し、 解釈指針は 2008 年 6 承認した。委員会は、最終的な解釈指針において以下の事項を明確にすることに合意した。 月に公表される予定。 • 企業が直接的または間接的に子会社を連結する方法を採用できるため、在外事業が売却されたと きに、親会社の連結財務諸表で剰余金として計上されている外貨換算差額から損益に振り替えら れる金額 • 経過措置‐本指針は遡及適用されない。 金 融 商 品:IFRIC の ア ジ ェ ン ダ 項 目 IAS 第 39 号‐ 実 効 金 利法 IFRIC は、インフレ指数に連動したキャッシュフローを伴う金融商品の実効金利法の適用に関する指 7 月 の IFRIC 会 議 で 暫 針を示すよう要請された。委員会は、IAS 第 39 号の AG6‐AG8 が関連する指針を示していること、 定的な意思決定が確認 当該商品が AG7 または AG8 の範囲内であるかを決定するために判断が要求されることを指摘した。 される。 したがって、IFRIC はこの項目をアジェンダに追加しないことを決定した。 しかし、我々は、AG7 と AG8 の解釈並びに両者の相互関係にはっきりしない点があるため、これら について明確化が必要であると考えている。 IFRS outlook 2008 年 6 月号 9 財務報告制度の動向(続き) 議論されたプロジェクト 重要な論点 進捗状況 IAS 第 38 号「無形資産」: IFRS の年次改善(2008 年) 審議会は、活発な市場で取引されていない無形資産を公正価値で測定するために一般に採用される 評価技法に関する規定を明確にするため、また、改訂 IFRS 第 3 号との間で認識された不整合を除去 するために基準を改訂することを暫定的に決定した。 ED は 2008 年 第 3 四 半期に公表される予定 IFRS 第 5 号「廃止事業」: ED 案 審議会と FASB は、廃止事業の定義と開示についてのいくつかの暫定的意思決定を行った。 2008 年下半期 中小企業に関する IFRS 審議会は、ED に関して実施されたフィールド ・ テスト(試験的実態調査)の結果について議論し、 最終的な基準は 2008 必要になりうる基準の変更について審議した。 年第 4 四半期 1 株当たり利益:ED 案 審議会は、ED に盛り込む事項に関していくつかの暫定的な結論に達した。 IFRS 第 1 号「IFRS の初度適 用」:改訂 審議会は、カナダ会計基準審議会(AcSB)から受領した提案に基づき IFRS 第 1 号の改訂を提案した。 2008 年下半期 公正価値測定 国際評価基準委員会のメンバーは、評価、すなわち「価格」と「価値」の違い、入口価格と出口価 ED は 2009 年 に 公 表 格の潜在的違い、「最有効利用法」概念、および市場の特性に関する問題について IASB と協議した。 される予定 負債:IAS 第 37 号の改訂案 審議会は、不利な契約、リストラクチャリング引当金、解雇給付に関していくつかの暫定的な意思 決定を下した。 排出権取引制度 審議会は、本プロジェクトにおいて、排出権取引制度の下で発生するすべての売買可能な排出の権 利 ・ 義務の会計処理に取り組むことを暫定的に決定した。加えて、認証排出削減量など、企業が将 来の期間に売買可能な権利を受領することを意図して行う活動の会計処理に取り組む。 ED は 2008 年 第 2 四 半期に公表される予定 基準は 2009 年に公表 される予定 ED =公開草案、DP =論点整理 プロジェクト ・ アジェンダに関する IFRIC の決定‐IFRIC のアジェンダからの除外項目 IAS 第 37 号引当金、偶発債務および偶発資産‐回収可能容器の預かり金 IFRIC は、要返却コンテナ(コンテナ ・ リース)の預かり金を払い戻す義務の会計処理に関する指針の要請を受けた。特に、受領した預かり金を払い戻す義 務の場合、IAS 第 39 号「金融商品:認識および測定」に従って会計処理する必要があるかという点が問題とされた。IFRIC は、コンテナが当初の販売取引で 認識中止されなかった場合、金融商品の定義を充足する払い戻し義務が発生すると指摘した。したがって、払い戻し義務は IAS 第 39 号の適用対象となる。 しかし、コンテナが当初の取引で認識中止された場合、非金融資産を伴う。よって、IAS 第 39 号は適用されない。IFRIC は、実務的にこのような取引の処理 が多様化しているとは認められないため、この問題をアジェンダから除外するという結論を下した。 IAS 第 19 号従業員給付‐決済 IFRIC は、確定給付制度の加入者が年金または一時金を受ける選択権がある場合、退職日の加入者に対する一時金の支払が IAS 第 19 号に定義される決済に該 当するかどうかを明確にするよう要請を受けた。IFRIC は、加入者の選択が確定給付債務の計算に年金数理計算上の仮定としてすでに織り込まれているため、 支払いが決済として取り扱われないことを指摘した。IFRIC はこの問題をアジェンダに追加しないことを決定した。 10 IFRS outlook 2008 年 6 月号 収益認識:論点整理 論点としては以下のものがあった。 •• 審議会と FASB が資産負債法に基づいた収益認識モデルを提案している理由 •• 履行義務の識別と契約上の資産または負債の認識 •• これらの履行義務が履行される時期の判断 •• 契約上の履行義務を開始時にどのように測定するか、またこれらの測定値を事後的に更新すべきかまたは固定すべきか Global Eye on IFRS (IFRS outlook の前身)の 2007 年 12 月号では、我々は、両方のモデルを概説し、現在出口価格法(本稿では「直 接測定モデル」という)に関するいくつかの実務上の問題を強調した。特に履行が開始すると、契約上の義務の公正価値を算定する ことが極めて主観的になるため、現在出口価格法は実務適用上の難しさと不確実性を伴う。顧客対価法は契約に基づいているため、 市場の変動を反映せず、現在の方法にほぼ類似する結果をもたらす可能性が高い。 DP は顧客対価法を選好する予備的見解を示す可能性があるが、すべての企業は、両方のモデルが収益認識方法にどのような影響を及 ぼしうるかを慎重に評価し、コメント期間中に IASB と FASB に対して意見を発信すべきである。 収益認識:解釈指針書案第 D21 号「不動産販売」 IFRIC は、不動産販売に関する契約により、現状において工事中物件に対する支配権と所有に伴う重要なリスクとリターンを買主に徐々 に移転することが定められている場合、進捗度を基準に収益を認識すべきであることを再確認した。だが、契約がある時点で支配権 と完成した不動産の所有に伴う重要なリスクとリターンを買主に完全に移転させるものである場合、収益はその時点ではじめて認識 すべきである。IFRIC はさらに、土地販売が不動産建設の構成要素とは別個に識別可能な場合、複合契約の個別要素として会計処理す べきであると指摘した。 IFRIC は、実務において、こうした段階的な移転要件を充足する契約が多いとは想定しておらず、むしろ今後、一定時点における収益 認識処理へのシフトが起こることを見込んでいることを指摘した。しかし、IFRIC は、不動産以外の契約への類推適用が認められるこ とも指摘した。我々は、不確実性を軽減する上で、この「段階的な移転」というものが十分に定義されているかどうかについて、懸 念がある。 金融商品:ヘッジ対象となるリスクについて IAS 第 39 号を改訂する ED 関係各方面から受領したコメントレターを検討した結果、審議会は、ED におけるルール ・ ベース ・ アプローチを放棄することを決定 した。これに代わって、実務上見られる会計処理の多様化に対応するため、IFRIC に当初提起された 2 つの問題に集中することにした。 審議会はまた、IAS 第 39 号に適用指針を追加することで、両方の問題に対処することを決定した。 インフレ ・ リスク 審議会は、インフレ ・ リスクのヘッジに関する ED における意思決定を確認し、これにより、インフレ ・ リスクが個別に識別可能で測 定可能である場合に限り、インフレ ・ リスクをヘッジ対象リスクとして指定することを認めた。例えば、債券がインフレ率に基づく 定期的な利払いを含む場合、当該金融商品については、リスクが明示的で契約上も特定されているため、インフレ率をヘッジ対象リ スクとして指定することができる。逆に言えば、インフレ率が契約上特定されたキャッシュフローでないため、固定金利の金融負債 に伴うインフレ ・ リスクをヘッジ対象項目として指定することはできない。 IFRS outlook 2008 年 6 月号 11 財務報告制度の動向(続き) 買建オプションのヘッジ手段としての指定 IFRIC に提起された当初の論点は、買建オプション全体を、ヘッジ対象キャッシュフローにオプション性がなくとも、非有効性はない という前提で将来キャッシュフローの変動に対するヘッジ手段として指定し、キャッシュフロー ・ ヘッジとして会計処理できるかど うかだった。したがって、オプションの公正価値―時間価値および本源的価値―の変動は、ヘッジ対象項目が発生するまで、資本に 計上される。審議会は、このことを認めない ED におけるアプローチを維持することを決定した。したがって、指定されたヘッジ対象 リスクがオプション性を含まない場合、ヘッジの有効性を判断するために採用される「仮想デリバティブ」もオプション性を含んで いてはならない。だが、企業は、オプション契約の本源的価値と時間価値を分離し、本源的価値のみをヘッジ手段として指定し、オ プションの時間価値の公正価値の変動を損益に計上することが認められている。審議会は、この意思決定が、非有効性を生じさせる ことなくキャッシュフロー ・ ヘッジにおいて買建オプション全体の指定を認める US GAAP の立場(財務会計基準書第 133 号「デリ バティブ商品とヘッジ活動に関する開示」の適用上の問題 G20)と異なることを認識している。 適用開始日と経過措置 IASB は、適用指針は遡及適用されねばならないことを確認した。しかし、企業はヘッジ関係を遡及的に再指定することは認められない。 これは、適用指針が IAS 第 39 号が起草された際の、当初の意図を明確にすることを目的とするという審議会の前回のステートメント に一致している。 金融商品:IFRS の年次改善(2008 年) IAS 第 39 号 2(g)範囲の適用除外 審議会は、企業結合における買収会社と売り手との間の契約に関する IAS 第 39 号の適用除外が、将来の日に被買収会社を売買するた めに、企業結合における買収会社と売り手により買収日の前(すなわち、買収会社が支配権を取得する前の日)に締結された拘束力 を有する先渡し契約のみに適用されることを明確にすることを暫定的に決定した。したがって、事業を買収する選択権(またはその 他のデリバティブ商品)または非支配持分を取得する契約は適用除外規定の対象ではなく、これらの商品には IAS 第 39 号が適用され る。すなわち、公正価値で認識し、測定されなければならない。この改訂は、2008 年下半期に公表される、2 回目の年次改善 ED に 含まれる予定である。 IFRS 第 5 号「廃止事業」:ED 案 財務諸表の表示に関する FASB との共同プロジェクトの一環として、審議会は、以下のことを暫定的に決定した: •• 廃止事業を「処分され又は処分が予定されている、IFRS 第 8 号「事業セグメント」に基づく事業セグメントの定義を満たす、企業 の構成要素」と定義する。包括利益計算書と関連する注記の開示として表示される金額は、最高経営意思決定者に示される金額で はなく、該当する IFRS に基づかねばならない。 •• 主たる収益費用項目(減損、利息、減価償却費を含む)、キャッシュフロー、資産 ・ 負債、処分された事業活動の性質、これらの事 業活動からの収入の用途の開示を要求する。 •• 本改訂は将来に向かって適用されるが(早期適用は認められる)、唯一の例外として、包括利益計算書の金額は表示されるすべての 期間に関して修正再表示が必要となる。 中小企業に関する IFRS 審議会による重要な意思決定は以下の通り。 •• 基準は単独で機能し、完全な IFRS を参照しない。また、名称は「非公開企業の IFRS」と改称された。非公開企業の定義は ED にお ける現在の中小企業と類似する。したがって、小規模な上場企業はこの範囲には含まれない。 •• 原則として、完全な IFRS に基づき利用可能な会計上の選択肢は、すべて、非公開企業にも利用可能とする。 •• 基準はセグメント情報、1 株当たり利益または中間財務報告を取り扱わない。非公開企業がこのような情報を表示していた場合、 この情報を作成した根拠を説明することが求められる。 •• IFRS 適用企業の子会社が完全な IFRS の認識・測定原則を採用する場合、完全な IFRS により要求される開示を行わなければならない。 12 IFRS outlook 2008 年 6 月号 1 株当たり利益:ED 案 審議会は、暫定的に以下の結論に達した。 •• IAS 第 32 号「金融商品:表示」 の改訂は一部のプット可能な金融商品を資本に分類しており、これは、IAS 第 33 号「1 株当たり 利益」 にも適用される。 •• 株式報酬にかかる所得控除額が関連する累積費用を超える場合、この税務上の恩典に関する金額は、希薄化性の株式報酬を仮に行 使した場合に得られる収入の額に含めて計算する。 •• 先渡し購入契約の対象となっている普通株式に対する配当が企業に返還されないときには、負債は IAS 第 33 号に定義される参加 型証券の定義を充足する。 •• 企業の自社株を購入するためのグロスベースでの現物決済の先渡し契約に適用される原則は、強制償還型普通株式にも適用する。 IFRS 第 1 号「IFRS の初度適用」:改訂 AcSB からの要請に応じ、審議会は、以下の IFRS 第 1 号の暫定的改訂を提案した。 •• 初度適用企業が移行日以前の日に、従前の GAAP に基づき、すでに事実と状況の評価を実施している場合、移行日にあらためて同 一の評価を行う必要はない。 •• IFRS の規定に従って公正価値の算定を行うべきときに、必要な情報が入手できなかった場合に限り、移行前の時点における公正価 値の算定を禁止する。公正価値情報が利用可能でない場合、企業は、移行時に従前の GAAP に基づく帳簿価額を採用する。 •• 石油 ・ ガス会社に対し、企業の従前の GAAP に基づき認識された金額を配分することで、IFRS への移行時にフル ・ コスト法会計に 基づき、探査、評価、開発、生産資産を測定するのを認める。 •• 料金規制企業の有形固定資産に関し、従前の GAAP に基づき資産計上されていたが、IFRS の下では資産計上の適格性が認められな い金額を特定することが実務上不可能である場合、その特定を免除する。この場合において、移行日現在の上記のすべての項目の 帳簿価額はみなし原価になり、移行日時点において減損判定の対象になる。 負債:IAS 第 37 号の改訂案 審議会は暫定的に以下の事項を決定した。 •• 事業のリストラを行う意思決定の公表は、みなし債務を生じさせないという審議会の意見を再確認し、リストラの説明、影響を受 けるセグメント、認識された減損損失、リストラに伴う総コスト、これらのコストの性質と発生時期を開示する要件を追加するこ とを決定した。 •• 解雇給付に関して、企業が自発的退職の申し出を撤回することができない場合、非自発的解雇給付と同じ方法で負債を認識するこ とを決定した。非自発的解雇給付債務が存在するためには、従業員に対して、解雇対象となっているか否かを通知している必要が ある。 •• 自発的解雇給付の定義案において、「短期」が自発的退職の申し出から実際の解雇までの期間を意味し、自発的解雇給付は将来の役 務に関連付けることができないことを明確にした。 審議会はまた、不利なオペレーティングリース債務は、企業の意向に関係なく合理的に得られるサブ・リース料を差し引いて測定す べきであるという意見を再確認した。 これらの結論はすべて、負債の認識額に大きな影響を及ぼす可能性があり、導入された場合には、新しいプロセスの導入が必要とな る可能性がある。 IFRS outlook 2008 年 6 月号 13 各種資料 IFRS outlook 増刊号 ー第 1 号‐第 6 号 第 1 号‐プット ・ オプション付き金融商品および清算時に発生する債務 この増刊号は、IAS 第 32 号「金融商品:表示」と IAS 第1号「プット可能な金融商品 および清算時に発生する債務に関する財務諸表の表示」に関する IASB による改訂を要 約したものである。 第 2 号‐負債と資本 この増刊号は、米国財務会計基準審議会(FASB)の「資本の特徴を有する金融商品に関 する予備的見解」と IASB の「コメント募集」を要約したものであり、資本の特徴を有 する金融商品に関する財務報告を簡素化し改善することを目指すものである。 第 3 号‐金融商品に関する IFRS の動向 この増刊号は、IASB の 2008 年 2 月と 3 月の会議および IFRIC の 2008 年 3 月の会議 における、金融商品に関する主な議論と達した結論を要約したものである。 第 4 号‐論点整理:IAS 第 19 号「従業員給付」の改訂に関する予備的見解 この増刊号は、退職後給付会計のあらゆる側面の抜本的見直しの第 1 フェーズの終了を 受けて、IASB が公表した論点整理を要約したものである。 第 5 号‐IFRS 第 1 号と IAS 第 27 号の改訂 本書は、IFRS 第 1 号「IFRS の初度適用」と IAS 第 27 号「連結および個別財務諸表」 に対する IASB の改訂を要約したものであり、新しい親会社が既存の親会社の上位に新 設される形の再編が行われるという限定的場面における解決策を提示するものである。 この IFRS 第 1 号の改訂は、個別財務諸表を作成する親会社の IFRS への移行コストを削 減する。 第 6 号‐IFRSs 2007 の改善 本書は、様々な IASB の基準書改訂であり、不一致の除去と基準書における語法の明確 化を行う年次改善プロジェクトの一部である。 金融商品に関する報告における複雑性の解消 本書は、IASB 論点整理「金融商品に関する報告における複雑性の解消」で考察している 内容を要約して示しており、IAS 第 39 号「金融商品:認識および測定」とこれに相当 する US GAAP 指針の置き換えの可能性を探っている。 IFRS 開示チェックリスト 2008 年版 2008 年 3 月 31 日までに公表された IFRS を対象としてアップデートされた IFRS 開示 チェックリストである。 14 IFRS outlook 2008 年 6 月号 近日発行予定のIFRS outlook増刊号 サブプライム環境下における会計 ‐パート 2 この増刊号は、信用危機が進む現在の環境下で見られるいくつかの論点について解説す るものであり、銀行やその他の金融機関による財務報告の質を強化し、開示の透明性を 高めるために必要と思われる関連基準書の改善についても概説している。ここで提言し ている改善点は、財務情報の作成、監査、利用に関与するすべての人に寄与するはずで ある。 財務報告の目的 この増刊号は、財務報告の目的と財務情報の質的特徴に関する概念フレームワークに対 する IASB の改訂案を要約したものである。 IFRS outlook 2008 年 6 月号 15 Ernst & Young アーンスト ・ アンド ・ ヤングについて アーンスト・アンド・ヤングは、監査、税務、 トランザクション・アドバイザリー・サービス などの分野における世界的なリーダーです。全 世界の 13 万人の構成員は、共通のバリュー(価 値観)に基づいて、品質において徹底した責任 を果します。私どもは、クライアント、構成員、 そして社会を支援し、皆さまの可能性を実現す るプラスの変化をもたらします。 詳しくは、www.ey.com にて紹介しています。 「アーンスト・アンド・ヤング」とは、アーン スト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッ ドのメンバーファームで構成されるグローバル 組織を指し、各メンバーファームは法的に独立 した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グロー バル・リミテッドは、英国の有限責任保証会社 であり、顧客サービスは提供していません。 新日本有限責任監査法人について 新日本有限責任監査法人は、アーンスト・アン ド・ヤングのメンバーファームです。全国に拠 点を持ち、日本最大規模の人員を擁する監査法 人業界のリーダーです。品質を最優先に、監査 および保証業務をはじめ、各種財務関連アドバ イザリーサービスなどを提供しています。アー ンスト・アンド・ヤングのグローバル・ネットワー クを通じて、日本を取り巻く世界経済、社会にお いて、資本市場への信任を確保し、その機能を 向上するため、可能性の実現を追求します。 詳しくは、www.shinnihon.or.jp にて紹介して います。 アーンスト・アンド・ヤングの国際財務報告基 準(IFRS)グループについて 国際財務報告基準(IFRS)への移行は、財務報 告における唯一最も重要な取り組みであり、そ の影響は会計をはるかに超え、財務報告の方法 だけでなく、企業が下すすべての重要な判断に も及びます。私たちは、クライアントによりよ いサービスを提供するため、世界的なリソース であるアーンスト・アンド・ヤングの構成員と ナレッジの精錬に尽力しています。さらに、さ まざまな業種別セクターでの経験、関連する主 題に精通したナレッジ、そして世界中で培った 最先端の知見から得られる利点を提供するよう 努めています。アーンスト・アンド・ヤングは このようにしてプラスの変化をもたらします。 www.ey.com/ifrs © 2008 Ernst & Young ShinNihon LLC All Rights Reserved. 本書又は本書に含まれる資料は、一定の編集を経た要約 形式の情報を掲載するものです。 したがって、本書又は本 書に含まれる資料のご利用は一般的な参考目的の利用 に限られるものとし、特定の目的を前提とした利用、詳細 な調査への代用、専門的な判断の材料としてのご利用等 はしないでください。本書又は本書に含まれる資料につ いて、新日本有限責任監査法人を含むアーンスト・アン ド・ヤングの他のいかなるグローバル組織のメンバーも、 その内容の正確性、完全性、目的適合性その他いかなる 点についてもこれを保証するものではなく、本書又は本 書に含まれる資料に基づいた行動又は行動をしないこと により発生したいかなる損害についても一切の責任を負 いません。