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下水処理水によるせせらぎの再生と生物

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下水処理水によるせせらぎの再生と生物
下水処理水によるせせらぎの再 生と生物
福 嶋 悟 (横 浜 市 環 境 科 学 研 究 所 )
1.はじめに
江 川 と 入江川 は 下 水 処 理 水 を 維 持 用 水と し て 再 生 さ れ た せ せ ら ぎ で あ
る 。 こ の よ う な せ せ ら ぎ に 多 く の 種 類 の生 物 が 生 息 し て い る 。 入江川 の
ミ ナ ミ ヌ マ エ ビ の よ う な 、 生 息 し て い る生 物 の 一 部 は 放 流 さ れ た も の で
あ る が 、 多 くの 水 生 昆 虫 な ど は 他 の 河 川か ら 分 布 を 広 げ 、 せせらぎに 生
息 す る よ う に な っ た と 考 え ら れ る 。 生 物が 棲 む せ せ ら ぎ は 、 子 ど も達 の
遊 び 場 と な り、 大 人 た ち の 散 歩 な ど に も利 用 さ れ 、 賑 わ い が 絶 えない 水
辺 と な っ て い る 。 地 域 住 民 間 の 交 流 の 場と し て せ せ ら ぎ が 寄 与 し て い る
こ と は 、 自 然 環 境 の 再 生 が 生 活 の 潤 い だけ で な く 、 住 民 間 の コ ミ ュ ニ テ
ィの場 と な る こ と を 示し て い る。
再 生 さ れ た江 川 の 魚 類 と 入 江 川 の 水 生 動 物 な ど の 生 息 状 況 、 こ れ ら の
生 物 は ど こから 来 た の か な ど 、 せせらぎの 生 態 系 の 一 部 に つ い て 紹介 す
る。
2.江川 の魚たち
1990 年 よ り 、 鶴 見 川 に 合 流 す る 江 川 に 、 下 水 処 理 水 が 維 持 用 水 と し
て 流 さ れ る よ う に な っ た 。 再 生 さ れ た 江 川 の 全 長 は 約 4.3km で 、 上 流
側 に 近 接 す る 都 筑 下 水 処 理 場 か ら 1 日 に 5000m3 の 処 理 水 が 供 給 さ れ
て い る。 江川 のせせらぎが 再生 さ れ て か ら し ば ら く の間 、維 持 用 水と
して 供給 さ れ る下 水 処 理 水 は、 二 次 処 理 水を 砂ろ 過 し、 塩素消毒 した
高 度 処 理 水 で あ っ た。 1996 年 以 降 は 、 生 物 学 的 窒 素リ ン 除 去 法 に よ り
処理 さ れ た水 に、 凝 集 剤を 注入 して 砂ろ 過し た後 、 オ ゾ ン消 毒し た高
度処理水が 流されるようになった 。
江 川に お け る魚 類の 採集状況 を図 1に 示したが 、 塩 素 消 毒 期 間 中は
下流側で僅かに 採集されただけであったが、オゾン消毒が始まった
1996 年 以 降 は 水 温 の 高 い 時 期 を 中 心 に 下 流 側 と 上 流 側 で あ る 程 度 の 個
体数 が採 集されるようになった 。上流側 の種 類は 少 なく 、ド ジ ョ ウと
メ ダ カが 主な 種類 であった 。それに 対し て、 下 流 側 の種 類は 多く 、ス
ミ ウ キ ゴ リ、 モ ツ ゴ、 フナ 類が 多く 、最 近で はオ イ カ ワ も増 加してい
る 。 2003 年 に な る と 下 流 側 で 採 集 さ れ た 個 体 数 が 増 加 し て い る 。 下 流
側で は水 際に 生育 した サ ン カ ク イなどの 草 本 類と 、 散在 する 石のまわ
り が 隠 れ 場 と な っ て い る 。 2002 年 ま で は 清 掃 作 業 に よ り 草 本 類 は 刈 り
取 ら れ て い た が 、 魚 類 が 多 く 採 集 さ れ た 2003 年 は 、 水 際 の 草 本 類 の
刈り取りは 行わ れ ず、良好 な生息環境が維 持さ れ た。
採集 さ れ た魚 類のうち 放流 さ れ た可 能 性が 高い も の も含 まれるが 、
採 集 個 体 数が 最も 多かった スミウキゴリ は鶴見川 に 分布 しており 、江
川が流入す る鶴 見 川から遡 上した 可能性が 高い。 江川と鶴見川と の間
-1-
Number of individuals
200
160
120
80
40
0
1
5
9
1
5
9
1
5
9
1
5
9
1
5
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1
Year (1995-2003)
Number of individuals
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160
120
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1
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1
5
Year (1995-2003)
図 1 江 川 における魚 類 採 集 個 体 数 の 長 期 的 変 化 、
上 段 は 下 流 側 (E 3 + E 4)下 段 は 上 流 側 ( E 1 + E 2 )
のス ミ ウ キゴ リは 、段 差を 超え て分 布を 江川 に広 げていると 考えられ
る。 平 水 時に はハ ゼ科以外 の種 類はほとんど 鶴 見 川 から 江川 へ移 動で
きないが 、降 雨による 水位 の上昇時 に鶴見川 との 水位差 がなくなると
移動の障 害 物はなくなる。
通常水温が低 くなる時期 に魚類はほとんど採集 さ れ て い な い が、
2000 年 3 月 に は 下 流 側 で 魚 類 が あ る 程 度 多 く 採 集 さ れ た 。 こ の 調 査 時
の 前 に 30∼ 35mm/ 日 の 降 雨 が 3 回 あ り 、 鶴 見 川 と の 水 位 差 が な く な り 、
江 川 の 水 位 も 上 昇 し て い る 。 2001 年 8 月 2 2 日 に 台 風 が 関 東 地 方 を 通
過し た。 ま と ま っ た降 雨の 影響 で鶴見川 の水 位は 上 昇し 、江 川の 水位
も平常時 よ り か な り高 くなった 。台 風の 前後 に お け る魚 類の 採集 およ
び目視観察状況を 表 1 に 示した。 台風後 のデータ は台風通過から 2日
後 の 8 月 24 日 の も の で 、 台 風 の 前 は 7 月 29 日 の デ ー タ で あ る 。 台 風
の 前 後 で 上 流 側 の E1 と E2 で は 魚 類 個 体 数に 明 瞭 な 変 化 は 認 め ら れ な
い 。 そ れ に 対 し て 、 台 風 時 に 水 位 が 上 昇 し た E4 の 個 体 数 は 、 台 風 後
に 約 4 倍 程 度 増 加 し た 。 台 風 に よ る 水 位 上 昇 が な か っ た E3 で も 、 E4
と ほ ぼ類 似し た増加率 が示 さ れ た。 増加 したのは 主 に遊 泳タイプ のオ
イ カ ワで 、底 生タイプ のス ミ ウ キ ゴ リの 個 体 数に は 台風 の前 後で 明瞭
-2-
な変 化は 認められない 。鶴見川 の水位上昇時 には 、 通 常 時に は段 差に
より 移動 が妨 げられている 川の 中層 を活 発に 遊泳 する タ イ プの 魚類 が、
水位上昇 に伴 う生 息 環 境のかく 乱を 避け て、 かく 乱 の な い江 川に 避難
することを 示している。
表1
台風(2001 年8月22日)による鶴見川の水位上昇前(2001年7月29日)
と
水位上昇により江川に鶴見川 の水が流入した後(
2001年8月24日)の
江川(E1:
下水処理水放流点下 、E4:
半助橋下)の魚類相の比較、
個体数は大型Dフレームネットによる10分間採集数と目視観察数の合計
E1
コイ科
Cyprinidae
Zacco platypus
オイカワ
コイ
Cyprinuis carpio
Carassius sp.
フナ類
ドジョウ科 Cobitidae
Misgurnus anguillicaudatus
ドジョウ
カダヤシ科 Poeciliidae
Gambusia affins
カダヤシ
グッピー
Poecilia recticulata
Gobiidae
ハゼ科
スミウキゴリ Gymnogobius petschilinensis
Number of total individuals on each site
29 Jul. 2001
E2 E3 E4
31
3
7
12
24 Aug. 2001
E2 E3 E4
11
92
30
16
2
4
1
7
3
7
8
E1
45
2
2
21
31
33
4
16
0
10
11
18
60 122
10
57
3.入 江 川の水生 動物た ち
横 浜 港 に 注 ぐ 入 江 川 の 左 支 川 に 、 1997 年 5 月 か ら 神 奈 川 下 水 処 理 場
か ら 下 水 処 理 水 が 導 水 さ れ 、 1 日 当 た り 2200m3 が 維 持 用 水 と し て 流
さ れ る よ う に な っ た。 水生動物 と一 部の 藻類 が入 江 川に 初め て出 現し
た時 期と 、そ れ以 降の 消長 について 図2 に ま と め た 。調 査は 処 理 水が
供 給 さ れ る よ う に な っ て 、 3 ヶ 月 後 の 1997 年 8 月 か ら 開 始 さ れ た が 、
初期時点 から 分布 が確 認さ れ た の は サカマキガイ 、 サ ホ コ カ ゲ ロ ウ、
ユスリカ 類である 。そ れ ら は、 右 支 川に 水 環 境の 形成後 、1 ∼2 ヶ月
後に 出現 したことから 、左支川 でも 3ヶ 月後 より 前 から 分布 していた
可能性が高 い。
ユ ス リ カ類 のライフサイクル は短 い た め、 新た な 水 環 境が 形成 され
ると 、最 も早 期に 分布 す る よ う に な るパ イ オ ニ ア 生 物で あ る こ と が知
ら れ て い る。 サ ホ コ カ ゲ ロ ウも 冬期 は幼虫期 を水 中 で過 ご す が、 ライ
フ サ イ ク ルは 比較的短 く、 年間 に数 回の 世代交代 がある 。サ ホ コ カ ゲ
ロ ウ の 横 浜 市 内 で の 分 布 を み る と 、 1980 年 代 中 途 に は 鶴 見 川 と 大 岡 川
の 中 流 域 ま で 分 布 を 拡 大 し 、 1990 年 代 中 途 に は 、 市 内 の 河 川 全 域 に 分
布す る よ う に な っ た。 こ の よ う に、 入 江 川に 最も 早 期に 分布 するよう
になったのは 、ライフサイクル が短 く、 他の 水系 に 普 遍 的に 分布 して
いる 種類 で、 これらの 成虫 の産 卵により 生息 が始 まったと 考え ら れ る。
初期段階 に空 中を 飛翔 で き な い も の も分 布す る よ う に な っ た。 そ れ は、
-3-
サカマキガイ であるが 、維 持 用 水の 処 理 水を 供給 す る下水処理場 に多
く生育している。
左支川
1997年 5月通水
サカマキガイ
サホコカゲ ロウ
ユスリカ類
ウチダ ツノマユブユ
コカ ゙タシマトビケラ
1997
1998
MAY JUN. JUL. AUG. SEP. OCT. NOV. DEC. JAN. FEB. MAR. APR. MAY
U・D
U・D
U・D
D
U
D
U
左支川
1999
2000
APR. MAY JUN. JUL. AUG. SEP. OCT. NOV. DEC. JAN. FEB. MAR. APR. MAY
ナミウズムシ
D
ミナミヌマエビ (放流)
D
U
左支川
オイカワ(放流)
モズ ク
オオイシソウ
2001
2002
APR. MAY JUN. JUL. AUG. SEP. OCT. NOV. DEC. JAN. FEB. MAR. APR. MAY
U(adult)
U(larva )
U
U
U(∼2003年4月)
右支川
2002
2002年 4月通水
MAY JUN. JUL.
サカマキガイ
D
サホコカゲ ロウ
D
ユスリカ類
D
ウチダ ツノマユブユ
D
コカ ゙タシマトビケラ
D
ナミウズムシ
D
ミナミヌマエビ (放流)
D
ホトケド ジョウ(放流)
D
図2 入江川左支川(1997年5月通水)と右支川(2002 年4月
通水)における水生生物の出現開始時期とその後の出現状況
(U:上流側、D:
下流側)
次に 分 布 す る よ う に な っ た の は、 成 虫 の 飛 翔・ 産 卵 に よ り 分 布 を 拡
大し たウ チダツノマユブユ とコガタシマトビケラ である 。前 者は 通水
か ら 4 ヶ 月 後 の 1997 年 9 月 、 後 者 は 5 ヶ 月 後 の 1 0 月 に 共 に 下 流 側 地
点で 出現 した 。コガタシマトビケラ の幼 虫が 出現 し た時 期か ら気 温が
低下 するため 、気 温の 上昇 する 時期 まで 上 流 側へ の 分布拡大 が遅 れて
いる 。こ の2 種は 横浜市内河川 の源流域 に主 に分 布 し、 近年 に後 者は
全域 に分 布が 拡大 している 。そ の後 に分 布するようになったのは 全生
活史 を水 中で 過ご すナ ミ ウ ズ ム シで 、近 年に は市 内 河 川 の中流域 でも
見られるようになっている 。このような 現象 は、 再 生された 水 環 境が
既存 の水環境 と接 続し ていない 孤立 したものでも 、 生物 は他 の水 系か
ら移 動あ る い は他 の生 物により 運ば れ、 多様 な群 集 が形 成されるよう
に な る こ と を示し て い る 。
3.おわりに
せ せ ら ぎ だ け で な く市 内 の水環境 で 広く 移植 や 放流 が行 われ 、 生物
群集 の攪 乱が 生じ て い る。 移植 や放 流についての 弊 害な ど、 生物 に関
する情報の 発信、 地域生物 の保全意識の啓 発が望 まれる。
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