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「ちょっと、ちょっとそこの人!」 商店がいくつも立ち並ぶ、街中だった。 威勢の良い声が喧噪をさえぎって、通り を歩く旅人を呼び止めた。 らりとした脚が例の服から見えている。 に結い分けられている。体の線は細く、す グがある。わずかに青い銀色の髪は、左右 ルーハと呼ばれた少女が相方の名を呼ん だ。 「アサト」 の声だ。 ふいに新たなの声が、旅人の名を呼んだ。 彼女の声より少し低く、ほがらかなトーン とんとしている。その下には黒いマーキン それらが彼女に鋭角的な印象をあたえて いた。 感じさせる大きな目が印象的なおばさん 声の主は、そこそこ年のいった女性だっ た。険しくしかめられつつも、茶目っ気を 「あなたよ、あなた! まったく年頃の娘 がなんて格好しているの」 切り開かれていて、胸が見えそうだった。 で、それどころか腕の周りがおおざっぱに 様々な種類の服が見えた。 立っているので良く見えないが、とにかく した洋裁店があった。彼女が入り口の前に 出していた。その後ろには、こぢんまりと き尺や裁ち切り鋏といった裁縫道具が顔を おばさんは、小柄な体に白いエプロン姿 で仁王立ちしていた。エプロンからは、巻 い」 せていた。 もかもが、この人間に中性的な印象を持た そんな男口調さえ、女の子がいたずらっ ぽく言っているように響く。そうしたなに 「急にいないからびっくりしたぜ」 ちをしている。 見える。黒い目は大きく、やわらかな顔立 ルは頭上にあり、カチューシャのようにも 伸ばした髪を後頭部でまとめて留め、一 眼式のマルチゴーグルをしていた。ゴーグ 一見するとルーハと同年代の娘のようだ が、良く見ると男のようにも思える。 「なんかあったの?」 だった。 旅人は、店を見上げた。 『お洋服お直し屋さん~リフォーム承りま 「そう、あなた。いくら旅人だからって、 旅人は細身の体を粗末な服に包んでいた。 女は着る物に気をつけなきゃダメじゃな カットが深すぎるため脚は太腿まで丸見え 「わたしですか?」 す』 少女。 旅人が足を止めた。高めの声だが淡々と したトーン。十代半ばから後半とおぼしき 題があるらしい」 「呼び止められたんだ。わたしの服装に問 と、書かれた看板があった。 「ルーハ?」 くれない の目が、今はきょ すこし険のある濃い紅 回廊 2 「へえ?」 「そうは言っても必要だったから……」 に連れ込もうとしていたおばさんに聞いた。 くと、本人はお茶目のつもりであろうウィ 「お、 今のちょっとしおらしくていー感じ」 アサトが「ししし」と歯を見せてからかっ た。 ンクをして、こう言った。 おばさんは「あら、見かけの割りに力持 ちなのね」と関心半分と呆れ半分につぶや リーンのズボンと、灰色のTシャツに黒の 「理解不能だ……」 アサトはわざとらしく、ルーハをしげし げと見た。アサト自身はというと、モスグ タンクトップを重ねていた。ズボンはツナ 「お直し? 何の?」 「もちろんお直しをするのよ」 ギになっているらしく、ベルトの位置で上 と、ルーハが言ったとき、 「じゃあ、決まりね」 着の袖が縛ってあった。 多くの人でにぎわい、近寄らないと会話が を掲げた商店が建ち並んでいた。それらは だって?」 ルーハが顔をしかめて腕を組んだ。 「……あっそ。あー……、で、服装がなん 「それじゃ、さっそく採寸するからね。さ、 「待て。わたしの意見は」 踏んだルーハを立たせる。 動的に反応してバランスを修正、たたらを ルーハはとっさのことに戸惑って、続き の言葉が出なくなった。ただ、体だけが自 「あの、ちょっと……」 の右手が、ルーハの左腕をつかんでいる。 ばさんだった。針仕事で鍛え抜かれた職人 いきなりぐいっと腕をつかまれ、ルーハ は思わずよろけた。手の主は、洋裁店のお 「え。あ、はあ」 げるわ。あら、あなたもそんなところに立っ 店なのよ。それに、注文はぜんぶ聞いてあ 「安心しなさいって。これでも、評判のお 言った。それからにんまり笑って、 「え?」 遠かった。 「だいじょうぶ。ぜんぶ聞いてあげるって 「あ おばさんは、意地悪げな声音を使って なたね、ここの看板見えなかったの?」と 「問題があるらしい」 どうぞ入って」 言ったでしょう」 要するに、今日は暑いのだ。 「他人事だからといって楽しむな」 「えー、それ考えるの大変だったんだぞ。 「いうあ、その何をする気、ですか?」 「そういう意味ではなく……」 アサトはあまりの急展開に、間抜けな返 事をしてしまった。 てないで、お茶でも飲んでいきなさい」 ルーハ注文多いし、裁断はともかく縫製な ルーハは乗せられまいと踏ん張ると、店 アサトが少しルーハの方に寄った。通り は、広い歩道をはさんで色とりどりの看板 んてできないからさー」 3 荒野の幽霊とドロップヘッド 相方に呼ばれたアサトは、指先で頬を掻 きながらにやりと笑った。 「アサト!」 いていると滑稽でしかない。 ないルーハの声とのやりとりは、端から聞 意地悪になったり優しくになったりする おばさんの声と、可愛らしいのに抑揚の少 暑いったらないわ」 「それじゃあ、よろしくお願いしますね」 ─」 「アサト、わたしはまだ同意したとは── た。 ハの左腰には鞘に収まった刀が差してあっ アサトは苦笑した。その右腿にはホルス ターに収まった拳銃があった。そして、ルー ていたらわかるわよ」 「それに、二人して腰にそういうもの下げ 答えた。 すでにルーハを奥へ追いやり、作業の準 備を始めているおばさんは、顔を上げずに くだんの服は、防塵マントを切り裂いて 作ったものだった。この『防塵』とは、一 「はい」 「動きやすくて、丈夫なのが良いのね」 る。 人なので、ルーハは見上げられる格好にな 今度はルーハに目を向ける。かなり小柄な 机に広げられた服を見下ろして、おばさ んはふんと鼻を鳴らした。腰に手を当てて、 「にしても、ひどい服ねえ」 が吊り下がっていた。 途のわからない道具や見たこともない素材 く、リボンやテープ、それにルーハには用 と、思ったら戻ってきた。 「そういえば、お直し屋さん。どうして、 ぼくたちのことを旅人だと思ったの?」 「脱ぎやすさです。いざというとき、素早 「なんですって?」 店の中には中央に大きな作業机があり、 その周囲を様々な道具や素材が詰まってい く脱ぎ捨てられるような」 「あと、脱ぎやすいこと」 寒、防熱、そしてある程度の、防弾性能も な服が取りまいていた。天井も例外ではな 「ま、いいんじゃないの」 ルーハの抗議を無視して、アサトはバッ タのような俊敏さで通りへ去っていった。 番通りの良い通称に過ぎない。実際は、防 「ほらほら、いつまでも外にいたら今日は それから店に首だけ突っ込んで、自分は 他に買い物があるから彼女のことをよろし 「あ、アサト」 兼ね備えた頑丈な素材で作られたものだ。 くと叫んで通りに出ていった。 戸口からVサインが突き出され、じゃあ ねとばかりに振られた。 「歩き方と……、それにやっぱり服装かし らね。このお店はね。どっちかというと、 でこの有り様。引きつける何かがあるのか るであろう棚とハンガーに掛けられた様々 外からのお客さまの方が多いのよ。おかげ しらねえ?」 回廊 4 た。 おばさんは横目でルーハを見、渋い顔を 作った。真意をつかみかねているようだっ なの! 間近で見るのは初めてだけど、本 当に人間みたいに見えるわ」 「ええ、知ってるわよ。あら、あなたそう 「あの、エイドを知っていますか?」 う聞いた。 ことからそう呼ばれる。 と交易で得られるメリットを交換している とだ。物と物(あるいは金)を交換するこ を移動して行く先々で市場を開く者達のこ の他大小の車輌で隊商を組んで、街から街 にフィットした角形のリング。そして、肋 クスらしいものと首元のチョーカー、手首 物で覆われていた。それ以外は、ハイソッ 付け根までが、ワンピース型の水着に似た 初めて。──大仕事になりそうね!」 「わかったわ。エイドの服のお直しなんて 言った。 んは、彼女と机の上の服、刀を順番に見て、 ルーハは必要なことを言ってしまうと、 黙ってこの豪快な職人を見つめた。おばさ 体が特徴だ。 ギージープは主に悪路を走る多用途 こバ うきどうしゃ 高機動車を指し、通称とは裏腹に大柄な車 た よ う と その脇を一台のバギージープが走り抜け ていった。 していた。 とと、移動中に遭遇する襲撃などのリスク 「いいわ。とりあえず、採寸しましょう。 「そういうものですから。服はこのまま着 ルーハが困った顔になった。 それも外して」 るので、これで採寸してください」 街の外壁にある門では、ちょうど到着し たばかりのトレーダーが入国審査官と交渉 骨の上あたりに紡錘型のパーツがあり、乳 そしてそれは、その通りになった。 いま、彼女は素肌のほとんどをさらして いる。彼女の白い肌は、鎖骨の下から足の 房のラインに沿ってついていた。その先は 乳房の上に続いており、鎖骨の下には同じ いま走り抜けていった車は、その車種の 中でも特徴的な車だった。特に、ボンネッ いかつい〝顔つき〟になっている。後ろ半 ◇ ◆ ◇ ようなパーツが付いていた。ちょうど胸を ドライトがついた部分は平面のままなので、 で交差し、中央の広場はトレーダーの一隊 ていた。 分は荷台になっていて、旅荷物が満載され トレーダーはトラックやトレーラー、そ が余裕で展開できる広さがあった。 ト中央前面が斜めに傾斜しているが、ヘッ 抱え込むような感じだ。 街は円形をしていて、周囲を城壁が囲っ 「平気よー。作業中の札を出しておいたし、 ていた。外から続く二つの道が、街の中央 カーテンも引いてあるんだから」 おばさんは「女同士なんだから」と笑っ てみせた。ルーハはすこし考えてから、こ 5 荒野の幽霊とドロップヘッド 今日も日差しが強い。 「おー、あれかな、一本目」 第三の声がそれに応じた。落ち着いた感 じのする男の声。二人の乗るバギージープ 「まったくです」 わなかった」 「すまない。私もこんなに長くなるとは思 い。 アサトはルーハの顔をちらりと見た。新 しい服は、防塵マントに隠れて良く見えな んてねえ」 「でも、まさか一週間もいることになるな ロイズの牽制を受け、さすがにアサトは 気まずそうに目を逸らした。 きる」 らずいぶん色々と歩き回っていたと推測で とカードに興じた話も聞かされた。それか の話はやけに詳しかったし、辻で老人たち く話していたようにように思うけど。食事 やった」 物 は 色 々 あ っ た し、 ロ イ ズ の 整 備 だ っ て バギージープは、道に積もった黄砂を巻 き上げて、二本の太いタイヤ跡を残してい アサトがステアリングを操りながら目を 細めた。 の声だ。 「いやまあ、たしかに色々回りはしたけれ 「たしかに洗車はしてもらいましたが」 「その割りには、夜ごと昼間の出来事を良 風を入れたかったが、車が巻き上げる黄 砂のせいで窓がほとんど開けられない。 「 や っ ぱ り、 借 り 駐 車 場 で の 時 間 は 退 屈 く。 十字路の街の外壁も、攻めてくる外敵よ りむしろ、夕暮れ頃になると舞い始める黄 道は真っ直ぐ続いている。土を固めただ だけの簡素な道で、左右には黄土色の荒野 査官は言っていた。 「ちょうどいいものがあるから」とその審 るといい、と審査官は旅人などに教える。 もし野宿することがあったら何かを盾にす 「ちょっとルーハ。ぼくだって別に遊びほ ロイズと呼ばれたバギージープは、声の 調子を変えずに答えた。 差はなかったでしょう」 「いえ、あの街を走り回ったところで、大 あの街で観光することはできないからな」 「……すまないロイズ。アサトと違って、 ロイズの声が、二人のおしゃべりをさえ ぎった。気がつけばすぐ手前に、くだん審 ルーハは、表情を変えずに言った。 「見えてきました」 とを責めているつもりはない」 「それなら良い。わたしは別にアサトのこ 「それはまあ、その……」 「楽しくなかったの?」 ど、遊び歩いていただけじゃないよ?」 が広がっていた。荒野には点々と緑があっ うけていたわけじゃない。買っておくべき 砂から街を守るために築かれたのだそうだ。 だった?」 た。ときおり、林のようなものも見える。 回廊 6 「そう……だな」 「近くで見てみない?」 ある。 道の脇の荒野に、風雨にさらされた巨体が 査官が「柱」と言ったものが立っていた。 「っっ! ───あれ?」 めまい 暈と鈍い頭痛を感じて、アサ 急に軽い眩 トはよろけた。右手でこめかみをつかんで のだろう? たのだろう? どんなことに使われていた のだとしたら、こうなる前はどんな形だっ は首をひねっていた。これが人の作ったも るとわかった。 裾がはためいた。それは、じつに奇妙なデ が足下をすり抜けていった。その風で服の ルーハは、アサトが無事ロイズにたどり 着いたのを見送ると「柱」を見上げた。風 アサトはブレーキを踏み、いったん「柱」 をやり過ごしてから、ロイズを路肩に停車 みるが、痛みは引かない。 「うん、ちょっと頭痛くて……日差しに、 「アサト?」 いる。露出した肩口からは、赤いゆったり おり、袖口に向かうにしたがって広がって 上は前合わせになっており、襟元から首 もとが見えた。袖は背中の側だけ繋がって とした意志をもってデザインされた服であ ザインの服だった。それでいて、はっきり させた。 当たりすぎたかな」 れていた。 そ れ は、 柱 と い う よ り 倒 壊 し た 塔 に 近 か っ た。 ち ょ う ど 教 会 の 尖 塔 を 斜 め に へ らっとしただけだから」 としたアンダーウェアが素肌を隠していた。 黒 っ ぽ く 変 色 し て い た。 も と が ど ん な 色 「ロイズの中で休んでいると良い。ほら─ 下は大きくスリットが入ったロングス カートのようになっており、太腿の近くま 「休んだ方が良い。歩ける?」 だったのかはわからない。ただそれが人工 ──」 おり、左には刀が差してあった。 し 折 っ て、 地 面 に 突 き 刺 し た よ う な 感 じ 物らしいということだけはわかった。 ルーハは自分がはおっていた防塵マント をアサトの頭からかぶせた。アサトは「あ 黒地の衣には、白で幾何学的な文様が描か なぜなら、斜めに切断された先端部や表 面のあちこちに金属らしいフレームが露出 りがと」としぐさで言って、ロイズの方へ だ。表面は永年の風雨と黄砂にさらされて、 「だいじょうぶ……。ほんと、ちょっとく していて、もはや用を為さなくなった機械 歩いていった。 を立てる。左手を刀の柄に置き、首だけで ルーハは、「柱」を背にすると道に立った。 じゃりっと金属質の靴が、黄砂をかんで音 で見えていた。右には帯の結び目が垂れて が見えていたからだ。 アサトは、色々な角度から「柱」を見て 7 荒野の幽霊とドロップヘッド えた。 振り返る。その先には、遠く街の城壁が見 なにかあった?」 「そういえば、ずっと街の方見てたけど、 「……ん、んんん。うん? あ、おはよう」 「おはよう。──という時間でもないな。 を揺すった。 クラッチを踏んで、シフトレバーを1へ。 ルーハは首を振って応える。しかし脳裏 にはあのおばさんの笑顔が浮かんでいた。 「いいや」 いっていた二本目?」 「ふああ……。見えたって、審査官の人が いようにしながら「柱」の方に向ける。 プを取り出した。逆光なので、太陽を見な 今日はあそこで野営する?」 「アサト、もう平気なのか?」 ゆっくりアクセルを踏み込んでいく。 そうしているうちに、聞き慣れたエンジ ン音が近づいてきた。 「うん! 少し休んで水を飲んだらすっき りしたよ。やっぱり直射日光に当たりすぎ ロイズは快調に速度を上げ、荒野の道を 走っていった。 アサトは目ぼけまなこをこすりながら、 ダッシュボードをあさって狙撃用のスコー たかな。あーあ、ルーハは良いよなー。日 射病なんかとは無縁でさー」 「その分、持っていないものもある。── 「ルーハ。……ぼくには、もっと別のもの ◇ ◆ ◇ 運転代わる?」 が見えるんだけど」 「なに?」 「見えますね」 しぼって、アサトの見ている方向を見る。 ルーハが答えた。 見えた。 夕暮れに染まる荒野を進むバギージープ の行き先に、いびつな「柱」が見えてきた。 「本当だ」 ルーハが「柱」の方をにらんだ。焦点を すかさずロイズが口を挟んだ。 「ロイズは心配性だね。ん、まあ。──で 二本目は、上の方がえぐれていてかじりか 二人とも戸惑いまじりの声で言った。 ふたたびロイズが言った。 「うん、こちらでも確認した」 「う~ん、まだちょっとズキっと来るけど、 「見えました」 平気だよ」 「無理は禁物です。多少でも不安があるな も、そうしようか」 けのウェハースを思わせた。 らルーハに任せるべきです」 「わかった」 「アサト、アサト。見えた」 ルーハが助手席で眠っていたアサトの肩 アサトは目をこすって、もう一度スコー プを覗き込んだ。やはり見える。 すかさずアサトは助手席に回り、ルーハ が運転席に乗り込んだ。 回廊 8 「……踊ってる」 スコープで拡大されたまるい視界には、 女の子が回ったり、揺れたりしている姿が あった。 アサトは周囲にほかに誰もいないか視線 を走らせつつ、女の子について考えた。す 飛び上がらんばかりに驚いた。 「え、ええええええーーー! 見えるの? 」 大きな目が見開かれて、驚きぶりがあら わになっていた。 ぐあとについて来ているルーハに確認する。 ニキが見えるの やはり、ほかに誰もいないようだった。 「なーなな、なななあ、なななっなあ~、っ 一行は同時に言った。 た!」 ルーハはロイズを慎重に減速させ、すこ 「見えるよ」/「見える」/「見えます」 し惰性で走らせた。二本目の「柱」の手前 女の子がバランスを崩してへたり込んだ。 にロイズを停車させる。まずアサトが降り、 そうして、きょとんとしたかと思うと、今 すると女の子はあからさまに落胆した様 子で、大の字に寝ころんだ。素足の裏まで 度は「えへへへ」と笑った。 彼女がぶん ぶんと頭を振ると、三つ編みにしたお下げ 正面に回ったのを確認してからルーハが降 りた。 髪から黄砂が散った。そういう髪質なのか、 「なあんだ。見えちゃうのかー。せっかく 見えた。 「アサト、うかつだ」 プ ヘ ッ ド 驚かそうと思ったのにー。なあんか思って 刀を腰に差しつつ、ルーハがささやいた。 太 い お 下 げ は 逆 V の 字 に 広 が っ て し ま っ 緊張感が無さ過ぎる。もっとも、目の前の て、先の方はささくれ立っていた。まるで、 いたのとぜんぜん違うことばっかだなあ。 ッ り、よろけてふらふらしているように見え 女の子は鼻歌を歌いつつ、ステップを踏 んでいた。しかしそれはステップというよ 「ふえ?」 「こんにちは。あ、こんばんはかな?」 「あー……、なんかよくわからないんだけ ふたたび二人は顔を見合わせた。戸惑い つつアサトが口を開く。 空も飛べないしー、壁もすり抜けられない あめ玉をつなげた頭。 ロ 光景の方がはるかに緊張感がなかったが。 ド 「なーなな、ななーな、なななっ、な~♪」 しー」 アサトはしばらく迷った後、女の子の目 の前ですこしかがんだ。そして、声をかけた。 た。 彼女が揺れるにつれて、 もとは白であっ ルーハが「大丈夫?」と言ったのを聞いて、 「君はどうしてここにいんの? 見たとこ どさ」 女の子は首を傾げると、アサトと視線を 合わせ、それから後ろにいるルーハを見た。 「うぅん!」 たらしいぼろぼろのワンピースの裾も揺れ た。 9 荒野の幽霊とドロップヘッド !? 「あ?」/「は?」/「え?」 いからー」 「あー、違う違う。ニキ、もう人間じゃな な格好で」 はかなりキツイところだぜ? しかもそん 「ここらあたりは、人間が歩いて旅するに けた。 そのときアサトは視界の中に気になる物 を見つけたが、とりあえず無視して先を続 子もいたんだって。ニキより前に捕まった が恐くて、逃げようとして撃たれちゃった ダダダってときどき撃ってみせるの。それ うしゃなく殺すぞ!』っておっきな銃をダ 人たちに捕まってて『逃げようとしたらよ 「それでねー。ニキたちはおっかない男の 豪華だ。 付けしたごった煮だ。街に近いので食事が けた。中身は野菜と魚を麹のペーストで味 熱量が上がる。そこに用意していた鍋をか アサトはさらに、半分に割った固形燃料 を放り込んだ。ぼわっと火の手が上がり、 「あれ? 車さんなにか言ったー?」 「いえ、お気になさらず」 ロイズが短く言った。 「──ロバーズ」 だった。 ニキは本当に嬉しそうに笑った。自分が 誉められたことを純粋に喜んでいるよう 「えへへへ」 ここに下ろしたのだ。 道は土手のように盛り上がっているので、 いた。ロイズはその反対側に停めてある。 があり、夕暮れ時に舞った黄砂が積もって 業に没頭していた。そのすぐ後ろに「柱」 三人の声が見事に合わさった。女の子は してやったりという顔をすると、得意げに 人が教えてくれたんだよー。それでね。そ 「ふうん。……でも、びっくりしたよ。びっ 乗り物も荷物もないみたいだし……」 言った。 れでもね、ニキは諦めないの。ぜったいぜっ くりさせようと思っていたのに、びっくり こうじ 「だってニキ、幽霊なのよー」 たい諦めなかったの」 ロイズは言葉少なに、自分の失言をうや 「はい」 「へえー、すごいじゃん。よく頑張ったね」 させられちゃった。だって、車がしゃべる 日が沈んでから旅人が頼りにするのは、 アサトが鍋をかき混ぜながら、すごい勢 んだもん」 いつだって焚き火だ。 「それほど珍しいことではありません」 こういう薪がない所に来たときのために、 いで話すニキに相槌を打った。言葉とは裏 腹に、鍋の中を見つめる瞳は笑っていない。 「そなんだ」 あらかじめ集めておいた古紙や木ぎれに火 ルーハは近くの石に座って、なにかの作 をつける。夜空に満天の星がまたたく下で、 表情が読めない。 小さな灯りがともった。 回廊 10 だ。彼女が黙々とカップを使って、自分用 合もあるが、ロバーズの場合はすべてがそ うした闇取引をする人間が混じっている場 トを使って売買する。トレーダーの中にそ 品物をあらゆる手段で入手し、独自のルー 彼の言ったロバーズとは、トレーダーを 装った盗賊団のことだ。普通では扱えない 事?」 「 あ ら? そ れ っ て そ れ っ て ど う い う いか」 収できないから意味がないといった方が良 というより、エネルギーとしてほとんど吸 ルーハは、カップの中身をふたたびかき 混ぜながら答えた。 定義は曖昧だが……まあ、 それで構わない」 「エイドが生命体なのか機械なのか、その き物なの?」 「つまり、ルーハさんはエイドっていう生 「人間の食事は、わたしの口には合わない。 処にして良いかわからなかったからだ。 むやにした。 うなのでたちが悪い。組織力と資金力があ 「わたしは人間ではない。エイドだ」 でもルーハさんはルーハさんだし、いいか の食事を調合していたのは、ニキにどう対 るので、武装も他の盗賊よりも充実してい ニキは目を見開いて言った。 「うそだあ。……で、エイドって何?」 「これ? わたしの食事」 「え、アサトさんと一緒に食べないの?」 る。 もっとも、 この世にはロバーズよりもっ 「機間人。人間と機械人のはざまにある者。 のなあ」 4 4 とたちの悪いものもいるが……。 「それで良いなら、わたしは気にしない」 「生きている機械……。ちょっと難しいや。 「あとはこのまま煮込むだけっと」 生命体でもあり、機械でもある。……言う ルーハがおだやかに言った。 ロ ボ ッ ト 「考えてみれば、人間って不便だよねー。 なればわたしは、人間を模倣して作られた ホロン 食べないと生きてけないし、寝ないといけ 生きている機械」 そ の 直 後 に、〝 そ う い う 事 〟 で ひ と 悶 着 あることなど想像もしていなかった。 ド ないし。 幽霊は楽だよー。 ニキは見えちゃっ 「じゃ、じゃあ、首とか外せるの?」 るので、昼間は腰に縛っていた上着を着て イ たり触れちゃったりしてちょっと変な幽霊 ルーハは手を休めて困った顔した。もと もと人間というものをあまり理解していな いた。ツナギになっている上着は、両肩に ア サ ト は 食 事 を 済 ま せ る と、「 柱 」 の 裏 側に回った。放射冷却で気温が下がってい いのに、さらに理解苦しむ存在が現れたの エ だけどー。食べなくても寝なくても生きて おっかなびっくりニキが聞く。 「外せないことはないが、いまは無理だ」 いられるから……って死んでるから当たり 前だ。イシシシ。あ、ルーハさんは何作っ ているの? デザート?」 話を振られて、ルーハは顔を上げた。 11 荒野の幽霊とドロップヘッド いる。エンジンが爆発したのか、あちこち ナ前部が特にひどく、熱で完全に溶解して ぼしき車輌の残骸だ。運転席側からコンテ らしている。焼けただれたトレーラーとお 探し物はすぐに見つかった。それは、焚 き火の灯りを受けてその姿を荒野の上にさ るデザインだった。 金属製のパッドがあり、右胸に留め具があ 他の残骸も調べにかかった。 た。それからライトを荒野の方に向けて、 ルーハが「理解できない」というのは、 こういう感傷なんだろうなとアサトは思っ 最期は、何に縛られることもなく。 の方が彼女らも喜ぶかもしれない。最後の 埋葬してやりたい気持ちはあったが、こ の状態では風に任せた方が良いだろう。そ かった。 よー」 て光って、ズバッて爆発してえ、死んじゃっ るだけなんだってばー。ニキはね、 ピカッっ 「だからあー。何度も言うけど、そう見え 生きている。赤外線分布、瞳孔収縮、血液 「それなら、せめて水を。顔色も良くない。 相変わらず、ろれつの回らない声で言い 続ける。だが、ルーハも引かない。 たんだおう。だから、ニキはゆーれいなん ───」 に残骸が転がっていた。コンテナ後部もひ どい。内部から炎が広がったらしく、中身 「けれど、ニキ。君が生きている人間なの 「ニキ。繰り返すが君は生きている。現に 「平気へーき。だって幽霊だもん」 そろそろ体がもたなくなる」 と、かろうじて人の形を留めているものも は間違いない。 食べなければ死んでしまう」 生体……」 ◇ ◆ ◇ あった。 「しにませーん。もう死んでるんだもん。 「もういいよ」 はほとんど炭化していた。ライトで照らす 「……食事の後にみるものじゃないな」 幽霊なんだもん。イヒヒ……」 そこではじめてアサトが口をはさんだ。 「世界は思っているよりずっと狭く、また アサトはそう言いつつも、死体を確認し ていった。大きさから女子どもばかりらし さっきからずっとこの調子だった。 にとっての商品。 売られたりした人々だろう。つまり、彼ら 「やはり間違いない。ニキ、君は人間だ。 て二人の様子を見ている。 アサトは、ロイズのタイヤに背中をあずけ ルーハはニキの頬を両手で包んで、なに かを確かめるように見つめた。戻ってきた ルーハは何か言いたげにアサトを見たが、 「アサト……」 らいいてもいーんじゃないの?」 思っているよりもずっと広い。──幽霊く いことがわかった。おそらくさらわれたり、 ぎりぎりという音が聞こえた。それが自 分の歯ぎしりの音だと、すぐに気がつけな 回廊 12 のに」 いよね。昨日もそうだったんだよ。幽霊な 「んー、なんかー……眠いんの。おっかし ニキが腕を上げようとしたが、それは力 無く落ちた。 「どうかした?」 ア サ ト は、 ニ キ の も と へ 行 こ う と し た ルーハを制して彼女に近づいた。 「待って」 「ニキ?」 まま起きあがらなかった。 ニキは思い切り両腕を上げて、ばんざい の格好をすると後ろに倒れた。そしてその 言葉じゃないのは合ってるよ」 「借りパクとはひでえな。ま、でもぼくの 借りパクって感じ?」 「へー、面白い言葉だねー。でも、なんか 相方の目はいたって真面目だった。 「あ、そんなところに置いてたか。あんが はシフトレバーの脇です」 「私の推測が間違っていなければ、探し物 ける。 「私には理解不能です。ですが、推測は可 なんじゃない。ロイズは?」 「それはまあ、あの子がそういう限りそう 「ニキのことだ。本気で幽霊だと?」 「なにが?」 「アサト、本当はどう思っている?」 をルーハの視線が追う。 ニキが眠りに落ちた。アサトは立ちあが ると、ロイズの方へ歩いていった。その後 「おやすみ」 「んんん……じゃあ、そうす……る」 世界一人くらいいるかもしれないじゃん」 「じゃあ、寝ちゃいな。寝る幽霊だって、 ルーハはニキの体をゆっくり起こして砂 を払った。そのまま抱え上げ、寝袋の上に 「……そうだな」 いままで沈黙していたロイズは即答した。 「放っておけないっしょ。だからとりあえ 車内に体を突っ込んでいるアサトに声をか ず、どうにかできることだけをやる」 能です」 横たえた。 「それが答えか」 で、赤い十字印が入っていた。 ケースを見て言った。ケースはオレンジ色 アサトは納得して、焚き火の方へ戻って きた。ルーハは、アサトが持っている金属 「あっそ」 我々にとって最大の屈辱です」 張がどうあれ、車輌が棺桶になることは、 「私も無関心ではいられません。彼女の主 アサトは探し物を手に取ると、運転席か ら抜け出した。ロイズの正面に回る。 しょうか」 「それは、推測通りということで良いので 「今日はずいぶんしゃべるじゃん」 「そうなんだ」 と」 「やった! せいかーい」 アサトはおだやかに言った。 13 荒野の幽霊とドロップヘッド 焚き火を始末すると、暗闇があたりを包 んだ。 考えたところでどうするのか。どうにか できるのか。そんなことはわからない。 どうしたかな? はあ、にしても、どうし たらしいいんだか……) 「あ、そうだね。アサトさんは人間だもん しくしててくれないかなー。ニキは良いか と言って踊るのを止めると、その場にあ ぐらをかいた。 ねー。ごめーん」 もしれないけど、砂が舞うんだよ」 「どーでもいいけど、ニキ。ちょっと大人 ごそごそと厚い衣がこすれる音に混じっ て、眠たげな声が言った。 わかるはずもなかった。 ◇ ◆ ◇ 「ありがと」 いからなー」 朝日が白くまぶしい。 た。ロイズはまだ眠っているようだった。 ルーハもすでに起きていて、あくびをか み殺しているアサトに「おはよう」と言っ 二○ミリほど。 ている。実用性の高いデザインで、全長は 自動式で、アサトはいつもこれを腰に吊っ を点検した。黒と銀のデュアル・トーンの 翌朝早く、アサトが目を覚ますとニキが 朝日をあびて踊っていた。 「はあ。けれど、このままじゃまずいよな あ」 「あの子のこと?」 「ここまで関わっておいてそのまま旅立つ わけにもいかないでしょ。かといって、ど 「うん。 わたしの推測だが一時的な───」 「おはよう、アサトさん」 アサトはそういうと寝袋からはいだし、 軽く体操をすると腰の拳銃を抜いて、細部 「待って……」 「おはよ。朝から元気なことで」 うしたものやら……。ぼくは専門家じゃな アサトの眠たげな声がルーハの声をさえ ぎった。 点検が終わると、何度か抜き撃ちの動作 を繰り返す。ただ、少し変わっていたのは、 「うんー! なんか調子いいんだー。ゆら ゆら~って朝日の中で踊る幽霊って変かな 「そういえばさー。アサトさんってどっち を撃つようだったことだった。 アサトが狙う方向がやや上向き、まるで空 「今日はもうねむいから。明日また考えよ ……」 あ」 ふいにニキが言った。 なの?」 「さあ。初めて見るから」 ルーハが返答に窮したように、アサトを 見た。アサトは目を細め、 アサトはそうは言いつつも、色々な考え が脳裏をよぎるのを感じていた。 (センセイ、ほんとに世界は広いようで狭 いよ。センセイだったら。センセイなら、 回廊 14 「どっちって?」 「うわっ」 「ほら」 そしてアサトがようやく自分の食事をし ようとした頃、それはやってきた。 干して驚いていた。 い。そういう人間なんだ。男と女の両方の アサトはかぶりを振った。 「正解はどっちでもあって、どっちでもな 「えー、じゃあ男の子なの?」 「いいとこついているね。でも不正解」 の子!」 「う~~~ん、男の子、と思わせて実は女 「どっちだと思う?」 「確かめたいですね」 「ああ、それはわたしも興味がある」 になるんだよ」 を食べられる幽霊がいるかどうかの方が気 昨日ちょっと作りすぎた。そーれーに、物 「いいの。どのみち、食べきれないんだよ。 駄だよ」 「えー、でも、捨てるのと同じなのよ。無 たが、アサトは好奇心と言って勧めた。 つをニキに渡した。もちろんニキは拒否し 朝食は昨夜の残り物をナンではさんだも のだった。アサトはそれを二つ作ると、一 ……。よう、あんたら旅人かい?」 か?」 「ボス、あいつは『ほうき』じゃねえです る。 ルトライフルと呼ばれる銃を肩に担いでい 先頭を歩いていた男がを口の端を上げて、 リーダーらしい男を振り仰いだ。俗にアサ いと思ってたが、こりゃあ……」 「へっ、あれじゃあろくなもんが残ってな つかせている者もいる。 男達が降りてきた。あからさまに銃をちら ト ラ ッ ク が 一 台。「 柱 」 の 脇 に 停 ま る と、 中からぞろぞろと防塵マントに身を包んだ ◇ ◆ ◇ 「男の子? それとも女の子? どっちか なーって」 性質を持っている人間。専門の言葉では、 ルーハとロイズにうながされて、ようや くニキはうなずいた。そして思い切ってが たしか真性半陰陽だったかな」 ぶりと噛みつく。んぐんぐんぐと咀嚼し呑 ボスと呼ばれた男は、背は低いががっし りとした体格をしていた。こいつが親玉だ アサトは、ついに来たかとでも言うよう にルーハと顔を見合わせると、言った。 「見てみる?」 み込むと、おおげさに驚いた。アサトは同 ろう。アサトたちにゆっくりと近づきなが 「ああ、髪型変えてるがそうだな。それに 「い、いいの?」 じ理由で水を勧め、それもまたニキは飲み ニキは目をぱちくりさせた。驚かせよう と思っていたのに、驚かされてばかりだ。 アサトがうなずいて、上着を脱ぎ、ズボ ンを下げた。そのまま下着も下ろす。 15 荒野の幽霊とドロップヘッド ら言った。 「そうだけど、それがなにか?」 アサトがなにかつぶやいた。 「あ?」 「だって、ニキ幽霊なんだもん。捕まえて 「あん?」 アサトが表情を変えずに言った。 「わかってるじゃねえか。そら、武器を捨 「命だけは助けてやるとでも」 そうすりゃ」 いわねえ、黙って俺らの言う事に従いな。 なるだろ。おい、嬢ちゃんたち。悪い事は を見て言った。 いが広がった。ボスが三人を、特にルーハ の前に出る。すると、男達の間に下卑た笑 は……」 「まったくこれだからロバーズってやつら 「これでもか?」 ガンを出した。 の左右の男らがマントの下からサブマシン のライフルを持っていない方の男と、ボス ボスの笑い声が朝の空気を乱した。それ から右手を挙げた。それに呼応して、先頭 「は、はははは! 健気じゃねえか。それ で俺たちとやり合おうってのかよ」 意思表示。 言って右腰の拳銃に手をやる。ルーハも 隣りに来て、刀に手を掛けた。この上ない 「ふぎゅ!」 アサトはため息をついた。ボスはその言 男達の視線はまだ正面に戻りきっていない。 葉に顔をしかめ、ドスの利いた声で言った。 その隙を衝いた動きだった。 アサトはニキを後ろに突き飛ばし、左に ジャンプした。同時にルーハが右に跳ぶ。 「ごめん!」 「ふえ?」 「あっそ、ニキ!」 ガットにやられて大損なんだ」 「まあ、幽霊でも構わねえや。こちとらオー かれているのか、という声が一番多く聞こ アサトからあずかったナンを持ったまま、 その場でくるくると回る。男達は顔を見合 も無駄だよ」 「ふざけんなって言ったんだ」 ててこっちにこい」 「さあ、武器を捨てな」 ぴんが一人に、残りは磨きゃあそれなりに えた。 わせ、その間にささやきが入り乱れる。い もなんの得にもなりませ~ん」 男は八人いた。そのうち二人がアサトの 方に近づいてくる。あと二人がボスの左を アサトは立ちあがると、ちょっと持って いてとニキにナンを渡す。数歩進んでニキ もう一人が右を堅め、残り二人は後ろに控 あわてて二人の姿を追おうとしたところ に、突き飛ばされたニキの声。つられた何 「こりゃあ、 なかなかの拾いもんだな。べっ えていた。ライフルを持っているのは、先 その空気をさえぎったのはニキだった。 「ねーねー、おじさん達、ニキを捕まえて 頭と後ろの一人。 回廊 16 アサトは地面に転がると、素早く立って 拳銃を抜いた。サブマシンガンを持った男 に触れそうなほどの距離から刀を引き、着 の銃を手の皮一枚ごと斬る。切っ先が大地 ルーハの脚が地を蹴り、宙に舞った。そ のまま抜刀。居合い抜きで、一番近くの男 では、遅れて手から流れ出した血潮に、男 ルーハは立ち位置を微妙に変えながら、 男の喉元に刀を突き付けていた。その後ろ そう思って言っていた。 の頭に照準し、引き金を引いた。装薬の爆 地の反動を利用して二人目の懐に飛び込み、 達がもだえている。 人かが、思わずそっちへ視線を向けてしまう。 」と呼ば .356 れる高速弾は、サブマシンガンを持った男 「くそ、撃て!」 ブマシンガンは寸断された。 宙を飛んでいた。そのまま斬り下ろす。サ が引き金に手を掛けたとき、ルーハはまた の眉間を貫いて、その中身をまき散らした。 同じように銃を切り上げる。そして三人目 「いあたた……アサトさんひどいよー。あ いた。 残った後ろの男も拳銃を抜きはしていた が、信じられないという顔で立ち尽くして 「この方が、効果的な場合もある」 発 力 で 銃 口 を 飛 び だ し た「 ボスの男が叫ぶ、しかしその時すでに自 らが頼りとする火力は失われていた。 「ニキさん、ロイズです。そろそろ車さん たれてうめいていた。防塵マントから露出 ろでライフルを構えていた男は、右腕を撃 きも鍔もない一体成形型のものだった。後 先頭の男は、ルーハに首筋へ刀を突き付 けられ、硬直していた。ルーハの刀は柄巻 「な、な、な、」 銃はボスに向けられている。 二人のやり取りがのんきに響いた。アサ トはごめんごめんと左手で謝った。右手の たま、車さんにぶつけちゃったじゃん!」 ボスの命令はこのとき届いたが、実行で きた者はいなかった。 している手首を、アサトは撃ち抜いていた。 一瞬にして自慢の火力を無力化されたボ スは、驚きと怒りのあまり顔が青くなって は止めてくれませんか?」 させた。 「ルーハは甘いよ。手首ごと落としてやれ いた。 ルーハの服は地味な色だが、目立ちもし た。それが右側の男達の視線を彼女に向け ボスの命令はまだ出ていない。迷った。 それが致命的なタイムロスを生んだ。 ばいいのに」 「さあ、どうする?」 Com-Info: アサトが心底残念そうに言った。本気で クェンス・ロード シー ほんしゃとう 車刀」 「翻 レディ───────マーク 17 荒野の幽霊とドロップヘッド 二人はロバーズになど目もくれず、ロイ ズの方へ駆け出していた。 二分頼む」 をつかみ、頭の上のマルチゴーグルを下ろ アサトはさらにボディーアーマーを取り 出すと、素早く装着した。荒神のグリップ 荒神と呼んだ。 あらがみ た。突き付けられている方の男は、がくが 「お、オーガット……」 引き、ゴーグルに繋いだ。腰のポーチから 普 通 の 声 で ア サ ト は 言 っ た。 ル ー ハ は 黙ったまま、彫像のように刀を保持してい く震え、汗が首筋をしたたる。 さっきとは別の理由から顔を青くしたボ スが、震えながらつぶやいた。 す。銃側のサイトスコープからケーブルを その時だった。彼の額に赤い点が一つつ いた。赤い光。ルーハの表情が一変した。 後ろに飛びつつ叫ぶ。だが遅かった。男 の額めがけて閃光が走り、頭を貫いて地面 達はここをロッカーと呼ぶ。アサトはロイ くはないが、それほど狭くもない。アサト ロイズの運転席部分と荷台の間には、細 い扉がつけられている。人が乗れるほど広 れる」 いる奴を落として。ライフル弾なら十分や 「おっさん。ぼやっとしてるなら、飛んで 構えて飛び出した。 耳から顎にかけてフィットするヘッドセッ を焼いた。 ズの左側のロッカーを開け、手を突っ込ん 「て、てめえ。俺に命令しようってのか」 「伏せろ!」 「ん!」 だ。そこから引き出されたのは、巨大な銃 「オーガットと知ってびくついているより た円盤形の物体。アサトの放った高速弾を のパーツが付いた変わったもので、マガジ その後方にある。グリップは下側に半円形 八角形の銃身は太く、銃というより砲を 思わせた。マガジンは中央上側、機関部は 「柱」から顔を出し、敵を確認する。いた。 アサトの声は、こんな時でも楽しげに響 いた。 トを取り出してつけると、荒神を腰だめに アサトがルーハの声に反応し、光の来た 方向に立て続けに二発撃った。 だった。あさ 食らって、ジャブを受けたようによろけ爆 ンの真下にあった。 ましだろ。下手に逃げると狙われるぜ」 発する。 扁平な楕円形の胴体から、四本の脚が伸 びている。コガネムシに似た姿。そのちょ ごん、がつん、とハンマーで金属を殴り つけるような音がした。空中に浮遊してい 「ファンルだ。ノルグが来るぞ。ルーハ、 銃身の付け根には 漢 字 が。白いペンキで うど顎の部分には、四角い右腕と細い棒の ミーニングレター ニキをお願い!」 「 荒 神 」 と 書 い て あ る。 ア サ ト は こ れ を かんそう 「わかった。わたしも換装する。アサト、 回廊 18 ような左腕がついていた。 電流を流し、化学反応と銃内部にある磁界 弾丸を発射するが、電磁熱砲は装薬に高圧 電磁熱砲だ。普通の銃は装薬の爆発力で、 そう時間はかからなかった。 為に攻撃する自動兵器だと知られるまで、 確認されるようになり、出会った者を無作 でんじねっぽう ノルグ。中型のオーガットだ。ドーム型 の頭が旋回し、アサトを捉えた。だが、ア 発生装置でプラズマジェットを発生させる。 ト サトの方が早い。ゴーグルに映し出された イ 様々なタイプがあるが、共通しているの は、オーガットが敵と認識したものはすべ サ 引き金を引いた。 『うん、こちらも急ぐ』 「ノルグ、一機撃破ー!」 五ミリ弾を発射する。 に人間であるらしいということがわかって とっての敵とは、彼ら以外の動くもの、特 て攻撃されるということ。そして、彼らに 照準視界の中、ノルグの頭にロックオンし、 この強烈な圧力を利用して、荒神は十四. 銃身の先端のスリット、マズルブレーキ から閃光がほとばしり、必殺の徹甲弾が目 つの縦長のスリットから、衝撃をともなっ ていく。ルーハが来るまでここを支えなけ ルーハの返答を聞きつつ、アサトは荒神 を抱えると、遮蔽物を利用しつつ、前進し の子機を五機搭載するやっかいな相手だっ アサトが戦っているのは、ノルグと呼ば れる中型の機体だ。ファンルという飛行型 ニキは渡させるままに鞘を受け取った。 「ふえっ?」 「ニキ、あずかっていて」 ニキがいたからだ。 た。彼女がアサトに「二分」と言ったのは、 ルーハは一気にロイズの所まで後退して、 突然の出来事に呆然としていたニキに言っ た。それでもルーハはアサトが二分稼ぐと いた。それ以外は、ほとんど不明だ。 た光が吹き出す。 ればいけないからだ。 信じていた。 標めがけて放たれた。同時に銃床にある二 着弾は一瞬だった。 ノルグくらいならどうにでもなる。それ にルーハが換装すれば─── その時だった。 それは、この世界に生きるすべての者の 敵と言われる。現在より三十年ほど前から オーガット。 ◇ ◆ ◇ すさまじい閃光が「柱」を貫いた。 秒速三〇〇〇メートルをゆうに越える衝 撃が、ノルグの頭部を直撃した。装甲を貫 通した徹甲弾の弾芯は、内部で暴れ回り胴 体底部の予備弾倉へ到達する。 爆発。 撃破されたノルグは、近くに射出してい た「子機」ファンル二機を巻き込んで消滅 ア サ ト が 荒 神 と 呼 ぶ こ の 銃 の 正 体 は、 した。 19 荒野の幽霊とドロップヘッド すと、右腰の帯に手を掛けた。しゅるりと 何を、と問う前にルーハは、刀を地面に刺 一瞬の変貌だった。 トラストのボディ。目の下にはマーキング。 る。 に取った。硬質な光沢を放つ白と黒のコン 「ロイズ、あとはお願い」 器へと変える魔法陣。ルーハは光に包まれ 衣ずれの音がして、彼女の素肌があらわに 「服と鞘をお願いして良い? 大事なもの だから、しっかり持ってロイズの中に隠れ 「了解です」 光がばれたとき、そこには決して人では 有り得ない人の形をしたものがいた。 なっていく。 ていて」 Com-Info: スタンバイ アウトフィット・セット -- を与える。そしてそれに連動して背面スラ スターの両脇についた翼を開いた。鋭いナ イフのような翼が球体関節で接続されてい る。翼のエッジをきらめかせ、ルーハが空 へと飛び立つ。 『ルーハ、エイルドレッドだ。これはちょっ ヘッドセットで覆われた耳に、アサトか らの通信が入る。 レディ───────マーク ロイズの荷台。ひときわ大きな積み荷で あるコンテナ。その上部がコールに応じて --- その脚が大地を蹴る。大腿部と背中に装 ニキがうなずいて、運転席に飛び込んだ。 着されたスラスターが作動し、彼女に推力 ルーハはそれを見送って、地を蹴った。 けど、それくらいならできるしー」 「え……う、うん。いいよー。ニキ幽霊だ Com-Info: --- ルーハは持っていた刀を逆さまに、左腕 のパーツに差し込んだ。 スタンバイ ベースコーティング・セット -- レディ───────マーク 勢いよく舞う服の下で、ルーハの胸部、 首もと、手首、脚に装着されたパーツが輝 4 き、光が瞬く間に全身を覆った。流体素子 4 ルーハを包み、彼女の皮膚を形成する。 「これもお願い」 開 い た。 暗 闇 の 中 か ら 彼 女 が ま と う べ き その時、すさまじい閃光が「柱」を貫いた。 ていた。 ルーハに服を渡されて、ニキがあわてて 受け取った。それは見事に一枚の布と化し 「へ、変身だあ。ル、ルーハさん変身でき とまずいかもよ』 か見えない粒子が作る輪を見る。自分を兵 パーツが飛びだしてくる。彼女は自分にし 調子を取り戻したニキに微笑し、刀を手 るのー!」 回廊 20 アサトは岩や車の残骸の影から影に移動 して、次の狙撃ポイントへ移動していた。 だがその爆発でノルグがアサトを捉え、左 て三発目が、丸見えになった下腹を貫いた。 決断は一瞬。目の前の一切を捨てて、右 に転がった。ファンルの放った光線が大気 ファンルがいた。一機目が放った残り。 の努力を嘲笑うかのように接近してきた その時、アサトは風を切る音を聞いた気 がして、空を振り仰いだ。真後ろ。アサト 映像を頼りに接近してくるノルグを狙う。 経過した時間は、一分一二秒。まだ自分 が粘るしかない。サイトスコープから来る が一機近づいてくる。 残骸の隙間から荒神の銃口を出す。ノルグ その場に伏せて、ひっくり返ったジープの ガンユニット。細長い銃口から煙が立ちの 腕に装着されたのは、七.七ミリチェーン リングで、アサトのそばに浮いていた。右 少女の可愛らしい声、それでいて抑揚の ない声が上から振ってきた。ルーハがホバ 雨のような掃射を受けて砕け散った。 「アサト、大丈夫?」 ンルが、 の先に、待ち構えていたように三機のファ が走り抜けていった。危機一髪と思ったそ 荒神を抱えてその場から転がるように逃 げる。きゅん、と耳障りな音を立てて光線 「まずっ!」 さず、先制攻撃で狙撃するしかないからだ。 腕を向けた。 ニキは、その音と光に自分をさらして、 食い入るように窓の外を見ていた。 「…………」 閃光がひらめいた。 ぐもった爆音が響き、窓の外ではときおり 戦闘が始まってからずっとルーハの服と鞘 だからニキを守るために、すこしでも安 全な場所にいて欲しかった。しかしニキは、 「…………」 れて座席に伏せていてください」 「ニキさん、もう一度言います。窓から離 ことを悔やんでいた。流れ弾を防ぐのは、 ロイズは「柱」からすこしずれた位置に 停 車 し て い た た め、「 柱 」 を 盾 に で き な い アサトは黒く汚れた顔をほころばせた。 中の塵を焼いて、赤い線になってアサトの ぼっていた。 面をかすって、バランスを崩させる。そし 自分が一人で戦う限りは、姿を決してさら いた場所に黒い点を作った。アサトは荒神 ロイズの声は届かない。 「危険です。ニキさん!」 を抱いて窓にはりついていた。車内にはく 自分の装甲にだけだからだ。 をその場に落とすと、 腰の拳銃を抜き、撃っ 「なんとか、ね。──じゃあ、やろうか?」 マルチゴーグルの隅に表示されたカウン トダウンは、残り二一秒。 た。 一発目、それる。二発目、ファンルの前 21 荒野の幽霊とドロップヘッド ノルグは、ファンルを分離させ 二機目の トップビュー る前に、真上から格納ベイを撃った。機体 の後方で連続した爆発が起き、四脚がたた らを踏む。それでも、自分を撃った相手を レ ビ ホ ー ミ ン グ 破壊しようと、右腕からミサイルを発射し テ Com-Info: 電磁細波刀・セット --- スタンバイ --- 『ルーハ、左!』 いつの間にか前進してきていたエイルド レッドが、ガドリングガンでルーハを狙っ ていた。 六本脚の悪魔。照準用レーザーにポイント レディ───────マーク ジェネレーターが咆哮し、刀身に高電圧 をチャージ。さらにそのエネルギーを逃が されたのを感じ、ルーハはそれが自動攻撃 カニのような胴体。右側に板状の砲身を 持つ砲塔。左側には巨大な三本爪のアーム。 さないために、マイクロ波でフィールドを と悟る。本命は、 た。映像捕捉による自動追尾。 しかしルーハは動じない。螺旋を描いて 飛翔するミサイルに正対すると、チェーン 形成し刀身を包みこむ。 4 ガンをトリガーした。ほぼばらまき。だが 「アサト、伏せろ!」 4 それで十分。近接信管が作動し、ミサイル ルーハは刀を自分の方へ引き寄せると、 ほぼゼロ距離で一閃した。 ルーハは、左腕のジェネレーターに火を 入れた。左腕ユニットが起動、刀が収まっ すべてを避ける。相手との距離が詰まる。 そこにアサトの狙撃が次々に飛来し、火花 たび空へ舞った。がくんとノルグが傾く。 で爆発した。ルーハすかさず反転し、ふた 電圧が内部に浸透し、発狂した回路が全体 そのまま降下。ノルグの上面にある機銃 ノルグのほぼ真ん中に、甲羅を割ったよ が火を噴くが、無茶苦茶なジグザグ機動で、 うな亀裂が生まれ、亀裂から流れ込んだ高 アサトは、ルーハが回避してくれること を祈りつつ照準。撃破より火力を削ぐこと 「くうっ!」 残骸を直撃、金属が一瞬で昇華して爆発する。 光が貫通し、その後ろにあったトラックの だ。すんでのところで伏せたアサトの上を いながら、三本の光がアサトめがけて飛ん は次々に誘爆する。 た部分が起きあがり一八〇度の位置に展開 を上げるノルグを直撃した。 エイルドレッドの「眼」は、アサトを見 ていた。戦闘で舞い上がった黄砂を焼き払 する。刃は外側に、ルーハはユニットから 空のバッテリーを捨て新しい物を装着。ふ を選び、自分を狙った「眼」をにらんだ。 突き出たグリップをつかむ。さらに相手と の距離が詰まる。もう目の前。 爆散。 十分以上の攻撃を叩き込まれたオーガッ トが、閃光とともに消滅した。 回廊 22 える。急激な運動で頭がくらくらするのを を込める。立ちあがり、荒神を腰だめに構 き、コッキングして排夾、手動で新しい弾 たたび大電力が供給される。マガジンを抜 ア サ ト と ル ー ハ は、 そ の 隙 を 見 逃 さ な かった。 敵の思考は一時的に止まった。 はたった二人。片方は戦闘用エイドだが、 エイルドレッドが混乱状態から回復した もう片方は人間だ。こんな事は想定にない。 ときには、スキッドはすべて撃破されてい 反撃を受けて砲塔は破壊された。しかも敵 かない。 た。だがオーガットは、そんなことでは引 らめき、爆炎が上がった。 振りはらって、目標に集中する。 小さな爆発が起こり、続いて大爆発が砲 身を砲塔ごと吹き飛ばした。 銃口を飛びだした弾丸は、すかさず後尾の APFSDS弾。アサトの奥の手の一つ。 されたのは、敵が避けても追尾する必中の 引き金を引く。相も変わらずすさまじい マズルフラッシュとバックブラスト。発射 ルーハが、超低空から目標を求めて右往左 エイルドレッドの対空射撃を切り抜けた 開く前に、次々に沈黙させられていった。 レッドの板状の砲身の中の三眼を直撃した。 わったが、搭載されたマシンガンが火線を 羽を開き、弾道を修正しながら飛翔。磁石 往するスキッドを翻弄し、チェーンガンと スキッド各機は、エイルドレッドからの 指 揮 が 途 絶 え た 瞬 間、 自 律 行 動 に 切 り 替 いた。 キッドと呼ばれる小型機を六機連れてきて とが多い。今回も二機のノルグ以外に、ス 大型のオーガットは、指揮機体として中 型機や小型機をつれて分隊を組んでいるこ アサトは体力の限界を感じながら、ルー ハに向かって猛進するエイルドレッドを追 者達がいる。 奴の気が知れない。それでも、立ち向かう 大型オーガット。こんなのと戦おうとする つ。火力と装甲、そして高い機動力を持つ ルドレッドが人々から恐れられる理由の一 ドレッドの足下から、巻き上がるように黄 自体が回転するモーターでもある。エイル 造になっている。しかしその車輪は、それ 椅子などについているキャスターに似た構 六脚のうち小さな二つがたたまれ、大き な四脚がバランスを修正した。その先端は、 エイルドレッドは、ノルグ二機が瞬く間 に撃破されたことで、人間で言うところの 電磁細波刀を駆使して、掃討していたから 尾した。ぎりぎりのところで、機体上部に ロックオン。 混乱状態にあった。さらに、自動防御のバ だ。それを追おうとする機体をアサトが正 ロック。荒神をトリガーした。角度が悪く、 砂が舞う。高速移動モード。これこそエイ ルカンは回避され、混乱していたとはいえ 確に狙撃する。荒野のあちこちで閃光がひ に 吸 い 寄 せ ら れ る 釘 の よ う に、 エ イ ル ド 強指向性レーザーは回避されたばかりか、 23 荒野の幽霊とドロップヘッド 作りながらガドリングガンを吹き飛ばした。 ルーハは、どうにか拘束をまぬがれた脚 部のスラスターを全力で噴射した。その力 何発かは弾かれたが、一発が装甲に傷痕を で体の向きが変わる。ドーム状の頭は目の は振れない。 「パニッシャー……」 えられた。ボスと呼ばれていた男がつぶや リガーした。 前。ルーハは、そのままチェーンガンをト しながらオーガットを狩って人間を守るっ た。 アサトとルーハは軽く目を合わせたが、 黙ったままロイズの方へ歩いていこうとし くように言った。 もう自分にできることはない。アサトは マルチゴーグルを上げた。 後先考えない全力射撃。キューンという 甲高い音とともに、嵐のような弾丸がオー ていう」 吹っ飛ぶように無くなっていく残弾。豪 雨のような弾幕に、敵の装甲がゆがみ、ひ んじゃない」 「違うよ。ぼくらはただの旅人だ。そんな 「あ、あんたら、パニッシャーだろ。旅を だ っ た。 左 腕 の ジ ェ ネ レ ー タ ー に 新 し い ガットの頭部に叩きつけられ、すさまじい ルーハはスキッドの掃射を終え、向かっ てくるエイルドレッドに正対したところ バッテリーが再装填される。 火花を散らした。 アサトは、つばを飛ばしながらまくし立 てるボスを見て、言った。 が残った火器で撃ってくる射線だけ避け、 しゃげる。 パニッシャー。オーガットに対するこの 世界に生きる者たちの抵抗力。いつの頃か 翼の角度を調整し、ルーハは直線的に突 撃 し た。 あ ま り に も 不 用 意 な 行 動。 相 手 真っ直ぐ突き進む。 やがて音と光が止んだ頃、空になったマ ガジンが落ちた。 ヘッドオン 敵。 接 その瞬間、ルーハは急上昇をかけた。そ れこそ相手の望むところ、待っていました 「だからなに?」 喧嘩売るなんてよ」 俺ももうろくしたもんだ。あ、あんたらに 「だがよ。やってることは同じだろ。いや、 らか、都市伝説のように世界に浸透してい た。詳しいことは何もわからない。 オーガットをすべて倒し、戻ってきたア サトとルーハは、男達の畏怖の視線に出迎 ◇ ◆ ◇ 同時に力を失ったエイルドレッドの脚が 折れ、その身が地に沈んだ。 とばかりに三本指爪がルーハをつかむ。ぎ りぎりと締め上げる音が聞こえそうな光景。 伸ばされていたアームが折り曲げられ、エ イルドレッドの目の前にルーハは引き寄せ られる。左手は封じれている。必殺の一刀 回廊 24 「……あっちのトレーラーはひどかったよ。 腰の拳銃を抜き、無防備なアサトに飛びか アサトが聞いて、ボスが答えた。 かり、 「お、俺達のことも守ってくれたわけだろ。 みんな焼け死んでいた。あんたらの商品が しよ。あんなの見せつけられて、すっかり じゃあ、もう稼業を続けることはできねえ 「ま、まあそういうなよ。俺達もこのざま ぼくはロバーズが大嫌いだ」 「別に、そんなつもりはなかった。それに その礼をしなきゃならねえ」 『アサト、こっちには生体反応はない。全 だから? アサトは目で語った。ボスは 何も言えなくなった。 た。自分達が逃げるので精一杯だったと。 アサトは淡々と言った。ボスは野営しよ うとしていた瞬間を狙われたのだと説明し ね」 「ま、待っ──」 ボスに向けた。 神の銃身で一撃したのだ。そのまま拳銃を 声も上げられず、体をくの字に追ってた たらを踏む。アサトが振り向きざまに、荒 脇腹に何か硬い物を打ちつけられた。 びびっちまった。世界にあんたらみたいの 部物だけだ』 銃声が荒野に響いた。同時に金属音がし て、トラックの荷台が内部から切り開かれ、 がいるならと思うとよ。それにあんたらも 「了解。──わかったよ。おっさん、さっ が転がっていた。 散った。まわりには寸断された男達の死体 を 振 る と、 握 っ て い た 刀 か ら 血 し ぶ き が 中があらわになった。ルーハがぶんと左腕 抜き、荒神と十字架のように交差させて、 俺 達 を 見 逃 し て く れ ね え だ ろ? な、 ど う きの話は信じるよ」 だ? 俺達は稼業から足を洗う。それから トラックにある金の半分をあんたらにやる。 「そ、そうか! 交渉成立だな!」 なあ、べっぴんさんもよ?」 出 ボスは顔をほころばせながら、右手を きびす した。しかしアサトはそれを無視して踵を 「どうした?」 返すと、荒神を左手に持ちかえ肩に担いだ。 「アサト、無事?」 トラックの方では、ルーハに続いて男達 が荷台に入っていった。例の金品を運び出 「朝ご飯、食べ損ねたよ」 ボスは愛想笑いを浮かべながら言った。 アサトはルーハにトラックの中を確認する さず手下達に手伝うように命令した。すで そうというのだろう。アサトがゆっくりと 「どうにかね。あ、」 に応急処置を済ませていたらしい男達がす ように頼み、その言葉を聞いたボスがすか かさずルーハの後を追ってトラックへ向か ロイズに向かった。 アサトの声は、どこか悲しそうに響いた。 その瞬間、ボスの口元に笑みが広がった。 ルーハは心底あきれた顔をした。こんな時 う。 25 荒野の幽霊とドロップヘッド にもれる。 えていた。ときどき苦しそうな声が断片的 二人が駆けつけたとき、ニキは鞘と服を 投げ出していやいやをするように頭を押さ その時だった。二人の会話にロイズの声 が割り込んだ。 になにを言っているんだか。 が自分でいることを忘れちゃダメって言っ ニキはちゃんと名前で呼んでくれた。自分 から私は『ほうき』って呼ばれてた。でも 「ほら、こうすると箒に似てるでしょ。だ めた。 彼女が両方の三つ編みを解いた。ぼさぼ さの髪が広がる。それを素早く一つにまと しめてくれた」 みんなを励まして、恐がっていた私を抱き めていたけど、ニキは絶対諦めなかった。 はらはらと彼女の目から涙がこぼれ、握 りしめた彼女の手をぬらした。 『今日も手を繋いで寝よ』って言ったの」 こんなのに負けないから』って。それから て、でも私を見ると笑って『大丈夫だから、 は、ふらふらで脚の内側から血を流してい え て た。 そ れ で も、 そ れ で も ニ キ は、 負 もニキの声が聞こえて、私は耳を塞いで震 るようになったの。トレーラーの中からで 「でも私達は、一つだけ似ていたの。それ け な か っ た。 私 達 の 所 に 帰 っ て き た ニ キ 「ニキ!」 が こ の 髪。 ニ キ も 硬 く て す ぐ ぼ さ ぼ さ に た。さっきまで私がそうしていたみたいに。 「アサト、ルーハ! ニキさんが!」 てくれた」 アサトはニキを抱き起こすと声を掛けた。 「強い子だったんだな」 ニキの顔は涙に濡れていて、目元は真っ赤 装備を外したルーハが、今は黒い指で彼 女 の 手 を 撫 で た。 そ う す る と 落 ち 着 く と そしてあの日──」 なっちゃう髪だった。それをお下げにして 知っていた。 になっていた。何度もしゃくり上げ、アサ トの胸にしがみついて言った。 「うん、とても強い子。私よりずっと可愛 4 「違う! 違うの。私、ニキじゃない。ニ キは、ニキは、違うの!」 彼女がロイズの外に出て、トレーラーの 残骸を見つめて言った。 くて、ずっと強かった。──あの時もそう て男の人が『今夜はここで野営するからな、 4 4 だった」 彼女がぶ るぶるぶるっと身 震い をして、アサトから離れた。 逃げようなんて思うなよ』って言ったすぐ 「三日前の夜だった。コンテナの扉が開い 「ニキは、あの人達に捕まった女の子の一 「その夜、ニキがあの人達のテントに連れ 後だった。前の方ですごい光が爆発して、 4 4 人だった。私より先にいて、でも他の子達 て行かれた。それからニキの悲鳴が聞こえ は話しはじめた。自分が思 それから彼女 い出したことを。 とは違ってた。みんなは無気力になって諦 回廊 26 風が吹いて、彼女の髪がさわさわとゆれ た。アサトはその後ろに立って話を聞いて き飛ばしたの」 その時、ニキが私の手を引っ張って外へ突 そうとする中で、私は動けなかった。でも のひらみたいだった。みんなが外に逃げ出 炎が襲いかかってきたの。まるで大きな手 れるはずだったんだよ。それなのに──」 「う、ううう、本当はきっとニキが生き残 「もういい。もういいよ」 彼女の肩がなにかをこらえるように震え ていた。その肩にアサトが手を置いた、 ……でも、」 ちゃったんだって思って頭がぼんやりして な ん て オ カ シ イ か ら、 き っ と 幽 霊 に な っ たようにした。アサトがうなずいて、空を う?」とでも聞くように、アサトがそうし と、そっと少女の頭を撫でた。ルーハが 「こ もりがあった。アサトはルーハの手を取る 今日も太陽が高く昇っていた。 見上げた。 涙がルーハの胸をぬらしていく。無機質 な機械のような肌。けれどそこには、ぬく 「うわぅ、うああああーーーーーー! ニ キが、ニキが死んじゃったよおうーー!」 いた。 「突き飛ばされて、思いっきり地面に叩き 「そんなことない! そんなこと決まって つけられて、何回か転がったのを覚えてる。 ないし、決めつけてもいけない」 荒野の幽霊は、もういない。 そしてニキは、私の目の前で倒れてそのま 夫?』って……影でニキだってわかった。 かったけど、いつもみたいに笑って『大丈 ら炎の一つが答えてくれた。良くわからな た。私はニキを探して声を上げて、そした 人の形をした炎があっちこっちでもがいて あああああああああーーーーーーーー!」 「ルーハ、さん。う、うううう、うわああ 「泣きたいときは、泣いた方が良い」 けた。 それからニキと名乗っていた少女に語りか こんな風に強く言うことはほとんどない。 「おーい、そこの人。あんトラックはあん た。運転席から年配の男性が顔を出した。 台に幌をかけた年季の入ったトラックだっ 太陽がほぼ中天にさしかかった頃、一台 のトラックが「柱」の近くに停まった。荷 ◇ ◆ ◇ ま……う、う、それから目が覚めたら、な 慟哭が荒野の空を貫いた。崩れ落ちる体 をルーハがすくい上げ、抱きしめた。 でもそれが良かったんだと思う。顔を上げ アサトが強く否定しだ。ルーハはすこし たとき、トレーラーは真っ赤に燃えていて、 驚いて、二人の様子を見ていた。アサトが んだか良くわからなくなって、自分は死ん 「そう。泣くといい。思う存分」 男 性 が 言 っ た の は、「 柱 」 の 反 対 側 で 横 転しているトラックのことだった。残して たらのき?」 だ ん だ っ て 思 っ た。 死 ん だ の に 生 き て る 27 荒野の幽霊とドロップヘッド おくと色々面倒なので、男達の死体ごと道 の外に捨てたのだ。 「いや、違います。ええと、まあ……粗大 ゴミです」 たので、アサトは面食らってしまった。 結局、少女が思い出せたのは「ニキ」と 出会ってからの時間だけだった。それ以上 最初は左、次は右。そしてできたのは── ─ 「はい、おしまい」 「ところで、おじさんはどこへ行くんです きに」 「ゴミ? こんなまだ使えそうなもんが。 かあ、もってえねえことする奴もいるもん ながら、同じように考える目をした。その そっちの方が重大事であるように、彼女 はうつむいた。アサトは彼女の髪をとかし 「名前、どうしよう?」 いないようだった。 かった。しかし記憶の事はあまり気にして イズさん……」 アサトとルーハ、そしてロイズも続いた。 「うん。──アサトさん、ルーハさん、ロ 「似合ってるよ」/「似合ってる」/「良 だった。 逆Vの字のお下げ髪。髪質はどうにもで きずこうなったが、最初よりはずっと綺麗 「え、これって……」 か?」 間にも絡まった髪もやさしく、丁寧にとか 前のことは、自分の名前すらも思い出せな 「ああ、この先の街に牛乳を納めにいくん していく。 そうしてニキは、あふれ出る涙をぬぐっ た。 アサトが道の方に歩きながら答えた。 よ」 「ニキ、でいいと思う」 「ありがとう。──そう。私は、ニキ!」 く似合っています」 それを聞いて、アサトはロイズの所にい たルーハ達と顔を見合わせた。 「そのついでに、この子を街まで乗せてっ ─」 「もらっちゃって良いんじゃないの。たぶ はニキという少女だ」 「ここでわたし達と同じ時間を過ごしたの ニキを乗せたオンボロトラックが道の彼 方に見えなくなった頃、アサトがロイズの ◇ ◆ ◇ 「ああん、お安い御用き。嬢ちゃん、さあ エンジンを掛けた。ぐおんと腹の下に、エ ふいにルーハが口を開いた。 「え、でも───」 乗った乗った」 ん、ニキも喜ぶと思うよ、ニキ」 ンジン音が轟く。 て く れ ま せ ん か? じ つ は ち ょ っ と ─ ─ 「……あー……、ありがとうございます」 アサトが彼女の髪を丁寧に編んでいく。 じょ 理由も聞かずさらっと承諾されてしまっ 回廊 28 「うん。それよりルーハ、本当にあれで大 してのパワーを遺憾なく発揮して土手を登 アサトは失笑して、ギアを繋ぐとアクセ ルを踏み込んだ。ロイズがバギージープと 「行きますか?」 丈夫なわけ?」 「もうすこし丁重に願います」 れに持参金も十分。ちゃんと手紙にも書い 「平気だ。人手を欲しがっていたから。そ 事だよ」 であのお直し屋さんに下駄をあずちゃった 「いやそういうことじゃなくて、手紙一通 「大丈夫だろう。今のあの子なら」 アサトは一筋の汗をたらしつつ、アクセ ルを踏んだ。荒野の道にタイヤ跡が伸びて 「気のせい気のせい!」 たけど」 「単にアクセルが滑っただけのように見え みるのもいいのさ」 ロイズが抗議した。 「たまには、これくらいのパワーを出して 坂、土煙を上げながら道に乗り上げる。 アサトが助手席のルーハに聞いた。彼女 はなにやら袖を上げて見ていたのを止めて た」 いく。 答えた。 「なんて?」 その先には、新たな世界が広がっていた。 了 ちなみに持参金とは、ロバーズ達が残し た金品の半分だ。当然の権利と言える。 「 『 服 は 大 変 気 に 入 っ て い ま す。 新 た な お 直しを頼みたいので、よろしくお願いしま す』と」 「お、お直しね。まあ、たしかにそうか。 あのおばさん、ニキのなりを見たら……」 29 荒野の幽霊とドロップヘッド