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zenis 日本の学問と研究 創刊号
巻 頭 言
薫風の心地よき今日この日、本誌を刊行できる事を、心からの喜びとするところです。
今日世界は混沌としている渦中にあり、当然日本も例外ではありません。その主たる
原因は、世界金融恐慌、地球温暖化、エネルギー問題、核兵器、戦争、格差社会
等、これらは全て人間が起こした問題でありながら、人間が解決できずに益々深刻化し
ています。このような問題は突発的に起こったものではなく、長い年月もしくは一定の期
間を経て表面化してきたものです。その間、人類の学問・技術は飛躍的な発展を遂げて
きました。当然、人類はそれだけ進歩をしているのであり、このような問題も良い方へと
解決できるはずでありながら、それを怠ってきたツケとして、今のこの状況があるのです。
これからの世界、全人類がその解決に向かわなければ、この素晴らしき地球の終焉
も考えられます。今、日本がすべき事は、優れた学問・技術で地球を豊かにし、人類
に幸と安らぎを与えるために、世界のリーダーシップをとり、その力量を発揮する事です。
そのために、優れた学問・教育を日々大事にすることから始め、学者・研究者・学生・
企業等が高潔な思考を持って、資源のない我国が世界の範となる道を進めば、必ずや
これらの問題点は解決することでしょう。
現在の技術は著しい発展を遂げ、また経済も国際化され、能力ある人にとっては、
かつてとは違うスピードで知識や情報を吸収することが容易くなっています。しかしそれ
だけでは局部的な移行にすぎず、学問・技術・教育等においては「総合力」が求めら
れます。さらにそれらを支えるインフラが整備されることが、発展や問題解決には不可
欠です。その点、日本が最も優れたポジションにあるといえますが、人材面や新規設
備投入など、今後の発展のための資金がまだまだ不足しています。国民全体が意識を向
上させ、補助金の増大や個人・企業の寄付など、全員で協力すべき時を迎えています。
残念なことに、現在の日本はこの点においては世界の先進国の中で、必ずしも優れては
いません。今こそ未来を見据えてこれらの舞台(環境)を完備しなくてはなりません。
今回このジャーナルの創刊がこれらの問題の解決や、将来の発展への一つの啓蒙的
な役割となればと希望を託する思いで踏み出しました。ぜひ次号も、歩を進めていける
ことを願ってやみません。
最後に、このたびの発刊にあたり執筆いただいた諸先生並びに関係各位に心から御
礼申し上げます。
株式会社ゼニス
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
©ZENIS Co., Ltd. All rights reserved.
編集・発行 株式会社ゼニス 〒559-0024 大阪市住之江区新北島 1-1-19-502 TEL: 06-6683-6641
1
グローバル COE プログラム
東京大学グローバル COE プログラム 複雑化・高度化する次世代医療を担うリーダーを育成…
…… 6
拠点リーダー 教授 片山 一則
東北大学グローバル COE プログラム 物質階層を紡ぐ科学フロンティアの新展開……………………… 12
拠点リーダー 教授 井上 邦雄
山形大学グローバル COE プログラム 分子疫学の国際教育研究ネットワークの構築…
……………… 15
拠点リーダー 教授 嘉山 孝正
千葉大学グローバル COE プログラム 有機エレクトロニクス高度化スクール… ………………………… 20
拠点リーダー 教授 上野 信雄
千葉大学グローバル COE プログラム 免疫システム統御による革新的治療法の開発を目指して……… 24
拠点リーダー 教授 中山 俊憲
東京工業大学グローバル COE プログラム 材料イノベーションのための教育研究拠点………………… 27
拠点リーダー 教授 竹添 秀男
横浜国立大学グローバル COE プログラム 情報通信による医工融合イノベーション創生…
…………… 30
拠点リーダー 教授 河野 隆二
名古屋大学グローバル COE プログラム 分子性機能物質科学の国際教育研究拠点形成……………… 33
拠点リーダー 教授 渡辺 芳人
名古屋大学グローバル COE プログラム システム生命科学の展開…
…………………………………… 36
拠点リーダー 教授 近藤 孝男
大阪大学グローバル COE プログラム 高機能化原子制御製造プロセス教育研究拠点… ……………… 40
拠点リーダー 教授 山内 和人
大阪大学グローバル COE プログラム 構造・機能先進材料デザイン教育研究拠点… ………………… 44
拠点リーダー 教授 掛下 知行
奈良先端科学技術大学院大学グローバル COE プログラム 生物の環境適応と生存の戦略 …
…………… 48
拠点リーダー 教授 島本 功
早稲田大学グローバル COE プログラム 「実践的化学知」教育研究拠点…
…………………………… 52
拠点リーダー 教授 黒田 一幸
明治大学グローバル COE プログラム 現象数理学の形成と発展………………………………………… 55
拠点リーダー 教授 三村 昌泰
玉川大学グローバル COE プログラム 社会に生きる心の創成… ………………………………………… 60
2
拠点リーダー 教授 坂上 雅道
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
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目次
最先端研究紹介
カイコによる薬剤などの開発と新ビジネスモデルの提案… ………………………………………… 66
株式会社ゲノム創薬研究所(東京大学発のベンチャー企業)
アントレプレナー 関水 信和
分光分布を制御可能な発光ダイオード擬似太陽光光源システム…………………………………… 68
准教授 富士原 和宏
東京大学 大学院農学生命科学研究科
低エネルギー社会の構築に向けて… ………………………………………………………………… 70
准教授 松島 潤
東京大学 大学院工学系研究科
ペプチドホルモン・グレリンの医療応用……………………………………………………………… 72
教授 赤水 尚史
京都大学 医学部附属病院 探索医療センター
神経幹細胞とニューロン新生… ……………………………………………………………………… 74
教授 影山 龍一郎
京都大学 ウイルス研究所
ABC タンパク質研究による生活習慣病予防薬の開発… …………………………………………… 75
京都大学 物質 - 細胞統合システム拠点・大学院農学研究科応用生命科学専攻
教授 植田 和光
X線天文学…………………………………………………………………………………………… 76
准教授 鶴 剛
京都大学 理学部
ES 細胞と iPS 細胞を用いた神経難病治療法開発…………………………………………………… 78
准教授 高橋 淳
京都大学 再生医科学研究所
宇宙の謎に挑戦するニュートリノ観測装置…………………………………………………………… 79
東北大学 大学院理学研究科 ニュートリノ科学研究センター
教授 井上 邦雄
液晶フォトニックデバイス|バナナ形液晶の科学と応用… ………………………………………… 80
東京工業大学 大学院理工学研究科
教授 竹添 秀男・准教授 石川 謙
燃料電池に関する研究・CO2 地中貯留の研究… …………………………………………………… 82
東京工業大学 炭素循環エネルギー研究センター 教授 平井 秀一郎・准教授 津島 将司
原子力を利用した炭素循環型エネルギーシステム… ……………………………………………… 84
東京工業大学 原子炉工学研究所
准教授 加藤 之貴
GFP 標識ファージによる大腸菌 O157:H7 の迅速検出… …………………………………………… 85
東京工業大学 大学院生命理工学研究科
准教授 丹治 保典
高性能なバイオポリエステルを合成する微生物の開発……………………………………………… 86
東京工業大学 大学院総合理工学研究科
准教授 柘植 丈治
柔らかく生体に優しいウエアラブルバイオセンサ… ………………………………………………… 87
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
講師 工藤 寛之
高校生諸君、研究者を目指すなら医学部も候補に!………………………………………………… 88
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科(医学部生理学)
教授 水島 昇
金属とプラスチックをレーザで直接接合……………………………………………………………… 89
大阪大学 接合科学研究所
教授 片山 聖二
D- アミノ酸の効率的合成に関係する酵素の構造と機能… ………………………………………… 90
名古屋大学 大学院工学研究科
教授 山根 隆
フォトニック結晶とシリコンフォトニクスで光を操る…………………………………………………… 92
横浜国立大学 大学院工学研究院
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
教授 馬場 俊彦
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日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
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グローバルCOE
プログラム
グローバルCOEプログラムとは
グローバル COE プログラムは、我が国の国公私の大学が、国際的に卓越した研究基
盤のもとで世界をリードする優秀な人材育成を図るため、文部科学省が選定したプログ
ラムです。
現在、科学技術研究や経済面において、世界はしのぎを削る競争をしており、日本で
も優秀な人材と先端学問、研究の発展が求められています。科学の著しい進歩により、
地球環境問題、人口増加等、地球的危機が生じていることも確かであり、また、これを
解決することにより、国益に結びつきます。そのためにこのようなプログラムが各国で生
まれ、我が国としても一刻の猶予もないのが実状です。
しかし、このプログラムは 21COE からの継続であり、厳選されたものであり、それぞ
れは優れた成果を上げています。国内だけでなく、広く世界で認知され、その利用や採
用までに至るのも近い将来約束されています。また、その人材も世界で羽ばたき始めて
います。
このようにグローバル COE プログラムは、国境を越え、世界に貢献し始めております。
すなわち、この発展が人類・地球にやさしく、また、平和へとつながると確信しております。
このことを皆様に知っていただきたく、当ジャーナル創刊号の重要部分として取り上げさ
せていただきました。
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
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複雑化・高度化する次世代医療を担うリーダーを育成
東京大学グローバルCOEプログラム
学融合に基づく医療システムイノベーション(CMSI:Center for Medical System Innovation)
拠点リーダー・教授
東京大学 大学院医学系・工学系・薬学系研究科
CMSI の概要
片岡 一則
系の 4 領域からなり、各領域が有機的に連携することで、
融合領域における研究を推進し、研究成果の社会還元
を実現できる人材を育成します。
CMSI とは
東京大学グローバル COE プログラム
「学融合に基づく
医療システムイノベーション(CMSI:Center for Medical
各領域のリーダー
System Innovation)」は、医療分野におけるイノベーショ
拠点リーダー
片岡一則(工学系研究科マテリア
ル工学専攻・教授)
ンをグローバルな視点で牽引しうるリーダー人材の育成
を目的とした新しい教育プログラムです。
医学系リーダー
中村耕三(医学系研究科外科学専
攻・教授)
医工薬融合領域における最先端の成果に関する講義
だけでなく、成果の社会還元に関する講義、分野横断
工学系リーダー
長棟輝行(工学系研究科バイオエ
ンジニアリング専攻・教授)
的な実習、企業や海外大学での長期間のインターンシッ
ププログラム、ケーススタディーなどの実践的なカリキュ
薬学系リーダー
入村達郎(薬学系研究科統合薬学
専攻・教授)
ラムを介し、各個人レベルでの知と経験の統合を目指し
社会還元系リーダー 木村廣道(薬学系研究科生命薬学
ます。
専攻・教授)
CMSI の人材育成
期待される育成人材像
図 1 本プログラムのロゴマーク
本拠点は医工薬が緊密に連携する世界最先端の研究
開発および先端医療の現場に確固たる軸足を置きなが
CMSI のミッション
ら、象牙の塔に籠もって独善的になることなく、現実の
超高齢・成熟社会に向かって世界の先頭を走る日本
社会での経験と多様な産業・事業化の生の姿に触れる
において、特に医療関連分野は科学技術立国の中核産
機会を提供することで、バランスのとれた人材育成を行
業としての期待が高く、世界リーダーとしての地位確立
います。本拠点の教育課程を修了した人材には、広い
が国の最優先課題に位置づけられています。本拠点は
視野と融合的価値観を持ったリーダーとして、科学界、
先端医療システム実現のための複合的分野を科学とし
産業界をはじめとした様々な領域で活躍することが期待
て統合することにより、ナノメディシンに代表される先端
されます(図 3)。
科学技術を理解・推進できる力量とともに、社会・経済・
CMSI のカリキュラム
経営にも広い視野を持ち、明日の先端医療システムに
向けて国際社会を先導することのできる Π(パイ)型人
学融合のための教育スケジュール
材を育成することを目的とします(図 2)
。育成された人
医工薬の融合領域に関する最先端の講義や実習、研
材には科学技術イノベーションのより一層の推進と、そ
究成果の社会還元に関する講義、海外研究機関でのサ
の成果の社会還元を通じた社会経済イノベーションの牽
マーインターンシップ、医工薬融合領域での事業化事例
引により、先端科学技術が新たに実用化、産業化され
のケーススタディーなどの特徴的な教育カリキュラムを
る道を切り開くことが期待されます。
段階的に受講することができます ( 図 4)。
CMSI の組織
CMSI 独自の選択必修講義
本拠点は医学系、工学系、薬学系、そして社会還元
○異分野学生のための医工薬入門講義
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図 2 拠点概要の模式図
図 3 人材育成
図 4 カリキュラム
医工薬融合領域における学内外の研究者による講
い、その上で企業や医療現場のニーズを包括的に理解
演とその後の討議により、最新の研究成果に対する
することにより、社会的需要を見据えた研究開発を行う
理解を深める、CMSI 独自に編成される講義です。
ことを目指します(図 5)。
○マネジメントリーダーシップ講義
グローバル化カリキュラム
医療関連産業において、研究成果の迅速な事業化
実践英語演習、国際セミナー・シンポジウム、国際学
を展望できるリーダー人材となるためのスキルセット、
会での発表を通して、国際的なコミュニケーションスキ
マインドセットの構築を目指します。外国人教員によ
ルを磨きます(図 6)。また、選抜された学生を対象に
る英語での講義が中心となります。
サマーインターンシップを実施し、2~3 ヶ月に渡って海
外協力機関・海外企業の一員としてのインターンシップ
○ソーシャルレスポンシビリティー講義
研究成果の円滑な社会還元に必要不可欠となる、
活動を行います。海外協力機関からの留学生も積極的
に受け入れます。
新規物質の安全性や倫理、環境への影響、規制等に
ついて、その最新の状況を理解するための講義です。
ケーススタディー
学内外の研究者による、医工薬融合領域での事業化
クロスオーバー実習
事例をケーススタディーとして学びます。
専門領域に止まらない幅広い融合領域での実習を行
また、CMSI カリキュラムで培われた経験と知識を総
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動員し、自身の研究成果の事業化プランを作成し、実
全体合宿(リトリート)
践力を養います(図 7)
。
関係学生、教員が一堂に会し、合宿形式で学生によ
る研究発表やケーススタディーの成果報告に関する討議
を行い、拠点内での連携を深めます。
図 5 クロスオーバー実習
図 6 グローバル化カリキュラム
図 7 ケーススタディー
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CMSI 拠点リーダーインタビュー
学部の学生に研究内容を話した時に、全く違った発
東京大学大学院 工学系研究科マテリアル工学専攻
想に基づいた質問が出てくる。それにより思いも寄ら
医学系研究科附属疾患生命工学センター
ないアイデアが生まれてくる。そういった関係が研究
教授 片岡 一則(拠点リーダー)
にも良いフィードバックを与えると思っています。また、
異分野に人脈が形成されることも非常に大きいと思
います。大学院の時期に培われた人脈はアイデンティ
ティーが形成される段階にあるため、しがらみなどは
関係ありません。そういう人間関係からは、十年先、
二十年先に自分が何か挑戦しなければいけない時に
気軽に話をし、閃きを生むアドバイスを得ることがで
きます。
- 医療システムイノベーションについて -
- 教育拠点としての CMSI について -
◦プログラム名にもある「医療システムイノベーション」
◦ CMSI の教育カリキュラムは、どのような人材を育成
とはどういうことでしょうか?
するのでしょうか?
まず医療をシステムとして捉えているところに特徴
これまでの大学教育は純粋培養になっており、異
があります。そして、イノベーションはそれを革新する
質なものとの接点や融合する機会をすべて企業に任
ということ、つまり医療システムを変革していく、と
せてきました。企業の人がよく
「日本の大学のドクター
いう我々の決意を示しています。
は使い物にならない」とおっしゃられるのはそのため
ここでいうイノベーションには大きく 2 つあります。
です。そのため、教育面では企業との接点や医工薬
一つは「技術的イノベーション」です。イノベーション
同士、異分野との接点を持つ機会を提供したいと考え
の素地には起こる現象を分子レベルで突き止めると
ています。そういう人であれば、企業・大学・行政官
いう大元のところがあり、だからこそ非常に小さいレ
のいずれになっても必ず広い視点で物事を見ることが
ベルで物事を築きあげることができます。それはス
できます。逆に、広い視点を持たずに大学に残ったり、
ケール的にいうとナノの世界であり、そこでは今、物理、
行政官になったりすると、そういう人たちが拡大再生
化学、生物学が融合し、ナノサイエンス、ナノテクノ
産され、問題が生じます。大事なところはその人のサ
ロジーと呼ばれる学問が生み出されています。そうし
イエンスの質はそのままに、社会への適合性を持った
たナノスケールのサイエンスに裏打ちされたナノメディ
人が教育されるカリキュラムになっていることです。
スンが新しい医学をドライブすることは間違いありま
せん。
- CMSI に参加する学生に -
もう一つは「社会的イノベーション」です。今日本
◦最後に CMSI に参加する大学院生へのメッセージをお
で問題になっているのは、良い研究が社会に還元さ
願いします。
れないということです。それを解決するには、自分の
私の恩師である鶴田先生がよくおっしゃっていたの
研究成果を世の中に持っていくための技術・考え方を、
ですが、Education は日本語では「教育」という意味
研究者が自分で身につける必要があります。CMSI で
があるが、ラテン語では「引き出す」という意味にな
は社会還元学という部門を設け、サイエンティスト、
ります。CMSI はポテンシャルを引き出す「きっかけ」
エンジニア、医師の側から医療の社会的イノベーショ
を提供する場でありたいと考えています。学生の皆
ンのイニシアティブを執るための教育を行っています。
さんには、殻を作らず、引き出されることを待ってい
るポテンシャルにネットを掛けずにいて欲しいと思い
- 医工薬の学融合について -
ます。そして自分の道を主体的に責任を持って選び、
◦本拠点ではどのような形で医工薬の融合を進めてい
CMSI で自分は何ができるかという視点で参加してい
きたいとお考えでしょうか?
ただくことを期待します。
医学、工学、薬学の学生が同じ目的、場を共有し
て、異なる視点から関係を持つことが必要です。他
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工学系リーダーインタビュー
あり、特に学部から大学院へ進学する際などは、専
東京大学大学院 工学系研究科
門分野を大きく変えることを大学側がエンカレッジし
バイオエンジニアリング専攻
ているような感じがあります。従ってこれからの研究
教授 長棟 輝行(工学系リーダー)
者像として、本拠点では通常求められる「専門性とそ
れを応用する広い視野(T 型人間)」に加えて、
「社会
に対する目」を持って研究と共にマネージメントもで
きるような人(Π 型人間)を育てたいと考えています。
◦本拠点では社会・経済・経営の講義が取り入れられて
いますが、将来的には工学系の研究者やアカデミッ
クに残る研究者にもこのような知識が必要となってく
るのでしょうか?
- 医工薬の学融合について -
企業に勤める人についてはもちろん、アカデミック
◦本拠点がテーマに掲げる学融合について、本拠点独
の研究者でもいずれは研究マネージメントが必要に
自の特徴をお聞かせ下さい。
なってくるでしょうし、国際的に連携する機会が増え
異分野とのコラボレーションでは、第一歩から言葉
ればこのような知識がますます必要になるでしょう。
やテクニカルタームが壁となりますが、こうした初歩
また、ベンチャーを設立・運営できる社会システムを
的な障壁を取り除くために、本拠点では異分野学生
日本で整備するために、そしてベンチャーそのものを
のための入門講義があります。また実践的な教育とし
立ち上げるためにも必要となるでしょう。学生には社
て、異なる研究室で実習を行い、どういうシーズやニー
会還元を目指した学融合にも興味を持ち、将来的に
ズがあるかを理解した後、ケーススタディーへと進み
は博士論文のテーマとしてそれを目指すような、高い
ます。こうした取り組みにより、より活発で具体性の
意識を持つ学生に参加してもらいたいですね。
あるコラボレーションが進むと期待しています。
- CMSI に参加する学生に -
◦本拠点の中で工学系分野はどのような役割を担うので
◦本拠点の学生にメッセージをお願いします。
しょうか?
学生の皆さん自身がプログラムを面白いとか自分の
対象をシステム的に捉えることが、工学系の得意と
スキルアップに繋がると思って、自ら積極的にやろう
するところだと思います。例えば、物が部品という要
とする気持ちを持つことが本拠点を成功させる鍵だと
素から出来ていると考えると、要素の集合の規模に
思います。
「こういう先輩の話を聞いてみたい」などの
よって階層性が現れ、各階層が組み合わさってシステ
要望を出すなど、主体的に取り組んで欲しいと思いま
ムが出来上がります。このように全体をシステムとし
す。ジョイントシンポジウムや海外との連携プログラ
て俯瞰すると、どこを最適にしなければならないのか、
ムなども学生が主体的に進めていって欲しいと考えて
どこを設計すれば全体がシステムとしてうまく作動す
いますし、RA 学生が HP の作成に参加したり、研究
るかを判断出来ます。この考え方を医学や薬学の分
を紹介する RA ニュースを編集したりすることも考えて
野に拡げていきたいと思います。
います。その中で交流が深まり、リーダーシップも培
われていくのではないでしょうか。こうした自ら学び自
- 育成すべき人材 -
ら作るというマインド、さらに国際的な広い視野を持
◦長棟先生は本拠点を通じてどのような人材育成を推
つということをこのプログラムで身につけて欲しいと
思います。
進していかれますか?
これまでの博士研究者については、狭い専門性に
よる蛸壺的な部分がよく指摘されてきましたし、柔軟
性に欠けるとして企業から採用してもらえない理由に
もなっていました。しかし世界に目を向けると、例え
ばヨーロッパでは広い視野を持てるようなシステムが
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CMSI の活動の一例
イトルでそれぞれ講演され、東京大学におけるリーダー
CMSI 社会還元系:学生交流プログラム
シップ教育の在り方や、日本発のイノベーション振興の
CMSI では、最先端科学技術のイノベーションを推進
施策について活発な質疑応答が行われました。第二部
すると同時に、社会・経済的側面においてもイノベーショ
には各テーブルに GCOE の特任教員が配置され、10 人
ンを推進することのできる人材の育成を目指しています。
1 組になって第一部の講演内容についてグループ討論を
そのため本プログラムの特色として、医学系、工学系、
行いました。
薬学系の各領域に加え、社会還元学系を新設し、科学
さらに交流会で得られたネットワークを基に、学生同
技術の事業化に向けたスキルセット、マインドセットの
士はその後六本木に場所を移し、同年代でありつつ視
構築や、技術革新が社会に及ぼす影響などについても
点の違う海外学生と学生生活や将来の夢をお互いに語
学ぶことができます。その社会還元学系の取り組みとし
り合い、大きな刺激を受けることができました。
て、特に異なる専門性を持った海外大学の学生と国際
GSB 海外研修プログラムの中でも、東京大学訪問は
的な交流を持ち、コミュニケーション能力を高める目的
今回が初めてであり、当学生交流会が成功したことは、
で「学生交流会」を企画しています。
両大学の今後の交流にも大きな意味があったと考えてい
その初めての取り組みとして、2008 年 12 月にスタ
ます。
スタンフォード GSB 交流会オーガナイザー
ンフォード大 学 のビジネス スクール (GSB: Graduate
School of Business) との学生交流会を開催しました。
上野 傑(薬学系研究科統合薬学専攻 博士課程 2 年)
安西智宏(CMSI 社会還元系 特任講師)
活動報告
第一回 「スタンフォードビジネススクール
|東京大学学生交流会」
開催報告
報告者:スタンフォード GSB 交流会オーガナイザー
日時:2008 年 12 月 17 日(水)
会場:医学部図書館大会議室
プログラム
09:00-10:00 本郷キャンパスツアー GSB 学生
10:00-11:30 (第Ⅰ部)講演
東京大学 小宮山宏総長
経済産業省大臣官房審議官 石黒憲彦氏
11:30-12:30 (第Ⅱ部)学生グループ討論会
「学融合に基づく医療システムイノベーション」に所属
する学生とスタンフォード大学ビジネススクール (GSB:
Graduate School of Business) との学生交流会が、80
名を越える参加者を集め開催されました。当交流会は、
社会還元系リーダーの木村廣道特任教授(薬学系研究
科)が主催し、東京大学からは 30 名の GCOE 博士学
お問い合わせ
生が参加しました。GSB からは、学生 28 名と代表教授
東京大学 大学院医学系・工学系・薬学系研究科
1 名が参加し、日本発のイノベーション「J-Innovation」
「学融合に基づく医療システムイノベーション」事務局
をテーマとした学生討論会という位置付けで行いまし
た。
〒113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1
東京大学大学院工学系研究科 3 号館 251A 号室
第 一 部 に お いて、 小 宮 山 宏 総 長 が「Year 2050 :
TEL:
benchmark of civilization」、石黒憲彦氏が「Policy for
E-mail: [email protected]
Enhancement of Open Innovation in Japan」というタ
URL:
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
03-5841-8446
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/CMSI/
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物質階層を紡ぐ科学フロンティアの新展開
東北大学グローバルCOEプログラム
物質階層を紡ぐ科学フロンティアの新展開
東北大学 大学院理学研究科
拠点リーダー・教授
井上 邦雄
網打尽にできるかもしれません。ここで獲物に例えたも
サイエンスウェブの構築
のは、自然科学の研究分野のことです。そして蜘蛛の
私たちの自然に対する理解は、新しい技術・手法に
巣は、新たな研究分野を一網打尽にしようとするサイエ
よって急速に進展してきましたが、それとともに、自然
ンスウェブで、蜘蛛の糸それぞれが科学フロンティアを
科学における研究分野は分化・先鋭化し、宇宙開闢以
なしているのです。
来形成された物質の階層に着目すると、素粒子、原子核、
サイエンスウェブの構築はどうすれば実現するので
凝縮系物質、天体・宇宙といった物質階層が形成され、
しょう。この拠点は物理・天文の各分野で、世界最先
今日まではそれら各階層での特徴的な現象が物理科学
端を突き進む研究、それを支える実験装置・技術、そし
の主たる研究対象となっていました。先鋭化によって各
てその研究を実現し世界的に活躍している研究者を有し
階層の研究が深みを増した反面、宇宙物質像の統一的
ています。これらの研究や研究者が連携すれば未踏の
な理解や、研究で得られた知見を広く社会に理解でき
研究が始まります。極小を対象とする素粒子研究と極大
る形で還元することが困難になってきました。実験的研
を対象とする宇宙研究が繋がり、新たな研究分野が生
究にあっては、さらなる深化を目指すには目標を単機能
まれ、個々の研究も大きく前進したことはよく知られて
に絞り大規模化しなければ国際的な競争での優位性維
います。この拠点では、多対多で蜘蛛の巣のように連携
持が困難な分野もあります。このようなアプローチは着
を張り巡らせることで、サイエンスウェブが構築できると
実な進展を見込みやすいものですが、一次元的な研究
考えています。各階層での研究やそこでの異なる手法を
の深化は、未発見の獲物が沢山飛び交っている広大な
連携させ蜘蛛の糸を張るには共通の言語が必要であり、
自然科学の世界で、槍をもって狩りをしているようなイ
数学がその役割を果たします。これまでも物理的な現
メージでしょう。蜘蛛の巣のような大きな網を張れば一
象から数学の新しい分野が生じ、そこでの数学の発展
サイエンスウェブの概念図
12
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本拠点が推進する基盤研究例
が翻って物理の現象解明に繋がるという事例は多くあり
ました。物理との連携や応用に強い関心を持つ数学者
が参画している本拠点では、効果的に連携の糸を張り、
効率よくサイエンスウェブを紡ぐことができると考えてい
ます。そしてサイエンスウェブ上で多くの新たなる研究分
野を開拓し、世界に発信していきます。
このサイエンスウェブを使って宇宙物質像を統一的に
理解するためには、自然科学全体を見渡せる自然観が
必要です。自然科学が挑戦する「我々は如何にして宇宙
に存在し得たのか」という問いは、哲学なら「我々は何
のために宇宙に存在しているのか」となるのかもしれま
せん。物事を達観する姿勢は新しい科学フロンティアの
創出に必須であり、哲学との連携はサイエンスウェブを
活性化する触媒になると期待しています。また種々の研
究から生じた最新の知見や科学技術を社会に還元する
サイエンスウェブをデザインした拠点ロゴ
には、科学倫理を身につけた上で適切な言葉でわかり
やすく社会に伝える必要があります。この拠点では科学
哲学・倫理学を採り入れ、社会との繋がりを重視した応
用研究や啓蒙にも注力していきます。
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グローバルエデュケーションハブの構築
最後に、本拠点が推進する最先端研究や分野間連携
による新分野開拓は、そこで育つ学生にとって、国際的
に活躍できる人材に成長するために必要な最高の経験
をできる環境でもあります。また、国内では理科離れや
数学能力低下のなか、基礎科学の進展と社会との乖離
が顕在化しつつあり、この状況を打破するには、社会と
の関係を意識した研究展開とともに、研究成果を社会
に伝えオピニオンリーダーとして活躍する人材の育成が
不可欠です。文理協働に挑戦する本拠点は、これらの
要請にも対応できる環境を用意しています。本拠点は、
文理の垣根を越え、世界の協働研究拠点・協定校と連
携した双方向の人材・教育・研究の交流拠点グローバル
エデュケーションハブを形成し、サイエンスウェブによっ
て開拓したフロンティア研究を世界に発信するとともに、
新たな学術文化の創出を担い、社会のイノベーションに
寄与する人材の輩出を強力に推進します。 また、グロー
バルエデュケーションハブで輩出した人材が諸外国で活
躍することで、それら諸外国との友好関係の礎になるこ
とも期待します。
お問い合わせ
東北大学 大学院理学研究科
附属ニュートリノ科学研究センター内 GCOE 科学支援室
〒980-8578 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 6-3
TEL:
022-795-6725
E-mail: [email protected]
URL:
14
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http://www.scienceweb.tohoku.ac.jp/
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分子疫学の国際教育研究ネットワークの構築
山形大学グローバルCOEプログラム
分子疫学の国際教育研究ネットワークの構築
拠点リーダー・教授
山形大学 大学院医学系研究科
はじめに
嘉山 孝正
子生物学、細胞生物学、生理学、病理学など、多種多
様な学問分野とチームを組んで取り組むことが不可欠で
分子疫学研究とは
す。分子疫学研究が対象とする疾患は多種多様ですが、
「ヒトゲノム計画」により、ヒトゲノムの全塩基配列が
本拠点では 21 世紀 COE プログラムで取り組んだ糖尿病
ほぼ明らかになりました。しかし、これだけでは研究成
(合併症を含む)、循環器疾患(脳血管障害、虚血性
果を人類の幸福のために役立てることはできません。
「ヒ
心疾患、腎疾患)、呼吸器疾患、C 型肝炎、パーキン
トゲノム計画」の成果をさらに発展させ、遺伝子の塩基
ソン病に加えて、向後、日本の医療・研究で特に重要
配列の個人差、つまり「遺伝子多型」の解析とその「病
となる悪性腫瘍の分子疫学研究にも取り組み日本から
態生理学的意義」の解明が、21 世紀前半の医学研究に
分子疫学のオピニオンを発信します。
おける最重要課題のひとつです。この研究により初めて、
拠点形成の目的
テーラーメイド医療(個々人の体質に合わせた、きめ細
かな医療)やゲノム創薬(ゲノム情報に基づく医薬品の
分子疫学研究の系統的検証
開発)が可能になります。これを達成するためには、
「多
日本人を解析対象とした分子疫学コホートとして、日
数の個人の精度の高い臨床データ」とその個人由来の
本列島北部には私どもの「山形コホート」、南部には中
DNA の「遺伝子多型データ」の集積が必須です。これ
間法人久山生活習慣病研究所が行う「久山町コホート」
を行うのが分子疫学研究なのです。
が存在します。両コホートは歴史も長く、21 世紀 COE
現在、国内外において、遺伝子多型を高速かつ高精
プログラムにも採択され、それぞれ整備・充実・発展し
度に解析できる大学・研究所はいくつかあります。しか
てきました。しかし、分子疫学研究では解析対象とな
し、生活習慣病のように臨床的に多様性に富み、多く
る集団が異なると研究結果が異なることがあります。そ
の要因が複雑に関与して発症する多因子疾患において
こで、同じ基準を用いて異なる集団を解析し、それぞれ
は、遺伝子多型の解析技術が高度なだけでは病気の発
の結果を相互に比較検討する必要があるのです。さら
症・進展に寄与する遺伝子多型を同定することは困難
に、日本人を解析して得られた知見が人種の壁を越えて
です。このような複雑な多因子疾患を正確に解析するた
成り立つか否かを検証するため、日本-米国-欧州間
めには、多数の地域住民由来の「精度の高い臨床情報
での検証研究を行います。
が付加した DNA」を解析することがきわめて重要にな
このような分子疫学研究の系統的検証システムは、
ります。これにより初めて、生活習慣病等の多因子疾患
これまで世界に例がなく、本プロジェクトが初めての試
の発症・進展に関与する有用な知見が得られるのです。
みです。
拠点の概要
■統合的分子疫学教育研究拠点の構築
本拠点では分子疫学の教育と研究を行います。分子
従来は、山形コホートと久山町コホートはそれぞれ独
疫学は、従来の臨床疫学研究に「ヒトゲノム計画」の成
自の臨床疫学および分子疫学の教育研究活動を行って
果を取り入れた新しい学問分野であり、病気の原因・病
きました。本プログラムでは、両拠点間での情報交換
態・多様性に関与する分子を遺伝子レベル・蛋白質レ
を積極的に行い、一方の拠点での研究成果が他方の拠
ベルで明らかにし、これらの成果を活用して「テーラー
点でも成り立つか否かを検証します。これが契機となり、
メイド医療」や「ゲノム創薬」の確立に貢献する学問で
日本各地で個々別々に行われていた分子疫学研究を機
す。したがって、この学問の出発点には深い臨床的洞
能的に結びつけ、オールジャパン体制を構築するための
察が必須であり、さらに臨床統計学、遺伝統計学、遺
核が形成されることが期待できます。
伝子解析技術、バイオインフォマティクス、生化学、分
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研究成果の検証システムの構築:国内外
欧州
アイスランド
米国
日本
ユタ大学
山形県
共同研究契約
■日本-米国-欧州間の検証システムの構築
と創薬に向けた共同研究が開始されました。本プログ
遺伝子多型の研究では人種間で研究結果の相違がし
ラムの対象疾患である糖尿病、循環器疾患、呼吸器疾
ばしば報告されています。そこで、本プログラムでは、
患、肝炎、悪性腫瘍の研究の中から、創薬ターゲットと
日本人を対象にして得られた知見が人種の壁を越えて成
なる分子の発見が期待できます。
り立つか否かを検証するため、米国(ユタ大学)および
欧州(アイスランド)と共同研究を企画・実施し、日本
先端分子疫学研究所の研究タスク
-米国-欧州に跨る分子疫学教育研究ネットワークを構
臨床データとリンクした「ゲノム情報データベース」構
築します。これが核となり、より機能的な国際ネットワー
築/発症・進展・薬剤感受性に関与する遺伝子多型の
クの形成が期待できるのです。
検索/ゲノム創薬・オーダーメイド医療の確立・21COE
の成果で進行中の研究継続/既得 DNA を用いて臨床
疾患のリスク遺伝子の病態解明の促進
データと相関した癌分子疫学的解析
分子疫学研究で明らかとなった本プログラムの重点疾
患−糖尿病(合併症を含む)、循環器疾患(脳血管障害、
代謝・変性疾患研究センター
虚血性心疾患、腎疾患)
、呼吸器疾患、C 型肝炎、パー
糖尿病(網膜症、腎症、神経障害を含む)
・高脂血症・パー
キンソン病、悪性腫瘍−のリスク遺伝子の病態解明を
キンソン病・筋萎縮性側索硬化症
促進し、創薬ターゲットを突き止めます。
呼吸・循環器疾患研究センター
私共は 21 世紀 COE プログラムの一環として、1 万人
慢性閉塞性肺疾患・心不全・虚血性心疾患・脳血管障害
以上の地域住民の生活習慣(食品摂取状況、栄養素調
悪性腫瘍研究センター
査、喫煙、運動など)を詳細に調査しデータベース化し
悪性腫瘍(がん)
ました。本プログラムでは、これら生活習慣データ、臨
地域特性を生かした研究
床データおよび遺伝子多型データをさらに拡大・充実し、
各種生活習慣病における「遺伝子多型と生活習慣との
分子疫学研究に最も理想的な地域:山形
相互作用」を明らかにします。このように、地域住民を
1. 山形県の地域住民を対象:遺伝的多様性が小さい
対象に「詳細な生活習慣調査」
、
「精度の高い臨床情報」
2. 住民の移動が少ない:完璧な追跡調査が可能
および「遺伝子多型解析」を行っている「コホート集団」
3. 病院の患者調査ではない:ノイズを最小限にできる
は世界的に見ても少なく、日本の財産と考えられます。
4. 臨床疫学データの精度が極めて高い:この精度の検
診は他に例がない
■ゲノム創薬のシーズの発信拠点の形成
山形大学 21 世紀 COE プログラムでは、多因子疾患
のひとつであるパーキンソン病の分子疫学研究により、
創薬のターゲット分子の候補が明らかとなり、製薬企業
16
5. コホートの規模が大きい:舟形、寒河江、白鷹、高畠、
川西(人口 計 114,000 人)
6. 地域住民からの信頼「無形の財産」:遺伝子解析の
高い同意率
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山形大学の地域疫学研究
山形県
長年の歴史
国内最大規模
臨床データの精度が高い
1
2
3
4
6
5
(29年前)
より糖尿病検診
1 舟形町 1979年
2 寒河江市 2001年より脳卒中予防健診
3 山形市(山形大学)
4 白鷹町 1991年より閉経後女性の健診
5 高畠町 2000年より脳卒中予防健診、
2004年より生活習慣病予防健診
6 川西町 1990年
(18年前)
より肝臓病検診
分子疫学的研究には地域住民との長年の信頼関係が
共同研究
重要であり、ただ単にデータを集めるだけではなく、住
民との間に信頼関係が築かれる拠点でなければなりま
国際的共同研究
せん。そのため山形大学医学部は、山形大学医学部教
21 世紀 COE プログラムの一環として、山形大学とユ
授が取締役となり、地方自治体からも出資を募り、株式
タ大学間では、2007 年 1 月、相互に検証研究を行う旨
会社 地域・大学発研究所 COME センターを設立しまし
の「共同研究契約」を文書で締結し、既にいくつの研究
た。この会社の使命のひとつは、地域住民の健診デー
において日米間での検証研究の成果を論文にまとめて
タから発した研究が経済効果を生んだ時、その一部を
います(たとえば、日米の一般住民を対象にした LIPC
地域に還元することです。事実、パーキンソン病の分子
遺伝子多型と血清 HDLc 濃度との関連:J Hum Genet,
疫学的研究により企業から提供された実施許諾料の一
2008; 53: 193-200; 日米の一般住民の non-drinkers を
部は COME センターを通じて地方自治体に還元され、
対象にした ALDH2 遺伝子多型と血清 HDLc 濃度との関
地域住民の健康行政のために使用されています。
連:J Atherosc Thromb, 2008; 15: 179-184; 日米の 一 般
研究
地域貢献
地域住民の健康の維持、
疾患の予防
住民の生活習慣指導
5987名の
調査票記入者
予防に
重点を置いた
地域医療
システム
バーチャルスクール
「すこやか教室」
20/年
地域住民の健診
基本健診
特殊検診
遺伝子解析
臨床研究に利用価値の高い
データベースの構築
臨床データベース
SNPsデータベース
バイオインフォマティクス
遺伝統計学
疾患感受性SNPsの発見
機能解析
病態解明
創薬
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共同研究の具体例
ユタ
米国
舟形
高畠
日本(山形県)
一般住民を対象にしたLIPC多型 と HDLc との関係
((JJ Hum Genet, 2008; 53: 193-200 )
一般住民の中のnon-drinkersを対象にした
ALDH2多型 と HDLc との関係
((JJ Atherosc Thromb, 2008; 15: 179-184
179-184))
ユタ
一般住民を対象にしたGNB3多型と血糖値との関係
((BBRC,
BBRC, 2008; 374: 576-580 )
舟形町
高畠町
住民を対象にした GNB3 遺伝子多型と血糖値との関連:
自身が専門とする研究室の研究に関係する勉強、技術
BBRC, 2008; 374: 576-580)。
習得のみを行っているにすぎません。つまり、従来の医
学系大学院のカリキュラムでは、研究を終了するとその
産学連携
分野に関する全ての学力がないため応用がきかず、教育
過去 29 年に渉り山形大学が取り組んできた地域保健
という面からみると進化できる研究者養成になっていま
事業と本学の 21 世紀 COE プログラムの活動を通して、
せんでした。その結果、例えば、がんの研究で学位を
6,000 名以上から精度の高い臨床データと DNA の提供
得た者が、
「がん細胞については詳しいが、がんの治療
を受け、
「臨床データベース」と「遺伝子多型データベー
に関する知識が全くないため、研究の発展性を想像で
ス」を既に構築しました。これらのデータベースを解析
きない研究者ができている。」ということが現実に起き
して、糖尿病(国際特許 PCT/JP2004-000579)、パーキ
ており、先に述べた「医療系研究拠点への社会の期待」
ンソン病(国際特許 PCT/JP2006-308118)、C型肝炎(特
は裏切られた形となっています。山形大学が今回提案す
願 2004-13667)および慢性閉塞性肺疾患(特願 2005-
る研究拠点では、
「自分自身の研究テーマ以外にも、自
163870、特願 2006-057804)の発症・病態に寄与する
分の専門とする分野に関して幅広い教養を持ち、将来
遺伝子多型を発見し、国内特許および国際特許申請
その方面の真のリーダーとなるべき人材」の養成を目的
を行いました。さらにパーキンソン病の研究について
としています。
は、現在使用されている治療薬(全て対症療法薬)で
は期待できない、病気の根本的病態(黒質の神経細胞
国際性の涵養
死)に有効な治療薬の開発に向けて企業と共同研究契
学生の国際性を涵養する観点からは、国際学会・セ
約「パーキンソン病創薬ターゲットに関するバリデーショ
ミナーなど、一定期間外国の施設での教育やトレーニン
ン・機能解析」を締結し、現在、共同研究を進めてい
グを受ける機会を提供します。また、その際の経済的
ます。
援助も行う体制を整備します。ユタ大学、アイスランド
人材育成
「真のリーダーとなるべき人材」の養成
コホート等の連携大学・研究所と e-learning システムを
用いた交換講義・討論会を行い、外国語能力の向上を
目指します。
大学院を始めとする医療系研究拠点は、本来、社会
研究支援
から、幅広い教養に裏付けられた総合的判断力を持つ
見識ある研究者、高度の専門技術と臨床研究遂行能力
学生への経済的支援
を有する専門医(医学博士)を養成することが期待され
日本学生支援機構による奨学金、国立大学法人運営
ています。しかしながら現実には、大学院生・研究者は、
交付金に含まれる TA・RA によるもの、さらには日本学
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術振興会の特別研究員制度(DC)
、21 世紀 COE(平成
15 年 21 世紀 COE「地域特性を生かした分子疫学研究」)
に包含される TA、RA 等を通じて行ってきました。今後、
大学院の学生に対する授業料免除規定を緩やかにし、
本制度の積極的利用を促します。
研究者への支援
分子疫学研究には、精度の高い臨床データの蓄積が
不可欠であり、研究推進のためには臨床助手の役割は
大きいものです。このように本研究に携わる臨床助手に
対して、例えば “ 特任研究助手手当 ” といった給与の改
定を行います。分子疫学をはじめとしてライフサイエン
ス分野の研究開発は、研究者の自主的な発想による多
様な研究が確保されることが、将来の画期的な成果を
あげる上で不可欠との認識に立ち、若手研究者の自由
な発想を研究開発に組み込むべく、独創的・萌芽的研
究にも公正な評価の上、予算配分を可能とする制度を
導入します。
お問い合わせ
山形大学 大学院医学系研究科
グローバル COE 事務局
〒990-9585 山形県山形市飯田西 2-2-2
TEL:
023-628-5166
E-mail: [email protected]
URL:
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
http://gcoe.id.yamagata-u.ac.jp/
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有機エレクトロニクス高度化スクール
千葉大学グローバルCOEプログラム
有機エレクトロニクス高度化スクール
拠点リーダー・教授
千葉大学 大学院融合科学研究科
1. 有機エレクトロニクス・その特徴
上野 信雄
します。加えて、長期にわたる高校生の啓発・育成を通
して「先進科学プログラム(17 才飛び入学・インテンシ
本拠点は、有機半導体材料を用いたテレビ、照明、
ブ教育)」を創始・推進してきた持続力と第一級の研究
太陽電池、トランジスタなどの基礎ならびに応用をナノ
実績を有する教員の連携により独自の教育研究文化を
スケールの視点から研究する分野で、分子一つを電子
形成し、世界にも類例のない高等教育研究拠点を形成
素子として利用する極微の研究分野も含まれています。
します。
省エネルギー、環境問題の観点から世界中で注目され
活力ある若手を「発掘」し、基盤学理の探究と応用
ている新しい学術分野です。また、有機半導体材料で
展開を「融合」させた雰囲気の中での高度化教育によっ
現れる性質の原因は、生体分子機能の原因と類似して
て、(i) 科学・技術の両面への真摯な姿勢をもち、(ii) 高
いると考えられ、将来多様な発展が期待されます。
度な基礎学力と専門性を礎とし、(iii) 挑戦的意欲に溢れ、
正式に登録されている物質の種類は 8,200 万種以上
かつ (iv) 国際的視野を持つ人材を育成することを目的と
にのぼり、その殆どが有機材料です。多くは弱い分子間
しています(図 1)。
相互作用によって固体を形成します。有機半導体は弱い
分子間相互作用がもたらす電子機能性物質の代表でも
3. 拠点形成
あり、個々の分子の性質を反映しつつ、加えて集団とし
21COE「超高性能有機ソフトデバイスフロンティア」へ
て発現する性質が多くの新しい機能を提供してくれます。
の千葉大学における全学的協力によって新たに設置した
個性ある人間が大勢集まって大きな力・可能性を発揮す
1) 大学院新研究科(工学部物性物理分野、理学部物理
ることによく似ています。その電気・光学的な機能(物
学科・物性分野、同化学科・物性化学分野が連携し高
性)は、分子の個性と空間的かつ時間的揺らぎを伴う
度化・国際化教育を推進する融合科学研究科ナノサイエ
分子間の「複雑」な相互作用や異物質との接触界面で
ンス専攻ナノ物性コース)、2) 学部新学科(工学部にお
の多彩な物理・化学現象に起因しており、これらの複雑
いて物性物理系高度化教育を推進するナノサイエンス学
さがこれまで「精密な」研究を拒んできた大きな理由で
科)、3) 新研究センター(教員間、院生間の連携研究を
す。すなわち、異物質間の接触がキーとなるトランジス
支援・推進する「分子エレクトロニクス高等研究センター
タなどの有機薄膜デバイスの学理の解明とその開発が
(Advanced Institute for Molecular Electronics Studies:
困難を極めた根元でもあります。その結果、本分野の
AIMES)」)を強化・発展させ、さらに、21COE 活動で大
研究は物理学、化学、電子工学などの異なる学術分野
きな成果を生み出した「人間相互作用空間(face-to-face
の知的資産を積極的に取り入れる柔軟性が必要であり、
コミュニケーションの場)」のブランチを海外におき、加
その雰囲気は、従来とは異なる創造性を有する若手育
えて、人材発掘とインテンシブ教育を創始・推進してき
成の場となります。
た「先進科学プログラム」を大学院に展開し、高度化
2. 目的と将来展望
有機エレクトロニクス高度化スクールでは、21 世紀
教育・研究を推進する「Advanced School for Organic
Electronics」を形成します。すなわち、千葉大学の中に
「突出した高等教育研究スクール」を確立します。
Center-of-Excellence (21COE) の中心を担った有機半導
体物性、デバイス開発のエキスパートに加えて、量子構
3.1. 研究推進
造物性、スピン関連物性、物性・量子化学理論、物性
有機エレクトロニクスの基盤である「弱い相互作用に
化学分野等、関連分野の教員を集中的に結集し、進化
よる有機分子集合体の電子機能の学理の解明と応用」
する有機エレクトロニクスにおける物性素過程の基幹学
を推進し、21COE における世界最高レベルの研究を一
理に関する教育・研究を、応用面にも視点を置いて推進
層強化し世界拠点としての位置づけを確立します。この
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図 1 21 世紀 COE からグローバル COE プログラムへの展開と拠点形成
ため有機半導体物性分野に加え、関連する物性物理・
3.2. 教育・人材育成
工学、物性物理化学、半導体デバイス工学分野を強化
人材の育成は博士後期課程の教育強化だけで行える
し、
「知」の相乗効果を活用します。実験と理論、基礎
ものではなく、教育の高度化・国際化についても学部の
と応用が研究センター (AIMES) に結集し、分野間の連
教育土壌から改質する必要があり、すでに大学予算に
携によって研究の新展開を図ります。研究推進組織とし
よる TOEIC 受験制度の導入に加え、工学部において高
て、基礎的アプローチによる「物性グループ」と応用的
度化基礎教育を担うナノサイエンス学科の新設を行いま
アプローチによる「デバイスグループ」をおき各専門性
した。また大学院融合科学研究科・ナノサイエンス専攻・
を反映した研究を行っています。国際連携研究統括のた
ナノ物性分野では、英語による専門科目講義や海外で
めに「国際化チーム」を併設し選抜教員を配置して、研
行う国際研究実習などを導入してきました。グローバル
究をベースにした知的相互作用の増進、連携研究、国
COE では「高度化教育チーム」をおき、上記をベースに
際協力教育の任に当たっています。
統一的なカリキュラムの改善によって高度化大学院教育
物性グループでは、精密な紫外光電子分光測定によ
を推進しています。
り、有機分子集合体および有機金属界面の電子構造の
21COE で多くの成果を上げた「人間相互作用空間」の
詳細に切り込んでいます。斬新なアイデアによって、実験・
「海外ブランチ」の設置に加え、
「国際シャトル計画」によっ
研究手法の改良・開拓などを行い、電気的性質の第一
て、大学院生などの若手研究者を海外の大学あるいは
原理測定を開拓しています。弱い相互作用によって支配
研究所に中長期(数ヶ月~1年程度)派遣し、共同研究
される分子性固体の電子論の学理を構築するとともに、
を実施するとともに人間相互作用空間の学外拠点構築
対局にある強い相互作用(強相関系)における電子論
を図っています。派遣先の研究機関では、将来の共同
を含めた総合的な議論を行い、低次元物性からスピン
研究あるいは連携の可能性も探り、海外での共同研究
関連物性にいたる有機分子物性の新たな展開を切り開
を積極的に推進し、国境のない教育を実施しています。
きます。デバイスグループでは、有機電界効果トランジ
「院生の準教員化計画」では、職員宿舎の優先貸与、
スタ研究の創始者としての先見性を生かし、さらなる新
入学・授業料免除によって、院生の生活保障をベースに、
規有機デバイスの開発に取り組んでいます。また量子効
基礎学力、専門性、国際競争力の育成を行っています。
果、生体分子デバイスをも視野に入れ、基礎物性グルー
また「国際コミュニケーション能力開発」により、学生
プにおいて見出された知見の迅速なる融合を図っていま
の能力に応じたクラスにわけ、ネイティブ講師による英
す(図 2)
。
会話スクールを開講しています。また「フレックスタイ
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
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21
図 2
22
グローバル COE で取り組む研究ならびに教育体制の概要図
有機エレクトロニクスの総合的な理解へ向けて、理論・基礎物
性・デバイス応用の各観点から、多角的かつ斬新な展開を行う。
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
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ム」の英会話スクールも開講しています。また 10 年以
上にわたり高校生の啓発・育成を培ってきた「先進科
学プログラム(17 才飛び入学)」における実績を踏まえ、
新たに「先進科学大学院プログラム:先進国際コース」
によって博士後期課程への「海外からの早期入学」の
道を開拓しています。
4. おわりに
本拠点の研究には、物理学、化学、電子工学などの
既存の学問の枠組みを超えることが必要です。その雰
囲気は、挑戦力に富み、かつ従来とは異なる創造性を
有する若手育成の場となります。工学部ナノサイエンス
学科などでの大学生活 4 年間にその雰囲気の第一段階
を経験し、大学院融合科学研究科ナノサイエンス専攻・
ナノ物性分野で一層発展した教育を受けます。新天地を
開拓する勇気と意欲のある若者を歓迎します。
ナノサイエンス学科 URL:
http://adv.chiba-u.jp/nano/nano-students/
お問い合わせ
千葉大学 大学院融合科学研究科
グローバル COE 事務局
〒263-8522 千葉県千葉市稲毛区弥生町 1 番 33 号
TEL:
043-207-3891
E-mail: gcoe-tf@office.chiba-u.jp
URL:
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
http://www.gcoe.tf.chiba-u.jp/
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免疫システム統御による革新的治療法の開発を目指して
千葉大学グローバルCOEプログラム
免疫システム統御治療学の国際教育研究拠点
拠点リーダー・教授
千葉大学 大学院医学研究院
はじめに
中山 俊憲
卓越した国際教育研究拠点を形成し、難治免疫関連疾
患(アレルギー、がん、血管炎、動脈硬化など)を対象
千葉大学では、平成 20 年度から「免疫システム統御
にした治療学研究を推進します。これらの研究活動を通
治療学の国際教育研究拠点」というプログラム名でグ
して、
ローバル COE(Center of Exellence, G-COE)プログラ
1.免疫システム統御と免疫治療に関する統合的な知
ムを推進することになりました。千葉大学大学院医学研
識と方法論を修得し、新たな視点から独創的な研
究院と薬学研究院、そして、理化学研究所免疫・アレ
究を遂行する能力
ルギー科学総合研究センター、放射線医学総合研究所
が共同で拠点を形成します。免疫システムの研究、そ
の統御による難治免疫関連疾患の治療に関わる研究開
2.領域横断的なアレルギー総合臨床治療研究やがん
臨床治療研究を行いうる能力
3. 国際舞台で活躍する能力
発を行い、この研究活動を通して治療学研究を担う若
若手治療学研究者がこのような能力を有することが出来
手研究者の育成を目指します。17 名の事業推進担当者、
るよう育成していきます。
コーディネーターが中心となり拠点を運営し、G-COE
基礎研究の成果の臨床応用は、千葉大学医学部附属
独立助教、G-COE フェロー、G-COE 大学院生、アニュ
病院内の臨床試験部と未来開拓センターを中心に行い
アル・ベストリサーチ・アワード、G-COE-CVPP(Chiba
ます。これまでの卓越した臨床研究の実績によって、医
Visiting Professor Program)
、免疫システム統御治療学
学部附属病院は平成 19 年から全国 10 箇所ある「治験・
講座の設置など、国際舞台で活躍できる人材育成のた
臨床研究の推進をはかる中核病院」に指定されていま
めの数多くのユニークなプログラムが用意されています。
す。連携して拠点を形成する理化学研究所免疫・アレ
これらのプログラムを通して世界的治療学研究者の育成
ルギー科学総合研究センター(理研免疫アレルギーセン
システムの確立、新規の治療コンセプトの世界への発信、
ター)とは、教育上
(連携大学院)のみならず、アレルギー
トランスレーショナルリサーチ・臨床試験・治験などの
の治療シーズを実用化すべく共同でトランスレーショナ
加速化とともに、これらに携わる人材育成と指導者の
ルリサーチを積極的に進めます。平成 19 年からは「千
輩出を目指しています。
葉大学 - 理化学研究所研究者交流協定」を結び、若手
拠点の概要
研究者の施設間交流を強化してきましたが、理研の場
を利用して千葉大学の大学院生や若手研究者の育成を
アレルギー疾患は国民の 3 人に 1 人が罹患している
加速化させます。放射線医学総合研究所(連携大学院)
にもかかわらず、対症療法がほとんどで未だに根治療
は、世界 No.1 の重粒子線治療の実績を持つ先進的が
法が開発されていません。がんは国民の 3 人に 1 人が
ん治療研究施設で、千葉大学と密接に連携して 21 世紀
死亡する原因となっており、患者の高齢化に伴い良好な
COE プログラムを推進してきました。本拠点では、連携
QOL の得られる低侵襲治療法の開発が求められていま
して重粒子線治療と免疫細胞療法の併用という世界で
す。アレルギー疾患やがんは、生体内で巧妙に調節さ
初めてのアプローチを中心としたがんの低侵襲治療法の
れている免疫システムのアンバランスや破綻によって発
開発研究と若手人材育成を行います。
症する、という共通の病因論的特徴があり、これらの
疾患の発症機序に関してこれまでに免疫学は分子・遺
研究活動
伝子レベルで膨大な研究成果をあげてきました。その
千葉大学大学院医学研究院は、日本でトップレベル
結果、
「免疫システム統御」という視点に立脚した疾患
の実績のある免疫学・アレルギー学の基礎研究者に加
治療法を開発できる段階に至っています。そこで、世界
え、高度のアレルギー治療研究を行いうる専門家集団
でも例をみない免疫システム統御による治療学に関する
(内科、小児科、耳鼻科、皮膚科など)を形成しています。
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日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
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また、がんの治療研究について 21 世紀 COE プログラム
等)の免疫細胞を標的とした制御と治療法の研究
を継承した形での研究体制を取っています。研究活動と
開発を行います。
このように免疫システムの関与する疾患に対する臨床
しては以下のようなことを中心に行っていきます。
1.免疫システムの統御機構の研究、疾患ゲノミクス、
ファーマコゲノミクスや薬物動態学研究等の基礎研
研究を推進し、新しい治療学分野を樹立します(Figure
1)。
究:免疫記憶の制御に関して新しい概念を提唱し、
そこから免疫関連疾患の治療コンセプトの提示を
大学院・ポスドク教育
行います。また、自然免疫系の NKT 細胞による免
領域横断的な公募によって関連領域の大学院生を
疫制御機構の解析と治療シーズの発見、免疫系ヒ
G-COE 大学院生として支援を行い、拠点プログラムに
ト化マウスによるヒトの免疫系解析の基盤技術の
参加してもらいます。G-COE 大学院生については指導
開発を行います。
教授の他に 2 名の関連分野の教員が担当となり、総合
この基礎研究から生み出される最新の研究成果
(エ
的な指導を行います。研究プロポーザルを審査し「萌芽
ビデンス)に基づいて、臨床研究を中心に以下の
研究レベルの独自研究資金」を与えるとともに、特に
ような展開を図っていきます。
優秀な大学院生にはアニュアル・ベストリサーチ・アワー
2.免疫システム統御によるアレルギー予防・治療法の
ドを授与し、研究へのモチベーションを高揚させます。
開発研究:スギ花粉症をターゲットにした臨床試験
COE フェローを選定し雇用するとともに、G-COE 実施
等を積極的に実施します。また新規薬剤の薬物代
統括本部が直接、助言や成果報告の評価を行います。
謝、動態学研究を行います。
大学院生・若手研究者の国際化教育の推進のため、す
3.がんに対する免疫細胞療法の開発研究:肺癌・頭
でに独自に実施している CVPP(海外から 12 名の客員教
頸部癌を対象にして、NKT 細胞に焦点を当てた免
授、准教授が参画し、学生や若手研究者、教員が相互
疫細胞療法の開発を行い、いくつかの治療法は先
滞在をするプログラム)を理研免疫アレルギーセンター
進医療として社会に還元することを目指します。 ま
や放射線医学総合研究所の独自プログラムと融合させ、
た重粒子線治療と免疫細胞療法の併用治療を行
G-COE-CVPP として発展させます(Figure 2)。
い、低侵襲の新規治療法の開発を目指します。
CVPP
4.免疫システムの関与する心血管疾患の発症機序と
制御法に関する研究:免疫システムの関与する心血
千葉大学大学院医学研究院では、独自に外国の研
管疾患として動脈硬化、心筋梗塞、難治性血管炎
究機関との連携 体制:CVPP(Chiba Visiting Professor
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CVPP(Chiba Visiting Professor Program)
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Figure 2
Program)を構築し、大学院生や若手研究者の国際化
G-COE ワークショップ、2 月 22 日に第 2 回 G-COE ワー
教育を取り入れた若手研究者育成を推進してきました。
クショップを開催し、その中で多くの若手研究者も発表
CVPP を G-COE-CVPP として発展させ、大学院教育や若
を行い、活発な討論が行われました。
手研究者育成に関してさらなる国際化の加速、グロー
バル化を図ります。カリフォルニア大学、ワシントン大学、
終わりに
コロラド大学、ハーバード大学、La Jolla Institute for
免疫システムの統御という観点から新規治療法の開
Allergy and Immunology(LIAI)、Benaroya Research
発研究を行う我々のプログラムに興味のある学生、大学
Institute、National Institute of Health(NIH)に所属す
院生、若手研究者の方々は是非、千葉大学の我々の拠
る研究者を中心に 12 名でスタートした G-COE-CVPP は、
点「免疫システム統御治療学の国際教育研究拠点」に
現在 18 名の客員教授、客員准教授が参画しています。
お越し下さい。なお、詳細は下記のホームページで随時
これらの教授陣が所属する複数の施設および中国を含
最新の情報を公開しておりますので、是非アクセスをし
むアジアの大学とは施設間協定も結び組織的に交流を
てみて下さい。
行います。これまでの CVPP の活動は、参画している客
http://www.isrt-gcoe-chiba.jp/
員教授・准教授が毎年数日から 2 週間千葉大学に滞在
(文責 本橋 新一郎)
し、講演 ・ 研究討論 ・ 少人数ワークショップ等を行い、
大学院生(演習の単位として認定)・ポスドクが独自の
研究内容を発表し、アドバイスを受けています。 さらに、
本 G-COE 拠点では、大学院生・ポスドクが客員教授・
准教授の施設を中心に 2 週間から 3 ヶ月の短期の海外
研究滞在を行って、国際的な環境下での研究活動を早
期から実体験しています。大学院生やポスドクの知の研
鑽のため 2-3 年の長期派遣も行います。さらに CVPP コー
ディネーターを中心に、若手研究者が積極的に参加で
きるプログラムを備えた国際シンポジウム・ワークショッ
お問い合わせ
千葉大学 医学部
グローバル COE 事務局
〒260-8670 千葉県千葉市中央区亥鼻 1-8-1
TEL:
043-226-2515
プを毎年企画立案し実施します。すでに 2009 年 1 月 6
E-mail: igaku-gcoejimu@office.chiba-u.jp
日に第 1 回 G-COE シンポジウム、1 月 7-8 日に第 1 回
URL:
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材料イノベーションのための教育研究拠点
東京工業大学グローバルCOEプログラム
材料イノベーションのための教育研究拠点
拠点リーダー・教授
東京工業大学 大学院理工学研究科
竹添 秀男
1. 拠点形成の目的
2. 研究活動
革新的な材料技術は、これまでも人間社会に大きな
本拠点の研究における大きなミッションは、国際的に
恩恵をもたらしてきました。我が国では材料プロセスに
きわめて重要な環境・エネルギー・人口問題等解決にブ
関する周辺技術とナノレベルでの材料評価技術が、バラ
レークスルーを与えるような材料イノベーションを引き
ンスよく成熟しており、その結果、現在、材料科学分野
起こすことです。そのために、本学の材料分野のあらゆ
において世界の学術研究をリードするに至っています。
る領域・フェーズを網羅する教員群を有する強みと今ま
その材料科学分野において、本 G-COE プログラムでは、
での実績を生かし、①「情報・エレクトロニクス」分野、
21 世紀 COE プログラム「産業化を目指したナノ材料開
②「環境、エネルギー」分野、加えて③「ナノ計測・ナ
拓と人材育成」
(拠点リーダー:細野秀雄)の成果をさ
ノ制御」分野の 3 分野に関する課題を中心に据え、研
らに発展させることを目指しています。すなわち、近年
究を推進しています。メンバーの多くは産業界の経験や
ますます高度化するナノ材料科学のベースとなる分野横
海外留学経験も豊富で広いグローバルな視野を有してお
断的な基礎学力とともに、国際化がすすむ材料産業を
り、これら多彩なメンバーを分野横断的に上記の 3 分
リードするためのマーケッティングリサーチ力と優れた
野に分け、全員がそれぞれ異なる専門、経験を踏まえ
コミュニケーション力を兼ね備えた、世界に通じる高度
て協力、情報交換を行いながら研究しています。この
な人材を育成します。外に向けては、材料分野の産業
ように材料系を横断した研究チームを編成することによ
拠点として世界的に重要性を増している中国、韓国等の
り、足し算ではない相乗的効果が期待できるのです。
アジア圏諸国と協力し、また、つくば地区の研究機関
また、研究面ではオリジナリティで世界のトップを狙
と連携し、材料分野における世界トップレベルの教育研
うだけでなく、材料イノベーションを引き起こし世界に
究拠点を形成し、それを積極的に世界に発信します。
その研究の潮流を引き起こすような組織的な展開を行う
必要があります。そこで、ナノテク材料研究から得られ
具体的な目標、成果
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た成果を世界の潮流とするために、関連研究で台頭が
術研究機関への積極的な雇用・定着を図るよう努力
著しい中国、韓国、シンガポール、香港をはじめとする
します。
アジア各国と親密な連携を展開し、本学を中心に欧米
・独自の研究シーズの産業化
を越える世界材料拠点形成のためのグローバルな研究
産業化には企業との連携も不可欠です。そこで、
展開を図ります。
PM コースの活動(後述)、産業界との交流等を通じ
具体的には以下の各項目を中心に進めています。
このプロジェクトから産業化につながる成果が輩出さ
・アジア圏を中心にした材料系学術 雑誌、NPG Asia
れるように一層の努力をします。
Materials の内容の充実
3. 人材育成
材料系学術雑誌、NPG Asia Materials(NPG)を創
刊し、アジアの材料研究のアクティビティを世界に発
(1)求められる人材
信します。さらに、本学がアジアに位置する材料科学
我が国の科学技術を真にリードできる博士号を持った
研究の世界的メッカとしての地位を確立するよう活動
人材に要求されるのは、社会性・有用性・事業性などの
を加速させます。
(NPG Asia Materials : http://www.
グローバルな観点から「何を研究したらよいのか」を設
natureasia.com/asia-materials/)
定できる、研究の「マーケティングリサーチ力」のある
・共同研究の展開
人材です。この目標を達成するために、世界トップレベ
これまでに 10 名程度の博士課程学生、若手研究
ルの専門的研究に従事させるのと並行して、以下のよう
者を受入れ、大きな共同研究に発展しています。今後
な学習プログラムを設定します。
も博士後期課程学生を含む若手研究者を巻き込んだ
①研究成果が事業化されるまでの手法とプロセスを身
共同研究を積極的に展開します。
につける講義と演習
②国際的なコミュニケーション力をつけるための小人数
・
「国際的なフォーラム」の開催
国際的なネットワークの構築と研究活動の国内外へ
によるコミュニケーションスキル演習
の情報発信を目的とし、本 G-COE 成果とそれに関連
③材料工学の基礎を横断的に学ぶ一連の新設講義
した分野横断的なトッピクスを取り上げ、全世界の一
④国内外インターンシップ
流の研究者を招待します。
⑤海外留学を履修可能科目に設定
これらにより、個々の学生の適正と将来のキャリアパ
・留学生や短期招聘研究員等の形で学生や研究者を受
スを見据え、科学コミュニティーばかりでなく社会の中
け入れ
特に優れた成果を収めた者は学位取得後、国内学
の global な視野に立って研究の問題設定ができる人材
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の育成を目指します。具体的には優れた博士論文を完
(AIST)、物質材料研究機構(NIMS)が中心となりアジ
成することはもちろんのこと、自分の研究成果やその事
アの材料研究における 13 の拠点国との合同の研究・教
業化計画を英語で議論できる能力を持つ人材の育成が
育プログラム 「アジアナノフォーラム」 の一貫として “ ア
目標です。
ジアナノテクキャンプ ” を開催しています。このキャンプ
にはパシフィックリムの 12 カ国からナノテク分野の博士
(2)博士課程カリキュラムの紹介
学生・若手研究者 30 名を招待し、本 G-CEO の博士学
[ ナノマテリアルイニシアティブ(NI)コース ]
生とともに筑波、東京、名古屋の 3 会場を回り、連携
本学材料系の有機・高分子物質専攻、材料工学専攻、
先機関の若手研究者も交えたセミナー、ワークショップ、
物質科学創造専攻、材料物理科学専攻の 4 専攻の博士
先端企業との交流、研究発表と議論を 18 日間に渡って
課程学生を対象に、既存の学問領域や材料にとらわれ
行い、アジア諸国の優秀な人材との若手・学生レベル
ることなく 「材料をナノスケールにした場合に何が起こ
での交流やネットワーク構築に有効な機会を与えていま
るか!」 というナノ材料学に関する横断的、普遍的な理
す。
解を “ 物理的視点 ”、“ 化学的視点 ” および “ 分析評価
の視点 ” から与える、
新たなナノ材料教育の基本カリキュ
4. 終わりに
ラムを構築し、それぞれの視点に関する 3 つの英語に
世の中には、膨大な数の物質が既にあり、現在も新
よる授業をおこなっています。現在、このカリキュラムに
たな物質が創られています。このような物質が、人間
沿った標準的かつ国際的教科書 “Nanoscale Physics for
社会に直接役に立つようになったとき「物質」は「材料」
Materials Science” を英語で出版する計画を進めていま
になります。そして、技術の大きな進展はしばしば「材料」
す。
の革新(イノベーション)から成し遂げられます。資源、
[ プロジェクトマネージング(PM)コース ]
環境、エネルギーという現代の技術課題に挑戦するた
博士課程の学生に社会的・経済的な視点からナノ材
めに、我々は「ナノ構造」を共通の基盤として材料の
料技術の開発研究を眺められる能力を与えるべく、ベン
イノベーションを目指しています。
チャーキャピタルや商社など経営のプロの学外教員によ
教育面では革新的な材料を生み出す基礎となる研究
る寺子屋方式の実戦的な授業カリキュラムを提供し、現
能力と、自分の研究をビジネスとして昇華するための基
存の技術を元にプロの眼鏡に適うレベルの事業提案書
礎知識を身につけ、将来、社会に貢献することのできる
が作成できるまでの能力開発を目的としています。
人材を育成し、研究面では、最近、急成長しているア
ジアの教育、研究拠点との積極的な協力を考えていま
上記コースの博士課程学生に対し、少人数クラスを複
す。これによって、東工大を世界の材料研究のトップに
数設定し、国際的に活躍できる人材育成に欠かせない
押し上げ、アジアに欧米を越える教育、研究の拠点を
コミュニケーションスキルを自分の研究内容が専門外の
形成することがこのプロジェクトの狙いです。
方にも理解してもらえるようにコミュニケートできるレベ
プロジェクトを推進するにあたり、意欲のある学生、
ルまで高める実戦的なカリキュラムを、日本語・英語両
若手研究者を歓迎します。詳細はホームページ(http://
面に渡って施行しています。これまでに本学の博士課程
www.matgcoe.op.titech.ac.jp/index_j.php)をご覧く
の学生の海外国際学会参加、有力研究拠点への留学、
ださい。
Global-COE
海外有力拠点からの博士課程学生、若手研究者の招聘、
NANOMATERIALS
さらに、中国清華大学の大学院学生と本学博士課程学
生が 3 日間合同で研究成果を議論しあう Tokyo-Tech Asia Materials Week や、北京化工大学との連携交流シ
in ASIA
お問い合わせ
ンポジウムなどを通して、博士学生・若手研究者の海外
東京工業大学 大学院理工学研究科
との交流を積極的に支援し、国際交流を推進する機会
大岡山事務局
を積極的に提供しています。
〒152-8552 東京都目黒区大岡山 2-12-1 S8-42
TEL:
(3)アジアナノテクキャンプ
本 G-COE の 連 携 先 で あ る 産 業 技 術 総 合 研 究 所
03-5734-2436
E-mail: [email protected]
URL:
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
http://www.matgcoe.op.titech.ac.jp/index_j.php
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29
情報通信による医工融合イノベーション創生
横浜国立大学グローバルCOEプログラム
情報通信による医工融合イノベーション創生
拠点リーダー・教授
横浜国立大学 大学院工学研究院
河野 隆二
1. 拠点形成目的と概要
今日、先進国を中心に少子高齢化に伴う医療施設・
従事者不足、医療過誤、医療費高騰、地域格差などが
深刻な社会問題となっています。こういった問題を解決
するためには、医療と工学の両方に精通した科学者・
技術者・医師が不可欠です。
またそのためには、医工融合教育の推進をはかる必
要があります。本拠点では医療の効率化と高度化、日
本が誇る世界最先端の情報通信技術(ICT)と社会的な
要請の高い先端医療を融合する新領域「医療 ICT」の実
現とそのための人材育成を目的とし、特に人体を取り巻
く情報通信「ボディエリアネットワーク(BAN)」をコア
生体・医療の融合領域に関する教育研究を行っています。
技術に据えて教育研究を推進し、かかる問題を解決す
連携機関の間では、様々な人材交流があり、本学の未
べくイノベーションの創生を目指しています。
来情報通信医療社会基盤センタ-(MICT センター)と
2. 組織
本プログラムでは、教育・研究・管理・倫理・ビジネ
の共同研究の推進が今後も予定されます。この連携に
よる利点を活かし産学官連携コンソシアム主宰による標
準化・法制化の主導などにも取り組んでいます。
スの調和がとれたグローバル拠点の形成を目指してお
り、そのため、卓越した複数の専門機関の連携により
3. 教育
組織されています。すなわち、横浜国立大学が中心母
医工融合科学技術をリードし、医療 ICTのイノベーショ
体となり、
横浜市立大学、
情報通信研究機構
(NICT)、フィ
ンを創生する世界最高水準の科学者・エンジニア・医師
ンランド・オウル大学と連携し、情報・デバイス・メカ・
の育成を目指す本拠点の教育には、以下の 4 つの特長
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日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
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4. 研究
があります。
(1) ダブルレジデント制を実施
本拠点では「医療 ICT」のイノベーションを創生するた
医工にまたがる知識を有する ICT 応用志向医師・医
め、ボディーエリアネットワーク「BAN」に関わる情報・
工エンジニアを育成するため、ダブルレジデント制を実
通信・デバイスをコア技術として、情報、デバイス、メカ、
施しています。この制度は、ある研究グループに所属す
生体、医療の 5 つの技術分野が総合的に協力し、研究
る博士課程の学生が他のグループで指導を受けるもの
を進めています。
で、異なる方法論や総合力を身につけることができます。
「ボディエリアネットワーク(BAN)」は、人体内部の
(2)PED 大学院教育制度(π 型教育の略)の拡充
技術:
「インプラント BAN」、人体のまわりの技術:
「ウェ
本学では、各専門モジュールに実務者教育を行うス
アラブル BAN」、ネットワークとの統合技術:「ユビキタ
タジオを設置し、学生が複数のモジュールを履修する
ス医療」に細分化されます。
PED 大学院教育制度(π 型教育の略)を日本で初めて導
これらの研究により具体的に目指すところは、人体内
入しました。これを拡充し、複数のモジュールを海外機
外に配置されたセンサーやアクチュエータを BAN によっ
関との間で構成し、実践教育を実施します。加えて、国
て連動させた医療システムの構築、地上・衛星ネットワー
際インターンシップを推進し、博士号取得後、海外の機
クインフラによる情報の共有・処理・解析を駆使した効
関に就職するキャリアパスを形成します。
果的な健康診断、病気の予測や予防、ドラッグデリバ
(3) ペアリング制の導入
リーなど常時医療、ユビキタス化など総合環境の形成
医療 ICT を目指す学生や若手研究者の自立支援のた
です。
めに、専門分野が異なる学生同士が相互にメンターとし
もっとも、技術面だけでは真の形成は不可能です。そ
て影響しあいながら共同研究を行うペアリング制を導入
こで技術面に止まらず、これらを可能にする医事・薬事
し、これを経済的にも支援します。
法、電波法などの整備、技術の標準化に向けた活動も
(4) ダブルディグリー制の導入
行っています。
優れた学生を集め、育成するために、工学と医学の
研究の進め方としては、 研究活動を基礎から応用に
博士号を効率的に取得できるダブルディグリー制の導入
向けて 3 つの階層に分類し、組織的に推進しています。
を目指します。
3 つの階層とは、(1) BAN コア:BAN の高度化に必須
な基礎理論と基礎技術の研究、(2) BAN ペリフェラル:
BAN アプリを実現するために必須な融合理論と融合技
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術の研究、(3) BAN アプリ:BAN 技術に基づく新たな医
gcoe.mict.ynu.ac.jp/)をご覧下さい。
療システムとサービスの応用研究、臨床導入、倫理検証、
また本プログラムを推進していくにあたり、皆様のご
産業化です。
支援をよろしくお願い申し上げます。
最終的には、以下のような分野でイノベーションの創
生を目指しています。
◦医療情報ネットワーク構築
◦ MRI 癌治療
◦介護用パワーアシストロボット
◦体内インプラントナノセンサーロボット
◦遺伝子発現ネットワーク解析
◦分子マーカー診断
◦生体情報セキュリティ
◦ 2D、3D 医療画像情報処理
◦徘徊老人保護システム
5. 最後に
このプログラムは 21 世紀 COE プログラム「ICT に基
づく未来社会基盤創生」の成果を医療社会基盤に発展
的に集中し、本学の卓越した情報通信、デバイス、メカ、
生体、情報処理の工学分野、横浜市立大学の臨床医療
お問い合わせ
分野を融合し、医療 ICT に関する世界最高水準の先端
横浜国立大学 大学院工学研究院
研究を通じた教育研究を行っています。それにより、優
グローバル COE 事務局
れた人材の育成を図り、研究の成果を上げつつあります。
〒240-8501 神奈川県横浜市保土ヶ谷区常盤台 79-5
そしてさらに、将来につながる教育・研究へと発展して
TEL:
いくことを目的にしております。興味と意欲のある学生
E-mail: [email protected]
の募集等も行っております。詳細はホームページ
(http://
URL:
32
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
045-339-4112
http://gcoe.mict.ynu.ac.jp/
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分子性機能物質科学の国際教育研究拠点形成
―名古屋から世界へ、世界から名古屋へ―
名古屋大学グローバルCOEプログラム
分子性機能物質科学の国際教育研究拠点形成
名古屋大学 大学院理学研究科
はじめに
拠点リーダー・教授
渡辺 芳人
(Center of Excellence = COE)プログラム」に全国で
唯一の化学分野の拠点として選ばれ、その実績により、
化学は、物質世界への深い洞察と実験的試行を繰り
1998 年に「物質科学国際研究センター」が発足しまし
返すことによって、脈々と築き上げられてきた基幹学問
た。さらに 2000 年には物質理学専攻が「教育研究拠
であり、常に物質科学研究のフロンティアです。さらに、
点形成支援経費(教育 COE)」に採択され、図書の充
物理学や生命科学と連携して研究分野を拡大創出し、
実や修士課程の教育体制整備など、大学院教育の充実
現代社会の発展を支える機能性物質を生み出し続けて
が図られました。2002 年からは 21 世紀 COE プログラ
います。21 世紀初頭を迎えた現在、この潮流はますま
ム「物質科学の拠点形成:分子機能の解明と創造」を
す大きなものとなりつつありますが、その発展は地球環
実施し、成果をあげています。一方、工学研究科化学・
境との調和や社会倫理との整合性の上に立ち、グロー
生物工学専攻(応用化学分野)は、21 世紀 COE プロ
バルなものでなければなりません。また、このような化
グラム「自然に学ぶ材料プロセッシングの創成」の研
学の発展を牽引し得る「人材」の育成こそが、緊急の課
究テーマ「階層構造制御プロセス」で主要な役割を果
題となっています。
たしてきました。
こうした認識のもと、本拠点では、
さらに 2005 年からミュンスター大学と博士課程学生
◦分子性物質科学における新たな研究の潮流を作りだす
の共同指導を行う連携事業を開始し、博士課程学生の
◦分子性物質科学における国際的なリーダーを育てる
派遣と受入れを実施するなど、国際的な教育研究拠点
◦国際的に開かれた教育・研究環境の醸成
として機能し始めています。
の 3 つを目標とし、
「名古屋から世界へ、世界から名古
研究の 4 つの柱
屋へ」をキーワードに、国際的な化学研究ネットワーク
のハブ拠点を確立することを目指しています。
名古屋大学における化学研究と教育
これからの時代を切り拓く化学の方向性や、対象とす
べき分野の広がりや境界領域を模索する中で、環境へ
の負荷を低減するグリーンケミストリー、化学の視点か
2001 年の野依良治教授、2008 年の下村脩博士のノー
ら生命科学に迫るケミカルバイオロジー、フラーレン等
ベル化学賞受賞に代表されるように、名古屋大学の化
のナノ構造体を創り、活かすナノサイエンス等の重要性
学分野は、長年にわたり世界に冠たる研究成果を生み
がますます増大してきています。本拠点のスタッフはこ
出してきました。
れらの分野の研究を先取りし、完全化学反応を達成す
本拠点の基盤となる理学研究科物質理学専攻(化
る分子触媒の開発、超炭素鎖生理活性物質の探索、有
学系)は、1995 年から実施された「中核的拠点形成
機金属酵素の設計、二層カーボンナノチューブの発見と
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応用、光学活性高分子らせん構造体の合成、有機エレ
⑶地球環境との調和や社会倫理との整合性を意識し、
クトロニクス材料の開発等の成果を上げ、物質科学の研
自らの学術研究活動について、人類社会における位
究において世界を先導してきました。
置づけや影響を的確に把握し、社会に発信できる人
本拠点では、新規物質機能の創出と生命機能の理解・
材。
設計を中心的命題とし、以下の 4 つの研究チームがそ
れぞれの達成目標を設定し研究を推進しています。さ
これらの教育を実践するために以下のようなプログラ
らにチーム間の共同研究を推進し、分野間融合により、 ムや支援体制を整えています。
分子性物質科学における新たな研究の潮流を作り出し
◦多様なセミナー
柔軟な発想や高い社会性の涵養を目指した特徴的
ています。
で多彩なセミナーを実施(専門領域のセミナー/異
⑴物質化学と生命化学の基盤としての物質創製を支え、
環境負荷を抑え、有機および無機化合物、有機金属
化合物などを自在に合成し、新たな価値を生み出す
精密を究める合成化学。
⑵高分子や超分子、有機−無機複合高次系の構築など、
機能分子から生体分子まで自在に操り、一次構造制
分野のセミナー/セミナー「社会と科学」/キャリア
パスセミナー/実践英会話教室)
◦リサーチプロポーザル
院生が自らのアイデアを実践できる「若手自立的研
究」の設置、そのグラントへの応募
◦若手研究会
御、階層的自己組織化などにより究極の物性・機能
院生・ポスドク・助教が計画する研究会、シンポジ
を創出する高分子科学。
ウム
⑶フラーレン、カーボンナノチューブなど、ナノサイズの
新規物質の創造と機能設計をめざすナノ分子科学。
また本拠点では、理学研究科と工学研究科の連携に
精密電子構造解析によって物質機能の根源を明らか
より、低分子から高分子、ナノ物質から生体関連物質に
にした上で、ナノチューブや電子機能性分子などを素
およぶ総合的な分子機能研究が可能となり、より総合
材にした分子エレクトロニクスの化学を発展させる。
的かつ統一的な化学教育を行うことによって “ 高い専門
⑷生理活性天然物の作用機序の解明、タンパク質の一
性 ” と “ 広い視野 ” を持つ研究者を育成します。
生を司る輸送現象と機能化、人工酵素の設計など、
国際化の取り組み
生命現象の複雑性に斬り込むための化学の視点を貫
く生命科学。
化学研究ネットワークのハブ拠点として機能するには、
人材育成・教育
国際的に開かれた教育・研究環境が必要であり、国際
交流のためのコミュニケーション技術の向上、優秀な外
次世代の研究リーダーには、高度な専門知識と関連
国人大学院生の留学支援、英語による授業、英語リテ
分野の幅広い基礎知識の修得、未踏の領域や学際分野
ラシー教育の整備、海外の大学院との連携、外国人教
に対して専門知識を活用・応用する能力、高い倫理観
員の採用などを通じて、国際性の高い大学院教育の実
と社会性等が求められます。そのため、
「社会性」、
「自
現を目指しています。
立性」
、
「国際性」に重点を置いた教育研究によって、 分子性機能物質科学における国際的リーダーとなる、
以下の人材の育成を目指します。
国際的研究ネットワークにおけるハブ拠点の形成
◦研究者招聘と派遣
⑴物質科学の高度な専門知識とともに、周辺の物理学
広い分野の一流外国人研究者を短・中期間招聘す
や生命科学の十分な基礎的知識を有し、これらの専
る一方、博士課程学生を含む若手研究者を海外の
門知識の活用と応用により、新しい研究分野を切り
研究拠点に 1 ヶ月以上の中・長期間派遣することに
拓くことができる人材。
より、研究の視野を広げ、新たな領域へ斬り込む
⑵国際的な学術研究活動に不可欠なコミュニケーショ
ン能力と自立性を身につけ、合議と協調をもとにリー
34
開拓者精神を涵養する。
◦国際会議開催
ダーとして研究グループや研究分野を統括・先導でき
国際会議と国際ワークショップを開催し、最新の研
る人材。
究情報の交換と、研究交流の場とする。
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◦教員人事・博士研究員の採用
シガン大学等と人事交流や共同研究を行っている。
研究環境の多様化の一貫として、研究推進特任助
今後、TATA 研究所(印)、NIST 研究所(米)、グ
教授や外国人博士研究員を、多様なチャンネルを
ロニンゲン大学(蘭)等とも連携し、国際的な研
活用して国際公募により採用している。
究交流・連携事業を拡大する。
◦海外大学院等との連携
◦外国人客員教授
前述のミュンスター大学との日独共同大学院プロ
物質科学国際研究センター外国人客員教授枠を活
ジェクトにより、博士課程学生の中・長期相互派
用し、長期滞在研究者(6–12 ヶ月)との共同研究
遣や若手教員の教育研修派遣を実施する一方、ミ
を積極的に実施する。
お問い合わせ
名古屋大学 大学院理学研究科 物質理学専攻(化学系)
グローバル COE 事務局
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町
TEL:
052-789-2954
E-mail: gcoe-offi[email protected]
URL:
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
http://gcoe.chem.nagoya-u.ac.jp/index_j.php
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システム生命科学の展開
―生命機能の設計―
名古屋大学グローバルCOEプログラム
システム生命科学の展開:生命機能の設計
名古屋大学 大学院理学研究科
拠点紹介
拠点リーダー・教授
近藤 孝男
能の解明、ゲノム情報に基づいた育種技術などにより「生
命機能を設計する」ことまで視野に入ってきました。そ
名古屋大学グローバル COE プログラム「システム生命
のような新時代の生命科学をリードしていくには、従来
科学の展開:生命機能の設計」は、2007 年にスタートし、
の分子生物学の基盤の上に、分子構造解析、情報理論、
理学研究科生命理学専攻の 9 研究室と、生命農学研究
数理解析を融合させた研究法をとることが不可欠です。
科の 3 専攻(生物機構・機能科学専攻、応用分子生命
て教育・研究に取り組んでいます。
システム生命科学とは
-名古屋大学 GCOE におけるシステム生命科学-
本拠点では「勇気ある知識人の育成」と「世界屈指の
本拠点ではプログラム名称に「システム生命科学」と
知的成果を創出」という名古屋大学の理念・長期目標
いう言葉を用いています。
を実現するため、未知の分野に対し高い適応能力を持
ただしこの言葉は、現状では様々なとらえ方があるた
ち独創的な研究を行える研究者、高度専門技術者を育
め、本拠点で意味する「システム生命科学」の定義を明
成することを目指しています。
確にしておきたいと思います。
科学専攻、
生命技術科学専攻)の 8 研究室の連携によっ
生命科学のこれから
本拠点では「システム生命科学」を「単なる分子の性
質からでは理解できない複雑な生命現象を、多数の因
この 30 年間の生命科学分野の研究は、遺伝子の単
子の相互作用が生み出す動態として理解し、それをあ
離とその機能解析に集中することによって多大な成果を
やつり応用する研究」であると考えています。
挙げてきました。しかし、ゲノム情報解読以後、生命科
例えば、電子回路を考えると、それを構成する各素子
学の研究対象は個々の遺伝子の働きから、多数の因子
(コンデンサー、抵抗など)それぞれの機能は単純です
の相互作用が生み出す複雑な「システム」としての挙動
が、それが特定の回路に組まれると、素子の機能をは
に移行しつつあり、ポストゲノム生物学の中心として「シ
るかに超えた機能(TV、ラジオなど)を持つようになり
ステム生命科学」の必要性が強く指摘されています。
ます。こうした回路設計のロジックを知ることが、シス
さらにシステム生命科学の進展、蛋白質の構造と機
テムの理解です。
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生命科学における例を挙げると、
や概念で果敢に取り組み、この分野を推進していきたい
◦タンパク分子と分子複合体
と考えています。
◦遺伝子と個体
新しい生命科学をリードする
◦細胞と臓器
◦神経細胞と脳
○システム生命科学を実践することは難しい
などのように、様々なレベルで「素子と回路」の関係が
理由: 分子構造解析・情報理論・数理解析を融合さ
存在します。どの例をとっても、素子の機能の理解なく
せたシステム生命科学の研究は、今日まで個別の遺
して全体を理解することは困難ですが、さらにシステム
伝子の解析に重点を置いてきた多くの生命科学者に
としての動態を理解するためには、多数の因子が相互作
とって、経験が乏しく、新規に導入するにはハードル
用することによって必然的に生ずる「複雑さ」にも対処
が高い。
しなくてはなりません。そのためには、これまでの分子
○なぜ名古屋大学で実現できるのか?
生物学的な方法の他に、統合的構造生物学、情報理論、
理由:2 つの研究基盤とその連携
数理解析等などの方法が必要です。
①システム生命科学の基礎
現時点では残念なことに、こうした分野にまたがる生
理学研究科生命理学専攻では、すでに「生命をシ
命科学者が少ないため、
「生命をシステムとして理解す
ステムとして理解する」ための基礎的な研究が実現
る」研究の成功例はそれほど多くはありません。しかし
しており、構造生物学の基盤も整ってきている。
ながら、本拠点が上記のように定義した「システム生命
②システム生命科学の応用
科学」が次世代生命科学研究の中心であることは疑い
生命農学研究科では、高等植物の基礎研究や農業
がありません。
的複雑形質の分子遺伝学的理解に基づき、生命シ
他方、現在、システム生命科学と認識されている研
ステムを設計・最適化する研究が進んでいる。
究の多くは、
「網羅的な分子情報収集」です。これらの
基礎・応用のシステム生命科学を推進する両研究科
研究の生み出す情報は極めて有益ですが、本拠点のシ
が連携することで、
さまざまなシステム生命科学のレパー
ステム生命科学には、敢えてこれを含めていません。そ
トリーを網羅した世界的レベルの研究拠点が構築可能。
れは、網羅的な分子情報収集は (1) 既に多数のプロジェ
クトが推進されている、(2) 研究所などのプロジェクト研
例えばどんな研究?
究として行う方がはるかに効率的、(3) データの産生自
拠点の各研究室で行われている研究内容は多岐にわ
体が目的のため、拠点での教育とはなじみにくい、とい
たっています。今回は、その中から拠点リーダーの近藤
う理由によります。本拠点では、多様な専門家の集合
孝男研究室での研究内容を紹介します。
体であり、若い学生・研究者の斬新な発想に恵まれて
いるという大学の強みを活かした生命科学を推進した
~概日時計の研究~
いと考えています。
地球上のほとんどすべての生物には、約 24 時間周期
システム生命農学の推進
の内因性の生物振動現象が見られ、これは概日(サーカ
ディアン)リズムと呼ばれています。これは、我々ヒトも
農業的に有用な生物の形質のほとんど全ては、その
含め、地球上の昼夜環境下で生活する生命が進化の過
生物自身の、あるいはその生物と自然環境との間にあ
程で獲得した生命活動調節のための細胞内基本装置で
る、複雑なネットワークから構築される複雑形質という
す。
ことができます。システム生命農学という学問は、前述
概日リズムは、以下の 3 条件を満たすことで、地球の
のシステム生命科学による解析、あるいはそこから生ま
自転に伴う環境サイクルへの適応体制として機能してい
れる生命の理解に基づいて、農業的に有用な形質を成
ると考えられています。
り立たせている生命システムに対して、さまざまな操作
1.自由継続性=外界の温度、光などの環境条件を一定
をして最適化することを目指す科学・技術です。本拠点
にした連続条件下に移しても約 24 時間周期で持続す
では、農業的に有用であるにもかかわらず、これまでは
る内因性の生物リズムである
複雑すぎて科学的なアプローチが困難であった生物学
的な形質に対して、システム生命科学という新しい手法
2.光位相同調性=明暗サイクルなどの環境周期に同調
することができる
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3.温度補償性=自由継続周期は温度に比較的影響され
にくい
力を生む機構を「システム(系)」と呼びます。工学的な
ものだけでなく、自然環境、生体活動、細胞機構など
近藤研究室では、この概日時計の仕組みを明らかに
もそれぞれシステムなのです。概日時計機構もシステム
し、概日時計が生物の生活をいかに豊かにしているか
の一つであり、細胞システムや生体システムなどより高
を理解したいと考え、研究に取り組んでいます。
次なもののサブシステムと見なすことができます。現在、
では、概日リズムを実現するためには、どのような機
バクテリア、菌類、昆虫類、高等動植物を用いて、世界
構が必要なのでしょうか?
中で概日時計システムの分子機構の解析が精力的に行
まず安定な約 24 時間周期の振動を生み出すための
われ、急速にその解明が進められつつあります。
装置が必要です。これを「振動体(oscillator)」または
近藤研究室では、シアノバクテリアの概日時計の研究
「時計(circadian clock)
」と言います。次に、この時計
により、図に示すように 3 つの Kai 蛋白質 [1] と ATP を
は外界の環境変化に応じて時刻の調整を受けることか
試験管内で混ぜるだけで安定した 24 時間振動が発生す
ら、なんらかの環境センサー(光受容体、温度受容機構)
ることを発見し、概日時計を初めて試験管内で構築する
から時計への情報伝達系が存在するはずです。これら
ことに成功しました。この発見は概日時計研究にとって
を総称して「入力系(input)」と呼びます。また、概日
コペルニクス的転回と言うべきもので、蛋白質がわずか
時計によって生じるリズム情報は「出力系(output)」と
なエネルギーで時間を刻むという全く新しい機能を持つ
呼ばれる出力経路を介して実際の細胞/個体レベルの
ことを意味しています。
生理活性リズムとして実現されます。
そこでそのメカニズムの解析を行い、Kai 蛋白質の複
一般に、入力となんらかの因果関係を持ちながら出
合体形成のダイナミックス、リン酸化機構を明らかにし、
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さらに KaiC の ATP 分解活性が極めて安定に制御され概
日時計の周期を決定していることを解明しました。一方、
細胞分裂に影響されず概日時計が機能すること、ほと
んどすべての遺伝子が概日時計の支配を受けることを示
し、概日時計が細胞システムとして機能していることも
明らかにしました。
[1] 近藤研究室では、シアノバクテリアを使った研究で、
1996 年頃、3 つの遺伝子がその生物時計の中心である
ことを見つけ、回転の回から kaiA, kaiB, kaiC と名付け
ました。
お問い合わせ
名古屋大学 大学院理学研究科
GCOE サイエンスコーディネーター事務局
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町
名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻 E 館 109 号室
TEL:
052-789-2503
URL:
http://www.bio.nagoya-u.ac.jp/gcoe/index.php
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高機能化原子制御製造プロセス教育研究拠点
大阪大学グローバルCOEプログラム
高機能化原子制御製造プロセス教育研究拠点
大阪大学 大学院工学研究科
拠点紹介
拠点リーダー・教授
山内 和人
て、広範な科学技術が結集する教育研究環境を実現し
ます。そして、この環境のもと、高い独創性と自立心を
「高機能化原子制御製造プロセス教育研究拠点」は
もち、国際感覚と異分野との融合能力を備えた、特に
2008 年度グローバル COE プログラム(機械・土木・建築・
企業での活躍が期待される次世代製造プロセス開発を
その他工学分野)に採択されました。本拠点は文部科
担う若手研究者を継続的に輩出することを目的としてい
学省 COE プログラム「完全表面の創成」、21 世紀 COE
ます。
プログラム「原子論的生産技術の創出」などを通して形
21 世紀 COE プログラム「原子論的生産技術の創出」
GN プラットフォーム
-- 本拠点の教育研究基盤 --
では、製造技術に活用する新たな物理・化学現象を探
上記の教育研究環境を実現するため、本拠点がカ
索し応用する「科学に基づく物づくり」の卓越した研究
バーする分野を補完する国内外の研究機関や企業との
拠点を形成し、次世代の物づくりの基盤となる数多くの
連携をもとに、基礎研究から応用、融合分野の創出に
先導的な製造技術を具現化してきました。
至る一連の階層をつなぐ教育研究支援基盤 GN(Global
グローバル COE プログラムでは、この理念を継承し
Network)プラットフォームを構築します。これは、製
つつ、さらに物づくりの「先導」から物づくりによる「価
造技術研究が中心となってこそ実現が可能な、異分野
値創造」への発展を目指します。本拠点が目指す「価
との強固な連携に基づいたプラットフォームであり、拠
値創造」の方向、すなわち次世代の製造技術が向かう
点が創出する製造技術の科学的・社会的価値を共有し、
べき高機能化の方向は、広領域加工における原子レベ
発展させる仕組みを備えた研究基盤です。
ルの制御性と環境調和性です。その実現を「価値創造」
GN プラットフォームは、本学教員による「高機能化
の機軸として、この「価値」を共有する国内外の研究機
原子制御製造プロセス創出拠点」、国内外の連携研究
関や民間企業との強固な異分野連携を図ることによっ
機関との「グローバル連携」、共同研究企業との「産学
成してきた拠点を基盤とし、継続・発展させるものです。
チーム型実践教育研究プログラムの流れ
40
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
©ZENIS Co., Ltd. All rights reserved.
編集・発行 株式会社ゼニス 〒559-0024 大阪市住之江区新北島 1-1-19-502 TEL: 06-6683-6641
連携」によって構成されます。
産学連携
共同研究講座を始めとして、その他多数の共同研究
高機能化原子制御製造プロセス創出拠点
企業が参画し、テーマ毎に教育研究評価支援メンバー
計算物理学、機能材料創製、極限精密加工、機能シ
として、各機関から第一線の研究者が加わります。
ステム創製、機能・構造計測の 5 研究部門に、クリーン
ルームなどの研究ファシリティーの活用支援・管理を行
拠点の研究テーマ
う教育研究環境管理部門を加えた計 6 部門を精密科学・
本拠点では、物づくりの基本である機械加工学や特
応用物理学専攻、超精密科学研究センターの教員によっ
殊加工学に深く根ざしながら、製造技術の 3 本柱であ
て組織し、教育研究支援室の指揮のもとに共同支援体
る材料学、加工学、計測学の幅広い学問領域を以下の
制をとります。超精密科学研究センターは、産学連携
ようにカバーしています。
コアとしての機能を有し、さらに複数企業との連携研究
における機密保持と協働に関する仕組みを構築します。
* 計算物理学(量子力学に基づくプロセス開発、デバ
学術的共通性が高い計算物理学部門では、
「国費外国
イスシミュレーション)
人留学生(研究留学生)の優先配置を行う特別プログラ
* 設計学
ム」
(文部科学省)をすでに開始しており、企業研究者
* 機能材料創製学(薄膜形成、自己組織化)
の国際性向上に向けた人材育成を行います。
* 精密加工学(原子単位の表面創成)
* 物理計測学
* 光計測学(空間スケール 10 –10 ~ 100m をカバーし
グローバル連携
SPring-8、APS、ESRF、J-PARC、ONL、Selete
た広帯域形状計測)
(Semiconductor Leading Edge Technologies)などが
* 機器制御工学
参画します。量子ビーム光学デバイス、電子デバイス等
の発想・設計から製造・応用展開に至る連携関係を強
また本拠点でしか作り得ない 「物」 や製造技術の具
固に結んでおり、チームへの共同研究者の派遣に加え
現化を通して、連携する異分野との融合学問領域をセカ
て、テーマ毎に教育研究評価支援メンバーとして第一線
ンドメジャーとしてカバーしています。具体的には、放射
の研究者が加わります。プログラムの進行に伴い、新規
光科学、コヒーレント X 線光学、中性子光学、大気圧
機関の参加など、フレキシブルに関係を発展させます。
プラズマ工学、太陽電池・先端電子デバイス工学、細
胞工学などです。
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�����o��
表面科学/
計算物理
材
加
計
料
工
測
価値
値創
創造
造型
型
価
グロ
ロー
ーバ
バル
ル連
連携
携
グ
SPringSPring-8
J-PARC
APS
ESRF
BIT
ORNL
BESSY
IOM
Selete
IMEC
Berkeley NL
・・・
・・・
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具体的な研究目標
物表面の化学反応を利用した超精密加工法です。1 気
原子サイズの精度を有する加工プロセスの創出と量子
圧という他に類を見ない高圧力雰囲気下において高密
ビームオプティクス開発
度のプラズマを発生させ、プラズマ中で生成した中性ラ
国家基幹技術である X 線自由電子レーザーや中性子
ジカルを加工物表面の原子に作用させて揮発性の物質
ビーム施設では、世界初の知見を得るため、キーとなる
に変えることで加工が進みます。この加工法は加工面の
光学デバイスの開発が強く望まれています。これらを実
原子配列を全く乱さないだけでなく、従来の機械加工
現するための製造プロセスの開発と具体的なイメージン
に匹敵する加工能率と形状創製能力を併せ持っている
グデバイスや集光デバイスの創出を行います。また、こ
ため、機械加工に置き換わる革新的な加工法として注
こで目指す超精密加工技術は、次世代の極端紫外線リ
目されています。
ソグラフィー用光学素子やマスク基板、様々な電子材料
開発した数値制御プラズマ CVM 加工装置を用いて、
基板など、民生品の製造分野への応用においても強く
表面の凹凸を1メートル四方でわずか1ナノメートルに抑
望まれており、このための産学連携研究を強力に推進し
えこむ形状修正加工に成功しています。これは、本州全
ます。
体を 1mm 以内の高さにならしたのと同じになります。
現在、産官学一体となった研究協力体制のもとに、
環境調和製造技術創出と実プロセスの開発
シンクロトロン放射光用ミラー、次世代半導体基板等、
サステナビリティを担保する未 来 志向型製 造技 術
極限的な精度が要求される “ 物づくり ” に精力的に取り
の 創 出 を目 指し、 本 拠 点 で は、 地 球 を 汚 さ な い:
組んでいます。
Chemical Safety、 省 資 源・ 省 エ ネ ル ギ ー : Energy
Saving、 自 然 に 学 ぶ 物 づくり( 自 己 組 織 化 ): Self
◆ 大気圧プラズマを用いた材料創製・加工プロセスの
-assembly の 3S を基本コンセプトとして、日本が世界を
開発
先導するにふさわしい環境調和型の製造技術開発を推
大気圧プラズマ CVD 法は、大気圧という高圧力下で
進します。具体的には、次世代電子材料基板、FPD(Flat
のプラズマにより生成される高密度なラジカルを利用し
Panel Display)
、太陽電池、次世代電子デバイス等の製
た超高速成膜技術です。従来の成膜法に比べて、100
造技術を対象に、主に国内外の企業と連携して研究を
倍以上高速に高性能な機能材料薄膜を形成することが
推進します。
でき、最先端科学技術分野の要請に応えうる新技術と
して注目されています。
加工原理の探索と解明
大気圧プラズマ CVD を用いれば、基板の材質や大き
計算科学によるプロセス原理の探索と解明、より大
さに関係なく高速成膜することができます。例えば、プ
規模なプロセスへの適用を実現するためのツール開発、
ラスティックフィルムなどの上にアモルファスシリコン薄
およびアプリケーションモデルの高度化を推進します。
膜を形成すると、フレキシブルで軽量な太陽電池を作
研究領域
製することができます。
現在、産学一体となった共同研究体制のもとに、大
◆ サブナノメータ数値制御加工
気圧プラズマ CVD を最先端科学技術分野の “ 物づくり ”
EEM は、全く新しい加工メカニズムにもとづく超精密
に不可欠なキーテクノロジーにするべく、精力的に研究
加工法です。加工物表面との反応性を持った微細粉末
開発を進めています。
粒子を超純水の流れにのせて加工物表面に供給し、微
細粉末粒子表面の原子と加工物表面の原子との間で起
◆ 超高品位量子ビームによる創薬、生命機能の解明
こる化学反応の結果、加工物表面の原子が微細粉末粒
レントゲンで用いられる X 線は、医学に革命を起こし、
子によって持ち去られることによって加工が進みます。
DNA の二重らせん構造を明らかにするなど、人類の発
加工物表面の原子の配列を全く乱すことなく、原子の大
展に大きく貢献してきました。
きさの凹凸しかない平らな表面を作ることができます。
本 領 域 で は、 高い 性 能 の X 線 が 実 現されている
SPring-8 において、ミラーを用いたX線顕微鏡の開発
◆ ラージスケールナノメータ加工
に取り組んでいます。X 線ナノビームは、物質や細胞内
プラズマ CVM は、プラズマ中の中性ラジカルと加工
の元素などのナノメートルオーダの空間分布情報を得る
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のに不可欠です。ミラーを用いた X 線集光技術は、波
究テーマはいずれも半導体結晶工学、表面・薄膜科学
長依存性がなく、高集光効率なので、理想的な集光法
の分野における現代の最先端の研究テーマであり、豊
と考えられています。
かな未来を切り拓くための基盤的な学問として位置づけ
SPring-8 において、作製したミラーにより、世界最小
られています。
の 30nm サイズの X 線ナノビームを実現しました。開発
産学連携
した高分解能X線顕微鏡はバイオロジー分野への応用
を目指しています。
環境調和型製造技術の開発は、国内外の企業との連
携が中心となります。本拠点では、莫大なエネルギーを
消費する精製工程を必要としない金属級 Si からの太陽
◆ ナノスケール計測・構築技術の開発
ナノの世界を測る単位である 1nm(10 m) はおよそ
電池薄膜の直接形成や、チャンバーレスプラズマプロセ
原子5個を並べた長さであり、1ns(10–9s) は光がわずか
ス、触媒反応を利用した SiC や GaN の液相エッチング、
0.3m 進む時間です。ナノメートルの世界を光で観ること
自己組織化による表面機能化など、多くの新しいシーズ
は、光学レンズの回折限界を越えるために不可能と思わ
が創出されています。グローバル COE プログラムでは、
れてきましたが、走査型近接場光学顕微鏡の開発によっ
GN プラットフォームでの連携を強化し、広範な価値分
てこの常識が破られました。また、ナノ秒の世界を光で
析を行いながら、太陽電池、FPD、電子デバイス、フィ
観ることも高速度カメラの急速な進歩により可能になり
ルムエレクトロニクス、マスク基板、次世代半導体ウエ
ました。
ハ等のための新世代製造プロセスの開発を目指します。
本領域では、ナノメートルの分解能を持つ近接場光
また、拠点リーダーが委員長を務める超精密加工専門
学顕微鏡や、大面積の半導体基板上でナノメートルの欠
委員会(精密工学会)をベースとして、若手を中心とす
陥を見つけ出せる光散乱法を開発し、次世代の超 LSI、
るコミュニティー形成を支援し、これによって開発・評価・
高密度メモリー、オプトエレクトロニクス素子など最先
実用化・異分野展開の各階層との結びつきを強め、成
端の “ 物づくり ” 科学技術へ広く応用しようと試みてい
果還元のチャンネルを広範化し、本拠点の教育研究機
ます。さらに、ナノ秒のレーザーで物質の極限状態を探
能の継続的な向上を図ります。
る新たな計測法の開発にもチャレンジしています。この
共同研究講座では、企業からの指導者(招聘教授、
ように、物理学を基礎に、常に計測の極限に挑戦して、
招聘准教授)を迎えながら、本拠点との間で共同開発
新しいテクノロジーの創造への道を拓く研究に意欲的に
が進んでおり、今後さらに多くの企業の参加を予定して
取り組んでいます。
います。
–9
◆ 原子制御プロセスに基づく次世代エレクトロニクスの
創成
最先端の大規模集積回路(超 LSI)
、高精細ディスプ
レイ、DVD やメモリーカードをはじめとする高密度記録
メディアなどさまざまな分野において、固体表面や薄膜
を原子レベルで制御して創成する技術が必要となってい
ます。私たちは、半導体を中心とした先端材料について、
新しい原理に基づく薄膜形成プロセスおよびナノ構造
創成プロセスを開拓して物づくり技術への応用展開を図
り、人類の科学・技術の発展に貢献することを目標とし
お問い合わせ
ています。具体的な研究テーマとしては、超 LSI を構成
大阪大学 大学院工学研究科 精密科学・応用物理学専攻
する絶縁膜と半導体との界面構造の原子レベルでの評
グローバル COE 事務局
価や界面形成機構の解明、新しい絶縁膜や電極材料の
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘 2-1
探索、大気圧プラズマを用いた単結晶シリコン薄膜の
TEL:
低温・高速成長や、基板表面の反応制御による高性能
E-mail: offi[email protected]
ポリシリコン形成法の開発が挙げられます。これらの研
URL:
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
06-6879-7296
http://www.acftgcoe-osaka-u.jp/
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構造・機能先進材料デザイン教育研究拠点
大阪大学グローバルCOEプログラム
構造・機能先進材料デザイン教育研究拠点
拠点リーダー・教授
掛下 知行
大阪大学 大学院工学研究科
ています。具体的には、構造・機能先進材料の基礎物
拠点紹介
性から、組織制御、製造プロセス、ナノ構造評価、機
「構 造・機能 先 進 材料デザイン教育 研 究拠 点 」は
能性評価、接合・構造体化、利用・廃棄・再資源化まで、
「基
2007 年度グローバル COE プログラム(化学・材料分野)
礎科学」の充実とその先にある「ものづくり」を意識し
に採択された材料デザインの教育研究拠点です。金属
た研究を行っています。
材料を中心に、結晶性のハードな材料に関わる材料科
これまでにも、このような研究理念の中から、本拠
学・工学の広範な領域を対象として、基礎研究から実
点が中心となって開拓してきた「ポーラス材料学」とも
用化研究までを幅広く推進するとともに、材料科学・工
呼ぶべき新学問領域や、独自の強ひずみ加工プロセス
学の将来を担う人材育成を行っています。本拠点は 21
を基盤とした「超微細粒バルク材料学」など、数多くの
世紀 COE
「構造・機能先進材料デザイン研究拠点の形成」
オリジナルな研究領域が生まれてきました。
で築いてきた拠点を基盤とし、工学研究科マテリアル生
取り扱う材料群は、建造物ならびに各種輸送機器用
産科学専攻、工学研究科知能・機能創成工学専攻、接
の構造材料、精密機械・マイクロマシンの根幹をなす機
合科学研究所、産業科学研究所、超高圧電子顕微鏡セ
能・知能材料、高度情報化社会を担うレーザや超高集
ンター、原子分子イオン制御理工学センターが参画して、
積記憶媒体などの半導体オプトロニクス・磁気スピント
教育・研究の世界的展開を目指しています。
ロニクス材料、さらに医療・福祉にかかわるバイオマテ
リアルなどです。多種多様・多機能な材料の開発・デザ
使われてこそ材料
インを、原子・分子レベルからの機能発現メカニズム
本拠点における材料研究は、金属材料を中心とし、
の解明とそれに基づく最適構造設計によって達成すると
セラミックス、半導体材料等の結晶性のハードな材料を
ともに、構造体化までをも見据え、
「使われてこそ材料」
対象に、材料科学・材料工学の広範な領域をカバーし
という材料研究の原点に立った研究を行っています。
21��COE プログラム
生体再建材料の設計開発
知的人工物創成のための
機能デバイス・システム
インテグレーション
構造的用途指向型先進材料
研究プロジェクト
構造・機能融合用途指向型
先進材料研究プロジェクト
機能的用途指向型先進材料
研究プロジェクト
構造材料として重要な力学機能を
重視しつつ、そのナノ組織解析か
ら高度化・多機能化、および実用
を視野に入れた接合・構造体化技
術の開発までを包含した研究
構造材料と機能材料という従来の
便宜的な分類にとらわれず、力学
機能とその他の機能を融合させた
アクチュエータ等の新しい材料の
創出と、そのデザイン手法の確立
量子機能に特化し、種々のスケー
ルの構造制御によって機能を高め、
複合化した量子機能デバイス、並
びに量子構造に関する研究
構造先進材料の設計・
実用化と信頼性評価
グローバルCOEプログラム
N S
200 nm
構造的用途指向型
融合
機能的用途指向型
図 1. 21 世紀 COE プログラムからグローバル COE プログラムへ
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本拠点では、構造材料と機能材料という基盤的に重
プロジェクトという 3 プロジェクトを実施しています。そ
要な 2 つの材料を柱としつつも、従来の、ある種古典
の結果として、力学特性を重視する材料から量子機能を
的な分類を超克した構造材料と機能材料のボーダレス
重視する材料まで傾斜的にその機能を捉え、場合によっ
化を図ります(図 2-4 参照)
。すなわち、多様かつ多面
ては、前者に対して他機能(たとえば磁気機能)を、後
的な機能と特性を持った構造・機能先進材料を創製す
者に対して力学機能を付与することにより、構造と機能
る学術的基盤創出のため、既存学問体系に捉われない
の両方の特性を併せ持つ先進材料の開発が可能となり
新分野に再編し、(a) 構造的用途指向型先進材料研究
ます。
プロジェクト、(b) 構造・機能融合用途指向型先進材料
こうした分類に基づく新材料研究として、極限環境下
研究プロジェクト、(c) 機能的用途指向型先進材料研究
での自己修復作用と力学機能を併せ持つ夢の航空宇宙
マテリアル生産科学専攻
知能・機能創成工学専攻
産業科学研究所
���・産業�
素形材プロセス共同研究講座
大手鉄鋼5社
���
�����
原子分子イオン制御理工学センター
陽電子密度(a.u.)
0.012
0.010
0.008
0.006
0.004
0.002
0.000
超高圧電子顕微鏡センター
接合科学研究所
図 2. 構造的用途指向型先進材料プロジェクト
産業科学研究所
マテリアル生産科学専攻
�����
知能・機能創成工学専攻
原子分子イオン制御理工学センター
超高圧電子顕微鏡センター
接合科学研究所
図 3. 構造・機能融合用途指向型先進材料プロジェクト
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200 nm
100 nm
マテリアル生産科学専攻
知能・機能創成工学専攻
接合科学研究所
�����
�所��
産業科学研究所
原子分子イオン制御理工学センター
超高圧電子顕微鏡センター
���n���
���n�
50nm
����
図 4. 機能的用途指向型先進材料研究プロジェクト
材料、超軽量省エネルギー型高速輸送機器をはじめと
促すことを目的に、スーパーエリート候補博士後期
する新規材料、超高集積磁性メモリー素子、フレキシブ
課程学生に対し、リサーチアソシエイトとしての給
ル素子、超高機能半導体発光素子、超磁歪アクチュエー
与支援を行います。
タ素子などに利用できる特殊材料、各種生体組織の自
▶自立環境提供型若手研究者公募型研究費
己再生、ならびに再生誘導を促進するための生体再建
博士後期課程学生、若手研究者により提案される
材料の創製ならびにプロセス開発を推進しています。
自主テーマに基づき、自立環境 ( オープンラボ ) な
スーパーエリートを育成
本拠点では、競争意識と自立心を具備し、世界の第
らびに研究費を競争的に分配します。
▶国内外著名研究者による招聘特別講義
❖最先端の研究に関する講義 ( 英語、日本語 )
一線で活躍できる研究力と豊かな国際感覚に基づく教
国際的著名研究者および国内の一線級の研究者
育力を持った教育研究者(スーパーエリート)を輩出す
が最先端の材料科学に関する講義を行います。
ることを人材育成の目標としています。
❖材料基礎に関する英語による講義
拠点内若手研究者に対し、国際的著名研究者等
が、材料基礎に関する英語による講義を行います。
[1] 狭い専門領域に閉じこもらない研究姿勢。
[2]自己実現できる自由な精神。
❖英語によるプレゼンテーション指導
[3]英語を共通語とし、国際的な舞台での活動を当然と
外国人研究者の指導を通じて、若手研究者の英
語によるプレゼンテーション能力の開発を行いま
する人材。
す。
これらの基礎的資質を有し、今後 20 年間に国内外
❖英語によるグループディスカッション
の研究・教育拠点の中核人材となり、材料科学・工学
国際的著名研究者を囲み、英語によるグループ
ディスカッションを行います。
分野を先導し発展させる人材を育成していきます。
ユニークな教育プログラム
❖若手外国人招聘
外国人若手研究者を招聘するとともに、海外武
◦アドバンストスーパーエリート研究者養成プログラム
▶博士後期課程学生研究員補助金
プロフェッショナルな研究者としての自覚と自立を
46
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者修行プログラムにおける拠点内若手研究者の
派遣と併せて、双方向の分野間若手交流を実施
します。
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❖国内留学型国際化教育プログラム
海外派遣を必要としない国際化教育の方策とし
て、海外のトップクラスの研究者による長期間に
わたるセミナーを実施し、拠点全体の学生のレ
ベル向上を図ります。
❖恒常的国際化環境整備プログラム
拠点内に常に外国人研究者を雇用することで、
英語でのディベート訓練、英語論文執筆訓練を
受けることができる環境を整備し、日頃から英
語を利用し、英語に接する環境を作ります。
◦アドバンスト海外武者修行プログラム
博士後期課程学生海外派遣制度。博士後期課程学生
に対し、国際的研究者の育成を目的とし、関連の海
外研究機関に数ヶ月以上派遣し、共同研究を実施し
つつ、研究者としての基礎能力、ディスカッション能
力の開発を行います。機関協定を結ぶグローバル材
料研究アライアンス内の海外機関(英ケンブリッジ大
等)への派遣を推進しています。
◦アドバンストブーメランプログラム
(独)物質・材料研究機構若手国際研究拠点 (ICYS)
との国際化サマースクール制度の共催など、国際化を
重視した体制を強化しています。
実社会のニーズにこたえる
本拠点は基礎科学をその主たる対象としていますが、
材料として社会に貢献するために、産業界のニーズにも
的確に答えることを目指しています。そのために、素材
産業と基幹専攻であるマテリアル生産科学専攻が連携
した新たな組織として素形材プロセス共同研究講座を
2007 年度に設置し、実用化に向けての展開を図ってい
ます。
この素形材プロセス共同研究講座との連携関係にお
いて、
若手研究者が企業研究者との様々なディスカッショ
ンを通じて、実社会の材料に対するニーズを的確に認識
し、次世代材料の実現に向けての基礎研究を学ぶこと
ができます。
また大阪大学知的財産本部のルールのもと、共同研
究講座を通じて研究成果の産業応用ならびに社会への
還元を具現化する体制を構築していきます。
お問い合わせ
大阪大学 大学院工学研究科
「構造・機能先進材料デザイン教育研究拠点」事務局
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘 2-1
大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻内
TEL:
06-6879-7512
E-mail: [email protected]
URL:
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
http://www.mat.eng.osaka-u.ac.jp/gcoe/
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生物の環境適応と生存の戦略
世界へはばたけ、NAISTバイオ!
奈良先端科学技術大学院大学グローバルCOEプログラム
フロンティア生命科学グローバルプログラム
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科
はじめに
拠点リーダー・教授
島本 功
細胞レベルの理解をさらに一歩進め、生物が多細胞
からなる個体となったときの、細胞ネットワークの環境
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究
応答のあり方を解析し、それを統合することにより、個
科は、学部・学科という縦割りの枠の中で行われていた
体としていかに環境の変化に対応するかを理解します。
生物系の研究教育を、一つの研究科として総合的に推
進するために設立され、生物の諸機能を「分子と細胞
環境適応と生存の戦略としての発生・分化の解析と統合
レベル」で解析し、
「生命現象の基本原理と生物の多様
ゲノムに書き込まれた生物の発生・分化の制御システ
性」を明らかにする最先端の教育研究を推進してきまし
ムは、生物が置かれた環境の情報に適応しながら、体
た。21 世紀 COE プログラム「フロンティアバイオサイエ
作りを最適化していきます。こうした、発生・分化の制
ンスの展開」では、
「細胞機能を支える動的分子ネット
御システムと環境の相互作用を解析し、それを統合して、
ワーク」の解析に取り組み、高い中間評価(A 評価)を
生物の環境適応と生存の戦略を理解します。
得ました。本グローバル COE プログラム「フロンティア
生命科学グローバルプログラム-生物の環境適応と生存
学生教育プログラム
の戦略-」では、これを更に発展させ、世界を先導する
国際バイオゼミナール(本拠点に招聘する海外の教育
先端的な生命科学研究を推進する中で、国際社会で活
研究機関の教員による少人数集中講義・演習)と UCD
躍できる研究者を養成する国際的に卓越した拠点を形
での海外研究活動インターンシップ(1 ヶ月間の英語研
成することを目的としています。具体的な目的は、次の
修、UCD 教員による先端生命科学ゼミと研究室研修)
ように要約できます。
を実施し、研究科として単位認定を行います。また、先
端生命科学の幅広い研究領域の多様な研究課題やアプ
◦生物の環境適応と生存の戦略の解析と統合を目指す
先端科学技術分野に係わる高度な研究の推進
◦国際社会で活躍できる研究者の養成
ローチに対しての理解と興味を深化させ、学生が広い
視野を持つ機会を組織的に確保します。加えて、COE
RA、SRA 制度により学生の経済的支援を行います。
◦環境問題・食料問題等の解決へ向けた社会貢献
概要
若手研究者の育成プログラム
国内外の優秀な若手研究者を COE 国際リサーチフェ
生物の環境適応と生存の戦略の教育研究の推進
ローとして雇用し、独立した研究プロジェクトに専念さ
3 つの教育研究領域を設定して教育研究を行い、領
せます。優秀な常勤の助教に対して海外受け入れ先での
域間で共通の原理や概念を生み出すことで、
「環境と生
共同研究を支援します。
存」に対しての理解を深め、よりよい人類の未来をつく
るための改善策を見出すために貢献します。
国際教育研究ネットワークの形成
本プログラムでの新たな中心的計画として、
細胞レベルの生存戦略の解析と統合
(1) 日本(本拠点)
微生物、植物、動物の細胞がさまざまな環境にさら
(2) 中国科学院遺伝学発生生物学研究所および中国科
された時に生じる細胞内の諸反応を統合的に解析し、
学院大学院(CAS-IGDB)
多様な諸環境ストレスに対応する細胞内の分子ネット
(3) カリフォルニア大学デービス校生物科学部(UCD-
ワークの動態とクロストークを理解します。
CBS)
と国際ネットワークを形成し、3 国の大学院学生、若手
個体レベルの環境適応の解析と統合
48
研究者、教員による合同ワークショップ・共同研究、学
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生及び若手研究者の短期および長期の相互派遣などに
GCOE コロキウムの開催
より、拠点の国際化を図ります。
COE 推進委員会が計画的にセミナーを開催します。
研究支援プロジェクト
優れた研究者の招聘
GCOE 国際シンポジウム
国際的によく知られている研究者を 1-2 週間の単位で
テーマを決めて国内外の研究者を招聘して国際シン
招聘し、集中講義、グループディスカッションなどを行い、
ポジウムを開催します。
主に大学院学生の研究力の向上や新しい考え方の習得
を図ります。
GCOE セミナーの開催
随時、国内外のすぐれた研究者が学内でセミナーを
若手研究者の海外派遣
行うことをサポートします。
助教などの若手研究者を海外の大学あるいは研究所
に1年程度派遣し、拠点の研究テーマに即した共同研
若手研究者の雇用による教育研究の活性化
究を実施します。派遣先の研究機関では、将来の共同
COE 特任准教授として 3 名の優秀な研究者、そして、
研究あるいは連携の可能性も探ります。
その共同研究者として COE 特任助教、技術補佐員を採
用し、新たな分野への展開を図っていきます。
若手研究者対象の研究助成
形態統御機構研究グループ
申請のあった若手研究者に対し、審査の上研究助成
植物生殖遺伝学研究グループ
金を支給します。
発生ゲノミクス研究グループ
若手研究者の国際学会での発表支援
海外若手研究者の受け入れ
助教などの若手研究者に年一度の国際学会における
広く海外から優秀な若手研究者を COE 国際リサーチ
発表(特に口頭発表)を推奨し、出張旅費を支援して
フェローとして受け入れます。受け入れは 3 年間程度と
います。
し、いずれかの研究グループ内で独立した研究プロジェ
教育支援プロジェクト
クトに専念させます。
学生・若手研究者の経済的支援
博士後期課程学生を研究支援者(COE-RA)として雇
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用します。特に優秀な学生は COE スペシャル RA(COE-
サマーキャンプの開催
SRA)として雇用し、学生の教育研究指導の経験を積ま
研究遂行に必要なコミュニケーション能力(情報収集
せて将来指導者となるための技量を養成します。また、
や研究発表、議論の能力など)の育成のために、全て
博士の学位取得後に自立した研究者としての技量を養成
の博士後期課程の学生が毎年一回淡路島に集まり、合
するための1年間程度のトレーニング制度(COE ポスド
宿形式で英語を使った研究成果の発表並びに討論を行
ク研修員)を実施します。
います。
国際ゼミナール(集中講義)
国際学生ワークショップの開催
博士後期課程の学生に対して招聘したカリフォルニア
毎年特定のテーマに関して、中国科学院遺伝学発生
大学デービス校等の教員によるテーマを決めた集中ゼミ
生物学研究所および中国科学院大学院(CAS-IGDB)、カ
ナールを開講します。
リフォルニア大学デービス校生物科学部(UCD-CBS)か
らそれぞれ大学院生 10 名前後と若手研究者を招待し、
国際ゼミナール(学生の海外派遣)
NAIST-BS の学生も交えて 3 日間の合宿ワークショップを
博士後期課程の授業の一環として学生を海外に短期
行います。
間派遣して研究を行わせます。
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国際ゼミナール(科学英語特別講義)
カリフォルニア大学デービス校生物科学部および英語
研修センターにおいて、学生に対してヒアリングや議論
に必要な会話能力のトレーニングを受けさせます。また、
現地の教員による講義を実際に聴講し、研究室セミナー
への参加や発表・議論などを行わせます。
学生の国際学会での発表支援
博士後期課程学生と COE ポスドク研修員に年一度の
国際学会における発表(特に口頭発表)を推奨し、出
張旅費を支援しています。
国際連携プロジェクト
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究
科、中国 CAS-IGDB と米国 UCD-CBS の 3 者からなる
国際ネットワーク推進委員会を設け、電子メールでのや
りとりや実際の訪問を通じて具体的な事業計画を初年
度に作成しました。そして、2 研究機関と恒常的な協力
体制を構築し、それぞれの教育研究体制をさらに詳細
に把握し、有効に機能する国際ネットワークを形成し
ます。 具体的には学生の相互研究室訪問、学生ワーク
ショップへの参加、国際シンポジウムの開催等の交流を
はかっていきます。
お問い合わせ
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科
バイオサイエンス研究科 COE オフィス
〒630-0192 奈良県生駒市高山町 8916-5
E-mail: [email protected]
URL:
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http://bsgcoe.naist.jp/
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「実践的化学知」教育研究拠点
早稲田大学 グローバルCOEプログラム
「実践的化学知」教育研究拠点
拠点リーダー・教授
早稲田大学 大学院先進理工学研究科
1. 拠点形成の目的
本拠点名である「実践的化学知」(Practical Chemical
黒田 一幸
を開拓し、技術革新を誘発し社会に貢献する化学 ・ 材
料科学分野の世界拠点の一つになることを目的としてい
ます。
Wisdom) とは、社会 ・人間に関わる課題について俯瞰
的な問題意識を起点に、実用を強く指向した複合化学
2. 拠点運営体制
である「メソ化学」を推進する英知・知力を意味してい
実践的化学知の創出に向けて、精密合成部門、階層
ます。本拠点は、それら「英知」の構築と化学系研究
制御部門、界面・表面部門、生体機能部門、理論・先
者の「知力」養成を目的としています。
端計測部門の 5 部門を設置し、メソ化学の学術創製を
21COE 「実践的ナノ化学教育研究拠点」 の実績を踏
行っています。拠点内での公募による相乗的連携研究、
まえ、ナノ構造体をボトムアップで創製できる実力を土
実用化を意識したプロトタイプ研究など、拠点形成を
台と位置づけ、環境に優しく人間生活に貢献する革新的
促進する様々なプログラムを実施しています。事業推進
材料開発を指向したメソ化学を拠点の指導原理として、
担当者が研究・教育プログラムを担当し、事業推進協
実践的な研究の展開および国際連携を通した世界水準
力者の協力を得て、グローバルな視野で質高い連携の
の人材育成を図っています。活力溢れ魅力ある共同研
切り込みを促進しています。
究・産学連携をグローバルに展開し、その研究ダイナミ
3. 人材育成
ズムのなかに人材育成プログラムを組み込み、若手研
究者の能力をスパイラルアップさせます。
本拠点の人材育成は以下の点を柱に展開しています。
前述の「メソ化学」は、ナノスケール化学を超えるメ
1)博士修了者の国際水準の保証と支援体制:数多く
ソスケール複合化学の実践です。メソスケールでの物質
の博士学位取得者を経済支援しつつ、質高く輩出
描像に基づく次元・階層・時空間を意識した材料設計と
します。また、気鋭の欧米教授を博士課程学生の
創出を、若手研究者参画のもと強力に展開することで、
研究アドバイザーとし、定期的に接触させるととも
化学の隣接分野を取り込みながらメソ化学の学問領域
に、学位論文の副査を委嘱し、審査の国際水準を
保証します。
2)徹底した化学英語訓練を基軸とする国際性の涵養:
国際的コミュニケーション力の格段なる向上に向け
て合宿形式の実践的化学英語中級講座とあわせ、
米ミシガン大との共催プログラム「実践的化学英語
上級講座(Ann Arbor キャンパス)」を開講し、若
手研究者を派遣します。
3)若手研究者の雇用と支援:若手研究者から選抜し、
客員准教授・研究助手などとして雇用します。若手
主導の研究を奨励研究費で育成・支援します。
4)実践研究の訓練:
「メソ化学実践ラボ群」を整備し、
若手研究者に産学・海外との連携研究に参加させ、
実学の尺度で厳しく評価・指導し、足腰強く志高
い研究者を養成します。
「実践的化学知 G-COE 研
究所」を中核とし、既設の「先端科学・健康医療
図 1.「実践的化学知」概念図
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融合研究機構」、
「ナノプロセス研究所」、
「ナノテク
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図 2. 世界のリーダーとなる若手研究者教育プログラム
ファウンダリ」など学内組織も活用し、実践的な視
院 応用化学専攻)では、実践的な研究の展開および国
点をもたせ、社会貢献意識を育みます。
際連携を通した世界水準の人材育成を行っており、国内
5)
責任ある研究者の育成:RCR(Responsible Conduct
外から、広く博士課程学生を募集しています。
of Research) 委員会を設置し、研究倫理に関する
4. 研究活動
教育プログラムを必修とし、
「研究の誠実性」を育
みます。
社会ニーズを反映させた課題設定を行うとともに実践
6)
キャリアパス支援:本学ポスドクのキャリアパスの
的な方法論を基に 「化学知」 を集積し、次世代物質創
一環として活用し、一流の研究機関・大学、企業
製の鍵となるメソ化学を学術創成し、国際的定着を図っ
研究所などへの接続・転出を強力に支援します。
ています。外部評価も取り入れ、拠点形成に取り組んで
います。
博士課程学生募集~博士課程での教育プログラム~
本グローバル COE 拠点(代表:黒田一幸/理工学術
図 3. 若手人材のキャリアの流れ
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部門名
事業推進担当者
精密合成部門
西出 宏之、柴田 高範、清水 功雄、中田 雅久、松方 正彦
階層制御部門
黒田 一幸、菅原 義之、武岡 真司、平沢 泉、本間 敬之
界面・表面部門
逢坂 哲彌、小川 誠、小柳津 研一、関根 泰、堀越 佳治
生体 機能部門
竜田 邦明、木野 邦器、桐村 光太郎、竹山 春子、常田 聡
理論・計測部門
古川 行夫、朝日 透、中井 浩巳、門間 聰之
<本拠点における研究>
ナノスケールを超えるメソスケール複合化学 「メソ化
学」 を推進、実用化を意識した融合研究により実践的
化学知を創出
理論・先端計測/次元・階層・時空間を意識した物質・
材料設計と合成メソスケールでのキャラクタリゼーショ
ンに基づく物質描像と構造制御/表面・海面のダイナミ
クスと機能制御
カバーする学問領域: 物質創製化学(有機合成、無
機物質、高分子)、機能物質化学、構造化学、応用物
理化学、応用生物化学、触媒化学、半導体化学、反応
プロセス工学、境界・隣接分野(医化学・生体関連化学、
デバイス工学、資源・エネルギー・環境)
5. 海外との連携
海外協働拠点の形成
協定先の中心研究者を短期間雇用 ・ 招聘するととも
に若手研究者を派遣して、国際的な共同研究を効率的
に推進しています。国際的な視野での人材交流とメソ化
学に関する成果を集積しています。
国際的な情報発信
「実践的化学知」創出に向けた国際シンポジウムを主
催しています。また、出前型シンポジウム「海外成果報
告会」を、海外拠点を足場として開催しています。情報
発信媒体を定期刊行し、世界拠点としての知名度を向
上させています。
お問い合わせ
早稲田大学 大学院先進理工学研究科
「実践的化学知」教育研究拠点 事務局
〒169-8555 東京都新宿区大久保 3-4-1
TEL:
03-5286-2817
E-mail: [email protected]
URL:
54
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
http://www.pcw-gcoe-waseda.jp/index_j.html
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現象数理学の形成と発展
―モデル構築における新たな展開―
明治大学グローバルCOEプログラム
現象数理学の形成と発展
明治大学 先端数理科学インスティテュート
拠点リーダー・教授
三村 昌泰
数学と諸科学の具体的融合を目指すグロー
バル COE(Center of Excellence) を目指して
我々を取り巻く社会には、変動しながら発展していく
複雑なシステムが多様に存在しています。これらのシス
テムの共通点は、要素の数が非常に多いというだけでな
のデータ収集が可能になり、構成する要素の正体が明
明治大学
グローバル COE プログラム
拠点リーダー・
先端数理科学インスティテュート
所長 三村 昌泰
らかになってきましたが、データの膨大さ、要素間の複
本拠点では、本大学の附置研究機関である先端数理科
雑な絡みが、システムの生み出す現象の解明において
学インスティテュート ( 以下「MIMS」) を教育研究の基
大きな障害になっていると言って良いでしょう。この困
盤とし、社会、自然、生物の複雑現象の研究に焦点を
難さを打ち破ることは、21 世紀の数理科学に課せられ
しぼります。そして、これまで様々な分野で用いられて
た重大な使命であると考えています。その鍵は、現象
きた現象を定量的に再現することを目的とした忠実モデ
解明の根幹となるモデル構築の新たな展開であり、これ
ルを見据えつつも、現象の本質を見抜き理解する抽出
まで様々な分野で用いられてきた現象を忠実に捉える
モデルの構築を必要とする新しい現象数理学の形成を
定量モデルをみすえつつ、現象の本質を見抜き、理解す
目的としています。
るという抽出モデルの構築が必要です。
本グローバル COE プログラムでは MIMS を教育研究
今回のグローバル COE プログラム『現象数理学の形
の基盤として、連携大学院である広島大学大学院理学
成と発展』は、現象の本質を見抜き、理解する抽出モ
研究科数理分子生命理学専攻、連携先機関である海洋
デルの構築を柱とする現象数理学の拠点を形成し、そ
研究開発機構・地球シミュレータセンターと相補融合し、
の発展を目指すものです。この展開は、社会への貢献
現象数理学の方法と技術を習得した人材を輩出するこ
のみならず数学界へフィードバックすることから、現代
とを目指し、さらに、海外研究機関と連携し、国内外
数学の裾野を広げ、社会に目を向けた数学の確立へと
から優れた人材を集め、国際的な教育研究拠点の形成
つながるものと確信しています。
を目指します。
く、それらが複雑に絡みあっていることです。実験、観
測技術の急激な発展により、システムから精緻で大量
拠点の概要
-現象数理学の形成を目指して-
生物の進化に見られるように、不確定なゆらぎを経
て自己組織化しダイナミックに変化しながら発展してい
く複雑なシステムは、生物界のみならず発展する社会や
変化する自然界においても現れます。これらの背後に潜
む強い非線形性が次第に明らかになり、同時に膨大な
データ(情報)の収集も可能となった現在、このような
システムを解き明かし理解することが、いま数理科学に
託された緊急課題です。その解決の鍵は、モデルの構
スペシャリストの育成
築とその数理解析的方法論に重点を置いた、現象解明
現象と数理の間に「架け橋」を構築できる力を持った
を明確なミッションとする現象数理学の革新にあります。
人材は、世の中にまだ不足している状況です。そこで本
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拠点の教育研究・連携体制
本拠点:先端数理科学インスティテュート(MIMS)
明治大学大学院
理工学研究科
拠点リーダー:三村昌泰 副リーダー:小林亮
アドバイザー3 名
学界・
産業界
モデリング班
学生・研究者
数理解析班
明治大学大学院
グローバル・
ビジネス研究科
複数指導体制
シミュレーション班
MIMS Ph.D.プログラム
現象数理学のスペシャリスト養成
学生・研究者
ワールド
ワイド
単位互換
広島大学大学院
理学研究科
龍谷大学大学院
理工学研究科
学生・研究者
海洋研究開発機構
地球シミュレータセンター
海外連携研究機関
連携予定機関
連携機関
● フランス国立科学研究センター
● フランス国立社会科学高等研究院
● ハノイ数学研究所
※2009年3月現在
社会数理解析センター
● イタリア応用数学研究所
● 台湾國立交通大学 数学建模・科学計算研究所
● コンプリテンサ大学 学際数学研究所
グローバル COE プログラムでは、MIMS が培ってきた強
固な研究基盤をもとにして MIMS Ph. D. プログラムを実
●台湾中央研究院数学研究所
●フランス高等科学研究院
●オックスフォード大学 数理生物学センター
●ケンブリ
ッジ大学 ニュートン研究所
●マックス・プランク 数理科学研究所
●ミネソタ大学 応用数学研究所
●オハイオ州立大学 生物数学研究所
大学院・研究科間共通科目
「国際系科目群」
施し「現象と数理の掛け橋となるユニークなスペシャリ
英語表現能力を強化し国際的に通用する研究者の育
スト」を育成します。
成を目指します。
提案型研究(オプションカリキュラム)
在学中の数ヶ月間、広島大学大学院への国内留学(研
MIMS Ph.D. プログラム
(グローバル COE プログラムによる博士後期課程学生の
究指導委託)を実施し、学生自身で研究課題を企画・
教育制度)
立案し、その成果を報告します。
MIMS Ph.D. プログラムは、現象のモデル構築を通じ
単位互換協定他大学院(広島大学・龍谷大学)設置科目
て、複眼的視野や問題発見能力、問題解決能力、お
単位互換協定を結んでいる他大学院設置科目を履修
よび数学と諸科学の融合を目指す現象数理学的思考と
することにより、学問の幅を広げ、さらには他大学院の
技術を身に付けた若手研究者育成を目的としています。
若手研究者との人的な交流、相互理解等シナジー効果
生命・生物現象を主とする「非線形非平衡系コース」、
が期待されます。
経済・金融・自然現象を主とする「非線形時系列コース」
を開設し、以下の横断教育プログラムと実践プログラム
現象数理学「実践プログラム」
を段階的に学んでいきます。
-実践体験の蓄積・拡充、課題の発見と問題意識の醸成-
MIMS 研究指導プログラム
現象数理学「横断教育プログラム」
各学生に「数学と諸科学の融合を実践する現象数理
-現象のモデリングに関する基礎技術と数理解析技術の習得-
学」を習得させるため、融合的な研究指導を行なうプロ
大学院・プロジェクト系科目
グラムです。現象数理学に関連した最先端分野で活躍し
「先端数理科学インスティテュート科目群」
ている MIMS 所員・研究員が、現象数理学の基軸となる
MIMS における最先端の研究成果を学生に教授する
「数理解析」
「シミュレーション」
「モデリング」の各グルー
ことにより、各自の研究に新たな展開・刺激を与えます。
プに分かれ、それぞれのグループからテーマに応じ 1 名
を選出、計 3 名の「研究指導チームフェロー」で研究指
導にあたります。
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先端数理科学インスティテュート
MIMS Ph.
D.
プログラム
博士後期課程共通プロジェクト系科目
MIMS研究指導プログラム(標準3年間)
先端数理科学インスティテュート科目群
生命・生物現象
○先端数理科学Ⅰ
○先端数理科学Ⅱ
○Advanced Mathematical SciencesⅠ
○Advanced Mathematical SciencesⅡ 非線形非平衡系コース
数理解析班
3班融合研究指導チームフェロー
中間報告会
Step2 現象数理学実践プログラム
実験体験の蓄積・拡充、課題の発見と問題意識の醸成、
実験家、実務家、観測・フィールド研究者とのコラボレーション
○学術英語コミュニケーション
○英文学術論文研究方法論
シミュレーション班
龍谷大学大学院
数理情報学専攻 博士後期課程
(仮称、2010年度開講予定)
モデリング班
現象のモデリングに関する基礎技術と数理解析技術の修得
国際系科目群
○現象数理科学特論
経済・金融現象
非線形時系列コース
Step1 現象数理学横断教育プログラム
研究科間共通科目
○数理情報学特論
現象数理学のスペシャリスト育成
広島大学大学院
数理分子生命理学専攻 博士後期課程
実践型セミナー
学位請求論文提出・審査
1年次専門的教育科目 2年次専門的教育科目
提案型研究
提案型研究
知的財産権特論
科学リテラシー特論
博士学位授与
MIMS 若手研究者育成プログラム
学金(初年度のみ)・授業料・実験実習料】を奨学金
助教・PD 等若手研究者を対象にしたプログラム
として免除します。
・国際現象数理学スクールの開催:国内外から優れた
数理科学者を招聘し、最先端課題の解説と導入を行
うスクールを開催します。
・現象数理若手プロジェクトの公募:本学若手研究者が
コーディネーターとなり、現象数理学に関連する他分
野の研究者を加えたプロジェクトを立案・実施し、研
究者としての自立を図ります。
・MIMS と協定を交わした国内外他研究機関との研究
ポスト・ドクター
・グローバル COE‐ 現象数理 SPD: 研究者としての自
立および現象数理学の研究を推し進め、成果を世界
に向け発信することを任務とします。
(日本学術振興
会特別研究員 SPD と同等の待遇)
・グローバル COE‐ 現象数理 PD、MIMS PD、大学法
人 PD の 3 タイプの雇用制度があります。
若手研究者
交流:国際交流経験の蓄積および国際研究集会での
・現象数理若手プロジェクト:異分野とのコミュニケー
成果発表とこれを踏まえた研究交流による当該研究
ション能力向上、失敗を恐れず研究を推し進める能
の飛躍的発展を目指します。
力の創発を図ります。 (100 万円以内× 5 テーマ以
内/年)
支援体制
明治大学は、研究者養成型助手、PD・RA 制度、若
研究-現象数理学の発展-
手研究費などの支援体制が整備されています。グロー
生物の適応性、ニューラルコーディング、細胞インテ
バル COE プログラムではこれらを有効活用するととも
リジェンス、形態形成などミクロな現象から、パニック
に、さらに以下の支援体制を設け、教育研究環境を強
時の群集行動、生命医学、地震予知、異常気象、人と
化しています。
社会のネットワーク、経済変動などマクロな現象までを
MIMS Ph.D. プログラム学生
対象とした現象の理解は、自然科学、社会科学の分野
・グローバル COE 博士課程研究員(博士後期課程学生
において重要なテーマです。
対象):日本学術振興会特別研究員 DC と同等の待遇で
本教育研究拠点は、それらのテーマを数理科学の分
本学が雇用します。
野に持ち込み、その解明とモデル構築を柱とした現象
・学費免除(給費奨学金制度)
:入学後 3 年間の学費【入
数理学から行います。具体的には、非線形性、複雑性、
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組織化、異常性などを念頭におきながら次の 2 つを課
ではなく、現象・モデリングを理解し、高度な計算機技
題としています。
術を持ちあわせています。
身近にある現象数理学の事象
(a) 非線形非平衡系の現象数理学の発展
社会、自然、生物系に現れる様々な非線形非平衡現
バクテリアのコロニー形成
象を対象とし、非線形性、組織化、開放性の視点から
バクテリアは食べ物を腐らせたり、病気を引き起こし
本質を抽出するモデルを構築し、その数理解析を行うこ
たりすることから怖い存在として知られていますが、我々
とから現象数理学の発展を目指します。
の生活にも役立ってもいます。身近なものに、ヨーグル
(b) 非線形時系列に対する現象数理学の発展
トとなる乳酸菌や納豆菌、我々の腸内に住んでいる大腸
経済、工学、磁気圏、地震、生命医学等の複雑な現
菌があります。バクテリアは栄養源を取って成長し、細
象に現れる非線形時系列を対象とし、時系列の異常の
胞分裂を繰り返すことでその数を増やし、やがて密集し
前兆を捉え、時系列の本質を抽出するモデルを構築し
たコロニーを形成します。バクテリアの中で納豆菌の親
ます。一例として、リスクマネジメントなどで地域社会
戚のような枯草菌は、栄養源が少なく、動きにくいとい
や国の政策決定に貢献できる方策などを提言します。
う劣悪な環境条件になると、栄養源との接触となる境
界を出来るだけ長くするように、コロニーの形は非常に
グローバル COE プログラムの事業推進担当者は、全
複雑な形状をとります(図 1)。脳や神経細胞を持たな
員 MIMS の所員であり、なお且つ拠点リーダーのリーダー
い枯草菌が、その数が多くなると、少ない栄養源を出来
シップのもとで強力な連携体制が構築されています。
るだけ効果的に取れるように、どうして複雑な形状をと
ることができるのでしょうか。この問題に対しても、数
本拠点では研究課題の遂行のため、現象と数理を広
学モデルがその仕組みの解明に貢献しています(図 2)。
く捉えることを可能にする協力・連携体制を整備してお
り、研究課題の遂行は次の 3 研究班の共同作業によっ
て行われます。
図 1 劣悪な環境条件下で枯草菌を示す
樹枝状コロニーパターン
現 象
本質 を 抽 出 す る モ デ ル の 構 築
モデリング班
実務家
数理解析班
実験家
シミュレーション班
拠点の概念図
モデリング班
生物現象に関わるメンバーは、実験家・フィールド研
究者や数学者との共同研究の経験・実績を有しています。
社会現象に関わるメンバーは、経済と工学の分野で現
図 2 同じ条件下で数学モデルが示す
樹枝状コロニーパターン
象の再現に重点をおいたモデル構築とそのモデルに基
づく実証研究に優れた成果をあげています。
数理解析班
数学・応用数理学の分野で極めて高い水準の教育研
究活動実績を持つと共に、他の二つの班を支援できる
メンバーが揃っています。
シミュレーション班
計算機シミュレーションおよび可視化法の専門家だけ
58
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以上のように、その場面に登場している要素の数が
素養を身につけ、複雑現象に対して、その中に潜む本
多くなると、不思議な現象が現れるということです。こ
質を見抜く能力と、数理科学的技術を身につけた若手
のような現象は、この他にも、自然、社会、経済等な
研究者を育成し、社会に送り出す事業も展開します。そ
どのさまざまな分野においても現れます。我々を取り巻
の成果は、複雑化する 21 世紀社会に貢献する数理科
く複雑で不思議な現象を解明するという現象数理学を
学の発展へとつながります。さらに、数学界へのフィー
さらに発展させ、明治大学において「社会に貢献する数
ドバックにより、現代数学の新たな発展と裾野の拡大を
理科学」の確立を目指します。
促し、数学から社会への掛け橋となるものです。私達は、
関連する研究機関と密接な国際的研究ネットワークを構
本グローバル COE プログラムでは、現象数理学の国
築し、研究交流を推進しながら、現象数理学の世界的
際的な研究拠点になるとともに、高度で幅広い数学的
拠点となることを目指します。
お問い合わせ
明治大学 先端数理科学インスティテュート
教学企画部グローバル COE 推進事務室
〒214-8571 神奈川県川崎市多摩区東三田 1-1-1
TEL:
044-934-7661
E-mail: [email protected]
URL:
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
http://gcoe.mims.meiji.ac.jp/
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社会に生きる心の創成
―知情意の科学の再構築―
玉川大学グローバルCOEプログラム
社会に生きる心の創成
玉川大学 脳科学研究所
はじめに
拠点リーダー・教授
坂上 雅道
題は、人間間の相互作用にその本質があり、
「脳の生物
学的機能」との連続性を持った「社会(集団)の脳科学」
ヒトの理解とは、その心の理解であるということもで
の研究が必要なのです。
きます。ヒトの心はそれをはぐくんできた社会を反映し、
海外では、NIH、カリフォルニア工科大学、ニューヨー
また、我々は脳が心をつむぎだすとも信じています。し
ク大学、チューリッヒ大学などで、経済学・哲学の研究
たがって、心の理解とは、それが適応する社会に対す
者と脳科学者の連携が進んでおり、社会脳に関する学
る脳の働きを理解することに他ならないのです。社会に
際的研究が始まっていますが、国内ではこれほどの規模
生きる脳の働きを理解するためには、脳の解剖学的・生
で融合研究が行われているところはいまだ数少ないの
理学的理解(すなわち生物学的理解)に加え、それが
が現状です。
働きかける社会の仕組みもあわせて考えなければなり
玉川大学では、21 世紀 COE プログラムの活動を通し
ません。そのために、
玉川大学脳科学研究所では、グロー
て、遺伝子解析、動物を使った心理・神経科学研究、
バル COE プログラムを通して人文社会科学と脳科学の
乳幼児発達研究、fMRI を使った脳機能イメージング研
融合的研究を推し進めるとともに人材育成を行っていき
究を行う環境と人材が整いました。中でも、サルを使っ
ます。
た高次脳機能研究は世界的にも高い評価を得ています。
拠点の紹介(概要)
また、乳幼児の発達研究においても、実験協力者の登
録が常時 1000 人以上ある「赤ちゃんラボ」を擁し、学
脳科学の成果をよりよい生活や教育に活かしていくこ
内外との多くの共同研究を行っています。
とは、多くの人が期待していることです。しかし、安易
本グローバル COE プログラムでは、これらを拠点に
な応用は危険ですらあります。脳科学の成果を応用する
人文社会科学と脳科学の融合的理解をより一層進め、
ことが難しいのは、これまでの脳科学が方法論的制約
ヒトの心の理解に関係する伝統的な学問の再構築がで
もあり「脳の生物学的機能」
「個の脳科学」に重点を置
きる人材育成を行います。ヒトの心が脳によってつむぎ
いてきたためだと考えられます。生活や教育に関する問
出されるのであれば、ヒトの心の科学的理解である脳
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機能的理解が伝統的学問の再構築を促さなければなり
行でき、国際公募によって採用されたポスドクは、融合
ません。なかでも学校・社会教育における心の脳科学
研究のトレーニングの場としてステージ 2 に組み込まれ
的理解の知見の提供は、現代社会の差し迫った要請で
ます。しかし、ステージ 1 とステージ 2 の垣根は低く、
あり、教育の大学を標榜する玉川大学の課題でもあり
ステージ 1 の院生が融合研究に関する特別講義を聞い
ます。しかし、わが国にはこのような文理融合的教育研
たり、融合研究に関する討論に参加することもでき、ス
究拠点がほとんどありませんでした。そこで、これまで
テージ 2 のポスドクでも必要に応じてステージ 1 の講義
の研究活動により培ってきたユニークな研究基盤をベー
を聞いたり、実習に参加することもできます。
スに、文理融合研究で世界の先端を行くカリフォルニア
大学院生・ポスドクの基本的な教育は、玉川大学大
工科大学と連携することにより、社会に生きる心の理解
学院工学研究科・農学研究科・脳科学研究所で行われ
の世界的拠点を形成することを目指します。
ますが、連携拠点であるカリフォルニア工科大学との交
教育・研究活動
流・共同研究プログラムを通して、また理化学研究所・
東京都神経科学総合研究所・昭和大学などとの連携を
我々は、ヒトの心の理解とはそれが適応する社会に
通して、長期・短期の研修はもちろんのこと、研修の枠
対する脳の働きを理解することに他ならないと考えてい
を超えた、教育・共同研究も行われています。大学院
ます。そのためには、脳の解剖学的・生理学的理解(す
生には、国際的な交流に必要な実践的な英会話・英語
なわち生物学的理解)に加え、それが働きかける社会
論文作成のための教育も行います。
の仕組みもあわせて理解していかなければなりません。
したがって、個と社会との相互作用によってできあがっ
求められる人物像
た「社会的心(脳機能)
」が、我々の教育・研究の対
◦新しい心の科学を開拓する研究者
象となります。社会的心とは、基本的な脳機能である
「思
◦新しい人間観・社会観を持った教育者
考(知)
」「感情(情)
」「意思(意)
」が環境適応的に
◦新しい社会のニーズに応え、またそれを開拓する技術者
相互作用した結果であると考えます。我々は、社会的
心の中でも、1)ヒトの行動の経済的合理性と不合理
海外との連携
性(経済観)
、2)ヒトの倫理観とモラル(倫理観)、3)
本拠点には、NIH(米国国立衛生研究所)、ケンブリッ
ヒトのシステマティックな対人関係(友愛観)を作り出
ジ大学、カリフォルニア工科大学、ローザンヌ工科大学、
す機能が基本的な脳機能からどのように発展し、実現
昭和大学といった、世界の神経科学研究で中心的役割
されているのかを明らかにすることをめざします。
を果たす拠点から事業推進担当者としての参画がありま
人材育成としては、まず基本的脳機能を研究する神
す。その他にも、ボストン大学、オックスフォード大学、
経科学的方法について、大学院時代に実験、講義、討
北京大学、理化学研究所、東京都神経科学総合研究所、
論を通して習得させます(脳科学研究所・工学研究科脳
東京大学、東北大学、北海道大学、大阪大学、東京工
情報専攻には基礎的脳機能研究で世界をリードする研
業大学などとも交流があり、このネットワークを通して、
究者がそろっており、十分な基礎教育が期待できます)。
最先端の研究に関する情報やポスドクを含む研究者情
その上で社会的心に関する 3 テーマのうち 1 つの共同研
報の交換を行っています。
究に参加することにより、新しい融合的脳科学について
これにより、優れた研究者の雇用や大学院生・若手
考え、独自の道を切り開いていく能力を養います(脳科
研究者の派遣・受入れを行い、特に連携拠点であるカ
学研究所ではすでに 3 つのテーマの社会的脳機能に関
リフォルニア工科大学とは、教育研究協力協定書を交わ
する共同研究が始まっており、人文社会学・新融合領
し、カリフォルニア工科大学における研修によって玉川
域の外部の非常勤研究員も多数参加しています)。この
大学の単位が認定されるとともに、お互いが持つ研究
ような先端的融合研究は、①まず核となる研究方法を
用機器の相互利用を可能とし、交流の促進を図ってい
身につけ、②その上で周辺領域との融合・統合をめざす
ます。
必要があります。そのために、我々の拠点は大学院博
2009 年 で 11 回 目 を 迎 え る Tamagawa Dynamic
士課程-ポストドクトラル課程一貫制を採用しています
(2
Brain Forum も世界各地で開催され、坂上教授(玉川
ステージ制)
。ステージ 1 の修了要件を満たした院生は、
大学)、O'Doherty 教授(ダブリン大学)が中心となっ
ポスドクとしてあるいはポスドク待遇でステージ 2 に移
て毎年開催している報酬と意思決定に関する国際シン
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研究環境整備
研究センター棟の整備(平成 20 年竣工)
遺伝子実験施設
fMRI の導入
動物実験施設
発達実験施設
ロボット実験施設
ポジウムと合わせて、本拠点から世界に情報発信を行い
定を結んでおり、大学院生・ポスドクの指導者、共同研
ます。
究者の可能性の幅を広げます。
教育研究協定
カリフォルニア工科大学との連携
カリフォルニアエ科大学とは、教育研究協力協定書を
1. 文理融合的研究の促進
締結し、カリフォルニア工科大学において研修を行うと
カリフォルニア工科大学では脳科学と人文社会科学と
玉川大学の単位として認められます。さらに、年一回集
の融合的研究を精力的に進めています。特に神経経済
中講義形式の国際レクチャーコースを玉川大学あるいは
学では世界のトップを走っており、今回の連携では、カ
カリフォルニア工科大学で開催し、講師として玉川大学
リフォルニア工科大学の中でも人文社会学部が中核を担
とカリフォルニア工科大学から事業推進担当者が参加し
う組織となります。玉川大学で行う文理融合研究に彼ら
ます。また、広く事業に関連する世界的研究者を講師と
のノウハウは極めて有効であり、玉川大学、カリフォル
して招聘しています(すでに 2006 年度(カリフォルニア
ニア工科大学合同のレクチャーコースを開催したり、長
工科大学)
、2007 年度(玉川大学)
、2008 年度(カリフォ
期・短期研修を実施します。
ルニア工科大学)に開催)。また、独立行政法人理化学
研究所や東京都神経科学総合研究所などとも同様の協
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2. 国際的ネットワークの形成
事実が、人文社会科学的理解にとって不可欠となる日
カリフォルニア工科大学はヒトの意思決定の脳メカニ
が来た時、融合的な視点から社会と脳科学の関係につ
ズムの研究や神経経済学の研究では世界をリードして
いて発言できる人材の有用性は計り知れません。そのた
います。さらに彼らが中心に位置する、この分野の研究
めにも、我々は社会に還元できる脳と心の科学について
者の世界的ネットワークに我々が参加することにより日
その基盤形成を行うとともに、社会が求める情報を発
本の研究の世界への発信、世界の研究動向のいち早い
信できる脳研究者の育成をおこなう拠点形成を目指し
理解に極めて有用です。また、若手研究員・大学院生
ます。
が国際感覚を養うためには絶好のパートナーです。
3. 高次脳機能研究の補完と促進
玉川大学は、動物実験による意思決定の脳メカニズ
ムの研究では世界トップクラスにあります。カリフォルニ
ア工科大学のヒトを使った脳研究とは補完的な位置関
係にあり、交流・共同研究を行うことで、世界的に強力
な教育研究センターとなりえます。本プログラムではカ
リフォルニア工科大学との強力なパートナーシップのも
と、研究ばかりでなく院生・若手研究者の教育にも力を
そそぎます。
終わりに
我々は、脳の基礎的機能の研究者としてこれまで「思
お問い合わせ
考(知)
」
「感情(情)」
「意思(意)」
「コミュニケーション」
玉川大学 脳科学研究所
などを探究してきました。社会的心とは、このような基
〒194-8610 東京都町田市玉川学園 6-1-1
礎的な生物学的脳機能が社会環境の中で相互作用し構
TEL:
造化されることにより、うまれたヒト特有の脳機能であ
E-mail: [email protected]
ると考えます。脳科学的な手法によって明らかにされた
URL:
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042-739-8666
http://gcoe.tamagawa.ac.jp/
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最先端研究紹介
日本が世界に誇る科学技術
現代科学は、ひとつの研究テーマが複数の学問領域に及んでいるため、科学者には高
度な専門性はもちろんのこと、幅広い学術的知識が必須となります。また、次世代を担
う研究者には様々な分野へアンテナを張り、新しい学際領域を開拓するフロンティア精
神が求められます。このような現実を踏まえると、該分野だけでなく、他の分野について
も横断的に学ばなければ現代科学を真から理解することは出来ないといえるでしょう。
幸いに日本は早い段階にそれに取り組んでおり、世界でも先端の学問、研究が脚光を
あびています。社会情勢の変化と共に時代のニーズも多様に変化する現在、地球規模で
取り組んでいるテーマも、温暖化防止、エネルギー開発、医療、宇宙開発など多岐にわ
たります。このように、日々変わる社会情勢や進歩し続ける科学技術の裏には、多岐に
わたる様々なテーマに果敢に取り組む研究者の存在が大きく寄与しているのです。そして、
やがてそれらが 21 世紀に輝かしい花を咲かせ、人類に安らぎを取り戻すことでしょう。
日本は非常に環境に恵まれ、研究のインフラや、教育の環境も整っており、2008 年に
は 3 名(およびアメリカ国籍の日本人 1 名)のノーベル賞受賞者も出しています。
本誌では、世界に誇れる最先端科学を研究する研究者とともに、科学のもつ多様さ、
複雑さ、をあらゆる角度から紹介し、さまざまな学問が融合した現代の “ 総合科学 ” の
現実を伝えます。
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カイコによる薬剤などの開発と新ビジネスモデルの提案
―カイコによる抗生物質の探索と機能性食品の開発=複数
の事業を同時に展開し経営の安定を計るビジネスモデル ―
株式会社ゲノム創薬研究所(東京大学発のベンチャー企業)
関水 信和
開発された新しい技術
当社は東京大学薬学系研究科関水和久教授の研究室
と共同開発した技術の事業化を図っています。我々は実
験動物としてのカイコ幼虫の有効性に7年前より着目し、
技術を特許化し、いろいろな利用法の開発を行ってい
ます。例えば、細菌・真菌感染症モデル(図 1 参照)に
より、多くの土中細菌由来の自然物ないし化合物ライブ
ラリーをスクリーニングし、抗生物質の候補剤の探索事
業を展開しています(昨年、医薬基盤研究所が基礎研
究事業として認定)。また最近特に注目されている自然
免疫を活性化させる物質の評価(図 2 参照)を行う技
術を開発しました。この技術により、いろいろな食品に
含まれている自然免疫の活性化物質を測定評価し、同
新しいビジネスモデル
物質が豊富に含まれている食品からより多く抽出する方
上記の二つのビジネスは、当社が開発している技術
法を開発し、サプリメントとして製造する方法を研究し
の中で最も事業化が進んでいるものです。ただし抗生
ています。
物質の候補剤の開発は大変チャレンジングな領域で、
もう少し時間を要します。一方の自然免疫の活性化物質
実験動物としてのカイコ幼虫の有効性
の開発は、野菜より抽出したエキスをサプリメントとして
①低い実験コスト(大規模施設不要、人工飼料で通年
近々に発売の予定です。この二つの技術は共にカイコ幼
飼育可)
虫を利用するものですが、全く異なる技術(共に特許申
②実験の精度の確保が容易(多くの固体を利用し統計
的解析可)
請中)に基づいて開発されたものです。
ところで、多くのベンチャー企業が研究資金の調達に
③薬物の血液内(ヒトの静脈注射に相当)と腸管内(経
口投与に相当)に区別して注射が可
④倫理上の問題が少ないこと
大変苦労しています。創業資金ないしエンジェル(個人
の投資家)、ベンチャー・キャピタルなどからの投資資
金が投入されてから商品が開発されるまでの期間(売上
のない時期)を “ 死の谷 ” などと呼びます。日本では投
資資金の流入がアメリカほど豊富でないことから、この
“ 死の谷 ” は長くなる傾向にあります。
この問題を解決する策の一つが、つなぎ商品の開発
です。大学発のベンチャー企業には、図 3 の左側のよ
うに教官(発明者)が起業後も関与しているケースと図
3 の右側のように教官(発明者)・TLO などが技術を新
しい企業に移転させているケースがあります。当社は左
側のケースです。左側(教官が継続関与)のケースでは、
特許化された技術の他に暗黙知と呼ばれるような技術
も教官から提供を受けやすいという要因もあり複数の
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商品を開発することが可能となります。右側 (大学より
このつなぎ商品の開発を資金繰りが苦しくなってから
技術を移転)のケースは、特許化された技術のみの移
するのではなく、むしろ計画的に経営の安定化のために
転に留まり、技術の多元的な発展には限界があります。
実施し、知的財産権の構築と財務戦略を全社的に実施
左側のケースは、主力商品の技術とは関係のない関連
することが重要です。
商品(副次的商品)の開発が可能です。右側のケース
つまり、大学発のベンチャー企業の場合、市場と技
では、主力商品の技術を用いた関連商品(中間的商品)
術内容にもよりますが、極力、教官(発明者)が創業後
の開発のみ可能です。特に左側のケースのように多くの
も関与して、図 3 の左側のように暗黙知の提供を受け、
アイデアからマーケット性なども勘案した商品を開発す
全社レベルの計画的な経営戦略により複数の商品を開
ることが、よりベンチャーの経営を安定させると考えら
発し、経営の安定を図ることを積極的に検討すべきと考
れます。
えます。そのことにより、図 5 の下(複数の商品を開発
の場合)のように “ 死の谷 ” を短くすることができると
考えられます。
勿論、体力のないベンチャー企業に複数の商品の開
発は無理という考え方もありますが、図 4 のような調査
文責:㈱ゲノム創薬研究所
結果があります。図 4 の「主力商品の技術とは関係の
アントレプレナー 関水信和
ない関連商品開発」とは概ね図 3 の「副次的商品」に
該当し、「主力商品の技術を用いた関連商品開発」の
一部は図 3 の中間的な商品に該当するように思われま
す。少なくとも、大学発のベンチャー企業の一部は、
主力商品の完成までに、何らかの形で、つなぎ商品の
開発を行っているということです。
株式会社ゲノム創薬研究所 ラボ・事務局
(東京大学発のベンチャー企業)
〒113-0033
東京都文京区本郷 7-3-1
東京大学アントレプレナープラザ 402 号室
http://genome-pharm.jp/
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分光分布を制御可能な発光ダイオード擬似太陽光光源システム
東京大学 大学院農学生命科学研究科
生物・環境工学専攻 生物環境工学研究室
富士原 和宏
クリスマス用の電飾や信号機などにも利用され、私た
放射照度は約 2.5 倍となる第 3 世代光源システムが完
ちの生活にすっかり浸透してきた発光ダイオード(LED)
成する見込みです。
は、
生物に及ぼす光の影響を調べる研究
(光生物学研究)
でも利用されています。その光生物学研究用として、新
しいユニークな LED 光源システムの開発が進められてい
ます。
現在の光生物学研究での LED 利用
LED の種類を選ぶことで、ある程度「いろいろ」な単
色光を用意できます。そこで、調べてみたいと思う単色
光あるいは複数の単色光を組み合わせた混合光を、研
究対象とする生物や植物の個体、器官、細胞などに、
ある期間(時間)
、一定の強さ、一定の分光分布で照射
して、どのような反応・応答が得られるかが世界中で調
べられています。でももし、照射光の分光分布を自由に
動的に制御できる光源があったら、これまで調べること
写真 1.LED 擬似太陽光光源システムの全景
光源ユニットはその周囲気温を 15ºC に制御するためのグロースチャンバ内
に設置されている。スペクトロメータは光照射口における分光放射照度(光
源照射光 SI)計測時にのみ設置。
のできなかった様々な光環境に対する反応・応答を調べ
ることができます。そうすれば、もっと多くの重要な知
見が次々と発見されるようになるでしょう。
太陽光とそっくりの光を作って、
それを自在に操る!
地表面における太陽光に近似した分光分布の光を基
準光として作出できるだけでなく、その基準光に任意の
波長範囲の光を加えたり減じたりして様々な分光分布の
光をも作出でき、しかもそれらの光をどのような順番で
も自由自在に連続して照射することのできる光源システ
ム(正式名称は、分光分布制御型 LED 擬似太陽光光源
システム)を開発しています。太陽光を基準光としてい
るのは、地上の生物にとって重要な光であるからです。
様々な分光分布の光を作出するため、光源にはピーク
波長の異なる 32 種類の LED を用い、分光分布の制御
は各ピーク波長 LED への印加電圧(結果的に供給電流)
を調節することで行っています。現在の光源システムは
第 2 世代であり、光照射口の面積は 7cm 、得られる放
2
射照度(光強度)は、夏至の快晴日南中時の太陽光の
1/5 程度(波長範囲 380 ~ 940nm に対して 111Wm-2)
写真 2.放射照度が東京都文京区の快晴日(2007 年 5 月 12 日)13 時にお
ける太陽光の約 1/6 である分光放射照度に最も近似すると推定した分光放
射照度(推定最良近似 SI)を与える電圧を実際に印加したときの LED モ
ジュール
ピーク波長が 810 nm 以上の LED はこの写真では点灯していないように見
える。
ですが、近いうちに、光照射口の面積は現在の約 10 倍、
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写真 3.放射照度が東京都文京区の快晴日(2007 年 5 月 12 日)13 時にお
ける太陽光の約 1/6 である分光放射照度に最も近似すると推定した分光放
射照度(推定最良近似 SI)を与える電圧を実際に印加したときの光源照射
光
図 1.放射照度が東京都文京区の快晴日(2007 年 5 月 12 日)9 時、11 時、
13 時、および 15 時における太陽光の約 1/6 である分光放射照度(目標 SI;
1/6 太陽光 SI)
、光源照射光が目標 SI に最も近似すると推定した分光放射照
度(推定最良近似 SI)
、および推定最良近似 SI を与える電圧を実際に印加
したときの光源照射口における分光放射照度(光源照射光 SI)
上に示した光源照射光は 2 秒間隔で連続して照射され、本光源システムが
分光放射照度を動的に制御できることが実証された。
富士原 和宏 准教授
東京大学 大学院農学生命科学研究科
生物・環境工学専攻 生物環境工学研究室
〒113-8657
東京都文京区弥生 1-1-1
http://www.kankyo.en.a.u-tokyo.ac.jp/member/fujiwara/
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
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低エネルギー社会の構築に向けて
エネルギー・資源論の視点から社会システムのあり方を探求する
東京大学 大学院工学系研究科
エネルギー・資源フロンティアセンター エネルギー・資源俯瞰部門
松島 潤
人類は、木材、石炭、石油とより良質なエネルギー
出する過程においてエネルギーが投入され、エネルギー
源へと変遷させながら高度な文明を築きあげてきまし
が回収されます。また、回収エネルギーの一部を投入
た。エネルギーの「質」は、私達の社会の質を決定す
エネルギーとして使用して地下から石油抽出することを
る重要な要素なのです。また、人類はエネルギーを発
繰り返します。この図は、人類が自然界からエネルギー・
明してきたのではなく、地球に存在する恵みの恩恵を受
資源という恵みを享受する一般的な構図であると捉える
けているということも大切な視点です。
こともできます。さて、EPR は回収エネルギーを投入エ
全世界の石油生産量がピークを迎えてその後は減退
ネルギーで割り算することにより得られ、その比が 1 以
するという石油ピーク論がメディア等で取り上げられるこ
上にならないとエネルギー的に無駄をしていることにな
とが多くなってきました。背景には、昨今の油価高騰が
ります。このようなエネルギー収支的な考え方は、他の
現実問題として我々の生活に影響を与え始めたことがあ
自然エネルギーなどにも適用できます。
ります。しばしば「枯渇」という表現がされますが、こ
現在石油業界では、easy oil(容易に採取できる石油)
れは正しくありません。なぜならば、現在の議論では、
の時代は終わったと認識されていて、これまで開発対象
人類が利用可能な石油の半分を使いきったかどうかが
にならなかった条件の悪い油田(大水深、極地、小規
焦点になっているからです(全世界の石油生産量は、釣
模など)の開発に目が向けられています。また、発見さ
り鐘状に変化し、ピーク時はちょうど中間地点になると
れた油田から原油の全てを回収できるわけではなく、多
言われています)
。
「まだ半分あるなら、安心ではないか」
くの場合 3 〜 4 割程度しか回収されません。さらに多く
と思うかもしれませんが、エネルギーの「質」を理解す
の原油を採取しようとすれば、さらに多くの投入エネル
る重要性がここにあります。
ギーを必要とするのです。石油を生産する過程において
いま、リンゴが沢山成っている木を想像してください。
は、技術革新効果と地質的限界の相互作用により、そ
いくつかのリンゴは手を伸ばせば容易に採れるし、梯
の生産量が決定されてきますが、仮に技術革新効果に
子を使ってよじ登らないと採れないものもあります。つ
よって、生産量を維持したとしても、エネルギー収支の
まり、我々が自然界から恵みを得ようとするとき、入手
観点からはその質が劣化するのです。
しやすいものと入手しにくいものがあるということです。
それでは、石油の質が低下すると、社会にどのような
またこのとき、人類は入手しやすいものから採るという
影響をもたらすのでしょうか。質の低下に伴い、石油回
ことです。
収のためにより多くのエネルギーが必要になります。そ
採取の困難さ(ここでは、これを質と考えます)を数
れまで経済活動に投入されてきた資金あるいはエネル
学的に表現するための一つの方法として、エネルギー収
ギーは、石油回収のために振り向けられることになりま
支比(EPR: Energy Profit Ratio)があります。例えば私
す。結果として、燃料費は高騰し、個々の企業は燃料高
達の生活に密接に関係のある石油を地下から採取する
による影響を受け、製品価格高騰による需要減退が起
ことを考えましょう。図 1 に石油回収における EPR の概
こります。すなわち、インフレ(物価高騰)と景気後退
念を示します。図 1 において、地下に存在する石油を抽
の混合状態(これをスタグフレーションと言います)を
もたらし、我々の社会に深刻な影響を与えうるのです。
わかりやすく言えば、給料は上がらないけど、物価はど
んどん高くなっていく状態です。
「石油を代替するエネルギーにシフトすればよいでは
ないか」と思うかもしれませんが、食料・運輸・化学製
品に至るまで私達の生活は石油漬けと言っても過言では
図 1 石油開発におけるエネルギー収支比(EPR)の概念
70
なく、その転換には非常に長い期間を要します。また、
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エネルギー収支の観点で easy oil と同等な質を有する
エネルギーは出現しないかもしれません。とすれば、解
決の道筋はエネルギー消費構造を抜本的に変革するし
かありません。エネルギー・資源論の視点から社会シス
テムのあり方を探求していく必要があります。その基軸
として、エネルギー収支的着眼点は重要な役割を果たし
ます。その一方で、今後我々は石油代替エネルギーへの
シフトを進めていかなければなりません。そこでも代替
となるエネルギー収支評価は重要です。
文明のあり方とは何か、人間の幸福とは何か、という
根本的な問題を改めて私達は考える時期に来ていると
思います。学際的なアプローチと明るい未来を指向する
マインドが重要になってきますし、そして何より重要な
のは一般市民の立場になって考えることです。一般市民
の目線に立って考えることが、むしろ新しい学問を創る
こともあると思います。
松島 潤 准教授
東京大学 大学院工学系研究科
エネルギー・資源フロンティアセンター
エネルギー・資源俯瞰部門
〒113-8656
東京都文京区本郷 7-3-1 工学部 4 号館
http://usegate.t.u-tokyo.ac.jp/frcer/
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ペプチドホルモン・グレリンの医療応用
京都大学 医学部附属病院
探索医療センター
1.はじめに
赤水 尚史
において同様の研究を実施してきました。まず、健常人
におけるグレリン投与臨床第 I 相試験を行い、グレリン
ホルモンで代表される生理活性物質の発見は、病気
の安全性を確認しました。次いで、摂食不振患者を対
の治療に大きな恩恵をもたらす可能性があります。たと
象とした臨床第 II 相試験を行い、グレリンの摂食促進
えば、膵臓から出るホルモン・インスリンの発見は、そ
作用を検討しました。さらに、変形性股関節症に対す
の臨床応用につながり、現在では糖尿病の患者さんに
る周術期に筋力増強を目的とした臨床第 II 相試験を実
計り知れない恩恵を与えています。私たちはグレリンも
施し、グレリンの成長ホルモンの分泌促進作用を介する
同様な臨床応用ができるのではないかと考え、研究を
筋肉量や筋力の増強を検討しました。
進めています。
グレリン(ghrelin)は、胃から分泌される成長ホルモ
1)摂食不振患者を対象とした臨床第 II 相試験
ン分泌促進ペプチドです。1999 年 12 月に国立循環器
摂食不振は種々の疾患で起こり、体重減少、体力や
病センターの児島・寒川らによって発見されました。グ
気力の低下を招来し、ひいては原疾患の悪化、生命力
レリンは、アミノ酸 28 個からなり、3 番目のセリン残
や活動性の消失にまでつながります。特に、Functional
基が脂肪酸(n- オクタン酸)でアシル化修飾された特
dyspepsia やその他の機能性摂食不振を呈する疾患に
徴的な構造を有するペプチドです。国内外の研究者ら
おける食欲不振に関しては、その原因が不明で治療に
によって、グレリンが成長ホルモンの分泌促進作用以外
難渋する場合が多々あります。そこで、上記 Functional
にも、①摂食促進作用、②消化管運動促進作用、③胃
dyspepsia などの機能性摂食不振症における摂食量低
酸分泌促進作用、④心機能の改善作用、など様々な生
下や体重減少に対して、グレリンが有効な臨床効果を
理作用を有することが明らかになっています。これらの
示すかどうかを検討するために臨床第 II 相試験を施行し
作用を利用して、臨床応用に向けての研究が行われてい
ました。図 2 に示しますように、グレリン投与によって
ます(図 1)
。
一日摂食量は統計的非有意な増加傾向を示し、空腹度
が同投与直後有意に上昇しました。有害事象に関して
は、重篤なものはありませんでした。以上より、グレリ
ンの安全性と摂食亢進作用が示唆され、摂食不振に対
するグレリンの臨床応用に関して更なる検討を進めてい
く予定です。
図1 グレリンの生理作用とその臨床応用。
白字:生理作用、青字:治療対象疾患
2.グレリン臨床応用
私たちも 2001 年 12 月から 5 年間、京都大学・医学
図2 グレリン投与 (Ghrelin i.v.) 前後における摂食量の変化。
部附属病院・探索医療センター流動プロジェクト「グレ
リン創薬プロジェクト」
(プロジェクトリーダー:寒川賢治)
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2)変形性股関節症に対する人工股関節置換術の周術
期を対象としたグレリン投与臨床第 II 相試験
変形性股関節症は、高齢者に多く、高齢化に伴って
増加し、人工置換術の術後に足筋力や歩行などの回復
が高齢によって遅延することが問題となっています。ま
た、術式や術後のリハビリテーションが一つのクリティ
カルパスとしてほぼ一定しているので評価に適していま
す。そこで、私たちは手術の 1 週間前から術後2週間投
与まで一日 2 回投与する臨床試験を実施しました。そ
の結果、図 3 に示すように、除脂肪体重(筋肉量を反映)
の増加と体脂肪量の低下を認めました。しかしながら、
筋力や歩行速度には有意な改善が認められず、試験の
プロトコル改訂を含めて更なる検討を今後行う予定で
す。
図3 グレリン投与前後における体組成(除脂肪量と体脂肪量)の変化。
3.その他の検討と今後の展望
私たちは、グレリンに関する臨床的研究以外に、基
礎的な研究も行っています。たとえば、グレリンの新た
な生理・薬理作用の発見を目指して遺伝子改変動物を
作製し、その機能解析を精力的に行っています。また、
グレリンの新たな対象疾患を探索するために種々のモデ
ル動物へのグレリン投与を実施しています。さらに、グ
レリンの分泌調節機構の解明のために、グレリン遺伝
子プロモーター解析や血中グレリン濃度測定を行ってい
ます。
グレリン創薬プロジェクトは、
平成 18 年 11 月末をもっ
て 5 年間のプロジェクトを終了しました。しかしながら、
その成果が評価され、平成 19 年 4 月より、グレリンの
医療応用を目指すプロジェクト「グレリン医療応用プロ
ジェクト」が同探索医療センターに新たに設置されまし
た。このプロジェクトは、アスビオファーマ株式会社と
赤水 尚史 教授
京都大学 医学部附属病院
探索医療センター
共同で実施される産学官共同研究です。今後も私たち
〒606-8507
は、グレリンに関する探索研究(トランスレーショナル
京都府京都市左京区聖護院川原町 54
リサーチ)を継続して進め、その臨床応用を実現した
http://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/ ghrelin/
いと願っています。
http://www.med.kyoto-u.ac.jp/J/grad_school/introduction/1321/
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神経幹細胞とニューロン新生
神経発生/再生を制御する
京都大学 ウイルス研究所
細胞生物学研究部門 増殖制御学研究分野
影山 龍一郎
当研究室では、哺乳動物の脳がどのようにして形作
しかし、Mash1 や Math3 だけではニューロンのサブタ
られるのかを明らかにしようとしています。脳神経系の
イプまで決めることはできません。サブタイプの決定に
発生過程では、比較的均一な神経幹細胞から極めて多
は bHLH 因子とホメオボックス因子の組み合わせが重要
様性に富んだニューロンやグリア細胞が分化します。こ
です。この組み合わせから、特定のサブタイプのニュー
の発生過程は、転写因子によって厳密に制御されます。
ロンだけを再生することが可能になりつつあります。
本研究室では、この発生過程を次の 4 つのステップに
興味あることに、bHLH 因子 Hes1 は 2 時間周期の
分けて、それぞれを制御する転写因子を同定し、脳形
リズムを刻む生物時計として働くことがわかりました。
成における遺伝子発現制御ネットワークを解明してきま
Hes1 の発現はネガティブフィードバックを介して自律的
した。
に 2 時間周期で増減を繰り返します(オシレーション)。
神経幹細胞においても Hes1 の発現はオシレーションし
1.神経幹細胞の増殖・維持
ており、リズムを刻んでいました。この発現オシレーショ
2.神経幹細胞からニューロンへの分化
ンは、神経幹細胞の分化や増殖に非常に重要であるこ
3.神経幹細胞からグリア細胞への分化
とがわかりました。
4.ニューロンのサブタイプの決定
神経幹細胞の維持やニューロンの形成は胎児の脳に
特異的なことではなく、成体の脳でも盛んに起こってい
私達の解析から、上記のいずれのステップも bHLH
ます。成体の脳で神経幹細胞の維持やニューロンの形
因子(basic region-helix-loop-helix 構造を持つ転写制
成を阻害すると、脳組織の一部が崩れ、脳の中の海馬
御因子)が重要な役割を担うことが明らかになりまし
に依存する空間記憶が維持できなくなりました。今後、
た。神経幹細胞の増殖・維持には、bHLH 因子 Hes1 や
成体脳での神経幹細胞の維持やニューロンの形成の分
Hes5 が必須です。また、発生後期には、Hes1 や Hes5
子機構を明らかにし、脳疾患の治療方法を探る予定で
はグリア細胞への分化を促進します。一方、bHLH 因子
す。
Mash1 や Math3 はニューロンへの分化を決定します。
影山 龍一郎 教授
京都大学 ウイルス研究所
細胞生物学研究部門 増殖制御学研究分野
〒606-8507
図.成体脳におけるニューロン新生
成体マウスの脳で新たに形成されたニューロンを黄色/緑色に標識した。
74
京都市左京区聖護院川原町 53
http://www.virus.kyoto-u.ac.jp/Lab/toppage.zoushoku.kageyama.html
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ABCタンパク質研究による生活習慣病予防薬の開発
京都大学
物質-細胞統合システム拠点
大学院農学研究科応用生命科学専攻
植田 和光
我々の研究室では、ヒトの健康維持に重要な役割
細胞のコレステロールを減少させる唯一の経路であり、
を果たしている ABC タンパク質ファミリーの生理的役
血清 HDL 量の低下は動脈硬化の第一のリスク因子です。
割、 作 用 機 構 を 研 究しています。ABC(ATP-Binding
ABC タンパク質である ABCA1 と ABCG1 は細胞内の過
Cassette)タンパク質は、類似の ATP 結合ドメインと複
剰のコレステロールを血中に排出し、HDL 形成を促進し
数の膜貫通へリックスをもつ膜タンパク質ファミリーで、
ます。ABCA1 や ABCG1 の働きを活性化することができ
微生物からヒトまで多くの生物において重要な役割を果
れば、動脈硬化などを予防できる可能性があります。
たしています。ヒト染色体上には 48 あるいは 49 種類の
我々は、癌の抗癌剤耐性に関与する薬剤排出トランス
ABC タンパク質遺伝子が存在しており、それらの異常は
ポーター MDR1 を世界で初めて発見して以来、20 年に
いろいろな疾病を引き起こします。それらの疾病には、
わたって ABC タンパク質の研究を展開しています。ABC
高脂血症、動脈硬化、糖尿病などの生活習慣病とともに、
タンパク質の機能、制御の分子機構を明らかにし、それ
老人性の失明、新生児呼吸不全、皮膚疾患、免疫疾患、
らを調節できる食品成分や化合物を探索することによっ
神経変性疾患などが含まれます。これらの疾病の予防
て、動脈硬化など生活習慣病の予防に役立つ化合物の
や治療のためには、ABC タンパク質の機能や制御機構
開発につなげたいと考えています。
を解明することが必要です。しかし、ABC タンパク質は
巨大な膜タンパク質であるため研究が難しく、機能や制
御機構には未解明な点が多く残されています。
多くの ABC タンパク質が体内のコレステロール恒常性
に関与しています。コレステロールは、膜の構成成分、
ホルモンや胆汁酸の前駆体として動物にとって必須の化
合物ですが、細胞内に過剰に蓄積したコレステロールは
毒性を示し、動脈硬化などさまざまな疾病を引き起こ
植田 和光 教授
京都大学
物質−細胞統合システム拠点
大学院農学研究科応用生命科学専攻
します。細胞で余剰となったコレステロールはいわゆる
〒606-8502
善玉コレステロール(高密度リポ蛋白質:HDL)として肝
京都府京都市左京区北白川追分町
臓へと戻されます。この HDL 形成は肝臓・副腎以外の
http://www.biochemistry.kais.kyoto-u.ac.jp
多くのABCタンパク質が体内の脂質恒常性維持に重要な役
割を果たしている。ABCタンパク質の働きを食品成分や化
合物で活性化できれば、動脈硬化などさまざまな疾病を予
防できる。
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X線天文学
明るく輝く黒い穴「ブラックホール」の謎を追いかける
京都大学 理学部
物理第2教室 宇宙線研究室
巨大ブラックホール誕生の謎と
中質量ブラックホールの発見
鶴 剛
で、恒星が進化の終末に起こす超新星爆発の中から誕
生します。もう一つは、銀河の中心に存在する太陽の
百万倍以上の質量を持つ巨大ブラックホールです。中に
人間の目は可視光に感度を持ちます。可視光を放射
は小さな銀河一個分の質量(太陽の十~百億倍)と太
する物体の温度はおおよそ数千度です。これは太陽の
陽系に匹敵する半径を持つものすらあります。このよう
表面温度が数千度であることに無縁ではありません。
な想像を絶する天体が私達が住むこの宇宙に存在して
人間の目は太陽を基準に作られているのです。一方、X
いること自体大変な驚きです。さらに驚いたことに、こ
線を放射する物体の温度は 1000 万度から 1 億度です。
の巨大ブラックホールは珍しい天体ではなく、天の川銀
つまり X 線天文学とは超高温の宇宙の姿「ホット・ユニ
河系など普通の銀河にも普遍的に存在していることが
バース(Hot Universe)」を観測することです。そこで見
わかりました。つまり、巨大ブラックホールは宇宙の進
えてきたものは静穏で悠久の姿ではなく、常に激しい活
化と密接に関わる主役の一人なのです。
動性を示す宇宙だったのです。
しかし、世界中の天文学者が精力的に研究を続けて
X 線天文学の最大の魅力は「何が見つかるか予想も
いるにも関わらず、巨大ブラックホールの誕生は謎に包
つかない」ことです。その最たる物が「ブラックホール」
まれています。私達はその解明の鍵となる観測に成功し
です。ブラックホールそのものはその名の通り極めて強
ました。私達は日本の X 線天文衛星「あすか」と米国の
い重力のために光すら出ていくことが出来ません。しか
「チャンドラ」衛星を使って、大熊座の若い銀河「M82」
し、その周辺のガスは強い重力のため加熱され、超高
から、ひときわ明るく輝く X 線星を発見しました(図 1)。
温になります。その結果、明るく輝くX 線星として発見
詳しい解析から、この星は存在すら知られていなかった
されたのです。
新種の「中質量ブラックホール」であることがわかりま
従来、宇宙には二種類のブラックホールが存在してい
した。その名の通り従来知られていた二種類のブラック
ることが分かっていました。一つは白鳥座 X-1 に代表さ
ホールの中間の質量をもっています。
れる太陽の 5-10 倍の質量を持った小型ブラックホール
M82 銀河の中心領域では恒星の誕生、超新星爆発と
それに続く小型ブラックホールの誕生が連鎖的に起こっ
図 1:X 線天文衛星チャンドラで撮影した M82 銀河の中心領域の X 線写真。
もっとも明るく光っている X 線星が中質量ブラックホールある。矢印は同
時に発見された恒星質量ブラックホール。M82 銀河の中心は X 線で暗いこ
と、中質量ブラックホールは M82 の中心から離れていることに注意。M82
の中心から中質量ブラックホールまでの距離は約 500 光年である。
Image courtesy:Kyoto University
76
図 2:X 線天文衛星「すざく」で捉えた M82 銀河から流れ出す高温ガス「M82
の帽子」。M82 銀河の場所には、米国「チャンドラ」X 線衛星、「ハッブル」
宇宙望遠鏡、「スピッツァー」赤外線衛星で取得された 3 色写真を重ねた。
中質量ブラックホールは、この M82 銀河の中心付近に位置する。
Image courtesy:
M82 の帽子(全体):「すざく」チーム
M82 銀河の場所の 3 色写真:X線:NASA/CXC/JHU/D.Strickland;可視光:
NASA/ESA/STScI/AURA/The Hubble Heritage Team; 赤 外 線:NASA/JPLCaltech/Univ. of AZ/C. Engelbracht
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ています。あまりに爆発が激しいため、超高温ガスが銀
または長い波長の X 線にしか感度がありませんでした。
河の外へ流れ出しているほどです
(図 2)。これを
「スター
そこで、私達は新たにホールを集めるタイプ(P チャン
バースト」活動と呼んでいます。私達は、この超過密地
ネル型)を開発しました。その結果、波長の短い X 線
(0.5
域で恒星や小型ブラックホール同士が次々と合体し中質
オングストローム以下)から波長の長い X 線(50 オング
量ブラックホールが生まれたと考えています。今後、さ
ストローム以上)の広い範囲で高い感度を持つことが、
らに合体成長とそれに伴う大爆発を繰り返しながら、や
X 線の波長を精度よく測定できるようになりました(図
がて銀河の中心の巨大ブラックホールに成長していくと
5)。さらに Astro-H 衛星にはこの CCD 素子 4 枚をモザ
予測しています。M82 銀河で観測されたスターバースト
イク状に配置し、CCD を搭載した衛星として過去最大の
は、天の川銀河系も含め全ての銀河が誕生時に経験す
視野を得る予定です。
る普遍的な現象だと考えられています。そこで私達は若
い銀河を観測し、まさに誕生中の巨大ブラックホールを
見つけたいと考えています。
2013 年打ち上げ予定の
X 線天文衛星 Astro-H
私達は 2013 年の打ち上げを目指し、日本の 6 番目
の X 線天文衛星 Astro-H の製作を現在急ピッチで行っ
ています(図 3)
。巨大ブラックホール誕生の謎解明は
Astro-H 衛星の主要目的の 1 つであり、現在フライト中
の「すざく」衛星の 100 倍の感度で厚い周辺物質に隠
された巨大ブラックホールを観測する予定です。さらに
図 4:ホールを収集する新型の P チャンネル型 CCD 素子。撮像領域サイズ:
30 × 30mm 角、同ピクセルサイズ:15 μ m 角、同ピクセル数:2048 ×
2048 である。完全空乏裏面照射型で厚み 200 μ m を備える。素子自体は
接触可能であり、モザイク配置が可能である。
他の主要目的として「宇宙の大規模構造の進化」
「宇宙
の超高エネルギー粒子の起源の探査」
「暗黒物質・暗黒
エネルギーの探求」が挙げられます。いずれも、現代
天文学・物理学の最先端・最重要テーマに直球勝負を
挑んでいます。
私の研究室はこの衛星計画の中核を担っており、特
に新型の X 線 CCD カメラの開発を行っております。図
4 は私達の研究室が、大阪大学、国立天文台、浜松ホ
トニクス社と共同で開発した新型の P チャンネル型 CCD
素子です。従来の CCD は電子を集めるタイプで、中間
図 5:新型の P チャンネル型 CCD 素子(Pch2K4K (BI、200 μ m))と従来
の CCD 素子(FI、42 μ m)それぞれの X 線エネルギーまたは波長に対す
る感度が log-log スケールで書かれている。Pch2K4K は波長の短い X 線と
波長の長い X 線の広い範囲で高い感度を持つ。
鶴 剛 准教授
京都大学 理学部
物理第 2 教室 宇宙線研究室
図 3:Astro-H 衛星の想像図。全長 14m、重量 2.3t、2013 年打上予定。X
線 CCD カメラの他、X 線望遠鏡、X 線マイクロカロリメーター、硬 X 線撮
像検出器、軟ガンマ線検出器を搭載する。
Image courtesy:NEC, JAXA
〒606-8502
京都府京都市左京区北白川追分町
http://www-cr.scphys.kyoto-u.ac.jp/
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ES細胞とiPS細胞を用いた神経難病治療法開発
京都大学 再生医科学研究所
再生医学応用研究部門 生体修復応用分野
高橋 淳
京都大学再生医科学研究所生体修復応用分野では、
植条件の至適化を検討し、前駆細胞の状態で移植し
幹細胞とくに胚性幹細胞(ES 細胞)と人工多能性幹細
たほうが脳内での生着・分化が良いこと(Morizane et
胞(iPS 細胞)を用いた神経難病治療法開発を目指して
al, 2002&2006)、分化誘導 後に神経系細胞のみを選
います。なかでも、胎児黒質細胞移植によって臨床経
別して移植することによって腫瘍形成が抑えられること
験が蓄積されているパーキンソン病を主な対象疾患とし
(Fukuda et al, 2006)、移植時の細胞分散による細胞死
て、ES 細胞、iPS 細胞からのドーパミン産生ニューロン
に対して Rho-ROCK 経路の阻害剤が細胞死抑制効果を
の誘導、細胞移植によるモデル動物の神経症状改善に
発揮すること(Koyanagi et al, 2008)を明らかにしまし
関する研究を行っています。これら多能性幹細胞を用い
た。胎児髄膜にも ES 細胞からのドーパミン産生神経誘
た細胞移植療法の臨床応用にむけて、①動物因子を含
導能があることを見いだし、PA6 細胞との共通因子とし
まない神経誘導、②腫瘍形成抑制のための細胞選別、
て Wnt5a が重要であることを明らかにしました。この
③移植時における細胞死抑制や移植後の免疫抑制、④
方法を用いてヒト ES 細胞からのドーパミン産生神経誘
長期効果と安全性確認など検討すべき点が多々あり、
導にも成功しています(Hayashi et al, 2008)。
現在はこれらをひとつひとつ解決しています。将来的に
は、細胞移植や脳深部刺激療法などを含めた総合的な
神経難病治療に繋げたいと考えています。また、これら
の成果は他の神経変性疾患や脳梗塞などにも応用可能
であると期待されます。
最近の成果として、霊長類モデルにおいても ES 細胞
高橋 淳 准教授
京都大学 再生医科学研究所
再生医学応用研究部門 生体修復応用分野
からのドーパミン産生神経誘導、その移植による神経
〒606-8507
機能改善が可能であることを明らかにしました(Takagi
京都府京都市左京区聖護院川原町 53
et al, 2005)
。また、マウスを用いて神経誘導、細胞移
http://www.frontier.kyoto-u.ac.jp/ca01/
78
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
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宇宙の謎に挑戦するニュートリノ観測装置
東北大学 大学院理学研究科
ニュートリノ科学研究センター
井上 邦雄
中性で非常に軽い素粒子ニュートリノは、物質粒子と
ムランドは、地球内部放射性物質の熱生成に伴うニュー
して宇宙に桁外れに多く存在しています。このニュートリ
トリノ観測に成功し、ニュートリノ地球物理を創出しま
ノの性質を解明することは、力や物質の根源を統一的
した。同様に太陽内部の詳細観測による太陽組成の謎
に理解する素粒子大統一理論の構築とともに私たちが
の解明も目指しています。
住む宇宙の理解に繋がります。また、ニュートリノは物
また、中性のニュートリノは粒子・反粒子の区別が無
質とほとんど相互作用せず、天文学的な距離の物質を
い可能性があり、これは素粒子大統一理論やニュートリ
も容易に突き抜けます。
ノのみが極端に軽い理由、ビッグバンにより無から生じ
高い透過性から補足困難なニュートリノを観測するに
た宇宙になぜ反物質が無いのかなどを解明する鍵となり
は、大量の標的物質で反応確率を稼ぐ必要があり、そ
ます。ニュートリノを放出しない 2 重ベータ崩壊という
のためニュートリノ観測装置は一般に巨大です。物質内
現象はニュートリノに粒子・反粒子の区別が無いときに
で反応したごく一部のニュートリノは、電荷を持つ粒子
生じ、その発生頻度から未解明のニュートリノ質量も決
を生成したり反跳したりします。荷電粒子は様々な手法
定することができます。ごく希なこの現象の探索には極
で観測できますが、東北大学が推進するカムランドは、
低放射能環境が必須であり、カムランドが有する極低
素粒子反応で発光する油(液体シンチレータ)を用いま
放射能環境を活用した世界最高感度での探索も計画さ
す。カムランドは、地下 1000m に 1000t もの液体シン
れています。
チレータを蓄えており、放射性不純物が通常の物質の 1
兆分の 1 という極低放射能環境を実現しています。設置
場所である岐阜県飛騨市の周囲には多くの原子力発電
所があり、核分裂に伴い放出される反電子ニュートリノ
を平均 180km の距離で観測することができます。カム
ランドでは、その反電子ニュートリノが減少・復元を繰
り返すニュートリノ振動を高精度で観測することに成功
し、太陽からの核融合起源ニュートリノが太陽の明るさ
と比べ有意に少ないという太陽ニュートリノ問題を解決
しました。伝搬様式が理解できたニュートリノは、その
高い透過性を活かして不可視の天体内部の観測に応用
カムランドでのニュートリノ観測
できます。最も身近でありながら多くの謎が残る地球を
理解するには、内部での熱生成解明が不可欠です。カ
井上 邦雄 教授
東北大学 大学院理学研究科
ニュートリノ科学研究センター
〒980-8578
宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 6-3
建設時の観測装置内部
http://www.awa.tohoku.ac.jp/
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液晶フォトニックデバイス|バナナ形液晶の科学と応用
東京工業大学 大学院理工学研究科
有機・高分子物質専攻 ソフトマテリアル物理分野
竹添 秀男・石川 謙
竹添・石川研究室では有機物、特に液晶を主に物性、
る空間変調構造の作成とその固定化により可視全域に
機能の観点から研究している。我々はこれまで反強誘
わたる発振波長チューニングに成功している。また、後
電相とその副次相(1989 年)、バナナ形液晶相(1996 年)
述の RGB 反射板に色素を導入し、RGB の同時レーザー
などを発見し、これらは、現在、液晶の科学の大きな
発振に成功している。今後は連続レーザー発振や電流
分野を形成するに至っている。液晶の応用といえばディ
注入型デバイスなどの実現を目指す。
スプレイだが、ディスプレイ以外の応用も積極的に進め
本研究室ではこれまで、上記レーザー発振以外にも、
ている。特に、液晶の周期構造を用いたフォトニックデ
コレステリック液晶とネマチック液晶の組み合わせによ
バイスはそのひとつである。液晶以外にも電子機能、光
る、片側からしか光が透過しない光ダイオードや、1 ピッ
機能をもった有機物も数多く手がけている。これらの中
チ程度の薄いコレステリック薄膜ごとに等方的な欠陥層
から 2 つの研究を紹介する。詳しくは研究室ホームペー
の導入による RGB の同時(白色)反射膜の作製に成功
ジを参照いただきたい。
している。また、アゾポリマーの光誘起周期構造を転写
http://www.op.titech.ac.jp/lab/Take-Ishi/
することにより周期構造を形成し、その上に有機 EL デ
1.液晶フォトニックデバイス
バイスを形成し、光取り出しの効率向上を実現している。
有機 EL デバイスに上記コレステリック液晶フィルムやネ
液晶は自発的に様々な周期構造を形成する。たとえ
マチック液晶層を導入することでロスの少ない発光の偏
ば、コレステリック液晶では、らせん状に分子が配列す
光制御にも成功している。
る。このらせんが光学波長程度の周期を持つとき、液
晶自体の持つ誘電的な異方性により、誘電体多層膜構
2.バナナ形液晶の科学と応用
造と同様に 1 次元フォトニック効果を示す。通常、フォ
「 く」 の 字 に曲 がった 屈 曲 形 液 晶 は 1930 年 頃 に
トニック構造を作るためには、ナノメートルオーダーとい
Vorländer によってすでに合成されている。しかし、液
う微小スケールでの加工技術が必要となるが、コレステ
晶には向かない分子ということで、長い間、興味の対象
リック液晶のらせんは自発的に形成されることに加え、
にはならなかった。日本では 1993 年に松永らによって
その周期は添加物や温
合成されたが、その時には液晶性の報告のみであった。
度・電 場などにより容
しかも、一方、Cladis と Brand は反強誘電性液晶の電
易に制御できるため大
気光学応答の論文中で、C2v の対称性を持つ、SmCP 相
がかりな加工は必要な
のモデルを提示している。これが現在最も広く研究され
く、この点で大きな利
ている B2 相類似の相である。しかし、このような研究
点を持つ。
にも関わらず、松永らのつくった液晶の物性を実際に測
コレステリック液晶に
定してみる研究者はいなかった。同じ専攻の渡辺順次
レーザー色素を添加し
教授がこの液晶を我々の研究室に持ち込んだのはそん
励起させると、発光の
なある日のことであった。間もなく我々はスイッチング
閉じこめが起こりスペク
電流測定から極性を持つ液晶相であることを確認した。
トルの狭線化が起こる。
これが、バナナ形液晶との出会いである。ケント大学で
我々の研究室では、こ
行われた液晶国際会議 (1996) で我々が発表すると、堰
れを利用した有機レー
を切ったようにバナナ形液晶の研究が始まった。我々の
ザー発光デバイスの研
最初の論文の引用件数は 600 件近くに上り、平均する
究を行っている。最近
とほぼ毎週 1 度引用されている勘定になる。
では低分子拡散法によ
バナナ形液晶の興味は多岐にわたっている。極性構
80
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造の観点から大切なことは、バナナ形液晶が不斉炭素
を含まない液晶系での初めての強誘電性、反強誘電性
相である点である。一方、バナナ形液晶は不斉炭素を
含まないにも関わらずキラリティを発生させる不思議な
性質を持っている。最近、我々は様々な方法でキラリティ
の制御に成功している。その他、従来の液晶系には見
られない複雑な分子配列構造と層構造、特異な非線形
光学効果などの基礎科学的な興味ばかりではなく、新
しい高速液晶ディスプレイの可能性も秘めている。
竹添 秀男 教授
石川 謙 准教授
東京工業大学 大学院理工学研究科
有機・高分子物質専攻 ソフトマテリアル物理分野
〒152-8552
東京都目黒区大岡山 2-12-1
竹添 秀男
http://www.op.titech.ac.jp/lab/Take-Ishi/
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燃料電池に関する研究・CO2地中貯留の研究
―CO2排出の削減を目指して―
東京工業大学 炭素循環エネルギー研究センター
平井・津島研究室
平井 秀一郎・津島 将司
東京工業大学炭素循環エネルギー研究センターは、
これらは一見すると大きく異なる研究対象のようです
大気中への CO2 削減の基盤研究を推進することを目
が、いずれも、熱および物質の輸送、相変化、化学反
的として設立されました。特に、化石燃料の使用を前
応などを伴っており、かつ、多孔質のような複雑な流路
提としながらも、大量の CO2 排出に対して実現可能な
内における現象を対象とする点で多くの共通点がありま
CO2 削減技術開発を目的として、京都議定書のわが国
す。このような背景から我々の研究室では、実験と数値
の CO2 削減目標の達成に技術的に寄与すると共に、
「化
解析に基づく現象の解明に加えて、新たな計測技術の
石燃料の高度有効利用技術」、
「ソーラーハイブリッド燃
開発も行っています。たとえば、固体高分子形燃料電池
料生産技術」
「燃料電池による高効率発電技術」
、
を
「地中・
においては、電解質として使用される固体高分子陽イオ
海洋貯留等の CO2 回収・固定化技術」と統合化し、
「炭
ン交換膜の含水状態が電池性能に大きく影響を及ぼし
素系燃料を使用しつつ大気中の CO2 濃度の増大を抑制
ます。しかしながら、高分子膜は非常に薄いだけでなく、
できる地球規模での炭素循環システム」
(
「エネルギー
電池内部に位置しているため直接的な可視化(当時、高
調和型二酸化炭素削減技術」
)を社会システムとして構
分子膜内の水分は厚さ方向にも、面方向にも空間的な
築するためのハード面からの研究を推進しています。こ
不均一が生じると考えられていました)が困難です。こ
こでは、化石燃料を一次エネルギーの出発点としながら
れを解決するために、医療用などで広く用いられる磁気
も、火力発電所などの大型定置型エネルギーシステム
共鳴イメージング(MRI)という計測技術に着目し、燃
から排出される CO2 は回収 ・ 貯留します。一方、自動車
料電池内部の固体高分子膜中の水分布の計測に世界で
などの小型分散型エネルギーシステムにおいては、個別
はじめて成功しました(図 2)。これにより、燃料電池の
の CO2 回収が困難であることから、化石燃料を水素へ
発電にともなって、膜内に水分の濃度勾配が形成され
転換し、水素転換の際に発生する CO2 を回収・貯留す
ることを示し、電解質膜内部における電気浸透と濃度
ることで、大気中への CO2 排出の大幅な削減を目指し
拡散の影響を明らかにしました。MRI 計測技術は、CO2
ています。このようなエネルギーシステムの実現のため
地下貯留の研究においてもその有用性が実証されてい
に、我々の研究室では、分散型エネルギーシステムに
ます。我々は、地下環境を模擬した多孔質内での CO2
おける水素利用技術としての燃料電池に関する研究、な
と水の挙動について、MRI を用いることで、はじめて観
らびに CO2 地中貯留の研究を行っています(図 1)。
察に成功しています。その結果、水分を含んだ多孔質に
図 1 エネルギー調和型二酸化炭素削減技術のコンセプト
化石燃料を一次エネルギーの出発点としながらも、大気中への CO2 排出を
大幅に削減できる。
図 2 固体高分子電解質膜内の水分濃度の MRI 計測結果
薄い電解質膜の厚み方向の水分布を示しており、それぞれの画像中、右側
が水素側、左側が酸素側である。燃料電池の発電量の増加とともに、水素
側の水分濃度が低下していることが明らかになった。
82
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
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CO2 を注入する場合、一部の多孔質空隙には水が残留
することが示されました。このような知見は、地下環境
での CO2 貯留可能量と深く関係するため、CO2 の長期
安定貯留の実現に向けて基礎的な実験データを低給す
るものです(図 3)
。平成 20 年 6 月には、文部科学省グ
ローバル COE プログラムに、
平井秀一郎教授を拠点リー
ダーとした「エネルギー学理の多元的学術融合」が採択
され、これまでの研究の一層の推進とともに、将来の
人材育成のための教育についても、国内外から期待さ
れています。
図 3 CO2 地下貯留を模擬した多孔質内の注入 CO2 の分布を MRI により可
視化した結果
注入前(左)には一様に水分が存在している。注入後(右)も、一部の水
分が多孔質内に残留していることがわかる。
平井 秀一郎 教授
津島 将司 准教授
東京工業大学 炭素循環エネルギー研究センター
平井・津島研究室
〒152-8552
東京都目黒区大岡山 2-12-1
http://www.mep.titech.ac.jp/ TANSO/hirai_index-j.html
平井 秀一郎
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
津島 将司
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原子力を利用した炭素循環型エネルギーシステム
東京工業大学 原子炉工学研究所
エネルギー工学部門
石油が足りません!
加藤 之貴
糖化・発酵で環境に失われます。そこで、原子力の活用
が期待できます。原子力エネルギーは熱または電気に
近年、世界的に化石資源の消費が増え資源の枯渇が
変換され、その熱・電力を用いて水素(原子力水素)が
大きな不安要因になっています。例えば原油の長期的不
製造できます。図 2 に提案する炭素循環型バイオマス・
足感から原油価格の高騰・不安定状態が続いています。
原子力協働エネルギーシステムを示します。原子力エネ
また、京都議定書が目指すように二酸化炭素発生削減
ルギー由来の熱を利用することでバイオマスの高温ガス
のため、脱化石資源の動きが重要となっています。この
化、また水素を利用することでバイオマスの軽質化が行
解決に炭素の循環再利用が有効と考えます。循環利用
え、バイオマス単位量あたりの炭化水素燃料収率を最
には何らかの二酸化炭素を排出しないエネルギー源を
大 3 倍程度向上することが期待できます。本系は太陽
必要とします。量的な観点から原子力エネルギーがもっ
と原子力をエネルギー源に炭素を高効率に循環再利用
とも現実的な選択肢と考えられます。そこで当研究室で
するカーボンニュートラルな(系全体で炭素量の増減が
は原子力を用いた炭素循環型エネルギーシステムを提案
無い)システムです。本研究室ではメタン、エタノール
し、この実現に向けての研究開発を進めています。
等の炭素資源を用いた炭素循環システムの実証研究開
原子力を用いた
炭素循環型エネルギーシステムの開発
発を進めています。資源をほとんど持たないわが国に
とって、この炭素循環型エネルギーシステムは化石燃料
依存からの脱却と二酸化炭素排出抑制を両立できる有
次世代自動車として燃料電池や二次電池の利用に注
効な手段と期待できます。原子力エネルギーが石油代替
目が集まっています。しかしながら燃料電池や電池の高
エネルギー製造にも活用可能なことがご理解頂ければ
価格・資源量制約などが課題です。バイオエタノールに
幸いです。
代表されるバイオマス由来の液体燃料は二次電池に比
炭酸同化作用
べエネルギー密度が格段に高く、液体のため貯蔵、輸
太陽光
送、充填が簡易な点に利があり、自動車用の石油代替
排出CO2
植物(バイオマス)
燃料変換損失
水素・熱
の低減
エネルギーとして有力な候補です。一方で、トウモロコ
シ等はバイオマス燃料源として需要が高まった結果、そ
の価格が高騰し市場の混乱を招いております。このため
利用燃料
の増大
バイオマスエネルギーのより効率的な利用が望まれてい
ます。図 1 にバイオマス利用システムを示します。一般
的にバイオエタノール製造ではバイオマス原料の約 1/3
燃料
(バイオエタノール)
変換量の増大
原子力
炭素の流れ
図 2 提案する炭素循環型バイオマス・原子力協働エネルギーシステム
がエタノールに変換されますが、残り 2/3 は製造過程の
炭酸同化作用
太陽光
排出CO2
植物(バイオマス)
加藤 之貴 准教授
東京工業大学 原子炉工学研究所
燃料の
社会利用
エネルギー工学部門
糖化・発酵損失
燃料
(バイオエタノール)
炭素の流れ
〒152-8550
東京都目黒区大岡山 2-12-1-N1-22
[email protected]
図 1 従来のバイオマス利用型カーボンニュートラルシステム
84
http://www.nr.titech.ac.jp/ yukitaka/
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GFP標識ファージによる大腸菌O157:H7の迅速検出
東京工業大学 大学院生命理工学研究科
生物プロセス専攻 生物化学工学分野
丹治 保典
腸 管出血性 大 腸菌(EHEC) による細菌感 染 症は、
溶菌を起こすことなく細菌の検出が可能となる。PP01
1996 年以降、国内で継続的に発生している。感染者
ファージに GFP 蛍光標識を行った PP01-GFP(e–) ファー
から検出される EHEC の血清型は O157:H7 が最も多く、
ジを用いた大腸菌 O157:H7 の検出結果を示す ( 図 2)。
発生源や感染経路の特定には迅速な病原菌の検出が必
溶菌能を欠失させることにより、ファージ被感染細胞が
須である。しかし、公定法に基づく大腸菌 O157:H7 の
鮮明に蛍光を発していることがわかる。
検出には、幾つかの培養操作を必要とすることから 2
~ 3 日程度の時間を要する。感染源の特定や、治療指
針の決定には迅速で高感度な検出法の確立が必須であ
る。
新技術である緑色蛍光タンパク質(GFP)でラベルし
たファージによる、特定細菌の検出原理を図 1 に示す。
GFP は 2008 年のノーベル賞受賞者である米ボストン
大学名誉教授下村氏が 1962 年にオワンクラゲから分
離精製したタンパク質である。GFP に紫外線を当てると
緑色の蛍光を発する。一方、ファージは細菌に感染す
るウイルスであり、感染する相手(宿主)を厳密に見
分ける能力を持つ。例えば、ブタ糞便から独自に分離
した PP01 ファージは大腸菌 O157:H7 だけに感染し、
他の細菌や血清型の異なる大腸菌には感染しない。こ
のようなファージ感染の宿主認識特異性は、ファージの
図 2 蛍光標識ファージによる大腸菌 O157:H7 の検出
(上)明視野 (下)蛍光視野
細菌とファージの接触時間 は 100 分。
足先(テールファイバー)先端に存在するリガンドタン
パク質と宿主レセプターとの特異的結合に由来する。
PP01 ファージの場合、大腸菌 O157:H7 の表層に提示
される外膜タンパク質 C(OmpC)がレセプターとして
ファージは宿主である病原菌を殺す能力を持つ。こ
機能する。大腸菌 O157:H7 と非病原性一般大腸菌であ
の性質を利用すると、ファージによって病原菌を制御す
る K12 の OmpC アミノ酸配列を比較すると 97%一致し
ることができる。現在、大腸菌 O157:H7 や黄色ブドウ
た。しかし、PP01 ファージのリガンドは僅か 3%の違い
球菌をファージでコントロールする研究も同時に進めて
を厳密に見分けた。ファージテールファイバーは高感
いる。
度分子認識センサーといえる。
丹治 保典 准教授
図 1 蛍光性ファージによる細菌の検出原理
東京工業大学 大学院生命理工学研究科
生物プロセス専攻 生物化学工学分野
ファージは宿主に感染した後、感染後期に溶菌酵素
〒226-8501
を発現し宿主を溶菌する。そこで、溶菌酵素の発現を
神奈川県横浜市緑区長津田町 4259 J2-15
欠損させた蛍光標識ファージを分子構築することで、
http://www.biochemeng.bio.titech.ac.jp/
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高性能なバイオポリエステルを合成する微生物の開発
東京工業大学 大学院総合理工学研究科
物質科学創造専攻
柘植 丈治
近年、地球温暖化、酸性雨、海洋汚染、生態系の破
壊など、深刻な地球環境問題が提起され、地球環境と
調和する人間社会の形成が全世界的な課題となってい
ます。当研究室では、持続可能な社会を実現するため
の科学技術の一つとして、再生可能な植物資源(糖、植
物油)や二酸化炭素から生分解性を有するバイオポリエ
ステルを微生物合成し、それらを高性能材料にするため
の基礎研究を進めています。とくに、バイオテクノロジー
を駆使して、バイオポリエステルの生合成、関連酵素遺
伝子の取得と解析、高生産微生物の分子育種、そして、
バイオポリエステルを約 80 wt%蓄積した遺伝子組換え微生物。
白い顆粒状に見える部分がポリエステル。
生体高分子の構造解析と機能開発、生分解性高分子の
材料設計に関して、高分子科学と生物科学の両面から
する遺伝子組換え微生物を用いて、同一の大豆油を原
研究を進めています。
料に用いても、共重合体の 3HA モル組成を 9 ~ 32 モ
ル%の任意の値で合成する手法を開発しました(Tsuge
et al, Macromol Biosci, 2009)。これは、ポリエステル
を重合する酵素にアミノ酸置換を導入し、基質認識を
変化させることで可能になりました。P(3HB-co-3HA) は、
モノマー組成比に応じて繊維やフィルムに加工すること
ができる高性能バイオポリエステルです。このようなバ
イオマスを原料として作られるプラスチック製品は、近
数多くの微生物は、エネルギー貯蔵物質としてヒドロ
い将来、全プラスチック生産量の 20%を占めると予想
キシアルカン酸のポリエステルを生合成し、体内に顆粒
されています。
状に蓄えています。これらバイオポリエステルは、自然
環境中の微生物によって完全に分解され、最終的に無
機化される生分解性プラスチックです。この環境に調和
する生分解性のバイオポリエステルを、再生可能な炭素
源から効率よく大量に微生物生産するシステムの開発が
大きな目標です。これまでに、高性能バイオポリエステ
ルを生産する微生物からポリエステル生合成遺伝子を
取得し、その機能の解析をするとともに、安価な植物
油から共重合ポリエステルを大量に生産する遺伝子組
換え微生物の分子育種に成功しました。現在では、遺
伝子工学、代謝工学、タンパク質工学、進化分子工学
柘植 丈治 准教授
の各基礎技術を応用し、ポリエステル生産のための微
東京工業大学 大学院総合理工学研究科
生物代謝を最適化することに取り組んでいます。
物質科学創造専攻
最近我々は、 炭素鎖数 4 の (R)-3- ヒドロキシ酪酸
〒226-8502
(3HB)と炭素鎖数 6 ~ 12 の (R)-3- ヒドロキシアルカ
横浜市緑区長津田町 4259 J2-47
ン酸(3HA)からなる共重合体 P(3HB-co-3HA) を合成
http://www.iem.titech.ac.jp/tsuge/
86
日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
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柔らかく生体に優しいウエアラブルバイオセンサ
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
システム研究部門 計測分野
工藤 寛之
東京医科歯科大学・生体材料工学研究所 計測分野
少ない、長時間計測に配慮した構造となっています。セ
では、
「センシングバイオロジーに関する基盤技術の戦
ンサの作用電極に 650mV(v.s. Ag/AgCl)の定電位を印
略的推進事業」をはじめ、生体液成分や揮発性生体情
加し、グルコース酸化酵素の反応生成物を検出すること
報などの非侵襲計測のためのバイオデバイス、及びその
でグルコースを定量します。評価の結果、ウエアラブル
医療応用に関する研究を行っています。
グルコースセンサを用いることで、0.06-2.00mmol/l の
近年、社会の高齢化に伴い、人々の健康に対する意
濃度範囲でグルコースの定量(相関係数:0.997)が可
識も飛躍的に向上しています。国民一人一人の健康を向
能でした。健常者の涙液中に含まれるグルコースはおよ
上させるためには、各種生体計測による予防医療の強
そ 0.14-0.23mmol/l であり、本センサを用いることで涙
化が重要です。特に被験者に意識させることなく各種生
液中のグルコースを連続的に評価可能と期待されます。
体情報をモニタリングする非侵襲計測技術は、次世代
現在は、PDMS を成型したコンタクトレンズ上に薄膜
の医療を支える基盤的技術として期待されています。こ
電極を形成する技術を開発し、コンタクトレンズ型のグ
うしたセンサには、既存の物理・化学センサに求められ
ルコースセンサへと研究を展開しています。コンタクトレ
てきた感度や信頼性といった性能のほか、装着感や生
ンズを装着しているだけで涙液中のグルコースを連続的
体適合性など生体計測用のセンサに特有の機能も要求
にモニタリングできれば、血糖値の非侵襲連続評価に
されます。
有効です。また、本センサは単に柔軟なだけでなく、貼
付部位の伸びや形状変化に対しても追従できるため、
眼部のみならず皮膚への装着や体内への埋め込み等、
多様な部位・計測対象への応用が可能です。以上、柔
軟性と生体適合性を特徴とした新しいバイオセンサは、
ユビキタス時代における新しい生体センシング技術の創
出と、国民の健康の向上に寄与するものと期待されます。
図 1.ウエアラブルバイオセンサの外観写真
そ こ で、 我 々 は 機 能 性 高 分 子 材 料 で
あ
る polydimethylsiloxane (PDMS) や
2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine (MPC) と
dodecyl methacrylate (DMA) の共重合体(PMD)を材
料とすることで、眼部における涙液成分の連続モニタリ
ングを目的とした、柔軟で生体適合性に優れたウエアラ
工藤 寛之 講師
ブルグルコースセンサを開発しました(図 1)。本センサ
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
は、厚さ 350μm の PDMS 上に、半導体技術を用いて
システム研究部門 計測分野
薄膜電極を形成し、感応部にグルコース酸化酵素(GOD)
〒101-0062
を含む PMD を硬化させることで包括固定化したもので
東京都千代田区神田駿河台 2-3-10
す。感応部に PMD を用いることで、装着時に異物感の
http://www.tmd.ac.jp/i-mde/www/
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87
高校生諸君、研究者を目指すなら医学部も候補に!
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
(医学部生理学)
水島 昇
医学部に入ったら自分の将来は医者になるしかないと
いような研究であっても、そのような基礎力が医学の発
思っていませんか?
展には重要なのです。これは過去の歴史が物語っていま
実は医学部を卒業しても、将来の進路は多様です。
す。
もし生物や研究に興味があれば、是非医学部も進学先
研究をしたいなら、わざわざ 6 年もかかる医学部に行
の候補として考えてみてください。
医師不足が問題になっ
かなくてもよいのではないかと思うかも知れません。し
ている現在、医学部を卒業しておきながら医者になら
かし研究者は多様であるべきで、人間生物学としての医
ないなど不届きものだと思うかたも多いかも知れません
学を学んだ者が研究者の仲間に加わることはとても大
が、もう少し先まで考えてみましょう。
事なことです。基礎研究に転向した人はどちらかという
医学部には直接診療に携わる臨床医学の講座と、診
と「変わり者」と思われるかも知れませんが、そのよう
療には携わらずに研究活動を中心とする基礎医学の講
な研究者が多数これまで活躍してきたのも事実です。確
座があります。基礎医学講座では医学部卒業の研究者
かに今は医者が足りないかも知れませんが、すでにその
と、他の学部出身の研究者が協力して研究しています。
対応は始まっています。一方で、医学部出身の研究者の
今や医学・生命科学の研究は総力戦であり、特定の分
数も大きく減っていると考えられており、こちらはどう
野だけでは太刀打ちできません。また、研究にはすぐ
も対応が遅れているようです。このままでは日本の医学
に病気の治療や診断につながるものから、今年のノー
研究力が低下しかねません。そこで、
「医学部に行って
ベル賞のクラゲ蛍光タンパク質のように何十年もかかっ
研究者になる」ということが決して変わり者のすること
て医学に欠かせないツールに成長するものまでいろいろ
ではなく、むしろ必要で大切なことであることをまずは
タイプのものがあります。いずれもが私たちの財産にな
知っていただき、是非将来の選択肢に加えていただきた
り、将来への投資となります。今は一見病気とは関係な
いと思います。
水島 昇 教授
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
(医学部生理学)
〒113-8519
東京都文京区湯島 1-5-45
http://www.tmd.ac.jp/med/phy2/phy2-J.html
88
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金属とプラスチックをレーザで直接接合
大阪大学 接合科学研究所
接合機構研究部門 レーザ接合機構学分野
片山 聖二
これまで、金属とプラスチックを接合するには (1) 接
ラスチック母材で破断し、LAMP 接合の強度が確かめ
着剤による溶着、もしくは (2) 機械的な結合という方法
られました。接着剤による溶着と比較して、引張せん断
が使われてきました。しかし (1) では、接着に長時間が
強度は高い(特に受入れ材)ことがわかっています。ま
かかる、接合強度がばらつく、はく離接着強度が弱い、
た、はく離接着強度に対しても強いことが確かめられて
VOC 規制(揮発性有機化合物の排出抑制)の対象とな
います。
る、適正な保管・管理が必要となる、また (2) では、設
計の自由度が制限される、別の機械加工工程が必要で
ある、接合用部品が必要である、平坦でない、などの
課題がありました。
大阪大学接合科学研究所レーザ接合機構学分野(片
山研究室)では、金属とプラスチックをレーザで直接接
合するという画期的な接合方法「LAMP(Laser Assisted
4.LAMP 接合のメリット
Metal and Plastic)接合」を開発しました。
1.LAMP 接合の方法
LAMP 接合には、以下のようなさまざまなメリットが
あります。
プラスチックと金属の板を重ね合わせて固定保持し、
・短時間で固化・強化できる
プラスチック側もしくは金属側から連続またはパルス
・自動化が容易
レーザを照射して、重ね部のプラスチックを溶融させ、
・接合部が長時間安定
一部気泡を発生させて接合を行います。
・金属の表面状態の影響が少ない
レーザ光透過性が高いプラスチックの場合、レーザエ
・はく離接着強度が高い
ネルギーが金属板に充分投入され、レーザによるダメー
・適切な条件下で得られた接合部は強度のばらつきが
ジがプラスチック表面に現れなければ、プラスチック側
からレーザ照射できます。板厚 2mm 程度のプラスチッ
ク板の場合、レーザ透過度は通常、約 70%以上必要で
す。レーザ透過性が低い(約 60%以下)場合、金属板
側からレーザを照射します。
2.LAMP 接合の可能な材料など
<エンジニアリングプラスチック>
少ない
・接 着剤を用いないため揮発性有機化合物の排出を大
幅に削減できる
・接 着剤やリベットを用いないため、これらのコスト、
サイズの制限がない
・接着剤や部品の保管、品質管理が不要
同じ原理を用いて、他材料の接合にも可能性が広がっ
ており、現在、新しい研究を進めています。
非結晶性、結晶性およびガラス繊維入り結晶性ポリアミ
ド(PA)
(ナイロン)、非結晶性ポリカーボネート(PC)、
非結晶性ポリエチレンテレフタレート(PET)など
<金属材料>
片山 聖二 教授
オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304)、 鉄 鋼 材料
大阪大学 接合科学研究所
(SPCC)
、純チタン、アルミニウム合金など
3.LAMP 接合の強度
引張せん断試験を行ったところ、接合部分近傍のプ
接合機構研究部門 レーザ接合機構学分野
〒567-0047
大阪府茨木市美穂ヶ丘 11 番 1 号
http://www.jwri.osaka-u.ac.jp/ dpt5/
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D-アミノ酸の効率的合成に関係する酵素の構造と機能
―アミノ酸アミドのラセミ体に対しD型と特異的に反応し
D-アミノ酸を分離する酵素の構造と機能−
山根 隆1、鈴木 淳巨1、岡崎 誠司1、米田 英伸2、浅野 泰久2
(1 名古屋大学大学院工学研究科 化学・生物工学専攻、2 富山県立大学工学部 生物工学科)
1.はじめに
用いて D 体のみを加水分解し、D- アミノ酸を得る方法
である。このように、D- アミノ酸を合成する酵素法に
我々の体の主要成分であるタンパク質はアミノ酸でで
おいては、D- アミノ酸アミダーゼやアルカリ D- ペプチ
きている。アミノ酸は、図 1 に示すように、L- アミノ酸
ダーゼが利用されているが、D 体のみを特異的に加水
と D- アミノ酸の 2 つの鏡像異性体が存在する。これは
分解する酵素の需要はますます高まっている。
炭素原子に異なる 4 つの原子または置換基(水素、ア
ラセマーゼは 1 個の不斉原子しか含まない基質分子
ミノ基(-NH2)
、カルボキシル基(-COOH)
、側鎖(R 基)
を異性化(例えば L- アミノ酸を D- アミノ酸に変換)す
が結合しているためである。このような原子を不斉原子
る酵素で、アミノ酸に作用するものとしては、アラニン
という。アミノ酸のように不斉炭素を持つ化合物を普通
ラセマーゼやセリンラセマーゼが有名である。D 体のみ
に合成すると、D 型と L 型の混合物(ラセミ体)が産生
に特異的に作用する酵素(D 体特異的酵素)とラセマー
される。
ゼを組み合わせると、図 2 に示すように非常に効率的に
D- アミノ酸を生産することが可能となる。(1)
図 1.鏡像関係にある L- アミノ酸と D- アミノ酸
図 2.2 種類の酵素の併用によるアミノ酸アミドの効率的な光学分割
生物の誕生以前の原始世界では、L- アミノ酸と D - ア
ミノ酸がほぼ同量作られていたと思われる。しかしなが
筆者らはラセミ体のアミノ酸アミドに対し D- アミノ酸
ら、タンパク質合成に使われるアミノ酸は L- アミノ酸で
アミドのみに作用する酵素、D- アミノ酸アミダーゼと、
あり、D- アミノ酸は使われない。ただし、D- アミノ酸
アミノ酸アミドのみをラセミ化するラセマーゼの機能(な
は、微生物の生産する抗生物質や、細胞壁中のペプチ
ぜ D 体のみを加水分解できるのか、など)をその立体
ドグリカン層には存在する。このため、D- アミノ酸は、
構造を基に研究している。
医薬品、除草剤、食品添加物の合成中間体として、近
年需要が伸びている。最近では、分析技術の進歩によ
2.D- アミノ酸アミダーゼの構造と機能
り、下等生物から高等生物に至るまで、D- アミノ酸が、
高 い D- 立 体 選 択 性 を 有 す る 酵 素 として、 細 菌
脳や神経や目の水晶体などに、微量ながら幅広く存在
Ochrobuctrum anthropi 由来の D- アミノ酸アミダーゼ
することが明らかになってきた。高等生物では、D- アミ
(DAA)が単離された。DAA は、フェニルアラニンやト
ノ酸はアミノ酸ラセマーゼにより生合成されると考えら
リプトファンなどのかさ高い疎水性側鎖を有するアミノ
れている。
酸アミドを D- 立体選択的に加水分解し、D- アミノ酸と
工業的には、L- アミノ酸はほとんどが発酵法により生
アンモニアを生成するセリンプロテアーゼであり、酵素
産されているが、D- アミノ酸の生産は酵素法が主流で
法において有用な酵素である。DAA の構造の解明から、
ある。酵素法では、浅野らによりアミノ酸アミドのラセ
産業上有用な変異 DAA を創出することが可能となる。
ミ体から、D 型と L 型を分離する光学分割法が提案さ
それ故、X 線結晶構造解析に基づく DAA の立体構造と
れている(図 2)
。これは、アミノニトリルから合成した
機能の解明を行った。
ラセミ体のアミノ酸アミドを、D- アミノ酸アミダーゼを
DAA は、2 つのドメイン(α/β ドメインと、ヘリカルド
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メイン)により構成され、活性部位は両ドメイン間の溝
C4' はシッフ塩基中間体を形成していた。ACL ラセマー
に位置している(図 3)。生成物の D-フェニルアラニンと
ゼの競争阻害剤である ε- カプロラクタムは、Trp49 と
の複合体の構造も解析し、DAA の基質の認識機構が示
Tyr137 の側鎖で挟まれた位置に存在していた。また、
唆された。基質の側鎖は、疎水性ポケットに位置してお
他の型のラセマーゼとの比較により、ACL ラセマーゼの
り、DAA のかさ高い疎水性側鎖を持つ基質を好むとい
反応の進行に必須な塩基の候補として Tyr137と Asp210
う機能が構造から裏付けられた。さらに、生成物 D-フェ
が同定された。ACL ラセマーゼのアミノ酸アミドに対す
ニルアラニンと求核基の Ser60 はアシル中間体を形成し
る活性向上に寄与すると思われる残基も推定された。
ていて、その位置から脱アシル化の際の求核水分子で
この研究成果は Biochemistry に最近発表された。
あると考えられる水分子も見出された。DAA と類似酵
素との構造比較を行い、DAA にはペプチダーゼ活性が
無い理由も、DAA の構造から理解することができた。(2)
基質の鏡像異性体である L-フェニルアラニンアミドとの
複合体の構造を解析し、D-フェニルアラニンとの複合体
の構造と比較することにより、DAA の高い D- 立体選択
性を生み出している 3 つの構造的特徴が示唆された。
図 4.ACL ラセマーゼの構造の模式図
N 末端ドメインは紫、PLP 結合ドメインは赤、
C 末端ドメインは緑で示している。
引用文献
1. Dynamic kinetic resolution of amino acid amide
catalyzed by D-aminopeptidase and α-amino-ε-
図3. DAAの構造の模式図
赤はα-ラセン、黄色はβ-ストランドを示す。DAAに結合して
いるD-フェニルアラニンは空間充てんモデルで示している。
caprolactam racemase. Yasuhisa Asano and Shigenori
Yamaguchi, J. Am. Chem. Soc. , 127, 7696-7697 (2005).
3.α- アミノ -ε- カプロラクタム(ACL)
ラセマーゼの構造と機能
2. Crystal structure and functional characterization
of a D-stereospecific amino acid amidase from
Ochrobactrum anthropi SV3, a new member of the
多くのピリドキサル 5’- リン酸(PLP)依存ラセマー
penicillin-recognizing proteins. Seiji Okazaki, Atsuo
ゼはアミノ酸をラセミ化するが、細菌 Achromobacter
Suzuki, Hidenobu Komeda, Shigenori Yamaguchi,
obae 由来の α- アミノ-ε- カプロラクタム(ACL)ラセ
Yasuhisa Asano and Takashi Yamane, J. Mol. Biol .,
マーゼは、アミノ酸ではなく、ACL などの環状アミドの
368(1), 79-91 (2007).
ラセミ化を触媒する独特な PLP 依存ラセマーゼである。
3. Properties of α-amino-ε-caprolactam racemase
ACLラセマーゼは D,L-ACL からの L-Lys の産業的生産や、
from Achromobactor obae . Syed Ashrafuddin
D,L- アミノ酸アミドからの D- アミノ酸の合成に利用さ
Ahmed, Nobuyoshi Esaki, Hidehiko Tanaka and Kenji
れ、産業上有用な酵素である。ACL ラセマーゼは I 型の
Soda, Agric. Biol. Chem . 47(8), 1887-1893 (1983).
(3)
ラセマーゼに分類されるが、I 型のラセマーゼはまだ構
造解析の例が無い。ACL ラセマーゼの立体構造の解明
は、I 型のラセミ化の反応機構を構造学的に理解する上
でも非常に興味深い。それ故、X 線結晶構造解析によ
山根 隆 教授
る ACL ラセマーゼの立体構造の解明を行った。
名古屋大学 大学院工学研究科
ACL ラセマーゼは、3 つのドメイン(N 末端ドメイン、
化学・生物工学専攻 生物機能工学分野
PLP 結合ドメイン、C 末端ドメイン)から構成され、活
〒464-8603
性部位は、3 つのドメインの境界に位置していた(図 4)。
酵素の活性部位にある Lys267 の Nζ と補酵素 PLP の
愛知県名古屋市千種区不老町
http://www.nubio.nagoya-u.ac.jp/nubio2/b2.html
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フォトニック結晶とシリコンフォトニクスで光を操る
横浜国立大学 大学院工学研究院
知的構造の創生部門 電気電子と数理情報分野
馬場 俊彦
最近、光エレクトロニクス分野でフォトニック結晶、
波形整形、メモリーなど、様々な機能を示します。その
シリコンフォトニクスという言葉をよく耳にします。これ
ため、LSI のトランジスタと同様に、大規模な光集積回
らは、ミクロンからナノメートル領域の微細構造が、こ
路の複雑な信号処理を行う基本要素になると期待され
れまで困難とされていた様々な光の操作や光デバイス・
ています。またこのレーザは、共振器が空気にさらされ
回路を実現するという分野です。特に次世代の光情報
た状態でも動作します。空気の代わりに特殊なガスや液
ネットワーク、半導体 LSI チップ、各種センサー、ディス
体、DNA やタンパク質といったバイオ物質などが接する
プレイ、照明などを高性能化すると期待され、研究が
と、動作特性が変化します。これを検知すれば、ナノセ
活発になっています。横浜国立大学工学研究院(馬場研
ンサーとして働かせることもできます。
究室)では、この分野で世界をリードする研究が行わ
れています。
塵や細胞よりも小さなナノレーザ
スローライトを発生させる光導波路
スローライトとは、文字通り「遅い光」です。光は 1
秒間に地球を 7.5 回まわるほど高速ですが、光が通る
物質や構造が特別な条件(巨大な 1 次分散)をもつと
き、光速(正確にはエネルギーを運ぶ光パルスの群速度)
が極端に遅くなります。例えば、極低温下で気体や固体
に極めてコヒーレンスの高い光を照てると、EIT と呼ばれ
る現象により、毎秒 1 メートル以下という極端なスロー
ライトが生じます。もし光速が自由に変えられれば、次
世代光ネットワークの超高速ルーターで必須とされる光
バッファー(光信号の一時蓄積)が実現できると期待さ
れています。ところが実際は、低速化と信号帯域の広帯
図 1 フォトニック結晶ナノレーザの概念図、電子顕微鏡写真、
レーザモードの計算結果。
レーザは、反射鏡で構成される共振器に発光体から
出た光を閉じ込め、光増幅によって発振を起こし、コ
ヒーレントな光を外部に取り出します。レーザの大きさ
は、どれだけ小さな空間に光を閉じ込めるかで決まりま
す。多次元周期構造から成るフォトニック結晶は、従来
のレーザよりもはるかに小さな空間に光を閉じ込めるの
で、レーザを桁違いに小さくすることができます。例え
ば、馬場研究室で実現された世界最小レーザは、光の
実効体積が約 0.01 立方ミクロン(一辺が平均で 250 ナ
ノメートル)
。砂粒や塵どころか、細胞や細菌よりも小さ
いため、
ナノレーザと呼ばれます。また桁違いに低電力・
高速に動作し、単に発光だけでなく、合分波、波長変換、
92
図 2 フォトニック結晶導波路の電子顕微鏡写真と、光パルスの遅延時間
(つまり速度)を外部制御した実験結果。
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域化に排他的な関係があり、また巨大な 1 次分散は信
ありました。一つはシリコン自体が間接遷移半導体のた
号を歪ませる大きな高次分散を伴うという問題もあるた
め、発光しないということです。ただし最近は、高い発
め、スローライトでは情報伝送が難しいとされてきまし
光効率を示す III-V 族半導体をシリコンに直接貼り付け
た。馬場研究室では、フォトニック結晶を利用して広帯
るハイブリッド集積技術が発達し、問題が解消されつ
域化と高次分散抑制の方法を発見し、1 テラビット級の
つあります。もう一つは個々の光デバイスが大きすぎて、
広帯域信号を歪ませることなく自由にスローライト化す
大規模な集積に向かないという点です。これについては、
ることに成功しています。
馬場研究室が細線導波路と呼ばれる小さな導波路を開
負の屈折現象を用いた光学系
発し、これまで難しかった急激な曲げ配線や分岐配線
を容易にしたことで多くの光デバイスが劇的に小さくな
光の屈折は、約 400 年前にスネルの法則が発見され
り、問題が解決されました。近年、インテル、IBM な
て以来、基本的な光学現象として不変と考えられてきま
ど米国 LSI メーカーが研究に参入し、光配線を利用した
した。しかし近年、フォトニック結晶やメタマテリアルと
LSI の高速化、CMOS プロセスによる低コストな光通信
呼ばれるナノ構造を用いると、光が逆方向に曲がる「負
回路の製造などが大きな話題となっています。シリコン
の屈折」が起こることが理論や実験で明らかにされまし
フォトニクスは、光エレクトロニクスの研究開発を根本
た。これを用いると平坦面での集光、回折限界を超え
的に変革しつつあると言っても過言ではありません。
る集光、画像の実結像など、従来は不可能だった機能
が得られます。実際にこのような機能を示すナノ構造の
作製は難しいと考えられていましたが、馬場研究室では
最適設計したフォトニック結晶で集光の様子をとらえる
ことに初めて成功しています。また負の屈折を利用すれ
ば、透明人間のような不可視技術が可能になることも
欧米で議論され、電波を使った模擬実験が行われてい
ます。
光 LSI チップを実現するシリコンフォトニクス
シリコンは、現在の LSI チップに用いられる理想的な
半導体ですが、実は光集積回路を作る上でも多くの利
点があります。何よりも、LSI のために蓄積された高度
図 4 フォトニック結晶とシリコンフォトニクスを組み合わせた
大規模光集積回路の概念。
な CMOS プロセスで作製できるようになれば、圧倒的
に高精度かつ均一な光デバイスが大量一括集積できる
ようになります。ただしこの目標には二つのハードルが
馬場 俊彦 教授
横浜国立大学 大学院工学研究院
知的構造の創生部門 電気電子と数理情報分野
〒240-8501
横浜市保土ヶ谷区常盤台 79-5
http://www.dnj.ynu.ac.jp/baba-lab/index-j.html
図 3 フォトニック結晶に入射させた光が負の屈折を起こす様子。
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馬場研究室
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93
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「産学連携の推進」、
「知的好奇心の喚起」、
「学術のポピュ
ラリゼーション」をコンセプトとし、創刊いたしました。
これからも、人々が学問研究に励み、
それにより若者が夢を抱き、さらには
「日本」という国が希望を持つため、
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94
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ら寄稿いただいています。全国の学生、企業に向けて伝えたい研究成果や、科学を目指す若人たち
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氏名
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※実寸 300pdi 以上の高解像度データをお送りください。
住所 〒
URL(研究室 HP、プロジェクト HP など)
本文(1000 字程度) ※ 2 ページ使用の場合は 2000 字程度
※図面については、JPG、GIF、PPT などのファイルにて別途添付してください。
(実寸 300 dpi 以上)
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は誌上を通じて「産学連携」の支援となることを
日本の学問と研究
目指しています。
は、日本の優れた学問・研究・教育で人類に輝かしき未来と実現
可能な夢が達成されることを願って、微力ながら何とか創刊できるはこびとな
りました。今後の継続発行を目指すため、大学・企業等からの、学術情報誌に
かなう広告掲載を募っております。限られたスペースのため、事前予約制とさ
創刊号
2009
せていただきます。
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日本の学問と研究 創刊号 2009年 初夏
©ZENIS Co., Ltd. All rights reserved.
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編集後記
創刊号は、大学の研究者の方々からのメッセージや研究内容に加え、グローバル COE プログラムを取り
上げました。グローバル COE プログラムは、文部科学省が学問と教育の充実を図るため、非常に応募数が多い中で採択
される、優秀なプログラムです。その期間は5年であり、各拠点も、万全の体制で努力しておられます。私たちも、側面
からできるだけ支援をしたい気持ちにかられました。また、最先端研究紹介では、大学の先生方・研究者の方々がどういっ
た研究をして、どのように社会に還元していきたいのか、そして、希望をもった優秀な若者を求めていることが伝わって
きました。
ご執筆に際しては、初版ということもあり、本誌を理解していただくことに苦労した面もありましたが、本誌のコンセ
プトについての説明を重ね、諸先生方にご快諾いただきました。誠にありがとうございました。
読者の皆様には、本誌については様々な内容にわたっている故、ご意見も様々にあると思いますので、ぜひアンケート
にご協力いただき、次号発刊の折には反映させていきたいと思っています。今後も多岐にわたる様々な内容を掲載し、広
く学問の世界を多面的に見れる雑誌として発行していきたいと考えています。さらに、読みやすさの点からも改良するこ
とを課題としています。
本誌を読んで、一人でも多くの方にご賛同いただき、学問・技術・教育等への指針になればと思っております。最後に、
ご協力いただいた関係各位に心から感謝いたします。
株式会社ゼニス 編集部
株式会社ゼニス / 会社概要
設 立
1998 年 7 月
所在地
本 社: 〒 559-0024 大阪市住之江区新北島 1-1-19-502
TEL: 06-6683-6641 FAX: 06-6683-6643
東京営業所: 〒 112-0013 東京都文京区音羽 1-17-11 花和ビル 411
URL
TEL: 03-5940-7800 FAX: 03-5940-7803
http://www.zenis.co.jp
業務内容
◦翻訳・英文添削・通訳
◦教育用語学 CD 作成等
◦学術企画
◦ビジネスクリエイティング
◦ Web サイト作成・出版
◦大学・研究機関学術支援企画ビジネス
◦産学連携ビジネス
主な取引先
◦政府機関・大学・研究機関等
北海道大学、室蘭工業大学、弘前大学、秋田大学、山形大学、東北大学、新潟大学、筑波大学、千葉大学、東京大学、
東京工業大学、一橋大学、横浜国立大学、横浜市立大学、名古屋大学、名古屋工業大学、京都大学、大阪大学、神戸大
学、兵庫県立大学、岡山大学、広島大学、三重大学、九州大学、熊本大学、宮崎大学、鹿児島大学、徳島大学、香川大学、
東京医科歯科大学、慶應義塾大学、早稲田大学、明治大学、東京医科大学、玉川大学、藤田保健衛生大学、奈良先端技
術大学院大学、北陸先端科学技術大学院大学 他多数
文部科学省、厚生労働省、国立循環器センター、国立がんセンター、国立遺伝学研究所、理化学研究所、日本原子力
研究開発機構、自然科学研究機構、産業技術総合研究所、RITE、宇宙開発事業団、SPring-8、科学技術振興事業機構、
KEK、兵庫県立粒子線医療センター 他多数 ◦企業
優良(上場・中堅)企業多数
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