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修士論文 熟達者と非熟達者によるダーツ投擲の筋活動と精度 今井暁

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修士論文 熟達者と非熟達者によるダーツ投擲の筋活動と精度 今井暁
NAIST-IS-MT0751014
修士論文
熟達者と非熟達者によるダーツ投擲の筋活動と精度
今井 暁
2009 年 2 月 5 日
奈良先端科学技術大学院大学
情報科学研究科 情報生命科学専攻
本論文は奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科に
修士 (工学) 授与の要件として提出した修士論文である。
今井 暁
審査委員:
池田 和司 教授
(主指導教員)
小笠原 司 教授
(副指導教員)
柴田 智広 准教授
(副指導教員)
熟達者と非熟達者によるダーツ投擲の筋活動と精度 ∗
今井 暁
内容梗概
ボールを投げる, サーブを打つなどの運動において, 熟達者は高い命中精度と,
投球速度といった高いパフォーマンスを実現することができる. 一方, 非熟達者が
それを模倣しても, 同じパフォーマンスを得るのは難しい. この原因として, 非熟
達者はそれぞれの運動に特有な筋肉への力の入れ方や, 関節のスティフネスの調
整方法が分からないことが考えられる. これらの特徴を熟達者の運動から抽出し
非熟達者に伝達することで, 運動学習の効率化が期待できる. このため, 様々な動
作をタスクとした, 熟達者の運動の特徴を検出する試みが, 関節角空間, 筋電位空
間で行われてきた. 本研究では, これまで, 検証がなされてこなかった, ダーツ運動
をタスクとして, 先行研究で示された, 熟達者の特徴が同じように見られるか検証
を行った. また先行研究と, 異なり躍度やトルク変化という最適化指標も用いる.
キーワード
ダーツ運動, PDS, 躍度最小規範, トルク変化最小規範, 主成分分析
∗
奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 情報生命科学専攻 修士論文 , NAIST-ISMT0751014, 2009 年 2 月 5 日.
i
Muscle activity accuracy of throwing darts performed
by skilled and unskilled subjects∗
Akira Imai
Abstract
when throwing, a skilled subject can achieve high speed and high accuracy. on the
other hand, even if an unskilled person imitates them, it is difficult to obtain similar
results. unskilled person doesn’t realize how to properly apply power to the muscles
or how to adjust joint stiffness in order to obtain the same result. we expect that motor
learning efficiency can be improved by extracting these feature from the movements
made by a skilled person and transmitting to an unskilled person. We attempt to detect movement features by measuring EMG and joint angle from skilled person who
performe various movement tasks. it has not been known whether skilled subject ’s
movements share the same features in joint angle and EMG space. we show in this
study that this is indeed the case.
Keywords:
darts movement, PDS, minimum jerk model, minimum torque change model, principal
component analysis
∗
Master’s Thesis, Department of Bioinformatics and Genomics, Graduate School of Information
Science, Nara Institute of Science and Technology, NAIST-IS-MT0751014, February 5, 2009.
ii
目次
1. はじめに
1.1
1
論文の構成 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
2. 解析手法
3
3
2.1
ダーツボード仕様から得点の算出 . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
2.2
事前信号処理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4
2.3
運動開始時刻 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5
2.4
身体位置の変位 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
2.5
手先躍度軌道 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
2.6
関節トルク変化軌道 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
2.7
筋活動発生時刻 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
8
2.8
主成分分析による運動の解析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
8
3. 実験
10
4. 結果と考察
11
4.1
被験者別タスク達成度 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
11
4.2
身体位置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
12
4.3
手先軌道 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
13
4.4
関節トルク変化軌道 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
15
4.5
筋活動開始時刻の比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
16
4.6
各時刻の第一主成分ベクトル間の距離 . . . . . . . . . . . . . . .
17
4.7
運動に寄与する筋肉の推定結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
20
5. まとめ
23
6. 今後の展望
23
参考文献
25
iii
付録
28
A. 付録
28
A.1 主成分分析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
iv
28
図目次
1
ダーツボード得点分布 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4
2
手の甲の位置 (上), 筋電信号 (下) . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
3
生体信号の切り出しの一例 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
4
筋活動開始時刻の定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
8
5
筋電信号, モーションキャプチャ計測位置 . . . . . . . . . . . . . .
10
6
被験者別タスク達成度 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
11
7
被験者別肩変位 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
12
8
被験者別手先軌道 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
13
9
被験者別手先躍度 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
14
10
被験者別関節トルク変化軌道 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
15
11
被験者別筋活動開始時刻 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
16
12
時間間隔 25ms でのコサイン距離 (非熟達者) . . . . . . . . . . . .
18
13
時間間隔 25ms でのコサイン距離 (熟達者)
. . . . . . . . . . . . .
19
14
主成分得点第 1 位の筋肉の時間変化 (初心者) . . . . . . . . . . . .
21
15
主成分得点第 1 位の筋肉の時間変化 (熟達者) . . . . . . . . . . . .
22
表目次
v
1. はじめに
運動学習において,熟達者の運動からスキルを抽出し非熟達者に伝達すること
が出来れば, 運動学習を効率的に行うことができる. 運動に何が不足しているか,
または余分な動作は何かを初心者にインストラクションできれば, 様々な運動に
おいてスムーズな指導が可能になる可能性を拓く事が出来る.そのためこれまで
にも投球, バドミントンのスマッシュにおいて, 熟達者と非熟達者の比較が, 筋空
間または関節角空間など様々なレベルで行われてきた.
投球やバドミントンのスマッシュ動作において, 体幹に近い部位から末梢へ向
けて, 運動が連続して発生した場合に, 効果的に手先の加速を得られることが知
られており, この運動パターンを proximal-to-distal sequencing(PDS) と呼ばれてい
る. そして様々な動作をタスクとして検証されきた.
関節角度レベルでは, Putnam ら [1] においては, PDS が上肢の肩から手首の各関
節で発揮された場合に, 末梢の加速が得られることを示した. また投球運動以外で
は, 古屋ら [2] によって行われたピアノの打鍵動作をタスクとした研究で, ピアノ
の熟達者の打鍵動作で PDS が見られることを示した. 筋電位レベルでは, 平島ら
投球運動をタスクとし,[3] は肩から手首にかけての筋肉で PDS が発生することに
よって, 関節角レベルでの PDS が引き起こされることを示した. このこから, PDS
は様々な運動に共通して見られる熟達者の特徴であることがわかる.
バドミントンスマッシュ動作をタスクとした先行研究では, 熟達者は全試行を
通して, 活動開始のタイミングがほぼ一定であるのに対して, 非熟達者の筋活動は,
単一試行で見られた大きな筋活動が, 平均波形では消えてしまうことが報告され
た [4]. Chowdhary ら [5] は, 的にむかって投球運動を行うシミュレーション実験に
おいて, active braking と呼ばれる肘部分の伸筋の活動のタイミングによって, 命中
精度が左右されることを示した. このように筋活動のタイミングの正確さも熟達
者の運動の特徴であると言える.
また, 熟達者の運動では, 運動中の身体位置の変位が少ないことや, 無駄な力が
入らない, すなわち関節スティフネスが低いことが予想される.
ここまでに述べた, 先行研究の結果から, 以下の 3 点が様々な運動において熟達
者の持つ共通した特徴である.
1
1. 運動中の身体位置の変位が少ない (体のブレが少ない)
2. 投擲運動中, 体幹から末梢にかけての筋活動が順序よく開始 (PDS が発生).
3. 複数回の試行にわたり, 筋活動開始時刻が一定.
本研究では, 熟達者の運動と非熟達者の運動を, 運動中の筋電信号と関節角を用い
て, 上で述べた 3 つの特徴が, 見られるか検証を行うことを目的としている.
また本研究では, 先行研究と異なり, 躍度やトルク変化という, 計算神経科学の
分野で研究がなされてきた, 最適化規範に関わる変数を指標として用いる. ヒトが
運動を行う際には, 運動に対する目標軌道を決定する必要がある. しかし本来, 目
的を達成するための軌道は無数に存在するため, これは不良設定問題となってし
まう. そのためヒトは目標軌道を決定するための運動規範を持っていると考えら
れており, 様々な最適化規範が提案されてきた. Flash と Hogan[6] は, 二点間到達
運動において, 手先の躍度 (加速度の時間微分) の二乗和を足し合わせ, それを運動
時間を通じて積分した量が最小となるように軌道が決定されるとする, 躍度最小
規範を提案した. また, 宇野ら [7] は各関節におけるトルクの時間微分の二乗和の
運動時間の積分が最小になるように軌道が決定されるとする, ダイナミクスを考
慮したトルク変化最小化規範を提案した. 本研究では, 熟達者の運動軌道は躍度変
化, トルク変化が非熟達者に比べ低い, すなわち, 最適軌道に近い軌道を生成する
という仮説を立てた. この仮説を検証するため, 非熟達者と熟達者の運動軌道を 2
つの運動規範に関わる変数と, 本研究で設定したタスクパフォーマンスの指標を
用いて比較を行う.
これらの仮説検証のタスクとしてダーツを選んだ理由は, 先行研究でタスクと
して選定されてきた野球やバドミントンよりも単純な運動で, 運動に寄与する筋
肉が少ないことが予想されるためである. 本研究では, これまでの先行研究で行わ
れてきたように各筋肉の活動を独立に解析するだけでなく, 計測された全筋の筋
活動を総合的に解析する手法を提案し, その手法に基づき, 運動中の筋肉の切り替
わりを推定した. 運動に用いられる筋肉が少ないほど, 切り替わりを解釈しやすい
と考えた. これ以外にも, ダーツをタスクとする利点として, ダーツ運動は空気抵
抗, 回転運動を無視することができ [8], 運動の成否が明確に定義できることや, 先
2
行研究では被験者の腕を, 矢状面に固定したり, モデルを二次元平面上に固定した
ものがあるが, ダーツ運動においては, 腕の回内, 回外といった運動は含まれてお
らず, 自然な状態で投擲を行っても, 二次元平面上の運動として定義できること等
があげられる.
1.1 論文の構成
2 節に, 解析に用いる, データの前処理と運動開始時刻, 終了時刻, 運動中の筋活
動開始時刻の定義について述べる. そして, 先行研究に基づいた, これらのデータ
に対する解析手法について述べる. 3 章で, 実験の詳細を示す. 4 章で, 解析結果を
示し, 結果について議論を行う. 5 章で本研究のまとめを行い. 6 章で今後の展望を
述べる.
2. 解析手法
本研究では, 非熟達者と熟達者の比較を行うために, モーションキャプチャと筋
電位計測装置を用いて, 運動中の生体信号を計測した. 本章では計測された生体信
号の事前信号処理法と, その解析手法について述べる.
2.1 ダーツボード仕様から得点の算出
中央の半径 0.025 m の部位 (ブル) に向かって投擲を行うようにインストラク
ションを行い, 図 2.1 のように命中位置に対する得点を設定した. 中心に近いセグ
メントに命中するほど得点が高く, 矢がボードに刺さらなかった場合は 0 点とした.
本研究では, 被験者に対してダーツの経験の有無を確認を行った後, 投擲実験を
行っている. しかし, 経験の無い非熟達者であっても高いパフォーマンスを発揮し
たり, 反対に熟達者であっても低いパフォーマンスしか発揮できない場合も考え
られる. このため被験者別に得点分布, 平均得点を算出し, その結果から熟達者, 非
熟達者の分類を行った. また, 1 章では, 熟達者の運動軌跡が躍度最小規範, トルク
3
図 1 ダーツボード得点分布
変化最小規範における最適軌道により近い軌道を描くと仮説を立てた. この仮説
を検証するために, 本研究では, 平均得点をタスクパフォーマンスの指標として設
定し, 平均得点と運動中の体の変位, 運動中の躍度、関節トルクとの相関係数を算
出した. この手法によって高いタスクパフォーマンスを発揮するためには, 何が必
要で, 何が阻害する要素となるかを知ることができる.
2.2 事前信号処理
計測された筋電信号はそのままの状態では, 信号に計測装置のリード線の揺れ
などによるノイズが混入しており, 解析に用いることができない. また筋電信号
は動作が起きる数 10ms 前に発生することが知られており, この動作の遅れを補正
する必要がある. また, 計測されたモーションデータもノイズが混入しており, 平
滑化を行う必要がある. 本研究では, 筋電信号を全波整流した後, 10 点平均をとり
平滑化を行い, さらにノイズ除去のために, カットオフ周波数 10Hz の二次のバタ
ワースフィルタで平滑化を行った. モーションデータに対してはカットオフ周波
4
数 10Hz のバタワースフィルタで平滑化を行った.
2.3 運動開始時刻
本研究では, 矢の投擲を連続して計測を行う. そのため, 一投毎の解析を行うに
あたり, 筋電信号と関節角度ともに, 運動開始時刻を定義した. 図 2 の上段に手差
の Z 軸方向の変位を示し, 下段に図 2 の上段に示した手の甲の高さ変位を見ると,
5s, 10s, 14s, 18s 付近で高さが急激に変化していることがわかる. これは被験者が,
これらの時刻で手首を後方に引き, その後, 前方に手首を振り出し投擲を行ったこ
とを示している. また, これら時刻付近で, 非常に大きな筋電信号を見ることがで
き, 熟達者, 非熟達者ともにこの傾向は見られた. このことから, 手首を完全に引い
た時刻を基準とし, 運動開始時刻を決定した.
投球運動をタスクとした先行研究において平島ら [9] は運動開始時刻を, もっと
も体幹に近い関節である肩の関節角速度が最大角速度の 10% を越えた時刻を開始
時刻として定義していた. しかし, ダーツでは, 肩関節の角速度よりも先に, 図 4 で
示すように, 肘関節に大きな角速度が発生することがわかった. これはダーツ運動
の特徴として, 投擲以前にテイクバックと呼ばれる, 手首を体幹に引き付けるフェ
イズが存在することに起因する. しかし, テイクバックを含めた投擲運動では, ど
の被験者においても, 肘の運動に寄与する筋肉が最初に活動することが予想され
る. そのため, テイクバック動作が終了した時刻 (手先の Z 軸の極小値となる時刻)
を運動開始時刻として定義した. 後述する解析は, このテイクバック終了時間を基
準として, 筋電信号, モーションデータともに前後 100 フレーム (1 フレーム:5ms)
を切り出したデータを用いて行った. (図 3 参照)
5
図 2 手の甲の位置 (上), 筋電信号 (下)
図 3 生体信号の切り出しの一例
6
2.4 身体位置の変位
ダーツ運動では, 下腿部, 体幹を固定した状態で投擲を行う. そのため身体位置
の変位 (体のブレ) が少ないほど高いパフォーマンスを発揮できると考えられる.
この仮説に基づき熟達者と非熟達者で, 運動中の肩の水平面内での変位の比較を
行う. なお, 2.3 節の手法で切り出された肩のマーカの初期位置と, 運動終了時の位
置の水平面内の差分の絶対値を被験者の肩のブレとして定義する. また, 平均得点
と身体位置の変位の相関係数を算出し, 体のブレと平均得点の相関についての議
論も行う.
2.5 手先躍度軌道
2.1 節でも述べたように, 本研究では, トルク変化最小規範, 躍度変化最小規範に
に関わる変数を用いた解析を行う. 1 章では熟達者は軌道生成の際に何らかの最
適化規範によって軌道生成を行っていると仮説を立てた. この仮説検証のために
手先躍度と平均得点との相関について議論を行う.
また, 躍度だけでなく, 手先の運動中の軌道を熟達者と非熟達者で比較し, その
差を定量的に示す.
2.6 関節トルク変化軌道
熟達者は軌道生成を行う際に, トルク変化最小化規範により最適化を行ってい
るか検証を試みる. 2.5 節で行ったのと同様に, 平均得点と運動中のトルク変化の
相関係数を算出し, トルク変化と平均得点の相関について議論を行う.
運動中の各関節のトルクをニュートンオイラー法を用いて推定を行った. 身体
パラメータである, セグメントの質量, 質量中心, 慣性モーメントを被験者毎の, 体
重, 身長から zatsiorsky[10] の方法を用いて算出を行い, リンクの長さは, モーショ
ンキャプチャマーカの位置から求めた. また, 同様に関節角度, 角速度, 角加速度を
モーションキャプチャマーカの位置から求めた.
7
2.7 筋活動発生時刻
2.1 節の手法で切り出された筋電信号から, 運動中の各筋肉の活動の開始時刻を
決定した. 本研究では, 筋電信号の時間に関する二回微分, つまり加速度を算出し,
テイクバック終了時刻付近で加速度が最大となる時刻を検出し, その時刻を筋活
動開始時刻として定義した.
図 4 筋活動開始時刻の定義
2.8 主成分分析による運動の解析
これまでに述べた手法だけでなく, 筋肉をそれぞれ独立に解析せず, 8 筋全ての
筋活動を総合的に解析を行った. 本研究では, そのための手法として主成分分析を
用いた. 主成分分析は, 次元削減の最も一般的な手法である. この手法を用いるこ
とで, 運動中の筋活動が全て閾値に満たない場合の問題を回避できることが期待
される.
8
主成分分析を用いた, 具体的な筋活動の解析手法について述べる. 本研究では,
8 個所の筋肉の筋電信号の計測を 50 回分の投擲に対して行い, このときのサンプ
リング周波数は 200Hz である. 言い換えれば, 1 回の投擲時間を n(ms) とすると, 8
行 50 列の行列が 200 × n 個存在することになる.
計測された各時刻ごとの高次元の筋電信号空間にダーツ運動を表現する低次元
な部分空間が存在すると仮定し, 各時刻ごとのデータ (8 行 50 列の行列) で主成分
分析を行い, 第一主成分ベクトルを算出する. 第一主成分が時間的に大きく変化す
る時刻で, 筋活動に変化が発生したものと仮定し, 第一主成分ベクトル間のコサイ
ン距離を算出することによって, この時刻を求めた. しかし, 筋電信号が記録され
る時間間隔は 5ms と, 非常に短く, ある時刻の第一主成分ベクトルと次時刻の第
一主成分ベクトルを比較しても, コサイン距離が大きく変化する時刻が見られな
かった. そのため, 1 時刻以上離れた時刻とのコサイン距離を算出し, 筋活動に変
化の現れる時刻を求めた.
また, 算出されたベクトルの主成分得点の最も高い筋肉を, 運動に最も寄与する
筋肉であると仮定すると, 全時刻を通じて最も運動に寄与する筋肉の切り替わり
を求めることができる.
9
3. 実験
被験者は事前確認を行ったダーツ未経験の健常男子 3 名, ダーツ経験者の健常
男子 3 名が参加した.(ダーツ未経験者の男子 1 名を除き全員右利き) 実験では被験
者にはダーツボードから 2.37 m の位置から投擲を行い, トライアル数は 50 回であ
る. 実験では, 筋活動を計測するために, 多用途生体アンプ polymate AP1000(ディ
ジテックス研究所)を用いて, 上肢 10 カ所の筋肉で筋電位をサンプリング周波数
2kHz で計測を行った. 本実験では 1 節で述べた熟達者の特徴が見られるか, 検証
を行うために, 計測した三角筋前部, 上腕二頭筋長頭, 上腕二頭筋短頭, 上腕三頭筋
長頭, 上腕筋, 腕橈骨筋, 橈側手根屈筋, 長橈側手根伸筋の上肢 10 カ所の筋肉を用
いて, 2 章で示した解析を行った.
また, モーションキャプチャ装置 Mac3D (Motion Analysis 社)のマーカーを全
身 30 カ所に装着し, 200Hz でモーションの計測を行った.
図 5 筋電信号, モーションキャプチャ計測位置
10
4. 結果と考察
4.1 被験者別タスク達成度
6 名の被験者 (A, B, C, D, E, F) の 50 投中の得点分布と平均得点を図 6 に示す.
2.1 節でも述べたように, 中心に近いセグメントに命中するほど得点が高く, 矢が
ボードに刺さらなかった場合は 0 点とした. 横軸は命中したマスのラベルで, 縦軸
はそのマスに命中した頻度を表している. 図 6 から, 被験者 C, D, F はほとんど 5
点, 4 点のマスに命中させている. 本研究ではこの三名の被験者を熟達者として分
類し, それ以外の被験者を非熟達者として分類した. なお, 得点によりなされた分
類は事前確認を行った際の分類と一致した.
図 6 被験者別タスク達成度
11
4.2 身体位置
ここでは, 熟達者と非熟達者の運動中の肩の水平面内の変位の比較, そして肩の
位置変位とタスクパフォーマンスの相関の議論を行う. 被験者別の, 全トライアル
を通した, 肩位置変位を箱ひげ図 7 を用いて示す. 縦軸が肩の変位, 横軸は被験者
のラベルを表しており, 被験者 A, B, E が非熟達者で, 被験者 C, D, F, が熟達者を表
している. 図 7 から, 熟達者の肩の変位が非常に小さくなっていることがわかる.
また, 位置変位と平均得点の相関係数は −0.6625 となり負の相関を持つことがわ
かった. これらのことから, 1 章で述べた熟達者の運動では体幹のブレが少なく, そ
のことが高いタスクパフォーマンスを発揮する要因であることがわかる.
図 7 被験者別肩変位
12
4.3 手先軌道
ここでは, 熟達者と非熟達者のそれぞれの手先軌道, 躍度の比較を行う. まず, 各
被験者の鉛直方向の全トライアル中の手先軌道と,200 フレーム (0.1 秒) 刻みの手
先軌道分散を表すエラーバーを図 8 に示す. 図中で示された黄線は, テイクバック
終了時刻を表しており, これ以降の 0.1 秒程度の期間が投擲期間となる. この図か
図 8 被験者別手先軌道
ら非熟達者の手先軌道の試行毎の分散が大きいのに対して, 熟達者の手先軌道の
分散が非常に小さいことは注目すべきである. この差を定量的に表すために等分
散検定を用いた. テイクバック終了時刻の分散とそれ以外の時刻の分散を有意水
準 5% として検定を行ったところ, 図 8 において, 星印がついた時刻で有意差が確
認された.
13
等分散検定の結果, 投擲期間中の手先軌道の分散は熟達者, 非熟達者ともに小さ
くなるが, 両者の違いは, テイクバック終了時刻以前の分散に現れている. 熟達者
の軌道は分散が非常に小さく, 有意差はみられなかった. 図右下の被験者がテイク
バック以前に有意差が見られるが, これは分散がテイクバック時よりさらに小さ
くなったためである. この結果からも, 熟達者が運動軌道を生成する際に何らかの
運動規範に従っていることが示唆されている.
次に, 図 9 に, 熟達者, 非熟達者の手先躍度軌道を示す. 2.1 節で述べたように, 手
先躍度変化と平均得点との相関係数を算出した. その結果, 相関係数は非常に小さ
く, 躍度と平均得点の間の相関は無いことがわかった.
図 9 被験者別手先躍度
14
4.4 関節トルク変化軌道
図 10 に熟達者, 非熟達者の各関節のトルク変化を示す. 図は上から, 肩の X 軸
方向, Y 軸方向, Z 軸方向, 肘, 手首の関節トルク変化を表している. 関節トルク変
化と平均得点との相関係数を算出したところ, 肘, 手首の関節トルクの変化量と平
均得点には, 相関係数 −0.3 ∼ −0.4 程度の負の相関があることがわかった. このこ
とより, 熟達者は無駄な力が入らない, 脱力した状態で投擲を行っていることを示
している. また, この結果は熟達者の運動軌道がトルク変化最小規範に従い, 生成
されている可能性を示唆している.
図 10 被験者別関節トルク変化軌道
15
4.5 筋活動開始時刻の比較
熟達者と非熟達者の筋活動開始時刻を箱ひげ図 11 を用いて示す. 縦軸は筋活動
開始時刻を表し, 横軸は各筋肉に割り振られたラベルを表している. 投球やピアノ
をタスクとした先行研究では, 肩の筋肉 (8∼10) が最初に活動を開始し, 肘 (3∼7),
手首 (1∼2) の順番で活動する PDS が発生することが知られていた. ダーツ運動に
おいては図 11 に示すように熟達者, 非熟達者のどちらに着目しても, 先行研究で
述べられてきた, PDS を確認することはできなかった. しかし, 熟達者の熟達者の
筋活動発生タイミングに着目すると, 筋活動開始時刻の分散が小さいことがわか
る. この結果は 1 章で述べた, 熟達者の運動では, 複数回の試行にわたり, 筋活動開
始時刻が一定であるという特徴がダーツ運動にも発生することを示している.
図 11 被験者別筋活動開始時刻
16
4.6 各時刻の第一主成分ベクトル間の距離
図 12 と図 13 は, 第一主成分ベクトルの時間間隔を 25ms とした場合の, それぞ
れの被験者の平均投擲期間における, コサイン距離の変化を熟達者と非熟達者で
比較したものである. 図 9 の左側の図はタスク達成度の最も高かった, 被験者 C の
コサイン距離変化に注目すると, 運動中でのコサイン距離の変化を見ることがで
きず, テイクバック中に大きな変化が起きていることを示している. この結果か
ら, 運動時間から除外したテイクバック動作中の筋活動が, タスク達成度に影響を
およぼしている可能性があることを示唆している. しかし, コサイン距離の変化か
ら熟達者, 非熟達者にそれぞれ共通した特徴を見つけることはできなかった.
17
図 12 時間間隔 25ms でのコサイン距離 (非熟達者)
18
図 13 時間間隔 25ms でのコサイン距離 (熟達者)
19
4.7 運動に寄与する筋肉の推定結果
各時刻で第一主成分得点の最も高かった筋肉の時間変化を以下に示す. これら
の図から熟達者, 初心者に共通した運動の特徴が見ることができ, 全員が運動初期
で三角筋前部 (DELC) の活動が発生していることがわかる. これはダーツ運動で
は, 常に肩を上げた状態で, 投擲を行っていることに起因すると考えられる. しか
し, 筋活動開始時刻の検証を行った際には三角筋前部の平均活動開始時刻は, 図 6
と図 7 を見ると, 被験者全員が運動の中盤以降に活動が開始されたことを示して
いる. この原因として, 運動初期において, 三角筋前部が活動開始時刻を検出する
際の閾値より低いレベルでの活動を行っており, それ以外の筋肉の活動が発生し
ていない状態が存在すること示している.
20
図 14 主成分得点第 1 位の筋肉の時間変化 (初心者)
21
図 15 主成分得点第 1 位の筋肉の時間変化 (熟達者)
22
5. まとめ
本研究では, ダーツの投擲運動における, 熟達者と非熟達者間で筋活動, 消費エ
ネルギーを比較し, 本研究で提案した熟達者の特徴が見られるか, 検証を行った.
その結果ダーツ運動において, 先行研究で述べられてきた, PDS を確認することが
できなかった. 実験の結果, ダーツ運動において, 熟達者, 非熟達者ともに肩, 肘, 手
首の筋活動がほぼ同時に開始することが分かった. しかし, 熟達者の筋活動開始時
刻に着目すると全試行を通じて, タイミングが一定であることがわかった. これは
参考研究で得られた知見と一致する結果である.
野球やバドミントンでは, 肘や, 肩の筋肉の過展を防ぐために Active braking と
呼ばれる伸筋の活動が発生する事が知られているが, 筋活動を各筋ごとに独立に
解析を行った場合には Active braking を確認することが出来なかった.
主成分分析による各時刻ごとに運動に寄与する筋肉を推定することで, 運動中
に肘関節の拮抗筋である, 上腕三頭筋が活動していることが確認された. しかし,
熟達者, 初心者ともに, 上腕三頭筋の活動が見られたため, この筋活動がタスク達
成の一因であるとは考えにくい.
また本研究では, 先行研究で用いられては来なかった, 躍度最小化規範やトルク
変化最小規範に関わる変数とタスクパフォーマンスの相関について議論してきた.
その結果, 躍度の変化はパフォーマンスに対しては, 相関がないことがわかった.
しかし, 運動中のトルク変化に着目するとパフォーマンスと負の相関を持ってい
ることわかった.
6. 今後の展望
今後の展望として, 本研究で得られた結果から熟達者が軌道生成を行う場合に
はトルク変化最小化規範による最適化を行っている可能性があることを示唆して
いる. しかし, 今回検証に用いた最適化規範は 2 種類だけであった. 今後さらに別
の規範による検証を行うことが望ましい. 最適化規範以外にも, 新たな指標を用い
た解析を用いることが考えられる.
また, 本研究で定量的に得られた, 熟達者の運動の特徴を用いた非熟達者への学
23
習支援が今後の課題となる. 言い換えれば, 熟達者から抽出されたコツ, スキルを
いかにして非熟達者への伝達を行うか検討しなくてはならない. その方法の一例
として, 機能的電気刺激 (FES) を用いて非熟達者の運動中の筋肉に外的に電気刺
激を送る手法などが考えられる. しかし, 学習支援を行う上で大きな問題が存在
する. 熟達者と非熟達者の体のダイナミクスが大きく異なっていた場合には, 熟
達者から得られた筋活動発生タイミング等を伝達しても, 必ずしも非熟達者のパ
フォーマンスを高めることができないことが予想される. この問題を解決するこ
とが課題となる.
24
参考文献
[1] C.A. PUTNAM, “A segment interaction analysis of proximal-to-distal sequential
segment motion patterns.,” Medicine Science in Sports Exercise, vol. 23, no. 1,
pp. 130, 1991.
[2] S. Furuya and H. Kinoshita, “Roles of proximal-to-distal sequential organization
of the upper limb segments in striking the keys by expert pianists,” Neuroscience
Letters, vol. 421, no. 3, pp. 264–269, 2007.
[3] M. Hirashima, H. Kadota, S. Sakurai, K. Kudo, and T. Ohtsuki, “Sequential
muscle activity and its functional role in the upper extremity and trunk during
overarm throwing,” Journal of Sports Sciences, vol. 20, no. 4, pp. 301–310,
2002.
[4] S. Sakurai and T. Ohtsuki, “Muscle activity and accuracy of performance of the
smash stroke in badminton with reference to skill and practice,” Journal of Sports
Sciences, vol. 18, no. 11, pp. 901–914, 2000.
[5] A.G. CHOWDHARY and J.H. CHALLIS, “Timing Accuracy in Human Throwing,” Journal of Theoretical Biology, vol. 201, no. 4, pp. 219–229, 1999.
[6] T. Flash and N. Hogan, “The coordination of arm movements: an experimentally confirmed mathematical model,” Journal of neuroscience, vol. 5, no. 7, pp.
1688–1703, 1985.
[7] Y. Uno, M. Kawato, and R. Suzuki, “Formation and control of optimal trajectory
in human multijoint arm movement. Minimum torque-change model.,” Biological Cybernetics, vol. 61, no. 2, pp. 89, 1989.
[8] J.B. Smeets, M.A. Frens, and E. Brenner, “Throwing darts: timing is not the
limiting factor,” Experimental Brain Research, vol. 144, no. 2, pp. 268–274,
2002.
25
[9] M. Hirashima, K. Kudo, and T. Ohtsuki, “Utilization and Compensation of Interaction Torques During Ball-Throwing Movements,” Journal of Neurophysiology,
vol. 89, no. 4, pp. 1784–1796, 2003.
[10] V. Zatsiorsky and V. Seluyanov, “The mass and inertia characteristics of the main
segments of the human body,” Biomechanics VIII-B, pp. 1152–1159, 1983.
26
謝辞
本研究に関して全般的なご指導頂いた, 池田和司教授に心より感謝致します. 始
終 研究に関する具体的な助言を頂き, 研究をする上で多大なご支援を頂きました
柴田智広準教授に心より感謝致します. 実験タスクや計測部位を決定する上で, 非
常に深い知識で, 的確な指摘や提案をしてくださった, 為井さんに深く感謝致し
ます.
27
付録
A. 付録
A.1 主成分分析
主成分分析はデータ点やデータセットの特徴を抽出する目的で古くから用いら
れてきた. この手法を用いることで, P 個の変数 xp (p =1, 2,. . .,P) の持つ情報を, 情
報の損失を最小限に押さえながら, xp の一次結合として与えられる互いに独立な
M(M5P) 個の主成分 zm によって表現することができる.
zm =
P
∑
wpm xp
(m = 1, 2, . . . , M )
(A.1)
p=1
上式の zm は第 m 主成分と呼ばれ, その結合係数 wpm を求めることで主成分分析
が行うことができる. そして第 m 主成分の結合係数 wm は次式で表される X の共
分散行列 V
V=
1
XT X
N −1
(A.2)
の m 番目に大きい固有値を持つ固有ベクトルと等価である. 行列 X は測定データ
全体を表しており, 以下の式のように与えられる.


x11 x12 . . . x1P


 x21 x22 . . . x2P 


X= .

.
.
.
..
..
.. 
 ..


xN 1 xN 2 . . . x N P
(A.3)
P は観測されたデータの変数を表し,N はサンプル数を表している. なお, 各変
数ごとに単位が異なっていたり, 分散が大きく異なる場合にそのまま主成分分析
を適用した場合, 分散の大きな変数の影響を強く受けることが考えられる. そのた
め, 各変数を標準化する必要があり, 広く一般的に用いられている各変数を平均 1,
分散 1 とする正規化の手法を用いた. このとき, ベクトル X の各要素 xnp は以下の
式によって表すことができ, x∗np は実際の測定値, σxp は p 番目の変数の平均値, xp
28
は p 番目の変数の標準偏差を表している.
xnp
x∗np − xp
=
σxp
29
(A.4)
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