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海の言葉

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海の言葉
Kobe University Repository : Kernel
Title
海の言葉
Author(s)
杉浦, 昭典
Citation
海事資料館研究年報,21:1-3
Issue date
1993
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81005663
Create Date: 2017-03-31
一
盲
の
海
葉
杉
1.帆という文字
昭
浦
典
2
. ギャレーとガレー
帆という文字を眺めていると偏は巾すなわち
船舶の尉房すなわち調理室のことをギャレー
a
l
l
e
yである。
英語では g
これは古代
巾自(ぬのきれ)、労は凡(はん)という音符であ
と呼ぶ。
ることが何となく理解できそうな気がして来る。
からギリシャやローマの軍船として用いられ、
もっとも凡には「アツメククル」との意もあるこ
一般にはガレー船という呼び名で知られる検漕
とから、「ぬのきれ」を集めてくくったものが帆
船のことでもある O
ガレー船のガレーは、ラテン語の「ガレア (
g
a
なのかも生日れない O
日本の船には網代帆や蓮帆が用いられた時代
l
e
a
)Jが語源だといわれる。ガレアとは古代戦士
があったというから、布を集めた帆が使われる
のかぶったヘルメットのことである。古代のガ
ようになったのは大分時代が下ってからのこと
レーを描いた絵を見ると船首に描かれた大きな
になりそうである。若しもそうだとすれば、帆
人の目と上方にせり上がった船首の形状がいか
という文字の解釈もあやしくなってしまう
にもヘルメットをかぶった戦士の顔に似ている
O
「ホ」の音は「高くひいでてるもの」をいうそ
ので、なるほどと車内{与させられる。
ところが、一説では同じくラテン語の「ガレ
うであるから、文字の構成とは関係なく帆(ほ)
という言葉が先にできていたのかも知れない。
しかし凡はまた「風」の音符である。帆とい
う文字は布と風でできていると考えられないこ
(
g
a
l
e
)Jが語i
原だともいう。
ガレとはイタチの
ことである O そのほっそりとした体つきと素 f
l
い身のこなしがガレーの動きにひ。ったり当ては
ともない。帆船の歴史の海を渡る私にはこの考
まるからだというわけである。そういえば、水
え方が最も好ましく感じられてならない。布に
面に顔を上げて泳ぐイタチの姿もガレーに似て
風を当てるからまさに帆であるといえるのでは
いなくはない。
ないだろうか。
英語の s
a
i
lも定かではないが、その語源は布に
いずれにせよ、船としてのガレーの語源がそ
んなところにあっただろうことは間違いあるま
a
i
lを張るには s
h
e
e
t を引かなけ
あるらし Lミo s
い。では、なぜ厨房がギャレーなのだろうか。
h
e
e
tは s
a
i
l を張るためのロープ
ればならない。 s
どうやら船のガレーから派生した言葉であるこ
であり、また動詞としてはそのまま r
s
a
i
lを張る」
とは石室かなようであるが、いつヒ頁、 どこで、 ど
ことでもある。 s
h
e
e
t にはシーツすなわち敷布
うしてできたのか、一向に定かでない。
の意もあり、布を表し、また「布をかける」こ
とでもある。
したがって、 s
a
i
l という言葉が使われ出すよ
ガレーの漕手はたいてい奴隷で構成されてい
た。それだけにその仕事は苛酷であり重労働で
あった。船の厨房の仕事も暑く酷しかった。
1
7
り前に s
h
e
e
t に相当する言葉があったのかも知
世紀から 1
8世紀にかけてヨーロ
れない。いずれにせよ帆が布であるという考え
型軍艦の厨房は下層甲板の穴蔵のようなところ
方は同じである O 事ほど左様に海や船で日常使
にあり、その日常はガレーの奴隷と変わらなか
われる「海の言葉」の中にはその根拠が分かっ
った。
ているようでよく分からないものが少なくない。
yパにおける大
厨房員自身がいい出したものか、あるいは他
そこでそんな「海の言葉」を無作為に拾い出し
の乗組員が厨房の様子を見てそういうようにな
て見るのも一興と思い -B.は欄いた筆を再び執
ったものか、そのどちらかはよく分からないが、
る気になった次第である。
そんなところからギヤレーという名になったら
"
0ちなみに調理場が上甲板にあった頃や小
し
型船のように風通しの良い場所にあったものに
は端舟のような「はしけ」という言葉から転化
ついては、ギャレーではなくカブース(c
a
b
o
o
s
e
)
させたものかも知れない。もっとも、短艇もま
と呼んでいたという。
た端艇もカッター以外の小舟艇を包含する言葉
もう一つ、活字印闘に使うゲラすなわち活字
u
t
t
e
r
として使われたこともあった。しかし、 c
の棒組繋がある。ゲラ刷などというときのゲラ
を日本語に訳す場合にはやっぱり短艇というべ
である。棒組盤に並んだ活字の列がまるでガレ
きであろう。
ーの漕手が並んで坐っているのと同じように見
えるところからこんな名で呼ばれるようになっ
カラーを取り付けたままのワイシャツでシン
1
二めカフスの f
寸いたシャツを、
グルの貝ボタン J
ゲラもまた英語の g
a
l
l
e
yである。
「カッター」という。カッターシャツのことで、あ
a
l
l
e
yでも、ギャレ一、カ、、レ一、ゲラど
同ヒ g
る。本来はスーツの下に着るシャツはホワイト
たのだという
O
B本語では違う言葉のように聞こえてしまう。
シャツすなわちワイシャツで、あり、ネクタイを
ガレーをガリーということもあり、多分最初に
用いずに着るスポーツシャツがカッターシャツ
この言葉を使い、あるいは聞いた人によってこ
であった。その由来は、短艇すなわちカッター
んな遠いができたものと考えられる
を漕ぐ人が着るシャツに似ていたからというこ
O
なおガレーより大分後になって出現した帆船
にガレオン (
g
a
l
l
e
o
n
)がある。
とだそうである。
ガレオンもまた
また!克が平らなパンプ型の靴をカッターシュ
ガレーから派生した名称だといわれる。一口に
ーズと呼ぶことがある C アメリカ・インデイア
カ、、レオンといっても、スペインではガレオン、
ンの靴を原型とするモカシンをスリッポン型に
イギリスではガリオンであり、その構造にも違
したような通勤、通学、室内用の靴で、その形
いがあった O ガレオンという名称はイタリアで
がボートのカッターに{以ているところからこん
できたともいうが、ヨーロッパの諸国で普及し
な名が{すいたのだという。鯖ず、しのことをパ
たのは 1
6世紀になってからである O
テラというようなもので、ある O
ガレオンの中での兵員の生活はかなり窮屈で
衛生環境が懇く病気がはびこりやすかった O こ
y
ノfッテラとはポ
ルトガル語の b
a
t
e
i
r
aから{すいた名で、
やっぱ
りカッターのことである。
れもまたガレーの奴隷と変わらない。ガレーに
靴といえば、ズックもまた海から来た言葉で
くらべて大きな帆船ではあるが、実!青 l
土車Ii船に
ある。ズ yクはダック (
d
u
c
k
) を説ったもので綿
ガレーを積んだようなものだ、ということから
布はもともとキャンパス
帆布のことをいう。がl
「ガレー・オン・キャラック」となり、
ガ レ -.
(
c
a
n
v
a
s
)と呼ばれたが、 1
9世紀の半頃、アメリ
オンからガレオンになったというとうがち過ぎ
カで綿帆布が作られるようになったとき、それ
見直百からあ
だろうか。キャラックはガレオン出 1
ヂんだのカfはじまりである。
をダックと H
ったその頃の帆船、今でいえばシップすなわち
船のことである O
ぞれまでアメリカは帆船用の帆布はすべてイ
ギリスからの輸入に依存していた。イギリス製
の麻帆布には、軽いものに鳥の絵、重いものに
3
. カッター
カ yター (
c
u
t
t
e
r
)は商船大学など船員教育機
鴨の絵がその反末に刷り込まれていた。そこで
キャンパスといえば鴨印、ダヅクだという印象
関ではわ馴染みの訓練用ボートである O 大航海
が強かったのであろう、アメリカ人は自分たち
時代の初期から航洋帆船には少なくとも大小 2
の作った綿帆布をダ
隻のボートを搭載した。その大きい方がロング
のである。
n
g
b
o
a
t
)、小さい方がカッターである O
ボート(Io
y クと称するようになった
どういうわけか、日本船では厚手の重い帆布
ボ、ートは今でも長さで区別されるように「長い
をキャンパス、薄手の軽い帆布をダック・キャ
ボート」と「姥い方のボート」ということであ
ンパスと呼んで、いた。しかし、麻や綿だけでな
るO 長艇と短艇ともいう。
く、合成繊維で帆布が作られるようになった現
旧海軍ではカッターを文字通り短艇と称した
が、商船では端艇と書いた O 端の字を使ったの
2
在では、ダ
y クとキャンパスはほとんど同じ意
味に使われることが多くなったようである。
もう一つボートに端を発した言葉にブレザー
サージのブロックと赤いウールの襟巻を乗組員
l
a
z
e
rは「ボート用の赤
がある o OEDによれば b
に着用させたという記錫があり、当時、定まっ
色の上衣」とあり、最初は太股に達する長さだ
た服装のなかった下士官兵に制服を着せたのは
ったという。そんなことからスポーツ選手の着
これが最初だった O その後、パーノンは地中海
る急物のフランネル・コートになったとされて
ヘ派遣され、折角のフロックも暑さに負けて廃
いるが、その起源についてはいろいろな説があ
止されたという。
るO ただし、ブレザーという言葉自体が「明る
さらに時代は下り、
1
8
6
0
7
0
年代になる。初
く燃え立つ」とか「燃え立つ炎」という意味の
夏、テームズ川の恒例行事、ケンブリッジ対オ
b
l
a
z
eに由来するものであることは間違いない。
ックスフォードの南大学対抗レガッタにおいて
さて一番古いとされる起源は、
1
7
1
4年に急逝
したイギリスのアン女王のあと、王位を継いだ
ケンブリッジ大学セント・ジョーンズ・カレ
y
ジのボート選手たちの善用した真紅のジャケッ
I世のための祝賀行事として行われた
トを見た観衆が「オー・ブレザー」と叫んだこ
ボートレースの優勝賞品がハノーパー王家の紋
とによるという説もある。真紅ではなく真紅と
章の入った赤いブレザー・コートであったのが
白の縞柄であったともいうが、どの場合も似た
はどまりであったとするものである。
ような話である。
ジョージ
次は 1
8
4
5年、イギリス軍艦ブレザーの艦長が
乗組員に着用させた紺と縞柄のガンジー織りの
ブレザーの他にも、
1
7
世紀のオランダの漁師
が着たピーコートまたはピージャケット、イギ
ジャケットに由来するというものである O イギ
魚師のガンジー・
リス海峡にあるガンジー島の j
7
9
5年からブレザー
リス海軍の艦船リストには 1
セータ一、また編み方として残るジャージー島
8
4
3
5
3年就
という名があるが、年代から見て 1
のi
魚自市のジャージー・ニットなどがあり、日常
役のスループで、あったと思われる。しかし、そ
何気なく使う言葉の中にも海や潮の香を感じさ
の少し前、
1
8
4
0年に軍艦パーノンの艦長が赤い
せてくれるものがある。
~3~
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