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Ⅱサムエル記7章~I列王記12章

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Ⅱサムエル記7章~I列王記12章
朝の15分があなたを変える。
心のごはん
2013年4月号
Ⅱサムエル記7章~I列王記12章
今日のメニュー:Ⅱサムエル記7章
「神の道に従う」
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4月1日(月)Ⅱサムエル記7:11「主はあなたのために一つの家を造る」
ダビデの王権が確立し、ダビデが王宮に住むようになったとき、彼は「神の箱のため
に神殿を建てよう」と考え、預言者ナタンに相談してその賛成を得ました。しかしその
夜、主のことばがナタンに臨み、主はかえってダビデのために家を建て、彼の子孫によ
って永く続く神の国を建てる、といわれました。彼の子孫とは、ソロモンと考える方も
いますが、本当はイエス・キリストのことです。神は御子と共におられ、イエスさまに
おいて彼を信じる者と交わってくださいます。イエスさまこそ、そこで神とお会いでき
る本当の主の宮です。
(ヨハネ2:21)この主の宮を建てられたのは主ご自身でした。
これから学ぶことは、神のみ思いは人間の考えよりもはるかに高いのだ、ということを
まず心に刻みましょう。そして主のみ声を日々聴きましょう。聖書に「わたしの思いは、
あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なる」
(イザヤ55:8)
にあります。私は今まで、相模原教会、横浜教会、井土ヶ谷教会を牧会してきました。
開拓も大教会も中堅教会も見せていただきました。皆自分にとって必要な道でした。こ
れからどうなるかは、神のみぞ知るです。主に従って間違いはありません。
◎ルカによる福音書9:23を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記8章
「栄光を主に帰します」
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4月2日(火)Ⅱサムエル記8:14「主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えら
れた」
8章はダビデによるペリシテ人、モアブ人征服の記事です。その中に「主は、ダビデ
の行く先々で、彼に勝利を与えられた」
(6、14)という表現が2度記されています。
イスラエルの勝利は常に神によるものでした。モ-セしかり、ヨシュアしかり、ダビデ
もまたそうでした。彼らはただ神の側に立つかぎりにおいて強く、神から離れたとき彼
らの姿はみじめでした。今礼拝で「使徒行伝」を学んでいます。パウロは第1回~第3
回の伝道旅行をしたことが記録されています。そして第3回目のとき、
「神はパウロの手
によって驚くべき奇跡を行なわれた」
(19:11)と、彼は告白しています。
(①第1
回―13:1~14:28、②第2回―15:36~18:22,③第3回―18:2
3~21:26)伝道は人のお手柄ではなく、あくまで「主は」
(Ⅱサムエル8:14)
、
「神は」なのです。どんなに人間がすばらしくても、この主体がボケると自慢話になり
ます。証の時間で忘れてはいけないのが、証の対象です。だれを証するのか、というこ
とです。自分の力を過信しないようにへりくだりましょう。自分の手柄や勲章を誇らな
いようにしましょう。すべての栄光は主のものです。
◎Ⅰコリント1:31を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記9章
「今あるは神の恵み」
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4月3日(水)Ⅱサムエル記9:8「死んだ犬のような私」
ダビデはヨナタンの子メピポセテに恵みを施そうとしました。
彼は足が不自由であり、
貧しく何の価値もない者でした。だから、メピポセテが「この死んだ犬のような私を顧
みてくださるのですか」
(8)と言ったのは当然のことです。考えてみると、私たちも取
るに足らない者ですが、神の一方的な恩寵によって選ばれたのです。聖書に「神の恵み
によって、私は今の私になりました」
(Iコリント15:10)とあるように、今あるは
神の恵みです。以前、キリスト教テレビに出演した時、森祐理さんとご一緒させていた
だきました。この方は、音楽大学を卒業した後、NHKでも、ミュ-ジカルでも活躍し、
人気絶頂でした。ところが、ある朝突然声がでませんでした。医者から3週間の安静を
命じられ、仕事はすべてキャンセルしかありませんでした。この試練を通して神の愛を
知り、自分のために歌っていたのを悔い改め、福音歌手として立ち上がる決心をしたと
いいます。人間のピンチが神のチャンスになりました。
「この生命のあるかぎり、私は主
の愛を世界中に届けていきたい。どこまでも、どこまでも、賛美の翼にのせて!」と、
彼女の生き方が方向転換しました。大事なことは、何のために生きるかです。
◎詩篇119:130を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記10章
「神にピントを合わせる」
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4月4日(木)Ⅱサムエル記10:12「主はみこころにかなうことをされる」
ダビデはアンモン人の挑戦を受けて立ち、将軍ヨアブを遣わしました。ヨアブは「全
力を尽くそう」
(12)といいました。人間の側でやることはやって、あとの結果は神に
ゆだねることが本当の信仰です。例えば、試験もクリスチャンだからということで全然
勉強しなかったら、結果は無残に終わるでしょう。
「ゆだねる」とはどういうことでしょ
うか。
「石をころがす」という意味があるそうです。手元から石をころがすと、何かにぶ
つかって進路変更することがあります。自分の思いと反対方向に行く場合もあるでしょ
う。石にヒモを付けて「こっちに来い」と動かすのは、ヒモ付きの信仰です。
『泉への招
待』
(三浦綾子)に、牛追いの話があります。
「牛の先に人が立って引っぱろうとしても、
牛は決して動かない。牛というものはうしろから追わなければならない。人はうしろか
らついていくのである。ところが、私たちの信仰もともすれば神についていく信仰では
なく、神の先に立って、こっちへ来いこっちへ来いと牛を引っぱるのに似た信仰である」
とあります。信仰とは、自分に神を引っ張るのでなく、どこまでも神につき従うことで
す。あなたにはあなたの言い分があるでしょうが、神には神の言い分がありますよ。
◎マタイによる福音書6:34を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記11章
「ダビデの失敗」
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4月5日(金)Ⅱサムエル記11:27「ダビデの行なったことは主のみこころをそこ
なった」
本章にはダビデ王がウリヤの妻バテ・シェバと姦淫したことが記されています。こん
なスキャンダルを隠したいでしょう。でも聖書は赤裸々な書物です。むき出しで報道す
るところに聖書の価値があります。ところで、ダビデの失敗はどこにあったのでしょう
か。彼の失敗の原因は連戦連勝の後、油断やスキが出てきたことです。彼は過信してい
ました。部下たちが戦いに出ているとき、彼は夕暮れまで寝ていたのです。もちろん、
休息は必要ですが、彼の場合は単なる体の休息ではなく、心の休息をしました。もしダ
ビデが本来いるべき所にいたなら、このような罪は犯さなくても済んだのです。これは
どんなに恵まれている聖徒でも目をさましていないと誘惑に陥ることを示しています。
恵まれている人こそ一番危ないのです。トントン拍子に事が運ぶ恵みの絶頂こそ、一番
危ない時です。私たちが失敗するところは、危険な時や危険な場所より、安全と思われ
る状況の中であやまちを犯すのです。たとえば、熱があると人に言われなくても休みま
すが、熱が下がった時が危ないのです。案外、健康な人は健康を過信して、それが命取
りになることがあります。
「悪魔は霊界の消防夫」です。私たちの弱い部分を知っていま
す。
◎Iコリント9:27を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記12章
「ミスや失敗を隠さない」
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4月6日(土)Ⅱサムエル記12:13「私は主に対して罪を犯した」
ダビデが罪を犯してから1年過ぎましたが、何ら悔い改めのしるしを表していな
かったようです。この期間、毎日罪のために苦しみもだえていました。しかし、自分の
罪を告白します。
「私は主に対して罪を犯した」
(13)とか、
「私の咎を隠しませんでし
た」
(詩篇32:3)とあります。私たちは自分のミスや失敗を隠そうとします。神がナ
タンを遣わしてダビデを悔い改めに導いたのです。私たちは他人から罪を指摘されるこ
とに謙虚である必要があります。いわれなくなったら、おしまいです。他人の忠告を素
直に聞けるかどうかで謙遜さがわかります。
「牧会ナビゲーション」
(創刊号、教育局発
行)に、牧会者はまず聞かなければならないというようなことが記されています。私た
ちにとって大事なことは、失敗を犯さないことよりも失敗に対して素直であるというこ
とです。罪の赦しは罪の深さや罪の大きさで決まりません。神の前にどのように出るか
です。サウルもダビデも罪を犯しましたが、サウルがプライドやメンツを気にしてすべ
て悔い改めなかったのに対して、ダビデは赤裸々に恥を捨てて罪を告白しました。きょ
う何か良心の呵責を感じているなら、主の前に素直に告白しましょう。
◎Iヨハネ1:9を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記13章
「黙れ。主の解決を見よ」
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4月7日(日)Ⅱサムエル記13:20「今は黙っていなさい」
本章にはダビデの長子アムノンが異母妹タマルをはずかしめたため、タマルの異母兄
アブシャロムがアムノンを殺害したことが記されています。ダビデの子アムノンは美し
いタマルを愛します。彼は何とかして彼女に近づき、自分のものにしようとします。そ
れを知った兄アブシャロムは「妹よ。今は黙っていなさい。あれはおまえの兄なのだ。
あのことで心配しなくてもよい」とタマルにいいました。お祈りしたら、すぐ答えをほ
しいので、焦ったり慌てたりします。しかし、神の方法・神のやり方で解決して下さい
ます。すべての営みには時があります。聖書は「黙っているのに時があり、話をするの
に時がある」
(伝道の書3:8)といいます。牧師にはいろんな働きがあります。毎週の
礼拝説教、役員会、祈祷会、聖餐式、訪問、手紙、電話など。それらの「働き」以上に、
主の前に「ある」こと、静まることが大切です。牧師が動くと、まわりが疲れます。個
人生活の上に、教会生活や社会生活が続きます。神の前に静まる個人生活は家の土台の
ようです。土台は外からは見えません。だから、手抜き工事をしがちです。私は1日の
どこかで主と交わる工夫をしています。祈りなくして何事もできないからです。
◎イザヤ書30:15を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記14章
「教会の人材育成」
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4月8日(月)Ⅱサムエル記14:11「あなたの息子の髪の毛一本も決して地に落ち
ることはない」
ダビデ軍の軍団長であるヨアブは、王がアブシャロムに敵意をいだいているのを知り
ました。そこで、ヨアブはテコアの女性の協力を得ました。その女性は王と会話をする
ことになります。11節は王の言葉です。同時に、これは聖書の言葉でもあります。先
日、プロ野球チームの楽天の星野監督がテレビに出演していました。球団側から「監督
はよく辛抱してあの選手を使いますね」と言われるそうです。社会は厳しいです。結果
を残さないと、すぐ戦力外通告をされます。監督は「我慢しないと、選手は育たない」
といいました。選手を育成しようとする監督の思いが伝わってきます。教会の将来は信
徒が鍵を握っています。教会も「出席型」から「参加型」へ、次世代の若者育成が急務
です。何でもかんでも牧師に依存するのでなく、自分に与えられている賜物を活用すべ
きです。埋没している素材を発掘しましょう。一度の失敗やミスであきらめないように
若者を育てましょう。そのためには「我慢」というより「忍耐」が必要です。聖書は「あ
なたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐で
す」
(ヘブル10:36)といいます。どうぞ、失敗を恐れない活躍の場を提供しましょ
う。
◎マタイによる福音書10:30~31を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記15章
「置かれた所で咲く」
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4月9日(火)Ⅱサムエル記15:26「どうか、この私に主が良いと思われることを
してくださるように」
『谷間の泉』
(カウマン夫人)にこんな寓話があります。さくら草が庭の角の日陰に生
えていました。ところがさくら草は、他の花たちが太陽の下の明るい花壇で咲き誇って
いるのを見て、おもしろくなくなりました。そこで、もっと人目につく所に植え替えて
くれるように頼みました。その願いは聞き入れられて、庭師はさくら草を人目につく、
日の当たる場所に植え替えられました。さくら草は大変喜びましたが、すぐに花の美し
さを失い、色も変わり、元気がなくなりました。暑い日ざしにさくら草はしおれ、枯れ
てしまいました。そこでさくら草はもう一度、元の日陰に戻してほしいと求めました。
賢い庭師は、それぞれの花にとって、どこが最善であるのかを知っているのです。同じ
ように、聖なる農夫である神は、私たちの一番良い場所を知っておられます。ダビデは
息子アブシャロムから泣きながら、しかも裸足で逃げました。私たちも「涙の谷」を通
ることがあります。
「なぜ自分だけ」
「なぜ自分の家庭だけ」とマイナス思考になるもの
です。でも、神はあなたの苦労をちゃんと知っています(詩篇139篇)
。今置かれた所
で、自分にしかできない花を咲かせたいものです。社会人は社会で、主婦は家で、学生
は学校で。
◎詩篇84:6を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記16章
「神の怒りにまかせる」
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4月10日(水)Ⅱサムエル記16:12「主は私の心をご覧になり」
ダビデがヨルダンに向かって都落ちしていく途中、
バフリムというところに来たとき、
サウル家の一族の者でシメイという男が出てきて、ダビデとその一行に石を投げ、
「出て
行け、出て行け」
(7)と中傷しました。ダビデの家来アビシャイはこのシメイの悪口を
聞いて彼を殺そうとしました。が、ダビデは「ほうっておきなさい。彼にのろわせなさ
い」といいました(11)
。ダビデは自分で報復しないで、神の怒りゆだねました。
(ロ
ーマ12:19)私たちの人生にも中傷や誤解がつきものです。人に誤解されると、つ
いカアッとなって人に報復したくなります。頭にきます。また何とか早くうわさを解消
しようとします。神の時にゆだねましょう。神が最良の方法でその問題に決着をつけて
下さいます。あなたがあせっても仕方がありません。お子さんが幼い時、テレビの漫画
ヒーローが敵に負けそうになったら、顔を隠します。大人となった今は、ヒーローが敵
に負けても安心してテレビを観ています。なぜなら、途中において負けても、最後には
必ず勝利すると知っているからです。過去から現実を見るといいです。キリスト者は一
時敗北しても、最後は必ず勝利します(Iヨハネ5:5)
。
◎ローマ人への手紙8:35を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記17章
「祈りの効力」
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4月11日(木)Ⅱサムエル記17:14「主が…決めておられたからであった」
アヒトペルは、すぐダビデを追って捕らえましょうとアブシャロムにいいました。ア
ブシャロムはホシャイの意見も聞いてみようと思いました。実はフシャイはダビデの所
からアブシャロムのところに遣わされたスパイでした。フシャイはダビデを追う計画に
猛反対しました。ついにアブシャロムはフシャイの意見を受け入れました。ダビデは危
機一発、助かりました。この背後にはダビデの涙の祈りがあったのです。
「主よ。どうぞ
アヒトフェルの助言を愚かなものにしてください」
(15:31)と。 佐藤チヨ姉は「衣
笠ホ-ム」に入居していましたが、98才で平安のうちに召天されました。私はよく修
養生と訪問しましたが、姉妹は必ず「この牧師は普通の体ではないので、よろしく頼み
ます」と修養生にいいました。まるで母親のようです。
「早く天国に行きたいけど、自分
が死んだら祈り手が一人欠けるからまだ頑張る」と、最後まで隠れた祈りの使命に専念
されました。私たちが今あるのは、こうした祈りの実です。祈りのモーターを回して下
さったからです。
「井戸水を飲む時は井戸を掘った人の苦労を忘れるな」といいます。自
分の力で教会を大きくしたのではありません。たまたまチャンスに恵まれただけです。
◎ヨハネによる福音書11:40を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記18章
「死への備え」
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4月12日(金)Ⅱサムエル記18:33「ああ、私がおまえに代わって死ねばよかっ
たのに」
18章には、王子アブシャロムが戦死したことが記されています。その悲しい知らせ
を受けた父親ダビデは、
「わが子アブシャロムよ。わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、
私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ」
(33)
と言って涙を流したといいます。どんな死を迎えるかは神の領域ですが、必ず迎える自
分の死に対して、日頃から家族間で話し合っておくことが大切だと思います。2011 年、
日本人の死亡者数は126万人で出生数を20万4千人上回りました。日本は「多死時
代」に入ったと言われています。2010 年の統計によると、死亡場所は「病院」
(76,
4%)で、病院死が圧倒的に多く、自宅で死を迎える人は12%程度です。今から約6
0年前の統計によると、病院死が10,5%、自宅死が78,6%でした。日本人の死
因の第1位は癌です。
1981 年以来30年間ずっとトップです。癌の死亡者は35万人で、
3人にⅠ人は癌で亡くなるそうです。生の延長線上に、死はありません。つまり、高齢
者の順番ではなく、若くても油断できません。聖書は「人間には、一度死ぬことと死後
にさばきを受けることが定まっている」
(ヘブル9:27)といいます。
◎アモス書4:12を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記19章
「ドロを吐け」
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4月13日(土)Ⅱサムエル記19:20「このしもべは、自分の犯した罪を認めまし
たから」
ベニヤミン人やゲラの子シメイもユダの人々と共にダビデ王を迎え入れました。シメ
イは以前、ダビデをのろった人物でした(サムエル記下16:5参照)
。アビシャイはそ
のような人を許しておいてはならないとダビデに文句をいいました。しかし、シメイは
自分の罪を悔い改めたので、ダビデは罪を赦してやりました。このことは私たちの罪が
どんなに重くても、自分の罪を告白し、主の十字架を仰ぐならば、その罪がすべて赦さ
れることを表しています。十字架の血潮はすべてを変えます。罪の大きさや罪の深さが
問題ではないのです。神の前にいかに出るかで決まるのです。聖書は「自分のそむきの
罪を隠す者は成功しない。それを告白して、それを捨てる者はあわれみを受ける」
(箴言
28;13)といいます。アメリカで、人を面接するとき「あなたは何ができますか」
と、その人の能力を聞くそうです。ドイツでは「何をしてきましたか」と経験を。韓国
では親の職業を。私たちの国、日本では『学歴』だそうです。しかし、信仰の世界では
どうでしょうか。神は何ができるとか、何をしてきたとか、親の職業とか、学歴がある
かとかを問題にしません。神は砕けた悔いし心を見られます。頑固な・かたくなな心を
捨てましょう。
◎詩篇51:17を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記20章
「主イエスにつながる」
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4月14日(日)Ⅱサムエル記20:2「ユダの人々は…自分たちの王につき従って行
った」
北イスラエルの人々と南ユダの人々との間に争いがありました。北イスラエルの人々
はダビデから離れてシェバに従っていき、ユダの人々はダビデに従っていきました。前
章でダビデは人間的な方策で人々を自分になびかせましたが、そのようにして集められ
た人はすぐに離れていきます。私たちは主に結びつけるべきです。私たちの団体は「任
命制度」をとっています。信徒の自立という意識改革が急務です。牧師という人間に信
者を結びつけるのでなく、
主イエスにつながるように牧会しているかと反省しています。
よく「牧師は転任してから、その牧師の真価が問われる」といいます。私は約40年間
今の教会を見て来ましたが、残念ですが、第1線から離れている方が多いです。信仰を
持続するというか、信仰の継続は難しいものです。私が修養生のとき、ある教会に実習
生として遣わされました。そこの牧師が受洗者に、声をかけられる人ではなく、今後は
声をかける人になってほしいと話していました。これは「される側」から「する側」の
立場に立つことを意味します。
「牧会は挨拶から」
、これが私の体験で学んだことです。
それは信徒各々にかかっています。
「あなたは教会で何人に声をかけられましたか」
「声
をかけましたか」
◎ヨハネによる福音書15:5を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記21章
「主のみこころ」
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4月15日(月)Ⅱサムエル記21:1「主のみこころを伺うと」
ダビデの時代に、3年連続のききんがありました。ききんは神の怒りのあらわれと見
なされていたので、ダビデは主に尋ねました。主は「サウルとその一族に、血を流した
罪がある。彼がギベオン人たちを殺したからだ」と答えられました。かつてヨシュアは
ギベオン人を滅ぼさないという契約を結んでいたのに(ヨシュア記9章)
、サウルはその
契約を破ってギベオン人を殺してしまったのです。その罪がききんの原因であったので
す。ところが、
「その後、神はこの国の祈りに心を動かされた」とあります。
「その後」
とは、罪の問題が解決してからということです。以上から、罪をもったままで祈っても
神は喜ばれないことがわかります。聖書も「求めても与えられないのは、快楽のために
使おうとして、悪い求め方をするからだ」
(口語訳)といいます。祈りにしても動機が不
純だとその祈りは絶対に聞かれません。案外、祈りが聞かれないのは神に問題があるの
ではなく、自分の心の障害物が原因なのかもしれません。神の霊を悲しませてはなりま
せん。
「神は祈りを聞かれた」という御業を拝するには、まず自己中心の祈りを取り除く
ことです。自分のわがままを神に押し付けるのではなく、神のみこころが成るように祈
りましょう。
◎ヤコブの手紙4:3を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記22章
「残存機能を見よ」
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4月16日(火)Ⅱサムエル記22:1「ダビデはこの歌のことばを主に歌った」
本章は、ダビデがサウルの手から救い出された日に、主に歌ったものです。歌謡曲と
賛美歌は異なります。讃える対象が違います。前者は自然や人を謳歌しますが、後者は
神を崇めます。私たちの教会に「生き生き会」があります。高齢者や心病む者の居場所
ですが、どなたにも開かれています。これは「横浜いずみ教会」の「シャローム」を真
似たものです。全国に162のホ―リネス教会がありますが、
「しゃべり場」のある教会
は少ないです。いつも参加者にお願いしています。それは話すことはリハビリだから、
どんどん話しなさいとお願いします。礼拝は神の語りかけを聞く場面が多いですが、こ
の会はみんなが主役です。
私の主治医が
「工藤さんは難病の中でも一番進行が遅いです。
言葉を使う職業だから、それがリハビリとなっています」といいます。
「カイワレ」
(会
話0)は1人もいません。会話はこころと身体を癒します。最近、医学の領域で「精神
神経免疫学」が注目されています。前向き肯定的な生き方が免疫力を高めるというので
す。そのためには、失ったものを数えないで、今ある機能を見るといいです。年をとる
と、身体的喪失が増えてきます。老いを生きるコツは残存機能を見ることです。
◎ピリピ人への手紙3:13~14を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記23章
「御霊の一致」
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4月17日(水)Ⅱサムエル記23:13「刈り入れのころ」
ダビデがアドラムのほら穴にいたとき、ペリシテ人の来襲がありました。そのときダ
ビデは、だれかベツレヘムの門のかたわらにある井戸の水をわたしに飲ませてくれると
よいのだが、といいました。そこで3人の決死隊が選ばれ、彼らはいのちを賭けて井戸
の水を持ってきたのです。水を汲むためには敵の陣地を通ることを意味しました。これ
らの3勇士はおのおの賜物が違い、働きも異なっていました。たとえば、ヤショブアム
は槍をふるって一度に800人を殺したほどの大成功者です。エレアザルは剣が手に離
れないまでに戦った根気強い人です。シャンマは味方が逃げてもひとりで戦い勝利した
人です。彼らは異なった賜物や性格を通して奉仕をしたのです。それも暇がときではな
く、一番多忙な「刈り入れ」という時期に仕えたのです。信仰は暇な人が暇な時にやる
ものではなく、忙しさの只中で仕えることです。シュ-マンの言葉に「皆が第1バイオ
リンを弾いたらオ-ケストラは成り立たない」とあります。指揮者の指揮棒で個性ある
楽器がひとつとされます。
あの3勇士のように、
教会員はみな賜物や働きが違いますが、
御霊による一致というチ-ムプレイを生かして教会に仕えましょう。
◎マルコによる福音書2:5を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:Ⅱサムエル記24章
「謙遜を身につけよ」
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4月18日(木)Ⅱサムエル記24:10「私はほんとうに愚かなことをしました」
ダビデは晩年、ヨアブの忠告を退けてイスラエルの人口調査を行いました。この人口
調査はダビデがサタンにその高慢と虚栄心とを煽動されて企てたことです(歴代志上2
1:1)
。統計は事実を知る上では必要ですが、肉の満足のためにするのは、動機におい
て主に喜ばれません。ダビデには野心、権勢欲、高慢があったように思います。だから、
人口調査をした後、良心の呵責を感じたのでしょう(10)
。宝くじで当たった人のその
後をテレビでみたことがあります。一度に多額のお金を手にすると、不思議と堕落しま
す。真面目に苦労して労働するのがばかばかしく思うのです。
「失敗は成功のもと」と聞
きますが、
「成功は失敗のもと」とも言えます。人間はすべてがトントン拍子に物事が運
ぶときが一番危ないものです。油断やスキが出、あたかも自分の知識や能力でやれたと
錯覚しやすいのです。ダビデの失敗が、勝利の直後であったことは人ごとではありませ
ん。しかし、稲の穂が実れば実るほど頭部が下がるように、クリスチャンも円熟すれば
するほど謙遜が必要です。一般のことわざに「勝って兜の緒を締めよ」といいます。高
慢にガードしましょう。謙遜のマントを着用しましょう。
◎詩篇141:3を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記1章
「神よ、なぜですか」
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4月19日(金)I列王記1:29「私のいのちをあらゆる苦難から救い出してくださ
った主は生きておられる」
ダビデが年老いて死期が迫ったとき、国の内部にゴタゴタが生じました。それは王位
継承の問題です。彼の妻ハギテから生まれたアドニヤが高ぶって「わたしが王となろう」
としました。しかし、神のご計画はソロモンが王位につくことでした。神の流れに逆ら
ってどんなにもがいても無駄です。それを受け入れるしかありません。人生には選ぶこ
とができるものと選ぶことができないものがあります。例えば、食事を何にしようかメ
ニューを選択できます。何を着ていこうかと選択できます。しかし、いつの時代に、ど
こに生まれるかは選択できません。私の場合、気が付いたら青森県、工藤家、農家に生
まれたのです。自分で努力して選択したのではありません。子どもは親を選ぶことがで
きないといいます。病気も選択できません。だれも好き好んで病気やケガを志願する人
はいないと思います。結果的に、道草、寄り道することもありましょう。それから逃げ
たいこともあろうが、今は現実を受け入れるしかありません。
「なぜ」
「どうして」と、
わからないことに同居するようにしましょう。私たちはすぐ結果を求めますが、
「今知ら
ず、後に知るべし」
(ヨハネ13:7)です。それらが主の御手にあることを信じましょ
う。
◎ヨハネによる福音書9:3を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記2章
「愛は近きより」
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4月20日(土)I列王記2:3「主の道を歩まなければならない」
ダビデは死ぬ日が近づいたとき、ソロモンを召し寄せて遺言しました。それが3節の
ことばです。つまり、信仰の遺産です。ダビデは子供に多くのものを遺すことができた
と思います。しかし、彼は最も大切な信仰の遺産を遺すことに決めたのです。これこそ
人生最大の遺物です。親が莫大な財産を残したかりに兄弟ゲンカに及んだという話を聞
いたことがあります。以前、私は友人と一緒に車で『みちのく宣教旅行』を行いました。
信徒は、田舎に行くだけで証になるから帰ってあげなさい、といいます。いくら伝道、
伝道と叫んでみても、まず身近を粗末にしたら証しになりません。
「Charity begins at
home」
(愛は近きより)とあります。私はよく家庭を大事にしてあげてねといいます。
特に、
留守番をしている人に礼拝の帰り、
お土産を買ってあげてねとお願いしています。
なぜなら、留守番をしてくれるから、教会に来られるのです。理解があるから、礼拝に
行かれるのです。その人を大切にするのは間接的な伝道です。普段から、よりよい関係
を築くことです。また、礼拝後はなるべく早く家に帰って、ご主人に仕えることをお勧
めます。子供やご主人を粗末にしないように。彼らは寂しさを味わっています。
◎Iテモテ5:8を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記3章
「主に喜ばれる求め」
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4月21日(日)I列王記3:6「あなたに何を与えようか。願え」
神はソロモンに「あなたに何を与えようか。願え」と言われました。ソロモンは、自
分の長寿や自分の富や自分の敵の命を求めないで、ただ訴えを聞きわける知恵を求めま
した。ソロモンは自分のことではなく、人々をどうやって指導したらよいかを願ったの
です。これが恵まれる秘訣です。求め・飢え渇き・ハングリー精神・貪欲な心です。礼
拝で恵まれる秘訣はこれらの状態になることです。最近、つくづく思うことはどんな名
医や医学があっても、患者が「なおりたい」と前向きに治療を受けなかったら、良い薬
もあまり効かないということです。主イエスが38年間も病気で苦しんでいる患者に向
かって「よくなりたいか」
(ヨハネ5:6)といわれたのです。病人にとって、よくなり
たいのは当然ですが、この人はあきらめていたのかも知れません。人生のほとんどが病
気だから、病気であることに満足していたのかも。病名の告知は大きな問題です。私の
場合、正直に明かしてくれたので病気と向き合うことができました。日本は本人ではな
く、家族に告知します。本人には隠します。しかし、うすうす気づくようですが。きょ
う主イエスはあなたにも、どうなりたいのか、と聞いています。
◎Iヨハネ5:14を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記4章
「聖霊の満たし」
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4月22日(月)I列王記4:34「ソロモンの知恵を聞くために、…やって来た」
「ソロモンの知恵」と言われるように、ソロモンは知恵の豊富な王でした。聖書は「そ
の名声は周囲のすべての国々に聞こえた」
(口語訳)と記しています。そこで人々はうわ
さを聞いて、ソロモンのところにやってきます。人々は自発的に集まってきたのです。
ペンテコステの日、聖霊が弟子たちに注がれたときも、あらゆる国の人々が弟子たちの
ところに集まって来たと記されています。教会が何かをして集めたのでなく、集まって
来たのです。
『一日一章』には、
「私たちとって大切なことは、どうして人を集めるかと
いうことではなくて、どうして私たちが神の知恵を、またはみ霊を受けるかということ
である。教会がおちいりやすい点は、自らが充分に満たされることを充分にせず、ただ
人々を集めようとやっきになることである」
とあります。
牧師として反省させられます。
イベントもハウツウも大事ですが、聖霊の充満がもっと大事です。新来者がどこを観察
するでしょうか。教会の内側です。
「もう一度この教会に行ってみよう」と思わせたら、
しめたものです。ホットする居場所のある開かれた教会を多くの人は求めています。今
社会は病んでいます。この時代こそ、癒し系の教会が必要です。
◎ゼカリヤ書4:6を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記5章
「神による選び」
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4月23日(火)I列王記5:5「今、私は、私の神、主の名のために宮を建てようと
思っています」
ソロモン王は念願であった神殿の建築にとりかかりました。ところが、彼は一人で何
でもかんでもやりませんでした。ツロの王ヒラムは、神殿建築のために、香柏の材木と、
いとすぎの材木を提供しました。また、山で石を切り出す人、それを運ぶ者、現場監督
など、数えたらきりがありません。一つのことに多くの人材を要したのです。言い換え
ると、ソロモンは多くの人に仕事をゆだねたといえます。まかせるとは、信頼関係がで
きていないとできません。教会も牧師依存型ではなく、共同牧会が急務です。将来を見
据えた人材育成が必要です。信徒の活性化は教会の活性化です。信徒の能力・賜物が十
分に発揮できる場を提供しましょう。人材を発掘するには、
「見つける」
「育てる」
「生か
す」の3つが大事だそうです。ステパノもピリポも信徒でした。信徒の賜物が埋没した
ら残念です。教会の将来は信徒が鍵を握っています。
「教会」
(エクレシア)とは「エク」
(~から)と「カレオ」
(呼ぶ)の合成語だそうです。つまり、教会とは「呼ばれた者の
集まり」です。あなたが必要だから呼ばれたのです。
「置かれた所で咲きなさい」といい
ますが、今の教会に属しているのは、偶然ではなく神のお導きなのです。
◎ヨハネによる福音書15:16を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記6章
「手塩をかけて」
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4月24日(水)I列王記6:7「いっさい神殿の中では聞かれなかった」
ソロモンは神殿建設という大事業に取り掛かります。しかし、工事現場では斧、槌、
その他、一切の雑音が聞かれなかったといいます。これだけの事業だから、多くの意見
や不協和音があっても不思議ではないのだが。その原因は石切り場で「完全に仕上げら
れた石」が用いられたからです。石には大小、様々な形の石があります。大きい石だけ
では家は建ちません。四角い石、丸い石も必要です。石工はその用途、目的に従って、
のみで切り刻みます。一見残酷のようですが、石工の仕打ちを受けてはじめてお役に立
つのです。果物の剪定も痛みが伴いますが、それをしないと収穫は期待できません。農
夫はいじめるためではなく、豊作のため刈り込みます。私たちが神から試練を受けると
きもそれと同じです。義人ヨブは、苦難を通されましたが、最後(ヨブ記42章)は神
への賛美、頌栄で終わっています。多くの人はこの「ヨブ記」によって慰めを与えられ、
生きる希望を見出してきたのです。まさにヨブは神によって切り整えられたのです。私
たちは荒削りのゴツゴツした石、頑固な石だから、そのままでは神に用いられません。
石工なる神に切り整えられてはじめて有用な器になるのです。
◎Ⅱテモテ2:20~21を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記7章
「実現に至らせる神」
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4月25日(木)I列王記7:51「こうして、ソロモン王が主の宮のためにしたすべ
ての工事が完成した」
ソロモンは神の宮には7年を要し、自分の家を建てるのに13年を要しました。神が
「光よ、あれ」と言われると、光ができたのです(創世記1:3)
。私は神学校でヘブル
語を習いました。ヘブル語の「ことば」
(ダ-バ-ル)は、出来事とか事実という意味だ
そうです。神のことばが「時」にぶつかると、そこに歴史が表われます。神はみこころ
とあれば、必ず成就・実現まで至らせるお方です。また反対に、主のみこころでなかっ
たら、道を閉ざすお方です。パウロは当初アジアに行こうと計画していましたが、神の
計画はヨ-ロッパに福音を伝えることでした(使徒行伝16;6)
。道を閉ざすこと、挫
折することも、主の用いる方法です。私たちは事業や結婚や受験など、失敗することが
あります。受験に失敗したからといって、人生に失敗したのではありません。人間の作
った枠から落ちこぼれても、
神の枠から落ちこぼれなければ、
それでいいとしましょう。
自分の思いどおりに進まなくても、心配することはありません。神は最善以下のことを
なさいません。失敗や挫折から多くを学べます。その教訓を次に生かせばいいのです。
失敗を生かすのも殺すのも、あなた次第です。
◎ヨハネによる福音書14:1を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記8章
「朝の来ない夜はない」
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4月26日(金)I列王記8:12「主は、暗やみの中に住む」
「暗やみ」は、口語訳では「濃い雲」となっています。私たちの人生には、突然濃い
雲が襲ってきます。たとえば、試練の雲、疾病の雲、老衰の雲、苦難の雲、失敗の雲、
不合格の雲、失恋の雲、愛する者との死別の雲、霊的低迷の雲などに包まれ、神が見え
なくなり、霊的な渇きを覚えることがあります。しかし、雲の上はいつも晴天です。暗
黒な夜のあとに必ず朝がきます。
「明日」という字は「明るい日」と書きます。朝の来な
い夜はありません。あなたが最も寂しい時、神があなたに最も近くおられる時です。主
はもう墓にいません。よみがえったのです。以前『百万人の福音』に、自分の証が掲載
されました。私の記事を読んで、3 年間うつ病で苦しんできた方がお便りを下さいまし
た。
「病むことによって、思いやったり、自分の心と向き合ったりする機会を与えて下さ
いました。感謝です」とありました。この方も病んだことによって、人生の大切なもの
を発見したのです。
「ないもの」
「失ったもの」を数えるのでなく、まだ「あるもの」
「で
きたこと」を数えると感謝がわいてきます。私たちはどうして自分だけ?と悪い方に、
悪い方に考えてしまいます。神は「濃い雲」の中にも希望の朝を備えておられます。
◎I コリント10:13を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記9章
「油断大敵」
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4月27日(土)I列王記9:1「すべてのものを完成したとき」
人が成功を勝ち得たときは最大の危機で、特別に神の声を聞かなければならないとき
です。なぜなら、過去の業績におぼれやすく、天狗になりかねないからです。油断大敵
です。だから神は「すべてのものを完成したとき」
(1)あえてソロモンに現れたのです。
人生で恵みの絶頂ほど、一番危ない時です。例えば、ギデオン、サウロ、ダビデ、ソロ
モンなどから、大成功と共にある落とし穴を学ぶことができます。オリンピックで金メ
ダルを獲得した選手がスキャンダルで実刑判決されました。敵はまわりではなく、心の
中に住んでいます。牧師にとって要注意な点は、外部から講師がくる「特別集会日」で
す。説教が適度な緊張感を作っていますが、
「今日は説教から解放される」という安心感
がかえって不用意にさせます。以前、特別礼拝の日、自分は礼拝の司会だけすればいい
んだと思っていました。ところが、講師から「病気になったので、行くことができない」
という電話が朝ありました。焦り、慌てました。すぐ静まって「今日どこから話したら
いいでしょうか。助けて下さい」と祈りました。講師が来られないというのは、伝道生
涯の中で最初でした。無防備であった自分を反省しました。
◎ローマ人への手紙12:3を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記10章
「こころの空虚さ」
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4月28日(日)I列王記10:23「ソロモン王は…地上のどの王よりもまさってい
た」
この章には、ソロモン王の豪華な生活ぶり、贅沢な暮らしが記されています。1年間
に手にする金の重さは、約22.8トン。その他、貿易で得たものがあるというのです。
何という繁栄ぶりでしょう。ソロモンは、世界一の金持ちですが、
「空の空、いっさいは
空の空である」
(伝道の書1:2)と心の空虚さを語っています。
(
「空」は旧約聖書に7
2回出てくるが、伝道の書には、そのうち37回出て来ます)
。物の豊かさが人を幸せに
しません。世の中には富のため、おぼれる人がいます。知識のために高慢になる人もい
ます。ソロモンもそうでした。聖書では、不思議と富みを得ると堕落していきます。彼
は知恵を得ることにはさとくありましたが、それを用いることに失敗しました。私たち
にとって大事なことは、得ることよりそれを用いることであり、持つことよりも管理す
ることです。主イエスは「受けるよりも与えるほうが幸いである」
(使徒行伝20:35)
といいました。神は「ほしいもの」ではなく、
「必要なもの」をいつも与えて下さいます。
聖書は「あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます」
(ピリピ書4:19)といい
ます。必要以上にほしがると誘惑に陥ります。
◎ヘブル人への手紙13:5を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記11章
「今を生きる」
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4月29日(月)I列王記11:3「その妻たちが彼の心を転じた」
ソロモンには王妃として700 人、そばめ300人がいました。彼女たちの影響で、
ソロモンは偶像に走ったのです。ソロモンは過去において、神や国家のために輝かしい
業績を残しました。しかし、今、真の神から離れていきました。信仰は過去の産物(化
石)ではありません。現在、今がどうであるかです。それも「主の前に」どうであるか
がです。この世は生前、何をしたかで、その人が評価されます。仕事の量でその人の価
値や値打ちが計られます。ところが、信仰の世界は[doing]に対し、
「存在」
(being)その
ものが証しです。12弟子を研究すると、みな弱さや弱点があります。完璧な人はいま
せん。その弱点や欠点をもったままで、あるがままで仕えています。人間どこか短所が
あるほうが、人間味があります。主はユニークなお方です。弱さを用いて主の栄光を現
されます。
「今」がいっぱい集まると 1 日になります。1 日が 7 日集まると、1 週間にな
ります。それが4度重ねると1ケ月、それが12ケ月重ねると 1 年、一生と続きます。
要は「今」の積み重ねです。今を殺すも生かすも私たちにかかっています。与えられた
日を精一杯生きましょう。人生は長さではなく、いかに生きるかです。
◎詩篇39:4を読んで祈ろう。
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今日のメニュー:I列王記12章
「ほうれんそう」
(報・連・相)
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4月30日(火)I列王記12:6「相談して」
ソロモンの死後、彼の子レハベアムが王になりました。そのとき、重税に苦しんでい
た民は租税軽減運動を起こしました。レハベアムはその対策をまず老人たちに相談しま
した。老人たちは、指導者というものは仕えるように答えました。レハベアムは、次に
若者の意見も参考に聞きました。そして、結局は王様にとって自分の都合の良い意見で
ある若者に従ったのです。その結果、国は南北に分裂してしまったのです。もちろん、
年輩者の意見がいつも正しいわけではありませんが、王は自分に都合のいい意見に従っ
たのです。人生経験の豊かな老人たちのアドバイスは大いに学ぶべきでした。リ-ダ-
に要求されるのは、いい悪いは別にして傾聴です。
この世で最も難しいのは人間関係です。その解消には「報告」
「連絡」
「相談」これを
「ホウレンソウ」と、松下幸之助はいいます。区役所で月に一度「難病患者会」をもっ
ています。先日ある方が「最近の医者はパソコンだけを見て、患者に聞いてくれない」
といいました。
患者の話を聴くことも治療のひとつです。
病気を癒すのは患者自身です。
どんな名医や医学があっても、病人がその気にならなかったら直りません。人に口では
なく、耳を貸す人になりたいものです。
◎ルカによる福音書10:42を読んで祈ろう。
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