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短期派遣AA 派遣報告書

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短期派遣AA 派遣報告書
短期派遣AA 派遣報告書
報告者:博士後期課程 洪性旭(Sungwook HONG)
派遣先:Yunus Centre(バングラデシュ・ダッカ)
派遣期間:2012年2月25日~2012年3月9日
研究テーマ:アジアにおける社会的企業の持続可能性に関する諸問題
派遣の概要
博士研究では、主にアジア地域を中心に、社会的企業(Social Business/Social Enter
prise)という経営形態が様々な地域において持続的な経営を成立させ、とりわけ地域レベ
ルにおける持続的な経済構造を形成していく過程を体系的に探ることを目的としている。
社会的企業という概念は、経験的現実を捉える理念型が先に想定されていたものではなく、
当面の課題とされる様々な社会的イシューへの取り組みという実践から理念型の構成要素
を見出していくという経緯を辿ってきている。そのため、現時点において、研究者及び実
務者の間で共通した定義は存在しておらず、用語のあり方も様々である。すなわち、複数
理論が生成されつつある状況であり、上述の「持続的な経営」や「持続的な経済構造」は、
理論上ですらそれが成り立つ条件が必ずしも明示されているとはいえない。
このような状況のなか、グラミン銀行の総裁として知られるムハマド・ユヌス教授が提
唱する「ソーシャルビジネスSocial Business」概念は、氏の2006年度ノーベル平和賞受賞
を機に、世界的にその認識を広げている。特に、バングラデシュにおいては、主にグラミ
ン銀行を筆頭とするグラミン・グループと営利企業との合弁会社joint ventureの形で「ソ
ーシャルビジネス」の設立を推進する機関であるYunus Centreが活動しており、既に海外
の大手企業や多国籍企業との提携が実現または進行されている。
そこで、今回は、短期派遣AA (Short ITP-AA) の支援の下、2012年2月25日から3月9日
までの派遣期間を設定し、上述のYunus Centreが提供する‘Social Business Tour’プロ
グラムに参加、ソーシャルビジネスの実際の経営現場を視察した。なお、この期間中、ユ
ヌス教授の弟であるムハマド・ジャハンギル氏や、ジェトロ・ダッカ事務所の鈴木隆史所
長ならびに安藤祐二調査員、韓国大使館のウォン・ドヨン参事官、現地で活動している日
本のNPO「ソケット」、また、ユヌスとは異なる意味でのソーシャルビジネスを展開してい
るベンガル人の事業家など、予定外の様々な実務者たちとも面談することができた。ただ
し、今回の報告では、本来の目的である‘Social Business Tour’に焦点を当てることに
する。
調査内容
2012年2月29日から3月1日までの2日間、Yunus Centreが訪問者向けに提供する‘Socia
l Business Tour’プログラムに参加した。バングラデシュ渡航前から、本学の講師でもあ
るモンズルル・ホク氏の紹介の下、ユヌス教授の弟であるムハマド・ジャハンギル氏とメ
ール及び電話による連絡を取っていたが、肝心のYunus Centreとのやりとりは円滑にでき
ない状態であった。そのため、渡航3日目の2月27日にジャハンギル氏と面談し、同センタ
ーに直接連絡していただくことによってはじめてプログラムの詳細な打ち合わせができる
ようになった。
訪問先はダッカから北西に約250km離れた農村地域のボグラBograである。この地域では、
グラミン・グループと、ヨーグルトなどの乳製品やミネラル・ウォーターで広く知られて
いる多国籍企業ダノン・グループGroupe Danoneとの合弁会社である「グラミン・ダノン・
フーズGrameen Danone Foods Limited」を訪ねた。プログラムの構成を概観すると、1
日目は、生産工場の見学と担当者のプレゼンテーション及び質疑応答があり、2日目は、生
乳仕入れ・収集施設及び冷却保存施設の視察、販売拠点のうち2箇所のセールスマネジャー
とセールスレディーとの面談となっている。プログラムの詳細は以下の通りである。
①1日目
ボグラにある生産施設(工場)の総責任者であるリュック・ジャンボーLuc Jeanveaux
氏による施設の案内、グラミン・ダノンに関するプレゼンテーション及び質疑応答を行っ
た。
<写真1>グラミン・ダノン・フーズのオフィス
同社は、2005年、当時グラミン銀行の総裁であったユヌス教授と、ダノンのCEOである
フランク・リブーの議論から企画されたものである。バングラデシュの子どもたちの栄養
失調に着目しており、現地の食生活で十分に得られない栄養素を加えた低価格ヨーグルト
「ショクティ・ドイShoktidoi」の生産・販売を主な活動としている。2006年、ボグラ地域
に生産工場を建て始め、2007年から生産を開始、現在に至っている。
同社の特徴として、設立当初から、地域内で循環する生産・販売システムの構築を試み
ていることを挙げることができる。同社は4つの経営目標を掲げているが、その中には、地
域住民が事業運営の全ての段階に参加させるという事項が含まれている。
<表1>グラミン・ダノン・フーズの目標
1.バングラデシュの全ての子どもの健康のために、栄養素を安値で提供する
2.地域コミュニティの最貧層の生活を改善するため、雇用を作り、地域の力量を上げ、事
業の全ての段階(原材料調達、生産、販売)に彼らを参加させる
3.再生不可能な資源を極力使わない
4.経済的持続性を確保するために収益性を持つ
出典:Grameen Danone Foods Ltd, 2011. a Social Business in Bangladesh プレゼン
テーション資料(2012年2月29日)から筆者翻訳
例えば、グラミン・ダノンの生産工場の面積は約700㎡であるが、これは、ダノン・グル
ープが大量生産に用いる工場の1%水準であるという(Jeanveaux 2012)。なお、ヨーグル
トの主な原料となる生乳や、当該地域に広く分布するナツメヤシ由来の糖分は、地域住民
との契約によって調達している。企業側の効率性に基づき少ない労働力で全国に商品を供
給する大規模の単一生産・流通システムではなく、地域規模の調達・生産・流通及び販売
システムを目指しているのである。
<写真2>ヨーグルト生産施設。この建物で生産ラインが完結する。
同社におけるボグラ地域での一連の事業の位置づけはまだ実験段階であるが、今後、同
様の規模を持つビジネスモデルを2020年までにバングラデシュ全地域に増やしていくこと
を目標としている。
<図1>グラミン・ダノン・フーズの事業拡大計画(2020年目処)
出典:Grameen Danone Foods Ltd, 2011. a Social Business in Bangladesh. プレゼ
ンテーション資料(2012年2月29日)から抜粋
ただし、販売地域に関しては、必ずしもボグラに限られているわけではない。実際、ボ
グラ地域における販売量は全体の30%程度で、残りの約70%は主にダッカ、チッタゴン、
シレットなどの大都市や、ボグラ周辺(半径約50km以内)の地域に販売している(Jeanv
eaux氏とのインタビュー、2012年2月29日)。これには、原材料の80%を占める生乳の価格
不安定による販売不振の経験や、ボグラ地域における顧客層の裾野の拡大がまだ進行中で
あることなどが影響していると考えられる。現在、ダッカ近郊において第2の生産拠点が計
画中であり、2013年から生産開始を予定しているとのことである。
②2日目
2日目の3月1日には、ボグラの東側に位置するシャリアカンディShariakandi地域を訪ね
た。地域農家からの生乳仕入れ・収集施設及び冷却保存施設の視察、販売拠点のうち2箇所
に寄り、セールスマネジャー及びセールスレディーとの面談を行った。現地のマーケティ
ング担当者とボグラの宿泊先で待ち合わせをし、生乳仕入れ・収集施設と冷却施設を訪ね、
その後、セールスマネジャー2人とともに二つの村を訪ね、セールスレディーの訪問販売の
現場を見るという流れである。
生乳仕入れ・収集施設では、乳牛を飼育する地域農民が個人単位で契約しており、一日2
回の仕入れが行われる。仕入れ値段は生乳のラクトース(乳糖)含量に沿って1ℓ当り30~3
4タカに決められており、支払いは即日(遅くても2日後までに)、現金で行われる。契約開
始当初は、多くの飼育農家がグラミン銀行のマイクロクレジットから融資をもらい乳牛を
購入していた。現在は、返済を完了した農家や、以前から地域内で別の小売店舗などに生
乳販売を行っていた乳牛農家と新規契約を結ぶなど、調達ルートは多様化してきている。
<写真3>Shariakandi地域の生乳収集施設
<写真4>生乳の品質検査。この結果により仕入れの如何や値段を決める。
乳牛農家には基本的に購入が保障され(当日現金払い、天災時は企業側が購入・破棄)、
技術支援(乳牛の健康管理などの飼育方法、薬の提供、交配技術支援など)などが提供さ
れる。
仕入れ施設の次は、冷却保存施設を訪ねた。ここでも生乳の収集が行われており、冷却
施設に集まった生乳は一日1回、工場まで配送される。
<写真5>生乳冷却施設
<写真6>仕入れ農家住民の氏名と仕入れ量、支払い金額を記帳している。
<写真7>グラミン・ダノンの職員および住民たちと一緒に撮影
最後に、セールスマネジャーと彼の門下の研修生と合流し、セールスレディ2人の販売拠
点へ向かった。現在、ボグラ地域内には区域ごとに4人のリキシャ・ヴァン・セラー(RVS
s, Rickshaw Van Sellers)が工場から販売拠点まで商品を配送しており、1人のRVSが20
~25人のセールスレディへの仕入れを担当している。RVSごとに1日1,600~2,000個のヨー
グルトを配送し、セールスレディは1日100~150個ずつ仕入れて担当区域の村中を歩き回り
ながら訪問販売を行っている。地域全体でみると、RVSは30人、セールスレディは約500
人とのことである。
<写真8>仕入れ現場でヨーグルトを販売するセールスレディHelena。経歴6ヶ月。
<写真9>ヨーグルト仕入れに訪れたセールスレディShamoli。経歴2年以上。
ボグラ地域で販売されるShoktidoi 60g入りのMRP(メーカー希望小売価格)は7タカで、
レディへの仕入れ価格は6.40タカであり、さらに、1個の販売につき0.70タカの手数料が支
給されるため、1個の販売につきレディには1.30タカの収益が入る。レディの売り上げには
個人差や季節による違いがあるが、一日50~150個の間で推移しているという。
成果と課題
今回の調査では、ユヌス教授の提唱するソーシャルビジネスの一つの実験的事例ともい
えるグラミン・ダノン・フーズの現場に直接訪問し、実務者と交流し、経営に関する情報
を得ることができた。さらに、帰国後も実務者との連絡や質疑応答は継続しており、今後
情報の更新や、さらなる訪問も期待される。
<写真10>ユヌス教授の弟、ジャハンギル氏と撮影。
ただし、2日間という短いプログラムであったため、多くの拠点を訪問することはできず、
得られる情報にも限界があった。なお、セールスレディ含め地域住民には英語が通じず、
職員たちの通訳に依存せざるを得なかった。筆者のベンガル語能力の欠如もあり、セール
スレディの個別事例を調べることには難点が多かった。
今後、グラミン・ダノンへのさらなる調査を念頭に、ベンガル語能力の涵養、実務者た
ちとの関係の持続、また、グラミンやダノンの他の事業に関する情報収集を行っていきた
い。
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