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第1章 犯罪の現状と将来予測

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第1章 犯罪の現状と将来予測
静岡県防犯まちづくり
有 識 者 懇 談 会 報 告 書
平成15年6月
目
次
頁
第1章 静岡県における犯罪の現状・将来見込みと県民意識
静岡県における犯罪の現状 ・将来見込みと県民意識
1
犯罪発生の現状
1
1
(1) 刑法犯認知・検挙の状況
(2) 犯罪の罪種別の状況
(3) 犯罪の発生場所の状況
(4) 県内地域別の犯罪の状況
2
犯罪発生の将来見込み
2
3
犯罪からの安全・
犯罪からの安全 ・ 安心に対する県民意識の状況
3
(1) 県民意識アンケート調査の結果
(2) 防犯まちづくりを語る会(タウンミーティング)の結果
第2章 犯罪増加の一般的要因と静岡県の防犯対策の評価と課題
1
犯罪増加の一般的要因
7
7
(1) 社会全体の規範意識の低下
(2) 一人ひとりの防犯意識の欠如
(3) 地域社会が持つ伝統的な犯罪抑止機能の低下
(4) 事業活動全般における防犯への配慮不足
(5) 国際化・情報化等による犯罪形態の進化
(6) 都市の形状等の環境設計への配慮不足
2
静岡県の防犯対策の評価
8
(1) 警察活動を中心とした防犯対策の限界
(2) 防犯意識啓発の広がり不足
(3) 防犯関連情報の共有化の欠如
(4) 地域の連帯感の醸成不足
(5) 人格教育機能の回復の遅れ
(6) 防犯に配慮した事業活動の不足
(7) 防犯に配慮した物理的環境整備の遅れ
3
今後の防犯対策の課題
10
第3章 犯罪のない“安全しず
犯罪のない “安全しずおか”づくりに向けて
“安全しず おか”づくりに向けて
1
目的・目標
目的 ・目標
11
11
(1) 目的
(2) 目標
2
基本方向
11
(1) ひとづくり
(2) まちづくり
(3) ネットワークづくり
3
取り組むべき対策
(1) 社会のルールを守り支える“ひとづくり”
(2) 自らの安全は自らで守る“ひとづくり”
(3) 地域の安全は地域で守る“ひとづくり”
(4) 住民の気配りがある安心できる“まちづくり”
(5) 住民の目が行き届いた安全な“まちづくり”
(6) 地域の防犯情報を共有し活用できる“まちづくり”
(7) 企業市民の協力による安全な“まちづくり”
(8) 警察活動の充実による安全・安心な“まちづくり”
(9) 地域ぐるみの安全活動を支える“ネットワークづくり”
(10) 県民運動として展開するための“ネットワークづくり”
(11) 犯罪被害に遭った人の立ち直りを支援する“ネットワークづくり”
(12) 縦割りの弊害をなくした行政組織内での“ネットワークづくり”
(13) 行動計画の策定と着実な進行管理の実施
(14) 取組を支える根拠条例の制定
12
第1章 静岡県における犯罪の現状・将来見込みと県民意識
静岡県における犯罪の現状・将来見込みと県民意識
「犯罪」とは、刑罰を定めた諸規定の犯罪構成要件に該当する違法で有責な行為をいい、
刑法犯罪と特別法犯罪とがあるが、ここでは、静岡県における刑法犯罪(交通事故による
ものを除く。
)の現状と将来見込みを概観する。
1 犯罪発生の現状
(1) 刑法犯認知・検挙の状況
刑法犯認知・検挙の状況
静岡県における刑法犯認知件数は、昭和から平成の時代に変わるとともに急増し、平
成5年以降はしばらく高原状態であったが、
平成 10 年から再び増加傾向を示しはじめ、
平成 14 年の刑法犯認知件数は、過去最高の 63,008 件を記録した。
平成元年の刑法犯認知件数を 100 とした指数で見ると、平成 14 年は 225 となり、全国
平均(171)や東京、大阪、神奈川、愛知といった主要都府県を上回る増加率を示してい
る。
平成年代以降の刑法犯の検挙件数は、概ね横ばいで、検挙人員は、微増しているが、
認知件数の激増により検挙率(平成 14 年は 24.7%)は、低下している。
来日外国人犯罪の検挙件数は、平成元年と比べて 15.6 倍と大幅に増加しており、また、
昭和 57 年をピークに少子化に伴う少年人口の減少とともに緩やかに減少していた刑法
犯少年の検挙・補導人員も、平成9年以降増加に転じている。
刑法犯の被害者を見ると、女性、高齢者の被害が増加傾向を示しており、平成元年と
比べて、女性の被害者が約 10,500 人(2.5 倍)
、高齢の被害者が約 4,300 人(5倍)増
加している。また、少年については、平成5年をピークに増減を繰り返しているが、平
成元年と比べると約 5,160 人(2.2 倍)増加している。
(2) 犯罪の罪種別の状況
刑法犯は、凶悪犯(殺人、強盗、放火、強姦)
、粗暴犯(凶器準備集合、暴行、傷害、
脅迫、恐喝)
、窃盗犯、知能犯(詐欺、横領、偽造、汚職、背任)
、風俗犯(賭博、わい
せつ)
、その他の犯罪に分類されるが、平成 14 年の全刑法犯のうち 82%(51,639 件)が
窃盗犯である。
さらに、窃盗犯のうち乗物盗(自動車・自転車・オートバイ)
、車上ねらい、自動販売
機荒らしの3罪種が約 57%を占め、全刑法犯に対する割合でも約 47%を占めている。
重要犯罪(殺人、強盗、強姦、強制わいせつ、略取誘拐、放火)の割合は少ないもの
の、平成元年の 197 件が平成 14 年には 542 件と 2.8 倍に増加しており、特に強盗は 4.2
倍、強制わいせつは 4.4 倍と増加が顕著である。
街頭犯罪では、ひったくり、路上強盗が平成元年と比べて6倍以上の増加を示して
いるほか、暴行、強制わいせつ、自動販売機荒らしが4倍以上の増加を示すなど多発
しており、全刑法犯に対する割合では 49%を占めている。
1
(3) 犯罪の発生場所の状況
平成 14 年における刑法犯罪のうち、48%が公共空間(駐車(輪)場、学校(幼稚園)
、
道路(地下街・地下通路を含む)
、公園・広場、空き地)で発生しており、特に、駐車(輪)
場での乗り物盗や車上ねらいの増加が著しい。
事業所(商店、会社事務所、飲食店等)や住居(一般住宅、マンション、アパート等)
での犯罪も平成元年に比べて件数で 57%増加しており、万引き、侵入盗、自動販売機荒
らし等の窃盗犯が大半を占めている。
(4) 県内地域別の犯罪の状況
県内の刑法犯認知件数は、ここ5年間で 15.7%増加しているが、地域別では東部地域
が 1.1 %、中部地域が 27.6%、西部地域が 23.7%の増加となっており、中部、西部地
域における増加が著しいが、犯罪率で見ると東部地域が 18.1 件(人口千人当たり)と一
番高く、中部地域が 16.6 件、西部地域が 15.3 件となっている。
県内の刑法犯少年の検挙・補導人員は、ここ5年間で 23.1%増加しているが、地域別
では東部地域が 20.7%の増加、中部地域が 25.3%の増加、西部地域が 21.7%の増加と
なっており、県下全域で少年犯罪が増加している。
また、地域別の来日外国人犯罪の検挙人員では、東部地域が 25%、中部地域が 20%、
西部地域が 55%であり、県内の検挙人員の半数以上が西部地域に集中している。
2 犯罪発生の将来見込み
社会経済情勢や青少年を取り巻く問題など、犯罪発生の要因と見られる諸情勢に変化
がなければ、本県の総合計画の目標年次である 2010 年(平成 22 年)における刑法犯認
知件数は、平成 14 年に比べて 33%増の 83,800 件を超えると見込まれる。
罪種別には、窃盗犯が平成 14 年に比べて 40%増の 72,000 件を超えると見込まれ、全
刑法犯の 86%を占めると予測されるほか、
重要犯罪についても 24%近く増加することが
見込まれる。
また、公共空間の中で特に発生が多い駐車(輪)場での犯罪については、平成 22 年に
は平成 14 年より、10,000 件も多い 32,000 件を超えると見込まれ、全刑法犯の約 40%を
占めると予測される。
今後、本県を取り巻く環境は一層の国際化、広域化が進展し、来日外国人犯罪や広域
組織犯罪も増加することも見込まれることから、犯罪は量的にも質的にも悪化の一途を
たどるものと懸念される。
2
3 犯罪からの安全・安心に対する
犯罪からの安全・安心に対する県民意識の状況
・安心に対する県民意識の状況
このような、静岡県の犯罪の現状や将来見込みについて県民がどのような意識を持っ
ているか、また、防犯への取組についてどのような考えを持っているかなど、安全・安
心に対する県民意識の状況を調査、聞き取りした結果は次のとおりである。
(1) 県民意識アンケート調査の結果
県民 2,540 人を対象にアンケート調査を実施し、875 人から得た有効回答の状況は以
下のとおりである。
① 近隣意識について
県民の近隣意識については、あいさつや立ち話をする人の割合が 78.9%あり、気がね
なく何でも話し、相談する人の割合も 19.8%に達するなど、比較的良好な近所付き合い
がなされているが、若年層ほど人間関係がやや希薄になる傾向がある。
さらに、隣近所を中心とした町内(以下「マチ」という。
)の人々との関係においては、
話が合うとする人の割合は 74.1%で、現在住んでいるマチにできるだけ長く住みたいと
する人の割合は 81.4%、
このマチやマチの人が大好きだとする人の割合も 72.2%に達す
るなど、自分の住んでいる近くの地域の環境を愛している人が多い。
② 地域問題について
地域問題については、安全・安心問題の解決に取り組むのは住民の義務であると考え
る人の割合が 89.2%、住民が協力すれば地域の安全・安心問題は解決できると考える人
の割合も 82.9%に達し、さらに、地域の安全活動に積極的に参加して住みよくしたいと
考えている人の割合も 77.3%に達する一方で、個人が注意すれば犯罪の被害は防げると
思っている人の割合は 18.7%、地域の安全・安心の問題は警察に任せ、住民は関わらな
くてもよいと考える人の割合は 4.6%とわずかに止まっており、地域の安全・安心の確
保には地域住民の主体的・自発的な取組が重要であるという認識が県民に広く浸透して
いる。
③ 犯罪動向感について
過去 10 年間に静岡県全体で犯罪発生が増えたと感じている人の割合は 91.0%に達し
ているが、自宅周辺で犯罪が増えたと感じている人は 40.0%に止まっており、凶悪犯罪
の報道等により県内の犯罪増加に対する認識は十分にあるが、窃盗犯を中心として地域
で発生している犯罪については、その情報が十分に提供されていないことなどから、増
嵩感は薄いようである。
これから先の 10 年間でも静岡県全体で犯罪が増えると感じている人は 92.4%に達し、
自宅周辺でも 69.2%の人が増えると感じているなど、今後は、今まで安全だった自宅周
辺においても犯罪が増加していくと感じている人が多いことがわかる。
3
また、適正と考える安全水準は、20 年前とする人の割合が 26.5%で、10 年前とする
人が 23.5%であり、本県における犯罪の増加が平成年代から顕著になったことに呼応し、
昭和年代末期頃の安全水準を適正と考えている様子がうかがえる。
④ 犯罪遭遇への不安感と遭遇体験
自分や家族が犯罪被害(又は迷惑行為)に遭う可能性について、不安を感じている人
の割合は 80.3%に上っており、県民の5人に4人が犯罪遭遇への不安を抱えながら生活
していることになる。
被害不安を感じる犯罪の種類としては、自宅への空き巣や侵入強盗、自転車盗、車上
ねらい、さらに悪質商法などの詐欺犯罪がいずれも 70%を超える高い数値を示しており、
また、過去1年間の実際の犯罪被害体験でも、自転車盗が 14.1%で最も高く、次いで押
し売り(8.7%)
、車上ねらい、無断侵入の順に続き、戸締まり、施錠、隣家の協力など、
ちょっとした防犯対策を講じれば防げると思われる犯罪に対する不安や被害体験が多い
ことがわかる。
一方で、これらの犯罪等の状況を警察が把握している割合は約 20%と低く、人的被害
が無いことや、経済的損失が過小であることなどにより、警察への届け出がされない潜
在的な犯罪や迷惑行為の多さがうかがえる。
⑤ 犯罪への対応の必要性と対応内容について
身の周りで起きる犯罪を防止するため、マチを中心に県内で、何らかの防犯対策を進
めることについては、96.1%の人が必要であると感じており、具体的には、防犯灯・街
灯の増設(77.9%)や警察によるパトロールの強化(64.6%)等、行政や警察の取組の
強化を求める意見と並んで、
「近所の人のつながりや助け合いを深め、
犯罪に強い地域を
作る」
(64.7%)が高い割合を占めた。
さらに、これからのマチの安全確保は住民である自分達の責任であると考える人が
79.3%に上り、このうち自分達が中心になって防犯活動を行っても良いと考える人は
68.3%に達している。
一方、マチの人の自主防犯活動が不十分であると感じている人の割合は 73.7%に上り、
個人の住宅や商店の建物の防犯管理体制が不十分であると感じている人も 66.2%に達
している。
また、マチの安全確保のために必要なものとして、警察官の活動の強化、犯罪の発生
状況に関する情報の提供、犯罪から身を守るためのノウハウの提供を挙げる人がいずれ
も 60%前後を占めている。
これらのことから、マチの安全を自らの手で守ろうという県民意識は高いが、実際の
自主防犯活動は不十分であると感じており、行政や警察による取組の強化とともに、犯
罪情報や防犯のノウハウの提供を通じて県民自らの主体的防犯活動を促進していく必要
がある。
4
⑥ 非行少年との接触体験と非行原因について
少年による非行や犯罪については、34.3%の人が目撃したことがあり、実際に被害に
遭った人も 3.7%いた。
少年が非行や犯罪にはしる原因としては、家庭におけるしつけ・親子関係を挙げる人
の割合が 78.6%と圧倒的に多く、次いで子供の規範意識・善悪の区別の欠如(54.1%)
、
欲望を刺激する有害環境・情報(40.9%)と続いており、青少年問題の根本は家庭に原
因があると考えている人が非常に多いということがわかる。
⑦ 行政や警察に望むことについて
今後、犯罪からの安全・安心を確かなものとするために、警察の取組を進めて欲しい
と考えている人は 95.1%に達しており、さらに、静岡県にも併せて取組を進めて欲しい
と考えている人は、91.2%に達しているなど、警察と行政が協働して取り組むことを望
む声が多い。
具体的に進めて欲しいと望む取組は、次のとおりである。
ア) 警察に対して望む取組
・ パトロール(特に夜間)
・取締りの強化による犯罪の未然防止
・ 交番・派出所警察官の増員による犯罪の発生抑止
・ 地域犯罪情報等の積極的公開と広報啓発の促進
・ 相談機能の強化
イ) 静岡県に対して望む取組
・ 犯罪・防犯情報の提供と広報・意識啓発活動
・ 青少年教育、人づくりの充実
・ 安心して暮らせるまちづくり
・ 地域防犯活動への支援
ウ) 市や町に対して望む取組
・ 街灯(防犯灯)の設置等による安全な地域環境の整備
・ 犯罪・防犯情報の提供と広報・意識啓発活動
・ 住民(自治会)との連携による安全なまちづくり
・ 青少年教育、人づくりの充実
・ 相談窓口の設置と相談機能の強化
・ ホームレス、外国人対策
(2) 防犯まちづくりを語る会(タウンミーティング)の結果
防犯まちづくりを語る会(タウンミーティング)の結果
県下3ヵ所(沼津市、静岡市、浜松市)で実施した防犯まちづくりを語る会には 113
人の県民の参加を得て、本懇談会委員との意見交換を行った。
県民意見からは「自分や地域の安全は、自分たちで守る」という強い意識が感じられ
たが、地域防犯活動を進める上で、縦割りの現行体制の弊害を指摘する意見もあった。
5
今後、防犯活動を強化する上で、住民が何に取り組めば良いのかを分かりやすく示し、
住民の安全確保という共通の目的のもとで進められる防犯、防災、交通安全、青少年健
全育成等の関係団体との連携の推進と警察、行政、県民の役割分担の明確化を図り、効
率的な推進体制の整備を求める意見が多かった。
主な県民意見は以下のとおりである。
・ 生活上の不安に関する相談窓口を分野別に明確にし、案内機能を充実して欲しい。
・ 警察の行う業務と市民ができることをはっきり区分して住民に示して欲しい。
・ 県民の主体的な行動を促進するため、県民に取り組んで欲しいことを具体的に提示す
べきである。
・ 商工会議所等の団体を通じて、企業への防犯啓発を促進する必要がある。
・ 大規模店舗における店舗周辺の防犯活動(キャッチセールス、非行の防止等)への取
組を働きかけるべきである。
・ 防犯NPOや防犯活動に取り組む自治会等への支援の充実が必要である。
・ 防犯ばかりでなく、防災、青少年健全育成等を含めた総合的な地域安全リーダーの研
修制度を設けて欲しい。
・ 子ども110番の家の機能強化と連携が必要である。
・ 地域安全推進員と自治会との連携が必要である。
・ 地域安全協議会を自主的な運営のできる組織に改め、資金面でも支援をして欲しい。
・ 地域に在住する外国人との交流を促進し、文化や習慣の違いから犯罪にはしる外国人
を出さないようにする必要がある。
・ 交番への警察官の常時配置と訪問活動の充実など、地域住民が安心できるような交番
づくりを進めて欲しい。
・ 警察には迅速な初動捜査の実施や夜間パトロールの強化を望む。
・ 犯罪被害者支援団体への財政支援が必要である。
・ 交通安全における交通安全対策基本法のように、防犯に対しても法的根拠づけが必要
である。
・ 地域活動に取り組む様々な組織が拮抗せず、また重複しないような役割分担の見直し
と、協調し合う推進体制づくりが必要である。
6
第2章 犯罪増加の一般的要因と静岡県の防犯対策の評価と課題
静岡県における犯罪の増加に歯止めを掛けることは、県民の大多数が求めるところであ
り、焦眉の急となっている。そこで、改めてこうした犯罪増加の主たる要因を考え、併せ
て静岡県で今まで取られてきた防犯対策に対する評価を行い、
今後の課題を明らかにする。
1 犯罪増加の一般的要因
一般に犯罪行動は、
犯罪者の人格と環境との相互作用によって引き起こされるとされ、
これらの要因については、従来の犯罪学では、犯罪者個人の生物学的・心理学的要因と、
社会的要因とに分類されてきたが、最近では、不特定多数を潜在的な犯罪の対象とし、
偶然の理由によって被害者が発生する機会犯罪の増加を背景に、建物や都市など人の住
む物理的環境も、犯行機会を生み出す要因として重視されるようになってきた。
これらの観点から検討すると、一般的に、犯罪増加の主たる要因は以下のように考え
られる。
(1) 社会全体の規範意識の低下
現代は豊かな時代である。厳しい不況と言われているものの、我々の周囲には物があ
ふれ、これまで経験したことがないような、物質的に豊かで、自由で、便利な世の中と
なった。これは戦後の日本人の努力によるものであるが、日本人は、その過程で「心の
あり方」という内面的な部分で大切なものを失ったと指摘されている。
特に、近年の急激な社会経済環境の変化等により、公共心の欠如や他人を思いやる心
の希薄化が顕著になり、法律を遵守するといった規範意識が低下し、社会全体において
犯罪を許容する傾向が高くなるとともに、犯罪を犯すことについての心理的抵抗が弱く
なってきており、これが犯罪の増加を招いていると考えられる。
(2) 一人ひとりの防犯意識の欠如
最近の犯罪の状況を見ると、一人ひとりがちょっとした防犯対策を取ってさえいれば
防ぐことができた犯罪が身近で多数発生しているにもかかわらず、自分だけは犯罪の被
害に遭わない、この程度の防犯対策で十分である、多少の物的損害はやむを得ないと考
えるなど、犯罪と対決して自主的に防犯活動に取り組む意識の欠如が認められ、これが
犯罪者に犯行機会を与え、犯罪多発につながっていると考えられる。
(3) 地域社会が持つ伝統的な犯罪抑止機能の低下
少子・高齢化の進展に伴う核家族化や都市化の進展に伴う匿名性の拡大等により、地
域社会における人間関係が希薄になり、地域に属する人々の間に、互いに意思を通わせ、
信頼し合い助け合うという気持ちが生じにくくなってきている。
この結果、我が国が伝統的に培ってきた、地域社会が持つ犯罪抑止機能や青少年の健
7
全育成機能が極めて弱体化し、従来であれば抑止できていた犯罪や少年非行の増加を招
いていると考えられる。
(4) 事業活動全般における防犯への配慮不足
職場における防犯対策や、事業所等の施設の形状や管理形態等が安全面で周辺地域に
及ぼす影響への配慮不足のみならず、事業者による製品の製造、流通、販売等のあらゆ
る場面において、防犯への配慮不足やモラルの低下が見られ、犯罪被害に遭いやすい製
品や犯罪に悪用される製品やサービスが普及していることも、犯罪の増加要因の一つに
なっていると考えられる。
(5) 国際化・情報化等による犯罪形態の進化
国際化・情報化等による犯罪形態の進化
不良外国人による国際的な組織犯罪やインターネット等を悪用した犯罪など、国際
化・情報化等の進展に伴う今までの常識を超えた犯罪形態の進化・広域化に、警察によ
る取締りや個人や企業による防犯意識や防衛策が追いつかないことも犯罪増加の要因と
考えられる。
(6) 都市の形状等の環境設計への配慮不足
我が国では、戦後の驚異的な経済発展に伴って急速に近代都市が形成されてきたが、
都市の構造や施設が防犯機能を意識して造られてこなかった。
このため、都市空間には極めて犯罪に脆弱な面があり、犯罪者に犯行の機会を与える
結果となり、道路、公園、駐車場、学校などで多くの犯罪が発生する原因の一つになっ
ていると考えられる。
2 静岡県の防犯対策の評価
静岡県における平成 14 年の犯罪発生率は人口千人当たり 16.7 件で、
全国 28 位であり、
現状では治安情勢は危機的・壊滅的な状況にまでは陥っていないことから、今までの防
犯の取組は一定の効果が現れていると考えられるが、犯罪の将来見込みや警察負担の状
況等を考えると、今までの防犯対策を評価し、今後の取組への課題を明らかにする必要
がある。
(1) 警察活動を中心とした防犯対策の限界
今までの防犯対策は、犯人の摘発、検挙による再犯防止、警らや不審者に対する職務
質問による犯罪の牽制など、もっぱら警察を中心とした活動に頼ってきた。
しかしながら、犯罪の増加により警察官一人当たりの犯罪件数は平成元年に比べ2倍
以上に増加するとともに犯罪の広域化、悪質化、複雑化に伴い捜査活動や証拠収集等に
費やす時間が増加している。
8
さらに、これまで地域や家庭で解決していた揉め事や困り事に関する相談が警察に持
ち込まれるケースも増えており、警察の負担は量、質ともに増大し、もはや犯罪の未然
防止を警察活動のみに頼る状況は限界にきている。
(2) 防犯意識啓発の広がり不足
今までの県民への防犯意識の啓発は、警察による防犯活動を支援し、協力するために
設けられた防犯協会や地域安全推進員などの一部の篤志家による活動に頼っており、交
通安全対策や地震防災対策のような行政の積極的な関与もほとんど無い状況であった。
このため、犯罪への不安やマチの安全を自らの手で守ろうという県民意識は高いもの
の、実際の自主防犯活動は不十分であると感じている県民が多いなど、必ずしも県民の
主体的な防犯活動に結びつくような広がりのある意識啓発が展開されてこなかった。
(3) 防犯関連情報の共有化の欠如
県民の身近で犯罪が多発しているにもかかわらず、警察や行政機関の相談窓口が入手
した犯罪発生情報や被害情報、地域住民が保有する不審者目撃情報など、犯罪防止のた
めに必要な情報が地域社会全体で共有化されておらず、これも県民個人や地域、企業等
による自主的・主体的な防犯活動が起こりにくい原因となっている。
(4) 地域の連帯感の醸成不足
地域に身近な公共空間での犯罪を防止するためには、地域住民の連帯感を高め、住民
の目が行き届いた地域コミュニティを形成することが必要であり、県民意識調査におい
ても地域の安全・安心の確保のためには地域住民の協力が欠かせないと考えている人が
圧倒的に多いが、実際には、東海地震の発生に備えて四半世紀をかけてほぼ 100%整備
した自主防災組織の活動にも停滞感が見られるなど、地域の連帯感の醸成が必ずしも達
成されていない。
また、青少年の健全育成を目指して「地域の青少年声掛け運動」を進めているが、相
変わらず青少年の非行や問題行動に対して見て見ぬ振りをする大人が多い。
(5) 人格教育機能の回復の遅れ
静岡県では、
「人格の完成」という教育の最終目標を踏まえながら、精神的に自立し、
思いやりの心をもって、何かができるような“意味ある人”づくりを進め、社会全体の
規範意識の高揚に努めているが、依然として子どものしつけのできない親や生徒の喫煙
を叱れない先生がいるなど、家庭や学校での人格教育機能の回復が遅れている。
(6) 防犯に配慮した事業活動の不足
静岡県では全国に先駆け職場防犯管理者制度を導入し、事業者自らの防犯意識の高揚
と製造、流通、販売など、あらゆる事業活動の中で発生する犯罪誘発要因の除去に努め
9
ているが、長引く不況の影響で事業者の防犯対策へのコスト負担意識が低く、防犯に配
慮した事業活動が不足している。
(7) 防犯に配慮した物理的環境整備の遅れ
都市空間における防犯対策のうち共同住宅については、国土交通省が定めた設計指針
の普及や防犯モデルマンションの認定など、防犯に配慮した取組が進められているが、
道路、公園、駐輪・駐車場など、行政が主体的に関与すべき公共施設の整備においては、
警察庁が定めた防犯基準の普及が不十分であるなど、環境設計面での防犯対策の立ち遅
れが見られる。
3 今後の防犯対策の課題
以上のように、今までの防犯対策を評価してみると、対応の遅れや不備も見受けられ、
これが犯罪者予備軍としての青少年非行の温床となり、また、犯罪者に犯行機会を与え
ることになっているなど、静岡県において急激に犯罪が増加している主な原因になって
いると考えられる。
そこで、警察活動を中心とした防犯対策が限界を迎えた今、刑事司法制度による摘発、
検挙、処罰といった再犯防止を目的とした事後予防を補完するための事前予防、すなわ
ち、社会全体の規範意識や防犯意識を高め、犯罪の起きにくい地域環境を作り出す取組
に、いかにして広範な県民を巻き込み、県民生活のいたるところで防犯意識を持った活
動が湧き起こる状況をつくり出すかということが、課題であるといえる。
10
第3章 犯罪のない“安全しずおか”づくりに向けて
犯罪のない“安全しずおか”づくりに向けて
これまでの分析結果及び課題を踏まえ、これからの「犯罪のない“安全しずおか”づく
り」に向けた取組の目的・目標、基本方向及び静岡県が取り組むべき対策を明らかにする。
1 目的・目標
目的・目標
(1) 目 的
この取組は、犯罪から県民の生命、身体及び財産を保護することにより、県民の幸福
の増進を図るとともに、地域の魅力を高め、企業進出や交流人口の増加を促進し、静岡
県の活力を向上させることを目的として進めるべきである。
(2) 目 標
この目的を達成するためには、県民の犯罪被害への不安感の引き下げや質、量両面か
らの犯罪総量の抑制など、具体的成果目標を数値化するとともにその達成期限を定める
ことにより、この取組を着実に推進する必要がある。
2 基本方向
このような目的・目標を達成するためには、多岐にわたる犯罪発生の背景・原因に対
する広範な対策・対応が必要であることを踏まえ、犯罪予防の取組に行政が積極的に参
画し、地域の犯罪の実情等に則した総合的な取組を、県民、行政、警察が三位一体とな
って、以下の基本方向のもとに進める必要がある。
(1) ひとづくり
犯罪を起こすのも、安全な社会をつくるのもすべて“ひと”であるということを再認
識し、静岡県が目指す「社会全体の規範意識の低下に歯止めを掛けながら、豊かさを我
が国や世界の人々のために有意義に活用することができる有徳の志」を持った“
“ひとづ
くり”を強力に推進し、犯罪のない“安全しずおか”を支える有徳の人を数多く育成す
ること。
(2) まちづくり
地域住民の連帯感を高め、犯罪抑止機能や青少年の健全育成機能を備えた地域コミュ
ニティの復活を目指すとともに、これまで立ち遅れの目立つハード面からの犯罪機会の
減少を目指した、犯罪の起きにくい“まちづくり”を、官民一体となって積極的に推進
すること。
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(3) ネットワークづくり
具体的な取組に当たっては、行政、学校、警察、事業者による防犯活動のみならず、
地域住民の安全・安心の確保という共通の目的のもとで進められる防災、交通安全、教
育、福祉等の住民組織と連携・協力し、県民に身近なところから事件・事故に対する備
えを強化し、これが県下全域に広がるような“
“ネットワークづくり”を進めること。
3 取り組むべき対策
このような基本方向に基づき、静岡県が取り組むべき対策は以下のとおりである。
(1) 社会のルールを守り支える“ひとづくり”
社会のルールを守り支える“ひとづくり”
静岡県が進めている“意味ある人”づくりや青少年健全育成の取組を一層強力に推進
する中で、特に、防犯の視点から、親、社会人、企業人など大人の規範意識が高まれば、
青少年が触れる有害環境が除去されることに着目し、子どもから大人まで、人間の尊厳
を尊重し、社会のルールを守り支える県民の育成に努めること。
(2) 自らの安全は自らで守る“ひとづくり”
自らの安全は自らで守る“ひとづくり”
犯罪の事前予防の効果と必要性をあらゆる場面、媒体を通じて啓発し、
「自らの安全は
自らで守る」という高い防犯意識を持った県民を育成するとともに、相談窓口の充実や
自己防衛のためのノウハウの提供等により県民の自主的・主体的な防犯行動を促進する
こと。
(3) 地域の安全は地域で守る“ひとづくり”
地域の安全は地域で守る“ひとづくり”
県民の身近で多発する犯罪をなくすためには、個人による自衛策のみならず地域ぐる
み、職場ぐるみの対策が必要であり、住民の先頭に立って防犯活動を推進するリーダー
や職場・事業所等の自主的防犯活動を中心になって担いうる人材を育成、支援すること。
(4) 住民の気配りがある安心できる“まちづくり
住民の気配りがある安心できる“まちづくり“
“まちづくり“
静岡県が進めている地震防災対策からの地域コミュニティ強化の取組などと連携して、
町内会や自治会を基盤とした地域住民の連帯感を高め、地域の状況や子ども、高齢者、
女性などの犯罪弱者に対して、住民相互が常に気を配ることができる犯罪の起こりにく
い地域コミュニティづくりを進めること。
(5) 住民の目が行き届いた安全な“まちづくり”
住民の目が行き届いた安全な“まちづくり”
県民に身近な公共空間で多発する犯罪を抑止するために、都市の形状等の物理的環境
を改善し死角をなくしたり、防犯灯を整備して夜道を明るくするなど、構造の面からも
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住民の目が行き届いた“まち”づくりを、官民一体となって積極的に進めること。
(6) 地域の防犯情報を共有し活用できる“まちづくり”
地域の防犯情報を共有し活用できる“まちづくり”
犯罪の発生状況や手口情報、不審者に関する情報など、警察や行政、地域社会が持っ
ている防犯に関する情報を、人権に配慮した上で一元的に収集・管理する仕組みを構築
して、これを相互に活用しながら犯罪に強い地域づくりを進められるような環境を整備
すること。
(7) 企業市民の協力による安全な“まちづくり”
企業市民の協力による安全な“まちづくり”
この取組の目的が静岡県の活力の向上にあり、企業等にもメリットやビジネスチャン
スが大きいことをアピールし、安全な商品やサービスの提供など、あらゆる事業活動の
場面において犯罪防止に配慮した取組を促進するとともに、地域の防犯活動においても
企業市民として施設の安全管理や人材提供等で積極的な協力を行うよう働きかけること。
(8) 警察活動の充実による安全・安心な
警察活動の充実による安全・安心な“まちづくり”
・安心な“まちづくり”
警察においては、犯罪総量を抑制するためには小さな犯罪も見逃さない、という強い
信念を持って、限られた人員を効果的に活用しながら、地域住民の安全を守る警ら活動
等の充実や犯罪予防・検挙対策の一層の強化に努めること。
(9) 地域ぐるみの安全活動を支える“ネットワークづくり”
地域ぐるみの安全活動を支える“ネットワークづくり”
地域ぐるみの防犯活動をより強固なものにするため、中学校区単位を基本として、防
災、交通安全、教育、福祉など安全・安心の確保という共通の目的で活動する多くの住
民組織やNPOと行政、学校、警察、事業者等が参画するネットワークづくりを、市町
村と協力して促進、支援すること。
(10)
県民運動として展開するための“ネットワークづくり”
県民運動として展開するための“ネットワークづくり”
犯罪を予防し地域の魅力を高めるこの取組を、各界各層の県民、行政、学校、警察の
協働により県民運動として展開するため、国、県、市町村や民間の幅広い関係機関・団
体等の参加を得て取組方針や目標を定める県民会議を設置し、意識の共有を図るととも
に末端組織まで取組の趣旨が行きわたる仕組みを構築すること。
(11)
犯罪被害に遭った人の立ち直りを支援する“ネットワークづくり”
犯罪被害に遭った人の立ち直りを支援する“ネットワークづくり”
犯罪被害に遭った人に対する相談・保護体制や心理ケアの充実など、行政・警察と民
間の協働により、プライバシーに配慮した上で社会全体で犯罪被害者の立ち直りを支援
する仕組みを検討すること。併せて、犯罪を起こした人の社会復帰についても社会全体
で支える仕組みを検討すること。
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(12)
縦割りの弊害をなくした行政組織内での“ネットワーク
縦割りの弊害をなくした行政組織内での“ネットワークづくり”
“ネットワークづくり”
県民の幸福の増進をめざすこの取組において、県の果たすべき役割が大きいことを認
識し、県が行うあらゆる施策に犯罪予防の視点からの検証を加えるとともに、県政の柱
として部局を横断して推進するための庁内組織を整備し、総合的に取り組むこと。
(13)
行動計画の策定と着実な進行管理の実施
この取組を進めるための細部の事務・事業については、達成目標と達成期限を明らか
にした行動計画を策定し、県民に公開するとともに、常に実績確認、評価を行いながら
着実に進行するよう管理すること。
(14)
取組を支える根拠条例の制定
各界各層の県民、行政、学校、警察の協働により進めるこれらの取組を、効果的に、
永続的に展開するため、推進体制や責務等を明確にした、取組の根拠となる条例の制定
を行うこと。
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