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渦ロスビー波
101 (ロスビー波;ベータ効果;渦度) 渦ロスビー波 1.概略 回転する球面が持つ渦度(惑星渦度)の 直成 は,極において最大であり,そこより緯度が下がるに つれ単調減少し,赤道上ではゼロとなる.このような 回転球面上で(ポテンシャル)渦度を保存する流体が 南北に変位すると,惑星渦度が増減した を補償すべ く流体内部に相対渦度が誘起され,結果として西側へ 伝播する波動が生じる(第1図上).これがロスビー によって発見されたロスビー波である.しかし,実際 にロスビー波という言葉は,このような惑星渦度の南 北勾配(ベータ効果)に起因する波動だけではなく, もう少し広い意味で われている.例えば,よく知ら れているように,自由表面を持つ一層の流体(浅水 系)においては,水深の変化が数学的にベータ効果と 同じ役割を持っており,等深線に って伝播する波動 を生じる.この現象は“地形性ロスビー波”と呼ば れ,ロスビー波の一種とされる.同様に,渦のような 中心部に渦度の集中した領域が存在する流れの場合, 半径方向に渦度の勾配が生じ,これが同じくベータ効 果となって渦度の高い部 を右手に見る方向へ伝播す 第1図 惑 星 ロ ス ビー波(上)と 渦 ロ ス ビー波 (下)の模式図. る波動を発生させる(第1図下).この現象が今回採 り上げる“渦ロスビー波(vor ”で t e xRos s bywave) ある.渦ロスビー波もやはりロスビー波の一種である 波,あるいは,ロスビー波という概念がクローズアッ が,地形性ロスビー波やロスビーの発見した惑星ロス プされることはなかった.しかし,1 9 9 0 年代後半以 ビー波のベータ効果が水深の変化や惑星渦度の勾配の 降,熱帯低気圧のスパイラルバンドや多角形の眼を対 ような周囲の環境によって生じているのに対し,渦ロ 象とした一連の研究がコロラド州立大学の Sc hube r t スビー波のベータ効果は渦それ自身の流れで形成され や Mont gome r yら の グ ループ に よって 開 始 さ れ る ている点が特徴的である. と,これらの現象をロスビー波の力学で説明する試み 渦ロスビー波に関連した初期の研究は,Mi c hal ke と Ti mmeによる理想化された渦に関する理論的研究 が多数なされるようになり,渦ロスビー波という言葉 も一般的に 用されるようになった(Mont gome r y (Mi 9 6 7 )や,藤田哲也博士に chal ke and Ti mme1 9 9 7 ;Sc 9 9 9 など) andKal l e nbac h1 hube r te ta l .1 . よって発見された竜巻の複合渦構造,すなわち親渦の 次章では,ランキン渦上の渦ロスビー波を例として, 中に複数個の子渦を伴う構造を説明するための研究 この波の性質を紹介する. (Snow 1978)など,渦流の順圧不安定を扱った研究 に見ることができる.但し,この時点では渦ロスビー 2010 日本気象学会 2010年 7月 2.ランキン渦上の渦ロスビー波 ランキン渦とは,渦度[= dV / dr+ V / r]が一定 値[= Z]の剛体回転部と,渦度がゼロであるポテン 81 渦ロスビー波 514 シャル渦が最大風速半径で結合した形態の渦のことで ある.これを接線流速 V で表現すると V= Z 2r =V r R (r<R ) ZR =V 2 r R r (r>R ) d dV V + d Φ+ 1dΦ − m Φ− m dr dr r Φ=0 dr r dr r r mV −ω r ( 6 ) ( 1 ) が得られる.ここで,dV /dr+V /rが基本場の渦度 であることに着目すると,ランキン渦の渦度は区 的 となる.すなわち,ランキン渦の接線流速は,最大風 に一定であるので,その微 速半径 R ( 6 ) 式の左辺第4項はゼロとなる.すると,この式は より内側では半径 rに比例,外側では反 比例することがわかる.但し,最大風速を V はゼロとなる.従って, とす 簡単に解くことができ,1次独立な2つの解として となることに注意されたい.こ r と r が得られる.これより中心と無限遠で摂動 のような理想的な渦に限定すれば,渦ロスビー波を線 が収束するという境界条件と,半径方向の流速が渦度 形論の範囲で解析的に示すことが可能である.以下, の不連続のある最大風速半径においても連続するとい このランキン渦を基本場とする線形解析をおこなう. う接続条件を ると Z=2 V /R 慮すると, 支配方程式は渦度の保存式であり,これを極座標 (r, 2 ) 式である: θ)で記述したものが次の( +u + t r r θ 1 u + − =0 r r r θ Φ( = r) ( 2 ) r R ( r<R ) R r ( r>R ) ( 7 ) ここで,u, はそれぞれ r,θ-方向の流速を表わ となる.これがランキン渦上に現れる渦ロスビー波の す. に,流線関数 φ で記した摂動を 半径方向の構造である.m=1の場合には,ランキン 渦と同じく r< R 1 φ , =V + φ u=− r θ r ( 3 ) 例する に小さいという仮定の下で線形化をおこなうと, +V t r θ r − + 布を示す. 一方,渦ロスビー波の 1 φ d dV V + =0 ( 4 ) r θ dr dr r が得られる.この( 4 ) 式に支配される摂動 φ が,今回 取り上げる渦ロスビー波である.この渦ロスビー波の 散関係については,( 6 ) 式 を最大風速半径前後の微小区間にわたり積 で得られ,これより 1 1 + φ r r r θ で反比 がより最大風速半径に集中した構造をとる.第2図に その平面 のようにランキン渦に重ね,摂動が基本場と較べて十 で半径に比例,r> R 布となっているが,m≧2の場合には,振幅 ω= V m R −V R すること 散関係として 1 m ( 8 ) が求まる.ここで右辺第1項はランキン渦の渦核部 (r< R )における角速度であり,第2項が純粋な 形を求めるため,半径方向に定在的な構造 Φ( r)を 渦ロスビー波の角速度を表わす.第1項と第2項の符 持ち,接線方向に波数 m,角振動数 ω で振動するよ 号が逆であるため,ランキン渦の回転方向によらず, うな解: 純粋な渦ロスビー波は必ず基本場の流れに逆らって伝 播することが明らかである.このように基本場の流れ φ=Φ( r) e ( 5 ) と渦ロスビー波の回転は相殺し合うため,見かけ上は 基本場の旋回角速度より遅い角速度で,基本場と同じ 方向に回転することとなる.また,純粋な渦ロスビー を仮定する.(5)式を( 4 ) 式に代入すると Φ(r) の支配 波の角速度は波数 m に反比例するため,m が大きく 方程式として, なるにつれ,見かけ上の角速度(= ω/m)がランキ 82 〝天気"57.7. 渦ロスビー波 515 が得られ,渦度の面積 が ゼロとなることがわかる. 従って,渦の中心部に正の 渦度があると,その周りに は必ず負の渦度域が存在す ることになる(Syonoe ta l . 1 9 5 1 ;笠原・増田 1 9 5 6 ) . ここで注意すべきことは, 半径方向の渦度の勾配が1 つの渦内で符号を変えてい る点である.この状態は, e i ghの 条 件 と し て 知 Rayl られる順圧不安定の条件を 満足している.このような 場合には,少なくとも時計 回りと反時計回りに旋回す る2つの渦ロスビー波が存 在し,これらの旋回する角 速度が一致した場合には不 安定が発生する.これが渦 ロスビー波を用いた順圧不 安定の解釈である.このよ うに有限の半径で収束する 第2図 ランキン渦上の渦ロスビー波の水平 布.波数 m =1(左上) ,2(右 上) ,3(左下)および4(右下).コンターは流線関数を示し,実線が 正,点線が負の値を表す(コンター間隔=0. 2) .また,図中の円は最大 風速半径を示す. 軸対称渦は必然的に順圧不 安定の 条 件 を 満 足 す る た め,これが実際の台風やハ リケーンにみられる非対称 性の原因となっている可能 性が ン渦の角速度に近づく様子がみられる. えられる(I 0 0 2 ) t anoandI s hi kawa2 .この他 にも渦ロスビー波の概念を用いた熱帯低気圧等の研究 3.おわりに Syono(1951)によると,ランキン渦は運動エネル ギーが無限大になるので,現実に存在することはな は多数なされており,今後の進展が期待される. 参 文 献 い.渦が現存するためには,少なくともランキン渦の I t ano,T.and H.I s hi kawa,2002:Ef f ectofnegat i ve ような無限遠ではなく,有限の半径で流速が収束する vor t i ci t y on t he f or mat i on ofmul t i pl es t r uct ur e of nat ur alvor t i ces .J.At mos .Sci . ,59 ,3254-3262 . 必要がある.このことを念頭に,渦の外縁を流速がゼ ロとなる円周 cで定義し,その内側にあたる渦の領 域を S,渦度を ζ,また,位置ベクトルおよび流速ベ クトルをそれぞれ X,U として,ストークスの定理 を適用してみる.すると,U =0 である cに 積 った線 はゼロなので, 笠原 彰,増田善信,1956:台風論.地人書館,138 pp. Mi chal ke,A.and A.Ti mme,1967:On t he i nvi s ci d i ns t abi l i t y of cer t ai nt wodi mens i onalvor t ext ype f l ows .J.Fl ui dMech. ,29 ,647-666 . Mont gomer y,M.T.and R.J.Kal l enbach,1997:A t heor yf orvor t exRos s bywavesandi t sappl i cat i ont o s pi r al bands and i nt ens i t y changes i n hur r i canes . ζ dS= U・ dX=0 ( 9 ) Quar t .J.Roy.Met eor .Soc. ,123 ,435-465 . gomer y,R.K.Taf t ,T.A. Schuber t ,W.H. ,M.T.Mont 2010年 7月 83 516 渦ロスビー波 Gui nn,S.R.Ful t on,J .P.Kos s i nandJ .P.Edwar ds , 1999:Pol ygonale ye wal l s ,as ymme t r i ce ye c ont r ac- Syono, S. , 1951:On t he s t r uct ur e of at mos pher i c vor t i ces .J.Met eor . ,8,103-110 . t i on,andpot ent i alvor t i c i t ymi xi ngi nhur r i c ane s .J. Syono,S. ,Y.Ogur a,K.GamboandA.Kas ahar a,1951: 1 9 7 1 2 2 3. At mos .Sci . ,56 ,1 Snow,J.T. ,1978:Oni ne r t i ali ns t abi l i t yasr e l at e dt o t hemul t i pl evor t e x phe nome non.J .At mos .Sc i . ,35 , 1660-1677 . 84 Ont henegat i vevor t i ci t yi nat yphoon.J.Met e or .Soc. Japan,29 ,397-415 . (防衛大学 地球海洋学科 板野稔久) 〝天気"57.7.