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高齢者巨大肺アスペルギローマの 1 手術例
750 日呼吸会誌 ●症 41(10),2003. 例 高齢者巨大肺アスペルギローマの 1 手術例 厚1) 田中 栄作1) 井上 哲郎1) 加藤 晃史1) 櫻本 水口 正義1) 前田 勇司1) 寺田 邦彦1) 後藤 俊介1) 長澤みゆき2) 徹2) 野間 恵之3) 小橋陽一郎4) 田口 善夫1) 馬庭 神頭 稔1) 要旨:症例は 79 歳男性.49 歳時に肺結核で右上葉切除術を受け,72 歳頃より血痰を認めていた.79 歳時 (2000 年 3 月)に発熱,喀痰,呼吸困難を主訴に入院となった.胸部 X 線写真で右上肺野に径 13 cm の塊 状影を認めた.血清アスペルギルス抗原,抗体ともに陽性であり肺アスペルギローマと診断した.致死的喀 血を回避するため胸腔鏡下空洞切開術を施行し真菌球を除去した.術後経過は良好で以後イトラコナゾール の内服を継続したが,2001 年 7 月を最後に自己中断,2002 年 6 月に誤嚥性肺炎で死亡した.剖検では両肺 に誤嚥性肺炎を認め,右肺の空洞内にアスペルギローマの再燃は認めなかった.肺アスペルギローマは喀血 が続く場合には積極的に手術を考慮するべきであるが,基礎疾患や年齢等から根治術が困難な症例が多く, そのような場合には本症例の様な空洞切開術が有効な場合もあり検討すべき治療法と考えられた. キーワード:肺アスペルギローマ,喀血,高齢者,空洞切開術 Pulmonary aspergilloma,Hemoptysis,Elderly case,Cavernostomy 緒 言 肺アスペルギローマはアスペルギルスが腐生的に増殖 し菌球を形成した病態である.当初は無症状であるが菌 球の増大とともに何らかの症状をきたす場合が多い.そ の中で頻度が高いのは喀血であるが,多くは内科的治療 に抵抗性を示すため,手術適応を検討する必要が生じる. 今回我々は肺に基礎疾患をもつ高齢者に生じた巨大肺ア スペルギローマに対して空洞切開術を施行し良好な経過 を観察しえたため,文献的考察を含め報告する. 症 例 症例:79 歳,男性. 主訴:発熱,喀痰,呼吸困難. 既往歴:54 歳時に肺結核で右上葉切除術を受けた. 喫煙歴:なし.飲酒歴:なし. Table 1 Laboratory data on admission Hematology WBC 7,500 /μl Neut 76.8 % Lymp 13.9 % Mono 8.2 % Eosi 1.1 % RBC 386 × 104 /μl Hb 10.5 g/dl Ht 34 % PLT 36.5 × 104 /μl ESR 126 mm/h Biochemistry TP 6.7 g/dl Alb 2.4 g/dl chE 0.35 ΔpH AST 27 IU/l ALT 10 IU/l LDH 232 IU/l Serology CRP 8.8 mg/dl Aspergillus antigen +ve Aspergillus antibody +ve β-D glucan 44.5 pg/ml Blood gas analysis(room air) pH 7.442 PaCO2 40.8 torr PaO2 49.5 torr HCO3 27.8 mmol/l Sputum Bacteria normal flora Acid fast bacilli smear: −ve TB PCR −ve MAC PCR −ve Cytology class Ⅱ 職業歴:農業. 現病歴:71 歳時より血痰を認め当科を数回受診し胸 し当科を受診した.胸部 X 線写真にて右上肺野空洞内 部 X 線写真の異常を指摘されたが精査を拒否していた. に air fluid level を伴う塊状影と下肺野に肺炎像を指摘 79 歳時(2000 年 2 月)に発熱,喀痰,呼吸困難を自覚 され加療目的で 2 月 16 日に緊急入院となった. 入院時現症:身長 171 cm,体重 50 kg,体温 37.9℃, 〒632―8552 奈良県天理市三島町 200 番地 1) (財)天理よろづ相談所病院呼吸器内科 2) 同 胸部外科 3) 同 放射線部 4) 同 病理 (受付日平成 15 年 4 月 16 日) 血圧 88! 54 mmHg,脈拍 110! 分.結膜に黄疸なし,貧 血を軽度認める.表在リンパ節触知せず.呼吸音 右肺 野全体に呼吸音減弱.心音正常.腹部異常なし.浮腫な し.バチ状指なし. 検査所見(Table 1) :CRP 8.8 mg! dl と高値を示した. 肺アスペルギローマに対する空洞切開手術例 Fig. 1 A chest radiograph obtained at age 71, showing a meniscus sign on the right upper lung field, indicating the presence of fungus ball. 751 Fig. 3 A chest radiograph obtained on the 20 th hospital day, clearly showing a large fungus ball isolated in the cavity. Fig. 4 A chest CT obtained on the 22 th hospital day, showing a large fungus ball within a cavity and some infiltration on the left. Fig. 2 A chest radiograph on admission at age 79, showing a large cavity with a fluid level and with a fungus ball like an iceberg in the right upper lung field. Infiltrations are also seen on the right lower field. ら,右上肺野空洞内に巨大な菌球形成を伴った肺アスペ ルギローマおよび空洞内膿瘍,右肺炎と臨床診断した. メロぺネム(MEPM)1 g! 日とイトラコナゾール(ITCZ) 200 mg! 日で治療を開始した.体位ドレナージを行うこ 血清アスペルギルス抗原,抗体ともに陽性,β-D グルカ とにより大量の膿性痰を喀出した.入院後約 2 週間でよ ンは 44.5 pg! ml と上昇していた.血液ガス分析では I うやく解熱し,胸部エックス線写真で fluid level も消失 型呼吸不全を示した.喀痰培養を繰り返したが有意菌の し, 右上肺野の空洞内の菌球陰影が明らかとなり (Fig. 3) , 発育は認めなかった.抗酸菌検査は塗抹陰性であった. 胸部 CT 写真(Fig. 4)にても空洞内に真菌球と思われ 画像所見:胸部 X 線写真 71 歳時(Fig. 1)右上肺野 る塊状影を認めた.対側肺に認めた浸潤影はその後の経 にmenisucus signを伴う塊状影を認めた.入院時(Fig. 2) 過で改善したため併発した細菌性肺炎によるものと考え は右上肺野の空洞内に air fluid level を伴う塊状影を認 られた.全身状態は比較的安定したが今までの血痰の既 め,右下肺野に浸潤影を認めた. 往から,空洞内のアスペルギローマにより致死的喀血を 入院後経過:画像所見の経過および入院時検査所見か きたす危険性が高いと判断した.しかし肺機能が低下し 752 日呼吸会誌 41(10),2003. た高齢者に対する根治的手術は侵襲性が高く困難と考 めた.培養は陰性であったが,有隔壁性で鋭角に二分岐 え,胸腔鏡を用いた空洞切開術を第 28 病日に施行した. を繰り返しているため,形態学的にアスペルギルスと診 手術操作および所見:全身麻酔下左側臥位,左肺片肺 断した. 換気の状態で右第 5 肋間より胸腔鏡を空洞内に挿入した 術後経過(Table 2) :術前の排痰訓練などの効果がみ ところ直下に緑灰色の菌塊を認めた(Fig. 5) .空洞内壁 られ,術後経過は良好で胸部 X 線写真にても塊状影は は肺組織が裏打ちし,流入気管支と考えられる数個の孔 消失した(Fig. 7) .後療法のため AMPH 5 mg! 日を点 を認めた.手術操作中にそれら気管支を通じて,左主気 滴静注したが,食欲不振等の副作用が強く使用できず, 管支に分泌物が流入して低酸素血症を生じたため,ユニ ITCZ 200 mg! 日内服に変更し術後第 24 日目(2000 年 4 ベントチューブで再挿管し右中間気管支幹をブロック 月 7 日)に退院となった.術後 2 カ月目で血清アスペル し,左主気管支への分泌物流入を防いだ.呼吸状態が安 ギルス抗原は陰性化した.外来で継続加療し経過良好で 定して空洞内の菌塊破砕および吸引を行った.空洞内の 血痰や喀血は全く認めなかったが 2001 年 7 月以降通院 流入気管支 1 本を縫合し,空洞内壁にフィブリン加第 を自己中断した.その後 2002 年 5 月 24 日に肺炎で入院 XIII 因子を塗布,酸化セルロースを貼付し強酸性電解 した.肺炎の治療とともに ITCZ 内服を再開したが以後 水で空洞内を洗浄,手術を終了した. 誤嚥を繰り返し,6 月 2 日に死亡された.入院中の喀痰 菌塊標本病理組織像(Fig. 6) :標本には真菌を多数認 培養からは A. fumigatus が検出された.血清アスペルギ ルス抗体は陽性であった.御家族の承諾を得て病理解剖 Fig. 5 An intraoperative color photograph during thoracoscopic surgery, showing an aspergilloma in the cavity of the right lung. Fig. 6 A photomicrograph of a tissue specimen of the incised fungus ball, showing Aspergillus spp. Table 2 Clinical course 肺アスペルギローマに対する空洞切開手術例 753 についても同様と考えられる3).本症例は,入院当初は アスペルギローマだけでなく侵襲性要素もあり,内科的 治療を行ったことで後者が改善したと考えるのが妥当と 思われる.また巨大な真菌球を形成していたにも関わら ず,初回入院時に喀痰培養検査を繰り返したが A. fumigatus を検出できなかった.喀痰検査から実際に検出さ れるのは 50% 程度の症例であると言われており4),前述 の血清学的検査や画像所見を併せ診断する必要がある. また初回入院時には胸部 X 線写真にてその空洞内に air fluid level を認めた.アスペルギルス感染のみで画像上 fluid level を形成するという報告は検索した範囲で見あ たらなかった.繰り返す喀痰培養から有意菌は検出され ず,MEPM を投与し全身状態および炎症反応は改善し たことから,細菌感染を合併していたと考えられた.ま Fig. 7 A chest radiograph showing removal of the fungus ball from the cavity after operation by thoracoscopy. た肺炎で再入院時の喀痰培養から A. fumigatus を検出し たにもかかわらず剖検肺には他肺も含めその感染所見は 認めず剖検肺の培養からも検出されなかった.喀痰から 培養された A. fumigatus の菌量が極めて少量であった 点,再入院時に短期間ではあるが,ITCZ を再開したこ を行った. とで菌が消失した可能性が有る点等がその理由に考えら 病理解剖所見:右肺の空洞内に真菌球は存在せず,空 れる. 洞周囲組織へのアスペルギルスの浸潤も認めなかった. 肺アスペルギローマは当初胸部 X 線写真異常で発見 他肺にもアスペルギルスの浸潤はなく,肺組織の培養で され無症状で経過することが多いが,いずれは本症例の も認めなかった. 様に血痰や喀血などの出血症状を呈すると言われてい 考 察 日本において真菌による呼吸器感染症はアスペルギル る.内科的治療は ITCZ の内服や AMPH の全身投与, 吸入,空洞内投与等の報告があるが,満足のいく結果は 得られていない5). ス症とクリプトコッカス症が大半を占め,その他には 手術については唯一根治の可能性があるものの,本症 ムーコル症やカンジダ症が少数みられる.アスペルギル 例の様に術前評価が重要と考えられる.最近の報告では スはその分生子が主に経気道的に体内に入ることで感染 術後合併症の頻度が少ないとする報告や6),胸腔鏡を用 症を惹起すると考えられている.肺アスペルギルス症は いた手術例の報告7)もあり,比較的若年者で基礎疾患の その病態から主に侵襲性と非侵襲性に分けられ,肺アス ないもしくは軽症の患者に対しての手術成績は良好であ ペルギローマは肺内に腐生的に菌球を形成した病態が主 ると考えられる.手術適応については,内科的治療でコ であり,後者と考えられている. ントロール困難な喀血を繰り返す症例には手術の絶対適 肺アスペルギローマは基礎疾患に肺結核の治療歴を有 応と考えられる.しかしながら肺アスペルギローマの患 する例が多い1).本症例は,過去に肺結核に対し右肺上 者は比較的高齢者で肺結核の治療歴があり低肺機能であ 葉切除術を受けており,その術側残存肺内に年余にわた ることが多く1),そのような症例の術中術後合併症(呼 り徐々にアスペルギルスの菌球が増大し巨大な菌球形成 吸不全,肺炎,出血など)の頻度は当然高く,最近の報 にまで至った病態と考えられた.入院する 8 年前から既 告8)でも術後死亡率は 5.7% である.しかしその報告の に胸部異常影を指摘されていたが精査加療を患者が拒否 なかで,空洞切開術を施行した 17 症例では,喀血を主 されたため,放置せざるを得なかったことが巨大化した 訴とした症例で術後喀血の再発は 1 例も認めず死亡率も 要因と考えられる. 0% である.したがって根治術でなくても致死的喀血の 本症例は初回入院時に血清アスペルギルス抗原と抗体 回避という意味で空洞切開術の果たす役割は大きいと考 ともに陽性を示し β-D glucan 高値を認めた.肺アスペ えられる.アスペルギローマは病巣周囲の血管が喀血の ルギローマのみで血清抗体のみならず抗原も陽性を示す 責任血管と一般的には言われているが,本症例はそれら 2) 3) 例は実際は少なく ,侵襲性あるいは播種性アスペルギ の処理を行わず,前述の空洞内の気管支と内壁の処理を ルス症の際に陽性となることが多い.また β-D glucan 行い結果的に術後血痰や喀血を防止しえた症例である. 754 日呼吸会誌 41(10),2003. 空洞内壁の処理のみならず空洞切開術により菌球を除去 することで,アスペルギルスから産生されるマイコトキ シンやプロテアーゼによる空洞内壁の組織傷害9)を防ぎ, 209―212. 3)松島敏春,吉田耕一郎:肺アスペルギローマ.感染 症症候群 II 日本臨床別冊 1999 : 308―311. 4)McCarthy DS, Pepys J : Pulmonary aspergilloma. 出血症状の回避に役立った可能性がある. 術後療法については AMPH や ITCZ の投与など様々 な方法が試みられている.本症例は副作用のため AMPH を使用できず,ITCZ の内服を継続した.経過を振り返 るとそれが奏効したとも考えられるが,途中で自己中断 しており評価困難と考えられる.肺アスペルギローマを 含め日本でも深在性真菌症の診断と治療のガイドライ ン10)が作成されており,今後内科的治療および外科的治 療を併せ評価していくことが重要と考えられる. Clin Allergy 1973 ; 3 : 57―70. 5)Soubani AO, Chandrasekar PH : The clinical spectrum of pulmonary aspergillosis. Chest 2002 ; 121 : 1988―1999. 6)Chen JC, Chang YL, Luh PH, et al : Surgical treatment for pulmonary aspergilloma. Thorax 1997 ; 52 : 810―813. 7)Jun Nakajima, Shinichi Takamoto, Makoto Tanaka, et al : Thoracoscopic resection of the pulmonary as- なお本報告の要旨は第 72 回日本感染症学会西日本地方会 pergilloma. Chest 2000 ; 118 : 1490―1492. 8)Regnard JF, Icard P, Nicolsi M, et al : Aspergilloma : 総会において報告した. a series of 89 surgical cases. Ann Thorac Surg 2000 ; 文 献 69 : 898―903. 9)網谷良一,田中栄作,村山尚子,他:アスペルギル 1)British Thoracic and Tuberculosis Association : As- スから産生されるマイコトキシン,プロテアーゼ. pergilloma and residual tuberculous cavities-The re- 呼吸 1995 ; 14 : 923―931. sults of a resurvey. Tubercle 1970 ; 51 : 227―245. 10)深在性真菌症のガイドライン作成委員会:深在性真 2)Sumio Kawamura, Shigefumi Maesaki, Kazunori to- 菌症の診断・治療ガイドライン 第 1 版 2003. 2. 1. mono, et al : Clinical evaluation of 61 patients with 医歯薬出版 pulmonary aspergilloma. Intern Med 2000 ; 39 : Abstract A giant pulmonary aspergilloma managed surgically in an elderly man Ko Maniwa1), Eisaku Tanaka1), Tetsuro Inoue1), Terufumi Kato1), Minoru Sakuramoto1), Masayoshi Minakuchi1), Yuji Maeda1), Kunihiko Terada1), Shunsuke Goto1), Miyuki Nagasawa2), Toru Shindo2), Satoshi Noma3), Yoichiro Kobashi4) and Yoshio Taguchi1) Department of Respiratory Medicine, Tenri Hospital, 2)Department of Thoracic Surgery, Tenri Hospital, 1) 3) Department of Radiology, Tenri Hospital, 4)Department of Pathology, Tenri Hospital, 200-Mishimacho, Tenri-shi, Nara, Japan We describe a case of giant pulmonary aspergilloma in a 79-year old man. He had undergone an operation for pulmonary tuberculosis of the right lung at the age of 49 years. His chest ragiograph showed a large fungus ball in the right upper lung field. Taking his age and pulmonary condition into consideration, we performed a cavernostomy and fungus ball resection to prevent life-threatening hemoptysis. The postoperative course was satisfactory and without complication. Cavernostomy may be an alternative choice in high-risk aspergilloma patients.