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心臓のリハビリテーションの基本 - 京都リハビリテーション医学研究会

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心臓のリハビリテーションの基本 - 京都リハビリテーション医学研究会
心臓のリハビリテーションの基本
Basic Principles of Cardiac Rehabilitation
上月 正博
Masahiro KOHZUKI, MD, PhD
に著明に短縮した。
はじめに
日本心臓リハ学会は 2013 年に心臓リハの新しい定義
心臓リハビリテーション(心臓リハ)は、わが国の
を定めた 1)。すなわち、心臓リハとは、心血管疾患患
厚生労働省が推進している 4 疾患・5 事業の 1 つである
者の身体的・心理的・社会的・職業的状態を改善し、
心筋梗塞の治療と再発予防の重要な要素であるととも
基礎にある動脈硬化や心不全の病態の進行を抑制ある
に、多要素プログラムを擁する「包括的リハ」の代表
いは軽減し、再発・再入院・死亡を減少させ、快適で
格である。心臓リハにより、運動耐容能の増加、冠動
活動的な生活を実現することをめざして、個々の患者
脈硬化・冠循環の改善、冠危険因子の是正、生命予後
の医学的評価・運動処方に基づく運動療法・冠危険因
の改善、QOL の改善などめざましい効果が示されてお
子是正・患者教育およびカウンセリング・最適薬物治
り、しかもそのエビデンスレベルは A、クラスⅠと極
療を多職種チームが協調して実践する長期にわたる
めて高い。このため心臓リハは様々な循環器疾患の治
多面的・包括的プログラムをさす(図 1)1, 2)。つまり、
療ガイドラインに「極めて有効な治療」の 1 つとして
心臓リハの目的は、単に自宅退院、ADL の自立や復職
収載されており、リハの中でも極めて先進的であると
にあるのみではなく、循環器疾患の再発防止、予防、
いえる。本稿では、このような心臓リハの基本につい
生命予後の延長までをめざすものであり、この点が脳
て概説する。
卒中リハなどと大きく異なる。自宅退院や復職が達成
できれば心臓リハの目的を完全に達成したと考えるこ
1.心臓リハリハビリテーションの定義・目的
とは誤りであることを理解する必要がある 3, 4)。
心筋梗塞の臨床的な記載が初めてなされたのは 1912
年である。その後 100 年間にその治療は劇的に進歩し
2.心臓リハビリテーションの構成要素
た。心筋梗塞に対する心臓リハは当初、早期離床、早
心臓リハは運動療法のみならず、教育やカウンセリ
期の退院や社会復帰をめざしてきた。第二次世界大
ングなど多要素のアプローチが含まれる包括的なプロ
戦以前は心筋梗塞発症から 6 ~ 8 週間はベッド上の
グラムである。心臓リハの構成要素として、1)運動
安静を守ることが厳格に実践されていたが、経皮的
療法(運動プログラム、運動処方を含む)、2)患者教
冠 動 脈 イ ン タ ー ベ ン シ ョ ン(percutaneous coronary
育(冠危険因子の評価と是正、禁煙指導など)、3)カ
intervention: PCI)やステント留置などの冠動脈再灌
ウンセリング(社会復帰・復職相談、心理相談など)、
流療法の確立や冠疾患集中治療室(coronary care unit:
があげられる。心臓リハでは運動療法のほかに、この
CCU)における管理の進歩などにより、心筋梗塞の入
院期間は米国では 3 ~ 5 日、本邦でも 1 ~ 2 週間程度
本稿は第 1 回京都リハビリテーション医学研究会学術集会(2015
年 2 月 7 日)において、記念講演として発表した。
東北大学大学院医学系研究科 内部障害学分野
Department of Internal Medicine and Rehabilitation Science
Tohoku University Graduate School of Medicine
〒 980-8574 仙台市青葉区星陵町 1-1
TEL: 022-717-7351
FAX: 022-717-7355
URL: http://www.naibu.med.tohoku.ac.jp/
利益相反申告なし
図 1 包括的心臓リハビリテーションに関わる多職種
チーム(文献 2 より引用)
― 45 ―
ような多要素のメニューを加えることで、再発予防の
ための危険因子の軽減がさらにはかられ、リハの威力
表 1 健康保険上の心大血管疾患リハビリテーション適応
疾患(文献 2 より引用)
が倍増する。このような多要素のメニューをとりそろ
えた心臓リハを「包括的心臓リハ」と呼ぶ。
3.心臓リハビリテーションの構成スタッフ
心臓リハは多要素を含んでおり、心臓リハに参加す
るスタッフは、一定レベルの知識を有し、スタッフ間
の連携・協力を行う必要がある。この目的を達成する
ために、職種横断的な組織である日本心臓リハ学会が
大きな役割を果たしている。1994 年設立の日本心臓
リハ学会は目覚ましく発展し、その会員数は 11,000 名
般的に禁忌と思われがちであるが必ずしも禁忌でな
を超える。また、学会が制定した心臓リハ指導士制度
いものとして、高齢、左室駆出率低下、補助人工心
は、心臓リハに携わるスタッフの知識を標準化し好評
臓(left ventricular assist system: LVAS) 装 着 中 の 心
であり、資格取得者は 4,000 人を越えている。2006 年
不全、植え込み型除細動器(implantable cardioverter
の診療報酬改定でも心臓リハ指導士の文章が織り込ま
difibrillator: ICD)装着例が挙げられる。NYHA Ⅳ度の
れ、社会的な認知も充分なものになった。この資格を
心不全では全身的な運動療法の適応にならないが、局
取得し、常にスキルアップをしていれば、トータルに
所的個別的なレジスタンストレーニングの適応となる
心臓リハを実施することが可能であるといえる。
可能性はある。
4.心臓リハビリテーションの適応・禁忌
5.心臓リハビリテーションの時期的区分
心臓リハの有効性が様々な循環器疾患に認められる
心臓リハは幅広い内容と長い期間を有する概念であ
ことが明らかになった結果、2008 年(平成 20 年)の
る。これまで心臓リハを身体の安全と日常生活への復
診療報酬改定では、心臓リハの適応疾患が従来の心筋
帰を目標とした「急性期(第 1 相)」、社会復帰を目標
梗塞、狭心症、開心術後に加えて、大血管疾患(大動
とした「回復期(第 2 相)」、社会復帰以後生涯を通じ
脈解離、解離性大動脈瘤、大血管術後)、慢性心不全、
て行われる「維持期(第 3 相)」と分類してきた。しか
末梢動脈閉塞性疾患、その他の慢性の心大血管の疾患
し、入院・退院という場所での分類より、離床や社会
により一定程度以上の呼吸循環機能の低下および日常
復帰といった ADL で分類すべきと考えられ、心臓リハ
生活能力の低下をきたしている患者、まで拡がった
は図 2 に示すように、発症(手術)当日から離床まで
2)
(表 1) 。
の ICU や CCU で行われる「急性期(第Ⅰ相)」、離床後
2)
心不全の運動療法の禁忌について表 2 に示す 。一
に一般循環器病棟で行われる「前期回復期(第Ⅱ相)」、
表 2 心不全の運動療法の禁忌(文献 2 より引用)
― 46 ―
図 2 急性心筋梗塞の心臓リハビリテーションの時期区分定義(文献 2 より引用)
原則として外来・通院リハとして行われる「後期回復
リハの目標は、食事・排泄・入浴などの自分の身の回
期(第Ⅱ相)」、社会復帰以後地域の運動施設などで生
りのことを安全に行うことができるようにすること
涯を通じて行われる「維持期(第Ⅲ相)」と分類するこ
と、二次予防に向けた教育を開始することである。繰
2)
とになった 。急性期心臓リハのみで終了した群に比
り返す心筋虚血、遷延する心不全、重症不整脈などを
較して、後期回復期心臓リハまで行った群では生命予
合併する例を除いては、ベッド上安静時間は 12 ~ 24
後の改善などめざましい効果があることが示されてい
時間以内とする。負荷試験の判定基準(表 4)に基づ
5)
る 。
いて負荷量を増やしていき、室内歩行程度の負荷試験
1)急性期心臓リハ(第Ⅰ相)
がクリアできれば一般病棟へ転棟し、前期回復期リハ
急性心筋梗塞の診療に急性期心臓リハを包含するク
2)
リニカルパス(表 3)が用いられる 。急性期の心臓
表3
なお急性期には、身体労作に伴う Valsalva 手技(い
表 3 急性心筋梗塞の 14 日間急性期・前期回復期クリニカルパス例(国立循環器病研究センター)
(文献 2 より引用) 病
日
PCI後
1日目
2日目
3日目
4日目
達
成
目
標
・急性心筋梗
塞およびカ
テーテル検査
に伴う合併症
を防ぐ
・急性心筋梗
塞およびカ
テーテル検査
に伴う合併症
を防ぐ
・急性心筋梗
塞に伴う合併
症を防ぐ
・心筋虚血が
起きない
負
荷
検
査
・
リ
ハ
ビ
リ
・圧迫帯除去,
創部消毒
・室内排便負
荷
・尿カテーテ
ル抜去
・末梢ライン
抜去
・トイレ排泄負
荷
・200m歩行負
荷試験:
・合格後200m
歩行練習1日
3回
・栄養指導依
頼
安
静
度
・圧迫帯除去
後床上自由
・室内自由
・負荷後トイレ
まで歩行可
・200m病棟内自由
食
事
・循環器疾患普通食(1600kcal,塩分6g)
・飲水量指示
排
泄
・尿留置カ
テーテル
・排便:ポータ
ブル便器
・尿留置カテ
ーテル
・排便:ポー
タブル便器
・洗面ベッド上
・全身清拭,
背・足介助
・洗面:洗面台使用
・全身清拭,背・足介助
清
潔
に移行する。
5日目
6日目
7日目
8
日
目
9
日
目
10
日
目
11
日
目
12
日
目
13
日
目
14
日
目
・心筋虚血が起きない
・服薬自己管理ができる
・退院後の日常生活の注意点につ
いて知ることができる
・心筋虚血が起
きない
・退院後の日常
生活の注意点に
ついて理解がで
きる
・心臓リハビリ
依頼
・心臓リハビリ
開始日の確
認
・心臓リハビリ室で運動療法(心臓リハビリ非
エントリー例では,マスターシングル試験ま
たは入浴負荷試験)
・心臓リハビリ室
でエントリーテスト
・心リハ非エント
リー例では500m
歩行負荷試験
・亜最大負荷で
虚血がない
・退院後の日常
生活の注意点に
ついて言える
・亜最大負荷試験合格後は入浴可および院内自由
・循環器疾患普通食(1600kcal,塩分6g)
・飲水制限無し
・排尿・排便:トイレ使用
・洗面:洗面台使用
・清拭:背部のみ介助
― 47 ―
・洗面:洗面台使
用
・患者の希望に合
わせて清拭
・洗面:洗面台使用
・患者の希望に合わせて入浴
退
院
い。通常はトレッドミルや自転車エルゴメータを用い
表 4 急性心筋梗塞に対する急性期心臓リハビリ
テーション負荷試験の判定基準
表4
(文献 2 より引用)
て行い、その結果と心筋梗塞後の病態およびリスクを
評価した上で、合併症、運動歴や運動嗜好、身体的・
1. 胸痛、呼吸困難、動悸などの自覚症状が出現しないこと.
2. 心拍数が120/分以上にならないこと、または40/分以上
増加しないこと.
3. 危険な不整脈が出現しないこと.
4. 心電図上1mm 以上の虚血性ST低下、または著明なST
上昇がないこと.
5. 室内トイレ使用時までは 20mmHg 以上の収縮期血圧上
昇・低下がないこと.( ただし2 週間以上経過した場合は
血圧に関する基準は設けない)
負荷試験に不合格の場合は、薬物追加などの対策を実施し
たのち、翌日に再度同じ負荷試験をおこなう.
社会的環境を考慮して、運動処方を行う。また、ホル
ター心電図で、日常生活中の心筋虚血発作や不整脈の
有無、心拍数反応を把握しておくことも有用である。
病前の日常生活活動を目標に、リスク管理下で個人に
合わせた運動療法プログラムを作成する。
b)後期第Ⅱ相(後期回復期・外来)
退院後は、外来通院型監視下運動療法と在宅運動療
法を併用する。開始 1 週間後および 3 ヵ月後に、心肺
運動負荷試験および血液検査を施行し、運動耐容能お
よび冠危険因子を評価し、運動処方を決定する。1 ヵ
きみ)を避けることが必要である。この時期は合併症
月後、3 ヵ月後、6(5)ヵ月後、または終了時に運動負
の予防に努め、いわゆる理学療法が中心となる。大動
荷試験を行って、効果判定、予後判定、運動療法の再
脈バルーンパンピング、呼吸管理が必要な重症例で
処方などを行う。
は、極力ベッド上でできる低強度のレジスタンスト
心筋梗塞患者は家庭に戻った後、身体に対する不
レーニングがデコンディショニングや骨格筋の萎縮、
安、経済的問題あるいは職場復帰や性的能力に対する
血栓塞栓症などを予防するうえで有用である。
心配などから抑うつ状態に陥ることが少なくないとさ
2)回復期心臓リハ(第Ⅱ相)
れる。回復期心臓リハでは精神・心理的側面からも社
回復期心臓リハの目的は、身体活動範囲を拡大し、
会生活を送るうえでの自信を獲得させることも必要で
良好な身体的・精神的状態をもって職場や社会に復帰
ある。このため、医学的評価、運動療法、禁煙教育、
することである。離床後に一般循環器病棟で行われる
食事療法、冠危険因子の適切な治療、復職指導、心理
前期回復期(第Ⅱ相)、原則として外来・通院リハとし
的サポートといった包括的心臓リハを行う。保険診療
て発症後 5 ~ 6 ヵ月まで行われる後期回復期(第Ⅱ相)
は一部を除いてリハ開始後 150 日間であるので、その
2)
に分けられる(図 3) 。
後は維持期心臓リハヘ移行する。
a)前期第Ⅱ相(前期回復期・入院)
3)維持期心臓リハ(第Ⅲ相)
クリニカルパスの第 4 日目頃に病棟で 200m 歩行負
維持期心臓リハ(第Ⅲ相)は社会復帰以後生涯を通
荷試験を施行し、合格なら 5 ~ 7 日目以降は、運動療
じて行われるべきもので、回復期心臓リハで獲得した
法の禁忌がない限り、回復期心臓リハプログラムを開
運動能力・生活習慣の是正・危険因子の是正を維持す
始する。
るなど自己の健康管理対策が主となり、年齢、職業、
運動処方前に心肺運動負荷試験を行うのが望まし
日常生活レベルなどの個人的背景を考慮し、個々の生
図 3 急性心筋梗塞回復期心臓リハビリテーションプログラム(国立循環器病研究センター)(文献 2 より引用)
― 48 ―
活レベルに合ったプログラムが遂行される。自宅で、
の生命予後を改善する方法として、後期回復期・維持
あるいは会員として心臓病専門病院や民間運動療法施
期には心臓リハがスタチン(高脂血症治療薬)と並ん
設などで行われる。2004 年 5 月から日本心臓リハ学会
でエビデンス A、クラスⅠ(確実に有効なもの)とし
の後援により、メディックスクラブとして、10 ~ 20
て挙げられているほどである 7)。
名の運動教室を週 1 ~ 2 回開催している。2015 年 8 月
わが国では心血管疾患におけるリハに関するガイド
現在、仙台支部(東北大学内部障害学)などの 20 支部
ライン(2012 年改訂版)を出した 2)。そこでは血管に
が実施中である。
おける侵襲的治療を重視してきた医師の反省、すなわ
ち、血管病の予後の改善が血管における侵襲的治療の
6.心臓リハビリテーションの実際と効果
みでは達成できないという多くの多施設試験結果から
循環器医療の目覚ましい進歩により、循環器疾患患
運動療法が再認識されている 2)。このガイドラインを
者の入院期間は短縮し、過度な安静臥床による身体的
契機に運動療法を含めた心血管系のリハがさらに認識
および精神的ディコンデショニングは認められにくく
され、普及することが期待される。
なった。しかし、PCI や心臓バイパス手術を行っても、
1)運動療法
心筋梗塞の再発率は実は意外に高い。米国の 2011 年
心臓リハでは運動療法が中心的な役割を担ってお
の統計によると、65 歳以上の初回心筋梗塞患者の 5 年
り、表 5 に示すようなさまざまな身体的効果が証明さ
以内の再発率は男女とも 22%であった 。一方、急性
れている 2)。運動療法により、生命予後改善、心不全
心筋梗塞後の 6 ヵ月間の後期回復期心臓リハ不参加群
入院減少、健康関連 QOL 改善、内皮依存性血管拡張
の生存曲線は地域住民の予測生存曲線より明らかに不
反応改善、左室拡張機能改善など、その効果は心臓へ
良であるが、後期回復期心臓リハ参加群の生存曲線は
の中枢効果のみならず、骨格筋・呼吸筋・血管内皮な
5)
6)
地域住民の予測生存曲線とほぼ一致していた(図 4) 。
どへの末梢効果、自律神経機能・換気応答・炎症マー
また、後期回復期心臓リハは、心筋梗塞患者の 3 年後
カーなど神経体液因子への効果など、まさに全身にお
の死亡率を 52%も低下でき、退院後 3 年以内の死亡の
よんでいる 2)。しかもそのエビデンスはレベル A、ク
48%が心臓リハ不参加に起因することが明らかになっ
ラスⅠと極めて高く、様々な循環器疾患の治療ガイド
た 6)。後期回復期心臓リハに参加しないことは、すな
ラインに「極めて有効な治療」の 1 つとして収載され
わちこれらのメリットが得られないことを意味し、急
ている。
性心筋梗塞の二次予防には後期回復期心臓リハへの参
慢性心不全患者では、労作時呼吸困難や易疲労性は
加が特に重要であることが示された。この理由は、心
運動耐容能低下を示す特徴的な症状である。しかし、
筋梗塞の多くは狭窄度 50%未満の血管の不安定プラー
運動耐容能(最高酸素摂取量や運動時間)と左室駆出
クが破綻することで発生するためである。有意狭窄部
率との相関は低いこと、種々の治療介入により心拍出
位の拡張のみの治療だけでは大半の急性心筋梗塞の発
量などの血行動態は直後から改善するにもかかわらず
生は防止できず、後期回復期心臓リハでの運動療法が
運動耐容能の改善は遅れることなどの事実から、運動
その防止に極めて大きな役割を果たす。すなわち、心
耐容能低下の主要な機序は左室収縮機能低下ではな
臓リハの目的の力点は、長期間の安静臥床による身体
く、骨格筋の筋肉量減少や代謝異常、血管拡張能低
的および精神的ディコンデショニングの治療・予防か
下、エルゴ受容体反射(ergoreflex)亢進などの末梢
ら、QOL の向上、冠危険因子の是正と二次予防による
因子であると考えられるようになってきた。また、過
生命予後の延長に移ってきた。
度の安静や長期臥床により、筋萎縮、骨粗鬆症、自律
アメリカ心臓学会のガイドラインでは心筋梗塞患者
神経・内分泌障害などの種々の身体ディコンディショ
図 4 心筋梗塞後の後期回復期心臓リハビリテーションの有無による生存曲線(文献 6 から引用改変)
― 49 ―
表5
表 5 心臓リハビリテーション運動療法の身体的効果
2)患者教育
(文献 2 から抜粋) 項目
内容
心臓リハでの教育として、①胸痛が生じた際の対処
ランク
方法と連絡先、②ニトログリセリン舌下錠またはスプ
運動耐容能
最高酸素摂取量増加
嫌気性代謝閾値増加
A
A
レーの使用方法、③家族を含む心肺蘇生法講習、④患
症状
心筋虚血閾値の上昇による狭心症発作の軽減
同一労作時の心不全症状の軽
A
A
者の有する冠危険因子についての説明、⑤二次予防の
呼吸
最大下同一負荷強度での換気量減少
A
ための心血管疾患リハ参加と生活習慣改善への動機付
心臓
最大下同一負荷強度での心拍数減少
最大下同一負荷強度での心仕事量(心臓二重積)減少
左室リモデリングの抑制
左室収縮機能を増悪せず
左室拡張機能改善
心筋代謝改善
A
A
A
A
B
B
け、⑥禁煙(とその継続)、が挙げられる。すなわち、
冠動脈
冠狭窄病変の進展抑制
心筋灌流の改善
冠動脈血管内皮依存性,非依存性拡張反応の改善
A
B
B
り、体重減少、血圧、脂質代謝、耐糖能の改善、喫煙
中心循環
最大動静脈酸素較差の増大
B
末梢循環
安静時,運動時の総末梢血管抵抗減少
末梢動脈血管内皮機能の改善
B
B
効果を認める 2)。
炎症性指標
CRP,炎症性サイトカインの減少
B
骨格筋
ミトコンドリアの増加
骨格筋酸化酵素活性の増大
骨格筋毛細管密度の増加
Ⅱ型からⅠ型への筋線維型の変換
B
B
B
B
かになっており、運動療法を多要素のメニューからは
冠危険因子
収縮期血圧の低下
HDLコレステロ-ル増加,中性脂肪減少
喫煙率減少
A
A
A
も丁寧に説明(教育)をしても、実際の運動療法を具
自律神経
交感神経緊張の低下
副交感神経緊張亢進
圧受容体反射感受性の改善
A
B
B
血液
血小板凝集能低下
血液凝固能低下
B
B
予後
冠動脈性事故発生率の減少
心不全増悪による入院の減少
生命予後の改善(全死亡,心臓死の減少)
緊急対処方法と二次予防行動への動機付けが 2 大教育
目標である。このように患者教育を加えることによ
率の減少などに対して、運動療法単独よりさらに高い
しかし、運動療法を含まない患者教育では、心臓リ
ハのエビデンス項目の多くが達成できないことも明ら
ずすことはできない 2)。循環器科外来で、患者に何度
体的にプログラムとして指導メニューに入れなけれ
ば、心臓リハを行ったことにはならず、その効果も不
十分である。
A
A(CAD)
A(CAD)
A:証拠が充分であるもの、B:報告の質は高いが報告数が充分
でないもの、CAD:冠動脈疾患
心臓リハにおける患者教育は診療報酬の対象となっ
ておらず、あくまで診療サービスの一環となっている
ことから、その実施内容や時間、医療スタッフの熱意
に関して各施設間で大きな差があるのが現状である。
東北大学病院では、
「病態」
「危険因子」
「心臓リハ」
「運
ニングが生じることが知られており、心不全患者では
動療法」「食事療法」「日常生活」「ストレス」「復職」
この機序により運動耐容能がさらに低下している 。
の 8 項目で独自に作成した教育テキストとスライドを
慢性心不全に対しても、運動療法を実施することによ
用いて、充分な時間をかけて患者教育を行っている
7)
り、運動耐容能が増加するのみならず、多くの有益な
(図 6)8)。
効果が得られることが報告されている(図 5)7)。
図 5 慢性心不全患者の監視下中強度心臓リハビリテーションの有無による最高酸素摂取量、左室駆出率、無イベント生存率
(文献 7 から引用改変) ― 50 ―
図 6 筆者らが独自に作成した教育テキスト(文献 8 から引用改変)
3)カウンセリング(社会復帰・復職相談、心理相
談など)
無などは患者により個々に異なるので、運動負荷試験
に基づいた個別的な運動プログラム、運動処方が重要
うつや不安は独立した循環器系の危険因子である。
である。
うつが重篤であるほど、心筋梗塞後の死亡率が高ま
通常はトレッドミルや自転車エルゴメータを用いた
り、うつが軽度から有意にその現象は認められる。心
多段階漸増負荷試験を行うが、呼気ガス分析併用運動
臓リハ参加時のトレッドミル運動負荷試験での心拍数
負荷試験(心肺運動負荷試験)を行うことが望まし
回復がうつ状態の患者では遅れることから、運動耐容
い。心肺運動負荷試験では、心電図、心拍数・血圧反
能の低下や自律神経機能の脱調節が示唆される。リラ
応以外に呼気ガス分析による最高酸素摂取量や嫌気性
クゼーション教育を加えることにより不安感やうつ傾
代謝閾値(anaerobicthreshold: AT)を確認する。
向は減少し、狭心症発作の減少を認め、職場復帰が改
運動処方における運動強度は、最大酸素摂取量の 40
善され、さらに社会・心理的介入を加えることにより
~ 85%(最大心拍数の 55 ~ 85%に相当)とされるが、
精神的不安が解消し、死亡率や再発率が発症当初の 2
最近では比較的軽めの 60 ~ 70%で処方されることが
年間は有意に減少するメタアナリシスの結果が得られ
多い。本邦では心肺運動負荷試験時の AT 到達時の心
2)
ている 。
拍数が処方される(AT 処方)ことが多い。
心肺運動負荷試験を行わない場合には、Karvonen
7.運動療法プログラムおよび運動処方
の式を用いて、最高心拍数と安静心拍数の差に係数
運動療法による身体効果は、運動療法開始前の身体
0.4 ~ 0.6 を乗じて、安静時心拍数に加えることが多い
機能や重症度、用いる運動の種類、持続時間や頻度に
2)
(表 6)
。酸素摂取量や心拍数の代用として、Borg 指
よって異なる。運動能力、心機能、病態、合併症の有
数による自覚的運動強度も実用的である。これは 6 ~
20 の指数からなるが、
“13”がほぼ AT に相当するため、
表 6 急性心筋梗塞 後期第Ⅱ相以降の運動強度決定方法
(文献 2 から引用改変)
2)
運動強度としては“12 ~ 13”を用いる(表 7)
。
運動の時間・頻度については、10 分× 2 回 / 日から
開始し、20 ~ 30 分× 2 回 / 日まで徐々に増加し、安定
期には 30 ~ 60 分× 2 回 / 日を目指す。週 3 回以上、で
きれば毎日行うことが望ましい 2)。前回の運動による
疲労が残らないように初期には時間・回数を少なくし
て、トレーニング進行とともに漸増していく。主運動
の前後には準備運動と整理運動の時間を設ける。高齢
者では準備運動の時間を十分にとり、運動時の心事故
や外傷・転倒事故を予防する。
運動の種類としては、大きな筋群を用いる持久的
― 51 ―
表 7 Borg の自覚的運動強度(文献 2 から引用改変)
で、有酸素的な律動運動(等張性運動)が望ましい。
歩行、軽いジョギング、水泳、サイクリングの他、各
文 献
種のスポーツがあげられるが、スポーツ種目の場合に
1)日本心臓リハビリテーション学会ステートメン
は競争はさせず、運動療法開始当初は急激に負担のか
ト.http://square.umin.ac.jp/jacr/statement/
かる等尺性の無酸素的運動を避けるなどの注意が必要
index.html
2)循 環 器 病 の 診 断 と 治 療 に 関 す る ガ イ ド ラ イ ン
である。
(2011 年度合同研究班報告).心血管疾患における
おわりに
リハビリテーションに関するガイドライン(2012
リハ医療はもともと“adding life to years”(生活機
年改訂版).http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/
能予後・QOL の改善)を主目的に発展してきたが、心
JCS2012_nohara_h.pdf
臓リハはさらに“adding years to life”(生命予後の改
3)上月正博 : オーバービュー:“adding life to years”
善)にも効果があり、“adding life to years and years to
から“adding life to years and years to life”へ.臨
life”(生活機能予後・QOL の改善と生命予後の改善)
床リハ 2012; 21: 436-444
を達成できる極めて優れた医療である。エビデンスが
4)Kohzuki M, Sakata Y, Kawamura T, Ebihara S, Ito O:
明らかでリスク管理の徹底した心臓リハはリハ医療の
A paradigm shift in rehabilitation Medicine: From
中でも先進的であり、超高齢社会、重複障害時代のリ
“adding life to years”to“adding life to years and
ハにおいて心臓リハの役割がますます大きくなること
years to life”. Asian Journal of Human Ser vices
4)
2012; 2: 1-7
は明白である 。
心臓リハ患者の高齢化が進み、重複障害や認知障
5)Roger VL, Go AS, Lloyd-Jones DM, Adams RJ,
害を合併していることが多く、それを理由にリハに
Berr y JD, Brown TM, Carnethon MR, Dai S, de
加われない場合も少なくないとされている。しかし、
Simone G, Ford ES, Fox CS, Fullerton HJ, Gillespie
CABG を受けた血液透析患者が心臓リハを受けると全
C, Greenlund KJ, Hailpern SM, Heit JA, Ho PM,
死亡率が 35%減少し、心臓死も 35%減少したと報告
Howard VJ, Kissela BM, Kittner SJ, Lackland DT,
9)
されており 、重複障害があるからといって安易に心
Lichtman JH, Lisabeth LD, Makuc DM, Marcus GM,
臓リハの対象からはずすようなことがあってはならな
Marelli A, Matchar DB, McDermott MM, Meigs JB,
10)
。むしろ、循環障害患者の高齢・障害の重複化に
Moy CS, Mozaffarian D, Mussolino ME, Nichol G,
対しては、関節拘縮・バランス改善や予防という理学
Paynter NP, Rosamond WD, Sorlie PD, Stafford RS,
い
療法や環境対策も含めた広い意味でのリハに熟知した
Turan TN, Turner MB, Wong ND, Wylie-Rosett J;
リハ科医に任せることで、心臓リハ対象患者を拡大で
American Heart Association Statistics Committee
きる可能性が高く、リハ医と循環器科医の協力体制の
and Stroke Statistics Subcommittee: American
11)
Heart Association Statistics Committee and Stroke
より緊密な構築が望まれる 。
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Statistics Subcommittee. Heart disease and stroke
Association Task Force on Practice Guidelines.
statistics-2011 update: a report from the American
Circulation 2004; 110: e82-292
8)上月正博、伊藤修 編著:イラストでわかる患者さん
Heart Association. Circulation 2011; 123: e18-e209
6)Witt BJ, Jacobsen SJ, Weston SA, Killian JM,
のための心臓リハビリ入門.中外医学社, 東京, 2012
Meverden RA, Allison TG, Reeder GS, Roger VL:
9)Kutner NG, Zhang R, Huang Y, Herzog CA: Cardiac
Cardiac rehabilitation after myocardial infarction in
rehabilitation and survival of dialysis patients after
the community. J Am Coll Cardiol 2004; 44: 988-996
coronary bypass. J Am Soc Nephrol 2006; 17: 1175-
7)American College of Cardiology; American Heart
Association Task Force on Practice Guidelines;
1180
10)上月正博 編著:重複障害のリハビリテーション.
三輪書店 , 2015
Canadian Cardiovascular Society. ACC/AHA
guidelines for the management of patients with
11)上月正博 編著:心臓リハビリテーション.医歯薬
ST-elevation myocardial infarction: a report of the
American College of Cardiology/American Heart
― 53 ―
出版 , 2013
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