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コミュニティ・キャピタルを用いたワーカーズ・コレクティブによる 福祉

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コミュニティ・キャピタルを用いたワーカーズ・コレクティブによる 福祉
コミュニティ・キャピタルを用いたワーカーズ・コレクティブによる
福祉コミュニティ形成の可能性に関する研究
The Possibility of Building Welfare Community by Worker s Collectives Using Community Capital
05D43042 湯上 千春
Chiharu Yunoue
指導教員 坂野 達郎
Adviser, Tatsuro Sakano
ABSTRACT
This thesis regards Okamura (1974)’s “welfare community” as an entity to build community care by
citizens in urbanized areas, and focuses on finding a mechanism on developing citizens, who get
involved in activities for the community as a whole by their own will.
In the case of fieldwork in
Atsugi-city, care workers in workers collectives have created various care facilities for the elderly,
disabilities, children, and so on by accumulating and utilizing their own profits, which we call
“community-capital.” As a result of analyzing quantitative data by using multi-levels empowerment
(Israel et al. 1994), it finds that the workers’ empowerment at personal and community levels are
enhanced through experiences in organizations. Also, by analyzing qualitative data, it implies that
workers acquire norms of generalize reciprocity (Putnam, 1994) through experiences in workers
collectives using community capital. Considering our observation and analysis, workers collectives
using community capital are effective entities to build “welfare community.”
0.序章
展させていく為のメカニズムをヒューマンサポートネットワ
0.1.問題の背景と関心の出発点
ーク厚木の事例を用いて明らかにすることを目的とする。発
Robson(1976)は都市社会において国家が福祉の主体とな
展要因を明らかにするデータを得る為に 4 年強、福祉ワーカ
り、市民がサービスを享受するだけの客体となったことが福
ーズ・コレクティブ 17 団体を対象にフィールドワークを行っ
祉国家の危機の原因であり、市民が主体的に福祉を担う社会
た。主なデータは参与観察の記録であるフィールドノーツ、
が基盤として必要であると考えた。Robson の考えは生活と
インタビュー記録、文書資料である。
産業が分離した社会で市民主体の地域福祉を実現するうえで
有効であると考える。類似することを日本において展開した
0.3.論文の構成
1 章では「福祉コミュニティ」を形成する市民について奥
のが本研究で中心的な概念として用いた岡村重夫(1974)であ
る。岡村は更に地域福祉の実現の為に福祉に特化した組織か
田(1973)に照らして検討し、岡村理論の問題点を明らかにす
ら成る「福祉コミュニティ」形成による生活上の困難を持つ
る。2 章では「福祉コミュニティ」形成の事例として福祉ワ
者への専門的サービスの供給及び「福祉コミュ二ティ」を起
ーカーズ・コレクティブの発展要因を分析する。3 章は市民
点とした市民性を形成するシナリオを考えた。
の主体性について多層的エンパワーメントの尺度を用いてア
ンケート結果を数量分析する。4 章ではワーカーの地域一般
0.2.研究の目的と方法
都市化した地域社会の市民に自分の生活を犠牲にしてまで
に向けた普遍的意識を高めるプロセスを明らかにする為に一
般互恵的連環の自覚の考え方を用いて質的データを分析する。
生活困難者を援助することは期待できず、岡村の「福祉コミ
5 章はリーダーの理念継承問題の懸念から行われた市民参加
ュニティ」形成が市民主体による地域福祉の実現に有効であ
型調査の効果を検証する。そして 6 章では結論及び本研究に
ると考える。市民が自らの意志で関わる福祉に特化した組織
残された課題について述べる。
体である福祉 NPO が 2000 年前後から登場しているが、地域
に広く発展しているとは言えない。岡村理論を再検討して市
1章
民が地域福祉に主体的に関わるということを捉え直す必要が
討
あるのではないか。本研究は普遍的意識と主体的行動を備え
1.1.岡村「福祉コミュニティ」論の問題構成
た市民の形成によって市民主体の「福祉コミュニティ」を発
岡村「福祉コミュニティ」論における市民概念の再検
本章では「福祉コミュニティ」論の市民概念を奥田(1973)
の都市コミュニティ論に照らして再検討し、岡村理論に則し
場、政府から自律したボランティア団体や NPO が有効であ
て「福祉コミュ二ティ」の必要性と問題点を考える。
ると考えた。
「共助」に関わる支援者は被支援者の立場で考え、
岡村(1974)以降、「福祉コミュニティ」は地域福祉論に
自らも生きがいを感じる。今田を参考にすると、岡村の「地
おいて主要なテーマとして扱われてきたが、岡村を批判的に
域コミュニティ」を構成する市民とは「共助」を実現してい
解釈した上での議論は殆どなされてこなかった。1990 年代後
く市民のことではないか。
半辺りから「福祉コミュニティ」形成に関し、福祉 NPO に
岡村は生活困難者の支援は「自然発生的な相互扶助」だけ
よる福祉サービス供給に着目した研究が現れてきた。安立
では不十分で、専門性を持った「特殊サービスとしての具体
(1998, 2009)は主に 90 年代以降の福祉供給主体の多元化を
的な援助」が必要であると考えた。そこで更に福祉に特化し
背景に福祉サービスを供給する市民による福祉 NPO を具体
た組織による「福祉コミュニティ」づくりのシナリオを考え
的な主体として「福祉コミュニティ」形成が出来るのではな
た(岡村、1974:69)。
「特殊サービス」について例示していな
いかということに言及している。福祉 NPO を主体にした研
いが、自然発生ではなく、生活困難者への福祉援助をするこ
究は自らの意志で関わる市民による地域福祉に着目したもの
とを目的として、意識変容によって市民性を備えた市民によ
であり、岡村理論の主体概念を具体化したと言える。
る「福祉コミュニティ」形成を考えたのではないか。
しかし岡村理論の福祉に特化した組織が福祉 NPO といっ
た現代の新しい組織形態によって形成されていても、地域全
1.3.福祉に特化したコミュニティの必要性と問題点
体に展開して地域福祉に関わる市民が増えて岡村の目指した
「福祉コミュニティ」は中間組織のうち、市民が相互扶助
市民が主体的に関わる地域福祉が実現したとは言い難い。こ
の意識を高めながらも、専門性も身につけて生活困難者を救
のことは岡村理論もその後の福祉 NPO を主体とした研究も
う組織から成る。関わる市民は生活困難者の立場でニーズを
新たな市民と地域の関係を捉えて十分に論じて来なかったこ
理解し、関わる市民もエンパワーメントを成す。
「福祉コミュ
とにあるのではないか。
ニティ」には、岡村のシナリオでは「同調者」「代弁者」「共
鳴者」なる市民が主体的に関わるが、定義や説明はなされて
1.2.岡村理論の基礎となる奥田の都市コミュニティ論
岡村は「福祉コミュニティ」形成を考えるに際して、奥田
いなく、こうした市民がどうすれば現れるのかという理論的
な説明がその後の「福祉コミュニティ」の研究によってもな
(1973) の地域社会の分析枠組みを応用した。奥田は主体化と
されていない。「福祉コミュニティ」も「地域コミュニティ」
普遍化の 2 軸を用いて地域社会モデルを考えた。奥田は新た
に存在する集団の一つであることから解釈すると、
「福祉コミ
ュニティ」の形成に関わる「同調者」や「代弁者」とは普遍
岡村が依拠した奥田の地域社会モデル
主体化
個我モデル
地域共同体モデル
特殊化
普遍化
地域コミュ二ティ
モデル
的意識と主体的行動を備えた市民ではないか。
伝統的アノミーモデル
客体化
出展:奥田道大(1971:139)を簡略して表した。
明らかにされてこなかった両者間での市民性の広がり
「地域コミュニティ」:
・福祉サービスそのものでないが、ソーシャル・インクルージョンおよび
自然発生的な相互援助」で福祉援助を補完して効果を最大限にする。
・しかし、都市社会で住民が自分の生活を犠牲にしてまでは援助はしない
・生活困難者とその家族も含まれているが、問題関心は、一般多数の住民に共通の問題。
市民一般
な「地域コミュニティ」は普遍的意識を持ち、主体的行動を
する市民で構成されると考えた。
「主体的」とは単に自分が偶
然に地域社会に居るのではなく、市民の「自主的対応」
(奥田,
1971:91)、「自発的な地域活動が展開」
(奥田,1983:87)が可
能となるという記述から市民が自らの意志で行動することを
生活困難者(当事者)とその家族
市民性だけでなく、専門性を身に付けた市民
「福祉コミュニティ」:
・福祉に特化した組織によって構成
・関わる市民は専門性および普遍的意識と主体的行動を身につける 意味する。
「普遍的」とは異なる価値観を持つ他の地域社会と
「福祉コミュニティ」を起点にして「地域コミュニティ」
も「交流し、連帯しうる価値」を共有することを意味する(奥
を形成していくことを岡村は考えた。但し「福祉コミュニテ
田, 1971: 138)。岡村が奥田モデルを地域福祉に応用したのは、
ィ」が「地域コミュニティ」に支えられて初めて市民が主体
基盤には自然発生的な相互扶助とソーシャル・インクルージ
となる地域福祉が実現する。福祉に特化した市民による組織
ョンを可能にする「地域コミュニティ」が最適で、それを構
における経験を通して普遍性、主体性を身につけた市民が地
成する市民を明らかにすることが必要と考えたからである
域社会に拡大していく。しかし、普遍性、主体性を持つ市民
(岡村,1974:12)
。岡村は「地域コミュニティ」形成には市民
がどう形成され地域社会に拡大するのかということが岡村も
が自らの意志で参加する組織が多様性を認めて共同するため
その後の福祉 NPO を主体にした「福祉コミュニティ」研究
の媒体となると考えた。今田(2004:15)は福祉国家が中間
でも理論的に説明ができていない。
集団の担っていた自助と公助の中間の「共助」
(共同的な相互
支援)を損なわせたことが問題で、
「共助」を取り戻すには市
1.4.まとめ
金から蓄積・運用する金で、メンバーには所有権はないが、
普遍性、主体性を備えた市民を前提とした岡村の「福祉コ
使途決定権がある。このような資本を指す名称が先行研究に
ミュニティ」は都市社会で地域福祉を実現するために有効で
は見当たらず、本研究では「コミュニティ・キャピタル」と
ある。しかし、岡村理論では普遍的意識と主体的行動を身に
呼ぶ。蓄積したコミュニティ・キャピタルによって必要な新
つけた市民が形成され、「福祉コミュニティ」を起点として、
たな福祉サービスを供給する組織を作り出し、ネットワーク
市民性が地域社会全体に広がっていくメカニズムについて明
を形成して更に新しい福祉組織の設立支援をして増殖する。
らかにされていない。市民がいかに意識変容、行動変容し、
対象組織の特徴
地域社会に拡大していくことができるのだろうか。
2章
通常のワーカーズ・コレクティブの原理 ・メンバー全員が資本と経営権を所有する
・メンバー全員が労働に従事する
・直接民主主義の下、メンバー全員で運営する
福祉ワーカーズ・コレクティブ発展要因の事例分析
2.1.ヒューマンサポートネットワーク厚木との出会い
本章では「福祉コミュニティ」形成の発展要因を明らかに
するために、ヒューマンサポートネットワーク厚木を事例と
して福祉ワーカーズ・コレクティブの増殖要因を解明する。
+
通常の原理に加えて
対象のワーカーズ・コレクティブ
・メンバー個人の利益を集めたコミュニティ・キャピタルを
地域一般のために使う理念で活動する
・新たにコミュニティ・キャピタルで出来た組織がネットワークを形成して、
さらに新たな組織が増殖していく
市民が参加する福祉ワーカーズ・コレクティブが 20 年余り、
通常の福祉NPOの枠組みでは説明できない形でネットワー
こうしたコミュニティ・キャピタルが誕生したきっかけは、
クを作って増殖を続けており、そのような発展は他の地域で
ワーカーズ・コレクティブ a が行政や外部からの資金援助に
は見られないことから、2005 年から 4 年に渡るフィールドワ
頼らないで、規制されずに自由に活動しようと始めたもので
ークに入った。
ある。a から設立支援を受けたワーカーズ・コレクティブが
調査方法とデータ:
受け継いで広まっていった。また、多くの資金の要る入居施
1)観察および参与観察
設では各組織からの支援に加えて、市民(ワーカー個人、神
日常的な会話、行動、および事業所の様子が含まれる。
奈川ネットワーク議員、賛同した市民)から貸付を募り、後
フィールドノーツとして記録した。
でそこで働くワーカーからの貸付に切り替え、働く自分達で
調査時期:2005 年 7 月∼2009 年 11 月
担っていく工夫がなされている。
2)リーダーへのヒアリング調査
メンバー団体の内、福祉サービスを供給する事業所の全体
調査対象:ヒューマンサポートネットワークの参加型福祉に関わるリー
の売上高の総額(17 団体による 18 事業所)は 2006 年度は
ダーの役割を担うワーカー
約 69,000 万円で、2008 年度は約 73,000 万円である。2008
標本数:11 人、調査方法:訪問面接調査
年度の売上高は平均で約 4,600 万円で、最も低い事業所は約
調査時期:2005 年 7 月∼2008 年 7 月
200 万円強で、最も高い事業所は約 20,000 万円である(組織
から入手した資料及び各決算書)。ワーカーの総数は約 350
2.2.
ワーカーズ・コレクティブ型経営労働形態の可能性と
限界
ワーカーズ・コレクティブとは働く全ての人が出資金を出
人で平均約 19 人で最少 6 人前後で最多は約 40 人である。
コミュニティ・キャピタルは事業収益ではないので、事業
高とは別である。約 20 年の間で運用されてきたコミュニテ
し、労働だけでなく運営にも平等な決定権を持って関わる運
ィ・キャピタルは約 42,000 万円で、その内、少額の寄付、ワ
営形態である。各組織によって運営方法が異なるが、各自、
ーカーへの手当、福祉制度の改善のための活動、研修などの
最初に出資金を出し、福祉ワーカーとして働き、運営に関し
返済の必要のないものを除くと総額で約 30,000 万円でこれ
ても意見を言って各人が責任を持って関わる。事例のワーカ
までに約 62%強が返済済みある。残りは返済期日が来ていな
ーは決定プロセスが全員参加で透明であることには強く共感
いもの及び貸付を更新したものである。2001 年度から約 10
していて、そうした運営形態の下で働くことにやりがいを感
年で貸付されたコミュニティ・キャピタルの総額(後から追
じていることが判った。ワーカーは決定権を持つということ
加で貸付されたものも含めて)約 28,300 万円の内、2010 年
を労働者の福利厚生への関わり方、労働者の権利としての参
度中には 69%以上が返却済みとなる。入居施設や保育園は多
加と捉えて意義を感じているようであった。
くの設立資金が必要であり、プロジェクトとして立ち上げて
ワーカー中心に貸付金を募る。こうしたコミュニティ・キャ
2.3. コミュニティ・キャピタルのしくみ
通常のワーカーズ・コレクティブの原理では出資者=経営
ピタルは大半が貸付である。5 年∼7 年据え置きで、据え置き
期間中は利息は付かず、据置き期間後は年利 0.5%等であり、
者=労働者というのが定義である。但し、出資するのは組織
各組織やワーカーが利息を得る目的で行われているものでは
への出資であり、地域一般の為に使うことを前提としてはい
ない。これまでの回収率は 100%で、据置き期間後は基本的
ない。一方、事例の組織の特徴は加えて「コミュニティ・キ
に毎年、自動更新となる。
ャピタル」を地域一般に投じていることである。
「コミュニテ
対象とした組織らに更に特徴的なのが二つの構造となって
ィ・キャピタル」とは地域の為に使うことを前提に自己の賃
いることである。例えば高齢者介護などを供給する社会福祉
法人Xで働くワーカーは介護或いは調理ワーカーズ・コレク
2003 認定保育園に貸付・寄付、保育園に貸付
ティブのうちの一つに属する。社会福祉法人や NPO 法人と
2004 保育園に貸付、介護 NPO に貸付
して法や行政の規制の下、福祉サービスを供給する。しかし、
2005 介護 NPO 貸付
ワーカーズ・コレクティブとしてはコミュニティ・キャピタ
2006
ルを用いて規制なく、理念に沿った活動を推進していく。
2007 保育園に貸付
円グラフは介護・家事サービスを行うワーカーズ・コレク
NPO(保育・学童・障がい児・食事ワーカーズ) 設立に貸付
2010 新保育園(10 月に開園)に貸付
ティブ a が拠出金をこれまでどう使ってきたかについて 15
年分の資料を元にまとめたものである(種目別になっていた
コミュニティ・キャピタルが投入されることによって支援
決算報告 15 年分を使途別に集計)。これまでの総額は 14 年
を受けて設立した福祉サービスを供給する組織が更にまた新
間で約 10,500 万円で、毎年の総額の最小は約 230 万円、最
たな設立支援を自分達の利益を投じたコミュニティ・キャピ
大は約 990 万円である。拠出金の割合も全員で決定する。
タルを提供することによって続けていく。以下は、これまで
最も多い2つの使途が福祉制度改善のための活動と地域の福
のヒューマンサポートネットワーク厚木の市民による福祉サ
祉サービスの設立支援である。福祉制度改善のため、自分達
ービスの設立を年度順にリストにしたものである。
の望む福祉制度を実現してくれると思う候補者が選挙に立候
補する際の応援に使われることもあり、候補者はワーカーか
ら出ることもある。二番目に多いのは他の福祉組織支援であ
り、地域に必要な福祉サービスを生み出すのに使われる。
W.Co.a の拠出金の使途別集計(15 年分)
そのほか
0%
ワーコレ人件費
17%
福祉制度改善の為の活動
33%
積立(パート退職金)
17%
1990年: NPO法人(家事・介護)
1993年: 社会福祉法人(デイ、高齢者ケア、配食)
1997年: NPO法人(移動サービス)
1997年: 認定保育園
1998年: リサイクルショップ(女性自立支援)
1999年: NPO法人(高齢者入居施設)
2000年: 高齢者家事・介護
2002年: 薬局
2003年: NPO法人(認可保育園)(学童保育)(障がい児デイサービス)(食事サービス)
〃 : NPO法人(外国籍の母親支援)
〃 : 社会福祉法人(軽度認知症のデイサービス)
〃 : NPO法人(小規模多機能)
2004年: 家事・介護サービス
2007年: 配食サービス
2010年: 保育園設立
事例の組織は単に地域の市民が労働者としての役割を担う
だけで維持、発展しているのではないことが明らかになった。
ワーカーは労働者としての役割に加えて、地域一般のために
研修
1%
ワーコレ連合会費
3%
他の福祉組織支援
25%
共済(パート支援等)
3%
会議手当
1%
賃金から拠出金を投じる資本家としての役割も自覚的に担っ
ているのではないか。福祉NPO が「福祉コミュニティ」の
主体として着目されているが、これまでの研究では労働と資
2.4. コミュニティ・キャピタルの地域循環とネットワークの
本を分けて考えていないために、市民(サービスの受け手)
拡大
がサービスの担い手となるところで議論が留まっている。
約 20 年、次々と地域に必要な福祉サービスを供給する福祉
組織がコミュニティ・キャピタルによって設立されてきて、
労働と資本を分けた場合のワーカーの役割
「ヒューマンサポートネットワーク厚木」として福祉のネッ
トワークを形成し、現在も増殖、発展し、ワーカーとして参
地域住民
(サービスの受け手)
加する市民が増え続けている。ヒューマンサポートネットワ
ーク厚木の加盟団体は 23 組織で、今回調査対象とした福祉サ
ービスに実際に関わる 17 団体に所属するワーカーだけでも
約 350 人にも及ぶ。ワーカーズコレクティブ a は賃金から毎
担い手
(供給主体)
労働者側に入る。
月、拠出したコミュニティ・キャピタルによって次のように
新たな福祉事業所の運営の為の支援を行ってきた。
地域資本家
(コミュニティ・キャピタル
の使途を決めて投資)
自覚的に三重の役割を担う
ワーカーズ・コレクティブ a のコミュニティ・キャピタルによる支援
1995 調理・配食のワーカーズ・コレクティブ設立のため寄付
三重性のモデルでは市民が二重の主体として捉えられてきた
1999 リフォームのワーカーズ・コレクティブへ貸付
ことから発展して、資本を蓄積して地域の為にどう使うかを
保育園の設立支援、地域政党の選挙事務所開き支援
2001 調理・配食のワーカーズ・コレクティブ設立支援
決定する役割を自覚的に担う。そうすることで自分や組織へ
貢献するだけでなく、長期的には地域一般の為に利益を投じ
家事介護のワーカーズ・コレクティブ設立支援
ていることを自覚するようになるのではないか。この三重性
地域福祉の研究のためにメンバーが欧州研修
のモデルの状態が地域で福祉サービスを生活主体である市民
が担うということが持続的に行われ、地域一般と関わりあっ
ーズを満たし、地域の為に自ら活動することである。3 レベ
て「福祉コミュニティ」が形成されていくことが考えられる。
ルのエンパワーメントはすべて連結していて、各レベルが高
め合う。本研究では Israel らの研究を参考にして、市民が組
2.5. まとめ
本章では事例の福祉ワーカーズ・コレクティブにはコミュ
ニティ・キャピタルの蓄積、運用を可能にする仕組みがあり、
織で市民、ワーカー、地域資本家という役割を担って福祉の
ネットワークが形成される過程において、各レベル間のエン
パワーメントの関係を見ていく。
生み出された組織によって福祉のネットワークが拡大してい
ることが明らかになった。コミュニティ・キャピタルを用い
3.2. 尺度構成の妥当性の検討
て育まれる市民と地域社会の新たな関係(三重性の役割)が
ワーカーの意識に関するアンケート調査
事例の福祉ワーカーズ・コレクティブの発展要因ではないか
標本数 :
289 名
ということがわかった。全員による意思決定を通してワーカ
抽出法 :
全数調査(ヒューマンサポートネットワーク厚木の 17 の加盟団
ーはコミュニティ・キャピタルの意義について理解を深める。
体のメンバーで福祉のサービスを提供しているワーカー。
しかし、ここではまだワーカーが地域一般のために関わるこ
調査方法:
郵送調査(各団体を経由した配布)
とを可能にする意識のメカニズムは明らかにはなっていない。
調査期間:
2005 年 10 月∼11 月、有効回答票:200 票
3章
を参考にして構成し、5 件法のリッカート・スケールにより
(69.2%)
エンパワーメントの測定尺度は Israel ら(1994)の測定項目
多層的エンパワーメント理論から見た主体的市民の条
件
測定した。測定項目が Israel らの研究と同じく3因子を潜在
3.1.市民の主体性を測る尺度としての多層的エンパワーメ
変数とすることを確認するために、主成分法、プロマックス
ント
回転によって主成分分析を行ったところ、Israel らの測定項
本章では「福祉コミュニティ」を形成する市民の主体性を
個人・組織・地域レベルのエンパワメント測定質問のパターン行列(a)
高める条件を多層的エンパワーメント理論を応用して明らか
にする。まず市民の主体性を測る尺度として多層的エンパワ
ーメントを検討し、アンケート調査のデータを用いて多層的
エンパワーメントの尺度を用いて分析する。Israel ら(1994)
のエンパワーメントを成した市民とは自らの意志で参加する
組織での経験を通して自分でも地域を改善していけると信じ
て行動する者であり、岡村、奥田の主体的な市民と類似する。
エンパワーメント理論は 1960∼1970 年代は歴史的に差別
されてきた特定のグループが法的権利を得ることを中心に発
成分
1
自分に福祉をよくしていける力がある
自分に自信を感じる
個人レベル福祉に参加していると感じる
自分の福祉の仕事に誇り
市民のニーズを発見できる
組織は意見を取り入れてくれる
職場で仲間と同じ目的に向かっている
組織は地域の福祉を改善していける
組織レベル
組織は目標・ゴールに効果的に進んでいる
組織の方針・活動は自分の生活に関わる政策を変える影響力あり
自分の考えが組織で反映される程度に満足
自分の地域は住民の助け合い・協力で福祉政策を改善していく力あり
自分の地域は福祉改善の為、人々が協力して政府に働きかける力あり
地域レベル
自分には地域の福祉への影響力あり
地域の福祉への自分の影響力に満足
因子抽出法: 主因子法 回転法: Kaiser の正規化を伴うプロマックス法
a.5 回の反復で回転が収束
達した。しかし 1980 年代に法的権利の獲得だけでは抑圧や
0.085
-0.128
0.008
0.024
-0.017
0.933
0.652
0.447
0.653
0.523
0.895
0.028
-0.091
0.035
0.106
2
0.754
0.749
0.802
0.803
0.639
-0.134
0.113
0.195
-0.013
0.130
-0.083
-0.067
-0.152
0.218
0.257
3
-0.048
0.104
-0.172
0.009
-0.003
-0.024
-0.139
0.094
0.048
0.121
-0.026
0.826
0.818
0.526
0.447
信頼性係数 Cronbachα=868, 850, 765
差別から生じる問題は依然として解決できないという現状に
目と同様に分かれた(第1成分:個人レベル、第2成分:組
対する問題認識の下、個人、組織、地域レベルを視野に入れ
織レベル、第3成分:地域レベル)。Cronbach のα係数を算
たエンパワーメントに発達した。3レベルでエンパワーメン
出したところ、いずれの因子においても信頼性係数α=.70
トを捉えていく概念は Israel ら(1994)の多層的エンパワー
以上を示し、分析可能な内的整合性を持つものと考える。
メント理論に収斂してきた。Israel らが多層的エンパワーメ
ントを概念化、実証したのには公衆衛生分野では市民の行動
3.3.
3層的エンパワーメント構造の検討
変容に対する介入が個人の生活態度が原因という前提に行わ
Israel モデルの共分散構造分析による検討、因子間の因果
れて失敗したことに拠る。そこで個人が組織、地域に関わる
性を仮定したモデルの検討を行った。3 レベルのエンパワー
ことによる意識、行動変容を考えた。多層的エンパワーメン
メント項目を得点化してZ得点を Pearson の相関係数で見る
トは公衆衛生における介入による個人の救済を念頭とした概
と、各レベルは互いに強く正の相関があり(相関係数は両側
念だが、ワーカーが組織での経験を通して意識、行動変容し
1%水準で有意)、多層的エンパワーメント理論を確認できた。
て主体性を高める条件が明らかになると考えて参考にした。
各レベルが相乗して全てのレベルでエンパワーメントが高ま
Israel らの個人エンパワーメントとは自分の行動が良い結
ることは理論的にも事例の相関分析でも確認できたが、各レ
果を生むと信じる自己効力感(Bandura, 1977)を持って行
ベル間にはどういう関係があるのだろうか。Israel らによる
動し、自分の生活に影響を与える事柄について統制できるこ
と組織における経験を通して地域や個人レベルのエンパワー
とである。エンパワーメントの状態にある組織では自らの意
志で活動するメンバーがリーダーシップを共有し、知識を身
につけ、共通の目標に向かい、地域への影響力を拡大する。
地域レベルのエンパワーメントとは、様々な組織が構成され、
多様な意見が尊重され、個人と組織が共同体として地域のニ
個人・組織・地域レベルのエンパワメントのPearson相関係数(5段階合計得点)
Z 得点(個人レベル)
Z 得点(組織レベル)
Z 得点(個人レベル)
―
0.472 **
Z 得点(組織レベル)
―
Z 得点(地域レベル)
** 相関係数は1%水準で有意(両側)
Z 得点(地域レベル)
0.450 **
0.463 **
―
メントが成される。事例では経験年数の浅いワーカーからは
しかし、本章の数量分析だけでは各レベルが連関していて、
個人では力不足だが組織は地域に影響を与えていること、一
組織での経験によるエンパワーメントが個人、地域レベルに
方、経験年数の長いワーカーからは組織及び個人も地域に影
影響するとしても、組織で地域のためにコミュニティ・キャ
響が与えられるという自覚を窺うことができた。そこで想定
ピタルを投じて活動する経験を通してワーカーがいかに意識
モデルは組織レベルを撹乱変数を持たない外生的潜在変数と
変容をして地域一般のために利益を投じ続けているのかとい
し、組織レベルが地域と個人レベルを規定し、更に個人レベ
う点については明らかにはならない。
ルが地域レベルを規定するものとした。
まず、確認的因子分析を行い、RMSEA が 0.09 を超したた
3.4. まとめ
め、モデルの改良を行ったところ、モデル適合度が大いに上
本章ではエンパワーメントを主体性として考え、Israel ら
昇して、RMSEA は 0.066 となり、モデル適合性の結果より
の多層的エンパワーメントを応用することによって、組織を
因子的妥当性は支持されているものと看做せる。分析結果は
媒介とした主体性を高めていく道筋を十分ではないが明確に
組織レベルのエンパワーメントは個人レベルに対して正の有
できたと考える。組織での経験を通して効力感が育まれてい
意なパスを示し、それと同程度に個人レベルが地域レベルに
くことから、ワーカーズ・コレクティブに参加することが市
正の有意なパスを示した。組織レベルは地域レベルに対して
民の効力感につながり、主体形成に有効であることが覗えた。
やや低い値の有意な正のパスを示した。
また、Israel らの理論では個人が地域の組織への参加を通し
4章
て組織、そして更には地域社会の改善に自分の活動が役に立
4.1. 普遍的意識と一般互恵性
一般互恵的連環の中に位置づけられる自己
つことを自覚し、自己効力感(Bandura,1977)が増し、全て
本章では自己の利益を地域一般のために投じるワーカーの
のレベルのエンパワーメントが相乗して高くなる。そう考え
普遍的意識へ到達する道筋について質的データを用いて見て
ると、対象組織の民主的な運営に加えてコミュニティ・キャ
いく。本研究で着目した一般互恵性は Putnam(1994)の
norms of generalized reciprocity に依拠する。Putnam
多層レベルのエンパワーメントに関するパス解析の結果
は自発的な協力によって集合行為のジレンマを乗り越えられ
(AMOS4.0 を使用)
ることができ、自発的な協力を生み出すのに重要であるもの
a01
a02
として一般互恵性に着目した。Putnam によると自分が相手
.78
.72
a03
.73
a04
.83
.50
a06
a09
a10
性に対し、一般互恵性ではいつか自分を含めた当事者全員、
.62
a05
a07
に投じた分が同じ相手から返ることを期待する特定的な互恵
個人レベル
広い社会の人々に返ってくることを期待する。多層的エンパ
.87
.65
.49
ワーメント理論(Israel ら,1994)を用いて組織での経験をキ
組織レベル
.63
ーとして3レベルのエンパワーメントが高まることは明らか
.61
.87
.24
にされてきて、本研究でも実証したが、個人が地域一般の為
a11
.54
a12
a14
a15
に自己の利益を投じる意識を説明することができない。しか
地域レベル
.77
. 82
し、一般互恵的連環の自覚の考え方を取り入れることによっ
χ2(62)=106.6、p=.00, GFI=.91, AGFI=.89, CFI=.95.
て、個人が地域一般のために自主的に関わる意識を説明する
RMSEA=.066, RMR=.048, BIC=329.23
ことができる。Putnam は見知らぬ他者と自己については述
Note1: N=167, いずれも標準化推定値であり、p<.01 で有意
べてはいないが、誰かから返ってくるという感覚は見知らぬ
Note2: 誤差変数は省略
他者と自己が繋なげて感覚できなければ生じない。ワーカー
ピタルを用いて地域福祉の為に活動する経験が長いワーカー
が自分や組織の取り組みを「パワレス」(Israel, et al.1994:
ほど総じてエンパワーメントが高くなる傾向があるのではな
149)と感じれば、コミュニティ・キャピタルが役立つと信じ
いか。そこで経験年数を変数として用いてエンパワーメント
ることが出来ず、見知らぬ市民と自分の繋がりは自覚できな
(Z得点)への影響を見るために重回帰分析を行った。どの
い。個人及び組織が地域福祉を発展させるという結果を予期
モデルでも経験年数は1%水準で有意な結果であった。
して自己の利益を投じることは Israel らが依拠した自己効力
の結果予期(Bandura, 1977)にも通じる。多層的エンパワ
エンパワーメントに影響する要因に関する重回帰分析の結果
ーメントと一般互恵性は別々に論じられたものだが、一般互
恵的連環の自覚はエンパワーメントに支えられ、地域レベル
要因
標準偏回帰係数
モデル1
モデル2
.224 **
.235 **
-.077
経験年数
年齢
世帯年収
.043
Adjusted R2
F値
6.937 **
1)標準偏回帰係数は全変数を投入したときの推定値
2)**1%水準で有意、*5%水準で有意
.042
3.867 *
モデル3
.248 **
-.081
-.640
.038
2.746 *
のエンパワーメントを成す過程において、個人は一般互恵的
連環の自覚を獲得する。
本章では質的調査によってワーカーの意識について分析し
た。データの出所はインタビュー記録、フィールドノーツ、
主に対象組織から提供を受けた資料である。分析には上記の
データをオープンなコーディングし、いかなるカテゴリーの
事例であるのかというトピックを抽出して、更にテーマを絞
するという段階には至ってはいないことが明らかになった。
っていく方法(J&L Lofland 1995:251-261,Emerson, et.al
1998:318−350,Suttles 2000:42-43,佐藤 2005)
を採った。調査方法のリスト:
1) 観察および参与観察(非公式なヒアリング・会話を含む)
調査期間:2005 年 7 月∼2009 年 11 月(追加調査∼2010 年 10 月)
2) リーダーへのヒアリング調査
4.4.
まとめ
ワーカーが一般互恵的連環の自覚をするには福祉ワーカー
ズ・コレクティブに参加するだけでなく、コミュニティ・キ
ャピタルを蓄積、運用する手法が必要である。組織での平等
な意思決定によってワーカーが自発的に自己の利益を投じる
調査対象:ヒューマンサポートネットワークを中心と
メカニズムを維持することが可能となる。しかし、全員によ
した参加型福祉に関わるリーダー、標本数:11 人
る意思決定の仕組みがあるからと言って、必ずしもコミュニ
調査方法:訪問面接調査
ティ・キャピタルが蓄積・運用されるわけではない。単にワー
調査時期:2005 年 7 月∼2008 年7月
カーズ・コレクティブのしくみを作るだけでは一般互恵的連
3) ノン・リーダーへのヒアリング調査
環の自覚を育むには不十分で、コミュニティ・キャピタルを
調査対象:ヒューマンサポートネットワークを中心と
蓄積・運用するしくみを作り出したことに意義がある。また、
したリーダーではないワーカー、
長期的な視野に立てば、コミュニティ・キャピタルを用いる
標本数:15 人(各約 2 時間の半構造的インタビュー)
経験を通して市民性を備えた市民が増加すれば、利用者とな
抽出法:リーダーが調査主旨を説明し、了承して
る時には一般互恵的連環の自覚を持つのではないか。
連絡先を著者に渡すことを了解したワーカー
調査期間:2005 年 7 月∼2006 年 7 月
5章
市民参加型調査による一般互恵的連環の自覚を高める
試み
4.2. ワーカーが一般互恵的連環を自覚するプロセス
5.1. リーダー達が懸念する理念継承問題
フィールドワークで明らかになったのは、最初、ワーカー
組織規模が大きくなるとワーカーを増員する必要があり、
は利用者に感謝されることにやりがいを感じるが、コミュニ
求人広告によってワーカーを確保することが増えた。また介
ティ・キャピタルの意義をよく理解していなく疑問も持つ。
護保険制度のスタートによって高齢者介護のワーカーは膨大
ここではまだ地域レベルのエンパワーメントには達していな
な書類作成に追われる。福祉業界の競争も厳しくなり、ワー
い。そして次にコミュニティ・キャピタルが地域のために役
カーが福祉サービスを事業として行うことに時間を取られ、
立つことを経験して、ポジティブに受け止める。この辺りか
労働条件が厳しくなった。経験の長いワーカーと新人ワーカ
らは一般互恵的連環の中に組織を位置づけるようになり、組
ーの間で理念について話す時間が当初より短くなってきたこ
織レベルのエンパワーメントが強まるのではないか。また、
とからリーダー達は理念継承を懸念するようになり、市民参
自己と地域一般を結びつける感覚を増して地域レベルのエン
加型調査が行われた。使用したデータはインタビュー記録、
パワーメントにも移行してくることもあることが窺えた。更
フィールドノーツ、調査チームの資料である。
に長く経験を積むと、コミュニティ・キャピタルで生み出し
た組織、そして自己と地域一般を繋がるものとして自覚する。
調査方法:プロジェクトチームの全ミーティングの参与観察
更に福祉組織のネットワークによる「福祉コミュニティ」の
参加型調査への同行による参与観察
イメージを持ち、福祉の活動を拠点として地域社会全体をも
リーダー、参加者へのインフォーマルなヒアリング
改善していけるという自覚を持つワーカーも出てくる。
調査期間:2006 年 8 月∼2007 年 3 月
4.3 福祉サービス利用者の一般互恵的連環の自覚
5.2. 市民参加型調査の概要
「福祉コミュニティ」の構成員には生活に困難を持つ対象
調査を企画したリーダー達は一般互恵性ということは述べ
者が中心に位置づけられる。では事例において消費者である
てはいないが、話したことのない市民が対面調査を通して他
利用者には一般互恵的連環の自覚が育まれているのだろうか。
者のニーズを知り、地域福祉の問題点を共有することは、コ
利用者には「何故、この事業所を選んだのか」という点を自
ミュニティ・キャピタルとは異なる方法で一般互恵的連環の
然な会話の中から抽出した。
自覚を芽生えさせようとしたと考える。調査者として参加し
たのは合計 429 人(ワーカー、地域の介護事業所、ワーカー
利用者へのヒアリング調査:
以外の市民)で、1324 人(サービス利用者、介護事業所、市
調査対象:ヒューマンサポートネットワークの福祉サービ
民)が対面調査に応じた。質問票は「高齢者ケア」「子育て」
ス利用者(主に高齢者家事介護)
、標本数:9 人(各約 2 時間)
「障がい児ケア」
「配食サービス」の 4 テーマで作られ、調査
抽出法:インタビューを了承した利用者の自宅に訪問
で最も力を入れたのは「調査者」を増やすことであった。
調査期間:2006 年 10 月∼2006 年 12 月
調査からは、利用者はサービス事業所がコミュニティ・キャ
ピタルによって出来たこと及び理念を理由にサービスを選択
5.3. 市民参加型調査の効果
調査には経営改善の効果とネットワーキングの効果が見ら
れた。まず、調査トレーニングを受けていない市民による対
に関わるにはコミュニティ・キャピタルを蓄積・運用してい
面調査でも市民の福祉ニーズを明らかにし、経営改善へ活用
くしくみが有効である。
することができた。また調査結果としてのデータには現れな
福祉国家が強まり、保障制度が高まるほど市民は福祉サー
いが、市民同士のネットワーキングの効果が見られた。調査
ビスを享受するだけの消費者となり、相互扶助が失われて地
者として参加したワーカーは対象者と会話をする機会を持ち、
域社会が崩壊していく。本研究ではそうした問題を解決する
生活やニーズを理解できたと感じていた。また調査者の動員
うえで、岡村「福祉コミュニティ」を形成することが有効と
自体が福祉 NPO や地域活動をするキーパーソンと関わって
考えた。本研究では福祉ワーカーズ・コレクティブによるコ
市民と問題共有する機会を生み出すことがわかった。
ミュニティ・キャピタルを用いて「福祉コミュニティ」を形
成することが可能であり、有効な手法であることを実証でき
5.4. まとめ
市民が調査者となった対面調査においても、地域福祉の問
たと考える。勿論、事例の手法が「福祉コミュニティ」形成
の唯一の道ではなく、残された課題も多い。
題点を明らかにし、経営改善に役立つデータをある程度、抽
出することに成功した。またデータには現れないが、共通の
6.2. 本研究に残された課題
問題関心を持つ市民のネットワーキングの効果が現れている
「福祉コミュニティ」が形成される過程を継続的に見てい
ことがわかった。但し、市民参加型調査の効果からだけでは、
き、どの程度の規模までワーカーが一般互恵的連環の自覚を
市民が調査を通して一般互恵的連環の自覚を持つかというこ
獲得、維持することが可能であるのかについて調査していき
とは明らかにはならなかった。地域一般に対する意識の低い
たい。組織の発展が組織に属さない市民に与える影響につい
ワーカーも経験を通して一般互恵的連環の自覚を育むことか
ても見ていきたい。また、本研究ではコミュニティ・キャピ
ら、理念継承問題は各ワーカーズ・コレクティブを少人数に
タルを用いた事例のみを扱ったため、コミュニティ・キャピ
保つことによって乗り越えていけると考える。
タルを用いらずに新たな福祉組織を市民によって作り出して
いる事例があれば、比較が必要である。更に本研究ではワー
6章
結論と今後の課題
カーズ・コレクティブによってコミュニティ・キャピタルが
6.1. 結論:一般互恵的連環の自覚とエンパワーメントの連関
形成されなければ、市民の主体性、普遍性が育まれることは
から捉えた岡村の「福祉コミュニティ」を形成する市民
なく、
「福祉コミュニティ」形成には繋がらないという決定的
「福祉コミュニティ」は単独で実現するのではなく、基盤と
なデータは得られていないので、ワーカーズ・コレクティブ
して自然発生的な相互扶助とソーシャル・インクルージョン
の形態以外でコミュニティ・キャピタルによって福祉サービ
を可能にする「地域コミュニティ」が必要である。
「福祉コミ
スを供給する組織があれば、比較検討する必要がある。
ュニティ」に関わった市民が福祉に特化した組織での経験を
通して専門性を持ちつつ、主体性、普遍性を身につけ、そう
参考文献(一部):
した組織が発展して関わる市民が増加することによって地域
安立清史,1998,『市民福祉の社会学―高齢化・福祉改革・NPO』ハーベスト社.
社会は「地域コミュニティ」に近づくというのが岡村のシナ
安立清史,2009,「福祉 NPO とソーシャルキャピタル、コミュニティ形成」
『日
リオである。
「福祉コミュニティ」を起点に形成される「地域
コミュニティ」が基盤となり「福祉コミュニティ」が更に発
展していく。本研究では主体性、普遍性を備えた市民をいか
本都市社会学会年報』26:39-51.
Bandura, A., 1977, “Self-efficacy: Toward a Unifying Theory of Behavioral
Change,” Psychological Review, 84(2):191-215.
に育むことが出来るのかを明らかにすることに「福祉コミュ
今田高俊, 2001, 『意味の文明学序説―その先の近代』東京大学出版会.
ニティ」形成の手がかりがあると考え、事例の分析を試みた。
今田高俊, 2004, 「心の豊かさを問う時代に生きる」
『月刊福祉』2004 March:
「福祉コミュニティ」を形成する主体性と普遍性を持つ市
民の心理的な条件を考えると、主体性についてはエンパワー
12-15.
Israel, Barbara A., Barry Checkoway, Amy Schulz, & Marc Zimmerman,
メント(Israel ら, 1994)を成し、普遍性については一般互
1994, “Health Education and Community Empowerment:
恵的連環(Putnam, 1993)の自覚を獲得できることが重要と
Conceptualizing and Measuring Perceptions of Individual,
なる。一般互恵的連環の自覚がないと地域一般の為になるこ
Organizational, & Community Control,” Health Education Quarterly,
とに主体的に関わらない。効力感を持たないと一般互恵的連
21(2): 149-170.
環の自覚は生まれない。つまり、エンパワーメントに一般互
恵的連環の自覚は支えられている。
全員が決定権を持ち、地域貢献する理念で活動するワーカ
ーズ・コレクティブの経営労働形態のみによってもワーカー
がエンパワーメントを成すことは可能かもしれない。決定参
加を通してワーカーがコミュニティ・キャピタルの意義につ
いて理解を深めて、自発的に蓄積、運用していくことに繋が
る。しかし一般互恵的連環の自覚を獲得して地域一般のため
Lofland, J & L, 1995, Analyzing Social Setting, Wadworth, International
Thomson Publishing, Inc.
岡村重夫, 1974, 『地域福祉論』光生館.
奥田道大, 1973, 「市民運動と市民参加」
『岩波講座
現代都市政策 II 市民参
加』岩波書店:83-110.
Putnam, Robert D., 1993, Making Democracy Work: Civic Traditions in
Modern Italy, Princeton, NJ: Princeton Universities Press.
佐藤郁哉, 2005, 『フィールドワークの技法』新曜社.
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