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夏の庭
最優秀賞 ෂߔ౺Ɉင ڤൿāఉ ીᆏၹ݊ෂߔ৫!3༃ā 夏の庭 今年も夏が来た。草木の出す心地良い熱気の中、私は庭の縁側に座り、足元を這うトカゲや蟻などの「生」に視 線を落とし、一生懸命な愛くるしい姿に思わず笑みが出る。しかしその反面、今だに曾祖父の「死」と向き合うことが できずに、 またこの季節を迎えた私がいる。もう、 あの笑顔に会うことはできないのだという現実をつきつけられているようで、 言葉では言い表せないほどの寂しさにかられる。そして、「死」というものが曖昧な中で、底無しの沼にでもはまってし まうような恐怖だけが先走りしている。死んでしまったら、どこへ行ってしまうのだろう。今持つこの感情も、ぷっつりと切 れてしまうのだろうか。遠くから聞こえる蝉の声、見ている夕焼けの風景、妹が私を呼ぶ声…。いつか、この全てをな つかしく思い、死を迎える瞬間が、私にも来るのだろうか。 死のせまった人の最期をこの目で見ようと、三人の少年は塀にはりつき、一人の老人を観察し始める。十二歳とはいえ、 なんと残酷な事を考えるのだろうと、内心あきれてしまった。 生きる気力と意味を失いかけていたおじいさん。そんなおじいさんの寂しさを表すかのような荒れほうだいの夏の庭。 ところが、木山、河辺、山下の三人に見張られている事に気がつくと、それが刺激となり、死ぬどころか日に日に元気になっ ていく。家をとり囲んでいたゴミを捨て、コタツも片づけた。テレビも消して自炊も始め、生きる喜びを取り戻す。 そして、少年達もまた、当初の目的も忘れ、ロープの結び方、ペンキの塗り方など、おじいさんから多くの事を学び 成長していく。その姿には、息がつまりそうな現実から逃げ出す事ばかり考えていた頃の暗雲は、すっかり消えていた。 「観 察」から、いつしか年齢を越えた「友情」いや、それ以上の「家族の絆」のような関係を築いていった。 庭にコスモスの種をまいた。ホースの角度によって姿を表した太陽の七つの光。光はもともとあったはずなのに、その 姿は隠れている。この虹から、私にはまだ見えていない大切なものが、この世界にはたくさん隠れているのではないかと 感じさせられた。そして、 その大切な何かをしっかりとこの目で見つけていかなければと思うと、ページをめくる手に力が入っ た。ふと、あきれていた私がいつの間にか、三人の少年と一緒に夏の庭に迷いこんでいたことに気がついた。 一玉のすいかを笑顔で食べる皆の横で、真っ白い洗濯物が心地良い風を送り、コスモス達は空を見上げ、光を呼ぶ。 こうして、暖かい優しい色に染まった新しい夏の庭へと生まれ変わっていったのである。同時に、あの手製の大花火は、 おじいさんが昔の自分と向き合う力を得て、「生」に誇りを持てた瞬間だったのかもしれない。 私には、おじいさんや池田種店のおばあさんほどの思い出はまだ無いが、未来へ向かって大きな夢を持ち、たくさん の人と触れ合う中で、人生を楽しみながら「歳をとるのも楽しいことかもしれない」といえるような思い出を増やしていきた いと思う。それも一つの生きている意味だと思うから。そして、たとえその持ち主が消えてしまっても、思い出は永遠に 生き続けるのだと知った今、私が夏の庭の外に出られなかった理由をやっと見つけることができたような気がする。 別れの時を迎える。一緒に食べようと用意した四房のぶどうをかたわらに、おじいさんは息を引きとる。彼らを思い、 その顔はきっと笑っていたに違いない。望んでいたものとは異なるが、彼らは確かに「死」を知った。火葬場の煙突か ら出た煙が空に溶けるように消えていくのを、彼らは目をそらざず見届けた。そして、骨壺のふたが閉められ、彼らの夏 休みは終わった。 それでも世の中は何事も無かったかのように明日へと向かい続ける。困難にぶつかっても「おじいさんだったら…。」 と問いかければ、良い解決方法が見つかり、自信と勇気を与えてくれるだろう。私と曾祖父も、今いる居場所は違って しまったけれど、お互いを思う気持ちは生き続けている。それだ。その思い出が、いつも私を手助けしてくれていたこと に気がつき、うれしくて涙があふれ出た。人の数だけ命があり、思い出がある。だから、私も精一杯「生」を感じてい きたいと思う。 少年達は、おじいさんと共に未来に向かって走り出した。夏の庭は、今日も、いいえ、いつもここにある。私も靴ひも を結び直し、思い出をしっかりと握りしめ、新しい夏の庭へと笑顔で出発しよう。 2