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第58回 美しきミニアチュールの世界 ~絵画とともに聴く古楽

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第58回 美しきミニアチュールの世界 ~絵画とともに聴く古楽
~絵画とともに聴く古楽
須田 純一 (銀座本店)
第58回 美しきミニアチュールの世界
「愛にとらわれて
∼フランドルのミニアチュール」
マルニクス・デ・カト
(カウンターテナー&指揮)
カピッラ・フラメンカ
■CD:MEW1157 輸入盤 \2,625(税込)
〈MUSIQUE EN WALLONIE〉
ランブール兄弟「ベリー公のいとも豪華なる時禱書」より
「人の十二ヶ月と天の十二宮」 シャンティ、コンデ美術館蔵
ミニアチュールという芸術をご存知でしょう
と天の星座を関連付けている、占星術的な図像
的な理念の下で製作されていたので、
こうした共
か。日本語訳は細密画、写本や手稿本の挿絵を
で、
この時禱書の持つ広大な宇宙観を暗示する
通点が生み出されたのでしょう。
指すものです。特にヨーロッパの中世から初期ル
ものとなっています。鮮やかな青が目を引く画
ミニアチュールとブルゴーニュ楽派のこうした
ネサンスにおいて目覚ましい発展を遂げ、その
面、緻密に配置され描かれた黄道十二宮の星座
共通点を知る上で格好のディスクがあります。中
非常に繊細な装飾性や手の込んだ描写、鮮やか
たち、数学的に計算された画面構成、凝った装飾
世・ルネサンスのフランドル楽派のスペシャリス
な色彩には目を見張るものがあります。そうした
がなされた飾り文字、などなど。そのこだわりよう
ト集団、
カピッラ・フラメンカによる
「愛にとらわれ
中世・ルネサンスのミニアチュールの代表格とし
は尋常ではありません。手間も時間もお金もふん
て」は、ベルギーで開催されたミニアチュールの
て知られるのが、
ランブール兄弟による「ベリー
だんにかけたことがこの一つの画面からさえ理
展覧会のサウンド・トラックとして製作されたもの
公のいとも豪華なる時禱書」
です。現代において
解できます。なんといってもこうした画面がこの
なのです。
ブックレットにはベルギー王立図書館
も世界各国に多くのファンを持つこの作品、日本
時禱書には200葉以上もあるのですから、信じが
所蔵の写本のミニアチュールがカラーでふんだ
でも大型本が発売されるなど、その名の通り
「い
たいほど豪華なものです。残念ながらこの紙面上
んに掲載されています。
とも豪華なる」内容に魅了されている方も多いよ
では鮮やかな色彩がご覧いただけませんので、 このディスクには、自作のミサ曲の基になった
うです。
この作品からミニアチュールの美しい世
ぜひとも書籍や図録、インターネットなどでカ
ことも知られるデュファイの「私の顔が蒼ざめて
界を覗いてみましょう。
ラー画像をご覧ください。
いるのは(Se la face ay pale)
」やオケゲムのミサ
まず「時禱書」
とはなんでしょうか。
これは司祭
さて、
ミニアチュールは中世やルネサンスの楽
曲の基になったバンショワの「次第次第に(De
や修道士が普段の祈りの際に使用する
「祈祷書」 譜にも描かれていました。音楽と密接な関係が
plus en plus)
」など、
ブルゴーニュ楽派のシャン
や「聖務日課書」に対して、世俗のキリスト教徒が
あったのです。そういえば凝った飾り文字もどこ
ソンの中でも代表的な名作の他、当時のシャン
個人での礼拝の際、使用する書物のことです。内
か音楽的です。そして音楽におけるミニアチュー
ソンや俗謡が収録されています。
またミサの一部
容はかなりまちまちのようですが、基本的には聖
ルと呼ぶべきものも存在します。
それが初期ルネ
など宗教曲も併録されていますが、そのミサ曲
職者用の簡略版といったもので、祈祷文や詩篇
サンスのブルゴーニュ楽派のシャンソンです。
「ロム・アルメ」は前述の俗謡が基となっています
などの聖書の言葉とその内容を表す挿絵で構成
ヴァロワ朝の3代目フィリップ3世は善良公
し、モテット
「アヴェ・レジナ・チェロールムⅢ」は
されています。中世以降、世俗の王侯貴族の間で (Philipp le bon)
とも呼ばれるブルゴーニュ公国
デュファイが自分自身の死の床で歌ってもらうよ
大流行し、その中には書物の装飾に異常なまで
の領主で、金羊毛騎士団を結成し、騎士道文化
うに想定して作曲したもの、
「Lamento」
(ラメン
にこだわりを見せる人々もいました。
ある意味、
ど
の最盛期を作り上げました。多くの芸術家を宮廷
ト)はコンスタンチノープル陥落への嘆きの歌、
と
のくらいすばらしい時禱書を持っているかは社
に招き、絵画や音楽などの文化は当時のヨー
15世紀の当時の人々の感情や営み、社会を感じ
会的なステータス・シンボルにもなっていたので
ロッパの最高水準だったようです。
ファン・エイク
させる内容となっています。
はないかと思えるほどです。そうした豪奢な時禱
兄弟をはじめとする優れた画家、そしてギョー
それらは、恋の喜びや苦しみを歌った曲シャン
書の代表格が「ベリー公のいとも豪華なる時禱
ム・デュファイ、ジル・バンショワという当代随一
ソンに近い人間的な宗教音楽となっています。
書」なのです。
の音楽家たちがその宮廷には集っていました。 宗教的要素と世俗的要素の融合をこうした選曲
14世紀中盤から16世紀初頭にかけてフラン
彼らは、独自の発展を遂げていたイギリスの音
からも感じることが出来るのです。実力派揃いの
スのベリーを領土とする侯爵だったジャン1世
楽を取り入れ、当時のヨーロッパ本土の音楽と
カピッラ・フラメンカのメンバーは、繊細な装飾を
は、百年戦争中のフランス国内の対立を収める
融合し、独自の作曲技法や優美な旋律を生み出
施されたミニアチュールのような音楽を、
これま
ことに尽力するなど、政治的な活躍も見せたよう
しました。彼らは後にブルゴーニュ楽派と呼ば
た繊細に歌い、奏でています。特にカウンターテ
ですが、主に文化や芸術家の庇護者として知ら
れ、後世の音楽史に絶大な影響を与えました。
ナーのデ・カトの歌唱は、
まさにこうしたシャンソ
れています。そうした側面からジャンが豪奢な時
デュファイやバンショワといったブルゴーニュ
ンを歌うための声と言っても過言ではありませ
禱書にこだわったのも当然のようです。そのジャ
楽派の音楽家たちが作った繊細優美なシャンソ
ん。
ンが時禱書を製作させたのが、
ランブール兄弟
ンは、
ミニアチュールの美しさとの共通性を有し
ルネサンスやそれ以前の音楽は、キリスト教の
でした。稀代のミニアチュール画家としてすでに
ています。
また彼らの音楽は宗教的な作品に、世
音楽が中心であるということから、感情表現が希
ベリー公の下で、豪華な時禱書を作り上げてい
俗音楽の要素を多く取り入れています。例えば、 薄のように語られがちですが、あるルネサンス音
たランブール兄弟が、ベリー公のさらなる命を受
当時の流行曲「ロム・アルメ
(武装する人)
」
という
楽演奏の大家が語った「ロマン主義的な要素は
け、
よりいっそう力を注いで製作したこの時禱書
曲を基にして、多くのミサ曲が書きあげられてい
中世以前の音楽にも存在する」
というような言葉
は、数ある時禱書の中でも群を抜いた豪華さを
たのでした。キリスト教的な文化と世俗、また異
の通り、中世やルネサンスの音楽にも人間の感
誇っています。
その一部だけでもご覧いただけれ
教の文化を融合するというこの行為は、時禱書
情は表出されているのです。すばらしいミニア
ば、
「世界一価値のある書物」
とされる理由も納
においてもなされています。普段の礼拝で用いら
チュールの数々やブルゴーニュ楽派の音楽は約
得できると思います。
れる時禱書ですが、その中のミニアチュールに
600年の時を超えて、15世紀の人々の感情を伝
今回はその中からの一つを掲載しています
は人々の日々の営みや自然の描写、そしてギリ
えてくれています。その美しき世界をぜひご体験
が、
ここには黄道十二宮とともに前と後ろを向い
シャ・ローマの文化の影響が見られます。おそら
下さい。
た人物像が描かれています。人間の男女一組と
くミニアチュールもブルゴーニュ楽派の音楽もキ
黄道十二宮の星座を描き、人の営み、運命、性格
リスト教と他文化の融合という極めてルネサンス
※輸入盤は価格が変動する場合がございます。
ご了承下さい。
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