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宍道湖・中海水系の藻類 - 島根大学 汽水域研究センター
汽水域の科学 2007年度前期 宍道湖・中海水系の藻類 -特にアオコと赤潮について- 島根大学教育学部 大谷修司 島根大学教育学部自然環境教育専攻 専門:微細藻類の分類学,生態学 主な研究テーマ 1.宍道湖・中海水系の植物プランクトンの分類とモ ニタリング 2.南極昭和基地の土壌藻類の分類とモニタリング 南極へ3回(越冬隊1回、夏隊2回) 宍道湖・中海に流入 する主な河川 山陰中央新報 2005年3月26日より引用 宍道湖・中海の特徴 ・宍道湖は海水の約5-20%の塩分を,中海は20-70% の塩分を含む汽水湖である。旱魃時にはさらに塩分 は上昇する。 ・水深が浅い閉鎖的な湖。周囲の河川からの窒素、リ ンなどの栄養塩の流入する富栄養湖で高い生産力を もつ。 水産資源:ヤマトシジミや魚類(ワカサギ、シラウオ他) 冬には数万羽の水鳥が飛来。 ・富栄養湖だけに宍道湖と中海はそれぞれ,アオコや 赤潮が発生しやすい. 出水管 入水管 宍道湖産ヤマトシジミ。入水管から湖水を吸い 込み、食物を濾過して出水管から放出する。 ヤマトシジミの水槽水の濾過実験 午前9時50分,宍道湖産 ヤマトシジミ(30個体)を 藻が発生した水槽に投入 午後2時50分(5時間後),水 槽の透明度が高くなっている。 ヤマトシジミが浮遊物を濾過しているため,水槽の透明 度が高くなった。すべて藻を消化したのであろうか? 藍藻 Aphanocapsa delicatissima 細胞の径は1μm 珪藻 Cyclotella 属の一 種。細胞の径は4μm 3 1 藍藻 Coelosphaerium kuetzingianum 細胞の径は2.5μm 珪藻。 底に住む種類。 二枚の葉緑体が見える 4 緑藻Chlamydomonas属 の一種。 2 5 斐伊川河口で採集したシジミの糞中に見られた藻類。 未消化の生きている細胞がたくさん観察された。 豊富な植物プランクトン(死骸を含む) ヤマトシジミ 水鳥キンクロハジロなど の捕食 シジミ漁による取り出し 糞は,ゴカイなど底生生物へ 富栄養湖である宍道湖の高い生産力と 食物連鎖 背景は数千羽の水鳥の群れ 海水の塩分は約35‰ 15 km 海水の1/2 宍道湖・中海における塩分(表層水)の変化. 大橋川を境にして塩分は急激に変化する. 宍道湖中海の藻類研究会(1996)図1を改変 宍道湖に流入する淡水 の80%は斐伊川から。 宍道湖の表層の塩化 物イオン濃度と斐伊川 の流量には高い相関 がある。 菅井隆吉(1988)より引用 島根大学汽水域研究センター(1993)より引用 海水が約50 mS/cm, 塩化物イオン濃度19000 mg/l,塩分35‰ 50 45 電気伝導度(mS/cm) 40 宍道湖湖心 中海湖心 35 30 25 20 15 10 5 0 4 6 8 10 12 2 4 6 8 10 12 2 4 6 8 10 12 2 4 6 1996 1997 1998 8 10 12 2 4 6 8 10 12 2 4 6 1999 2000 8 10 12 2 4 6 8 10 12 2001 2002 宍道湖湖心及び中海湖心表層水の電気伝導度の 経年変化 (1996年~2002年) 島根県保健環境科学研究所提供データによる 宍道湖・中海 水温,照度,栄養塩などの物理化学的環境要因の 中で,塩分は生物の分布に大きな影響を与えている。 宍道湖:淡水~汽水産の生物 ヤマトシジミ,ホソアヤギヌ(汽水性の紅藻) 中 海:汽水~海産の生物 アサリ,ウミトラノオ(褐藻),オゴノリ(紅藻) 1 cm 宍道湖の優占種,紅藻ホソアヤギヌ。中海には生育しない。 宍道湖・中海水系における海藻類の水平分布 富栄養湖の水の色は優占する植物プランクトンの 光合成色素の色 藍藻 クロロフィルa+フィコビリン 緑色 緑藻 クロロフィルa,b 緑色 珪藻 クロロフィルa,c+カロチノイド 褐色 渦鞭毛藻 クロロフィルa,c+カロチノイド 褐色 海藻類と同様に,陸上植物と比べ多様な 生物群を観察することが出きる。 藍藻Synechocysits 緑藻Quadricoccus 10μm 10μm 珪藻Cyclotella 緑藻Monoraphidium 10μm 10μm 湖水を濾過した付着物を顕微鏡観察すると植物プランクトンが存在。 水の華(water bloom)とは 湖沼で浮遊性の藻類が著しく増加して水が色づい て見える現象 アオコ(青粉)とは 湖沼で藻類が大発生する現象のひとつで、特に水 面に集積し、水の色が濃い緑色を呈する場合をいう。 原因生物:シアノバクテリア(藍色細菌)が主 渡辺真利代他編(1994)及び微生物学辞典による 調査船の航跡に集積した アオコ.水面に浮遊し, ボトルに採取したアオコ 宍道湖に発生した藍藻ミクロキスチス(Microcystis)属 によるアオコ(1998年10月1日) 宍道湖のアオコの優占種 藍色細菌(Cyanobacteria)に属す種が優占。 原核生物。酸素発生型光合成を行う。 ミトコンドリア、葉緑体など細胞小器官をもたない。 ガス胞(gas vesicles)を有し浮遊。水面表面に集積する。 宍道湖ではMicrocystis属の種類が優占する。悪臭を放つ。 中海では希。 有毒の種類がある。 肝臓毒(ミクロシスチン)が知られている。オーストラリア,ヨー ロッパ,アメリカ(日本では家畜の被害は知られていない) 宍道湖では飲料水にしていない。 (ミクロシスチンの除去方法あり) 漁業被害も知られていない。 細胞内の黒い点がガ ス胞 直径約5μmの細胞が多数集合 しコロニーを形成する. 宍道湖産のアオコ,ミクロキ スチス属の一種 浮き袋にあたるガス胞を細胞内に多 数有すため,浮遊することができる. 伊達善夫(1988)より 伊達善夫(1988)より 宍道湖の塩分が低い年にアオコは発生しやすい 電気伝導度 4mS/cm 1975年 1980年 電気伝導度 4mS/cm 1981年 1986年 宍道湖湖心の上層における塩素濃度の推移 ○:アオコ発生年 伊達(1988)より引用 50.0 40.0 30.0 8mS/cm 20.0 4mS/cm 10.0 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 宍道湖におけるMicrocystis 属によるアオコの発生状況と湖心表層 の電気伝導度の経年変化。矢印はアオコの発生を示す。 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 0.0 4 電 気 伝 導 度 (mS/cm) E..C.(S3) 2003 10 宍道湖湖心上層 COD D-COD mg/l 8 6 4 2 0 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 宍道湖湖心上層のCOD, D-CODの経年変化 環境省 水環境部(2005)より引用 年 渡辺真利代(1998) 宍道湖のアオコ発生状況のまとめ ・優占種は藍色細菌のMicrocystis属の種類。 原核生物,酸素発生型光合成,有毒種も知られている。 ・表層の電気伝導度が、4 mS/cm を(塩化物イオン濃度 1000mg/l)を下回ると、発生する傾向があるが、1998年と 1999年はそえを超えて発生し、1999年は6.5-8 mS/cmで発 生した。 光合成細菌と藍色細菌の光合成の比較 光合成細菌(バクテリオクロロフィル) 光エネルギー 6CO2 + 12H2S C6H12O6 + 6H2O + 12S 藍色細菌 (クロロフィル,フィコビリン) 光エネルギー 6CO2 + 12H2O C6H12O6 + 6H2O + 6O2 光合成細菌は酸素を発生しないが,藍色細菌は酸素 を発生する。生き方は真核の緑藻や褐藻と同じ。 赤潮(red tide)とは 海洋微生物が大発生し、水の色を変色させる現象。 水産生物への被害の有無、色は問わない 原因生物:植物プランクトン、細菌類、せん毛虫など 夜光虫:桃赤色 渦鞭毛藻:褐色 細胞数:数百μmで数100 cell/ml, 20 μm以下で数 1000 cells/ml 岡市編(1997)赤潮の科学第二版 光合成色素 鞭毛 鞭毛 Prorocentrum minimum の栄養細胞。中海産 培養株(NN-1) 2本の鞭毛を有し、遊泳する. 細胞の長さは約20 μm 江原亮氏撮影 濃い赤潮の場合,30cm径の白色円盤が 水深数10cmでほとんど見えなくなる. 赤潮をバケツに採水す ると褐色に色づいている 中海に発生したプロロケントルム・ミニマムの赤潮 渦鞭毛藻類 (Dinoflagellate) 1.光合成を行う 2.鞭毛を有し遊泳する 植物か動物か? 植物学:鞭毛藻類 動物学:植物性鞭毛虫類 Prorocentrum minimum 水中にはミドリムシ,ボルボックスなど運動性を有し、 光合成をする生物が多数いる。動物と植物の中間的 な生物であり,人為的な分類にあわない生物。 600 450 300 150 1974 1976 1978 1980 1982 1984 1986 1988 1990 1 5 9 1 5 9 1 5 9 1 5 9 1 5 9 1 5 9 1 5 9 1 5 9 1 5 9 1 5 9 0 1 細胞密度(x10E+5 cells/l 750 1992 中海湖心におけるProrocentrum minimum の細胞数 密度の経年変化(1974年1月-1994年3月) 伊達他、島根県保健環境科学研究所データによる 矢印は湖心または他の地点で5月の大発生後6月に激減した時を示す。 750 600 450 300 150 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 4 12 8 0 4 細胞密度(x10E+5 cells/l) Pr(N6) 2003 中 海 湖 心 ( N6 ) に お け る Prorocentrum minimum の 細 胞 数 密 度 (1994年4月~2003年3月) 島根県保健環境科学研究所データによる 50.0 PM(S3) E..C.(S3) 細胞密度(x10E+5 cells/l 200 40.0 Mesodinium rubrum 150 の赤潮発生 30.0 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 11 6 1 8 3 10 5 12 7 2 9 4 11 6 1 8 3 10 5 0.0 12 0 7 10.0 2 50 9 20.0 4 100 2003 宍道湖湖心(S3)におけるP. minimum(●)とM. rubrum による赤潮の発生と湖心の表層塩分の経年変化 島根県保健環境科学研究所データによる 電気伝導度(mS/cm) 250 共生藻類 10μm 10μm 宍道湖に発生したアカシオウズムシ( Mesodinium rubrum) 湖心の西方(2002年12月2日、14.8 mScm, 9.6℃) m g/ l 20 18 16 14 12 10 8 6 4 2 0 中海湖心上層 COD D-COD 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 中海湖心上層のCOD, D-CODの経年変化 環境省 水環境部(2005)より引用 2002 年 赤潮発生状況のまとめ 中海 ・P.minimumによる赤潮は1974年から2000年にかけてほぼ毎 年発生。1990年代に最も細胞密度が高かったが、ここ数年は 小康状態 宍道湖 ・P.minimumによる赤潮は、塩分が10 mS/cmを超えたときに 発生しやすい。 -全体のまとめ・宍道湖では,過去30年間,塩分が低下するとアオコが 発生する。(藍色細菌が優占) ・中海では毎年中海ではプロロケントルム・ミニマムによ る赤潮が発生している。 ・水中の有機物量をあらわすCODは横ばいか,微増の 状況である. 水質が改善しない限り,中海では赤潮,宍道湖では アオコが発生する状況が続くことが予測される. 藍色細菌のDNA,クロ ロフィル,フィコビリン 核 2重膜 核 細胞小器官化 真核生物 真核生物による藍色 細菌の捕食 葉緑体DNA,クロロ フィル,フィコビリン 紅藻類が藍色細菌を 葉緑体として利用 原核生物を一次共生により葉緑体として獲得 2次共生による葉緑体の獲得 筑波大学生物科学系植物系統・分類学研究室、藻類画像ホームページより引用 Mesodinium rubrumの細胞の模式図 筑波大学生物科学系植物系統・分類学研究室、藻類画像ホームページより引用 アカシオウズムシ( Mesodinium rubrum) 桃赤色の赤潮を形成する 原生動物で、クリプト藻類を共生させている。 クリプト藻類 真核の紅藻を葉緑体として取り込んだ生物 真核生物1+藍色細菌 = 紅藻類 真核生物2+紅藻類 = クリプト藻類 1次共生 2次共生 原生動物 + クリプト藻類 = アカシオウズムシ 引用文献 ・環境省 水環境部(2005): ④ 宍道湖・中海 編. 平成16年度湖沼水質保全対策・総合レビュー 検討調査報 告 書 pp. 9-149.次のURLよりダウンロード可能 http://www-cger2.nies.go.jp/gems/kasumi/report.html ・岡市友利編(1997): 赤潮の科学(第二版).恒星社厚生閣,東京,337 pp. ・山陰中央新報新聞 2005年3月26日 ・島根大学汽水域研究センター(1993): 中海・宍道湖とその流域-豊かな自然と文化を未来に 生かす-.松江, 高浜印刷, 185 pp. ・宍道湖・中海の藻類研究会(1996): 宍道湖・中海水系の藻類. 高浜印刷,松江,129 pp. ・菅井隆吉 (1988): 汽水湖「宍道湖」におけるアオコの発生状況について. -宍道湖,そして水に 思う-. 水30(4), 61-65. ・伊達善夫 (1988): 宍道湖・中海とアオコ. たたら書房, 米子, 49 pp. ・筑波大学生物科学系植物系統・分類学研究室、藻類画像ホームページ http://www.biol.tsukuba.ac.jp/~inouye/ino/contents.html ・渡辺真利代他編(1998): 有毒藍藻の発生と毒素.海洋と生物 115:88-93.