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第3部
風力発電事情
第3部
風力発電事情
風力発電は、最も重要な人類共通の環境課題の一つとして挙げられる地球温暖化
防止対策である再生可能エネルギーの導入促進策として進められている。日本の総
発電量は、11,234 億 kWh(2007 年)であるが、その 58%は火力発電によるものであ
る。再生可能エネルギーによるものは、現在、風力、太陽光発電等を合わせても、
1%に満たない状況であり、再生可能エネルギーへの転換が求められている。
さらに、平成 23 年3月 11 日に発生した東日本大震災、福島原子力発電所の事故
や浜岡原子力発電所の停止などにより電力供給が逼迫していること、非常時の電源
対応などについても考えていく必要が生じている。
伊豆半島地域は、風況に恵まれており、すでに、数箇所で風力発電施設が稼動し
ている。また、工事が進められている事業、個別法の手続きが進められている事業
もある。
こうした中、稼働中の風車の騒音や低周波音による健康被害、シャドーフリッカ
ーによる不快など、また、景観の悪化、自然環境の破壊を起こすなどの訴えがある。
あわせて、現在、工事中の風力発電事業の中止を求める約1万人の署名が県知事宛
に届けられている。
これまで、風力発電施設の建設そのものを対象とした法規制はなく、土地の改変
等において、個別法にかかる場合のみ手続きが行われてきた。国(経済産業省)は、
補助金を申請した事業に対しては、環境図書の提出を求めて、環境負荷の低減を図
ってきた。
静岡県においては、風力発電施設の建設に当たっては、「静岡県風力発電施設等
の建設に関するガイドライン」やいくつかの市町が策定した同様の指針等により、
環境影響評価を実施し、環境負荷を低減した事業となるよう要請している。
しかし、風力発電設備の導入に伴う周辺環境への影響が顕在化している。風力発
電設備からの騒音・低周波音については、騒音についての環境基準を満たしている
場所においても、健康被害の苦情等が発生している事例がある。また、風況がよく
風力発電に適した地点は、渡り鳥のルートや鳥類の生息地と重なることなどがあり、
バードストライクが報告されている。あわせて、景観への影響に関する問題も生じ
ている事例がある。中央環境審議会は、今後の環境影響評価制度の在り方等につい
て検討し、平成 22 年2月「風力発電施設の設置を法の対象事業として追加するこ
とを検討すべき。」と答申した。
これに基づき、国(環境省)は、
「風力発電施設に係る環境影響評価の基本的考え
方に関する検討会」を設置し、検討会は、平成 23 年6月に「風力発電に係る環境
影響評価の基本的考え方に関する検討会報告書」を取りまとめた。この報告書に基
づき、風力発電所の設置の工事の事業等を環境影響評価法の対象とするため、必要
な要件等を定めるべく、環境影響評価法施行令の一部の改正が進められている。国
(環境省)は、平成 23 年8月~9月にかけパブリックコメントを求めており、近
く政令を公布し、平成 24 年 10 月に施行する予定である。
1
自然エネルギー導入拡大の必要性
低炭素社会への転換に当たっては、再生可能エネルギーの導入等により、化石燃
料への依存から脱却していく必要がある。そこで、近年、世界各国の積極的な導入
促進施策の下、再生可能エネルギーの普及が世界中で加速している。中でも、風力
発電は、出力が不安定である等の課題が指摘されているものの、再生可能エネルギ
58
ーの中では相対的に発電コストが低いこともあり、導入が期待されている。
静岡県においても、平成 23 年3月に策定した「ふじのくに新エネルギー等導入
倍増プラン」に基づき、豊かな自然資源を活用して新エネルギー等の導入を倍増さ
せ、「エネルギーの地産地消」により自立する「新エネルギー先進県」を目指して
いる。
地球温暖化防止対策として進められてきた新エネルギーの導入拡大であるが、東
日本大震災、その後の福島第一原子力発電所の事故、計画停電、浜岡原子力発電所
の停止により、電力需給が逼迫する事態に至り、電力の確保が喫緊の課題となり、
今日では地域における電力確保や大型発電施設が損傷したときのリスクの分散、安
全性、持続安定性の視点からも導入拡大が求められている。
風力発電施設は、一般に災害に強いとされている。しかし、停止状態から起動す
るには、そのための電力(無効電力)が必要で、系統から完全に独立して稼動する
には、蓄電池などの設備が必要である。
なお、電力確保に向けた動きを進める一方で、私たちは震災前より少ないエネル
ギーで暮らすことを考える必要があり、伊豆地域において県民の幸福度を最大にす
るライフスタイルはどのようなものかを具体的な形にしていくべきである。
要
旨
○地球温暖化対策から、自然エネルギーの導入拡大が求められているが、非常時
の電源確保についても、対応が求められている。
○風力発電は、自然エネルギーの中では発電コストが低く、導入が期待されるが、
既設風力発電においては騒音・低周波音などの苦情が発生するなどし、導入が
進んでいない。
○大型発電施設が被害を受け、電力供給が止まった場合のリスクを回避するため、
地域内に分散型の施設を設置するなど、自然エネルギーの導入拡大が求められ
ている。
○私たちは電力確保を進める一方で、少ないエネルギーで暮らすことを考える必
要がある。
<エネルギーの地産地消のイメージ>
大規模供給施設
需要家
太陽光発電
バイオマス発電
需要家
需要家
需要家
温泉熱発電
中小水力発電
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2 風力発電の基本的事項
(1)理論・構造
風力発電は、風力エネルギーで風車を回し、その回転運動を発電機に伝え電気
を起こす発電方法である。
プロペラ型の風力発電施設は、風の流れに直角方向の揚力を受けて、効率的に
流体力学の力を回転力に変えている。出力は、風速の3乗で決まる。
これまで、風車の大型化が進んできたが、これは、一般に地面から高ければ高
いほど風は強くなることと関係する。つまり、風車を大型化すると羽根車の回転
の中心の位置が高くなり、それだけ強い風を受けることができる。出力は風速の
3乗で効いてくるため、コストダウンにつながる。
なお、商業用の風車は、視覚的に優しいということで3枚翼のプロペラ機が確
立している。4枚翼以上では、コストが高くなる。
風力発電施設は、次のように構成されている。
プロペラ式風力発電システムの機器構成例
(出典:風力発電導入ガイドブック(2008 年 2 月改訂第 9 版,NEDO)
区分
構成部品(機能)
ロータ系
ブレード(風を受けて回転する)
ロータ軸(ブレードの回転軸)
ハブ(ブレードの付け根をロータ軸に連結)
伝達系
増速機(ロータの回転数を発電機に必要な回転数
に増速するギア装置)
60
大きさ等
(2,000kW 風車)
ロータ直径は
70~83m
電気系
発電機(回転エネルギーを電気エネルギーに変換)
電力変換装置(直流、交流を変換)
変圧器(系統からの電圧、系統への電圧を変換)
系統連係保護装置(事故時等に設備を系統から切
り離す)
運転・制御系
出力制御(風車出力を制御)
ヨー制御(ロータの向きを風向に追従させる)
ブレーキ装置(台風時、点検時等にロータを停止)
風向風速計(出力制御、ヨー制御にデータを提供)
運転監視装置(風車の運転、停止、監視、記録等)
支持・構造系
ナセル(発電機、増速機等を収納)
タワー(ロータ、ナセルを支える支柱)
基礎(タワーを支える基礎部分)
ハブ高さは
60~80m
(2)世界・日本・静岡県の導入状況
ア 導入量
世界の風力発電の導入状況(設備容量)は、2009 年 12 月末で概ね1億 7,000kW
(国際エネルギー機関(IEA))、2010 年)に達している。
日本において、2009 年度末までに導入された風力発電は 219 万 kW(1,683 基)
で、2009 年度には、新たに 30.6 万 kW(152 基)が稼動を開始している。設備容
量は、世界の 12~13 位といったあたりに位置している。
県内の風力発電の導入状況は、2008 年度の 2.2 万 kW が、2010 年度には 13 万
kW となっている。
洋上風力発電については、水深 200m 以浅、沖合い 30km 以内、風速 6.5m/s
以上の場所で可能性があり、賦存量として 16 億kW という膨大な数になる。
洋上風力発電は、着床式と浮体式がある。着床式は、発電設備を海底に固定す
るもので、水深 50m 以浅が一般的である。浮体式は、浮体施設をチェーン等で海
底に係留するもので、水深 50m~200m で実施するのが一般的である。2010 年ま
でに設置した風力発電施設はすべて着床式で、世界全体で、945 基、総出力 241
万 kW である。日本は、14 基、総出力 25,200kW で世界の 9 位である。国別で最も
多いのは、イギリスで 336 基、総出力 104.1 万 kW である。
浮体式の風車の例としては、ノルウェーのハイウインドプロジェクトが、水深
200m、沖合い 10km の地点で 2,300kW の風車を建設し、実証試験と環境影響調査
を実施している。
イ
発電コスト
IEAによると、1MWh あたりの発電単価は、陸上風力発電は 90~105 ドル、
洋上風力では 100~120 ドル、太陽光では 360~755 ドルとなっている。
日本では、「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措
置法(再生可能エネルギー特別措置法)」が成立し、電気事業者による再生可能
エネルギーの全量買取制度が平成 24 年7月から導入される。集中的な再生可能
エネルギーの利用拡大を図るため、法の施行後3年間は再生可能エネルギー電気
の供給者の利潤に特に配慮し、今後、買取価格が定められる。
61
3
風力発電事業による環境等への影響
風力発電事業による主な環境への影響は、工事中においては、風力発電設備
や取付道路、土捨て場等の設置に伴い、動植物の生息・生育環境が直接改変さ
れたり、水の濁りが発生して動植物の生息・生育環境に間接的な影響を生じさ
せるおそれや、地域の生活環境への影響が懸念されている。
供用時の主な環境への影響としては、風力発電設備の稼働に伴い発生する騒
音・低周波音による影響や、バードストライク、鳥類の移動経路の阻害といっ
た鳥類への影響、ブレードの影が回転して地上部に明暗が生じる現象、いわゆ
るシャドーフリッカーによる影響等が挙げられる。
加えて、風力発電施設等が、それまで馴染んでいた地域の景観を一変させた
り、土地の改変に関わる設計、施工及び維持管理が適切に行われていない場合
には、水の濁りや法面の崩壊等が生じるおそれがある。
これまで、環境影響評価は、事業に対して補助金交付を受ける際、補助金の交
付元が、一定規模以上の申請者に対し、独立行政法人新エネルギー・産業技術総
合開発機構(NEDO)が策定した「風力発電のための環境影響評価マニュアル」に
基づき又は準じて、環境影響評価や地元住民との協議等を実施することを求める
ことにより実施されている。
環境要素ごとの影響の詳細は以下のとおりである。
(1)騒音・低周波音
騒音・低周波音については、風力発電施設の近隣を中心に地域住民が健康被
害の苦情等を訴える問題が生じている。
環境省水・大気環境局大気生活環境室が、2010年4月1日時点で稼働中の風
力発電所を対象として、騒音・低周波音の苦情等についてのアンケート調査を
実施したところ、回答があった389箇所の風力発電所のうち、騒音・低周波音
に関する苦情が寄せられたか、要望書が提出されたことがあるものは64箇所
(調査時点で苦情等が継続中のものが25箇所、終結したものが39箇所)であっ
た。
これまでの低周波音に関する所見については、低周波音は、心理的・生理的
影響があることは実験等で明らかになっているが、直接、病気に至るまで言及
している公的な文献資料等は見当たらない。しかしながら、音に対するストレ
スは、一定時間以上暴露して、ある閾値に達したときにそれが引き金となって
症状に現れることも考えられている。
超低周波音の学問的研究は、超高周波音に比べて遅れている。風車騒音と健康
被害を科学的に立証することは現時点では非常に難しい状況にある。
したがって、予防原則(科学的不確実性があったりする場合でも予防的な措置
として影響や被害の発生を未然に防ぐという考え方)に基づいて対応することが
必要である。健康被害の防止には、風車との距離を確保することが必要であるが、
ウインドファームでは、風車単体のものと比べて騒音の距離減衰が少ないことに
注意が必要である。
これまでの低周波音に関する研究は、理学系、工学系が主体で実施されており、
音の発生メカニズムの解明や工学的な対策手法等については充実してきている。
したがって、医学系や心理学系との共同研究によって、データを蓄積していくこ
とが必要である。特に、風車から発生する変動音の不快感に関する所見は、学術
的にも不足していることから、調査の実施は重要である。
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(2)シャドーフリッカー
シャドーフリッカーとは、晴天時に風力発電設備の運転に伴い、ブレードの影
が回転して地上部に明暗が生じる現象をいう。住宅等がシャドーフリッカーの範
囲に入っている場合、この影の明暗により住民が不快感を覚えることが懸念され
る。
シャドーフリッカーの解決には、透明のブレードにするとか昼間は風車周辺を
曇り空にするとか、非現実的な手法しかなく、風車の影が及ぶ範囲への影響を小
さくすることは非現実的で解決が難しい。
諸外国の風力発電事業の環境影響評価事例やガイドラインにおいては、シャド
ーフリッカーの調査範囲を発電設備から900~2,000m として設定したものがみ
られる。これを参考に、調査地点として、風力発電設備の近隣にある住宅等を選
定することが妥当である。
シャドーフリッカーについては、風車の影が及ぶ範囲を地図上に図示して影
響を予測したり、また、ドイツの風力発電に関するガイドラインにおいては、
予測地点における日影の及ぶ範囲及び時間帯を、シミュレーションにより定量
的に予測することを定めたものがみられる。諸外国の事例やガイドライン等を
参考に、風力発電設備の影が及ぶ範囲の図示等を行うとともに、シャドーフリ
ッカーによる影響が最大限回避・低減されているかという点について評価する
ことが適当である。
環境保全措置としては、国内外において、風力発電設備の位置や基数の変更、
風力発電設備の影が広域に及ぶ時期・時間帯における運転の停止、影響が及ぶ箇
所における影を視覚的に遮る措置(カーテン、植栽等)等が行われた事例があり、
これらを参考に、必要に応じて適切な措置を検討すべきである。
(3)景観
景観については、風車は相当の高さがあり、稜線上、海岸、岬、高原、島嶼等、
見通しの良い場所等に設置され、遠方からも視認できる場合が多いことから、国
内外において、景観への影響に関する問題が生じている事例がある。
このため、地形条件及び気象条件並びに風車が見える主要な視点場の分布状
況等を考慮して、調査地域を十分広くとることが必要である。
また、風車は、稼動したり止まったり、速度を変えて動くことも想定してお
くことが必要である。
視点場の選定に当たっては、設置予定の風力発電設備の可視領域を把握した
上で、地元自治体や地域住民の意見も踏まえて、多数の人々が訪れる場所はも
ちろんのこと、地域住民が日常生活上慣れ親しんでいる場所についても、視点
場として選定すべきである。なお、自然公園など優れた自然景観を保全すべき
区域がある場合には、区域内から見た眺望景観への影響を調査することは言う
までもない。
伊豆半島地域ではジオパークの認定に向けた取組を進めている。風車とジオ
サイトの共存の可能性についても「伊豆半島ジオパーク推進協議会」の意見を
聞きながら計画を検討すべきである。
近景、中景、遠景について検討することが必要であるが、季節により見え方が
変化することがあるため、これを考慮した調査、検討が必要である。
景観への影響の回避・低減策としては、風車の配置、高さ、色彩についての配
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慮が考えられるが、場合によっては、住民からアイデアを募集することを考えて
もよい。京都タワーの例を見ても文明は風景においては決して拒絶ばかりではな
い。遠景でランドマーク性を持たせることも対策の一つである。
(4)撤去、廃棄物処理、リサイクル
風力発電施設は、減価償却資産に関する財務省令の法定耐用年数は 17 年であ
る。
このため、構築物としては耐用年数が比較的短いため、撤去に伴う廃棄物の発
生及び廃棄物の放置等について事前に考慮する必要がある。
まず、廃棄物の発生量を考えてみる。国内のある風力発電施設(1,500kW)の
重量は 164tで、発電量は一般家庭 900 世帯の電力需要量に相当する。この施設
の耐用年数を 17 年とすると、1世帯1年当たりの廃棄物量は、11kg/世帯・年
(164t÷900 世帯÷17 年)となる。全国での産業廃棄物の年間発生量は約4億
トンであり、日本の総世帯数 4,900 万で割れば約 8.2t/世帯・年である。これと
比べると、11kg÷8.2t で 0.1%程度の寄与となり、風力発電施設の廃棄物が著し
く多いということはない。
また、質的にも、主たる材料は金属類とFRPで、多量の有害物質が含まれて
いるわけではないため、リサイクルは可能であると考えられる。ただし、建設時
のコンディションを保ち、より長い期間稼動させるには、常に適切なメインテナ
ンスが必要である。
基礎については、風車は台風などの強風にも耐えうるよう強固に設置する必要
があるため、一般的には 10m四方のコンクリート基礎を設置し、地盤の状況によ
って基礎杭の打設が必要になる。風車の撤去の際には、基礎の処理は適切に行う
必要があり、今後、撤去事例の情報を収集・蓄積して撤去に備えるとともに、状
況に応じて対応していくことが大切である。
なお、設置・管理事業者が、経営上等の問題から途中で風車事業から撤退する
ことがないよう、建設の際には、事業者の実績等について確認することも必要と
考える。
日本の環境影響評価制度では、撤去は法の対象となっていないが、風車そのも
のに高さがあり、放置することは景観への影響が極めて大きい。他の発電事業に
比べて歴史が浅いため、今後、撤去の事例を収集するなどして将来の撤去に備え
ることが必要である。
(5)土地の改変
工事中は、風力発電設備や取付道路、土捨て場等の設置に伴って土地を改変す
ることにより、動植物の生息・生育環境が直接改変されたり、水の濁り、あるい
は、地下水脈への影響により、動植物の生息・生育環境に間接的な生じさせるお
それや、地域の生活環境への影響も心配される。
供用後においては、適切な施工、法面等の適切な維持管理がされていない場合、
法面の崩壊等が生じるおそれがあることに留意すべきである。
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