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脈絡膜転移による視覚障害が発見動機となった肺腺癌

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脈絡膜転移による視覚障害が発見動機となった肺腺癌
410
日呼吸会誌
●症
42(5)
,2004.
例
脈絡膜転移による視覚障害が発見動機となった肺腺癌の 1 例
松田 宏幸
千田 金吾
橋本
大
内藤 立暁
藤澤 朋幸
榎本 紀之
三輪 清一
中野 秀樹
鈴木研一郎
横村 光司
井手協太郎
須田 隆文
中村 浩淑
要旨:症例は 51 歳,女性.平成 11 年 9 月より左眼の中心近くに黒い点が見えるようになり,精査のため
当院の眼科に入院となった.眼科的検索にて転移性脈絡膜腫瘍と診断され,また入院時の胸部単純 X 線に
て結節性陰影を指摘されたため,精査加療目的にて当科に転科となった.胸部 CT にて左 S10 に胸膜陥入像
を伴う 18×22 mm の結節性陰影があり,縦隔条件では縦隔,左肺門リンパ節の腫大を認めた.経気管支肺
生検と右鎖骨上窩リンパ節生検の組織像にて肺腺癌と診断した.全身検索にて脈絡膜転移以外に多発性骨転
移,脳転移があり,臨床病期は T1N3M1 stage IV であった.診断後シスプラチン+イリノテカンによる化
学療法を 2 クール施行したが増悪した.今後,肺癌の増加に伴い転移性脈絡膜腫瘍による視覚障害を呈す
る症例を診察する機会も多くなると考えられ,肺癌の診療にあたっては脈絡膜転移による症状としての視覚
障害にも注意する必要がある.
キーワード:肺腺癌,脈絡膜転移,視覚障害
Adenocarcinoma of the lung,Choroidal metastasis,Disturbance in vision
はじめに
絡膜萎縮が疑われ 9 月 20 日に当院の眼科を紹介受診し
入院となった.眼科的検索にて転移性脈絡膜腫瘍と診断
原発性肺癌は一般に肺,脳,骨,肝臓をはじめとする
され,また入院時の胸部単純 X 線写真にて異常陰影を
臓器に遠隔転移を来しやすく,また遠隔転移巣による症
指摘されたため精査加療目的にて当科に転科となった.
状によって,肺癌が発見されることも少なくない.そし
転科時現症:身長 160 cm,体重 55 kg,体温 36.2℃,
て,肺癌は遠隔転移部位の 1 つとして脈絡膜に転移巣を
血 圧 130!
80 mmHg,脈 拍 80!
分,整,呼 吸 数 18!
分.
形成する場合があり,乳癌とともに脈絡膜転移を来しや
貧血,黄疸,浮腫,チアノーゼなし.右鎖骨上窩に弾性
すい癌腫の 1 つと考えられている.最近になりその報告
硬の径 10 mm のリンパ節を 1 個触知する.胸部聴診上
例が散見されるようになっているが,実際の臨床の場で
は呼吸音,心音ともに異常所見なし.腹部は平坦軟で肝
経験することは稀である.今回,我々は,脈絡膜転移に
脾触知せず.神経学的には,左眼視野欠損を認める他に
よる視覚障害が原発性肺癌の発見動機となった 1 例を経
異常所見なし.
験したので文献的検索を含め報告する.
症
例
転科時検査成績(Table 1)
:血算は異常なく,生化学
にてアルブミンの軽度の低下と LDH,骨型優位の ALP
の上昇を認めた.また CRP は軽度の上昇を認めた.便
症例:51 歳,女性.
潜血は陰性であった.動脈血ガス分析では大気吸入下で
主訴:黒い点が見える.
PaO2 が 70 Torr と軽度の低酸素血症を認めた.明らか
既往歴:特記事項なし.
な腫瘍マーカーの上昇は認めなかった.
家族歴:特記事項なし.
単純胸部 X 線写真(Fig. 1)
:左の心陰影に重なって,
喫煙歴:なし.
約 20×20 mm の結節影があり,また右傍気管線の肥厚
現病歴:平成 11 年 9 月初めより左眼の中心近くに黒
を認めた.
い点が見えるようになった.近医の眼科を受診し,網脈
〒431―3192 静岡県浜松市半田山 1―20―1
浜松医科大学第 2 内科
(受付日平成 15 年 7 月 23 日)
胸部 CT(Fig. 2)
:HRCT では左 S10 に胸膜嵌入像を
伴う 18×22 mm の結節影を認めた.縦隔条件の CT で
は,右気管傍・気管前リンパ節と左肺門リンパ節の腫大
を認めた.
脈絡膜転移にて発見された肺腺癌の 1 例
411
Table 1 Laboratory findings
Hematology
RBC
Hb
Ht
WBC
Seg
Band
Eosin
Bas
Lymph
Mon
Plt
Biochemistry
TP
Alb
T. Bil
GOT
GPT
LDH
ALP
γ-GTP
ChE
CK
BUN
Crt
Na
K
Cl
Ca
382 × 104/mm3
11.6 g/dl
34.5%
7,000/mm3
71%
2%
0%
0%
18%
7%
23.4 × 104 /mm3
7.2 g/dl
3.5 g/dl
0.3 mg/dl
25 IU/l
14 IU/l
619 IU/l
1,170 IU/l
12 IU/l
1.21 ΔpH
62 IU/l
12.2 mg/dl
0.63 mg/dl
139 mEq/l
4.1 mEq/l
103 mEq/l
4.7 mEq/l
Fig. 1 Chest radiograph showing a nodular shadow on
the left cardiac silhouette and right paratracheal lymphadenopathy.
Serology
CRP
Tumor markers
CEA
SCC
Pro-GRP
CA19-9
0.6 mg/dl
3.6 ng/ml
0.5 ng/ml
24.1 pg/ml
<10 ng/ml
Urinalysis
Protein
Glucose
Blood
(−)
(−)
(−)
Stool
Blood
(−)
Arterial blood gas analysis
(room air)
pH
7.421
PaCO2
40.6 torr
PaO2
70.2 torr
Fig. 2 High-resolution CT showing a nodular shadow
in the left lower lobe.
白色調の隆起性病変があり,その周囲には漿液性網膜!
眼底所見:眼底検査では,左眼底に視神経乳頭上方に
離を認めた.また右眼底にも左眼と同様な多発性小隆起
4 乳頭大の,また後極部に 3 乳頭大の境界が不鮮明で黄
性病変を認めた.前房,
硝子体には炎症所見は認めなかっ
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,2004.
シスプラチン+イリノテカンによる化学療法を 2 クール
実施した.しかし,腫瘍は増大したため,今回の化学療
法は無効と判断し,脳転移に対しては γ ナイフによる放
射線療法を施行し,また両眼の脈絡膜転移については,
一回線量 2 Gy,25 回照射にて総線量 50 Gy の放射線療
法を行った.脳転移は γ ナイフにより転移巣の縮小を認
め,脈絡膜転移については視覚症状の悪化は認められな
かった.しかし,眼底所見は照射前と比較しほぼ不変で
あった.その後,肺癌の進行により徐々に全身状態の悪
化を認め,平成 12 年 2 月に他院にて永眠された.
Fig. 3 Fluorescein angiography of the left eye revealed
two areas of hyperfluorescence and accumulation of
fluorescein dye over the mass in the late venous
phase.
考
案
悪性腫瘍の脈絡膜を含めた眼転移は比較的稀であると
考えられてきたが,最近になり報告例が増加している.
原因としては悪性腫瘍の患者数が増加したこと,また悪
性腫瘍に対する治療の進歩などにより患者の生存期間が
延長したこと,また人々の高齢化にともない,悪性腫瘍
のある患者に対して眼科的な診察を受ける機会が増加し
たことなどが挙げられる.Albert らは転移を有する癌
患者 213 例に対し眼科的精査をしたところ,10 例(4.7%)
に眼あるいは眼窩転移が発見されたと報告している1).
また,Bloch らは 230 例の剖検において 28 例(12%)に
転移性眼腫瘍を認めたと報告している2).しかし,実際
の臨床の場において,肺癌の脈絡膜転移によって視覚障
害を呈し,またそれが肺癌の発症動機となった症例に遭
遇することはきわめて稀である.
転移性眼腫瘍の原発巣としては,乳癌と肺癌の頻度が
高いとされている2)∼4).Ferry らは 227 例の転移性眼腫
瘍のうち,66 例(29%)で原発巣が肺であったと報告
Fig. 4 Orbital CT shows an intraorbital mass in the left
eye.
している3).また,悪性腫瘍の眼転移部位ではぶどう膜
の頻度が高く,そのほとんどが脈絡膜であった2)4)∼6).本
邦でのぶどう膜転移を認めた悪性腫瘍の原発巣として
は,38.8% が肺であったと報告されている7).また,肺
た.蛍光眼底写真では,両眼ともに造影初期より腫瘍に
癌による脈絡膜転移の報告例 99 例の組織型の検討では,
一致して点状の過蛍光像があり,またその周囲に輪状の
腺癌が最も多く,次に扁平上皮癌,小細胞癌の順に頻度
低蛍光域を認めた.造影後期では腫瘍中心部の斑状の過
が減少していた7).
蛍光像と辺縁部の点状の過蛍光像を認めた(Fig. 3)
.眼
転移性脈絡膜腫瘍の症状としては,視力低下,眼痛,
球超音波検査や眼窩部 CT(Fig. 4)
,MRI にて硝子体内
光視症,飛蚊症,視野欠損などがあるが,眼症状を認め
に突出する隆起性病変が指摘できた.
ない症例も存在する5).本症例は,左眼の視覚異常にて
転科後経過:胸部異常陰影に対して気管支鏡による経
眼科を受診したが,眼科的な精査により両眼に脈絡膜転
気管支肺生検を実施し,生検組織では核の多型のみられ
移が認められており,右眼について明らかな視覚症状は
る低分化型の腺癌細胞の増生,浸潤を認めた.また,右
認めなかった.その原因としては,右眼の脈絡膜腫瘍が
鎖骨上窩リンパ節生検からの組織像では,一部に腺管形
比較的小さく,黄斑部の近接に病変が少ないことが考え
成を有する同様な低分化型の腺癌の転移を認めた.消化
られた.
10
管に明らかな原発巣を認めず,以上から左 S 原発の肺
また本症例では,肺癌の診断より先行して,脈絡膜転
腺癌と診断した.全身検索にて多発性骨転移,脳転移を
移による視覚障害が出現していたが,Ferry らは乳癌の
認め,臨床病期は T1N3M1 stage IV であった.診断後
場合,90 例のうち 8 例(8.9%)のみが原発巣の診断前
脈絡膜転移にて発見された肺腺癌の 1 例
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に眼転移が発見されるのに対し,肺癌の場合は 66 例中
eye and orbit 1. A clinicopathologic study of 227
43 例(65.2%)が原発巣の診断前に眼転移が発見されて
cases. Arch Ophthalmol 1974 ; 92 : 276―286.
いる .同様に,箕田らも原発巣の診断より早期に眼転
4)Nelson CC, Hertzberg BS, Klintworth GK : A histo-
移が診断されたのは,乳癌 39 例中 3 例(7.7%)のみに
pathologic study of 716 unselected eyes in patients
3)
対し,肺癌 30 例中 17 例(56.7%)と肺癌に多い傾向が
あることを報告している8).
眼転移を来した肺癌の予後は不良であり,Stephan ら
はぶどう膜転移診断後の平均生存期間が乳癌の 13.4 カ
月に対し,肺癌は 5.2 カ月であった5).したがって,脈
絡膜転移を来たした時点で肺癌の病期は stage
IV であ
ることからも,予後と QOL を鑑み,外科的療法の適応
with cancer at the time of death. Am J Ophtalmol
1983 ; 95 : 788―793.
5)Stephens RF, Shields JA : Diagnosis and management of cancer metastatic to the uvea : a study of 70
cases. Ophthalmol 1979 ; 86 : 1336―1349.
6)Shields CL, Shields JA, Gross NE, et al : Survey of
520 eyes with uveal metastases. Ophthalmol 1997 ;
104 : 1265―1276.
は限られ,放射線療法9)∼11)や化学療法12)13),光凝固療法14)
7)上野 幸,玉井嗣彦,野田幸作,他:胞状網膜剥離
が選択される.本症例は比較的若年であり,ADL も良
で発症した肺癌のぶどう膜転移例―本邦における各
好であったことから,肺癌に対しては,脈絡膜転移の縮
種癌のぶどう膜転移例についての考察―.日本眼科
小も期待し,全身的な化学療法を選択した.しかし,化
紀要 1986 ; 37 : 560―568.
学療法の反応は不良であったため,QOL を考慮し,脈
絡膜転移に対して放射線療法を追加した.本症例の視覚
障害は生存中に進展することなく,患者の QOL の面を
考えるとある程度の治療効果が期待できたと考えられ
た.
今後,肺癌の罹病率の上昇に伴い,眼症状を呈する症
8)箕田健生,小松眞理,張 明哲,他:癌のブドウ膜
転移.癌の臨床 1981 ; 27 : 1021―1032.
9)Rosset A, Zografos L, Coucke P, et al : Radiotherapy
of choroidal metastases. Radiotherapy and oncology
1998 ; 46 : 263―268.
10)Rudoler SB, Shields CL, Corn BW, et al : Functional
vision is improved in the majority of patients
例を診察する機会も増加すると予想される.よって肺癌
treated with external-beam radiotherapy for choloid
の診療にあたっては転移の 1 形式として転移性脈絡膜腫
metastases : a multivariate analysis of 188 patients. J
瘍による視覚障害も注意する必要があると考えられた.
本論文の要旨は第 76 回中部肺癌学会において発表した.
文
献
1)Albert DM, Rubenstein RA, Scheie HG : Tumor me-
Clin Oncol 1997 ; 15 : 1244―1251.
11)Reddy S, Saxena VS, Hendrickson F, et al : malignant metastatic disease of the eye : manegement of
an uncommon complication. Cancer 1981 ; 47 : 810―
812.
tastasis to the eye, part 1. Incidence in 213 adult pa-
12)高野義久,種田和清,郡 義明,他:脈絡膜転移を
tients with generalized malignancy. Am J Ophtal-
伴った肺癌の 1 例.日胸疾会誌 1995 ; 33 : 674―677.
mol 1967 ; 63 : 723―726.
2)Bloch RS, Gartner S : The incidence of ocular metastatic carcinoma. Arch Ophthalmol 1971 ; 85 : 673―
675.
3)Ferry AP, Font RL : Carcinoma metastatic to the
13)金谷靖仁,吉澤豊久,鈴木恵子,他:肺癌の脈絡膜
転移 1 症例と文献的考察.日本眼科紀要 1997 ; 48 :
1216―1224.
14)奥間政昭,井東弘子,中西祥治,他:肺癌の脈絡膜
転移例.眼科臨床医報 1988 ; 82 : 1081―1084.
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日呼吸会誌
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,2004.
Abstract
A case of adenocarcinoma of the lung presenting symptoms of
choroidal Metastasis as the Initial clinical Manifestation
Hiroyuki Matsuda, Kingo Chida, Dai Hashimoto, Tateaki Naito, Tomoyuki Fujisawa,
Noriyuki Enomoto, Seiichi Miwa, Hideki Nakano, Kenichiro Suzuki, Koshi Yokomura,
Kyotaro Ide, Takafumi Suda and Hirotoshi Nakamura
Second Divison, Department of Internal Medicine, Hamamatsu University
School of Medicine, Hamamatsu, Shizuoka 431―3192, Japan
A 51-year-old woman was referred to our hospital with a complaint of disturbance in vision. Ophthalmologic
examination revealed multiple choroidal tumors. High-resolution CT showed a nodular shadow in the left lower
lobe. Transbronchial biopsy and right supraclavicular lymph node biopsy specimens showed a poorlydifferentiated adenocarcinoma. We concluded that the choroidal tumors had metastasized from the lung. Combined chemotherapy(CDDP+CPT-11)followed by irradiation of both eyes and brain were performed. Nevertheless, she died 6 months after the initial presentation. It is important to notice ophthalmologic symptoms because
lung cancer may metastasize to the choroids.
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