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シカゴ大学の組織資本と 「インタンジブル」
この 4 月、ミシガン湖からの寒風も緩んだシカゴに滞在する機会を得た。私の恩師、G・ベッカー 教授がシカゴ大学から栄誉ある賞を授与された。私にも声が掛かり、その記念シンポジウムと晩 1 つのエピソードと 餐会の末席をけがすことになったからだ。ベッカー教授はスピーチのなかで、 して個人的回想を次のように語られた。 「学部時代に 2 本の論文を専門誌に発表し、自信を持って大学院に進学した。が、フリードマン 教授の授業で質問に答えたところ、 『それは質問を言い換えたに過ぎない』と言われた。私は屈辱 を覚え、それを機に、経済学というものを深く考えるようになった」 米国では大学間の競争が厳しい。そのなかでシカゴ大学経済学部は、多数のノーベル賞学者を 輩出し、 新しいアプローチと独創的アイデアを数多く社会に広めた。この活力の基盤には、伝統と して受け継がれているある種の「組織資本」がある。それは、ベッカー教授のエピソードにあった 「授業での厳しい訓練」をはじめ、多数の学生を受け入れるが最終的な学位取得者を徹底的に絞る 「競争の原理」、闘いの場と言われるほど緊張感みなぎる「ワークショップ」、基礎科目の試験をパ スするまでは学生を一人前と扱わない「基本重視」、さらに一流専門誌の編集を通じる「研究評価 基準の提供」などである。 シカゴ大学の組織資本と 「インタンジブル」 ひるがえって現在の米国の企業活動に目を転じると、キャッシュフローの源泉として、 工場や設備 などの有形資産より「インタンジブル(無形資産)」が重要性を高めている。インタンジブルの詳 細解明は今後を待つとして、基本的な要素は 3 つある。すなわち、 1 )多様な専門家をひとつのチームとして協調させ動機づけるために企業が編みだす「組織資本」 2 )業界の標準となるノウハウやビジネスモデルなど企業の持つ「知的資産」 3 )特化した価値を持つ技能など企業内に蓄積された「人的資本」だ。 シカゴ大学創設のために多大の寄付をしたロックフェラー家は、その実りをいま十分に享受して いると思われる。それは、大学の建物が遺されたからではなく、 ひとつの組織のプリンシプルが築 かれ、大きなインタンジブルが産み出されたからだ。 インタンジブルの3 つの要素と深く関わっている。注 IT 革新のもたらした効果は甚大だ。IT は、 目されるのは、コンピュータ製造業よりも、IT を高度に活用している企業で、インタンジブルがと くに大きいという点である。これは、IT の活用により、人材育成制度、業務システム、報酬制度、 目標管理などの設計を含む「組織資本」の革新が促進された結果、キャッシュフローの源泉が機能 強化されたためであろう。そして、この IT と組織資本の相乗効果は、近年におけるインタンジブ ル増大の一般的背景の一つとしても重要である。 (摩天楼) む 夢 蔵 仁 ぞう じん エッセイ 6 ひとはいつの時代にも、 はたせぬ夢を振り返り、 新たな夢を心に抱く。 夢を顧み、夢を描く NRI の先人によるエッセイ。 No. 5