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東京アマデウス合唱団 第21回定期演奏会

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東京アマデウス合唱団 第21回定期演奏会
東京アマデウス合唱団
第21回 定期演奏会
バロックの知られざる名曲=
=ド イツ。
21o/13(日
2θ θ
)
所沢市民文化センター
ミューズ
・キューブホ…ル
ー
挨
拶
今宵は、お忙しい中をご来場頂き、団員一同厚くお礼申し上げます。
東京アマデウス合唱団は 19804111立 以来、モーツァル トのほか
バロ ック・古典派の作品を中 心にほぼ毎年 1回 の定期演奏会を行い、
今回で 21回 目の定期演奏会を迎えることとなりました。
何分にも 15名 前後の人数で歌うため、プログラムの選由には制約
がありますが、本日は、 ドイツ・バロ ック音楽の中でも皆憶にあまり
知られていない珍 しい曲を選び、バロック音楽の初嘲から中期・後期
と並べ、最後に 」.S.Bachの 二番目の息子の J.C.F.Bachの
曲で終るプログラムを組んでみました。
今回はコンサー ト会場を、これまでの上野から場所を変えて所沢で
開催する事となりましたが、毎回続けてご来場をEtlて おります方 々
や、遠くからわざわざご来場頂きました皆様方からの暖かいご支援に
支えられ、少人数での演奏会を開催することができますことを、団員
―同心から感謝いたしております。
団員の一人一人も精こ杯の力を出し切 って今回の コンサー トを成功
させたいと思っておりますが、ご来場の皆様方が、バロ ック音楽の
雰囲気を味わう夜のひとときを過ごして頂ければ幸いと存じます。
暖かいご声援と共に演奏をゆ っくりお楽 しみ下さい。
2002年 10月 13日
東京アマデウス合唱□
団 長柿 沼
替
蝠晰騒
■ ス テ ー
第
PrOgFamm隋
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頷
ジ
隠を
]昴かつ
■え)… … ……………………
1. Cantate Domino(新 し
Heinrich Schut20585-167a
2
‐
・…………
麟鵬は、
)… ……・
た
る脚和う生さ
記福べ
:n dulci jubilo(嬉 々
Dietrich Buxtehude(1637-1707)
つて
い
、
て搬ち
く
さ
ttlと )
来
を
守
3. Befiehi den Engel,daS er komn側知t価 て〈ださ
Dlotrich Buxtohude(16371707)
4 117 Psaln(請
117勘
…… ・ … …… …… …… …… ……
6oorg Ph‖ ipp ToloI「 ann 0 681-1767)
――――― クト
第
2ス
テ ー
売婁
(15分 )
一――――
ジ
ート
・¨ ・……………
・…………`・ ・
フ
ィカ
)… …・
5, Magnificat(マニ
」
ohann Pachelbe1 0653 1706)
…
と
歳地、
霧嗣m)
6 Wachet auf,ruft uns die Stimm(目 を
」
ohann Christoph Friodrich 3ach0732‐
ス
ン
リ
マス
コ
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サト 200012 疇
堂
.
1795)
7111111
第20固 定演 2001 1l J酪 丸り
OF I LE"
PR
笏
指
東 京 芸 術 大 学 卒 業 。 ピア ノ を滝 崎 鎮 代 子 、
ク ラ リネ ッ トを千 葉 国夫 、室 内 楽 を細 野 孝 興
揮
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実品 )うへ ち
隼
倉
薔
きを受 け、合 唱 の 伴奏 経験 を通 して 、次 第 に合 唱 曲や 宗 教 の
の
水
野
克
彦
曲 分野
興味が
芽 生 え る 。 芸 大 在 学 中 は ク ラ リネ ッ トを専 攻 し、 芸 大 九 十 周 年 記 念 演 奏 会 の
室 内楽奏者 に選 ばれ る。 卒業後 はオ ーケス トラ、室 内合奏な どの演 奏 の 他 、 ソロ
リサ イ タル も度 々行 う。 しか し、 そ の 間 も合唱 曲 や宗教 曲 へ の 興 味 は衰 えず 、
芸大 バ ッハ・ カ ンタ ー タ・ クラブ に在籍 し、小林道夫 氏 の 薫陶 の下 に主 にバ ッハ
の宗 教 曲作 品 を研究 す る と共 に、オ ル ガ ン演 奏 の 研 鑽 も積 む 。次 第 に宗 教 曲や
古 い鍵盤音楽 の 演奏 が 多 くな り、現在 は指 揮 、オルガ ン、 通奏低音 による宗教曲
作品演奏 の 他 、声楽家 や器 楽演 奏者 との ア ンサ ンブル、 作曲 と幅広 く活動 。 日本
オル ガ ニ ス ト協会会員 。
争卜
彗薯 (S ymphonia F ons H armoniaeの メ ンバー )
第 1ヴ ァイオリン 海 保 あ け み
東京 芸術大学卒 業 。 ヴ ァイオ リ ンを正 岡紘子 、山岡耕律 、 日高毅
の 各氏 に、室 内楽 を黒沼 俊夫氏 に師事。又 、芸大 バ ッハ カ ンター タ
クラブ にて 小 林 道 夫 氏 の 指 導 を受 ける 。 現 在 フ リー の 演 奏 家 と
して室 内楽 ・ オ ーケス トラ等 の演奏 を中心 に活動中。
第 2ヴ ァイオリン 片 桐 恵 里
東京芸術 大学卒 業。 同大学 院修 了。 ヴ ァイオ リンを 掛谷 洋三 氏 、
浦川宜也氏 、室 内楽 をル イ ・ グ レー ラ ー 氏 、 ピュイグ・ ロジ ェ女史
の各 氏 に 師事 。第 4回 埼 玉県新 人演奏会 に出演。東 京 ハ ル モ ニ ア
室 内オ ー ケス トラの メ ンバ ー 。
チ ェ ロ セ彙 睾予 ル ル 月酔
東京芸 術大学 、 同大 学 院修 了。 NHK毎 日音 楽 コン ク ー ル入選 。
西独 ケル ン音 楽 院 に 留学 。帰 国後渡 米 、プ ロムジカ・ チ ェンバ ー
オ ー ケ ス トラ に 5年 間 在 籍 。 山 川 郁 子 、倉 田澄 子 、堀 江 泰 氏 、
ボ リス ペ ル ガメ ンシチ コ フの各氏 に 師事。
オ ル ガ ン 辰 E■ 美 納 子
東京 芸術 大 学 卒 業 。 同大 学 院修 了。 アムス テ ル ダ ム音 楽 院卒 業 。
第 5回 古楽 コン クール最高位 、第 3回 栃木「蔵 の街 」音楽祭受賞。
ソ リス ト、 通 奏 低 音 奏 者 と して 多 くの演 奏 会 や NHK― FMに
出演 す る等幅 広 く活躍 、好評 を博 して いる。
練
雇罫 ピ
ア
ー
ス
ト
堀 江 和 子
武 蔵 野 音楽 大 学 短 期 大 学 部 ピア ノ 科卒 業 。 キ リス ト教 音 楽 学 校
バ イプオル ガ ン科卒業 。 同研 究科程修 了。 ビア ノを水本雄三 、
野村
文子 、オル ガ ンを高 橋 靖子 の 各 氏 に 師事 。現在 、著荷谷 キ リス ト
教会オ ルガニス ト・ 聖 歌 隊伴奏者 。 日本 オルガ ン研究会会員 。
東
褒武 フ´ 了 ラ■ ウ
ス
燿謗 嘩昌 団
S op 辻村 順子・ 村 松 あお い 。山形 明子
A lt 伊藤 正子 大 久保 ル ミ子・ 大友美 佐
加藤 尚子・ 重 泉秀子 ・ 宮崎米 子
T ol 小沢
B as 柿沼
仁 ・ 片風
督・ 野 口
繁
碩
今
回
の
演
奏
曲
EOこ
―
υ ヽて
この演奏会で取 り上げる曲は、全て ドイツ・バロック音楽の珍しい作品ばかりです。
◇最初はHeinrich Schutz(158510‐ 167211)が 、ザクセン選帝候Johann Ceorel世 の
宮廷楽長に就任 して 8年 後 の1625年 に皇帝の願問官Johann Ulrich von Eggenbergに
献上 したモテット集 《Cantiones sacrae》 (op4合 唱聖歌集)の なかに含まれている
1.Contato Do日 ino canticun novu■ lSW180を 取 り上げます。
バロ ック音楽の様式史の上限を 1600年 頃 とすれば、 150年 に及ぶその歴史の中で、
この曲は初期 に位置 しています。歌詞は詩編 149:1∼ 3を 採用 してお りますが、ラテン語
訳のテクス トを使っていながら、カ トリックの典礼聖歌では使われないテクス トである
点 に、先ず このプ ロテス タン ト教会音楽家 の「新 しい歌 」 に取 り組む姿勢が表れて
います。曲全体はテクス トに沿って表現に富む旋律が置かれ、どの声部もそれを}ま ぼ
崩す ことな く、 フーガ とい うよ りはエコーの ように繰 り返すことによって、余韻を
つ くりながら展開する形式に成 っています。その旋律 のず らしが対位法を生み出 し、
みごとな響 きの深さをもたらして居る点が、普通のポ リフォニ ックな合唱曲のスタイル
と違 うところで しょう。バロック音楽の最 も基本的な構成 として通奏低音だけで演奏
されます。
◇次に演奏されるDietrich Buxtehude(1637頃 17075)の カンタータ 2曲 はパロ ック
音楽史の中期に属するもので、いずれもその特徴を示す通奏低音を有 しながら、弦楽と
合唱との コンチェルタン ト様式で書かれています。
2.in dul● i:ubilo(BUXWV50は 、天使 が ドミニコ会修道士Heinrich Seuse lSuso)に
教えたと言 い伝えられた14世 紀頃 から普及 して いたラテ ン語のキャロルの歌詞を ドイツ
語 の混合 したものに改めて、 コラール としてプ ロテスタン ト教会で使われ始めていた曲
を 3声 合唱に編曲 したもので、歌詞 は言語の違いに関係なく歌い進められます。原曲の
ドイツ語 とラテン語の混 じるテクス ト例としてはまだ過渡期 のものですが、現在ルター
派 の教会で 1646年 から歌われている完全 ドイツ語版 《Nun singet und seid froh》 の
骨格は、ラテン語の部分や措辞 の違 いを除 いてもやはりかな り整 っていると言えます。
Buxtehudeの 編曲 はオルガン変奏曲を想わせるように、 コラールの旋律を崩 しなが ら
対位法的手法を駆使 してポリフォニ ックに纏めたもので、これ とコンチェルタン トを
形成する弦楽器 (ヴ ァイオ リン I、 ■)は 伴奏 ではなく、合奏的な役割を通奏低音 と
ともに務 めます。歌詞のなかでキ リス トが「 アルフ ァであ り、オメガ ーであられる
お方」 と歌われるのは、ヨハネの黙示録 1:8を 引用 して、初めに居られて万物 の創造者
となり、それを完成させ、
やがて終わ りのときに来られる方 という意味です。Buxtehude
がLubeckの Marien Kircheで 行 った有名なAbendmusikで この曲が初演された可能性 も
考 えられるかも知れませ ん。
3.Befiel don E■ Ool,doO or ko闘 (帥馴V10)は 、AndrO Pilloの 指摘 によれば、Lubeck
における大天使ミカエル の祝 日(9月 29日 ―ルター派教会暦)の ためのカンタータとして
作曲され たと断定する ことがほぼ可能 とされています。この説に従えば、歌詞 の冒頭で
語 られるくEngel〉 はミカエルを指す ことに成 ります。この説が有力視される根拠は、
ヨハネ黙示録 12:712で は、ミカエルがサタンの勢力 と戦 う天使の軍勢の将軍の立場 に
あり、更にヨシュア記 5:13で は、ヨシェアがエ リコの近 くで「主の軍の将軍」と名乗る
男に出合 い、「わが主は、この僕に何をお言いつ けになるのですか」 と言 う場面が
語 られ、また詩編 34:8に は「主の使 いはその周 りに陣を敷 き、主を畏れる人を守 り
助けて くださった」とあって、ミカエルの祝 日の礼拝ではこれ ら歌詞の内容 と関係 の
深い聖書の箇所が全て朗読されるからです。この曲も、弦楽器 (ヴ ァイオ リン I、 Ⅱと
ヴィオローネ)と 通奏低音が、序奏に続 いて 4声 合唱とコンチェルタン トのパー トナー
の役を受 け持つように構成されています。旋律 と歌詞の基礎になっているのは、晩課に
歌われるルター派のコラール 《Christe,du bist der helle Tapで す。
◇バロ ックと古典派の結節点 に位置す るGeorg Philipp Telemann t681 3‐ 17676)は 、
宗教音楽 の単純化、市民性の追求に新 しい可能性を求めました。
4.117 Psaln(詩 編第 117篇 )は 、Tele
lannが 1758年 に作曲 した作品で、時代は古典派
の拾頭がすでに始 まってお りました。この時彼は七十七歳の高齢でしたから、Hamburg
の五つの主要な教会の音楽監督を引き受 けて いたものの、八十歳を越 える頃には歩行
困難に陥 り、視力が衰え、長 い緊張を楽譜を書 くことに注 ぐのが難 しかったと言います
から、 この曲 はその作曲 活動 の最後 の時期 に属する、 バ ロ ック時代 の通奏低音 、
コンチェルタン ト様式 (弦 楽器はヴァイオ リン I、 Ⅱ)を 依然保存 した作品ということ
にな ります。彼が宗教音楽 に求めた教会の実用に耐える単純性 と市民性の追求 は、
この作品の合唱部分にも反映 し、前半 ヴィヴ ァーチ ェのスキップするような リズムに
よる賛美する市民の躍動的な喜びの表 し方、ラル ゴによる「ヤーヴェの慈 しみとまこと
は私達を超えて力強いみわざ 」 と歌われるポ リフォニ ックな和声の端正な運び方 、
ハレルヤ唱の単純な展開 にその特徴が認 め られます。その単純さが却 って新鮮 に映る
のは、器楽との高度の絶妙な絡み方に起因して いるのでしょう。
◇Buxtehudeが 17世 紀後半 の北 ドイツのオルガン音楽を代表するとすれば、Nurnbergの
St Sebaldus Kirclleに 晩年奉職 した」
ohann Pachelbel(16539難
17060は 、南 ドイツ
のオルガン音楽を代表する存在で したが、鍵盤音楽に比べて宗教音楽はあまり知られて
いません。
5.“ oOnif
icetは 、Pachelbelが St Sebaldus Kircheの 晩課のために作曲 した、少な く
とも13曲 の現存 が確認されて いるMagnificatの うちの、 4声 合唱に通奏低音だけが
付 いた二 長調 の 曲で、自筆譜 のタイ トルは「 4人 または 12人 のソプラノ、アル ト、
テノール、バ スのための随意 に 4つ の弦楽器を伴った、または 4声 のソロとチェンバロ
のためのMagnificat」 とあ り、
今回 はタイ トル中の後者のスタイルによって、通奏低音
をオルガンで演奏 します。歌詞はカ トリックの典礼聖歌のマ リア賛歌を忠実に歌います
が、歌詞 の進行 に従 ってグレゴ リオ聖歌 の旋律を基礎 にしながら、数段階に展開を変え
た構成になっていて、プレス トで演奏 される 《Fecit potenti劉 …》 の部分でソプラノ
がやや ゆるやかなテンポで歌 うのが、原曲聖歌の旋律です。
◇ 6.uachet auf,ruft un3 die Sti― は、Johann Sebastian Bachと Anna Magdalena
の間 に生まれた二番目の息子 」ohann Christoph Friedrich Bach(1732617951)が 、
1750年 初頭からB● ckeburgの Wilhelm vOn Scllaumburg Lippenl自 爵の宮廷に奉職するよう
にな り、七年戦争後伯爵がMarie Barbaraと 結婚 して (1765)プ ロテスタン トの礼拝が
宮廷で行われるようになった時代 に、楽師長の立場で作曲 した元来は無伴奏の 4声
モテットです。ルター派教会暦最後の主 日侮 年 11月 末)に 歌われるPhilipp Nicolai作
(1599年)の コラールの旋律を基礎に して作曲 したもので、恐 らく初演 の用途 も同じて
あったと考えられます。楽章は 3節 ある原曲の歌詞を忠実に使 い、各節ごとに特色の
あるスタイルに纏められています。J S Bachが 1731年 11月 25日 に初演 したカンター タ
第 140番 にこの原曲が使われていることはよく知 られていますが、父 の作品が レチ タ
テイーボとアリアを多用 したのに対 し、この作品は器楽 との コ ンチェルタン ト様式 も
廃 して徹底的に全ての機能を合唱 にゆだねています。しかし、チェンバロ奏者であった
この作曲者は、持ち前の鍵盤音楽の感覚でバスのパー トに通奏低音の役割を持たせて
上 3声 に合奏をさせた り、上 2声 と下 2声 で合奏させたり、ソプラノに主題の旋律を歌
わせて下 3声 で合奏させた りする独創的な手法を選 んでいて、そのようにして通奏低音
もコンチェルタン ト様式も合唱 の中に内蔵させて しまった、ユニ ークなバロ ック音楽
です。この作曲者も晩年には、Johann Christian Ba“ の影響 もあってMozartや 01tlckに
傾倒 し、古典派 の仲間入 りを しました。」S Baぬ 没後バ ロ ック音楽 の時代が終わ りを
告げるに至 った軌跡を示す一例です。
(文 責
野口 碩)
S落 燕
=室
産日 目 可欠 罰可 女寸司民 §
第 1部
l Callt at e Domillc c anticum n o v ulI S口
V81
ハ イ ン リッ ヒ シュ ッツ 1625年 作 Cantiones sacraeく 聖 歌 集 〉第
「通 奏 低 音 付 4声 ラ テ ン語 モ デ ッ ト集 Jよ り
i
Cal爵 :eel::il::翼 │::彎 ::I:[:rum
,
La:lollli::r::Ini:x[it:│: liC::8:u:1。
)
)
Lallettal::iloel::lほ
nlmpanC et chorO,
菫 息 :鷲 ∴ 電 F2'11魔
9巻
魯 業 の歌 を .
:;(ヒ :llilξ ::]:是 :::i::91:::ξ :諄
`晏 ζ
1:奎 潜
雲[IF美
曇
基
び
だ
する
ろ
う
、
(時 編 149:1-3を 政
1)
1 ■
2
d u l c i
j u b i l 。(降 こ11,ン ,一 夕) BUメ ロV52
デ ィー トリヒ
ブクステフ ーデ 作 曲年末評
1
In dulci jubilo
nun singet und seid froh!
Unsers Herzens Wonne lie“
in praesepi。
und leuchtet als die Sonne
matris in gremio
Alpha es et O
嬉 々た る欲 呼 の うち に (ラ テン諄)
きあ み ん な 、歌 え 、 喜 べ .
私 達 の 心 の 至福 の 喜 び の 的 は (ト イッ語)
ま く さ桶 の 中 に 寝 て 、 (ラ テンお)
太 陽 の よ うに,い てお られ る、 (ヽ イツ
│)
御 母 の機 で。 (ラ テン1)
ァル フ ァに してオ メガ ーであ られ るお方 。 (ラ テツ1)
2
0」 esu
parvule,
nach dir ist mir sO weh:
TrOst口 ir mein Cenute,
o puer optime,
durch ane deine sttte,
o princeps gloriae,
Trahe me pOst tel
あ あ 、幼 い イ エ ス き ま 、 (ラ テ壻 )
責 方 が 居 られ な い と、私 は とて も悲 し いで す .
私 の 思 い を慰 め て くだ さ い 、 くヽイタニ)
あ ぁ 最 高 のす ば ら し い御 子 よ (ラ テシヨ)
貴 方 の お 0し い心 尽 く しに よ つ て 、 (ヽ イツ│)
あ あ 、栄 光 の 支 配 者 よ 。
貴 方 の み あ とに私 を お連 れ くだ さ い 。 (ラ テン雷)
3
O patris caritas,
o nati lenitast
Wir waren a1l verloren
per nostra cri口 ina
so hat er uns erwOrben
coolorum 8audia
Eia,warn wir da!
4
じbi
Sunt gaudia?
Nirgend mehr denn da,
Oa die Engel singen
nova cantica
und die Schellen klingen
ln reg:s curla
Eia,warn wir da,
eia,wlrn wir da,da,da,da,
eia,warn wir dal
ああ 、III父 の御慈悲 を
あ あ 御子 の平 安 を 1(ラ テン
書)
私達 はす べ て を失 つて しまいま した、 (ヽ わ登)
自分 達 の罪 によ つて、 (ラ テン
壽)
だ か ら、御子 は私 達 のため に (ド イツ:)
天の喜び を手 に入れ て くだ さつたのです 。 (ラ テガ )
きあ 、私違 はそ こに いるのです
!
とこに そんな喜び があ るで しようか ?(ラ テた )
そ こ以 外 の どこにもあ りませ ん 、
そ こで は、御使 いが (ヽ イツ1)
新 し い歌 を うた い、 (ラ テン
3)
鐘 が鳴 つて い ます 、 (ト イツ5)
ェ の裁 きの庭 で。 (ラ テン
5)
さあ 、私達 はそ こにい るのです 、
さあ 、そ こ そ こ 、そ こ 、そ こです
さあ そ こです よ
ン│ヨ at 澤 ト
ィッ1に 重めた
(14E10ラ テ
11)
!
Befiehi d e nl Engel,d ae er k o llD BUX口
デ ィ ー トリ ヒ
nir
vorn Satan haben
Ruh.
$ir
それ て こそ、私達 は御名 によつて眠 りに就 き ます 、
御使 いが私達 のそば に居 て くだ きるの です か ら。
貴 方 は聖 なる三位 一 体 の御 方 です か ら、
とこ しえに私達 はあ なた をは めたた え ます 。
i3 Nanen dein,
di€rcil die Ergel b€i uns sein.
Du he il ise Dreifallitkeil,
t,ir lob€n dich in EBiskeii.
so schlafen
ブ クス テ フ ー デ 作 曲年 末 詳
御使 いに来 て、私達 を守 って くだ さるよ うに
命 して くだ さ い 、私達 は責方 の もの ですか ら、
私達 にす ば ら しい見張 り役 を付 けて くだ さ い、
私 達が サ タ ン (議 )に 悩 まされ な いよ うに。
Befiehl de! [ngel,da8 er kon[,
und uns berach,dein [isenlu!,
8ib uns die lieben liictler zu,
da8
VIO
0111,ン タータ)
(大 夭
晨ヽ
,エ ル
ア ー メン (真 実に)。
,l- ll?P s a I ro <*f6tl7L)
ゲオル グ
フ イ リップ
テ レマ ン 1758年 作 山。
Laudale Jehovao oBnes Sentes!
Laudibus efferle, o0res popul i.
Quia valida facl.a esL super nos
risericordia ejus e1 veritas Jehovae
す べ ての異 邦人達 よ ヤ ー ヴェ をほ めた た え よ
す べ ての民 よ、議美 を高 らか に歌 え。
その故 は、ヤ ー ヴェの慈 しみ とまことは
私 達 を超 えて力強 い みわ ざだ か らです 、
とこ しえ に.
Halleluja!
ハ レルヤ
(ヤ
1
ーケ11た だお 1`)1
*_#
5.Msgnificat
llasnificat anira
el
in
exsul
Deo
ヨ ーハ ン
oea, DoDiDun,
tavit sPiritus neus
salutar
Quia respexil
i
deo.
humililaIer ancillae
e..e enin er
suae;
hoc
beata[ ne dicent onnes Senerationes.
0ria f€ci! nihi oagna,qui potens es!i
et sancluE nooen eius.
Et oiser;cord ia ejus
a proSenie in proSenies tilentibus e0n.
Fecir. potentiar in brachio suo,
dispersit superbos nente cordis sui.
D€posui! potenles de sede,
et eratlavi t huni l€s.
[sur ientes i!plev it bonis,
€! divi 1es dirisit inanes.
Suscepil Israet puerun suun,
recordatus misericordia€ suae.
Sicut locutus est ad palres nostros,
Abrahao et seDini ejus in saecula.
パ ッヘ ル ベ ル 作 山年末 詳
私 の魂 は主 をあがめ 、
私の霊 は喜び踊 りま した
私 の教 いの神 によ つて 。
卑 じめ られ て いた御 自分 の は しため にも、
み心 を留 めて下 さつたか らです 。
ご覧 な さい 私が こ う言 うの は、 これか ら後
いつ の世代 の人 も私 を祝福 され た 者 と言 うか ら
です 。
力 ある方が、私 に偉 大な事 をな きるか らです 。
そ して その方 の御 名 はなん と尊 いので し よう。
また 、そ の方 の憐 れ み は
子孫 か ら子孫 へ 彼 を畏れ る者達 に及ぶ で しよう。
)そ の日 で権 能 を揮 い
(t,力 世
その心 の知性 に よつて高 ぶ る者 達 を散 らされ ま
した 。
構 力 のあ る者 達 をそ の座 か ら降 ろ し
取 るに足 らな い者 達 を高 く上げ られ ま した 。
飢 えて いる者 達 を良 い物 で満 た し
宮 め る者達 を手ぶ らで追 い返 され ま した .
御 自分 の僕 イ ス ラエ ル を受 け 入れ て
その憐 れ みを御意 に留 めて くだ さい ま した 。
私 違 の先祖 に語 られ た よ うに 、
ださ
そのめにし
てく
アプラ ハム とその子 孫 に とこ しえ に く
い )。
アの賛まによる
ま訂)
(,1ル カ1:47-550マ リ
'す
Gloria Patri.g10ria Filio
et Spiritui Sancto
Sicut erat in principiO et nunc et semper
et in saecula saecicru口
A口
en
卿 父 に栄光 、御 子に栄光 、
そ して御聖霊 にも。
初 めにそ うであ つた よ うに、今も いつ の 時 も
そ して ぃっ の世 まで も。
ア ー メンα実にそう0,ま すように).
6 Wachet auf, ruft uns die S t i nEle
ヨ ーハ ン
ク リス トフ
フ リ ー ドリヒ
バ ッハ
作 由年末詳
1
Wachet auF,ruFt uns die Stimle der Wachter rぉ 前達 目を覚 ませ │と 見張 りの声 が 叫ぷ 、
sch=hoch auF der Zi■ ■e,
(エ ルル ム,)城 の尖塔 のず つ と高 い所 で 。
wach allf,du Stadt Jerusalem!
itternacht heiet diese Stunde,
“ sie ruFen uns口 ,t hellem Hunde:
Wo seid ihr klugen Jungfrauen?
Steht auF,der Brdutgam kOmmt!
Steht auF,die Lampen nehmt!
「はや く目を党 ませ 、エル サ レムの都 !」
この 時間 は真夜 中だ とい うのに、
彼 らは私達 を朗 々 と した 口調 で呼ば わ つて い る。
rど こに居 るのか 、責 い お とめ達 は ?
床 を離れ よ、花婿 が来 るのだ
床 を離れ よ、明か りを取れ
Halleluja!
ハ レルヤ
Macht euch bereit zu der Hochzeit,
婚礼 の準備 を しら、
ihr musset ihm entgegengehnl
花婦 をお迎 え しな けれ ばな らな いの だ !│
Wachet auF,die Stimme der Wachter ruFet uns,「 お前達 目を覚 ませ Jと 見張 りの声 が 叫ぶ 、
「はや く覚 ませ 、はや く党 ませ
wachet al f,wachet allt,
エル サ レムの都
du Stadt Jerusalen,
wach allf,wach auF!
はや く、はや く IJ
!
1
:
2
Zion hOri die Wachier singen,
das Hera tut ihr fur Freuden springen,
sie wachet und steht eilend auF
lhr Freund kommt vom Himmel prachtig.
von Cnaden stark,von Wahrheit Bachti8,
thr Licht wird hell.ihr Stern geht auF
Nun koШ ,du werte Xron,
lerr Jesu,Cottes Sohn!Hosianna
Wir folgen all zum Freudensaal
und halten口 it
das Abenmahl
シオ ンは 見張 り違 の歌 うの を聞 いて 、
心 を喜びで躍 らせ 、
目を覚 ま して、急 いで 床 を離 れ る。
彼 女達 の郎 君がす ば ら しい天か ら
大 きな慈悲 と巨大な 真理 によって来 られ る
彼 女達 の明か りが灯 り、彼女達 の星が 昇 る .
さあ 、お いて 下 さ い、あなた は工位 に相応 しい 、
神 の御 子 イエ ス さま 1ホ サナ (万 武)!
私達 はみな 、あ とを追 つて71礼 の広 間 に向か い、
晩晏 を共 に します。
3
Gloria,Gloria,Cloria,
Cioria sei dir gesungen,
Cloria,Gloria.01oria,
Cloria sei dir gesungen
Gloria sei dir gesungen
■it Menschen―
und englischen Zungen,
it Zimbein schOn
lf Perlen sind dic P,Orten
an deiner Stadtiwir sind KOnsorten
mit Harfen und口
Von zお
der Engel hoch u口 deinen Thron
Kein Aug hat,e gespurt,
kein Obr hat te geh6rt s01che Freude
Des sind wir froh.(lo,io,)
ewig in(dulel)jubilo
御 栄 え あ れ 、御 栄 え あ れ 、御 栄 え あ れ 、
御 栄 えが 歌 わ れ よ
│1栄 え あれ 、 御 栄 え あれ 、 御 栄 え あ れ 、
御 栄 えが 歌 わ れ よ。
御 栄 えが歌 わ れ よ 。
人 々 の 舌 と天使 の 舌 をも つて 、
美 し い ハ ー プ と小 さな シ ンバ ル の響 き を も って 。
あ な た の都 の 円 は十 二 の 真 珠 で
飾 られ て い ます 。私 達 は 今 高 い所 で
御 座 の周 りの御 使 いの 群 の 中 に い ます 。
ぃ か な る限 も 党 えた こ とが あ りま せ ん 、
いか な る耳 も か つて 聞 いた こ とが あ り ませ ん 、
こん な 嬉 しい光 景 は 。
私 達 は そ の 嬉 しさ の あ ま り、 〔ウ ァ ー 、 ウ ァ ー〕
いつ まで も続 く 〔
嬉 々た る 〕歓 呼 の うち に 。
(Philipp Nicolai俸 り]ラ ール0=諷 tlか (aめ たもII)
(文 貴
野口
晨)
東 京
ア マ デ
ウ ス 合 口昌 団 の
ご 案
(平 成 14年
内
10月 現在 )
今回ご来場の皆様方の中には、すでにご存知の方 々も多いかと思い
ますが、東京アマデウス合唱団を初めてお聴きになる方 々のために、
若干のご案内をさせて頂きたいと思い ます。
東京アマデウス合唱団は、 1980年 に「モーツ ァル トの レクイエ
ム」を自分達の手で演奏 したいという夢を持つ、 アマチ ュアの仲間達
が集 まって創立 しました。
以来 、モー ツ ァル トのほか古典派の作品を中心 とした宗教曲を、
ほぼ毎年 1回 の定期演奏会で演奏 してまいりました。
今年で 22周 年を迎えましたが、 その間 に演奏 した由の主なものを
後のペー ジに掲載 しておりますのでご―読下さい。
この合唱団は、指導者の招聘・ 指揮者の選定・ 会場設定・演奏会の
曲目選定・ プログラム印刷・演奏する曲目の解説から訳詞に至るまで
全てが団員の労力 と団員だけの資金で成 り立 ってお り、手作 りの演奏
会を開催するユニー クな合唱団 としての存在価値を、団員― 同が誇 リ
としております。
創立当初は 68名 いた団員も現在は 15名 程度になりましたが、
なんとか存続させた いという団員の強 い意志 に支えられて、現在 に
至 ってお ります。
今後の活動予定は次ページの通 りですが、一緒 に唄 ってみたい方や
興味のある方がおられましたら、是非 とも練習会場にお出かけ頂 いて
練習状況をご覧頂 きたい (見 学大歓迎 )と 願 つております。
次ペー ジ及び下記ホームページをご参照の上、是非ご来場頂 きたく
団員一 同心からお待ちしております。
[ホ ームページ]
ht t p :ノ /ノ/f
psol
plala or
ip/∼ AMADEUS/
イテ雀隆 υ′力彗菫力月戸厠己
2003年 秋
第 22回 定期演奏会
会場
ルーテル市ケ谷セ ンターを予定
主な演奏曲 目 「 ラインベ ルガーの タ ベ」として、
「スタバ ト
・マーテルJ「 5つ の賛歌 J等 ラインベ ルガーの曲を
メインに、 パ イプオルガンでの伴奏 も計画 しています。
2004年 秋
第 23回 定期演奏会
会場
石橋 メモリアルホ ー ルを予定
主な演奏曲 ロ バ ッハの カンター タを検討中
(髪夢カロ ‐ 見 竜自 こ希
お問い合わせ先
辻 村 順 子
大久保ルミ子
望 の 方
′ヽ )
048-476-4056
03-3960-7714
0毎 週水曜日 午後 6時 30分 ∼ 9時
○練習会場
同仁キリス ト教会美登里幼稚園 2F
O指 導 者
水 野 克 彦
○会
月額 4,000円
費
(学 生2,000円 )
練習場所案内図 継鱚ゝ鰤饂※焉0蝙図
蜀
怪京麗目
白
台310-9
―
。地下鉄有楽町線
×
i:番
│:::器 駅,か ら
「予宿西日JFき に
は
乗車
詢ユ「棒山
荘」
Fき・又
「目
飴ヨロ」
碑・鯵動
東 京 ア マ デ ウス 合 唱 団 演 奏 会 記 録
開催年月
場
所
主
な
演
奏
曲
目
指 揮 者
第
1回 81 2 石讚メモリアルホール モ ー ツ アル ト (レ ク イ エ ム )ジ ェスマイヤー販 寺 村 博 司
第
2回
第
3回
第
4回 83 9 東京カテドラル夫聖皇 モ ー ツ アル ト (戴 冠 式 ミサ )
第
5回 84 9 東京カテトラル大聖皇 モ ー ツ アル ト (レ クイ エ ム )ジ ュスマイヤー版 黒 岩 英 臣
第
6回
第
7回
第
8回 87 10 石構メモリアルホール シ ュ ッッ (ム ジカリッシェ エクゼクイエン
81 11 中央会館大ホール ヘ ンデ ル (メ サ イ ア )
渡邊央 己
11 東京カテドラル大聖堂 フ ォ ー レ (レ クイ エ ム )
黒岩英 臣
黒岩英 臣
石橋メモリアルホール バ ッ ハ (カ ン タ ー タ 106)
宮本昭嘉
86 10 簾馬文化センタ‐ モ ー ツ アル ト (グ ロ ッセ・ ミサ )
)
00
第 9回
12 駒場エミナース モ ー ツ アル ト (ヴ ェス ペ レ)
2 石橋メモリアルホール モ ー ツ ァル ト
(リ
優
鈴木
優
斎藤 明生
第 10回 89 11 練簿文化センター モ ー ツ アル ト (レ クイ エ ム )バ イヤー版
第 11回 91
鈴木
齋藤明生
タニ ア )
齋藤 明生
第 12回
91 11
11ロ
リリアホール モ ー ツ アル ト (ド ミニ クス・ ミサ )
齋 藤 明生
第 13回
11
ll構
メモリアルホール シ ャル バ ンテ ィエ (真 夜 中 の ミサ )
齋藤 明生
第 14回 93 11 石橋メモリアルホール モ ー ツ ァル ト (ミ サ ブ レ ヴ ィス 275) 齋 藤 明 生
15周
年記念 94 11 新宿文化センター モ ー ツ アル ト (レ タイユ )ド ルース版 渋鶴 声と合同 齋藤 明 生
第 15回 95
第 16回
石構メモリアルホール バ ッハ (カ ン ター タ 182)
齋藤明生
96 11 石積メモリアルホール モ ー ツ アル ト (ヴ ェス ペ レ )
齋藤 明生
第 17回 97 10 石籠メモリアルホール モ ー ツ アル ト (ミ サ ソ レムニ ス )
斎藤 明生
第 18回 98 10 石橋メモリアルホール バ ッハ (カ ン タ ー タ 61)
齋藤 明 生
第 19回 99 10 石橋メモリアルホール ライ ン ベ ル ガ ー (ス タ バ ト マ ー テル
斎藤先生造悼 00
クリスマス 00
7 同仁キリスト教会 ハ ス ラ ー &メ ン デ ル ス ゾ ー ン 等
上 野 奏 楽 堂 四 つ の ア ヴ ェマ リア等
00
所R文 化センター ドイ ツ 。バ ロ ック (」 C F Bach等
齋藤 明生
水野 克彦
水野克彦
第 20回 01 11 石鶴メモリアルホール モ ー ツ アル ト (ト リニターティス ミサ
第 21回
)
)
水野克 彦
)
水野 克 彦
東 京 ア マ デ ウス合 唱 団 の モ ー ツ ァル ト演 奏 記 録
作 品番 号
KV
66
KV
72
演 奏 回数
曲
in
名
1回
Missa
(74f)
3回
Inter natos
(739
1回
Mi sere
KV 109( 74a)
1回
Litani ae Lauretanae
КV
1回
l,lissa
KV 141( 66b)
2回
Te Deun laudamus
KV 167
1回
Missa
КV
194
1回
Missa
KV 220
1回
Missa Brevis (fr/):l})
KV 222(205a)
4回
Mi
КV
243
1回
Li tani ae de
KV 273
4回
Sancta ilaria, mater Dei
KV 275(272b)
1回
Missa
KV 277(272a)
1回
Alma Dei
KV 317
1回
I(ronungs Messe
KV 337
1回
Uissa
KV 339
2回
vesperae solennes de Confessor
КV
341
1回
Kyrie in d― moll
KV 427
1回
Grosse Messe
KV 618
2回
Ave verum corpus
2回
Requiem(ジ ュスマイヤー薇)
1回
Requiem(バ イヤー版)
1回
Requiem(ド ルース籠)
KV
140
KV 626
C
(Dominicus Messe)
mulierun
re
Brev
is in
G
in C (Trinitatis
Brevis in D
Messe)
sericordias DoDini
venerabili altaris
brevis in
so
B
creatoris
(iff{i})
Lemnis
in
C
in c-noll
1雛 N群 :R諄
‖
詰曽理譲3鶴
1援
鸞離孵賄
1986 0 ober
1987 QOber
1蠅 iWE
M● zllrt:GROSSE MESSE
Soわ 滋 :MuSIKAuSCHE DEQUIЫ
1988 December M磁 ● :VESPERAE
1989N● emttr Mo2an iRЁ OUIEIvl
檬齢欄尚聰温
[
EM ⅢⅢ_.¨
Bach ";ReOu〔
:KANTATE N4102
1994N● .eml・ r Mo“
1995 0tl● ber
1996 Novembo「
Mo211iVESPERAE
1997 0c ober Mα an:MlssA SOLEMNIS
1990 0dober each :К AltTATE Nr 61
1999 0d Rheinberger,STABAT MATER
2001 November M● 7ar:TRlNITAT[S MESSE
2002 0oi J C F Bach:lVE‖ 日即
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