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特別な星のしるし
特別な星のしるし 民数記 24 章 17 節 顕現主日 2013 年 1 月 6 日 説教者:芳賀弥男 芳賀弥男 クリスマスで有名な話しの一つは、東方の星占い師たちが 東方の星占い師たちが星に導かれてベツレヘムの救い主イエスのところにやって来て、 星に導かれてベツレヘムの救い主イエスのところにやって来て、黄金、 乳香、没薬の贈り物をしたことです。 この星占い師たちは、ベツレヘムからはるか東方の国から最長で 2 年の歳月を旅してイエ スのところまで来ました。車も電車も飛行機もない時代、 スのところまで来ました。車も電車も飛行機もない時代、2 年にも及ぶ旅をするには決死の覚悟が必要です。まさしく何もかも捨 て去る覚悟がなければできない旅です。宝物を携えての旅ですから、強盗に襲われ て去る覚悟がなければできない旅です。宝物を携えての旅ですから、強盗に襲われるかもしれません。道に迷うかもしれません。 るかもしれません。道に迷うかもしれません。 病気になり旅を断念しなければならないかもしれません。よくぞ彼らは 2 年にも及ぶ旅を最後まで続けました。 あなたが東方の 星占いの一人ならば、イエス・キリストに会う旅を一緒にしたでしょうか 星占いの一人ならば、イエス・キリストに会う旅を一緒にしたでしょうか? おそらくしなかったでしょう。私たち現代人は、神の たでしょう。私たち現代人は、神の 約束よりも、安定した暖かい、人々の評判を得られる生活の方が大事なのです。 彼らをいのちがけの旅に出発させたものは何でしょうか。 彼らが旅を最後まであきらめないで、進ませたものは何でしょうか。 その正体はたった一つの聖書の御言葉です。これ その正体はたった一つの聖書の御言葉です。これは神への驚異的な信仰です。以前、オーストラリア人の方から突然にメールが来 は神への驚異的な信仰です。以前、オーストラリア人の方から突然にメールが来 ました。「私の莫大な財産を預かって欲しいので講座を知らせてほしい。与ってくれたら御礼を差し上げる。」すぐにこのようなお いしい話は詐欺だと察知し、信頼しませんでした。このように、たった一つの言葉や約束では、私たちはなかなか信頼するもので はありません。ましてや星占い師たちが信じた一つの言葉は数千年前の約束 はありません。ましてや星占い師たちが信じた一つの言葉は数千年前の約束なのです。それでは今日、星占い師たちが信じたその です。それでは今日、星占い師たちが信じたその 一つの約束を思い巡らしましょう。民数記の 24 章 17 節です。 「わたしは見る。しかし、今ではない。私は見つめる。しかし、間近ではない。ヤコブから一つの星が上り、イスラエルから一本 ない。私は見つめる。しかし、間近ではない。ヤコブから一つの星が上り、イスラエルから一本 の杖が起こり、モアブのこめかみと、全ての騒ぎ立つ者の脳天を打ち砕く。 」 〈この預言の解説〉 クリスマスのストーリーを知らなければ、私はこの御言葉に心を留めることはなかったでしょう。もし、心に留めたとしても、 正しく解釈することはできなかったかもしれません。 正しく解釈することはできなかったかもしれません。まず、ここに記されている内容が起こるのは は「今ではない」と繰り返し強調 しています。このように、全ての約束は現在のものではなく、未来に関するものです。未来について何も知ら 全ての約束は現在のものではなく、未来に関するものです。未来について何も知らない 全ての約束は現在のものではなく、未来に関するものです。未来について何も知ら 私たち人間は、信仰によってのみ未来のことを確信することができます。 私たち人間は、信仰によってのみ未来のことを確信することができます。(へブル 11 章 1 節) 「ヤコブから一つの星が上り」 ヤコブはイスラエル民族の偉大な先祖ヤコブのことです。彼の血筋から一つの 星が上ると言うのです。みなさんもユダヤ人たちの印をご存じでしょう。 「ダビデの星」という紋章が彼らの旗に という紋章が彼らの旗に もなっています。つまり、この言葉はやがてイスラエル人たちの国を統治する有名なダビデ王の出現を指しています。 「イスラエルから一本の杖が起こり」の「杖」は王が持っていた金の「しゃく」のようなものです。 の「杖」は王が持っていた金の「しゃく」のようなものです。 の「杖」は王が持っていた金の「しゃく」のようなものです。(相撲の行司が持っているもの に似ています) それは王の権力を象徴していました。 それは王の権力を象徴していました。(創世記 49 章 10 節) そして、ダビデは王としての権力も用いて、ここ そして、ダビデは王としての権力も用いて、ここに書 かれているように敵対する「モアブ」民族を打ち破りました。 民族を打ち破りました。(2 サムエル 8 章 2 節) しかし、このままだとこの御言葉はダビデ王についての預言というこ とで、イエスの時代の星占い師たちからすると 1000 年前の出来事にな ってしまいます。 実は聖書の預言は二重、三重に預言されているこ の預言は二重、三重に預言されているこ とが多いのです。特に、預言の小さな実現とさらに大きな実現を指す 小さな実現とさらに大きな実現を指す ことで、預言の大きな実現をさらに強調し、分か 、分かりやすくしているこ とが多いのです。つまり、今日学んでいる預言は とが多いのです。つまり、今日学んでいる預言は小さな実現としては ダビデ王を指し、さらに大きな実現としては ダビデ王を指し、さらに大きな実現としては救い主イエス・キリスト を指しているのです。なぜそのように断定できるのか なぜそのように断定できるのか? それは「聖書 は聖書によって解釈する」という原則に基づくならば、聖書の至る所で同じことを述べているからです。 では、敵対する民族モアブは、イエスに関する実現において何を指すのでしょうか。モアブ では、敵対する民族モアブは、イエスに関する実現において何を指すのでしょうか。モアブはダビデとイスラエ はダビデとイスラエル民族を堕落さ せ、呪い、攻撃し、占領し、敵対していました。ですから せ、呪い、攻撃し、占領し、敵対していました。ですから、聖書全体においてモアブは「神の国の敵対 、聖書全体においてモアブは「神の国の敵対者」の象徴として用いられ ることが多いです。(ゼパニヤ 2 章 8-11 節など) ダビデ王はモアブ人たち倒し、支配しましたが、ここに書いてあるように完全に 滅ぼしてはいませんでした。 しかし、やがて来る救い主はモアブの「こめかみ」と「脳天」を打ち砕くと預言されています。こ れは決定的な勝利を現わしています。みなさはこの言葉を聞く時に、救い主についてのある御言葉を思い出しませんか? 創世記の 3 章 15 節ある救い主についての最初の約束です。 「わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵 意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。 」 そうです。救い主は悪魔の頭を踏み砕くという人 類に与えられた救い主に関する最初の預言です。救い主はご自分のためではなく、愛するご自分の子供たちクリスチャンのために 決定的な勝利を得てくださる方です。ご自分の子供たちを苦しめ、悩ませ、圧迫し、悲しませる全ての物を最終的に滅ぼし、勝利 するのです。罪、罪の永遠の罰、死、悪魔、真の神を疑い、背く全ての人間はことごとく打ち砕かれます。決定的な敗北を味わい ます。それはダビデ王にも、全ての時代の王や支配者、皇帝や大統領にも決してできない業です。しかし、それでいて全ての人間 が心から望んでいる勝利ではありませんか! 〈しるしとしての夜空の星〉 「星」は日本語でも二重の意味があります。「スター選手」というと有名でチームの主力選手です。このように「星」は特別に優 れた人を描写する時にも用いられますが、もちろん空に輝く星を指します。 今日の預言は「星」と言う意味においても二重の意味を持っていました。救い主が生まれた時、この特別な星が夜空に現れたの です。 ところで、神は天地万物を造られる作業の 4 日目に、天体に浮かぶ太陽や月や星を造られました。その時に神は次のよう に言われました。 「光る物は天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。しるしのため、季節のため、日のため、年のために、役立 て。 」(創世記 1 章 14 節) 「しるし」とは「ランドマーク」つまり「目印」です。神が天体の星や太陽を造らせたのは、季節やカ レンダーのためだけではなく、何か全人類にとって大事なことを示すための「掲示板」のようなものだったのです。 実際に全ての人間ははるか昔から同じ太陽、月、夜空、そして星を見ています。そして、神は歴史において大切なことが起きる ときに、空の天体に「しるし」を与えています。イエスが生まれる時、イエスが十字架で亡くなる時(全地が 3 時間暗くなった) そ して、世の終わりの前兆です。(マタイ 24 章 29 節) それは全ての人がこの救い主に出会うため、神の永遠の祝福を得るため、そ して、悔い改めて終わりの時に備えて準備するための神の愛の配慮です。 イエスが誕生した時、多くの人が夜空を眺めていたでしょう。しかし、特別な星に気がついた人はあまりいなかったでしょう。 もし、特別な星に気がついても、聖書の今日の御言葉と比較し、救い主の誕生のしるしだと気がついた人はほとんどいなかったで しょう。そして、わざわざそのしるしを信じて救い主に会いに来た人は世界中でたったの数人だったのです。 主にある兄弟姉妹の皆さん。クリスマスに生まれたイエス・キリストはすばらしい救い主ですね。王として 2000 年前だけではな く、今も昔も、世界中、日本もアメリカもフィリピンも支配している真の王です。『支配』と言う漢字は、「支える」と「配る」で す。真の王イエスは今日も御言葉や聖餐式や洗礼を通して、私たちの体と魂と心を支えています。そして、ご自分のすべてのもの を私たちと分け合ってくださる方です。これこそ、真の支配者です。そして、この方の支配は天国でさらにはっきりと増し加わる のです。 そして、この救い主は私たちの全ての苦しみ、悩み、失望、死、永遠の別れ、恐れを打ち砕くことのできる方です。ですから、 天国には死も涙も罪もないのです。(黙示録 21 章 4 節) 東方の星占い師たちがいのちがけでこの方に会いに来た理由が分かりましたか? 彼らは自分たちの国の王よりも、この方を慕い 求めたのです。自分の罪と罰、死と永遠の救いついて、この方に全幅の信頼を置いたのです。この方に全てをお任せし、この方の 支配に身をゆだねたのです。今ある全てのものよりも、この方の祝福を得ることの方が優れていると悟ったのです。このクリスマ スの季節に、私たちは彼らを見習いましょう。彼らがたった一つの御言葉もおろそかにせず研究し、全幅の信頼を置いていたこと を。そして、最後まで神の言葉への信頼を失うことなく、救い主にお会いできるまで捨てなかったことです。私たちもきっと 2 年 以上の旅になりますが、これからの人生で御言葉にしっかりと信頼を寄せましょう。この救い主のくださる全て、永遠の命、真の 安らぎ、真の罪の赦し、真の喜びは、この地上で得る全てのものに勝るプレゼントです。そして、天国の真の王に出会う時ことを 楽しみにこの人生の苦難の旅を歩みましょう! 私たちの「しるし」は聖書とキリストの愛です。アーメン