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中小建設業者の建設労働者・技術者問題
建設業経営研究会 庄司憲生 (中小企業診断士・技術士) 第16回 中小建設業者の建設労働者・技術者問題 近い将来,急速に担い手不足となることが 予想され,今のうちから抜本的な対策を手 はじめに 掛けておくことが望まれる。 我が国の少子高齢化は急速に進みつつあ そこで,今回はまず,我が国の労働者数 り,2007年問題も現実のものとなって,団 の現状と将来予想,建設業の労働者・技術 塊の世代の退職もすでに始まっている。す 者の現状と動向を述べ,将来予想される労 でに一部の製造業やIT業界では担い手不 働者・技術者不足の対策と,補完する一つ 足が深刻化しており,それを補完するため の方法として外国人労働者・技術者の受け の外国人労働者や技術者を受け入れ,現場 入れについて,その方法と留意点等につい が多国籍化している。 て述べることとする。 そんななか,建設業は公共事業の縮小な 建設労働者・技術者の 現状と課題 どにより需要が減少傾向にあるため,まだ 労働者,技術者不足はそれほど顕在化して いないが,首都圏の建築関係では,型枠工 1.我が国の労働者の現状と動向 や鉄筋工などの職人不足が顕著になってお り,一級建築士など,設計や監督技術者等 我が国の就労者数は平成14年が6,330万 の技術者の不足も生じつつある。建設業も 人,16年が6,329万人,18年が6,382万人,平 図表1 年齢3区分別人口割合の推移 ─出生中位(死亡中位)推計─ (%) 注:破線は前回中位推計 80 70 生産年齢人口 60 (15∼64歳) 50 実績値 40 推計値 老年人口 (65歳以上) 30 年少人口 20 (0∼14歳) 10 0 1955 1965 1975 1985 1995 2005 2015 2025 2035 2045 2055 (年次) (出典:国立社会保障・人口問題研究所ホームページ) 38 建設業しんこう 2008.8 成20年1月現在では6,321万人とほぼ横ば 関係では技術者の不足も生じており,建築 いで推移している。今後は団塊世代の退職 基準法の改正・厳格化の影響も受け,一級 を機に急速に減少していくと予想される。 建築士の資格保有者の不足が顕著となって 我が国の生産年齢人口(15∼64歳人口) の いる。 推移と予測を図表1に示す。生産年齢人口 土木関係では公共事業の需要の低迷のた は今後徐々に減少していくのが分かる。 め,建築に比べ,労働者・技術者不足は顕 一方,建設業の就労者数は,平成9年の 在化していない。しかし労働者・技術者の 685万人をピークに平成14年が618万人,16 土木離れの傾向は建築以上に大きく,将来 年が584万人,18年が559万人,平成20年1 的には労働者・技術者不足は建築以上に顕 月には546万人と減少を続けている。これ 著になる可能性を内在していると言える。 に対して,我が国の建設投資は,平成8年 工学系の学生の土木離れは著しく,土木 が約83兆円であったが,19年には約52兆円 系の学生が減少しているうえ,土木系の学 と約4割減少しているのに比べて,建設業 生でも卒業後には製造業,情報,サービス, の就労者数の減少幅は約2割と少なく,過 金融など,他の産業に就職する学生が多く 剰であると言われている。そのため,製造 なっている。そのため,土木技術者の年齢 業など他の産業に比べ,将来の労働力不足 構成は他の産業に比べても,極度の歪構造 に対する危機意識は稀薄であると言える。 となっている。 2.建設関係労働者の現状と動向 その典型例として「建設コンサルタント」 の技術者の年齢構成の平成7年から18年の 全産業の年齢階級別就労者数から15∼19 変化を図表2に示すが,平成18年では20代 歳の就労者数をみると,平成13年で115万 の技術者数が極端に減少し,特に新卒で入 人に対して17年で97万人と16%の減少であ ってくる20代前半の技術者はごくわずかし るが,建設業は平成13年が9万人に対して かいない。さらに10年後には20代が30代に 17年が5万人と40%以上の減少である。 なると,実務者としての戦力である40歳前 20∼29歳では全産業が平成13年で1,317 の技術者は極端に減ることは明らかであ 万人,17年が1,158万人と12%の減少であ る。 る。これに対して建設業は平成13年が115 以上のことから今後5∼10年先を見通し 万人,17年が83万人と28%の減少で減少幅 た場合,建築・土木ともに建設関係の労働 が2倍以上となっている。 者・技術者,特に担い手の中心となる若手 このように,建設関係の就労者は,若い の技術者が不足することは明白である。 世代の建設離れ等から他の産業に比べても 建設労働者・技術者不足 の対策 10代・20代の就労者の減少傾向が著しい。 このようななかで,建築関係では労働者 の不足傾向が出はじめており,特に首都圏 建設関係労働者・技術者不足に対する対 ではマンションやオフィスビルの建設が多 策として,以下のことが考えられる。 く,不足傾向が著しい。鉄筋工と型枠工は ① 定年延長・再雇用などによる熟年労働 平成19年の調査で不足率がそれぞれ1.3ポ イント,2.2ポイントに達している。建築 者・技術者の引き留め,確保 ② 技能・技術の継承による若年労働者・ 建設業しんこう 2008.8 39 図表2 建設コンサルタント技術者の年齢別構成 1,600 1,400 従業者数︵人︶ 待遇悪化により,若い 有能な技術者が他産業 に流出した懸念あり 1,200 平成 7 年 平成18年 1,000 800 600 400 新規採用の抑制によ り,今後の技術力の 維持に懸念あり 200 0 18 20 22 24 26 28 30 32 34 36 38 40 42 44 46 48 50 52 54 56 58 60 62 64 (年齢) (出典:建設コンサルタンツ厚生年金基金) 技術者の技能・技術の向上による現業の 分野は12万人程度で,研修生・技能実習生 戦力アップ は約11万人である。 ③ 女性労働者・技術者の確保 単純労働への外国人の受け入れは,原則 ④ 新卒者・若手労働者に対して「建築の 禁止であるが,国際貢献の一環として技能 魅力」「土木の魅力」を広報やイベント 者育成を目的に,外国人研修生・技能実習 などにより啓蒙し,建設離れを防ぐ 生制度がある。 このようないくつかの対策があり,すで 他の産業,たとえば衣料や食品加工業な に講じられているものもある。しかし,我 どは以前から外国人研修生・技能実習生制 が国全体の若年労働者が減少しているなか 度による外国人の受け入れが進められてお で,他の産業より多くの若年労働者が建設 り,現在これらの企業の中には,外国人研 関係に集まることは期待できないことか 修生・技能実習生なしでは,事業が成り立 ら,これらの対策を講じたとしても,国内 たない企業もあるほどである。それ以外の の労働力のみでは,担い手不足は補えない 製造業でも,外国人研修生・技能実習生の と推測される。 受け入れは徐々に増加している。現状では, 建設労働市場への外国人 の参入の現状と将来予想 1.我が国の外国人労働者の現状 多くの生産現場に日系外国人(ブラジル他) 等の技能労働者も多く,外国人労働者は経 常化しつつある。 一方,技術者については,我が国は現在, 情報関係の技術者の不足が顕著になってお 2003年の我が国の外国人就労者数は約80 り,ソフトウェア開発会社,情報処理関係 万人であるが,全就労者に対する割合は1 会社などでは,中国,韓国,インド,タイ %程度であり,ドイツが8.5%,米国が14.8 やベトナムなどのような東南アジア諸国の %であるのに比べると,他の先進諸国に比 技術者等,外国人技術者の就労が一般化し べて少ない。また80万人のうち専門的技術 ている。 40 建設業しんこう 2008.8 2.建設労働市場への外国人参入の現状 本語,生活環境,文化や研修への取り組み 姿勢等を「非実務研修」で教育するととも 建設業においては,現状では労働市場へ に,「実務研修」では生産現場で生産に従 の外国人の参入は製造業等の他の産業に比 事しながら実際の技術,技能,知識を習得 べると,まだまだ少ない状況である。 させる。 たとえば,外国人労働者数の割合は平成 研修期間中は対価すなわち賃金を得るこ 18年で製造業が全産業の80%程度であるの とができない。そのかわり在留中の生活に に対して,建設業は3%程度という調査結 要する実費として「研修手当」を,受け入 果もある。 れ機関(企業)から支給を受ける。 しかし,労働者の需給がひっ迫しつつあ 「技能実習」は対象となる職種に関する る首都圏の建築関係の企業を中心に,外国 研修において,研修成果が一定水準以上に 人研修生・技能実習生の受け入れも徐々に 達し,在留状況,技能実習の評価を受けて, ではあるが,増加してきている。 研修生が技能検定2級以上の試験に合格し 外国人労働者の具体的な 受け入れ方法と留意点 1.外国人技能労働者の受け入れ た場合に,研修終了時に在留資格(「特定 活動」) の変更許可を受けることにより, 研修を受けた企業と同一の企業において技 能実習を受けられることになる。「技能実 習生」は原則として日本人労働者と同様に 建設業への外国人技能労働者について 労働関係法規が適用され,企業とも雇用契 は,日本国籍や日本国の永住権を有する外 約を結んで賃金を得ることができる。逆に 国人以外の受け入れ方法として,研修生・ 言うと,受け入れ企業は日本人労働者と同 技能実習生の受け入れがある。 等に扱い,同等の賃金を支払わなければな (1)外国人研修生・技能実習生制度につ いて 外国人研修生・技能実習生制度について らない。 本制度の概要を図表3に示す。 (2)制度活用の要件と留意点 は,(財)建設業振興基金も第1次受け入れ 研修生・技能実習生の職種作業は,技能 機関として「海外建設研修生受け入れ研修 習得の対象である職種・作業に限定される。 事業」を実施している。制度の内容につい 技能実習を受け入れることができる職種・ ては,本誌でも度々紹介されているので詳 作業は現在63職種116作業あり,建設関係 細は省くが,概要を以下に述べる。 では21職種31作業ある(研修生は特に職種・ 外国人研修生・技能実習生制度は諸外国 作業に規定はないが,技能実習を受け入れで の青壮年労働者を日本に受け入れ,我が国 きる職種・作業以外は研修終了後に帰国させ の産業,職業上の技術・技能・知識の習得 なければならない(最長1年間)) 。 を支援するものである。受け入れ期間は1 受け入れ可能な「研修生」の人数枠は, 年間の研修期間と2年間の技能実習期間で 企業の常勤職員数により異なり,たとえば 構成され,最長で3年間である。 101人以上200人以下の中小企業の場合は10 「研修」では技術・技能に関した産業・ 人,50人以下の場合は3人である。 職業の基礎知識やノウハウ,安全衛生,日 「技能実習生」は,原則的には「研修生」 建設業しんこう 2008.8 41 図表3 外国人研修生・技能実習生制度 最長 3 年間 最長12カ月 通常24カ月 研修 技能実習 研修終了 入国 技能検定試験合格後, 技能実習に移行 研修生 在留資格変更 雇用契約締結 技能実習生 技能実習終了 帰国 雇用関係の下での労働者 在留資格は「研修」 在留資格は「特定活動」 が研修終了後「技能実習生」の要件を満た 響を与え,職場のモラルアップになった せば全員受け入れでき,たとえば101人以 (たとえば中国の「研修生」は農村出身者 上200人以下の中小企業では,初めて研修 がほとんどで,素朴で純真な人が多い)。 生を受け入れてから3年後には, 「研修生」 一時期,外国人研修生の受け入れ機関や から順次「技能実習生」に移行すれば,最 企業の不祥事,そして研修生自身が事件を 大30人受け入れが可能となる。 起こすなど,「研修生」に対するマイナス 受け入れ機関(企業)は,それぞれ研修 イメージの事象が続いたが,上記のように 計画,実習計画を作成し,これらに従って 受け入れに成功し,良い結果を得ている企 確実に実施しなければならない。 業も多く,なかには事業を継続するために 研修生は労働者ではないので,時間外研 はなくてはならない存在になっている企業 修や休日出勤による研修を実施することは もある。 できない。「技能実習生」は労働基準法等 現在人手不足に悩んでいる企業はもちろ の労働関係法規を「遵守」して労働させな ん,今後労働力不足が予想される企業も今 ければならず,時間外や休日出勤をさせた のうちから 「外国人研修生・技能実習生」の 場合は,時間外割増賃金等の支払いが必要 受け入れを検討されてはいかがであろうか。 となる。 (3)外国人研修生・技能実習生受け入れ による利点 2.外国人技術者の受け入れ 技術者については一般に4年生大学の卒 外国人研修生・技能実習生を受け入れた 業証明(学位(学士)証明)があり,就労の内 実績のある企業から,受け入れによる効果 容が学位の分野に該当するものであれば, や利点として以下の点が挙げられている。 原則として日本での就労ビザの取得ができ, ・研修生・技能実習生が現場の労働力不足 外国人の受け入れは可能である。この場合, のなか一大戦力となり, 大いに助けられた。 ・研修生・技能実習生の存在で一定人数を 確保でき,仕事が受注しやすくなった。 ・研修生・技能実習生は純朴で素直で技能 習得に意欲があり,他の社員にも良い影 42 建設業しんこう 2008.8 日本人労働者と全く同じ身分となるため に,受け入れ企業も処遇・待遇は日本人社 員と全く同じに扱わなければならない。 (1)採用の方法 採用の方法としては,日本に留学してい る学生等を新卒者として直接採用する場合 建設業も現在のIT業界などと同様に,近 と,送り出し国の人材紹介機関や人材紹介 い将来日本人だけでは技術の担い手が不足 企業から紹介を受ける場合などがある。送 し,多国籍化せざるを得なくなる可能性は り出し国からの紹介の場合は,相手機関や 大きい。そのため早い時期から外国人技術 企業の日本法人または送り出し国の機関や 者を受け入れ,常態化しておけば,担い手 企業と提携している日本の人材紹介会社等 不足や国際化への対応がスムーズに行え, から紹介を受けることが一般的である。 企業の強みになると考える。 最近の例として,日本国内での人材確保 また,外国人労働者の受け入れを,労働 が困難であることから,企業自ら中国の大 者不足を補完するという消極的な意味での 学や人材機関に対して人材募集活動を展開 み捉えず,外国人労働者の旺盛な知識吸収 しているケースがある。また,中期的な国 意欲やハングリー精神により,社内の活力 際人材戦略を制定して,中国に人材育成・ を向上させ,企業風土を変えていくという, 確保を目的とした学校や人材育成センター 積極的な意味で捉える姿勢が望まれる。さ を設ける企業も出てきている。 らには,外国人技術者を核として,彼らの (2)採用受け入れにあたっての留意点 出身国への企業の事業進出・展開の可能性 日本の建設技術は建築も土木も世界的に も期待できるかもしれない。 優れていると認識されており,外国人技術 このように外国からの人材の受け入れ 者はその習得を期待して日本への就業を希 は,企業の将来への継続・発展についても 望して来ているので,その期待を裏切らな 様々な可能性を秘めているのではないだろ いように仕事をさせる必要がある。つまり うか。 単純な仕事ばかりでなく,徐々に高度で技 術内容の高い仕事を与えるなどの配慮が必 要である。 おわりに また,日本の技術者資格制度による障壁 中小の建設業においても,労働者・技術 がある。建設関係の業務は基幹業務になる 者不足は今後数年のうちに顕在化すること ほど公的資格(たとえば一級建築士,技術士, はほぼ間違いない。そのなかで早めに対策 施工管理士等)を要することが多くなるが, を施し,優秀な技能者,優秀な技術者を確 言葉の障壁から外国人技術者がこれらの資 保しておくことが将来の業績を左右すると 格を取得することは極めて難しい。長期的 考えられる。 に就労させる場合は,この点に留意する必 読者の皆様に,早めの対策をお勧めする 要がある。 とともに,本著が皆様の今後の労働者確保, 特に単独で受け入れる場合,外国人技術 技術者確保の参考になれば,幸いに思う。 者は慣れない環境の中で生活し,就労する ことになるので,仕事の面のみでなく,生 庄司 憲生 活面や精神面でもフォローとケアを心がけ 中小企業診断士・技術士(建設部門・総合技術監 る必要がある。 理部門)・APEC Engineer(civil) 以上のように,外国人技術者を受け入れ るにはいくつかの留意点や課題はあるが, 中小企業診断協会東京支部建設業経営研究会 幹事 建設業経営支援アドバイザー 建設業しんこう 2008.8 ◆ 43