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新規事業と人
巻頭言
新規事業と人
株式会社イーフォーシーリンク
代表取締役社長 横野 滋
リコーという会社は面白い.
何が面白いといって人が面白い.リコーとは,思い返してみれば20年以上のお付き合いになる
が,思い浮かぶのは,会社とか,製品とか,技術,ビジネスというより,まず,人である.人の
顔が思い浮かんで,それから製品とか,技術とか,ビジネスとかが連想的に思い浮かぶ.それだ
け特徴のある人が多い会社,ということなのだろうか.
最初にお会いしたのは確か光ディスク関係者だったと思う.私もソニーで光ディスクに携わっ
ていた頃で,標準化委員会とかセミナーでご一緒する機会が多かった.とにかく驚いたのは,リ
コーの光ディスク開発の動機・理由が,プリンターと同じプリントアウト出力デバイスのひとつ
だからということであった.思わず耳を疑った.光ディスクがプリントアウトの一種であるとは
そのとき初めて聞いた.「プリンター」の研究開発として光ディスクが位置づけられる.しかし,
気を取り直して考えれば,理由は何でもいいのである.やれればいい.現にリコーはライトワン
ス光ディスクメディアを自社開発し,それを応用したドキュメント管理システムである「リファ
イル」まで製造販売していた.考えれば事務機器のひとつとしておかしくも何ともない.確かに
紙にではないが,光ディスクに書き出す(プリントする)のである.開発する理由が奮っている
だけである.聞いたときは最初に驚きと同時に「面白い会社」と思ったが,どうも面白いのはそ
の人で,会社はそういう面白い人を許しているという意味で「面白い会社」なのだということら
しい.そう考えるとその後出会うことになるリコーの人たちは,他社に比べ,そういう面白さを
持った人が多い.もちろん会社だからいろいろな人がいて,すべてが「面白い人」ではないが,
割合は確かに多い.
これは意外と重要なことだと思う.
私がソニーに入社したのは1972年.トリニトロンが発売されて4年目のことである.井深さん,
盛田さんがお元気なときで,我々はこのお二人が醸し出すソニースピリットの薫陶を受けて育て
られた.失敗を恐れず,自由闊達に新しい提案をし続ける.何もしないことは失敗するより恥ず
かしいこと.だから社内は死屍累々であった.ソニー語録の中に「失敗したら闇から闇へ葬れ」
というのがある.それほど失敗は当たり前のことで,要は勝ち越せばいい.1勝0敗より,10勝9
敗のほうがえらい.何がえらいのか分からないが,トライの数の多さも重要なのである.トライ
の数と勝ち越し,そういう人が評価されるのである.でも評価されるまではボカボカにやられる
のはどこも同じ.苦労はするがめげない人も多かった.だから多産多死.そうやってヒット商品
が生まれてきた.多分他社では提案しても潰された商品企画だから何処もやらない.売れたら
ヒット商品になるに決まっている.ソニーしかやらないのだから.世間ではソニーといえば,ト
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ランジスターラジオ,トリニトロン,ウォークマン,ベータマックス,プレイステーション,な
どなど製品ブランドが思い浮かぶだろうが,私にはそれらを中心的に担いできた人たちが浮かん
でくる.トランジスターといえば井深さんと岩間さん,トリニトロンといえば,吉田さん,大越
さん,宮岡さん,ウォークマンといえば盛田さん,ベータマックスといえば木原さん,プレイス
テーションは久夛良木さん,等々.これらの製品にはそれを生んだ人の個性が宿っているように
思う.もちろんそれらの製品は他に多くの人が関わっている.その人たちがいなければ素晴しい
製品も世に出なかったであろう.しかし中心的に担ってきた人たちがいなければ,数々の困難を
乗り越えて,開発を成功させることはできなかったであろう.その困難を乗り切るときに考え方
の個性が出る.成功する方法はひとつではないから,他の人が成功すればそれは違う製品になっ
ていただろう.いつも「成功」は個性的なのである.そういう意味でソニーには「面白い人」が
多かった.新商品,新規ビジネスにはその「面白い人」の顔があった.私がその商品を買うとき
はいつもその中心人物の顔が彷彿としてくるのである.ソニーは,だから「面白い」というだけ
で開発を始めたのである.逆に面白くなければ,それは仕事ではない.モノでも,コトでも,新
しいものは人が創るのである.「売ってなんぼ」なんて言う人はいなかった.結果は後から付い
てくるから核はやはり「面白さ」だった.
リコーは人が面白い.ということは多分仕事も面白い.製品や事業も話を聞くと確かに面白い.
「リコーの人はけっこう真面目なんです.」「リコーの人は内向きで大人しく,あまり外に出よ
うとしません.」こんなことをリコーの人からよく聞く.しかし話を聞いていると,屈託なく明
るく,けっこう自由に話している.真面目に変なことをしているとか,確かに派手ではないが,
大人しく凄いことを考えているとか,リコーの面白い人にはこういう面があり,それを社長や役
員が煽っていることもどうもありそうな感じなのである.「私は10年以上MFPの仕事をやってき
ました.今のままやっていていいのか?と思ったのです.このまま続けても先は見えている.今
までの経験を活かして別の仕事をしたほうが新しい価値創出に繋がるのではないか.何が私に
とっても会社にとってもこれからの価値なのか考えて,昨年今の部署に異動させてもらいました.
今はやりがいがあります.リコーにとっても初めての事で大変なのですが.」こんな調子なので
ある.きわめて主体的で,前向きで,何より自分の頭で考えている.こういう社員は世の中なか
なかいない.こういうことを許している会社もそうはない.別に会社も個人もMFPに将来がない
などとは思ってはいない.いろいろな考えがあるということなのだろう.
そのリコーが今年から第17次中期経営計画に入り,一言で言えば新規事業の拡大を目玉にする
という.それも従来の業界,業容,業態にこだわらないらしい.これは今の時代とても大事なこ
となのである.と私は思っている.例えば精密機械業界と呼ばれている業界では,何か特定の商
品カテゴリーの売上げが全体の売上げの6割,7割を占めている企業が多い.事業構造的には脆弱
である.そのカテゴリーがやられれば一巻の終わりになってしまう.この構造変化による急激な
収益悪化という危険性は実は1990年代から顕著に現れだし,最近では摂動くらいの変化が大きく
増幅されて全世界に影響が波及していくという過敏な状態になってきている.だから過去に拘ら
ない姿勢で新たな事業に挑戦していくことが大事になるのである.それも「面白い人」と「面白
いコト」がキーになるのではないかと思うのである.
リーマンショックでは,頼りにしていた先進国市場が実はかなり本質的に幻想の上に成り立っ
ていたことが今更ながら分かり,一気に売上げを落とす日本企業が続出した.借金をベースにし
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た需要とは何か.バブル資産を背景にした消費とは何か.そんなものに頼っていた景気とは何
だったのか.東日本大震災ではサプライチェインが破壊され,モノが作れない怖さを実感した.
これらの怖さは,リーマンショックや東日本大震災という突然起こった破綻や事故によるものだ
けではないのである.同じ怖さが,実は世界の経済,産業,社会の構造的な大変化の中にすでに
潜んでいたし,今も潜んでいる.1990年代,あるいは1980年代後半からかもしれないが,企業の
商品企画はほとんど当たらなくなってきていた.経済の高度成長時代にはニーズははっきり見え
ていたが,大量生産,大量消費という工業化社会から,人々の価値の多様化,モノより知の時代,
情報化社会になってくるとニーズは一様ではなく,多種多様になってくる.複雑になる分シンプ
ル・クリアーには見えなくなってくる.工業化社会時代には同一規格のハードウェアが提供する
価値は画一的な利便性と低価格である.この時代はカテゴリーキラーであれば勝者になれた.し
かし今は多岐にわたる価値の創出と提供はサプライサイドだけの役割ではなく,ユーザーとの共
感や協創との下で創り出されてくる.あるとき突然ユーザーから見捨てられることも起こってく
る.今はそういう時代なのである.こういう時代は今までの成功パターンも役に立たない場合が
多い.逆に誰にでもチャンスはある.気付きや発見が大事になってきている.私は今の時代を表
すキーワードは「複雑系」だと思っている.人がすべてを知るには複雑過ぎる系.人間も複雑系
である.宇宙も,社会も複雑系である.だから気付きや発見が重要になる.この気付きや発見を
「創発」と呼んでいる.自立した人同士が相互作用を通して触発され,何か新しいものが生み出
されてくる.このプロセスが創発である.
創発の時代は,会社や組織という抽象的な集団より,顔の見える個人が重要になってくる.新
しい価値の創出は従来の改良・改善からは生まれない.だからきわめて個性的なのである.そう
いう意味でこれからの新規ビジネスや新商品は,「面白い人」がいるところからしか生まれてこ
ないのではなかろうかと思うのである.それも「面白いコト」としての新規ビジネス,新商品で
ある.
こういう時代の企業は,個人の突飛なアイデアを発見して引き上げ,ビジネスとしての価値に
形作っていく仕組みとか,プロアクティブな戦略としてのビジネスインテリジェンスに高めてい
くプロセスとか,新しいマネジメントスタイルが必要になってくる.それでなければ「面白い
人」は生きない.従来の形式知だけを取り扱う厳格なマネジメントから脱皮して,暗黙知に対し
ても適宜対応できるマネジメントスタイルである.いわば好奇心旺盛なマネジメントとでも言お
うか.あるいは感動をベースにしたマネジメント.時には「いい加減な」マネジメント.私は
1990年代からこの変化は始まっていたと思っている.現に私は当時R&Dにいたので,R&D戦略を
中心に全社組織の戦略的関係性を縦割りから円型に変えていこうとした覚えがある.当時ソニー
はコロンビアピクチャー買収ののれん代償却で財務的な評価が下がり,格付け機関が格付けを落
とすのでないかと言われていた.社内でなりふり構わず対応を検討していた.何を迷ったか私の
ところにも相談に来た.いろいろ聞いてみると格付け機関によって割合は違うが,R&Dが格付け
評価の20~30%を占めるらしいことが分かった.結果的には研究所が戦略的テーマを格付け機関
にプレゼンして,そのためかどうかは分からないが,格付けは落ちなかったのである.分かった
ことはR&Dは単なるR&Dではなく,財務にも,宣伝広告にも,営業マーケティングにも,全社の
あらゆる機能組織と相互関連性を持っていることである.つまり円型関係性である.ソニーがIR
投資家ミーティングに研究所の出来立てほやほやの技術を発表するようになったのはこの頃であ
る.研究開発を戦略の一環から経営資源の一つとして位置づけ活用しようとしていたわけである.
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こんなことは「いい加減な」人間でなければできない.何しろ会社こそ複雑系であるからである.
形式知と暗黙知の両方で回していかなければならない.
こういう観点から世の中の中期経営計画を見ると,普通何とも面白くない.退屈なだけの話が
多い.何しろ株主対策用の外部アピールの姿勢が見え見えだから,攻撃的な部分でも後で突っ込
まれないような「守り」ができている.およそ「面白さ」から遠い.だから私はその中に意外性
がどのくらい内包されているかを探ってみることにしている.ちょっとした楽しみである.メッ
セージの大部分は常識的であっても仕方ないのである.しかし色は必ず表に現れる.神は細部に
宿る.今回も,リコーの場合はどうなのだろうか,と思いながら話を聞いていた.所々で「異
物」を感じることがある.まさに光ディスクをプリンターですといっているような感じなのであ
る.ここが実はリコーらしいのではないかと思う.例えば,エコソリューションのLED照明,新
興国市場へのBOPの取り組み,ネットワークアプライアンスとクラウドコンピューティング,事
業のサービス化とコンシューマ市場への拡大,ファイナンス活用ビジネス.どれも従来の枠を超
えようとしている.背後に多分多彩な「面白い人」がいるのだ.ぜひ中期計画の枠を超えた面白
さを実現して欲しい.
さて,最後にこのような中期経営計画を実現するためにはかなり多彩な才能と新しいマネジメ
ントスタイルが必要なことを申し上げておきたい.というのはかねがねリコーはコンシューマ
マーケティングが弱いのではないかと思っていたのだが,それをリコーの人に言うと大概「リ
コーはもともとB2Bの会社だから」とあっさり答えるのである.それが,中期では事業拡大の中
にコンシューマ市場が堂々と入っている.これは一言言わねばと思ったしだいである.
これからはもう何が苦手とか弁解は言えない.個人は長所を伸ばすだけでもいいが,会社は苦
手とか下手は必要なら補完していかなければならない.企業が存続するためには,外部環境・内
部環境の変化に応じて経営スタイル,ビジネスモデルを変えていく.不断のイノベーションであ
る.イノベーションは競争力を磨かなければ意味がない.企業の競争力は時代によってその内容
が違ってくる.従来言われている企業の競争力は,人,物,金である.これはタンジブル(有
形)な資産を重要視する高度成長工業化社会ではまさにそうであった.しかし複雑系の時代では,
資産は資産でも身軽なほうが良い.不動産から動産へ,タンジブルからインタンジブル(無形)
へ,固定から流動へ,企業価値のあり方も変わってくる.生産財としての競争力は今や企業の単
なる基礎でしかない.企業の強さとしての競争力は,今では,①商品力,②市場発見力,③マー
ケティング力,だと私は思っている.人は人でも,生産財としての人は労働力にしかならないが,
今の時代はこの新3大要素を実現できる人が重要なのである.
新3大要素について説明しておこう.①商品力は言うまでもないだろう.ユーザーに訴える力
である.ソニーでは色気とかセクシーとか言っていた.背筋がぞくぞくするような感覚である.
②の市場発見力というのは,たとえば従来のように商品を先ず日本で発売し,次に米国市場や
ヨーロッパ市場に持っていく,という市場展開のパターンはもう役に立たないということである.
日本が最初でなくてもよい.先ず新興国でもよい.どこの市場に何を展開するか,を的確に判断
する能力が企業業績を左右するということである.この市場というのは,地球の地域でもいいし,
商品のカテゴリー分野でもよい.③のマーケティング力というのは,顕在的にか潜在的にかを問
わず,その商品のニーズを持っている人々にどうリーチして,辿り着くのか,という掘り起こし,
知らしめ,求めさせていく力である.押し付けて購買させる力ではなく,ユーザーに感動を呼び
起こす力である.
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新規事業を成功させるということはこの3つの要素について人を得ているかどうかにかかって
くる.この時代の「面白い人」とはそういう人である.その人たちを十分活躍させ,企業戦略を
実現していくのが新しいマネジメントである.
現在世界はまさに新しいスキームを創り出す方向で動いている.まだ確かなものは分からない.
多くの多彩な試みが失敗と成功を綯い交ぜにしながら新しい世界を創っていく.この時代に立ち
会うことができる僥倖に感謝したい.「面白い人」達が思うさまに多種多様な試みをすることが
できる.リコーの第17次中期経営計画はまさにこの時期に符合しているわけである.「面白い
人」がいるリコーなら世界をリードする新規事業が生まれるかもしれない.いや,ぜひ世界が驚
く新規事業を披露してほしい.そしてそのためにはぜひ新しい経営スタイルを発明し,「面白い
人」を増やし,そして大事にしてほしい.そして,私の楽しみが続いていくことを期待している.
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