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i 第 20 回山梨医科大学 CPC 記録 日時:平成 10 年 10 月 7 日(水)午後 5 時 15 分∼ 6 時 30 分 場所:臨床講堂大講義室 司会:多田祐輔教授(外科学 2),川生 明教授(病理学2) 癌性腹膜炎で発症し,上行結腸穿孔を来して死亡した若年男子 末期癌(原発巣不明)の 1 例 要 旨: 38 歳の男性。食欲不振,腹部膨満を主訴として来院。すでに悪液質の状態にあり,貧 血,腫瘍マーカーの上昇を認め,腹水の細胞診で Class V,adenocarcinoma と診断された。しか し胃前庭部の皺壁集中部からの生検では胃癌が検出されず,原発巣不明のまま全身状態は悪化し, 意識混濁,血圧低下を来たして入院 19 日目に死亡した。剖検の結果,胃幽門前庭部原発の,一 部に印環細胞癌を混える低分化腺癌と診断され,全身諸臓器への広範なリンパ行性と血行性転移, 癌性腹膜炎,胸膜炎および心膜炎が認められた。さらに上行結腸潰瘍の穿孔による糞便性腹膜炎 があり,これが直接死因と推定された。生検によって癌が検出されなかった原因として癌性潰瘍 周縁を非癌性粘膜が覆い,あたかも粘膜下腫瘍様外観を呈していたためと考えられ,その対応に ついて議論が交わされた。 症例提示 羽田真朗助手(外科学 2) 左鎖骨上リンパ節,1 個,硬,可動性あり, 症例: K. A.,38 歳,男性(ID064-462-7) 他の領域は触知せず。腹部は膨隆あり,軟, 主訴:食欲不振,腹満感。 圧痛・抵抗なし,腫瘤等触知せず。 現病歴:平成 10 年 1 月頃より食欲不振,腹満 入院時検査所見: 感出現。体重減少(5 kg/3 カ月)もみられ <血液> た。2 月より右肩痛,右下肢痛出現した為, WBC : 6,450/ µ l,RBC : 3.66 × 10 6 / µ l, 3 月 2 日他院整形外科に右坐骨神経痛の診断 H b : 11. 9 g / d l ,H t : 35. 5 %,P l t : で入院した。しかし食欲不振,腹満感が強く 1 6 4 × 1 0 3/ µ l , T P : 5 . 7 g / d l , A l b : 腹痛,嘔吐も伴うようになり腹水も指摘され 3. 4 g / d l , T. B i l : 0. 4 m g / d l , A S T : た。3 月 7 日精査加療目的に紹介入院となっ 21 IU/l,ALT : 32 IU/l,ALP : 209 IU/l, た。 LAP : 33 IU/l,LDH : 241 IU/l,Amy : 既往歴: 22 歳,急性虫垂炎にて虫垂切除術を 39 IU/l,T. Chol : 153 mg/dl,TG : 受けた。34 歳,上下歯肉急性潰瘍性壊死性 100 IU/l,FBS : 108 mg/dl,BUN : 口内炎にて入院治療。35 歳,胃潰瘍にて内 16 mg/dl,Cr : 0.66 mg/dl,Ccr : 服治療中。37 歳,左アキレス腱断裂にて手 80 mg/分,Na : 138 mEq/l,K : 術。 5.3 mEq/l,Cl : 99 mEq/l,CRP : 家族歴:特記すべきことなし。 2.3 mg/dl,PT : 10.3 秒,APTT : 30.2 秒 患者背景:喫煙 10 本/日,飲酒 ビール 1 本/日 <腫瘍マーカー> 入院時現症:身長 171 cm,体重 57 kg,脈拍 90 CEA : 59.5 ng/ml,CA19-9 : 1.37 U/ml, 回/分・整,血圧 140/90 mmHg,体温 SCC : 1.14 U/ml ,DUPAN-2 : 37.5°C,体格・栄養は悪液質様,リンパ節, 1,100 U/ml,SPAN-1 : 60 U/ml ii <腹水(3/9)> 以上,入院時検査所見(検体検査)からだけ 黄白色混濁(乳糜様)CEA : 243.1 ng/ml では診断不可能であるが,全体として,進行期 細胞診 Class V,adenocarcinoma 悪性腫瘍とそれに伴う悪液質の存在に矛盾しな 画像:当日供覧(X-P,エコー,GFS,CT,骨 いデータと考えられる。 シンチ等) 入院経過:平成 10 年 3 月 7 日 当院第 2 外科 入院。 10 日 エコー下腹水穿刺,腹水は多量に GFS ;胃角前壁に潰瘍瘢痕あり。 25 日 身長: 171 cm,体重: 50.9 kg,両側眼 検にて慢性胃炎。 臀部,リンパ節腫大(左鎖骨上,左腋窩, 右下肢腫脹著明となり,疼痛に対 骨シンチ 右肩甲骨,肋骨,右脛 明となる。 23 日 外表所見 球結膜に出血,貧血(−),死斑:背∼ 骨に転移あり。尿量減少,浮腫著 16 日 A.肉眼的所見 前庭部に雛壁集中あり。生 し麻薬投与開始す。 15 日 小宮山 明助手(検査部) <病理所見>(剖検番号 1238)死後 2 時間 5 分 存在(1000 ml) 13 日 病理所見と診断 嘔気,嘔吐著明。エコーにて腎盂 両側鼡径部) 。 胸水:左(黄色,150 ml),右(明らかに 認めず),腹水:水様便状(3,000 ml), 心嚢液:黄色(20 ml) 胃:幽門部前壁に隆起性病変,頂部に潰瘍 (約 7 mm φ,不整形)を認める。雛襞の 拡張軽度。 集中と癒合を認める。潰瘍辺縁部粘膜は 疼痛強く,麻薬増量にてコントロ 滑。隆起性病変部の漿膜には著変を認め ール。 ないが,近傍に数個点状の白斑(+)。 イレウス症状出現。意識混濁,血 割面:白色調充実性の腫瘍,最大径 圧低下みられる。 14 mm,境界は比較的明瞭。胃角部前壁 午前 10 時 55 分 死亡確認す。 に線状瘢痕。同部の漿膜は白色調の肥厚 がみられる。小網,大網浸潤,リンパ節 検査値分析 矢冨 裕助教授(臨床検査医学) (入院時検査所見に関して) 腫大(+) 胃周辺臓器への腫瘍浸潤:十二指腸下行脚 貧血に関して: 38 歳の男性であることより, より横行結腸に索状の浸潤を認める。ま 貧血の存在は明らかとしてよい(ほぼ正球性, た,膵体尾部後面より後腹膜∼大動脈周 正色素性)。悪性腫瘍に伴う貧血の原因として 囲∼腸間膜に浸潤する。 は,低栄養,出血,骨髄転移等が考えられる。 結腸:横行結腸左半分に腫瘍浸潤を認め, 出血が進んだ場合,鉄代謝異常が存在する場合 狭窄をきたすが,示指通過可能。同部よ 等を除けば,基本的には正球性,正色素性とな り口側の結腸は著明に拡張。多発性の粘 る。Fe,TIBC,フェリチン,網赤血球数等の 膜出血,一部は潰瘍性。結腸起始部より 情報があれば役立つ。 5 cm の部位に 0.7 cm 大の穿孔。穿孔部 アルブミン低値:慢性肝疾患,腎疾患等考え られず,低栄養によると考えられる。 LDH 高値:他に明らかな原因がなく,悪性 腫瘍の存在による可能性が高い。腫瘍マーカー の所見,癌性腹膜炎の存在より,消化器系腺癌 が予想される。 の口側および肛門側に側腹壁との線維性 癒着を認める。虫垂切除後の状態。 食道:胸部食道にびらん。 膵臓:実質内に明らかな腫瘍(−)(約 150 g)。 肺:両側肺うっ血,左肺胸膜に白色の紋様。 iii 左肺尖部 bulla(左: 370 g,右: 275 g) 腎:水腎症,左腎に比較的新しい梗塞。 直腸:漿膜肥厚,周囲リンパ節転移。 尿管:両側の外膜浸潤(+)。 腹膜: Douglas 窩に転移。 副腎:右副腎に転移巣(+)。 肝:被膜暗赤色混濁,肝内胆管拡張(−), 脾臓:うっ血,被膜外に浸潤(+)。 右葉に黄色調の嚢胞性結節(1,330 g)。 胆嚢:胆汁試験陰性,拡張(−)。 脾臓:被膜混濁(112 g)。 腎臓:両側水腎症,両側尿管拡張,左腎梗 塞(左 190 g,右 190 g)。 尿管:両側に腎門部より約 1 cm 程度の拡 張を認めるが,明かな閉塞部(−)。 膀胱:出血性膀胱炎。 心臓:僧帽弁に小型の疣贅(+)(290 g), 軽度の心筋内点状出血と線維化。 大動脈:線状脂質沈着を腹部動脈に認め る。 副腎:(左: 17.5 g,右: 19 g) 骨髄:転移(+)。 心:心外膜下のリンパ節侵襲および間質へ の浸潤明らかな梗塞巣(−),Verruca (−)。 大動脈:周囲リンパ節に浸潤。 両肺:癌性リンパ管炎,うっ血。 リンパ節:ほぼ全てのリンパ節に転移を認 める。 <病理診断> 1.胃癌 低分化>印環細胞癌,幽門部前壁,3 型, sci,INFγ,se,ly3,v1 1)リンパ行性転移:全ての腸管,膵,肝 甲状腺:(15.1 g) 門部,両肺,心,両腎門部,尿管,膀胱, 腰椎骨髄:赤色髄。 大動脈周囲の間質および付属リンパ節, リンパ節腫大:大動脈周囲,左鎖骨上リン パ節,気管分岐部,両肺門,腸間膜,両 側腎門部。 B.組織学的所見 胃:潰瘍部に poorly dif.∼ signet ring cell 体表リンパ節 2)血行性転移:右副腎,骨髄 3)播種:腹腔内,胸腔,心嚢 2.結腸狭窄および穿孔 1)腫瘍による横行結腸狭窄と閉塞性腸炎 ca. 間 質 浸 潤 ( + ), リ ン パ 管 浸 潤 (+++),血管浸潤(+),潰瘍中心部よ り大弯側に漿膜浸潤(+)。胃全体に散 在性に漿膜下浸潤と著明な好中球,組織 球浸潤。潰瘍瘢痕部は筋板筋層の肥厚が 見られる(Ul-1) 。 食道:断続的に潰瘍形成,潰瘍部には腫瘍 浸潤(−),外膜側に少量の腫瘍細胞。 十二指腸:漿膜側に強い浸潤を認める。 膵:膵周囲間質に腫瘍浸潤(+),膵実質 に明かな原発病巣(−)。 横行結腸:狭窄部には外方より筋層内への 浸潤(+)。 肝:著明な被膜下の細胞浸潤と出血,軽度 のうっ血,肝門部に腫瘍浸潤とリンパ節 侵襲を認めるが,胆管,脈管の浸潤,狭 窄(−)。 図 1.幽門部前壁に認められた潰瘍性病変. iv 図 2. 潰瘍底に見られた低分化腺癌。PAS 染色陽性細胞が認められる。(PAS 染色,× 200) 図 3. 潰瘍辺縁部.正常の粘膜が潰瘍を覆うようにみられ,粘膜内への浸潤は認めら れない.(H.E.染色,× 20) 2)上行結腸潰瘍および穿孔, (糞便性)腹 膜炎 3)虫垂切除後の状態 3.両側肺うっ血 4.両側水腎症,左梗塞 5.動脈硬化症(軽度) 6.肝嚢胞 直接死因:腹膜炎 <考 察> 本症例では癌性腹膜炎をきたした原発臓器が v 図 4. 回盲部より横行結腸の肉眼所見.横行結腸狭窄部(↓)より口側の大腸の拡張, 粘膜出血,潰瘍形成がみられ,上行結腸に穿孔(▼)が見られる. もっとも問題となったが,肉眼的所見および組 められ,狭窄部とびらんの間に正常粘膜が介在 織学的特徴より胃原発と考えられた。生前の内 する肉眼的形態,3)粘膜出血,潰瘍形成,穿 視鏡下生検で癌が認められなかった理由は,癌 孔と粘膜側よりの虚血と考えられる連続した変 の粘膜への浸潤が認められなかったためであ 化が認められること,4)病変部には著明なう り,潰瘍底から生検が採取されれば的確な診断 っ血像が認められることなどから閉塞性大腸炎 は可能であったと思われる。文献的には胃癌の とした。穿孔部は 2 カ所の癒着部の中間にみら 病理診断においてこのような false negative を れたが,その直線上ではなく,可動性があった 引き起こす原因として 1)生検で癌組織が採取 と考えられ,腸管蠕動に伴い,穿孔部には癒着 されない,2)標本作製の失敗,3)病理医の誤 部による tension の増加をみた可能性がある。 診等があげられ 1,2),いずれも注意が必要であ ると考えられる。また病変は正常粘膜が覆うよ 文 献 うにして認められ,割面ではあたかも粘膜下腫 瘍様の形態を示したが,胃癌でこのような形態 をとるものには sig,por が多く,生検でも陰 性となりやすいことが報告されている 3)。 本症例において大腸に穿孔を引き起こすもの として他には,イレウスによる機械的穿孔,薬 剤性腸炎,突発性結腸穿孔等が考えられるが, 1)上行結腸以外に粘膜病変が認められないこ と,2)横行結腸の狭窄と上行結腸の拡張が認 1) Misumi A et al.: Evaluation of fibergastroscopic biopsy in the diagnosis of gastric cancer: a study of 339 cases. Gastroenterol. Jpn. 13: 255–265, 1978. 2) Jorde R et al.: Cancer detection in biopsy specimens taken from different type of gastric lesions. Cancer 58: 376–382, 1986. 3) 光永 篤ら:典型的な粘膜下腫瘍様形態を呈し た早期胃膠様腺癌の一例.胃と腸 24: 1051– 1056, 1989.