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1 「マレーシアにおける環境分野の技術協力と生活」
「マレーシアにおける環境分野の技術協力と生活」 三上 栄一(元 工業技術院 生命工学工業技術研究所) はじめに 生命工学工業技術研究所を退職後、縁あって国際協力事業団(JICA)のプロジェクト方式技術協力(プ ロ技)の道に入り、長期専門家としてサンティアゴに1996年から2年間、その後クアラルンプールに移り2年 8カ月滞在した。サンティアゴではチリ環境センターの創設、クアラルンプールではマレーシア科学技術環 境省標準工業研究所(SIRIM 、1996年9月に公社化 SIRIM Bhd)において、化学物質のリスク管理プロ ジェクトに参加した。 プロジェクトは、いずれも国の環境政策の実行を技術的側面から支援する位置付けからスタートしており、 チリ案件では環境試料も分析・モニタリングに関する標準機関の創設を、またマレーシア案件は有害廃棄 物処理対策に端を発した、化学物質リスク管理のポテンシャルを高めることを目指したものであった。 今回、事務局より、「変貌する東南アジアへの協力」の中で、「マレーシアにおける環境分野の技術協力と 生活」という演題をいただき、いかんせん10年以上前のプロ技の話題で、大いに躊躇われたが、化学物質 への対処問題は、安全な産業発展のため、国際的にも現在継続している問題であり、お引き受けることに した。 また、車を持たず、ゴルフ、ギャンブルもやらず、クアラルンプール(KL)の夜景が素晴らしいコンドミニア ムの31階に住み、24時間私の時間といういたって無機的な生活を送った2年8カ月であったが、その生活 の一端もご紹介したい。 マレーシアの環境 年間気温摂氏24-32度、年間降水量2000ミリを超える、海洋性熱帯雨林気候のもとにある国、マレー シア。眼下に広大な熱帯雨林、そして整然としたパーム椰子のプランテーションが拡がる。比較的高低差 の少ない地形ではあっても、短時間に集中した降雨は河川の水位を一気に押し上げ、濁質を海へと運ぶ。 マラッカ海峡の潮位の変化は4~5mにも達する。 英国統治下にあったためか、環境保全問題への取組みは早く、1974年に環境質法が制定され、翌197 5年には科学技術環境省のもとに環境局が設置された。その後、大気汚染(1978年)、下水及び産業廃 水(1979年)、指定産業廃棄物(1989年)等、 産業活動に係る汚染防止のための規則が施行されている。 都市化に伴う問題、産業活動に直接関係した公害問題は別にしても、熱帯雨林伐採による土壌侵食、新 型ウィルスの発生による家畜の大量死、マラッカ海峡の水質汚染など新な環境問題をかかえている。パー ムオイル、ゴム、木材利用など一次産品に重点を置いた。経済構造は、電気電子産業を中心にした製造 産業へと急速に変わりつつあった。 プロジェクト概要 人の健康や動植物の生息に影響を及ぼす恐れがある化学物質を環境汚染防止の見地から審査し、製 造・輸入・使用などの規制を行う「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(化審法)は日本では 1973年(昭和48年)に制定された。(その後、多くの改訂・改正がなされ、近年の世界の化学物質管理政 策の流れには、化学物質固有の「有害性(ハザード)」のみに着目した規制体系から、人及び動植物へど れだけ影響を与える可能性があるのかの「環境排出量(暴露量)」を加味した、「リスク」ベースの規制体系 へのシフトがある。) マレーシアでは、工業化の進展に伴い、環境保全と産業廃棄物処理対策の見地からも、膨大な数の化 学物質の規制・管理基準の整備が緊急な課題であった。こうしたなか、JICA は SIRIM との間でプロ技「有 害化学物質評価分析・廃棄物処理技術プロジェクト(1993~1997 年;第 I フェース」、「化学物質リスク管理プ ロジェクト(1998~2002;第 II フェース)を実施した。両プロジェクト共に、化審法に基づく、基本的な安全性 評価試験技術の技術移転が中心であり、経済産業省製造産業局化学物質管理課の指導と(財)化学物質 評価研究機構等の全面的な支援のもとに行われた。 化学物質安全性評価試験法の具体的内容の詳細は省略するが、主な項目としては、化学物質の物理 化学性状の試験、活性汚泥を用いた生分解性試験、魚を用いる生物濃縮性試験、藻類・ミジンコ・魚を用 1 いる生態毒性試験、微生物と哺乳類培養細胞を用いて化学物質の発がん性を評価する変異原性試験等 が挙げられる。 この他にも、有害な化学物質が実際にどの程度、自然環境や作業環境等に存在し影響しているかを評 価するためのサンプリング・分析手法、リスク評価のためのアセスメント手法、リスクコミュニケーション、リスク 削減のための廃水処理技術等、広い分野にわたって化学物質のリスク管理技術の移転を行った。 マレーシアならではの技術移転 化学物質の安全性評価試験は、これまでは化学工業の盛んな先進国において行われてきた。試験の条 件も先進国が位置する温帯・寒帯の生態系や環境が標準になっている。しかし、化学物質がマレーシア国 内で使われたり排出されたりしたときに、実際に環境のなかでどのような挙動をし、どのような運命をたどり、 生態系に対してどのような影響を及ぼすかは、マレーシアに生息する生物種を使い、マレーシア特有の熱 帯の環境条件で評価することが必要な項目もある。 生分解性試験に用いられる活性汚泥は、マレーシア国内10か所で定期的に採集・培養された標準汚泥 を用いることによって、熱帯環境中の微生物相で分解されるかの評価を可能とした。先進国での生分解性 試験温度は通常摂氏25度、熱帯の気温を考慮して摂氏30度でも試験できるように配慮をした。また、生態 毒性試験に用いる藻類、ミジンコ、魚もマレーシアの在来種を用いて評価する試験法を確立した。 変異原性試験には微生物や培養細胞を用いているので、雑菌による汚染を防げるように管理された試験 室が必要であり、試験担当者も高度の熟練を要す。そのため、変異原性試験のできる施設は東南アジアで は少なく、マレーシアでのこのプロジェクトが唯一の試験施設であった。特に、熱帯特有の激しい雷雨など に原因する停電が頻発するマレーシアでは、変異原性試験に使用する微生物や培養細胞を摂氏マイナス 80 度に保存するディープフリーザーには非常用の自家発電バックアップだけでなく、両者(通常電源、非 常用電源)が同時にダウンしてしまう事態に備えた、液化炭酸ガスボンベを介してディープフリーザーへ液 化炭酸ガスを注入して温度上昇を抑制する、急場しのぎの対策も講じられた。 日頃の生活 1.電車通勤1000日 コンドミニアム近くの KTM 鉄道 Putra 駅から、冷房のよく効いた Port Klang 行きの電車に乗って Shah Alam 駅まで50分、そこから乗り逢いタクシーで勤務先の SIRIM Bhd.まで10分。片道平均70分。6.5RM(リンギ ット=約160円)の通勤でした。 車は富の象徴、電車は貧乏人用と言われますが、何のその。常連客ともなると会釈する仲間も増えてきま す。駅員さん、売店の兄さん、馴染みの乗客。日本人の曖昧なスマイルは、とかく誤解を招くこともあるよう ですが、チンパンジーの赤ん坊の笑いは相手に対して親愛の情を示す大切な表情であるとか、スマイルを 連発して目尻の皺が増えたような気がします。 平均何分と書くには、それなりの意味があります。長距離バスのターミナル駅に近い Putra 駅周辺には、 連休明けともなると大きな荷物を引き摺った故郷からの朝帰りの若者達で溢れます。故障しがちな切符の 自動販売機を遠目に見て、焦らず、騒がず、座り込んではひたすら順番を待つ彼等には、時計を見てそわ そわする姿はさぞ異様に映ったことでしょう。プリぺ―ドカード式の回数券もよくトラブルを起こします。 雨の日にタクシーを拾うには、それなりのテクニックが必要です。列を作って順番に、などという甘い期待 は、妙齢のレディーに対しても幻滅を感じるだけ。目立つ場所に立ち、馴染みとなった運ちゃんと目を合わ せることが一番でした。相乗りタクシーでは降ろして貰える順番も問題で、時には倍の時間をかけて Shah Alam 周辺のドライブをする破目になることもありました。 線路の冠水、不意の停電、脱線事故など、アクシデントが付きものでしたが、車窓からの折々の景色を眺 め、家族連れの語らいを聞き、時に手帳の整理、また居眠りしながらの50分は、好きな時間帯の一つでし た。 それにしても、モスクからのスピーカーの呼掛けの声で目覚め、薄暗いうちから起き出しての通勤は、日 の出とともに起きる我が体内時計はなかなかなじまず、きついものでした。もう1時間の時差が欲しいところ です。 日頃の生活 (2)雨のある生活 日本にいる時、雨は恵み雨というよりも、湿っぽいものというイメージが強かったように思います。前任地の サンティアゴは半乾燥地であったためか、少々の雨なら傘などささず、雨を楽しんでいるようでした。クアラ ルンプール(KL)ではスコールには傘など役に立たず、雨足が見える降りにはのんびりと雨宿り、小降りに なるとヒョイとジャンパーなどを被って小走りに先を急ぐ光景がよく見られます。雨や雷など意に介さず、彼 2 等の生活の一部になっている印象です。屋台の店では手際良くビニールシートが張られ、パラソルの華が 咲きます。 裾を地面に引き摺りそうな花柄のサックドレスに、髪の毛を隠す刺繍を施したスカーフ、サンダル姿でゆっ たりと歩くおばさん。雨の日など、濡れて、蒸し暑くてさぞ大変だろうなと眺めていましたが、何のその。水た まりや川となった道路をヒョイと裾をからげて簡単に渡る。かえってこちらは靴の中に水が入って、翌日は白 い粉を噴いた湿っぽい靴で出かける破目になります。この時速 2 km のゆったりした歩みは、良し悪しは別 として、マレーシアの風土に合った省エネルギー歩行であることに、大分後になって気が付きました。 シャツをズボンの外に出し、サンダル履きでゆったりと歩く。些か抵抗のあるスタイルですが、やってみると、 汗もかかず、爽やかで、驚きでした。 雨の降り方に、地域的な違いが大きいことにも驚かされます。KL で降っていても、Shah Alam では晴れて いることなどザラ。半島西部の町にバスで出かけた折など、5時間の道中で3回もスコールのトンネルを抜け たこともありました。濃いグリーンのあぶら椰子の林を襲う白い雨足は、海辺での驟雨にも似た壮観さがあり ます。スコールは河川の水位を高め、濁質に富んだ水を一気に海へと運びます。KL 市内の河川では水中 に溶けている 酸素濃度が1 ppm 以下になることもめずらしくありませんが(飽和溶存酸素濃度は、摂氏 25度で約 7 ppm)、魚が沢山います。スコールによって底質が絶えず洗い流されているのかもしれません。 おわりに アフターファイブは、家族と過ごす時間。今晩ちょっと一杯どう?といったコミュニケーションの取り方はで きません。昼食会や昼間の短いお茶の時間が C/P と仕事を離れたコミュニケーションを図る良いチャンスで す。プロジェクトでは月例の誕生日会をやっていましたが、ある時、丁度七夕の日に重なったことがありまし た。日本の文化を紹介するチャンスと思い、即席で七夕祭りをすることになりました(結末は省略)。今日は 丁度、七夕です。 3