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Biomimetic Materials Processing バイオメティック材料プロセシングの
平成 11 年度開始未来開拓学術研究推進事業研究プロジェクト 「素材プロセシング第 69 委員会、薄膜第 131 委員会、プラズマ材料科学 153 委員会」産学協力研究委員会 Biomimetic Materials Processing バイオメティック材料プロセシングの開発 プロジェクトリーダー 高 井 治 名古屋大学 大学院工学研究科 教授 図 1 蓮の葉の上の水滴 1.研究の目的 生物はさまざまな材料を合成し、しかも、比較的限られた種類の材料を組み 合わせるだけで、多種多様な驚くべき機能を発揮させています。例えば、骨や 歯のような生体硬組織は、 カルシウム化合物に数%の有機組織を複合化するこ とで、しなやかで丈夫な構造材料へと変身します。光合成細胞や筋肉組織のよ うなエネルギー変換システムや、 神経のように情報伝達機能を担う生体材料も あり、生体材料は機能性材料の宝庫です。生物機能を模倣し有効に利用するこ とは、素材プロセス分野に残された大きな課題であると言えます。さらに、生 体内材料プロセスは、常温・常圧で進行し、使用後環境へ放出されても無害で す。生体内材料プロセスは、環境への負荷が極めて小さい環境調和型材料プロ セスでもあります。 生体内材料プロセスの特徴は、反応が時間的・空間的に選択的に進行するこ と、つくられた材料が高度に組織化された微細構造をもつことです。生体材料 の機能発現のキーポイントである微細化組織構造は、 成長過程において分子や クラスターが自発的な集積化、すなわち、外部条件を整えることにより自動的 に意図した構造が形作られる自己組織化プロセスによって形作られています。 このような自己組織化現象は、真空蒸着、プラズマプロセス等のいくつかの工 業的な材料プロセスにおいても見受けられますが、 生体内プロセスほど高度に 制御・組織化されておらず、その高度化を図ることが重要です。この高度化に よって、自己組織化プロセスを、生物に限らずより一般的な材料合成プロセス として発展させることができるのです。本プロジェクトでは、生物プロセスの 鍵である分子認識反応と自己組織化を、 人為的な材料合成プロセスで実現する ことを目的としています。このバイオミメティック材料プロセスにより、生物 を超える環境調和型材料プロセスおよび3次元微細組織が制御された高機能複 合材料の創製を目指します。 図 2 バイオミメティック超はっ水薄膜上の水滴 JSPS-RFTF 99R13101 2.研究の内容 われわれの研究プロジェクトでは、バイオミメティック材料プロセシングの鍵 を、生物のもつナノメートルスケールでの 3 次元微細構造に求めています。その 『かたち』を制御することによって、高機能材料創製プロセスの実現を目指しま す。目標達成のため、次の 2 つのアプローチによって研究を進めています。 第1のアプローチは、プロセス開発グループによって進められている、 《生体内 材料プロセスを模倣するアプローチ》です。生体内で進行する分子認識反応プロ セスおよび自己組織化プロセスを解析し、その『かたち』がどのようにして現れ るかを解明します。さらに、 『かたち』をもった生体内モデル反応場を人為的に作 製する手法を探索しています。生物の利用できる環境は水溶液に限られています が、人類は、さまざまな材料を水溶液以外のさまざまな系を用いて合成すること ができます。そこでわれわれは、反応場として、水溶液を用いない反応系、特に 気相を経由する自己組織化について集中的に検討を進め、工業的に有用な材料プ ロセス技術の開発を目指しています。 第 2 のアプローチは、生物特有の『かたち』が発現している機能を応用し、工 業的な機能材料の開発へと結びつける《生物機能を模倣するアプローチ》で、機 能応用グループによって進められています。同グループメンバーがこれまでに 培ってきた『かたち』をつくる技術をさらに発展させ、3 次元微細構造の制御さ れた有機−無機複合材料を創製します。そして、これらバイオミメティック材料 のもつ分子認識機能を活用した、生体適合材料、センサー材料、有害物質分離材 料等の機能材料の開発を目指しています。 ここで、生物が『かたち』をつくって機能を発揮している具体的な例をあげて 説明します。多くの人は、雨ふりの日に、水滴が蓮の葉に弾かれてその底にたま るのを見たことがあると思います。蓮の葉は、水をはじき、その上では水は水滴 となって転がり落ち、決して水に濡れません。蓮の葉に限らず、幾つかの植物の 葉は、このような水に濡れずに水を弾く『超はっ水性』と呼ばれる性質をもって います。図 1 は、蓮の葉の表面とその上の水滴を、水滴を観察することのできる 環境制御型電子顕微鏡で観察したものです。写真を見ると、蓮の葉の表面には小 さな突起がたくさん存在していることがわかります。実はこのミクロな『かたち』 が、蓮の葉の超はっ水性の原因の一つなのです。われわれの研究グループでは、 マイクロ波プラズマCVDという方法を使って、 蓮の葉と同じような超はっ水性を 示す材料を開発しました。図 2 に、作製した『超はっ水』薄膜上の水滴の電子顕 微鏡写真を示します。この写真では良くわかりませんが、さらに高倍率の観察に よって、この薄膜の表面には、蓮の葉と同じような、けれどもその大きさが数十 ナノメートルレベルの、微小な凹凸が多数存在していることがわかりました。凹 凸のレベルが、光の波長よりもずっと小さいため、超はっ水性を保ちながら光の 散乱がありません。その結果、透明性という新機能を獲得しています。濡れない 窓ガラス等への応用が期待されています。生物のもつ『かたち』を人工的に模倣 し、さらにそれを工学的にアレンジすることによって、生物の機能を超える新し いバイオミメティック材料の創製につながりました。 バイオミメティック材料プロセスでは、反応場表面である特定の分子だけが選 択されて反応する、いわゆる分子認識現象が重要な役割を果たしています。そこ で、本プロジェクトでは、原子間力顕微鏡(AFM)技術をベースに、反応場表面 のもつ分子認識機能を評価する計測手法の開発に取り組んでいます。現在、AFM は、高分解能の表面形状測定装置として普及していますが、表面の物理・化学的 性質を測定する装置としても有望視されています。 AFMのプローブを試料表面に 接触させたり離したりしてプローブにかかる力を測定すると(この測定結果を フォースカーブと呼びます) 、 プローブと試料表面の間に働くさまざまな分子間相 互作用が測定できます。試料表面の各測定点でフォースカーブを測定し、それら の一群のフォースカーブから計測情報を画像として再構成する、フォースカーブ マッピング(FCM)顕微鏡の開発を進めています。例えば、図4に示したように、 試料表面の一部に段差と化学的な性質の異なる領域(紫色)がある試料を、FCM 顕微鏡で観察し、表面形状と化学的性質の分布イメージをそれぞれ分離して再構 成することができます。図5に、FCMで染色体と汚染吸着物を観察した例を示し ます。トポグラフィ画像(右隅:赤)に、吸着力画像(緑)を重ねて表示してあ ります。トポグラフィ画像ではどちらも凸に観察されましたが、化学的性質の分 布を表す吸着像では、全く正反対の性質を示しています。染色体は大きな吸着力 を示したのに対して、汚染吸着物はほとんど吸着性を示していません。染色体と 吸着汚染物では、表面官能基の種類が異なるためです。 図 3 研究プロジェクトの構成 図 4 フォースカーブマッピング顕微鏡 3.研究の体制 期 間:1999 年 8 月∼ 2004 年 3 月 構 成:プロジェクトリーダー 1 名 コアメンバー 3 名、研究分担者 8 名、研究協力者 6 名 実施場所:名古屋大学大学院工学研究科 名古屋市千種区不老町 図 5 染色体の FCM 象