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高度物理刺激と生体応答
日本機械学会誌 2015. 12 Vol. 118 No. 1165 758 高度物理刺激と生体応答 1. はじめに とくに,その非定常電場応答を電気計 電気マッサージ,患部の選択的誘電加 近年,わが国では,高齢化に伴うが 測および数値解析で定量化することが 熱,等が挙げられる.種々の電気刺激 んや心疾患,脳血管疾患,肺炎などの 可能となりつつある.単一分子の電気 の波形に対して生体内に形成させる電 疾病による死亡率の増加や,新型イン 的検知・識別などバイオナノ流体デバ 場分布や誘電損失は,生体分子や膜閉 フルエンザ,院内感染,食中毒などが, イスの飛躍的な性能向上が期待される. 空間の高帯域誘電分散を種々の条件下 われわれの健康や社会秩序を脅かす社 3. 力学刺激 会問題となっている.また,機能障害 重力はもとより運動に伴い人体は常 る.さらに生体分子・膜が変性・破壊, の回復や,認知症の発症の軽減や進行 に力学環境に曝されており,人体を構 活性化が起きる電界強度を把握するこ の鈍化などは,快適で豊かな生活を送 成している基本要素である細胞は力学 とも肝要である. るための社会的な希求となっている. 刺激に対して能動的に応答し,その力 5. プラズマ刺激 これらの問題を解決するため,熱刺 学応答機構が組織の恒常性維持に深く プラズマが生成する低温の反応性化 激,力学刺激,光学刺激,電気刺激, 関与していることが知られている.細 学種や荷電粒子を含むガスを利用し 化学刺激,プラズマ刺激などの多様な 胞の力学応答機構の理解は病態原因の た,慢性創傷治癒や血液凝固,がん治 物理的刺激を適切に与え生体応答を制 解明につながるほか,治療法の開発に 療,遺伝子導入,幹細胞の分化制御な 御する新しい医療技術の開発が進めら 資することも期待されている.体内を どの研究が進められている.これらの れている.しかし,生体応答の制御は 見てみると,血液流れ,リンパ液流れ, 作用機序は極めて複雑であるが,生成 極めて複雑で困難であり,刺激を精密 組織液流れなどの流れが存在しており された窒素酸化物や活性酸素の種類や に制御し生体まで輸送する手法や生体 これらの流体力が細胞に与える影響は 濃度,暴露時間により細胞の活性化や 応答を自在に制御する手法は確立され 古くから指摘されてきた.たとえば, 不活性化などの応答を誘導することが ているとは言えない. 血管内皮細胞と血流によるせん断応力 できることが最近の研究から明らかに そこで,日本機械学会部門協議会直 との関係は動脈硬化症の発症メカニズ されつつある.具体的には,慢性創傷 属分科会「高度物理刺激と生体応答に ムに深く関与している. の治癒や組織の損傷・回復に関係する 関する研究分科会(P-SCC12) (H25- また,細胞の力学応答機構の理解は サイトカインやコラーゲン,筋繊維芽 26)」では,最新の研究を分野横断的 細胞の機能を短時間に増幅させる細胞 細胞の産生に関わる遺伝子の発現など に取り上げ, 多様な視点から検討した. 培養技術として応用可能である.近年, が確認されている. ここでは,報告された最先端の研究に 盛 ん に 研 究 が 行 わ れ て い る Tissue また,プラズマ照射により,DNA ついて紹介する. Engineering 技術において,細胞外基 の損傷,細胞周期の阻害,接着性や遊 2. 計測および解析法 で測定することで予測することができ さら 質,細胞成長因子とともに力学刺激に 走性の促進・抑制などが起こることが プラズマ照射によるけがやがんの治 より細胞の組織化を効率的に行う方法 報告されている.さらに,プラズマ化 療効果が注目されているが,液体を介 が提案されている. 学反応過程の解析を通して,細胞応答 したプラズマ中には多数の活性種が生 4. 熱・電気刺激 成されており,個々の物理・化学刺激 熱刺激とは,体心温度 36℃付近よ れ,細胞死に至る因子の一つとして過 とその生体応答に関する知識の拡充が り高温や低温を人体内に発生させるこ 酸化水素が同定されるなど,プラズマ 望まれる.気液界面や液中での活性種 とをいう.治療手段としては,温熱療 医療科学の基盤となる知見が集積され 計測・機能予測に適した化学プローブ 法や手術用凍結プローブ等が挙げられ つつある. 法や数値解析手法が提案されている. る.このような必要な高・低温を的確 6. おわりに 一方,生体高分子の特異な構造と変 な位置・時間に発生させるためには, これらの成果は,分科会報告書とし 形能,あるいは,多孔質膜等を介する 生体内の熱輸送を大きく支配する血管 てまとめられ,日本機械学会図書室で 束縛拡散現象を利用した熱・物質流束 網の配置や,その血流変化の把握が鍵 閲覧できる.この方面の研究に関心を 制御の可能性が検討されている.脂質 となる. 持たれる方々に多少でも参考になれば 二重膜に対する分子動力学シミュレー 一方,生体の電気的特性として,生 幸いである. ションやタンパク質の非定常束縛拡散 体分子の大半が電気双極子であるこ (原稿受付 2015 年 8 月 5 日) に対する位相シフト干渉計による可視 と,導電性が低い生体膜が生体分子の 〔佐藤岳彦 東北大学,大橋俊朗 北 化計測例が報告された. 水溶液を包む閉空間を構成しているこ 海道大学,川野聡恭 大阪大学,白樫 さらに,微細加工技術等の進展によ と,膜タンパク質が膜電位により活性 了 東京大学〕 り,表面電荷や電気二重層の効果も含 化するものが多い,等の特徴がある. めた多様かつ複雑なイオン流動現象, 医療応用としては,細胞膜の電気穿孔, を誘導する化学種の同定なども進めら せん ─ 50 ─