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2015 年 6 月 18 日
豪州の税優遇制度と税制改革
要点
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本稿では、豪州の 4 大「税優遇措置」、すなわち、ネガティ
ブ・ギアリング、キャピタルゲイン課税減免、配当インピュテ
ーション、およびスーパーアニュエーションに関する議論に
焦点を当てています。
不動産投資からネガティブ・ギアリングと配当インピュテーシ
ョンを廃止しても、単に税制の歪みを増すだけです。ネガティ
ブ・ギアリングの廃止では、住宅が手の届かないものになっ
ている状況を改善することはできません。
また、これらの「税優遇制度」の縮小や廃止は、個人所得税
の仕組み全体を見渡したうえで諮られるべきです。豪州の個
人所得税は急進的な累進課税制度となっており、たった
17%の納税者が所得税収の 63%を担っています。
はじめに
豪州では現在、税制改革に話題が集中しており、それぞれが主張を
一歩も譲らず論戦を戦わせています。それには主に 3 つの理由が
あります。第一に、1980 年代、1990 年代、そして 2000 年代に税制
改革が行われたにも関わらず、豪州の税制は理想とは程遠い状態
です。この点については、政府がまとめた「税制改革に関するディス
カッション・ペーパー(Tax Discussion Paper)」に詳しく記されていま
す。二番目の理由は、税制改革は財政赤字に歯止めをかけるため
のもの、すなわち、税収押し上げ効果を意図するものだと考える
人々が一部にいるからです。そして三つ目として、税制が経済に大
きな問題を与えていると見ている識者もいます。
特に議論の的になっているのは、①ネガティブ・ギアリング、②キャ
ピタルゲイン課税減税、③配当インピュテーション制度、および④ス
ーパーアニュエーション(退職年金保障制度、事業主の強制拠出と
被雇用者および自営業者の任意拠出で構成される基金)という、4
つの「税制優遇措置」です。これらを縮小すべきとする主張に共通し
た理由は、これらが税収を押し下げ、税制、ひいては経済および金
融活動に歪みをもたらすという点と、その恩恵が実質的に高所得者
層に偏るというものです。本稿では、これら 4 つの点を、税制度全体
から見てそれらが本当に必要であることを解説したいと思います。
①ネガティブ・ギアリング
豪州では、住宅用不動産価格が上昇するたびに、ネガティブ・ギアリ
ング(投資物件を購入した際、その利息分を課税対象所得から控除
できる節税方法)を規制する、または撤廃すべきとの議論が噴出し
ています。その理由は、多くの人がネガティブ・ギアリングを住宅価
格高騰の元凶と見ているからです。ネガティブ・ギアリング規制や撤
廃が実際に行われれば、借入可能額が大幅に低下しますので、不
動産投資家は間違いなく打撃を被るでしょう。しかしながら、様々な
観点からそのような施策の効用には疑問があります。
第一に、豪州の住宅がこれほどまでに手が届かない存在になってし
まったのは、ネガティブ・ギアリングのせいではありません。ネガティ
ブ・ギアリングは以前から存在しており、他のほとんどの先進国で住
宅保有者に対する同様の「税減免」措置が行われています。米国で
は、居住用住宅のローン金利分を所得税の課税対象から控除する
ことも可能です。それなのに、豪州の所得に対する住宅価格の比率
は、米国よりも大幅に高くなっています。
投資家にとって賃貸利回りが非常に高いとは言えない豪州で、ネガ
ティブ・ギアリングの撤廃、あるいは縮小を行ってしまうと、賃貸住宅
の供給量が縮小してしまう恐れがあります。
住宅価格が手の届かないものになってしまっている本当の理由は、
むしろ供給量にあります。正常な市場では、需要が高まると価格が
上がり、これによりいずれは供給量が増加します。住宅建設は現在、
増加基調にありますが、これは過去 10 年間にわたる供給不足を補
うものです。本当に必要なのは、新築住宅が市場に出回りやすくす
ることです。つまり、開発用地の開放の迅速化、開発に対する規制
の(適度な)緩和、税額や新築住宅供給に対するその他の障害の解
消、そして、大都市集中を解消する長期的な計画の立案が必要な
のです。初回住宅購入者を支援し、住宅に対する投機的な興味を沈
静化するには、これらが最も良い方法です。ネガティブ・ギアリング
に対する規制では、解決にはなりません。
第二に、不動産投資に関する金利負担の損金算入の縮小または廃
止により、税制に歪みが生じる恐れがあります。「税制改革に関する
ディスカッション・ペーパー」でも指摘されているとおり、ネガティブ・
ギアリングは不動産投資だけを対象とした優遇措置ではなく、所得
を得る上で発生した費用の控除を認めるという税制の手法です。つ
まり、不動産投資で発生した金利負担の損金参入だけを縮小また
は撤廃してしまうと、その他の資産では引き続き可能なわけですか
ら、税制に歪みが生じてしまうのです。結果として、税制が不動産に
不利に、株式を含む他の資産に有利な状況になってしまうでしょう。
最後に、ネガティブ・ギアリングは所得水準に応じて上昇するよう設
計されていますが、保有不動産に対して実際ネガティブ・ギアリング
を活用している人の大半は、は中間所得層(約 65 万人)です。
②キャピタルゲイン課税の減免措置
キャピタルゲイン課税の減免措置は 1999 年に導入されたもので、1
年以上保有したら、キャピタルゲインの課税対象額を半分にすると
いうものです。これは、物価上昇率でキャピタルゲインを調整すると
いう以前の手法よりもはるかにシンプルなうえ、より長期的な投資を
奨励する一定の効果も期待できます。但し、特にインフレ率が低い
場合に減免率が過剰になりがちで、課税対象の 50%減額と固定化
されているため、所得を得る道としてキャピタルゲインを選択する方
向へ投資家を誘導してしまいます。加えて、1 年間という保有期間は、
長期投資としては十分ではありません。
実際のところ、住宅不動産への投資が集中する歪みを作り出してい
るのは、おそらく、ネガティブ・ギアリングではなくキャピタルゲイン課
税の減免措置です。投資家は、ネガティブ・ギアリングで毎年損金を
計上することもできますが、投資家が一番期待していることは、(1
年以上保有することで)最後に資産売却したときにはキャピタルゲイ
ンとして利益を得ることです。つまり、キャピタルゲインの 50%だけ
に課税されるという減免措置が、不動産に投資が集中する理由とな
っています。この点からいうと、キャピタルゲイン減税を廃止して、
1999 年以前のインフレ率でキャピタルゲインの課税対象算入額を
調整する手法に回帰するという選択肢もあります。
③配当インピュテーション制度
配当インピュテーション制度(配当される法人利益に関して二重課税
が発生しないよう、法人が納めた法人税は「フランキング・クレジット」
として配当に付され、このフランキング・クレジットは配当を受け取る
株主の課税額と相殺することが可能なシステム)は 1987 年に導入
されたものです。しかし、金融制度調査委員会と税制改革に関する
ディスカッション・ペーパーのどちらもが、この仕組みの利点に疑問
を呈しています。両者に共通した懸念は、この制度は (1) 豪州の投
資家に国内株式への偏向を促す、(2) 従って社債市場に対しマイナ
スの影響を与る、(3) 豪州企業が収益を投資に回すのではなく過度
に配当に回すことを促進する、(4) 他国でも同様のアプローチが用
いられてはいるものの、その場合はコンプライアンスにかかるコスト
の低減が付随している、というものです。
しかしながら、これらの懸念の多くは誤解で、インピュテーション制度
の利点を見逃しています。
第一に、配当インピュテーションは実際、収益に対する二重課税、す
なわち、法人の段階で一度、そして配当を受け取った投資家段階で
再度課税されることを排除するためであり、株式投資に対する不公
平を是正するものです。つまり、この制度は、株式を、社債投資など
と公平を期するためものなのです。
第二に、この制度は、借入資本と比較して株式資本コストに増加す
る(つまり、コストが押し上げられる)ものではないため、豪州企業が
デット・ファイナンスに過度に依存するのを防いで来ました。これは、
たとえば米国企業が借入や自社株買いに利点を見出しているのと
は対照的です。
三番目として、配当インピュテーションは、企業が不必要に利益を留
保せず、株主に適切な配当を支払うことを後押しするものです。高
水準の配当性向により、豪州企業の優れた資本体質と健全な資本
構成が形成されてきました。この制度によって株主が力を取り戻し、
配当再投資計画が株主の側にたったものかどうかを判断できるよう
になったからです。ちなみに、この制度が豪州株式市場の障害にな
らなかったことは明らかです。1987 年の配当インピュテーション制
度導入後、豪州株式市場は年率 10%のリターンを計上してきました
が、グローバル株式(現地通貨建て)のリターンは年率 7.4%でした。
四番目に、配当インピュテーション制度は、法人化することによって
利益に対しての二重課税が避けられるため、個人事業主の法人化
を推進する効力もあります。
最後に、たとえ豪州の株主が、フランキング・システムが存在しない
グローバル株式よりもフランキング・クレジットがある豪州株を選好
するとしても、これを理由に配当に対し二重課税される状態に戻る
のは問題外です。
配当インピュテーションに替わる仕組みがもしあるなら、検討する価
値はあるでしょうが、このシステムはこれまで豪州でうまく機能してい
ることから、継続する可能性が極めて高いでしょう。また、フランキン
グ・クレジットにより豪州株のリターンが年率約 1.5%押し上げられ
ていることから、この仕組みを解消すると豪州の投資家の投資リタ
ーン、ひいては彼らの老後資金が目減りすることを考慮すべきです。
④スーパーアニュエーションに対する税優遇
スーパーアニュエーションへの掛金、収益、および 60 歳以上の人に
対する給付金への課税には優遇措置があります。なぜなら、スーパ
ーアニュエーションを通した積立は強制であり、資金は退職後のた
めに「ロックアップ(固定)」されているからです。豪州内で投資が必
要な巨大ファンドが経済に寄与しているという側面は別として、この
強制的な退職年金の目的は、加入者の退職後の所得を安定させ、
老齢年金※に対する依存を低減することです。老齢年金対象年齢の
人口のうち、老齢年金に頼らず、自己資金で賄える富裕層は 30%
であり、その割合は 2050 年まで減らないと予想されることから、(年
金の補完機能としての)スーパーアニュエーション・システムについ
て疑問を持つ人もいるようです。もっとも、老齢年金に全面的に依存
する退職者に対し、スーパーアニュエーションなどのその他の年金
も利用する退職者の割合が増えると予想されることは、悪いことで
はありません。しかし、スーパーアニュエーションが比較的余裕のあ
る家計の富の蓄積や遺産の形成手段と捉えられてしまっていること
に対し、退職者が老齢年金に頼る前に利用しやすいように、より有
効活用すべきではないかという問題意識があります。政府が、老齢
年金を受け取ることが出来る資産水準を低く設定しようとする理由
はここにあります。
※
老齢年金は税財源とする保障制度で、所得及び資産審査で一定額を超えると給付が
減額される。
スーパーアニュエーションを巡って規制の頻繁な変更が不透明感を
醸成している、という批判が広がっています。このことは、ウエストパ
ック-メルボルン研究所による消費者調査で、税優遇制度があるに
もかかわらず、スーパーアニュエーションを「もっとも賢い貯蓄法」と
した人の割合が調査対象のたった 5.2%で、銀行預金や不動産、借
入返済、および株式などにはるかに及ばなかったことにも如実に表
れています。つまり、将来変更を行う場合、この点を踏まえ、理想的
には長期的な視点を持って、現在の枠組みを利用している人々が
突然の変更に影響を受けないようにすることが重要です。
税制度全体について
最後に、そして最も重要な点として、これらの「税優遇制度」の縮小
や廃止は、個人所得税の仕組み全体を見渡したうえで諮られるべき
です。豪州は個人所得税への依存度が比較的高く、限界税率は
49%と先進国の中央値を上回っており(ちなみに、香港は 15%、シ
ンガポールとニュージーランドは 33%)、その最高税率が適用され
る区分は相対的に低く、オーストラリアでは平均収入の約 2.3 倍か
ら適用されます。英国は 4.2 倍から、米国の 8.5 倍からなどと比べ
ると、公平と見ることもできますが、一方で、労働意欲を失わせ、ひ
いては生産性を押し下げることによって、長期的な国益を損なう可
能性もあります。
豪州の個人所得税システムは急進的な累進課税制度となっており、
2011-12 年の税収内訳では、たった 2.3%の納税者が所得税収の
26%を担っており、17%未満の納税者が所得税収の 63%を担って
います。財政再建税導入により、この傾向が強まっている可能性も
あります。
税率区分別の個人所得税、2011-12 年
区分
限界
対象人口
税率
(百万人)
$16,000 以下
0%
2.3
18.3
0.0
$16,001-$37,000
15%
3.5
27.3
3.7
$37,001-$80,000
30%
4.7
37.6
32.8
$80,001-$180,000
37%
1.8
14.5
37.4
$180,001 以上
45%
0.3
2.3
26.1
12.6
100.0
100.0
合計
対象人口(%)
個人所得税収に対
する割合(%)
出所:税制改革に関するディスカッション・ペーパー、豪州財務省、P41
先述の「税優遇制度」のいかなる縮小や廃止も、税収を支えるこの比
較的小規模なグループを圧迫し、労働意欲を減退させることにつなが
ります。これは、いま私たちが目指すべき方向とは、まったく逆です。
理想を言えば、所得税への依存度を引き下げる方法を模索するべき
でしょう。もしこれが達成されれば、ネガティブ・ギアリングなどの戦略
に対する興味も減退する可能性があります。
シェーン・オリバー博士
インベストメント・ストラテジーヘッド&チーフ・エコノミスト
AMP キャピタル
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