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異世界の生活は原付と共に

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異世界の生活は原付と共に
異世界の生活は原付と共に
夢見月
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
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囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
異世界の生活は原付と共に
︻Nコード︼
N0947Q
︻作者名︼
夢見月
︻あらすじ︼
﹁何じゃこれー!!﹂
と叫びを上げることもなく異世界に来てしまった星野 良24歳 独身 社会人。
愛用の原動機付自転車に跨って仕事へ行こうとしたならば異世界へ.
呆然としながらも彼は考えた、ここでなら長年の中二病的夢が叶う
んじゃないかと・・・。
考えているようで考えていない場当たり的事なかれ主義をフル稼働
1
させて異世界ライフを楽しむそんな彼の話。
︵この物語は作者の妄想と想像で作られています。
主人公最強?、チート、ハーレム︵予定︶、ご都合主義、
差別的表現、暴力的表現、そんなの現実的にありえないって︵笑︶
などなど多数出現します。
そういったことが嫌いな方が目にすると毒にかかる恐れがありま
す。
服用しないで下さい。
また、初めての小説なので文章、表現ともに期待しないで下さい。
それでも見てやろう!と言って下さる懐の広い方のみ、
暇つぶし程度に読んでやって下さい。よろしくお願いします。︶
追加注意 途中︵二話、三話︶に酷い暴力表現、性的暴力表現を
含みます。主人公の性格を表す上で必要な表現だと考えますが人に
よっては大変不快な気持ち、感想を持ちます、苦手な方は途中あら
すじを設けましたのでその部分を飛ばすことをオススメします。
2
原付﹁こんな草原を走るのが夢でした﹂︵前書き︶
あらすじ読みました?読みましたね?じゃあ大丈夫ですね?問題な
いですね?
それでは楽しんでいただければ幸い、よろしくお願いします。
3
原付﹁こんな草原を走るのが夢でした﹂
ブカブカブブブブブガチャン、ブブブッブブガチャンガリガリガリ
ブブブブブブブ・・・・
﹁私は∼荒野の運び∼屋さん∼、今日も∼陽気に∼荷物を∼運ぶ∼。
ふんふん∼ふ∼ん・・・﹂
いや、別に運び屋さんでも無ければ荒野でもないけどね。
今いるのは草原の中の一本道。舗装されたわけじゃなくただ草が生
えてない地面がむき出しなだけの道。
適当にわざと外した歌を歌ってるのは自棄になってるのとなんとな
く頭に浮かんだから、昔見たアニメで歌ってたやつ、ほとんど覚え
てないから鼻歌混じりもいいところだ。
気分で歌いだすのは、まぁいつものこと、誰もいないしね。
さすがに人がいたら恥ずかしくて歌えないさ。
人じゃないのはちらちら見えるけど原付の音に驚いてるのかみんな
逃げてる。
うーん・・・﹃魔よけの原付﹄って名前はなかなかに怪しくてかっ
こいいかもね。
そう、見えてるのは魔物って感じの生き物。
ウサギに角生えてたりするのとか、鶏をでかくしたのとか、あとは
サイの体にとげとげをこれでもかと追加したのとか。
テレビの珍獣百選とかでも見たこと無いのがちらほらといるわけで
す。
いやーびっくりだね。まさしく異世界って感じ。
まぁ、ヨーロッパの片田舎や中央アジアの荒野に放り込まれても一
般的日本人にしたら充分異世界だろうけど、魔物っぽいのがいると
4
更に異世界だよね。
そんな世界を愛用の原動機付自転車︵親父から数えてかれこれ20
年もの︶で走ってるわけです。
舗装されてないから石がはねるはねる。
シートはビニールテープで応急修理してるけど中のスポンジはスカ
スカだからケツが痛い。
街中を走るように設計された原付にゃあつらいね。
ついでに古いからいろんな所からガタガタ音してるし、ま、これは
いつものこと。
﹃ぷっぷー﹄
っと警笛をなんとなく鳴らしながら進んでいく。
緑を割った茶色い道はずっと続いてるし、遠くの山は﹁アルプスか
よ!﹂って突っ込みたいほど綺麗だし。
結構でかい魔物もちっこいのもなんか逃げ出してるし。
﹁ここっはどこ∼、わったしはだぁれ∼﹂
ほんとどこだろうね∼、﹃私は誰﹄は一緒に言うのが標準だから言
ってみただけさ。
ま、ちょうどいいし誰にかまわず自己紹介となぜにこんな状況にな
ったか説明でもしますかね。暇だし。
俺の名前は、星野 良。性別は野郎、今年で24歳の社会人、一人
暮らしのロンリーウルフさ!
ごめんなさい意味も無く格好つけました。
ただの彼女いない暦=年齢の引きこもり一歩手前です。
身長は175cmの体重65kg。中肉中背って言葉通りだ。
染めたりするのは嫌いだから日本人そのままの黒髪の黒目。
目が悪いから眼鏡装着がデフォルト。顔の作りは中の中だと思いた
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い。
そんな俺がこんな状況になってるのは不明。いやだって本当にわか
らないんだって。
いつも通り、朝起きて、顔洗って、歯磨いて、朝飯食って、着替え
て、仕事の準備して、
マンションを出て、原付にまたがって、エンジンかけて、
さあ行こうと顔を上げたら、はい草原のど真ん中。
つまんないよね∼、俺もそう思う。
でもこれが俺に起った事なんだよ。
瞬きした瞬間に世界が切り替わってたんだよ、ほんと一瞬。映画の
シーンが変わるようにあっさりと違う風景。
驚く暇もまなかったね。
もっとこうさ、なんかあっても良いじゃん。
たぶん世界を渡ったんだよ、こう綺麗なエフェクトがキラキラして
シュバン!とかさ、
魔方陣が出現してフワっとなったら﹁ようこそ勇者さま﹂て綺麗な
お姫様のお迎えで、とかさ
事故りそうになって気を失って気が付いたら美人のお姉さまに介抱
されてました。
とか色々あるだろ?ほんと面白みも何にもないよ。
でもこれが案外﹃神隠し﹄にあうってことなのかもね。誰にも気が
付かせること無く人が消える。
静かに一瞬で・・・・・・・・・。
隠された人が向かう先は異世界、ちょっと楽しいかも。いや、実際
楽しんでますがね。
元の世界にそれなりに未練が有りますが、両親は元気だし、兄貴も
いるし、
仕事はちょうど大きな案件が片付いたところだから問題なし。俺が
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いなくても大丈夫。
心配があるとすれば一人暮らしの俺の部屋だ。あれを人に見られた
ら恥ずかしさの余り憤死する。
オタクだと公言してたけど知らない間に部屋を見られるなんて・・・
。
ううっ死んだほうがマシだ、畜生め!神様あなたを恨みます!!。
いや、でもまだあきらめない。きっとドジっ子美少女召喚術士が間
違えてこんな草原に召喚してしまったんだ。
今がんばって探してくれてるはず。
見つけてくれたら喜び勇んであなたのことをマスターと呼び、ペッ
トのごとく体を嘗め回しちゃる。
うん、それなら部屋を見られるくらいなら許せる。元気出てきた。
もちろんさっきのは妄想だ。
俺という人間はオタクである以外真っ当清廉潔白粉骨砕身なノーマ
ル男だ、誤解しないでくれ。
そんなわけで今現在の考察として、﹃偶然説﹄と﹃人為的説﹄両方
を見ている。
自分という人間を見てもわざわざ呼び込むほどすごいとは思えない
し状況的に7:3くらいだけどね。
主人公補正とか、勇者補正がかかれば別だろうけど。
ああ、主人公補正とかってのは召喚なんかされると
﹁あなた様にはすごい力が眠っているのです﹂とか
﹁召喚されたものには例外なくすばらしい能力が与えられます﹂っ
てやつ。
チートだよね。
﹁俺にもそんなのがあればいいのに・・・ふぅ﹂
などとため息一つついて哀愁なんかを漂わせようとしてみたけど無
理。
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だって実はすでに確認したから。何が?ってチートを。
オタクな俺は常々異世界に行ってみたいと思っていたわけ、だから
異世界に行ったらやってみたいことリストを脳内メモ帳に作成して
たんだ。
それの一つ目が﹃魔術の使用﹄アニメとか小説に出てくる魔術の呪
文とか理論を覚えて実践してみるってこと。
あ、個人的に魔法って呼び方より魔術って方が好きだからこう呼ぶ
けど、異世界にきたらまずこれ!携帯で電波状況の確認とかもすっ
飛ばしてこれ!
うん、中二病だね。気にしないし反省しないし、後悔もしない。
でだ、異世界に来たことに頭真っ白になっていながら無意識にむに
ゃむにゃと呪文を唱えてしっかりとイメージしながら
﹁ファイヤーボール!!﹂
結果、成功。
ヒューーーーーン、カッ!ドッカーーーーーーーン!!!!!!
擬音で表現するとこうなるが、もうちょっと具体的に話す。
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呪文を唱えだすと体が熱くなって血の巡りが早くなったのが判った。
この時点で困惑を抱えつつも出来る!という確信が沸いた。
そのまま最後まで唱えと手の平の先に力が集中。
強く唱えた言葉と共に火の玉が出現、握りつぶせるほど近くにあっ
たそれは不思議と熱くなくて行け!って思いと共に前方に発射。
一直線に突き進んだ先にあった地面から突き出した乗用車程の岩に
直撃。
一瞬に光が駆け戻って爆発。更に吹き返した熱風が頬を撫でて炎上。
暫く眺めていたけど、岩があったところから半径10mくらいが真
っ黒に焼け焦げたクレーターになってやがんの、ついでに飛び火が
回りを焼いて焼畑農業中。誰が畑にするかしらないけど。
もちろん、岩なんか跡形も無く、形跡として吹っ飛んできた小石が
コツンと原付に当たったくらい。
あまりの威力に呆然としたけど、ふと思った。
﹃まずくね?﹄って。
こんなクレター作って周りは大火事だ。だから走り出した。
﹁盗っすんだバイクで走りだす∼・・・﹂
いや、自分のバイク︵原付︶だけどね。こうして俺はひたすら道な
りに走っている。
かれこれ2時間ほど。過去は忘却する為にあると思うんだ。そんな
ことないけどね。
﹁まさかほんとに使えるとはね、異世界に来たことよりこっちの方
がびっくりだ、となると後の問題はこれが﹃有限﹄か﹃無限﹄かと
﹃有効﹄か﹃無意味﹄かと﹃標準﹄か﹃異端﹄かだね﹂
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しっかり見極めないと酷いことになりかねない。
本当に中二なら
﹁やっほーい!英雄になるんだ!魔物なんか一網打尽だぜヒャッハ
ー!!﹂
なんだろうけど、
こちとらいい大人なのです。夢見る少年じゃないのです。
世界は優しくないことを知っているんです。
ついでにダークな小説なんかも読み漁っています。
慎重に行動しないととんでもないことになると予想できます。
﹁人は∼いくらでも∼残酷に∼な∼れ∼る∼﹂
楽しい想像が浮かびまくるので歌ってごまかす。
イヤー!人体実験フラグイヤー!!
絶対に勘弁。
早く人に会って情報を仕入れないと、異世界に行ったらやってみた
いことその二!
﹃美人の奴隷を囲ってのウハウハ成金生活﹄
ができないじゃないか!
え、変態って?外道って?男のロマンだろ奴隷囲ってのハーレムっ
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て。
向こうでできないんだから異世界でやってみたいって素直な欲求じ
ゃね?
当然だよね、当たり前だよね、うん。脳内会議で満場一致のスタン
ディングオベーションで問題なし。
奴隷が売ってない可能性があるけどファンタジーな世界、もしくは
余り文明の発展していない可能性が高いから、少なくとも好き勝手
できる余地はあると思う。
いまどき馬車使ってるんだからきっとそうだよね。王道をいってく
れよこの世界。
ああ、なぜ馬車が使われているかわかるかってのはこの道。
走ってて気が付いたけど轍の跡がくっきり。蹄の跡も結構残ってい
るから。
観察が重要だよワト○ン君。ごめん、いい加減退屈が頂点突破して
暴走しだしてる。
早くファンタジーな住人に会いたいなぁ。
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原付﹁こんな草原を走るのが夢でした﹂︵後書き︶
始めてしまいました。ドキドキします。
この物語は作者の仕事のストレスがたまった時に書かれています。
そのためいくらか在庫がありますがそれらは書かれた時が飛び飛び
で文章が微妙に変わっていたりします。
なるべく読み返したりして修正しながら早めの更新を行う予定ですが
在庫が切れたら完全不定期更新を予定しています。失踪前は宣言す
るつもりですので安心して下さい。
じゃあ掲載するなよ!と言われそうですが、自身の欲求を押えるこ
とができなくなったのでご容赦を。
表現や語彙がへなちょこなので、こんな表現があるよとか、こんな
言葉があるよとか教えていただければ幸い。
また誤字脱字などがありましたら連絡いただけると助かります。
編集01/13 空行を追加
編集06/05 文章表現変更
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原付﹁こいつまたサイドミラー壊しやがったよ。ホントもうちょ
っと扱いを良くして欲しいぜ﹂︵前書き︶
酷い表現がありますので注意してください。
追加注意。
R15以内に抑えたつもりですが、主人公の性格の一端を知ってい
ただくため極度の性的暴力表現があります。大変不快な気持ち、感
想をもつ場合があるため、そういったことが受け付けない方は四話
﹃原付﹁初めて家の中に入りました﹂﹄前書きに簡単なあらすじを
のせますので、この話及び次話を飛ばすことを推奨します。
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原付﹁こいつまたサイドミラー壊しやがったよ。ホントもうちょ
っと扱いを良くして欲しいぜ﹂
はい、こちらリポーターの星野です。
今私がいるのは先ほどの道をさらに10分ほど進んだ小高い丘の上
ですが、見てくださいあの惨状を、ここからでも村が襲われている
のがはっきりと見て取れます。
村からここまで約100mほどですがここまで村人の悲鳴が聞こえ
てきます。
普段は黄金の麦畑がたわわに実る放牧的で静かな農村なのでしょう
が一体誰がこのような酷いことをしているのでしょうか・・・。
おっと!今カメラに緑色の物体が写りました。
あれは何でしょうか・・・。大きさは小学生程度ですが潰れた顔に
ぶっくりと腹が出た丸い体、太く長い腕に短い足。申し訳程度に巻
いた獣皮の腰巻。
ゴブリン!ゴブリンです!!ゴブリンの集団が村を襲っています!
!!
数は20匹ほどですが斧や剣、弓などを使い村人を惨殺しています。
・・・・・・・。
飽きた。
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いや、まぁリポーターごっこもそれなりに楽しいけど一人でやって
もね∼。
状況は理解できたと思うけど。
あれからしばらくして空に黒い煙が上がってるのが見えたんだ。
つまりその下に火があるってことで、火があるってことはそれを使
う知的生命体がいる可能性が高いって訳だ。
さっきから晴れ渡ってるから落雷で火事ってことはないだろうから、
確実に生命体に会えると思って急いで向かったんだけど・・・。
匂いがね、良くなかったんだ。
しばらく前に嗅いだことのある臭気。火事の現場そのままの色々な
ものをごちゃ混ぜに焼いた臭い匂い。
丘の先だったからその手前で原付のエンジンを止めて慎重に伺った
わけ、そしたらさっきの状況が見えたわけだ。
方角は分からないから俺基点にして右手の方に森があってそれが丘
の手前まできてる、そして正面に小さな村、教会っぽい石造り建物
とちょっと大きい多分村長の家。
あと土台は石、壁は木で出来た家が30戸ほど。
それを囲んで一応の柵とさらにその外周に麦畑で村の出来上がり。
あとは村の向こう側森からさらに左手の先まで川が流れてる。
道は村の左側を横切って川を渡ったさらに先まで続いている。
狩猟と農耕の共存って題で写真でも撮りたいぐらい焼けてなければ
綺麗な風景だけど・・・。
ゴブリンは森から出てきたんだろうね。
頭もいいのか川側から麦畑を通り抜けて回り込んだ様子も見れる。
ゴブリンが走った跡がくっきりと畑に残ってるし。
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これじゃ村人は助からないだろなぁ。
仕事柄鞄に入れていた双眼鏡で眺めてみるけど、あらら、完全に包
囲殲滅って状態。
眼に映った若い兄ちゃんが斧振り回してるけど、あ、槍が心臓にさ
っくりと刺さった。
血が槍を伝って流れてびっくりしてる。
わなわな震えてるけどダメだよ止まったら、後ろから来た奴にメイ
スで殴られて頭スプラッタにされちゃったよ。
教会の前では汗臭そうなおっさんががんばってるけどただの鍬じゃ
ね∼。
矢が一本二本と刺さってはいアウト。
火が家を焼いてそこから映画みたいに焼けた人がフラフラと歩いて
ばったり。
道の手前では女の子が犯されちゃってるよ。
なかなかに可愛い子だけど二匹のゴブリンに大変な状態にされてる。
ゴブリンめなんて羨ましいことを!違った、なんて酷いことを・・・
。
さっきの教会から何人か引きずり出されてきたけど男の子が斧でば
っさり!
とはいかず切れ味悪くてぐちゃぐりゃの肉塊血溜まり。
母親かな子供の名前叫んでるけど、あらら、またしてもゴブリンに
組み敷かれてR18なことに、あとおばあさんもいたけどそれすら
も組み敷かれて・・・。
ゴブリンよ女なら何でもいいのか・・・?
さすがにオーバー40は許容範囲外だ、それ以内ならもっとやれ、
いやいや何言ってんだ。
見た感じ男は殺され女は子作りに、うーん不思議不思議。
ゴブリンの美的感覚ってどうなってんだろ、
人間がサルの裸見ても興奮しないけど、異種族でもゴブリンはR−
18できるってこと?
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ゴブリンは雄しかなくて人間を使って繁殖するのかな?それともた
だの快楽のため?
どっかにゴブリンの村があって普通にゴブリンの雌がいるのかな。
見た目全然違うから子供作れるのかとても疑問。
ファンタジーだから遺伝子的違いなんか関係無いって事かな。
どうなんだろ、本当に不思議不思議。
そうそう、話し変わるけど言葉は理解できるみたい。
こっちの言葉が通じるかはまだ分からないけどさっきから聞こえる
﹁ひー!、化物ーーー!!﹂
﹁助けてー!!﹂
﹁イヤーおかあさーーーーん!!!﹂
とか全部わかるからね。
よかった。少なくてもヒヤリングできたら後はイエスとノーのジェ
スチャーで答えられるから生活に極端に困ることは無いね。もし言
葉を覚えないといけなかったら絶望するところだったよ。
英語ですら赤点すれすれの成績だったのに今更まったく違う言語覚
えるなんて拷問以外の何者でもないからね。
これもチート?なんにしても助かる。
あと服装も多分問題なし、今現在俺着用の服は灰色の作業着。
会社で着替えるのが面倒だから家から直接着て行ってるんだよね。
アパートから会社まで原付で20分だよ?わざわざそのためだけに
普通の服着てさらに会社で着替えるって面倒ジャン?
だから今は作業着。
で、見た感じ村人と極端に離れてる意匠じゃないからおそらく問題
ないと思う。
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うん、よかった。
安心したらお腹空いてきた。
俺の携帯に表示されてる時計だともう12時だし、この世界の太陽
も大体真上、お昼だしオニギリを食べることにしよう。
匂いがちょっと残念だけど丘の上でピクニックとしゃれ込むのもい
いかもね。
昨日の晩御飯用コンビニオニギリ鞄に入れといて良かった。
食べきれずに残しておくなんて珍しいことだったけどこのときのた
めだったんだね。
運が良かった。神様ありがとう。
それじゃいただきます。
え?助けに行かないのかって??それなんて冗談???︵笑︶
筋肉たくましいおじさんとかがフルボッコにされてるんだよ?貧弱
な俺が行ってどうなるのさ。
さっき使えた魔術だってまだどういうものか分からないんだし、そ
もそも有効かもわからない。
それなのに突っ込むなんて馬鹿のすることだって。無謀だって。蛮
勇だって。
そういうわけでのんびりとオニギリをほおばりながら村の様子を観
察して情報収集を続けるけど状況にあまり変化なし。
村人男は抵抗して殺され、村人女は犯されて放置。
もしくは適当に殴られ蹴られでおもちゃにされて撲殺。
18
うーん嫌な死に方だ。俺の目標は眠るように静かに老衰だから趣味
に合わないな。
それにしても対策くらいしなかったのかねこの村、魔物の襲撃なん
てありそうなことだろうに。
道中もちらほら見かけたし森に近いならなんかしてそうだけど・・・
。
そんなことを考えながらオニギリ二つを食べ終える。
ゆっくり食べたけど10分もかからなかった。
足りないけどしかたない。食えるだけまし、今村に行って﹁ご飯く
ださい﹂
って言っても大変そうだからもらえないだろうし。
お金もないしね。そうお金。この世界のお金ってどんなだろ。
ゴブリンが居なくなったら火事場泥棒でもしてみよう。
物々交換じゃなければそれらしいものがきっと見つかるはず。
村人はもう使う機会無いだろうしね。
知らないといけないこと多いけど楽しい異世界ライフのためがんば
ろう。
それにしてもゴブリン気持ち悪すぎ。
非対称の顔にブヨブヨの体でぶつぶつがあったりヌメッとしてるし、
口はぐちゃぐちゃの歯はボロボロの・・・。
ほんと醜悪って表現がぴったり、
生理的嫌悪感が沸き立つよ。
ゲームとかアニメだとデフォルメされてるけど現実だとこうなんだ
ね。
見た目で判断するなって、俺が生まれる前に死んで会ったこことも
ないおじいちゃんの遺言ってことにしてる言葉もこいつらの前じゃ
無意味だよ。
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ああ、なんと言葉は無力なんだ。しょせんは奇麗事なのか!
と悲劇の主人公とばかりにポーズを決めてみた。
馬鹿らしい。
っと状況に変化アリ!森の中からなんか大きな緑色が出てきた。
・・・・・・・デケェ。
周りの死体と建物から判断するとおよそ3メートルくらい。一応人
型。腕が地面に付くほど長かったり、額にドリルのようなグルグル
角があったりするけど。
装備はこれまたデカイ剣と鎧っぽいものを胸と腰に付けてる。うー
ん。名前なんだろ。
ゴブリンにしてはでかすぎ、けどトロルっていうほど馬鹿っぽさが
ない︵偏見?︶。
2本角なら鬼って表現ぴったりなんだけど。うーん、いいや、勝手
にゴブリンキングと命名。
ゴブリンキングの出現に世界が凍りつく・・・
もはやその威容に生きとし生けるものは言葉を発することすらでき
ない。
恐怖で足は竦み奥歯はがちがちと知らぬ間に音を奏でる。
人の身で抗うことの出来ない絶対たる力。かの者こそ陸の王者。
20
なんてね。
格好よく言ってみましたがこの距離だと特には何も。
ボス登場!って感じだから盛り上げてみたけどRPGなら最初のダ
ンジョンイベントではボスだけど、しばらく進むとただの平原で雑
魚敵として登場しますってくらいじゃないかな。
つまり何が言いたいかというと妙な小物臭がするってこと。
さらに観察を続ける。
ゴブリンキング、自分で命名しといてあれだけど長くて面倒だから
省略してゴブキン。
ゴブキンは左手に何か引きずっていた。
ズタボロになったそれ、いやそれらは成人男性四人。
まだぴくぴく動いてるから生きてはいるみたいだけど引きずられて
血だるまになっちゃてる。
服装からして村人っぽいけど体格は良さそうだから狩人さんたち?
あ、ゴブリンの集団に放り込まれた。
ゴブキン腕力凄いんだ。1人80kgとして4人合計でおよそ32
0kgを放り投げるんだから相当だよね。
それに群がるゴブリン達、砂糖にむしゃぶりつくアリのように固ま
りすぎ、何をしている?
よく分からんぞ、ちゃんと見せないと視聴者が怒っちゃうぞ、つま
りは俺。
しばらくギャアギャアやってたると思ったら槍に刺さった生首四つ
の出来上がり。
ああ、首落としてたわけね。
それを見届けてゴブキンが咆哮!うるせぇ、続いてゴブリン達が槍
を掲げて叫びを上げる。
もう一度ゴブキン、さらにゴブリン達、さらにさらに以下略。
ようは勝鬨ってやつだね。うるさいけど。
21
推察するに、何かしらゴブリン達を刺激した四人の報復措置で村が
焼かれたと。
うん、すっきり。たぶん正解。かってに正解にする。
ダメだよ、ちゃんと住み分けないと。不法侵入は警察に逮捕される
んだから。
ましてや法律がなさそうな異種族なんだから何されたって文句は言
えないよって脳内で助言してあげる。
天国で聞いてね。
さてと、どうするか、いい加減スナイパーよろしく腹ばいでの観察
は疲れた。
向こうでは勝利宣言が行われてるからそろそろ立ち去るでしょう。
そしたら火事場泥棒して先に進むことにする。
方針決定!
﹁フワ∼ッ・・・・﹂
欠伸と一緒にグッとその場で背伸びをしてもう一度双眼鏡を構える。
・・・・・・あれ?ゴブキンと眼が合った。
そんなことないよね?メガネを持ち上げて眼を擦る。
もう一度覗き込む。
ばっちり眼が合った、今度は周りのゴブリン達もこっち見てる。
そして一斉に叫びを上げた。
﹁マジかよ、眼良すぎだろ、ずっと腹ばいで隠れてたのに何で分か
った・・・﹂
ばれたからには仕方ないので急いで立ち上がって埃を払い、脇にス
タンドで立てていた原付に飛び乗る・・・・・・・・そうか、自分
22
が隠れてても原付が丸見えだな、失敗失敗。
反省終了、他の要因も探して今後に生かすことにする。では逃げよ
う。
とはいっても一本道、引くか進むかだけ。
草原に突っ込むのは原付的に論外、戻ったところで二時間の旅路と
過去から忘却した場所に戻るだけ、つまり残された道はただの一つ。
﹁いっくぜーーー!!﹂
エンジン始動と同時にフルスロットル、急な加速に体が引かれなが
ら坂道を駆け下りる。
スピードメーターはメモリ一杯の60km/h。
遅いと思うなかれ、音と視線の低さと砂利道の凸凹で跳ね飛びなが
らだからかなり怖い。
でも、ジェットコースター嫌いの俺ががんばったかいあって、
必殺﹃一人逆落とし﹄!!
は効果あり。道中の魔物同様、村から俺を襲おうと出てきたゴブリ
ン達が逃げ出した。
予想通り、このまま村を強行突破しよう。
火事場泥棒できないのが残念だけど、危ない橋は渡りたくない。
川越に丸太を渡しただけの危ない橋は渡るけどね。
しかし、裏切られる存在が一匹、ゴブキンが吼えた。
原付の爆音に負けない大きな声で吼えた。
ぴたりと硬直するゴブリン達。
さらにゴブキンは持っていた剣を振り上げて目の前まで逃げていた
ゴブリンに叩きつける。
地面が爆発、砂埃が一瞬姿を覆い後には肉片と化した元ゴブリン。
数歩後ろにいたゴブリンがしりもちをついている。
23
なんという五十歩百歩。死を分けたのは明確な五十歩ってわけだ。
さらにゴブキンが吼えて剣をぐるぐると振り回す。
意訳すると﹁逃げたら殺す﹂かな。
ははは、以外に勇気がおありの様で。小物臭がするって思って悪か
ったよ。
でも遅い。もう村の横を過ぎて丸太橋に到着。
段差があるから降りて持ち上げないといけないけどそこさえ過ぎれ
ば原付に追いつくのは無理、騎獣でもあれば別だろうけどそんな様
子も無し。
俺の勝ちだね。
﹁さようなら﹂
小さく呟いて橋を渡ろうとしたその時、一瞬の風切り音と供に矢が
右肩上、右耳横数センチを通り過ぎる。
振り返ってそいつを確認。
それと同時にもう一発、今度は振り返った肩越し、原付サイドミラ
ー︵左︶に直撃。
ミラーが根元からへし折れた。
﹁・・・・・・・・・・・・・・・・﹂
立ち直り早いね。
ま、ボスに殺されるか見知らぬ獲物を狩れなら同じようにするだろ
うさ、音が凄いとはいえそれは逃げようとしてるんだから、そうな
れば恐ろしいボスの命令聞いて動くよね。
でもさ、だからって矢は無いんじゃない?
下手にあたったら死んでるよ?
死ぬような攻撃してきたんだよ?
俺はさ日本人なの、専守防衛を基本としてるの。
24
つまり、俺は今正当防衛発動するわけ、
反撃する権利を得たわけ、復讐する権利を得たわけ、
さらに付け加えるなら俺は俺の信条として俺を傷つける奴を許さな
い。
﹁絶対殺す・・・・・・・・・・・・・!﹂
一瞬で頭が白熱する。
怒りで視界が真っ赤に染まる。
一気に沸騰する全身を軸に頭をクリアにする。
原付の警笛を鳴らす。
今までと違う甲高い音が辺りに響き、第三射を放とうとしていたゴ
ブリンは矢を落とし番えようとしていた別の一匹も耳を押さえてう
ずくまる。
近接装備のゴブリン達もびっくりして立ち止まるか、再度逃げ出す
25
奴もいる。
逃がさないけどね。
相手が動きを止めたところで状況把握。
村から出てきたのが十三匹、
その後ろ、どうやって上がったのか屋根の上で弓を持ってるのが二
匹。
さらに後ろにゴブキン一匹。
数が足らないと視線を走らすと川を渡って、俺の正面を押さえよう
としているのが六匹。
さっきも思ったがなかなか頭がいい。
集団で一匹の獲物を狩るには逃がさないように囲って潰すのが一番
だからね。
逃げるつもりは一切無くなったけど。
警笛を鳴らし続けながら呪文を唱える。
そして完成と同時に流鏑馬のごとく構え
﹁フレア・アロー!!﹂
叫ぶとイメージ通りに火矢が出現した。
さっと眼を走らせ目標をさだめると仮想の弦を離した。
火矢は紅い軌跡を残しながら空を駆け抜けて弓を持っていたゴブリ
ンに命中。
威力が強すぎたのか腹に黒い風穴を開けてさらに先にまで飛んでい
った。
しかも途中、前衛のゴブリン二匹の横を通り過ぎたが熱風だけで半
身を黒焦げにしている。
ファイヤーボールだと村を巻き込むと思ったからこれにしたけど、
威力強すぎ・・・。
音が止むと同時に一瞬で三匹もやられたことにさらに逃げ腰になる
ゴブリン達。
26
でも逃がさないけどね。
威力弱目と意識しながらさらに呪文を紡ぎ今度は﹁フリーズ・アロ
ー!﹂氷の矢を出現させる。
仮想の弦も6割程度で引いて発射。
弓を持っている最後の一匹に命中、今度は氷の矢が頭に突き刺さり
串刺しで止まる。
反射で氷を抜こうと手が少しだけ動いたがすぐにとまり屋根から落
ちた。
そして涼しげな音と供にゴブリンが砕け散った。
うん、ゴブリンにはもったいない綺麗な死に様だ。
焼いて殺すよりずっと見た目がすばらしい。
呪文を再度唱えて、一番近い奴に向けて発射。数秒も掛からずに腕
に命中。
さっきは遠くて見えにくかったけど、突き刺さった部分から氷が一
気に全身を覆っていき、
ハイ!ゴブリンの氷付け一丁あがり。
ニヤリと口元に笑みが浮かぶ。それをみてゴブリンが今度こそ逃げ
出した。
だから逃がさないって。
あとはやったことは無いが七面鳥撃ちのごとく的を狙い打っていく。
体、頭、腕、肩、太もも。
呪文を早口に唱えながら次々に氷像にしては砕いていく。
一分も掛からずに村側全滅。
残りはゴブキンと、川側からの奴ら。
27
好運なことに川側の奴らは渡河に夢中で今の惨劇は見てなかったら
しい、びしょ濡れのままこちらに突っ込んできた。
こっちは村の建物に被害が行くことは無いから遠慮無用。
すこし長い呪文を唱えて両手を突き出す。
﹁アイス・ミサイル!﹂
手の先から氷柱が出現。高さ1m、直径30cmのそれはいったん
空高く打ち上げられ静止。
くるりと回転し先端をゴブリンの集団へと向けると再度発射。
笛の高音のような風きり音を響かせながら集団の中央に着弾。爆発。
いや、熱を持たないそれを爆発と表現するのは間違っている。
花が咲いた。一瞬でゴブリン達、周りの麦を巻き込んで氷の花が咲
いた。
直径にして20mの空間が氷に閉じ込められた。
秋の景色に氷の華。絵にして飾っておきたいほど見事だね。
そんな絵を書くまもなく全てが涼やかな音と供に砕け散ってしまっ
たけど。
後にはシャーベットで覆われた丸いく切り取られた麦畑だけ。
うん、決めた。実験が終わってから魔物倒すときは出来るだけ氷系
の呪文で倒すことにしよう。
見た目綺麗だしね。
さて、残ったゴブキンは﹃ガルルル﹄と駄犬の如き唸り声を上げて
いる。
そりゃそうだよね、味方があっさりとやられちゃったんだから。
悔しさで歯軋りくらいしたいだろうさ。
でも俺ははっきり言ってこいつに感謝したいくらい。
頭が沸騰するほど殺したいけど、こいつがゴブリンをけしかけてく
れたお陰で一般的村人が抵抗できない魔物も俺があっさり倒せる事
がわかった。
28
もし魔術かなかったら一匹ずつ原付でひき殺さないといけなかった
よ。
それに、魔術を使うと疲れることも分かった。
睨み合いっぽい状態を余裕の笑みで受け流しているけど、実は少し
体がだるかったりする。
中学の時の﹃町内一周マラソン大会﹄での500m地点並みのしん
どさだ。
ちなみに俺は図書室が大好きな人間だと言えば大体のしんどさは理
解してもらえると期待したい。
ではゴブキンさん、色々教えてくれたから出来る限り遊んで殺して
あげる。
そう思っていると、ゴブキンが突っ込んできた。
一直線に。
貴重な焼け残っていた家や、柵や、死体なんかを吹っ飛ばしてうる
さい叫びを上げながらの突撃。
まぁ、さっきの戦闘見てたんだからわかるだろうけど距離が開いて
たら狙い撃ちだもんね。
でかいから足幅も大きいし一気に距離が詰まってくる。
﹁チッ﹂
遊ぶ余裕がなくなった俺は舌打ちを一つかましてから早口に呪文を
唱えて、手を地面につけて発動。
﹁アース・ニードル!﹂
触れた地面がボコボコと膨らみながら走っていき、ゴブキンの目の
前で弾けた。
瞬間巨大な土杭が出現、ゴブキンへと伸びていく。
29
ゴブキンは眼を大きくしながらなんとか避けようとするけど、アレ
だけの巨体を形作る質量、それから発生した慣性に逆らえるはずも
無く自滅分も合わせて深くざっくりと突き刺さった。
緑色の体液が杭を伝って流れ出す。
しかし、無駄にデカイだけあって生命力もあるみたい。
虫みたいに針で標本にされてもまだ動いてる、そしてしばらく暴れ
ているとデカイ剣で杭の根元を叩きつけると杭が形を保てなくなり
崩れ落ちた。
ニヤリとゴブキンが笑いやがった。
俺もニヤリと笑ってあげた。
あーあ。知らない。そのままならもうちょっと長く生きられたのに。
ゴブキンは分かりにくい緑色の顔を青く染めそのまま大量の体液を
撒き散らしながら轟音と供に倒れた。
そりゃね、腹に穴があいてたら血も沢山流れるよ。
杭が刺さったままならまがりなりにも止血されてたのに。
応急処置の基本だね。適切な処置が出来るところで刺さったものは
抜きましょう。
﹁ふぅ∼・・・﹂
息を吐き出してクールダウンをはかる。なかなかに緊張したがなん
とかなった。
怒りのままにだったが貴重な戦闘サンプルも取れたし、村から化物
もいなくなったから漁れる。
いい事ずくめだ。
鞄からペットボトルを取り出し、お茶を一口。
30
思ったよりも口の中は乾いていた。
31
原付﹁あ、蝶だ。久しぶりに見た﹂︵前書き︶
大変酷い表現がありますのでことさら注意してください。
追加注意。
R15以内に抑えたつもりですが、主人公の性格の一端を知ってい
ただくため極度の性的暴力表現があります。大変不快な気持ち、感
想をもつ場合があるため、そういったことが受け付けない方は四話
﹃原付﹁初めて家の中に入りました﹂﹄前書きに簡単なあらすじを
のせますので、この話を飛ばすことを推奨します。
32
原付﹁あ、蝶だ。久しぶりに見た﹂
原付に跨ったまま一息つくほど三十分。
休憩と言うには長い時間を終えて村へと入った。
中は死屍累々の地獄絵図。
家の三分の一は焼け落ちてさらに三分の一は半壊。
道には人間だったもの、人間の一部、良く観察すれば人間だったの
だろうと分かるものが多数転がり、道を赤く斑に染めていた。
あたり一面に焼け焦げた匂いと腐臭、汚臭、例える事が出来ない匂
いが立ち込めていた。
っても俺自身の感想としては何も浮かぶものなし。
﹁人の死体見たのって死んだばあちゃんの葬式以来だけど・・・﹂
こうなってると﹃物﹄以外のなにものでもないんだよね。
多少グロくはあるけど、ネットの世界をフラフラ彷徨っているとグ
ロ映像に耐性が着いちゃうし、パニック映画の特殊メイクの方が数
倍怖い。
さすがハリウッドだね。なんともないぜ。
感情にしても知らない人のことで悲しいとは思わない。
せいぜいがご愁傷様くらいかな。
必要があればハンカチを目頭に当てて泣きマネでもすることにする。
そして今必要なことは家捜しして情報集め。
幸いに村長の家らしきものと教会っぽいものは原型を留めている。
きっといいものが手に入るはず。
さっそく教会に向かった。っと、厄介事が残ってた。
33
面倒なのは生きている人間。これに尽きることは間違いない。
教会の前に転がされてるのが6人。いずれも女性。
服は服としての体勢をなしてはおらずかろうじて腕や足に巻きつい
ている程度。
つまり全員が半裸以上の状態。
デコレーションとしてゴブリンの精液だろう薄い緑の液体で彩られ
ている。
いつの間にやらここに生き残りの犯された女性達が集められていた
らしい。
さて、困った。こうなると見て見ぬ振りができない。
事なかれ主義の俺としては放置してしまいたいけど、
泥棒働いたあとに、この人たちに通報?されたらそっちの方が面倒
だ。
この世界の警吏がどうなってるか分からんがいきなり敵に回すわけ
にはいかない。
というわけで近づいて声をかけようとした。
が、様子がおかしかった。
﹁あは、ははは・・・﹂
﹁もっと∼・・・お願い・・・もっと・・・・﹂
﹁わたし∼わたし∼・・・﹂
こんな感じ。
頬が赤く染まり。うわごとのように淫乱な言葉を使って誘っている。
というか、壊れてる。
ただ犯されたにしては様子がおかしい。
悲嘆にくれるか、心を閉ざすか、男性に反発するか、気丈な人なら
34
警察駆け込む、が犯された女性の反応だと考えるけど︵よほど特殊
な一部ならこんな反応もあるんだろうけど︶
明らかにおかしい。
さて、どうしたものか、水でもぶっ掛けたら正気にもどるかな?と
か考えていると。
そのうちの一人、40手前くらいの恰幅のいいおばさんが顔をこち
らに向けて理性が残った眼で話しかけてきた。
﹁旅人・・・かい、うう、お願い。・・・殺して﹂いきなりだな。
一応心配な様子を繕って女性の横に跪いて話しかけた。
﹁大丈夫ですか、何がありました?﹂
﹁ゴブリンに・・・襲われて・・・私、私達も襲われて・・・﹂
おばさんは言葉を出そうとするが、汚された体は朱にそまり腕はふ
らふらと彷徨っている。
﹁ゴブリンに・・・ゴブリンの、液には・・・狂わせる・・・心が
おかしくなる力が・・・﹂
なるほどね、媚薬効果ありな訳だ。
﹁薬は無いのですか?﹂
﹁駄目・・・。一度犯されると、もう駄目。十日もしないで、ゴブ
リンの・・・生まれる。薬はとても高価で、でも、もう意味が無い。
はぁ、ああ∼・・・﹂
悩ましげな声を出しながら、媚薬の力に抗おうとしているが、
手は振るえ、眼から理性が消えようとしていた。
35
﹁諦めないでください。なんとか薬を手に入れますから、それまで
待っていてください﹂
心にも無いことを言っておく。
貴重な情報に口元に笑みが浮かびそうになった。
ゴブリンに犯されると十日で出産か。早いねぇ。
これもファンタジーの力のわけだ。そして心が壊れてまともでいら
れない。
これなら放っておいても俺が何しても誰かに話される心配なし。
安心して立ち上がろうとすると、おばさんに腕を掴まれた。
﹁お願い。今はまだ私で、いられる。お願い。殺して。私は・・・
あぅ・・あん。あんな死に方したくない。リリィみたいに・・・リ
リィみたいに、腹を割かれて化物を。化物を生むなんて﹂
精液に汚れた手が気持ち悪い。
反射的に振り払おうとしたが、必死に眼を向けて腕に力を込めてく
る女性に、少し動揺した。
﹁腹を裂いて、化物が出てくる・・・。あんなのは嫌だ・・・。
頼むよ。一思いに殺して。人として死なせておくれ!﹂
必死に頼まれてしまった。
困った。
激しく困った。
さすがにこれは困った。
36
放置してもここにいる人達は確実に死ぬらしい。
母体をまったく考慮せずにゴブリンの子供は腹を引き裂いて出てく
るようだ、
しかし正直な所そうなろうが俺には関係がない。
知ったことではでない。
俺を巻き込むなと言いたい。
だが、さすがに・・・さすがに良心がとがめる。
この女性達をほって異世界を楽しむのは流石に・・・。
本当に嫌なことを頼まれた・・・。
頼まれた・・・?
頼まれたか。
そうか、そうだな。
頼まれたんならこれは仕事だ。
お仕事を頼まれたんだ。
そうしよう。
となればこの人から報酬を貰わないと。
﹁わかりました。あなたを殺します。ですがその為にも三つ教えて
ください﹂
女性の手が少し緩み、安心した顔が浮かぶ
37
﹁なんだい?﹂
﹁私が奪うことになる強い心をお持ちのこの村の母たるあなたの名
前、
そしてあなたと同じ用に命を奪うことになるこの女性達の名前。
最後にゴブリンに負けなかったこの村の名前。教えてください﹂
俺がそう言うと嬉しそうに笑った。
﹁そんな、大層なもんじゃないよ。はは、私は。ああぅ・・・。
私はユメイさ。ユメイ=ノウマル・・・酒造りが自慢のユメイさ﹂
ユメイが名前ね。ちゃんと姓もあると。ふむふむ。
ユメイさんは顔を横に向けると他の女性達を確認していった。
﹁ああ・・元気なシンシア、お転婆なメルトも・・・。いけ好かな
かったザイエンも一緒かい。テトルにっあんっ・・・、く、・・・
ケイト、まだ結婚したばっかりだってのに・・・﹂
少し悲しそうに眼を瞑ったがすぐに笑みを戻した。
﹁麦とビールが自慢のこの村は・・・トトさ。王様だって・・・唸
るビールを造るトト村さ・・・﹂
言い終わって空を仰いだ。頬の赤みが増し。腕が完全に落ちた。
﹁ありがとうございます。それでは安らかにお眠りください﹂
俺はそう言って呪文を唱え始めた。
﹁ありがとうよ・・・﹂
38
呟くようにユメイさんが言うと同時に呪文が完成。
﹁スリーピング・・・﹂
囁いた言葉と共に甘い香りを放ち周囲を包んだ。
さっきまでうわごとを言い続けていた他の女性たちもメルトさんも
穏やかな寝息を立て始めた。
﹁これなら苦しまず綺麗に殺せるかな?﹂
次の呪文を唱えながら少し離れて発動。
﹁フリーズ・ブリット﹂
ユメイさんから少しずらした手から氷弾が発射され、地面に命中。
氷結していく地面に巻き込まれて六人の女性も一瞬で横たわる氷像
と化した。
全員が穏やかな表情のままでいることを確認して俺は氷の端に近づ
き指先で弾いた。
涼やかな音が静かな村に響いて全てが砕ける。
﹁ふうぅ。少し、重たいかな・・・﹂
名前を聞くんじゃなかった。
39
ほんの少し後悔。
でも知らないといけなかった。
軽く眼を瞑って商売相手に黙祷を捧げる。
﹁情報に感謝を﹂
俺にしては長い四秒の黙祷のあと家宅捜索を開始した。
40
原付﹁初めて家の中に入りました﹂︵前書き︶
飛ばされた方へのあらすじ。
主人公、星野 良は道を進んだ先で村を発見。
しかし、村は魔物=ゴブリンキング率いるゴブリンの集団によって
襲撃を受けていた。
魔術を使えると言っても勝てるとは限らない。
自分の命が一番大事な星野は助けに入ることも無くあっさりと村を
見捨て、隠れながら様子を伺い情報収集を行う。
言葉は理解することが出来る、魔物はただの村人にとっては凶悪で
あることなどいくつか必要な情報を手に入れることができたが観察
を続けるうちに間抜けにもゴブリン達に見つかってしまった。
逃げの一手を取るも自分の命が脅かされる攻撃に星野は激怒。
自分を傷つける存在を許せないという信条のもと正当防衛を発動。
怒りに任せ魔物の討伐を決行する。
そしてあっさりと勝利。
初めての戦いに緊張するも自分の得た力、魔術の力を自覚する。
今後の生活を確立する一歩として村から援助を貰う︵という名の火
事場泥棒をする︶ため村へと入った星野は魔物の病に侵された生き
残りの村人数名を発見する。
面倒ごとに関わりたく無いため、見なかったことしたかった星野だ
が今後のことも考え話をすることに。
村人が侵された病は薬も無く数日で死に至る病。
病気が進行しひどい死に方をするくらいならば安らかに殺してくれ
と懇願する村人。
面倒だ、他人事だ、厄介だ、死ぬなら勝手に死んでくれと内心で思
41
う星野だったが、頼まれた仕事だからと自分を説得。自分が殺すこ
とになる村と村人の名を聞く事を条件に殺すことを同意。
魔術を使って安楽死を実行した。
魔術を使ったとはいえ人を殺すことに多少思うところがあった星野
だったが、わずかばかりの黙祷を捧げた後に家宅捜索を開始したの
だった。
42
原付﹁初めて家の中に入りました﹂
﹁いやー大量大量。こんなに分かりやすいなんてありがたい限りだ
わ∼﹂
気分はRPGの勇者様。
誰もいないけど人の家のタンスを勝手に漁り、壷を覗き込み、宝箱
を開けて、アイテムゲット。
楽しい。めちゃくちゃ楽しい。語尾に音符が付いてもいいくらいに
楽しい。
癖になりそう。勇者や盗賊や山賊さん達が村を襲う理由ってこれ?
って状態。
好き勝手できるって最高!いやーがんばってゴブリン供をぶち殺し
た甲斐がありました。
嫌な仕事を引き受けた甲斐がありました。楽しい気分をぶち壊され
ずに済んだよ。
もし、ゴブリンを逃がしてたら戻ってこないだろうかってビクビク
しないといけなかったし、
仕事請けてなかったら道を通るたびにうめき声聞かされて参ってた
かも。ホント良かった。
こうなると時間を忘れて漁ってしまったのでもうすっかり日も暮れ
てしまった。
とういわけで俺は勝手に村長さんの家でくつろいでいる。
鞄に放り込んでいたマッチでランプに火を付けて淡く室内を照らし
ながら戦利品を眺める。
テーブルの上には金銀財宝・・・とはいかないまでも金貨数枚と銀
貨が小箱一杯、それと大量の銅貨。
43
後は宝石が少々。
﹁それでっと、金貨が二種類に銀貨も二種類、銅貨も二種類・・・。
ほんと分かりやすい。あとはこれらの価値がどんなもんかだね。い
や∼よかったよかった﹂
街に行って値札でも見ればおおよそ掴めるだろうし、これ以上の価
値の硬貨があっても一般的に出回ってるものじゃないとなればそれ
を手に入れるまで無いものとして考えれば問題なし。
﹁さすが麦とビールの村。結構もうけてたんだろうね∼。鉄製の農
具に鉄製の台所用品。見て周った限り鉄工所は村に無かったから買
ったんだろうけど、全部の家に鉄製品があったんだからなかなかの
もんだ﹂
硬貨をクルクルと回しながら思いを馳せる。
馬車で鉄製品を運ぶのはかなり大変だと思う。
嵩張る上に重たい。かなり値段は高いはずだ。
となれば交易が盛んに行われているか金にものを言わせるしかない。
ここに来るまで馬車とはすれ違わなかった。
ここで引き返した可能性があるが普通はぐるりと回る航路をとって
交易するはず。
となれば金に物を言わしただ。
金貨は村長の家の隠し棚の中に仕舞われていて、銀貨は分かりやす
い宝箱の中。それも一杯。
銅貨はそれぞれの家に結構な数があった。
﹁銀貨は村長の家で管理、となれば高価だけど一般的。銅貨は普通
に流通くらいかな。くぅぅぅ∼、早く街に行きたい!村人さん達、
安心して成仏して下さい、俺がこの金しっかり使ってあげますから﹂
44
笑みがとまらない。
苦労して淹れたコーヒーらしきものを啜り落ち着こうとするが、す
ぐにニヤニヤとしてしまう。
他に探ったものも知っているものが多数だった。野菜もニンジンや、
ジャガイモのなどの見知ったものがほとんどだったし、他の食べ物
もパンにベーコン、塩。保存用の乾し肉に果物としてりんごも発見。
調理の仕方で劇的なものがあるかもしれないが、そんなのは元いた
世界で当たり前にあったことなので問題にはならないだろう。問題
があるとすれば米や、味噌、醤油があるかどうか。
日本人としてはこれらは譲れない。今後の生活次第では徹底的に探
し出さないと。
とりあえず今日はジャガイモの塩茹でとベーコンの炒め物とスクラ
ンブルエッグを晩飯として食べた。
食材的に味も特に問題なし。料理の腕が悪いから可もなく不可もな
くだけど。
竈に火を起こすのは少し苦労したけど、今日ゲットした火打ち石も
練習すればすぐにでも使える。
もしくは鞄に放り込んでいたライターとマッチでしばらくは何とか
なるし、
まだ分からないけど魔術が一般的じゃなくても一人ならそれで対応
できる。
﹁火が使えるかどうかで文明的に生活できるか決まるからね。今日
で旅に必要そうな道具は一通り揃ったし。あとは街に行って今後の
生活を確立するだけか・・・ふぁ∼・・・﹂
ニヤニヤも納まって眠気が出てきた。
携帯の時計はまだ八時を過ぎたところだけど、今日は一日かなりハ
ードだったからもう寝ることにする。
45
頂戴した荷物満載の原付を村長の客室へと押し込みドアを閉めてか
ら引っ張ってきた紐をドアノブに結ぶ。
さすがに、初めての夜は安心して眠れないので一応簡単な鳴子を村
長の家の周りに一周と家の中に幾つか仕込んだ。原付も手元近くに
あればすぐにエンジンを入れて警笛をならせる。
安心の三重の防御体勢。最終手段は魔術で吹っ飛ばせば完璧。
俺は固いベットに潜り込み、ランプを消してメガネを外した。
自分の音と光が消えて木々のざわめきと川の流れる音がしばらく聞
こえたが、疲れのおかげで不安を覚える間もなくすぐに眠りに落ち
た。
46
原付﹁初めて家の中に入りました﹂︵後書き︶
文章量にばらつきが・・・。
区切るタイミング難しいです。
47
原付﹁お、重い・・・﹂
﹁知らない天井だ・・・﹂
オタクとしてはやはりこのセリフは言わないと駄目だと思う。
時計を確認。朝の七時半。何時もの起床時間、アラームが鳴る数分
前。
勝手に眼が覚める場合は頭の回転が速い俺。絶対に言おうと決めて
いたセリフで朝を迎えた。
どうやら何事も無く朝を迎えれたらしい。夢オチの可能性もこれで
完全に消えた。
ベットに腰掛けて体調を一通り確認。
硬いベットで寝たせいで体の所々が痛いけどそれ以外に問題なし。
時々映画鑑賞︵という名のアニメ鑑賞︶しててそのまま床に転がっ
て寝てしまうことがあるから別にこれくらい気にならない。
魔術の事を思い出したので短い呪文を唱えてみる。
﹁ライティング﹂
言葉を発すると小さな光の弾が出現。眩しい朝をさらに眩しく染め
て寝起きの目玉に直撃。
﹁んん!目がぁ∼目がぁぁぁ∼﹂
どこの大佐だよと言わんばかりに地味なダメージを受けたが魔術も
使える。
一先ず安心して部屋を出た。鳴子が盛大に鳴った。
多少は寝ぼけているみたいだ。
48
トラップを解除してまずは顔を洗い、歯磨き。
こんなこともあろうかと歯ブラシも鞄にいれてあったのだよ。
本当は時々急な出張に連れ出されるからなんだけどね。
ビジネスホテルならいいけど、訳の分からん民宿の場合歯ブラシす
ら置いてないってこともあるから用意周到で問題無し。
ただしそのせいで鞄はいつもパンパン。なんちゃって・・・。
寒い。
朝食に硬いパンとコーヒーもどきを食べてから適当にラジオ体操。
これからはデスクワークばっかりの鈍りきった体じゃもたないと思
うから少しづつ動かしていかないと。
ついでにストレッチもしてから外に出てみる。
匂いはだいぶましになったけど相変わらずの地獄絵図。
死体をそのままにしてたから野鳥なんかがついばんでいる。
だって葬式の方法が分からなかったんだもん。っと可愛らしく誤魔
化してみる。
土葬か火葬かどちらにしても知らない宗教の人におくられたくはな
いだろうってことにしておく。
本音はめんどくさかっただけ、数にして100弱もの遺体を一人で
片付けるってどんな拷問?
ってわけでそのままの状態。
気候が穏やかだから腐臭を放ちだすのも俺が居なくなった後だし、
俺はここに来なかった事にするつもりだから死体残しておかないと
なにがあったか気づかない可能性もあるしね。
かくして問題を避けて逃げる事なかれ主義の俺は現状放置としたわ
けだ。
そうそう、宗教で思い出したけど文字は読めないみたい。
教会を漁っていた時本を見つけたわけ、羊皮紙を束ねた奴でいかに
も普及してませんよって感じの聖書らしきもの。
49
開いてみたけど文字はさっぱり。
都合よく意味だけ分かるとかってことはなかった。残念。
チートもそこまで都合よく働いてくれなかったようだ。
ただし、数字は似たようなものが使われていた。
多少アレンジが掛かっているけど読めないことは無いレベル、だか
ら数字関係はどうにか出来そう。
そもそも本に羊皮紙が使われてる時点で識字率は高くないと推察で
きるから地方の出ってことにしておけば字が読み書きできないこと
で問題になることはないと思う。
これも街に行ってからの確認事項ってことで脳内メモ帳に記入して
おく。
そんなことを考えながら村を歩いていく。
いきなりランニングは辛いから最初はウォーキング。
村の様子を確かめながら村を一周りしてみる。
特に変わった事は無さそうだ。
そう思って町の外、ゴブリンを凍りづけにして砕いた畑まで来ると
何かが光った。
﹁なんだろう・・・﹂
近づいて見てみると宝石らしきものが落ちていた。
親指の先ほどの小さなコンペイトウのような白く透明な結晶。
辺りを見回すと同じものが五つ。合計六つの結晶を発見。
﹁魔物倒すと手に入るアイテムとか?換金できるものなのかな・・・
﹂
とりあえず全部拾っておく。村に戻ってゴブリンを倒した地点を見
て周ると同様のものを十個見つけた。
50
﹁やっぱりゴブリンから出てきてるものなのかな。昨日は気が付か
なかったけど・・・﹂
昨日は家捜し中心だったから視界に入らなかったのかもしれない。
とりあえず見つけたものは全部拾った。
ただし、ファイヤー・アローで半焼きになった二体とゴブキンから
は見つからなかった。
﹁体の中にあるのかな?﹂
半焼けの一体を魔術で凍りづけにして砕いてみた。氷と混ざって見
つけにくかったけど予想通り出てきた。
﹁これって普通の人はどうするんだろ・・・﹂
倒したモンスターを掻っ捌いて手を突っ込んで探しているのだろう
か、そう思うとちょっと嫌な気分になった。
半焼けの一体は証拠として残しておくとしてゴブキンも同様に砕い
てみる。
体が大きくて探すのに苦労すかと思ったが案外すぐに見つかった。
﹁体に比例してでかいな﹂
今度は野球ボールくらいの結晶が出てきた。しかも色付き。
黄色というよりは薄い茶色という感じにすこし濁っている。
﹁価値があればいいけど、どうなんだろ?﹂
頭をひねって考えても答えがでるわけないので一応持っていくこと
にする。
51
適当な袋を家から探して放り込み、ひとまとめにして原付に括り付
けた。
これでもう原付は荷物満載、正直なところ載せすぎ。
旅用品も厳選したつもりだったけどかなりの量になっている。
前籠の中、後ろの台の上。座席の下。足元。紐で無理やり括り付け
た横両サイド。
道路交通法違反で捕まりそうなレベルまで積んである。
旅慣れしてないからどうしてもアレもコレもとなってしまうから仕
方が無い。
俺は原付を村長の家から引っ張り出してガタガタと押しながら村の
外までやってきた。
そして少し悩んでからなんとなく一礼してから村を後にした。
52
原付﹁空を飛ぶ夢を見ています・・・﹂
風は頬を強く叩き、暖かい日差しの中でも少し寒く感じる。
原付は風切音をさせながら滑る様に走っていく。
でも、実際は走ってない。タイヤは地面から離れ風車のように風に
よって重たく回るだけ。
﹁最初からこうしておけば良かった・・・﹂
今原付は空中を滑っている。
SFに出てくるエアバイクさながらにフワリと浮きながら進んでい
る。
村を出てからしばらくはちゃんとエンジンをかけ、物理法則に則っ
て内燃機関から吐き出されたトルクを利用してタイヤを回転させて
地面を蹴っていた。
しかし、ぼろぼろの原付。
舗装されている地面ならまだしもデコボコの道と荷物過多すぎてい
つも以上に酷い音と振動を吐き出しやがる。
その状態が長く続けば近いうちに俺の耳と主にケツが大変な惨事に
なることは目に見えている。
悩んだ俺。原付を置いていくなんて論外だし、ずっと押していくな
んてヘタレ引きこもりもどきには体力的に無理。
そこで思いついたのが魔術を使って飛んでいくこと。
アニメなんかだと人間が特殊能力で空を飛ぶなんて当たり前にして
いる。
魔術が使えるのなら同じようにできないわけがない。というわけで・
・・
53
実際にやってみた。
﹁・・・・・・・・・怖い﹂
無理。
俺は高所恐怖症じゃないと思ってたけどこれは無理。
なんというか人間は脚が何かについて無いと落ち着かない生き物だ
とはっきり実感した。
呪文をむにゃむにゃ唱えて
﹁フライ!﹂
って発動させると、ふわっと体が浮上った。
最初はおお!っと感動したんだけど、すぐに恐怖心が沸きあがって
来た。
だって、何かに吊られてるわけでもなく単純に浮かぶんだ。
水の中から浮上るような気持ちじゃなくどこからともなく現れた浮
力が体を浮かばせる。
そしてその状態のまま2mも上がればもうだめ、いつ落ちるかもし
れない恐怖が全身を包んでしまって冷や汗が止まらない。
すぐに術を操作して大地へと帰還した。
地面がこれほど恋しく思ったのは初めてだよ。
今ならためらい無く接吻できそう。
それにしてもアニメキャラ達はすごいね、あんな無防備に空を飛び
まわってるんだから。
宇宙飛行士もすごい。訓練の賜物だろうけど、あんな状態で何日も
54
過ごすんだから。
将来の夢は地に足の着いた堅実な仕事がしたいです。
そんなわけで自分を浮かして運ぶのは完璧に除外。
結果、今の原付を地面から数cm浮かしての移動とあいなりました。
原付に座っているだけだから脚はついているしこれなら飛行機とそ
うかわらない、ほんの少し浮いているだけならもし途中で呪文が切
れてこけても重症以上になるようなことは無いからね。
スピードも体感で60km/hくらいに押えている。
それ以上も多分出せるけど風が痛い。
フルフェイスヘルメットは嫌いだからハーフヘルメットしてるけど
これだと目に風が当たって痛い。
我慢すればいいことだけど急ぐ旅じゃないしね。ゆっくりと風景を
楽しみながら進むことにした。
そのうち魔法の箒ならぬ、魔法の原付として空を走り回るのもいい
かもしれない。
かなり訓練すればたぶんできる。てかしたい。
空を飛ぶなんてファンタジー必須だからね。怖いけど。
原付のエンジン音がしなくなったから魔物が近くまで寄ってくるこ
とが時々あったけど、この速度ってだいたい馬が駆けるのと同じく
らいなんだよね。
だから危ないと思ったらちょっとスピード上げれば振り切れる。
今の所追いつけるよな魔物にも遭遇してないしね。
ガソリンも節約できるしいいこと尽くめ・・・とは行かなかった。
魔術を使えば俺が疲れる。
今まで使ったのは一瞬で作用して終わりってのばっかりだったけど
これは長く作用し続ける。
つまりずっと魔術を使い続けているのと同じ状態。
感覚で言えばずっと1リットルのペットボトルを背負ってるように
体が重い。
さらに走り始めてから一時間、体の重さが少し増したように感じる。
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﹁あまり長いこと走ってられないかもね∼、は∼何事も順風満帆と
は行かないも・・・ん・・・だ?﹂
そんなことを考えていると斜め前方に幌付の馬車が二台、馬に跨っ
た兵士らしきのが数名見えた。
術を解除して着地。双眼鏡を取り出して確認すると馬車には両方と
も恰幅のいいおじさんが乗っており兵士と思った騎乗の人も装備が
ばらばらで傭兵と言った風情だ、さらによく見れば徒歩の傭兵も数
人見て取れる。
そして集団はこの先T字になっていてる道を俺の前を横切る形で進
んでいた。
﹁うーん、商人を護衛する傭兵達かな、さてどうする・・・っと気
がついたか、まぁ当然か﹂
護衛をしているものが異常な存在に気が付かないわけが無い。むし
ろ遅いと感じる。
動きがあわただしくなりこちらに剣を向け槍を構えた。
全体の隊列をこちらに向けるような陣形に変わった。
とはいってもそれほど完璧な統制ではなくばらばらと動く程度だ。
﹁錬度が低いなぁ。一つの団じゃなくて適当に雇われた集団かな?﹂
とりあえず原付から降りて押しながらゆっくり近づいていく。
呪文をいつでも口にできるように唇を湿らせ、原付のエンジンをか
けられるように準備する。
原付はこの世界では見慣れないものだけど歩いて近づく人を見れば
警戒を解いてくれるかもしれない。
距離にして100m程。向こうも人だと理解したのか緊張感が薄れ
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たのが見て取れた。
視線はこちらに集中しているが好奇心の方が勝って見える。
しかし、緩んだ空気を大柄な騎兵が一括して絞めた。ちっ余計なこ
とを。
正しい選択だけどムカつく。そしてその騎馬と他二騎がこちらに駆
け足で近づいてきた。
距離50m。まずは先制攻撃。
﹁すいませーーーん!!道を教えてもらえませんか!?﹂
出来る限り大きな声を出した。久々の大声に軽く咳き込む、のどが
痛い。
近づいてきていた一騎が大げさに肩を落としたのが見える。
三人は軽く声を掛け合って肩を落とした一騎が引き返した。
馬車の集団も声が聞こえたのかため息が聞こえそうなほど脱力して
いた。
成功。向こうもいきなり攻撃するつもりはないらしい。
よかった、言葉が通じる相手のようだ。
だいぶ近づいてきて顔が見えた。一人は大柄な騎士。
いかにもなといった筋肉たくましい無精ひげの男。
うーん騎士というよりは傭兵団のボスと言ったほうが正確かもしれ
ない。
俺だと持ち上げるだけでぎっくり腰になりそうなぶっとい槍を持っ
てる。
顔は堀が深く幾つかの傷もあるが、ちょっと怖い・・・。
もう一人は・・・魔法使い?いかにもな魔法使いだ。
うわ!感激!
黒いローブをかぶって妙に小柄で猫背で、杖なんか持ってる。
顔はフードに隠れて見えないのがちょっと残念。どうせ老人だろう
けど。
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少しイメージと違うのが杖。宝石を頭に付けた木の杖じゃなくて、
こう、機械的?な杖。
動物の骨らしきものや一部鉄っぽいものが使われたなんだかごちゃ
ごちゃした杖。少し重そう。
二人は俺の手前数mで止まった。油断無くこちらを警戒している。
兵隊の錬度は低いくせにこのおっさんはいい味出してるな。
とりあえず挨拶が基本。出来る限りにっこりと営業スマイルを作っ
て話しかける。
﹁こんにちは、すいませんが道に迷ってしまいまして。ここがどこ
だか教えてもらえないでしょうか?﹂
ジャパニーズ低姿勢も付け加える。笑顔は警戒心を抱きにくくさせ
るって小説で読んだ記憶がある。
この二つが揃えばたぶん大丈夫だ。二人は軽く視線を交わしてから
話しかけてきた。
﹁俺は﹃旋風の槍﹄団長グエン=セドリスだ。魔導師殿、珍しい魔
道具を持っているから魔物かと思い警戒してしまったぞ。それにこ
んな王都の近くで道に迷ったとは、知識の探求者たる貴殿らには珍
しいことだ﹂
ライオンが牙を剥くような笑顔で答えた。怖いよ、食われるって。
少し足が引きそうになるが笑顔を崩さず踏みとどまる。
で、いきなり魔導師に魔道具ね。
服装は作業着のままだけどそれほど奇抜なのか原付を見てそう思っ
たか。
それに王都の近くね。
とりあえず話をあわせてみる。
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﹁名乗らずに失礼。私はリョウ=ノウマルです。それが村を出たと
ころで魔物に襲われて逃げ回ってるうちに街道をはずれてしまって・
・・。ついさっき道に出たところであなた方を見つけたのです﹂
とっさに自分の名前とユメイさんの姓を使ってしまった。
さすがに和名の姓は目立つと思ったが、しかたない。
魔物と言ったところでグエンさんの眉がピクリと動いた。
﹁さきほど王都といいましたが正確にはどこらへんなのでしょうか
?﹂
﹁ここは王都から徒歩で半日といったところだ。私達が向かってい
るところが王都ニューヤン、反対側が港町で有名な第二の都市コウ
エン。リョウ殿の後ろの道がビールの旨い・・・なんだったか・・・
﹂
グエンさんが言葉を捜して横を向いた。
それを引き続いたのが隣の魔法使い
﹁トトです、団長﹂
短い答えだったがその声に驚いた。
小さいが澄み渡るような声は女性、それも少女のものだった。
﹁そうだそうだ、トトだ。あそこのビールは王都でもなかなか評判
だがすっかり忘れていた﹂
ぺちりと頭を叩いてガハハと豪快に笑い出した。
見た目怖いがなかなかにいい人みたいだ。
でも、そんな人よりも女の子の方が気になる。
顔、顔が見たいっす!
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そんなことを思っているとは露知らずぴたりと笑いを止めたグエン
さんは真面目な顔になって続けた。
﹁それよりも魔物とはどういったものだ?それにリョウ殿も旅をす
る魔導師なら撃退するすべをお持ちだろうに、たとえばその見慣れ
ぬ魔道具とかで﹂
俺にもわかるぐらいで探るように視線を向けた。さて、どう答える
べきか・・・。
鈍い思考をフル回転させて考える。あまり良くない頭が恨めしい。
﹁えっと、名前は知らないのですがあなたの二倍ほどの緑の巨人で
す。これは師匠からもらった物なのですが扱いが難しくてまだ慣れ
てないんです。
いきなり魔物が出てきてびっくりしてしまって・・・旅も慣れてな
いんですよ﹂
情けなさを出し、恥ずかしいといった感じに頭を掻く。
なるべく気弱に見えるようにするのが今はいいと思う。
内容は適当。旅がはじめてなのは本当だけどね。
﹁緑の巨人・・・もしやゴブリン・ロード!?こんな王都の近くに
でるなんて・・・﹂
少女が驚いた声を出した。ああ、可愛い声だ。これで顔が不細工な
ら燃やしてやる。
少女は団長と声をかけた。視線だけでグエンさんが答える。
なにやら分かり合った感じでうらやましい。妬ましい。
﹁すぐにギルドに連絡すべきだな。あれが街道の近くに出るなんて
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危なすぎる。
ユエ、戻って一人走らせろ﹂
ユエちゃんか∼。お近づきになりたいなぁ∼。
顔さえ良ければ俺の物にしたいなぁ∼。
ユエちゃんは頷いて馬車に走っていった。
むさいおっさんと残されてしまった。チッ。
﹁リョウ殿はどうされる?﹂
幾つか分かったが出来ればさらに情報が欲しい。
馬車の速度もそんなに速くはなさそうだからここは。
﹁王都に行こうと思います。その・・・出来れば同行させてもらえ
ないでしょうか?一人だと不安で﹂
どうやらグエンさんは予想していたようだ。
﹁私も雇われの身でね、雇い主に聞いてみてもいいが、その答え次
第だ。まぁ、オレリイ殿は商人にしては気のいい人だ。魔導師が増
えるとなれば問題ないだろう﹂
﹁そうですか、お願いします﹂
頭を下げた。
助かったけど護衛的に部外者入れるってどうなのよとも思う。
顔を上げると少し困惑した顔をしている。
﹁リョウ殿も魔導師にしても変わっているな﹂
﹁そうなんですか?私は師匠しか知らないので分かりませんが﹂
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﹁ああ、ユエはまだそんなことも無いが魔導師だけが複雑な魔道具
を扱える、だから誇りを持っているものが多い。そうやって頭をさ
げる魔導師には初めてであった﹂
少し低姿勢過ぎたらしい。
悪い印象は受けてないから今はいいけど、ふむふむ、魔導師は高慢
ちきっと、それに魔道具を扱えるのは魔導師だけね。
これなら原付を勝手に触られそうになることも無いか。
でも勝手に勘違いしてるとこ悪いけど、魔導師じゃなくて魔術師っ
て言って欲しい。
うん、異世界に行ったらやってみたいことその二﹃美人の奴隷を囲
ってのウハウハ成金生活﹄が機動に乗り出したら訂正していこう。
馬車に向かいつつそんなことを考えた。
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原付﹁空を飛ぶ夢を見ています・・・﹂︵後書き︶
うう・・・。会話が苦手だ・・・。
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原付﹁馬!馬ー!!勝負しろーー!!!ゴラァ!!﹂
馬車二台を所有する商人オレリイ=マルトさんは恰幅のいい体を揺
らし愛想のいい笑顔で俺が同行することを許可してくれた。
ただ俺が勝手に付いてくることになるので護衛としての報酬は払わ
ないとのことだ。
こちらとしては付いていくだけで守ってもらおうと考えてるから逆
にこっちが払ってもいいかとも思ったが口に出すのは辞めておいた。
舐められるのは避けておこう。笑顔を浮かべてるからといっていい
人とは限らない。
商人の笑顔は武器だ。商談でヘタに下手に出るとどんな無理な契約
を結ばれるか分かったものじゃない。
今の所はまだまだ情報が足りないから用心用心っと。
商隊は港町コウエンのその先、職人が集まる街レンロという所から
商品を仕入れて王都で販売するそうだ。
レンロからコウエンまでが魔物や盗賊が結構出るそうで冒険者パー
ティ﹃疾風の槍﹄が護衛してきたそうだ。
コウエンから王都ニューヤンまでは凶悪な魔物が出ることは稀でこ
の国、バリトン王国の騎士団が巡回しているため護衛の必要はあま
り無いそうだがパーティも王都に用事があるとかでそのまま護衛を
引き続き格安で引き受けているそうだ。
﹃疾風の槍﹄は実際は騎乗の人たち六名だけで護衛のリーダーをな
している︵一人は俺の偽情報のせいで先に王都へ、ごめんなさい︶。
他の徒歩の連中は単独で腕の無い冒険者が修行がてらについてきた
のと、あまり裕福でない歩きの商人が護衛代を安く上げるためつい
てきてるというのを先ほど肩を大げさにすくめていた金髪のイケメ
ン剣士、イーノが教えてくれた。
64
なるほど、だから俺の同行にもすんなり許可がおりたわけだ。
それにしてもこいつ、しゃべり好きなのか要らんことも含めて色々
と話してくれる。
情報収集には助かるが、あまり社交的じゃ無い俺にはつらいぞ。
イケメンなのも腹立つし、適当に相槌打てば勝手に話すから楽でい
いけど。
﹁ま、俺達について来てたら死ぬことは無いね。なんてったって団
長は御前試合で王国騎士団長とも互角に戦った人だ、槍捌きなら誰
にも負けないさ﹂
﹁へぇ﹂
﹁このパーティに入ったのもそれを見たからさ、あの試合はホント
すごかった。今でも眼に浮ぶよ。この団もあの試合から名前が変わ
って﹃疾風の槍﹄って改名したくらいにすごいんだ﹂
﹁なるほど﹂
七割がグエンさんのことなのは勘弁して欲しいけど・・・。
必要なことは誘導しないと手に入らない。
おっさんのことよりユエちゃんの情報よこせ。
﹁あのローブの子は?ずいぶん団長さんと親しげでしたが﹂
﹁あ、ユエちゃん?声聞いたんだ、最初見たら女の子ってわからな
いよね。着飾れば可愛いのに魔導師はローブじゃないといけないっ
て妙にこだわってんの、もったいないよね。俺の愛の囁きも聞いて
くれないし悲しいよ﹂
ぜんぜん悲しそうに見えない。そしてユエちゃんは可愛いいっと。
貴重な情報だ。
﹁魔力が強過ぎて忌み子とし捨てられたところを団長が拾ってギル
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ドに入れたって。おかげで団長にベッタリだよ﹂
﹁そうなんですか?﹂
﹁おうよ!俺も団長に拾って欲しかっだっつてぇ!﹂
﹁お前は人の過去を簡単に話しすぎだ、そのおしゃべり癖を辞めな
いと痛い目を見るぞ﹂
﹁もう、痛い目にあってます・・・﹂
イーノが頭を抱えている。
馬を寄せて後ろからイーノの頭を殴ったのは団員の一人セントさん
というらしい。
この人も団長さん並に恐い顔で笑顔も無い。
沈着冷静な落ち着いたキャラに見える。武器は弓を持っているが、
似合わない。
筋肉がすごいから斧を持って木こりをしているほうがあっていると
思う。
﹁君も悪いね、こいつのお喋りには飽き飽きするだろう?﹂
﹁いいえ、師匠以外と話すのは久しぶりだし、色々と興味深いです﹂
﹁そうか?でもこいつと四六時中一緒にいると嫌になるぞ﹂
﹁ひどいな∼セントさん。みんな話さないから俺が盛り上げてるの
に﹂
﹁お前は五月蝿いだけだ﹂
﹁ええ∼∼﹂
またこずかれてるよ。
仲がいいことだ。
そんな様子は旅の間に繰り返されたのかそれを見ていたみんなが笑
っている。
俺もとりあえず笑ってあわせておく、これが処世術だよね。
愛想笑いをしているといつの間にかグエンさんが横にいた。
66
﹁あいつらはいつもああなんだ、騒がしくてすまない﹂
﹁楽しい人たちですね﹂
﹁まぁな、あれで警戒はちゃんとしているから安心して欲しい。リ
ョウ殿を最初に見つけたのもイーノだ﹂
﹁そうですか﹂
でも、俺のほうが見つけるのはやかったよね。そこら辺はあんまり
信用なら無いな。
﹁ああ、戦いになれば頼りになる連中だ。ところでリョウ殿の魔道
具は変わっているな、幾つか魔道具は見てきたがそんなのは初めて
だ﹂
原付のことはやはり気になるらしい。
でもこっちのことは話したくないな。
﹁変わった形なのもそうだが、荷物を載せているにしても重そうだ。
その大きさじゃ馬にも乗れない。それで良くゴブリン・ロードから
逃げられたものだな?﹂
﹁師匠から頂いたものなのですがなかなか扱いが難しいんです。つ
いでに気分屋で・・・。見た目ほど重たくはないんですよ?﹂
実は魔術かけて少し軽くしている。
じゃないと歩きとはいえ馬車についていくのは辛い。
もう足は痛みを訴えだしている。
﹁そうか、ここらあたりじゃ戦闘は無いだろうし俺達だけでも問題
ないだろうが、どういう効果の魔道具なんだ?見た目じゃ良く分か
らないが・・・﹂
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ちらりと周りを見ると単独の冒険者連中が聞き耳立ててやがる。
うぜぇな。
安全のために知っておきたいんだろうけど、さてさてどう答えるか。
﹁戦闘には役に立ちませんよ?逃げる専用です﹂
﹁・・・なんだそれは?﹂
首をかしげている。
俺は嘘ついてないもんね。
本当はヘタなことが言えないのだ。
魔導師と魔道具がどういった存在か分からないからだ、関連で話を
そらす。
﹁私のも変わっていますが彼女の持っている魔道具も変わっている
ように見えますが?﹂
﹁あ、ああ。火蜥蜴の骨を使った炎の杖だよ、彼女の自信作でね。
中には二等級の赤魔石が使われてるよ﹂
まだ原付が気になるようだが答えてくれた。
自作に魔石。魔道具は自分で作るものなのか、魔力は持ってる人と
いない人がいて彼女はそれが強いと。
疑問が出た。杖を使わないと術がつかえないのか?
﹁忌み子と言われるほど魔力が強いならもっと色々出来そうですけ
どね﹂
﹁ああ、イーノから聞いたのか。まったくあいつは・・・。君は魔
力を持つ魔導師だからあまり問題ないだろうが彼女には言わないで
ほしい。彼女は今は魔導師としてしっかりと働いてくれるが、昔は
強い魔力だけに暴走さえてしまうこともあった、そもそも彼女のよ
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うに人の魔力だけで何かを起こせるのは稀だがらな。それゆえに忌
み子と言われてしまったが﹂
少し悲しそうに俯く。結構ハードな事があったんだろう。
それにしてもあっさりと知ることが出来た。
魔導師は道具を使ってのみ力を使うと。
となると俺は異端過ぎる・・・呪文一つでやりたい放題だからな∼。
うまく原付か他の物で誤魔化さないと。
普及品でも杖が売ってたらそれを使って誤魔化すという手もあるな。
考えながら黙っていると旨く誤解してくれたのかグエンさんが気を
使ってくれた。
﹁おっとすまない、君も魔導師なら色々あったろうに﹂
﹁いいえ、ほとんど師匠の所にいましたから、おかげでほとんど世
間を知らないんです﹂
﹁そうなのか、君の師匠というのは?﹂
﹁変わり者の偏屈爺さんです。これを含めて訳の分からないものば
かり作っていました﹂
﹁自分の師匠を変わり者とは・・・﹂
呆れたように言われた。
実在しない師匠ならどうとでも言える。
口から出た適当な嘘だけどこれは使えるな。
この世界のことを知らないのも原付のことを聞かれても全部師匠の
せいにできるし、
最悪答えに困っても魔導師はあんまり良く思われないことが多いみ
たいだから、
グエンさんが言ってたみたいに高慢ちきで切り抜けよう。
﹁それに無茶苦茶怖いんですよ?ちょっと掃除を忘れただけで一時
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間も説教。食事だって少し時間に遅れただけでグチグチ言うし。そ
して今度はこいつ渡して旅に行ってこいって・・・﹂
﹁ははははは、それは楽しい生活だったな、だが師弟関係にあれば
そんなものだ﹂
肩を落として疲れた演技をしている俺に慰めとも笑いと付かないこ
とをグエンさんは言った。
ついでだしちょっと無用心だがこのまま聞きたいことを聞いておこ
う。
﹁そうだ、師匠から路銀の足しにするように持たされたのですが、
幾らくらいになりますかね?﹂
俺は原付に吊るしてあった袋からゴブリンのコンペイトウを取り出
してグエンさんに見せた。
馬上から受け取ったグエンさんはほぉ∼と老人が感心するような声
を出した。
﹁これは中々の魔石だな。大きさからして三等級か四等級といった
ぐらいか。だが汚れや傷が殆ど無い。無色の物だが綺麗なものだ﹂
それを見ていたオレリイさんが馬車から声をかけてきた。
﹁私にも見せてくださいますかな?﹂
グエンさんからオレリイさんへと渡り手綱を放してしきりに眺める。
いや、手綱放して大丈夫なのか?
﹁ほっほう、これはなかなか。私は魔石販売の専門家というわけで
はありませんがこれならぎりぎり三等級で通るでしょう。しかし傷
70
が無いのがすばらしい。そうですな金貨20枚といった所ですか﹂
グエンさんが少し眼を開く
﹁そんなにもなりますか、ギルドならせいぜい15と半金貨かと思
いましたが?﹂
﹁この頃は貴族の娘さんが魔石を宝石と勘違いしていましてね。綺
麗なものは高値で買われるんですよ﹂
﹁特一等級の物は国宝ですから、憧れもあるんでしょう﹂
﹁そうでしょうな、戦の道具に使われるばかりでないというのも私
からしたらよいことかと思いますが、お嬢さんの宝石箱に仕舞われ
るだけというのもなんといいますか﹂
﹁まったくです﹂
二人が笑いあう。
中年サラリーマンの愚痴という題はどうだろう。ちょっと和んだ。
そして貴重な情報も出た。やはり魔物から出てくるのが魔石だった
か。
そして大きによって等級があり色分けもあると。
それに半金貨、各二種類の貨幣はそういうことね。
うむうむ。後は貨幣価値がわかれば生活できる。
にしても魔石はかなりの高額に感じる。
村で手に入れた金がいっきに小銭になったぞ。
しかし、こうなるとゴブキン・・・ゴブリン・ロードの魔石はいっ
たい何等級で幾らになるか、気になるがここで出すのは辞めたほう
がよさそうだ。
歩きの奴らの目がちょっと嫌な感じがした。グエンさん達﹃疾風の
槍﹄はいい人のようだがやはりこういう世界だと倫理観は期待でき
ない・・・。
いや、ちがうな。
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どこの世界も人は十人十色のようだ。
欲が絡めばなおさらか。
﹁リョウ殿よろしければこれを買い取らせてはもらえませんかな?
他にも同品質の品があればなおよろしいのですが・・・﹂
どうしようかな。
他の所ならさらに高く売れそうだけど幾つか売っておこうか。
商売しとけば繋がりが出来てなにかいいことがあるかもしれないし。
﹁見てもらわなければわかりませんが・・・。五個ほどでどうです
か?﹂
﹁ええ、それだけあれば結構です。今はあまり持ち合わせが無いも
のですからそれ以上はさすがに。次の休憩の時にでもお願いします﹂
﹁わかりました﹂
商談成立。
一先ず返してもらい袋にしまっておく。
グエンさんも特に異論を挟むことはなかった。
自己責任と判断したのかいい商売だと思われたのか。
表情は変化ないけどたぶん両方。
会って早々の人間にそこまで助言する必要がないと思われたのかも
しれない。
まぁ、なにがあっても勉強代として納得することにしよう。
それからはイーノが喋って少し騒がしくする程度だったか順調に旅
72
は続き、俺が一緒になってから二時間ほどで休憩に入った。
﹁よし、ここで小休止を取る。イーノ、ヨウは馬を休ませた後警戒、
それ以外は休憩!﹂
グエンさんが声を上げて商隊が止まった。
場所は街道から少し逸れた小川の側、王都に近づいたお陰で幾つか
の商隊がそこで休憩を取っていた。
旅をする中継点なのかもしれない。
茣蓙を広げて店を出している人達もいた。
﹁ふうぅ∼﹂
馬車の速度はかなりゆっくりだったが軽くした原付でも押して歩く
のは結構疲れた。
スタンドを立ててへたり込む。
﹁疲れたかね﹂
オレリイさんが馬車から降りて近づいてきた。
﹁ええ、旅は初めてですから﹂
﹁はっはっは、そうかい。まぁ私も駆け出しの頃は歩いて旅をして
苦労したものだ﹂
大きなお腹を揺らして笑った。
その腹を見る限り以前そんなことがあったなんて思えない。
よほど儲けてるんだな。羨ましい限りだ。
﹁それで、さっきの話だが見せてもらえるかね?﹂
73
俺は頷いて答え、袋から五つの魔石を出した。
﹁うむ。どれもいい品だ。さっき言ったとおり一つ金貨20枚、五
つで100枚でいいかな?金貨は持ち合わせが足りないので白金貨
1枚での支払いになるがどうだろうか?﹂
﹁はい、それでいいです﹂
おっと初めての貨幣が出てきた、金貨100枚で白金貨1枚、他の
も一緒なら複雑な換算じゃないな。
交換で白金貨を受け取り一先ず作業着の胸ポケットに仕舞う。
貨幣は少量を除いて座席の下に入れている。
原付の機構は知られていないからばらされない限り秘密の鍵付き宝
箱として丁度良い。
今は人が多いから後で入れることにする。
さて、店でも見て周ろうか。
そう思ったとき。
﹁私にも見せて﹂
﹁おわ!びっくりした!!﹂
いきなり声をかけられて驚いてしまった。
いつのまにか黒いローブが真後ろに立っていた。
﹁びっくりした!﹂
﹁二回言わなくてもわかった。魔石まだある?見せて﹂
そういってユエちゃんは手を出してきた。
74
ローブからちょこんと出された手が可愛い。
身長も騎乗していたからわかりにくかったけど思っていたより小さ
い。
だいたい俺の頭二つ分くらい小さい。
そしてとうとう!
とうとう顔が見れた!
見上げてきたお陰で日の光が顔にあたり可愛らしいお顔が今ここに!
前髪がさらりとたれる金髪。
パッチリとした蒼い瞳に整った鼻。
その上に載るのは小さい眼鏡!
年の頃は10台前半!!
つまり金髪ロリ眼鏡っ子!!!
﹁あの?﹂
すばらしい!!
お人形さんみたいに可愛らしくてすばらしい!!!
﹁聞こえていますか?﹂
三次元なのにすばらしい!!!
﹁無視しないでください!?﹂
ああ、俺は知らなかった。
世界にはこんなにも美しいものが存在することを・・・。
﹁聞け!!﹂
﹁痛い!!﹂
75
蹴られました。
ありがたいことにM属性は持ち合わせが無いので純粋に痛い。
しかしちょっと暴走してしまった。
﹁私が見えてますか?﹂
﹁はい、可愛らしい顔がしっかりと﹂
まだ少し暴走しているようだ、さりげなく答えてみたがユエちゃん
の顔に変化が無かった。
﹁冗談が酷い﹂
﹁女性に世辞は言いませんよ﹂
しばし沈黙。
﹁見せてください﹂
あ、無視された。
いいけどね。
﹁これでいいですか?﹂
﹁どうも﹂
袋から一つ取り出して手渡す。
ユエちゃんはしげしげと魔石を眺める。
太陽に翳したり、力を加えたりなにやら呟いてみたりしている。
﹁何か変わったことがありますか?﹂
76
一応聞いてみる。今更だが売っておいて問題の品とかだったら困る。
﹁普通のものより形が整っていて綺麗。ここまで左右対称なものは
始めて。潜在している魔力も出回っている物よりずいぶんと高い﹂
﹁そうなんですか?師匠が持っていたものはほとんどそうでしたの
でこれが当たり前かと思っていました﹂
そういうことにしておく。
﹁恐らく魔物の倒す過程で何かあった。そのせいで形成される魔石
に影響が起きた。普通に剣や槍で倒したらこうはいかない。それこ
そ特殊な魔道具を使わない限り・・・﹂
俺を通り越して原付を見る。
あ、まずいかも。
なにやら考え込みながらじっと原付を食い入る様に見ている。
いや、原付は魔道具とは何も関係ないけど見られるのはまずいと思
う。
倒す過程うんちゃらは多分俺の魔術のせいなんだろうけど。
そっか、そういうとこまで影響しちゃうのかやっかいだな。
沈黙と周りの喧騒との差が痛い。
さて、なんて答えようかと思ったが・・・。
﹁はい﹂
そう言ってユエちゃんはあっさり視線を外して魔石をかえしてきた。
てっきり原付を見せろって言われるかと思ったのに。予想外だ。
﹁私もその魔石欲しいけど、この前これを改造するのにかなりお金
を使ってしまった・・・﹂
残念そうに杖を撫でる。
77
そっか魔石って結構するみたいだからそんな頻繁に買えないんだな・
・・。
よし。男ならここは
﹁よろしければ一つさしあげましょうか?﹂
こう言うべきでしょう。
﹁え?﹂
ぱっと顔があがり眼が丸くなっている。
ああ、可愛らしい抱きしめたい。
﹁いえ、そんな、貰う理由がない・・・﹂
﹁可愛い女性に貢ぐのは男の義務です。気にせず貰ってください﹂
おお、小説で読んだセリフがあっさり出た。
似合わないけどがんばったよ。
俺は魔石を差し出す。
そろそろと手が伸びそうになるが止まる、そしてかなり視線が彷徨
いうーうーと唸っている。
というか誰かを探しているような。
ああ、グエンさんか。
しかしグエンさんはオレリイさんと話していて声を掻けずらいよう
だ。
ここは俺が気になることついでに少し気分を軽くしてあげる。
﹁ただで貰うというのがアレでしたらその杖に使われているという
二等級の魔石見せてもらえませんか?杖の中身はいいですから魔石
だけ。師匠のところで見たことあるかも知れませんが二等級という
78
のがどれくらいか知りたいので﹂
ユエちゃんは少し迷ったようだがすぐに笑顔になって頷いてくれた。
おお!百万ドルの笑顔だ。
﹁それなら﹂
﹁うん﹂
俺は魔石を渡し受け取ってくれた。
ユエちゃんはそれをローブに仕舞うと
﹁ちょっと待って下さい﹂
小さくしゃがみこんでローブで杖を隠しながらなにやらごそごそや
っている。
ビンゴ。
やっぱり魔導師は自分の魔道具、技術を他人に見せない。
だからユエちゃんは聞いても見せてくれないと思って最初から諦め
ていたわけだ。
数秒で立ち上がって手を出してきた。
﹁これが二等級の赤魔石。元はレッド・ドラゴンの幼竜から取られ
たものとか﹂
手に乗せられているのは野球ボールほどの赤いコンペイトウ。
大きさはだいたいゴブキンから出てきたものと一緒だった。
色の付き具合も薄く淡い赤といった感じで全体に染まるというより
は中心部が一番濃く周りにいくほど薄くなるという感じだ。
﹁ありがとうございます。師匠の所にあったのはこれの茶色だった
79
んです﹂
﹁茶魔石。大地に影響の強いモンスターから取れるから赤よりは出
回っている。
二等級なら珍しいほうだけど﹂
うむうむ赤がレッド・ドラゴンでゴブキンからは黄色。
あとは青色の水属性とか緑色の草属性とかありそう。
﹁ちなみにこれって幾らしました?﹂
﹁競りに出ていたところを偶然見つけた・・・その、団長が私のた
めだからって熱くなってしまって﹂
頬を染めて俯いた。
畜生、なにこの可愛い生き物。
団長にゾッコンなのは話しを聞いてたらわかるけど襲いたくなって
くるぜ。
言葉使いも普通の子供らしくしなくてさらに可愛さ倍増だし。
しばらくユエちゃんはもじもじしていたがやがて顔を上げて答えて
くれた。
﹁相場だと大体白金貨2枚と半枚﹂
買った値は言わないことにしたらしい。かなり高値で買ったな。
﹁結構するもんですね﹂
﹁ギルドが国との契約で先に売ってしまうからあまり出回らない。
茶魔石でも白金貨2枚から、1枚と半白金貨はする﹂
なるほど。
俺の持ってるのもだいたいそれくらいで売れるか。もしくはオレリ
80
イさんみたいに貴族向けならもうちょっと高くはいけるな。
﹁ありがとう。もういいよ﹂
ユエちゃんは頷いて杖に手早く戻した。
今度は俺に見えたままだったが動きが早くて何やってるか見えなか
った。残念。
そうして、魔石の礼を言ってユエちゃんは馬車の方、グエンさんの
所に走っていった。
顔がアレだと分かると後姿も可愛いらしい。
背伸びした感じでがんばっているのもポイントが高い。
いいねぇ。ほんと。奴隷買うならあんなのにしよう。
﹁っといかんいかん﹂
悪い思考が頭を一杯になるところだった。
今はまだ早い。
ちゃんと成金生活できるようになってから色々手を出さないと。
﹁俺自重俺自重・・・﹂
しっかり自分に言い聞かせたところで店に行って見ることにする。
たぶん割高だろうけど値段を知らないとね。
そうして原付を押そうとしたとき邪魔が入った。
﹁魔物が来たぞ!ブラック・ドッグだ!!﹂
馬車の向こう、誰かが叫んだ。
一気に周りが殺気立ち騒がしくなる。
81
﹁護衛は前に!﹂﹁ブラック・ドッグだって!?あんなのに勝てる
わけ無いだろ!!﹂﹁逃げろ!﹂﹁どこだ!?﹂﹁おい金払え!﹂
﹁荷物をまとめろ!急げ!!﹂﹁馬をだせ!﹂
それぞれが各々個別に動き出し騒がしい。
とりあえずどうすれば最善かいまいち判断がつかないので周りの様
子を観察し続ける。
半分はまとまりなくただただ慌てて王都方面に走りだそうとしてい
る。
半分はきびきびと迎撃準備を開始。
ちなみに﹃疾風の槍﹄がリーダーのオレリイさん商隊は後者。
じゃあ俺もおとなしく護衛につくフリをする。
すると馬に乗ったグエンさんが俺の横手から現れ周り一瞥すると一
括した。
﹁しずまれ!逃げるものは追われてその首、食いちぎられると知れ
!!﹂
全員ぴたりと止まった。
俺は耳を押さえている。
息を吸い込むとこに気が付いてよかった。
それでもだいぶうるさかったけど。ゴブキン並の声量だ。
﹁ランクC以上の冒険者は俺達﹃疾風の槍﹄に続け!それ以外は非
戦闘員を囲んで撃ちもらしたものを集団で狩れ!!たとえブラック・
ドッグでもたかが十匹恐れるな!!いくぞ!!﹂
場を一瞬でまとめてしまった。
ばらばらに動いていたのも指示に従う。
なんというカリスマ!しびれるねぇ。
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いつのまにか敵の数まで把握してるし。
﹁あれが﹃疾風の槍﹄か・・・﹂﹁ランクAの冒険者グエン、初め
て見た﹂﹁心配すること無いな﹂
しかも名が知られているらしい。さらに惚れる!
団長あなたにならケツをくれてやってもいいぜ!当然冗談だけど。
川を背にする形で半円の陣が組まれる。
俺も当然その中。戦闘を観察させてもらうつもりだ。
そして馬に乗って駆けていった﹃疾風の槍﹄五人と走って行く三人・
・・。
三人!?それだけ?Cランク以上ってなんか一杯いそうだけど三人
だけ?周りを見回すが、
どれも見てくれはそこそこの装備を持っているが震えている。
もしくは装備は駄目だけど、ガタイがいい奴のみ。
あとは商人と荷物を担いだ農夫風の人だけ。
なんかなぁ∼、ちょっとショック。
周りもさっきの勢いがちょっと静まってしまっている。
やはり少ないらしい。大丈夫か?
魔物は名前通りの大きな黒い犬だ。
大きさは俺が知るデカイ犬の代表、ゴールデンレトリーバーの二倍
くらい。
赤い四つの眼が印象だが・・・ちょっと可愛い。
俺の印象がおかしいのだろうが昔やってたゲームに似たような魔物
を長年ペットとしていたから可愛く見えてしまう。
それが十頭、だいたい横一列で囲むようにこちらへ向かってくる。
そしてそれを迎え撃つグエンさん達。
前衛三人が三角形で中央に突撃。
ユエちゃんとセントさん二人は陣営から10mくらい離れて杖と弓
を構える。
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そして徒歩の三人は遅れながらその右側へ迎撃に向う。
・・・つまり左側がら空きじゃね?
皆さんが魔物に集中しているうちにこそこそと右側に移動しておく。
二者の距離が一気に縮まり激突。
すれ違いざまにグエンさんが槍で一突き、噛み付こうと飛び掛って
きた一匹が口から内臓を貫き股間までを串刺しにされ真っ二つに荒
々しく等分された。
一撃かよ!つよいなぁ
イーノもロングソードをゴルフのスイングよろしくすくい上げるよ
うに振りぬき一匹の首を落とした。
こちらも鮮やか、ただの口の軽い騎士じゃないわけだ。
二人は馬を巧みにに操って走り抜けた他のブラック・ドッグに向う。
もう一人、ヨウという人はグエンさんよりは細い槍を振り回してい
るが馬の周りを旨く回られてしまい傷を与えているが一匹をなんと
か足止めしているのがせいぜいのようだ。
ランク低いのかな?
そして後衛のセントさん、弓を次々に放ち左側の黒犬三匹の目の前
に着弾。
驚いた三匹は蹈鞴を踏み足止めされている。
回り込もうと動く瞬間には足元に刺さり矢の檻が出来上がっていく。
すごいけど当てたらよくね?
と思っているとユエちゃんが杖を正眼に構える。
そして綺麗な声で呪文が流れ始める。
﹁来たれ溢れよ我が血の力、流れよ巡れ大地の血脈。呼び覚ますは
根源に至る世界。導き答えて式は正解へと至り我は頭を垂れる。さ
て我が望みは我が賜り命・・・・﹂
長くね?長いよね?まだ続いてるよ?
歌声のように音程があり、朗読される詩のように心に響くものがあ
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るけど、長い。
間に合うのかあれ。ひとまず耳で聞きながら右側見ておこう。
四匹が徒歩の三人に向ってくる。
足を止めた三人が武器を構え迎撃そして・・・。
二勝一敗一不戦敗。
剣を持った一人は組み付かれながらもなんとか応戦し、陣を守って
いる奴が放った矢を援護に受けて辛くも勝利。
もう一人もショートスピアを巧に操り眼を二つ潰してあとはチクチ
クと刺し殺し中。
さて最後の一人。大柄なおっさんでいかにもなフルメイルでさらに
さらに大型の重さ一体何kg?といったハルバートを構えて一気に
振り下ろしたがあっさりサイドステップで避けられた。
足の速い奴にそれじゃあね・・・。
そして次の一打を放つ間もなく鎧の隙間のど笛に噛み付かれて食い
ちぎられた。
なんという顎力。
首が地面を転がり赤い軌跡を残し体からは汚い噴水が上がった。
もう一匹はそのまますり抜けて進軍、後ろに口を赤く濡らしたさっ
きの一匹も続く。
つまり二匹がこちらに向ってきた!うっわ!まずい!!
こんな人目があるところで魔術なんか使えるか!
陣を守っている奴らから弓が放たれる。
が、あさっての方向かやっと体に当たっても致命傷には程遠いよう
だ。
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弱すぎだぞてめぇら!!しっかりしやがれ!!
他の護衛にいた魔導師も今更ながらに動き始める。
しかし・・・。
一人はローブを脱ぎ捨ててカラフルな衣装をまとって杖を振りなが
ら変な踊りを始める、
もう一人はたぶん法則があるんだろうけど見た目適当にばら撒かれ
た道具の中心に座り込んで黙々と呟いている。
他の数名も似たり寄ったり・・・。
何この変態集団、おい!そんな事してる場合か!
他の前衛も頼りないし・・・チッ仕方ない。
原付の鍵を回してスタンバイ。
警笛を鳴らそうと指をかけたときやっとユエちゃんの呪文が完成し
たみたいだ。
時間にして約一分?
﹁来たれ炎蛇よ、我が前の敵を焼き払え!!﹂
振り返ってこちらに杖を向けた。
すると杖の機構が稼動し形が変わり中にあった赤魔石が露出。
そこから炎が噴出した!
消防車の放水のように吐き出された炎は商隊の手前2mまで接近し
ていた一匹に命中。
吹き飛ばしながら火達磨に。
ユエちゃんは吐き出される炎そのままに杖の向きを変えた。
すると放水さながらに飛び散る火の粉が地面も焼きながら血を付け
た後方の一匹も焼き払った。
ふぅ、助かった。
周りからも歓声があがった。
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そして足止めされていた三匹もいつの間にかグエンさん達が片付け
たようだ。
徒歩二人も傷を負いながら勝利。危なかった。
こんなところで面倒ごとに巻き込まれるわけにはいかない。
今はまだ情報収集タイム。用心用心っと。
そして今更ながらに変態集団の呪文が完成。
あさっての方向に水が噴出したり、石つぶてが発射されたり、炎弾
が打ち上げられたり・・・。
ワーキレイ・・・棒読みです。
どれを見ても威力はたいしたこと無さそうだった。
せいぜいさっきの奴等に深手を負わせることができれば好運といっ
た程度。
しかも息が上がってやがる。
そしてさらに・・・。
﹁わしの術さえ早くに完成してたらあんな魔物共一網打尽じゃった
のに!﹂
﹁ふん、若造がいきがりおって﹂
﹁よい魔道具があれば俺もあれくらい・・・﹂
酷い人種だ。
さっきの反応からこいつらはランクD以下の冒険者であり魔導師。
てかこいつら必要?なんでありがたられてるかまるでわからん・・・
。
せめて上位者がまともであることを祈るばかりだ。
87
魔物に襲われるのもある程度の日常なのか騒がしかったのはすぐに
おさまりそれぞれの行動を開始した。
俺も﹃疾風の槍﹄もオレリイさんの馬車に集結。被害は特に無し。
せいぜいセントさんの矢が半分以下になったのと、ユエちゃんの息
が少し不自然に上がっている程度。
威力はすごかったがこの息の上がり具合。
魔力の消費のせいなんだろうけどあと数発撃てたらいいほうだ。
かなり魔導師というものの評価を下げないといけないかもしれない。
﹁すごかったです!あんな大きな魔物を一突きで真っ二つにするな
んて!!﹂
とりあえず褒めて煽てて情報収集。団長に賞賛を浴びせる。
﹁でしょう!あれが団の名前の由来だよ、その鋭い突きは風を巻き
起こし全てを切り裂くってね﹂
答えたのはイーノ。吟遊詩人が歌う武勇伝のように答えた。
﹁イーノさんも首を一太刀で落としてたじゃないですか!すっごい
です﹂
はははと照れたように頭をかいる。
おべっかですが何か?
﹁ユエさんもすごい炎で二匹も丸焼けにしちゃったし本当にすごい
!それに引き換えあの魔導師達や他の冒険者は・・・﹂
弾けていた雰囲気を一変させて視線を外し歩いていく変態供を見る。
88
みんなも苦笑いを浮かべている。
やはり少し酷かったようだ。
グエンさんだけがまじめな顔をして言った。
﹁ランクC+の魔物が突然現れればあのようなものだ。この辺りで
はせいぜいD−までだからな。護衛についているのもその程度の腕
だ。むしろ三人もいたことがまだ幸運だった最悪私たちだけで相手
にするつもりだった﹂
﹁そうだったんですか?﹂
驚きだ。でもそうなら被害がもっと出ていたぞ?
﹁Cランクにしては腕が酷かったがな。シングルCだったのかもし
れない。あれなら任せずに四頭を私が引き受けて置けば一人は死な
ずにすんだ﹂
自信に溢れた言葉。
おそらく本当なのだろう。
こっちに一直線に向かってきていたとはいえうまくあしらえば足止
めして倒せたはずだ。
﹁そのせいで魔導師達の術も遅くなってしまった、奴らも足の速い
ブラック・ドッグでは無かったら充分に仕留めれていた筈だ﹂
それには異論を唱えるが前衛よりは確実なダメージが与えられたの
は確かだ。
そうなれば弱らせた敵を集団で狩れたことだろう。
﹁あの態度は決して褒められたものでないのは事実だが、剣で傷つ
け難い魔物や空中の敵にはどうしても魔導師が必要になる、彼らに
89
は腕を上げてもらおう﹂
そう言ってグエンさんは締めくくった。
うーん。それでもやっぱり酷いのには変わりない。
﹃魔術師﹄の俺には関係ないけど。
﹁しかしリョウ殿は何もしてなかったようにみえましたが?﹂
﹁皆さんが倒してくれると信じていましたから﹂
少し意地悪な笑みを浮かべながらセントさんが言った。
ちっ見てやがったのか。
しかしにっこりと即座に間髪入れず完璧に返しておく。
が、
﹁それにしては慌ててた﹂
ユエちゃんにつっこまれた!
﹁あれは、その・・・﹂
ワザと答えを濁しておく、それを見てみんなが笑った。
ふぅ、ピエロになるのも楽じゃない。
でも、ま、こんなもんでしょう。
暫く笑いに包まれてから、一向は王都へ向かった・・・。
90
しまった、露店見るの忘れてた!
91
原付﹁馬!馬ー!!勝負しろーー!!!ゴラァ!!﹂︵後書き︶
会話∼戦闘描写∼難しい∼♪
他の作者の方々が羨ましい。他人の芝は青く見えるだけでしょうか?
92
原付﹁ウマレスさんもウマリエッタさんもいい生活してますね。
羨ましいです。馬車馬って悪いイメージしかないですけど優しい
主人の下じゃそんなに違うんですね∼.それに比べてうちのなん
かもう酷い扱いでいつもい
王都まではとある出来事を除いて平穏無事に進んだ。
時々イーノが騒ぎセントさんとグエンさんが嗜めたりして楽しい道
のりだった。
ユエちゃんとも魔道具を中心に話をすることができた。
俺自身が魔導師という設定の上、会話スキルが低いから話を聞きだ
すのに苦労しました・・・。
断片的な話をまとめると、魔導師は自分の持つ魔力を個々人の方法
で高めて魔道具に送り術を完成させるものらしい。
ユエちゃんは純粋に呪文。さっきの変態集団は踊りや衣装なんかが
それにあたるそうな。
それを行わないで術を使ってもむちゃくちゃ弱いらしい。
また道具によって使える術が決まっているから複数の術は使えない
ようだ。
別の術を使いたければ別の魔道具をってことらしい。
基本的にメインの魔道具が一つ、サブにもう一つが標準装備で、ユ
エちゃんは炎の杖と水の杖︵小さい物︶を持っているようだ。
ちゃららちゃっちゃら∼。
魔導師の役立たずレベルがさらに上がりました!!
俺が使っている魔術がどういうもんかわかってないし、チートだか
らえばれるもんじゃないけど、これだけ役立たずなのに誇りを持っ
93
ている魔導師って・・・プッ。
まあいいや、魔導師については多少わかった。
ユエちゃんからはスリーサイズなど個人的に聞きたいことがあった
が次の機会にしておく。
そして先ほど除いていた出来事が﹃疾風の槍﹄この場にいる最後の
一人ヨウさんという槍使いとの会話。
年は俺と同じくらいで20歳前半。
グエンさんやセントさんから見ればかなり細身の好青年といった感
じだが今は少し顔が暗い
﹁僕はまだ入ったばかりでね、ランクもCCになったばかりなんだ。
団長が槍の筋が良いって褒めてくれるけどさっきは情けないばかり
だったよ・・・﹂
﹁そんなこと無いと思いますよ?時間はかかっていましたが怪我も
せずにきっちりとしとめてたじゃないですか﹂
ヨウさんは肩を落としている。暗いぞ、そのまま地面にめり込んで
しまえ。
とか思いつつ面倒くさくて嫌いだが話の流れ的に一応慰めておく。
﹁それに私なんか何もしていませんよ?他の冒険者もまともに戦え
た人はいなかったはずです。その中で一頭をしとめる戦果。素晴ら
しい事だと思います﹂
﹁それは・・・そうだけど、僕は﹃疾風の槍﹄の団員なんだ。こん
なことじゃいけないんだ・・・﹂
怖い顔で呟く様に言ってる。
暗いすぎだし、気負いすぎだろ・・・。
死亡フラグ立ててるように見える。
しかも、これは自分のじゃなくて周りに対してのだ。
94
突撃して自滅しかかって誰かが助けてその人が死ぬみたいな奴。
メンドクサイなぁ。
俺が言わなくても良いんだろうけど・・・でもしかたないか。
﹁はぁ∼、あなたは団を辞めるべきです﹂
最初にため息が混じってしまったが、俺の断言する言葉にヨウさん
はびっくりしている。
﹁いきなり何を言うんだ!僕は確かに力がなかったが団を辞めろと
いわれるほどじゃない!!﹂
ヨウさんの怒声でみんなが驚いてこっちを見てくる。
周りには気にしないでいいよって感じにパタパタと手を振っておく。
ヨウさんは今にも槍を向けてきそうだが怒るならまだ救いはあるか
な?
怖いけど。ついでにうぜぇけど。
﹁あなたは、自分のランクが低いのを自覚している。腕が足りない
のも判っている。入ったばかりだとも言っている。なのに﹃疾風の
槍﹄だからもっと結果は出さないという。それはどんな魔法ですか
?﹂
ヨウさんの目に有った怒気から疑問が見えた。
俺は言葉を続ける。
﹁団に入るだけで完璧に戦えるなら赤ん坊でも入れておけばいい。
きっとすばらしい活躍をしてくれるでしょうね﹂
ヨウさんは俺の言いたいことがわかったのか目をそらした。
95
﹁最初からうまくできる人はいない。それは誰もが理解しているこ
とです。なのにあなたは﹃疾風の槍﹄だからという言葉を足かせに
気負ってしまっている。それでは実力なんか出せません﹂
槍を強く握っていた手から力が抜けた。
﹁すべてはこれからのことでしょう?そのまま足かせにして﹃疾風
の槍﹄という名を地に付けるか、グエンさんが言う筋の良い槍捌き
を鍛えて胸に誇らしく掲げられるかは。違いますか?﹂
ヨウさんが顔を上げた。目に力が宿っている。
﹁そうだね。僕はまだこれからだ。しっかり鍛えて名に恥じない結
果を残すよ﹂
﹁そうしてください﹂
笑顔を向け合う。当然俺のは営業スマイルの作り笑いです。
ふう、疲れた。柄じゃないよこういうの。
そこににやにやしながらイーノが近づいてきた。
﹁リョウ殿はいいこと言うねぇ。おれっちは感動したよ﹂
馬上で腕を組んでうんうんと頷いている。
なんか無性に腹が立つ、こんな話しなければ良かった!
﹁ヨウ、リョウ殿の言うとおりだ。俺はお前の成長を期待してこの
団に入れた。今は確かに頼りない場面があるが鍛えればAAAに手
が届くほどの力がある。精進しろ﹂
﹁・・・はい!!!﹂
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グエンさんの言葉に顔を満面に喜ばせて元気よく返事をしている。
そして無駄に馬を走らせて商隊の先頭へ走っていった。
まぁうまくいったようだ。
疲れたから二度とやらないけど。
一つ息をはいて俺はグエンさんに軽く頭を下げた。
﹁すみません、出すぎた事を﹂
﹁いいや、こちらとしては礼を言いたいくらいだ。ありがとう﹂
グエンさんも頭を下げた。
﹁他の団員が何度か声をかけていた様だが、同じ団員だけあって同
情されているとしか思わなかったんだ。それでうまくいってなかっ
た。私が声をかけても一緒だっただろう。大怪我をする前に君のよ
うな外の人間が言ってくれて助かった﹂
やはりグエンさんも心配していたらしい。
しかしそうなると俺じゃなくてもよかったかな。
別の誰かでも怪我をした後でも良かった。
そこから知ることも有るんだから。
俺以外ならどうなろうと知ったこっちゃ無い。
でも、まぁ、ユエちゃんが傷つく可能性を排除しただけでも良しと
しておこう。
そうやって納得しているとグエンさんが話を振ってきた。
﹁そういえばリョウ殿はギルドには所属していないのか?﹂
おお!ギルドってあるんだ。まさしく王道世界。
97
﹁ええ、旅に出たばかりですから﹂
﹁それなら王都で冒険者ギルドに入るべきだ、入っているだけで国
境の通過も楽になったりなどさまざまな恩恵がある。詳しくはギル
ドで聞いたらいいが、村人も登録している者がいるくらい色々と都
合が良いからな﹂
﹁へぇ∼そうなんですか?﹂
﹁ああ、魔導師ギルドでも問題ないだろうが・・・あそこは国の監
視が厳しい。重要な書物の閲覧ができるなどの特権があるが、機密
情報の流出に繋がりかねないから出国は難しくなる。そもそも各国
ごとにギルドができているのが普通だがな。その点、冒険者ギルド
は各国が協定を結んでいるだけに移動の面ではとても融通が利く。
優秀な冒険者はどの国でも引っ張りだこだからな。他のギルドの真
似事をしてもとがめられることもない﹂
へぇ∼色々なギルドがあるわけだ。
まぁ、もともとギルドってのは﹃組合﹄って意味だから不思議じゃ
ないけどね。
きっと利権争いで特権も色々あるんだろう。
﹁二つのギルドに入ることはできないんですか?﹂
﹁うむ・・・無理だな。規約には特に無かったはずだが、いずれか
の場面でどちらかのギルドに肩入れしないといけなくなる。そうな
ればもう一方から除名処分をうけるだろう﹂
なるほど、現実的に無理ってわけだ。
縦割り構造がここでもあるんだね。
そのなかで一番融通が利くのが冒険者ギルドってわけだ。
うむうむ。冒険者に憧れがあったから入ることに一切の躊躇いはな
いけど定住して生活することも考えてるからそことの兼ね合いも考
えないと。
98
﹁ランクってどれだけあるんですか?﹂
﹁冒険者のか?それともモンスターか?﹂
ああ、二つともあるんだ。そういえばさっきの戦闘でもそんなこと
言ってたか。
﹁冒険者のです。私はあまり戦闘に強くないですが、それでランク
が低いままっていうのも・・・、男の子ですから出来れば上を目指
したいじゃないですか﹂
ちょっとおどけて言ってみる。
しかし、グエンさんにガハハと笑われてしまった。なんだよ、悪い
か!?
﹁たしかにな。ランクはFから始まってFF、FFF、そして次に
E、と増えていき最後はSSSまでだ。ギルドにある依頼をこなし
てランクを上げるのが普通だが。その内容を選べば戦いをしなくて
もランクをあげることができる。たとえば薬草や鉱石の採取だな。
難しい場所にある物を取りに行くのは自然とランクの高い依頼にな
る。しかし、そういった場所は当然ランクの高い魔物もいるから逃
げ回っているだけじゃ難しくなる。そうなると自然と戦闘力は必要
になってしまうが・・・﹂
当然そうなるわな・・・。
闘えないというのは嘘だから一応知っておこうと思っただけだけど。
﹁だが、実際にそれをやった爺さんがいたがね、すでに亡くなって
しまったが・・・。確か鉱石の採取だけでAAAランクまで行った
はずだ。特殊な魔道具を使っていたお陰で魔物から逃れられたとか﹂
99
今の俺みたい。逃げるだけなら原付を使えば完璧。
ああ、でもゴブキンには効かなかったっけ・・・。
﹁グエンさんはAランクですよね、それでも名前が知れ渡っている
のですから、SSSランクの人ってすごそうですね﹂
﹁私はこの国で主に活動しているから知られているといってもAA
ランクではたかが知れている﹂
この人さりげなく訂正しやがったよ。
﹁Sランク以上は他国にも知れ渡るほどだ。Sは八人、SSは五人。
SSSランクは今は﹃月光のナイトロード・エスマス﹄と﹃黄金の
ドラゴンスレイヤー・ゲイド﹄二人だけだ﹂
・・・なんという中二病ネーム。
良く恥ずかしがらず名乗れるもんだ。
いや自分で名乗らず勝手に戦闘風景から広まった可能性もあるけど
さ。
﹁冒険者ギルドでランクを上げると国から仕官の話がでてくるから
な、それを狙って途中で辞めてしまうものも多い。ある意味最高ラ
ンクを目指すのは酔狂者がすることと言われている﹂
グエンさんに獰猛な笑みが浮かんだ。
この人はそれを狙ってるわけだ。
俺は金を手に入れて自堕落に生活出来ればいいからどうでもいいけ
ど。
﹁こうやって団、もしくはパーティを作っていたら団長のランクが
100
その団のランクとなる。依頼を受けるにしても団長がその難易度を
判断するわけだ﹂
団長一人がクリアできる難しい依頼を受けても味方が全滅ってこと
もありえるわけだ。
結局自己責任ってことね。
﹁ギルドを通さず依頼を受けることもできる、今の護衛もそうだが
突発的なものとかを含めてな。そういったものは何があっても自己
責任になるが後からギルドに報告しておけばランクアップの審査対
象になる﹂
そっか、いちいちギルドに話を持っていくのも難しいこと場合もあ
るわな。
ゲームでも緊急クエストとかあったし。
うむうむあまり容量の無い俺の脳内メモ帳が一杯になりそうだ。
こうやってギルドのことなども聞きながら歩いてしばらく経った頃。
日も傾き夕日が眩しくなり始めるとやっと王都が見えてきた。
足がめちゃくちゃ痛い。
普段オタク街を歩きまわっていても疲れないけど話しながらの原付
押しながらのでかなり疲れてしまった。
しかし、夕日に照らされる王都の姿は感動だった。
﹁綺麗だ・・・﹂
101
草原の先からポツリと尖塔が見え出し徐々にその下から建物が生え
ていった。
円く段々に積み重なり白く輝く城壁に外壁はまるで結婚式に出てき
そうな豪華なケーキのようだ。
夕日に照らされてもなお白い。
ファンタジーに乾杯!といいたいほどの煌きだった。
大きさは正直判らない。
円形だとわかるがそれを包む壁の長さは想像付かないほど長い。
万里の長城もびっくりだね。いや、さすがにそれほどは無いけど。
はじめてみるのは俺だけじゃないらしく、徒歩で付いてきている冒
険者や商人も俺と同じように感動して立ち止まっている。
﹁元々は交通の要所だったここを監視する砦だったって話さ。だい
たい400年まえかな?それができてから人が集まりだして市が開
き、街になって城になったそうだ。金が集まりだしてから今は滅び
た﹃リンセット王国﹄から独立。その元領土と周りの国々から切り
取りまくって今の国ができたってね﹂
イーノが略歴を話しだした。
﹁段々になって見えるけど実際は丘の上に立ってるだけさ、よくも
まぁあんな綺麗に整地したもんだと思うよ。ここからならわかりや
すいから言うと中央が王城、次の円周が貴族街、その次が政治や軍
施設、次が富裕街にギルド施設ってもランク上位用のだけど。次が
一般街。一番広いここは北が商人ギルド区、西が職人ギルド区、東
が冒険者及びその他ギルド区、南は一般街。っても便宜上で実際は
町人はどこにでもすんでるし、大体集まってるって認識でいいよ。
武器や道具は商人ギルド区まで行かないでも買える、というか冒険
者ギルド区での方が品揃えがいい。あっちは小麦や毛皮、美術品や
102
なんやらを大量に買い付けるところだからって・・・ここまで喋っ
ておいてなんだけど来たことある?﹂
﹁いいえないです。助かります﹂
他の初めての人も集まって聞いていた。
こういうのは知っておいて損はないからみんな知りたいようだ。
方向音痴気味の俺にどこまで意味があるか謎だけど。
﹁そっかよかった。コホン。えー、ではイーノによる王都ガイドを
続けます﹂
司会者のように大げさに礼をとった。
わーぱちぱちぱちっと。
﹁あとはここからは見え無いけど西から北を回って東まで貧民街と
呼ばれる所がある。外壁の外にあばら家がつらなっているだけだけ
どね。街道沿いは大丈夫だけど中はスリとか強盗ばかりだから近づ
かないように﹂
ハーイ先生わかりましたぁ。って言わないけど頷いておく。
そこら辺に貧民街ある理由はなんとなく想像つくけど、聞いてみる。
﹁どうしてそんなところにあるんですか?街中にできそうなもんで
すけど﹂
﹁街中にあったら汚いじゃないか、どんな病気を持ってるかもわか
らないのに﹂
結構言うのね。気持ちは充分わかるけど。
話が聞こえているグエンさんやユエちゃんも何も言わないし表情も
変わらない。
103
これが一般的な意見なのかな?
﹁どっかの何代か前の王様が景観が汚れるって貧民街を無くしたそ
うだけど、小間使いや奴隷が手に入らないって商人と貴族から言わ
れるは、街内に入られてもっと汚れるわ、最後には疫病がはやって
酷いことになったって。それを聞いてどの国の王様も苦々しく思い
ながらも放置してるって話さ﹂
でた、とうとう出た。﹃奴隷﹄!!俺の夢に近づく一歩!!
内心のわくわくを押えながら聞く。
﹁小間使いに奴隷ですか?﹂
﹁リョウ殿の元いた町にはいなかったのかい?﹂
っとそうきたか、失敗失敗。俺は適当な嘘を重ねる。
﹁師匠は変わり者でしたから、町から離れた小屋に一人で住んでた
んです。そこに俺が拾われる形で弟子入りしたというわけで、小間
使いというなら私がそうですね。掃除とかやってましたし。必要な
物は自給自足と行商人の方が持ってきてくれましたから町にはほと
んど行ったことがないんです、町も小さかったですし﹂
適当な嘘をこれでもかと並べてみたが、どうだ!
﹁そっか、なるほどね。リョウ殿のは弟子入りしての仕事だよ。こ
こでいう奴隷や小間使いとは違うさ。金で雇われたり、身売りした
わけじゃないだから。貧民街の連中はさ、キツイ荷物運びとか汚い
仕事とか銅貨数枚でこき使えるんだ。冒険者でも連れて行ったり。
囮くらいにはなるからって。うちはそんなの必要ないけど﹂
104
うまくごまかせたみたい。ふう、あぶないあぶない。
それにしても扱いが酷いな、必要があったら連れていくのか?
いや、俺も自分以外がどうなろうと知ったこっちゃないから囮でも
何でも使うけど。
あ、かわいい女の子は別。
﹁そうやって金を貯めて市民権買うつもりなんだろうけど一体いつ
になるやらって話さ。生活するために手っ取り早く奴隷商に自分を
売り込むってのもいる。犯罪奴隷じゃ無ければ衣食住の保証が義務
付けられているからね﹂
市民権!?そんなの買わないといけないのか。知らなかった。
一応平等ってことになってる日本じゃそんなのないからな∼。
うーん。そういえば昔読んだ歴史本に出てたかな。すっかり忘れて
たけど。
まずい、幾らだ?今持ってる金で足りるのか?
﹁でも、保証されてるって言っても家畜の方がまだましって扱いで
も問題にならないからね。それを知らずに売り込むのはほんと馬鹿
だよ。まぁ貧民街の様子知っている身としたらそれに希望をたくし
たいんだろうけどさ・・・。後残ってるのは女なら花売り、男なら
冒険者になるってくらいか、それも大変だけど﹂
花売り花売り・・・ああ、娼婦ね。
﹁そうですね。市民権って幾らぐらいするんでしょうか?﹂
イーノはちょっと小首を傾げてそれから納得したように声を出した。
﹁ああ、そっかリョウ殿は持ってないのか。大丈夫だよ心配しなく
105
ても。冒険者ギルドに入れば最低だけど六等市民権が手に入る。銀
貨50枚払うか、ギルドの依頼受けてくるかだからお金持ってるリ
ョウ殿は問題なし。普通に役所で買っても金貨20枚あれば五等市
民権が買える。あとは一等市民権までは金さえあればどうにかなる
し、ギルドのランク上げれば自然と等級も上がる、だから心配しな
くて良いよ、周りの人達もね﹂
一緒に聞いていた何人かの冒険者が安堵している。
ギルドで説明されなかったのか?
へぼそうだから聞いてなかったんだろうな・・・。
それにしてもギルドって簡単に入れると思ってたけど色々あるんだ
なぁ∼。
﹁冒険者になるつもりだからあまり聞く意味ないですが市民権持っ
てないとやっぱりまずいんですよね?﹂
﹁そりゃね、普段はそんなに意識しないけど、犯罪に巻き込まれた
り住民同士の揉め事があったときは市民権の等級がものをいうから
ね。兵士の態度が全然違うし、裁判になってもこれが基準で判決が
出る。持ってなかったらそもそも裁判受けれないし﹂
なんというアパルトヘイト、もしくはカースト制度。・・・いやど
っちも違うか?
﹁あとは住むところくらい。団長や俺みたいに二等級以上持ってた
ら富裕街に家が買える。それ以外は一般街ね。ああ、忘れてた奴隷
買えるのは市民権もってないと無理﹂
まぁ、ここらへんは予想通りか。村人がギルドに入るのも犯罪対策
ね。
トトの村くらい金が有ればギルドに入れるから商売や観光に来ても
106
安心ってわけだ。
それにしても村人より貧民街の人間の方が金持ってないって不思議
な感じ。
ゲームのしすぎかな?
﹁近くにあった村はそれくらいの金は稼いでたのに貧民街の人達は
持ってないんですね﹂
﹁ここだとさ、うまくやればリョウ殿のようになにかしらの職人の
弟子になって手に職付けられたり、女の子でも奴隷じゃなく貴族の
愛人にしてもらえれば裕福な生活ができる。有名な冒険者に手ほど
きされれば一気にCランクの三等市民だ。夢を見るには王都は綺麗
なのさ。村だとよそ者に辛いことが多いし、村に入れても泥だらけ
で畑仕事。今はそれ以下の生活だけど一山当てることさえできれば
ってね﹂
そういうものなんだろうな。
古い表現だけどアメリカンドリームってやつなのかも。
俺も注意しよ。勝って兜の緒を締めろってあるし。
まだ何もしてないけど。
﹁街を眺めるのもこのへんでいいか?、行くぞ﹂
グエンさんが馬を歩かせ出した。
﹁私も最初はここで街に見惚れたものです﹂
通り過ぎざまオレリイさんが笑って言った。
みんなわざわざ待っていてくれたらしい。
もしくは風物詩という奴かもしれない。
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﹁では行きますか﹂
﹁はい﹂
イーノに促されて俺は原付を押して歩き始めた。
期待に胸を膨らませたおかげで足はかなり軽かった。
108
原付﹁ウマレスさんもウマリエッタさんもいい生活してますね。
羨ましいです。馬車馬って悪いイメージしかないですけど優しい
主人の下じゃそんなに違うんですね∼.それに比べてうちのなん
かもう酷い扱いでいつもい︵後書き︶
正直なところ、こういうギルドの設定とかありきたりだから書きた
くなかったのですが、書かないと中身がスカスカになってしまうし、
別の設定は作者の貧弱な頭じゃ浮かばないし・・・難しいです。
109
原付﹁・・・・・・・・・・・・zzz・・・zzz・・・zz
z﹂
出鼻を挫かれた・・・。
残念なことにユエちゃん達﹃疾風の槍﹄と護衛する商隊達とは外壁
の外で別れることになった。
まさか通行税払うために審査待ちする必要があるとは思っても見な
かったぜ。
はぁ∼、気分駄々下がり。
正確には通行税とは違うらしいが、用は市民権持っていない余所者
はどんなことしでかすかわからんから先に迷惑料払いやがれ!って
ことらしい。
それなら貧民街の連中を入れるのはどうなのよって聞いたら、
安い賃金で彼らをこき使う時は道具扱いだから必要ないってさ。
それが悪さしたら持ち主の責任ってことらしい。
そうやって入るか?とグエンさんに冗談で言われたがそのときは首
輪をされてしまい、市民権を得るのに必要な行政手続が出来ないら
しい。
ようは道具は喋るな。
当然断った俺はひとり寂しく審査待ちの列の中。
他の方々は多分ランクや市民権の等級が付いたプレートとか見せて
大門をフリーパス。
旅慣れしてるせいか別れはみなさんあっさりしたもの。
﹁また機会が有れば会おう!﹂
110
という言葉を残してさっさと行ってしまった。
﹁まぁね、元々余計についてきただけ、しかも会って1日の人間の
為に待ったりはしてくれないわな﹂
独り言を呟く。
百人くらい並んだ列は遅々として進まず。
夕日が沈むまでに街に入れるか微妙なところだった。
﹁ううっお腹すいたぁ∼。あの黒犬のせいで昼飯食べてないし・・・
﹂
もちろん原付には村から頂いた食料を積んでいるが硬いパンと干し
肉、あとはジャガイモなどの野菜が幾つかと小麦粉が少々。
そのまま食べれるのもあるが街を前にこれらをちびちび齧るなんて
事したくない。
さっさと入って暖かいご飯が食べたい。
現代日本人の贅沢な食生活なめんな!
おっと前が動いた。
一歩すすむ。
さらに時間が空いてもう一歩。
うう、苛立ちが募る。
111
・・・こいつら全員焼き払ったら俺の番だよね∼。
いいよねぇやっちゃっても。
ここにいるの市民権が無い連中。
つまり人権ないんだし!
おお、なんとすばらしいアイディアか!
では早速呪文を唱えよう!!
なんて事を冗談二割で考えていると
人がばらばらと列を離れていなくなった。
はて、何があった?
みんな街道の横に腰を下ろして火をおこしたり食べ物を出したり・・
・。
ようはキャンプの準備。
人がいなくなったから前にいこうとしたが・・・まさか!
いやな予感が駆け抜けた。
急いで列の先頭があった場所に行く。
そこでは荷物を背負った旅人数名が兵士と言い合っていた。
﹁頼む入れてくれ!今日これを届けないと金がもらえないんだ!!﹂
﹁駄目だ、今日の手続きの時間は終わった。明日、鐘が六つなるま
で待て﹂
﹁息子が病気なんだ、死に目に会えなくなる!入れてくれ!!﹂
﹁知らん!規則は規則だ﹂
﹁昼間から並んでやっと番が回ってきたんだ、頼むよ﹂
﹁時間は過ぎた、明日また並べ﹂
うっわ∼最悪・・・。
24時間営業じゃないとは思ったけどこんなに時間が早いなんて、
時計見てもまだ5時くらい・・・日本でもそれくらいに役所は閉ま
112
るか。
規則ってのはたぶん本当なんだろうけど御役所仕事もきわまれりっ
て感じ。
こうなると兵士をぶっ飛ばしても何とかなる話じゃないしどうする
か・・・。
夜空飛んで忍び込もうかな?
でも入る時なんか渡されてるのが見えたんだよ。
きっとパスポートみたいに旅人としての身分証明する物だとおもう
けど、それがないと多分困る。
手続きの時にきっと必要になる。
うーん、打つ手なしかな・・・・。
かなり旅人さんたちは粘っていたが兵士が全く応じないとわかると
足取り重く離れていった。
あれだけ色々言ってたのに入れ無いとなると本気で残念で不本意だ
けど諦めるしかないらしい。
寒空の下野宿なんて本気でショックだ・・・。
そう思っていたが、兵士にそれなりに身なりのよいおじさんが近づ
いた。
さっきのように声は聞こえないがなにやら話している。
そして政治家がするような不自然な握手をして、またなにやら話す
とおっさんは審査室?に案内されていった。
あれは何?周りを伺うとなにやら複雑な視線がちらほらと、無視を
決め込むのと半々ぐらい。
もしかしなくてもあれか?
あれなのか?
しばらくして兵士だけが出てきた。
おっさんは横にはいない、つまりおっさんは通されたってことだ。
113
やっぱりそういうこと。
ふーん。ニヤリ。
そうなればチャレンジ!
俺は原付を押しながら兵士に近づいた。
兵士もこちらに気付き隠すつもりなどまったくなく全身を探るよう
に見ていく。
﹁どうかしましたか魔導師殿?﹂
兵士は原付を数秒見てから先ほど旅人を相手していた声より幾分優
しげに声をかけてきた。
まずは様子を見る。
﹁こんにちは兵士さん。こんな時間まで大変ですね﹂
﹁これが私の仕事ですから、全く苦労はありません﹂
模範解答だな。
﹁いえいえ、さきほどの様子を見ていると大変な職務ではありませ
んか、旅人に恨まれても規則を守る。立派な方です﹂
兵士の顔がちょっ怖くなる。
﹁もちろんです。規則を守らねば規律が乱れる、それを理解しない
者が多くて困ります﹂
ちょっと失敗したか?
しかし会話を打ち切る様子は無い、一先ず続けてみる。
﹁それで、先ほどのお方はどうしたのでしょか?なにやら大変慌て
114
た様子でしたが﹂
なるべく慌てたって所を強調してみる。
むろん先ほどの人にそんな様子はなかった。
しかしうまく意味が伝わったらしい。
﹁ああ、さっきの人ですか?あの人は街にたまたま証明証を忘れて
しまっていたようで、緊急の用があるからしかたなく入れてあげた
わけです。まぁ、私だって悪魔ではありませんから。そういう事情
なら特例も認めるわけです﹂
兵士も色々と強調してくれた。
﹃たまたま﹄と﹃緊急の用﹄と﹃しかたなく﹄。
うん。これはいけそうだ。
﹁兵士さんは大変慈悲深いお方のようだ。これも何かの縁、一つ握
手でもさせてもらえませんか?﹂
かなり苦しい俺の提案に兵士は苦笑いで付き合ってくれた。
なれてないんだよこういうの!ってなれてたらなれてたで問題だけ
ど。
﹁ええ、こんな私でよければ﹂
兵士は手のひらを上に向けて出した。
俺は手をズボンで拭くふりをしてポケットから銀貨数枚を出して包
み込むような握手で渡した。
兵士の顔がピクリと動いた。
﹁はは、照れくさいですな﹂
115
などといいながら頭をかく。
その時兜に数度硬貨を当てて小さく音を出した。
瞬間びっくりした顔になり俺を穴が空くんじゃないかというほど見
つめる。
え、何?
﹁どうしました魔導師どの!!顔色が大変悪いですよ!!ささ、こ
ちらで休んでください!!﹂
不自然なほどに大声を出して俺をぐいぐいと先ほどの審査室?に引
っ張っていく。
俺はちょっとこけそうになったが何とか原付を引っ張りながら着い
て行くが、
もちろん俺の体調はいたって万全。
顔色も問題ないはず。
となれば成功したんだろうけど様子が変だ。
連れ込まれた審査室?は四畳ほどのランプが一つるされた暗い部屋
で中央に机が一つ、椅子が二つ置かれただけの部屋。
イメージとして取調室という感じだ。
連れてきた兵士は俺を椅子に座らせると対面に座り息も荒く捲くし
立てた。
﹁賄賂に銀貨十枚も渡すなんてあんた馬鹿か!それとも馬鹿にして
んのかっああ!?しかもなんだよあの渡し方!なにが慈悲深いから
握手なんだよ!わけわかんねぇよ!!笑っちまったじゃねぇか!!﹂
とてもご立腹です。不良です。怖いです。
自分でもあの言い方は失敗したと思ったけどさ、ここまで怒らんで
も・・・。
116
﹁いや、すまない。こんな事するのは初めてでどうすればいいか分
からなかったんだ。まさか賄賂の渡しすぎで怒られるなんておもわ
なくて。本当にすまない﹂
そうして頭を下げる。
まだ何か言いたげだったが盛大にため息を吐いて抑えてくれたよう
だ。
﹁・・・そんなにあっさり頭下げるって、あんたほんとに魔導師か
よ﹂
この人にも言われてしまった。
﹁前にも言われたよ。ずっと師匠の所にいたから常識を知らないん
だ。魔導師で知っているのも師匠と二、三人だけだし。そう言われ
ても分からないんだ﹂
そう言っておく。
じっと眼をみられる。
当然俺は逸らさない。
﹁・・・嘘じゃなさそうだが、それにしても酷いな。もっと常識を
知ったほうがいいぞ﹂
いや、完全に嘘だけどね。
俺の嘘力もなかなかだな。
﹁ああ、肝に銘じておくよ。それで俺は渡しすぎたみたいだけどど
れくらいでよかったんだ?﹂
117
﹁そうだな、銀貨1枚で多いといったくらいだ。俺みたいな一般兵
士ならそれで十分だ。それ以上もらっちまうと上から色々言われち
まう﹂
﹁そうなのか?﹂
﹁ああ、多少の小遣い稼ぎは目こぼししてくれるけど、俺達一般兵
士が金を持ってちゃ最悪上にはぶられちまう﹂
結構難しいんだな。
金の価値をもっと早く知らないと。
﹁それにしてもあんたも変わってるな、世間知らずの魔導師に賄賂
の講義するなんて﹂
﹁さっきのあれがあまりにも酷かったからな。笑わせてもらった礼
だ﹂
まだ言うか。
﹁ちなみにさっきのオヤジはいくら払ってたんだ?﹂
﹁半銀貨一枚だ。あんたがどれだけ馬鹿したかわかるだろう?﹂
確かに。知らなかったが払いすぎだ。
﹁外の人達はそれが払えなかったわけだ﹂
﹁街に入るための税に半銀貨、さらに賄賂に半銀貨。合計で銀貨1
枚ってのは外の奴らには結構な金なんだよ。あんたらの魔道具は馬
鹿みたいな額してるから理解しがたいだろうがな﹂
ゴブリンの魔石でも金貨20枚で売れたからどうにも難しい。
価値観ぐちゃぐちゃだ。
﹁確かにな、魔石一つで金貨何枚にもなるから魔道具が高くなるの
は当然か﹂
118
﹁あんたらが国に必要ってのはわかるが人が少ないからな高くなる
さ。子供が沢山うまれても魔力持ってる奴なんかほんの一握りだ。
俺は7人家族だが一人もそんなやついやしない。おかげで俺は食い
扶持稼ぐためにそうそうに軍隊入りだ。奴隷として売られなかった
だけましだがよ。一人でも魔力持って生まれてたら金稼いでもっと
良い暮らしできただろうが・・・言っても仕方ないな。あんたみた
いな変わった魔導師になれればいいが腐った魔導師ならお断りだし
よ﹂
豊かじゃなけりゃ育てられない。
そうでなければ軍隊へ。
昔の日本みたいだ。たぶん姥捨て山とかの風習もありそう。
それにしても魔導師ってのはほんとに・・・以下略。
﹁その兄弟を育てるために小遣い稼ぎってわけだ、大変だな﹂
﹁へっありがとよ。ほんと変わった魔導師だぜ。さて話が長くなっ
ちまったなさっさと許可証発行するぞ﹂
﹁頼むよ﹂
手続きは早かった、名前や年齢、今までどこに住んでいたかなど幾
つか聞かれて金を払った。
あとは鉄のプレートになにやら文字が書いてあるのを貰って終了。
わずか五分ほど・・・。
この兵士まともに仕事してたらもっと人さばけるんじゃないのか?
﹁それがこの街にいる間の身分保障証だ。無くさない様にな。でも
あんたはさっさと市民権買うんだろ?﹂
﹁ああ。ギルドで登録が終わった後、金が足りるだけ高いのを買う
つもりだ﹂
﹁そうか、買うときにこれが必要になるからしっかり管理しとけよ﹂
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やっぱり必要になるのか忍び込まなくてよかった。
﹁わかった。忠告に感謝するよ﹂
﹁変わりもんだな﹂
嫌な気がしないすがすがしい言葉だった。
﹁そうだ、こいつと一緒に泊まれる良い宿屋って知らないか?﹂
すでに日は落ちて黄昏時。
知らない街で宿屋を探してふらふら彷徨うなんてもうしたくない。
俺は原付をこつこつと叩きながら聞いた。
兵士がまたじっくりと原付を見る。
﹁あんたと一緒でそれも変わった魔道具だな、ながいこと門番やっ
てるがそれだけ大きくて変わった形なのは始めて見たぜ。そいつを
入れれる部屋がある宿屋か・・・そうだな・・・。東街の大通りに
ある﹃鞘の置き場亭﹄ってとこがいいか。ちょいと割高だが飯が旨
いって評判だしあそこなら一階にも部屋があったはずだからそれも
持って行きやすいだろ﹂
魔術を人目のあるところで使いたくないから二階まで原付を上げる
のは勘弁だ。
そういうわけで一階に部屋があるのはありがたい。
﹁ありがと、これは情報料﹂
今度は銅貨十枚ほどを渡してみる。
120
﹁へへ、分かってきたじゃないか。足りない場合は何かしら合図を
出すからそのうち相場が分かってくるだろ﹂
﹁そうだな、徐々に慣れていくよ。あともう一つあんたの名前は?﹂
﹁そうか、名乗ってなかったな。いや、こういうときに名乗ったこ
とがはじめてだ。俺は三等兵士のカリオス=サンホだ。なんかあれ
ばここに来な。話くらいは聞いてやるよ﹂
話だけかよ。
力になるってのは・・・普通の兵士じゃ無理だろうな。
兄弟沢山でお金ないみたいだし。
﹁そっか、色々ありがとう。情報が必要になったらくるよ﹂
﹁おっと勘違いするなよ、話を聞くだけだ。色々と難しい話をな﹂
ニヤリとカリオスは笑った。
俺は頷いて歩き出した。
教えてもらった宿屋に向かって。
﹁おいそっちは西街方面だぞ!﹂
軽くこけた。
方向音痴もたいがいにしたいぜまったく。
121
原付﹁・・・ムニャムニャ、もうオイルは飲めないよ・・・ムニ
ャムニャ・・・﹂
せっかく王都に入ったのに町並みを楽しもうにも辺りは薄暗い。
当然街灯というのは無い。
中心部、王城あたりはぼんやりと耀いているのがここからでも見え
るが、こっちは星明りと各家からもれる明かりだけ。
ううっ、折角の感動が台無しだ。
レンガ造りの建物だけってのはそこそこ見ごたえがあるがやっぱり
明るい時、人が賑わっているところを見たい。
こんなジャックでリッパーな人が路地裏から飛び出してきそうな雰
囲気なんて最悪だ。
がっくりと肩を落としとぼとぼと原付を押しながら大通りを歩いて
いく。
かなりブルーな気分でぼんやりとしていた。
しかし、気が付くとちらほらと人が見え出した。
そして顔を上げた道の先。
明かりが見えだし騒がしくなってきた。
さらに歩いていくと一気に明るさが戻った。
おお、これこそファンタジーな世界!
そこは宿屋と酒場に挟まれた大通り。
いつのまにやらイーノが言っていた東街に入ったらしい。
南は静かだったのにここはまだまだこれからって感じだ。
さすが冒険者の街。あちこちから喧騒が聞こえ色とりどりの明かり
があふれている。
店が勝手にランプを設置しまくったんだろう。
122
そのランプも油式のランプじゃなくて魔石が使われているようだ。
さすがその他のギルド街でもある。
魔導師が作って設置しまくったのかもしれない。
酒場からは酔っ払いどもの叫びや、吟遊詩人の歌声。
怒声やケンカを煽る声なんかも聞こえる。そして、そして様々な人
種があふれている!
くぅ∼∼∼感動だ。
金髪の美形の尖り耳な奴、二足歩行のトカゲ顔、真っ黒ローブ、ち
っこいひげ面おっさん、犬顔、猫顔、黒い顔、白い顔、蒼い顔に緑
の顔。
ファンタジック!!
道の真ん中で立ち止まってる俺を変な顔で見て行く奴もいるけどま
ったく気にならないさ!!
これこそ異世界!
これこそファンタジー!!
ああ、これを見れただけでも異世界に来てよかった・・・。
しばらく感動に震えてから動き出す。
明日からもこの世界は続くんだ。
今は休むための宿屋を見つけないと。
きょろきょろと明らかな田舎物丸出しスタイルで道を歩いていく。
目移りしそうなものばかりだったが目的の宿屋はすぐに見つかった。
ここら辺の建物は全て四階建てのレンガ造りだけどその宿屋は横に
広く周りの店より結構大きかった。扉の上に吊るされている看板は
デフォルメされたベットの上に装飾のされた細長い三角。
恐らくここが﹃鞘の置き場亭﹄だと思う。
一階はどの宿屋も酒場をやっているみたいで扉越しでも騒がしい。
123
部屋があるか心配になるが入ってみる。
かなり大きい扉をよっこらしょっと開けると熱気とアルコール臭が
一気に押し寄せた。
軽くめがねが曇る。
数秒で視界が戻ると丸いテーブルとカウンターに幾人もの﹃冒険者﹄
が座り各々が飲み食いしている。
そして会話や料理を口に運びながら、はいってきた俺に探るような
視線をしっかりと向けてくる。
まるで物理的圧力に変わったように集中して痛い。
こういう場合どうすればいいんだ?
なれてなくて混乱して入り口で立ち止まっていると両手に料理を持
った20歳くらいの女性が近づいてきた。
﹁お客さんだよね?﹃鞘の置き場亭﹄にようこそ。そんなところで
立ち止まってないで入って入って!!﹂
ウェイトレスのようだ、エプロンも何も来ていないただの街娘とい
った衣装で判らなかった。
しかしオーバーアクションで俺を中へと促したが料理が落ちること
がない、プロだ。
﹁おっとすまない。道具が引っかかってね。こいつを入れれる部屋
空いてるかい?﹂
そう言ってわざとらしく原付押しながら中に入れて聞く。
﹁うっわ、おっきな魔道具。お兄さん丁度よかったね、今日丁度一
階の部屋が空いたんだよ。夜と朝ご飯付きで一日半銀貨一枚と銅貨
25枚だけどどうする?﹂
﹁それはよかった。それで頼むよ﹂
﹁わかったちょっと待ってて、マスター!一階の鍵∼!!﹂
カウンターの先、厨房に声をかけるとウェイトレスは料理をテーブ
124
ルに届けて戻ってきた。
﹁宿帳に名前書いて、あと泊まりは何時まで?﹂
さすが酒場と宿屋をやるだけあって愛想がとてもいい。
顔にちょっとそばかすがあるがそれもチャーミングなアクセントと
なっている。
ちょっと見惚れてしまった。
﹁お兄さん、そんなに顔見つめられると私の顔に穴が開いちゃうよ
?﹂
﹁おっとすまない、穴が開くほどみていたくらいにチャーミングだ
ったからね﹂
﹁うはぁ、くさいなぁ。でも、のりが良いね。だけどもうちょっと
うまい返しを期待したなぁ﹂
そう言ってクスっと小さく笑う。
悪い評価ではないみたいだ。
しばらく世話になるつもりだから仲良くするにこしたことはない。
﹁厳しいな∼。それで宿帳に書くんだったね。悪いけど代筆頼めな
いかな?﹂
﹁あら?お兄さん魔導師なのに字が書けないとは珍しいね、代筆は
銅貨2枚ね﹂
知識を持つ魔導師が書けないのはやっぱり違和感があるらしい。
しかしどうしたところで書けないのは書けない。おれはポケットか
ら半金貨を出す。
﹁これで宿代と一緒に。泊まる期間は未定だから足りなくなったら
125
言ってくれ。名前はリョウ=ノウマル﹂
﹁りょう・・のうまるっと。半金貨ね、これだけ前払いしてくれる
と助かるよ。65日分で貰っとく。あとの残りは料理に期待して﹂
ウインクされた。
顔に似合っていて可愛らしい。
さすが商売人、表情の使い方をわかってる。
それに暗算も速い。ぱっと言われて判らなかった。
これで確証が持てたが銅貨もやはり100枚で銀貨に繰り上がるよ
うだ。
﹁宜しく。それでここを紹介されたから飯は期待したいな﹂
﹁まかせられました。それじゃこっち、付いてきて。マスター、し
ばらくお願い!!﹂
結構広い所だがひとりでホールをやっているのかとちょっと心配に
なったが、階段から女性一人と厨房の中からおばさんが料理をもっ
て出てきた。
そりゃそうだな。こんなに大きいのに一人ってありえないな。
そんなどうでもいいことを考えながら付いていく。
部屋は酒場の奥、井戸のある中庭を渡り廊下で抜けた先の離れ一階
だった。
離れといっても作りは本館と一緒でしっかりした物だ。
﹁ここが部屋ね。井戸は好きに使って。お湯が必要なら言ってくれ
れば準備するよ、ただしちょっとなら良いけど体洗う量が必要なら
銅貨5枚もらうわ。あとは鍵ね。これが部屋の、もう一つが中に置
いてる宝箱のね。私達が入って掃除するとき貴重品はそこに入れと
いてね、さすがにそのおっきな魔道具は入らないけど。部屋に入ら
れたくない場合は言ってくれたらそうするよ。換えのシーツとかは
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扉の前においとくから。あとトイレはあっちね。質問は?﹂
慣れた様子で一気に言われたが充分理解できた。
もっと環境が悪いと思ったけど予想よりよかった。
問題は風呂だけ。日本人としては辛いが今後何とかしよう。
﹁別にないよ。ありがとう﹂
お礼を言ったら女性は困った顔をした。
﹁うーん、お兄さん魔導師にしては変わってるね。冒険者って感じ
もしないし﹂
人差し指をあごの下に当てながら首を傾げる。
ぶりっ子っぽいが似合っていてかわいいから許す。
﹁旅は初めてなんだ。明日にでもギルドで登録しようと思ってる。
変わり者って言われるのもいつもだよ。師匠のところにずっといた
から世間を知らないのさ﹂
その嘘に納得したように頷いた。
﹁そっか、だからあんな所で立ち止まったんだね。他のお客さんが
ピリピリしちゃったよ。私との軽口に付き合ったから大丈夫だった
けど・・・。でももしかしたらだからがんばってね?﹂
なにやら励まされた。
﹁どういうこと?﹂
﹁ん?察しが良さそうと思ったけどわかんない?魔導師だけど、初
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めて見る顔の不慣れな冒険者がここに一人、ね﹂
そこまで言われて察しが付いた。
腕試しされるかもしれないということだ。
うっわメンドクサイ!
﹁そんなに好戦的か・・・。酒も入ってたし、そうなるのか・・・
はぁ﹂
﹁大きな町だから知らない人がいるのは当然だけど同じ宿に泊まる
と気になって手を出してくるみたい、私としては店に被害さえなけ
ればどうでもいいけどね﹂
﹁ひどいなぁ、助けてくれないの?﹂
﹁冒険者同士のケンカは年中行事。そんなのにいちいち手を貸して
られないよ。だからがんばってって言ったの﹂
そういうものだろうか。
理解できるがこちらとしてはたまったもんじゃない。
いっそ料理を運んでもらって引きこもろうかと思ったが、こそこそ
するのは好きじゃない。
こっちも金を払った客だ。
普通にする分には遠慮しない。
﹁わかった。なんとかするよ。被害が出ないようにもする﹂
﹁適当にお酒奢っちゃうってのも手だからね。私もその方がうれし
いし﹂
﹁無駄に金を使うつもりはないさ。ふぅ、さてと、片付けたら酒場
に行くよ。その前に一つ。君の名前は?﹂
俺の問いかけに女性はきょとんとした後にこりと笑って言った。
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﹁私はここの看板娘でサラよ。サラ=ウエルトン。宜しくねお兄さ
ん﹂
﹁ああ、よろしく。お腹すいたからさっさとご飯をだべに行きまし
ょう!﹂
﹁おお!﹂
俺の気合入れに一緒に乗ってくれた。
さすが酒場の看板娘。
サラ嬢は待ってるよ。と笑顔と供に残して酒場に戻った。
俺は部屋に入り荷物を片付ける。
ポケットに入れたままの白金貨と原付座席下の貴重品、魔石も宝箱
に入れて鍵をかける。
ついでに原付用のチェーンも巻いておいた。
食料品はとりあえずそのまま。
明日どうにかしよう。
あとはこまごまとした道具品を纏めて終了。
パチンと頬を叩いて気合を入れてから酒場に向かった。
さっきよりもなんとなく酔いが深まった雰囲気のある酒場。
さてどこに座ろうかとくるりと見回すとサラ嬢がカウンターを指し
てくれた。
一人だけの客は俺だけみたいでカウンターには他に人がいなかった。
﹁すぐに料理出すから待ってて、お酒はどうする?﹂
﹁おまり得意じゃなくてね。何かアルコールの入ってないもの頼む
よ﹂
﹁わかったわ﹂
129
サラ嬢の返答は一つのテーブルから起った笑いかぶさってほとんど
聞こえなかった。
﹁がぁはっはっはっはっは!、酒も飲めねぇってよ!ここは何時か
らガキが来るようになったんだろうナァ?﹂
もじゃもじゃ髭のもじゃもじゃ髪の臭そうなおっさんが同じ席の奴
に同意を求めるように囃し立てた。
﹁まったくですねぇ、兄貴。しかも魔導師ですぜぇ﹂
﹁なよなよとして女みていな野郎だ﹂
﹁がぁはっはっは!﹂
何がおかしいのか爆笑している。
完全に盗賊のボスとそれの取り巻きA、Bである。
いや冒険者なんだろうけどむさい体に毛皮で出来た防具類が山賊の
ように見せている。
もしくは原始人。
汚らしい姿が目に入ると料理が不味くなりそうなので完全無視で視
界にも入れない。
俺はカウンターにぐったりと頬をついて力を抜いて料理が来るまで
休む。
雰囲気から周りの客も面白がっているのがわかる。
﹁魔導師なんて変な踊りを踊るしか能がない頭でっかちだ、そうか、
女みたいになよなよして踊って誘ってやがったんだな﹂
﹁きっとそうですよ兄貴!﹂
﹁まったく変な連中ですな﹂
またしても爆笑。
130
俺は完全無視。
そこにサラ嬢がちょっと不安そうに料理を持ってきた。
料理の匂いに吊られて俺は顔をあげる。
﹁これ、本日のオススメの牛肉の炒めもの。多めにしといたわ。あ
とはパンとサラダ。お酒は駄目みたいだから牛のミルクね﹂
﹁ありがとう﹂
サラ嬢がそれをおいて厨房に戻ると、さらに大爆笑が起った。
﹁聞いたかよミルクだってよ!!﹂
﹁完全に赤ん坊だぜ﹂
﹁ママのミルクが恋し∼ってか?﹂
牛乳なんて久しぶりだ。
向こうだと気が向いた時しか買わなかったから一年ぶりに飲むかも
しれない。
とりあえず一口。
ちゃんと冷えていてうまい。
乾いてた喉にはぴったりだ。
パンも柔らかくてしっかりした小麦の味。
混ぜ物とかはないみたいだ。
﹁ひゃっひゃっひゃ、ミルク飲んで完全にガキじゃねぇか﹂
そういえば普通に牛って聞こえたけど、俺の知っている牛と同じな
のかな?
﹁これだけ言われても兄貴が怖くて何もいえないんですぜ、本当に
玉無しなんでしょ﹂
131
肉もうまい!香辛料がきいていて野菜のうまみとマッチしてすばら
しい。肉の触感は牛だけど料理の腕がいいのか確信がもてないほど
柔らかくてうまい!
﹁ちげぇねぇ!がっはっはっはっは!!﹂
なまじ言葉が通じるだけに同じものか不安になったけどこれだけう
まければどうでもいいや。
﹁さっきの魔道具だってよ、あんな馬鹿でかいのは初めて見たぜ、
きっと腕だってだいしたことなんだろ﹂
サラダも青々としていて新鮮。
普段ならドレッシングが嫌いでポン酢をかけて食べるけど、このド
レッシングはあっさりしていてとても好みだ。
﹁おい!聞いてるのかよ!!﹂
最初は量が多くてちょっと食べきれるか不安だったけどこれならあ
っさりと食べ切れそうだ。
箸がすすむすすむ、あ、箸じゃなくてナイフとフォークね。
﹁おい無視するな!!﹂
ああ、うまい。二月分払う価値があったよ。これなら安心して泊ま
れる。
﹁テメェ、いい加減にしやがれ!!﹂
132
兄貴と呼ばれていた男がいつのまにやら近づいて来てた。
そして俺の胸倉をつかんで立ち上がらせる。
身長差が有るせいで俺は爪先立ち。おっさんの身長は2mくらいか?
﹁おわいきなりなにするんですか﹂
﹁テメェ馬鹿にしやがって棒読みで驚いてんじゃねぇぞ!さっきか
ら話しかけてりゃ無視しやがって!!﹂
料理が食べられない。
暖かいうちに食べちゃいたいのに・・・。
﹁話しかけてた?誰が?﹂
﹁俺がだよ!!﹂
﹁そうなんですか?﹂
﹁そうだよ!!﹂
﹁まさか!?先ほどから騒がしいと思っていましたが酔っ払いかキ
ッチッガッイ!のたわごとなど耳に入れる必要もありませんから聞
きながしてましたよ﹂
キチガイの所を強調してみました。
酔っ払いにしては頭おかしそうだったんだもん。
ああ髭もじゃの顔が蛸のように真っ赤に茹であがっていく。
不味そうだ。
おれはたこは刺身が一番好き。二番目はたこ焼き。
﹁て、て、て、てめぇ!!!!!!!!﹂
怒りがマックスになった髭もじゃが腕を振りかぶった。
殴られるのは嫌い。
俺は俺を傷つける存在を許さない。
133
だから正当防衛発動。
いちいち振りかぶってくれたお陰で動きが遅い。
逆手に持ち替えていたナイフをしっかりと握り込む。
そしてその手を髭もじゃから見えない位置から顎下に持っていき全
力で前に突く。
﹁ぐふぅっっっ!!!!﹂
喉仏を突かれた髭もじゃが咳き込んで手を離した。
うわ、ちょっとツバがかかった。
気持ち悪い。
周りからは髭もじゃの体が影になって、俺が何をやったか見えず、
いきなり咳き込んだように見えたはずだ。
見えたとしたらカウンターの中、セラ嬢とマスターとか言われてた
おっさんだけ。
その人たちに見られたところでどうということはない。
ちなみにこの方法はカラテと柔道の有段者の家の兄から教わった方
法。
胸倉をつかまれた際の対処法として金的を蹴り上げるよりよほど有
効だとか。
初めてだけどうまくいった。
﹁いきなり咳き込むなんて病弱ですね。まぁそれだけ不衛生にして
いたら当然でしょう。匂いも肥溜めの方がましってくらい臭いし!
臭いし!!臭いし!!!﹂
俺的にこれが一番許せない。
せっかくのおいしい料理の匂いが台無しだ。
髭もじゃはまだ膝を突いてゲホゲホやってる。
靴にツバが付いたらどうしてくれる。
134
﹁テメェ!兄貴に何しやがった!!﹂
取り巻きAが騒ぐ。
俺は持ちて部分とはいえ汚れたナイフを床に捨ててフォークだけで
食事を続ける。
ああ、肉がうまい!
てか、Aよ、騒ぐ前に髭もじゃ助けにこいよ、テーブルで騒いでな
いでさ。
﹁さぁなんのことですか?その人がいきなり咳き込んだだけです。
臭いのでこれをさっさとどっかにやってください。あっ、サラさん、
ナイフを落としてしまいました、新しいのと水でぬらしたタオルも
らえませんか?﹂
気がつけば周りは静かになっていた。
しかし気にせず俺は食事を続ける。
呆然と俺を見ていたサラ嬢だったが俺の言葉に頷いて厨房へと入り
5秒でタオルとナイフを持って出てきた。
﹁・・・見た目と違ってえげつない事するわね﹂
﹁さて、なんのことですか?﹂
渡されたタオルと一緒に小さく言われたがすっとぼけておく。
サラ嬢はちょっと苦笑いを浮かべたがすぐに離れた。
周りはいたって平穏、俺が肉を食べる音と髭もじゃの咳き込む声だ
けがする。
タオルで顔と手を拭いて4度ほど口に肉を運んでいると、やっと髭
もじゃが起き上がった。
135
﹁ゲホッ!!て、テェっつヒュゥー、グフォ!コろ!ゲホっ!!﹂
顔は鼻水と涙と唾液でぐちゃぐちゃ。
立ち上がってはいるが何を言ってるのかわからない。
日本語でOK。
﹁私には男色の気はありませんから離れてもらえませんか?ついで
にさっきも言いましたが臭いです﹂
﹁ウガァァァァァーーーーーーーーーー!!!!﹂
俺の声が聞こえたのか髭もじゃが喉の痛みを無視して獣のごとく叫
んだ。
そして腰に挿していた剣に手をかけた。
第二段階。正当防衛発動。
﹁シャドウスナイプ﹂
俺は早口でつむいだ呪文を手に持っていたナイフと供に静かに放つ。
ナイフは狙いたがわず髭もじゃの影と床を射止めた。
剣が完全に抜かれた状態。
俺に切りつける数十センチ手前で停止。
顔を真っ赤にした髭もじゃは汚い顔を驚愕に染めて俺を見ていた。
﹁そんなに見つめられても男色の気はないと言ってるでしょう?も
う、気分が悪いです。サラさん、料理を部屋に持って帰って食べて
もいいですか?﹂
俺のそんな提案に呆然としていたサラ嬢は頭をぶんぶん振って許可
してくれた。
俺はさっさと両手に料理を持って歩き出す。
136
﹁お、おい、まて!﹂
取り巻きBが制止の声をかけるが首だけむいて答える。
﹁あなた達も清潔にした方がいいですよ。じゃないとその人みたい
に咳き込んだり、今みたいにギックリ腰で動けなくなりますから﹂
さらに、声をかけてこようとするが完全無視。
早足で部屋へと戻った。
せっかくの料理だったがほとんど冷めてしまっていた。
食べ物の恨みは深い、殺しとくべきだったかな?
食べ終えてからぼんやりとそんなことを考えたが、急に眠気が襲っ
てきた。
お腹がいっぱいになったのと旅の疲れが出たらしい。
扉に簡単な警報トラップを仕掛けて俺はベットにもぐり布団にくる
まった。
村長の家より柔らかいベットはすぐさま俺を眠りに誘った。
137
原付﹁お掃除ご苦労さまです﹂
コンコンと扉がノックされる音で眼が覚めた。
﹁知らない天井だ・・・って二回目はつまらないな﹂
そういえばノックの音で眼が覚めるのは大学時代の学生寮以来か
もしれない。
少しだけ昔に浸ってみたり。
﹁リョウさん?起きてください﹂
再度のノックのあと扉越しの篭った声が聞こえた。
たぶんサラ嬢の声だ。
﹁今、起きた。ちょっとまって﹂
﹁はい﹂
携帯の時計を確認。
すでに9時半を周っている。
だいぶ寝過ごしてしまった。
しかしそのお陰で疲れは無い。
完全に抜け切っている。
一応確認のために魔術を使用。
﹁スモール・アイス﹂
イメージ通りの小さい氷が出現。
138
顔に当てて寝ぼけ眼を一瞬でパッチリさせる。
ふー、冷たいけど気持ちがいい。
今日も問題なく魔術が使えるっと。安心した。
原付の残っているサイドミラー︵右︶で顔を確認。
少し髭が生えているが何時もどおりの冴えないメガネ顔。
ニヤリと顔を歪めてみる。・・・気持ち悪い。馬鹿みたいだ。
服を一通り確認、形も匂いも問題なし。
ただ作業着はすでに三日目、そろそろ洗濯しないと気分的に嫌だ
な。
そこまで考えて待たせていることを思い出して扉を開けた。
待っていたのはやはりサラ嬢だった。
﹁おはよ。リョウさん。良く眠れた?﹂
笑顔が眩しいぜ・・・って程じゃないが朝から清清しい健康的な
顔が見れた。
うん。今日は良い日になりそうだ。ニュース番組の星占いなら確
実に二位だな。
﹁おはよう。旅の疲れが出たのと料理がおいしかったからぐっすり
と、まだ朝食は食べれる?﹂
﹁うちは言ってくれれば何時でもだすよ。ただその前にやって欲し
いことがあるんだけど・・・﹂
ありゃりゃ?顔が曇った、しかも俺にやって欲しい事?
何かしたっけ俺?
﹁なんですか?﹂
﹁とりあえず食堂に来て。それでわかるから﹂
139
食堂?ああ、昨日の酒場のことか。
夜だけが酒場扱いなわけだ。
俺は頷いて少し早歩きのサラ嬢に後ろについて食堂に向かった。
﹁旦那∼兄貴をゆるしてくだせぇ∼﹂
﹁お願いです旦那∼﹂
﹁おや、やっと来たかい。こいつを早くどうにかしてくれないかい
?昨日から邪魔で掃除が出来ないんだよ﹂
そこには泣きっ面の取り巻きA,Bと昨日見たおばちゃん、それ
と昨日最後に見た姿そのまんまの髭もじゃだった。
﹁リョウさん、さすがに昨日は反省の意味も込めてこのままにした
けど、さすがにずっとこのままだと私達も困るわ・・・﹂
いやぁ・・・なんとまぁ呆れた。
まさか誰も助けないなんて・・・。
でもシャドウ・スナイプって部屋の明かりが消えたら自然と解除
されると思ったのに。
だから昨日はお礼参りされるんじゃないかと思って警報トラップ
しかけたんだけど、実際は髭もじゃが動けず取り巻き達もここで様
子を見続けるしかなかったというわけだ。
俺は床に刺さっているナイフにちらりと視線をやると完全に影は
消えていた。
推察すると、込めた魔力のせいで影が無くても作用しているよう
だ。
というか普通にこんなことできたことに驚ろいたぜ。
昨日は怒りに任せて何とかなるよ!的にやっただけなのに。
140
さてどうしようか・・・そうだなここは。
﹁なんのことですか?ずっとぎっくり腰のおじさんを放っておくな
んてみなさん冷たいんですね?﹂
確かこういうことになっていたはずだ。
俺の発言にみんながそんな!という眼で見てきた。
流れ的にそうなってるんだからしかたないじゃん?
﹁旦那∼おねがいです。勘弁してくださいこの通りです∼﹂
﹁ダンナァ∼﹂
取り巻きA,Bともに土下座。
初めて見たよ生土下座。
うはぁ!ちょっと気分いいかも。頭でも踏んでやろうかな。
﹁リョウさん。さすがにそれはかわいそうすぎない?﹂
﹁邪魔でしかたないんだよ?何とかしておくれよ﹂
そういう宿屋組み二人に俺はニコリ笑いながら言っておく。
﹁二人ともというか、特にサラさん、あなた冒険者のケンカには関
わらないとか言っておきながら牛乳なんか出してしっかり煽ってた
でしょ?しかも今は仲裁してるし﹂
サラ嬢の顔が明らかにしまったと引きつる。
あの時水でも、果実水でもあったはずだった。
酒場に入ったときアルコール以外の飲み物があるのは眼に入って
いた。
なのにわざわざケンカを誘発しそうな牛乳を出してる時点で悪意
141
がありすぎだ。
﹁えっと、それはぁ∼その∼ねぇ?﹂
へへへぇ∼と笑って誤魔化していが、おばさんは困った子だよと
いう風に見ていた。
そしてため息を一つしてからこっちに顔を向けて頭を下げた。
﹁すまないね兄さん。実はこれはギルドの試験みたいなものなんだ
よ﹂
・・・なんですと!?
驚いた俺だったがひとまず黙って話を促す。
﹁ここいらへんの宿屋に新しくギルドに入りたい奴が来た場合はケ
ンカがあっても余程のことが無い限り手助けしないで様子を観察し
て知らせるようにってのがあるのさ。本当はそれだけなんだけど、
たまにこの子みたいにわざとケンカを煽る場合もあってね。ほんと
すまないね﹂
まじかよ・・・。そんな慣習があるなんて気が付かないって。
冒険者ギルドの街だからってそこまでやるとは思わなかった。
﹁それで、このおっさんはギルドに依頼された冒険者ってわけです
か?﹂
﹁さすがにそこまでしやしないよ。あくまで観察して報告するだけ
さ。ただしここいらの冒険者はこういうことが行われていることは
知ってるからね。あんたが部屋に行っている間にどのチームが試す
かってのは話しあってたんだよ﹂
142
・・・あそこにいた連中全員がグルだったのか。
﹁そうですか。でも俺がギルドに入っていないって良く分かりまし
たね?﹂
﹁あんた宿帳に書くときギルドカード出してなかったろ?組合に加
盟している宿屋にカードを出したら少しは安くなるって説明受ける
んだよ。忘れてても絡まれた時点で試されてるって思い出すはずさ
ね、それも無いんだから完全に素人ってことさ﹂
うう、まじかよ。そんなのあるなんて分かるわけないっつうの。
しかもこれだけ聞けばサラは最初から思わせぶりなこと言って俺
にケンカさせようと仕向けていたわけだ。チクショウめ。
﹁それで、俺はなんと報告されるわけです?﹂
﹁そうさな。周りに対する被害の配慮がみられ、感情より理性的で
あることから慎重な依頼に向くと思われるが、反面怒ると手の付け
られない可能性があり、特に騙されることに強い不快感を示す様子。
こんなところだね﹂
・・・微妙だな。
最後だけするどいけど周りに配慮したことじゃなくて面倒と揉め
事が嫌いなだけ。
感情より理性というが命の危険がなかったから感情を優先させる
必要がなかっただけだ。
﹁魔導師でどういった道具を使ったとか強さは報告しないんですね﹂
﹁あくまで私達がみるのは危機にどう対応するかという人間性だけ
さ。どういった方向の依頼を将来受けさせるかっていう指針になる
からね。強さなんかは二の次三の次、それで問題になるのはあんた
らが死ぬかどうかってだけさ。とは言ってもあんたはランクCの冒
143
険者をあの場にいた奴らに気づかれること無く倒せる腕があるって
ことは知れ渡っちまったがね﹂
正直ギルドに入るのを辞めようかと思うくらいに失敗の嵐だ。
静かに平穏に金を溜めて自堕落に生きようと思ったのに・・・。
はぁ。ため息しか出ないよまったく。
﹁わかってくれたらこいつを何とかしてやってくれ﹂
それを合図に土下座二人も再度頭を下げる。
﹁この人剣を抜いたでしょ、それってケンカじゃ当たり前なんです
か?﹂
俺はそれを無視して質問した。
これが一番気になる。刃を向けられた以上どうしても相応の対応
をしないといけなくなる。
﹁こいつは怒りやすいからね、あんたが煽ったせいもあるがケンカ
だったら抜かないのが決まりみたいなもんさ﹂
煽ったつもりは全然無いがそれを聞いて安心した。
とりあえずこの髭もじゃが馬鹿なだけだったらしい。
﹁煽ったつもりはありませんよ。俺は平和主義者なんです。だから
殴られるまでは無視しましたし、事実しか言ってません。勝手に怒
って剣を抜いたから自分を守るために殺すことにしただけです。そ
れよりお腹が空きました、朝ごはんを出してください﹂
俺はそう言ってカウンターに腰掛けた。
144
しかし俺の言葉に全員が呆然としている。
﹁ちょっと待って!?今殺すことにしたって・・・﹂
サラが青い顔で俺の言葉を繰り返した。
﹁ここでは剣を抜いては駄目、それなのにこの人は抜いた。つまり
そんな人に私が反撃した所で罪に取られることがない。だからもう
ぎっくり腰で動けなくなったとか嘘つく必要はないでしょ?周りの
人達のおかげで俺が何かしたって事は知れ渡ったのもあるし。ああ
疲れた﹂
ご飯∼ご飯∼っと軽く口ずさむ。
﹁そんな・・・。旦那待ってくださいよ!﹂
﹁お願いだぁ∼兄貴を助けてください!!﹂
﹁あんたらもさっきから旦那旦那って、俺はあんたらを嫁に貰った
つもりも無けりゃ、年もいってない。不愉快だから黙れっての﹂
仕事始めてから妙に年上に見られるからコンプレックスなんだ。
まったく。
さらに俺は未だに動けないでいる髭もじゃに顔を向けて話しかけ
た。
﹁新人いびりはとっても楽しかったでしょうね。それも今日で最後
です。余計なちょっかいと短慮じゃなけりゃ長生きできたでしょう
に残念でしたね。死んでしっかり後悔してください﹂
ニヤリと笑みも追加してあげた。
さっきからの会話で青くなっていた顔が白くなりさらに涙が流れ
145
ていく。
眼と口が必死に何かを訴えかけてくるがそれも無視。
あとは鼻歌交じりでご飯を要求。っと。
静まり返った食堂に俺の歌だけがしばらく流れたがそれは笑い声
によって止められた。
﹁はっはっは。若いのに人が悪いな。ほら飯だ。これ食ったら意趣
返しもそれくらいにしてやってくれ﹂
出てきたのは店のマスター。
年齢は50代くらい。少し肥えているが元がいい男だとわかる中
々の顔をしている。
天辺の黒い髪が減っているのが少し残念だが。
﹁ばれましたか?﹂
遊ぶのもいいがお腹も減ってるし疲れたのであっさりとばらす。
だまされるのは大嫌いだがだますのは大好きだ。
﹁ワシも長年宿屋をやっているから人を見る目があるつもりだ。あ
んたは騙されるのが嫌いで、許せないから仕返しをした。そうだろ
?さっきこの部屋に入ったときそいつが動けないでいるのを見て驚
いていたからな﹂
よく見てらっしゃる。
マスターがいるのに気が付かなかったから表情は隠して無かった
よ。
﹁その通りです。こっちが騙されるだけってのは楽しくないですか
ら。少しくらい楽しんでも罰は当たらないでしょう?﹂
146
﹁その通りだ。ワシは新人を試すやり方が嫌いでね。普段口は出さ
んことにしてたがすっとしたぞ﹂
﹁そいつはどうも。私も同感ですよ﹂
二人で笑いあう。これは愛想笑いじゃない。
他の五人はあっけに取られたり力が抜けてへたりこむなりしてい
る。
騙される気持ちが分かったかっての。バーカ。
﹁とりあえず腹ごしらえしたら解除します。一応言いますけど二回
目は問答無用で殺すから覚えておいてください﹂
目の前の料理に眼を奪われながら言葉だけを投げる。
A・Bともにへへーとひれ伏す声が聞こえ﹁やっぱり魔導師だ・・
・﹂とサラの嫌な呟きが聞こえたが続いて頭を叩く音がした。
まったくここの料理は美味しいね。
朝ごはんはスクランブルエッグにソーセージ、サラダとパンはデ
フォルト。
飲み物は牛乳ではなく果実飲料。中身は不明だけど黄色で甘くて
美味しい。
シンプルだけど何かコツがあるのか素材がいいのか旨かった。
ふぅ。わざとゆっくり食べ終えて立ち上がる。
A・Bは土下座のままだった。別にいいのに。気分はいいけど。
﹁さてと、それじゃ解除しますかね﹂
俺の言葉に二人が泣き笑いで顔を上げた。汚い顔だ。
147
そして再度へへーとひれ伏す。
椅子に座っていたおばさんもサラも待ってましたと立ち上がった。
おじさんは厨房にいて出てこない。
﹁一言だけ。ここであったことは誰にも言わない。約束できますか
?﹂
全員頷く。
しかし、みんな真面目な顔をしているのにサラだけは興味深々と
顔に書いてあって微妙に心配になる。
うーん、でも、まあいいや。
髭もじゃにも顔を向ける。
﹁おじさんもです。もし解除した後に切りかかってきたり、誰かに
話したりしたら殺して・・・いや、苛めてあげますからそのつもり
で。分かったのなら目を下に。理解できないなら横にやってくださ
い﹂
じっと目を見つめると、髭もじゃの目は確かに下に動いた。
﹁あと、ちゃんと体洗ってください。臭いです。そっちの二人も﹂
また眼が動く。二人も頷く。
さてと。俺はしゃがんで刺さっていたナイフをひょいと引き抜く。
すると魔術が切れたのかあっさりと髭もじゃは床に崩れ落ちた。
A・Bは兄貴!と駆け寄って様子を伺っていく。かなり荒い息を
しているが生きているみたいだ。
よかった・・・え、いや、違う。
ちっ、そのまま死ねばよかったのに。
148
﹁たったそれだけなんだ。誰が触っても抜けなかったから怪しいと
は思ってたけど・・・﹂
サラが引き抜いたナイフをしげしげと眺める。
この子は分かってないのだろうか?俺はナイフを手渡して言って
おく。
﹁詮索は禁止。さっきのはそういう意味もありましたよ?﹂
ちょっと眼を細めてみる。
﹁う、うん。何も知らない聞かない分からない!!﹂
ぶんぶんと首を振る。うんうん、物分りの良い子だ。
好奇心は身を滅ぼすってね。
﹁それじゃ私は出かけます。部屋の掃除お願いしますね。あと魔道
具には触らないように﹂
﹁わかったけど持っていかないの?魔道具でしょ?﹂
﹁ギルドの登録にいって市民権を買うだけですから。っとお金持っ
ていかないと﹂
俺はいったん部屋に戻り鞄にお金と魔石をつめて必要な準備をす
る、ついでに野菜とかも持ってくる。
三人組は水を飲ませたり、タオルで汗をぬぐったりと何やら色々
とやっていた。
もう、特に用事が無いので無視して、サラに持ってきた野菜を渡
しておく。
149
﹁これ、旅で用意していた野菜とかですけど、しばらくここにいて
使わないので貰ってください。品質は大丈夫だと思います﹂
﹁ありがとう。うん、見たところ大丈夫みたいね。夕食にでも使わ
せてもらうわ﹂
サラは中身を少し覗いてみて言った。
﹁お願いします。・・・あとそこの三人組!﹂
ふと思いついたので三人組に声をかけた。
俺に声をかけられると思ってなかったのかビクッと驚いている。
何もそこまで警戒して驚かなくても・・・。
﹁冒険者ギルドに登録できる場所と市民権が買える場所、魔石を高
く買ってくれるところを教えてください﹂
一瞬顔を見合わせる三人組。
ほんのちょっとお見合いを続けたが青白い顔をしたままの髭もじ
ゃが口を開いた。
﹁ギルドは店を出て北側に大通りを進めばすぐだ。看板が出てるか
ら分かるはずだ。魔石は物によってはオークションに出すべきだが
市民登録してなきゃできない。今はそのままギルドに売るべきだ。
あと市民権もギルドで買える。代行手続き費用がかかるがな﹂
なるほど、しかし辛そうだったがこれだけ喋れるなら全然大丈夫
そうだな。
﹁そうですか。ありがとうございます﹂
150
一応礼を言ってから扉に手をかけた。
﹁・・・すまなかったな﹂
小さい呟きのような謝罪だったが背後から確かに聞こえた。
少し立ち止まって手だけで答えて俺は外に出た。
案外いいおっさんなのかもね。臭かったけど。
俺の顔に少しだけ笑みが浮かんだかもしれない。
外は沢山の人で賑わっていた。
太陽に明るく照らされたヨーロッパ風の町並みはすごく美しかっ
た。
歩いている人たちも元気一杯溢れてますといった感じだ。
人種の坩堝と化した大通りに思わず眩暈が起きそうになる。
夜見たのとは違う、朝の光景。
活気の溢れる世界に顔もほころび、背筋も自然と伸びる。
それでは行きますかね。
左は南。右は北と道をしっかりと確認してからと歩き出す。
宿屋と酒場だけかと思ったが商店も沢山並んでいた。
服や鎧を売る店。
剣や槍を売る店。
宝石店に雑多で意味不明な道具を売る店。
保存食や旅の道具を売る店。
どれもこれも興味を引かれる店ばかり。
こうなると帰りはウィンドウショッピングを楽しむのもいいかも
しれない。
あっちこっちと頭を左右に振りながら歩いているとすぐに冒険者
151
ギルドに到着した。
剣、槍、弓、杖、筆。
それらが五角形に配置された大きな看板が掲げらた白い建物。
辺りの建物より二階分でかい。庭があったらどこのお屋敷だとい
わんばかりに豪華で綺麗な建物。
周りも綺麗でゴミも落ちていない。
ギルドの前は多くの冒険者がたむろしていて邪魔ではあるが荒れ
ている雰囲気は一切無い。
本当にここは冒険者ギルドか?
看板的にここだと思うが疑問に思ってしまうほど綺麗なところだ。
かなり悩んだがとりあえず中に入ってみる。
中は大きなホールになっていてダンスでも出来そうだ。
天井には綺麗な絵とシャンデリアがあって、どこのお城だよ!と
脳内で突っ込んでしまった。
しかしまぁなんというかイメージと全然違う。
冒険者ギルドって荒くれ者の冒険者達が値踏みの視線を送りまく
ってケンカが耐えない場末の酒場といった汚らしい混沌としたとこ
ろだと思っていた。
もしかして間違った?
そんな言葉が頭を過ぎるが、とりあえず正面の受付に近づいてみ
る。
﹁冒険者ギルドにようこそ!どのようなご用件でしょうか?﹂
清潔感のある女性用のスーツといった感じの衣装を身に着けた女
性が大企業の受付なみにすばらしい笑顔を向けてきた。
しかも清楚系美人とか。
ギルドで間違ってなかったけどかなり面食らう。
俺が戸惑っていると先んじてくれた。
152
﹁初めての方ですね。ご登録でしたらこちら。右手の方向、階段を
上がって二階の左手二番目の扉の中にある手続きカウンターになり
ます。依頼の発注と受注でしたら左手のご依頼カウンターでお申し
付けください﹂
手を向けて綺麗に案内してくれる。
完璧すぎる。なにこれ。
﹁え、ええとギルド登録と市民権を買いに。あと魔石を売りに・・・
﹂
駄目だ。半引籠りだった俺にはこれは強敵すぎる。
仕事でそういうところにも行ったことあるし誤魔化せてたけどイ
メージとのギャップが酷すぎて旨くつくろえない。
完全にあがってしまっている俺に受付嬢は笑顔を崩さない。
﹁魔石でしたら右手方向、階段を横を通りました一番奥にあります
依頼終了窓口で、その他の素材や薬草類と一緒に買取を行っていま
すのでそちらに提出してください。市民権はギルド登録と一緒に手
続きカウンターで行えますのでそちらにお越しください﹂
ぐはぁっ。血を吐きそうになるほどの完璧な対応。
舐めてたぜ冒険者ギルド。
俺を騙したとは思えない美しい先制攻撃。
き、気を引き締めねば。
内心で息をすって活をいれる。
﹁完璧な対応ですね。びっくりしました﹂
﹁ありがとうございます﹂
153
俺の賛辞にしっかりと頭を下げる。
﹁冒険者ギルドってもっと荒れているところかと思ってました﹂
思ったことそのままに聞いてみる。
﹁地方の小さな街や村でしたら酒場や宿屋に委託しているところも
あってあまり対応の良くない場合もございますが、ここは王都。こ
の国のギルド本部があるところです。それ相応の対応をさせていた
だいております﹂
受付嬢は胸をはって答える。
なるほど。確かにそうだわな。どんな会社でも地方の支店と本店
じゃ差があって当然だわ。
﹁失礼、そうですよね。案内ありがとうございます。とりあえず魔
石を売って登録しに行ってきます﹂
﹁はい、お気をつけて﹂
お辞儀でのお見送り。
俺は緊張しながらも気分良く向かった。
中は本当に綺麗で所々に坪や絵などの美術品が置かれている。
日本のおしゃれな美術館と言われても全然違和感が無いくらいだ。
窓も大きく取られていて明るく綺麗で暗い雰囲気がまったく無い。
剣や槍を持った大きな男やローブ姿の魔導師が闊歩しているのに
荒れもしないとは・・・。
154
辺りを観察しながら大きな廊下を抜けると広い部屋に出た。
体育館、バスケットコート四面は入りそうな部屋で天井も高い。
少し騒がしいく人も多い。
あと臭いも雑多でちょっとクラっとした。
壁の周り一面を残してコ型のカウンターになっており、そこで手
続きが行えるようだ。
一面開いた先は大きな扉が開けっ放しになって外へと繋がってい
る。
外はかなり広い庭になっていて馬車ごと運び込まれた荷物が清算
されているようだ。
そして雑多な臭いの原因は持ち込まれた荷物ようだ。
ざっと見ただけで馬鹿でかいトカゲの生首とか、人の体した木と
か、何かの目玉とか、たとえようの無い緑の塊とか、正直グロ耐性
が無ければどうにかなってしまいそうなものばかり。
ここは黒魔術用アイテム市場ですと言われても即座に納得できて
しまうような場所だ。
そして一番驚きなのが受付やってる三分の二が女性。
さっきの受付嬢と同じ衣装を着て笑顔で魔物の腕とか鱗とかを扱
っている。
なんという仕事に対する熱意というか職業意識というか。
さすが冒険者ギルド。
とりあえず開いているカウンターに向かってみる。
そこに座っていたのはお下げ髪のギルド嬢で何か書類に書き込ん
でいたがすぐに気が付いて笑顔で挨拶してきた。
﹁魔導師様、お疲れ様です。ギルドカードと依頼主からの証明証。
なにか換金アイテムがあればお出しください﹂
﹁えっと。初めてここに着たんです。登録はまだしてなくて、魔石
の売りたいのですが﹂
﹁そうですか、失礼しました。それでは身分証明証と魔石をお願い
155
します﹂
俺は頷いて持ってきた身分証明証と魔石を全部出す。
ギルド嬢は魔石を見て軽く眼を見開く。
﹁これは綺麗な魔石ですね。しかもかなり大きい、二等級はありそ
うですね。失礼ですがこれをどちらで?﹂
﹁師匠が旅の旅費にとくれたんです。こんな魔石が取れるくらいの
ランクまで早くなりたいものですよ﹂
やっぱり気になるらしい。無駄な詮索を避けるためにいつも通り
の嘘を言っておく。
受付嬢も納得という感じで頷いた。
﹁そうですか、鑑定しますのでしばらくお待ちください﹂
そう言って色々と調べていく。
メジャーのようなもので大きさを測ったり、形を眺めたり。
俺にはどんな意味があるのか分からない道具で調べたり。
本を取り出して見比べたりしている。
﹁私も二年くらいここで仕事していますが二等級でこれだけ綺麗な
ものは始めてみました。少し前なら安く買い取れたのですが、今は
色々と需要がありまして高騰しているんです。魔導師の方々は少し
苦労しているようですが﹂
﹁貴族の娘さんにですか?﹂
すぐにオレリイさんが言っていたことを思い出したので聞いてみ
た。
156
﹁知っていましたか、ですがそれ以外にも色々と物騒な話もあるん
ですよ。北の王国と戦争になるからとか、魔導師ギルドが怪しい実
験のために買い集めているとか。大小はありますがいつでもあるよ
うな噂と言ってしまえばそうなんですけどね﹂
話をしながらも調べる手を休めない。
全部調べるのに5分ほどかかったけど見ていて感心するほど手際
のいいものだった。
﹁それにしてもここはすごいですね﹂
﹁やはり驚かれますか?地方から出てきた冒険者さんはそうみたい
ですね。私は残念ながらここしか知りませんが﹂
﹁女性が多いのも驚きです。魔物の腕とかそんなのを扱っているの
で男性ばかりかと思っていました﹂
俺の質問にギルド嬢はクスクスと笑った。
﹁ここは確かにきつい職場ですが、町の女性にとってはいい所なん
ですよ?将来有望な男性が見つかるかも知れませんから﹂
頭に疑問符が浮く。
首をかしげている俺を見てギルド嬢は笑って話してくれた。
﹁結婚すると男性の市民権が女性の市民権になるんです。ここだと
有望な冒険者は一足飛びで3等市民になりますから。今のうちによ
いお相手と出会っておいてあわよくばと考える人が多いんですよ。
だからギルド職員には女性が多いんです。純粋にお給金が良いとい
うのもありますが﹂
なんという肉食系女子達。恐ろしや恐ろしや。
157
そうだ、少し意地悪な質問をしてみようかな。
﹁あなたはどうなんですか?﹂
﹁私も良い人がいればと思いますが他の子達ほど積極的にはなれま
せんね。荒くれ者も多いですし上の街に行っても苦労しそうですか
ら﹂
市民権が高くなれば富裕街に、そして富裕街には富裕街での付き
合いがあるんだろう。
そんなところにぽっと入れば確かに苦労しそうだ。
でも、俺には関係ないね。デカイ家と美しい奴隷に囲まれさえす
れば、村八分でも気にしない。
﹁・・・そうでしょうね。でもそんな話してもいいんですか?﹂
﹁ここだとみんな知ってますよ。﹃男がいい女と結婚したければギ
ルドに行け、ただし尻にしかれないように注意しろ。彼女達は爪を
隠したドラゴンだ。Aランクでも敵わない﹄ってね﹂
それだけ言われるなんて・・・、かなり体験談が入ってないか?
残念ながら俺は結婚するつもりがなく奴隷買ってウハウハするつ
もりだから関係ないけど。
﹁さて、出ました﹂
綺麗に魔石が並べられて説明される。
﹁二等級の茶魔石は白金貨2枚と金貨25枚。こちらの三等級の魔
石12個は一つ金貨22枚合計で金貨264枚になりますがよろし
いでしょうか?﹂
158
ユエちゃんやオレリイさんが言っていたより多分高くなった。
うろ覚えではっきりしないけど。
﹁それでいいです﹂
﹁はい。お支払いは白金貨でよろしいですか?﹂
﹁はい、どうせ市民権を買うのに使いますから﹂
﹁分かりました。白金貨4枚と半枚。金貨39枚になります。しば
らくお待ちください﹂
そうして一回席を離れてすぐに小さな袋を持って帰ってきた。
﹁こちらになります。お確かめください﹂
さっと袋をあけて数える。うん、問題なし。ちゃんと入っている。
礼を言ってから立ち去ろうとすると。﹁待ってください﹂と引き
止められた。
﹁なにか忘れてましたか?﹂
ちょっと不安になった。手続きミスでもあったか?
﹁はい、私の名前はノルト=キイノです。縁があればまたお願いし
ます。紳士な魔導師様﹂
立ち上がってお辞儀。
・・・そういうことか、本当に油断ならんね、狙わないと言って
おきながら・・・。
俺も軽く頭を下げて返礼してから部屋を出て行った。
次の目的地は二階の手続きカウンターだ。
幅の広い階段を上がり左側の二番目の扉。
159
幸いにも扉は開いていてから部屋に入るのに無駄に緊張する必要
は無かった。
﹁ようこそ。各種手続きはこちらで行っています﹂
妙齢のギルド嬢がにこやかに挨拶してきた。
部屋は学校の教室くらいで、下の喧騒が聞こえない。
椅子も幾つか置いてあって銀行の窓口といった感じだ。
中は職員だけで他に手続きをしている人はいなかった。
﹁ギルド登録と市民権を買いたいんですが﹂
﹁はい、こちらへどうぞ﹂
招かれたカウンターの椅子に腰掛ける。
﹁はじめまして。今回担当させていただきますノイン=フィテスと
います。よろしくお願いします﹂
やっぱり丁寧だ。
しかもロングの黒髪の和風美人。絵になるなぁ。
﹁まずはギルド登録からさせていただきます。身分保障証をお願い
します﹂
はい、と返事をしながらポケットからプレートを取り出して渡し
た。
﹁お名前はリョウ=ノウマル様で間違いないですね﹂
﹁はい﹂
﹁登録の前にご説明させていただきます﹂
160
話は長かったので大まかに割愛。
言われたことはグエンさんから聞いたランクについてや依頼につ
いて。
ランクが上がれば富裕街のギルドへ行ける事や、ギルドからの指
名依頼が入ることもあるとか、ランクがあがれば市民としての等級
もあがるとか、依頼料の10パーセントはあらかじめギルドに入る
とか、その分で事前に仕事内容を調べたりもしてくれるみたい。
他はギルドに規約があってそれを破ると罰則もある。例えば街の
人に意味も無く怪我を負わしては駄目とかね。
正直多すぎてやばい。
覚えきれるか!説明だけで30分は聞かされたよ。
そして驚いたのは職員さんが全部何かを見ること無く説明しやが
ったことだよ。
よく覚えてるな職員さんは。
﹁以上になります。理解できましたでしょうか?﹂
﹁うう、正直いっぱいっぱいです・・・﹂
唸ってる俺の様子がかなり可笑しかったのか上品に微笑んでから
職員さんは続けた。
﹁ふふふ。全て覚える必要はありません。ほとんどが普段ならどう
でもいいことですし分からないことがあればその時聞いていただけ
たらお答えしますよ﹂
本当に優しくて丁寧だ。
もしかしたら日本の役所より丁寧じゃね?
ファンタジーな中世的世界だから日本と比べて見下してたけど見
直さないけないかもしれない。
161
﹁それでは登録料は半銀貨かギルドからの依頼になりますがどちら
にしますか?﹂
﹁半銀貨でお願いします﹂
カウンターに一枚置く。
ノイン嬢が色々紙に書かいて最後にこちらに向けてくる。
﹁それではこちらにサインをお願いします﹂
﹁すいません字がかけないんです﹂
﹁それは困りました。これだけは直筆じゃないといけないので・・・
そうですね。こちらに私が字を書きますからまねをして書いてもら
えませんか?﹂
﹁分かりました。助かります﹂
ノイン嬢が別の紙に文字を書く。
さっきまでの文字と違い微妙に硬い。
どうやらさきほどまで英語の筆記体のようなもので書いていたら
しい。
﹁こちらがリョウ。これがノウマルになります﹂
次数は三文字と四文字。
日本語と同じで読みと字数は一緒っと、文字自体も難しくは無い
な。
それをまねて何とか署名をする。
﹁こちらはお持ち帰りください。署名は度々必要になることがある
と思いますので﹂
162
ノイン嬢が書いた紙を貰う。これはかなり助かる。
﹁ギルドカードの発行は明日の昼までかかりますので又後日いらし
てください。続いて市民権の販売ですが、代行手続料に金貨一枚か
かりますがよろしいですか?﹂
これも聞いてたから頷いて了承。
﹁それではどの等級をお求めですか?﹂
今俺が持っているお金は白金貨5枚と半枚、金貨が50枚と半金
貨が12枚、銀貨が200枚ほど。
残りは銅貨が大量。
ご飯は朝夕と二ヶ月は気にしないでいいけど、色々入用になった
ら困るから使えるのは白金貨5枚までかな。
﹁白金貨5枚で買えるのってどの等級ですか?﹂
﹁それですと三等級で白金貨1枚となります。次の二等級は白金貨
10枚になりますから﹂
﹁ちなみに一等級は?﹂
﹁白金貨100枚です﹂
なんとまぁ先はかなり遠い・・・。
二級の魔石で約50個。依頼を受けずに倒しまくるにしてもかな
り苦労しそうだ。
上の街。富裕街で生活したいから二等級でもいいけど、できれば
一番上がいい。
﹁それ以上は無いんだ?﹂
﹁特一級がありますがこれは何か多大な功績を残した場合にのみ与
163
えられます。冒険者ギルドだとSランクになるとかですね。それ以
上は貴族階級に入るしかないです。例えば婿入りするとかですね。
でも、身分的には貴族のほうが上ですが、内外的に一級でも名ばか
りの騎士爵や男爵よりは上に見られますし、特1級になれば候爵よ
り上で公爵とも対等に話せますよ。小国程度ならSランク冒険者一
人でその国の騎士団と渡り合えるといいますからある意味当然かも
しれませんが﹂
Sランク恐るべし・・・。
中二病ネームは伊達じゃないということか。
でも、そっか、そうなるとランクを上げるのも考え物だな。
ギルドからの指名依頼とかもあって面倒みたいだし。
そこらへんはうまく避けていかないと。
﹁聞くことは失礼にあたるかもしれないので答えられなければそれ
でいいのですが、ここの職員の方々はランクとか等級はいくつなん
ですか?﹂
﹁ここにいるのは三等以下ですよ。それ以上は上に住んでいますか
ら。ここのギルド長だけは特1等を持っています。クラスについて
はギルドから特別Cクラスを貰っています。依頼を受けれない名誉
クラスです。男性の職員の中には元冒険者もいらっしゃるのでそれ
より上のランクという場合もありますが﹂
﹁そうですか、教えていただいてありがとうございます。お金も足
りないので三等級でお願いします﹂﹁はい、わかりました﹂
もう一度署名してお金を払ってまた説明を受けた。
今度は一時間近くかかった。またしても何も見ないで説明する職
員さん。
二回目になるが良く覚えているよ、ほんと。
これらも聞いていたことと知らないことが色々、家を買うには市
164
民権が必要とか奴隷を買うにはうんぬんかんぬん。
あとは一般的なことがほとんど。結婚したらの話もあった。
ちょっと驚いたのが税金は支払いに行かないといけないが、ギル
ドに登録していると依頼料から引いてくれたりもするって。便利だ
ね。
﹁お疲れ様でした。こちらの市民証も明日にはできていますので後
日取りに来て下さい﹂
﹁わかりました。ありがとうございます﹂
俺がそういうとその場にいた職員が全員たち上がって俺の方を向
いた。
﹁私達﹃冒険者ギルド﹄は新しい仲間を歓迎し、これからの活躍に
期待します﹂
そして一斉に礼。
いきなりのことだったから無茶苦茶びっくりした。
向こうでもこういうのは初めてで心底びっくりした。
フリーズしそうになる頭をなんとか動かして考える。
えーっとこういう場合は。
俺も立ち上がって礼
﹁今だ何も成してはいない若輩者ではありますが、これから皆様の
期待に答えられるようがんばっていきたいので、ご指導ご鞭撻の程
よろしくお願いします﹂
猫かぶり猫かぶり。なんとか噛まずに言えた。
アニメや小説も見ておくべきだね。とっさのことだけどこういう
165
場面の言葉が結構あるからとっさに引っ張り出せたよ。。
しかし頭を上げるとみんなさんびっくりしている。ありゃ失敗し
た?
﹁えっと間違いました?﹂
俺の質問にノイン嬢は驚いていた顔を笑顔に戻して答えてくれた。
﹁いいえ、そういった返答をされた方は初めてで驚いてしまって。
特に魔導師の方は気位が高いですから。でも嬉しいですよ。そう言
ってもらえて﹂
好感触でよかった。
でもやっぱり魔導師か・・・そうだ!区切りがいいからここから
訂正していこう。
﹁俺のことは出来れば﹃魔術師﹄と言ってもらえませんか?﹂
﹁﹃魔術師﹄ですか?魔道師とどう違うものなんでしょうか?﹂
﹁ただの言葉遊びみたいなものです。俺がそう呼んでもらいたいっ
ていうね﹂
日本だと厳密には違うものであるとされるが、ここでは﹃魔術師﹄
という言葉は一般的では無いらしい。
名乗ったところで問題は無さそうだ。
﹁わかりました。それでは﹃魔術師リョウ=ノウマル﹄様これから
よろしくお願いします﹂
﹁こちらこそ﹂
再度互いに頭を下げる。
166
周りから拍手が起こった。
このときはとても気分がよかったが・・・
まさかこれが後々語られることになる俺の中二病ネーム﹃灰色の
魔術師﹄や﹃氷結の魔術師﹄の原形となるとはそのときは考えもし
なかった・・・。
とかナレーションが流れるんだろうか?
167
原付﹁へ、変態だーーーー!!!﹂
ギルドの中をうろうろ見て周ろうかと思ったがすでに昼を過ぎて
いてお腹が空いたので街に出てみることにした。
北に行けば商人ギルド街。
道を戻って南東に行けば商店と宿屋街。
どうせ戻ってくることになるのだから北へ行ってみる。
歩きで三十分ほどは変わらず冒険者ギルドの町。
宿、酒、武器、防具、道具屋ばかりだった。
しかし、それより先は徐々にその姿を変えていった。
道からは冒険者の姿が少なくなり町人が多くなってきた、さらに
大きな荷物を背負った旅人、さらにさらに小奇麗な格好で少し肥え
た﹃商人﹄が増えだした。
道の両側には露天が並び始め、道を進むごとにその密度と熱気が
上昇していき、いたるところで呼び込みの声と値切り交渉の怒声が
響く。
なんというか、さっきまでの冒険者達がおとなしく見えるレベル
だ。
夜の酒場でもこの喧騒には負けるかもしれない。
子供の頃、社会科見学で見た魚市のほうがまだ穏やかだったよ。
しかし恐ろしいのは興味本位で商人同士の会話に聞き耳を立てる
と笑顔で談笑してるように見えて、実は商談を行っていること。
そして内容を聞けば震え上がりそうなエグイ会話が当たり前に行
われていることだ・・・聞かなかったことにしよう。
早速記憶から削除して道を進む。
そろそろお腹の減りがレッドラインを超えそうになってきたので
一先ず目に付いた屋台に入ってみる。
168
﹁らっしゃい!!おおぉ!?魔導師がこんなところにくるなんて
珍しいじゃねぇか!!﹂
声がでかいっての!店主のいきなりの挨拶に思わず耳を塞ぐ。
店の外観は完璧にラーメンの屋台だ。
中ではグツグツと煮えている鍋に模様こそ無いがラーメン丼が積
まれている。
違いがあるとすれば暖簾が掛かってないというだけ。
店主のおやじも鉢巻を巻いていて白い服で・・・何故にコックさ
んスタイル?
いや、完璧なラーメン屋の衣装ならさらに驚くけど・・・。
でもそれなら帽子もかぶって欲しかった。
違和感が酷いんだもん。
とりあえず誤魔化すために適当なことを言っておく。
﹁えっと。初めて王都に来たからちょっと観光しようと思ってね。
それにしてもこんなに活気があるなんて驚きだよ﹂
﹁あったぼうよ!!ここいらで弱気になったら一発で丸裸の一文無
しのスカンピンさ!!それで飯食いに来たんだろ?なんにするんだ
い!!﹂
キーンと耳が痛い。
店選び失敗したかも。
﹁えっと、目に付いたから入っただけで、ここは何のみせですか?﹂
﹁かぁ∼∼∼こいつは!!ここいらで一番有名な俺様の店を知らな
いっての不届き千番!!﹂
馬鹿でかい声と一緒に腕まくりして迫ってくる。うう怖い。
ビクビクと怯えながらなんとか口を開く。
169
﹁す、すいません。さっきも言いましたが初めてきたので・・・﹂
﹁おっとそりゃすまねぇ、忘れてたぜ!!こちとらここで肉麺一筋
で売ってんだ!!そういわけで肉麺一丁!!﹂
・・・なら聞くな!!しかも出来てるし!!
ドン!と目の前に丼が置かれた。
中身はスパゲティっぽい麺とそれがギリギリつかる透明のスープ。
そして﹁オラァ!!﹂っとおっちゃんの一撃、細切れの肉が乗せ
られた。
肉は生ベーコンを細切れにしたっぽいものだ。だけど・・・
﹁・・・乗せすぎじゃありませんか?﹂
麺が見えなくなったし。
丼からも幾つか落ちたし。
テーブルの上にも飛び散ってるし。
﹁へへ!初めての客にはサービスするのさ!!くいねぇくいねぇ!
!﹂
こんなので採算が取れるのか?
と、微妙に不安になったがとりあえずフォークを貰って食べてみ
る。
・・・・・・うっうっう、うまい、だ、と!?
﹁・・・おいしい。まだ肉しか食べてないけどおいしい。なんで?
見た目同じ肉なのに味が違うし・・・﹂
﹁お、気がついたな!!それが秘伝の肉さ!!もちろん調理法は秘
170
密だぜ!!﹂
そりゃそうか。しかし秘伝の肉。さすが秘伝の肉。むちゃくちゃ
旨い。
肉を零れ落ちない程度まで減らしてスープを啜るが、こちらもあ
っさりしていて旨い。肉が辛いのもあるからマッチしてるし、麺も
こしがあって湯で具合がばっちり、これは当りかも。
ここのマナーが分からんからずるずると啜らないように注意しつ
つ食べる。
肉が多くて食べきれないかと思ったがあっさりと食いきれた。
なんとなくこっちに着てから食欲が増した気がする。
﹁いい食いっぷりだ!!いいねぇ!!いいねぇ!!これこそ料理屋
冥利に尽きるってもんよ!!﹂
うんうんとお玉片手におっさんが感動している。そういってもら
えたらこっちも気持ちよく金を払えるね。
﹁どうも、幾らですか?﹂
﹁金貨二十枚﹂
結構高いな。
ポケットから探り出してテーブルにじゃらじゃらと重ねる。
さて腹も膨れたし行きますかな。
椅子から立ち上がってわざとらしくお尻の埃を叩く。
﹁ちょちょっとまて!!冗談だ!!嘘だ!!兄ちゃん!!銅貨二十
枚だ!!銅貨!!こんなにもらえるか!!﹂
重ねられた金貨を見つめて停止していたおっさんが再起動。慌て
171
て歩き始めた俺を止めにきた。
﹁わかってましたよ。宿屋が銀貨1枚もしないのに麺一杯が金貨二
十枚だったら驚きです﹂
金貨を返してもらい銅貨を渡す。
おっさんが冗談をかましてきたのが分かったからちょっと悪乗り
してやった。
一度やってみたかったんだよ。駄菓子屋でハイ、百万円!って言
われてマジに出すの。
しかしここまで面白い反応が帰ってくるとはね。 ﹁はっはっは!!なるほど、さすが魔導師だ!!人が悪いぜ!!﹂
﹁それはどうも。でも私は魔術師です﹂
これからは訂正する。
﹁どう違うのか分からんがまあいい!!﹂
あまりこだわらない人なのかな?
ま、こんなのでも役に立つだろ。
俺は座りなおして半銀貨を置いた。
﹁なんでぇ!もう一杯か!?﹂
﹁いえ、知りたいことがあるだけです﹂
﹁・・・・・・・何が知りたい?﹂
さっきまでうるさかったおっさんが急に静かになった。ありゃ?
まるで人が変わったかのような態度にちょっと驚いたがとりあえ
ず聞いてみる。
172
﹁一つ目、何か噂はありませんか﹂
おっさんは仕込みのようなことをしながら小さく答えた。
﹁これは確定情報だ、王都近くのトト村が襲われた。生き残りはな
し。近頃魔物の動きが活発になっている。今まで近辺でみなかった
Cランク以上の凶悪な魔物があちこちで確認された﹂
おっとここでトトの名前を聞くなんて思わなかった。
来る途中でも魔物に襲われたけど異常なことみたいだな。
﹁原因は?﹂
﹁不明﹂
さっきまでが嘘みたいに淡々と静かに話す。
うーん、次の質問は。
﹁二つ目、おっさん何者?﹂
俺の質問におっさんがびっくり。
﹁知っていたんじゃないのか?﹂
何がさ?こっちはあまりの変わりように驚いてるんだけど。
﹁さっき言いました。初めて来たって﹂
おっさんはそれを聞いてしゃがみこんでしまった。
屋台のカウンターで見えないけど・・・どうやら笑っているらし
173
い。
しばらくして立ち上がったおっさんの目と顔が少し赤い。
﹁くっくっく。すまない。いや、すまない。こっちの勘違いか。
普通の魔導師に見えなかったからてっきりな﹂
てっきりなんだというのだろうか?
おっさんは何も言わずこつこつと金貨を出してテーブルを叩いた。
おっと追加料金が必要らしい。
俺は金貨二枚を出した。
﹁俺は情報屋ギルドのディスだ。ここで情報収集と仲間の繋ぎをや
ってる。小さいのは販売もやってるがな﹂
うわ、そうだったのか。
てか情報屋ギルドなんかあるのか。
﹁情報屋?﹂
﹁一人じゃ調べるのに限度がある。それで繋がりをもったのがこの
ギルドだ﹂
﹁なるほどね。でもあっさりばらしていいの?﹂
﹁俺のミスもあったが金は貰った。それなら俺達のことだって情報
として売る。それが情報屋ギルドだ。あとはあんたが黙っていてく
れれが問題ない﹂
ふーん。でもさこういう場合。
﹁もし俺がどっかでディスさんのことしゃべったら俺のよからぬ噂
がながれるんでしょ?﹂
174
ディスさんはしっかりと頷きやがった。
へたすると社会的に抹殺されるらしい。
こういうのに出会えたのは好運だけどなんかなぁ。
﹁そっか。わかった言わないよ。でもあんたらのことって公然の秘
密ってやつでしょ?﹂
﹁いや、少なくても金貨を躊躇い無く払える人間程度には限られて
いる﹂
それでも条件が多そうだけどあまり気にしないでおこう。
﹁こっちからも聞かせてくれ。﹃魔術師﹄あんたの名前は?﹂
当然知りたいよね。
﹁リョウ=ノウマル﹂
﹁ほう、あんたがそうなのか!﹂
ディスさんの淡々としていた声が跳ね上がる。
どうやら知られてるみたいだ。
まだ何もしてないのに・・・。
﹁その反応を見るに俺のこと知ってるの?﹂
﹁昨日﹃疾風の槍﹄と共に王都に来た魔導師。﹃ブラック・ドッグ﹄
に怯えていたがCランクの冒険者を見たことの無い技であっさり倒
す程度の実力者。特徴として二輪で変な形の大きな魔道具を持って
いる。魔道具を持ってなかったからわからなかったぜ﹂
まじかよ・・・。
静かに成金生活する夢が崩壊しそうだ・・・。
175
いや、ギルドの試験があったからどうにもならんかったんだけど。
﹁その情報、どこまで知れ渡ってる?﹂
﹁少し耳がよければ﹂
だよね∼。パタリとカウンターに突っ伏す。
﹁その様子だと知られたくなかったようだな?﹂
﹁静かに金溜めて美人の奴隷買ってウハウハな生活を送りたかった
だけ。目立って余計なしがらみ抱え込みたくなかったんだよ﹂
﹁ほう∼なかなかいい夢だが残念だったな。気晴らしに酒でも飲む
か?﹂
﹁自白剤入り?﹂
冗談で言ってみた。
おっさんは酒を用意しながら笑った言った。
﹁そんなことはせんよ。これはサービスだ﹂
はぁ∼。こういうときは飲まずにはいられない。
ジョッキに入ったビールをちびちびと飲みだす。
﹁酒も飲めるんだな﹂
ディスさんの声が普通程度になった。
最初の馬鹿でかい声もわざだったようだ。
﹁味覚が子供で酒が美味しいと思えないだよ。たまに飲みたくなる
けどね・・・。ディスさんはいつもここにいるわけ?それと他の情
報屋はどこにいるの?﹂
176
丁度いいから聞けることは聞いておこう。
情報は大事だ。
﹁俺はだいたいここいら当りで店を出しているぜ。他の奴について
は・・・﹂
追加料金ね。別に今は知りたくないからパス。
﹁図書館ってある?﹂
﹁冒険者ギルド内にあるぜ。あとは南に一つ。他にもあるが一般人
は入れない﹂
そーなのかー。
﹁美人の奴隷はどこで買える?値段は?﹂
﹁急に饒舌になったな酔ったか?﹂
どんなに飲んでも今まで正体を失うほど酔ったことがないっての
か自慢。
ただ酒を飲むと頭がクリアになるんだけどね。
空回り気味に。
﹁酔ってないよ。開き直っただけ﹂
﹁そうか、どう違うのか聞かないでいてやる。商人ギルドで奴隷商
人を紹介してもらえば買える。良し悪しはあるがそこらへんは、な
?値段はピンキリだが美人となると最低白金貨10枚必要だ﹂
最低でも十枚はするのか・・・。
こちらも先は長い。
177
﹁富裕街で家を買うには幾らくらい?﹂
﹁夢のためか、同じく商人ギルドで言えばいい。富裕街なら小さい
家でも白金貨20枚はするな﹂
うううう。高い。
俺に自由はないのか・・・。
なんかくじけそうだ。
﹁さっきからお客が来ないけどそれもなんかしてるわけ?﹂
そうなのだ、俺が来る前から誰もいないし今も来ない。
情報屋っていうから何かしているはずだ。
しかしおっさんは呆れて言いやがった。
﹁単純に店が閉まってるだけだよ﹂
なんですと!驚いて顔を上げる。
おっとジョッキを倒すところだった。
危ない危ない。
﹁あんたが来たのは昼の掻き込み時期を過ぎた後、夕方の仕込みの
時間だぜ?魔導師、じゃなかった、魔術師が来るなんて珍しいから
相手しただけだよ。旗立ってないだろ?﹂
ぐはぁ∼。またバッタリ倒れる。
お酒はちゃんと押さえていますよ。
なるほど、そりゃそうだよね。
二十四時間のファミレスじゃないんだ、仕込みの時間があって当
然。
178
日本のように暖簾じゃなくて旗で営業中かどうかを見分けるわけ
だ。
こんなところで文化の違いを知ることになるなんて・・・。
﹁仕込みを邪魔して悪かったけど人が悪い!﹂
恨み言を呟いたっていいじゃないか。
いいよね?
﹁あんただって金貨そのまま出しただろ?﹂
おっと。それもそうだった。
騙し騙され世は情け、なんとか無常の響きアリ。なんだろうねぇ
ほんと。
﹁世間知らずってのは本当なわけだ。で、どこの出身なんだ?﹂
﹁そこら辺の情報は白金貨1万枚。俺の魔道具についてもね﹂
﹁そうかそれは払えないな﹂
互いに悪い笑みを浮かべる。
こういうのも楽しいかもね。
ああ、やっぱり酔ったかも。
体がぽかぽかしてきた。
﹁酔ってきたみたいだ﹂
俺はこういう場合言うことにしている。
もし変な行動とって周りに迷惑かけたときの予防線だ、今までそ
ういうことは無いけどね。
179
﹁そうか?顔色かわってないぞ。それにしゃべりもしっかりしてい
る﹂
﹁いつもそういわれている。中身は酔っているんだ﹂
疑わしい視線を向けられた。
心外だなぁ∼。
﹁酔ったついでにお願い。さっきの夢の話、俺の情報として売らな
いで欲しい﹂
﹁どういうついでかわからんがそれくらいは構わんよ。誰でも考え
ることだ。出来る出来ないは人それぞれだがね﹂
たしかに。
白金貨の値段によっては日本で1億円稼ぐ程度になりかねない。
いや。さっきの家の値段からすると案外白金貨一枚100万円く
らいかも知れない。
それなら20枚で2000万円。
ちょっとやすいけど金額としては妥当かも。
サラリーマンがローンで買うにはぴったりだ。
﹁お金欲しいなぁ∼﹂
本音が駄々漏れになってきた。
﹁ほんとに酔ってやがる。これ一杯で酔うなんて酒に弱いな﹂
かもしれない。普段なんらチュウハイ10杯は飲めるのけど今は
弱ってるから駄目だ。
﹁もう帰りな。ここは酒場じゃないんだ。仕込みの邪魔になる﹂
180
邪険にされだした。
でも開きなおった俺にはまだやることがある。
﹁情報買わない?﹂
﹁なんだ酔っ払い。そんな状態じゃ話せないだろ?﹂
﹁水頂戴﹂
黙って渡された。
一口飲んで眼を瞑る。
そして三秒数える。
一
二
三
とりあえず大丈夫なフリをする。
﹁情報買わない?﹂
同じセリフを吐く。
しばらくじっと見詰め合うが相手が折れた。
﹁物による﹂
短いがとりあえず買う気になってくれたらしい。
﹁さっき出たトト村のこと、それに関する俺のこと﹂
181
﹁・・・秘密じゃなかったのか?﹂
﹁開き直った。金が欲しい。俺の慎重さじゃ情報屋にゃ敵わない﹂
そうだ。すでに失敗し続けている。
それならある程度自分から売って金にしてしまったほうがいい。
ディスさんはしばらく悩んだようだが口を開いた。
﹁金貨1枚。情報によっては白金貨半枚﹂
﹁安いな﹂
もっとなるかと思ったのに・・・。
﹁開きなおったんならすぐに別のところから入るだろ?﹂
うぐ、痛いところを突かれた。
俺は交渉には向かないみたいだ。
﹁失敗した。確かにそうだ。でも言うつもりはないのもある。金貨
10枚。最大白金貨10枚﹂
こういう場合は吹っかける。
とういか俺が知ってる交渉方法はこれだけだ。
﹁それでもだ。金貨2枚と半枚。白金貨最大1枚﹂
うぐぐぐぐ。
﹁もう一声!﹂
﹁交渉が雑すぎるな。とりあえず金貨3枚。最大は聞いてからだ﹂
182
ここら辺が妥当なんだろうか?
全然わからないな。
﹁それじゃあ・・・﹂
もったいぶって上で真面目に真剣に声を小さくして体を乗り出し
て話す。
﹁トトの村を襲ったのはゴブリン・ロードとゴブリン18匹。それ
を倒したのは俺。方法は教えない。真偽は俺が今日ギルドで売った
二等級の茶魔石とその他の魔石﹂
一気に言ったからのどが渇いた、水を一口飲む。
ディスさんは話を聞いて目を丸くしている。
﹁本当か?﹂
﹁調べてもらえば売ったのは確認できるはず。師匠から貰ったって
嘘ついたけど﹂
﹁・・・・・・﹂
ディスさんがすっかり黙ってしまった。
沈黙と周りの喧騒が痛い。
﹁情報料は幾ら?﹂
﹁・・・上に確認しないと払えない。まずはこれを﹂
金貨が3枚出された。
約定通りだけど上限がわからないと素直に喜べない。
﹁残りは明日ギルドの連絡係が持って行く﹂
183
﹁いや、どうせ明日はギルドにカード貰いに行かないといけないか
らまた明日ここに来るよ﹂
﹁わかった﹂
﹁ちなみに勘で幾らくらい?﹂
ディスさんは腕をくんでかなり悩んでいるようだがやがて顔を上
げた。
﹁事実なら白金貨2枚﹂
必要な分には足りないけど結構なるな。
ぬか喜びになりそうだから期待はしないけど。
﹁そこそこにはなるね﹂
﹁本当に世間知らずだな。自分がしたことを分かってない﹂
そんなこと言われると不安になる。
﹁どういうこと?﹂
﹁ゴブリンがトトの村を襲ったのは確認されていた。死体が残って
いたからな﹂
俺が半焼きで放置した奴か。
﹁﹃疾風の槍﹄から連絡があってゴブリン・ロードとその集団が村
を襲ったと結論が出された。しかし、その後の足取りは不明。どこ
か別の所に行ったんじゃないかとギルド調査員は結論を出して警戒
の触れは出したが依頼として出さなかった。これが今日の朝までの
出来事だ﹂
184
ゴブリン・ロードがいたと俺が嘘ついた話がそういう風に流れた
わけね。
﹁腕に覚えがある奴らはこういう話でも動いて素材を売ろうと企む。
が、今回の話で近辺のパーティが動いたという話は今のところ無い。
どうしてだと思う?﹂
なぜだろうか?いやそこまで言われたらわかる。
﹁素材の報酬だけだと割りにあわないから?﹂
﹁・・・わざと言ってないか?まぁ確かにそういえなくも無いが純
粋に勝てないからだ﹂
﹁うそぉ!﹂
たかがゴブリンだよ!?外したショックよりそっちの方に驚ろき
だよ。
周りの喧騒が無ければみんなが注目するレベルの声が出た。
﹁世間だけじゃなくて魔物のことも知るべきだな。ただのゴブリン
一匹ならランクはE+かD−、ちょっと腕があれば倒せるレベルだ。
しかし、五匹以上の集団になるとランクD+になる。やつらは群れ
ると一気に面倒になるからな。さっきの話が本当で十八匹ならさら
にC。そこにランクB+のゴブリン・ロードが加われば総合依頼と
して低く見てもA−にはなっている。報酬が出たらパーティーの人
数にもよるが何組かが連合して当たるランクだ。あんた風に言うな
ら死人は何人か出るだろうがそれで割りに会う。が、素材だけだと
とてもじゃないが割りに会わない。そうなると一組で当たったるこ
とになるが、そうだな・・・よくてリーダーだけが生き残って後は
全滅だろう。そうなるとパーティーは解散はっきり言って﹃割りに
あわない﹄だけどよ﹃魔術師﹄殿はそれを一人で倒してしまったわ
185
けだ。真実ならこの情報はとても高いだろうな﹂
つまり俺は最低でもランクAの実力者だと思われるわけだ。
情報屋達はそういう風に判断するだろう。
ううう早まったかも。
いや、でもでもでも、予定通りかも。
こうなると俺に秘密裏に高額な依頼が舞い込む可能性が出てくる。
そうなれば金が入ってウハウハ。奴隷も買えるし家も買える。
そうだ、間違っちゃいない。
面倒は増えるけど突っぱねれば何とかなる。
最悪別の国に逃げる。うん、大丈夫大丈夫。
﹁いいさ。せいぜい俺に金が入るようにしてください﹂
﹁いいのか?今なら俺の所でとめることも出来るぞ?﹂
﹁どうせ依頼をこなしていかないといけないんだ。そうなれば自然
と﹃魔術師﹄として腕が知れ渡る。早いか遅いかの違いだけ﹂
﹁本当に開き直ったな。それが酒の勢いじゃないことを祈るぜ﹂
ディスさんがそう言って笑った。
﹁大丈夫、頭はクリアだよ﹂
ぐっと背筋を伸ばしてから水を煽る。
温くなってしまったが旨い。
﹁ああ、でも真正面からの殴り合いは苦手だよ。それは情報として
流しておいて。ゴブリン達倒せたのだって遠くからやったんだから﹂
これは言っておかないとまずい。
下手な依頼でいきなり敵陣の目の前に放り込まれたら死ぬ。
186
呪文唱える間がないとただの貧弱引籠り一歩手前のオタクでしか
ないんだから。
﹁それは大丈夫だ。あんたは一応魔導師だからな。接近戦が苦手な
のは誰だって分かる話だ﹂
そっかひとまず安心。
﹁最後に三つ聞いていい?﹂
﹁この際だ。いいぞ﹂
﹁一つ目。旅の途中であったブラック・ドッグの襲撃。10頭だっ
たけどそれの総合依頼のランクは?﹂
﹁そうだな・・・Bってころか。あれは突っ込んでくるだけで連携
があるわけじゃない。並みの奴には辛いが旨く動けば怪我だけです
む﹂
なるほど。それでもBなわけだ。
﹁二つ目、﹃疾風の槍﹄ならさっきのゴブリンの依頼。単独で成功
できる?﹂
﹁7:3だな。あのユエっていう魔導師。彼女がゴブリン・ロード
を倒せる術を撃てるようになるまで彼女を集団から守れるかどうか
しだいだな﹂
﹁ロードにグエンさん一人じゃ勝てない?﹂
﹁倒せるはずだ。AAランクだからな。でもそうなれば残りが集団
に狩られることになるはずだ。18匹は五人には多すぎる。でもあ
くまで予想だぞ?﹂
そっか。時間さえあれば彼女は俺と同じことができる。
その時間を稼げるかどうかが勝負の分かれ目。
187
そしてそれまでグエンさんたちが他のザコを抑えればなんとかっ
てことか。
・・・案外グエンさん一人のほうが楽に倒しそう。
馬にでも乗ってヒットアンドアウェイに徹すればゴブリンどもは
余裕でしょ。
後は残ったゴブキンを殺れば終わり。
チーム組むのも良し悪しだな。
﹁それじゃ最後の質問。あの肉麺の肉、なにを使ってるの?﹂
がくっとディスさんがこけた。
﹁最後がそれかよ!まぁいい。製法は秘密だがココリスの肉だよ﹂
﹁ここりす?﹂
﹁外の草原にいただろ?鳥形の魔物。あれだよ﹂
﹁魔物って食えるの?﹂
なんかイメージ的に無理だと思ってた。
ゲームだと死体は消えるものだし、こっちに来て倒したゴブリン
は食べるきなんかさっぱりだもん。
﹁世間知らず。普通ココリスなら食用にされるぞ。他だってそうだ。
超高級食材だがドラゴンだって食べるぞ?﹂
まじかよ人間はすごいね、さすが雑食。
でもドラゴンステーキとかゲームでもあるか。
実際に食べれるかどうかは見た目次第だけど。
﹁そっか、ありがとう。そろそろ行くよ。また明日﹂
﹁おう!!またきな!!﹂
188
最後だけ最初のノリかよ!油断してたから耳がキーンとなった。
さて、とりあえず大通りを見る。
酔ってはいるけど普通にしていられるレベルだ。
そうとくれば帰るついでにお店を見て周ることにする。
ひとまず来た道を戻り始めたが相変らずここいらは騒がしい。
なるべく端を通って露店の商品を視界に入れていく。
ほとんどの商品には値札が付いているのでわざわざ聞くことも無
く値段の把握ができた。
リンゴが一個銅貨5枚。ニンジンが一本銅貨4枚。
何かの肉が銅貨8枚。食事用ナイフが銀貨10枚。
サバイバルナイフが銀貨75枚。鉄?の剣が金貨15枚。
ショートスピアが金貨17枚。
宝石の付いた指輪が金貨23枚・・・・・・。
食料品がやけに安い。野菜のほとんどが銅貨の単位だ。
果物が少し高いものがあるがそれでも銀貨一枚以下か。
それに比べて武器類が高いなぁ。
高いものは白金貨半枚するものもある。
うーん。日本円との換算は難しいみたいだ。
銅貨の価値が高かったり安かったり。
銀貨も微妙だし・・・。
金貨一枚が一万円くらいで、白金貨はやはり百万円くらい。
それ以下は適当・・・いや、そうか、先進国と新興国って状態っ
ぽい。
日本円で数十円でもそういう国では日給レベルとか。
そんな気がしてきた。
だから食べ物関係はやたらに安かったりするわけだ。
うん、すこしすっきりした。
そうなると冒険者ってのはほんと高給取りだ。
ギルドの女性が狙うだけのことはあるなぁ・・・。
189
道具類はピンきりすぎて分からない。
白金貨の薬とかどんな効果があるんだろうか。
今度お金に余裕が出来たら買ってみよう。
それにしても商人ギルド街だなぁ。
これら全部が露天品とか。
品質に不安が出るから剣とかはちゃんとした店で買うと思うけど、
全部がなんか訳あり品に見えてくる。
掘り出し物とかあるのかな?
見てもさっぱり分からないけど・・・。
そうこうしているうちに商人ギルド街も終わり、今はどことなく
閑散としている冒険者ギルド街に戻ってきた。
今は夕方四時前。
ギルド本部の周辺には冒険者がそれなりにたむろしていたが宿屋
と酒場通りにはほとんどいない。
まだ依頼をこなしている時間なんだろうか?
四時の時間を知らせる鐘の音を聞きながら携帯の時計を見るとま
ったく一緒。
一致しすぎだと思う。俺としては混乱しなくていいから助かるけ
ど。
携帯の電池だって無限じゃないし、とうかすでに二つに減ってい
る。
早々に携帯は使えなくなるな。電波が入るわけじゃないから時計
位にしか役に立ってなかったけど。
﹃鞘の置き場亭﹄に帰ってきたがここも早めの食事をしている三
名くらいだ。
﹁あ、お帰り。手続き終わった?﹂
机を拭いていたサラが顔を上げて迎えてくれた。
190
﹁手続きはね。カードは明日の午後にならないと出来ないそうです﹂
﹁プレートは特注品だからね。魔石も使って色々と情報を入れるか
ら大変なんだよ?﹂
﹁へぇ∼﹂
なんか本当の電子カードみたいだ。
﹁それで、もうご飯にする?﹂
﹁いや、昼が遅かったんだ。まだお腹空いてないから部屋で一眠り
してから・・・。いや。お湯もらえるかな?体を洗おうと思って﹂
﹁わかったわ。沸かしたら持っていくから部屋で待ってて﹂
﹁頼みます﹂
サラは笑顔で手を出してきた。
そういえばお金が必要だったな。
銅貨5枚を渡す。
しかし手が引っ込まない。あれ?
﹁か弱い女の子が持っていくのよ?﹂
そういうことですか・・・。
ヨーロッパ的なチップってことね。
さらに五枚渡しておく。
サラの笑みが深まった。十分なようだ。
部屋に帰ってトトの村から貰ってきたタオルと村人服を出してお
く。
そしてベッドで倒れていることしばらく、扉がノックがされた。
ベッドで転がっていたから眠たくなったが気合で起き上がって扉
を開ける。
191
﹁ハイこれ桶ね。あとタオル。お湯はすぐに持ってくるから待って
て﹂
扉を開けた瞬間に桶とタオルを押し付けられた。
そしてすぐに引っ込む。
・・・早いなぁ。ごろごろと桶を転がして部屋に入れていると大
きな壷を持ってサラが戻ってきた。
それを桶に入れて完成。湯気が上がって眼鏡が曇る。
﹁ふう。重たかった。終わったら言って、全部片付けるから。何な
ら洗濯もするわよ?﹂
﹁当然別料金?﹂
﹁もちろん!﹂
笑顔が眩しいぜ!!
﹁この服一着しかないんだ。換えは別の二着なんだけど、出来れば
これと似たようなものが欲しいんだけどなんとかできないかな?﹂
俺は着ている作業着をつまんで見せる。
日本で着ていた楽な服が欲しいけど魔術師として仕事をするなら
これの方が気分的に引き締まる。
それに作業着だから丈夫だしね。
サラは近づいて作業着を確認していくが顔を曇らせた。
﹁魔導師にしては落ち着いた衣装だけど・・・。良く見ると複雑ね。
しかもこの金具!これをまるっきり再現は無理じゃないかな。ボタ
ンで代用するくらいなら出来ると思うけど・・・。職人ギルドに持
っていって頼んでみるしかないんじゃない?﹂
金具というのはファスナーのことだ。
192
工業が発展していないとこんな細かい物は大量生産できない。
やっぱりこの世界では再現は難しいみたいだ。
﹁そっか。というかこれでも魔術師に見られるんだ﹂
そう言えば手続きのことで頭が一杯になっていて気がつかなかっ
たけど原付を持ってなくても当たり前みたいに魔導師って言われて
たな。
﹁街見て周ったんだよね?もっとシンプルだったでしょ?魔導師は
自分の力を高めるためにローブや変な衣装が多いって聞くけど、ま
だこれは大人しいわね﹂
物に眼が行くことが多くて人まで観察してなかったけどぼんやり
と思い出せば確かに服はシンプルだった気がする。
﹁なんなら明日一緒に職人ギルド街に行く?私も用事有るし、馴染
みの店に頼んでくれると助かるわ﹂
うーん。下手な所に頼むより良いかもしれない。
﹁わかった。持っていくにしても汚れたままっていうのもあれだか
ら洗濯頼むよ﹂
﹁うん、けど着替えの服。それも辞めたほうがいいわ。なんという
か田舎者丸出しでダサいもの。兄さんの服があるから貸してあげる﹂
村から貰ってきたのだけど町人からしたらダサイのか・・・。
なるべく良さそうなの選んだけどちょっとショック。
普段ファッションなんか気にしてないから俺の美的センスはカラ
ス並だ。
193
﹁兄さんいるんだ、ここでは見なかったけど﹂
﹁兄さんも冒険者やってるのよ。でも連絡なんてこの三年全然無い
からどこで何やってるのやら・・・っとお湯が冷めちゃうわ。服は
外においておくからごゆっくりどうぞ﹂
﹁わかった。そうさせてもらうよ﹂
サラはヒラヒラと手を振って出て行った。
俺は作業着を脱いできっちり畳んで銅貨数枚と供に外に出してお
く。
後は桶に入っての湯浴み。
久しぶりのお風呂もどきで多少さっぱりしたがやはりちゃんとし
た風呂に入りたい。
シャンプーも石鹸も無いし・・・。
せめて公衆浴場とかあればいいんだか話の流れから察すると無い
と思われる。
家を買うときは風呂付か金を出して大きな風呂を作ろう。
そんなことを考えているとノックされた。
﹁これは洗濯するね。服は置いておくからまた後で﹂
﹁わかった﹂
とりあえずお湯が冷たくなるまでゆっくりと入ることにする・・・
保温なんかされてないから冷めるのは早い。
ぬるま湯にゆっくりつかる派の俺としては熱くなくてもいいがち
ょっと物足りない・・・。
ぴちゃぴちゃとぬるま湯を叩いているとピロン!と頭に電球が浮
かんだ。
魔術で温かく出来ないかな?
こっそりチャレンジ!呪文を唱えて
194
﹁ホット・ウォータ!﹂
お、成功!触れている手の先から徐々に温度が上がっていき・・・
熱い!!
慌てて飛び出す。
イメージと少しずれた・・・。
熱い温度って湯気が出るくらいだけど今は部屋もぬくもっている、
そうなると湯気が出る温度は少し高い。
失敗失敗。
少しかき混ぜながら待って再度桶に入る。
何度か魔術を使って温めなおしてのぼせる寸前までお風呂を楽し
む。
今日は1時間ほどのゆったりとした風呂タイムになった。
195
原付﹁え?今日も置いてけぼりですか?﹂
﹁リョウって起きるの遅すぎよ?よくそれで冒険者が務まるわね﹂
﹁魔術師は夜行動するのがジャスティスなのさ﹂
﹁意味わかんないわ・・・﹂
適当に思いついた言葉で返事をしたが、サラに微妙な顔をされた。
そしていつの間にやらリョウって呼ばれてるし・・・。
俺は呼び捨てにされるのって好きじゃないけど、たぶんここだと
敬称をつけて呼ぶことのほうが珍しいだろうから、大人な俺はこの
世界に合わせて我慢してやることにする。
昨日の夜、風呂から上がった俺はさっさと飯を食べて部屋でだら
だらしているうちに寝てしまった。
飯の時は先日のように絡まれることもなくとても平和だった。
なんでもサラ曰く、俺にちょっかいを出すと石にされるという噂
が出回っているそうで、そのおかげで誰も俺に絡んでこなかったよ
うだ。
まったく、平和主義者にして事なかれ主義者の俺をメデューサか
バジリスク扱いしやがって、今度そんな態度取ったら冷凍マグロに
してやる。
いや、本音を言えばご飯は静かに頂きたい派なので無視してくれ
るのはありがたかったりする。
昨日のご飯もおいしかったし。
そういうわけでゆっくりとまったりした時間を過した俺は普段か
らすればかなり早い時間に寝たわけで、睡眠時間は足りているにも
関わらす、ここの人達からしたら遅い時間の起床となった。
明りを灯すのは贅沢なこととみなされるようでここの人達は日の
出と共に起きて日が沈むと寝るという大変健康そうな生活をしてい
196
る。
冒険者街は酒場があるのでかなり遅い時間でも営業していてそれ
に合わせて眠るのも遅くなるが、それでもいつも午前二時くらいに
寝る俺からしたらかなり早い。
というわけで、早くに出かけたいサラに俺は強制的に起こされて
現在に至るってわけだ。
朝飯を食べる時間をくれたのはありがたいが。
﹁師匠の所では遅くまで研究をしてたから、朝早く起きるのは苦手
なんだよ。用があればちゃんと起きるけどね﹂
﹁今日は遅かったじゃない﹂
﹁時間決めてなかっただろ?﹂
﹁そうだけど・・・普通は朝に起きるものよ﹂
﹁前向きに検討するよ。それにしても馬車がこんなに揺れるなんて
知らなかった﹂
﹁王都の中だからまだマシよ、昔旅行した時なんかもっと酷かった
もの。お尻が板になるかと思ったわ﹂
﹁へぇー﹂
当然ながら早く起きる気など全くなく、適当にあわせておいて話
をそらしたがうまくいった。
今は馬車に揺られながら職人ギルド街に向かっている。
円形をしている王都のほぼ反対側にある冒険者ギルド街から職人
ギルド街に向かうには一直線にいけば距離的に近いが、王城や貴族
街が有るため通り抜けることが出来ない。
そうなるとぐるりと円をたどって行くしかないがそれだと時間も
かかるし疲れてしまう。
そこで活躍するのが今乗っている乗合馬車。
王都を時計回りと逆周りに何台もぐるぐると周っているそうだ。
人が歩くよりは早いといった程度だが尻が痛いことを除けば楽で
197
ある。
﹁昨日もこれを使えばよかった・・・﹂
﹁宿からギルドまでだったら歩いた方が早いわ。お金ももったいな
いし。今日はすぐに見つけたけど、いつ来るかわからないもの。待
っているのも馬鹿らしいわ﹂
日本の環状線のように時刻が決まっているわけもなく停車駅があ
るわけでもない。
御者の気分次第で運行され乗る時も呼びかけて停まる。
そのせいで馬車同士の間隔は一定ではなく、何台も連なってくる
時があれば、待てど暮らせど一向に姿が見えないということもある
そうだ。
きっと日本人みたいに時間にうるさくないんだな。
﹁それで一人銅貨20枚なんだから高いよな﹂
﹁馬を養うのにお金がかかるもの、仕方ないわ﹂
お、適当に言ってみたが﹃高い﹄で正解だったようだ。
ちょっぴり感動に浸りながら街を眺める。
やはり活気があり人種は豊富。
国の成り立ちが交通の要所だったこともあって人種にこだわらな
いのかもしれない。
それじゃなければ酷い差別が起こっていてもおかしくないと思う。
そんなことを考えながら馬車は進みさほど時間は掛からず職人ギ
ルド街に来た。
街はハンマーで叩く甲高い音や機織機の独特な音色などさまざま
な音で溢れていた。
人の声は少ないが、弟子を厳しく指導するおっかない声が所々聞
こえてきて少しビクッとなる。
198
﹁なんか狭く感じるな、圧迫感があるというか・・・﹂
﹁この辺は工房を広く取ろうとして建物が道に迫り出してるのよ。
道幅は決まっているけど、道具や材料でふさがっているから余計に
そう感じるのよ﹂
馬車から降りて周りを観察する。
荷物の多さなら商人ギルド街の方が多そうだし、露店なんかもあ
ったからそっちのほうが狭そうだけど・・・、工房からの硬質な気
迫というか熱気。職人気質が圧迫感を後押しているのかもしれない。
幾つもの工房が軒を連ねる中をサラについて行くことしばらく、
針と服のマークが刻まれた看板の工房に付いた。
ドアも窓も開きっぱなし、というか箱や布や多分裁縫に使う大型
の道具が張り出していて閉まらなくなっている。
雨の時はどうしているんだろう?
サラはためらいなくひょいひょいと慣れた感じで荷物を避けなが
ら入っていった。
俺もつんのめりながらついて行く。
中は少し埃っぽくて薄暗い。こんな状態の店じゃ仕事が出来るよ
うに見えないが大丈夫か?
かなり不安になるが今は何も言うまい。
カウンターまでなんとか到着するとサラは工房の奥に向けて叫ん
だ。
﹁こんにちわ∼!エアロおばさんいますか∼!!﹂ ﹁大きな声を出さんでも聞こえとるよ、少しまっとれ﹂
﹁はーい!﹂
かなり篭った声だったが奥からすぐに返事が帰ってきた。
199
﹁エアロおばさん?﹂
﹁うん。私の服や店の布関係は全部任せてる人。片付けるの苦手ら
しくて工房はこうなっちゃってるけど腕はいいのよ﹂
そう言うならとりあえず納得しておく。
まぁ、他の店を探すのも面倒だからどのみち納得するしかないん
だけどね。
とりあえず道具を見ながら待つこと十分ほど、エアロさんが言う
少しは俺には長いものだった。
しかし、サラが気にしていないことからいつものことなのかもし
れない。
﹁またせたね﹂
奥からゆっくりと出てきた人は40代くらいで小柄の少しふくよ
かな女性だ。
白が混じり始めた金髪は短く切られていて一瞬おじさんと思った
のは内緒だ。
しかし、普通の人間と違う点が一つあった。
そう、耳がとがっているのだ。
つまりはそう、エルフ。
おお、エルフだエルフ!初エルフだよ・・・
200
・・・初めての遭遇がおばさんなんて・・・・美少女じゃないな
んて・・・。
かなりへこんだ。
てか年齢いくつだよ!!怖くて聞かないけどな!!!
そんな俺の内心を知るはずもないエアロさんはサラにちらりと視
線をやり、次に俺をじっと見つめてくる。
な、なんだよ!?
﹁あんたのこれかい?﹂
小指を立てた。
そういった表現は一緒らしい。
﹁宿に停まってるただの客よ﹂
サラは刹那のためらいもなく無表情に答えた。
一切の間違いがない完璧な事実だけどちょっと傷つく。
﹁そうかい、アンタが男を連れてくるのは初めてだからね、遅い花
が咲いたのかと期待しちまったよ﹂
﹁エアロおばさん、私にも選ぶ権利があると思うの﹂
﹁その言われ方だと俺が酷く駄目人間に聞こえる・・・えっと、初
めまして、リョウ=ノウマルです﹂
内心涙を流しながら笑顔で挨拶する。
201
エアロさんは少し驚いたようだ。
﹁ほう、サラ嬢ちゃんの所に泊まっとるなら冒険者だろうに。顔に
似合わずしっかりしとるの、エアロ=ギカダアさ。ここで服を作っ
てる﹂
自分で顔が良くないってわかってるもん!だから別に傷ついたり
しないんだから!!
と自分で自分を慰める俺。さらに悲しくなった。
エアロさんが手を出してきたので握手をする。
やっぱり職人と言うべきか柔らかい俺の手と違ってエアロさんの
手は所々とても硬い。
長年針仕事をやってきた証拠だろう。
﹁魔導師だね?﹂
﹁魔術師です﹂
訂正訂正っと。
エアロさんも剣だこの無い俺の手から確認したようだが。
残念!俺は魔術師だ。
﹁そうかい。さてサラ嬢ちゃんは服を取りに来たんだね。出来てる
よ﹂
ちょ!サラッと流された!?
俺がショックで固まっているうちにエアロさんはカウンターの下
から服を取り出した。
オレンジ色のシンプルなワンピースで明るいサラには似合いそう
だ。
202
﹁綺麗だね﹂
﹁でしょう?お金貯めてやっと作ってもらえたんだ∼﹂
サラは服を抱きしめてくるくると周る。
喜びを表現したいんだろうけど埃が立つからやめてくれ。
﹁で、そっちのは?﹂
エアロさんに言われて俺は鞄から洗濯してもらった作業着を取り
出す。
﹁これと同じものを作って欲しいんですが・・・﹂
﹁こいつは細かいねぇ、骨が折れそうだ﹂
エアロさんは服を広げて一つ一つ丹念に確認していく。
俺が着ていたのはジャケットにジーパン風カーゴパンツの作業着
とTシャツ。
ジャケットには立体縫製された胸ポケットやペンホルダーも付い
ていてかなり複雑だと思う。
分厚い生地のズボンにはお尻部分にもポケットがついている。
服に関してはさっぱりだが、ミシンなんて便利なものが無いであ
ろうこの世界だとかなり大変だと思う。
エアロさんはファスナーも上げ下げしながらしっかりと確認する
とため息を吐いて言った。
﹁魔導師の服もそれなりに作ったがこんなのは初めてだね、この金
具は細工師の爺さんどもに聞かなきゃ判らんが多分無理だろうさ。
そこは何かで代用して・・・それ以外も難しいのが多いがそこはな
んとかするよ。興味深い所も多いからよその連中にも手伝わしたら
いい勉強になるさね﹂
203
﹁おばさんでも難しいの?﹂
サラが驚いたという風にいった。
よほど腕を信頼していたんだろう。
﹁あたしだって、知らない縫い方は苦労するさね。でもこれを作れ
ば覚えるよ。それだけの話さ﹂
エアロさんのプライドに触るのかちょっと語気を強めた。
さすが職人、目にもなんだか力が入っている。
﹁こいつは借りておくよ、それでいつまでに必要なんだい?﹂
﹁それは一着しかないので出来るだけ早く返して欲しいです。作る
のは早ければ早いほどいいですが、まぁいつでも。あと同じものが
三着は欲しいです﹂
汚れるのが作業着の仕事だし魔物と戦うとなればどうなるかわか
らないので今ある分も合わせて4セットは欲しい。
﹁見るところは限られてるからこれは明日の朝には届けさすよ。今
はどこも手が空いてるから・・・三日ほど待ちな。そうすれば無理
なくしっかり仕上てやるよ﹂
三日か・・・思った以上にかかるな。でも一日一着と思えばそん
な物なのかな?
﹁判りましたそれでお願いします。それでお金は?﹂
﹁手付けで金貨1枚だね。あとはどれだけ再現できるかにかかって
くるから後で請求させてもらうよ。場合よっちゃ白金貨半枚は覚悟
しときな﹂
204
金を貯めたい身としてはかなり痛い出費だが仕方ない。
ひとまず金貨を一枚手付金として渡す。
﹁むー・・・﹂
その様子を見ながらサラが複雑な表情で何やら唸っている。
﹁どうした?﹂
﹁なんでもない!﹂
プイっと横を向いてしまう。
分け判らん。
それを見てエアロさんが笑いだした。
ほんとどういうこと?俺がさらに首をかしげていると笑っていな
がらも教えてくれた。
﹁はっはっは、あんたは女心を知るべきだね。嬢ちゃんが苦労して
貯めた金で買った服は金貨半枚さ。それでも一般街の住人なら充分
高級品さ、なのにあんたは手付けの金貨をあっさり出してさらに白
金貨半枚を値切りもしないで出そうとしてる。冒険者だったら金貨
を躊躇いなく出せないようじゃ三流もいいところってわかっちゃい
るんだろうが心中複雑なのさ﹂
あ、そういうこと。冒険者の武器類は金貨ばっかりだったからあ
んまり意識しなかった。
馬車でお金の価値がわかったと思ったがまだまだのようだ。
サラは﹁違うもん!﹂とか子供のように言っているがどうやら本
当のようだ。
さて、まだまだ宿で生活することになる俺。その宿屋の従業員と
205
険悪なままというのも困る。
となれば手段は一つ。
﹁そうですか、金貨を出せる冒険者が当たり前と。なら当たり前に
金貨が出せる身としては美しい女性に服の一つでもプレゼントさせ
てください﹂
出来るだけ気障ったらしく、ユニークに、格好付けて。
ついでに剣を捧げる騎士のごとく膝も付いてみる。
二人とも突然の俺の行動に目を丸くするが。
﹁あははは﹂
﹁兄ちゃん。はっは、似合わないから、はは、やめときな﹂
男としては微妙だけど笑われたら成功。たまにはピエロになるこ
とも必要です。
﹁酷いなぁ、精一杯がんばったのに﹂
立ち上がって苦笑い。
﹁ありがとう。気持ちだけ貰っとくわ﹂
でも良かった機嫌は直ったらしい。
﹁嬢ちゃん、せっかくだから貰っときな﹂
﹁ううん、いいの、自分でがんばって買うから﹂
﹁そうかい、あたしとしたら仕事が入るからうれしいんだがね﹂
本音は無駄使いしたくないんだからあおらないでくれ。
206
しかし、エアロさんもあまり本気じゃないのかすぐに諦めてくれ
た。
それから念のために俺の採寸を行って工房を後にした。
207
原付﹁!?﹂︵前書き︶
酷い表現があります注意して下さい。
208
原付﹁!?﹂
サラは一般街の友人を訪ねるそうなので俺は一人でディスさんが
いる商人ギルド街に向かう。
遠く響く鐘の音は十回、つまり今は午前十時。
昼飯にするには早い時間なので乗合い馬車には乗らず歩いて行く
ことにした。
エアロさんの工房は職人ギルド街の北側よりにあったのでちょう
どいい時間にディスさんの所に到着できそうだ。
ふらふらと工房を覗き見しながらゆっくり歩くこと一時間で北側
の大門に到着した。
王都に到着した時は審査のせいで門の横にある取調べ室から入っ
たのと暗かったせいで大門を見ることが出来なかったが今ははっき
りとその雄姿を見ることが出来た。
白い石を組み上げて作られた壁の高さはおよそ10m。
マンションにすれば3階相当。
門の左右には円筒形の塔が門番の如く見下ろしていて、砦と言わ
れても納得できるほど頑丈な作りをしている。
門本体は観音開きで重厚な鉄の塊で出来ているが、正直こんな物
をよく設置できたなぁ、と呆れてしまうほどデカイ。
単純計算で片面50トンはするんじゃないか?
しかも朝と夜はこれを開け閉めするんだから、その労力は半端無
いと思う。
そこから続く南北の大通りは緩やかな坂となって昇っていき、幾
つか門を挟んで城まで続いている。
城が見れたのここに来た時以来だけど相変らず真っ白で綺麗だ。
しかし、こんな一直線の道で防衛的に大丈夫か?と他人事ながら
209
不安になる。
でも、上から丸太でも転がせば駆け上がっていく敵兵士をなぎ倒
せるんじゃないかとも思えてきたからこれはこれでいいものかもし
れない。
この辺り一面。特に門の前は馬車と人で溢れかえっている。
商人ギルド街の入口となるところだからこの混雑振りは当然と言
えるだろうがやはり圧倒されてしまう。
そしてそれに拍車をかけているのが露天市場。
大通りの交差点は円い広場となっているが通りの四隅は完全に露
店市場に制圧されている。
ロープが引っ張られているので最低限道は確保されているがその
せいで露店同士はすし詰め状態。
露店を見て歩く隙間があるのかも怪しいくらいだ。
オマイラもうちょっと自重しろ。
商人や荷物を背負った旅人、街人がいるのはディスさんの屋台が
あった辺りと変わらないがそれと同じほどの割合でいるのが・・・。
﹁奴隷と小間使いか・・・﹂
元は白かったと思える茶色いボロ布をまとった人達。
全員が金属製の首輪をしているのですぐにわかる。
首輪の色は赤か白。2対8くらいで白が多い。
年齢も人種も性別もさまざまであるが、ほとんどが痩せていて顔
や体に傷や痣がある。
おもわず笑ってしまいそうになるほどすばらしく待遇が良いよう
だ。
ふらっと奴隷の横を通ったが匂いが酷い。
裕福な商人は香水をつけいるみたいで全体の匂いは中和されてい
るが、一人一人はすさまじく汚く臭い。
道具扱いでも、もうちょっと綺麗に使えばいいのに、気にならな
210
いものなのかね?
さらに笑えてしまうのが子供なんかが露店市場で檻に入れられ首
輪と足枷をされて売られていることだ。
商品だから怪我とかは無いようだが完璧に動物扱い。
人権団体が見れば発狂してくれそうだ。
しかし、ありがたいことにこの世界には人権団体はおらず全てを
救う神様も居ないらしい。
これで世界が回っているんだから問題ないんだろう。
昔のアメリカだって大規模農園の維持に黒人奴隷が必要だからや
ってたわけだし。
つまりは需要と供給。
コレこそ資本主義?金こそ神様ってやつ?
そういえば神様で思い出したけど教会はどこにあるんだろうか。
村でそれらしきものがあったんだからここには大聖堂があっても
いいと思うんだけど。
上の街にあるのかな?
それとも南の一般街にあるのかな?
一般の人が行かないと寄付金が集まらないからたぶん一般街だな。
そうなると一回は行かないとね。
宗教を知っておかないとどんな禁忌があるかわからない。
今のところ全然問題なかったけど・・・。
そういえば戦の神様とかもいないみたいだよね。
﹃我々には何々のご加護がある!何も恐れることはない!!﹄
とかグエンさんが突っ込む時言ってなかったし。
そうなると一神教?
これくらいの文化レベルならもっと宗教が幅利かせてそうだけど。
まだそういった関連イベントに遭遇してないだけかな?
うーん。でも無駄に俺の生存を脅かしそうなイベントに遭いたく
211
は無いけど・・・。 ぼんやりと立ち止まって宗教考察をしていると問題に遭遇した。
まさかのフラグ回収とか?
﹁泥棒だ!!ガキを捕まえてくれ!!﹂
その声で思考に没頭していた頭がピコンと反応する。
事件発生場所は市場の北西側だ。
子供、貧相で汚いガキ。
その外見から恐らく貧民街の住人であろう子供が手に何か持って
走ってくる。
宗教関連じゃないがイベントらしい。
﹁誰か!捕まえてくれ!!﹂
当然の如く突っ込んで来る子供。
なんで俺の方にくるかな・・・。
選択1 捕まえる。
選択2 スルーする。
答え。
212
﹁スルーだよね・・・﹂
厄介ごとはノーサンキューである。
俺の横を抜けようとしていたガキをひらりと避けた。
すれ違ったのは一瞬。
泥だらけで汗だくで必死な表情をしながら走り抜けていった。
しかし人口密度の高いこの広場。
ガキが走る先にいた男に足を出されて・・・
﹁うわぁ!!﹂
転んだ。
見たことが無い形の野菜がガキの手を離れて辺りに散乱する。
ガキはすぐに起き上がって野菜を拾おうとしたが遅すぎた。
﹁このクソガキが!!﹂
叫んでいた商人が追いつきガキの襟首を掴んだ。
そして一発、二発と続けて顔面を殴る。
手加減なんか無いんだろうね。
顔がすぐに青くなり口から歯と共に血が飛んだ。
見たところ十歳程度のガキ。
そんなガキが大人の躊躇いのない暴力を受ければ結果は見えてい
る。
虫の息?
213
﹁クソ!商品も駄目にしやがって、大損だ!﹂
怒りが治まらないのか地面にガキを転がして何度も踏みつける。
三回目くらいにゴキっとなかなかいい音がした。
腕が折れたかな?
そこに門から兵士がやってきた。
﹁おい、泥棒はどこだ?﹂
﹁ここだよ!畜生が、貧民街のガキなんか入れんじゃねぇよ!﹂
怒りが治まらない商人は兵士にも汚い言葉を返している。
しかし兵士はの態度は軽い。
﹁悪いな、馬車の裏にくっついていたみたいで分からなかったんだ
よ﹂
そう言って兵士もガキを足で小突く。
ガキはうめき声すら上げることもなくピクリともしない。
﹁やりすぎだな、これじゃ売れもしないぞ?﹂
﹁そこら辺に転がってる小汚いガキなんか売れないだろが!!畜生。
銅貨25枚が・・﹂
おそらくこの商人が売っていた野菜の値段なんだろうけどガキよ
り高いのか・・・命の値段って安いなぁ。
﹁しかたねぇ、一応あんたが捕らえた犯罪者だが、いらないな?﹂
﹁いらねぇよ!﹂
いる?いらない?どういうことだ?
214
商人は乱暴に返事をすると、とっとと市場に戻っていった。
兵士はため息一つつくと腰から赤い首輪を取り出し、ガキの首に
嵌めるとそのまま引きずっていく。
周りで面白そうに見ていた人達も散らばりこれで泥棒騒ぎは終わ
ったが・・・。
﹁首輪の人達、これを見ても全然動こうとしないよね・・・﹂
貧民街の同胞?って言えるだろうに誰も助けようとしなかった。
幾人かは顔が苦々しそうだったが自分達が与えられた仕事を止め
るものはほとんどいなかった。
助けに行ってもボコられるってことなんだろうけど、こういう場
合一人でも動けば連鎖反応が起きる。
ここいら一帯だけならおよそ半分が奴隷と小間使い。
暴れるには十分な人数がいたはずなのに・・・。
そんな疑問を抱えながら俺は肉麺の屋台に向かった。
ディスさんの屋台に着いたときは丁度店じまいのために旗が降り
た時だった。
﹁らっしゃい!またこの時間か!!﹂
﹁肉麺一杯﹂
﹁あいよ!!﹂
注文する俺も俺だが仕込みの時間なのに躊躇いないなぁ。
でも秘密の会話をするには丁度いいのかも。
215
今回の肉は下の麺が見える程度だった。
言ってた通り、最初だけのサービスらしい。
結構歩いたからもっと食いたかったけど・・・。
とりあえず昨日の件を後まわしにして俺は麺を食いながら先ほど
の泥棒の件と疑問を話した。
そしてディスさんの答えはあっさりしたものだった。
﹁逆らえないんだよ。赤い首輪は犯罪者用。白いのは一時雇いか、
自分から奴隷になったか、売られた奴用だがどちらにも魔導師が魔
石を使って呪文を封じ込めている。その呪文は所有者の市民カード
に追加される﹃鍵﹄で発動するんだが、それを使うと首から激痛が
走るって代物だ。仕事の手を止めなかったのもちょっとでもサボる
とそれを食らうからさ﹂
うっわ、孫悟空の金剛圏みたい。
いや、明らかに性質が悪いか・・・﹃鍵﹄を持ってるのが善の存
在の三蔵法師じゃないんだから。
﹁ガキを捕まえているか?って聞いたのは?﹂
﹁それは市民権を持っていない犯罪者を捕まえると即奴隷にされる
んだが、その所有権は捕まえた奴にいくんだ。けど子供なんて仕事
にはほとんど役に立たないからあんたが見た結果になるわけだ﹂
﹁奴隷になったところで所有者殺しちまえば逃げれない?﹂
俺の物騒な発言もディスさんは予想してたというように笑って言
った。
﹁そこは旨く出来ている。所有者が奴隷に殺されると市民カードが
感知して奴隷の首輪に伝わる。そうなると奴隷も・・・な﹂
216
ディスさんの親指が首を横切る。
なるほどせいぜい刺し違えるくらいしか出来ないのか。
﹁実際はそんなことまれだがよ、あれを付けると暗示がかかるみた
いでな、自殺も所有者に対する暴力も起こせなくなるそうだ﹂
なんという完璧アイテム。
でもさ・・・。
﹁そんなすごいもの、誰が作ったのさ﹂
たぶん日本だってそんな完璧なアイテム作れないぞ?
﹁大昔のどっかの大魔導師が発明したらしい、魔導師ギルドに行け
ば分かるだろうがさすがに覚えてないな﹂
﹁でも、誰にだって付けれない?犯罪に利用とか﹂
そうだ幾らでも利用方法はあると思う。
﹁どの国でも扱いは厳重だ。もし犯罪に使ったら拷問の末に四肢切
断の極刑。犯罪者でもない市民に使っても同様。無断使用でも同様。
勝手に作っても同様。無許可所持でも同様。割に合わんと思うぜ。
ついでに笑い話だがどっかの国が国民全員に付ける事を義務付けた
が、その日の内に反乱が起きて滅んだ﹂
扱いが厳重って言うわりにはあの兵士あっさり使ってたけど・・・
。
つまり理由なく使うと大変っと。
まぁ、首輪付きを買うだけで犯罪に使おうとは思ってないから俺
には関係ないな。
217
ふぅ。ごちそうさま。
丼を返して水をもらう。
一息ついて昨日の結果を聞く。
﹁それで、俺の情報は幾らになった?﹂
ディスさんは少し躊躇った後、口を開いた。
﹁・・・それがだな、ややこしいことになった﹂
厄介ごとはノーサンキュー。
﹁マジで?﹂
﹁マジだ﹂
真剣に頷かれた。
﹁俺は事なかれ主義者にして平和主義者なんだけど・・・﹂
﹁酒場でケンカを買う奴を事なかれ主義者なんて言わないし、ゴブ
リン・ロードを倒す奴を平和主義者とは言わない﹂
主義主張は自由だと思う。
その通り行動できるかは別だがね。
言葉とはなんと無力なことか。
﹁それで、厄介ごとの内容は?お金さえもらえればたいして気にし
ないけど﹂
﹁それだったらおそらく大丈夫だ﹂
﹁わかった。聞かないことには始まらない。話して﹂
218
長い話になるのか、ディスさんが酒で口を湿らせた。
﹁仲間に連絡してあんたが魔石を売ったこと、その魔石がゴブリン
とゴブリン・ロードのものであることはすぐに確認された﹂
﹁わかるんだ﹂
﹁一般の冒険者には知られていないがそういう魔道具がある﹂
へぇー。遺伝子でも調べるのかな?
﹁俺が必死こいて嘘ついてたのに・・・﹂
あっても不思議じゃないけどかなりがっくりきた。
﹁知ってるのはほんの一部だ。続けるぞ。それを受けて上役たちの
意見は二つに割れた、本当に倒したのか、たまたま魔石だけを手に
入れたのか。倒したのならロードの骨なんかも売るはずだとね﹂
うぅ、氷付けにして砕いたのをそんなふうに解釈されるとは考え
もしなかった。
あんまりグロテスクに殺したくないけど素材とかあるなら考えな
いと。
﹁結論は結局出なかった。そこであんたに白金貨一枚を渡して、情
報としては﹃倒せる可能性がある﹄という程度で売ることになった﹂
﹁細かいな∼﹂
﹁情報屋ギルドは情報が命だ。しかし、そこにある情報を探してい
る御仁から連絡があった。その内容は﹃近隣で聖玉草を持っている
人物、または早急に手に入れることが出来る人物﹄﹂
﹁聖玉草?﹂
219
何じゃそりゃ?
ここの世界特有の草?
しかし、俺の問いにディスさんは答えなかった。
﹁ギルドで情報を洗い出しても持っている人物は近辺には居ない、
手に入れることが出来る人物も居ないわけではなかったが、全て御
仁に断られた後。﹃割りに合わない﹄とね﹂
﹁答えてよ∼聖玉草って何さ∼?﹂
しかしまたしても無視された。
﹁そこでギルドは未確定の情報としながらあんたの話をした。御仁
はその話に飛びつきあんたに話が出来るなら情報料を肩代わりして
もいいと言った﹂
﹁・・・ああ、そういうこと?﹂
ディスさんが通りの方に目を向ける、俺も続いて顔を向けた。
車輪が石畳を叩く騒がしい音が響きだし罵声や悲鳴が聞こえる。
そして冒険者ギルド街方面から人を跳ね飛ばす勢いで馬車が姿を
現した。
その馬車はいかにも高級品です!と言わんばかりに高価な装飾が
なされた黒塗りの箱型馬車で、持ち主が金持ちであるとはっきり主
張している。
俺はそれを見ながら言った。
﹁俺をここに足止めしたってわけだ﹂
﹁あんたがさっさとギルドに行かないからさ。お陰で仲間が探し回
るハメになった。服が違うから見つけられなかったようだがな﹂
﹁それはスマンね。で、御仁というのは?﹂
220
またしても無視。
馬車は屋台の前で急停止。
馬が悲鳴を上げる。
そして中から知った顔が現れた。
﹁﹃魔術師﹄リョウ=ノウマル様、﹃ギルド長﹄ビリド=ノート
様がお待ちです。ご同行願います﹂
出てきたのはノイン=フィテス嬢。
ギルドで俺の手続きを担当してくれた人だ。
微笑と共に揺れる黒髪、きっちりと整えられたギルド服。今日も
清楚で素敵だ。
﹁こんにちは。ノインさん?であってたよね。美人に﹃様﹄なんて
呼ばれると偉くないのに偉くなった気分だ﹂
美人秘書にどうぞこちらへって言われた気分。
ゾクゾクするねぇ。
﹁申し訳ありませんが時間が御座いません。お急ぎ下さい﹂
笑顔はそのままだけど声は少し硬い。
はぁ∼こういわれると断りたくなっちゃう天邪鬼な俺様。
でもギルド長の呼び出しだもんだなぁ。
仕方ないか・・・。
﹁わかりました。ディスさん、また食べにくるよ﹂
前半はノイン嬢に後半はディスさんに振り向いて挨拶をする。
221
﹁おう!!気をつけてな!!﹂
無駄にうるさい声で送り出された。
俺が馬車に乗り、続けてノイン嬢が乗ると即座に急発進。
一瞬引っ張られるが何とか耐える。
かなりの速度が出ているはずだけど馬車はそれほど揺れない。
せいぜいぼろい中古車程度の揺れだ。
さすが高級馬車、バネとクッション様様。
﹁ご都合も考えずお呼び立てして申し訳有りませんでした﹂
対面に座るノイン嬢が深々と頭を下げた。
﹁急がなくてもカードを取りに行く予定だったのに、一体どういう
ことです?﹂
謝罪については無視する。
この人はただの案内人、謝罪されても意味はない。
﹁お聞きになっていませんか?﹂
﹁俺がゴブリン・ロードを倒せる程度の実力者・・・である可能性
があって、ギルド長は聖玉草とやらを欲している。それだけは聞い
た﹂
﹁そうですか。詳しくはギルド長から直接お話がありますが、リョ
ウ様に聖玉草を取ってきて頂きたいということです﹂
﹁そのままだし、それ全部言っちゃってない?﹂
﹁いいえ﹂
それだけでノイン嬢が言葉を止めてしまった。
その先を聞きたいけどなんか話しかけられる雰囲気じゃない。
222
さすがにギルドに着いたら教えてくれると思うけど・・・。
車内が沈黙に包まれて十分。
馬車は冒険者ギルドに到着した。
今回は裏側の馬車用入口から入ったが、そこは何やら普通の入口
よりさらに高級感溢れる外観をしており、VIP専用入口といった
感じだ。
噴水が設置してあり庭も綺麗に整えられている。
馬車が停まるとわざわざ執事風の男が扉を開けてくれた。
そしてノイン嬢に案内されながら豪華な玄関を入り、赤い絨毯が
フカフカの廊下を歩いていく。
正直場違いです。
はい。今の服装は完全に街人です。
心は一般人の俺です。
心臓がどきどきと早鐘を打っています。
当たり前って顔してますが内心冷や汗たらたらです。
そんな状態で廊下を進み豪華な装飾が施された扉の前でノインさ
んが止まった。
そしてノックを数回。
﹁入れ﹂とすぐに低い男の声がした。
ノイン嬢が扉を開けて一礼。
﹁ノインです。リョウ=ノウマル様をお連れしました﹂
﹁通せ﹂
﹁はい﹂
223
完璧なやり取り、惚れるねぇ。
ゆっくりと中に入りながら視線をすばやく走らせて状況把握。
ここも豪華に装飾された部屋だった。
壁には絵画が飾られ巨大な壷なんかも置かれている。
当然明りはシャンデリア。
無駄に煌びやかだ。
中央にはこれまた幾らするかわからないソファーとテーブルが置
かれている。
そしてテーブルの先に座っているのが先ほどの声の主にして﹃ギ
ルド長﹄ビリド=ノートその人なのだろう。
・・・・・しかしなんというプレッシャーだ。
年齢は多分七十歳はすぎている。
髪も髭も白く体も小さい。
顔も杖を持った手も皺だらけで、どこをどう見ても老人です。本
当にありがとうございました。
で終わらしたいのに・・・体から発する圧力は部屋全体を圧迫し
ているんじゃないかと錯覚させるほどだ。
俺を見る眼光も洒落になってないし、怖いし。
まともにやり合うのは無理。
絶対無理。
そうとなれば後は単純。
ここは全てを受け流す!
三十六計逃げるが勝ちって偉い人も言ってたっす。
そんな決意を固めてソファーの横に立って先ずは挨拶。
﹁初めまして﹃魔術師﹄リョウ=ノウマルです﹂
しっかりと頭を下げる。
角度は九十度を維持。
224
一分、二分・・・・・・・・・ギルド長は何も言いません。
へ?
何コレ?
俺なんかした?
入ってきて挨拶しただけだよね?
﹃営業マニュアル∼初めての取引先編∼﹄にでも載ってそうな完
璧な挨拶だったのに。
俺が馬鹿みたいジャン!
・・・・ムカついた。
受け流すのヤメ。
なんだこの爺、馬鹿にしやがって。
爺が何も言いやがらないから勝手に座る。
ノイン嬢が俺と爺の両方を不安そうに伺いながらコーヒーを置き
そのまま壁際に下がった。
俺は腕を組んで爺を見る。
爺も俺を見るだけ。
コーヒーの白い湯気だけがゆらゆらと揺れて時間が経っているこ
とを教えてくれる。
しかし部屋の中は、時が止まったかのような沈黙と重たい空気が
支配している。
動かないことしばらく、カップから湯気が消えた頃になって爺は
やっと口を開いた。
せっかくノイン嬢が入れたコーヒーの冷めちゃったよ・・・。
225
﹁貴様がゴブリン・ロードを倒したのか?﹂
・・・カチン!ときたよ、ええとっても。
﹁貴様言うな爺、こっちは名乗った。それとも耳が遠くて聞こえな
っかったか?﹂
俺の言葉にノイン嬢がぎょっとする。
爺は目をほんの少し動かす程度だった。
﹁・・・ギルドの長にそんな口を聞くか?﹂
﹁こっちは名乗った、急な呼び出しにも来てやった、しかしテメェ
は俺からすればかなり失礼な態度をとってやがる。こっちが礼を尽
くす理由がなくなった﹂
足を組んでポケットから携帯を取り出し手の平に隠す。
魔道具のつもり。
一応の戦闘準備を整える。
﹁質問に答えろ。貴様のギルドカードと市民権の発行を止めるぞ﹂
ヒャッハー脅しが入りやがりましたよ。
これは宣戦布告というやつですね、わかります。
﹁好きにしな、そうなれば別の国に行くだけだ﹂
間髪入れずに俺は答える。
絶対にこの国じゃないといけないことはない。
こんなクソ爺が頭のギルドじゃなければ何処でも全然かまわない
んだよ。
226
爺が俺を睨む。
俺も爺を睨む。
今度の沈黙はブリザード吹き荒れる南極のど真ん中。
その中を凛としていたノイン嬢がおろおろしている様子はかわい
い。
かわいいは正義だ。
﹁・・・貴様が泊まっているのは﹃鞘の置き場亭﹄だったな?﹂
これは質問じゃなくて脅しだな。
貴様のことは何でも知ってるんだぜってやつか、呼び出す相手の
事くらい調べてるだろ。
驚くに値しない。
むしろこんなベタなこと言ってくるから内心は大爆笑だ。
脅しに対して俺の回答は沈黙を保・・・たない。
﹁知っていることをわざわざ口に出して確認しないといけないなん
て、耳が悪いだけじゃなく頭も呆けているんだな﹂
哀れだと嘲り込めて視線で笑ってやる。
目は口ほどに物を言うって奴だ。
爺は無視しやっがったが。
﹁あそこはギルドの加盟店だ。当然わしの命令は絶対だ﹂
﹁そんな誇大妄想を抱くようになるんだから権力に囚われた人間は
哀れだな。ああ可愛そうに﹂
表情も何も変わりゃしない。さらに無視しやがる。
別にいいけど。
227
﹁さっさと質問に答えなければ、貴様が宿に置いている魔道具を破
壊するぞ﹂
﹁だから。好きにしろって言ってるだろ?﹂
さっきから驚きっぱなしのノイン嬢だけでなく。
爺もわずかに眼を開いた。
やったね。リョウちゃん、爺が驚いたよ。
ちょっとすっきりした。
でも、そろそろ俺の精神力が限界に近い。
俺が知っている知識をフル活用して爺に対抗しているけどかなり
疲れてきた。 もう帰ってベットにダイブしたい。
﹁ワシは貴様の魔道具を壊すと言っておるのだぞ!?﹂
爺は慌てた様子でもう一度繰り返す。
はぁ∼。この馬鹿が。
﹁あんたのように呆けちゃいないんだ二回も言わなくても聞こえて
る。好きにしろ。ただし、そのときはあんたが大切にしているもの
全て破壊してやる。いいや、破壊してあげる。砂の一粒になるまで
ね。できないなんて思わないでください。力も覚悟もすでにここに
あるんですから﹂
俺は笑みを向けておく。
憎たらしく。
挑発的に。
見下しながら。
ついでに語尾にハートマークだって付けてやれるぜ!なんてね。
この笑みは俺の仕様。
228
敵に対する俺の作法ってやつだ。
翻訳するとこのケンカ買ってやるぜ。
俺はさっと立ち上がって踵を返す。
向けられた笑顔にたいして爺はいったいどんな表情を浮かべてい
ることやら・・・。
ノイン嬢が俺をひきとめようと手を伸ばすが無視しておく。
この人もあっち側の人間。
気にすることはないね。
部屋を出て乱暴に扉を閉めて歩き出す。
そしてかなりは離れたところで盛大に息を吐き出した。
様にはなっていたと思う。
でも心は荒れ果てたまま。
・・・引籠り一歩手前のオタクが似合わないことするもんじゃな
いな。
道が分からんが適当に歩いて外に出る。
そう長い時間じゃないと思ってたけどすでに夕日が見える。
もう、疲れたから帰って寝よう。
帰りの道中は何かをする気なんか起きる筈もなくまっすぐ宿に戻
った。
﹁おかえり!ギルドカード貰えた?﹂
﹁へぇ、服とっても似合ってる。綺麗だよ﹂
宿に帰るとサラが朝に受け取っていたワンピースを着て出迎えて
くれた。
229
精神的に消耗した俺は周りの事なんかかなりどうでも良くなって
いたがあっさりと褒め言葉が出すことが出来た。
﹁惚れるなよ!﹂
まるでマンガに出てくる貴族の令嬢がするようにスカートを摘ん
で膝を曲げて挨拶。
ついでにウインクも一つ。
何時から着ているのか知らないけどすでに結構な人に褒められて
るのかもしれない。
対応が酔っ払いをあしらうくらいに軽いんだもん。
﹁ああ、姫のその可憐な姿。それを見るだけで俺の心はますます燃
え上がってしまう・・・﹂
意味も無く安っぽい演劇でもするかのようにちょっと大げさに言
ってみた。
あほっぽいなぁ。 ﹁なにそれ∼下手すぎだよ∼﹂
あっさり突っ込まれた。
だめだねぇ、歯が浮くようなセリフはまだまだ練習しないと。
﹁とりあえずご飯もらえる?﹂
﹁はい、カウンターで待ってて﹂
サラが引っ込んで数分で料理は出てきた。
今日のご飯は、ビーフシチューにパンとサラダ。
シチューは苦手だけど肉がしっかりとしていて味もとても好みで、
230
これは美味しく頂けました。
そして今日も外野に絡まれることもなく食事を終えて部屋に戻る。
原付は何事も無くそこにありました。
まぁサラの反応から予想はしてたけど・・・。
勝った!たぶん爺とのチキンレースに勝った!ヒャッホーイ!!
・・・けどカード貰えてないから実質負けだよね∼。
勝負に勝って試合に負けた・・・。
しかもギルド長にケンカ売られて買っちゃったし・・・。
はぁ∼。
これからどうしよう。
うーんうーん。
だぁ∼もうわけわからんし!!
今日は不貞寝する!
おやすみ!!
231
原付﹁い、今更何の用よ!!﹂
ドンドンドン・・・・
﹁・・・リョウ!起きて!!早く!!﹂
ドンドンドドン・・・
朝っぱらから頭に響く音だ。うるさいなぁもう。
穏やかな寝起きとはほど遠い扉が吹き飛ぶんじゃないかと思うほ
どのノック・・・これはノックと言っていいんだろうか?
ぶん殴って扉を破壊するつもりじゃないのか?
蝶番も壁もミシミシ鳴ってるし、天井から埃が落ちてきてる。
俺の爽やかな朝は埃と共に訪れたらしい。
はぁ、まぁそんなことはどうでもよくて、サラが俺を起こしにき
たらしい。
しかも急ぎで。
ここは期待に答えるべきだろう。
﹁ただいまリョウは寝ております、御用の方は発信音の後にメッセ
ージをどうぞ。ぴー・・・﹂
﹁わけのわかんないこと言ってないで起きて!大変なの!!﹂
寝ぼけた頭で考えた朝一番のボケをワケワカメとか言われた。シ
ョックだ。引籠ろう。
でも、鍵を開けて入ってくるつもりは無いみたいだけど、ここま
で五月蝿くされると二度寝することも出来ない。
232
﹁わかったよ、すぐ行くから先に行って待ってて﹂
とりあえずドアに向けてそう言っておく。
﹁早く、早くね!!﹂
サラはまだ扉の前にいるみたいだけどとりあえずノック攻撃が止
まった。
チャーンス!
俺は欠伸一つかましてもう一度布団に篭る。
羊が一匹・・・・・・ 羊が二匹・・・・・・
羊が三匹・・・・・・
羊が四匹・・・・・・
羊が五匹・・・・・・
羊がろっ
﹁寝るなぁ∼∼∼∼!!!﹂
ゴンゴンゴンゴン・・・・!!!!
チッばれたか。
さっきより音が酷くなった。
離れた気配がしなかったから、たぶん聞き耳立ててやがったな。
233
はぁ、しかたない。
爆撃音をBGMにのそのそと着替えてドアを開ける。
﹁遅い!!もう鐘7つよ!!昨日早く起きるって言ったじゃない!
!﹂
かなりお冠な様子。
可愛らしいそばかす顔が般若になってるよ。
それでも愛嬌があるのは変わりないけど。
﹁善処するって言っただけ、検討するだったか?絶対起きるとは言
ってないよ﹂
﹁屁理屈言わないの!次からちゃんと起きる事!!わかった?﹂
﹁はいはい、わかったことにしなくもないようなそんな雰囲気があ
ったりなかったり﹂
﹁あーもぅ!!ちゃんと起きるの!!﹂
君は牛か?もしくは俺の母さんか?
ってさすがにからかい過ぎるのは問題なので話を戻す。
﹁はいはい。わかりました。それで何か用事があったんじゃないの
?﹂
﹁リョウが変なこと言うからじゃない!ってそんな場合じゃないわ、
大変なのよ!!﹂
﹁なにが?﹂
火事でも起こったのだろうか?
でも、それなら火事だー!って叫ぶだけで事がすむな。
﹁だから大変なのよ!ギルド長様が来たの!!﹂
234
﹁うん?﹂
・・・様付けなんだ、文法的におかしくないか?
ギルド長ってそれ自体が敬称のはずだから、それに様つけるって
佐藤様様って言ってるのと同じじゃ・・・。
﹁止まってないで早く!!﹂
サラに腕を掴まれて引き摺られるよう歩き出す。
せっかく文学的考察に浸っていたのいうのに・・・。
﹁ここに来てから朝が平穏だったためしが無い﹂
﹁それは全部リョウのせいでしょ!?﹂
﹁事なかれ主義者で平和主義者の俺が何したってんだ﹂
はぁ、ため息が出る。
かなりブルーな気分になりながら、強制的に連れてこられたのは
食堂。
待っていたいのはマスターにおばさん、ノイン嬢に見知らぬ中年
とギルドのクソ爺。
聞いていたとはいえ、朝から嫌なもの見ちまったよ。
俺は爺を視界に入れた段階で進行方向をカウンターへと向けて着
席。
爺達に背中を向ける。
﹁マスター朝食一つ﹂
﹁ちょっとリョウ!?﹂
サラが俺を咎めるが無視する。
マスターは何かを感じたのか厨房に入っていった。
235
﹁リョウ=ノウマル殿だね。私はノリド=ノート。副ギルド長をし
ているものだ。話を聞いてもらえないかね?﹂
中年男性が声を掛けて来た。
ギルドの人間らしいけど一応初めての人なので最低限の礼儀は尽
くすことにする。
﹁始めまして副ギルド長。私は﹃魔術師﹄リョウ=ノウマルです。
すいませんが朝食が済んでいませんのでまた明日にしてください﹂
カウンターの円椅子を回してペコリと挨拶。
言い終わったらすぐにくるりと椅子を回してカウンターへと戻る。
一瞬だけ視界に入った中年、ノリドさんは中々にダンディな渋い
声と外見の方で結構いい男だった。
将来の理想像にしたいくらいだね。
でもすこし顔色は悪く、頬もこけていた。
﹁明日ではまた朝食の時間になってしまうよ。そのままでもいいか
ら聞いて欲しい﹂
﹁・・・わかりました。聞くだけなら﹂
クソ、引っかからなかったな。
このまま帰ってくれれば楽だったのに。
俺は振り向くこと無く声だけで了承する。
今度はサラも何も言わないかった。
そこにマスターが朝食を持ってきた。
朝ご飯は昨日と同じシチューとパン。
サラダは無いみたいだ。
236
﹁まずは、昨日父がしたことを謝らせて欲しい、すまない﹂
﹁あなたに謝ってもらっても意味はありませんが、とりあえず受け
入れます﹂
そうか、よく思い出せば苗字が一緒だ、気が付かなかったな。
ってしまった、聞くだけだったのに反応しちゃったよ。
しかたないか、ひとまず、水で口を濡らしてからパンを齧る。
・・・パンが少し固い。
﹁昨日父があなたを呼んだのは聖玉草を取りに行って欲しかったか
らです﹂
﹁それはノインさんから聞きました﹂
口がパサパサになったのでシチューを頂く。
色も匂いも昨日と同じ癖に味が全然違う、さらにうまみがまして
やがる。
でもちょっと濃すぎないかな?
﹁そうですか、その理由は聞きましたか?﹂
﹁いいえ、誰も言いませんでしたし今となっては興味もありません
から﹂
固いパンをシチューを付けて食べてみる。
固く味もほとんどしないパンに濃いシチューが丁度いい塩梅に染
み込んで無茶苦茶うまい。
なるほど、二つの悪い要素はこのための布石だったのか。
やるなマスター。
﹁そうかい、それでも聞いてもらわないといけない。聖玉草はね、
ある病気の特効薬になるんだ。珍しい病気なんだが、その薬を飲ま
237
ないと一週間と持たないんだ﹂
﹁・・・まさか週熱病か!?﹂
声を上げたのはカウンターの奥にいたマスターだ。
どうやら知っているらしい。
﹁そうです・・・。私の娘が二日前の夜にその病にかかりました。
それから八方手を尽くしていますが聖玉草は手に入っていません。
医者もあと五日の命と・・・﹂
なるほどそれで顔色が良くないわけだ。
娘がそんな病気にかかればそりゃ心配だろうさ。
﹁どうかお願いです。聖玉草を取ってきて下さい。お願いします﹂
﹁嫌です﹂
俺は即効で断る。
俺を除いた全員が息を呑む。
このパターン前にも無かったっけ?
時が止まった空間で立ち直りが早かったのはノリドさんだ。
﹁ど、どうしてですか?﹂
﹁理由は幾つもあリますよ、全部言いましょうか?﹂
﹁・・・お願いします﹂
一瞬の間があったが少し震える声で返事をしたノリドさん。
ふむ、覚悟はそれなりにあるようだ。
俺は椅子を回してノリドさん達に向き合ってからすぅっと息を吸
い込み口を開いた。
238
﹁爺さんが気に入らない俺の大切な魔道具を壊すと言ったのが腹立
つ呼びつけたくせにケンカ売ってきたのが笑えるギルドカードも市
民カードもよこさなかった脅してきたのも許さないいまだに謝って
もいない聖玉草が何なのかしらない週熱病?知ったことじゃない別
の人に頼めめんどくさい朝を邪魔された眠いスープおかわり以上・・
・はぁ∼﹂
吸い込んだ酸素の限界まで一気に捲くし立てたから疲れた。
一回深呼吸してから空なった皿をサラに渡す。
反射で受け取ったサラだけど呆気に取られたのか動かない。
おかわりプリーズ!って喋った内容の最後のほうは関係ないな。
﹁・・・父はそんなことまで?﹂
ノリドさんの声が低くなった。
サラもマスターも爺を見ている。
どうやら非難のまなざしが爺に集中しているようだ。
ザマァ!
﹁ははは、笑えるだろ?いきなりケンカ吹っかけたんだぜ?俺はあ
りがたく買わせて貰ったというわけだ!副ギルド長には悪いが絶対
に受けることは無いね﹂
ほんと大爆笑だ!!
﹁父さん!なぜそんなことしたんだ!!﹂
怒ってる怒ってる。
いやぁ人の怒りってのは怖いねぇ。
ノリドさんの非難が続く中、ずっと黙っていた爺がやっと声を出
239
した。
﹁・・・そやつが本当にロードを倒したか聞いただけじゃ﹂
﹁はん?あれが人に物を尋ねる態度かどうかお偉いギルド長様はわ
からないらしいね﹂
﹁貴様!!﹂
﹁父さん!!﹂
俺に杖で殴りかかってきそうだった爺をノリドさんが止めた。
別に止めなくてもよかったのに。
せっかくわざと怒らして殴られた所を正当防衛発動してボコって
やろうと思ったのに。
残念残念。
﹁ノインから聞いたつもりだったが父をかばっていたらしい、本当
にすまない﹂
ノリドさんが深々と頭を下げる。
べつに頭下げられてもねぇ?
﹁最初に言いましたよ、あなたが謝っていも意味がないと﹂
﹁ギルドカードも市民カードも私が責任を持ってお渡しします。だ
から!﹂
﹁あなたは所詮副ギルド長でしかないんですよ?トップがNoと言
えばそれまでです。話は終わり。ここにいたら俺の魔道具は壊され
そうなので別の国に行きます。サラさん達お世話になりました。残
りの宿代は好きにしてください﹂
言い終わると同時に俺は立ち上がって部屋に足を向ける。
シチューのお代わりもらってないけどいいや。
240
﹁・・・待ってくれ若いの﹂
沈黙が部屋を支配する中、背後から爺の声が聞こえた。
とても小さい声だったから聞こえないフリをしてもよかったが・・
・すでに反応してしまった。
中途半端に立ち止まった俺は振り向いて爺を見る。
昨日の威圧感はどこへやら年相応の老人がそこにはいた。
﹁若いの・・・すまない﹂
爺は小さい体を曲げて頭を下げた。
﹁ワシは孫のことで頭が一杯になっておった。若いのが部屋に入っ
て一目見たとき覇気も何も無いこんなの奴に孫の命を託さないとい
けないと思うとワシは自分が情けなくなってしまって八つ当たりし
てしまった。本当にすまない﹂
・・・謝る気あるんだろうか?
そりゃ現代ひ弱っ子代表のオタクを見れば覇気なんかこれっぽっ
ちもありはしないだろうけどさ。
いや、自分で納得してどうするよ。
でもまぁ一応プライド高そうな爺が頭下げてるわけだしね。
﹁ギルドカードと市民カード﹂
俺はそれだけを言う。
﹁ノイン﹂
﹁はい﹂
241
爺さんがノイン嬢を読んだ。
ノイン嬢は二枚のプレートを取り出し俺に渡した。
﹁こちらのプレートがギルドカード。もう一枚が市民カードです﹂
鉄のプレートに文字が彫られているだけに見えるが、色々と魔石
を使って情報が入っているんだろう。
俺はそれをマスターに見せる。
﹁これ本物ですか?﹂
視線の端でギルド組三人が苦い顔をするのが見えた。
謝ったとはいっても爺さんがあんなだった以上無条件で信用でき
ない。
マスターはカードを手にとって調べると頷いて返してきた。
﹁大丈夫だ。問題ない﹂
マスターもギルド側と言えなくもないが信用しておこう。
俺はそれをポケットにしまう。
﹁爺さん、とりあえず謝罪を受け入れます。孫の大事となれば視野
は狭まるでしょう。ただし、二度目は無い。覚えておいてください﹂
﹁わかった。若いの、すまなかった﹂
俺は出来るだけ冷たい声を出して警告しておく。
爺さんはそれを聞くともう一度頭を下げた。
うん、全然許していないがとりあえず心の中にしまって忘れたフ
リをしておく。
242
﹁よかった。これで聖玉草を取りに行ってもらえますね﹂
ノリドさんがほっとしたようにそう言ったが
﹁あ、それとこれとは別﹂
俺の返事に全員がこけた。
漫才じゃないんだからそろってこけるなよ。
﹁これもさっき言ったけど、俺、聖玉草がどんなものか知らないん
です。どこに生えてるかも知らない。ちらっと聞いたところによれ
ば他の冒険者全が員断ったそうじゃないですか、そんな危ないの行
く気はないですよ﹂
﹁ちょっと!今までのやりとりはなんだったのよ!!﹂
これはサラだ。
﹁爺さんが俺にケンカを売ったことに対する謝罪だろ?話としては
マイナスだったものがゼロになっただけ﹂
本当はマイナス値が限界突破して顔を見るのさえ嫌、同じ空間に
いるだけで気持ち悪い。もう二度と会いたくありません、からマイ
ナス1000ポイント、とりあえず忘れたことにしておいてあげる
けど積極的に関わろうとは思いません、くらいになっただけ。
俺は恨み事に関してはしつこいのさ。
こけていた爺さんが何かいいたそうだったがそれより早く立ち直
ったノリドさんが口を開いた。
﹁ゼロなんですね、わかりました。説明します﹂
243
いや、だからゼロじゃないってばって、口に出したわけじゃない
から仕方ないけど。
喋りだしたノリドさんの話をまとめるとこんな感じだ。
近辺に聖玉草を持った人がいないのは情報屋ギルドが言っていた
通り、そこであと五日以内で取りにいける場所で聖玉草が生えてい
るのが王都から北に馬を全力で飛ばしまくって約二日行った所にあ
るノルン山脈。
その山脈の中腹に極少数だが生えている可能性があるとか。
その時点でかなり無茶だがそれだけなら他の冒険者も断る理由に
ならない。
問題は今の季節その山で翼竜が産卵を行うそうだ。
他の動物の例に漏れず繁殖期は大変凶暴になるとかで山に慣れた
その土地の狩人でさえ入ることは出来ない。
一匹だけならどれだけ凶暴化していようが上位の冒険者で何とか
なるのだかそこには大量の荒ぶる翼竜達・・・。
ちなみに翼竜のランクはB+。
ゴブキンより高かったりする。
つまり、馬を乗り潰す勢いで休憩無しでまる二日走らせ、一日も
なく荒ぶる翼竜の中、山を駆けずりまわって聖玉草を見つけてまた
二日で戻ってくる。
﹁無理じゃね?﹂
思わず素の言葉が出た。
﹁爺さんが余計なことしなかったら五日と半日あったのに今はさら
に時間は減っていると、しかも五日ってのも病気の進行次第じゃ確
実じゃないときてる﹂
244
爺さんが項垂れている。
最初の威厳はどこに行ってしまったんだと言いたいくらいに完全
にただの老人となっている。
﹁山の麓にある村にあった聖玉草も同様の症状が出た子供に使って
しまったと・・・。もう娘を救うにはあなたを頼るしかないんです﹂
テーブルに頭をつけてノリドさんが言った。
﹁ロード倒せたからって翼竜が倒せるわけじゃないっての・・・﹂
﹁ゴブリン・ロード倒せるってリョウって強かったんだね・・・﹂
サラが呟いた。
﹁Cランクの冒険者苛める場面見てただろ?﹂
﹁そうだけど、どうも寝起きの様子とか見てるとね﹂
確かにそうだ。
眼鏡の現代ひ弱っ子見てたらそうなるわな。
ふぅ、できるなら最初の依頼は魔術の練習がてらに簡単なものを
受けたい。
最初からこんなにハードなのは勘弁なのだ。
それにゴブキンに術が有効だといっても翼竜に効くとは限らない。
仮に効いたとしても大量に囲まれて全てと戦うことになったら体
力が持つかわからない。
用は魔力切れで肉弾戦でフルボッコは勘弁である。
・・・しかし、しかしである。
もしうまくいったらこれはかなり期待できるんじゃないだろうか?
これだけ難しい仕事をこなせばかなりの実りが期待できる。
今後の仕事もやりやすくなるかもしれない。
245
もとから失敗して当たり前の依頼。
危なくなれば逃げればいい。
無理だと判断すれば時間切れを待ってからワザとと汚れて登場と
か。
最悪そのままバックれる。
うん。いい手かもしれない。
そうとなれば。
﹁・・・報酬は?﹂
﹁受けてもらえるのですか!?﹂
ノリドさんと爺さんの顔が明るくなる。
﹁成功を保障できるものじゃないです。分かっていますね?﹂
﹁わかっとる。こうなったのもワシが時間を無駄にしたせいもある
からの﹂
これだけはしっかりと確認しておかないと。
それに対して爺さんはしっかりと頷いた。
これでトップのお墨付きが出た。
信頼できないが信用しておく。
﹁報酬は白金貨100枚でどうでしょうか?﹂
﹁しろっひゃっく!!﹂
ノイドさんが提示した額にサラが無茶苦茶驚いている。
そりゃ街の住人からしたら多いだろうけど俺からすればまだ足り
ない。
一級市民権買ったらそれで終わりだもん。
俺が上乗せを要求しようとしたとき。
246
﹁馬鹿もんが!ワシの孫でもあるんだぞ。間に合ったなら詫びも含
めてワシからも100枚だす合わせて白金貨200枚だ!﹂
﹁にひゃっ!!きゅう∼∼∼・・・﹂
サラがあまりの金額に倒れた。
慌てて受け止めるおばさん。
知ったことではないから無視する。
こういう場合は交渉してさらなる値上げを狙うべきだけど、提示
された金額は家も買って奴隷も買える額だから十分かな。
だから何か別のこと・・・。
うーん。思い浮かばない。
俺の貧弱な頭脳が恨めしい。
﹁そうですね。あと俺が困ったことがあったとき何かしら便宜を図
ってください。それほど無茶な要求はするつもりありませんから﹂
自分でもどうかと思うあいまいなこの要求に二人は頷いた。
﹁孫の命の恩人となれば幾らでも﹂
﹁私もです﹂
よし!そうと決まれば。
﹁それじゃ準備をしてすぐに出ます。ノルン山脈までの大きな地図
と山のどの辺りに生えているかわかる詳細な地図。聖玉草がどんな
ものなのか分かる詳細な絵とどうやって保存して持って帰ってこれ
ばいいか、あとは、翼竜に関する情報を教えてください﹂
﹁ノイン聞いたな。地図と絵だ、急げ!!﹂
﹁はい!﹂
247
ノイン嬢が宿を飛び出した。
下っ端は大変だ。
﹁翼竜についてはワシが話す﹂
爺さん翼竜のこと知ってるんだ。へぇ∼。
まぁ仮にもギルド長なら当然か。
﹁やつらは竜と名前がついておるが実際は骨と皮だけのデカイ鳥だ。
翼を広げた大きさはこの部屋程度、爪と牙が強力じゃ。それ以外に
鳴き声に注意すればよいが、ドラゴンみたいに火を噴くわけでもな
いからの、たいしたことは無いじゃろ﹂
それでもかなり強敵のようだ。
部屋の広さはおよそ15∼20mくらい。
大きさからしたら以前航空ショーで見たレプリカの零式艦上戦闘
機程度の大きさか。
かなりの化物だな。
﹁取ってくる余裕は無いだろうが、爪と牙が売れる。骨も使えん事
は無いが安い。魔石はだいたい二等級だったかの﹂
ほほう!それはそれはいい情報だ。うまくすれば臨時収入が見込
めそうじゃないか。
﹁わかりました。ありがとうございます﹂
俺は礼を言って部屋へと向かおうとしたが、
248
﹁ちょいとお待ち﹂
今まで完璧に空気だったおばさんが俺を呼び止めた。
﹁朝方、エアロの下っ端がこれを届けにきたよ﹂
オバサンが差し出した袋を受け取る。
中を覗き込むと入っていたのは俺の作業着だ。
よっしゃ!ナイスタイミング!!
これがないと始まらないぜ。
おばさんにも礼を言って今度こそ俺は部屋へと戻った。
249
原付﹁い、今更何の用よ!!﹂︵後書き︶
次回、主人公舞う!
250
原付﹁こら、ガキどもつつくな!・・・ってあの音は何?﹂
原付を出すのってなんとなく久しぶりに思う。
作業着に着替えて鞄を肩にかける。
最後はハーフヘルメットを頭にのせれば完璧。
お仕事に行く完全装備で東門に到着。
ここも北門と同じく人で溢れている。
大通りの四隅に露天があるのも一緒。
冒険者向けの店ばかりなのと商人と奴隷たちじゃなく、冒険者と
商人と奴隷に変わったのが違うくらい。
そんな中で注目を集めているのが俺達・・・というかギルド長と
副ギルド長。
本当ならこんなトコにいる人じゃないから皆さん興味深々みたい。
えぇーい、邪魔だ!こっちみんな!
注目度は満点です。
私はお菓子のおまけです。
ざわざわと噂が飛び交っているようですが、みなさん俺なんかた
だの端役のモブキャラですからきにしたら駄目ですよ∼?
ギルド長の横にいるからって、そこの人が言ってるみたいな凄腕
とかじゃないですから・・・ほんとヤメテくれ・・・。 さて、なんでこんなところで待っているかといいますと、地図と
絵を用意しているノインさんと合流するため。
北門だとギルド本部と宿屋の位置関係上無駄に時間がかかってし
まうから。
その他の準備はすでに完了。
マスターが水袋と保存食を準備してくれた。
251
着替えも街人服だけどある。
それと目に入った露店で少し出費して念のために大型のナイフを
買った。
剣や槍は重くて持てないし原付には邪魔。
でもナイフなら場所も取らないし、すばやく使えて邪魔にならな
い。
市場の品だから強度とかの信用っていうのか、ボッタクリ品じゃ
ないかちょっと心配だけど試し斬りさせてもらった感じでは大丈夫
だった。
もし何かあったら、そのときはこれを売ってた露店主を氷付けに
しよう。
ただし俺が八つ裂きになってなければの話だけど。
あとお金は必要最低限。
貨幣って大量に持つと重たいのよ。
魔術で飛んでいくにしても軽いにこしたことはないし。
こうして準備を済ませた俺は早く早くと急く中年と爺二人を眺め
ながら待っていた。
そして十分ほどしてからノイン嬢が馬に乗って馬車と共に駆けて
きた。おや?
ノイン嬢は目の前まで来ると馬から飛び降りばっと地図を広げた。
か、かっこいい。スカートの中が見えなくて残念だけど。
﹁これが地図と絵です。現在がここ王都で東門から出てぐるりとを
外壁を周って北門へ行って下さい。その後は一直線に北へ。そうし
ましたら山脈の麓に着きます。麓には村がありますのでその村でこ
の地図を見せれば聖玉草の生えている場所を教えてくれます﹂
252
汗をかいているのに拭う間を惜しんで地図を指していくノイン嬢。
色っぽいなぁ。
もうちょっと服の生地が薄ければなおいいのに・・・。
そんな考えは一分も出さずに地図を眺める。
地図の精度はやはりといいますか良くは無い。
大体の位置関係が分かるといった程度のものだ。
しかし、北へ向かうだけならば問題無さそうだ。
﹁こちらは聖玉草の絵です。特徴的で近くには似たような草は無い
そうで、見ればすぐに分かるだろうと先生はおっしゃっていました﹂
医者の先生かな?了解
﹁草の高さは手のひらくらいで名の由来になった葉の膨らんだ部分
だけを潰さないようにこれに入れて持って帰ってきてくだされば大
丈夫です。数は最低で三つあれば薬が作れるそうです﹂
地図と違って色付きで丁寧に書かれた聖玉草の絵。
尖った葉のなかに先端がハートかスペードのような形をした膨ら
みが幾つか見受けられる白い草。
これを渡された15センチ角の木箱に潰さないよう三つ以上入れ
て持って帰ればOKっと。
木箱と地図を鞄にしまう。
﹁最後にこれを﹂
ビー球のような赤い玉を渡された。
説明してくれたのは爺さん。
﹁へたに希望はもたんほうがいい、それは若いのが死んだら一緒に
253
割れる。ここにある対となってるものと一緒にな﹂
爺さんの手のひらには白い玉。
・・・・・・・なるほどね。
これでバックれるという選択肢は潰されるわけだ。
微妙に気に入らないが、便りが無いのは辛いだろう。
これでも大人ですからね、理解しますとも、してやりますよ。
﹁そのほうがいいでしょう。死ぬ気は毛頭ありませんが﹂
ノリドさんもすいませんと頭を下げた。
俺は赤い玉をポケットにしっかりとしまった。
﹁その魔道具では馬には乗れません。この馬車に乗せてください。
馬車馬のなかで一番足の速いものを用意しました﹂
発言したのはノインさん。
そっか、その為の馬車だったわけだ。
そりゃ原付のこと知らないもんね。
でも、お金が手に入るならもう隠す意味はないと思うんだ。
﹁無駄な準備させてしまったかな﹂
﹁どういうことですか?﹂
﹁馬車は必要ないのさ﹂
ちょっと格好付けてニヤリとニヒルに笑ってみる。
外に出る手続きは先ほどの間に終了。
王都の中と主要街道は石畳が敷かれている。
254
つまり・・・。
俺は原付に座りキーを回してスタンバイへ。
そしてブレーキを引いたままスタートボタンを押してアクセルを
捻る。
ぼろいエンジンが一気に唸りをあげて爆音と共に回りだす。
噴出す黒い排気ガス。
久しぶりの機械の臭い。
周りを囲んでいた全員が驚いて離れる。
﹁それでは、五日以内に聖玉草を持って帰ってきます!﹂
音に負けないように俺が叫ぶ。
﹁頼んだぞ!﹂﹁お願いします!﹂﹁無事なお帰りを!﹂
驚いて逃げていた三人もしっかりと返してくれた。
オッケー・・・・それじゃレッツゴー!!
ブレーキを離してフルスロットル。
メーター限界の60km/hを出してかっ飛んでいく。
背後からの驚愕、歓声、悲鳴が一瞬のうちに風の音と共に後方へ
と流れ掻き消えた。
ちょっと優越感。
バラックが立ち並ぶ貧民街を数分で通り抜けて進路を北へ。
石畳もすぐになくなり振動が激しくなったところで魔術に切り替
えてエンジンカット。
地面すれすれを滑りながらさっきよりも痛い風を受けて進む。
さっきの話、馬だったら聖玉草を取ってくる時間はギリギリ、と
255
いうかたぶん足りない。
以前興味本位で調べたら馬の本気はサラブレッドで大体70km
/hほどらしい、しかもほんの数分だけ。
しかしこっちは俺の体力次第で原付の限界以上の速度が出せる。
つまり実質70km以上を数時間キープできるのだ。
風だって我慢次第。
失敗しても仕方ないはなしだけど、報酬が入れば﹃成金うはうは
生活﹄がまっている!!
俺はやるぜぇーーーー!!ヒャッハーーーー!!
途中も休むことなく走る。走る。走る。
お昼も多少速度は落しつつも準備してもらっていたサンドイッチ
を片手で摘み、水筒から水をこぼしながら流し込む。
魔物?なにそれおいしいの?
姿なんか数秒で影も見えなくなりますが何か?
ところどころで馬車を追い越しすれ違い驚かれながらも体力を減
らしながら進む事数時間。
夕暮れは過ぎ黄昏も過ぎて半刻。
山脈の影が不気味に伸し掛かるような時になってやっとこさ麓の
村に到着した。
256
麓の村、一番大きい家。
発見した村長宅を叩いた時は息も絶え絶えで、病人か?と驚かれ
たくらいだ。
朝出るのが遅かったが馬で約二日の距離を十時間。
およそ半日で走破することに成功した。
俺様すごい、脳内麻薬は偉大だ。
その全てが妄想で出来ているのは俺だけの秘密。
村長に息切れしながらも何とか事情を話して、その日は休ませて
もらった。
次の日、なんとか昼前には起きることが出来たようだ。
実は貸してもらったベッドにどうやって入ったのか自分では覚え
ていない。
村長の奥さん、ペトさんが心配して俺の頭に塗れたタオルを置い
てくれていたことから、かなりの醜態をさらしていたことは確かな
ようだ・・・。
うう、恥ずかしい。
まぁ、そのおかげもあったのか完全復活とは行かないまでも八割
程度は本気が出せそうだ。
翼竜相手には不安だが時間は限られている。
﹁もっと休んでからにしやさい、そんな∼じゃあんたがまいっちま
うでぇ∼﹂
257
この世界にも方言があるのか・・・。
妙な訛り言葉でペトさんが心配してくれた。
﹁そう∼じゃんぅ、魔導師ゆぅうても体壊したらなんもならぁーて
ぇ﹂
これは村長のズヒさん。そう言われた所で金のためには急がない
といけないのだ。
﹁いえ、病気で苦しんでいる子供が居るんです。休んでなんかいら
れません!﹂
﹁・・・そおか、今時りぃっぱなおひとじゃ。わかたぁ、出来るだ
けのことぉしょ﹂
﹁あんだぁ、今めしぃ持って来たる、食って力つけていきんさぁ!﹂
俺の言葉に二人は感動したようだ。
ふふ、ちょろいね。
爺さんと婆さんを騙すのはほんの少し、耳掻き一杯程度は良心が
痛むが結果は同じなんだしいいだろ。
結果よければ全てよしってね。
とりあえず、口に合わない山菜盛りだくさんの暖かい食事を頂く。
顔面に笑顔を貼り付けてお世辞まで言っちゃってますが、苦くて
まずいです。
その間にズヒさんが村の若い連中を連れてきて山脈周辺の地図と
共に聖玉草の大体生えている位置を探してくれてた。
場所は山の中腹らしい、俺の少ない体力でもなんとかたどり着け
そうだ。
こうして準備が済んだところで村を出発、山登りを開始。
最初は森が日差しをさえぎる緩やかなハイキングコース。
景色もいいし、なかなか綺麗な場所だ。
258
原生林って言うんだっけ?
人の手があまり入ってないからそれだけで綺麗に見える。
そうそう、原付は魔術で浮かせられるとはいえ山道では完全にお
荷物なので預かってもらった。
﹁今年はまだ翼竜の数は少ないようです。しかし凶暴なのはいつも
以上かもしれません。近隣の村と合わせて三人がすでに亡くなって
います﹂
途中までの道案内に若い衆が四人ほど付いてきてくれたが、こい
つらの言葉は普通だ。
﹁そうですか。亡くなられた方が安らかに眠ることを願います﹂
こういう言葉はかけるべきかな?
﹁ありがとうございます。天界で聞いて喜んでいることでしょう﹂
あ、大丈夫みたい。こんなところで宗教関連がでるなんてね。
天界か・・・ファンタジーな世界だから天使とか本当にいそうだ。
宗教関連だけでなく村の情報も手に入れるため少し話しかける。
本当は若い衆の緊張感が痛いので沈黙は避けたかった。
こうやってつらつらと話ながら進んでしばらく、少し開けた場所
で若い衆が立ち止まった。
﹁我々は残念ながらここまでです。最後まで付いて行きたいですが、
冒険者でも無い私達では足手まといになるいますから・・・﹂
悔しそうに若いアンちゃんが言った。
他の三人も無力感で一杯なのか悔し涙を流してる奴までいるよ。
259
村の男は熱いってか、マッチョだね、でも別に気にしなくていい
のに。
本当に邪魔にしかならないんだから。
﹁ここまで来てくれただけでも心強いです。ありがとうございまし
た。これを受け取って下さい﹂
社交辞令全開で返答しておく。
あとはついでとばかりにポケットから金貨を十枚ほど渡しておく。
若いあんちゃんは俺に釣られて自然と手を出して受け取った。
﹁これは・・・?そんな、金貨!?も、もらえません!!﹂
金貨を見て断固拒否らしい。
他の三人もぎょっとして口々に拒否する。
もうすぐ大金が入るんだからこんなはした金たいしたこと無いの
に。
俺の﹃うはうは生活﹄が目前に迫った記念にここは気持ちよく受
け取っとけって。
﹁いきなり来て一泊させてもらいご飯まで頂きました。さらに危険
を承知でここまで付いてきてくれたんです。心ばかりの気持ちです
受け取ってください﹂
﹁しかし・・・﹂
まだ固辞するか。
なんとまぁ頑固だね。
しかたないな、少し気持ちを楽にしてやりますか。
﹁どうせ私が持ったまま死んだら無意味になります。そうですね・・
260
・。じゃあ無事に帰ってきたら半分返してください。あとは魔道具
の預かり金ということで﹂
﹁・・・わかりました。あれは責任をもって保管します。絶対に返
しますから帰ってきてください!﹂
アンちゃん達の中でかなりの葛藤があったようだが悩んだあとで
了承してくれた。
まったく。手間取らせやがって。
こんなサービスめったに無いんだからね。
﹁今日中には戻りますよ。そしたらおいしいご飯お願いします﹂
﹁はい!御武運を!!﹂
御武運を・・・か。
そんなに気張るような話じゃないだろうに、どこかで見たであろ
う見よう見まねな不細工な敬礼が四つならんだ。
頭じゃなくて胸に手を当てる奴だね。
俺は頷いて返礼してから森を一人で進む。
そしてしばらく歩いて四人が見えなくなったところで思った。
俺死亡フラグ立てたんじゃないかと・・・。
いや、いやいやいや。
そんなことないね。
悪い創造に捕らわれたりなんかしないさ。
その幻想をぶち壊しておく。
こんな感じの悪い予感はだいたい当たらない。
当たらないったら当たらない。
261
大丈夫大丈夫。
そんなわけで足取り軽く進んでいく。
小川を渡って岩から岩に飛び移って、大きな木の股を潜り、さら
に昇ったところで視界が開けた。
﹁はぁはぁ、たしか、森林限界ってやつだっけ・・・﹂
すでにばてている。
足取りは無茶苦茶重い。
標高が高くなれば空気も少なくなるし息をしようとするだけで疲
れる。
実際にはそれほど標高も高くないはずだけど、ひ弱な現代っ子に
は辛いぜ。
もう、なんでもっと運動しておかなかったかぁ・・・。
今更の後悔じゃ遅すぎるけどね。はぁ∼。
ため息一つかまして脳内検索。
確か森林限界は一定の標高以上は高い木が生えないって奴だった
と思う。
その先は低い物だけになり。
さらにそれ以上は草も生えなくなる。
聖玉草が生えているのはその草が生えなくなるぎりぎり。
それもどこにあるかおおよそでしかわからない。
そしてその手前には・・・。
﹁何が今年は少ないだ・・・恨むぞ・・・﹂
木の陰から覗き見るが、視界に入るだけでもかなりの数だ。
地面を掘って作った巣を守るかのように翼竜がざっと五十羽程度。
262
遠目では細くポキリと折れそうな薄い羽を大きく広げてギャワギ
ャワと叫んでいる。
﹁あれは翼竜って言うよりコウモリの怪物だな。嘴じゃなくて牙と
いってた時点で気付けっての俺・・・﹂
大きさは言っていた通りなのだろうが見ると聞くとでは迫力が大
違いだ。
牙なんか涎が垂れ落ちて鋭くギラギラと光っているし、三つ指に
ついている爪も一本一本が死神の大鎌のようだ。
観察を続けてると一匹の翼竜がその爪に大きな牛を引き下げて帰
ってきたが、飯だとばかりに巣の中に放り込まれるとほんの数秒で
引き裂かれて砕かれて食いちぎられて赤い血溜まりになった。
洒落にならないよ・・・。
あの骨と皮だけの巨体にしても充分すぎるほどの脅威だ。
翼で打たれても、ちょっと追突されてもスプラッタ確実。
臨時収入を狙って戦いを挑むのは馬鹿げている。
一匹二匹は殺れても他の48匹にたこ殴り、いや八つ裂き、さら
に十七分割される。
どこぞの吸血鬼じゃないんだ、そうなれば死あるのみ。
﹁みんな断るわけだ。・・・俺以外なら確実に死んでる﹂
息を整えて体力回復を待つこと三十分。
まともに闘えないのなら手段を考える。
ありがたいことにチートな魔術が俺にはある。
まずは一つ目、呪文を唱えて魔術を発動。
﹁サイレント﹂
263
瞬間、俺からの音が無くなった。
心臓の音、髪の毛の擦れる音、わずかな呼吸音。全てが消える。
不思議な感覚を味わいながらさらにもう一つ、呪文を唱えて発動。
﹁ブラインド﹂
今度はするすると消しゴムで消していくみたいに自分の姿が見え
なくなった。
手のひらを目の前で翳しても何も見えない。
足元の影すら消えている。
これで完全な透明人間の出来上がり。
音もしないし姿も見えない。
でもちゃんと物は掴めるし足で蹴った石ころは転がり音を立てる。
よし、これで今度女風呂でも覗きに行くかな・・・八十七パーセ
ント冗談だけど。
いや違う。今分かった。百パーセント冗談になった。
自分が世界から消えたみたいで不安が溜まって気分が良くない。
長くやってると発狂しそうだ。
あまりこれはやらないほうが俺の精神衛生上いいみたいだ。
となれば急いで群れを抜けて草を回収しよう。
俺は木の陰から慎重に歩き出した。
見えないと分かっていてもやはり気分的に抜き足差し足忍び足で、
石を転がさないように群れに近づいていく。
ゆっくりゆっくり気ずかれないように・・・。
一歩
十歩
264
百歩
しかしなぜか皆さんギャワギャワ騒ぎながらこちらを見ています。
丸くデッカイ瞳をしっかりとこちらに向けています。
そして・・・・
﹃ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!﹄
﹁ぐあああああああああああああああああああああああ!!!!!﹂
耳がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
あまりの咆哮に耳を押えてのた打ち回る。
しっかりと耳を押さえているのに響いて脳を揺さぶられる。
これは・・・
﹁クソォ・・・ぐっぅぅぅぅぅ﹂
完璧にコウモリかよド畜生!!
超音波の混ざった咆哮。
痛いほどの音の津波。
全身を押しつぶすかのような圧力。
音と姿を消しても潜水艦とかに使われるアクティブソナーよろし
く探られたようだ。
洞窟と違って開けたところなのによくやる!
そして俺のバカ野郎!!
265
せっかく爺さんが言ってくれていた注意を俺は完璧に忘れていた。
姿を隠せばいいと思い込んでいた俺の油断。
もっと注意深く動いていれば森の辺りでも低く篭った唸り声の中
に高い音も混ざっていたことに気がつけたのに。
結果は今の本気の咆哮!!
動けない!!
隠れるために使用していた二つの呪文はいつの間にか切れている。
戦闘用の呪文を唱えるには音が五月蝿くて、不愉快で、気持ち悪
くて、邪魔でイメージが定まらない!
そんな時に一匹の翼竜が地面をすれすれを滑空して突っ込んでき
やがった!
鷹が獲物を襲うように広がられた爪が俺を狙う。
危ないと思う間もなく避ける。
反射でしかない生存本能に従っただけだった。
砂まみれになりながら横に転がってなんとか回避。
風圧で飛ばされた石がビシビシと体に当たって痛い!
突っ込んできた一匹はそのまま森まで滑空、相撲さんの胴回りく
らいある太い木に追突してへし折った。
視線を森から山に肌に戻すとさらにもう1匹。
今度は坂を斜めに転げ落ちるように逃げるが、横を通り過ぎただ
けのただの風圧で吹っ飛ばされて硬い地面を転がる。
転がされる。
わけがわからない。
体が熱い。
266
痛い。
一瞬がはっきりと見え、何倍にも引き伸ばされる。
地面と空と灰色と黒と化物と。
体に衝撃。 何かに引っかかって止まった。
しかし、続いて三匹目。
視界がふらつく。
岩。
岩がある。
あそこに。
目の前にあった岩に飛び込む。
飛び込んだつもりだった。
でも、ふらついて倒れて、もがいて。
次の瞬間。
足が引っ張られて体が千切れそうになり腕が地面に当たり・・・
はっきりとした痛み。
体が誤魔化しきれない痛みが駆け上がって。
もう分からない。何も見えない。体を丸める。
267
全身が叩かれる。熱い。
守るように、小さく。 ・・・痛い・・・怖い・・・嫌だ。
痛い痛い、怖い嫌だ嫌だ。
苦しい助けて痛い嫌だ死ぬ!!・・・・死ぬ?死ぬ?俺が??
まだ、まだ何もしてないのに?
まだ、何も残してないのに?
そんな・・・
死ぬ・・・・・・
ふざけんな・・・・、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふ
ざけんな!!
ちくしょう!!ふざけんな!!殺す!!ざけんな!!ド阿呆が!!
何もしてない!!!何もなしちゃいない!!!何も残してない!
!!
こんなところで死ねるか!!!!
268
怒り。純粋な怒り。
自分でも驚くほどの怒り。
自分の魂。
自分の生存本能が燃え上がる怒り。
なにも気にならない。全てを一切合財無視する!
盛大に木に背中を打ち付けて止まった瞬間に叫ぶように呪文を唱
えて俺を仕留めようと向かってきた クソ鳥に全力で放つ!
﹁フレイム・キャノン!!﹂
目の前に迫っていたクソ鳥ほどもある炎が振りぬいた手のひらか
ら発射され視界は赤一色に染まる。
クソ鳥は一瞬で蒸発。
炎の柱はその勢いを殺すことなく地面を駆け上がって山肌に黒い
線を引いた。
恐らく線上にいた何匹かと巣も巻き込んだが・・・。
﹃ギャアアアアアアアアアアア!!﹄
まだだ、まだくる!くるな!!!
さらに呪文を唱えて放つ。
﹁アイス・ミサイル!!﹂
クソ鳥が地面から足を浮かす前に氷柱は突き刺さり氷の花を咲か
269
せて数匹を巻き込む。
俺は俺を傷つけた存在を許さない!!
﹁サンダー・ソード!﹂
続けて放たれた雷撃は閃光と轟音を供に地面走りもっとも伝導性
が高い存在、クソ鳥三匹を黒焦げにする。
皆殺しにしてやる!!
﹁アイス・ニードル!﹂
まだ俺を襲おうと突っ込んできた馬鹿に氷杭が刺さり串刺しにす
る。
その罪その身で購え!!
﹁アイス・トルネード!!﹂
俺を中心に発生した白い竜巻は一気に広がり残っていた翼竜を次
々に巻き込む。
竜巻の中、俺の頭上では雹弾と翼竜がぶつかりズタズタに荒々し
く引き裂いていく。
そして次第に千切れとんだ翼竜の血と肉片が白かった竜巻を赤く
染めていった・・・
270
決して長くは無い時間。
広がりすぎた竜巻が自然に消える。
後に残ったのは地面引かれた赤い螺旋だけだった。
﹁はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・・・・はぁ∼﹂
意識の糸が弱まり力が抜ける。
崩れ落ちるように地面に倒れこむ。
ズキズキと頭痛がするほど沸騰していた怒りが冷めればやってく
るのは体中の痛みだけ。
痛い・・・。
何箇所も破けてしまった作業着。
その下は酷い擦り傷切り傷打ち身に打撲。
横になった頭から地面に落ちた赤い雫。 視線だけを下に。
酷いのは足首で紫に腫上がっている。
痛い・・・。
ゆっくりと意識しながら体を動かす。
指先。手の平。手首。腕。肩。首。胸。腹。腰。尻。太もも。膝。
足首。指先。
動かして確認できた痛みは全身から。
どこもかしこも訴えてくる。
でも動かないところは無かった。
聞きかじった知識から判断してたぶん折れた所は無い。
271
幸いなことだがそれでもこの傷みはかなり辛い。
﹁調子にのってたバツかなぁ・・・ゴホッ!﹂
喉も痛い。
何度も咳き込む。
血を吐くようなことはなかったけど体を丸めるたびに全身が痛い。
十回ほどの咳が収まったところで鞄から皮袋の水筒出そうとする
が鞄も穴が開いた。
そして見たくないけど不本意に開いた穴が見せる鞄の中はぐちゃ
ぐちゃ。
少し顔を顰めて水袋を取り出すが、それにも穴が開いていた。
鞄の中にはこの世界では必要が無いからと機械類を入れてこなか
ったから、電気でビリビリってことはないけど水浸しなことに変わ
りが無い。
ほんとにもう踏んだり蹴ったりだ。
ため息を押し込めとりあえずほんの少し残っていた水を舐めるよ
うに飲む。
そして水筒を放り投げて地面に大の字になって休んだ。
山の風が冷たくて気持ちがいい。
さっきまで騒がしかったのが嘘のように穏やかだ。
可愛らしい鳴き声が遠く聞こえる。
小さな鳥が飛んでいるのを教えてくれた。
ご覧のトーリ。
・・・地面の冷たさ。
あくまで地面の冷たさに身を投げ出してしばらくしてからのその
そと動き出す。
272
まずは応急処置。
鞄からタオルと服を取り出して両方を裂いて包帯状にする。
それを血の出ているところに次々巻いていく。
腕、太もも、見るとさらに痛く感じる。
次は足にテーピングの要領でがちがちに巻いた。
その時気が付いたが靴も酷い有様だ。仕事がら工場にも入るから
つま先に鉄板が入っている、所謂安全靴だけど、普通の靴なら指を
引きちぎられていたかもしれないほどに表面が裂けて中の鉄板が丸
見えになっていた。
他には頭も少し切ったみたいなので包帯を巻いておく。
原付のヘルメット持ってきとけば良かった・・・。
何時もの条件反射で原付を降りる=ヘルメットを外すだから、考
えにも無かった。 しかしこれだけ体がボロボロになったのにメガネは無事。
さすが形状記憶フレーム。
アーメン、ハレルヤ、ピーナッツバターだっけ?ある意味奇跡だ。
すこしクラクラするけど立ち上がっても大丈夫。
これで応急処置は終了。
大学の単位目的で取った救急救命の資格がまさか役立つ日が来る
とは思わなかった。
あとは鞄からつかえないものを全て捨てて穴を持っていたビニー
ルテープで塞いで終わり。
幸いにして聖玉草を入れる箱は壊れていなかったから回収作業は
出来る。
まぁ壊れてても鞄に摘めるだけ摘んだんだろうけどね。
しかし魔術の使いすぎと精神的疲労で体はかなり重い。
もう少し休んでいたいけど今は時間を優先。
魔術を使って自分の体を数センチだけ浮かしてふわふわと進む。
途中ばらばらになったクソ鳥からは魔石だけを回収した。
とても爪や牙を持って帰る余裕はない。
273
しかし冷静になった今見ると・・・まったく、俺も派手にやった
もんだ。
あたり一面に散らばった肉片。
卵も見える範囲全てが割れてる。
俺の怒りに触れた馬鹿鳥の全滅は必然だが・・・まぁ、思うとこ
ろ無いわけじゃないけど別にいいよね。
とりあえず目に入った二等級の魔石を鞄に放り込むがすぐに一杯
になり、予備として持ってきた袋も満杯。
拾えたのは全部で20個程度。
まだかなり残っていて勿体無いけど諦めるしかないな。
野球ボールサイズのコンペイトウを鞄に入れて背負ったまま動き
回るのは体に当たって痛いのと重たいので分かりやすいところに置
いておく。
さてと、これから本命の聖玉草探しなわけだがせっかく書いても
らった地図は水にぬれてズタズタに破れてしまって見ることが出来
なかった。
畜生・・・。
しかたなくフラフラと飛び回って探し回ることしばらく。
なんとか日が出ているうちに発見することが出来た。
見つけたのは岩の隙間。
少し湿った地面の見える日陰。
まるで隠されているかのようにひっそりと生えていた。
ハートの膨らみはかなりの数があったので俺はナイフで十四個ほ
ど採取。
箱の中一杯に六個、一応ポケットにも予備として八粒入れて厳重
に封をする。
任務完了。
274
もちろん全ての聖玉草を取るなんてマネはせずにちゃんと膨らみ
を残したので今後も大丈夫だと思う。
さて、荷物を拾って帰りますかな。
魔術は疲れすぎてもうほとんど使えないので木の棒を共に下山す
ることになった。
275
原付﹁こら、ガキどもつつくな!・・・ってあの音は何?﹂︵後
書き︶
魔術がつかえるかからといっても肉体が強いわけではなく。
魔術がつかえたとしても適切に行使できなければ意味が無い。
主人公が吹っ飛ばされて舞うと言う今回でした。
応援の声が多く色々と考える今日この頃。
感想、誤字脱字、評価、その他もろもろお待ちしています。
276
原付﹁やっぱり自分の力で走るのが一番楽しいかな﹂
どうもこの日は厄日だったようだ。
帰り道で三度もイノシシ︵もどき︶な魔物に襲われて足止めをく
らった。
残り少ない体力はさらに削られ、頭はクラクラ、足もフラフラと
しておぼつかないほどだった。
村に帰ってきたときは完全に日が落ち月が空高く上ったとき。
そんな遅い時間なのに村人達は俺を心配してか火を焚いて待って
いてくれた。
感動で少し涙がにじんだ。
僕にはまだ帰れる場所があったんだ・・・的な。
はっきり言って方向音痴な俺は明かりが無ければこの山道と森の
中を迷わず帰れなかった。
これが災い転じてって奴なのかもしれない。
ボロボロの傷だらけになって帰ってきた俺は村長宅で裸に剥かれ
て薬草を塗りたくられた。
良薬・・・かどうかはわからないが口に苦しとはよく言ったもの
で、あまりの臭さで鼻が馬鹿になってしまった。
これで効果が無いとちょっと恨むかも。
そして約束通り暖かい食事も頂けた。
俺が翼竜の巣から無事に帰還したことを祝して肉も振舞ってくれ
た。
豚の丸焼きなんて始めてみたぜ。
もちろんがっつりと頂いたが、無茶苦茶うまかった。
277
そんな食事の席で聞いたが、俺の使った魔術の音は村まで響いて
かなり心配されたらしい。
そのため何が起こっても大丈夫なように寝ずの番をきめていたそ
うな。
これはかなり迷惑をかけてしまったな。
あまり働かない頭でそんなことを考えていたが、腹が一杯になっ
た俺は魔術の多様と疲れと薬のせいもありすぐに寝てしまった。
起きたのは昨日と同じ昼前。
来るときの猛ダッシュのおかげで余裕があるとはいえ急いで出発
した。
薬はかなり利いたのか痛みはほとんど抑えられている。
独特の臭い匂いはまだ残っていてちょっと辛いが我慢する。
結局金貨は薬代として全部貰ってもらった。
ズヒさんたちもかなり固辞したが感謝の印と迷惑料込みで受け取
ってもらえた。
感激した村長たちは俺をこの村で立派な﹃魔術師﹄として語りつ
いでくれるらしい。
正直恥ずかしいからやめてくれ・・・。
こうして別れを済ました俺は二日前に通った道を戻っている。
体力の関係もあって少しゆっくりとしたスピードだが、それでも
原付のフルスピードレベルだ。
無茶はせずに休憩も挟んで進み。
途中の小川で魚を取ったりもした。
もちろん釣竿がないから魔術を使用してのガチンコ漁法だったが
大量に取ることができた。
櫛にさしての丸焼きは塩味が欲しかったがそこそこに旨い。
ついでに残っていた薬草の臭いを落とすため魔術製露天風呂も作
278
り体を洗った。
あれだけの傷だったのにほとんどがふさがっていたのには驚いた。
これもファンタジー的薬草の力か?
熱い湯は体に染みたがそれでも体はかなり楽になった。
それからさらに道を進めたが王都が見えることなく夜になったの
で道の端で野宿。
王都に帰ってきたのは俺がここを出発してから4日目の朝だった。
﹁よう﹃魔術師﹄無事に戻ったな﹂
﹁・・・誰だっけ?﹂
東門を通るためにギルドカードを見せているといきなり兵士に挨
拶された。
兜に半分隠れた顔をじっと見るけど思い出せない。
﹁最初にあんたがここに来たとき通してやったのをわすれたのか?
ああ!?﹂
不良ですね。怖いっすね。
だけど思い出しました。
﹁やだな、ワザと言ったに決まってるじゃないですかガリレイ=マ
ンボさん﹂
﹁カリオス=サンホだ!てめぇ本気で忘れてやがったな!!﹂
自慢だが俺は物覚えが悪い。
279
ほんのちょっと会っただけの人の名前なんか一分で忘れる。
それにここ最近忙しかったから一週間前の人なんか塵のひとかけ
らも覚えてなかった。
・・・・・・
そうか、まだここに来て一週間、異世界に来てからでも2週間も
経ってないのか・・・。
かなり濃い生活送ってるからもっと時間がたっているように感じ
てた・・・。
ほとんど変化の無い向こうの日常とは比べ物にならないな。
﹁いや、思い出しましたよ色々とね。それでなんで東門に?﹂
たしか最初に会ったときは南門だった。
﹁なんでぇ、爽やかな顔しやがって。・・・まぁいい。俺達の持場
は月によって変わるんだよ。今月はここが担当だな、ってそんなこ
とはどうでもいい。さっさとギルド行きな﹂
﹁どうしてギルドに?﹂
﹁あんたは・・・相変わらず世間知らずだな﹂
どういうことよ?
﹁冒険者ギルド長の孫を助けるために単身で翼竜の住処に薬草を取
りにいった﹃魔術師﹄!!さて、彼は薬を取ってくることが出来る
のか!!!﹂
首を傾げている俺にカリオスが大仰に演出を加えて言った。
280
﹁あんたが出発するする時、そいつで派手なことしたろ?それを見
てた奴が面白可笑しく語ってるってわけだ﹂
そいつとはもちろん原付のこと。
それにしても最悪、ほんと調子に乗りすぎだわ。
﹁ここしばらく面白い噂なんてなかったから、賭けにもなってるぜ
?﹂
うう、娯楽の無い世界はこれだから困る。
﹁ちなみに、カリオスはどっちに?﹂
返答次第で苛めることにする。
﹁もちろん儲けさせてもらったぜ﹂
グっと親指を立てやがった。
そっか。本当によござんしたね∼。
まぁ、どっちの答えでもきっと腹が立たった。
俺が苦労したってのに・・・ギャンブルにはまって破滅すればい
いんだ!
尻の毛までむしられてしまえ!!
﹁あっそ。よかったね。ギルドに向かうよ﹂
﹁おう、行ってこい﹂
内心の罵倒を押し込めて俺は手を振って大通りに入る。
すでに知られているそうなので王都内部でも原付を走らせる。
ギルド本部に向かう道中、人の視線が集まってくるけど無視無視。
281
スルースキル全開、なにごとも開き直るのが勝ちってね。
そうして到着した本部の前には人だかりが出来ていた。
誰を待ち受けているのか知りたくなかったがその中心は爺さんと
ノリドさん。
まぁわかっちゃいたが待たれているのは俺のようだ。
どうやって俺の帰還を知ったのかは気になるが、集まるのが早す
ぎると思う。
﹁リョウ殿!聖玉草は!?﹂
﹁若造!聖玉草はどこじゃ!?﹂
こういう場合俺の心配はしてくれないんだな・・・。
原付を本部前に止めてことさらゆっくり降りる。
そしてもったいぶって箱を取り出してノリドさんに渡した。
﹁聖玉草、無事に取ってきました﹂
ノリドさんは震える手で箱を開ける。
﹁間違いない・・・間違いない!よかった。これで娘が助かる!!
ありがとう!ありがとう!!﹂
涙ながらに箱を抱きしめる。
ふぅ、よかった間に合ったらしい。
﹁早く持っていってあげてください﹂
俺のお金のためにもね。
﹁はい・・。はい!!﹂
282
ノリドさん涙をこぼしながら走って本部に入っていった。
嬉しいのは分かるが顔を拭けよ。渋い顔が台無しだぜ。
群衆からおお!と言うどよめきと一緒に拍手が巻き起こった。
こういうのは慣れてない・・・恥ずかしいっす。
﹁若造・・・。ありがとう﹂
爺さんも眼に涙を浮かべながら礼を言う。
へぇ、最初はあんなに人をコケにしてくれた爺さんがねぇ。
﹁礼は早いと思います。お孫さんがちゃんと回復してからです﹂
俺はいい人みたいに言っておく。
人の目があるからね、ぼろぼろの猫でも被っておかないと。
﹁そうだな。しかし礼はさせてもらうぞ﹂
﹁期待しておきます。かなり苦労させられましたから﹂
そこにノイン嬢が群集をかきわけてやってきた。
﹁リョウ様。良くご無事で・・・﹂
ノイン嬢は涙を流して喜んでくれている。
美人の涙もこういう場合はいいね。
﹁あまり無事じゃないんです。体ぼろぼろなんですよ?服も破れた
し。でも臨時収入はゲットしました。囲まれた時は死ぬかと思いま
したけど、なんとか切り抜けてしっかりお返ししてやりましたよ﹂
283
よっこらしょっと鞄から魔石を取り出す。
笑いながらさらに二個三個と取り出して見せる。
それを見ていた群集がどんどん静まり返っていく・・・あれ?
﹁若造・・・まさかと思うがやりあったのか?﹂
﹁見つかったからには戦わないわけにはいかないでしょ?それとも
俺におとなしく食われろと?﹂
﹁うーむ・・・﹂
爺さんが唸って黙りこくってしまった。
﹁あそこにはかなりの数がいたはずです。魔物から逃げてこっそり
取ってきたのではないのですか?﹂
会話を引き継いだのはノイン嬢だ。
ああ、しまったな。
流れでなんとなく魔石出しちゃったけどこれも失敗だ。
けど、ま、いいや。お金入るし。
﹁囲まれたんだから逃げることなんか無理でしたよ。そうなったか
らには近くにいた奴は全滅させましたよ﹂
周りがざわめく。化け物だ、とか、嘘だろ?、とか、何者だよ、
とか聞こえてきた。
酷いなぁ。ただの﹃魔術師﹄なのに。
﹁これでも倒した奴の半分しか魔石持ってかえってこれな﹂
たぶん俺の言葉はそこまでしか聞こえなかったと思う。
284
﹁いそげー!!﹂﹁俺のものだー!!﹂﹁金ーーーー!!﹂
聞いていた冒険者がいっせいに走り出した。
埃がすごい。軽く咳き込んだ。
残ったのは俺と爺さん、ノイン嬢他ギルド職員数名と野次馬町人
がほんの少しだけ。
呆気に取られて見ていたが爺さんがため息をつきながら言った。
﹁ワシらが若造に頼んだのは、最悪、聖玉草を取ってこれなくても
生きて帰ってこれるだろうと思うたからだ・・・。まさか、B+の
翼竜を全滅させて取ってくるとは思わなかったぞ﹂
残った人達の尊敬一割と畏怖九割の眼差しが痛いです。
﹁さっきも言った通り不可抗力です。こんなこと二度とやりません
よ。出来る物じゃないです。ただでさえ時間節約に無理したんだか
ら﹂
﹁そうですよね。五日かかる所を実質三日で帰ってきたんですから
無理をしてないわけありません﹂
なにやら納得するためかノイン嬢が必死に頷いている。
唸っていた爺さんが顔を上げた。
﹁若造をこのままFランクにしておくわけにもいかんの。B−のロ
ードにB+の翼竜を狩れるのだからそれに見合ったものにせんと色
々と困る。本来なら正規のテスト依頼を受けてからじゃがこれはワ
シの権限で特例を出すべきじゃな﹂
﹁テスト依頼?﹂
﹁普通ならCランク以上は依頼をこなしてギルドが問題ないと判断
した時点で上位のランクに上がるための試験を受けてもらうんです﹂
285
疑問にはノイン嬢が答えてくれた。
しかし、なるほどね。
﹁つまり俺は一足飛びでCランク以上にされるわけだ﹂
﹁そうじゃの、最低でもBランクにせんと示しがつかんじゃろ﹂
おお!!っと残っていた人たちが驚いた。
﹁つまり二等市民入り?﹂
﹁そうなるかの、前例は無いわけじゃないからなんとかなるじゃろ﹂
きた・・・
俺の時代来た・・・
二等市民。
家が買える。
富裕街に家が買える!!
金も手に入る!!!
奴隷も買える!!!!
﹁よっしゃぁぁぁぁぁ!!キターーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!﹂
286
あまりの嬉しさにその場で叫びまくってしまった。
周りからちょっと冷たい目で見られたのはいい思い出。
287
原付﹁やっぱり自分の力で走るのが一番楽しいかな﹂︵後書き︶
いかがでしたでしょうか?
﹃異世界の生活は原付と共に﹄
今さっき決めた第一章 原付﹁俺たちの戦いはこれからだ!?﹂で
した。
最初はまったく予想してなかったほどの評価を頂き沢山の感想ご意
見もいただくことができました。
その上で色々と考えさせられることも多く自分に対して考えるべき
ことが沢山ありました。
作者の成長につながるであろう沢山の物。
本当にありがとうございます。感謝感激です。ついでに雨あられも
追加します。
288
原付﹁私はお腹が空きましたよ?・・・ってまた置いてけぼりで
すか!?﹂
叫びまくって疲れたので新たなギルドカードと報酬の受け取り、
魔石の清算は後回しにして宿に戻った。
宿にも話は届いていたのか拍手で迎えられてしまった。
ちょっとびっくりだ。
俺のボロボロの姿を見たサラが大丈夫!?と抱きつかんばかりに
心配してくれが、体を触られまくって傷が痛かったし別に抱きつい
たわけでもないのにマスターの顔が一瞬鬼になってたので嬉しくな
い。
いや、たまたま偶然おもいがけず奇跡的にあたったサラの胸はな
かなかに良かったと認める。
まぁそんなことはどうでもいいことにして、ゆっくりと帰ってき
たがやはり精神的に疲れたのか、﹁宴会やろうぜ!﹂といった話を
断って部屋に戻った。
そしてそのままベッドに倒れこんだらどこぞのの○太君なみの速
度で寝てしまった。
そして驚いたことに起きたのは次の日の朝!!
帰ってきたのが昼前だからほぼまる一日寝ていたことになる。
ご飯食い逃したぜ・・・。
体の調子は寝すぎたせいで頭がボケているが怪我も順調に回復。
朝の魔術練習でも問題なく火を出すことができた。
俺の一張羅の作業着がボロボロなのが残念だが予備に持っていた
服もこの前の戦闘で駄目になってしまったのでこのまま着ていくこ
とにする。
一先ず井戸で顔を洗ってさっぱりしたあと食堂に顔を出した。
289
﹁おはよう﹂
﹁あ、おはよう!ずっと寝てたみたいだから起こさなかったけど大
丈夫?﹂
﹁大丈夫。お腹空いたからご飯頼むよ﹂
﹁うんわかったわ﹂
返事をして厨房に引っ込んだサラは数分とかかることなく料理を
出してくれた。
今日はシンプルに目玉焼きとソーセージにサラダとパン、そして
白いスープ。
しかしかなりの大盛り。
すきっ腹にダメージを与えないようにゆっくりと頂く。
聞こえてくる鐘の音は七つ。
一般の人なら少し遅いけど活動する時間。
しかし、俺以外に客はテーブルに座った二組だけ。
ここは結構人が多かったはずだが・・・はて、何かあったかな?
﹁リョウに伝言が二つ﹂
サラが俺の横に腰掛けて言った。
﹁ギルド長様が昨日の夜来たんだけど寝てるって言ったら伝言を頼
まれたの、一つ目が、孫は助かった。感謝するって﹂
そうか間に合ったんだな。
とてつもなく回復が早い気がするけどよかった。
別に死んだとしても報酬は貰えるけど、苦労したんだから助かっ
てくれないと困る。
まぁ、これで心置きなく報酬が貰えるってもんよ。
290
﹁二つ目が報酬を渡したいから明日、もう今日ね、今日の昼過ぎ鐘
一つに来て欲しいってさ﹂
﹁了解﹂
スプーンを口に入れたまま頷く。
スープはあっさりした塩味だけどうまい。
爺の召喚命令を素直に聞くのはまだ少し頭来るけど、ギルド長も
それなりに忙しいんだろ。
今回は時間通りに行ってやるさ。
﹁もう一つはエアロおばさんから、ってこれだと三つになっちゃう
ね﹂
いや、どうでもいいからさっさと伝言。
﹁服が出来たから取りに来い。ちゃんと金も持ってな。だって﹂
あ、出来たんだ。よかった。
これでボロボロの作業着を着続ける必要はないわけだ。
安心したぜ。
これも頷いて了解。
﹁早速行くことにするよ、この服もなんとかなるなら直して欲しい
し﹂
﹁そうね、いい服だから直したら十分着れるわ。おばさんの腕なら
新品に戻るわよ﹂
そこまではさすがにないだろ常識的に考えて・・・。
291
﹁それにしても今日は人少ないな﹂
﹁初めてこの時間に起きたくせに何言ってるのよ﹂
そういえばそうか、起こされる以外は自然に起きるに任せている
から最近は九時・・・鐘九つくらいになっていた。
﹁これはリョウが翼竜の爪やらを置いてきたって言うからみんな取
りに行っちゃったのよ。お陰でお客が少なくて暇だわ﹂
﹁そりゃすまなかったな。それ以外は別の依頼か、情報を知らない
人たちか﹂
俺たちの会話を聞いていたテーブルの冒険者の一人が腰を浮かし
たが他の奴にもう遅いと止められている。
それ以前に行った所でまだあるとも限らないし、他の翼竜が近く
にいないともかぎらない、有象無象のおこぼれに預かるしかない雑
魚共が行った所でどうしようもないのに・・・。
﹁さて、まずはエアロさんの所に行ってくるよ﹂
手を合わせてご馳走様と呟いてから俺は扉へと向かう。
﹁あれ、あの魔道具で行かないの?﹂
ああ、サラも知っているのか。
﹁あれは無茶しすぎたせいで調子が悪いんだ、直すまでそのままお
いておくよ﹂
実際はいつもと同じオンボロ具合で本体に異常は無いと思う。
問題なのはガソリン。 292
昨日は普通に街中でも乗ってしまったがメーターを見るとガソリ
ンがピンチだった。
何とか補給しないと役立たずになっちまう。
バッテリーは残ってるから最悪はライトと警笛だけは使えるけど・
・・。
﹁そっか。残念。ちょっと乗せて欲しかったんだけどなぁ。けどそ
れなら余計に色々と気をつけてね﹂
女の子と二人乗りってそれなんてリアル充実なローマの○日?
﹁それはまた今度だな。ちゃんと直したら乗せてあげる。でも色々
気をつけてって別に依頼を受けてるわけじゃないんだ、何も無いよ﹂
﹁そうだといいけどね・・・﹂
また何やら含みがある言葉だ。
酒場でのお試しバトルのことがあるから気になるけど外に出ない
と始まらない。
扉に手をかけようとしたが荷物を忘れていた。
さっさと戻って魔石や聖玉草の残りを鞄に詰めなおして準備をす
まして宿の外に出た。
しかし・・・。
﹁待っていたぞ﹃魔術師﹄!!!貴様を倒して俺様の名を世にしら
しめる!!﹂
馬鹿だ。
馬鹿がいた。
宿の前に馬鹿がいた。
293
脳みそ筋肉体言してる馬鹿がいた。
上半身裸に鎖を巻いた筋肉がムキムキで脂っこくて気持ち悪いテ
カテカ光ったハゲのマッチョ巨漢。
しかもポーズなんか決めてるし。
絶対馬鹿だよ。
﹁俺様は﹃剛力のバズ﹄いざ尋常に勝負せよ!!!﹂
﹁断る﹂
一刀両断!
さて、乗り合い馬車はどこかな。
﹁な!?男が勝負を挑まれて逃げるのか!?﹂
北へと足を向ける俺に馬鹿は一歩一歩ポーズをつけて追いかけて
くる。
キモイっての。
もちろん質問には無視である。
てかこの馬鹿、俺が出てくるまでずっと待ってたのか?
いつ起きるとも知れないのにほんと馬鹿だ。
﹁それでも男か!?この玉無しが!所詮魔導師風情がちょっとギル
ド長に気に入られたからと調子にのりおって!!﹂
はいはいワロスワロス。
こういった﹃魔導師﹄に対する挑発は誰でも一緒なのか?
それとも馬鹿だから語彙が少ないだけか?
まぁどうでもいいけど。
あ、馬車発見。
294
﹁こうなれば仕方ない!我は貴様に決闘を挑む!!﹂
そう言って馬鹿は拳を地面に打ち付けた。
それを見ていた周りの人たちが一斉におお∼!!と騒ぐ。
なんじゃ?
﹁ははは!!正式な決闘要請だ!!これで貴様は逃げられん!!﹂
なにそれ?俺は近くにいた剣士風の冒険者に尋ねた。
﹁どういうこと?﹂
﹁あ、ぼ、冒険者同士の暗黙のルールだよ!じ、自分の武器を地面
に打ち付けて名乗ったら決闘が認められるんだ!!逃げたら一生笑
いもんだ!!﹂
いきなり尋ねられた剣士は多少つっかえながら慌てて早口に答え
てくれたが・・・
・・・・・・
・・・・・・
ふーん。
なんだそれだけ?
知るか。
笑いものにされるくらいどうだっていうんだろうか。
﹁あっそ。どうでもいいや。じゃあさようなら﹂
295
ヘイ!乗合馬車!!っと手を振ってみる。
﹁ききき貴様!神聖な決闘をなんだと思っている!!!笑いものに
されてもいいのか!!!﹂
ムンっと筋肉を見せ付ける。
うーんポーズ的に十点!
もちろん千点満点中でだ。
﹁別にいいよ?どうぞご勝手に。いっそのこと負け認めますよ?ワ
タシノマケデス。ゴメンナサイ。アナタノショウリデス。オメデト
ウ。タイヘンツヨカッタデス﹂
ワーパチパチと拍手までしてあげた。
﹁貴様貴様貴様ぁぁぁぁぁ!!!!!!﹂
何が気に入らないのか頭の血管浮きでまくってるよ。
なんでさ?負け認めてるのに。
気が付けばご丁寧に円形に空間を空けられていた。
余計なことを、勝負しないって。
馬車まで止まって俺たちを観戦してやがる。
止まってくれるのは俺としては助かるけど・・・。
こらそこ!賭けを始めるな!!
﹁馬鹿にしやがってぇぇぇぇぇぇ!!!﹂
叫びと一緒にドスドスと筋肉が突っ込んできた。
﹁あんたの勝ちだって言ってんのに何で来るんだよ!﹂
296
三十六計逃げるが勝ち。
俺は踵をかえして脱兎のごとく逃げ出した。
が、囲んでいる冒険者達が退かない!!
この馬鹿どもが!
﹁邪魔!どかないと全員石にするぞ!!﹂
咄嗟に以前のケンカで広まったという噂を思い出したので言って
みる。
囲みを作っている阿呆共の中に噂を知っている奴が数人いたよう
で少し及び腰になった。
俺はすぐに腰が引けた奴の間に滑り込み囲みを脱出する。
後ろから罵声を浴びせかけられるがまったく気にしないし気にな
らない。
あまり多くない体力を削ってすたこらさっさとその場を逃げ出し
た。
しかし雑踏を走りながら考える。
魔術師に対して肉弾戦挑むってなんか色々と間違ってないか?
この世界に正々堂々とかないものなんだろうか?
そんなことを考えながら俺は馬鹿が見えなくなるまで走り続けた。
297
原付﹁私はお腹が空きましたよ?・・・ってまた置いてけぼりで
すか!?﹂︵後書き︶
大変お待たせしました。
お久しぶりです。夢見月です。
半年以内と言っておきながら二ヶ月くらいでどうにかならないかな?
とか企んでいましたが結果はこの通り。
申し訳ありません。
この第二章に関しても色々とあるわけで・・・。
詳細?は活動報告の原付﹁貴様の目は節穴かぁぁ∼∼∼!!!﹂の
下のほうにちょこっと書いてますのでそちらをご覧下さい。
それでは、またしばらく﹃原付﹄にお付き合いいただけたら幸い。
よろしくお願いします。
298
原付﹁お掃除ですか、頑張って下さい・・・って何見てんのよ!
﹂
馬鹿のおかげでさっき見つけた乗り合い馬車には当然のごとく乗
ることが出来なかった。
そうなると歩いてエアロさんの所に行くしかないわけだが・・・。
馬鹿は多かった。
ケンカを売られること2回。
決闘を挑まれること4回。
集団で襲われること11回にも及んだ。
おかげでエアロさんの工房に着いた時は息も上がってバテバテで、
逃げ回っただけなのに翼竜戦なみに疲れた・・・。
武器を向けられたからには俺の信念としてケンカを買ってもよか
ったのだが・・・。
この前の翼竜戦で多少は懲りた。
自分でばら撒いた種は多いけど、調子に乗っても良いことはあま
り無いだろう。
原付のことは今更隠す気は無いとしても俺の﹃魔術﹄に関しては
当初の予定通りなるべくなら秘匿したい。
それに大人な俺は多少は自重と言う言葉を知っているのだ。
本当は金が入るからもう余計な苦労を背負いたく無いってだけだ
がね。
そんなわけで全部逃げてきたわけだけど・・・ずっとこの面倒が
続くのだろうか?
299
そうなるとかなり憂鬱だ。
何か対策があればいいんだけど・・・。
﹁大変だったようだね﹂
疲れ果てて到着した俺にエアロさんがお茶を振舞ってくれた。
ふぅ美味しい。一息つけたぜ。
少し違うけど緑茶のようで心が休まる。
﹁はぁ、どうしてこうも馬鹿が多いのか理解に苦しみます﹂
相変らず片付いていない汚い工房。
埃を手で軽く埃を払っただけの椅子にため息と一緒に腰かける。
体には痛みがまだ少し残っているのにフルマラソンさせるなんて
馬鹿共は俺を殺す気満々だ。
いや、実際殺しに掛かってるのか?
﹁あんたがここ最近のなかじゃ一番の有名人だからさ、それに小銭
も持ってる。ちょっかいだしたんだろ﹂
まだ金は貰ってないけどね。
﹁できれば美人にちょっかいかけられたいです。もしくはかけたい
です﹂
﹁はっはっは。もうちょっといい男になったらできるだろうさ﹂
うう、どうせイケメンじゃないですよ∼だ。
﹁服は出来てるからそっちで着替えな、あとは今着てる汗臭いボロ、
そっちも直すんだろ?それと一緒に金を出せば終わりさね。金は白
300
金貨半枚と金貨28枚だよ﹂
汗臭いって酷い!体臭にはけっこう気をつかってるんだぞ!って
言っても実際に自分で嗅いでみても汗臭いし汗が湿って冷たい。
ここはさっさと大人しく着替えさせてもらう。
しかし渡された服はファスナーやボタンなどの金具類以外は完璧。
材質だって違うものだろうによくぞここまで再現したと言う代物
だ。
隣の部屋で着替えたが着心地としたらむしろ動きやすくなってい
る。
大量生産の既製品じゃない、採寸した俺だけの作業着。
これなら予定金額より少し高くなろうが全然構いやしない。
素晴らしい腕に賞賛の嵐。やるなエアロさん。
穴だらけの服は修繕のため、支払いの白金貨一枚と一緒に渡す。
﹁これはいい腕に対する投資です。こんど別件で頼むかもしれませ
んがそのときはよろしくお願いします﹂
﹁また面白い仕事をくれるなら歓迎さね﹂
ありゃ、あっさり受け取ってくれた。
自分で出しておいて何だけど、職人だから腕は安く売らないとか
何とかで受け取らないかと思ったのに。
まぁお金あるし仕事頼むかもしれないのはほんとだしね。
こうしてエアロさんとの用事は済ませたので次はギルドに向かう。
しかし鐘十二。あと一時間しかない。
ディスさんの所に寄ってから行きたかったのに午前中馬鹿が多か
ったせいで予定が狂った。
ここからギルドまでかなりの距離があるのにさらに飯食いに寄っ
ていたら絶対間に合わない。
301
せっかく体力が回復したところだけど走ってでも急がないと。
そんなわけで道に飛び出すと、好運にも乗り合い馬車が目の前に
あったのですぐに乗れた。
ついでに馬鹿達の襲撃も無かった。
おかげでってのも変だけどギリギリ鐘一つが鳴る前にギルドに到
着することが出来た。
爺が勝手に決めた時間だけど、やっぱり遅れるのは気分的に嫌だ。
今日は最初に来たときと同じ表側から。
受付がある綺麗で広いホール。
昼の時間だけど結構な数の冒険者がここでたむろしていた。
中には俺を見ている奴も何人かいやがるが・・・もちろん気にな
らない。
他人の視線は俺に突き刺さっているようだが、俺の視線は人間を
素通り、ホールの造型に目が行く。
柱の彫刻とか綺麗だし、ただの手すりとかにも木目に合わせて細
かな細工が施されてる。
屋敷を買うならこんなのもいいかもね。
いやもうちょっと小ぶりでいいかな。
客なんか呼ぶつもり無いんだし。
見栄を張る必要はこれっぽちも無いんだから。
そんなどうでもいいことを考えながらカウンターに向かうと、そ
こに居たのはノイン嬢だった。
手続きカウンター専門ってわけじゃないんだな。
ノイン嬢は俺に気が付くとすぐに挨拶してきた。
﹁こんにちはリョウさん。とても大変だったようですね?﹂
襲われたことを言っているようだ。
なんというか耳が早いなぁ。
302
﹁ほんと酷い目にあったよ。よってたかってか弱い﹃魔術師﹄を苛
めるんだから、せめてこっちが準備してからにしてほしいよ﹂
﹁そうですよね。ギルドとしては組員同士の揉め事はあまり介入し
ないのですが、今回ばかりは酷いですね﹂
いや、出来れば助けて。
本気で。
﹁その件も含めてギルド長がお話してくれるでしょう。ご案内しま
す﹂
﹁はい、頼みます﹂
ノイン嬢は受付を近くのギルド嬢に頼むと俺を案内してくれた。
あっさりと交代を済ました所を見ると最初から俺を待っていたの
かもしれない。
そして連れていかれたのは最初に爺と会った豪華な部屋。
部屋で待っていたのは三人だ。
爺さんは当然として、いるかも知れないと思っていた思っていた
ノリドさん。
そして淡いピンクのドレスに身を包んだフワフワとした雰囲気を
出す中年というには少し早いくらいの女性。
柔らかな笑顔にすこし小じわの乗った目元。
短い髪が好みと外れて残念だけど、楽しく暖かな話が出来そうな
人だ。
年齢が気になるが許容範囲内だな。
ちらりと確認だけすませて、促されるままソファーに腰掛ける。
反対側に座る爺さんは前と同じように威圧感バリバリ!といった
ことは無く、ほっほっほとか言い出しそうなほどにご機嫌だった。
孫が回復したんだから、当然といえば当然か。
303
﹁呼びさしてスマンの。怪我のほうは大丈夫か?﹂
﹁ええ、傷はほとんどふさがっていましたから。それでそちらの方
は?﹂
爺さんとの会話より女性のほうが気になります。
俺の質問に答えたのはノリドさん。
﹁まずは先日の礼をさせて欲しい。娘の病気はすっかり良くなった
よ。これも君のおかげだ、本当にありがとう。妻も礼を言いたいと
いうので。ほら﹂
﹁妻のリンダです。このたびは娘のために命がけで薬を取っときて
下さったそうで。本当にありがとうございます﹂
爺さんも合わせて三人が深々と頭を下げる。
か、勘違いしないでよね、別にあなたたちの為じゃないんだから
ってのはどうでもよくて。
なるほど。ノリドさんと比べるとずいぶん若いきがするけど人妻
なのか。
それじゃ手はだせないな。
実際のところは人妻ってだけで惹かれる要素なんだけど・・・。
修羅場怖いです。
慰謝料怖いです。
そんなわけで駄目ゼッタイ!
とか麻薬撲滅運動的に標語を頭に浮かべとく。
﹁娘さんが良くなってよかったです。これからも大切にしてあげて
ください﹂
お金のためです、さっさと報酬よこせ。
とか色々な内心は営業スマイルという仮面で隠して口から出すの
304
は模範解答。
﹁もちろんじゃ、大切な孫娘だからの﹂
爺がなにやら偉ぶってる・・・。
テメェ、最初はプライド優先させてただろうが!
と視線に乗せながらニッコリと笑みで返しておく。
ノリドさんも爺の脇を肘でつついたのが見えた。
爺さんは静かに巧みにそれをかわしている。
まったくこの爺さんは喉もと過ぎれば何とやらのようだ。
ノリドさんも困った人だと顔を向けていたが、付き合いは長いの
ですぐに諦めてため息をついた。
そして爺がなにやら頷いて合図するとノリドさんとリンダさんが
立ち上がった。
﹁それでは、私たちはこれで﹂
﹁うむ、良くなったとはいえ、しばらくは側にいてやりなさい﹂
﹁はい、それではリョウ殿、失礼します﹂
そう言ってノリドさんとリンダさんが出て行く。
礼だけが目的らしい。
ま、治ったといってもまだ二日も経ってないから心配だろうな。
二人が出て行ったあと、爺さんが咳払い一つ。
さっきまでの緩んだ空気が消え去る。
さてやっと報酬の話か。
﹁しかし、面倒なことになったの・・・﹂
はい?報酬の話じゃないの?
305
﹁何のことです?﹂
﹁朝からケンカ売られまくっとるそうじゃないか。兵士や市民から
は幾つか苦情も上がってきとる﹂
ああ、そっちの話。
それにしても苦情って・・・
﹁何もしてませんよ。俺は逃げただけで全部あっちが悪いんですか
ら﹂
﹁わかっとるよ。しかし、逃げ回るのにわざわざ人ごみに突っ込ま
んでもよいじゃろ?﹂
木を隠すには森の中。
ってわけじゃないけど、体力も運動能力も無い俺が人から逃げよ
うと思うとそうするしかなかったんだよ。 題して﹃人は壁作戦﹄
日本人の人込回避スキル舐めんなよ。
﹁街中で魔術使うわけにもいかないでしょ?と、いいますか決闘そ
のものがどうかと思いますけど魔術師に対して前衛職の人間がケン
カ売るってどうなんですか?﹂
俺としてはこれが一番納得いかない。
﹁決闘は昔からの伝統じゃからの、今更どうにもできん。互いに武
器を持って名乗りあい戦う。これも冒険者が良い仕事を獲るための
一種の儀式じゃ。ケンカと違って周りに迷惑はかけんし・・・若造
は迷惑をかけたが、殺される覚悟を持って挑むからそれだけにはっ
きりと自分の力を他人に見せることが出来る。じゃがそれだけにこ
うも頻繁に起こるもんじゃないんじゃが・・・今のリョウはいい鴨
306
じゃからの。普通は一人で行動する魔導師といえば魔導師ギルドの
人間で決闘は魔導師同士が行うもんじゃ。しかし、リョウは冒険者
ギルド。単独で行動する魔導師なんぞあまりおらん。おったとして
もたいした腕の無いやつか、パーティに応募中じゃ。実戦でここま
での功績を挙げた一人身の魔導師はリョウが初めてかもしれん。手
っ取り早く名を上げたい連中には必然的に狙われるじゃろ﹂
ああ、そうですかそういうことですか・・・そりゃ確かに鴨だ。
ケンカも冒険者ギルド限定なら酔った勢いとかいつものことって
感じに流される。
ユエちゃんみたいに強いパーティーの一員なら仲間が守ってくれ
るんだろうけど・・・。
エアロさんの所に行ってからケンカ売られなくなったのも冒険者
ギルド街から出て縄張り的に問 題になるからだろうか?
けど、だからといって今しばらくは色々と金が必要になるから冒
険者を辞めるわけにはいかないし。
相手が油断しているときなら一人ぐらいは酒場でやった喉アタッ
クとかの小技で倒せるけど、あんなふうに警戒バリバリの真正面バ
トルとなるともう無理だ。
﹁一応俺って二等市民ですよね?それでなんとかなりませんか?﹂
裁判云々とかいってたからどうにかならないかな?
﹁Aランクの一等市民ならさすがに手を出す気も多少は治まるじゃ
ろうが・・・リョウが冒険者でいるうちはたいして意味は無いじゃ
ろ。ケンカが終わった後になら裁判はおこせるがの﹂
その時俺は八つ裂きにされているだろう・・・。
なんか意味がねぇぞ畜生。
307
﹁なんとかなりませんかね?これからケンカ売られ続けるって正直
ぞっとするんですけど・・・﹂
﹁恩があるからのワシとしてもなんとかしてやりたいがの・・・。
一人の冒険者を贔屓したとなるとあとあと困るのじゃ。わかってく
れ﹂
大人だもん、組織に属すること、そのトップでいる意味。
わかりますがね・・・ほんとわかりますがね・・・。
でもさ、結構公私混同してるじゃん・・・。
お孫さんの一件とか・・・。
まったくもってずるいなぁもう。
うーん、もういっそのことケンカ買ってふっ飛ばしてやろうか・・
・再起不能レベルまで。
俺にケンカ売った事を後悔させるぐらい・・・。
手を出すのを躊躇うくらい。
実際宿屋ではそうだったわけで。
魔術のことは秘匿したいけど俺の安全が最優先なわけで。
それになんとか誤魔化す手段はあるわけだし・・・。
﹁こうなったらケンカ買っちゃ駄目ですかね?翼竜に比べればあん
な雑魚共くらいどうとでもできますから。軽く魔術でドカンと﹂
一応許可もらっとこう。
﹁いや、今はまずいの。今回のことで色々な所から目をつけられて
しまっとる。いくら二等市民とはいえ街中で魔道具なんか使ったら
すぐに捕縛されるぞ﹂
えーとそれってつまり八方塞?
308
四面楚歌?
なにこの状況?
どうしろっていうの?
せっかく金が手に入ったのに逃げ続けるしかないなんて・・・。
軽々しく依頼なんか受けなけりゃ良かったんだ!!!
うう・・・。
ずーんと沈み込む。
背後には黒い暗雲が立ち込めている・・・と思う。
﹁ワシが出来るのは捕縛された時に多少温情をかけてもらうよう口
ぞえすることかの。あとは、決闘も代役は認められておるから・・・
護衛を雇うか奴隷でも買えという助言じゃだけじゃ。ああ、どこか
のパーティへ入るならそこへの推薦状と商人ギルドの紹介はできる
かの﹂
パーティはパス。
仲間なんか要らない。
対等な仲間は面倒だ。
意見の尊重とか助け合いとか正直そういう煩わしいのはもう嫌な
のだ。
となると護衛か・・・金での関係ってのも判りやすくていいけど、
いまいち信用できないんだよね。
元の世界にいる大統領SPクラスならすぐに依頼するのに・・・。
すると最後に残った選択肢は奴隷・・・奴隷?
﹁護衛を雇うのはまぁ考慮に値するとして、奴隷なんか買っても役
に立たないんじゃないでか?﹂
確か囮くらいにしかならないって誰かが言ってなかったっけ?
309
﹁いや、そんなことはないぞ?戦奴隷ならそこそこ腕の立つ奴もお
る。敗戦国の騎士団員クラスならギルドのCCCランクくらいの腕
はあるからの。忠誠は期待できんが首輪がある以上は逆らわん。貴
族には奴隷だけで護衛団を作っておる奴もいるぐらいじゃ﹂
ビックリだ。
その発想は無かった。
俺の中では奴隷=女は性奴隷、男は労働奴隷だと思ってた。
そうかそうか、よく考えればそういうやつがいてもおかしくは無
いわけだ。
元の世界では反乱とか起こされるとまずいから奴隷に武器を持た
せるのはよくないんだろうけど、この世界じゃ首輪があるおかげで
逆らえない・・・ニヤリ。
﹁そうですか、そうですね、奴隷を買って護衛につけることにしま
す﹂
﹁わしとしては護衛を雇う方を押したいが・・・まぁそれも手じゃ
ろ。今から買いに行くなら馬車ぐらいは貸すぞ?ギルドの外に出た
らまた襲われるかもしれん﹂
ギルドの建物内に居るうちは安全。
外を出ると道の角ごとで誰かにぶつかるかもしれない。
それが食パンを口にくわえた女学生さんなら大歓迎なのに。
さすがにギルド長の馬車にケンカを売る阿呆はいないだろう。
﹁はい、お願いします。とりあえず、報酬とギルドカードもらえま
すか?あと魔石の精算もすましたいんですけど﹂
先立つ物がなければ始まらない。
話も終わったことだし金よこせ。
310
﹁ああ、わかっとるよ。ノイン﹂
﹁はい、すぐにお持ちします﹂
今の今まで壁の花と化していたノイン嬢が一礼して退出。
ほんの数分もせずに戻ってきた。
﹁こちらがギルドカードと市民カードになります。元のカードはこ
ちらで御引取します。あと白金貨200枚の報酬は魔石を鑑定して
から合わせてということで﹂
﹁それでいいよ。それじゃこれお願い﹂
机の上に鞄からごろごろと魔石を転がす。
数は二十一個、聖玉草の予備回収分八個。
それとずいぶん前に村から頂いた宝石数個、すっかり忘れていた
からこれも合わせて換金してもらう。
﹁さすがに数が多いですね。しばらくお待ち下さい﹂
﹁わしは、紹介状を書いてくる。あとはまかせるぞ﹂
﹁はい﹂
爺さんは退出。
俺は査定状況をぼんやりと眺めて待った。
それにしてもほんとギルドの職員さんはなんでもできるんだなぁ。
受付に鑑定に手続き全般。
奴隷買うのもこれくらい使えるのが欲しい。
役所の手続き全部やってきてくれるようなの。
うん。なるべくいいのを買おう。
そんなどうでもいいことを考えて二十分ほどで査定終了。
先の報酬と合わせて白金貨230枚ほどになった。
311
これで俺の全財産は白金貨約250枚。
美人な奴隷も豪華な家も買える。
一等市民権は今回の一件でわかったがあまりメリットがないよう
なので後回し。
俺の生存権を確立する強い奴隷さえ買えればもう完璧。
報酬を受け取った俺はVIP専用出入口に案内された。
そこで待っていたのは以前乗ったことのある高級黒塗り装飾馬車、
これに乗っている限り街中で襲われることはないだろう。
﹁こちらはギルド長からの紹介状です。奴隷商店への道は御者が知
っていますのでご安心下さい﹂
見送りにきたノイン嬢から手紙を受け取る。
しっかりと赤い餅?の様なものの上にマークが押されて封がされ
た手紙。
外国映画なんかでよく見かける手紙だけど、これ一つですごく偉
くなった気分だ。
﹁ありがとう。それで爺さんは?﹂
一時退出だと思ったのに呼びつけておいて用事終わったあとは見
送りにこないなんてちょっとだけ不満。
﹁申し訳有りません。急の来客があったようでそちらの方に。また
宜しくとの言伝を受けています﹂
ふーん・・・。
まぁエライギルド長様だし仕方ないか。
それに報酬は貰ったからどうでもいいよね。
312
﹁そうですか、また依頼があれば・・・俺が暇なとき普通の依頼が
あれば宜しくといっておいてください﹂
﹁ふふふ、わかりました。それではまた﹂
俺の返答に少し笑ってからノイン嬢は頷いた。
挨拶も済んだし、俺は馬車へと乗り込む。
向かうは奴隷商人の店。
いい奴隷がいるといいなぁ。
313
原付﹁ちょ、そんなとこ撫ぜちゃ駄目だって!いや待って、ソコ
は触っちゃ駄目∼∼!!﹂︵前書き︶
そんなとこ=タイヤ 汚れます。
ソコ=チェーン 実際危ないです。
注意、酷い表現があります。
314
原付﹁ちょ、そんなとこ撫ぜちゃ駄目だって!いや待って、ソコ
は触っちゃ駄目∼∼!!﹂
馬車が向かう先は富裕街の北側。
高級商店が立ち並ぶ一角だそうだ。
富裕街に入るのは初めてでかなり楽しみにしていたがさすが高級
住宅街。
まず入るために中門での審査があるらしい。
らしいってのは俺が今回乗っているのはギルド長の馬車。
貴族や有名な人物は自分の馬車に一目でその人とわかる装飾が施
されている物らしい。
そんな装飾に詳しくない俺にはよくわからないけど。
そういった著名人の馬車はフリーパス。
審査の必要がない、というか非常時以外で審査なんかしたらその
兵士さんの首がとぶんじゃないだろうか?とは御者さんの弁。
どっちの意味で首が飛ぶのか気になるが所だが。
警備が厳重なようなそうでもないような・・・馬車を真似して作
ったらいくらでも犯罪に利用できそう。
普通は市民カードを見せて入るようだ。
疾風の団のような市民権二等級以上の代表者が入る人の保証をす
れば等級が低くても入れるそうだ。
仕事関係も書類のサインがあれば問題なしだって。
富裕街の町並みはやっぱり綺麗だ。
建物は一般街のように隣同士隙間無くギュウギュウに詰め込まれ
ているってことはなく、庭も取られていてかなりゆったりとしてい
315
る。
庭の様子も噴水があったり、花壇が手入れされていたりとまさに
高級!といわんばかりの家が並んでいる。
石畳の道も・・・まぁところどころ馬糞が落ちていたりするが、
結構綺麗だ。
掃除人・・・奴隷がゴミ拾いしているから汚れている様子はほと
んど無いみたい。
当然のように街灯が設置されていて夜でも安心。
兵士というよりイメージ的に騎士っぽいちょっと豪華な武具に身
を包んだ兵隊がちらちらとうろついているから防犯も対策も万全。
街を歩いている人たちもそれに見合った人たちが大半のようだ。
日傘に白いワンピース風ドレスでワンコをつれたお嬢さん達がキ
ャハハウフフと歩いていたり、ザマスザマスとか言ってそうなおば
様と見た目100kgオーバーの大変ふくよかで恰幅の良いご婦人
が井戸端会議に勤しんでいたり・・・。
男性の裕福な人はあまり見えない。
この時間仕事だろうか?男は先ほどいた騎士っぽいのとか、冒険
者風の人たち。
掃除人にあとは奴隷達かな。
うん、周りが綺麗なだけに奴隷達がかなり目立つ。
服装が汚いまんまなのよ。
お嬢さんたちの後ろを顔はかわいいけど汚い子供が連れて歩かさ
れてたり、イケメンだけど服はズタボロの青年が日傘を持たされて
いたり。
大量の荷物を持たされた・・・これは彼女の荷物持ちしているだ
けの彼氏か?ナムーと合掌。
なんというか風景に対して奴隷達が完全に浮いている。
顔は美形やら可愛い子やら選んでいるようだけど・・・ちょっと
したアクセサリー感覚と言うか富裕層のステータス的に奴隷を持っ
ているというかそんな印象を受ける。
316
コギャル︵死語だっけ?︶の携帯ストラップの方がまだ扱いが良
さそうだ。
よくみればちゃんとした格好の執事さんも見かけるんだが・・・
奴隷には服を与えるのももったいないと・・・。
俺が奴隷買ったら服くらいは買ってあげよう。
そうしよう。
見た目も楽しまないと損だし、なんといっても病気が怖い。
不潔なままだと虫とか沸きそう。
ここの人たちは気にならないのだろうか?
俺だったら絶対に耐えられないな。
俺の理想は清潔なメイド奴隷とムフフな生活だからね・・・ほん
と楽しみだ。
さて、そんな風に街の景観を観察しながら馬車は進み北街に入っ
た。
ここら辺は高級商店ばかり・・・なのだと思う。
さっきの住宅街と違って庭が無くなり、道の近くまでレンガや木
造作りの建物が張り出してきてる。
もちろん外観は綺麗で高級感溢れているが商品が見えない。
看板は出ているが通りから見えるのはカウンターばかり。
商品を陳列しないで、このようなものは如何でしょうか?って見
せてくれるのかな。
ますます高級っぽい。
人も馬車も増えてきて、すこし騒がしくなってきた。
でも活気があると表現するには躊躇ってしまう上品な場所。
カフェテラスでもあれば優雅に紅茶でも飲みながら読書出来るく
らいに落ち着いた雰囲気がある。
馬車が止まったのは高級商店街に入って五分くらいのところ。
剣に鎖が巻きついた看板を掲げるお店の前。
止まるとすぐにボーイ?が扉を開けてくれた。
いきなり近づいて扉を開けるから何事かとちょっとびっくりした
317
ぜ。
ちょっとでも遅いとなんか罰でもあるのか?
心臓がバクバクと鳴っていたいるが平静を装って馬車から降りる。
﹁御者さん、この店?﹂
一応確認。
﹁はい、ギルド長から案内するように言われた戦奴隷専門店です。
帰りも宿までお見送りするよう言われておりますのでこちらでお待
ちしております﹂
へぇー。
あの爺もそれなりに配慮してくれてるじゃないか。
﹁それじゃ、しばらく待ってて﹂
﹁わかりました﹂
そんなやり取りを済ましたあと店を眺める。
奴隷商人の店って汚らしく暗く陰鬱でじめじめっと・・・まぁア
ンダーグラウンド的な悪いイメージしかなかったんだけど、ここは
まったくそんなことはなく冒険者ギルド本部程ではないにせよ清潔
で明るくて、高級感ただよってきて・・・。
なんか妙にギャップを感じる。
﹁スレイン商会へようこそ!﹂
店の前で観察していた俺に声を掛けて来たのはカウンターでなに
やら書き物をしていた男。
年齢は50代くらい、金髪に白髪が混じった髪を油か何かでオー
318
ルバックに固めた身なりのいい野郎だ。
少し頬がこけていて痩せているけど病的というほどではなくスリ
ムと言った感じだ。
わざわざ立ち上がってお辞儀までしている。
って客に対する礼儀ならそんなものか。
声をかけられたからには観察を続けるわけにもいかないので素直
に店に入る。
って今気が付いた。
こういった高級な店の作法的なもの知らない・・・。
いや、べつにそんなの無いかもしれないけどどうだんなろ?
またしても内心冷や汗たらたらだ。
とりあえず適当に話を合わせてみよう。
ちょっと失敗しても問題ないだろ?なんたって俺は客なんだし。
うん。大丈夫大丈夫。
と、自分を納得させとく。
﹁私当商会の主を務めております、レントン=スレインです。冒険
者ギルドの方とお見受けしますがどういった御用でしょうか?﹂
ああ、だからスレイン商会ね。
って主人自らカウンターでお出迎えってこれもまたちぐはぐな感
じがする。
偉い人は社長室で引籠ってるのが普通じゃないのか?
とりあえず、ギルド長の手紙を出しながら挨拶をする。
﹁どうも、リョウ=ノウマルです。ギルド長にここを紹介されて・・
・。護衛に使える奴隷を売って欲しいんですが﹂
﹁ほう、あの方自らの紹介ですか・・・、手紙を拝見させていただ
きますので、どうぞそちらにかけてお待ち下さい。おい、飲み物を
お出ししろ!﹂
319
﹁はい!﹂
最後のは店の奥に向けて。
すぐに女性の返事が聞こえる。
カウンターだけかと思ってたけど、入り口の左右に机と椅子の応
接セットが幾つか整えられていた。
まぁ当然か、客をずっと立ちっぱなしにさせるなんてそれなんて
立ち食い蕎麦屋だよ。
レントン氏に手紙を渡した俺は椅子にゆっくり腰掛ける。
当然椅子も机も高級家具だと思われる。
ギルドで何度か座ったけど、やっぱりこういうのは座り心地が悪
いなぁ。
傷でも付けたら怒られそうで嫌だ。
もっと気安く使えるのが一番だよ。
などと考えていいるとすぐにコーヒーが出てきた。
俺が座ってから十数秒程度。
白い首輪をした女性がホットコーヒーを持ってきた。
無茶苦茶早いよ。
もしかして常にお湯沸かしてたのか?ってのはどうでもよくて・・
・。
これまた汚らしい服の奴隷女性。
顔はすっごく美人。
もうとてつもなく美人な金髪碧眼さんだけど・・・そんなに怯え
た表情しなくてもいいじゃん。
まるで俺が酷いことするみたいに怯えて震えて青い顔をしちゃっ
てます。
持ってきたコーヒーを机の上に置く動作一つをプルプルと震えた
手でやっちゃってるから・・・ほら、コーヒーが跳ねて机が汚れち
ゃった。
320
﹁ヒッ!﹂
金髪さんは引きつった声を上げるとカップを落としてしまったか
のようにガチャリと大きな音を立てて机に置いてしまった。
そして一瞬の静寂。
金髪さんの顔色が絵の具でもぶちまけたかのように青から白に一
瞬で変化した。
﹁も、もうしわけ、っありません﹂
俺は何もしていないのに逃げるように一歩二歩と下がる金髪さん。
﹁おやおや、これはいけませんね﹂
ビクッとほんとうに跳ね上がって驚く。
俺からは見えていたけど、スレイン氏はこっそりと静かにカウン
ターから出て背後に立たってから声を出していた。
そんなことされちゃ誰だって驚くわな。
﹁もうしわけありません!!もうしわけありません、旦那様!!お
許しを!!﹂
もうパニックのように・・・いやほんとに半狂乱で頭を下げて謝
りまくってるよ。
﹁お客様にたいしてこのような粗相を。あとで教育が必要なようで
すね﹂
﹁それだけは!!それだけはどうか!!旦那様!!!!﹂
321
教育ってのが何かわからないけどこの反応から察するに、それは
もうとてつもなく楽しいことなんだろうね。
じゃないと足元にすがり付いて涙ながらに訴えたりはしないだろ
うさ。
それを見下ろすレントン氏も清清しい笑顔なんか浮かべちゃって
まぁ・・・。
その教育について熱く語りたいね。
﹁お客様の前ですよ?さらに上の教育が必要ですか?﹂
後ろ姿しか見えないけど、その言葉で魔法のようにピタリと動き
を辞めてしまった金髪さん。
良く見ればレントン氏のズボンを掴んでいる手が微妙に震えてる。
訴えるべきか、辞めるべきか心中で大乱闘が起こっていそうだ。
﹁わかったなら下がりなさい﹂
レントン氏の慈悲の篭った優しいとさえいえる声音、それを聞い
てゆっくりと立ち上がる金髪さん。
こちらを向いた顔は完全に無表情で囁くように﹁失礼しました﹂
と頭をさげるとフラフラと奥へと消えていった。
﹁申し訳ありません。すぐに新しいのを用意させます﹂
二人で見届けた後、レントン氏はそう言ってパチンと指を鳴らす。
すると今度は赤毛で細身の男奴隷がコーヒーを持って現れた。
今度は過剰に怯えることも無くきっちりとコーヒーを準備して去
っていった。
もちろん礼儀作法は完璧。
322
すごい、これは憧れる!
指パッチンだけで以心伝心ってまさに理想の奴隷!!
残念ながら男の奴隷だけどこの教育具合は見習いたい。
コーヒー持ってきた野郎の目も死んでたからさっきの金髪さんが
楽しそうに言っていた教育の成果なんだろうけどいったいどんなこ
としたんだろ?
爪の間に針でも刺したのかな?ってこれは拷問か。
﹁最初の女性はあまり躾がなっていないようでしたが先ほどの男は
なかなかでしたね﹂
話の取っ掛かりのためにちょっと聞いてみる。
﹁いえいえ、お見苦しいところお見せしてしまって申し訳ない﹂
謝罪を口にしながらレントン氏が向かいの席に腰掛けた。
﹁私は男奴隷にしか興味がないんですが、さきほどのは気まぐれで
購入したものでして・・・。私は女奴隷とは相性がよくないようで
うまく教育できなくて難儀していますよ﹂
男奴隷にしか興味が無い・・・。
まさかこの人ホで始まりモで終わる系の人?
そんなことないよね?
﹁えっと、それは大変ですね﹂
深く突っ込みたいけど藪蛇になりそうだからやめとく。
決定したわけじゃないけど、俺がその対象になるのは断固拒否。
323
﹁ええ、男でしたら軽くつつくだけであっさりとなついてくれるの
ですが。どうも女というのは・・・﹂
うんぬんかんぬんと話が続く。
何をどうつつくのか興味があるような・・・無いような。
無いな。
それにしてこの人、女性になにかトラウマでもあるのか長々と話
が続く。
いい加減遮ろうかと思った時、俺の微妙な顔に気が付いたのか話
をやめてくれた。
ここで買うのを止めようかと悩むくらいどうでもいい話だ。
﹁おっと失礼しました。まずは手紙を拝見させていただきますね﹂
﹁はい﹂
コーヒーをすすりながら待たせてもらう。
高級品かどうかはわからないけど缶コーヒーよりはうまいな。
手紙の文量はあまり無かったようで、俺が三回ほどカップに口を
つける程度の時間でレントン氏は手紙を読み終わった。
﹁なるほど、事情はわかりました。なかなかに難儀されているよう
で﹂
手紙を戻しながらレントン氏は同情の言葉をかけてきた。
同情するなら奴隷をくれ。
﹁本当に困ってしまいまして。いい奴隷はいますかね?﹂
﹁もちろんですとも。我が商会は戦奴隷に関してはこの町でも一番
の品揃えだと自負しております。冒険者ギルド長からの推薦とあら
ばとっておきの品までお見せしますよ﹂
324
心外だといわんばかりに胸をはるレントン氏。
うん、さっきのトラウマ話でちょっと迷ったけど大丈夫そうだな。
とりあえず見せてもらおう。
﹁そうですか、それではお願いします﹂
﹁はい、ではこちらにどうぞ﹂
立ち上がって店の奥に案内される。
とりあえずもう一度コーヒーを飲んでから後についていった。
案内された先は・・・地下牢。
綺麗な店構え内装が嘘であったかのように汚く臭い地下牢が奴隷
が集められている場所だった。
うんうん、これこそ奴隷商人の店だよね。
なんか安心したよ。
王道いってる世界の癖に俺のイメージと違うところがありすぎだ
けど、ここを見てなんかほっとした。
やっぱりこうでなくちゃ。
足を踏み入れたのはじめじめとした牢獄。
階段を下りた先はフォーク型通路になっており道の両側を格子の
牢屋がずらりと並んでいる。
正面の通路だけで約五十室。
全体で百五十ほどはありそうだ。
全部に奴隷が入っているわけじゃないんだろうけど、さすが自称
品揃え一番。
奴隷商人らしい設備の充実振りだ。
通路の明かりは天井に開いた四角い小さな格子窓と役に立つのか
微妙な間隔で灯された蝋燭が通路にぽつぽつとあるだけ。
雨のときどうなるんだろうとちょっと心配。
325
今はレントン氏の護衛?看守?二人が大きめの蝋燭を持っている
からかなり明るいけど、普段はお化けでもでてきそうなほど陰鬱な
雰囲気が立ち込めている。
あと、うめき声もちらほら。
・・・大丈夫だよね?
イメージ通りだけど病気とか弱っていて役に立たないとか困るん
だけど。
とりあえず案内に従って通路を進む。
ちらりちらりと脇を見ながら進むけど部屋はとてつもなく狭い。
立って半畳寝て一畳ってわけじゃないけどとても狭い。
藁?干草?の布団もどきが一組と用を足す為の壷が一つ。
せいぜい二畳程度。
とてつもなく快適に過ごせそうだ。
中に入っている人は様々。
寝ている奴、座っているやつ、ぼんやりと壁を眺めている奴、こ
っちを虚ろな目で見てる奴。筋トレしている奴なんかもいる。
人種も多様だ。
人間、エルフ、ちんまいおっさんだからたぶんドワーフ。
獣耳付き、緑色の奴。
種族名不明の意味不明な人間もどきもみられる。
異世界人種展覧会のようだ。
﹁旦那様、旦那様!俺を買ってくだせぇ!きっと役にたちますぜ﹂
﹁見てくださいこの傷を、かのバーン王国にその人ありと言われた
グリズ将軍の槍を受け止めた傷です。雷鳴に例えられるほどの槍を
受けても耐え切った体。丈夫さは折り紙つきです﹂
数人はこんな感じで自分を売り込んだりしている。
よっぽどここから出たいらしい。
あの手この手でアピールしている。
326
﹁なかなか面白いですね﹂
売り込みをかけてくる奴の前で少し歩く速度を落すだけで、売り
込みに熱が入る。
今なら足を舐めろと言ったら喜んでやってくれそうだ。
プライドの欠片も見えない卑しい犬どもめ!なんてね。
﹁紹介状のある方にそのような小物はとてもとても。リョウ殿には
それなりの品をご紹介しますよ﹂
なるほど、ここらへんは安物らしい。
一見さんにはこんなのを売りつけるのかもしれない。
ギルド長の紹介状様様だ。
売り込みをスルーしながら格子の間を進み通路の端まで到着。
もちろん何もないただの壁。
﹁壁がそれなりの品ですか?﹂
まったくそんなこと思っていない声で聞いてみる。
﹁もちろん違いますよ。貴重な商品は置く場所にも気をつけないと
いけないということです﹂
そう言ってレントン氏は俺に見えないよう体で隠しながら何か操
作を行う。
すると壁がズズズと重たい音を出しながら横にスライドしていく。
﹁おお!﹂
327
思わず声が出た。
でもすごい、隠し部屋だ。
中は相変わらずの格子付きの牢屋が並んでいるがさっきまでの石
畳と違い普通の部屋のように綺麗だ。
家具も机と椅子、ベッドも完備。
通路から丸見えなのを除けば安いビジネスホテル並には整った部
屋だ。
﹁高級な戦奴隷というのは、身分の高かった者もおりましてね。た
まに無駄に忠誠心の厚い輩が奪還に来たりするのですよ。そのため
の備えとしてこうなっているわけです﹂
なるほどね。
俺の興味津々な様子を見て説明してくれた。
﹁私に見せてしまって大丈夫なんですか?﹂
俺が喋ったりしたらどうするんだろ。
﹁ははは、そういう質問をされるかたはまず大丈夫ですよ。それに
冒険者ギルド長から御墨付きを頂いてる方ですから、信用しますよ﹂
ギルド長の手紙になんて書いてあったかすごい気になるがありが
たいことだ。
贔屓しないとか言っておきながら俺が絡まれたことをかなり気に
してくれたみたいだな。
これも一種のツンデレなのか?
﹁それではこちらの商品など如何でしょうか?﹂
328
隠し牢屋に入って一つ目。
早速商品の説明が始まった。
﹁先日東方で戦がありました際に捕まえられたビフス王国の戦士長
です。冒険者のランクに例えますとCCCランク程度の腕がありま
す。肉厚の体は盾としても充分にご使用できますが如何でしょうか
?﹂
部屋の中にいるのは白髪の混じった大柄のおじさん。
厳つい顔を顰めて俺を見ている。
・・・正直怖い。
こんなの道具扱いとはいえ側におくなんてごめんだ。
﹁えっと、もうちょっと見た目がいい奴をお願いしたいんですけど・
・・﹂
﹁そうですか・・・では、こちらなど如何でしょうか?﹂
くるりと体を回転させた反対側、二つ目の牢屋を示す。
﹁元は悪名高き盗賊集団﹃ブラック・バード﹄の副リーダーをやっ
ていた男です。腕はCCランクとなりますが、すばやい身のこなし
はなかなかに見所です。さらに顔もなかなかの物ですから男娼とし
ても楽しめるかと﹂
俺はその気はありませんって。
ベッドに転がって興味なさそうに俺を見ている野郎は確かになか
なかのイケメンである。
だけどなぁ・・・。
こんなの俺の横に置いてたら俺の普通フェイスが嫌な感じで引き
立ちそうだ。
329
それに腕も微妙。
正直なところAランクぐらいは欲しい。
﹁お気に召しませんか?﹂
俺が腕を組んで悩んでいるのを見て声をかけてくる。
﹁まぁ、正直なところ・・・﹂
﹁ご希望があればそれにそった商品を出しますが?﹂
そうだね、最初からそうすればよかった。
となると・・・どんなのがいいかな。
うーんと、そうだ、女性。
女戦士!いるだろ、ファンタジーな世界的にこう戦女神とか戦姫
とか言われるような強くてかっこよくて、綺麗で美人でグラマーで
ファンタジーな人。
元々美人の奴隷囲ってウハウハな生活が目的なんだから護衛だっ
てそういうのを揃えればいいんだよ。
何で思いつかなかったかな。
戦争があればそういったのが奴隷として流れていてもおかしくは
ないでしょ?
﹁そうですね。女性で見た目が良くて、腕も最低でBランク以上の
戦奴隷が欲しいですね﹂
こんな感じの注文でどうよ。
しかし、俺の要求にレントン氏は微妙な顔をした。
へ?まさか・・・。
﹁そういった奴隷は・・・。申し訳有りませんが当商会では在庫の
330
持ち合わせはありません﹂
当商会ではってことは他のところならいるんだよね?
しかし、俺が聞きたいことを察したのかレントン氏から無情な言
葉が続けられる。
﹁残念ながら他の商会も持ってはいないでしょう・・・。おっしゃ
られているのは﹃北方の戦姫﹄や﹃神槍三姉妹﹄のような存在なの
でしょうが、そういった奴隷はほとんどが戦勝国の国王や将軍のも
のになりますから市場に出ることは稀なんです﹂
まじかよ・・・。
美人な戦士が居るとわかったのはうれしいけど確かに言われてみ
ればそうその通りだ。
戦勝国の野郎どもがそんなにいいもの手放すわけ無いよな。
クソな中年将軍に美人な姫があんなことやこんなことされるシチ
ュエーションは萌えるけど・・・萌えるけど今はそれが憎らしい!!
・・・でもまてよ冒険者は?ユエちゃんとか居るんだし。
戦士系の美人冒険者がいてもいいはずだろ?
﹁冒険者はどうですか?私の知り合いにも戦士じゃありませんが女
性の冒険者がいました。そいった関係で腕の立つ奴隷はいませんか
?﹂
﹁冒険者関係にしても腕も器量もとなりますと奴隷市場に出まわる
ことはあまりありません。どちらかだけなら簡単に手に入りますが・
・・両立されている物はやはり最初に捕縛した者がそのまま、とい
うケースがほとんどです。伝手を頼ってみますが期待されない方が
宜しいかと﹂
レントン氏はそう言って蝋燭係の一人に合図を出した。
331
一人が礼をして出て行った所を見ると調べてきてくれるようだけ
ど。
しかし・・・しかし俺は期待しない。
得てしてこういう期待は裏切られる為に存在すると思っているか
ら。
﹁判りました。とりあえず適当なのを下さい﹂
護衛が居ないと俺の命は風前の灯火だ。
早く風よけを手に入れないと安心できない。
美人の奴隷は家を買ってから探すことにしよう。
﹁そうですか。それでは腕の立つものでBランク以上見た目もいい
という条件ですね﹂
﹁それなんですけど余り良すぎるのもちょっと、あと年が行き過ぎ
ているのもやめてもらえますか﹂
さっきのおじさんみたいなのは勘弁。
仕事を始めてから年上、特に中年のガテン系おっさんは無茶苦茶
苦手になったのだ。
それまで年上と言えば学校の先生か父親、親戚ぐらいしか付き合
い無かったせいで距離のとり方を知らんままに接触したからかなり
戸惑ったのだ。
﹁そうなりますとかなり絞られますね・・・。では亜人はどうでし
ょうか?﹂
﹁亜人?﹂
亜人っていうとアジア人?
違うか、それってエルフとかかな。
332
それでもたいして変わらない気がするけど。
﹁はい、先日よい物が手に入りまして、護衛としてはかなり使えま
すよ。ランクで言うならBBBかAランクに匹敵します。亜人とい
うことで貴族様には毛嫌いされる方もおられますがリョウ様なら問
題無いのではないでしょうか?﹂
ふむ、Aランクといえばグエンさんの下か、かなり強いな。
それだけあれば腕は合格、あとは外見か。
﹁とりあえず見せてもらえますか?﹂
﹁わかりましたこちらになります﹂
さらに案内されたのは牢屋の最奥から二つ目。
明かりがあるはずなのに端っこともあってかなり薄暗い。
そんな格子の中、ベットに腰掛けてこちらを見ていたのは・・・。
﹁・・・トカゲ?﹂
二足歩行のトカゲ・・・いや、トカゲってのも微妙だ。
口が尖っているといいますか、伸びているといいますか・・・ワ
ニ?
でも鱗っぽいのもあるし妙に細長だし・・・ヘビ?
もうしくは腕が長くなったどこぞの配管工の乗り物?
﹁シュルルル、我は誇り高き緑鱗族の戦士だ。下等な爬虫類ごとき
と一緒にするなニンゲン﹂
﹁それは失礼。ト・カ・ゲさん﹂
﹁シュルルルル・・・﹂
333
おもいっきり馬鹿にして言ったやった。
なにやら尻尾をばたばたとさせながら唸って威嚇してますけど人
をニンゲン呼ばわりするような奴はトカゲで十分です。
俺が先にトカゲ呼ばわりしたのは恣意的に無視します。
でもこいつ、ゲームなら確実にモンスター扱いだろ。
目がぎょろりとした緑色の二足歩行のトカゲもどき。
申し訳程度に胸にプレートメイルをつけて腰には・・・何も無い。
えっと生殖器は?
いやそんなのはどうでもよくて、魔王軍とかで下級兵士とかやっ
てそうなそんな印象。
これ本当に強いのか?
﹁如何でしょうか?緑鱗族の戦士でマニといいます。気位は少々高
いですが、奴隷にする分には首輪がありますから問題ないかと。先
ほども申し上げたように強さはかなりのものです﹂
﹁このトカゲを連れて街を歩いても問題ないんですか?﹂
﹁街では多少珍しくありますが、普通に生活している者もおります。
何より奴隷の首輪をしていましたら何も言われることは無いですよ﹂
ふーん。
なるほどね、どうしようか・・・。
爬虫類関係は特に嫌悪感ないし、むしろ普通のおじさんやイケメ
ンの野郎を連れて歩くよりは俺の精神衛生上いいかもしれない。
なんてったってファンタジーな世界にいるんだからファンタジー
なやつ側に置いておきたいジャン。
うん、そうしよう。
後確認しないといけないのは・・・。
﹁これにしようかと思うのですが・・・強いというのがその信じら
れなくて・・・﹂
334
レントン氏を信用してないってことだからちょっと言いにくかっ
た。
でも初めての店だから当然だよね。
﹁そう思われるのは当然です。ですから当商会ではそれをお見せす
る場所をちゃんとご用意していますよ。どうぞこちらに﹂
へぇーなんだろう。
案内されたのは地下牢から外に出た店の中庭に当たるところ。
なんと、そこには小さいながらも観客席付きの闘技場があった。
﹁すごいですね﹂
店のど真ん中にこんな物があるなんてかなり驚きだ。
広さはバスケットコート一面程度。
石造りで囲われた壁の高さは2mほど、ぐるり一周は観戦できる
ように客席が設けられている。
﹁どこの戦奴隷商も大小はありますがこのような施設を持っていま
すよ。むしろ市場の店ならまだしも施設を持たない町の戦奴隷商は
詐欺師だと思った方がいいですよ﹂
なるほどね。
商品の良さをみせず話術だけで売るのは詐欺師の技なわけだ。
﹁注意しておきます﹂
﹁当商会を贔屓にしていただけましたら問題の無い話ですよ﹂
﹁なるほど、確かにそうですね﹂
335
さすが商人。
さりげなく売り込んでくる。
そんな話をしながら客席中央に腰掛ける。
闘技場の扉は二つ。
まずは右側の扉が開き、中からトカゲが現れた。
棍棒を引きずりながら前傾姿勢での登場。
やる気なさげに見える・・・。
そりゃ無いよね。
さっきはわからなかったけど身長は2mは超えている。
尻尾を合わせると全長は2.5mはありそうだ。
トカゲは丸い目玉をギョロリと動かして俺を見ている。
さてはて何を考えて見ているのやら。
トカゲが出てきた扉の反対側から鎖に繋がれたゴブリンが三匹、
さきほどの蝋燭係りに鞭で追い立てられながら出てきた。
﹁街の中にモンスターですか?﹂
ゴブリンでも街の人には脅威のはずなのに。
ちょっと心配だ。
﹁冒険者ギルドで捕獲された物ですよ?軍の訓練や私どもが利用す
る為捕獲して欲しいというのは依頼でよくあるはずですが?﹂
そうなんだ知らなかった。
﹁ギルドに入りたてで知らないことの方が多いんですよ﹂
﹁なるほど、しかし、それなのにギルド長から紹介の手紙を書いて
もらえるとはよほど優秀な方のようだ﹂
336
あれ?この人は俺を知らないのか。
翼竜のこともあって結構有名人になったつもりだけど富裕街まで
は話がきていないのか。
ま、別に有名人になりたいわけじゃないからいいけど。
﹁別にそんなこと無いですよ。ギルド長にはちょっとした貸しがあ
っただけです﹂
﹁ちょっとした貸しですか・・・﹂
なにやら考えているようだけど手紙には書かれていなかったらし
い。
ほんとあの手紙になんて書いたあったんだろう。
そんな無駄話をしている間にゴブリントリオとトカゲが数メート
ルをあけて向かい合う。
ゴブリントリオ、長いからゴブトリと呼ぼう。
ゴブトリの鎖はすでに解かれギャーガァーと五月蝿いほどにトカ
ゲを威嚇している。
それに対するトカゲは相変わらずの前傾姿勢のまま静かにゴブリ
ンを見ている。
ゴブトリの武器は剣槍斧とばらばら。
全部が刃こぼれしまくりの鈍らの形だけが残っていうという品。
それでも叩かれたら痛いじゃすまないと思う。
﹁それでは始めます﹂
レントン氏の言葉に頷いて答える。
それを見て蝋燭係りに合図が送られ、鞭が叩かれてゴブトリが嗾
けられた。
武器を振り上げ一斉に襲い掛かるゴブトリ。
しかしトカゲは動かない。
337
回避も防御もしないトカゲに手加減の一切見えない攻撃が繰り出
された。
振り下ろされる斧は肩に、突き出される槍は腹に、振りぬかれる
剣は腕に。
三種の武器がトカゲに命中。
切るや刺さるということなく殴打するといわんばかりの鈍い三連
撃。
思わず顔を顰めてしまう、むちゃくちゃ痛そう・・・。
ってこれで終了ってなことはないよね?
一切微動だにしないトカゲ。
驚いたように一歩引いたゴブトリ。
そして期待は裏切られることなく、トカゲが動いた。
﹁シュルルルルルルゥゥゥ!﹂
トカゲの空気が震えるようなな叫び声。
それに合わせて横薙ぎに振るわれる棍棒一閃。
さっきの三連打の数倍の音と共に斧と剣を持った二匹のゴブリン
が吹っ飛び石壁に激突。
ピザでも落としたかのような粘着質な音と共にぶち当たって汚ら
しい緑の抽象画が壁に描かれた。
微妙なリーチ差で攻撃を逃れた槍持ちのゴブリン。
二匹に巻き込まれるかたちで折れた槍と壁を交互に見比べている。
そんなことやってる場合じゃないだろうに。
ゴブリンが自分を覆う影で気が付いたときには棍棒が顔前にせま
り、多分何も判らないまま緑色の水溜りと化したことだろう。
三匹を一瞬で倒したトカゲ。
俺なら確実にあの世行きの攻撃を食らったはずなのに緑の鱗には
傷一つ付いていない。
338
なるほどなるほど。
俊敏性は判らないけど攻撃力、防御力はかなりのもだ。
剣と盾にするには充分。
トカゲは汚れてしまった棍棒を振って血糊を落とし俺を見上げる。
しかし、あいかわらずの前傾姿勢。
というかやる気無く見えるあれが基本スタイルみたいだ。
でも、こうやって上から見てもやはりモンスターにしか見えない
な。
何を考えているかわからないのが少し不安だが道具として使うに
は配慮の必要も無いだろ。
﹁いかがですか?﹂
あの結果を見れば答えは決まっている。
﹁値段は?﹂
俺の購入の意思にレントン氏の顔に笑みが浮かんだ。
﹁白金貨2枚と半枚になります﹂
美人の奴隷が白金貨10枚と聞いてるから、それに比べたら微々
たる額だ。
それだけの値段で俺の命が助かるんなら安いもんだぜ。
﹁それじゃこれで﹂
袋から白金貨を3枚出して渡す。
レントン氏は硬貨を受け取ろうと手がピクリと動いたが何故か止
まった。
339
表情は一切変わることはなかったが、そんな動きをされると不安
になる。
なんか失敗したかな?
﹁どうかしましたか?﹂
俺の問いかけになにごとも無かったかのように動き始める。
﹁いえ、何もご座いません。お買い上げ有難うご座います。引渡し
は店内にて行いますのでどうぞこちらに﹂
・・・少し気になるが、問題なく購入できたようなので案内に従
って最初の応接セットまで戻ってきた。
トカゲを引き渡すのに準備がかかるそうなのでそれまでまたコー
ヒーを頂く。
持ってきたのは赤毛の奴隷野郎だ。
あの金髪さんはどうなったんだろうかとふと思ったが・・・ま、
どうでもいいな。
地下に行ったり闘技場を見たりで歩き疲れてしまった。
それに思っていたより時間もかかってしまい日の光もかなり傾い
てきている。
遠く聞こえる鐘の音は六つ。
御者さん、かなり待たせちまったな。
そんなことを考えているとトカゲを連れたレントン氏が現れた。
﹁どうもお待たせしました﹂
﹁コーヒーおいしかったですから、問題ないですよ﹂
立ち上がってトカゲを見るが・・・何故か防具が立派になってる。
さっきは胸だけのプレートメイルだったのに、今は全身鎧︵尻尾
340
の先には棘着きの防具まで付いてる︶になってる。
武器もただの棍棒がメイスへとパワーアップされている。
﹁えっと。なにかとても立派になってるんですが・・・﹂
驚いてしまって言葉がうまくでてこない。
﹁ただのサービスです。これからもご贔屓にというね﹂
今後も利用するかわからんけど。
まぁそういうことならありがたく貰っておこう。
﹁そうですか。今後とも宜しく。とくに先ほどの・・・﹂
﹁判っています。まずはこれと契約を﹂
契約。
初めての奴隷との契約。
俺の初めては美少女とやりたかった・・・。
うぅ、でも今は仕方ないよね。
身の安全優先しないとその美少女とも出来ないんだし。
﹁すいません。俺契約の方法知らないんですけど﹂
﹁そうでしたか、では・・・﹂
レントン氏が契約の方法を教えてくれる。
といっても難しいことではなかった。
市民カードに自分の血を付けて血の付いた面を奴隷の首に当てる。
これだけのようだ。
小さな針を渡されたので自分の指をちょっと刺す。
341
注射きらいなんだけどなぁ。
痛!
ほんの少し出来た小さな赤い水滴をカードに擦り付ける。
そしてそのカードをトカゲの首へと持っていった。
しかし、首輪に当たる直前、今までまったく動かなかったトカゲ
が口を開いた。
﹁ニンゲン、貴様が我を奴隷としようとも我の心は貴様に対して忠
誠など抱かぬ、そのこと忘れるな﹂
・・・何言ってんだこのトカゲ。
トカゲから視線を外さないまま俺は止めていた手を動かしてカー
ドを首輪に当てた。
白い首輪はカードが触れたところからぐるりと一周赤に染まり、
すぐにまた何事も無かったかのように白い首輪へと戻った。
﹁これで契約は終了です、お買い上げありがとうございます﹂
へぇーこれで終わりなんだ。
あとは・・・
﹁そっか、それで一つ聞きたいんですが、首輪を使って懲罰が与え
られるんですよね、どうやるんです?﹂
﹁それはカードに念じればいいだけです。程度は思いのままに﹂
なるほど。
では早速。
342
﹁シュッルルルル!!﹂
トカゲが首を押さえて苦しみだした。
ゴブリンの三連撃をまったく意に返さなかったトカゲが苦しむな
んてかなりのもんだんだろう。
ってやってるのは俺だけど。
これ思ったより簡単に発動するんだな。
﹁おいトカゲ。お前、馬鹿なの?死ぬの?﹂
これは言ってみたかったセリフだね。
﹁俺が貴様に忠誠なんか期待してると思ってるの?そんなのが欲し
ければまともに仲間探してるし、せめて金払う限りは信用できる傭
兵雇ってるって﹂
もう一段階力を加えてみる。
﹁!!!!!﹂
崩れ落ちて膝をつくトカゲ。
ざまぁ!
﹁俺が貴様を買ったのは、俺が傷つかないようにするための盾。俺
の手が血で汚れないようにするための剣とするため。ただそれだけ。
わかるかな?俺は貴様に道具としてしか期待していないんだよ﹂
さらにカードに念じる。
トカゲの目が限界まで見開き口から泡を吹き始めた。
汚いなぁ・・・。
343
﹁リョウ殿、それ以上やると死んでしまいますよ・・・﹂
レントン氏が止めに入った。
でも無視。
﹁その道具が持ち主のこと人間なんていってんじゃねぇよ。そうだ
な・・・主殿、こう呼びな。それ以外で呼んだらお仕置きだから。
わかったかな?﹂
念じるのを辞める。
ビクビクと床で跳ねていたトカゲが荒い息で喘いでいる。
人の話聞いてるのかな?
﹁わかったかな?﹂
もう一度聞いてみる。
床から顔を上げたトカゲ。
人間とは違っていて分かりにくい顔だけど、それでもはっきりと
わかるほど憤怒の色を浮かべて俺を見てきた。
分かってないみたいだ。
もう一度念じる。
さっきよりも強く。強く。
﹁ジュル!!!!!!!!!﹂
マナーがなっていないスープの飲み方のような音を出してまたト
カゲが地面を転げ回る。
﹁わかんないかな?俺とっても譲歩してるんだよ?君が心の中でな
344
んと思おうと勝手だって。道具が何を考えようがどうでもいいから
ね。ただ使われてくれたらいいんだよ。ただ周りのこともあるから
主殿と呼べってね﹂
言い終わってから、念じるのを辞める。
荒い息をしながら地面でへたり込むトカゲ。
先が二つに割れた長い舌をだして空気を吸い込んでいる。
﹁まだわかんない?﹂
三度の問い。
これで言うこと聞かなかったら捨てちゃおっと。
倒れたトカゲの顔のそばでしゃがんで顔を覗き込む。
トカゲの目にはまだ反抗心が見て取れる。
それはいいんだ。
さて、なんて答える。
しばしまってから開かれた口から出た舌が動いた。
﹁シュル・・・。我が真に忠誠を誓うことは無い。しかし・・・成
すべきことが我にはある・・・主殿。主殿に従おう﹂
うん。よかった。
本当に良かった・・・。
躾は最初が肝心っていうし、こんなものかな。
まぁ色々と気に入らないがいいだろ。
立ち上がってレントン氏に向き直る。
﹁すいません。床汚してしまって﹂
345
トカゲが吐いた泡が少し床についてしまった。
﹁いえ・・・それはかまわないのですが、先ほどの話からすると奴
隷を買ったのは初めてとのことでしたよね?﹂
﹁そうですが?﹂
契約の仕方知らなかったからわかるだろに。
﹁そうですか、初めてでここまでする方は・・・いえ。なんでもあ
りません﹂
そこまで言ってたら全部言ったも同然だと思うけど。
まぁいいや。
とりあえず。護衛ゲットだぜ!!
チャラララッララー!!
と、脳内でファンファーレを鳴らしておこう。
﹁それじゃ俺は帰ります。女性で強い奴隷が入ったら﹃鞘の置き場
亭﹄まで連絡もらえますか?﹂
今日一日でかなり動き回ったから疲れた。
もう寝たい。
結構ハードな一日だったな。
すでにお休み前の回想モード一歩手前で帰る気全開だったがレン
トン氏が何やら言いたい様子だった。
﹁そのことなのですが、先ほど問い合わせたところ﹃マーマルオー
クション﹄でかなり腕前のたつ女奴隷が競りにだされるとのことで
346
す﹂
まじで?
﹁当然見た目も・・・?﹂
﹁むろん、かなりのものだとか。それでその奴隷は今開場している
競りにだされるとのことで、今から行けばなんとか間に合うと思い
ます﹂
そいつはなんとまぁ・・・俺の一日はまだ終わらないようだ。
・・・ってこの野郎。
俺が正式にトカゲを買うまで黙ってやがったな。
まったく食えない商人だぜ。
347
原付﹁ちょ、そんなとこ撫ぜちゃ駄目だって!いや待って、ソコ
は触っちゃ駄目∼∼!!﹂︵後書き︶
以前感想で言ってた方がいました。
主人公は人間嫌いじゃないのかと。
そんな設定は無かったのにこれを見るとそんな気がしてきます。
緑鱗族はそのまま﹃リョクリンゾク﹄と呼びます。
リザードマンでは無いのであしからず。
今回は微妙に駆け足なきがします。
そしていつものように文章量のばらつき。
自分の腕の無さを痛感します。
修正06/29
348
原付﹁私・・・汚しちゃった・・・﹂
富裕街の夜は一般街より少し長いようだ。
今は日も落ちた黄昏時。
俺の一番嫌いで一番名前が好きな時間。
二番目は草木も眠る丑三つ時。
一般街なら宿屋と酒場を除いて静かで真っ暗ですでに眠りに落ち
ていても早いと言われることの無い時間だが、ここ富裕街は違うら
しい。
というのも貴族ほどではないにしろ夜会が頻繁に行われ家やギル
ド会員同士の交流が盛んに行われるからだそうだ。
その一環ってほどではないけど、ここ、富裕街の住人向けオーク
ションは夜にかけて行われるのが一般的なんだとか。
高級品を酒の肴にだらだらとやりとりするのが優雅とか思われて
るのかもね。
ま、今回は夜にやってくれて助かったけど。
レントン氏の蝋燭係が調べたところ、オークション開始間際に急
遽持ち込まれたらしく、たまたま問い合わせなかったら情報は入っ
てこなかったんだとか。
もちろんいきなり持ち込まれたとはいえちゃんとした商品なんだ
そうだが、順番としては最後になるだろうとのこと。
おかげですでに始まっているオークションに間に合うってもんだ。
さらにありがたいことに突然の出物でそれを狙ってオークション
に来た人は少ないだろうからかなり狙い目で、うまくすれば安く手
に入るだろうとはレントン氏の分析。
俺にとっては万々歳だね。
349
そんなわけで急いでやってきたのが﹃マーマルオークション﹄マ
ーマル商会運営のオークション会場。
かなりの歴史があるオークション商会だから扱われる物に関して
は安心安全、信頼しても大丈夫なようだ。
外見はテレビでしか見たことが無いヨーロッパの劇場といった感
じ。
まぁ元からここら辺の建物全てがヨーロッパテイストだけど。
夜の中にあって淡くライトアップされたかのように綺麗に浮かび
上がる石とレンガで造られた白い建物。
どことなくホワイト○ウスを連想させられる。
そんな建物の前に急がせた馬車が急停車。
止まると同時に飛び出す俺。
後ろからトカゲもドタドタと着いてきた。
そのままの勢いで建物に入ろうとドアに突撃する。
﹁ちょっと!お客様、入場料払ってください!!﹂
しかしドアマン?に止められた。
急いでるのに!って入場料とるの!?
﹁入場料?﹂
ドアマンは俺の返答に眉を顰めた。
﹁当然じゃないですか。金貨10枚になりますが?﹂
ちょっと言葉使いが悪くなった。
なんというか見下した感じ。
翻訳すると﹁そんなことも知らないお前払えんのか?﹂だな。
なんかムカつく。
350
袋を探って金貨を二十枚程取り出す。
﹁これでたりるだろ?﹂
ドアマンの顔を殴るかのように突き出した手からジャラジャラと
金貨を落としてやった。
慌てて受け取るドアマンの顔が見下しから、不快、驚き、笑顔、
に鮮やかに変わっていく。
急いでるけどちょっと面白かった。
さすが金の力は偉大だ。
﹁た、大変失礼しました。ささどうぞ、すでにオークションは中盤
を越えていますのでお急ぎください﹂
ドアマンは金貨を丁寧にしまいつつお辞儀をしてドアを開ける。
急がないといけないけどせっかくだから聞きたいことを聞いてお
こう。
﹁ここに美人で強い奴隷が入ったって聞いたけど本当?﹂
﹁はい、かなりの上玉が出展されております﹂
お辞儀したままドアマンが答える
﹁まだ売られてないよな?﹂
﹁もちろんでございます。急な持込でしたが目玉となる商品は後と
いうのが原則ですから﹂
よかった、安心したぜ。
ってこれ金を払う前に聞くことだよね。
金払って売れた後だったら笑い話だ。
351
急いでいるときこそ慎重にしないとね。
・・・いつも忘れるけど。
扉を入った先は赤い絨毯が引かれた煌びやかなエントランスホー
ル。
そしてその先は重厚な扉。
深呼吸一つ。
気を落ち着けてからエントランスホールを抜ける。
映画館で使われるような分厚く重たそうで、映画館では使われる
ことのない綺麗に彫刻の施された扉。
先回りしたドアマンが扉を開く。
押し寄せた熱気と圧力。
静かな興奮というのだろうか、部屋というには広い空間を包んで
いるのはそんなものだった。
﹁さぁ、次の商品はこちら、セキドバ王朝後期に作られました陶器
の壷にございます。どうでしょうかこの驚きの白さ!描かれた絵の
優雅さと美しさ!幾たびの戦乱でほとんどが失われこのように完全
な形で現存するものは世界でも僅かといわれております。それゆえ
贋作も多い品でございますが、こちらはあの有名な鑑定士ノアによ
る鑑定書付きでございます。それでは金貨50枚から﹂
﹁65枚!﹂﹁70枚です﹂﹁73枚!!﹂﹁こっちは80枚だ﹂
次々にあげられる値段。
決して下品にならない程度に抑えられた声が商品の価値を吊り上
げていく。
広い室内はまるで劇場のようだ。
もちろん安っぽい市民劇場なんかじゃなくテレビでしか知らない
世界の劇場。
最高級だと思われる絨毯、いったいどれだけの時間をかけたんだ
352
と聞きたくなるほど彫刻が施された柱、幾らかかるのか検討も付か
ない豪華なシャンデリアが照らしだす煌びやかな劇場だ。
しかし思っていたよりは狭い、まぁ声が届かないと意味がないか
らかもしれないが、だいたい体育館程度。
最奥の一段高くなった舞台で司会者が商品を声高々に説明してい
る。
客席は段々になっているが、劇場のように椅子が連なっているわ
けではなくソファーが間を取られて並んでいる。
これらももちろん高級品ばかり。
それに座っている金持ち共はやはりみな豪華な装いだ。
紳士風、豪華なドレスの奥様、趣味の悪い成金︵美女をはべらし
てやがる!羨ましい!こっちはトカゲだぞ!!︶。
ところどころ軽鎧を着た冒険者風の奴や、杖を持った魔導師も見
受けられる。
全体の割合としては少ないけど。
そんな中を作業着の俺とフルプレートのトカゲ・・・。
場違いです。
本当にゴメンナサイ。
今思えばよくドレスコードに引っかからなかったものだ。
まぁ、魔導師としては落ち着いたものらしいから大丈夫なのか?
気分的には気後れするが・・・。
さて、どこに座ろうかとあたりを見回すとウェイターが席へと案
内してくれた。
さすがに後から来たせいで後ろの端しか開いてなかったが。
わがままを言ったところでどうにもならないのでおとなしくそこ
に座る。
﹁お飲み物は何になさいますか?﹂
座るとすぐにウェイターが聞いてきた。
353
タダ・・・というか入場料に入ってるのな?
とりあえず注文してみる。
﹁アルコールの入ってないものある?﹂
﹁それでしたらチコのジュースはいかがでしょうか?﹂
チコってなに?まぁいいやそれで。
頷いて答えると﹁かしこまりました﹂と一礼して下がった。
入場料に含まれているみたいだ。
安心した。
でも戻ってきた時にでもチップは渡すべきかな?
けど無駄金使う必要も無いか・・・チップを要求されたら考えよ
う。
力を抜いて深くソファーに腰掛ける。
トカゲはなにも言わずともソファーの後ろに待機している。
他の奴隷を連れた客も護衛はソファー斜め後ろで待機、愛玩用は
隣か足元。
トカゲもあれだけ渋った割にはちゃんと周りを見て後ろに立つあ
たりなかなか出来た奴だ。
関心関心。
とりあえず目的の品が出るまでオークションの観察を続ける。
司会が商品の説明を行い、客が手を上げて値段を言う。
最終的に高い値をつけた奴が落札。
すぐに商品を取りに行く様子がないから全て終わってから商品の
引渡しが行われるようだ。
よし。とくに変わったルールとかはなさそうだ。
届いたジュース片手に次々に競りにかけられる商品を見る。
さっきの壷を皮切りに絵画や宝石などの金持ちが買いそうな商品。
剣や鎧などの冒険者が買いそうな武具。
野郎がほとんどだけど奴隷も競りに出されてる。
354
たまに出てくる女性の奴隷はなんといいますか大変野性味溢れる
大柄な戦士系です。
全く持って守備範囲外。
こんなのに興味はありません。
これらの商品が特に何か決められた順番も無く無秩序に出展され
ていく。
ただ多少上下はあるが後に出てくる商品は高額になっているよう
だ。
﹁続いての商品はこちら、地竜から取られた一等級の茶魔石にござ
います。冒険者パーティが数チームで戦いを挑み半分の犠牲を出し
ながらやっとのことで仕留めた凶悪な地竜。その魔石は特一級に後
一歩及ばないものの一級の品としては最上級のもとなります。こち
らは白金貨5枚から﹂
おお、一級の魔石だ。
かなり歪なコンペイトウだけど大きさはサッカーボールくらいあ
る。
俺が持ち込んだ二級の魔石がたしか白金貨1枚と金貨75枚だっ
たかな?
最初から5枚なら幾らくらいになるんだろうか。
﹁7枚!﹂﹁7枚と半枚﹂﹁10枚﹂
﹁11!﹂﹁11と金貨10枚﹂
さっきから思ってたけど言い方は適当でもいいんだな。
﹁白金貨15枚﹂﹁ぐぬぬぬ、15と半枚!﹂
﹁17枚﹂﹁20枚﹂
355
唸ってた魔導師さんご愁傷様。
あっさりと紳士風のおっさん達が値を上げていく。
﹁ではそちらの方、白金貨25枚と金貨75枚で落札!﹂
なかなかになったけど一級の魔石で白金貨25枚か。
家を買うのにそれが四個は必要になるのか。
すでに白金貨250枚あるから問題ないけど普通に稼ごうと思っ
たら無茶苦茶大変だな。
地竜ってどれくらい強いんだろ?
やっぱり翼竜よりは強いんだよね。
うーん。あんまり殺りあいたくはないなぁ。
それにしても魔石を買うのはほとんどが富裕層の方々。
魔導師さんたち思いっきり睨んじゃってるよ。
商隊で聞いた通りに宝石箱行きになるのかな?
まぁどうでもいいけど。
そんなことを考えていると次の商品を紹介するため司会者が大げ
さなアクションを取った。
それを合図に舞台の袖から一人の女性が鎖に引かれて出てくる。
しかもそれは・・・・・・
﹁それでは、今宵の目玉商品の一つ。﹃白虎族﹄の女戦士にこざい
ます!﹂
ネコ・・・ミミ・・・・・・?
356
猫耳キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーー!!!!
猫耳だよ猫耳!!
完璧な猫耳!!
うっはーーー!!
まさかの猫耳だぜ!!
作り物じゃない本物の猫耳!!
ピコピコと動く猫耳に尻尾も柔らかそうなフワフワ毛に包まれて
ユラユラと揺れても−−−たまらん!!!
なにこれ、これは神?
神降臨!?
神降臨の感さえあり!!
もう、すっごい美人!!
年齢はたぶん二十歳くらい!!
顔に浮かんでいるのは疲れきった諦観の表情だけど瞳孔の狭まっ
た金色の猫目に鼻筋の整った綺麗な顔に真っ赤な唇・・・ああ、綺
麗過ぎる!!
髪が肩ほどしかないのと襤褸切れを押し上げる胸が・・・まぁ残
念だけど、それでもこれはこれでイイ!!
白猫最高!!
白猫万歳!!
興奮しているのは俺だけじゃないらしく、ここに入って初めて会
場がどよめきに包まれている。
そんな中を司会者の商品説明が続く。
﹁﹃白虎族﹄はみなさんご存知の通り大変貴重な種族で、そのうえ
357
住処の森からあまりでてこないため大変珍しい一族です。しかし戦
闘力の高さはいたるところでお聞きになったことがあると思います。
ではその一端をご覧頂きましょう﹂
司会者の合図で奴隷の大男二人が巨大な丸太を運んできた。
太さは俺を五人くらい束ねた程度・・・直径で言うと1mあるん
じゃないか?
その丸太が白猫の前にドスンと音を立てて置かれる。
﹁さぁ、やれ!﹂
司会者が命じる。
しかし白猫はぼんやりとしたまま動かない。
ああ、その物憂げな表情も素敵だ。
﹁やれといっている!﹂
どこから出したのか鞭がピシリと地面を叩いた。
脅すだけで直接は当ててない。
さすがに目の前で商品を傷つけたりはしないらしいが、もし俺の
白猫に当てたらここから魔術ぶち込んでやる。
白猫は疲れた表情で司会者を見つめた後、小さくため息を付いた。
そして丸太の前まで近づくとゆっくりと腕を振り上げた。
そして・・・。
会場が揺れた。
かなり離れた俺の席が一瞬浮かびあがったかと錯覚するほどに会
場が揺れた。
軽く振り下ろしたように見えた腕は当然のごとく丸太を真っ二つ。
358
ついでに壇上の床もぶち抜いている。
腕、痛くないんだろうか?
白猫は床にめり込んだ腕を引き抜くとその場に方膝をついて座り
会場をぼんやりとした表情で眺めている。
シーンと音が聞こえそうなほどに静まる会場。
そんな中で壊れた壇上から落ちた木の板はやけに大きな音をさせ
て会場全体に響いた。
・・・欲しい。
むっちゃくちゃ欲しい。
強くて猫耳でけだるげで猫耳で調教しがいがありそうで猫耳で。
まさか美人の戦士奴隷が獣人だったとは予想外だったけど・・・。
むしろただの人には興味ありません!
猫耳、兎耳、犬耳、エルフ耳がいたらすぐに俺の奴隷になりなさ
い!
以上!って感じ。
これは絶対手に入れる!!
幸いにして今の余興で会場の空気は冷めた。
うまくいけば安値で手に入るかもしれない。
﹁えーー、ど、どうでしょうか?この力強さ!聞きしに勝るとはま
さにこのこと!護衛として申し分ない力を備え、伽に使うにも充分
以上に美しい容姿!この﹃白虎族﹄は白金貨5枚からスタートです
!!﹂
呆然としていた司会がどもりながらも最後のアピールを行い競り
が開始されるがそんなことどうでもいい。
それじゃ白金貨5枚だから15枚くらい言えば買えるだろ?
いきなり三倍で勝負だ!
359
﹁白金貨20枚です﹂﹁22枚!!﹂﹁24枚よ﹂﹁25枚!﹂﹁
30枚だ!!﹂
ええぇぇーーーー・・・。
さっきまでの静寂が嘘のように会場が白金貨の値段で埋め尽くさ
れた。
ちょ、ちょっと待てよ!
確か美人の奴隷で10枚だったよね?
なにいきなり30枚とか言ってやがりますか!
﹁35!﹂﹁37枚!﹂﹁45だ!!﹂
いやいやちょっと待ってって!!
俺も言わないと!
えとえっと・・・・!!
えーい、こうなればもうやけだ!!
﹁60枚!!﹂
会場の後ろからここ数年出したことの無い大声で叫ぶ。
﹃おおお・・・・・﹄
俺の一声で会場が轟いた。
ふふふ、ちょっと優越感
白猫のためなら幾らでも払ってやる。
こちとら持ち金は白金貨250枚越えているんだ。
家を買うのに100枚あればいいらしいから半分以上の150枚
はぶち込めるぜ!
360
他の奴隷もほしいところだけど白金貨10枚程度ならすぐに溜め
られる・・・と思う。
まずは護衛だ。
美人で強くて猫耳な奴隷。
これを手に入れずに何を手に入れろというのだろうか!
﹁65枚です﹂
なんだと!?
びっくりして会場に視線を走らす。
どこからか分からなかったがさらに値段が上がった。
会場がざわめいたから勝ったと思ったのに、まだあげて来る奴が
いるのか・・・。
﹁70枚!﹂
これでどうだ!
﹁71枚です﹂
﹁80枚!﹂
これでどうよ!!
﹁81枚です﹂
ぐぬぬ。地味にあげやがって・・・。
俺の白猫掠め取ろうと張り合ってくるのは斜め前方。
会場の中央、ど真ん中に座る野郎。
その野郎は両脇に美人をはべらせてさらに足元にも美人の奴隷を
足置き代わりに置いてやがる。
・・・クソ、なんて羨ましいことしやがるんだ。
絶対あんな野郎に奪わせはしない!
ってかその美女奴隷達も寄越しやがれ!!
361
﹁81枚!!他のかたありませんか?﹂
おっと余計なこと考えていいる間に司会者が閉めそうになってる。
あぶないあぶない。
﹁85枚!!﹂
﹃おおおお・・・・!!!﹄
俺の声にさらに会場がざわめく。
反応からみるに適正価格はすでに大幅に超えているようだ。
でもそんなの関係ねぇ!
女たらし野郎が振り返って驚きの表情で見てくる。
俺にケンカを売ってきてるのは金髪の貴公子、ただしケツ顎付き。
そんな野郎に見られても嬉しくない。
しかしあの驚きの間抜け面はちょっと優越感。
俺が黙っていたから勝ったとでも思ったかい?
甘い甘い!
﹁85枚!85枚が出ました!!他の方はいませんか?﹂
司会者が驚きの声で俺の金額を復唱する。
さあ、諦めろケツ顎、頼む!
﹁・・・87枚です﹂
﹃おおおおおおおお!!﹄
最初に感じた静かな興奮はどこへやら。
熱狂を隠そうともせず他の客は完全に観戦モードでざわめいてい
る。
しかし俺はそれに気を払う余裕も無く間髪いれずに口を開く。
362
﹁90枚!!﹂
﹁92枚です﹂
﹁94枚!!﹂
﹁95枚です﹂
﹁96枚!!﹂
﹁97枚です﹂
くっそー小刻みな値幅じゃ勝てるもんも勝てない。
こうなれば最後の手段一気に吊り上げる。
﹁110枚だ!!﹂
﹁ぐっ!﹂
ケツ顎の声が止まった!
さすがにこの値段じゃ手がでないか?
こっちを睨んだりしゃって、おー怖い怖い。
﹁110枚、110枚です!他にありませんか!?﹂
司会者が驚きながらも確認を始める。
もう無いだろ?無いよね?
表面は営業スマイルを張付けて余裕を繕いながら内心で必死に祈
りを捧げて司会者を見る。
﹁他にありませんか・・・?ありませんね、・・・それでは白金貨
110枚で落札!!﹂
﹃おおおお・・・・!!!﹄
その声を聞いた瞬間思わずガッツポーズ。
363
よっしゃぁ!!!
猫耳ゲットーーーーーーーーーーーーー!!!
やった!!
やった!
やったけど・・・。
予定していた金額よりかなりオーバーしてしまった・・・。
けど後悔はしない。
かなりいいものが手に入ったと思うし、幸いにして家を買う金は
残ってる。
ただの美人な奴隷を買うための金はまたがんばって貯めよう。 かなり気を張っていたようでソファーから浮いていた腰を落ち着
ける。
ふぅ、からからに渇いていた喉を残っていたジュースで潤す。
さて用件は済ましたし帰ろうかな。
﹁さあ、先ほどはかなりの高額商品となりましたが、こちら本日最
後の品にして本日の目玉商品。先ほどよりもはるかに高値になるこ
とでしょう﹂
あれ?さっきのが最後じゃないのか、すこし気になる。
どんな商品だろ?
﹁こちらも﹃白虎族﹄の女奴隷です。残念なことに戦奴隷ではあり
ません。しかし!しかしです、驚くことに﹃白虎族﹄でありながら
毛は黒一色という大変珍しいものにございます!﹂
なん・・・だと・・・?
また鎖に繋がれて出てきたのは猫耳。
しかしその姿は先ほどの白猫とは違い腰まである黒髪。
白猫よりも若干幼く十代中頃から後半。
364
丸い目が印象の大変可愛らしい容姿。
つまりアニメのような日本人形と言いますか・・・つまるところ
私の琴線にドストライクであります!!
そして歩くたびに揺れる巨大な果実が二つ・・・なんとまぁおい
しそうですねぇ。
さっきの白猫と違いビクビクと怯えながら会場を見回す表情もま
たグット!
大変嗜虐心がそそられます。
﹁さぁ、こちらの商品は白金貨10枚からのスタートです!﹂
一気に爆発する会場。
しかしその中で俺は取り残された。
欲しい。
あれは欲しい。
欲しくて欲しくてたまらない。
でも金がない。
あとの持ち金は家の購入費・・・黒猫に手を出したら確実にそれ
が消し飛んでしまう。
しかし、しかし・・・。
迷っている間に値段は吊りあがる。
50枚、70枚、90枚・・・。
フッ・・・・。
フフフフフ!
ハハハハハハ!!
365
﹁白金貨110枚!!﹂
馬鹿らしいぜ、俺が迷う?
俺が後のことを考える?
めんどくせぇ!
ありえない!
いつも欲しいオタクグッツが目の前にあれば食費光熱費交友費そ
の他もろもろ削ってさらに貯金だって切り崩して買ってたじゃない
か!!
大変レアらしい黒猫と白猫をセットで買わないでオタクと言えよ
うか!?
いや言えるはずが無い!!
俺が俺で有る為に!
俺のオタク魂の為に!!
この勝負負けられない!!!
俺の叫びで会場全体の視線が突き刺さる。
そしてさらに口を開く野郎が幾人も・・・。
第二ラウンドのゴングは鳴った・・・。
366
原付﹁私・・・汚しちゃった・・・﹂︵後書き︶
主人公ェ・・・。
残り在庫は2話程度です。
詳細は活動報告にて。
367
原付﹁やっと出て行った・・・・暇だ﹂
黒猫争奪戦
結果
勝利!!
白猫、白金貨110枚也
黒猫、白金貨132枚也
合わせて、242枚。
畜生、あのケツ顎め、最後まで粘りやがって・・・。
家を買う金が消し飛んだぜ。
でも反省なんかしない。
後悔もしないさ。
俺は俺に忠実に生きている。
こんなにうれしいことは無い。
美しい女奴隷。女戦奴隷をゲットするなんて・・・嗚呼ゾクゾク
する。
しかし、会場全体からの視線は少々まずかったかもしれない。
特にケツ顎野郎の視線は俺を射殺さんばかりだった。
目立ちたくはなかったが欲しいものは手に入れたい。
ま、これは必要経費としておこう。
すでに俺にはトカゲという盾がある。
368
さらに白猫という矛も手に入れた。
俺自身の﹃魔術﹄と合わせれば攻防力はかなりのもの・・・だと
思う。
朝のように集団で襲われてもケンカの範囲でなんとかできるだろ
う。
そんなことを考えながら案内に従って受け取りカウンターにやっ
て来た。
﹁旦那様、こちらが旦那様がご購入された品にございます。ご確認
ください﹂
そこに立っていたのは間違いなく俺が購入した猫耳二匹。
こうやって近づくと白猫は俺と同じ170cmくらいの身長。黒
猫は俺より頭一つ小さい160cmぐらいか。
鎖で繋がれた二匹は寄り添うように、白猫が黒猫を庇うように半
身を出していた。
しかもしっかりと手を繋いだりしている。
うーん、もしかしてこの二匹は知り合い?
希少種の獣人らしいからコミニティーも小さいのかも。
だとしたら知り合いでもおかしくはないのか。
﹁ああ、間違いない。金はこれでいいか?﹂
ちょっと横柄に言ってカウンターにどさりと白金貨が詰まった袋
を置く。
ふぅ、実は少し重たかったからちょっと楽になった。
嬉しくないけど。
﹁確認いたします﹂
369
受付の男が枚数を数えだす。
それを横目で見ながらさらに二匹を観察する。
白猫は俺を睨みつけながら、黒猫は俯いたまま不安そうにちらち
らと俺を見ている。
どんな人間か興味があるんだろうね。
二匹からどう見えるか分からんが期待してくれると嬉しい、俺は
素晴らしく良い主だからね。
それはもう、それはそれは良い主様だよ。
フフフフフ・・・。
二匹が着ている服は両方ともさっきと変わらず襤褸切れ。
白かっただろう布がかろうじて服の形をしているというもの。
まさしく奴隷的な衣装。
ちょっと背徳感があってなんだかエロチック。
しかし漂ってくる香りはカウンター越しにもかかわらず臭い。
奴隷だとしてもちゃんと洗えばいいのに。
それにあまりいい物を食べさせてもらってないのか若干頬がこけ
ているし、髪も遠目では分からなかったが潤いが無い。
どうしてこうも商品を悪く扱えるのかわからない。
ここら辺は文化ってやつなのかな?
うーん・・・これだと買ってから即いただきます!とはいかない
ようだ。
むちゃくちゃ残念・・・。
俺が一通りの観察を済ませるとやっと白金貨の枚数を数え終わっ
た終わったようだ。
﹁確かに、こちらは残りの白金貨になりますのでご返却します﹂
﹁あいよ﹂
370
帰ってきたのはたった5枚。
ため息が出そうになるが、まぁしばらくの生活費には十分だな。
﹁それでは奴隷の契約を﹂
受付の男が水で清めたナイフを渡してくる。
それを受け取り、指に本日二度目となる傷をつける。
痛!
さっきより深く切りすぎた。
思った以上に血が出たがカードに擦り付けて準備完了。
まずは黒猫から。
しかしカードを持ち上げたところで初めて白猫が口を開いた。
﹁頼みがある﹂
短いがはっきりとした声。
女性にしては少し低い。
でも安心感があるというかそんな声だ。
一応聞いてみようか。
﹁何?﹂
こちらも短い返答。
﹁私はどうしてくれてもかまわない。しかし、お嬢様だけは見逃し
て貰えないだろうか﹂
﹁ミィ!?何を言うのですか!!﹂
371
俺を睨みながら、でもその目の中に必死さがを覗かせながら口を
開いた。
しかし、即座に白猫に縋りついていた黒猫が非難の声をあげる。
ふーん・・・なるほど、お嬢様ねぇ。
そして白猫の名前ってミィっていうんだ・・・。
とてつもなくどうでもいいけど。
﹁お嬢様。私は護衛役でありながらお嬢様をお守り出来ませんでし
た。こうなった以上、もはや族長に顔向けできません。しかしそん
な私の身でお嬢様だけでもお助けできるなら本望にございます﹂
白猫は俺に向けるのとはまったく別の優し微笑みを浮かべながら
黒猫に語りかける。
﹁なにを言うのです!元はといえば私が森の外を見てみたいと言わ
なければ人間達に捕まることも無かったのです。私が奴隷になりま
すからあなただけでも﹂
﹁いえ、お嬢様のせいではありません、未熟な私が・・・﹂
﹁ミィ!いけません。私が・・・﹂
涙混じりに必死に白猫に言い募る黒猫。
それに対してさらに言葉を返す白猫。
なんという主従愛。
なんという麗しき思いか。
互いを思いやっての自己犠牲精神。
美しいねぇ。
二匹で手を握り合ってキラキラとした空間作っちゃってまぁ。
てもさ・・・。
372
俺を無視しないでほしいなぁ。
こっちを完全に忘れちゃってるのでそっと近づいて二匹の首輪に
続けてカードを当てる。
﹃あっ﹄
声をハモらせる二匹。
反応する二つの首輪。
呆然と俺を見る二匹。
沈黙する室内。
空気?読みませんよ俺は。
﹁勝手に盛り上がらないでくれるかな?必要だから高い金だして買
ったんだよ。それなのに逃がすなんて選択肢があると思う?まぁ二
人とも奴隷になりたいそうだからこれからがんばってちょうだい﹂
﹁え、いや、ちが!﹂
﹁まっ、えっ!?﹂
何やら言葉になっていない二匹が唖然とした表情で俺を見つめて
くる。
なんか二匹揃って可笑しな表情してるな。
ちょっと笑える。
そんな俺の後ろでトカゲのため息らしきものが聞こえるが特に口
を開くことはなかった。
なんか文句がありそうだが俺が主なんだ、すきにさせて貰うさ。
﹁さて、用事は済んだし帰りますかね。さあ、三匹とも行くよ!﹂
373
そう言って俺は有無を言わさずさっさと外へと歩き出した。
後ろからは重たいトカゲの足音がすぐに聞こえはじめ、何を思っ
ているか分からない軽い猫達の足音が二つかなりあとから聞こえ出
した。
そんな帰り道の馬車の中
そこはすばらしいほどに空気が良かった。
あれだ、夏の日に外から帰った直後に冷蔵庫を開けた時なみの冷
気が吹き荒れている。
誰一人口を開くことの無い限定空間。
まさしく四人座席の列車内。
近くに四人座っているのに互いに無視しあっているのに意識して
いる。
そんな、なんともいえない空間。
実際はゆったりとした馬車なので大柄なトカゲを含む一人と三匹
が乗っても狭いことは無い。
向かい合わせの席でトカゲを横に臭い猫二匹を前に座らせたが二
匹の視線がなんとも心地よいものだった。
一匹は視線だけで人が殺せると錯覚させらるレベルの睨目。
もう一匹は普通の人なら信じてもいない神様に懺悔しに行きたく
なるほど罪悪感を感じるレベルの涙目。
大変気分のいい視線だけど。
でも俺悪くないよね?
普通に物買っただけだし。
ここじゃ一般的な売買だし。
諦めが悪い二匹が悪いし。
うん。何も問題ない。
そんなわけで心地よい四つ二対の視線を軽く流して外を眺める。
富裕街は街灯が設置されているので明るかったが、戻って来た一
374
般街の商人ギルド区は月明かりのみ。
ここから東回りで雑多な冒険者ギルド区に入れば明るくなるはず
だが・・・その前に一つやることが出来たみたいだ。
馬車が急停止。
﹁シュル!!﹂
﹁きゃぁ!﹂
﹁お嬢様!﹂
頭を天井に擦ったトカゲ。
悲鳴を上げる黒猫をさっと庇う白猫。
トカゲは駄目だが白猫は良く出来た護衛だ。
しかし、見えた瞬間身構えはしたけど俺を守れよ。
はぁ、でも今はまだ仕方ないか。
こういったことは徐々にね。
楽しみはなるべく長く・・・。
﹁リョ、リョウ殿!﹂
楽しい考えを募らせていた俺に御者さんから声が掛かる。
もしかしたらと思ってたけどやっぱりお客さんのようだ。
﹁トカゲと白猫は俺と外に出てお客さんの相手。黒猫はここでお留
守番。OK?﹂
﹁白猫では無い!私は﹃白虎族﹄の﹂
﹁はいはいどうでもいいから、さっさとする﹂
﹁貴様!﹂
なんとも反抗的だ。
375
うるさいからカードを握って首輪に軽く念じる。
﹁きゃ!!﹂
﹁お嬢様!?﹂
喉を押さえて苦しんだのは黒猫だった。
ありゃりゃ間違えた。
でもこっちのほうが効果がありそうだな。
﹁貴様とか言わない。俺のことは主殿と呼ぶこと。そっちの黒猫は
ご主人様ね、そして俺から呼ぶときはトカゲに白猫、黒猫。それで
終わり。理解したしたならさっさとお客さんの相手に出た出た﹂
言い捨てた俺は二匹を見ることなくちゃんと命令に従って外に出
たトカゲに続いて馬車を降りる。
外には案の定というか予想通りというか先ほどのケツ顎と武装し
た兵士達数名が道を塞いでいた。
こういう場合俺から声をかけるべきかね?
﹁どちらさんで?﹂
頭をかりかりとかきながら面倒くさそうオーラ全開で聞いてやる。
いや本当に面倒くさいんだけどね。
﹁先ほどはどうも魔導師殿、私はソーラ・ディ・ノコ伯爵といいま
す﹂
ゆったりと優雅に・・・とは決して言いたく無いが貴族らしい動
きで名乗りをあげるケツ顎。
ふぅん、貴族で伯爵様ね。
376
﹁ドウモ、魔術師のリョウとイイマス。ソレで貴族様がナンの御用
でショウカ?﹂
一応の礼儀として名乗り返しはする。
思いっきり棒読みになったのはご愛嬌だ。
﹁たいした用件ではありませんよ。先ほど購入したそちらの獣人二
人を譲って頂けたらと思いましてね﹂
ケツ顎が俺の後ろを指差す。
人を指差しちゃいけないって親に教わらなかったのだろうか?
まぁ猫だけど。
なんとなく後ろを振り返ると俺を睨んでいるが後ろに立って指を
ポキポキ鳴らしながら戦闘準備をしている白猫と馬車の扉から不安
そうに顔を出している黒猫がいた。
耳がピコピコしててちょっとかわいい。
そのまま和んでいたいけど視線を戻してケツ顎に問い返す。
﹁幾らで?﹂
﹁は?﹂
予想外だったのか俺の返答に間の抜けた声を出すケツ顎。
周りの緊迫していた雰囲気も一瞬緩んだ。
まぁこういう時は嫌だっていうものだしね。
﹁譲ってほしいってことは金をだすでしょ?幾らで?﹂
﹁そ、そうですね白金貨100枚でどうですか?﹂
なめてんのかこいつ。
377
馬鹿だろ、死ねよ。
﹁あんたさっきのオークションにいたんだろ。なのに何そのふざけ
た額。遊んでないでさっさと値段いってくれませんかね?こっは暇
じゃないんだから﹂
イライラと腕を組んでこつこつと靴の先で石畳を叩く。
二割ほどはパフォーマンス。
俺の返答にかなり頭にきたのかケツ顎の表情が一瞬止まる。
﹁そうですね。幾らなら譲っていただけるんで?﹂
無表情になったケツ顎が逆に問い返してきたやった。
それくらい考えろよ。
本当に面倒な野郎だな。
しかし優しい俺様は答えてあげる。
﹁白金貨1000枚、もちろん一人に付き。だから合計で2000
枚﹂
俺が至極真っ当な値段を言ったのに空気が一瞬で硬化した。
﹁あなたこそふざけないで欲しいですね﹂
﹁どこが?原価が130枚なんだから売値は10掛け程度、商売と
しては当たり前でしょ?一人1300枚の所を300枚もまけてあ
げてるんだぜ。感謝して欲しいくらいだ﹂
もちろん普通の商売ならもうすこし安い値段だと思う。
でも手間賃とか今のイライラとか加味したら破格の値段だよね?
378
﹁それはさすがに払えませんね﹂
無表情のケツ顎の声がかなり低くなる。
﹁それでは・・・帰れ。こっちは暇じゃないんでね﹂
ニッコリと笑顔を浮かべた俺も声を低くする。
﹁いえいえ、譲ってもらいますよ。・・・どんなことをしてもね﹂
ケツ顎が気取った動作でパチンと指を鳴らす。
それを合図として周りを囲んでいた兵士が一斉に剣を抜いて襲い
掛かってきた。
﹁トカゲに白猫、適当によろしく﹂
﹁シャ!﹂
﹁チッ、お嬢様のためだからな!﹂
俺は馬車の前まで後退。
トカゲらしい反応とよほど気に入らないのか舌打ち一つでツンデ
レ風味に飛び出す白猫。
こっちは後でお仕置きしよう。
相手はざっと数えて十人、全員が揃いの鎧を纏った兵士風の男達、
国の兵士ではなくたぶん雇われの傭兵か貴族の私兵って奴だと思う。
ぶちのめしてもたぶん大丈夫だろ。
・・・大丈夫だよね?
もう言っちゃったし。
なにより逃げられそうにないし、相手からケンカ振ってきたんだ
からいいよね。
幸い夜で誰も見てないし・・・ニヤリ。
379
初手を取ったのは兵士A
﹁おりゃーーーー!!!﹂
長剣を振りかぶっての一撃。
トカゲの首目掛けての横凪一閃。
﹁シュル!!﹂
トカゲは前傾姿勢をいかして瞬時に地面に張り付くようにかわす。
そして沈み込んだ体勢から跳ね上がるように反撃のタックル。
﹁ゴハァ!﹂
血反吐を吐きながら空を舞う兵士A。
どんだけ力があるのか斜め下からの突き上げで吹っ飛び、暗くて
見えない遥か先に落下。
グシャリという明らかに骨折だけではすまない音が聞こえた。
続いてトカゲの背後から迫る兵士Bを尻尾で弾き飛ばす。
尻尾の先に取り付けられた棘付きの防具が兵士Bの鎧に突き刺さ
りそのまま地面に叩きつける。
石畳にヒビが入り腹に赤い斑点をつけてピクリとも動かない兵士
B。
痛そうだ。
﹁獣人が!!﹂
﹁死ね!!﹂
さらに兵士Cと兵士Dの挟撃。
380
突きと振り下ろしの同時攻撃を腕の鎧を使って受け止める。
﹃!?﹄
﹁シャァアアアアアアアア!!﹂
驚きに動きを止めた二人。
そんな二人の頭をトカゲは鷲摑みにする。
そして気合の叫びと共にぶん回すように頭をかち合せた。
音はゴンではなく亀でも踏み潰したような、明らかに頭が割れた
であろう水音混じり。
ちょっと寒気がした。
﹁シュルル。弱きものに抜く必要もない﹂
ほとんど一瞬。
わずか数十秒のうちに4人を撃破。
しかもトカゲが言うようにメイスを抜いてすらいない。
この兵士達が冒険者のランクでどの程度か分からんが正規の訓練
は受けたであろう兵士を瞬く間に殺ってしまうとは・・・。
ホントいい買物した。
さらに二人が剣を持ち対峙しているが明らかに腰が引けている。
トカゲが襲い掛かったらすぐに終わりそうだ。
視線を変えて白猫を見る
﹁傷つけるな!捕まえろ!!﹂
とのケツ顎からの命令に兵士四人が取り囲む。
﹁お嬢ちゃん、大人しくしな﹂
﹁旦那さんに貰ってもらえばいいめが見られるんだぜ﹂
381
説得らしきことを口にしながら包囲を縮める兵士達。
﹁ふざけるな、お嬢様に手出しはさせない!﹂
あっさり交渉決裂。
白猫の拒絶が合図となり背後の二人が飛び掛る。
﹁私に触れるな!!﹂
視界外のはずなのに動きを察知した白猫。
すっと身が沈んだかと思うと・・・兵士E、Fは倒れて白猫に踏
みつけられている。
ごめん、正直早すぎて見えない。
恐らく肘うちをダブルで打ち込んで、くの字になった頭を踏みつ
けてジャンプ、そのまま落下と 合わせて背中を踏んづけて倒した
かな?
力だけじゃなくて動きも身軽。
さすが猫だね。
呆気にとられてるのは正面の兵士GとH。
目が点になってます。
﹁引け、お嬢様には触れさせない!﹂
そこは主殿に触れさせないって言って欲しいな。
これはあとあと調教しないとね。
フフフフフ。
睨まれた蛙の状態の兵士GとH、さらにトカゲからじりじりと追
い立てられてケツ顎の側まで下がったへっぴり腰の兵士IとJ。
382
﹁ぐぬぬぬぬ﹂
さっきまでの余裕はどこへやら、貴族風の優雅な雰囲気を殴り捨
てて俺を睨んでます。
勝負ありだね。
﹁二匹とも戻って、それで貴族様、まだやるの?﹂
二匹が警戒しながら徐々に引いてくる。
明らかにホッとする兵士を尻目に睨み全開のケツ顎。
﹁魔導師風情が・・・調子にのりやがって!!﹂
エセ貴公子の化けの皮完全に剥がれちゃってるよ。
無様だねぇ。
﹁まだやる?﹂
繰り返し聞いてみる。
﹁クソが!覚えてろ!!﹂
うあぁバリバリの捨て台詞なんて初めて聞いた。
吐き捨てると脱兎のごとく逃げ出すケツ顎。
でも何で俺が覚えてなきゃいけないわけ?
﹁フリーズランス!﹂
ポケットから携帯を取り出して呪文を一息で唱えて放つ。
携帯が指し示す方向にイメージ通りに氷槍が伸びる。
383
それはケツ顎の左頬数センチを掠めた。
﹁ヒッ!!﹂
ダルマさんが転んだ!
ってわけじゃないけど走り出した微妙な体勢で止まるケツ顎。
ちょっと腕を動かして肩と頬に氷を押し当てる。
思った以上に重たいのよこれ・・・さっさと終わらせよう。
﹁俺ってあんまり物覚え良くないんだ。今後何もなければ完全に忘
れると思うんだよね﹂
﹁な、なにを・・・﹂
﹁だからさ、本当に覚えておいていいわけ?意味も無く襲われたこ
とに多少思うことがあるんだけど・・・?﹂
後姿しか見えないからケツ顎がどんな表情、何を考えているかわ
からない。
でもとりあえず脅しておこう。
貴族様に恨まれたままってのは俺の今後の生活に影響ありそうだ
し。
﹁フリーズランス﹂
再度呪文を唱える。
一本槍だった氷が中頃から枝分かれし今度は右頬を掠める。
﹁!!﹂
ケツ顎は言葉が出ないのかビクリと震わすだけだ。
384
﹁貴族様、俺とあんたはここでは会わなかった。この寝転がってい
る人たちは勝手にケンカして勝手に倒れた。俺とあんたとの間には
何もない。今後も何も無い。ですよね?﹂
出来るだけ楽しそうに冷ややかに。
俺の問いにゆっくりと首が縦に動いた。
﹁フリーズランス﹂
三度唱えた呪文。
さらに枝分かれした氷は五本。
木の根のごとく伸びたそれらは残った四人の兵士達の首へ。
残り一本はケツ顎の頭の上、髪の毛を掠めるギリギリで根が生え
る。
﹁あんたらもだ。ここで起こったのはあんた達が勝手にやったケン
カだけ、俺とは出会っていない。いいね?﹂
兵士達の首がしっかりと動く。
うん。まったく信用ならないけど・・・まぁ、こんなものか。
腕を引いて氷を離す。
氷槍全てが雹のように砕けて消えた。
﹃ヒッヒィーーーーーーーー!!!﹄
なんという脇役丸出しな叫び声。
ママーー!!とか言わないだけまだマシか。
残響だけを残してケツ顎達が消えた。
ふぅ、これで問題解決。
385
ギルドの爺に呪文で吹っ飛ばすのはマズイって言われてたけど昼
間のように誰かに見られてるわけじゃないし、ただの脅しだから問
題ないだろ。
﹁さて、帰りますか、御者さんよろしく﹂
振り帰って唖然としている御者さんに告げる。
﹁そこの二匹もさっさと乗る﹂
なにやら俺をみて呆然としているトカゲと白黒猫。
トカゲの表情はほとんどわからんが目が大きくなってるから驚い
てはいるんだろ。
そうか、俺の魔術って十分異端なんだよね。
脅すことしか考えてなかった。
でもこれから俺の護衛やってもらうんだから見せとくのはいいこ
とだよね。
﹁い、今のは?﹂
俺を睨んでばかりの気丈だった白猫が震えた声で聞いていた。
そんなに驚いたのだろうか?
俺は馬車に足をかけたまま立ち止まって考える。
そうだね・・・。
﹁・・・ただの﹃魔術﹄だよ﹂
決まった!
ちょっと格好つけて答えてみたけどこれで俺に惚れてくれたかな?
しかし白猫の顔には疑問符がくっ付いていただけ・・・。
386
ま、まぁ今はこれでいいだろ。
俺に続いて全員が乗り込んだところで今度こそ馬車は誰にも邪魔
されることなく宿へと向かった。
387
原付﹁帰ってきたか。暇だし走ろうぜ!・・・寝るのかよ﹂︵前
書き︶
注意、酷い表現があります。
388
原付﹁帰ってきたか。暇だし走ろうぜ!・・・寝るのかよ﹂
﹁ふーん。奴隷買ったんだ・・・﹂
﹁えっと・・・なにか問題でも?﹂
﹁いいえ、別に何もないわよ﹂
これが白黒猫を見たサラの第一声。
妙に棘を感じるのは俺の気のせいか?
帰りは朝のように襲われることもなく無事に宿に到着したのだけ
れども・・・サラはなんだかご立腹の様子。
なんでさね?
﹁それで部屋はどうするの?うちは奴隷用の部屋は無いから、外の
納屋になるけど?﹂
別の宿ならわざわざ奴隷用の部屋なんてあるのか。
ほんと身分制度がしっかりした国はおもしろいもんだ。
﹁普通の部屋でいいよ。護衛のために買ったから俺が泊まってる部
屋の隣とか近い所がいいな。飯も俺と同じものでいい﹂
﹁いいの?お金掛かるよ?﹂
﹁いいさ、色々考えてるから﹂
そう、色々とね。
あんなことやこんなことをね。
フフフフフ。
まぁ、本当のところはしっかり寝て、食って、俺の護衛を果たし
389
てもらわないと困るってだけさ。
命令は﹃命を大事に﹄ってね。
ただし俺限定の。
しかし、サラの顔がなんか怖い。
﹁・・・言っておくけど、うちの宿ではそういことしないでよ﹂
あれ、前半部分が顔に出てたかな。
結構自重してるはずなのに。
﹁そういうことって?﹂
﹁そういうことはそういうことよ﹂
﹁そういうことはそういうことってどういうこと?﹂
﹁・・・分かってていってるでしょ﹂
﹁まぁね﹂
﹁もう!﹂
ちょっとした他愛のないやり取りを済ませたあと部屋の手配をし
てもらう。
追加で金貨一枚。
家を買うために節約は必要だけどこのくらいはなんてことはない
ね。
部屋は白黒猫同室で俺の隣。
トカゲは二階で何かあれば駆けつけてもらう。
出来れば両隣がよかったけど空いてなかったから仕方がない。
さすがにギルド組合加盟の宿屋を襲撃・・・なんて無いだろ。
朝もあの馬鹿は宿の外で待っていたわけだしね。
﹁部屋の用意してくるからテーブルに座って待ってて。そういえば
晩御飯はどうするの?食べる?﹂
390
﹁ああ、もちろんだよ﹂
よくよく思い出せば昼飯食べてないんだよね。
ほんとお腹すいた。
﹁わかったわ、部屋の用意済ましたらすぐに料理持ってくるから待
ってて﹂
俺が頷いて返事をするとサラは奥へと消えていった。
けど、おかしいな。
部屋の準備なんか事前にしてそうな感じなのに・・・。
今日は何かあったのかな。
まぁ、どうでもいいけど。
﹁さてと、部屋はこれでいいとして。飯まで待ちますかね。君らも
早く椅子に座りな﹂
空いている近くのテーブルに向かう。
というかほとんどが空いている。
まぁ、当然と言えば当然か。
夜はすでに深まっている。
冒険者ギルド街と言えど酔いの終わり。
片付けが始まる時間だ。
実際酒場にはほとんど人が居ない。
﹁・・・あの、えっと、いいんでしょうか?﹂
黒猫が何やら不安げに聞いてくる。
﹁なにが?﹂
391
﹁その、あなたは﹂
﹁ご主人様と言うように、さっき言っただろ?﹂
﹁お嬢様になんて口を!﹂
白猫が何やら突っかかってくる。
﹁うるさいっての。いつまでお嬢様とお付の護衛気分か知らないけ
ど君達はすでに奴隷だ。俺のね。だから俺がしたい用にやりたい様
にする。何か文句ある?﹂
﹁・・・クッ、お嬢様には触れさせないぞ﹂
白猫がお嬢様を庇いながら俺を睨む。
はぁ、この白猫はほんとわかってないな。
イライラとした気分をため息と頭をかいて落ち着ける。
そしてポケットのカードに軽く念じた。
﹁カハァ!﹂
白猫が喉を押さえて膝をついた。
わざわざ苛立ちを抑えて弱く念じたのにそんなに苦しむことない
じゃん。
﹁俺はやりたい様にする、奴隷の君達に文句は言わせないよ。分か
った?﹂
﹁ハァガァ・・!!﹂
﹁や、止めて!止めて下さい!!ミィに酷いことしないで!!﹂
﹁どうして?俺の奴隷だよ?躾けるのは当然じゃん﹂
俺にすがり付いて止めに入る黒猫。
俺は至って当たり前だと思う言葉をかけながらさらに白猫を苛め
392
てみる。
﹁ァァァ!!!!﹂
﹁ミィ!?止めて!ミィが死んじゃう!止めて!!﹂
言葉も出せなくなり完全に倒れてしまう白猫。
必死にすがり付いてくる黒猫を無視して床を見る。
そこには美女が苦しみ倒れているわけだが・・・これ、俺がやっ
てるんだよね。
今更だけど異世界にやってきたんだね。
しかし、なんというかき﹁止めて下さい!!お願いします!!!
ご主人様!!﹂
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・良い。
・・・ご主人様って良い。
涙目で上目ずかいに見上げながらご主人様。
ご主人様。
ご主人様!
かなり良いね、ゾクッときた。
393
猫耳少女にご主人様って最高すぎる。
これこそ俺だけの奴隷。
俺だけのメイド!
メイド喫茶で言われるような軽い挨拶程度のもんじゃない、真の
メイド!
﹁・・・もう一度﹂
﹁え?﹂
﹁もう一度言ってくれ、ご主人様って・・・﹂
﹁それよりミィを!﹂
﹁もう一度!!﹂
﹁はい!?・・・・ご、ご主人様?﹂
小首傾げながら、怯えて涙目でのご主人様。
もう、もう最高だ!!
買ってよかった奴隷!!
くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
異世界に来て良かったぁ。
﹁いいよ。むっちゃくちゃいいよ。うん。気分いいから、もういい
や﹂
﹁ぁぁぁ!!かぁ、はぁはぁはぁ・・・・﹂ ﹁ミィ!﹂
俺が念じるのを止めると、声も出せずに苦しんでいた白猫が開放
された。
黒猫はすぐに白猫を助け上げると汚れた服の端を使って白猫に浮
かんだ汗を拭っていく。
こういうのもいいよね。
美女と美少女の二人が抱き合っているって。
394
そんな様子を見つめながら言葉をかける。
﹁トカゲと白猫、君達は主殿と呼ぶことってのは言ったね。黒猫は
さっき言ってくれたようにご主人様。あとは・・・君達への最優先
命令。君達は絶対俺の命を守ること。他はまぁ・・・ある程度どう
でもいいや、思いついたら言うよ。ひとまずこれを守ってくれたら
酷い事はしないさ﹂
黒猫に支えられてやっと起きることが出来た白猫が睨んできて頷
くことはない。
でもさっきのでむちゃくちゃ気分から今回は見逃してあげよう。
トカゲは最初のことがあるからしっかりと頷く。
目に涙を浮かべながらだが黒猫は微妙な顔をして頷いた。
うん。一先ずこれでいいかな。
また白猫が刃向かったらまた・・・。
・・・まただよね。
﹁さて、ちょっと逸れたけど飯にしよう﹂
気分を変えるために少し明るく言ってから席に座った。
そういえばここの宿に来てから初めてテーブルに座る気がする。
トカゲは俺に続いてすぐに、白黒猫はすこし時間が経ってから隣
に腰掛けた。
二匹の表情はまぁ良いものじゃないけど、飯がくれば直るだろ。
部屋の用意が終わったのか戻ってきたサラが手を振りながら厨房
に入っていく。
その様子からすぐにでもご飯を持ってきてくれそうだ。
わずかな時間だろうが三匹を観察するが・・・この三匹尻尾があ
るのに背もたれがある椅子に座れてるよね。
395
特にトカゲ、いったいどうやって座ってるんだ?
気になるからあとで確認しよっと。
﹁はいこれ、今日は炒め物とスープね﹂
﹁ありがと﹂
考えているうちにサラが食事を持ってきた。
肉野菜炒めとポタージュスープかな、あとはパンにサラダ。
いいかげん米が食いたくなるな。
﹁いただきます﹂
俺は手を合わせてから食べ始める。
しかし、肉野菜炒めにスープと次々に口にしていくが途中で気が
付いた。
﹁どうして食べない?うまいよ?﹂
三匹ともこちらを見たまま固まっていた。
なんかおかしいかな?
﹁シュル、主殿。本当に良いのか?﹂
代表して聞いてきたのはトカゲだった。
﹁なにが?﹂
﹁我らは奴隷のはずだが・・・﹂
﹁さっきも言ったけど俺のやりたいようにする。一緒に食事するの
もその一つ。同じ飯を食うのもその一つ。今はそれでいいのさ﹂
396
言い終えてから食事を再開する。
パンを口に放り込みながら三匹の様子を伺うが、トカゲは目玉を
きょろきょろとせわしなく動かすばかり。
白猫は俺を睨んではテーブルの料理をまた睨んでは料理を見てと
繰り返している。
黒猫はそんな白猫を伺っているが、料理を見る白猫に合わせてテ
ーブルの端から見える手が上がったり下がったりしている。
まったくこいつらは・・・。
﹁ああもう!さっさと食え!!﹂
なんて手間のかかる連中なんだ!
いい加減焦れた俺が声を上げると驚いた三匹はビクリと跳ねる。
そして互いに顔を見合わせると恐る恐るだがやっとスプーンを持
ってスープを口に運んだ。
その瞬間に固まる三匹。
ゆっくりと皿に戻った三つのスプーン。
すくわれたスープはもう一度口に。
食べ始めた三匹のスピードは徐々に上がり、しまいには貪る様に
食べ始めた。
トカゲはよく分からんが、頬が多少痩せていた白黒猫。
その様子から俺が買う前の奴隷生活じゃ、まともな飯を食べさせ
てもらう事は無かったんだろうけど・・・。
お嬢様らしい黒猫までちょっと引くというか、汚いというか、び
っくりするような食べ方だ。
そこまでしますか?
﹁う、ううぐ、グズッ﹂
397
しかも泣きますか・・・。
皿を持ち上げてスプーンでかき込んでいた黒猫が涙を流しながら
食べている。
﹁お嬢様、ううっ﹂
白猫も黒猫を気遣い涙目になっているが皿を放そうとはしない。
トカゲはさすがに泣くことは無いが尻尾をばたばたと犬のごとく
振りながら、一心不乱にスープを流し込んでいる。
なんといいますか、胃に何も無い状態でいきなり食べると腹壊す
っていうから心配になるけど、これはとてもじゃないけど止められ
る気がしない。
他に色々と言いたいことはあるけど・・・ま、今は好きに食べさ
せてあげましょう。
俺の楽しい楽しい未来のためにふっくらしてもらわないと困るし、
なんといっても俺は優しいご主人様ですから。
いっそのこと追加も頼みますかね。
結局、白黒猫は三人前、トカゲは五人前は食べたと思う。
酒場に残っていた冒険者達がドン引きするような食べっぷりだか
らその様子は押して知るべし。
﹁いい食べっぷりだったな。作り手としては嬉しい限りだ﹂
マスターが汗を拭きながら出てきた。
終わりの時間なのにご苦労様です。
398
﹁味がわかってたか気になりますがね﹂
そう言って三匹を見る。
﹁・・・美味しかったです﹂
黒猫はそんなことを言ってるが俯いていて顔が真っ赤。
白猫はツンと明後日の方向を向いているがやはり顔が赤い。
トカゲは舌をずっとチラチラと出し入れしている。
どうなのかね?
﹁はっはっは。かまわんさ。明日からも飯は奴隷用ではなく同じで
いいんだろ?﹂
﹁ええ、それでいいです﹂
﹁なら今度は味わってもらうさ﹂
﹁そうですね﹂
そうやって軽く話した後マスターは厨房に戻っていった。
さて、後は明日のことだけか。
﹁それじゃ、三人とも整列﹂
なんで整列?
しかもなんとなく軍隊風になってしまったし、微妙にはずかしい。
命令するのって慣れていないっていうか完全に立場が下の相手に
何かを伝えるって始めてかも。
向こうの世界で仕事していた時は上司と先輩しかいなかったから
命令される立場だったし。
それより前、学生時代は中学の委員長はやってたけど、あれも立
399
場が上になったわけじゃなくてクラスのまとめ役という名の雑用係
りだし。
まぁそのうちなれるよね。
三匹は微妙な顔をしながらだけどちゃんと並んだ。
﹁それじゃ、今後のこと。ひとまず君達は今から体を流すこと。
はっきり言って臭い﹂
﹁ううっ﹂
﹁ふん!﹂
さすがは女性二人。
黒猫はまた顔を真っ赤にしているし白猫も睨み目だけどやはり赤
い。
﹁俺の奴隷がそんなの許せないから。これからも出来る限り清潔に
すること。わかった?﹂
﹁はい﹂
﹁お湯はさっきのサラ、ここの自称看板娘に頼むから届いたらしっ
かり洗うこといいね﹂
お湯と聞いただけで二匹の顔が驚きに染まる。
これも金が掛かることだから驚いたんだろうけど今回は何も言わ
ない。
多少は俺のことが分かったらしい。
しかし別の反応をしたのがいた。
トカゲだ。
﹁主殿、我もお湯で洗うのか?﹂
﹁そうだけど、何かあるの?﹂
400
トカゲの分かりにくい顔がはっきりと嫌そうに歪んだ、なにさ?
﹁我ら緑鱗族は湯で体を流す習慣は無いのだ﹂
﹁習慣が無いだけだろ?臭いから変えろ﹂
おお、ちょっと強気で主人らしい。
﹁シュルル。いや、その、我らは﹂
さっさと言えっての面倒くさいな。
軽くイラっとしていると黒猫が助け舟をだしてきた。
﹁ご主人様。その・・・緑鱗族はお湯が苦手なんです﹂
﹁そうなんだ﹂
へー知らなかった。
向こうの世界にトカゲ・・・緑鱗族なんかいなかったから知るわ
けないよ。
それにしても他種族のこと知ってるってもしかして黒猫って博識?
確認のためトカゲに聞いてみたがトカゲはシュルシュルと舌を出
した後、諦めたのか頷いた。
ふむ、何やらプライドが邪魔したのか言い出しにくかったらしい。
﹁それならそう言え、時間の無駄。それじゃ仕方がないから水でし
っかり洗うこと、明日臭かったらお仕置きするから。あと他に種族
的に無理なことがあったらそのたびに言うこと。俺は人間のことし
か知らないから言われなけりゃわからない。俺が許容できる範囲だ
ったら対処する﹂
俺はよほど異端なご主人様らしい。
401
もう慣れてきたがまた驚いた上で三匹が頷く。
﹁それで最後は明日の予定。明日は、そうだな・・・・・・・鐘八
つに起こしに来て。それから出かけて君らの服とか装備買いに行く
から。その後はたぶん冒険者ギルドに行くかな。予定はそんな感じ。
質問は?﹂
唖然とする三匹、たぶん服のことか。
﹁装備は分かるが、服も・・・その、買うのか?﹂
やっぱり。
予想通りに白猫が聞いてくる。
﹁そうだよ。その汚い格好のままなんて俺の奴隷として絶対許せな
い。それなりの格好してもらうからそのつもりで﹂
﹁それなりの格好・・・﹂
なにやら顔が真っ赤になる黒猫。
良く顔が赤くなる子だ。
しかしどんな想像してるんだか。
﹁先ほど闘って分かったが我の装備はこれで十分だ﹂
トカゲが胸を張って答える。
武器のことはさっぱりだから本人がいいならいいな。
﹁そうか。あの奴隷商もなかなかいいものをくれたもんだ﹂
未だにどうしてか分からないけど。
402
ギルド長からの手紙があったからかな?
﹁白猫は?さっきは格闘で闘ってたけど戦闘方法・・・武器は?﹂
そうだよ、これ聞いてなかった。
俺の安全に関わることなのに忘れるなんて失敗失敗。
﹁私達白虎族は自分の肉体で闘う。だから重たい防具はつけない。
せいぜい腕と足にプロテクターをつける程度だ﹂
﹁じゃぁそこらは買わないと。あとは黒猫だけど君は戦えないよな
?﹂
目を伏せて頷く黒猫。
そりゃそうか、白猫とセットで欲しかったから買っただけだし、
用途は別にあるから期待してない。
﹁うん、わかった。トカゲと白猫は俺の護衛だけど、黒猫も守るこ
と。家を買うまではあちこち一緒に連れまわすからそのつもりで。
もちろん、俺優先だから、そこら辺は間違えないように。特に白猫、
わかったな?﹂
﹁・・・主殿も守る﹂
も・・・ですか、まぁいいか。
かなり不服そうだけど頷いたしね。
よしっと、これで終わりかな。
﹁それじゃ、解散。さっき言ったようにちゃんと起こしに来ること﹂
良く考えたら親に起こしてって頼む子供みたい。
でも偉い人って起こしてもらってるよね?
403
別にいいよね。うん。問題なし。
しかし、何度目か分からないが驚く三匹。
いい加減この反応も飽きたよ。
﹁ご主人様、解散というのはどういことですか?﹂
えっとそこから?
﹁解散は解散。部屋に戻って体流して寝ろってこと。明日ちゃんと
時間に起きれるなら寝ないで好きにしてもいいし。ただそれだけま
だ何かある?﹂
これだけなのに何が疑問なんだろ。
﹁そ、そうですか、わかりましたご主人様﹂
黒猫は顔に疑問符くっつけてるけど、いい加減疲れたから追求す
るのはやめておこう。
﹁それじゃお休み﹂
﹁はい、お休みなさいませ﹂
口に出したのは黒猫だけ。
しかしあとの二匹は軽くお辞儀したからよしとしておこう。
部屋に戻る途中でサラを見つけたのでお湯を忘れず頼んでおく。
そして部屋に入ってベットに倒れた。
本当に今日は濃い一日だった。
朝はケンカ売られて、服を受け取って、昼はギルドに行って爺か
404
ら説教、午後は奴隷買いにオークション。
最後は貴族にケンカを売られる。
思い返せばとても忙しい一日。
いったい何時になったらゆっくりと怠惰な﹃美人の奴隷を囲って
のウハウハ成金生活﹄をおくれるのやら。
そんなことをつらつらと考えているうちに俺は眠りに落ちた。
405
原付﹁帰ってきたか。暇だし走ろうぜ!・・・寝るのかよ﹂︵後
書き︶
狙いすぎですね。
しかし、主人公は﹃嘘つき﹄です。
そういうことだったりします。
こんなわけで第二章︵前半︶終了。
これたった一日の出来事なんだぜ?
・・・詰め込みすぎ、今後大丈夫なのか自分で不安になります。
さて次回後半は活動報告で書いた通り、9/1を目標に書き溜めて
投稿します。
書き溜め失敗してもその日に何らかアクション起こしますのでお待
ちいただけたら幸いです。
それでは皆さん。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
406
原付﹁これはありえたかもしれない物語・・・俺的にはifって
言い方の方がかっこいいと思うんだ﹂︵前書き︶
何人かの方が気になっていた様子の、
第二章でもし主人公が決闘を受けていたら
︵受けないといけなくなったら︶の話です。
最初に書いたのはこっちなので表と比べて似ているところがかなり
あります。
中途半端な所までですが残していたので投稿してみましす。
気になる方のみどうぞ。
続きはありませんのであしからず。
こっちの方かいいからこれで書いてという意見はひとまずキャンセ
ル。
没にした理由は以下の通り。
1.作者自身に精神的ダメージ −10点
2.主人公勝手に暴走しすぎだろ・・・ −5点
ハーレム
3.最終のラストが一つに決まってしまうのは今の段階じゃ楽しく
ない−25点
4.いったいいつになれば奴隷出せるんだ?−25点
5.途中がまったく思い浮かばない−15点
6.浮かんだとしても恐らく欝暴走展開。書き続けれる自信が無い
−20点
計−100点
今読み返したら案外いけそうな気もしますが・・・。
皆さんは表と比べてどう思われますかね。
第二章︵後編︶を読みたい方は飛ばして下さい。
407
原付﹁これはありえたかもしれない物語・・・俺的にはifって
言い方の方がかっこいいと思うんだ﹂
﹁待っていたぞ﹃魔術師﹄!!!貴様を倒して俺様の名を世にしら
しめる!!﹂
馬鹿だ。
馬鹿がいた。
宿の前に馬鹿がいた。
脳みそ筋肉体言してる馬鹿がいた。
上半身裸に鎖を巻いた筋肉がムキムキで脂っこくて気持ち悪いテ
カテカ光ったハゲのマッチョ巨漢。
しかもポーズなんか決めてるし。
絶対馬鹿だよ。
﹁俺様は﹃剛力のバズ﹄いざ尋常に勝負せよ!!!﹂
﹁断る﹂
さて、乗り合い馬車はどこかな。
﹁な!?男が勝負を挑まれて逃げるのか!?﹂
北へと足を向ける俺に馬鹿は一歩一歩ポーズをつけて追いかけて
くる。
キモイっての。
もちろん質問には無視である。
てかこの馬鹿、俺が出てくるまでずっと待ってたのか?
いつ起きるとも知れないのにほんと馬鹿だ。
408
﹁それでも男か!?この玉無しが!所詮魔導師風情がちょっとギル
ド長に気に入られたからと調子にのりおって!!﹂
はいはいワロスワロス。
こういった﹃魔導師﹄に対する挑発は誰でも一緒なのか?
それとも馬鹿だから語彙が少ないだけか?
まぁどうでもいいけど。
あ、馬車発見。
﹁こうなれば仕方ない!我は貴様に決闘を挑む!!﹂
そう言って馬鹿は拳を地面に打ち付けた。
それを見ていた周りの人たちが一斉におお∼!!と騒ぐ。
なんじゃ?
﹁ははは!!正式な決闘要請だ!!これで貴様は逃げられん!!﹂
なにそれ?俺は近くにいた剣士風の冒険者に尋ねた。
﹁どういうこと?﹂
﹁あ、ぼ、冒険者同士の暗黙のルールだよ!じ、自分の武器を地面
に打ち付けて名乗ったら決闘が認められるんだ!!逃げたら一生笑
いもんだ!!﹂
いきなり尋ねられた剣士は多少つっかえながら慌てて早口に答え
てくれたが・・・
・・・・・・
・・・・・・
409
ふーん。
なんだそれだけ?
知るか。
笑いものにされるくらいどうだっていうんだろうか。
﹁あっそ。どうでもいいや。じゃあさようなら﹂
ヘイ!乗合馬車!!っと手を振ってみる。
﹁ききき貴様!神聖な決闘をなんだと思っている!!!笑いものに
されてもいいのか!!!﹂
ムンっと筋肉を見せ付ける。
うーんポーズ的に十点!
もちろん千点満点中でだ。
﹁別にいいよ?どうぞご勝手に。いっそのこと負け認めますよ?ワ
タシノマケデス。ゴメンナサイ。アナタノショウリデス。オメデト
ウ。タイヘンツヨカッタデス﹂
ワーパチパチと拍手までしてあげた。
﹁貴様貴様貴様ぁぁぁぁぁ!!!!!!﹂
何が気に入らないのか頭の血管浮きでまくってるよ。
なんでさ?負け認めてるのに。
気が付けばご丁寧に円形に空間を空けられていた。
余計なことを、勝負しないって。
410
馬車まで止まって俺たちを観戦してやがる。
止まってくれるのは俺としては助かるけど・・・。
こらそこ!賭けを始めるな!!
﹁馬鹿にしやがってぇぇぇぇぇぇ!!!﹂
叫びと一緒にドスドスと筋肉が突っ込んできた。
﹁あんたの勝ちだって言ってんのに何で来るんだよ!﹂
三十六計逃げるが勝ち。
俺は踵をかえして脱兎のごとく逃げ出した。
が、囲んでいる冒険者達が退かない!!
この馬鹿どもが!
﹁邪魔!﹂
そう言って人と人の間に入り込もうとしたが。
﹁逃げんなよあんちゃん﹂
﹁そらよっと﹂
壁になっていた冒険者二人に両腕を左右からつかまれ受身もとれ
ずに転がされた。
尻が地面を打って痛い。
なんで????
座り込んだまま呆然と見上げる。
﹁おいおい、せっかくなんだから相手してやりなよ﹂
411
ニヤニヤと俺を転がしたやつが言った。
﹁駄目だぜぇ、る∼るにやぁしたがわないとよぉ?﹂
隣の奴へらへらとが言った。
﹁ふぬけだねぇ。聖玉草の話も嘘なんだろ?じゃなかったら戦いな
よ、ほらほら﹂
そいつも嫌な、嫌な顔してる。
ニヤニヤニヤニヤヘラヘラヘラヘラ。
どんどんと足を地面に叩きつけて闘え闘えと囃しだした。
気持ち悪い顔をぐるぐるぐるぐる並べて!
血管浮かべまくってた筋肉も気を良くしたのか立ち止まって腕な
んか組んでます。
こっちを見て胸糞悪い表情をしてやがります。
ああ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
気持ち悪い。
昔、前もあったね、こんなこと。
せっかく忘れてたのに、思い出さないようにしてたのに。
せっかく記憶のはるかかなたに忘却してたのに・・・・・ああ嫌
だ。
ホント嫌だ!!!!!!!!!!!!
412
﹁・・・・・・はぁぁぁぁぁ﹂
ため息を付く。
出来るだけ吐き出すように。
体の中にある嫌な気持ちを吐き出すように。
無言のまま立ち上がって埃を払う。
そして歯軋りするように囁く。
﹁大っっっっっっ嫌い・・・・・・!!﹂
俺の最大級の呪文
﹃魔法の言葉﹄
全てを呪う。
全てを拒絶する。
全てを嫌う。
全てを否定する。
周りは敵。
敵、敵敵、敵敵敵!。
全部敵だ!!
自分以外知ったことか!
ポケットから携帯を取り出す。
右手に構えた携帯を剣先を向けるかのようにクソに突き出す。
﹁ルールは?﹂
言葉は必要最低限。
もうこんなのに声をかけることすらもったいない。
俺の声で周りの野次が止む。
何が嬉しいのかクソが鼻の穴を大きく広げて言った。
413
﹁やっとやる気になったな!そんなものは無い!!殺すか殺される
だけだ!!!それが決闘!!!﹂
気持ち悪い声、耳が腐りそうだ。
なんかまたポーズを決めてるし。
もうどうでもいい。
時間もかけたくなし俺は構えていた携帯を地面にコツンと軽く当
てた。
決闘受諾の合図。
熱狂的ファンの集まるコンサート会場のように周りの声が爆発す
る。
﹁俺は俺を傷つける奴をゆるさない・・・。精神の傷は肉体の傷よ
りも重い・・・﹂
眼を細めて二つ折り携帯を開く。
﹁は!!魔導師風情がいきがるなぁ!!﹂
それを合図にクソが腕を振り上げて突っ込んでくる。
二週間前の俺ならこんな巨漢は恐怖の対象だっただろうが、ゴブ
キンに翼竜。
そんなのを相手にしてきたんだ。
まったく脅威に思えない。
それに・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
﹁フリーズ・スノウ・・・﹂
イメージは極寒。
414
呟きと呪文は正確に自分の想像を現実へと映し出す。
俺を中心に吹き荒れた雪で視界全てが白く染まる。
穴の開いた作業着は少々風通しがいいが、せいぜい俺は冷たい程
度。
しかし周りの結果は・・・お楽しみだな。
数えたのはたった五秒。
まるで何事も無かったようにやんだ雪。
騒がしかった周りも静かになった。
吐き出すのは白い息だけ。
開けた視界の前には不細工で不恰好で無様な雪だるまが一つ出来
上がっていた。
ポケットから銅貨一枚出してぽいっとそれに当てる。
雪だるまが崩れて出てきたのは四肢が凍りついたクソが一つ。
がちがちと歯なんか鳴らして馬鹿みたいだ。
﹁良かったね、望み通り死ねるよ?﹂
﹁ごめ、ごめななざいぃいぃ。ゆゆ、ゆじでくだざい﹂
ははは、さっきの勇ましい台詞はどこにいったのさ。
でももう言葉を聞きはない。
さっきの俺様の優しい言葉を無視したんだから。
気持ち悪いポーズを取っていた右腕が砕けて落ちた。
涼やかな音が染み渡るなぁ。
もっと聞いてたいけど時間もアレだし背中を向ける。
地面の雪がしゃくしゃくといい音をたてる。
久しぶりかも雪を踏むの。
ばあちゃんの葬式以来だ。
しかしほんの数メートルで雪はおわり。
残念だ。
手加減したけど周りを囲んでいた奴らも半分雪に埋もれてる。
415
こっちは凍らしてはいないけど凍傷位にはなってくれるかな。
白い壁まで歩くとさっきの気持ち悪いのは一つも無い。
青色の自動ドアにかわったようですんなり開いてくれた。
よかった。よかった。
後ろから涼やかな音がまた一つ聞こえた。
さっきの乗り合い馬車は馬が寒さで弱ったとかで乗せて貰えなっ
た。
ガッデム。
しかたなく歩いてエアロさんの所に向かったが・・・クソは多か
った。
ケンカをふっかけられること2回。決闘を挑まれること4回、集
団で襲われること11回にも及んだ。
お陰でエアロさんの所に着いたときは体が冷えて仕方なかった。
ちなみに付近のお子様には好評だったよ、雪合戦は楽しそうだっ
た。
俺も子供なら混ざったのに、大人になるって悲しいことだよね。
﹁大変だったようだね﹂
エアロさんが暖かいココアを出してくれた。
ふぅ冷えた体が温まる。
﹁どうしてこうも馬鹿が多いのか理解に苦しみます﹂
相変らず片付いていない汚い工房。
埃を手で軽く埃を払っただけの椅子にため息と一緒に腰かける。
肉体的疲労はそれほどじゃないがクソ掃除は疲れるよ。
416
﹁あんたがここ最近のなかじゃ一番の有名人だからさ、それに小銭
も持ってる。ちょっかいだしたんだろ﹂
まだ金は貰ってないけどね。
﹁できれば美人にちょっかいかけられたいです。もしくはかけたい
です﹂
﹁はっはっは。もうちょっといい男になったらできるだろうさ﹂
うう、どうせイケメンじゃないですよ∼だ。
﹁服は出来てるからそっちで着替えな、あとは今着てる汗臭いボロ、
そっちも直すんだろ?それと一緒に金を出せば終わりさね。金は白
金貨半枚と金貨28枚だよ﹂
汗臭いって酷い!体臭にはけっこう気をつかってるんだぞ!って
言っても実際に自分で嗅いでみても汗臭いし汗が湿って冷たい。
ここはさっさと大人しく着替えさせてもらう。
しかし渡された服はファスナーやボタンなどの金具類以外は完璧。
材質だって違うものだろうによくぞここまで再現したと言う代物
だ。
隣の部屋で着替えたが着心地としたらむしろ動きやすくなってい
る。
大量生産の既製品じゃない、採寸した俺だけの作業着。
これなら予定金額より少し高くなろうが全然構いやしない。
素晴らしい腕に賞賛の嵐。やるなエアロさん。
穴だらけの服は修繕のため、支払いの白金貨一枚と一緒に渡す。
﹁これはいい腕に対する投資です。こんど別件で頼むかもしれませ
んがそのときはよろしくお願いします﹂
417
﹁また面白い仕事をくれるなら歓迎さね﹂
ありゃ、あっさり受け取ってくれた。
自分で出しておいて何だけど、職人だから腕は安く売らないとか
何とかで受け取らないかと思ったのに。
まぁお金あるし仕事頼むかもしれないのはほんとだしね。
こうしてエアロさんとの用事は済ませたので次はギルドに向かう。
しかし鐘十二。あと一時間しかない。
ディスさんの所に寄ってから行きたかったのにクソがあちこちに
落ちていたせいで予定が狂った。
ここからギルドまでかなりの距離があるのにさらに飯食いに寄っ
ていたら絶対間に合わない。
そんなわけで急いで道に飛び出すと、好運にも乗り合い馬車が目
の前にあったのですぐに乗れた。
ついでにクソ達の襲撃も無かった。
おかげでってのも変だけどギリギリ鐘一つが鳴る前にギルドに到
着することが出来た。
爺が勝手に決めた時間だけど、やっぱり遅れるのは気分的に嫌だ。
今日は最初に来たときと同じ表側から。
受付がある綺麗で広いホール。
昼の時間だけど結構な数の冒険者がここでたむろしていた。
中には俺を見ている奴も何人かいやがるが・・・もちろん気にな
らない。
他人の視線は俺に突き刺さっているようだが、俺の視線は人間を
素通り、ホールの造型に目が行く。
柱の彫刻とか綺麗だし、ただの手すりとかにも木目に合わせて細
かな細工が施されてる。
屋敷を買うならこんなのもいいかもね。
いやもうちょっと小ぶりでいいかな。
418
客なんか呼ぶつもり無いんだし。
見栄を張る必要はこれっぽちも無いんだから。
そんなどうでもいいことを考えながらカウンターに向かうと、そ
こに居たのはノイン嬢だった。
手続きカウンター専門ってわけじゃないんだな。
ノイン嬢は俺に気が付くとすぐに挨拶してきた。
﹁こんにちはリョウさん。とても大変だったようですね?﹂
襲われたことを言っているようだ。
耳が早いね。
﹁まぁそれなりには。それ相応の対応したけど問題ないだろ?﹂
正当防衛だけど少し心配だったから聞いてみる。
﹁そのことですが・・・、ギルド長から直接話があると思います﹂
ノイン嬢の返答は余り宜しい物じゃない。
うい?やりすぎたのかな。でもしかたなかったんだぜ?
﹁わかった。話し聞いてみるよ。場所はどこかな?﹂
﹁ご案内します﹂
ノイン嬢は受付を近くのギルド嬢に頼むと俺を案内してくれた。
あっさりと交代を済ました所を見ると最初から俺を待っていたの
かもしれない。
途中まで歩いて気が付いたが案内された先は先日ケンカ売られた
のと同じ部屋なようだ。
ノイン嬢が扉をノックして返事をまってから入室、一礼。
419
﹁ノインです。リョウ=ノウマル様を御連れしました﹂
﹁通せ﹂
﹁はい﹂
完璧なやり取り。
デジャブだな。
促されて俺も入る。
あいかわらず豪華な部屋なのは変わりないが、先日との違いは部
屋の中の人数が多いこと。
爺さんは当然として、いるかも知れないと思っていた思っていた
ノリドさん。
そしてそれ以外に知らない三人。
一人は淡いピンクのドレスに身を包んだフワフワとした雰囲気を
出す中年というには少し早いくらいの女性。
柔らかな笑顔にすこし小じわの乗った目元。
短い髪が好みと外れて残念だけど、楽しく暖かな話が出来そうな
人だ。
年齢が気になるが許容範囲内だな。
もう一人は騎士。
それ以上でもそれ以下でも無い位に騎士って人。
装飾の付いた全身鎧に身を包んでいるが重たくないんだろうか?
赤い中にすこし白髪の混ざった髪。
結構年が行ってそうだが覇気があるというのか元気そうなおっさ
ん。
最後はの一人は多分この人の従者だろう。騎士が座っているソフ
ァーの後に直立不動で立ってる。たぶんどうでもいいな。
知らない人が多いから軽く猫をかぶることにする。
﹁すまないね、呼び出してしまって﹂
420
今回は黙ってケンカを売られることもなくノリドさんが声をかけ
てきた。
﹁いえ、かまいません。暫くはゆっくりするつもりだったので時
間は空いていましたから﹂
﹁そうか。とりあえずそちらにかけて欲しい﹂
﹁はい﹂
フカフカのソファーに座る。高そうだな幾らだろう?
﹁まずは先日の礼をさせて欲しい。娘の病気はすっかり良くなっ
たよ。これも君のおかげだ、本当にありがとう。妻も礼を言いたい
というので。ほら﹂
﹁妻のリンダです。このたびは娘のために命がけで薬を取っとき
て下さったそうで。本当にありがとうございます﹂
爺も合わせて三人が深々と頭を下げる。
か、勘違いしないでよね、別にあなたたちの為じゃないんだから
ってのはどうでもよくて。
なるほど。ノリドさんと比べるとずいぶん若いきがするけど人妻
なのか。
それじゃ手はだせないな。
実際のところは人妻ってだけで惹かれる要素なんだけど・・・。
修羅場怖いです。
慰謝料怖いです。
そんなわけで駄目ゼッタイ!
とか麻薬撲滅運動的に標語を頭に浮かべとく。
﹁娘さんが良くなってよかったです。これからも大切にしてあげて
421
ください﹂
お金のためです、さっさと報酬よこせ。
とか色々な内心は営業スマイルという仮面で隠して口から出すの
は模範解答。
爺がなにやら偉ぶってる・・・。
テメェ、最初はプライド優先させてただろうが!
と視線に乗せながらニッコリと笑みで返しておく。
ノリドさんも爺の脇を肘でつついたのが見えた。
爺さんは静かに巧みにそれをかわしている。
まったくこの爺さんは喉もと過ぎれば何とやらのようだ。
ノリドさんも困った人だと顔を向けていたが、付き合いは長いの
ですぐに諦めてため息をついた。
そして爺がなにやら頷いて合図するとノリドさんとリンダさんが
立ち上がった。
﹁それでは、私たちはこれで﹂
﹁うむ、良くなったとはいえ、しばらくは側にいてやりなさい﹂
﹁はい、それではリョウ殿、失礼します﹂
そう言ってノリドさんとリンダさんが出て行く。
短い挨拶だったけど、直ったといってもまだ二日も経ってないか
ら心配だろうな。
二人が出て行った後、爺が咳払いをする。
瞬間に以前の重苦しい雰囲気が室内に満ちた。
ここからが本題のようだ。
﹁それでだ。リョウ。こちらにいるのが王国騎士団長のファーン殿
422
だ﹂
﹁噂は幾つか伺っている。バリトン王国、王国騎士団団長ファーン
=ロットだ﹂
ファーン殿がほんの少し頭下げた。
爺に呼び捨てにされるのは気に入らないが今は後回し。
王国騎士団長ね。
何のようだろ?
﹁初めまして騎士団長殿。﹃魔術師﹄リョウ=ノウマルです﹂
こちらも目礼程度で返す。
たぶんこの人が御前試合でグエンさんとやりあった人か、年齢的
にこっちが上なのにあの人より強いんだな。
﹁早速用件を言わしてもらうが、リョウ殿。貴殿を捕縛しに来た﹂
・・・・・・・
はい?
捕縛??
誰を???
何故に????
俺は驚いて何も返せない。
想像もしていなかった言葉に頭が真っ白になる。
423
﹁罪状は王都内での騒乱。魔道具による市民への攻撃。余波による
大通り封鎖。それに伴う交通の妨害。建築物への被害。その他個別
の訴えを含めれば朝だけで三十件を超える。全て貴殿がやったこと
だ﹂
・・・・あのクソどものせいで!!
怒りで瞬間に肌が沸騰する。
・・・が
﹁動くな﹂
急速に冷えた。
瞬間冷凍ってレベルじゃない。
気がついたときには首筋に剣が当てられている。
視界に入る輝きは鋭い刃のロングソード。
長い剣は俺の右肩から首の皮を凹ませ、そのまま左手を押えるよ
うに・・・。
壁に立っていた従者がいつの間にか俺の背後まで来ていた。
全然、全然判らなかった。
ファーン殿に集中してたのは認める。
いきなりの話で呆然として、怒りで視界が狭まったのは本当だ。
でも影も形も気が付かなかった。
そして、今当てられている殺気・・・。
これが殺気なのか。
酒場での酔っ払い相手じゃない。
魔物が向ける獣じみた物じゃない。
人を殺すことを当たり前とする、必要とすれば躊躇うことがない、
本物の殺気。
次の一秒には、いやそんな長い時間も必要としない一瞬で首が離
424
れる。
そんな予感。
凍らされたように動かない。
動けない。
なのに体は震える。
長い沈黙。
息も出来ない・・・。
﹁トレイン、戻れ﹂
ファーン殿の命令。
トレインと呼ばれた騎士は元の位置に戻る。
なんだよこれ・・・。
なんなんだよこれ・・・。
今だに首筋に剣を当てられている気分だ。
・・・気持ち悪い。
﹁ふん、危ういな。先ほど現場を見させてもらったが、あれほどの
力を出しながらこの程度とは。危うすぎる・・・﹂
耳には入る。
でも、意味を理解することが出来ない。
寒気が全然取れないのだ。
﹁まるで子供だ。強い力を無秩序に振るい感情のままに行動する。・
・・力に振り回されているといっていい﹂
・・・・・・・。
勝手なことを。
勝手なことを言う。
425
こっちだって色々あるんだ。
﹁正当防衛を主張します﹂
ゆっくり、しっかりと吐き出すように。
冷たい気持ちを吐き出して、熱く自分の言葉を、意思を乗せる。
そうだ、俺は間違っちゃいない。
自分の身を守った。
自分の身を守ることになんのためらいがあるんだろうか。
﹁私は、戦闘を避けよとしました。ですが、周りがそれを許さなか
った。だからやむおえず目の前の相手を倒した。相手だってそれを
わかっていた。襲ってきた奴だってそれだけの覚悟があったはず。
周りで見ていた奴だって俺を助けることも戦いを止めようともしな
かった。ならば自分の身を守るために闘うしかない。あたなは私が
そのままやられていればと?
殴られ刺され地面に転がされるべきだたと?黙って殺されるべきだ
ったと?﹂
主張するべきは主張する。
沈黙が金になることもあるが、今はそのときじゃない。
俺の言葉を聴いてファーンの眉がほんの少し動いた。
どうやらわずかばかり驚いたようだ。
そこまで意外だというのか。
﹁ほう、まるっきり子供ではないわけか。・・・確かに君がケンカ
に積極的ではなかったと何名か証言していた。しかし振るわれた力
はあまりにも大きすぎる。王国を守るものとしては容認しきれない﹂
なんだよ、謝ればいいのか?
426
それとも金か?
﹁どうしろと?﹂
俺の質問に答えずファーン殿は爺に視線を向けた。
答えたのは爺。
﹁今回の騒動はギルドの管理責任が問われる問題じゃ。不満を緩和
するための決闘という慣習が招いた事態だといえる。ゆえに今回の
被害はギルドが補償する。また今後このような事態にならぬよう決
闘という慣習はギルドが預かりと規約にもうける。
そして今回の騒動の原因となった者達は全員ランク降格と奉仕任務
についてもらう。これでどうかの騎士団長どの?﹂
どういうことだ?
ランク降格と奉仕任務?
もう一度ファーンを見る。
﹁私にとっては不満ですが、ギルド長たっての願いとあれば致し方
ないでしょう。しかし二度目はありません。ギルド長もおわかりで
すね。国王様と親しいとはいえそう何度も無理は通りません﹂
﹁わかっておるわい。公私混同じゃが孫娘を助けてもらっておいて
彼を差し出すような恩知らずなマネはできん﹂
﹁そうですか。リョウ殿、そういうわけだ。二度と安易なマネをし
ないように。それでは失礼する﹂
そう言ってさっさと二人は出て行った。
なるほどね・・・・。
﹁どうぞ、大丈夫ですか?﹂
427
壁の花と化していたノイン嬢が俺の前にコーヒーを出してくれる。
礼を言って一口。
気持ちの整理を付けてから爺に顔を向ける。
﹁俺は庇ってもらったということですか?﹂
﹁そうじゃの、一つ便宜をはかるという約束。勝手にじゃが使わせ
てもらった。あやつがここに来たときは問答無用で連れて行くつも
りだったからの。もともと正義感が強い奴じゃ。市民に被害があっ
たことが許せなかったんじゃろ﹂
﹁・・・・・・それでギルド長達の礼が出てくるわけですか﹂
﹁若造がただの暴力馬鹿じゃないと見せたかったわけじゃ。ワシが
頭を下げるような奴を無下には出来んじゃろ?それに子供を助ける
ために動いたがための有名税ともなればなおさらじゃ﹂
そっか・・・。適当に言った願いだったけど役に立ってよかった。
金にしか興味なかったけどどうなるか分かったもんじゃないな。
﹁それにしても派手にやったものじゃ。町への被害総額は分かって
いるだけでも白金貨12枚それも今後の調査結果次第で増えるとき
ておる。人的被害もランクBからFまで死傷者が82名。首謀者は
全員死亡。市民へのけが人はその三倍。
ある意味これはギルド始まって以来の記録じゃの﹂
オーマイガー・・・。
自分でやっといてビックリだ。
ギルド長はよくこれでかばってくれる気になったな。
恩に報いるのにも限度があるだろうに。
﹁・・・さっきも言ったとおりしかたなかったんですよ?﹂
428
﹁わかっておるよ。こっちでも調査させたからの。しかし、被害が
大きすぎるのも事実じゃ。それでじゃの、先の報酬の件じゃがワシ
の分の白金貨100枚は払えん。今回の被害の補填に当てたいから
の。理解して欲しい﹂
そんな・・・。
そんなのってないよバーニ○ー・・・。
﹁ギルドが保証するんじゃないんですか?それにさっきの被害総額、
白金貨で12枚程度だって﹂
﹁ギルドといっても金が有り余ってるわけじゃないわい。今回の件
を納得させるために他の所にも色々と根回しせんとならんのじゃ。
百枚でも足りるかどうか・・・﹂
うう、多分根回しの為の賄賂とかに必要なんだろうな・・・。
わかるけど・・・。
わかるけどさ・・・。
﹁それと若造が狩った翼竜の魔石。すべてをギルドに寄付してもら
いたい。若造が謝罪したという形をとらんとならんのじゃ﹂
俺完璧に犯罪者扱い。
俺そんなに悪いことしました?
﹁・・・なんか俺逃げ出したくなってきた﹂
こんなことしなくたってお金貰って逃げちゃえばよくね?
﹁そうか、じゃあやめとくかの?今からでも騎士団長を呼び戻して
も構わんのじゃよ?そうなれば城に捕らわれることになるの。宮廷
429
魔導師達は若造の魔道具を知りたがっておるし若造自身にも興味が
あるようじゃが?﹂
じ、人体実験フラグ!!!!!!
いやーーーーーーーーーーーー!!
それだけはいやーーーーーーーーーーーー!!!
俺が項垂れたのを見て理解したのかギルド長は話を続ける。
﹁宮廷魔導師達を抑えるためにも若造の魔石が必要なのじゃ。二等
級の魔石を数十個手に入れれるんじゃから奴らも納得せざるおえん
じゃろ?﹂
いいです。
もうどうでもいいです。
差し上げますよ。
俺が人体実験に使われるくらいなら幾らでも差し上げますとも。
﹁安心せい。少なくとも息子の報酬はそのままじゃ。さすがにそれ
まで取り上げるのはワシらも悪いからの﹂
うう、それでも白金貨100枚・・・100枚!
少なくても100枚あれば家も買えるし奴隷も買える!
なんだ問題ないじゃないか・・・ってランクも下がるんだっけ?
﹁そうだ、ランクは?﹂
それが重要だ。
富裕街に家を買うためには少なくともランクBじゃないと。
﹁ギルドカードの効力は本人に手渡された時点で有効になるんじゃ。
430
つまり若造は未だにFランクのままじゃ。それを下げることはでき
んじゃろ?﹂
もうやだ・・・。
本気でもうやだ。
凹む。
もうフルボッコだ。
﹃美人の奴隷を囲ってのウハウハ成金生活﹄が目の前まで来たのに・
・・。
光が見えただけにこの変わりよう・・・・。
ダメージは限界を突破ている。
お願いもうやめて俺のヒットポイントはもうゼロよ!
﹁他の奴らは?俺を襲った奴ら。俺ばっかりって割りにあわないっ
て﹂
ギルド長が呆れた顔をしてる。
はて?
﹁若造がほとんど殺したじゃろ?生き残っておるのもおるが、腕や
足やらが無いし、それ以上に怯えてしまって役に立たんのじゃ。も
うギルドの仕事は無理じゃの﹂
それを聞いて少しすっとした。
しかし、殺した奴らのほうが楽してるのが残念だ。
同じように半身不随で心折ってやればよかった。
いくらでも拷問めいた手段はあったのに。失敗失敗。
今度からもっと苛めてあげないと。
今度・・・そうだ今度、又襲われたらたまらない。
431
﹁俺ってまた襲われるかもしれないんじゃないですか、その時もこ
んなことになりますよ?﹂
﹁それは無いじゃろ。さっきも言ったとおり決闘はギルドで預かる
と公布するつもりじゃし、もし破ったら厳罰に処すつもりじゃ。そ
れを破ってまで襲ってきたらそのときは相手にしてもいいじゃろ。
ある程度周りには配慮して欲しいがな。しかしの、若造の噂は嫌で
も広まる。これだけのことができる若造にケンカを売ろうとする命
知らずはもう出んじゃろ﹂
ノインさんも深く頷いている。
うーん不安だけどまぁ大丈夫なようだ。
﹁そして最後に奉仕任務じゃ。当然報酬が受け取れない任務のこと
じゃが・・・。若造、すまんがちょいとドラゴンを一匹退治してき
て欲しい﹂
・・・そんなバナナ。
この世界においてドラゴンとは最強の生物だそうな。
ゲームとか小説によってはペット扱いだったり、雑魚敵として登
場することもあるがこの世界でそんなことは無い。
純粋な竜種は災害と同種に語られるレベルらしい。
俺が初手をミスったのもあったが翼竜ですら本来かなりの脅威な
のだ。
本当のドラゴンがいかようなものか推し量れるというものだ。
以前グエンさんが言っていたSSSランクに﹃黄金のドラゴンス
レイヤー﹄ゲイドって要るのが分かるようにドラゴンを倒すにはそ
れほどの実力が必要なのだ。
今回の俺に与えられた仕事はその竜種の討伐。
432
あははははははははははは。
もう笑うしかないね。
あまりにも酷すぎる。
ふざけてる。
本気でざけんじゃねぇ。
報酬も魔石も奪われランクアップすら出来ず夢を目前にさらに奉
仕任務。
頭にきた。
激怒したね。
そんなわけで軽く一瞬で部屋にあった調度品を氷付けにして砕い
て見せた。
爺さんもノイン嬢もびびりまくり。
部屋の隅に二人で固まってガタガタ震えたんだよ。
ほんと笑えました。
でも、美人が青い顔で震えるって嗜虐心が刺激されてちょっと美
味しかったです。
それを見て少し溜飲を下げた俺は少し落ち着いて話し合い。
しかしながら当然拒否の姿勢。
無理ヤダ×駄目嫌だNoのオンパレード。
爺さんも俺が本気で怒るとどうなるか分かったのか必死で説得に
掛かった。
これはもともと国からの任務で奉仕任務とは言え倒せば国から一
目おかれる事。
ドラゴンと言ってもでそれほど年を経ているわけではなく強さは
まだましらしい。
せいぜい翼竜+α程度だということ。
複数じゃなくて一匹だけ。
433
報酬は出せないけど素材その他魔石も含めて全てギルドで買い取
るということ。
今回の任務が成功したら、前回の功績とあわせて実力的に認めざ
るおえないから絶対にBランクの二級市民にしてくれるということ。
ついでに、爺さんが富裕街に所有する別荘を家の無い俺が﹃可哀
想﹄だからという﹃善意﹄で﹃永久﹄に﹃無償﹄で﹃貸して﹄くれ
ることになった。
それなら白金貨百枚も払えよと言いったが純粋なお金はどうあっ
ても報酬になってしまうから無理だって・・・・。
畜生。
しかしこれで俺の長年の夢に必要なものは後一つになった。
美人の奴隷。
これを買うには一人最低白金貨10枚。
現状でも十人は買える。
生活に必要な資金があるけどドラゴンの魔石とか鱗とかは高値で
買い取ってもらえるそうだからかなりの貯蓄が出来そうだ。
そんなわけでしぶしぶ納得した俺は現在馬車に揺られながら移動
中。
ドラゴンがいるという場所は以前グエンさんが商隊を護衛してき
たという職人の街レンロ。
レンロは鉱山都市でもあるそうでそこから出る鉱石なんかを職人
が加工して販売も行っているとか。
ドラゴンが住み着いたのはその鉱山。
しばらく前に飛んできたそうなんだが街としてはもう死活問題の
大問題。
早急に退治してくれ!
っと国になきついたものの何かしらの理由で騎士団は動けない︵
これについては教えてもらえなかった︶
では冒険者は?っとあたりを見ても現在その付近に竜を討伐でき
るパーティーがいないとのこと。
434
困った国及び冒険者ギルドだったわけですが、そういうときに都
合よく問題を起こしたのが俺だったというわけです。
本来なら重犯罪人となってしまう俺ですが、ギルド長たっての願
いと緊急性を鑑みてということらしい。
はぁ。まったくため息が出るよ。
435
原付﹁・・・zzz・・・zzz・・・ふぇ!?なに!?なに!
?﹂
扉越しに軽い足音が聞こえてくると一呼吸置いてコンコンと軽い
音が部屋に響いた。
﹁ご、ご主人様、起きて下さい。ご主人様﹂
僅かに緊張の含んだ可愛らしい声が扉を挟んで聞こえてくる。
実はノックの数分前から目が覚めていたが・・・いいね、これ。
﹃ご主人様起きて下さい﹄って。
扉越しだけど夢が一つかなったよ。
これを皮切りに俺様のメイド計画が始まるわけだ。
家を買ってからの話だけどメイドの奉仕段階を徐々に上げていっ
ていずれは俺の熱くたぎる・・・っと自重自重。
朝だから大変なことになってるのに。
落ち着け俺。
とりあえず特に返事をせず様子を伺う。
どう行動するのか試してみようかね。
耳を澄ましていて気が付いたけど実は先ほどの足音は一つじゃな
い、もう一人分・・・じゃなかった。
もう一匹分。
たぶん白猫のだと思うが耳を大きくしていると何やら話し声が聞
こえる。
﹁え・・・だけ・・・・それは・・・・まだ・・・もう一度・・・﹂
﹁あれが・・・お嬢様・・・ほうって・・・﹂
436
うむ・・・、断片的だけど黒猫が粘ることを提案。
白猫は放っておけと。
この場合しっかりと起こさないとメイドとして失格。
黒猫は粘ることを提案してるからましだけど、白猫はなぁ、教育
に時間が掛かりそうだ。
そんな中、鐘が鳴り始める。
一回、二回・・・。
そして八つ。
へぇーちゃんと鐘八つ前に起こしに着てたんだ。
偉い偉い。
﹁起きて下さいご主人様。鐘八つを過ぎてしまいました。起きて下
さい﹂
コンコンとさっきよりは大きいがまだ控えめな音が部屋に響く。
うむ。白黒猫の行動もわかったし起きるかな。
ベットからのそのそと這い出て返事をしようとしたとき。
﹁起きろ主殿!!わざわざお嬢様が起こしにきてくださっているの
にいつまで寝ている!!﹂
ビ、ビビッた!! 突如として響く白猫の怒声。
そして大きく扉を叩く音。
ゴン!ゴン!ゴン!バキ!!
437
﹁﹁﹁あっ!﹂﹂﹂
俺の視界に写ったのは扉を突き破って出てきた握り拳。
開いた穴の先に見えるのは驚いた表情の白黒猫。
固まった空気。
﹁バカ力め・・・﹂
勢いあまって扉をぶち抜いたようだ。
なんてことしてくれる・・・。
﹁おい白猫、これどうするつもりだ?﹂
俺は怒りが急速に上昇するのを自覚しながら扉越しに話しかける。
﹁それは、その・・・、主殿がさっさと起きないから悪いんだ!!﹂
扉に手を突き刺したまま逆切れをかましてくれた。
﹁自分の力の加減も出来ないことを棚上げにして俺に逆切れか?﹂
﹁うう、うるさい!起きたんだからいいだろう!!﹂
はぁ、護衛としては使えるんだろうけど・・・調教がんばろう。
うん。
最初のハッピーな気分は何処へやら。
起きた直後からため息が出る気分駄々下がりな朝だったがとりあ
えず白猫には軽くお仕置きをして気分を晴らした。
438
様子を見に出てきたサラに事情を説明して修理費を渡して謝罪。
まぁ奴隷がしたことは主人のしたことってわけで。
しかしサラもたいして怒ってはいなかった。
話を聞くと部屋で剣の練習やら簡単な魔道具の簡単な実験をやっ
ていて調度品を壊す人は結構いるとか。
それに酒場だから一応禁止されているとはいえケンカもあるし、
俺が最初に来たときみたいに試験が行われて白熱してしまい揉める
ってこともしばしば。
それに巻き込まれてテーブルや椅子が壊されるそうな。
ようはいつもの事で慣れってやつらしい。
ほんと良かった、部屋を出て行けとか言われなくて。
﹁今度から注意してくれればいいよ。それじゃ朝ごはん用意するか
ら待ってて﹂
﹁ホントごめん﹂
﹁申し訳ない﹂
﹁申し訳ありません﹂
俺と一緒に頭を下げる白黒猫。
まったく、余計な金が出ちゃったよ。
たかが数枚の銅貨だけど、こういう金の出費はとてつもなく無駄
で、むちゃくちゃ損した気分だ。
また一つため息をついてから椅子に座る。
食堂の端で待っていたトカゲも着席。
しかし白黒猫が座らない。
﹁どうした?﹂
﹁その・・・﹂
﹁いいのか?あんなことしてしまって・・・食事をしても﹂
439
少し青い顔で並んでこんなことをほざきやがる二匹。
はぁぁぁ。
今日は朝からため息ばかりだ。
ようはあれですか?
罰としてごはん抜き!
ってやつ。
馬鹿みたい、子供かこいつらは。
いちいちそんなことしてられますかっての。
優先順位としてこいつらにふっくらしてもらうのが先。
じゃなきゃいつまでたってもこいつらを食べられない。
罰は二の次、三の次って言うかすでに首輪で与えてるのにまだ欲
しがるってこいつら実はマゾヒスト?
今度鞭かってきて叩いてやろうか。
﹁さっき罰は与えただろ?それとも、もう一回くらいたいわけ?﹂
言葉に合わせてトントンと指で首の辺りを叩いてみる。
意味は通じたのか青い顔でぶんぶんと揃って首を振る二匹。
揺れる尻尾と反対に動く耳が二組。
ちょ、ちょっと可愛いかった。
こういう面白い反応をされると天邪鬼的に虐めたくなるけどここ
は我慢。
﹁わかったんならさっさと座る。あんまり面倒かけさせんな﹂
﹁はい、ご主人様﹂
﹁わかった、主殿﹂
440
二匹は開いていた俺の両隣に着席。
それにあわせて黒猫の長い髪がふわりと泳いだ。
長いさらさらの髪。
興味が引かれたの櫛ですくように手を通してみる。
﹁きゃ!﹂
﹁き、きききき、貴様!お嬢様に何をする!!﹂
短く悲鳴を上げ尻尾がピンと立つ黒猫に何やらうるさい白猫を無
視して髪を持ち上げる。
指の間を抵抗も無くさらさらと通り抜け、不思議なほど柔らかい。
こ、これは抜群の触り心地!
いつまでも触っていたいくらいだ。
ちょっと顔を近づけて臭いを嗅いてみる。
﹁ひっ!﹂
プルプルと震える黒猫が可愛すぎる件。
某ネット掲示板で確実に話題にあがりそうだ。
﹁貴様!お嬢様から離れろ!!﹂
手は出してこないが今にも殴りかかって来そうな白猫にチラリと
視線をやってから、仕方なく手を離す。
﹁・・・昨日体洗うように言っただろ?臭いが取れてたが確認した
だけさ。あと貴様言うな﹂
441
﹁きゃ!﹂
ほんの軽く一瞬だけ首輪に念じて白猫にお仕置きしつつ、とっさ
に考えた言い訳をそれらしく言ってみる。
よくよく考えれば普通に変態的所業だよね。
隣に座った女の子の髪を手にとって撫で回したあげく、臭いまで
嗅ぐって。
いや違うな、これは猫だから女の子じゃないし、そもそも俺の奴
隷だから別に問題ないんだろうけど・・・。
それでも人目があるんだから自重しろ俺。
一瞬で涙目になった黒猫が怯えながら俺の言葉を聴いて・・・表
情から察してかなりの葛藤があったようだが納得したらしい。
怯えていた表情が消えて羞恥で顔が真っ赤になってる。
首を押さえて机に突っ伏していた白猫も俺の言葉で思い出してく
れたらしい。
﹁そ、それならそうと最初から言えばいいんだ!﹂
﹁なんでいちいち君達に許可をもらわないといけないのさ﹂
﹁そ、それは私達は﹂
﹁君達奴隷、俺主。何か文句ある?﹂
﹁ううぅ・・・ふん!﹂ どうやら言い勝ったらしい。
かなり悔しいのか白猫は椅子にドサっと荒く腰掛けるとまた顔を
赤くしてそっぽ向いてしまった。
まったくこの白猫はいつまで反発するつもりなんだか・・・。
けどまだ二日目あんだよね。
いきなり従順だと調教の楽しみがないからこれはこれで面白いん
だけど・・・。
ま、これで俺の変態行動もとりあえず流されたな。
442
今はまだ変態という名の紳士でいたいのさ。
家を買ってから変態という名の変態王にジョブチェンジ、いやレ
ベルアップする予定。
先の行動は置いといて今しばらくはとっても良いご主人様でいな
いとね。
フフフフ。
﹁ちゃんと体は洗ったみたいだな。臭いも取れてるし、むしろいい
臭いだ。これからも清潔にするように﹂
ちょっと偉ぶって話を戻す。
﹁・・・はい﹂
﹁ふん﹂
怒っていた白猫もさっきとは違う色が頬にまざり、黒猫はさらに
顔が赤く染まる。
そんな二人、じゃなかった。
二匹を眺めながら朝食を待つというのもなかなかに乙なもので。
﹁シュルル、我の臭いは嗅がなくていいのか?﹂
﹁はいはい大丈夫大丈夫・・・だから黙れ﹂
﹁シュル・・・﹂
空気を読まない変態トカゲを黙らして待つこと数分で朝飯が到着
した。
三匹とも昨日の夜のように貪り食うことも無く普通に食事を済ま
す。
まぁ、普通にと言ってもかなり嬉しそうに食べていたが。
443
俺もそれを見ながら朝食を頂く。
今日も美味しかった。
腹が膨れたところで三匹を食堂に待たせて荷物の準備。
ずいぶんと軽くなっってしまった財布の中身は白金貨4枚と半枚
程度。
かなり少なくなったがメイド服と装備くらいは買えるだろ。
たしかオーダーメイドの俺の服三着でやっと白金貨半枚と少し、
この前ブラブラしながら見た武器がだいたい金貨数枚。
奴隷や家を買うには少ないが、普通の物を買うにはこれだけでも
十分すぎるほどの大金だ。
・・・金銭感覚が狂ってきてるな。
うん、決めた。
今日の予算は白金貨1枚と端数分だけ。
たぶんこれくらいで済むだろ。ってか絶対に済ます。
そうとなれば余計な金は持たないほうがいいな。
衝動買いを防ぐためにも3枚の白金貨は原付の座席下、金庫代わ
りのスペースに収納。
しかし・・・
﹁・・・なんか原付綺麗になってないか?﹂
気のせいかな?
うーん、俺以外誰も触ってないんだから、気のせいだろ。
もともとがボロだし。
うん、気のせいだ。
納得したところで部屋を出て三匹と合流。
こうして楽しいショッピングに出かけた。
444
原付﹁・・・zzz・・・zzz・・・ふぇ!?なに!?なに!
?﹂︵後書き︶
今更ですが・・・主人公って変態?
445
原付﹁なんだか外が騒がしいな﹂︵前書き︶
グロ注意
446
原付﹁なんだか外が騒がしいな﹂
楽しいショッピングに出かけた・・・の・・・だ・・・が・・・
﹁待っていたぞ﹃腰抜け魔術師﹄!!!今度こそ貴様を倒して俺様
の名を世にしらしめる!!﹂
はぁぁぁぁぁ・・・・。
口から青いエクトプラズマが飛び出していると錯覚するほどのた
め息がでた。
今日はあれか?
やっぱりため息の日なのか?
あまり認めたくない・・・じゃない、全力で認めたくないが、馬
鹿がいた。
またしても宿の前に馬鹿がいた。
﹁今日こそは逃がさん!!絶対に勝負してもらう!!!﹂
﹁だが断る。さて、いこうか﹂
﹃はい﹄
﹁シュル﹂
空気を察したのか三匹とも間髪いれずに返事を返してくる。
良い子達だね。うん。 てかこいつまた居やがりましたよ。
名前なんだっけ?
えーっとラピュ○の主人公っぽい奴・・・バズー?
447
微妙に違う気がする。
まぁいいやとてつもなくどうでもいいし。
それにしてもこいつ俺を追い掛け回してよほど暇なのか?
﹁ま、まて!貴様分かっているのか?昨日逃げてばかりいたお前は
﹃腰抜けの魔術師﹄と言われてるんだぞ!?﹂
﹁それがどうした?﹂
﹁え?いや、貴様も男だろう!?それでいいのか?﹂
﹁どうでもいい、ものすごくどうでもいい、心底どうでもいい﹂
俺のスルースキルは53万です。
さらに三倍まで変身なんか出来ませんが余裕で発揮できます。
だから周りになんと言われようが完璧にスルー出来ます。
﹁ぐぬぬぬ、勝負から逃げる腰抜け。さらに男としての気概も無い
玉無しか。しかし、今日はなんとしても勝負、いや、決闘してもら
う!﹂
筋肉馬鹿が昨日を再現するようにまたしても拳を地面に打ち付け
た。
ワーっと周りが盛り上がり俺達を中心に人垣が出来上がる。
しかし昨日と違うのはちらほらと警戒心剥き出しの兵士が見える
ことだ。
俺が魔術使ったら捕縛するつもりだな。
使う気はまったく無いから捕まることは無いと思うけど。
﹁がっはっはっは!!今日は昨日のように逃がしはせんぞ。見ろ!
今日は俺様の仲間がしっかりと周りを固めているのだ!!﹂
周りを観察しているとなにやら馬鹿が馬鹿笑いをしている。
448
しかたなく視線を戻して馬鹿をみるとなにやらポーズを決めた。
すると人垣の中から四人の男が飛び出してきたが・・・。
・・・・もう嫌だ。
馬鹿が。
馬鹿が増殖した!
﹁ヌン!﹂﹁ハ!﹂﹁オゥ!﹂﹁セェイ!﹂
﹁キャ!﹂
﹁お嬢様見てはいけません、お眼が穢れます!﹂
﹁シュルル・・・﹂
現れたのは馬鹿×4。
最初の馬鹿と同じハゲの巨漢で上半身裸で・・・ホントもう嫌だ。
見たくない。
がっくりと項垂れる俺を無視してどこぞの五人戦隊のようにポー
ズを決めているらしい馬鹿ファイブ。
一人なら耐えられたがこんなのが五人なんて立派な精神攻撃だ。
完璧だと自画自賛する俺のスルースキルを一発で貫いてダメージ
を与えるなんて・・・。
俺と同じでダメージを受けかけて悲鳴を上げた黒猫。
それをとっさに抱きかかえて視界を塞いだ白猫。
ナイスだ白猫、俺の可愛い黒猫が穢れなくてすんだ。
ついでに俺の視界もその薄い胸で遮ってくれ。
完全異種族のトカゲもこれには何やら感じるものがあるのか長い
449
舌をさらに出してずっと唸って?いる。
﹁見よ!この完璧な肉体美!!この完璧な筋肉を!!我らこそ筋肉
で右に出るもの無しといわれる﹃鋼の肉﹄団だ!!!﹂
﹃ワーーーーー!!﹄
バッと最後の名乗りに合わせてさらにポーズを変えたらしい馬鹿
達。
合わせて周りから何故か歓声が上がる。
それにしても語呂悪!
しかも鋼の肉団子?
むちゃくちゃ硬くて不味そうだ。
ついでに今気が付いたけどせっかく囲んでいたらしいのに集まっ
てちゃってるし。
馬鹿のレベルも五倍なのか?
﹁がっはっはっはっは!恐ろしくて声も出まい!!﹂
﹁ハイオソロシイデス、ダカラワタシノマケデイイデス・・・﹂
﹁そうはいかんぞ!是が非でも決闘してもらう!!﹂
ほんとなんなのこの馬鹿。
﹁あのさ、なんでそこまで俺にこだわるわけ?俺は﹃魔術師﹄アン
タは前衛だろ?そもそも戦うのが間違いだって﹂
相手にしたくないが今日は本当に逃がしてくれそうにないので、
なるべく脳が認識しないように目を細めて視界をボヤけさせてさら
に足元を見ながら気になっていたことを聞いてみた。
﹁貴様が﹃魔術師﹄だからだ!他の奴らは知らんが筋肉を持たない
450
貴様がギルド長に気に入られ、さらに有名になるなど間違っている
!!﹂
﹁確かさっきは俺様の名を世にしらしめる!とか言ってなかったっ
け?筋肉持たない俺を倒しても名をしらしめることにはならんだろ
?﹂
﹁何を言うか!貴様は一人で翼竜を倒しまくったそうじゃないか、
その貴様を倒せば十分に名は広がる!!﹂
﹁・・・なんか言ってることおかしくないか?﹂
﹁何もおかしくは無い!貴様さえ倒せば全てがうまくいくのだ!!
いざ勝負せよ!!﹂
この脳みそ筋肉男!
おかしいよね?
おかしくないか?
おかしくないのか?
なんか俺も混乱してきた・・・。
もしかして馬鹿が写ったのかもしれない。
きっとそうだ!と、なるとこれはまずい。
はやくなんとかしないと!
﹁わかった、勝負してやる。ただし俺の奴隷に勝ってからだ﹂
﹁なんだと、貴様ふざけているのか?﹂
﹁ふざけてなんかないさ、俺の奴隷にすら勝てないのに俺に勝てる
わけ無いだろ?俺とやりたかったら奴隷に勝てばいい。ただし、今
回限りだ。二度目は無い﹂
当然だよね。
こんな馬鹿・・・じゃなかった、こんな奴らと長々と付き合いた
くないんだから。
451
﹁むむむ、わかった。それでいい。勝負だ!﹂
﹁はいはい、それじゃトカゲ宜しく﹂
﹁シュル!?我がやるのか?﹂
何故かむちゃくちゃ驚いた反応を返してくるトカゲ。
どう考えても一欠けらの疑問すら挟む必要のいくらい当然の結果
じゃん。
﹁俺は最初から除外。黒猫は論外。白猫をあんな脂ぎった相手に触
らせたく無い。となれば残りはトカゲ、君だけだ﹂
﹁シュルルルルル・・・﹂
またしても唸るトカゲ。
この唸りはどうやら嫌がっているらしい。
でも最初からこの為に買ったんだし、ここは嫌がってもやっても
らわないと。
そんなトカゲは俺が折れる様子が無いと分かると、助けを求めて
白猫に視線を向ける。
白猫もそんなトカゲに目をやるが顔には笑顔、視線の中身は断固
拒否。
﹁お嬢様、マニ殿がすぐにあれを蹴散らしてくれるそうですから。
もう大丈夫ですよ﹂
﹁うう、マニさん。頑張って下さい﹂
﹁シュ、シュゥゥゥ・・・・﹂
さらに黒猫を使って追い討までかけてるよ。
白猫よ、そこまで嫌か?・・・そりゃ嫌だよね。
トカゲは味方がいないとわかったのかタイヤから空気の抜けるよ
うなため息をさせ、いつもの前傾姿勢をさらに落としながら馬鹿の
452
前に出て行った。
俺がしたこととはいえトカゲ、がんばれ。
心の底から応援だけはしてあげよう。
﹁がっはっはっはっは!相手と言っても所詮魔物風情か?相手にな
ら﹂
馬鹿の言葉は突如として鳴った音に掻き消された。
それはトカゲが尻尾を地面に叩き付けた音。
激しく鳴らされた足元の石畳には僅かにヒビも入っている。
﹁ニンゲン、その汚い口を開いたこと後悔させてやる・・・﹂
さっきまでの項垂れた様子が嘘のように怒りをたぎらせるトカゲ。
怒り?
怒りってどうしてだ?
なんでここまで怒っている?
上体をを起こし体全体に力を入れて筋肉を膨張させるトカゲ。
引き抜かれたメイスを頭上で一回転させると、勢いそのままに地
面に叩きつけた。
﹃ワーーーー!!!!﹄
決闘受諾の合図に盛り上がる観衆。
だけどいいのかこれ?
なんかトカゲが本気すぎるんだが・・・。
﹁が、がっはっはっはっは!いいぞ!かかってこい魔物!!﹂
﹁黙れ!シャァァァァァァ!!﹂
453
そんな俺の不安をよそに拳を構え挑発する馬鹿。
そして怒りに任せて突撃するトカゲ。
うーん、ま、いいか。
二人ともやる気だし。
邪魔するのも無粋だよね。
こうなれば観戦モード。
賭けも始まってるし乗っておこうかな。
ここは当然トカゲに金貨1枚。
俺の懐のためにもがんばって勝ってくれトカゲ。
﹁シャァ!﹂
初手はトカゲの一撃。
怒りの全力フルスイング。
突撃の勢いそのままに振るわれるメイス。
﹁甘い!﹂
いくら勢いがあってもばればれな攻撃。
その巨漢に似合わない俊敏なバックステップで回避する馬鹿。
へぇー驚いた、ただの脳筋木偶坊じゃないんだ。
しかしそれをわかって攻撃したと思われるトカゲ。
﹁シャァ!﹂
振りぬかれたメイスの遠心力をプラスしての回転尻尾攻撃。
メイスより広い攻撃範囲。
ステップを踏んで地面に足が付いたばかりの馬鹿は下がれない。
454
﹁ヌン!﹂
しかし、瞬時に深く腰を落とし両腕を構えて防御の姿勢。
激突する尻尾と腕。
﹁受け止めた!?﹂
馬鹿の筋肉は飾りじゃなかったようだ。
石畳の地面を割るほどのトカゲの一撃、それをその肉体で止めて
見せた。
って、なにこの馬鹿、むちゃくちゃ強いじゃん!
驚いたのは俺だけじゃないようだ、まさか止めらるとは思わなか
っただろうトカゲも目を大きくしている。
﹁せい!!﹂
その隙を突く馬鹿。
受け止めた尻尾をはじき飛ばし、体勢が崩れたトカゲに拳を繰り
出す。
トカゲは引き戻したメイスの腹でなんとか防御するが体勢が悪す
ぎた。
踏ん張りのきかない状態で受け止めた力は止めきれず、メイスご
とトカゲも吹っ飛ぶ。
﹁マニ殿!﹂
﹁マニさん!﹂
安心して観戦していたはずの白黒猫からも声が上がった。
トカゲは無様に転がされることこそなかったが受けたダメージが
大きいのか即座に反撃に移れる力はないようだ。
455
﹁どうだ見たか!我が筋肉の力!我が肉体の美!これこそ究極の力
だ!!﹂
よろけているトカゲを見て気分をよくしたのか吠える馬鹿。
究極ってことは絶対無いけど、でも驚きの連続だ。
話に聞いたトカゲの実力はAランク相当。
俺が実際に見た貴族の私兵相手の戦闘でもトカゲの力を十分に証
明していた。
しかしそのトカゲ相手に戦いを優勢に進めているこの馬鹿。
俺なんか倒さなくても十分に名が知れわたるんじゃないのか?
てか、おい、トカゲ!
こいつ倒してくれないと俺がこの馬鹿と戦うことになるだろうが!
手を抜くな、しっかりしろ!!
﹁シュルルルル、不覚。怒りに我を忘れるとは修行不足だ﹂
俺の切実な願いが通じたのか乱れていた息を整えたトカゲが顔を
上げた。
ほ、よかった、諦めて試合終了かと思ったぜ。
﹁ふん、まだやるかのか魔物め、今なら半殺しにしておいてやるぞ
?﹂
﹁シュル、黙れニンゲン、無駄話をやめてかかってこい﹂
両者からの挑発。
そして武器を構える二人。
一瞬の静寂と緊張。
たまらずに誰かがゴクリと息をのむ。
瞬間に動き出す時間。
456
合図を待っていたかのように起こった二度目の激突。
先に攻撃態勢に入ったのは馬鹿だ。
ドスドスと足音をさせてトカゲに急接近。
﹁は!!﹂
気合の入った右ストレートがトカゲの顔面めがけて撃ち出される。
俺だと避けることなんか考えるま間もなく命中するであろう速度。
だがトカゲは見切ったといわんばかりに伏せて回避。
しかしそこに馬鹿の追撃。
トカゲ目掛けて馬鹿の足が迫る。
﹁せい!﹂
﹁シャア!﹂
伏せた姿勢から全身のバネを使っての跳躍。
トカゲはその緑の体を空高く浮かばせ馬鹿の蹴りを避けた。
﹁何!?﹂
驚く馬鹿を見下ろすトカゲ。
その交差は一瞬。
そして振り下ろされる必殺の一撃。
﹁シャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!﹂
﹁クッ!﹂
その選択は間違いだよ・・・。
回避が間に合わなかったのか驚いてその瞬間を見逃したのか。
馬鹿が選んだのは防御。
457
筋肉の鎧を纏った極太の腕が交差され頭上に掲げられる。
それに対するのは鉄の塊。
結果は見えている。
ゴキ!ボキ!!グチャ!!!
トカゲの全体重、トカゲの腕力、鋼鉄の重量、落下の運動エネル
ギー。
それらは安々と筋肉の鎧を引きちぎり中を露出、骨を粉砕。 そしてそれだけじゃ足りないと肩に突き刺さり食い破る。
﹁グァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!
!﹂
馬鹿の絶叫。
獣のような叫びに合わせて血が噴出。
俺の側まで降ってきた。
わーお・・・まさに血の雨だね。
すぐにトカゲは離れたがまともに血を浴びたのか体は赤く染まっ
ていた。
﹁シュルル、我の勝ちだ﹂
﹁師匠!﹂﹁団長!﹂﹁親方!﹂﹁リーダー!﹂
なんかかっこつけてるトカゲの後で増殖馬鹿達が必死に応急処置
をしている。
少なくても両腕の粉砕骨折に右肩の骨折で全治1年?
てかここの医療技術がどんなもの知らないけどほとんど千切れて
る腕がくっつくのか疑問だ。
でも、まぁ、応急処置は適切みたいだし死ぬことはないかな。
458
﹁これで決闘は終り。もうケンカ売ってくるなよ﹂
たぶん締めは俺がしないといけないと思うから血だまりで足が汚
れないように近づいて声をかけた。
﹁てめぇ、団長にこんなことして逃すと思ってんのか!﹂
俺の言葉に応急処置をしていた増殖馬鹿Aが突っかかってきた。
すぐにトカゲが俺と増殖馬鹿の間にはいって牽制。
おお、なかなかいい動きだぞトカゲ。
﹁そういう約束だろ、それとも約束を破るつもりか?﹂
﹁知ったことか、団長の敵だ!﹂
トカゲの肩越しに質問を投げると、増殖馬鹿は頭に血が上ってい
るのかファイティングポーズ。
やる気満々ですね。
俺を守るようにトカゲが血の付いたメイスを構えて一触即発の雰
囲気。
﹁や、やめ・・・ねぇか﹂
そこに水を差したのは倒れていた馬鹿。
自分の血で汚れた青白い顔が俺に向けられる。
﹁俺の・・・ま、負けだ。くそ・・・次は、かって・・・てめぇと
勝負・・・してやる﹂
うわぁ、見ちゃったよ・・・。
459
両腕から噴出す鮮血に断面から見える赤黒い筋肉繊維、所々に取
らばる肉片のこべりついた白い骨のかけら。
近づいたから良く見える怪我の様子。
うん、かなり気持ち悪いね。
しかし驚いた、よくもまぁ喋れるもんで
俺ならショック死してもおかしくない怪我なのにやせ我慢もここ
までくれば褒められたもんだ。
﹁さっき言いっただろ、二度目無いって﹂
﹁ぐうぅ、そう・・・だったな、残念だ・・・これが決闘だからな。
て、てめぇらも・・・わかつつぅ、わかったな﹂
﹃へい!﹄
さっきまで構えていた増殖馬鹿も一緒に声を揃えて返事をした。
うむ。ここの人達、と言うかここの冒険者は妙に物分りがいいね。
いつぞやの髭もじゃも俺にやられた後は素直だったし。
そこら辺は好感持てるかな。
そんなわけで朝一番からの決闘は終了。
馬鹿は馬鹿達が応急処置をすますと巨体を抱え上げられて医者の
所に持っていかれた。
それを見届けた周りの野次馬も解散。
幸いにも俺は兵士に咎められることは無かった。
ま、魔術使ってないから当然だけど。
﹁さてと、トカゲ良くやった﹂
﹁シュル﹂
残った俺はとりあえずトカゲを褒めた。
いい事をしたら褒める。
悪いことをしたら躾ける。
460
基本だよね。
何か褒美をあげるほど素晴らしい活躍じゃないけど。
トカゲは喜んではいないだろうが、とりあえず頷きはした。
﹁でも・・・﹂
﹁シュル?﹂
ワザと言葉を切って溜める俺。
三匹とも疑問符が浮かんだところで一気にまくし立てる。
﹁汚い、汗臭い!血生臭い!!今から買い物行くのにそんな状態で
行けるか!次の鐘が鳴るまでに体を洗ってこい!間に合わなかった
らお仕置きするからな!行け!!﹂
﹁シュル!!﹂
俺の合図に慌てて井戸へ向かうトカゲ。
その様子を唖然とする二匹と一緒に眺める。
まったく、体を洗う時間を上げるなんて俺ってなんて優しいんで
しょう。
実際のところは血まみれのトカゲを連れて歩くってそれなんてホ
ラー?ってわけで俺が嫌なだけだけど。
せっかく早起きしたのに買い物に行く時間はかなり遅くなってし
まった。
ちなみにしっかりと賭けの賞金はゲットして、掛け金が倍になっ
た。
やったねトカゲ、金貨が増えたよ。
461
原付﹁なんだか外が騒がしいな﹂︵後書き︶
今更ですが・・・トカゲって武人?ギャクキャラ?
462
原付﹁走りたいったら走りたい∼、走りたいったら走りたい∼、
でもお腹は空きました∼﹂
トカゲはギリギリ鐘九つが鳴る前に戻って来た。
しかもちゃんと血の一滴も残さず落としていたからお仕置きでき
なかった。
ちっ、残念だ。
ちょうどそのタイミングで宿の前を乗り合い馬車が通過していた
のでそれに乗ってエアロさんの所に向かった。
馬車に乗っていたので昨日のように襲われることはなかったが、
道中何人かが俺を見て舌打ちしてる奴がいやがったよ・・・。
危ない危ない。
そんなわけで平穏無事に工房に到着。
中を覗くと掃除をしているエアロさんがいた。
﹁おはようございます。掃除してたんですね。お邪魔でしたか?﹂
正直ここは汚すぎたが今はとても綺麗になっていた。
良い職人は道具や部屋も綺麗にするって聞いた覚えがあるけどこ
の人に当てはまってないんで、いい仕事はするんだけど疑惑が常に
頭を過ぎっている。
こうして掃除をしているエアロさんに会うとなんだかほっとした。
片付けない人ではないようだ。
実際今は、かなり整理整頓されていてしっかりと床も見える。
ホコリの一欠けらすら見えないからかなり念入りにやってるよう
だ。
463
﹁いや、もう終わったところさね。ふぅ、まったく、ほんの少し時
間を空けると埃が溜まるから嫌だね。それで、服を取りにきたのか
い?それならそこに出来てるから勝手に持っていきな﹂
モップの先で机の上を指しながらエアロさんが答えた。
しかしほんの少しって・・・あれは絶対ほんの少しってレベルじ
ゃないと思うが。
長寿なエルフだから時間間隔ずれてるんじゃないのか?
それともおばさ・・・なにも口にだしてないよ。
大丈夫だよ?
一瞬エアロさんの目が怖いことになった気がしたが気にせず机に
向かう。
そこには修繕に出していた服が置いてあった。
とりあえず持って広げてみるが、見た目まったく問題なし。
繕った部分の生地に若干の違いがあるが気になるほどじゃない。
むしろここまで直せるとは思っていなかった、新品に直せるとか
言ってたサラの言葉もあながち間違いじゃなかったね。。
さすがエアロさん。
腕はホンといいわ。
これなら仕事を頼むのもまったく問題なし。
﹁服は問題無いですね、それじゃ持って帰ります。それでですね新
しい仕事をお願いしたいんですよ。この子達にメイド服を三着づつ
見繕ってもらえませんか?﹂
エアロさんはそこで始めて白黒猫に視線をやり興味深そうに眺め
る。
見られた二匹は居心地悪そうに体を竦めている。
464
﹁奴隷に服を与えるのかい。変わり者って噂は本当のようだね﹂
﹁変わり者って自覚は多少ありますが、噂はここまで?﹂
﹁あんたと関わったから少し耳を傾けていただけさね。だがね、そ
れがなくてもかなり騒がしくなっとるよ﹂
そっか・・・職人ギルド街まで噂が流れてるとなるとかなりのも
んだよね。
まぁ朝からあんなことやっちまったし、それ以前のこともあるか
ら平穏無事なハーレム生活は半分程度諦めてるし、有名人になって
実りのいいお仕事貰おう計画もあるから別にいいけど。
﹁それで、﹃めいど服﹄だったね。その﹃めいど服﹄ってのはどう
いうものだい?あんたが着てるようなのかい?﹂
はい?
何言ってるんだこの人。
﹁いやメイド服はメイド服ですけど・・・えっとエプロンドレスと
か侍女服ならわかりますかね﹂
言葉が悪かったようなので言い直してみる。
本当はメイド服とエプロンドレスは別物だから一緒にしたらいけ
ないんだけど・・・。
﹁なんだい侍女服のことかい。訳のわからない言葉を使わないで最
初からそういいな。確か作り置きが何着かあったはずだからすぐに
持ってくるよ﹂
エアロさんそう言って裏に引っ込んでいった。
465
どうやら通じたらしい。
しかし、メイドって言葉が通じないとは思わなかった。
今まで普通に横文字使ってたはずだけどどうしてだろ・・・。
そんな疑問を浮かべながら待っていたがすぐにその答えが現れた。
﹁はいよ。その二人の体格ならこれで合うはずさね。六着で銀貨6
0枚。さっさと出しな﹂
﹁・・・ちょっと待って下さい。これが﹃侍女服﹄ですか?﹂
﹁そうさね。貴族の屋敷なんかはこれを使っとるよ。城のとは多少
違うけど侍女服なんてどこも似たようなもんさね。何か間違ってた
かい?﹂
俺は呆然として絶句してしまった。
あまりの事態に言葉が出ない。
この驚き、いや驚愕は異世界に来たこと以上かもしれない。
﹁その様子だと違ったみたいだね﹂
固まったままでいる俺にエアロさんが察してくれたみたいだ。
俺は何とか意識を持ち直して震えた手でそれに手を伸ばし目の前
に広げてみた。
﹁・・・間違ってる。完璧に間違ってる﹂
これを一言で表すなら﹃ババ色のワンピース﹄である。
ババはもちろん汚物筆頭のアレ。
そんな許しがたい色に腰をしめるだけの紐が付いた何の飾り気も
無い服。
これが侍女服だと?
466
馬鹿な・・・。
ありえない・・・。
こんもの・・・。
こんなものが・・・。
﹁こんなものがメイド服なわけあるかーーーーーーーーーーーー!
!!!!﹂
﹁な、なんだい!?﹂
﹁きゃぁ﹂
﹁ひ!﹂
﹁シュル!?﹂
認めたくない現実が怒りとなり﹃侍女服﹄をビリビリと引き裂い
ていく。
いきなりの行動に一人と三匹が驚きの声を上げるがそんなことど
うでもいい!
こんなものが一秒たりとも﹃侍女服﹄として存在することが許せ
ない。
反省なんかしない。
後悔なんかあるはずがありませんとも。
﹁あんた!いきなり何を!?﹂
エアロさんが抗議してくるがギロリと一睨みして黙らせる。
467
﹁こんなものが侍女服、つまりメイド服なんかのわけありません!
!﹂
バンっと手に持った残骸をテーブルに叩きつける。
それに驚いたのか全員が一歩下がるが今はそんなのどうでもいい。
今はこの間違った存在を正さなければ!!
﹁メイド服とは!
ただの仕事着でありながら優雅さと気品を併せ持ち、なおかつ主
人を立てるために一歩引いた奥ゆかしさをあわせもつ衣装!!フリ
ル着きの白いカチューシャ、所謂ホワイトプリムはまるでティアラ
のように耀き王女のような気高さを演出しつつもその本質は髪で部
屋を汚さないようにという涙ぐましくも暖かい心遣いの象徴!!真
白で穢れのないエプロンは清楚さと勤勉という硬派を描き、所々に
付けられたフリルが可愛らしさを描くという相反する事象を混ぜ合
わせる完璧ぶり!!さらに黒または濃紺のワンピースは長袖、ロン
グスカートという鎧然とした厳粛さをかもし出し落ち着いた姿を形
作るがそれゆえにそこに封じ込められた﹃女性﹄としての部分、男
にとっての﹃夢﹄をはかり知れないほど想像させる衣装!!つまり
!!主人に仕える女性が着る衣装として非の打ち所の無い完璧がメ
イド服なのだ!!!断じてこんな汚物がメイド服などでは無い!!
!﹂
言い終えた俺はポケットから携帯を引き抜き残りの衣装に向けて
呪文を唱えて放つ!
﹁フリーズ・ランス!﹂
468
威力を抑えた一撃だが﹃布切れ﹄とテーブルを貫通。
さらに地面にも穴を穿って氷結し破砕する。 ﹁あんた・・・﹂
呆然と見つめてくるエアロさん。
その視線にさすがにちょっと冷静になった。
うん、掃除したばかりの部屋を汚したらだめだよね。
﹁すいません。でも俺にとっては重要なことです﹂
オタクとして譲れないこともあるのです。
﹁作ってください。﹃メイド服﹄を!﹂
しっかりとエアロさんを見つめてお願いする。
エアロさんはかなり微妙な表情をしていたが、諦めたのか苦笑い
のように口を歪めて言ってくれた。
﹁あんたの服のこともあるし、そこまで言うなら作ってやるさね。
当然私を満足させられるようなものなんだろうね?﹂
﹁もちろん﹂
俺のハーレム計画のためには譲れない場面だった。
さて、何故﹃メイド﹄が通じなかったのか。
ここでの言葉が異世界ファンタジー的チート翻訳機能のおかげで
会話がなりたっているわけだけど、推測になるけど今回の場合、ど
うも認識の違いというやつのようだ。
メイド服を作るうえでエアロさんに聞いたがこの世界で言う﹃侍
469
女﹄。
城や貴族の屋敷で働く女性達の扱いは素晴らしいほどに良くない
らしい。
やはりというかある意味当然と言うか中世的な世界だから労働基
準法なんてどこ吹く風なんだろうけど。
ハッキリ言えば奴隷よりはマシと言う程度、違いは一応の服と僅
かばかりの賃金が貰えるくらい。
女王や王女の側に仕えるのは大貴族の子女達、その子女達に仕え
るのは中級の、それに仕えるのは下級の貴族。
それらに仕えるのは商人や富豪の娘達。この娘達の下は町や村な
どの有力者や村長の娘。
それらがあって初めてこの世界の﹃侍女﹄が出てくる。
そんな侍女達が表に出ないように裏方の仕事をこなして、さっき
の順序を辿って仕事の結果が上へと昇っていく。
この段々になった王都の形そのままのことが城の中でも起こって
いるわけだ。
なんとも非効率極まりないね。
それはどうでもいいとしてあくまで下働きの卑しい身分の女達を
この世界の﹃侍女﹄と言っているわけで、俺が認識しているような
メイド服を着て身の回りの世話をする専門職の﹃メイドさん﹄は存
在しないわけだ。 そのせいで翻訳がうまくいかなかった・・・と考える。
大した問題じゃないから気をつけないといけないってほどじゃな
いけど頭の片隅には覚えておこう。
ちなみに服がババ色の理由は嫌な話、つまるところ女性の嫉妬と
か妬みとかそんなのが原因のようだ。
先ほどの話、身分が上の女性の周りには当然やんごとなき男が側
にいるわけで、その下に付く女性達はうまく行けば玉の輿をゲット
できる。
そんな形で女性達は一段上の男をゲットするために静かなバトル
470
が繰り広げられているわけだけど、男の性と言いますか時々身分を
すっとばした大人の付き合いもあるわけで・・・。
男達は最初からそういった女性に手をだすことは少ないらしいけ
ど、あくまで少ないらしいで手を出すときは出す。
それでも出来る限りした小さくしようとした結果が見た目を対象
外にするあの服となったそうな。 そこまでやりますかとか思わないでもないが、元の世界でもそう
いったことが問題になることもあったんだからわからないでもない
けど・・・。
これと関連してさっきの段々のように女性達の服は一段ごとに地
味になっていくらしい。
もし少しでも上の人より装飾豊かならば話に聞く女性特有の陰湿
な虐めにあうとかないとか・・・。
怖いねぇほんと。
ついでに完全な推測になるけど、つまるところ奴隷に服を与えな
いのはここら辺からきているのかもしれない。
遊び程度や、イヤラシイ目的の時にちょっとしたアクセントで服
は与えても、本気になるようには服は与えない。
これがこの世界の価値観、絶対といっていいほどの身分制度。
かなりわかってきたきがするよ。うん。
つまり俺のやってることは異端そのものなわけだ。
でもここは譲れないし譲らない。
なんぞ言われることがあっても好き勝手やってやってやる。
俺の﹃美人の奴隷を囲ってのウハウハ成金生活﹄のために!
よし!新たに決意を込めながらメイド服作成に挑む。
口で言ったところでメイド服の形は伝わらないのでとりあえず絵
を描いてみた。
高校の時で美術の評価は十段階中の七。
教科の中で一番の成績。
結構得意であったわけです。
471
でも、オタクにありがちなことで一度は漫画を描いてみたけどこ
っちはだめだめ。
あの独特の漫画顔が描けなかった。
いや、これも正確じゃないか、正直に言うなら美術の時間でも何
故か顔は描けなかった。
残った絵は首無しのデュラハンはばっかり、なんでだろ?
・・・まぁ、逆に言えば体や服とかはある程度うまく描くことが
できるわけで絵を見せたわけだけど。
﹁これはまた複雑な・・・。これはもうドレスだね﹂
﹁さっきも言ったように別名でエプロンドレスですから﹂
﹁この前についてるのがエプロンとやらかい?ヒラヒラは・・・な
るほど。下着も・・・興味深いね。でもこれもまた・・・﹂
数枚描いた絵を眺めて半分独り言のように唸り始めるエアロさん。
オバサンの癖に子供のように目をキラキラさせ始めてるから期待
に答えられるものであったようだ。
よかった・・・これならいいものを作ってもらえそうだ。
ちなみに下着も俺にとって重要ポイントだからしっかりと描きま
した。
スカートの奥はやっぱりガーターベルトにショーツじゃないとね。
この頃はどこぞの魔法使いのせいでドロワーズもいいかなとか思
ったりもするけどやっぱりこっちかな。
フフフフ。
しかし驚いたのはこの世界にエプロンも存在しないことだ。
よくよく思い出せば宿屋のサラもエプロンを着けていなった。
だから最初はただの町娘かと思ったわけだけどエプロンも無いな
んて・・・メイドのことも合わせて妙にファンタジー世界の常識を
472
外れる世界だよね。
そんなことを考えていると白黒猫も興味深そうに絵を見ているわ
けだけど白猫がちらちらと俺を見ていた。
これは何やら言いたいってことなんだろうか?
﹁何?﹂
短い問いかけに白猫はビクリと尻尾を立てた。
そこまで驚くことかい?
動きを止めていた白猫は尻尾が落ちる程度の時間が掛かってから
口を開いた。
﹁・・・主殿、私もこれを着るのか?﹂
﹁当然﹂
﹁その、私には似合わないと・・・﹂
﹁そんなこと無い、お前は十分綺麗だから似合うさ﹂
﹁・・・へ?き、綺麗?﹂
﹁ご、ご主人様?﹂
あれ?何この反応。
俺なんか変なこと言った? 白猫は固まっちゃうし、みんなんでこっち見てるのさ。
﹁あんたはほんとに変わりもんさね。自分で言っておいてそれを理
解してないなんてね﹂ ほんの少しだけ俺の方を見てから手元の絵に視線を戻してヒッヒ
ッヒと悪い魔女のように笑うエアロさん。
わけがわからないよ。
本当のこと言っただけなのに・・・。
473
﹁よくわかりません。俺の趣味だからこれらには嫌がっても着せま
すけどね﹂
﹁そうかい。でもその子は護衛なんだろ?さすがにこれは動きにく
くないかい?﹂
ああそっか、確かに格闘系の白猫じゃロングスカートは邪魔にな
るな。
そうなると別の服かミニスカートにするしかないのか・・・でも
なぁ、個人的に奴隷のメイドにそれ以外の服ってのも気に入らない
し、
ミニスカートは安っぽさがでるし、邪道な気がするし。
うーんどうしようか。
でもしかたないか。
﹁それじゃこんな風に短くしてください。それでハイソックスをガ
ーターベルトで止めるようにして足を出さないように・・・﹂
﹁これはまた可愛らしくなるもんだね。ほんの少し違うだけでここ
まで印象が違うってのもまた不思議な﹂
それがメイド服の魅力ってやつです!
ミニスカートのメイド服は邪道だけど絶対領域はウハーでありま
す。
エアロさんも徐々にこの魅力にはまればいいのです。
とまぁこんなやり取りをしつつ幾つか打ち合わせをして細かなと
ころも詰めていく。
さすがに服飾のことはそこまで詳しくないので深いところはお任
せになったけど、これならイメージ通りの完璧なものを作ってもら
えそうだ。
474
﹁それでいつ出来ます?﹂
﹁あんたの服の時と一緒でまた若いのを集めさせるさ。そうだね、
一組だけなら明日の昼ってところかね﹂
相変らず早いなぁ。
一日でも早く完璧なメイドが欲しい俺にとってはいいことだけど。
﹁しかしだね、金はかかるよ?二人分三着ずつで白金貨二枚って所
だね﹂
ぶっ!!高い!!まじかよ。
値段を聞いた瞬間噴出しそうになった。
他の三匹も目が点になってるよ。
﹁そんなにもかかりますか?﹂
﹁安くしようとしたらそりゃ安くできるさ。でもね、あんたドレス
だって言っただろ?ドレス用の生地でここまでしっかりと作ろうと
したらこれくらいはかかるね﹂ うう。まじかよ。
でもそんなもんなのかな。
相場とかはさっぱりだけど、高級な服。あっちの世界でも結婚式
のドレスとかって200万とか普通にするし。
生地がそんなの用とかばっかりだったらこれくらいになるのかな・
・・。
今日は白金貨1枚で買い物をすませたかったけどどここは妥協し
たくないからしかたないか。
﹁わかりました。それでお願いします。手付けは金貨で?﹂
﹁それでいいよ。最初のは出来たらすぐ届けさすよ。残りはまた金
475
を持って取りにきな﹂
﹁はい、あとこの子らにとりあえずの服をお願いします。俺として
はこのままってのは許せないんで﹂
﹁わかったよ﹂
そんなわけでメイド服を手に入れる算段を付いたわけなんだが、
必要経費も馬鹿にならんね。
さくさく働いて早く成金生活送りたいよ。
﹁綺麗・・・私が綺麗・・・﹂
﹁白金貨の服・・・白金貨のドレス・・・﹂
なんか白黒猫がトリップしてるけど、放っておいたらそのうち起
きるよね。
476
原付﹁走りたいったら走りたい∼、走りたいったら走りたい∼、
でもお腹は空きました∼﹂︵後書き︶
今更ですが・・・主人公の真の属性はメイド萌え
主人公ェ・・・・・・・
今回は説明も多くご都合主義丸出しな展開ですが見逃してくださ
い。
477
原付﹁ブルルン!ブルルン!バリバリバリ・・・言ってみただけ
ですよ?﹂
エアロさんの所を出た俺達一行は何時もの如くディスさんの所へ。
やっぱり情報屋ギルドに顔を出して情報仕入れとかないと怖いも
んね。
情報を制するものが世界を制する!!
とかどっかで聞いた覚えがあるような無いよな・・・。
決して慣れた店がここしかなくて他の店に入りにくいってことが
理由じゃないのであしからず。
って何に言い訳してるんだか・・・。
歩いていて思ったけど白黒猫はやっぱり美人で美少女だわ。
すれ違う人︵野郎だけじゃなくて女性も︶のほとんどが目をやっ
てるし。
服が変わる前はあきらかに奴隷ってことであんまり見向きされて
なかったのに凄い違いだ。
黒猫は胸元に赤いリボンが付いた白いワンピースで、清楚さ抜群
だし。
白猫はボーイッシュにズボンとシャツで男装の麗人風で凛々しさ
炸裂だし。
ついでにトカゲはガチガチのフルプレート。威喝さ絶大だし。
さらに俺はきっちりと着こなした灰色の作業着と眼鏡で小物臭が
478
ぷんぷんだし・・・。
トカゲ
お嬢様︵黒猫︶と話し相手︵白猫︶と護衛とお付︵俺︶ですね。
・・・俺が一番の駄目人間ですかそうですかわかります。
とまぁ俺の価値観からしたらそう見えて軽く凹むところなんだか、
この世界だと違うんだよね。
周りが白黒猫を見て驚くのは綺麗なのもあるけど、やっぱり首輪
のせいもあるみたい。
美人だな∼って眺めてて首輪に気づいて驚く。
さらに俺を見て目を逸らしてからまた白黒猫の格好をみて驚く。
それの繰り返し。
トカゲ
魔術師︵俺︶に何故か普通の格好している美小女奴隷達︵白黒猫︶
に戦奴隷の護衛。
この世界の人たちから見たらこうなわけで。
価値観の差ってのは面白いもんだ。
うんうん。
とそんな風に観察と自己完結しながら歩くことしばらくディスさ
んの所に到着。
今日は昼前に付いたからさすがに旗が昇ったままだけど、客がい
る様子が無い。
実はこの店流行ってないんじゃないか?
﹁こんにちは﹂ ﹁らっしゃい!今日は団体だな!!で、どうする?﹂
﹁肉麺四杯﹂
﹁なるほどな!!あいよ!!肉麺四杯!!﹂
479
あまり大きくない屋台は俺と三匹座れば一杯。
これなら客がこれないから秘密の会話も出来るな。
本当に流行ってないのか、空いてただけなのか、どちらにしても
ラッキーだな。
﹁はいよ。肉麺四杯!!﹂
ドンと相変らずの威勢の良さでどんぶりが置かれる。
今日も肉は普通。
うーん。やっぱりここの肉は旨いから肉大盛りで次はたのもう。
そうしよう。
一つ頷いて、いただきますと呟いてから食べ始める。
それを見た三匹はさすがに今度は何も言うことなく大人しく食べ
始めた。
﹁情報通りだな。奴隷に普通の飯ってのは。しかも服までもか・・
・さすが﹃魔術師﹄だ﹂
うるさかった声のトーンがガラリと変わった。
どうやら情報屋として話をしても問題ないみたいだ。
驚いて三匹が顔を上げたが俺はなれたもんで、切りのいいところ
まで麺を食べ終わってから口を開いた。
﹁俺の野望を知ってるディスさんなら別に驚くようなことじゃな
かっただろ?﹂
﹁程度ってもんがある。魔術師の自由っちゃ自由だがな﹂
それだったらほっとけって話だ。 480
﹁しかし、そのお陰であんたの情報は高く売れる。変わりもんな
魔術師のことを知りたい連中は今や五万といるからな﹂
﹁だろうね、自分でもそう思うよ﹂
今となっては最初は隠れて金を稼ごうとか思ってた俺が馬鹿みた
いだ。 ﹁でも﹃腰抜けの魔術師﹄のことを必死に知りたいっての笑える
ような話だな﹂
みんなして弱いもの虐めしてるんだから。
﹁おおっと、その情報はもう古いぜ﹂
﹁今日の朝言われたのに?﹂
﹁さっき言ったとおりだ。あんたのことを知りたい連中は多い。
それだけ情報の動きは早いってことだよ﹂
なるほどね。
でもこの二∼三時間で変わるってどんだけだよ。
﹁まずは今日の朝その奴隷がバズを倒したのがある。それを見て
いた連中は多いからな表向きはそれだけでも評価は変わる﹂
﹁シュルルルル﹂ 話に上がったトカゲは少し顔を上げて舌を出すとまた麺を啜り出
した。
ちょっと自慢げ?
もしくは麺が気に入ったのかな?
相変わらず顔の表情はわからんが・・・。
確かに、あれを見ていた人間は多いからそりゃ変わるわな。
481
でもそれは俺の評価じゃない。
・・・表向きは?
﹁これからは全部情報屋ギルドで扱ってる話だ。あんたのおこぼ
れに預かろうとノルン山脈に行った連中の一人から鳩便が届いた﹂
ノルン山脈・・・えーと?
ああ、翼竜の住処か。
おこぼれに群がった連中いたよね。
やっとたどり着いたんだ。 結構時間が掛かった気がするけど普通に移動したらそんなもんな
のかね?
まぁ、どうでもいいか。
それで到着と同時に手紙を鳩の足に付けて飛ばしたってわけね。
律儀なことを。
﹁短い手紙だったが必要なことは描かれてた。真っ黒に焼け焦げ
た山肌と肉片となった無数の翼竜。これだけでもあんたがただもん
じゃないってわかるよな﹂
﹁確かに﹂
あの村の人からも俺が行ってから派手にドンパチの音が聞こえた
って話聞いただろうから俺以外がやったてことありえないって結論
になってるだろうし。
﹁次は昨日の夜、奴隷を手に入れたあとで貴族と揉めただろ?そ
れを見てた奴がいたんだよ。私兵を倒したのは奴隷達だったがあん
たが氷を一瞬で作って貴族を脅してたって﹂
﹁ありゃ?見てた奴がいたの?﹂
482
夜だから誰もいないと思ってたのに。
あれを普通に見られたのはほんのちょっと失敗だったかな?
﹁星は目となり闇は音を届けるって格言通りだな。複数の目撃情
報だ。夜といってもあれだけ派手にやっていれば目に付くだろ。貴
族に関わりたくないから直接どうこうは無いがな﹂
﹁なるほどね﹂
情報料で儲けようとした奴がいたわけだ・・・。
まったく余計なことを・・・見つけ出していじめてやろうか。
﹁あとは最初にこの町に来たときランクCの冒険者をあっさり倒
したこと。これはこの前言ったな?ギルド長の依頼成功と朝のこと
が呼び水になって情報は売れまくり噂が噂を呼んでいる。耳がいい
奴だけじゃない、情報のいの字もわかってない連中まで知り始めて
る。これだけあって﹃腰抜け﹄なんて二つ名はすぐに消える。実際
の戦闘風景の話こそ出てきて無いが﹃魔術師リョウ﹄ってのはかな
りの実力者で本気にさせるとかなりマズイってことだけは知れ渡っ
てきてる。すぐにでもあんたにケンカを吹っかけようなんて奴はい
なくなるだろうな﹂
ふむ。どうやらケンカを売られるようなことがなくなったのは確
からしい。
煩わしいことが減るってのはありがたいことだね。
あとは二つ名か・・・人前で盛大に戦ってないから確定してない
けどいつか本当に﹃灰色の魔術師﹄や﹃氷結の魔術師﹄とか呼ばれ
そうだな。
・・・ちょっと楽しみかも。
﹁そっか。金にならないのが残念だけどケンカ売られないように
483
なるのは助かるよ﹂
﹁金が欲しいなら氷を出した術ってのがどんなものか俺に言って
くれればいいぜ、すぐに白金貨10枚にしてやるよ﹂
白金貨10枚になるのか・・・今は金が欲しいだけにちょっとぐ
らついてしまう。
﹁それは駄目。さすがに自分の手の内はさらせないな﹂
﹁ち、残念だ。それがあれば俺も下っ端から抜け出せるんだが・・
・﹂
﹁そういえば下っ端だったっけ。すっかり忘れてたよ﹂
ディスさんくらいしか情報屋しらないから比べられないけど、結
構まともな情報くれるし、貫禄があるから下っ端って気がしないん
だよね。
﹁ああ、しがない中継点さ。魔術師のように野望は持ってるがな。
さて、今日は飯を食いに来ただけか?﹂
﹁いや、なんか面白い話がないかなっと思って。さっきみたいに
俺に関することとかこの街周辺のこととか﹂
俺は喋りながらポケットをあさり適当に金貨を二枚ほどカウンタ
ーに出す。
ディスさんは金貨を受け取ると眼を瞑ってうんうん唸りだした。
頭の中で情報を引き出しているのかも。
数秒してディスさんの頭の上にピコン!と電球が灯ったようだ。
﹁あんたに関してだが、さっき言ったようにケンカを売られるこ
とは少なくなるだろうってのが一つ。もう一つはそこの白虎族の奴
隷についてだな﹂
484
﹁ひゃい!?﹂
麺と必死に格闘していた黒猫がみょうちくりんな声を上げた。
いきなり指名されたからってそこまで驚かんでも・・・そこまで
肉麺に一生懸命か・・・確かに美味しいけど。
ディスさんはその様子に少し笑みを浮かべるとすぐ真剣な様子で
話し始めた。
﹁白虎族の集落でかなりの騒ぎになってるらしい。まぁ族長の娘
が消えたんだから当然だけどな﹂
ふーん、集落で大騒ぎね・・・え?
ちょっとまて、今なんて言った?聞き間違いじゃなければ・・・
族長の・・・娘!?!?
﹁え、黒猫ってそんな重要人物だったの?﹂
内心の驚きを抑えつつ俺は疑問と一緒に二匹に視線を向ける。
いごごち悪そうに縮こまる二匹。
しかし、俺の問いかける視線が外れないとわかると白猫が口を開
いた。
﹁そうだ、白虎族族長ハラオンが娘、リィお嬢様だ﹂
・・・今明かされた衝撃の真実。
485
黒猫は族長の娘だったんだよ!!!!
何だってぇーーーー!?!?!?
ってほどじゃないけどね、最初からお嬢様と護衛だったし。
でも族長の娘ってかなり面倒ごとな臭いがするんだけど。
﹁その様子だと魔術師は知らなかったみたいだな。ほとんど表に
出てこない族長の娘、﹃白虎族の黒曜石﹄ってのは交流のある一部
の貴族か亜人族くらいしか知らないことだから無理も無いが﹂
二つ名までありやがる、羨ま・・・じゃなかった、なんでそんな
のが売られてるのさ。 ﹁俺も魔術師が白虎族を買ったって聞いて調べてから知ったんだ
がな。それはもう驚いたのなんのって。
そんなわけで白虎族のことについて話を集めてみたんだが、奴隷
商に攫われたの間違いないから族長自ら捜索隊を組んで探してるっ
て話だ﹂
486
﹁お父様が!?﹂
﹁よかったですね、お嬢様!﹂
捜索隊の話をきいて笑顔満点な黒猫と白猫。
喜びも露に手をつないではしゃいじゃってます。
でも俺にとってはある意味死亡フラグ?見つかったらどうなるの
さ。
﹁その捜索隊ってのがこの子達を見つけたらどうなるわけ?﹂
﹁どうもならんだろ﹂
﹁﹁﹁え?﹂﹂﹂
あっさりとした返答に喜んでいた二匹と俺の声が重なる。
今一人と二匹の心は一つになったね。
﹁遅すぎなんだよ。最初の奴隷商に捕まってたときならいざ知ら
ず、今は正式に売買されて奴隷契約まで済ましちまってる。これを
無理に取り返したらそれこそ白虎族が犯罪者だ。珍しい一族だから
貴族達が喜んで捕まえようとするだろな。あんたを殺して連れて行
っても結果は同じ、遺産として国に行くはずのものが奪われたんだ。
丁度いい口実とばかりに集落へ兵士が押し寄せてあわや一族は滅亡
へ一直線だな。白虎族の族長もバカじゃないからそれくらいわかっ
てるだろ。娘を見つけて間に合うなら奪還。だめでもなんとか金銭
で話をつけようってこところだろうな。でも、あんたの目標からし
たら・・・だろ?﹂
﹁まぁね﹂
しっかりと頷く俺。
わざわざ濁してくれてどうも。
ハーレムを作ろうとしている俺がせっかく手に入れた猫耳美少女
487
を売ることなんて無いってことだろ?
当然ですね。
ふぅ安心した。見つかったところでどうしようもないわけだ。心
配して損したよ。 あれ?でもレントン氏が言ってなかったっけ?時たま襲撃してで
も奴隷を助けに来るって。
うーん。そんなバカもいるってだけかな。今回の場合なら、白虎
族の安全のこともあるからそこまで無茶はしないってことか。
大丈夫だよねきっと。
話を聞いた二匹は売買のあたりで俺を見ていたが、しっかりと頷
いたのを見るや項垂れてしまった。
しょぼんとなる猫耳が二セット。
ほんと可愛いわ・・・。
って和んでいる場合じゃなくて。
﹁それにしても白黒猫はどうして捕まったわけ、さっきの話だと
村の中で引籠ってたんだろ?そうそう捕まるようなことは無いと思
うけど﹂
﹁それは・・・その・・・﹂
﹁うう﹂
項垂れている二匹は俺の質問に対してぼそぼそと言葉を濁すばか
り。
言いにくいことらしい。
うーん、まぁこの様子とさっきの話からおおよそ検討つくけどね。
﹁おおかた、黒猫がお外見てみたいわ∼とか言い出して、ちょっ
とだけですよとかいいながら白猫が連れ出したと。そしてたまたま
いた奴隷商人に黒猫が捕まって手出しできなくなって白猫も捕まっ
たとかそんな感じかな?﹂
488
﹁﹁見てたんですか!?﹂のか!?﹂
びっくりと目玉を大きくして俺を見る白黒二匹。
おお、まさか大当たりとは。俺の推理力もなかなかだな。
っても最初に会ったときにそんなこと言ってたし、
籠の中のお姫様が考えることはどこでも一緒だよね。
﹁ありきたりすぎて見てなくてもわかるっての。ま、お陰で俺は
美人の奴隷ゲットできたから感謝するけどね﹂
﹁くっ!﹂
白猫がまた俺を睨んでくるけど、今回のは気分がいいね。
思惑通りと言いますか優越感?みたいな。
フフフフ。
黒猫はまたしょぼんと縮こまってしまったけど。
ああそんな様子も可愛いわ。
﹁さてそれで、他にはなんか情報ないの?﹂
しばらく白黒猫を眺めて楽しんだ後聞いてみた。
﹁魔術師関係の話はそれぐらいだな。他は・・・﹃魔物の森﹄が
かなり騒がしくなってる﹂
﹁ぶふぅ!﹂
あ、あまりにもファンタジーにありがちすぎる名前で思わず吹い
ちまった。
﹁お、おい、大丈夫か?ほれ水。﹂
﹁大丈夫。ありがと。げほ﹂ 489
﹁だ、大丈夫ですか?﹂
﹁ああ﹂
気管に入ってのどが痛てぇ。
しょぼんとしていた黒猫が背中を撫でてくれるのを感じながら水
を飲んで落ち着く。
ふぅ。
あぶなかった。 ﹁それで、その、ま、﹃魔物の森﹄とやらがど、どうしたのさ﹂
やばい、自分で言っててまた吹きそうだ。
なんかツボに入ったっぽい。
落ち着け俺。
﹁ああ。魔物の動きが活発になってるってのは知っての通りだろ
うが、魔物の森も例外じゃない。むしろそこが震源地のようなんだ﹂
﹁へぇ?﹂
﹁砦を突破した魔物が他の魔物の縄張りを荒らして混乱って具合
だな。森に調査隊を派遣しようにも砦に大量の魔物が迫ってきてて
それどころじゃないらしい﹂
﹁砦?﹂
﹁知らないのか?・・・いや知らないんだな。そうなると魔物の
森自体どこにあるか知らないだろ?﹂
ハイもちろん。初めて聞きました。
そんなわけでしっかり頷く俺を見てため息を付くディスさん。
いい加減俺の世間知らずになれるべき。
そうすべき。
俺の素晴らしい頷きに微妙な顔をすると、ディスさんは自分で酒
490
を一杯あおってから説明をしてくれた。
﹁場所は東の国境から馬で二日ほど。ここからなら東南東に一週
間って所だな。あんたが知ってる場所だと・・・トトの村から山が
見えただろ?その山を越えた先が魔物の森だ﹂
ああ、そういえばあったね。
アルプスかよ!って突っ込みたくなるほど綺麗な山。
最初に見た風景だから覚えてるよ。
あの美しい山脈の先は魔物溢れる世界だったわけだ。
これこそ表裏一体ってやつ?
﹁その山の端、谷になってるところに森を監視するための砦があ
るってわけだ﹂
﹁そしてその砦を抜けて多くの魔物が国内に?﹂
﹁そういうことだな。冒険者ギルドにもかなりの数の討伐依頼が
出ているんだが・・・中にはAランクの魔物討伐も出ているはずだ﹂
﹁!?﹂ まじで?Aランクって、ゴブキンや翼竜より上だよね?
単体であれ以上ってかなりまずいんじゃ・・・。
﹁さすがに今回は報酬があるからな、かなりのチームが動くよう
だ。あんたも狙うなら急いだほうがいい﹂
ああそっか、報酬があればチームで討伐するんだっけ。
じゃあ別に心配することもないのか。
てか、Aランクの魔物が一匹だけなんだよね。
どうしようかな・・・。
前の翼竜みたいに大量にいるわけでもなし、油断さえしなければ
491
楽勝な気がする。
報酬もいいだろうし、その素材もかなりの高値になるんだろうね。
今金もないし、魔物虐めに精を出すのも悪くないかも。
うん、決めた。
﹁おっけー、金欠真っ盛りだし。行きますかね﹂
﹁シュルル!?﹂
﹁主殿本気か!?﹂
俺の発言に、驚くトカゲと白猫。
そんな二匹して驚かなくても。
﹁もちのろん本気。トカゲも白猫も強いんだからさ。大丈夫だっ
て﹂
﹁シュル!まさか我ら二人にやらせる気か!Aランクの魔物相手
では我とて勝利は厳しいぞ!?﹂
﹁そうだ、お嬢様と・・・主殿を守りながらではとても無理だ!﹂
ああ、そういうこと。
ちょっと言葉が足りなかったか。
﹁勘違いすんなっての。俺もやるよ。色々やりたいこともあるし﹂
そう、色々と実験しないとね。
いい加減自分の﹃魔術﹄について把握しすべきだと思う。
今まで流れに任せて使ってたけど今回のはいい機会だ。
自分で獲物を選んで、力を試す。
最悪俺が失敗しても﹃盾﹄があるから安心だ。
﹁なにもいきなりAランクは狙わないさ。さっきの話だと雑魚が
492
大量に沸いてるみたいだからそれらで腕試ししてからだな。トカゲ
も白猫も連携の確認してからなら問題ないだろ?﹂
﹁しかし・・・﹂
﹁一回俺の魔術見ただろ、それでも不安か?﹂
﹁そういえば一瞬で氷を﹂
﹁そういうこと。あれより凄いの見せてやんゼ!﹂
微妙に格好付けた俺の自信溢れる言葉に多少不安げな顔をしてい
るが納得したらしい。
しかし俺も優しいね。いちいち説得してんだから。
決定だ!付いて来い!でいいのに。
ま、そのうちそうなるね。
魔物相手で人目さえなければ俺の全力全壊を見せてやんよ。
そうなれば尊敬すら勝ち取れるってね。
﹁決まりみたいだな。気をつけて行ってこいよ﹂
﹁ありがとうディスさん﹂
そんなわけで情報と腹を満たした俺たちはディスさんの屋台を後
にした。
493
原付﹁ブルルン!ブルルン!バリバリバリ・・・言ってみただけ
ですよ?﹂︵後書き︶
大変お待たせです、お久しぶりです。
うちの主人公が引きこもったんです!ってレベルで
まだしばらく街中パートが続きます。
申し訳ない。
次回は3月13日
494
原付﹁さーて今日の掃除係は?・・・チッおっさんかよ﹂
ギルド本部前は以前と違って少し人が少ないような気がした。
活気が無いワケじゃないが、ピリピリとしているというか・・・。
﹁なんだか緊張感があるな・・・冒険者もかなり出払ってるみた
いだし、なぁ?﹂
・・・・
﹁なんだか緊張感があるな・・・冒険者もかなり出払ってるみた
いだし、なぁ?﹂
・・・・
﹁なぁ、黒猫?﹂
﹁は、はい!そうですね!!﹂
俺の三度目の声にやっと反応する黒猫。
黒猫はかなり不安な様子でキョロキョロとあたりを見回しながら
道を歩く。
誰かとぶつからないように見ておかないとこれはかなり不安だ・・
・。
俺も黒猫ほど露骨にではなけど、辺りを観察しながら歩く。
おこぼれ話を出した俺のせいもあるんだろうけど、この人の少な
さと緊張感は魔物の大量発生という話が結構出回っているというこ
となのかもしれない。
495
﹁中に入るぞ﹂
﹁は、はい﹂
相変らず豪華なホールへと足を踏み入れる。
中は外よりも人が少なく、若干閑散としていた。
ほとんどは立ち話をしている野郎ばかりだか、目聡くこの作業着
に気が付いた野郎は値踏みの視線を送ってくる。
野郎の視線なんか気持ち悪いです、こっちみんな!
とさすがに口には出さないが無視無視と念じながら立ち止まる。
﹁えっと依頼の受付カウンターってどこだっけ?﹂
前に説明されたけどすっかり忘れてしまった。
またカウンターのギルド嬢にでも聞こうかな?
﹁ご、ご主人様、あっちみたいですよ?﹂
俺が口にした疑問は独り言に近かったが、今度はちゃんと反応し
た黒猫。
俺がカウンターに向かおうとする前に申し訳程度に表示されてい
る案内標識を指差した。
・・・気が付けよ俺。
っても字が読めないから目に入ったところで無駄だろうけど。
それに室内の装飾が凝っているせいで風景に溶け込みすぎだ。
それも配慮なのかな?
景観を壊さないようにとかの。
うーん・・・。
﹁ご主人様、い、行かないのですか?﹂
496
俺が立ち止まって無駄思考にふけっていると、とても遠慮がち黒
猫が声をかけてきた。
﹁うん?﹂
身長差もあってかちょっと上目使いに小首をかしげながら尻尾を
揺らす黒猫・・・。
あああああああああああもう可愛いな畜生!!
なんで普通のワンピースなんだよ!!
メイド服!これにメイド服さえあれば!!
でも、可愛いけどね!! とか内面を一切見せずに澄まし顔で答える。
﹁んんっ、ああ、ちょっと気になって。そういえば黒猫は字は読
めるんだな﹂
﹁はい、子供の頃からあまり外に出してもらえなくて勉強してい
ましたから﹂
﹁なるほどね、それじゃあ他も一通り?﹂
﹁えっと、文学に算学、一般神学に教養、各国の礼儀作法関係・・
・他にも幾つかは。お父様が沢山本を買ってきてくれたので・・・﹂
497
お父様の辺りですこし暗くなってしまった黒猫だけど俺には関係
ないから無視。
しかし、さすがはお嬢様・・・ちゃらちゃらとお茶会に出ては囀
るばかりの悪いお嬢様じゃなく、真面目な方のお嬢様とな。
これは思わぬ利点といいますか使いどころといいますか。
愛玩動物としてじゃなく、俺の自動読み書き機&知恵袋としても
使えそうじゃないか。
いいこと聞いた。
﹁そうか、それじゃ、とりあえず字の読み書きは任せた﹂
﹁は、はい・・・?。あの、ご主人様は﹂
﹁書けない読めない。だから任した﹂
﹁で、でもご主人様は魔導師﹁魔術師﹂はい!すみません・・・
魔術師なのにですか?﹂
﹁特に知識が無くても使えるからそれでいいのさ。ただこういっ
た手続き関係が出来ないのが困るからこれからは黒猫に任せた﹂
﹁はい﹂
小さく頷く黒猫。
通路の真ん中でするには長い話になってしまったがほんの少し黒
猫の緊張も解けたようだ。
よかった。
さすがにずっと緊張されっぱなしは俺が疲れる。
うむ、俺も疲れるか、緊張してたのは彼女だけじゃなかったみた
いだ。
そんなことを考えながら依頼カウンターへと向かう。
そう、今現在黒猫と二人だけで行動中。
目的としては二つ。
一つ目が、ディスさんの話が本当なら、今は俺にケンカを売って
498
くる奴はかなり少なくなっているとのこと、それを試そうと思って
実験中というわけ。
信じて用いてはいいが、よほどの相手で無ければ信じて頼っては
駄目だってのは誰の言葉だっけ?まぁ誰でもいいけど。
ふとそんな言葉を思い出したので、実験を行っているわけだけど・
・・人が少なくて意味がない!
ケンカ売られたいわけじゃないし人込は苦手だからこれはこれで
楽なんだが・・・。
それにもとからギルド本部内では揉め事は無いだろうと思って白
猫じゃなくて黒猫を連れてきたんだど・・・もしかして最初から実
験の前提条件が間違ってる? ええと、そんなことは些細なことで。
二つ目が時間の節約もかねての別行動。
俺と黒猫は適当な依頼を受けに。
白猫とトカゲには金を渡して白猫用の武器防具と食料品一週間分
程度の買出し、それと馬車をレンタルしに行ってもらってる。
あとで宿屋にて合流予定。
白猫なんかは分かれて行動することにかなりごねたが、ま、そこ
はご主人様らしく一喝してやりましたよ。
﹁うだうだ言ってねぇでさっさと行きやがれ!﹂
ってね。
かっこいいぞ俺!
がんばったよ俺!
と自画自賛。
そんなこんななやとりとを思い出しつつ依頼カウンターに到着。
依頼カウンターがある部屋ははなんと言うか奥行きはあるが狭く
感じる細長い部屋だった。
499
長辺15m位の部屋で窓側の壁に巨大な掲示板四つ立てかけてあ
り、その反対側、部屋の中心には間仕切りされたカウンター。
カウンターは銀行のATMみたいに一つ一つの受付で横が見えな
いように衝立がある。 そしてカウンターの向こうにはギルド嬢数名が忙しそうに大量の
書類の片付けを行っていた。
若干の騒がしさと嗅いだ事はないけどたぶんインクの匂いが立ち
込めるそんな部屋だった。
しかしここにも人が少ない。いや、訂正。冒険者が少ない。
ここでは依頼の発注もやっているらしいからその為にきた街人と
か護衛依頼の商人とかが十人ほどカウンターに向かっている。
あとは冒険者は三名ほどが掲示板にいるだけだ。
﹁ここも人が少ないですね・・・﹂
何を見ても物珍しげな黒猫は俺と同じ感想を呟いた。
﹁そうだな・・・さっきの話、今は引く手数多って奴なんだろ。
とりあえず掲示板見ればいいのか?﹂
﹁は、はい、たぶんそうみたいです。えっと、上に書いてありま
す。﹃ギルドからのお知らせ﹄﹃生活依頼﹄﹃採集依頼﹄﹃護衛依
頼﹄﹃討伐依頼﹄これだけです。﹃ギルドからのお知らせ﹄﹃生活
依頼﹄は同じ掲示板にあります﹂
お知らせと後半三つはわかるけど、なんだよ生活依頼って。
妙に気になるな。
やっぱりこういったギルド伝統の依頼草むしりとかか?
後でお知らせと一緒に見てみるか・・・。
目をやった掲示板には大小様々な大きさの張り紙がされており、
お知らせの場所に並んだ張り紙は色あせた古いものばかりだった。
500
まぁ相変らず字は読めないので黒猫頼りだけど。
﹁とりあえずお知らせから見てみるか﹂
入り口で立ち止まっていた俺たちは並んで掲示板の前まで移動。
やっぱり色あせた紙と・・・この古いのとかもしかして羊皮紙か?
いつから張ってあったんだ?
あと一枚だけ綺麗なのがあるし。
﹁これ以外は古いのばかりだな・・・ひとまず全部なんて書いて
あるか読んでいって﹂
﹁はい、古いものから﹃冒険者のマナー﹄﹃冒険者の心得十ヶ条﹄
﹃役立つ応急処置十選!﹄﹃とっさに見分ける食べられる野草と毒
草の違い。これであなたも野宿マスター!﹄﹃魔物図鑑︵売れる素
材丸わかりの図解付き︶販売中﹄・・・﹂
まだまだ続くが・・・最初の以外微妙なタイトルばかりだな。
なんか、本のタイトルっぽいのまであるし。
確かに病院とか市役所の掲示板にも似たようなのあるけど・・・
こういったタイトルってどの世界でも似たようなもんなんだろうか?
でも気になったのは魔物図鑑。
これは買っとくべきかもしれない。
俺がつけた名前はゴブキン・・・正式名称はゴブリン・ロードだ
っけ?こんな風にいつまでも適当ってわけにもいかないし、
翼竜みたいに、攻撃方法とか図鑑に載ってたらかなり戦いを有利
に進められる。
戦いは情報こそすべてだよ兄貴!敵を知り己をしれば百姓一揆!
って偉い人もいってたしね。
図鑑については後でギルド嬢に聞いてみよう。 そんな感じに脳内可決したところでさらに気になるタイトルが出
501
てきた。
﹁一番新しい張り紙は﹃ギルド長からの布告、冒険者同士の決闘
について﹄です﹂
﹁内容はなんて?﹂
﹁えっと・・・﹃最近の決闘は周りへの配慮が見られず、結果、
一般市民、ならびに王都警護団から苦情が多数よせられている。ま
た両者の合意がなされずに行われる決闘とは呼べない一方的な戦闘
行為も報告されている。冒険者としての誇りを持ち自らの名誉を貶
めるような行為は慎み、伝統に則った節度ある決闘を行うように。
ギルド長ビリド=ノート﹄これだけです﹂
へー、なるほどね。
この張り紙をどれだけの冒険者が見るかわからんけど、多少は考
えてくれたわけだ。
何も出来ないとか言ってたけど・・・
﹁爺さんも少しは働いたんだな﹂
﹁爺さんですか?﹂
おっと、思わず声が出てた。
まぁ爺さんのことはどうでもよくて。
﹁なんでもないさ。それで、生活依頼ってのはなにがあるわけ﹂
﹁ええっと、﹃手紙の配達依頼 推奨ランクF﹄﹃荷物の配達依
頼 推奨ランクE﹄・・・大体上にあるのはランクの低いものばか
りみたいです。下のほうは﹃急募 荷物の配達依頼 推奨ランクB﹄
﹃遺跡の調査 推奨ランクA︵パーティ推奨︶﹄﹃洞窟の調査 推
奨ランクB︵パーティ推奨︶﹄ですね。魔物の討伐ではなくこちら
をお受けになるのですか?﹂ 502
﹁いや、ただ気になっただけ・・・それにしても﹂
庭の草むしりってないのか・・・なんかすごくがっかりだ。
べ、別にやりたかったわけじゃないぞ、でもこういった場合現代
のアルバイト的なものじゃないのか?
他は部屋の掃除のためのタンス運び、つまりは力仕事とか手伝い
とか。
ああ、でもそもそも庭自体一般街に無かったな・・・でも上の街
にはあったし、掃除くらいなら・・・・そうか、奴隷だ。
この世界って奴隷がかなり主流な労働力なんだっけ。
掃除とか奴隷がやってるんだなきっと。
となれば街中の仕事ってほとんどないよな。
だから、低ランクは配達なのか、ってことは街から街への配達と
かなのかな?
山賊とか、魔物とかから逃げて手紙やらを届ける仕事。
ふむふむ、冒険者の仕事っぽいといえばそうかも。
でも何故に生活依頼に遺跡調査とか入ってるんだろ?
生活ってのと調査ってのは一致しない気がするけど・・・・。
まぁなにやら官僚的な分類でここになってるんだろうな。たぶん。
﹁遺跡調査とか面白そうだ、でも罠とか怖いな。解除スキルなん
て持ってないし・・・﹂ 実際はそれ以前に俺はこういうところに出てくる蟲関係が完璧に
駄目。
とっても有名、インディな映画でもトラップの先にはそんなのが
ワシャワシャカサカサいるんだよ?
ああ、もう想像しただけで鳥肌が立つのに現実ならもう・・・・・
・
503
あのGとか、
Mとか・・・
滅べばいいのに。
滅べばいいのに!
大事なことなので二回思いました。
そんなわけで、面白そうと思うだけにしとく。
﹁遺跡調査ということは・・・ご主人様のランクはAなんですか
!?﹂
﹁いや、この前Bになったとこ﹂
﹁それでもその年齢で凄いです!﹂ さっきまでと違う驚きの声の連続に俺は掲示板から視線を外して
黒猫を見下ろす。
そしてそこにあったのは満面の笑みで俺を見上げる黒猫・・・ピ
ンとたった尻尾と三角猫耳、白い頬が薄らと赤く、綺麗な黒い瞳が
まん丸にキラキラと・・・・。
﹁ご主人様?﹂
﹁・・・・・・えっと、いや、うん﹂
真正面からの笑顔・・・初めてみたかも。
まぁ当然だけどね、ご主人様と奴隷なんだから・・・でも、ちょ
っと、少しだけびっくりしてしまった。
あーーー心臓に悪い。
504
ごほん、気を取り直して。
﹁そんなに嬉しい?﹂
﹁え?﹂
﹁俺がBランクだと﹂
﹁えっと、その、よくわからないです・・・﹂
黒猫は、少し頬を赤くしたまま言葉を捜して、視線を彷徨わせる・
・・。
・・・・・・・えーーーっと。
何この雰囲気・・・。
しかも何故か心臓が痛いし・・・。
落ち着け俺、落ち着く?
何を?何に?
何か喋るべき?そうすべき? ﹁うん、いや、そう、とりあえず、Bランクだから。えっと・・・
。護衛依頼はどうでもいいから、討伐依頼を見てみるか﹂
﹁は、はい﹂
黒猫の顔を見ないように先に歩き出して一つ掲示板を素通りして
一番奥の掲示板に到着。
ここは新しい張り紙ばかりだが、残念ながら数が少ない。
もうほとんど他の冒険者に取られたあとなのかな?
﹁少ないな、いいのがあればいいんだけど・・・。なんて書いて
505
ある?﹂
横に並んだ、黒猫に声だけで問いかける。
﹁AかBランク相当の魔物討伐ですよね?・・・あれ?﹂
黒猫が困惑した声をあげて首を傾げたのが伝わってきた。
﹁どうした?﹂
﹁その、おかしいです。魔物の討伐依頼が一つもありません。﹃
盗賊団の討伐 推奨ランクB﹄﹃山賊の討伐 推奨ランクC﹄・・・
他も山賊とか追いはぎとかの討伐ばかりです﹂
﹁そういったのも﹃討伐﹄対象なのか・・・﹂
俺の心の師匠、ドラゴンすら瞬く間に倒してしまうあの人が言い
ました。
﹃悪人に人権無し﹄と・・・。
至言だね。
しかしまさか本当にこの言葉を実感する瞬間がこようとは思わな
かったよ・・・。
じゃなくて!!
﹁魔物討伐が無しって、全部持ってかれた後ってことか?﹂
506
﹁たぶんそうだと・・・﹂
﹁・・・あのクソオヤジ!﹂
﹁ヒッ!﹂
漏れ出した怒りの声で黒猫を怯えさせてしまった。 でも、仕方ないよね・・・あのクソオヤジのガセネタのせいなん
だし。
何が、﹃かなりの数の討伐が出てる﹄だ!
全然足りてないじゃないか!
・・・これは抗議もかねて返金を要求すべきか。
もしくは人を騙すとどうなるか肉体言語ならぬ魔術言語によるハ
ナシアイをすべきか・・・。
﹁すいません!今張り替えてるところだからちょっと待ってくだ
さい!﹂
ハナシアイ方法の検討を開始してから約二秒、第六案﹃風が吹け
ば屋台が吹き飛ぶ﹄作戦が脳内可決される寸前で後ろから・・・
具体的にはカウンターの向こうにいる一人のギルド嬢から声が掛
かった。
﹁ちょっと数が多すぎて張り紙の準備が終わってないんです。す
みませんが依頼は直接カウンターでお願いします﹂
なるほど、そういうことですか。
チッ・・・命拾いしたなディスさん。
そうことならと声を掛けて来たギルド嬢がいるカウンターに向か
う。
そこにいたのは笑顔だけど隠しきれない疲れが見えるお下げ髪の
507
ギルド嬢が・・・
あれ?このお下げ髪って。 ﹁えっと以前、魔石の清算をしてくれた方ですよね?﹂
特徴的なお下げ髪で最初に会った人だから覚えてる。
肉食系女子の話をしてくれた人だ。
﹁え?ああ!貴方は紳士な魔導師様!覚えていて下さったんです
ね﹂
さらに笑顔を深め軽く頭を下げたお下げ髪のギルド嬢、名前は確
か・・・
﹁お久しぶりです。ノルト=キイノです。さすがに名前はまでは
覚えてらっしゃいませんよね﹂
そうだ、そんな名前だ。似たような名前を後で聞いたからすっか
り消えてたよ。
そして紳士ハ嘘ツカナイ!
﹁はい、すみません。あれから色々ありましたから﹂
素直に頭を頭を下げる。
それを見て可愛らしくクスクスと笑うノルト嬢。
﹁そうみたいですね。いえ構いません。色々と噂は聞いています
から。
でもまさか本当に一足飛びでBランク、二等市民になるとは思っ
てませんでしたよ魔導師様。あ、魔術師様と名乗っていらっしゃる
508
んですよね﹂
ランクB昇進おめでとうございますと深く頭をさげるノルト嬢。
いえいえ、こちらこそと俺も頭をさげる。
・・・
﹁ははは﹂
﹁ふふふ﹂
二人して笑い出す。
頭下げあって何やってんだか。
そんなわけで一通り笑い会って挨拶合戦をすませた後、依頼につ
いて話し合う。
黒猫もとりあえず一緒に聞いてもらうかね。 ﹁だいぶ疲れが見えるみたいですけど討伐の依頼はそれほどでて
きたんですか?﹂
さっきの笑いでかなり回復したみたいだけど未だ疲れた様子が伺
えるノルト嬢。
服も心なしか、くたびれて見える。
﹁はい、最近ですね数が一気に増えたのは。依頼主も王都騎士団
からだけではなく、多方面から出ています。各ギルドに領主、果て
は小さな村落からも直接依頼が舞い込んでいる状態で・・・。以前
から増加傾向はあったんですが﹂
﹁そんなに・・・﹂
509
いや、大変だとはわかるけど実際どれだけの異常事態かわからん。
話はあわせとくけどね。
﹁特に東の村々が悲惨な状況になっているようです。辺境騎士団
が動いているという話も聞くのですが、手が回らず、すでにいくつ
もの村が壊滅したという話もあります﹂
なるほど・・・もしかしてトトの村ってこの影響で滅んだ村だっ
たのか?
うーん。でもあのゴブキンって縄張り争いとかってかんじじゃな
かったけどな・・・。
ま、今更どうでもいいな。
﹁なるほど、それで討伐依頼の件だけど﹂
﹁そうでしたね。このような事態になったので今はこのような依
頼を出しています﹂
そういってノルト嬢は後ろの机から一枚の書類を取り出すと、く
るりと書面の向きを変えてカウンターにだした。
・・・。
読めん。
﹁黒猫?﹂
何時までたっても自動読み書き機が反応しないのでちょっと低い
声で促す。
ぼんやりしていたのか急な呼びかけにビクッと尻尾が立ってから
すみませんと頭を下げて読み始めた。
510
﹁えっと﹃東方における全ての魔物討伐依頼は冒険者ギルドが統
括し、討伐した魔物のランクに応じて追加報酬を支払うものとする﹄
これってどういうことですか?﹂
黒猫の疑問はもっともだ。
俺もわけがわからないよって白い宇宙人が頭に浮かんだ。 俺は書類から顔を上げてノルト嬢を見ると・・・何故黒猫をガン
見してるし?
しかも無表情?
なにこれ?
いきなりどうしたんだ?
それに・・・なんか・・・怖ぇ・・・。
黒猫も気が付いたようだが、心当たりはないようでわけがわから
ず俺と彼女を不安げに見比べると、一歩後ろに下がり震えながら俺
の後ろに隠れた。
﹁ノルトさん?﹂
唐突の異常事態についていけない。
とりあえず、怯えが声に現れないように気を付けながら、なんで
もないけどどうしたの?といわんばかりに笑顔を貼り付けて話しか
けた。
ノルト嬢の視線は俺を素通りして背後に向いていたが声は聞こえ
たのかゆっくりと、それもギギギと機械音がしそうなくらいに酷く
ぎこちなく視線を俺の方に戻した。
無表情と取り繕ったジャパニーズスマイルで睨めっこ。
511
なんだよこれ・・・?。
しばらくの睨みあいのすえ耐え切れなくなった?のは彼女のほう
が先だった。
ノルト嬢はいちど顔を伏せて小さく咳払いすると笑顔に戻って何
事も無かったように話始めた。
しかし・・・
﹁あまりにも数が多すぎるので東方の魔物はどれでも構わないの
で討伐して欲しいということです。特別依頼書を発行していますの
で、それを持って魔物を討伐して下さい。討伐した魔物の証明部位
と依頼書を終了窓口に持ってきてくだされば追加報酬をお支払いし
ます﹂
声音が硬くなってる。
さっきまでのフレンドリー成分が皆無で事務的添加物満載って感
じ。
黒猫が話す事がそんなに嫌だったのかな?白虎族が嫌いとか?で
も亜人だって普通に仕事したりするよね、この街結構見かけてるし・
・・わからん。
まぁとりあえず依頼さえ受けられればいいけど。
﹁なるほどね。じゃあその依頼証頼むわ﹂
﹁かしこまりました﹂
ノルト嬢は視線を合わせることなく頭を下げるとすぐに奥に引っ
込んでしまった。
﹁私、何かしたんでしょうか・・・?﹂
512
俺の背後から悲しみを声に乗せて尋ねてくる黒猫
﹁さぁね。見てた限り何もしてないと思うけど・・・、彼女なり
に何か思うところがあったのかもしれない。でも人の考えてること
がわからん以上ほっとくのが吉さ﹂ そう、人はエスパーじゃないんだ。何事も察しろってのが無茶だ。
だから・・・
だから人間は面倒くさい・・・・・・・。
自分の気分が三段ほど下がったのを自覚しながら笑顔の仮面を被
り直す。
その丁度同じくらいにノルト嬢が書類を持って戻ってきた。
﹁こちらが特別依頼証です。無くさないように気を付けてくださ
い。また、他の地方で討伐を行われた際はこの依頼証は効力を発揮
しません。偽証が発覚しましたら罰則もありますので注意して下さ
い﹂
書類の項目をこちらに向けて手でさしながらざっと説明すると、
くるりと丸めて俺に手渡してきた。
いちいち嘘つく必要は無いな。
頷いて受け取る。
﹁他に何か御用はありますか?﹂
未だ硬いままの声。
最初の楽しい雰囲気と違って正直なところさっさと帰りたいけど
まだ用事がある。
513
﹁あそこの掲示板でみたんだけど、魔物図鑑?あれ見せて欲しい
んだけど﹂
親指を立てて背後の掲示板を肩越しに指すというちょっと気障っ
たらしい動作も追加する。
ノルト嬢は掲示板に眼をやり、ちょっと瞬きをすると思い出した
のか一つ頷いた。
﹁そういえば・・・、しばらく誰も買わなかったので﹂
そう言ってカウンターの下にもぐるとヨイショ!の掛け声と共に
四角い物体がカウンターに置かれた。
ドン!!
明らかに半端でない重量・・・これ本なのか?
マジで正立方体なんだが・・・。
﹁こちらが現在知られている魔物が全て乗っていると言われる魔
物図鑑です。お確かめを﹂
いったい何ページあるのか。
そっと手にとって・・・手に、とっっ!てってぇ!!
・・・・・・・。
無理。
重たくて持てません。
514
ええぇ・・・私非力すぎ?
いや、いや、装飾が無駄に豪華なだけだって、ほら、黒い革張り
だし、角には鉄板の補強も入ってるし、分厚いし、きっと現代のコ
ピー用紙とかと違って無駄に重たいんだって。
だから、辞書感覚でもとうとした俺が間違ってるだけ・・・ね?
カウンターの位置もちょっと高いし。
力が入れられないだけだって。
・・・誰に言い訳してるんだか。
いや、言い訳しないといけない一人と一匹の眼が微妙にかわいそ
うな子を見るようなことになっているだけど・・・そこは無視。
諦めてその場で開いてみる。
ざっと眼を通すと一ページごとに説明と魔物の絵も書かれていて
かなり面白そうだ。
字もかなり細かく書かれていてかなり重宝しそうじゃないか。
決めた。
﹁これ幾ら?﹂
﹁金貨30枚です﹂
高いのか安いのか・・・。
って持ち金で足りるのか?
ざっと財布をひっくり返して金を取り出す。
カウンターに並べながら数える・・・一枚ぃ・・・二枚ぃ・・・
三枚ぃ・・・
一枚足ぁりなぁぁい!!!
ってお化け風にやってないで!!
515
えっとこっちのポケットにたしか銀貨と銅貨が!
あった!半銀貨1枚と銀貨48枚さらに半銅貨4枚!!
ふぅこれでOK。
小銭をじゃらじゃら出す俺を哀れみの眼で見る一人と一匹・・・。
しかたないじゃん!足りなかったんだから!!
﹁それでは・・・確認しました。確かに金貨30枚分ですね。そ
れではこちらをどうぞ﹂
30枚分・・・30枚分。﹃分﹄ってなんだよ・・・。
まぁわかるけどね。
﹁黒猫﹂
﹁はい?﹂
﹁君の持ち物だからしっかり管理するように﹂
﹁は、はい!﹂
なんで嬉しそう?
黒猫はさっきまで怯えてたのが嘘のようにニコニコとしながらひ
ょいと本を持ち上げると腕に抱え込んだ。
ひょいって・・・。
ひょいって・・・。
だ、だってぇー、黒猫白虎族だしぃー、亜人だしぃー、女の子で
お嬢様といっても力持ちでもおかしくないしぃー。 とかやってる場合じゃなくて、やっぱり黒猫をみるとノルト嬢の
516
顔が変わるな。
今回は一瞬だけだったけど・・・。
﹁ありがと、用事はこれで終わり﹂
﹁そうですか、お気をつけて、私たちギルド一同は無事の依頼達
成をお待ちしております﹂
ノルト嬢は硬い笑顔と変化した声音のまま、頭を下げた。
﹁うん﹂
俺は頷いて、黒猫は小さくお辞儀をしてカウンターを離れる。
しかし、数歩歩いたところでまた声がかかった。
﹁魔術師様!﹂
振り返ってみるとカウンターから身を乗り出しているノルト嬢が
いた。
﹁はい?﹂
俺が返事を返すとノルト嬢は苦虫をかむ潰したように顔を伏せた。
﹁何か忘れ物でもありますか?﹂
かなり迷っているようだが再度の問いかけにやっと話す決心がつ
いたのか少し固い表情を浮かべながら話し始めた。
﹁差し出がましいことは十分承知していますが、言わせていただ
きます。
517
紳士的な行為であっても奴隷ごときに服を買い与えあまつさえ
軽々しく発言を許すのは御戯れが過ぎるでしょう、それを見た方は
魔術師様の品位を疑い侮ることとなりましょう。お控えください﹂
・・・なるほど。
なるほどね。
なるほどなるほど。
服が綺麗だったから最初は気が付かなかったと。
近づいてみればびっくり奴隷の首輪あるじゃありませんか、しか
もちょー気安いと。
たかが奴隷ごときが!って・・・ね、奴隷ごときだもんね。
なるほど、なるほどなるほどなるほど・・・。
﹁忠告に感謝するよ。そうだね、前向きに善処するよ﹂
﹁はい。差し出がましいことをすみませんでした﹂
俺の返答に安心したのかノルト嬢は再度頭を下げるとカウンター
の奥に引っ込んだ。
彼女の姿が完全に見えなくなるのを確認した俺は踵を返して歩き
出す。
﹁ご、ご主人様?﹂
急に歩き出した俺に驚いた黒猫が付いてくるのを耳と背中で感じ
つつ足を速める。
俺の早歩きに付いてこれないのか時々小走りになっているようだ。
518
それでも俺は足を緩めずさっさと部屋から抜け出した。
519
原付﹁さーて今日の掃除係は?・・・チッおっさんかよ﹂︵後書
き︶
誰も彼もが奴隷に寛容なわけがなく、
むしろ発言を抑えたといえるノルト嬢。
次回、主人公暴走︵R15のはず︶
最後の行動と半歩進んだ二人の気持ちの結果は・・・。
ちなみに都合により白猫とトカゲとの買い物はカット!
次回更新は3月14日
追伸、申し訳ありませんがコメント返信はしばらくお待ちください。
520
原付﹁野良猫か?にゃぁにゃぁとうるせー!!ケンカならよそで
やれーー!!﹂︵前書き︶
あらためて注意。
この作品には以下略。
※追記
感想ととある相談の結果修正することにしました。
ただどのように修正すべきか悩んでいる最中なので現状はそのまま
の掲載を継続します。
521
原付﹁野良猫か?にゃぁにゃぁとうるせー!!ケンカならよそで
やれーー!!﹂
ほとんど駆け足と変わらないくらいの速さでギルド本部出る。
どこでもいい。
目に付いた路地に入り左へ。
通りを抜けてさらに左へ曲がる。
どこでもいい。
奴隷ごとき・・・。
さらに路地を右。
軽々しく発言・・・。
さらにさらに細い道を右。
戯れが・・・。
立ち止まって上を向いてさらに上を向いて、下をみて下をみて、
左を確認右を確認、左、右。
品位・・・ねぇ・・・。
夕刻前の時間。
まだ明るいと言っていいはずなのに少し暗く狭い路地。
522
ここには誰もいない。
﹁はぁ、はぁ、ご、ご主人様?﹂
振り返る。
そう長い距離ではなかったが、急に動いたせいで息が上がり頬が
ほんのりと染まった黒猫そこにはいた。
真正面から眺める。
一対の黒い三角猫耳、長く艶のある黒髪。
雲よりも白い肌に黒曜石を削りだしたかのように丸い瞳、柔らか
で真紅の唇。
整った造型は人形のように、それを飾るは無骨で曇った首輪とシ
ーツのように曇りない真っ白のワンピース。
細い、折れるんじゃないかと思うほど繊細な腕。
抱えられた図鑑。
﹁ご主人さ・・ま?﹂
俺の無遠慮な視線に戸惑いの声を上げる。
﹁何?﹂
﹁ど、どうしたんですか﹂
どうした・・・か。
﹁黒猫は可愛いよね﹂
﹁・・・え・・・ええ!?い、いきなり、どうし・・・!?﹂
523
言葉をさえぎるように、わかっている質問に答えず、黒猫の左斜
め前に四歩。
黒猫の横へ、ステップ踏むかのように半回転。
壁を背に、そして自然体で見下ろす。
﹁どうし、え・・・?﹂
黒猫が一歩下がる。
それにあわせて一歩。
さらに下がる黒猫。
あわせて数歩。
狭い路地だ。
すぐに黒猫の背が壁にトンっと当る。
それに気が付いた黒猫の表情が変わる。
戸惑いから怯えへ。
図鑑が握られた手が白く、俺の目にも明らかに震え始める。
﹁何を・・・﹂
﹁君は俺の奴隷・・・だよね﹂
右手を伸ばして撫でるように首輪に触れる。
冷たい感触を感じながら首の後ろまで手を回し掴む。
﹁!?﹂
今更ながら逃げようとする黒猫、その動きとは逆の方向に掴んだ
首輪を引っ張り持ち上げる。
524
﹁あっ!﹂
さっきのでわかったけど力じゃこの子にもかなわないんだろうね。
でも、こうやってうまく引っ張ると動けない。
ま、カード使ってもいいんだけど・・・今はこうやって!
力を込めて首輪を引っ張り壁に押し当てる。
﹁きゃぁ!﹂
短い悲鳴を上げる黒猫、首も絞まって息苦しかったのだろう、
少し咳き込み顔を上げとその眼には涙が浮かんでいた。
﹁君は俺の奴隷。俺の所有物。どう扱ったっていいんじゃないか
な?﹂
涙目になりながらも眼がわずかに開く。
俺が何を言いたいのか察したらしい。
﹁・・・さっきの、あ、あの人の話ですか?﹂
﹁そう。そうさ・・・﹂
今度は左手を伸ばす、触れる先は頬。
両手を伸ばした状態とはいえ、抱きしめているかのように近い頬
に手のひらをぴったりと当てる。
﹁んっ・・!﹂
柔らかい・・・赤く色づいた柔らかな肌、暖かくてそれでいて流
れた涙で濡れた頬を撫でる。
525
﹁可愛い子に可愛い服を着せる。俺がそうしたいからさ。気安く
話しかけさせる。俺がそうしたいからさ。一緒の飯を食べる。そう
したいから。したいから﹂
右手を首輪から離してそのまま上に、指の一本一本に柔らかな髪
を絡めながら頭を撫でて感触を楽しむ。
﹁っ!・・・あっ・・・﹂
﹁他人にどう思われようと関係ないさ。いや、そもそも他人ごと
きどうでもいい。関係ない。何を言われても関係が無いんだ。俺と
俺の物・・・それ以外と・・・﹂
頬を撫でていた手を下ろし、黒猫が持っている本を引っ張り地面
に放る。
簡単に離れた本はドサリと音を立てる。 これで邪魔者が無くなった。
﹁この世界に来た時にそうすると決めた。こうやって好きなこと
をすると。ただそれだけのために俺はここにいる。今までの・・・。
だから・・・﹂
﹁せ・・・かい?﹂
両方の手を背に回す。
そのまま抱き寄せる。
﹁あ・・・﹂
僅かな震えが止まる。
頬に髪が当る。
甘い匂い。
526
暖かい。
温かい。
あたたかい。
柔らかく。
小さい。
全身にただただ感じる・・・。
﹁ご・・・主人・・・さま?﹂
耳に聞こえるのは吐息のような、囁きのような声。
彼女の腕がピクリと動く。 ﹁動くな﹂ 抱きしめたままとまる。
そのまま、ずっと。
ずっと・・・。
・・・。
・・・。
・・・。
527
って!!!
おおおおおおおおおおおおおおお
れええええええええええええええ
わああああああああああああああ
なああああああああああああああ
にいいいいいいいいいいいいいい
おおおおおおおおおおおおおおお
しいいいいいいいいいいいいいい
てええええええええええええええ
るうううううううううううううう
のおおおおおおおおおおおおおお
かあああああああああああ!!!
何動揺しちゃってんの!?
何抱きしめちゃってんの!?
何語っちゃってんの!?
これのあれのそれの!
これは何!?
なにやっての!!
ねぇ俺!!何やっての!?!?
馬鹿なの死ぬの?いっそ死ぬ!!
恥ずか死ぬ!!
死因は恥死だ!致死量の恥死だ!!
てかどうするよこの状態!?
絶対今顔真赤だって!
528
若さゆえの過ちだって!
通常の三倍暴走だって!!
﹁ご・・・ご主人様?﹂
﹁ひゃい!?﹂
ビックリした!変な声出た!!
思わず体を離して後ずさり、そのままドン!と壁に背中をぶつけ
る。
﹁だ、大丈夫ですか?﹂
心配そうに黒猫が顔を・・・顔を・・・。
﹁大丈夫!全然大丈夫!!元気ハツラツーーーV!!﹂
見れない! ﹁大丈夫じゃなさ﹁大丈夫だって、さぁ帰ろうすぐ帰ろう!!蛙
が泣かなくても帰ろう!!﹂
会話するのも無理!!
今はすぐにでも落ち着かないとマジで色々とヤバイ!!
﹁ま、待って下さい!﹂
﹁本!忘れんなよ!!歯!磨けよ!!﹂
﹁あ、本!って歯を磨けってなんですか!?﹂
﹁しるか!!﹂
そそくさと黒猫を置いて歩き出す。
529
道なんか知らない。
とりあえず歩き出す。 でも、もう、ほんと恥かしい。
何やってんだろ。
気が付いたら陽が沈むまで抱き合ってたけど・・・そう!抱き合
ってたよ!!
ワケワカラン!!
何恥かしげも無くあんなことやってんのさ!!
抱きしめてんのさ!
そりゃさ、色々言われることもあるんだろうなぁ∼とか思ってた
けどさ。
最初からわかってたじゃん。
ああもハッキリ言われて傷つく・・・。なんで傷つく?
なにが?
いやそれほどダメージがあったわけじゃないけどさ・・・。
いや、傷ついたからああなったわけで!
でもごときは無いんじゃない?
俺の!そう俺の奴隷をごときって!!
あんなに可愛いんだよ?
猫耳だよ?
黒だよ?
柔らかいんだよ・・・?
暖かいんだよ・・・。
うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
思い出しただけでも恥ずかしい!!
ちくしょう!!
それより何よりもなんで黒猫は平然としてんのさ!!!!
530
いきなり抱きつかれたんだよ!?
眼に涙浮かべてたじゃん!!
なのに平然と大丈夫とか聞いてくるのさ!!
そりゃいきなり離れて叫び出したら大丈夫って聞くもんだけど!!
もう!!!!!!!!!!
俺は何がしたいんだ!!
そうエロがしたいんだ!!
いつかあれよりもっと先の・・・。
・・・。
うきゃあああああああああああああああ!!!
出来るの!?
今でもこんなのなのに出来るの!?
無!理!
無理無理無理無理無理!!!
これが今の精一杯!悪い魔術師にできるのはこれが精一杯だって。
あれだって精神状態が異常値を示したからで。
なんか語っちゃうほどおかしかったんだって!!
忘れろ!!
黒歴史を忘却しろ!!
記憶の彼方に封印!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
531
ふぅ。
OK、まだ慌てるような時間じゃない。
そうそう、あれが普通。
ノーマル。
抱きついて何が悪い。
ノーマルノーマル。
俺主、彼女奴隷!!
俺主、彼女奴隷!!
よし。たいぶ落ち着いた・・・。
﹁ご主人様、待って下さい!﹂
やっと耳に黒猫の声が届く。
全力歩きだったのをゆっくりと普段の歩調に戻す。
﹁おっと悪いね﹂
﹁はぁはぁ・・・早いですよ・・・はぁはぁ﹂
若干髪が乱れた黒猫はちゃんと本を抱えていた。
﹁忘れずに持ってきたなエライエライ﹂
﹁言われましたから、それで・・・その・・・さっきの﹂
蒸し返すな!
せっかく落ち着いたんだから!!
とか思ったけど彼女からしたら当然か。
普段の調子を思い出すように少しゆっくりめに言葉を話す。
532
﹁気にするな・・・ってのは無理か。言ったとおりだよ。俺の奴
隷なんだから俺が好きにやる。ああやっていきなり、だ、抱きつい
たりとかもね﹂
抱きつくと言ったところで俺の顔が熱くなるのがわかるが・・・
暗い道ながらチラリと見た彼女の顔も少し赤くなっていたのがわか
った。
別に何も思っていたわけじゃないのか・・・。
﹁・・・さっきは、その、突然だったのでびっくりしました﹂
﹁だろうね﹂
﹁でも・・・かまいません。あれくらい。・・・私はご主人様に
感謝していますから﹂
・・・感・・・謝?
感謝だと?
耳を疑う。
こんな場所で、いや、どこであろうと奴隷の彼女から聞くはずの
無い単語が耳を過ぎる。
彼女に視線を向けると、垂れた猫耳があった。
﹁ほんの少し外を見たかっただけなんです。ほんの少しだけで・・
・。でも、そのわがままのせいで・・・捕まって・・・。それから
酷いあつかいを・・・うけました。とっても、酷かったです。ミィ
がいなければ私は、きっと耐えられませんでした。知っていたのに。
お父様からも言われて、本でも奴隷というものがどうなるか書いて
あったのに・・・。あの人が言ったことは、当然だと思います。そ
れが普通だと思います﹂
ゆっくりと歩く中、月明かりが影を跨いでは彼女を照らす。
533
﹁でも、ご主人様は違いました。ミィと一緒にいさせてくれます。
普通のご飯をくれます。普通の服をくれます。怒ることもあります・
・・でも何も無いのに酷いことはしませんでした。だから、あれく
らいなんでもありません﹂
この街に来てから奴隷のあつかいが酷いのは見てきた。
彼女が受けた扱いというのも想像はつく。
でも・・・。
﹁はははは、笑えるな。買いかぶりすぎだっての。会ってまだ二
日だぜ?それで感謝だ?笑わせるな。あれぐらいなんでもない?馬
鹿じゃないのか?明日にはもっと酷いことをするかもしれない。い
や、当然する。俺は男だからな。そのために買ったんだ。飯を上げ
るのだって痩せてちゃつまらないからだ。服だってそうだ。勘違い
してんじゃねぇよ﹂
思ったままに言葉が出た。
そうだ、これがすべて。
なに動揺なんかしてんだ。
なにが無理だ。
この世界での奴隷の扱いとちょっと違ったところで俺の考えてる
ことはそれだけだ。
奴隷でハーレム。
それだけだ。
でも彼女は。俺を見上げて微笑むと・・・抱きついてきた。
﹁!?﹂
﹁構いません。売られた時から覚悟はしていました。そうなると
534
わかっていましたから。でも、きっとご主人様は酷いことはしませ
ん。あの人たちのような酷いことも言いません、しません。まだ二
日ですけどわかります!﹂
今度は俺が壁に押しつけらる。
彼女の顔が驚くほどに近くに。
必死な。顔が。
﹁だから、お願いがあります。私は幾らでも・・・抱いていただ
いて構いません。誠心誠意お使えします。でもミィは、ミィには手
を出さないで下さい。ミィは私のせいで奴隷になってしまったんで
す。だからおねがいです・・・﹂
一瞬で・・・心の沸騰が収まる・・・彼女の言葉で一気に冷える。
結局はそうなんだろうな・・・。
自分を犠牲にして、白猫を助ける。
自己犠牲。
それが・・・。
−−−て−−−−−−やーーーーー
思い出すな
た−−−−−−−−−−−−−−
思い出すな!
535
いいよ−−−−−−だから
思い出すな!!
ーりがとーーーーーーーー
思い出すな!!!
ばかじゃーーー、またーーーーーー
思い出すな!!!!
ばかじゃないの彼ーーーーーー
ああ、だからか。
それが・・・わかってしまうから。
それが・・・腹正しく感じる。
でも、まぁ、都合がいいのも事実か。
いちいち反抗的な奴隷よりはね。 ﹁さてね。どうしようかな・・・﹂
笑顔を貼り付けた俺はわざとらしく躊躇う。
536
俺の言葉に抱きついた腕の力が強まる。
ちょっと、いやかなり痛い・・・でも我慢。
頭を冷やす冷却材には丁度いい。
おかげで落ち着いて胸の感触を楽しむことができるしねぇ。
﹁お願いします。お願いします。お願いします・・・﹂
呪文のように繰り返す声にほんのりと涙が混ざりだす。
ちくりと罪悪感が芽生える・・・とかありえないし。
ふぅ、でも、ま、しかたないか。
なにより俺様よいご主人様だしね。
﹁これからの君の態度次第だね。そうしたら考えてあげる﹂
﹁は、はい!ありがとうございます!!ありがとうございます!
!﹂
ま、まぁ嬉しそうでなによりだけど・・・考えるだけなんだけど
なぁ。
フフフフグゥ!
俺の返答に抱きしめる力がさらにしまってつ、つぶれる!
﹁は、はなして!苦しい!!﹂
﹁きゃぁ!すいません!!﹂
し、死ぬかと思った・・・。
ゴホゴホと咳き込む俺をオロオロと見つめる黒猫。
まぁ、そんなのも可愛いんだけどね。
息が整ったところで背筋を伸ばして歩き出す。
﹁ふぅ、それじゃ帰るか﹂ 537
﹁はい、ご主人様!﹂
またしても見る彼女の笑顔。
・・・やっぱり心臓が痛くなった。
538
原付﹁野良猫か?にゃぁにゃぁとうるせー!!ケンカならよそで
やれーー!!﹂︵後書き︶
半歩進んで二歩下がる。
いえ、この二歩はきっと別方向に向いてしまいました。
そんな主人公の複雑な心模様。
次回3月20日。
街中パート終了予定。
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原付﹁おーデッカイ馬車だなぁ、あれに乗ってでも外に行きたい
・・・外に・・・うう﹂
﹁でかいなぁ・・・﹂
宿の前に止まっていたのはかなり大型の馬車だった。
たとえるなら2トントラック程度。
幌付きの木製馬車で二頭引き、幌の高さも中で俺が立っていられ
るほどデカイ。
これなら原付も乗せれそうだ。 前に回って馬の確認。
どちらもなかなか凛々しい顔立ちをしている・・・気がする。
左の馬がちょっと黒い茶色い毛並、右の馬はちょっと明るい茶色。
まぁどっちも茶色には違いないけど。
特に意味は無いが左をミケ、右をポチとなずけておこうかな。 三毛猫と柴犬繋がりで。
一通り見て周ったがただの馬車であるだけに、サスペンションと
かは無さそうだ。
結構長旅になると思うけど振動は大丈夫かな。
ケツがかなり心配だ・・・。
まぁ慣れればなんとかなるか。
そんな風に馬車の観察を済ませるとトカゲが近づいてきた。
﹁シュル。主殿この大きさで良かったのか?かなり無駄になると
思うのだが﹂
﹁これでいいよ、ちょっとデカイ荷物も載せるからね。それで幾
ら掛かった﹂
﹁シュルルル・・・。武器と食料品も合わせて金貨89枚になっ
た。我ら奴隷はあまり歓迎されないらしい。値札はあったのだが・・
540
・﹂
なるほど。
奴隷だけで買い物に行くとぼったくられるのか。
ありえたことだろうに・・・失敗したな。
奴隷に関して千差万別。
サラや、ディスさん、エアロさんみたいに誰も彼もが奴隷に対し
て好意的、もしくは奴隷だからって差別しない人だけじゃないんだ
よね。
ノルト嬢のように奴隷嫌い、または、奴隷だからぼったくる人も
いると。
これがこの世界なんだし、俺も奴隷でウハハなこと考えてるから
なんともいえんが・・・俺の奴隷からぼったくるとは。
うん、とても腹が立つね。
いい度胸ジャン。
今度〆てやろうっと!
﹁値段に関してはいいさ。それで、品質とかは問題ないだろうな
?﹂
﹁シュルル・・・﹂
何時もの唸りを上げるトカゲ・・・。
っておい、何か言えよ、そこで黙るな!
めちゃくちゃ不安になるだろうが!
そう思って俺が睨むと再度口を開くトカゲ。
﹁シュルル、それは﹂
﹁それは私がみたから大丈夫よ﹂
言葉を引き継いで馬車から降りてきたのはサラだった。
541
そうか、宿屋の娘が見てくれたら安心だな。
トカゲも安心したように息を吐いてる・・・ってこいつの様子か
ら察するに場合によってはやばかったんじゃないのか?
﹁わざわざ腐った品を準備するほど商人たちは暇じゃないと思う
わ。それよりも早く馬車代頂戴。いつまでもこんなところに置かれ
ると邪魔なのよ﹂
それでも、痛みかけのとかあると思うんだが・・・。
今後気をつけよう。
﹁ありがとう、それで、駐車料金は幾ら?﹂
﹁このタイプの大型馬車に、馬二頭だから、一晩金貨1枚ね﹂
高いなぁ、人間の宿代よりかかってるよ。
俺はスカンピンなので、トカゲから残りの金を返してもらいそれ
で払う。
ああ、金ばかり出て行く・・・。
﹁でも、なんで今日借りたの?明日出かけるならその時にかりれ
ばよかったんじゃない?﹂
・・・え?
そういえばそうだよね。
なんで今日借りた?
﹁本当だ・・・何考えてたんだろ。﹂
サラの指摘に愕然とする・・・。無駄金。無駄金がすぎる。
俺ががっくりとしているとサラは少し苦笑いを浮かべていた。
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﹁あはは、私は儲かるからいいけどね。それじゃ明日からはご飯
いらないわね?﹂
﹁ああ、一週間くらい出てくるよ。部屋はそのままで頼む﹂ ﹁宿代が残ってる間は大丈夫よ。でも残りの宿代が過ぎて数日帰
ってこなかったら死んだものとして扱うからそのつもりでね﹂
あっさり死んだものって・・・そっか、ここだと死は身近なんだ
ろうね。
﹁死にはしないよ。俺は生き汚いからね﹂
﹁生き汚いって初めて聞いたわ。それじゃご飯ね。すぐに準備す
るわ﹂
﹁うん、頼むよ。それと後で全員分お湯頼む。旅に出たらそう頻
繁に体流せそうにないからね﹂
﹁わかったわ、食べ終わった後にでも持っていくわ﹂
そう言うとサラは忙しいのか、さっさと馬車を裏に連れて行って
くれた。
さて、あとは白猫なんだが・・・。
﹁大丈夫でしたかお嬢様!?何もされませんでしたか!?私はも
う、心配で心配で・・・﹂
﹁大丈夫よ、ミィ。ほら、本も買ってもらえたのよ?﹂
﹁そうなのですか?・・・ですが、このように遅い時間まで・・・
。あやつではなくても他のものに何かされたのじゃないかと思うと・
・・﹂
﹁心配しすぎよ、ミィ・・・﹂
ふーん。
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黒猫はさっきのことは無かったこするつもりか?
いや、大丈夫と言っただけだから、何も無かったとは言ってない
か。
意識して言ったのかただ単に会話の流れだったのか、うむ、どう
にも裏を読みすぎだな。
てか本も別に黒猫のために買ったわけじゃないんだが・・・。
いやいやそんなことより。
﹁へぇー・・・よっーーーーぽど白猫は俺のことが信用なら無い
らしいな・・・﹂
背後から近づいてわざわざ低い声を出して囁いてみる。
ビクッ!っと尻尾が立つ白猫。
フフフ、おっかなさ満点ってとこかな。
お嬢様に集中していたようで俺が背後に来たことも気が付かなか
ったようだ。
まだまだだな・・・。
ぎりぎりと壊れかけの機械のように振り返る白猫。
﹁い、いや、主殿?そのだな?﹂
﹁かなしいなぁ・・・。俺って結構紳士的に振舞ってると思って
たんだけどねぇ﹂
﹁えっと・・・ちが、主殿のことも心配していたわけで・・・﹂
﹁じゃぁ、あやつってだれのことかねぇ?﹂
﹁えええっと、それはその・・・・・・﹂
にやにやと追い詰める俺。
うん、性格いいねぇほんと。
ま、これもお仕置きと思えばかるいものなわけで。
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﹁ミィ、いけないわ。ちゃんと謝らないと﹂
﹁お嬢様?﹂
そんな中に口を挟む黒猫。
先ほどの有言実行なのかたしなめる内容に白猫が若干驚いたよう
に首を傾げる。
﹁さっき言った通り、何も無かったわ、疑って掛かるのは良くな
いことよ﹂
﹁お、お嬢様?﹂
﹁ほら、ミィ?﹂
﹁は、はい、お嬢様・・・。主殿、申し訳ありません﹂
白猫は戸惑った様子ながら、俺にすんなりと向かって頭を下げる。
自分に非のあることだから、謝るのに躊躇いはないんだろうけど・
・・。
この戸惑った様子、どう見ても黒猫と俺の間に何かあったのを勘
ぐってるんだろうね。
事実あったわけだけど、隠す気があるのかないのか・・・、黒猫
のことも良くわからんし。
まぁいいか、面倒だ。
﹁うん。それで、武器は・・・買えたようだな﹂
思いっきり話題転換。
さっきから眼に入っていた白猫の両手両足に視線を向ける。
﹁さすがに王都だけに品揃えはよかった。かなりの良品だ﹂
黒猫に対して何か言いたげだった白猫だが、俺の話に乗って拳を
545
構える。
白猫が装着しているのは白い鋼の篭手、所謂ガントレットと同色
同素材のブーツ一体型のすねあてだ。 ガントレットは肘程まであり、かなり無骨な作りで無駄な装飾と
かは無くごつごつとしているが、動かしている様子をみると邪魔に
はならないようだ。
結構重さもありそうだけど白猫からしたらたいしたことはないら
しい。
フルプレート鎧の胸と腰部分を剥いだような姿だが、慣れている
というのか中々にカッコイイ。
﹁その装備で大丈夫か?﹂
﹁大丈夫だ、問題ない﹂ しっかりと頷いて軽くシャドーボクシングのよう腕を振るって見
せてくれるが・・・。
なんだろう、さっきの会話が死亡フラグに聞こえた。 そ、そんなことないよね。
うん、大丈夫だって言ってるし、ここは武芸者を信じよう。
﹁魔物と戦う時は白猫かく乱、トカゲが一撃を決めるってところ
か﹂
この前のケンカやクソ貴族に絡まれた時を思えばどちらでもいけ
そうだけど、魔物相手どんな戦いになるか。
ゲームだと前衛、白猫、中衛、トカゲ、後衛、俺ってところかな
?。
うーん、トカゲが中衛は無いな。確実近接だし。
ツートップ作戦といったところか。
546
﹁マニ殿と話し合ったが、そうなるはずだ。どのような魔物がき
たところで問題ない﹂
﹁シュルル。弱い魔物なら我らが必ず打ち倒す。強敵であろうと
主殿を守り術を完成させる時間は必ず稼いでみせる﹂
ほう、中々にカッコイイじゃないか。
頼もしいねぇ。
なるべく俺が楽できるようがんばってもらいましょうか。 ﹁任せたよ。それじゃぁ飯にしようか。そのあとは体を流して明
日の準備だ﹂
﹁﹁はい﹂﹂﹁シュルル﹂
三匹が頷いたのを確認して俺はテーブルへと向かった。
さて、今日の飯はなんだろうなぁ。
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原付﹁おーデッカイ馬車だなぁ、あれに乗ってでも外に行きたい
・・・外に・・・うう﹂︵後書き︶
短い・・・。
本当にすみません。
さて連絡が幾つか。
一つ目、これにて第二章終了・・・。
はい、章の分割変更することにします。
ここまでを第二章原付﹁俺様の退屈で暇な一日﹂
そしてこれからを第三章原付﹁我が世の春が来たぁぁぁ!!﹂とし
ます。
どう考えても街中パートが長すぎで、タイトル詐欺です。
単純に買い物で奴隷ゲット!メイド服ゲット!さぁ冒険だ!
とするはずだったのに、どうしてこうなった?
二つ目、前話について。
感想ととある相談の結果、修正すべきと判断しました。
どう変えるかここ数日悩みましたが・・・
修正はしばらくお待ち頂けたら幸いです。
三つ目、いつも感想ありがとうございます。
誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
どしどしとお待ちしていますが、返信はしばらくお待ち頂けたら幸
いです。
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メモ帳消失・・・
投稿を心待ちにしていたかた、本当に申し訳ありません。
小説を書いていたメモ帳を間違って消してしまいました・・・。
昨日の深夜に書き上げ今日、仕事が終わり投稿しようと見た際、
データが消えているのを発見しました。
どうやら寝不足のまま操作し、予備に取っていた古いデータを上
書きして保存してしまったようです。
何かがあるといけないと思ってとっていた予備を上書きするなん
て、本当に馬鹿でした。 そのため今回更新できません。
新たに書き直す気持ちが復活しだい更新します。
本当に申しわけありません。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n0947q/
異世界の生活は原付と共に
2016年7月8日10時58分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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