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日本呼吸器学会雑誌第38巻第5号
日呼吸会誌 ●症 38(5) ,2000. 403 例 胸腔鏡下で気管支動脈結紮離断術を施行した 気管支動脈蔓状血管腫の 1 例 金森 修三1) 中村 浩明1) 仲本 敦1) 新里 敬1) 健山 正男1) 嘉数 朝一1) 斎藤 厚1) 久田 友治2) 要旨:喀血を主訴として来院し,気管支鏡検査で隆起性病変が認められ,気管支動脈造影により気管支動脈 蔓状血管腫と診断,胸腔鏡下での結紮離断術が奏効した 1 例を報告する.症例は 61 歳女性.昭和 63 年, 平成 8 年に喀血の既往があり,今回,平成 10 年 8 月に大量喀血が出現し当科へ入院となる.気管支内視鏡 で右 B5,B8 に隆起性病変が,気管支動脈造影では,拡張,蛇行所見とともに,気管支動脈と肺動脈,肺静 脈とのシャントが認められ,気管支動脈蔓状血管腫と診断した.治療として侵襲性が少ない胸腔鏡下での気 管支動脈結紮離断術を施行した.術後 9 カ月間再発を認めていない.気管支動脈蔓状血管腫の治療として 本術式は有用な方法の一つであると考えられた. キーワード:気管支動脈蔓状血管腫,喀血,気管支動脈結紮離断術,胸腔鏡 Racemose hemangioma,Hemoptysis,Bronchial arteriography,Ligation and transection of bronchial artery,Thoracoscopy 緒 言 喀血あるいは血痰を来す疾患の一つに,頻度的には少 ないものの,気管支動脈蔓状血管腫がある.その治療法 として,葉切除術,気管支動脈塞栓術があるが,検討さ れた症例数が少なく,現在のところ一定の見解は得られ ていない.我々は,喀血を主訴とし,気管支動脈造影で 診断され,胸腔鏡下気管支動脈結紮離断術を施行後,9 カ月経過した現在,再喀血が認められていない気管支動 脈蔓状血管腫の 1 例を経験したので,若干の文献的考察 を加えて報告する. 症 例 a 症例:61 歳,女性,主婦. 主訴:喀血. 家族歴:父;胃癌,母;糖尿病. 既往歴:1988 年脳梗塞,喀血.1996 年喀血. 生活歴:喫煙歴なし.飲酒なし. 現病歴:1998 年 8 月 31 日,突然,鼻出血および大量 喀血が出現(過去 2 回よりも多い喀血量であった) .同 日,近医受診し,上部消化管内視鏡検査や耳鼻咽喉科的 精査をされたが異常を認めず.同日,他院を受診し,気 〒903―0215 沖縄県西原町字上原 207 番地 1) 琉球大学医学部第 1 内科 2) 同 第 2 外科 (受付日平成 11 年 9 月 22 日) b Fig. 1 (a)Chest roentgenogram and(b)chest computed tomogram(b)on admission, showing infiltration with air-bronchogram in the right lower lobe. 404 日呼吸会誌 a 38(5),2000. a b Fig. 2 Bronchoscopic views of the(a)right B5 and(b) B8 showing a small protruding lesion covered with normal mucosa. 管支内視鏡検査が施行され,右中間気管支幹に血塊が確 認された.検査中の咳嗽とともに,血塊が喀出,その後 b Fig. 3 Bronchial arteriogram showing(a)convolution and dilatation of the bronchial artery in the right lower lobe bronchus ; and(b)shunt between bronchial arteries and pulmonary arteries(thick arrow)and veins(thin arrows). 再喀血し,気管支内視鏡検査は続行不能となった(ボス ミン注入処置により止血) .9 月 18 日,喀血の精査のた め,当院紹介入院となった. 入院時現症:栄養状態良好.意識清明.貧血・黄染な し.頸部リンパ節腫脹なし.右下肺野の呼吸音はほとん ど聴取できず.心音正常.胸膜摩擦音聴取せず.胸痛な し.肝・脾触知せず.神経学的には異常所見なし. 入院時検査所見:血液・生化学,血液凝固系,血液ガ ス検査では特に異常所見はなかった.喀痰は粘性で数 ml 日.抗酸菌は塗抹・培養ともに陰性.肺機能検査で は FEV 1.0% が 97.8%,%VC が 69.3% であり拘束性障 害が認められた. 前医での喀血時の胸部 X 線写真(Fig. 1a)では右下 肺野に浸潤影が認められ,胸部 CT 写真(Fig. 1b)では 右下葉中枢側に気管支透亮像を伴う浸潤影を認めた.気 管支拡張所見や腫瘤像は認められなかった.3 週間後に は,浸潤影は殆ど消失した. 当院での気管支内視鏡検査所見(Fig. 2)では,右 B5 Fig. 4 Thoracoscopic appearance of racemose hemangioma of the bronchial artery(black and white arrows) . Ligation and transection of the right bronchial artery between the two white arrows was performed under thoracoscopy. SVC : superior vena cava. 気管支動脈蔓状血管種の 1 例 405 Table 1 Reported cases of racemose hemangioma of the bronchial artery in Japan Author (Year) Age Sex Kimura (1977) Tanigawa (1981) Yagi (1983) 34 40 52 F M F Takeuchi (1985) 68 M Nagai (1987) 35 M Kuroshima (1987) 35 M Kuwahara (1988) Saito (1989) 18 29 F F Nakagawa (1989) Nakagawa (1989) Morishita (1990) 72 45 52 F M F Morishita (1990) 53 F Suda (1990) 18 M Oshika (1993) Soda (1995) Ohshima (1996) 74 52 80 M M M Tanaka (1998) Dobashi (1999) Dobashi (1999) Sukoh (1999) 67 59 52 38 F M F F This report 61 F Symptoms Bronchoscopic findings blood clot (rt. B5a,B5b) protrusion with normal mucosa (rt. B9) polypoid protrusion with normal mucosa (rt. B8,B9+10) sputum, cough polypoid protrusion with normal mucosa(lt. upper bronchus) hemoptysis protruding lesion with normal mucosa (rt. B9−10) hemoptysis polypoid protrusion with normal mucosa (rt. B9−10) hemoptysis papillary tumor(rt. B8) hemoptysis stenotic deformity (lt. B5b, middle lobe bronchus) hemoptysis polypoid tumor with normal mucosa(lt. B4) hemoptysis polypoid tumor with normal mucosa(lt. B3b) none bulges with normal mucosa (rt. upper lobe bronchus) hemosputum bulges (rt. upper lobe bronchus),redded polypoid mass (rt. B3) hemoptysis polypoid lesion with normal mucosa(rt. lower lobe bronchus) hemoptysis polypoid lesion with normal mucosa(rt. B5a) hemoptysis nodule protruding(rt. B3b) hemoptysis blood clot (rt. middle lobe bronchus,lt. upper lobe bronchus) hemoptysis torous lesion (rt. B7) hemoptysis polypoid nodule (rt. basal bronchus) hemoptysis polypoid nodule (rt. B1b) hemoptysis pulsatile papillary protrusion (rt. middle lobe bronchus) hemoptysis bulges with normal mucosa (rt. B5,B8) hemoptysis hemoptysis hemoptysis B-P shunt * Treatment + lobectomy not described lobectomy + lobectomy not described lobectomy + lobectomy + lobectomy + + lobectomy no specific treatment not done lobectomy not described segmentectomy not done no specific treatment not done no specific treatment + lobectomy + + + embolization segmentectomy embolization + not described not described − + embolization ligation † lobectomy lobectomy ligation and transection ‡ * :Bronchial artery-Pulmonary artery shunt revealed by bronchial arteriography :Operation was performed under thoracotomy ‡ :Operation was performed under thoracoscopy † (Fig. 2a) ,B8(Fig. 2b)に気管支粘膜下隆起様病変が確 手術は比較的容易で 2 時間程度で終了し,出血量はほ 認された.表面はいずれも正常粘膜で覆われており,拍 とんどなかった.経過良好で 11 月 30 日に退院となった. 動は認められなかった. 気管支動脈造影では,右気管支動脈の全長にわたる拡 張,蛇行が認められた(Fig. 3a) .さらに下葉気管支に 伴走するレベルで気管支動脈と肺動脈および肺静脈との 手術後,9 カ月経過している現在まで再喀血はなく,ま た,呼吸困難を訴えることもなく主婦業を営んでいる. 考 察 シャントが認められた(Fig. 3b 矢印) .当科入院期間中 喀血をきたす呼吸器疾患として,気管支拡張症,肺結 に喀血および血痰は認められなかったが,再喀血の可能 核症,肺癌,肺梗塞,特発性肺出血などが挙げられてい 性が強く危惧され,患者の同意の上,11 月 18 日に当院 る1).また,近年,気管支内視鏡検査や気管支動脈造影 外科にて胸腔鏡下に気管支動脈結紮離断術が施行され 法の進歩により,気管支動脈蔓状血管腫の症例3)∼19)が報 た. 告されるようになってきた(Table 1) . 術中胸腔鏡下で,右気管支動脈が蛇行しながら上行し, 気管支動脈蔓状血管腫は 1976 年に Babo ら2)によって そして上大静脈の背側に走行後,下方走行している一部 最初に報告され,本邦では 1977 年の蔓状血管腫様発達 が第 4 肋間胸膜下に確認でき(Fig. 4) ,著明に拡張して を示した症例の報告3)が最初である.1980 年,Cain20)ら おり拍動を伴っていた.下行部(白矢印)が最も安全に は気管支および肺に病変を認めず,気管支動脈の拡張や 結紮離断できうる箇所と判断し,胸膜を切開剥離すると 蛇行の所見を認めるものを気管支動脈蔓状血管腫と,気 容易に累々とした気管支動脈が現れ,気管支動脈結紮離 管支あるいは肺の病変に起因すると考えられる二次性血 断術を施行した. 管腫様血管変化の二つの病型の存在を報告している.本 406 日呼吸会誌 邦においても,大鹿ら14)は気管支や肺病変を伴わないも のを原発性気管支動脈蔓状血管腫,炎症あるいは腫瘍性 38(5) ,2000. and angioma-like changes of the bronchial arteries, Fortscher. Roentgenstr. 1976 ; 124 : 103―110. 疾患に伴う二次的な気管支動脈の同様な変化を二次的気 3)木村壮一,新田澄郎,佐藤博俊,他:特発性肺出血 管支動脈蔓状血管腫と呼ぶのが実際的であるとしてい を思わせた気管支動脈の蔓状血管腫様発達を示した る.本症例の場合,呼吸器疾患の既往を有さず,画像所 見や胸腔鏡でも明らかな気管支,肺病変が認められな かったことから原発性であると考えられた. Table 1 の症例のなかで気管支内視鏡検査にて隆起性 病変が認められた 18 例をみると,右下葉に病変が認め られたのが 9 例で最も多く,次いで右上葉が 4 例,右中 1 例.胸外 1977 ; 30 : 159―163. 4)谷川 恵,茂木正行,平岡仁志,他:2400 ml の大 量喀血をきたした気管支動脈蔓状血管腫の 1 例.気 管支学 1981 ; 3 : 321―325. 5)矢木 晋,松島敏春,沖本二郎,他:一次性気管支 動脈蔓状血管腫の 1 例.気管支学 1983 ; 5 : 169― 174. 葉および左上葉がそれぞれ 3 例と,右肺が圧倒的に多 6)竹内義弘,並河尚二,草川 實,他:気管支動脈病 かった.隆起性病変の粘膜所見について記載されていた 変 2 症例の気管支鏡所見.気管支学 1985 ; 7 : 71― 16 例のうち 11 例が正常粘膜,3 例が発赤,2 例が表面 不整で,隆起性病変に拍動を認めたものはわずかに 2 例 であった.本例では,2 箇所あった隆起性病変のいずれ も正常粘膜で覆われており,拍動は認めなかった. 本疾患の気管支動脈造影所見は特徴的であり,気管支 動脈の著しい屈曲,蛇行,拡張が認められれば診断され る.気管支動脈造影が施行された 18 例の報告中,肺動 脈とのシャントが認められた症例は 12 例,認められな かった症例は 1 例(シャントについての記載なしの症例 は 5 例)であったことから,肺動脈とのシャントの有無 が本疾患の診断確定には重要であると考えられた.一方, 76. 7)永井達夫,吉川隆志,寺井継男,他:気管支動脈蔓 状血管腫の 1 例.気管支学 1987 ; 9 : 237―241. 8)黒島振重郎,武岡哲良,村上達哉,他:きわめてま れな,原発性と考えられた気管支動脈蔓状血管腫の 1 手術例.日胸 1987 ; 46 : 487―490. 9)桑原 修,武田伸一,土肥英樹,他:明瞭な気管支 動脈肺動脈吻合を認めた原発性気管支動脈蔓状血管 腫の 1 例.気管支学 1988 ; 10 : 170―174. 10)斎藤 勤,中村光次,須見高尚,他:両側性の気管 支動脈の増生がみられ蔓状血管腫を疑った 1 例.気 管支学 1989 ; 11 : 278―283. 本例のように気管支動脈と肺静脈間にもシャントが認め 11)中川義久,日野二郎,中島正光,他:いわゆる原発 られた報告はなく,これは頻度が少ない所見であると考 性気管支動脈蔓状血管腫と考えられた 2 例.日胸疾 えられた. 会誌 1989 ; 27 : 1515―1520. 現在のところ気管支動脈蔓状血管腫について確立され 12)Morishita M, Magaki K, Ohshika H, et al : Two cases た治療法はなく,状況により術式を決定しているようで of suspected racemose hemangioma of the bronchus ある.これまでの報告では,葉切除や区域切除,気管支 found by bronchoscopy. J. Aichi Med. Univ. Assoc. 動脈塞栓術,あるいは開胸下での気管支動脈結紮術がな されている.葉切除は最も根治が期待できる方法である が,症例によってはその侵襲性と術後の呼吸機能の低下 が懸念されるところである.また,気管支動脈塞栓術は 侵襲は少ないが,前脊髄動脈塞栓の危険性と再開通の可 能性がある.本例では胸腔鏡下での気管支動脈結紮離断 1990 ; 18 : 581―588. 13)須田博喜,松本常男,三浦剛史,他:原発性気管支 動脈蔓状血管腫の 1 例.気管支学 1990 ; 12 : 428― 433. 14)大鹿裕幸,森下宗彦,吉川公章,他:気管支動脈塞 栓術が奏功した一次性気管支動脈蔓状血管腫の 1 例.日胸疾会誌 1993 ; 31 : 257―260. 術が施行されたが,本術式は侵襲性が少なく,機能温存 15)Soda H, Oka M, Kohno S, et al : Arteriovenous mal- の点では優れていると考えられるが,根治性については formation of the bronchial artery showing en- 今後の症例報告の追加により評価が下されるべきであろ dobronchial protrusion. Internal Med 1995 ; 34 : う. 797―800. 本論文の要旨は第 22 回日 本 気 管 支 学 会 総 会(1999 年 5 月:福岡市)において発表した. 16)大島美紀,早田 宏,織田裕繁,他:気管支動脈塞 栓術が奏功した両側性の原発性気管支動脈蔓状血管 腫の 1 例.気管支学 1996 ; 18 : 455―460. 文 献 1)西山 理,松本修一,平松哲夫,他:血痰・喀血症 例に対する気管支鏡検査.気管支学 1998 ; 20 : 17― 20. 2)Babo H, Huzly A, Deininger HK, et al : Angiomas 17)田中 馨,森田雅文,柿本祥太郎:気管支動脈蔓状 血管腫及び肋間動脈肺動脈交通症の 1 例.日胸外会 誌 1998 ; 46 : 1028―1031. 18)土橋ゆかり,片桐真人,高田信和,他:気管支動脈 蔓状血管腫の 2 例.気管支学 1999 ; 21 : 16―21. 気管支動脈蔓状血管種の 1 例 407 19)須甲憲明,山本宏司,室谷光治,他:大量喀血をき 20)Cain H, Spanel K : Etiology and morphogenesis of たした原発性気管支動脈蔓状血管腫の 1 例.日呼吸 the socalled bronchial arterioma. Klin Wochenschr 会誌 1999 ; 37 : 67―71. 1980 ; 58 : 347―357. Abstract Successful Thoracoscopic Ligation and Transection of Racemose Hemangioma of Bronchial Artery Shuzo Kanamori1), Hiroaki Nakamura1), Atsushi Nakamoto1), Takashi Shinzato1), Masao Tateyama1), Tomokazu Kakazu1), Atsushi Saito1)and Tomoharu Kuda2) 1) First Department of Internal Medicine, 2)Second Department of Surgery, Faculty of Medicine, University of the Ryukyus We used thoracoscopy for the successful ligation and transection of a racemose hemangioma of bronchial artery. The patient was a 61-year-old woman who had been admitted to our hospital because of hemoptysis. Bronchoscopic examination revealed bulging lesions covered with normal bronchial mucosa in the right B5 and B8, and bronchial arteriography revealed a shunt between the right bronchial arteries and pulmonary arteries and veins. Ligation and transection of the right bronchial artery under thoracoscopy was performed. Hemoptysis has not recurred 9 months after the operation. Thoracoscopic ligation and transection of bronchial artery may be an effective and less invasive procedure for the treatment of racemose hemangioma.