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味覚に対する顔面反応及び味表現の日中比較
味覚に対する顔面反応及び味表現の日中比較 ○米谷 淳 1・弓場美佳子 2 (1 神戸大学大学教育推進機構・2 神戸大学大学院国際文化学研究科) キーワード:顔面表情、味覚、FACS 新生児にみられる基本味により生起する「味覚顔面反射」は、 成人では味覚の種類によってはみられないことが報告されてい る。堀毛・河村 (1997) が大学生を対象に味刺激に対する表情 筋の反応を筋電図で記録した結果、 嫌いな程度の高い味 (酸、 辛、 渋味) では明瞭な表出がみられたのに対し、 嫌いな程度が低い味 (塩、旨、えぐ味) と好ましい甘味は殆ど表出がみられなかった。 箱田・白水・中溝 (2001) が大学生を対象に行った実験では、 苦味と酸味には明瞭であったが、塩味には中程度、甘味には顔 面変化はみられなかった。本研究は味覚により引き起こされる 顔面表情を分析して味覚により表情生起がどのように異なるか、 また、日本人と中国人にどのような違いがあるかを検討しよう とするものである。ここでは、特定の味覚を顔で表現させた際 の表情を撮影・分析して、味覚に対する反応としての表情と比 較することで、味覚反応としての表情と味表現としての表情の 異同を吟味する。 目 的 味覚に対する顔面反応 (expression: 以下、 「反応」と略す) と 味表現 (display: 以下、 「表現」と略す) の違い、さらには表出 における日中文化差及び性差の影響について、誘発刺激法と感 情教示法により収集(撮影)した映像を分析して検討する。 方 法 対象 中国人学生男女各 15 名 (平均年齢 23.2±2.2 歳) 、日本 人学生・社会人男 14、女 15 名 (平均年齢 21.0±2.7 歳) 刺激 先行研究と予備調査を参考に、甘味 (25%ショ糖溶液) 、 塩味 (5%食塩溶液) 、酸味 (ポッカレモン原液) 、苦味 (苦瓜 50g+水 100g) 、辛味 (唐辛子粉 0.3mg+水 50g) を用いた。 手続き ビデオカメラの正面 (距離 2m) に対象者を着席させ、 味覚溶液 2.5cc を口に含み 3 秒後に飲み込むように求め、 表情が 戻り次第質問紙に回答させた。次に、言葉を使わず味を表情と ジェスチャーで表現するよう求めた。以上を 5 回繰り返した。 分析 刺激への顔面反応と味表現表情を FACS (Ekman & Friesen, 1978) に基づきコーディングし、UleadVideoStudio ソフトを用いて分析を行った。 結 果 表出 (反応と表現の 2 水準) を独立変数、表情(各 AU の生起 頻度)を従属変数とするχ2 検定の結果、反応条件よりも表現条 件の方が、表出生起率が有意に高かった(df=2, χ2= 22.04, p<.001) 。味覚ごとに特徴的な表出と反応条件表現条件におけ る AU の生起頻度(人) 、検定の結果を Table1 に示す。 Table1 各味覚における表出、人数及び条件間の比較 (N=59) 味覚 表出 眉寄せ 閉眼 塩味 口角下げ 口をすぼめる 舌を出す 眉寄せ 閉眼 酸味 口をすぼめる 反応 21 8 10 8 0 25 19 16 口を横に引き延ばす 0 9 首を引き締める < > < < < 表現 反応 表現 27 26 29 眉寄せ 18 閉眼 6 < 21 苦味 口角下げ 5 11 > 5 11 舌を出す 0 < 11 11 頭を振る 0 < 10 35 眉寄せ 20 16 28 閉眼 6 < 15 22 辛味 舌を出す 0 < 22 口を大きく開ける 13 15 14 13 0 < 14 口を扇ぐ 4 つの味覚に共通して両条件とも、眉寄せ、閉眼、薄目、開口 の生起率が高い。一方、舌出し、頭振り、 「口扇ぎ」 (手で内輪 のように口元を扇ぐ)は表現のみにみられ、口角下げは表現の 方が少ない。舌出しは酸味以外の味表現の際によくみられ、辛 味の味表現では手で口を扇ぐ動作がよくみられた。逆に口すぼ めは辛味以外でみられた。 次に表出された AU ごとに、味覚 (4 水準: 顔面反応がみられ た塩酸苦辛) と表出 (2 水準: 反応と表現) を独立変数、各 AU の生起頻度を従属変数とするχ2 検定及びフィッシャーの直接 確率検定を行った結果、口角を引く表情において味覚と表情条 件による変動が有意であった (df=3, χ2 = 24.33, p<.001) 。つ まり、口角を引く動きは、酸味と苦味では反応条件でみられな いのに対し、表現条件ではよく生起し、一方、辛味については 反応条件でみられたのに対し、表現条件でみられなかった。 文化と性別が反応と味表現に及ぼす影響について検討するた め、味覚と表出条件、AU ごとに対象者の国籍、性別を独立変数 とするχ2 検定を行った (Table2) 。 Table2 各味覚における対象者の国籍と性別による表出差異 顔面反応 味表現 味覚 変化部位 日本 中国 日本 中国 甘味 眉上げ < 眉上げ < 口角を引く < 塩味 口角下げ 男<女 唇を離す > 閉眼 > 目尻に皺 男<女 口角下げ > 酸味 閉眼 > 顔を引く 男 >女 眉上げ 男<女 < < 瞼の引締め 男<女 鼻根に皺を寄せる > 上唇上げ > 苦味 口角引き上げ 男<女 口角下げ 男<女 首を引き締める 男<女 男<女 男<女 < 閉眼 > 頭を振る > 男<女 > 目尻に皺 男<女 口元を扇ぐ < 辛味 顎下げ < 口を大きく開ける 男>女 > 注1) 5%水準で有意差のあるものを不等号で示した。 注2) 日中の差について、色なしは男性で、灰色は女性で差があることを示した。ま た、□は性別に関わらない文化の差を示した。 考 察 4 つの味覚において味覚反応と比べて味表現での方が、表情筋 がよく動くことが示唆された。文化差については、日本人女性 は苦味に対する顔面反応では苦味が嫌いであるにも関わらず笑 う (苦笑いも含む) 傾向があり、表現では男性よりも「頭を振る」 傾向があることが示された。一方、辛い味に対して中国人は性 別に関わらず「口を大きく開け、舌を出し、手で口を扇ぐ」ジ ェスチャーをすること、また日本人は味表現において閉眼する 傾向が強いことが示唆された。 引用文献 箱田裕司・白水千草・中溝幸夫 (2001). 味覚刺激による表情変 化と認知, 電子情報通信学会技術研究報告書, 100, 31-37. 堀尾強・河村洋二郎 (1997). 種々の味刺激による成人の表情反 応, 日本味と匂学会誌, 4, 33-42. Ekman, P. & Friesen (1978) Facial Action Coding System (FACS). Palo Alto Ca.: Consulting Psychologists Press. (MAIYA Kiyoshi, YUBA Mikako)