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デジタルストーリーテリングのグローカル展開

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デジタルストーリーテリングのグローカル展開
広島経済大学研究論集
第35巻第4号 2013年3月
研究ノート
デジタルストーリーテリングのグローカル展開
──転換的・共創的に広がる市民メディア実践──
土 屋 祐 子*
カリフォルニア・ベイエリアで始まり,北米,
1. は じ め に
ヨーロッパ,オセアニアへと広がり,さらにア
「デジタルストーリーテリング」という一般の
ジア,南米,アフリカまで,世界中で広がり続
人々による自己語りの短い映像作りが,世界中
けている。
で広がっている。デジタルストーリーテリング
こうした世界的なデジタルストーリーテリン
という語は,広義には PCで編集された動画な
グの普及の実態について,マクウィリアムは
ど,デジタル技術を用いたあらゆるストーリー
ウェブを立ち上げている約300の活動プログラム
性を持ったメディア制作を指して捉えることも
を対象とした調査を行い,その取り組みが他地
できるが,ここで取りあげるのは,
“デジタルス
域の多岐の分野で導入されていることを明らか
トーリーテリング”と固有名詞のように呼ばれ,
にしている 。2009年に発行されたその報告に
3)
「人々が,通常は自分自身の人生や生活につい
よれば,多くのプログラムは2000年代初期に開
て,短いオーディオビデオストーリーを創るた
T技術の発達したいわゆ
始され,西欧諸国など I
めにデジタルメディアを用いることを学ぶワー
る先進国を中心に,多くの社会的な機関によっ
1)
クショップ実践」のことである 。この“デジ
て取り組まれている。その活動主体は,教育機
タルストーリーテリング”では,プロのメディ
関が123プログラムと一番多く,次に地域のコ
ア制作者でもアーティストでもない普通の人々
ミュニティ・センターやコミュニティ組織で71
が,家族や自分の身の回りの出来事,日常の思
プログラム,次いで文化機関が51,さらに公共
いや経験,記憶を題材にして,2~3分の映像
放送,企業やコンサルタント,保健機関,協会
作品を作成する。ワークショップ形式で取り組
などの政府,企業,宗教団体が55と分野は幅広
まれ,写真(時に短い動画)と自分の声で吹き
い。また,これらは個々に点在して行われてい
込んだナレーションに音楽や効果音を編集して
るばかりではなく,国際的なネットワークのも
制作される。ワークショップでは,世界の動向
と発展していることも指摘できる。米国発祥な
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を『St
がらも,2
003年にはイギリス放送協会 BBCや
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d』にまとめたハートレーとマクウィリ
カーディフ大学が主催したデジタル・ストー
アムが述べるように,
「物語」を「語る」ことが
リーテリングの国際会議がイギリス・ウェール
強調され,PC操作の習得に留まらず,
「ストー
ズのカーディフで行われた。この会議は断続的
リーサークル」と呼ばれる物語を生み出すプロ
に行われており,オーストラリア・メルボルン
2)
セスを重視する 。活動は1990年代始めに米国
で200
6年,2009年にポルトガル・オビドス,
2011年はノルウェイのリレハンメルで開かれ,
*広島経済大学経済学部准教授
2013年にはトルコのイスタンブールでの開催が
192
広島経済大学研究論集 第35巻第4号
予定されている。国際会議は開催地域を中心に
短いビデオクリップの作成が,なぜ,多岐に渡
T企業,市
放送局や美術館,大学,地域機関,I
る社会分野で関心を持たれ,実践されるのだろ
民グループなどデジタルストーリーテリングに
うか。本論文では,デジタルストーリーテリン
取り組む多様な人々が国を超えて一堂に会し,
グがどのように生まれ,広がっていったのか,
実践の方法や成果,その発展について情報を共
その過程を考察し,一般市民によるメディア表
有し議論する場となっている。
現の普及のメカニズムの検討を行う。筆者はこ
日本においてもデジタルストーリーテリング
れまで2006年から2012年にかけ断続的に,米
は,研究者や教育者,実践者がそれぞれの関心
国,フィンランド,スウェーデン,オーストラ
ST・
に沿って取り組みを発展させている。J
リア,イギリスでデジタルストーリーテリング
CRESTに採択された研究課題「情報デザインに
の実践者への聞き取り調査を行ってきた。本論
よる市民芸術創出プラットフォームの構築」の
文はそうしたフィールド調査の結果に基づき,
東京大学水越グループのプロジェクトとして愛
国際的な動向をまとめ,考察していくものであ
知淑徳大学のメディア・プロデュース学部の小
る 。
川,伊藤,溝尻らが始めた「メディア・コンテ」
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/)や三重大学教育学部
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付属教育実践総合センターの須曽野研究室
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2. 誕生と発展 パイオニアの思想
2.
1 デジタル+ストーリーテリング
こうしたデジタルストーリーテリングのムー
の デ ジ タ ル・ス ト ー リ ー テ リ ン グ 研 究 所
ブメントは1990年代始めの米国カリフォルニア
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/)などがあげら
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で起こった。そのパイオニアとなったのがメ
れる。また,東京大学開催のメディア表現やリ
デ ィ ア・ア ー テ ィ ス ト の デ ィ ナ・ア チ リ ー
テラシーのイベント「メル・エキスポ」では,
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(Dana At
,1941~2
000)で あ る。ア チ
2008年4月にイギリス BBCで7年に渡ったデ
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リーは「Ne
」と名付けた双方向的な舞台
ジタルストーリーテリングプロジェクト「キャ
パフォーマンスの中で,自身の制作したデジタ
プチャー・ウェールズ」を手がけたギャレス・
ルストーリー作品を紹介し,カメラや編集ソフ
4)
モーレス氏を招き報告の場を設けた 。さらに,
トウェアなどの当時のニューテクノロジーと古
2011年3月には「声なき想いに物語りを~デジ
くから人々が営んでいた言わば日常的な文化実
タル・ストーリーテリング『メディア・コン
践である「キャンプファイヤーを囲んだストー
テ』の可能性と課題」と題したそれまでの取り
リーテリング」 を結びつけた。ここでいうス
組みを総括するセッションを行った。
トーリーテリングとは日本で言えば,母親が子
デジタルストーリーテリングはこのように世
どもに話して聞かせる昔話や中学校の修学旅行
界規模の多様な地域での広がりを持ち,また学
で布団をかぶって皆でかわるがわる語る怖い話
校,企業,福祉・医療施設,放送局,地域のコ
のような,誰もが経験したことのある日常的な
ミュニティセンターといった様々な社会分野・
語りの行為である。ステージでアチリーは,デ
施設で営まれているのが特徴である。YouTube
ジタル技術で映し出したキャンプファイヤーの
などのウェブサイトに個人がプライベートの趣
明かりを灯し,木の切り株に座って,家族の歴
味で投稿するような動画と異なり,教育や福祉,
史や日々の営みをテーマに制作した作品を上映,
地域作りなど社会的活動と結びついて取り組ま
観客に紹介した。
れている。一般の人々が自分自身のことを語る
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例えば,初期の作品「HomeMov
」は,も
6)
193
デジタルストーリーテリングのグローカル展開
ともとアチリーの祖父によって撮りためられた
するばかりでなく,コカコーラ,プライスウ
家族のフィルム映像をアチリーが再編集・加工
オータークーパー,アップルコンピュータ,ア
して生み出した作品で,自分自身の幼少期をふ
ドビシステムなどの企業の社長や幹部を顧客と
り返ったものである。カメラの前に立って家族
して,デジタルストーリー制作のワークショッ
が揃ってくるりと回るシーンを,年を追ってつ
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プを行っていった。米シンクタンク I
なぎ合わせ,自ら作曲した音楽とナレーション
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e社の社長兼 CEOを務めたボブ・
を重ねて作品化した。映像の中で兄弟と並んだ
ヨハンセンはデジタルストーリーテリングこそ
アチリーの父親はくるりと回る度に大きくなり,
「パワーポイントスライドの次に何があるのか」
いつしか立派な青年となり,妻すなわちアチ
8)
を解く鍵と賛辞を寄せている 。
リーの母親と寄り添い,手にまだ赤ちゃんのア
チ リ ー を 抱 い て 幸 せ そ う に 微 笑 む。こ の
2.
2 ワークショップ開発と普及
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「HomeMov
」は,こうした個人的な事柄で
前節でも触れたがアチリーは自ら作品作りを
も言葉と映像でストーリー性を持たせ作品化す
行うだけでなく,こうしたデジタルストーリー
ることによって,人の成長や家族の愛情など観
を誰もが自分で制作できるようなワークショッ
る人が共感し心を動かす映像となりうることを
プを開発し,90年代半ばから協力者と共に発展
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証明していると言えるだろう。「Shi
させていった。彼が生み出したワークショップ
という作品では,乗っていた船の難破をきっか
は基本的に3~4日間かけて行われ,大きく分
けに祖母が祖父との結婚を決意した経緯がグラ
けて2つの要素「物語作り」とそれを可能にす
フィックアートのようなイラストやイメージと
る「PC操作」とで構成される。その手順は(1)
共に語られる。アチリーは当時の最新 PCテク
台本作成,(2)写真や音声ナレーション,音楽
ノロジーを人の思いや心の動き,美意識といっ
などの素材準備,(3)デジタル編集というよう
た人間的感性と結びつけ,このデジタルストー
に進む。台本作りでは,誰かに宛てた手紙のよ
リーという新しいメディア表現の様式を広めて
うに書くのが良いなどのアドバイスを受けたり,
「ストーリーサークル」と呼ばれる自分の物語
いったのである。
興味深いのは,デジタルストーリーテリング
のアイディアや台本の下書きを他の参加者に聞
が広告やマーケティングの道具として企業に早
いてもらってコメントをもらったりして物語を
くから着目されていたことである。1997年夏,
紡いでいく。台本作りを終えたら,参加者は持
米国ラスベガスにオープンしたアミューズメン
参した古い写真の PCスキャンや,マイクの前
ト商業施設「ワールド・オブ・コカコーラ」に
でナレーションを読む手ほどきなどを受けなが
は,デジタルストーリーシアターが設けられた。
ら必要な素材を準備する。また,編集ソフトで
そこではアチリーの制作したコカコーラにまつ
写真をクローズアップさせたり,動かしたり,
わるデジタルストーリーが上映された。例えば,
アニメーションを入れたりなど自分のストー
コーラの瓶をお守り代わりに戦場で過ごした男
リーを表現する方法を学びながら,デジタルス
性の体験を題材とした作品などである。アチ
トーリー作品を完成させる 。
リーはデジタルストーリーテリングが個人的な
最初のワークショップは1993年にアメリカ映
物語とブランドメッセージを結びつけうるとし,
画協会で行われ,その後企業や文化機関で開催
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それを「感情のブランド構築(e
されていく。アチリーは仲間達と1994年,サン
7)
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ng)」と呼んだ 。また自らの作品を提供
9)
フランシスコに「デジタルメディアセンター」
194
広島経済大学研究論集 第35巻第4号
を設立,1998年にはバークレーに移動して「セ
を生み出し,さらにフェスティバルや国際会議
ンター・フォー・デジタルストーリーテリング
という場でさらなる実践の共有や相互作用を生
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ng)」を立ち
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み,デジタルストーリーテリングの試みは展開
上げ,オフィス機能だけでなく,ワークショッ
プを定期的に常時開催できる設備を整えた。
2001年惜しまれつつもアチリーは亡くなってし
まうが,彼の実践パートナーであったジョー・
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ランバート(J
)らが引き継ぎ,開発
していったのである。
3. グローカルな発展と2つのベクトル─
「自己表現の深化」と「個人の物語の
社会的活用」
したワークショップを精力的に開催。2013年現
前章でみたようにデジタルストーリーテリン
在も CDSを拠点に取り組みは継続されてい
グはワークショップを介して参加者が次の参加
1
0)
る 。ワークショップには教育機関,地域・文
者を生みグローバルな取り組みへと展開して
化機関,NPO,企業から幅広く参加者が集う。
いったが,このムーブメントのもう一つの特徴
アップルコンピュータやアドビなどユーザーに
として,教育,地域,文化,健康・福祉,ビジ
よる自社製品の活用の仕方を模索しようとする
ネスと多様な分野で,デジタルストーリーテリ
PC関連企業からの関心も高かった。
ングは取り組まれ,実践者の関心やニーズに
CDSはバークレーで,また招聘された先で
沿って実践されていったことがあげられる。重
ワークショップを次々と開催していくが,興味
要な点は,それぞれの取り組みには少しずつア
深いのはそれぞれの参加者が自分の所属してい
レンジが加えられ,この活動のリンクは言わば
る組織や地域でデジタルストーリーテリングの
有機的に発達し,デジタルストーリーテリング
ワークショップを自分達で開催していき,結
がグローバルだけでなく,ローカライズされて
果,デジタルストーリーテリングの取り組みは
いったまさに「グローカル」なダイナミズムの
草の根的に全米中に広がっていったことだ。こ
もと発展していったことである。例えば,イギ
うした参加者が更に参加者を生むという取り組
リスの BBCキャプチャー・ウェールズプロ
みの連鎖は,イギリス,スウェーデン,オース
ジェクトで実践の中心的役割を果たしたカー
トラリアを皮切りに世界中でも展開されていっ
ディフ大学のダニエル・メドウズ教授(当時)
た。イギリスの場合,英国放送協会 BBCが関
は,アチリーやランバートらのカリフォルニア
心を持ち,ウェールズ地方の人々の声を拾い上
モデルを自分達は「新しいテレビ放送の様式」
げるというキャプチャー・ウェールズというプ
に発展させたと説明している 。
ロジェクトが立ち上がり,地域の大学や文化機
現在もさらに多岐に渡って進んでいるデジタ
関と連携しながら大きな取り組みへと発展して
ルストーリーテリングの取り組みは,大きく分
いった。また,オーストラリアではメルボルン
けると2つの方向に向かって展開していると言
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の映像ミュージアム ACMI
(Aus
える。一つ目はデジタルストーリーの制作プロ
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)が関心を寄せ,2006年
グラムを深化させることで,自己表現を追求す
には米国やブラジルから実践者を招聘しデジタ
る「自己表現モデル」である。自己の表現をど
ルストーリーテリング国際会議を開催し,それ
うしたらより豊かにできるかを模索する中で,
までの自分達の実践を報告しながら,CDSなど
ストーリー作成時の自己のふり返りの手法を改
の取り組みと共有,議論する場を設けた。
めてデザインしたり,よりマージナルな人々の
こうしたワークショップでの経験が次の実践
声を拾い上げたりという試みが行われている。
1
1)
デジタルストーリーテリングのグローカル展開
195
イギリスのケンブリッジのアルツハイマー患者
したアーカイブ型の実践はオーストラリアの
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,スウェーデンの文化局の刑務所の実
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m)やクィーンズランド工科大学のプロジェ
践,日系ブラジル人や障がい者,東日本大震災
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クト(ht
の被災者の声を拾い上げる日本の「メディア・
で取り組まれている。また,ユーザー参加型の
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/)などが例と
コンテ」(ht
プロモーションとしてデジタルストーリーを扱
してあげられる。社会福祉施設や大学でケアや
う企業の例もある。例えば,スウェーデンの
セラピーを目的として行われている実践もこの
I
KEAでは消費者が自分の部屋について語る映
モデルに分類できるだろう。またこのモデルに
像を広告のツールとして用いた。また,NPOで
は,世界中の企業や大学,教育機関で行われて
は市民アドボカシーとしてデジタルストーリー
いる多くの人材育成と関連したプログラムも該
を活用している。
当しよう。
こうしたデジタルストーリーが活用される場
もう一つの方向は制作したデジタルストー
について考えるということは,その場のために
リーの社会的活用に関する動きである。ワーク
どのような作品が必要かを考えることと重なっ
ショップによって形を与えられ他者からアクセ
てくる。そのため,
「自己表現モデル」と「社会
ス可能になった個人の映像物語をどう見せてい
活用モデル」は相互に関連して取り組みは進ん
く の か,生 か し て い く の か。主 に 放 送 局 や
でいる。
ミュージアムといった社会的な文化機関によっ
て進められている「社会活用モデル」である。
これはデジタルストーリーという従来のメディ
4. デジタルストーリーテリング・ワーク
ショップのダイナミズム
アジャンルにあてはまらない新しいメディア表
4.
1 転換的な普及モデル
現様式をどう扱うか,という問題と関連してい
4章ではまず2章,3章でみたようなデジタ
る。放送局によるデジタルストーリーテリング
ルストーリーテリングがグローカルに展開して
の 取 り 組 み は,例 え ば BBC ウ ェ ー ル ズ
いった過程においてその普及のあり方のモデル
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の抽出を試みたい。これまで述べてきたように,
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デジタルストーリーテリングが世界中で展開し
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フ ラ ン シ ス コ の 公 共 放 送 KQED(ht
ていく中で生じたこととして,ワークショップ
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の参加者が次の取り組みの主体となり,新たな
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oj
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/),スウェーデン公共放送
参加者を増やしていくという特徴があげられる。
などがあげられる。彼らは,彼らの視聴者であ
自分が参加した後に,次は自分の所属する機関
る地域の市民の多様な声を拾い上げることを目
や地域におけるワークショップの担い手となる。
的に,放送やウェブページで作品を公開した。
つまりデジタルストーリーテリングで果たす役
言わばデジタルストリーリーは市民による新し
割を転じるケースが多く見られるのである。
い様式のドキュメンタリーやアートとして位置
このように参加者から転じて実践主体となる
づけられる。また,ミュージアムではデジタル
取り組みの特徴には次の3つの点があげられる。
ストーリーの映像を地域の歴史や,特定のテー
(1)ワ ー ク シ ョ ッ プ の 参 加 者 が 次 の ワ ー ク
マに関するオーラルヒストリーやコミュニティ
ショップを開催する,(2)次のワークショップ
アートのアーカイブとして活用している。こう
で参加者はファシリテーターに転じる(3)自
196
広島経済大学研究論集 第35巻第4号
分の所属している地域や分野,慣習,関心に応
ショップ構成要素は保持しつつ,デジタルス
じて創意工夫する,という3点である。デジタ
トーリー作品をそれぞれの目的に沿って完成さ
ルストーリーテリングのワークショップの参加
せる手法やしかけのヴァリエーションは実に実
者は,自分がデジタルストーリーを作るための
践者の数だけあると言えよう。
知識やスキルを習得するに留まらず,自分の周
こうした特徴を図式化したものが「図1:
囲の人々がデジタルストーリーを生み出すため
ワークショップの転換的普及モデル」である。
にそれらを用いる。知識やスキルを共有し,作
左の円の中で示している最初のワークショップ
り方を教え,参加者が物語を編むファシリテー
で参加者だったメンバーが,次のワークショッ
ターの役割を果たすのである。更に参加者から
プではファシリテーターとなり,自らの目的や
ファシリテーターに転じた者は,目的に応じて
文脈,関心に合わせてワークショップの形その
参加する対象者を絞ったり,ワークショップの
ものが変わっていくこと,また,それらの形は
内容に手を加えたりする。例えばミュージアム
ファシリテーターそれぞれ異なってくることを
のスタッフであれば,デジタルストーリーを地
表している。こうした担い手の役割の転換と
域の人々のオーラルヒストリーとして展示する
ワークショップのデザインの転換は伴って進
ことなどが目的となり,過去の写真や品物を用
む。こうした担い手の主体性に基づく実践の柔
いるなどそうした作品が生まれるようなワーク
軟性がデジタルストーリーテリングの自発的で,
ショップデザインを考えることになる。完成し
草の根的な普及を支え,個々の取り組みの自律
た作品そのものより,作品作りのプロセスを重
性を担保していると言えよう。
視する災害被災者のケアや異世代間コミュニ
ケーションを目的とした実践の場合,ワーク
4.
2 対話的・共創的な制作プロセス
ショップの内容はプライバシーを重視したもの
このように参加すると,次回は自分が主催し
や対話の機会を増やすなどの調整が行われるで
ようと思えるようなデジタルストーリーテリン
あろう。2章で述べたような「物語作り」とそ
グ・ワークショップではどのようなことが起き
れを実現する「PC操作」という基本的なワーク
ているのか。ワークショップはデジタルストー
図1 デジタルストーリーテリング・ワークショップの転換的普及モデル
197
デジタルストーリーテリングのグローカル展開
リーを生み出すための重要な場であり,プロセ
ない場合もある。例えば,集合写真の中から自
スだと言ってよい。ワークショップ形式で進め
分の母親の顔に焦点をあてて徐々にアップにし
られるため,デジタルストーリーテリングの作
ていくズームインや高校の卒業写真を過去の遠
り手は,孤独に PCと向き合い,自分の思いや
のいていく思い出としてズームアウトする方法
考えを表現していくわけではない。台本を書く
を知るだけでも写真で伝えられる表現は豊かに
とき,編集作業をする時,そこにはファシリ
なる。そうした人が伝えたい思いが先にあって,
テーターがいて,アドバイスをしてくれたり,
それを支える技術的サポートにより,通常,他
わからない点を教えてくれたりする。自分の物
者からは見えず触れられない一人ひとりの心の
語を生み出すためにサポートしてくれる他者と
内がデジタルストーリーとして外在化される。
の協働作業の中で制作は進められていくのであ
他者が人の思いに共感し心動かされる端緒が生
る。ファシリテーターは,決まった知識や方法
まれるのである。
を一方的に教えていくような教師と生徒の関係
また,そこではアーティストや映像制作など
にあるのではなく,参加者と対等の関係であり,
の専門家は自ら作品を作るのではなく,他の
あくまで参加者が主体として作品を生み出して
人々が表現を形作る後押しをしていることも指
いくための伴走者である。つまり,ファシリ
摘しておきたい。専門家の役割を変容させる取
テーターは,編集者的役割を果たす。初めての
り組みとなっているのである。
聞き手となりコメントを述べ,締め切り時間に
YouTubeなどの動画配信サイトへ自分で制作
目を光らせ,時に励まし,完成したときは共に
した動画をアップロードするという行為とデジ
喜ぶ。また,参加者の必要性に応じて,ナレー
タルストーリーテリングの営みは,このワーク
ションの吹き込み方法や動画編集のテクニック
ショップ形式におけるファシリテーターと参加
など PC操作について説明し,時には補助をす
者,または参加者間のふれ合い,という点で異
る。このようなファシリテーター─参加者の関
なる活動ということができるだろう。相互作用
係によって,デジタルストーリーテリングの制
の経験は,自分自身への気づきや発想力をかき
作は対話的,共創的に進められていく。
たてる。さらに,デジタルストーリーテリング
強調しておきたいのは,こうした対話的・共
では小川も述べているように,制作のプロセス
創的な制作プロセスによって,デジタルストー
自体が,大学生と障がい者,日系外国人,留学
リーテリングは,個人の思いを外在化・対象化
生など身近な他者と心を通わせる貴重な経験と
できるということである。自分の思いを言葉や
して教育的意味を持つことも多い 。デジタル
映像など何らかの形式で表し,他者から理解さ
化が加速し,自己表現ツールがあふれかえる中
れるようにするということは必ずしも容易では
で,手間も時間もかかるデジタルストーリーテ
ない。自分自身の伝えたいことと,他者が受け
リング・ワークショップが世界中の人々をひき
止めることにずれがあることはよくあることで
つけ,繰り返し取り組まれ続けるのも,人と人
ある。ファシリテーターとの対話によって,言
が直接関わるこのプロセスが,むしろ人をひき
葉の言い回しを直したり,わかりやすい構成に
つける要因となっているように思われる。
したり,写真を選び直したり,他者に伝わる作
品へと推敲することが可能になるのである。ま
1
2)
5. お わ り に
た,語り手にこうしたいというイメージがあっ
デジタルストーリーテリングという一般の
ても,それをどのように映像で表すかがわから
人々が語る数分の映像作りがどのように生まれ,
198
広島経済大学研究論集 第35巻第4号
社会の様々な分野でどう展開されてきたかの過
程を追いながら,その普及のモデルのメカニズ
ムを明らかにすることを試みてきた。まずス
トーリーテリングというすでに人々が営んでき
た語りの実践が取り組みの基盤としてあり,そ
れに PCや動画編集ソフトなど新しいデジタル
テクノロジーを用いてイメージやイラスト,ナ
レーションを組み合わせるマルチメディア表現
と結びつけていくことで発展していった。また,
取り組みのパイオニアであるアチリーらは米国
カリフォルニアで自らプロトタイプとなる作品
を制作するだけでなく,そうした作品を誰もが
制作できるようなワークショップを開発,実施
していった。それらのワークショップは,参加
者が主催者へ,また制作支援のファシリテー
ターへと転じることにより,次のワークショッ
プの開催へと展開していった。アチリーらの開
発したワークショップは,開催者の目的,文
脈,関心に応じてアレンジが加えられ,常にそ
のデザインを上書きする柔軟性を持ち合わせた
モデルで,そのことが実践の草の根性,自律性
を担保し,結果,グローカルで多彩な取り組み
を実らせたのである。
デジタルストーリーテリングの実践は,社会
的にマージナルな人,特別なスキルや高いプレ
ゼンテーション能力を必ずしも持たない人に限
らず,多くの人々の表現を育んでいく上で示唆
に富む。主体はあくまで語り手,実践者の側に
あり,主体者の創造性が発揮できる一方で,そ
れぞれに必要な支援と相互作用をもたらす他者
の存在がある。また参加者と伴走者が入れ替わ
る協働の学び合いも可能である。人の表現はテ
クノロジーの発達のみで実現するのではなく,
人が介在し,他者との対話や関わりの中で形づ
くられていく。
謝 辞:本 研 究 の 一 部 は,(独)科 学 技 術 振 興 機 構
ST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)における
(J
研究領域「デジタルメディア作品の制作を支援する基
盤技術」の研究課題「情報デザインによる市民芸術創
出プラットフォームの構築」の一環として行われまし
SPS科研費24616020の支援を受けていま
た。また,J
す。
注
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37–
75.
4) セッションの模様はメル・プラッツの HPの
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「メル・エキスポの報告」 ht
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/に掲載されている。
5) フィールド調査の概要は下記の通り。
・米国調査…2006年2月,米国カリフォルニア・
バークレーの「センター・フォー・デジタルス
トーリーテリング」の3日間のスタンダード・
ワークショップに参加,最高責任者のジョー・
ランバート氏にインタビュー実施。北カリフォ
ルニア地域の公共放送局 KQEDを訪問,デジタ
ルストーリーテリング担当者への聞き取り調査。
デジタル・ストーリーテリングの先駆者である
ディナ・アチリー氏のスタジオを訪れ,未亡人
であるデニス・アチリー氏へインタビュー。
2007年11月,デニス・アチリー氏を再訪。
・北欧調査…2
010年9月フィンランド・タンペレ
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ジタルストーリーテリングの取り組みを聞き取
り調査。2011年9月スウェーデンストックホル
ム文化局でサイモン・ストロンバーグ氏に聞き
取り調査。
・オーストラリア調査…2012年2月オーストラリ
ア・クィーンズ工科大学のデジタルストーリー
テリングプロジェクトメンバーのジーン・バー
ジェス博士とクリスティーナ・スパージョン博
士らと研究セミナーを開催。オーストラリア・
ムービング・イメージ・センターを訪れ作品の
アーカイブやスタジオを見学し,デジタルス
トーリーテリングプロジェクト長ヘレン・シモ
ンソンらに聞き取り調査。
・イギリス調査…2
012年9月イギリス・ケンブ
リッジで患者たちの声プロジェクトを手がける
ピップ・ハーディ氏,トニー・サムナー氏に患
者や医療関係者へのデジタルストーリーテリン
グ実践の手法や課題,展望についての聞き取り
デジタルストーリーテリングのグローカル展開
調査。カーディフストーリー・ミュージアムを
訪問・資料収集。カーディフ大学ジャーナリズ
ム,メディア文化学部ダニエル・メドウ氏,
ジェニー・キッド氏に会い,彼らが産学連携で
取り組んだ7年に渡るイギリス放送局 BBCのデ
ジタルストーリーテリングの実践についてイン
タビュー。社会起業としてデジタルストーリー
テリング実践に取り組むブレーキングバリア・
コミュニティアートのナターシャ・ジェームズ
氏らにコミュニティでの活動を行うことについ
て聞き取り調査。健康福祉分野に焦点を当てた
大学の機関でメディア表現実践に取り組むス
トーリー・ワークスのカレン・ルイス氏に研究
成果や今後の展望についてのインタビューを実
施。
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クセス)
8) 脚注6)参照
9) CDSが開発したワークショップは下記の出版物
にまとめられている。
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10) CDSのウェブサイト www.
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12) 小川明子(2010)
「ストーリーテリングと地域社
会─虫の目から作りかえる世界」
『コミュニティメ
ディアの未来─新しい声を伝える経路』晃洋書房,
pp.
212.
参 考 文 献
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小川明子(2008)「小さな物語の公開,そして共有」
『非営利放送とは何か─市民が創るメディア』ミ
ネルヴァ書房,pp.
253–
270.
同上(2006)「デジタル・ストーリーテリングの可能
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esを例に」『社会情報学研
性─BBCCa
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究』Vol
10,No.
2,日本社会情報学会,pp.
25–
35.
小川明子,伊藤昌亮(2
01
0)「物語を紡ぎ出すデジタ
ル・ストーリーテリング実践─メディア・コン
テ・ワークショップの試み─」『社会情報研究』
Vol
.
14,No.
2,日本社会情報学会,pp.
115–
128.
小川明子,伊藤昌亮,溝尻真也,土屋祐子(201
2)
「障がいをめぐる対話とデジタル・ストーリーテ
リング メディア・コンテハッピーマップ実践
報告」『愛知淑徳大学論集メディアプロデュース
学部篇』 第02号,愛知淑徳大学,pp.
95–
114.
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