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屋根をめぐる「現代的」な課題

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屋根をめぐる「現代的」な課題
相談現場に役立つ情報
木村 孝 Kimura Takashi
住宅に関する
丸ビル綜合法律事務所
相談事例を考える
第8回
弁護士。住宅問題に加え、日弁連コンピュータ研究委員会委員長
を歴任するなど、技術をめぐる法律問題に長く取り組んでいる。
屋根をめぐる
「現代的」
な課題
つまり、瓦と瓦の重なりの部分が長いほど、
今月号は屋根からの漏水を中心に屋根工事に
風に押された雨粒が、重なり部分を通じて奥に
関する事例を幾つか紹介します。
入り込みにくくなり、屋根の傾斜が大きいほど
重力により、水が下へ、つまり入ってきた方向に
雪国の「すがもり」
流れ戻ろうとするため、
「隙間だらけ」*1の瓦屋
根でも雨から建物を守ることができます*2。
かつて雪国で、とくに雪どけの時期に起こる
現象に「すが漏り」
(
「すがもれ」
)がありました。
このように、
「常に水が流れ落ちる」ことによ
屋根に積もった雪が屋内から伝わる熱で溶け、
って雨漏りを防いでいるのに対し、氷で水がせ
屋根を流れ落ちるうちに再び軒先で凍り、水の
き止められて屋根の上にたまると、瓦などの屋
流れをせき止めてしまうことで、屋根材などの
根材や、防水性のある屋根葺き下地であるルー
隙間から屋内に漏水する現象です(図1)
。
フィング材の隙間からその内側に流れ込み、さ
ぶ
瓦屋根がその典型ですが、屋根の表面を覆っ
らには屋内に入り込んで「すが漏り」が生じます。
ている瓦と瓦の間には必ず隙間があり、屋根に
降った雨は、風などに押されればこの隙間から
東京近郊の住宅地で起きた
「現代的すが漏り」
内側に入り込もうとします。そして、許容度以
上に入り込めば「雨漏り」が生じますが、これ
を防いでいるのが、瓦と瓦が重なりあった部分
近年、雪国では、屋根の内側を断熱したり、
の長さと、屋根の傾斜(勾配)です(図2)
。
屋根の雪を暖めてとかしたり、屋根の傾斜を強
もや
(母屋)
[棟木]
雪
水
梁
屋根材の隙間から雨水が
入っても、屋根が傾斜して
いるため流れ出る
もや
(母屋)
[軒桁]
氷
すが漏り
(れ)
屋根材
屋根下葺材
アスファルト
ルーフィングなど
天井板
ツララ
屋根下地材
野地板
たる木(垂木)
図1 すが漏り 「寒地住宅読本」1950北海道庁p.11に加筆
図2 屋根の「つくり」の例
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くするなどして雪を積極的に周囲の敷地に落と
水がせき止められ、部屋の真上にたまり、室内
す(図3)といった方法で、すが漏り(や雪下
に流れ込んだと思われます。
ろしの手間や危険)を防ぐ技術が進んでいます。
一方で、降雪の少ない東京近郊の住宅地でも
現代的な屋根のトラブル
すが漏りと思われる現象が起こったことがあり
ます。昨年に相談を受けた「大雪の後に限って
上記のすが漏りは、外壁を(図4)の青い点
雨漏りがする」という案件です。4年ほど前の
線の位置として軒を通常の寸法にすることがで
大雪の後に2階のキッチンの天井から大量の雨
きれば、少なくとも大事には至らずにすんだは
漏りがあり、業者が家の周囲に足場をかけ、さ
ずで、その意味では、敷地に制約はあるが建坪
まざまな実験をして調べたものの原因が分かり
はできるだけ大きくしたいという、大都市近郊
ませんでした。屋根材の施工に問題があるのな
ならではのトラブルといえるでしょう。
ら、暴風雨のときにも雨漏りしそうなものです
この例のようなすが漏りは珍しい事例ですが、
が、そのような事態は起こらず、1年ほど前の
最近の屋根をめぐるトラブルには、いわゆるエ
大雪で再び同じ場所で雨漏りが発生しました。
コブームの副作用といえるものもあります。
相談を受けた当初、すが漏りは「雪国での現
次は、それらの中で最も現代的ともいえる、
象」という先入観から考えていなかったのです
太陽光発電設備に起因する事例について、最近
が、発生する原理を知ると、同じことがここで
指摘されている、
注意すべき事項を説明します。
も起こったと考えざるを得なくなりました。
この事例では、業者側にも打つ手がなく、結
太陽光発電パネルのトラブル
局、土地・建物を時価で引き取ることで解決し
たため、詳細な調査はしなかったのですが、図
売電制度の法制化、公的な補助金制度、さら
面や写真などから判断すると、以下の図のよう
には原発事故を契機とした電力不足もあり、脚
なことが起こったようです(図4)
。
光を浴びている太陽光発電ですが、太陽光発電
問題は、建物が敷地の境界に接近しており、
パネル(以下、パネル)を、既存の住宅の屋根
さらに、この台所部分が出窓のような状態にな
に載せるにあたり、確認・解決しなければなら
っているために、軒先が数センチしかなく、屋
ない問題がいくつかあります。
根の勾配も緩かったことです。加えて、雪の翌
●屋根の変形
日は晴天になることが多い地域でもあることか
パネルの重さは、家全体を基準に考えればそ
ら、少しの雪が軒先で凍りつくだけで、雪どけ
れほどのものではありませんので、パネルの重
屋根
降雪センサー
傾 斜を急角度に
し、
テフロン加工し
た鋼板で葺いて、
雪がすべり落ちる
ようにする
①昼間いったんとけた
雪が、夜凍る
雪を検知して、
家 の 周 囲 のタ
タキに水を流す
雪
基礎
氷
背を高くして屋根か
ら落した雪がたまっ
ても、建 物 本 体の
外 壁などを傷めな
いようにする
散水装置
どい
地下水を流して
雪をとかす
タタキ 家の周囲を浅いプール状に囲んで屋根から
落ちてきた雪を貯め、中に水を流してとかす
図3 上越地方など多雪地帯の住宅の例
屋
根
②太陽や屋内から伝わる熱で
とけた雪が水となってたまる
雨樋
③屋根材の隙間から、屋根の
内側に入って、屋内に落ちる
軒が短いと
この水は、
そのまま室 外 壁
内に落ちる
外壁がこの位置で、軒先が長けれ
ば仮にこの現象が起こっても、
その
まま地面に落ちるか、軒裏に入る程
度なのでそれほど大事にはならない
図4 関東の市街地の「すが漏り」
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さのために柱が傾いたり、家が沈下したりとい
動いてしまうため、この部分から雨漏りが発生
った心配は通常ありませんし、インターネット
する事例も多発しているようです。*5
上の情報でもそのように説明されています。
●ルーフィング材の劣化
しかし、問題は家全体ではなく屋根の強さと
葺き土で瓦を止めている伝統的な屋根を除い
の関係にあるのです。屋根の部分は、
もともと、
て、現代の家屋では、屋根材自体あるいは屋根
頻繁に人などがのることはないので、屋根材の
材を固定するための木製の桟や金属製のブラケ
重さと、屋根に加わる風や地震の力(地域によっ
ットは、釘やビスによって、下葺材であるルー
ては積雪による荷重が加わる)にだけ耐えられ
フィング材を貫いて野地板やたる木に固定され
ればすむのですから、建物の本体ほどの強度は
ています。つまり、ルーフィング材には多かれ
ないのが通常です。そこにパネルを載せること
少なかれ「穴」が開いていますが、そこから雨
で屋根が変形し、雨水の入り込む隙間ができた
が漏れないのは、ルーフィング材がアスファル
り、逆に雨水が流れ落ちるのをせき止めてしま
トなど弾力性のある素材で作られており、その
い、雨漏りを生じさせるおそれがあります。
弾力や粘着性で穴と釘などとの隙間を塞いでい
したぶき
パネルを設置するに当たっては、屋根を支え
こ や つか
るためです。
の じ いた
る小屋束、母屋、たる木あるいは野地板(図2
しかし、このルーフィング材の機能も、時間
参照)の寸法や間隔などを確認し、パネルの荷
が経てば徐々に劣化してゆきますので、
建築後、
重が加わっても、屋根に変形が生じない強度が
長い期間が経過している場合には、通常の釘や
あることを確認することが不可欠といえます。
ビスを使う場合であっても、ソーラーパネルを
そして、強度に不安がある場合には屋根部分を
たる木などに固定するための穴から雨漏りが生
ふ
ずる可能性は否定できません。
補強したり、屋根材を瓦から軽い材料に葺き替
また、仮に新築後間もない場合でも、ルーフ
*3
える必要が生じることも起こり得ます。
ィング材の設計時に想定されている釘やビス以
●パネルの固定強度
屋根の構造との関係で慎重に対処しなければ
上に大きな穴を開けたり、穴の回りを損傷する
ならないのはパネルを固定する強度の問題です。
ような部材を使用した場合には、ルーフィング
パネルは、通常時はもちろん、地震や強風時
材の機能だけでは穴をふさぎきることができず、
そこから雨漏りが生ずるおそれがあります。
にも外れないように固定されていなければなら
ないのは当然ですが、そのためには、固定される
したがって、パネルの設置にあたっては、屋
側の強度も確かめる必要があります。パネルは
根工事の専門業者の意見を聞くなどして、慎重
ブラケットと呼ばれる取付金具をいわば「長い
に対処する必要があります。
ねじ釘」を使って屋根のたる木に固定すること
●落 雪
によって取り付けるのが一般的です。*4 しか
加えて、最近消費者相談窓口に寄せられる太
し、たる木の間隔は家によってまちまちで、そ
陽光発電に関する苦情には、パネルからの落雪
のために、ブラケットのねじ穴と間隔が合わな
*6
の問題があります。
いためにその上の屋根の下地材(野地板)に止
屋根に太陽光発電用のパネルが設置されてい
め付けてしまうことも多々あるようです。この
る場合、雪はパネルの上に積もりますが、パネ
下地材はたる木以上に家によってまちまちです
ルは太陽光エネルギーをできるだけ無駄なく電
から、これが薄かったり、割れなどで劣化して
力に変換する必要があるため、その表面には通
いると、結局はパネル自体が本来必要な強度で
常の屋根材より滑らかな素材が使われています。
屋根に固定できないことになります。
そのため、パネルの上に積もった雪が高速で
また、パネルが風などで動くたびに、ねじも
一気に落下することになります。また、多雪地
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相談現場に役立つ情報
ながら確立してきたものです。
帯でなくても、敷地に制約のある都市部では、
したがって、
普通の家を普通に建てる限りは、
主として隣家への落雪を防止するため、屋根に
雪止めを設けることが多いのです*7が、パネル
この雨仕舞いのセオリーから外れず、また、部
が雪止めに接近した位置に設けられることも多
材メーカーの施工マニュアルに定められた条件
く、滑り落ちる雪がその上を通過してしまい、
や手順に忠実に従えば、雨漏りの可能性を極め
雪止めが本来の機能を発揮できないことも苦情
て低く止めることができるのですが、太陽光発
が発生する大きな要因と思われます(図5)
。
電パネルの設置などについては、そこまで「技術
が練れた」段階にはないように感じます*10。
屋根から落ちる雪には氷状となったものも多
く、人身への被害が発生しかねません。そのよ
住宅の所有者も、いわば目新しいものをあえ
うな状態は、前号でご説明した、
最高裁判決
【5】
て取り入れるのですから、工事が終わったから
でいう「基本的安全性」を欠く状態に当たるこ
といって安心せず、常に、屋根の変形や雨漏り
か し
と、見方を変えればその設計・施工に瑕疵があ
などに目を配り、異常があれば、早急に対処す
ることは明らかです。
ることが必要です。
落雪によって第三者に被害が発生した場合に
【参考資料】
石川広三・著『雨仕舞のしくみ』(彰国社・刊)
渡辺敬三、石川広三・著『屋根と壁の構法システム』(建築技術・刊)
は、住宅所有者なども土地の工作物(住宅)の
設置管理に瑕疵があったとして、その責任を免
*1 本誌2012年8月号26ページ右欄参照。
れませんので*8、早急な対処が必要です。
*2 さらに奥に入り込んでしまった水は、昔の屋根ならば、瓦の下の
粘土(葺土)が一時吸収することによって、また、現代の屋根の
場合はアスファルトルーフィング(【図2】参照)などの屋根下
葺材の表面を流し落すことによって、それ以上に水が入り込むこ
とを防いでいる。
また、民法では、隣接する他人の土地に雨水
を直接流し入れる屋根や設備を設けることはで
「住
*3 2011年7月版『まもりすまいリフォーム保険設計施工基準』
宅用太陽電池モジュール設置工事編」㈶住宅保証機構・刊、住
宅用太陽光発電システム施工品質向上委員会・編 『住宅用太陽
光発電システム設計・施工指針』㈶新エネルギー財団・刊
きないことになっています*9(図6)
。この観
点からみても対処が不可欠といえます。
*4 「既存住宅の瑕疵担保責任保険 施工・検査基準(住宅用太陽電
池モジュール設置工事編)」
http://www.mlit.go.jp/common/000114507.pdf 参照。
終わりに
「太陽光発電パネルが抱える雨漏り対策の難題」『日経ホームビ
*5 ルダー』2010年9月号58 ~ 61ページ参照。
「屋根設置の太陽エネルギー利用パネルからの落雪に注意」2011
*6 年2月3日国民生活センター公表資料。
http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20110203_1.pdf 参照。
とくに木造住宅などで、屋内への雨水の浸入
あま じ ま
を防ぐさまざまな工夫は「雨仕舞い」と呼ばれ
*7 どの程度のものを設置するかは、その地域の降雪量のほか、屋根
材表面の摩擦力や勾配によって決まる。
ますが、それは長い歴史の中で築きあげられて
*8 民法717条1項
きたもので、サッシュや屋根の造りや施工方法
*9 民法218条
*10 屋上緑化についても、植栽用の土が屋根に加える荷重、植物の根
への対処あるいは水の流れ方への配慮など、事前の慎重な検討と
確実な施工が必要な事項が数多くある。
も、雨仕舞いほどではないにしても研究者やメ
ーカーが長年にわたって実験と失敗を繰り返し
ソー
ラー
パネ
ル
雪が従来
(青線)
よりも
高い位置から
高速で
落ちる
(赤線)
ため、従来の雪止めが
利かなくなることがある
こちらは許容されない
(民法218条)
屋根
面
雪止め
敷地境界線
図5 雪止めとソーラーパネル
こちらは許容される
(民法214条)
図6 民法218条で禁じられている屋根のつくり
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