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退職給与の支払保証

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退職給与の支払保証
退職給与の支払保証
村上 清
(日本団体生命取締役)
1企業年金の拡充の方向
企業年金の拡充を望む声が強い。これには2つの側面がある。第1
は量的な拡大で、より広い範囲に普及させることである。第2は質的
な強化で、給付の内容をより充実し確実なものにすることである。欧
米各国では、この2つの側面につき、公的施策の論議が重ねられ、さ
まざまな形で実施に移されている。
各国に共通して実施されている施策は次のようなもので、国によっ
て段階が異なり、その一部のみ実施している国と、全部を実施してい
る国とがある。
a 受給権の付与(vesting)
中途退職者についても、それまでの勤続に応じた年金の受給権を
付与する。
b 年金の通算(portability)
何度も転職した者に対して、それぞれの職場で受給権の付与され
たコマギレの据置年金を、通算して1つの窓口から支払う。
C 資金の積立(funding)
規定上で約束された給付が支払えるように、その裏付けとなる資
金の計画的な積立を行う。
d 保証保険制度(reinsurance)
-1一
退職給与の支払保証
資金の積立がない場合や不十分な場合に企業が倒産しても、規定
の給付の支払が行われるような、支払保証の保険制度を設ける。
e スライド制(indexing)
給付の実質的な内容が維持されるように、物価スライド等の方法
を採用する。
f 強制適用(mandate)
すべての被用者に企業年金が適用され、かつ上記の各項目を確実
に行わせるために、企業年金の採用を強制する。
欧米の先例を参考にして、近年はわが国でも同様な施策を採用すべ
きであるという声も聞かれる。これらの項目のうち、以下では特に
「保証保険制度」について検討してみることとする。
2 退職金の保全措置
この種の保証保険は、スウェーデンが最初で、以後アメリカ、西ド
イツで実施され、カナダではオンタリオ州だけが採用している。フィ
ンランドも似た仕組みで、ここでは未積立額に支払保証の保険をつけ
る代わりに、一度掛金を拠出して、その積み立てた資金の還元融資を
受ける(retro-investment)仕組みを採っている。積立金につく利息と
還元融資の利率は同率だから、実質は非積立と同じで、還元融資を受
ける際に保証保険が付保される。これらの先例を参考にして、日本で
も似た制度を採用できないか、というのが保証保険の導入に関する提
言である。
これらの提言では、日本にはまだ保証保険がないから導入すべきだ
と言っているのだが、実際には日本にはすでにこの種の保険は存在し
ている。しかも、その適用対象は、企業年金だけに限らず、全国のす
べての事業所の退職給与に広く及んでいる。それは昭和51年に制定さ
-2-
退職給与の支払保証
れた「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づいて行われている「未
払賃金立替制度」である。
昭和48年秋の石油危機に端を発する不況の過程で、企業の倒産件数
は年間1万件(昭和49年、負債総額1,000万円以上の倒産)の大台に乗
り、賃金・退職金の不払い、社内預金の返還不能が急増した。
このような状況のもとで、労働債権の履行の確保を強化すべきであ
るという考えが強まり、その結果として制定されたのがこの法律であ
る。内容は、①社内預金の保全措置、②退職金の保全措置、③退職労
働者の賃金に係る遅延利息、④未払賃金(退職金を含む)の立替払事業、
の4つであり、このうち退職給与に関係のあるのは②と④である。
退職金の保全捨置とは、倒産等で事業主に支払能力がなくなった場
合でも、退職金の少なくとも一部については支払いがなされるように、
原則として退職金の支払にあてるべき額のうち一定の額について、社
内預金の保全措置に準じた措置を講じるように努力することを求めた
ものである。社内預金の保全措置は、罰則をもって履行が強制される
強行規定になっているが、退職金の保全措置はこれとは異なった努力
義務規定、いわゆる訓示規定となっている。これは、まれにしか生じ
ない倒産等に備えるために、退職金の支払のための資金の確保を画一
的、強制的に企業に義務づけると、退職給与引当金として企業内で運
用されている資金等の流動性に相当の影響を与え、結果として、企業
経営に支障をきたす企業や、退職金制度を後退させる企業が生じるお
それがあると考えられたからである。
退職金の保全措置の内容は次のようなものである。まず、保全措置
を要する場合と、要しない場合とに、区分けをする。要しない場合と
は、①すでに社外積立型の退職金制度(中退金、特退金、適格年金、
厚年基金など)を採用しているか、または(診労使間で保全措置によら
一3-
退職給与の支払保証
ない旨を協定したときである。この①にも②にも該当しないときは、
次のいずれかの保全措置を講じる。
(1)事業主の労働者に対する退職金の支払いに係る債務を、銀行
その他の金融機関において保証することを約する契約を締結す
ること(保証方式)
(2)労働者の事業主に対する退職金債権を被担保債権とする質権
または抵当権を設定すること(質権・抵当権設定方式)
(3)その他、企業が倒産した場合でも退職金の支払いが確保され
る保全措置を講じること(その他の保全措置)
これらの保全措置を講ずべき額は、原則として、労働者の全員が自
己都合退職した場合に支給すべき額の4分の1以上で、退職年金につ
いては、予定利率を年5.5%として算出した現価額によることとして
いる。
3 未払賃金立替払制度
上記の退職金の保全措置は訓示規定に止まっているため、実際に履
行されるとは限らない。社外積立が行われていれば、その限りにおい
て支払いの保証はあるが、概していえば、社外積立は退職金の一部だ
けについて行われているため、規定どおりの退職金が支払われるとは
限らない。事実、退職金の不支払いは後を断たない。そこで、実際に
退職金の不払いが生じた場合の救済方法として賃確法で定めたのが
「未払賃金立替払制度」である。
この制度は、企業が倒産した場合に退職した従業員に未払賃金があ
るとき、労働者の請求に基づいて、未払賃金(定期払賃金と退職金)の
一定の範囲のものを政府が事業主に代わって弁済する制度である。未
払賃金立替払事業は、労働者災害補償保険の労働福祉事業の一環とし
-4-
退職給与の支払保証
て行われ、実施業務は労働福祉事業団が行っている。立替払事業の財
源は、労働保険特別会計の労災勘定に求められている。
これは、賃金の支払いは、本来事業主の基本的な責務であるので、
これに要する費用の負担を一般国民(一般会計)に求めることは妥当で
はなく、むしろ事業主の責任と負担において労働者の救済を図ること
としている労災保険の財源を原資にすることがより妥当と考えられた
からである。
立替払いは、労災保険の適用事業所で、1年以上の期間にわたって
事業を行っていたものが、破産の宣告を受けるなど一定の倒産事由に
該当したときに行われる。立替払いの対象となる退職金の範囲は、退
職金だけについて規定されてはおらず、定期賃金と退職金とを合わせ
た未払賃金の一定範囲とされている。その範囲は、質確法施行令第4
条に定められており、具体的な金額は毎年定められるが、考え方とし
ては、労働者の平均賃金の3カ月分の(昭和60年度は67万円)の80%に
相当する額である。
この制度は、名称が「立替払い」で「保証保険」とはなっていないとこ
ろから、欧米の保証保険とは別のもののように考えられがちである。
また、その財源も、保証のための保険科として徴収はしておらず、労
災保険の財政の中で福祉事業として行われている。
「立替え」といえば、一般の言葉の感覚では、「一時的に代わって支
払っておき、あとで取り戻す」ことと思われがちである。実際にも法
律上の仕組みでは、本来は事業主が支払うべきものを立て替え、あと
で事業主から回収することになっている。しかし、実際問題として、
倒産した企業から十分な回収は困難で、立替払いをしたままに終る場
合が多い。アメリカの保証保険では、保険が支払を保証したあと、そ
の支払額を事業主に求償する仕組みになっているが、これは名称は保
-5-
退職給与の支払保証
険でも実質は立替払いということもできる。つまり、アメリカの保証
保険も日本の立替払いも、実質は同じなのである。
給付と保険料の関係では、保険制度というからにはなにかの対応関
係があるのが通例である。退職給付の支払保証でも、スウェーデンや
西ドイツでは、保険料は保証される額(未積立債務額)を基準にして算
定される。しかしアメリカの保証保険では、保険料は加入者1人当た
りの一定金額(8.50ドル)で、保証される額とは無関係である。完全積
立、あるいは過剰積立になっている制度では、保険は不要なはずだが、
それでも保険料を支払っている。日本の場合、労災保険の適用事業所
の中には、退職金制度のないところ、中退金などを利用した社外積立
で常時完全積立になっているところ、倒産など考えられない優良大企
業などが含まれており、保険料と給付が対応する保険制度とはいいに
くいが、アメリカの例を参考にすれば、これもあり得ないことではな
い。名称はなんであれ、支払を保証していることは確かである。
4 退職手当不払の状況
労働基準監督機関が把握した退職手当を含めた賃金不払事件の状況
をみると、昭和59年度では賃金不払事件は約14,000件、対象労働者は
約62,000人、不払額は約160億円であるが、このうち退職手当不払事
件は約800件(6%)、退職手当不払に係る者は約5,000人(8%)、退職
手当不払額は75億円(46%)となっている。1人当たり退職手当不払額
は145万円である。
労働基準監督機関が処理した退職手当不払事件の状況をみると、昭
和59年度では、前期からの繰越分を含む退職手当不払事件数は約900
件であるが、このうち70%は解決をみており、解決不能、すなわち事
-6-
退職給与の支払保証
第1表 賃全く退職手当を含む)不払事件の状況
対象 労働
う ち退 職 手
年 度
件数
音数
当不払 件数
A
B
件
件
うち退職手
当 に 係 る対
B / A
%
う ち退 職 手
D / C
不 払額
C
D
人
人
F / E
当不払 額
象労働音 数
E
%
百万 円
F
百万円
%
5 5
14 ,015
905
6 5
69 ,781
6,15 1
8 .8
13,650
6 ,0 7 0
4 4 .5
5 6
1 4 ,0 4 6
929
6.6
59 ,373
6 、4 6 9
10 .9
15,253
8 ,143
53.4
5 7
13 ,360
865
6.5
60 ,483
7,049
1 1.7
18,730
10 ,8 5 7
5 8 .0
5 8
13 ,555
785
5.8
6 2 .4 1 6
4.135
6. 6
13.540
5 ,127
37.9
5 9
14 , 2 1 2
80 7
5 7
62 .254
5,169
8 .3
16,428
7 .507
45 .7
資料出所 労働省労働基準局調べ
(注)全国の労働基準監督署で当該年度中に新規に把握した賃金(退職手当)不払事件である。
第2表 退職手当不払事件の処理状況
項
件
目
数
年度
不
払
事
前期繰越
当期 把握
件
件
働者 数
金
額
1 次期 繰越
解 決
B
B / A
解決 不能
C
C / A
件
%
件
%
A
件
[A - 8 - C ]
件
5 5
14 9
905
1 ,0 5 4
767
7 2 .8
146
13.9
14 1
5 6
14 1
929
1 、0 70
733
6 8 .5
148
13.8
18 9
5 7
18 9
865
1 ,0 5 4
741
7 0 .3
158
1 5 0
155
5 8
155
785
940
653
69.5
156
16.6
13 1
5 9
13 1
807
9 38
660
7 0 .4
159
17.0
119
人
対 象労
件
計
人
5 5
4,163
6 ,151
5 6
3,429
5 7
5,446
5 8
5 9
人
人
%
人
%
人
1 0 , 3 14
3 ,0 2 1
29.3
3 ,8 6 4
37.5
3.42 9
6 ,469
9,898
2,485
25 .1
1 ,967
1 9 9
5.44 6
7 ,0 4 9
12.49 5
2,541
20.3
2 .9 6 0
23.7
6.99 4
6,994
4 ,135
11,129
6.30 8
5 6 7
2,4 92
22 4
2.30 9
2,309
5 ,169
7,478
2.350
31.4
2,80 8
37.6
2,32 0
百万 円
百 万円
百万 円
百万円
5 5
7 、6 7 9
6 , 0 70
1 3 、7 4 9
2 、9 9 2
21.8
2,593
1 8 、9
8 , 16 3
5 6
8.163
8 .143
16.306
2, 798
17.2
1,8 77
11.5
11,63 1
5 7
1 1,631
10,8 57
22,488
5 . 13 5
22.8
1,69 7
7.5
15,656
5 8
1 5,656
5 ,127
20 , 7 8 3
10,64 5
51.2
2,25 5
10.9
7,88 3
5 9
7 , 88 3
7,50 7
15,390
3.65 7
23.8
2,862
18.6
8,87 1
%
百万 円
%
百 万円
資料出所 労働省労働基準局調べ
(注)「解決」には、件数については対象労働者の全員につきその不払額の全額が支払われた事件数、
対象労働者教については、その不払顔の全額か支払われた人数、金額については一部でも支払わ
れた金額を含め計上してある。
-7-
退職給与の支払保証
業主からの支払が最終的に不可能であると判断されたものは約160件
(17%)である。前期からの繰越分を含む不払事件対象労働者数は約
7,500人であるが、このうち解決不能として取り扱われた者は約2,800
人(38%)である。また、解決不能として取り扱われた退職手当不払額
は約30億円であり、解決不能とされた1人当たりの退職手当不払額は
102万円である。
第3表 未払賃金立替払車乗の実施状況
年
度
対
象
計
定期貸金
の
み
未払の 者
者
致
退職 手当
の
み
未払 の者
(人 )
立替払 対象未払 賃金顛
憂鱈
(百 万 円 )
支給額
計
定期賃金
退職手 当
未払の 者
( 百万 円 )
5 2
2 0 ,9 5 7
ユ4 , 7 2 6 3 , ユ5 5
3,07 6
8 , 5 2 4 3,269
5,2 55
3.083
5 3
2 1 ,3 4 5
13,582
3 ,937
3,826
9 ,386
3.249
6 ,137
3,388
5 4
11 , 3 3 3
8,188
1,539
1,60 6
4 ,117
2,067
2 ,0 5 0
1,853
5 5
1 5 .5 60 11,338
2 ,0 5 6
2,166
5 ,6 9 3
2 ,608
3,08 5
2,700
17 ,2 9 9
11,959
2 ,672
2,66 7
6 ,930
2 、7 9 8
4 ,132
2,756
52 - 5 5
平
均
5 6
1 2 ,9 4 7
-
-
-
5 7
1 5 ,2 8 5
-
-
-
5 8
14,7 36
5 9
1 4 ,4 1 0
11,325
-
3,4 11
ー
2,591
-
3,609
3 .6 0 8
-
3,041
2,786
資料出所 労働福祉事業団調へ
(注)56年度以降については、対象者数の内訳及び立替払対象未払賃金額について
集計されていない。
立替払制度の実施状況を昭和58年度についてみると、定期賃金と退
職手当の未払を合わせた立替払対象者数は約15,000人、支給額は30億
円である。このうち退職手当の未払に係る者は約3,400人(23%)であ
り、これらの者が支払いを受けられなかった退職手当の額である対象
未払退職手当額は36億円で、1人当たり未払退職手当額は106万円で
ある。
立替払対象者の未払賃金額を限度額との関連でみると、定期賃金の
一8-
退職給与の支払保証
未払額のみで限度額を超えるものはほとんどないが、退職手当の未払
額では限度額を超えるものが少なくない。
5 退職手当の支払確保に関する報告書
退職手当の受給権の保護に関する法制としては、民法、商法等、さ
らには破産法、会社更生法等に退職手当の受給権に対し他の債権に比
べて優先的に一定の保護を与える規定があるはか、労働基準法上で退
職手当の受給権の保護に係る規定がある。さらに退職手当の受給権の
履行確保とその実質的救済を図るための法制としては、上記の退職手
当の保全措置および未払賃金の立替払制度に関する賃金法の規定があ
る。
以上の規制はあるものの、現実には退職手当の受給権の保護は十分
に行われているとはいえない。この点に関して、労働大臣の諮問機関
である労働基準法研究会(会長・石川吉右衛門)が昭和59年8月28日に
提出した報告書では、第3部会(座長・山口俊夫)の退職手当関係の中
間報告の中で次のように述べている。
この中間報告では、規定上での受給権の明確化を図るとともに、実
質的な履行の裏付けとして、まず適格年金や厚年基金などの社外積立
型の運営を高く評価し、その普及を期待している。次に退職手当の保
全捨置については、その主な方法として考えられる金融機関における
保証、あるいは質権・抵当権の設定は、保証料が高額になることと、
企業の資産運用に影響を及ぼすことから、現状では十分に機能してお
らず、また保全すべき額として定められた額も要支給額の一部分にす
ぎないことから、現行の賃確法に基づく保全措置は退職手当の支払確
保のための措置としては十分であるとはいえない、としている。
労働省の調査でも、昭和56年9月現在で、保全措置を講じている企
-9-
退職給与の支払保証
業数は、社内準備のみの企業の12%で、保全の方法の内訳は保証方式
92.3%、質権・抵当権設定方式が5.6%、その他が2.1%となっている。
また、退職手当の立替私については、退職手当は定期賃金に比べ相
当に高額になることが通常であり、現状の立替払の限度額の範囲内で
は、退職手当が支払われない労働者に対し、十分な救済を図ることは
困難な状況にある、としている。そして、この中間報告を提出するに
当たって研究会の第3部会では、「退職手当の支払確保の問題につい
ては、専門家の意見を聴きつつ引き続き検討することとしており、こ
の検討結果を含めて、昭和60年までに研究結果を取りまとめることと
している」と述べている。
これを受けて専門家による委員会が設けられ、その検討結果に基づ
いた報告書が昭和60年12月19日に提出された。この委員会には筆者も
参画し、座長として他の委員のかたがた及び事務局とともに作業して
報告書の取りまとめに当たったので、以下ではその概要を紹介する。
なお、専門委員会の委員は、筆者の他、田中清定(労働保険審査会会
長)、杉浦孝之助(東京電力・人事部副部長)、山下陽久(三菱信託・年
金信託部主任研究員)、碓井光明(横浜国立大学助教授)、諏訪康雄(法
政大学助教授)の諸氏である。
6 保全措置の見直し
報告書では、まず退職手当の現状と不払の状況、次に現行の受給権
の保護について述べたあと、保全措置の見直しについて提言する。
その第1は、社外積立型の促進である。社外積立型であれば、企業
倒産等の場合においても、積立金の限度において支払の確実な履行が
図られる。このような社外積立型制度(積立金の受益権の帰属が労働
者に定められているもの)の採用は、退職手当の支払いを確保するう
ー10-
退職給与の支払保証
えで望ましい。賃確法は、社外積立型制度を採用する企業は保全措置
を講じなくてよいものとし、社外積立型制度の採用を退職手当原資の
保全に有効であると認めながらも、同制度の採用を保全のための望ま
しい方法として明確に位置づけてはいない。また、企業が社外積立型
制度を退職手当制度のごく一部について採用した場合であっても全く
保全措置を講じる必要がないと考えられている点も問題である。賃確
法上で社外積立型制度の採用を明確に位置づけることにより、その採
用を促進することが望ましい。
現在、社外積立型の普及は進んでいるものの、なお社内準備型も大
きな割合を占めている。完全な支払確保の面からは、退職手当の全部
を社外積立にするのが望ましいが、社内準備型では資金を企業が事業
資金に利用することができ、税法上でも一定額までは引当金を設ける
ことで損金算入できる途を講じている。また、社内準備を一時に全面
的に社外積立に移すことは、費用負担が過大になり容易ではない場合
もある。退職手当が基本的には任意の制度であることも考慮すれば、
当面は退職手当の一定割合以上が社外積立になるよう努めなければな
らないこととし、社外積立型の普及へ方向づけることが適当である。
社内準備型の保全措置としては、保証方式や質権・抵当権設定方式
などがあるが、いずれもあまり普及していない。このうちで比較的利
用されている保証方式も、保証料の支払いが事業主の少なからぬ負担
となり、企業経営が悪化すれば保証料はさらに高額なものとなり、保
証契約を継続することが困難になる。社内準備型には、新たな保全方
法の導入等、保全措置のあり方について検討する必要がある。
社内預金の保全措置の1つとして定められている保全委員会方式は、
退職手当の保全措置としては現在は認められていないが、定期的に労
使協議により退職手当制度の技術的な事項について検討する場を設け
-11-
退職給与の支払保証
ることは、退職手当制度の運営および改善について労使の関心を促し、
ひいては退職手当の支払確保にも一定の機能を果たすことになるもの
と考えられる。
このようなことから、退職手当制度を有する企業については、相当
部分を社外積立にしている企業を除き、原則として労使の代表で構成
される退職手当保全委員会(仮称)の設置を義務づけることが妥当であ
る。
7 退職手当の不払救済制度
現状の立替払制度は、その限度額が定期賃金の不払額と合わせて民
間の平均給与月額の3カ月分程度であり、退職手当の不払を救済する
ための十分な制度とはなっていない。退職手当が労働者の退職後の生
活保障の1つとして重要な役割を果たしていることを考えると、こう
した退職手当の不払に対する救済措置を充実する必要がある。
まず、現行の立替払制度の中でより実質的な救済が図られるよう、
定期賃金部分とは別枠を設けて立替払を行うことが適当である。この
場合、退職手当は定期賃金と異なり、その採用が事業主に義務づけら
れたものではないこと、退職手当の性格についても種々の議論があり、
定期賃金と同一の考え方に基づき救済を図る制度とすることが必ずし
も適当でない場合もあること等も含め、定期賃金とは別の観点から救
済措置の対象および救済の範囲等の要件につき十分に考慮する必要が
ある。例えば、企業倒産時の当該労働者の勤続年数や年齢を考慮して
限度額を設定することも検討に値すると思われる。
欧米諸国における企業年金の形態は、社会経済的背寮等の違いを反
映して、企業内留保方式や社外積立方式などさまざまである。これら
の国のうちスウェーデン、アメリカ、西ドイツ等では、倒産等により
-12一
退職給与の支払保証
支払いが不能になった場合の保証保険制度が設けられている。わが国
でもこのような保証保険を導入すれば退職手当の不払に対してより十
分な救済が図れることになろうが、その導入には種々の問題点がある。
各国の保証保険は、それぞれの国の事情に応じた特徴のある制度に
なっている。スウェーデンや西ドイツでは、企業内留保が主流である
ところから、保証保険も非積立の運営を前提として考えられている。
一方、アメリカの企業年金は、事実上すべて社外積立であり、保全の
方法としては、まず積立を強制し、次に完全積立になっていない状態
で制度が打ち切られた場合に支払不能を担保する保証保険が設けられ
ている。イギリスのように、導入の是非について検討したが、採用を
見合わせた国もある。
わが国では、退職手当には一時金もあれば年金もあり、両者のいず
れでも選択できるものも多い。支払いの準備にも、非積立の社内準備
もあれば、適格年金等の社外積立もある。税法も、社内準備を前提と
した引当金もあれば、社外積立のための企業年金税制や中退金・特退
金もある。このようなわが国の現状において、もし保証保険を新規に
考えるとすれば、特定の退職手当(企業年金)だけを対象にするのでな
く、広く退職手当の全般を対象とするものとして構想する必要があろ
う。この保証保険は、企業倒産が続出するような経済状況が生ずる場
合には維持が困難に陥るなどの問題を内包しているほか、保険料率の
決定も対象企業の多様性(業種、規模、財務内容等)を考えれば容易で
ない。さらに、わが国の退職手当制度が、その設置、形態、支払準備
のすべてにわたり任意的なものである現状では、保険制度を導入し強
制的に適用しにくい状況もある。これらの諸事情を勘案すれば、わが
国において保証保険制度を導入することは、時期尚早と考えざる得な
い。
一13-
退職給与の支払保証
6 各国の保証保険と日本の比較
報告書では、各国の保証保険の概要と、それと日本との比較を添付
している。各国の仕組みはすでに多くの機会に紹介されているので、
日本の現状との比較の部分だけを次に紹介する。
まず、スウェーデンとの比較では、基本的に退職手当の位置づけが
違う。スウェーデンの企業年金は全国的な労使協定に基づく画一的な
制度で、実質的には公的年金と変わらない。だから保証は不可欠だし、
保証保険の強制も可能である。日本の退職手当は、設立は任意であり、
スウェーデンと同じには論じられない。
次にアメリカでは、保証の基本は積立で、すべての企業年金に対し
て完全積立を目指した計画的な資金積立が強制されている。保証保険
はその補完で、未積立債務がある場合に、その部分に関してのみ支払
いを保証する。日本がアメリカの方式に倣うなら、保証保険に先立っ
て完全な社外積立を強制することになるが、国が税法で退職給与引当
金を認めている状況の下で、完全積立を求めることにはむりがある。
次に西ドイツは、過去に2度も激しいインフレを経験したため、貨
幣価値への懸念があり、小規模の企業を除き、社外積立よりも社内準
備の引当金方式が多く、この状況は将来も変わらないと思われる。保
証保険も、この社内準備の企業年金を対象とした制度である。わが国
では、全体として社外積立が増加の傾向にあり、この方向を助長する
ことによって保全の効果が期待されるところから、西ドイツのように
社内準備が永続するという前提に立った保証保険の導入は適切とは思
われない。
以上は保証保険を実施した国との比較だが、一方ではイギリスのよ
うに実施をしなかった国もある。すべて物事には両面があるから、実
一14一
退職給与の支払保証
施した国を見るだけでなく、実施しなかった国の実情も知る必要があ
る。
イギリスでは、1982年に政府において企業年金の保証保険について
導入の是非が検討され、議会に報告書が提出された。この中で、実施
可能な保証保険のあり方について、以下のような検討がなされている0
① アメリカの保証保険では、事業主の自発的な年金制度の打切り
も保険事故となることから、制度の乱用を防止し得ない。保証保
険の保険事故は、企業の倒産に限るべきである。
(か 保証保険は、退職手当を有するすべての事業主に強制適用にす
べきである。このことにより、公平性が確保されるとともに危険
の分散がなされ、保険料の安定性と保険主体の財政力の維持が期
せられよう。但し、小規模企業は、少なくとも当初は、実務上の
理由から対象から除くことが必要である。
③ 保証保険料は、ある一定時点の年金債務額と年金資産の差をも
とに、一定の保険料率を乗じた額により、毎年概算で納入し、実
際の給付支払との過不足は、将来の保険料の増減によって修正す
べきである。
④ 保険科率は、すべての事業主に同一とする。財政力に応じて異
なる料率を適用することも考えられるが、財政力の評価は困難で
あり、また事業主の信用度に基づき保険料率を考えるのでは、保
護を最も要するとき(経営が危機に陥った時)に保証しきれないこ
とになる。また、財政力のある事業主は、財政力の弱い企業を補
助するための保証保険料の負担を嫌って、年金債務を上回る資金
を積み立ててしまうことによって保険料の支払いを避けるような
方法を取るだろう。
⑤ この保険制度では、破局的な経済変動が起こった時に請求が増
-15-
退職給与の支払保証
大するなど不確定要素があり、私企業が保険主体となることは困
難である。西ドイツのように連合体が制度を運営することも1つ
の方法である。いずれにせよ民営の場合には、保険給付額に諸経
費を加えたものが保険料となる。国が経営する組織を通じ、国が
破局的な経済変動による出費を引き受けることとする案では、企
業年金に加入していない納税者には不満となる。
⑥ 事業主は、債務が資産を上回れば保険料を支払わなければなら
ないところから、年金給付の改善に消極的になるだろう。事業主
からすれば、早急に資金を積み立てる見込みのない限り、給付の
改善は行うべきではないことになる。また、保険料を支払わなけ
ればならないことは、安易な企業年金の設立を抑制することにな
る。
このような検討の結果、イギリスでは保証保険制度の採用は見合わ
された。イギリスでは、一般にアメリカに比べて安全性を見込んだ年
金資金積立てが行われており、アクチュアリーの指導の下で健全な積
立てをすることが企業年金の支払いを確保する上で適切な対策と考え
られている。
9 報告書の評価
この報告書に基づいて、賃確法の改正の作業がいずれ準備されるこ
とになると思われるが、以下では本報告書の取りまとめに際しての感
想をいくつか述べてみたい。
概していえば、本報告書の内容は穏健なものと思う。まず、保全措
置についていえば、社外積立は強制ではなく努力義務となっている。
アメリカでもイギリスでも、企業年金は慣行的にすべて社外積立で
あったし、アメリカではエリサ法以後は積立が強制されている。日本
一16-
退職給与の支払保証
の場合も、受給権の保護を強化しようとすれば、社外積立の強制は積
極的な方策である。
しかし日本の現状では、社外積立も増えてはいるが、依然として社
内準備の比重が高い。さらに、日本には社内準備を前提とした退職給
与引当金が税制上で認められている。アメリカやイギリスのように、
引当金の税制はなく、社外積立しか損金にならないなら、積立の強制
も考えられるが、日本の現状でそこまでは無理であろう。退職給与引
当金の損金算入限度額は、当初は要支給額の100%であったものが、
50%に引き下げられ、次には40%に抑制されてきた。大蔵省はこの限
度額をさらに引き下げたい意向を示してきたが、そのつど経済団体か
らの猛烈な反対を受けている。このような状況の中では、社外積立は
努力義務として方向づける程度が妥当で、しかも報告書では、退職手
当の全額ではなく一定割合以上としている。退職手当の40%までが社
内留保の引当金で損金にできる税法があるのだから、努力義務とはい
え、退職手当の全額について社外積立を求めるわけにはいかない。
退職手当の不払いに対する救済には、2つの方法が考えられる。第
1は、現行の立替払い制度の拡充であり、第2は、より技本的な解決
策として新しい構想に基づく保証保険の創設である。第1の方法によ
れば、ある程度の保護の拡充は可能だが、それほど大きな額までの保
証はむずかしい。その性質が労災保険の福祉事業であり、保証に直接
見合う保険料を取っているわけではない。労災保険の適用事業所の中
には、退職金制度のない小企業もある。中退金や特退金で完全積立に
なっている事業所や、巨大企業で倒産など考えたこともない事業所な
ど、立替払いという保証保険制度の不必要なところも多い。これらを
含めた全事業所から徴収した労災保険料の中でまかなうのだから、現
在のように料率にすればゼロに等しいものなら福祉事業の範囲に収ま
-17-
退職給与の支払保証
るが、これが目に見えて料率にバネ返るようなことはできない。
新しい保証保険の創設は魅力のある構想だが、実務的には容易でな
い。その困難さは、前記のイギリスの検討項目の中にも示されている。
実際に倒産の危険の多いのは中小企業である。これらの事業所の中
には、退職金制度が規定上で不備なものも多い。規定化はせず、イン
フォーマルな形で、そのつど支給額をきめているものもある。これら
の小規模の事業所を含めて、すべての事業所の退職金制度をまず規定
上で明確化し、次に要支給額を計算して、これに適正な保証保険料率
を掛けて、確実に徴収の事務を継続的に行うことは、気の遠くなるよ
うな作業である。とくに中小企業では、退職手当の一部だけを適格年
金や中退金などの方法で積み立てているものが多く、この場合には要
支給額から積立金を差し引く面倒な計算が必要になる。退職金を適格
年金に全面的に切り替えた場合には、未積立の過去勤務債務分が保証
保険の対象になるように思われるが、この額は要支給額を基にした計
算とは一致しない。前者は将来法、後者は過去法による計算だからで
ある。
企業年金の運営はすべて社外積立としているイギリスでも、実務上
の理由から当初は小企業は除くものとしている。スウェーデンや西ド
イツでは、保証保険の適用は引当金制度を利用している中規模以上の
企業で、小企業は積立方式である。アメリカでは、保険料は保証額と
は無関係に加入員1人当たり8.50ドルの定額だから簡単だが、最近で
はこれをリスクに見合う保険料に改めるべきだという意見も出ている。
上記のような実務上の困難さに加えて、保証保険を実施すればそれ
だけの負担が要る。保険制度とは全体の助け合いだから、健全な企業
が不健全で倒産した企業を援助することになる。現在の労災保険の中
での立替払いのように、その負担が直接目に見えないものであればと
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退職給与の支払保証
もかく、目じるLをした保証保険料を新規に徴収するとなれば、企業
側からは相当な反対も生じよう。
以上のような検討の結果、不払いの救済については、現行の立替払
いの拡充がより現実的な方向であると結論づけたわけである。ただし、
保証保険が絶対に不可能と断定したわけではなく、報告書では時期尚
早と書いている。
10 企業年金への保証保険の適用
近年の保証保険に関する議論や提言をみると、それは概して企業年
金の改善に関する一項目であって、退職手当全体について考慮してい
るわけではない。これは日本の退職手当の現実を十分に理解しそれに
根ざした議論ではなく、日本とは状況の異なる欧米の先例をを参考に
しただけの借り物の議論のように思えてならない。しかも、それらの
議論は、欧米にもあるのだから日本でも実施の方向で検討すべきだ、
という提言だけであって、具体的な中味は何も示されていない。
仮に企業年金だけについて保証保険を考えてみる。厚年基金と適格
年金があるが、厚生基金の方が数も少なく、連合会の組織もあるので、
関係者の合意ができれば実施に移しやすし†ように思う。そこで、以下
では厚年基金だけについて保証保険を考えてみる。
まず、適用範囲は全基金とする。加入は強制である。任意加入は逆
選択で成り立たない。
保険で保証する給付は、各基金の規定に定められた加算給付とする。
給付には、年金と一時金とある。基金により、中途脱退に対する一時
金給付のあるものと、ないものとがある。中途給付のない制度は、保
証するのは年金だけである。加算給付の大きさは、基金により著しい
差がある。一方では、ごく名目的な少額のものもあれば、他方では退
-19-
退職給与の支払保証
職金の全額を移行した何千万円ものものもある。これらを全基金の負
担で同じに保証すべきか。それとも、保証保険という助け合いの仕組
みで保証する給付には一定の上限を設けるかは、検討を要するところ
であろう。
次に、保険料の決め方だが、2つの方法がある。第1は、加入員1
人当たりの定額で、アメリカはこの方式である。この場合には、保険
料は保証額とは無関係で、いわば会費を連合会が徴収し、これを財源
にして保証制度を行うことになる。実際には保証保険は必要ない状態
の基金が、多折の保証をうける基金と同じ拠出をすることは、納得さ
れにくいだろう。アメリカでも、1人当たり定薪の保険料をやめて、
保証額に見合った保険料にすべきだとの声もある。
第2の方法は、保証額に応じた保険料を徴収する。各基金は積立方
式を採用しているから、完全積立になっていれば保証保険による付保
は不要である。従ってここで保証すべき金額は、保証される給付の総
額から、その時点で保有する積立金を差し引いた差額で、未積立の過
去勤務債務といってもいい。
但し、未積立の過去勤務債務といえば、将来法の数理計算上で算定
される額で、一義的に確定した金額ではない。財政方式や基礎率の採
り方により、さまざまに算定される。このような不確定な額よりも、
この場合には要支給額を用いる方が分かりやすい。保証する給付には
既裁定の年金もあるが、むしろ比重が高いのは在職者の一時金である。
日本の企業会計では、従業員に対する退職給与の債務には、その時点
で全員が退職したら支給すべき所要額を算出し、これを要支給額とし
ている。欧米のように、在職者への債務も据置年金で考えるのと異な
り、一時金給付の日本では、債務額は要支給額の方が分かりやすく納
得されやすい。それは、もし制度を打ち切れば支給すべき規定上の額
-20-
退職給与の支払保証
だし、さらに良いことは、誰が計算しても同じで、面倒な数理計算は
不要なことである。
保険料率は一律とする。実際には、倒産のリスクは企業によって著
しく異なるはずである。しかし、この危険度を測定し、個々の基金に
課することは、実務上は不可能である。かりに危険度に応じた保険料
率にすれば倒産の危険の高いところの保険料は著しく高くなって負担
しきれず、保証保険の効果はなくなってしまう。
未積立の債務額、つまり保証すべき給付の要支給額に積立金が足り
ない差額を、保証保険で保証する、とした場合、相当数の基金では付
保は不要になり、保証保険料は支出しなくてよくなる。第1は、加算
給付がごく小さくて、すでに完全積立になっている基金である。第2
は、中途給付のない規定になっている基金である。中途給付がなくて
も、在職者の全貞について定年給付を目標に積立をしているから、相
当な額の積立金は保有している。多くの場合、既裁定者の年金現価よ
りも大きな額の積立金になっている。そうなると、数理的には完全積
立になっていなくても、保証保険の上では付保は不要になる。
以上のような構成の保証保険を考えてみると、これは欧米の保証保
険とはまるで違うものになり、保証保険で本来意図した実効はまるで
生じない。積立方式の企業年金なら、概して既裁定者分の積立金ぐら
いは保有している。真に保証の必要なのは、現役の従業員で、この者
への積立金は必ずしも十分ではない。ところが、日本の企業年金の多
くは、引当金と併用の関係で、中途給付はなし、となっている。規定
上で給付がなければ、保証の仕様がない。保証すべき中途給付は、企
業年金の中にはなく、企業が、直接に支払うこととなっている。従業
員の側からみれば、企業の直接に支給する中途給付と、企業年金から
支給される定年給付とが、一体になって退職給与として理解されてい
-21-
退職給与の支払保証
る。そうなると、企業年金だけを取り出して保証の有無を考えること
は無理であり、退職給与を一体として考える従業員側の視点が必要で
ある。
保証保険は、保証のメリットはある反面、保険料の負担が必要にな
る。財政的に健全な企業が不健全な企業を救済するこの仕組みが、全
企業の合意が得られるかどうか。倒産など夢にも考えない超健全企業
にとっては、迷惑な負担とはならないか。
保証保険を適格年金に適用する場合には、厚年基金の場合と同じ問
題に加えて、さらに複雑な事情が生ずる。実施企業数は数万とあり、
小さな企業まで含めて、債務額を計算して保険料を徴収し、正確な保
証の給付を行うことは容易ではない。それだけの手間や経費に見合う
効果が期待できるのか。さらに根本的な問題として、どこが保証保険
の主体になるのか、もし国がそのような保証保険事業の主体を設立す
るとすれば、適格年金だけを対象にするのが妥当か。より広く、全勤
労者の退職給与を一時金も年金も含めて、一定の基準で保証するとし
た方が納得されるのではないか。
11日本と欧米の退職給与
近年は企業年金について各方面で論議されることが多くなり、普及
の方策、給付の充実、仕組みの改善、税制の取扱いなどについて、さ
まざまの意見や提言も行われている。これらの議論に接して感じるこ
となのだが、その前提となる事実の認識において、共通した錯覚があ
るように思えてならない。その錯覚とは、
(1)企業年金と退職金とは別のものである。
(2)日本にも欧米と同じ仕組みの企業年金が実際に普及してい
る。
-22一
退職給与の支払保証
(3)その企業年金とは適格年金と調整年金であって、これが公的
年金を補完する職域の制度である。
日本の企業年金は欧米、とくにアメリカを参考にして育ってきた。
欧米では、公的年金を企業年金で補完し、これが勤労者に共通な老後
保障の姿になっている。これを頭に置いて考えれば、日本でも前記の
ような議論になるわけだが、日本には伝統的な退職一時金制度がある。
公的年金が拡充される以前は、勤労者の老後を支える唯一の柱が退職
金だったし、現在でも重要な老後資金であることに変わりはない。
普及度においても、退職金制度は中規模以上の企業ならほぼ100%、
小企業をふくめても9割の普及で、アメリカやイギリスの企業年金が
約50%の普及度で足踏みしているのと比較すると、勤労者の生活への
彦透度ははるかに高い。もしかりに、(1)退職金がなくなった場合と、
(2)企業年金がなくなった場合と、両者を比較して、国全体でみて勤
労者の老後生活に与える深刻度を比べてみれば、問題なく前者の方が
はるかに深刻である。
さらに仕組みの上でも、概して企業年金は退職金制度の内枠である。
企業年金とは、在来の退職金の一部を積み立てて、その部分について
は給付は年金でも一時金でも受け取れるようにしたものである。企業
の労使の間では、まず退職金の支給額が労働協約か就業規則で取り決
められる。そのあとで、企業年金を導入して退職金の一部を年金化す
るわけだが、その企業年金からの給付は在来の退職金の内枠に充当す
る、と定めているのが通例である。会社側も従業員側も、重要なのは
労働協約か就業規則に書かれた退職手当の支給額で、企業年金規定の
給付額ではない。企業年金とは、退職金の資金の一部を積み立ててお
く手段、と考えている企業は、例外というより、ごく一般的である。
企業年金の規定を見ても、定年退職者(または長期勤続の高齢退職
-23-
退職給与の支払保証
者)への給付は年金が原則になっているが、それ以前の中途退職者へ
の給付は、まさに日本的である。1つの型は、定年以前の退職者への
給付は一時金とする。これは欧米とは異質である。欧米の企業年金は
老後保障の制度だから、定年前の退職者への給付は、定年から支給の
始まる据置年金の受給権の付与(vesting)で、国によっては、通算し
て支給したりする。日本のように即時に一時金を支給するのは退職年
金ではなく離職手当であり、もし支給するとすれば、企業年金ではな
く別の制度からである。つまり、日本の企業年金は、主たる部分は依
然として離職手当の退職一時金で、定年退職者には年金でも受給でき
るという規定を継ぎ足しただけである。だから、日本の企業年金では、
転職者に年金を何十年も据え置いて支給するとか、それを通算して支
給するなど、まず考えられない。
定年前の給付の第2の型は、給付をゼロとするものである。定年に
達した者には所定の年金(または一時金)が出るが、それ以前に退職し
た者への給付はない。この制度は、企業年金の給付規定だけ見れば、
長期勤続者のみを優遇する差別的な制度で、従業員からは納得できな
いであろう。ところが実際には、定年前の退職者には企業が直接に退
職金を支払っているから、別に差別的とはならない。
このような設計は、退職金の「タテ割り」と称されるもので、在来の
退職金のうち定年給付だけは企業年金で積み立てた資金から支給し、
中途退職者の給付は従来通り会社が支払うように、資金の支払いの経
路を区分けしたものである。理由は税法上の配慮で、積み立てる部分
には企業年金の税制、会社が直接に支払う部分には退職給与引当金の
税制と、両者のメリットをフルに利用しようと意図したものである。
この設計になると、企業年金だけ独立して給付をみれば差別的、退職
金の中に含めてはじめて非差別的となるのだから、企業年金は、退職
-24-
退職給与の支払保証
金の内枠といわなければ説明がつかない。
日本で企業年金を論じる場合、必ず外国の事例が参考にされる。欧
米では企業が従業員の老後に現金給付を行う制度を総括して「引退給
付制度」(retirement benefit plan)という。給付は概して終身年金だ
が、近年は一時金の支給も顕著に増えている。また、資金準備の方法
は、アメリカやイギリスは積立方式だが、欧州大陸では非積立の引当
金方式もかなり多い。これらの諸外国の事例を参考にして論じるなら、
積立方式だけでなく非積立も、年金だけでなく一時金も、すべてを含
めて議論しないと、一面的な見方になってしまう。
外国の専門家が日本の退職給付制度を各国と比較して論じる場合、
適格年金や調整年金だけを取り出して、これが日本における公的年金
の補完の職域制度ということは、絶対にありえない。彼等は、日本の
退職給与は伝統的に退職一時金で、これが慣行として広く普及し、近
年はその一部ないし全部を定年者については年金払い(通常は一時金
と選択)しているものも増加している。運営については、従来は非積
立で引当金利用であったが、近年は、年金化する部分については積立
方式が顕著に増えている、と説明している。日本に似た情況の国は、
世界には他にいくらでもあるのだから、彼等にはごく自然に理解でき
る。
国際的にそのように理解されている中で、日本人だけが自国の制度
について、特定の部分だけを取り出して、それがすべてであるように
論じるのは、あまりにも、狭い見方だし、正しい理解を妨げる。水や
空気のように、日常あまりに馴れてしまったものは、その貴重さが意
識されないことが多い。日本の退職金は、あまりにも長く行われ広く
普及し、いわば当り前の存在になってしまった。これに対して、企業
年金は新鮮な現象で、しかも先進諸国に手本がある。となると、当り
-25-
退職給与の支払保証
前の退職金の評価は意識の外におき忘れられ、近代的な企業年金にば
かり目が向き評価がなされてしまう。しかし、それでは実情の正確な
理解にならないし、それを踏まえない議論は空論になってしまう。
冒頭に述べたように、欧米の退職給与に対する公的施策には一定の
順序がある。(1)vesting,(2)portability,(3)funding,(4)reinsur一
mCe,(5)indexing,(6)mandateである。考え方でいえば、まず規定上で
給付の約束があり、次にこれを裏付ける資金の手当をする。ところが、
日本の企業年金には、その最初に来るべきvestingがない。引当金と
の関係もあって、中途給付のない企業年金が多い。規定上で給付がな
ければ、その受給権を付与することはでぎず、そうなると通算も保証
も仕様がない。
中途給付も日本では据置年金でなく一時金である。つまり日本の場
合には、企業年金とは称しても、制度の仕組みが欧米流の企業年金に
なっているわけではなく、仕組みは依然として一時金給付の離職手当
であり、定年退職者には年金ででも受給できるという選択条項がつけ
られているだけである。退職金の年金化を促進すべきという声も強い
が、これも定年退職金の年金化だけであって、退職給与の仕組みその
ものを根本から年金化しようというわけではない。
日本と欧米の退職給与を比較して、いずれが優れているというわけ
ではない。欧米の退職給与にも、近年の社会経済の変化を反映して、
新しい動きも生じており、日本的な退職一時金も増加の傾向にある。
日本で企業年金を拡充して老後保障の充実に努めるべきは当然のこと
だが、だからといって日本の退職給与が短期間に欧米流の企業年金に
変わると思うのは錯覚である。現実を十分に直視して理解し、そこか
らどのような進展が可能かを着実に考えていくべきである。
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