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筋肉内コラーゲンに及ぼす超高圧の影響 一関 里子
博士論文 筋肉内コラーゲンに及ぼす超高圧の影響 ―筋肉内結合組織の脆弱化への関与― 一関 里子 新潟大学大学院自然科学研究科博士後期課程 生命・食料科学専攻 2007年3月 目次 第一章 緒言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 1 13 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 1. 序論 ・・・・・・・・ 2. 材料と方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19 ・・・・・・ 20 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20 2.8.1. コラーゲンの遊離率の測定 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20 2.8.2. コラーゲンペプチドの測定 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23 2.1. 供試材料 2.2. 筋肉内結合組織の単離 2.3. 超高圧処理 2.4. 筋肉および筋肉内結合組織の硬さ測定 2.5. 筋肉の引張強度の測定 2.6. コラーゲンの加熱溶解性測定 2.7. 示差走査熱量(DSC: Differential Scanning Calorimetry)分析 2.8. 遊離コラーゲン含量の測定 2.9. 保水性の測定 2.9.1. 加熱乾燥法による水分含量の測定 2.9.2. 常圧遠心法による保水性の測定 ・・・・ 23 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24 ・・・・・ 24 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25 2.10. 筋肉内結合組織の SDS-ポリアクリルアミドゲル(SDS-PAGE) 2.10.1. SDS-PAGE 2.10.2. 泳動用試料のタンパク質含量の測定 2.11. 走査型電子顕微鏡観察(SEM: Scanning Electron Microscopy) 2.12. 統計分析 i 3. 結果と考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 29 3.1. 超高圧処理による外観の変化 3.2. 筋肉内結合組織収量に及ぼす超高圧の影響 ・・・・・・・・ 3.3. 超高圧処理が筋肉内結合組織の機械特性に及ぼす影響 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3.3.1. 筋肉の硬さの変化 32 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38 ・・・・・・・・・・・ 40 ・・・・・・・・・・ 40 ・・・ 42 3.3.2. 筋肉内結合組織の硬さの変化 3.3.3. 筋肉の引張強度 3.4. 超高圧処理がコラーゲンの熱安定性に及ぼす影響 3.4.1. 筋肉中のコラーゲンの加熱溶解性に及ぼす影響 3.4.2. 筋肉内結合組織中のコラーゲンの加熱溶解性に及ぼす影響 ・・・・・・・・・・・・ 3.4.3. DSC 分析によるコラーゲンの変性温度の変化 46 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 50 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50 ・・・・・・・・・・・・・・・ 54 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 56 ・・・・・・・・・ 58 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 58 ・・・・・・・・・・・ 61 ・・・・・・・・・・ 61 ・・・・・・・・・・・・ 64 ・・・・ 66 ・・・・・・・・・・・・・・・ 66 3.5. 超高圧処理による筋肉内コラーゲンの遊離 3.5.1. 筋肉からのコラーゲンの遊離 3.5.2. 筋肉内結合組織からのコラーゲンの遊離 3.5.3. 遊離コラーゲンの形態 3.6. 超高圧処理が筋肉内結合組織の保水性に及ぼす影響 3.6.1. 保水性 32 3.7. 超高圧処理がコラーゲン分子の分解に及ぼす影響 3.7.1. 単離後に加圧した筋肉内結合組織の SDS-PAGE 3.7.2. 加圧後単離した筋肉内結合組織の SDS-PAGE 3.8. 超高圧処理が筋肉内結合組織の立体構築状況へ及ぼす影響 3.8.1. 筋肉内コラーゲン線維構造へ及ぼす影響 3.8.2. 筋内膜へ及ぼす影響 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 68 3.8.3. 筋周膜へ及ぼす影響 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70 4. 要約 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ii 73 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子構造に及ぼす影響 75 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 75 1. 序論 ・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2. 材料と方法 79 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 79 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 79 2.1. 供試材料 2.2. 表面疎水性測定 2.3. 蛍光スペクトル測定 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 79 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80 2.4. 円偏光二色性(CD: Circular Dichroism)測定 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 81 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 81 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 83 ・・・・・・・・ 83 ・・・・・・・・・・・・・・ 83 3.1.2. 超高圧下での蛍光スペクトルの変化 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 85 3.1.3. 超高圧下での CD スペクトルの変化 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 87 ・・・・・・・・・・・ 89 ・・・・・ 89 3.2.2. 加圧後の筋肉から調製したペプシン可溶性コラーゲンの SDS-PAGE 91 2.5. SDS-PAGE 2.6. 示差走査熱量(DSC)分析 3. 結果と考察 3.1. 超高圧処理がコラーゲン分子の二次構造に及ぼす影響 3.1.1. 超高圧下でのコラーゲン表面疎水性の変化 3.2. 超高圧処理がコラーゲン分子の分解に及ぼす影響 3.2.1. ペプシン可溶性コラーゲンに加圧した試料の SDS-PAGE 3.2.3. 加圧後の筋肉内結合組織から調製したペプシン可溶性コラーゲンの SDS-PAGE ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 94 ・・ 96 3.3. ペプシン可溶性コラーゲンの熱安定性に及ぼす超高圧処理の影響 3.3.1. ペプシン可溶性コラーゲンに加圧した試料の DSC 曲線 ・・・・・・・ 3.3.2. 加圧後の筋肉から調製したペプシン可溶性コラーゲンの DSC 曲線 3.3.3. 溶液中のペプシン可溶性コラーゲンの DSC 曲線 4. 要約 98 ・・・・・・・・・・ 100 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ iii 96 103 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 105 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1. 序論 105 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 107 2. 材料と方法 2.1. 試料の調製 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2.2. コラーゲン線維形成曲線 107 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 107 ・・・ 2.3. 光学顕微鏡による超高圧下でのコラーゲン線維形成過程の観察 2.4. 走査型電子顕微鏡観察(SEM: Scanning Electron Microscopy) 107 ・・・・・・・・ 108 ・・・・・ 108 2.5. 透過型電子顕微鏡観察(TEM: Transmission Electron Mcroscopy) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 109 3. 結果と考察 ・・・・・・・・・・・ 109 3.1. コラーゲン分子の自己会合に及ぼす超高圧の影響 3.1.1. 超高圧下におけるコラーゲン線維形成曲線 ・・・・・・・・・・・・・・ 109 ・・・・・・・・・・・・・・・ 3.1.2. 圧力解放後のコラーゲンの線維形成曲線 112 ・・・・・・・ 114 3.1.3. 低温下での加圧がコラーゲン線維形成に及ぼす影響 3.1.4. 超高圧処理後の圧力解放に伴うコラーゲン線維形成曲線の変化 ・・・ 116 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 118 3.1.5. コラーゲン線維形成後加圧の影響 3.1.6. 段階的な加圧と減圧に伴うコラーゲン線維形成曲線の変化 ・・・ 120 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 126 3.1.7. 腱コラーゲンの線維形成曲線 3.2. 超高圧が再形成したコラーゲン線維の構造に及ぼす影響 3.2.1. 再形成したコラーゲン線維のその場観察 ・・・・・・ 130 ・・・・・・・・・・・・・・・ 130 3.2.2. 走査型電子顕微鏡(SEM)による再形成したコラーゲン線維の構造観 察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 133 3.2.3. 透過型電子顕微鏡(TEM)による再形成したコラーゲン線維の構造観 察 4. 要約 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 136 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ iv 139 第五章 謝辞 引用文献 総括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 143 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 147 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 149 v 第一章 緒言 第一章 緒言 我々が普段口にしている食肉は様々な加工を施されて食卓に上る。家畜を屠殺した 後、解体、死後硬直の解除、熟成を経て、加熱や塩漬、乾燥など食べ方に応じた加工 がなされる。食肉は死後の筋肉であり、動物の種類、年齢、性、栄養の摂取状態、ま た部位によっても組成が異なるが、一般的な化学組成は水分が一番多く、次いでタン パク質、脂肪、灰分となる。中でもタンパク質は食肉の硬さを決定する因子となり、 さらに分解されて旨み成分となるアミノ酸を生じるため、食肉のおいしさに及ぼす影 響は大きい。筋肉の構造を図 1-1 に示した。筋肉内のタンパク質は主に収縮や弛緩を 司る筋原線維タンパク質とこれを取り囲み補強している結合組織タンパク質、また水 溶性で酵素を多く含む筋漿タンパク質からなる。その中でも筋原線維タンパク質と結 合組織タンパク質は食肉の硬さに大きく影響し、それぞれの与える硬さは actomyosin toughness と background toughness と呼ばれる(鈴木, 2003)。 これまで食肉は、加熱、塩漬、燻煙、凍結、乾燥など様々な技術で加工されてきた が、近年超高圧処理が注目されるようになってきた。超高圧処理というのは 1000 気 圧(100 MPa)以上の圧力を人為的に作り出し、食品に用いる加工法であり、世界に広ま りつつあるものである。我々が生活している大気圧は 1 気圧、圧力鍋は熱の力も借り て 2∼3 気圧である。1000 気圧といえば深海 10,000 メートルでの水圧に値する高い圧 力であり、気体は圧縮され、タンパク質の変性が起こる。そのような世界では、地上 の生物は生きていくことができない。中には変性しにくいタンパク質を持ち、過酷な 深海で生息する生物もいるが、身体機能の改良なしに生き延びることはできない(林, 1989)。地中や火山内部にはもっと高い圧力がかかる場所もあるので、「超高圧」とい う定義は分野によって異なるが、食品分野での超高圧処理は静水圧を用いた 1000 気 圧以上の圧力のことをいう。食品への超高圧処理は微生物の生育制御、殺菌に役立ち、 食味の向上にも貢献することがわかっている。また、加熱と違って化学反応を伴わな 1 第一章 緒言 いので、栄養分の流失や異臭・異常物質の発生がなく、省エネルギーでもある。この ような利点から多くの加圧加工食品が生み出された(表 1-1)。 食肉に超高圧処理をすると、タンパク質に変化が起こり、軟らかくなることが知ら れている。筋原線維タンパク質に及ぼす超高圧の影響については、これまで、アクチ ンとミオシンの相互作用の脆弱化、筋原線維の小片化、コネクチンの作る弾性構造の 脆弱化などが報告されている(鈴木, 1999)。また、筋原線維タンパク質を分解する酵素 を活性化させ、熟成が促進する作用も報告されている(Homma, 1994)。一方で結合組 織タンパク質に対する超高圧処理の影響を報告したものは少ない。Ueno ら(1999)はウ シの筋肉試料でプロテオグリカンの抽出量が熟成では低下するが、200∼400 MPa の 超高圧では変化しなかったことを報告し、Suzuki ら(1993)はウシのコラーゲン線維に 300 MPa の加圧をしてもコラーゲンの熱変性温度が変化しないことを報告した。しか し、筋内膜のコラーゲンフィブリルが作る膜構造に脆弱化が見られたとの報告もあり (Ueno ら, 1999)、未解明の部分が多い。そこで本研究では、筋肉内結合組織に焦点を 当てて実験を行った。 筋肉内結合組織は図 1-2 に示されるように、プロテオグリカンなどの基底物質に、 コラーゲンやエラスチンなどの線維状タンパク質が埋められた構造をしている。エラ スチンは弾性に富み、血管や靭帯などに多く含まれるものである。プロテオグリカン はコアタンパク質と呼ばれるポリペプチド鎖に親水性の糖鎖が多数結合した構造を しており、非常に保水性が高い(図 1-3)。コラーゲンは弾性のない強固なロープ状の 線維を形成し、最も硬さに貢献する。コラーゲンは哺乳類の全タンパク質の 30%を占 めるほど豊富に存在するタンパク質であり、現在二十数種の型があることが知られて いるが、共通して三本鎖のらせん構造を持っている。筋肉ではⅠ, Ⅲ, ⅣおよびⅤ型 を、腱では I 型のコラーゲンを多く含むとされている(久保木ら, 1986)。図 1-1 に示す ように、筋肉内結合組織には筋線維の周りを覆う筋内膜、さらに筋線維の束を囲う筋 周膜がある。筋内膜ではコラーゲンがフィブリルを形成し、ランダムな網目構造をし 2 第一章 緒言 ている。筋周膜では平行に並んだコラーゲン線維がシート状の構造体を形成している。 プロテオグリカンやその他の基質成分は線維状タンパク質の隙間を埋め、鉄筋コンク リートのコンクリートのように構造の安定化に寄与している。筋肉内結合組織の中で コラーゲンは最も強固な線維を形成するため、これが食肉の硬さに及ぼす影響は大き い。そこで本研究では結合組織の中でもコラーゲンに的を絞った研究を進めていくこ とになる。 線維を形成するコラーゲンの代表的な構造は図 1-4 のとおりであり、分子量約 10 万のポリペプチド鎖が 3 本寄り集まって約 30 万の分子量を持つ巨大な分子となる。 らせん部分のアミノ酸配列は Gly(グリシン)−X−Y の繰り返しという特殊な構造をし ており、X、Y には Pro(プロリン)、Hyp(ヒドロキシプロリン)があることが多い。生体 内でヒドロキシプロリンを含むタンパク質は少なく、コラーゲンのほかはエラスチン くらいしかないので、ヒドロキシプロリンの量を測定し、存在量を考慮に入れること でコラーゲン含量を計り知ることができる。グリシンは側鎖が H(水素)の一番小さな アミノ酸であり、プロリンにはポリペプチド鎖をゆがめる性質があるため、ポリペプ チド鎖は左巻きによじれる。一本のポリペプチド鎖をα鎖と呼び、二本でβ鎖、三本 でγ鎖と呼ぶ。コラーゲン分子は左巻きポリペプチド鎖がグリシンを内部に向け三本 より集まった右巻きの安定ならせん構造を形成している。コラーゲン分子は分子内で 架橋結合を形成しているが、熱によって変性し、α鎖がほどけてゼラチンとなる(図 1-5)。コラーゲン分子の端にはらせんを組んでいないテロペプチド領域があり、分子 同士はここで分子間架橋を形成するほか、らせん部分でも多少の架橋を形成して会合 し、10∼300 nm の細長いケーブル状の構造をしたコラーゲンフィブリルを形成する (図 1-6)。コラーゲン分子は 1/4 ずれて会合しているため、コラーゲンフィブリルを 電子顕微鏡で観察すると約 67 nm 間隔の縞状の模様が見られる。このフィブリルはさ らに集まって大きな束を作り、直径数 µm のコラーゲン線維となる(図 1-6)。コラーゲ ン線維をペプシンで可溶化するとテロペプチドの部分が切断されるため、らせん領域 3 第一章 緒言 のみのアテロコラーゲンができる。コラーゲンのらせん部分は熱などを用いて可溶化 しても冷却すると一部元に戻るくらい安定である。 これまで行われてきた一般的な食肉の軟化処理法に、熟成があり、コラーゲンへの 影響が研究されてきた。そして、熟成をしても結合組織タンパク質の抽出量には変化 がないこと(Wierbicki ら, 1954; Kahn と Berg, 1964)や加熱によるコラーゲンの溶解性に 変化がないこと(Herring ら, 1967; Sharp, 1963)、中性塩可溶性コラーゲンや酸可溶性コ ラーゲンに量的変化がないこと(Pierson と Fox, 1976)が示されており、このようなコ ラーゲンの溶解性に着目した研究結果からは食肉の熟成中にコラーゲンの変化はな いと考えられてきた。しかし Mcintosh (1967)は、屠殺直後の肉は堅固でなかなか引き 裂けないが、熟成すると容易に引き裂けるようになることから、筋周膜や筋内膜が熟 成中に脆弱化することを指摘した。また、McClain ら(1970)は筋肉内結合組織の収量が 熟成前の半分近くまで減少することを見出し、熟成中に筋肉内結合組織が壊れやすく なることを示した。さらに Stanton と Light (1987, 1990)は筋上膜、筋周膜、筋内膜を 分離して SDS 溶液による抽出性を検討した結果、いずれも熟成によって SDS 抽出性 が増加したことを示した。他にもコラーゲンの熱収縮温度が熟成によって低下したり (Field ら, 1970; Judge と Aberle, 1982)、筋肉内結合組織の膜構造の崩壊が起こったりす ること(Nishimura ら, 1995)が示されている。これらの結果は食肉の熟成中に筋肉内結 合組織が脆弱化することを示唆している。 筋肉内のコラーゲンが超高圧によって熟成のように脆弱化するのかどうか検討す る前に、超高圧が引き起こす物質の変化について述べておきたい。食肉は多くの構成 タンパク質の他、酵素や水、脂肪やミネラルなど、複雑に物質が存在する系であり、 単純に考えることは難しいが、個々のタンパク質についての研究は全体を把握する助 けになると考えられる。超高圧による物質の変化は化学反応ではなく、物質間の相互 作用や高次構造を変化させることが知られている。その変化は主として物質全体の体 積を減少させる方向へ働く(鈴木, 2003)。タンパク質においては、まず水分子の分子間 4 第一章 緒言 距離が減少し、タンパク質が球状のまま体積の減少を起こす。水分子は自由水として 存在するよりもアミノ酸側鎖の周辺に配位した方が体積は小さくなるという性質が あり、タンパク質はアミノ酸側鎖を内側から周りの水中に露出させる方向に落ち着こ うとする。これがタンパク質の変性につながる。モデル実験によると、タンパク質の 立体構造を形成している非共有結合のうち、脂肪族アミノ酸側鎖からなる疎水結合は 切れる方向に向かう。さらにイオン結合も切れる方向に向かう。一方、その他の疎水 結合は形成される方向に向かう。これらはいずれも周囲の水を含めた体積が小さくな るように変化するものである。このようにタンパク質の圧力変性は系全体の体積減少 に即応するため、タンパク質の単独の変化としてみることはできない(林、1989)。筋 肉内のコラーゲンは水分を含んだ環境の中に存在しているので、系のことを考えた時、 周囲の水との関係を考慮に入れる必要があろう。また、水分を多く保持するプロテオ グリカンとの関係も重要であると思われる。しかし、前述のように Ueno ら(1999)は超 高圧によってプロテオグリカンの抽出性に変化がなかったことを報告しており、さら なる検討が必要である。 本研究ではまず第二章に超高圧処理が筋肉内結合組織にどのような影響を及ぼす のか、機械特性を測定することにより検討し、コラーゲンの熱安定性、加圧によるコ ラーゲンの遊離、結合組織の保水性の変化を調べた。そして、SDS-PAGE によって分 子の安定性を、走査型電子顕微鏡観察によって筋肉内コラーゲン線維構築状況を検討 した。次に、第三章にコラーゲン分子の構造変化を表面疎水性、蛍光スペクトル、円 偏光二色性測定によって検討した。また、第四章ではコラーゲン分子の会合に及ぼす 超高圧の影響を探るため、コラーゲン線維が再形成する現象を利用して、濁度の測定 と再形成したコラーゲン線維の組織観察を行った。 5 第一章 緒言 第一次筋線維束 第二次筋線維束 筋線維 骨 筋周膜 腱 筋上膜 筋線維 筋内膜 筋原線維 コラーゲン線維 図 1-1. 筋肉の構造 (Krstic, 1981) 6 第一章 緒言 表 1-1. 加圧加工食品の例 製品 ジャム 販売元:明治屋(株) 包装米飯 製法 超高圧の役割 非加熱, 20℃, 400 MPa, 生の素材の色がそのままで鮮 30 分間 やか。加熱していないので香 りが飛ばず、風味が良い。加 圧処理は殺菌、ゲル化の改善、 糖の浸透加速に効果がある。 炊 飯 前 の 給 水 時 に 400 炊飯しても亀裂や破裂がなく MPa, 10 分間の加圧処理 米粒の形が維持され、粘りと 弾力性のある炊飯米になる。 販売元:越後製菓(株) 生ロブスター 未包装, 275 MPa, 1 分間 身離れが良くなり、生のまま でロブスターの殻が剥きやす くなる。 カナダ ベーコン 包装後, 600 MPa, 5 分間 加圧殺菌により商品の保持が よくなり、保存料、発色剤な ど、塩漬剤の減量が可能とな った。 販売元:伊藤ハム(株) 7 第一章 緒言 コラーゲン線維 エラスチン 筋線維 基底膜 線維芽細胞 筋線維 プロテオグリカン 図 1-2. 筋肉内結合組織の構造 8 第一章 コアタンパク質 糖鎖 図 1-3. プロテオグリカンの分子モデル (熊谷と北川, 1996) 9 緒言 第一章 緒言 グリシン α鎖 三本鎖らせん 図 1-4. コラーゲンらせんモデル (Alberts ら, 1995) 10 第一章 緒言 熱変性コラーゲン(ゼラチン) コラーゲン分子 架橋 線維状コラーゲン 図 1-5. コラーゲンの存在形態 (新田ゼラチン株式会社ホームページ) 11 第一章 緒言 図 1-6. コラーゲンの高次構造 (宮田と伊藤, 1996) 12 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 1. 序論 食肉のおいしさは硬さ、肉色、香り、きめ、しまり、多汁性、呈味成分、舌触りな ど多くの要因が関わっている。 食肉の硬 さには筋原線維タンパク質によるもの (actomyosin toughness)と結合組織タンパク質によるもの(background toughness)があり、 硬い肉においてはこれらのタンパク質を軟化することが課題となる。 硬い食肉を軟らかくする方法のひとつとして、家庭ではパパイヤやパイナップルな ど果物の酵素を利用して食肉中のタンパク質を分解する方法が行われている。また、 コラーゲンが酸に溶けるという性質を利用して、酢を用いて軟化を促進する方法があ り、料理の分野では昔から使われている。他にも、スジ肉のようにコラーゲンの多い 硬い食材は長時間煮込むことでコラーゲンがゼラチン化し、軟らかくなる。そして物 理的な方法では、肉を叩いたり、ミンチにしたりということも行われている。しかし、 果物や酢による軟化法では、果物そのものや酢の味が無視できず、利用の幅は狭くな ってしまうほか、内部まで浸透しにくく、軟らかさにムラができてしまう。また、長 時間煮込むというのも時間とエネルギーの面からコストが高くなってしまう。その点、 熟成は低温に放置しておくだけで食肉が軟らかくなるという優れた方法であるが、時 間がかかる上、他の有害微生物の繁殖に注意しなければならない。そこで新たな食肉 の軟化法として超高圧処理の利用が検討された(Macfarlane 1973; Bouton ら, 1977; Bouton ら, 1980; Beilken ら, 1990; Suzuki ら, 1993; Carlez ら, 1995; Cheah と Ledward, 1997; Cheftel と Culioli 1997)。超高圧は筋肉タンパク質の脆弱化や、熟成の促進を引 き起こすことが報告されている。熟成による食肉の軟化は、1) アクチンとミオシン の相互作用の脆弱化、2) Z 線の脆弱化と筋原線維の小片化、3) コネクチンの作る弾性 構造の脆弱化、4) 結合組織の脆弱化によって起こるとされている。そして、超高圧 13 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 処理はこの熟成の促進に加え、特有の機構による筋肉タンパク質の脆弱化を引き起こ すとされている。すなわち、超高圧処理によって筋肉内在性酵素を保持しているリソ ソームが脆弱化してタンパク質分解酵素の遊離が促進され、軟化熟成に寄与するとい うものである。特にカテプシン B, D, L は 400 MPa までの加圧でも変性せず、圧力変 性を受けた他のタンパク質を分解していると考えられている(Ohmori ら, 1992; Homma ら, 1994, 1995)。また、超高圧によるコネクチンの脆弱化の原因には、コネクチン自 身の構造が変化したことと、筋小胞体膜の破壊によるカルシウムイオンの放出が筋肉 内在性酵素カルパインを活性化したことが原因としてあげられている(Kim ら, 1993; Suzuki ら, 1993, 1996; Okamoto ら, 1995)。ただし、酵素によって失活する圧力程度は 異なるが、処理圧力が高すぎると酵素の失活が起こるので、目的に応じた圧力程度を 選択する必要がある。筋肉内結合組織も熟成中は酵素による分解を受け、コラーゲン はカテプシン B や L にも分解されることが知られている(Evans と Etherington, 1978; Kirschke ら, 1982)。だが、筋肉内結合組織の分解は筋原線維タンパク質の分解に比べ て遅く、食肉の軟化に与える効果は少ないとされてきた(池内, 2000)。しかし、超高圧 はカテプシン B, L を活性化するので、コラーゲンをはじめとした筋肉内結合組織の 脆弱化が促進されることが期待できる。超高圧によってコラーゲンという強固な線維 状タンパク質が変化するのであれば、農学分野のみならず、医学的、工学的にも利用 できる可能性がある。 本章では筋肉内結合組織の軟化への超高圧利用の可能性を探ることを目的として、 まず超高圧処理による筋肉内結合組織の硬さの変化を測定した。硬さの評価法には分 析機器によるものや官能試験によるものなど様々な方法があるが、ここではレオメー ターを用いた剪断力値の測定と、筋線維間の引張強度の測定を行った。また、結合組 織だけでなく食肉への硬さの影響も調べ、実際に食肉の軟化に貢献するのかを確認し た。 筋肉内結合組織の脆弱化を判定する方法のひとつにコラーゲンの熱安定性の測定 14 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 がある。コラーゲンは、緒言で述べたように、加熱によって変性し、ゼラチンになっ て可溶化する。Hill (1966)は 77℃, 70 分間の加熱を行い、コラーゲンの加熱溶解性が 高いほど食肉が軟らかくなることを報告した。そこで本章ではコラーゲンの加熱溶解 性を測定し、超高圧の影響を検討した。また、変性温度の測定を示差走査熱量分析 (DSC: Differential Scanning Calorimetry) によって行った。DSC 分析では物質の変性温 度、変性熱量などがわかり、試料の性質や安定性の変化を検討することができる。筋 肉タンパク質を DSC 分析するとミオシン変性ピークとアクチン変性ピークのほか、 結合組織タンパク質のピークが 67℃前後に見られることが知られている(Wright ら, 1977)。コラーゲンの DSC 曲線の形状はサンプルの pH や水分含量のほか、加齢に伴 う成熟架橋の形成にも左右される(Nakano ら, 1985)。 また、筋肉内コラーゲン線維の安定性に及ぼす超高圧処理の影響を検討するために、 加圧によるコラーゲンの遊離率を測定した。筋肉および単離した筋肉内結合組織に加 圧し、ドリップとして流出したコラーゲンの割合を求めることにより、加圧の影響を 調べた。さらに、超高圧によってコラーゲンが遊離するならば物理的な線維の崩壊や、 周囲への水和が起こると考え、保水性に着目した。保水性は食肉の多汁性に関与し、 おいしさを左右する大事な要因であるので、食肉の保水性が超高圧処理によって増す のならば、非常に有用な技術であるといえる。タンパク質は超高圧によって親水基を 外部に露出させ、体積の減少に対応することが報告されており(谷口, 2003)、これによ りタンパク質と外部の水とが相互作用し保水性が高まると考えられている。本章では 加圧によって筋肉内結合組織が保持する水の量に変化が生じるかどうかを常圧遠心 法と常圧加熱乾燥法によって検討した。遠心法では遠心力によって離れる程度の弱い 力で保持されている水の量が測定できる。加熱乾燥法は食品の水分含量を測定する方 法として古くから行われており、試料と強く結合した水の量も含めた水分含量を知る ことができる。これらの方法から筋肉内結合組織の保水性を検討し、超高圧処理によ るコラーゲンの遊離率との関係を検討した。 15 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 さらに、筋肉内結合組織を SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)に供 し、超高圧処理がコラーゲン分子の脆弱化に及ぼす影響を調べた。SDS-PAGE では、 タンパク質はβ-メルカプトエタノールによって S-S 結合を切断され、サブユニット ごとに分かれる。コラーゲン分子も三本鎖らせんがほどけ、α鎖になるが、すべてが α鎖になるのではなく、一部はβ鎖に、一部はγ鎖の状態になる。α鎖は一本で分子 量約 10 万なのでα鎖のバンドは約 10 万 Da の位置に、β鎖は 20 万 Da、γ鎖は 30 万 Da の位置にバンドが出る。酵素処理をしたコラーゲンではγ, β鎖を示す高分子量域 のバンドが薄くなり、α鎖が濃くなり、さらに低分子領域に新たなバンドが見られる ことが報告されている(Kirschke ら, 1982)が、超高圧によって同様な結果を示せばコラ ーゲンが分子レベルで影響を受けていることが期待できる。 最後に、筋肉内結合組織が超高圧によって受ける影響を組織学的に観察した。筋肉 の立体構造は緒言で述べたとおり、筋線維が筋内膜に覆われ、さらにその束が筋周膜 で覆われた構造をとっている。筋内膜のコラーゲン線維網はランダムなネットワーク を形成して複雑に絡み合っており、筋周膜では波状のコラーゲン線維が平行に並んで 密着しており、シート状の構造体を形成している(Nishimura ら, 1994)。これらのコラ ーゲン線維は基質成分であるプロテオグリカンなどに固定されたり、コラーゲンフィ ブリルによって束ねられたりして安定に存在している。本章では細胞消化法(Ohtani ら, 1988)によって筋細胞を除き、筋内膜および筋周膜コラーゲン線維の構築状況を走 査型電子顕微鏡によって観察し、超高圧による結合組織の脆弱化の観察を試みた。 16 第二章 2. 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 材料と方法 2.1. 供試材料 供試材料としてホルスタインの乳廃雌牛(76∼86 ヶ月齢)を屠畜後解体まで一日おき、 肩ロースを採取して-20℃で保存したものと、1 歳齢の雌ブタを屠畜後 3 時間おき、ロ ースを採取し-20℃にて保存したものを用いた。また、新潟市食肉センターから提供 していただいたウシ四肢よりアキレス腱を採取し、使用時まで-20℃で保存した。 2.2. 筋肉内結合組織の単離 Fujii と Murota (1982)の方法により筋肉内結合組織を単離した。-20℃で保存されて いる筋肉を 4℃で半日間解凍し、外側脂肪や筋上膜を除去した。その後ミートチョッ パー(3 mm プレート)で挽き、挽肉の 2.5 倍量(v/w)の 0.1 M KCl, 10 mM Tris-maleate buffer (pH 7.2) を加え、ミキサーで 15 秒間ホモジナイズした。ホモジネートをビーカ ーに移し、2.5 倍量(v/w)の 0.1 M KCl, 10 mM Tris-maleate buffer (pH 7.2) で定量的に移 した。スターラーで 12 時間撹拌し、1.0 mm メッシュに通して残渣を集めた。残渣に 挽肉の 5 倍量の Hasselbach-Schneider 溶液(0.6 M KCl, 10 mM KH2PO4, 10 mM Na4P2O7, 1 mM MgCl2 (pH 6.4))(Hasselbach と Schneider, 1951) を加え、12 時間撹拌した。3,000× g, 30 分間遠心分離し、残渣を回収した。この撹拌と遠心分離の操作をあと 2 回繰り 返し、残渣を回収した。次に 0.6 M KI, 0.06 M Na2S2O3 溶液を用いて同様の操作を 2 回繰り返した。残渣に蒸留水を加え、6,000×g, 30 分間遠心分離する操作を 2 回行っ た。以上の操作で得られた残渣を筋肉内結合組織とした。 2.3. 超高圧処理 筋肉および単離した筋肉内結合組織を小型のポリエチレンバックに入れて密閉シ ールし、それをさらに厚手のポリエチレンバックに蒸留水で封入し、高静水圧処理装 17 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 置(NBIP, NIKKISO KK, 東京)を用いて 100∼500 MPa (約 8℃, 5 分間)の処理を行った。 2.4. 筋肉および筋肉内結合組織の硬さ測定 筋肉および単離した筋肉内結合組織の切断面積が 1×1 cm となるように整形し、レ オメーター(NRM-2002J, FUDOH, 東京)を用いてミクロトームの刃による剪断力値を 測定した(図 2-1)。刃の速度は 2 cm/min とし、ピーク剪断力を硬さとした。なお、筋 肉は線維の方向と垂直に切断されるよう 1×1×2 cm に整形した。また、筋肉内結合 組織は 1×1×4 cm の筒状容器を利用して整形した。 図 2-1. 剪断力測定に使用したプランジャー 2.5. 筋肉の引張強度の測定 ウシ筋肉を 1×1×0.5 cm に整形し、引張測定用のプランジャー用いて(図 2-2)筋線 維を裂くように両側から引っ張った際の力を測定した(図 2-3)。引張速度は 2 cm/min とし、筋肉試料が分離するまでに要したピーク荷重値を引張強度とした。 18 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 引張力値 筋肉 筋線維方向 図 2-2. 引張測定に使用したプランジャー 図 2-3. 引張強度測定概略図 2.6. コラーゲンの加熱溶解性測定 筋肉試料には筋肉に加圧後、液体窒素で凍結粉砕したものを用いた。 筋肉内結合組織試料には、筋肉から単離してから加圧したものと、筋肉に加圧をし てから単離した結合組織の二種類を調製し、凍結乾燥して用いた。 Hill (1966)の方法に従い、サンプルの処理を行った。凍結乾燥した結合組織サンプ ルは約 20 mg ずつ測りとって蓋付き試験管に入れ、蒸留水 1.5 ml を加えて 4℃で一晩 なじませた。試験管の壁面についたサンプルを蒸留水 1.0 ml で洗い落とし、77℃で 70 分間加熱した。筋肉サンプルは約 500 mg ずつ測りとり、蒸留水を 3.0 ml ずつ加え て 77℃で 70 分間加熱した。それぞれの試験管は加熱後、熱いうちに遠心分離した (1,000×g, 30 分間)。上清の容量を測定し、残渣に 1.0 ml の蒸留水を加えて再び遠心 分離した(1000×g, 30 分間)。遠心分離終了後、上清を測りとり、先の上清と合わせた。 上清には濃 HCl を等量加え、残渣には 6 N HCl を 5∼10 ml 加えて 110℃, 24 時間加水 分解した。加水分解後、ロータリーエバポレーターを用いて HCl を除去した。 Bergman と Loxley (1963)の方法に従いヒドロキシプロリンの定量を行った。酢酸クエン酸バッファー(pH 6.0)に溶解した試料 0.3 ml とイソプロパノール 0.6 ml を試験 19 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 管に入れて撹拌した。試験管に 0.3 ml の酸化溶液(7% クロラミン T (w/v)と酢酸-クエ ン酸バッファーを 1:4 で混合したもの)を加えて撹拌し、4 分間室温で放置した。 Ehrlich’s Reagent を 4.0 ml ずつ加えて撹拌し、60℃の湯浴に 25 分間入れ、流水で冷却 して反応をとめ、558 nm で比色定量した。なお、標準曲線で求めたヒドロキシプロリ ン 10 µg/ml の吸光値は 0.400 であった。 加熱溶解性コラーゲン含量の計算は Cross ら(1973) と Goll ら(1963)のコラーゲン定 数より、得られたヒドロキシプロリン含量の 7.52 倍を上清に、7.25 倍を沈殿にかけ て、コラーゲン含量とした。以下の式によりコラーゲンの加熱溶解性を求めた。 上清のコラーゲン量 コラーゲンの加熱溶解性[%]= ×100 上清+沈殿のコラーゲン量 2.7. 示差走査熱量(DSC: differential scanning calorimetry)分析 DSC 分析装置(MICRO DSC VII, SETARAM, Caluire, France)を用いてコラーゲンの熱 変性温度を測定した。試料には、ウシ筋肉から単離した結合組織に 0.1∼500 MPa, 5 分間の加圧をした筋肉内結合組織を用いた。約 630 mg の結合組織をステンレス製のセ ルに入れ、-20℃から 100℃まで 0.5℃/min の昇温速度で温度を上昇させた。リファレ ンスには n-ノナンを用いた。 2.8. 遊離コラーゲン含量の測定 2.8.1. コラーゲンの遊離率の測定 ウシ筋肉は-20℃で保存していたものを 4℃で半解凍し、筋線維方向に長く 1×1× 2 cm に整形した後、2 つずつポリエチレンバッグに入れた。単離した筋肉内結合組 織は、約 5 g ずつポリエチレンバッグに入れた。それぞれに 1 ml の蒸留水を加えて 20 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 封入し、0.1∼500 MPa, 5 分間の超高圧処理を行った。筋肉のポリエチレンバッグか ら肉片を取り出し、3 ml の蒸留水でポリエチレンバッグ内のドリップをすべて回収 した。この肉片とドリップのヒドロキシプロリン含量を測定した。結合組織のポリ エチレンバッグには 3 ml の蒸留水を加えて中身をすべて取り出し、遠心分離(1,000 ×g, 30 分間)した。パスツールピペットで上清をすくい、残渣と分け、それぞれのヒ ドロキシプロリン含量を測定した。 コラーゲンの遊離率はヒドロキシプロリンの量から以下の式により算出した ドリップ中ヒドロキシプロリン量 遊離率= ×100 残渣中ヒドロキシプロリン量+ドリップ中ヒドロキシプロリン量 2.8.2. コラーゲンペプチドの測定 作業手順を図 2-4 に示した。筋肉内結合組織を約 40 g 秤量し、倍量の超純水を加 えてホモジナイザーで均質化した。このうち、ポリエチレンバッグに 30 g づつ封入 し、0.1, 100, 200, 400 MPa, 5 分間の加圧をした。バッグの中身を 3 ml の超純水で洗 い落とし、10,000×g, 30 分間, 4℃で遠心分離した。上清と沈殿の重量を測定し、そ れぞれから一部採取し、ヒドロキシプロリンを定量した(Bergman と Loxley, 1963)。 残った上清には等量の 10%トリクロロ酢酸を加え、4℃で 2 時間静置した後、遠心分 離(10,000×g, 30 分間, 4℃)し、タンパク態のコラーゲンを除去した。上清に等量の ジエチルエーテルを加え、分液漏斗によって下層を回収する作業を 3 回繰り返し、 トリクロロ酢酸を除去した。ロータリーエバポレーターでエーテルをとばし、ヒド ロキシプロリンの定量を行った。 21 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 結合組織 水に分散させる 超高圧処理 遊離コラーゲンの総ヒドロ キシプロリン含量の測定 トリクロロ酢酸(終濃度 5%)を加え、 遠心分離 上清 コラーゲン分解ペプチドの ヒドロキシプロリン含量測定 上清:遊離コラーゲン 遠心分離 沈殿:不溶性コラーゲン 上清:コラーゲン分解ペプチド 沈殿:タンパク態コラーゲン 図 2-4. コラーゲン分解ペプチドの測定 2.9. 保水性の測定 2.9.1. 加熱乾燥法による水分含量の測定 単離した筋肉内結合組織を約 8 g づつ秤量してポリエチレンバッグに入れ、超純水 を 2 ml 加えて封入し、約 8℃で 5 分間, 0.1∼500 MPa の超高圧処理を行った。 加圧した筋肉内結合組織の水分含量は、堤 (1997)の方法に従って測定した。 試料を約 0.5 g づつピンセットでつまみ、あらかじめ重量を測定したアルミ秤量缶 に入れて精秤した。100℃の乾熱機で乾燥した後、シリカゲルを入れたデシケーター で 1 時間放冷した。恒量に達するまでこの作業を繰り返した。以下の式により水分含 量を計算した。 22 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 乾燥前サンプル重量−乾燥後サンプル重量 水分含量[%]= ×100 乾燥前サンプル重量 2.9.2. 常圧遠心法による保水性の測定 遠心法による測定は Kocher と Foegeding (1993)の方法に従った。図 2-5 に手順を示 した。フィルター(ポアサイズ=0.45 µm)付きのサンプルカップに加圧後の試料を約 0.3 g 入れ、マイクロチューブにセットして 2,500×g, 30 分間, 4℃で遠心分離した。サン プルカップに残った結合組織と、フィルターを通り抜けた水の重量を測定した。結合 組織はさらにサンプルカップごと 78℃の乾熱機で乾燥した(AOAC, 1995)。容器重量を 差し引き、乾燥後重量を求めた。 サンプル(a) サンプルカップ マイクロチューブ 遠心後サンプル 乾熱乾燥 78℃ 遠心分離 2,500×g 30 分間 乾燥後 サンプル(d) 遠心で出た水分 (c) 図 2-5. 遠心法手順 2.10. 筋肉内結合組織の SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE) 2.10.1. SDS-PAGE SDS-PAGE は Laemmli (1970)と、Hayashi と Nagai (1979)の方法に従った。 23 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 単離後に加圧した筋肉内結合組織と筋肉に加圧後に単離した結合組織の凍結乾燥 試料を約 4 mg ずつエッペンチューブに計りとり、処理液(10 mM Tris-HCl (pH 6.8), 3.6 M Urea, 1% SDS, 1% β-メルカプトエタノール)を 1 ml 加え、100℃の湯浴で 3 分間 加熱した。それぞれに 0.1% Bromophenol Blue を約 70 µl 加え、よく混ぜて遠心分離 (5000×g, 10 分間程度)し、上清を泳動用試料とした。分子マーカーとして、ブタ皮膚 由来のⅠ型およびⅢ型コラーゲン(WAKO, 大阪)を同様に処理した。また参考のため、 当研究室で単離したアクチンとミオシンも適量とって、同様に処理した。 ポリアクリルアミドゲルは分離ゲル 5%、濃縮ゲル 3%のスラブゲル(70 mm×90 mm ×1.0 mm)で行った。泳動電流は、濃縮ゲルでは 10 mA、分離ゲルでは 20 mA で行っ た。染色は Trinick ら(1984)の方法に従い、0.025% CBB R-250 で染色後、5%メタノ ールで脱色した。 2.10.2. 泳動用試料のタンパク質含量の測定 チャージするタンパク質含量を一定にするために、SDS 処理後のサンプルのタンパ ク質含量を測定した。まず、妨害物質の除去キット(Compat-Able TM Protein Assay Preparation Reagent Set, PIERCE, Rockford, U.S.A.)を用いて妨害物質を除去した後、 BCA 法でタンパク質の定量を行った。BCA 試薬 A (1% Sodium bicinchoninate, 2% Na2CO3, 0.16% Sodium tartrate, 0.4% NaOH, 0.95% NaHCO3)と BCA 試薬 B (4% CuSO4・5H2O)を 50:1 で混合して 100 µl の試料に 2 ml 加え、撹拌した。37℃で 30 分 間放置した後、室温まで冷却し、562 nm の吸光値を測定した。なお、スタンダードに は BSA とゼラチンを用い、BSA 400 mg/ml の時の吸光値は 0.460, ゼラチン 400 mg/ml の時の吸光値は 0.250 であった。 2.11. 走査型電子顕微鏡観察(SEM: Scanning Electron Microscopy) 試料の調製は Ohtani ら(1988)の方法を参考に行った。超高圧処理(0.1∼500 MPa)を 24 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 した筋肉試料を約 5 mm 角に切り、固定液(2.5% グルタルアルデヒド, 0.1 M リン酸 バッファー (pH7.4))に浸漬して、室温で約 10 日間固定した。10% NaOH 水溶液に室 温で 4∼10 日浸漬した(10% NaOH は毎日交換した)。試料が透明になったら蒸留水に 液交換し、室温で 4 日静置した(毎日液交換した)。1%タンニン酸に液交換し、静かに 振とうして 3 時間静置した。蒸留水に液交換し、30 分おきに 6 回交換して洗浄した。 1%オスミウム酸に液交換し、4℃で 3 時間もしくは一晩放置した。60%, 80%, 90%, 95%, 99.5%, 100%のエタノールを用いて脱水を行った。t-ブチルアルコールに 1 時 間浸漬して液交換を 3 回行った。-20℃で凍結し、凍結乾燥機(FREEZE DRYER VD-800F, タイテック, 埼玉)により凍結乾燥した。その後試料を両面テープで試料台に固定し、 イオンコーター(ION COATER IB-3, EIKO, 茨城)を用いて金蒸着した。走査型電子顕 微鏡(SCANNING MICROSCOPE S-430, HITACHI, 東京)を用いて加速電圧 15 kv で観察 した。 2.12. 統計分析 得られた数値は 5%水準で Smirnov-Grubb’s outlier test を行った。サンプル間の有 意差はステューデントのt-検定により危険率 5%レベルで算出した。なお、統計分析 には Microsoft Excel 2000 (Microsoft, N.Y., U.S.A.)を使用した。 25 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 2001 年 12 月 26 第二章 3. 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 結果と考察 3.1. 超高圧処理による外観の変化 筋肉に加圧をしたところ、明確な色の変化が認められた(図 2-6)。100 MPa、200 MPa の処理では未加圧の肉色と変わらないが、300 MPa 以上から白っぽくなり、500 MPa では茹でたような色になった。大きさも若干小さくなったように感じた。しかし、 単離した筋肉内結合組織には加圧による色の変化は見られなかった。食肉の色は肉 中に含まれている色素タンパク質ミオグロビンと血液由来のヘモグロビンによって 決まるが、特にミオグロビンの役割が大きい。加圧による肉色の変化(白色化、灰色 化)の原因には、1) ミオグロビンの構造変化すなわちグロビンタンパク質部の変性に 伴う色素分子プロトヘムの遊離、2) 還元化ミオグロビンの酸化型ミオグロビンへの 変換、があると考えられている。また、超高圧処理は食肉の pH の低下を引き起こす ため、ミオグロビンの部分変性、ヘム部分の解離、ヘムの酸化を促進するほか、メ トミオグロビン還元酵素やミオグロビン酸化酵素の活性に影響するとも言われてい る(池内ら, 2006)。本実験における筋肉の白色化も超高圧処理によってミオグロビン が以上のような影響を受けた結果であると思われる。 27 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 0.1 MPa 100 MPa 200 MPa 300 MPa 400 MPa 図 2-6. 超高圧処理による肉色の変化(ウシ肩ロース肉) 28 500 MPa 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.2. 筋肉内結合組織収量に及ぼす超高圧の影響 筋肉に加圧した後、筋肉内結合組織の単離を行ったところ、得られた結合組織の収 量に明らかな違いが認められた。始めの挽肉重量に対する単離した結合組織の凍結乾 燥物重量の割合は表 2-1 と図 2-7 のとおりであった。すなわち、未加圧の肉から単離 すると 2.65%の収率であるのに、100 MPa で 3.97%、多少の変動はあるものの、加圧 程度の増大につれて多くなり、400 MPa では 11%を越えていた。多くの筋原線維タン パク質は超高圧処理で変性・凝固し(山本, 1999; 池内, 2000)、溶解性が低下している と考えられる。今回の実験結果は筋原線維タンパク質が変性し、単離に使用した抽出 液で抽出されなかったために起こったものと思われる。そこで次に結合組織中のコラ ーゲン含量を測定したところ、筋肉に加圧後単離した結合組織のコラーゲン含量は 150 MPa 以上の加圧処理によって極端に減っていた(表 2-2, 図 2-8)。このコラーゲン 以外の混入物については後の 3.7.2.の SDS-PAGE によって混入したタンパク質を検討 した。おそらくミオシンを多く含む筋原線維タンパク質であると考えられた。一方、 単離してから加圧した結合組織の総コラーゲン含量は表 2-3, 図 2-8 に示されるよう に、さほど変動しなかった。 29 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-1. 筋肉への加圧による結合組織収率の変化 加圧程度[MPa] 0.1 100 150 200 300 400 500 結合組織収率[%] 2.65 3.97 2.58 4.93 5.94 11.40 9.16 12 10 収率 % [ ] 8 6 4 2 0 0 100 200 300 400 500 加圧程度[MPa] 図 2-7. 加圧による結合組織収率の変化 30 600 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-2. 筋肉に加圧してから単離した結合組織中の総コラーゲン含量 加圧程度[MPa] 0.1 100 150 200 300 400 500 84.652 73.913 33.000 34.339 22.273 22.941 25.617 ±41.08 ±32.83 ±21.29 ±14.52 総コラーゲン含量[mg/g] ±6.26 ±3.77 ±2.85 表 2-3. 単離してから加圧した結合組織中の総コラーゲン含量 加圧程度[MPa] 0.1 100 300 500 136.304 167.287 157.531 177.282 総コラーゲン含量[mg/g] ±32.22 ± 36.67 ±32.34 単離後加圧 加圧後単離 総コラーゲン含量[mg/g] 250 200 150 100 50 0 0 100 200 300 400 500 600 加圧程度[MPa] 図 2-8. 結合組織中のコラーゲン含量の変化 31 ±35.78 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.3. 超高圧処理が筋肉内結合組織の機械特性に及ぼす影響 3.3.1. 筋肉の硬さの変化 ウシ筋肉の硬さの変化は表 2-4 および図 2-9 のようになった。未加圧のものが平 均 605.63 g の剪断力値であるのに比べ、加圧したものは有意に軟化した(P<0.05)。 100 MPa の加圧処理でその剪断力値は 497.55 g に大きく低下し、300 MPa で最低の 443.41 g となったが、それ以上の加圧ではさほど変化しなかった。 ブタ筋肉の硬さの変化は表 2-5 および図 2-10 のようになった。ブタ筋肉において もウシと同様、未加圧のものに比べ、100 MPa 以上の加圧で有意に軟化した(P<0.05)。 ブタは未加圧の状態で平均 555.80 g であり、ウシ筋肉よりも、もともと軟らかかっ た。また、ウシと同様に 300 MPa 程度で最大限軟化したが、その剪断力価は 450 g 程度で、超高圧に伴う硬さの変動はウシに比べてやや小さいようであった。超高圧 によって硬い肉は軟らかく、もともと軟らかい肉は軟らかいままであれば大変便利 なのだが、本実験では傾向が見られたにとどまった。さらなるデータの蓄積が必要 であろう。 超高圧が食肉を軟化するという結果は過去の報告と一致しており、Suzuki ら(1998) は 300 MPa の加圧で食肉の硬さが未加圧の肉の 10%程度にまで軟化したことを報告 している。超高圧による食肉の軟化の原因にはアクチンとミオシンの相互作用の脆 弱化、筋原線維の小片化、コネクチンのつくる弾性構造の脆弱化、そして結合組織 構造の脆弱化が起こることがいわれている(鈴木, 1999)が、筋肉そのものの硬さの測 定では筋線維と結合組織の両方が切断されるので、結合組織が加圧によってどの程 度軟化しているのかはわかりにくい。そこで次に筋肉内結合組織のみの硬さの変化 を知るために、単離した結合組織における硬さを測定した。 32 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-4. 超高圧処理によるウシ筋肉の硬さの変化 加圧程度[MPa] 0.1 100 150 200 300 400 500 605.63 497.55 481.51 462.81 443.41 475.45 463.77 ±141.76 ±56.32 ± 68.18 ± 68.87 ± 70.77 ±68.52 ±67.56 58 53 54 58 69 52 剪断力値[g] 測定数 60 800 剪断力値[g] 700 600 * 500 * * * * 200 300 400 * 400 300 200 0 100 500 加圧程度[MPa] 図 2-9. 超高圧によるウシ筋肉の硬さの変化 (*は未加圧に比べて 5%水準で有意差があったことを示す。) 33 600 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-5. 超高圧処理によるブタ筋肉の硬さの変化 加圧程度[MPa] 0.1 100 150 200 300 400 500 555.80 507.23 458.11 491.92 456.04 473.23 465.40 ±120.70 ± 129.58 ±79.95 ±96.42 ±88.69 ±93.54 ±99.76 60 52 18 52 47 52 47 剪断力値[g] 測定数 800 剪断力値[g] 700 600 * 500 * * * * 300 400 500 * 400 300 200 0 100 200 加圧程度[MPa] 図 2-10. 超高圧によるブタ筋肉の硬さの変化 (*は未加圧に比べて 5%水準で有意差があったことを示す。) 34 600 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.3.2. 筋肉内結合組織の硬さの変化 筋肉内結合組織の硬さの測定には、筋肉から単離した後に加圧したものを用いた。 測定した結果は表 2-6 および図 2-11 のとおりである。筋肉と同様、結合組織におい ても超高圧処理による有意な軟化が認められた(P<0.05)。結合組織では未加圧の状態 で平均 571.53 g だった剪断力価が、400 MPa で最も低下し、333.52 g 程度になった。 従って、筋原線維のみならず、結合組織も超高圧処理によって軟化し、その軟化の度 合いは筋肉全体よりも大きいことが示唆された。 表 2-7 および図 2-12 に示されるように、ブタの筋肉内結合組織についても加圧に よる有意な軟化が認められた(P<0.05)。未加圧の筋肉で平均 608.54 g であった剪断力 値が 150 MPa の加圧で 438.90 g へと低下した。従って超高圧処理は、動物種によらず、 筋肉全体や筋肉内結合組織を軟化させる効果を持つことが明らかになった。本実験で は、単離した結合組織をプラスチック容器で整形するという独自の方法により筋肉内 結合組織の硬さを測定し、結合組織が超高圧処理によって軟化することを明らかにし た。 結合組織の剪断力値の測定では、結合組織成分の中で最も強固なコラーゲン線維が 切断されるときに最大の力を要する。従って、加圧によってピーク剪断力値が低下し たのは、コラーゲン線維が脆くなったためであると考えられる。コラーゲン線維はコ ラーゲンフィブリルが集合し束ねられたものであり、コラーゲンフィブリルはコラー ゲン分子の会合によって形成され、分子間架橋で強固な構造体となる。それが脆くな るということは、分子の三本鎖らせんがほぐれやすくなったのか、分子間の架橋が弱 くなったのか、また、コラーゲンフィブリル同士を接着する基質成分(主としてプロ テオグリカン)が変化したのではないかと予想された。 35 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-6. 超高圧によるウシ筋肉内結合組織の硬さの変化 加圧程度[MPa] 0.1 100 300 400 500 571.53 466.55 483.24 333.52 422.60 ±139.82 ±78.21 ±82.42 ±98.56 ±83.68 剪断力値[g] 測定数 45 22 21 27 20 800 剪断力値[g] 700 600 500 * * * 400 * 300 200 0 100 200 300 400 500 600 加圧程度[MPa] 図 2-11. 超高圧によるウシ筋肉内結合組織の硬さの変化 (*は未加圧に比べて 5%水準で有意差があったことを示す。) 36 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-7. 超高圧処理によるブタ筋肉内結合組織の硬さの変化 加圧程度[MPa] 0 150 400 608.54 438.90 518.59 剪断力値[g] ±99.61 ±104.21 ±132.90 26 20 27 測定数 800 剪断力値[g] 700 600 * 500 * 400 300 200 0 100 200 300 400 500 加圧程度[MPa] 図 2-12. 超高圧によるブタ筋肉内結合組織の硬さの変化 (*は未加圧に比べて 5%水準で有意差があったことを示す。) 37 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.3.3. 筋肉の引張強度 引張強度の測定結果は表 2-8 および図 2-13 に示した。本実験では筋線維の束同士 の接着面を横方向に裂くように引っ張るため、筋線維束を包んでいる結合組織の強 度が反映される。この引張測定では、一番裂けやすい部分、つまり筋内膜と筋周膜 の間から裂けるものと思われる。筋内膜と筋周膜の間には若干の隙間ができており、 この隙間はプロテオグリカンなどの基質や脂肪細胞が入っていたり、コラーゲンフ ィブリルに弱く接着されていたりする。よって引張強度の測定ではこの筋内膜−筋 周膜間の結合強度が測定されたものと思われる。その結果、5%水準での有意差はな かったが、加圧に伴って裂けやすくなる傾向が見られた。未加圧で平均 1000.88 g であった引張強度が超高圧によって低下し、100 MPa の加圧で 665.80 g に下がり、 300 MPa では 635.18 g になっていた。筋周膜のコラーゲン線維は波状のシートが何 枚も重なって配置しており、未加圧の状態でも裂け易い部分であるが、この筋周膜 のシート同士を接着しているコラーゲンフィブリルが脆弱化した可能性がある。ま たは、このコラーゲンを安定化していたプロテオグリカンが変化したと考えられる。 これらの結果から、超高圧処理が筋肉内結合組織に物理的な脆弱化を引き起こす ことが示された。次にこの脆弱化が何に起因するものなのかを解明するひとつの方 法として、筋肉内結合組織中のコラーゲンの熱安定性を調べた。 38 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-8. ウシ筋肉の引張強度の変化 加圧程度[MPa] 0.1 100 150 300 500 1000.88 665.80 687.50 635.18 716.76 ±455.21 ±280.71 ±175.76 ±346.52 ±319.91 引張強度[g] 測定数 13 20 4 22 21 1600 1400 引張強度[g] 1200 1000 800 600 400 200 0 0 100 200 300 400 加圧程度[MPa] 図 2-13. ウシ筋肉の引張強度 39 500 600 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.4. 超高圧処理がコラーゲンの熱安定性に及ぼす影響 3.4.1. 筋肉中のコラーゲンの加熱溶解性に及ぼす影響 加圧による筋肉中コラーゲンの加熱溶解性変化の結果を表 2-9 および図 2-14 に示 した。ウシ筋肉中の総コラーゲン含量はおよそ筋肉湿重量 1 g あたり乾燥重量で 6 mg 前後の値をとり、変動はなかった。しかしコラーゲンの加熱溶解性は、150, 300, 500 MPa において未加圧筋肉に比べて有意に(P<0.05)高くなっていた。筋肉内のコラーゲ ンが脆弱化し、熱に対して不安定なコラーゲンが増えたことが示された。 Hill (1966)はコラーゲンの加熱溶解性が高いほど食肉が軟らかくなることを報告し ている。このことは、今回コラーゲンの加熱溶解性が高くなり、先の 3.3. 機械特性 の実験において軟化が認められたことに一致する。食肉の軟化は熟成によってももた らされるが、熟成ではコラーゲンの加熱溶解性が変化しないことが報告されている (Herring ら, 1967; Sharp, 1963)。超高圧処理がコラーゲンを溶解性の面からも脆弱化す ることは食肉の軟化法として熟成よりも優れた技術となる可能性を示唆した。 40 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-9. ウシ筋肉中コラーゲンの加熱溶解性変化と総コラーゲン含量 加圧程度[MPa] 0.1 100 150 200 300 400 500 3.1146 3.5837 3.8153 3.2859 3.6011 3.3319 3.8250 加熱溶解性[%] ±0.544 ±0.387 ±0.380 ±0.470 ± 0.326 ± 0.481 ± 0.334 5.8233 5.3660 5.3778 5.7229 5.8637 6.3183 5.5762 総コラーゲン含量[mg/g] ±0.605 ±0.613 ±1.557 ±0.227 ± 0.739 ± 0.534 ± 0.861 4.3 4.1 加熱溶解性[%] 3.9 * * 3.7 * 3.5 3.3 3.1 2.9 2.7 2.5 0 100 200 300 400 500 600 加圧程度[MPa] 図 2-14. ウシ筋肉中コラーゲンの加熱溶解性変化 (*は未加圧に比べて 5%水準で有意差があったことを示す。) 41 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.4.2. 筋肉内結合組織中のコラーゲンの加熱溶解性に及ぼす影響 単離した筋肉内結合組織に加圧した時のコラーゲンの加熱溶解性は表 2-10 および 図 2-15 のようになった。各試料は 0.5∼0.6%前後の値となり、有意差は認められな かった(P>0.05)。図 2-14 に示したように、筋肉におけるコラーゲンの加熱溶解性が 超高圧処理によって上昇したことから考えると、超高圧処理は筋肉内コラーゲンを脆 弱化すると考えられる。そこで、単離した筋肉内結合組織に加圧した時のコラーゲン の加熱溶解性に有意な差がみられないのは、筋肉中にはあって、単離した結合組織に はない物質、酵素などが関係していたことが考えられる。筋肉内に存在するコラーゲ ン分解能を持つ酵素には 400 MPa までの加圧に伴って活性を増すものがある(Homma, 1994)。筋肉を試料とした時はこの酵素の働きでコラーゲンの加熱溶解性が増したと 考えられる。そして単離した筋肉内結合組織では酵素が取り除かれ、コラーゲンの加 熱溶解性に変化が起こらなかったのではないだろうか。また、筋肉の未加圧試料にお いてはコラーゲンの加熱溶解性が 3.1%ほどであった(図 2-14)のに、単離した結合組 織試料では 0.55%を示した(図 2-15)ことから、単離した筋肉内結合組織では加熱によ って溶解しやすい脆弱なコラーゲンが単離の操作中に失われていることが予測され た。従って、筋肉中では超高圧によって可溶化されたコラーゲンが存在していても、 単離した筋肉内結合組織(不溶性コラーゲン)には加圧に対しても安定なコラーゲン しか存在しない可能性が高い。 次に、加圧後の筋肉から単離した筋肉内結合組織のコラーゲンの加熱溶解性を表 2-11 および図 2-16 に示す。この試料では、コラーゲンの加熱溶解性は有意に(P<0.05) 増加した。未加圧のサンプルで約 0.74%であるのに対して 500 MPa まで加圧したもの は 1.36%と二倍近い増加を示した。表 2-2 に示したようにこの試料中にはコラーゲン 以外の物質(おそらく変性した筋肉タンパク質)が多く含まれており、先の筋肉内結 合組織に加圧した試料とはコラーゲンの純度が異なる(図 2-8)。この時混入した不純 物には変性して不溶化した筋原線維タンパク質の他、筋肉中に含まれていた酵素もあ 42 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 ると思われる。単離してから加圧した筋肉内結合組織でコラーゲン加熱溶解性の上昇 がみられず(図 2-15)、筋肉(図 2-14)や不純物の多い結合組織試料(図 2-16)でコラーゲ ンの加熱溶解性の上昇がみられるのは、試料中に存在する酵素が加圧に伴って活性化 し、コラーゲン線維を脆弱化した為ではないかと思われる。また、筋肉内のコラーゲ ンはコラーゲン線維のほかにも中性塩可溶性コラーゲンや、会合状態の低いフィブリ ルコラーゲンなど、単離の過程では流失してしまうようなコラーゲンも含まれている。 そのような脆弱なコラーゲンが超高圧による影響を受けるとすると、脆弱なコラーゲ ンが変性して溶解しなかった筋原線維タンパク質に紛れて結合組織試料中に残って いることが考えられる。筋肉と加圧後単離した結合組織に加圧に伴う有意なコラーゲ ン加熱溶解性の増加が起こるのは、この流失しやすいコラーゲン(脆弱なコラーゲン) が加圧によって崩壊したためと考えられる。 以上のことから、超高圧処理は筋肉内在性酵素を活性化させ、コラーゲンの脆弱化 を招いたか、もしくは超高圧処理は結合組織の単離過程で流失するような脆弱なコラ ーゲンのみを可溶化することが示唆された。 43 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-10. 単離後加圧した結合組織中コラーゲンの加熱溶解性変化 加圧程度[MPa] 0.1 100 300 500 0.5531 0.5278 0.6041 0.5858 加熱溶解性[%] ±0.182 ±0.184 ±0.270 ± 0.227 1 0.9 0.8 加熱溶解性[%] 第二章 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0 100 200 300 400 500 600 加圧程度[MPa] 図 2-15. 単離後加圧した時の筋肉内結合組織中コラーゲンの加熱溶解性変化 44 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-11. 加圧後の筋肉から単離した結合組織中コラーゲンの加熱溶解性変化 加圧程度[MPa] 0.1 100 150 200 300 400 500 0.7396 0.7521 1.0297 0.9605 0.9562 1.0659 1.3588 ±0.256 ±0.1948 ±0.226 ±0.340 ±0.293 ±0.269 ±0.329 加熱溶解性[%] 1.8 1.6 * 加熱溶解性[%] 1.4 1.2 * * 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 0 100 200 300 400 500 600 加圧程度[MPa] 図 2-16. 加圧後の筋肉から単離した結合組織中コラーゲンの加熱溶解性変化 (*は未加圧に比べて 5%水準で有意差があったことを示す。) 45 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.4.3. DSC 分析によるコラーゲンの変性温度の変化 DSC による筋肉内結合組織の分析結果を表 2-12 および図 2-17 に示した。コラー ゲン線維の変性ピークは 67℃前後に現れることが知られており、本研究でも同様の ピークが認められた。これまでに Suzuki ら(1993)は 300 MPa の加圧を行ったウシの コラーゲン線維において DSC 分析を行い、明確な変化は見られなかったと報告して いる。本実験においても変性温度と変性熱量を比較検討したが、超高圧による変化 は見られなかった。また、腱を細切したものを用いて同様に分析したところ、表 2-13 および図 2-18 に示すように 65℃付近にピークが出た。300 MPa で若干変性温度が上 がっているようだが、1℃程度は誤差範囲であると判断した。やはり超高圧による変 化は認められなかった。Judge と Aberle (1982)はコラーゲンの熱変性温度は熟成中に は低温側に移動し、動物の加齢によって高温側に移動することを報告した。この加 齢による変性温度の上昇とコラーゲンの成熟架橋との間には相関関係があることが 報告されている(Horgan ら, 1971; Smith と Judge, 1991)。コラーゲンの変性温度は、 コラーゲンの三重らせん構造が壊れてゼラチンになる温度を指すため、コラーゲン 分子内の結合を壊すかどうかを検討することになる。しかし本研究の結果、超高圧 による変性温度の変化は認められなかったことから、超高圧処理ではコラーゲン分 子の変性や成熟架橋の崩壊は起こらないことが予想できた。 今回の熱安定性測定では、DSC 分析による変化は見られなかったが、コラーゲン の加熱溶解性には変化が見られた。コラーゲンの加熱溶解性測定は、77℃, 70 分間 の加熱という、一定のエネルギーによってどれだけのコラーゲンが可溶化するかを 測定しており、この温度ではコラーゲンは変性しているはずなので、変性したコラ ーゲンがどれだけ可溶化されたのかが示される。DSC 分析ではコラーゲンが変性す るのに要した温度とエネルギーを計測している。これらの測定の結果から、超高圧 処理によってコラーゲンを変性するのに要するエネルギーは変わらないが、一定の エネルギーで多くのコラーゲンを可溶化できるようになったことが示された。そし 46 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 て、コラーゲンの加熱溶解性の測定から、筋肉内結合組織に加圧した試料では変化 が認められないが、筋肉に加圧してから調製した試料ではコラーゲンの熱安定性が 低下したことが示された。筋肉に加圧した試料では、コラーゲン以外の筋肉内タン パク質、とりわけ酵素の混入がコラーゲンの熱安定性を低下させたものと思われる。 47 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-12. 単離筋肉内結合組織の DSC 分析結果 圧力程度[MPa] 0.1 100 150 200 300 400 500 変性温度[℃] 66.41 66.27 66.22 66.41 66.32 66.80 66.80 熱量 [Enthalpy/J/g] 0.4703 0.6755 0.623 0.6989 0.6694 0.4308 0.4458 0.1 MPa 100 MPa 200 MPa 400 MPa 図 2-17. 超高圧処理をした筋肉内結合組織の DSC 曲線 48 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-13. 腱の DSC 曲線 圧力程度[MPa] 0.1 100 300 変性温度[℃] 64.60 64.52 65.64 熱量 [Enthalpy/J/g] 8.1166 8.5133 6.9502 0.1 MPa 100 MPa 300 MPa 図 2-18. 腱の DSC 曲線 49 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.5. 超高圧処理による筋肉内コラーゲンの遊離 3.5.1. 筋肉からのコラーゲンの遊離 筋肉に加圧したときのドリップは明らかに色の変化がみられ、図 2-19 のように、 加圧するにつれてどす黒く濁った色になった。3.1.の筋肉の色の変化と同様に 300 MPa 以上の加圧からドリップの様子が変化し、固形物が見られるようになった。筋 原線維の小片化によって筋原線維タンパク質が流れ出たことと、筋原線維タンパク 質の変性、筋漿タンパク質の変性が一因であると思われる。食肉中の水の大部分は、 スポンジのように毛細管現象によって筋肉タンパク質の微細構造(筋原線維)内に保 持されており、5%程度は筋肉タンパク質の親水基と強く結びついている。そのため、 加圧に伴う筋肉タンパク質の構造変化や筋原線維構造の変化は食肉のドリップに大 きな影響を与えることになる。岡本ら(2001)は 100 MPa の加圧では筋原線維が収縮し てドリップの量が増え、200∼400 MPa の加圧ではドリップが減少し、これが筋原線 維の部分的な構造破壊(主にアクチンの脱重合によって筋原線維のフィラメント間 に隙間が生じる)に伴い食肉中に水を保持できる空間が増加したことによるものと 推察した。そして、さらに圧力強度を増すと、ミオシンを含めた筋肉タンパク質の 変性が進み、ドリップは増加することを報告した。本実験においては加圧程度によ るドリップ量の変化は測定していないが、加圧程度に伴うドリップの外観の変化か ら筋肉タンパク質の変性が起こっていることが確認できた。 このドリップ中のコラーゲン量と筋肉中のコラーゲン量から加圧によるコラーゲ ンの遊離率を求めて、表 2-14 および図 2-20 に示した。加圧に伴うコラーゲンの遊 離率は、0.1 MPa では 0.28%であったが 150 MPa で 0.43%と最大となり、その後は 徐々に低下して 500 MPa では 0.20%になった。3.4.に述べた加熱溶解性の結果から、 加圧に伴って徐々に遊離率は増えるのかと予想していたが、200 MPa 以上の加圧か らは低下するという結果になった。100, 150 MPa の加圧は筋原線維に収縮が起こり、 ドリップ量も増加する(岡本, 2001)とのことから、この加圧程度では圧力の影響を受 50 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 けやすい脆弱なコラーゲンが水分とともに筋肉から遊離してくるものと考えられる。 そして、200∼400 MPa の加圧は、筋原線維の構造破壊が起こって筋原線維の隙間に 水分が保持される圧力である(岡本, 2001)ので、この隙間にコラーゲンも水とともに 保持され、遊離しにくくなっていることが考えられる。また、500 MPa では筋原線 維タンパク質の変性のため食肉は水分が保持できなくなり、ドリップは多くなるが (Mozhaev ら, 1996)、コラーゲン分解能を持つ酵素の失活する圧力であり(Homma ら, 1994)、コラーゲンの分解が抑えられていると考えられる。このように、本実験の結 果には筋肉の保水性の変化と酵素の活性変化など、いくつかの要因が関わっている ものと思われる。 51 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 0.1 MPa 100 MPa 150 MPa 200 MPa 300 MPa 400 MPa 図 2-19. 加圧によるドリップ色の変化 52 500 MPa 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-14. 筋肉からのコラーゲン遊離率 加圧程度[MPa] 0.1 100 150 200 300 400 500 遊離率[%] 0.28 0.35 0.43 0.35 0.27 0.22 0.20 0.5 0.45 0.4 遊離率[%] 0.35 0.3 0.25 0.2 0.15 0.1 0.05 0 0 100 200 300 加圧程度[MPa] 400 図 2-20. 筋肉からのコラーゲン遊離率 53 500 600 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.5.2. 筋肉内結合組織からのコラーゲンの遊離 筋肉内結合組織を用いた実験では単離操作の過程で可溶性コラーゲンは流失し、不 溶性コラーゲンのみになっていると考えられる。そのため、筋肉への加圧では筋肉全 体に含まれるコラーゲンの遊離量がわかるのに対し、単離した結合組織では、不溶性 コラーゲンが加圧によっていかに遊離するかがわかるものと思われる。 単離した結合組織への加圧によるコラーゲンの遊離率を求めたところ、表 2-15 お よび図 2-21 のようになった。筋肉の結果とは異なり、加圧に伴ってコラーゲンの遊 離率が上昇する傾向がみられた。未加圧で 0.009%であった遊離率が、500 MPa の加 圧によって 0.061%に増えていた。筋肉からのコラーゲン遊離率が 0.2%以上(図 2-20) であるのに対し、筋肉内結合組織からのコラーゲン遊離率が最大でも 0.061%と低い のは、結合組織残渣に含まれるコラーゲンが多い為である。一般に、物質は圧力をか けると体積減少の方向へと変化する。タンパク質同士で結合しているよりも、水分子 と結合したほうが体積の減少になるため、タンパク質同士の結合は切れて水との相互 作用を強める方向に向かう。これによって親水性を増したコラーゲンが水側へ移動し、 遊離するコラーゲンの割合が増加したのではないだろうか。3.4.のコラーゲンの加熱 溶解性の測定において、単離した筋肉内結合組織に加圧した時にはコラーゲンの加熱 溶解性が上昇せず(図 2-15)、すなわちコラーゲンの脆弱化は認められなかったが、今 回の遊離の実験では加圧に伴ってコラーゲンの遊離が認められた。この原因として用 いた試料の違いが考えられる。加熱溶解性の試料は凍結乾燥した試料を用いたが、遊 離実験には単離直後の湿った筋肉内結合組織を使用した。一般にタンパク質は乾燥に よって変性しやすく、水を加えても完全に元の状態に戻ることはないと言われている (上田ら, 1989)。コラーゲンの加熱溶解性測定に用いた筋肉内結合組織では、加圧の影 響を受けやすい脆弱なコラーゲンは凍結乾燥によって溶解しにくくなり、加圧をして も変化が表れなかったのではないだろうか。 54 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-15. 結合組織からのコラーゲン遊離率 加圧程度[MPa] 0.1 100 150 200 300 400 500 遊離率[%] 0.009 0.010 0.035 0.021 0.033 0.023 0.061 0.07 0.06 遊離率[%] 0.05 0.04 0.03 0.02 0.01 0.00 0 100 200 300 加圧程度[MPa] 400 図 2-21. 結合組織からのコラーゲン遊離率 55 500 600 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.5.3. 遊離コラーゲンの形態 ここでは加圧で遊離するコラーゲンの状態を調べた。つまり、単離した筋肉内結合 組織に超高圧処理を行った時、ペプチド以下に分解されているか、それともタンパク 態の状態(コラーゲン分子か分子が会合したコラーゲンフィブリル状態)か、を検討し た。図 2-22 に示したように、400 MPa までの加圧ではペプチドまで分解されている コラーゲンの量には変化がなかった。一方、タンパク態のコラーゲンは 200 MPa 以上 の圧力処理で顕著な増加が認められた。従って、筋肉内結合組織に超高圧処理を行う と、コラーゲン分子がペプチドまで分解するということはないが、コラーゲン分子間 もしくはコラーゲンフィブリル間の相互作用が脆弱化することが推測された。この実 験では、筋肉内結合組織を単離した直後に実験に用いている上に、ホモジナイザーで 物理的にほぐしている。この実験ではコラーゲン線維をほぐすことで、脆弱なコラー ゲン(フィブリルまで壊されたコラーゲンなど)が増え、より明確にコラーゲンの加 圧による遊離が見られたものと考えられる。 これまでの結果から、超高圧によってコラーゲンが遊離する原因には、コラーゲン 分子間の架橋が切れるか、もしくはコラーゲンフィブリル間の結合が切れることが考 えられた。コラーゲン分子はイオン結合、疎水結合および水素結合によって会合して コラーゲンフィブリルを構築するが、イオン結合と疎水結合は超高圧によって切れや すくなることが報告されている(林, 1989)。この変化は超高圧下において系全体が体積 減少を起こした結果、タンパク質は周囲の水と結合していた方が安定するためである (谷口, 2003)。超高圧によるコラーゲンの遊離が、コラーゲン分子もしくはコラーゲン フィブリルの水和によるものであるとすると、コラーゲンの水分保持能力が高まって いるはずである。そこで次に超高圧処理によるコラーゲンの保水性の変化について調 べた。 56 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 ヒドロキシプロリン含量 [µg/g CT] 1.00 0.80 0.60 0.40 0.20 0.00 0.1 100 200 圧力程度 [MPa] 400 図 2-22. 遊離するコラーゲンの状態 : タンパク態のコラーゲン : ペプチド以下に分解されたコラーゲン 57 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.6. 超高圧処理が筋肉内結合組織の保水性に及ぼす影響 3.6.1. 保水性 加熱乾燥法では、結合組織中の全水分含量が測定された。表 2-16 に示したように、 筋肉内結合組織の水分含量は超高圧処理を行っても、88∼90%の値を示し、ほとんど 変化がみられなかった。従って、超高圧処理は筋肉内結合組織の水分含量には影響し ないことが示唆された。 一方、常圧遠心法による保水性の測定結果は表 2-17 のようになった。表中の(a)∼ (d)は方法で示した図 2-5 中の記号を表している。これらの結果から、全水分量のうち、 遠心法で離れた水を弱く結合した水、離れなかった水を比較的結合組織との親和性の 高い、強く結合した水として、その割合を計算した(図 2-23)。図 2-23 に示されるよ うに、100∼150 MPa の圧力処理で強く結合している水が多くなっていた。そして 200 MPa 以上では弱い結合の水が多く、強い結合の水が少なくなっていた。このことから、 100, 150 MPa 程度の加圧筋肉内結合組織に対する水の結合状態が強くなることが推察 された。本結果で得られたグラフは、150 MPa で筋肉からの遊離コラーゲンが増加し、 それ以上の圧力では徐々に低下していった図 2-20 と同様な形となった。本実験での 筋肉内結合組織への加圧は筋肉への加圧と異なり、筋原線維タンパク質の影響は無い と思われるが、超高圧の影響で水分を保持する機構を考察する上で参考になる。すな わち、150 MPa までの加圧ではコラーゲンが水との結合性を増していると予測できる。 筋肉に加圧した時(図 2-20)は筋原線維の収縮によって排出される水にコラーゲンが引 っ張られて流出する結果になったが、筋肉内結合組織では水を絞り出すようなタンパ ク質がないため、水の方がコラーゲンを含む結合組織に結着することが考えられる。 そして、200 MPa 以上の圧力ではコラーゲン線維もしくはコラーゲンフィブリルの崩 壊が起こり、結合組織の塊から離れやすくなった脆弱なコラーゲンが水側に移動する のではないだろうか。このことは超高圧によって結合組織から遊離するコラーゲン量 が増加した結果(図 2-21)にも一致する。 58 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 これまでの実験結果から、超高圧によってコラーゲンが遊離することが明らかにな ったが、どのように脆弱化しているのかは未だ不明であるので、次にコラーゲン分子 が超高圧によってどの程度の分解を受けているのかを調べた。 59 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 表 2-16. 筋肉内結合組織中の水分含量 加圧程度[MPa] 0.1 100 150 200 300 400 500 水分含量[%] 89.25 89.08 89.31 89.47 89.39 88.74 89.52 表 2-17. 遠心法による重量測定結果 加圧程度[MPa] 0.1 100 150 200 300 400 500 始めのサンプル重量(a) 0.3094 0.3022 0.2981 0.3035 0.3050 0.3001 0.3022 遠心後サンプル重量(b) 0.1755 0.1920 0.1919 0.1712 0.1684 0.1673 0.1651 遠心で出た水の重量(c) 0.1340 0.1102 0.1062 0.1323 0.1366 0.1328 0.1372 乾燥後サンプル重量(d) 0.0319 0.0308 0.0327 0.0310 0.0305 0.0326 0.0326 0.2714 0.2654 0.2725 0.2744 0.2676 0.2697 全水分重量 0.2775 ※ 重量の単位は g である。 100% 乾燥物 80% 弱い結合の水 60% 40% 強い結合の水 20% 0% 0.1 100 150 200 300 加圧程度[MPa] 400 500 図 2-23. 筋肉内結合組織中の水分と乾燥物の割合 60 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.7. 超高圧処理がコラーゲン分子の分解に及ぼす影響 3.7.1. 単離後に加圧した筋肉内結合組織の SDS-PAGE コラーゲン分子は緒言で述べたように三本鎖らせん構造をとっており、それぞれ の鎖は分子内の水素結合や S-S 結合、架橋結合によって安定化されているが、変性 すると鎖がほどけ、α鎖やβ鎖に分解される。SDS-PAGE では界面活性剤である SDS が、変性したタンパク質試料と SDS-タンパク質複合体を作り、その分子量に応じて ポリアクリルアミドゲル中を移動する。SDS はタンパク質を変性させ、難溶性試料 を可溶化することでも利用される。本実験では SDS による変性の他、試料をβ-メル カプトエタノールによって還元することでコラーゲン分子内の S-S 結合を切断し、 さらに加熱することでコラーゲン分子の変性を促している。これらの操作により、 コラーゲン分子はサブユニットに分けられ、α, β, γ鎖のバンドを示す。 図 2-24 に単離後に加圧した筋肉内結合組織の SDS-PAGE 像を載せた。コラーゲン α鎖、β鎖と思われるバンドが確認されるとともに、低分子領域にもバンドが認め られた。この低分子のバンドはコラーゲン分解物か、アクチンであろうと思われた。 また、ミオシンの混入を示すバンドも認められた。この結果では、いずれのバンド にも加圧に伴う変化は確認できなかった。また、Suzuki ら(1993)も筋肉内結合組織に おける SDS-PAGE で 300 MPa までの加圧による影響は見られなかったと報告してお り、従って、コラーゲン分子は超高圧処理によって分解されないことが示された。 熟成では、コラーゲンの SDS に対する抽出性が増加し、この熟成中の脆弱化は、 コ ラー ゲン分解活 性を持つリ ソソ ー ム 酵 素 の 作用 であ る こと が言 わ れて い る (Stanton と Light, 1987, 1990)。骨格筋に存在してコラーゲンを分解するリソソーム酵 素にはカテプシン B, D, H, L, N の存在が示されているが(Etherington, 1984, 1987; Asghar と Bhatti, 1987; Gacko と Chyczewski, 1997)、このうちカテプシン B, D, L は 100 ∼400 MPa の圧力で活性が増加することが報告されている(Homma ら, 1994)。しかし、 今回 SDS-PAGE に用いた筋肉内結合組織では単離過程の抽出によってこれらの酵素 61 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 はほとんど含まれていないと思われる。また、熟成ではプロテオグリカンが酵素に 分解されることで、コラーゲンα鎖の遊離が起こることが示されている(Wu ら, 1981, 1982)が、超高圧処理では酵素が失活し、プロテオグリカンの低分子化が抑制されて いると考えられている。このように、筋肉内結合組織への超高圧処理では酵素によ る分解が起こらず、結果として加圧による違いは認められなかったものと思われる。 62 第二章 Ⅰ Ⅲ A 0.1 100 300 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 500 M β鎖 ミオシン α鎖 アクチン 図 2-24. 単離後に加圧した筋肉内結合組織の SDS-PAGE 像 Ⅰ:Ⅰ型コラーゲン, Ⅲ:Ⅲ型コラーゲン, A:アクチン, M:ミオシン, 0.1∼500:加圧程度[MPa] 63 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.7.2. 加圧後単離した筋肉内結合組織の SDS-PAGE 図 2-25 に加圧後単離した筋肉内結合組織の SDS-PAGE 像を示した。この試料では コラーゲンを示すバンドが非常に薄かった。一方でミオシンと思われる濃いバンド が現れ、この実験試料は 0.1 MPa においてもこの混入物が多いようなので単離過程 での抽出が不十分であった可能性が高い。この試料のコラーゲン含量は図 2-8 に示 したように加圧にともなって減少するはずであるが、確認される多くのバンドが 400 MPa まで の 加圧 で徐々に濃くなっ ており、 500 MPa でのみ 薄く なっ てい た。 SDS-PAGE で検出されるバンドは SDS で可溶化した変性タンパク質であるので、加 圧によってアクチンとミオシン、コラーゲンに変性が起こったことが考えられる。 また、図 2-25 に示されるように、アクチンと同じくらいの低分子領域のバンドが確 認され、これがアクチンなのか、低分子化したコラーゲンなのか明確にはわからな いが、400 MPa まではバンドが濃くなり、500 MPa で薄くなるという傾向は他のバン ドと同様であった。本実験の結果、ミオシンやアクチンなどの筋原線維タンパク質 が混入していることから、コラーゲンを分解する酵素も試料中に残留していること が考えられる。特にカテプシン B, D, L は 400 MPa までの加圧で徐々に活性を増し、 500 MPa の加圧では失活することが報告されており(Homma ら, 1994)、本結果に一致 する。ただし、食肉への加圧ではリソソーム膜が壊れ、酵素が溶出することが言わ れているので、筋肉に加圧した時点で酵素が溶出していると考えられる。本実験で は加圧変性によって単離過程で溶解しなかった筋原線維タンパク質とともに酵素が 最終試料中に残ったことが考えられる。 64 第二章 Ⅰ 0.1 100 150 200 300 400 500 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 Ⅲ A β鎖 α鎖 ミオシン アクチン 図 2-25. 加圧後単離した筋肉内結合組織の SDS-PAGE 像 Ⅰ:Ⅰ型コラーゲン, Ⅲ:Ⅲ型コラーゲン, A:アクチン, 0.1∼500:加圧程度[MPa] 65 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.8. 超高圧処理が筋肉内結合組織の立体構築状況へ及ぼす影響 3.8.1. 筋肉内コラーゲン線維構造へ及ぼす影響 図 2-26 に超高圧処理に伴う筋内膜および筋周膜コラーゲン線維構造を示した。筋 線維が消化され、蜂の巣様の穴がたくさんできているのが観察された。一つ一つの穴 は筋線維があった跡であり、筋線維の周囲を取り囲んでいたコラーゲンフィブリルが 残っていた。このコラーゲンフィブリルの作る膜構造が筋内膜である。そして蜂の巣 構造の集合体の間には波状のコラーゲン線維が平行に並んで密着してシート状の構 造体を形成した筋周膜が観察され、Nishimura ら(1994)の報告と一致した。超高圧処理 によって筋内膜と筋周膜のコラーゲン線維構造に変化がないかどうか観察したとこ ろ、筋内膜では明確な変化は見られなかったが、筋周膜で加圧によるシート構造のほ ぐれが認められた。そこで次に、筋内膜と筋周膜をさらに拡大して観察した。 66 第二章 0.1 MPa 150 MPa 400 MPa 500 MPa 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 図 2-26. 筋肉内コラーゲン線維構造 67 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.8.2. 筋内膜へ及ぼす影響 筋内膜の観察結果を図 2-27 に示した。細いコラーゲン線維(もしくはコラーゲンフ ィブリル)がランダムに網目を構成して筋内膜を形成しているのが観察された。生筋で はこの穴の中に筋線維が入っている。これまでに Ueno ら(1999)は超高圧処理をした筋 内膜の電子顕微鏡観察で、膜構造が脆弱化したことを報告しているが、本実験では 100 ∼500 MPa の加圧に伴う筋内膜の構造に著しい変化は見られなかった。筋内膜の構造 は熟成によって脆弱化することが報告されている(Nishimura ら, 1996; Ueno ら, 1999)。 Ueno ら(1999)は 14 日間熟成させたウシ筋肉の筋内膜において、膜全体がレース状に 透ける様子を確認し、さらに 21 日間の熟成では筋内膜の蜂の巣状構造に歪みや破れが 生じたことを報告した。Nishimura ら(1996)は熟成によってコラーゲンフィブリルを安 定化しているプロテオグリカンが壊れ、筋内膜の崩壊が起こることを示唆し、これが 筋肉内在性酵素(β-グルクロニダーゼやカテプシン)によるプロテオグリカンの崩壊 のためであると結論づけた。超高圧処理をした筋肉内にも酵素は存在し、さらに加圧 によって活性化するカテプシンがあるため、筋内膜のコラーゲンフィブリルが脆弱化 していることは充分考えられる。ただし、500 MPa の圧力では酵素の失活が起こり、 酵素の働きは無いものと思われる。また、プロテオグリカンを分解する酵素には 400 MPa 以下の圧力でも失活するものもあると考えられるため、超高圧処理は熟成ほど筋 内膜の崩壊を引き起こさないのではないだろうか。そして、筋内膜のコラーゲンフィ ブリルは複雑に絡み合い、ほぐれにくい状態で存在しているので、コラーゲンが加圧 によって周囲の水との親和性を増してもほぐれにくいのではないだろうか。 68 第二章 0.1 MPa 150 MPa 300 MPa 500 MPa 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 図 2-27. 筋内膜のコラーゲン線維網 69 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 3.8.3. 筋周膜へ及ぼす影響 筋周膜においてコラーゲン線維が構築するシートの一枚を拡大し、図 2-28 に示し た。未加圧(0.1 MPa)における筋周膜コラーゲンシートではコラーゲン線維が隙間なく 密に並んでいた。また、この筋周膜のコラーゲンシートには細いコラーゲンフィブリ ルが絡み付いてシートを安定化している様子が認められ、これは Nishimura ら(1994) の報告と一致した。150 MPa の加圧をした筋肉の筋周膜ではコラーゲン線維間に若干 隙間が認められるようになり、500 MPa の加圧ではコラーゲン線維がバラバラに離れ ていた。筋周膜のコラーゲンシート構造が脆弱化したということは、コラーゲン線維 の束を安定化している物質が脆弱化したことが考えられる。筋周膜構造の安定化には コラーゲンフィブリルがコラーゲン線維を束ねている他、エラスチンが並行して配位 していること(Rowe, 1986)と、プロテオグリカンがコラーゲンフィブリルの間を結着 していること(Nishimura ら, 1996)があげられる。そして、3.8.2.筋内膜へ及ぼす影響で も述べたように、プロテオグリカンは熟成中に酵素分解によって脆弱化する。しかし、 400 MPa までの超高圧処理ではプロテオグリカンの抽出性や分子量に変化が見られな かったとの報告がある(Ueno ら, 1999)。このことから、超高圧処理による筋周膜シー ト構造の脆弱化では酵素によるプロテオグリカンの分解はほとんど起こっておらず、 コラーゲン線維束を束ねているコラーゲンフィブリルの脆弱化にあることが考えら れた。しかし、このコラーゲンフィブリルが超高圧によって活性化する筋肉内在性酵 素(カテプシン B, D, L)によって分解されているとすると 500 MPa で失活してしまうた め、500 MPa での筋周膜の脆弱化が説明できない。そこで考えられるのは、3.5.2.に示 した加圧によるコラーゲンの遊離実験で、加圧に伴ってコラーゲンの遊離が増えたこ とから、加圧によってコラーゲンが脆弱化していることである。加圧試料において筋 周膜へ及ぼす酵素の影響がどの程度あるのかはこの研究では明らかにされないが、こ れまでの結果と過去の研究から、酵素の影響よりも超高圧によるコラーゲンの水和が 原因と思われるコラーゲン線維の脆弱化が、筋周膜を崩壊させたものと考えた。 70 第二章 0.1 MPa 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 150 MPa 500 MPa 図 2-28. 筋周膜のコラーゲンシート構造 71 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 2002 年 12 月 72 第二章 4. 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 要約 第二章では筋肉内結合組織に及ぼす超高圧の影響を、筋肉と筋肉内結合組織を用い て調べた。筋肉では超高圧による白色化が観察され、筋肉内のタンパク質が変性した ことが確認された。超高圧処理による機械特性の変化を、筋肉と筋肉内結合組織を用 いて調べ、超高圧処理に軟化効果があることがわかった。そしてその原因を探る方法 として結合組織の主要な成分であるコラーゲンの熱安定性を測定した。DSC による変 性温度には変化がみられなかったものの、77℃で 70 分間加熱した時の溶解性を調べ ると、筋肉に加圧をしてから単離した結合組織で、加圧に伴ってコラーゲンの加熱溶 解性が増すのが確認された。ただし、単離してから加圧した筋肉内結合組織では変化 は認められなかった。一般に、タンパク質は変性によって不溶化することが多いため、 筋肉に加圧してから結合組織を抽出単離する際、変性した筋原線維タンパク質が抽出 されずに結合組織に混入した。このとき筋肉内の酵素も結合組織に混入し、加圧によ って活性化され、コラーゲンの加熱溶解性の低下を招いたことが考えられる。 また、加圧による筋肉内コラーゲンの脆弱化を探るため、加圧によるコラーゲンの 遊離を調べた。筋肉から遊離するコラーゲンは 150 MPa でピークとなり、それ以上の 圧力では徐々に減少した。一方、単離筋肉内結合組織では加圧に伴って遊離コラーゲ ンが増加したので、筋肉に加圧した時のコラーゲンの遊離には筋肉内タンパク質が関 与し、水分の保持や酵素による分解が総合して、結果として 150 MPa にピークができ るグラフが描かれたものと思われる。次に、筋肉内結合組織から遊離するコラーゲン の状態を調べたところ、増加したのはコラーゲンペプチドまで分解されたコラーゲン ではなく、コラーゲン分子か、コラーゲンフィブリル(分子の会合体)のコラーゲン であって、超高圧ではコラーゲンがペプチドまで分解されないことが示された。なお、 このことは筋肉内結合組織の SDS-PAGE によっても確認された。 コラーゲンの遊離がおこる原因に周囲の水との関わりがあると考え、保水性の測定 73 第二章 筋肉内結合組織に及ぼす超高圧処理の影響 をしたところ、100∼150 MPa で水との結合が強まり、それ以上では変化がないとい う結果を得た。100∼150 MPa 付近の加圧でのコラーゲンの遊離は水との親和性が増 した結果であり、それ以上の圧力ではコラーゲン線維が物理的に崩壊しているのでは ないかと考えた。また、電子顕微鏡により筋肉内のコラーゲン線維構築状況を観察し たところ、加圧によって筋周膜が崩壊する様子が観察された。筋周膜はコラーゲン線 維が平行に並んでおり、細いコラーゲンフィブリルがそれを束ねている。またプロテ オグリカンによる補強も必要な部分である。細いコラーゲンフィブリルの脆弱化やプ ロテオグリカンとの結着性の変化がこれらの筋肉内結合組織の超高圧による脆弱化 を引き起こしていることが予測された。 74 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子構造に及ぼす影響 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 1. 序論 第二章では筋肉内結合組織が超高圧によって影響を受けることが示された。そして その要因としてコラーゲン線維構造の脆弱化が示され、コラーゲン分子の会合状態に 変化があることが示唆された。そこで本章では、超高圧下においてコラーゲン分子の 構造がどのように変化したのかを検討し、コラーゲン分子の会合状態にどのような影 響を及ぼすのかを考えた。第二章では筋肉から単離した結合組織を用いて検討したが、 本章では筋肉内結合組織からペプシン可溶性コラーゲンを抽出して用いた。コラーゲ ン分子にペプシンを作用させると、分子のらせん部分はほとんど作用を受けず、分子 両端の非らせん領域であるテロペプチド部分にのみペプシンが作用する。不溶化した 組織中ではテロペプチド部分にコラーゲン分子間の架橋が存在するので、この部分が 除かれることによりコラーゲンは可溶化する。らせん構造のみとなったコラーゲン (アテロコラーゲン)はテロペプチドをもつコラーゲンとほとんど物性が変わらないた め、バイオマテリアルとして医療分野へも応用されている(宮田ら, 1996)。本章では、 このアテロコラーゲンを用いて分子の状態を検討した。 コラーゲン分子の状態の変化を調べる方法のひとつとして、コラーゲンの表面疎水 性の測定がある。コラーゲン分子は分子表面のアミノ酸側鎖同士による分子間相互作 用で自己会合してコラーゲンフィブリルを形成するため、分子表面の状態が変わるこ とは大きな影響を持つことが想像できる。本章では疎水性芳香族アミノ酸残基に結合 すると蛍光を発する ANS (1-anilino-8-naphtalene-sulfonic acid)を用い、超高圧処理に伴 うコラーゲン分子の表面疎水性の変化を検討した。 蛍光測定はタンパク質分子全体ではなく、蛍光分子を含む一定部位の高次構造とそ の変化についての情報を与える。アミノ酸残基の中でも、トリプトファン、チロシン、 75 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 フェニルアラニンなどは紫外部に特有の吸収スペクトルを示す。その吸光度を測定す ることによりそのアミノ酸残基の存在を確かめることができる。さらに、一定量のタ ンパク質に含まれるチロシンやトリプトファンの量は一定であるから、これらのアミ ノ酸残基の示す吸収の位置 280 nm における吸光度の測定からタンパク質量を定量す ることができる(今堀, 1973)。しかし、アミノ酸の吸光係数はそのアミノ酸の存在状態 によって異なる。タンパク質に含まれるアミノ酸残基のあるものは表面に露出してい て水と接しているが、あるものは分子内に包み込まれている。アミノ酸残基が分子内 部を向くとそれは炭水化物中に溶けているのと同じ状態となり、吸収スペクトルが長 波長側へ移動すると言われ、タンパク質の変性を推定する指標となっている。表 3-1 に示したようにコラーゲンにはトリプトファンは存在せず、チロシンもテロペプチド 領域にほんのわずかに存在する程度である。それでもフェニルアラニンと少量のチロ シンが存在し、分子表面に露出している。 タンパク質の二次構造を解析する代表的な測定法に円偏光二色性(CD)測定がある。 コラーゲン溶液はらせん構造に由来する偏光性を示すので、円偏光二色性を測定する ことで定量ができる(浜口と武貞, 1971)。一般のタンパク質では、円偏光二色性測定か ら二次構造を解析し、αへリックスやβシート構造の量などがわかるのだが、コラー ゲンはαへリックスとは逆のらせん構造をとるため、どのような構造になったのかと いう詳しい分析はできない。だが、変化があるかどうかの目安にはなる。 次にコラーゲン分子の分解への影響を SDS-PAGE によって検証した。第二章での結 合組織の SDS-PAGE と同様にα鎖, β鎖, γ鎖の濃度に変化が見られるかどうか検討 した。SDS-PAGE では分子量の近いタンパク質の分離は困難であり、第二章ではコラ ーゲン以外のタンパクの混入が著しかったため、コラーゲンの変化が見にくいところ があった。ここではペプシン可溶性コラーゲンを用いて、より純度の高いコラーゲン での分析を試みた。 さらに、ペプシン可溶性コラーゲンでも DSC 分析を行い、加圧の影響を検討した。 76 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 表 3-1. ウシコラーゲンα鎖のアミノ酸組成 1000 残基当たりの残基数 アミノ酸 α1(I)a) α2b) α1(II)c) α1(III)d) 3-ヒドロキシプロリン 1 - 2 4-ヒドロキシプロリン 85 85 91 127 アスパラギン酸 45 47 43 48 トレオニン 16 17 22 14 セリン 34 24 26 44 グルタミン酸 77 71 87 71 プロリン 135 120 129 106 グリシン 327 328 333 366 アラニン 120 101 102 82 - - - 2 18 34 17 12 メチオニン 7 4 11 7 イソロイシン 9 17 9 11 ロイシン 21 34 26 15 チロシン 4 3 1 3 フェニルアラニン 12 16 14 9 ヒドロキシリジン 5 11 23 7 32 21 15 25 ヒスチジン 3 8 2 8 アルギニン 50 57 51 44 システイン バリン リジン a) Rauterberg ら, (1971) b) Fietzek ら, (1970) c) Miller と Lunde, (1973) d) Butler ら, (1975) 77 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 2003 年 9 月 78 第三章 2. 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 材料と方法 2.1 共試材料 材料にはウシ筋肉内結合組織から抽出したペプシン可溶性コラーゲンを用いた。 単離した筋肉内結合組織に抽出液(1 mg/ml ペプシン−0.5 M 酢酸)を加え、4℃で 24 時間攪拌しながらペプシン可溶性コラーゲンを抽出した。遠心分離(10,000×g, 45 分 間, 4℃)後、上清に終濃度が 2 M となるように NaCl を加え、一晩攪拌した。遠心分離 (10,000×g, 45 分間, 4℃)をした後、沈殿を 50 mM 酢酸に溶解し、5 mM 酢酸に対して 透析し、ペプシン可溶性コラーゲンを得た。同様にウシの腱からもペプシン可溶性コ ラーゲンを調製した。 2.2. 表面疎水性測定 Boyer らの方法(1996)により、コラーゲンの表面疎水性を測定した。ペプシン可溶 性コラーゲンは 5 mM 酢酸を用いてヒドロキシプロリン濃度が 3.0 µg/ml となるよう に調整した。8 µl の ANS(1-anilino-8-naphtalene-sufonic acid)を 2.5 ml のコラーゲン溶 液に加え、蛍光光度計(F-2500, HITACHI, 東京)を用いて、励起波長 380 nm、蛍光波 長 475 nm で測定した。試料にはインナーセル型光学セル(PCI-400, テラメックス, 京 都)を用いて小型ハンドポンプ(TP-500, テラメックス, 京都)にて加圧処理をした。試 料への昇圧時と減圧時の蛍光値を測定した。 2.3. 蛍光スペクトル測定 ヒドロキシプロリン濃度を 1.0 µg/ml に調整したコラーゲン溶液を用いて蛍光スペ クトルの測定を行った。測定は、蛍光光度計(F-2500, HITACHI, 東京)にインナーセル 型光学セル(PCI-400, テラメックス, 京都)を取り付けたものを用い、小型ハンドポン プ(TP-500, テラメックス, 京都)を用いて加圧した。測定条件は、励起波長 280 nm, 蛍 79 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 光波長領域 280∼420 nm, バンド幅 10 nm, スキャン速度 240 nm/min に設定した。 2.4. 円偏光二色性 (CD:circular dichroism) 測定 円偏光二色性は、Usha (2004)の方法に従い、円二色性分散計(J-725, 日本分光, 東京) を用いて測定した。5 mM 酢酸を用いてペプシン可溶性コラーゲンのヒドロキシプロ リンの濃度を 0.2 µg/ml に調整した。 測定条件は以下のように設定した。 波長領域:190∼250 nm データ間隔:0.05 nm バンド幅:1.0 nm 感度:50 mdeg レスポンス:1 sec 走査速度:20 nm/min 積算回数:5 回 セル幅:1.0 nm 測定温度:25℃ なお、平均残基分子楕円率([θ]R(deg・cm2・dmol-1))は Yang ら(1986)の式を用いて求 めた。 [θ]R=θ/(10 Crl) Cr=nCp θ:楕円率(mdeg) Cr:平均残基モル濃度 l:セル長(cm) n:構成残基数(7000) Cp:モル濃度(mol/l) 80 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 テラメックス社製インナーセル型光学セル(PCI-400, テラメックス, 京 都 ) を 用 い て、超高圧下での CD スペクトル測定を行った。セル窓の耐圧上限の問題で、この測 定では 200 MPa までの加圧を行った。 2.5. SDS-PAGE 材料にはペプシン可溶性コラーゲンに加圧したもの、加圧した筋肉内結合組織から 調製したペプシン可溶性コラーゲン、筋肉に加圧してから単離した筋肉内結合組織か ら調製したペプシン可溶性コラーゲンの三種類の凍結乾燥物を用意した。 泳動サンプルの処理および電気泳動の手法は第二章 2.10.と同様である。 2.6. 示差走査熱量 (DSC) 分析 材料にはウシ筋肉から抽出したペプシン可溶性コラーゲンを用いた。 5 mM 酢酸に溶かし、400 MPa の加圧を 5 分間施したものを用いた。 第二章 2.7.と同様に DSC 分析を行った。 81 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 2004 年 10 月 82 第三章 3. 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 結果と考察 3.1. 超高圧処理がコラーゲン分子の二次構造に及ぼす影響 3.1.1. 超高圧下でのコラーゲン表面疎水性の変化 コラーゲン分子の表面疎水性の変化を図 3-1 に示した。ANS は芳香族アミノ酸の疎 水性側鎖に結合して蛍光を発する。コラーゲン分子は少量のフェニルアラニンとチロ シンを持ち、この蛍光値はこれに起因するものと思われる。 超高圧下での蛍光測定の結果、コラーゲンの表面疎水性は加圧とともに低下し、圧 力の解放とともにもとに戻った(図 3-1)。一般に超高圧はタンパク質の体積を減らす 方向に変化させるため、親水性側鎖を外部の水系環境にさらすと言われており(林, 1989)、この結果も分子表面を親水性に変化させた結果であると思われる。また、減 圧するとまったく同じ経路をたどり元の値に戻り、この構造変化は可逆的であること が示された。 83 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 14 昇圧 12 減圧 10 蛍光強度 第三章 8 6 4 2 0 0 100 200 300 400 加圧程度 [MPa] 図 3-1. 超高圧下におけるコラーゲンの表面疎水性 84 500 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 3.1.2. 超高圧下での蛍光スペクトルの変化 超高圧下でのペプシン可溶性コラーゲンの蛍光スペクトルの変化は図 3-2 に示した。 コラーゲンに含まれる芳香族アミノ酸、チロシンの蛍光極大波長は 304 nm、フェニル アラニンは 282 nm 付近であるとされている(倉光と浜口, 1979)。この実験の結果 283 nm に極大波長が見られ、このピークはフェニルアラニンであることが予想された。 このピークは加圧によってもシフトはしなかったが、蛍光値が低下し、フェニルアラ ニンの側鎖が分子表面から隠れることが示唆された。しかし、波長にシフトがないこ とから、分子内部に向いたということは断言できない。しかし、先程の ANS による 表面疎水性測定と同様に、加圧によって疎水性側鎖が分子表面から消えてゆくという 構造変化が起こっていることが確認された。また、同様にこの変化は可逆的であり、 圧力を解放するともとの値に戻った。コラーゲン分子は加圧下で可逆的に構造を変化 させていることがわかった。 85 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 300 0.1 100 200 300 400 250 200 蛍光強度 第三章 MPa MPa MPa MPa MPa 150 100 50 0 280 285 290 波長 [nm] 295 図 3-2. 超高圧下での蛍光スペクトル 86 300 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 3.1.3. 超高圧下での CD スペクトルの変化 超高圧下におけるコラーゲン分子の CD スペクトルを図 3-3 に示した。コラーゲン の CD スペクトル測定では 200 nm 付近に負のピーク、220 nm 付近に正のピークが出 ることが報告されており(Usha, 2004)、今回の測定においてもそれらの波長付近にピー クが確認された。50, 100, 150, 200 MPa の加圧下で測定を行った結果、200 nm 付近の 負のピークは処理圧力が上がるにつれてなだらかになり、220 nm 付近の正のピークは 加圧による上昇が確認された。一般のタンパクならばタンパク質の二次構造、すなわ ちαへリックスやβシート構造などの量が推定できるのだが、コラーゲンの場合は特 殊な構造のため、詳しい構造まではわからない。しかし、この結果はコラーゲンの二 次構造がなんらかの変化を受けており、圧力の解放によってもとに戻る、可逆的な変 化であることを示している。先の表面疎水性測定と蛍光スペクトルによるコラーゲン 分子の可逆的な変形を裏付けるものであると考えられる。 87 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 50 MPa 100 MPa 150 MPa 200 MPa 加圧前 加圧下 解放後 図 3-3. コラーゲン溶液の加圧下での CD 測定結果 88 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 3.2. 超高圧処理がコラーゲン分子の分解に及ぼす超高圧の影響 3.2.1. ペプシン可溶性コラーゲンに加圧した試料の SDS-PAGE 本実験ではサンプルとして様々な条件で取り出したペプシン可溶性コラーゲンを 用いた。まず、ペプシン可溶性コラーゲンに加圧処理をしたもの、そして加圧後の筋 肉から調製したペプシン可溶性コラーゲン、加圧後の筋肉内結合組織から調製したペ プシン可溶性コラーゲンである。 ペプシン可溶性コラーゲンに加圧処理をした試料の SDS-PAGE 像は図 3-4 のとおり である。α, β, γ鎖と思われるバンドが、筋肉内結合組織を試料とした像(図 2-24) に比べて明確に観察されるようになった。ぺプシン可溶性コラーゲンの SDS-PAGE 結果においても、第二章の結合組織の結果(図 2-24)と同様に、α鎖よりもより低分子 の領域にバンドが確認された。アクチンである疑いがあったためウェスタンブロッテ ィングをしたところ、Ⅰ・Ⅲ型コラーゲン抗体と交差反応したため、このバンドがコ ラーゲン分解物であることが確認された。α鎖よりも低分子のペプチドに分解された ものであり、酵素等に分解されたものと思われる。しかし加圧に伴った変化は確認さ れず、超高圧に伴うアテロコラーゲン分子の分解は示されなかった。 89 第三章 Ⅲ 0.1 100 150 200 300 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 400 500 Ⅰ γ鎖 β鎖 α鎖 図 3-4. 抽出後に加圧したペプシン可溶性コラーゲンの SDS-PAGE 像 Ⅰ:Ⅰ型コラーゲン, Ⅲ:Ⅲ型コラーゲン, 0.1∼500:加圧程度[MPa] 90 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 3.2.2. 加圧後の筋肉から調製したペプシン可溶性コラーゲンの SDS-PAGE 図 3-5 に加圧後の筋肉から調製したペプシン可溶性コラーゲンの SDS-PAGE 像を示 した。この結果では、コラーゲンが示すバンドは 100 MPa 付近で最も濃くなり、150 ∼500 MPa の加圧では減少していく様子が観察された。低分子領域のバンドは 400 MPa の加圧まで徐々に濃くなり、500 MPa でやや薄くなった。SDS 処理前の本試料に おいてコラーゲン含量を測定したところ、図 3-6 のように 100 MPa でもっとも高く、 それ以上の加圧で減少していくような曲線を描いた。この傾向は SDS-PAGE 像におけ るコラーゲンα, β, γ鎖の濃度と一致していた。第二章 3.4.2.にも述べたように、変 性した筋肉タンパク質や筋肉内在性酵素の混入があったものと思われる。また、この 試料ではコラーゲンの加熱溶解性が加圧とともに上昇していた(図 2-16)ことから、試 料中のコラーゲンには加圧に伴う脆弱化が起こっていることが考えられる。今回の SDS-PAGE の結果ではコラーゲンの分解物と思われる低分子のバンドが 400 MPa をピ ークに濃くなっていた。このことから、本試料にはコラーゲン分解能を持ち、400 MPa までの加圧で徐々に活性化し、500 MPa で失活する筋肉内在性酵素(カテプシン B, D, L)が混入しており、筋肉への加圧時に活性化しコラーゲン分子を分解したものと考え られる。 91 第三章 Ⅲ 0.1 100 150 200 300 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 400 500 Ⅰ γ鎖 β鎖 α鎖 低分子のバンド 図 3-5. 筋肉に加圧してから調製したペプシン可溶性コラーゲンの SDS-PAGE 像 Ⅰ:Ⅰ型コラーゲン, Ⅲ:Ⅲ型コラーゲン, 0.1∼500:加圧程度[MPa] 92 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 50 45 コラーゲン含量[mg/g] 40 35 30 25 20 15 10 5 0 0 100 200 300 400 500 600 加圧程度[MPa] 図 3-6. 加圧後の筋肉から調製したペプシン可溶性コラーゲンのコラーゲン含量 93 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 3.2.3. 加圧後の筋肉内結合組織から調製したペプシン可溶性コラーゲンの SDS-PAGE 加圧後の筋肉内結合組織から調製したペプシン可溶性コラーゲンの SDS-PAGE 像 は図 3-7 のようになった。今回得られたサンプルではコラーゲンのバンドが全体とし て薄くなってしまった。未加圧試料においても非常に薄くなったことから、圧力によ る影響ではなく、調製時の不手際で SDS による抽出が不十分であったものと思われる。 この実験の結果、100 MPa のバンドが若干濃くなっているのが観察された。加圧した 筋肉内結合組織の SDS-PAGE(図 2-24)では変化が見られなかったので、その後ペプシ ンによる可溶化で 100 MPa においてのみ SDS 抽出性が増したということになる。100 MPa という圧力は、筋肉内結合組織の保水性が高まる圧力でもある(図 2-23)ので、加 圧時のコラーゲン線維表面の変形がペプシンによる分解に影響を与えたのかもしれ ない。加圧後のコラーゲンに対するペプシンの作用機構については現在のところ報告 がないため、予測にとどまる。 94 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 0.1 100 150 200 300 400 500 Ⅰ Ⅲ γ鎖 β鎖 α鎖 図 3-7. 加圧後の筋肉内結合組織から調製したペプシン可溶性コラーゲンの SDS-PAGE 像 Ⅰ:Ⅰ型コラーゲン, Ⅲ:Ⅲ型コラーゲン, 0.1∼500:加圧程度[MPa] 95 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 3.3. ペプシン可溶性コラーゲンの熱安定性に及ぼす超高圧処理の影響 3.3.1. ペプシン可溶性コラーゲンに加圧した試料の DSC 曲線 筋肉内結合組織から調製したペプシン可溶性コラーゲン(凍結乾燥物)の DSC 分析 結果を表 3-2 および図 3-8 に示した。変性温度は 43℃付近になり、加圧による違い は見られなかった。筋肉内結合組織を用いた DSC 分析では変性温度は 67℃付近だっ たが(図 2-17)、生体内で作られたコラーゲン線維では加齢に伴った成熟架橋がコラ ーゲンの熱安定性に寄与しているためであると思われる(Horgan ら, 1971; Smith と Judge, 1991)。コラーゲンの変性温度は、コラーゲンの三重らせん構造が壊れてゼラ チンになる温度を指し、天然のコラーゲン分子で 40℃前後、アテロコラーゲンはこ れと同じ変性温度を示す。しかし、アルカリで可溶化したコラーゲンの変性温度は 34∼35℃程度で、アルカリによってコラーゲン分子が変性したためであると考えら れている(藤本, 1998)。本実験では、超高圧処理による変性温度の変化は認められな かったので、コラーゲン分子は加圧によって変性しないことが示された。 96 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 表 3-2. 抽出後に加圧したペプシン可溶性コラーゲンの DSC 分析 圧力程度[MPa] 0.1 100 300 500 変性温度[℃] 42.61 42.61 42.49 43.46 熱量 [Enthalpy/J/g] 0.7249 0.6813 0.7567 0.7663 0.1 MPa 100 MPa 300 MPa 500 MPa 図 3-8. 抽出後に加圧したペプシン可溶性コラーゲンの DSC 曲線 97 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 3.3.2. 加圧後の筋肉から調製したペプシン可溶性コラーゲンの DSC 曲線 表 3-3 および図 3-9 に示すように加圧後の筋肉から調製したペプシン可溶性コラー ゲンは 43℃付近に変性温度が確認され、ペプシン可溶性コラーゲンに加圧したときの ピーク(図 3-8)と一致した。300 MPa 以上の圧力でコラーゲンの示すピークの熱量が明 らかに少なくなり、60℃付近に混入した筋原線維タンパク質由来と思われるピークが 認められた。この結果は、第二章 3.2.で筋肉に加圧をするとコラーゲン含量が低下し たことと一致した。DSC 分析ではミオシンが 58℃と 66℃に、アクチンが 78℃付近に 変性ピークを示すことが知られており(Stabursvik と Martens 1980)、この 60℃付近の ピークはミオシンの混入によるものであると思われた。本実験の結果からも、超高圧 処理によっても変性温度に変化は認められなかった。 98 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 表 3-3. 筋肉に加圧後に抽出したペプシン可溶性コラーゲンの DSC 分析 圧力程度[MPa] 0.1 100 300 500 変性温度[℃] 42.89 42.74 42.01 42.29 熱量 [Enthalpy/J/g] 0.9275 0.9227 0.0190 0.0265 0.1 MPa 100 MPa 300 MPa 500 MPa 図 3-9. 加圧後の筋肉から調製したペプシン可溶性コラーゲンの DSC 曲線 99 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 3.3.3. 溶液中のペプシン可溶性コラーゲンの DSC 曲線 表 3-4, 図 3-10 には PBS バッファーに溶解した状態のペプシン可溶性コラーゲン溶 液の DSC 分析をした結果を示した。変性温度は 55℃弱となり、凍結乾燥物を用いた 結果より高くなった。天然のコラーゲン線維の変性温度(67℃付近)と分散したコラー ゲン分子の変性温度(43℃付近)の中間の温度であることから、この試料溶液が中性で 生体内に近い状態になり、コラーゲン分子が自己会合した可能性がある。 ペプシン可溶性コラーゲン溶液に 400 MPa の加圧をしても変性温度に変化は見ら れなかった。超高圧によるコラーゲン分子の二次構造の変化を検討した実験の結果で (第三章 3.1.)、加圧下ではコラーゲン分子表面のアミノ酸側鎖が変形するが除圧によ って元に戻ることが示されていた。本実験に用いた試料も加圧下では変形したはずで あるが、DSC 分析に供する時には加圧前の状態に戻っていると思われる。加圧下では DSC 曲線に変化があったのかもしれないが、機器の問題で加圧下の測定はできないた め、真偽のほどはわからない。 100 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 表 3-4. ペプシン可溶性コラーゲン溶液の DSC 分析 圧力程度[MPa] 0.1 400 変性温度[℃] 54.68 54.59 熱量 [Enthalpy/J/g] 0.0677 0.0646 0.1 MPa 400 MPa 図 3-10. ペプシン可溶性コラーゲン溶液の DSC 曲線 101 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 2005 年 9 月 102 第三章 4. 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 要約 第三章ではコラーゲンの分子構造へ及ぼす超高圧の影響をいくつかの手法を使っ て調べた。表面疎水性測定、蛍光スペクトル測定ならびに CD 測定から、コラーゲン 分子(本章ではペプシン可溶性コラーゲンを用いているのでアテロコラーゲンである が)は圧力の上昇とともに芳香族アミノ酸側鎖を表面から隠し、二次構造を変化させ ていることが示された。そしてこの超高圧に伴うコラーゲン分子の変形は可逆的なも のであり、圧力を解放すると元に戻った。 また、超高圧処理がコラーゲン分子の分解へ及ぼす影響を SDS-PAGE によって調べ たところ、筋肉内在性酵素が混入したと思われる試料においてペプチドへの分解が観 察され、酵素によって活性化した酵素がコラーゲン分子を分解していると考えられた。 さらに、熱力学的な方向からアテロコラーゲンに及ぼす超高圧の影響を探ったが、 加圧による変化は認められなかった。 これらのことから、酵素を排除した試料においては超高圧下でコラーゲン分子が変 形してアミノ酸側鎖を変化させるが、圧力の解放とともに元に戻り、加圧によってペ プチド結合が切れたり、コラーゲン分子が崩壊したりしないことが示唆された。 103 第三章 超高圧処理がコラーゲン分子に及ぼす影響 2006 年 9 月 104 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の 自己会合に及ぼす影響 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 1. 序論 第三章で超高圧によってコラーゲン分子の二次構造が変わり、特に分子表面の性質 が可逆的に変化することが示された。このように表面の状態が変わるのならば、コラ ーゲン分子の自己会合に影響があることが考えられる。 動物組織から可溶化されたコラーゲン溶液は生理的条件下すなわち中性で 37℃に 置かれると相互作用して、コラーゲン線維を再形成する。常圧下(0.1 MPa)ではコラー ゲン線維形成曲線は三つの段階からなっており、第一段階は濁度の上昇がなく、コラ ーゲン分子がいくつか集まって線維の形成に必要な核を形成している時期であり、第 二段階では線維の形成が始まり、ここから濁度の上昇が見られるようになる。第三段 階では形成が終結し、濁度が一定となることが知られている。この線維形成において は溶液の濃度が薄くなると線維形成速度が低下し、最終濁度も低くなる。また、スモ ールプロテオグリカンのデコリンを添加すると形成が抑制され遅くなるという報告 もある(Nishimura ら, 2003)。この章ではコラーゲン線維が再形成されるときの超高圧 の影響を検討し、形成されたコラーゲン線維の構造を電子顕微鏡を用いて観察した。 105 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 2005 年 6 月 106 第四章 2. 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 材料と方法 2.1. 試料の調製 筋肉内結合組織と腱を用いて、第三章 2.1.と同様にペプシン可溶性コラーゲンを調 製し、以下の実験に供した。 2.2. コラーゲン線維形成曲線 酢酸に溶解しているペプシン可溶性コラーゲンを PBS buffer (pH 7.4)に対して透析 し、遠心分離(19,000×g, 30 分間)して上清を回収した。上清のヒドロキシプロリン濃 度を筋肉内結合組織から抽出したものでは 10 µg/ml に、腱から抽出したものでは 30 µg/ml に調整した。インナーセル型光学セル(PCI-400, テラメックス、京都)を 37℃に 保持し、分光光度計(U-2000, HITACHI, 東京)を用いて 313 nm における吸光度を経時 測定し、線維形成曲線を得た。 2.3. 光学顕微鏡による超高圧下でのコラーゲン線維形成過程の観察 光学顕微鏡による観察は図 4-1 のように、直径 10 mm のカバーガラスにワセリンで 円形の土手を作り、サンプル溶液を挟んで、高圧顕微鏡観察セル(PC-400-MS, テラメ ックス, 京都)にセットして、デジタルマイクロスコープ(VHX-100F, キーエンス, 大 阪)にて観察した。 ワセリン コラーゲン溶液 カバーガラス 図 4-1. 超高圧下での光学顕微鏡観察試料 107 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 2.4. 走査型電子顕微鏡観察 (SEM: Scanning Electron Microscopy) 再形成したコラーゲン線維を倍量の固定液(2.5% グルタルアルデヒド, 0.1 M リン 酸バッファー (pH 7.4))で一晩固定した。蒸留水で洗浄した後、1%タンニン酸で 3 時 間処理し、1%オスミウム酸を用いて後固定した。60%, 80%, 90%, 95%, 99.5%, 100% エタノールを用いて脱水し、 t-ブチルアルコールに置換して、凍結乾燥機(FREEZE DRYER VD-800F, タイテック, 埼玉)により凍結乾燥した。乾燥終了後、試料を両面テ ープで試料台に固定し、イオンコーター(ION COATER IB-3, EIKO, 茨城)を用いて金 蒸着した。走査型電子顕微鏡(SCANNING MICROSCOPE S-430, HITACHI, 東京)を用い て加速電圧 15 kv で観察した。 2.5. 透過型電子顕微鏡観察 (TEM: Transmission Electron Microscopy) 試料の調製は Dombi と Halsall (1985)の方法を一部改変して行った。再形成したコラ ーゲン溶液を 50 µl とり、ニッケルグリッド(300 mesh)の上に乗せ、30℃で乾燥させた。 超純水で洗浄した後、1% リンタングステン酸で 10 分間染色し、超純水で洗浄した。 30℃で乾燥させ、透過型電子顕微鏡(ELECTRON OPTICS CM200, PHILIPS, Eindhoven, オランダ)を用いて加速電圧 80 kv で観察した。 108 第四章 3. 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 結果と考察 3.1. コラーゲン分子の自己会合に及ぼす超高圧の影響 3.1.1. 超高圧下におけるコラーゲン線維形成曲線 0.1∼400 MPa の加圧下における筋肉内結合組織由来のペプシン可溶性コラーゲン の濁度を測定したところ、図 4-2 のような曲線が得られた。50∼100 MPa の加圧下で は濁度の上昇はほとんど認められず、コラーゲン線維の形成が抑制されることが示さ れた。150 および 200 MPa では、コントロール(常圧下)よりは濁度の上昇は遅いが、 徐々に線維の形成が認められた。そして 300 MPa 以上の圧力では急速な濁度の上昇が 認められた。200 MPa 以下の加圧下ではコラーゲン線維形成の第一段階が長く、第二 段階の期間も長いことから、コラーゲン線維を形成するのに必要な核の形成が遅くな ったために線維の形成も遅れたものと思われる。コラーゲンの線維形成では、溶液中 に分散しているコラーゲン分子が、濁度には現れない程度の小さな集合体を作り、そ れがさらに集まり太くなって線維を形成すると考えられている(Helseth と Veis, 1981; Silver と Birk, 1983)。この 200 MPa 以下の圧力下でのゆるやかな濁度上昇は、コラー ゲン濃度が低い時の濁度上昇と似ていた。コラーゲン濃度が低い時はコラーゲン分子 同士が近づく機会が減るために相互作用がしにくくなっており、200 MPa 以下の加圧 下においてはコラーゲン分子同士が近づいてはいても、会合しにくい状態になってい ることが考えられる。一方、300 MPa では急速に線維が形成されるとともに、最終濁 度はコントロールよりも高くなった。また、400 MPa でも急速に線維が形成されたが、 最終濁度はコントロールとほぼ同じであった。この 300 MPa 以上のコラーゲン線維形 成曲線では形成の第一段階(濁度の上昇がない、核の形成の時期)がほとんど省略され たような形になり、それに続く第二段階の線維形成が急速に進んでいることが示され た。また、300 MPa での形成曲線にだけ濁度上昇時に肩ができたが、これが何を意味 するのか、現段階では不明である。 109 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 この加圧下での濁度曲線の結果から、コラーゲン線維形成の挙動は圧力程度によっ て大きく影響を受けることが示され、この違いは会合前のコラーゲン分子の表面状態 が第三章 3.1.に述べたように変化している為であることが考えられる。しかしこのデ ータだけでは検討が難しいので、様々な条件で超高圧の影響を検討してみた。 110 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 0.290 0.1MPa 50MPa 100MPa 150MPa 200MPa 250MPa 300MPa 400MPa 0.240 濁度 0.190 0.140 0.090 0.040 -0.010 0 1000 2000 3000 4000 5000 時間 [秒] 6000 7000 図 4-2. 超高圧下でのコラーゲン線維形成曲線 111 8000 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 3.1.2. 圧力解放後のコラーゲンの線維形成曲線 図 4-3 は常圧下での線維形成曲線(0.1 MPa)と、低温にて 5 分間加圧後、常圧下で 37℃ に保った試料(400 MPa)の線維形成曲線を示している。加圧後常圧下でのコラーゲン線 維形成曲線は、常圧下での曲線とまったく同様であった。第三章 3.1.において、圧力 下ではコラーゲン分子の二次構造が変化し、表面の性質が変わるが、除圧で元に戻る 可逆的な変化であることが示されていたので、本実験の試料においても加圧下でコラ ーゲン分子表面の状態が変わりコラーゲン分子同士が会合しやすい形になっていて も除圧で元に戻り、コラーゲンの会合状態は加圧前と変わらなかったようである。 112 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 0.1 MPa 0.2 400 MPa 濁度 0.15 0.1 0.05 0 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 時間[秒] 図 4-3. 加圧後解放したコラーゲン溶液による線維形成曲線 113 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 3.1.3. 低温下での加圧がコラーゲン線維形成に及ぼす影響 3.1.1. における超高圧下でのコラーゲン線維形成実験において、300 MPa 以上の圧 力下であまりに急速な濁度上昇が認められたので、濁度の上昇が温度に関係のあるも のなのか、圧力だけでも濁度の上昇を引き起こすのか疑問を感じ、低温下での加圧を 行った。 図 4-4 に示したように 15℃で 400 MPa の圧力をかけたところ、37℃で 400 MPa に したときと同様に急速な濁度の上昇が見られた。しかし、濁度は 37℃のときより低い 値で一定になった。濁度が一定になったところで圧力を解放すると加圧前の値を下回 るくらいまで値が落ち、37℃に温めると線維の形成と思われる濁度の上昇が起こった。 この加圧後解放してからの濁度上昇は図 4-3 の加圧解放後の線維形成曲線と同じであ るので、コントロールと同じ形の曲線になるはずである。この 400 MPa の圧力による 急激な濁度の上昇が何を意味しているのか探るために、まずバッファーの影響を検討 した。すると、このサンプルの溶媒である PBS バッファーのみに加圧をしても濁度の 変化は観察されず、また、溶媒を酢酸にしたコラーゲン溶液に加圧をしても、やはり 濁度変化は認められなかった。従って、中性条件下において 300 MPa 以上の圧力をか けた時にコラーゲン分子同士が集合して濁度の上昇を引き起こしていることが予測 できた。 114 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 0.2 0.15 ここから 0.1 MPa, 37℃ 濁度 0.1 0.05 0 0 -0.05 2000 4000 6000 8000 10000 12000 時間[秒] 図 4-4. 低温下での加圧がコラーゲン線維形成に及ぼす影響 115 14000 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 3.1.4. 超高圧処理後の圧力解放に伴うコラーゲン線維形成曲線の変化 今回、37℃でも低温でも 400 MPa の圧力を解放すると濁度が急速に低下して元の値 に戻ったので、他の圧力程度でも加圧後の様子を観察した。図 4-2 と同じ条件の測定、 つまり 37℃における超高圧下でのコラーゲン線維形成を、圧力を解放した後もしばら く観察した。 図 4-5 に示したように、100 MPa の加圧はコラーゲン線維形成を加圧中抑制してい るが、圧力を解放するとすぐに線維形成を始め、また、最終濁度はコントロールより も高くなった。200 MPa の加圧では緩やかに線維形成を行っており、圧力を解放する と濁度は最初の値に落ちるのではなく、解放された時点からさらにゆるやかに上昇し、 100 MPa の加圧解放後と同様に最終濁度はコントロールを上回った。400 MPa の加圧 では圧力の解放とともに濁度の急激な低下がみられ、その後すぐに再び線維の形成が 起こる様子が観察された。しかし、低温下での加圧の時(図 4-4)とは違って、最終濁 度が低くなり、37℃での加圧によって試料中のコラーゲン分子が不可逆的に変化した ことが示された。また、300 MPa の加圧解放後にも、圧力の解放とともに濁度の急速 な低下が見られたことから、300 MPa 以上の圧力下では、圧力によってコラーゲン分 子が急速に集合して濁りを生じ、圧力の解放で再び分散することが予想された。すな わち、300 MPa の圧力下でできると思われるコラーゲン分子同士の結合は加圧下での み起こるもので、圧力の解放によって切れるものであると推測した。そして 200 MPa までの圧力下でコラーゲン分子同士が集合する際に作る結合は、常圧時の結合と同様 のもので、圧力の解放によって切れないものと考えられる。 116 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 0.20 圧力解放 0.15 濁度 0.10 0.1 100 200 400 0.05 0.00 0 -0.05 2000 4000 6000 8000 10000 12000 14000 16000 時間[秒] 図 4-5. 超高圧処理後の圧力解放に伴うコラーゲン線維形成曲線の変化 117 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 3.1.5. コラーゲン線維形成後加圧の影響 37℃、常圧下で通常の線維形成をしたものへ 400 MPa の加圧をしてみたところ、図 4-6 のような濁度曲線が得られた。コラーゲン線維形成後、すなわち最終濁度に達し た試料に 400 MPa の加圧をすると急速な濁度の上昇がみられ、解放すると加圧前の濁 度に戻った。線維形成を完了した溶液においてはある程度の大きさに会合したコラー ゲンフィブリルが分散して浮遊している状態である。本実験の結果から、400 MPa の 加圧によってコラーゲンフィブリルの凝集が起こり、さらなる濁度の上昇が起こるこ とが考えられた。そして、この加圧によるコラーゲンフィブリルの凝集は圧力の解放 によって再び分散する、可逆的な凝集反応であることが示された。300 MPa 以上の圧 力下で見られる可逆的な濁度の上昇は、コラーゲン分子の会合を促進するだけでなく、 ある程度会合したコラーゲンフィブリルの凝集も引き起こしており、やはり可逆的に コラーゲン集合体を形成することが予測された。 これまでの実験により、400 MPa の圧力によって試料溶液中に浮遊しているコラー ゲン(分子もしくはフィブリル)は急速に集合し、濁度の上昇を引き起こすが、圧力の 解放によって再び分散し、加圧前の状態に戻ることが示唆された。 118 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 0.40 0.35 0.30 濁度 0.25 0.20 0.15 0.10 400 MPa 加圧 0.05 0.1 MPa 解放 0.00 0 2000 4000 6000 時間[秒] 8000 図 4-6. コラーゲン線維形成後の加圧による濁度の変化 119 10000 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 3.1.6. 段階的な加圧と減圧に伴うコラーゲン線維形成曲線の変化 図 4-2 にも示されたように、37℃において 300 MPa の加圧下でコラーゲン線維形成 させると急速な濁度の上昇がみられる。その線維形成の後さらに加圧して 400 MPa に したものを図 4-7 に示した。この実験ではまず 300 MPa の加圧をし、濁度が安定した ところでさらに加圧して 400 MPa にした。400 MPa にすると、さらに濁度が上昇する のが観察された。図 4-2 に示したように、はじめから 400 MPa の加圧をしたときは最 終濁度が 300 MPa の最終濁度よりも低くなっていたが、300 MPa の線維形成の後に 400 MPa に加圧した場合では濁度がさらに上がる結果になった。また、その後減圧して 300 MPa にすると、はじめに 300 MPa で得られた最終濁度と同じくらいの値まで低下 した。さらに、200, 100, 0.1 MPa と減圧していくと階段状に濁度が下がった。このよ うに、段階的な加圧をすると、300 MPa で会合したコラーゲン分子の集合体は 400 MPa でさらに凝集を起こすことが示された。一方、はじめから 400 MPa に昇圧するとコラ ーゲン分子の会合が起こるが、フィブリルの会合ほどの濁度上昇は得られないのでは ないかと思われる。そして、これまでの結果と同様に 300 MPa 以上の加圧で会合した コラーゲン分子は圧力解放後に再び分散することが示唆された。 次に、200, 300, 400 MPa へと段階的に加圧を行い、その後段階的に 400, 300, 200, 100 MPa へと減圧した時の濁度の変化を図 4-8 に示した。図 4-7 と同様に最終濁度に達し てから、加圧をすると段階的に濁度が上昇する現象が見られた。はじめの 200 MPa の 加圧で最終濁度が 0.15 くらいの値を示すのに対し、300 MPa での加圧で 0.4 を超える くらいまで上昇し、さらに 400 MPa の加圧で 0.6 弱まで上昇した。常圧下のコラーゲ ン線維形成における最終濁度は 0.15 前後であるので、非常に高い濁度であるといえ る。そして、減圧では 400 MPa から 300 MPa に減圧すると、300 MPa の最終濁度だっ た値まで低下し、200 MPa に減圧すると 200 MPa の最終濁度まで下がった。これらの 濁度の変化から、200 MPa の圧力下で、まずコラーゲン分子が会合してフィブリルと なり、300 MPa に昇圧されてフィブリルがさらに集合して凝集塊を作り、400 MPa ま 120 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 で昇圧されると凝集塊がさらに結着しあい、大きな塊となって濁度が上昇したことが 予想される。そしてこれらの凝集は減圧によって可逆的にほぐれ、それぞれの圧力下 での安定な状態に戻るものと考えられる。 図 4-9 に 400 MPa の加圧下でのコラーゲン線維形成から段階的に圧力を解放したと きの濁度の変化を示した。400 MPa から 300, 200, 100 MPa と減圧していくにつれ、濁 度が低下した。図 4-7 および図 4-8 に示したように、コラーゲン線維形成に伴う濁度 が安定してから加圧を段階的におこなっていくと、濁度は階段状に上昇し、減圧した 時にはそれぞれの圧力下での最終濁度まで段階的に低下した。本実験においては段階 的な加圧をしていないが、減圧に伴って階段状に濁度は低下した。図 4-2 および図 4-7 に示したように、はじめから 300 MPa の加圧下でコラーゲン線維形成曲線を観察する と、0.06∼0.08 の濁度で線維形成曲線に肩ができ、最終的には 0.16∼0.24 という、400 MPa よりも高い濁度になったのだが、本実験において 400 MPa から 300 MPa に減圧 すると、0.08 になっていた濁度が 0.06 くらいに低下した。0.06 というのはちょうど 300 MPa の加圧下での二段階での濁度上昇の一段めと同じくらいの濁度であり、ここ になんらかの関係があると考えられる。 これまでのコラーゲン線維形成曲線の変化から、試料溶液中に分散しているコラー ゲン分子は各加圧下で異なる表面状態を持っていると思われる。第三章におけるコラ ーゲン分子の二次構造変化から、加圧下ではコラーゲン分子表面の疎水性アミノ酸側 鎖が表面から隠れていると考えられ、200 MPa 以下では分子内部を向いたことでコラ ーゲン分子同士の会合が抑制され、濁度の上昇がゆるやかになったことが説明できる。 しかし 300 MPa 以上では急速に会合が起こっており、この原理では説明できない。コ ラーゲン三本鎖らせん構造はグリシンを内部にして親水性アミノ酸側鎖も疎水性ア ミノ酸側鎖も外部に向けて存在している。内部にグリシンが集まっていることから、 疎水性側鎖を内部に向けるにも空間的余裕があまりないのではないかと考えられる。 そこで二つの仮説を考えた。一つは、300 MPa 以上の加圧ではコラーゲン分子内部に 121 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 空間的な余裕がないことから、疎水性アミノ酸側鎖が表面に現れ、隣り合うコラーゲ ン分子の疎水性アミノ酸側鎖と疎水結合によって結びついてコラーゲン分子の会合 体を作り、急速な濁度の上昇が起こったことである。第三章の表面疎水性測定では加 圧に伴って疎水性側鎖は内部に向いたことが示唆されたが、第三章では酢酸に溶解し たコラーゲンを用いているので、濁度の上昇は起こらない。酢酸中ではコラーゲンは 膨潤し、コラーゲン分子は水をまとって分散した状態で存在しており、濁度を生じる ほど密着していないと思われる。コラーゲン分子同士に距離がある状態では疎水結合 を形成せず、コラーゲン分子表面の疎水性側鎖は親水性側鎖に結合する水によって隠 されるのではないだろうか。そして、PBS バッファー中ではコラーゲンは膨潤してい ないので、疎水性側鎖を隠せないのではないだろうか。もうひとつの仮説は、加圧に よって水と結びつきやすくなったコラーゲン分子が水を介して結合しあったという ことである。加圧に伴ってコラーゲン分子の親水性が増加し、水素結合によって水分 子と結合し、水を間に挟んでコラーゲン分子が集合したことが考えられる。これらの 仮説の真偽を確認するためには加圧下における結合状態を調べる必要があり、今後さ らなる研究が望まれる。300 MPa の超高圧下におけるコラーゲン線維形成曲線で二段 階の濁度上昇が見られたことは、本実験の段階的な圧力下での濁度測定の結果からコ ラーゲン分子の会合と、それに続くコラーゲンフィブリルの会合によるものではない かと考えられた。このことは、図 4-9 で 400 MPa から 300 MPa に減圧すると 400 MPa の濁度よりも下がることと、図 4-7 および図 4-8 においてコラーゲン分子が会合した フィブリルをさらに加圧するとフィブリルの凝集によると思われる濁度の上昇がみ られることから、考えられた。しかし、300 MPa においてのみ二段階でコラーゲンの 凝集を引き起こす要因が何であるかは不明であった。そこで次にこれが筋肉内結合組 織に特有のものかどうかを確認するために、腱のコラーゲンを用いて実験した。 122 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 300 MPa に減圧 0.28 0.23 はじめ 300 MPa 200 MPa に減圧 濁度 0.18 0.13 400 MPa に昇圧 100 MPa に減圧 0.08 0.1 MPa に減圧 0.03 -0.02 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000 10000 11000 時間[秒] 図 4-7. 段階的な加圧と減圧に伴うコラーゲン線維形成曲線の変化(300 MPa から) 123 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 0.7 300 MPa に減圧 0.6 200 MPa に減圧 濁度 0.5 0.4 400 MPa に昇圧 0.3 100 MPa に減圧 はじめ 200 MPa 0.2 0.1 300 MPa に昇圧 0 0 5000 10000 15000 20000 時間[秒] 図 4-8. 段階的な加圧と減圧に伴うコラーゲン線維形成曲線の変化(200 MPa から) 124 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 300 MPa に減圧 0.1 200 MPa に減圧 0.08 濁度 0.06 100 MPa に減圧 0.04 0.02 0 0 -0.02 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000 時間[秒] 図 4-9. 400 MPa 加圧後の段階的な減圧による濁度の変化 125 10000 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 3.1.7. 腱コラーゲンの線維形成曲線 腱のコラーゲンの超高圧下での線維形成曲線を図 4-10 に示した。コラーゲン線維 形成曲線の傾向は筋肉内結合組織コラーゲンの線維形成曲線(図 4-2)と似ており、200 MPa までは線維形成速度に抑制が見られ、250 MPa 以上で線維形成速度が促進されて いた。しかし、300 MPa での二段階の濁度の上昇は見られず、400 MPa の曲線とほぼ 同じであった。300 MPa の加圧下で二段階に濁度が上昇するのは筋肉内コラーゲンに 特有のものであると考えられた。300 MPa の加圧下でコラーゲン分子の会合がある程 度で止まり、フィブリルの集合に変わるとき、コラーゲン分子の会合を一定の所で止 める何かが、筋肉内コラーゲン試料の中に存在していたのではないだろうか。たとえ ばV型コラーゲンのようなものが考えられる。筋肉内結合組織中には腱よりも多くV 型コラーゲンが含まれ、筋内膜や基底膜などのコラーゲン線維の太さを細くしている (藤本, 1998)。ただし、300 MPa の加圧下でのみコラーゲン分子の会合が制御され、400 MPa の加圧では制御されないのがなぜなのか、現段階ではわからず、さらなる研究が 望まれる。なお、本実験では 300 MPa 以上の圧力では濁度が上がったところで角のよ うなピークが出たが、これについては出たり出なかったりしたので実験操作や機器の 問題であろうと考えられる。 また、加圧下でコラーゲン線維を形成後に圧力を解放し、その後の濁度を調べた(図 4-11)。コラーゲン線維形成に伴う濁度の変化は、200 MPa までの圧力の時には、解放 した時の濁度がほとんど低下せずに濁度の上昇が始まったが、250 MPa の加圧後解放 で濁度が下がり、300∼400 MPa の加圧後解放時の場合は、大きく低下した。これは 筋肉内コラーゲンでの加圧解放後の濁度変化(図 4-5)と同様の傾向であった。しかし、 筋肉内結合組織のコラーゲンでは 300 MPa 以上の圧力下での形成の後、圧力の解放に よって加圧前の濁度と同じ程度まで下がっていたので、圧力下で会合したコラーゲン 分子が再び会合前の分散した状態に戻ったと思われたが、腱コラーゲンでは戻りきら ないことが示された。腱のコラーゲンは多くがI型のコラーゲンで、会合した時に平 126 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 行に並んで結合しやすく、加圧下で形成された結合が圧力の解放によっても切れにく いのではないだろうか。このように、含まれるコラーゲンの組成で加圧下のコラーゲ ン分子の会合の挙動が異なるものと考えられた。 127 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 0.45 0.4 0.35 濁度 0.3 0.25 0.1 MPa 50 MPa 150 MPa 200 MPa 250 MPa 300 MPa 400 MPa 0.2 0.15 0.1 0.05 0 0 500 1000 1500 時間[秒] 2000 2500 図 4-10. 腱のコラーゲンの超高圧下での線維形成曲線 128 3000 第四章 0.45 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 圧力解放 0.4 0.35 濁度 0.3 0.25 0.1 MPa 50 MPa 150 MPa 200 MPa 250 MPa 300 MPa 400 MPa 0.2 0.15 0.1 0.05 0 6000 7000 8000 9000 10000 時間[秒] 図 4-11. 腱コラーゲンの線維形成曲線、加圧解放後 129 11000 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 3.2. 超高圧が再形成したコラーゲン線維の構造に及ぼす影響 3.2.1. 再形成したコラーゲン線維のその場観察 3.1.のコラーゲン線維形成曲線の結果から、ペプシン可溶性コラーゲンは低温下, 300 MPa 以上の加圧で、常圧下, 37℃の線維形成とは異なる仕組みで濁度の上昇を招 いていた。おそらく加圧によって表面状態が変化したコラーゲン分子が会合したもの であると思われるが、加圧解放後は会合が解かれるため、直接見ることができなかっ た。そこで超高圧下での観察が可能な高圧セルを用いて観察を行ったところ、図 4-12 のような画像が得られた。撮影した画像は凹凸を見やすくするため、画像加工ソフト (Adobe Photoshop 6.0, Adobe)を用いて色調を反転してある。また、画像中央部分の色 がぼんやりと暗くなっているのは、顕微鏡の照明が均等に当たらなかったためである。 まず、図 4-12 に低温下で 400 MPa に加圧したときのコラーゲン溶液の様子を示し た。レンズの汚れやゴミが若干気になるが、全体の背景となる部分に注目していただ きたい。加圧前はまだ線維を形成していないので全体に滑らかで、どこにコラーゲン 分子があるのか、当然であるが見ることができない(A)。しかし、400 MPa の加圧で凸 凹の構造が見られるようになった(図 4-12, B, 矢印)。そして、圧力を解放すると、凸 凹は再び見られなくなった(C)。コラーゲン線維形成に伴う濁度の測定結果(図 4-4)と 一致する結果が得られた。 図 4-13 に 37℃でコラーゲン線維を形成し、その後 400 MPa の加圧をしたものを示 した。コラーゲン線維を形成する前の画像では、全体の様子は滑らかで、コラーゲン 線維の存在は認められない(D)。37℃で 30 分間温めた後の画像(E)では画像全体にデコ ボコの構造体が見える(矢印)。この観察は染色もしない透明な液体で行ったので、コ ラーゲン線維の形がはっきりとは確認しづらいが、コラーゲンフィブリルが集合した ような様子は確認できた。図 4-13, (F)に常圧下でコラーゲン線維を形成後に 400 MPa に加圧したときの画像を乗せた。凹凸がさらに増しているように見える(矢印)。やは り濁度が上がるときはコラーゲン分子同士が集合体を形作っているようである。 130 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 (A) 低温で未加圧 (B) 低温下で 400 MPa (C) 減圧後 図 4-12. 低温下で 400 MPa の加圧によるコラーゲン溶液の様子 131 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 (D) 線維形成前 (E) 37℃で 30 分間線維形成 (F) 37℃で線維形成後に 400 MPa の加圧 図 4-13. 常圧下でコラーゲン線維形成後 400 MPa に加圧 132 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 3.2.2. 走査型電子顕微鏡 (SEM) による再形成コラーゲン線維の構造観察 コラーゲン線維形成前または線維形成後に 400 MPa の超高圧処理をした場合のコ ラーゲン線維の走査型電子顕微鏡写真を図 4-14 および図 4-15 に示した。低倍率(図 4-14)で観察すると、線維形成後に加圧したものでは、加圧処理をしていないコント ロールに比べ、綿のようにコラーゲンフィブリルがゆるく集合したようなコラーゲン 線維が形成された。一方、コラーゲン線維形成後に加圧したものでは、コントロール に比べ、コラーゲンフィブリルが密に集合した太く長いコラーゲン線維が形成された。 高倍率(図 4-15)で見ると、線維形成後に加圧したものはコラーゲンフィブリルの間に 隙間が見られ、密度が低く、コラーゲンフィブリルがゆるくからまりあっていたが、 形成前に加圧したものではコラーゲンフィブリルが密に隙間なく並び、表面がなめら かで強固な様子のコラーゲン線維であった。第三章で、コラーゲン線維を形成する前 (低温下の状態)に加圧をすると、コラーゲン分子は加圧とともに表面の疎水性アミ ノ酸側鎖を隠し、圧力の解放に伴って再び加圧前の状態に戻すことが示唆された。し かし、元に戻ったはずのコラーゲン分子が形成したコラーゲンフィブリルはコントロ ールに比べて密に側面会合をしており、濁度や疎水性測定では検出できない変化が起 こっていたものと考えられる。ここで考えられることとしては、加圧下で会合してい たコラーゲン分子が圧力の解放によって分散するものの、小さなコラーゲン分子の集 合が溶液中に残っており、その後 37℃に温められてコラーゲン線維形成をするときに 側面で密着しやすくなっているのではないだろうか。また、コラーゲン線維形成後に 加圧した試料では、コラーゲンフィブリル間の隙間が広くなった。この結果は、第二 章 3.8.3.の筋周膜コラーゲン線維構造の脆弱化にも一致している。このことは、加圧 によって親水性が増したコラーゲン線維の内部に水が入り込み、コラーゲンフィブリ ル同士のつながりを弱め、コラーゲン線維の安定性低下を引き起こしたことを示唆し ている。 133 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 (A) コントロール (B) 線維形成後加圧 (C) 加圧後線維形成 図 4-14. 再形成コラーゲン線維の構造(低倍率での観察) 134 第四章 (A) コントロール 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 (B) 線維形成後加圧 (C) 加圧後線維形成 図 4-15. 再形成コラーゲン線維の構造(高倍率での観察) 135 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 3.2.3. 透過型電子顕微鏡 (TEM) による再形成コラーゲン線維の構造観察 透過型電子顕微鏡を用いて、SEM 観察に用いたものと同じ試料を観察した。すなわ ち、常圧下で再形成したコラーゲン線維(コントロール)とコラーゲン線維形成前およ び線維形成後に 400 MPa の超高圧処理をした場合のコラーゲン線維である。図 4-16 に示したように、各試料において横紋構造が観察された。コラーゲン分子は約 1/4 ず れて会合し、64 nm 周期の縞模様を作ることが知られている(久保木ら, 1986)。本実験 においてコラーゲンフィブリルの横紋の幅とフィブリルの太さを測定したところ、表 4-1 に示すように、コントロール(A)の横紋の幅は平均 64.7 nm で、フィブリルの太さ は平均 45.3 nm となった。しかし、コラーゲン線維形成後に 400 MPa の加圧をしたコ ラーゲンフィブリル(B)の横紋の幅は約 71.5 nm となり、太さは 54.3 nm となった。そ して、線維形成前に加圧したコラーゲン線維(C)では横紋の幅は約 56.4 nm、フィブリ ルの太さは 39.5 nm となった。今回測定した横紋の幅にもフィブリルの太さにも多少 のばらつきはあったが、おおよその傾向は得られたと思われる。SEM 観察によって、 コラーゲン線維に加圧したものでは水が入り込んで広がる様子が見られた(図 4-15)が、 今回の TEM 観察から、コラーゲン線維を構成するコラーゲンフィブリルにも水が入 り込んでフィブリルが広げられている可能性が示された。また、今回の結果はコラー ゲン分子の会合状態を示していることから、コラーゲン線維への加圧によってコラー ゲンフィブリル間だけでなく、分子間にも加圧による影響があることが示唆された。 また、コラーゲン線維形成前に加圧したコラーゲンフィブリルでは横紋の幅が狭くな り、フィブリルの太さが細くなり、SEM 観察でコラーゲンフィブリルが密になったこ とに似ていた。線維形成前の加圧によってコラーゲン分子の表面状態が、より密着し て側面会合しやすいように変化したか、加圧下で水と親和性が強くなったコラーゲン 分子表面には多くの水が結合して、集合するコラーゲン分子の数が少なくなったこと が考えられるが、実際にどのような会合をしているのか、現段階では不明である。ま た、コラーゲンフィブリルに見られる横紋の幅の変化は分子の側面会合する位置がず 136 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 れたことが考えられるが、やはり詳しくはよくわからない。 コラーゲン線維の組織観察によってコラーゲン線維形成後の加圧ではコラーゲン フィブリル間およびコラーゲン分子間の距離が広がり、コラーゲン線維形成前の加圧 ではコラーゲンフィブリル間およびコラーゲン分子間の距離が縮まったことが示さ れた。コラーゲン線維形成後の加圧では親水性を増したコラーゲン分子に水が結合し、 コラーゲン分子間を押し広げたことが予測できた。しかし、線維形成前の加圧でコラ ーゲンフィブリルやコラーゲン分子が密着した理由はわからなかった。加圧下でコラ ーゲン分子表面のアミノ酸側鎖が変化したことが圧力解放後の形成に影響したのか もしれない。 137 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 (A) コントロール (B) 線維形成後加圧 (C) 加圧後線維形成 図 4-16. 再形成したコラーゲンフィブリルの構造 表 4-1. コラーゲンフィブリルの横紋の幅と太さ (A) コントロール (B) 線維形成後加圧 (C) 加圧後線維形成 横紋の幅 [nm] 64.7 71.5 56.4 フィブリルの太さ [nm] 45.3 54.3 39.5 138 第四章 4. 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 要約 第四章では、コラーゲン分子同士の会合に着目してコラーゲン線維の再形成に及ぼ す超高圧処理の影響を検討した。超高圧下におけるコラーゲン線維形成では、加圧程 度によって濁度の変化が異なり、200 MPa 以下の圧力では線維の形成が抑制された。 特に、100 MPa という比較的低い圧力が最もコラーゲン線維形成を抑制することが示 された。コラーゲン分子同士が会合するときには、水素結合、疎水結合、イオン結合 がはじめに起こることが知られている。第三章の研究から、100 MPa の圧力ではコラ ーゲン分子表面の疎水性アミノ酸側鎖が変化していることが示された。このとき、コ ラーゲン分子の疎水性アミノ酸側鎖が分子内部を向き、分子の疎水結合が阻害された のではないかと思われる。しかし、300 MPa 以上の圧力下では急速な濁度の上昇が見 られ、光学顕微鏡によるその場観察でコラーゲンが集合していることが確認された。 また、常圧下ではコラーゲン線維が形成されない低温下でも、300 MPa 以上の加圧で 濁度が上昇し、圧力の解放で濁度が低下するのが確認された。コラーゲン分子は圧力 程度に応じて表面の疎水性アミノ酸側鎖を回転させていると思われ、100 MPa の加圧 下では分子内部に疎水性側鎖を隠すように変化し、分子の会合が阻害されるものと予 測された。さらに圧力を上げていくと、疎水性側鎖を分子内部に向けるよりも隣り合 う分子と疎水性側鎖で結合した方が効率が良くなり、300 MPa 以上の圧力ではコラー ゲン分子同士の疎水結合が促進されて濁度が上昇するか、もしくは、300 MPa 以上の 圧力ではコラーゲン分子表面の親水性側鎖が水を介して結合しあったのではないか と考えた。 また、200 MPa の圧力下で 37℃にしてコラーゲン線維形成曲線を観察すると、圧力 を解放しても濁度を保ったままさらに線維の形成を続けるが、400 MPa の圧力下で急 速に生じた濁度は圧力の解放で加圧前の値まで戻る。200 MPa 以下の加圧ではコラー ゲン分子は疎水性側鎖を表面から隠すことで圧力に対応しており、その状態ではコラ 139 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 ーゲン分子同士の疎水結合が抑制され、濁度の上昇が抑えられる。200 MPa の圧力を 解放すると隠れていた疎水性側鎖が表面を向くが、先に形成された水素結合やイオン 結合は切られず、濁度の低下が起こらないのではないだろうか。一方、300 MPa 以上 の加圧下で変形したコラーゲン分子が圧力の解放で元に戻る時には、変形した状態で 形成していた結合を切断するのだと思われる。 筋肉内コラーゲンを用いた超高圧下でのコラーゲン線維形成曲線は、300 MPa の加 圧下で二段階の濁度上昇を示し、このときの最終濁度は 400 MPa での最終濁度を上回 った。会合したコラーゲンフィブリルへの段階的な加圧とその後の段階的な減圧によ ってコラーゲン線維形成に伴う濁度の変化を調べたところ、コラーゲン分子の会合体 に加圧をするとさらに濁度が上昇し、減圧すると段階的に濁度が低下することが示さ れた。そこで、300 MPa の加圧下では一旦コラーゲン分子の会合が起こり、すぐに続 いてコラーゲン分子の会合体が集合することが考えられた。また、この二段階の濁度 上昇は腱から抽出したコラーゲン溶液では見られない現象であったので、腱よりも筋 肉に多く含まれるV型コラーゲンがコラーゲン分子の会合程度を制御していること が予測されたが、400 MPa の加圧下では濁度上昇が二段階にならず、不明な点が多い。 今後のさらなる研究が必要であろう。 また、走査型および透過型電子顕微鏡を用いてコラーゲン線維形成前に 400 MPa の 加圧をした線維を観察したところ、コラーゲンフィブリルが密に会合した強固なコラ ーゲン線維を作っており、さらにコラーゲンフィブリルの太さが細く、横紋の幅が狭 くなり、コラーゲン分子間の距離も縮まっていることが示された。これは、コラーゲ ン線維形成曲線とコラーゲン分子の二次構造の実験結果のように、コラーゲン分子の 加圧による変化が完全に可逆的なものであるとすると、この形成される線維の構造の 変化は説明ができない。おそらく、光学的な分析では確認できないような変化がコラ ーゲン分子に起こっていることが考えられるが、それがどのような変化なのかは説明 できず、今後さらなる研究が望まれる。また、コラーゲン線維形成後に 400 MPa の加 140 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 圧をした線維は、コラーゲンフィブリルがほぐれ、コラーゲン分子間の距離も広がっ ていた。これは第二章の筋周膜の脆弱化と同様、コラーゲンフィブリル間に水が入り 込むなどしてフィブリル同士が離れたものと思われる。 141 第四章 超高圧処理がコラーゲン分子の自己会合に及ぼす影響 2004 年 10 月 142 第五章 総括 第五章 総括 超高圧処理は食品において微生物の繁殖抑制や殺菌、食味の向上等に貢献すること から、加熱に代わる新しい加工法として注目されている。また栄養素の流失や異臭・ 異常物質の発生もなく、省エネルギーでもある。このような利点から超高圧処理は多 くの食品に用いられるようになり、食肉においても利用が進められている。超高圧処 理は食肉を軟化し、硬さの因子である筋原線維タンパク質を脆弱化することが知られ ている。しかし食肉の硬さを決定するもう一つの因子である筋肉内結合組織が超高圧 によってどのように変化するのかについては未解明の部分が多い。本研究では、筋肉 内結合組織の中でも主要な成分であるコラーゲンに着目して、超高圧によってどのよ うな影響を受けるのかを検討した。 第二章では、まず筋肉内結合組織が超高圧によって脆弱化する可能性があるのかに ついて、硬さの測定を行い、筋肉内結合組織も超高圧処理によって軟化することを明 らかにした。そこで、超高圧による筋肉内結合組織の変化をコラーゲンの熱安定性測 定、加圧によるコラーゲンの遊離実験、保水性測定、コラーゲンの SDS-PAGE、筋肉 内コラーゲン線維網の組織観察によって検討した。筋肉材料から筋肉内結合組織を単 離して超高圧処理をしたものと、加圧した筋肉から調製した結合組織では、含まれる 筋肉内在性酵素の影響と思われる違いがみられた。酵素を含むと思われる試料ではコ ラーゲンの加熱溶解性が上昇し、SDS-PAGE によって低分子に分解されたペプチドが 確認された。一方、筋肉から単離した筋肉内結合組織に加圧をしてもコラーゲンの加 熱溶解性や SDS-PAGE 像に変化はみられなかった。そこで筋肉内結合組織の加圧によ る脆弱化には酵素の存在が不可欠かと思われたが、加圧によるコラーゲンの遊離を調 べたところ、酵素が存在しなくてもコラーゲンが脆弱化することが示された。そして 加圧によって遊離するコラーゲンの状態は分子か分子の会合体であって、超高圧では ペプチドまでは分解されないことが示された。では、なぜコラーゲンの遊離が起こる 143 第五 総括 のかということを考え、結合組織と水との親和性を保水性によって調べたところ、100, 150 MPa でのみ保水性が上がるという結果を得た。150 MPa までの加圧ではコラーゲ ンが脆弱化して水側に遊離するよりも、水の方が結合組織に付着するものと思われた。 そして、200 MPa 以上では脆弱化したコラーゲン(分子もしくはフィブリル)が水側 に遊離し、保水性が下がったものと考えられた。また、筋肉内コラーゲン線維網の電 子顕微鏡観察により、筋周膜のコラーゲン線維が脆弱化してほぐれてくる様子が観察 され、これもコラーゲンが周囲の水と親和性を増したことによるものと思われた。以 上の結果から、筋肉内コラーゲンの超高圧による脆弱化は、筋肉内在性酵素が存在し ていれば酵素により分解されるものであり、酵素が無くても周囲の水との結合が強ま って、コラーゲン線維からコラーゲン分子もしくはコラーゲンフィブリルが離れてく ることにより起こることが示された。 第三章では、ペプシンで可溶化したアテロコラーゲンを利用し、コラーゲン分子が 超高圧によってどのように変化するのかを探った。コラーゲン分子の表面疎水性測定 と蛍光スペクトル測定、円偏光二色性測定によって、アテロコラーゲンは加圧に伴っ て表面の疎水性アミノ酸側鎖を内部に隠し、二次構造が変化することが示された。し かし、SDS-PAGE による分析では酵素の存在無しに圧力のみでペプチドまで分解され ることはなかった。以上の結果から、コラーゲン分子は超高圧処理によって分子の形 を変えることはあっても分解されることはないと結論づけた。つまり、これまで確認 された超高圧によるコラーゲンの脆弱化はコラーゲン分子をペプチドに分解するの ではなく、コラーゲン分子のアミノ酸側鎖を変形させ、分子間の結合に影響してコラ ーゲンフィブリルやコラーゲン線維を脆弱化していたことがわかった。 第四章では、コラーゲン分子の会合に及ぼす超高圧の影響を調べ、加圧下でのコラ ーゲン分子の状態を推測した。その結果、200 MPa までの圧力下ではコラーゲン線維 形成は抑制され、250 MPa 以上の圧力下では促進されるという結果を得た。しかし、 250 MPa 以上の圧力下で会合したコラーゲン分子は圧力の解放後に再び分散すること 144 第五章 総括 が示された。そして様々な条件下での濁度測定と光学顕微鏡によるその場観察から、 次のような予測を立てた。コラーゲン分子の変形は加圧に伴って進んでいくものと思 われるが、200 MPa 以下の圧力下ではコラーゲン表面の疎水性側鎖が分子内部を向き、 コラーゲン分子間に疎水結合を作らなくなったため、線維形成が抑制されたというも のである。しかしコラーゲン分子表面に出ている親水性側鎖が水素結合によってコラ ーゲン線維の形成を行っているものと考えられる。そして圧力を解放しても加圧下で 形成された水素結合は切れず、濁度が低下しないままコラーゲン線維の形成を行うの ではないだろうか。250 MPa 以上の圧力下では加圧によって変形したコラーゲン分子 が減圧によって元の形に戻ろうとする時、圧力下で形成されていた結合を切ってしま うことが予想できる。また、300 MPa 以上の圧力下では温度によらず急速な濁度の上 昇がみられたが、これは、分子内部に入りきれない疎水性側鎖が表面に出て疎水結合 を形成したか、もしくは親水性側鎖が水を介して結合し、急速な濁度上昇をもたらし たことが考えられる。また、コラーゲン分子が会合した後に加圧を行うと、さらに濁 度の上昇がおこり、加圧によってコラーゲンフィブリルの集合が起こったことが示唆 された。最後に、電子顕微鏡を用いて、再形成されたコラーゲンフィブリルを観察し たところ、コラーゲン線維形成後に加圧した試料では第二章で見られた筋周膜の脆弱 化と同様、コラーゲンフィブリル同士が離れて脆弱化する様子が観察された。そして、 コラーゲン分子間の隙間も広くなっていた。一方、線維形成前に加圧をした試料では、 コラーゲンフィブリルが密着し、強固なコラーゲン線維ができており、コラーゲン分 子間の距離も縮まっていた。しかし、なぜこのような現象が起こるのかは、不明であ った。 以上のことから、筋肉内コラーゲンは加圧に伴って次のような変化を起こすことが 明らかになった。食肉中のコラーゲン線維は、筋肉内在性酵素が存在した状態では酵 素によって分解される。また、酵素が存在しなくても加圧によって水との親和性を強 め、コラーゲン分子もしくはフィブリルが線維から離れ、脆弱化する。そして、溶液 145 第五 総括 中に分散したコラーゲン分子は圧力程度に応じてアミノ酸側鎖を変形しており、コラ ーゲン線維の形成過程および線維の構築状況に影響する。これらの結果は食肉の軟化 法としての超高圧の利用の可能性を広げたとともに、バイオマテリアルとしてのコラ ーゲンの利用における超高圧処理の利用の可能性を提示した。 本研究では、筋肉内結合組織の中、特に筋肉内コラーゲンに着目して超高圧の影響 を検討したが、実際の筋肉内にはプロテオグリカンをはじめ、多くの物質が存在して 複雑に関係しあっているので、今後は他の要素のことも考慮に入れた研究が必要であ ると思われる。 146 謝 辞 謝 辞 本研究の進行および論文の作成において、長年にわたり懇切なるご指導とご助言を 賜り、食肉科学の奥の深さや研究のおもしろみを教えて下さった新潟大学 農学部 応用生物化学科 西海理之 助教授に心より感謝いたします。 本研究の遂行にあたり、適切なご指導とご鞭撻を賜りました新潟大学 農学部 応用 生物化学科 鈴木敦士 教授に深く感謝いたします。 本論文のご校閲に労をとられ、適切なご助言を頂きました新潟大学 農学部 楠原征 治教授、門脇基二 教授、藤村忍 助教授、に厚く御礼申し上げます。 本研究におきまして試料の提供にご協力頂きましたプリマハム株式会社食肉事業 部 市川則夫様に深く感謝いたします。 さらに、本研究の親展にあたり、助力となり、支えとなってくれた新潟大学 農学 部 畜産製造学研究室の諸兄に心より感謝いたします。 最後に、これまで新潟大学における学生生活を支え、自ら学ぶ喜びを与えて下さい ました両親および姉達に深く感謝いたします。 147 2005 年 12 月 148 引 用 文 献 引 用 文 献 Alberts B., Bray D., Lewis J., Raff M., Roberts K. and Watson D. 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