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山梨医科学誌 19(3),83 ∼ 87,2004
症例報告
大腿部筋内粘液腫の 1 例;本邦報告例の文献的考察を加えて
佐 藤 栄 一,萩 野 哲 男,前 川 慎 吾,
市 川 二 郎,安 藤 隆,浜 田 良 機
山梨大学医学部整形外科教室
要 旨:筋肉内粘液腫は比較的稀な良性軟部腫瘍であるが,ときに悪性腫瘍との鑑別が困難な場合
がある。しかし本疾患は MRI で境界明瞭,T1 強調像で骨格筋よりも低信号,T2 強調像で脂肪よ
りも高信号を呈し,内部構造が均一な特徴的な所見を示す。今回の症例の大腿部に発生した筋肉内
粘液腫も同様な所見であり,MRI は診断に有用である。
キーワード 筋肉内粘液腫,良性軟部腫瘍,大腿
はじめに
(図 1)。MRI の T1 強調像では大腿外側広筋内
に腫瘤はあって,骨格筋よりも低輝度で,脂肪
粘液腫は未分化な間葉細胞に由来する良性腫
抑制 T2 強調像ではその内部は均一,境界は明
瘍 1) である。筋肉内粘液腫は比較的稀で,と
瞭で高輝度であった。Gd 造影像では腫瘤辺縁
きに臨床的に悪性腫瘍との鑑別が困難な場合が
が造影され,腫瘤中心部も一部造影されていた
あるとされている。今回われわれは大腿部に発
(図 2)。タリウムシンチグラフィーでは,腫瘤
生した粘液腫の 1 例を経験したので報告する。
症 例: 60 歳,男性
部に明らかな集積はなかった(図 3)。
入院後経過:入院後 5 日目に生検術を行い,
主 訴:左大腿部腫瘤
迅速病理検査では粘液型脂肪肉腫の可能性も示
既往歴・家族歴:特記すべきことなし
唆され確定診断には至らなかった。7 日目にホ
現病歴:当科受診の約 3 ヵ月前に,特に誘因
ルマリン固定による病理診断で粘液腫の診断を
なく,左大腿近位 1/3 前外側部の腫瘤に気付く。
得て 12 日目に腫瘍切除術を施行した。
経過をみていたところ徐々に腫瘤は大きくなる
手術所見:大腿外側広筋を鈍的に分けると被
ため近医を受診,精査後,粘液型脂肪肉腫の疑
膜に覆われた黄白色半透明の腫瘤が現れた。周
いで当科紹介受診となる。
囲組織との境界は明瞭で,鈍的に容易に剥離,
初診時現症:左大腿前外側部に弾性硬,表面
摘出できた。
平滑で可動性のある約 15 × 10 cm の弾性硬の
病理組織学的所見:豊富な粘液様間質の中に
腫瘤を触知した。局所の自発痛,圧痛,熱感は
紡錘形ないし類円形の核をもつ腫瘍細胞が疎に
なく,血液生化学所見でも異常はなかった。
不均一に分布し,細胞の異型性や分裂像は認め
画像所見: X 線所見では左大腿骨の圧排像
や軟部の石灰化像などの異常所見はなかった
〒 409-3898 山梨県中巨摩郡玉穂町下河東 1110
受付: 2004 年 4 月 7 日
受理: 2004 年 4 月 28 日
なかった(図 4)。以上より筋肉内粘液腫と診
断した。
術後経過:術後 10 カ月を経過した現在,再
発もなく経過良好である。
佐 藤 栄 一,他
84
図 1. 左大腿骨に圧排像や石灰化をみない。
T1
T2
MRI 所見
Gd 造影
図 2. 大腿外側広筋内に境界明瞭な腫瘤を認め,T1 強調像で低信号,T2 強調像で内部均一な高信号,Gd 造影
像で腫瘤は全体的には造影されないが,内部で一部造影された。
筋肉内粘液腫の MRI 所見
85
タリウムシンチグラム
図 3. 腫瘤部にあきらかな集積はない。
考 察
る。すなわち腫瘤は境界明瞭,T1 強調像で骨
格筋よりも低信号,T2 強調像で脂肪よりも高
筋肉内粘液腫は,1948 年 Stout
1)
が初めて報
信号を呈し,内部構造が均一な所見を示す 4)。
告したが,1965 年に本疾患概念を確立させた
今回の症例も従来の報告例と同様の MRI 所見
は 34 例の報告を行っている。本邦
を得ている。しかし造影 MRI 所見についての
での文献的報告例はわれわれが調べた範囲で
詳細な報告はないが,われわれの症例ではほと
は,19 例と比較的稀である(表 1)。
んど造影されなかった。
Enzinger
2)
臨床的特徴では,中年以降の女性にやや多く
その発生起源については,電顕的研究では線
発生する。好発部位は大腿部で,境界明瞭,無
維芽細胞,筋線維芽細胞,組織球様の細胞を認
痛性の比較的可動性を有する硬性または弾性硬
めたとの報告 3,5)があり,それらが発生起源で
の卵円形の腫瘤として触知されることが多い 。
あると推察している一方,森本ら 6) の報告で
診断に際しては MRI 所見が重要とされてい
は satellite cell および変性した筋細胞もみられ
3)
86
佐 藤 栄 一,他
× 40
× 200
HE 染色
病理組織学的所見
図 4. 豊富な粘液様間質の中に,まばらに紡錘形ないし類円形の核をもつ細胞をみる。
筋肉内粘液腫の MRI 所見
表 1.本邦の筋肉内粘液腫の報告例
87
表 2.筋肉内粘液腫と粘液型脂肪肉腫の鑑別
報告年
報告者
年齢
性
発生部位
1938
1968
1972
1977
1978
〃
〃
1982
1983
三輪
浜崎
山本
牛込
佐藤
萩野
杉立
高橋
中馬
1985
〃
1990
1992
1995
1996
2003
香積
草場
森本
辻
木下
西村
首藤
2004
著者ら
56
60
34
72
46
48
51
50
63
72
42
51
53
66
51
55
73
50
50
60
女
〃
男
〃
女
男
女
男
女
男
女
〃
〃
〃
男
女
〃
〃
男
〃
腓腹筋
中殿筋
大腿直筋
大腿内側広筋
大腿二頭筋
大腿内転筋
大腿中間広筋
大腿内転筋
〃
〃
大円筋
大腿内側広筋
大腿筋
三角筋
大腿二頭筋
大腿内側広筋
腕焼骨筋
大腿内転筋
大腿外側広筋
〃
たことから,複数の種類の細胞が関与した病変
であり,真の腫瘍ではなく,筋組織の粘液変性
の結果である可能性もあるとしている。今回の
症例では電顕的検索を行っていないが,Gd 造
影像から本疾患が筋組織の粘液変性のみとは考
えにくい。
鑑別すべき腫瘍は良性腫瘍では脂肪腫,血管
腫やガングリオン,悪性腫瘍では悪性線維性組
織球腫や特に粘液型脂肪肉腫がある(表 2)。
しかし本疾患は稀ではあるが,画像特に MRI
CT
MRI
血管造影
病理組織所見
筋肉内粘液腫
粘液型脂肪肉腫
水と同じ信号
均一
造影なし
線維芽細胞
脂肪と同じ信号
不均一
造影あり
脂肪芽細胞
所見を理解していれば診断は比較的容易と考え
ている。
本疾患は良性腫瘍なため,完全切除のみで再
発や転移がなく予後良好である。
文 献
1) Stout, A. P.: Myxoma,the tumor of primitive mesenchyme. Ann. Surg. 127: 706–719, 1948.
2) Enzinger. F. M.: Intramuscular myxoma: Areview
and follow up of 34 cases. Am. J. Clin. Pathol. 43:
104–113, 1965.
3) Miettinen, M., Hockerstedt, K., Reitamo, J., Totterman, S.: Intamuscular myxoma: A clinicopathological study of twenty-three cases. Am. J.
Clin. Pathol. 84: 265–272, 1985.
4) Abdelwahab, A. F., Kenan, S., Hermann, G.,
Lewis, M. M., Klein, M. J.: Intamuscular myxoma:magnetic resonance features. Br. J. Radiol.
65: 485–490, 1992.
5) Feldmann, P. S.: A comparative study including
ultrastracture of intramuscular myxoma and
myxoid liposarcoma. Cancer 43: 512–525, 1979
6) 森本一男,井上博司,指方輝正:筋肉内粘液腫
の一症例(電顕的観察).中部整災誌,33: 1–5,
1990.
Intramuscular Myxoma of Thigh.A Case Report and Review of the Literature
Eiichi SATO, Testuo HAGINO, Shingo MAEKAWA, Jiro ICHIKAWA,
Takashi ANDO, and Yoshiki HAMADA
Department of Orthopaedic Surgery, University of Yamanashi
Abstract: Intramuscular myxoma is a relatively rare benign tumor. However, difficulty in differentiating this lesion
from malignant tumor is sometimes encountered. On MRI, this lesion shows characteristic findings of a clear border,
lower intensity than skeletal muscle on T1-weighted images and higher intensity than fat on T2-weighted images, as
wellas a homogeneous internal structure. In our present case, an intramuscular myxoma in the thigh showed the
same findings. MRI is useful modality for diagnosing of this tumor.
Key words: intramuscular myxoma, benign soft tissue tumor, thigh
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