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(バイオインダストリー安全対策事業)報告書
経済産業省委託事業 平成25年度環境対応技術開発等 (バイオインダストリー安全対策事業)報告書 平成26年3月27日 一般財団法人バイオインダストリー協会 序 文 本報告書は、経済産業省の平成 25 年度環境対応技術開発等(バイオインダストリー安全 対策事業)を一般財団法人バイオインダストリー協会が受託し、バイオテクノロジーの安全性 確保に資することを目的として、関係分野の専門家で構成される「第一種使用等における遺 伝子組換え微生物の評価手法調査検討委員会」及び「生物多様性関連の遺伝子組換え技 術に係る国際交渉等調査検討委員会」を設置して実施した実験研究と調査研究・検討の結 果報告書である。 遺伝子組換え微生物等の環境(第一種等)利用を促進するために必要な、安全性評価に 適切な手法の検討を行う中で、遺伝子組換え微生物を遺伝子解析やデータベース解析等に より、その病原性と毒素産生性を評価する手法を開発、遺伝子伝搬の可能性、頻度について の実証的検討を平成 23 年度より開始した。 平成 25 年度は、「遺伝子組換え生物等の第一種使用等における生物多様性影響評価実 施要領(平成 15 年告示)」に従って、評価に対する考え、手法等について基準を整理すること をめざし、“基本的な考え方”を取りまとめた。事例調査を海外も含めて広く展開し、米国、イ ギリス、デンマーク、EU については現地調査を行い情報収集に努めた。 カルタヘナ法に基づく第一種使用等(開放系利用)の審査を受ける際の評価項目を定めた 本実施要領では、微生物の評価項目として病原性、毒素産生、周辺の生物への影響等が掲 げられている。さらに、導入遺伝子の生産物の評価等の項目を加え、とくに、動植物には無く、 微生物にもつ固有の課題である、種の多様性、遺伝子伝搬については本年度の、重要な論 議の対象とした。 我が国の遺伝子組換え技術の研究開発や産業化において重要な関わりを持つ「環境リス ク評価・管理」、特にその評価方法を規定する「ガイダンス文書」の作成についてカルタヘナ 議定書締約国会議(MOP)等で議論されてきた。本事業においても専門家や産業界と連携し て調査・分析を行ってきたが、次の MOP7 の場でガイダンスの承認の是非や新トピックスの推 薦などが予定されその準備が必要である。 遺伝子組換え技術の進展とともに新学問・新技術としての“合成生物学”が発展しているが、 産業へのインパクトも大きく、バイオセキュリティ等の社会的な課題もあることから広く注目を 集めている。また、本技術が生物多様性を含む環境に対して想定外の影響を及ぼす可能性 が考慮され、生物多様性締約国会議(COP)や MOP 等の国際交渉の場で議題として取り上 げられることが予想されている。 そこで、合成生物学に基づき作成される微生物に関しての法規制の有無や今後のあり方に 関わる国際会議(COP 等)の場で我が国の考えを適正に反映させるため、国内外の動向調 査、分析を行なった。 平成 25 年 3 月 28 日 一般財団法人バイオインダストリー協会 i H25 年度報告書 目次 第Ⅰ編 第一種使用等における遺伝子組換え微生物の評価手法の検討 1.H25年度調査の目的・方法 ················································ 1 1.1.調査の目的 ························································· 1 1.2.調査の方法 ························································· 1 2.第一種使用等における実例検討及び将来展望 2.1.組換え微生物の第一種利用の将来展望 ································· 3 2.2.これまでの調査における評価手法の論点との相違点 ······················· 5 2.3.想定される安全性評価の判断基準に関する課題 ·························· 8 3.遺伝子組換え微生物の第一種使用等における利用申請に求められる基本資料 3.1.調査の背景と目的 ··················································· 9 3.2.米国におけるバイオテクノロジーの規制に関わる枠組み ··················· 10 3.2.1.米国バイオテクノロジー規制の概要 ······························· 10 3.2.2.遺伝子組換え微生物(GMM)の規制の概要 ························· 10 3.2.3.遺伝子組換え微生物(GMM)の利用にあたっての申請・承認の仕組み ··· 11 3.2.4.物理的封じ込めの基準(TierⅠexemption) ·························· 14 3.2.5.MCAN におけるリスク評価の概要 ································· 14 3.2.6.米国 EPA での面談記録 ········································· 16 3.3.欧州におけるバイオテクノロジーの規制にかかわる枠組み ················· 20 3.3.1.欧州バイオテクノロジー規制の概要 ······························· 20 3.3.2.EU における遺伝子組換え微生物の閉鎖系使用に関する規制の概要 ···· 21 3.3.3.EU における遺伝子組み換え生物の意図的環境放出に関する規制の概要 22 3.4.英国におけるバイオテクノロジーの規制にかかわる枠組み ················· 25 3.4.1.英国のバイオテクノロジー規制の概要 ····························· 25 3.4.2.英国における遺伝子組換え微生物の閉鎖系使用に関する規制の概要 ··· 25 3.4.3.英国における遺伝子組み換え生物の意図的環境放出に関する規制の 概要 ························································· 28 ii 3.4.4.英国 HSE での面談記録 ········································· 29 3.5.デンマークにおけるバイオテクノロジーの規制にかかわる枠組み ············ 33 3.5.1.デンマークのバイオテクノロジー規制の概要 ························· 33 3.5.2.デンマークの遺伝子組換え微生物(GMM)の閉鎖系使用に関する規制の概要 ····························································· 34 3.5.3.デンマーク環境保護庁・Novo Zymes 社との面談記録 ················· 34 3.6.遺伝子組換え微生物の環境影響評価の海外の事例調査 ·················· 36 3.6.1.主要国の環境リスク評価に関する要求事項 ························· 36 3.6.2.英国における環境リスク評価の事例検討 ··························· 37 4.遺伝子組換え微生物の第一種使用等における安全性評価手法の検討 4.1.基本的な考え方・検討すべき項目 ······································ 42 4.2.環境微生物の多様性 ················································ 42 4.2.1.極めて多様な環境微生物群 ······································ 43 4.2.2.微生物の増殖 ················································· 43 4.2.3.通常の土壌環境への餌の供給 ··································· 44 4.2.4.一般的な土壌環境への餌の供給速度、量 ·························· 44 4.2.5.環境微生物はなぜこれほど多様なのか ···························· 45 4.2.6.環境中基質濃度と微生物の増殖速度 ······························ 46 4.2.7.導入遺伝子の水平伝播と拡散 ···································· 46 4.2.8.導入微生物の生残性 ··········································· 47 4.2.9.環境微生物の多様性と安全性評価 ································ 47 4.3.微生物における遺伝子伝搬についての調査研究 ~特に遺伝子伝搬頻度について~····································· 49 4.3.1.背景と目的 ···················································· 49 4.3.2.方法 ························································· 50 4.3.3.結果 ························································· 54 4.3.4.考察 ························································· 63 iii 5.遺伝子組換え微生物の第一種使用における生物多様性影響評価の基本的な考え方 5.1.全体的な考え方 ···················································· 65 5.2.他の微生物を減少させる性質 ········································· 66 5.2.1.基本的な考え方 ················································ 66 5.2.2.評価指標についての考え方 ······································ 66 5.2.3.評価方法についての考え方 ······································ 67 5.3.病原性 ···························································· 67 5.3.1.基本的な考え方 ················································ 67 5.3.2.評価指標についての考え方 ······································ 68 5.3.3.評価方法についての考え方 ······································ 68 5.3.4.その他の考慮すべき点 ·········································· 69 5.4.有害物質の産生性 ·················································· 69 5.4.1.基本的な考え方 ················································ 69 5.4.2.評価指標についての考え方 ······································ 69 5.4.3.評価方法についての考え方 ······································ 70 5.5.核酸を水平伝達する性質············································· 70 5.5.1.基本的な考え方 ················································ 70 5.5.2.評価指標についての考え方 ······································ 71 5.5.3.評価方法についての考え方 ······································ 71 5.5.4.その他の考慮すべき点 ·········································· 71 6.第一編 まとめ 資料 1 想定される安全性評価の判断基準に関する課題抽出(議事録要約より) ····· 112 資料 2 英国の GMM 閉鎖系利用における通告事項 ···························· 113 資料 3 遺伝子組換え微生物のリスク評価の様式 ······························· 115 資料 4 各国の影響評価の基準 ············································· 121 iv 第Ⅱ編 生物多様性関連の遺伝子組換え技術の国際交渉等に係る対応 ~「合成生物学」の動向調査並びに「環境リスク評価・管理フォーラム」の議論動向調査~ 概要 ···································································· 126 1.「合成生物学」「環境リスク評価・管理フォーラム」に関する動向調査 1.1.本調査研究の目的・課題及び経緯 ···································· 128 1.1.1.本調査研究の目的と課題 ······································· 128 1.1.2.背景・経緯 ··················································· 129 1.2.合成生物学の研究開発動向の調査研究 ······························· 132 1.2.1.合成生物学の国内外の最新研究動向 ···························· 132 1.2.2.人工細胞の研究開発動向 ······································ 140 1.2.3.企業視点での遺伝子組み換え技術と合成生物学 ··················· 149 1.3.合成生物学の社会的影響に関する調査研究 ··························· 157 1.3.1.合成生物学の社会的影響評価 ·································· 157 1.3.2.バイオセキュリティへの行政機関・国際機関等の取り組み ············ 168 1.4.合成生物学の法規制のあり方に関する調査研究 ························ 178 1.4.1.生物多様性条約、カルタヘナ議定書及び国内法からみた取り扱い ····· 178 1.4.2.生物兵器禁止条約からみた取り扱い ····························· 187 2.合成生物学に関する課題 2.1.合成生物学の検討すべき課題の整理 ································· 191 2.1.1.目的 ························································ 191 2.1.2.合成生物学に関する課題の要点整理 ····························· 191 2.2.合成生物学に関する議論経過(委員会) ······························· 200 3.リスク評価「ガイダンス」に関する Open-ended Online Forum の現状 ············· 209 3.1.MOP6 後の Open-ended Online Forum の概況 ·························· 209 3.2.3 テーマに関するオンライン議論動向 ·································· 210 4.「合成生物学」と「環境リスク評価・管理」に関する調査研究の総合考察 ·········· 215 v (参考資料) 1.生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する新たな課題 (JBA 仮訳) 1.1.合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物が生物の多様性の保 全及び持続可能な利用に及ぼし得る正及び負の影響···················· 222 1.2.合成生物学:生物多様性条約及び議定書の既存条項の適用可能性/不可能性の 検討 ···························································· 270 2.合成生物学研究動向調査資料(合成生物学関連データベース) ················· 292 2.1.国内の主な合成生物学研究者リスト ·································· 292 2.2.海外の主な合成生物学研究者リスト ·································· 292 2.3.国内外の主な関連学会情報等 ······································· 301 vi 第Ⅰ編 開放系での遺伝子組換え微生物の評価手法の開発 概要 1) 背景・経緯 遺伝子組換え微生物等の開放系利用を計画する際に求められる、信頼性ある安全性 評価手法の開発を目標とした調査を行った。 カルタヘナ法施行から 10 年。我が国の特徴の一つとして組換え生物第一種使用と第 二種使用に分かれている。第一種は環境中での使用、第二種では基本的に微生物は環 境中に残存しないものと定義されている。第一種使用は植物等での実績は多くあるが産 業利用の微生物に関して承認実績はなく、経産省ではこの産業利用に向けて検討して きた。本年度は最終年度のため、微生物の第一種使用に向けた遺伝子組換え微生物の 評価手法をまとめる。 2) 調査研究の目的と課題 基本取り組み方針として拡散を制御する措置を行なっている製造事業所内での遺伝 子組換え微生物等の利用を想定した評価手法の取りまとめに向けていく 本年度は、遺伝子組換え微生物等に関する環境影響評価に着目し、「遺伝子組換え 生物等の第一種使用等における生物多様性影響評価実施要領(平成 15 年告示)」に従 って、評価に対する考え、手法等について基準を整理することをめざし、“基本的な考え 方”を取りまとめることとした。 また、開放系での組換え微生物の利用の事例調査を海外も含めて広く行い、とくに申 請に必要な書類や検討項目について、ネット情報を中心とした書誌情報調査に加え、米 国、イギリス、デンマーク、EU について現地調査を行い情報収集に努める。 我が国における遺伝子組換え微生物の第一種利用等を計画した際の安全性評価の ために検討すべき実施項目について論議し、課題を明確にする。 3) 調査結果の概要 多様性影響評価書の記載項目ごとの評価をかなえる際のハザード、リスク、環境リス ク評価におけるエンドポイントについての定義とその手法についての論議を行った。 組換え微生物の場合、何を評価エンドポイントにすればよいかが重要であり、カルタヘ ナ法では、告示に示された環境評価項目(=想定するハザードの範囲)と、影響評価手 vii 順(エンドポイントの設定、Consequences の評価、 Likelihood の評価)の積で、特定また は選定された野生動植物等の種または個体群の維持に支障を及ぼすおそれがあるか 否かを判断するがいずれも、動植物を想定しており、微生物について評価手法を考える 際には、考え方を変える必要がる事が、わかってきた。そこで、組換え微生物を想定して の検討を進めた。 ① 遺伝子組換え微生物の安全性評価手法の調査 これまで遺伝子組換え生物等の第一種使用等による生物多様性影響評価実施要領 (平成 15 年財務・文部科学・厚生労働・農林水産・経済産業・環境省告示第 2 号)に基づく 生物多様性影響評価書を作成する際に必要な評価項目、評価方法をとりまとめるために、 鉱工業分野において第一種使用等される可能性が高い遺伝子組換え微生物を想定し、 利用可能な安全性評価手法を幅広く調査してきた。具体的には、想定される遺伝子組換 え微生物を遺伝子解析やデータベース解析等により、その病原性と毒素産生性を評価す る手法を調査し、実証実験を必要とする項目については課題抽出するなど、複数の手法 を比較することにより、遺伝子組換え微生物の安全性評価に最適な手法の検討を行い、 取りまとめてきた。 本年度は、わが国独特の第一種、第二種の区分けをせずに、共通の検討項目として評 価すべき項目についての調査検討を行なった。特に、海外現地調査を実施することによっ て、この区分けをせずに評価する方法についての検討を行なった。 ② 野生微生物への影響評価手法の調査 遺伝子組換え微生物が環境中の野生微生物へ与える影響については、微生物の種の 概念や環境中での生育存在状況が動植物とは大きく異なることに着目し、多面的な検討 を行なった。特に、遺伝子の水平伝搬や他の微生物を減少させる性質については、科学 的な見地から多くの検討を行った。多方面の専門家と関係省庁をからのオブザーバーの 出席をお願いし、広く論議を進めた。 アメリカ、カナダ、オーストラリア、EU 等各国の環境影響評価が実際どのように行われ ているか、web 上から調べた。各国の法律や規制の中で環境評価に関する基準や申請に あたって要求される項目を抜き出してまとめた。これらの各国の事例を参考に日本の評価 を検討した。 他の微生物を減少させる性質については他国では見当たらない。アメリカでは核酸を 水平伝達する性質が課題だが、他の国においては、伝達の結果悪影響を及ぼすことがあ viii るかどうかが重要視される。国によって違うことがうかがわれる。 本調査報告書では、遺伝子組換え微生物の第一種使用における生物多様性影響評価 の基本的な考え方を以下項目ごとに試案として取りまとめ、今後の検討についての方向 性を、報告書第 5 項に明確に示した。 5.1.全体的な考え方 5.2.他の微生物を減少させる性質 5.2.1.基本的な考え方 5.2.2.評価指標についての考え方 5.3.病原性 5.3.1.基本的な考え方 5.3.2.評価指標についての考え方 5.3.3.評価方法についての考え方 5.3.4.その他の考慮すべき点 5.4.有害物質の産生性 5.4.1.基本的な考え方 5.4.2.評価指標についての考え方 5.4.3.評価方法についての考え方 5.5.核酸を水平伝達する性質 5.5.1.基本的な考え方 5.5.2.評価指標についての考え方 5.5.3.評価方法についての考え方 5.5.4.その他の考慮すべき点 ix 表 1.第一種等の遺伝子組換え微生物利活用の評価手法の開発調査検討委員会 氏 名 所 属 委員長 福田 雅夫 長岡技術科学大学工学部生物系 教授 副委員長 矢木 修身 中央大学大学院理工学研究科 客員教授 中村 和憲 (独)産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門 研究顧問 江崎 孝行 岐阜大学大学院医学系研究科再生分子統御学講座 教授 野尻 秀昭 東京大学生物生産工学研究センター 教授 委 員 珠坪 一晃 (独) 国立環境研究所 地域環境研究センター 地域環境技術システム研究室 室長 (独)製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 藤田 信之 伊藤 元己 田村道宏 METI 谷 浩 上席参事官(バイオ安全技術担当) 東京大学大学院総合文化研究科 教授 経済産業省製造産業局生物化学産業課 事業環境整備室長 経済産業省製造産業局生物化学産業課 事業環境整備室 課長補佐 中澤 秀和 経済産業省製造産業局生物化学産業課 審査一係長 穴澤 秀治 (一財)バイオインダストリー協会 先端技術・開発部長 清水 栄厚 (一財)バイオインダストリー協会 企画部長 不藤 亮介 (一財)バイオインダストリー協会 企画部 部長 矢田美恵子 (一財)バイオインダストリー協会 先端技術・開発部 課長 林 ルミ子 (一財)バイオインダスリー協会 JBA x 第Ⅱ編 生物多様性関連の遺伝子組換え技術の国際交渉等に係る対応 ~「合成生物学」の動向調査並びに「環境リスク評価・管理フォーラム」の議論動向調査~ 概要 1) 背景・経緯 我が国の遺伝子組換え技術の研究開発や産業化において重要な関わりを持つ「環境リス ク評価・管理」、特にその評価方法を規定する「ガイダンス文書」の作成についてカルタヘナ 議定書締約国会議(MOP)等で議論されてきた。本事業においても専門家や産業界と連携し て調査・分析を行ってきたが、次の MOP7 の場でガイダンスの承認の是非や新トピックスの推 薦などが議論されることが決まっている。 また、遺伝子組換え技術の進展とともに新学問・新技術としての合成生物学が発展してい るが、本技術は産業へのインパクトも大きく、バイオセキュリティ等の社会的な課題もあること から科学者のみならず社会科学者や行政機関からも注目を集めている。また本技術が生物 多様性を含む環境に対して想定外の影響を及ぼす可能性が考慮され、生物多様性締約国 会議(COP)や MOP 等の国際交渉の場で議題として取り上げられることが予想されている。 2) 調査研究の目的と課題 以上の状況において、合成生物学に基づき作成される微生物に関しての法規制の有無や 今後のあり方に関わる国際会議(COP 等)の場で我が国の考えを適正に反映させるため、国 内外の動向調査、分析を行う。 ・合成生物学の国内外の学会調査、研究者へのヒアリングによる調査を行う。必要に応じて専門 家のセミナー等も開催する。また国内外の合成生物学の研究者の検索・調査を行い、研究者 (研究室)リストを作成する。 ・合成生物学の多様な技術領域を考慮した上で、その領域ごとで今後検討すべき課題を抽出し分 析取りまとめを行う。 ・MOP7 へ向けて、ガイダンスに関する online forum が継続して実施されている。その議論動 向の把握に努め、我が国の対処方針等につき専門家と協同で適宜・適切に意見表明を行 う。 xi 3)調査結果の概要 1.合成生物学の研究開発動向の調査研究 ①合成生物学の最近の研究動向(遺伝ネットワークのデザインや人工細胞及び哺乳動物 細胞を用いた合成生物学等)について、国内外の学会参加や研究室訪問を通して情報収集 した。また企業側からみた合成生物学への期待と課題についてレビューを行った(報告書-1. 2項) ②研究動向調査の一環として、主として国内で合成生物学を研究テーマに掲げている研 究者(研究室)に関する情報について調査分析を行いリストを作成した。また合成生物学に関 する国内外の主な学会等の情報(URL)を収集した(参考資料-3)。 2.合成生物学の社会的影響に関する調査研究 合成生物学の社会的な影響(経済・産業へのインパクト、バイオセキュリティ、知財、倫理 問題)と各国行政機関の動向について、専門家に調査・レビューを依頼した。今後もこれらに 関して継続的に調査をする必要がある(報告書-1.3項)。 3.合成生物学の法規制に関する調査研究 合成生物学について、生物多様性条約、カルタヘナ議定書及び国内担保法において今後 想定される課題について検討を加えた(報告書-1.4項)。 4.合成生物学の今後検討すべき課題に関する議論 合成生物学に関する今後の国際交渉への備えとして、本委員会で上記1~3の調査結果 も踏まえた上で、合成生物学の抱える課題について議論した(委員会3回開催)。議論ポイン トを明確にするために合成生物学の技術領域を6つに分け、其々バイオセーフティ、法規制、 バイオセキュリティ等の各側面につき検討を行い、今後我が国として考慮すべき課題を整理 してとりまとめを行った。カルタヘナ法との関連では「人工細胞」等を除きほとんどの技術要素 につき現行のカルタヘナ法の対象であり対処可能と考えられた(報告書-2.1項) xii 5.リスク評価オンラインフォーラム等を通じての国際議論への参加と動向調査 ①環境リスク評価ガイダンスの有効性テスト、②ガイダンスとトレーニングマニュアルの統 合パッケージの作成、③新トピックスのガイダンス作成の進め方の検討、についてのオンライ ンフォーラム議論(8 回)に参加し、動向把握と適宜意見発信を行った。 xiii 表2.生物多様性関連の遺伝子組換え技術に係る国際交渉等調査検討委員会 氏 名 所 属 厚生労働省医薬食品局食品安全部 企画情報課 委員長 吉倉 廣 国立感染症研究所 名誉所員 臼田 佳弘 味の素(株) バイオ・ファイン研究所 部長 木賀 大介 東京工業大学大学院総合理工学研究科 准教授 (独)製品評価技術基盤機構バイオテクノロジーセンター 須藤 学 情報解析課安全審査室 室長 (独)産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門 委員 野田 尚宏 バイオメジャーグループ 主任研究員 (独)製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 藤田 信之 情報解析担当 上席参事官 松井 一彰 近畿大学理工学部社会環境工学科 准教授 山川 隆 東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 田村 道宏 METI 谷 浩 経済産業省製造産業局生物化学産業課 事業環境整備室長 経済産業省製造産業局生物化学産業課 事業環境整備室 課長補佐 中澤 秀和 経済産業省製造産業局生物化学産業課 審査一係長 穴澤 秀治 (一財)バイオインダストリー協会 先端技術・開発部長 清水 栄厚 (一財)バイオインダストリー協会 企画部長 不藤 亮介 (一財)バイオインダストリー協会 企画部 部長 矢田美恵子 (一財)バイオインダストリー協会 先端技術・開発部 課長 林 ルミ子 (一財)バイオインダスリー協会 JBA xiv 第Ⅰ編 第一種使用等における遺伝子組換え微生物の評価手法の検討 1.H25年度調査の目的・方法 1.1.調査の目的 「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(以下 「カルタヘナ法」という。)に基づく第一種使用等(開放系利用)の審査を受ける際の評価項 目を定めた「遺伝子組換え生物等の第一種使用等による生物多様性影響評価実施要領」 では、微生物の評価項目として病原性、毒素産生、周辺の生物への影響等が掲げられてい る。農業、医療分野では、遺伝子組換え技術の第一種利用の実績がわが国でも蓄積してい るが、鉱工業分野では第二種の利用では多くの利用がなされているが、第一種等での遺伝 子組換え微生物の利用実績がない。その理由として、動植物とは異なり、微生物に特徴的 な自然界、環境における種の多様性や遺伝子の伝搬、病原性などにおいて、科学的で信頼 性のある評価手法が確立していないことがある。 一方で、近年の燃料を含む炭素素材の原材料を化石資源から植物資源へ転換するとい う社会的要請があり、それに応えるバイオテクノロジーの急速な発達が進んでいる中で、遺 伝子組換え微生物の第一種使用の申請が想定されることから、早急に標準となる安全性評 価手法を確立しておく必要がある。 以上の状況に対応するため、遺伝子組換え生物の安全利用に関する規制である「カルタ ヘナ法」の第一種使用等における遺伝子組換え微生物の適切な運用に必要な評価手法を 確立するとともに、環境影響評価書をまとめる上で基礎となる評価項目、評価手法をまとめ る。また、「カルタヘナ議定書」締結国会議において今後議論予定のリスク評価・管理手法に 関する技術的分析等を実施する。これにより、遺伝子組換え微生物の安全かつ適切な利用 を確保し、我が国バイオ産業の健全な発展を促進させることを目的とする。 1.2.調査の方法 遺伝子組換え生物の安全利用に関する規則である「カルタヘナ法」の適切な運用に必要 な、遺伝子組換え微生物の第一種使用等における評価手法を調査・検討し、とりまとめる。 ① 遺伝子組換え微生物の安全性評価手法の調査 これまで遺伝子組換え生物等の第一種使用等による生物多様性影響評価実施要領(平 成 15 年財務・文部科学・厚生労働・農林水産・経済産業・環境省告示第 2 号)に基づく生物 多様性影響評価書を作成する際に必要な評価項目、評価方法をとりまとめるために、鉱工 1 業分野において第一種使用等される可能性が高い遺伝子組換え微生物を想定し、利用可 能な安全性評価手法を幅広く調査してきた。具体的には、想定される遺伝子組換え微生物 を遺伝子解析やデータベース解析等により、その病原性と毒素産生性を評価する手法を調 査し、実証実験を必要とする項目については課題抽出するなど、複数の手法を比較すること により、遺伝子組換え微生物の安全性評価に最適な手法の検討を行い、取りまとめてきた。 本年度は、わが国独特の第一種、第二種の区分けをせずに、共通の検討項目として評価 すべき項目についての調査検討を行う。特に、海外現地調査を実施することによって、この 区分けをせずに評価する方法についての検討を行う。 ② 野生微生物への影響評価手法の調査 遺伝子組換え微生物が環境中の野生微生物へ与える影響については、微生物の種の概 念や環境中での生育存在状況が動植物とは大きく異なることに着目し、多面的な検討を行 う。特に、遺伝子の水平伝搬や他の微生物を減少させる性質については、科学的な見地か ら多くの検討を行う必要がある。多方面の専門家と関係省庁をからのオブザーバーの出席 をお願いし、広く論議を進める。 2 2.第一種使用等における実例検討及び将来展望 2.1.組換え微生物の第一種利用の将来展望 遺伝子組換え技術の産業利用について、これまで経済産業省へ届けられたものは、平成 25 年 8 月末時点で 1,575 件に達するがいずれも第二種利用である。(表2.1) 一方、他省庁では、第一種利用が 261 件の承認案件に上り、広く活用されつつある。また、 これまでの第一種利用の想定事例としていたバイオレメディエーションに限らず、藻類の大 量培養など、産業利用に面でも第一種利用の可能性が広がってきており、遺伝子組換え微 生物の拡散防止措置を講じない利用である、第一種使用等に関するリスク評価の基準を検 討し、早急に取りまとめる必要性が高まってきている。 表2.1.経済産業省における第二種使用の大臣確認申請件数 経産省への第二種使用申請の累計は1575件。(平成25年8月末) 表2.2. 他省庁におけるカルタヘナ法に基づく用途別第一種使用規定の承認状況(H25 年 8 月末) 主務大臣 農作物の食用、飼料用、切り花の用に供するための使用、栽培等 に係る第一種使規定の承認 環境大臣 農林水産大臣 農作物等の隔離ほ場※での栽培に係る第一種使用規定の承認 動物用医薬品に係る第一種使用規定の承認 小 計 122 83 2 207 環境大臣 文部科学大臣 研究開発に係る第一種使用規定の承認 30 環境大臣 厚生労働大臣 遺伝子治療に係る第一種使用規定の承認 24 合 計 261 資料:環境省資料を基に経済産業省作成 注)隔離ほ場とは、遺伝子組換え農作物がほ場外に持ち出されることを防ぐための設備を有し、管理が実施される ほ場 3 表2.3.カルタヘナ法における第一種使用」、第二種使用のポイント 第一種使用のポイント 第二種使用のポイント ・定義:拡散防止措置を取らずに行う使用 ・定義:施設等の外への拡散を防止する意 ・主務大臣:環境、経産含む分野所管大臣 図をもって行う措置による使用等であり、省 ・承認対象:第一種使用に関する規定 令で定める措置を執って行うもの ・承認基準: ・主務大臣:経産含む分野所管大臣 野生動植物の種または個体群の維持に支 ・確認対象:拡散防止措置 障を及ぼす影響その他の生物多様性影響が ・拡散防止措置の定義: 生ずる恐れが無いと認めるとき 施設等の外の大気、水または土壌中に拡 事業者等の事故時の対応: 散することを防止するために執る措置。 生物多様性の影響が生じる恐れのある時、 ・事業者等の事故時の対応: 図2.1.カルタヘナ法における第一種使用審査のポイント 直ちに応急の処置を執る。 直ちに応急の措置を執る。 環境省と分野所管省庁 との共同審査 であり、 それぞれの委員が審 議会に参加 する。 4 2.2.これまでの調査における評価手法の論点との相違点 本調査事業ではこれまで、主に遺伝子組換え微生物等を意図的に一定規模で環境に導 入する場合を想定したデータ収集、検討を行ってきた。しかし、本年度は、拡散を制御する 措置を行っている製造事業所内での遺伝子組換え微生物等の利用のうち、第一種使用に 相当する利活用における安全性評価手法についての取りまとめに向けた検討を行ってい く。 本年度は、遺伝子組換え微生物等に関する環境影響評価に着目し、「遺伝子組換え生物 等の第一種使用等における生物多様性影響評価実施要領(平成15年告示)」に従って、評 価に対する考え、手法等について基準(基本的な考え方)を整理することを目指す。 その後、上記基準(基本的な考え方)に沿って、遺伝子組換え微生物等と環境との接触を 制限する措置と生物多様性との関連、その評価等に関する手法について、製造事業者等の 協力を得ながら具体的に検討を行っていく予定である。 平成 15 年財厚農経環告示 2 号にある「第 1 種使用等評価項目:遺伝子組換え生物等 の第一種使用等による生物多様性影響評価実施要領」と平成 16 年財厚農経環省令第 1 号 にある、「第 2 種使用等評価項目:遺伝子組換え生物等の第二種使用等のうち産業上の使 用等に当たって取るべき拡散防止措置等を定める省令」の比較において、第二種使用には なく第一種使用の場合のみに評価すべき項目として、下記があげられる。 ・組換え微生物等 基本的特性等5項目 ・措置 情報収集等4項目 ・環境影響評価書 5項目 その中で特に、組換え微生物第1種使用生物多様性影響評価に関する評価項目で ある、下記が事業での中心的な論議となった。 ・他の微生物を減少させる性質 ・病原性 ・有害物質の産生性 ・核酸を水平伝達する性質 ・その他(間接的な影響等) 5 表2.4. 第二種使用大臣確認にける評価項目と第一種使用大臣承認における評価項目の比較 第二種使用大臣確認における評価項目と第一種使用大臣承認における評価項目の比較 第一種使用評価項目 第二種使用評価項目 遺伝子組換え微生物等の特性 宿主又は宿 主の属する 分類学上の 種 分類学上の位置及び自然環 境における分布状況 使用等の歴史及び現状 繁殖又は増殖の様式 病原性 その他の情報 宿主又は宿主の属する分類学上の種に関する情報 宿 分類学上の位置及び自然環境における分布状況 主 又 は 使用等の歴史及び現状 宿 基本的特性 主 生息又は生育可能な環境の条件 の 属 生理学的及 捕食性又は寄生性 す び生態学的 繁殖又は増殖の様式 る 特性 病原性 分 類 有害物質の産生性 学 その他の情報 上 遺伝子組換え生物等の調整等に関する情報 構成及び構成要素の由来 供与核酸 構成要素の機能 名称及び由来 ベクター 特性 調整方法 遺伝子組換 え微生物 細胞内に移入した核酸の存 在状態及び発現の安定性 宿主又は宿主の属する分類 学上の種との相違 構成及び構成要素の由来 供与核酸に 遺 関する情報 構成要素の機能 伝 子 名称及び由来 組 ベクターに 換 関する情報 え 特性 生 宿主内に移入された核酸全体の構成 物 等 遺伝子組換 宿主内に移入された核酸の移入方法 の え生物等の 調 調整方法 整 等 遺伝子組換え生物等の育成の経過 に 関 細胞内に移入した核酸の存在状態及び当該核酸による形質発 す 現の安定性 る 情 遺伝子組換え生物等の検出及び識別の方法並びにそれらの感 報 度及び信頼性 宿主又は宿主の属する分類学上の種との相違 拡散防止措置 遺伝子組換え生物等の使用 使用区分 遺 使用等の内容 伝 使用等の方法 子 承認を受けようとする者による第一種利用等の開始後における 組 情報収集の方法 換 え 生物多様性影響が生ずるおそれのある場合における生物多様 生 性影響を防止するための措置 物 作業区域の位置 配置 設備 構造 生産工程 等 実験室等での使用等又は第一種使用等が予定されている環境と の 類似の環境での使用等の結果 使 国外における使用等に関する情報 用 注)下線は、第2種使用にない評価項目 6 表2.4.つづき 第二種使用大臣確認にける評価項目と第一種使用大臣承認における評価項目の比較 第二種使用大臣確認における評価項目と第一種使用大臣承認における評価項目の比較(続き) 第二種使用評価項目 第一種使用評価項目 環境影響評価書 他の微生物を減少させる性質 他 影響を受ける可能性のある野生動植物等の特定 の 微 影響の具体的内容の評価 生 影響の生じやすさの評価 物 を 生物多様性影響が生ずるおそれのある有無等の判断 減 病原性 影響を受ける可能性のある野生動植物等の特定 病 影響の具体的内容の評価 原 影響の生じやすさの評価 性 生物多様性影響が生ずるおそれのある有無等の判断 有害物質の産生性 有 影響を受ける可能性のある野生動植物等の特定 害 物 影響の具体的内容の評価 質 影響の生じやすさの評価 の 産 生物多様性影響が生ずるおそれのある有無等の判断 生 核酸を水平伝達する性質 核 影響を受ける可能性のある野生動植物等の特定 酸 を 影響の具体的内容の評価 水 影響の生じやすさの評価 平 伝 生物多様性影響が生ずるおそれのある有無等の判断 達 その他の性質 影響を受ける可能性のある野生動植物等の特定 そ の 影響の具体的内容の評価 他 の 影響の生じやすさの評価 性 質 生物多様性影響が生ずるおそれのある有無等の判断 注)下線は、第2種使用にない評価項目 7 2.3.想定される安全性評価の判断基準に関する課題 添付資料 MM にこれまでの、委員会 4 回、ワークングループ会議 2 回での論議を議事メ モとして添付する。その中で、再三論議されてきた、想定される安全性評価の判断基準に関 する課題について、下記にまとめる。 これらの課題は、今後とも継続して論議されるべきものである。 ○他の生物への影響(生態系への影響) ・微生物叢は自然界ではきわめて多様で、変動も激しく、動植物とは同一に取り扱えない。 ・種の区分が動植物と異なり、微生物においては遺伝子の種間の移動は自然界では広く起 こり、それを抑えることは困難との認識が必要 ・微生物叢は気候等の影響を受けて、変動している。どの時点からの変化を見るのか ・組換え微生物の、宿主菌との比較によって、影響を評価する。 ・百万分の1へ頻度、菌数の減少をもって、安全性評価とする。 ○宿主細胞の病原性 ・ゲノム配列により病原因子を検証 ・日和見感染性は、補体に対する感受性を検証する。 ・学会の意見を参照すべき。 ○導入遺伝子の有害性 ・アレルゲン評価は、アミノ酸配列データベースで評価 ○生合成経路の改変 ・生合成経路の改変による想定外の有害物質の出現リスクをどう評価するか ・最新の科学的な知見をもとに推定、検証する ・植物では組換え体全体を土壌にすき込み、レタスの種子の発芽能で検証 ○薬剤耐性遺伝子の遺伝子マーカーとしての利用 ・リスクの低いマーカー遺伝子と、使うべきでないマーカー遺伝子を区別する ○遺伝子の水平伝播は、微生物では広く起こっている。 ・遺伝子導入をプラスミッドベクターよりも、染色体への挿入タイプを推奨するか。 ・遺伝子の取り込み、伝播は、微生物間だけではなく、自然界では裸の DNA でも起こるため、 抑えきることは不可能である。 ○広く安全と認識される宿主細胞を取りかかりとして承認審査を進め、対象を順次広げてい く。 8 3.遺伝子組換え微生物の第一種使用等における利用申請に求められる基本資料 3.1.調査の背景と目的 環境中での遺伝子組み換え微生物(LMM)の利用は、汚染環境の浄化・廃水処理や微 生物農薬による食糧増産、解放池での藻類培養による燃料生産等を目指して、国内外で研 究開発がすすめられ近い将来の実用化が期待されている。また化学製品・化学原料を発酵 タンクによる生産が広く行われているが(閉鎖系利用)、一般にその発酵装置が巨大である ことから、LMM の環境への漏えいを無視できず環境への影響を考慮すべきケースがあると 考えられる。 我が国で遺伝子組換え微生物を開放系で利用する場合は、研究開発、産業利用のいず れもカルタヘナ法にある第一種使用の審査を受ける必要がある。その際に当該 LMO を開 放利用した場合のヒトや動物に対する健康影響や周辺環境への影響を科学的に評価した 上での安全性評価を行う必要がある。しかしながら未だ信頼性のある安全性評価法を持た ず、その手法確立が急務とされている。 かかる中で、H23 年度より経産省の委託事業「バイオインダストリ-安全対策事業」を JBA が受託し、標準的な評価手法確立へ向けて微生物の環境中利用の実例調査や最新ゲ ノム情報等の活用手法の開発等を実施してきた。これら手法を開発するにあたって海外の 規制や運用状況を把握し参考とすることは有益と考えられるので、昨年度、海外、特に米国 及びカナダの GMM の開放系利用において求められる基本情報を web 調査により収集した。 合わせてその背景となる遺伝子組換え生物の規制の大枠についても調査した。 今年度はさらに米国及び欧州の規制動向について、現地の運用状況も含めて調査する こととした。特に環境リスク評価をどのように実施しているか(定量的基準があるか?)、また 閉鎖系使用の場合で実際にどの程度の封じ込めレベルをとっているか等について調査する ことを目的とした。 調査の方法は、まず、米国及び欧州(EU,英国、デンマーク)の監督省庁の website から、 GMM の「環境放出」「開放系利用」に関連する環境評価基準や申請法を調査した。次いで、 米国、英国、デンマークに出張し、規制担当者や GMM を利用している企業を訪問して直接 インタビューを行い当該国の GMM 規制の運用状況などの情報収集を行った。 9 3.2.米国におけるバイオテクノロジーの規制に関わる枠組み 3.2.1.米国バイオテクノロジー規制の概要 1 米国における遺伝子組換え生物の規制の枠組みの特徴の一つは、図3.1に示すように、 当該生物の用途に応じて規制の枠をかける分野別の規制枠組みの中で取り扱われている。 これは日本や欧州などの分野横断的(包括的)な規制とは対照的である。また遺伝子組換 え技術を特別扱いせず、その生産物等のリスクに応じて既存の法律に照らして取り扱うべき であるとの考え方である(プロダクトベース)。遺伝子組換え生物の利用(野外試験、商業生 産、輸入等)に関する規制官庁は、図3.1に示すように、①食品医薬品局(FDA)、②農務省 (USDA)及び③環境保護庁(EPA)であるが、FDA は食品・食品添加物、飼料、医薬品・動物 薬、化粧品を「連邦食品・医薬品・化粧品法(FFDCA)」の下に規制し、USDA は所管の動植 物検疫局(APHIS)により植物・植物病害虫を「連邦植物病害虫法(FPPA)」にて規制する。 EPA では生物農薬や病害虫抵抗性の作物等を「連邦殺虫殺菌殺鼠剤法(FIFRA)」で、「有 害物質規制法(TSCA)」の下に一般微生物(生物農薬や遺伝子組換え体も含む)が規制され ている。 図 3.1 米国のバイオテクノロジー規制の枠組み 調和的枠組み 農務省 USDA(APHIS) 植物、植物病害虫 Plant Protection Act(PPA) 食品医薬品局 FDA 食品、食品添加物、飼料 化粧品、医薬品 Federal Food Drug and Cosmetic Act(FFDCA) 環境保護庁 EPA 生物農薬 Federal Insecticide,Fungicide and Rodencide Act(FIFRA) 新微生物 Coordinated Framework for Regulation of Biotechnology(1986) T o xic Substance Control Act(TSCA) Microbial Products of Biotechnology; Final Regulation Under the Toxic Substances Control Act;(1997) 3.2.2.遺伝子組換え微生物(GMM)の規制の概要: 遺伝子組換え微生物の開放系利用に関しては、1997 年 4 月に既存の毒性物質規制法 TSCA の下に新しい規則として、「微生物に対する報告要求と審査手続き」が発行された 1米国規制については昨年度(H24 年度)の調査報告書も参照。 10 (TSCA-40CFR part725)2)。TSCA で取り扱われる微生物とは、産業応用を目的として利用さ れる“新微生物“と規定されている。重要なことは、ここで ”新微生物”とは属間微生物 (”intergeneric”microorganisms)をいい、すなわち異なる属の微生物間で遺伝子物質を交 換・組換えを行った微生物と定義する独自の考え方をとっていることである。属が異なるほ どの違いがある微生物同士の組換え体は、新しい形質を持つ可能性が高いと想定し、リス ク評価が必要と考えるわけである。 TSCA では、既存化学物質(微生物含む)の膨大なリスト(inventory)に収載されていない” 新微生物”の産業目的での製造・輸入等は、3.3項で述べるように事前に申請または届け 出を行う必要がある。TSCA は他の法律で規制されない化合物や生物の環境保全やヒト等 動植物への安全性を確保するための法律とされる(包括条項)。TSCA は EPA;米国環境保 護庁(United States Environmental Protection Agency)のもとで規制を受ける。この中で微生 物農薬等は TSCA だけでなく FIFRA でも規制される。また生ワクチン等の医薬・動物薬は FFDCA で規制される。 3.2.3.遺伝子組換え微生物(GMM)の利用にあたっての申請・承認の仕組み: 米国で“新微生物”の商業目的での製造や輸入を行う者は図3.2のいずれかの申請また は届け出を行う必要がある。ただし、研究段階の遺伝子組換え微生物の閉鎖系取り扱いは TSCA の対象外であり、NIH のガイドライン3)に準じて実施することが求められている。申請 に当たってのガイドライン(Points to consider in the preparation of TSCA Biotechnology Submissions for microorganisms)が EPA より出されている4)。 (a) MCAN(Microbial Commercial Activity Notice) 遺伝子組換え微生物の商業利用(製造、輸入)については MCAN(Microbial Commercial Activity Notice)の申請・承認が必要となる。閉鎖系利用と開放系利用のいずれの場合も後 述する菌株の安全性、環境影響評価に関する情報の提出が要求される。EPA による審査 は原則 90 日間で、安全性に問題ないと判断され、商業利用開始届け(NOC)が提出されれ 2 http://www.ecfr.gov/cgi-bin/text-idx?c=ecfr&SID=71334d33b7760dca496d5ddfff692f20&rgn= div5&view=text&node=40:32.0.1.1.13&idno=40 “TSCA-Biotechnology”と略称される。 3 http://oba.od.nih.gov/rdna/nih_guidelines_oba.html 4 http://www.epa.gov/biotech_rule/pubs/pdf/ptcbio.pdf 11 ば、当該微生物は TSCA インベントリーに収載されて「既存微生物」扱いとなり、以後は MCAN 申請が無くても商業利用できる。 (b) TierⅠexemption/ TierⅡexemption EPA が以下に定める基準に従って製造・使用される“安全な微生物”については MCAN 申請が免除される(⇒段階的免除;TierⅠexemption/TierⅡexemption)。使用開始 10 日前 までに証明書を届け出る必要あり。証明書の内容は(申請者情報、商業化スケジュール、使 用菌株名、挿入遺伝子情報、封じ込めの順守証明等)。 【3つの要件】 (a) 宿主菌として長い使用経験があり安全性が確認された菌株使用(表3.1の 10 種) (b) 挿入遺伝子は、性質が十分理解され、伝搬性が低く(頻度が 10-8 乗以下)、 毒性・病原性等が無いこと (c) 定められた閉鎖設備及び管理手法により封じ込めを行うこと (c) その他 上記の他に、実験的環境放出(TERA)、試験マーケティング免除(TME)等の免除規定が ある(概要は図3.2参照)。 表 3.1. 段階的免除申請の対象となる菌株 Acetobacter aceti Aspergillus niger Aspergillus oryzae Bacillus licheniformis Bacillus subtilis Clostridium acetobutylicum Escherichia coli K-12 Penicillium roqueforti Saccharomyces cerevisiae Saccharomyces uvarum 12 図-2 図3 . 2 米国における新微生物の製造・輸入(商業利用)に関する申請と各種免除規定 MCAN (Microbial Commercial Activity Notice) 【微生物商業活動届出】 “新微生物“を米国にて製造・輸入等行う者は使用開始90日前迄にEPAまで環境評価を含む報告書類(MCAN)を提出す る必要あり。 MCANには 開放系及び閉鎖系利用の両方が含まれる。EPAは公示期間中の90日間の間に審査(review)を 行い、もしヒトの健康や環境への悪影響が疑われるリスクがあると判断されれば、必要な措置を執ることになる。 実験的野外試験 TERA(TSCA Experimental Release Application) 試験的 開放利用 13 免 除 規 定 試験販売 最終的な目的が商業利用である場合で、“新微生物”の環境中への開放を伴う研究開発段階の試験を実施する者 は、試験を行う60日前までに申請書類(TERA)を提出する必要あり。EPAが承認(Approved)の可否を判断。 (提出データは一部軽減;生産量や用途は免除。環境放出データも一部のみ) 小規模根粒菌野外試験 宿主菌が根粒菌(Bradyrhizobium japonicum,Rhizobium meliloti)である場合で、かつ試験場が小規模(10エーカー以下)で、導入 遺伝子が一定の条件(薬剤耐性など)を満たす場合は、EPAの審査が免除される。 試験販売免除 TME(Test Market Exemption) 新微生物の試験販売を実施する者は、試験販売開始前45日までに申請書類(TME)を提出(菌株の性質や試験販売 の実施内容等)。EPAが審査・承認を行う。 段階Ⅰ免除(Tier Ⅰ exemption);(定められた封じ込め設備; EPAの承認不要) 閉鎖系利用 (段階的免除) 以下の3条件が満たされればMCAN申請は不要(①特定の宿主菌、②導入遺伝子の性質が明らかで毒素遺伝子 等を含まない、③GM菌の漏出を最小限にする一定基準を満たした封じ込め装置を使用)。上記事項の順守の 証明書を商業 利用開始の10日前までにEPAに届け出る(審査は無し)。 段階Ⅱ免除(Tier Ⅱ exemption);(製造者が封じ込め装置設定・提案し、EPA承認が必要) 上記①②を満たした上で、申請者が提案する封じ込め装置と制御法を含めた情報等を付して、商業利用開始の 45日前までにEPAに申請する。EPAが45日以内に適格性を判断。なお、本申請にあたって当局に事前相談が強 く求められている。 【試験研究】 研究開発/試験研究においては、NIHのガイドライン(封じ込め)を遵守すればTSCAの届出等は不要。 3.2.4.物理的封じ込めの基準(TierⅠexemption) 段階的免除(TierⅠexemption)においては、上記(c)項にあるように、以下に規定された 封じ込め設備や安全管理手順の使用が必要となる(TieⅡはこれを参考として申請者が設 備条件書を作成し審査承認を受ける必要あり)。 A 微生物を封じ込め可能な設備(structure) B 設備、建造物へのヒトのアクセスの制限 C 安全・衛生に関する管理文書 D 廃棄物(液・固)中の新規微生物を廃棄する前に、その生菌数を 10 の 6 乗分の1に 低減させること(100 万分の 1 以下、(6-log reduction)) E 装置から排出されるエアロゾルや排ガス中の生菌数を最小化する効果的な手段を とること F 緊急時の対処法整備 3.2.5.MCAN におけるリスク評価の概要 【リスク評価の項目】 表3.2に MCAN(TERA)等の申請に必要とされる項目を示している(詳細はガイドライン (PTCBIO)4 を参照)。MCAN には意図的な環境放出(開放系利用)の場合と閉鎖系での利 用の場合があり、それぞれ要求項目が異なっている。ただしいずれのケースもすべての評 価項目が要求されるわけではなく、事前の相談で、明らかに必要ないと判断される事項は 除外される。常にケースバイケースの考え方を取る。なお、ヒトへの健康や環境評価に関す る情報は、多くは文献情報に基づくものとされる。 ・宿主菌と供与菌の分類学的情報 ・新微生物の詳細な構築(遺伝子構成)に関する情報 ・ヒトへの健康影響/環境への影響 ・副生物、生産量、使用目的等 ・作業者の暴露と環境放出及び封じ込め条件 ・環境放出条件 ・緊急時の対応プロトコール 14 表3.2 MCAN と TERA の申請に要求される主な情報 MCANとTERAの申請に要求される主な情報 <区分> Ⅰ 申請者情報 説明・補足 項目 MCAN TERA ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ・生息環境や分布 ○ ○ ・環境中での生存と分散 ・検出方法と検出限界 ○ ○ ・他の生物(宿主、共生者、病原菌など) への作用、影響 ・遺伝形質の伝播性 ○ ○ ○ ○ 申請者名称・連絡先 ・最新の分類情報 宿主微生物と新微生物の記載 ・新微生物の形態・生理学的情報 ・遺伝子供与体の分類情報 ・新微生物の選抜又は開発された新し い形質 ・詳細な遺伝子構成(含導入・選択法) ・遺伝子導入により想定される宿主の挙 動変化や遺伝子の発現、安定性等 新微生物の遺伝的構成 Ⅱ 微生物同定 表現形質と生態的性状 ・生化学的物質循環への影響 ・無機物質、金属等の吸収過程の影響 Ⅲ 副生物 Ⅳ 総生産量 製造、加工、廃棄に伴う副生物の情報 推定最大生産(輸入)量 (生菌数情報) Ⅴ 使用に関する情報 使用区分と各区分でのLMO生産量や含 ・意図的使用目的「汚染物質分解等」 有量等の記載 Ⅵ 作業者の暴露と環境 放出(MCAN) ○ (初年度及び最初の3年間の年度毎) ○ ○ 製造・加工・使用の場所の記載 製造・加工・使用のプロセスの記載 作業者の暴露情報 ・制御された場所の詳細 環境放出に関する情報 ・放出の量と手法、制御法の種類 ○ 新微生物の意図的な運搬の叙述 廃棄の手順 非制御下の現場における製造・使用の プロセスの記述 ・運搬法、運搬容器事故時の対応 ○ ○ 試験研究の目的と意義 放出する微生物の量と放出方法 ・作業者の活動、作業人数、活動期間 ・菌不活化法、除菌法、廃棄容器 ・加工・使用のタイプや場の推定数 ・新微生物に暴露される状況 ・運搬や廃棄の手順 等 ○ ○ ○ ○ ○ ・試験計画(データ解析手法、対照の取 り方、圃場設計・管理 等) ・ ・所在地、広さ、選定理由、使用履歴、 土壌の物理化学性状 等 ・試験場での新生物の取り扱い法(運 搬・梱包、器具洗浄、廃棄手順 等) 試験場の性状・状況 提案された研究開発 Ⅶ 活動の情報(TERA) ・試験終了後の停止手順、緊急時の想 定と対応手順、防護用器具 隔離措置、緊急措置 悪影響の検出法と制御法 ○ (○) 野外試 験実施 時は必 要 ○ ○ ○ (1/2) 15 <区分> 項目 説明・補足 微生物の病原性 ・ヒトに対する病原性、感染性の有無 ・哺乳動物に対する病原性試験結果 (必要で可能なら) ・ヒトへの定着性、生育能 ・薬剤感受性 Ⅷ ヒトの健康への影響 微生物及びその生産物の毒性と免疫的 ・ヒトに対する毒性の有無 影響 ・哺乳動物に対する毒性・アレルギー 試験結果 環境影響 ・哺乳動物、魚、昆虫、無脊椎動物、 植物に対する①病原性・感染性、② 毒性、③既知または予想される影響 (集団構造や種の多様性も含む) ・生物地球化学的プロセスへの影響 (C,N,P,S栄養循環、CO2/N2固定 環境への影響と環境 ・他の対象生物の同定と相互作用 Ⅸ 中での変遷・宿命 ・汚染化合物の分解活性や環境中で の抗生物質生産性 生残性と変遷 ・宿主の自然界での生息環境・分布 ・新微生物(と親微生物)の実験室レ ベルでの生残性試験 ・放出場所から離れた場所の生残性 ・環境中での検出法 等 ・一部重複した項目あり(ⅡとⅨの環境影響評価等) MCAN TERA ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ (2/2) 3.2.6.米国 EPA での面談記録 【調査出張】 ・訪問日: 2013 年 11 月 21 日(木) ・目的: 米国の GM 微生物の規制動向調査(環境影響評価、封じ込め設備等の実態調査) ・出張者・所属: 須藤 学 ((独)製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター ) 不藤 亮介( 一般財団法人 バイオインダストリー協会) ・訪問先・面談相手 米国環境保護庁(United States Environmental Protection Agency, EPA) ·Office of Pollution Prevention and Toxics; Risk Assessment Division Mark Segal ; Ph.D Senior Microbiologist Gwendolyn Mcclung ; Microbiologist ·Office of Pollution Prevention and Toxics; Chemical Control Division Jessea Miller 16 【EPA の評価実施体制】 ・EPA の汚染防除・毒物局 OPPT(Office of Pollution Protection and Toxics)が MCAN の評 価・審査にあたる。 OPPT には RISK ASSESSMENT DIVISION (RAD)、CHEMICAL CONTROL DIVISION (CCD) 、 ECONOMICS, EXPOSURE AND TECHNOLOGY DIVISION (EETD)、POLLUTION PREVENTION DIVISION (PPD)等8つの division があり、 微生物、環境評価、毒性・病原性評価、プロセス工学等の専門家が協力して審査にあたっ ている(今回の面談者はこの中で RAD の microbiology と CCD の process management の専 門家)。 ・EPA の審査担当者は、MCAN 等申請者から提出された上記情報を基にリスク評価を行う が、申請者の提出データを補完 supplement することがある。例えば申請者がある配列情報 を提出した場合に、EPA で類縁配列を採集し、元のデータとの比較・解析を行う等。 審査期間(MCAN は 90 日等)は非常に厳格に守られるとのことであるが、例外的に追加デ ータが必要な時等は審査のクロックを止めて期間を延長することができる。 ・EPA は必要に応じて inspection を行うことができるとされている。 ・EPA のリスクマネジメントにおいては、技術が生み出すベネフィットも合わせて考慮すること がある(ecological benefit assessment)。 【主な質疑事項】 ”環境影響評価とエンドポイント(定量的基準)” ・今回の主要な調査の目的は、EPA の環境影響評価の定量的な基準(criteria)やエンドポイ ント(守るべき環境価値)の考え方を調査することである(そのために EPA に対する質問票を 作成し事前に送付した)。 しかしながら、EPA からは、GM 微生物の環境における競合・増 殖や遺伝子伝搬を主対象とした影響評価の定量的基準(エンドポイント)について明確な回 答は得られなかった。このことについては EPA から、「環境中の微生物は非常に多種多様で あり、検出法の問題もあり定量的な扱いは困難。基本的には定性的な取り扱いになる」「わ れわれが確実にできて実効的なことは、汚染を防ぐためにマスクを使うべき、この地域には 近寄らない、場所をこの地域に限定などと指示することである」等のコメント。EPA は我々が 想定していた環境中の微生物の定量的な基準・エンドポイントは設定していないことがうか がえた。(例外的に、前述した段階的免除における 2 つの数字的基準、一般的な水平伝搬 能(10-8 乗)と廃棄物中の生菌数の 6-log reduction がある)。 17 ・遺伝子組換えの微生物の環境影響におけるエンドポイントについては、20年ほど前、EPA 及び関係者でのシンポジウムがあり、段階的な評価方法等を議論したことがあったとのこと。 当時の議論が現在のリスク評価のあり方に反映されていると考えられるので、今後、当時の 資料を収集して議論経過を調べることは有益であろう5。 ”微生物の水平伝搬(HGT)の考え方” ・微生物の水平伝搬に関しては、挿入遺伝子が(他の微生物に移ったとして)、 adverse effects を及ぼすか否か?を考えることが大切。悪影響は、病原性、毒性、抗生物質耐性、生 存率向上などである(特に抗生物質は臨床上重要な薬剤には留意する)。また様々な環境 における遺伝子の移動や取り込みの頻度等を測るのは困難、特に広域宿主息の細菌の場 合は不可能。むしろ起こった場合の結果(ハザード)をどう推定し、どう評価するか?というこ とのほうが大切ではないか。 ・一方、段階的免除の「(c) 挿入遺伝子の伝搬性が低いこと;”poorly mobilizable”」の要求 事項に関して、伝搬頻度が 10-8 乗以下であることが求められているが、この基準は NIH の 大量調整時ガイドライン(Good Large Scale Practice)に準拠したもの。細菌の HGT の仕組み としては、“形質転換”“形質導入”と“接合”があるが、EPA では前者 2 つは一般に頻度が低く、 この 10-8 乗の基準は通常クリアーできると考えている。あとは“接合”が起こらないような遺伝 子設計が求められている。また EPA は染色体に安定的に挿入された遺伝子断片は、特にト ランスポゾン等の可動性因子が無い場合、上記基準はクリアー出来るものと考えられている (参考文献6, page17919)。 “封じ込めレベルの実態” 3.2.3 項で示した基準は、いわゆる OECD の GILSP(Good Industrial Large Scale Practice) の考え方を取り入れたもの。規定からは生きた GMM が少量であれば漏れ出ることを許容し ていることを示唆している。なお、上記の D 項の要求(廃棄物中生菌数の 6-log reduction) に関して、何故 6-log なのかについては、実際の製造設備で、不活化の有効性の検証が可 能であり、他性可能な数値レベルであるとの判断によるとのこと。 5 Sayre,P.G. et al., Assessment of Genetically Engineered Microorganisms under TSCA; Considerations Prior to Use in Fermentors or Small-Scale Field Release. in Environmental Toxicology Risk Assessment.pp65-79,ed.by Landis et al.,ASTM (1993). 6 http://www.epa.gov/fedrgstr/EPA-TOX/1997/April/Day-11/t8669.htm 18 また E 項の排ガス中の生菌数を最小化するという記載は、もとは EPA は、生菌数を 1%以 下に低下させるという数値基準を提案していたとのことである。この数値はクリーンルームな どの HEPA フィルターの捕捉率(99.97%以上)よりも緩い基準ではあるが、数値基準があると、 実際に生菌数を測定して効果を検証することが求められ、定期的に装置内ヘッドガスの採 取が必要になり雑菌汚染のリスクが高まること、さらに基準を満たすためには設備機能の追 加が必要になり設備負担が増えると指摘が申請側(企業)からだされた。EPA はこれら意見 を受けて現在の基準に修正したとのこと。以上は一例であるが、現在の TSCA 制定に際して は、パブコメや技術会議等を通じて、企業や製造者の意見を柔軟に取り入れていることが伺 える。(なお、ある GMM を扱う米国」企業に実際の発酵槽について伺ったが、非組換え微生 物で使っていた設備と実質的に変わらないとのことであった。) また MCAN と段階的免除の其々で求められる設備のレベル、封じ込めの厳密性の違い についても伺ったが、MCAN は、作業者への暴露や環境への漏洩を防ぐ手段として記載が 求められているものであり特段設備の規定は無い。MCAN は、主として菌株の安全性 (strain bio-safety)を評価するものであるのに対して、段階的免除は製造方法(process)を評 価するものであるという考え方の違いがあるとのこと。 ”意図的な環境放出の事例” 上記質問に対しては、TSCA では、窒素固定の根粒菌(Rhizobium)の例があるのみ。3 年程、 限定的なスケールで生産・販売されたと思われるとのこと。現在の MCAN の制度が出来て からは申請は無い。 これからの問題として、燃料やエネルギー生産を目指して藻類を open pond で大量培養す ることが想定される。これは開放系利用と考えるべきであり、EPA でもこれから対応を考える 必要ある。またこれまでの多くは発酵槽における比較的少量の speciality chemical の生産で、 ここ十数年の成功実績もありこのやり方で問題ないと考えているが、近年はエタノール酵母 のような commodity chemical を生産する巨大発酵層の管理や影響評価の課題が出つつあ る。装置があまりに巨大になるため、これまでの延長線上では管理できない問題がある? (これらについては日本のほうが経験があるのではないか) ・また TERA(実験的環境放出試験)ではいくつかの申請事例(バイオセンサーやバイレメ) があるがすべて商業化(MCAN)はドロップしている模様。しかし上記の組換え藻類などの 経験が積まれていけば、これから(意図的な環境放出の申請も)増えてくるのではないか。 19 3.3.欧州におけるバイオテクノロジーの規制にかかわる枠組み 3.3.1.欧州バイオテクノロジー規制の概要 欧州(EU加盟国)のGMO規制は図3.3に示すようにGMOを閉鎖系で使用する場合と、 意図的に環境へ放出する場合で、それぞれ対応する法律(EC指令=ECdirective)が設けら れている。EU加盟国はこのEC指令に規定されたリスク評価、通告、封じ込め等を履行する ための国内法を制定する必要がある (ただし各国の行政機構等の事情で一部の変更は可 能とされる)。 図 3.3 欧州規制の概要 な お 、 こ こ で 「 遺 伝 子 組 み 換 え 技 術 」 と は 、 以 下 の よ う に 規 定 さ れ て い る (EC 指 令 2009/41/EC-附属書Ⅰ及びⅡ)。 1. Recombinant nucleic acid techniques involving the formation of new combinations of genetic material by the insertion of nucleic acid molecules produced by whatever means outside an organism, into any virus, bacterial plasmid or other vector system and their incorporation into a host organism in which they do not naturally occur but in which they are capable of continued propagation. 2. Techniques involving the direct introduction into a micro-organism of heritable material prepared outside the micro-organism, including micro-injection, macro-injection and micro-encapsulation. 20 3. Cell fusion or hybridisation techniques where live cells with new combinations of heritable genetic material are formed through the fusion of two or more cells by means of methods that do not occur naturally. -------------------------------------------------・以下の組換え核酸を用いない方法は除外 1. in vitro fertilisation;(試験管内受精) 2. natural processes such as: conjugation, transduction, transformation;(接合・形質転換・形質 導入) 3. polyploidy induction.(倍数体誘導) ・微生物の場合は以下の手法も除外される 1. Mutagenesis.(変異操作) 2. Cell fusion (including protoplast fusion) of prokaryotic species that exchange genetic material by known physiological processes.(細胞融合:原核生物) 3. Cell fusion (including protoplast fusion) of cells of any eukaryotic species, including production of hybridomas and plant cell fusions.(細胞融合:真核生物) 4. Self-cloning consisting in the removal of nucleic acid sequences from a cell of an organism which may or may not be followed by reinsertion of all or part of that nucleic acid (or a synthetic equivalent), with or without prior enzymic or mechanical steps, into cells of the same species or into cells of phylogenetically closely related species which can exchange genetic material by natural physiological processes where the resulting micro-organism is unlikely to cause disease to humans, animals or plants.(セルフクローニング、ナチュラルオカレンス) :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 3.3.2.EU における遺伝子組換え微生物の閉鎖系使用に関する規制の概要 7 【法律】 Directive 2009/41/EC of the European Parliament and of the Council of 6 May 2009 on the contained use of genetically modified micro-organisms 8 【目的】 本 EC 指令の主目的は、遺伝子組換え微生物の閉鎖系利用によるヒトの健康や環 7 8 Contained use of genetically modified micro-organisms (GMMs) EC 指令 2009/41/EC http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/ALL/?uri=CELEX:32009L0041 21 境への悪影響を防ぐこと。 【規制対象】 遺伝子組換え微生物(GMM) 【リスク分類】 GMM のヒトの健康と環境に対するリスク評価を行い、その結果から閉鎖系使 用を以下の 4 段階にリスク分類し、其々対応する封じ込め手法を用いて、GMM の環境への 漏洩を防ぐ。 Class 1: No or negligible risk, ⇒ level 1 containment; Class 2: Low risk, ⇒ level 2 containment; Class 3: Moderate risk, ⇒ level 3 containment; Class 4: High risk, ⇒ level 4 containment. (ヒト健康と環境へのリスク評価の基本的な考え方は本指令附属書Ⅲを、封じ込め施設や 方法については附属書Ⅳを参照のこと) 【手続き】 ・申請者は、施設に関する事項(premises)と閉鎖系利用に関する事項を事前に提出する必 要がある。またリスク評価の結果も合わせて提出する(クラス 1 は初回のみ提出)。手続きの 詳細は EC 指令(条文 6~9、付属書Ⅲ)または後述の英国規制の項参照。 【ガイダンス】 European commission より EU-指令に準拠したリスク評価に関するガイダンス9が発行されて いる。 3.3.3.EU における遺伝子組み換え生物の意図的環境放出に関する規制の概要 10 【法律】 Directive 2001/18/EC of the European Parliament and of the Council of 12 March 2001 on the deliberate release into the environment of genetically modified organisms and 9 10 Official Journal of the European Communities 12.10.2000 L 258/43. Deliberate release of genetically modified organisms (GMOs) 22 repealing Council Directive 90/220/EEC 11 【目的】 本 EC 指令の主目的は、遺伝子組換え生物の意図的環境放出と商業利用にあたっ ての効率的で透明性ある承認システムを提供すること、承認期間を 10 年間(更新可)とする こと、およびモニタリングを義務付けることとされる。 また、環境リスク評価の一般的な手法(ケースバイケースの考え)と一般意見公募や表示 の義務についても言及されている。 【規制対象】 遺伝子組換え生物(ここで生物は any biological entity capable of replication or of transferring genetic material と定義されているが、GM 植物が主対象と考えられる) 【リスク評価法】 申請者は申告前に、事案ごとに適切な科学的手法を用いて環境リスク評 価を行うことが義務付けられている。特に薬剤耐性遺伝子を持つ GMO の環境放出には注 意 を 払 う よ う に 求 め ら れ て い る 。 環 境 リ ス ク 評 価 の ガ イ ド ラ イ ン (Principles for the environmental risk assessment)が EC 指令付属文書Ⅱに示されている。 【手続き】 申請者は以下の事項に関わる情報を事前に監督機関に提出し、指令に適合して いるかの審査を受ける(意見公募も)。商業化に先だって、野外試験(商業化以外申請)を行 うことが求められている。なお、微生物等に関わる申請事項は EC 指令付属文書ⅢA に記載 されている(仮和訳を参考資料-1に掲載)。 商業化以外(野外試験等); EC 指令 2001/18/EC(Part B) ・申請者や施設に関する一般的情報 ・遺伝子組換え生物に関する情報 ・遺伝子組換え生物の環境への放出条件や環境との相互作用に関する情報 ・モニタリング法、廃棄方法、緊急時対応等の実行プラン ・環境リスク評価結果 ⇒野外試験等の実施可否の判断は各国の監督省庁によりなされる(各国間で情報は共 有し、他国の活動に対して意見・アドバイスが可能) 11 http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/ALL/?uri=CELEX:32001L0018 23 商業化; EC 指令 2001/18/EC(Part C) 上記事項の詳細情報に加え以下の事項に関する情報を提出する。 ・商業化に関する情報(地域、生産量等) ・表示、包装に関する情報 ⇒商業化の実施の可否については、まず当該国での判断がなされ、問題ない(実施可)と された場合は、欧州委員会を通じて加盟各国に通知され、EU 全体での同意を求める必要 がある。承認されれば EU 域内のどの国でも商業化が可能となる。なお、ここでの商業化(上 市)にあたっての手続きは、閉鎖系使用(の商業利用)には適用されない。 24 3.4.英国におけるバイオテクノロジーの規制にかかわる枠組み 3.4.1.英国のバイオテクノロジー規制の概要 3.3項の EU の規制枠組みに対応する形で、英国でも遺伝子組換え生物の閉鎖系使用 (contained use)と意図的な環境放出(deliberate release into the environment)とに分けて規制 が行われている。前者は英国保険安全執行部(HSE = Health and Safety Executive)が、後 者は英国環境食料地域省(DEFRA=Department for Environment Food & Rural Affairs)がそ れぞれ管轄している。前者は主として微生物の閉鎖系利用(発酵槽での培養生産等)が中 心で、動植物の閉鎖系での使用(飼育室での飼育や温室での栽培)も含まれる。 3.4.2.英国における遺伝子組換え微生物の閉鎖系使用に関する規制の概要 【法律・規則】 GMM の閉鎖系使用は、英国安全衛生庁(HSE -Health and safety executive)の監督下で 以下の規則のもとで規制されている。 Genetically Modified Organisms (Contained Use) Regulations 2000 (GMO(CU)) 12 また以下の法令(一部)も関与する ・Health and Safety at Work Act 1974, ・Management of Health and Safety at Work Regulations 1999, ・Carriage of Dangerous Goods legislation ・Control of Substances Hazardous to Health Regulations 2002 【目的】 本規則の目的は、遺伝子組換え微生物の閉鎖系利用によるヒトの健康や環境への 悪影響を防ぐこと。 【規制対象】 遺伝子組換え微生物(GMM) 【ガイダンス】 HSE より以下の関連ガイダンスが提供されている。 ・The SACGM Compendium of Guidance13 12 13 http://www.legislation.gov.uk/uksi/2000/2831/contents/made http://www.hse.gov.uk/biosafety/gmo/acgm/acgmcomp/index.htm 25 ・A guide to the Genetically Modified Organisms (Contained Use) Regulations 200014 【規制の概要】 *GMM に関わる活動(=培養、保存、運搬、廃棄及び利用)に際して、事前にヒトの健康と 環境に対するリスク評価を実施する(結果は 10 年間保存)。 *GMM の活動をそのリスクの程度に応じて 4 段階に区分するシステムを導入。各クラス(14)の GMM は、それぞれ対応するレベルの封じ込め(Level 1 - 4)を実施するものとする。 *微生物(宿主)の安全性基準としてヒトへの病原性について ACDP Approved List of BiologicalAgent(Gr2-4)を参照し、動物病原性は Defra のリスト(Gr1-4)等を参照する。 *GMM を用いるすべての活動の開始に先立ち、施設(premises)の通告(notification:次項) が必要。クラス2(low risk)からクラス 4(high risk)に該当する活動(activities)は個別に通告 が必要。クラス1(no or negligible risk)の活動は、通告の義務はない(最初の premises の 通告のみ)。ただしいずれの活動に対して HSE の調査官が査察に入る場合がある。クラ ス3と4の活動は個別に通告と審査承認を受ける必要がある。 【手続き(申請・通告)】 遺伝子組み換え微生物を閉鎖系で扱うすべての施設(premises)および活動(activity;リ スクに応じて 4 段階)について HSE に届出の義務がある(表3.3及び資料2)。 ( notification form of all premises and individual activities )15 14 15 http://books.hse.gov.uk/hse/public/saleproduct.jsf?catalogueCode=9780717617586 https://www.hse.gov.uk/forms/genetic/index.htm 26 表 3.3 通告(Notification)の概要 (Type of Notification) 通告の必要性・期間 (Notification Period) 最初の施設使用 (First use of premises) HSEが新施設使用の通告を受領 不要 後直ちに活動可能 クラス 1 クラス1活動は通告の必要なし。 新施設での最初のクラス1活動は 不要 リスク評価等の情報必要 クラス 2(最初の申請) 活動開始予定の45日前までに通 不要 通告後45日以降活動 告する必要 開始可能 クラス 2(2回目以降) 通告の必要あるが、HSEが通告 受領後直ちに活動開始可能 クラス 3またはクラス 4 (最初の申請) 必要。HSEは通行受領後 活動開始予定の90日前までに通 30-90日の間に承諾・非承諾 告する必要 を通知する クラス 3またはクラス 4 (2回目以降) 必要。HSEは通行受領後 活動開始予定の45日前までに通 30-45日の間に承諾・非承諾 告する必要 を通知する 通告のタイプ 承諾の必要性 (Requirement of Consent) 不要 【リスク評価の実際】 一般的なリスク評価は以下の手順で実施する。 1) ヒトの健康に関するハザードの特定 2) 健康ハザードが実際に起こる可能性(likelihood)を評価 3) ヒトの健康を守るための封じ込めレベルを暫定的に設定 4) 環境に対するハザードの特定 5) 環境ハザードが実際に起こる可能性(likelihood)を評価 6) リスク判定表によるリスクレベル判断(risk determination matrix) 7) 封じ込めレベルの最終設定 HSEから、このリスク評価を適切(in good practice)に実施するためのformatが出されてい る 。 ( RISK ASSESSMENT OF GENETICALLY MODIFIED MICRO-ORAGNISMS: 27 A FORMAT THAT OFFERS ONE POSSIBLE WAY OF ACHIEVING GOOD PRACTICE16 ) ここでは、すべての申請者が考慮しなければならない事項(Part1)と、一定のリスクがある と想定される場合に考慮しなければならない事項(Part 2&3)に分かれており、申請者が系統 的に必要な評価プロセスをとることができるよう配慮されている。また本 format の仮訳を資 料3として収載した。 3.4.3.英国における遺伝子組み換え生物の意図的環境放出に関する規制の概要 英国の GMO の環境放出は、英国環境・食料・農村地域省(DEFRA)17により規制されて いる。GMM(遺伝子組み換え微生物)の使用は基本的に閉鎖系(Contained Use)のみで、環 境放出(deliberate release)は gene therapy が数件あるのみとのこと。 【法律・規制】 英国における GMO の環境放出は、以下の法・規則により規制される。 Environmental Protection Act 1990 (Section 111 and 112) 18 Genetically Modified Organisms (Deliberate Release) Regulations 2002. 19 本法律の対象範囲は、微生物を含めたすべての遺伝子組み換え生物であるが、申請が なされているのは遺伝子組み換え植物と遺伝子治療関係。遺伝子組み換え微生物(GMM) については、申請・承認の手続きは十分整備されておらず、GMM の環境放出に関してのリ スク評価等のガイダンス等はまだないとのこと。これは、英国では当面、GMM の環境放出 を伴う申請がありそうもないとの考え方が一般的で、英国(欧州の他の国もそうだが)では環 境 NGO の影響が大きいことも背景にあると思われる。 EU 内で GMM の意図的環境放出に関して参考文書は以下の EFSA 発行の遺伝子組み 換え食品のリスク評価ガイダンスがある。 (Guidance on the risk assessment of genetically modified microorganisms and their products intended for food and feed use)20 【環境放出の事例】 16 17 18 19 20 http://www.hse.gov.uk/biosafety/gmo/acgm/acgm31/paper6.pdf https://www.gov.uk/government/organisations/department-for-environment-food-rural-affairs http://www.legislation.gov.uk/ukpga/1990/43/contents http://www.legislation.gov.uk/uksi/2002/2443/contents/made http://www.efsa.europa.eu/en/efsajournal/pub/2193.htm 28 英国における研究開発目的の環境放出の事例は以下の site に公開されている。 (Collection) Genetically Modified Organisms: applications and consents 21 その中でワクチン等医療目的以外の GMM の事例としては、抗真菌物質生産性を付与し た GM-Pseudomonas 属細菌のフィールド環境での環境影響(土壌細菌への影響)の基礎デ ータの収集を行うことを目的とした実験がある(04/R39/01 2004 年)22。そこでは申請データ 情報と審査した委員会(ACRE:Advisory Committee on Release to the Environment)のコメン ト・アドバイスなどが閲覧できる。なお、本事例については、3.6項において、詳細に紹介す る。 3.4.4.英国 HSE での面談記録 【調査概要】 ・訪問日: 2014 年 1 月 14 日(火) ・目的: 英国における GM 微生物の規制動向調査(環境影響評価、封じ込め設備等の実態 調査) ・出張者・所属: 須藤 学 ((独)製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター) 不藤 亮介( 一般財団法人 バイオインダストリー協会) ・面談相手 Simon Warne PhD; Health Safety Executive (HSE , Biological Agents Unit @Liverpool,UK) Hazardous Installations Directorate, Specialist Inspector 【英国保険省;保険安全局(Health Safety Executive;HSE)】23 ・HSE は職場のあらゆる安全性について取り扱っているが、GMO 行政に関わる要員は 15 名ほどで(ただし Non-GM 微生物も含めて)、そのうち 10 名が PhD 保有者。GMO の閉鎖系 21 https://www.gov.uk/government/collections/genetically-modified-organisms-applications-and-consents 22http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20081023210236/http://www.defra.gov.uk/environment/gm/regulation/c onsents/index.htm 23 http://www.hse.gov.uk/biosafety/GMO/index.htm 29 使 用 に 関 し て は 、 政 策 提 言 か ら 申 請 通 知 に 関 す る あ ら ゆ る 業 務 ( notification ) 、 検 査 (inspection)まで多岐に渉り、かつ研究開発から商業生産まであらゆるステージをカバー。 ・HSE の業務の多くは、Lv3, 4 の高リスクの GMM 使用活動の安全審査や検査に割かれ、 Lv1, 2 については、それほど関与していないとのこと。これは後述するように Lv1 は届け出 の必要が無く(最初の使用のみ設備情報と実施内容の届けは必要)、また Lv2 もは実際の 審査を行わず(書類審査のみ)、また検査も実質的に行われていないためである。(よって UK では年間数百件の Lv1、Lv2 の GMM の閉鎖系使用が実施されていると推定されるが、 HSE はその実施場所は把握しているが、その実施内容をまったく把握していないとのこと)。 【主な質疑事項】 (a) ハザードとエンドポイント・一般的な定量的基準は? ・今回の調査の主目的は、英国の環境影響評価の基本的な考え方(GM微生物の環境にお ける他の微生物への影響(競合・増殖)、遺伝子伝搬)を調べることであり、そのための質問 票を事前に送付したが、HSEからは、定量的な基準(エンドポイント)について回答は無かっ た。 ・「環境微生物は多種多様であり、検出・測定も技術的に難しい場合が多く、定量的な取り扱 いは出来ない。基本的には定性的な取り扱いになる」とのコメントであり、GMMの環境評価 においてエンドポイントや定量的基準は等に無いものと考えられた。 (b) 遺伝子の水平伝搬の考え方は? ・挿入遺伝子が他の菌に移った場合に、悪影響が起こりうるかを考える。悪影響は病原性、 毒性、抗生物質耐性が増大するか否か? 特に臨床上重要な薬剤耐性は注意する。 ・環境中に同じ遺伝子が存在するかどうかも考慮。 ・水平伝搬の発生頻度を下げるには、環境中での生残性を下げる工夫が必要(生物学的封じ 込め、図3.4参照) 30 例;宿主がTrp要求性の Salmonella菌に蛇毒の 遺伝子を挿入 trp ⊿ X Trpの栄養要求株 (環境中で生存能低い株) 図3.4 生物学的封じ込めの事例 ◎ × X 毒素遺伝子 の挿入 医薬用の毒素タンパク等の生産を目的とし 欠損部位に挿入 TRP+ 環境中の近縁 野生株との交雑 環境中の 近縁野生株 毒素遺伝子を高生産 するSalmonella-Trp野生株が 出現し環境中で生き残る た GMM の事例。芳香族アミノ酸要求性遺伝子 環境中の近縁 野生株との交雑 の部位に目的の外来毒素遺伝子を挿入するこ とで、環境中で野生型毒素生産菌の出現を抑 挿入遺伝子消失 制し、近縁菌への挿入遺伝子の伝播を防止す ることが期待される。 (c) GMM の封じ込めの考え方? 条文における“Contained use”の定義: EC-指令では、 "contained use" means an activity in which organisms are genetically modified are cultured,,, and used in any other way and for which specific containment measures are used to limit their contact with, and to provide a high level of protection for ............. ⇒下線のように、"特定の"封じ込め方法“と汎用的な表現で記載されているのに対して、 UK-規則では、 …and used in any other way and for which physical, chemical or biological barriers or any combination of such barriers are used to limit.…. ⇒物理的方法に加えて、化学的・生物学的封じ込めも含めた形で明示している。 生物学的封じ込みが十分有効であれば、物理的封じ込めが必ずしも必須ではないとも考 えられるが、実際、HSEでは、十分な生物学的封じ込めが施されたGMM(ヒ素の検出レポー ター遺伝子が搭載されたBacillus subtilis)を物理的封じ込めなしの条件での使用を検討中と のこと。(これはGMM菌をプラスチックケース等に詰めて簡易水質検査装置とし、アフリカな どの途上国で水道・井戸水の検査に利用する計画。現在EU本部に使用の可否について打 診中とのこと)。 廃棄物の不活性化(Waste inactivation): EC-指令ではLv1で“optional”であるのに対して、UK-規則では“validated means で実施” 31 が要求されている(英国の方が厳しい基準)。ここでvalidated meansは、高リスクGMMは 100%殺菌(加熱処理)を、低リスクGMMは、化学処理または加熱処理の併用が可能とされ る。後者の場合, 5-log reduction すなわち、殺菌率99.999%の基準が設けられている (US-TSCAの6-log reductionの項(3-2-4)参照)。 排ガスの制御(Control of exhaust gases from the closes system): 発酵槽から出される排ガスからのGMMの排出制御に関して、Lv1で“は“not required”, Lv2ではいずれも“required so as to minimize release(漏洩を最小限にする)” とされている (この基準はUK-規則とEC-指令で同じ)。 ⇒これらの事実から、英国において、GMMは低リスクであれば、必ずしも完全な封じ込めを 要求されてはおらず、環境へ排出される場合もありうることを示唆している(この点について HSEの担当者に確認した)。 32 3.5.デンマークにおけるバイオテクノロジーの規制にかかわる枠組み 3.5.1.デンマークのバイオテクノロジー規制の概要 デンマークにおける遺伝子組み換え生物の使用に関わる法律としては以下の3つである。特 に遺伝子工学技術の使用については、(1)Act on environment and genetic engineeringにより規 定されている。またこの法律の目的は、”自然と環境を保護し、ヒト生命にとり持続的な社会発 展と野生動植物の保護に貢献すること”である。遺伝子組換え微生物の閉鎖系使用及び遺伝 子組換え生物の意図的環境放出に際しての、申請手続き、リスク評価等についてはそれぞれ 下記のNo.830及びNo.831の法律により規定されている。また遺伝子組換え動植物(閉鎖系使 用)はNo.829で規制されている。 遺 伝 子 組 換 え 技 術 に 関 す る 主 監 督 省 庁 は 、 デ ン マ ー ク 環 境 省 ( Danish Ministry of Environment)24であり、所管機関である森林自然庁(Danish Forest and Nature Agency; DFNA) 25 が申請等の手続き実務を担当している。また同じく環境庁所管の環境保護庁(Environmental Protection Agency;DEPA)がリスク評価等の実務面でDFNAをサポートし、環境省の最終的な 承認決定の判断材料を提供するとされている。 1) Act No. 356 of 6 June 1991 on the Environment and Genetic Engineering (⇒Consolidated Act No. 981 of 3 December 2002)26 2) Statutory Order on the approval of production using genetically modified micro-organisms (No. 830 of 3 October 2002) 27 3) Statutory Order on deliberate release into the environment of genetically modified organisms (No. 831 of 3 October 2002) 28 / Annex29 (その他の関連法) ・Statutory Order on the approval of production using genetically modified plants and animals (No. 829 of 3 October 2002) 30 ・Statutory Order on transport and import of genetically modified organisms(No. 380 of 17 May 2000) 24 25 26 27 28 29 30 31 31 http://eng.mim.dk/ http://www.naturstyrelsen.dk/International/ http://www2.sns.dk/biosafety/english/Lovbekendtgoerelse_eng.pdf http://www2.sns.dk/biosafety/english/Bkg_Mikroorganismer_eng.pdf http://www2.sns.dk/biosafety/english/Bkg_Udsaetning_eng.pdf http://www2.sns.dk/biosafety/english/Bkg_Udsaetning_bilag_eng.pdf http://www2.sns.dk/biosafety/english/Bkg_Planter%20og%20dyr_eng.pdf http://www2.sns.dk/biosafety/english/bkg_transp_imp380.pdf 33 3.5.2.デンマークの遺伝子組換え微生物(GMM)の閉鎖系使用に関する規制の概要 リスク評価(クラス分類や評価手順)の方法や封じ込め方法は基本的に、EC 指令(Directive 2009/41/EC)に準拠して実施される。すなわち法律(No.830)の附属文書には、GMM(O)のリス ク分類、封じ込めレベルと必要な措置(表)、リスク評価の進め方、申請時に要求される事項等 法律の骨格となる規定が定められているが、これらは、EC 指令の附属文書や3.3.3.項の EC 発行のリスク評価ガイダンスとほぼ同じである(内容省略)。 3.5.3.デンマーク環境保護庁・NovoZymes 社との面談記録 【調査概要】 ・訪問日: 2014 年 1 月 16 日(木) ・目的: デンマークの GM 微生物の規制動向調査(環境影響評価の運用実態の調査等) ・出張者・所属: 須藤 学 ((独)製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター) 不藤 亮介( 一般財団法人 バイオインダストリー協会) ・面談相手 ・環境保護庁 Environmental Protection Agency (Danish Ministry of Environment) Bende Storgaard Sørensen, GMO Specialist, Pesticider og Genteknologi ・NovoZymes 社 ( @Bersded,Copenhagen, Denmark) Carsten Hjort, PhD, Senior Director, R&D Expression Technology Jose Arnau, PhD, Group Leader, Strain Approval Support 【主な質疑事項】 デンマーク環境保護庁(DEPA)の担当者及び NovoZyme 社の担当者が同席した形で面談。 前半は NovoZyme 社からの遺伝子組換え微生物を用いた酵素事業の紹介32があり(略)、後半 は GMM について質疑・意見交換を行った。 申請・登録 デンマークでは、すべての GMM の利用は閉鎖系使用であり環境放出の事例は無いとのこ と。またリスクの程度によらずすべての GMM の使用(研究開発+産業利用)について登録制 32 http://www.novozymes.com/en/about-us/brochures/Documents/Enzymes_at_work.pdf 34 であり、DEPA では年間千件以上の申請書類を扱い常に多忙とのこと。これは低リスクの GMM については申請機関の判断にゆだねている英国とは事情が異なる。 ハザードとエンドポイント・定量的基準の考え方: 今回の主要な調査の目的は、デンマークの環境影響評価の定量的な基準(criteria)やハザ ードやエンドポイント(守るべき環境価値)の考え方を調査することである。そのために米国や英 国と同様に、DEPA に対して GMM の環境評価の定量的な基準に関する質問票を事前に送付 していたが、DEPA の担当者からは、環境における競合・増殖や遺伝子伝搬等を対象とした影 響評価の定量的基準について明確な回答は得られなかった。デンマークでは英国と同様、 我々が想定していたような明確な微生物の環境に対する定量的な基準・エンドポイントは設定 していないと考えられた。 ・封じ込め設備の運用実態:(法律 No. 830 :Annex4) 物理的封じ込めの基準(必要な措置)は、EC 指令の封じ込め基準と同じであって、例えば排 ガスの制御は、Lv1 では、”not required (不要)"で、Lv2 では、“required so as to minimize release(漏洩を最小限にする)” とされている。また容器の漏洩防止用のシーリングは、Lv1 で は、”no specific requirement(要求性なし)”、Lv2 は"minimize release(漏洩を最小限にする)"とさ れている。このことから低リスク GMM では少量であれば排ガスまたはシール部から環境へ漏 れ出るケースもあると考えられた。実際、担当者から発酵槽にメカニカルシーリング等の特別の 設備は設けていないとのこと(通常の Non-GM の発酵槽と変わらない)。 また廃棄物の不活性化に関して、法律ではリスクの低い菌(Lv1)では”optional”とされている。 実際、ヒアリングしたところ、用いる菌の安全性評価の結果に応じてケースバイケースでの対応 をとるとのことで、Lv1 でも通常は加熱殺菌(100%殺菌)をするが、LMO が低濃度で大量の排水 処理が必要な場合などでは、完全な殺菌をせず、7-Log reduction (最初の濃度の 1000 万分の 1 以下まで下げること)を目安にした処理をとる場合があるとのこと。これは組換え菌が排水とし て生きたまま環境に排出される場合(ただし少量であるが)もありえると考えられた。日常的に は会社で排ガスや排水のおける生菌数(cfu)の許容基準を定めて、菌数モニタリングを行ってい るとのこと。 35 3.6.遺伝子組換え微生物の環境影響評価の海外の事例調査 前項までに主に、各国の遺伝子組換え微生物に関する法規制、ガイダンス及び一部の運 用事例について記載した。このセクションでは GMM 申請にあたって各国の環境影響評価の 基準を比較調査し、さらに、実際に遺伝子組換え微生物の意図的環境放出に当たって環境 影響評価を行われた事例(英国)について検討する。 3.6.1.主要国の環境リスク評価に関する要求事項 各国の環境影響評価の要求事項について、法律・ガイダンス文書から抽出したリストを資 料-4として示す。ここでは、比較のため、日本の第一種使用における生物多様性影響評価 の実施要領(平成 15 年の6省告示(別表2))33の”微生物”に関する5つの評価項目に対応 して整理した。 なお本資料で、米国、EU、英国は3.1.~3.3項に記載した法規制等から抜粋した。カ ナダの基準は、New Substances Notification Regulations (Organisms) (SOR/2005-248)34から 抽出した。また豪州の基準は、Application form for licence for dealings with a GMO involving intentional release (DIR) of the GMO into the environment35から抜粋した。 各国の要求項目を比較した場合、 (1)“他の微生物を減少させる性質“に関して、直接的に他の微生物の減少の有無のデータ を要求する記述は見当たらない。ただし、米国、英国において、関連事項として、組換え体 自身が環境中で増殖優位性を獲得しないかどうか、また米国では細菌群集構造への影響 等のデータの要求項目の記述がある。 (2)“病原性”や“有害物質の産生性”に関しては各国で類似した要求項目が挙がっている。 これは、意図的環境放出の場合だけでなく、閉鎖系使用でも同様に要求されている。閉鎖系 使用の場合は GMO 暴露のリスクが高い実験者(作業者)のバイオセーフティーという観点 からの要求事項である。 (3)“核酸の水平伝搬“に関しては米国では遺伝形質の伝搬能力の有無が問われ、目安と してその頻度を10-8 以下にするよう求めている。可動性プラスミドが無いことやトランスポゾ ンの無い染色体への挿入であればこの数値基準を満たすと考えられている(3.2.6.項)。 33 34 35 http://www.bch.biodic.go.jp/houreiList08.html http://laws-lois.justice.gc.ca/eng/regulations/SOR-2005-248/ http://www.ogtr.gov.au/internet/ogtr/publishing.nsf/Content/dirform-3 36 「他の国でも水平伝搬能に関する言及はあるが、定量的な基準を明示しているところは無い 模様。 以上のように、法律・ガイドライン上で国により要求事項に差異がみられることが解った。 3.6.2.英国における環境リスク評価の事例検討 英国で GMM 環境放出の事例として抗真菌物質生産性を付与した遺伝子組換え Pseudomonas 属細菌のフィールド試験がある(04/R39/01 2004 年)36。これは土壌中での生 残性や他の細菌への影響等の基礎データの収集を行うことを目的としたフィールド実験であ り 、 GMM の環境への 影響を 実験的に検証す るために 英 国環境・ 食料・ 農村地域省 (DEFRA)が National Environment Reserch Council に委託して実施したものである。 【環境放出試験の概要】 ・ 遺伝子組 換え微 生物 ; 小麦等 広範な 植物 圏に 生息す る非病 原性 の Pseudomonas fluorescens (SBW25 株)に、phenazine 系抗生物質の生合成遺伝子とネオマイシン耐性遺伝 子を導入した株(23.10 株)。Phenazine 系抗生物質は、植物病 Pythium 属に有効な抗カビ剤。 ・環境放出条件: Rothamsted Research,内 の土壌(69 平方メートル以内)に、GMM を最大 5x1012 菌数を放出する。 ・目的: GMM(23.10 株)の環境に生息する微生物への影響を評価すること。本 GMM が植 物根に定着性があるので、非 GM 小麦を試験土壌に植えてその植物への影響も検討する。 【環境影響評価の要求事項と提出された評価結果】 本申請は、いくつかの条件(必要に応じて査察を受けること、実験土壌をフェンスで囲って 動物の侵入を防ぐ、混栽する小麦の他に近傍で小麦を植えない、試験後小麦を回収後もす べての生育する植物を回収すること(週一回程度)等)を付して実施が承認されている。なお、 この審査承認に関わった Advisory Committee の公開コメントで、本試験が承認されたポイン トとして、(1)発現している外来遺伝子は既に他の土壌微生物の中に存在している、(2)放出 範囲が小さいこと、(3)宿主株(SBW25)は動植物やヒトに対して病気を起こさないこと、の 3 点を挙げており、環境放出の審査の際の基本的な考え方を示していると思われる。 36 http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20081023210236/http://www.defra.gov.uk/environment/gm/regulation/co nsents/index.htm 37 以下に日本の第一種使用における生物多様性影響評価の実施要領(平成 15 年の6省告 示)37における”微生物”の評価項目(別表2)のうち、ここでは「(A)他の微生物を減少させる 性質」と「(B)核酸を水平伝搬させる性質」について、Defra に提出された環境評価報告書 (Application(pdf))から、関連する要求事項とそれに対する回答(評価結果)を抜粋し表3.4 に記載する。 本事案は、当該 GMM 菌の産業利用を図るための申請というより、本菌株を環境放出し た場合の、土壌生態系(特に他の微生物菌叢)の影響を調べ今後の GMM の環境リスク評 価手法を構築するためのデータ収集の意味合いが強い。そのためか多くの詳細な質問項目 が設定されている。現在、英国 Defra からは GMM の意図的な環境放出のための環境評価 手法は提示されていないが(HSE 担当者のコメント)、これらの資料に記載された事項は、英 国の規制当局(Defra)の GMM の環境放出リスクに対しての基本的な考え方を伺うことが出 来る。 (表 3.4- A) 他の微生物を減少させる性質 <競合、有害物質の産生等により他の微生物を減少させる性質を持つか?> 要求項目 評価結果(回答) ・Pseudomonas は長期間生残する構造体は持たない。多 生残、増殖、分散に関係する生 能性があって悪環境に対する耐性を有する。 ・植物病原性カビ(Pythium 属)に対して組換え体はカビの胞子 物学的性質は?(QU56) 発芽や感染性をより強く抑制するが、生残性、増殖等では野生 株と組換え体で差が無い(ラボ及び人工生態系試験) ・(a)温度(4度以下、37度以上で生育不可)、(b)栄養性 (植物浸出液を栄養源)、(c)湿度(ある程度の乾燥耐性 生残性や増殖誠意影響を及ぼ (~RH60%)、(d)競合・捕食・寄生(これらの因子は不明。 すことが知られている(予想され ただし野生株及び組換え体は小麦根組織で生残不 る)環境条件は?(QU57) 可),(e)pH(中性~弱アルカリで生育) ・粘着性の分泌物を出すため風水での拡散分散は限定 的。雨水による植物や土壌からの拡散は小範囲で起こり 37 http://www.bch.biodic.go.jp/houreiList08.html 38 える(周囲を1m のガードで囲うのは拡散防止に効果的) ・昆虫(特に植害性毛虫)や鳥などの動物も拡散の要因と なる。 環境中で当該 GMM が極端に ・当該 GMM が分散された場合には、親株と同等の 菌数を増加させる可能性はある population(菌密度)をとると考えられる(このことはマーカ か?(QU66) GMM は親株(宿主)に比べて の競争優位性はあるか? (QU67) ーのついた菌株を用いることで検証可能である)。 ・組換え体は野生株と同等の挙動を示すと予想される(本 試験で検証する)。 ・ 当 該 菌 (Pseudomonas fluorescens) は 植 物 病 害 カ ビ ターゲット生物を特定する。 (Pythium 属)に対する生物農薬剤である。また当該菌は GMM とターゲット生物との相互 植物圏の定着者であるので、小麦などの葉や根に定着 作用は?(QU68 & 69) すると予想される。GMM はターゲット(小麦)に対しての 病害性は知られていない。 影響を受けるかもしれない非タ ーゲット生物の特定 (QU70) ・GMM の環境放出により、環境中の固有細菌叢似たい して特段の影響を及ぼさないと考えられる(本放出試験で 検証する)。 39 (表 3.4-B) 核酸を水平伝搬する性質 <核酸を野生動植物又は他の微生物に伝搬する性質を持つか?> 要求項目 ( 当 該 菌が) 自 然 界 にお い て HGT が起こることが知られて いるか?(QU10) 評価結果(回答) ・様々な手法によっても染色体外 DNA を検出できない。 incP プラスミド RP4を維持できない (プラスミドフリー)。 固有ベクターの移動性,特異性 ・プラスミドは存在しない。プラスミド複製、起点(oriT)及び 及び環境耐性を付与する遺伝 トランスポゾンとの相同性配列は無い(ハイブリダイゼイション 子の存在の有無 (QU12-f) 試験)。 GMM や挿入遺伝子を構築す るために用いたベクターや非コ ード配列情報(QU16) ・これら配列は構築 GMM には存在しない(マーカー遺伝 子は除く) ・GMM の構築に際して、遺伝子交換と代謝的欠損の可 能性を最小化することと検出を容易にするように設計し ている。 挿入ベクターの移動頻度と遺 伝子水平伝搬能及びその検出 法 (QU12-f) ・可動性の自殺ベクターを用いて PCA オペロン遺伝子を 導入している。目的遺伝子は染色体に組み込まれて初 めて発現が可能になる(プラスミドは宿主で複製できな い)。 ・マーカー遺伝子の部位は遺伝的に安定。またはマーカ ー遺伝子の挿入は表現形質で、より詳細な位置や配向 はサザンハイブリで確かめられる。 環境放出後の遺伝子水平伝 ・当該菌はファージによる伝搬能が無いことを確認してい 搬能の有無は? (QU61) る。プラスミドは持たない(前述)。また形質転換に関して (a) GMM から環境中の生物 本菌は、自然環境中で competent ではなく、実験室にお への伝搬 ける最適条件下でもその効率頻度は低い。当該 GMM は遺伝的にも表現形質上でも安定。 (b) 環境中の固有生物から ・植物圏においては接合プラスミドによる伝搬の可能性 GMM への伝搬 が高いが、もともと自然界では接合の起こる頻度は極め 40 て低い。テンサイの根圏から分離したプラスミドの一つが 親株中で維持されることが確認された。しかし組換え体 から染色体上マーカー遺伝子の伝搬は起こらなかった (in vitro 試験)。(試験土壌中に当該菌に対して伝搬能 のある接合プラスミドが存在するかどうか今回の試験で 検証予定。) 挿入遺伝子の安定性を保証す ・組換え体や挿入遺伝子の生残性を制限する自殺ベクタ る手法と遺伝子の拡散を防ぐ ーは組み込まれていない。組換え体は遺伝子伝播を最 (または最小化する)遺伝形質 小化するよう設計されているが、挿入遺伝子の伝搬頻度 は?(QU63) は他の染色多部位に挿入したものと同じ。 ⇒当該菌は自然の植物圏微生物コミュニティにおいて GMM を環境放出後に想定外 無害の菌と考えられていて、動植物やヒトの病原菌では の望ましくない性質が発現する ない。PCA 遺伝子導入は当該 GMM に機能的な優位性 可能性はないか? (QU62) を与えるかもしれない(特にターゲットの病原性カビが高 密度に存在する環境では)。 41 4.遺伝子組換え微生物の第一種使用等における安全性評価手法の検討 4.1.基本的な考え方・検討すべき項目 「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(カル タヘナ法)に基づく第一種使用等(開放系利用)の審査を受ける際の評価項目を定めた「遺 伝子組換え生物等の第一種使用等による生物多様性影響評価実施要領」では、微生物の 評価項目として病原性、毒素産生、周辺の生物への影響等が掲げられている。 海外調査の事例調査でも、「他の微生物を減少させる性質」と「遺伝子の水平伝播」に関して は、参考となる共通の考え方は明示できているわけではない。 そこで、遺伝子組換え微生物の宿主として用いる微生物の病原性、毒素産生性、導入遺 伝子の生産物の評価の項目以上に、この二点については、委員会でも重要な論議の対象と なった。とくに、動植物には無く、微生物にもつ固有の課題、種の多様性、遺伝子伝播につ いては、今後も継続しての論議が必要である。 4.2.環境微生物の多様性 遺伝子組換え生物の利用形態としては、開放系での利用を目的とした第一種利用と閉鎖 系での利用を目的とした第二種利用があるが、特に農業分野においては第一種利用が盛 んに行われ、すでに我が国を除く世界各国で商業栽培が行われている。一方組換え微生物 の利用については、鉱工業、医療分野において、閉鎖系バイオリアクターを利用した組換え 微生物による有用物質生産や医薬品原料などの生産、すなわち第二種利用が盛んに行わ れているが、我が国における開放系での利用、すなわち第一種利用は皆無である。これは、 組換え微生物の開放系での利用に関わる安全性の評価が必ずしも容易ではなく、その具体 的な評価基準が明確になっていないことがその一因となっている。 組換え微生物の安全性評価、特に生物多様性への影響評価については、平成15年に策 定されたカルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物多様性の確保に関 する法律)に準じた生物多様性への影響評価が重要となるため、この法律に基づいた「遺伝 子組換え生物等の第一種使用等による生物多様性影響評価実施要領」の沿った安全性の 評価が重要である。生物多様性影響評価においては自然界に生息する動物、植物、微生物 への影響評価が必要となってくるが、ヒトも含めた動物(家畜)への病原性や毒性、主要農作 物や花卉に対する病原性については既に長い研究の歴史があり、微生物の種(場合によっ ては株レベルまで)を同定することによりその特性を評価することが可能である。しかしなが 42 ら、環境微生物の多様性に対する影響評価については未だ充分な知見が得られていないた め、その評価は極めて困難である。 環境微生物の多様性への影響を評価するための一つの方法は、導入する微生物をこれ まで利用してきた微生物との「ファミリアリティー」や「実質的同等性」(前年度報告書参考)か ら評価する方法である。しかしながら、このような方法が有効に使えない場合には、組換え 微生物が導入される環境に生息する微生物の多様性をまず理解した上で、その多様性に対 する影響を考察してみることが重要と思われる。 本項においては、組換え微生物の開放系利用において、その受け手となる環境微生物の 多様性について理解することにより、安全性評価のための一助としたい。 4.2.1.極めて多様な環境微生物群 16SリボソーマルRNAの塩基配列を利用した微生物の系統分類手法の進展により多様 な微生物の世界が明らかにされつつある。1987年の段階で12の門レベルでの系統群しか なかったバクテリアは、2005年の段階では80門にまで増えており、現在でも新たな門レベ ルのバクテリアの記載が進められている。また、その解析が遅れていたアーキアについても 同様の研究の進展が認められており、現在でも新属、新種の微生物が多数報告されてきて いる。 一方、各種環境の微生物は一般的な手法で分離培養できないものがほとんどであり、現 在も分離培養への挑戦が続いているにもかかわらず、自然環境に生息する全微生物のうち、 分離培養可能な微生物は1%以下であるといわれている。各種水処理プロセスなどの人工 的な環境に生息する微生物でさえも分離培養可能な微生物は10%以下である。特に、生 物学的リン除去に関わる微生物、窒素除去に重要なアナモックス菌など、水処理プロセスで 重要な役割を果たしており、しかもそのプロセスで優先化している微生物ほど分離培養でき ていないという現実がある。一方、現在分離培養され、特に遺伝子組換え等に利用されてい る微生物は、自然界では決して優先種ではない場合が多く、単に分離培養技術を介して研 究が進んでいるだけであるといっても過言ではない。 4.2.2.微生物の増殖 微生物が特定の環境下に生息しているということは、その環境には微生物が増殖するた めに必要な栄養源、すなわち餌(エネルギー源、菌体構成成分)があることが必須である。そ 43 れでは、エネルギー源にはどのようなものがあるのだろうか。有機物をエネルギー源とする 微生物(従属栄養細菌)は基本的には植物が生産する炭素化合物を利用する。一方で、無 機物をエネルギー源とする微生物(独立栄養細菌)は還元型の無機物(NH3, S, Fe, Mnなど) を酸化する時に発生するエネルギーを利用している。植物と同じように光合成が可能な微生 物(シアノバクテリアや光合成細菌)は、光を唯一のエネルギー源として利用できるものいる。 また、微生物が増殖するためにはエネルギー源のみならず菌体を造り上げるための菌体構 成成分も必要となり、主な必要元素としてはC, N, P, K, S, Na, Fe, Ca, Mg, Coなどが上げられ る。その他の微量元素も必要となる。このような元素の中では自然界では特にN, Pが不足し ている場合が多い。したがって、石油系化合物で汚染された土壌等のバイオスティミュレー ションでは、分解微生物の増殖の律速因子となっているN, Pを添加することによって分解微 生物の増殖を促進する。 4.2.3.通常の土壌環境への餌の供給 それでは通常の土壌環境への微生物が増殖するために必須な餌の供給はどのようにな っているのだろうか。有機エネルギー源の環境への供給は、基本的には光合成によって有 機物を合成できる植物由来の有機物であり、植物種子、植物果実、植物遺体等として供給さ れる。根圏では根から直接有機物が分泌される場合もある。無機エネルギー源の供給は、 植物遺体由来のタンパク質から分解されて生成するNH4があるが、その他は温泉や火山な どの特殊環境由来のイオウなどに限られている。このように、環境微生物の増殖は餌の供 給に律速されており、かってに増えることはあり得ない。環境へ放出された組換え微生物が 増殖するかどうかは放出された組換え微生物の餌がその環境に豊富にあり、しかも他の常 在菌に競合して利用できるかどうかにかかっている。以上のように、環境微生物の増殖に最 も影響を及ぼすのは、有機物などの餌の供給であり、有機物量としてわずかな量の微生物 を添加しても微生物相全体に対する影響は極めて少ないと考えられる。 4.2.4.一般的な土壌環境への餌の供給速度、量 特定環境に生息している微生物の増殖速度、あるいは特定環境に導入された微生物の 増殖速度を予測する場合に重要な点は、その環境への餌の供給速度と量の予測が最も重 要となる。例えば森林土壌を想定した場合、落葉、落枝、果実や種子による供給や、菌体構 成成分として必要な無機物は鳥の糞、昆虫の死骸のような形で供給されることになる。また、 44 農業用土壌には、腐葉土等有機質肥料、窒素肥料、作物遺体のような形で供給される。一 方汚染土壌などでは、ガソリン等各種の化学物質などが上げられる。 ところで、一般的な環境の微生物の平均的増殖速度とは一体どの程度なのであろうか。 特定環境の微生物の平均的な増殖速度は、我が国における植物の生長が一年周期になっ ているとして、年単位で考えてみると、餌の供給速度(g/m2・year) ÷ 存在する微生物量 (g/m2) × 0.3-0.5(有機物を利用する場合の菌体収率)で表される。実際のどの程度の数字 になるかははっきりしないが、環境微生物の増殖速度は極めて遅いと推定される。一般的な 分離培養微生物の増殖速度は/hrの単位で表すことが多いが、廃水処理プロセスの微生 物の増殖速度は/dayのオーダー、環境微生物の平均的な増殖速度は上述の観点からは /yearのオーダーになるものと推定され、分離培養微生物の増殖速度に比較する極めて低 いことがわかる。これは、一般的な環境では利用可能な餌となる有機物濃度が極めて低い ことによるものと思われる。一方で、果物が落ちてきた特殊な微小環境などは、瞬間的には 糖濃度で10%というようなリアクター内の基質濃度に近くなる。このような微小環境での特 定の微生物の増殖速度は極めて高いことが想像できるが、生育の範囲は極めて限られた範 囲となる。一般的な発酵生産に利用される分離培養微生物はこのような環境で優先化して いるのではないだろうか。 4.2.5.環境微生物はなぜこれほど多様なのか。 これまでに記載された原核生物種の数は10,000種程度であるが、環境微生物ゲノム の解析結果が幾何級数的に増加してきており、実際には数十万種とも数百万種ともいわれ ている。それでは、なぜ環境微生物はこれほど多様なのであろうか。まずは、地球上には熱 帯から寒帯まで温度の多様性、さらには熱帯雨林、サバンナ、砂漠といった水分の多様性な ど、マクロな環境の多様性があるが、微生物にとっては極めて小さいが故の生息環境の多 様性がある。たとえば、土壌を構成する砂礫、粘度、植物遺体表面といった、微生物の大き さで見た時のミクロで不均一な物理的な環境に対応した微生物の多様性、植物遺体由来の セルロース、ヘミセルロース、リグニン、腐植質、色素、アルカロイド等多様な有機物の種類、 濃度に対応した微生物の多様性、ミクロな視点での、pH、酸素濃度、窒素、リン等の濃度の 違いによる多様な環境に対応した微生物の多様性、季節変動、温度変動、酸素濃度変動等、 各種の変動に対応した微生物の多様性などが上げられる。一方で、多種多様な微生物が生 息する自然環境では、プラスミド、ウイルス、ファージ、トランスポゾン、インテグロン等水平移 45 動可能な遺伝子を介した遺伝子の授受が、属種を超えて頻繁におこっていることが近年のメ タゲノム解析により明らかにされつつある。このような遺伝子の水平伝播による多様な進化 も微生物進化と多様性の獲得に大きな役割を果たしていると考えられる。 4.2.6.環境中基質濃度と微生物の増殖速度 微生物の増殖速度は、μ=μm S/(Ks+S)で表され、特定環境での特定の微生物の増 殖速度は、その微生物固有が持っている最大増殖速度(μm)、基質親和性(Ks)と、環境中 の基質濃度(S)で決定される。微生物を発酵タンクで培養する場合には基質濃度が高いた め、S/(Ks+S)がほぼ1となり、最大増殖速度で増殖する。一方で、通常の土壌環境では 有機物の濃度は極めて低い(特に分解されやすい糖類やアミノ酸類など)ことから、特定の 微生物が持っている最大増殖速度で増殖することはほとんど無いと言える。あるとすれば落 ちてきたばかりの果物の下ぐらいである。このような低栄養環境では、最大増殖速度(μm)よ りも、基質親和性(Ks)の方が重要であり、低い基質濃度に高い親和性を持つ最大増殖速度 の遅い微生物が有利となる。以上のように、同じ基質に対してもその基質濃度に対応した微 生物の多様性が維持されると推定される。 4.2.7.導入遺伝子の水平伝播と拡散 組換え微生物に導入された遺伝子の伝播と拡散が継続的に進むためには、遺伝子導入 されたホスト微生物が導入環境でさらに増殖し、そのホスト微生物の増殖に伴って導入され た遺伝子も増加する必要がある。また、導入された組換え遺伝子が他の微生物に水平伝播 し、この伝播した遺伝子がさらに拡散するためには、遺伝子を受け取った微生物が遺伝子を 受け取っていない元の微生物よりも増殖速度が高く、さらに増殖する必要がある。すなわち、 水平伝播した遺伝子がその環境での微生物の増殖に有利に働くことにより特定の環境で維 持されやすくなるが、逆に、水平伝播した遺伝子がその環境で特に有利に働かない場合に は、自然に淘汰されるものと予想される。 たとえば、環境汚染物質分解遺伝子を組換えた微生物を環境汚染土壌に導入した場合 は、環境汚染物質が存在する間は有利に働くが、分解が終了した時点でその有利性はなく なるため、その後自然に淘汰されると考えるのが自然である。また、第二種利用に使用され るような組換え微生物の組換え遺伝子で、環境での生存、増殖に有利になると思われる遺 伝子は必ずしも多くない。 46 4.2.8.導入微生物の生残性 ある特定環境を構成する微生物群は、その環境を構成する先に述べたような各種の要因 で決定され、基本的には環境要因の変動がなければ大きな変動は示さないものと推定され る。また、特定環境における優先微生物種も同様に最終的には環境により決定されため、仮 に特定の微生物を導入したとしても、導入した微生物種には大きな影響を受けないことが予 想される。導入された微生物が優先化する条件は、そもそも優先種となるべき微生物がその 環境に存在しなかった場合であるが、そのような環境は地球上にはほとんどない。トリハロメ タン等有機塩素化合物に汚染された地下水などでは、そのような場合が見受けられる稀な 例である。一般的な芳香族化合物等は、植物由来の複雑なリグニンやアルカロイド等により 常に供給されている。したがって、通常の環境にはその分解菌が常在していると考えた方が 正しいのではないだろうか。さらには放線菌の二次代謝産物には抗生物質などの多様な化 学物質が存在することから、このような複雑な二次代謝産物分解菌もわずかながら生息して いることが想定される。 以上のように特定の環境に導入した微生物が、既に生息している常在微生物に競合して 増殖し生残することは必ずしも容易ではない。さらに自然界には微生物を補食する原生動物 や後生動物なども存在する。活性汚泥処理プロセスに生息している各種の原生動物は、処 理プロセスで増殖する分散性の細菌を捕食除去することにより処理水質の向上に役立って いるが、このような原生動物はフロックを形成する活性汚泥処理に重要な凝集性の細菌を 補食することはできない。このような観点から見てみると、組換え微生物のような増殖速度の 速い分散性の細菌は、自然環境下、特に水系などでは原生動物の捕食作用を受けやすい。 4.2.9.環境微生物の多様性と安全性評価 以上、組換え微生物の開放系利用において、その受け手となる環境微生物の多様性につ いて考察してきた。フラスコや培養装置のように殺菌や滅菌が可能な容器を用いる場合には、 完全に無菌的な環境を人工的に作製することができるが、自然環境や農耕作地、排水処理 施設等の人工生態系などの開放系環境では無菌的な環境は存在しない。熱水環境や高塩 濃度環境、強酸性やアルカリ環境といった極限環境でさえも多様な微生物が生息している。 通常の土壌には1g あたり10の 8 乗から9乗程度の微生物が生息し、生物学的排水処理シ ステムなどでも1ml 当たり同程度の、あるいはそれ以上の微生物が生息している。この生息 47 微生物の内、分離培養可能な微生物は全微生物の1%あるいはそれ以下であり、分離培養 できない微生物がそれぞれの環境で重要な役割を担っていると考えられる。 このように、既に多種多様な微生物が生息している開放系の環境で、特定の分離培養微 生物を優先的に増殖させ、その機能を発揮させることは簡単ではないことは明確である。し たがって、導入環境に常在する微生物への影響や多様性への影響についても同様に過大 に考慮する必要性は大きくないのではないだろうか。以上のような観点から組換え微生物の 安全性を評価するに当たっては、微生物を含む生物多様性影響を前面に押し出すよりは、 人および主に経済活動に重要な動植物への影響に限定して評価することによって評価を簡 素化し、その有効活用を推進することが重要と思われる。 48 4.3.微生物における遺伝子伝搬についての調査研究 ~特に遺伝子伝搬頻度について~ 4.3.1.背景と目的 環境汚染物質分解菌は、残留性の高い汚染物質を効率的に分解することができる。最近、 汚染された種々の環境を修復し、転売・再開発・再利用しようとするニーズが高まっているが、 比較的低コストで浄化処理を行う事ができる手段として、微生物を使った環境汚染物質の浄 化処理(バイオレメディエーション)に期待が高まっている。このような背景から、環境汚染物 質分解菌の分解能が遺伝子・ゲノムレベルで広く研究されてきた。このような研究は、分解 酵素をコードする“分解遺伝子”の多くがプラスミドや integrative conjugative elements (ICEs) と言った可動性遺伝因子(MGEs)上にコードされていることを明らかにしてきた。また、実験 室内でデザインされた系により、それらの MGEs が実際に水平伝搬性(プラスミドの場合は 接合伝達性)を持つことが証明されており、これらの水平伝播を介して種々の細菌が環境汚 染物質分解能を授受していることが明らかになっている。このような状況は、多くの薬剤耐性 関連遺伝子や病原性因子についても同様であり、薬剤耐性菌や病原菌も原因遺伝子の少 なくとも一部を MGEs 上に持っていて、種々の細菌間でそれら遺伝子をやり取りしていること が知られている。 ところで、多くの MGEs を対象に、MGEs 保持菌(供与菌)と水平伝搬により MGEs を受け 取る菌(受容菌)を設定した実験系で水平伝搬性が評価されてきた。このような実験をとおし て得られる“どのような細菌が受容菌となることができるのか(受容菌域)”や“水平伝搬する 頻度”に基づいて、遺伝子の水平伝搬現象にまつわる様々な議論が行われてきた。例えば、 分解プラスミドを有する環境汚染物質分解菌を用いたバイオレメディエーションにおいて「分 解菌添加はプラスミドの水平伝播を引き起こすので望ましくない」との意見がある。この意見 は、本当に正しいのであろうか?バイオレメディエーションの対象となるような一般的な環境 は、物理的環境条件や栄養条件なども多様で、その場に生育する生物の多様性や生物体 量も大きく異なる。このような自然環境下における水平伝搬の可否や頻度を、限られた実験 条件下で行われた“モデル”実験の結果が反映しているのかどうかは、甚だ疑わしい。このこ とは、環境に存在する細菌の 99%以上は人為的な培地で生育することが困難であることか らも、容易に想像できる。すなわち、過去の実験に基づいた水平伝搬能の有無を疑うもので はないが、多様な環境下での遺伝子の水平伝播の可否や接合する場合の頻度の予想は正 しくないのではないかと強く疑われる。 49 実際、筆者らのグループの研究により、蛍光タンパク質を利用した接合伝達検出系とフロ ーサイトメーターを用いた細胞分取、さらには全ゲノム増幅による受容菌の同定を組み合わ せて、不和合性群(同一細胞内に二つのプラスミドが共存できない性質をもって同一不和合 性群とする。複製や分配の機構等が極めて類似していることに起因する性質で、 Incompatibility group と呼ばれる。ここでは、“Inc”と省略する)が IncP-1 群プラスミド pBP136、 IncP-9 群プラスミド NAH7 と IncP-7 群プラスミド pCAR1 の3つのプラスミドで、実験室での接 合実験に基づく受容菌域を超えてより広い属種の細菌に接合伝達することが示された。 1 このような状況を受け、本研究では分解プラスミドを数種のプラスミドをモデルとして用い て、環境条件が接合伝達の可否と頻度にどの様な影響を与えるのかを詳細に評価した。 4.3.2.方法 4.3.2.1. 接合時の菌体密度が接合伝達頻度に与える影響の評価 カルバゾール分解プラスミド pCAR1 (IncP-7 群)2、薬剤耐性プラスミド pB10 (IncP-1 群)3 、 薬剤耐性プラスミド R388 (IncW 群)4 、ナフタレン分解プラスミド NAH7 (IncP-9 群)5 をモデ ルプラスミドとし(図4.1.)、供与菌には Pseudomonas putida KT2440 株の派生株である P. putida SM1440 株6(カナマイシン耐性[Kmr])を、受容菌には KT2440 株(リファンピシン耐性 [Rifr]、ゲンタマイシン耐性[Gmr])を用いた。LB 液体培地、接合時間 3 時間で接合時の 菌密度を変化(100、101、102、103 希釈)させた場合の接合伝達頻度(接合伝達体数を供与菌 数で除した値)の比較を行った。供与菌は Km 添加 LB 培地、接合伝達体は Rif と Gm を添 加した LB 培地で選抜を行い、選択培地に形成されたコロニー数を数えることで供与菌数、 接合伝達体数を計測した。 1 Shintani, M., K. Matsui, J. Inoue, A. Hosoyama, S. Ohji, A. Yamazoe, H. Nojiri, K. Kimbara, and M. and Ohkuma. 2014. Single-cell analyses revealed transfer ranges of IncP-1, IncP-7, and IncP-9 plasmids in a soil bacterial community. Appl. Environ. Microbiol. 80: 138-145. 2 Nojiri, H. 2012. Structural and molecular genetic analyses of the bacterial carbazole degradation system. Biosci. Biotechnol. Biochem. 76: 1-18. 3 Schlüter, A., H. Heuer, R. Szczepanowski, L.J. Forney, C.M. Thomas, A. Pühler, and E.M. Top. 2003. The 64,508 bp IncP-1β antibiotic resistance plasmid pB10 isolated from a wastewater treatment plant provides evidence for recombination between members of different branches of the IncP-1β group. Microbiology 149: 3139-3153. 4 Datta, N., and R. W. Hadges. 1972. Trimethoprim resistance conferred by W plasmid in Enterobacteriaceae. J. Gen. Microbial. 72: 349-355. 5 Ono, A., R. Miyazaki, M. Sota, Y. Ohtsubo, Y. Nagata, and M. Tsuda. 2007. Isolation and characterization of naphthalene catabolic genes and plasmids from oil-contaminated soil by using two cultivation-independent approaches. Appl. Environ. Microbiol. 74: 501-510. 6 Haagensen, J.A., S.K. Hansen, T. Johansen, and S. Mølin. 2002. In situ detection of horizontal transfer of mobile genetic elements. FEMS Microbiol Ecol. 42: 261-268. 50 薬剤耐性プラスミド カルバゾール 分解プラスミド 薬剤耐性プラスミド ナフタレン分解プラスミド 図1.本実験で用いたプラスミド 図4.1. 本実験で用いたプラスミド 4.3.2.2. 複数の受容菌が存在する時の各受容菌への接合伝達頻度の評価 接合伝達実験において 1 種類の供与菌に対して 2 種類の受容菌候補株が存在する場合 に、“片方の受容菌に接合伝達しやすい”などの偏りが生じるのか否かを調べた。この場合、 比較のために受容菌を 1 種のみ用いて接合した場合と実験結果を比較した。プラスミドとし ては、上記の pCAR1、pB10、R388、NAH7 の四つのプラスミドを用い、供与菌と受容菌 1 種 類ずつ用いた接合では、P. putida SM1443 株から P. putida KT2440DsRed 株へ、あるいは SM1443 株から P. resinovorans CA10dm4GFP 株へと接合伝達させた。受容菌候補を 2 種 類用いる場合は、KT2440DsRed 株と CA10dm4GFP 株を 1:1 の割合で混合したものを受 容菌候補液として、SM1443 株から接合させた。DsRed は赤色、GFP は緑色蛍光タンパク 質であり、寒天培地上でコロニーを作らせた後に UV 照射を行うことで 2 種類の受容菌を 簡便に区別することができる。接合実験は共に液体接合であり、本実験では培地の pH を 4 から 10 へと1刻みで変化させた LB 培地中で 30℃・3 時間静置することで行った。実験操作 の概要は図4.2.に示した。 51 供与菌: 受容菌: P. putida KT2440 P. putida KT2440DsRed と P. resinovorans CA10dm4GFP OD=0.2 200 μl OD=2 100 μl + 100 μl 接合時間:3 hr 接合温度:30℃ pH:5, 6, 7, 8, 9, 10 栄養源:1/2LB 103 液体接合 104 105 102 LB + Rif + Gm + Km (接合伝達体) LB + Km (供与菌) LB + Rif + Gm (受容菌) 緑色:CA10dm4由来 接合伝達体 (CFU/ml) 赤色:KT2440由来 = 接合伝達頻度 供与菌(CFU/ml) 図2.供与菌:受容菌が1:2の条件下における接合伝達実験の概要 図4.2. 供与菌:需要菌が1:2の条件下における接合伝達実験の概要 4.4.2.3.複数のプラスミドを有する供与菌からの各プラスミドの接合伝達頻度の評価 実環境中においては同一の宿主に複数のプラスミドが保持されることがあり、各々のプラ ス ミ ド の 接 合 伝 達 に 影 響 を 与 え る こ と が 考 え ら れ る 。 そ こ で 、 供 与 菌 と し て P. putida SMDBS(pCAR1)(pB10)株、P. putida SMDBS(pCAR1)株、P. putida SMDBS(pB10)株を、受 容菌として P. resinovorans CA10dm4 株を用いて、プラスミドを単独で受け取った場合と 2 種 類受け取った場合の接合伝達頻度の比較を行った。 供与菌と受容菌を前培養後、LB 液体培地中で接合時間 3 時間、30℃の条件で接合さ せた。その後、接合伝達体数を供与菌数で除することで接合伝達頻度を調べ、得られた頻 度を比較した。供与菌は Km とテトラサイクリン(Tc)を添加した LB 培地で、pCAR1 を受け 取った接合伝達体は Rif、Gm、Km を添加した LB 培地で、pB10 を受け取った接合伝達体 は Rif、Gm、Tc を添加した LB 培地で、pCAR1 と pB10 の両方を受け取った接合伝達体は Rif、Gm、Km、Tc を添加した LB 培地を用いて選抜した。選択培地に形成されたコロニー数 を計数することで供与菌数と接合伝達体数を測定した。 52 4.3.2.4.IncP-7 群プラスミドの接合伝達における二価カチオン要求性の一般性の評価 以前の解析で認められた IncP-7 群プラスミドの接合伝達における二価カチオン依存性が、 種々の供与菌・受容菌の組み合わせでも認められるのかについて解析した。接合伝達に用 いた細菌は表4.1.にまとめた。接合伝達の実験系は上で詳述した接合伝達検出法に準じ て行った。接合伝達は、二価カチオンを様々な濃度で加えたリン酸系バッファーを用いた液 体培養系で解析した。なお、プラスミド供与菌と受容菌の前培養からの二価カチオンの持ち 込みが原因で実験結果が大きく影響されるため LB 培地を用いた前培養後の菌体は特に入 念に洗浄し接合伝達実験に供した。 表4.1. IncP-7 群プラスミドの接合伝達における二価カチオン依存性評価に用いた細菌 菌株 関連する性質 Pseudomons chlororaphis IAM1511RG7 Spontaneously Rifr, Gmr gene cassette IAM1511L(pCAR1::rfp)8 IAM1511 with lacIq, pCAR1::rfp Pseudomonas fluorescens Pf0-1RG7 Spontaneously Rifr, Gmr gene cassette Pf0-1 L(pCAR1::rfp)8 Pf0-1 with lacIq, pCAR1::rfp Pseudomonas putida KT2440RG7 Spontaneously Rifr, Gmr gene cassette IAM1236RG7 Spontaneously Rifr, Gmr gene cassette SM1443(pCAR1::rfp)9 SM1443 (a derivative strain of KT2440) carrying pCAR1::rfp Pseudomonas resinovorans CA10dm4RG7 Spontaneously Rifr, Gmr gene cassette CA10L(pCAR1::rfp) CA10dm4 with lacIq, pCAR1::rfp 7 Shintani, M., H. Habe, M. Tsuda, T. Omori, H. Yamane, and H. Nojiri. 2005. Recipient range of IncP-7 conjugative plasmid pCAR2 from Pseudomonas putida HS01 is broader than from other Pseudomonas strains. Biotechnol. Lett. 27:1847-1853. 8 Shintani, M., H. Yamane, and H. Nojiri. 2010. Behavior of various hosts of the IncP-7 carbazole-degradative plasmid pCAR1 in artificial microcosms. Biosci. Biotechnol. Biochem. 74:343-349. 9 Shintani, M., N. Fukushima, M. Tezuka, H. Yamane, and H. Nojiri. 2008. Conjugative transfer of the IncP-7 carbazole degradative plasmid, pCAR1, in river water samples. Biotechnol. Lett. 30:117-122. 53 4.3.3.結果 4.3.3.1. 接合時の菌体密度が接合伝達頻度に与える影響の評価 4 種類のプラスミド全てにおいて、菌密度低下に伴い接合伝達頻度の減少が確認された。 接合伝達の際に重要な性繊毛はプラスミドによって long/flexible pili (IncF、IncH、IncT、IncJ 等)、short/rigid pili (IncP-1、IncN、IncW、IncI 等)といった異なるタイプのものが形成されるこ とが知られている10。pCAR1 は溶液内で接合伝達するのに適している long/flexible pili を形 成し、pB10、R388、NAH7 は固体表面での接合伝達の方が溶液内より適している short/rigid pili を形成するため11、溶液内での接合伝達実験において接合伝達頻度などに差が出る可 能性が疑われたが、予想に反して顕著な差は見られなかった(図4.3.)。接合関連遺伝子 の発現時は非発現時に比べ運動性が低下するという報告 12 や供与菌に対し受容菌が接触 することで接合伝達関連遺伝子が誘導されるという報告もあり 13、それらの影響が接合伝達 頻度により強く影響を与えたものと考えられる。 図4.3.接合伝達時の菌体密度がプラスミドの伝達頻度に及ぼす影響 供与菌と検出された接合伝達体の菌数を、それぞれ緑三角と赤三角(数字は右側の縦軸)で表し、 それから算出した接合伝達頻度を棒で表した(数字は左側の縦軸)。接合伝達頻度においては、独 立した3つの実験において計測された頻度を黒菱形で示し、その平均を棒で表した。3連の実験全 てで接合伝達体が検出されない場合は、棒での表記を省略した。 10 Lawlay, T.D., W.A. Klimke, M.J. Gubbins, and L.S. Frost. 2003. F factor conjugation is a true type IV secretion system. FEMS Microbiol. Lett. 224:1-15. 11 Garcillán-Barcia, M.P., M.V. Francia, and F. de la Cruz. 2009. The diversity of conjugative relaxases and its application in plasmid classification. FEMS Microbiol. Lett. 33:657-687. 12 Reisner, A., H. Wolinski, E.L. Zechner. 2012. In situ monitoring of IncF plasmid transfer on semi-solid agar surfaces reveals a limited invasion of plasmids in recipient colonies. Plasmid 67:155-161. 13 Panicker, M.M., and E. G. Minkley Jr. 1985. DNA transfer occurs during a cell surface contact stage of F sex factor-mediated bacterial conjugation. J. Bacteriol. 162:584-590. 54 4.3.3.2.複数の受容菌が存在する時の各受容菌への接合伝達頻度の評価 pCAR1 、 pB10 、 R388 、 NAH7 を 保 持 す る P. putida SM1443 株 か ら 、 P. putida KT2440DsRed 株、あるいは P. resinovorans CA10dm4GFP 株への異なる pH の培地条件下 での接合実験を、受容菌が 1 種(1 対 1 実験)と 2 種(1 対 2 実験)で行って結果を比較した (図4.4.)。図中の青い棒は P. putida KT2440DsRed 株への接合伝達頻度を、ピンクの棒 は P. resinovorans CA10dm4GFP 株への接合伝達頻度を示している。左側4つと右側4つの グラフは1対1実験での結果を、中央の4つは1:2実験における両受容菌への接合伝達頻 度を示している。 1 対 1 実験では、4つのプラスミドのいずれの場合も、SM1443 株から両受容菌への接合 伝達頻度の pH 依存性に同じ傾向が認められた。pCAR1 の場合は、pH7(中性)付近での頻 度が一番高く(9.2×10-1)、酸性か塩基性が強くなるにつれて頻度が低下する傾向が観察さ れた。pB10 と R388 の場合は、受容菌がどちらの場合でも、pH による頻度の有意な変化は 観察されず、接合伝達頻度は 10-4~10-2 ぐらいであった。NAH7 の場合は、塩基性 (pH8~ 10)よりは酸性から中性(pH5~7 条件下で接合伝達頻度が高い傾向が見られた。 1 対 2 の実験では、四つのプラスミドのいずれの場合でも、1 対 1 実験と比べて各株への 接合伝達頻度は低下した傾向が見られた。pCAR1 の場合は両方の受容菌に対して接合伝 達が起こり、KT2440DsRed 株への接合伝達頻度よりは CA10dm4GFP 株への接合伝達頻 度が若干低下していたものの、1対1実験の場合と比較して同様の傾向が観察されていた。 一方、pB10 と R388 の場合は CA10dm4GFP 株への接合伝達頻度が著しく減少しており、1 対2実験において一つの供与菌からプラスミドを受け取る受容菌に大きな偏りが生じている ことが明らかになった。NAH7 の場合は、pB10 と R388 で認められた傾向がより顕著であり、 CA10dm4GFP 株への接合伝達体は検出されなかった。 55 pCAR1 接合伝達頻度 100 両株混合時 KT2440DsRed(単独)へ CA10dm4GFP(単独)へ 10-2 10-4 10-6 10-2 NAH7 10-4 10-6 10-2 pB10 10-4 10-6 10-2 R388 10-4 10-6 pH5 6 7 8 9 10 5 6 7 8 9 10 5 6 7 8 9 10 図4.受容菌が2種存在する場合の接合伝達頻度の評価 図4.4. 受容菌が 2 種類存在する場合の接合伝達頻度の評価 4.3.3.3. 複数のプラスミドを有する供与菌からの各プラスミドの接合伝達頻度の評価 供与菌がプラスミドを 2 つ(pCAR1 と pB10)保持した場合と、それぞれを 1 つだけ保持して いる場合で、pCAR1 の接合伝達頻度に顕著な差は見られなかった(図4.5.)、pB10 につ いてはデータを示さず)。一方で、二つのプラスミドを保持する供与菌から pB10 が接合伝達 したケースを検出することはできなかった。図4.3.、4.4.に示した結果からもわかるよう に、受容菌を CA10dm4 株として pB10 の接合伝達頻度を測定すると同条件で 10-3 程度であ ることが確かめられている。今回の結果は、供与菌内で pCAR1 と pB10 が共存したことが原 因で、pB10 の接合伝達頻度が顕著に低下した事を示している。 56 Donor: SMDBS(pCAR1, pB10) SMDBS(pCAR1) 図4.5.二つのプラスミドを保持する供与菌からの各プラスミドの接合伝達頻度 左側三つは pCAR1 と pB10 の二つのプラスミドを有する P. putida SMDBS 株から P. resinovorans CA10dm4 株(受容菌)への接合伝達頻度を表しており、左から pCAR1、 pB10、両方を受け取った接合伝達体の出現頻度を供与菌当たりで表している。一番右は 対照とした pCAR1 のみを持つ供与菌を用いた場合の接合伝達頻度を表している。図3や 図4.4.でも示したとおり、pB10 のみを持つ供与菌から CA10dm4 株への接合伝達頻度 は 10-4~10-3 程度である。 4.3.3.4. IncP-7 群プラスミドの接合伝達における二価カチオン要求性の機構解明 以前の研究で、複数種の菌群を用いたモデルマイクロコスムや P. putida 間での IncP-7 群 プラスミドの接合伝達では、Ca2+、Mg2+といった二価カチオンの存在が接合伝達の成立に必 須であることが明らかになっていた14(Matsui ら,data not shown)。本実験では、接合伝達時 の溶液(環境)中の二価カチオンの濃度によって pCAR1 の接合伝達頻度にどのような変化 が見られるかを、多数の Pseudomonas 属細菌を用いて定量的に評価した。具体的には、4 種 14 Shintani, M., K. Matsui, T. Takemura, H. Yamane, and H. Nojiri. 2008. Behavior of the IncP-7 carbazoledegradative plasmid pCAR1 in artificial environmental samples. Appl. Microbiol. Biotechnol. 80:485-497. 57 類のゲノム既知 Pseudomonas 属細菌(P. putida SM1443 株、P. resinovorans CA10L 株、P. fluorescens Pf0-1L 株、P. chlororaphis IAM1511L 株)を供与菌として、5 種類のゲノム既知 Pseudomonas 属 細 菌 ( P. putida KT2440RG 株 、 P. resinovorans CA10dm4RG 株 、 P. fluorescens Pf0-1RG 株、P. chlororaphis IAM1511RG 株、P. putida IAM1236RG 株)を受容 菌として用い、Ca2+、Mg2+をそれぞれ 0、0.4、4、40、400 μM と変化させ、各濃度における接 合伝達頻度を測定した。 P. putida SM1443 株を供与菌として用いた場合、P. putida KT2440RG 株、P. resinovorans CA10dm4RG 株、P. fluorescens Pf0-1RG 株が受容菌の時は Ca2+と Mg2+の濃度上昇に伴っ て 接 合 伝 達 頻 度 の 増 加 が 見 ら れ た が 、 P. chlororaphis IAM1511RG 株 、 P. putida IAM1236RG 株が受容菌の際は接合伝達頻度が低く、Ca2+と Mg2+の濃度を変化させても接 合伝達頻度に大きな変化は見られなかった(図4.6.)。 P. resinovorans CA10L 株を供与菌として用いた場合、P. putida KT2440RG 株が受容菌 の時には Mg2+が高濃度で、P. resinovorans CA10dm4RG 株と P. fluorescens Pf0-1RG 株が 受容菌の時には両カチオンが高濃度で添加されたときに接合伝達体が検出されたが、それ 以外の条件では接合伝達頻度は検出限界以下であった(図4.7.)。 P. fluorescens Pf0-1L 株を供与菌として用いた場合、P. putida KT2440RG 株が受容菌の 時には Mg2+が高濃度で、P. resinovorans CA10dm4RG 株が受容菌のときには両カチオンが 共に高濃度で添加されたときに接合伝達体が検出されたが、それ以外の条件では接合伝達 頻度は検出限界以下であった(図4.8.)。 P. chlororaphis IAM1511L 株を供与菌として用いた場合は、受容菌に因らず全体的に接 合伝達頻度が低く、両カチオン濃度を変化させても接合伝達頻度に大きな変化は見られな かった(図4.9.)。 58 P. putida KT2440RG P. resinovorans CA10dm4RG P. fluorescens Pf0-1RG P. putida IAM1236RG P. chlororaphis IAM1511RG 図4.6. P. putida SM1443 株を供与菌とした際の各 Ca2+、Mg2+ 濃度の接合伝達頻度 に対する影響 各グラフ上に用いた受容菌を示す。縦軸は接合伝達頻度(接合伝達体の CFU/供与菌の CFU)を、横軸は接合環境[CF は CF buffer、C は Ca2+、M は Mg2+、数字は濃度 (M)]を示す。棒は 3 連の結果の相乗平均を表し、点は各々の結果を表す。 59 P. putida KT2440RG P. resinovorans CA10dm4RG P. fluorescens Pf0-1RG P. putida IAM1236RG P. chlororaphis IAM1511RG 図4.7.P. resinovorans CA10L 株を供与菌とした際の各 Ca2+、Mg2+濃度の接合伝達頻 度に対する影響 各グラフ上に用いた受容菌を示す。縦軸は接合伝達頻度(接合伝達体の CFU/供与菌 の CFU)を、横軸は接合環境[CF は CF buffer、C は Ca2+、M は Mg2+、数字は濃度 (M)]を示す。棒は 3 連の結果の相乗平均を表し、点は各々の結果を表す。 60 P. putida KT2440RG P. resinovorans CA10dm4RG P. fluorescens Pf0-1RG P. putida IAM1236RG P. chlororaphis IAM1511RG 図4.8. P. fluorescens Pf0-1L 株を供与菌とした際の各 Ca2+、Mg2+濃度の接合伝達 頻度に対する影響 各グラフ上に用いた受容菌を示す。縦軸は接合伝達頻度(接合伝達体の CFU/供与菌 の CFU)を、横軸は接合環境[CF は CF buffer、C は Ca2+、M は Mg2+、数字は濃度 (M)]を示す。棒は 3 連の結果の相乗平均を表し、点は各々の結果を表す。 61 P. putida KT2440RG P. resinovorans CA10dm4RG P. fluorescens Pf0-1RG P. putida IAM1236RG P. chlororaphis IAM1511RG 図4.9. P. chlororaphis IAM1511L 株を供与菌とした際の各 Ca2+、Mg2+濃度の接合 伝達頻度に対する影響 各グラフ上に用いた受容菌を示す。縦軸は接合伝達頻度(接合伝達体の CFU/供与菌 の CFU)を、横軸は接合環境[CF は CF buffer、C は Ca2+、M は Mg2+、数字は濃度 (M)]を示す。棒は 3 連の結果の相乗平均を表し、点は各々の結果を表す。 62 4.3.4.考察 今回の実験結果から、2 種類の受容菌が混合されている場合、pB10、R388、NAH7 におい て CA10dm4GFP 株への接合伝達の頻度は著しく低下することが明らかになった。すなわち、こ れら三つのプラスミドは CA10dm4GFP 株を単独の受容菌とした場合は接合伝達するにも関わ らず、KT2440DsRed 株が存在する条件下では接合伝達頻度が著しく低下するというということ を表している。この現象の原因の解明には今後の解析を待たねばならないが、接合伝達に必 須な受容菌側の何らかの因子における受容菌候補 2 株間での差により、KT2440DsRed 株へ 優先的に接合伝達現象が観察されるのかもしれない。この現象の解明の手がかりとなる可能 性があることとして、pB10、R388、NAH7 は MPFT T4SS type に属する接合伝達マシーナリー を持つのに対して、pCAR1 は MPFF T4SS type のマシーナリーを持つことが挙げられる。 一方、NAH7 の接合伝達頻度は、受容菌を CA10dm4RG 株にした今回の場合(昨年の本事 業にて実施; Li ら,data not shown)と CA10dm4GFP(CA10dm4RG の染色体上に蛍光タンパ ク質遺伝子が挿入されている)を受容菌として用いた場合(図4.4.)で 104 倍以上の差が認め ら れ た 。 こ の 結 果 は 、 ほ ぼ 同 等 の ゲ ノ ム を 持 つ と 予 想 さ れ る 両 菌 ( CA10dm4RG 株 と CA10dm4GFP 株)で、受容菌としての能力が大きく変化していることを示している。現在までに、 CA10dm4RG 株と CA10dm4GFP 株のゲノムリシーケンスを行い、複数の挿入配列(IS)の転移、 遺伝子群の欠失、一塩基置換を検出している。また、IS にはさまれた複合トランスポゾン様の 領域約 700 kbp が複製的にゲノム内の別の場所に転移していることが検出されている(data not shown)。IS による遺伝子破壊、遺伝子欠失や一塩基変異による機能欠失か、遺伝子重複によ る遺伝子産物量の増加が原因と考えられるため、現在、解析を続けているところである。 図4.5.に示すように、供与菌内で pCAR1 と pB10 という二つのプラスミドが共存することで、 pB10 の接合伝達頻度が大幅に低下することが明らかになった。pCAR1 は性繊毛として 2~20 µm の long/flexible pili を形成し離れた受容菌にもアプローチする事ができるが、pB10 は 1 µm 以下の short/rigid pili を形成し接触した細胞にしか接合伝達できない事で pCAR1 の接合伝達 が優先的に起きている可能性も考えられる。他のプラスミドと共存する事での影響は接合伝達 も含め可動性プラスミド(IncQ)で主に研究されてきた15が、接合伝達性巨大プラスミド同士の共 存、狭宿主域・広宿主域プラスミドの共存という観点では近年研究例がない。遺伝学中心の研 究手法が取られた時代のプラスミド研究では、類似の研究例がないわけではないが、原因解 15 Loftie-Eaton, W., and D.E. Rawlings. 2012. Diversity, biology and evolution of IncQ-family plasmids. Plasmid 67: 15-34. 63 明の困難さから、ここで示したような接合伝達性プラスミド間の干渉現象の原因は長く解明され てこなかった。従来の遺伝子操作・解析技術の発達に加え、次世代シーケンサーの登場に見ら れるように、著しく研究手法が向上した現在では、このような現象の原因解明も容易に進めるこ とが期待できる。今後は、プラスミド上の接合関連遺伝子の転写や供与菌中での機能を確認し ていくことで、プラスミド間の機能的干渉現象の解明に近づけるものと期待できる。 また、従来から、接合伝達時の溶液中の Ca2+と Mg2+の有無が IncP-7 群の接合伝達の成否 に大きな影響を及ぼすことが知られていた 14 。この原因の解明に向けて、供与菌と受容菌とし ていずれも P. putida を用いた解析を行って来たが、二価カチオン非存在下での接合伝達頻度 が比較的高かったため(図4.6.など参照)、原因因子の取得には至ってなかった。今回、例え ば P. fluorescens を供与菌、P. putida を受容菌とする組み合わせなどで、二価カチオン無しで接 合伝達頻度が十分低く、二価カチオン添加の効果が際立って高い組み合わせを見つけること ができた(図4.8.)。今後、このような組み合わせを用いて、二価カチオンの添加が IncP-7 群 plasmid の接合伝達頻度をどのように上昇させるかという疑問の解明を目指したい。供与菌と 受容菌の違い(ゲノムの違い)により、供与菌・受容菌を混合した接合伝達条件下での供与菌 特異的、受容菌特異的なトランスクリプトーム解析なども可能になる。また、遺伝子破壊やアク ティベーションタグを用いたライブラリーを用いて、原因因子の解明も進めることができると期待 される。 本研究により、接合伝達条件の違いが従来知られていた範囲を大きく超えて、接合伝達頻 度に影響することが示された。特に、二種の受容菌が共存した条件や、二種のプラスミドが供 与菌内で共存する条件下で、従来の知見からの予想と大きく異なる接合伝達頻度が観察され た意義は大きく、多種の細菌が共存し複数のプラスミドが同一細胞内に共存することも多い環 境中での実際のプラスミドの振る舞いは、従来の実験室レベルの実験結果と(一部)異なる可 能性が示唆された。今後、今回見つかった興味深い現象の原因解明を進め、その一般性を明 らかにして、環境中でのプラスミドの振る舞いの原理を明らかにしていく必要がある。また、現 在、フローサイトメーターを用いた接合伝達の定量的検出系を構築している。蛍光タンパク質に よる検出系であるので、従来の寒天培地上での生育を指標とした検出方と違い、迅速に、かつ 薬剤耐性マーカー無しで接合伝達頻度を計測できるメリットがある。今後、このような系も併用 して、さらなる接合伝達頻度と環境条件等との関連性の検討を進めることで、プラスミドの接合 現象について、さらに詳細に議論できるようになることが望まれる。 64 5.遺伝子組換え微生物の第一種使用における生物多様性影響評価の基本的な考 え方 5.1.全体的な考え方 カルタヘナ法第 3 条の規定に基づく基本的事項(平成 15 年 6 省告示第 1 号)では、遺伝 子組換え生物等を第一種使用等する場合には、影響を受ける可能性があると特定された野 生動植物の種又は個体群の維持に支障を及ぼすおそれがないこと、又は遺伝子組換え生 物等の宿主又は宿主の属する分類学上の種と比較して生物多様性の影響の程度が高まっ ていなことが必要とされている。遺伝子組換え微生物を第一種使用する際にも、この原則に 基づいて、動植物に対する病原性や有害物質産生性を評価する必要がある。 一方、遺伝子組換え生物の種類ごとに必要な評価項目を定めている生物多様性影響評 価実施要領(平成 15 年 6 省告示第 2 号、以下、影響評価実施要領)では、遺伝子組換え微 生物に関しては、動植物に対する「病原性」および「有害物質産生性」に加えて、「他の微生 物を減少させる性質」および「核酸を水平伝達する性質」を評価することとなっている。微生 物は、その生態系の複雑さ、種の考え方、地理的な分布等、多くの点で動植物とは異なって おり、環境中の微生物を対象として影響評価を行う際には、これら微生物の特性を十分に 考慮する必要がある。すなわち、微生物は環境中では常に多様な微生物生態系(微生物叢) の一部として存在していること、環境中では同一種内でも株レベルで高い多様性を持つこと、 微生物叢における個別の微生物種の存在量(個体群のサイズ)は自然的、人為的を含めあ らゆる要因によって絶えず変動するものであること等を踏まえる必要がある。また、微生物 においては、生殖隔離によって明確に種を定義できる動植物とは異なり、一般に遺伝子配 列や細胞形態等の類似性に基づいて実務的に種の分類が行われていること、微生物は浮 遊塵芥、環境水、人を含む動植物等の媒介によって長距離を移動できるため土地に固有の 種という考え方は馴染まないこと等にも配慮が必要である。さらに、微生物では種内および 種間で頻繁に遺伝子の交換(水平伝達)が起こっており、遺伝子自体の変化(変異の蓄積) に加えて、水平伝達が種の多様性や遺伝子の多様性の獲得・維持に大きな役割を果たして いることも踏まえる必要がある。 以下では、こうした観点を踏まえつつ、影響評価実施要領に規定される遺伝子組換え微 生物に関する評価項目すなわち、「他の微生物を減少させる性質」、「病原性」、「有害物質 の産生性」、「核酸を水平伝達する性質」、「その他の性質」を評価するための基本的な考え 方を取りまとめることとした。 65 なお、遺伝子組換え微生物による生物多様性影響の発生を想定した場合には、微生物 が目に見えないことなどから、状況把握が動植物の場合以上に困難である点を踏まえ、上 記の評価項目のうち、「病原性」および「有害物質の産生性」はもちろんのこと、「他の微生 物を減少させる性質」および「核酸を水平伝達する性質」についても、当面は個々のケース に応じて慎重な評価を行うべきである。ただし、シーケンス技術の進展等によって環境中の 微生物叢やそれらが持つ遺伝子の詳細な解析が可能になりつつある点を考慮すれば、今 後これらの知見およびそれに基づいた評価の経験が蓄積されることによって、将来的には より汎用的な手法によって評価を行うことも可能になると考えられる。 5.2.他の微生物を減少させる性質 5.2.1.基本的な考え方 一般的にある特定の微生物が環境中で他の微生物を減少させるメカニズムとしては、 (a) 環境中の選択圧のもとに、特定の微生物が競合における優位性を持つことによって優 先的に増殖する場合、 (b) 特定の微生物が、他の微生物の増殖を抑制したり死滅させたりする物質を生産し環境 中に放出する場合、 の二つの場合が考えられる。遺伝子組換え微生物について評価を行うためには、(a)および (b)のそれぞれの観点からの評価を行うことが必要であるが、いずれの場合でも、非遺伝子 組換え宿主との比較評価によって、遺伝子組換え微生物においてこれらの性質が生物多様 性や環境に対して不可逆的な変化を与える等の許容できない程に高まっていないかを確認 することが基本となる。なお、微生物叢がある場所の重要な植生の維持に関わっていると考 えられる場合には、特に慎重な評価が必要である。 5.2.2.評価指標についての考え方 動物や植物に対する影響を評価する際には、遺伝子組換え生物による影響を受ける可 能性があるものとして特定(または選定)された種または個体群を対象として影響評価を実 施することとなっている。これに対して、微生物に対する影響を評価する際には、「全体的な 考え方」で述べた種、個体群、生態系の成り立ちにおける動植物との違いを考慮すれば、特 定の微生物の種または個体群を対象として影響評価を実施するという考えは、妥当とは考 えられず、また、技術的に見ても困難を伴うものである。一方では、微生物叢全体としては、 66 環境の多様性の維持、環境の機能(生態系サービス)の維持の面では重要な役割を果たし ていることから、上記(a)または(b)のリスクが排除できない場合には、微生物叢全体の多様 性もしくは機能性が大きく損なわれることがないかという観点で評価を行うことが適切と考え られる。 5.2.3.評価方法についての考え方 ○遺伝子組換え微生物が環境中で優先的に増殖しうるか否かを検討する際には、由来宿 主と比較して供与核酸が競合における優位性(特定物質の資化、薬剤耐性等)を高める可 能性に加えて、第一種使用が想定される環境中に優先増殖を許す選択圧(特定の栄養源、 薬剤等)が持続的に存在するかどうかを考慮する必要がある。 ○優先増殖性もしくは有害物質産生性について、文献やデータベースの調査を行い、これら のリスクが高まらないこと、あるいは環境中で優占種として永続的に広がるおそれがない等 の許容できる範囲内であることを確認する。これらによって十分な情報が得られない場合に は、模擬的な実験環境を用いて、以下の(1)または(2)に述べる方法等により微生物叢の 多様性または機能性を評価するために必要なデータを取得する。多様性または機能性のど ちらかを評価するか、それらの中のどの手法を採用するのか等については、対象とする環 境において微生物が提供する生態系サービスの種類、遺伝子組換え微生物の特性等を総 合的に勘案して適切な評価方法を決定するものとする。 (1) 微生物叢全体の多 様性を 評価する方法と しては、 従来からあ る PCR-DGGE 法 (PCR-Denaturing Gradient Gel Electrophoresis) や T-RFLP 法 (Terminal Restriction Fragment Length Polymorphism) に加えて、次世代シーケンサーを用いた網羅的な微生物 叢解析法が現実的な選択肢となっていることを踏まえて、目的にあった方法を選択する。 (2)微生物叢の機能性を評価する方法としては、呼吸活性、硝化活性、脱窒活性等を測定 する方法に加えて、微生物叢解析、メタゲノム解析、定量 PCR 等によって機能性の指標とな る微生物(群)もしくは遺伝子(群)の量を測定する方法があり、目的にあった方法を選択す る。 5.3.病原性 5.3.1.基本的な考え方 評価に当たっては、宿主微生物、供与核酸についてそれぞれ検討を行い、第一種使用が 67 行われる環境及び周辺環境と合わせて、個別に総合的な検討が必要となる。宿主微生物 株の病原性を評価する際には、その微生物が既知の病原微生物種に該当するか否かを判 断することが基本となる。一方、供与核酸については、供与核酸そのものの病原性に加えて、 供与核酸が宿主の病原性や薬剤耐性等の有害な性質を高める可能性についても考慮する 必要がある。病原微生物種の病原性、宿主域、病原遺伝子等については既に多くの研究が 行なわれており、それらの成果は文献やデータベースとして蓄積されている。また、人、家畜、 農作物等に対する既知病原菌種については、リストの整備が進んでいる。化学物質の毒性 と比較して、微生物の病原性は一般に感染宿主となる動植物の種特異性が高いため、モデ ル動植物を用いた感染実験による評価が必ずしも高い信頼性を持つとは限らない。従って、 組換え宿主や供与核酸の病原性を評価する際には、上記の既知情報を最大限に活用すべ きである。既知情報から感染の可能性が排除できない場合に限って、適切な動植物を選定 したうえで感染実験を行うことが妥当であろう。病原微生物であると判断された場合、または 既知の病原微生物種との判別が困難な場合には、組換え宿主として使用すべきではない (特にヒト病原微生物の場合)。なお、宿主微生物株が人に日和見感染を起こす菌種に該当 する場合には、株レベルで評価を行ったうえで使用の可否を判断することが必要である。 5.3.2.評価指標についての考え方 カルタヘナ法上は野生動植物に対する病原性を評価することとなっているが、実務上は、 望ましくない影響を回避する観点から、人、家畜、農作物等に対する病原性についても十分 な考慮が必要である。 5.3.3.評価方法についての考え方 ○宿主微生物株が既知の病原微生物種に該当するか否かについては、次の(1)から(4) に従って段階的に判断を行う。 (1)微生物提供機関からの情報等によって、宿主微生物株の分類学上の位置が明らかな 場合は、既存の病原微生物リスト等を参照して、当該微生物株が病原微生物種に該当しな いことを確認する。 (2)新規に分離した微生物株等で分類学上の位置が不明な場合は、16S リボソーム RNA 遺伝子等の指標遺伝子の塩基配列を決定して分類学上の位置を特定し、その結果をもって (1)の判断を行う。 68 (3)上記によって既知病原微生物 種との判別が困難な場合には、 MLST (Multilocus Sequence Typing)、MALDI-TOF-MS (Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization-Time of Flight Mass Spectrometry)、ANI (Average Nucleotide Identity) 等の方法を適宜使用する。 (4)これによっても既知病原微生物種との判別が困難な場合は、全ゲノム解析等を行なっ て、株レベルで既知の病原遺伝子を持たないことが確認できた場合に限って使用する。 ○新規性が高く、使用もしくは暴露の経験が十分でない種に属する微生物株を宿主として 用いる場合には、既知病原微生物種に該当しないことに加えて、分離場所、生育温度、栄 養要求性等の諸特性を考慮して、使用の可否を総合的に判断する。 ○供与核酸が宿主微生物に病原性や薬剤耐性等の有害な性質を与える可能性について は、文献調査やデータベース検索によって評価を行なう。 5.3.4.その他の考慮すべき点 ○日和見感染が疑われる種に属する微生物株を組換え宿主として用いる場合には、PCR も しくは全ゲノム解析等により、既知の病原遺伝子を持たないことを株レベルで確認する。ま た、代替薬剤のない多剤耐性遺伝子等、臨床上のリスクが高い薬剤耐性因子を持たないこ とを薬剤感受性試験もしくは全ゲノム解析等により確認する。必要な場合には、使用場所へ の易感染者の立ち入りを制限する等の管理を行う。 5.4.有害物質の産生性 5.4.1.基本的な考え方 評価に当たっては、宿主微生物株、供与核酸についてそれぞれ検討を行い、その上で個 別に総合的な検討が必要となる。病原性の場合と同様に、文献、データベース等の既知情 報を最大限に活用して評価を行なうこととする。評価に際しては、非組換え宿主と比較して、 組換え微生物において有害な性質が許容できない程度に高まっていないかを検討すること を基本とする。 5.4.2.評価指標についての考え方 病原性の場合と同様に、野生動植物に対する影響に加えて、人、家畜、農作物に対する 影響についても考慮する。 69 5.4.3.評価方法についての考え方 ○微生物提供機関からの情報、分類指標遺伝子の塩基配列、MLST 法、MALDI-TOF-MS 法、ANI 法等を適宜使用して、宿主微生物株が既知の有害物質生産菌種に該当しないこと を確認する。 ○既知の有害物質生産菌種との判別が困難な場合は、全ゲノム解析等を行なって、株レベ ルで既知の有害物質生産遺伝子を持たないことが確認できた場合に限って使用する。 ○供与核酸が宿主微生物に有害物質産生性を与える可能性について、文献調査やデータ ベース検索によって評価を行なう。 ○人へのアレルギー誘発性については、アレルゲンのアミノ酸配列データベース等を活用し て評価を行う。 ○宿主の代謝系を大幅に改変した場合等、宿主機能との相互作用によって未知の有害物 質が生産される可能性がある場合には、種子の発芽阻害試験、水生動物を用いた毒性試 験等を実施する。 5.5.核酸を水平伝達する性質 5.5.1.基本的な考え方 微生物(特に細菌・古細菌)の間では、接合、ファージ感染、自然形質転換等によって、絶 えず核酸の水平伝達が起こっていることに対する理解が広がっている。動植物と異なるこう した核酸の活発なやり取りによって微生物の多様な生態系や種内・種間の多様性が維持さ れていると考えることもできる。こうした考えからは、少なくとも遺伝子組換えに用いられた供 与核酸が自然界から得られたものもしくはその派生物であって、かつ病原性や宿主の生物 多様性影響を高めるものでない場合においては、供与核酸の水平伝達が起こることのみを もってハザードと見なすものではなく、むしろ低頻度の水平伝達が起こりうるとの前提にたっ てその生物多様性影響を評価することも重要である。こうした考えは OECD のドキュメントに も見られるように国際的にも支持されている。これらのことから、遺伝子組換え微生物の第 一種使用にあたっては、技術的・費用的に妥当な範囲で水平伝達の頻度を下げる工夫をす る一方で、基本的には、供与核酸が水平伝達することによって環境微生物が病原性、有害 物質産生性または増殖優位性を獲得する恐れがあるか否かについて評価を行うことも合理 的と考えられる。 70 5.5.2.評価指標についての考え方 細菌・古細菌に比べて、酵母や糸状菌などの真核微生物における水平伝達の頻度は低 いと考えられている。また、特殊な核酸伝達機構を持つ植物病原菌(アグロバクテリウム)等 の場合を除けば、微生物から動植物に水平伝達が起こることは稀である。したがって、遺伝 子組換え微生物から環境微生物への水平伝達の評価を行う際には、主に環境中(主として 土壌中または水中)に生息する細菌・古細菌を水平伝達の受容菌と想定して評価を行うこと が適当である。 5.5.3.評価方法についての考え方 ○供与核酸の水平伝達によって、環境微生物に新たな病原性、有害物質産生性または増 殖優位性を与える恐れがあるか否かについて、文献調査やデータベース検索によって評価 を行う。その際、供与核酸が元とは異なる遺伝的バックグラウンドの下に置かれることによっ て病原性等の有害な性質を発揮する可能性についても考慮する(例えば、毒素合成パスウ ェイや病原性カスケードの一部を構成する遺伝子の場合)。 ○供与核酸の水平伝達によって、環境微生物に新たな病原性、有害物質産生性または増 殖優位性を与える可能性が否定できない場合には、PCR もしくはメタゲノム解析等によって、 供与核酸と同等な遺伝子(配列の相同性から同種由来と推定できるもの)が環境中に存在 するか否かを調査する。 5.5.4.その他の考慮すべき点 ○生物多様性の保全という観点からは、有害性の有無にかかわらず、供与核酸が水平伝 達を介して環境中に広がることにより、生物多様性や環境に許容できない不可逆的な変化 を与えることがあってはならない。供与核酸の性質からこの可能性が否定できない場合に は、実験室内の模擬環境を使って、供与核酸が生物多様性や環境に不可逆的な変化を与 えることがないかを事前に調査する。 ○同一環境で同時に複数の遺伝子組換え微生物を用いる場合は、組換え微生物間の水平 伝達や交配によって、承認されていない新たな組換え微生物が生成する可能性についても 考慮が必要である(特に、不和合性の異なるプラスミドを併用する場合や、交配型の異なる 真核宿主を併用する場合等)。 71 6.第一編 まとめ 「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(カル タヘナ法)に基づく第一種使用等(開放系利用)の審査を受ける際の評価項目を定めた「遺 伝子組換え生物等の第一種使用等による生物多様性影響評価実施要領」では、微生物の 評価項目として病原性、毒素産生、周辺の生物への影響等が掲げられている。農業、医療 分野では、遺伝子組換え技術の第一種利用の実績がわが国でも蓄積しているが、鉱工業 分野では第二種の利用では多くの利用がなされているが、第一種等での遺伝子組換え微 生物の利用実績がない。その理由として、動植物とは異なり、微生物に特徴的な自然界、環 境における種の多様性や遺伝子の伝搬、病原性などにおいて、科学的で信頼性のある評 価手法が確立していないことがある。 一方で、近年の燃料を含む炭素素材の原材料を化石資源から植物資源へ転換するとい う社会的要請があり、それに応えるバイオテクノロジーの急速な発達が進んでいる中で、遺 伝子組換え微生物の第一種使用の申請が想定されることから、早急に標準となる安全性評 価手法を確立しておく必要がある。 以上の状況に対応するため、遺伝子組換え生物の安全利用に関する規制である「カルタ ヘナ法」の第一種使用等における遺伝子組換え微生物の適切な運用に必要な評価手法を 確立するとともに、環境影響評価書をまとめる上で基礎となる評価項目、評価手法をまとめ る。これにより、遺伝子組換え微生物の安全かつ適切な利用を確保し、我が国バイオ産業 の健全な発展を促進させることを目的とする調査を行った。 そのために、多方面の専門家を委員として迎え、環境省、農林水産省、文部科学省、厚 生労働省、財務省の関係省庁からのオブザーバーの出席をお願いし、広く論議を進めた。 以下に、論議された項目ごとに要点と重要な意見をまとめた。 ○他の生物への影響(生態系への影響) ・微生物叢は自然界ではきわめて多様で、変動も激しく、動植物とは同一に取り扱えない。 ・種の区分が動植物と異なり、微生物においては遺伝子の種間の移動は自然界では広く起 こり、それを抑えることは困難との認識が必要 ・微生物叢は気候等の影響を受けて、変動している。どの時点からの変化を見るのか ・組換え微生物の、宿主菌との比較によって、影響を評価する。 ・百万分の1へ頻度、菌数の減少をもって、安全性評価とする。 ○宿主細胞の病原性 ・ゲノム配列により病原因子を検証 ・日和見感染性は、補体に対する感受性を検証する。 ・広く学会の意見を参照すべき。 ○導入遺伝子の有害性 72 ・アレルゲン評価は、アミノ酸配列データベースで評価する。 ○生合成経路の改変 ・生合成経路の改変による想定外の有害物質の出現リスクをどう評価すべきか ・最新の科学的な知見をもとに推定、検証する ・植物では組換え体全体を土壌にすき込み、レタスの種子の発芽能で検証 ○薬剤耐性遺伝子の遺伝子マーカーとしての利用 ・リスクの低いマーカー遺伝子と、使うべきでないマーカー遺伝子を区別する ○遺伝子の水平伝播は、微生物では広く起こっている。 ・遺伝子導入をプラスミッドベクターよりも、染色体への挿入タイプを推奨するか。 ・遺伝子の取り込み、伝播は、微生物間だけではなく、自然界では裸の DNA でも起こるため、 抑えきることは不可能である。 ○広く安全と認識される宿主細胞を取りかかりとして承認審査を進め、対象を順次広げてい く。 これらの論議もとに、 “5.遺伝子組換え微生物の第一種使用における生物多様性影響評価の基本的な考え方” として取りまとめた。 73 【資料1】 想定される安全性評価の判断基準に関する課題抽出(議事録要約より) 事業説明会 1 回、委員会 4 回、ワーキングループ会議 2 回の論議で上がった課題について、 各議事録より、抽出した。 出席者(累積) 委員長:福田雅夫、副委員長:矢木修身 委員:江崎孝行、伊藤元巳、藤田信之、珠坪一晃、野尻秀昭、中村和憲 JBA:清水栄厚、不藤亮介、穴澤秀治、矢田美恵子、林ルミ子 オブザーバー出席 環境省:東岡礼治、岡部佳容、森川政人 農林水産省:二階堂孝彦 文部科学省:宮脇豊、宮本英尚、栗林俊輔 厚生労働省:松倉裕二 財務省:大田萌 NITE:下平潤、三浦隆匡、山副敦司、須藤学、黄地祥子、武部文美 経済産業省:田村道宏、谷浩、中澤秀和、菅原廣光、 1、第一回委員会(9/10 日開催) 本年度事業の目的 カルタヘナ法施行から 10 年。その特徴の一つとして組換え生物第一種使用と第二種使用に 分かれる。第一種は環境中での使用、第二種では基本的に微生物は環境中に残存しないもの と定義されている。第一種使用は植物等の実績は多くあるが産業利用の微生物に関して承認 実績はなく、経産省ではこの産業利用に向けて検討してきた。本年度は最終年度のため、微生 物の第一種使用に向けた遺伝子組換え微生物の評価手法をまとめる。 本事業の調査内容 拡散を制御する措置を行なっている製造事業所内での遺伝子組換え微生物等の利用を想定 した評価手法の取りまとめに向けていく 本年度は、遺伝子組換え微生物等に関する環境影響評価に着目し、「遺伝子組換え生物等 の第一種使用等における生物多様性影響評価実施要領(平成 15 年告示)」に従って、評価に対 する考え、手法等について基準を整理することをめざし、“基本的な考え方”を取りまとめる。 74 次年度以降は、遺伝子組換え微生物等と環境との接触を制限する措置と生物多様性との関 連、その評価等に関する手法について、製造事業者等の協力を得ながら具体的に検討を行っ ていき、実地に沿った評価手法を取りまとめる 検討会で論議すべき内容の検討 ○多様性影響評価書の記載項目ごとの評価 ハザード、リスク、環境リスク評価におけるエンドポイントについての定義の確認。 組換え微生物の場合、何を評価エンドポイントにすればよいかが重要。 カルタヘナ法では、告示別表第二に示された環境評価項目(=想定するハザードの範囲)と、 影響評価手順(エンドポイントの設定、Consequences の評価、 Likelihood の評価)の積で、特定 または選定された野生動植物等の種または個体群の維持に支障を及ぼすおそれがあるか否 かを判断する。 環境評価項目で、水平伝達のハザードと頻度についての評価は難しい。東大の野尻先生が 昨年度までに、接合頻度を評価する実験を行っている。 【質疑応答】 ○「価値を持つ環境要素」人によって立場によって異なるので、『価値』という言葉は使うべきで はない。それが絶滅危惧種であった場合、特別の価値を持つ。知られていない生物の潜在的な 遺伝資源としての価値、生物系要素としての価値、本来の自然の環境の要素もある。人間の求 める価値と自然環境の倫理と吟味したほうがよい問題である。 ・どういう種であれ、ある特定の種が減少するという性質はまず避けるべきか。 ・本来の野生種、非組み換え体と比較して同等であることを抑えていれば問題ない。 ○次世代シーケンサーによるバイオスティミュレーションに伴う微生物叢の経時変化の解析で は、NITE の研究にあるように、大きな経時変化が認められる。 ○16S 配列だけでは、病原菌の増減の判断ができない場合がある(枯草菌と炭疽菌など)。 病原因子があるかということを合わせて評価が同時に必要。バイオスティミュレーションや農業 で肥料を入れただけでも同様のことが起こる。これらは、日常的に起こっていると推定されるの で、それをどう評価するかが課題。 ○海外調査について アメリカ、カナダ、オーストラリア、EU 等各国の環境影響評価が実際どのように行われている か、web 上から調べた。各国の法律や規制の中で環境評価に関する基準や申請にあたって要 75 求される項目を抜き出してまとめた。各国の事例を参考に日本の評価を検討する。 他の微生物を減少させる性質 については他国の指標では見当たらない。 アメリカだと核酸を水平伝達する性質があるかどうかが課題、他の国においては、伝達の結果 悪影響を及ぼすことがあるかどうかが重要視される。 国によって違うことがうかがわれる。 【質疑応答】 ○日本のカルタヘナの法令で水平伝達したものが野外に生じた場合、違反に当たるのか。 ・農作物に置き換えて考えれば水平伝達すること自体、影響は拡大していくという判断。 ・ナタネの場合、交雑種ができた場合、違法ということになりました。 ○微生物に当てはめて他のものに移った場合、違法なものが存在するということになるが、今 の法令上でそれがどう扱われるか調べていただきたい。 ・ナタネの例ですと除草剤耐性と害虫抵抗性の承認されたものがある。野外に出てしまって、出 たことについては第一種使用で違法ではないが、野外で交配してしまって両方の性質をもつも のができてしまった。それは日本では未承認なので法律違反となった。 ・リスクと法律上の問題は切り離さないといけない。リスクに関しては我々でつくる指針に従って 進めるのだが、法律がどうなっているかクリアする必要がある。 ・基本的には法律には生物多様性に影響があるかないかということしか書いていない。 実験検討を伴う調査内容の説明(江崎) ○組換え体に使うホストの安全性評価を検討する。宿主株の類縁に病原菌がいない場合の安 全性の基準について、16S rRNA 単独の検討だけでは識別できない。多くの場合、日和見病原 体は、明確な感染実績がなく、識別しにくい。化学療法学会・感染症学会・臨床微生物学会の 3 学会では、臨床的に重要な 43 薬剤に対する耐性菌の出現を監視している。内閣府食品安全委 員会では、食品を介してヒトの健康に影響を及ぼす細菌に対する抗生物質の重要度のランク付 けの見直しを行っている。抗生物質をWHOのランクごとにわけ、それらのゲノム情報のDATA セットを作成し、バイレメ候補株のゲノム上の耐性候補遺伝子をスクリーニングし、保有遺伝子 情報に沿って抗菌物質を絞り込み、感受性試験を実測する。そしてWHOのランク 3 レベルの薬 剤耐性しかなければ安全に利用できるのではないか。 日和見病原体の二つ目の安全性指標例として血清耐性を調べた。学生ボランティア 10 名の 血液を使って計測した。バイレメ株は傷口等から血液に入ってもすぐに殺菌されるが、個体差が 大きかった。 76 【質疑応答】 ○宿主ベクター系のベクターに使う薬剤耐性自体も考え直す必要が出てくるのではないか。 ・完全にゲノム上に入れて、薬剤耐性を落としてしまうのがよいと考えている。 ・植物の場合も考え直したほうがいいということか。バクテリアの場合は、常に遺伝子を組換え ているのでゲノム上へ移すのがよい。 ○日和見感染の場合は、非感染者の場合は補体を持っていても感染してしまうのか。 ・ほとんど菌が死んでしまうというデータさえあれば、生き残れないという検証になる。 ○微生物の薬剤耐性は、遺伝子レベルでわかるのではないか。 ・遺伝子で耐性が予測できる薬剤と予測が難しいものがある。 検討課題の抽出と論議/その他の指標の検討 ○海外の状況を加味しながら、環境評価項目の一覧表を埋め、考え方を定めていく。 ○海外の事例で、病原性について、英国に「疾病の治療や予防手段を無効にする悪影響等」と あるが治療の予防を無効にするのは薬剤耐性だろうと推測できるが、予防手段を無効にすると はどういうことか。 ○オーストラリアはかなり厳しめだが、第一種はないだろう。 ・生物多様性関係については、ニュージーランドは日本よりかなり厳しく、オーストラリアと密に 連絡をとって同調している。 ・植物では近縁の野生種の存在が重要。ニュージーランドではカーネーション、日本のイネ、ト ウモロコシが環境影響評価としては問題にならない。雑草性がない。日本だとダイズは野生種 があり厳しい。 ○カルタヘナ法以外の関係法律では、指定病原菌を扱う場合は感染症予防法が挙げられるが、 基本的に産業利用は想定しにくい。労働安全衛生法もあるが、今の段階ではそれほど大きな影 響はないと考えている。 ○製造事業所内で扱う想定では、具体的な装置をイメージするとよい。藻類の油脂生産が注目 されているが、組換え体についての考え方はあまりでてきていないのでないか。 ・藻類は、企業での屋外実験が想定される。太陽光を使うため、今の拡散防止措置条件は厳し いとのこと。組換え生物を使う場合には、必要が出てくる。また、組換え微生物を大規模に使う 製造事業所の場合は、今の拡散防止措置は実際に適用できるのか。そこで製造事業所での一 種使用についてそれ以外の措置を拓く必要がある。環境影響評価が出ていれば、仮に環境中 77 に曝露された場合でも、ある程度影響の見通しが立てられる。 ○微生物叢のモニタリング手法自体は妥当だと考えている。汚染土壌にはそもそも多様性が失 われている。多様性の基準点をいつにするかが課題。物質によって変動日数が異なる。 ○バイレメのプロジェクトで実際に病原菌と同じ種の微生物が検出され、解釈が難しい。生産工 程から漏れたケースでは追跡は難しくはない。汚染環境だともう多様性は失われている状況が ある。微生物叢は季節の変動とか井戸一本掘っただけでもガラッと変わってしまうので、変動を みて、影響ありの判断が難しい。 ○バイレメ指針の審査では実際に菌叢がどう影響受けるか見ているのか? ・バイレメのプロジェクトでリアルタイムに初めて追跡した。単に、畑に肥料をまき変動を見てい る。実際に微生物を導入したときの比較で行くと、そこで差はなくなると予想。バイオスティミュレ ーションに対して差があるかどうかがバイレメ指針での考え方。 導入した菌が減るからそれで問題は無い。 ・浄化をしてしばらくの後で、トータルのバクテリア数やカビの数を見て差がない、でよいとする のか、新しい技術が出てきて、計測や精度が上がり、逆にハードルが高くなる。 ・リアルタイムで細かく変動している。実際の組換え体の影響の可能性は低い。 ・バイレメ指針の場合は、当初は一般細菌とカビや放線菌の数を調べたが、一般細菌は餌があ ればバッと増えて減り、自然の変動の方が大きいため、環境省も経済産業省もその菌が増えな ければよい、という簡単な方法になった。同じ考え方をすれば、組換え体もその菌が増えなけれ ばいいのではないか。 ・細菌の場合は 2 つ要因があって「その細菌が増えたために他の菌を排除した」、「その細菌が 出す有害物質によって影響を受ける」の、2つに切り分けて考える必要がある。前者は増えなけ ればよいと思うが、後者は数でなく出す有害物質によるので切り分けるべき。 ○アメリカでも抗生物質の生産性とある。植物の場合は野生種があるのか。 ・植物の場合は、交雑性という項目がある。一番上にあるのが雑草性、増殖して他を排除する 性質があるか、有害物質の産生性、交配して遺伝子が他のものに移る交雑性、の 3 つ。植物は 考慮の対象がある程度決まっており、種を超えて交配しないので評価しやすい。微生物の場合、 水平伝達があるので評価が難しいと感じる。 ○農水は微生物やっているか。 ・農水は生ワクチンでウイルスの承認を 2 件ほど行なっている。 ・アメリカでは、実験的環境放出レベルで行なわれている。完全に出すのでなく、容器の中でや 78 るバイレメの様な環境中に放出するものはない。ただし、1990 年代では遺伝子組換え混入菌を 承認して販売した実例はある。 ○有害物質の産生に関しては、アレルギーについてはどう解析しているのか。 ・アレルギーを起こしやすいアミノ酸配列がわかっていてそれで検索する。 ・導入した遺伝のつくったたんぱく質が既存のアレルゲンと対応するかどうかデータベースがあ るので、すぐにわかる。 ○有害物質産生性について、導入遺伝子産物自体は有害ではなく、有害物質を生産しない宿 主に入れて組換え体とした場合に、遺伝子にも宿主にもない想定外の有害物質が産生された 場合は想定されないか。 ・その場合、アッセイ系を用いて調べる必要があるのではないか。代謝をいじった場合何が起こ るかわからないという理由で止めるのはどうか。 ・審査は、最新の科学的知見で考えるべき、で想定外を考えると何もできなくなる。 2、 第1回ワーキンググループ会議(10/24日開催) 1、10/4 日当事業説明会について ○10/4 に当事業の取り組みについて、説明会・意見交換会を開催した。初めての試み。当事業 では実際の事業者の考えが非常に重要であることから、企画した。参加企業 20 社、3 機関。短 期間の広報にも関わらず、多くの参加が集まった。 2、組換え体の交雑体の出現の際の法的解釈について(環境省) ○第一回委員会の論議から出た質問に対する、環境省の回答。 <質問>野外において、既に承認された遺伝子組換え生物と他の既に承認された遺伝子組換 え生物の交雑個体が確認された場合、カルタヘナ法の違反とみなすか <回答> ・環境省と農水省で考え方をまとめた。 項目 1:異なる遺伝子を組み換えた農作物が交雑した場合は、改めて第一種規定の承認をする ようにとなっている。この考えに基づき、植物の第一種使用等に関する局長通知(環境省と農林 水産省)では、スタック系統の使用等については個別に承認を受けるように定めている。 項目 2:人為的なかけ合わせは未承認農作物に該当し、違反となり回収その他の措置を命じる ことができる。(4 条、10 条 1 項) 項目 3.非意図的な場合、違反にあたらない。カルタヘナ法は「使用等した者」に対する規制を 79 講じた法体系であり、非意図的な場合は「使用等した者」が存在しないから。しかし、この交雑個 体より生物多様性影響が生じた場合、防止のために主務大臣は ①規定を変更するか廃止しなければならない(7 条) ②緊急の場合は、輸入、栽培等の中止等を命ずることができる(10 条 2 項) 項目 4.承認の際に野生植物と比較して競合における優位性を同程度以下と確認していること から、非意図的に交雑個体が発生する蓋然性は低い。万が一、発生したとしても 3.のとおりカ ルタヘナ法に基づき対応することができる。 ○植物の場合と微生物の場合は交雑のパターンが異なる。 ○項目 3.の“非意図的な要因を理由として交雑個体が生じた場合には、カルタヘナ法上、主務 大臣は、①交雑個体が自然環境下で世代交代を繰り返し、生育範囲を拡げるような、環境の変 化又は新たな科学的知見が認められた場合には、”の部分は解釈が難しいと思われる。たとえ ば、世代交代をしてもだめなのか、生育範囲を拡げなければいいのかあるいは拡げても環境が 変化しなければいいのか。具体的にはどういうケースを想定されているのか。 それと項目 4.で、植物の場合は“世代交代を繰り返すことは想定されない”とあるが、実態の説 明だと思うが、「世代交代が認められない」については審査が行われているのか。 ・カルタヘナ法第 7 条に“生物多様性影響が生じるおそれがあると認められるに至った場合は、 変更または廃止”となっていて、予防原則に基づいて「生じるおそれがある」と判断した段階でさ まざまな措置ができるようになっている。 遺伝子組み換え農作物では、自生であるツルマメとダイズがあるがそれらの交雑し得る確率が どのくらいか、交雑したとしてどんどん野外に広がっていくのか、1世代目は交雑するが、次の2, 3世代には広がっていかない状況だとか、拡大するのか否かがこれまでの審査では重視されて いた。ナタネは交雑体が見つかっても翌年にはなくなっている。交雑体が拡大している兆候にな い、ということをもって、生物多様性影響がない、と判断している。 ○今までの審査のやり方では、世代交代しているからダメというのではなく、その後の拡がりを 勘案しながら全体的に見ていき、生物多様性に影響を与えないという判断もできる。 ・交雑個体を審査する場合にF1ができ、F2、F3ができていくかどうかはかなり重要ポイント。F 2ができて適応度が下がる。適応度が下がることをもって、拡がっていくことはないだろう、という ことが交雑性を審査する上でポイントになってくる。ほとんど数を殖やしていかない、拡大してい く兆候にないことが、審査根底にある。 80 ・基本的には、交雑したのが悪いというのではなくて、交雑したものが野外に広がっていくことが なければ問題ではありません。 ○植物の場合は野生種が影響を受けるかどうかだから、ダイズとツルマメのように野生種があ る場合は問題だが、トウモロコシのように野生種がない場合は考えなくてもよいのか。 ・そうとは限らず、2つの別の組換え体が交雑して雑草化し、他の植物を駆逐するようなあるい は有害物質を作る性質ができた場合は、ダメです。 ・同種というか、交雑可能かどうかが判断ポイント。 3、環境省(オブザーバー)の意見 ○カルタヘナ法の統一的な枠組みから、他と整合性がとれているかどうか心配な 4 点挙げたい。 農作物はこうであるが微生物はどうなのか、という点を指摘した。 ①生物多様性影響の評価は、影響の性質や程度を的確に評価できる方法を慎重にすべき。カ ルタヘナ法第 10 条第 1 項によると、主務大臣は、生物多様性影響を生じるおそれがないことを 認めるときのみしか承認できない。許可をとらずに違反した者に対しては、回収という重いことを 命じることができる。第 2 項では一旦、国が承認したものが環境の変化や知見の蓄積により、緊 急の必要があるときは使用者に対して中止または必要な措置を命じることができるとしか法律 上は明示していない。つまり、カルタヘナ法第 4 条第 5 項にあるように、生物多様性影響がない ことが担保にないと、基本的には承認できないのではないかと考えている。農作物は影響が出 た段階で回収することも、環境影響をモニタリングすることも可能だが、微生物は一旦外に出た ら回収は難しいと考えているため、評価は慎重にすべきという印象がある。②影響の対象は、 「遺伝子組換え生物等の第一種使用等による生物多様性影響評価実施要領」に基づき、絶滅 危惧種に限らず、普通種も含めた評価を行うべき」 この要領は6省庁が主幹となり作成した。生物多様性影響が生じるおそれの有無等の判断は、 当該野生動植物の種または個体群の維持に支障を及ぼすおそれがあるか否かを判断する、と なっている。植物では、種の維持に影響を及ぼすとは絶滅危惧種が絶滅しない、個体群の維持 というのは、たとえば地域個体群についても維持されるという観点で、農作物については普通種 についても判断している。こういった判断をすべきではないか。 ③病原菌など人の健康に対する安全性の評価はこの検討会で議論するだけで足りるのか 農林水産省では、食品の安全性のみを評価する検討会が別途立ちあがっている。微生物では 安全性を評価する法律がないため、慎重に議論する必要があるのではないか。病原菌につい てはこの検討会で議論するだけでは足りないのではないか、人の健康に対する安全性に対して 81 穴が生じないか、と懸念している。 ④有害物質の産生性については、宿主と導入遺伝子の身だけでなく、相互作用などを見る必要 があるのではないか 有害物質の産生性については、宿主と導入遺伝子のみだけではなく、相互作用などを見る必要 があるのではないか。農作物については、すきこみ試験などをして影響を見ている。 ○④の相互作用というのは、微生物の場合、交雑のことをいっているのか、いろんな環境の中 で機能が変わることを言っているのか。 ・宿主に遺伝子が入ることによって、組換え微生物の中の遺伝子単体で評価するだけでなく、ど ういう作用が生ずるのかを見ておく必要がある。 ○微生物群として、見る必要か。 ・宿主に遺伝子が入り、宿主の代謝系と入れた遺伝子の活性によって、思わぬものが出てくる のではないか。 ○作物の場合、理論上だけでなく、何がどうなっているかは分からないが、実際にどんなことに なっているか結果を見ることになっている。栽培した後の土に有害物質が出ているかどうか評 価することを指しているのでは。その場合、評価対象になる有害物質の範囲はどうなっているの か。 ・すべての評価はできないが、他の植物の発芽や生育、微生物の繁殖に影響があるものを評 価している。 ○評価手法を考えなければならないと思うが、ゴールは相互作用で生物多様性に影響を及ぼ すかどうかで、そのための指標ということでよいか。 ・生物多様性影響がないことをしっかり評価し、担保できれば、問題ない。その中でいくつかの 項目があるので、単体だけでなく、遺伝子組換え生物が導入されることによってどういう機能を 持っているのかをしっかり議論する必要があるのではないか。 ・具体的に行なっていることは、非組換え体と組換え体を栽培した土を使ってレタスの種子を蒔 き同じくらい発芽成長するかどうかを植物に関しては見ている。微生物に関しては、組換え、非 組み換え体をそれぞれ栽培した土の中に細菌をサンプルとして撒いてコロニーの数が違うかど うかを数えている。一応、指針としてはそういうことを行なうことになっている。 ○評価方法についての考え方を作っておかないと、ゴールがない。 ・こういう試験をしなさいということを指針として定められており、それでもって同等性を確保する、 82 という形にはなっている。 ○どこが中心になってオーソライズされているのか。 ・遺伝子組み換え農作物については、どういうふうに評価、調査しなければならないかというの を第一種規定の承認について農林水産省と環境省の局長通知で評価要領を出している。その 中で有害物質の産生性についてこういう試験を行ないなさいと明記している。 ・こういうことをやれば、ある程度の安全性が確保できるのではないかということで定められた試 験方法である。技術なり知見が変わってきたら、評価し直す、方法を変える、といった枠組みと なっている。 ○現在は、組換えでない微生物についての評価方法がバイレメではある。 ・バイレメは悪いところから出発している。これは既に在来野生種に影響を与えないという前提 のものなので、最初の出発点が少し違う。 ・関連するということなら、生物農薬。 ○植物に関しては評価する方法がはっきりしているが、微生物についてははっきりしていない。 微生物というのは極めて多様であり、対微生物に対する評価はやれない。動植物に対する影響 評価を具体的に決めた後に、微生物についての影響を考えていくしかないのでは。 ・植物の方でも、微生物に対しては評価できてはいない。現在の方法で評価できているとは思っ ていない。 ○他の微生物が減った、増えたのをもって影響というのは、きわめて多様な微生物に当てはめ るのは難しいのではないか。そこは緩めでよいのではないか。 ・生物多様性影響という言葉自体はそもそも Adverse Effect on Biological Diversity とカルタヘナ 議定書にあって、日本国内で共通認識があってできた言葉でなくて国際的に議論され輸入され た言葉と思っている。海外の実態調査の予定があるが、どういうふうな評価が行なわれている 状況かが検討材料になるのではないか。 ○バイレメの実験を行うと、微生物をみていると刻々と変化していくので多様性という話ではな い印象である。人間の生活という観点から、微生物は生物多様性に含めずともよいのではとい う考え方もある。実際、植物の観点でも微生物はとくに含めないとみている印象がある。少なくと も牛が死んだとか、トキがいなくなったという問題は微生物にはないので、むしろ人間が見えて いる動植物にどう影響するかを評価していく考え方はいかがか。 ○個々全てに対しては難しいかもしれないが、共生菌が全てやられてしまうとか、その場所の 微生物相としての生態的な機能が失われるということになると、かなり大きな影響が出てくるの 83 では。 ・バイオレメディエーションの微生物叢管理でかなりの議論をした。自然界の微生物は 1gの土壌 に 100 億の微生物がいる。これを制御するのは無理だ。従ってポイントを絞って、入れた菌に病 原性があるかどうか、入れた菌が増えるかどうか評価しようということになった。病原性が一番 ポイントで、日和見菌についてはどうするかが重要。 ○バイレメの場合、たいがい汚染されて草木も生えない状況だが、通常の環境で使用となると、 そこにある動植物に不利益を与えないことかを押さえる必要がある。逆にこれを押さえれば、 個々の微生物を評価せずともよい、とういう考え方はいかがか。 ・生物多様性条約では微生物は動物、植物とほぼ対等に扱われている。それらの多様性を保全 し、影響を与えてはいけないが、微生物が動植物に影響を与えてそれらの多様性が変わるまで 行かなくとも、カルタヘナ法は微生物そのものの多様性もターゲットとした法律なのか。経済的 な観点では少なくとも動植物に限定できるとしたいところだ。たとえば、ある排水処理システムで の微生物が失われることもある。 ・生物多様性とは種や遺伝子レベル、生態と三段階で見ましょうとなっているため、微生物は失 われていいという判断はなされていない。 ○植物は目で見てわかる。しかし微生物の場合、多様性が確実に変化した、それをネガティブ に評価するのか、どこまで変わったらどうか、という判断がつきかねる。 ・微生物も有用な微生物が知らない間に失われている、となると生物多様性の損失だ。 ・それをある方法で評価できるか、できないだろう。 ・ベースがはっきりしていないのにそれに影響があるかどうか判断が難しい。 ○カルタヘナ法が作られた時に微生物の専門家は入っていたのか。 ・生物多様性条約のほうは入っていた。日本で法律を作った時には入っていない。カルタヘナ法 そのものがこの3つを同等に扱っているから。 ・生物多様性条約では微生物を特別視することはない。 ・あの当時は微生物を遺伝資源として重要視されていた。 ・ABS関係では微生物は非常に大きなウェイトを占めている。 ○ここでいう生物多様性影響に微生物を入れなければならないのか。 ・除外しなければ、日本の法律では特別視していないため、入ってしまう。 ・生物多様性影響評価実施要領の中には、組換え微生物に関しては他の微生物に対する影響 を調べなさいとある。その評価は動植物と同じように種、または個体の維持に支障があるかとい 84 うことを示している。 ○具体的な微生物運用まで考慮に入れてないのではないだろうか。 ・野生株と差があるかどうかをみればよいのでは。 ・組換え・非組み換え体で、同等であれば何も問題がない。 4、実験検討を伴う調査内容説明 ○遺伝子伝搬頻度についての検証(東京大) ・組換え体を作るのにプラスミドはよいツールである。染色体に固定・安定に保持されると、遺伝 子水平伝播(拡散)のリスクは下がる。 ・プラスミドに組換える手法は作製が容易で、大きなDNAを運ぶことができる点で有利だが、逆 に拡散のリスクがある。接合伝達は導入遺伝子が不安定であるが、拡散は少なくなる。 ・昨年まで、受容菌 1 種について、接合時の条件を様々に変えて検討した。Ca や Mg が無いと 接合伝達しない。また受容菌 2 種類を混ぜて接合させた場合、異なるプラスミドを用いた場合な ど、を検討した。 ・これまではプレートでのコロニー形成で見てきたが、今年はより簡便に、フローサイトメーター を利用し、条件を変えると接合伝達頻度が変化する原因の解明や、接合伝達体の安定性評価 と不安定性の原因解明を行う予定。 ・供与菌と受容菌を様々に変え、接合と二価カチオンの有無、変異点の同定、接合伝達体の安 定性評価なども行いたい。 ・プラスミド保持株の割合を経時的に測定すると、コロニーの大きさ、生育曲線等も変化が出てく ることがわかる。菌が死にそうになってくると、変異を起こすことがある。 ・安定性の評価と不均一性の原因について明らかにしていきたい。 ○不安定性は染色体に比べてどうか。遺伝子組換えというと遺伝子の安定性もひとつのポイン トになる。プラスミドは変わりやすいということか。 ・プラスミドによって違うが、ホスト側因子により安定性が得られるケースと、プラスミド自体が変 わって安定になるケース。接合とか複製とかのマシンナリーがどういうタイプかによって起こりや すさに違いがある。組換え体であれば、とことん組換えてデザインしてしまったほうが、制御しや すい。 ○プラスミドが不安定であり、染色体でも同じように不安定だった、ということがあるか。 ・ホストをうまく選ばないと、染色体の中の相同組換えが高かったり、非相同組換えの頻度が高 かったりして、予期せぬ遺伝子が出てきて、遺伝因子の中に取り込まれてしまってそれが接合 85 伝達性を持つ、というケースがある。したがって、挿入遺伝子は、わからないところに入れておく より、わかっているところにのせたほうが安全。 ○接合伝達にどのくらいの種類の遺伝子がかかわっているか把握できていないが、ホスト側の 遺伝的なバックグラウンドを操作することで、レシピエントにはなるけれどもドナーにはならない、 というのは可能か。 ・あるホストに入ってしまうと二度と出てこないという事例は、環境中の細菌から採られたナチュ ラルなプラスミドを調べることで可能。 ○プラスミドのサイズというのは安定性や生育速度に響くのか。今回は、セレクションマーカー は何も入れていない系か。逆にいえばその時点でセレクションマーカーが生きているから、それ が変異したことになって選ばれるということにはならないのか。 ・薬剤耐性などのイメージで考えられることが多いと思うが、ホスト側を選ぶ、セレクションマーカ ーとして巨大なプラスミド、ナチュラルな状態で何がマーカーになっているかというと、たとえば 転写量だとかメッセンジャーの量、たんぱくの量、ホストの転写量、翻訳量をどのくらい変えるか という因子の方が、実は大きく効いている。 ・染色体側の制御の方に行ってしまうような因子がのっかるケースが多くて、染色体の方に大き い影響を与えてしまう。薬剤耐性だと一つの遺伝子で耐性になったりならなかったりと制御でき るが、大きなプラスミドでは遺伝子も大きくなるので難しい面は出てくる。 ○接合がいかないように宿主ができるというのは、伝搬を制御する面で非常に役立ち、有用な 情報になるのでぜひお願いしたい。 ・われわれが携わったプラスミドは数が限られてしまうので、報告書では、文献情報のその他の ケースも含めてまとめたいと思う。 ○ジェネラライズの方向に何かアイデアをお持ちか。 ・分解というフィールドで、好気の分解で環境中によく見つかってくる菌がいくつかある。その中 の一つがシュードモナスである。我々の実験は主にシュードモナス対象で、ここで見つかった事 例が他の菌種も半分は使えるが、半分くらいは違うかもしれない。シュードモナスの系のホスト ベクター系の事例をどこまでジェネラライズされるかというと、さらなる検証が必要。 5、環境影響評価方法の検討項目 論点、環境影響評価方法の検討項目として、議事録から抽出してきたキーワードをまとめた。 ①他の微生物を減少させる性質 ・非組換え体と同等であること 86 ・微生物叢解析技術の向上→基準点をどこに定めるか ②病原性 ・日和見感染性の評価 ③有害物質の産生性 ・アレルゲン評価→アミノ酸配列データベース ・薬剤耐性マーカーの不使用 ④核酸を水平伝達させる性質 ・微生物で水平伝播は避けられない→ 種の考え方 ⑤その他 ・交雑種形成は新しい組換え体出現(植物)である。微生物では避けられない。 ・生合成経路改変、代謝改変でも、科学的根拠を持ち、合理的に説明できる生産物について の評価でよい。 ○①について、植物の場合だと特定の植物種を減少させるという見方をしている。 ・植物の場合は、雑草性という生育環境を占めてしまうことを避ける。 ・それは長期的にみているのか。微生物の場合はリバウンドがある。相対的に減れば他の種が 増えてきて、入れたものはほとんどマイナーなパートになる。 ・微生物の場合は、その場その場で頭をとったものがガッと増えて、場面が変わるとまたガッと 減るということがある。 ・他の微生物は、土壌には何万種もいる。そういうところで何が増えた何が減ったの論議は非現 実的。 ○組換え体を使う想定というのは、取りあえず土壌を考えればよいのか。 ・工業的使用の組換え体が漏れた時、ということ。 ・環境中として、大気、水、土壌がある。具体的に土壌なら土壌を、水なら水をどう評価していく かというのは、その次のフェーズで評価手法も含めて具体的に検討していきたい。 ○むしろ場を想定して検討すべき。 ・実際には、排気のエアロゾル、敷地内のコンクリートの上に漏れる。水では河川というより制御 されている廃水系。 ・この評価項目は不要と思うが、なかなか消せない。 ・基本的には同等性だ。非組換え体と同じ挙動であればよいのではないか。 ・組換えた遺伝子そのものの評価で足りるかどうか、ホストの関係が先程のディスカッションで 87 出てきたが、ゲノムとの関係で組換えた遺伝子だけではなかなか評価が難しいのでは。 ・実際に実験して、増え方が違わなければよしとすることになるのでないか。 ・他の微生物を減少させる性質、というよりは組換え体そのものの消長で評価するのでないと、 他の微生物があまりにも多すぎる。 ○実験をやるには、モデル系を設定して行なうしかないのではないか。全部は想定できない。 ・ある特定環境でメジャーにいる微生物種をいくつか選んで定量的 PCR で数の変動を見て、そ の変動を野生株と比較するということか。 ・非組換え体との比較で考えるということなら、バイレメ指針の考え方をすればよいのではない か。基本的には増えなければ、優先にならなければよく、組換えたことによってさらに、それが 増強されなければよい。 ・自分が増えるから相対的に他を減らすと考えるしかない。極端にいえば、菌が増えなければ 他の微生物に影響していないと考えるのが現実的。 ・非組換え体と組換え体の違いを見るというのは、バイレメのやり方でよいのでは。組換えでな いのはバイレメで異常に増えないかどうか見ることができる。それと同等かどうかを評価できれ ばよい。当初は様々な項目を設けたが、自然の変動が大きいので意味がなかった。バイレメの 場合は有害物質があるのでバッと増えるが、通常の漏出では増えない。 ○他の省庁は納得するのか。 ・告示に関しては項目として挙げられているだけなので、他の微生物を減少させるかどうかを見 て、運用で実績を積み上げていけるようなことがあれば改正ということになるが、実績もない中 で改正というのは難しく、説明できない。まずは考え方をまとめて運用する。 ・もののとらえ方をこの検討会で決定していただいて、まとめていくことが必要だと考えている。 この委員会だけですべてを決定でなくともまずは考え方をかためていけばよい ○減少していく傾向を持つことになると、トータルの変動もみなければならない。 ・特定な微生物というのは、選択圧がない限り生き残っていかないというのが大前提。 選択圧さえなければ、本来そこにある微生物フローラに戻る。生き残って問題なのは院内感染。 また発酵工場のタンクの中は一種類の菌しかいない。コンタミを防ごうとしても、ほっておけば周 りの微生物叢と同一になっていく。組換え微生物自体に危険性があるかどうかを見れば、それ ほど難しい試験、指標を入れなくてよいのではないか。 ・どんどん増えていって駆逐していったら困る、というのであって、植物であっても雑草性がある かどうかが判断基準。植物の場合は農薬耐性があるが、自然界の場合は農薬をまかないので 88 OK という、そういう論理になる。「殖えない傾向」にあればよい。 ・①は、「減少させる」という評価には「殖えない」ことを評価すればよい。 ○②の病原性について、日和見感染についても評価系がある。 ・病原性については、組換えたことで日和見感染菌にならないかの評価も見る必要があるので はないか。 ・日和見病原性というのはまったく分かっていない部分もあるので、組換え体で見る必要がある のではないか。日和見感染は健康な人に感染させても感染しないというものである。 ・通常の人がその微生物に罹った時に、感染するかどうか。がん末期の方や、エアロゾルで多 重に捲かれた時に罹るのが日和見感染であるので、組み換え体の中に薬剤耐性を入れていま せん、というのを入れれば、非組換え体と同等という理論に落とし込むことができる。 ・耐性菌になると、日和見菌でも問題になる。 ・その時の安全審査がどういうことを想定して行われているか、どういうふうに当てはめる必要 があるかを、実態を見て議論してみる必要がある。 ・組換え体でつくった食品添加物、チーズを作るレンネットは完全なタンパク質として添加され、 組換えとして表示されない。組換え微生物のヒトへの影響例がない。 ・組換え植物食品から類推は、環境省からの回答になる。 ・たとえば新しい化合物を食品添加物として加える場合に、どういう人を対象として安全性評価 をしているかは参考になろう。 ・イギリスで乳酸菌も組換え体ができている。 ・次回委員会で遺伝子治療について厚労省から説明していただくことになっている。病原性につ いてどういう審査をしているかを参考になりそうだ。 ・組換え生ワクチンが 62 件申請されており、第一種使用となる。 ・組換えパパイアはアレルギーの観点から評価。高度精製された遺伝子組換え添加物は、実質 的同等性を見ている。 ・たとえばレンニンとか組換えた酵素で作られたものは何も審査はなく、生物でないと対象にな らない。厚生省の事例が近い。 ○③有害物質の産生性について、特に薬剤耐性マーカーの不使用に関して ・薬剤耐性マーカーの遺伝子は、自然界にないものは野外に放出する場合は使わない、という ことになっている。 ・第一種利用のものは、ほとんどで薬剤耐性マーカーが残っている。 89 ・宿主ベクター系としてリストから消えるものも出てくるかもしれない。 ・文科省の宿主ベクター系というのは、大臣確認が必要ないというだけで、第一種使用の場合 は個別審査が大前提。リスク評価で考えるケースで、院内感染まで想定していくのなら薬剤耐 性マーカーを考える必要が出てくるかもしれない。 ・耐性菌というのは、農業分野で使われたものも問題になっているので、病院の近くかどうかと いうのではなくて、環境中に放出されることを問題としている。 ・植物でも薬剤耐性マーカーは入ったままで問題になっていない。アンピシリンが残っているも のもある。 ○植物の場合で有害物質だと、いわゆる毒素、カロチノイドとかは評価しているのか。 ・もともと植物自体が持っている有毒物質もあり、組換え体も引き継いでいる。新たに組換えで できたものかどうかが問題とされる。 ・薬剤耐性マーカーは、病院などで多用されているものは除くようになるのではないか。 ・重篤な感染につながるものを限定してリストにしてはどうか。 ○④核酸を水平伝達させる性質 ・水平伝播は自然界においても微生物にとって必然である。 ・伝播という項目を見て、どういう状態なら安全かという判断基準をつくらなければならない。 ・定性的な作業仮説ができれば、国内の共通認識の醸成や実際の評価手法の作成に役立つ。 ・①と同じように、伝播しても拡散しなければよいと判断するのもひとつだ。 ・雑多な菌の中に入れて、全体でその遺伝子が生き残っているかを評価すれば十分では。 ・水平伝搬能が極端に上がるものができなければよいのではないか。 ・非組み換え微生物と同等以下であればよいということか。 ・シュードモナスからシュードモナスは移りやすいとのこと。菌の組み合わせによる移りやすさを 基礎データとして調べておくとよいのでは。 ・ベクターの開発した段階で事前データを取っておくことで十分可能だと思う。 ・特定な菌でやってきても自然環境では多様な菌がいる。ホストの安全性、導入する遺伝子の 安全性が確保されればよいのでは。 ・環境中である菌とある菌が出会った時にどうなるかはやってみないとわからないが、 基礎データはある程度信頼できる。いろんな菌を含む活性汚泥などにおいて、その遺伝子が生 き残っていくかどうかを見れば、結局は水平伝播が起こっているかどうかがわかる。 ・はじめは安全性重視で、経験を積み重ねて安全と判断できればハードルを下げればよい。 90 ・農作物は初期に比べて審査が簡単になった。 ・当初は慎重に厳しくしておき、モニタリングを積み重ねて少しずつ一種使用の範囲を拡大して いくのが現実的では。手法も洗練化していき、評価の基準の共通認識も少しずつ醸成されてい くのではないか。 ○⑤その他 ○病原性、競合に対する優位性をどう評価するか。バイレメの場合は、汚染物質があればその 菌が優位性を持つ。交雑種を新しい組換え体として評価するかどうか。 ・交雑種が出るかどうかを言うようになったら、微生物の世界ではなにもできない。 ・普通の環境で起こらないが、交雑種がいるかいないか調べる過程で交雑種ができる。 ○植物は交雑種ができるか検討しているか。 ・植物の場合は、目で見てわかる。 ・日本の場合、交雑するものがなくなった時点で終わりとなり、問題にならない。微生物は水平 伝搬があり、交雑が前提。考え方がかなり異なる。 ○人為的になるのか、やむなく生じたことになるのか。 ・人為的というのは意図してやることで、水平伝播というのは非意図的ということ。環境省の説明 では、非意図的な場合、重大でなければよいということになる。 ・組換え遺伝子自体をモニターしていけばよいことになるか。 ・特別なものを入れた場合、ですね。 ・そうすると、組換え遺伝子自体の評価と、組換え微生物自体の消長を調べればよいことになる。 従来のスキームでは、経産省の二種でアミノ酸に変異をかけたものも新しく申請するとなってい る。 ○GLISP については、人工的に作成し大量にまくことを前提としている。 遺伝子が最終的になくなればよいことと、モニタリングして追跡している、ということを組み合わ せればよいと思う。 ○生物多様性条約にあるファミリアリティという考え方をとるとよいのではないか。 ・雑草に移った場合も新しい組換え体だが、農作物に影響を及ぼさなければよいとしている。 ・植物の場合は証明できるが微生物の場合評価できない。新しい組換え体はおそらく起こって いる。 ・自然環境中ではまず出てこないだろう。プラスミドを持った菌を畑に撒き、移ったやつをとろうと しても全然取れなかった。ただ、理論的に考えたら移っている可能性は絶えずある。 91 ・植物はすぐわかるし、問題が生じる。微生物の場合は問題が生じない。 ・確率は低いけれどもできていると思う。頭の中では危険はないという気はするけれども証明し なければならない。 ○危険性がないから遺伝子評価だけでよい、という考え方もある。植物の場合は、新しい交雑 種が増えていることはない、雑草化しないということを示せればよい。 ・遺伝子は増えていない、ということを示せばよい。 ・こういうのは自然界で起こっているので起こっても安全な遺伝子のみ、宿主ベクター系のみ第 一種使用に供するというのではどうか。 ○組換えトリプトファンも事例がある。 ・トリプトファンの場合は、組換えが問題ではなくて精製の工程に問題があった。ただ予想外の 代謝産物が出た。 ・代謝産物ではないかもしれない。化学的に変化しやすいので、化学的に変化したものかもしれ ない。ただピークを見るとものすごく沢山の不純物があった。 ○植物の場合は組換え体を梳きこんで影響を見ているということ。 ・植物の場合は、他の植物や微生物に影響があるかどうかを見るのが重要。土壌中の一般細 菌と放線菌のコロニーの数を数えて、組換え体と非組換え体の同等性を見ている。 ・バイレメの場合は入れた菌が増えていないことを見ればよい。あとは代謝経路をどうしたかに よって推測する。 ・バイレメの場合は代謝産物を推定している。 ○たとえば一週間か 1 ヶ月間モニタリングして報告させるというのはどうか。 ・模擬環境でやってみて報告すればよいのではないか。 ・バイレメの審査では、それに耐えるだけの模擬環境でのデータを採らねばならない。 ・十分なデータを揃えた上で、いつでも止められる体制だけは整えておく。 3、第二回委員会(11/8日開催) 1、海外実情調査:準備状況報告 米国:EPA とデユポン社へ JBA と NITE で訪問、FDA(アメリ カ食品医薬品局;Food and Drug Administration)、USDA(米国農務省;United States Department of Agriculture)も行く。 ・事前に質問票を提出。 ・欧州はバイオ産業が盛んなデンマークの規制当局およびノボ、英国、EU を調整中。 92 2、「10/4 日 事業説明会について」:アンケートの結果 第二種使用を行っている既存のメーカーが不活化工程の必要がなくなることはメリットだが、 新しく安全性担保のための作業が増えるのはありがたくない。周辺住民の理解も必要なため、 実際には申請しづらいのではないか。複数の官庁に二重申請などを行っている場合、片方だけ の変更では難しいのではないか。 実際の事業をやっている企業では米国の方が、負担が少な いので、米国のような方法でやっていただけるはありがたい、実際に米国でどうやっているか調 査いただきたい。また、第一種使用にしたらどうかということを進めると、既に第二種使用で十分 事業を進めている企業にとっては、あえて第一種にしていただくのはありがたくない。 3、遺伝子治療における環境影響評価/厚生労働省 厚生労働省より、カルタヘナの審査の実際について説明。 ○生物多様性影響調査について、遺伝子治療で使用する遺伝子組換え生物としてのウイルス ベクターの種類や特徴について、第一種使用の審査状況、実際の評価がどうなっているか、な どについて紹介。 ・遺伝子治療とは、厚生労働省指針で、「疾病の治療目的として遺伝子、または遺伝子を導入し た細胞をヒトの体内に導入すること」 ・初期には遺伝性疾患の患者さんの治療目的だったが、遺伝子投与し発現するたんぱく質で治 療効果をもたらす、治療ととらえる。遺伝子治療薬を直接投与では、ウイルスプラスミドを利用。 患者の細胞を取ってきて体外で遺伝子導入、再度患者さんに戻す。 ・海外で遺伝子治療が始まったことを受け、国内ではガイドラインが設定され、1995 年には北海 道大学で ADA 欠損症における治療が初めて行われた。フランスで遺伝子治療の副作用が発 覚し、2002 年にレトロウイルスを用いて遺伝子治療を行った患者さんが、ウイルスベクターによ って染色体に遺伝子を入れたことがもとで白血病を発症した。その後、指針が改まり、2004 年カ ルタヘナの施行以降はカルタヘナ法での審査も行われている。 ・対象疾患で一番大きいのはガン、続いて遺伝病が遺伝子治療のターゲットとなる。国別プロト コール数 TOP は USA、日本はランキングには登場してこないが、現在までに 40 以上のプロトコ ールが報告されている。 ・遺伝子治療臨床研究に関する指針は2つある。インフォームドコンセント等が定められている が、厚生労働大臣の意見を聞く必要があり、一件、一件審査を行っている。もうひとつはカルタ ヘナ法。 ・指針にもとづく審査の流れ。研究機関が行うものと厚生労働省、部会、審査委員会の 2 段階の 93 審査になっている。審査委員会が、カルタヘナの審査も同時に行っている。 ・わが国で承認されている遺伝子治療は 40 件ほどある。遺伝子導入ベクターに何を使っいるか が重要で、リポソームなどは、カルタヘナの審査は受けない。 ・指針に基づき、遺伝子の種類や導入方法、安全性が審査される。カルタヘナとかかわってくる。 カルタヘナ法では、増殖性ウイルス出現の可能性、患者以外に遺伝子が導入される可能性な どについて、申請資料をもとに審査を行う。 ・遺伝子治療の副作用のリスクについて、レトロウイルス変異によるもので有効例 89 人中 9 人 の方に白血病が発症した。治療効果のベネフィットが副作用を上回ったとして治療が行われて いる。 ・プラスミドやリポソームを使ったものは、カルタヘナ法規制の対象外。遺伝子導入細胞は規制 の対象外だが、遺伝子導入に用いたベクター等が体内に取り込まれずに残っている場合は規 制の対象となる。遺伝子導入を受けたヒト自体を、遺伝子組換えを受けた生物ととらえるか、ヒト だから法律の規制対象外となっている。 ・腫瘍溶解性ウイルスという、がん細胞の中だけで選択的に増殖するウイルスもカルタヘナ法 の対象となっている。 ・ICH ガイドライン 腫瘍溶解性ウイルスに対するガイドライン・・・投与を受けた患者さんからベクターなりウイルス が出た場合どうすればよいか、出さないようにするにはどうしたらよいか、外に出た場合はどう すればよいかについて示した。ウイルスやベクターの排出について、どのようにリスクを抑えて いくかという観点から規制を行う。涙、唾液などを通して体外に排出されたリスク、第三者への 伝搬のリスクをどう考えるか、このようなことを考慮すべきだ、とか第三者への伝搬について記 載した。 ・被験者に遺伝子組換え生物を投与する遺伝子治療では、患者さんは日常生活で、組換え生物 が排出するので、第一種使用にあたる。規制は被験者の生活にも支障が生じ、現実的ではな い。 ・体の中に遺伝子組換え生物を飼っているわけだが、患者さんが申請する必要はない。 ・遺伝子治療は、ヒトに対して何らかの影響を及ぼすことが前提となっている。その影響は治療 効果というプラスの面とマイナスの面がある。使用される遺伝子組換え生物は限定的。 ・環境中への拡散を最小限に抑える。ウイルスベクターの調製や保管は閉鎖系で行う。 ・被験者への投与後は、一定期間個室管理を行う。 94 ・ウイルスが感染しうる野生生物を調べる。野生型ウイルスの改変によって、特定条件下でしか 増殖しない設計を行っているので、基本的に他の生物に感染せず、やがて消滅していく。 ・突然変異により増殖能を獲得したものの影響がどれほどあるかを調べる。 ・治療目的で搭載されている遺伝子がどういう影響を及ぼすかなどの審査を行う。 ・遺伝子治療に関する臨床研究における規制 ヒトへの影響についてはこのしくみの中で審査を行っている。ヒトに感染した場合、導入遺伝子 が一過性に発現する可能性があるが、これによるヒトへの病原性は確認されていない。 ○ヒトの組換え体は対象でない。人に対する組み換え法律、指針はあるのか。 ・ヒトと他の動物を混ぜて作ってはいけないというのは、クローン等の規制法で禁止されている。 ベクターを導入した遺伝子操作治療のヒトへの使用は、とくに規制がない。生物多様性の観点と いうより投与した患者にとって影響があるかどうか、安全性、倫理性の点から審査している。 ・ヒトで実際にどれだけ環境中へ出るかを定量的に予測するのは難しく、ネズミなど動物実験に よるウイルスの体内動態などからある程度の予測をしているが、生体内分布、増殖の仕組み、 免疫応答ヒトと異なるので予測には限界がある。増殖能を獲得したアデノウイルスが出きたとし ても、自然体と同じであろうと判断している。 ○ウイルスのモニタリングに関して、エンドポイントはなにか。 ・PCR 検査で遺伝子産物が検出されるかどうかを見るのが一般的。検出限界以下の結果が複 数回にわたっていれば出ない、としている。 ・現実的に可能な範囲でリスクを最小限にする措置をとっている。使用する組換え生物の量、規 模がひとつの臨床研究の対象となる患者さんは数人、外に出て行く量は少ない。 ○治験の場合には薬事法の規制を受け、別のルールも当てはまるのではないか。 ・法律体系としては、薬事法の規制を受ける。規制当局に対して審査申請を行う。利用形態とし て患者さんに投与するということで、臨床研究、治験と同じ。我が国の遺伝子治療薬は承認され たものは1件もない。治験も限定されている。 薬事法の審査も受けるし、カルタヘナ法の第一種使用の審査も受ける。ICH の見解をご紹介し たが、組換え生物が患者の外に出ていくことをどう評価、対策をとるかという視点も含まれてい る。米国でもカルタヘナ法を批准していないがまったくの自由というのではなく、医薬品使用する 審査の中で見ている。日米欧で共通のガイドラインを作る際はカルタヘナとは別に行なってい る。 ○感染宿主だけを見て、どういう影響があるかを見るのか。 95 ・ウイルスの設計段階でかなり予測できる。環境、フィールドに対してではなく、感染宿主に対し て構造や動物実験結果から判断をしている。 ○環境中にウイルス遺伝子が残るか実験しているのか。 ・カルタヘナ法は人体に投与される前の話。人体に投与されて個室に待機する際の話。もう 1 点 は、環境中に出てもやがて消失するという話だったが、時間はどのくらいか。 ・モニタリングの評価についてはウイルスでも増殖能をもってしまったとか大きな問題はないの で、国に報告してもらって評価することやデータを収集しているということはない。環境中に出た のちの消失についてはウイルスの感染性や増殖性のリスクからやがて消滅するであろうと考え ている。 ○農水の場合は動物に投与することがあるがその場合は個室管理か。 ・基本的に同じ考え方である。外に出さないように努力し、出た場合にどういう影響があるかに ついて理論的に予測をしたり、動物実験によって予測をしたりしている。猫の遺伝子治療では投 与後何日かは隔離管理して出ないことを確認して外に出し、それ以後も見ている。 ○環境中といっても、遺伝子治療のようにほとんど出ないものや環境にばら撒くものもあり、段 階が様々である。評価手法も様々で、次年度以降にまとめることでよい。 ○High disclosure と Low disclosure で審査基準が異なるものをやることを農作物で議論中。 ○農作物の場合は、どこで栽培しても安全なように High disclosure である。Low disclosure もあ るのか。 ・基本的には輸入。日本の場合、こぼれ落ちた種が港の周りに生えることがあり、それに対して 第一種使用規定の審査をしている。 ○規制対象外の決め方を参考にするのがよい。微生物は遺伝子が水平伝播する。組換えウイ ルス造成では、非増殖型のウイルスにベクターにしている。増殖しないように遺伝子を導入して おけば、たとえ何かが起こっても移る確率は低いはず。科学的な根拠を持って遺伝子が増えな い、移らないように導入していれば極めてリスクが低い、といえるのではないか。遺伝子を導入 した細胞をヒトに使用した場合は殖えないから対象外、という例を倣えばよいのではないか。 ・遺伝子配列の中ではなく、特殊な条件下の培養として制限要因をいれるのはよい。 ・ストレプトマイシン等要求性遺伝子を入れておけば環境で生育できない。 ・自殺遺伝子を導入することは、以前、うまくいかなかった。たとえば環境中に放出されても栄養 要求性を入れるなど随分試みたが、バイオレメディエーション増殖が必要。環境中に出ても安全 でなければならない。P1、P2、P3 は漏れることを前提として「出てもリスクは低い」としている。そ 96 れがリスクの考え方ではないか。 ○漏れてもいい安全性をどう定義するか。抗原性はアレルギーが起こることか。 ・一度投与して抗体ができてしまうと二度と使えない。 ○high disclosure と low disclosure で問題に差があるか。 ・一番問題になるのは、適応度を上げること。もとのものより良く増えるよう、増殖度を増すこと。 本来なら第一種規定では認められなくなってしまう。収量や適応度を上げるような改変が行わ れるようになっている。もともとのものより増殖力が増えなければ考えなくともよい。 ○ほとんど出ることがなければ、栽培を除いた条件で認めようと議論中である。カルタヘナ法の ことから、同等性をみることになっている。 ・もともとの繁殖力を超えるようなことがなければよい。今まで野外ではびこった例はない。 ○ハザードとエンドポイントという考え方を整理していく中で議論ができるのではないか。場合に よってはもう一度戻って議論してみてもよいのではないか。 ・それに加えて exposure。どれだけ環境放出されるかと、どれだけ増えるか。そもそも環境の中 で増えないのであれば、exposure は小さいということもできるのでないか。 ・アデノウイルスの場合はほとんど許可になるルールができている。搭載遺伝子が変わっても 同じ考え方で評価できる。見えないので、そこに埋め込めば大丈夫というような使う微生物の評 価ができていればよいが。 ○他の微生物の生育を抑える場合は微生物相を見なければならないとの意見が出た。 ・バイレメで随分経験は積んできた。最初は菌の数を数えてきたがそう変わらない。分析法がな かったが、次世代シーケンサーで群衆構造がわかるようになった。基礎データから変動が見ら れれば、生態系の評価が進歩するのではないか。 4、環境省からの論点提案 / 論議の続きと整理 環境省からの論点として4つが挙げられた。 ①生物多様性影響の評価は、影響の性質や程度を的確に評価できる方法にすべき ・生物多様性影響がないことを担保しないと基本的には承認できない ・微生物は回収が難しい ②影響の対象は、絶滅危惧種に限らず、普通種も含めた評価を行うべき ・農作物については普通種についても判断している ③病原菌など人の健康に対する安全性の評価はこの検討会で議論するだけで足りるのか ・病原菌についてはこの検討会で議論するだけでは足りないのではないか 97 ④有害物質の産生性について、宿主と導入遺伝子の相互作用を見る必要があるのでは ないか ・農作物については、すきこみ試験などをして影響を見ている 5、これまでの討議からの内容および論点整理/環境影響評価方法の検討項目 ①他の微生物を減少させる性質 ・非組換え体と同等であることの評価でよいか ・微生物叢解析技術の向上→環境変化により、常に変動する→基準点 ②病原性 ・日和見感染性の評価 ・宿主、導入遺伝子の評価でよいか ③有害物質の産生性 ・アレルゲン評価→アミノ酸配列データベース ・薬剤耐性マーカーの不使用、組換え微生物、導入遺伝子の集積の排除 ④核酸を水平伝達させる性質 ・微生物で水平伝播は避けられない、宿主微生物からの遺伝子の接合伝達性の排除 ⑤その他 ・交雑種形成は新しい組換え体出現(植物)である。微生物では避けられない。 ・生合成経路改変、代謝改変でも科学的根拠を持ち、合理的に説明できる生産物について の評価でよいか。 ○微生物相としてどう捉えるかについても議論がある。厚労省では病原細菌の取り扱いについ ては別途、封じ込めレベルがあるのか。 ・詳しいことを認識していない。 ○他の微生物の増殖をおさえるのはどのレベルで影響のあるなしとすればよいのか。 ・生物多様性条約では、conservation と utilization の両方を図っていかねばならない。微生物の 保全とは何か、hazard や endpoint、exposure の考え方をまず議論しないと話が整理できないの ではないか。 ○微生物相への影響を議論している。カーボンは呼吸活性を、窒素は窒素分解能を測ろうと検 討された。OECD で組換えシュードモナス使用のときに、どうすればよいかドキュメントがある。 参考にすればよい。 ・生態系機能として全体として落ちなければよいという考え方はどうか。 98 ・バイレメの場合は、データの蓄積がある。最初の数件は厳しく規制していたが、どれも同じ時 結果だと知見ができた後は緩めた。菌そのものの毒性がなければよいのではないか。 ○生態系の基本というのは何なのか。元素循環なのか。その中でも窒素循環は大きい。菌数の 総量もそう変わってくるものでもない。 ・バイレメは経験で、基本的には病原菌が増えるか減るかを調べればいい。いい菌を入れてい るのだから。組換えが悪いわけではない。 ○生物多様性において新しい基準をどう作るかというと、バイレメもひとつの参考になるが、組 換えと同じだとするのは難しい。 ○バイレメと組換えを同じにしていくというか、科学的にどういう評価をするかと焦点を縛っても らいたい。今後の海外事例調査結果を参考に、枠組み上の評価項目に沿って科学的知見を5 つに整理したい。ある程度課題点が残ったとしても、作業仮説を組み立て、議論を進めてもらい たい。 ・バイレメとの違いは、遺伝子がどう挙動しているか。基本的にいい遺伝子を入れているので、 どこか移っても問題がないことを担保できれば、従来の知見でよいのでないか。 ・基本としてバイレメ+遺伝子が水平移動して独占的しなければ、遺伝子が拡散していかないと いうことが担保できればよいのではないか。 ○微生物では遺伝子は伝搬して拡散する。 ・その遺伝子がその微生物に役立つならば増える。拡がっても安全な遺伝子ならよいというの が一般的な生物多様性の考え方ではないか。 ・取り込まれたものがどんどん増えると困るのではないか。一般的な環境、どこの環境でも増え るということが担保されればよい。 ・この遺伝子は増えても大丈夫だという評価をしていればいいのではないか。 ○環境省は、安全でよい遺伝子ならば増えてもよいという考え方は可能か。 ・遺伝子の多様性という観点から見れば、伝搬でなく割合として、遺伝子をもつものがどんどん 増えていかなければよい。 ・程度の問題であるが、人為的なものによって地域固有の微生物、遺伝子が失われることは生 物多様性の損失と考える。ホストが一緒でも、違う遺伝子が入った別のものが増えることは生物 多様性影響と考える。微生物も生物資源であって、それが失われたことによって有用な産物が 取れなくなるようなことがあっては困る。 ○窒素固定菌をまいた時にその植物が生えやすくなってしまったとか、そういうことが前もって 99 評価できればよいのではないか。 ・遺伝子もおおもとは天然から採ったものだ。 ・そのリスクを科学的に判断できればよい。 4、第 2 回ワーキングループ会議(12/20 日開催) 1、海外調査 ・米国調査報告 (a)TSCA の概要、商業利用の申請の事例(デュポン) 出張者: 須藤 学 ((独)製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 室長) 不藤 亮介( 一般財団法人 バイオインダストリー協会 企画部) <訪問先・面談相手> (a) United States Environmental Protection Agency;EPA (米国環境保護庁) ·Office of Pollution Prevention and Toxics;OPPT (審査オフィス) Risk Assessment Division 2名 、 Chemical Control Division 1名 カリフォルニアデュポン社訪問。 ○新微生物の定義は属間ということだが、属内については No care ということか。 ・そうです。TSCA の対象外である。ガレージバイオのように一般化して流通しており、かなり自 由度は高いと思われる。 ○新微生物では 97 年以降すべて閉鎖系ということだが、生物農薬では開放系が出ているか。 ・TSCA 管轄の生物農薬の範囲では、出ていない。20 数年前の Rhizobium の例があり、TSCA 以前の承認。 ○BT 農薬の事例はどうなのか。 ・組換え植物で、USDA の管轄。USDA のインタビューが今回は叶わなかった。 ○閉鎖系といっても実際閉鎖していないのでは。 ・”Containment”という感じ。 ・施設内や制御下であっても、環境中に漏れ出ているものと捉えて環境評価をしている。 ・「少量であれば」漏れ出ていることと許容している。 ○廃液の 10-6 以下というのは、たとえば環境影響評価をした上でということか。 ・MCAN で review されて申請を通っているわけであるから、そこで環境影響評価がされたとみ ている。実際の製造現場で routine にチェックをしているようだ。申請書には“regular monitoring” 100 と書いてある。 ○10-6 以下というの、MCAN の枠組みに入れるための基準とみればいいのですね。 ・通常は加熱で菌のほとんど死ぬので加熱処理をすることが多いようだ。完全に死んだことを確 認する必要はないということでしょうか。 ○基本的には、10 種類しか商業生産していないとすると、経済産業省の方がホストは圧倒的に 多い。 ○フラスコ培養だとか産業利用だとか、培養の規模は関係ないのか。 ・研究開発のいわゆるガイドライン、NIH では規定がある。MCAN では特に規定はないが、実 際に製造現場のスケールやどのくらい人がかかわるのかに記入することになっている。何 L 以 上であれば、というような細かい規定はとくにない。 ○(b)封じ込め設備に関して、1段階Ⅰ免除の項で②の安全性担保について、評価法が確立さ れてあるのか。 ・使用してはいけない遺伝子配列や由来病原菌のリストとして確立されている。 ○③の指定された設備とは、日本で対応できる内容か。 ・ケース・バイ・ケースで、デュポンの人の話では、通常の非組み換え体を使用するような発酵 槽でよいとのことだ。つまり、ある程度漏れ出ることを許容している。 ○1%以下、10-6 以下にするとは数か、どういうことか。 ・発酵槽のヘッドスペースのエアロゾルに菌がいたとして、それがフィルターを通って外部に放 出されるが、その前後で100万分の1以下の濃度にすればよい。あるいは、液体の中に 1011 程 度の菌が存在するとして、サンプリングするときに 105 以下になっていればよいという概念である。 日本と考え方が違うのは、カルタヘナ締約国ではないアメリカ独自のものである。 ○環境省にいた時に、組換え体のシュードモナス、ライゾビウムについて、共通の OECD でドキ ュメントを作ったが、当時はケース・バイ・ケースで行なった。現在もそうか。 ・現在もそうだと思う。EPA もこれから組換え藻類を意識しているようである。 ○EPA では遺伝子組換え微生物の漏出をモニタリングしたり、環境影響を評価しているか。 ・安全な菌が少量漏れることとして問題としていない様子であった。 ○Open pond に関しては、意図的な環境放出というよりは制御下。 ・結果的に大量に環境中に出してしまうということである。 ○藻類を開放池で使うことを想定しているのか。普通の池では完全に open だが。 ・完全にクローズだとコストがかかって難しい。 101 ○プールを作るという意味ではないですよね。 ・非組み換え藻類では日本でもプールを作って行なわれている。ユーグレナが石垣の生産施設 で行なっている。 ・アメリカ Bio の Pacific Rim 会議で、藻類で燃料を作るときに従来と組換え体比較のプレゼンが あって、プレゼンのたびにその菌は組換えかどうか必ず質問に入っていた。組換えだという答え だと、regulation を考えねばならないという空気とともにため息が会場からもれた。米国において も藻類は Open pond で、具体的にはエビの養殖で使用していた塩湖に近い池を想定しており、 組換えとなると新しい regulation で行なわなければならないという認識の下に事業者、監督省庁 がいるのは間違いないと思う。 2、環境微生物の多様性 ○土だと不均一で多様になるのはわかるが、活性汚泥という水系にこれだけ多様な微生物が 出るきっかけはなにか。 ・下水道の場合、含まれる有機化合物の多様性である。あらゆる種類の有機物に対して specialist 的な微生物がでてくる。反応槽の中では、入り口と出口で有機物の濃度も変わる。混 ぜるときの基質の濃度でも多様性があらわれる。物質多様、濃度多様であろう。 ○単離培養できないとはどういう意味か。餌の競合について、微生物も野生動物のように餓死 していなくなるのか、遺伝子が無くなってしまうのか。環境と微生物との関連について、微生物 がある環境の中で優先となる事例として、たとえば船舶についた外来の微生物の赤潮や霞ヶ浦 の藻類大増殖などが挙げられるが、これらは環境の方に原因があるとしてよいか。 ・微生物は生存にいろんな戦略をとる。胞子を作る。耐久性。VBLC、生きているときは培養でき ないケース。『環境が微生物を決める』、全くその通りである。培養できないのは、何かが足りな いわけであり、栄養か、絶えずガス状基質を要求するのか、増殖に 100 年ほど時間がかかるの か、あらゆる要素を試す。嫌気培養性だとメタン発酵槽にはエレクトロンのアクセプターとなる酸 素がない。電子受容体を生産する共存微生物がいつもいないとエネルギー的に離れきれない ことになり、複合微生物系を論理的に考えやすい。しかし、好気条件ではいくらでもエレクトロン のアクセプター、や酸化剤があるのになぜ培養できないのか、自前であらゆることができるはず なのに、まだ解明されていない。 ○微生物は、環境に特有の独自の進化を遂げている種があるのか。 ・温度に関しては、日本でも温泉、富士山の頂上など多様性がある。地理性を考えると、微生物 に関しては海、大気など移動を妨げる手段がなく、数億年前から越境移動自由と考えられる。植 102 物・動物に対しての違いはあれ、あくまでも地域的な違いというのは考えにくい。 ○微生物の定義で、原核と真菌について違っていて、クリのある病原真菌が中国からアメリカに 渡って、クリをほとんど壊滅状態にした。アジアの種類には耐性があるが、他地域では絶滅に追 い込むような影響も出ている。カエルでも同様の事例がある。 ・病原菌に関しては、分かりやすい。 ○バクテリアの遺伝子を調べていると、ほぼ 100%アメリカでも同じようなものが報告されてい る。 ・多様性が非常にある活性汚泥でも、アメリカ、ヨーロッパ、日本、アジア比べても同じですので おそらくミクロ的な環境があっていれば地理的な影響はほとんどないだろう。 ○微生物の世界では、遺伝子が失われた大絶滅時代といったダーウィン的な考えがとられるの か。 ・そのような考え方は、バクテリアではしない。どこにでも同じような遺伝子があるからそう考え る材料がない。 ・化石もないので、絶滅した微生物がいるかどうか確かめられない。 ○病原菌では、宿主に依存し、離れると生きられない。宿主の地域性がでる可能性はある。 ○大絶滅時代というのはおそらくあっただろう。しかし確かめることができない。酸素が出てきた とき、嫌気性菌の多くのものは絶滅に追い込まれただろうが、検証しようがない。 ・嫌気性菌も粒子の表面に好気性菌が付着すれば、中に酸素が無くなるので絶滅したのが特に 多いとも言えない。実際、我々の腸内にもいる。 ・現在は少ない酸素でも死なないものが残っているのではないか。 3、これまでの議論を踏まえた生物多様性影響評価の基本的考え方の試案 ○「2.他の微生物を減少させる性質」で①優先的に増殖する場合、②他の微生物を抑制・減少 する物質を生産する場合、とあるが後者の場合は「4.有害物質の産生性」にあたるのではない か。 ・法律の解釈では、「4.」は動植物に対する産生性であり、微生物に対しては「2.」となる。 ○“種”、“菌種”という言葉を使用しているので、“株”、“菌株”という表現がよい。 ・動植物では、「有害物質の産生性」で微生物に与える影響を評価しているが。 ・「生物多様性影響評価実施要領」では“野生動植物に対するところだけをみる”と括弧書きで書 いてある。微生物は動植物と同一にとらえられていない。 ○実施要領をみると、植物については「有害物質の産生性」で野生動植物または微生物の生息 103 性に支障を及ぼす物質とあるが、微生物の欄を見ますと、有害物質の産生性ということで「動植 物」とあり、「他の微生物を減少させる性質」のところに有害物質の産生等により、とあるので項 目が違っているようだ。動植物に比べて微生物は科学的知見が少ないため、予防原則をいれた 慎重な考え方が必要という印象を受けた。特定の植生と共生している微生物があった場合に、 影響を与えるかどうか、適切な評価方法がないとわからないような気がする。 ・どの程度まで影響がないと評価するかコンセンサスができていない。農薬を撒いても当然土壌 も変わる、それが許されているのである。 ・植物や動物も完全にわかっているわけではない。プロダクトベースで判断しており、メカニズム をすべて解明して危険がないと判断をしているわけではない。程度の差があるが、カルタヘナ 法の下で行なっているレヴューは、わからないという前提で実施している。 ○植物のほうでは、微生物への有害物質の産生性を見ることになっていて、微生物がわかって ないとすると、微生物への産生性への影響を評価されてないという矛盾が生じるため、考えてい ただく必要がある。つまり、これまでの植物の評価も意味がない、評価もできていないということ につながる。 ○微生物がたくさんいるが、バイレメでは現在の知見を取り入れて考え、病原性のある菌は除 外した。機能から機能(function)の評価が良いのではないか。 ○環境中の微生物への影響を評価しなさい、という項目はない。Function を見ればよい。たとえ ば環境中の窒素代謝など評価すればよい。組換え微生物については十分に機能、安全性の情 報が得られているものに対して使うことで、振り分けができるのでないか。 ○“選択圧”という言葉が使われているが、一般の人にはなじみ難いので「微生物は環境が決め る」というようなニュアンスの言葉をいれるとわかりやすくなるのではないか。 5、第3回委員会(1/16日開催) 生物多様性影響評価の基本的考え方の試案を基にした継続論議 ・四つの課題ごとの意見のまとめと論点整理 (他の微生物を減少させる性質、病原性、有害物質の産生性、核酸を水平伝達する性質) 1、総論、および全体的な考え方 ・植物では、種の定義は意見が分かれるため、学会ではできるだけ何が固有種かという議論 はしないようにしている。 ・微生物においては 16SRNA でやるコンセンサスはある。学会などこの分野においては、コ 104 ンセンサスは論文ベースで話が出て、それを認めるとの流れである。 ・カルタヘナ法については、微生物を 16SRNA で決めた種の定義で第」一種の組換えかどう かを決めており、種をベースにみるということでは同じ。通常の生物だと交配があるかどうか がベースになっているのに対し、微生物はそのような概念はまったくないということを具体的 に書くとよい。 ○ここの「固有種」という言葉は、その土地に固有の種、という意味だが、微生物の場合は、 地理的な違いより植生環境の違いのほうが大きく支配しており、土地に固有のものというの は考えにくいという内容である。 ○環境省の趣旨としては、今回微生物を第一種利用するということであれば、微生物だけで なくさまざまな分野の専門家・学会の議論を今後進めて、世の中に受け入れられるかどうか 認識して議論していただきたい。 ・微生物を非常にネガティブに考えている一般市民のことも考えておきたい。 ・一般の方への情報提供を進めていくために、次のステップをどうするかについて、考えてい きたい。ある程度専門的知識をもっている層を対象に、コンセンサスを得られるよう、共通の 認識をしていただけるようにしたい。 ○安全性を十分に担保された組換え微生物をつかう場合と、十分でない場合をある程度区 別して出すことも必要だと書いたほうがよいか。 ・安全性が確かめられたもので知見を積み上げているということを示したほうが、安心市民 の方はより安心してもらえるのではないか。 ・組換え植物の時には、組換えが起こる野生種がいるかいないかで審査をされる。そのイメ ージで固有種という言葉がでてきたのではないか。微生物については、地域的な固有種に ついて考える必要はないということならば、明らかに植物とは違う考え方でよいのではない か。 ・カルタヘナ法に基づく安全性基準は、GILSP とカテゴリー1が存在する。GILSP は病原性 がないもの、カテゴリー1は、病原性が低いもの。第一種は生物学的封じ込めという概念が 導入され、全てそれがなされていると位置付けられている。安全性評価項目があり、環境 影響評価はなく微生物だけを見ている、拡散防止措置は基準を設け、ないものについては 大臣確認を行っている。環境影響評価はしていない。 ・基本的には外部に出ない前提になっている。 ・今まで二種利用では、1500~1600件の大臣確認が行なわれているが、すべてカテゴ 105 リー1 までに収まっており、毒素産生性がはっきりある遺伝子組換え微生物として産業利用 がされている事例はないと受け止めている。 ・本文の前に現状説明の項を設けて書くとよいのではないか。 ○微生物の多様性の保持についてはどうか。 ・基本的には環境因子で変動するのだということを明確に書いてあるが、カルタヘナ法では 多様性の保持がポイントであるので、明記すべき。 ・微生物への影響評価は、動物と植物に対しては、しなくていいことになっている。 ・微生物の多様性ではなく、微生物に対して有害な物質が生産されているのかどうかを見 ている。 ○環境省としてはそれでよいか。微生物は多様性を見る必要はないと明記するか。 ・微生物の多様性は何を指しているのか。種の多様性、機能の多様性、生態系の多様性。 微生物は、直接的でなくても間接的に大きな影響がある。機能の多様性は担保すべきで は。 ・機能の多様性といっても、窒素循環、炭素循環といった微生物の基本的な性質、地球環 境に悪影響を与えないということを明確に書きたい。 ○固有種の多様性はみなくてよい、ということでよいですね。 ・微生物の多様性について、時間的変動という言葉があったが、時間的推移、空間的拡が り、あるいは環境変化を整理して評価項目を浮かび上がらせていくのも意味がある。 ○第 1 種使用においては「慎重」に取り扱うべきである、という表現があるが。 ・環境省のコメントであるが、生物多様性影響を見たうえで「慎重にとり扱う」ことを全体的な 考え方に示すことで、一般の方が安心するのではないかという趣旨である。 2.他の微生物を減少させる性質 ○「多様性の評価」を「他の微生物を減少させる性質」という観点から少し検討したい。 ・他の微生物を減少させる性質については書きたい。 ・バイオレメディエーションにおいても、栄養源を入れた時は油を食うからボーンと増えるが、 油がなくなったら減る。回復すればよい、と幅を持たせればよい。 ・これも個々の種についてみる必要はなく、トータルで見ることでよいということを明記すれば よいですね。 ○絶滅種が出る、とかいった意味での多様性は考える必要があるが、「減少させる」というよ うな言葉にとらわれ過ぎず、たとえば「毒物を作る」といった項目に絞ると一般の方にもわか 106 りやすいのではないか。 ○水平伝播する際に受け取った微生物の生存能を弱める可能性もあるのではないかという のは? ・水平伝播によって受け取った微生物にとっては選択圧でマイナス効果を及ぼすことが多く、 淘汰されていく。微生物はいなくなってしまうことはありうる。 3.病原性 ○「他法令の順守が定められている。『必要に応じ』」記載は不要」とコメントがある。 ・法令順守というものがあるので、家畜に影響を与える微生物が入ってきた場合、人と農作 物と家畜を加えていただきたい。 ・カルタヘナ法では家畜や農作物は直接の対象ではない。あえて家畜、農作物対する影響と いう書き方ではなく、家畜・農作物を通して感染が拡大する可能性について考え、「必要に応 じて」評価を実施するとした。 ○環境影響評価以前に安全が担保されれば、必要ないのでは。 ・環境的に感染する可能性がない場合は外してしまってもよいのではないか。 ・組換え体を使う以前に、病原菌は使えないのではないか。環境影響評価以前にそれは省 かれているのではないか。 ・人だけを特別扱いするのではなくて、農作物と家畜も入れたらよい。 ・既知情報を最大限活用するのは大切だと思う。 ・感染実験が具体的に組めないのではやりようがない。 ○植物の感染性試験は、モデルの範囲をものすごく広げないとできないのでは。 ○今回の場合3つのケース分けがある。既知情報が最大限活用でき判断可能なもの、十分 な情報が得られないもの、病原微生物として確定されているもの。十分な情報が得られない ものについては、早い段階で申請に挙がってくる可能性が低いため、あまりこの段階でつめ る必要はないのではないか。 ・「病原性と疑われる場合について」とすればよいのではないか。 ○類縁種に病原菌がある場合は、その病原菌に対する実験し、証明すればよい。 ○感染性、病原性、毒性が疑われる場合は、調べればよい。 ・申請書があがってきて、疑われた場合はやってくだい、というのではどうか。 ○その他考慮すべき点について、重要な薬剤耐性については決まったのか。 ・WHO が提案している。 107 ○ベクター、一緒に入る遺伝子によっては、宿主の機能が変わり薬剤耐性が上がるケース が文献的にはわかっている。評価項目になくてもよいか。 ・基本的な考え方に示した文で考慮している。 4.有害物質の産生性 ○宿主の代謝系を改善するのは非常に複雑で、慎重な審査を必要とすると考えて、コメント させていただいた。「必要に応じて」を削除し、慎重に行っていただきたい。 5.核酸を水平伝播する性質 ○カルタヘナ法については、環境中の生物一式という形で承認を与えるのか? ・種が単位になっている。イヌとかネコとか。 ・とりあえず、水平伝達しない、というオプションは抑えねばならない。 ・水平伝達が起こりうる、という前提で考えねばならない。 ・雷がどんと落ちたら組換え体が一杯できているのではないだろうか。 ○水平伝達を前提にして環境中に出せば、全微生物を審査しなければならないか。 ○抗生物質耐性菌をまいた時に、それが病原菌に入ってしまったらどうするか。 ・水平伝達で移ることを前提にする、移った後のことは生態影響評価で担保する、ということ でどうか。 ・考え方を出していただければよい。 ・基本的には伝播しにくいような組換え体を作る、というのではどうか。 ・本当に普遍的にあるようなものを入れる場合にはやる必要はない。 ・自然界で当たり前のように起こっていることは、環境影響評価を必要はない。 ・オワンクラゲの GFP をカイコに入れた場合は、ハザードとみなさない、としている。 ・イベントが起こることそのものがハザードではない。起こった後で、どういう影響があるかを きちんと評価しなさい、ということ。 ・水平伝播してしまったとしても、そういう(受け取った)菌は生き残りにくいということを証明で きればよい。 ○伝達頻度評価をどうするか。 ・情報があるものを使って組換え体を作るので、あまりとっぴなものは使わないと思う。 ・「増殖優位性」は消しておけばよいと思う。 ○評価方法についての考え方として、OECD の考え方を並列表記する。供与核酸の水平伝 播によって環境微生物に新たな病原性等を与える恐れがあるか否かは、最初は文献調査や 108 データベース検索による評価でよい。 6、第4回委員会(2/24日開催) 1、欧州調査報告 欧州、イギリスとデンマークを訪問した。12 月には米国に行ったが、定量的なものはみつか らず、イギリスも同様だった。デンマークについてはガイダンス文書などの資料は入手できず ヒアリングが中心だった。 イギリスの申請時の書類、封じ込めの基準などについて紹介する。 欧州の GMO 規制の枠組みは、閉鎖性で利用するか否かで分かれる。 閉鎖系でない場合は、野外実験、EU 指令の2つの規制がある。 食品については別途レギュレーションがある。 環境放出のリスク評価については植物中心。 主要国の遺伝子組み換え技術規制の概要については表にまとめた。 米国は、属間交雑微生物が規制の対象になる。 EU の法律に対し、英国では対応する法律がある。 イギリスの環境放出については、安全衛生庁とは別に、環境食料地域省が監督省庁である。 英国の遺伝子組換え微生物の規制の概要と、英国における GMM 使用(閉鎖系)に際して求 められる通告(表)をまとめた。閉鎖系については、クラス 1 から 4 まで分かれる。 UK-Denmark の環境影響評価の考え方を示した。 ヒトの健康と環境の両方を考慮して最も有害な GMM を選び、Part 1~3 に分かれる。 UK-Denmark の水平伝搬の考え方は基本的に米国と同じ。挿入遺伝子が他の菌に移った場 合に、悪影響が起こりうるかを考える。悪影響は病原性、毒性、抗生物質耐性が増大するか どうかに注意する。 挿入遺伝子の挿入場所に関し、染色体の、栄養要求性欠損部位への挿入により、野外に出 た際のリスクを下げることを推奨している。 封じ込めの考え方は、イギリスの場合、化学的、生物学的封じ込めを明示している。 EU ではオプショナル、イギリスは EU より若干きびし目の封じ込め規制がある。 意図的な環境放出の事例については、欧州は米国より環境保護団体の対応が厳しいので、 意図的な GM 微生物の環境放出をしようという企業はない。 10 年ほど前に、DEFRA 主導で GMM の環境放出の際の環境影響を調べる目的の申請事例 109 があった。 EU の中では規制官同士の情報交換の場が一年に一回ある。参加は自由。欧州の動向につ いて知りたい場合はオブザーバー参加が可能。 {質疑応答} ○DEFRA 主導で GMM の環境放出の際の環境影響を調べる目的の申請について、審査を 受けたか? ・審査を受けたかどうかはわからない、一例だけ許可例がある。 ・低温発酵性酵母が一般に許可された。 ・EU も UK も、リスクが少なく、少量であれば環境へ漏れることを許容している。 ・メリットとデメリットを勘案して決めているようなイメージがあるのだが。 ・規制当局は、中身は知らない。普通の企業の感覚からすると、廃棄物はオートクレーブ殺 菌などはやっていると思う。 ・文科省は封じ込めレベルを決めるはっきりしたルールを示していると思う。 ・リスク評価をクラス1から4まで決めた時に、封じ込めも1から4まで対応させるようになって いる。EU のレベルでも同じようなものがあって、英国は基本的に同じもので、若干強めにし ている。 ○プラスミドを使わないことを奨励するか。 ・染色体挿入だけでは、活性や生産性が不足する場合がある。 ・コピー数増以外にも、強力発現プロモーターなどの強化方法はある。 ・現状だと、まったく接合伝達しないタイプのベクターが分解の発現系に整備されていない。 ・プラスミドを推奨しないことは現実的ではない。 ・植物と微生物の違いを強調し、プラスミドの不使用を推奨しない事にすべき。 ・新しいベクター開発の芽を摘まないほうがよい。 ・染色体とプラスミドの定義は線引きが明確ではない。この議論は課題として残す。 2、本年度調査員会の討議内容のまとめ ・これまでの委員会の議事録の内容は、藤田試案に反映されている。 ○環境微生物の多様性 ・環境中の微生物については、1%しかわかっていない。 ・微生物はジェット気流に乗って世界中を回る。 ・特定の環境に導入した微生物が、既に生息している常在微生物に競合して増殖し、生存し、 110 主要微生物になることは容易ではない。餌が大事。 ・意図的と非意図的な放出については分けて書いたらどうか。 ・環境に放出して影響するような微生物を作れば影響するが、それは非常に難しいですよ、 ということを書いた。 ・餌に応じて微生物が増える。物理的な酸素濃度などの環境に応じて、多様な微生物群が出 てくる可能性がある。通常の土壌環境では基質濃度は極めて低い。このような低栄養環境で 存続する菌は、基質親和性が低くても生きていける菌。 ・この文章は、安全性評価ということで役に立つのではないかと考える。 ・環境放出しても生きられない、餌をやらないと増えないことを言っている。 3、生物多様性影響評価の基本的考え方の試案を基にした継続論議 ・四つの課題ごとの意見のまとめと論点整理(他の微生物を減少させる性質、病原性、有害 物質の産生性、核酸を水平伝達する性質) ・環境微生物の多様性の考え方 【議論】 ・比率で見ると、菌数が増えていても他の菌は減っていない、というようなケースがある。 ・バイオレメの場合、入れた菌がワーッと増えて、他の菌が増えてない場合がある。他の微 生物は減少させていないかもしれない。 ・a の場合は特定の餌により優先的に増殖する場合。b は薬剤耐性による選択圧がかかる場 合。 ・本年はここまででよい。 ・病原性については、基本的には、データベースをきちんと参照しなさい、ということ。 ・人、家畜、農作物等に対する病原性についても十分な考慮が必要である、と全体を包括す る書き方がしてある。 ・動植物と微生物の違いを明示する。微生物の種に関する考え方。微生物における影響を評 価する際には、「全体的な考え方」で述べた種、個体群、生態系の成り立ちにおける動植物 との違いを考慮すれば・・・」のところ。 ・まず生態系への影響、次に他の微生物を減少させる性質、の方がわかりやすいのでは。 ・告示の順番になっている。 ・野生動植物への影響、カルタヘナの場合では、たとえばカイコの場合は、野生のクワコは 大丈夫か、ということのみ言っている。 111 ・カイコとクワコの交雑は起こらない。 ・カイコの場合は、クワコとの交雑性のほかに、競合性や有害物質生産するかということも評 価されている。 ・本年度検討内容から明らかになった今後論議すべき課題について、報告書には議論の内 容について、十分に盛り込む。 ・「少なくとも遺伝子組換えに用いられた供与核酸が自然界から得られたものもしくはその派 生物である限りにおいては・・・」の部分は、正確なのか。 ・もともと自然界にあるものをまねして作る合成生物学の場合、あるいは領域ごとに自然界 から必要なものを拾って作る場合などを考えて記述するのか。 ・「こうした考え方・・・・むしろ」のところまで削ってしまって、「低頻度の・・・」から始めてしまっ てはどうか。 ・基本的には、この派生物とは、通常の組換え方法で作っている場合は、OK ですよ、という スタンスをとっていただきたい。 ・OECD のドキュメントにも見られるように国際的にも支持されている、というのは妥当なのか。 その通りである。 ○来年度以降は、本報告書について別分野(生態学の学会など)の方に意見をいただき、ま た実際の審査をするために生かしていきたい。 112 【資 料 2】 【英 国 の GMM 閉 鎖 系 利 用 における通 告 事 項 (Notification)】 (要 求 事 項 ) ① 最 初 に GM 技 術 の 利 用 を 行 う 施 設 ( 研 究 所 ) に 関 す る 通 告 (Premises Notification); a) 実 施 者 の名 前 、住 所 、連 絡 法 等 b) 監 督 責 ・安 全 責 任 者 の名 前 c) b)に関 する訓 練 記 録 や資 格 等 d) 機 関 の安 全 委 員 会 の詳 細 e) GMM の利 用 が実 施 される事 業 所 (研 究 所 )の住 所 とその場 所 の概 要 f) 実 施 しようとする活 動 の性 質 g) GMM の安 全 クラス(1-4) h) クラス1の GMM の利 用 の場 合 は以 下 の情 報 を提 供 する; ・今 回 の利 用 に関 するリスク評 価 の概 要 ・上 記 リスク評 価 に関 して安 全 委 員 会 のアドバイス ・廃 棄 方 法 ・緊 急 時 の対 処 計 画 内 容 が当 局 に確 実 に通 知 されること 等 (⇒当 局 は届 出 受 領 後 10 日 以 内 に受 領 確 認 (acknowledgement)を申 請 者 に通 知 する。ただし、この受 領 通 知 は、あくまで受 領 の確 認 であり、申 請 内 容 が問 題 ないこ とを意 味 するものではない。申 請 者 は受 領 確 認 の通 知 を受 けたら直 ちに GMM の利 用 実 施 可 能 となる) ②クラス2-GMM の利 用 を伴 う活 動 に関 する通 告 (Activity Notification); a) 実 施 者 の名 前 、住 所 、連 絡 法 等 b) 当 局 より割 り当 てられた事 業 所 番 号 c) 監 督 責 ・安 全 任 者 の名 前 d) c)に関 する訓 練 記 録 や資 格 等 e) ホスト(親 )株 の情 報 f) ドナー株 の情 報 113 g) ホストベクター系 h) 改 良 に関 わる遺 伝 情 報 の由 来 と機 能 i) GMM の特 性 j) GMM を伴 う利 用 活 動 の目 的 と予 想 される結 果 k) おおよその培 養 スケール l) 封 じ込 めおよび他 の防 御 手 段 の記 述 ・廃 棄 物 管 理 (種 類 、形 状 、処 理 法 、最 終 形 態 ) ・レベル 2 封 じ込 めの封 じ込 め法 を採 用 する根 拠 m) リスク評 価 結 果 のコピー n) リスク評 価 に関 して安 全 委 員 会 のアドバイス o) 当 局 が緊 急 時 の対 処 法 を評 価 するに足 りる情 報 p) 緊 急 時 の対 処 計 画 内 容 が当 局 に確 実 に通 知 されること 等 ⇒当 局 は届 出 受 領 後 10 日 以 内 に受 領 確 認 を通 知 ⇒受 領 通 知 後 45 日 間 、HSE より何 らかの実 施 の差 し止 め等 の通 知 がなければ実 施可能 (ただし当 該 施 設 でクラス3,4の実 績 があれば受 領 通 知 後 直 ちに実 施 可 能 ) ③ ク ラ ス 3 ま た は 4 の GMM の 利 用 を 伴 う 活 動 に 関 す る 通 告 (Activity Notification); ②の要 求 事 項 に加 えて; ・設 備 ・施 設 (the installation)についての記 述 ・事 故 防 止 と緊 急 字 対 策 法 の(より詳 細 な)情 報 ・設 備 ・施 設 に起 因 するあらゆる災 害 ・安 全 設 備 、緊 急 通 知 システム、封 じ込 め設 備 を含 めた防 御 方 法 ・封 じ込 め設 備 の継 続 的 な有 効 性 を保 証 する背 策 と計 画 ・作 業 者 に対 して提 供 される情 報 の詳 細 等 ⇒当 局 は届 出 受 領 後 10 日 以 内 に受 領 確 認 を通 知 する ⇒受 領 通 知 後 30 日 ~90 日 の間 に HSE より書 面 の承 認 通 知 を受 ければ実 施 可 能 (2回 目 以 降 の申 請 については、受 領 通 知 後 30-45日 の間 に承 認 の可 否 ) 114 【資 料 3】 「遺 伝 子 組 換 え微 生 物 のリスク評 価 の様 式 」 A FORMAT FOR RISK ASSESSMENT OF GENETICALLY MODIFIED (JBA仮 訳 ) MICOORGANISMS (GMMを使 用 しようとする者 (申 請 者 )は以 下 のフォーマットに従 ってリスク評 価 を行 うこととされる。 Part 1 はすべての申 請 者 が行 うものであり、そこで安 全 性 が確 認 で きない場 合 は part 2以 降 に進 む。) 【Part 1】 (a) プロジェクトの名 称 (b) プロジェクトの科 学 的 目 標 ・この情 報 はこの活 動 の有 益 な背 景 とその意 義 を 明 らかにできる。必 須 事 項 では ない。知 的 財 産 や機 密 上 の問 題 がある場 合 は開 示 する必 要 はない。 (c) 作 成 される異 なるタイプの GMM の概 要 ・この概 要 は、1,2 のパラグラフからなりこのプロジェクトの範 囲 とこれから実 施 する 活 動 の 境 界 を 明 示 す る。 こ の 概 要 は 以 下 の 宿 主 菌 、 ベ クタ ー、 挿 入 遺 伝 子 のリ ストで補 完 される。 (i) 宿 主 微 生 物 のリスト ・菌 株 名 称 及 び由 来 する野 生 株 、ならびに無 力 化 (disablement)について記 載 (ii) ベクターのリスト ・ベクター名 称 と無 力 化 変 異 について記 載 (iii) 挿 入 遺 伝 子 機 能 のリスト ・機 能 が解 りやすいように記 載 ( 3 文 字 表 記 は 不 可 )。機 能 未 知 遺 伝 子 は既 知 ホ モログを記 載 。 115 (d) 最 も有 害 な GMM の特 定 ・ヒトの健 康 と環 境 の両 方 を考 慮 して最 も有 害 な GMM を選 ぶこと。これは宿 主 、 ベクター、挿 入 遺 伝 子 の組 合 わせの中 で考 える。どれが最 も有 害 か判 断 できない 場 合 はその旨 記 す。 (e) 今 回 評 価 対 象 とな ったすべて の GMM の 宿 主 、 ベク ター、 挿 入 遺 伝 子 に 関 し て 有 害 な性 質 は無 いと自 信 をもって言 えるか? ・答 えが、No、または不 確 かな場 合 は、次 のPart 2の設 問 意 答 えねばならない。 (f) どの最 終 GMMもヒトや環 境 に対 して有 害 性 が無 いと自 信 をもって言 えるか? ・上 記 の基 準 をすべて満 たすと判 断 したなら、class 1 とする。⇒署 名 (ただし、GMM が封 じ込 め施 設 より完 全 に漏 洩 した場 合 もリスクがないものである こと) ・基 準 を満 たさないと判 断 (またははっきりしない)場 合 、Part 2 へ。 <Background note> ・安 全 な宿 主 の例 (病 原 菌 の非 欠 損 株 は用 いるべきでない) ⅰ) E.coli K12、 ⅱ) 欠 損 型 レトロウィルス(packaging 欠 損 、自 己 不 活 化 株 等 ) ⅲ) E1 欠 損 アデノウィルス 等 ・リスクのある挿 入 遺 伝 子 の 2 つのタイプ; ⅰ) 直 接 危 害 を及 ぼすタイプ(毒 素 産 生 遺 伝 子 等 ) ⅱ) 宿 主 の持 つ形 質 に影 響 することで GMM の病 原 性 に影 響 を与 えるタイプ (病 原 性 発 現 に関 係 する遺 伝 子 やウィルスのレセプター遺 伝 子 等 ) 【Part 2】 "より詳 細 なリスク評 価 が必 要 な場 合 のフォーム " ・最 初 に ヒト 健 康 へ の 悪 影 響 を 考 察 し、 暫 定 的 な 封 じ 込 めを 策 定 し、 次 い で 環 境 影 響 を検 討 する。ただし、植 物 病 原 菌 などを用 いる場 合 は環 境 影 響 を優 先 する。 (a) ヒトの健 康 へのハザード (i) 宿 主 気 に関 するハザード (e.g. 細 菌 宿 主 やウィルスベクター) 116 ・宿 主 菌 ;ACDP の病 原 菌 リスト参 照 (レベル 2~4) ⇒感 染 経 路 、宿 主 域 、治 療 法 の有 無 等 ・弱 毒 変 異 の有 無 とその復 帰 変 異 の可 能 性 等 (ii) 挿 入 遺 伝 子 産 物 から直 接 生 まれるハザード (e.g. 毒 素 や発 がん遺 伝 子 のク ローニング) ・挿 入 遺 伝 子 が毒 素 、発 癌 遺 伝 子 、アレルゲン、ホルモン、サイトカイン等 の有 害 遺 伝 子 か 否 か? ・機 能 未 知 の場 合 はその homologue の既 知 情 報 の記 載 (iii) 既 存 の性 質 を変 えることで生 まれるハザード (e.g.病 原 性 、宿 主 域 、組 織 親 和 性 、伝 搬 経 路 、 免 疫 応 答 等 の改 変 ) ・病 原 性 決 定 因 子 ;adhesin、穿 孔 因 子 、宿 主 防 御 への抵 抗 性 因 子 等 ・宿 主 細 胞 の通 常 レセプターとは異 なる結 合 因 子 となる表 層 タンパク、膜 タンパク等 ・薬 剤 または抗 生 剤 の耐 性 遺 伝 子 (iv) 関 連 微 生 物 へ伝 搬 されることで生 まれる挿 入 因 子 の潜 在 的 ハザード ・挿 入 遺 伝 子 が遺 伝 子 伝 搬 や野 生 株 との組 換 え等 により環 境 中 へ拡 散 する懸 念 が無 いか ・その恐 れがある場 合 は環 境 へ漏 れた場 合 に、HGTが起 こるくらい長 く生 存 可 能 か? (b) ヒトの健 康 に対 するハザードを防 ぐための暫 定 的 な封 じ込 めレベルの設 定 ・ここでは 宿 主 菌 のリ スクを 制 御 するに 足 り る containment レ ベルを 決 定 す るこ と、 及 び改 変 操 作 が宿 主 のリスクを高 めるか、弱 めるか、同 じかどうかを判 断 する。 (c) 環 境 に対 するハザードの特 定 (i) 宿 主 気 に関 するハザード (e.g. 細 菌 宿 主 やウィルスベクター) ・宿 主 菌 が環 境 中 の植 物 、動 物 、昆 虫 などに感 染 性 を持 つか? (DEFRA の病 原 菌 リスト) ・弱 毒 変 異 の有 無 とその復 帰 変 異 の可 能 性 等 (ii) 挿 入 遺 伝 子 産 物 から直 接 生 まれるハザード ・挿 入 遺 伝 子 が昆 虫 や動 物 の毒 素 をコードするか?また宿 主 の代 謝 系 酵 素 を不 活 化 する物 質 を生 産 するか? (iii) 既 存 の性 質 を 変 えることで生 まれるハザード (e.g.病 原 性 、 宿 主 域 、 組 織 親 117 和 性 等 の改 変 ) ・病 原 性 決 定 因 子 ;adhesin、穿 孔 因 子 、宿 主 防 御 への抵 抗 性 因 子 等 ・宿 主 細 胞 の通 常 レセプターとは異 なる結 合 因 子 となる表 層 タンパク、膜 タンパク等 (iv) 関 連 微 生 物 へ伝 搬 されることで生 まれる挿 入 因 子 の潜 在 的 ハザード ・挿 入 遺 伝 子 が遺 伝 子 伝 搬 や野 生 株 との組 換 え等 により環 境 中 へ拡 散 する懸 念 が無 いか ・その恐 れがある場 合 は環 境 へ漏 れた場 合 に、菌 が HGTが起 こるほど長 く生 存 可 能 か? (d) 作 業 活 動 の性 質 と制 御 方 法 の再 考 (i) 作 業 はエアロゾルを発 生 する可 能 性 があるか? ・エアロゾルを発 生 する作 業 か?その場 合 は安 全 キャビネやアイソレ-ターを使 用 する。 (ii) 廃 棄 物 はどのように廃 棄 しているか? ・固 形 及 び液 系 の廃 棄 物 及 び、感 染 動 物 からの廃 棄 物 を含 む (iii) 鋭 尖 物 を使 用 する必 要 があるか? ・(例 )ガラス製 のピペットを使 用 するか? (iv) 動 物 感 染 実 験 を行 う場 合 、動 物 はGMMを輩 出 するか? (v) 植 物 感 染 実 験 を行 う場 合 、GMMの感 染 推 定 経 路 は知 られているか? ・例 えば、微 生 物 が昆 虫 由 来 であったり、排 水 系 で運 ばれるか?(温 室 の場 合 等 )。 (vi) 複 雑 な ラ イ フ サ イ ク ル を 持 つ 生 物 を 扱 う 場 合 、 と り わ け 有 害 な ラ イ フ ス テ ー ジ にある生 物 の繁 殖 を伴 うか? ・例 えば、感 染 ステージの寄 生 虫 の増 殖 や、カビの胞 子 の放 散 等 (自 然 界 では起 こり得 ない潜 在 的 な伝 搬 経 路 も考 慮 すべき)。 (vii) 殺 菌 剤 は実 際 の使 用 条 件 においてその有 効 性 が確 かめられているか ? ・例 えば組 織 培 養 液 のウィルスの処 理 に用 いる殺 菌 剤 は、呼 応 濃 度 タンパク液 中 でも効 果 があるか? (viii) 皮 膚 疾 患 ( 湿 疹 等 ) や 感 染 症 に 罹 患 し や す い 他 の 健 康 障 害 ( 免 疫 不 全 症 等 )を持 つヒトがこの作 業 を請 け負 うことがないよう定 められているか? (ix) 作 業 者 はワクチンや健 康 診 断 を受 けることになっているか ? 118 (e) 上 記 の暫 定 封 じ込 めレベルより更 に上 位 の追 加 対 策 が必 要 かどうかの検 討 ・Contained Use Regulation (Part2 of schedule 8)に、リスク評 価 の結 果 、追 加 の対 策 が必 要 と判 断 されればその対 策 を加 えることが記 されている。追 加 対 策 は以 下 の 状 況 において必 要 とされる。 (ⅰ)ヒトの健 康 に対 して有 害 性 のあるGMMのあらゆる性 質 を考 慮 する場 合 (ⅱ)環 境 を保 護 する場 合 (ⅲ)特 定 の作 業 の追 加 安 全 策 を提 供 する場 合 【Part 3.】 "最 終 的 な封 じ込 め手 段 とリスククラス( class)の設 定 " このプロジェクトの以 下 の性 質 から、クラス 1 (or2, 3, 4) と設 定 される。 ::::::::::::::::::::::::::::::::: (オリジナル文 書 ) RISK ASSESSMENT OF GENETICALLY MODIFIED MICRO -ORAGNISMS: A FORMAT THAT OFFERS ONE POSSIBLE WAY OF ACHIEVING GOOD PRACTICES 1 1 http://www.hse.gov.uk/biosafety/gmo/acgm/acgm31/paper6.pdf 119 資料4 各国の環境影響評価の基準 日本の環境影響評価項目 ①他の微生物を減少させる性質 ・競合、有害物質の産生等により他の 微生物を減少させる性質を持つか? ② 病原性 ・野生動植物に感染し、それらの野生 動植物の生息又は生育に支障を及ぼ す性質を持つか? 米国 カナダ ・標的生物または他の生物(競合者、 宿主、共生者、寄生者、病原体)に対 する相互作用や影響の記述、および群 集構造(commu-nity structure)や種の 多様性への影響(a,b) ・病原性、感染性、毒性及び病原体の 運び屋としての活動に関する記述(a) (①ヒトに対する病原性、感染性の性 質・程度、②哺乳動物に対する病原性 試験(関連性があり可能なら)、③ヒト 組織への定着性、④37℃での生育。⑤ 抗生剤などの感受性(b)) ・哺乳動物、魚、昆虫、無脊椎動物及 び植物に対する病原性、感染性(b) ・暴露の可能性のある水生及び陸生の植 物、無脊椎動物、脊椎動物に対する当該 微生物の影響試験データ ・ヒトの健康への悪影響に関わる文書、 既存病原体との差異を示すLMOの形質 ・関連微生物で有効な病原性試験による データ ・GMOに暴露したヒトに悪性の免疫反応 を起こす可能性 1/2 豪州 英国 ・GMOが放出された環境で宿主よりも 競合優位性が高まるか(導入形質が 競合性を高めるか?) ・GMOが放出場所(植物)の近縁微生 物との相互作用が知られているか? ・環境中でGMOの密度が過度に増加しな いか? 親株に比べて競合優位性が高ま らないか? 標的生物または他の生物 (競争者、餌、宿主、共生体等)との相互 作用?(b) ・親株がヒトや動植物に対して病原性 を持つか? ・GMOが親株には無いヒトに対する病 原性を持つか? ・考慮すべき潜在的な病害として;①アレ ルギ-や毒性も含めたヒトに対する疾病、 ②動植物に対する疾病、③疾病の治療や 予防手段を無効にする悪影響等(a) EU OECD ・GM菌は健康なヒトや動植物に疾病 や危害を起こすものであってはいけ ない。遺伝子改変により毒素生産性 が向上してはならず、またそれ自身 御毒素生産性があってはならない (Non-toxigenic)。遺伝子改変の結果 アレルゲン性が向上してはならず、ま たそれ自身アレルゲン性があっては ならない(Non-allerenic)。 ・ヒトや動植物の健康に関して①GMO(及 びその生産物)が毒性またはアレルギを 起こすか、②核酸供与菌や親株に比べて 病原性が高いか、③定着性は、④免疫不 (a) ・GMOが宿主には存在しないアレルゲ ・ヒトに対する毒性の有無や性質 全者に対して病原性があるか?(その場 ・GM菌は外来の有害物を持っていて ンや毒素を生産するか? ③ 有害物質の産生性 ・当該GMOやその生産物の毒性試験 ・遺伝子導入により生産が推定される副 はいけない(例えば、活性型であれ潜 ・GMOがヒトを含む他の生物に対して 合、病名と発症機構、投与量、宿主域、抗 (アレルゲン性&摂取、吸引後の免疫 生物の記述 在型であれGM菌に付随又は内在し (b) 有害(deleterious)な性質を持つ物質を 生剤耐性等) ・野生動植物の生息又は生育に支障を (b) てヒトの健康や環境に危害を与える 反応) 及ぼす物質を産生する性質を持つか? 生産するか(直接的または間接的(食 ような他の微生物等)。 ・生息場所での抗生物質の生産性(b) 物連鎖での濃縮))? ・病原性、毒素生産性、抗生物質耐性 (以下病原性等)が遺伝子伝達により拡 ④ 核酸を水平伝達する性質 ・実験または関連環境中での遺伝形質 散するか?(以下の記述も含む;①ヒト以 の伝達能力(Capacity of genetic 外の生物種に対する病原性等、②遺伝 ・法が対象とする技術により移入された transfer)(a) 子伝達能、③病原性等の拡散を促進す 核酸を野生動植物又は他の微生物に ・自然微生物集団中の遺伝子交換の る条件の特定や、導入環境・暴露環境が 伝達する性質を持つか? その条件を持ちうるか) 優占度(b) ・関連環境中での生残性と分散性、お よび検出方法。放出環境(土、水系)で の親株との生残性の比較ラボ試験 (a,b) ・ミネラル、栄養素等の生物地球化学 的循環過程における関与(例;重金属 の変換)。炭酸固定、窒素固定やセル ⑤ その他の性質や要求事項 ロース利用等への関与(a,b) ・生態系の基盤を変化させることを通じ ・想定される分解されうる汚染物質や て間接的に野生動植物等に影響を与え 環境物質(lignin等)の範囲(b) る性質等 ・汚染xenobioticの代謝経路と代謝過 程で生産される化合物の哺乳動物等 への毒性(b) ・(環境影響評価免除(段階Ⅰ,Ⅱ免除) の申請条件として)挿入遺伝子の伝達 能を不活化し、その頻度を宿主あたり 10-8以下にすることが示されている(a) (a) (出典) Microbial Products of Biotechnology;Final Regulation Under Toxic Substance Control Act(40CFR TOSCAPart725、1997) (b) Points to consider in the preparation of TSCA Biotechnology Submissions for Microorganisms,1997 ・導入遺伝子が他の生物に伝達される か?(その場合、①伝達される生物 種、頻度、伝達試験の使用菌種と選抜 基準、②伝達機構、③伝達の検出法、 ④伝達による悪影響(生存数増加や 環境リスク)) ・病原菌との相互作用(遺伝子伝達) の有無?(有の場合、病原菌の所在・ 分布と想定される影響) ・遺伝物質が他生物に自然伝達された場 合、または他生物から自然伝達された場 ・改変された遺伝物質は伝達された 時に危害を与えるものであってはい 合に起こりうる悪影響を考慮(a) けない。また自己伝達性(self transmissible)であったり、受容菌や親 ・遺伝物質がGMOから作用環境中の生物 株の遺伝子よりも高頻度で伝達され へ伝達される力、または原産生物から るものであってはいけない。 GMOへ伝達される力(b) ・挿入遺伝子が悪影響を及ぼさ ない、あるいは新奇機能を持た ない場合は、特段リスクを考慮す る必要はないとの考え方(同様 に、環境中に挿入遺伝子と同機 能の遺伝子プールが存在すると きも、水平伝達が起こりえても問 題ないとの考え方) ・GMOの以下の性質;①生活環、②病原 性等、③抗生物質耐性及び金属・農薬耐 性、④生物地球化学的循環への関与、⑤ 生存、成長、複製の条件、⑥分散機構や 分散剤との相互作用 ・暴露されうる動植物の特定と(ヒト以外 の種に対して病原性等がある場合は)そ の受容体種の特定 ・GM菌が遺伝子改変による活性が働くと の想定で他の生物と相互作用を起こす場 ・植物との共生GMOの相互作用(①共 (a) 生植物の情報、②GMOの影響(一、二 合に起こりうる悪影響を考慮 ・重大で意図しない環境放出が起こっ 次)とそのモニタ-法、③宿主域変 たとしても、環境に対する悪影響 化)、④植物の分布や存在量変化、⑤ ・GMOの予期せぬ(望まれぬ)性質が選択 (adverse effects)を、それが直接的で 植物を摂食する昆虫鳥等への影響) 的に発現する可能性(b) あれ、遅延的であれ、起こしてはいけ ・GM菌の共生した作物が、ヒト・動物 ・GMO放出で悪影響を受ける非標的生物 ない。 の食餌としての適性への影響 の特定とその作用機構(b) ・生物多様性の保存と持続的利用に関す ・生物地球化学的過程への関与(b) る環境への悪影響をおよぼす可能性 (a) Genetically modified Organisms (Contained Use) Regulations2000(Schedule 3) (b) Genetically modified Organisms (Deliberate Releaase) Regulations2002(Schedule 2) 【a,bの情報を併記】 ・GUIDANCE DOCUMENT ON HORIZONTAL GENE TRANSFER ・Directive 2009/41/EC on Contained BETWEEN BACTERIA(OECD Use of GMM (Anex Ⅱ) ENV/JM/MONO(2010) 40 (p22)) ・環境影響評価で用いられている基準や要求事項を主要国の法、規則等から検索し、日本の第一種使用環境影響評価実施要領(H15年告示第二号別表第三)の5区分に従い記載した。 121 121 資料4 各国の環境影響評価の基準 日本の環境影響評価項目 ④項の補足情報(水平伝達 に関する評価基準や要求 事項の解説) 米国 カナダ ・病原性、毒素生産、抗生物質耐性に 関する遺伝子情報には、関与する遺伝 子の数、ゲノム上の位置、(染色体上か それ以外か)、およびそれらの連鎖関係 (linkage)が含まれる。 ・遺伝子を伝達する能力に関する情報 には染色体外遺伝子因子(プラスミド 等)、染色体に組み込まれたプラスミド や転移因子、および溶原性ファージの 存在及び性質を含む。これらの因子に ついて、コピー数、宿主域、不和合性グ ループ、接合能及び転移能力、サイズ、 挿入位置の特異性、形質導入の可能 性、転移の可能性、およびもたらさられ る形質の変化等を記載。また、伝達能 力に影響しうる微生物の性質や環境条 件も記載(例えば、接合頻度を低下させ る遺伝子の存在、接合伝達もしくは形 質導入の受容菌としての性質等)。 ・ 豪州 ・リスク評価にあたって必要なGMO 情報として、 Invasiveness/infectivity(環境への 拡散、定着や感染、繁殖等)と Capacity for harm(ヒトや環境への 障害、同性、疾病等)とともに第3 の要素としてCapacity for gene transfer(改変または挿入遺伝子 が性的または水平伝達によりヒト、 動植物、微生物へ伝達すること) が挙げられている(p29)。 ・微生物に関するHGTとして、GM ワクチンから和合性ウィルスに遺 伝子物質が伝達され病原性が高 まったり宿主域が変化したウィル スができる可能性が記載されてい るのみ(p37)。 2/2 英国 ・挿入位置が他の生物に伝達されることによる 影響に加えて、組換え微生物が他からの水平 伝達によって病原性や優位性を獲得する可能 性や生物悪的封じ込めが無効化される可能性 を考慮する必要がある。 ・水平伝達の起こる頻度は、伝達性のプラスミ ド、非伝達性のプラスミド、染色体上の遺伝子 の順に低くなる。やむを得ず伝達性のプラスミ ドを用いる場合は、リスク評価と適切な管理に よる正当化が必要。 ・自然環境下で水平伝達が起こる頻度は低 い。しかし、低頻度ながらどのような遺伝子で も伝達される可能性があり(たとえ死細胞から 放出されたDNAの受動的な伝達であっても)そ の影響を無視してはならない。このため(リスク 評価にあたっては)挿入遺伝子のそのものの 性質、挿入遺伝子が選択優位性を与える可能 性の有無、および環境中で新規な配列である か豊富に存在する配列であるかを重点的に考 慮することが必要。 ・環境中に挿入遺伝子の残留をもたらす選択 圧が存在するかどうかを考慮することが重要。 薬剤耐性のような”有害”な遺伝子であっても、 その環境に自然に存在するものであれば伝達 の影響は少ないかも知れない。逆に新規性の 高い配列については伝達によって起こりうる影 響(例えば伝達によって土着の病原菌に優位 性を与えないか等)を評価するべきである。 ・遺伝子組み和え微生物の環境中での生残性 を考慮することが重要。生存期間が長いほど 水平伝達の可能性は高まる (出典) ・Guidance for the Notification and Testing of New Substances,2005 EU OECD ・遺伝子伝達が起こることが知られている生 物については、以下の3点に関する最新の 文献情報を提出する必要がある;①宿主ま たは親株がDNAを伝達または獲得する能 力、②プラスミドとその宿主域(特異性)の有 無、③抗生物質、重金属、毒素等に対する 耐性を付与する遺伝子の存在(とりわけトラ ンスポゾン、プロファージ、インテグロン及び 性的接合因子等の転移因子と関連する場 合)。 ・考慮すべき事項として、組換えDNAの品質 と存在場所(染色体上かプラスミド上?)、放 出されうる場所は環境か(動物の腸管、排 水、汚泥、堆肥?)、組換えDNAの使用環境 における安定性(pHや分解性微生物活性)、 DNAの受け手としての環境微生物の存在 等。自然形質転換は微生物(特に細菌)が生 息するあらゆる環境で起こりえる。自然形質 転換の発生確率は環境条件に左右されるた め、微生物の密度や形質転換されうる細菌 の存在を考慮する必要がある。 ・環境中の各微生物群への伝達機構 【原核生物】接合、自然形質転換及び形質導 入が知られた遺伝子伝達の過程である。接 合に必要な遺伝子因子はプラスミド、染色体 両方に存在する。その宿主範囲は変動しや すく、組換え遺伝子の環境への拡散を評価 する上で考慮しなければならない。接合はバ クテリアにおいて高頻度で起こっているの で、プラスミドや接合性トランスポゾンを保持 するGMMは徹底的な調査が必要。形質導入 (ファージ介在性の遺伝子伝達)は通常狭い 宿主範囲で起こるので、当該GMMの近縁種 について考慮すればよい(例えばE.coliに対 する腸内細菌群)。自然形質転換が起こるに は、コンピタント細胞と、(組換えの場合は)相同 配列の存在が必要になる 等。 【真核生物】糸状菌、原生生物、微小藻類に おいては、交配(mating)が通常の遺伝子伝 達の過程である。交配に必要な遺伝子因子 は染色体上に存在する。交配は性的和合性 の同種の半数体個体間で起こり、細胞融 合、核融合、組換え、減数分裂、胞子形成等 を伴う。プラスミドや他の核外遺伝因子は交 配の過程で伝達されうる。一方、ある種の糸 状菌は、細胞融合と体細胞分裂交差を伴う 疑似有性生殖(heterokarysis)により遺伝子 物質の伝達を行うことができる。そのため GMMが真核生物の場合は、交配または疑似 有性生殖を行えるかどうか、および受容環境 中に和合性の個体が存在するかどうかを明 らかにする必要がある。またGMMが二倍体 (多数体)の場合は、胞子形成能があるかど うかを考慮する必要がある。 ・Guidance of risk assessment of GM ・Risk Analysis Framework 2013 microrganisms and their products intended (Produced by; Office of the Gene The SACGM Compendium of Guidance(Part 2) for Food and feed use(EFSA2011) p13、 Technology Regulator) p28-32 ・”水平遺伝子伝達(項目④)”の環境影響評価に関連する基準や要求事項を各国所轄省庁発行の指針やガイダンス等から検索し補足情報として記載した。 123 123 第Ⅱ編 生物多様性関連の遺伝子組換え技術 の国際交渉等に係る対応 ~「合成生物学」の動向調査並びに「環境リス ク評価・管理フォーラム」の議論動向調査~ 125 第Ⅱ編 生物多様性関連の遺伝子組換え技術の国際交渉等に係る対応 ~「合成生物学」の動向調査並びに「環境リスク評価・管理フォーラム」の議論動向調査~ 概要 1.背景・経緯 我が国の遺伝子組換え技術の研究開発や産業化において重要な関わりを持つ「環境リ スク評価・管理」、特にその評価方法を規定する「ガイダンス文書」の作成についてカルタヘ ナ議定書締約国会議(MOP)等で議論されてきた。本事業においても専門家や産業界と連 携して調査・分析を行ってきたが、次の MOP7 の場でガイダンスの承認の是非や新トピック スの推薦などが議論されることが決まっている。 また、遺伝子組換え技術の進展とともに新学問・新技術としての合成生物学が発展して いるが、本技術は産業へのインパクトも大きく、バイオセキュリティ等の社会的な課題もある ことから科学者のみならず社会科学者や行政機関からも注目を集めている。また本技術が 生物多様性を含む環境に対して想定外の影響を及ぼす可能性が考慮され、生物多様性締 約国会議(COP)や MOP 等の国際交渉の場で議題として取り上げられることが予想されて いる。 2.調査研究の目的と課題 以上の状況において、合成生物学に基づき作成される微生物に関しての法規制の有無 や今後のあり方に関わる国際会議(COP 等)の場で我が国の考えを適正に反映させるため、 国内外の動向調査、分析を行う。 ・合成生物学の国内外の学会調査、研究者へのヒアリングによる調査を行う。必要に応じて専門 家のセミナー等も開催する。また国内外の合成生物学の研究者の検索・調査を行い、研究者 (研究室)リストを作成する。 ・合成生物学の多様な技術領域を考慮した上で、その領域ごとで今後検討すべき課題を抽出し 分析取りまとめを行う。 ・MOP7 へ向けて、ガイダンスに関する online forum が継続して実施されている。その議論動 向の把握に努め、我が国の対処方針等につき専門家と協同で適宜・適切に意見表明を 行う。 126 3)調査結果の概要 1.合成生物学の研究開発動向の調査研究 ①合成生物学の最近の研究動向(遺伝ネットワークのデザインや人工細胞及び哺乳動物 細胞を用いた合成生物学等)について、国内外の学会参加や研究室訪問を通して情報収集 した。また企業側からみた合成生物学への期待と課題についてレビューを行った(報告書-1. 2項) ②研究動向調査の一環として、主として国内で合成生物学を研究テーマに掲げている研 究者(研究室)に関する情報について調査分析を行いリストを作成した。また合成生物学に 関する国内外の主な学会等の情報(URL)を収集した(参考資料-3)。 2.合成生物学の社会的影響に関する調査研究 合成生物学の社会的な影響(経済・産業へのインパクト、バイオセキュリティ、知財、倫理 問題)と各国行政機関の動向について、専門家に調査・レビューを依頼した。今後もこれらに 関して継続的に調査をする必要がある(報告書-1.3項)。 3.合成生物学の法規制に関する調査研究 合成生物学について、生物多様性条約、カルタヘナ議定書及び国内担保法において今 後想定される課題について検討を加えた(報告書-1.4項)。 4.合成生物学の今後検討すべき課題に関する議論 合成生物学に関する今後の国際交渉への備えとして、本委員会で上記 1~3 の調査結果 も踏まえた上で、合成生物学の抱える課題について議論した(委員会 3 回開催)。議論ポイ ントを明確にするために合成生物学の技術領域を 6 つに分け、其々バイオセーフティ、法規 制、バイオセキュリティ等の各側面につき検討を行い、今後我が国として考慮すべき課題を 整理してとりまとめを行った。((報告書-2.1項)) 5.リスク評価オンラインフォーラム等を通じての国際議論への参加と動向調査 ①環境リスク評価ガイダンスの有効性テスト、②ガイダンスとトレーニングマニュアルの統 合パッケージの作成、③新トピックスのガイダンス作成の進め方の検討、についてのオンラ インフォーラム議論(8 回)に参加し、動向把握と適宜意見発信を行った。 127 1.「合成生物学」「環境リスク評価・管理フォーラム」に関する動向調査 1.1. 本調査研究の目的・課題及び経緯 1.1.1. 本調査研究の目的と課題 本調査研究の主な目的は、生物多様性条約締約国会議(COP)やカルタヘナ議定書締約 国会議(MOP)等の国際交渉の場において議論される環境リスク評価・リスク管理の内容、 特にガイダンス文書に関する最新の国際議論動向を把握し、技術的・専門的評価や産業へ の影響等につき評価・解析を行うことである。2012 年に開催された MOP6 では、遺伝子組換 え生物の環境へのリスク評価及びリスク管理等の議論が行われ、その取り組みの進捗が称 賛(commend)されはしたが、具体的なガイダンスの承認(endorse)には至っておらず継続的な 議論が行われている。また、従来の遺伝子組換え技術とは異なる新技術(合成生物学や新 植物育種技術等)が急速に発展し、産業への応用展開が進められつつある中でその取扱い につき COP や MOP 会議等でも議論が始まりつつある。今後、安全性と実施可能性が確保 された適切な合意に至るよう、海外における状況も踏まえた検討を産業界や学界と連携して 行っておく必要がある。 以上の状況に対応するため、2014 年度開催予定の MOP7等において議題となる事項に 関する技術 的分析等を 実施する。今年度は主 要テーマと して「 合成 生物学 (Synthetic Biology)」を取り上げる。合成生物学は新しい学問・技術領域であるが産業界へのインパク トも大きく、我が国が MOP 等での国際議論動向を的確に把握しかつ意見表明を行うことは 重要である。そこで今後の国際交渉で適切に対応できるよう、その研究開発動向(主に国内) の調査と安全面、法規制面での課題抽出を実施することとした。合わせて「環境リスク評価・ リスク管理」に関しての国際議論(オンラインフォーラム等)に参画しその議論動向に関する 調査分析を行う。なおこれら活動を推進するため、合成生物学の専門家を含めた調査委員 会を編成する(3 回の委員会開催)。 (1) 合成生物学について、①国内外の研究開発動向、②法規制の有無や必要性等につい て、産業界や学会と密接に意見交換をしつつ、動向調査及び分析を行う。具体的には、①は 学会調査、研究室訪問を含めて合成生物学の動向調査を行う。必要に応じて専門家のセミ ナーを開催する。また国内外の主な研究室・研究者の調査・リスト作成も実施する。②につい ては、カルタヘナ議定書お酔いその濃く合い法国内法との関係性を中心に議論と今後検討 すべき課題の整理を行うものとする。 128 (2) 「環境リスク評価・リスク管理オンラインフォーラム」等の議論に参画し最新情報を継続 的に収集・論点整理を行い、経産省等関係部署に情報提供・助言を行う。このことにより2014 年開催予定のカルタヘナ議定書第7回締約国会議(MOP7)等の国際交渉において我が国の 考えを適切に反映させることを目指す。具体的には、オンラインフォーラムでは3つのテーマ (①実際の場でのリスク評価でのガイダンスの有効性をテストする、②ガイダンスと別途作成 された訓練マニュアルの整合性のとれたパッケージ作成、③新トピックスのガイダンスの作成 プロセスの検討)の議論に参画する。 1.1.2.背景・経緯 (1) 新しい学問・技術分野としての「合成生物学」-COP 会議での取り扱い経緯- 合成生物学(Synthetic Biology)は、遺伝子の本体であるゲノムやタンパク質等の生体成 分を新規に設計したり、組み合わせることで生命・生物の本質的な理解を目指した新しい学 問領域である。また、既存の生物学、化学、工学等の技術が融合することで、有用物質の革 新的生産システムの構築につながることが期待され、産業応用の分野からも注目を集めて いる。 一方で、意図的ないし意図しない破壊的行為につながる可能性のある利用(デュアルユ ース)によって、ヒトや環境に重篤な影響を与えるおそれがあり、また生命を創るという観点 から生命倫理の問題も指摘されるなど社会的影響が大きい技術分野と考えられている。 さて、合成生物学が、CBD 国際交渉の場に最初に登場するのは、生物多様性条約(CBD) 第 11 回締約国会議(COP11)である。生物多様性に関わる新しい課題として、合成生物学に 関して以下の事項が決定された1。 *********************************************** 3.締約国会議は、予防的措置の原則に則り、「合成生物学」の技術に由来する生物や生産 品の生物の多様性の保全及び持続可能な利用に対する正・負の影響を考慮する必要性を 認識したうえで、事務局に対して、資源の利用性に関する以下の事項を要請する; 1 https://www.cbd.int/decision/cop/default.shtml?id=13172(Decision XI/11) 129 (a) 締約国、政府、関連国際組織、地域コミュニティー及び他の利害関係者に対して、 決議Ⅸ/29(11,12 段)に従って、生物多様性の保全及び持続可能な利用に対して影響 のある合成生物学に由来する構成物や生物及びその生産物に関する追加的な情報 を提供することを促すこと。 (b) 入手可能な関連情報を編集・統合すること。 (c) 生物多様性条約や議定書の条文や合成生物学に由来する構成物や生物及びその 生産物に関する他の協定とのギャップとオーバーラップについて検討すること。 (d) 上記の統合情報を、決議Ⅸ/29(12 段)で設定された基準をいかにしてこの課題に適 用するかを含めて、ピアレビューに供し、さらにその後の COP12 前の SBSTTA2会議で の検討ができるようにすること。 4.合成された生命、細胞、ゲノムに関わる技術の発展とそれらの生物多様性の保全及び 持続可能な利用に対する影響の科学的曖昧さを考慮して、締約国に対して予防的措置をと ることを要請し、他の政府機関に対しては同じ措置を促すものとする(以下略)。 以上の決議を受けて、事務局により合成生物学に関する 2 つのドラフト文書が作成され、ピ アレビュー用に公開されている3。また各国の政府機関や非営利組織から本文書に対して多 くの意見が出されている。そして 2014 年 6 月開催予定の SBSTTA 第 17 回会議にて、合成 生物学についての議論を今後いかに進めるかについて議論される予定となっている(なお 上記の事務局文書の翻訳を参考資料-1として収載している)。 (2) 「リスク評価とリスク管理」ガイダンスに関する決議とその後の経緯4 カルタヘナ議定書第 4 回締約国会議(2008 年 5 月、ドイツ、ボン市)で実用的にリスク評価 を行う手引書・能力開発の参考書としてのリスク評価ガイダンスを専門家グループ(以下、 AHTEG5と略記)及びオンラインフォーラム(discussion)で検討作成することが決議された。 次いで MOP5(2010 年 10 月、日本、名古屋市)で AHTEG からガイダンス(ロードマップと 新特定 LMO のリスク評価を含む)が提案された。ガイダンスは welcome(歓迎)されたが、 MOP6 に向けてガイダンスの改定のために AHTEG・オンラインフォーラムの延長が決議さ 2 3 4 5 Subsidiary Body on Scientific, Technical and Technological Advice(科学及び技術上助言に関する補助機関) http://www.cbd.int/emerging/ 経緯の詳細については、H24 年度経産省の委託事業「バイオインダストリ-安全対策事業」(1.1.2 項)を参照. 暫定技術専門家グループ AHTEG(Ad Hoc Technical Expert Group)AHTEG の委員は地域、専門家、ジェ ンダーのバランスを考慮して均等配分する。地域:アフリカ、アジア、ラテンアメリカ、西欧、東欧。 130 れ、改訂作業が実施された。 さらに、MOP6(2013 年 10 月、インド、ハイデラバード市)において、改定版ガイダンス(案) が示された。すなわち、 ⅰ)CBD 事務局から、本ガイダンスについて、endorse する、新たに AHTEG メンバーの選任、 新 LMO トッピクスのガイダンスの開発等の提案があった。 ⅱ)MOP6 での議論でガイダンスに関し以下の合意が得られ決議された。 (イ) ガイダンスに関する進展を commend(称賛)する。ガイダンスは規制的でなく、締約国 はいかなる義務も負わない。事案を基に改良するためにテストを行う。 (ロ) ガイダンスとトレーニング・マニュアルの合致パッケージの作成及び新ト LMO ピックス のガイダンスの開発の検討プロセスをオンラインフォーラム、AHTEG で検討して報告す る。 (ハ) オンラインフォーラムの延長、現 AHTEG を終了して新 AHTEG を設置する。 以上の決議を受けて、MOP6 後、上記 3 テーマ(イ、ロ、ハ)についてオンラインフォーラム 及び AHTEG メンバーによる議論が進められることとなった6。 6 http://bch.cbd.int/onlineconferences/forum_ra/discussion.shtml 131 1.2.合成生物学の研究開発動向の調査研究 1.2.1.合成生物学の国内外の最新研究動向 1.概要 この数年の合成生物学の応用先として、抗マラリヤ薬前駆体の生産が順次効率化されて きていることや7、病原体を攻撃するバクテリアの開発 8、哺乳類個体内で働く培養細胞の開 発が挙げられる。これらを達成するために、合成生物学は、部品を組み合わせて、数理モデ ルに基づきシステムを構築する、という基本概念を重視している。このような人工遺伝子回 路を構築するためにまず重要な方策が、パーツライブラリの整備である。バクテリアを用い た合成生物学では、この数年では特に、メタゲノムから有用な遺伝子発現制御系を探索す ることが注目されている。また、ゲノム編集技術で用いられるタンパク質を活用した遺伝子発 現制御も盛んに用いられている。さらに、遺伝子ネットワークのデザインにも、大規模・複雑 化を目指し、複数細胞種での分業や、予期しない動作を軽減するための方策が用いられる ようになってきた。とはいえ、モデルに基づくシミュレーションによる人工遺伝子回路を持つ 細胞の挙動と、デザインに基づき作成されたプロトタイプ人工遺伝子回路を持つ細胞の挙動 とが若干異なる場合がほとんどであり、ファインチューニングのプロセスが必要となる。また、 人工遺伝子回路は、バクテリア内のみならず、哺乳類細胞で動作可能なように、各種パーツ の開発も進んでいる。さらには、これまでのセントラルドグマで用いてきた4種類のヌクレオ チドと20種類のアミノ酸という制約を超えた合成生物学も進展してきた。これらは、長鎖 DNA 合成技術の発展と伴い、人工遺伝子回路作成に対するハードルを劇的に下げること につながるだろう。 2.パーツライブラリ整備 部品を組み合わせてシステムを構築するという基本概念に、合成生物学は基づいている。 この分野の初期から Partsregistry という、電子工学においてトランジスタなどの性能が記載さ れたカタログブックと部品を供給するパーツショップとを合わせた存在に相当するライブラリ が存在する。しかしながら、複雑なシステムを構築するためには、そのライブラリのバラエテ ィや、データベースの記載の正確さには不十分な点がある。そのため、 現在でもこの Partsregistry とは独立に、合成生物学研究に有用なパーツの開発が、多くの研究者によって 続けられている。本章では特にこの1,2年での進展が著しい、遺伝子の機能が発現する最 初のステップである RNA の生産(転写)の制御について詳述する。転写制御以外にも、翻訳 7 Paddon CJ, et al. (2013) High-level semi-synthetic production of the potent antimalarial artemisinin. Nature 496(7446):528-532. 8 Gupta S, Bram EE, & Weiss R (2013) Genetically Programmable Pathogen Sense and Destroy. Acs Synth Biol. 132 制御を行う RNA や、DNA を加工するタンパク質9も人工遺伝子回路のパーツとして頻用され ている。また、転写終結配列のカタログ化も進んでいる10。 大腸菌が DNA からタンパク質を生産する際に、RNA ポリメラーゼという酵素が DNA の ACTG からなる塩基配列情報を写し取ることで、RNA を生産する。大腸菌では、この酵素が DNA に結合する際に、シグマファクターというタンパク質群の中の一つがかかわる。そして、 それぞれのシグマファクターごとに、どのような DNA 配列に結合するかという特性が異なっ ている。多くの実験で共通して使用されるシグマファクターについて、種々のプロモーター配 列への強度の測定がさらに進んできた11。また、野生型の大腸菌は、その生理状態に応じて どのシグマファクターを使用するかを決定している。最近、様々な生物のシグマファクターを 大腸菌内で生産させ、そのシグマファクターが大腸菌内で活用可能であるかを調べた論文 が、Voigt のグループから発表された12。彼らのグループは同様に、転写を阻害するリプレッ サー・タンパク質を様々な生物のゲノム配列から同定し、これらのタンパク質が結合する DNA 配列を同定し、さらにはそれぞれの間の交差反応が少ない組み合わせを同定すること で、大腸菌内の転写制御に活用可能であることを示している 13。このような仕事は、天然のリ プレッサーを改変することに比べて14、人工遺伝子回路の構築において、より異なる DNA 配 列を使用できることに大きなメリットがある。最近のゲノム加工技術に使用されるタンパク質 群である TAL タンパク質15や CRISPER-Cas 系16も人工的な大腸菌転写制御に使用されてい る。とくに後者については、制御対象となる DNA 配列を変更した際にさらに必要となる改変 9 Bonnet J, Subsoontorn P, & Endy D (2012) Rewritable digital data storage in live cells via engineered control of recombination directionality. Proc Natl Acad Sci U S A 109(23):8884-8889. Siuti P, Yazbek J, & Lu TK (2013) Synthetic circuits integrating logic and memory in living cells. Nat Biotechnol 31(5):448-452. 10 Cambray G, Guimaraes JC, Mutalik VK, Lam C, Mai QA, Thimmaiah T, Carothers JM, Arkin AP, & Endy D (2013) Measurement and modeling of intrinsic transcription terminators. Nucleic Acids Res 41(9):5139-5148. Chen YJ, Liu P, Nielsen AA, Brophy JA, Clancy K, Peterson T, & Voigt CA (2013) Characterization of 582 natural and synthetic terminators and quantification of their design constraints. Nat Methods 10(7):659-664 11 Kosuri S, Goodman DB, Cambray G, Mutalik VK, Gao Y, Arkin AP, Endy D, & Church GM (2013) Composability of regulatory sequences controlling transcription and translation in Escherichia coli. Proc Natl Acad Sci U S A 110(34):14024-14029. Mutalik VK, et al. (2013) Quantitative estimation of activity and quality for collections of functional genetic elements. Nat Methods 10(4):347-353. 12 Rhodius VA, et al. (2013) Design of orthogonal genetic switches based on a crosstalk map of sigmas, anti-sigmas, and promoters. Mol Syst Biol 9:702. 13 Stanton BC, Nielsen AA, Tamsir A, Clancy K, Peterson T, & Voigt CA (2014) Genomic mining of prokaryotic repressors for orthogonal logic gates. Nat Chem Biol 10(2):99-105. 14 Zhan J, Ding B, Ma R, Ma X, Su X, Zhao Y, Liu Z, Wu J, & Liu H (2010) Develop reusable and combinable designs for transcriptional logic gates. Mol Syst Biol 6:388. 15 Politz MC, Copeland MF, & Pfleger BF (2013) Artificial repressors for controlling gene expression in bacteria. Chem Commun (Camb) 49(39):4325-4327. 16 Qi LS, Larson MH, Gilbert LA, Doudna JA, Weissman JS, Arkin AP, & Lim WA (2013) Repurposing CRISPR as an RNA-guided platform for sequence-specific control of gene expression. Cell 152(5):1173-1183. Bikard D, Jiang W, Samai P, Hochschild A, Zhang F, & Marraffini LA (2013) Programmable repression and activation of bacterial gene expression using an engineered CRISPR-Cas system. Nucleic Acids Res 41(15):7429-7437. 133 の手間が小さいことは注目に値する。RNA ポリメラーゼは大腸菌ゲノム由来のもののみな らず、ファージ由来のものも使用されており、これらについても野生型と変異体の併用による 回路構築がなされている17。 人工遺伝子回路の構築に際して組み合わされるパーツのライブラリを整備する際には、 パーツを並べた際に、物理的には隣接部位に配置されつつもネットワーク上では連結してい ないパーツ同士の予期しない相互作用を減らすデザインが要求される。その逆のケースとし て、有名なライブラリである BioBrick について、タンパク質分解タグと DNA バーコードの両 パーツを連結した際に、ライブラリのフォーマットによってパーツ間に挿入される配列と両パ ーツによって、プロモーター配列が生じてしまっていることが報告された18。この指摘は、今後 のライブラリデザインや整備に重要な教訓となる。 3.遺伝子ネットワークデザインの深化 合成生物学の黎明期2000年にそれぞれ発表された、2つのリプレッサーの相互抑制に よる双安定性発揮、3つのリプレッサーが順々に抑制する遺伝子発現の振動という、基本的 なネットワークのデザインから現在の研究に至るまで、遺伝子ネットワークのデザインは他 分野での知見を取り込みながら深化を続けている。 複雑な遺伝子回路を構築する際に、電子回路の複雑化に重要であるデジタルな論理演 算は重要であり、合成生物学では論理演算回路や素子の構築が進められている。遺伝子 回路の大規模化を目指して、細胞内での論理回路の多層化 19やフィード・フォワード・ループ の形成20が行われてきた。しかしながら、大規模化に伴い DNA の鎖長が長くなってしまうと いう問題が生じている。対応策の一つとして、モジュール化されたで要素で論理演算が可能 なプロモーターを構築する研究がおこなわれている21。もう一つの対応策は、1細胞当たりの 人工遺伝子回路の規模を小さくする一方、人工的な細胞間通信を行うことで多階層の大規 模論理回路を構築することである22。 17 Shis DL & Bennett MR (2013) Library of synthetic transcriptional AND gates built with split T7 RNA polymerase mutants. Proc Natl Acad Sci U S A 110(13):5028-5033. Temme K, Hill R, Segall-Shapiro TH, Moser F, & Voigt CA (2012) Modular control of multiple pathways using engineered orthogonal T7 polymerases. Nucleic Acids Res 40(17):8773-8781. 18 Yao AI, et al. (2013) Promoter element arising from the fusion of standard BioBrick parts. Acs Synth Biol 2(2):111-120. 19 Moon TS, Lou C, Tamsir A, Stanton BC, & Voigt CA (2012) Genetic programs constructed from layered logic gates in single cells. Nature 491(7423):249-253. 20 Basu S, Mehreja R, Thiberge S, Chen MT, & Weiss R (2004) Spatiotemporal control of gene expression with pulse-generating networks. Proc Natl Acad Sci U S A 101(17):6355-6360. Bleris L, Xie Z, Glass D, Adadey A, Sontag E, & Benenson Y (2011) Synthetic incoherent feedforward circuits show adaptation to the amount of their genetic template. Mol Syst Biol 7:519. 21 Ayukawa S, et al. (2010) Construction of a genetic AND gate under a new standard for assembly of genetic parts. Bmc Genomics 11 Suppl 4:S16 22 Tamsir A, Tabor JJ, & Voigt CA (2011) Robust multicellular computing using genetically encoded NOR gates and chemical 'wires'. Nature 469(7329):212-215. 134 このように、電子回路と同様に、多くの人工遺伝子回路の制御ネットワークはデジタルな 演算を基盤としているが、近年、生体高分子の得意とするアナログ性を活かした回路を用い て対数領域での計算が行われている23。この回路はこれまでの人工遺伝子回路とも接続可 能であり、広いダイナミックレンジのセンシングをより少ないパーツで達成できることが期待さ れている。 人工遺伝子回路を組み込まれた大腸菌内で生じる突然変異は回路の挙動を変化させう るため、予期しない変異を減らすデザインも進められている。例えば、発現終結を規定する 部品などで同一配列の繰り返しを避けることによって DNA 組換えを減らすことや24、同時に 発現する発現制御タンパク質の数を減らすことが提案されている25。 物質生産経路の中間産物が細胞に対して毒性を持ってしまう問題に対して、中間産物の 過剰な蓄積を防ぐ方策も行われている。Keasling らのグループは、中間産物の与えるストレ スに合わせて代謝酵素の生産量を調節するために、ストレス誘導プロモーターによって代謝 酵素を発現させる動的な制御を行った26。 4.遺伝子ネットワークのプロトタイプ構築後の調整 合成生物学における人工遺伝子回路の構築においても、電子工学による製品の開発と 同様、汎用部品を組み合わせた回路のプロトタイプを構築した後にチューンアップを行うこと が重要である。また、細胞内に共存する多種多数の因子の影響によって、人工遺伝子回路 の細胞内での実際の挙動が回路の数理モデルの挙動と若干乖離することが現状では頻繁 にあるということからも、チューンアップは重要である。また、乖離を減らすためにモデリング に新たな要素を組み込むことも行われている。 恒常発現するプロモーターは配列による文献やデータベースに記された通りの mRNA 生 産量をもたらすことが多い一方、リボソーム結合配列は周辺配列の影響を強く受けてしまう ため27、リボソーム結合配列のみの調整によるチューンアップは難しい。一つの対応策として、 リボソーム結合配列と翻訳開始コドンの間の短い配列の繰り返しの数によって発現量を調 節することが行われている 28。別の対応策は、プロモーター、mRNA 非翻訳領域、レポータ 23 Daniel R, Rubens JR, Sarpeshkar R, & Lu TK (2013) Synthetic analog computation in living cells. Nature 497(7451):619-623. 24 Sleight SC, Bartley BA, Lieviant JA, & Sauro HM (2010) Designing and engineering evolutionary robust genetic circuits. J Biol Eng 4:12. 25 Sleight SC & Sauro HM (2013) Visualization of evolutionary stability dynamics and competitive fitness of Escherichia coli engineered with randomized multigene circuits. Acs Synth Biol 2(9):519-528. 26 Dahl RH, et al. (2013) Engineering dynamic pathway regulation using stress-response promoters. Nat Biotechnol 31(11):1039-1046. 27 Kosuri S, Goodman DB, Cambray G, Mutalik VK, Gao Y, Arkin AP, Endy D, & Church GM (2013) Composability of regulatory sequences controlling transcription and translation in Escherichia coli. Proc Natl Acad Sci U S A 110(34):14024-14029. 28 Egbert RG & Klavins E (2012) Fine-tuning gene networks using simple sequence repeats. Proc Natl Acad Sci U S A 109(42):16817-16822. 135 ータンパク質の配列をセットとして、非翻訳領域の配列のみを変化させた場合のレポーター 活性の変化をカタログ化することである29。さらに別の対応策として、本命となるタンパク質コ ード配列とそのリボソーム結合配列上流に、リーダーペプチドコード配列を付加することで、 本命となるタンパク量のリボソーム結合配列の変化による生産量変化が予想通りになる場 合が多くなることが示された30。転写因子やリボソーム結合配列の最適化が、物質生産のた めの人工遺伝子回路の構築に重要であることはごく最近の論文でも頻繁に示されている31。 生体内の反応の非線形性が、遺伝子回路の挙動の決定に深くかかわっていることが知ら れている。この非線形性を変化させる試みとして、遺伝子発現制御領域近辺に結合するタン パク質の結合配列と同じ配列を、多数回繰り返して別の部位に”デコイ(おとり)“として配置 することも行われている32。 人工遺伝子回路はプラスミド上に構築されることも多く、その場合、細胞当たりのプラスミ ド DNA コピー数が、人工遺伝子回路の性能に大きくかかわる。プラスミドの複製に必要なタ ンパク質の量を調節することで性能をチューンアップできることが近年報告された33。 人工遺伝子回路の細胞内での実際の挙動と数理モデルとの挙動の乖離を減らすために、 数理モデルの精緻化も必要である。Del Vecchio らは、内在性の RNA ポリメラーゼを人工遺 伝子回路の構成要素が奪い合うことで人工遺伝子回路からの発現量が変化してしまう、と いう現象を数理モデルに取り込むことで、この乖離を減らすことができることを示した34。 物質生産の最適化のために、配列にランダム変異を導入し、生産量が向上した変異体を 選択し、さらに次ラウンドの変異と選択を繰り返す、という進化工学が広く行われてきている。 近年の進化工学で、物質生産量が低い間は大胆に変異を導入し、比較的生産量が向上し た変異体を見出したのちには変異率を下げて進化工学を進める、という戦略が行われてい る35。 29 Mutalik VK, et al. (2013) Quantitative estimation of activity and quality for collections of functional genetic elements. Nat Methods 10(4):347-353. 30 Mutalik VK, et al. (2013) Precise and reliable gene expression via standard transcription and translation initiation elements. Nat Methods 10(4):354-360. 31 Dietrich JA, Shis DL, Alikhani A, & Keasling JD (2013) Transcription factor-based screens and synthetic selections for microbial small-molecule biosynthesis. Acs Synth Biol 2(1):47-58. Nowroozi FF, Baidoo EE, Ermakov S, Redding-Johanson AM, Batth TS, Petzold CJ, & Keasling JD (2014) Metabolic pathway optimization using ribosome binding site variants and combinatorial gene assembly. Appl Microbiol Biotechnol 98(4):1567-1581. 32 Lee TH & Maheshri N (2012) A regulatory role for repeated decoy transcription factor binding sites in target gene expression. Mol Syst Biol 8:576. 33 Kittleson JT, Cheung S, & Anderson JC (2011) Rapid optimization of gene dosage in E. coli using DIAL strains. J Biol Eng 5:10. 34 Jayanthi S, Nilgiriwala KS, & Del Vecchio D (2013) Retroactivity controls the temporal dynamics of gene transcription. Acs Synth Biol 2(8):431-441. 35 Chou HH & Keasling JD (2013) Programming adaptive control to evolve increased metabolite production. Nat Commun 4:2595. 136 5.哺乳類細胞を活用した合成生物学 哺乳類細胞に対する合成生物学の活用は、バクテリア内の人工遺伝子回路の研究の進 展と同様な発現制御タンパク質の開発や論理回路の構築に加え、細胞内の局在の制御な ども行われている。また、人工遺伝子回路を組み込んだ細胞をビーズに封入して動物腹腔 内に投入し、個体の生理機能を制御可能なことも多数の例で示されてきている。 工学的に活用可能な transgene の発現調節系を開発してきた Fussenegger のグループは、 各所で開発されている翻訳制御モチーフと組み合わせて、論理回路の構築を続けている 36。 また、他のグループも、ゲノム操作にも活用されている Zn フィンガーモチーフや TAL タンパ ク質を転写活性化モチーフや抑制モチーフと結合させることで、論理回路や双安定回路の 構築を行っている37。多数のパーツを集積する手法として、Weiss のグループは、プロモータ ーを持つプラスミドやタンパク質コード配列を持つプラスミドを Gateway 法で集積した後、 Gibson アセンブリによってさらに集積して、11個の転写単位を保持する 64kb の DNA を構 築し、この機能を確認している 38。タンパク質の生産のみならず、局在化も哺乳細胞の機能 を制御するために重要である。これまでもタンパク質の二量体化を操作する薬剤として rapamycin が用いられてきたが、これと併用可能な系としてジベレリン誘導体とこれに結合す るタンパク質が活用され、2種の薬剤を用いた論理演算がデモンストレーションされている 39。 また、細胞間の人工的な小分子を用いた通信系として、トリプトファンを用いた系が報告され ている40。さらに、個体内の状況に応じて遺伝子の活性化・抑制を行うことを目指して種々の 制御系が開発され、胆汁酸に反応するものも報告されている41。 人工遺伝子回路を組み込んだ細胞を活用することで、合成生物学アプローチによって個 体の生理機能を制御できる系の報告の蓄積が進んでいる。Fussenegger のグループは、人 工遺伝子回路を持つ培養細胞をアルギン酸ビーズに封入し、これをモデル動物の腹腔内に 配置することで、種々のデモンストレーションを行っている。例えば、承認済みの高血圧薬で ある guanabenz (Wytensin)が人工遺伝子回路を活性化して生理機能を持つペプチド GLP-お よび leptin の2つを融合したタンパク質を分泌する系では、それぞれの機能により高血圧と 36 Auslander S, Auslander D, Muller M, Wieland M, & Fussenegger M (2012) Programmable single-cell mammalian biocomputers. Nature 487(7405):123-127. 37 Lohmueller JJ, Armel TZ, & Silver PA (2012) A tunable zinc finger-based framework for Boolean logic computation in mammalian cells. Nucleic Acids Res 40(11):5180-5187. Gaber R, Lebar T, Majerle A, Ster B, Dobnikar A, Bencina M, & Jerala R (2014) Designable DNA-binding domains enable construction of logic circuits in mammalian cells. Nat Chem Biol 10(3):203-208. 38 Guye P, Li Y, Wroblewska L, Duportet X, & Weiss R (2013) Rapid, modular and reliable construction of complex mammalian gene circuits. Nucleic Acids Res 41(16):e156. 39 Miyamoto T, et al. (2012) Rapid and orthogonal logic gating with a gibberellin-induced dimerization system. Nat Chem Biol 8(5):465-470. 40 Bacchus W, Lang M, El-Baba MD, Weber W, Stelling J, & Fussenegger M (2012) Synthetic two-way communication between mammalian cells. Nat Biotechnol 30(10):991-996. 41 Rossger K, Charpin-El-Hamri G, & Fussenegger M (2014) Bile acid-controlled transgene expression in mammalian cells and mice. Metab Eng 21:81-90. 137 高血糖の症状を緩和できることを示した 42。また、ドーパミン濃度に応じて同様のタンパク質 分泌を行うことで、種々の刺激に応じた脳活動の結果として生理機能を操作するできること も 示 し て い る 43 。 ま た 、 脂 質 濃 度 に 依 存 し て 、 臨 床 承 認 さ れ て い る ペ プ チ ド ホ ル モ ン pramlintide の分泌を行うことで、この作用である食欲減退がモデルマウスに生じることを確 認している44。同様の個体に対する操作は、個体内環境のセンシングによるものだけでなく、 光遺伝学の技術45や電磁波による局所的な加熱など 46積極的な介入によっても行われてい る。 6.セントラルドグマに用いる核酸・アミノ酸の種類の変更 ほとんどすべての生物は、4種類の核酸塩基と20種類のアミノ酸を使用する遺伝暗号に よって、リボソーム上でのタンパク質合成を行っている。2000年ごろから研究が再び盛ん になった遺伝暗号の改変にも、近年新たな進展がみられている。 新たな種類のアミノ酸を導入された遺伝暗号改変は、2000年ごろに新規アミノアシル tRNA 合成酵素の活用が可能になり47、近年では動物個体での遺伝暗号改変も可能になっ ている48。また、非天然アミノ酸を組みこむ遺伝暗号を持つバクテリアによって生産された成 長ホルモンの作用を検証し49、承認を目指す動きもある。一方、アミノ酸の数を減らす単純化 遺伝暗号の開発とタンパク質工学への活用も進んでいる50。 核酸の構造を変化させた分子を活用した進化分子工学も進展している。平尾らの研究グ 42 Ye H, Charpin-El Hamri G, Zwicky K, Christen M, Folcher M, & Fussenegger M (2013) Pharmaceutically controlled designer circuit for the treatment of the metabolic syndrome. Proceedings of the National Academy of Sciences 110(1):141-146. 43 Rössger K, Charpin-El Hamri G, & Fussenegger M (2013) Reward-based hypertension control by a synthetic brain–dopamine interface. Proceedings of the National Academy of Sciences. 44 Rossger K, Charpin-El-Hamri G, & Fussenegger M (2013) A closed-loop synthetic gene circuit for the treatment of diet-induced obesity in mice. Nat Commun 4:2825. 45 Wang X, Chen X, & Yang Y (2012) Spatiotemporal control of gene expression by a light-switchable transgene system. Nat Methods 9(3):266-269. Ye H, Daoud-El Baba M, Peng RW, & Fussenegger M (2011) A synthetic optogenetic transcription device enhances blood-glucose homeostasis in mice. Science 332(6037):1565-1568. 46 Stanley SA, Gagner JE, Damanpour S, Yoshida M, Dordick JS, & Friedman JM (2012) Radio-wave heating of iron oxide nanoparticles can regulate plasma glucose in mice. Science 336(6081):604-608. 47 Wang L, Brock A, Herberich B, & Schultz PG (2001) Expanding the genetic code of Escherichia coli. Science 292(5516):498-500. Kiga D, et al. (2002) An engineered Escherichia coli tyrosyl-tRNA synthetase for site-specific incorporation of an unnatural amino acid into proteins in eukaryotic translation and its application in a wheat germ cell-free system. Proc Natl Acad Sci U S A 99(15):9715-9720. 48 Greiss S & Chin JW (2011) Expanding the genetic code of an animal. J Am Chem Soc 133(36):14196-14199. Bianco A, Townsley FM, Greiss S, Lang K, & Chin JW (2012) Expanding the genetic code of Drosophila melanogaster. Nat Chem Biol 8(9):748-750. 49 Cho H, et al. (2011) Optimized clinical performance of growth hormone with an expanded genetic code. Proc Natl Acad Sci U S A 108(22):9060-9065. 50 Kawahara-Kobayashi A, et al. (2012) Simplification of the genetic code: restricted diversity of genetically encoded amino acids. Nucleic Acids Res 40(20):10576-10584. Amikura K, Sakai Y, Asami S, & Kiga D (2013) Multiple Amino Acid-Excluded Genetic Codes for Protein Engineering Using Multiple Sets of tRNA Variants. Acs Synth Biol. 138 ループは、新たなヌクレオチドの開発により、DNA に使用する塩基の種類を増やした進化分 子工学により、これまでよりも結合能力が向上したアプタマーを得ることに成功している 51。 また、ポリメラーゼを改変することにより、ヌクレオチドの糖の部分をデオキシリボースから別 の糖へと置換した誘導体をポリメラーゼの基質とすることが可能になった。これらを用いた 進化工学によるアプタマーの創出も行われている52。 7.おわりに これまでに述べたように、合成生物学に活用可能な種々の部品の開発と、これらを組み 合わせるデザイン戦略が進展している。さらに、電子的に人工遺伝子回路の DNA 配列をデ ザインし、この配列情報から長鎖 DNA を合成する研究もつづけられている。Venter 研究所 による化学合成 DNA を組み合わせたゲノム DNA 調製に続き53、酵母のゲノムを化学合成 由来の DNA で置換するプロジェクトも、染色体の一部を合成した論文の公表後 54、米英中 の国際共同研究として進んでいる(http://syntheticyeast.org/)。技術革新によるコストの低減 により、これまでの30年間でパーソナルコンピューターの普及とプログラミング環境の進展 によってコンピュータープログラムの開発が容易になったと同じように、より多種複雑な人工 遺伝子回路の開発が、さらに加速しながら進展してゆくだろう。また、大規模な人工遺伝子 回路の構築には数理モデルの活用とコンピューター・シミュレーションによる予測がますます 重要となることも間違いない。その端緒として、マイコプラズマの全細胞シミュレーションが注 目されている55。ただし、合成生物学アプローチによる成果の産業化には多くの特許がかか わることが想定される。動画圧縮技術 MPEG がパテントプールによってより普及したように、 合成生物学にも知財面での進展が望まれる。その端緒として、MPEG のパテントプール管 理団体が、遺伝子診断のパテントプール構築を進めている動きは興味深く、今後の注視が 必要であろう。さらに、全ての合成生物学研究の前提として、物質生産の段階ですら正しく 社会とかかわることの重要性が改めて指摘されていることを忘れてはならない56。 51 Kimoto M, Yamashige R, Matsunaga K-i, Yokoyama S, & Hirao I (2013) Generation of high-affinity DNA aptamers using an expanded genetic alphabet. Nat Biotech 31(5):453-457. 52 Pinheiro VB, et al. (2012) Synthetic Genetic Polymers Capable of Heredity and Evolution. Science 336(6079):341-344. 53 Gibson DG, et al. (2010) Creation of a bacterial cell controlled by a chemically synthesized genome. Science 329(5987):52-56. 54 Dymond JS, et al. (2011) Synthetic chromosome arms function in yeast and generate phenotypic diversity by design. Nature 477(7365):471-476. 55 Karr JR, Sanghvi JC, Macklin DN, Gutschow MV, Jacobs JM, Bolival B, Jr., Assad-Garcia N, Glass JI, & Covert MW (2012) A whole-cell computational model predicts phenotype from genotype. Cell 150(2):389-401. 56 Hayden EC (2014) Synthetic-biology firms shift focus. Nature 505(7485):598. 139 1.2.2.人工細胞の研究開発動向 1.はじめに 生命の最小単位である細胞を人工的に作り出そうという「人工細胞 Protocell」の研究が急 速に進んでいる。細胞が持つ細胞膜やタンパク質合成、遺伝情報、自己複製能力などを人 工的に再現し、生命に近づけていこうとする研究である。すでにいくつかの要素技術が構築 されており、将来天然の細胞と同じ機能を持つ「人工細胞」の実現も不可能ではないと考え られている。本稿では合成生物学の一つの領域である人工細胞研究について、これまでの 国内外の研究開発の経緯も踏まえて現在の状況を調査した内容を概説する。現況としてど の程度まで「人工細胞」の構築が可能となってきているのか、またこれまで得られた知見や 技術の限界点や課題についても考察したい。 2.何故、人工細胞の研究を行うのか? 研究の意義は大きく2つあると考えられる。まず一つ目は、生物・生命への深い理解が得 られることである。従来の生物学が、生体を観察・分析することで、生物を理解しようとする のに対して、人工細胞研究は、天然細胞に近いものを再現することで生命の本質的な理解 を得ようとするアプローチである。このような何か”もの”を作ってみるという工学的な方法を とることで、従来の観察・解析中心の生物学では困難な、生物をより深いレベルで理解する ことが期待される。これは中世の錬金術が近代化学の礎となったように、人工細胞研究が 将来の生物学の主流となる可能性を秘めている。 もう一つの意義は、より実際的でバイオ産業との関わりが強い。現在人類が利用している 複雑な構造の化合物(医薬、化成品他)の多くは、未だ生物体からしか作り出すことができ ない。そのため人類はその生物を育種や遺伝子改変等手を加えることによって生産効率を 高める努力をしている。しかし天然の生物はその進化の過程で、細胞内の遺伝子情報や代 謝ネットワークが高度に複雑化しており、思い通りの改良が困難なことが多く、また予期しな い遺伝子変化を起こすリスクがあると考えられる。これに対して、人工細胞は基本的に既知 の成分だけで構成された単純な構造を持つため、代謝の制御や遺伝的改変が容易に行うこ とができると期待される。将来この技術がより進化し・洗練されれば、生物の有用な点だけを 切り取ってこの厳密にコントロールされた人工細胞に組み込むことで、これまで製造困難な 化合物を生産することができるようになるかもしれない。 140 3.”人工細胞”に求められる性質 -細胞であるための3つの要件- ショスタックらは 2001 年に、細胞として最低限備えていなければならない要件として、「境 界」「情報」「触媒」の 3 つを提唱している57。すなわち、まず外部から細胞内部を守る入れ物 としての細胞膜(境界)で囲まれていること、2つ目はその内側にある細胞の性質を規定する 遺伝子(情報)を持つこと、3つ目は細胞の代謝活動を担う酵素触媒反応系である。これら3 つの要素が統合されて初めて、増殖、進化といった一個の細胞としての基本的活動を維持 できると考えられる(図 1)。なお、ここで酵素触媒反応系を、さらにタンパク翻訳系(遺伝子 ⇒タンパク)とエネルギー獲得等に関わる合成・分解酵素系の2つの機能に分けて考える場 合がある。 また人工細胞の発展系として細胞膜に細菌の鞭毛タンパクを発現させて運動性を与えた り、匂いを認識するタンパクを発現させた人工細胞センサー等、より生物らしさを志向した研 究もある。さらに、多細胞性の臓器、器官等の組織形成を目指して、2 次元または 3 次元細 胞組織の構築を行う研究も活発である。そこでは、組織形成の基盤としての細胞(間)ファイ バー設計や異種細胞同士の階層的集積(プリンティング)等のナノ技術の開発 58が進められ ている。また動物のホルモン、フェロモン等化学分子を介した細胞間情報伝達機構や、体内 時計、体節時計等などの動的で複雑な生命現象の解析(同定)と応用(制御・再構築)が進 められている。しかしこれらすべてを網羅することは筆者の力量を超えるので、本章では上 記の“細胞であるための要件(ショスタック3要素)“に絞って以下述べることとする。 57 58 J. Szostak.et al. Nature, 409, 387 (2001) http://www.hybrid.iis.u-tokyo.ac.jp/research/3dtissue 141 4.人工細胞の容器を作る 4.1.膜を作る 天然の細胞はその内と外を隔てるための区画として、リン脂質と膜タンパク質からなる細 胞膜(cell membrane)を持っている。リン脂質は親水性の頭部と疎水性の尾部からなる両親 媒性分子であり、水中では頭部を外側に向けた2分子膜を自発的に形成する(図 2)。 このような脂質二重膜からなるリポソーム(liposome;小胞)は人工的に合成が可能であり、 現在では実験用だけでなく、医薬品や化粧品のキャリヤ-とし広く利用されている。リポソー ムは膜タンパクを持たないこと以外は天然の細胞膜と同じであるので人工細胞の容器として 最も適している。細胞活動を担う酵素や栄養源を含んだ溶液を封入したリポゾームを作成す るには、水和法、凍結細胞法、界面通過法、薄膜膨潤法等のいくつかの方法が開発されて いる5960。人工細胞の機能はそのリポソームのサイズや内封液量に大きく依存するため、人 工細胞の個々の目的にあう作成条件が検討されている。現在のところ巨大分子の封入効率 が高く、サイズの大きいリポソームが作りやすい界面通過法が最も適しているといわれる61。 4.2.細胞膜を測る 細胞生物学では、細胞の形態や特性を計る技術としては、蛍光検出能を備えた顕微鏡を 用いるのが定法である。しかし人工細胞研究では多数の細胞を定量的に調べる必要があり、 59 60 61 K.Nishimura et al.,Langmuir,25, 10439 (2009) 菅原正, 化学 2012 年(67 巻)2 月号 S.Pautot et al.,Langmuir, 19, 2870 (2003) 142 顕微鏡だけでは不十分と考えられる。そこで顕微鏡とともに蛍光セルソーターの活用が検討 されている(阪大四方研等)62。蛍光セルソーターは、蛍光標識された細胞にレーザーを当て、 その蛍光・散乱光を測定することで個々のリポソーム(人工細胞)のサイズ・形状、また内部 で起こっている生化学反応を定量的かつ高速(数万細胞/秒)に測定することができる。また 2 種類の蛍光標識で別々の細胞をラベルすることで、例えば細胞融合等の変化を追跡するこ とも可能となる。このような研究をサポート技術の開発も人工細胞研究を進展させる上で重 要である。 4.3.細胞に栄養を与える 人工細胞の利用する際に考慮すべきことの一つに、栄養源の供給の問題がある。リポソ ーム内の容量が限られているため(fL レベル;10-15 リッター)、それらが細胞活動により消費 されてしまうと反応が止まってしまう。そのため何らかの方法で追加の栄養物質を供給する 必要がある。 リポソーム膜はタンパクなどの巨大分子は透過しないが、疎水性アミノ酸などの一部の低 分子物質は膜を通過できるので、外部から反応に必要な低分子成分を供給することができ る。またより積極的に、リポソーム二重膜にチヤンネル機能を持つ膜タンパクを組み込むこ とでより多様な分子の取り込みを目指す検討も行われている63。 他の試みとして、脂質膜同士の「融合」現象を利用した方法も検討されている。ここでは栄 養成分を含んだリポソーム液を餌として供給する。あらかじめこの餌のリポソーム膜を目的 のリポソームと反対の荷電を持つように修飾しておくことで、効率的に融合が誘導される64。 4.4.膜を自発的に分裂させる 人工細胞膜が、生物により近い形質を持つためには、自発的に分裂することが必要にな る。先行研究として、Szostak や Luisi らにより原始細胞の構築に関するモデルとして、主に脂 肪酸を構成分子とした小胞膜の作出が行われている 65。ただし、彼らの方式は、分裂に際し て小フィルターを通す等の物理的処理を用いる等で、実際に起こりえるかという点で課題が 62 角南武志他, 「人工細胞の構築に向けて」p71, 2013 (NTS 出版), http://www-symbio.ist.osaka-u.ac.jp/research/tech03.html 63 S.Kobori,.et al., Mol Biosyst , 9, 1282 (2013), V. Noireaux et al., Proc Natl Acad Sci U S A, 108, 3473, (2011) 64 F.Caschera et al., J.Colloid.Interface Sci., 345, 561 (2010), F.Caschera et al.,Langmuir, 27, 13082 (2011) 65 P.Walde, et al., J.Am.Chem.Soc., 116, 11649 (1994); MM.Hanczyc et al., Science 302:618 (2003); I.Chen et al,,Science, 305, 474(2004); S.Mansy et al.,Nature 454, 122 (2008) 143 ある。 近年、四方らは、高濃度の高分子化合物(デキストリン等)をリポソーム内に保持させるこ とで、膜同士の融合に際して膜余りの状態になり、自発的に形態変化(出芽)を起こす現象 を見出した。これはエントロピ-増大の法則に従って膜が変形することによって引き起こされ る現象であり膜分子の化学的性質には依存しない。そのためこの普遍的プロセスは原始細 胞膜が成長・分裂能を獲得する過程を説明できるモデルになるのではないかと考えられて いる。またこの現象を応用することで将来分裂能を持った人工細胞を設計できることが期待 されている66。 一方天然脂質ではないが、菅原ら(東大、現神奈川大)は、人工脂質(下図)を用いた膜 が自発的に成長。分裂する現象を見出した 67。外部から脂質原料(V*)を添加するとその内 部に取り込んだ後、膜に局在する触媒分子(C)により、膜分子(V)に変換されて、膜が肥大 化する。ある程度以上膜が大きくなると不安定化し分裂を起こし自らの数を増やすという(自 己生産するベシクルモデル)。またこれに DNA(情報)とそれを増幅させる酵素系(PCR)をこ のベシクル内に封入し、高熱サイクルをかけることで「DNA 増幅が可能で自己生産できる膜 構造体」を作成した(5.1項) 68。これは生命に必須と考えられるタンパク翻訳系などの酵素 やタンパク、RNA などを含まず、比較的単純な人工脂質と DNA を主体として、人工細胞が 構築できたことになる。そのため膜ベシクルのような「境界」を作る膜構造こそが生命誕生の 鍵であるとする Lipid-world 仮説を支持する実験例であるとの主張がある。 66 67 68 H.Terasawa et al., Proc Natl Acad Sci U S A, 109, 5942, (2012)、 http://www.js.jst.go.jp/erato/yomo/result.html T.Takakura et al Langmuir, 20, 3834 (2004) K. Kurihara et al., Nat Chem, 3, 775 (2011); http://rcis.c.u-tokyo.ac.jp/SugawaraLab/news1109/ 144 4.5.膜による区画化の役割 膜区画は細胞の内と外を隔て、細胞機能を担う生体成分を内部に保持する容器としての 役割が基本である。しかし最近の研究結果から、区画はただの容器ではなく内部反応に何 らかの有利な効果をもたらすことがわかってきた。 反応阻害物質の排斥効果; これは、区画化により生体反応に対する阻害物質の作用を のぞくことができる排斥効果である。反応液に少数の阻害物質が含まれている場合に、阻 害物質の分子数よりも多くの数の区画(例えば W/O エマルジョンで形成された多数の微小 な小胞)に封入すると、阻害物質を含まない区画が生じることになる。そのような区画内では、 区画化以前より反応が促進されることになる。実際にこのような効果を観察した事例が報告 されている69。 濃縮効果; これはより直接的な効果で、タンパク濃度が一部の区画で上昇し反応が促進 されるものである。Stano らは、反応が進行しない程度に希釈された無細胞翻訳系を含む反 応液を、リポソーム膜に封入すると、一部のリポソーム内でタンパク合成が起こる現象を観 察した70。この反応が起こる割合は理論的に予想されるよりもはるかに高いことが明らかに なった。彼らは、この現象が数十個の生体高分子が共同的にリポソームに取り込まれた結 果であると推定している。このメカニズムは不明であるが、このような脂質膜の性質は原始 地球において、低濃度であったであろう生体高分子を濃縮し、生命反応を動かすための条 件を整える上で重要であったと推定される。 5.人工細胞の中身を作る 5.1.複製するゲノムを作る 細胞の機能として、遺伝情報分子(ゲノム)の複製は重要である。生物はゲノムを複製す ることで細胞の増殖が可能となり、また子孫へ親の形質を伝えていく事ができる。また同時 にゲノム複製の過程で DNA 上に変化(変異)が起こることで進化(生物の複雑化・環境適応) が可能となる。 遺伝情報には DNA と RNA がある。天然生物の多くは DNA に遺伝情報がコードされて いるが、これを人工細胞内で再現することは難しい。代表例としては PCR 反応系や細菌ゲノ ム複製系、プラスミドや DNA ウィルスのローリングサイクル複製系がある。PCR は高温(~ 69 FJ.Ghadessy et al.,Proc Natl Acad Sci U S A, 98, 4552, (2001); M.Nakano et l., J.Biotechnology, 102, 117 (2003); Y. Bansho et al., Chem. Biol.,19, 478 (2012); 70 PL.Luisi et al., Chembiochem, 11, 989 (2010) 145 90℃)の条件が必要で、通常の生体システムの酵素系は失活してしまう(4.4項のベシクル モデルで PCR 反応を用いているが、そこでは高温適応した原始生命体を想定)。またその他 の複製系はシステム自体が複雑であり、利用するのに十分な機能を発現できていない。 これに対して RNA を遺伝情報分子とする場合は、より単純な仕組みでゲノム複製が可能 になる。例えば大腸菌の RNA ウィルス(Qβ ファージ)の複製システムが構築されている。市 橋らはこの人工細胞内で、ゲノム RNA からの遺伝情報の翻訳ついで RNA 複製酵素が合成 されることを確認している。さらにこの人工細胞に対し、エネルギー源と基質を継続的に供給 する(栄養源を含んだ小胞膜と融合させる)ことで持続的に複製を起こすことに成功している 71 。またこの培養の間に、ゲノム RNA に突然変異が蓄積し、環境中でより効率的に複製が 起こるように進化を遂げていることが明らかとなった(ダーウィン進化)。 5.2.タンパク質(酵素)を作る(翻訳系) 遺伝情報はタンパク質に変換されて始めて細胞としての機能を持つ。タンパク質翻訳シス テムは、巨大分子リボゾームを始めアミノアシル酵素、トランスファーRNA、翻訳開始因子等 多くの成分から成る巨大反応系である。以前は大腸菌などの抽出液を用いられていたが、 近年、上田ら(東大)により大腸菌の翻訳に関わる 32 因子をすべて個別に調製・精製して再 構成したタンパク発現システムが開発された(PURE SYSTEM)。現在キットとして国内外で 広く市販されている72。これは DNA だけ添加すれば(どんな生物由来の DNA であっても)、 その DNA がコードする目的タンパクが容易に合成されるという。 抽出液を使用した場合に 比べ、その反応組成の調製(カスタマイズ)が可能なことやタンパク合成系以外の夾雑タン パクを含まないことが特徴である。 5.3.代謝システムを作る (分解系) 人工細胞が活動するためには、栄養を外部から取り込み、それを分解してエ ネルギーを作り出す機構が必要になる。天然細胞では、解糖系や TCA サイクルなどが流れ る中でエネルギー(ATP)が生産されている。これらの代謝系は一部は試験管レベルで再構 築されているが、それらを系統的・統合的に発現させた事例はない。このような人工細胞内 でエネルギーを生産することと対照的に、小胞膜を利用(融合させることで)して外からエネ 71 72 N. Ichihashi,et al., Nat Commun , 4, 2494.(2013), Y. Shimizu et al., Nat Biotechnol , 19, 751(2001), http://www.jst.go.jp/pr/announce/20131003-2/ http://www.chembio.t.u-tokyo.ac.jp/labs/ueda.html 146 ルギー等を供給する方法も利用される(5.1項の Qβ ファージの例など)。 (合成系) 細胞は自身の複製のために、自分の構成要素を低分子から合成している。細 胞膜に関しては、4.3項で触れたように、外から脂質成分を加えることで分裂現象を起こす ことが示されている。しかし本来は天然細胞と同じように、ゲノムから発現した脂質合成酵素 により脂質合成を行って膜に取り込むシステムを持つ必要があるが、そのような取り組みは 余り進展していない。それは、脂質合成酵素は多段階の反応を触媒する酵素群であるため 膜を成長させるほどの十分な発現量が得られないことが一因と思われる 73 。 タンパク合成に関しては、細胞内で効率的に作動する翻訳システムが求められる。上述 の「PURE SYSTEM」は、実際の使用濃度が高い(~5mg/ml)のに対して、合成されるタンパ クレベルは約 0.01mg/ml と大きな開きがある。すなわち翻訳効率が未だ低く、性能の向上が 必要とされる。 6.真の細胞に近づくために -課題と展望前項までに、細胞機能としての膜系、ゲノム複製系、タンパク翻訳系についてこれまでの 技術の到達点の概要を述べた。人工細胞が真の生物らしさを獲得するためには、これら個 別のシステムが 1 つの調和のとれた反応系として動かすことが必要である。例えばゲノム複 製のプロセスを考えた場合、ゲノム情報から自身の複製酵素が翻訳合成され、その複製酵 素により元のゲノムが複製されるような反応が互いの反応の邪魔をせずに進行しなければ ならないが、通常はどれかの反応が優先的に起こってしまい全体の反応が阻害される。ま たエネルギー(ATP)も両方の反応で消費されるため、一方の反応が進みすぎるともう一方 の反応が阻害されるという。このように個々の反応効率だけを考えればよいのではなく、反 応系全体のバランスを考慮する必要がある。このようなバランスをとるためには、大きく 2 つ の方法が考えられている。 一つ目は、生物の持つ進化の原理を活用することである。現在の細胞が持つ生体反応の バランス性は、進化の長い過程の中で獲得してきたものであるので、人工細胞でもこれに倣 って試験管内で進化の過程を起こさせる。すなわち進化(分子)工学の手法を用いて、変異、 淘汰、増殖の過程を高速でまわして、目的の細胞をスクリーニングすることである。この方法 の利点は設計原理がわかっていなくても、目的の細胞を得ることができることである。 73 Y.Kuruma,et al. Biochimica et biophysica acta, 1788, 567 (2009) 147 もう一つは、反応系をモデル化し、コンピューターで計算して最適のバランスを求めることで ある。これは生体反応のモデル式の精度をどこまで上げられるかが鍵となろう。 148 1.2.3.企業視点での遺伝子組み換え技術と合成生物学 (1)「カルタヘナ法」(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に 関する法律)の関係法令と申請の現状 図1に示した「カルタヘナ法」(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性 の確保に関する法律)の関係法令に基づき企業は、遺伝子組換え生物やバイオ医薬品に ついては承認を受け、遺伝子組換え食品及び添加物については審査を受け、工業生産を 実施している。 図1:「カルタヘナ法」(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に 関する法律)の関係法令74 74 http://www.bch.biodic.go.jp/hourei1.html 149 (1-1) 遺伝子組換え生物 カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関す る法律(平成 15 年法律第 97 号))に基づき、生物多様性影響が生ずるおそれがないものと して環境大臣及び農林水産大臣が第一種使用規程を承認した遺伝子組換え農作物は平成 25 年 10 月 31 日現在のリストにおいて、アルアルファ、イネ、カーネーション、セイヨウナタネ、 ダイズ、テンサイ、トウモロコシ、バラ、パパイヤ、クリーピングベントグラスがある(承認され た遺伝子組換え農作物一覧(平成 25 年 10 月 31 日現在))75。 しかしながら、食用や飼料用の遺伝子組換え作物については、大豆やとうもろこしなど栽 培が承認されている品種はあるものの、消費者の強い抵抗もあり商業栽培は行われていな い。また、種苗会社も需要が見込めないとして、遺伝子組換え作物の種子を国内ではでは 販売していないとされている。また、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構が、家 畜の成育に必要なトリプトファンと呼ばれるアミノ酸の含有量を増やした飼料用イネの開発 を行うなどの動きはあるが、実験や研究の段階にとどまっているのが現状である76。 日本では、多くの国民が遺伝子組換え作物に不安を抱いており、遺伝子組換え作物の産 業利用は進んでいない。企業サイドとしては、合成生物学によるさらなる規制が遺伝子組み 換え作物にかかることで、消費者の不安をあおる事態は避けるべきと考える。 (1-2) 遺伝子組換え食品及び添加物 安全性審査の手続を経た旨の公表がなされた遺伝子組換え食品及び添加物一覧(厚生 労働省医薬食品局食品安全部(平成 25 年 10 月 17 日現在))に記載されているのは、食品 (283 品種)として、じゃがいも(8 品種)、大豆(14 品種)、てんさい(3 品種)、とうもろこし(198 品種)、なたね(19 品種)、わた(37 品種)、アルファルファ(3 品種)、パパイヤ(1 品種)。添加 物(16 品目)として、α-アミラーゼ、キモシン、プルラナーゼ、リパーゼ、リボフラビン、グルコ アミラーゼ、α-グルコシルトランスフェラーゼが記載されている77。 食品衛生法に基づく安全性審査の申請がなされた組換え DNA 技術を応用した食品及び 添加物のうち、内閣府食品安全委員会(平成 15 年 6 月までは厚生労働省)にてセルフクロ 75 76 77 http://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/c_list/pdf/list02_20131031.pdf 遺伝子組換え作物をめぐる状況 本田伸彰 調査と情報第686号 http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/dl/list.pdf 150 ーニング※1、ナチュラルオカレンス※2又は高度精製品※3に該当すると判断されたものは、自 然界でも起こりえる組換えであることや、組換え技術に由来するタンパク質などが含まれて いないことから、組換え DNA 技術応用食品及び添加物の安全性審査の手続(平成 12 年厚 生省告示第 233 号)第 3 条第 5 項の規定に基づき、組換え DNA 技術を応用した食品及び 添加物に該当しないとみなされている。 ※1 :組換え DNA 技術によって最終的に宿主に導入された DNA が、当該微生物と分類学上 の同一の種に属する微生物の DNA のみである微生物と判断されたものをいう。 ※2 :組換え体と同等の遺伝子構成を持つ生細胞が自然界に存在する微生物と判断されたも のをいう。 ※3 :遺伝子組換え微生物を利用して製造された添加物のうち、アミノ酸等の最終産物が高度 に精製された非タンパク質性添加物の安全性評価の考え方(平成 17 年 4 月 28 日食品安全 委員会決定)に従って評価されたものをいう。 安全性審査が終了した遺伝子組換え食品及び添加物リスト(セルフクローニング、ナチュ ラルオカレンス、高度精製品)として、ジェランガム、醸造用酵母、5’-イノシン酸二ナトリウム、 5’-グアニル酸二ナトリウム、酸性フォスファターゼ、グルコイソメラーゼ、α-アミラーゼ、キサ ンタンガム、リパーゼ、L-グルタミン酸、L-アルギニン、ホスホリパーゼ D、ホスホリパーゼ A2、L-グルタミン 、L-バリン、L-ロイシン、プロテアーゼ、L-フェニルアラニン、5’-リボヌクレ オチド二ナトリウム、L-セリン、キチナーゼ、L-ヒスチジン塩酸塩、L-イソロイシン、L-グルタミ ン、ヘミセルラーゼ、L-グルタミン酸ナトリウム、L-トレオニン、グルカナーゼ、アスパルテー ム、リボフラビン、ホスホリパーゼ、L-トリプトファン、アスパラギナーゼが記載されている78。 (1-3) バイオ医薬品 我が国で承認されたバイオ医薬品(2013 年 6 月 現在:販売中のバイオ医薬品)のほとん どに遺伝子組み換え技術が用いられている。 酵素として、t-PA、グルコセレブロシダー、α ガラクトシダーゼ A 、α-L-イズロニダーゼラロニ ダーゼ、酸性 α-グルコシダーゼ、イズロン酸 2 スルファターゼ、N-アセチルガラクトサミン-4スルファターゼ、尿酸オキシダーゼ、DNA 分解酵素、血清タンパク質としてアルブミン、ホル モンとしてインスリン、超速効型インスリンアナログ、持効型インスリンアナログ、成長ホルモ ン、PEG 化ヒト成長ホルモンアナログ、ソマトメジン C、ナトリウム利尿ペプチド、グルカゴン、 78 http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/dl/list3.pdf 151 卵胞刺激ホルモン、GLP-1 アナログ、副甲状腺ホルモンアナログ、レプチン、ワクチンとして、 B 型肝炎ワクチン、A 型肝炎ワクチン、HPV 感染予防ワクチン、インターフェロン類として、イ ンターフェロン α、インターフェロン β、PEG 化インターフェロン α、エリスロポエチン類として、 エリスロポエチン、エリスロポエチンアナログ、PEG 化エリスロポエチン、サイトカイン類として、 G-CSF、G-CSF 誘導体、インターロイキン-2、m インターロイキン-2 、bFGF、抗体として、 マウス抗 CD3 抗体、ヒト化抗 EGF 受容体抗、キメラ型抗 CD20 抗体、ヒト化抗 RS ウイルス 抗体、キメラ型抗 TNFα 抗体、キメラ型抗 CD25 抗体、ヒト化抗 IL6 受容体抗体、カリケアマ イシン結合ヒト化抗 CD33 抗体、ヒト化抗 VEGF 抗体、MX-DTPA 結合マウス抗 CD20 抗体、 ヒト抗 TNFα 抗体、キメラ型抗 EGFR 抗体、ヒト化抗 VEGF 抗体フラグメント、ヒト化抗 IgE 抗 体、ヒト抗補体 C5 抗体、ヒト抗 EGFR 抗体、ヒト抗 IL12/IL23-p40 抗体、ヒト抗 TNFα 抗体、 ヒト抗 IL-1β 抗体、ヒト抗 RANKL 抗体、ヒト化抗 CCR4 抗体、PEG 化ヒト化抗 TNFα 抗体 Fab、融合タンパク質として、可溶性 TNF 受容体 Fc 融合タンパク質、CTLA4-改変 Fc 融合タ ンパク質、Fc-TPOR アゴニストペプチド、VEGFR-Fc 融合タンパク質、が承認を受けている 79 。 (2) 合成生物学(SB)の現状と課題 合成生物学(SB)について提起された「生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関す る新たな課題<合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物が生物の多様 性の保全及び持続可能な利用に及ぼし得る正及び負の影響>」の c)SB 研究の各領域に 沿って、現状と課題を述べていく。合成生物学関連の国際学会、最新の周辺事情にもある 通り80、ヨーロッパや米国の政府が有望な投資先として SB に舵を切ったと報告されており、 SB の有望性が認知され、実用化に向けた投資がますます増えていくことが国際的な潮流と なっている。 (2-1) DNAデバイスの構築とSB作成 この SB 研究領域の目標は、DNA 配列を操作して予測可能な個々の機能を持つ回路を 作製し、それらを様々な宿主細胞内でモジュール式に組み合わせることであり、DNA 配列 は従来の遺伝子組み換えにおける供与核酸とみなすことが出来るし、組み込まれた宿主細 79 80 http://www.nihs.go.jp/dbcb/TEXT/biologicals-130609.pdf 板谷光泰 バイオサイエンスとインダストリー 71:560-561, 2013 152 胞は遺伝子組換え生物と考えてよいことから、カルタヘナ法の規制対象と考えることが出来 る。現在日本では、これらをビジネスとして積極的に展開する動きは乏しいが、DNA パーツ が標準化され、多くの研究機関や企業で共通して用いられることはこの領域の進展に大い に寄与することが期待される。しかしながら、この領域の進歩により、人工的な配列を多く含 み核酸供与体がはっきりしない複雑なパーツが生じる可能性が高い。加えて、知的財産の 面からは課題が生じる可能性がある。個々の DNA とそのパーツに別々に特許権が成立し ていたりするケースでは、企業が利用することは困難であり、知的財産を曖昧にしたまま共 通化を進めることは最終的に産業化の段階で負の要素となる可能性がある。 (2-2) 合成代謝経路工学 この SB 研究分野は、合成経路を再設計又は再構築して「細胞工場」に特定の分子を合 成させることを目指しており、遺伝子組み換えによる有用物質生産に有用と考えられる領域 である。改変した微生物による有用物質の生産に関しての試みは、醸造・発酵工業が発達 した日本では長い歴史を持つものである。アミノ酸、核酸、ビタミン、生理活性物質など生体 関連物質の生産菌育種においては、栄養要求性変異株やアナログ耐性変異株を取得する ことで生産量を向上させることが普遍的な技術であり、その後、遺伝子組み換えを用いた生 産菌が開発されて、工業化に用いられる時代となっている。最近は、導入する遺伝子も複数 で、多くの変異を導入した改変遺伝子であったり、異種の遺伝子を導入すること、さらに宿主 が本来有していない経路の遺伝子を導入し、宿主が作ることの出来ないプロダクトを生産す ることも可能になっている。著名な例では、米国カルフォルニア大学バークレー校のグルー プが、マラリア治療薬アルテミシニンの原料となるアルテミシニン酸の合成に関与する遺伝 子をヨモギ科の植物から 3 種類、さらに合成の効率を上げるために酵母から 5 種類、そして 大腸菌から 3 種類の遺伝子を取り出して改変し、それらを大腸菌に導入することによって大 腸菌で高効率にアルテミシニン酸を生産することに成功し、サノフィ社が生産を開始すること がアナウンスされている81。 また、東京大学の堀之内末治らのグループは、植物由来の代謝物であるクルクミンやフ ラボノイド化合物の合成に関与する遺伝子を大腸菌に導入し、同化合物を生産させることに 成功している。環境に配慮した物質生産が求められる中で、微生物や藻類に化石燃料由来 81http://newscenter.berkeley.edu/2013/04/11/launch-of-antimalarial-drug-a-triumph-for-uc-berkeley-synthetic-biolog y/ 153 の製品を産生させる試みやバイオ燃料分子を産生させる試みが多数なされている。この領 域においては、ポルカールとペレートに指摘されている通り 82 、合成生物学と言いつつも代 謝工学(メタボリックエンジニアリング)に代表される従来のバイオテクノロジーの概念の中に 納まるものがほとんどである。従って、本領域もカルタヘナ法の規制対象とするのが妥当で ある。 企業としては、遺伝子組換え微生物を用いて生産する食品添加物に関する安全性評価 が日本においてはプロダクトベースで行われることに沿って、パブリックアクセプタンスにも 配慮しつつ、慎重に申請と工業生産を実施してきている。新規な代謝経路を導入することで 新たに毒性のある代謝物が産生される危惧も尤もであるが、宿主が本来持つ経路を増幅さ せてもそのような可能性を否定できるわけではなく、食品添加物に関しては特に厳しくプロダ クトベースでの安全性試験が実施しており、新規な代謝経路を導入した場合にも十分対応 可能である。現状のプロダクトベースでの遺伝子組換え微生物を用いて生産する食品添加 物に関する安全性評価が可能なものに関しては、殊更に合成生物学と称することで、一般 消費者の不安をあおることは大きなマイナス要素と考える。 (2-3) ゲノム細胞工学(トップダウン型) この SB 研究領域の対象は、細胞の「動力源」としてのゲノムであり、DNA パーツのデザイ ンや特定の代謝経路の改変の代わりに、全ゲノムのレベルでの改変が行われる。ゲノムレ ベルで操作を行うには、トップダウンとボトムアップの2つの戦略がある。トップダウンのゲノ ム工学は「最小ゲノミクス」とも呼ばれる。全ゲノムを出発材料として、段階的に「非必須」遺 伝子を除去することで、細胞が所望の機能を維持できる最小のゲノムサイズまで切り詰めて 行く。日本においてもミニマムゲノムファクトリー(MGF)プロジェクトが、新エネルギー・産業 技術総合開発機構(NEDO)の支援を受けて強力に進められた。大腸菌・枯草菌・コリネ菌・ 出芽酵母・分裂酵母において、一定のミニマムゲノムの構成が示され、大腸菌・枯草菌・分 裂酵母においては、ゲノムの最小化そのものによる物質生産性の向上例も合わせて示され た。一方、物質生産のために意図的に放線菌の染色体を再構成させて整備した宿主に、異 種生物の抗生物質などの生合成に関与する遺伝子群全体を導入し、十分な生産量でこれ らの物質の生産を達成させた例も報告されている 83。これは物質生産のために大幅な染色 82 83 Porcar, M. and Peretó J. Syst. Synth. Boil. 6:89-83, 2012 Komatsu M, et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 107:2646-51, 2010 154 体の再構成を行った、初めての報告例とされる。これらは、既存の生物の染色体を大規模 に操作し、実用的な物質生産に耐える宿主細胞への改変であり、カルタヘナ法の規制対象 であると同時に合成生物学的手法の一部に内在する安全面や生命倫理面での問題がない 宿主であると考えられる。 (2-4) ゲノム細胞工学(ボトムアップ型) ボトムアップ型のゲノム工学の目的は、実際に機能するゲノムを種々の合成 DNA 断片か ら組み立てることである。現在までに、ポリオや 1918 年スペイン風邪のウィルスゲノムが研 究者らによって複製され、マイコプラズマ・ミコイデスの細菌ゲノムを合成・アセンブリすること に成功し、得られたゲノムをマイコプラズマ・カプリコルムの細胞から元のゲノムを取り除い たものに移植することに成功している。また、慶応大学の板谷光泰らにグループは枯草菌の ゲノムに、シアノバクテリアのゲノムを丸ごとクローン化することに成功している84。この領域 も現状ではカルタヘナ法の規制対象と考えてよいが、実用的な物質生産に用いられる可能 性は当面低いものと考えられる。 (2-5) プロト細胞(人工細胞)の構築 最小ゲノムの追求と同様に、プロト細胞の目的はデザインによって細胞レベルでの複雑 性を減らすことであり、繁殖、セルフメンテナンス、及び進化を可能にする最も単純な構成要 素群を作製することである。生命の起源を探ることが目的であるプロト細胞研究とバイオテ クノロジーによる新規生産システムを見いだすプロト細胞研究があるが、前者は純粋な研究 であり、後者は実用的な物質生産にはほど遠く、当面は将来に向けた研究と言う位置づけと なろう。この領域で生み出されたものは、そもそも生物として取り扱うべきかという議論から 始まるべきであり、現在のカルタヘナ法での規制対象外とみなされるべきであろう。研究の 進展によっては、将来の効率的な物質生産システムとなる可能性は秘めている。 (2-6) 非天然生物学 これらの領域では、「生命の生化学的ビルディングブロック」(核酸やアミノ酸)を作りかえ て、細胞に備わった天然の装置とは並列の直交系を生み出す試みが行われる。現状行わ れている研究の範囲では、カルタヘナ法の規制対象とするのが妥当で、有用であれば、合 84 Itaya M. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 102:15971-15976, 2005 155 成代謝経路工学やゲノム細胞工学(トップダウン型)と組み合わせて使用されることが想定 される。 (3)合成生物学の実用化への展望 (3-1) DNAパーツ 合成オリゴヌクレオチド及び合成DNAは広く市販され、ビジネスとなっている。DNA パー ツもいずれ日本でもビジネスとして、成立する可能性は高いと思われる。複雑で高価な知的 財産の問題を生じさせずに、大学・企業を問わず実用的な生産にも利用可能な形で提供さ れることが望まれる。 (3-2) 合成生物学の工業生産への応用 遺伝子組み換え生物については、日本での現状を鑑みるに、合成生物学を応用した形で すぐに実用化されるとは考えにくい。しかしながら、これまで述べてきたように医薬品などの 生産には、既に合成生物学の適用例と言えるような生産物が出てきている。合成代謝経路 工学やゲノム細胞工学(トップダウン型)については、有用性は広く認知されており、企業が 実際の生産を目指して、既に研究開発を進めているものと推察される。ゲノム細胞工学(ボ トムアップ型)やプロト細胞の構築については、規制の動向と有用性を見極めたうえで実用 化に向けた動きが出てくるものと思われる。また、非天然生物学については、従来の遺伝子 組み換えの枠組みで扱えるような非天然アミノ酸や核酸の利用は、実用化に向けて進んで いくであろう。 156 1.3.合成生物学の社会的影響に関する調査研究 1.3.1.合成生物学の社会的影響評価 (1) 概要85 合成生物学は、近年、世界中で活発に研究が行われている新興的な学際領域である。この 研究や技術の革新性は産業応用が強く期待され、生体部品の標準化やライブラリ化が進む に伴い、知的財産の課題が明らかになってきた。ここで、情報通信技術におけるオープンソ ースや、工学における FabLab といった活動との交錯の影響が示唆され、合成生物学の進展 は既存の科学や研究、技術の体制そのものを一新させる可能性を持っている。一方で、意 図的ないし意図しない破壊的行為につながる可能性のある利用(デュアルユース)によって、 ヒトや環境に重篤な影響を与えるおそれもある。また、人工的に生体システムを創出するこ とを狙うという性格から、欧米社会では倫理的な議論を招いており、個人によっては生体の 改変する程度が大きくなると受け入れがたい。そのため意思決定者は多様な関心や価値に 注意を払わなければならず、様々な関係者や市民によって「生命」とは何かについて議論を 行っていく必要がある。そのために合成生物学の研究から生まれた知見や技術は、芸術作 品の新たな表現媒体としても活用しうる。 合成生物学の研究者コミュニティは、将来の論争の可能性に早くから気づいており、過去 10 年ほど議論を継続している。しかし、国際的に産業化の流れが強まって投資家が参入し ていることを背景に、最近の国際会議では社会的議論がトーンダウンしているという。欧州 では 2013 年に合成生物学における責任ある研究・イノベーションのための新たな研究プロ ジェクトが開始され、発展途上国における合成生物学の産業振興を行う関係団体のネットワ ークでもここ数年、社会的影響についての検討が進められている。政策的には自己規制や 法規制のバランスだけではなく、合成生物学とその倫理的・法的・社会的影響(ELSI)につい て統合的に研究を進めるような公的助成スキームの確立や、倫理的基盤の浸透、教育的側 面の導入も期待されている。 日本では合成生物学に対する認知や議論が進んでいないが、日本発の産業応用も芽生 えつつある。合成生物学の研究者コミュニティは小規模に分散しているものの、国内の多様 な関係者を巻き込む形でテクノロジーアセスメント、デュアルユース、バイオセキュリティとい った文脈で ELSI の検討が着実に進められている。 本稿は, 森祐介・吉澤剛 (2011)「生命機能の構成的研究の現状と社会的課題:日本における『合成生物学』 とは?」『TA Note 07』を基に情報を一部更新, 加筆修正したものである. 85 157 (2) 合成生物学の経済・産業への影響 2009 年 8 月、クレイグ・ベンターらはマイコプラズマという最も小さい細菌のゲノム DNA を近縁の細菌株に導入することに成功したと発表した86。また、2010 年 5 月には、人工的に 化学合成したゲノム DNA を持つ細菌を造成することに成功したと発表した87。これは親から の遺伝子をまったく受け継ぐことなしに分裂増殖できる細胞として生まれたものであり、生物 学史上において画期的であるとされる。ベンターらは、こうした技術は効果的に二酸化炭素 を吸収する藻の開発につながるような、より新規性の高いゲノムの作製にも応用可能である と推察している88。しかしながら、彼ら自身も認めているように、現在の技術では、人工的な ゲノム DNA の維持には天然の細胞膜および細胞内小器官などを必要とする。そして、これ らの構造体を人工的に再構成することは現段階で不可能であるため、完全に人工的な生命 体を創出するには、乗り越えるべき障壁が数多く存在するとの見方が大半を占める89。 合成生物学的研究には産業応用に結びつくものも多く、米国を中心に、改変微生物を用 いた有用物質の生産など、様々なプロジェクトが立ち上がっている。だが、プロジェクトの目 標達成には様々な困難が伴うだろう。まず、人工的な生体システムの構築に用いられる生 体部品が異なる生物種をまたいで機能する保証はない。また、部品を組み合わせて作製し たシステムの挙動は非常に複雑で、予測できないこともある 90。そのため、現在進んでいる プロジェクトの成果を予測することは困難である。それでも、合成生物学の経済的・産業的な 影響力は潜在的に非常に大きいとされる。2006 年現在の合成生物学の世界市場は 2006 年 に 6 億ドルであったが、2011 年には 16 億ドルを超えた。2016 年には 108 億ドルに達すると して、これまでの見積が上方修正されている91。英国政府は 2013 年、合成酵母に対する 100 万ポンドの研究助成を立ち上げることを告知した92。 J. Craig Venter Institute (2009) “J. Craig Venter Institute Researchers Clone and Engineer Bacterial Genomes in Yeast and Transplant Genomes Back into Bacterial Cells”, Aug 20, 2009. 87 Gibson, D.G. et al. (2010) “Creation of a bacterial cell controlled by a chemically synthesized genome”, Science 329: 52-6; J. Craig Venter Institute (2010) “First Self-Replicating, Synthetic Bacterial Cell Constructed by J. Craig Venter Institute Researchers”, May 20, 2010. 88 Video on TED「クレイグ・ベンター:『人工生命』について発表する」, http://www.ted.com/talks/lang/jpn/craig_venter_unveils_synthetic_life.html 89 Bedau, M. (2010) “Life after the synthetic cell”, Nature 465: 422-4. 90 Kwok, R. (2010) “Five hard truths for synthetic biology”, Nature 463: 288-90. 91 Beachhead Consulting (2006) Synthetic Biology: A New Paradigm for Biological Discovery. Research and Markets®; quoted from Kuzma, J. and T. Tanji (2010) “Unpackaging synthetic biology: Identification of oversight policy problems and options”, Regulation & Governance 4: 92-112. 株式会社グローバルインフォメーション「合成 生物学の世界市場は、2016 年に 108 億米ドル規模へ」, 2011 年 12 月 7 日. http://www.news2u.net/releases/92918 92 http://www.theguardian.com/science/2013/jul/11/uk-project-synthetic-organism 86 158 (3) 知的財産の課題 合成生物学による知的財産の課題は、一部の合成生物学者による「生体部品の標準化 とライブラリ化」の試みに起因するところが大きい。マサチューセッツ工科大学、ハーバード 大学、カリフォルニア大学サンフランシスコ校に所属する研究者たちは、標準化された生体 部品を登録し、それらを自由に利用可能にする試みとしてバイオブリックス財団を設立した 93。 「標準化」とは、「自由に放置すれば、多様化、複雑化、無秩序化する事柄を小数化、単純化、 秩序化すること」 94であり、技術の普及や互換性・インターフェースの整合性の確保など、経 済活動に資する様々な機能をもたらすとされる。バイオブリックス財団は、合成生物学の研 究に適した生体分子について、その性質を明らかにし、かつある一定の規格を満たすように 改変を施した上で「登録」することを研究者に呼びかけている。そして、登録された部品につ いて、誰もが自由に改変、改善することを容認している。 このような財団の試みに対し、分野の発展に寄与するとの見方がある一方で、知的財産 の課題を生むとの意見も少なくない。つまり、登録されている生体分子のいくつかについて は、既に特許権が成立しており、これをどのように取り扱うかについて十分に検討されてい ないというものである95。また、実現可能性および持続可能性の観点から、情報通信技術に おけるオープンソフトウェア運動をモデルとした「オープンソース」アプローチ 96とのアナロジ ーはあてはまるのかについて懸念がある 97。たとえば、合成生物学が商業的実現可能性の ところに焦点が推移するにつれて、合成生物学者がオープンソースアプローチを維持するこ とは難しくなると見られている。他方、そうした場合には、公開性やアクセスを促して強化す るための反トラスト法や競争法が期待されている98。 知的財産権における曖昧さが研究やイノベーションを遅らせ、新発見の活用が制限され るという「アンチコモンズの悲劇」は、合成生物学においては他の先進的な技術よりも起こり 93 The BioBricks Foundation, http://bbf.openwetware.org/ http://www.jisc.go.jp/std/index.html 95 Gaisser, S. and Reiss, T. (2009) “Shaping the science-industry-policy interface in synthetic biology”, Syst. Synth. Biol. 3: 109-14. 96 Heller, M. and Eisenberg, R. (1998) “Can patents deter innovation? The anticommons in biomedical research”, Science 280: 698-701. 97 Ray, A. and Boyle, J. (2007) “Synthetic biology: caught between property rights, the public domain, and the commons” PLos. Biol. 5: e58; Henkel, J. and Maurer, S.M. (2007) “The economics of synthetic biology”, Mol. Syst. Biol. 3: 117. 98 Lemley, M.A. (2007) “A New Balance between IP and Antitrust”, John M. Olin Law and Economics Working Paper No. 340, http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=980045 94日本工業標準調査会, 159 やすいのではないかと見られている99。そのため、基礎研究に対する部品、標準、手法の共 有について、また、商業化が可能な生体システムやそのデザインの私的所有権についての 幅広い合意があってよいという提案もある 100。適度な知的財産上の保護とオープンソース的 な考え方を調整したビジネスモデルを作ることができれば、合成生物学は産業とつながった 科学の一分野として加速度的に波及していくかもしれない。一方で、「DIYbio(Do-It-Yourself biology)」101と呼ばれる,研究室を離れたところで素人がインターネット上を中心に協力し合 って進める最近のオープンな研究活動が広まっている。工学分野では最近,オープンソース の精神を重視した創発の場として,FabLab(ファブラボ)という運動がある。これは無償で公 開されている作画ソフトウェアを用いてパソコン上でデザインし,そのプログラムを 3D プリン ターなどの工作機器に読み込ませることで自由な工作や新たな工芸を可能にするプラットフ ォームとされる。情報だけでなく機械自体もオープンにシェアできるこうした動きは「Do it yourself(DIY)から Do it with others(DIWO)へ」という掛け声とともに国内でも急速な広がり を見せている102。合成生物学においても、新しいバクテリアを誕生させたベンターの研究は 「4D プリンティング」と呼ばれ、3D プリンティングに加えて、自己組成、自己複製ができる技 術が今後広まると期待されている 103。こうした活動は新しいモノというよりも新しいコトを生み 出している側面が大きく 104、既存の科学や研究、技術の体制そのものを一新させる可能性 を持っている。 (4) バイオセキュリティ バイオセーフティは非意図的で予期しない影響を対象とすることに対し、バイオセキュリテ ィは故意や悪意による反社会的な目的のために生体システムが作製・利用されることへの 対策を指す。このバイオセキュリティに関する懸念は、特に米国において合成生物学の発展 に伴う社会的リスクとして最も活発に議論されている 105。1918 年に猛威をふるったスペイン 99 Oye, K. and Wellhausen, R. (2009) “The intellectual commons and property in synthetic biology”, pp. 121-140 in Schmidt M., Kelle A., Ganguli-Mitra A. and de Vriend H. (eds), Synthetic Biology: The Technoscience and Its Societal Consequences. Heidelberg, Springer. 100 IRGC (2009), Risk Governance Deficits: An Analysis and Illustration of the Most Common Deficits in Risk Governance. 101 DIYbio, http://diybio.org/ 102 岩崎秀雄 (2013)『〈生命〉とは何だろうか:表現する生物学,思考する芸術』講談社. 103 Garret, L. (2013) “Biology's brave new world: the promise and perils of the synbio revolution”, Foreign Affairs 92(6): 28-46. 104 Delgado, A. (2013) “DIYbio: making things and making futures”, Futures 48: 65-73. 105 National Science Advisory Board for Biosecurity (NSABB) (2010) Addressing Biosecurity Concerns Related to Synthetic Biology. April 2010; Royal Society (2009) New Approaches to Biological Risk Assessment. 160 風邪のインフルエンザウイルス 106や、小児麻痺の原因となるポリオウイルス 107などが、構成 的アプローチにより実験室で作製されているが、こうした技術を悪意ある者が自由に扱える ようになると、既存の病原体が再作製されたり、より感染性・伝染性の高い病原体が新たに 作製されたりして、バイオテロなどに使われるのではないかという懸念がある 108。また、合成 生物学研究者の一部が情報通信技術をモデルにしたオープンソースアプローチを推進して いることに加え、生物の DNA 配列情報や分子生物学技術に関する情報がオンラインで容 易に入手可能な状況にあること、病原体の構成因子の一つである DNA を迅速に、比較的 安価で購入できることから、技術がますます幅広い人々に利用されうるようになるとされる。 実際に、DIYbio のような、インターネットを通じた素人間での研究協力が普及している。もっ とも、病原体を作製するよりも直接入手する方が容易であるという専門家もいるが、DNA が より安価で入手できるようになってくると、病原体を作製する方が相対的に容易になるという 予測もある109。まだ取り組みは途上にあるが、現在、作製法の開示のあり方や、材料となる 構成分子の提供のあり方が検討されている。多くの場合、生命システムの再構築には、合 成核酸、特に長鎖の DNA や RNA が必要となるが、合成核酸の大手サプライヤー5 社から なる組織は、合成核酸提供に際して守るべき行動規範を 2009 年にまとめ、注文者や注文さ れた合成核酸の配列等を検査し、悪用されるおそれがある場合には提供しない等の措置を 講ずるとしている110。 (5) 倫理的課題 合成生物学の研究は、人工的に生体システムを創出することを狙うという性格から、欧米 社会では、「神を演じる」ことや、想像上の怪物を生み出すようなことが許されるのかという倫 理的な議論を招いている111。自然を神聖で霊的なものだと見なす個人にとって、生体を改変 Tumpey, T.M. et al. (2005) “Characterization of the reconstructed 1918 Spanish influenza pandemic virus”, Science 310: 77-80. 107 Cello, J., Paul, A.V. and Wimmer, E. (2002) “Chemical synthesis of poliovirus cDNA: generation of infectious virus in the absence of natural template”, Science 297: 1016-8. 108 Tucker, J.B. and Zilinskas, R.A. (2006) “The promise and perils of synthetic biology”, New Atlantis 12: 25-45. 109 Garfinkel, M.S., Endy, D., Epstein, G.L. and Friedman, R.M. (2007) Synthetic Genomics: Options for Governance, Rockville, MD, J. Craig Venter Institute; Washington DC, Center for Strategic & International Studies; Cambridge, MA, Massachusetts Institute of Technology; de Vriend (2006)も参照. 110 International Gene Synthesis Consortium (2009) “The IASB code of conduct for best practices in gene synthesis”, http://www.genesynthesisconsortium.org 111 van den Belt, H. (2009) “Playing God in Frankenstein’s footsteps: Synthetic biology and the meaning of life”, Nanoethics 3: 257-68; Heavey,P. (2013) “The place of God in synthetic biology: how will the Catholic Church respond?”, Bioethics 27(1): 36-47. 106 161 する程度が大きくなると合成生物学は受け入れがたいという調査もある 112。他方、こうした倫 理的課題は合成生物学に特有のものではなく、遺伝子組換え技術や生殖補助医療が確立 された際にも同様の議論がなされてきた。科学技術に対して、宗教的・哲学的理由に起因し て生じる不安の程度は個人の価値観によって大きく異なり、合成生物学においても倫理的 側面から社会全体の合意が得られるということは考えにくい。そのため、研究の方向性を検 討する際には、幅広い主体による社会的・倫理的観点に立った議論が必要であり 113、意思 決定者は多様な関心や価値に注意を払わなければならないとされる。合成生物学研究は、 それ自体が人間生命の根源に迫るものであり、様々な関係者や市民によって「生命」とは何 かについて議論を行っていく必要がある114。また、その議論の進展は、人間や生命について の「基本的人権」の考え方と「公共の福祉」の考え方のバランスのうえで変容していくと思わ れる。「基本的人権」と「公共の福祉」の間の相反する意見を集大成した EU のバイオテクノ ロジー特許指令(98/44/EC)の第五条第二項では、人体から分離した状態にあれば人体構 成要素も特許とすることが示されており、当面はこの考え方にしたがって研究技術開発が推 移するものと考えられる。 (6) デザイン・美学的表現 合成生物学の分野は、生体分子や生体システムを「設計」するという点で、デザイン・芸術 の分野と親和性が高い。合成生物学の研究から生まれた知見や技術は、芸術作品の新た な表現媒体として利用できる可能性がある一方、合成生物学のコミュニティは、デザインや 芸術的表現を通じて合成生物学をめぐる議論が活性化されることも期待している 115。その試 みの一環として、全米科学財団(NSF)と英国工学・物理科学研究カウンシル(EPSRC)の共 同国際研究助成による「合成美学」という研究プロジェクトがある 116。ここでは作品制作を通 じて、合成生物学者、デザイナー、芸術家、社会科学者たちが、合成生物学とデザイン・芸 術分野との共有領域を探索している。また、最近ではバイオフードアーティストが合成生物 Dragojlovic, N. and Einsiedel, E. (2013) “Framing synthetic biology: evolutionary distance, conceptions of nature, and the unnaturalness objection”, Science Communication 35(5): 547-571. 113 Yearley, S. (2009) “The ethical landscape: identifying the right way to think about the ethical and social aspects of synthetic biology research and products”, Journal of the Royal Society Interface 6(S4): S559-S564. 114 Deplazes-Zemp, A. (2012) “The conception of life in synthetic biology”, Science and Engineering Ethics 18(4): 757-774; Deplazes-Zemp, A. and Biller-Andorno, N. (2012) “Explaining life: synthetic biology and non-scientific understandings of life”, EMBO Reports 13(11): 959-963. 115岩崎秀雄 (2010)「バイオメディア・アート:美学的見地から観た合成生物学の可能性」 『科学』80 巻 7 号, 747-745. 116 Synthetics Aesthetics, http://www.syntheticaesthetics.org/ 112 162 学を応用し、生きていて動く食材を作り出したらどうなるかという仮想的な世界を描いた Living Food というプロジェクトも実施された117。 (7) 社会的議論と関与者の拡大 合成生物学に関する議論が活発になるにつれて、欧米では利害関係者や市民の関心が 高まっている。合成生物学の研究者コミュニティは自らの研究が論争を招きやすいことに早 い段階から気づいており、定期的に研究の推進が社会に与えうる影響について報告したり、 公開議論を行ったりしている研究者も多い。2006 年にバークレーで開かれた合成生物学の 第 2 回国際会議(SB2.0)では、参加者が研究分野におけるバイオセキュリティの課題への 集中と自己規制を強調した宣誓を行った 118。研究者のみによる自己規制を不十分とした国 際的な市民社会組織や NGO は、38 組織の連名で、宣誓の撤退を要請する公開質問状を 送付した119。そこではこの分野の発展における、幅広く包括的な社会的議論の必要性が強 調されている。だが、国際的に産業化の流れが強まって投資家が参入していることを背景に、 直近の国際会議(SB6.0)では社会的議論がトーンダウンしているとされる120。 欧米で現在進められている合成生物学のプロジェクトでは、社会的課題を念頭に置きな がら活動を推進している。米国では、2006 年に立ち上げられた全米科学財団(NSF)合成生 物学工学研究センター(SynBERC)が、研究のあり方や規制に関する検討を同時並行で進 めている121。バイオセキュリティに関しては、全米科学アカデミー(NAS)、バイオセキュリティ に対する国家科学助言評議会(NSABB)による取り組みも知られ、米国科学者連盟(FAS)、 経済協力開発機構(OECD)、全米科学振興協会(AAAS)なども協力して、2011 年、インタ ーネット上にバーチャル・バイオセキュリティ・センター(VBC)が立ち上げられた122。また、欧 州連合(EU)の第6次フレームワークプログラム(FP6)として、SYNBIOSAFE(合成生物学の 安全性および倫理的側面について調査する組織)123が 2007 年から 2 年間活動し、英国のバ イオテクノロジー・生物科学研究カウンシル(BBSRC)の委託を受けて社会的倫理的課題の 117 http://www.minsukim.net/Living-Food-1 Maurer, S.M., Lucas, K.V., and Terrell, S. (2006) “From understanding to action: community-based options for improving safety and security in synthetic biology” Univ. California, Berkeley, http://syntheticbiology.org/SB2.0/Biosecurity_resolutions.html 119 Open letter from Social movements and other civil society organizations to the Synthetic biology 2.0 conference May 20-22, 2006, Berkeley, California concerning the “community-wide” vote on biosecurity and biosafety resolutions, http://www.etcgroup.org/upload/publication/8/01/nr_synthetic_bio_19th_may_2006.pdf 120 セッション VI「細胞を創る試みの社会的位置付け」,「細胞を創る」研究会 6.0, 2013 年 11 月 15 日. 121 SynBERC, http://www.synberc.org/ 122 Virtual Biosecurity Center, http://www.virtualbiosecuritycenter.org/ 123 Synbiosafe, http://www.synbiosafe.eu/ 118 163 レビューを行った124。また、2013 年 9 月には FP7 の下で SYNENERGENE というプロジェクト が開始された。今後 4 年にわたり、世界 20 カ国 28 の組織が共同して、合成生物学における 責任ある研究・イノベーションに資する目的で研究をすることとなっている125。 合成生物学に対する倫理的配慮や社会的議論の必要性については、これから研究開発 や産業化が爆発的に進展すると見られる発展途上国においても早い段階から検討されてい る。メキシコにおける合成生物学の産業振興を行う大学や公的研究センター、民間企業によ るネットワークである Biosintetica は 2010 年 12 月、発展途上国における合成生物学産業に 対する戦略的ガイドラインを作成したが、そこではバイオセーフティやバイオセキュリティへ の懸念、規制フレームワークの必要性や公的教育やコミュニケーションの重要性が表明さ れている126。また、2010 年と 2012 年には合成生物学産業を国際的に俯瞰した報告書も公刊 している。 (8) 政策的対応 合成生物学およびその倫理的・法的・社会的影響(ELSI)について公的助成機関の対応 を見ると、英国は研究開発と ELSI について研究コミュニティと統合的に進めるような助成ス キームを確立している一方、その他の欧州諸国では合成生物学の定義が不明確であるた めに、助成スキームがない(フランス)、ELSI 的研究に助成することが困難である(スイス)、 研究コミュニティが欠如している(オーストリア)、ELSI コミュニティが小さすぎる(フランス、ス イス、オランダ)、既存のコミュニティと利用可能な助成を結びつけることが難しい(ドイツ)、と いった問題点が挙げられる127。 合成生物学に対する政策提案として、環境系 NGO は予防原則の適用や強制力のある規 則の必要などを訴えている128。一方、科学の不確実性とグローバル化の進展により科学コミ ュニティの自己規制と法規制とのバランスだけでは十分な管理ができない懸念があることか ら、倫理的基盤の浸透や、成功したやり方を模倣するような環境づくりなどの教育的側面も 124 Balmer, A. and Martin, P. (2008) BBSRC, Synthetic Biology: Social and Ethical Challenges, http://www.bbsrc.ac.uk/organisation/policies/reviews/scientific_areas/0806_synthetic_biology.pdf 125 SYNENERGENE, http://www.synenergene.eu/ 126 Biosintetica (2010) Strategic Guidelines for Synthetic Biology Industries in Developing Countries. December 2010, http://www.biosintetica.mx/Strategic_guidelines_for_SynBio_industries_in_developing_countries-Dec_2010.pdf 127 Pei, L., Gaisser, S. and Schmidt, M. (2012) “Synthetic biology in the view of European public funding organizations”, Public Understanding of Science 21(2): 149-162. 128 Friends of the Earth U.S., International Center for Technology Assessment, and ETC Group. The Principles for the Oversight of Synthetic Biology (2012). 164 強調されている129。したがって、場当たり的に予防的アプローチを採用するのではなく、研究 の開始から最終的な研究成果が利用者に提供されるまでのプロセス全体に対し、意識向上 や教育、ガイドライン、行動規範、規制、国内法令、国際条約・協定にいたるまで多様な対策 を検討し、導入することが期待されている130。 (9) 日本の動向 日本では、2010 年現在で「合成生物学」という言葉の認知度は 15% 程度であり131、主要 五紙(朝日、毎日、読売、産経、日経)にこの言葉が登場するのは 13 件にとどまる132。新聞 の扱いも現在まで目立って変わっていない。この理由として、日本で合成生物学に関わる大 きな発見や知見が報告されていないこと、研究者の間でも分子生物学やシステム生物学な どの近隣分野の名称を使っていることが考えられる。 日本では欧米と比較して、合成生物学を冠してなされている研究は理化学研究所など、 非常に少ない。他方、合成生物学と名はつかないものの、この分野に関連する研究は少な くない。たとえば、改変微生物あるいは遺伝子組換え微生物による有用物質の生産に関す る研究は日本が得意とする分野であるが、この分野の多くの研究者は、自らの研究を進ん で合成生物学と位置づけていない。これは以前から実施してきた研究テーマを新しい分野 に分類すべき積極的な意義が国内にないことが主要因であると言われている 133。また「合成 生物学」という言葉そのものが広く受け入れられていないことも、要因の一つとされる。しか し、日本では多くの研究が進んでおり、特に「作ることで生命現象を理解しようとする研究」お よび「合成生物学を支える技術」に関連する研究については、世界でもトップレベルの水準 にあると言われる134。日本の合成生物学研究は、2012 年までの論文生産数で見ると、米、 英、独、仏、瑞、西、伊に次いで世界で 8 番目に位置している135。最近の目立った産業応用 Lentzos, F. (2008) “Countering misuse of life sciences through regulatory multiplicity”, Science and Public Policy 35(1): 55-64; Heavey, P. (2012) “Global health justice and governance for synthetic biology”, American Journal of Bioethics 12(12): 64-65. 130 Kelle, A. 'Beyond patchwork precaution in the dual-use governance of synthetic biology', Science and Engineering Ethics 19(3): 1121-39 (2013). 131 2010 年 6-9 月に実施された 1500 名を超える大学生や一般に対するサーベイによれば, 日本で「合成生物学」 という言葉を聞いたことがある者はおよそ 15%となっている. iGEM Japan humanpractice project, http://2010.igem.org/Team:Kyoto/HumanPractice 132 2010 年末時点. ちなみに Synthetic Biology のもう一つの訳語である「構成的生物学」は 2 件である. 133 林真理・加藤和人・小林傳司・齊藤博英・米本昌平・松原洋子 (2012)「公開シンポジウム『合成生物学・倫 理・社会』パネルディスカッション」『生物学史研究』86: 63-85. 134 科学技術振興機構研究開発戦略センター (2010) 『特定課題ベンチマーク報告書「合成生物学」』海外比較 調査報告書 09GR02, 2010 年 3 月. 135 Oldham, P., Hall, S. and Burton, G. (2012) “Synthetic biology: mapping the scientific landscape”, PLoS ONE 7(4): e34368. 129 165 として、2013 年、山形県鶴岡市に本社を置くベンチャー企業スパイバーがクモの糸の量産技 術を確立した。これは同市に慶應義塾大学先端生命科学研究所を誘致し、最先端の合成 生物学とメタボロームの解析拠点を構築した成果だとされる136。 マサチューセッツ工科大では、iGEM(International Genetically Modified Machine)という 学生による合成生物学の国際コンテストが毎年開催されており、2010 年の参加者は全体で 1300 人、日本人の参加は 100 人に上った137。これにならって、日本でも GenoCon と呼ばれる 同様の試みが 2010 年から始まっている138。これは将来の「ゲノム設計士」を育成するための 国際科学技術コンテストである。参加者は、本来の生物が持つゲノムに書き込まれている DNA プログラムの仕組みを学び、新しい機能を持つ生物のゲノムをデザインする。このコン テストでは組換え実験を行える環境にない場合でも応募できるように、応募者の活動をバイ オインフォマティクスに限定し、デザインされた DNA 配列を研究用のモデル生物に導入して その機能を評価する実験的検証は責任ある研究機関が実施することとしている。 現在、合成生物学研究に携わる研究者は、日本分子生物学会、日本生化学会、日本生 物工学会、日本生物物理学会に属することが多い。なかでも日本生物工学会では 2013 年、 合成生物学分野に関連する研究者・技術者の情報交換およびシンポジウム開催などを通じ て、本分野を活性化することを目的に、合成生物学研究部会を立ち上げた 139。ただし、合成 生物学は学際的な性格を持つために、従来の学問分野に従う学会などのコミュニティでは 研究の発展が難しい部分もある。また、合成生物学の社会的・文化的側面の重要性に対し て、これを議論する場がなかったことから、2007 年に「細胞を創る」研究会が立ちあげられた。 この研究会の目的は、広範な科学・技術の学問領域の研究者に加え、生命観や倫理・安全 面に関わる研究者・専門家の参加により、細胞の持つ様々な機能の再構成・創出と、その 延長上にある「細胞を創る」ことに関する学際的な研究交流・研究発表,情報・意見交換の 場を提供することにある140。「細胞を創る」研究会では、毎年秋に年次研究会を開催している ほか、サイエンスコミュニケーションのイベントである「サイエンスアゴラ」において 2006 年、 2007 年と2回にわたり公開フォーラムを実施した。さらに 2010 年 1 月に駐日英国大使館に おいて「合成生物学:日英における研究と社会的・倫理的課題」セミナーおよび公開シンポジ 日経産業新聞, 2013 年 6 月 21 日. NEDO「人工のクモ糸素材『QMONOS®』の量産技術を確立へ」, http://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100237.html 137 iGEM, http://www.igem.org/ 138 GenoCon, http://genocon.org 139 http://www.brs.kyushu-u.ac.jp/~sbj-bio/ 140 「細胞を創る」研究会設立趣旨書, 2007 年 11 月 26 日制定, http://jscsr.org/dl/prospectus.pdf 136 166 ウムと、同 6 月に駐日オランダ大使館において「合成生物学のためのテクノロジーアセスメン ト」ワークショップが開かれ、日本側からは同研究会主要メンバーが中心的に参加し、議論 を行った。2010 年 11 月には「細胞を創る」研究会大会 3.0 において、幅広い市民による「構 成的生物学についてのグループインタビュー(座談会)」も実施された141。また、2013 年の研 究会大会 6.0 では、研究会として社会にむけた「姿勢」の表明をする意義や内容について意 見が交わされた。このような合成生物学の社会的・文化的側面により焦点を当てた場を通じ て、海外の研究者や国内の多様な関係者、一般市民との交流を深めている。このほか、日 本生命倫理学会や日本科学史学会生物学史分科会、京都大学人文科学研究所のシンポ ジウムなどにおいて合成生物学に関する議論がなされた 142。また、わが国におけるライフサ イエンス研究のデュアルユースの対応方策の立案に向け、合成生物学研究を含むバイオセ ーフティやバイオセキュリティの問題について、科学技術振興機構研究開発戦略センター (JST-CRDS)の主催するワークショップや学術集会の企画セッションでも議論されている143。 京都大学人間・環境学研究科社会心理学研究室(永田素彦 准教授)による. 対象は 20~60 歳, 首都圏在 住でライフサイエンスを専門とする研究職(もしくは学生)ではない方で 10 名程度を募集した. 142 2009 年 11 月の日本生命倫理学会において, 「先端医科学と協働する生命倫理」と題して先端生命科学研究 における倫理的問題が議論され, その際に合成生物学に関する事項が一部取り上げられた. 2010 年 12 月には 日本科学史学会生物学史分科会によって「合成生物学・倫理・社会」と題したシンポジウムが開催され、合成生 物学が提起している生命観を科学史的観点から展望して、社会はこれにどう向き合うべきかについての議論が なされた. また, 2011 年 3 月には京都大学人文科学研究所全国共同利用・共同研究拠点「人文学諸領域の複合 的共同研究国際拠点」の主催により, 「合成生物学と社会—先端科学研究の進め方を考える」というシンポジウ ムが開かれ, より実務的な制度化やガバナンスのあり方が検討された. 143 科学技術振興機構研究開発戦略センター (2012)『ライフサイエンス研究の将来性ある発展のためのデュア ルユース対策とそのガバナンス体制整備』戦略プロポーザル SP-02, 2013 年 3 月; 科学技術振興機構研究開発 戦略センター (2013)『ライフサイエンス研究開発におけるバイオセキュリティの実装戦略』科学技術未来戦略ワ ークショップ報告書 WR-02, 2013 年 5 月. 141 167 1.3.2.バイオセキュリティへの行政機関、国際機関等の取組み (1) 概要 バイオセキュリティは、ライフサイエンス研究のグローバル性と普遍性、そして研究成果の 製品としての流通や、生物資源の流通など、世界的なモノとヒトと情報の移動によってそのリ スクが増大し、また講じるべき対策の複雑化も生じており、国際協調が重要視される分野で ある。 本稿では、主に海外におけるバイオセキュリティ対応について、内外の科学行政の範疇 での取り組み、ならびに国際条約(とそれにもとづく監視機関等)、共同声明、非営利、非政 府系の国際組織等の取組について紹介する。類似の調査は独立行政法人科学技術振興 機構(JST) 研究開発戦略センター(CRDS)ライフサイエンス・臨床医学ユニットが平成 23 年 度ならびに平成 24 年度に実施、公表してきた144,145。本稿では、それらの調査結果に一部重 複する情報を含むが、JST-CRDS の報告書刊行以降の国際動静ならびに新たに紹介すべき 取組を加味して執筆した。全体として、生物兵器と化学兵器に関する国際条約等の多国間 合意事項にもとづき、各国の対応機関が様々な形式によってバイオセキュリティの自国内実 装と国際協調に取り組んでいる実態が明らかになった。特に米国においてはウイルス改変 技術の他、合成生物学に関する懸念について、有識者による調査検討を踏まえた政策対応 が進んでおり、英国では資金配分機関によるバイオセキュリティ対応も進展していることが 分かった。また、欧州やアジア太平洋地域の新興国においては、複数省庁の連携により、バ イオセキュリティに関する案件を包括的に一元管理しながら政策対応を進める仕組みを構 築していることも明らかになった。これらの知見を我が国の政府機関レベルのバイオセキュ リティ対応に反映するには、より詳細な日本の現状把握、そしてステークホルダー間の交流、 調整、ならびに情報の透明性の確保が必要と考えられる。 なお、海外の学術研究機関、学会等の研究者コミュニティにおけるバイオセキュリティ対 応に関する動向については第 1.3.1 項において詳細に扱っており、本稿においては言及して いない。 独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター 戦略プロポーザル「ライフサイエンス研究の将来 性ある発展のためのデュアルユース対策とそのガバナンス体制整備」 http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2012/SP/CRDS-FY2012-SP-02.pdf 145 独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター 調査報告書「バイオセキュリティに関する研究機関, 資金配分機関,政府機関,国際機関等の対応の現状調査報告」 http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2011/RR/CRDS-FY2011-RR-07.pdf 144 168 (2)バイオセキュリティに関する国際条約、議定書、声明等 古来より、病原体そのもの、あるいはそれらを保有する生物等を敵方に散布する戦術は、 世界各地において取り上げられてきた。それらは、生物学、医学研究の発展とともに、近代 の世界規模の戦争における大量殺戮兵器へと変貌し、人類の脅威となった。このような流 れの中、生物兵器の不拡散に関する国際的枠組みは 20 世紀において形成されてきた。「ジ ュネーブ議定書 Geneva Protocol(窒息性ガス、毒性ガスまたはこれらに類するガスおよび細 菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書)」146(1928 年発効)は、第一次世 界大戦の終結後、戦時下の化学兵器の使用を禁止する目的で作成された国際合意であっ たが、その範囲が生物兵器にまで拡大された経緯を持つ、歴史上最初の生物兵器禁止に 言及した国際合意文書である。その後、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争等を経 て、1972 年に策定、1975 年に発効された、「生物兵器禁止条約(Biological and Toxin Weapons Convention、細菌兵器(生物兵器)および毒素兵器の開発、生産および貯蔵の禁 止ならびに廃棄に関する条約、BTWC)」147が、現代社会においては、毒素を含む生物兵器 を包括的に禁止する国際的な法的枠組みとして機能している(我が国の批准は 1982 年)。こ の条約は、ジュネーブ議定書においては包含されていなかった、開発、生産、保有について も制限を加えている。また、既存の保有兵器の扱いについても言及しており、条約の批准前 から当該国が生物兵器を保有している場合には、その廃棄までを目的としている。2013 年 時点で締約国は 170 に上るが、イスラエル、エジプト、スーダンなどは未署名である148。生物 兵器禁止条約の締結国は 5 年おきに運用検討会議(Review Conference)を開催し、次期運 用検討会議までに検討すべき案件の整理とその活動計画を定めている。直近の第 7 回運 用検討会議(2011 年 12 月開催)においては、今後の検討事項の項目の一つに合成(構成) 生物学を含む、新規科学技術の動向把握が掲げられており、2012 年ならびに 2013 年の専 門家会合において、関連するセッションが実施されている 149,150。また、これまで生物学の範 疇で語られてきた生物兵器について、生物学と化学の融合的アプローチの拡大やケミカル バイオロジーの台頭を踏まえた、化学的観点からの対応の必要性についても同じ会議にお いて指摘された 151 。ちなみに、1993 年に策定、1997 年に発効された「化学兵器禁止条約 146 147 148 149 http://www.brad.ac.uk/acad/sbtwc/keytext/genprot.htm http://www.opbw.org/ http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bwc/bwc/teiyakukoku.html http://www.unog.ch/80256EE600585943/(httpPages)/26E4793F76DAF81EC1257A87002C4700?OpenDocument 150 http://www.unog.ch/80256EE600585943/(httpPages)/EED3E63397C2144BC1257BF80054FE12?OpenDocument 151 http://www.opbw.org/rev_cons/7rc/BWC_CONF.VII_WP4_E.pdf 169 (Chemical Weapons Convention 、化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃 棄に関する条約、CWC)」の規制対象(毒・薬物)には、細菌や動植物由来の毒素が含まれ ている152。OPCW も BWC と同様に化学と生物学分野の融合研究の進展に注目しており、 2011 年から暫定作業部会が発足、検討が続けられている153。なお、CWC については、その 締結事項の実施、管理機関(Organization for the Prohibition of Chemical Weapons(OPCW)) 154 が設立されているが、BTWC については未だ設置が進んでいない。 その他の関連する国際条約に関しては、生物の多様性に関する条約(Convention on Biological Diversity)(1992 年採択、1993 年発効、わが国は 1992 年署名、1993 年締結)155 の科学専門家会議(SBSTTA)では、2014 年度以降、合成生物学が新しい議題として取り上 げられることになっており、今後の議論が注目される 156。また、 JST-CRDS 報告書ならびに Dutch Research Council が発行した Report on Biosecurity and Dual Use Research157において 紹介された国際的な活動として、以下のものがあげられる。 国際機関による合意、声明等 ・ カルタヘナ議定書:(生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタ ヘナ議定書)(2000 年採択、2003 年発効)(わが国は 2003 年締結、関連法は 2004 年施行)158 ・ 名古屋・クアラルンプール議定書:「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書の 責任と救済に関する名古屋・クアラルンプール補足議定書」(2010 年採択)159 ・ 国際連合教育科学文化機 (UNESCO): 「科学と科学的知識の利用に関する世 界宣言」(1999 年採択)160,161 非政府系の国際機関による声明等 ・ 152 153 154 155 156 研究公正に関するシンガポール宣言(Singapore Statement on Research Integrity) http://www.opcw.org/chemical-weapons-convention/ http://www.opcw.org/fileadmin/OPCW/SAB/en/sab-20-wp03_e_.pdf http://www.opcw.org/ http://www.cbd.int/ http://www.cbd.int/emerging/ 157 http://www.unog.ch/80256EDD006B8954/(httpAssets)/1390D426940BD24EC125785B004D3E96/$file/Miller+et+ al+-+Report+on+Biosecurity+and+Dual+Use+Research.pdf 158 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty156_6.html 159 財団法人バイオインダストリー協会「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書の責任と救済に関する名古 屋・クアラルンプール補足議定書」仮訳, 2011 160 http://www.unesco.org/science/wcs/eng/declaration_e.htm 161 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/siryo/attach/1298594.htm 170 (2010 年)162 ・ Freedom, Responsibility and Universality of Science(国際科学会議 International Council for Science)(2008 年)163 ・ バイオセキュリティに関する Inter Academy Panel(IAP)声明(2005 年)164 ・ 国際赤十字社(International Committee of the Red Cross):Biotechnology, Weapons and Humanity: ICRC Outreach to the Life Science Community on Preventing Hostile Use of the Life Sciences(2004 年)165 ・ 世界医師会(World Medical Association):生物兵器に関する宣言(The World Medical Association Declaration of Washington on Biological Weapons(2003 年)166 (3)バイオセキュリティに関する国際機関の活動 上述した OPCW の他、現在、世界においてはバイオセキュリティに関わる様々な対応に 取り組んでいる国際機関がある。本章ではそれらの中から代表的な機関を紹介する。 まず、国際連合においては、国際連合安全保障理事会(United Nation Security Council) 167 により、生物兵器、科学兵器、核兵器等の大量破壊兵器に関して、特に、テロ組織など、 非国家的行為主体による不拡散対応のための国際協調体制の構築について、2004 年 4 月 に国際連合安全保障理事会決議(United Nations Security Council Resolution)1540 として採 択した168。採択に伴い、加盟国の対応状況の管理と報告を担う 1540 委員会も設立された169。 しかし、この決議の全世界的遵守の確立には困難な状況が続いており、委員会の設置期間 の延長措置を図る決議が繰り返し採択され、2011 年 4 月には、2021 年までの 10 年間の期 間延長と 1540 委員会の活動の実効化推進に関する国際連合安全保障理事会決議 1977 が 採択された170。2012 年 6 月には、延長期間の修正(Recalling)と、1540 委員会の活動に協力 する専門委員の増員などを求める国際連合安全保障理事会決議 2055 も採択されている 171 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 。 http://www.singaporestatement.org/ (訳文については日本学術会議第 159 回総会資料参照) http://www.icsu.org/publications/cfrs/freedom-responsibility-booklet http://www.interacademies.net/File.aspx?id=5401 http://www.icrc.org/eng/resources/documents/misc/5z7cwq.htm http://www.wma.net/en/30publications/10policies/b1/ http://www.un.org/Docs/sc/ http://www.un.org/en/ga/search/view_doc.asp?symbol=S/RES/1540(2004) http://www.un.org/en/sc/1540/index.shtml http://www.un.org/en/ga/search/view_doc.asp?symbol=S/RES/1977%20(2011) http://www.un.org/en/ga/search/view_doc.asp?symbol=S/RES/2055(2012) 171 世界保健機関(World Health Organization, WHO)172は、H5N1 インフルエンザウイルスの 研究成果公表の是非が問われた際、2012 年 2 月に緊急会合を行い、論文公表の必要性な らびに公表の前提として推奨される(デュアルユース)対応についての声明を発表し、それま での公表差し止めの論調から世論が成果論文の全文公表を容認する方向に動いていく原 動力となる173など、公衆衛生分野では全世界的な影響力を持つ国際機関である。WHO は、 2005 年に作成された 194 か国の同意文書 International Health Regulations 174 に従い、 Department of Global Capacities Alert and Response において、Alert, response, and capacity building under the International Health Regulations というプログラムを展開し、その中でバイ オセキュリティに関連した活動を行い、ガイドラインや報告書を公表し、各国のガバナンス構 築に活用できるように取り組んでいる175。2012 年には、実験室におけるバイオセーフティ、バ イオセキュリティに関わる各国のガバナンス体制の充実に向けた WHO の支援戦略として “Laboratory Biorisk Management Strategic Framework for Action 2012-2016” を公表してい る176。 そ の 他 の 国 際 機 関 と し て は 、 経 済 協 力 開 発 機 構 ( OECD ) 科 学 技 術 政 策 委 員 会 (Committee for Scientific and Technological Policy, CSTP)が、2007 年に” OECD Best Practice Guidelines on Biosecurity for BRCS”を作成、公表している177。このガイドラインは急 速に発展してきたバイオテクノロジーとライフサイエンス研究において、重要なインフラ設備 となる、生物資源の管理体制を OECD 加盟国の間で一定水準に保ち、生物資源の安全な 採取、保管、輸送によってバイオテロ等の脅威を防ぐガバナンス体制を各国が構築する際 の指針となるよう、作成されたもので、資源、材料の管理のみならず、人材育成や関係者の 意 識 向 上 に も 言 及 し て い る 。 ま た 、 国 際 リ ス ク ガ バ ナ ン ス 評 議 会 ( International Risk Governance Council, IRGC)178では、合成生物学のリスクや社会的影響に関する調査報告 Risk Governance of Synthetic Biology179ならびに各国の合成生物学に対するリスクガバナン ス体制構築のためのガイドライン Guidelines for the Appropriate Risk Governance of Synthetic Biology を作成、公表している180。Inter Academy Panel(IAP)では、2004 年より 172 173 174 175 176 177 178 179 180 http://www.who.int/en/ http://www.who.int/mediacentre/events/meetings/2012/h5n1_research_issues/en/index.html http://www.who.int/ihr/9789241596664/en/ http://www.who.int/ihr/publications/biosafety/en/index.html http://whqlibdoc.who.int/hq/2012/WHO_HSE_2012.3_eng.pdf http://www.oecd.org/health/biotech/38778261.pdf http://www.irgc.org/ http://www.irgc.org/IMG/pdf/IRGC_Concept_Note_Synthetic_Biology_191009_FINAL.pdf http://irgc.org/wp-content/uploads/2012/04/irgc_SB_final_07jan_web.pdf 172 Biosecurity Working Group を設置し、上述した声明発表の他、ワークショップの開催や他の 国際学会連合と提携してライフサイエンス分野の Dual use 問題への対応の国際調和をは かっている181。 (4)主要な国と地域における近年の取組 <米国> 現在の米国におけるバイオセキュリティ体制は、2004 年に全米科学アカデミーから発表さ れた「テロリズムの時代における生命工学研究(フィンクレポート)」 182を基本として作られて いる。この報告書において、公衆衛生目的で実用化されるバイオテクノロジー研究開発の 「ほぼすべて」が、悪用される可能性を持つことを前提とし、と述べ、デュアルユースジレンマ へも言及している。そして、バイオセキュリティに関する科学コミュニティへの教育、実験計画 の審査、(実験成果の)出版段階の審査、バイオディフェンスに関する国家レベルの科学諮 問委員会の創設、(研究開発の)悪用を防ぐための追加措置、バイオテロあるいは生物兵器 戦争の防止に生命科学が果たす役割(の検討と実行)、そして当該問題に関する国際調和 をもった監視、などを提言している。また、2010 年には連邦政府専門家安全保障諮問委員 会(Federal Experts Security Advisory Panel, FESAP)183を創設し、バイオテロに使用される可 能性を持つ指定生物製剤について、既存の法体制の運用の最適化によるバイオセキュリテ ィ上の対応策の勧告(Recommendations Concerning the Select Agent Program)184を公表した。 特に、既知の病原体について、その潜在的な危険性により第 1 階層に位置づけられた、炭 疽菌、野兎病菌、ペスト菌などの 12 種類)の病原体の保有施設に関しては、サイバーセキュ リティを含むバイオセキュリティ体制の強化を求めている。 省レベルの施策では、Fink Report の提言を受けて、保健福祉省(Department of Health and Human Service, HHS)傘下の国立衛生研究所(National Institutes of Health, NIH)に National Science Advisory Board for Biosecurity (NSABB)185が設立されている。NSABB は、 デュアルユースの懸念のある研究の計画や遂行に関して助言する立場にあり、研究者コミ ュニティのみならず、バイオディフェンス、行政、出版界などのバックグラウンドの委員も含め 181 http://www.interacademies.net/Activities/Projects/17806.aspx Committee on Research Standards and Practices to Prevent the Destructive Application of Biotechnology, National Research Council. Biotechnology Research in an Age of Terrorism, 2004. (慶応義塾大学グローバルセキ ュリティ研究所が日本語訳を作成) 183 http://www.phe.gov/Preparedness/legal/boards/fesap/Pages/default.aspx 184 http://www.phe.gov/Preparedness/legal/boards/fesap/Documents/fesap-recommendations-101102.pdf 185 http://oba.od.nih.gov/biosecurity/about_nsabb.html 182 173 て構成されている。HHS では、他に疾病対策センター(Center for Disease Control, CDC)に おいてもバイオセキュリティに関する取組がなされており、CDC と NIH における実験室の安 全管理指針である Biosafety in Microbiological and Biomedical Laboratories(BMBL)186は事 実上の全米の研究機関における実験室安全管理の標準になっている。この指針の第 5 版 (2009 年発行)より、バイオセーフティとリスクアセスメントの項目が拡充されている。また、 HHS では、2011 年からの、一連の H5N1 ウイルス研究論文の公表をめぐる議論の経過187を 踏まえ、2013 年 2 月に哺乳類に飛沫感染する H5N1 ウイルスを作成する研究への研究資 金提供に関する審査の枠組188を公表している。 HHS 以外に連邦政府レベルでバイオセキュリティに関わっている組織として、連邦捜査局 (Federal Bureau of Investigation、FBI)があげられる。FBI では生物学の知見を利用する大 量破壊兵器についても、化学、放射能、核、爆破など他の兵器手段と同等に位置づけ、国 家安全支局(National Security Branch)に設置されている 大量破壊兵器担当 Weapons of Mass Destruction Directorate(WMDD)189において合成生物学研究者の他、Do-It-Yourself bio と呼ばれる、アマチュア生物学者あるいは趣味として生物学研究を行うコミュニティに対 してのバイオセキュリティ啓発を行っている。また、農務省(United States Department of Agriculture, USDA)においても農作物、食糧の安全衛生的観点からのバイオセキュリティ対 応が行われている190。 米国は、バイオセキュリティ全般の対応のみならず、合成生物学に特化したバイオセキュ リティ議論が行政、政策レベルで盛んにおこなわれてきた国の一つである。 先述した NSABB は、2006 年 12 月に発表した報告書 Addressing Biosecurity Concerns Related to Synthetic Biology191において、合成生物学が生命科学の範疇を超えた複合的な研究領域で あり、正規の教育、トレーニングをうけなくても合成生物学の研究に携わる人々(アマチュア 生物学者)の懸念を示し、連邦政府に対し合成生物学のバイオセキュリティ上のリスクへの 対応策の構築を勧告した。2010 年には、大統領生命倫理審議会(Presidential Commission for the Study of Bioethical Issues)が合成生物学に関する報告書 NEW DIRECTIONS: The Ethics of Synthetic Biology and Emerging Technologies192を公表し、合成生物学に対象を限 186 187 188 189 190 191 192 http://www.cdc.gov/biosafety/publications/bmbl5/BMBL.pdf http://oba.od.nih.gov/oba/biosecurity/PDF/03302012_NSABB_Recommendations.pdf https://www.phe.gov/s3/dualuse/Documents/funding-hpai-h5n1.pdf http://www.fbi.gov/about-us/investigate/terrorism/wmd http://www.usda.gov/wps/portal/usda/usdahome?navid=FOOD_SECURITY http://oba.od.nih.gov/biosecurity/pdf/Final_NSABB_Report_on_Synthetic_Genomics.pdf http://bioethics.gov/sites/default/files/PCSBI-Synthetic-Biology-Report-12.16.10.pdf 174 定しない形で「新規の科学技術」の評価における倫理原則(大衆の利益の最大化と危害の 最小化、(研究開発過程の)監督・報告の責務、知的自由と責任、民主的な協議による意思 決定、(社会への研究成果の還元における)公正と平等)を示したほか、合成生物学に特化 した 18 の勧告(公的資金配分の評価ならびに(評価結果の)公開、研究推進の支援、(成果 の)分配を通した技術革新、合成(構成)生物学への調和のとれたアプローチ、リスク評価と (合成された生命体様物が)自然界放出におけるギャップ分析、(合成された生命体様物の) 監視・封じ込め・制御、自然界放出前のリスク評価、国際協調と対話、倫理教育、反対意見 の継続的な評価、職責と説明責任の醸成、セキュリティならびに安全上のリスクの定期的な 評価、管理規則(の制定)、科学、宗教、文化面の整合性(のとれた研究の実施)、正確な情 報(の把握)、大衆への教育、研究上のリスク(の把握)、製品化と普及におけるリスクとベネ フィット(の把握とバランス)) が行われている。 <欧州> 欧州域内のバイオセキュリティに関連した対応は、欧州委員会(European Commission, EC)が 2006 年より検討を始め、2009 年に採択された EU action plan on chemical, biological, radiological and nuclear security に基づいて進められている193,194。2012 年にはアクションプ ランに対する進捗報告が公表され、リスクと脅威の評価ならびに費用対効果などの検証に 基づいたアクションプランの推進について提言された 195。このような行政側の動きに欧州バ イオセーフティ協会(European Biosafety Association, EBSA)196 、 欧州の企業連合である EuropaBio197など、非政府系、非営利団体の取組が連動している。また、ライフサイエンス分 野における具体的なリスク管理標準についても、欧州標準化委員会(Comité Ecuropéen de Normalisation, CEN ) 198 が す で に ワ ー ク シ ョ ッ プ を 開 催 、 協 定 文 書 ( CEN Workshop Agreements (CWA))15793 を公表するなど対応を進めている199。2012 年に EBSA が発表し た戦略計画 EBSA Strategy 2012-2015200においては、CEN の公表した CWA15793 ならびに 193 194 http://europa.eu/legislation_summaries/justice_freedom_security/fight_against_terrorism/jl0030_en.htm http://register.consilium.europa.eu/pdf/en/09/st15/st15505-re01.en09.pdf 195 http://ec.europa.eu/dgs/home-affairs/what-we-do/policies/crisis-and-terrorism/securing-dangerous-material/docs/eu_ cbrn_action_plan_progress_report_en.pdf 196 http://www.ebsaweb.eu/About+EBSA.html 197 http://www.europabio.org/ 198 http://www.cen.eu/cen/pages/default.aspx 199 http://www.cen.eu/cen/Sectors/TechnicalCommitteesWorkshops/Workshops/Pages/CWA15793-guide.aspx 200 http://www.ebsaweb.eu/index.php?id=3442&site=ebsa_media 175 CWA15793 の 運 用 と そ れ を 担 う 人 材 育 成 に 関 す る 協 定 文 書 CWA16335 ( Biosafety professional competence)の実践を目指すことが書かれている。その他、1995 年に設立され た、非営利・非政府系国際機関である Landau Network-Centro Volta (LNCV)201でも、アジア 地域の紛争と、それに伴う放射性物質、生物学、化学上の脅威への対策、水資源の安定供 給などに取り組む過程でバイオセキュリティ、デュアルユース関連の活動が行われている。 2011 年には BTWC の運用検討会議の開催に合わせ当該分野のワークショップ202を開催し た他、入門書 An Introduction to Biorisk Management and Dual Use in the Life Sciences を作 成、公表した203。 個別国の取組としては、英国における種々の取り組みが先行しており 204,205、特に資金配 分機関が積極的にバイオセキュリティに対応した資金配分、評価管理等に取り組んでいる 206 。Wellcome Trust では、ライフサイエンス研究の Dual Use に対する懸念を前提に、 Wellcome Trust が資金を提供する研究開発の成果の悪用・誤用を防ぐ取り組みを明文化し た Position statement on bioterrorism and biomedical research を発表、実践している207。また、 オランダはバイオセキュリティに特化した行動規範を作成している208。 <アジア・オセアニア> 近年ライフサイエンス分野の発展が著しい中国、ならびに橋渡し研究、臨床医学研究に おいて欧米の審査、認可システムを積極的に導入している韓国は、上述した国際条約に準 じて、国際機関等の指導、助言を仰ぎながら国際水準の体制構築と、国内の研究者コミュニ ティへのバイオセキュリティに関する啓発、普及を進めている 1,2 。その他の新興国において も、バイオセキュリティへの対応が進められている。シンガポールは、2005 年に制定された Biological Agents ad Toxin Act に基づいて、衛生省(Ministry of Health)が主体となってバイ 201 http://www.centrovolta.it/landau/programs.aspx 202 http://www.centrovolta.it/landau/2011/12/28/BiosecurityBiosafetyHumanCapitalAndTheSeventhReviewConference OfTheBiologicalAndToxinWeaponsConvention.aspx 203 http://www.centrovolta.it/landau/ct.ashx?id=03e6ea74-9116-463a-b3d3-7f7167c2b259&url=http%3a%2f%2fwww.c entrovolta.it%2flandau%2fcontent%2fbinary%2fLNCV_BioConf_2011_Clean.pdf 204 http://www.bbsrc.ac.uk/ 205 Royal Academy of Engineering. Synthetic Biology: Scope, Applications and Implications. 2009. http://www.raeng.org.uk/news/publications/list/reports/Synthetic_biology.pdf 206 http://www.wellcome.ac.uk/News/Media-office/Press-releases/2005/WTX026601.htm 207 http://www.wellcome.ac.uk/About-us/Policy/Policy-and-position-statements/WTD002767.htm 208 A Code of Conduct for Biosecurity http://www.fas.org/programs/bio/resource/documents/IAP%20-%20Biosecurity%20code%20of%20conduct.pdf 邦 訳については http://researchmap.jp/?action=multidatabase_action_main_filedownload&download_flag=1&upload_id=22756&me tadata_id=23808 176 オセーフティとバイオセキュリティリティ対応体制を整備している 209。また、インドは国防省傘 下の Defence Research & Development Organisation と科学技術省の関連部門が共同で Virtual Biosecurity Center を組織して、包括的にバイオセキュリティ対応を進めている210。 豪州のバイオセキュリティに関する取り組みは、貿易国である特性に根差した伝統を持ち、 世界でも先進的、主導的立場にある。CWC と BTWC 加盟国の有志国による Australian Group を結成し、国際政治面でも発言力を持っている。2012 年には Australian Group が機 微技術を含む製品の輸送(輸出入管理)に関するガイドライン”Guidelines for Transfers of Sensitive Chemical or Biological Items” を 作 成 、 公 表 し て い る 211 。 国 内 で は 農 務 省 の Department of Agriculture, Fisheries and Forestry 中心に、バイオセキュリティ対応を進めてい るが、2008 年に行われた独立評価212に基づいて、2012 年にその体制を作新し、「リスク」を 中軸としエビデンスベースのリスクマネジメントがより実装しやすいよう、産業界との連携強 化に向けて改革が進められている。ニュージーランドでは、Ministry for Primary Industries が バイオセキュリティに関して包括的に取り組んでおり、豪州同様、輸出入管理の観点からの 対策213の充実にも力を入れている。 209 http://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&frm=1&source=web&cd=1&ved=0CDMQFjAA&url=http%3 A%2F%2Fwww.biosafety.moh.gov.sg%2Fhome%2Fpage.aspx%3Fid%3D56&ei=MO2fUvXNNIX4oASgioLQBw &usg=AFQjCNH_AWAPJqjZ7ssHiFVPtLqVxZBQsw&bvm=bv.57155469,d.cGU 210 http://www.virtualbiosecuritycenter.org/ 211 http://www.australiagroup.net/en/guidelines.html 212 http://www.daff.gov.au/__data/assets/pdf_file/0020/1284113/beale-review.pdf 213 http://www.biosecurity.govt.nz/biosec 177 1.4. 合成生物学の法規制のあり方に関する調査研究 1.4.1. 生物多様性条約、カルタヘナ議定書及び国内法から見た合成生物学の取り扱い 1.4.1.1 はじめに 合成生物学について明確な定義があるわけではないことから、条約や国内法での取り扱 いを考える際には、合成生物学に関連づけて取り上げられることの多い技術要素ごとに、ま たは作出される改変生物の種類ごとに、それらが条約および国内法の規制対象になるか否 かを整理する必要がある。以下では、条約および国内法における改変生物の定義等に触れ た後に、「2.1.合成生物学の検討すべき課題」で挙げられている6つの技術区分について、 生物多様性条約、カルタヘナ議定書、国内法のそれぞれの観点から考察を行うこととする。 1.4.1.2 生物多様性条約、カルタヘナ議定書及び国内法における改変生物の定義 上記の考察を行う際に注意を要する点として、生物多様性条約、カルタヘナ議定書およ び国内法では、改変生物(Living modified organism; LMO)もしくは遺伝子組換え生物の定 義や、その前提となるバイオテクノロジーの定義が、それぞれ異なっていることが挙げられる。 特に、カルタヘナ議定書は生物多様性条約の条項に基づいて制定されたものではあるが、 議定書を制定する際に LMO の再定義(範囲の明確化)が行われているため、仮に議定書 の下では LMO とみなされないものであっても、親条約の下では LMO に該当するとみなされ て、締約国に一定の対応が求められるケースが想定されるほか、合成生物学に特化した新 たな規制の枠組みを要求する論拠ともなりうる。 具体的には、生物多様性条約ではバイオテクノロジーを「特定用途のために物または方 法を作成または改変する目的で、生物システム、生物またはその派生物を利用するすべて の応用技術」214と広い意味で定義したうえで、第 8 章(g)において、生物多様性の生息域内 保全のために、バイオテクノロジーによって改変された生物のうち悪影響を与える恐れのあ るもののリスクを規制、管理または制御する手段を、可能かつ適切な範囲で構築または維 持することを締約国に求めている215。また、第 19 条(4)では、バイオテクノロジーによって改 214 any technological application that uses biological systems, living organisms, or derivatives thereof, to make or modify products or processes for specific use 215 (Each Contracting Party shall, as far as possible and as appropriate,) establish or maintain means to regulate, manage or control the risks associated with the use and release of living modified organisms resulting from biotechnology which are likely to have adverse environmental impacts that could affect the conservation and sustainable use of biological diversity, taking also into account the risks to human health 178 変された生物のうち悪影響を与える恐れのあるものの国境移動に際して、輸出国側から輸 入国側への情報提供を求めている216。これらの条項は議定書制定の拠所となった第 19 条 (3)とは独立した条項であるため、カルタヘナ議定書において LMO をより限定的な意味で再 定義を行っているとしても、生物多様性条約の第 8 条(g)や第 19 条(4)に規定される締約国 の義務やその適用範囲が影響を受けることはないと解釈可能である。そのため、合成生物 学に関連した特定の技術やそれによって作出された改変生物が、仮にカルタヘナ議定書の 適用範囲外であったとしても、生物多様性条約の適用対象とみなされる可能性は十分にあ る。ただし、国際交渉の観点から見れば、上記の条項のうち少なくとも第 8 条(g)に関しては、 あくまでもそれぞれの締約国の努力義務について規定したものであって、国際的な規制の 枠組みまでを求めているわけではないという点に注意を払う必要があろう。 一方、カルタヘナ議定書では、生物(Living organism)を「遺伝素材を移転または複製する 能力を持つあらゆる生物学上の存在217」とし、モダン・バイオテクノロジーを「生体外において 核酸を加工する技術(組換え DNA 技術および核酸を細胞または細胞内小器官に直接注入 する技術を含む)、または、分類学上の科を超えて細胞を融合する技術であって、自然界に おける生理学上の生殖または組換えの障壁を克服し、かつ伝統的な育種や選抜において 用いられないものを適用すること218」と定義したうえで、LMO を「モダン・バイオテクノロジー の利用によって得られた、遺伝素材の新規な組み合わせを有するあらゆる生物 219」と定義し ている。すなわち、①伝統的な育種や選抜によるものを明示的に除外している点、②遺伝素 材の新規な組み合わせを持つものに限定している点、③自然界における生殖または組換え の障壁を克服するものに限定している点で、生物多様性条約と比べて、LMO をより限定し たものとして定義している。なお、生体外において核酸を加工する技術として、組換え DNA 技術およびマイクロ・インジェクションを例示しているものの、この二者に限定しているわけで はない点に注意が必要である。また、「遺伝素材の新規な組み合わせ(novel combination of 216 Each Contracting Party shall, directly or by requiring any natural or legal person under its jurisdiction providing the organisms referred to in paragraph 3 above, provide any available information about the use and safety regulations required by that Contracting Party in handling such organisms, as well as any available information on the potential adverse impact of the specific organisms concerned to the Contracting Party into which those organisms are to be introduced. 217 any biological entity capable of transferring or replicating genetic material, including sterile organisms, viruses and viroids. 218 the application of: a. In vitro nucleic acid techniques, including recombinant deoxyribonucleic acid (DNA) and direct injection of nucleic acid into cells or organelles, or b. Fusion of cells beyond the taxonomic family, that overcome natural physiological reproductive or recombination barriers and that are not techniques used in traditional breeding and selection. 219 any living organism that possesses a novel combination of genetic material obtained through the use of modern biotechnology 179 genetic material)」がどの範囲を指すかは必ずしも明確ではないため、例えば異種由来の核 酸を含まないゲノム改変株のようなものであっても、それが自然条件下では起こり得ないも のと判断されれば、カルタヘナ議定書の対象と解釈される可能性がある。 日本のカルタヘナ法、法律施行規則、その他の省令等では、カルタヘナ議定書で用いら れている LMO の定義をほぼそのまま「遺伝子組換え生物等」の定義に当てはめている。た だし、細胞外において核酸を加工する技術から、①同一の分類学上の種に属する生物の核 酸のみを用いて加工するもの(いわゆるセルフ・クローニング)、および②自然条件において 核酸を交換する種に属する生物の核酸のみを用いて加工するもの(いわゆるナチュラル・オ カレンス)を除外している。すなわち、これらは遺伝素材の新規な組み合わせを持つものと はみなされない。また、ヒトの細胞や自然条件下で個体に生育しない細胞を生物の定義か ら除外している等の違いがある。 1.4.1.3 生物多様性条約、カルタヘナ議定書及び国内法における閉鎖系使用の扱い 合成生物学を標榜するアプリケーションの多くが、現状では拡散防止措置下での使用 (contained use)を前提としている。また、合成生物学に慎重な立場をとる市民団体等の中に は、合成生物の安全性が科学的に証明されるまでは、バイオ燃料の製造等に対してより厳 格な物理的封じ込めを課すべきとの意見もある。そこで、生物多様性条約、カルタヘナ議定 書および国内法令において LMO の拡散防止措置下での使用がどのように扱われているか を整理してみることにする。 生物多様性条約では、前述のように、第 8 条(g)および第 19 条(4)において独自に改変 生物全般についての対応を締約国に求めている。対象となる使用の範囲は”use and release of living modified organisms resulting from biotechnology”となっており、これを「使用するこ と、および、放出すること」と解釈するならば、拡散防止措置下での使用であっても、生物多 様性や人の健康に悪影響を及ぼす恐れがある場合には、一般的なリスク対応(第 8 条(g)) および国境移動に際しての情報提供(第 19 条(4))の対象に含まれることになる。 カルタヘナ議定書では、第 6 条(2)において、国境移動の際の事前の情報に基づく同意 (advance informed agreement; AIA)の手続きを定めた条項(8 条-10 条、12 条)は、拡散防 止措置下での使用には適用しないとしている 220。また、カルタヘナ議定書では、リスク評価 は AIA の手続きに必要なプロセスと位置づけられているため、拡散防止措置下での使用を 220 Notwithstanding Article 4 and without prejudice to any right of a Party to subject all living modified organisms to risk assessment prior to decisions on import and to set standards for contained use within its jurisdiction, the provisions of this Protocol with respect to the advance informed agreement procedure shall not apply to the transboundary movement of living modified organisms destined for contained use undertaken in accordance with the standards of the Party of import. 180 目的とした国境移動であればリスク評価も必須ではないと解釈できる(ただし第 6 条(2)では、 輸入締約国の判断で、拡散防止措置下での使用であっても輸入に先立ってリスク評価を行 うことができることになっている)。カルタヘナ議定書の条項のうち、上記で除外されているも の以外は、第 4 条221に基づいて、基本的に拡散防止措置下での使用にも適用されると考え るべきであろう。特に第 18 条(2)(b)においては、拡散防止措置下での使用を目的とした LMO の国境移動の際に、必要な情報を提供することを締約国に義務づけている222。 カルタヘナ法では、「施設、設備その他の構造物の外の大気、水又は土壌中への遺伝子 組換え生物等の拡散を防止する意図をもって行う使用」を第二種使用として規制の対象にし ている。また、遺伝子組換え生物の第二種使用にあたってとるべき拡散防止措置を「施設等 の外の大気、水又は土壌中に当該遺伝子組換え生物等が拡散することを防止するために 執る措置」と定義し、第二種使用にあたって物理的な封じ込め措置を行うことを求めている (いわゆる閉鎖系使用)。一方、第二種使用のために遺伝子組換え生物を輸入する際には 承認手続きは必要ないが、譲渡、提供、委託にあたって必要な情報を提供することを求めて いる。しかし、国(特に米国等の議定書非締約国)によって遺伝子組換え生物の定義や必要 な手続きが異なるために、輸入にあたって十分な情報提供が行われず、結果として誤廃棄 等の問題を生じている実態がある。 1.4.1.4 生物学的封じ込めについて 「非天然生物学」の項で述べるように、合成生物学の応用分野のひとつとして、合成生物 学的なアプローチによって宿主細胞に従来とは異なる生物学的封じ込めの仕組み(built-in biosafety)を導入する研究が行われている。生物学的な封じ込めを LMO の使用にあたって 必要な拡散防止措置に含めるか否かについては、議定書の交渉段階から議論の対象にな っており223、現在でも国によって解釈が分かれている。 カルタヘナ議定書では、拡散防止措置下での使用(contained use)を「施設、設備その他 の物理的構造物の中において、外部環境との接触および外部環境への影響を効果的に制 221 This Protocol shall apply to the transboundary movement, transit, handling and use of all living modified organisms that may have adverse effects on the conservation and sustainable use of biological diversity, taking also into account risks to human health. 222 (Each Party shall take measures to require that documentation accompanying) living modified organisms that are destined for contained use clearly identifies them as living modified organisms; and specifies any requirements for the safe handling, storage, transport and use, the contact point for further information, including the name and address of the individual and institution to whom the living modified organisms are consigned. 223 Ruth Mackenzie, et al., An explanatory guide to the cartagenaprotocol on piosafety, IUCN Environmental Policy and Law Paper No. 46, IUCN, 2003. 181 限する特定の措置によって制御された LMO を使用すること224」と、やや曖昧な形で定義して いる。すなわち、物理的構造物の中で使用することと、拡散防止措置を講じることとは、必ず しもイコールとは解釈できない文章となっている。また、必要な封じ込めのレベルや生物学 的封じ込めについての言及はない。交渉の結果として、具体的な手段ではなく、措置の実効 性に重点をおいた定義になったものと思われる。 カルタヘナ法の第二種使用においては、前述のように、施設、設備その他の構造物を使 用することと拡散防止措置を講じることとはほぼイコールと解釈される。すなわち物理的な 封じ込めを前提とした規制になっている。そのうえで、研究開発二種省令では認定宿主ベク ター系を定めることによって、また、産業二種省令では GILSP 遺伝子組換え微生物の区分 を設けることによって、生物学的な封じ込めが行われている遺伝子組換え生物については、 より簡便な物理的封じ込めのもとで使用できることになっている。 1.4.1.5 技術区分ごとの考察 (1)DNA デバイス構築とその利用 プラスミド等の DNA 分子そのものは、化学合成したものか生物から抽出したものかに関 わらず、生物には該当しないため、生物多様性条約、カルタヘナ議定書、国内法のいずれ においても、LMO としての規制の対象にはならない。ただし、DNA デバイスが形質転換体 などの生きた細胞内に保持された形で流通する場合には、それが移転または複製する能力 があれば LMO として規制の対象になりうる。また、入手した DNA デバイスを用いて LMO を作成した場合は当然規制の対象となる。 DNA デバイスを生物多様性条約で定義される遺伝資源として見た場合には、入手の経 緯によっては、原産国の権利が及んだり利益配分の対象となる可能性がある。入手した DNA デバイスを用いて LMO を作成した場合も同様である。一方、デジタル情報として流通 する遺伝子やゲノムの塩基配列は、生物多様性条約での定義からすればそれ自体が遺伝 資源とみなされる可能性は低いが、これをもとに DNA デバイスを構築したり、LMO を作成し た場合に遺伝資源とみなされる可能性は否定できない。知的財産権の有無と合わせて、 個々のケースで慎重な判断が求められる点であろう。 224 any operation, undertaken within a facility, installation or other physical structure, which involves living modified organisms that are controlled by specific measures that effectively limit their contact with, and their impact on, the external environment 182 (2)合成代謝工学 変異導入や遺伝子組換えによって代謝系全体を増強したり、特定物質の生産に代謝を振 り向けることは、従来から代謝工学として盛んに行われてきた。一方、大腸菌、酵母などの 取り扱いが容易な宿主を用いて、もともとその生物が生産する能力のない化合物を生産す るケースも増えており、単一の遺伝子を導入するだけの場合から、他の生物由来の代謝系 全体を導入する場合、複数の生物由来の遺伝子を組み合わせて導入する場合、さらにはモ ジュール化した遺伝子を様々に組み合わせて多種類の化合物を生産させる試み(コンビナト リアル生合成)まで、さまざまケースがありうる。そのいずれにおいても、技術的に見れば従 来の遺伝子組換えの延長であり、「遺伝素材の新規な組み合わせを持つもの」という意味で、 カルタヘナ議定書における LMO やカルタヘナ法における遺伝子組換え生物の定義を逸脱 するものではないと考えられる。 (3)ゲノム細胞工学(トップダウン型) ゲノムから生育に不必要な遺伝子をできる限り除くことで、細胞の複雑性やロバスト性を 低減させ、物質生産宿主としての性能や制御性(予測可能性)を高めようとするものである。 作成の過程では通常の遺伝子組換え技術を用いることになるが、出来上がったゲノム縮小 化生物がカルタヘナ議定書における LMO やカルタヘナ法における遺伝子組換え生物に該 当するかどうかについても、通常の LMO や遺伝子組換え生物の場合と同様に、改変生物 が自然条件では生成し得ない「遺伝素材の新規な組み合わせ」を持つか否かによって判断 されることになる。カルタヘナ議定書では「新規な組み合わせ」の意味が必ずしも明確では ないため、遺伝子を削除しただけのものでも LMO とみなされる可能性があり、最終的な判 断は輸入締約国が行なうことになる。一方、カルタヘナ法では、最終的に出来上がったゲノ ムが同種由来の核酸のみで構成されていれば、セルフクローニングとして法律の対象外と みなされる可能性が高い。ただし、カルタヘナ法を所管する各省は、今のところセフルクロー ニングに該当するか否かは個別の判断が必要との立場をとっている。一方、出来上がった ゲノムが異種由来の核酸を含んでいれば、遺伝子組換え生物に該当することになる。この 場合、それ自身が機能を持たない短い DNA 断片であっても異種由来の核酸とみなすかどう かについては、今のところ明確な判断基準は示されていない。 183 (4)ゲノム細胞工学(ボトムアップ型) ウイルスまたは細胞のゲノムを完全に化学合成によって作り上げることをボトムアップ型 のゲノム細胞工学と呼ぶ。長鎖 DNA 合成や細胞内アセンブリ等の技術の進展によって可 能となったものである。しかし核酸の化学合成は通常の LMO の作成過程でも使われており、 化学合成されたものであること自体を特別視する理由はないとも考えられる。化学合成され る個々の遺伝子もしくはゲノムの配列が既存の生物の持つ配列に由来するのであれば、ト ップダウン型のアプローチの場合と同様に、最終的に出来上がったゲノムが「遺伝素材の新 規な組み合わせ」を持つか否かによって判断して差し支えないと考えられる。 (5)プロト細胞の構築 将来プロト細胞が生物としての要件を満たすようになれば、生物多様性条約、カルタヘナ 議定書および国内法の規制対象となる可能性はあるが、この分野は個々の技術要素に関 する学術研究の段階にあり、実用化されるとしても、かなり先の話と考えられる。生物多様 性条約では、生物(Living organism)を明確には定義していない。一方、カルタヘナ議定書で は、前述のように、遺伝素材を移転または複製するものを生物と定義している。ここで言う遺 伝素材を移転するものとは、ウイルスを念頭に置いたものと考えられる。すなわち、ウイルス はそれ自身で複製することはないが、宿主細胞に核酸を移転することにより、間接的に自ら を複製することができるためである。将来的にプロト細胞が持続的に複製・増殖できるように なれば生物としての要件を満たすことになるが、そうでない場合でも、例えばプロト細胞が生 細胞との膜融合によって核酸を細胞に移転することがあれば、生物と拡大解釈される可能 性がないわけではない。 (6)非天然生物学 天然の生物とは異なる核酸やアミノ酸を構成成分として持つ生物を創製しようとする研究 領域である。ただし、当面は大腸菌等の既存の生物の中に限定された機能を持つ非天然シ ステム(例えば非標準のアミノ酸をタンパク質に取り込むシステム)を組み入れる研究が先 行しており、その範囲では、通常の LMO もしくは遺伝子組換え生物の範疇を超えるものでは ないと考えられる。導入される非天然システムが宿主の生体システムと干渉しないと考えら れる場合を指して直交システム(orthogonal system)とも呼ぶ。直交システムは宿主の持つ 制御系の干渉を受けたり、逆に宿主の代謝系に影響を与えたりする可能性を低減できるも 184 のとして期待されている。また、非天然の化合物に対する栄養要求性を付与したり、直交シ ステムを使って外来遺伝子を発現させることにより水平伝達に伴うリスクを回避するなど、新 しいタイプの生物学的封じ込めの手段(built-in biosafety)としても期待されている。しかし、 一方では、このような人工的な封じ込め手段を講じること自体が新たなリスクの要因になりう るとして反対する意見もある。 1.4.1.6 リスク評価を行う上での課題 これまでの項で考察してきたように、先に挙げた合成生物学の技術区分とされるものは、 プロト細胞を除けば、従来の遺伝子組換え技術と本質的に異なる点はなく、遺伝子組換え 技術の延長として捉えることができる。従って、そのリスク評価についても、従来の LMO もし くは遺伝子組換え生物と同様に、カルタヘナ議定書付属書 III や国内法令に定められた考え 方および手順に従って実施することが可能であろう。ただし、改変の程度が進んでいくにつ れて、将来的には以下のような点が課題になってくるものと考えられる。 カルタヘナ議定書では、LMO のリスク評価は非改変宿主もしくは親生物との比較に基づ いて行うものとされている。国内法令でも、宿主または宿主の属する分類学上の種と比較し て、生物多様性に及ぼす影響の程度が高まっていないどうかが、ひとつの判断基準とされ ている。このように、リスク評価においては適切な比較対象が存在するかどうかが重要なポ イントとなる。技術区分のうち、合成代謝工学、ゲノム細胞工学(トップダウン型)、非天然生 物学については、通常は大腸菌などの性質のよくわかった生物を宿主として用いるため、こ れとの比較によってリスクを評価することが可能と考えられる。ゲノム細胞工学(ボトムアッ プ型)についても、できあがった改変生物が自然に存在する生物のいずれかに近いもので あれば、それとの比較による評価が可能であろう。一方、複数の生物由来の配列からなる キメラゲノムやハイブリッドゲノムを持つ改変生物の場合には、比較対象を一義的には決め られない可能性が出てくる。このような場合にどのようにリスクを評価するかについては、十 分なコンセンサス形成が必要と考えられる。 カルタヘナ議定書では、リスク評価に際して場合に応じて考慮すべき点として、挿入され た遺伝子の機能や特徴と並んで、挿入遺伝子の由来生物の分類学的位置や生物学的特 徴を挙げている。国内法令でも、第二種使用における拡散防止措置を決定する際や、第一 種使用規程の承認を得るために生物多様性影響評価を実施する際には、挿入遺伝子の由 来生物(核酸供与体)が何であるかがひとつの判断基準となっている。合成生物学的なアプ 185 ローチによって挿入される遺伝子も、ほとんどの場合、自然に存在する遺伝子そのもの、も しくはアミノ酸変異等の部分的な改変を加えたものと考えられることから、そのような場合に は由来生物が明確であり、従来通りの考え方によってリスク評価が可能であろう。一方、将 来的には、挿入遺伝子のデザイン化が進んで、由来生物を一義的には決められないケース が出てくることも予想される。その場合、デザインの参考とされた生物(単一もしくは複数)の それぞれを由来生物とみなすか、もしくは、既知の遺伝子との比較によって挿入遺伝子の機 能が合理的に予測でき、宿主の病原性等を高める恐れがなければ許容するなど、ケース・ バイ・ケースの判断が求められることになると考えられる。 合成代謝工学によって、宿主の代謝系を大幅に改変したり、宿主が本来持っていない代 謝系を導入した場合、宿主の他の代謝系との相互作用によって、不測の性質を持つ副代謝 物が生産される可能性が高まると考えられる。プロト細胞や非天然生物学によって、天然に は存在しない化合物やタンパク質が生産される場合も同様のリスクが発生する可能性があ る。そのような場合には、生成する副代謝物について、食品としての安全性評価、化学物質 としての環境影響評価、アレルギー誘発性の評価などが求められる可能性がある。将来的 には、細胞の複雑性を極力排除したゲノム縮小化株を宿主に用いる等の方策により、宿主 との不測の相互作用を低減することも可能になると期待される。 1.4.1.7 おわりに 合成生物学を生物多様性条約締約国会議(COP)の正式議題として取り上げるかどうかに ついては、科学技術助言補助機関(SBSTTA)で検討することになっており、2014 年 6 月にモ ントリオールで開催される次回の SBSTTA 会合(SBSTTA18)で主要議題のひとつとして取り 上げられることになっている。合成生物学の定義が明確ではない段階で、新たな規制につ いての議論を行うことは、混乱を招くだけあり、避けるべきと考えられる。また、COP での議 論が先行すると、本来カルタヘナ議定書の下で LMO として取り扱われるべきものまでもが、 合成生物の名のもとに、新たな規制に組み入れられる恐れもある。まずは、合成生物学の 定義を明確にするとともに、カルタヘナ議定書の下で LMO として取り扱われるべきものの範 囲を明確にする必要があろう。SBSTTA18 を含めて、今後の動向を注視する必要がある。 186 1.4.2.生物兵器拡散防止条約からみた取り扱い 合成生物学はバイオテロや誤悪用による災害を誘発するリスクがあるとの認識から、欧 米では以前から様々な国際会議の場で規制のあり方の議論がなされてきた。その中で、毎 年ジュネーブで開かれる生物兵器拡散禁止条約(BWC)の会合でも合成生物学を含めたデ ュアルユースの問題が主要課題の一つとされている。本項では、BWC の場における、議論 内容や決議事項について情報を集め、今後の我が国の国際交渉の進め方を考える一助と する。 (1) 生物兵器禁止条約(BWC)会合における合成生物学への言及 以下は、本第1回委員会(10 月 25 日)において、外務省・軍縮不拡散・科学部より BWC 会合での合成生物学の取り扱い状況を紹介いただいた内容の概要である。 ●「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発,生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する 条約」225(生物兵器禁止条約(BWC))(1972 年作成,1975 年発効)は,生物剤・毒素を利用 した兵器を包括的に禁止する唯一の多国間枠組み。国家による生物兵器開発・生産のみな らず,個人(テロリスト等)によるものもスコープに入れている。 ●BWCでは,条約第12条で,少なくとも5年に1度,条約の運用をレビューする会議を開催する こと,検討に際しては,この条約に関連するすべての科学及び技術の進歩を考慮するものと すること,が定められている。 ●2011 年 12 月の BWC 第 7 回運用検討会議にあたり,条約に関連する科学技術の進展に かかる背景文書226(締約国,IAP の提出文書を事務局が編集)が用意され,同文書中で,合 成生物学は,ゲノミクスやバイオインフォーマティクス等と共に,条約に関連する科学技術と して言及(5 年間の進展の簡単な概要)されている。 ●第7回運用検討会議の結果,2012-2015年会期間活動(年2回の会合)に,常設議題「科学 技術の進展のレビュー」が設けられた。2012年は同常設議題の下,特に,応用技術(enabling 225http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bwc/bwc/pdfs/03.pdf 226http://daccess-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/G11/640/10/PDF/G1164010.pdf?OpenElement 187 technologies)の進展(high-throughput systems for sequencing, synthesizing and analyzing DNA; bioinformatics and computational tools; and systems biologyを含む)が取り上げられ,事 務局が,2011年12月の前述背景文書を元に作成した,応用技術の進展にかかる文書227で, 合成生物学について次のように言及されている。 「In general, these reports recognise that synthetic biology "appears to have minimal security implications in the near term, create modest offensive advantages in the medium term, and strengthen defensive capabilities against natural and engineered biological threats and enable novel potential offensive uses in the long term".」 ●BWCは第1条で,「締約国は,いかなる場合にも,次の物を開発せず,生産せず,貯蔵せず 若しくはその他の方法によって取得せず又は保有しないことを約束する。 (1) 防疫の目的,身体防護の目的その他の平和的目的による正当化ができない種類及び量 の微生物剤その他の生物剤又はこのような種類及び量の毒素(原料又は製法のいかんを問 わない。)」と規定されており,前述背景文書で把握されている科学技術トレンドの中で第1条 のスコープでカバーできないものはないと,BWC締約国間で認識されている。 ●米国は,2012年に作業文書 228 を提出し,その中で,「Many enabling technologies require States Parties’ awareness and understanding, rather than any specific action. Of the technologies described above, the only one the United States has identified as requiring action from a biosecurity standpoint is DNA synthesis」とし,2010年に米国保健省が,民間供給者による顧 客スクリーニングの支援のために合成二本鎖DNA1供給者に対するスクリーニングの枠組み 指針を発出し,誤用可能性に対する警戒を命じている旨述べている。 ●合成生物学に関連して,BWC条約文言の解釈等に議論が及び,補完のためのBWC附属 書等が検討されるようなことは,現時点では想定されないが,BWC会合の場で,バイオセキ ュリティにかかる各国国内対策のベストプラクティスが共有され,徐々にかかる取り組みが共 通理解(すなわち,BWC国内実施のスタンダードと理解される)という流れは起こりうる。 227http://daccess-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/G12/611/26/PDF/G1261126.pdf?OpenElement 228http://daccess-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/G12/615/87/PDF/G1261587.pdf?OpenElement 188 ●合成生物学も含め,ライフサイエンス進展に伴う生物学的リスクマネジメントには,従来の輸 出管理やバイオセーフティ・病原体安全管理の措置に加え,ライフサイエンス研究に特に顕 著なデュアルユース性を念頭においた対応が講じられる必要があるとの意見が米国を中心 に出されており,デュアルユース研究の監視メカニズムや,行動規範策定,科学者への教 育・アウトリーチ等の各国のプラクティスについて,BWC会合で情報提供されている。 ●ちなみに,BWCの国内実施法229では,第二条において,「この法律において「生物剤」とは、 微生物であって、人、動物若しくは植物の生体内で増殖する場合にこれらを発病させ、死亡さ せ、若しくは枯死させるもの又は毒素を産生するものをいう。」と規定されている(これは条約 の規定ぶりと若干異なる)。国内実施法制定時(1982年),条約では,微生物という定義に該 当しない生物兵器用の剤が出現した場合であっても,これをカバーしうるようになっているの に対して,法律ではそのような手当がされていないのではないかという点について,「現在及 び予見し得る将来において,生物兵器に使用しうる剤としては微生物の外には考えられない ので,この点条約とその実施法律の間で齟齬はない」という判断があった。この点について, 我が国のBWC国内実施という観点から,合成生物学等の技術の進展とその生産物の動向 を注視していく必要があるものと考えている。 (了) (2) 本委員会で出された意見・議論(まとめ) 以下に本委員会で出されたおもな質疑ポイントを列挙する。 ○ BWC の中で議論があったというベスト・プラクティスモデルの詳細は? また日本にお いてどのような影響が考えられるか? ⇒締約国は先進国から発展途上国まで 170 カ国あり、その国のレベルでみた取組みで ベスト・プラクティスを考えるので大変幅がある。日本に参考となるのは、米・カナダ・英 国の事例であろう。例として、米国はデュアルユース性に対する監視体制、バイオセキ ュリティ分野において FBI など法執行機関との連携、保健分野と安全保障のオーバー ラップした生物学的脅威に対して連携した取組みがある。欧州では、「行動規範」への 言及が多い。 ○ 米国ではバイオセキュリティについては、CBD とは別のところで議論すべきとの考え方 229 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S57/S57HO061.html 189 だが、この議論が BWC で行われているのか。 ⇒BWC もその一つであるが、前述のように 170 カ国と幅が広く、意見がまとまることが ほとんどない。それ以外に G8 の枠組みの中で、G8・Global Partnership というバイオセ キュリティのサブワークグループを立ち上げ、有志国 20 カ国が加わっている。具体的に は援助をする国先進国が集まって、途上国のバイオセキュリティ・レベルを上げるプロ ジェクトを支援してはどうかと話し合われている模様。 ○ BWC では生物の中に、ウイルスは入っているか。 ⇒入っている。 ○ BWC では、いわゆるバイオテクノロジー(遺伝子組換え技術)は特別対象とせず、製法 の違いによる区別はないという考え方か? ⇒そうです。製法は問わず、プロダクトベースで考える。 190 2.合成生物学に関する課題 2.1.合成生物学の検討すべき課題の整理 2.1.1.目的 合成生物学(SB)につき、今後我が国が CBD 等国際交渉の場で対処していく上で、調査・ 検討を要する事項や今後検討すべき課題を明確にすることを目的に、SB のバイオセーフテ ィ-、法規制等の其々の観点から本委員会(3 回開催)で議論した。その際、議論を解りやす くするために、合成生物学の技術領域を CBD 事務局文書1 に対応させて6つの区分に分け て議論した。その議論結果を以下にまとめる。(なお、上記 CBD 文書や OECD 文書2も参照 されたい。人工細胞については本報告書 1.2.1 項を、またカルタヘナ法(カルタヘナ議定書) との関係については 1.4.1 項も参照のこと)。 2.1.2.合成生物学に関する課題の要点整理 表-1に、CBD 文書にある 6 つの技術区分ごとに、技術の概要と、検討課題についての 議論ポイントを以下に示す。なお、表―1は横軸に、上記の6技術区分を、縦軸に想定される 検討項目をおいたマトリックス表とし、議論した結果、今後検討すべき課題があると考えられ た区分に「○」を付けた。また、表の下段に、現在の国内の研究開発・産業化の状況をまと めた。 なお、この表並びに以下の SB の検討課題(要点整理)は本委員会にて作成された現時点 での試案であり、関係各部署における参考資料として提供する。但し、CBD の技術分野分 類が科学的に妥当なものか否かについては、検討の余地があり、今後の CBD の議論の中 で明確にしてゆくべきである。 ①DNA デバイス構築とその利用(SB 合成) 【技術の概要】 合成生物学で組み合わされる遺伝子群は、生物から研究者自らが抽出しなくとも、また、 論文を公表した研究者に対して個別に分与を要請しなくとも、配列を指定した人工遺伝子合 1 CBD-SBSTTA-Draft document http://www.cbd.int/emerging/, Potential positive and negative impacts of synthetic biology , Synthetic biology: gaps and overlaps with the Convention 2 Synthetic Biology; Emerging opportunities and knowledge infrastructures in the Life Science DST/STP/BIO(2012)2; OECD document for 30th Working Part for Biotechnology 191 成の発注や遺伝子「カタログ」を参照した発注などの様々な手段で入手可能になっている。 ここでは、DNA パーツや関連装置を製造・供給する側と DNA、パーツ等を利用する側の 各々について考慮する必要があろう。前者には従来から活動している遺伝研バイオリソース や addgene などに加え、カタログへの性能表記を進めている非営利の組織(BioBricksTM 等) の他に営利(Intrexon 等)の DNA パーツ供給者がある。また DNA の受託合成や合成装置 製造企業も便宜上このカテゴリーに含める。 遺伝子をその性能が記載されたカタログ化することは、工学的原理を生物学に持ち込む ことを目的としている。すなわち一定の構造や機能を持った DNA 配列を共有できるパーツと して用い、それらをモジュール式に組みあわせることで高次の生物回路を設計するものであ る。電子機器のパーツ(トランジスター、コンデンサー等)と同様に DNA パーツを取替え可能 な部品として利用できるように規格化・使用条件の標準化が実施されている。例えば代表的 な BioBricksTM では DNA パーツの両端に特定の制限酵素サイトが付加され、特定の機能テ ストで評価された形で登録(数千件)されている。このような DNA パーツで構成された生物回 路は E.coli 等の宿主生物に容易に導入して目的の SB 生物を作成することができる。 BioBricks を利用した学生のデザインコンテスト(iGEM)が数年前から開催され日本も含め 多数の参加者を集めて、この技術の普及に貢献している 3。 【考慮すべき課題】 DNA 合成や関連パーツの供給において考慮すべきことは、バイオセキュリティに関する 事項であり、悪意を持った利用者(テロリスト等)や誤用による災害を防ぐための適切な管理 や、悪意ある利用を防ぐための措置と捉えられているケースが見られる。近年インターネット 等を通じての DNA の受託合成や関連機器の販売が一般化し世界中に多数の利用者が存 在することから、これら利用者に対するチェック体制が必要としている意見も見られる(DIY バイオ、ガレージバイオ)。欧米の DNA 合成企業のコンソーシアム(IGSC 4)は顧客や DNA 配列の検査基準作成等の自主規制を行っている。また上記の iGEM の Website で biosafety、 biosecurity に関する情報を提供し利用者に対する注意喚起を行っている 5。国内でも当該技 術の開発・利用が益々進むことが予想され、バイオセキュリティに関してのルールや教育体 制の整備が今後求められるとも考えられる。 3 4 5 iGEM; https://www.igem.org/Main_Page http://www.genesynthesisconsortium.org/Harmonized_Screening_Protocol.html http://igem.org/Safety、http://igem.org/Security 192 DNA やパーツを供給する活動自体は、生物を扱わない限りカルタヘナ議定書の対象外で あるが、E.coli 等既存の宿主微生物に DNA パーツを挿入することはカルタヘナ議定書(法 の)適用範囲対象となる。 ②合成代謝工学 【技術の概要】 従来の代謝工学は、ある有用な化合物を生産する微生物に対して変異操作や遺伝子組 み換え技術等を活用してその生産量を増やすことを目的とするのに対して、合成生物学で は、その化合物を生産する能力のない生物に、他生物由来の物質代謝に関わる遺伝子を 組み合わせ、最適化した遺伝子群として導入する。その後、必要に応じて更に従来の代謝 工学を適用して化合物の生産性を高める。SB 技術の合成代謝工学への応用では、宿主生 物には無い代謝系遺伝子群を導入する事になり、異種由来の代謝系統が宿主の代謝系統 と相互作用する可能性が出る点が従来の代謝工学との違いの一つである。ここで用いられ る微生物は「プラットフォーム細胞工場」として一般に生育が良い、あるいは遺伝子組み換え 技術の応用が容易であるなどの宿主として優れた性質を持つ。この分野の多くは実用化し た(もしくはそれに近い)技術領域であり、生産スケールが他の区分の技術に比べて大きい 場合が多い。組み合わせの代表例としては、抗マラリヤ薬草成分アルテミシニンを、その合 成に係る遺伝子群を親植物や微生物から E.coli や酵母に導入して生産する例がある。 【考慮すべき課題】 この技術領域において考慮すべきこととしては、不測の性質の副生物(主に細菌、真菌、 植物の二次代謝産物)の生産が挙げられる。また、前述のように合成代謝工学では、従来 の代謝工学より複雑化された代謝系を持つため、予め予想出来ない代謝系の相互作用に よる新規な副生物を生産する可能性が高まるものと考えられる。この新規の副生物には、安 全性に無関係なもの、思わぬ利点を生ずるもの、或いは、有毒・有害なもの場合があり得る。 従って、改変された微生物及びその生産物に対して安全性の調査が必要である(カルタヘナ 法、化審法等の対象)とも考えられる。なお、③で述べる最小ゲノム化された微生物をプラッ トフォームとして用いることでこのリスクを低減することが期待される。 また、本技術では、従来型の代謝工学と同様の遺伝子組み換え技術を用いられるのでカ ルタヘナ法の適用対象となり、通常の GMO(LMO)と同等の取り扱いがなされると考えられ 193 る。 ③ゲノム細胞工学(トップダウン型;“最小ゲノミクス”) 【技術の概要】 この技術のコンセプトは、生物には、その基本的な生存において必要とされる遺伝子セッ ト(=最小ゲノム)があると想定し、それ以外の非必須の遺伝子を全ゲノムから段階的に除 去していくことである。この狙いは、ゲノムをできるだけ小さくすることで細胞の複雑性を減少 させ、不測の代謝反応や副生物の生産を抑えることである。また細胞の代謝負荷を極小化 し、余剰のエネルギーを目的の化合物の生産に使えるようにすることである(生産性の向 上)。このような最小ゲノムとして研究された例としてマイコプラズマがある。 関連する先駆的な研究として我が国で実施されたミニマムゲノムファクトリー(MGF)のプ ロジェクトがある(2001-2010 年度 NEDO-project)6。これは微生物による“発酵生産の最適 化”を目的として発酵に必要な遺伝子セットのみを残し不要な遺伝子を削除していく取り組み である。発酵タンクの中の安定的に豊富な栄養が供給される環境では不要なあるいは阻害 的な遺伝子が多数存在するであろうからそのような遺伝子を除けば発酵に適した微生物が 得られるとの考え方である。そうして得られた MGF 株は発酵の汎用的な親株としての利用 が期待される。実際に E.coli、枯草菌等のゲノムの約 20%を削減することに成功し、生育や 生産性が向上することが確認されている。MGF は発酵生産に特化したもので、生命体として 生きていく上で最小限のゲノムを保有する上述の最小ゲノム細胞とは考え方が少し異なる。 【考慮すべき課題】 本分野で用いる技術自体は、従来の遺伝子組換え技術と同等であることから、現行の GMO(LMO)と同じ対処方針で良く特に懸念事項は無いと考えられる。また遺伝子の削除を 行うだけで外来遺伝子の導入がない場合は現行カルタヘナの対象外となる。ただし得られ た最小ゲノム細胞(または MGF 細胞)を台座(シャーシー)として用い、そこにバイオ化合物 の合成遺伝子を導入して物質生産を行う段階では、カルタヘナ法が適用され、かつ②項と同 様に改変された微生物及びその生産物に対して安全性の調査が必要となる。又、ゲノムを 削って行く過程で、削られる遺伝子の中に regulatory gene があれば予測外の代謝系が動く 6 www.nedo.go.jp/content/100165021.pdf 194 可能性がある。又、遺伝子の削除で病原性が変化する可能性も考慮する必要があると考え られる。 ④ゲノム細胞工学(ボトムアップ型;モデル生物の作成) 【技術の概要】 この技術は合成 DNA の断片から、実際に生体内で機能する完全ゲノムを組み立てること である。このカテゴリに入る研究事例としては、まずポリオやインフルエンザのウィルスのゲノ ムの化学合成がある。これは天然ウィルスの遺伝子配列情報を基に一から DNA の合成・ア センブリを行うことでウィルスゲノム全長を合成し、これを試験管内で転写・翻訳させて感染 性のウィルス体を作成したものである。 また、C.Venter らによって、ウィルスより長い細菌ゲノム(100 万塩基以上)の合成が行われ た。これを近縁細菌の細胞に導入し、元からあったゲノムが脱落してもその新生物が合成ゲ ノムに依存して正常に増殖することが確かめられた 7。また上記の天然型ゲノムの作成に加 えて、異種のゲノムを組み合わせたキメラ型ゲノムや天然配列に新機能や機能改良を施し たゲノムの合成も行われている。なお、この分野は長鎖 DNA 合成やインビボ(細胞内)アセ ンブリ等の技術進展に負うところが大きい。 【考慮すべき課題】 ボトムアップ型のゲノム工学を用いることで、感染性ポリオウィルス等の病原体の遺伝子 を、実験室で化学的反応で作成し、それを細胞で増殖させることにより作成できることになっ た。結果、これまでの病原体管理システムにはない、遺伝子或いは遺伝子配列情報管理の 課題をもたらすことになった。また宿主としては病原性が無い微生物も、有害形質を設計付 与することでリスクを生むことになる(テロや誤悪用のバイオセキュリティ上の課題)ことが懸 念される。本技術では、従来型と同様の遺伝子組み換え技術を用いられるのでカルタヘナ 法の適用対象となり、通常の GMO(LMO)と同等の取り扱いがなされると考えられる。 なお、作成法によっては、人工細菌やキメラゲノム(?)細菌等においては、カルタヘナ議 定書の原則である、従来生物との比較において行うリスク評価で「比較対象」を一義的に決 められない場合が想定される。 Science. 2010 Jul 2;329(5987):52-6 Creation of a bacterial cell controlled by a chemically synthesized genome. 7 195 ⑤人工細胞8 【技術の概要】 人工細胞研究の目的は、増殖、進化を可能にする単純な構成群を構築することである。こ の何かを作る工学的な手法をとることで生命・生物をよりよく理解しようとするものである。ま た天然細胞とは異なり、既知の因子だけから構成された単純な人工細胞は厳密な制御が可 能であり、このコントロールされた条件で生命機能を発揮させることができれば生物のもつ有 用な形質(有用物質生産等)のみを発現させることができると期待されている。 人工的に細胞機能を発現させるためには、(a)入れ物としての膜(区画構造)、(b)遺伝情 報としてのゲノム、(c)遺伝情報をタンパクに変換する翻訳系、そして(d)エネルギー生成のた めの代謝系(合成・分解)が必要となる。これまでリポソーム膜による反応容器の作成、RNA ゲノムを用いての複製・進化、タンパク翻訳等の一部の機能は人工細胞系において達成さ れつつある。しかしながら人工細胞が持続的に複製・増殖するためには、個々の機能が統 合され一つの反応系として調和的に動くことが必要であるが、その技術はまだ確立されてい ない。この全体のバランスを取る方法としては、生物にならって進化のメカニズムを利用して 様々なバリエーションの中から最適なものを選択する方法と全反応をモデル化(数式化)し、 計算機を用いて最適バランスを求める方法等が提案されているが実現にはまだまだ時間を 要すると考えられている。 【考慮すべき課題】 人工細胞は当面研究段階であり実験室・閉鎖系での使用が想定されること、また生物体 と同等の機能(増殖・進化)を備えるようになったとしても、長い進化の過程を経ていないこと から、そのままでは脆弱で環境中での生残性は低いことが想定される。従って、安全性や環 境への懸念は実質上ないと思われる(あるいは極めて低い)。 さらに、人工細胞は、現状、生物ではないため、カルタヘナ議定書(及び国内法)の定義か ら、明らかにその対象外である。また、生物ではないとしても何らかの生産機能を持った場 合、将来有用物質の大量生産装置の一部としての活用もあり得るかも知れない。そのような 場合、②項と同様に生産物の安全性の確認等が必要になるであろう。いずれにせよ現時点 8 CBD 文書 1 には protocell(原始細胞)の用語が用いられているが、ここではより一般的な「人工細胞」の用語を 用いた。 196 では将来起こりえる“人工細胞”のヒトの健康や環境に対するリスクは予想できないため、人 工細胞の研究者自身が常に自らの研究内容に対するリスク(ハザードの特定)に注意を払う 態度が望まれよう。 一方で人工細胞をつくるための部品(核酸や酵素類)を調製するため一般に遺伝子組み 換え技術が利用される。そのため多くの国内 SB 研究がカルタヘナ議定書(国内法)に適合し た措置の下で行われていると考えられる。しかし、この研究過程で作成された人工細胞がカ ルタヘナ法の枠内として(法律の正確な理解もなく無自覚のまま)扱われるようになると、想 定された法規制の運用や執行と実際の現場の法制面の実態が乖離することにつながる懸 念がある。 またこの分野は生命(細胞)の創造に係ることで潜在的に生命倫理の問題がある。国内 の学会(細胞を創る研究会等)でもこの問題についての議論が行われている。この分野につ いては、未だ緒に就いたばかりであることから、リスクを含め様々な問題について関係者等 から適宜情報収集しつつ、状況を把握していくことが求められる。 ⑥非天然生物学(Xenobiology) 【技術の概要】 この分野は天然の生物とは異なった生体構築分子(核酸やアミノ酸)を持つ生物を創製し ようとする研究領域である。言い換えれば、DNA-RNA-タンパク(20 種アミノ酸)の原則と は異なる生物を扱う研究領域であり、A,T,G,C とは異なる非天然核酸、あるいは 20 種のアミ ノ酸以外の新奇アミノ酸等を含有する生物の創製を含むとする考え方がある。この研究の狙 いは、(a)生命の起源などの生物学の基本的な理解(ex.初期 RNA ワールドから現行の生物 システムへの進化の仕組み)と(b)天然の生体システムに対して副作用のない別個の生体シ ステムを導入・発現させることである。宿主システムに副作用をもたらさないシステム(直交 系=orthogonal system とも言う)を導入することで、宿主の代謝制御系の干渉を受けず独立し た新しい生産システムが構築できることが期待されている。また直交系システムを利用すれ ば GMO で懸念されている環境中の野生種への遺伝子伝搬を抑えることが出来ると期待さ れている(ビルトイン型封じ込めシステムの一例)。 なお、Xenobiology は、地球外生命体の探索や解析を行う宇宙生物学(Astrobiology)との 関連性が指摘される例も見られるが、xenobiology は地球に存在しない(非天然)の生物体 をデザイン・合成することを目指しているものの直接的に地球外生命体を目的としていない 197 点が異なっている。なお、地球外生命体が細胞の複製能、核酸を移転する能力等を有する か否かについて地球上の生命体と比較が行われたような事例は確認されていない。 【考慮すべき課題】 カルタヘナ議定書(国内法)との関連では、この技術分野において当面(今後 10 年~程 度)は、E.coli 等の宿主生物にごく小規模の非天然系システムを組み込む学術研究もしくは タンパク質生産が主流であると考えられる。その範囲においては現行のカルタヘナ議定書 (法)の規制対象であり、また議定書(法)で対処可能と考えられる。 本技術により作成される生物は既存の生物とは異なる生体構築分子を持つため、通常の GMO(LMO)より不測の性質を生み出すリスクが高いとの考えが出された。しかし一方で天 然の生体タンパクでは多様な翻訳語後修飾が、機能性 RNA に関しても種々の転写後修飾 が一般的に起こっていて特段の問題が起こっていない。今後、このような宇宙生物学から提 案された xenobiology 技術について含めて考えるか否かについては慎重でなくてはならない。 198 表-1 合成生物学研究における検討課題 (試案) 1 2 3 4 5 6 DNAデバイス構築とSB作成 合成代謝経路工学 ゲノム細胞工学 (トップダウン型) ゲノム細胞工学 (ボトムアップ型) プロト細胞の構築 非天然生物学 (xenobioogy) 細胞工場 合成経路最適化(PC) 最小ゲノミクス ウィルスゲノム複製 合成細菌、キメラ細菌 人工細胞 非天然核酸、非天然アミノ酸 タンパク 研究領域・区分 検討課題(懸念事項) 不測の性質の創発(新規有害物質の生産) C リスク評価上の課題(比較対照の不在etc) D バイオセキュリティ(デュアルユース、テロ対策) E 生命倫理 E カルタヘナ国内法 (規制対象か? 議定書との差 異は?) F その他関連法規制 国内の研究開発・産業化の状況 SB作成 (iGEM他) バイオセーフティ B ○ * ○ * * ○ ○ (キメラ生物の場合) 社会的影響 環境中の生残性・他生物へのDNA伝播 法制面 199 A DNAパーツ供給 デザイン ○ ○ ○ 規制対象 規制対象 異種生物由来遺伝子 を組み込む場合は 規制対象 メーカーによる 自主規制 欧米が主流だ DNAパーツは海 が、国内でも 外製品の輸入の iGEMと同種のコ み。 ンテスト(GenoC on)が発足 労安法・化審法等 従来の代謝工学の発展技 術として学術機関・産業界 ともに広く実施中。ただし産 業界では従来技術の延長 線上として捉える。 規制対象 *** ** 規制対象 BWC、感染症法他 産学で広く実施中。ミニマ ・個々の技術要素(膜分裂 当面(今後10-15年)は、既存 ムゲノムファクトリ(2001- やゲノム複製)に関する基 微生物(E.coli等)に、小規模 2010年)の先行NEDO事業 礎的な学術研究が展開中 の非天然系システムを組み あり。現在も関連技術を 独自の枯草菌を宿主とした (応用、産業化レベルには 込む学術研究が主流と考え ベースに事業化進展中。 ゲノム再構築技術(慶大 られる。(その範囲において、 まだまだ時間を要す)。 (異種遺伝子を挿入しない 等)が展開中。 ・研究実態、自主規制、現 カルタヘナ議定書(法)の対 場合は現行はカルタヘナ 行法規制の目的・理念等と 象であり現行法で対処可と考 法規制の対象外とされて の乖離の懸念 える ** )。 いる。***) ○= 今後検討が望ましい事項; ○* = 区分2はhazard自体はある程度予想可で小さいが、一般に生産スケールが大きいので起こる確率は相対的に大きい。 区分5,6は小ス ケール(閉鎖系)なので暴露範囲は小さく確率は低いが、想定外のhazard発生の可能性 2.2.合成生物学に関する議論経過(委員会) 本委員会(生物多様性関連の遺伝子組換え技術の国際交渉に係る委員会:3回開催)で の議論経過において、特に合成生物学に関する部分につきその概要を以下に参考として記 載する。 A) 国内外研究動向; 主として定義と範囲、研究開発状況について 理学的な観点から現状を紹介(委員会にてプレゼン)。 現状で、新しいバイオロジカルな部品、タンパク質を作ること、もともとあるものをデザイン して作ることが行われており、遺伝子工学との連続性がある。また、数理モデルなど異分野 との共同が重要である。さらに、将来は全く異なる生物を創ることを想定して一部の理学者 は研究している。 従来の育種、遺伝子工学から連続している人類の営みの中で、組み込む遺伝子のバリエ ーションをどんどん増やしている。DNA の組み合わせ、生物内の組み合わせは、膨大なこと を強調したい。自然界にはタンパク質一つをとっても、ありえた形のごく一部しか存在しない、 ほとんどの組み合わせが試されていないのが天然の生物。組み合わせがありすぎるので、 望むものをつくるためには異分野(数理モデル等)との共同が必要になる。①科研費で「合 成生物学」、②東工大のリーディングプログラム(情報と生命)や、③「細胞を創る」研究会な どの活動が進められている。他に合成生物学と標榜しないが各所で新しい遺伝子工学を試 みられている。 古典的な育種により、一万年ほどの間に、様々な家畜、麦、稲などを作成してきた。生物 工学の技術として、タンパク質の配列を微修正して形を変えて性質を変えるタンパク質工学、 沢山の変異体の中からいいものを探す方法として進化のメカニズムを活用した進化分子工 学(試験管内進化)などがある。そして、これまでの遺伝子工学の延長上に、合成生物学が あると考えている。 生物学では解析的アプローチとともに合成アプローチがあり、ゲノム解析によって構成要 素が判明してきただけでなく、DNA やタンパク質等を調製できるようになっている。すなわち ゲノム情報に基づいて鋳型を必要とせず有機化学的に DNA 断片(100 文字程度)を化学合 成できるようになってきた。この断片を1万本つなぐことで細菌ゲノム全体を合成できる。い ずれヒトゲノムサイズの人工合成が可能になるのではといわれている。 このように微生物一匹分の DNA を電子情報からまるごと作って入れ替えることができる 200 ようになってきた。生物の共通性質を満たさない生物もどき(親から DNA 分子をもらってい ない)が生まれたとも言われる。このあたりは倫理上の関心をおこしうるもの。米国ベンター 研により化学合成 DNA に基づくゲノム DNA に依存して生きるという意味での「人工」細菌を 作れるようになったとして、「人工生命」をどう育てるかという日経新聞の社説にもなった。こ の様な技術の同一線上に河岡先生らの仕事(昔の失ったウィルスを再構成して作る等)が る。 従来からも合成アプローチで現在の生命のかたちと同じものを再構成する、すなわち同じ 部品の同じ組み合わせを試験管内に再現してきた。一方で、最近の合成アプローチでは、 別の生物の部品や改良部品を用いて、新たな組み合わせを再構築する。そうすると何がで きるかを知る、ということが最近の合成生物学的アプローチである。 遺伝子はタンパク質のアミノ酸配列情報のみならず、いつどれだけ作るかという制御情報 を持っている(工場でのモノつくりの制御と似ている)。天然の生物で、制御ネットワークが進 化の結果獲得されているが、新たな遺伝子の組み合わせを合成生物学によって活用する際 には、制御ネットワークをプログラミングする必要がある。ここに従来の遺伝子工学と合成生 物学との違いがあると考えている。生物反応の組み合わせは膨大なので、行き当たりばっ たりでは進められない。電子回路の構築戦略に学び、カタログに記されている性能が、既知 の規格化部品を組み合わせて設計図を描き、あらかじめ動作を計算し、システムを作るので ある。シミュレーションとウェットな実験を組み合わせること、それを繰り返し行うことで動作 の最適化を図っている。このように数理モデルに基づいて、動作する見込みの高いネットワ ークを作製するところに、合成生物学の革新性がある。学生コンテスト(学部生が 1,2 カ月計 算したものをコンテストする)も行っている。 B) リスク評価や規制についての(世界の)動向 ・産業界は「規制をしましょう」という動きを懸念している。現在、既に工場などで使われてい るものに対して新しい規制が出てくることは困る。合成生物学の定義をどこに置くかに産業 界はセンシティブである。光る蛍の例のような生合成経路の発現制御などくらいまでは従来 の遺伝子工学の範疇で合成生物学に含まないとしたいがどうか。 ・技術としては境がなく連続性が高いのは事実。一方、将来、新しい生命を創る研究に関し ては倫理的な対応も行っている(細胞を創る会等)。 ・これまでのリスク評価方法と違いに関して; 新しいものを作れば、新しい利益も新しいリス 201 クもありうる。技術的な連続性を考えれば評価系も連続性があってよいのではないか。つま り現在の法規制の中で多くの技術が評価可能と考える。大規模に改変したものを大量生産 する場合も、今までの法規制の範囲でしっかり評価すればよいのでは。 ・世界的にいくつかのグループでリスク評価をしようという流れがある。リスクとは、①外から 入れた遺伝子がコードするタンパク質自体の性質、②そのタンパク質によってつくられる小 分子の性質。②の方が予期しにくいという観点で問題。設計通りに小分子(目的物)を作ろう とした場合に、予想しない小分子ができる可能性があり、そこにリスクがあると考える。その 場合は、リスク評価が必要だが、有機合成で新しい化合物をつくる場合と同じ考えで良いの では(化審法等で対応可)。 ・予期しないものが発生する事例: 予期しない小分子ができたことはあると思う。だが、量 が少ないだろう。量を基準とする規制については、大学研究室レベルの反応量では法の規 制外になるのでは。 C) カルタヘナ法の対象範囲 ・リスク評価についてはカルタヘナ法の枠組みの中に入っているので、まずは外れるものが あるのかということが議論のポイントである。地球上になかった物質ができてきた場合、カル タヘナ法は生きているものを対象としているので生成物は対象外だろう。それのリスク評価 はいらないとは思うが、それが現状どういう整理になっているのか。 ・球上にないものというのは刻々とできている、それが進化というものだ。地球上にない、と いう言葉をどういう意味で使うのか、そういう言葉の使いかたは、報告書を作るときには大事 なのではないか。モダンバイオテクノロジーは、カルタヘナ議定書で定義されているが、 Synthetic biology がカルタヘナ議定書に入るかどうかは、議定書の定義の解釈による。 ・国内では、カルタヘナ議定書ではなく日本のカルタヘナ法で考える必要がある。モダンバイ オテクノロジーがなにかというよりも、細胞外で核酸を加工し細胞に導入したものはカルタヘ ナ法の対象になる。タンパクを細胞に導入して細胞内で DNA を組み換える場合はカルタヘ ナ法にあたらないという解釈もできるのではないか。 D) 定義; プロセス vs プロダクト ・SB の定義については、関係省庁会議で検討する必要がある。関係省庁で問題意識をはっ きりした上で、検討する必要がある。私としては、プロセスに着目する必要があると考えてい 202 るが、それも関係省庁で考える必要がある。 ・プロセスベースかプロダクトベースか、というのは、遺伝子組換えの時に延々とやって、プ ロダクトベースでという結論が一旦出て、そういうことで産業界は動いている。 ・カルタヘナ法自体は生きている遺伝子組換え生物が評価の対象となっている。プロダクト も評価項目には入っているが直接の評価の対象とはなっていないとの認識。 E)海外の主要研究室の動向 <ベンター研訪問> バクテリアを人工ゲノムで操作させたヒトと話ができた。Venter 研究所全体で下からボトム アップで創っていくこととと削っていくこと(ミニマムゲノムを作ること)の両方を実施している。 ミニマムを作ることと、操作しやすいこと(simplest)とは違うと認識しており、彼らとしてももっ とやることがあると考えている。また(効率性・経済性という観点から)合成ゲノムを作るのに 部分的に簡便に変えられるようにカセット状に作っていた。このように物質としての DNA の modularity はある程度達されているが、ゲノムの意味をデザインする、コンピュータプログラ ムとしての modularity は彼ら自身も確たるものはない状況であった。 <スクリプス研訪問> Orthogonal biology;直交性に焦点をあてた研究 2 件の話を伺った。 これは既存の系とクロスしない、という意味。新しいアミノ酸を入れた酵素や新しい tRNA が 既存の系と反応しないということ。塩基の場合だと、塩基のペアの間では直行しない。 1)ロベスバーグ氏; 有機合成の立場から話を聞けた。仮にアメリカの中で合成生物学が禁 止されても地下に潜るなり、他の国で行なうのではないか、との意見。ハイレベルな研究を 行っている研究者の主導で世界の regulation が決まってしまうことを意識しながら研究して いるようであった。 2)コールシーメル氏: 彼らの翻訳系研究を基盤として多くの研究者が活動している。新し いアミノ酸を入れて何か活用しようと考えている。その第一線の解析者と話をすることができ た。暗号表を変えたときに天然の直交性は 1 千~1 万分の 1 くらいの程度のミスだが、その 発生を測ることは可能かと質問したところ、実験室レベルの数 μg では厳しいが、製品レベル の mg、g 単位で大量生産するようになれば十分な解像度は得られ、直交性は検出できると 主張していた。 また、DNA ポリメレースを発見した研究者(A.Kornberg)は、試験管の中で”人工生命”を 203 作ったといわれた際に、実はモレキュラーライフという言葉を使っていた。molecular life, cellular life 等、これから人工生命や生命もどきを考えるときに、実は Life という言葉の前に は形容詞がつけられるのではないかという話であった。 F) 直交性(orthogonal)、有害性 ・もともと何かのアミノ酸を見ていたものが 1 回複製されて分かれ、別々の特異性を生み出し ていくことで、徐々に直交性が高まっていく。直交性が低いとエラーが高くなる、ネガティブな selection 分子となるゆえに分化が進んでいくことによって直交性が達成される。 ・直交性の意味だが、細菌の中にあるセットを入れて、このセットは細菌のゲノム代謝、一切 無関係に発現するということか? ⇒代謝という観点では、今までのものを阻害しないで新しいものをつけた方が作りやすい ので、合成生物学の中では直交性はキーワードとなっている。 ・直交性というのは、独立した代謝系を入れて、目的とするものだけを効率的に作らせるとい うことか。 ⇒合成代謝工学であればパイプラインが太くなり、生産量が高まるといえる。ただしアミノ 酸を加える、塩基の数を増やすなどによって、元々のものを乱して既存の生物がへたってし まったら困る。 ・直交系を Biosafety の問題に結びつけて、ビルトイン型-Biosafety という考え方がある。ホス トの直交系に依存した形で挿入遺伝子を設計すればその遺伝子が他に移ったとしても維持 できない、だから安全だというもの。逆に直行系を作ること自体が別の意味で問題を引き起 こすことも考えられるが。 ・新しいアミノ酸を加える危険性は、メッセンジャーRNA で作られても、翻訳後修飾が行われ ても、生物の体の中のたんぱく質としてはそれほど変わったことではないので、アミノ酸の数 を増やすこと自体はさほど危険ではないと考えている。 ・ニュートラルである。よいこともあるが悪いこともある。 ・新しいタンパク質ができて人間に害を及ぼす確率を統計的に数字で出せると説得力が増 すのではないか。 ・(毒性は)生活とともに変わるので、統計的には示しにくいのではないか。昔ならアレルギ ーの子は育たなかったが、そのような子供でも育つことができるようになってくるとリスクを統 計的に出すことは難しいのでは。 204 G) ミニマムゲノム・人工細胞・ウィルス~カルタヘナ法の範囲 ・ベンター研の実験では遺伝子をどんどん削り、生きるために必要な最小のゲノム、ミニマム ゲノムとするのだろうが、削り取られた遺伝子はそもそも無意味なのか、よほどの劣悪な環 境になると突然意味を持つものが含まれているのか、どのような解釈だろうか。 ⇒その二つです。意味がないこともあるし、経路の冗長性を持つこともある。 ・環境中で生きること(進化の中)で、冗長性が高まってくる。ミニマムというのは安全といえ ば安全で、非常に fragile なものである。 ・人工の細胞もゲノムも今の段階では人間が十分な栄養を与えているから生きているので あろう。当面の間は人工細胞は非常に脆弱なものであろう。 ・リポソーム(liposome)もそれ自体としては殖えないが、遺伝子発現して regulation をもつこ とが出来たとする。その場合、殖えることはできないが、製剤・試薬のようにある機能を持っ た粒子としては使えるかもしれない。生物という増殖や進化の機能を除いた形で regulation が中に組み込まれた製品として、大量生産して工業利用ということも考えられなくもない。 ・カルタヘナ議定書の解釈が無限に広がって生命とは関係ないものを生物多様性として入 れていくと、ある意味乱用のようなことになりかねない。多機能を組みこんだリポゾーム粒子 などそれ自体が増殖しないものまで、カルタヘナ議定書で扱うようになってしまうと議定書の 解釈や適用に問題が出てくるのではないか。 ・精製した酵素はカルタヘナの適用外だが、酵素をいくつか組み合わせた反応ネットワーク の場合はどうなのかといった話ですね。そうするとウィルス検出キット(ウィルス DNA を増や すことが出来る)ものはどう扱うかという問題が出てくる。 ・カルタヘナ議定書の定義では、組換え生物に関しては、「生体外における核酸加工の技術 で作られたもの」ということになっている。基本的には生体、生きている細胞が前提になって いる。本日の話ではすべて生きている細胞があって DNA を入れているのが前提であるため、 カルタヘナ議定書の対象だろう。 一方、生物を分子から、核酸やリポソームから作るというのは、既存の生物がある前提に外 れているので、今までの組換え技術と違う phase での技術として捉えられているのではない か。 ・日本国内法上はウイルスは生物となっている。試験管内のたんぱく質合成系の中に DNA を入れるだけで、その中で感染可能なウイルスの作成が可能である。今の段階で日本の研 205 究室(四方研等)で作っているものは、感染は可能でないが非常に近い存在になりうる。完 全に独立して生きられないものも生物としている。 ・議定書は現在は Annex Ⅲで落ち着いているが、できたころにはこのような人工細胞などの 話はなく、厳密に生物を定義していない。今みたいに拡大解釈が拡がって In vitro で作成し たものまで生物に入れていくと、研究開発上でも SF のような懸念で規制がかかるようにな る。 ・タンパク質の殻に DNA を入れてウイルスを作成する技術について、リポソームの中に DNA を入れて細胞に取り込ませて、細胞を組換えする技術は以前からある。混ぜるだけで ある。それだけで一定の割合で取りこませると、感染可能である。もっとも有名なのが遺伝 子治療。効率が悪いので、実際に治療をやっているところはないと思われるが、遺伝子導入 技術としては古くから知られている ・カルタヘナ議定書は「生物」自体は定義していない。 また「LMO」の“living”の解釈として、 複製すること、または核酸を transfer すること、となっている。その「transfer」を拡大解釈すれ ば、リポソームの様なものも”living”となりえる。 ・カルタヘナ法上は、生物は物質から作り得ることになると考えらるか? ⇒遺伝子一つ入れても、生物はできない。必ず細胞に入れるだけの話。 ・核酸を遺伝子組換え生物等、“等”の中にウイルスも入っているが、核酸を移入することが できるということはウイルスができたと同じことか? ⇒リポソームだけ増やすことは、以前はできなかったが近年できるようになった。 ・ウイルスはカルタヘナ法の国内法の対象で、その可能性がある。 ・核酸自体は対象としていない。バイオセキュリティについても組換えの指針等にも入ってい ないし、リポゾームや感染性核酸についてはこれまで議論されていない。今後このような委 員会でこの問題についてカルタヘナ議定書との関連で、議論、整理してもらうといいのでは。 ・なるべく(”生物”の意味を)広くとって、カルタヘナ法に取り込むか、該当しないものは別の 規制でやるのがよいか? H) 非天然生物学(Xenobiology): ・(先に D 体アミノ酸タンパクやリン酸が2つついたもの等の話があったが、)いずれもアミノ 酸、核酸というひとつのカテゴリーである。核酸についても自然界にあってその変異だという 風に考えれば、比較対象によるリスク評価が可能とも言えるのではないか。これを 206 xenobiology として組み入れると、アミノ酸の少し違うものまで、可生成物と一緒の議論対象 になり、SF やホラーストーリーのようでよくないのではないかと思う。 ・当面は非天然の核酸側、アミノ酸を扱う研究も、今までの技術と異なるとは思わない(スク リプスの研究者も同意見)。 ・異種核酸や非天然アミノ酸については実は項目1~4のどこでも使える話。規制の対象と は違うかなと思う。しいていえば、カルタヘナとの関連では微細藻類での大掛かりな燃料生 産のところが将来課題になると思う。研究も加速されると思う。 ・CBD とカルタヘナ議定書で主に論点となっているものは、環境中に出されている GMO、生 きているものが国際会議では議論の主体になる。生物でないものは CBD では対象外という ことは確認すべき。また(広義の)Xenobiology では、地球外生命体も入っているようだが、カ ルタヘナ議定書は地球の生物を実験室内で改変したものであるのに対して、地球外生物は どうあつかうべきなのか? ⇒アストロバイオロジーという分野があり、宇宙開発分野で自ら採集する地球外サンプル については自主的な規制はなされている。月の石や宇宙ステーションで彗星の塵のような ものを取ってくる研究や成層圏の細菌胞子を集める研究もある。 I) その他 ・規制の話とサイエンスの話は不可分になっている(カルタヘナ法の枠内で SB の実験をして いるという意味で)。国内では合成生物学に関しては大学しか入っていない。カルタヘナ法 の対象になっているもの(生物系)とインシリコのものを分けてみると、生物多様性の対象と なるかどうかについてクリアーになるのでは。 ・報告書全体で、生物多様性との関係、合成生物学でできたものが生物多様性に関係し得 るものかどうかについての議論はあまりないようだ。一方で研究者リストを見てみると、生物 多様性に影響がありそうな研究はほとんどない。この事業の目的は生物多様性に関係する ので、生物多様性、カルタヘナ議定書との関連において、それぞれの尺度で簡単に触れて いただけるとよいと思う。 ・産業界が開発しているものの中で、合成生物学を使っている(使う可能性のある)ものにつ いては、幅を広げてみておいていただいて、微生物にしろ植物にしろ、全体像をさっと見てい ただいてレビューをしていただけるとよい。産業界におけるこの手の技術開発の方向性のよ うなものを書いていただけないか。その中で合成生物学の役割がどんなものになるのか、ど 207 のくらい合成生物学に望みがあるか、使えそうかというような感触がわかるとよい。 ・研究者のリスト(産業界の方も)は、JBA で調べた範囲ということを示していただきたい。 ⇒了解。検索条件等も示して、調査の限界も示す。 ・ボトムアップ型ゲノム工学でまったく新しい生物が出てきた場合はカルタヘナではどう扱わ れるか? ⇒対象になるかないかは見方による。判断とその人の政治的な立場で異なってくる。 ・ハザードが何かというところがはっきりしないまま議論している。新しいものだから危険があ るかというと必ずしもそうではない etc、ということを議論しないで来ている。まずは合成生物 学のハザードが何かをクリアにするとよいのではないか。 ・リスクアセスメントは、ハザードのアイデンティフィケーションから行わなければならない。 ・国際交渉の中では、CBD とカルタヘナで違う部分が多い。カルタヘナ議定書からはみ出す ものについては、新しい議定書を作ろうということになりかねない。合成生物学を広い意味に とってそれを規制しようということにもなりかねない。 以上 208 3.リスク評価「ガイダンス」に関する Open-ended Online Forum の現状 3.1.MOP6 後の Open-ended Online Forum1の概況 MOP6 におけるコンタクトグループでの議論の決議として、Open-ended Online Forum 及 び AHTEG メンバーに対して以下の 3 つのテーマ((a),(b),(c))に対して優先順位を設けて検討 することが決定された2。 (a)事務局にガイダンスのテストに係るプロセスの構築、試験結果の分析を支援するための 情報を提供すること (b)ガイダンス(ロードマップ)とトレーニングマニュアルとが合致するパッケージの開発 (c)締約国のニーズ、経験、知識に基づいてリスク評価とリスク管理に関する新たな課題を 持ったガイダンスの作成を(どのように進めるか)検討する ************************************************ MOP6 の決定(BS-VI/12) ******** TERMS OF REFERENCE FOR THE OPEN-ENDED ONLINE FORUM AND AD HOC TECHNICAL EXPERT GROUP ON RISK ASSESSMENT AND RISK MANAGEMENT Methodology 1.The open-ended online forum and the Ad Hoc Technical Expert Group on Risk Assessment and Risk Management shall work primarily online on the following issues in the given order of priority: (a) Provide input, inter alia, to assist the Executive Secretary in his task to structure and focus the process of testing the guidance, and in the analysis of the results gathered from the testing; (b) Coordinate, in collaboration with the Secretariat, the development of a package that aligns the Guidance on Risk Assessment of Living Modified Organisms (e.g. the Roadmap) with the training manual “Risk Assessment of Living Modified Organisms” in a coherent and complementary manner, for further consideration of the Parties, with the clear understanding that the Guidance is still being tested; (c) Consider the development of guidance on new topics of risk assessment and risk management, selected on the basis of the Parties’ needs and their experiences and knowledge concerning risk 1 2 http://bch.cbd.int/onlineconferences/forum_ra.shtml http://bch.cbd.int/protocol/decisions/?decisionID=13245 209 assessment. Expected outcomes 3.(c) A recommendation on how to proceed with respect to the development of further guidance on specific topics of risk assessment, selected on the basis of the priorities and needs indicated by the Parties with the view of moving toward the operational objectives 1.3. and 1.4 of the Strategic Plan and its outcomes. ************************************************************************************ MOP6 会議の終了後、事務局 schedule3に従って、これまで(2014.March.15)に 11 回の Online Forum が開催されている(このうち前年度分(2013 年 3 月末まで)の詳細は、H24 年 度事業報告参照)。次項以降で、3 つの項目((a),(b),(c))に分けて議論の概要をまとめる。 3.2.3 テーマに関するオンライン議論動向 【テーマ (a)】 ”ガイダンスのテストに係るプロセスの構築、テスト結果の分析支援の情報を提供” : 【各オンラインディスカッションの状況】 (a)-1; (14–25 January 2013 開催) 「ガイダンス文書をテストするために推奨できる道具は?」 実際のリスク評価事例においてガイダンスをテストするための適切な“tool”に関して議論 された。具体的な案としては、①ワークショプ; Face-to--Face 形式での議論・指導が可能。し かしコストがかかり地域が限定される。 ②アンケート形式によるテストデータの収集案が出 された。その他リスク評価には実際の現場でのデータを用い、透明性・公開性のあるデータ であるべきなどの意見(77 件の意見)。 (a)-2; (8–21 April 2013 開催) 「事務局作成アンケート案に対する意見は?」 ・テストのための実データの出処に関して、申請書、そのサマリー、過去及び今後の RA 試 3 http://bch.cbd.int/onlineconferences/calendar_ra.shtml 210 験データ等も可とするべき。 ・テストは科学・技術的側面に限り、規制面は含まない。 ・アンケートデータの BCH への登録の必要性は? 等((49 件の意見)) 【事務局の活動/今後の予定】 (5 月、2013 年) 事務局より修正したアンケートのコンセプトと質問票の配布4 (5 月、2013 年) AHTEG メンバーによるオンライディスカッション5 (6 月、2013 年) 各国で実際のケースにおいてガイダンスのテストの実施(⇒現在も実施中) (4 月, 2014 年) 「実施されたテスト結果の解析とガイダンス文書の改良」についてオンライ ンフォーラムを開催予定。この議論経過をまとめて AHTEG 会議(6 月)に提出。 【テーマ (b)】 "ガイダンス(ロードマップ)とトレーニングマニュアルとが整合するパッケージの開発” 【各オンラインディスカッションの状況】 (b)-1; (3–14 December 2012 開催) 「いかにガイダンスとマニュアルを統一するか」「誰が使うか?」 主として途上国のリスク評価に関しての能力開発に資するトレーニングマニュアルの作成 に関する議論。大本のガイダンス文書との整合性やマニュアルに包含すべき内容やレベル に関する議論の他、途上国を中心にマニュアルに関する要望が多く出された。一方で、ガイ ダンス文書のテストが完了するまで安易にマニュアル作成を行うべきではないとの意見も出 された。(100 件のコメント)。 (b)-2; (27 May -9 June 2013 開催) 「ガイダンスとマニュアルの整合性;用語について」 4 5 http://bch.cbd.int/protocol/testing_guidance_RA.shtml http://bch.cbd.int/onlineconferences/ahteg_ra.shtml 211 ・2 つの文書における用語の概念上の同一性に意をはらうべき ・RA に係る用語の説明をもっと詳しくすべき等の意見 (13 件の意見) (b)-3; (30 June- 14 July 2013 開催) 「ガイダンスとマニュアルの整合性;Module 1&2」 ・マニュアルのタイトルや配列をガイダンスに統一すべきとの意見あるも、内容的には相互 に相補的であり大きな改定は不要との意見が大勢。 ・両文書の概念と狙いは統一しておくべき、そのためにマニュアルに適切なイントロダクショ ンと参考文献の追加を求める (10 件の意見) (b)-4; (17 - 22 July 2013 開催) 「提案された修正トレーニングマニュアルについて」 (8 件の意見) (b)-5; (16 - 30 Sept 2013 開催) 「ガイダンスとマニュアルの整合性-Module 3」 ・ガイダンスと議定書の整合性をさらに向上させるべしとの意見 ・用語(の概念)に関して、"gene flow""uncertainty"等の言葉自体がリスクを表すものでない ことを示すべき。 ・マニュアルに、RA の実例(real life examples)を加えるとよい等の意見。(21 件の意見) (b)-6; (4 - 18 Nov. 2013 開催) 「ガイダンスとマニュアルの整合性-全体を通して更に整合性を高める」 ・両者の整合性は改善されたとの肯定的な意見が多いが、一部、マニュアルの用語の整備 やマニュアルの記載事項の趣旨を明示すべきとの意見あり。 ・他の公的な文書とマニュアルの整合性やそれら文書の適切な引用を求める意見もあった (15 件の意見)。 (b)-7; (12 - 23 Dec. 2013 開催) 「AHTEG への提出にあたって最終的な改訂」 ・これまでの改定作業に対して多くは満足とする意見であったが、一部には言葉の概念を正 212 確に定義することや、現場の事例を加えることでその概念を解りやすくするべき等の意見 (15 件の意見)。 【事務局活動/今後の予定】 (4 月、1013 年) 事務局より、ガイダンスとマニュアルの整合表(alignment)が配布された。 (10 月、11 月、1013 年) 事務局より、議論経過を反映させた整合表(改定版)が配布され た。 (1 月、1014 年) オンライン版ガイダンスとマニュアルの統合パッケージ(ドラフト版)を作成 された。 (3 月、1014 年) オンライン統合パッケージ(ドラフト)に関する意見募集を行う予定。 (4 月、1014 年) 上記を受けてオンライン統合パッケージの改訂版を作成し、6 月開催の AHTEG 会議で議論予定。 【テーマ (c) 】 "締約国のニーズ、経験、知識に基づいてリスク評価とリスク管理に関する新たな課題を持 ったガイダンスの作成の進め方を検討する” (c)-1; (18 February–1 March 2013 開催) 「RA の新しい課題のガイダンスは必要か?」「あるなら貴国の経験と知識に照らしてみた場 合それはどのような課題か?」 ・JBA より性急な議論で“新トピックス”が決まってしまうことを懸念し牽制する目的で実地テ ストに集中すべしとの意見を冒頭に提出 ・以下の2つの意見に大別。意見は平行線のまま終了。 (A) 特定の LMO 種に関する追加ガイダンスを必要と強く主張 (19 人(12 カ国))(China, Moldova、Beralus、Bolivia、Ecuador、Egypt、Niger etc) 213 (B) 現在のガイダンスのテスト・評価を優先することを主張 (28 人(18 カ国)) (Japan、 Brazil、NewZealand、UK、USA, Mexico etc) (c)-2; (17 - 22 July (合計 175 件の意見) 2013 開催) 「”新トピックス”のガイダンスの作成をどのように進めるか」「新トピックス候補として 3 件まで 推薦すること」 ・新トピックスのガイダンスの作成を求める意見と、現在実施中のガイダンスの有効性テスト の結果解析を優先すべきとの意見にわかれた。 ・新トピックス作成賛成派の意見では、①原種の原産地への GMO の導入の際のリスク評価、 ②二重鎖 RNA 技術を用いた GMO のリスク評価、③GMO のリスク評価における社会経済 学的考察、④遺伝子組換え微生物のリスク評価等の推薦が多かった。これらの意見は技術 面や経済面で課題を抱える途上国からの意見が多かった(合計 79 件の意見) 【今後の予定】 この議論の結果は事務局を通じて、6 月開催の AHTEG 会議に通達されて、再度、ガイダン ス新トピックスについて議論される予定(COP12 での議題になるかどうか決定される見込 み)。 214 4.「合成生物学」と「環境リスク評価・管理」に関する調査研究の総合考察 (1) 合成生物学に関する一般的考察 本調査事業の焦点は合成生物学である。それは、カルタヘナ議定書締約国会議の生物 多様性リスク評価指針作成の議論の中で、合成生物学が議論対象として提案されたからで ある。何故に、定かな定義もない合成生物学が、カルタヘナ議定書のような国際協定の場 の議論対象とされた事に対しては、次のような事情があると思われる。 カルタヘナ議定書 MOP では LMO(組み換え生物)安全性議論が続いて来た。しかし、北 米・オーストラリアなど遺伝子組み換え技術の先進国がこの議定書を締結しなかった。従っ て、これらの国のオブザーバー参加としての発言には限界があった。一方、議定書加盟して いる先進国は組み換え食品等に反対の立場を取る国々であり、途上国の状況を見守る、或 いは利用する立場を取った。これらの事情を背景に、過去 10 年の MOP の議論は、途上国 の発言で終始した。 「分からない」、「何が何でもトレーニングが必要」、「不確実である」、「社会経済的影響を 考慮すべき」、と言う議論が場を支配し、その中で、合成生物学は、未だこの世に存在しない 安全性予測不可能な生物の到来として、意図的に MOP に提案された、と思われる。つまり、 世間が「安全性予測は不可能」と容易に思い込む可能性のあるカテゴリーの生物を MOP の マンデートに加えることにより、LMO の規制強化を計った側面があったと思われる。 しかし、この議論を続ける前に、合成生物学の現状はどうなのかを知らねばならない。合 成生物学の提唱は、そもそも、「ものは作ってみないと本当の姿は分からないという」立場か らの提案であった。合成生物学と云う言葉は、新しい生物学、或いはイノベーションの合い 言葉として使われた。例えば、「科学技術イノベーション司令塔機能の強化に向けた期待 (平成 25 年 4 月 17 日)文部科学大臣下村博文」にも、「再生医療を推進するとともに、抗体 医薬等のバイオ医薬品開発に関して、国際的な競争力の向上のため、我が国が得意とする 構造生物学・合成生物学分野の革新的技術開発を推進」という言葉が見られる。このメッセ ージは新しい科学研究費予算枠の可能性を示すメッセージであった為に、従来遺伝子工学 として研究されてきたものに「合成生物学」と云う衣を着せ科研費申請を行う事も起こったが、 他方、従来に無かった発想の研究を促進する事にもなり、新しい枠組みの研究のフォーラム も作られるに到った。 本事業では、このような状況を背景に、「合成生物学」の実態を調査すると同時に(セクシ ョン 1.2)、社会学者による本技術の社会的影響調査を行い(セクション 1.3)、カルタヘナ議定 215 書との関係での法・規制の必要性・その可能性について調査することとした(セクション 1.4)。 詳細は、本文書の上記セクションを見ると良いが、我が国の研究データベースを見ると実 に幅広い分野が見られる。例えば、完全に分子レベルの解析(DNA robotics、膜分子 vesicle の物理、構造化ゲル、分子揺らぎ、nanotube 構築、分子素材構築、分子プログラミング)、人 工遺伝子回路(リボスイッチ、多要素遺伝子回路、数理モデル、多要素人工代謝回路)、分 子進化工学(自己複製 RNA、ランダム配列蛋白、新規アミノシル tRNA、リボザイム、合成リ ボザイムと脂肪酸生合成、全生物の共通祖先、遺伝子回路と進化、無細胞タンパク合成、 脂質シグナリング)、生物リズム(周期的遺伝子発現モデル、弛緩型発振経路、時計タンパ ク)、膜のダイナミックス、細胞間シグナリング或いは細胞社会学、タンパク質ネットワーク、 細胞 3 次元構造構築、これらに加え、複製、転写、翻訳等に関する従来の分子生物学に近 いものも入っている。一方、社会的な影響を考慮し、合成生物学のリスク或いは社会的な位 置づけの問題を探っている研究も見られ、我が国のこの分野の研究は実に幅の広い研究 者を包含していることが分かる。 合成生物学のもう一つの特徴は、open innovation を考慮していることである。本文中で紹 介されている BioBrick は、tool kit を作り、これを提供し、その組み合わせで使用者が自由 に代謝経路を構築することを可能にする。open innovation においては、データや開発した素 材を共有し、それを使って開発研究が行われるため、情報の正確さ、成果の信頼度、が必 要である。ひとつの間違い(或いは、インチキ)は、それを使った全ての人々に及び、場合に よっては重大な事故に繋がり得る。その意味で、これに携わる人々がお互いに信頼出来る ことが必要であり、従来以上に、科学者の良心が大きな問題として浮かび上がる。このこと は学術会議の「科学・技術のデュアルユース問題に関する検討報告、平成 24 年(2012 年) 11 月 30 日、日本学術会議、科学・技術のデュアルユース問題に関する検討委員会」にも指 摘されている。 合成生物学は、インフォーマテイックス(IT)を駆使する側面が多く、汎用アルゴリズムの 信頼性、データベースの信頼性とセキュリテの重要性は、従来の生物学では見られた以上 に高いと思われる。以上のような考察の上で、以下、合成生物学の健全な発展にはどのよう な国内的、国際的な合意が必要かを考える。 (2)合成生物学とカルタヘナ議定書の接点 本報告書、合成生物学の検討すべき課題の議論(セクション 2.1)に、CBD の SBSTTA 文 216 書をベースにした技術領域が表として示されている。まず、本調査事業で検討されるべき事 は、本調査事業が CBD のカルタヘナ議定書のリスク評価指針で提案された合成生物学へ の対応を契機として行われたことを考慮すると、この表の中で領域分けされたものの中に、 合成生物学で作られた生物が議定書の LMO の定義に該当しないものがあるかどうか、該 当しないものがあるとすれば如何なるものか、又、アネックス III に示される非遺伝子改変生 物との比較に於けるリスク評価の原則が適用出来ない合成生物学の作る生物があるか否 か、である。 (2-1) 議定書の定義する生きた有機体(LO) 議定書の定義では、Living organism(生きた有機体)を、「遺伝子を伝達、或いは複製を することが出来る生物学的実態で、ウイルス及びウイロイドのような sterile (不妊性或いは非 生殖性)な有機体を含む」、としている。即ち、LO は遺伝子を持つものでなくてはならない。し かし、遺伝子を DNA 或いは RNA とは規定していない。従って、新規人工核酸を含む DNA 或いは RNA を遺伝子として保有する有機体も LO であると理解する事は可能である。 タンパク質であるプリオンは、生体から生体に伝達され、伝達された生体中で増えるが、 増えたタンパクそのものは宿主 DNA にコードされる普通のタンパク質とアミノ酸配列は変わ らない。伝達されたプリオンの存在下で異常な構造に折りたたまれ、異常な構造のタンパク が増殖することになるので、議定書の定義する LO の構成タンパクと理解することが可能で ある。タンパク質のアミノ酸自体については、遺伝子同様、言及していない、 即ち silent であ る。よって自然に無い人工アミノ酸を持つ生物も、LO に含まれ得る。 議定書は、LMO を modern biotechnology を用い得られた新しい遺伝的素材の組み合わ せを有する有機体(organisms)と定義(用語”use of terms”)し、ここでも、核酸、DNA 或いは RNA の言葉を使用せず、遺伝的素材(genetic material)と云う汎用的な言葉を使用している。 このように考えると、合成生物学で出来た人工核酸或いはアミノ酸を含む生物も、議定書の 範囲内でリスク評価出来ると考えることは可能である。 (2-2) 議定書の定義する LMO 議定書は、このように LMO を定義した上で、LMO を作成する為の modern biotechnology を、「自然界で生理的に起こる生殖・組換えの障壁を超え、且つ、従来の育種選択で用いら れなかった技術を用い、(a)DNA 組換え、及び核酸の細胞あるは細胞小器官への注入、を 217 含む in vitro 核酸技術、或いは、(b)科(family)を超えた細胞融合、の適用としている。 議定書が合成生物学をカバーするか否かに関係するのは、合成生物学で作出された LO が議定書の LMO の定義に該当するか否かである。議定書は、LMO を(細胞融合は別とし て)「自然界で生理的に起こる生殖・組換えの障壁を超え、…..」(a) 「DNA 組換え、及び核酸 の細胞あるは細胞小器官への注入、を含む in vitro 核酸技術」で作出されたものとしている ので、少なくとも現状では、合成生物学で出来た生物は LMO に該当していると判断出来 る。 (2-3) 議定書アネックス III で合成生物のリスク評価は可能か? 議定書は、アネックス III に LMO のリスク評価の原則を示している。パラグラフ5で示すよ うに、その原則は、非組換え LO が持つリスクとの比較におけるリスク評価である(Risk associated with living modified organism or product thereof, ……, should be considered in the context of the risks posed by the non-modified recipients or parental organisms in the likely potential receiving environment)。ここで注意すべきは、 ⋅ 非組換え LO にはリスクがあることを認めていること、 ⋅ LMO のリスクは非組換え生物と比較し評価すること、 ⋅ 具体的なリスク評価実施項目に当たる方法(Methodology)、評価項目(points to consider)では、それぞれ、「適宜(as appropriate)」、「状況に応じ(depending on the case)」評価をする、 としていることである。 ここで考察すべきことは、合成生物学に於いて、この比較によるリスク評価(comparative safety assessment)が出来ないケースがあるか、否か、である。紛らわしいのは、上に触れた 人工合成素材を利用する場合である。例えば、人工核酸で遺伝子を置き換えた生物、生物 のタンパクを構成する 20 種のアミノ酸以外のアミノ酸でタンパクを作る実験、或いは、普通 のタンパク質を構成する L 体ではなく D 体アミノ酸、或いは新規人工アミノ酸を構成分とする タンパク質を作る実験などである。「新規素材を使っているので、親生物との相対的安全性 評価は出来ない。従って、合成生物のリスク評価は絶対安全評価にすべきだ」という考えが 出される可能性がある。もしも、そのような理解で、合成生物学がリスク評価されれば、「逆 に従来の組み換え実験をも絶対安全評価にすべき」だという議論が出て、議定書の相対リ 218 スク評価の原則が根底から壊される危険が出てくる。 このような結論を避けるには、一つは、この手の合成生物学の産物を議定書の対象外と するか、或いは、このような人工素材により改変された生物であっても、現存する生物を修 飾しているという点において比較によるリスク評価が出来るとするか、の何れかである。 議定書の適用判断に於いて難しいと思われるものに、リポソームに自己複製できる RNA を包み込み核酸増幅を試みるような実験がある。このような実験は、「生命の起源」、「生命 とは何か」、という生き物の根源的問題に関わるものである。その意味で、「生きた有機体 (LO)」或いは「生命」とは何かと云う問題が浮上する。リポソームを使って出来たものを、LO の一種と考えると、遺伝子の無い生物であるから議定書には該当しない。 しかし、その前に、「生命とは何か」という問題がある。その定義として次のようなものが挙 げられている(A. Pross: What is Life? How Chemistry Becomes Biology, 2012, Oxford) ⋅ Material system that can acquire, store, process, and use information to organize its activities (F. Dyson) ⋅ System of nucleic acid and protein polymerases with a constant supply of monomers, energy and protection (VJ. Kunin) ⋅ System capable of 1. self-organization, 2. self-replication, 3. Evolution through mutation, 4. Metabolism; and 5. Concentrative encapsulation (G. Arrhenius) ⋅ Simply a particular state of organized instability (RJC. Hennet) ⋅ A self-sustained chemical system capable of undergoing Darwinian evolution (NASA) F. Dyson の定義は個体の存続に注目をしたものであり、Kunin の定義は生体構成 分に注目し、Arrhenius の定義は生物固有の性質を列挙し、Hennet は、生命機能の根源は instability(ゆらぎ)にあるとする立場であり、NASA の定義は進化を考慮したものである。定 義に見られる多様な生命の様相を呈する有機体を合成すると云うこと(合成生物学)は、生 命の起源から今までの歴史を人類は短い歴史の中で一気にやって見せようという試みに近 い。その中にリポソームの実験もある。しかし、生命進化の過程を完全に再現することはま ず不可能である。合成生物学の分野で出てくる「有機体」は、生命体として非常に不完全な 219 ものである。 実際の合成生物学で環境に出される可能性のある生物は、既存の生物を基本とし、生命 のそれぞれの側面について改変し、その改変を完全に人工的におこなう。その意味で、合 成生物学で出来上がった生物は、何らかの親生物がいる筈である。出来上がった生物とし て(product base)の考え方をすれば、合成生物学の分野で出来上がった LMO でも、議定書 の「親生物との比較に基づく出来上がった生物としてのリスク評価」は可能である。 生命体は一個体では進化もせず、自己を維持することもできない(NASA の定義)。その 意味で、生物の存続は、複数の生物の生残、生物多様性の維持、である。刻々の集団とし ての進化が生物そのものである。その意味で、生物多様性の維持は希少生物種の保全と は別の側面を持つ。人類を含め、今後の地球の変化に如何に適応し、種として生き延びる かというのが、生物多様性保持の大きな課題であるべきである。 合成生物学が扱う事になる種々の懸念を、議定書の適用一般に反映させる事になれば、 議定書の定めない領域を含むことになり、議定書の適用に於ける不確実性という状況を生 む 。 適 用 に 於 け る 不 確 実 性 は 、 規 制 者 特 有 の 予 防 原 則 ( precautionary principle in regulation)から過剰規制を生み、同時に、国際的な合意を危うくする。今のままでも、議定書 は、その根幹概念、adverse effects (on the conservation of biological diversity)、の定義も出 来ず、規制の不確実性(regulatory uncertainty)を生み、結果として、リスク評価項目は、チェ ックリストとして使われ、莫大な資金と労力がリスク評価に使われる結果となっている。 比較に於けるリスク評価は、対象を既に使用経験があり、リスク評価、リスク管理のコツ が分かっている生物を「親生物/受容体」としこれを比較対象にすることで始めてその力を発 揮する。もし、改変の為の親生物を全く使用経験の無い生物から選択すれば、親生物の使 用経験も無いのであるから「相対評価」にする意味がない。コーデックスの組み換え食品リ スク評価指針では、「安全な使用経験のある生物」を「親生物/受容体」に限定しているので、 相対的リスク評価の意味があるが、カルタヘナ議定書はこの絞り込みをしないので、その意 味がない。今後、MOP において、「何故、議定書のアネックス III が相対的リスク評価を原則 にしているのか」と云う原則的な問いかけをする必要があると思われる。 220 第Ⅱ編 参考資料 1.生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する新たな課題 (JBA 仮訳) 1-1. <合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物が生物の 多様性の保全及び持続可能な利用に及ぼし得る正及び負の影響> 【CBD 事務局作成】 Potential positive and negative impacts of synthetic biology 1-2. <合成生物学:生物多様性条約及び議定書の既存条項の適用可能性/不可 能性の検討> 【CBD事務局作成】Synthetic biology: gaps and overlaps with the Convention 2.合成生物学研究動向調査資料(合成生物学関連データベース) 2-1: 国内の主な合成生物学研究者リスト (表-A) 2-2: 海外の主な合成生物学研究者リスト (表-B) 2-3: 国内外の主な関連学会情報等 221 【参考資料 1-1】 生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する新たな課題 <合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物が生物の多様性の保全及び 持続可能な利用に及ぼし得る正及び負の影響> “Potential positive and negative impacts of synthetic biology” 【草案文書(JBA 仮訳、引用禁止)】 【序文】 1.「生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する新たな課題」の決議XI/11におい て、生物多様性条約締約国会議は当該課題について提出された提案を受け、事務局長に 次の要請を行った。 (a)締約国、非締約国、関係国際機関、先住民コミュニティーや地域社会、並びにその他 のステークホルダーに対して、合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物 (生物の多様性の保全及び持続可能な利用に影響する可能性を有するもの)やそれらに関 連する社会的、経済的、文化的事項についてさらに関連情報を寄せるよう呼びかけること (決議IX/29第11項及び第12項に基く)。 (b)利用可能な関連情報を、付随情報と併せて収集・整理すること。 (c)合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物について、本条約、その議 定書、及びその他の関連協定に含まれる既存の条項が適用される点/されない点を検討 すること。 (d)第12回締約国会議に先立って、整理した上記情報(決議IX/29第12項に記載の基 準の当該課題に対する適用性を分析した結果を含む)を、ピア・レビュー及びピア・レビュー 後の科学技術助言補助機関会議による検討が可能な形で提供すること(決議IX/29第13 項に基づく)。 2.この決議に基づき、事務局長は通知2013-018を発して合成生物学に関する新たな情 報提供を呼びかけ、前記提案の科学技術助言補助機関による検討の一助となるように、決 議XI/12第5項に基いて情報のレビューを行った。 3.本文書は当該課題に関する準備プロセスのために作成したもので、附属の別文書では 生物多様性条約及び議定書の既存条項の適用性を検討している。 4.文書のレビュー用テンプレートをご利用下さい。「新たな課題」のピア・レビュー欄にありま す(http://www.cbd.int/emerging)。 222 【PART1:合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物(生物の多様性の保 全及び持続可能な利用に影響する可能性を有するもの)やそれらに関連する社会的、経済 的、文化的事項に関する情報】 a)合成生物学の背景と定義 合成生物学(SB)の定義として最も一般的なものの1つは、A)生物学的な新規のパーツ、 デバイス、及びシステムのデザイン(設計)及び構築、並びに B)既存の天然の生物システム を有用な目的のためにデザインし直すことである 1。SB の主な特徴としては、遺伝子パーツ の化学合成や各種工学的アプローチも挙げられる。合成生物学(SB)の単一の定義が存在 するかどうかは議論があるが(表1.合成生物学の定義を参照)、その目標については一般 的な合意が存在する。即ち、生物学的なパーツ、デバイス、及びシステムのデザイン、特性 の決定、及び構築を意図的にコントロールして、予測可能性が高くデザインされた生物シス テムを作ることである(Nuffield 2012; ICSWG 2011; Kitney and Freemont 2012; PCSBI 2010; ECHN 2010)。「コンバージング・テクノロジー(異種科学技術収斂技術)」と呼ばれることもあ るように、SB は複数の分野(工学、分子生物学、システム生物学、ナノバイオテクノロジー、 及び情報技術)の複合に立脚しており(RAE 2009; ETC 2007; EGE 2009)、生物学の推進力 が「発見と観察」から「仮説と合成」へとシフトしていることを象徴している( Benner and Sismour 2005; Kitney and Freemont 2012; Lim et al. 2012; Sole et al. 2007)。SB 的ツールを 用いると、「モデルに基づく仮説を実験的に検証する」機会が得られる(Esvelt and Wang 2013, 1)。例えば、SB 研究は「生命の起源」に関する知見やゲノムの本質的機能の理解の 深化をもたらす可能性があるが、研究の大部分は商業的・工業的な応用に主眼を置いてい る(EGE 2009; Lam et al. 2009; O'Malley et al. 2007; IRGC 2010)。 SB はまだ歴史の浅い分野だが、政府や産業界のサポートもあって過去十年間に急速な 成長を遂げた。現在のように用語「合成生物学」が使用されるようになったのは 2000 年代初 期であり、新しく現れたこの科学領域を従来の遺伝子工学から区別するためであった (O'Malley et al. 2007; Campos 2009)。2004 年には、マサチューセッツ工科大(MIT,USA) が「第 1 回国際合成生物学会」SB1.0を開催した2。2007 年には、SB に関する学術論文数 が初めて年間 100 を超えた(Oldham et al. 2012)。SB のグローバルマーケットは 2010 年に は 11 億ドルと見積もられており、2016 年までには 108 億ドルになると予想されている3。SB の「研究の中心的な拠点」は 40 カ国であるが、殆どの研究は米国及び欧州で行われている。 223 その他、中国、ブラジル、インド、メキシコ、アルゼンチン、南アフリカ、及びシンガポール等 が研究の拠点として挙げられる(Oldham et al. 2012, 5)。オールダムら(2012)は発表済みの SB 研究の資金源として 530 種類を特定しているが、その大多数は政府機関や国立の組織 (例えばアメリカ国立科学財団、EU 研究枠組み計画、及びヒューマン・フロンティア・サイエ ンス機構)からであった4。 SB 分野の新規性やそれがもたらすリスクについては根本的な意見の相違が存在する (Zhang et al. 2012)。合成生物学と過去のバイオテクノロジーとの関係は、話の聞き手に応 じて異なった説明をされる傾向がある。規制側や公衆に対して話す場合には、合成生物学 者らは「過去との連続性」や安全性を強調しがちである。一方で有望な資金提供者に対して 話す場合には新規性が強調される(Tait 2009, 150)。違いの根拠は、合成生物学の野望の 範囲、即ち天然の生物学的複雑性が有する突発的な不測性を回避しつつデザイン・合成を 目指している複雑性のレベルである。 表 1.合成生物学の定義 リチャード・キトニー及びポール・フリーモント(合成生物学者) 合成生物学の定義について懐疑的な人々もいるが、それは合成生物学の国際コミュニテ ィーの意見ではない。一般に認められた定義では、「合成生物学は、生物学的なパーツ、新 規デバイス、及びシステムをデザイン・作製し、それに加えて既存の天然の生物システムを デザインし直すことを目指す」(Kitney and Freemont 2012, 2029)。 生命倫理問題の調査に関する大統領委員会(米国) 合成生物学とは、生物学、工学、遺伝学、化学、及びコンピューターサイエンスの要素を 複合した新規研究分野に与えられた名称である。その範疇に収まる研究活動は多様だが相 互に関連しており、化学合成したDNAと標準化された自動化可能なプロセスとを用いて、新 規な特性を持つ(或は特性を増強された)新規な生化学的システム又は生物を作製する (PCSBI 2010, 36)。 合成生物学に関する市民社会国際ワーキング・グループ 合成生物学とは、コンピューター支援型の生物工学を利用して天然に存在しない新規の 合成生物学的パーツ、デバイス、及びシステムをデザイン・構築すること、並びに既存の生 物を(特にモジュール式のパーツから)再設計すること全般を指す。合成生物学の試みの1 つは、通念上特性が十分に明らかになっており且つ振る舞いが論理的に予想可能な遺伝 224 子「パ ーツ」 を 用い て、 予測 工学 的 な アプ ロ ー チ を 遺伝 子 工学 に 導入 するこ と で ある (ICSWGSB 2011, 8)。 カロリン・M・C・ラム、ミゲル・ゴジーニョ、及びビトール A・P・マルティンス・ドスサントス(合成 生物学者) SB という分野では、天然環境中には存在しない機能を持つ人工的で生物学的な細胞(或 は非細胞)構成要素を作製することを目指す。また、特徴が明確なパーツを用いて、生細胞 や既知の生物学的特性を模倣し且つ構造的に異なるシステムを作り出すことを目指す (Lam et al. 2009, 25)。 欧州委員会の科学と新技術に関する欧州倫理部会 1.最小の細胞/生物のデザイン(最小ゲノムも含む)。 2.生物学的「パーツ」の同定と利用(ツールキット)。 3.全体的或は部分的に人工的な生物システムの構築。 さらに一部の専門家が強調しているのは、合成ゲノミクスの可能性である。合成ゲノミクス は合成生物学の一分野として定義でき、増大して行く大量のゲノム情報(オリゴヌクレオチド 合成や遺伝子改変のツールも含まれる)を用いて新規ゲノムを作り出し、それによって特定 の生産物や所望の作用を産み出すことを目指す(EGE 2009, 14)。 英国王立工学アカデミー 合成生物学の目的は、生物学的なパーツ、新規デバイス、及びシステムをデザイン・作製 することであり、それに加えて既存の天然の生物システムを再設計することである(RAE 2009, 13)。 トーマス・マレー(生命倫理学者) 「合成生物学が包含するものは、生物システムを意のままに操り、予測・制御可能なもの にできるという信念;トム・ナイトが端的に述べた生物の複雑性に対するスタンス「理解でき ない複雑性は取り除けばよい」;生物学的存在はバラバラに分解してから再アセンブリし、人 間の好奇心を満たしたり重要で正当な人間の目的に役立てたりできるという確信;政府当局 による警戒や、特に善意の科学者、エンジニア、及びガレージ生物学者の努力によって、エ ラーや有害性は防止し、封じ込め、或は打ち負か すことができるという希望、である」 (Various 2009, 1073)。 225 b)各種支援技術 SB には一連の支援技術が重要であるが、それらは 1990 年代以降劇的に迅速に且つ低 コストになっている(RAE 2009; Garfinkel and Friedman 2010)。コンピュータ・モデリングとそ れに関連するバイオインフォマティクスや情報科学の分野は、生物システムのシミュレーショ ンやインシリコ実験を可能にし、SB 研究に寄与してきた(Schmidt 2009; Esvelt and Wang 2013)。「特定の DNA 分子中のヌクレオチドの並びを決定する」DNA シーケンシングの性能 は、SB 研究の全ての領域で重要である。科学者達にとっては DNA の解析は 1970 年代か ら可能であったが、高スループットの「次世代」シーケンシング手法の登場によって、より長 い DNA を非常に速いスピードでより安価に読むことが可能になった。メタゲノミクス的なツー ルを用いることで科学者達は環境中に存在する多種の微生物を一度にシーケンシング可能 であり、従って潜在的に有用な新規システムを同定可能である(RAE 2009; ICSWGSB 2011)。 1970 年代初期には DNA を化学的に合成できるようにもなった(Garfinkel et al. 2007)。 DNA 自動合成装置が登場したことで研究者は合成された DNA を実験に使用するようにな り、時間と労力とが節約できるようになった(Garfinkel and Friedman 2010; Schmidt 2009)。 オリゴヌクレオチド(25~100 塩基対の短鎖)は個々の研究室でも未だに合成可能だが、研 究室にとっては DNA を営利企業に注文することの方が遥かに一般的になっている (Garfinkel et al. 2007)。独自開発技術を用いた装置によって、遺伝子長(数千塩基対)にも なる DNA 鎖を合成することができる。また、DNA アセンブリ技術も進歩している。様々な研 究室には多様なインビボのアセンブリシステムがあって、細胞内でゲノム長の DNA 鎖を一 気にアセンブリすることができる(Baker 2011)。DNA の製造テクノロジーは未だ「大型ゲノム の簡便で経済的な作製に十分なほどに成熟」してはいない(Ma et al. 2012)。しかし一般的 には、DNA 合成用のツールの価格は劇的に低下し続け、製造の規模や信頼性は拡大し続 けるだろうと期待されている(ETC 2007; POST 2008; Schmidt 2010)。 進化工学はしばしば SB に利用されるバイオテクノロジー手法である(Cobb et al. 2012; Erickson et al. 2011)。研究者は任意の生物学的存在の様々な変異体に選択圧をかけ、所 望の性質を有するものを同定する。これは研究室で物理的に行うこともできるし、配列の適 応度を予測するバイオインフォマティクスのツールを用いてコンピューター上(インシリコ)で 行うことも出来る(ICSWG 2011; Cobb et al. 2012)。手法の 1 つは「遺伝子シャフリング」であ り、DNA をランダムに断片化してから再アセンブリして、その結果を各種性質(例えば酵素 226 活性の増大や特定のタンパク質の性質の改良)に関して検証する(Skerker et al. 2009)。「ゲ ノムシャフリング」では、微生物を丸ごと急速に進化させる。例えばハーバード大のワイス研 究所が開発した多重自動ゲノム操作法(MAGE)というテクノロジーでは、一度に最大50種 類の小規模なゲノム改変を行うことができ、1 日当たり「数 10 億」種類のゲノムを作製して望 ましい形質のスクリーニングに使えるという(Wang et al. 2009)5。これらの技術は予め合成 DNA で形質転換された(或は合成 DNA から作られた)微生物にも適用可能であり、それに よって微調整を加えて特定の結果を得ることができる。 c)SB 研究の各領域 各領域は未だ完全にカテゴライズされていないが、次に挙げる研究領域は「合成生物学」 と見なされるのが通例である。即ち、DNA デバイス構築、合成代謝経路工学、ゲノム細胞工 学、プロト細胞(人工細胞)構築、及び非天然生物学/オルタナティブ・バイオロジーである6。 「合成生物学」は一貫した単一の学問分野として、一様な有益性や危険性をもたらすと思わ れることが多いが、SB 領域が異なると生物多様性に関する潜在的影響も異なってくる(負の 影響も正の影響もある)。以下では適宜特定のカテゴリーを取り上げて、潜在的影響やこの 科学分野に関して適用可能な国際的合意を検討する。 i)DNA デバイスの構築 この SB 研究領域の目標は、DNA 配列を操作して予測可能な個々の機能を持つ回路を 作製し、それらを様々な宿主細胞内でモジュール式に組み合わせることである。これらの遺 伝子回路は、スイッチやオシレータ等のように電子論理素子として機能すると見なされる (Lam et al 2009; Heinemann and Panke 2006)。モジュール式に組み合わせ可能で相互に交 換可能な別個のパーツという概念は、「様々な SB 的手法の全てに通底する約束事の1つ」 である(Garfinkel and Friedman 2010, 280)。そのようなデバイスの応用技術としては、生物 学的な写真フィルム、人工記憶装置、ナノスケールスイッチ、及び時間遅延回路が挙げられ る(Lam et al 2009)。 この SB 領域は最も直接的に「生物学を工学分野に組み入れる」ことを目指す(O'Malley et al. 2007, 57)。バイオエンジニアのドリュー・エンディが 2005 年のネイチャー誌に発表した 基盤的な論文では、工学の 3 つの概念を生物学に適用している。即ち、基本的な各種生物 学的パーツとその使用条件を標準化すること;デザインを製造から切り離すこと;階層的な 抽象化によって、複雑性の特定のレベルに関する作業をその他のレベルとは切り離して行 227 えること、である。DNA「パーツ」のデザインに向けた最初期の最も有名な標準システムの 1 つは、MIT の科学者及びエンジニアによって 2003 年に始まった。この「バイオブリックス (BioBricks、商標)」は生物学的機能をコードする種々の DNA 配列であり、研究者らはモジ ュール式のパーツとして混合したり継ぎ合わせたりして各々のデバイスやシステムをデザイ ンできる。MIT は「標準生物学的パーツレジストリ」7をウェブサイト上で公開しており、当該ウ ェブサイト上で研究者らはバイオブリック(商標)基準に基づいてデザインされたパーツのコ ードを共有できる。バイオブリックス(商標)の実際の利用プラットフォームとして重要なもの には、毎年行われる国際遺伝子工学装置コンクール(iGEM)がある8。2004 年以降、iGEM は学部学生にプラットフォームを提供して、既存のバイオブリックス(商標)を使用したりオリ ジナルのパーツをデザインしたりして生物システムを組み立てさせてきた。iGEM は急速に 発展し、2011 年には高校生部門、2012 年には起業家部門が始まった。2012 年の iGEM コ ンクールには、190 チーム 3000 人超の参加者が 34 カ国から集まった。前述の公開レジスト リや iGEM に加え、恐らくレゴブロックとの顕著な類似性が分かりやすいことも手伝って、こ の領域は SB 研究の最も一般に有名なものの 1 つである(O'Malley et al. 2007; Collins 2012; ECNH 2010; PCSBI 2010)。一方、公開レジストリは非営利だが、独自開発したシステムを 用いてモジュール式のパーツのライブラリを作っている営利企業もある。例えば非上場バイ オテクノロジー企業のイントレクソン(Intrexon)社が宣伝している同社の「ウルトラベクター (UltraVector、登録商標)プラットフォーム」は、「200 万種類超の多様なモジュール式の遺伝 子構成要素からなる動的ライブラリによって、多重遺伝子性の様々な生物システムを発見、 デザイン、アセンブリ、及び検証することが可能である」(Intrexon Corp. 2013)。 現実的には、現時点における DNA パーツの構築は工学における単純化されたモジュール 性にはほど遠いが、モジュール性の実現は近い将来に期待されている。標準生物学的パー ツレジストリには数千種類のパーツが登録されているが、その多くは定義を与えられておら ず、特性が完全に明らかでなく、及び/又はその説明通りに作動しない(Kwok 2010; Baker 2011)。また一部には、レジストリが実際に有用なビルディングブロックを提供できるのかと いう疑問も存在する。例えば iGEM で入賞したプロジェクトでは、既存のバイオブリックス(商 標)を使用する代わりに、その計画のデバイス用に新規パーツを特別にデザインしているこ とが多い(Porcar and Pereto 2012)。これらの問題に取り組むため、2009 年にはアメリカ国立 科学財団の助成金によって「バイオテクノロジーの進歩のための国際オープンファシリティ (BIOFAB)」が作られた。BIOFAB の活動では、専門家によって開発された特性が明確なパ 228 ーツからなるライブラリをパブリックドメインに構築している(Baker 2011; Mutalik et al. 2013a 及び b)9。2013 年に BIOFAB が発表したところによると、パーツを予測し解析するための数 理モデルが所属研究者らによって開発された(Mutalik et al. 2013a 及び b)。 ii)合成代謝経路工学 この SB 研究分野は、合成経路を再設計又は再構築して「細胞工場」に特定の分子を合 成させることを目指している(Lam et al. 2009; ICSWG 2011; Nielsen and Keasling 2011)。た だし、従来のバイオテクノロジー(代謝工学)を合成生物学として売り込んで、SB の誇大広告 にあやかろうとしているだけだという意見もある(Porcar and Pereto 2012; Various 2009, 1071)。ニールセン及びキースリング(2011)の説明によると、従来の代謝工学では、所望の 化学薬品を天然に産生する生物を(育種や遺伝子改変によって)改良して生産量を増大さ せる。一方の SB では、天然にはそれらの化学物質を産生しない「プラットフォーム細胞工場」 を出発材料とすることが可能になる。合成経路(論理的にデザインされたもの、或は天然配 列をコンピュータで「最適化」したもの)を細胞に追加した後に、従来の代謝工学的ツールを 用いて所望のアウトプットを増大させることができる(Nielsen and Keasling 2011; Venter 2010)。このように代謝系の相互作用を体系的に組み換えるという目的は、従来の代謝工学 とはほぼ間違いなく異なっている(ICSWGSB 2011; Lam et al. 2009)。 初期に起こった SB の商業的応用の多くでは、このアプローチを用いて天然分子の複製が 行われた(Wellhausen and Mukunda 2009)。合成生物学プロジェクトの 2012 年リストに見ら れる現行~近い将来の SB プロジェクトの大多数は、このカテゴリーに属する(WWICS 2012)。当初の予想では合成代謝工学によって安価なバイオ燃料が効率的に製造されるは ずであったが、企業にとってはそれよりも高価値・低体積製品(化粧品、医薬品、スペシャル ティケミカル等)の市場に参入する方が容易であった(Keasling 2012; WWICS 2012)。研究 には主に微生物が用いられるが、細菌や酵母よりも高等な宿主も検討されている。例えば スパイダーシルク製造用のタンパク質は、サルモネラ、タバコ、ジャガイモ、及びマウスやヤ ギの乳に導入されている(ETC 2007; Lam et al 2009; Nuffield 2012)。 iii)ゲノム細胞工学 この SB 研究領域の対象は、細胞の「動力源」としてのゲノムである(O'Malley et al. 2007) 10 。DNA パーツのデザインや特定の代謝経路の改変の代わりに、研究は全ゲノムのレベル で行われる。ゲノムレベルで操作を行うには 2 つの戦略がある。即ち、トップダウンとボトム アップである。 229 トップダウンのゲノム工学は「最小ゲノミクス」とも呼ばれる。全ゲノムを出発材料として、 段階的に「非必須」遺伝子を除去することで、細胞が所望の機能を維持できる最小のゲノム サイズまで切り詰めて行く。第 1 の目標は、モジュール式の DNA パーツを搭載するための 単純化された「シャーシ」(台座)を拵えることである(O'Malley et al. 2007; Lam et al. 2009)。 ゲノムが小さいほど、細胞の複雑性(即ち、不測の相互作用が起こる可能性)が減少するこ とを意味する(RAE 2009; Sole et al. 2007; Heinemann and Panke 2006)。今までに大腸菌や マイコプラズマのゲノムについては 8~21%の減少に成功しているが、多くの必須遺伝子の 機能は分かっていない(Lam et al. 2009)。ポルカールとペレートは、本当のシャーシを手に 入れるのは「まだまだ先のことだ」と言っている(2012, 81)。 ボトムアップ型のゲノム工学の目的は、実際に機能するゲノムを種々の合成 DNA 断片か ら組み立てることである。現在までに、ポリオや 1918 年スペイン風邪のウィルスゲノムが研 究者らによって複製されている(Garfinkel et al. 2007; Tucker and Zilinskas 2006)。2010 年に J・クレイグ・ヴェンター研究所は、マイコプラズマ・ミコイデスの細菌ゲノム 108 万bpを合成・ アセンブリすることに成功し、得られたゲノムをマイコプラズマ・カプリコルムの細胞から元の ゲノムを取り除いたものに移植した(Gibson et al. 2010)。サイエンス誌に掲載された論文の 主張によれば、同研究所の細胞は「コンピュータ・デザインしたゲノム配列に基づいて」作製 されているので、それ以前のゲノム工学とは「はっきりと対照的」である(Ibid., 55)。しかし一 方で、合成ゲノムはほぼ完全に既存のゲノムのコピーだという指摘もある(Porcar and Petero 2012)。多くの DNA 配列は一見必須でも機能未知であるため、天然ゲノムはモデルとして必 要である。ギブソンら(2010)が認めているように、全遺伝子の生物学的役割が理解された 細胞系は未だ 1 つも無い。それでも著者らは、その成果によってさらに新規なゲノムを合成・ 移植することが可能になったと主張している(Gibson et al. 2010)。また、合成 DNA 由来の現 時点での最長ゲノムをアセンブリしたことで、JCVI 研究者によるインビボ(細胞内)アセンブ リが DNA 合成装置の DNA 長制限を回避できることが示されている(Ma et al. 2012)。このこ とは、アグロバクテリアや遺伝子銃で外来遺伝子をゲノム中に追加する「従来の」工業用の 遺伝子工学的手法を超えて、ゲノム工学が形質転換生物作製の新規手法となる潮流を示し ている(Ledford 2011)。 iv)プロト細胞(人工細胞)の構築 最小ゲノムの追求と同様に、プロト細胞(人工細胞)を作ろうとしている研究者らの目的は デザインによって複雑性を減らすこと(ただしゲノムレベルではなく細胞レベルで)である。プ 230 ロト細胞(人工細胞)研究の目的は、繁殖、セルフメンテナンス、及び進化を可能にする最も 単純な構成要素群を作製することである(Lam et al. 2009; Sole et al. 2007)。それには 3 つの ことが必要だと考えられる。即ち、反応を閉じ込める容器又は膜;エネルギーを貯蔵するた めの代謝;変化する環境に適応するために情報を保持する分子、である(Sole et al. 2007; ETC 2007)。この研究は細胞のもっと全体論的な理解から派生したものと見なすこともでき る(この場合、ゲノムの指導的な役割は細胞質構造や細胞膜によって分担される) (O'Malley et al. 2007)。プロト細胞(人工細胞)は「chell」(進化も複製もしない、非生物材料 を用いた完全に人工的な系に由来する化学的な細胞)に関する研究(PCSBI 2010; Sole et al. 2007)に分類されることもあり、全く細胞を使わずに SB 的デバイスのためのもっと制御可 能な生化学系を作ろうという「無細胞的アプローチ」に分類されることもある(RAE 2009; ICSWG 2011)。プロト細胞(人工細胞)の構築の試みとしては、酵素によって駆動されるプロ ト細胞(人工細胞)、浸透圧で作動する「チューリング機械的な」プロト細胞(人工細胞)、及 び RNA プロト細胞(人工細胞)が挙げられる(Sole et al. 2007)。 この領域の研究は活発だが、商業化にはほど遠い。多くのプロト細胞(人工細胞)研究者 の目的はバイオテクノロジーによる新規生産システムを見いだすことだが、一部のプロト細 胞(人工細胞)研究では生命の起源を探ることが目的である(Schmidt 2010; Lim et al. 2012)。 JCVI ゲノムの発表に対するある科学者のコメントによれば、「用いる材料や青写真が多様で あれば、我々が見知っている生命を複製するよりも、生命の本質についてさらに多くのこと が分かるだろう」(Various 2010, 423)。この領域は、倫理や規制に関しては殆ど議論の対象 となっていない(O'Malley et al. 2007; Porcar and Pereto 2012)。 v)非天然生物学(xenobiology)/オルタナティブ・バイオロジー これらの領域では、「生命の生化学的ビルディングブロック」(核酸やアミノ酸)を作りかえ て、細胞に備わった天然の装置とは並列の直交系を生み出す試みが行われる(Schmidt 2010, 323; Kwok 2010)。直交系においては、その一構成要素を改変しても同じ系の中の他 の構成要素に対する副作用は起こらない(Schmidt 2010)。これは工学の基礎的性質である が、合成生物学者の目的はそれを生体システム内で発現させることである。直交系として動 作することで、SB デバイスは他の細胞プロセスから隔離されると考えられる。 非天然生物学の目的は XNA(異種(xeno)核酸)を作製して遺伝情報を改変することであ るが、そのアプローチは 2 つある。XNA の第 1 のアプローチでは、オルタナティブな合成ヌク レオチドを DNA に導入して DNA のヌクレオチド塩基を A、G、C、及び T 以外に改変する 231 (Pinheiro and Holliger 2012; Joyce 2012; Sutherland et al. 2013)。候補となる塩基の DNA へ の取り込みは成功しているが、それらの非天然追加成分を読み取り可能なポリメラーゼの 探索(或は開発)は未だ終わっていない(Schmidt 2010)。このように拡張された DNA として は、6 種類の塩基 A、G、C、T、P、及び Z を用いて作製されたものがある(Ibid.)。現時点で は、この研究は DNA や RNA を部位特異的に標識する際に特に有用なのではないかと考え られている(Pinheiro and Holliger 2012)。XNA の第 2 のアプローチは塩基が結合した「骨 格」、即ち糖部分を置換することである。例えば、デオキシリボ核酸(DNA)の代わりに情報 を蓄積するものとしてはペプチド核酸(PNA)、グリセロール核酸(GNA)、及びフレキシブル 核酸(FNA)が挙げられる(Pinheiro and Holliger 2012)。もう 1 つの研究分野は、安定だが天 然には存在しない新規タンパク質(「この世に生まれなかったタンパク質」)の作製である (Schmidt 2009)。一般的なアミノ酸は 20 種類存在しているが、研究者の手によって 50 種類 の非天然アミノ酸が各種タンパク質に導入されている(Lam et al. 2009)。 非天然生物学を利用すれば「ビルトイン型」バイオセーフティーを SB 生物に組み込むこと が可能になるという期待も多いが、その検証は殆ど行われていない。非天然生物学は、野 生型生物への遺伝的浮動を防止するための潜在的な「ビルトイン型」バイオセーフティー機 構として引き合いに出されることが多い(Esvelt and Wang 2013; PCSBI 2010; RAE 2009; Schmidt 2009; Schmidt 2011; Skerker et al. 2009)。それでも DNA は物理的に伝達され得る が、天然のポリメラーゼは理論上 XNA を正確に「読む」ことができず、従ってタンパク質産生 には至らない(Schmidt 2009)。ただしこの主張は検証されていない。この領域が商業化され るには、(特に新規の遺伝子ポリマーを細胞内に導入するにあたって)未だ「研究上の難問 がかなり残っている」(Sutherland et al. 2013; Joyce 2012)。 d)現行~近い将来の SB 関連製品 本節で挙げる例は、合成生物学向けの製品及び合成生物学由来の製品のうち市販のも の或は近く上市される見込みのものである。 i)合成生物学向けの製品 合成オリゴヌクレオチド及び合成 DNA は広く市販されている。2010 年時点では少なくとも 50 社が遺伝子長の二本鎖 DNA 断片を合成でき、主に米国、ドイツ、及び中国に拠点を置い ている(Tucker 2010)。自前のオリゴヌクレオチドを調製したい場合には、そのための装置や 試薬が市販されており、中古のオリゴヌクレオチド合成装置を(企業からの DNA 購入に切り 232 換えた研究室から)インターネット上で入手することもできる(Garfinkel and Friedman 2010)。 標準生物学的パーツレジストリには、バイオブリック(商標)基準に基づく DNA パーツのオ ープンソース・コードのコレクションがある。アマチュアや合成生物学の入門者は、ニュー・イ ングランド・バイオラボ社が提供するバイオブリック(商標)アセンブリーキットによって 11、50 反応を行うのに十分な制限酵素やリガーゼを 247 米ドルで入手できる。このキットには DNA パーツは含まれないが、パーツを消化・結合して 1 つの DNA プラスミドにするための材料が 含まれている。MIT は、バイオブリック(商標)パーツの実際の DNA からなるレポジトリを保 有している12。毎年各 iGEM チームに対して送付される配布キットには、1,000 個超のパーツ サンプルが乾燥 DNA として含まれている13。登録済みの iGEM チームや研究室グループは、 配布キットに含まれていないその他のパーツの DNA 試料をレジストリに手紙を書いて注文 することができる。 ii)合成生物学の製品 製品は「どの段階で SB 生物を利用したか」及び「どのような製品を SB で代替したか」に基 づいて以下のように分類される。現行~近い将来の商業的・工業的 SB 利用の殆どでは、医 薬、燃料、化学薬品、香料用途の天然分子を複製する微生物が作製される(Wellhausen and Mukunda 2009)。尚、スタートアップ企業はしばしば「合成生物学」という用語を使用する が、遺伝子工学の歴史が長い既存の企業は殆ど使用しない(WWICS 2010)。本節に記載 の製品の例は、バイオテクノロジー産業協会や WWICS 合成生物学プロジェクト等の情報源 によって SB と呼称されているものである(BIO 2013; WWICS 2010)。 1)従来は石油から製造されていた分子の商業的生産 既に複数の企業は、バイオディーゼルやイソブタノール等の燃料を SB 的手法によって生 産し始めている。2010 年にソラザイム(Solazyme)社は 80,000 リットル超の藻類由来の船舶 用ディーゼル油及びジェット燃料を米国海軍に販売しており、アメリカ国防総省とは船舶用 燃料に関する契約が継続中である 14。アミリス社の「再生可能ディーゼル油」の原料は合成 生物学的に改変された酵母が産生するバイオフェン(商標)であり、ブラジルのサンパウロ及 びリオデジャネイロで約 300 の公共路線バスに使用されている15。2012 年にシンセティック・ ゲノミクス社(Synthetic Genomics, Inc.)はソルトン湖に近い「南カリフォルニア砂漠」の 81 エ ーカーを購入しているが、これはスケールアップを行って藻類株を 42 個のオープンポンドで 試験するためである(Synthetic Genomics, Inc. 2012)。 これまでは合成化学を用いて製造されていた化学物質も、合成生物学によって生産され 233 つつある。化学産業界の予測によれば、石油から作られる有機化合物のおよそ 2/3 は「再 生可能原料」から製造可能である(BIO 2013, 4)。デュポン・テイト&ライル・バイオプロダク ツ社は Bio-PDO(商標)(1,3 プロパンジオール)を 2006 年から製造しており、フィードストック のトウモロコシと独自開発した微生物とを利用している 1 6 。さらに同社はゲノマティカ (Genomatica)社と提携して、改変大腸菌を利用して 2,000 メートルトン超の 1,4-ブタンジオー ル(BDO)を 2012 年に製造している17。米国ルイジアナ州にあるミリアント(Myriant)社の生 産施設では 2013 年にバイオコハク酸の生産開始を予定しており、年間 3,000 万ポンドのバイ オコハク酸を計画している(Myriant undated)。 バイオプラスチックに対する関心の増大によって製造用のシステムが多数開発されており、 合成生物学を利用しているシステムもある。メタボリックス(Metabolix)社が独自開発した微 生物は、糖を用いてバイオポリマーを商業的スケールで作り出す(BIO 2013)。ブラジル、米 国、及びドイツに生産施設を持つ化学薬品製造企業のブラスケム(Braskem)社は、「合成生 物学的ツール」(例えば、ロボットを用いた高スループットスクリーニング)を利用して、サトウ キビエタノールを原料にしたグリーンポリエチレン等の製品を開発している18。 2)従来は天然に得られていた分子の商業的生産 「主な香料メーカー、例えばジボダン、フィルメニッヒ、インターナショナル・フレバー・アン ド・フレグランス(IFF)等は、豊富な糖フィードストックの発酵にバイオテクノロジーを利用して、 エッセンシャルオイルの重要成分を生産する可能性に関心を持っている」と、ケミカル・アン ド・エンジニアリング・ニュース(Chemical and Engineering News)誌の 2012 年の記事が伝え ている(Bomgardner 2012)。アリリクス(Allylix)社19及びイソバイオニクス(Isobionics)社20 の 2 社は、SB を利用して合成生物学的なバレンセン(オレンジ)やノートカトン(グレープフル ーツ)を製造している(Bomgardner 2012; WWICS 2010)。2013 年に IFF 及びスイスのエボル バ(Evolva)社は、同社の所謂「天然バニリン」の酵母を用いた発酵による量産試作段階を 開始した(IFF and Evolva 2013)。エボルバ社は同様な SB 的プロセスを利用してサフランの 主要成分やステビアの研究開発も行っている(WWICS 2010)21。 化粧品やパーソナルケア製品用に従来は「天然」から得られていた分子の SB 製品も市場 に登場しつつある。皮膚軟化薬のスクアレンは伝統的には深海ザメの肝臓から得られてい たが、最近は植物由来の代替物が利用可能である(ETC 2012b; WWICS 2012)。2011 年に アミリス社は SB 的に製造したスクアラン22を日本市場に導入し、ネオッサンス(Neossance、 商標)スクアランとして販売している。アミリス社はブラジル産のサトウキビをフィードストック 234 として用い、酵母を形質転換して炭化水素ファルネセンを産生させ、これを誘導してスクアラ ンにしている(WWICS 2012; Centerchem undated)。 SB を利用して生産された医薬のうち恐らく最も有名なのは、抗マラリア薬の半合成アルテ ミシニンであり、酵母を改変してアルテミシニン酸を産生させる。サノフィ社は 2013 年に製造 を開始するとしているが、アジアやアフリカに存在するアルテミシア属(アルテミシニンの天 然原料)の数千戸の小規模農家を、この合成的製造によって補完(或は代替)できるかどう かは不明である(Sanofi and Path 2013; ETC 2012a)。一般的な抗インフルエンザ薬のタミフ ルにはシキミ酸が使用されており、従来はシキミを原料としていた。ETC グループによると、 ロシュ社がシキミ酸の生産に使用している微生物発酵プロセスは SB である(ETC 2012c)。 3)SB 生物の工業利用 SB はより低コストの工業的製造システムをデザインするためにも用いられており、これは 特にバイオテクノロジー産業に見られる(BIO 2013)。例えば DSM 社は 2 つの遺伝子をペニ シリン産生微生物株に導入・最適化し、合成抗生物質セファレキシンをより迅速・安価・省エ ネルギーで製造するプロセスを作っている(Erickson et al. 2011)。合成生物学的に改変され た酵素が開発され、医薬やバイオ燃料の製造に利用されつつある。 例えばメルク社によるジャヌビア(登録商標、2 型糖尿病の治療薬)製造には、コデクシス (Codexis)社の SB 的手法により改変された酵素が使われている(BIO 2013)。また、ラウリン 油は油脂化学製品(例えば洗剤や石鹸)製造に重要な工業原料の脂肪族アルコールだが、 現在ではココナッツ油やパーム核油から誘導される。ソラザイム社は藻類由来のラウリン油 の商業的生産を 2013 年に計画しており、LS9 社はスケールアップによる商品見本の製造を 行っている(ETC Group 2013 私信)。 4)市販の合成生物学的に改変された微生物 一部の新企業は、部分的に SB を使って作製したカスタムメードの微生物を提供し始めて いる。例えばギンコバイオワークス(Ginkgo BioWorks、商標)社は、「スケールアップ可能な 生物を 6 ヶ月で」精糖企業、香料企業、その他のファインケミカル製造企業等の顧客に提供 している。ギンコバイオワークス(商標)23は「独自開発した CAE(コンピュータ・エイデッド・エ ンジニアリング)スイートを用いて特定用途向けにデザインした生物を作製」しており、この CAE スイートには候補生物を作製し解析するための独自開発した DNA アセンブリ・テクノロ ジーや CAM(コンピュータ・エイデッド・マニュファクチャリング)ツールが含まれている。バイ オブリックス(商標)の共同考案者であるトム・ナイトはギンコバイオワークス(商標)の共同 235 創設者でもある。オープンソースの バイオブリックス(商標)は 1 反応当たり 3 つの組み合わ せに限定されているが、ライセンス使用向けにナイトが再設計したシステムでは最大 10 個 のパーツを 1 反応で組み合わせることができるという(Baker 2011)24。 5)市販の合成生物学的に改変された生物 SB テクノロジーで改変された遺伝子を含有する上場製品は、主に農業作物である。それ らの殆どはバイオ燃料向けのフィードストック用である。アグリビダ(Agrivida)社は独自開発 した INzyme(商標)テクノロジー(「合成生物学の新規アプローチ」と呼んでいる)を用いて、 不活性状態の(収穫後に活性化される)生分解酵素を含有するフィードストック用バイオマス を栽培している(BIO 2013)25。この目的は、エタノール製造ための発酵プロセスでフィードス トックを分解するコスト及びエネルギーを削減することである。2012 年にアグリビダ社は、改 変トウモロコシの「大規模なほ場生産」を米国で開始したと発表した(Agrivida 2012)。さらに シンジェンタ社のエノジェン(Enogen)トウモロコシも α-アミラーゼ酵素を胚乳中に含有し、エ タノール製造に使用される(Syngenta 2012)。シンジェンタ社は農家と契約してエノジェン作 物の栽培を 2013 年に行い、エタノール企業に提供する予定である(Ibid.)。 2013 年 4 月に、新規投資案件として「グローイングプラント(Glowing Plant;光る植物)」が クラウドソーシングのウェブサイトである「キックスターター(Kickstarter)」に掲載された26。グ ローイングプラント・チームの説明では、合成生物学とゲノムコンパイラ(Genome Compiler) が提供するソフトウェアとを利用して、ルシフェラーゼ及びルシフェリンを産生する遺伝子を 持つシロイヌナズナの種子を作製するという。最低 40 米ドルを提供すると、光る植物の種子 (醵金を使用して作製される)を将来的に受け取ることができる。さらに高額を支払うと製品 やサービスが追加され、生長した「実際に光るシロイヌナズナ植物体」(150 米ドル)を受け取 れ、さらには光る植物のゲノム DNA に投資家本人の名前を書き込んでもらうことまでできる (10,000 米ドル)。種子や植物体の送付は米国内に限られる。 236 【PART2:合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物(生物の多様性の保 全及び持続可能な利用に影響する可能性を有するもの)やそれらに関連する社会的、経済 的、文化的事項に関する補足情報】 生物多様性の保全は CBD が掲げる 3 つの目的のうちの 1 つである。CBD の条文では「生 息域外保全」を「本来の天然生息地の域外における生物多様性の構成要素の保全」と定義 しており、「生息域内保全」を「生態系及び天然生息地を保全し、生物種の生育可能な個体 群を天然生息環境中で(飼育種又は栽培種の場合は、その特性が得られた環境中で)維 持・回復すること」と定義している(CBD, Art 2)。生物多様性の保全は、生態系、生物種、及 び遺伝子というあらゆるレベルに適用される。SB は生物多様性の保全に対して直接的影響 及び間接的(即ち、公衆の意見や経済勢力に対する影響を介する)影響を及ぼし得る。 a)生物多様性の保全に対する直接的影響の可能性 SB 及び生物多様性に関する懸念(「バイオセーフティー」と呼ばれることが多い)として挙 げられる非意図的な影響は、通常3種類である。即ち、合成生物学的に改変された生物 (SMO)の生存性及び残留性27;遺伝子の伝播;不測の創発的性質、である。そのような影 響の確率を極小化するために、様々な厳格性及び有効性の封じ込め(拡散防止)戦略が工 夫されている。SB の予測される応用技術の多くには環境中への SMO の意図的放出が必要 であるため、生物多様性の保全に対して正の影響(大部分は意図的)や負の影響(大部分 は非意図的)を及ぼす可能性がある。 i)非意図的影響の種類 本節では、研究施設又は生産施設で封じ込め利用するための SMO が漏出した場合に起 こり得る、色々な非意図的影響の可能性を検討する。 1)生存性と残留性 漏出や放出によって SMO が拡散防止措置を施した研究施設又は生産施設よりも外の生 態系に暴露された場合には、生物多様性に対して負の影響を及ぼし得る。懸念の 1 つは、 SMO の改変された適応性が有利である場合に、既存の生物種に取って代わって侵入生物 となり得ることである(ICSWGSB 2011; Snow and Smith 2012; Wright et al. 2013 )。 ICSWGSB(2011)が懸念しているところでは、SMO が環境中に残留した場合には新しい種 類の汚染源になり得る(藻類が油類を作り続ける場合や、サトウキビの分解用に改変された 237 生物が周辺環境中の糖を分解する場合等)。また、仮に残留が長期間に渡らない場合でも 生態系や生息環境を破壊し得る。例えば、バイオ燃料生産用に改変された藻類が漏出して 水の華が発生した場合である(Snow and Smith 2012; Wright et al. 2013)。 科学者のコミュニティー内では、SMO が放出された場合に生ずる害の程度や確率につい てかなりの議論がある(Zhang et al. 2011)。研究や特定の産業用途向けに改変された SB 生 物が偶発的に放出されても、生存や繁殖はしない可能性が高いというのが一般的な意見で ある(改変によって導入された変化は通常は適応度の低下の原因となるため)(Garfinkel and Friedman 2010; Lorenzo 2010; RAE 2009)28。しかし、SB 生物は生きて生殖しているの で進化できる(Snow 2011)。多細胞生物に比べると微生物は短時間で改変でき且つ理解が 容易なので、SB 研究の大多数は微生物を宿主として用いている(Snow and Smith 2012; Wright et al. 2013)。しかし微生物は「急速な進化的変化」を起こす潜在力も格段に高いため、 新規の SMMO で人畜無害又は脆弱に見えるものでも変異して生き残る可能性がある (Snow 2011)。また、一旦放出された SMO は回収不可能である(Dana et al. 2012; Snow and Smith 2012; FOE et al. 2012)。 既存のリスク研究の妥当性や SMO に対する従来の GMO リスク評価手法の適用性につ いても意見の相違がある。SB によって形質転換される生物の多くでは、「天然生物及び形 質転換生物の何れについても」天然の生息環境中におけるそれらの相互作用のベースライ ンデータが殆ど無い(Snow and Smith 2012)。合成生物学プロジェクト及びオハイオ州立大 学のダナら(2012)は、「今後 10 年間に渡ってSBの環境リスク研究に最低でも 2000~3000 万ドル投資すべきだ」と主張している。これに対して英国の ESRC イノベーション・センターの ジョイス・テイト及びデビッド・キャッスルは、ダナらが提唱した投資には「未だ正当な理由が ない」と言っている(Tait and Castle 2012)。テイトらの意見では、「ダナらが提起した問題は合 成生物学のあらゆるリスクガバナンスシステムの一部と見なされるべきである」(Tait and Castle 2012, 37)。従って彼らの意見の不一致は独立したリスク研究の規模に関してであり、 研究の内容ではないように見える。合成生物学者のビクトル・デ・ロレンツォの主張によると、 現行の SB の研究及び商業化の成果(即ち、未だ非天然生物学のような直交系では無い) は十分に「馴染みのもの」であるので、従来の GMO 用のリスク評価の照合表でも妥当であ る(de Lorenzo 2010)。 2)DNA の伝播 改変された DNA は SMO から他の生物に伝播する可能性がある(有性生殖による遺伝子 238 流動や遺伝子の水平伝播による)。有性生殖による遺伝子流動が起こるのは、有性生殖に よってある個体の遺伝子が同生物種又は近縁種の天然個体群に受け渡される場合である (Hill et al. 2004)。生物多様性の中心である地域では特にリスクがあり、改変された作物と 様々な野生の近縁種とが非常に近接することになる(Rhodes 2010)。過去数十年に渡って 利用されてきた遺伝子組換え作物の 1 例では、トウモロコシにおける導入遺伝子の非意図 的な残存及び拡散がメキシコで起こっている(Schmidt and Lorenzo 2012)。SMO の遺伝子 は、遺伝子の水平伝播(HGT)によって非近縁種に受け渡され得る。HGT が起こる方法に は3つあり、1)形質転換(裸の DNA が生物に捕まって取り込まれる);2)接合(1つの生物 から別の生物へプラスミドによって DNA が伝達される);3)形質導入(1つの生物から別の 生物へウィルスによって DNA が伝達される)である(Snow and Smith 2012; Hill et al. 2004)。 HGT については、その頻度や伝播のメカニズム等不明な点が多い(Rocha 2013)。HGT は 微生物の間ではありふれた現象だと考えられている(Hill et al. 2004; WWICS 2011; ICSWGSB 2011)。藻類から動物への HGT も観察されており、そのケースでは藻類の核内 遺伝子がウミウシによって取り込まれて光合成能を獲得している(Snow and Smith 2012)。 従って仮に漏出又は放出後の SB 生物が生存できなかったとしても、それらの DNA は HGT によって他の生物に取り込まれることが可能である。 SMO から別の生物に遺伝物質が伝播すると生物多様性が遺伝子レベル(遺伝子型)で 変化すると考えられ、望ましくない形質(表現型)が拡散する恐れがある。新規 DNA の拡散 は他の生物に望ましくない形質をもたらす可能性があり、例えば抗生物質耐性(合成生物学 では一般的なマーカーである)やセルロース分解酵素の生産が挙げられる( ICSWGSB 2011; Tucker and Zilinskas 2006; Wright et al. 2013)。仮に望ましくない表現型が最初は検 出されなかった場合でも、合成生物学的にデザインされた DNA が他の生物種に拡散するこ とは「遺伝子汚染」だと考えられる(FOE 2010; ICSWGSB 2011; Marris and Jefferson 2013; Wright et al. 2013)。遺伝子汚染そのものが害かどうかについては議論がある(Marris and Jefferson 2013)。マリス及びジェファーソン(2013)によれば、合成生物学者や環境 NGO は 遺伝物質の伝播を防止する必要があると基本的に考えている。しかし、欧州の規制制度に よれば遺伝物質の伝播そのものは有害作用ではなく、有害作用をもたらし得るメカニズムの 1 つと見なされる。 3)不測の性質の創発 より広義に言うと、SB によって生じ得る根本的に新しい生命形態が「予測不能の創発的 239 性質」を示す可能性が、科学者のコミュニティーにおいては認識されている(RAE 2009, 43; Garfinkel and Friedman 2010; Mukunda et al. 2009)。SB は予測可能な生物学的パーツやシ ステムをデザインすることを目的としているが、科学者の DNA 合成能力の進歩はその「遺 伝子デバイスをフォワードエンジニアリングする知識の大幅な不足」と釣り合っていない (Schmidt and de Lorenzo 2012, 2199)。従って「新発見の」デザインを設計する場合には、 個々のパーツが合わさってできる全体が予測可能であるとは仮定できない。むしろそれらの デザインは今後もトライアルアンドエラーによって行われると考えられ、「そのような状況では、 不測で恐らく望ましくない形質が実際に創発し得る」(Ibid.)。このような「知られていなかった 未知」の可能性に基づき、ダナらは独立した SB のリスク研究に対する投資を要求している。 「合成生物が環境に及ぼすリスク、厳密な評価のために必要な情報の種類、或はそれらの データを収集する責任の所在を誰も把握していない」(Dana et al. 2012, 29)。 SB における不測の結果の危険性を論ずる上では、従来の GE テクノロジーを用いた 2000 年の実験が例に出されることが多い。この実験では、不稔性誘導を目的として改変されたマ ウス痘が予想に反して強伝染性であり、ワクチン接種されていない全マウス個体とワクチン 接種したマウス個体の半数とが死亡した(Douglas and Savulescu; Garrett 2011; Mukunda et al. 2009)。ある専門家の意見では、「不測の結果という問題は合成ゲノミクスに限ったことで はないが、様々な由来の DNA 配列を組み合わせること(標準的な組み換え DNA 技術の例 としては、細菌用ベクターと特定の遺伝子)は、特に急速に行われる場合にはかなりの懸念 をもたらすかもしれない」(Fleming 2006)。 様々な学者が SB には不確かだが深刻なリスクがあることを認めている。2013 年 3 月のサ イエンス誌の論説で、マーティン・リース(前・英国王立協会会長)は「合成生物学が潜在的 な実存的脅威(「世界規模の惨害」を引き起こし得る脅威)だ」と述べた。これとは別に、哲学 者のブライアン・ノートンと法学者のグラント・ウィルソンも「合成生物学は潜在的な実存的脅 威だ」と言っている(Norton 2010; Wilson 2012)。 ii)封じ込め(非意図的放出)の戦略 SB 生物の非意図的な放出、漏出、又は暴露は、室内実験の段階で実験室から材料を 放出する際に起こる可能性も、当該生物のコントロールがされにくい野外実験や商業的生 産の段階で起こる可能性もある。前節で述べたような潜在的な有害影響を回避するために は、種々の封じ込めの戦略を用いて漏出を防止する。SB 的な生物やパーツの封じ込め戦 略として有望だと思われるのは、物理的封じ込め(環境への侵入に対する障壁)、地理的封 240 じ込め (生物が周辺環境で生存できない研究室立地)、及び/又は生物学的封じ込め(封 じ込めシステムの外における生殖能又は生存能の抑制)である(FOE et al. 2012; Schmidt and Lorenzo 2012)29。封じ込めシステムは社会体制内にも組織体制内にも設けられている。 また、SB テクノロジーの利用条件や利用者の性質を考慮することも重要である(Marris and Jefferson 2013)。 1) 物理的封じ込め 物理的封じ込めシステムでは、偶発的な生物の漏出を防止するための物理的障壁及び 組織的慣行を設置する。公式の実験室は、世界保健機関の基準に基づいてバイオセーフテ ィーレベル(BSL)1~4(基本レベル~最高レベルの封じ込め)に分類される(WHO 2004)。 BSL は特定の慣行規範並びに実験室のデザイン及び設備に対応している(Ibid.)。 微生物学者や生態学者の間では、物理的封じ込めはフェイル・プルーフではないと広く認 識されている(Moe-Behrens et al. 2013; Schmidt and Lorenzo 2012; Snow 2010; Wright et al. 2013)。組み換え DNA の数十年に渡る研究及び利用に基づくシュミット及びデ・ロレンツォの 結論の 1 つは、「改変生物が研究室から漏出したことなど無いという考えは馬鹿げている。 それはしょっちゅう、しかも大量に起こってきたことである」(Schmidt and Lorenzo 2012, 2200)。合成生物学者のライトらはある種の物理的封じ込めを行うことが「懸命」だと表現し ているものの、それは十分ではないと警告している。「この場合のエラーはいつ起こるかの 問題であって、起こるかどうかの問題ではない」(Wright et al. 2013, 5)。 SB の物理的封じ込め措置をどの程度厳格に設定すべきかについてはかなり議論があり、 これは SMO がもたらす脅威の深刻度に関する意見の相違に起因している(EGE 2009)。複 数の市民社会グループが共同起草し 111 の機関が支持している「合成生物学に対する監視 原則(Principles for the Oversight of Synthetic Biology)」では、合成生物学について「最も厳 密なレベルの」封じ込めを要求している(FOE et al. 2012, 6)。同原則では具体的なバイオセ ーフティーレベルは規定されていないが、物理的、地理的、及び生物学的な封じ込め戦略に よって生物圏への合成生物放出を防止することを全般的に求めている(Ibid., 7)。合成ゲノミ クスのガバナンス手段に関する研究では、SB 研究の実施を BSL3 又は 4 の実験室のみに 制限すると「その結果として研究が極めて高コストになり、本来の SB 研究室数よりも遥かに 少数の研究室しか SB 研究を行わないようになる」と結論付けている(Garfinkel et al. 2007, 7)。一方、核不拡散政策の専門家であるタッカーとジリンスカスは「「予防原則」に従い、無 害性が証明されるまでは合成微生物を危険物として扱うのが妥当であろう。このアプローチ 241 において、バイオブリックスの組み立て部品を含有するあらゆる生物の研究は、それらの安 全性が明確に実証されるまでは高レベルの生物学的封じ込め(バイオセーフティーレベル3、 場合によっては4)下で行わねばならない」と断言している(Tucker and Zilinskas 2006, 34)。 科学と新技術に関する欧州倫理部会(EGE)によれば、一部の科学者らは「明確なバイオセ ーフティーデータは無いが」同じ結論に達している(EGE 2009, 49)。2009 年にフィリップ・マ ルリエールは、「合成生物学に関与するいかなる科学者グループも、合成生物を封じ込める ための強力な設備の構築を推進してはいない。そのような設備の構築は、医学研究や恐ら く生物兵器の極秘開発における高感染性・致命的病原体の取り扱いに際しては行われてき たことである」と言っている(Marlière 2009, 80)。 2) 生物学的封じ込め 研究者らが封じ込めの必要性を語る場合に時々指摘するように、一般的には改変生物の 適応性は低下する(Bassler 2010; WWICS 2011; de Lorenzo 2010)。これは特に遺伝子改変 微生物に関するこれまでの経験に基づいているが、SMO の適応性はケースバイケースで検 討する必要があると考えられ、以前から指摘されているように他生物への遺伝物質の伝播 の可能性は無視できない。従って合成生物学者の間や政策論議においては、物理的封じ込 めの限界に対する対策として「ビルトイン型の安全装置的性質」を持つ生物を SB によってデ ザインすることがよく提案されている(RAE 2009, 43; Marlière 2009; Moe-Behrens et al. 2013; PCSBI 2010; Wright et al. 2013)。ビルトイン型のバイオセーフティーの概念は大きく4つに分 類 さ れ る 。 即 ち 、 キ ル ス イ ッ チ ; 遺 伝 子 の 水 平 伝 播 の 防 止 ; 栄 養 的 封 じ 込 め ( trophic containment);及びセマンティックな封じ込め、である。 改変による誘導致死性の導入(「キルスイッチ」又は「自殺遺伝子」とも呼ばれる)というア イディアが、生存性や残留性の問題に対する解決法として頻繁に提示されている(PCSBI 2010; Venter 2010)。しかしその効果にはかなりの制約がある。米国の生命倫理問題の調査 に関する大統領委員会(PCSBI)は、SB の利益を収穫しながらその潜在的損害を回避する ための方法として「自殺遺伝子等の自然崩壊誘導装置」の可能性を頻繁に挙げている (PCSBI 2010, 130)。iGEM 参加チームの間でも、この手法はバイオセーフティーの懸念に 対する提案としてポピュラーである(Guan et al. 2013)。しかし最近ライト(2013)、シュミットと デ・ロレンツォ(2012)、及びメー・ベーレンスら(2013)が言っているように、微生物のキルス イッチは故障しやすい。微生物のうちかなりの数は常に突然変異を起こしており、致死遺伝 子は不活性化される。ライトらはこの分野の研究に期待しておらず、「毒素のみに基づく依存 242 装置(dependency device)は長期間に渡って変異に耐えられないため、故障を免れないデザ インである」(Wright et al. 2013, 7)。 提案されているもう 1 つの生物学的障壁は栄養的封じ込めであって、必須化合物(コント ロールされた環境よりも外では見つからないもの)を合成できないように生物をデザインする (Marlière 2009; Moe-Behrens et al. 2013; PCSBI 2010; Wright et al. 2013)。この場合、栄養 要求性の微生物が漏出しても必要な化合物が無ければ生きられない。しかし栄養要求性の セレクションには欠点もあり、生存に必要な化合物が漏出先の環境中に存在する場合もあ るかもしれない(Moe-Behrens et al. 2013)。仮に当該化合物が環境中に存在しなくても、細 胞は周囲に存在する他の生物の代謝物に寄生したり、遺伝子の伝播によって変異が相補さ れたりする可能性がある(Moe-Behrens et al. 2013; Wright et al. 2013)。メー・ベーレンスらの 指摘では、これらの遺伝学的安全装置(改変による栄養要求性も含む)は推奨される改変 微生物の生存性限度(2 リットル当たり 1000 細胞未満)を殆ど満足できない(Moe-Behrens et al. 2013, 5.4)。 もう 1 つの封じ込め戦略は、遺伝子の水平伝播(HGT)を防止することである。ただしこれ も未だ開発段階である。カリフォルニア大学バークレー校の生物工学科の科学者らによると、 最終的には SB 生物を操作して HGT を防止できる可能性はある。その戦略としては、ある種 のプラスミド配列の除去、ファージ耐性株の作製、環境中 DNA の取り込み防止を目的とし た特定の遺伝子への変異導入等が挙げられる(Skerker et al. 2009)。スカーカーら(2009)は HGT を十分に理解して防止できると確信している。他の合成生物学者らの認識では、(接合 や形質導入と異なり)「遊離の」DNA の形質転換による取り込みを抑えることは引き続き難し い問題である(Wright et al. 2013)。生態学者や社会科学者らによれば、HGT はリスク研究 の重要な領域である(Dana et al. 2012; Snow and Smith 2012)。 セマンティックな封じ込めには、「現存の生命世界に存在する生化学とは情報のやり取り ができない」生物を創造することが必要である(Schmidt and Lorenzo 2012, 2201)。非天然生 物学は直交性の生物システムの創造を探求する主要な研究領域である。非天然ヌクレオチ ドを追加して(例えば塩基 ATGCPZ を用いて)或はリボースやデオキシリボース以外の新規 骨格を用いて遺伝物質を作製することにより、他の細胞とアウトプットは同じだが天然のポリ メラーゼで「読み取り」不可能な細胞情報システムを創造できる可能性がある(Marlière 2009; Schmidt and Lorenzo 2012; Wright et al. 2013)。非天然生物学に基づく直交系は「自 然と最小限の遺伝学的相互作用しかしないような微生物細胞の設計を大いに期待させる」 243 (Wright et al. 2013, 10)。ただし合成生物学者らの認識では、封じ込めの実証どころか真に 直交性の SMO を得るまでは何年も(恐らく何十年も)かかる(Moe-Behrens et al. 2013; Wright et al. 2013)。さらに、非天然生物学的な生物が天然生物に及ぼす影響は不明確である。最 近の研究が示唆するところでは、新規骨格の核酸は天然の DNA や RNA と結合可能であり、 有害な効果を示す(Moe-Behrens et al. 2013; Sutherland et al. 2013)。 議論されることは少ないが、SB を利用して他の生物種と異種交配可能な高等生物をデザ インするという戦略もある。エドゥアルド・モレノは 2012 年のプロスワン(PLoS One)誌に、天 然種とは交配できない(「従って天然の生物多様性は保全される」)初めての「合成生物種」 として、ショウジョウバエのドロソフィラ・シンセティック(Drosophila synthetic)を作製したと発 表した(Moreno 2012, 4)。この研究の目的は「バイオテクノロジーにおけるフェールセーフ機 構としての(この手法の)利用に関する議論を喚起する」ことであった(Ibid. 5)。モレノは「フェ ールセーフ性の高いデバイス」は突然変異の発生に対する最良の対策だと示唆している。 市民社会グループ、保全生物学者、及び社会科学者の主張では、十分なリスク評価が済 むまでは SB に基づく生物学的封じ込め戦略をバイオセーフティーの手段として用いるべき ではない(King 2011; FOE et al. 2012; Snow 2010; Sutherland et al. 2013)。「合成生物学に 対する監視原則」を支持する 111 機関は、非天然生物学研究を実験室内に限定するように 要求している(FOE et al. 2012)。ICSWGSB の CBD/COP に対する要求によれば、「野外実 験の場合は実験を正当化する十分な科学的データが得られるまで、商業利用の場合は十 分で、正式で、且つ厳密にコントロールされた(特にその生態学的・社会経済的影響や生物 多様性、食糧安全保障、及び人間の健康に対する有害作用に関する)科学的アセスメント が透明性の高い方法で且つその安全で有益な利用が検証される条件で実施されるまでは」、 SB に基づく生物学的封じ込め戦略を締約国が認可しないよう奨励すべきである(ICSWGSB 2011, 6)。これらのグループは、ビルトイン型のバイオセーフティーの将来性に関する多くの SB 専門家の期待があまりにも楽観的だと考えている。 3)封じ込めの社会的側面 封じ込めシステムの有効性及び種類は、使用条件や SB テクノロジーのユーザーの性質 によって決まる(Marris and Jefferson 2013)。異種科学技術収斂(コンバージング)分野であ る SB は、生命科学分野以外の人間も引きつけてきた。これは基本的には好ましい傾向だと 見なされているが、封じ込めにとっては問題となり得る。 生物実験室に参加する多数の「新参者」は恐らくバイオセーフティーの公式トレーニングを 244 受けたことが無く、従って人間安全性や環境安全性の正しい規範を知らない(或は遵守でき ない)可能性がある(Schmidt 2009; NSABB 2010)。SB に引きつけられてきた専門家(例え ば化学者、物理学者、工学者、及びコンピュータ科学者)は、「従来の生命科学研究コミュニ ティーの倫理的、社会的、法的規範に感作していない恐れがある」(NSABB 2010, 11)。或 は、実験室に馴染むには経歴が若すぎる場合もあり得る。例えば、毎年開催される iGEM コ ンクールの SB 実験にはカレッジの学生や高校生が参加している(EcoNexus 2011; ETC 2007; Guan et al. 2013)。2008 年以降、iGEM 参加者はバイオセーフティーに関する質問表 に答えることを義務付けられているが、回答の質にはかなりのバラツキが見られる(Guan et al. 2013, 27)。 ある種の SB にはアマチュア生物学者も関与しており、彼らは「ガレージ・ハッカー」又は 「DiY バイオ(DiYbio)」コミュニティーとも呼ばれる(Ledford 2010; Schmidt 2009; EcoNexus 2011; Guan et al. 2013)。公式の研究室以外でバイオテクノロジーに従事している人口や、そ れらの従事者が行える研究や合成の複雑度については論争がある(Bennett et al. 2009)。 市民社会グループが懸念しているように、それらの個人研究者は廃棄物を適切に処分した り環境中への放出を防止したりするための知識もツールも持っていない(EcoNexus 2011; FOE 2010)。2013 年 1 月に、「ウッドロー・ウィルソン国際学術センター合成生物学プロジェク ト」は DIY バイオ(DIYbio.org)と共に「バイオセーフティー専門家に聞く(Ask a Biosafety Expert)」ウェブページを開設した。現在までに「バイオセーフティー専門家に聞く」委員会が 受けた質問は、形質転換した植物材料が実験室外に出ないようにする方法から、遺伝子銃 の使用によって起こり得る危険性、小規模実験室内で窒素ガスを使用する際の安全性、 CLIA 認証を受けなければならない実験室の種類まで様々であった30。 実験室安全慣行の問題よりも幅広い懸念として、SB 従事者が生態系や生物多様性の科 学を理解してないという問題がある。米国の PCSBI 聴聞会においてヘイスティングス・センタ ー所長のトム・マレーは次のように述べている。 「生物システムの複雑性や非線形性を知る生物学者の関与が相対的に減少すると、生態系 等の意図的・非意図的な撹乱の影響が正しく認識されることも少なくなる可能性がある。問 題は彼らの考え方ではない。生物学者はトレーニングを受けており、あるいは少なくとも特に 生物多様性科学者は(或は微生物学者でも)生物全体について考え、環境や生態系につい て考えている。これは一部の分子生物学者にはあまり当てはまらないし、合成生物学に踏 み込もうとしている者達の一部についても恐らく同様である。これは何故重要なのだろう 245 か? 合成生物学の最前線にいる者達に、いつかは彼らが意図的にいじり回すことになる システムの複雑性をちゃんと理解させる必要がある」(Murray 2010)。 iii)意図的な放出 現在商業的・工業的に利用されている SMO の殆どは、バイオリファイナリー装置から外 への放出を意図していない。化学薬品及び医薬品を産生する微生物やバイオ燃料用にセ ルロースを分解する酵素は、環境中への通常の放出を意図していない。将来的に SB に期 待される応用技術は、使用目的を達成するために放出しなくてはならないものが多いと考え られる。使用目的は生物多様性に対する正の影響だとしても、封じ込め利用向けに改変さ れた生物とは別の懸念を生ずる恐れがある。 1)合成生物学的に改変された微生物(SMMO)の意図的な放出 環境中に放出して使用するための SB 生物も研究されており、その用途は環境修復、汚染 のコントロール、及びバイオセンサー等である。例えば、米国のモジュラー・ジェネティクス (Modular Genetics)社は NSF 助成金を受けて、SB テクノロジーを利用した低毒性の分散剤 を石油流出対策用に開発している(Erickson et al. 2011)。水中の環境不純物(例えばヒ素) を吸収・保持する微生物を SB によって作製できるという期待もある(UKSBRCG 2012)。 2011 年優勝の iGEM プロジェクトでは、大腸菌を改変してオーキシン(根の伸長を促進する 植物ホルモン)を分泌させている31。このインペリアルカレッジ(英国)のチームは、種子を前 記細菌でプレコーティングしたものを砂漠化リスク地域に播種することを提案している。 組み換え DNA テクノロジーが初めて導入されて以来、改変微生物のバイオレメディエーシ ョン用途は「ずっと聖杯であった」(即ち大いに望まれていたが手が届かなかった)(Skerker et al. 2009)。1980 年代以降、遺伝子改変された様々な微生物株が自生微生物群落の中で 生き残ったことはなかった(Skerker et al. 2009, Lorenzo 2010; Wright et al. 2013)。このような 遺伝子改変微生物(GMMO)の不成功は、コミュニティーが異なると解釈も異なる。微生物 生態学者や環境 NGO は、不成功の原因は天然の微生物生態系の予測不可能な複雑性だ と考えている。合成生物学者らは、GMMO の不成功は従来の遺伝子工学に精巧さが欠け ているせいだと考えたがる(Marris and Jefferson 2013)。結果的に合成生物学者は、従来の GMMO の環境中への放出が成功しなかった条件でも SB は成功可能だと基本的に楽観し ている(Garfinkel and Friedman 2012; PCSBI 2010; Schmidt and de Lorenzo 2012; Skerker et al. 2009)。 もし環境中への放出に十分耐える微生物が SB によって作製できた場合、そのような 246 「SMMO」はその生存性及び残留性に関して重大なバイオセーフティーの問題を生ずる可能 性がある。室内実験用に改変された微生物の漏出によるリスクは軽視しているものの、環境 中への放出用に改変された微生物はもっと大きな懸念を生ずるということをガーフィンケル 及びフリードマン(2012)は認めている。同じ懸念は、バイオレメディエーション用の SB のリス ク評価に関する「ウッドロー・ウィルソン合成生物学プロジェクト」のワークショップでも提起さ れている(WWICS 2011)。SMMO の利用について楽観的な者達も侵入性や非意図的な作 用のリスクには大概同意するが、バイオセーフティーの「ビルトイン」における非天然生物学 等の直交系の有望性も引き合いに出している(PCSBI 2010; Skerker et al. 2009; Schmidt and de Lorenzo 2012)。 2)合成生物学的に改変された多細胞生物の意図的な放出 SB によって多細胞生物を「ゼロ」から組み立てるのは未だ先の話だが、SB 的ツールで改 変された作物植物は既に生産段階にある。例えばアグリビダ(Agrivida)社は独自開発した INzyme(商標)テクノロジー(「合成生物学の新規アプローチ」と呼んでいる)を用いて、不活 性状態の(収穫後に活性化される)生分解酵素を含有するフィードストック用バイオマスを栽 培している(BIO 2013)32。この目的は、エタノール製造の発酵プロセスでフィードストックを 分解するコスト及びエネルギーを削減することである。2012 年にアグリビダ社は、改変トウモ ロコシの「かなり大規模なほ場生産」を米国で開始したと発表した(Agrivida 2012)。キックス ターターのグローイングプラント・プロジェクトは、同プロジェクトが形質転換した「光る」シロイ ヌナズナの種子を財政支援者に対して最大 5,000 バッチ提供する33。米国のフレンズ・オブ・ ジ・アースや ETC グループ等の市民社会グループは、それらの植物(或は遺伝物質)が十 分に管理されていないことを指摘しており、漏出して有害な影響をもたらすのではないかと 懸念している(ETC 2011; Pollack 2013)。 3)多様性保全の介入手段としての SB 進歩したクローニングツール等のバイオテクノロジーツールと相まって、SB 的手法は「絶 滅種再生」等の自然保護活動への利用を検討されている。2013 年 3 月に、「絶滅種再生」に 関する終日の TEDx 講演会がワシントン DC(米国)で開催され(ロング・ナウ協会及びナショ ナルジオグラフィック社共催)、ナショナルジオグラフィック誌 3 月号のカバーストーリーを飾っ た34。1996 年以来「フローズン・アーク(Frozen Ark)」コンソーシアムは、天然には絶滅した (或は絶滅寸前、絶滅危機、又は危急の)生物種の個体から DNA や生細胞を収集・冷凍保 存してきた(Ryder 2013)35。フローズン・アークの設立は、「遺伝子の水たまりに追いつめら 247 れた」遺伝子プールを将来的な科学の進歩によって救済し、さらにある種の生物種は蘇らせ られるという希望に基づいている(Ibid.)。旅行鳩、ウーリーマンモス、カモノハシガエル等の 絶滅種を復活させるために、現在では世界中で研究が行われている。絶滅種を蘇らせる研 究の一部は、本質的にゲノム細胞工学である。TEDx 講演会でジョージ・チャーチは、既存 の生物種のゲノムを改変して絶滅種の生理的形質(牙や体毛等)を与えるための、DNA の 送達及び既存ゲノムへの部位特異的挿入に関するイノベーションを説明した(Church 2013)。 「絶滅種再生」はウィルス以外では成功していないが、自然保護主義者や SB 科学者は生物 多様性や生態系に及ぼされ得る影響を議論し始めている。 一部の自然保護主義者は SB の応用技術によって好ましい生態学的利益が得られると予 想している。ロング・ナウ協会の代表であるスチュワート・ブランドは、ウーリーマンモス等の 重要な生物種を復活させることで「生態系の豊かさ」が復活したり、「目玉」生物種として生態 系保護が宣伝されると言っている(Brand 2013a)。またスタンリー・テンプルの意見では、遺 伝的多様性が危機的に低い(或は「それらを絶滅させた原因を我々が解決した」場合の)生 物種の絶滅アレルを蘇らせることにも利用できる可能性がある(Temple 2013)。レッドフォー ドらは野生生物の疾病対策に SB を利用する自然保護の可能性や、SB によって強化された 農業プラクティスに基づく「ランド・スペアリング(土地の節約)」を指摘している(Redford et al. 2013)。2013 年の会議「合成生物学及び自然保護によって自然のかたちはどうなるか? (How will synthetic biology and conservation shape the future of nature?)」では、自然保護を 目的としたいくつかの SB プロジェクトの可能性が提示された。例えば、珊瑚を温度や酸性に 適応させること、コウモリの白い鼻症候群の原因菌を死滅させること、ミツバチ群の崩壊に 対する解決法を発見すること、である36。 自然保護目的の SB 利用にもいくつかの懸念が挙げられている。上述のように、生物多様 性に対する直接的影響の可能性がある(新規生物が侵入的になる等)37。保全主義者が非 常に懸念しているのは、SB 利用による解決法の追求が他の自然保護活動の資金等の資源 を侵食することである(Ehrenfeld 2013; Pimm 2013; Temple 2013)。スチュアート・ピムによれ ば、ブラジル及びマダガスカルの貧困層に関する彼の研究は分子生物学者と違って所属大 学に金を落とさなかった。また、絶滅種再生は生態学や野外生物学に大学が投資しないと いう傾向を「永続させるだけであり」、一方では「助成機関や学部長に自身が世界を救ってい ると思い込ませる」(Pimm 2013)。殆どの自然保護目的のSBプロジェクトは投機的であって 高い値札が付いているので、他の自然保護活動の資源の侵食に関する懸念は特に強い 248 (Ehrenfeld 2013)。 4)バイオテロ SB 生物の放出の脅威は「バイオエラー」(非意図的だが致命的な誤り)や「バイオテロ」 (破壊や危害目的の意図的な SB 利用)とも呼ばれる(Church in Various 2010; ETC 2007)。 SB 的な生物やテクノロジーを用いたバイオテロ活動は、農業等の天然資源基地が標的にな った場合には直接的に生物多様性に影響し得る(Kaebnick 2009)38。 b.生物多様性の保全に及ぼし得る間接的影響 i)生息域内保全及び生息域外保全に対する意見の違い 生息域内保全及び生息域外保全に対する公的支援に絶滅種再生が及ぼし得る影響に ついては、かなりの意見の相違がある。危機の意味や「絶滅は永遠である」というメッセージ が失われてしまい、従って自然保護の動機が弱まってしまうので脅威的だと見なす意見もあ る。一方、生物多様性擁護の新たなパラダイムであり、危機の代わりに希望というメッセージ をもたらすものだと見なす意見もある。 「死んだ」生物種が復活可能だと予測されるため、生息域内保全及び生息域外保全に対 する支援は減少する可能性がある(ICSWG 2011; ETC 2007; Ehrenfeld 2013; Norton 2010; Pimm 2013; Temple 2013)。生物学者のデビッド・エーレンフェルト(2013)は、「国会議員たち がそれ(絶滅)をただの道路上のこぶだと考えだしたら」何が起こるのかと心配している。保 全生物学者のスタンリー・テンプル(2013)が指摘しているのは、絶滅種再生研究のせいで 自然保護が不安定化し、カリスマ性が低い生物種が放置され失われて結局は純損失がもた らされる可能性である。プロス・バイオロジー(PLoS Biology)誌の論説記事でレッドフォード ら(2013)は、絶滅危機生物種に対する保全意欲が減退する可能性を絶滅種再生研究の 「モラルハザード」と表現している。 或は絶滅種再生という思想は(通常の「危機」メッセージとは逆の)「ポジティブな」メッセー ジとして、生物多様性及び自然保護に対する公衆の支援や関心を呼び起こすことができる という意見もある(Anderson 2013; Brand 2013; Burney 2013; Redford 2013)。ケント・レッドフ ォードによれば、保全生物学は「危機訓練」として始まったが、30 年経った後に人々は「耳を 傾けるのを止めた」。レッドフォードの教訓は「希望が答えである。人々の関心を引くのは希 望である」(Redford 2013)。同様にデビッド・バーニーは、放棄された農用地の再自然化とい う彼の「貧者のジュラシック・パーク」活動を指して「自然保護における非常に稀少で高価な 249 商品、即ち希望の売買である」と言っている(Burney 2013)。 絶滅種再生の個々のプロジェクトに留まらず、生物多様性及び自然保護に関する態度に SB が及ぼす影響も問われている。米国の生命倫理問題の調査に関する大統領委員会 (PCSBI)は、「社会による生物多様性の見方や生物多様性保護のあり方に対する、幅広い 影響」の懸念を指摘している(PCSBI 2010, 71)。2013 年に開催された会議「合成生物学及 び自然保護によって自然のかたちはどうなるか?」の招集者らは、SB によって何が「自然」 かに関する公衆の認知がどう変化するか、そして SB は「自然保護活動の倫理的基盤を危う くする」かを問いかけている(Redford et al. 2013)。哲学者のブライアン・ノートンによると、SB は「生物学的ユニットの在庫目録を保持しており、生物多様性保護の不正確なモデルを推 奨する」可能性がある(Norton 2010)。このことに基づいて、レッドフォードらは生物多様性の 評価において生態系サービスの重要性が増大していると言っており、合成構成要素を与え られた生態系が天然の生態系との「競争に勝利」して「サービスの増大とともに生物多様性 が減少」した場合に何が起こるのか、という疑問を投げかけている(Redford et al. 2013)。物 理学者・数学者として名高いフリーマン・ダイソン(2007)はより楽観的である。彼が空想する 世界ではバイオテクノロジーが「爆発的に多様な新たな生物を我々にもたらす。ゲノムのデ ザインは個人的なことであり、絵画や彫刻と同様に創造的な新しい種類の芸術となるだろ う」。これは世界にとって概ね好ましい傾向だとダイソンは謳っているが、管理する必要があ る危険を伴っているとも言っている。 ii)製品の代替と生息域内保全 合成代謝工学や DNA デバイス構築は、従来は天然原料から得られていた化学薬品等の 分子を生産するために利用されつつある。SB は天然動植物や農業動植物由来の製品の代 替物を提供しているが、生物多様性に対する正及び負の影響の可能性が産業界や市民社 会のグループによって指摘されている。 SB によって生産された分子を利用するようになれば、現在は持続不可能な方法で野生又 は持続不可能な栽培から収穫されている動植物も保全可能である。一例は伝統的には深 海ザメの肝臓から得られていたスクアレンであり、皮膚軟化薬としてハイエンドの化粧品や パーソナルケア製品に用いられる(ETC 2012b; WWICS 2012)。近年、サメ由来に対する代 替供給源として植物由来のスクアレン(主にオリーブ由来)が使用されるようになっている。 オセアナ(Oceana)社による深海ザメ保護運動に従って、既にユニリーバ社はサメ由来の代 わりに植物系スクアレンを使用している 39。しかし企業側はオリーブ由来のスクアレンの価 250 格変動や低いアベイラビリティーを指摘しており、フランスの NGO によると特に欧州外の製 造業者は深海ザメの利用を継続してきた(BLOOM 2012; Centerchem undated)。2011 年に なってアミリス社は、SB 的に製造したスクアレン40を日本市場に導入した(商品名はネオッサ ンス(商標)スクアラン)。ブラジル産サトウキビをフィードストックとして用いて、アミリス社は 酵母を形質転換して炭化水素ファルネセンを生産しており、これが誘導されてスクアレンに なる(WWICS 2012; Centerchem undated)。スクアレンを SB 的に製造することで、深海ザメの 個体群にかかる負荷を軽減できるかもしれない。 SB 製品は、生息域内保全プロジェクトにとって重要な製品を駆逐してしまう可能性がある。 エボルバ社及びインターナショナル・フレバー・アンド・フレグランス社は SB 的手法により製 造した「ナチュラル・バニリン」の量産試作段階にあり、「揮発性原料」の「コスト効果が高く、 自然で持続可能な」供給源だと言っている(IFF and Evolva 2013)。この製品は欧州では「ナ チュラル」として販売される予定であり、他の合成(即ち化学合成した) バニリンに対して競 合優位性を有すると期待されている 41。これは「キュアリングしたバニラビーンズの生産に従 事する多数の小規模農家に対して負の影響をもたらす」と ETC グループは警告している (ETC 2012d)。ラン科植物のバニラの栽培は、一般的には熱帯林樹木(バニラの蔓が生長 するための「チューター」となる)との間作による。これらのアグロフォレストリーシステムは農 業生物多様性を増大させ、生息域内保全を促進することができる。その価値が無くなってし まえば土地は単作システムに取って代わられる恐れがあり、その過程では森林破壊が起こ る。 251 【PART3:合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物(生物の多様性の保 全及び持続可能な利用に影響する可能性を有するもの)やそれらに関連する社会的、経済 的、文化的事項に関する補足情報】 CBD による「持続可能な利用」の定義は、「生物多様性の長期的な減少をもたらさない方 法及び速度で生物多様性の構成要素を利用し、以て現在及び将来の世代の必要及び願望 を満たすように生物多様性の潜在力を維持すること」である(Art. 2)。持続可能な利用には、 生態学的、経済的、社会的、及び政治的な要素が含まれる(Glowka et al. 1994)。現在及び 将来の SB 利用が持続可能な利用に及ぼし得る影響は、合成生物学者、政府、市民社会、 及び産業界の各種グループによって検討されてきた。 a)SB による天然製品の代替品又は代用品が及ぼし得る影響 第1世代の商業用 SB 応用技術の多くは、高価な(或は実験室外に供給したり実験室内で 合成化学的合成したりするのが困難な)天然分子を複製するものであった(Wellhausen and Mukunda 2009)。製品の代替が生息域内保全に及ぼす影響の節で述べたように、野生種や 栽培種に対する負の圧力は製品の代替によって緩和され得るが、「持続可能な利用」として の栽培慣行も失われ得る。 抗マラリア薬である「半合成アルテミシニン」は、製品の代替によって起こる複雑なトレード オフの例として明解である。カリフォルニア大学バークレー校の J・キースリング教授によるア ルテミシニン・プロジェクトは、 SB(特に合成代謝工学)の有望性の例として過去 7 年間に渡 って圧倒的な人気があった(Collins 2012; Garfinkel et al. 2007; Garfinkel and Friedman 2010; Heinemann and Panke 2006; PCSBI 2010)。低木のアルテミシア・アニュアは、中国で は数世紀に渡って種々の病気(例えばマラリア)の治療に用いられてきた(White 2008)。 1979 年に世界に報告されたものの、国際政治や価格が原因でアルテミシニンの入手は困 難であった。ようやく 2004 年になって、世界保健機関(WHO)及び世界エイズ・結核・マラリ ア対策基金はアルテミシニン併用治療(ACT)に舵を切った(Enserink 2005; Milhous and Weina 2010; White 2008)。それ以降、悪天候と新規製造者による供給過剰とが年ごとの変 動をもたらし、アルテミシニンのアベイラビリティー(従って価格も)はむやみやたらに変動し てきた(Peplow 2013)。そこでゲーツ財団は総額 5330 万ドルの 2 種類の助成金をワンワー ルド・ヘルス研究所に交付し、J・キースリング教授(カリフォルニア大学バークレー校)による 252 酵母を用いたアルテミシニン酸分子の製造の改変を支援している(Sanders 2013)。2006 年 にキースリングのグループは 12 個の新規な合成遺伝子パーツを用いて酵母の代謝経路を 改変し、高レベルのアルテミシニン酸の生産に成功したと発表した(ETC 2012a; Ro et al. 2006)。ワンワールド・ヘルス(OneWorld Health)社、アミリス社(キースリングが共同創設者 の営利 SB 企業)、及び製薬企業のサノフィ社は半合成アルテミシニンの製造のために提携 している42。2013 年にサノフィ社は規制上の承認を受けて大規模製造の開始を発表した。 2013 年には 35 トン、2014 年までには 50~60 トンのアルテミシニンを生産予定であり、これ は ACT 療法の 0.8~1.5 億回分に相当する(Sanofi and PATH 2013)。 半合成アルテミシニンにはかなりの公衆衛生上の利益が期待される。7年間に渡って、 SB は天然の植物原料よりも「より安価」且つ「より効率的」なアルテミシニン製造方法だと言 われてきた43(Garfinkel et al. 2007, 10; PCSBI 2010; RAE 2009)。サノフィ社及び PATH によ る生産は「無利益・無損失」モデルを踏襲しており、カリフォルニア大学バークレー校は知的 財産ライセンスに人道主義的な利用条件を設定しているので、「手頃」であり「変わらないコ ストで安定な供給」ができると期待される(Sanders 2013; US PTO 2013)。多くのアナリストは 公衆衛生上の好ましいアウトカムが達成されると予想している(Wellhausen and Mukunda 2009; Peplow 2013)。キースリングによれば、個々のアルテミシア栽培農家はアルテミシニン 単剤治療(これはアルテミシニン耐性の原因となる)の製造者と取引することもあるので、半 合成生産によって市場は安定する(Thomas 2013)。 半合成アルテミシニンは数万戸の小規模アルテミシア栽培農家による栽培を代替できる。 A.アニュアは主に中国、ベトナム、東アフリカ、及びマダガスカルの農家で栽培されており、 農家当たりの平均収穫面積は中国及びアフリカでは約 0.2 ヘクタールである(A2S2 2013)。 アルテミシニン貿易関係者によると 10,000 人程度(小自作農及び採集農家)がアルテミシニ ンで生計を立てており、家族を計算に入れた場合にはさらに大きな社会的影響がある。そも そも半合成アルテミシニンは自然栽培を補充するものだと考えられていた。しかし 2013 年 4 月の合成生物学及び自然保護に関する会議で、キースリングはアルテミシニンの「全世界 の供給量を代替するべく動いている」と言っている。「初めは農産品を代替しようと思っては いなかったが、今は方針転換は殆ど不可避だと考えている」(Thomas 2013)。市民社会グル ープは半合成アルテミシニンがこのような影響をもたらすのではないかと以前から懸念して いた(Thomas 2013; FOE et al. 2012)。ICSWGSB はマラリア薬が「入手可能で手頃でなけれ ばならない」ことには同意しているが、分散型の持続可能な方法(例えば小自作農による生 253 産の拡大を支援すること)よりもハイテクな解決法を追求する価値には疑問を唱えている (ICSWGSB 2011, 36)。 SB 的な生産品で天然製品を代替する場合には、開発途上国に影響があると考えられる。 ETC グループは SB 的生産が小自作農生産者にもたらすリスクの最初の例として、アルテミ シア栽培農家を「炭坑のカナリア」と呼んでいる(ETC 2010, 40)。ヴェルハウゼンとムクンダ によれば、そのような SB による製品代替は予想通りであり、「大きな技術進歩がそれ以前の 生産方法に取って代わってきたという伝統」をなぞっている(Wellhausen and Mukunda 2009, 115)。半合成アルテミシニン等の商業的 SB 応用技術は開発途上国の健康(従って生活水 準)を改善するかもしれないが、同時にそれらの国の労働者、輸出、及び税基盤を奪ってし まうかもしれない(Ibid, 117)。歴史的な例としては天然ゴムやインジゴ染料と(化学)合成物 との競合を見ると、代替製品が貧困化を招く場合もあり、天然製品が市場の一定部分を維 持し続ける場合もある(Ibid.)。各国政府は産業構造改革を促進して何らかの利益を「経済 的敗者」に再配分する役目を有する(Ibid. 119)。代替される製品が熱帯病の医薬でない場 合には、開発途上国にどのような利益があるのかと ETC グループは問いかけている。同グ ループの指摘によると、SB 的に生産されたイソプレン(ゴム)が現在ジェネンコア及びグッド イヤーによって開発中だが、これは天然ゴムを生産しているアジアの小自作農に取って代 わる可能性がある(ETC 2010; ETC 2007)。 アルテミシニンは最も明確な例だが、他の天然生産物の SB 代替品の登場も迫っている。 SB 的に生産されたラウリン酸が近い将来に商業化されると、ココナッツ油やパーム核油由 来の生産と競合する可能性がある(ETC Group 2013)。ココナッツはフィリピンの主要な輸出 作物であり、生産は主に平均 2.4 ヘクタールの自営農家である(ETC Group 2013)。アブラヤ シ由来のパーム核油の生産は、主にインドネシアやマレーシアの大規模商業農園である。 ユニリーバ社がソラザイム社に行った投資は、環境破壊作物から離れたいという願望に関 係している(ETC Group 2013)。 b)化学製品や工業的プロセスの SB による代替又は代用がもたらし得る影響 可能性が大きい SB 利用は「ホワイト」バイオテクノロジーであり、現在のところ合成化学を 用いて製造されている原料を、植物や微生物を改変して生産させる(Garfinkel and Friedman 2010; Philp et al. 2013)。例えば一部のバイオプラスチック(ポリ乳酸プラスチック等)は、SB 的手法を用いて石油の代わりにバイオマス(例えばサトウキビ)から製造される(Philp et al. 254 2013)。情報によると、デュポン社は合成生物学的に改変した酵母を用いてトウモロコシ糖を 発酵させ、それから作ったプロパンジオールで合成ポリマー繊維を製造している(ICSWGSB 2011)。一貫バイオプロセス(consolidated bioprocessing、CBP)では、従来は数段階のプロセ スだったものを 1 種類の改変微生物の機能にまとめ、結果としてコスト削減を目指す(Philp et al. 2013; Garfinkel and Friedman 2010)。SB は新規の工業プロセスを開発する目的でも (例えば、微生物による消化によって貯蔵炭化水素を回収する研究に)利用されている (PCSBI 2010)。 産業界及び市民社会によって、化学・工業プロセスにおける上記のような SB 利用が生物 多様性の持続可能な利用に及ぼす正及び負の影響が予想されている。それらの製品及び プロセスは非再生可能資源の利用の減少をもたらし、「影響が小さい製造プロセスを基本的 に」もたらす(Garfinkel and Friedman 2010, 276)。市民社会グループが懸念するのは、SB 企 業がバイオ燃料から小規模だが高利益の化学薬品市場に照準を移す場合に、「同じ汚染企 業」がバイオプラスチックの開発も主導することである(ETC 2010, 52; ICSWGSB 2011)。 ETC グループは SB 利用が「よりグリーンな」製品や工業プロセスをもたらしているか疑問を 呈している。非 SB 製品と同様の問題がある製品を生産するために SB 及びバイオマスが利 用されていることが指摘されている。例えばバイオ PVC は製造過程に未だ塩素が必要であ り、多くのバイオプラスチックのうち一部は堆肥化不可能(或は工業用堆肥化装置でのみ堆 肥化可能)である(ETC 2010)。 c)バイオマスの利用増大が及ぼし得る影響 現行及び将来的な SB 応用技術の多くはフィードストック用バイオマスに依存している。も しそのような応用技術が広く普及した場合には、非常に大量のバイオマスが必要となる恐れ がある。一部の SB 応用技術は、特定用途向けに改変されたバイオマスの新たな供給源 (例えば容易に形質転換されてセルロース系エタノールを生ずる植物)を生むと予想される (PCSBI 2010)。しかし多くの SB 研究の関心は、バイオマスをフィードストックとして利用して 燃料、化学薬品、及び医薬品を生産する生物をデザインすることである( PCSBI 2010; ICSWGSB 2010)。一部の製品(例えばバイオ燃料)は比較的低価値・大量であるため、大 量のバイオマスを必要とする。高価値の化学薬品や医薬品は比較的少量生産される。 大量のバイオマスのアベイラビリティーについては議論がある。CBD 報告書「バイオ燃料 と生物多様性」(CBD Technical Series 65)で論じられている通り、廃材フィードストック(例え 255 ばトウモロコシの茎葉部分やワラ)の利用の持続可能性については相反する研究がある (SCBD 2012)。生態学、農学、及び環境史の多数の研究から、既存の農業工程からバイオ マスを採取することによって、既に土壌の肥沃度や構造が衰え始めていることが判明してい る(Blanco-Canqui and Lal 2009; Wilhelm et al. 2007; Smil 2012)。米国で行われた研究によ れば、トウモロコシの茎葉部分を地面から回収するには、窒素系、リン系、及びカリウム系 の肥料を通常よりもかなり大量に使用しなければならない(ICSWGSB 2011; Fixen 2007)。 土壌中のバイオマスの生態学的機能が損失し得るだけではなく、バイオマスの回収量の増 大がもたらす社会的影響も懸念される。市民社会グループは、熱帯地方及び亜熱帯地方の バイオマスが狙われた結果として経済的・環境的な不公正が生ずることを懸念している (ETC 2010; FOE et al. 2012; FOE 2010)。以前には森林だった場所に大規模農園が開かれ、 天然草地が収穫され、「生産力が無い」土地(砂漠や湿地帯等)に負荷がかけられることに よって、コミュニティーが資源へのアクセスを奪われ、持続可能な利用が失われ、環境被害 が起こることが懸念されている(ETC 2010)。一方、SB の学術文献では「再生可能」な供給 源が環境的にも社会的にも好ましいという暗黙の仮定があるように見える(Georgianna and Mayfield 2012; Kwok 2010; Erickson 2011; UK SBRCG 2012)44。 256 【PART4:合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物(生物の多様性の保 全及び持続可能な利用に影響する可能性を有するもの)やそれらに関連する社会的、経済 的、文化的事項に関する補足情報】 a)生物多様性に関するバイオセキュリティー面の検討 バイオセキュリティーの一般的な定義は、「危害を加える意図をもって行われる生物剤や 生物の悪用や不正処理を防止する」ための活動である(PCSBI 2010, 71)。SB はバイ オセキュリティーにとって潜在的な脅威であるが、同時にセキュリティー対策を支援するツー ルにもなり得る。 生物多様性に関するバイオセキュリティー面の懸念の1つは、農業等の天然資源基地を 標的とした有害な病原体を作製するために SB が利用されることである。既存の家畜や作物 の疾病の致死性が強化されたり、農業生物多様性に影響を及ぼすような新規病原体がデ ザインされる恐れがある(Kaebnick 2009)45。MIT 及びボストン大学のムクンダらの予想によ ると、特定のグループを攻撃するようにカスタマイズされた生物兵器が現れる可能性が長期 的(10 年~それ以上)には高い(Mukunda et al. 2009, 11)。彼らが例としているのは人間の 民族群だが、兵器設計におけるこのような可能性はヒト以外の生物種にも当てはまると考え られる。 生物兵器の脅威のレベルについては「激論」が起こっているが、バイオテクノロジーが進 歩すると生物兵器の危険性が増大するだろうという点では広く意見の一致がある(Mukunda et al. 2009, 3)。アメリカ合衆国中央情報局の非機密覚書「生物兵器のさらに暗い未来」では、 バイオテクノロジーの進歩によって「今よりも遥かに危険な生物戦(BW)の脅威」がもたらさ れ得ると警鐘を鳴らしている(CIA 2003, 1)。この CIA の懸念は 2 つに分けられる。第 1 に、 SB や他のバイオテクノロジーのツールを利用して新規病原体を創造できるため、改変され た生物剤がもたらす脅威は従来とは異種で且つさらに大きくなるかもしれない。第 2 に、SB 関連の知識は急速に発達しており且つ広く入手可能であるので、大量破壊兵器の発見・監 視のための従来の手段は有効でないかもしれない(CIA 2003)。核兵器の研究・製造用のテ クノロジーには高濃縮ウランや高価で巨大な特殊設備等が必要だが、これらは「明確なオブ ザーバブル」である(CIA 2003, 2; Douglas and Savulescu 2010)。一方で SB 等のバイオテク ノロジーは比較的安価で運搬性も高く、その傾向は今後も増大すると予想される(Douglas and Savulescu 2010)。 257 SB 的手法は既にウィルスの創造に使用されており、病原菌の創造も可能になるだろうと 予想されている。2005 年にアメリカ疾病管理予防センター(CDC)の研究者らは、アラスカの 永久凍土層に埋まっていた死体の残骸から、以前に絶滅した 1918 年スペイン風邪ウィルス を構築した(Mukunda et al. 2009; Tumpey et al. 2005)。ポリオは米国では発生が抑制されて いるが、2002 年に国内の研究室で同じく作製された(Garfinkel and Friedman 2010)。ムクン ダらはウィルスの合成は現時点でも「比較的容易」だと考えており、従って生物戦用の生物 剤を入手可能な行為者が SB によって増大している恐れがある。中期的には、新規な性質を 持った新規生物が創造されるだろうと予想される(Mukunda et al. 2009, 8)。2007 年のガーフ ィンケルらの分析でも、病原性の高いウィルスを合成することが今後容易になり、いつかは 病原菌も可能になるかもしれないと予想している。ただしガーフィンケルらは、「(絶滅したウ ィルスを例外とすれば)病院のフリーザーに保管されたウィルスを入手する方が、SB 的手法 によってゼロからウィルスを作り直すよりも遥かに容易だ」と指摘することも忘れていない (Garfinkel et al. 2007, 14)。 SB はバイオセキュリティーリスクに対応するためのツールも提供し得る。米国の PCSBI は、SB がバイオセキュリティーにもたらす「潜在的利益は容易く予想される」と主張しており、 危険な生物剤の同定やバイオセキュリティーに対する脅威の中和等を挙げている(PCSBI 2010, 71)。合成生物学者のドリュー・エンディによれば、「リスクの創出だけでなくリスク・エク スポージャーに対する実質的な寄与」という観点からも SB を理解するべきである(Endy 2005, Fn 3)。従って SB を利用して脅威を創造可能ではあるが、DNA 合成等のツールは脅 威を同定しそれに対応するのに有用である(Endy 2005)。同様にムクンダらの指摘によれば、 SB は防衛(例えば病原体検出用のサーベイランスの改善、ワクチン製造の高速化、及び特 定の病原体に対する療法の提供)にも利用できる(Mukunda et al. 2009)。 i)バイオセキュリティーに対する脅威の経路 一部の学者は「SB の「果実」は先ず国家レベルの計画によって悪用されるだろう」と予想 している(Kelle 2009, 86; Schmidt et al. 2009; Mukunda et al. 2009)。彼らの関心は主に非国 家的主体の脅威にあるが、国家が生命科学の進歩を生物兵器に応用したという過去や、 SB によって病原体を作るための技術上のハードルが高いことも指摘している。ムクンダら (2009)が懸念する悪循環の力学においては、防衛的な SB の国家研究が他国によって攻撃 的と解釈され、相呼応してますます多くの防衛費を支出するようになり、国家を SB 軍備競争 に陥らせる。アカデミア、産業界、及び市民社会の意見では、生物兵器条約によって国家資 258 金による生物兵器の研究や製造を有効に防止することは出来ない(ICSWGSB 2010; Kelle 2009; Garfinkel et al. 2007; Rhodes 2010)。さらに、生物兵器を目指した国家主導型の SB 研 究では個人が危険物質にアクセスする機会も生ずる(Garrett 2013)。2001 年に起こった炭疽 菌を含む配達郵便物による攻撃は、バイオセーフティーレベル 3~4 の実験室に勤務してい た米軍職員によって行われた(Garrett 2013; Wilson 2012)。 現在のところ、SB を利用した病原体作製は独立のバイオテロリストにとってアクセスが容 易な経路ではない。合成生物学者のジェームズ・コリンズがしばしば用いる比喩によれば、 生細胞を遺伝子リストから組み立てるのは「ジャンボジェット機を機械部品リストから組み立 てるようなもの」である(Collins 2012, S10; Various 2010)。また、強伝染性の生物を意図的 に作製することも未だ極めて難しい。配列に基づく毒性予測は未だ不可能である( de Lorenzo 2010; Relman 2010)。しかし一度病原体の DNA が作製されたら、それは必ず兵器 化されて拡散すると考えられる(Douglas and Savulescu 2010)。 SB 的な知見やツールが進歩すると、バイオテロリストにとっては利用に対する障壁がか なり低くなるかもしれない。SB の目標の 1 つは生物学において改変を行いやすくすることで あり、生物学を暗黙の技能が必要な手仕事から技能のみが必要な工業プロセスへと変えて 行きつつある(Mukunda et al. 2009)。ムクンダらによると、暗黙知の必要性は「生物兵器の 拡散に対する最も大きい障壁」の 1 つであり、SB は「いつか最も腕のいい専門家に対して膨 大な可能性を与える」と予想される(Mukunda et al. 2009, 14-15)。商業的 DNA 合成企業は コストと速さを絶えず改善しており、殆どの研究室は自前のオリゴヌクレオチド合成から企業 への注文に移行している。この傾向は DNA 合成の統合化をもたらしつつあるが、それに伴 って研究室は使用済みの DNA 合成装置をインターネット上で売りに出すようになった (Garfinkel and Friedman 2010)。このような無登録の装置は病原体 DNA の製造経路となり 得る。ただしここでも、病原体を入手するもっと容易で安価な方法が他にある。 SB はしばしば「デュアルユース」の問題として挙げられる。その場合、無害な目的の研究 がそのまま目的外使用され、脅威として利用され得る(Garfinkel et al. 2007; Douglas and Savulescu 2010; Nuffield 2012; PCSBI 2010)。このことは目的外使用の困難性に関する技 術的な議論になることが多い(例えば PCSBI 2010)。カリフォルニア大学バークレー校・合成 生物学工学研究センター(Synberc)のベネットらによれば、この「デュアルユース」の考え方 は善意の利用/ユーザーと悪意の利用/ユーザーとの二項対立を表しており、「道徳的状 況を過剰に単純化している」。そのため、危険事象(意図的か偶発的かによらない)という足 259 下の問題に対処していない(Bennett et al. 2009, 1110)。 ii)バイオセキュリティーに関する懸念に対する対応 バイオセキュリティー対策の趨勢は2つに分けられる。即ち、テクノロジーの規制と自己統 制である(Kelle 2009)。第 3 の戦略としては、「開放性」もバイオセキュリティーに関する懸念 に対する対応の 1 つとして挙げられる。 1)テクノロジー SB に関するバイオセキュリティー面の懸念に対するテクノロジー面での対策は、商業的 DNA 合成企業による DNA 配列及び顧客のスクリーニングが主眼である。2004 年には既 に、著名な合成生物学者のジョージ・チャーチによる「合成生物バイオハザード不拡散のた めの提案」が、合成装置や合成試薬をライセンス制にし、各 DNA 配列を選ばれた生物剤に 関してスクリーニングすることを推奨している(Church 2004)。現在、ライセンシングやスクリ ーニングを義務化した法令が承認されている国家はない。アメリカ合衆国保健福祉省の「合 成二本鎖 DNA 供給企業に向けたスクリーニング体制のガイダンス(Screening Framework Guidance for Providers of Synthetic Double-Stranded DNA)」では、商業的 DNA 合成企業が 顧客及び「懸念される配列」をスクリーニングするよう推奨している(US DHHS 2010)。2009 年に、DNA 合成企業による2つの協会は別々に同様のプロトコールを約定した。それらには 病原体に関する配列のスクリーニング、記録の保管、及び合法性に関する顧客のスクリー ニング等が含まれる(IASB 2009; IGSC 2009)46。 商業的 DNA 合成のスクリーニング方法には抜け穴があることが分かっている。米国及び 欧州の全ての合成企業が IGSC 協定書又はIASB基準にサインしたわけではない。また、主 要な世界的サプライヤーのいくつかは中国系だが、中国の企業は協会に加盟していない (Tucker 2010; Terrill and Wagner 2010)47。2010 年に IGSC の代表者らが行った概算では、 商業的 DNA 合成企業のうち 20%が協会に非加盟である(Terrill and Wagner 2010)。ムクン ダらによれば、このような DNA の大規模な集中的合成は、抜け穴の無いシステムを作るた めの国際合意が要求される「チョークポイント」である(Mukunda et al. 2009, 18)。このバイオ セキュリティー措置は、長い DNA 配列の代わりに多数の短い DNA 配列(オリゴヌクレオチド) を複数企業に注文することでも回避可能である。例えば一部の研究者は多数の市販合成オ リゴヌクレオチドを用いてポリオウィルスを作製したが、それらの短い配列が警戒の対象に なることは無かった(Garfinkel and Friedman 2010)。さらに、病原性 DNA 配列が明らかに同 定可能かについてさえ議論がある(科学者らは病原性を予測できないことも多く、DNA 配 260 列の発現は状況や環境によって変化する)(Relman 2010)。ベネットらの主張によると、テク ノロジー面の対策は複雑な国際情勢においては不十分である。善意のユーザー/利用と悪 意のユーザー/利用とを分ける境界線は常に揺れ動いている(Bennett et al. 2012)。 2)自己統制 これまで、バイオテクノロジーに携わる科学者らは「自己統制」を行ってきた。1975 年には アシロマ宣言により、組み換え DNA テクノロジーに従事する米国の科学者らが自身の研究 の一部を短期的に停止することに合意した(Berg et al. 1975; ETC 2007; Erickson et al. 2011)。この宣言では rDNA の危険性に関わる不確実性の範囲や、リスクの正確な評価を 得ることの困難性が認知された。最小限~中程度の封じ込め戦略に対応する様々な種類 の実験が確認され、高病原性生物の実験、毒性遺伝子の実験、及び大スケール実験の延 期が決定された(Berg et al. 1975)。アシロマ会議の後、rDNA 実験向けの予防措置は徐々 に緩和された。シュミット及びデ・ロレンツォ(2010)は、rDNA の利用の増大にも関わらず殆 ど事故が起こらなかったことが理由だと示唆している(Schmidt and Lorenzo 2010)。バイオテ クノロジー産業協会の説明によると、rDNA の利用が増大するにつれて「安全性の文化」が 強化された(Erickson et al. 2011, 1256)。一方で ETC グループは、アシロマ宣言は政府によ る監視に先手を打って懸念の的を狭めるための戦略的行動だったと考えている( ETC 2007)。 合成生物学者らは自己統制について検討してきたが、具体的な合意には至っていない。 2006 年の「SB2.0」国際合成生物学会議では当初は「アシロマのような」宣言を、特に配列 スクリーニングの必要性に関して策定する予定であった。宣言の草案が票決又は可決され なかった理由についての説明は食い違っている。一部の者によると、自己統制の呼びかけ は「クローズドショップ式の」ガバナンスと見なされる、且つ現在の社会は基本的に「違って」 いるという懸念があったという(Campos 2009; Service 2006)。しかし ETC グループの主張に よると、従わない遺伝子合成企業を排斥するかどうかに関して内部で意見の相違があった という(ETC 2007)。 一部の学者の意見では、アシロマ宣言のような自己統制モデルは合成生物学には不適 である。ベネットらは内輪の専門家のコミュニティーによる想定(積極的な特許化、インター ネットニュース、世界的なセキュリティー情勢という現在の状況では、公衆を排除して「紳士 協定」を結ぶ可能性がある)に反論している(Bennett et al. 2009, 1110)。 テクノロジーによる商業監視アプローチは産業界によって任意で行われ、監督されてきた。 261 バイオテクノロジー産業協会(BIO)等の産業団体は DNA 合成に関する商業的な自己統制 だけで十分だと主張している。何故なら「この発展の初期段階においては、合成生物学が現 行のバイオテクノロジー産業が直面しているものと根本的に異なる新規な脅威をもたらすこ とはない」からである(Erickson et al. 2011, 1256)。 3.開放性の文化の醸成 バイオセキュリティーに対するバイオブリック(商標)協会のアプローチは、テクノロジーの 利用を特定のコミュニティーに限定するのではなく、開放性と透明性とに基づいている。バイ オブリック(商標)利用協定には、ユーザーが「何らかの意図的に有害な利用、不注意な利 用、或は安全でない利用に関連して素材を使用しない」ように明記されている 48。バイオブリ ック(商標)のユーザーとコントリビューターとの間のこの契約以外には、バイオブリック(商 標)パーツの個々の利用に対する同協会の監督は無い。この SB モデルの開放性は、「違法 行為の発見・通報を義務付けられた多数の利用者の分散型ネットワーク」を提供するよう意 図されている(Torrance 2010, 662)。 b)生物多様性に関する経済的検討49 SB 製品の世界市場は急速に成長しており、SB 研究に対する投資も同様である。市場調 査会社の BCC リサーチによると、2010 年時点での SB の世界市場は 11 億ドルであり、2016 年までには 108 億ドルに達すると予想される50。これらの数字はナノテクノロジーの世界市 場の概算(2011 年には 201 億ドル、2017 年には 489 億ドル51)よりはかなり小さいものの、 SB の予想される年平均成長率は45.8%であり、ナノテクノロジーの18.7%を凌駕してい る。ウッドロー・ウィルソン合成生物学プロジェクトの試算によれば、米国及び欧州の SB 研 究に対する政府支出は 2005~2010 年に5億米ドル超であった(WWICS 2010)。 用語「バイオエコノミー」の定義や範囲は明確に定まっていない。定義されているのは主 にバイオテクノロジーのツールや燃料及び原料としてのバイオマス利用関連である。2009 年 の OECD 文書「2030 年までのバイオエコノミー:政策課題をデザインする」では、「バイオエコ ノミー」を「経済生産量のかなりの部分にバイオテクノロジーが寄与する世界」と定義してい る(OECD 2009, 8)。米国ホワイトハウスの「バイオエコノミーの国家的ブループリント」では、 同様にバイオエコノミーを「生命科学の研究及びイノベーションを燃料とする経済活動」と定 義している(US White House 2012, 1)。欧州委員会によるバイオエコノミーの定義はもっと広 く、「陸及び海洋(荒れ地も含む)由来の生物資源を食糧や飼料、原料、工業生産、及びエネ 262 ルギー生産のインプットとして利用する経済。さらに、持続可能な産業のためのバイオプロ セスの利用も含まれる」(EC 2012, 1)52。市民社会グループによるバイオエコノミーの定義は 欧州委員会のものに類似している53。世界森林連合(Global Forest Coalition)はこれをポス ト化石燃料経済と呼んでおり、「燃料や様々な製品(プラスチック及びケミカル等)の原料とし てのバイオマスの利用に大きく依存している」(Hall 2012, 2)。ETC グループは、相互に関連 し且つ相互強化関係にある 3 つのコンセプトをバイオエコノミーの基盤として挙げている。即 ち、バイオマス経済(石油資源や鉱物資源から生物原料への移行);バイオテクノロジー経 済(遺伝子配列はデザインされた生物生産システムを作るビルディングブロックとなる);バイ オサービス経済(生態系サービスの新市場が出現して生態クレジットの取引が可能になる) である(ETC 2010, 5)。 政府、産業界、及び市民社会は何れも、合成生物学がバイオエコノミーにおいて重要な役 割を果たし得ると見なしている。米国は SB を「新規技術(エマージングテクノロジー)」と呼ん でおり、「改変生物は影響力が大きい分野(農業、製造、エネルギー生産、及び医療等)にお ける現在の慣行を劇的に変えてしまうので、バイオエコノミーにおける膨大な潜在力がある」 (US White House 2012, 15)。産業アナリストによると、生化学物質、バイオマテリアル、生理 活性成分、及び加工助剤の開発者にとってバイオエコノミーには「明るい未来」がある (Huttner 2013)。ETC グループは SB を「バイオマスの商業性」を拡げる「ゲームチェンジャー」 と表現している(ETC 2010)。 世界的に膨張したバイオエコノミーから期待される利益によって国家の政策や戦略も動か されている。EC によるバイオエコノミーの推進動機は、「持続可能な農水産業、食糧安全保 障、及び再生可能な生物資源の工業用途における持続可能な利用に関する様々な要求を 調和させ、且つ生物多様性及び環境保護を保証する」ためである(EC 2012a, 1)。EC の 3 本 立ての行動計画は、研究、イノベーション、及び技能に対する投資;政策の相互作用及びス テークホルダーの参画の推進;並びに市場及び競争力の強化からなる(EC 2012b)。米国の オバマ政府は「その途方もない成長可能性ゆえに」バイオエコノミーを優先視している。また、 「米国人がより長くより健康な人生を生きることを可能にし、石油依存性を減らし、重要な環 境問題を解決し、各種製造プロセスのかたちを変え、農業部門の生産力・範囲を拡大させ、 且つ新規の職業や産業を育てる」バイオエコノミーの潜在力も理由である(US White House 2012, 1)。ブラジルはその天然資源基盤及び広大な生物多様性に立脚して、「世界 1 位のバ イオエコノミー」になるための戦略を整えつつある 54。バイオエコノミーに関する戦略を未策 263 定の国家もバイオエコノミーという言葉を学び始めており、例えばマレーシアの天然資源環 境大臣は「バイオエコノミー」はマレーシアを高所得国に変えるのに不可欠だと言っている55。 SB に関する市民社会の参画は、世界的に拡大したバイオエコノミーについて予想される 危険性が大きな動機となっている。種々の市民社会グループは、提唱された化石燃料から 再生可能資源への移行のあり方に強い懸念を表明している。持続可能な利用の節で触れ たように、大きな懸念は、世界的なバイオエコノミーに必要なバイオマスの採取・利用規模は 生態学的に持続不可能だという点である(Hall 2012; ETC 2011; ICSWGSB 2011; FOE et al. 2012)。このような新規のバイオエコノミーは、「バイオマスが生長する土地や沿岸水域につ いて数十億人が先在の請求権を有する従来の「バイオ系」経済」を脅かす可能性もある (ETC 2011, 6)。ETC グループが引用している世界保健機関の統計によると、30 億人は暖 房・調理用の主な燃料源として薪炭に依存しており、20 億人は農業及び輸送の主な動力源 として動物を利用している(ETC 2011)。多くの市民社会グループは、そのような「生物多様 性に基づく経済」と「新規な」バイオエコノミーとが共通の天然資源に寄りかかっており、従っ てランドラッシュや資源略奪に変質しかねないことに懸念を表明している(ETC 2011, 15; ICSWGSB 2011; Hall 2012)。 世界的なバイオエコノミーにおける開発途上国の将来については楽観的な意見もあり、程 度は異なるものの損害を軽減・回避可能だという確信は懸念する意見の中にも存在する。 米国の PCSBI によれば、「開発途上国においては健康、資源へのアクセス、及び経済の安 定性が相互に(また、健康や福祉の格差と)緊密に繋がっており」、SB が利益をもたらし得 る (PCSBI 2010, 119)。例えばアルテミシニンは、SB によって開発途上国の健康(従って経 済)を著しく改善できる一例として示されることが多い(Ibid.; Garfinkel et al. 2007; RAE 2009)。ただし、バイオテクノロジーが牽引するバイオエコノミーによって知識経済が優勢に なって行き、国際貿易が少数の富裕国家や多国籍企業によってさらに統合されて行く可能 性もある(Rhodes 2010)。市民社会グループによる「合成生物学に対する監視原則」の主張 では、製品の代替、バイオマスの栽培・採取の増大、又は天然のプロセスや生産物の私有 化・支配の進行を通して、SB の発展が「経済的・社会的な不公正を拡大させない」ようにしな ければならない(FOE et al. 2012, 11)。他の意見でも世界的なバイオエコノミーの中で開発 途上国が SB から利益を得られない(或は却って SB によって損害を被る)可能性を認めてい るが、そのような潜在的損害を軽減可能な方法も指摘している。例えば英国の王立工学ア カデミーは、開発途上国の輸出品が SB 製品で代替されることによって世界的不平等が「悪 264 化する」可能性を認めている(RAE 2009, 45)。ガーフィンケル及びフリードマンは多数の SB 応用技術が可能だと言っており、顧みられない熱帯病の治療(残念ながら最も治療が必要 な者達は治療に必要な財力を持たない)を例に挙げている(Garfinkel and Friedman 2010)。 ただし何れの問題も、特定の製品向けに対策を行うこと (例えば、ゲーツ財団によるアルテ ミシニン研究の助成やサノフィ・アベンティス社の無利益・無損失の生産モデル)や公衆参画 によって解決可能だと考えられる(Garfinkel and Friedman 2010; RAE 2009)。 c)生物多様性に関する人類の健康上の問題 「健康及び生物多様性」に関する CBD の横断的プログラムを通じて、「生物多様性なくし て健康な社会なし」と認識されている(CBD 2012)。生物多様性は医薬、食糧、清浄な大気、 及びきれいな水の供給源となる。生物多様性が喪失すれば疾病との接触が増大したり医薬 や医学研究に利用される物質が損失したりして、人類の健康は負の影響を被り得る(Ibid)。 SB が進歩的な医療介入に利用される場合には、健康や生物多様性に対して非意図的な影 響を及ぼし得る。 d)生物多様性に関する倫理的問題 CBD では、生物多様性や人類と生物多様性との関わりの倫理的側面が重要視されてい る。例えば CBD/COPX では、「先住民コミュニティー及び地域社会(ILC)の文化的・知的 継承物の尊重に関するツガリワイエリ(Tkarihwaié:ri)倫理行動規範」が採択された(CBD COP 2010)。ツガリワイエリ規範では一般的な倫理的原則が規定されている。例えば、ILC の事前の告知に基づく同意及び/又は認可並びに参画;ILC への利益の公正且つ衡平な 配分; 及び予防措置(当該 ILC の参画や、生物多様性に対する潜在的な害の予測や評価 における地域的な基準や指標の利用を含む)である(Ibid, Annex A: Section 2(A))。 既に 1999 年には(Cho et al.)、倫理学者らは現代 SB の新規なツールや手法を活発に議論 していた。一般的な倫理面の議論としては、デュアルユースの科学的発見の発表を禁止す べきか否かや合成生物学者が「神のように振る舞って」いるか否か等が挙げられる(Boldt and Müller 2008; Douglas and Savulescu 2010; Kaebnick 2009; RAE 2009)。本節では生物 多様性に関連する倫理的問題を検討する。 i)新規テクノロジーに対する倫理的スタンスの違い SB 等の新規テクノロジーに対する倫理的スタンスは、イノベーション肯定的か「警戒的」か 265 という風にくくられる場合がある(Parens et al. 2009; Bennett et al. 2009; PCSBI 2010)。米国 の PCSBI はそれらに代えて「節度ある警戒(prudent vigilance)」と呼ぶアプローチを提唱して いる。これは本質的には、SB 開発の米国政府による継続的注視を意味している(PCSBI 2010, 124)。 CBD は予防的措置を重要視しているが、その実地的な意味については議論がある。 CBD の前文によれば、「生物多様性の著しい減少又は喪失の恐れがある場合には、科学 的な確実性が十分にないことをもって、そのような恐れを回避し又は最小にするための措置 をとることを延期する理由とすべきではないことに留意する」(CBD 1992)。SB に直接的に言 及した 2 つの CBD/COP 決定では予防措置を督励している56。2010 年の決定 X/37 では、 締約国が「環境中への合成的な生物、細胞、又はゲノムの野外放出」に対して予防的措置 を施すように促している。2012 年の決定 XI/11 では、締約国が「SB がもたらす生物多様性 の著しい減少又は喪失の恐れに対処する場合には、予防的措置をとる」よう促している。こ れは ICSWGSB の解釈では、SB 的な生物やパーツの環境中への放出や商業的利用の認 可を「それを正当化する十分な化学的根拠が得られ、且つそれに伴うリスクに十分な配慮が なされる」までは行わないよう要請している(ICSWGSB 2011, 5)。その他の者(例えば特定 の合成生物学者)はこの用語の概念や使用と縁があるように見えず、「予防的措置」をどの ように解釈するかは不明である。 ii.生物多様性及び SB に関連する倫理的問題 既存の生物を改変するのではなく生命を創造するという SB の能力によって「新規な」倫理 的問題が生ずるかどうかについて、倫理学者らの意見は一致していない。倫理学者のヨアヒ ム・ボルトとオリバー・ミュラーの見解では、SB は生命の単なる操作から一線を越えてゼロ からの生命の「創造」を行っているため、自然に対する人類の関わりを変えてしまう可能性 がある(Boldt and Müller 2008)。彼らが懸念しているように、かなりの生物をデザイン可能な ことで「自然のプロセスや自身のニーズ・利益に関する我々の理解度を過大評価」しかねな い(Ibid. 388)。倫理学者のクリストファー・プレストンはアリストテレスによる「自然」と「人工」 との区別を引用して、デノボな生物には「歴史上の進化プロセスと繋がる生物の因果の鎖が 存在せず」、価値が低いと主張した(Preston 2008, 35)。しかし多数の専門家は、このような 主張は現在の SB の能力を過大評価していると反論している。科学者らは今のところ既存の ゲノムを複製したり既存の細胞を改変しただけであり、新規な生物をゼロから創造したわけ では無い(Garfinkel and Friedman 2010; Kaebnick 2009)。社会科学者のクレール・マリスと 266 ニコラス・ローズは、「ゼロからの生命」という科学的偉業が既に達成されたという仮説に基 づく「憶測的な倫理学」に対して警鐘を鳴らしている(Marris and Rose 2012, 28)。一方でパレ ンスら(2009)は、自然界を塑造することの倫理面について社会が対話を始めることを重要 視している。 殆どの SB 研究は世界の還元主義的な見方に基づいている(これの倫理的な意味につい ては議論がある)。還元主義とは、複雑な実体はその個々の構成部品の性質によって完全 に説明可能だという立場である(Calvert 2008, 385)。DNA が発見されたことで、生命を化学 的物理的プロセスに分解して説明しようという「還元主義的」転換が生命科学にもたらされた (Cho et al. 1999)。近年、エピジェネティクスによって遺伝子の理解が拡大し、環境的背景が 遺伝子発現に重要な影響を及ぼすことが認知されている。生命科学の一部の領域では、還 元主義は生物学的複雑性を無視した時代遅れで見当違いの理論だと見なされている。多く の合成生物学者はこの複雑性を迂回しようと試みており、複雑性の低い生物をデザインす るために還元主義的理論を用いている(Calvert 2008; EGE 2009)。創発や複雑性が生物の デザインによって回避可能か否かは実証的問題だが、還元主義への傾倒には倫理に関わ る側面もある。生命の還元主義的解釈によって生命が「作製可能で、コントロール可能で、 好きに扱える」と見なされた場合には、生物という特別な地位の土台が崩れる可能性もある (ECNH 2010, 11; Cho et al. 1999; Boldt and Müller 2008)。SB が人類を道具主義に向かわ せることで、生物が道具としての利用価値で評価されるのではないかという懸念も同様にあ る(EGE 2009)。これらの主張に対する一般的な反論では、「生命(life)」は必ずしもそのよう な特別な地位を持っていないと言われる。例えば細菌は基本的に道徳的地位を与えられて いない(ECNH 2010; Douglas and Savulescu 2010)。また、人間以外の生物を軽んずるような 「滑りやすい坂(slippery slope)」に還元主義的な SB 研究が到達したという証拠は無い (ECNH 2010)。生命の道具主義的な解釈が問題かどうかは、個人の倫理的スタンスがどの くらい人間中心的かによって決まる(EGE 2009)。 SB には害、利益、及びリスクに関する倫理的問題もある。バイオセーフティー及びバイオ セキュリティーの問題は、潜在的な害及び利益を秤と天秤とにかけることに関する倫理的問 題のこともある(Boldt and Müller 2008; Cho et al. 1999; Douglas and Savulescu 2010; EGE 2009)。ある種のリスクは、その害の重大性及び/又は害が起こる確率ゆえに倫理的に許 容不可能だと見なされるかもしれない(Schmidt et al. 2009)。SB の生産物やテクノロジーに 関連する潜在的な害及び利益の配分も、倫理的問題である(Schmidt et al. 2009; Nuffield 267 Bioethics 2012; Parens et al. 2009)。フレンズ・オブ・ジ・アースが提起した例では、アミリス社 のアルテミシニン療法の治験がアフリカで行われる見込みであり、「深刻な倫理的・社会経 済的問題を提起している」(FOE 2010, 10)。SB に関連する害及び利益の公正な配分とは、 どのようなものだろうか? また、そのような配分を実現するにはどのようにすればよいだろ うか? 害や利益に関する倫理的問題には、グローバルな正義に関する議論や「テクノロジ ー格差」に対する SB の潜在的影響も含まれる(EGE 2009)。 SB では、知的財産(IP)権に関連した倫理的問題の可能性も指摘されている。しかし一方 では、SB は「生命の特許化」の倫理的問題を回避する 1 つの方法だという意見もある。正義 の問題としては有形財及び無形財の配分も挙げられる。SB に対する知的財産権の適用(例 えば DNA 配列や SB 生物の特許)は、製品や知識のグローバルな流通を妨げる恐れもある (ICSWGSWB 2011; Schmidt et al. 2009; ECNH 2010)。市民社会グループは、農業系バイ オテクノロジーでは IP 制度の利用によって少数企業に支配力が集中したと強く批判しており、 SB でも同様の例が見られるとしている(ETC 2010; FOE 2010; ICSWGSWB 2011)。ただし SB を利用した DNA 配列のデザインや合成を、倫理的・法的な問題を(特に天然の DNA 配 列(即ち「生命」)の特許化に関して)回避する1つの方法だと見なす向きもある(Torrance 2010)。 e)生物多様性に関する知的財産の問題 SB に関する知的財産権は「パーフェクト・ストーム」になりかねないと言われてきた。バイ オテクノロジーやソフトウェアは既に特許制度にとって深刻な問題を突きつけており、それら 2領域を組み合わせた SB はかなりの難問となる(Rai and Boyle 2007)。バイオテクノロジー 分野の特許については「アンチコモンズ(anticommons)」の問題が生じており、曖昧で広い 特許クレームが他のイノベーションを制限している(Oye and Wellhausen 2009; Henkel and Maurer 2009; Torrance 2010)。一方、狭い特許は特許の「薮(thicket)」の原因となり、多数の パーツを組み合わせた複雑なデザインの場合、関係する特許は手に負えない数になる (Rutz 2009; Henkel and Maurer 2009; Rai and Boyle 2007)。エレクトロニクスやソフトウェアと 同様に、最初に共通基準が確立すると、その1つの方法が「ティッピング(tipping)」的力学に よって一産業を支配するようになるという可能性もある(Henkel and Maurer 2007; Henkel and Maurer 2009)。 SB 分野の発展につれて、SB の構成要素、生物、生産物、及び技術に関しては主に 2 つ 268 の知的財産(IP)モデルが形成されているようである(Calvert 2012)。第 1 のモデルは特許に 大きく依存したものであり、J・クレイグ・ヴェンター研究所(JCVI)が例として挙げられる。米国 政府(アメリカ国立衛生研究所)に所属していた 1980 年代に、J・クレイグ・ヴェンターは数千 の短い DNA 配列を特許出願したことで関心と批判の的となった。1990 年代にヴェンターの ゲノム科学研究所(現在は JCVI の一部となっている)は、既知の最小の細菌ゲノムの 1 つ (Mycoplasma genitalium)をシーケンシングして特許化した。2007 年には、ヴェンターの研究 所の研究者らは「最小細菌ゲノム」の特許を出願した(Calvert 2012; Glass et al. 2007)。最後 に挙げた特許は最終的に拒絶されたものの、複数の NGO や専門家はその請求範囲の広さ について懸念を表明している(ETC 2007; ETC 2011; Calvert 2012)。第 2 のモデルはバイオ ブリック(商標)システムであり、オープンソースのソフトウェアから作られている。MIT の標準 生物学的パーツレジストリでは、コントリビューター研究者らが自作のバイオブリック(商標) パーツ(標準化された部品断片を組み込んだ DNA 配列)を供託する。バイオブリックス協会 はバイオブリック(商標)利用協定を定めており、これは本質的にパーツの「ユーザー」と「コ ントリビューター」との間における契約である。コントリビューターはパーツの特許権を保有し ていてもよいが、ユーザーに対して現在から将来に渡っていかなる所有権も主張しないよう に約定することとなっている。オープンソース・ソフトウェアとは異なり、ユーザーはバイオブリ ックス(商標)を用いた自作のデバイスやパーツを公開して共有する義務を課されない。ユー ザーは望むのであれば新規デバイスを特許化してもよく、即ちオープンプラットフォームに基 づいて独自開発した専用のシステムを構築することができる( Calvert 2012; BioBricks Foundation 2013)。 SB にとっての IP 制度は、生物多様性に対する様々な影響やそれらに関連する問題をも たらし得る。米国では 1 つの特許出願当たり 10,000 ドルのコストがかかる(Henkel and Maurer 2009)。SB に関する知的財産権を主張する方法として特許化が必須になった場合に は、その高コスト性ゆえに SB 応用技術の開発目的が変わる(富裕層をターゲットとした高利 益応用技術)、関連組織の構成が変わる(多国籍巨大企業への所有権や支配力の継続的 な集中)ということが容易に起こる可能性がある(ICSWGSB 2011; ETC 2007; Redford et al. 2013)。市民社会グループが強く懸念していることの 1 つは、IP 制度が強化されると情報へ のアクセスが制限されてしまい、独立の有効なリスク評価が行えなくなる可能性である (ICSWGSB 2011)。 269 【参考資料 1- 2】 生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する新たな課題 <合成生物学:生物多様性条約及び議定書の既存条項の適用可能性/不可能性の検討> “Synthetic biology; Gaps and overlaps with the the Convention” 【草案文書(JBA 仮訳、引用禁止)】 【序文】 1.「生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する新たな課題」の決議 XI/11 におい て、生物多様性条約締約国会議は当該課題について提出された提案を受け、事務局長に 次の要請を行った。 (a)締約国、非締約国、関係国際機関、先住民コミュニティーや地域社会、並びにその他 のステークホルダーに対して、合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物 (生物の多様性の保全及び持続可能な利用に影響する可能性を有するもの)やそれらに関 連する社会的、経済的、文化的事項についてさらに情報を寄せるよう呼びかけること(決議 IX/29 第 11 項及び第 12 項に基く)。 (b)利用可能な関連情報を、付随情報と併せて収集・整理すること。 (c)合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物について、本条約、その議 定書、及びその他の関連協定に含まれる既存の条項が適用される点/されない点を検討 すること。 (d)第 12 回締約国会議に先立って、整理した上記情報(決議 IX/29 第 12 項に記載の基 準の当該課題に対する適用性を分析した結果を含む)を、ピア・レビュー及びピア・レビュー 後の科学技術助言補助機関会議による検討が可能な形で提供すること(決議 IX/29 第 13 項に基づく)。 2.この決議に基づき、事務局長は通知 2013-018 を発して合成生物学に関する新たな情報 提供を呼びかけ、前記提案の科学技術助言補助機関による検討の一助となるように、決議 XI/12 第5項に基いて情報のレビューを行った。 3.本文書は当該課題に関する準備プロセスのために作成したもので、文書「合成生物学的 手法に由来する構成要素、生物、及び生産物が生物の多様性の保全及び持続可能な利用 に及ぼし得る正及び負の影響」を補完する。 270 4.文書のレビュー用テンプレートをご利用下さい。「新たな課題」のピア・レビュー欄にありま す(http://www.cbd.int/emerging)。 【1.生物の多様性に関する条約】 生物の多様性に関する条約の目的は、「生物の多様性の保全」、「その構成要素の持続 可能な利用」、及び「遺伝資源へのアクセスとその利用から生ずる利益の公正且つ衡平な 配分」である(CBD Art. 1)。本節では最初に、本条約に定義された用語の合成生物学(SB) に対する適用範囲を検討する。次に、SB の研究及び生産物に関連する可能性がある条項 を検討する。最後に、SB に対応する COP 決議を考察する。 a)本条約に定義された用語の SB に対する適用範囲 CBD の第2条には、当該条約の条文中の用語のリスト及びそれらの定義が記載されてい る。 i)「生物多様性」はあらゆる由来の生物(特に、陸上生態系、海洋その他の水界生態系、及 びこれらが複合した生態系)の間の変異性を指すものとし、種内の多様性、種間の多様性、 及び生態系の多様性を含む。 SB を利用して生物を改変又は構築した場合、その生物が「生物多様性」の範疇に含まれ るかどうかは未決問題である。CBD による生物多様性の定義には「あらゆる由来の」生物 が含まれる。「合成生物学的に改変された生物(SMO)1が生物多様性の一部であるかどう か」に対する解答は、研究室等の科学系の人類活動がそれぞれ「由来」に数えられるかどう かによって定まると思われる。指針となり得るのは、農業生物多様性(人類の活動及び慣習 によって形成・維持される)に関する CBD/COP の認識である(COP decision V/5)。 科学者のコミュニティー内では、SMO が生物多様性の一部であるかどうかについてそれ らしい合意はない。例えば SB 的手法を用いて生殖的に隔離されたショウジョウバエ個体群 が作製された際には、何を「種」と呼ぶかについて生物学者や分類学者の間に論争が起こ った(Moreno 2012; Voosen 2012)。米国の「生命倫理問題の調査に関する大統領委員会」 は、合成生物学的生物が「生物多様性を増大させるのか、それとも減少させるのか」という 問いかけを行っているが、それに対する答えは出ていない(PCSBI 2010, 71)。 ii)「遺伝物質」とは、植物、動物、微生物その他に由来する任意の物質で、遺伝の機能的単 位を有するものをいう。 271 「遺伝物質」には、「遺伝の機能的単位(FUH)」を有する全ての物質が由来を問わず含ま れる。FUH の定義は CBD の条文中にはない。用語「機能的」は動的な要素を伴うので、 Schei 及び Tvedt(2010)の主張によれば「遺伝物質」は現代的な知識及びテクノロジーに則 って解釈される。条約の交渉当時の一般的な解釈では、FUH によって遺伝子と「ジャンク」 DNA とは区別されていた。しかし現在では、遺伝の科学的な解釈は大きく変化している。例 えばジャンク DNA はもはや「ジャンク」とは見なされないし、FUH は「遺伝子そのものに留ま らない存在として理解する必要がある」(Schei and Tvedt 2010, 16)。 様々な SB 研究から生ずる生産物については、それらが遺伝物質を含有するかどうかに 関して様々な考慮事項が持ち上がってくる。 - DNA パーツ及びデバイス、代謝経路工学、並びにゲノム細胞工学:これらの研究領域で は、一つながりの DNA、RNA、或は全ゲノムのデザインや合成が行われる。作製された SMO は、DNA を含有している場合は恐らく遺伝物質に分類される。しかしそのような SMO のデザインが目的とする生産物(例えば医薬品分子や燃料)は、引き続き FUH を含有して いる場合にのみ遺伝物質と見なせると考えられる。 - プロト細胞(人工細胞)(人工細胞)の構築:プロト細胞(人工細胞)の研究の目的は、繁殖、 セルフメンテナンス、及び進化を可能にする最も単純な構成要素群を作製することである (Lam et al. 2009; Sole et al. 2007)。通常のプロト細胞(人工細胞)のデザインには何らかの 情報保持分子が含まれており、「遺伝の単位」として機能すると考えられる。ただし一部には、 進化や複製の能力を持たない細胞を開発しようというプロト細胞研究もある(PCSBI 2010; Sole et al. 2007; Schmidt et al. 2009)。進化や複製をできない細胞は FUH を含有していなくと もよいので、その場合には CBD が意図する「遺伝物質」を含有していないことになる。 - 非天然構成要素/非天然生物学:プロト細胞と同様に、この分野の研究は商業化や利用 には未だほど遠い(Sutherland et al. 2013; Joyce 2012)。この研究の主な目的は核酸やアミノ 酸の基本的形状を改変することであって、その手段は例えば新規の塩基や骨格を有する核 酸を創造することである。これらの分子を「遺伝物質」と見なすかどうかは、XNA や xDNA 等 の改変された形状の情報保持分子が FUH として働くと見なされるかどうかによって決まる。 期待される成果の 1 つは直交性の生物であり、情報保持分子が改変されたことでセマンティ ックな封じ込めが可能となる(「生物学的封じ込め」の節参照)。このような生物は尚独立して 繁殖できるので、FUH を含有していると言える。 272 - FUH に関するバーチャル/デジタル情報:CBD の意図する「遺伝物質」にバーチャル/ デジタル情報(例えば特定の DNA 配列)が含まれるかどうかは未決問題である。CBD 事務 局長の委託によるレポートで Schei 及び Tvedt(2010)が主張することろでは、FUH に関する 情報は「遺伝物質」のダイナミックな解釈に含まれる。Schei 及び Tvedt の意見に従えば、天 然の生物(恐らくは合成生物学的生物も)の DNA 配列上に存在する情報は遺伝物質と見な される。 iii)「遺伝資源」とは、実際的又は潜在的な価値を有する遺伝物質をいう。 CBD の意図する「価値」とは、経済的価値のみならず、生態学的、遺伝的、社会的、科学 的、教育的、文化的、娯楽的、及び審美的な価値をも包含する(CBD Preamble)。この定義 には実際的価値と潜在的価値とが含まれているので、先端テクノロジーに加えてダイナミッ クな将来的な価値の実現も包含する(Schei and Tvedt 2010)。SB 的ツール及び手法は研究 者による物質・材料の新規価値の発見を促進している(Laird and Wynberg 2012)。SB は遺 伝物質からより多くの価値を獲得することを可能にしつつあるため、遺伝資源の定義は拡大 することが予想される。 iv)「生物資源」とは、遺伝資源、生物、そのパーツ、個体群、又は生態系のその他の任意の 生物的構成要素であって、人類にとって実際的又は潜在的な用途又は価値を有するものを 含む。 遺伝資源は生物資源の下位概念である。Schei 及び Tvedt によれば、この下位概念は「そ れを利用して遺伝要素の実際的又は潜在的な価値を獲得すること」によって限定される (Schei and Tvedt 2010, 10, 原著強調部分)。従って、SB 分野においてその FUH(即ちその 遺伝子情報)が利用される生物資源は遺伝資源と解釈できる。しかしその他の目的に用い られる生物資源は、遺伝資源とは見なされないと考えられる。例えばサトウキビ種由来の特 定の遺伝子配列を酵母ゲノムに組み込む場合には、サトウキビの「遺伝資源としての利用」 となろう。しかし同一のサトウキビ種をフィードストックとして使用し、SB 的に作製された微生 物によってその糖を燃料に変換する場合には、「生物資源の利用」とは見なされるかもしれ ないが「遺伝資源」にはあたらないと思われる。 v)「バイオテクノロジー」とは、生物システム、生物、又はその派生物を利用して、特定の用 途のために生産物又はプロセスを作製又は改変する任意の応用技術を指す。 IUCN が発行した生物の多様性に関する条約の解説書によれば、この定義は「現在及び 将来のテクノロジー及びプロセスを包含することを意図している」(Glowka et al. 1994)。CBD 273 では「生物システム」、「生物」、又は「その派生物」は定義されていない。 SB は一般的には「バイオテクノロジー」の一種と見なされる(Nuffield 2012; Garfinkel et al. 2009; Heinemann and Panke 2006)。SB に関する研究の多くと商業化の大部分には生物の 操作が含まれるので、CBD の意図するバイオテクノロジーに分類されると考えられる。その 一方で生物を扱わない SB 研究もあり、例えば DNA の化学合成や無細胞系の生化学的経 路を用いた研究が挙げられる。これらをバイオテクノロジーと見なすかどうかは「生物システ ム」及び「派生物」の解釈によって異なる。さらに、プロト細胞又は非天然生物学に関する活 動をバイオテクノロジーと見なすかどうかは、「生物」及び「生物システム」の解釈に加えて、 その用途によっても異なるだろう。 b)SB に関わる可能性がある条項 CBD の条項には合成生物学に関する具体的な言及は無い。ただし SB の定義の仕方に よっては、以下の条項が適用される可能性がある。 i)LMO に係るバイオセーフティー条項(第 8 条(g)及び第 19 条(4)) バイオセーフティーに関する CBD の作業は、大部分がバイオセーフティーに関するカルタ ヘナ議定書の交渉及びそれに基づく履行を主眼としている(SCBD 2005)。本条約自体も第 8 条(g)及び第 19 条(4)においてバイオセーフティーを扱っている。第 8 条(g)はバイオセー フティーに係るリスクの規制、管理、及びコントロールの国内措置全般に関し、第 19 条(4)は さらに限定的に国境を越えた LMO の移動に係る情報共有に関する。 第 8 条(g)は、CBD 締約国に対して可能な範囲で適宜「ヒトの健康に対するリスクも考慮 した上で、バイオテクノロジーによって得られた遺伝子組換え生物であって、生物の多様性 の保全及び持続可能な利用に影響し得る有害な環境影響を及ぼす見込みがあるものの利 用及び放出に関連するリスクを規制、管理、又はコントロールするための手段を設置又は維 持すること」を義務づけている。第 19 条(4)では締約国の義務として、「バイオテクノロジーに よって得られた遺伝子組換え生物(生物の多様性の保全及び持続可能な利用に対して有害 作用を及ぼす見込みがあるもの)の取り扱いに当たって、それらの生物の受け入れ側の締 約国によって要求される利用及び安全上の規制に関する利用可能な情報と、当該生物によ る潜在的な悪影響に関する情報とを、当該締約国に対して提供すること」を規定している。 従って、CBD のバイオセーフティー条項の SB に対する適用性を定めるに際しては、3 つ 274 の未決事項が重要である。即ち、「バイオテクノロジーの利用によって生じる遺伝子組換え 生物」の解釈;「利用及び放出」並びに「運搬、取り扱い、及び利用」の解釈;環境に対する悪 影響を及ぼす「見込みがある(likely to)」及び「可能性がある(may)」の解釈である。 1)「バイオテクノロジーの利用により得られる遺伝子組換え生物」 生物多様性条約の条文では、「バイオテクノロジーの利用により得られる遺伝子組換え生 物」は定義されていない。IUCN の本条約の解説書によれば、交渉担当者らは旧来の用語 「遺伝子組み換え生物(GMO)」の代わりに「遺伝子改変生物(LMO:遺伝子組換え生物とも 呼ばれる)」を採用することで、この条項に基づく義務の適用範囲を拡大した(Glowka et al. 1994, 45)。カルタヘナ議定書における LMO の定義とは異なり、本条約における同用語の使 用対象には従来の手法(例えば植物育種及び人工授精)によって遺伝物質を改変された生 物も、モダンバイオテクノロジーの手法(例えば組み換え DNA テクノロジー)によって遺伝物 質を改変された生物も含まれる(Ibid)。 SB 的生物が CBD の意図する LMO と見なされるかどうかは、以下のような SB の生産物 のうちどのようなものが「生きている(living)」と見なされるかによって異なる。 - DNA パーツ及びデバイス:デザインされた DNA パーツ(例えば BioBricks(商標))は総じ て比較的短い DNA 配列である。それらの DNA パーツやデバイスが細胞に組み込まれた場 合、その生細胞は CBD による LMO の定義に該当すると考えられる。しかし、DNA パーツ は凍結乾燥された「裸の」DNA の状態で郵送されることも多い(例えば各年のコンテスト参 加者が受け取る iGEM の配布キット)2。本条約における LMO の定義に「裸の」DNA やプラ スミドが包含されるかどうかは未決問題である。 - 代謝経路工学:この研究分野の主な目的は、微生物(多くは大腸菌や酵母細胞)を改変し て特定の化学薬品を産生させることにある。合成生物学的に改変された微生物が作製され た場合には、LMO として分類されると考えられる。それらの微生物の多くが産生する分子 (医薬品や燃料等の商業用)は、それらが生きていない限りは LMO とは言えないだろう。 - ゲノム細胞工学:この研究の最大の目的は微生物のゲノムを改変することである。生産 物が生細胞である場合には、LMO だと考えられる。 - プロト細胞(人工細胞):プロト細胞は生命体の特徴の一部のみを示す(Schmidt 2009)。 一部の科学者の予想では、自然界に存在する「柔弱な細胞(limping cells)」は他細胞に依 存して存在するため(例えば細胞内小器官)、プロト細胞は「天然に存在する生命体が独立 して生存できるようになる以前の共生体として理解」できる(Schmidt 2009, 90)。そのような 275 共生体が「生きている」と言えるかどうかは解釈の問題である。 - 非天然生物学/オルタナティブ・バイオロジー:異種の生化学的な構築ブロックを用いた 生物を「生きている」と見なすかどうかは解釈の問題である。 2)環境に対する悪影響を及ぼす「見込みがある」/「可能性がある」 第 8 条(g)及び第 19 条(4)は確率ベースの表現を用いている。解釈の第 1 段階として、 「見込みがある」及び「可能性がある」の確率の閾値を定める必要がある。さらに SB の場合 には2つの問題が追加される。データが不十分なために関連リスクを十分に確定できない場 合はどうなるだろうか? 低確率だが重大性が大きいリスクは包含されるだろうか? 最初の問題は、不十分なデータしか存在しないために悪影響の確率や性質を確定できな い場合における、第 8 条(g)又は第 19 条(4)の適用性である。SB に関連する潜在的な危険 がどの程度まで既知であり且つどの程度まで評価可能かは、合成生物学者、生態学者、産 業界、及び市民社会の間で意見が異なる。一部の合成生物学者やバイオテクノロジー産業 協会の主張によれば、SB 研究の大多数は新規なリスクをもたらさない(de Lorenzo 2010; Erickson et al. 2011)。しかしながらその他の意見は、SB による潜在的な不測のリスクについ てずっと慎重である(Dana et al. 2012; FOE et al. 2012; ICSWGSB 2011; Snow and Smith 2012; Tucker and Zilinskas 2006)。ネイチャー誌に掲載された記事で Dana ら(2012)は、今後 の 10 年で最低でも 2〜3 千万米ドルを SB に関するリスク調査に投じるべきだと主張してい る。即ち、「合成生物が環境に及ぼすリスク、厳密な評価のために必要な情報の種類、或は それらのデータを収集する責任の所在を誰も把握していない」(Dana et al. 2012, 29)。必要 なリスク調査の種類は現在 4 つあるが、その1つは微生物がどのように生息環境、食物網、 及び生物多様性に影響するかである(Ibid.)。もし潜在的な影響に関してそれらの点が不確 定のままであるならば、特定のリスクの確率を評価するのは難しいかもしれない。 第 2 の問題は、第 8 条 g 及び第 19 条(4)が「破局的」且つ「実存的(existential)」なリスク のシナリオに適用可能かどうかである。地球規模の破局的リスクとは、深刻な地球規模の 損害を人類の福祉に対してもたらす事象を指す。実存的リスクは「人類滅亡をもたらすか、 或は地球上における人類の生活の質を永久的に激しく低下させる」(Wilson 2012, 2)。その ようなリスクは「低確率だが重大性が大きい」と表現されることが多い。2013 年 3 月に、サイ エンス誌編集委員のマーティン・リース(前・英国王立協会会長)は合成生物学が潜在的な 実存的脅威だと述べた。同じことを哲学者のブライアン・ノートンは生命倫理問題の調査に 関する米国大統領委員会の聴聞会で言っている(Rees 2013;Norton 2010)。低確率事象で 276 あって且つ深刻な結果に該当する場合、有害作用を及ぼす「見込みがある」もの及び有害 作用を及ぼす「可能性がある」ものに関する条項を解釈する必要があると考えられる。 第 8 条 g が SB によって作製された LMO の利用や放出に適用される場合には、CBD 締 約国は可能な範囲内で適宜「そのリスクを規制、管理、又はコントロールするための手段を 設置又は維持すること」になる。バイオセーフティーに係る CBD/COP 審議の大部分は、第 19 条(3)及びバイオセーフティーに関するカルタヘナ議定書に関連して行われており(SCBD 2005)、第 8 条(g)の「リスクの管理、規制、又はコントロール」の具体的な解釈が存在しない。 ICSWGSB は、CBD/COP が締約国をして「合成生物学によって作製される合成遺伝子パ ーツ及び遺伝子組換え生物が環境中に放出されたり、その商業的な利用が認可されたりす る以前に、それらの行為を正当化する十分な科学的根拠を得るよう、且つそれに伴う生物 多様性リスク、社会経済的リスクや、環境、人間の健康、暮らし、文化、並びに伝統的な知 識、慣習、及び工夫に対するリスク等にも十分配慮するよう」保証することを推奨している (ICSWGSB 2011, 5)。 3)LMO の利用及び放出/運搬、取り扱い、及び利用 第 8 条(g)は LMO の「利用及び放出に伴うリスク」について定められている。この条文の ふさわしい解釈は「何れの種類のリスク(即ち LMO の利用に伴うリスクと、LMO の放出に伴 うリスク)も包含されている」だと考えられる。ただし、LMO の利用と放出との両方に伴うよう なリスクのみを指すと解釈することも可能である。 将来的に予想される SB の利用の多くでは恐らく環境中への放出が必要であり(環境中へ の意図的放出については Part 2a(iii)参照)、従って第 8 条(g)の適用を受けると考えられる。 現在の SB の商業的・工業的利用は主として特定の工業プロセスを行う SMO(例えばバイオ マス分解酵素)か、或は特定の化学薬品を生産する SMO(例えばアルテミシニン酸を産生 する酵母)である。一部の有名な例外を除けば、SMO 自体は上市されておらず、環境中へ の放出も意図されていない(現在から近い将来にかけての生産物については Part 1d(ii)参 照)。しかし拡散防止措置の種類及び程度は、合成生物学的に改変された藻類を生産する オープン・ポンドから微生物を用いる分散型のバイオリアクター(漏出の可能性がある)まで 様々である(Marris and Jefferson 2013)。そのような非意図的な(しかし恐らく予測可能な)環 境中への放出を「放出」と見なすかどうかは、解釈によって異なるかもしれない。 「運搬、取り扱い、及び利用」に関する第 19 条(4)の条文は国境を越えた移動に適用され、 放出の問題は関係ないのでより単純である。 277 ii)環境影響評価(第 14 条(a)及び(b)) 第 14 条(a)は、CBD 締約国に対して可能な範囲で適宜「生物多様性に対する著しい有害 作用を及ぼす見込みがある事業計画案について、環境影響評価を義務づける適切な手続 きを導入する」こと等を義務づけている。また第 14 条(b)は、同じく可能な範囲で適宜「適切 な措置を講じて、生物の多様性に著しい悪影響を及ぼす見込みがある計画及び政策が環 境にもたらす結果の重大性についてしかるべく配慮すること」を義務づけている。 第 8 条(g)の条項では、「著しい有害作用を及ぼす見込みがある」という文言が使用されて いる。ここでも、低確率・高影響の結果やデータ不足で悪影響の種類や確率が決められない 事象に対して、当該条項が適用されるかどうかという問題が生ずる。 第 14 条(a)は政府のプロジェクトに該当すると考えられる。SB 研究への民間投資を追跡す るのは困難だが、複数の調査によれば SB 研究へのかなりの投資は政府(特に米国及び欧 州の政府機関、学術会議、及び財団)から来ている(WWICS 2010; Oldham et al. 2012)。 WWICS(2010 年)の調べによると、倫理的、法的、及び社会的な影響を検討するために米 国が計上したのは公的資金のうちわずか 4%であり、欧州連合、オランダ、英国、及びドイツ は約2%をそのような影響調査に計上している。WWICS によれば、SB のリスク調査、偶発 的又は意図的な非封じ込め利用や低確率・高影響事象のリスク評価に関するプロジェクトに 特化した投資は全く存在しなかった(Ibid. 8)。 市民社会ワーキング・グループ(ICSWGSB)は CBD/COP が CBD 第 14 条の「モデル事 例を承認する」ように推奨しており、締約国に「生物多様性に対して著しい有害作用を及ぼ す可能性がある合成生物学の事業計画案の環境影響評価に関して、立法上、行政上又は 政策上の措置をとる」ことを求めている。「これは合成生物学によって作製される環境中へ の放出を意図した合成遺伝子パーツ及び遺伝子組換え生物に加えて、封じ込め利用(拡散 防止措置下での利用)をされるものも対象としている。合成生物学に関する有効な封じ込め には、拡散防止設備のアップデート及びアップグレードが必要になる可能性があるためであ る」(ICSWGSB 2011, 39)。 iii)遺伝資源へのアクセスと利益配分(第15条) 2010 年の「生物の多様性に関する条約の遺伝資源へのアクセスとその利用から生ずる 利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書(NP)」ではアクセスと利益配分(ABS) 278 に関連するより詳細な義務が定められているが、CBD の第 15 条は CBD の全締約国に適 用される。第 15 条の条項によれば、締約国は「環境上適切な利用を目的とした他の締約国 による遺伝資源へのアクセスを容易にするような条件を整えるよう努力」し(15(2));アクセス は「相互に合意した条件」で許され(15(4));事前の告知に基づく同意が必要であり(15(5)); 「締約国は、遺伝資源の研究及び開発の成果並びに商業的利用その他の利用から生ずる 利益を当該遺伝資源の提供国である締約国と公正かつ衡平に配分するために(中略)、立 法上、行政上、又は政策上の措置をとる(15(7))。 iv)技術移転及び協力(第 16〜19 条) CBD は技術移転及び協力に関する作業プログラムを CBD 第 16〜19 条に基づき策定し た(COP decision VII/29 参照)。CBD 第 16 条は、「バイオテクノロジー」の包含を技術へのア クセス及び移転に関する条項中に明記している(CBD Art. 16(1))。前文書に記載のように (Part 4 (a(iv))、SB に関する各種技術はバイオテクノロジーと解釈できる。CBD 第 16 条(1) によれば、各締約国は「生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関連するテクノロジー 又は遺伝資源を利用し且つ環境に対して著しい損害を与えないテクノロジーの、他の締約 国によるアクセス及び他の締約国への移転を提供並びに/又は助成すること」を保証する。 SB に関連するテクノロジーは何れの基準も満たし得るため、第 16 条(1)が適用され得る。 即ちその場合には 1)生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関連し、2)遺伝資源を利 用し且つ環境に対して著しい損害を与えない。事例ごとの評価を行って個々のテクノロジー が該当するかどうかを検討する必要がある。概して言えば、実際に SB 研究の一部の領域 は保全及び持続可能な利用に関連した応用技術の開発(例えば絶滅種再生(de-extinction) や汚染環境修復用の微生物の作製)を目的としている(Parts 2 & 3 参照)。ただしそれらの 研究領域の殆どは実用化や商業化には未だ遠いと考えられている。上述のように、SB 研究 の多くは「遺伝資源を利用する」と見なせる。個々の SB テクノロジーが著しい損害を環境に 与えるかどうかは影響評価を必要とする。 開発途上国は、テクノロジーへのアクセス及びその移転について「公正で最も有利な条件」 を提供される(Art. 16(2))。第 19 条も特に開発途上国について定めており、「締約国はあら ゆる実行可能な措置をとって、他の締約国(特に開発途上国)が提供した遺伝資源に基づ いてバイオテクノロジーから生ずる成果及び利益に対する、公正且つ衡平な条件における 当該締約国の優先的なアクセスを促進・改善する」(Art. 19(2))。また、締約国は「バイオテ 279 クノロジー研究に遺伝資源を提供した締約国(特に開発途上国)の、(可能な場合には当該 締約国内における)当該研究活動への効果的な参加を考慮する」(Art. 19(1))。 2012 年にプロスワン(PLoS ONE)誌に掲載された論文では、ウェブ・オブ・サイエンスに登 録された文献の著者所属先に基づいて SB 研究の地球規模の展望を調査している(Oldham et al. 2012)。SB に関する論文の大多数は米国から現れており、それに続くのは英国、ドイツ、 フランス、及びスイスであるが、これら以外の国々も目立って存在する。この論文で特に指 摘されているのは、新たな経済大国(例えば中国、ブラジル、及びインド)に加えて、メキシコ、 アルゼンチン、南アフリカ、及びシンガポールの存在である(Oldham et al. 2012, 5-6)。即ち SB 研究は一部の「メガ多様性」国家でも起こりつつある。SB 研究が他国(特に開発途上国) 由来の遺伝資源を利用する場合には、上記の条項が適用される。 c)SB に関する記載を含む COP 決議 2 つの CBD/COP 決議には SB に対する直接的な言及がある(当該条項は次の通り)。 COPX/37「バイオ燃料と生物多様性」段落 16:COP は締約国及び非締約国に対し、条 約前文及びカルタヘナ議定書に基づいて、バイオ燃料生産用の遺伝子組換え生物の導入 及び利用並びに合成的な生命体、細胞、又はゲノムの環境中への野外放出に対する予防 的アプローチを講じ、締約国の権利を承認し、国内法に基づいて合成的な生命体、細胞、又 はゲノムの環境中への放出を延期するよう要請する。 COPXI/11「生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する新たな課題」段落 4: COP は、合成的な生命体、細胞、又はゲノムに関連するテクノロジーの発展、並びに生物の 多様性の保全及び持続可能な利用に対するそれらの潜在的影響の科学的不確定性に鑑 み、国内法及びその他の関連する国際的義務に基づき、合成生物学に由来する生物、構 成要素、及び生産物によってもたらされる生物多様性の著しい減少又は喪失の脅威に対応 する際に、本条約の前文及び第 14 条に基づいて予防的アプローチを講ずるよう締約国に要 請し、非締約国に促す。 最後に、次の COPXI 決議も SB に関わると見なすことが出来る。 COP/XI/27「バイオ燃料と生物多様性」段落 6:COP は、バイオ燃料に関連するテクノロ ジーの急速な発展にも鑑み、締約国及び非締約国に対してそれらの発展を監視するよう要 請し、特に生物の多様性に関する条約前文に基づいて予防的アプローチを講ずるよう締約 国に要請し非締約国に促した決議 IX/2 第 3 項(c)(i)を想起する。 280 【2.バイオセーフティーに関するカルタヘナ議定書】 バイオセーフティーに関するカルタヘナ議定書(CPB)は、ヒトの健康に対するリスクも考慮 した上で、「生物の多様性の保全及び持続可能な利用に対して有害作用を及ぼす可能性が あるあらゆる遺伝子組換え生物(LMO)の国境を越えた移動、通過、取り扱い、及び利用」 に適用される(CPB Art. 4)。2012 年に CPB のリスク評価及びリスク管理に関する特別専門 家グループは、合成生物学を用いて作製される LMO のリスク評価を爾後のガイダンス作成 のテーマとして挙げている(CPB AHTEG 2012, Annex IV)。 本節では先ず、「CPB の趣旨に基づくと、SB の構成要素、生物、及び生産物のうちどのよ うなものが LMO だと見なされるか」を検討する。特定の CPB 条項に関する除外規定の適用 性を、SB の現在から近い将来に渡る研究及び商業化に基づき、SB を用いて作製される LMO について検討する。CPB に基づいて行われるリスク評価は、附属書IIIに従って実施さ れなければならない(CPB Art. 15)。附属書IIIの一般原則、方法論、及び考慮すべき点を SB への適用性について検討する。 (a)LMO と SB の構成要素、生物、及び生産物 CPB の定義によれば、LMO とは「遺伝物質の新規組み合わせを有する任意の生物であ って、モダンバイオテクノロジーの利用によって得られたもの」である(CPB Art. 3(g))。従って 「合成生物学的手法に由来する構成要素、生物、及び生産物」の条件は、i)生物であり、ii) 遺伝物質の新規組み合わせを有し、且つiii)モダンバイオテクノロジーの利用から生ずるも のとなる。 (i)生物 CPB による「生物」の定義は、「遺伝物質を伝達又は複製できる任意の生物学的存在であ って、不稔性の生物、ウィルス、及びウィロイドを含む」(CPB Art. 3(h))。「遺伝物質」の定義 は CPB には無く、条約では「遺伝の機能的単位を含有する」任意の物質と定義されている (CBD Art 2)。この定義に従うと、SB 研究の多くの領域は生物(ゲノム細胞工学によって作 製された微生物や合成代謝工学によって改変された細胞も含む)を作製するものと見なされ る。 現行の SB の利用に関連して、「生物」の範囲については 3 つの大きな問題がある。即ち、 1)SB により作製された生物の生産物;2)裸の DNA 及び構成パーツ;3)デジタル/バーチ ャル情報の移転である。 281 (1)SB 的生物による生産物 IUCN の CPB 解説書によれば、LMO の生産物(「その生産物(products thereof)」と呼ば れる)は CPB 交渉時に広く議論されている(Mackenzie et al. 2003, 15)。CPB が意図する「そ の生産物」は主に加工済みの LMO(例えば小麦粉、精製糖、圧搾油)を指すと考えられる。 そのような生産物にはリスク評価及び告知に含める必要最小限の情報に関して CPB が適 用されるが、それも生産物が「モダンバイオテクノロジーの利用によって生じた複製可能な遺 伝物質の検出可能な新規組み合わせ」を含む場合に限る(CPB Art. 20 (3(c)); CPB Annex I(i); CPB Annex III(5))。 SMO の現行の商業化の大部分においては、合成生物学的に改変された微生物(SMMO) を用いて特定の分子(例えば特殊化学薬品、燃料、香料、及び医薬品)が製造されている (Wellhausen and Mukunda 2009)。そのような「生産物」は単なる加工された LMO ではなく、 微生物又はバイオマスの微生物発酵の副生産物である(例えばバニリンやアルテミシニン 酸)。それらの「その生産物」は、遺伝物質の新規組み合わせを含む核酸を含有する場合に は議定書の適用範囲に含まれる。 (2)DNA と構成パーツ DNA 及び構成パーツに関しては、状況はより曖昧である。CPB 交渉に関する IUCN 報告 書によれば、合意決議ではプラスミドや DNA は第 3 条(h)の生物の定義に直接的には含ま れていない(Mackenzie et al. 2003, 45)。SB を用いて作製される DNA 及びパーツの運送は、 過去数十年に渡って郵便で行われて来た。ニュー・イングランド・バイオラボ社は BioBrick (商標)アセンブリーキットをインターネット経由で 247 米ドルで提供している。パーツには、デ スティネーション・プラスミドや上流パーツ及び下流パーツが「精製された DNA」として含まれ ている。精製された DNA は DNA 合成営利企業からも郵送され、多くは凍結乾燥された状 態である。長鎖 DNA 分子は壊れやすいので、DNA 合成企業は自社の長鎖 DNA を生細胞 に導入した状態で出荷しなければならないこともある(Garfinkel et al. 2007)。新規 DNA を生 細胞に導入して出荷する場合には、それらの細胞は明らかに CPB の言う「生物」に該当する と考えられる。一方、「裸の」DNA 及びパーツは CPB の定義では「生物」と見なされない。 「その生産物」に係るリスク評価及び告知に含ませる必要最小限の情報に関する CPB 条 項は、裸の DNA 及びその構成パーツにも適用され得る。CPB に基づくと、「その生産物」が 「モダンバイオテクノロジーの利用によって生じた複製可能な遺伝物質の検出可能な新規組 み合わせ」を含む場合、告知については附属書Iに含まれ、リスク評価については附属書III 282 に含まれる(CPB Annex I(i); CPB Annex III(5))。 多くの国において、SB を用いて作製される裸の DNA 及び構成パーツの国境を越えた出 荷が、LMO のバイオセーフティーに関する国内規制体制によって規制されているとは考え にくい。種々の市民社会団体は CPB の適用範囲とそれらのキットや構成パーツとの間のギ ャップが「議定書の趣旨からの大きな抜け穴」だと懸念している(ICSWGSB 2011, 25)。 (3)デジタル/バーチャル情報の移転 CPB による LMO 及び生物の定義には、バーチャル/デジタル情報は直接的には含まれ ていない。市民社会・市民政策学者の指摘によれば、生物学的試料の物理的移転に代わっ て電子的移転が行われるトレンドが増大しており、その促進には SB 的ツールも一役買って いる(Oldham 2004; Schei and Tvedt 2010; Laird and Wynberg 2012; ICSWGSB 2011)。 ICSWGSB は、CPB が DNA 情報の「通過」及び「国境を越えた移動」のより広い解釈を包含 するように改善し、そのためには「デジタルコードを物理的 LMO に再変換する者に対して事 前の告知に基づく同意手続きを明示的に義務づける」ことを提案している(ICSWGSB 2011, 25)。 ii) 新規組み合わせ 「遺伝物質の新規組み合わせ」は遺伝の機能的単位の新規形状や、或は遺伝の機能的 単位の新規配合からも生じ得るが、表現型の変化を伴うかどうかには関わらない (Mackenzie et al. 2003)。SB の殆どの応用技術は、新規の遺伝物質を作製することに主眼 を置いている。天然生物(例えばスペイン風邪ウィルスや JCVI 細菌ゲノム)をモデルとして 合成生物学的に作製された生物は原型の正確なコピーではないため、新規だと見なされる。 新規な遺伝物質(例えば「遺伝子シャフリング」)を使用しない進化工学的手法の利用も、既 存の遺伝物質を組み換えるので「新規組み合わせ」を生ずるものと見なされる(Mackenzie et al. 2003)。 iii)モダンバイオテクノロジー 「モダンバイオテクノロジー」は CPB では次のように定義されている。 「a.組換えデオキシリボ核酸(DNA)及び細胞又は細胞内小器官への核酸の直接注入を含 むインビトロ核酸手法、或は、 b.分類学上異なる科の間で行われる細胞融合であって、自然界における生理的な生殖又 は組換えの障壁を越えるもので、伝統的な育種及びセレクションで用いられる手法では無い ものの適用」(CPB Art. 3(i))。 283 CPB の交渉担当者は、遺伝子情報を改変する新規手法が次々に開発されるだろうことを 認識していた(Mackenzie et al. 2003)。IUCN の解説書によると、上記定義はインビトロ核酸 手法の特定の 2 例を示しているが、その他の手法が定義から除外されているわけではない。 SB 的ツールや手法は広がり続けるバイオテクノロジーのフロンティアの典型だが、それでも CPB によるモダンバイオテクノロジーの定義の範疇に留まっている。 b)CPB の特定の条項の除外規定 CPB は、ヒトの健康に対するリスクも考慮した上で、生物の多様性の保全及び持続可能 な利用に対して有害作用を及ぼすあらゆる LMO の国境を越えた移動、通過、取り扱い、及 び利用に適用される(CPB Art. 4)。条文では、一部の条項について一部の LMO の限定的 な除外規定を定めている。 i)CPB 条項の除外規定:他の関連する国際協定又は国際機関が対応するヒト用の医薬品 (第5条) CPB は「他の関連する国際協定又は国際機関が対応するヒト用の医薬品である遺伝子 組換え生物の国境を越えた移動には適用されない」(CPB Art. 5)。バイオテクノロジー産業 協会(BIO)によれば、SB は既にヒト用の医薬品の製造に利用されている。コデクシス (Codexis)社は SB 及び進化工学を利用してトランスアミナーゼの発見・開発を行い、シタグ リプチン(メルク社がジャヌビア(登録商標)として販売している 2 型糖尿病の治療薬)製造の ための生体触媒経路が可能となった(BIO 2013)。DSM 社は SB を用いて合成抗生物質セフ ァレキシンの商業的製造プロセスを改良しており、その手段はペニシリンを産生する微生物 株中に酵素をコードする遺伝子を導入・最適化することである(Ibid)。サノフィ社はマラリア 治療用の「半合成」アルテミシニンを 2013 年に 35 トン製造するとしている(Sanofi and PATH 2013)。これらに留まらず、SB は今後の医薬品の開発及び製造に大きな役割を果たすこと になると予想されている(RAE 2010)。 現在から近い将来に渡っては、SB 的生物の用途の1つは医薬品を産生するための「バイ オファクトリー」である。そのような生物自体は医薬品ではないので、それらの生物は第5条 の除外規定に該当しない(Mackenzie et al. 2003 参照)。一方、将来的な SB の進歩がヘルス ケアに関するイノベーションをもたらすという期待は多く、例えば人工染色体を用いた遺伝子 治療や、細菌やウィルスをプログラミングして悪性細胞を同定し治療薬を送達することが挙 げられる(EGE 2009)。そのような未来の SB 的生物は、それ自体が医薬品となる可能性が 284 ある。 ヒト用の医薬品としての LMO に対しては他の関連する国際協定や国際機関が対応する 必要があり、CPB から除外される。ヒト用の医薬品としての LMO が他の国際協定や国際機 関によってどの程度まで「対応」されていれば第5条の除外規定に該当するのかは、不明確 である。特に、それらの協定又は機関が LMO の生物多様性影響に対応すべきかどうかは 未決問題である(Mackenzie et al. 2003, 56)。 現在のところ SB を用いて作製される生物は、他の関連する国際協定又は国際機関によ る直接的な対応の対象ではない。しかし今後は問題となる可能性がある。例えば SB の有望 性として良く引き合いに出されるのは、ウィルス用の急速な種痘開発である(RAE 2010; PCSBI 2010)。2011 年に、世界保健機関(WHO)は「パンデミックインフルエンザ事前対策: インフルエンザウイルスの共有とワクチンその他の便益へのアクセスの枠組み」を承認した (WHO 2011)。このアクセスと利益配分に関する拘束力の無い取り決めによって、それらの 種痘が CPB の適用範囲から除外されるかどうかは不明である。 ii)「事前の告知に基づく合意」条項の除外規定 事前の告知に基づく合意を提供する必要性に関して、限定的な除外規定がある(Art. 7)。 1)「封じ込め利用(拡散防止措置下での利用)」(第 6 条) CPB では、事前の告知に基づく合意(AIA)の条項は「受け入れ側の締約国の基準に基 づく封じ込め利用を目的とした」LMO の国境を越えた移動には適用されない(CPB Art. 6(2))。封じ込め利用の定義は「施設、設備、又はその他の物理的構造物の中で行われる」 操作であって、外部環境に対する LMO の接触及び影響が「特定の措置」によって「効果的 に制限」されているものである(CPB Art. 3(b))。このテーマに関する交渉は、化学的又は生 物学的な障壁が十分な拡散防止措置と見なせるかどうか、或は物理的封じ込めが必要か どうかに集中した(van der Meer 2002; Mackenzie et al. 2003)。最終的な条文の焦点は措置 の種類ではなく拡散防止措置の効果に当てられた。効果の程度及び性質の問題も締約国 の判断に委ねられている(Mackenzie et al. 2003)。 少なくとも 3 つの疑問が、SB 及び「封じ込め利用」の AIA 除外規定に関連して複数の市 民社会団体から指摘されている。第 1 に、ICSWGSB(2011)の主張によれば、締約国が LMO の拡散防止に有効だと見なしている拡散防止施設は SMO の封じ込めには不適当で ある。受け入れ側の国は事前情報提供によって「利用可能な拡散防止措置の効果を判断す る」必要があるのではないか(Ibid, 26)。ICSWSB は締約国会議に対して、議定書締約国会 285 議(COP-MOP)が「少なくとも有効な拡散防止措置が示されるまでは」合成遺伝子パーツ及 び SB により作製される LMO を AIA 条項の「封じ込め利用」の除外規定から除外するよう 呼びかけている(Ibid, 40)。 第 2 の問題は、SB コミュニティーの個々のメンバーが「封じ込め利用」を実現できると考え られるのかどうかである。欧州の市民社会団体の1つエコネクサス(EcoNexus)は、IGEM コ ンテスト参加者や DIY バイオの個々の実験者及び集団の活動が一体「封じ込め利用」と見 なせるのかどうか、疑問を表明している(EcoNexus 2011)。これらのグループの活動に際し ては LMO の国境を越えた移動が日常的に行われる可能性がある。2012 年の IGEM コンテ スト参加者は 34 カ国から集っており、従って世界中を彼らの「遺伝子操作した機械」を抱え て飛び回ったことになる。DIY バイオマニアは日常的に DNA、オリゴヌクレオチド、及びプラ スミドを DNA 合成営利企業から購入している。エコネクサス(2011)はそのようなユーザーが 「封じ込め」られていると信じられるのかと問いかけており、そうでないならばどうやって AIA を入手できるのかと言っている。 第 3 の問題はより一般的であり、SB により作製される LMO に限定されない。即ち、ある 研究室が SB 的 LMO を封じ込め利用のために受け入れた後に当該 LMO を拡散防止措置 から放出する国内申請を行う場合、締約国は「規制のアービトラージ」に直面する (ICSWGSB 2011)。リスク評価の国内基準は CPB の附属書IIIが定める下限よりも低い可能 性もある。ICSWGSB は CPB を「事前の告知に基づく同意を得ずに拡散防止措置下で LMO を受領した者は、LMO を放出する前に必ずリスク評価プロセス(少なくとも附属書IIIに定め るものと同程度に強力なもの)に基づく承認を受けなければならない」というように修正する よう推奨している(ICSWGSB 2011, 26)。 2)「食料若しくは飼料として直接利用し又は加工することを目的とする」LMO(第 11 条) 食料若しくは飼料として直接利用し又は加工することを目的とする LMO(LMO-FFP)の国 境を越えた移動は、AIA 義務から除外される。ただしリスク評価はバイオセーフティー・クリ アリングハウスに登録されなければならない(CPB Art. 7(2); CPB Art. 11(1))。附属書IIには 第 11 条に従って LMO-FFP に要求される情報を詳しく定めており、附属書IIIに従ったリスク 評価報告を含む(CPB Annex II (j))。LMO-FFP には、LMO を含有する可能性があること及 び環境中への意図的な導入を目的としないことを記載した文書を添付しなければならない (CPB Art. 18(2(a)))。 BIO によれば、その加盟企業の一部は LMO-FFP に該当し且つ AIA 除外規定に含まれ 286 る可能性がある生物を SB によって作製している。例えばアグリビダ(Agrivida)社は専売特 許の INzyme(商標)テクノロジー(「合成生物学への新規アプローチ」と呼んでいる)を用いて、 不活性状態の(収穫後に活性化される)生分解酵素を含有するフィードストック用バイオマス を栽培している(BIO 2013)。この目的は、エタノールの発酵プロセスでフィードストックを分 解するコスト及びエネルギーを削減することである。2012 年にアグリビダ社は、改変トウモロ コシの「かなり大規模なほ場生産」を米国で開始したと発表した(Agrivida 2012)。アグリビダ 社の改変トウモロコシのような植物は、直接的なエタノールへの加工を企図されている。 3)COP-MOP が「有害作用を及ぼす見込みがない」とした LMO(第 7 条(4))。 CPB は、締約国が協力して「ヒトの健康に対するリスクも考慮した上で、生物の多様性の 保全及び持続可能な利用に対して有害作用を及ぼす見込みがない」LMO を同定する機会 を提供している(CPB Art. 7(4))。締約国は「有害作用を及ぼす見込みがない」LMO を COP-MOP 決議を通じて公式に同定しなければならない。そのような LMO は次に AIA 手続 きから除外される(CPB Art 7(4))。今のところ、COP-MOP はそのような有害作用を及ぼす見 込みがない LMO を見いだしていない。2012 年に CPB 締約国は、「有害作用を及ぼす可能 性がある(又はその見込みがない)遺伝子組換え生物又は特定の形質の同定に有用な科 学的情報」を事務局長まで提供するよう求められた(BS-VI/12 III(11))。事務局長は、バイオ セーフティー・クリアリングハウス(情報を登録した上で簡単に検索できる)にそれらのセクシ ョンを作成するよう依頼された(BS-VI/12 III(12))。 c)附属書IIIリスク評価の SB への適用性 第 15 条(2)によれば、リスク評価の実施は受け入れ側の締約国が国境を越えた移動に 関する第 10 条決議の手続きを行うために必要である(CPB Art. 10; CPB Art. 15(2))。リスク 評価は「科学的に適正な方法で、附属書IIIに従い、認知されたリスク評価手法を考慮して実 施」しなければならない(CPB Art. 15(1))。附属書IIIのリスク評価は、国内規制体制を持たな い開発途上国の締約国又は経済移行期の締約国が LMO-FFP の受け入れを決定した場合 にも必要である(CPB Art. 11(6(a)))。CPB 附属書IIIには、リスク評価における一般原則、方 法論、及び考慮すべき点が定められている。附属書IIIのリスク評価の方法論で要求される のは、危険(ハザード)の同定;各種作用の可能性の評価;それらの作用が起こった場合の 結果の重大性の評価;各種作用の確率及び結果の重大性に基づくリスクの決定である (CPB Annex III(8); Andrén and Parish 2002)。附属書IIIのリスク評価では、レシピエント生物、 287 ドナー生物、受容環境、及び導入された改変の特徴、並びに LMO の性質が考慮され得る (CPB Annex III(9))。 SB を用いて作製された LMO が示す特徴は全 LMO に共通でないかもしれないが、それ でも議定書の附属書III(その一般原則、考慮すべき点、及び方法論も含む)は SB を用いて 作製された生物に対して完全に適用可能である。さらに、「その生産物」であって「モダンバ イオテクノロジーの利用によって生じた複製可能な遺伝物質の検出可能な新規組み合わせ」 を含むものにも適用可能である(CPB Article 20(3(c)); CPB Annex I(i); CPB Annex III(5))。 【3.生物の多様性に関する条約の遺伝資源へのアクセスとその利用から生ずる利益の公 正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書】 「生物の多様性に関する条約の遺伝資源へのアクセスとその利用から生ずる利益の公正 かつ衡平な配分に関する名古屋議定書(NP)」が 2010 年 10 月 29 日に採択された。NP では 遺伝資源及び伝統的知識へのアクセスと関連して、遺伝資源、利益配分、及びコンプライア ンスに関する締約国の中核的な義務を定めている。 NP は未だ施行されておらず、その適用範囲については多数の不確定点が存在している。 前文書で述べた通り、SB 分野がその研究や商業化・工業化の過程でどのように発展してい くのかは分からない。従って NP の SB への適用に関するこのような議論はどうしても推測的 になる。本節では、SB の現在の利用及び予想される利用に対する NP の適用から提起され る問題を検討する。 a)「遺伝資源」と SB の構成要素、生物、及び生産物 NP は「遺伝資源」及び遺伝資源に関連する伝統的知識に適用される。NP の規定によれ ば、本条約の第 2 条による定義は当該議定書にも適用される。従って「遺伝資源」は「実際 的又は潜在的な価値を有する遺伝物質」を指し、「遺伝物質」は「植物、動物、微生物その他 に由来する任意の物質で、遺伝の機能的単位を有するもの」を意味する(CBD Art. 2)。 前文書で述べたように、殆どの SB 研究では遺伝資源を使用していると考えてよい。しかし 以下の領域では NP と関連した未決問題が存在する。即ち、DNA 配列のデジタル情報;NP が認めている遺伝資源の改変の程度;SB 的生物が産生する派生物で、天然派生物をモデ ルとしているものの解釈である。 288 i)DNA 配列のデジタル情報 遺伝資源に関する非実体的な電子情報が NP の適用範囲に含まれるかどうかは未決問 題である。以前から分析家らが指摘しているように、研究においては生物学的試料の物理 的移転に代わって情報の電子的移転が行われるというトレンドが増大しており、その促進に は SB 的ツール及び手法も一役買っている(Oldham 2004; Schei and Tvedt 2010; Laird and Wynberg 2012; ICSWGSB 2011)。研究者は物理的な遺伝資源ではなく遺伝子組成物に関 する情報を利用するようになっている。 デジタル情報が「遺伝資源」と言えるかどうかについては、種々の解釈が可能である。 ICSWGSB の解釈では、NP は遺伝資源のデジタル情報を包含していない。ICSWGSB は、 CBD/COP が NP 締約国に ABS 合意の拡張を要請してデジタル配列を包含させるよう提案 している(ICSWGSB 2011)。一方、CBD 事務局長が ABS 交渉用に委託した論文では、 Schei 及び Tvedt が「遺伝の機能的単位の「価値」はその遺伝子構造やヌクレオチド配列情 報によって把握できる」と述べている(Schei and Tvedt 2010, 18)。この論文に従えば、CBD による遺伝資源の現行定義がデジタル DNA 配列を包含するように解釈することは可能だと も考えられる。 ii)遺伝資源の改変の程度 SB 的手法は、特定の目的により役立つように天然の遺伝資源を改変する方法を提供す る。1 つの方法は進化工学である。例えばワイス研究所の MAGE 装置は、合成 DNA を用 いて数 10 億種類のミュータントゲノムを毎日作製することができ、ほぼ同時に最大 50 種類 のゲノム改変を行うことができる(Wang et al. 2009)。別の方法としては、コンピューターを用 いて 1 本の DNA の「コドンを最適化」し、遺伝子が所望の特性をより効率的に発現するよう にデザインすることが挙げられる(ETC 2007)。 天然遺伝資源の改変の所産も NP に含まれるかどうかは未決問題である。NP の第 5 条(1) では、「遺伝資源の利用並びにその後の応用及び商業化から生ずる利益は、公正且つ衡平 に配分される」ことを命じている(著者強調)。これは、価値連鎖に伴って生じたプロセスや生 産物にまで「利益配分」を敷衍することを意味している(Greiber et al. 2012, 85)。ただしこの 条項の一部(例えば最終生産物に関する利益配分義務)は NP 交渉では解決しておらず、 「その後の応用」がどの程度まで天然の遺伝資源を改変するものなのかも解釈によって異 なり得る。ICSWGSB によれば、NP の適用は「進化工学的手法のような合成生物学的ツー ルの利用によって、天然配列から派生した生産物」には及ばないと解釈されるため、それら 289 を包含するように議定書を拡張する必要がある(ICSWGSB 2011, 40)。 iii)天然派生物をモデルにして作られる派生物 NP による「派生物」の定義は、「生物資源又は遺伝資源の遺伝子発現又は代謝から生ず る天然の生化学的化合物であって、遺伝の機能的単位を含まないものも含む」(NP Art. 2(e))。遺伝資源の利用やバイオテクノロジーの定義とのつながりに基づき、NP の利益配分 義務が派生物にも適用されるべきだと考えることもできる(NP Art. 2(c) and (d); Greiber et al. 2012; Nijar 2011)。しかし一方で、当該議定書の実施条項が「遺伝資源」のみに当てはまり、 「派生物」には適用されないという解釈も可能である。 SB の派生物については、さらに次のような疑問が生ずる。SB 的微生物の生産物は、それ が天然派生物をモデルにして作られた場合には NP の適用範囲に含まれるだろうか? 例 えばイソプレンは有益な天然派生物の 1 つであり、ゴムの主要分子である。イソプレンシンタ ーゼ(合成酵素)は植物のゴムノキ(Hevea brasiliensis)でしか見つかっていない。しかし植物 遺伝子を微生物に入れても、効率的には発現しない(Erickson et al. 2011; ETC 2012)。ダニ スコ社のジェネンコア事業部とグッドイヤー・タイヤ・アンド・ラバー・カンパニーとが提携した 「バイオイソプレン」の開発研究では、合成生物学を用いて「植物酵素と同一のアミノ酸配列 をコードするが、改変された微生物中で発現させるために最適化された遺伝子の構築」 (Erickson et al. 2011, 8)を行っている。第 1 の問題は「ゴムノキ由来の遺伝資源が用いられ ているかどうか」であり、また「それらの遺伝資源がどの程度まで改変されているか」である (前記の要点参照)。もう 1 つの問題としては、「合成生物学的な微生物の派生物(イソプレン) も適用範囲に含まれるかどうか」が挙げられる。 b)SB と「遺伝資源の利用」 NP によれば、「遺伝資源の利用」は「遺伝資源の遺伝学的及び/又は生化学的な構成 要素に関する研究及び開発の行為であり、バイオテクノロジーを応用したものも含む」(NP Art. 2(c))。 前文書に記載したように(Part 3(c))現在の SB 研究の主眼は、バイオマスをフィードストッ クとして用いて燃料、化学薬品、及び医薬品を産生する生物の設計である(PCSBI 2010; ICSWGSB 2010)。例えば SB 系企業(例えばアミリス社)は自社施設をブラジルに建設して いるが、それはサトウキビ(合成生物学的に改変された微生物に与えるフィードストックとし て用いる)の生産地に近いためである。フィードストックとして利用している限り、このようなサ 290 トウキビの利用は十中八九「遺伝資源の利用」には当たらないと考えられる。しかし、サトウ キビを材料として「サトウキビは適切なフィードストックかどうか」や「サトウキビの改変によっ てその適合性を上げられるかどうか」を研究する場合には、そのような研究におけるサトウ キビの利用には NP が適用される可能性がある。 291 【参考資料-2】 合成生物学研究動向調査資料(合成生物学関連データベース) 合成生物学の研究動向調査の一環として、主として国内で合成生物学を研究テーマに掲 げている研究者(研究室)に関する情報をインターネット上から検索調査しリストを作成した (2-1及び2-2項)。また合成生物学に関する国内外の主な学会や文献等の情報(URL) を、2-3項に収載した。 2-1: 国内の主な合成生物学研究者リスト (表-A) 科学研究費助成事業データベース(KAKEN) 1 の検索エンジンを用いて、「合成生物学」 「人工細胞」のキーワード検索により抽出された研究者情報を基に、表―A のリストを作成し た。リストの項目としては、「研究者名」、「所属機関名」、「研究課題名」、「研究室 URL」、 「研究のキーワード」、「研究分野」を設定した。(同一の研究室に属する研究者は一つにま とめた。また研究課題名は、KAKEN 情報の中で「合成生物学」に最も近いと思われる課題 名を選んだ。)また表の右側に合成生物学の研究内容を 16 の区分(キーワード)に分類し、 其々の研究者の該当すると思われる区分に星印(*)を付した。 本リストは以上述べたようにキーワード検索を主体とする調査であるため、一部の合成生 物学研究者の漏れや合成生物学から迂遠な研究者が含まれている可能性があることに留 意されたい。 2-2: 海外の主な合成生物学研究者リスト (表-B) 本リストは、OECD(2012年)文書2に収載されている研究室リストをベースに、一部追加修 正して作成した。研究テーマは各研究室のwebsiteより入手可能なものについてのみ記載し た。 本リストも海外のすべての合成生物学者の情報を網羅したものではないことに留意され たい。 1 https://kaken.nii.ac.jp/ OECD (2012) SYNTHETIC BIOLOGY: EMERGING OPPORTUNITIES AND KNOWLEDGE INFRASTRUCTURES IN THE LIFE SCIENCES (DSTI/STP/BIO(2012)2) p84 2 292 表-A 国内の主な合成生物学研究者リスト 名前・職位 所属機関 課題名 末次 正幸・准教授 立教大学・理学部生命理学科 枯草菌細胞内への細胞周期回路の人工合成 http://www2.rikkyo.ac.jp/web/sue-lab/member.html 木川 隆則 ・チームリーダー 渡部 暁・上級研究員 理化学研究所・NMRパイプライン高度化研究 外部因子に対応した選択的複製系の再構成 チーム 伊藤 嘉浩・主任研究員 阿部 洋 ・専任研究員 鵜澤 尊規・研究員 研究室URL キーワードによる研究テーマ区分 キーワード 研究分野 DNA複製 大腸菌 タンパク質構造解析 DnaA 細胞周期 タンパク質機 能解析 ATP タンパク質機能構造解析 抗菌剤 プロテオミクス タンパク 質相互作用 DNAポリメラーゼ 分子生物学 Dry 計 進化 核酸 算機科 工学 学 理化学研究所 バイオマテリアル 固定化 成長因子 融合タンパク質 試験管内進化 法 進化分子工学 医用生体工学・生体材料学 医用生体工学・生体材料学 田中 克典・准主任研究員 理化学研究所 癌細胞上での革新的化学合成と非侵襲的イ メージングの融合による癌転移の可視化と制 御 6π-アザ電子環状反応 PET イメージング シンセティックバイオロ ジー 癌転移 糖鎖 細胞表層標識 蛍光 分子生物学 応用微生物学・応用生物化学 応用生物化学 北村 雅人・教授 Shinji TANAKA 助教 Jun SHIMOKAWA 助教 名古屋大学大学院・創薬科学研究科・基盤創 合成生物学に向けた脱水型Sアリル化法の開 http://www.os.rcms.nagoya-u.ac.jp/page.php?id=539 薬学専攻・創薬有機化学講座 発 BINAP 不斉水素化 ルテニウム 触媒的不斉水素化 反応機構 イソキノ リンアルカロイド ルテニウム錯体 窒素系配位子 動的速度論分割 磁性 合成化学 有機化学 天然物有機化学 粒子 機構解明 BINAP・ルテニウム錯体 エナミド 定量的解析 BINAPRu錯体 田口 精一 ・教授 松本 謙一郎・准教授 佐藤 敏文・准教授 北海道大学大学院・工学研究院・バイオ分子 工学研究室 コリネ菌 バイオポリマー 代謝経路 共重合 酵素進化工学 環境技 術・環境材料 応用微生物学・応用生物化学 環境技術・環境材料 環境農 学 * 井川 善也・教授 富山大学大学院・理工学研究部 ナノ・新機能 RNAモジュール工学によるリボスイッチ(RNAス http://www3.u-toyama.ac.jp/orgsyn3/ 材料学域 イッチ)の機能解析と高次人工制御 RNA ケミカルバイオロジー シンセフィック・バイオロジー モジュール 工学 リボザイム リボスイッチ 合成生物学 ケミカルバイオロジー 分子生物学 生体関連化学 * 村田 智・教授 野村 慎一郎 ・准教授 東北大学大学院・工学研究科・バイオロボティ DNAナノエンジニアリングによる分子ロボティク http://www.molbot.mech.tohoku.ac.jp/member.html クス専攻 スの創成 自己組織化 DNAコンピュータ 自律分散システム DNA相互作用分子 展 知覚情報処理・知能ロボティクス 生体生命情報学 知能機 開特性 可変形態移動機構 分子デバイス 膜面展開 故障領域判定 故 械学・機械システム 障検出 自己集合 リポソーム 吉川 博文・教授 東京農業大学・応用生物科学部 細胞における生長環境感知と生存戦略決定機 http://www.nodai.ac.jp/bios/bio/laboratory/01_mmg/index.ht 微生物 機能ネットワーク 生長戦略 細胞分化 細胞分裂 脂質合成 ml 遺伝子発現 応用微生物学 構 東京大学大学院・総合文化研究科 無細胞タンパク質合成系で動作する人工遺伝 http://dna.c.u-tokyo.ac.jp/ 子回路の構築 DNAコンピュータ バイオテクノロジー 合成生物学 生命情報学 遺伝 生物物理学 生体物性学 子 小林 一三・教授 東京大学・新領域創成科学研究科 配列特異的DNAメチル化酵素によるエピゲノム http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/ikobaya/index.html 工学:合成生物学・ゲノム工学の拡張へ 制限酵素 相同組換え ゲノム再編 大腸菌 減数分裂 利己的遺伝子 細 遺伝・ゲノム動態 進化生物学 病態医化学 遺伝 分子遺伝 菌ゲノム バクテリオファージ 非相同組換え メチル化酵素 学・分子生理学 基礎ゲノム科学 機能生物化学 * 上田 卓也・教授 富田 野乃・准教授 多田隈 尚史・助 教 東京大学・新領域創成科学研究科 合成生物学的手法による超分子複合体形成の http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/molbio/members.html 研究 リボソーム 生体外蛋白質合成系 tRNA シャペロン フォールディング 遺 構造生物化学 生物・生体工学 分子生物学 生物分子科学 伝暗号 抗体 コドン アミノアシルtRNA合成酵素 終止コドン rRNA 蛋白 生物物理学 生物有機科学 質合成系 終結因子 NMR 翻訳終結 * 伊庭 斉志 ・教授 東京大学・情報理工学系研究科 多要素人工遺伝子回路のデザインオートメー ション 遺伝的アルゴリズム 遺伝的プログラミング 創発デザイン ヒューマノイド ロボット 対話型進化計算 自動作曲 進化計算 WWW 擬人化エージェン 知能情報学 感性情報学・ソフトコンピューティング ト マルチ・エージェント 進化論的計算手法 EDAアルゴリズム * 山村 雅幸・教授 小宮 健・助教 東京工業大学大学院・総合理工学研究科・知 数理モデルを用いた動的な人工遺伝子回路の http://www.es.dis.titech.ac.jp/member.html 能システム科学専攻 設計と解析 代謝経路 合成生物学 確率過程 遺伝子回路 非線形システム * 陶山 明 ・教授 庄田 耕一郎・助教 赤池 敏宏・教授 【特任教授?) 東京工業大学大学院・生命理工学研究科 田川 陽一 ・准教授(独立研究 室) 原田 伊知郎・助教 (特任講師) http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/seika/Members.html http://www.iba.t.u-tokyo.ac.jp/member.html 東京医科歯科大学・生体材料工学研究所 新規トランスジェニック細胞樹立の基盤技術確 http://www.tmd.ac.jp/i-mde/www/molb/molb-j.html 立と合成生物学への応用 メチル化 DNA組換え酵素 蛍光タンパク質 亜鉛フィンガータンパク質 アンタゴニスト インテグラーゼ阻害剤 マトリックス蛋白 生物化学 筑波大学・生命環境科学研究科 藻類ファージの生活史をまねた多元代謝経路 http://plmet.biol.tsukuba.ac.jp/index.html によるアルカン高生産系の構築 ヒスチジンキナーゼ レスポンス・レギュレーター DNAマイクロアレイ 低 温センサー シアノバクテリア ラン藻 環境ストレス プロテオーム マル チ・チャンネル・センサー 植物分子・生理科学分子生物学遺伝・染色体動態生態・環境 藤本 仰一・准教授 大阪大学・理学研究科 細胞密度に依存した細胞の集団的応答の分子 http://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/~fujimoto/member.html ネットワーク設計 クオラムセンシング フィードバック 振動 数理モデル 遺伝子ネット ワーク 生体生命情報学 システム生物学 合成生物学 鮒 信学・准教授 金承榮・ 准教授 静岡県立大学・食品栄養科学部・食品生命科 未利用遺伝子資源の発掘研究と合成生物学 学科/専攻・食品生命科学大講座 ケミカルバイ 的手法による次世代微生物触媒の開発 オロジー 片岡 正和・准教授 信州大学・工学部・環境機能工学科 環境機 能物質学 放線菌での二次代謝系操作に適した新規ゲノ http://soar-rd.shinshu-u.ac.jp/profile/ja.OVkebpkh.html ム操作システムの構築 SAP1 ゲノム進化 中間宿主 大腸菌 微生物遺伝 接合伝達 放線菌 神経化学・神経薬理学 応用微生物学 生合成マシナリー 宮崎 健太郎・研究グループ長 産業技術総合研究所 翻訳システム改変による人工細胞創成 翻訳 大腸菌 リボソーム 宿主 開始コドン 進化工学 翻訳開始因子 発 現バイアス 板谷光泰 教授 上平 正道・教授 岡本 正宏・教授 花井 泰三 准教授 濱田 浩幸 助教 矢田 哲士・教授 慶應義塾大学・先端生命科学研究所 九州大学・工学(系)研究科(研究院) 九州大学・(連合)農学研究科 * * * * * * * * * * * * ポリヒドロキシアルカン酸 微生物 生分解性プラスチック 発現制御 生 応用生物化学 高分子合成 ゲノム生物学 物機能・バイオプロセス 玉村 啓和・教授 野村 渉・准教授 埼玉大学・理工学研究科 * 遺伝子発現制御によるブロック共重合ポリエス http://www.fukui.bio.titech.ac.jp/member.html テル微生物合成への挑戦 整形外科学 機能系基礎歯科学 矯正・小児・社会系歯学 http://dfns.u-shizuoka-ken.ac.jp/05_public/laboratory.html http://unit.aist.go.jp/bpri/bpri-synthe/member.html http://www.iab.keio.ac.jp/jp/content/view/320/140/ OGAB法 アントシアニン カロテノイド ゲノムデザイン 代謝経路 多 要素 遺伝子発現 遺伝子集積 合成生物学 機能モジュールライブラリーから構築した環境 http://www.chem-eng.kyushu-u.ac.jp/lab3/members.html 応答型合成プロモーターシステムの開発 合成生物学の技術基盤構築 ゲノムデザイン 人工代謝経路 人工遺伝子回路 バイオインフォマ ティクス ブーリアンネットワーク 遺伝的プログラミング 人工生命 システムバイオロジー 遺伝子ネットワーク 酵素反応系 九州工業大学・情報工学部・生命情報工学科 プロモーター配列の設計 http://www.bio.kyutech.ac.jp/1722.html 自己複製能をもつRNA酵素を基盤とした人工 http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/saito/?page_id=43 生命体モデルの創出 知能情報学 社会システム工学・安全システム 情報通信工 学 ゲノム バイオインフォマティクス プロモーター モデル化 発現制御 システムゲノム科学 生体生命情報学 転写制御 RNA 翻訳 RNP シンセティックバイオロジー 進化分子工学 人工細胞モ デル 生命の起源 試験管内進化 リボスイッチ リポソーム 遺伝子発現 システムゲノム科学 生物分子科学 制御 遺伝子回路 分子設計 実験進化 齊藤 博英・准教授 京都大学・次世代研究者育成センター 二木 史朗・教授 武内敏秀・助教 京都大学・化学研究所・生体機能化学研究系・ 細胞時計を模倣した周期的遺伝子発現システ http://www.scl.kyoto-u.ac.jp/~bfdc/members.html 生体機能設計化学研究領域 ムの構築 高井 和幸・教授 冨川千恵 ・助教 愛媛大学・理工学研究科 コムギ翻訳系の構成的解析 戸澤 譲・教授 野澤 彰・助教 愛媛大学 人工細胞内の代謝を制御する膜輸送系の構築 u.ac.jp/bme/biomolecular_eng_rsc1.html リポソーム 無細胞翻訳系 膜輸送 膜タンパク質 膜蛋白質 合成生物学 植物栄養学・土壌学 小川 敦司・准教授 愛媛大学 真核系無細胞翻訳システムを利用したshunting http://www.pros.ehime-u.ac.jp/ogawa/member.html 基盤人工リボスイッチの開発 発現制御 バイオテクノロジー 生体機能関連化学 生体機能利用 核酸 生体関連化学 https://sites.google.com/site/takailabopen/members http://www.pros.ehime- * * * * * * * * * 応用微生物学 バイオテクノロジー トランスジェニック鳥類 遺伝子導入 ニワトリ 動物細 胞 ティッシュエンジニアリング ウズラ 人工ウイルス ウイルスベクター 生物・生体工学 医用生体工学・生体材料学 発現制御 遺伝子キャリヤー インテグラーゼ リピッドベシクル ゲノム組 込み http://www.brs.kyushu-u.ac.jp/bioinfo/ * 環境農学 システムゲノム科学 システムバイオロジー ハイブリッド関数ペトリネット 遺伝子制御ネット http://genome.ib.sci.yamaguchi-u.ac.jp/matsunoken_hp/xoops/ワーク 生命パスウェイ システム生物学 Genomic Object Net 光同調 生体生命情報学 図書館情報学・人文社会情報学 側方抑制 多細胞動物形態形成 枯草菌 シグマ因子 GFP sigma-H σ因子 翻訳終結 転写後調節 環境 蛋白質間相互作用原理に基づく多数遺伝子の http://www.molbiol.saitama-u.ac.jp/tougyo/index.html 応答 マイクロアレイ 膜局在プロテアーゼ 膜蛋白質 リン脂質 抗σ蛋白 分子遺伝学、微生物学、ゲノム生物学 逐次的オン・オフ転写制御系の開発 質 複合体 多要素からなる人工代謝経路の構築 * ポリケタイド 放線菌 III型ポリケタイド合成酵素 クルクミン ウコン Streptomyces griseus Oryza sativa 電子伝達系 phenolic lipid emodine 生物生産化学・生物有機化学 anthrone アリールカップリング Azotobacter vinelandii 大腸菌グリコーゲン機構をモデルとした転写・ 酵素・代謝物相互作用ネットワークの理解 その 他 * * 骨芽細胞 BMP 骨形成 オステオポンチン 破骨細胞 転写因子 遺伝子 発現 ノックアウトマウス 細胞分化 転写 Tob プロモーター 時間 生物 学 * CYP ES細胞 iPS細胞 アセトアミノフェン チップ バイオチップ マイク ロ培養装置 内皮細胞 動物実験代替 毒性試験 細胞極性 組織 肝 実験動物学 医用生体工学・生体材料学 肝前駆細胞 肝組織 薬物代謝 門脈結紮 東京医科歯科大学・難治疾患研究所・先端分 膜電位操作回路による生体骨構築のための基 http://sbsn.tmd.ac.jp/jpn/research/faculty/jpn-032.html 子医学研究部門・分子薬理学 盤研究?光照射による骨リモデリング制御? 朝井 計 ・准教授 再生 医療 ES細胞やiPS細胞、組織幹細胞を用いた肝臓 モデル構築と薬物試験への実用化 東京工業大学・生命理工学研究科 山口大学・理工学研究科 構造 解析 * http://www.akaike-lab.bio.titech.ac.jp/akaike/staff/index.html 野田政樹・教授 江面陽一・准教授 早田匡芳・助教 松野 浩嗣・教授 Adrien Faure・助教 有機 化学 ノックアウトマウス ES細胞 IFN-γ Con A誘導肝炎 薬物代謝 肝組織 肝 バイオリアクター 器官形成 人工肝臓 バイオチップ 胚性幹細胞 コン 実験動物学 生体医工学・生体材料学 カナバリンA アポトーシス 肝細胞 人工遺伝子回路による人工肝組織モデルの構 築 福居 俊昭・准教授 折田 和泉・助教 鈴木 石根 ・教授 観察 系 * 応用微生物学・発酵学 知能情報学 膜研 代謝 究 工学 * 進化分子工学による結合性成長因子の創成と http://www.riken.jp/nano-med.eng.lab/index.html 医学応用 バイオマス高度利用による乳酸ポリマー生産 のための次世代微生物工場の創成 微細 加工 * DNA cis-特異的 再構成 分子進化 合成生物学 抗体 無細胞合成 http://www.riken.jp/research/labs/qbic/cell_dyn/biomol_struct 生物物理学 構造生物化学 系 複製 生体関連化学 http://www.asi.riken.jp/jp/laboratories/associatelabs/biofunc/ タンパ ゲノム 人工遺 転写 伝子回 ク合成 操作 路 制御 * * * * * * * イオンチャネル 人工蛋白質 細胞内情報伝達 アルギニンペプチド 薬物 医薬分子機能学 生物有機科学 創薬化学 生物分子化学 送達 細胞内送達 膜透過ペプチド 転写調節 バイオセンサー tRNA 翻訳因子 翻訳 無細胞再構成 無細胞タンパク質合成系 再構成 コムギ胚芽 遺伝暗号進化 コムギ RNAリガーゼ 遺伝暗号 リボソーム システムゲノム科学 生物分子科学 植物 * * * * 293 293 細胞機能の再構成 遺伝暗号 無細胞翻訳系 タンパク質 DNAコン ピュータ tRNA アプタマー リボソーム タンパク質工学 蛋白質 試験管内 生体生命情報学 進化 細胞機能の再構築 進化 木賀 大介・准教授 東京工業大学大学院・総合理工学研究科・知 人工遺伝子回路の機能向上のための進化分 能システム科学専攻 子工学による生体分子の改良 片山 勉・教授 川上広宣・助教 加生和寿・助教 九州大学・薬学研究科(研究院) 大腸菌の複製開始複合体の新たな分子解剖と http://bunsei.phar.kyushu-u.ac.jp/BUNSEI-STAFF.html 新たな制御因子の作動機構の解明 ATP DnaA DnaB oriC タンパク質高次複合体 染色体複製開始制御 分子生物学 機能生物化学 遺伝・ゲノム動態 細胞周期制御 試験管内再構成 分子生物学 田中 克典・准主任研究員 理化学研究所・田中生体機能合成化学研究室 有機合成化学を起点とする細胞内外イディオタ http://www.riken.jp/nori-tanaka-lab/index.html イプ分子の新規創製法 6π-アザ電子環状反応 SH2ドメイン イディオタイプ シンセティックバ イオロジー ダイナミック・コンビナトリアルケミストリー ペプチド 糖鎖 生物分子科学 生物分子化学 生体関連化学 自己活性化型クリック反応 超好熱菌 始原菌 アーキア EMSA マイクロアレイ解析 有用遺伝子 水 素 遺伝子制御 応用微生物学 遺伝・ゲノム動態 生物機能・バイオプロセス ゲノム 遺伝子破壊 発現制御 proteome 生物物理 人工細胞モデル 環 構造生物化学 境適応 跡見 晴幸・教授 金井 保 講師 佐藤 喬章 助教 京都大学大学院・工学研究科 http://www.sb.dis.titech.ac.jp/ ゲノム組換えへの挑戦とそれを利用した合成 生物学 http://www.sbchem.kyoto-u.ac.jp/atomilab/index.php?member バクテリア全ゲノム交換法の開発 http://www.nojilab.t.u-tokyo.ac.jp/member.html 野地博行・教授 飯野亮太・准教授 田端 和仁・助教 東京大学・工学(系)研究科(研究院) 廣明 秀一・教授 兒玉 哲也・准教授 天野 剛志・助教 名古屋大学大学院・創薬科学研究科・創薬分 立体構造情報を高度に利用した合成生物学に http://www.ps.nagoya-u.ac.jp/research/organization07/ 子構造学講座 よるAAA?ATPaseのメカニズム解明 水上 元・教授 牧野 利明・准教授 寺坂 和祥・助教 名古屋市立大学大学院・薬学研究科 倉田 博之・教授 柳川 弘志・訪問教授 土居 信英・准教授 菅原 正 ・名誉教授 鐘巻 将人・准教授 瀧ノ上 正浩・講師 植物の二次代謝産物配糖体生成に関わる糖 鎖伸長酵素の分子基盤の解明 九州工業大学 生物回路の設計原理に基づく合成生物学 慶應義塾大学・理工学部 IVV法を用いたiPS細胞における潜在的腫瘍形 https://sites.google.com/site/biomoleng12/members 成能に関する分子機構の解明 http://www.bio.kyutech.ac.jp/~kurata/member.html 神奈川大学・理学部・化学科・菅原研究室 膜分子生成が誘発する奇妙なベシクルの形態 http://www.chem.kanagawa-u.ac.jp/detail/id213.html 元東京大学大学院総合文化研究科・複雑系生 変化 命システム研究センター 培養細胞及び個体レベルにおけるオーキシン http://www.nig.ac.jp/labs/MolFunc/Molecular_Function_HP/H 国立遺伝学研究所 ome.html 誘導デグロン法基盤技術の開発 ゲノムサイズ長鎖DNAの単一分子構造転移を http://www.lifephys.dis.titech.ac.jp/ 東京工業大学大学院・総合理工学研究科 中核とした自律的情報処理システム 東京大学大学院・情報理工学系研究科 オープンサイエンスの分析と基盤的ソフトウェ アの構築 * http://nicosia.is.s.u-tokyo.ac.jp/index-j.html 分子プログラミング 佐藤 文彦・教授 遠藤剛・准教授 伊福健太郎・助教 京都大学・生命科学研究科 佐野 健一・准教授 日本工業大学・機械システム学群・創造システ 生体分子/無機材料異種界面の動的制御を実 http://www.nit.ac.jp/gakka/subject/kyoin7/se_sano.html ム工学科 現する第二世代のペプチドアプタマーの創製 複製 制御 * * ゲノム 次世代シークエンサー 再構成 バクテリア リポソーム 1分子計測 生物物理学 ナノバイオロジー MEMS エネルギー変換 * イソキノリンアルカロイド生合成系の分子解剖 http://www.lif.kyotou.ac.jp/labs/callus/member/members.html と再構築 バイオインフォマティクス シミュレーション ネットワーク システム生物学 リボザイム 大腸菌 植物細胞 ロバストネス 光 バイオインフォマティク 生物・生体工学 生体生命情報学 生命・健康・医療情報学 微生物 フィトクロム 熱ショック応答 シミュレーション工学 RNA工学 プロテオーム in vitro virus法 バイオインフォマティクス タンパク質間相 互作用 遺伝子ネットワーク マイクロアレイ iPS細胞 ピューロマイシン 応用ゲノム科学 ゲノム医科学 医用生体工学・生体材料学 Nap1 CD44 疾患遺伝子 in vivo imaging mRNAディスプレイ EGFR * * * * DNA PCR法 ジャイアントベシクル メタボリズム 両親媒性分子 人工 機能物質化学 機能・物性・材料 細胞ベシクル 人工細胞モデル 情報複製 自己生産ダイナミクス タンパク質分解 条件特異的変異体 植物ホルモン * 植物 応用ゲノム科学 システムゲノム科学 ゲノム医科学 DNA ナノバイオ マイクロ技術 マイクロ流路 自律システム 非平衡 生体生命情報学 非線形 DNAデバイス グラフ書き換え系 プロセス計算 分子ロボティクス 合 成生物学 抽象化 自動合成 進化計算 知能情報学 オントロジー オープンサイエンス データベース 分子計算 合成生物 計算機科学 情報学基礎 生体生命情報学 知能情報学 学 DNAコンピュータ ナノバイオ バイオテクノロジー 生体生命情報学 生 態生命情報学 自己組織化 * * * * * イソキノリンアルカロイド 代謝工学 植物バイオテクノロジー 生理活性 応用生物化学・栄養化学 のスクリーニング 薬用植物 アプタマー ソフト界面 ナノバイオ ナノ・マイクロデバイス バイオテク ノロジー 分子認識 動的分子素子 蛋白質 南 博道・助教 石川県立大学・生物資源環境学部 四方 哲也・教授 市橋 伯一・准教授 津留 三良・助教 大阪大学大学院・情報科学研究科 耐熱化過程におけるゲノムネットワークの解析 http://www-symbio.ist.osaka-u.ac.jp/member/index.html トランスクリプトーム解析 プロテオーム解析 大腸菌 耐熱化機構 諭 * * 機能生物化学 医用生体工学・生体材料学 2次代謝産物 salutaridine synthase イソキノリンアルカロイド テバイン http://www.ishikawa-pu.ac.jp/staff/?theme=%E5%BE%AE%E7%9 応用微生物学 マグノフロリン レチクリン 進化生物学 生物物理学 ゲノム生物学 * * * * * 黒田 真也・教授 柚木 克之 ・助教 慶應義塾大学大学院・理学系研究科 システム生物学・構成的生物学に基づく弛張型 http://kurodalab.bi.s.u-tokyo.ac.jp/ja/member/index.html 発振経路の設計と構築 低分子量G蛋白質 カドヘリン Rho-kinase 細胞接着 IQGAP シグナル伝 達 リン酸化 Ras 細胞骨格 カテニン 生体生命情報 シミュレーション 生体生命情報学 病態医化学 システムゲノム科学 AF-6 Rac 研究課題 平尾 一郎・チームリーダー 木本 路子・上級研究員 理化学研究所・核酸合成生物学研究チーム 人工塩基対システムによる機能性RNAの培養 http://protein.gsc.riken.jp/hirao/labmembers_Japanese.html 細胞への導入とその効果の解析 アプタマー ファ-ジG4の複製開始機構 人工塩基対 翻訳 バイオテクノロ ジー 人工タンパク質 in vitroセレクション SELEX 人工核酸 PCR 複製開 生物分子科学 生体関連化学 始機構 ミニヘアピン構造 複製 ファージφX174 GCGAAAGC断片 高井 和幸・教授 冨川千恵 ・助教 愛媛大学・無細胞生命科学工学研究センター タンパク質合成系の再構成に向けたコムギ胚 芽翻訳因子の分画 https://sites.google.com/site/takailabopen/members tRNA 翻訳因子 翻訳 無細胞再構成 無細胞タンパク質合成系 コムギ システムゲノム科学 生物分子科学 胚芽 遺伝暗号進化 コムギ RNAリガーゼ 遺伝暗号 リボソーム 植物 土居 信英・准教授 堀澤 健一・助教 慶應義塾大学・理工学部 限定されたアミノ酸からなるランダム配列タン パク質の機能探索 http://www.bio.keio.ac.jp/labs/hyana/ プロテオーム 進化 ライブラリー タンパク質間相互作用 バイオテクノロ 生物機能・バイオプロセス 応用分子細胞生物学 応用ゲノ ジー 遺伝子ネットワーク バイオインフォマティクス 蛋白質 マイクロアレ ム科学 進化生物学 イ 試験管内選択 合成生物学 蛍光ラベル化法 遺伝暗号 梅野 太輔・准教授 千葉大学大学院・工学研究科・共生応用化学 新規分子の効率的探索と選択生産のための進 http://chem.tf.chiba-u.jp/~umeno/member/index.html 専攻 化分子工学 カロテノイド テルペノイド 二次代謝生産 代謝工学 化合物空間 天 然色素 生合成 生物工学 進化分子工学 非天然分子 東京大学・医科学研究所 http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/molbiol/index.html Cy3 RNA RNA造形力 SELEX アブタマー アプタマー サイトカイン 分子生物学 分子遺伝学・分子生理学 ケミカルバイオロ ノンコーディングRNA ノンコーデングRNA 分子擬態 創薬 医薬 多発 ジー 生物物理学 医薬分子機能学 細菌学 性硬化症 核酸の構造 自己免疫疾患 * * アミノアシルtRNA リボザイム 翻訳 試験管内進化 非天然アミノ酸 * * * * 相補性に依存しない機能性RNAの研究 * 村上 裕・准教授 東京大学・先端科学技術研究センター・総合文 新規アミノアシルtRNA合成リボザイムの創製 化研究科・広域科学専攻・生命環境科学系 芝 清隆・部長 財団法人癌研究会・癌研究所・蛋白創製研究 人工タンパク質の技術開発 部 http://www.jfcr.or.jp/laboratory/department/protein/index.ht アポトーシス モチーフ 人工タンパク質 信号伝達 合成生物学 構成 生物物理学 分子生物学 臨床腫瘍学 ナノ材料・ナノバイオ ml 論的 構造論的 進化 進化分子工学 サイエンス 分子遺伝学・分子生理学 生物分子科学 生体関連化学 * * RNA RNAワールド RNA触媒 アセチルCoA バイオテクノロジー リボ ザイム 分子進化 分子進化工学 特殊ペプチド 生命の起源 生命体 生物分子科学 翻訳 脂質膜 試験管内進化 酸化還元酵素 * * 井上 丹・教授 白石 英秋・准教授 藤田 祥彦・助教 京都大学大学院・生命科学研究科 RNAとタンパク質の相互作用を用いたヒト細胞 http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/seika/members/members.php 運命制御システムの構築 リボザイム RNA 酵素 分子デザイン スプライシング in vitroセレクション self-folding RNA 分子エンジニアリング ナノバイオ リガーゼ P4-P6 構造生物化学 ケミカルバイオロジー 分子生物学 RNA 立体構造 テトラヒメナ in vitro selection 触媒部位 * * 金田 安史・教授 浦(青田) 聖恵・准教授 二村 圭祐・助教 上久保 靖彦・助教 大阪大学大学院・医学系研究科・分子治療学 器官形成に果たすDNAメチル化酵素の発現抑 http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/gts/members.html 講座・遺伝子治療学分野 制の意義 関根 光雄・教授 清尾 康志・助教授 正木 慶昭・助手 岩崎 秀雄・教授 吉川 研一・教授 剣持 貴弘・准教授 東京工業大学・生命理工学研究科 早稲田大学・先進理工学部 同志社大学生命医科学部 宮脇 敦史・シニア・チームリー ダー 理化学研究所・脳科学総合研究センター 近藤 孝男・特任教授(元教授) 名古屋大学・理学研究科・生命理学専攻 HLAクラスI/II分子の高次構造解析 筋ジストロフィー治療薬を目指した新規人工核 http://www.skn.bio.titech.ac.jp/ 酸の合成 RNA アンチセンス核酸 tRNA コンホメーション 固相合成 RNAの化学合 天然物有機化学 生物有機科学 生物分子科学 生体関連化 成 ベント構造 固相合成法 3'-endo アンチコドン 分子設計 水素結合 学 分子生物学 フェロセン リン酸化 シクロウリジル酸 シアノバクテリアのマクロなコロニーパターンの http://www.f.waseda.jp/hideo-iwasaki/ 構築原理 シアノバクテリア 概日リズム リン酸化 再構成 KaiC サーカディアン kai 分子生物学 遺伝・ゲノム動態 細胞生物学 植物分子生物・ 遺伝子 環境応答 シグマ因子 システム生物学 ヘテロシスト 明暗応答 生理学 植物生理・分子 形態・構造 Kai 生物時計 フィードバック 時空間秩序の生成とその生命現象への展開 非線形 コイル-グロビュール転移 長鎖DNA 蛍光顕微鏡 DNA 一次相 転移 引き込み同調 パターン形成 単分子観察 非平衡 興奮現象 折り 畳み転移 非線形振動 分岐現象 リズム現象 生物構造の大規模かつ高精細3次元再構築技 http://www.brain.riken.jp/jp/faculty/details/30 術の多面的開発研究 シアノバクテリアの時計タンパク質による概日 時間の生成機構 クロ マチ ン クロマチン ヌクレオソーム ヒストン 転写 ES細胞 RNAポリメラーゼIII 分子生物学 ゲノム複製・修復・転写のカップリングと普遍的 DNAメチル化 アセチル化 SP6RNA 発生・分化 アフリカツメガエル ヌク なクロマチン構造変換機構 ゲノム医科学 遺伝情報収納・ レオチド除去修復 Dnmt3b リンカーヒストン DNAのメチル化 発現・継承の時空間場 NMR RNA tRNA アミノアシルtRNA合成酵素 高次構造 遺伝暗号 X線 構造生物化学 先端技術を駆使したHLA多型・進化・疾病に http://www.riken.jp/research/labs/distinguished/struct_biol/ 結晶構造解析 安定同位体標識 アンチコドン Ras リボソーム 立体構造 関する統合的研究 生物物理学 コドン リボザイム PC12細胞 http://dmpl.doshisha.ac.jp/ http://clock.bio.nagoya-u.ac.jp/web/member.htm * * 脂肪酸生合成リボザイムとRNA生命体の創成 http://www.chem.s.u-tokyo.ac.jp/users/bioorg/index.html 理化学研究所・横山構造生物学研究室 * * 東京大学・先端科学技術研究センター 横山 茂之・上席研究員 * * 生物機能・バイオプロセス http://www.c.utokyo.ac.jp/info/research/faculty/list/mds/mdsls/f002543.html 菅 裕明・教授 狩野 直和・准教授 加藤 敬行・助教 後藤 佑樹・助教 * エンドソーム ドメイン解剖学 MITドメイン 後期エンドソーム プロテアソー ム 機能性タンパク質ドメイン タウタンパク質 人工シャペロン 細胞骨格 生物物理学 分子生物学 構造生物化学 ペルオキシソーム 微生物におけるイソキノリンアルカロイド生合 成工学 中村 義一・教授 * 生薬 薬用植物 薬物相互作用 リボゾームcDNAクローニング 漢方薬 http://www.phar.nagoya-cu.ac.jp/research_course/res_course N-glycosidas活性 ムラサキ PCR タンパク質工学 制限酵素断片長多型 化学系薬学 内科学一般(含心身医学) 天然資源系薬学 網羅的遺伝子発現解析 植物細胞培養 抽象化を活用したプロセス計算の自動合成 萩谷 昌己・教授 角谷 良彦・助教 * 物理化学一般 非線形科学 生物有機科学 生体生命情報 学 工業物理化学 ソフトインターフェースの分子科学 GFP カルシウムチャネル 蛍光タンパク質 細胞周期 蛍光蛋白質 螢光 エネルギー転移 Ca^<2+>センサー イメージング cameleon バイオイメー 生物物理学 神経解剖学・神経病理学 ジング カルモデュリン RFP シナプス形成 pericam 層流 シアノバクテリア 生物時計 生物発光 時計遺伝子 サーカディアンリズ ム ルシフェラーゼ 遺伝子発現 概日時計 概日性リズム 突然変異 蛋白 環境生理学(含体力医学・栄養生理学) 植物生理 細胞生物 質相互作用 ネガティブフィードバック ウキクサ 時計蛋白のリン酸化 kai 学 時計遺伝子 * * * * * * * * * * 295 295 滝澤 温彦・教授 大阪大学 大学院・理学研究科 染色体複製開始における分子集合と機能制御 http://www.bio.sci.osakau.ac.jp/~takisawa/Top.html 機構の解明 分子生理学,分子細胞生物学 クロ マチ ン 森 博幸・准教授 京都大学・ウイルス研究所/がんウイルス研 究部門 タンパク質の分泌を駆動する反復モータの作 http://www.kuchem.kyotou.ac.jp/organization/member/hiromori.html 動原理の解明 細胞生物学、 構造生物化学、 運動超分子マシナリーが織 SecA、SecY、タンパク質膜透過、 ATPase、膜透過、膜タンパク質、トラ りなす調和と多様性、膜超分子モ-タ-の革新的ナノサイエン ンスロコン、SecA ATPase、X線結晶構造解析 ス 分子 モー ター 山東 信介・教授 東京大学・化学生命工学科 生命現象の理解と疾病治療に貢献する分子化 http://www.chembio.t.u-tokyo.ac.jp/labs/sando.html 学 個体で機能する革新的超分子化学プ ローブ創製 細胞、遺伝子診断、遺伝子、蛍光、大腸菌、ゲノム、リボソーム、アロス テリック、核磁気共鳴、スクリーニング * フォールディング、GroEL、分子シャペロン、シャペロニン、シャペロン、タ 機能生物化学、構造生物化学、タンパク質の社会:機能発現 ンパク質、アミロイド、プリオン、出芽酵母、凝集、熱ショックタンパク質、 と秩序維持 1分子イメージング 田口 英樹・教授 東京工業大学・大学院生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 タンパク質の社会~機能発現と秩序維持 藤井 輝夫・教授 東京大学生産技術研究所 オンチップ人体"を目指す複数臓器細胞集積型 http://www.microfluidics.iis.u-tokyo.ac.jp/index_j.html マイクロシステムの創成 マイクロ流体デバイス、PCR、キャピラリー電気泳動、微生物、現場分析 船舶海洋工学、 生物・生体工学、知能機械学・機械システ 装置、DNA精製、遺伝子解析、深海 ム 竹内 昌治・教授 東京大学生産技術研究所 人工細胞膜によるイオンチャネルの高速並列 機能解析プラットフォームの構築 MEMS、 神経電極、 神経インタフェース、 膜タンパク質、Lab on a Chip、 マイクロ流体デバイス、MicroTAS、 リポソーム 萩谷 昌己・教授 上と重複 東京大学 情報理工学(系)研究科 構造化ゲルと化学反応場の協働による運動創 http://nicosia.is.s.u-tokyo.ac.jp/members/hagiya.html 発 分子ロボティクスの支援と広報 モデル検査、 定理証明、様相論理、グラフ書き換え、 セル・オートマト ン、ユーザインタフェース、DNAコンピュータ、合成生物学 清水 義宏・ユニットリーダー 理化学研究所・生命科学研究センター 人工細胞モデル構築のための基盤技術として http://www.qbic.riken.jp/japanese/research/outline/lab16.html の無細胞タンパク質合成システムの構築 リボソーム、翻訳、Synthetic biology、SmpB、 tRNA、キロマイシン、生 体高分子構造・機能、無細胞タンパク質合成 上田 泰己・グループディレクター 理化学研究所・生命科学研究センター 哺乳類概日振動体の構成的な理解 生体リズムの少数性生物学-生命システ http://www.qbic.riken.jp/syn-bio/index.htm ムにおけるターンオーバー制御と分子少数性 - 少数性生物学―個と多数の狭間が織りなす生命現象の探 システムバイオロジー、 システム生物学、 ゲノムワイド、 体内時計、シ 求―、 システムゲノム科学、 応用ゲノム科学 ンギュラリティー現象、 合成生物学 仁木 宏典・教授 染色体を折り畳むためのDNA領域の機能 大腸菌、 分配、染色体分配、染色体、 核様体、 セントロメア、バクテリ 分子生物学、 応用微生物学、 生物物理学、遺伝 ア、 ゲノム、複製起点 国立遺伝学研究所 http://www.taguchi.bio.titech.ac.jp/index.html http://www.hybrid.iis.u-tokyo.ac.jp/ http://www.nig.ac.jp/section/niki/niki-j.html 人工細胞を用いた反応場サイズと内部反応の http://www.bio.eng.osaka-u.ac.jp/ez/member/matsuura.html 人工細胞、分子進化工学, 実験進化学 関係性の解明 内田 健康・教授 早稲田大学 理工学術院 ゆらぎを伴う分子アトラクターの解析と構成に 関する生物制御理論の研究 秋吉 一成・教授 佐々木 善浩・准教授 京都大学大学院工学研究科 新規脂質ナノチューブ構築法の確立と細胞機 能制御 庄子習一・教授 早稲田大学理工学術院 マイクロフルイディックエンジニアリングの深化 http://www.eps.sci.waseda.ac.jp/teachers_popup/shoji.html と生体分子高感度定量計測への展開 計測・制御工学、 電子デバイス・機器工学、マイクロ・ マイクロ化学システム、 マイクロマシン、 MEMS、 微細加工、 マ ナノデバイス イクロ化学分析システム 泊 幸秀・教授 東京大学分子細胞生物学研究所 小分子RNA作用マシナリーの中核因子 Argonauteの解析 http://www.iam.u-tokyo.ac.jp/tomari/ 発現制御、small RNA、ゲノム、小分子RNA、miRN、ARISC、 翻訳 分子生物学、 非コードRNA作用マシナリー 抑制、 siRNA、Argonaute http://www.nurekilab.net/ X線結晶構造解析、 アミノアシルtRNA合成酵素、 トランスファー 生物物理学、 構造生物化学、 生命応答を制御する脂 RNA、蛋白質合成、 校正反応、 酵素、RNAの転写後修飾、パッ 質マシナリー チクランプ 望月 敦史・主任研究員 理化学研究所 湊元 幹太・講師 三重大学 工学系研究科 山岸 明彦・教授 東京薬科大学生命科学部 今西 未来・助教 京都大学 化学研究所 http://www.uchi.elec.waseda.ac.jp/index_j.html ロバスト制御、 ゲインスケジューリング、 微分ゲ-ム、 むだ時間系、 局 計測・制御工学、制御工学 所モデル、 H^∞制御、LPVシステム http://www.labonet.info/akiyoshi/member/ 生体関連化学、 融合マテリアル:分子制御による材料創成 リポソーム、 人工細胞膜、ナノゲル、ジェミニ型脂質、ナノバイオ、多細 と機能開拓、ナノ材料・ナノバイオサイエンス 胞モデル、脂質二分子膜ベシクル、相転移、脂質ナノチューブ 形態形成、 シミュレーション、 反応拡散方程式、 数理モデル、理 発生生物学、 大域解析学 論発生生物学、 生物物理、 応用数学、 発生・分化、 錐体モザイ 膜融合、 ベシクル、リポソーム、バキュロウイルス、人工細胞、情 機能生物化学、 生物物理学、 ナノメディシン分子科学 報伝達、 膜蛋白質、 両親媒性ペプチド、 巨大リポソーム 古細菌、 超好熱菌、 進化分子工学、 高度好熱菌、イソプロピル 進化生物学、 構造生物化学 リンゴ酸脱水素酵素、rRNA、キメラ酵素、 サーモプラズマ 生物分子科学、 動的・多要素な生体分子ネットワーク ジンクフィンガー、 DNA結合、人工転写因子、 遺伝子制御、 DNA 細胞時計を模倣した周期的遺伝子発現システ http://rdb.kuicr.kyoto-u.ac.jp/researchers/view/imanishi+miki を理解するための合成生物学の基盤構築、揺らぎが 結合ドメイン、 揺らぎ、 遺伝子発現 ムの構築 機能を決める生命分子の科学 生物情報ネットワークの構造および動的挙動 http://www.riken.jp/theobio/member/mochi.html の数理解析 膜受容体・エフェクタータンパク質を構成した人 http://kyoin.mie-u.ac.jp/profile/1171.html 工細胞システムによるシグナル伝達解析 全生物の共通祖先と、さらにそれ以前のタンパ http://logos.ls.toyaku.ac.jp/~lcb-7/ ク質に関する研究 * * * * * * * * ケミカルバイオロジー、生体生命情報学、生物科学、 進化 生物学 大阪大学・工学研究科 生命先端工学専攻 東京大学 大学院理学系研究科 生物化学専攻 脂質シグナリングの構造基盤 * 分子生物学 松浦 友亮・准教授 濡木 理・教授 * 知能機械学・機械システム、 マイクロ・ナノデバイス、膜超 分子モ-タ-の革新的ナノサイエンス 情報学基礎、生体生命情報学、知能情報学、ソフトウエア、 感覚と知能を備えた分子ロボットの創成 * * * * * * RNA * * * * * (以下は社会科学系) 加藤 和人・教授 吉澤 剛・准教授 松原 洋子・教授 平川 秀幸・教授 豊田 太郎・准教授 大阪大学大学院・医学系研究科・医の倫理と 公共政策学 ゲノム研究と社会のコミュニケーションに関する http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/eth/member.html 研究 ゲノム 生命倫理 日本 遺伝子 社会との接点 アジア コミュニケーション 文化人類学・民俗学 医療社会学 医学 遺伝学 科学史 科学コミュニケーション 立命館大学 サイボーグ医療倫理の科学技術史的基盤に関 http://www.ritsumeihuman.com/members/read/id/24 する研究 サイボーグ医療 人工呼吸器 意志伝達装置 意思伝達装置 生命倫 理 科学技術史 科学社会学・科学技術史 市民と専門家の熟議と協働のための手法とイ ンタフェイス組織の開発 http://hideyukihirakawa.com/index.html 科学技術ガバナンス、科学技術・イノベーションにおける公共的関与 •科学技術社会論: 科学技術ガバナンス、科学技術・イノ ベーションにおける公共的関与 ,科学社会学・科学技術史 生きていることの動的状態論の構築 http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/toyota_lab/ 大阪大学・コミュニケーションデザイン・セン ター 東京大学大学院総合文化研究科 広域科学 専攻相関基礎科学系 17 20 16 12 7 7 3 7 5 9 4 4 4 5 3 6 297 297 表-B 海外の主要な合成生物学研究室のリスト Laboratory Website Research Activities (Theme, Titles, Key Words) 1 Ellis Lab http://openwetware.org/wiki/Ellis_Lab 2 Gehring Lab http://gehringlab.wi.mit.edu/ 3 Smolke Lab, Stanford http://openwetware.org/wiki/Smolke 4 Weiss Lab, MIT http://groups.csail.mit.edu/synbio/ 5 Arkin Lab, Berkeley http://genomics.lbl.gov/ 6 Serrano Lab, CRG http://serrano.crg.es/members.jsp 7 Ellington Lab, UT Austin http://ellingtonlab.org/ http://www2.mrc-lmb.cam.ac.uk/group- 8 Chin Lab, Cambridge leaders/a-to-g/j-chin 9 Gos Micklem 10 Microsoft Research in Cambridge http://www.micklemlab.org/ http://research.microsoft.com/enus/groups/biology/ http://www.silva.bsse.ethz.ch/synbio/pe 11 Benenson Lab, Basel ople/kobibe 12 Haseloff Lab, Cambridge http://www.plantsci.cam.ac.uk/Haseloff 13 Anderson Lab, Berkeley http://synbio.berkeley.edu/index.php?pa ge=people 14 Hasty Lab, UCSD http://biodynamics.ucsd.edu/ 15 Collins Lab, Boston University 16 Elfick Lab, Edinburgh 17 Panke Lab, Basel http://www.bu.edu/abl/ http://www.synthsys.ed.ac.uk/people/pr ofile/alistair-elfick http://www.ipe.ethz.ch/laboratories/bpl/ people/panke http://www.biochem.mpg.de/en/rd/schw 18 Schwille Lab, Dresden ille 19 Kortemme Lab, UCSF http://kortemmelab.ucsf.edu/index.html 20 Kool Lab, Stanford http://www.stanford.edu/group/kool/ 21 Asthagiri Lab, Caltech http://www.cell-engineering.org/ 22 Pierce Lab, Caltech http://www.piercelab.caltech.edu/ 23 Elowitz Lab, Caltech http://www.elowitz.caltech.edu/ 24 Voigt Lab, MIT http://web.mit.edu/voigtlab/ Synthetic Yeast Chromosome XI Combinatorial modular assembly of gene networks and pathways Epigenetic reprogramming and plant reproductive development. Gene Imprinting. Engineering higher-order cellular information processing devices. Engineering yeast as a natural product biosynthesis platform Artificial tissue homeostasis, Assembly and delivery of genetic circuits. Construction and analysis of synthetic gene networks. Systems biology of HIV and HIV Therapies. Noise, Memory and Communication in B. subtilis Development Protein interaction networks: Protein-DNA/Protein complex dynamics. Mycoplasma pneumoniae Evolutionary techniques to engineer biopolymers and cells. An Amino Acid Depleted Cell-free Protein Synthesis System for the Incorporation of Non-canonical Amino Acid Analogs into Proteins. Genetic code expansion in model organisms. Photochemical genetic methods to control the activity of proteins in living cells Systematic analysis of bacterial genomes for useful genetic components, and creating a data warehouse containing this information Computational Method for Automated Characterization of Genetic Components. Programmable chemical controllers made from DNA RNAi circuits. Robust networks. Design of complex transcriptional regulation networks for cell monitoring and reprogramming Self-organising genetic circuits for reprogramming morphogenesis. Computer modelling of cell growth and morphogenesis. Clotho; for engineering synthetic biological systems and managing data. Act Ontology and Synthesizer. Mammalian Cell Signaling. Measuring Competitive Fitness in Dynamic Environments Insulating gene circuits from context by RNA processing Tracking, tuning, and terminating microbial physiology using synthetic riboregulators Regulation of Biological Signalling by Temperature. RiboSys; Systems Biology of RNA Metabolism in Yeast Fundamentals of designing novel multi-enzyme reaction networks for the production of high-value-added chemicals in vivo and in vitro Minimal systems to study membrane-cytoskeleton interactions. Min protein patterns emerge from rapid rebinding and membrane. interaction of MinE Computational models for the prediction and design of proteins, their dynamics and interactions. xDNA: Toward A New Genetic System with Expanded Size. Sequence Amplification from Rolling Circles of DNA Engineering cell-cell signaling. Tuning material adhesivity to promote faster multicellular aggregation. Engineering small conditional RNAs (scRNAs). Programmable in situ amplification for multiplexed imaging of mRNA expression. Cell signaling at the single-cell level. Cells use pulsing as a key mode of regulation A Programming Language for Cells. Engineering Cellular Sensors Organelle Refactoring and Engineering 299 Structure, mechanism and cell biology of scaffold proteins. Programming spatial self-organization in cells and multicellular structures Biosensors and their applications in microbial metabolic engineering. http://keaslinglab.lbl.gov/ Keasling Lab, Berkeley Engineering static and dynamic control of synthetic pathways http://openwetware.org/wiki/Dueber_L Modular strategies in a forward engineering effort to rewire/reprogram Dueber Lab, Berkeley ab pathways - metabolic pathways and two-component signaling Design and assembly of novel pathways for biological synthesis. http://web.mit.edu/prathergroup/ Prather Lab, MIT Enhancement of enzyme activity and control of metabolic flux. http://openwetware.org/wiki/Church_L Sequencing on a Genia Nanopore Chip. Church Lab, Harvard Essential genes as antimicrobial targets and cornerstones of synthetic ab biology. Mammalian Synthetic Biology. Programmable chromosomes. http://openwetware.org/wiki/Silver_Lab Silver Lab, Harvard Chronicle of Lineage Indicative of Origins. 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Cell surface display. http://mbel.kaist.ac.kr/lab/family/profess In silico biotechnology (Metabolomics, genome to metabolism) Korea Amino acid accumulation limits the overexpression of proteins http://www.rug.nl/staff/b.poolman/ Poolman, Groningen Physicochemical factors controlling the activity and energy coupling of an ionic strength-gated ABC transporter Periodic orbits near onset of chaos in plane Eckhardt, SynMikro, www.uni-marburg.de/synmikro Couette flow.Self-sustained localized structures in a boundary-layer Marburg flow. Semi-synthetic minimal cells: Origin and recent developments. http://www.plluisi.org/ Luisi Lab, Rome Never Born Proteins. 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Craig Venter Institute http://www.jcvi.org/cms/home/ - 300 2-3: 国内外の主な関連学会情報等 海外の学会・集会 Website Synthetic Biology 101: SynBerc: iGEM: http://www.synbioproject.org/ http://www.synberc.org/ http://igem.org/Main_Page Registry of Standard Biological Parts: http://parts.igem.org/Main_Page Synthetic Biology Org.: http://syntheticbiology.org/ Bio Bricks Foundation: http://biobricks.org/ OpenWetWare: Hastings Center: Synbiosafe: http://openwetware.org/wiki/Main_Page http://www.thehastingscenter.org/Issues/Default.aspx?v=2392 http://synbiosafe.eu/ Royal Society Synthetic Biology Gateway: http://rsif.royalsocietypublishing.org/site/misc/syntheticbiology.xhtml?portal OECD (Biotechnology Policy); http://www.oecd.org/science/biotech/syntheticbiology.htm 国内の学会・集会 Website ”細胞を創る”研究会 http://www.jscsr.org/ 日本生物工学会 合成生物学部会 http://www.brs.kyushu-u.ac.jp/~sbj-bio/ 合理的ゲノム設計コンテスト http://genocon.org/sw/wiki/ja/cria196s1i/ 301 関連参考文献 (1) OECD (2012) SYNTHETIC BIOLOGY: EMERGING OPPORTUNITIES AND KNOWLEDGE INFRASTRUCTURES IN THE LIFE SCIENCES (DSTI/STP/BIO(2012)2) (2) OECD(2010) Symposium on Opportunities and Challenges in the Emerging Field of Synthetic Biology (Synthesis Report) http://www.oecd.org/science/biotech/45144066.pdf (3) Synthetic biology, the bioeconomy, and a societal quandary. 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