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順応的管理 - 国総研NILIM|国土交通省国土技術政策総合研究所

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順応的管理 - 国総研NILIM|国土交通省国土技術政策総合研究所
2.3 環境保全措置の効果検証とフィードバック(順応的管理)
(1) 環境保全措置の効果検証
環境保全措置は、事業による自然環境への影響を緩和することを目的に実施される。そのため、
環境保全措置が当初の目的通りに機能しているかについて、フォローアップ調査を通じた効果検
証が必要になる。
例えば、希少猛禽類を対象とした人工代替巣の設置や営巣環境の整備の目的は、対象種の営巣
環境を維持・改善することにあり、野生動物に対する道路横断施設を設置する目的は、道路事業
における生息地の分断化の影響を減らすことにある。そのため環境保全措置後に、人工代替巣や
道路横断施設が当初の目的通りに機能しているか、また保全目標種を含む地域に生息する種が生
息し続けているか等、保全措置の効果を、フォローアップ調査を通じて調査・検証する。
本項では、フォローアップ調査を通じて得られた結果をもとに、今後の保全対策や維持管理の
検討にフィードバックするための考え方と工夫例を紹介する。
1) 評価基準をどのように考えるか?
環境保全措置の効果を評価する際に、“ミティゲーション”(環境に対する影響の緩和
措置)の観点から考えた場合、フォローアップ調査の結果と道路建設前に実施した事前調査
の結果等との比較を行うことが有効である。道路の建設前後で、保全目標とした希少種の
生息状況や生態系に変化が無い、もしくは極めて小さいのであれば、環境保全措置が有効
に機能したと言える。例えば、猛禽類の場合は、工事着手前、工事中、供用後の 3 段階に
おいて、調査範囲内の繁殖つがい数、繁殖成功率、巣立ちひな数等を比較することで評価
が可能となる。
一方で、道路建設から長い時間が経過した場所では、開発等により周辺の自然環境も大
きく変化している場合がある。このような場所では、道路横断施設の評価であれば、現在、
その地域に生息する動物種がどの程度、対象施設を利用しているのかについて、フォロー
アップ調査の結果を基に判断する方が適切だろう。そうすることで、道路横断施設が現在
も有効に機能しているのかどうか、評価することが可能になる。
2) 最終評価を行う時期について
最終的な評価付けには十分な調査期間(年単位)による裏付けが必要となる。例えば、
希少猛禽類用の人工代替巣の利用は、設置初年度よりも数年後の利用率の方が高く、設
置から 8 年後に利用した記録もある。道路横断施設についても、供用直後には利用しな
かった野生動物種が、その後の行動圏の変化や個体の慣れ等によって利用することも考
2-101
えられる。一方で、施設の経年変化や劣化等により、当初は利用していたものが、利用
状況が低下する可能性もある。
3) 海外での事例
道路と野生動物の課題に関して研究や取組みを行っている米国では、「保全対策の効
果は長期的に変化することを念頭に最終評価を行うべきである」と考えられている。ま
た、野生動物の利用実態のみを評価要素とするのではなく、より多面的な観点(生態学、
統計学、経済、公共安全、社会・政治的観点など)から評価を行うことが奨励されてい
る(「Evaluation of Wildlife Crossing Structures and Fencing on US Highway 93
Evaro to Polson」(モンタナ州交通局、2006 年))。
(2) フィードバック(順応的管理)による保全対策の改善策の検討
生態系は時間的に変化し、不確実性を伴うものであるので、当初の予測とは異なる状況が生じ
ることがある。例えば、フォローアップ調査の結果、猛禽類の人工代替巣や整備した営巣林が利
用されていなかったり、野生動物用の道路横断施設が当初の目的通りに機能せず、保全目標種を
含む地域に生息する種の利用が確認されなかったりすることがあるかもしれない。このような場
合には、フォローアップ調査の結果や専門家の意見を参考に、改善策を検討し、順応的な管理を
行うことが重要である。
順応的管理とは、不確実性の高いものに対し、評価(現状把握)とフィードバックを繰り返し、
状況に合わせて適宜追加の対策を講じることに主眼を置いたリスク管理の考え方である。順応的
管理の考え方によれば、事業の計画段階で必要以上の保全対策を盛り込む必要がなくなるととも
に、生態系のように不確実性を含むものに対しても状況にあわせ順応的に対応することができる。
例えば、野生動物のロードキルの問題が確認された場合、まずは侵入防止柵の破損箇所の調査
等のハード面の確認を行った後、道路横断施設の追加設置の可能性などの検討を行うことで、効
率的に問題の解決につながる対策を実施することができる。また、既存の道路横断施設の利用が
確認できない場合は、利用を高めるための工夫を検討する。例えば、通水のあるパイプカルバー
トではロープの設置によって水に濡れずに移動可能な足場を創出したり、利用頻度の低い施設で
は周辺の野生動物を施設入口付近へ誘導するような植栽を配置したりといった、既設の道路横断
施設へ少し工夫を加えることで、保全措置の効果を向上させることができる。その際、対策の目
標が明確であるので、現実的かつ費用対効果の高い対策を検討しやすい。
なお、本資料で紹介したものの中にも、既設の道路横断施設に適用可能な追加対策の事例があ
るので、改めて次頁(表 2.3-1)に例示する。
2-102
表 2.3-1
既存施設での工夫例(本資料に記載のあるもの)
施設タイプ
改善の検討事例
ボックスカルバート
・隠れ場の創出
・土入れ等による自然に近い環境の創出
パイプカルバート
・ロープ設置による足場の創出
・入口付近への誘導植栽
橋梁
・植栽の実施等による自然に近い環境の創出
オーバーブリッジ
・隠れ場の創出
・土入れ等による自然に近い環境の創出
施設周辺
(付帯施設)
・誘導植栽
・侵入防止柵の嵩上げの実施
・細かい網目を下部に設置する等隙間のない侵入防止柵を設置
・生態的特性に配慮して樹林をつなぐ等の移動経路の設置
本技術資料に示した技術・事例は、いずれも道路事業による自然環境への影響ならびに野生動
物との交通事故のリスクを、効率的かつ効果的に低減するものと考えている。今後、本資料の実
践に加え、各事業現場でのフォローアップ調査とフィードバック、事業現場間での情報交換と情
報の蓄積を重ねることで、より効果的な道路横断施設や環境保全措置の開発、効率的な維持管理
の実施につながるだろう。
2-103
コラム 1 「情報蓄積の重要性: 生息・生育ポテンシャルの定量的評価手法」
事業の計画や検討段階、現地調査の準備段階において、既存資料や専門家等からの知見
を収集しても重要な種や群落の分布状況が不明な場合、現地調査を実施することなしに重
要な種等の生息・生育ポテンシャルを予測することが可能な「生息適地モデル」は有効な
手法の一つになる。
ここでは、道路事業における環境アセスメントを念頭に、国総研において試行した生息
適地モデルの結果 1) 2)を紹介し、生息適地モデルの特徴と留意点を述べる。
-------------------------------------------------------------------------------・生息適地モデルとは
限られた生息情報を基に地域全体の生息環境を評価する手法に、「生息適地モデル」が
ある。生息適地モデルは、ハビタットモデルや種の分布モデルとも呼ばれ、動植物種の分
布情報と環境要因の関係を統計学的な手法を用いて予測する(下図)。言いかえるならば、
対象種が分布している環境と類似した環境条件の場所を統計モデルによって抽出・把握す
るものであり、既存情報が少ない場所についても情報を補完しようとする解析手法である。
このため、事前に分布情報が得られない場所(分布情報の空白地)についても、種の生息
可能性(ポテンシャル)を定量的に予測することができる。また生息適地モデルによる予
測結果を、地理情報システム(GIS)に統合することで、希少種などの保全上重要な地域を
地図上(ポテンシャルマップ)に示すことができ、意思決定支援の強力なツールとなる。
・利用上の留意点
第一に、ポテンシャルが高いと予測された場所は、相対的に分布の可能性が高いことを
示しているのであり、必ずしも予測対象種が分布しているわけではない。また、生息適地
モデルの予測精度は、データの量や使用する統計モデルの特性に依存する。そのため、予
測にはある程度の不確実性があることを認識しつつ、意思決定に用いる必要がある。
第ニに、既存の生息適地モデルを転用する場合、モデルによって、予測の対象が種の在・
不在や個体数、営巣数など、それぞれ異な
っている。また同じ種を対象としたモデル
であっても、特定の地域の分布情報を基に
得られた生息適地モデルを、地形や植生等
が異なる他地域の予測に用いることは避
けるべきである。なぜなら、種の分布を規
定する要因も異なる可能性が高く、予測の
信頼性が担保されないためである(図 3)。
第三に、いったん構築した予測モデルで
あっても、その後も情報を更新し、モデル
を修正していく必要がある。
1
出典: 大城温,長谷川啓一,上野裕介,井上隆司.動植物の移植・移設先の選定を目的とした生物分布推定モデル 3
種の比較. 2015 年 10 月.土木学会環境システム研究論文発表会講演集,43 巻,pp.153-158.
2 出典: 上野裕介,栗原正夫.広域スケールでのオオタカの生息適地予測の有効性と空間的汎用性・地域性の課題. 2015
年 3 月,ランドスケープ研究,78 巻 5 号,pp.647-650.
2-104
生息適地モデルによって予測されたポテンシャルマップの例
(キキョウ・ニホンアカガエル出典 1)、オオタカ出典 2))
生育ポテンシャルの高
い場所を地図上に示す
ことができる。
統 計 解 析 手 法
(MaxEnt、GLM 等)
により、結果が異なる。
MaxEnt
MaxEnt
GLM
GLM
図 1 予測された生息ポテンシャル(キキョウ)
図 2 予測された生息ポテンシャル
(ニホンアカガエル)
図 3 予測されたオオタカの営巣
適地図(関東:右上、東北:中央
下)と土地利用図(関東:左上図、
東北:左下図)。右下図は、関東
の予測モデルを東北の土地利用
条件に当てはめて予測し直した
結果(モデル転用による失敗例)。
なお予測結果は、現時点で入手
可能なデータに基づくものであ
り、データが追加されることでよ
り正確な予測に近づくと思われ
る。解析手法は、MaxEnt。
生息適地モデルは研究途上の技術であり、専門的な解析(専門家の技術アドバイス)を必
要とする面があるものの、既存情報が少ない場合においても、科学的・客観的に情報を補間
することができ、結果を定量的に評価し、かつ視覚的に表現できる利点がある。
一方、予測精度を高めるためには、生物データを集積し、予測を更新していくことが重要
である。今後の情報蓄積と、実務への活用が期待されるツールである。
2-105
コラム 2 「情報蓄積の重要性: 環境保全措置の定量的な効果検証」
全国各地の道路事業では、動物、植物、生態系に関する環境保全措置が数多く実施され
ている。また、環境保全措置実施事例が増えるにつれて、効果検証が可能な事例も見られ
るようになってきた。しかしながら、道路事業者間での情報共有や蓄積が進んでこなかっ
たため、環境保全措置の効果検証が十分になされておらず、保全技術の向上につながりに
くい状況がある。
ここでは国総研において、全国各地の道路事業で頻繁に実施されている猛禽類に対する
「工事中の環境保全措置の効果検証」を、定量的な評価手法を用いて行った研究例出典3)を紹
介し、情報蓄積の重要性について述べる。
-------------------------------------------------------------------------------研究では、希少猛禽類 3 種(オオタカ、サシバ、クマタカ)に対する環境保全措置の効
果検証を目的に、全国の国直轄道路事業の情報を網羅的に収集し、メタ解析 備考4)という手
法を用いて以下を明らかにした。
1) 希少猛禽類に対する環境保全措置には、どのような種類があるか?
2) 工事の実施は、猛禽類の繁殖成功率にどの程度影響を与えているのか? すなわち環
境保全措置は、有効に機能しているのか?
3) 事業個所(路線)と巣の距離が近いほど、猛禽類の繁殖成功率は下がるのか?
なお収集資料は、全国 488 か所の自然環境調
査報告書(アセス対象事業以外も含む)を基
に抽出した、オオタカ 381 巣、サシバ 282 巣、
クマタカ 112 巣に対する環境保全措置の情報
(有無、種類)とそれらの巣の繁殖記録であ
る。
表1
工事中の環境保全措置の実施状況
工事中の環境保全措置
件数
行動
目視
56
監視※
ビデオ
13
工事時期・区域の制限
36
改変時期の調整
11
コンディショニング
34
使用
低騒音・低振動重機
15
重機
使用重機の制限
5
遮蔽
工事箇所の遮蔽
14
工程
解析の結果、1)環境保全措置は、大きく 4
つに分けられ、行動監視、工程調整、使用重
機の制限、工事箇所の遮蔽であった(表 1)。
また、事業箇所からの距離が近い巣ほど、複
数の保全措置が併用されるなど、対策が手厚
くなっていた。
3
調整
※工事による異常行動の基準を設け、異常確認時に工
事を中断する態勢を整えている事例に限り、集計。
出典:上野裕介ほか.メタ解析を用いた 環境保全措置の効果検証:全国の道路事業での希少猛禽類 3 種の繁殖成否.
2015 年 10 月.土木学会論文集 G(環境),71 巻 6 号,pp.Ⅱ_65-Ⅱ_72.
4 備考:メタ解析とは、複数の研究の結果(生データや解析結果)を統合し、より高い見地から分析すること、または
そのための手法や統計解析のこと。
2-106
次に、2)オオタカ、サシバ、クマタカの
いずれの種についても、道路工事の有無(工
事前・着工後)で繁殖成功率に統計的に有
意な差はなかった(図 1)。つまり、道路工
事によって繁殖成功率(成功巣数/全巣数)
が低下する傾向は、検出されなかった。
100%
80%
68.5%
69.5%
78.4%
78.7%
60%
47.8%
57.6%
40%
20%
0%
工事あり 工事なし 工事あり 工事なし 工事あり 工事なし
(n=181) (n=200) (n=111) (n=183) (n=46)
(n=66)
さらに、3)着工後の繁殖成功率も事業箇
所と巣の距離が近いほど低下する傾向もな
かった(表 2)。
オオタカ
図1
表2
これらの結果をまとめると、希少猛禽類
に対する環境保全措置が有効に機能し、自
然界と遜色ない程度に繁殖成功率を維持す
ることに成功していることがわかった。
クマタカ
工事の有無と繁殖成功率の違い
オオタカ、サシバ、クマタカの繁殖成否を目
的変数、事業路線から巣までの距離、環境保
全措置の有無を説明変数としたGLMの結果。
アスタリスクは、各変数が統計的に有意であ
ることを示す(*** p<0.001,**0.001<p<
0.01,* 0.01<p<0.05)。
距離
一方で、本研究で収集した情報だけでは、
環境保全措置の種類ごとの保全効果や、工
事内容(工程、使用重機)による猛禽類の
繁殖への影響の違いについては、評価がで
きなかった。
今後も継続的な情報収集と、分析が必要
である。
サシバ
オオタカ
サシバ
0.00
保全措置
切片
AIC
1.03 *
0.61***
221.0
0.97
0.71*
222.9
0.79***
224.5
1.18***
108.8
0.86***
109.6
1.07***
109.7
-0.05
56.0
0.22
57.8
0.23
58.0
0.00
0.67
クマタカ
0.00
0.00
-0.02
--------------------------------------------------------------------------全国各地の道路事業では、各地整・事務所で有識者の助言を受けながら、様々な環境保
全措置が検討・実施されている。
しかしながら、それらの効果検証が不十分であれば、個々の対策は常に手探り状態であ
り、安全側に寄った対策になる恐れがある。
ここで取り上げた例は、希少猛禽類であるが、同様の課題は、様々な動物や植物、生態
系にも通じる。
全国の事例を共有し、事例に基づく科学的な分析を行うことによって、不確実性を排除し、
一層の環境保全措置の技術向上および効率化を図ることができる。
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