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日機連21高度化-3
平成21年度
資源高騰における機械工業企業の
経営戦略に関する調査研究報告書
平成22年3月
社団法人
日本機械工業連合会
株式会社
日鉄技術情報センター
この事業は、競輪の補助金を受けて実施したものです。
http://ringring-keirin.jp
序
我が国機械工業における技術開発推進は、ものづくりの原点、且つ、輸出立国維持に
は必須条件です。
しかしながら世界的な経済不況脱出で先進国の回復が遅れている中、中国を始めとす
るアジア近隣諸国の工業化の進展と技術レベルの向上は進んでいます。 そして、我が
国の産業技術力の弱体化など将来に対する懸念が台頭してきております。
これらの国内外の動向に起因する諸課題に加え、環境問題、少子高齢化社会対策等、
今後解決を迫られる課題も山積しており、この課題の解決に向けて、技術開発推進も一
つの解決策として期待は高まっており、機械業界をあげて取り組む必要に迫られており
ます。
これからのグローバルな技術開発競争の中で、我が国が勝ち残ってゆくためには、も
のづくり力をさらに発展させて、新しいコンセプトの提唱やブレークスルーにつながる
独創的な成果を挙げ、世界をリードする技術大国を目指してゆく必要があります。幸い
機械工業の各企業における研究開発、技術開発にかける意気込みにかげりはなく、方向
を見極め、ねらいを定めた開発により、今後大きな成果につながるものと確信いたして
おります。
こうした背景に鑑み、当会では機械工業に係わる技術開発動向調査等の補助事業のテ
ーマの一つとして株式会社日鉄技術情報センターに「資源高騰における機械工業企業の
経営戦略に関する調査研究」を調査委託いたしました。本報告書は、この研究成果であ
り、関係各位のご参考に寄与すれば幸甚です。
平成22年3月
社団法人
会
長
日本機械工業連合会
伊
藤
源
嗣
はしがき
2008 年 8 月、リーマンブラザーズの破綻を契機に、異常な高値を続けていた資源価
格が一気に崩壊しました。原油は(WTI スポット月平均)133.9 ㌦/バレル(2008.6 月)
から 39.15 ㌦/バレル(2009.2 月)
、鉄鉱石(中国主要港着価格スポット)は 198 ㌦/ト
ン(2008.2 月)から 61 ㌦/トン(2009.4 月)
、銅(LME)は 8,714 ㌦/トン(2008.4 月)
から 3,105 ㌦/トンへと急落しました。世界を覆っていた金融バルブが溶け、資源価格は
ここ 30 年来続いてきた安定価格に復するかと考えられていましたが、2009 年 10 月時
点では、原油は 75.77 ㌦/バレル、鉄鉱石は 94 ㌦/トン、銅では 6,306 ㌦/トン へと再び値
を上げ、高止まりした状態にあります。
2003 年ごろから始まった資源価格高騰は、中国など新興国の旺盛な資源需要を背景
に、世界の過剰資本が投資・投機マネーとして市場に流れこんだためと説明されていま
す。当然、価格の急落は、金融バルブ崩壊による世界的な景気の後退と、急激な需要の
縮退によるものです。
資源価格の均衡点はどこにあるか?
関心のあるところでありますが、10 年、15 年
の長期にわたり「高止まりの状態」が続き、
「安い資源の時代」から「高い資源の時代」
へとパラダイムシフトが興っているとする見解が提起されています。我が国は、安価な
資源を安定して確保できるという前提の下で、川上の鉄鋼、非鉄製錬などの素材産業か
ら川下の自動車、家電・電子機器の消費財産業まで製造循環を築きあげてきました。資
源価格の上昇は消費者への価格転嫁に通じると同時に、長期に及ぶ高騰は競争力の喪失
など我が国製造業の弱体化をもたらします。生産国に極端な偏在があるレアアースなど
の元素を使う製品では供給リスクに直面することが懸念されています。
我が国企業や、社会が取り得る選択肢は多くはありません。当たり前の方策ではあり
ますが、考えられる素材戦略は以下の三つです。
一つは代替材料の開発です。第二が社会全体でのリサイクルの定着と徹底であります。
第三が企業、業界、政府の連携による資源開発と権益の確保だと考えています。エネル
ギーと資源をいつでも好きなだけ使える時代は終わりました。どこにでもある材料を使
い製品機能を向上させていく努力が、企業の競争力を強化します。使わずにすむものは
使わない(Reduce)、丁寧に使う(Reuse)
、何度も使う(Recycle)、ありふれたものを
使う(Replace)という社会のコンセンサスが持続可能な社会の構築に繋がっていくと
考えています。
平成22年3月
株式会社
社
日鉄技術情報センター
長
阿
部
一
正
目
次
1.はじめに................................................................................................................... 1
1-1
ものづくり立国 日本を取巻く状況........................................................... 1
1-2
報告書の構成............................................................................................. 3
2.原油と商品市場........................................................................................................ 4
2-1
ピークオイル論 ......................................................................................... 4
2-2
イランの脅威など地政学的リスク ............................................................ 8
2-3
中国の需要拡大 ....................................................................................... 10
2-4
原油価格と商品取引 ................................................................................ 13
3.銅鉱石と資源メジャー ............................................................................................. 23
3-1
銅鉱山の開発の歴史 ................................................................................ 23
3-2
銅精錬と銅需給 ....................................................................................... 27
3-3
産銅における構造変化 ............................................................................ 34
3-4
銅価格と取引 LME ................................................................................. 39
4.鉄鉱石と中国の台頭............................................................................................... 45
4-1
鉄鉱石の起源........................................................................................... 45
4-2
世界の鉄鉱石需給.................................................................................... 51
4-3
中国の台頭と資源メジャーの動向 .......................................................... 54
4-4
鉄鉱石価格と取引.................................................................................... 59
5.レアメタルと資源の偏在 .......................................................................................... 65
5-1
レアメタルとは ....................................................................................... 65
5-2
インジウム .............................................................................................. 68
5-3
リチウム .................................................................................................. 74
5-4
タングステン........................................................................................... 82
5-5
レアアース .............................................................................................. 91
5-6
中国のレアメタル政策 .......................................................................... 103
6.資源リスクに向けた企業、社会、国の対応.............................................................. 106
6-1
資源リスク ............................................................................................ 106
6-2
代替材料の開発 ..................................................................................... 107
6-3
リサイクル ............................................................................................ 139
6-4
資源開発と権益確保 .............................................................................. 146
7.資源高騰とパラダイムシフト ................................................................................... 154
7-1
資源変動と均衡価格の評価 ................................................................... 154
7-2
パラダイムシフト.................................................................................. 156
7-3
まとめ.................................................................................................... 158
1.はじめに
1-1
ものづくり立国 日本を取巻く状況
21 世紀に入ってエネルギーや鉱物資源価格が上昇し始め、2008 年には旧来価格の 2 倍
~13 倍にも急騰した。しかし、2008 年 9 月のリーマン・ブラザーズの破綻にシンクロナ
イズして、高騰状態から一気に価格崩壊したことはまだ記憶に新しい。崩壊後、旧来の価
格レベルに復するかとも予想されたが、再び上昇を始め、現在(2009 年 10 月)では高止
まりの状態で推移している。主要な資源について、2008 年高騰前後の価格変動を表 1-1
にまとめた。資源価格の急激な変動は、製造業にとって死活問題である。20 世紀は原油と
鉄の世紀であった。我われは今も、その基盤の上に生活する。ニッケルはガスタービンそ
のものを構成する素材であるし、ネオジムなどレアアースは携帯やハイブリッド自動車の
磁石の必須の金属となっている。原油、鉄、銅、レアメタルなどの資源はものづくり立国
を目指す我が国にとって戦略物資であり、調達の可否とその価格は機械工業各社の企業活
動の生命線である。
表 1-1 主要資源の 2008 年高騰前後の価格変動
資源
原油(WTI)
石炭(豪州一般炭)
ガス(ロシア産)
ウラン
鉄鉱石(カラジャス)
アルミニウム地金
銅地金
鉛地金
亜鉛地金
ニッケル地金
錫地金
単位
(㌦/バレル)
(㌦/トン)
(㌦/千m3)
(㌦/ポンド)
(セント/トン)
(㌦/トン)
(㌦/トン)
(㌦/トン)
(㌦/トン)
(㌦/トン)
(㌦/トン)
(基準)
2003年1月
32.9
26.7
113.4
10.2
32.0
1379.3
1650.3
444.8
782.3
8032.9
4445.3
(ピーク価格)
期日
価格
比率(倍)
2008.06
133.9
4.07
2008.07
192.9
7.22
2009.01
576.7
5.09
2007.06
136.2
13.36
2008.12
140.6
4.39
2008.07
3067.5
2.22
2008.04
8714.2
5.28
2007.10
3722.6
8.37
2006.12
4381.4
5.60
2007.05 51783.3
6.45
2008.05 23853.6
5.37
(現在価格)
(ボトム価格)
期日
価格
比率(倍) 2009年10月 比率(倍)
2009.02
39.2
1.19
75.8
2.30
2009.03
65.4
2.45
76.1
2.85
2009.09
222.5
1.96
232.2
2.05
2009.04
41.7
4.09
46.1
4.52
2009.01
101.0
3.16
101.0
3.16
2009.02
1338.1
0.97
1875.7
1.36
2008.12
3105.1
1.88
6306.0
3.82
2008.12
968.2
2.18
2227.7
5.01
2008.12
1112.9
1.42
2070.8
2.65
2009.03
9710.7
1.21
18489.5
2.30
2009.03 10689.4
2.40
15037.4
3.38
出所)IMF Primary Commodity Prices 2009
一般に資源価格は、需給のバランス、鉱山事故、紛争など地政学的リスクのファンダメ
ンタル要因により変動する。液晶パネルに使われるインジウムの高騰は、我が国の薄型テ
レビ製造の普及立上に伴う需給不均衡により引き起こされたとされているし、原油価格の
急騰は、核開発ゲームを続けるイランの地政学的リスクの影響が大きかったと考えられて
いる。
また、21 世紀になって中国など新興国の経済発展が目覚しく、国家のインフラ建設のた
め大量のエネルギーや基礎資材を消費するようになった。現在、原油、鉄、銅など世界の
資源は奔流となって中国に流れ込んでいる。かつて世界の資源を集め、豊かな生活を享受
できたのは米国、欧州、日本など先進国 10 億人の人間に限られていたが、今、中国 13 億
人、インド 11 億人の人間がこの階層に加わろうとしている。新興国の経済成長、豊かな
生活を求める人々の拡がり、すなわち「世界のフラット化」は資源の需給に重大な影響を
1
与え、資源価格高騰の主たる原因となっていると指摘されている。
このようなファンダメンタル要因以外に取引自体に誘発される価格変動もある。原油や
金属の取引には相対取引、商品取引がある。商品取引では原油の NYMEX(NY マーカン
タイル取引所)、金属資源の LME(ロンドン金属取引所)などの取引所がよく知られてい
る。これらの取引所を中心とする商品先物市場(コモディティ市場)では先物取引により
値決めされ、その価格は相対、現物を含めた取引全体の価格形成に大きな影響を及ぼすと
されている。
2003 年ごろより、コモディティ市場への投機マネーの流入が顕著になっている。その投
資残高は 2002 年時点では 1 兆 5,000 億円にも満たなかったが、2006 年には 14 兆円程度
にまで膨らんでいたと推定されている。高々2 兆円程度であったマーケットに、1,500~
2,000 兆円規模の資産を持つ年金資金やオイルマネーの一部が投機マネーとして流れ込ん
だことが原油や金属資源の異常な値上がりを惹き起したものと考えられている。世界的な
資金の過剰流動性、すなわち「マネーのグローバル化」が資源価格高騰の起爆剤として作
用し、資源価格を長期間にわたって押し上げた。
コモディティ市場は、多数の参加者の売買で価格形成していくオープン性に特徴があり、
このオープン性によって価格変動を抑制していくことを意図して整備されてきたマーケッ
トである。しかし現実は、巨大な年金資金からの投機マネー流入や、複雑なポートフォリ
オ理論に基づくオペレーションスタイルによって、価格の変動性(ボラティリティ)が激
化しており、価格安定という意図が実現されているとは言いがたい状況にある。
マネーのグローバル化は企業間の合併と買収を加速した。20 世紀前期には、産銅業を中
心 に 資 源 メ ジ ャ ー と 呼 ば れ る 企 業 が 形 成 さ れ て い た が 、 2000 年 、 Rio Tinto が
RobeRiverJV に権益を持つ North(豪州、鉄鉱石)の買収をしたのを皮切りに、鉱山山元
の合併・買収が一気に進んだ。現在では、多くの金属資源が BHP Billiton(豪・英)、Anglo
American(英)、Rio Tinto(豪・英)など 5 大資源メジャーと呼ばれる企業群の影響下に
ある。特に鉄鉱石における寡占化が著しく、世界の鉄鉱石は BHP Billiton と Vale(ブラ
ジル)の 2 社に支配されている。我が国はじめ、世界中で、直接鉱山をもたない製鉄会社
や非鉄製錬会社は、価格変動のみならず、鉄鉱石や銅鉱石の調達リスクにも脅かされる事
態となっている。
資源価格の安定と調達はものづくり立国を目指す我が国、そして、長期安定的な企業経
営を目指す企業にとって重要な課題である。価格高騰以来、資源の国家備蓄が注目され
JOGMEC を中心とする海外の資源開発も活発化している。製造業各企業においても、代
替材料の開発や資源リサイクル技術の開発が進められている。しかし、海外の資源に依存
し、国際マーケットから資源を調達せざるを得ない我が国の製造業各社には、今まで以上
にマーケット動向を把握し、戦略的な資源調達を行うことが要請されるようになってきた。
2
代替材料開発、リサイクル、鉱山開発と権益確保などを効果的に組合せ、長期的需給見通
しに基づく資源調達を行うことが必要になってきている。
1-2
報告書の構成
本報告書は大きく 2 章から 7 章の 6 つの内容から構成されている。まず、2 章、3 章、4
章では原油、鉄、銅を取上げ、鉱山・鉱石、需給、資源メジャー、売買方式と価格変動に
ついて述べる。また 5 章ではレアメタルを取上げ、リチウム、タングステン、インジウム、
ネオジムなど偏在性の高い元素の用途、需給、価格について報告する。これらの資源を選
んだのは、現代社会の基盤的資源である原油と鉄、ベースメタルの代表としての銅、産業
のビタミンともいわれるレアメタルを取上げ、世界規模での需給と価格を見ることで、現
在、我が国が直面する資源問題を俯瞰することができるだろうと考えたからである。
6 章では、我が国が直面する資源問題を克服するための方策について論ずる。企業とし
てできること、業界や国の支援のもとで実施しなければならないこと、社会全体でやらな
ければならないことなど、現状を含め報告する。
7 章では、資源問題の今後の見通しについて述べる。ここ 20 年間の「安い資源時代」が
終焉し「高い資源時代」が到来したと予測するエコノミストも現れた。資源問題と世界経
済のパラダイムシフトが起こっているとする分析であり、2 章~5 章で報告した需給動向
や価格変動とよく符合する。丸紅経済研究所の柴田明夫氏らの「パラダイムシフト論」を
紹介して、本報告のまとめとする。
3
2.原油と商品市場
原油価格は 2008 年 7 月に 145 ドル/バレル(NY.WTI 先物)という過去最高水準まで上
昇し、その後、9 月に起きたリーマンショックに連動して 47 ドル/バレルまで急落したこ
とは記憶に新しい。2009 年 1/4Q では 50 ドル前後で推移していたが、6 月頃より再び上
昇し始め 10 月には 75 ドルにつけた。最近の原油価格の乱高下は、原油市場への巨額な商
品ファンドマネーの流出入により引き起こされていることは間違いのないことであるが、
商品ファンドマネーの流出入を誘う要因として、様々な背景が指摘されている。ピークオ
イル論をはじめとして、中国の需要拡大、イランの脅威、OPEC の余剰生産能力不足など
様々なファンダメンタル要因が語られている。これらの要因を紹介して、価格変動の背景
を考えてみたい。(1), (2)
2-1
ピークオイル論
(1)ハバートモデル
「数年内に世界の原油生産量が減少に転ずる」というピークオイル論が、ここ数年議論
されている。投機的な商品ファンドに対して、このピークオイル論に従えば「原油価格は
さらに上昇を続ける」という期待感を醸成し、昨今、その社会的影響が看過できないほど
大きくなっている。(3), (4)
「生産量は増大し、ピークを迎え、やがて衰退する」という地下資源のサイクル性を最
初に指摘したのは米国シェルに在籍していた構造地質学者のハバート(Marion King
Hubbert)である。1956 年、ハバートは米国の原油生産が左右対称のカーブを描いて推移
し、そのピークは 1960 年代後半にあたると予測し論議を呼んだ。その後の米国の原油生産
がハバートの予測にほぼ近い履歴を辿ったことから、一躍その分析は資源生産予測の基本
的な方法論と目されることとなった。
図 2-1 には有名なハバートカーブを示した。米国での原油生産予測である。究極資源量を
1500 億バレルとした時には 1965 年頃、2000 億バレルとした時には 1970 年頃に生産ピー
クを迎えることが示唆されている。
ハバートは、QD(累積発見埋蔵量)、QP(累積生産量)、QR(確認埋蔵量)の時間(t)推
移の間には〔1〕式が成立し、これに発見量カーブを単純なロジスティック(logistic)曲線
と仮定すると、年間生産量 d QP/dt は〔2〕式のようになることを明らかにした。
dQ D dQ P dQ R
=
+
dt
dt
dt
dQP
e − at
= Q0 aN 0
dt
(1 + N 0 e − at ) 2
〔1〕
〔2〕
dQ P
Q
/ QP = a (1 − P )
dt
Q0
〔3〕
4
ここで Q0 は究極資源量(発見量)である。(Q0:究極発見量、N0,a:定数)
〔2〕式を展開して、累積生産量増加率 (d Qp/dt)/QP が累積生産量の増加とともに減少する
という〔3〕式のような 1 次式が得られる。図 2-2 に示すように、横軸に累積生産量増加率
QP、縦軸に累積生産増加率 (d QD/dt)/QP をとるプロットを考えると、増加率がゼロになっ
た時点の累積生産量が究極資源量 Q0 である。これは Hubbert Linearization といわれるも
ので、線形のプロットから究極資源量が求まるということから、その後、多くの研究者が
使用する手法になった。
図 2-1 ハバートによる原油生産予測
出所)JOGMEC「石油・天然ガスレビュー」2007.7,Vol.41,No.4,木村 他
図 2-2 ロジスティク曲線と Hubbert Linearization
出所)井上正澄「石油資源の将来」(2004)石油技術協会
(2)原油生産予測の世界規模への展開
1980 年代から、ハバートモデルをもとにしたピークオイル論が、世界規模の原油生産予
測に展開されるようになってくる。その中心がキャンベル(Colin Cambell)やラエレール
(Laherrere)である。1998 年、この二人の地質学者は「安い石油がなくなる(The End of
Cheap Oil)」という論文を発表し、大いに話題を呼んだ。世界の既石油生産量、8000 億バ
レル、確認埋蔵量を 8500 億バレル、未発見埋蔵量 1500 億バレル、以上合計が究極資源量
5
1.8 兆バレルを前提に、世界全体の生産量ピークを 2004 年ごろと予測している。図 2-3 に
キャンベルらの 2004 年ピーク説の結果を示した。キャンベルらのピーク予測は、その後何
度も修正され、その度ごとにピークは高くなり時期は後へずれ込んでおり、これは供給量
が消費量を上回る傾向にあることを示し、石油資源量が当面本質的な危機をはらんでいな
いことを示唆していると批判がなされている。
図 2-3
ASPO(キャンベルら)による世界の地域別石油生産見通し
出所)JOGMEC「石油・天然ガスレビュー」2007.7,Vol.41,No.4,木村 他
ハバートモデルの系譜にあるキャンベルらのピークオイル説の問題点として、下記の二
点が挙げられる。ハバートモデルは探鉱密度が高く、政治・経済面が安定しており、需要
と開発投資の伸びに関して隘路が生じない北米のような地域ではじめて有意であって、世
界の各地では探鉱密度も北米に比べて遥かに低く、政治的に不安定で生産量推移は地質ポ
テンシャル以外に様々な要因を反映しており、北米のような解析が行われる訳ではない。
もう一つは、究極資源量に関する見積である。キャンベルらは究極資源量を 1.8 兆バレル
と悲観的に算定しているが、米国地質調査所(US Geological Survey:USGS)の 2000 年
の評価(USGS 2000)では 3.2 兆バレルと見積もっている。この違いは図 2-4 に示したよ
うに、埋蔵量成長と未発見資源量に対する評価の違いである。図 2-5 は、究極資源量に関す
る調査結果を評価年でプロットしたものである。世界の究極資源量に関する評価は、時間
とともに漸増基調にある。これは、探鉱技術の進歩により今日でも新規地域で油田が発見
されており、また、埋蔵量成長も依然続いていることを意味している。米国地質調査所の
3.2 兆バレルと見積りは究極資源量評価カーブの上限にあるが、ベースに用いた油田データ
ベース(米国 HIS Energy 社)の精度や既存油田での埋蔵量成長の評価の仕方などから、
専門家の間では比較的好意的に受入れられている。
キャンベルらのピークオイル説以外にも、米国エネルギー省やケンブリッジ・エネルギ
ー研究所などより石油生産予測が提案されている。図 2-6 は、米国エネルギー省エネルギー
6
情報局(EIA、Energy Information Administration)の Jay Hakes が 2000 年に作成した
石油の生産予測である。米国地質調査所(USGS)の究極資源量 3.2 兆バレルを前提に、毎
年 2%で需要が伸び、且つ円滑な供給がなされた場合を想定した生産予測である。世界の石
油可採年数が 10 年を切る 2037 年で世界的な危機意識が高まり、R/P=10 年を維持する
ために消費量の制限が行われ、需要の急速な減退を見せるというシナリオである。
オイルピークの時期は何時か? という議論には決着がついていないが、地球上の石油資
源が有限である以上、石油生産のピークがいずれ訪れるのは 100%確実である。
図 2-4 USGS(2000)とキャンベル & ラリエール(1988)の究極資源量の内訳
出所)JOGMEC「石油・天然ガスレビュー」2007.7,Vol.41,No.4,木村 他
図 2-5 究極資源量評価の推移(CGES/2001)
出所)JOGMEC「石油・天然ガスレビュー」2007.7,Vol.41,No.4,木村 他
7
図 2-6 究極資源量評価の推移
出所)JOGMEC「石油・天然ガスレビュー」2007.7,Vol.41,No.4,木村 他
2-2
イランの脅威など地政学的リスク
(1)地政学的リスクとは
2003 年ごろから原油価格の高騰が続いた。この原因としては、世界全体の「カネ余り」
「資金の過剰流動性」の大きさにあるのは明らかであるが、多額の資金を運用している投
資家たちが最も重視したのが「イランの脅威」など「地政学リスク」であったと言われる。
地政学リスクという言葉は、もともと軍事、国際安全保障面でなじみの用語であったが、
最近では石油の安全保障問題に使われることも多く、単に個別の産油国、地域の革命、テ
ロ、戦争などの政治リスクを意味するようになっている。イラン核開発と原油ストップ、
サウジアラビアへの大規模テロ、OPEC 余剰生産能力問題、ベネズエラやロシアの資源ナ
ショナリズムなど原油供給に関する心配の種は、枚挙に暇がない状態である。産油地域が
西アフリカ、中南米、CIS など政治的不安地域にも拡がってきているということも地政学
リスク増大の要因として見逃すことができない。
(2)中東湾岸のリスク
現在、原油市場の地政学的リスクとして最も懸念されているのが、イラン核開発と原油
供給遮断である。イランの核開発問題がこじれ、米国とイランが紛争状態に入った場合に
は、アフマディネジャロ大統領が直ちに報復措置を行う可能性が高いと見られている。
その一つが、イランの供給遮断である。現在、イランは世界 4 位の産油国(世界生産の
5.4%)で、日量約 250 万バレルの輸出をおこなっている。この輸出量を 100 万バレル~150
万バレルに削減するだけで原油市場はパニックを起こすと見られている。現在、イラン原
油の輸入国は欧州、中国、日本であって米国への直接被害はないが、原油市場が世界単一
市場となっている現代においては、回りまわって米国に大きな打撃を与えるとみられてい
る。原油の国際価格である WTI(West Texas Intermediate)が急騰し、世界経済に大きな
影響を与えるというシナリオである。
8
イランが、ホルムズ海峡の封鎖にでるというシナリオも囁かれている。ホルムズ海峡は
世界最大の産油地帯アラビア湾と外海を結ぶ唯一の海峡であり、世界の 20%弱の日量約
1500 万バレルの原油と年間 2500 万㌧の LNG が通過する、世界最大のエネルギーの動脈で
ある。1 日 100 隻程度の大型タンカーが通過するため、ここで軍事攻撃があれば世界のエネ
ルギー市場が大混乱に陥るとされている。ただ、核開発問題がこじれてイランがホルムズ
海峡封鎖という軍事行動に出たとしても、大義名分を得た米軍やその同盟軍によって、数
日長くとも数週間でイラン側の攻撃能力が徹底排除される可能性が高いため、世界経済に
及ぼす影響は限定的であると考えられている。
ホルムズ海峡の封鎖より現実感があるのは、サウジアラビアへのテロ攻撃である。具体
的にはパイプラインや処理施設が集中するアブケイクの集中処理施設と世界最大の石油輸
出港であるラスタヌラへの攻撃である。これらの施設が破壊されると世界生産の 10%近い
日量 700 万バレル(2007 年サウジアラビアの生産シェアは 12.6%)が失われる可能性があ
る。これらの施設への攻撃が通常兵器ではなく放射性物質を含むダーティーボムによるテ
ロ攻撃であると、修理操業上必要な人員が長期にわたり施設に近寄れなくなり、原油市場
に及ぼす影響は長期化し、世界経済に対するダメージが深刻になると考えられている。
(3)政治的不安地域のリスク
世界の原油生産が、アフリカ、中南米、CIS など政治的不安定地域へと拡大するととも
に、これらの地域でのリスクも見逃せなくなってきている。
一つはナイジェリアの国内政情不安である。ナイジェリアは日量 250 万バレル(2007 年
世界生産の 2.7%)を生産するアフリカ最大の産油国であるが、国内ゲリラ組織の妨害で軽
質低硫黄で品位が高いと云われるナイジェリア原油の生産、輸出は不安定である。ナイジ
ェリアの産油地帯はニジェールデルタから深海部(水深 1000m クラスの大深海油田)に集
中している。ナイジェリア原油の掘削には Shell、Chevron、Petrobras などの石油メジャ
ーが参加しており、膨大な資金がこの地域投下されている。しかし、この石油収入がナイ
ジェリア南部の地元に落ちず、内陸部の政権中枢に搾取されているという不満が高まって
おり、地元民を中心とするゲリラ活動や部族間扮装が絶えない。ナイジェリア南部では、
石油がありとあらゆるものを汚している。パイプラインから漏れ出た石油は土壌や水を汚
染し、石油利権はうまい汁を吸う政治家や軍人の手を汚す。若者は、オイルマネーの分け
前にあずかるためなら、銃撃、パイプラインの破壊、外国人の誘拐など手段を選ばない、
などという危険な風紀に汚染され、国情は極めて不安定となっている。
ナイジェリアのような政情不安ではないが、チャベス大統領に率いられるベネズエラや
プーチン政権にリードされるロシアの資源ナショナリズムもリスク要因である。
中東湾岸産油国の地政学的リスクは今後高まりこそすれ、大きく低下する可能性は低い。
一方で、中東湾岸以外の地域で増産が期待される産油国の政治リスク、事故のリスクも顕
9
在化しており、中東リスク、中東外リスクの同時発生の可能性も高い。このようなリスク
は原油価格の急騰を引起す可能性を持つ。しかし、主な産油国の数だけでも 70 カ国に達し
原油市場が世界単一市場となっている現代においては、これらのリスクだけにより原油価
格高騰の時代が数年間にわたり持続し、世界の経済活動に大きな影響を与え続けていると
は考え難い。
2-3
中国の需要拡大
(1)中国の石油需給の現状
図 2-7 は世界の原油生産と消費の国別シェアを示したものである。中国は原油の生産国で
あり世界生産の 4.8%(2007 年)を占める。一方、米国に次ぐ石油消費国であり、世界の
9.4%(2007 年)を消費する。
2007年原油生産
2007年石油消費
サウジアラビア
12.6%
その他
35.6%
アメリカ
24.4%
ロシア
12.6%
その他
41.9%
3,902
3,939
(石油換算百万㌧)
(石油換算百万㌧)
ノルウェー
3.0%
アメリカ
7.9%
イラン
5.4%
中国
ベネズエラ
4.8%
クウェート
3.4%
メキシコ
イラク
3.3% カナダ 4.4%
2.7%
4.1%
韓国
2.8%
日本
5.9%
中国
9.4%
カナダ
2.7%
イギリス
2.0%
ドイツ
2.9%
フランス
イタリア 2.4%
2.2%
ロシア
3.3%
図 2-7 世界の原油生産と消費の国別シェア(2007 年)
出所)BP statistical review of world energy full report 2009 をもとに JATIS 作成
図 2-8 は世界の原油生産と消費の推移を示したものである。1980 年代、中国は原油輸出
国であったが 1994 年に生産と消費が逆転し、次第にその乖離は大きくなりつつある。1994
年以降、原油生産は 1.9%程度の伸び率で増産されたが、中国経済の発展とともに石油消費
は約 7.0%/年の割合で増大した。2007 年での原油輸入量は 176 百万㌧となり、中国国内
消費の 48.5%を占めるに至った。ちなみに 2007 年の日本の輸入量の 229 百万㌧、米国の輸
入量は 632 百万㌧である。2000 年代に入って中国の石油消費の伸び率は 7.0%で、同時期
の世界石油消費伸び率は高々2.0%弱であったから、中国の消費が世界消費の牽引役であっ
たとみることもできる。
図 2-9 は「1 人当り GDP と石油消費」を示したものである。2006 年の 1 人当り消費量
は米国 3.13 ㌧、日本 1.88 ㌧、中国 0.26 ㌧である。中国はアメリカに次ぐ石油消費国では
あるが、1 人当り消費量で見ると、まだ米国の 8/100、日本の 14/100 という低い水準に
ある。しかし経済が離陸し、国民生活が豊かになり始めると、急速に石油消費量が拡大す
10
る。これは韓国での 1 人当り消費量の推移を見るとおりである。
生産と消費(石油換算百万㌧)
3国の生産と消費
世界の生産と消費
1200
4000
世界
1000
3000
800
2000
600
1000
米国
中国
400
0
日本
200
-1000
0
-2000
1980
1985
1990
米国生産
米国消費
中国生産
1995
中国消費
2000
2005
日本消費
世界生産
世界消費
図 2-8 世界の原油生産と消費推移
出所)BP statistical review of world energy full report 2009 をもとに JATIS 作成
GDP と 石油消費
4.50
1973
石油perCapita(㌧/Person)
4.00
1980
アメリカ
欧州OECD
日本
韓国
中国
3.50
3.00
1990
2000
2006
1973
2.50
2006
2006
2.00
1.50
1973
1.00
2006
0.50
1973
0.00
0
5000
10000
図 2-9
15000 20000 25000 30000 35000
GDP(実質)perCapita(US$/Person)
40000
45000
1 人あたり GDP と石油消費
出所)BP statistical review of world energy full report 2009 などより JATIS 作成
中国の 1 次エネルギーの供給は石炭 73%、石油が 20%(2006 年)を占め、石油の割合は
さほど大きくはないが、中国社会における自動車の普及、冷暖房におけるエネルギー転換
11
などライフスタイルの急速な変化を考えると、今後、中国国内の石油消費量が急増する可
能性は高い。例えば、中国の 1 人当り消費量が日本と同じ 1.88 ㌧となると、中国全体の消
費量は 2,487 百万㌧となり、これは 2007 年の世界の全生産量 3,902 百万㌧の 64%に相当す
る。
中国の今後の発展を考えると、中国の原油生産動向、輸入動向が世界の石油市場にリス
ク要因として大きな影響を与えることは間違いない。
(2)中国の原油資源外交
中国の国外資源の買い漁りが世界の注目を集めている。高度成長に伴うエネルギー需要
急拡大による中長期的なエネルギー切迫への懸念を反映した中国政府の資源外交の一つで、
Loan for Oil 外交などとも呼ばれる。(5)
2002 年夏季の電力供給ショートの発生、2004 年の発電用燃料としての石油製品の特需発
生などが契機となり、中国首脳までを繰出す資源外交に発展したといわれる。2006 年には
胡錦濤総書記がナイジェリアを訪問し、経済援助に対する見返りに 4 つの陸上探査鉱区を
確保している。アンゴラでは深海鉱区入札に高額のサインボーナス(契約頭金)を提示し
て落札、カザフスタンではパイプライン敷設(カザフスタン-中国新疆ウイグル自治区)
によるカザフスタン原油輸入契約など、中国の資源外交が目立つようになってきている。
2009 年に入ってからも中国資源外交は活発である。表 2-1 は金融危機以降に契約したエ
ネルギー購入案件である。金融危機後、中国政府は金融収縮や原油価格の下落を資源確保
の好機と見て素早く動いた。産油国への融資協定と原油長期輸出協定あるいは油ガス田開
発やパイプライン投資を組み合わせた、いわゆる「Loan for Oil(Gas)」について複数の産
油国との間で合意した。合意額は 2009 年 2 月から 7 月までの半年で 465 億ドル(4 兆円)
に達している。このような中国の「Loan for Oil(Gas)」型の資源外交には、買収が集中し
た豪州など一部の資源国で中国警戒の声が高まっており、また一部の石油専門家からは権
益取得した鉱区の将来性や収益性に関する厳しい評価が相次いでいる。
しかし、世界最大の外貨準備保有国である中国にとって「Loan for Oil(Gas)」は石油の
安定供給はもちろんのこと、石油や天然ガスという実物資産を担保に持った上で、外貨を
長期かつ安定的に運用することができ、中国国内の銀行の「国際化」戦略にも合致する有
効な手段であると考えられている。
中国は 2008 年の GDP が米国と日本に次ぐ約 4 兆 4,000 億ドルで、世界最大の外貨準備
保有国(2009 年 9 月、2 兆 2,26 億ドル)である。外貨準備は主に米国に投資されており、
米国債の残高は 2009 年 5 月現在で 8,015 億ドルとなっている。中国において米ドル安や米
国債下落により保有資産が目減りすることを懸念し、運用の多様化を求める声が高まって
いる。このような背景のもとで、外貨準備の運用機関として設立されたのが国家ファンド
CIC(2007 年設立)である。CIC ファンドの資産を Loan for Oil や国有企業の対外投資の
貸し手としての役割を担っているのが国家開発銀行である。近年、国際展開を強化する国
12
家開発銀行から資金の貸付を受けて、中国の対外資源投資の中核を担うのが CNPC(中国
石油天然気集団公司)、Sinopec(中国石油化工集団公司)、CNOOC(中国海洋石油総公司)
の国有石油企業 3 社であり、Chinalco(中国アルミ業公司)
、中国五鉱集団公司などの国有
資源企業である。これらの企業は入札、資源開発などを通じて積極的な海外資源投資を展
開している。今、中国では、政府トップによる外交、外貨準備の多目的運用、国有資源企
業による海外資源投資が一体となって、近い将来のための石油や鉱石の資源確保戦略が展
開されている。
表 2-1 中国の最近の「Loan for Oil(Gas)」案件
産油国
ベネズエラ
ロシア
ブラジル
カザフスタン
合意時期
融資契約
2009年2月
国家開発銀行
(習近平副主席訪問時基 中国とベネズエラの「共同
本合意)
投資資金」への拠出額を
40億→80億ドルに
2009年2月
国家開発銀行
(セーチン副首相訪中時 Rosnest:150億ドル
基本合意、3月最終合意) Transneft:100億ドル
融資計画:250億ドル
2009年2月
国家開発銀行
(習近平副主席訪問時基 Petrobras:100億ドル
本合意、5月ルラ大統領 国立経済社会開発銀行
訪中時最終合意)
(BNDES):8億ドル
融資額計:108億ドル
2009年4月
中国輸出入銀行
(ナザルバエフ大統領訪 融資:17億ドル
中時合意、調印)
2009年6月合意、調印(タ 国家開発銀行
ギエフ副首相訪問時合 融資:40億ドル
トルクメニスタン 意、調印)
エクアドル
2009年7月合意、調印
国家開発銀行
融資:10億ドル
長期提供契約
原油購入契約
ベネズエラ:PDEVSA
中国:CNPC
数量:8万~20万b/d
原油購入契約
ロシア:Rosneft
中国:CNCP
(2011~30年:30万b/d)
原油購入契約
ブラジル:Petrobras
中国:Sinopec
(2009年:15万b/d、2010~19
年:20万b/d)
共同資産買収
カザフスタン:Kazmunaigas
中国:CNCP
(CNCPがKazmunaigazに33億
ドル支払い、
Mangistaumunaigasの所有権
天然ガス購入契約
トルクメニスタン:Turkmengas
中国:CNCP
(2010~30年:最大400億m3/
年)
原油購入計画
(2年間、10万b/d)
その他
CNPC,PDVSAと共同で重
質油開発、成熟5油田の
埋蔵量評価等で合意
CNCPはTransneftと太平
洋原油パイプライン中国
向け(大慶)支線建設、運
輸について合意
習近平副主席訪問時合
意
SinopecはPetrobrasとブ
ラジル沖合2探鉱鉱区権
益付与で交渉中
出所)JOGMEC「石油・天然ガスレビュー」2009.11,Vol.43,No.6,竹原美佳
2-4
原油価格と商品取引
(1)リーマンショック前後の価格変動
図 2-10 は、1980 年から現在にいたるまでの NY マーカンタイル取引所 WTI(West Texas
Intermediate)原油価格(スポット価格)の推移を示したものである。
オイルショックも落ち着いた 1980 年代初頭には、原油価格は 40 ドルをつけていたが、
その後長らく低落傾向が続き 1999 年には 12 ドルまで低下する。1980 年から 1999 年まで
の約 20 年間、ブラックマンデー(1987 年 10 月)、湾岸戦争(1991 年 1 月)、ソ連消滅(1991
年 12 月)など歴史的な大事件が発生したが、原油価格が大きく変動したのは 1990 年 8 月
のイラク-クウェート侵攻による価格急騰(6 月 16.6 ドル→10 月 36.1 ドル)程度であり、
この期間は基本的には原油価格は 20 ドルを平均値として長期下落基調にあった。1980 年
代から 2000 年まで WTI 原油価格は下限 10 ドル、上限 40 ドルという 30 ドル幅のレンジ
を形成しており、いわば原油価格は長期的にみて平均 20 ドル前後がフェアバリュー(適正
13
価格)であり、あがっても下がっても結局は 20 ドル前後に回帰するという「価格のサイク
ル性・平均回帰性」のコンセンサスが働いていた。実際 40 ドルに接近した場合も時間的に
は短期間のうちに高値は終了し、20 ドルに向って下落しており、40 ドルという数字は湾岸
戦争などの「イベント」を背景としての有事の買いによる極端な高値でしかないという認
識である。
しかし、2002 年になって状況は一変する。2001 年 12 月の 19.3 ドルを底値に、原油価
格は 5 年間にかけて上がり続け、2006 年 7 月には 73.0 ドルにつける。その後、一旦 54.2
ドル(2007 年 1 月)まで下落するが、その後は再び上昇し、2008 年 6 月には「133.9 ドル」
という史上最高値を記録した。しかし、2008 年 7 月、リーマン・ブラザーズの破綻を契機
とする世界不況の発生で、原油価格の大崩落が始まり 2009 年 2 月には 39.1 ドルまで下落
する。深刻な経済減速が世界各国に伝播し、米国、欧州、日本は経済停滞の真只中にある
が、原油価格は予想外の回復を示し 2009 年 10 月には 70 ドルを突破し、12 月現在、80 ド
ルを窺う勢いである。今後、WTI 原油価格は米国内石油在庫などを反映して下落するのか、
それとも中国原油輸入量増加の影響を受け 80 ドルを突破し、更に上昇するのか予断を許さ
ない情勢にある。
2002 年からの WTI 原油価格の高騰とその後の崩壊を決定付けたのは、WTI 原油市場へ
の商品ファンド資金の流入である。商品ファンドはコモディティインデックス投資ともい
う。コモディティとは一般的に国際市場で広く取引される一次産品やそれを加工した素材
を指し、原油や貴金属、非鉄金属、穀物などが代表的商品である。これらの商品を取引す
る市場がコモディティマーケットであり、NY マーカンタイル取引所の WTI 原油先物価格
が世界の原油価格を先導する。この先物市場に商品ファンド資金が流れ込み始めたのは
2002 年、2003 年ごろからといわれている。図 2-11(a)は WTI 先物市場への資金流入(建玉
残高)を示したものであるが、2004 年末から 2006 年末の 2 年間で資金規模は 200 億ドル
(約 2.5 兆円)から 700 億ドル(8.5 兆円)に膨れ上がっており、資金流入額の約 60%が商
品ファンド資金であったと推定されている。また別の推計もコモディティ市場への大量の
商品ファンド資金の流入を示しており、2002 年時点では 1.5 兆円にも満たなかった商品フ
ァンド残高が 2006 年には 14 兆円となり、4 年間で実に 10 倍近くに膨れ上がったと報告さ
れている(図 2-11(b))。コモディティ市場は株式や債券市場のように大きな市場ではない。
コモディティ市場では「先物取引」という実物商品の売買を伴わない取引形態が商品価格
を形成先導しており、この先物取引に商品ファンド資金が奔流となって流れ込んだのだか
ら、先物価格が急上昇したのも不思議ではなかった。
商品ファンド資金の出し手は年金運用者や投資機関家である。世界の年金資金は 1,500
兆円~2,000 兆円程度と推計されており、コモディティ市場への 14 兆円の投資は全資金の
1%にしか過ぎない。更に年金資金ではポートフォリオのリスク・リターンを最適にするた
めのシステム運用が行われており、資金の 1%~2%をコモディティの市況に応じて割り振
るような運用が行われているといわれている。更に重要なのは年金運用者や投資機関家の
14
運用スタイルである。これらの投資マネーはヘッジファンドと異なり、短期的な売り買い
を繰返すことは基本的にはないという点である。いったん購入した後は買い越し残を相当
期間にわたって維持するという「Long Only(買いっ放し)
」と呼ばれる運用スタイルが基
本であって、短期的な売り戻しは行われない。
「Long Only」というスタイルで運用された
機関投資家の莫大な資金が約 5 年間という長期に及ぶ価格高騰を引き起こしたと説明され
ている。
(a)
NY 先物市場建玉残高の推移
(b)
商品ファンド投資残高
図 2-11 商品市場への資金流入
出所)(a)
通商白書 2008,p.22、(b)「石油もう一つの危機」石井彰
15
0
メキシコ通貨危機
累積債務問題
OPEC 5$下げ 1982年
OPEC 40$価格
1980年
1985M1
1984M1
1983M1
1982M1
1981M1
1980M1
20
ブラックマンデー
1987年10月
ソ連崩壊
1991年12月
1995M1
1993M1
1992M1
1991M1
アジア通貨危機
1997年7月
2000M1
1990M1
1988M1
1987M1
出所)IMF Primary Commodity Prices 2009 をもとに JATIS 作成
図 2-10 原油価格の動向
1994M1
40
1989M1
湾岸戦争
1991年1月
1996M1
1986M1
チェルノブイリ原発事故
1986年4月
1997M1
イラン・イラク戦争
1980年9月
ボトム 39.15$
2009年2月
プレボトム 54.24$
2007年1月
近年最低 19.3$
2001年12月
イラク戦争
2003年3月
2003M1
60
2002M1
アメリカ、同時多発テロ
2001年9月
2004M1
イラク、クウェート侵攻
1990年8月
2005M1
第二次石油危機
1978年
2006M1
80
1998M1
リーマン・ブラザース破綻
2008年8月
2007M1
100
2001M1
ピーク 133.9$
2008年6月
2008M1
120
1999M1
原油価格の動向(2009年10月まで)
原油: Oil; West Texas Intermediate, 40 API, Midland Texas, US Dollars per Barrel
140
2009M1
16
(2)商品取引所
コモディティの売買は日本語では「商品取引」と呼ばれ、現物の売買の他に「先物取引」
というが取引形態が採用されている。NY マーカンタイル取引所など取引が行われる場所が
「商品取引所」である。表 2-2 に世界の主要取引所の概要を示した。(6)
表 2-2 世界の商品取引所
商品取引所
概 要
NYMEXは1872年に設立されたニューヨーク・バター・取引所が前身で、1882年現在の名称に改称された。原
油、ガソリン、天然ガス、石炭などエネルギーとプラチナ、パラジウムを取引するNYMEX部門と金、銀、
銅、アルミニウムを扱うCOMEX部門の二部門で構成されている。世界最大の商品取引所である。
NYMEXを世界一の座に押し上げたのはウェスト・テキサス・インターミディエート(WTI)原油である。WTI原油というの
NYマーカンタイル取引所 はアメリカ内陸のテキサス州からニューメキシコ州にかけての中小油田群から採掘される極めてローカ
ル色の強い原油である。しかし、石油トレーダやメジャーなどの実需家に加え、ファンドやなど投機筋が活
(NYMEX)
発な売買を行い、取引が厚みを増すことで、指標性が高まっている。WTIが世界の原油価格を左右するま
でになっている。
また、石油を扱う取引所ではロンドン国際石油取引所(International Petroleum Exchange、略称:IPE)があ
る。ここで扱うブレンド原油価格(主にイギリスの北海にあるブレント油田から採鉱される硫黄分の少ない
軽質油)は世界の原油価格の基準のひとつになっている。
シカゴ商品取引所
(CTB)
シカゴ商品取引所は穀物取引の中核市場として1848年に設立された。既に1865年ごろには商品先物市
場としての体裁を整え、世界の先物取引をリードしてきた取引所である。大豆、トウモロコシ、小麦などシ
カゴ商品取引所の価格は国際指標としての地位を獲得している。
1975年に初めて金融商品を上場してからは米国債や金利など金融先物の売買が拡大し、2004年の売買
高は金融商品が80%強を占め、農産物は14%であった。
1994年に電子システムを導入して、金融先物を中心に電子化を推進めている。
1898年に設立されたシカゴ・バター・卵取引所が母体で、1919年現在の名称に変更した。1960年代に
シカゴ・マーカンタイル ポークベリー、生牛といった肉類を上場し。1972年には外国通貨の先物取引を始め、今ではユーロダ
ラー、株価指数などの金融先物の扱いを加速している。
取引所
また、この取引所は先進的な取引システムを装備しており、1992年稼動の電子取引システム「グローベッ
(CME)
クス」が著名である。
ロンドン金属取引所
(LME)
1877年、ロンドンの金属商が結束し設立した古い伝統を持つ金属取引所である。
会社の形態は株式会社で、ここLMEで形成される相場は世界中の非鉄地金、非鉄製品の価格に大きな
影響を与える。LMEでは銅、錫、亜鉛、鉛、アルミニウム、ニッケルなど10種類の非鉄金属およびビレッ
ト、プラスティックを扱う。日本でも製錬会社の建値はLME相場を基準にしており、展伸銅などもLME相場
に連動する。取引の形態は先物やオプション取引である。
かって、1926年には米国の銅輸出業者組合、1935年には南米とアフリカの生産者による国際銅カルテ
ル、1961年はチリやザンビアなどでの生産者価格設定など、銅価格を支配しようとする試みがなされた
が、いずれも成功しなかった。
LMEでの取引の手法はほとんど公開されておらず、住友商事事件など不正取引が起こりやすいという批
判があった。LMEは不正防止に向け、取引に関する規制強化や情報公開を進めている。
東京工業商品取引所
1984年、東京工業商品取引所は、東京金取引所、東京ゴム取引所、東京繊維商品取引所を統合して設
立された。現在、石油の上場やIT化の推進が進み、国内最大の商品取引所としての地位を確立してい
る。金属製品については、東京金取引所時代から金、銀、白金が牽引役で、1992年にパラジウム、1997
年にはアルミニウムを上場して、総合取引所の体裁を整えた。
飛躍のきっかけになったのは1999年のガソリン、灯油の上場である。2001年に中東原油、2003年には灯
油の軽油の上場を実現し、今ではエネルギー商品が中核を占めるようになった。また、システム化が進
み、2005年には立会場で手振りによる取引を続けていたゴムを最後に、全商品がシステム売買によるざ
ばら取引に移行している。
大連商品取引所
中国全土に40箇所もの取引所が設立された時代があったが、1999年までには大連商品取引所、上海期
貨取引所、鄭州商品取引所の3箇所に集約された。大豆、トウモロコシなどの穀物は大連、天然ゴム、
銅、アルミニウムは上海、小麦は鄭州商品取引所で扱われている。
中国では食用油の需要が拡大しており、大豆を扱う大連商品取引所の取引が活発である。大連の相場
は中国内の農家や現物を扱う流通業者にとっての目安となり、大連は中国版シカゴ市場となっている。
大連の2004年の売買高は、既に、日本最大の東京工業商品取引所を上回り、2007年には農産取引所と
しては世界第2位の取引所となっている。
商品取引の源流は、オランダ・アムステルダム取引所(1613 年設立)の香辛料取引や大
阪堂島の米取引(1697 年、淀屋の米市)にまで遡ることができる。現代のような差金取引
を含んだ先物取引は、1730 年に大阪の堂島米会所で誕生したとされている。
20 世紀になるとシカゴ商品取引所で穀物のリスクヘッジの手段として先物取引が使われ
るようになり、米国の商品取引の活況が際立つようになる。穀物取引の中心であったシカ
ゴ取引所を中心として、品質や量の標準化、契約不履行の防止策として証拠金の導入など
17
取引所の整備が進み、商品先物取引が洗練された取引形態として広く利用されるようにな
っていく。現在、世界の主要都市には、金・銀をはじめ穀物・綿・砂糖・ゴムなど、生活
に不可欠な商品を扱っている商品取引所がある。2009 年上期での商い高の大きかった取引
所は NY マーカンタイル取引所(1 位)、大連商品取引所(2 位)、上海期貨物交易所(3 位)、
鄭州商品交易所(4 位)
、シカゴ商品取引所(5 位)、ロンドン金属取引所(8 位)、東京工業
製品取引所(10 位)などがある。
(3)商品先物取引について
商品先物取引は「価格変動のヘッジ機能」と「商品価格の調整機能」二つの役割を持つ。
ヘッジとは、将来の価格変動によって損失を被らないように保険を掛ける機能である。
例えば、アルミを 1 万㌧輸入する商社があって、契約時点で 1,927 ドル/㌧の価格で購入
する(先渡契約)も、輸入した商品が到着した時点で 40 ドル値下がりしていれば、40 万ド
ルの損失を蒙ることになる。しかし、同じタイミングで先物取引を利用して 1 万㌧のアル
ミを売っておけば、現物の損失と先物での利益を相殺させて損益 0 とすることが可能で、
価格変動の激しい商品相場を安全に取引できる。
もう一つの価格調整機能とは、商品先物取引では公開の市場で多数の参加者が競り合う
ことで価格が決定されるので、理論上、その時点での最も公正な価格が決められることを
指す。将来価格が高い場合には生産量が増え結果的に価格が下がり、将来価格が低い場合
には逆の減少が起こり、価格の安定化をもたらすと考えられている。しかし、近年ではフ
ァンドや投資機関家の参入で、需給を反映した価格ではなくスペキュレーションに基づく
価格が形成されていると指摘されている。
先物取引についてもう少し説明する。
先物取引は、将来の価格を予想して現時点で約定を結ぶ契約方式で、最終日に実物を受
け渡す契約(先渡契約)と、約定価格と取引最終日の清算価格との差額を現金で決済する
契約(差金決済)とがあり、一般的には、先物取引とはこの差金決済のことを意味する。
先渡契約は当業者(その商品を現実に取り扱っている事業者)が現物商品を実際に調達す
るための契約であるのに対し、先物取引(差金決済のこと以下先物取引という)は価格の
変動のみに着目して、将来にわたる価格変動のみをリスクヘッジする契約である。差金決
済では、商品の価格が今後上がる(先高)と予想される場合はまず「買い(long)」を入れ、
最初の契約の期間満了前に、実際の価格が上がったところで反対の売りを出し、手じまい
することで利益を確定することができる。商品の価格が今後下がる(先安)と考えられる
場合は上記とは逆に、まず「売り(short)」を行い、価格が下がったタイミングで「買い」
注文を出すことで利益を得ることができる。決済は「買い」価格と「売り」価格の差額を
清算するだけあり、「買う」ための費用を準備する必要もなくモノを持っていなくても売り
買いが可能である。
18
先渡契約では最終的に実物の受渡しが伴うため、どうしても当業者が契約の中心となる
のに対して、先物取引では拠出金を担保として積むだけで、実物を売り買いすることなく
多額の取引が可能であり、取引に応じたリターンも期待できる。このため先物取引にはヘ
ッジファンドや年金、機関投資家などのプレーヤーが集まる。当事者、投資家、スペキュ
レータも含め多種多様なプレーヤーが先物商品市場に参加することで、商品価格が形成さ
れ、この価格が実物価格を先導する。
ヘッジファンドや年金、機関投資家などのプレーヤーが、原油の価格が今後上がり続け
るという予想のもとに「買い」と「売り」を交互に繰返し莫大な利益を得たのが、リーマ
ンショック以前の原油価格高騰の基本構造である。既に「Long Only 戦略」という売買手
法について言及したが、この手法についてもうすこし説明する。(1), (2)
図 2-12、図 2-13 に現物価格と先物価格との関連を示した。
そもそも原油先物市場では、直近の期間(期近)から将来の期間(期先)にしたがって
原油価格が低下する「逆ざや(バックワデーション)」という構造が一般的であった。この
ような構造(図 2-12)のもとでは、投資家は購入していた期近の先物を納会(先物の取引
終了日)まえに売り、利益を確定して手仕舞いを行うと同時に、次限月の先物を買う。こ
の売り買いを繰返し行うのが「Long Only」と呼ばれる手法で、次限月へと買い越し建玉(未
決済の売り約定注文)の乗換えを行うというのがポイントである。バックワデーションと
いう構造のもとでは、投資家は、手仕舞いを行う限月 M2、M3、M4、M5 において、利益
ΔU2、ΔU3、ΔU4、ΔU5 を確定する。投資家にとって確実な収益確保の方法である。この
手法による投資が 2004 年の中国需要ショック以降の急激な原油価格上昇をもたらした。
大量の資金が期先物に流入すると「逆ざや」が崩れ、期近物が期先物の価格を下回ると
いう「コンタゴン」という状態が発生する。この場合、次限月へと買い越し建玉(未決済
の売り約定注文)の乗換えを行うと、投資家に損失が発生する状況になる(図 2-13)。そう
なれば、一気に投資資金が原油先物市場から流出し、価格が急落する可能性も高まる。こ
の状況を打破するために考えだされたのが、コンタゴン化が進んでしまった期近や数ヶ月
先物を対象とすることをあきらめ、より長期の、未だバックワデーションメリットが残っ
ている先物限月を投資対象とする方法である。ゴールドマン・サックスなどの巨大投資銀
行が打出した対応策であった。WTI 原油価格は 2006 年 7 月、74.4 ドルをピークに一旦下
落するが、この対応策により 2007 年 1 月頃より再び急上昇をはじめ、2008 年 6 月の 133.9
ドルという最高値まで上りつめることになる。
19
バックワデーション
現物 Yield Curve
S4
価
S3
格
ΔU4
S2
先物4
ΔU3 F3
先物3
S1
F2
ΔU2
F1
M1
先物1
M2
M3
先物2
S1:期日M1での現物価格
F1:期日M1での購入先物価格
ΔU2:期日M2での売却利益
M4
M5
M5 期日(限月)
図 2-12 現物と先物価格「バックワデーション」
コンタゴン
価
格
F4
F3
現物 Yield Curve
F2
S5
S4 ΔU5
S3 ΔU4
S2 ΔU3
S1 ΔU2
先物2
F1
先物4
先物3
先物1
S1:期日M1での現物価格
F1:期日M1での購入先物価格
ΔU1:期日M2での売却利益
M1
M2
M3
M4
M5
M5 期日(限月)
図 2-13 現物と先物価格「コンタゴン」
(4)商品取引の問題点
商品取引についていくつかの問題点が指摘されている。既に述べたように原油価格は NY
マーカンタイル取引所の WTI 先物価格に先導される。
・WTI が世界の原油価格の主要指標たりうるのか?
・WTI 先物価格は需給バランスにも基づいた価格なのか?
という指摘である。(7)
まず、第一の WTI の原油価格主要指標性であるが、「WTI は米国テキサス州やニューメ
キシコ州に産出する日量 100 万バレル程度(世界生産の約 1.7%)のローカルな原油で、こ
の価格は米国東部の石油事情を反映すだけで、世界の石油需給を投影するものではない。
ヘッジファンドなどの投機マネーが集まるニューヨークに市場があるから主要指標となっ
ているのであって、この価格が世界の原油価格をリードするのは危険である。多くの原油
20
を産出するペルシャ湾岸地域に、実際の生産量などを反映する市場を新たに作るべきだ。」
という指摘である。もう一つは「今は需給以外の要素が大きすぎる。ヘッジファンドなど
から大量の投機マネーが市場に流れ込み、ファンドが景気の先行きをどうみるかだけで、
急激に上昇したり、下落したりする。かつて原油は、国際石油資本ついで OPEC が価格決
定権を握り、世界の需給をみて価格をリードしてきた。今は需給ではない。ヘッジファン
ドなど投機家の思惑で決まる。需給バランスに基づいて取引する仕組みに戻さなければな
らない。」という声である。
図 2-14 は NY.WTI の原油先物の参加プレーヤーの内訳を示したものである。銀行や証券
会社などの金融機関を指すスワップディーラが最多の 41%で、ヘッジファンドなどの資金
運用者が 24%を占め、少なくとも 65%が非石油業者である。実質的な原油売買のプレーヤ
ーは、生産者・需要家の 13%に過ぎない。このような投機マネーの原油市場への流入に対
し「何らかの歯止め」をかけようとする動きも出始めている。米国商品先物取引委員会
(CFTC)が 2009 年 9 月から先物取引の売買動向について市場参加者を公表し始めたのも
市場の透明化の一つである。また、米国政府は「金融新規制案」を検討しており、この中
でリーマン・ブラザーズ破綻の反省から、貯金業務と高リスク投資の兼業の禁止、貯金以
外の負債の市場シェアの上限設定などを打出している。
しかし、これらの規制は商品取引を否定するものではなく、市場の透明性と公平性を求
める改革の一歩である。投機マネーが非難されるけれど、投機マネーの流入も需給動向を
先読みした結果であり、生産者、需要家、投資家など様々なプレーヤーが参加して「値付
け」することで公平な価格が形成されていくのである。
WTI原油先物の買い建玉の内訳
小規模業者
6%
生産者・需要
家
13%
その他業者
16%
NY.WTI. 2009.9.8
買い建玉117万枚
資金運用者
24%
図 2-14
スワップ・
ディ-ラ
41%
NY.WTI 原油先物の買い建玉の内訳
出所)米国商品先物取引委員会調べ(2009.9.19)日本経済新聞
21
【参考文献】
(1)「石油網一つの危機」石井彰,日経 BP(2007)
(2)「石油を詠む
―地政学的発想を超えて―」藤 和彦,日経文庫(2008)
(3)「地球最後のオイルショック」ディビッド・ストーン,新潮選書(2009)
(4)「ピークオイルの資源論敵概念とその対応策について」木村眞澄、本田博巳,石油・天然ガスレビュ
ー,Vol.41,No.4,2007.7
(5)「ドルから資源へ、金融危機後の中国における石油資源確保の動き」竹原美佳,石油・天然ガスレビ
ュー,Vol.43,No.6,2009.11
(6)「商品取引入門」日本経済新聞社編,日経文庫(2005)
(7)「サウジ元石油相ヤマニ氏
世界を語る
―石油の時代は終わるのか―」日本経済新聞,2009.7.
22
3.銅鉱石と資源メジャー
我が国も世界の主要な産銅国の一つであった時代があった。1980 年(明治 12 年)頃よ
り足尾銅山、別子銅山など国内銅山へダイナマイトなど新技術の導入が進み、1917 年(大
正 6 年)には銅地生産 108 千㌧を記録している。これは世界生産の 7.4%にあたる。1994
年、同和鉱業・小阪地区の銅鉱山閉鎖以降は、我が国の産銅メーカは、海外から銅鉱石を
輸入し、製錬し、良質な銅地金を供給することで国内産業の銅需要を支えてきた。現在、
我が国の銅地金生産量は 1,540 千㌧程度で推移する。
地金価格は長らく 2,000 ドル/㌧前後で推移していたが、2003 年頃より急騰し 2008 年
には 8,714 ドル/㌧という最高値を記録した。リーマンショックの後 3,105 ドル/㌧まで
急落するが短期間で回復し、現時点(2010 年 1 月)では 7,500 ドル/㌧を窺う勢いであ
る。我が国産銅企業は、変動する銅価格と益々寡占化が進む国際資源メジャーに挟撃され
た中で経営を続けている。
ここでは、銅鉱山の開発の歴史を訪ね、銅需給の動向を調査する。また市況商品化して
変動する銅価格の背景を、国際資源メジャー及び中国の切迫する銅需要の視点から解説し
てみたい。
3-1
銅鉱山の開発の歴史
(1)銅の歴史は古い
(1)
銅の歴史は古い。銅は人類の歴史の中で最初に利用された金属であるといわれている。
紀元前 5000 年頃までには、金属の形で利用されていたことが明らかになっている。鉱石
から銅を製錬する方法は、紀元前 4000 年前後に始まり、銅や青銅器の本格的利用ととも
に銅精錬技術が発達し、紀元前 2000 年頃には探鉱を職業とする鉱山師も現れ、地中海の
各地域で銅鉱山が開発されていたと云われている。スペイン南部に Rio Tinto や Tharsis
という銅鉱山が今も残るが、この鉱山はハンニバル戦争(第 3 次ポエニ戦役、紀元前 149
年)に勝利したローマ軍がスペインに進駐し、開発した銅山である。ローマ帝国に銅を供
給し、帝国の発展に貢献した鉱山として知られている。現在の資源メジャーRio Tinto 社
の名称はこの銅山に由来する。ちなみに Rio Tinto とは赤い河を意味する。
18 世紀中ごろ英国に始まった産業革命は、鉄、石炭、銅の需要を急速に拡大した。この
時期に発明された蒸気エンジンは銅鉱山や炭鉱の坑内排水設備に使われ、鉱山の生産性を
飛躍的に向上させた。銅の採掘や製錬などこの時代の銅産業の中心は英国で、18 世紀後半
には、世界の銅地金の 3/4 を供給する最大の銅産国であった。19 世紀中頃になるとコン
ウォール(Cornwell)州など英国国内の銅鉱山の鉱量、品位が低下し、枯渇が目立つよう
になる。19 世紀末には、英国国内での産銅拠点を失った英国資本は、資源量も豊かで労働
コストも安いスペイン、チリ、北米、豪州に拠点を移していった。英国国内の最後の鉱山
の閉山は 1910 年である。
23
アメリカでの銅鉱床の探査や発見は 19 世紀中頃より始まった。ゴールドラッシュ(1848
年頃)に沸く金、銀の探査開発の中で発見された銅鉱床も多い。モンタナ州の Butte 鉱山
(1860 年代)も金銀鉱山から銅鉱山へと発達した例である。アメリカが産銅国として発展
するのは露天掘りの技術が開発されてからである。1905 年、ユタ州の Bingham 鉱山で大
規模露天掘りによる生産が開始された。その後、Morenci 鉱山(アリゾナ州 1907 年)な
ど、大規模露天掘りがアメリカ中西部に散在する 4~5%以下の低品位銅鉱床(ポーフェリ
ー銅鉱床)に適用されるようになり、また浮遊選鉱など低品位鉱を処理する選鉱技術など
も開発され、アメリカは世界一の産銅国に発展する。第一世界大戦(1914~1918 年)中
の 1916 年には世界の銅生産が年産 1,380 千㌧である中でアメリカの生産量が 910 千㌧と
なり、世界の 66%を生産するに至っていた。
露天掘り、浮遊選鉱などの鉱山技術は、膨大な埋蔵量のもとに大規模な操業を行う巨大
企業が秩序ある開発を行う時代をもたらした。18 世紀末には 3000 社以上あったといわれ
た鉱山会社も、大規模鉱山の開発と経営のできる技術力と資本力を備えた Kenecott(ケネ
コット)、Anaconda(アナコンダ)、Phelps Dodge(フェルプスドッジ)の 3 グループに
集約されていった。1916 年の 3 大会社の銅生産は、全米生産 910 千㌧(世界生産量 1,421
千㌧)の 56.5%を占めるまでになっていた。これらの米国資源メジャーは独立の産銅会社
を漸次吸収し、第 2 次大戦中の 1943 年には 83.1%まで増大していた。
チリでは、スペイン時代から小規模鉱山の開発が行われていた。19 世紀には入って有望
な鉱脈鉱床が発見されて、1820 年代には主要産銅国の一つとなっていた。圧倒的な資本力
と技術力を持つ米国資源メジャーは、北米での低品位大規模鉱山の開発実績をバックに、
1910 年ごろから南米チリに進出する。1915 年、ケネコット社はエル・テニエンコ鉱山を、
アナコンダ社がチュキカマタ鉱山を支配下においた。これらの大鉱山は、米国の資本、技
術によって生産を拡大していき、チリの産銅量の拡大に貢献すると同時に、米国産銅メジ
ャーの形成に重要な役割を果たした。チュキカマタ鉱山は、現在ピットの大きさが長径南
北 4.5km、東西 2.7km、深さ 850m で、歴史上最大の銅山である。
1960 年代には、ナショナリズム台頭の時代に入る。1962 年の国連総会において「天然
資源の恒久主権の確立宣言」が決議された。資源保有開発途上国の権利主張は年を追って
強くなり、主要銅産国であるチリ、ペルー、ザンビア、ザイールの 4 カ国は欧米資本に所
有されていた鉱山の国有化に踏込んでいく。チリでは、1967 年にフレア政権の「チリ化計
画」に従いアナコンダ社、ケネコット社など銅産企業への政府参加が強制的に進められ、
1971 年にはアジェンダ政権により銅産企業の完全国有化が実施された。
産銅メジャーである多国籍企業は、産銅開発途上国の鉱山国有化により海外生産拠点を
失い、その衰退が急速に進んだ。1963 年(ナショナリズム台頭直前)には、多国籍企業
10 社(Anaconda、Kennecott、AAC、Phelps Dodge、Union Minere など)の自由世界
24
銅鉱石生産量に占める割合は 65.4%であったが、1983 年には 16.4%まで低下した。特に、
アナコンダ社、ケネコット社などチリに拠点を置く多国籍企業は、経営自体が立ち行かな
くなり、オイル・メジャーの支配下に入っていった。一方、チリなど産銅国は、技術者の
海外流出、サボタージュの頻発、鉱山機械設備の部品調達困難、鉱山管理運営の不備など
の問題に直面した。1970 年代のオイルショック以降の低迷する世界経済のもとで、生産量
の低下、銅価の暴落は銅産途上国の経済を直撃した。特に累積債務問題は深刻であった。
チリ、メキシコなど中南米途上国が取った方策は銅の生産量の増大と外資導入によると生
産性の向上であった。
チリでは鉱業省の下に組織されたコデルコ社(CODELCO)のもとで銅鉱業の再建が図
られた。1980 年代に入り、コデルコ社は既存鉱山の生産能力維持・拡大に取り組むが、国
営企業としての投資制約などもあり、目覚しい成果をあげるには至らなかった。コルデコ
社の改革が軌道に乗るのは、1992 年に法令「Low of Joint Ventures with Third Parties
(コデルコ法)」が発効されてからのことである。この法令により、国内外の民間企業との
共同探索開発、コデルコ社が保有する未開発鉱区の民間企業への開放、柔軟な鉱山経営な
どが可能になった。現在、コデルコ社はチュキカマタ(Chuquicamata、597 千㌧/年)、
ラドミロ・トミック(Radomire Tomic、297 千㌧/年)、エル・テニエンテ(El Teniente、
334 千㌧/年)などを経営する世界最大の銅資源メジャーである。1990 年代になって、コ
デルコ社の改革を契機に、世界の資源メジャーが中南米の鉱山開発に参加し、世界の銅鉱
山の開発が加速する。世界の銅鉱石生産は北米からチリを中心とする中南米に移り、1996
年にはチリが北米生産量を超え、生産量世界一となった。
(2)世界の銅鉱山ベスト 20
1990 年代に入ると、世界的な銅需給の拡大、銅価格上昇を背景に、中南米中心に大規模
鉱山開発が大いに進んだ。(2)
表 3-1 は世界の主要銅鉱山を示したものである。20 位までの銅鉱山を記載したものであ
るが、これら記載の銅鉱山からの生産(7,508 千㌧)は世界生産量(14,500 千㌧、2004
年)の約 50%を占めるに至った。1990 年以降、チリ、ペルー、インドネシアを中心とす
る大規模鉱山の開発が目立つ。チリでは、コデルコ社の生産拡大とコデルコ社が保有する
未開発鉱区を民間企業に開放するコデルコ法(1992 年)が発効し、優良鉱区の解放と外資
導入が進んだ。非鉄メジャー参入による民間鉱業の進展が大鉱山開発を可能にし、生産増
大をもたらした。
ペルーでは 1990 年、ミネロペルー、セントロミンなどすべての国営企業が民営化され、
外資導入を促進すべく 1991 年には新外資法が公布された。1990 年頃より、かつて資源ナ
ショナリズムの潮流の中で、撤退を余儀なくされた資源メジャーが復権し、本格的な資源
開発を再開しつつある。表 3-1 には世界の主要鉱山の権益関係も併記したが、1990 年代に
25
新しく開発された銅鉱山では、主権益およびそのオペレーションは CODELCO、BHP
Billiton、Rio Tinto、Xstrata など資源メジャーに属する鉱山が多くなっている。
資源メジャーによる寡占化の詳細は「構造変化/資源メジャー」で述べることにするが、
銅鉱石生産においてもの寡占化は進行している。後述の表 3-2 に示したように、世界 10
位までの資源メジャーの寡占率は、1995 年には 50.3%であったが、2006 年には 57.6%ま
で進んでいる。銅鉱石の品位が低下する中での大規模鉱山の開発は、資源メジャーなくし
ては難しくなっているというのが正確な理解であろう。
表 3-1 世界の主要銅鉱山
順位
鉱山名
1 Escondida
国
埋蔵量R
生産量P 操業開始年
権 益
世界最大の銅山、露天掘り
チリ
23,934
1,207
2 Chuquicamata チリ
17,651
980
1991 ◎BHPBilliton(57.5%),RioTinto(39.0%),三菱商事(7.0%)
銅、モリブデン、露天掘り
1910 CODELCO(100%)
3 Collahuasi
チリ
16,762
466
1998 Xstrata(44.0%),Anglo American(44.0%),三井物産
4 El Teniente
チリ
18,760
436
1906 銅、モリブデン
30,520
396
1990 Investama(9.4%),Freeport-McMoRan Copper & Gold
銅、モリブデン、露天掘り
(7.4%),◎SCM
5 Grasberg/Ertsbeインドネシア
露天掘り
インドネシア政府(9.4%),PT Indocopper
Inc.(81.3%,米国),◎PT Freeport Indonesia
6 Morenci
米国(アリゾナ)
8,053
381
7 Antamina
ペルー
5,710
362
Phelps Dodge(80%),SMMアリゾナ(住友金属鉱山+住友
商事)15%
銅、亜鉛、モリブデン 露天掘り
2001 BHPBilliton(33.7%),Xstrata(33.7%),Teck
Resources(22.5%,カナダ),三菱商事(10.0%)
銅、モリブデン 露天掘り
8 Los Pelambres チリ
9,668
350
1992 Antofagasta(60.0%,英国),日鉱金属(15.0%),三菱マテリア
ル(10.0%),丸紅(8.8%)
銅、金 露天掘り
9 Batu Hijau
インドネシア
5,384
325
10 Rudna
11 Dzhezkazgan
ポーランド
カザフスタン
15,319
7,000
290
280
12 Oktyabrsky
ロシア
5,000
275
3,756
263
1999 ◎Newmont Mining(45.0%,米国),住友商事(26.0%),住友金
属鉱山(5.0%),PT Pukuafu Indah(20.0%,インドネシア)
13 Bingham Canyon米国(ユタ)
14 Andina
チリ
14,660
239
15 Los Bronces
チリ
10,806
231
16 Olympic Dam
オーストラリア
11,680
224
17 El Abra
チリ
1,082
218
18 La Candelaria
チリ
2,756
209
19 Cuajone
ペルー
7,230
194
20 Alumbrera
アルゼンチン
1,774
176
国営銅公社KGHM Polska Miedz SA
銅・ニッケル鉱山
Norilsk Nickel
銅、モリブデン鉱山 露天掘り
Rio Tinto
銅、モリブデン鉱山
Codeco
illiton
銅(80%)、ウラン(20% 世界最大の低品位ウラン鉱床)、坑
内採掘
Western Mining Corp.
銅、SxEw操業
1996 Freeport-McMoRan(51%,米国),Codelco(49%)
銅
1994 Phelps Dodge(80%),SMMアリゾナ(20%,住友金属鉱山+住
友商事)
銅、モリブデン 露天掘り
1976 Southern Copper Corporation(100%,メキシコ)
1997
出所)JOGMEC「銅ビジネスの歴史(H18.8)p.128」をもとに JATIS 作成
26
Antamina
Collahuasi
El Abra
Chuquicamata
Escondida
Candelaria
Los Pelambres
Andina
Los Bronces
Cuajone
El Teniente
(b)ペルー
(a)チリ
Grasberg
Batu Hijau
(c)インドネシア
図 3-1 世界の銅鉱山
3-2
銅精錬と銅需給
(1)銅精錬
非鉄製錬には乾式製錬と湿式製錬がある。銅精錬では従来から、銅鉱石を熔錬して得ら
れる粗銅を電解して銅地金とする乾式製錬が主流であり、日本の銅精錬所も海外から調達
した銅鉱石を乾式製錬することで銅地金を製造している。しかし、近年熔錬を必要としな
い湿式製錬の一種である SX-EW(溶媒抽出-電解採取)を採用する鉱山が、1990 年頃か
ら急速に増えはじめ、その対象となる銅鉱石は硫酸で簡単に溶ける酸化鉱から浸出のため
に技術革新が必要となる硫化鉱にまで拡がってきた。
27
ここでは、乾式製錬と SX-EW について簡単に説明する。
(乾式製錬)(3)
銅鉱石の品位は普通 1~2%程度である。チリ、ペルー、オーストラリア現地で品位 30%
程度の銅精鉱に選鉱されてから、EU、米国、日本などの地金生産国へ輸出される。銅精
鉱には硫化鉱と酸化鉱がある。硫化鉱の主組成は CuFeS2 で、Fe や S がそれぞれ 30%程
度含まれる。銅精鉱はマット溶錬炉、転炉にて Fe や S が取除かれて純度 98%程度の粗銅
が作られる。
図 3-2 は銅精錬プロセスを示したものである。銅精鉱はケイ石とともにマット溶錬炉に
投入され、熱風が吹きこまれて酸化、溶融が行われる。この炉では銅精鉱の硫黄分が燃料
となって高温が維持されるため自溶炉とも呼ばれる。マット溶錬炉ではマット(鈹/かわ)
とスラグ(鍰/からみ)とに分離される。マットは銅品位 60~65%の硫化銅 Cu2S で、ス
ラグには酸化鉄が溶解していき FeO・SiO2 が形成される。マット溶錬炉からでたマットは
純度を上げるため転炉に送られる。転炉では酸素が吹き込まれ、硫黄分はガスとなって除
去され、鉄分はケイ素に取り込まれスラグとなる。こうして転炉から取出されたものが粗
銅であり、純度は 98%程度である。粗銅は、精製炉で酸素濃度が調整されて精製アノード
に鋳造される。この精製アノードは、電解精製工程に送られ、電解槽に挿入され、純度
99.99%の電気銅が作られる。精製アノードには貴金属やレアメタルが含まれる。これらは
アノードスライム(沈殿物)となり貴金属精製プラント送られ、回収される。図 3-3 にマ
ット溶錬工程、製銅工程(転炉)、電解精製での反応をまとめた。
(SX‐EW)
1990 年代においてチリを中心とする中南米の銅生産量が拡大するが、SX-EW 法という
新技術の採用が大きく貢献したとされている。SX-EW 法は 1940 年代にウラン精製で実用
化され、銅については 1960 年代から利用されるようになった。乾式製錬が「採鉱→選鉱
→熔錬→電気製錬」というプロセスを辿るが、SX-EW 法では採掘した鉱石を堆積させて
希硫酸で銅を浸出し、浸出溶液を溶媒抽出、電解採取により電気銅として回収する。選鉱、
熔錬工程が不要のため資本コストが割安で、乾式製錬の 2/3 程度とされる。
チリにおいて SX-EW 法が商業的に実用化されたのは、1980 年になって高性能な抽出材
が開発され、チリのプダウェル社が TL プロセス法と呼バレル改良技術をロアギレ鉱山に
適用実施したことに始まる。生産コストの安い SW-EW 法採用鉱山は競争力があり、1990
年代後半にチリ国内に急速に広まった。2008 年のチリの銅鉱石の生産量は 5,300 千㌧程度
であるが、このうちの 1,800 千㌧(34%)が SW-EW 法に生産されたものである。
SX‐EW 法には、環境面で、排ガスや大気汚染がなくなるというメリットがあるが、地
下水系などの水質汚染対策が課題として残る。また、現在の適用鉱種は酸化鉱に限られて
おり、硫化鉱への適用が最大の課題として残っている。各社が硫化鉱の浸出法について積
極的な研究開発を行っている。
28
ケイ石
シュレダーダスト
飛灰
プリント基板
銅精鉱
マット熔錬炉
自熔炉
反射炉etc
排ガス
マット
自熔炉
スラグ
排ガス
転 炉
ケイ石
集じん湿
煙灰
硫酸
スラグ
粗 銅
煙 突
転炉
精製炉
アノード
電気槽
電解廃液
硫酸銅
電気銅
硫酸ニッケル
スライム
金・銀
セレン
テルル
図 3-2 銅精錬プロセス
出所)「第 39 回レアメタル研究会資料」2010.1.15
東京大学 生産技術研究所東北大学多元物質科学研究所
柴田悦郎
マット熔錬工程
2CuFeS2(s) → Cu2S(l)+FeS(l)+FeS2(l) (硫化鉱の溶解)
FeS2(l)+O2 → FeS(l)+SO2(l) (硫化鉄の酸化)
2FeS(l)+3O2(g) → 2FeO(l)+2SO2 (硫化鉄の酸化)
2FeO(l)+SiO2(l) → 2FeO・SiO2(l) (酸化鉄のスラグへの溶解)
製銅工程(造かん期)
2FeS(l)+3O2 → 2FeO(l)+2SO2(g) (硫化鉄の酸化)
xFeO(l)+ySiO2(l) → xFeO・ySiO2(l) (酸化鉄のスラグへの溶解)
製銅工程(造銅期)
Cu2S(l)+O2 → Cu2O(l)+SO2(g) (白かわ(Cu2S) の酸化)
Cu2S(l)+2Cu2O(l) → 6Cu(l)+SO2(g) (白かわ(Cu2S) の酸化 粗銅の生成)
電解精製(硫酸溶液)
(アノード反応)
Cu(s) → Cu2+(aq)+2e- (銅の溶解)
(カソード反応)
Cu2+(aq)+2e- →Cu(s) (銅の析出)
(アノードスライムの発生)
Cu約20%,Au0.2~1.0%,Ag10~20%,Pb6~20%,Sc6~20%,Te1.5~4.5%)
図 3-3 銅精錬プロセスにおける反応
出所)「第 39 回レアメタル研究会資料」2010.1.15
東京大学 生産技術研究所東北大学多元物質科学研究所
29
柴田悦郎
(2)銅鉱石、地金生産量と銅需要
図 3-4 は 1980 年と 2008 年の銅鉱石の国別生産比率を比較したものである。世界の銅鉱
石生産量は 28 年間で 2 倍に増加した。1980 年には北米(アメリカ、カナダ)が世界最大
の産銅地域であったが、2008 年には完全チリと入替わり、チリ、ペルーなど南米が世界の
銅鉱石の 42.7%を占めるまでとなった。またザイール、ザンビアなどアフリカ地域での産
出が縮小する替わりに、中国、豪州、インドネシアでの生産が目立つようになってきた。
南米での銅鉱石生産急増、北米の退潮など、この 28 年間で世界の銅鉱石生産事情は大き
く変化した。
図 3-5 に世界の銅鉱石生産量と国別生産量の推移をまとめた。世界の銅鉱石生産が 10
百万㌧/年を越すのは 1995 年である。また、チリの生産が北米の生産量に肩を並べたの
も 1995 年である。世界の銅鉱石生産は 1980 年から増産基調にあったが、1995 年を境に
生産量の増加が顕著となり、2002 年ごろまでこの増加傾向は続く。1980 年から 1995 年
までの増加率は 1.6%、1995 年から 2002 年までの増加率は 4.5%である。また 2004 年か
ら 2008 年までの増加率は 2.5%である。1995 年から 2002 年までの顕著な世界生産量の増
加は主としてチリの増産によりもたらされたものである。1990 年代からの世界的な銅需要
の拡大、銅価格の高騰を背景に、チリを中心に空前の銅鉱山開発ブームが起こり、コデル
コなど国営企業や復権を果たした非鉄資源メジャーが増産と生産性向上など近代的な鉱山
経営を推進めた結果である。
銅鉱石生産
銅鉱石生産
北米
24.6%
その他
18.9%
その他
17.6%
チリ
34.5%
ザンビア
2.8%
豪州
3.2%
ポーランド
4.4%
豪州
5.7%
チリ
13.8%
ザイール
6.0%
ザンビア
7.7%
旧ソ連
12.7%
2008年
銅鉱石生産
15,458千㌧
インドネシア
4.2%
1980年
銅鉱石生産
7714千㌧
フィリピン
3.9%
中国
6.6%
ペルー
4.8%
旧ソ連
7.8%
ペルー
8.2%
北米
12.6%
図 3-4 銅鉱石生産の国別比較(1980 年 vs 2008 年)
出所)World Metal Statistics 2006.7(WMS),
ICSG 2009 Statistical Yearbook-July2009 より JATIS 作成
30
銅鉱石生産量
国別生産量
(純銅百万㌧)
世界生産量
(純銅百万㌧)
10
20
18
8
16
14
6
12
10
4
8
6
2
4
2
ペルー
旧ソ連
中国
8
6
20
0
20
0
4
20
0
20
0
2
0
8
豪州
20
0
6
19
9
19
9
4
2
19
9
0
北米
19
9
19
9
8
6
19
8
19
8
19
8
2
19
8
19
8
チリ
4
0
0
0
インドネシア
世界
図 3-5 世界の銅鉱石生産量と国別生産量の推移
出所)World Metal Statistics 2006.7(WMS)、
ICSG 2009 Statistical Yearbook-July2009 より JATIS 作成
銅地金生産
銅地金生産
その他
豪州 10.8%
ペルー 2.0%
2.4%
中国
3.2%
ポーランド
3.9%
ザンビア
6.6%
中国
20.3%
その他
17.7%
北米
23.6%
豪州
2.7%
韓国
2.9%
1980
銅地金生産
9,268千㌧
2008
銅地金生産
18,245千㌧
インド
3.7%
EU15
13.9%
旧ソ連
7.5%
チリ
8.7%
日本
8.4%
日本
10.9%
チリ
16.8%
北米
9.4%
旧ソ連
14.0%
EU15
10.5%
図 3-6 銅地金生産国別の比較(1980 年 vs 2008 年)
出所)World Metal Statistics 2006.7(WMS)、
ICSG 2009 Statistical Yearbook-July2009 より JATIS 作成
図 3-6 は 1980 年と 2008 年の銅地金生産の国別生産比率を比較したものである。銅地金
の生産は基本的には消費地立地である。1980 年には北米、欧州(EU15)、旧ソ連、日本
が世界の地金生産の 62.4%を占めていた。しかし 2008 年では中国とチリでの地金生産が
目立つ。中国の銅地金の増産は国内の旺盛な銅需要に牽引されたものであり、チリの増加
は銅鉱石という川上から川下へのシフトの現れである。
31
図 3-7 は国別の銅地金生産量の推移を示したものである。銅地金生においても、チリの
増産は 1994 年、1995 年頃から始まっている。この年はチリが近代的な鉱山経営に乗出し
た時期であり、コデルコ社がチュキカマタ製錬所、ポトレリジョス製錬所、カレトネス製
錬所などを増強し、地金生産能力の増強を図った時期でもある。中国の地金生産の増加は
2004 年頃より顕著になる。これは中国経済の躍進の時期と重なる。2008 年での中国の地
金生産量は 3,710 千㌧である。中国の国内銅鉱石生産量は 1,022 千㌧であるから、この地
金を生産するため 2,688 千㌧を輸入で賄っていることになる。これは 2008 年に日本が輸
入した銅鉱石 1,184 千㌧の 2.2 倍強であり、現在も輸入量は増加し続けている。
国別生産量
(百万㌧)
世界生産量
(百万㌧)
銅地金生産量
10
4
8
3
6
2
4
1
2
0
0
北米
EU15
旧ソ連
中国
日本
20
06
20
20
20
98
20
19
19
94
19
19
90
19
19
86
19
19
19
80
19
チリ
08
12
5
04
6
02
14
00
7
96
16
92
8
88
18
84
20
9
82
10
インド
世界
図 3-7 世界の銅地金生産量と国別生産量の推移
出所)World Metal Statistics 2006.7(WMS)、
ICSG 2009 Statistical Yearbook-July2009 より JATIS 作成
銅地金消費
その他
18.7%
インド
2.8%
台湾
3.2%
韓国
4.3%
銅地金消費
その他
12.9%
中国
28.9%
ポーランド
2.2%
ブラジル
2.6%
中国
3.9%
2008
銅地金消費
18,007千㌧
日本
12.4%
旧ソ連
4.5%
北米
22.1%
1980
銅地金消費
9,375千㌧
EU15
19.1%
日本
6.6%
EU15
29.9%
旧ソ連
13.9%
北米
11.9%
図 3-8 銅地金消費の国別比較(1980 年 vs 2008 年)
出所)World Metal Statistics 2006.7(WMS)、
ICSG 2009 Statistical Yearbook-July2009 より JATIS 作成
32
図 3-8 は銅地金の国別消費を示したものである。また図 3-9 には 1980 年からの銅消費の
推移を示した。1980 年から 2008 年の 28 年間で、世界の銅地金の消費量 9,375 千㌧から
18,007 千㌧へとほぼ倍増した。北米、欧州、日本が低迷する中で、中国が歴史的な増加を
示し、世界最大の消費国となった。
1980 年での銅消費は、日米欧の先進諸国が世界の銅を独占し、北米、欧州(EU15)、
旧ソ連、日本で世界の 78.3%を占めていた。1995 年頃より中国の銅消費が増加し始める。
1992 年に鄧小平の南方講話があり、中国経済が躍進を開始する時期と一致する。1995 年
から 2008 年までの中国の平均消費増加率は 15%/年に達し、2002 年には北米を、2005
年には欧州(EU15)の銅消費量を越えた。現在、2008 年の銅消費は中国の銅消費量は世
界の 28.9%を占め、銅の生産、消費において圧倒的な存在になりつつある。また、韓国、
台湾、インドの銅消費も 500 千㌧を超え、これらアジアの新興国も無視できない存在にな
ってきている。
国別消費量
(百万㌧)
銅地金消費
世界消費量
(百万㌧)
20
10
18
16
8
14
12
6
10
8
4
6
2
4
2
0
北米
EU15
旧ソ連
中国
日本
韓国
台湾
20
08
20
06
20
04
20
02
20
00
19
98
19
96
19
94
19
92
19
90
19
88
19
86
19
84
19
82
19
80
0
世界
図 3-9 世界の銅地金消費量と国別消費量の推移
出所)World Metal Statistics 2006.7(WMS)、
ICSG 2009 Statistical Yearbook-July2009 より JATIS 作成
世界最大の銅消費国となった中国であるが、1 人当り銅消費量を見ると 2007 年時点で
3.8kg であり、未だ日本の 38%(9.8kg)、米国の 53%(7.1kg)のレベルに留まっている。
しかし近年の中国の経済成長を考えると、日米欧の先進国レベルに到達するのはさほど時
間を要するものではないだろう。新興国における経済成長の初期段階を見ると、電力網、
建物、自動車などインフラ整備が先行し、石油、鉄、銅などの基礎資材の需要が急増する。
図 3-10 の 1 人当り銅地金消費推移を見ると、韓国がピーク需要量を経過し先進国並みの
33
安定レベルに近付きつつある。中国も韓国と同じような経過を辿るとすると、中国の需要
に銅鉱石など供給が追いつかず、銅市場がパニックに陥る可能性が高い。
一人当たり銅地金消費とGDP
銅地金perCapita(Kg/Person)
20.0
2000
18.0
16.0
2007
1990
14.0
2000
1980
12.0
2007
10.0
1990
8.0
6.0
4.0
2.0
1980
0.0
0
5000
10000
15000
20000
25000
30000
35000
40000
45000
GDP(実質)perCapita(US$/Person)
米国
欧州OECD
日本
韓国
中国
インド
図 3-10 一人当り銅地金消費と GDP
出所)World Metal Statistics 2006.7(WMS)、
ICSG 2009 Statistical Yearbook-July2009 等より JATIS 作成
3-3
産銅における構造変化
(1)中国の台頭
中国は急増する銅需要に対し、国内銅鉱石生産だけでは賄いきれなくなっている。不足
分は鉱石、スクラップ、地金の輸入で埋めあわされており、これらの輸入が中国の旺盛な
銅需要を支えている。図 3-11 の 2007 年の銅需給構造を見ると、消費 4,560 千㌧に対し鉱
石輸入 29.8%(1,357 千㌧)、スクラップ輸入 20.5%(936 千㌧)、地金輸入 23.7%(1,079
千㌧)となっており、国内銅鉱石は 20.4%(924 千㌧)に過ぎない。また鉱石輸入 1,357
千㌧は近年の日本一国の銅鉱石輸入量にほぼ等しい。
中国での銅消費が拡大期に入る 1995 年以前では、鉱石、スクラップ、地金の合計輸入
比率は 50~60%で推移していたが、近年では輸入比率が 80%程度になっている。図 3-12
は国内銅鉱石生産量、地金生産量、地金消費量の推移を示したもので A+B が輸入量に相
当する。A が銅鉱石輸入+スクラップの輸入量で、B が銅地金輸入量である。図 3-13 は A、
B の地金消費量にたいする A、B の比率推移を示したものであるが、鉱石の輸入が増えれ
ば地金輸入が減少し、鉱石が減れば地金が増すというサイクリックな変化を示している。
銅需要、銅市況、地金生産能力に応じて、オーバシュート、オーバダウンしながら鉱石、
地金の購入を進めた結果であろう。
中国では、旺盛な銅需要を背景に、銅地金増産計画が進められている。中国政府の地金
生産体制整備の方針の下、製錬各社の製錬設備の新設増設計画が相次いでいる。中国最大
34
手の江西銅業では現在の年生産約 720 千㌧から 2012 年以降 1,000 千㌧に生産能力を高め
る計画であるし、2~4 年後には 2 倍以上に高める計画の製錬会社も現れている。中国全体
の地金生産量では 2008 年の地金生産量 3,710 千㌧から 2013 年には 70%増の 6,450 千㌧
に達する見通しである。このような中国の銅需要生産動向を受けて、銅国籍の需給引き締
まり感が強まっている。銅鉱石確保を巡る国際競争が加速しそうである。
中国の銅需給詳細
5000
銅生産、輸入量(千㌧)
4000
3000
2000
1000
0
中国2006
銅鉱(国内)
中国2007
銅鉱(輸入)
スクラップ国内
スクラップ輸入
ブリスタ輸入
地金輸入
図 3-11 中国の銅需給構造
出所)WBMS/日本メタル経済研究所(小林)、icsg/JOGMEC(神谷)より JATIS 作成
中国の銅需給
6000
国内鉱石
地金生産
消費
4000
3000
A:銅鉱石輸入,銅スクラップ
B:銅地金輸入
B
2000
A
1000
20
08
20
06
20
04
20
02
20
00
19
98
19
96
19
94
19
92
19
90
19
88
19
86
19
84
19
82
0
19
80
生産、消費量(千㌧)
5000
図 3-12 中国の国内銅鉱石生産量、地金生産量、地金消費量の推移
出所)World Metal Statistics 2006.7(WMS)、
ICSG 2009 Statistical Yearbook-July2009 より JATIS 作成
35
中国の銅需給 輸入割合
70.0
60.0
50.0
輸入(%)
40.0
30.0
20.0
10.0
20
08
20
06
20
04
20
02
20
00
19
98
19
96
19
94
19
92
19
90
19
88
19
86
19
84
(10.0)
19
82
19
80
0.0
(20.0)
A(%)
B(%)
A:銅鉱石輸入,銅スクラップ
B:銅地金輸入
図 3-13 中国の銅需給と輸入割合の推移
出所)World Metal Statistics 2006.7(WMS)、
ICSG 2009 Statistical Yearbook-July2009 より JATIS 作成
(2)資源メジャー
(4), (5)
資源メジャーによる銅鉱石の寡占化が進んでいる。2005 年の産銅資源メジャー7 社
(CODELCO、BHP-Billiton、Phelps Doge、Grupo Mexico、Rio Tinto、Anglo American、
Xstrata)のシェアは、1995 年では 32.5%であったものが 2006 年には 45.7%まで拡大し
ている。表 3-2 は主要金属資源の 1995 年、2006 年の企業別シェアおよび 10 社寡占率を
示したものである。亜鉛鉱、ニッケル鉱、モリブデン鉱、マンガン鉱、クロム鉱、鉄鉱石
などでは上位 10 社寡占率が 70%近くに達しており、1995 年に比較するとほとんどの資源
で寡占化が進行している。
資源探鉱から採鉱まで資源分野でワールドワイドに活躍する 20 社ほどの企業群がある。
これらの企業は資源メジャーと称されており、そのコアビジネス・重点事業から次のよう
に分類される。
A.総合資源企業(鉄、アルミ、燃料鉱物等含め総合的)
/BHP Billiton、Anglo American、Rio Tinto
B.多種鉱物開発企業(総合資源企業に近い)/Xstrata、Vale
C.銅主体企業
/CODELCO、FCX、Phelps Dodge、Antofagasta、Grupo Mexico、KGHM、
Kazakhmys
D.亜鉛重点企業
/Teck Cominco、Zinifex、Penoles、Boliden、Vedanta
E.ニッケル重点企業
F.金専門企業
/Norilsk Nickel、PT Antam
/Newmont、Barrick Gold、Gold Fields、Harmony Gold
G.商社型から資源型企業へ移行
36
/五鉱有色金属股份公司(Minmetals グループ)、Glencore
H.下流部門を指向し上流部門から撤退した企業
/Unicore、Norddeutsche Affinerie AG
これらの中で、総合資源企業あるいは多種鉱物開発企業である BHP Billiton、Anglo
American、Rio Tinto、Xstrata、Vale が 5 大資源メジャーと呼ばれている。Vale を除く
5 大資源メジャーに CODELCO、Phelps Dodge、Grupo Mexico を加えたものが 7 大産銅
資源メジャーである。
これら資源メジャーの源流は、19 世紀末から 20 世紀初頭にかけて米国と英国に設立さ
れた非鉄メジャーにまで遡ることができる。
19 世紀末、アメリカでは Anaconda(1895 年設立)を始め、Phelps Dodge(1905 年)、
Kennecott(1915 年)が設立され、ビッグスリーと呼ばれて、アメリカ産銅産業の隆盛を
支えた時代があった。これらの資源メジャーは、低品日大規模鉱床であるポーフィリーカ
ッパーを求めて北米大陸から中南米、南米大陸へと渡り、大規模露天掘りによる銅鉱山を
開発し製錬所を建設して、現在の中南米の産銅業の基礎を築いた。これらのアメリカ系産
銅資源メジャーは、1960 年代に始まった産銅開発途上国のナショナリズムに翻弄され、
Phelps Dodge だけが生残り、Anaconda、Kennecott は石油メージャなどに吸収されてし
まうことになる。現在 CODELCO、Grupo Mexico が経営する Chuquicamata 鉱山や El
Teniente 鉱山は Anaconda や Kennecott が開発した銅鉱山である。
一方、Rio Tinto、BHP、Anglo American は英国系資源メジャーである。
Rio Tinto は 1873 年の設立で、ロスチャイルドなど英国の投資家グループが、当時財政
的困窮にあったスペイン政府よりスペインの銅鉱山(Rio Tint)を買収してできた会社で
ある。その後、カナダ、ナミビア、南アフリカの英連邦諸国でウラン鉱山、銅鉱山開発、
オーストラリアでは亜鉛鉱山、鉄鉱石鉱山の開発、買収を行って総合資源メジャーへの道
を歩んできた企業である。
BHP は英国の植民地であったオーストラリアで銀、鉛、亜鉛の Broken Hill 鉱山開発か
ら出発した会社で、その設立は 1885 年である。その後、資源関連企業を買収することで
製鉄事業、石油、天然ガスのエネルギー分野や米国、チリでの銅開発にも進出していった。
Anglo American も英国植民地の南アメリカにおいてダイアモンドへの投資で成功した
ユダヤ系英国人のオッペンハイマー(Ernest Oppenheimer)が有望な金鉱山開発のため
に 1917 年に設立された会社である。当社は設立時には金生産をコア事業としていたが、
その後、1926 年にはダイヤモンド、1928 年には銅事業にも進出していった。ザンビアに
おけるカッパーベルトの開発を推進した資源メジャーである。
37
表 3-2 主要鉱種・金属生産の寡占進展状況
鉱種
銅鉱
世界計
15,115
(kton)
亜鉛鉱
世界計
10,603
(kton)
金鉱
世界計
2,253.0
(ton)
パラジウム
世界計
264.0
(ton)
ニッケル鉱
世界計
1,427.9
(kton)
モリブデン
世界計
186,028
(ton)
マンガン鉱
世界計
30.18
(mton)
クロム鉱
世界計
18,352
(kton)
ボーキサイト
世界計
182.78
(mton)
鉄鉱石
世界計
1,630
(mton)
順
位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
1
2
3
4
5
2006年
生産企業
CODELCO(チリ)
BHP Billiton(豪・英)
Phelps Dodge(米)
Xstrata(スイス)
Rio Tinto(英・豪)
State of china(中)
Anglo American(米)
FCX-Freeport MacMoran(米)
KGHM(ポーランド)
Grupo Mexico(メキシコ)
State of China(中)
Xstrata(スイス)
Teck Cominco(加)
Zinifex(豪)
Glencore(スイス)
Barrick Gold(加)
State of China(中)
Newmont Mining(米)
AngloGold Ashanti(南ア)
Gold Fields(南ア)
Norilsk Nickel(MMC)
Anglo Platinum(南ア)
Impala Platinum(南ア)
Lonmin(南ア)
Vale(旧CVRD-Inco:ブラジル(加))
Norilsk Nickel(露)
Vale(旧CVRD-Inco:ブラジル(加))
BHP Billiton(豪・英)
Xstrata(旧Falconbridge(加))
State of China(中)
Phelps Dodge(米)
CODELCO(チリ)
Rio Tinto(英・豪)
State of China(中)
Blue Pearl Mining(加)
State of China(中)
BHP Billiton(豪・英:Samancorの60%)
State of Gabon(ガボン)
Anglo American(英:Samancorの40%)
Vale(旧CVRD(ブラジル))
Kazchrome M.(カザフスタン)
Kermas Group(英)
Xstrata(スイス)
Tata Iron & Steel(インド)
Orissa Mining Corp(インド)
Alcoa(米)
State of China(中)
Rio Tinto(英・豪)
Alumina Ltd(豪)
Alcan(加)
State of Chaina(中)
Vale(旧CVRD-Inco(ブラジル(加))
Rio Tinto(英・豪)
BHP Billiton(豪英)
State of India(インド)
1995年
生産量
割合
(%)
累積
(%)
10社
寡占率
1,783
1,236
1,006
965
804
755
652
545
497
455
2,996
814
627
589
507
268.9
226.9
187.0
175.2
125.2
112.8
48.6
15.3
12.7
6.5
294.0
251.0
155.1
80.8
68.9
30,944
27,204
16,800
16,500
11,300
5.30
3.39
3.00
2.26
2.24
3,566
3,350
2,865
1,800
826
24.18
18.00
16.14
15.13
10.64
460.00
271.69
132.78
99.42
44.77
11.8%
8.2%
6.7%
6.4%
5.3%
5.0%
4.3%
3.6%
3.3%
3.0%
28.3%
7.7%
5.9%
5.6%
4.8%
11.9%
10.1%
8.3%
7.8%
5.6%
42.7%
18.4%
5.8%
4.8%
2.5%
20.6%
17.6%
10.9%
5.7%
4.8%
16.6%
14.6%
9.0%
8.9%
6.1%
17.6%
11.2%
9.9%
7.5%
7.4%
19.4%
18.3%
15.6%
9.8%
4.5%
13.2%
9.8%
8.8%
8.3%
5.8%
28.2%
16.7%
8.1%
6.1%
2.7%
CODELCO(チリ)
11.8%
Phelps Dodge(米)
20.0%
Rio Tinto(豪英)
26.6%
33.0% 57.6% State of China(中)
Asarco(米)
38.3%
BHP(豪)
43.3%
KGHM(ポーランド)
47.7%
Freeport MacMoran(米)
51.3%
Cyprus Amax(米)
54.5%
Magma(米)
57.6%
State of China(中)
28.3%
Cominco(加)
35.9%
Noranda(加)
41.8%
47.4% 65.6% CENTROMIN(ペルー)
Outokumpu(フィンランド)
52.2%
State of China(中)
11.9%
Barrick Gold(加)
22.0%
Anglo American(南ア)
30.3%
38.1% 57.3% Placer Dome(加)
Navoi M.& M.(ウズベキスタン)
43.6%
Norilsk M. & M.(ロシア)
42.7%
Anglo Platinum(南ア)
61.1%
Gencor(南ア)
66.9%
71.7% 80.4% Lonrho(南ア)
Stillwater Mining(米)
74.2%
Norilsk Mining & Metallurgical(露)
20.6%
Inco(加)
38.2%
WMC Ltd(豪)
49.0%
54.7% 75.3% Eramet-SLN(仏)
State of China(中)
59.5%
Cyprus Amax(米)
16.6%
State of China(中)
31.3%
CODELCO(チリ)
40.3%
49.2% 69.3% RTZ(Rio Tinto(英))
Placer Dome(加)
55.2%
State of China(中)
17.6%
State of Ukraina(ウクライナ)
28.8%
State of Gabon(ガボン)
38.7%
46.2% 76.2% Broken Hill Pty(豪)
CVRD(ブラジル)
53.6%
19.4% (2005年) State of Kazakhstan(カザフスタン)
Gencor(南ア)
37.7%
Bayer(独)
53.3%
63.1% 78.6% Anglo American(南ア)
Tata Iron & Steel(インド)
67.6%
Alcoa(米)
13.2%
WMC(豪)
23.1%
State of China(中)
31.9%
40.2% 66.0% State of Guinea(ギニア)
Alcan Aluminium(加)
46.0%
State of Chaina(中)
28.2%
CVRD(ブラジル)
44.9%
BHP(豪)
53.0%
59.1% 69.4% State of Ukraina(ウクライナ)
State of Russia(露)
61.9%
生産企業
生産量
割合
(%)
累積
(%)
1,134
684
655
445
440
440
382
311
308
308
1,011
526
506
281
207
136.4
95.5
82.1
60.3
55.3
70.0
9.0
8.0
7.4
5.3
208.5
171.8
89.2
49.5
41.8
34,500
33,000
16,717
10,800
6,546
8.00
4.50
1.93
1.82
1.43
2,416
1,424
995
762
671
16.81
10.62
8.26
8.39
6.25
261.92
97.10
57.60
43.60
27.40
11.2%
6.7%
6.5%
4.4%
4.3%
4.3%
3.8%
3.1%
3.0%
3.0%
14.0%
7.3%
7.0%
3.9%
2.9%
6.4%
4.5%
3.9%
2.8%
2.6%
50.0%
6.4%
5.7%
5.3%
3.8%
21.4%
17.7%
9.2%
5.1%
4.3%
24.9%
23.8%
12.0%
7.8%
4.7%
31.4%
17.6%
7.6%
7.1%
5.6%
19.4%
11.4%
8.0%
6.1%
5.4%
14.2%
9.0%
7.0%
7.1%
5.3%
24.7%
9.1%
5.4%
4.1%
2.6%
11.2%
17.9%
24.4%
28.8%
33.1%
37.4%
41.2%
44.3%
47.3%
50.3%
14.0%
21.3%
28.3%
32.2%
35.1%
6.4%
10.9%
14.8%
17.6%
20.2%
50.0%
56.4%
62.1%
67.4%
71.2%
21.4%
39.1%
48.3%
53.4%
57.7%
24.9%
48.6%
60.7%
68.5%
73.2%
31.4%
49.0%
56.6%
63.7%
69.3%
19.4%
30.8%
38.8%
45.0%
50.3%
14.2%
23.2%
30.2%
37.2%
42.5%
24.7%
33.8%
39.2%
43.3%
45.9%
10社
寡占率
世界計
10,141
50.3%
世界計
7,220
46.2%
世界計
2,123.0
30.8%
世界計
140.0
78.5%
世界計
972.7
72.1%
世界計
138,800
86.2%
世界計
25.50
83.2%
世界計
12,449
71.2%
世界計
118.37
61.0%
世界計
1,062
56.4%
出所)JOGMEC「資源メジャーの動向 2007」より JATIS で整理
5 大資源メジャーの概要を表 3-3 にまとめた。資源メジャーの歴史は合併と買収(M&A)
の歴史である。Rio Tinto/Alcan 買収(アルミ 2007.7)、Vale/Inco 買収(ニッケル
2006.10)、Norilsk Nickel/Lion Mining 買収(ニッケル 2007.10)、Xstrata/Falconbridge
買収(ニッケル 2005.8)、FCX(Freeport McMoran)/Phelps Dodge 買収(銅 2007.3)
などの M&A 情報が新聞紙上を賑わしたのは、まだ記憶に新しい。また最近では、Rio Tinto
をめぐり、中国の政府系アルミニウム大手「チャナコル(Aluminum Corporation of
China)」との提携破談、BHP Billiton による合併あるいは合弁企業設立など大規模 M&A
に関する情報が飛交っている。このような活発な M&A の背景には、資源資本にとっての
ビジネスチャンスのグローバル化と資源獲得競争の激化がある。優良な鉱山を大規模開発
38
するためには多額の資金を要し、経営基盤の強化が不可欠となっている。資源メジャーを
目指すロシア系 Norilsk Nickel や、中国五鉱集団公司が、豊富な資金を背景に、活発な
M&A を展開するのが目立つようになってきている。
表 3-3
企業
BHP Billiton
国籍
豪・英
5 大資源メジャーの概要
売上高
沿革 と 特徴
1885年、豪州のBroken Hill における鉱山開発を目的に設立された。会
社沿革はBHP社と1860年インドネシアの錫鉱山開発のために設立され
たBilliton社に遡及する。2001年に両者が合併しBHP Billitonとしてス
(2006年売上高)
タートした。
47,437MUS$
2005年には豪州第2位の大手鉱山会社WMC Resources を買収し、ニッ
(売上高利益率)
ケル、ウランなどの権益を取得することで事業拡大を図った。BHP
28.3%
Billitonは資源関連企業を次々と買収することで鉄鉱石などの鉄関連分
野、更には石炭、石油、天然ガスなどのエネルギー資源分野に進出
し、売上高、利益率など世界一の総合資源メジャーに成長した。
Anglo American 英
(2006年売上高)
38,637MUS$
(売上高利益率)
16.0%
Rio Tinto
豪・英
1873年スペインHuelva州Rio Tinto鉱山開発のために設立された英国
系Rio Tinto Co.LTD と豪州Broken Hill の亜鉛鉱石採掘を目的に設立
されたConsolidated Zinc Corp.に遡ることができる。1997年これらの出
(2006年売上高)
身母体を同じくするRTZ Corp plc社 とCRA LTD.社が合併してRio
25,440MUS$
Tinto Group が設立された。
(売上高利益率)
Rio Tinto は鉄鉱石、工業原料鉱物、銅、アルミニウム、エネルギー、ダ
30.9%
イアモンド、金 の6グループで事業展開している。2007年にはカナダの
アルミ生産大手Alcan社を買収し、アルミ地金生産量では世界一に浮上
した。
ブラジル
Valeは、1942年、第2次大戦の米国、英国に対する鉄鉱石供給を目的
とした国営企業として設立された。その後、非鉄金属、紙、パルプ製
(2006年売上高) 品、アルミニウムなどを対象に事業展開し、1990年代には株式売却に
19,651MUS$ よる民営化が実施された。ラテンアメリカ最大の鉱山会社であり、世界
(売上高利益率) 最大(2004年)の鉄鉱石とマンガン鉱石の生産者である。
33.2%
また、2006年にはカナダInco社の買収によりカナダ、インドネシア、
ニューカレドニアのニッケル部門を強化するとともに、ニッケルに随伴す
るコバルト、PGM、金など鉱業資産を手中にした。
スイス
1926年、南米における電力やインフレ投資を目的としスイスZugに設立
されたSuedr Holding S.A を前身にもつ。
Xstrata社は南アにおけるクロム鉱業を中心とした事業をおこなってい
(2006年売上高) たが、ここ数年のうちに石炭部門と亜鉛部門を買収により取得して急成
17,632MUS$ 長を遂げている。その後、2003年のMIN社(豪)及び2006年の
(売上高利益率) Falconbrige社(カナダ)の買収により、操業地域と生産品目を拡大し、
13.3%
2006年末時点の株式時価総額で世界非鉄・資源企業のなかで第5位
の地位を占めるに至っている。
現在、石炭、銅、ニッケル、鉛、亜鉛、フェロクロムなどの生産を世界の
18ヶ国で展開している。
Vale(CVRD)
Companhia
Vale do Rio
Doce
Xstrata plc
(エクストラータ)
1917年、南アに設立されたAnglo American Corporation of South
Africa(AAC)を全身の持つ。金、PGM、ダイアモンド、石炭、ベースメタ
ル、工業用鉱物、鉄鉱石、鉄鋼業、製紙の8部門で事業展開を行う代表
的な大手メジャー。
出所)JOGMEC「資源メジャーの動向 2007」より JATIS で整理
3-4
銅価格と取引 LME
(1)価格推移
第 3-14 図は、1980 年からの銅価格の推移を示したものである。1970 年代、1980 年代
は、銅鉱山の国有化(ザイール 1967 年、ザンビア 1969 年、チリ 1971 年)、第 1 次オイ
39
ルショック(1973 年)、オイル・メジャーの銅産業への進出と撤退(1977 年~1985 年)、
アメリカの産銅ストライキと廃業など、ドラスティックな出来事が多発し、銅産業の中心
がアメリカからチリなど中南米にシフトしていった時代であった。銅などベースメタルは
埋蔵量に偏在性が低く価格の変動は比較的少ないといわれているように、1980 年~1990
年の銅価格は安定しており、しかも低位安定の推移が続いた。
1990 年代に入ると、世界的な銅需要の拡大、銅価格の上昇を背景に、中南米を中心に銅
鉱山開発がブームとなった。その駆動力となったのは、1980 年代の途上国累積債務問題の
対策として実施された鉱業振興策、世銀/IMF 主導による鉱業法の整備、国有鉱山・鉱区
の民間への解放、外資導入政策であった。銅産企業側でも、復活した非鉄グローバル企業
が鉱山開発を主導し、その成功が引き金となって銅産業の再編、集約化が始まった。
2003 年頃より銅価格は急騰し始める。2006 年 5 月に 8,059 ドル/㌧を超え、何回かの
乱高下の後、2008 年 4 月には 8,714 ドル/㌧という過去最高値を記録した。リーマンシ
ョックの後 2008 年 12 月には 3,105 ドル/㌧まで大暴落をする。大暴落したものの銅価格
は急速に回復し、2009 年 10 月には 6,000 ドル台に戻し、その後、高止まりしたままで均
衡価格を探っている。2003 年から 2008 年にかけての価格急騰は、原油などと同じく、商
品ファンドマネーの資源マーケットへの急激な流入によるものではあるが、その背景には、
中国など新興国の銅需要の上昇と、銅産業の再編、集約化による非鉄グローバル企業によ
る寡占が関係すると指摘されている。また暴落後の価格上昇は、中国需要増によるアジア
需給の引締まりを見込んだものと考えられている。中国では銅精錬会社の生産能力増強が
続けられており、中国全体の生産量は 2008 年の 3,780 千㌧から 2013 年には 6,450 千㌧に
達する見通しである。現在、中国の需要を見ながら、均衡価格を探る推移が続いている。
資源メジャーによる寡占化が進む供給サイドの動向と、中国など新興国の銅需要の動向
については既に述べた。以下に、銅価格を先導する LME など商品市場の状況について述
べる。
40
0
1
2
メキシコ通貨危機
累積債務問題
1982年
1982M1
1981M1
3
1983M1
4
湾岸戦争
1991年1月
1992M1
1991M1
1990M1
1994M1
1993M1
1980 年からの銅価格の推移
1998M1
1989M1
1988M1
1987M1
1986M1
1985M1
1984M1
1980M1
0
Niボトム 9711$
2009年3月
10
20
30
40
50
Ni価格
(千ドル/Ton)
60
Cuボトム 3105$
2008年12月
近年最低
Cu 1377$、Ni 4831$
2001年10月
アメリカ、同時多発テロ
2001年9月
出所)IMF Primary Commodity Prices 2009 をもとに JATIS 作成
図 3-14
1995M1
原油OPEC 40$価格
1980年
チリ、コデルコ法
資源メジャーの参入
1992年
1996M1
ソ連崩壊
1991年12月
2000M1
5
銅需要拡大
中南米の銅鉱山開発ブーム
1988年
2002M1
6
2003M1
7
1997M1
Niピーク 51783$
2007年5月
2004M1
8
2005M1
銅
ニッケル
2001M1
Cuピーク 8714$
2008年4月
2006M1
9
1999M1
銅: Copper, LME, grade A cathodes, cif Europe, US Dollars per Metric Ton
ニッケル: Nickel; LME, melting grade, cif N Europe, US Dollars per Metric Ton
2007M1
銅、ニッケル価格推移 (LME価格)
2008M1
Cu価格
(千ドル/Ton)
10
2009M1
41
(2)LME について
(6)
LME(London Metal Exchange)は主として非鉄金属を扱い、1877 年設立の老舗の商
品取引所である。銅、錫、アルミニウム、ニッケル、亜鉛、鉛の非鉄金属と鉄ビレット、
プラスティックスが扱い品目で、国際価格形成に大きな影響を与えている。また 2010 年 2
月には電池材料のコバルト、特殊鋼添加物のモリブデンも上場された。コバルトやモリブ
デンは相対取引が中心で、特定のトレーダーの思惑に左右され易いなどの不安があったが、
LME への上場により「幅広い市場参加者による価格形成が可能になり、透明性が高まる」
と関係者の間で期待されている。
19 世紀には、英国は産業革命を経て、従来の自給自足の経済から、原料を輸入・加工し
て製品を輸出する加工貿易型の経済へと変貌を遂げた。チリの銅鉱石、マレーシアの錫鉱
石などがロンドンに集中し、ロンドンには国際商品化する素材や資源の輸入リスクや価格
変動リスクを負担してくれる取引所のニーズが次第に高まっていった。このような状況の
中で、ロンドンで金属を取り扱う商人や仲介人が資金を出し合って設立したのが LME であ
る。1877 年の設立以降、取引制度などの改正と国際化が行われ、非鉄金属価格の国際指標
形成の場として、他の追随を許さない存在となっている。
LME は国際的な商品取引市場であり、その価格形成は公正かつ自由競争原理に基づいて
行われる。LME は、
a.
価格変動リスクに対するヘッジ機能の提供
b.
市場価格の提供と非鉄金属価格の国際指標形成
c.
LME 公認ブランドの非鉄金属保管施設の提供
などの役割を担っている。
これらの機能を実現するために、LME はいくつかの特徴を有している。
その特徴として、
先渡取引、公式価格の発表、クリアリング・システム、LME 倉庫などを挙げることができ
る。それぞれについて説明する。
(先物取引と先渡取引)
LME はもちろん広義の意味の先物市場である。広義の先物には「先物取引(Future
Contract)」と「先渡取引(Forward Contract)」があるが、LME は厳密にいえば「先渡市
場」である。
狭義の意味での先物取引は不特定多数の参加者を前提とし、取引所で大量かつ集中的に
取引が行われ、反対売買によって期日までに契約を解消することができ、決済代金は売買
代金の差額の授受による「差金決済」が原則となっている。先物取引所での取引は匿名で
あり、取引は流動的で取引コストは安い。NY マーカンタイル取引所の COMEX 部門はこ
の方式である。
42
一方、先渡取引は売買の当事者間で商品、価格、数量、受渡日を定め、一般には期日に
現物取引が行われ、反対売買が自由にできない市場である。取引は相対取引が基本になっ
ている。正確には、金の現物取引や LME の取引はこの先渡取引に該当する。LME では先
渡取引を行うことによって実需に近い取引を確保し、現物を売買できる市場、現物のリス
クをヘッジするための市場の実現を図ろうとしてきた。
(公式価格の発表)
LME での取引に基本は「相対取引」であり、売り手と買い手が合意すれば 24 時間いつ
でも取引が可能であるが、その間で価格が絶えず変動するため、指標価格を特定すること
が必要である。そこで、LME はリングメンバーによる午前の各メタルの 2 回目のリング取
引が終了した時点の最終唱え値を公式価格として発表する。公式価格には現物、3 ヶ月先物、
15 ヶ月先物、27 ヶ月先物の公式買い価格及び売り価格がある。このうち現金売り手価格
(cash sellers price)は清算価格(settlement price)として知られ、非鉄金属分野での価
格決定の指標価格として利用され、国際指標形成に大きな影響を及ぼす。
(クリアリング・システム)
先物取引(先渡取引)を確実に行うためには、その取引の履行を保証することが必要で
あり、保障機関として、独立した清算機関であるクリアリング・ハウスが設置されている。
クリアリング・ハウスは何が起きようともその取引の履行を補償する。クリアリング・ハ
ウスは保証人としての役割を果たすため、登録されたすべての取引に関して売買代金の一
部を証拠金としての預託を要求するとともに、登録されている未決済取引残高に対し日々
の価格変動による評価を行い、その損益に合わせて証拠金の額を増減させる。なお、この
クリアリング・システムはクリアリング・メンバー(契約の履行を保障する清算機関のメ
ンバー)のみを対象として行われるシステムである。
(LME 倉庫)
LME にはメタルごとに「登録ブランド」が承認されている。LME は、メタルごとに規
定された基準を満たしているブランドを「LME 登録ブランド」として承認する。LME 登
録ブランドは LME 倉庫で受渡しされる。LME 倉庫は 12 ヶ国 32 都市に置かれている。日
本では横浜、名古屋、門司などに LME 倉庫が置かれている。この倉庫は、民間の会社によ
って運営されており、LME の所有ではない。LME 取引により、買い手がこの承認倉庫か
らメタルの払出しを受けるにはワラント(倉荷証券)が必要であり、倉庫会社名、保管場
所、鉱種、ブランド名、形状、重量、搬入日などを記載されており、このワラントを提示
することで当該ブランドのメタルを引き取ることができる。LME では、倉庫保管の在庫量
をロンドン時間の 9:00am に発表しており、この在庫量がメタルの需給分析などに利用され
ている。
43
(3)我が国の非鉄製錬企業を取巻く環境
既に述べたように我が国は 1,540 千㌧程度の銅地金を生産するが、その原料となる銅鉱
石は海外からの輸入である。多くは資源メジャーから購入する。銅純度が 30%近くに高め
られた精鉱を輸入しており、2008 年の輸入量は 4,940 千㌧であった。日本の銅精錬会社が
銅鉱石を調達する際の値決め交渉では、製錬会社の取り分である製錬加工費が決められる。
銅鉱石価格は LME の地金価格から製錬加工費を差し引いた価格である。価格交渉は年末と
年央であるが、銅鉱石需要が逼迫すると加工費が抑制され易く、2009 年の加工費は 250 ド
ル/㌧前後と見積もられている。我が国の産銅企業は、変動する銅価格と益々寡占化が進
む国際資源メジャーに挟撃された中で厳しい経営を続けている。住友金属鉱山、日鉱金属、
三井金属など非鉄製錬企業は、安定調達を目指して南米などの銅鉱山の権益確保に乗出し
つつある。我が国非鉄製錬企業の自主権益比率は現在 20~40%であるが、チリやペルーの
鉱山に積極的に出資することで、自主権益比率の拡大を目指している。
【参考文献】
(1)JOGMEC「銅ビジネスの歴史」平成 18 年 8 月
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/copper_story/copper_story.html
(2)澤田賢治「世界の探鉱活動と主要非鉄メジャーの動向」,
JOGMEC 金属資源レポート(2009.7)
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/kogyojoho/2009-07/MRv39n2-03.pdf
(3)東京大学
生産技術研究所「第 39 回レアメタル研究会資料」2010.1.15,
東北大学多元物質科学研究所
柴田悦郎
(4)澤田賢治「銅・亜鉛・ニッケル鉱床の発見推移と銅供給の将来展望
―非鉄メジャーの探鉱投資(4)
―」JOGMEC 金属資源レポート(2006.1)
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/kogyojoho/2006-01/MRv35n5-07.pdf
(5)JOGMEC「資源メジャーの動向」2007
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/jouhou/other_frame.html
(6)JOGMEC「世界の非鉄金属需給/2.国際市場(LME)の概要」2006
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/market/nonferrous/pdf/2_lme.pdf
44
4.鉄鉱石と中国の台頭
日本鉄鋼業の発展を支えてきたのは、オーストラリアやブラジルから輸入する安価で良
質な鉄鉱石である。しかし中国鉄鋼業の台頭を前にして、状況は大きく変化している。2003
年から続いた鉄鉱石および鉄鋼用石炭の価格急騰は、2008 年のリーマンショックで一旦は
暴落、沈静化するものの、2009 年になって再び値を上げている。また、中国による大量の
鉄鉱石の購入で、日本が良質の鉄鉱石を確保することが難しくなりつつある。ここでは資
源メジャーや鉄鉱石品位の動向、および中国鉄鋼業の発展がもたらす鉄鋼需給の問題点に
ついて述べる。
4-1
鉄鉱石の起源
(1)鉄鉱石の起源
(1), (2), (3)
鉱石資源には火成性のものと堆積性のものとがある。現在利用されている鉄鋼石は、堆
積性のもので、縞状鉄鉱床(Banded Iron Formation:BIF、以下 BIF)と呼ばれる鉱床か
ら採掘されたものである。BIF は主として先カンブリアン紀(38~19 億年前)に、海底に
堆積した酸化鉄を主体とする堆積鉱床である。この鉱床では、鉄鉱石(主として磁鉄鉱
Fe3O4)に富む部分とケイ酸塩鉱物(SiO2)からなる成る部分が、各々厚さ 0.5~3mm 程
度の縞状に細かく互層する(図 4-1(a))。鉱床は、北米、南米、オーストラリアなど世界に
広く分布し、北アメリカやオーストラリアには厚さが数百 m、長さが数百 km に及ぶ大規
模鉱床も存在する。鉱床の生成原因は、当時の無酸素状態の海水に大量に溶解していた鉄
イオンが、シラノバクテリアなど生物が放出する酸素分子によって酸化されて、海中に大
量に沈殿したものと考えられている。
(a)
(b)
縞状鉄鉱石
縞状鉄鉱石層の褶曲構造
図 4-1 縞状鉄鉱石層(Banded Iron Formation:BIF)
出所)増田健三 他
(4)「豪州の鉄鉱石鉱床現地調査報告
―西豪州鉄鉱業の概況及び鉄鉱石の地質鉱床―」
JOGMEC カレント・トピック,2009 年 31 号
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/current/09_31.html
45
BIF の Fe 分は 20~30%で、風化を受けていない場合は堅固な岩石である。このような
低 Fe の BIF が、今も米国五大湖周辺、中国、ロシアなどで鉄鉱石として採掘され、破砕・
磨鉱後に選鉱され、ペレットに加工され、高品位精鉱として利用されている。
また、西オーストラリアのハマスレーやブラジルのカラジャスは、高 Fe 鉄鉱石の産地と
して有名であるが、これらの鉱山では BIF から SiO2 が溶脱し、鉄分が残存濃縮した Fe 65%
程度の高品位鉄鉱石が採掘されている。
表 4-1 は、鉄鉱石の国別埋蔵量を示したものである。可採ベースの埋蔵量では中国、ブラ
ジル、豪州が 35.4%を占め、ロシア、ウクライナ、カザフスタンの旧ソ連が全体の 42.2%
を占めている。米国地質調査所(USGS)のデータの正確さには疑問を呈される場合もある
が、可採ベース埋蔵量(Fe ベース)730 億㌧を使えば、2008 年の世界の粗鋼生産量は 13.2
億㌧/年であるから、採掘可能年数は 55 年分に相当する。
表 4-1 世界の鉄鉱石埋蔵量
(単位:百万㌧)
原鉱ベース
鉄換算ベース
鉄含有
Reserves
Reserves
国
Reserves
Reserves
Fe(%)
base
base
ロシア
25,000
56,000
14,000
31,000
56%
豪州
16,000
45,000
10,000
28,000
63%
ウクライナ
30,000
68,000
9,000
20,000
30%
ブラジル
16,000
33,000
8,900
17,000
56%
中国
21,000
46,000
7,000
15,000
33%
インド
6,610
9,800
4,200
6,200
64%
カザフスタン
8,300
19,000
3,300
7,400
40%
ベネゼーラ
4,000
6,000
2,400
3,600
60%
スエーデン
3,500
7,800
2,200
5,000
63%
米国
6,900
15,000
2,100
4,600
30%
その他
12,690
44,400
9,900
22,200
世合計
150,000 350,000
73,000 160,000
49%
注1)原鉱(Crude Ore) 産出地域によりFe% が異なる
注2)Reserves 可採or経済性ベースの埋蔵量
注3)Reservesbase 地質ベースの埋蔵量
出所)長野研一,エネルギー・資源,Vol.30,No.4(2009),原典は USGS
(2)西オーストラリア
西オーストラリアの鉄鉱石の中心は WA 州南部のハマスレー地区(Hamersley Basin)
で、Brochman 鉄鉱層と Marra Mamba 鉄鉱層がある。
(図 4-2(a))これらの鉄鉱層から採
掘した鉱石の鉄分は 65%近く、鉄資源として最も重要である。これらは BIF 型鉄鉱床
(Enriched Bedded Ore)と呼ばれており、天水富化作用により BIF から SiO2 が溶脱し、
Fe 分が濃縮されたものである。すなわち地質的に長い時間をかけて雨水による侵食作用が
進み(一種の溶食)SiO2 の溶脱が進行した結果である。CO2 など有機酸の溶解した地下水
や温泉地帯の温熱水の循環でさらに溶脱作用が促進されたと考えられており、温熱水が循
46
環する断層帯や傾斜褶曲構造の存在(図 4-1(b))が重要であったとされている。このような
過程のなかで Fe3O4(磁鉄鉱/Magnetite)は Fe2O3(赤鉄鉱/Hematite)や FeO(OH)(針
鉄鉱/Goethite)へと酸化される。温度条件により異なり、条件が高温なら Fe2O3 が生成
され易く、低温なら FeO(OH) が生成される。
Brochman 鉄鉱層は Fe2O3(赤鉄鉱)が主体であり鉄品位は Fe 64%以上である。ここか
ら採掘される鉄鉱石は P の含有量により Low P Brochman 鉱石、High P Brochman 鉱石
(P が 0.1%以上)に分類される。また、Marra Mamba 鉄鉱層では FeO(OH)(ゲーサイト、
針鉄鉱/Goethite)で、鉄品位は Fe 62%程度である。ここから採掘される鉄鉱石は Marra
Mamba 鉱石と呼ばれ、P が相対的に高い。
これらの成因とは異なるプロセスで生成された鉄鉱石もあり Pisolite 鉱石(魚卵状鉄鉱
石)と呼ばれる。これは魚卵状の構造を持った鉱石で、5~25 百万年前の古い川に堆積した
鉄鉱床である。Channel Ironore Deposito とも呼ばれることもある。もちろん Fe の供給源
は周辺の BIF で、FeO(OH)(ゲーサイト)に富む。Pisolite 鉱石はオーストラリア以外に
も世界各地に分布しており、多くは著しく高い P に特色がある。1878 年のトーマス製鋼法
の発明で各地の製鉄業で活用された実績がある。ハマスレー地区での鉄鉱石はこれらの 4
鉱種であり、埋蔵量はそれぞれ 25%程度を占める。
西オーストラリアでは、ハマスレー地区から南に位置するミッドウェスト地区(Yilgarn
Basin)でも生産が始められている。この地区で採掘される鉄鉱石も、Brochman 鉄鉱層と
Marra Mamba 鉄鉱層系の鉄鉱石であるが、高品位資源はハマスレー地区より少なく、低品
位 Hematite 鉱石の採掘が行われ、中国向け出荷が始まっている。年間出荷量 1 億㌧規模の
鉄鉱石専用港の建設計画があり、日本の三菱商事なども参加しての開発が進められており、
2012 年ごろには本格操業の予定である。
オーストラリアの鉄鉱石は、ハマスレー地区を中心に、Rio Tinto や BHP Billiton などの
資源メジャーにより開発され、世界の製鉄メーカへの鉄鉱石供給を担ってきたが、優良鉱
石である高品位 Hematite 鉱石は減少しつつあり、増産も限界に近付きある。ハマスレー地
区およびミッドウェスト地区には膨大な低 Fe の BIF 鉱床(Magnetite 鉱床)が存在してお
り、世界の鉄鉱需要を賄うためにはこの鉱床の新規開発が重要である。この鉱床から採掘
される鉱石は低 Fe 鉱石であり、破砕・磨鉱と選鉱が必要で、そのためのインフラも未整備
で本格的な開発は始まったばかりである。
(3)ブラジル
ブラジルの鉄鉱石の産地は北部のカラジャス(Carajas)と南部の「鉄の四角地帯(Ferrous
Quadrilateral)」と呼ばれる地域である。
(図 4-2(b))ブラジルの鉄鉱石は BIF 由来の高品
位 Hematite 鉱石が主体である。オーストラリア鉄鉱石に比べると粉鉱が主体、微粉鉱を磨
鉱し造粒したした後、焼成ペレットに加工するので Fe 65%以上の原料が得られる、Al2O3
や P が少ないなどの特徴があり、ブラジル鉄鉱石の品位は高い。
47
カラジャス鉱山は、ブラジル北部の州であるパラ州(Para)に位置する世界最大の鉄鉱
山である。パラ州の州都ベレンから南に 500km、アマゾンの密林のなかにある。ブラジル
の資源メジャーVale が所有し、Vale の鉄鉱石 3 部門の一つである Northern System の総
称である。全体の鉄鉱石年間生産能力は約 1 億㌧であり、Vale の主力である。
カラジャス鉱山は 1967 年に発見され、当初は U.S. Steel の子会社などによって一次探査
がおこなわれたが、石油ショックの後 1977 年からはリオドセ社(Vale の前身)100%のプ
ロジェクトとして開発が継続された。カラジャス鉱山は、鉱山開発、鉄道建設(カラジャ
ス~サンルイス間、約 900km)および港湾建設(サンルイスのポンタ・ダ・マデイラ積出
港)を併せ 20 世紀最大の鉄鉱山開発プロジェクトとして、世銀はじめ日本の輸出入銀行(現
国際協力銀行 JBIC)など各国の制度金融を主体に、総額約 36 億ドルの巨費を投じて 1985
年に完成した。カラジャス鉱山から生産される鉄鉱石の供給先は、主としてアジア向けで
ある。2004 年までは日本が最大の供給先であったが、2004 年以降は中国が最大の供給先と
なっている。
Carajás
Hamersley
(a)
オーストラリア、Hamersley
(b)
ブラジル、Carajas
図 4-2 オーストラリア、ブラジルの鉄鉱石生産地
(4)中国
世界の鉄鉱石マーケットにおいて、最大のユーザとなった中国の状況を把握しておくこ
とは重要である。表 4-2 に中国の鉄鉱石統計を示すが、2006 年統計では、鉄鉱石消費量は
562 百万㌧で国内生産が 42%(237 百万㌧)、輸入が 58%(326 百万㌧)で輸入が増えつつ
ある。上海宝山など主要鉄鋼メーカでは、殆ど 100%オーストラリアやブラジル産の鉄鉱石
が使われている。
48
表 4-2 中国の鉄鉱石統計
年
2002
2003
2004
2005
2006
露天掘り
18,253
20,877
22,253
32,914
50,650
原鉱
坑内掘り
5,009
5,395
9,723
9,135
9,062
計(A)
23,262
26,272
31,976
42,079
59,712
塊鉱
952
1,142
818
307
892
成品鉄鉱石
粉鉱
精鉱
623
9,915
646 10,877
768 14,032
226 18,080
249 22,519
計(B)
11,490
12,665
15,618
18,614
23,660
(単位万㌧)
輸入
鉄鉱石
鉄鉱石(C) 計(D)
11,180
22,670
14,780
27,445
20,760
36,378
27,460
46,074
32,560
56,220
注1)D=B+C
注2)原鉱はFe分 33%程度、選鉱、グラインディングの後 Fe62%程度の成品鉄鉱石(精鉱)となる
出所)長野研一,エネルギー・資源,Vol.30,No.4(2009),原典は中国鉄鋼工業年鑑など
中国の鉄鉱石には BIF 由来のものと火成性の鉄鉱石があるが、BIF 由来の鉄鉱石は遼寧
省の大連、鞍山、本渓周辺の鉱山で採掘され、火成性鉱石の採掘は湖北省が中心である。
中国の製鉄所は鉱山立地のものが多く、中国の鉄鉱石は製鉄所に密着した高山で採掘され
ている。
(遼寧省では鞍山鋼鉄、本渓鋼鉄、湖北省では武漢鋼鉄が有名である)粗鉱の Fe%
は 30%程度と低く、選鉱、Grinding などを行い、Fe 65%程度にコンセントレートした精
鉱を確保している。中国鉄鉱石の特徴は低 P(0.005%)、低 Al2O3(0.45%)、微粉鉄鉱石で
ある。国内鉄鉱石を使用している関係で、中国国内には選鉱設備が充実しており、低 Fe、
不純物の高い鉱石への耐久力が高いといわれている。
中国の製鉄メーカ別の自社鉄鉱石生産量を表 4-3 に掲載する。また、自社鉄鉱石を利用する
製鉄メーカあるいは鉱山の所在地を図 4-3 に示す。
表 4-3 中国の製鉄メーカ別自社鉄鉱石生産量(単位百万㌧)
会社名
首都総公司
河北鋼鉄
唐山鋼鉄
邯邢冶金鉱山
太原鉄鋼
包頭鉄鋼
鞍山鋼鉄
本渓鉄鋼
上海梅山鉄鋼
馬鞍山鉄鋼
武漢鋼鉄
海南鉄鋼
攀枝花鉄鋼
酒泉鋼鉄
中国合計
省
北京市
河北省
河北省
河北省
山西省
内蒙古
遼寧省
遼寧省
江蘇省
安徽省
湖北省
海南省
四川省
甘粛省
原鉱
07年
8.43
3.31
5.58
11.24
12.67
42.51
16.25
3.48
8.53
4.72
1.47
11.70
2.64
707.07
08年
9.31
32.61
n.a
6.01
12.29
12.90
47.73
16.66
3.36
9.04
5.05
4.13
16.20
3.53
824.01
コンセントレート
07年
08年
4.63
5.10
5.06
1.29
n.a
2.88
2.75
4.36
5.52
4.76
4.72
14.50
16.86
6.30
6.28
2.21
2.07
2.84
2.57
3.31
3.66
0.12
0.45
5.01
6.20
2.64
3.04
332.32 366.00
注 1)原文の鉄鉱石は原鉱、精鉱をコンセントレート
出所)「中国鉄鋼工業年鑑」、「中国鉄鉱石行業深度研究報告(2006 年)などから JATIS 作成
49
表 4-4 中国国内鉄鉱山の原鉱と精鉱
区分
BIF
所在
河北省
遼寧省
鉱山 原鉱Fe% 精鉱Fe%
大石河
26.0
68.4
大狐山
32.1
65.4
斉大山
29.2
62.9
東鞍山
32.9
61.9
火成性 山西省 白峪里
30.5
62.3
四川省 ハン枝花
30.8
51.6
河北省 西石門
32.2
66.3
湖北省 大冶
39.9
57.4
程潮
32.6
67.5
重点選鉱工場平均
30.7
62.5
出所)長野研一,エネルギー・資源,Vol.30,No.4(2009),原典は中国鉄鋼工業年鑑など
鞍山鋼鉄
本渓鋼鉄
首鋼集団
包頭鋼鉄
河北鋼鉄
太原鋼鉄
邯鄲冶金鉱山
馬鞍山鋼鉄
武漢鋼鉄
攀枝花鋼鉄
海南鋼鉄
図 4-3 自社鉄鉱石を利用する製鉄メーカあるいは鉱山の所在地
50
4-2
世界の鉄鉱石需給
(1)鉄鉱石の生産
2000 年頃より世界の鉄鉱石生産量は前年比 7%強のペースで伸び続けており、2008 年の
鉄鉱石生産量は 1,730 百万㌧であった。世界 1 位は中国の 366 百万㌧で、初めて 1 位に浮
上した。2 位は豪州の 350 百万㌧、3 位はブラジルの 346 百万㌧であった。以下、4 位はイ
ンドの 214 百万㌧、5 位は旧ソ連 193 百万㌧である。近年、中国は鉄鉱石の生産量を急増
させており、05 年に 3 位、06 年に 2 位、08 年に 1 位に浮上した。この期間の鉄鉱石増産
は凄まじく 2004 年から 2007 年にかけての年平均伸び率は 28.6%であった。インドも 2004
年から 2007 年にかけて平均伸び率 20.3%とハイレベルの増産を行い、2007 年には 4 位と
ランクを上げている。ちなみにこの期間の主要生産国における年平均増加率は、ブラジル
8.2%、豪州 9.0%、旧ソ連 4.1%であった。
中国では経済躍進とともに、大型製鉄メーカが高品質で操業条件のよい優良鉱山の鉱石
を求めるようになった。このため中小鉱山の生産が落ち、中国全体の鉄鉱石生産量は微減
傾向にあったが、鉄鋼生産の急増に対応して、2002 年から鉄鉱石生産が回復に転じ、特に
2005 年以降は伸びが加速した。ただ、2009 年になって世界同時不況の影響で鉄鉱石のスポ
ット価格が下落したため、中国内の中小鉱山は輸入鉄鉱石に対する競争力を喪失し、約半
数が休止中と報道されている。今後の進捗次第では、2009 年は生産急増にストップがかか
る可能性があり、世界の鉄鉱石の輸出入に大きな影響を及ぼすことが懸念される。図 4-4
に世界主要国の鉄鉱石生産の推移、図 4-5 には 2008 年の国別鉄鉱石生産割合を示した。
世界の鉄鉱石生産
国別生産量(百万㌧)
1,000
世界生産量(百万㌧)
2,000
900
1,800
800
1,600
700
1,400
600
1,200
500
1,000
400
800
300
600
200
400
100
200
0
19
90
19
91
19
92
19
93
19
94
19
95
19
96
19
97
19
98
19
99
20
00
20
01
20
02
20
03
20
04
20
05
20
06
20
07
20
08
0
EU15
旧ソ連
北米
ブラジル
中国
インド
豪州
世界
図 4-4 世界主要国の鉄鉱石生産の推移
出所)Steel Statistical Yearbook 2008(WSA)、Iron Ore Statislics(Unctad)、
「輸入鉄鉱石年鑑 2008」他より JATIS 作成
51
2008鉄鉱石生産割合
その他
8.0%
EU15
1.5%
旧ソ連
11.2%
北米
5.5%
豪州
20.2%
1、
2008鉄鉱石生産
1,730百万㌧
ブラジル
20.0%
インド
12.4%
中国
21.2%
図 4-5
2008 年の国別鉄鉱石生産割合
出所)Steel Statistical Yearbook 2008(WSA)、Iron Ore Statislics(Unctad)、
「輸入鉄鉱石年鑑 2008」などより JATIS 作成
(2)鉄鉱石の輸出入
図 4-6(a)、(b)は鉄鉱石輸出および輸入の推移を示したものである。図 4-7(a)、(b)は 2008
年における主要国の輸出、輸入の割合を示したものである。鉄鉱石輸出量は中国の鉄鉱石
輸入本格化により 2000 年頃から伸びが加速し、2008 年の世界鉄鉱石輸出量は 870 百万㌧
となり、輸出に振当てられる鉄鉱石は世界鉄鉱石生産量の 50%を占めるに至った。
輸出元は 1 位豪州(310 百万㌧)、2 位ブラジル(282 百万㌧)である。この両国は 10 年
間にわたり鉄鉱石輸出世界 1 位を競ってきており、ブラジル、豪州の輸出シェアは合計で
68.1%を占めている。3 位はインド、4 位は旧ソ連だが上位 2 カ国との差は大きい。インド
の輸出は 05 年が前年比 35.9%と大幅に増加したが、その後は横ばい、ないしは微増となっ
た。国内の鉄鋼生産増に伴う鉄鉱石の国内需要が、輸出の伸びを抑えたと考えられる。
輸入元は中国、日本、EU15 である。世界の鉄鉱石輸入は長年、日本がトップの座にあっ
たが、中国は 2000 年に 70 百万㌧、03 年 148 百万㌧と大幅な伸びを続け、ついに日本の輸
入量(2003 年 132 百万㌧)を抜いて世界最大の鉄鉱石輸入国となった。2008 年には 444
百万㌧の鉄鉱石を輸入し、世界の鉄鉱石輸出量 870 百万㌧の 51%を輸入するまでに至った。
中国の輸入増加は 2000 年頃から始まっており、EU15、北米、日本、韓国の 2000 年から
2008 年の 9 年間の平均輸入量増加率は 1.2%/年であるのに対し、中国の輸入量増加率は
26.3%/年であった。ここ 10 年間の世界の鉄鉱石輸出入は中国の旺盛な鉄鉱石需要に支え
られてきたといえる。
52
世界主要国の鉄鉱石輸出
350
300
輸出量(百万㌧)
250
200
150
100
50
0
1990
1992
1994
1996
旧ソ連
図 4-6
1998
北米
2000
2002
ブラジル
2004
インド
2006
2008
豪州
(a) 主要国の鉄鉱石輸出推移
出所)Steel Statistical Yearbook 2006(06.12,IISI)、「輸入鉄鉱石年鑑 2006」他より JATIS 作成
世界主要国の鉄鉱石輸入
500
450
輸入量(百万㌧)
400
350
300
250
200
150
100
50
0
1990
1992
1994
EU15
図 4-6
1996
北米
1998
中国
2000
2002
日本
2004
2006
2008
韓国
(b) 主要国の鉄鉱石輸入推移
出所)Steel Statistical Yearbook 2006(06.12,IISI)、「輸入鉄鉱石年鑑 2006」他より JATIS 作成
53
2008輸出割合
2008輸入割合
その他
11%
EU15
15%
韓国
6%
旧ソ連
6.5%
その他
9.9%
北米
4.7%
北米
3%
日本
16%
豪州
35.7%
2008鉄鉱石
輸入
885 百万㌧
2008鉄鉱石輸出
870 百万㌧
ブラジル
32.4%
中国
49%
インド
10.9%
(a)
(b)
主要国の輸出
主要国の輸入
図 4-7 世界主要国の鉄鉱石輸出入
4-3
中国の台頭と資源メジャーの動向
(1)中国の粗鋼生産と鉄鉱石需要
鉄鉱石見掛け消費推移
国別消費量(百万㌧)
世界生産量合計(百万㌧)
1,000
2,000
900
1,800
800
1,600
700
1,400
600
1,200
500
1,000
400
800
300
600
200
400
100
200
0
0
2000
2002
EU15
旧ソ連
2004
北米
中国
2006
インド
日本
2008
韓国
世界生産
図 4-8 主要国の鉄鉱石見掛け消費推移(見掛け消費:生産+輸入-輸出)
出所)Steel Statistical Yearbook 2006(06.12,IISI)、「輸入鉄鉱石年鑑 2006」他より JATIS 作成
図 4-8 は、自国内鉄鉱石採掘量と輸出入を合算した、主要国別の鉄鉱石見かけ消費推移を
示したものである。2008 年の中国の実績は、自国内鉄鉱石採掘量が 336 百万㌧、輸入が 443.6
百万㌧で、鉄鉱石消費は 809.6 百万㌧であった。世界の鉄鉱石生産は 1,729.5 百万㌧であっ
たから、実に中国の消費が世界生産の 46.8%を占めるに至った。欧州(EU15)が 8.9%、
北米 4.6%、日本 8.1%であることから見ると、中国の消費はけた外れであり、世界の鉄鉱石
を飲み込んでいるといっても過言ではない。図 4-9 は中国の鉄鉱石の国内生産と輸入推移を
54
示したものである。国内生産と輸入ともに拡大し、2008 年の鉄鉱石消費 809.6 百万㌧とい
う数量に至っているが、2002 年以降、鉄鉱石の輸入割合が高くなっている。近年では 55%
前後の輸入率で推移している。1990 年及び 1995 年の輸入割合がそれぞれ 14.9%、25.8%
であったから、2001 年、2002 年を境に輸入鉄鉱石優先確保が顕著になっている。
中国の国内生産と輸入
1,000
輸入
国内
900
鉄鉱石消費量(百万㌧)
800
700
54.8%
53.5%
数値は輸入比率
54.1%
600
57.9%
500
58.8%
400
300
39.9%
47.4%
50.6%
54.7%
200
100
0
2000
2002
2004
2006
2008
図 4-9 中国の鉄鉱石の国内生産と輸入の推移
出所)Steel Statistical Yearbook 2006(06.12,IISI)、「輸入鉄鉱石年鑑 2006」他より JATIS 作成
主要国の粗鋼生産推移
国別生産量(百万㌧)
世界生産量(百万㌧)
800
1,600
700
1,400
600
1,200
500
1,000
400
800
300
600
200
400
100
200
0
0
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008
EU15
旧ソ連
米国
中国
インド
日本
韓国
世界
図 4-10 主要国の粗鋼生産量推移
出所)IISI Steel Statistical Yearbook 各年度版、IISI 速報等より JATIS にて作成
当然のことながら、このような鉄鉱石需要は中国の粗鋼生産の拡大を反映したものであ
55
る。中国の粗鋼生産量は 2000 年、2001 年頃より拡大し始め、2008 年には 500.5 百万㌧と
世界の粗鋼生産量 1,326.0 百万㌧の 37.7%を占めるに至った。EU15、日本、北米、韓国の
2000 年から 2008 年までの 9 年間の粗鋼生産平均伸び率は 1.7%/年であるのに対し、中国、
インドのこの期間の平均伸び率はそれぞれ 17.1%、10.0%であった。この期間の世界鉄鋼業
は中国、インド、特に中国の鉄鋼業並びに経済の躍進に支えられてきたといえる。図 4-10
に世界と主要国の粗鋼生産量推移を、図 4-11 には 2008 年世界の粗鋼生産割合を示した。
2008年粗鋼生産
EU15
12.6%
その他
16.9%
旧ソ連
8.7%
韓国
4.0%
世界の粗鋼生産
1,326百万㌧
日本
9.0%
米国
6.9%
インド
4.2%
中国
37.7%
図 4-11
2008 年世界の粗鋼生産割合
出所)IISI 速報他より JATIS 作成
中国は粗鋼生産量では世界一、世界の 37.7%を占めるというものの、図 4-12 に示したよ
うに国民一人当りの粗鋼消費量はまだまだ低い。2007 年の日本の一人当たり粗鋼見掛け消
費量は 660kg、韓国 1,171kg であるのに対し、中国は 326kg である。中国経済の発展とと
もに将来、日本と同レベルの 660kg に達したとすると、中国の粗鋼見掛け消費量は 866 百
万㌧、粗鋼生産量 990 百万㌧(2007 年 494 百万㌧)、鉄鉱石需要 1,430 百万㌧(2007 年
715 百万㌧)程度と予想できる。何年後に中国が日本や米国並みの粗鋼消費に達するか予想
するのは難しいが、2008 年の世界粗鋼生産量が 1,326 百万㌧、鉄鉱石生産量が 1,730 百万
㌧で、そして 2000 年から 2008 年の 9 年間で世界が増産した鉄鉱石生産量が 785 百万㌧で
あったことから考えると、将来の中国の粗鋼生産、鉄鉱石需要は凄まじいボリュームであ
ることが理解できる。
56
一人当り粗鋼消費とGDP
インド
300
200
1200
粗鋼perCapita(Kg/Person)
中国
400
1400
100
0
2007
1000
0
1973
1000
2000
2000
800
1973
2007
600
1980
1973
1990
400
2007
1990
1980
1990
200
2000
2000
1980
1973
0
0
5000
10000
15000
20000
25000
30000
35000
40000
45000
GDP(実質)perCapita(US$/Person)
米国
欧州EU15
日本
韓国
インド
中国
図 4-12 一人当り粗鋼消費と GDP
出所)IISI Steel Statistical Yearbook 年度版他より JATIS 作成
(2)資源メジャーの動向
鉄鉱石の需給や価格などの動向を理解する上で注目すべきは、中国の経済発展による粗
鋼生産の急増と資源メジャーによる寡占化の動きである。
鉄鉱石生産量を山元(企業)別にみると、1 位はブラジルの Vale(旧 CVRD リオドセ)
で 2008 年の生産量は 293 百万㌧(生産シェア 17.0%)、2 位は英国・豪州の Rio Tinto の
53 百万㌧(8.9%)、3 位は英国・豪州の BHP Billiton で 118 百万㌧(6.8%)となり、上位
3 社で 32.6%を占めた。この 3 社の世界鉄鉱石生産量に占める割合は減少傾向にはあるが、
2002 年から大きくは変化していない。
但し生産シェアの場合、Arcelor Mittal、インドの国営 NMDC、米国の USX(US Steel)
のように、自国ないし自社の製鉄所向けに鉄鉱石を供給する企業も含んでいるため、世界
の鉄鉱石貿易における比重とは必ずしも一致しない。鉄鉱石貿易に占める 3 大資源メジャ
ーの割合は 60%近くを占め、鉄鉱石市場に圧倒的な影響力を持つ。
表 4-5 に山元 10 社の 2007 年、2008 年における生産量、輸出量を掲載した。また図 4-13
に 3 大資源メジャーの生産量推移と、世界鉄鉱石生産に占める割合推移、世界輸出入に占
める割合推移を示した。
世界の鉄鉱石山元の寡占化は、2000 年夏に、Hammersley 鉱山(豪州)を経営する Rio
Tinto が、RobeRiverJV などに権益を持つ North(豪州)を買収したことを皮切りに、僅
か 3 年足らずの間で行われた。2001 年には Ferteco の CVRD(現 Vale)による買収、2003
年 Kumba(旧 Iscor)の Anglo American の傘下入りなどがあり、鉄鉱石の価格主導権は
57
山元に移ることになった。
第 2 位の Rio Tinto と 3 位の BHP Billiton の統合に関する噂は 2007 年春頃から市場に
流れていたが、2007 年 11 月、BHP Billiton が Rio Tinto 買収で交渉中と発表し、世界の
関連業界に大きな衝撃を与えた。この統合案は、リーマンショック後の世界同時不況や、
カナダ Alcan 買収による Rio Tinto の財務体質の劣化が問題になり、この買収は一旦頓挫し
た。その後 Rio Tinto は、中国アルミ(Chianalco)との間で Hammersley 鉱山の権益 15%
を 52 億ドルで売却する案を含む戦略提携を模索(2009 年 2 月)するが、豪州当局(豪州
外資審議会 FIRB)の反対などもあり成功しなかった。2009 年になって、BHP Billiton と
Rio Tinto との提携話が再度浮上し、2009 年 6 月、両者は西豪州鉄鉱石事業統合で合意し
た。
表 4-5 山元 10 社の 2007 年、2008 年における生産量と輸出量
鉄鉱石山元
Vale
(ブラジル)
Rio Tinto
(豪英)
BHP Billiton
(豪英)
Arcelor Mittal
(EU)
三井物産
(日)
Kumba Iron Ore
(南ア)
Metalloinvest
(ロシア)
Cleffs Natural Resources(米国)
Metinvest
(ウクライナ)
NMDC
(インド)
世界合計
生産 (百万㌧)
07年
08年
296 293
145 153
103 118
45
45
40
39
32
37
38
36
30
32
33
31
30
29
1631 1730
輸出 (百万㌧)
07年
08年
258
251
145
153
99
114
n.a.
n.a.
40
39
24
25
19
18
8
9
2
2
3
4
818
870
出所)JATIS 作成
3大資源メジャー生産量と生産・輸出割合
生産量(百万㌧)
割合(% 生産・輸出)
700
70.0
輸出割合
600
60.0
500
50.0
400
生産割合
40.0
300
30.0
200
20.0
100
10.0
0
2002
Vale
2003
Rio Tinto
図 4-13
2004
2005
BHP Billiton
0.0
2006
2007
2008
3社割合(生産)
3社割合(輸出)
3 大資源メジャーの生産量推移と寡占推移
出所)JATIS 作成
58
これに対し、世界の鉄鋼メーカ、各国の鉄鋼業団体はこの統合に強く反対している。BHP
と Rio は、統合は生産部門だけの統合であり、販売は両者独立して行うため独禁法上の問
題はないと主張するが、鉄鉱石市場に競争制限的な影響を与えるのは必至であり、日本、
欧州、米国の独禁当局も注視している状況である。BHP と Rio の提携で、世界の鉄鉱石資
源メジャーは実質、BHP Billiton と Vale の 2 社による超寡占体制に入り、我が国など世界
の製鉄メーカは苦境に立つのは明らかである。
4-4
鉄鉱石価格と取引
(1)売買価格決定方式と価格推移
鉄鉱石の売買価格決定にはベンチマーク、スポット、インデックスの三つの方式が利用
されている。ベンチマーク方式は、まず代表的な製鉄メーカと山元(資源会社)とが長期
契約を締結し、価格は毎年の相対交渉で決めるもので、アジアや欧州など地域ごとに交渉
し、先行決着した価格を各製鉄会社や山元がフォローしていくという方式である。スポッ
トとは、需要家(多くは製鉄会社)と山元が量と価格を当該物件についてのみ契約し相対
で取引するもので、インデックスとは取引価格を鉄鉱石情報サービス会社が公表する価格
情報に連動させて売買する取引である。
図 4-14 は、豪州・ハマスレー鉄鉱石ベンチマーク価格とブラジル・カラジャス鉄鉱石の
価格推移(ほぼベンチマーク価格)を示したものである。鉄鉱石の価格上昇は、ベンチマ
ークもスポットも 2004 年から始まった。この時期は、中国の粗鋼増産に伴う国内鉄鉱石の
大増産と輸入の急増時期とほぼ一致する。鉄鉱石需要の増大と寡占化を進めていた、資源
メジャーの強気の姿勢が鉄鉱石価格の急ピッチな高騰をもたらした。2004 年から 2008 年
の 5 年間での豪州・ハマスレー塊鉱価格(ベンチマーク)上昇率は 43%/年にもなり、2008
年には塊鉱ベンチマークでは 201.7 cent/DMTU(129 ドル/㌧塊鉱 Fe 64%、日本向け)、
粉鉱ベンチマークでは 114 cent/DMTU(70.7 ドル/㌧粉鉱 Fe 62%、日本向け)の価格
で締結している。
リーマンショックが発生するより少し早い、2008 年 8 月頃よりスポット価格の暴落が始
まった。2008 年 2 月には高値 200 ドル/㌧(124 cent/DMTU)につけていた中国向け粉
鉱スポット価格が、10 月末には安値で 60 ドル/㌧を記録した。スポット価格の暴落や市況
の縮退をうけて、2009 年のベンチマーク価格は鉱塊で 119.0 cent/DMTU、粉鉱で 97.0
cent/DMTU で値決め合意された。2009 年価格は、ピーク時に比べると大幅に低下したが、
1980 年代から続いた極めて安定した価格を考えるならば、リーマンショック後の価格も今
なお「高止まりの状態」にあるといったほうが正確である。
1980 年代以降、鉄鉱石の値決めはベンチマーク方式主導で進められてきており、価格は
20~40 cent/DMTU という極めて安定した市況のもとで推移してきた。2004 年頃より中
国の台頭、資源メジャーによる鉄鉱石、石炭の寡占により、従来のベンチマーク方式が揺
59
れ動きつつある。スポット取引が増加しつつあり、インデックス取引への移行を要求する
資源メジャーも現れている。鉄鉱石の売買は価格高騰が続く中で、取引方式自体が混迷の
度を深めている。
(2)ベンチマーク方式とその動向
1980 年代以降、鉄鉱石の値決めにはベンチマーク方式がとられてきた。これはまず各社
が長期契約を締結し、価格は毎年の相対交渉で決められるもので、アジアや欧州など地域
ごとに交渉し、先行決着してきた価格をフォローしてきた。価格決定に関与する山元代表
と製鉄会社代表をプライスセッターという。図 4-14 に鉄鉱石指標価格推移(ベンチマーク
価格)を示す。
ベンチマーク方式という安定した価格決定システムが、長期間にわたり維持されてきた
が、2005 年からは地域ごとの垣根が崩れ、山元が複数の製鉄会社と同時に交渉する形に変
化した。特に、中国の輸入が圧倒的に増えてからは中国が交渉の前面に出てくるようにな
り、2007 年度は中国がはじめてプライスセッターとなった。そして 2008 年度の交渉では
全世界の価格体系が崩れ、そして 2009 年度は価格交渉が長引く一方、Rio Tinto はスポッ
ト販売を増やし、BHP Billiton はインデックスを利用した価格による販売を増やした。
Rio と BHP は近年、鉄鉱石市場は、より透明になる必要があるとの主張を強めている。
Rio はスポット販売に比重拡大を指向し、BHP は先物取引市場などインデックスを使った
透明な価格決定方式を提唱している。
一方、ブラジルの Vale は、豪州鉄鉱石大手と比べ距離的に遠いというハンディがあるた
めベンチマーク制度を支持している。Vale は、ベンチマーク価格は製鉄メーカと山元との
長期的な協力関係を強め、製鉄メーカは安定的に鉄鉱石を調達し、山元は販売量が安定し
ているため操業を維持できるというメリットを評価し、ベンチマーク制度を支持している
ようである。但し、Vale は、山元側がフレート変動(傭船費用変動)をより吸収できる FOB
から CIF 価格への販売シフトを希望しており、そのため自社で鉄鉱石船隊を整備している。
しかし一方では、ベンチマーク派の Vale も中国の製鉄メーカがスポット購入を拡大してい
ることから、スポット販売を開始している。
このような状況変化に対し日本や欧州の製鉄メーカなどは、インデックス方式の導入は
ファンドなどの投機資金の流入をもたらし、原油のように価格変動が激しくなり製鉄メー
カの収益変動リスクが高くなることを懸念している。また、スポットは取引量が少ないた
め需給から離れた価格を形成しており、これを理由に値上げを要求するのは合理的でない
ことなどを指摘している。一方中国の製鉄メーカは、ベンチマーク方式は中国製鉄業には
適していないと主張している。理由として中国製鉄業界では、交渉当事者が過大な責任を
負うため主体的な決定を下しきれないことなどがあげられている。日欧の製鉄業界に比べ
て政府の指導が強く、製鉄メーカ間の強調も難しいという中国独特の事情があるのだろう。
60
(3)スポット方式とその動向
鉄鉱石のスポット販売ではインドが代表的な販売国であり、2007 年のインド輸出量(93.7
百万㌧)の 84.8%は中国向けであった。
各国の製鉄メーカは、大なり小なり鉄鉱石をスポットで購入しているが、このうち最大
のスポット購入国は中国である。中国は従来からスポット調達量が多い。中国の中小製鉄
メーカは規模が小さいため、豪州やブラジルの資源メジャーと長期契約を結ぶことができ
ず、インドからスポット輸入せざるを得ない状況にある。また特に最近、中国のスポット
輸入量が増えているのは、リーマンショック以降の世界同時不況により鉄鉱石スポット価
格の市況が下落して、ベンチマーク価格を下回ったため中国製鉄メーカが安価なスポット
購入を増やしたという背景もある。
インドの鉄鉱石山元とトレーダ(売買仲介者)は、伝統的にスポット取引を指向してお
り、長期契約には消極的である。スポット価格がベンチマーク価格を大幅に上回る価格急
騰局面では、将来の値上がりを見越して売惜しみをし、更にはスポット契約を遜守せず出
荷しない場合もあったと云われている。インドの鉄鉱石山元は規模も小さく、従来から品
質の悪さ、契約履行の不備などの問題点が指摘されている。
当然のことながら、スポット価格は市況に敏感である。図 4-15 に示すように中国向け粉
鉱輸入価格は 2007 年秋口より急騰し、2008 年 2 月末には高値で 200 ドル/㌧に達した。
170~190 ドルで上下する局面が続いたが、リーマンショックが発生するより少し早い 8 月
末から暴落が始まり、10 月末には安値で 60 ドルを記録した。その後一旦上昇に転じ、2009
年 2 月半ばには高値で 86 ドルをつけたが、再度転落に転じ 4 月半ばには安値 61 ドルをつ
けた。しかし 5 月 26 日、新日鉄と Rio Tinto が妥結したベンチマーク価格がスポット価格
より高かったこと、中国の鉄鉱石価格交渉が長期化しスポット輸入への依存度が高まった
ことなどから、8 月初めには高値で 112 ドルまで上昇した。中国では、自動車や家電に使う
鋼材需要が旺盛で鋼材価格が上昇に転じていること、2009 年度の鉄鉱石輸入(2008 年実績
444 百万㌧)が通年で初めて 600 百万㌧を超える見通しであることなどを反映して、11 月
現在、中国向けスポット価格は 100 ドル(インド産粉鉱 Fe 63.5%、157 cent/DMTU)前
後で推移している。
61
湾岸戦争
1993M1
1992M1
1990M1
1989M1
1987M1
1985M1
1984M1
1983M1
1982M1
1981M1
1980M1
アジア通貨危機
1997年
Vale、インコ買収
2006年10月
JFE発足
2003年
BHP Billiton、WMCリソーシズ買収
2005年3月
アルセロール発足
2001年
注 1)US ドル/㌧=US cents per Dry Metric Ton Unit×鉄分%/100(鉄分%は 60~65%)
出所)IMF Primary Commodity Prices 2009 他より JATIS 作成
1988M1
BHP Billiton発足
2001年
図 4-14 鉄鉱石価格推移(ベンチマーク価格)
1994M1
0
新日鉄 H-CGL稼動
1990年
新日鉄 Dual Phase
ハイテン開発 1986年
新日鉄 CC-DR稼動 新日鉄 CAPL稼動
1981年2月
1982年8月
ミッタル・スチール創業 1991年1月
1989年
1986M1
原油OPEC 40$価格
1980年
1991M1
30
60
1995M1
アメリカ 同時多発テロ
2001年9月
1997M1
ソ連崩壊
中国 天安門事件
1991年12月
1989年6月
1998M1
中国 宝山開業
1985年9月
2000M1
現代化とは何か?
1978年10月
2001M1
90鄧小平訪日
1996M1
アルセロール・ミッタル発足
2006年
2002M1
120
2003M1
150
1999M1
Rio Tinto、アルキャン買収
2007年12月
2004M1
CC-DR:連鋳直送圧延
CAPL : 連続焼鈍処理設備
H-CGL:溶融亜鉛めっき鋼板設備
2005M1
ブラジル・Carajas粉鉱
豪・塊鉱
豪・粉鉱
ブラジル・粉鉱
2006M1
180
鉄鉱石: Iron Ore; IMF Primary Price, US cents per Dry Metric Ton Unit
2007M1
210
2008M1
鉄鉱石価格推移 (1980年~)
2009M1
62
粉鉱石入着価格推移(中国の主要港)
Low Price
High Price
200
180
160
ドル/㌧
140
120
100
80
60
40
20
2010/1/11
2009/9/11
2009/11/11
2009/7/11
2009/5/11
2009/1/11
2009/3/11
2008/9/11
2008/11/11
2008/7/11
2008/5/11
2008/3/11
2008/1/11
2007/9/11
2007/11/11
2007/7/11
2007/5/11
2007/3/11
2007/1/11
2006/9/11
2006/11/11
2006/7/11
2006/5/11
2006/3/11
2006/1/11
2005/9/11
2005/11/11
2005/7/11
2005/5/11
2005/3/11
0
図 4-15 粉鉱石入着価格推移(中国の主要港スポット価格)
出所)Metal Bulletin 他より JATIS 作成
(4)我が国の鉄鋼業を取巻く環境
1901 年、八幡製鉄所が開業したとき使用した鉄鉱石は、中国湖北省の大冶鉱山からの輸
入鉱石であった。以来、我が国鉄鋼業は海外の鉄鉱石、原料炭に頼ってきた。日本鉄鋼業
の発展を支えてきたのは、オーストラリアやブラジルから輸入する安価で良質な鉄鉱石で
あったともいえる。しかし中国鉄鋼業の台頭、資源メジャーの寡占を前にして、状況は大
きく変化している。
原料購入について、日本鉄鋼業は長らくプライスセッターの立場にあった。安定した大
量の鉄鉱石と原料炭の購入を背景に、山元との価格交渉を有利に進めることが可能であっ
た。しかし中国という資源大需要家が出現し、資源メジャーの超寡占化が進行する事態に
至っては、従来、日本鉄鋼業が拠っていた優位性が脆弱になりつつある。BHP Billiton な
どからは、鉄鉱石、原料炭の価格設定に当たって、スポット価格を反映した四半期ごとの
値決めを求められている。
また日本鉄鋼業は、鋼材価格決定にあたっても、生産者として大きな影響を及ぼしてき
たが、日本、中国、韓国による東アジアでの競争激化を背景に、市場価格優先を主張する
声も強くなりつつある。日本鉄鋼業は、資源、鋼材価格のプライスセッターの立場を失い、
鋼材の国際市場価格と超寡占化が進む国際資源メジャーに挟撃される、厳しい環境に落ち
込む可能性も懸念されている。
【参考文献】
63
(1)「最近の鉄鉱石・原料炭の資源状況と将来」長野研一,ふぇらむ,Vol.14,No.10(2009)
(2)「鉄鉱石資源の現状」長野研一,エネルギー・資源,Vol.30,No.4(2009)
(3)「最近の鉄鉱石・原料炭の資源状況と将来」長野研一,西山記念技術講座,平成 20 年 9 月
(4)増田健三ほか,
「豪州の鉄鉱石鉱床現地調査報告
JOGMEC
―西豪州鉄鉱業の概況及び鉄鉱石の地質鉱床―」
カレント・トピック,2009 年 31 号
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/current/09_31.html
64
5.レアメタルと資源の偏在
5-1
レアメタルとは
経済産業省のレアメタル総合対策特別小委員会によると、レアメタルは「地球上の存在
量が稀であるか、技術的・経済的な理由で抽出困難な金属のうち、現在工業用需要があり
今後も需要があるものと、今後の技術革新に伴い新たな工業用需要が予測されるもの」と
定義されている。現在 31 鉱種がレアメタルとして定められており、これらのうち産業上
の必要度が極めて高く、価格高騰や供給不安により国内産業が被る影響が特に大きい 7 鉱
種が国家備蓄の対象とされている。図 5-1 の周期表に、レアメタル総合対策特別小委員会
が定めるレアメタル 31 元素(ゴシック体着色枠)と備蓄対象の 7 元素(太枠)を示した。
族
1
2
1A
2A
アルカリ アルカリ
族
土族
周期
1
1
H
3
4
2
Li
Be
11
12
3
Na
Mg
19
20
4
K
Ca
37
38
5
Rb
Sr
55
56
6
Cs
Ba
87
88
7
Fr
Ra
3
3A
4
4A
チタン
希土族
族
21
Sc
39
Y
57-71
La系
89-103
Ac系
22
Ti
40
Zr
72
Hf
104
Rf
5
6
5A
6A
バナジ クロム
ウム族
族
13
14
15
16
17
18
3B
4B
5B
6B
7B
0
アルミニ
ハロゲ 不活性
銅族 亜鉛族
炭素族 窒素族 酸素族
ウム族
ン族 ガス族
2
レアメタル 31鉱種 (レアアースは17鉱種を総括して1鉱種)
He
備蓄対象の7元素
5
6
7
8
9
10
レアアース 17元素
B
C
N
O
F
Ne
13
14
15
16
17
18
Al
Si
P
S
Cl
Ar
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
V
Cr
Mn
Fe
Co
Ni
Cu
Zn
Ga
Ge
As
Se
Br
Kr
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
52
53
54
Nb
Mo
Tc
Ru
Rh
Pd
Ag
Cd
In
Sn
Sb
Te
I
Xe
73
74
75
76
77
78
79
80
81
82
83
84
85
86
Ta
W
Re
Os
Ir
Pt
Au
Hg
Tl
Pb
Bi
Po
At
Rn
105
106
107
108
109
110
111
112
113
114
115
116
117
118
Db
Sg
Bh
Hs
Mt
Ds
Rg
Cn
Unt
Unq
Unp
Unh
Uns
Uno
ランタン系列元素(ランタノイド)
57
58
59
60
La
Ce
Pr
Nd
アクチニウム系列元素(アクチノイド)
89
90
91
92
Ac
Th
Pa
U
7
7A
マンガ
ン族
8
9
10
8
鉄族 (4周期)
白金族 (5,6周期)
61
Pm
62
Sm
63
Eu
64
Gd
93
Np
94
Pu
95
Am
96
Cm
11
1B
12
2B
65
Tb
66
Dy
67
Ho
68
Er
69
Tm
70
Yb
71
Lu
97
Bk
98
Cf
99
Es
100
Fm
101
Md
102
No
103
Lr
図 5-1 レアメタルと周期表
近年、中国、インドなどをはじめとした世界経済の発展を背景に、レアメタルの消費は
世界的な規模で拡大している。我が国においてもレアメタルは、液晶テレビ、携帯電話な
ど IT 製品や自動車など高機能製品(図 5-2)に必須となっており、その安定供給は我が国
製造業の国際競争力の維持、強化の点から極めて重要な課題となっている。
レアメタルは希少な金属を意味するとは限らない。大半のレアメタルはベースメタルの
副産物として生産され、急速な資源枯渇に直結するものではない。レアメタルを「レア」
ならしめている理由は「産出地域の偏在性」と「極めて限定的な用途」にある。表 5-1 は
レアメタルの主要生産国と、その生産推移を示したものである。ほ㌧どのレアメタルで上
位 3 ヶ国の占有率が 50%を超え、超硬工具に使われるタングステンでは中国の生産量が
88%に達し、永久磁石の材料となるネオジムなどレアアースでは、中国が 99%を占める。
図 5-3 はこのようなレアメタルの主要生産国の生産比率を、世界地図上に展開したもので
ある。レアメタルは中国、豪州、南アメリカなど極めて限られた国で生産される。
資源の偏在は資源の供給に影響を与える。ひとたび生産国の政策や事故などにより供給
障害が発生すると、代替地域からの供給が困難であるだけに、価格の変動を招き生産活動
65
を世界規模で制約することになる。ここでは、生産が中国に偏在するタングステン(W)、
レアアース(RE)、インジウム(In)と自動車用電池材料として注目を浴びるリチウム(Li)
について、需給動向などを述べる。
レアメタルの主な用途
医療機器(MRI 等)
テレビ
デジタルカメラ
携帯電話
自動車
パソコン等
自動車(電気・ハイブリッド 等)
高
特殊鋼
機
能
材
電子部品
(IC、半導体、
接点 等)
液晶
ニッケル
クロム
タングステン
マンガン 等
製 品 の 小 型 軽 量 化・省 エ ネ 化・環 境 対 策
希土類磁石
小型モータ
小型二次電池
(リチウムイオン電池、
ニッケル水素電池)
インジウム
レアアース
(セリウム) 等
排気ガス浄化
プラチナ 等
リチウム
コバルト 等
ガリウム
タンタル 等
超硬工具
タングステン
バナジウム 等
レアアース
(ネオジム、
ジスプロシウム) 等
図 5-2 レアメタルと主要用途
出所)「レアメタル確保戦略」経済産業省,2009.7.28
表 5-1 レアメタル生産量トップ 3 の生産推移
区
分
鉱 種
ニッケル
クロム
マンガン
構
造
コバルト
材
用 タングステン
モリブデン
バナジウム
白金族
電
気
電 インジウム
子
機
器 レアアース
材
用
リチウム
生産年 単位 生産量
1982
2000 千t
2005
1982
2000 千t
2005
1982
2000 千t
2005
1982
2000 t
2005
1982
2000 t
2005
1982
2000 t
2005
1982
2000 t
2005
1982
2000 t
2005
1982
2000 t
2005
1982
2000 t
2005
1984
2000 t
2007
629
1,159
1,484
9,730
12,973
19,310
23,000
7,450
10,510
33,150
32,300
57,900
53,320
31,500
69,680
108,003
136,100
185,147
35,885
42,000
58,200
199
355
436
50
220
491
31,050
81,000
122,850
7,400
14,000
25,800
第1生産国
国名
量
ソ連
170
ロシア
271
ロシア
315
南ア
3,415
南ア
6,621
カザフスタン
7,500
ソ連
10,400
南ア
1,500
南ア
2,100
ザイール
17,000
コンゴ民主
7,000
コンゴ民主
22,000
中国
13,000
中国
24,000
中国
61,000
米国
68,351
米国
40,700
米国
58,000
南ア
12,701
南ア
16,000
南ア
25,000
ソ連
109
南ア
205
南ア
254
日本
6
フランス
43
中国
300
米国
18,500
中国
70,000
中国
119,000
米国
4,400
チリ
5,300
チリ
11,100
%
27%
23%
21%
35%
51%
39%
45%
20%
20%
51%
22%
38%
24%
76%
88%
63%
30%
31%
35%
38%
43%
55%
58%
58%
12%
20%
61%
60%
86%
97%
59%
38%
43%
第2生産国
国名
量
カナダ
93
カナダ
191
カナダ
198
ソ連
2,450
カザフスタン
2,607
南ア
3,580
南ア
4,400
中国
1,100
ブラジル
1,590
ザンビア
5,000
豪州
5,700
ザンビア
9,300
ソ連
8,700
ロシア
3,700
ロシア
4,400
チリ
13,341
中国
33,300
チリ
47,748
ソ連
9,978
中国
16,000
中国
17,000
南ア
81
ロシア
112
ロシア
127
ソ連
6
中国
40
日本
70
豪州
8,000
米国
5,000
インド
2,700
ソ連
1,630
中国
2,400
豪州
6,910
%
15%
16%
13%
25%
20%
19%
19%
15%
15%
15%
18%
16%
16%
12%
6%
12%
24%
26%
28%
38%
29%
41%
32%
29%
12%
18%
14%
26%
6%
2%
22%
17%
27%
第3生産国
国名
量
豪州
89
豪州
157
豪州
189
アルバニア
1,080
インド
2,066
インド
3,260
ブラジル等
1,700
ガボン
1,000
豪州
1,450
カナダ
2,000
カナダ
5,000
カナダ
5,500
カナダ
3,688
豪州
1,600
豪州
1,350
カナダ
12,198
チリ
33,200
中国
40,000
中国
4,536
ロシア
9,000
ロシア
15,100
カナダ
6
米国
10
カナダ
13
カナダ
5
カナダ
35
カナダ
50
インド
2,500
インド
2,700
チリ
豪州
中国
出所)「平成 19 年度日機連調査研究報告書」日機連 19 先端-8
66
481
2,400
3,010
上位
% 3国%
14% 56%
14% 53%
13% 47%
11% 71%
16% 87%
17% 74%
7% 72%
13% 48%
14% 49%
6% 72%
15% 55%
9% 64%
7% 48%
5% 93%
2% 96%
11% 87%
24% 79%
22% 79%
13% 76%
21% 98%
26% 98%
3% 98%
3% 92%
3% 90%
10% 34%
16% 54%
10% 86%
8% 93%
3% 96%
0% 99%
7% 88%
17% 72%
12% 81%
67
コンゴ
0%
20%
40%
60%
80%
100%
ガボン
0%
20%
40%
60%
80%
100%
Co
Mn
カザフ
0%
20%
40%
60%
80%
100%
南ア
100%
80%
60%
40%
20%
0%
ザンビア Co
0%
20%
40%
60%
80%
100%
Cr
V
Cr
Pt
Co
W
RE W
In
V Mo Mn
20%
日機連調査研究報告書」日機連 19 先端-8
チリ
0%
40%
20%
Co
60%
40%
Ni
80%
60%
0%
100%
80%
Mn
Ni
In
インドネシア
0%
20%
40%
60%
80%
100%
日本
0%
20%
40%
60%
80%
100%
100%
豪州
中国
Ni
Mo
0%
ブラジル
20%
40%
60%
80%
100%
0%
カナダ
0%
20%
40%
60%
80%
100%
20%
40%
60%
80%
100%
図 5-3 レアメタル生産国の偏在性(2005 年)
Mn
Cr
Ni
出所)「平成 19 年度
インド
0%
20%
40%
60%
80%
100%
0%
ロシア V
20%
40%
60%
80%
100%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
Co
米国
Mn
In
Mo
Mo
Pt
5-2
インジウム
(1), (2), (3)
(1)資源量・埋蔵量・生産量
インジウムの存在量は、地球表層部の約 0.05ppm と推算されている。通常、亜鉛鉱(閃
亜鉛鉱:sphalerite など)から亜鉛の副産物として生産される。その資源量・埋蔵量につ
いては諸説あるが、銀や水銀よりも多いと言うのが定説である。図 5-4 は米国地質調査所
(USGS)が提示した世界のインジウムの資源量と埋蔵量(2008 年度)である。これは亜
鉛鉱の量から推算した値であり、中国はインジウムの資源量・埋蔵量において、それぞれ
世界の 62%及び 75%と圧倒的に優位にある。
また、インジウムの一次(バージン)地金の国別生産量推移を図 5-5 に示すが、中国は
一次地金の生産量でも世界の過半数を超えている。一方、日本も年間 60~70 ㌧のインジ
ウム一次地金の生産国であり、韓国も 2006 年から生産を開始している。また、米国では
鉱石からのインジウム製錬は行われていないが、カナダでアラスカ産の亜鉛鉱石からイン
ジウム地金を生産している。
近年インジウムが、資源枯渇に直面するレアメタルの代表のように言われるのは、主に
その可採年数(埋蔵量/生産量)の少なさに起因する。USGS のデータを元にインジウム
の可採年数を計算した結果を図 5-6 に示すが、10 年前の可採年数は 10 年前後であったの
が、2005 年にはわずか 6 年と「危機的状況」になった。しかし、2006 年には一転して 19
年に伸びている。USGS がインジウムの推定埋蔵量を 2,800 ㌧から 11,000 ㌧に見直した
ためである。ちなみに、USGS はインジウムの資源量・埋蔵量については、データの信頼
性・整合性が不十分であるとの理由で、2009 年から提示を差し控えている。
インジウム需要は近年、フラットパネルディスプレイ等の透明電極用の ITO ターゲット
向けに急速に伸びているが、それでも世界全体の消費量は年間 1,000 ㌧未満と少なく、新
たな鉱山開発やインジウム抽出技術の進展により、需要急伸に呼応した埋蔵量増加が期待
できる。また、後述するように使用済み ITO ターゲットからのリサイクルも進んでいる。
その他
26%
4,200
ロシア
2%
250
カナダ
1%
150
In資源量
16,000トン
(純分換算)
米国
3%
450
カナダ
3%
560
中国
62%
10,000
ロシア
1%
80
米国
3%
280
その他
17%
1,800
中国
75%
8,000
In埋蔵量
11,000トン
(純分換算)
ペルー
3%
360
ペルー
4%
580
世界のインジウムの埋蔵量
世界のインジウムの資源量
図 5-4 世界のインジウムの資源量と埋蔵量
出所)USGS Mineral Commodity Summaries 2008
68
インジウム一次地金の国別生産量推移
一次地金生産量 (トン)
600
500
400
300
200
100
0
その他
韓国
ベルギー
カナダ
日本
中国
2003
2004
2005
2006
2007
41
42
43
30
50
70
180
30
50
70
200
30
50
70
300
43
50
30
50
55
350
43
50
30
50
60
320
図 5-5 インジウム一次地金の国別生産量推移
出所)USGS 2007 Minerals Yearbook
可採年数
(埋蔵量/生産量)
生産量(㌧)
700
20
600
18
16
500
14
12
400
10
300
8
6
200
4
2
0
0
可採年数
19
95
19
96
19
97
19
98
19
99
20
00
20
01
20
02
20
03
20
04
20
05
20
06
100
生産量㌧
図 5-6 インジウムの可採年数
出所)USGS Mineral Commodity Summaries のデータから JATIS 作成
このような状況から、日本はインジウムの世界最大の消費国であるが、その資源状況に
ついては、冷静な判断が必要であろう。実際 2007、2008 年は、中国の資源保護政策によ
り同国からのインジウム輸入が激減したが、韓国からの輸入がそれに代わっており、価格
も 2009 年は 2003~2004 年のレベルに落ち着いている(図 5-7、図 5-8)。
(2)輸出入
日本はインジウム地金の世界最大の消費国であり、その主要用途である ITO ターゲット
は世界の 80%が日本で製造されている。インジウム地金(通関統計の費目は「インジウム
69
塊・くず」)の輸入量は ITO ターゲットの需要急伸に伴い、2003 から急増し 300~400 ㌧
レベルに達した。ちなみに世界の一次地金生産量は 500 ㌧台であり、日本が 70~80%を輸
入・消費していることになる。
輸入相手国は、2004~2006 年では中国が圧倒的なシェアを占めていたが、同国の資源
輸出規制により、2007、2008 年は大幅に減じている。その穴埋めを韓国がなしており、
2008 年では全輸入量 342 ㌧のうち 226 ㌧を占めた(図 5-7)。韓国では Korea Zinc 社が
インジウムの生産を開始し、バージン生産および ITO スクラップから回収されたインジウ
ムが輸入されている。
500
インシ ゙ウム 塊・ く ず 輸入量( トン)
450
400
合計
350
韓国
300
中国
250
カナダ
200
台湾
150
アメリカ
100
ロシア
50
0
2003
2004
2005
2006
2007
2008
図 5-7 インジウム地金の輸入量と相手国推移
出所)JOGMEC「レアメタル備蓄データ集(総論)」平成 21 年 3 月,工業レアメタル,No.125
(3)価格推移
インジウムの価格も、他の金属と同様に資源価格高騰時に最高値をつけたが、現在は
2003~2004 年レベルに落ち着いている(図 5-8)。ITO ターゲット等の需要側の動向が価
格決定因子となっていると言えよう。
国際価格($/kg)
国内価格(万円/kg)
1,000
14
12
800
10
600
8
400
6
4
200
2
0
0
2004 2005 2006 2007
2009/
2008
4/30
168
624
508
3.58
7.7
2002 2003
72
国際価格 (Metal Bulletin発表)
3.5
国内価格 日鉱金属/DOWA建値 930
798
649
10.79 11.88 11.29 7.383
図 5-8 インジウム価格の推移
出所)工業レアメタル,No.125
70
310
5.3
(4)国内需要と主要用途
国内で使用するインジウムは 2007 年で 905 ㌧と推定されるが、そのかなりの部分は使
用済 ITO ターゲット等としてスクラップ回収・再生され、輸入量や国内でのバージン生産
量は、それぞれ 368 ㌧及び 70 ㌧にとどまっており、国内でのリサイクルが進んでいるこ
とが分かる(図 5-9)。
1,200
国内インシ ゙ウム 量 (トン)
1,000
800
国内使用
600
スクラップ再生
輸入(塊・くず)
400
国内生産
200
20
08
20
07
20
06
20
05
20
04
20
03
20
02
20
01
20
00
19
99
19
98
0
図 5-9 インジウムの国内需給量
出所)JOGMEC「レアメタル備蓄データ集(総論)」平成 21 年 3 月,工業レアメタル,No.125
1,200
国内インシ ゙ウム 使用量(トン )
1,000
800
ITOターゲット
600
その他
400
合計
200
20
00
20
01
20
02
20
03
20
04
20
05
20
06
20
07
20
08
19
99
19
98
0
図 5-10 インジウムの国内用途推移
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「インジウム」工業レアメタル,No.125
なお、国内でのインジウムスクラップ再生量には、海外からの使用済み ITO ターゲット
の輸入分が含まれており、また国内の使用済み ITO ターゲットの一部は、韓国等へ輸出さ
れている。さらには、使用時と回収再生時とのタイムラグや国内備蓄もあって、正確なリ
サイクル率を算出することは難しい。ちなみに JOGMEC「インジウムマテリアルフロー
2008」では、インジウムのリサイクル率を液晶ディスプレーなどの使用済みインジウム含
有製品からはゼロ、工程スクラップ再生からは 85%と推定している。
71
インジウムの国内用途の大半は、スパッタ法による透明電極製造用の ITO ターゲットで
あり、液晶ディスプレイやプラズマディスプレイなどのフラットパネルディスプレイ普及
に合わせて、ここ 10 年急速な伸びを示している。(図 5-10)。その他の用途としてはボン
ディング材、化合物半導体、蛍光体、低融点合金、電池部材などがある(表 5-2)。
国内のインジウムのマテリアルフローについては、JOGMEC が、2007 年度データに基
づき作成しているので、それを図 5-11 に転載する。
表 5-2 インジウムの国内主要用途
用途
使用量(2007 年)
透明電極
860 ㌧
(ITO ターゲット)
ボンディング材
65 ㌧
化合物半導体
9㌧
蛍光体
8㌧
低融点合金
電池
その他
8㌧
5㌧
8㌧
適用先
液晶ディスプレイ、プラズマディスプレイ、
太陽電池
スパッタリング・ターゲット接着剤
InP、InSb、InAS 等の材料
InB、MnIn 系化合物として
モノクロブラウン管に使用
ハンダ、ヒューズ
太陽電池
接点材料、歯科用合金
使用量:JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「インジウム」
72
73
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「インジウム」
図 5-11 インジウムのマテリアルフロー
5-3
リチウム
(1), (2), (3), (4), (5)
(1)資源量・埋蔵量・生産量
リチウム資源は、塩湖かん水およびリチウム鉱石に大別され、他のレアメタルと同様、
地球の特定個所に偏在している。資源量および埋蔵量についてはいろいろ試算されている。
表 5-3 に USGS(アメリカ地質調査所)の資源量・埋蔵量・生産量データを示す。また、
JOGMEC やリチウム生産企業 SQM 社、Chemetall 社、FMC 社も独自にリチウムのデー
タを発表しているので、比較のため表 5-4 にまとめた。データの差異は、リチウム資源が比
較的最近になって注目されるようになったため資源情報の確度にばらつきがあり、資源
量・埋蔵量の推算方法やデータの取り扱いが世界的に不統一なためであろう。米国政府機
関資料である USGS は、比較的固めの推算をしていると思われる。なお、資源量とは採掘
に要する経済コストを考えずに存在する資源の量であり、埋蔵量とは現在の採掘に要する
経済コストに見合うものをいう(アメリカ地質調査所 USGS の定義)。
表 5-3 リチウムの資源量・埋蔵量・生産量(金属 Li 換算)
国名
ボリビア
チリ
中国
ブラジル
米国
カナダ
豪州
ジンバブエ
アルゼンチン
ポルトガル
全体(約)
資源量
(万トン)
埋蔵量
(万トン)
540
300
110
91
41
36
22
3
不明
不明
1,100
生産量
2007年
(トン)
300
11,100
54
3,010
19
180
4 公表せず
18
707
17
6,910
2
300
不明
3,000
不明
570
410
25,800
出所)USGS Mineral Commodity Summaries 2009
表 5-4 リチウムの資源量・埋蔵量の公表データ比較(金属 Li 換算:万㌧)
資源量
埋蔵量
USGS JOGMEC
1,100
2,916
410
SQL Chemetall
5,640
1,880
2,840
FMC
1,600
出所)USGS 以外は JOGMEC 金属技術トピックス「Lithium Supply & Market 2009 報告(その 1)、
平成 21 年 3 月」より JATIS で金属 Li 量に換算
前述のように、リチウム資源はリチウム鉱石と塩湖かん水に大別される。
リチウム鉱石は、スポジュメン(Spodumene:リチア輝石[Li2O・Al2O3・4SiO2])、Petalite
(葉長石[LiAlSi4O10])、Lepidolite(リチア雲母[KLi2Al(Al, Si)3O10(F, OH)2])、アンブ
リゴ(Amblygonite[(Li, Na)Al(PO4)(F, OH)])、ユークリプト(Eucryptite[Li2O・Al2O3・
74
2SiO2])などがあるが、資源利用されているのはスポジュメンが大部分である。
生産国は豪州、カナダ、ポルトガル、ブラジル、ジンバブエ等であり、このうち豪州の
Talison 社(本社:パース)は、パース南東 250km に所有する世界最大のタンタル・リチ
ウム鉱床(リチウム生産対象はスポジュメン鉱石、資源量 35.5 百万 t:Li2O 品位 3.31%)
から、世界の鉱石生産量の約 60%(2007 年)を採掘している。また、カナダの Tantalum
Mining Corp of Canada 社は 1986 年からマニトバ州 Bernic Lake でスポジュメン鉱石生産
を行っている。なお、リチウム鉱石は主にセラミックや硝子の製造原料として用いるが、
リチウム二次電池などに使われる炭酸リチウムの原料にもなる。すなわち、中国は豪州
Talison 社のリチウム精鉱(グロス量で約 10 万 t)を輸入し、同国で生産する炭酸リチウム
の原料の 2/3 に充てている。
一方、塩湖かん水からのリチウム資源生産は、チリ、アルゼンチン、米国、中国で行わ
れている。ボリビアはウユニ塩湖かん水に推定 550 万㌧(金属リチウム換算)と膨大な資
源量を保有するが、政治的理由などから生産は行われていない。また、米国はリチウム資
源の世界主要生産国のひとつであるが、生産量は公表していない。
表 5-5 にアタカマ塩湖のかん水成分組成示す。現代の海水のリチウム含有量はナトリウム
100 に対して 0.0017 と微量であるが、かん水は 5.0 であり海水の約 3000 倍のリチウムを
含んでいる。カリウムも海水の 13 倍含むが、カルシウムは逆に 1/5 以下と少ない。塩湖
は太古の海が隆起により孤立して出来たものと考えられるが、太古地球の海の成分は、現
代の海と異なっていることを示唆するものであろう。
表 5-5 アタカマ塩湖の成分組成(SMQ 社データ)
成 分
かん水 wt%
対Na比
海水 wt%
対Na比
Li
0.3
5.0
0.000018
0.0017
Na
6.01
100
1.0766
100
K
2.97
49.4
0.0403
3.74
Ca
0.04
0.7
0.0413
3.84
Mg
1.53
25.5
0.1293
12.01
SO4
0.88
14.6
0.2708
25.15
Cl
17.14
285.2
1.9353
179.76
B
0.065
1.1
0.00045
0.04
Br
0.0674
6.26
出所)JOGMEC 金属技術トピックス「Lithium Supply & Market 2009 報告(その 2)」
塩湖かん水からのリチウムを生産している企業の概要は以下のとおりである。
○ SQM(本社:チリ、サンティアゴ)
SQM 社は、チリ第Ⅱ州アタカマ(Atacama)塩湖のかん水を利用して世界シェア 49%を
占めるカリ肥料(KCl, K2SO4)を生産しており、肥料生産の副産物として炭酸リチウムを
生産している。同社がアタカマ塩湖に保有する鉱区のリチウム埋蔵量および資源量は、炭
酸リチウム換算でそれぞれ 4,000 万 t および 19,000 万 t と試算されている。生産能力は炭
酸リチウム 40,000 ㌧/年、水酸化リチウム 6,000 ㌧/年である。2007 年の販売量は 28,600
㌧と前年比 6%減であるが、資源価格高騰を享受し、販売金額は 1 億 7,980 万ドルと前年比
39%増であった。
75
○ Chemetall(本社:ドイツ、フランクフルト)
Chemetall 社は、1923 年の Metallgesellschaft によるリチウム生産に端を発し、その後
買収等を経て、現在は Rockwood グループ(本部:米国ニュージャージー州)傘下となっ
ている。リチウム部門では、炭酸リチウム、水酸化リチウム、金属リチウム等を生産して
おり、リチウム化合物全体では世界の 50%以上のシェア、炭酸リチウムでは約 30%の世界
シェアをもつ。主要生産拠点は、米国ネバダ州 Silver Peak(ラスベガス北方 350km)およ
びチリアタカマ塩湖である。2008 年の生産規模は炭酸リチウム 27,000 ㌧、水酸化リチウ
ム 4,000 ㌧であり、2020 年にはそれぞれ 50,000 ㌧および 15,000 ㌧に生産拡大を見込んで
いる。
○ FMC(本社:米国、ノースカロライナ州シャロット)
FMC 社は、肥料、農薬等の化成品メーカーで、ソーダ灰生産では世界最大である。同社
のリチウム事業参入は、1986 年の LithCo 買収に端を発し、当初はリチア輝石からリチウ
ムを製造していたが、1998 年からアルゼンチン北部(チリ国境沿い)の Salar de Hombre
Muerto のかん水から炭酸リチウムと塩化リチウムを生産している。現在の生産能力は、炭
酸リチウムが 8,500 ㌧/年、塩化リチウムが 8,500 ㌧/年と推定される。
世界のリチウム資源(鉱石とかん水)の生産量(金属リチウム換算)上位 5 ヶ国の推移
を図 5-12 に示す。米国の生産量が含まれていないが、現時点ではチリ、豪州、中国、アル
ゼンチンの 4 ヶ国で世界生産の 8 割以上を占めており、特に、チリと豪州のシェアが伸び
ている。リチウムも他のレアメタルと同様に、極めて偏在性の高い資源である。
また、図 5-13 は世界のリチウム資源の生産量推移である。米国の生産量データは含まれ
ていないが、1995 年頃からのリチウムイオン二次電池普及と、2003 年頃からの中国を中心
とする世界経済拡大に呼応して生産量が増加している。
(2)リチウムの需給動向将来予測(LIB 搭載自動車の普及時)
環境・エネルギー問題に対応する次世代自動車として、電気モータで走行するハイブリ
ッド車や電気自動車が、いよいよ現実味を帯びてきている。リチウムイオン二次電池(LIB)
は、他の二次電池と比べて格段に電気容量・密度が大きく自己放電しにくいことから、次
世代自動車に搭載する電池の本命になることは間違いない。ここで問題なのは、LIB 搭載
自動車が普及した時のリチウム資源の需給関係である。LIB 用のリチウム需要が膨大とな
り、価格高騰や資源枯渇問題が起きるのであれば、LIB 搭載自動車普及はあり得ない。
76
リチウム資源生産上位国の推移(米国分を除く)
30,000
生産量( Li金属換算: トン)
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
0
その他
カナダ/ロシア
アルゼンチン
中国
豪州
チリ
2003
2004
2005
2006
2007
900
710
960
2,500
3,450
6,580
1,480
2,200
1,970
2,630
3,930
7,990
1,560
2,200
1,980
2,820
3,770
8,270
1,880
2,200
2,900
2,820
5,500
8,200
1,073
707
3,000
3,010
6,910
11,100
図 5-12 リチウム資源生産上位国の推移(米国分を除く)
出所)USGS Mineral Commodity Summaries
世界のリチウム資源生産量推移(米国分を除く)
生産量( Li金属換算: トン)
30,000
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
0
図 5-13 世界のリチウム資源生産量推移(米国分を除く)
出所)USGS Mineral Commodity Summaries
本項では、Chemetall 社の LIB 搭載自動車普及時のリチウム需要量予測及び推定埋蔵量
を元に、2020 年時点でのリチウムの可採年数を試算した。
Chemetall 社は、2020 年には世界の新車の 10%が電気モータ走行自動車に代わると仮定
し、電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、ハイブリッド車(HEV)に
分け、それぞれが LIB に使うリチウム量(炭酸リチウム量換算)を元に、需要量を予測し
77
た(表 5-6)。LIB 容量が大きい EV が最も普及するケース A では、炭酸リチウム需要量は
約 6 万㌧、LIB 容量の小さい HEV が普及するケース B では約 3 万㌧である。
ケース A の 6 万㌧に、自動車以外のリチウム需要量(2009 年から年率 5%で伸びると仮
定した)21 万㌧を加えると、2020 年の総需要量は炭酸リチウム換算で 27 万㌧となる。
Chemetall 社が推定する世界の資源量 15,000 万㌧をこれで割れば、可採年数は 557 年とな
る(表 5-7)。計算上は、資源枯渇の恐れは少ないと言える。
表 5-6 自動車用電池向けリチウム需要量予測(2020 年)
電池容量(kWh/台)
炭酸リチウム使用量(kg/台)
普及比率
普及台数(万台)
ケース A
炭酸リチウム需要量
(㌧)
普及比率
普及台数(万台)
ケース B
炭酸リチウム需要量
(㌧)
前提
EV
25
15
60%
360
54,000
PHEV
12
7.2
10%
60
4,320
HEV
2
1.2
30%
180
2,160
合計
―
―
100%
600
60,480
20%
120
18,000
20%
120
8,640
60%
360
4,320
100%
600
30,960
1)2020 年にリチウムイオン電池搭載の自動車 600 万台/年登録(新車の 10%)
2)電池容量 1kWh 当たりのリチウム使用量 0.6g(炭酸リチウム換算)
注)EV:電気自動車。電気モータのみで走行。電源コンセントから充電。
PHEV:プラグインハイブリッド車。走行はモータ/エンジン併用。電源コンセントから充電。
HEV:ハイブリッド車。発進時にモータ、巡航時にエンジン使用。エンジン発電機から充電。
出所)Chemetall 社 HP)
表 5-7
2020 年(リチウムイオン電池搭載自動車普及時)のリチウム需要と可採年数
2020 年のリチウム需要量
(炭酸 Li:万㌧)
自動車
自動車
合計
向け a)
以外 b)
6.05
20.87
26.91
リチウム埋蔵量
(炭酸 Li:万㌧)c)
地域
埋蔵量
アタカマ湖
全世界
可採年数
3,150
15,000
117 年
557 年
a)表 5-6 ケース A の需要量
b)2009 年需要量 12.2 万㌧(Roskill Market Reports)から年率 5%増で推算
c)Chemetall 社データ。金属 Li 換算:アタカマ湖 592 万㌧、全世界 2,820 万㌧
(3)輸出入
日本はリチウム資源の殆どを、中間製品である炭酸リチウムおよび水酸化リチウムとし
て輸入している。2007 年の輸入量は金属リチウム換算で約 3,000 ㌧であり、国内で最終製
78
品・用途に消費される。中間製品での輸出は、水酸化リチウムや金属リチウムのほんの一
部である(図 5-14)。
図 5-14
2007 年度のリチウム輸出入比および輸入品目構成(金属 Li 換算:㌧)
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「リチウム」
リチウムの輸入相手国推移
3,500
輸入量( 金属Li換算: トン)
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
その他
カナダ
アルゼンチン
中国
アメリカ
チリ
2003
2004
2005
2006
2007
102
52
47
27
69
524
1,810
17
44
148
32
516
1,399
7
47
174
346
580
1,968
5
54
170
187
584
2,042
49
95
460
1,438
図 5-15 リチウムの輸入相手国推移(金属 Li 換算:㌧)
出所)JOGMEC「レアメタル備蓄データ集(総論)」平成 21 年 3 月
リチウム資源の輸入相手上位国を図 5-15 に示すが、近年、チリが輸入量の 2/3 以上を
占めており、嘗ての輸入第 1 位国アメリカの比率は次第に低くなっている。また、中国や
アルゼンチンからの輸入も少しずつ増加している。リチウムの埋蔵量は、今後、リチウム
79
イオン二次電池を搭載したハイブリッド車や電気自動車が飛躍的に普及した場合でも、500
年分以上の需要を満たすとの前節の試算はあるが、資源価格変動の影響を抑える意味でも、
輸入先の多様化の努力は必要であろう。
(4)国内消費量と主要用途
我が国はリチウム資源の殆どを海外依存しており、国内消費量を輸入量に置き換えても
大きな差異はない。図 5-16 にリチウム資源の輸入量の経年推移を示すが、1984 年~1994
年の 10 年間の輸入量は毎年 1,000 ㌧弱で横ばいであるのに対して、1995 年頃から輸入量
は増加し、2007 年には金属リチウム換算で約 3,000 ㌧に達している。これは後述するよう
に、リチウムイオン二次電池実用化とその後の飛躍的普及によるものである。
図 5-16 日本のリチウム資源輸入量推移(金属 Li 換算:㌧)
出所)JOGMEC「レアメタル備蓄データ集(総論)」平成 21 年 3 月
表 5-8 リチウム中間製品とその主要用途
製品名
炭酸リチウム
水酸化リチウム
臭化リチウム
塩化リチウム
金属リチウム
主要用途
リチウムイオン二次電池電極材原料、ガラス添加剤(融
点降下作用など)、陶磁器等の釉薬、製鉄連鋳用フラッ
クス、弾性表面波フィルター、各種化学品・医薬原料
グリース添加剤(自動車用など)、炭酸ガス吸収剤
大型吸収式冷凍機用冷媒吸収液、湿式除湿機の除湿液
防湿剤
リチウム電池(一次)負極材、合成ゴム製造触媒(ブチ
ルリチウム)原料、精密化学反応剤原料
リチウム中間製品とその用途を表 5-8 に示す。また、図 5-17 に中間製品の国内消費量推
移を、図 5-18 に用途別の消費量推移を示した。
嘗てはリチウム製品の用途の大部分はガラスやセラミックの製造原料・添加剤であり、
80
現在でも主要用途の一翼を担っている。また有機酸のリチウム塩は潤滑剤として、臭化リ
チウムの水溶液はヒートポンプの一種である吸収式冷温水機や冷凍機の吸収液として、業
務用を中心に根強い需要がある。
(http://www.tokyo-gas.co.jp/ar-support/genri/index.html 参照)
リチウム中間製品の需要量推移
国内中間品需要量( グロス: トン)
20,000
18,000
16,000
14,000
12,000
10,000
8,000
6,000
4,000
2,000
0
金属リチウム
塩化リチウム
水酸化リチウム
臭化リチウム
炭酸リチウム
2003
2004
2005
2006
2007
168
200
1,458
2,700
8,700
165
150
1,497
2,700
9,000
162
150
1,503
2,700
10,200
153
150
2,138
2,700
14,000
142
150
2,747
2,700
14,000
図 5-17 リチウム中間製品の需要量推移(金属 Li 換算:㌧)
出所)JOGMEC「レアメタル備蓄データ集(31 種)、平成 21 年 3 月」
リチウムの用途別消費量推移
国内消費量( 金属 L i 換算: トン)
3,500
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
触媒
除湿剤、フラックス
グリース、電解質
大型冷凍機
ガラス
一次電池
Liイオン電池
2003
2004
2005
2006
2007
50
33
241
216
1,137
118
498
65
25
247
216
1,034
120
658
65
25
248
216
1,072
97
846
53
25
353
216
1,316
100
1,316
42
25
453
216
1,316
100
1,316
図 5-18 リチウムの用途別消費量推移(金属 Li 換算:㌧)
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「リチウム」
81
図 5-19 リチウムイオン二次電池の構造図
出所)電池工業会 HP
これらの用途に加えて、1980 年代からはボタン型電池などのリチウム一次電池を皮切り
に電池材料への用途が拓け、1993 年頃のリチウムイオン二次電池の出現とともに、エネル
ギー貯蔵材料としてのリチウム需要が急伸することとなった。
リチウムイオン二次電池には正極材料として、コバルト酸リチウム、マンガン酸リチウ
ム、ニッケル酸リチウムなど、電解質として LiBF4、LiPF6 など多様なリチウム化合物が使
われている。さらに、東芝は負極材にチタン酸リチウムを用いて 6,000 回以上の充放電サ
イクル(従来は 500 回程度)を達成するリチウム二次電池を発表している。
また、リチウム炭素結合をもつ化学反応性の高いブチルリチウムなどの有機リチウム化
合物は、合成ゴムの重合触媒として必須の産業資材であり、医薬などの複雑な構造をもつ
有機化合物の化学合成にも工業的生産規模で使われている。
5-4
タングステン
(1), (3)
(1)資源量・埋蔵量・生産量
タングステンの世界の資源量と埋蔵量は、米国地質調査所(USGS)の推定ではそれぞれ
630 万㌧及び 180 万㌧(純分換算)であるが、いずれも中国が 60%以上を占めている(図
5-20)。この資源優位性を背景に、鉱石生産量の中国シェアは最近 5 年間では 75%以上(図
5-21)、過去 15 年に遡っても 70~87%を維持しており、レアアースやインジウムとともに
中国がほぼ独占する元素の一つである。
タングステン鉱石生産量は図 5-22 に示す通り、2004~2005 年の資源価格高騰に対応し
て 2004 年に 6.7 万㌧(純分換算)とピークを迎え、その後減少傾向にある。これは、価格
急騰時に買い過ぎた原料在庫の調整と 2008 年後半のリーマンショック後の需要減退による
ものであるが、次節で述べるように中国の資源保護政策も影響していると言えよう。
タングステン資源の価格高騰に伴い、アジア、オーストラリア、ヨーロッパ、北米でタ
ングステン鉱床の探鉱や休止中のタングステン鉱山再開の動きが活発となり、2007~2008
年ではオーストラリア、中国、ペルー、スペイン、アメリカ合衆国、ウズベキスタンでタ
82
ングステン鉱石の新規生産が開始されたが、2008 年の世界金融市場の深刻な不況により、
立ち上げが遅れているという(USGS Mineral Commodity Summaries 2009)。
また、図 5-22 にタングステンの可採年数(埋蔵量/生産量)を併記したが、ここ 10 年
以上 40~60 年台を維持しており、今後も新規鉱山の開発と相まってこの傾向は継続される
と思われる。
その他
14%
ボリビア 890
1%
米国 100
3%
200
ロシア
7%
420
その他
16%
ボリビア 470
2%
53
中国
67%
4,200
中国
60%
1,800
米国
5%
140
W 資源量
6,300千㌧
(純分換算)
W 埋蔵量
1,800千㌧
(純分換算)
ロシア
8%
250
カナダ
8%
490
カナダ
9%
260
世界のタングステンの資源量
世界のタングステンの埋蔵量
図 5-20 世界のタングステンの資源量と埋蔵量
出所)USGS Mineral Commodity Summaries 2009
タングステンの国別生産量推移
70,000
生産量( 純分換算: トン)
60,000
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
0
その他
ボリビア
オーストリア
ロシア
カナダ
中国
2003
2004
2005
2006
2007
1,942
441
1,381
3,600
3,636
36,200
2,162
403
1,335
2,800
3,204
531
1,280
2,900
485
51,200
4,179
868
1,153
2,900
2,500
45,000
5,300
1,100
1,200
3,200
2,700
41,000
59,900
図 5-21 タングステンの国別生産量推移
出所)USGS 2007 Minerals Yearbook
83
生産量㌧
生産量(㌧)
可採年数(年)
可採年数
70,000
70
60,000
60
50,000
50
40,000
40
30,000
30
20,000
20
10,000
10
20
07
20
06
20
05
20
04
20
03
20
02
20
01
20
00
19
99
19
98
19
97
19
96
0
19
95
0
図 5-22 タングステンの世界生産量と可採年数推移
出所)Tungsten Statics(2008)、USGS Mineral Commodity Summaries より JATIS 作成
タングステン消費量( 純分換算: ㌧)
80,000
70,000
60,000
全世界
50,000
中国
40,000
西欧
30,000
アメリカ
20,000
日本
10,000
0
2004
2005
2006
2007
2008
図 5-23 タングステンの世界及び国別需要量推移
出所)工業レアメタル,No.125
中国はタングステンの資源優位性を背景に、鉱石生産で世界を凌駕し価格支配力を保有
しているが、
その消費においても世界トップとなっている。
すなわち図 5-23 に示すように、
タングステン消費の一翼を担う欧州が 2006 年以降消費量を減少させる中、中国のタングス
テン需要は堅調に推移し、2008 年では世界消費の半分近くとなっている。これは、中国の
内需拡大とともに同国の国内産業保護政策によるものであろう。
(2)製錬・加工プロセスフロー
タングステンは鉱石、中間製品、最終製品と様々なレベルで国際取引がなされている。
鉱石から最終製品までの製品フローを図 5-24 にまとめたが、最大のタングステン資源国で
ある中国が鉱石の輸出規制を強化しているため、日本の鉱石輸入は皆無となり、国内では
中間製品から最終製品への製錬・加工がおこなわれている。
84
タングステン鉱石
鉄マンガン重石:(Fe,Mn)WO3
灰重石:CaWO4
湿式製錬
溶解製錬
パラタングステン酸アンモニウム(APT)
:5(NH4)2O・12WO3・5H2O
フェロタングステン
か焼
タングステン
酸化物
グ
水素還元
タングステン
金属粉
焼結
炭化
炭化タングステン
粉
Co,Ni
焼結
超硬合金
タングステン
鉱石
パラタングステン酸
アンモニウム(APT)
タングステン
インゴット
鍛造、圧延、棒引
タングステン含有鋼
高速度鋼(ハイス)
合金工具鋼
タングステン
棒・線・板
タングステン
金属粉
超硬合金
タングステン
棒・線・板
図 5-24 タングステンの製錬・加工プロセスフロー
写真出所)日本新金属(株)および、日本タングステン(株)ホームページ
タングステンは、主に鉄マンガン重石〔(Fe, Mn)WO3〕、または灰重石〔CaWO4〕として
産出する。これらは、湿式製錬によるパラタングステン酸アンモニウム(APT)、もしくは
溶解製錬によるフェロタングステンを中間製品として、最終製品へと製錬・加工される。
すなわち、ATP の煆焼(かしょう)により生じたタングステン酸化物を水素還元してタン
グステン金属粉が作られ、さらに炭化タングステンを経て超硬合金となる。またタングス
テン金属粉を焼結してタングステンインゴットをつくり、これを棒・線・板に加工する。
一方、タングステンの主要用途である高速度鋼(ハイス)や合金工具鋼は、フェロタング
ステンを原料としてつくられている。
(3)輸出入
わが国のタングステン資源は、嘗ては大谷鉱山(京都)や喜和田鉱山(山口)などの国
85
内鉱山からの生産もあったが、現在ほぼ全量海外に依存している。図 5-25 に輸入量推移(純
分量換算)を示したが、ここ 10 年は全量で 6,000 ㌧~1 万㌧の間を推移しており、国内需
要量にほぼ対応している。品目別では、鉱石輸入は現在では行われず、一次中間製品の APT
も漸減し、代わって酸化物の輸入量が増加しているのが特徴的である。前節で述べたとお
り、主要輸入相手国の中国の資源保護政策が影響していると言える。
タングステン資源は中間製品の ATP、酸化物、フェロタングステンは全量が主に中国か
ら輸入しているが、最終製品に近いタングステン金属塊・粉・板・線や炭化タングステン
粉(WC 粉)、リサイクル品のタングステン金属くずは EU、中国、米国、台湾、韓国など
に一部輸出されている(図 5-26、表 5-9)。
タングステン資源の品目別輸入量推移
10,000
タングステン輸入量( 純分換算: トン)
9,000
8,000
7,000
6,000
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
1998
1999
920
593
WC粉
くず
629
塊・粉・板・線 750
740
431
フェロタングステン
554
557
酸化物
3,144 3,453
APT
1,462 1,364
鉱石
2002
2003
2004
2005
2006
2007
1,003 1,100 1,021
162
1,568 1,418 895
848
636
420
1,456 1,652 1,624
3,778 2,802 1,884
1,176 739
689
2000
2001
1,284
158
987
1,007
1,773
1,721
589
1,650
172
1,301
1,023
2,549
1,957
104
1,948
791
1,431
1,178
2,804
1,895
2
2,126
516
1,426
971
3,248
1,557
0
1,721
137
1,348
729
2,891
1,490
0
図 5-25 タングステン資源の品目別輸入量推移(純分量:㌧)
表 5-9 タングステン資源輸入量と相手国(2007 年)
輸入品目
ATP
酸化物
フェロタングステン
塊・粉・板・線
くず
WC 粉
合計
輸入量(㌧)
1,490
2,891
729
1,348
137
1,721
8,316
輸入相手国とシェア
中国(98%)、EU(2%)
中国(100%)
中国(100%)
中国(72%)、EU(15%)、米国(8%)、韓国(3%)
韓国(47%)、中国(26%)
中国(49%)、EU(28%)、韓国(13%)、米国(1%)
中国(83%)、EU(9%)、韓国(4%)、米国(2%)
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「タングステン」(財務省貿易統計を純分量に換算)
86
3,000
2,500
2,000
1,500
輸入
1,000
輸出
500
C粉
W
くず
酸
フェ 化物
ロタ
ンク
塊
・ 粉 ゙ステ
ン
・板
・線
0
AP
T
タングステン資源の輸出入量( 純分: トン)
3,500
図 5-26 タングステン資源の品目別輸出入量(2007 年)
表 5-10 タングステン資源輸入量と相手国(2007 年)
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「タングステン」(財務省貿易統計を純分量に換算)
図 5-27 タングステン原料・中間製品の輸入価格推移
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「タングステン」(財務省貿易統計)
87
(4)価格推移
タングステンの価格は 2003 年までは安定していたが、2004 年~2005 年の資源価格高騰
時に、他の資源と同様に高騰した。図 5-27 に JOGMEC がまとめたタングステン資源の輸
入価格推移を転記したが、APT を例にとれば 2004 年の 8$/kg が 2006~2007 年には平均
23$/kg と約 3 倍になっている。リーマンショック後の世界需要減退時にも価格はあまり
下がらず、APT の国際価格は 2005 年 5 月に記録したピーク値 30$/kg が、2008~2009
年では 20~25$/kg で推移しているという(工業レアメタル,No.125)。
(5)国内需要と主要用途
前述のとおり、タングステンの主要用途は高速度鋼(ハイス)や超硬工具、タングステ
ン金属製品(線・棒・板など)である。図 5-28 に国内のタングステン製品生産量をまとめ
たが、ここ 5 年間は大きな増減はないと言える。また、超硬工具は中国製品が攻勢をかけ
る中、輸出も依然として多い(図 5-29)。
タングステンの用途としては、前記のほかに工業触媒や各種合金も挙げられる。これら
を含めた国内でのタングステン製品のマテリアルフローは、JOGMEC が詳細なデータ解析
を行った上で作成しているので、図 5-30 に転載した。
なお、同マテリアルフローによれば、タングステンのリサイクル率は、超硬工具のリサ
イクル量と金属スクラップ量とから 25%と算出しているが、あくまで推測であり、リサイ
クルの実態調査が必要なことも付記している。
タングステン製品生産量( グロス: ㌧)
20,000
18,000
16,000
高速度鋼
14,000
12,000
超硬工具
10,000
8,000
W粉
6,000
4,000
W製品(線・棒、
合金、加工品)
2,000
0
2003
2004
2005
2006
2007
2008
図 5-28 タングステン製品の国内生産量(グロス)
出所)経産省鉄鋼・非鉄金属・金属製品統計,タングステン・モリブデン工業会,超硬工具協会
88
2,000
1,500
輸入
1,000
輸出
500
媒
特
触
工
超
硬
殊
鋼
0
具
タングステン製品輸出・ 入量( 純分: トン)
2,500
図 5-29 タングステン製品の輸出入量(2007 年)
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「タングステン」(財務省貿易統計より純分量に換算)
89
90
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「タングステン」
図 5-30 タングステン製品のマテリアルフロー
5-5
レアアース
(1), (2), (3), (6)
(1)資源量・埋蔵量・生産量
レアアース(RE)は、元素番号 57 のランタン(La)から 71 のルテチウム(Lu)まで
のランタノイドにスカンジウム(Sc)とイットリウム(Y)を含めた 17 元素の総称で、単
体は金属状態である。地球表層部には比較的豊富に存在するが、経済的に採掘可能な含有
量の鉱石は他の元素にくらべて少ない。
鉱石としてはバストネサイト、モナザイト、ゼノタイム、イオン吸着鉱
(rare-earth-bearing ion adsorption clays)等があり、中国及び米国のバストネサイトは
経済的に生産できるレアアース鉱石の大半を占める。一方、モナザイトは豪州、ブラジル、
中国、インド、マレーシア、南アフリカ、スリランカ、タイ、米国で埋蔵が確認されてお
り、バネステサイトに次ぐレアアースの産出源である。中国南部で産出されるイオン吸着
鉱はレアアースの抽出が容易なため、ネオジム磁石の必須添加材であるジスプロシウムの
主な供給源となっている。
60
元素組成比( %)
50
40
バストネサイト
モナザイト
30
ゼノタイム
20
10
0
39 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71
Y La Ce Pr Nd Pm Sm Eu Gd Tb Dy Ho Er Tm Yb Lu
バストネサイト:Bayan Obo(中国、内モンゴル自治区)、モナザイト:Nangang(中国、広東省)、
ゼノタイム:(中国、広東省南東)
図 5-31 レアース鉱石中の各元素組成比
出所)USGS 2007 Minerals Yearbook データを元に JATIS 作成
図 5-31 に 鉱 石 中 の レ ア ア ー ス ( 希 土 類 ) の 元 素 組 成 を 示 し た 。 バ ス ト ネ サ イト
(Bastnäsite)やモナザイト(Monazite)では、ランタン、セリウム、プラゼオジム、ネ
オジウムが多く含まれるが、ゼノタイム(リン酸イットリウム鉱、Xenotime)では組成パ
ターンが異なり、イットリウムとジスプロシウムやイッテリビウムなど原子量の大きな重
希土類が多い。
91
その他
13%
インド
18,900
1%
豪州 1,300
4%
5,800
その他
26%
22,700
中国
59%
89,000
インド
1%
1,100
RE資源量
150,000千トン
(酸化物換算)
米国
9%
14,000
中国
31%
27,000
RE埋蔵量
88,000千トン
(酸化物換算)
豪州
6%
5,200
旧ソ連諸国
旧ソ連諸国
21%
19,000
米国
15%
13,000
14%
21,000
その他
1%
1.3
インド
2%
2.7
鉱石生産量
124千㌧
(酸化物換算)
2007年
中国
97%
120
図 5-32 レアアースの国別資源量、埋蔵量、鉱石生産量(2007 年)
出所)USGS Mineral Commodity Summaries 2008
鉱石生産量(酸化物換算:㌧)
可採年数(埋蔵量/生産量:年)
140,000
1,600
120,000
1,400
1,200
100,000
1,000
80,000
その他
800
60,000
600
40,000
400
20,000
200
0
19
95
19
96
19
97
19
98
19
99
20
00
20
01
20
02
20
03
20
04
20
05
20
06
20
07
0
図 5-33 希土類鉱石の世界生産量と可採年数推移
出所)USGS Mineral Commodity Summaries のデータを元に JATIS 作成
92
中国
可採年数
レアアースの国別資源量、埋蔵量、鉱石生産量(2007 年)を図 5-32 に示す。資源量、埋
蔵量とも中国に偏在しているが、それ以上に鉱石生産は中国がほぼ独占しており、中国が
戦略的にレアアース生産を行っていることがわかる。
このことは、世界の鉱石生産量推移(図 5-33)でも明らかであり、1995 年に約 50%であ
った中国の生産量シェアが 2003 年以降 90%を超え、2007 年には 97%に達している。
一方、レアアースの可採年数(埋蔵量/生産量)は 2007 年においても 700 年近くあり、
資源枯渇の恐れは少ない。中国が生産をほぼ独占することにより、価格決定や供給先のイ
ニシアチブを握ることへの対応が、課題であろう。
なお、米国では鉱石生産は行われていないが、カリフォルニア州 Mountain Pass 鉱山の
廃鉱石からランタン濃縮物やジジム(金属ネオジム+金属プラセオジム)の生産が 2007 年
から再開されている。レアアースの価格高騰が続けば、廃鉱石や採算性の低い鉱山の鉱石
生産が開始され、供給面ではバランスがとれるようになると予想される。
(2)消費量
レアアースの国別消費量(2003 年、2006 年)を図 5-34 に示す。中国は鉱石生産をほぼ
独占しているが、国内消費も飛躍的に増やしており、今や世界最大のレアアース消費国と
なっている。
レアアースの用途を中国、米国、日本で比較すると、中国では磁石用が多いのに対して、
米国では自動車排ガス触媒担体や石油精製触媒用途が 40%を超えている。また日本では、
フラットパネルディスプレイ研磨材、磁石、特にネオジム磁石、ニッケル水素電池用途が
多く、産業分野の違いを反映している(図 5-35)。
レアアースの国別消費量( 酸化物換算: トン)
120,000
100,000
80,000
その他
欧州
60,000
アメリカ
日本・東南アジア
40,000
中国
20,000
0
2003
2004
2005
2006
2007
図 5-34 レアアースの国別消費量推移
出社)Roskill 社 The economics of minerals
93
(3)製錬・分離フロー
レアアースは前述のとおり性質の似た 17 元素の総称であり、原料鉱石中に複数のレアア
ース元素が存在している。一方、用途は元素毎に異なっており、鉱石中から元素毎に分離
精製する必要がある。
蛍光体
7%
ガラス
添加材
5%
研磨剤
11%
自動車
触媒
4%
中国
72,550トン
(2007)
石化精製触
媒
12%
磁石
34%
冶金・合金
17%
その他
8%
研磨剤
10%
Ni‐MH
電池
10%
永久磁石
3%
発光体
16%
冶金用・
合金
19%
米国
10,272トン
(2006)
コンデンサー
7%
発光体
4%
研磨剤
25%
ガラス
添加材
12%
自動車
触媒
23%
日本
21,179トン
(2006)
触媒
14%
石油精製
触媒
21%
Ni‐MH
電池
14%
磁石
23%
図 5-35 中国、米国、日本のレアアース用途(使用量は酸化物換算重量)
出所)JOGMEC「レアメタル備蓄データ集(31 種)」平成 21 年 3 月、
USGS Mineral Commodity Summaries 2007、USGS 2007 Minerals Yearbook
レアアースの各元素の分離精製フローを図 5-36 に、元素毎の用途を表 5-11 に示す。
レアアース金属は、図 5-36 でわかるように湿式法、すなわち鉱石から金属イオンとして
抽出し、次いで電解還元して製錬される。各元素への分離は、レアアース金属イオン混合
物を溶媒抽出法などの手段で順次行う。
このため用途によっては、完全分離は行わずに複数元素の合金状態で用いることもある。
表 5-11 の用途のうち、FCC 触媒(重質石油を軽質化する反応触媒)用の塩化希土や、ニッ
ケル水素二次電池用の水素吸蔵合金に添加するミッシュメタル、ネオジム磁石に用いるジ
ジム(ネオジムとプラセオジムとの合金)などである。
94
「製錬フロー」
RE 鉱石(RE:5~10%含)
硫酸・塩酸処理
塩化希土
溶媒抽出等
分離希土酸化物
電解
化学処理
メタル
複合酸化物、共沈物
溶解、鋳造
合 金
「分離・溶媒抽出フロー」
La、 Ce、 Pr、 Nd、 Sm、 Eu、 Gd、 Tb、 Dy、 Ho、 Er、
溶媒抽出
La、 Ce、 Pr、
Ce
Sm、 Eu、 Gd、 Tb、 Dy、 Ho、 Er、 Tm、
La、 Pr、
La
Pr、
Sm、 Eu、
Eu
Tb、 Dy、 Ho、 Er、 Tm、
Sm、
図 5-36 レアアースの製錬・分離・溶剤抽出フロー
出所)レアメタルハンドブック 2009
95
表 5-11 レアアースの主要用途
元素名
ランタン(La)
セリウム(Ce)
ネオジム(Nd)
プラセオジム(Pr)
サマリウム(Sm)
ユウロピウム(Eu)
ガドリニウム(Gd)
テルビウム(Tb)
ジプロシウム(Dy)
エルビウム(Er)
イットリウム(Y)
Ho、Tm、Yb、Lu
塩化希土 a)
ミッシュメタル b)
ジジム(Nd/Pr)c)
直接用途
光学レンズ、セラミックコンデンサー、フェライト磁石、
蛍光体(緑)
ガラス研磨剤、触媒、UV カットガラス、ガ
ラス消色剤
Nd 磁石、セラミックコンデンサー
Nd 磁石、セラミックタイル
Sm 磁石
蛍光体(赤)
原子炉の中性子遮断剤、光学ガラス
蛍光体(緑)
、光磁気記録材、超磁歪
材、Nd 磁石
Nd 磁石、超磁歪材、コンデンサー
ガラス着色、磁気冷媒
蛍光体(赤)
、ジルコニア安定化剤
殆ど用途なし
FCC 触媒
水素吸蔵合金、発火石、鉄鋼添加剤
Nd 磁石
最終用途
カメラ、電子機器、自動車
液晶ディスプレイ、自動車(廃ガス触媒、
窓ガラス)
MRI、ハイブリッド車、家電、電子機器
同上、建材
自動車、時計、光ファイバー
テレビ、蛍光ランプ
原子炉
蛍光ランプ、MD、ソナー
MRI、ハイブリッド車、電子機器
装飾ガラス、超伝導
テレビ、蛍光灯、自動車、人工宝石
石油精製
ニッケル水素電池、ライター、鉄鋼
MRI、ハイブリッド車、家電
a)塩化希土:複数のレアアース塩化物の混合物
b)ジジム(didym)
:レアアース鉱石の分離工程で生産される、ネオジムとプラセオジムとの合
金。嘗ては単一の元素と考えられていたが、1885 年にオーストリアのカール・ヴェルスバ
ッハ(Carl Auer von Welsbach)がネオジムとプラセオジムの分離に成功し、二つの元素か
ら成ることを立証した。ジジムの主要用途はネオジム磁石である。
c)ミッシュメタル:複数のレアアース金属から成る合金。レアアースは性質が似ており分離が
難しいため、鉱石中の複数元素を一括して還元し合金状態で使用する。各元素への分離コス
トが省けるため安価で製造できる。ミッシュメタルとしてはセリウム、ランタン、ネオジム
などの合金があり、ニッケルやコバルトと合金化した水素吸蔵合金(ニッケル水素電池用)
が主要用途である。
出所):レアメタルハンドブック 2009、JOGMEC「レアアースマテリアルフロー 2008」
(4)輸出入
レアアース輸入相手国は図 5-37 に示すとおり、中国が圧倒的である。品目別にみても、
中国が圧倒的で、特にネオジム磁石や水素吸蔵合金の原料である「希土類金属」は、ほぼ
100%中国に依存している(表 5-12)。
また費目別輸入量の年次推移(図 5-38)では「希土類金属」や酸化セリウム・セリウム
化合物の輸入比率が増えており、それぞれの主要用途であるネオジム磁石、ニッケル水素
電池、液晶ディスプレイ向けガラス研磨材の国内生産が急増していることを反映している。
96
レ アアー ス 輸入量( 酸化物換算 : ㌧)
40,000
35,000
30,000
その他
25,000
仏・エストニア
20,000
中国
15,000
10,000
5,000
0
2003
2004
2005
2006
2007
図 5-37 レアアースの輸入量と相手国推移
出所)JOGMEC「レアメタル備蓄データ集(総論)」平成 21 年 3 月
表 5-12 レアアースの品目別輸入量と相手国(2007 年)
輸入量
(純分:t)
輸入品目
国内主要用途
希土類金属
酸化セリウム
セリウム化合物
酸化イットリウム
酸化ランタン
その他
フェロセリウム
(セリウム 50%)
Nd 磁石、水素吸蔵合金
ガラス研磨材
同上
蛍光体
光学ガラス、フェライト磁石
合
計
9,320
8,964
5,698
1,435
2,814
5,166
中国
100%
87%
80%
95%
94%
91%
420
48%
33,817
90%
国別比率
その他
EU(12%)
EU(11%)、インド(6%)
EU(4%)、台湾(3%)
米国(20%)、アセアン 6 カ国
(13%)、韓国(12%)
EU(6%)
レアアース輸入量( 純分換算: ㌧)
40,000
35,000
30,000
フェロセリウム
25,000
その他
20,000
酸化La
酸化Y
15,000
Ce化合物
10,000
酸化Ce
5,000
希土類金属
20
07
20
06
20
05
20
04
20
03
20
02
20
01
20
00
19
99
19
98
0
図 5-38 レアアースの品目別輸入量推移
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「レアアース」(財務省貿易統計を純分量に換算)
97
10,000
8,000
フェロセリウム
6,000
その他
4,000
Ce化合物
2,000
希土類金属
20
07
20
06
20
05
20
04
20
03
20
02
20
01
20
00
19
99
0
19
98
レアアース輸出量( 純分換算: ㌧)
12,000
図 5-39 レアアースの品目別輸出量推移
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「レアアース」(財務省貿易統計を純分量に換算)
(5)中国から見た輸出相手国、日本
中国は世界最大のレアアースの生産国であり、消費国であるとともに輸出国である。中
国は 2007 年に約 12 万㌧(酸化物換算)のレアアース鉱石を生産し、そのうち 7.3 万㌧(60%)
が国内で消費され、残りは輸出された。
中国輸出量( グロス: ㌧)
45,000
40,000
35,000
30,000
25,000
20,000
15,000
10,000
5,000
0
物
他
RE
化
合
20,000
15,000
10,000
5,000
0
E
15,000
10,000
その他
5,000
中国
0
金
E
R
他
金
属
その他
20,000
属
RE
化
合
物
他
米国輸入量 (グロス: ㌧)
25,000
中国
R
R
対日本
25,000
30,000
E化
合
物
日本輸入量( 純分: ㌧)
RE
金
属
その他
図 5-40 中国のレアアース輸出量と日本及び米国の対中国輸入依存度
出所)工業レアメタル,No.125、USGS 2007 Minerals Yearbook
98
中国の最大の輸出相手国は日本であり、特に希土類金属の大部分は日本向けである。日
本の立場で見れば、希土類金属は殆ど中国に依存している。その用途はネオジム磁石や水
素吸蔵合金向けである。一方、米国もレアアースは殆ど中国からの輸入に頼っているが、
輸入する品目では希土類金属はわずかであり、レアアース化合物が殆どである。日本とは
異なり、同国での用途が自動車触媒や石油精製向けが主であること物語っている。
ちなみに中国は、レアアースについても 2006 年から資源保護政策を適用しており、2008
年初には輸出関税率を従来の 10%~15%又は 25%に引き上げ、輸出許可枠も削減している。
(6)輸入価格推移
レアアースの価格は、図 5-41 の通関価格(JOGMEC が各品目を純分量に換算)でわか
るように資源高騰時の影響は元素によりばらつきがあり、価格が高騰したのは希土類金属
自体であり、酸化セリウム・セリウム化合物や酸化ランタンは殆ど影響がない。
図 5-41 レアアースの輸入価格推移($/kg-純分量)
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「レアアース」(財務省貿易統計を純分量に換算)
リーマンショック後の価格調整期の値動きを元素毎に見ると(図 5-42、図 5-43)、ネオ
ジム磁石原料のネオジム(Nd)やジジム(Dizium:Nd+Pr)は高騰前の価格に近づいて
いる。一方、高値で推移している、蛍光体原料のイットリウム(Y)やテルビウム(Tb)、
ネオジム磁石の必須添加元素であるジプロシウム(Dy)にも、価格調整の動きは出ている。
99
図 5-42 希土類金属の輸入価格推移 1(Pr,La,Ce,Y)
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「レアアース」(レアメタルニュースからの引用)
図 5-43 希土類金属の輸入価格推移 2(Nd,Dizium(Nd+Pr),Dy,Sm,Tb)
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「レアアース」(レアメタルニュースからの引用)
(7)レアアースの国内需要量とマテリアルフロー
日本でのレアアースの主要用途は、前述のとおりネオジム磁石(Nd-Fe-B 系)、ニッ
ケル水素電池用水素吸蔵合金、大型フラットパネルディスプレイ用ガラス等の研磨剤、蛍
光体、光学ガラス添加材などである。用途別の需要量は、工業レアメタル誌が 2008 年度の
主要用途の国内生産数量等から推算しているので、それをレアアースの輸入量とともに表
5-13 に示す。
また、図 5-44 に JOGMEC がまとめた希土類元素のマテリアルフローを示すが、表 5-13
の結果と大きな違いはない。
このことは、日本で輸入される希土類金属の種類と量からも、明らかである。
100
表 5-13 レアアースの国内用途と推計需要量(2008 年)
国内用途
Nd-Fe-B 系磁石
(HEV、小型モータ、磁気ヘッド)
水素吸蔵合金
(Ni-MH 電池)
研磨材
(液晶パネルガラス)
UVカットガラス
触媒
蛍光体
(PDP、蛍光ランプ)
光学ガラス(高屈折用)
セラミックコンデンサー誘電体
Sr-La-Co 系フェライト磁石
希土類
金属 Nd/Pr
金属ジスプロシウム
金属テルビウム
ミッシュメタル
(La、Ce 他)
酸化セリウム、
セリウム化合物
需要量(㌧)
4,600~5,000
600~700
10~20
輸入量(㌧)*1
6,306
2,500
9,000
a)
16,807
a)
酸化イットリウム
酸化ユウロピウム
酸化テルビウム
酸化ランタン
700~800
60~65
50~55
900~1,500
300
800~1,000
1,673
b)
b)
3,617
*1)通関統計
a)定量的推計データなし
b)通関統計は他元素化合物とともに「希土類化合物」で一括集計:2008 年 6,306 ㌧
中国海関統計の日本向け輸出量:酸化ユウロピウム 104 ㌧、酸化テルビウム 95 ㌧
出所):工業レアメタル,No.125 をもとに JATIS 作成
101
102
出所)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2008「レアアース」より
図 5-44 レアアースのマテリアルフロー
5-6
中国のレアメタル政策
中国は、非鉄金属をはじめとする資源の大生産国である。希土類(以下レアアース)、タ
ングステン、アンチモンについては、中国は世界全体の約 90%を産出しており、我が国も
非鉄金属をはじめ多くの鉱物資源を中国から輸入していることは既に述べたとおりである。
中国の非鉄金属政策を概観すると、国内需要が切迫する銅、鉛、亜鉛等のベースメタル
について、海外での資源調達や国内の探鉱開発を国家レベルで推進めようとする側面と、
中国が世界の生産量の大部分を占めるレアアース等について、輸出を抑制し資源を活用し
た国内産業の高度化を図ろうとする二つ側面がある。
中国の非鉄金属を対象とする輸出規制措置は三つの規制からなっている。
一つは「輸出認可証に基づく輸出数量制限措置」である。中国政府は、特定の品目につ
いて輸出許可証を発給して、輸出にかかわる事業者を管理するとともに、中国全体からの
年間の輸出数量に制限を課している。2008 年に輸出数制限の対象となる品目として、資源
関連では石炭、コークス、原油、精製油、レアアース、アンチモン、タングステン、亜鉛
鉱石、錫、銀、インジウム、モリブデン、シリコン、蛍石、滑石、軽焼・重焼マグネシウ
ム、ボーキサイトなどが挙げられている。インジウム、モリブデンも 2008 年から輸出制限
対象となっている。表 5-14 は輸出制限対象となっているレアアースなど 9 品目の鉱物資源
の 4 年間の輸出数量枠を示したものである。中国が世界の生産を支配する資源については、
輸出数量枠の減少が認められる。希土類については中国の生産量が増加しているにも拘ら
ず、輸出数量枠の減少が顕著である。
表 5-14 中国の非鉄金属の輸出(単位:㌧)
品目
レアアース(RE)
区分
輸出
タングステン
アンチモン
錫
銀
シリコン
モリブデン
インジウム
ボーキサイド
輸出
輸出
輸出
輸出
輸出
輸出
輸出
輸出
2005年
2006年
2007年
49,000 456,000
43,500
(103,900) (156,969) (125,973)
16,300
15,800
15,400
65,700
63,700
61,800
57,000
53,000
37,000
3,500
4,000
4,500
n.a 223,000 218,000
n.a
n.a
n.a
n.a
n.a
n.a
n.a 970,000
95,000
(単位:トン)
2008年
34,156
14,900
59,900
33,000
4,800
216,000
26,300
240
n.a
希土類/製錬分離製品( )内は生産量、2009.7 JOGMEC 金属資源レポート p.57
出所)JOGMEC 北京事務所、及び Journal of MMI J,Vol.124,No.9(2008)
第二は、輸出税の導入及び税率の引上げである。中国政府は 2006 年 11 月以降、計 4 回
にわたり原料関連の品目を対象に輸出税の導入・税率引上げを実施している。まず 2006 年
103
11 月に非鉄金属、石炭、原油などの 110 品目を対象として 10~15%の税率が適用された。
ついで 2007 年 1 月には、非鉄金属関連の 13 品目について、新たに 5~15%の輸出税が導
入された。また、2007 年 6 月には非鉄金属、鉄鋼、石炭関連の 142 品目を対象に、輸出税
の導入、税率引上げが実施され、5~15%の税率が適用された。さらに 2008 年 1 月には希
土類(レアアース)を中心に、新たに 5~25%の税率が課せられた。輸出税は輸出量を制限
するものでないが、輸出品の価格競争力を低下させる効果を持つ。中国の事業者にとって
は、輸出税の対象とされない段階にまで加工度を高めたうえで、輸出しようというインセ
ンティブが働くものと考えられるから、最終的には原料の輸出は抑制されることになる。
第三は、輸出の際の増値税還付の撤廃及び還付率の引下げである。増値税は付加価値税
の一種であり、中国国内の様々な流通段階において 17%の税率が一律に課税されている。
輸出品については、かつては輸出を促進するために、一旦増値税を徴収した後にその全額
を還付する方式が取られていた。2004 年以降、中国政府は 5 回にわたって増値税還付率の
引下げを実施している。2007 年 7 月までに非金属関連では鉱石、金属、スクラップ等の増
値税還付が撤退されている。増値税還付の撤廃及び還付率の引下げは、実質的には輸出税
の導入や税率引上げと同様の効果を持つ。例えば、最も加工度の低い鉱石や金属について
は 0%とされているのに対し、比較的加工度の高い品目については 5%程度に設定されてお
り、原料関連品目の輸出抑制に力点が置かれた制度になっている。
図 5-45 に、中国の資源囲い込み政策の推移をまとめた。レアアース、タングステンなど
の資源は、日本や米国、欧州など先進国での高付加価値製品の生産に欠かすことのできな
い戦略物資になっていて、中国の輸出数量制限措置などの輸出規制が先進国の供給安定性
や価格に与える影響は大きい。日本ではレアアースの 90%、タングステンの 83%が中国か
らの輸入であり、近年の中国の輸出規制の動きは、我が国の製造業に不安と疑心を生み出
している。
図 5-45 中国資源囲い込み政策
1
増値税(17%)の
還付廃止
2
輸出税を課税
3
輸出割当数量の削減
輸出許可品目の拡大
4
加工貿易の禁止
2004
2005
2006
2007
2008
2009
■REの還付を廃止
■In金属,Mo精鉱,RE酸化物の還付廃止
■W,Mo,Sbの還付廃止
■V酸化物,Cr酸化物の還付廃止
■各金属鉱石、REの輸出関税10%、Ni,Mnを15%へ
■Wが5%,Mo,In,Crを15%に引き上げ
■Nd,Dyが10%,Ni,Mn,Cr鉱石を10→15%へ
■REを10→25%に,Wを10%,フェロCrを20%に
(■W,Mo,Inを5%に引き下げ)
■年毎に削減(別表)
■E/L制度にMo,Inを対象に追加
■銅等の加工貿易(輸入鉱石,スクラップを精錬し輸出すること)を禁止
■レアメタルの一部を追加
104
【参考文献】
(1)JOGMEC
鉱物資源マテリアルフロー 2008
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/jouhou/material_flow_frame.html#2008
(2)JOGMEC レアメタル備蓄データ集(31 鉱種)総論、各論,平成 21 年度 3 月
(3)工業レアメタル,No.125,Annual Review 2009,アルム出版社
(4)JOGMEC
金属技術トッピクス,平成 21 年 4 月 7 日,Lithium Supply & Market 2009 報告(その
1)
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/tec_topics/09_02.html
(5)JOGMEC
金属技術トッピクス,平成 21 年 4 月 7 日,Lithium Supply & Market 2009 報告(その
2)
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/tec_topics/09_03.html
(6)レアメタル ハンドブック 2009,JOGMEC 監修,(株)金属時評
105
6.資源リスクに向けた企業、社会、国の対応
6-1
資源リスク
中国など新興国の旺盛な資源需要、資源メジャーによる寡占、資源ナショナリズムの高
まりなどを背景に資源の調達リスクが高まってきている。我が国すべての製造業の基盤素
材である鉄やベースメタルでは価格が高騰し、リーマンショック後も価格が旧来レベルに
復する気配を見せていない。またレアメタルなど偏在性の高い資源では供給危機への波及
が懸念されるようになってきた。我が国は、資源の安定調達を前提に、製造と販売そして
豊かな消費社会を組み立ててきたが、「高い資源」の時代が到来し、我が国製造業が資源リ
スクに脅かされる時代に突入したようである。しかもこの資源リスクは一過性リスクでは
なく、10 年、15 年と長期にわたり続きそうな気配を見せている。
このような状況を回避するための方法が「4R」のコンセプトである。2007 年 10 月、日
本、ドイツ、中国など 9 ヶ国から約 130 人の材料や環境分野の研究者が石垣島に集まり、
持続可能な社会を構築するためのエネルギー、資源利用について議論し、資源利用の 3 つ
の原則と資源利用の 4 つの実践を盛り込んだ「石垣島宣言」を採択した。
≪石垣島宣言≫
(資源利用の 3 つの原則)
(資源利用の 4 つの実践)
・資源を枯渇させない
・使わずにすむものは使わない(Reduce)
・環境リスクを増やさない
・丁寧に使う(Reuse)
・地域的世代的公正に配慮する
・何度も使う(Recycle)
・ありふれたものを使う(Replace)
まず、企業レベルで実践できることは「Reduce」と「Replace」である。1970 年代、我
が国製造業が、省エネ技術・新エネルギー技術に取組んだように、製造業各企業が不退転
の決意を持って省資源技術や代替材料の開発に取組む時代がやってきた。
もう一つは「Reuse」と「Recycle」の徹底である。もちろん現在もリサイクルは実施さ
れており、鉄、銅、アルミニウムのリサイクル率は高い。しかしレアメタルなど希少金属
では、使用量が微小であるがゆえに、その回収は困難で、リサイクルは端緒についたばか
りである。社会や国あげてのリサイクルの実践が必要になってきている。
資源調達が困難になってきた状況を踏まえ、大手商社が資源開発事業に参入したり、最
終ユーザである製造企業あるいは業界が、資源権益確保に乗り出すなどの動きも出始めて
いる。資源を安価に安定して調達できる時代は終わった、という認識が拡がり始めた査証
かもしれない。資源リスク低減のための基本戦略として「代替材料開発」、「リサイクル」、
「資源権益確保」をあげ、これらの最近の動向について報告する。
106
6-2
代替材料の開発
(1)代替材料開発の国プロジェクト
文部科学省と経済産業省を中心に、代替材料開発の国プロジェクトが推進されている。
経済産業省が主導する「希少金属代替材料開発プロジェクト(経済産業省実施事業)」は
特定産出国への依存度が高いレアメタルなどの希少金属については、市場メカニズムが必
ずしもうまく機能しない可能性を有し、その供給リスクは経済成長の制約要因となり得る
との視点から、元素の代替/使用量低減技術を開発することを目的としている。平成 19 年
度に、透明電極向けインジウム、希土類磁石向けディスプロシウム、超硬工具向けタング
ステンを対象とするテーマ 5 件、平成 21 年度には白金族触媒などに関するテーマ 5 件が採
択された。5 年後の実用化を目途に研究を実施している。(1)
一方、文部科学省の「元素戦略プロジェクト(文部科学省実施事業)
」は、材料の機能・
特性を決定する元素の役割・性格を研究し、物質・材料の機能・特性の発現機構を明らか
にすることで、希少元素や有害元素を使うことなく、高い機能をもった物質・材料を開発
することを目的としており、平成 19 年(2007 年)からスタートした。2007 年に 12 件の
案件が採択され、2009 年には 9 件が追加された。このプロジェクトにおいても、5 年の研
究期間の終了後に、実用化に向けた研究段階に移行することを目標として、基礎的・基盤
的な研究を推進することとしている。(2)
表 6-1(a)
希少金属代替材料開発プロジェクト(経済産業省、平成 19 年度)
希少金属代替材料開発プロジェクト(経済産業省 平成19年度採択)
鉱種
インジウム
インジウム
ディスプロシウ
ム
タングステン
タングステン
テーマ名
採択事業者
東北大学
透明電極向けインジ
㈱アルバック
ウム使用量低減技術
三井金属鉱業㈱
開発
DOWAエレクトロニクス㈱
概要
ITO薄膜において現状のIn203組成(90%)を新規元
素の添加により50%にまで減じつつ、現状と同等の
特性(導電性、透過度)を持つ材料組成を第一原
理計算にもとづいた計算科学を活用しながら開
発。さらにそのターゲットの量産技術を開発する。
透明電極向けITO代
替材料開発
(独)産業技術総合研究所
金沢工業大学
高知工科大学
アルプス電気㈱
カシオ計算機(㈱
大型フラットディスプレイ向けの反応性プラズマ蒸
着法(RPD法)成膜技術の開発、Inを全く使用しな
い新規な材料、新たな酸化抑制型成膜技術(基礎
技術は直流マグネトロンスパッタリング)等の開発
を行う
希土類磁石向けディ
スプロシウム使用量
低減技術開発
東北大学
(独)物質・材料研究機構
(独)日本原子力研究開発機
構
㈱三徳、TDK㈱
インターメタリック㈱
Nd-Fe-B結晶粒の微細化・原料粉末最適化技
術、界面ナノ構造制御技術(強磁場プロセス、薄
膜プロセス、組織制御など)を開発する。また、界
面ナノ構造や磁化過程の詳細な解析や計算科学
により、高保磁力化のための原理を獲得する。自
動車会社による評価によって得られた情報を製造
プロセスへ還元し、更に高保磁力高性能なNbFe-B系焼結磁石の開発を目指す。
超工具向けタングス
テン使用量低減技術 (独)物質・材料研究機構
開発及び代替材料開 住友電気工業㈱
発
異種硬質材料の高強度・高耐熱性接合技術と超
微粒子合成技術、結晶界面制御技術、粉末複合
化技術を融合した複合構造のサーメット合金(炭窒
化チタン系)作成技術を開発し、超硬合金を部分
的に代替する材料開発を行う。
(独)物質・材料研究機構
超工具向けタングス
(財)セラミックファインセン
テン使用量低減技術
ター
開発及び代替材料開
㈱タンガロイ
発
㈱富士ダイス
炭窒化チタン系(Ti(C,N))基サーメットの組織形成
を解明するための基礎研究、新しいサーメット固
溶体粉やコーティング技術の開発、さらにはサー
メット工具として実用化を目指した技術開発を行
う。
107
表 6-1(b)
元素戦略プロジェクト(文部科学省、平成 19 年度)
元素戦略プロジェクト (文部科学省 平成19年度採択)
鉱種
亜鉛
テーマ名
採択事業者
東京工業大学(水流徹)
亜鉛に変わる溶融Al (独)物質・材料研究機構
合金系めっきによる JFEスチール㈱
表面処理鋼板の開発 新日本製鐵㈱
日本軽金属㈱
プラセオジウム
セリウム
アルミ陽極酸化膜を
(独)物質・材料研究機構
ルテニウム
用いた次世代不活性
(木戸義勇)
ビスマス
メモリの開発
水素新機能
パラジウム
ロジウム
白金
鉛
ビスマス
インジウム
ディスプロシウ
ム
ネオジウム
(H19年度)
概要
メッキ鋼板に用いられる亜鉛(Zn)は、消費量が莫
大なため、将来の資源枯渇が深刻に懸念される。
そこで亜鉛を代替するAl合金系の表面処理系の
表面処理技術を開発する。現状の亜鉛による表
面処理技術、溶融メッキ製造設備を活用しながら
高機能性を損なうことなく、豊富で無害な元素であ
るAl-Mg-(Zn,Si)系合金による表面処理技術を開
発する。
次世代メモリ候補として有望な抵抗変化型メモリ
(ReRAM)をアルミニウムの陽極酸化により実現
し、プラセオジウム、セリウム、ルテニウム、ビスマ
ス等の希少・有害元素を代替する。本技術は電気
化学的に高密度に自己形成した酸化アルミニウ
ムのナノ規則化構造を利用したものであり、希少
金属を全く必要としない。環境にやさしい安価なナ
ノ構造デバイスの開発が期待される。
東北大学(岡田益男)
福山大学
岩手大学
サブナノ格子物質中
九州大学
における水素が誘起
電気磁気材料研究所
する新機能
トヨタ自動車㈱
㈱本田技術研究所
日鉱金属㈱等
水素原子は従来金属材料に悪影響のみを与える
と考えられてきたが、近年数多くの未知のポジティ
ブな機能の発現を期待されている。本研究は水素
の効果を多面的に理解するとともに、それぞれの
材料の特性を飛躍的に向上させることを目的とし
て、Al系、Cu系、Ti系合金において、水素吸放出
熱処理により結晶粒微細化による特性の向上を
図る。また、サブナノ格子物質中に固溶した水素
が誘起する新機能について検討し、材料への応
用の可能性を追求する。
(独)日本原子力研究開発機
構
脱貴金属を目指すナ
(西畑保雄)
ノ粒子自己形成触媒
ダイハツ工業㈱
の新規発掘
北興化学工業㈱
大阪大学
自動車排ガス浄化触媒や有機合成触媒中の貴金
属(パラジウム、ロジウム、白金)の大幅削減、更
には脱貴金属触媒の実用化を目指す。自己再生
型インテリジェント触媒の概念を更に発展させ、ナ
ノ粒子特有の高機能触媒機能を発現させ、貴金
属使用の大幅削減、最終的には脱貴金属触媒を
目指すと同時に、仕様環境に応じた最適なナノ粒
子合成技術を確立する。
山梨大学(和田智志)
圧電フロンティア開拓 東京工業大学
のためのバリウム系 京都大学
新規巨大圧電材料の 東京理科大
(独)産業技術総合研究所
創生
キヤノン㈱
現在広く用いられている鉛系圧電材料を凌駕し、
有害な鉛やビスマスのみならず、シリコンプロセス
に不適なカリウム、ナトリウム、リチウムを含まな
いバリウム系新規巨大圧電材料を開発する。組
成相境界(MPB)設計とドメイン構造制御技術シー
ズに基づき、自動車、家電から微小電子機械
(MEMS)等の革新に不可欠の新デバイス開発に向
けた材料、電気、機械にまたがった新たな応用分
野を研究する。
(財)神奈川科学技術アカデミー
ITO代替としての二酸
東京大学
化チタン系透明導電
旭硝子㈱
極材料の開発
豊田合成(㈱
透明電極に必須のITO(スズ添加酸化インジウム)
を二酸化チタン系透明電極(TNO)で代替すること
を目指し、実用法(スパッタ法およびCVD法)を用
いて同材料をガラス上に成膜するためのプロセス
を確立する。また、TNOを青色発行ダイオード用
透明電極としての可能性を追求する。
日立金属㈱(広沢哲)
低希土類元素組成高
名古屋工業大学
性能異方性ナノコンポ
九州工業大学
ジット磁石の開発
(独)物質・材料研究機構
従来の焼結磁石と同等/以上の磁石特性をディス
プロシウムなど重希土類元素を用いず、ネオジウ
ムなど希土類元素組成使用量も低減した、低希土
類元素組成で実現できる新しい磁石材料の開発
を目指す。飽和磁束密度の高い軟磁性相と保持
力の高い硬質磁性相をコンポジット化した高性能
異方性ナノコンポジット磁石を開発しサブミクロン
サイズ微結晶粒の磁化容易方向のそろった微結
晶組織による異方性なのコンポジット磁石を試作
する。
108
表 6-1(c) 希少金属代替材料開発プロジェクト(経済産業省、平成 21 年度)
希少金属代替材料開発プロジェクト(経済産業省 平成21年度採択)
鉱種
テーマ名
採択事業者
概要
白金族
遷移元素による白金
族代替技術及び白金 日産自動車(株)、電気通信
族の凝集抑制技術を 大学、名古屋大学、早稲田
活用した白金族低減 大学
技術の開発
(1)触媒の機能劣化の要因となる白金族の凝集(シ
ンタリング)を抑制する技術の開発、
(2)鉄等の遷移元素を用いた代替材料の開発、
(3)触媒反応に有効なプラズマ処理技術の開発、
(4)異なる触媒の機能統合化
白金族
(独)産業技術総合研究所、
ディーゼル排ガス浄
三井金属鉱業(株)、水澤化
化触媒の白金族使用
学工業(株)、名古屋工業大
量低減化技術の開発
学、九州大学
(1)触媒活性種の探索設計、触媒調製技術の開
発、担体の新規開発、
(2)非白金元素を用いたDPF用触媒の開発、
(3)触媒のコーティング手法の開発とシステム構
築、(4)(1)~(3)で得られた触媒の実用性能評価、
を実施し白金の使用量低減を図る。
セリウム
(財)三重県産業支援セン
ター、京都大学、九州大学、
代替砥粒及び革新的 東北大学、( 財)ファインセラ
研磨技術を活用した ミックスセンター、秋田県産
業技術総合研究センター、
精密研磨向
(株)小林機会製作所、サイチ
工業(株)
(1)シミュレーションと実験による研磨メカニズムの
解明と代替砥粒の設計、
(2)複合酸化物を含む砥粒の開発と既存砥粒の改
良、(3)研磨前のガラス表面加工及び電界を用い
た砥粒制御による研磨効率向上、
(4)(1)~(3)の研究開発を統合し、セリウムの使用
量低減を図る。
セリウム
(1)無機あるいは有機成分からなる代替砥粒の開
発、
(2)研磨効率を高め研磨材の使用量低減に対し効
4BODY研磨技術の概 立命館大学、(株)アドマテッ
果のあるメディア粒子の開発、
念を活用したセリウム クス、日本ミクロコーティング
(3)研磨特性を向上させた新規研磨パッドの開発、
使用量低減技術の開 (株)、九重電気(株)、(株)クリ
(4)砥粒を全く用いない加工技術および研磨を加
発
スタル光学
速する技術の開発、
以上の4つの要素(4BODY)を研究開発し、セリウ
ムの使用量低減を図る。
テルビウム
ユーロビウム
(1)高速理論計算手法と材料コンビケム合成によ
る蛍光体の新規組成の確立、
(2)新規蛍光体の高速評価法の確立と蛍光体探索
高速合成・評価法に
(独)産業技術総合研究所、
への適用、
よる蛍光ランプ用蛍光
東北大学、新潟大学三菱化
(3)蛍光ランプの光利用効率を向上させるガラス部
体向けTb、Eu低減技
学(株)、パナソニック(株)ライ
材の開発、
術の開発
ティング社
(4)蛍光ランプ製造工程における蛍光体ロスの低
減技術の開発により、Tb、Eu、の使用量低減を図
る。
109
表 6-1(d)
元素戦略プロジェクト(文部科学省、平成 21 年度)
元素戦略プロジェクト (文部科学省 平成21年度採択)
鉱種
テーマ名
採択事業者
概要
製錬プロセス学で養われてきた化学熱力学の考
え方と第一原理計算によるエネルギー計算を連
携させ、3元系以上における汎用元素からなる物
質の探査とその機能発現に関わる研究を行う。対
象とするデバイスは、燃料電池用固体電解質、太
陽電池用化合物半導体、生体用セラミックスであ
り、いずれの研究対象においても、元素として豊
富に存在するりんを特に意識した研究を展開し、
りんの化合物について基礎的な知見を得ることを
目的とする。
化学ポテンシャル図
多元系汎用元素 に立脚した多元系機 京都大学
能材料の精密制御
分子結晶
申請者が独自に開発した有機分子を二次電池活
物質として用いた「分子結晶性二次電池」の性能
の大幅な向上を目的とする。活物質となる有機分
有機分子を活物質に
子の電子構造、結晶構造および充放電下におけ
用いた二次電池の高 大阪大学、大阪市立大学、 る電子構造変化や電池デバイス化条件と各種の
性能化と充放電機構 日本電子データム株式会社 電池特性の相関を明らかにするために、新しい
の解明
ESR測定技術を開発する。また、各種の顕微鏡技
術を用いて電極部位の微小空間変化を微視的に
観測し、デバイス材料と作成条件の最適化に役立
てる。
白金族
身近な元素で構成される磁性材料を組み合わ
せ、その界面での磁気的相互作用を積極的に利
用することで、今日を代表する大容量記録装置で
あるハードディスク(HDD)媒体に欠かせないPtと
Ruの二つの白金族元素を代替することを目的とす
複合界面制御による 筑波大学、HOYA、名古屋工 る。Ruはノイズ低減のための磁化反平行層に形
白金族元素フリー機 業大学、名古屋大学、関西 成に唯一の元素であり、Ptは記録層の垂直磁化
能性磁性材料の開発 大学
材料に用いられている。本提案では、希少金属を
含まない強磁性酸化物に注目し、金属界面に生じ
る磁気的相互作用を利用することで、新たな機能
性磁性材料開発手法(界面磁性エンジニアリン
グ)を確立して、白金族元素フリー磁性材料を実
現する。
リチウム
携帯電子機器用高エネルギー密度電池として広く
普及している現行リチウムイオン電池には正極に
コバルトのみならず、負極にリチウムといった稀少
金属がふんだんに使われており、この材料系のま
エコフレンドリーポスト
九州大学、住友化学株式会 ま大型化し電気自動車や電力負荷平準化、風力
リチウムイオン二次電
社、山口大学
発電等のバックアップ用途に転用することは、資
池の創製
源制約上あり得ない状況にある。そこで、現行リチ
ウムイオン電池を材料レベルから再検討し、レアメ
タルフリー化、エコフレンドリー化を図ったナトリウ
ムイオン電池の実現を目的とする。
(2)インジウムと代替 ZnO 透明導電膜
1)経緯
インジウムは 1863 年にドイツで発見されて、49 番目の要素として周期表に加えられた。
20 世紀初頭、米国インジウム株式会社において工業材料としての実用化が始まったのだが、
透明金属としての特性を生かした適用は、液晶ディスプレイが発明されてから本格的に始
まった。現在、日本でのインジウムの使用量は 963 ㌧(2007 年)で、その 89%が透明電極
(ITO)として使われている。
液晶テレビの普及とともに 2003 年頃よりインジウム価格の高騰が始まり、2005 年、2006
年には調達の危機が囁かれるほど供給状況が悪化した。以降、インジウム代替材料の開発
やリサイクルが強く意識されるようになってきた。
2)ITO 透明導電膜の動作原理
110
ITO(Indium Tin Oxide)は導電性があるのに透明であることから、液晶やプラズマと
いったフラットパネルディスプレイの電極(透明導電膜)に使われている。透明導電膜(透
明酸化物半導体ともいうが)の物理学について少し説明する。
固体物理学によると、物質は電子が豊富だが電子の移動性が低い価電子帯と、電子密度
が低いが電子移動度が高い伝導帯からなり、価電子帯と伝導帯の間にはエネルギー準位の
差(禁制帯;バンドギャップ)がある。外部からの光や熱などのエネルギーを受けた際に、
そのエネルギーがバンドギャップより大きい場合はそのエネルギーは吸収され、価電子帯
から伝導帯に電子が移動することで電気が流れることができる。一方、透明であるとは固
体表面で光が反射することなく、また固体内部で光が吸収されることもないということで
ある。
金属はバンドギャップがないので、価電子帯と伝導帯の間で電子の移動が自由に行われ
るため導電性を有するが、可視光に対しては非透過(反射)である。それは金属の高い密
度の自由電子(キャリア電子)が光の電界を受けると集団運動を起して逆向きの電子分極
が生じて、金属内部に電界を侵入させないからである。
バンドギャップが大きい物質(ワイドギャップ)に微量な物質を添加(ドープ)するこ
とで、金属のような導電性を持ちながら可視光に対し透過な(反射も吸収も少ない)物質
を作ることができる。即ち、金属に比べると電子密度が低いために表面での反射が少なく、
あるレベルのバンドギャップがあるため、そのバンドギャップ以下のエネルギーしか持た
ない光は吸収されず、しかしドープされた物質により価電子帯から伝導帯への電子の移動
が可能(そこで多少の光の吸収は起こるが、透明性を損なうほどではない)になることで
導電性を持つという条件を満たす物質が透明伝導物質となる。
その典型である ITO は In2O3 に Sn がドープされた立方晶であり、そのワイドギャップ
半導体としての特性が、透明伝導性を発現している。このような特性を持つ物質(透明酸
化物半導体)はワイドギャップ半導体
(3)
と呼ばれ、例えば紙の様にフレキシブルなディス
プレイや LED の素材として注目を集めている。
結晶構造における伝導帯と価電子帯間のエネルギー準位のギャップ(禁制帯幅)の大き
さにより、電気的・光学的特性が異なってくるが、透明でかつ導電性のある薄膜を作製す
るためにはこの禁制帯幅が大きい(ワイドギャップ;バンドギャップが 3.3eV 以上)こと
を利用する。ワイドギャップ半導体では、エネルギーギャップが紫外域に対応するため可
視光を吸収せず、キャリア電子の密度が 1021cm-3 程度と、金属よりかなり低いため可視光
を反射しない。このためワイドギャップ半導体からなる膜は可視光をよく透過する。キャ
リア密度の異なる 2 種類の ITO 膜の可視光スペクトルを図 6-1 に示す。キャリア密度の高
い膜は、赤外光を反射するため赤外領域の透過率は減少するが、可視光領域では 80%以上
の透過率を示している。
上記の伝導・透過特性をもつワイドギャップ半導体は ITO 以外にもあり、酸化亜鉛(ZnO)、
111
酸化スズ(SnO2)などが知られている。これらの透明導電膜用材料としてよく使われる物
質の特徴を表 6-2 にまとめる。
図 6-1 キャリア密度の異なるワイドギャップ半導体の透過率スペクトル
表 6-2 透明導電膜用材料の比較
透明導電膜用材料
特 徴
・酸化インジウムに 5~10wt%の酸化スズを添加
ITO
(酸化インジウム・スズ)
・In3+席に置換した Sn4+がキャリア電子を発生する
・酸素欠損も同時にキャリアを発生
・抵抗率が低いため(1.5~2.0×10-4 Ωcm)、
液晶ディスプレイなどに最もよく用いられている
・インジウムが高価である
ZnO
・酸化亜鉛に酸化アルミニウムや酸化ガリウムを添加
(酸化亜鉛)
・安価だが抵抗率が高い(~1.0×10-3 Ωcm)
SnO2
・酸化スズに酸化アンチモンやフッ素をドープ
(酸化スズ)
・太陽電池用電極として使用されている
112
3)代替材料開発
(材料開発)
ワイドギャップ半導体として現在は ITO がその代表であるが、省インジウム、脱インジ
ウム、インジウムフリーの動向の中で、酸化亜鉛(ZnO)や酸化マグネシウム(MgO)が
注目されている。
ZnO(酸化亜鉛:Zinc Oxide)は、工業的には金属亜鉛を加熱、気化して空気で燃焼させ
る方法か、硫酸亜鉛または硝酸亜鉛を燃焼させて製造する。粒径 0.1μm 以下と細かい白色
の粉末状材料であり、毒性がないことなどから、白色顔料として多用されている。この他、
ゴムの加硫促進助剤、塗料、印刷インキ、医薬品、歯科材料など多様な用途に普及してい
るが、やはり注目されているのが透明で導電性を持つという特徴を活かした使い方である。
例えば、フラットパネル・ディスプレイ(FPD)や白色 LED 向けの透明電極として期待さ
れている。透明電極として現在普及している ITO(インジウム・スズ酸化物)は原料の In
の価格が高騰しているが、Zn は埋蔵量が多くて安価であり原料問題を回避できるためであ
る。ZnO は室温における禁制帯幅(バンドギャップ)が 3.37eV であることから 365nm 以
上の波長の光を透過する。ただ、ITO の抵抗率が 1×10-4 Ω/cm 以下であることと比べる
と、2~3 倍大きいという問題がある。しかし大面積化が進んでいることや ITO に比べて透
過率が高いこと、厚膜化して抵抗を下げることも可能であることから ITO を代替しうるレ
ベルに来ているといわれている。
更に、半導体としての特性そのものを利用することが研究されている。FPD 駆動用の透
明 TFT や白色 LED 向けの近紫外 LED である。透明 TFT(Thin Film Transistor 薄膜ト
ランジスタ)では、Si-TFT と違って可視光を吸収しないので、輝度低下の要因となる遮光
膜を不要にできることから、光取り出し効率を高めてパネル輝度を向上できると見られて
いるからである。
ZnO 系透明電極を開発するためには、ITO 並の導電性をもたせる必要がある。そこで、
ZnO に Al や Ga を 0.1 質量%以上添加することにより、導電性を付与する検討が進んでい
る。これらの元素を添加することで導電性が上がるのは、Zn イオンの部分に Al イオンま
たは Ga イオンが置換固溶することで電子を 1 つ放出されて抵抗が下がるからだと見られて
いる。
一方、ZnO はバンドギャップが 3.37eV と大きな酸化物半導体だが、半導体デバイスとし
て利用するとなると、n 型、p 型半導体の両方が必要になる。しかし、ZnO 自体は n 型半
導体になりやすく、p 型半導体をつくるのは極めて難しいという問題がある。
しかし最近、p 型結晶の成長技術が確立されてきており、発光に必要な pn 接合の形成が
可能になった。また、透明 TFT 向けでは、多結晶 Si 並みのキャリア移動度が得られるよう
になり、俄然現実味が出てきた状況である。
113
(製造技術の開発)
FPD 用の ITO を代替するためには、1m×1m 以上の大面積で成膜できる装置が必要であ
る。分子線エピタキシー法では 30cm×30cm が限界であり、大面積の成膜は難しいという。
このため、例えば、高知工科大学、住友重機械工業、産業技術総合研究所の共同研究チー
ムが反応性プラズマ蒸着(RPD)法といった大面積を可能にする新しい成膜方法の開発を
進めている。
ITO 代替材料開発は、単にインジウムが不足するからという理由だけでなく、常温超伝
導材料のように、酸化物の持つ様々な特性が解明されてきていることによって加速されて
いる。液晶パネルではガラスの上に ITO と TFT が加工されているが、フレキシブルディス
プレイの場合は、ガラスの代わりに高分子材料を基板に使うことが必要になる。従来のガ
ラス基板上への加工の際には、スパッタリング等(図 6-2 参照)の高温工程が必要であるが、
高分子基板を使う場合は低温での加工が求められる。このように代替材料開発は製膜技術
などの製造技術開発と表裏一体となって進められている。
図 6-2 製膜技術
スパッタリングの例
(ZnO 以外の材料開発)
ZnO 以外の材料開発も進められている。
住友金属鉱山では ITO の代わりに ZTO(Zinc Tin Oxide)が使えないか検討中であり、
東ソーでも同じく亜鉛ベースの化合物でテストを行なっている。
東海大学ではマグネシウム基非酸化物透明導電膜について研究を進めている。ブルサイ
ト構造の水酸化マグネシウムに着目したものであり、クラーク数で言うと上位 25 番までの
元素からなり、また非酸化物系であることを特徴としている。電気伝導の発現に関して、
114
微細構造からそのメカニズムの解明を進めている。
(財)神奈川科学技術アカデミーでは、
「Nb ドープ TiO2 透明導電膜についての開発」を進
めている。実用的な成膜手法であるスパッタリング法を用いた成膜技術の改良によって、
ガラス上で抵抗率 6.5×10-4 Ω cm を示す薄膜が得られており、実用化が視野に入りつつあ
る。
4)リサイクル
インジウムのマテリアルフローを見ると、地金の 30%が ITO 製造に使われており、70%
はスパッタリング時の ITO ターゲット材としてリサイクルされている。
ITO 製造に使われている 30%のうち、マスキング材やスパッタリング等の製造装置壁面
への付着が 20%、エッチング等の加工廃液中に 5%、不良パネル中に 2%となっており、製
品中には 3%が含まれるのみである。ターゲット材、壁面付着物、エッチング廃液からのリ
サイクル実施もしくは検討が行われている。
タ ー ゲ ッ ト 材:スパッタ時には大きな汚染は考えられないので、スパッタリングターゲ
ットの ITO 焼結体を粉砕し、再度ターゲット製造工程(焼結工程)に
戻して利用される。
壁 面 付 着 物:高純度 In に再生するには、製錬工場に持ち込み製錬を行った後、ター
ゲット材に加工される。
エッチング廃液:まだ完全にリサイクルプロセスが確立された状態ではなく、パネルメ
ーカと製錬メーカーで検討が行われている状態である。
一方、最終製品に含有されたインジウムについては、いずれの用途についても回収・リ
サイクルはなされていない。これは、例えば透明電極用途の場合、15 インチの液晶パネル
でインジウムは合計で 1g 程度しか含まれておらず、かつその量も技術開発により減少する
傾向にあるため、パネルからのインジウム回収は経済的に成立し難いためである。しかし、
インジウムの需要急増による高騰などを背景としてシャープでは液晶パネルからのインジ
ウム回収技術の開発を行っている。
シャープは、液晶パネルに形成される ITO 透明電極膜から、独自の手法により、独自のイ
ンジウムのリサイクルに成功した。(4), (5) 開発されたリサイクル手法は、液晶パネルをガラ
スカレット状に粉砕した後、酸溶解し、インジウムの特性を生かした分離新技術によって
インジウムとして回収する。本手法は一般的な薬品を用い、高温・高圧といった大きなエ
ネルギー負荷をかける必要がなく、シンプルなプロセスで、しかも高純度のインジウムを
回収できることが特徴である。
今後、買い替えなどで廃棄される液晶パネルも増えることが予想されることから、この
リサイクルシステムの実稼動に向け、大型実験機による検証実験を行い、インジウムのマ
テリアルリサイクルを目指す予定である。
115
(3)タングステンと超鋼合金代替材料
1)タングステンの必要量
タングステンは金属のうちでは最も融点が高く(3422℃)、タングステン合金や炭化タン
グステンは非常に硬度が高い。硬度、耐熱等の特性から、高速度鋼、超硬合金として金属
加工機に取り付ける切削工具や金型、ダイス等に使われる。高融点の特性を活かして照明
器具のフィラメントや電極棒、各種部材に用いられるとともに、触媒としても用いられる。
タングステンの最大の用途は超硬合金であり次いで高速度鋼である。
JOGMEC のタングステン・マテリアルフローによれば、超硬工具生産量は約 6,300 ㌧/
年であり、その生産に要するタングステン・カーバイド粉使用量は、リサイクル分も含め
約 5,000 ㌧/年、高速度鋼生産量は約 15,000 ㌧/年、原料となるフェロタングステンが約
1,300 ㌧/年(その他にリサイクルされた使用済み工具約 6,000 ㌧/年)である。(6)
2)切削工具に使用される材料
タングステンの主な用途は切削工具である。まず、切削工具に使用される材料(材種)
を概観し、そのうえで省タングステン、脱タングステンの動向について述べる。
工具の材料は被削材より硬く、かつ衝撃に耐えるために靱性が高くなければならない。
さらに切削中は高温になるので、高温になっても高度が下がらず、耐摩耗性の良いことが
必要である。図 6-3 は切削工具に使われる材料を示したものである。これらのうち炭素工具
鋼、合金工具鋼、鋳造工具鋼は過去の工具材料で、現在では高速度鋼、超硬合金、サーメ
ット、セラミックスなどが切削工具材料として使われることが多い。現在も使用され材料
の特徴を表 6-3 にまとめる。また図 6-4 は切削材料の適用範囲を示したもので、切削工具材
料と被削材との関係を被削材硬度と刃削速度との関係で示した。
工具鋼
切削工具
(1)炭素工具鋼
(2)合金工具鋼
(3)高速度鋼
(4)鋳造工具鋼
(5)粉末ハイス
焼結工具
(6)超硬合金
(a)通常粒径
(b)微粒粒子
(7)サーメット(TiC, TiN 系)
(8)セラミックス(Al2O3,Si3N4など)
(9)cBN(立方晶窒化ほう素)
(10)ダイヤモンド
図6-3 切削工具に使われる材料
116
表6-3 工具用材料の特徴
材 料
特
徴
高速度鋼は「ハイス」とも呼ばれる。0.7~0.8%C、18%W、4%Cr、1%V の組
高速度鋼
成が標準で、炭化物が微細かつ均一に分布するように熱処理を行うこ
とが重要である。Co を添加して耐熱性を上げ、W の一部を Mo で置き換
えて靱性を高めたものがある。バイト、ドリルなどに使われる。
WC を主成分として焼結の結合剤に Co を用いる。JIS では用途分類とし
て、普通鋼や合金鋼に用いられる P 種(WC-TiC-TaC-Co)、鋳鉄や非
鉄金属に用いられる K 種(WC-Co)があり、その中間に耐熱鋼、鋳鋼に
超硬合金
用いられる M 種がある。
粒径が 1μ以下の超微細の WC を用いるものが超微粒子超硬合金であ
り、焼結時の WC の粗大化を防ぐため、VC や Mo2C などが加えられる。
WC 粒子が小さくなるほどシャープな刃先を精度よく形成できる。
サーメットはセラミック・メタルを略したもので、TiC、TiN などの硬質層を
形成し、結合層には Ni や Mo を用いたものである。TiC、TiN は WC と比
サーメット
較すると高温強度や耐酸化性に優れ、被削材との反応性も低いという
特徴がある。セラミックスの高速切削や超硬合金の低速切削まで幅広く
使用されており、被削材表面状態も良好である。超硬合金に比べると硬
さは少し大きいが靱性が若干劣る。
工具に用いられるセラミックスは、高純度・微細な酸化物(Al2O3)や窒化
物(TiN、Si3N4 など)などの粉末を高温で加圧しながら緻密に焼結させた
セラミックス
ものである。当初はアルミナ系が中心で耐摩耗性に優れているが欠損
し易く、使用範囲が限られていたが、TiC や SiC を加えて靱性が改善さ
れ、鋳鉄や高硬度の被削材に用いられるようになった。
高温・高圧化で超硬合金母材上に焼結された焼結ダイアモンドが主とし
ダイヤモン
cBN
て利用される。アルミや銅などの非鉄金属とその合金、セラミックス、プ
ラスチック、ゴム、CFRP などの切削に用いられる。
ダイアモンドと同様、超高圧装置で合成され、ダイアモンドに次ぐ硬さと
(立方晶窒化ほう素) 熱伝導率を持ち、鉄と反応し難いうえに耐熱衝撃性も高いなどの特徴を
有している。そのため鋳鉄の高速切削、高硬度材の仕上げ切削、鉄系
焼結合金の切削などに使用される。
117
図 6-4 工具切削材料の適用範囲
出所)狩野勝吉著,「データでみる次世代の切削加工技術」(2000),日刊工業新聞社(7)
3)代替材料開発の動向
タングステンは中国に偏在し、輸出制限品目の対象となっている。中国からの輸入に頼
る我が国にとっては、タングステンは供給リスクの高い元素である。省タングステン、脱
タングステンを目指し、高速度鋼や超硬合金での代替材料開発が進んでいる。タングステ
ン使用量低減技術として、表面コーティング技術、サーメット置換技術、スローアウェイ
チップ、革新的長寿命化技術などの開発が行われている。
①コーティング技術の開発
コーティングの目的は、基材のもつ靭性を活かしながら、その表面の被膜により耐磨耗
性、耐熱性を強化し工具寿命も伸ばそうとするものである。
高速度鋼では浸炭処理、窒化処理、窒化物・炭化物コーティングで、工具表面の摩擦を
減らし耐磨耗性をあげている。超硬合金の場合は、TiC、TiN、TiCN、AL2O3等の硬質物質
を数μmの厚みで多層(層毎に異なる硬質物質)に蒸着させてコーティングしている。また、
CVDによりダイヤモンド薄膜、気相合成法による非晶質構造を持つカーボン薄膜形成など
により表面の耐磨耗性、耐欠損性、耐熱衝撃性の向上などを狙う研究も行われている。
被膜の生成方法としては CVD(化学蒸着法)、PVD(物理蒸着法)がある。CVD が 1000℃
前後の環境下で反応が行われるのに対し、PVD は 500℃前後で行われ、前者の方が基材と
コーティング材との凝着性は高く切削性能高いが、後者は基材組織への影響がなく、複雑
な基材形状への対応が可能であり低エネルギーであるなどそれぞれの特長がある。コーテ
ィング被膜材としては、TiN,(Ti,Al)N,(Ti,Si)N,(Cr,Si)N,(Al,Cr,Si)N 等があり、これ
らを単層、多層に被膜形成している。工具業界においてはコーティング技術開発に主力を
118
注いで製品開発が行われている。
②サーメット置換技術の開発
高速度鋼、超硬合金の代替材料としてサーメットがあげられる。サーメット(cermet)
とは、金属の炭化物や窒化物など硬質化合物の粉末を金属の結合材と混合して焼結した複
合材料で、ceramics(セラミックス)とmetal(金属)からの造語である。これは1959年に
セラミックスよりは靭性が少し大きい工具材料として開発された。全般的に、サーメット
は耐熱性や耐摩耗性が高いが、その反面、脆く欠け易い。
超硬合金の代替としてTiCN系サーメットが有力であるが、TiCN系サーメットは焼結時
に窒化物の分解により空孔を形成し大型焼結品を製造しにくく、その適用は切削工具向け
のスローアウェーチップが主体であり、超硬合金を広範囲に代替するには至っていない。
平成19年から実施されている経済産業省の「希少金属代替材料開発プロジェクト」でも、
「超硬工具向けタングステン使用量低減技術及び代替材料開発」(表〇〇を参照)という
テーマが採択されて、TiCN系サーメットをベースに、その組織、作製技術の開発により超
硬合金の代替を試みる技術開発が推進されている。
(財)ファインセラミックスセンターは、上記の「タングステン代替材料プロジェクト」
に参加しており、以下の記事にその内容が紹介されている。
「従来のサーメットの欠点を探っていくと、不均一な構造になっていることが突き止
められた。多くの材料を混合するので、焼結したときに均質でないものになっていた。
我々のプロジェクトは、これまでにジルコニウム、モリブデン、窒素といった元素を加
えてよく混ぜ合わせ、非常に高性能な炉で処理することで、今までよりも硬くてねばり
強いサーメット材料を開発している。特殊な顕微鏡、コンピュータによるシミュレーシ
ョン、さまざまな設備と技術を駆使して、ナノレベルで材料の構造を制御することで良
い成果が出せている。」材料を作り出す装置や技術だけでなく、できあがった材料の構
造を解析して評価する技術やシミュレーション技術も大きな威力を発揮している。「超
硬工具は、一種のセラミック(焼き物)で、炭化タングステンにいくつか材料を混ぜて
焼き固めたものの上に、酸化アルミなどをコーティングしたものである。プロジェクト
では、炭化タングステンではなくチタン系炭化物や窒化物に結合材などを加えて脆さを
克服した複合材料を作り、この複合材料に適したコーティングを施して全く新しい材料
を作っている。日本のセラミック技術(焼結技術、コーティング技術)は世界的に見て
高く、また、複数の材料を混ぜ合わせ最適化させて複合材料を作ることを得意としてい
る。さらに、日本には最先端の研究開発に必要な原材料や特殊器具を迅速に入手できる
環境、技術を持った小回りの利く会社が多くある。これはヨーロッパには無い強みで、
こうした日本の匠の技や整った条件を活かして、プロジェクトを成功させたい。」(8)
③革新的長寿命化技術
119
超硬合金を成型する際に用いる原料の粒径をナノレベルに微細化することで、タングス
テン使用量の低減を図ろうとする技術開発も実施されている。ナノレベル微細化により粒
界に起因する脆性の回避、耐磨耗性の向上を図り、材料の長寿命化を狙う研究である。実
施主体者である(財)金属系材料研究開発センターの報告を以下に引用する。
(財)金属系材料研究開発センターでは、新エネルギー・産業技術総合開発機構の委
託を受けて「精密部材成形用材料創製・加工プロセス技術開発プロジェクト」(実施期
間
平成14年度~平成18年度)において、高精密成形加工を安定に行うため、高強度・
高靭性等を有すると同時に、微細加工性に優れた金型用超微細粒WC粉末原料製造技術の
開発と、焼結時の不均質な結晶粒成長を抑制する粒成長抑制焼結技術の開発を実施し、
粒径0.1マイクロメートルの超微細な超硬合金の開発に成功したと報じられている。世界
最小の結晶粒径の超硬合金(以下、ナノ微粒超硬合金という)である。超硬合金の低温
での摩耗は、主としてCo結合相部の優先的摩耗とWC粒子の欠損によって生じる。これ等
のうち、Co結合相部の優先的摩耗は、Co結合相厚さが薄くなる(WCが微粒となる)ほ
ど起こりにくい。WC粒子の欠損は、微粒ほど起こりにくい。従って、ナノ微粒超硬合金
製工具は、市販超微粒超硬合金製工具に比べ、工具の耐摩耗特性が優れ、希少資源の使
用量削減に寄与するものである。(9)
4)リサイクル
リサイクルの対象となっているのは高速度鋼と超硬合金である。それぞれの回収の概要
は以下のとおりである。
高速度鋼:使用済み高速度鋼、高速度鋼製造時のスクラップや工具製造時の切削屑、研
磨屑など、組成がはっきりしたものは製鋼用スクラップとして回収されてい
る。
超硬合金:超硬工具の約 30%がリサイクルされていると見られており、工具としての再
利用、高速度鋼製造時の添加剤、リサイクル用輸出に供されている。
超硬工具からタングステンを回収再生する場合の課題は、W と Co の分離である。工業的
に採用されているのは直接法の亜鉛処理法と間接法の酸化湿式化学処理法である。回収さ
れたタングステンの再生方法を表 6-4 にまとめた。
表 6-4 タングステン再生方法
120
直接法
セミ間接
法
間接法
特 徴
スクラップの構成成分の
まま粉砕して再生回収。
小規模設備、化学薬品不
使用といったメリットがあ
るが、スクラップの選別、
再利用時の成分調整が
必要
超硬スクラップから Co を
除去後、再生処理
ス ク ラッ プ を化 学 的 に分
解、溶融して構成成分ご
とに回収。再生品質は高
いが高コスト
方 法
亜鉛処理法
錫処理法
高温処理法
コールドストリーム法
直接粉砕法
電解法
コバルト溶解法
酸化湿式化学処理法
アルカリ溶解法
亜鉛界水熱法
塩化法
原 理
溶融亜鉛を Co と反応させ
除去
溶融錫を Co と反応させ除
去
~2000℃に加熱後急冷し
粉砕
衝突による粉砕
ボールミル等で粉砕
製錬と同様な処理
酸で Co を除去
製錬と同様な処理
ナトリウム塩で回収
硝酸で溶解処理し回収
塩素ガスで再生処理
タングステンのリサイクルに取組み始めた企業が現れている。住友電気工業株式会社と
三菱マテリアル株式会社の事例を紹介する。
切削工具及び工具素材の製造メーカである住友電気工業株式会社では、
「エネルギー使用
合理化希少金属等高効率回収システム開発事業」において「使用済み超硬工具の高効率リ
サイクルの実現」の開発を進めている。また、三菱マテリアルでは関連会社である、三菱
マテリアルツールズと日本新金属(株)を介してタングステン原料の安定確保を目指し、超
硬工具のリサイクル事業を進めている。
①住友電気工業のリサイクル事例
(10)
超硬工具の製造・販売会社である住友電工ハードメタル(株)では、販売ルートを活用し
た使用済み工具の回収システムを構築しているが、さらに回収した超硬工具のリサイク
ル・再資源化に取り組んでいる。回収した超硬工具の再処理は「亜鉛処理法」や「酸化焙
焼後に化学処理し、構成元素毎に分離回収」する方法が既に実用化されている。
しかし、これらの方法には以下の問題がある。
「亜鉛処理法」では使用済み超硬工具をタングステン・カーバイドおよびコバルトの粉
末として高効率に再資源化できるが、再生原料粉末は再生処理をした超硬工具の組成を維
持しているため、その組成が適用できる用途にしか使えない。「酸化焙焼後に化学処理し、
構成元素毎に分離回収」では、タングステンの中間原料であるパラタングステン酸アンモ
ニウム(APT)が精製回収され、再資源化したタングステンをあらゆる用途に適用できる
という利点があるものの、多くの工程で多量の薬品を使用しエネルギー消費も大きいため、
環境負荷が重くなるという問題がある。住友電工ハードメタルでは JOGMEC の支援を受
け、薬品使用量およびエネルギー消費の大幅削減をめざして、使用済み超硬工具を化学的
に溶解し効率良く APT に変換する新しい高効率リサイクルプロセスの開発を進めている。
また住友電工グループは、今年 4 月より、名古屋大学エコトピア科学研究所とレアマテ
121
リアルの回収・再資源化に関する共同研究をスタートさせている。エコトピア科学研究所
に共同研究拠点「レアマテリアル循環(住友電工)共同研究ラボ」を設置して、使用済製
品や廃棄物から資源を回収し有効に再利用する技術の研究開発を行っている。
②日本新金属のリサイクル事例
(11)
三菱マテリアルは、子会社でモリブデン等の粉末を製造するメーカである日本新金属に
おいて、2000 年にタングステンのリサイクル事業を立ち上げている。また 2008 年には、
子会社の超硬工具販売会社、三菱マテリアルツールズに、使用済み製品の回収部門を新設
した。これまで外部の集荷業者を通じて使用済み製品を回収していたが、さらに自社回収
を行うことでリサイクルの強化を行い、中国からの輸入への依存度を下げたいとの意向を
持っている。回収した使用済み超硬工具は、日本新金属の秋田工場で製錬する。秋田工場
ではタングステン精鉱とともに、回収した使用済み超硬工具から、中間原料の APT(パラ
タングステン酸アンモニウム)を精製し、ここから超硬工具原料の炭化タングステンを製
造する。同社ではロシアからの鉱石調達ルートを確保し、約 10 年ぶりに鉱石からの製錬を
再開したことから、リサイクル事業も立ち上げることにした。
今後は、リサイクル事業を軌道に乗せることで、製品の安定供給に反映させたいとのこ
とで、原料調達については今後、中国に対する依存度を全体の 3 分の 2 程度まで落とし、
残り 3 分の 1 をロシアからの調達や国内で発生したスクラップで賄っていく考えのようで
ある。
(4)リチウムイオン電池と電極代替材料
1)リチウムイオン電池を取り巻く状況
モバイル PC、携帯電話などの携帯型電子機器や環境問題の追い風を受けるハイブリッド
カー、電気自動車にとってリチウムイオン電池は不可欠の電源となってきた。
図 6-5 は電池の総生産(金額)の推移を示したものであるが、2008 年のリチウムイオン
電池の売上は 3,858 億円で、電池総額 8,461 億円の 46%を占めるに至っている。
リチウムイオン電池の負極材となっている「コバルト酸リチウム」という物質が高性能
の蓄電池材料に使えると 1980 年に論文で発表したのは、英オックスフォード大学のジョ
ン・グッドイナフ教授である。これが技術的な土台となって 1985 年、旭化成が実用的な蓄
電池の開発に成功し、1991 年にはソニーが商品化に成功する。リチウムイオン電池は日本
企業が世に送り出したともいえる。現時点では技術、シェアとも他国メーカを引き離して
いる。2009 年の世界シェアをみると、三洋電機(27%)、ソニー(19%)、パナソニック(10%)
など日本企業が健闘しており、日本のシェアは世界の 59%を占める。サムスン電子(韓国
16%)、BYD(中国 11%)などが日本企業に続くものの、日本企業が一歩先行しているとい
うのがリチウムイオン電池業界である。
リチウムイオン電池業界最大の関心は、車載用大容量二次電池の開発である。車載用リ
122
チウムイオン電池には、長い期間使っても劣化しにくい長寿命化と、電池のパワーに直結
する高い放電能力が求められている。これらは二つの性能は、電池を構成する 4 つ要素部
材「負極材、正極材、セパレータ、電解質」の材料特性に決定される。現在、負極材には
コバルト酸リチウム(LiCoO2)、正極材にはグラファイトなどのカーボンが使われており、
電池メーカ、日亜化学工業、三菱化学、昭和電工などの化学・素材メーカが入り乱れてこ
れら部材の研究開発に鎬を削っている。
電池 総生産(売上金額)
10000
金額(億円)
8000
6000
4000
2000
0
2001
2002
2003
ニッケル水素
2004
2005
リチウムイオン
2006
総額
2007
2008
2次電池合計
図 6-5 日本の電池総生産(金額ベース)
出所)日本電池工業会データより JATIS 作成
2)リチウムイオン電池の特性
リチウムイオン電池は、何回も充放電が可能な 2 次化学電池である。図 6-6 にリチウム
イオン電池の充放電メカニズムと構造を示す。放電時には、イオン化したリチウム分子が
負極(マイナス極)に電子を渡すとともに電解質を通って正極(プラス極)に到達し、リ
チウム化合物となって貯蔵される。充電時には、正極に貯蔵されているリチウム化合物が
電子を奪われてイオン化し、電解質を通って陰極に到達し、そこで電子を貰ってリチウム
分子となり、負極に貯蔵される。
リチウムイオン電池の充放電の反応は以下の通りである。
正極
LiCoO2
放電 ⇔ 充電
Li1-XCoO2+XLi+Xe-
負極
C+XLi++Xe-
放電 ⇔ 充電
CLiX
電池全体
LiCoO2+C
放電 ⇔ 充電
Li1-XCoO2+CLiX
上の式を見ると分かるように、充放電の際に Li イオンが正極と負極の間で出入りするだけ
で、電極の物質構造が変化するわけではない。この反応をインターカレーション反応とい
うが、この反応が充放電による電極構造の劣化、すなわち電池性能の劣化が殆ど起こらな
い理由である。電池の構造は、①正極、②負極、③電極同士が接触しないようにするセパ
123
レータ、④イオン化したリチウムが移動する電解質、で構成される。負極、正極、電解質
のそれぞれの材料は、リチウムイオンが移動でき、リチウムイオンの授受が可能であれば
よいので多くの種類があり、またその種類によって特性に違いが出てくる。それぞれの部
材要素の特徴を下記にまとめた。
(a)
電池の充放電のメカニズム
(b) 電池の構造
図 6-6 リチウムイオン電池の充放電メカニズムと構造
出所)最新電池の基本と仕組み
(12)
表 6-5 リチウムイオン電池の構成要素部材の特徴
要素部材
特
徴
正 極
大部分がリチウム・コバルト系複合酸化物(LiCoO2)で、他にリチウ
ム・ニッケル系複合酸化物(LiNiO2)やリチウム・マンガン系複合酸
化物(LiMn2O4)、リチウム・鉄系複合酸化物(LiFePO4)などがある。
正極の重要性はインターカレーション反応を用いた充放電の可否にあ
る。すなわち図 6-6(a)に示すように、層状化合物の層間に原子が入り
込むことで、化合物の構造に変化を与えずに電子の移動が容易に行え
る構造となっており、この反応によりリチウムの酸化還元電位が 3V と
高く、充放電での電極劣化がほとんどないという優れた特性が発現す
る。
負 極
炭素系陰極には黒鉛、黒鉛化炭素質など
電解質
セパレータ
リチウムイオン電池の電池電圧は 3.0V 以上であるため、水溶液を使用
すると水が電気分解されてしまうことから、水を含まない有機質の液
体を溶媒にし、リチウム塩を溶質とした液体電解質が使用されている。
リチウムイオン電池に使用されている有機電解液には揮発性や可燃性
があり、過充電などで高温になると電池の内部の圧力が上昇し、破裂
したり発火するなどの安全性に問題があり、これを解決する方策とし
てゲル電解質などの電池電解液の固体化等が進められていている。
リチウムイオン電池には、ポリエチレン(超高分子量 PE)やポリプロピ
レン(PP)製の微多孔膜が用いられており、各々単層のものから PE/PP
の二層構造、PP/PE/PP の三層構造のタイプがある。
リチウムイオン二次電池の電池性能を決定づける、最も重要な部材が正極材料である。
リチウムイオンをどれほど収容・供給(挿入・脱離)できるかで放電容量が決まり、また、
124
使われる材質とその結晶構造によって得られる電圧が異なってくる。このため、これまで
層状岩塩型構造をとるコバルト酸リチウム(LiCoO2)、ニッケル酸リチウム(LiNiO2)、ス
ピネル型構造をとるリチウムマンガンスピネル(LiMn2O4)などの、リチウムイオンを含
む遷移金属酸化物の研究開発が進められてきたが、現行のほとんどのリチウムイオン 2 次
電池においては、コバルト酸リチウムが採用されている。
3)リチウムイオン電池における Co 代替材料開発
リチウムイオン電池用正極材の主流であるコバルト系の場合、生産コストの大半がリチ
ウムを含む金属の価格で、そのうちコバルトは最低でも 7 割を占める。
(電池全体では 2~3
割を占めるとされる)カナダの鉱山ストや日本、中国の需要回復などを背景に、足元でコ
バルトの国際価格が再上昇しており、リチウムイオン電池の部材メーカなど、需要家の間
で脱コバルトの動きが加速している。
現時点では、コバルトの代替としてマンガンやニッケル系を使用する 3 元系と呼ばれる
酸化物や、コバルトを全く使用しないリン酸鉄が次世代の有望株とみられている。
脱コバルトリチウム電池開発は、リチウムイオン電池の利用拡大を受けて、以下に示す
ように活発な動きを示している。
①Li-Mn 系、Li-(Mn、Ti)系正極材の開発
2004 年、独立行政法人 産業技術総合研究所は、リチウムイオン二次電池の性能を決定づ
ける構成材料である正極材の開発に成功している。ナトリウム化合物を原料として使用し
た低温溶融塩中でのイオン交換合成法を適用することにより、3.6V(平均放電電圧)以上
の高い放電電圧と、高容量のポテンシャルを有するリチウムマンガン酸化物系の新規正極
材料「Li0.44MnO2」を開発した。図 6-7 に示したように、この新規正極材は Co を Mn で置
換することで、現在リチウムイオン電池で最も広く用いられているコバルト酸リチウム
(容量:約 160mAh/g、放電電力量:約 630mWh/g)と同程度の性能(初期
「LiCoO2」
放電容量 168mAh/g および放電電力量 606mWh/g)を実現した。また、産業技術総合研
究所では、マンガンの一部をチタンに置換することによって、より高容量・高放電電圧(容
量:177mAh/g、放電電力量:635mWh/g)の正極材料「Li0.44Mn0.78Ti0.22O2」の開発に
も成功している。
今回開発した新規正極材では、安価なマンガン酸化物やチタン酸化物を利用することに
より、正極材料価格を約 1/5 に低減することが可能となり、電池自体も約 30%のコスト低
減が見込まれる。(13) また高電圧・高容量の正極材が開発されたことから、より大型で高性
能な電池が必要とされるハイブリッド自動車などの車載用電池への応用が期待できるよう
になってきた。
125
図 6-7
4V 級正極材料の性能比較
出所)産総研ホームページ
プレスリリース,2004.11.22 (13)
②Li-(Fe、Ni、Mn)系正極材の開発
2009 年、独立行政法人 産業技術総合研究所と田中化学研究所は、電池正極材の酸化物に
安価な鉄を用いた 2 種類のリチウムイオン電池用新規コバルトフリー酸化物正極材を開発
した。
・(Li1+x(Fe0.2Ni0.4Mn0.4)1-xO
・Li1+x(Fe0.2Ni0.2Mn0.6)1-xO2)
これらは希少金属であるコバルトを含まず、また、鉄を多く含むにもかかわらず平均放電
電圧は 3.5~3.7V と、以前に産総研が開発した酸化物正極材(Li1+x(Fe0.5Mn0.5)1-xO2、放電
電 圧 3.0V ) よ り 大 幅 に 改 善 さ れ 、 既 存 の 正 極 材 料 で あ る LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2 や
LiNi1/2Mn1/2O2 の放電電圧 4.0V に近づいた。今回の新規正極材は、産総研が開発した「共
沈-水熱-焼成法」により製造され、焼成に伴う鉄粒子の粒成長を抑制することで優れた充
放電特性を実現できた。これまで資源量や価格面で有利であるが酸化物正極材への導入は困
難とされてきた鉄が活用でき、電気自動車、ハイブリッド車等の電動車両用リチウムイオン
二次電池の省資源化・低コスト化につながるものと期待される。今回開発した Fe-Ni-Mn
系の正極材の放電特性を図 6-8 に示す。
正極材の充放電時のリチウムイオン出し入れ量が電池の容量を、出し入れ時の電圧が電
池電圧を決定付け、正極材の構造と組成が電池特性を左右する。現在のリチウムイオン電
126
池正極材の主流はコバルト酸リチウム(LiCoO2)である。最近のコバルト原料価格の高騰
や電池の低コスト化に応えるため、正極内のコバルト量低減を視野に入れた正極材の開発
競争が行われている。(14)
図 6-8 Li-(Fe、Ni、Mn)系正極材の 5V 充電後の初期放電曲線
出所)産総研ホームページ
プレスリリース,2009.8.17 (14)
4)リサイクル
電池関連メーカを中心に、電池のリサイクルが事業として活発化してきている。最近の
プレスリリースから 3 件を抜粋し、その動きを見てみよう。
①日鉱金属の事例
(15)
日鉱金属は、使用済みリチウムイオン電池の廃正極材からコバルト、ニッケル、リチウ
ムおよびマンガンを回収する実証化試験を開始した。2011 年を目途にこれら有価金属回収
の事業化を目指している。
同社は金属製錬事業、環境リサイクル事業等で培った技術を応用した、使用済み電池な
どからの有価金属の効率的な回収技術の確立に取り組んできた。経済産業省の産業技術開
発事業として公募された「リチウムイオン電池からのレアメタルリサイクル技術開発」の
委託先として採択され、関連会社の日鉱敦賀リサイクル構内にパイロットプラントを建設
し、早稲田大学、名古屋大学と共同して回収の試験を行う。同社は、磯原工場(茨城県北
茨城市)で製造している車載用リチウムイオン電池用正極材の増産を計画している。回収
した有価金属は、同工場、その他の正極材メーカなどに供給する。
127
②三井金属グループの事例
(16)
三井金属グループにおけるリサイクル事業の中心的工場である、神岡鉱業(岐阜県飛騨
市)は、コバルトのリサイクル事業にいち早く着目しリサイクル事業を始めている。神岡
鉱業では、平成 12 年から主に携帯電話のリチウムイオン電池におけるコバルト回収プロセ
スの研究を開始し、3 年という短期間で実用化まで技術を高め、平成 16 年 4 月に生産量 70
㌧(年)のプラントの操業を開始している。たちまちに需要が高まり、昨年 4 月には年 100
㌧の生産体制に、そして 2010 年 10 月には、年 130 ㌧の生産を予定し、年々設備を増強し
ている。
③産業技術総合研究所での次世代リチウムイオン電池
(17)
レアメタルリサイクル容易な電池構造について、産創研などで開発が進められている。
図 6-9 はリサイクルの容易化を目指して開発したリチウム-銅二次電池の構成図である。
金属リチウムからなる負極側に有機電解液を、金属銅からなる正極側に水性電解液を用
い、両電解液を固体電解質の壁で仕切り、両電解液の混合を防いでいる。固体電解質の壁
はリチウムイオン(Li+)だけを通すので、銅イオン(Cu2+)は有機電解液に到達せず、電
池内の反応は支障なく進んだ。この電池の正極側の放電容量密度は、843mAh/g(正極で
反応した銅重量あたり)であり、従来のリチウムイオン電池の 5 倍以上と大容量である。
また 100 回の充放電試験後も、放電容量の低下は微小であった。さらに、従来のリチウム
イオン電池は、電極の構造が複雑なため寿命の尽きた同電池のリサイクルは極めて困難で
あるが、今回開発の電池は、電極には単純な金属リチウムと銅だけを用いている。低コス
トで生産でき、簡単なプロセスでリサイクル可能である。
注)性能比較単位は正極に使う活物質の重量あたりの放電容量(mAh/g)
図 6-9 リチウム-銅二次電池」の構成
出所)産総研ホームページ
プレスリリース,2009.8.24 (17)
現在のリチウムイオン電池は、その構造上、寿命の尽きた電池をリサイクルすることが
非常に難しく、正極にコバルトやマンガンなどを使用することから資源の保護という観点
128
で問題になっている。負極に使うリチウムにしても、その可採年数(=埋蔵鉱量÷生産量)
は、2005 年の時点で 265 年(出典:Mineral Commodity Summaries 2005)とされてい
るが、携帯機器、ノート PC などよりもはるかに大容量の二次電池を必要とするプラグイン
ハイブリッド車、電気自動車などへの適用が本格化すると、石油より早期に生産ピークを
迎え、厳しい制約を受ける資源になるとも予想されている。
そのような視点から、リサイクルが容易な次世代リチウムイオン電池の開発が進められ
ており、その 1 つがこの「リチウム-銅二次電池」である。また、「リチウム-空気電池」
の開発も進められており、次世代リチウムイオン電池として期待されている。
(5)ネオジム磁石の動向と代替材料
(18), (20)
1)ネオジム磁石の特性
CO2 低減など環境問題から、ハイブリッド車(HEV)や電気自動車(EV)が注目を浴び
ている。次世代自動車では電気(電池)とモータが、ガソリン車のガソリンとエンジンに
替わる。大容量、高出力、小型化を目指して、自動車メーカ、材料メーカが入り乱れて電
池とモータの開発に鎬を削っている。
モータの性能は使われる磁石によって決まる。永久磁石材料は酸化物系と金属系の 2 種
類に大別される。酸化物系はフェライト磁石に代表される磁石である。金属系にはアルミ
ニウム、ニッケル、コバルトから成るアルニコ(AlNiCo)磁石やレアアース磁石が知られ
ている。レアアース磁石には SmCo 系希土類磁石と Nd 系希土類磁石(ネオジム磁石)の 2
系統があり、小型で大きな出力を要するモータにはネオジム磁石が使われる。
ネオジム磁石は、1982 年に佐川眞人氏(現インターメタリックス社長)により発明され
た。磁束密度が高くフェライト磁石や SmCo 磁石に比べ、非常に強い磁力を持つ。図 6-10
には磁気履歴曲線の模式的な図を載せているが、履歴曲線が太って大きいほど磁石として
強力である。磁気履歴曲線の最大保磁力(Hc)と、最大残留磁束密度(Br)から最大エネ
ルギー積 BHmax(=Br×Hc)が決まる。図 6-11 は磁石の性能を示す最大エネルギー積
(BHmax)の推移を示したものであるが、ネジウム磁石は他の磁石を凌駕している。
焼結プロセスの改良により実験室レベルでは 440kJ/m3(55MGOe)を超えるエネルギ
ー積が実現されていると云われており、この値は(BH)max の理論限界 512kJ/m3
(64MGOe)に近付いている。ネジウム磁石は Nd2Fe14B(Nd-Fe-B)の構造を持ち、保持
力向上のためディスプロシウム(Dy)が添加される(Dy による Nd の置換)。重量比では
ネオジム約~30%、ディスプロシウム約~10%、鉄(Fe)約 60%、その他にホウ素(B)、
コバルト(Co)が添加される。ディスプロシウムを添加することで高温域での保磁力が向
上するが、ディスプロシウムは非常に生産量の少ない希少金属であるため、最近ではディ
スプロシウムを使わずにネオジム磁石の結晶粒径を小さくすることにより、熱減磁を改善
する研究が行われている。
129
(磁束密度(ガウス))
残留磁束密度 Br
保磁力 Hc
(エルステッド)
図 6-10 磁気履歴曲線の模式図
ナノコンポジット系 ボンド磁石
560
Nd-Fe-B系理論値 512kJ/㎥
Nd-Fe-B相+αFe相
Nd-Fe-B相+αFe相+Nd-Cu
相
480
BHmax
2000
図 6-11 磁石の最大エネルギー積の推移
130
2)磁石の製造工程
一般に、磁石において磁束密度は磁性材料に特有の値であるが、保磁力は微細構造によ
って大きく変化する。磁力を高めるためには磁化容易軸を一方向に配向させることが必要
である。磁石は焼結磁石とボンド磁石に大別されるが、焼結磁石では製造時、磁場中プレ
スにより Nd2Fe14B 磁石化合物の 5μm 程度の結晶粒の結晶磁化容易軸(c-軸)を一方向
に配向させるなどの方法がとられている。
代替材料開発を述べる前に、焼結によるネジウム磁石の製造方法について説明する。
製造工程フローを図 6-12 に掲載した。(18) 焼結磁石の製造工程には、磁束密度を上げる
ための技術や保持力向上のための技術が織込まれている。(19)
図 6-12 焼結磁石の製造工程フロー
出所)宝野和弘,「金属材料のナノ組織と特性」物質・材料研究機構
(18)
■溶解工程;溶解工程の目的は、高性能磁石の基となる Nd2Fe14B という合金(金属間化
合物)を溶解し、残留磁束密度 Br や保磁力 Hc の異なる種々のグレードの
素材合金を作ることである。合金を溶解するとき Dy、Co、Cu、Al などの
元素を添加する。Dy は保磁力 Hc を向上させ、Co は温度特性の改善及び材
料粉の酸化抑制に効果があり、Cu や Al は Hc 安定化のための結晶組織の制
御に必要な元素である。
■粉
砕;溶解工程でできた合金インゴットは、図 6-13(a)のように磁区の方向が不均
一な状態である。特定方向に強い磁力を持つ異方性を持たせることが必要
であるが、そのためには粉体焼結して着磁する。粉砕工程は着磁のための
準備工程である。粉砕後の粒子径は数 μm 程度の微粒子である。粒径の大
131
きさは磁石としての性能に影響を及ぼす重要な因子であり、微粒子化には
高圧超音速のジェットミル粉砕が用いられる。なお、微粒子は比表面積が
大きいため極めて酸化し易く、空気に触れると自然発火することがある。
粉砕は酸素濃度が千~数千 ppm 程度の極低酸素雰囲気の中で行われる。
■磁界形成;各微粒子の磁化容易軸を揃えて異方性を持たせる工程である。透磁性金型
に微粒子を入れ、数テスラレベルの強力な静磁場あるいはパルス磁場をか
けて、交番磁場配向法等により 99%程度の配方性を持たせる。
(図 6-13(b))
■焼結工程;焼き固めることで相対密度が 99%近くになる。密度をあげることで残留磁
束密度、機械的強度、耐腐食性等が向上する。加熱・冷却を繰り返すこと
で微粒子間の微細構造が変化し、磁石としての性能を向上させる。雰囲気
は真空あるいは減圧アルゴン、冷却はアルゴンガスでの冷却である。(図
6-13(c)~(d))
■着磁工程;焼結後に切断、表面加工された後、再度磁場をかけて最終的な磁化を行う。
図 6-13(a)
図 6-13(b)
粉砕後の粉体の軸構造
磁界中形成による配方性付与
132
図 6-13(c) 成型密度と異方性
図 6-13(d)
熱処理パターン
出所)ネオマグ社 HP
3)代替材料の開発
永久磁石材料の最も大きな用途は産業用モータであり、高性能磁石の開発によりモータ
の消費電力を1%改善するだけで、その電力消費量の節減効果は、50万KW級発電プラント1
基分に相当すると言われている。また自動車もハイブリッドカー、将来は電気自動車に移
行していくと予測されるが、そのためには200℃の温度域で使用できるモータ用の永久磁石
が必用である。Nd2Fe14B系焼結磁石の耐熱性は不十分で(磁性を失うキューリー温度が
310℃)、現状ではNdをDyで置換することにより、200℃の温度域で使用できるようにな
っている。図6-14に示したように、Dyで置換したとしても高温域での保持力の低下は大き
く、さらなる性能向上のためには新たな方策が必要となっている。またDyの供給リスクの
高まりのうえからも、省Dy、脱Dy高保磁力焼結磁石の開発が重要になってきている。
下記の開発の動向について説明する。
・「ネオジム磁石を超える新たな強磁性化合物」の開発
・「ナノ組織制御」による磁石特性」の開発
・「省Dy、脱Dy」高保磁力焼結磁石の開発
・「ネオジム代替」レアメタルを用いない高効率小型モータの開発
133
ハイブリッド車用モータ
ネオジム磁石
図6-14
Nd2Fe14B系焼結磁石の耐熱性
出所)宝野和弘,「金属材料のナノ組織と特性」物質・材料研究機構
(18)
①「ネオジム磁石を超える新たな強磁性化合物」の開発
まず、ネオジム磁石を超える新たな強磁性化合物を見いだすことである。しかし、その
可能性は未知である。計算機を用いたシミュレーション的な手法で、結晶磁気異方性が高
く、飽和磁束密度が高い化合物を探していくことになろうが、容易ではない。また仮に発
見された物質が、経済的に成り立つ原料コスト、製造コストでなければ代替材料としての
実用化には至らない。
②「ナノ組織制御」による磁石特性の開発
(20)
第二の方法が、ナノ組織制御である。上に記したように、Nd2Fe14B1性能は理論限界値に
近いレベルにあり、改善レベルでは既存のネオジム磁石の性能を大幅に超えるものは期待
しがたい。この理論限界を凌駕するにはNd2Fe14B1と、それよりも飽和磁化の高いFeCoな
どのソフト相をナノコンポジット化し、ソフト相とハード相を強い交換相互作用により磁
気的に結合させたナノコンポジット磁石を開発する以外に方法はないと考えられている。
結晶粒と結晶粒界相の構造を制御することで、磁石の特性を変えることができるという研
究成果に基づくアイデアである。ボンド法で製造する磁石においてこの現象が解明された
が、ボンド法では等方性磁石となるため、異方性磁石に比べ製造コストは低いが磁石とし
ての性能は劣る。これを異方性磁石へも適用しようというもので、サマリウム・コバルト
134
磁石ではこのアイデアの有効性が検証されている。
現在、文部科学省元素戦略プロジェクトの研究課題として、日立金属が中核研究機関と
なり提案された研究内容は、FeとNd2Fe14B1の異方性ナノコンポジットを開発使用とするプ
ロジェクトである。酸化されやすいNd2Fe14B1を従来手法で微細化するのは限界があり、プ
ロジェクトでは吸水素脱水素処理を用いた手法で異方性ナノ結晶Nd2Fe14B1粉末を作製し、
それとFeのナノ粒子を複合化する計画である。
③「省 Dy、脱 Dy」高保磁力焼結磁石の開発
(20)
第 3 は、省 Dy、脱 Dy 高保磁力焼結磁石開発である。磁石の高温化における磁気特性改
善のためにディスプロシウムが用いられているが、この希少資源の使用量の削減である。
同じく元素資源戦略プロジェクトで開発が進められている。
a.
省 Dy ネオジム磁石
電気自動車向け用途では、磁石の動作環境が200℃以上になることから、室温で30kOeも
の高保磁力が磁石に必要となる。現在、Nd-Fe-B焼結磁石は、高温下での保磁力確保のため
に重希土類元素DyでNdを置換して(Nd, Dy)2Fe14B相として磁石化合物の結晶磁気異方性
を構成しているが、DyはFe、Ndと反強磁性的結合をする性質を持っているために、その添
加によって化合物の磁化が減少するという欠点がある。そのため電気自動車用磁石ではNd
の40%をDyで置換して高保磁力を得てはいるものの、置換しない時に比べエネルギー積は
小さくなる。
Nd2Fe14B1
Nd2Fe14B1
Nd2Fe14B1
Nd-rich
図6-15 焼結磁石の微細組織の模式図
焼結磁石の微細組織を模式的に描くと、図6-15のようにNd2Fe14B1結晶粒とNdリッチ相
から構成されている。Ndリッチ相は結晶粒界3重点で粒子として、さらに結晶粒界には薄い
粒界相として存在している。このような結晶粒界に局所的に異方性の低い部分が存在する
と、そこから低い反転磁場で逆磁区が核生成するために保磁力が小さくなる。そのような
ウイークポイントを結晶粒界から完全に取り除き、異方性磁界まで逆磁区の核生成が押さ
えられると保磁力を高めることができる。そのためには、Dyを結晶粒界部分に止めること
135
ができれば、飽和磁化を大きく下げることなく、保磁力を増加させる事もできると期待さ
れている。DyはNd10% 程度は自然に存在するので、Dyを粒界に局在化させ、その使用量
をNdの10%以下であれば資源的な問題はない。
b.
DYフリーネオジム磁石
最大エネルギー積を上げるためには、完全DyフリーなNd-Fe-B系高保磁力磁石が開発さ
れることが望ましい。最近、Cuを添加した焼結磁石を強磁場中で熱処理すると、著しく保
磁力が増加することを見いだされた。これは結晶粒界相がNd2Fe14B1とのc-軸方向にそっ
て完全に整合な界面を形成し、これが界面部分での保磁力の減少を防ぐとしている。この
ことから界面ナノ構造を制御することによって、界面部分まで結晶磁気異方性の低下しな
い焼結磁石組織を実現することが可能だと考えられている。また、保磁力は結晶粒界での
核生成頻度に比例して減少するので、個々の結晶粒を微細化して核生成頻度を下げるとい
うのも高保磁力焼結磁石の設計の指針となる。しかしながら、従来の焼結磁石ではストリ
ップキャストした急冷片を窒素雰囲気中でジェットミル粉砕していた為に、結晶粒界を微
細化しても保磁力がある臨界径以下で急激に失われるという現象が知られている。これは
粉体表面での酸化に原因があることが最近の研究によって明らかとなってきており、より
クリーンな環境でジェットミル粉砕を行い、完全に制御した雰囲気のもとで粉砕→磁場中
プレス→焼結というプロセスを行えば、Dyフリーで保磁力の高い焼結磁石を製造できる可
能性がある。
④レアメタルを用いない高効率の小型モータ技術を開発
(21)
上記 3 つの動きとは異なるアプローチによるネオジム磁石代替の動きがある。
自動車には各種電装品が多数搭載されており、用途に応じフェライト磁石、サマリウム・
コバルト磁石、ネオジム磁石が使われている。モータの心臓部分である鉄心にアモルファ
ス金属を使い、フェライト磁石でモータの効率を高めること狙ったレアメタル・フリーの
モータ開発が、(株)日立製作所や㈱日立産機システムで進められている。
アモルファス金属は規則正しい結晶構造を持たない金属で、エネルギーの損失が少ない
という特性を持つが、強度が高く加工が困難なことから、これまでモータ用途では実用化
されてこなかった。日立と日立産機は、アモルファス金属を巻いて鉄心状に形成する「巻
鉄心技術」を開発し、切断、切削などの加工をしないでアモルファス金属をモータの鉄心
に応用することを可能にした。アモルファス金属の高透磁率性と低飽和磁化特性を最大限
に考慮することによって、モータ効率の向上が期待でき、レアメタルを使わない永久磁石
モータを実現されている。
136
図 6-16 アモルファスを使った鉄心とモータ
出所)日立製作所 HP (21)
現在、携帯電話からハイブリッド自動車のモータまでネオジム磁石(Nd-Fe-B)が使われ
ている。用途に応じ Dy の添加量、粉体粒度などを制御することで、用途に応じたエネルギ
ー積と保持力を持つ様々なネオジム磁石を造り分けている。今後、最大の用途となる自動
車用モータでは高温域でも保持力が低下せず、大きなエネルギー積が確保でき磁石が求め
られている。資源供給リスクが高まるなか、希少金属である Dy や Nd の削減が図れる合金
系、製造方法の研究開発が行われている。
第1目標
第2目標
◎ ネオジム磁石を超える強磁性化合物
◎ ナノ組織制御による磁石特性
◎ 省Dy、脱Dy高保磁力焼結磁石
図 6-17 ネオジム磁石の用途と開発ターゲット
出所)宝野和博,「金属材料のナノ組織と特性」物質・材料研究機構
137
より JATIS 作成
4)リサイクル
ネオジム磁石のリサイクルの現状は製造工程でのリサイクルが主である。概要は以下の
とおりである。
・使用済み電池や磁石の回収ができていないこと、国内でのリサイクルではコスト的に
合わないことから、製造工程で発生するスクラップ以外のリサイクルは現在行われて
いない。ネオジム磁石の生産量のうち 10%ほどある組成不良、磁気特性不良品は磁石
の原料として溶解にまわされる。製造工程での切削などで発生する 20~30%の研磨紛
の 95%以上リサイクル処理されている。しかしながら、国内でリサイクルした場合、
ヴァージンより高くなるため、処理は中国で行われている。
・スラッジはドラムに入れ、水漬にして中国へ原料として送られている。
・磁石研磨紛のリサイクルも行われている。塩酸、硝酸等で溶解した後、濾過して希土
類溶液と鉄水酸化物等に分離する湿式法と金属や金属酸化物による脱炭工程、水素還
元とフッ化物による脱酸工程を経て処理する乾式法とがある。
138
6-3
リサイクル
(1)我が国の資源循環利用
我が国における物質循環に係わる物質フローをみると入力側「総物質投入量 1,874 百万
㌧」に対し、出力側は「蓄積純増 817 百万㌧、エネルギー消費量 498 百万㌧、廃棄物 579
百万㌧」となっており、廃棄物のうち 228 百万㌧がマテリアルリサイクルとして循環利用
されている。2005 年度(平成 17 年度)実績における我が国の循環利用率は 12.1%である。
図 6-18 は循環資源フローを示したものであるが、廃棄物 579 百万㌧のうち直接再生利
用される資源 87 百万㌧と中間処理・再資源化処理を行った上で再生利用される資源 138
百万㌧を合わせて 225 百万㌧が循環資源としてマテリアルリサイクルされている。
図 6-18 我が国における循環資源フロー(平成 17 年度)
出所)平成 20 年度版「環境
循環型社会白書」p.175
このうち金属系循環資源は 40.5 百万㌧で廃棄物の 7%程度を占める。我が国における金
属系資源の投入量は 1.6 億㌧であるから、金属系資源の物質投入量に占める循環利用量の
割合は 20%となっている。金属系資源の中身を見ると、建築現場から発生する解体屑、鉄
鋼業や非鉄金属業から発生する金属屑、機械器具製造業から発生する加工金属屑、及び金
属缶や家電、自動車などの使用済み製品の金属屑などがあげられる。金属系循環資源は性
状的に安定しており、従来から容器包装リサイクル法(平成 9 年度)、建築リサイクル法
(平成 12 年)、家電リサイクル法(平成 13 年度)、資源有効利用促進法/パソコン(平成
15 年度)、自動車リサイクル法(平成 17 年)などが整備され、回収・再生利用のシステム
が構築されていることから、発生量に対し循環利用率が 97%と循環利用される割合が非常
に高いことが特徴となっている。
図 6-19 は再資源化・中間処理におけるリサイクル処理を示したものである。自動車、家
電製品、PC など小型電子機器製品はそれぞれの処理プラントに運ばれ、鉄、銅、アルミ
139
などの金属、プリント基板、プラスチックなどに解体・分別され、それぞれの専門リサイ
クル業者に引渡される。鉄、銅、アルミなどのリサイクルは従来から回収・リサイクルシ
ステムが整備されてきており循環利用率も高い。しかし PC、デジカメ、携帯電話などの
小型電子機器からの資源回収は廃製品の回収率も低く、電子機器のプリント基板から貴金
属やレアメタルなどの資源を取出す技術も確立されていない。小型電子機器廃製品は「都
市鉱山」とも呼ばれるが、その回収システムの構築、希少金属の再資源化は端緒に付いた
ばかりである。
ユーザ
再資源化処理
廃自動車
[鉄,銅,アルミ]
冶金リサイクル業者
廃家電
プリント基板
貴金属再生業者
廃情報機器
[プラスチック]
マテリアルリサイクル業者
建築廃材
紙 類
還元剤化利用業者
廃紙類
紙再生業者
廃プラスチック
販売店
自治体
回収業者
処理プラント
[CRT,ガラス]
カレット再生業者
ハーネス類
銅線処理リサイクル業者
[電池,蛍光灯類]
無害化処理業者
トナー
銑鉄製造業者
再資源
鉄スクラップ
銅スクラップ
アルミスクラップ
貴金属
レアメタル
部品
焼却
埋立
図 6-19 リサイクル処理マテリアルフロー
出所)経済産業省ホームページ,希少性資源の 3R システム化に資する技術動向調査(2006.3)(22)
(2)鉄のリサイクル
1)マテリアルフロー
我が国の粗鋼生産は 100 百万㌧/年~120 百万㌧/年で推移する。この粗鋼を生産する
ための鉄源は、概ね 65%が鉄鉱石から、35%が鉄スクラップを原料としている。他の資源
に比較すると鉄の循環利用率は 35%と高い。
図 6-20 は我が国の鉄鋼循環図、鉄のマテリアルフローを示したものである。2006 年度
には銑鉄 85,529 千㌧、鉄スクラップ 51,348 千㌧が消費され、転炉鋼 86,924 千㌧、電炉
鋼 30,820 千㌧、鋳物 4,907 千㌧が生産された。粗鋼 117,745 千㌧より 103,138 千㌧が鋼
材製品となり、各製造業に供給された。
製鉄プロセスのなかで自家発生スクラップ 15,075 千㌧、各種製造業での製造過程のな
かで 11,340 千㌧の加工スクラップが発生し、これらは直ちに鉄スクラップの循環の中に入
る。製品となった鋼材は土木分野に 4,321 千㌧、建築分野に 6,764 千㌧、機械分野に 8,059
千㌧、自動車分野に 3,660 千㌧供給される。これらの鋼材は 30 年後、25 年後、20 年後、
構造物や機械の老朽化に伴って解体され、老廃スクラップとして発生する。
140
141
出所)鉄源年報 19 号(2008.8 月)p.34
図 6-20 鉄のマテリアルフロー(2006 年)
構造物、機械、自動車などとして利用される鋼材は 20 年、30 年にわたって保存される。
日本国内で使用され、現在、何らかの形で国内に残っている鋼材の総量を鋼材蓄積量と呼
び、保存されている累計鋼材蓄積量は 1,303,924 千㌧に達している。図 6-21 は年度別鉄鋼
蓄積量(新規増分)の推移と累積鉄鋼蓄積量の推移を示したものである。新規増分は 1990
年頃より減少傾向にあり、累計鉄鋼蓄積量は定常状態に移りつつある。
2006 年、2007 年の老廃スクラップはそれぞれ 24.4 百万㌧、26.4 百万㌧であるが、1 億
㌧強レベルの粗鋼生産が続くと徐々に老廃スクラップが増え、2030 年には 33 百万㌧、2030
年には 31 百万㌧程度となるという推計も報告されている。鉄鋼のような基礎素材のリサイ
クルが拡大することは資源や環境の面から望ましいことではあるが、リサイクルを定着拡
大していくためにはスクラップ品位やスクラップ価格の変動などの課題を解決していくこ
とが重要となってくる。
日本の鉄鋼備蓄量
新規増分量(千㌧)
累計鉄鋼蓄積量(千㌧)
1,600,000
70,000
1,400,000
60,000
備蓄増分
1,200,000
50,000
40,000
累計鉄鋼
蓄積量
1,000,000
30,000
800,000
20,000
600,000
10,000
400,000
200,000
0
1945
1955
1965
1975
1985
1995
2005
0
-10,000
図 6-21 日本の鉄鋼蓄積量
出所)鉄源年報 19 号(2008.8 月)p.30 をもとに JATIS 作成
2)循環性不純物元素(トランプエレメント)の問題
鋼材には様々な元素が含まれているが、その中には鋼材の特性に悪影響を及ぼす元素も
ある。その代表的元素がリンと硫黄、銅と錫などの不純物元素である。リンと硫黄は介在
物をつくり鋼材の脆化につながり、銅と錫は鋼材加工時の熱関脆性を引き起こすとされて
いる。これらの不純物元素はリサイクルを繰り返すたびに濃化していく傾向にあるし、リ
サイクル製錬時に除去するのは難しいとされている。これら循環性不純物元素は老廃スク
ラップの消費拡大を阻害している。循環性不純物元素の除去技術は、鉄スクラップの資源
循環拡大のための重要な開発課題となっている。
142
銅は、鋼材加熱時の酸化雰囲気において鋼材表面近傍で融体化し、鋼の粒界に進入して
熱間割れを引き起こす。錫は単独では問題ないが銅の融液生成を助長する、ニッケルは融
液生成を抑制するが、(銅%+10×錫%)以上の成分比があることが条件である。銅と錫は
リサイクル製錬時に除去するのは難しいとされているだけに、状況は深刻である。電炉鋼
の形鋼や棒鋼で、銅や錫の不純物元素濃縮の問題が顕在化する可能性が高いため、生産工
場では、銅や錫の不純物元素については許容限界を設定し、操業管理や品質管理を行って
いる。電気炉メーカの主力製品である形鋼や棒鋼は Cu、Sn 成分について JIS には規定が
ないが、形鋼は Cu 0.30%以下、Sn 0.025%以下、棒鋼は Cu 0.40%以下、Sn 0.060%以下で
自主管理されている。
市中に流通する鉄スクラップの成分分析は定期的な調査が行われておらず、過去におけ
るデータは少ないが、2003 年の日鉄技術情報センターの調査や、同じく 2003 年の(独)
物質・材料研究機構のリサイクル鉄の超鉄鋼化プロジェクトの調査によると、形鋼屑 Cu 成
分 0.13~0.39%、棒鋼屑 Cu 成分 0.15~0.37%にばらついており、許容限界 0.4%に近づい
ている。近年では、回収される鉄スクラップの Cu 成分が形鋼の生産さえ希釈(バージンス
クラップによる薄め)を必要とする段階となってきており、循環濃化による不純物成分の
高い鉄スクラップが多くなってきていることが懸念されている。
循環性不純物元素の除去技術の開発が進められている。鉄スクラップの選別、鋳片表層
改質、スクラップ対応の鉄鋼プロセス技術などの検討が行われている。
鉄スクラップ分別・分離処理にはガス切断、プレス、ギロチンシャー、シュレッダーな
どが使われる。自動車の解体処理では、プレス、せん断機で破砕処理が行われるが、この
とき自動車中のワイヤハーネスなど銅を含む部品が鋼板スクラップに巻き込まれてしまう
ことも多く、これが循環濃化の大きな原因となっている。自動車リサイクル法の徹底とと
もに、選別プロセスの見直し、改善が進められている。
製錬反応の中での銅や錫の除去は難しいとされている。そのため鋳造時、鋳片極表層に
銅の影響を無害化する Ni 等の元素を添加する方法や、凝固直後の高温状態にある鋳片表層
をプラズマや電磁気利用技術を用いて溶融し、銅濃縮層を除去する方法などが検討されて
いる。
また、米国などでは Nucor などを中心に、電炉における薄スラブ CC の実用化導入が進
められてきたが、薄スラブ CC に見られるような急冷凝固を積極的に活用して鋼材を造りこ
むプロセスの検討も始まっている。急冷凝固させることで銅や錫の有害不純物元素の濃化
を阻止し、リンなどの元素を粒内に残留固溶させることで鋼材の強化を狙うプロセスメタ
ラジーの研究開発も行われている。
143
(3)家電・電子機器製品のリサイクル
1)マテリアルフロー
2001 年 4 月(平成 13 年)より施行された家電リサイクル法のもとで、テレビ、冷蔵庫・
冷凍庫、洗濯機、エアコンがリサイクル処理されている。また、2003 年 10 月からは資源
有効利用促進法(家庭系 PC)が施行され、PC や携帯電話などの回収も実施されるように
なった。図 6-22 に電子機器部品のリサイクル処理フローを示すが、廃家電製品の回収率は
高く 50%近くに達している。PC や携帯電話では家庭での退蔵もあり回収率は未だ 20%程
度にとどまっている。家電リサイクル施設では、手解体にて電源コード、ハーネス類(内
部配線)、ブラウン管、基盤類、モータ、コンプレッサー、プラスチックケースなど様々な
パーツに分別、回収される。その後、破砕(シュレッダー)処理され、磁力選別で鉄が回
収され、さらなる処理でステンレス、アルミ、銅、プラスチック類が回収されている。
基盤類には貴金属(金、銀、パラジウムなど)や鉛、亜鉛、インジウム、テルル、など
のレアメタルが含まれている。しかしその含有量は微量であるため、基盤類は破砕処理後、
最終処分に回し処理されることが一般的であった。非鉄製錬事業者に回ったとしても金、
銀の貴金属の回収に限られていた。
我が国で家電・小型電子機器製品に使われる金属量は約 2,500 千㌧、国民一人あたり
19.4kg と推計されている。貴金属やレアメタルなどの資源が、将来とも回収不可能な形で
処分されているのが我が国のレアメタルリサイクルの現状である。
地金
製造工場
消費者
(家庭・企業)
スクラップ・不良品
年間250万トン
回収率 PC 20%、携帯電話 20%
使
用
済
み
電
子
・
電
気
機
器
PC
携帯電話
回収率 50%
高
↑
金
属
品
位
↓
低
販売店・メーカ
ゲーム機
VTR
電子レンジ
オーディオ
テレビ
洗濯機
冷蔵庫
エアコン
基盤
破砕
家電リサイクル
施設
自治体
(一般廃棄物)
中古品業者
非鉄精錬所
Cu,Au,Ag:回収
Pb,Zn:一部回収
レアメタル:スラグへ
最終処分場
海外へ
図 6-22 家電・小型電子機器のリサイクル
出所)第 39 回レアメタル研究会資料(2010.01.15)東北大学
144
多元物質科学研究所,柴田悦郎
(23)
2)非鉄製錬リサイクル
我が国で家電・電子機器製品に使われる金属量は約 2,500 千㌧、Cu は約 110,000 ㌧、Pb
は約 10,000 ㌧、Sn は約 5,300 ㌧である。貴金属も使用量が少ないが、電子機器製品では
含有量が高いため 10 ㌧、レアメタルについてもほぼ同等量と考えられている。
銅精錬、鉛製錬、亜鉛製錬を組合わせた「非鉄製錬カスケード回収システム」が検討さ
れている。図 6-23 に示すように、銅、鉛、亜鉛製錬炉に銅精鉱、鉛精鉱、亜鉛精鉱の各原
料とシュレッダーダスト、プリント基盤類を投入し、銅、鉛、亜鉛の金属と貴金属、レア
メタルを取出す非鉄製錬リサイクルである。銅、鉛、亜鉛リッチのスラグをカスケード的
に銅、鉛、亜鉛製錬炉に投入することで、図中の表に示した銅、鉛、亜鉛、貴金属、レア
メタルの回収が可能である。
実験的な非鉄製錬リサイクルがいくつかの非鉄製錬所で始まっている。直島製錬所(三
菱マテリアル(株))では銅スクラップ、シュレッダーダスト、プリント基板を原料に、溶
融して得られた金属ならびにスラグを三菱連続プロセスの溶錬炉に挿入して銅ならびに貴
金属を回収している。小名浜製錬所では反射炉に銅鉱石とともにシュレッダーダストや廃
電子基盤を投入して銅マットを製造することにより銅や貴金属の回収が始まっている。
非鉄製錬リサイクルには、プリント基板の主原料である有機臭素系難燃剤の熱分解処理
の問題、回収コスト低減など解決すべき問題は多いが、資源価格高騰、レアメタルなどの
供給リスクに直面する我が国にとっては是非実現した技術開発課題である。
銅、亜鉛、鉛 製錬における原料と各元素の流れと回収元素
自溶炉、反射炉、三菱連続
銅製鉱
シュレッダーダスト
飛灰
プリント基板
銅、貴金属、硝酸、
As、Se、Te
銅製錬
鉛
銅
亜鉛
銅
鉛溶鉱炉
亜鉛湿式製錬
ISPプロセス
亜鉛製錬
鉛
鉛製錬
(リサイクル原料)
亜鉛
亜鉛製鉱
電炉ダスト
粗酸化亜鉛
亜鉛、硝酸、
Cd、In、Ga
鉛、貴金属、
Sn、Bi、Sb
鉛製鉱
鉛バッテリー
鉛滓
図 6-23 非鉄製錬カスケード回収システム
出所)第 39 回レアメタル研究会資料(2010.01.15)東北大学
145
多元物質科学研究所,柴田悦郎
(23)
6-4
資源開発と権益確保
(1)厳しさを増す資源開発環境
20 世紀を特徴づけた安い資源の時代は終わり、21 世紀となって、高い資源の時代へ移行
していると言えそうである。また、新興国の急激な資源需要増大や資源メジャーの寡占が
拡大し、我が国が世界から必要な資源を安定的に購入するということが難しくなりつつあ
る。資源開発の環境は厳しくなりつつある。その背景として以下にあげる要因が指摘され
ている。
(需要サイド)
・中国に代表される新興国の経済発展に伴う資源需要の増加
・レアメタルを使用する新産業分野の台頭。具体的には自動車、携帯電話、電池材料、
磁石材料、液晶材料への需要
(供給サイド)
・供給側での探鉱作業の低迷の結果、発見埋蔵量が増加していないこと
・既存鉱山の採掘条件の悪化と品位劣化
・長期の価格低迷による投資の不足
・インフラ(港湾、鉄道、道路など)の未整備
・鉱山技術者、熟練労働者の世界的不足
・生産者側の寡占化・資源メジャーの巨大化による購買側の交渉力の低下
・中国の資源開発投資が世界で活発化
資源争奪が激化は、安価な資源を輸入し、それを加工して付加価値を高めて輸出すると
いう日本製造業の従来の成長・発展モデルに、根本的な変革を迫るものとなりつつある。
このような状況の中で、資源開発と権益確保は、我が国製造業について喫緊の課題となり
つつある。
(2)我が国の対応
資源確保のための海外での事業活動は、他の事業に比べ多額の資金が必要であることが
多く、さらに地政学的リスクが高い地域に資源が埋蔵されていることや、探鉱リスクが存
在していることなどから、他の事業活動よりもリスクが高い。そのため、資源国と良好な
協力関係の構築が重要になっており、経済産業省、JOGMEC、NEDO、JBIC など政府公
的機関が連携した取組みが行われている。2006 年 8 月の小泉総理大臣(当時)のアザフス
タン、ウズベキスタン訪問、2007 年 11 月の甘利経済産業大臣(当時)の南アフリカ、ボ
ツワナ訪問など政府首脳による資源外交、また 2009 年 1 月にはベトナムとの間で「第 2 回
日越石炭・鉱物資源政策対話」が開催されるなど、政府主導の資源外交が積極的に行われ
146
るようになってきた。近年、実施された資源外交を図 6-24 に掲載した。
また、2008 年 3 月には「資源確保指針」が閣議了解された。この指針は、今般、海外資
源確保に係わる政府および関係機関の体制を整理、強化するとともに、探鉱、資源開発さ
らには周辺インフラ整備、二国間関係強化など各支援策について体系的な整理を行い、「海
外鉱物資源確保ワンストップ体制」として取り纏めたものである。
この指針にも触れられているように、資源国は自立的・持続可能な経済発展に取組んで
いる。我が国が資源外交を通じ、我が国の技術力、知見を積極的に活用し、資源国の発展
段階に応じた多様なニーズに積極的に応えることにより、戦略的互恵関係の構築を目指す
ことが重要になってきている。表 6-7 は我が国の資源国への最近の対応をまとめたものであ
る。探査、探鉱のみならず発電所建設 F/S、積出港整備 F/S やインフラ整備に係わる内
容が含まれているのがわかる。
資源問題の顕在化、また、政府の資源外交に牽引されて、民間主体の資源開発や権益確
保の動きも活発化している。表 6-8 に民間主体の最近の資源開発案件を示した。
図 6-24 資源外交
南部アフリカ地域へのアプローチ
出所)「最近の資源外交の取り組み状況について」資源エネルギー庁鉱物資源課,平成 20 年 10 月
147
(24)
図 6-25 資源外交
アジア、南米地域へのアプローチ
出所)「最近の資源外交の取り組み状況について」資源エネルギー庁鉱物資源課,平成 20 年 10 月
表 6-7 資源国からの要望への我が国の対応
国名
資源
マダガスカル
ニッケル
ベトナム
レアース
フィジー
銅、金
ペルー
亜鉛、銅
ボリビア
銅、亜鉛
リチウム
アンゴラ
鉄鉱石
ASEAN+3
銅、ニッケル
レアアース
取組内容
・積出港の整備に係わるF/S調査
・資源外交(TICADⅣフォローアップミッション)
・積出港の整備に係わる詳細F/S調査(JICA)
・探査・人材育成(JOGMEC)
・資源外交(第1回日越石炭・鉱物資源政策対話)
・鉱山周辺インフラ(道路など)整備に係わるF/S調査(METI)
・鉱山に供給可能な地熱発電所に係わるF/S調査(METI)
・鉱物関係研修員招聘予定(JICA)
・鉱物専門家派遣(JOGMEC)
・環境協力(JOGMEC)
・研修員招聘予定(JICA)
・探査(JOGMEC)
・鉱山に供給可能な地熱発電所に係わるF/S調査(METI)
・円借款の検討
・塩湖かん水からのリチウム回収技術共同研究(JOGMEC)
・研修員招聘予定(JICA)
・鉱物専門家派遣(JICA)
・積出港の整備に係わるF/S調査(JETRO)
・研修員招聘予定(JICA)
・金属リサイクル研修(AOTS)
出所)レアメタル確保戦略(2009.7.28)経済産業省
148
(25)
表 6-8 日本企業による権益確保例
年月
企業名
産出国
概 要
2008.04
丸紅
チリ
丸紅は、Antofagasta Mineral社との間でEsperanza銅山開発プロジェクト及び
El Tesoro銅山の権益30%を取得。譲渡価格は13億US$。丸紅は210ktの銅精
鉱を引き取る権利を有する。Esperanza銅山は2010年より操業開始の予定。
2008.06
住友商事
南アフリカ
南アフリカの資源大手アソマン社(Assmang社)の持ち株会社オアスチール・イ
ンベストメント社に約300億円の追加出資、同社株式49%を保有。アソマン社
はマンガン鉱石、クロム鉱石を扱う資源鉱山会社
2008.06
三井物産
ブラジル
ブラジル資源大手Valeに約750億円追加出資
新日本製鐵、JFEスチール、住友金属工業、伊藤忠商事、韓国鉄鋼最大手
POSCO社などとともに共同で、ブラジル鉄鋼大手CSN社の100%子会社の鉄
鉱石生産・販売会社ブラジルNAMISA社に40%出資することでCSN社と基本
合意した。日韓共同事業体の投資額は、30.8億ドル(約3000億円)となる見
通し。
米国アラスカ州マン鉱区における共同探鉱契約をカナダPure Nickel社と結ん
だ。高品位ニッケル・白金族が見つかっている。権益の最大75%を獲得する
「オプション権」を手に入れた。伊藤忠は探鉱費として6.5百万米ドル(約6億
円)を拠出。
35%出資しているボリビアのサン・クリストバル鉱山の権益保有会社の全株式
を取得し完全子会社化。サン・クリストバル鉱山は銀、亜鉛、鉛を産出し、鉱
山寿命は16年。
2008.10
新日鉄他
ブラジル
2008.11
伊藤忠商事
アメリカ
2009.03
住友商事
ボリビア
2009.04
住友金属鉱山 フィリピン
2009.06
日鉱金属
2009.07
三菱マテリアル カナダ
Copper Mountain Mining CorpとSimilcoの25%権益を28.75百万カナダドル(約
29億円)買収で合意。生産開始計画は2011年Q2、年産計画量は銅精鉱150
kt(Cu39kt、Au0.8t、Ag8.2t)。Similco銅鉱山は休止鉱山を再開発。
2009.08
三菱商事
ディスプロシウムやテルビウムなど希土類(レアアース)の資源開発に乗出
す。カナダの希土類・磁石大手と提携しブラジルのPintingaスズ鉱山から出る
副産物を回収する。最低でも20%の鉱物の購入権を取得する。
2009.09
住友金属鉱山 フィリピン
100%子会社のTHPAL社を介して、最大手のニッケル鉱山会社NAC社と共同
でTaganito鉱山で産出する低品位ニッケル硫化鉱を原料としてHPALプラント
を建設しNi-Co混合硫化物の生産計画決定を発表した。
2009.09
P.P.P社
チリ
チリⅢ州Caserones銅鉱床の開発決定を発表した。モリブデンも産出予定。
2009.10
東芝
カザフスタン
国営企業のKazatomprom社と、レアメタル分野に関する合弁事業について検
討を開始する覚書を締結した。レアアースを含むレアメタルに関する合弁事
業の開始を検討するもの
2009.11
P.P.P社
ペルー
ペルーQuechua銅鉱山開発プロジェクトのFS(30億円、2011年1月まで14ヶ
月)開始を発表。操業開始は2014年8月の予定
インドネシア
インドネシアのウェダベイニッケルプロジェクトの株式90%を保有するストラン
ド社の株式33.4%をエラメット社から取得。譲渡金額は約145 百万米ドル。ウェ
ダベイ鉱床は世界有数の大規模未開発ニッケルプロジェクトで、生産能力は
年産ニッケル純分ベースで約6.5 万トンを目標。
2009.12
三菱商事
チリ
ブラジル
フィリピン・パラワン島で2005年4月より生産を開始したCoral BayのHPALプ
ラント(Ni換算年産量10kt)の第2プラント建設を完了しNi換算年産量を22ktに
倍増した。
日鉱金属33.3%とCODELCO66.7%の共同出資によるバイオリーチング技術研
究会社BioSigmaは、低品位銅鉱石からのバクテリア・リーチングに関するチ
リ初の知的所有権となった。
出所)2009 通商白書、ニュース記事をもとに JATIS 作成
(3)資源獲得の方法
民間企業の資源調達への関わり方として、単純買鉱や融資買鉱が調達の基本形であった
時代から投資買鉱に移行して久しい。更に最近では、商社の投資に見られるように買鉱が
目的でなく、投資活動による事業収益そのものを目的とする企業も現れている。資源事業
への資本参画はその形態が会社の株式取得であれ、ジョイントベンチャーの持分取得であ
149
れ、資源という資産の取得を意味する。
これらの資産の獲得方法は
・自社による探鉱
・探鉱会社の買収
・探鉱会社とのアライアンス
・F/S、開発、操業各段階の資源プロジェクト・会社の買収
・F/S、開発、操業各段階の資源プロジェクトに部分資本参加
など様々な形態が考えられる。昨今の資源ビジネスにおいては、資源プロジェクトや会社
の買収(権益買収)が主流になっており、資源会社どうしの M&A による合掌連携も進んで
いる。従来、資源会社の買収は資金規模的に対応できるサイズではなかったが、金融危機
後の資源会社の時価総額下落により、充分、対応可能なサイズまで縮小してきている。資
源会社の買収は、今、日本の企業にとって大きなチャンスである。
探鉱開発、資源会社の買収はリスクが高い。為替リスク、カントリーリスク(国有化な
ど)、価格変動リスク、環境先住民リスク、資源リスク(資産評価ミス)、操業リスク(操
業能力の不足)などリスクを数えれば限がない。資源ビジネスへの参加に当たっては、こ
れらのリスクの評価と対応策の検討が重要である。日本企業が主体者となって資源ビジネ
スに参加するためには、探査→開発→操業→輸送・販売の各プロセスにかかわる機能横断
的なスキルと、鉱山オペレーションの経験が必要である。
図 6-26 資源確保戦略
必要となるスキルの全体像
出所)JOGMEC 資源経済シンポジウム「資源確保の方法と求められる機能」三菱商事 岩田哲郎
150
(26)
図 6-26 は鉱山経営に当たって必要となるスキルをまとめたものである。最下層のスキル
が「機能横断的スキルをベースとしてオペレーションを着実に実施」できる専門知識や能
力である。第二の階層が「リスクの評価とプロジェクトマネジメント」にかかわる能力で、
第三階層が「意思決定」に関する能力である。
最下層のスキルは、資源開発や金属製錬などの資源系人材により担われていた。これら
の人材がリタイアの時期を迎えようとしており、また、国内大学においてはこうした分野
の講座や教員の減少が進んでいる。他方、資源系企業のみならず、商社、金融機関などで
も資源分野への関心が高まっており、若年層の資源系人材が不足している。資源確保に向
け、海外での資源ビジネスを支える資源系人材の育成が急務となっている。
【参考資料】
(1)NEDO ホームページ
希少金属代替材料開発プロジェクト
http://app3.infoc.nedo.go.jp/informations/koubo/press/EF/nedopress.2009-07-27.8101855847/522
57d193 300c51437d206226756530ed30a730af30c8300d63a1629e4e0089a7_r2.pdf
http://app3.infoc.nedo.go.jp/informations/koubo/press/EF/nedopress.2009-07-27.8101855847/522
57d194 300c5e0c5c1191d15c5e4ee366ff67506599958b767a30ed30a730af30c8
(5bfe8c6192717a2e8ffd52a05206)300d63a1629e4e0089a7_r2.pdf
(2)文部科学省ホームページ
元素戦略プロジェクト
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/07/07071217.htm
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/07/07071217/001.pdf
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/07/07071217/002.pdf
(3)物質・材料研究機構
元素戦略のための具体的な研究アプローチ
http://e-materials.net/outlook/elements/elements_cap/outlook-chap03-04-01-01.pdf
(4)シャープホームページ
廃液晶パネルからのインジウム回収・リサイクル
http://www.sharp.co.jp/corporate/eco/environment_and_sharp/examples/sgt_Indium.html
(5)経済産業省ホームページ
http://www.meti.go.jp/policy/recycle/main/data/research/h17fy/170401-211_mri_2.pdf - search='
インジウム 特性'2005 年 5 月、
(6)JOGMEC 鉱物資源マテリアルフロー 2007「タングステン」
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/jouhou/material/2007/W.pdf
151
(7)「データでみる次世代の切削加工技術」(2000)狩野勝吉著,日刊工業新聞社
(8)NEDO ホームページ
超工具向けタングステン代替材料開発プロジェクト
http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/focus/31/focus3.pdf
(9)JRCM ホームページ
ナノ微粒超硬合金を用いた精密金型の開発
http://www.jrcm.or.jp/jrcmnews/0909jn275.pdf
(10)住友電工ホームページ
エネルギー使用合理化希少金属等高効率回収システム開発事業
http://www.sei.co.jp/news/press/07/prs533_s.html
(11)日刊産業新聞ホームページ
日本新金属がタングステンのリサイクル事業へ
http://www.japanmetal.com/back_number/h2000/h20000229.html#1
(12)「最新電池の基本と仕組み」p.124,2006,秀和システム
(13)産総研ホームページ
リチウムイオン二次電池の低コスト化実現に道拓く
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2004/pr20041122/pr20041122.html
(14)産総研ホームページ
リチウムイオン二次電池用のコバルトを含まない正極材料を開発
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2009/pr20090817/pr20090817.html
(15)新日鉱ホールディングスホームページ
使用済みリチウムイオン電池等からの「有価金属回収に向けた実証化試験」の開始について
http://www.shinnikko-hd.co.jp/newsrelease/2009/090903_1503.php
(16)環境ビジネスホームページ
三井金属グループ・神岡鉱業、コバルトリサイクル事業増産体制へ
http://www.kankyo-business.jp/newsflash/200810_02.html
(17)産総研ホームページ
リサイクルが容易な「リチウム―銅二次電池」を開発
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2009/pr20090824/pr20090824.html
(18)物質・材料研究機構ホームページ
「金属材料のナノ組織と特性」,宝野和博
http://www.nims.go.jp/apfim/pdf/OsakaPrefUniv09_1.pdf
(19)ネオマグ社ホームページ
ネオジム磁石の製造法シリーズ
http://www.neomag.jp/mailmagazines/200906/letter200906.php
152
(20)物質・材料研究機構ホームページ
ナノ組織制御による磁気特性制御
省希土類磁石材料
Dy フリー磁石の開発を目指して,宝野 和
博
http://e-materials.net/outlook/elements/elements_cap/outlook-chap03-04-03-01.pdf#search='ナ
ノ組織制御による磁気特性制御 省希土類磁石材料 ~Dy フリー磁
(21)日立製作所ホームページ
レアメタルを用いない高効率小型モータ技術を開発
http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2008/11/1110.html
(22)経済産業省調査資料
平成 17 年度
希少性資源の 3R システム化に資する技術動向調査
http://www.meti.go.jp/policy/recycle/main/data/research/h17fy/180208-1_src_0.pdf
(23)「第 39 回レアメタル研究会資料」(2010.01.15)東北大学
多元物質科学研究所,柴田悦郎
(24)「最近の資源外交の取り組み状況について」資源エネルギー庁鉱物資源課,平成 20 年 10 月
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g81031a04j.pdf
(25)「レアメタル戦略」2009.7.28,経済産業省
http://www.meti.go.jp/press/20090728004/20090728004-3.pdf
(26)JOGMEC 資源経済シンポジウム,資源確保の方法と求められる機能,三菱商事 岩田哲郎
153
7.資源高騰とパラダイムシフト
7-1
資源変動と均衡価格の評価
(1), (3)
2003 年ごろから異常な高値が続けていた資源価格は、リーマンブラザーズの破綻、世界
経済の縮退開始を契機に、一気に崩壊した。この資源価格の高騰、崩壊は品目により一様
ではないが、
価格高騰について
・中国をはじめとする新興国での需要拡大
・商品市場への投機資金の流入
・供給の一部資源国への偏在
・資源国における資源政策の変化
・国際資源メジャーによる寡占
などが指摘されており、これらに関しては 2 章~5 章で詳細に述べたとおりである。
また、価格崩壊については、
・サブプライム問題に端を発した Wall Street 流の組成・保有型ビジネスモデルの破綻
・急激な信用収縮の発生
・実態経済への波及と世界的な生産活動の落ち込み
など崩壊のプロセスが明らかにされている。
価格急落後、資源価格は旧来の低位安定した価格レベルに復するとも思われたが、多く
の資源で再上昇を始め、高止まりの状態で推移している。
資源価格の均衡点を求めて、理論価格の分析も行われている。
一つは、一般物価の上昇率から資源価格を推計する方法である。この方法は「長期的に
みれば資源価格と一般物価は同じような伸び率で変動する」という前提に基づいている。
図 7-1 は銅の価格を推計したもので、銅価格の推移に、資源価格が急騰した 1980 年を
起点にとり、1980 年以降の物価上昇率 2.8 倍を乗じて求めた上限値と、1985 年の市況が
下落した時の価格を起点に、その後の物価上昇 1.9 倍を乗じて求めた下限値を示したもの
である。2008 年での銅の理論価格は 3,000~6,000 ドル/㌧ということになり、極めて単
純な方法ではあるが、ピーク価格崩壊後の 2009 年の価格は 3,105~6,306 ドル/㌧
(2009.10)で推移しているから、まんざら外れた推計でもない。
また、2008 年度通商白書でも資源価格高騰の問題が扱われており、原油及び銅価格の変
動要因が分析されている。
154
図 7-1 銅価格の推計
出所)「資源を読む」丸紅経済研究所
(a)
(b)
国際資源商品価格の推移
原油及び銅価格の変動要因分析
図 7-2 国際資源商品価格の変動要因分析
出所)「通商白書 2008」1 節 世界経済の現状
通商白書では、代表的な国際商品である原油と銅について、その価格変化を扱っており、
需給バランスで説明できる部分(在庫量の変動による価格)と需給バランスでは説明でき
ない部分(プレミアム)とに分解して解析している。その解析によると、原油では 2008
年 5 月の実績価格は 125.5 ドル/バレルであったが、このうち需給バランスで決定される
部分は 74.7 ドル/バレルで、投機資金などテクニカルな要因部分(プレミアム)は 50.8
ドル/バレルであったと解析している。また、銅価格(2008 年 7 月)では実績価格 8,407
155
ドル/㌧、需給バランス要因 6,300 ドル/㌧、プレミアム要因 2,107 ドル/㌧と推計して
いる。2009 年 10 月時点では原油は 75 ドル/バレル、銅は 6,300 ドル/㌧で推移してい
るから、ピーク崩壊後の資源価格は、需給バランスに沿った価格で推移しているのかも知
れない。図 7-2 に白書に掲載された国際資源商品価格の推移、及び原油及び銅価格の変動
要因分析を転載する。
7-2
パラダイムシフト
(2), (3)
今回の資源価格の大変動と再上昇は一過性のものではなく、「安い資源時代」が終焉し、
「高い資源の時代」へのパラダイムシフトであるという指摘がある。
1970 年代の 2 度の石油ショックのあと原油など資源価格は急騰したが、先進国が省エ
ネ・省資源化を進め産業構造を高度化させたことで、資源価格の連続した上昇には至らな
かった。1980 年代に入って先進国を中心とする世界経済の成長は、3%台に低迷すること
で、資源価格は 1980 年代、1990 年代には長期低落傾向を辿った。
丸紅経済研究所の解析によると、1950 年~1960 年にかけて、世界経済は日米欧の先進
国の重厚長大型経済に牽引されて 5%台の成長を続けていたが、石油ショックのあとは社
会のソフト化が進み、1980 年代、1990 年代は 3%台の経済成長に終始した。図 7-3 に示
されるように、1970 年を境に世界経済は高度成長から低成長の時代に移行した。原油、銅、
鉄鉱石の価格推移は既に見たとおりであるが、1980 年~2000 年までの 20 年間にわたり
資源価格が漸減傾向を辿ったのは、日米欧の先進国の低成長経済と強く関係している。
図 7-3 世界経済成長率
出所)IMF-IFS、OECD、‘The World Economy’より丸紅経済研究所作成
21 世紀に入って、中国など新興国の持続的経済成長が加速すると、世界経済は 5%台の
高度経済成長軌道を辿り始める。世界経済の牽引役が人口 10 億人の先進国から、中国や
インドなど 30 億人近い人間を擁する新興国に移ったということである。
具体的には中国の成長である。1978 年中国国務院副総理であった鄧小平が来日し、松下
電器産業(現パナソニック)や新日本製鉄を見学し、
「これが現代化と言うことか!」とい
156
う言葉を残して帰国したと伝えられている。このときから中国の胎動が始まった。1985
年の宝山製鉄所の開設、1989 年 6 月の天安門事件、1992 年の南巡講話などを経て中国の
現代化が急速に進み、2000 年には、世界の経済統計の中に中国の影響をはっきりと読取れ
るまでに、中国経済が充分な規模に成長していたということであろう。
このような世界の経済成長の変遷は、原油、銅などのコモディティ商品の価格を示すロ
イター・ジェフリーズ CRB 指数によく現れている。図 7-4 に 1970 年からのロイター・ジ
ェフリーズ CRB 指数の推移を転載したが、1980 年~2000 年までの 20 年間は長期漸減傾
向を辿り、2000 年から急激に CRB 指数が立ち上がっている。
丸紅経済研究所などでは、経済成長の牽引役の移行が資源価格の高騰を引起しており、
現在は価格均衡点を求める移行期であり、10~15 年の長期間を要するだろうと見ている。
図 7-5 に示すように、資源価格にパラダイムシフトが興っており、中国の後にはインドや
ロシアが続き、
「資源需要の拡大」と「高い資源の時代」は相当長期間にわたり続くだろう
という見通しを提起している。
注)1967 年=100、19 商品
日経クォータリー商品情報より
図 7-4 ロイター・ジェフリーズ CRB 指数の推移
出所)紅経済研究所作成
資源需要増大
過渡期に現象で
はあるが・・・・
BRICsなど人口大国の
工業化よる資源需要
人口10億人弱の先進国が国際資源を
ほぼ独占して使っていた時代
1990年
人口50億人のフラット化時代へ
2000年
2008年
2015~20年
図 7-5 経済構造の変化と資源市場における「過渡期」の需要
出所)「資源を読む」日経文庫,2009,丸紅経済研究所作成
157
7-3
まとめ
現在、原油、鉄、銅など世界の資源は、奔流となって中国に流れ込んでいる。かつて、
世界の資源を集め豊かな生活を享受できたのは米国、欧州、日本など先進国 10 億人の人
間に限られていたが、今、中国 13 億人、インド 11 億人の人間がこの階層に加わろうとし
ている。新興国の経済成長、豊かな生活を求める人々の拡がり、すなわち「世界のフラッ
ト化」は資源の需給に重大な影響を与え、資源価格高騰の主たる原因となっている。通商
白書 2008 は『「50 億人」市場による新たな発展の展望』のなかで、新興国の急速な経済
発展とグローバル化によって「50 億人」規模の新たな世界市場が出現しつつあることを指
摘しているが、資源の利用という視点に立つならば、「50 億人」による資源の争奪戦が始
まっている。
我が国が取り得る方策は多くはない。既に提案したように、企業レベルで取組むべきこ
とは、省資源技術や代替材料の開発である。社会として実施すべきはリサイクルの徹底で
ある。海外の資源開発や資源確保への積極参加が企業、業界、政府が連携して推進すべき
もう一つの課題である。
「高い資源の時代」へのパラダイムシフトの中で我が国に求められるのは、使わずにす
むものは使わない(Reduce)、丁寧に使う(Reuse)、何度も使う(Recycle)、ありふれた
ものを使う(Replace)という「資源利用の 4 つの実践」コンセプトの徹底である。かつ
て我が国は、高騰した原油価格から徹底した省エネを推し進め、高度産業社会の構築を実
現した実績がある。今回の資源価格高騰は、我が国の産業構造の一層の高度化を推進め、
持続可能な社会を構築していくための好機でもある。
【参考資料】
(1)「通商白書 2008 -新たな市場創造に向けた通商国家日本の挑戦-」経済産業省
(2)
「資源問題と世界経済のパラダイムシフト」2008.3,社団法人日本経済研究センター,第 1 章
経済の構造変化と資源問題,丸紅経済研究所,柴田明夫
(3)「資源を読む」日経文庫,2009.9,丸紅経済研究所,柴田明夫
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世界
非
売
品
禁無断転載
平
成
2
1
年
度
資源高騰における機械工業企業の
経営戦略に関する調査研究報告書
発
行
発行者
平成22年3月
社団法人
日本機械工業連合会
〒105-0011
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