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昆虫食者 パタスモンキー
名古屋大学理学部生命理学科集中講義 「霊長類の採食生態: 適応と進化」 第2回 霊長類の食性の多様性 京都大学霊長類研究所 半谷吾郎 メガネザル: 昆虫食者 • 体重 86-135 g • フィリピン、ボルネオ、 スマトラ、ジャワ、スラ ウェシに5種が分布 • ほぼ完全な昆虫食。ス ラウェシのヒガシメガネ ザルでは、直接観察に より確認された627の 採食物全てが昆虫とク モ (Gursky, 2000) • 霊長類の食性の多様性: 食物不足を乗り切 る方法に着目 • 食物の栄養成分・化学成分 ハイノキを採食する屋久島のニホンザル ©渡辺邦夫(京都大学霊長類研究所) ジェントルレムール(バンブーキツネザル Hapalemur sp.): タケを食べる専門家 「WEBマガジン:環境問題と博物館04.飼育動物と環境教育」より http://museumlife.mods.jp/mm/environment/2004/0807.html アイアイ: 石果/核果の種子食者 • 体重: 約3kg • マダガスカル各地に分布 • 毛のない膜のような大きな 耳、一生伸び続ける鋭い切 歯、細長い中指を持つ • ラミーの種子に鋭い切歯で 穴を開け、細くて長い中指を 差し込んで、胚を掻き出して 食べる。ラミーの種子の採食 時間は全観察採食時間の 60%(Iwano, 1991) • 中指で食物を叩き、大きな耳 でその音を聞いて、中が空 洞であるかどうかを調べる • 体重700-1000 g • マダガスカル東部を中 心に3種 • ハイイロジェントルレ ムールでは、2種のつる 性のタケの新芽が採食 時間の89%を占める。 (Overdorff et al., 1997) • タケに含まれる特殊なア ルカロイドを分解できる らしい 日本アイアイ・ファンドのホームページより http://www.ayeaye-fund.jp/photo.html パタスモンキー: 樹脂と昆虫食者 • 体重: 4-12 kg • アフリカの赤道以北、 サハラ砂漠と熱帯雨林 の間の乾燥地に生息 • ケニアでの研究では、 アカシアの樹脂が食物 の37%、アカシアの膨 らんだ棘にすむ昆虫が 食物の27%を占める (Isbell, 1998) ふつう、昆虫や樹脂は体の小さな霊 長類の食物である http://www.arkive.org/goldenlion-tamarin/leontopithecusrosalia/videos.html http://www.boston.com/bigpicture/2010 /05/animals_in_the_news.html • 体の大きなサルにとって、昆 虫や樹脂だけで腹を満たす のは難しい • が、サバンナのような単純な 環境では、アカシアの木を見 つけることは簡単である • ただし、必要な食物を確保す るためにたくさんの距離を動 き回る必要がある http://www.anthro.ucdavis.edu/lynneisbell/photos.html 1 パタスモンキーは霊長類としてもっと も足が速い http://www.nwf.org/News-andMagazines/NationalWildlife/Animals/Archives/2006/Live-Fast-DieYoung.aspx 同所的に住むパタスモンキーと サバンナモンキーの違い • 時速55km • 長い脚と腕のため • 場所によっては 50km2もの広大な行 動圏を持つ パタスモンキー 同所的に住むパタスモンキーと サバンナモンキーの違い • パタスモンキーは、草原を含め広範囲を利用 • サバンナモンキーは、川沿いの疎開林を中心 に利用 サバンナモンキー 同所的に住むパタスモンキーと サバンナモンキーの違い • パタスモンキー(●/▲): 昆虫、樹脂が多い • サバンナモンキー(○/△): 果実が多い 川 パタスモンキーの遊動域 サバンナモンキーの遊動域 4 km 色がついているのが木本が優占し ている場所、ほかは草原 Nakagawa (2000) Nakagawa (1999) チンパンジー: 道具を利用して採食 チンパンジーの道具使用の生態学的重要性 • 体重: オス34-70kg、メス2650kg • セネガルからタンザニアまでの 熱帯雨林、疎開林に生息 • 果実がもっとも主要な食物。他 に、葉、昆虫、肉なども採食 • 棒を使ったアリ釣り、石を使った ナッツ割り、杵つきなど、道具を 使って採食を行う ©Chimpanzees Bossou and Nimba http://www.greenpassage.org/chimp/behavior/ nut-cracking/index.html その他 樹皮 昆虫 地上性草本 葉 アブラヤシ茎 アブラヤシナッツ Musanga イチジク 他の果実 ボッソウのチンパンジーの食性の季節変化 Yamakoshi (1998) 果実利用可能 性の季節変化 2 屋久島上部域のニホンザルの食性 屋久島上部域のニホンザルの食性の季節変化 100% 採食時間割合 80% 果実 種子 花 成熟葉 新葉 その他繊維性食物 キノコ 動物 その他 その他 花 果実・種子 繊維性食物 動物 60% 40% 20% (1年間の採食時間割合の平均) 0% A 屋久島上部域の果実・種子・花食物の 利用可能性の季節変化 3 花リター落下量 (kg/ha) 80 2.5 70 60 2 50 1.5 40 30 1 20 0.5 10 0 0 A M J J A 花リター S O N D J F J J A S O N D J F M 食物カテゴリー 果実 種子 花 成熟葉 新葉 その他繊維性食物 キノコ 動物 その他 気温 -0.10 -0.19 -0.21 -0.16 0.46 -0.81 0.59 0.56 0.33 果実+種子リター 0.82 1.06 -0.29 -0.63 -0.27 -0.13 -0.24 -0.20 0.43 標準偏回帰係数を示す。赤字は有意。 果実・種子食物の利用可能性が高いときにはサルは果実・種 子を食べ、果実・種子食物が少ないときには成熟葉を食べる。 海岸部は上部域より、果実(液果)の多 い、動物にとって豊かな環境である kg/ha 120 金華山 屋久島海岸部 屋久島上部域 0% 20% 40% 種子 新葉 動物 花リター -0.03 0.07 0.49 0.12 0.21 0.07 -0.61 0.27 0.23 果実+種子リター ニホンザルの食性の比較 果実 成熟葉 キノコ M 食物の利用可能性と食性の関係 果実+種子リター落下量 (kg/ha) 90 M 60% 80% 100% 花 その他繊維性食物 その他 1999年 2000年 2001年 液 果 100 の 80 年 間 60 総 40 生 産 20 量 0 0 500 1000 1500 標高 (m) 3 屋久島の低地でサルや鳥が食べる果実 アカメガシワ クマノミズキ イヌビワ タブノキ コバンモチ ヤクスギ林でサルや鳥が食べる果実 ハイノキ ヒサカキ アコウ シャシャンボ ヤマモモ ハドノキ オオバヤドリギ リュウキュウマ メガキ ハナガサノキ ヒサカキ サカキ アデク ソヨゴ オオイタビ ハマヒサカキ タイミンタチバナ カラスザンショウ カナクギノキ モクタチバナ 消化可能 炭水化物 33% 45% 12% 41% 33% *中性ディタージェント繊維(NDF) 食物不足の原因 宮城県金華山島、A群のオトナメス 日 ) (kcal/ 4% ニホンザルのエネルギー収支 エネルギー摂取量 葉 ウラジロマタタビ イヌガシ (屋久島のニホンザルの食物) 果実 イヌガシ ウラジロエノキ 果実と葉の栄養成分の比較 タンパク質 繊維* イヌツゲ ゴンズイ サカキ ハゼノキ ソヨゴ 1200 エネルギー要求量 600 春 夏 秋 冬 (平均+標準偏差を示す) 時間が足りなくて食物不足に陥る例 • 消化管の容量が足りない: 常緑樹の葉のよう に、「腹は満たされる」が、栄養価が低すぎて 必要なエネルギーを確保できない • 時間が足りない: 冬芽のように、ひとつひとつ が小さいために、1日のほとんどの時間を費 やしても、「腹を満たす」ことができない http://webzukan.net/db/ • 冬の落葉樹林帯のニホンザル、日中の採食時間の70%を採食に当てて も必要エネルギーの60%程度しか摂取できない 4 時間が足りなくて食物不足に陥る例 食物不足の時期には、脂肪を消費して乗 り切るため、体重が減少する 高崎山のメスのニホンザルの例 http://abc0120.net/words03/abc2009040406.html • エチオピアの高原に住むゲラダヒヒ、草本の葉や種子を食べ る。標高3900mでは、日中の採食時間の62%が採食で、休 息時間は5.2%しかない(Iwamoto and Dunbar, 1983)。休 息時間の不足と体温調節のためのエネルギー要求量が増 えて、これより高地では生息できない。 食物不足を乗り切る方法: オランウータンの場合 • 体重37-70 kg • ボルネオとスマト ラの熱帯雨林に 生息 ボルネオ島・ランビルヒルズの一斉開花・結実 Kurita (2002) 一斉開花・一斉結実 • 東南アジア島嶼部(ボルネオ・スマトラ・マレー 半島)に特有の現象 • 世界でもっとも生物多様性の高い森林である、 低地フタバガキ熱帯林で見られる • 数年に一回、多くの種がいっせいに開花し、 結実する • いつ起こるかを予測することは困難 オランウータンの食性の季節変化 森林の開花・結実の季節変化 オランウータンの食性の季節変化 Sakai, 2002 Knott (1998) 5 オランウータンの食性の季節変化 • 一斉結実時には、果実だけを食べる • 一斉結実が終わると、葉や樹皮を食べる オランウータンのエネルギー摂取量 Kcal/日 オス 10000 メス 5000 0 一斉結実 オランウータンが食べたドリアンの果実 オランウータンがしがんで捨てたマメ科の つるの樹皮 オランウータンは脂肪を消費して食物不足時期を乗り切る 森林の開花・結実の季節変化 尿の中にケトンが現れる割合 非一斉結 実 一斉結実 非一斉結 実 Knott (1998) • 非一斉結実時には、一斉結実期の半分以下にエネ ルギー摂取量が減少 霊長類の食性: まとめ • いろいろなものを食べる! (果実、種子、葉、茎、樹皮、花、昆虫などの動 物、キノコなど) • 特定の食物に特殊化している種は、形態的 にも特殊化していることが多い(が、実は少数 派) • 好んで食べる食物が少ない時期をどう対処 するかが重要 ケトン: 脂肪が分解されたときに尿中に現れる物質。体内に蓄積された脂肪消費の目安となる 食性に関係のある形質 • • • • • • 歯の形態 顎の形態 消化管の構造 消化酵素 味覚受容体 ・・・・・・ 歯の形態と食性の関連 果実食者 葉食者 Fleagle (1999) 6 消化管の形態 Lambert (1998) 食性の進化・・・? • パタスモンキーの長い足、チンパンジーの道具使用 に見られる知性、繊維性の食物を効率よく消化でき るコロブスの消化管、熱帯雨林で高い樹冠をすばや く移動できるテナガザルの移動様式、、、などの各 種に特有の特徴は、食物の多い時期には特段役に 立つものではないかもしれない • 論理的に考えても、食物の多い時期はどのように暮 らしても生存できるので、その時期の食性の特徴が 選択圧になるとは考えにくい • 一方、食物が不足する時期は死亡率も高いので、 その時期の採食効率を上げる適応は、進化しやす いと考えられる 食性の進化・・・? • 形態や生理機能には、それぞれの種特有の 食性に応じた適応が見られる(ように見える) • が、野生の霊長類の食性を観察する限り、特 定の食物だけを食べることは少なく、「果実食 者」「葉食者」といったカテゴリー分けには(生 態学的には)意味がないことも多い • 霊長類の食性は、同種でも季節・地域により 大きく変化する • 同所的に住む異種の霊長類の食性は、ある 程度は重複する 名古屋大学理学部生命理学科集中講義 「霊長類の採食生態: 適応と進化」 第2回 霊長類の食性の多様性 京都大学霊長類研究所 半谷吾郎 • 霊長類の食性の多様性: 食物不足を乗り切 る方法に着目 • 食物の栄養成分・化学成分 ボルネオテナガザル 食物に含まれる栄養成分 • タンパク質: 体の構成要素となり、体内でさまざまな 化学反応を起こす酵素となる。エネルギー源にもで きる • 炭水化物: エネルギー源となる。ただし、セルロース など、炭水化物のうち、消化の難しいものは繊維と 呼ばれ、細胞壁や材に含まれる • 脂肪: エネルギー源となる。単位重量あたりのエネ ルギー含有量は最大で、貯蔵に向いている • ミネラル(無機成分): 鉄、カルシウム、リンなど、各種 生体反応に必要。とくにナトリウムは植物からはほ とんど摂取できない。 植物に含まれるそのほかの化学成分 • タンニン: タンパク質に結合して、消化吸収を 妨げる。 • アルカロイド: 生体内で毒として作用するさま ざまな物質の総称。 7 植物の化学成分の進化 • 植物に含まれる栄養成分は、植物が自分の 体を作ったり、自分の子孫を残すために必要 • タンニンやアルカロイドは、動物に食べられて 困る場合に植物が作り出す「防御物質」 • 繊維は、防御のために進化したわけではない が、植物が自分の体を作るのに必要 • 葉、種子: 食べられると困る→防御物質を含 む • 果実: 種子散布のためには、食べてほしい →防御物質を含まない 葉の化学成分が屋久島のニホンザル の食物選択に与える影響 • サルが食物として選択 した葉と、その森林に はあるがサルが食べな い種の葉を比較 • サルは、粗灰分が多く、 縮合タンニンが少なく、 繊維に対してタンパク 質が多い葉を食物とし て選択していた 粗灰分 (ミネラル) 縮合タ ンニン タンパク 質/繊維 比 食物 非食物 Hanya et al. (2007) 味覚の進化と栄養成分 • 基本的には、「おいしいと感じるもの」を食べ、 「まずいと感じるもの」を避けていれば、野生 の霊長類の栄養要求は満たされる: 通常の 野生霊長類は食物不足の危険と隣りあわせ で、脂肪蓄積は食物不足を乗り切るために有 効な適応 • 飽食の現代人の場合は、 「おいしいと感じる もの」だけを食べていて健康になれるとは限 らない: 肥満の危険、多少は必要な繊維・タン ニンなどの摂取不足になる危険 キノコを食べるニホンザル 8