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ディベー トで文学作品をく読む〉学習指導
学校教育学研免1995,第7巻pp. 41-52 41 ディベートで文学作品を<読む>学習指導 、大学4回生への授業(実地教育Ⅶ)における実践を中心に- 舶 . ¥ 祐雅 江上 堀井 言語系教育講座 大学院言語系コース(国語) (兵庫県立神戸北高等学校) 近年,情報化,国際化といった社会の変化に対応していくために,国語科においてもさまざまな転換が求められて いる。そうした変化に対応するためには,次の3つの条件を満足する学習活動を展開する必要がある。 A,生徒が主 体的に活動できるような多様で柔軟な学習形態による授業。 B, 「音声言語活動」と「文字言語活動」とを関連づけ る総合的授業。 C,それぞれが自分の考えや立場を言語によって伝え合う場を持つ授業。本論では,ディベートを用 いることにより,こうした条件を満足する学習活動を展開することができるのではないかという仮説を掲げ,ディベー トを用いた学習指導を大学生に対して実践し,この仮説を実証しようとした。現在のディベートを用いた国語科学習 指導においては, 「尊厳死を認めるか,認めないか」 「学校週休2日制に賛成か,反対か」などの<価値ディベー ト><政策ディベート>を中心とした展開にやや偏っているoそのようなディベ-トも意義はあるが, 「社会科」 「道徳」などとは違った,ディベートを用いた国語科独自の学習指導があるのではないだろうか。本論は,国語科の 重要な領域である文学教育において,ディベートを活用することが可能であることを示そうとしたものである。 キーワード:ディベート,国語科学習指導,文学教育,読みの指導 1国語科におけるディベート指導の必要性 1.1背景 他のさまざまな領域と同様に,教育界においても,情 報化,国際化といった社会の変化に対応していくことが 求められている。平成元年版学習指導要領において, 「自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力 の育成」が提唱され,学力観の転換と同時に生徒観,指 導観,授業観,評価観の転換が求められたのも,その一 例である。 各教科教育においてもこうした要求にどのように対応 するかが模索されつつある。国語科の授業においても, 教師中心の教授型授業だけではなく,状況に応じて生徒 が主体的に活動できるような多様で柔軟な学習形態によっ て授業を展開する方法が,さまざまな形で試みられてい る。 また,これまでの文字言語偏重の指導に対する反省や, 国際化社会での相互理解の必要性から,母語によるコミュ ニケ-ション能力の育成が叫ばれ,その基盤となる音声 言語指導の重要性に目が向けられている。 音声言語指導は, 「聞くこと」 「話すこと」の取り立 て指導によって系統的におこなう必要もあるが,前述し た多様で柔軟な授業の展開という点から考えると, 「読 むこと」 「書くこと」とも関連づけた総合的展開をおこ なわねばならない。 さらに,コミュニケーション能力の育成という面から 考えると,そうした総合的授業の中で,それぞれが自分 の考えや立場を言語によって伝え合う場を設け,言語に よって互いを理解し合うことの重要性を認識させ,相互 理解の方法を身につけさせる必要がある。 以上のことをまとめると,現在の国語科においては, 次の条件を満たす授業が求められていると言えるであろ う。 A,生徒が主体的に活動できるような多様で柔軟な学習 形態による授業 B, 「音声言語活動」と「文字言語活動」とを関連づけ る総合的授業 C,それぞれが自分の考えや立場を言語によって伝え合 う場を持っ授業 1.2 3つの条件を満たす授業 では,この3つの条件を満たすためにはどのような授 業方法が考えられるであろうか。従来のような形式の授 業においても,さまざまな工夫を凝らすことによって, ある程度こうした条件を満足することが可能であろう。 例えば,これまでも多くの実践者がおこなってきてい る「国語科単元学習」は,すでにこうした条件を満足す る方法のひとつとなり得ることが実証されてきていると 言えよう。 音声言語活動と文字言語活動を関連させた総合的な学 習指導であり,どちらかと言うと音声言語活動を重視し た学習指導ということにしぼると,次のような方法が考 えられる。 42 0群読で作品を味わう授業 ○討論(ディベート,パネルディスカッション)を用い と,どのように違うのかが問題となる。 本論では, <価値ディベート><政策ディベート>の て作品を理解する授業 意義を認めながらも,国語科でディベートを展開するに ○劇化に結びつける授業 よりふさわしい論題と方法とを探るために,ある文学作 品を取り上げ,ディベートによってその作品の価値・構 このような方法を取り入れることにより,一斉,小集 造・形象を<読む>という試みをおこなうことにした。 団,個といったさまざまな学習形態を柔軟に配置しなが ら,その中で文字言語活動(読む・書く)と音声言語活 動(話す・聞く)とを総合的に指導していくことのでき る授業を展開することができるのではないだろうか。 本論においては,ディベートを用いることにより,先 の3つの条件を満足する学習指導を展開することが可能 になるのではないかという仮説を掲げ,ティベ-トを用 いた国語科学習指導の理論と方法とを示し,それに基づ く実践例を通して,この仮説を実証することをめざして いる。 1.3ディベートの定義 アメリカのディベート入門用教科書"Getting Started inDebate"において,ディベートは「ある命題をめ 1.5ディベートによって何を<読む>か 文学作品を読む際には,読み手の心中に,文字言語表 現を通して形象が生み出され,それらが結びっいてある 構造体となり,そして読み手の中にある価値を生み出し ていく。ディベートを用いて文学作品を<読む>場合も, これらの要素が浮かび上ってなってくるのであるが,ディ ベートを用いて文学作品を<読む>授業を展開しようと した時,どの要素に注目するのか,またその要素を浮き 上がらせるのにはどのような作品が適しているのかを, 教師は見通しておく必要がある。教師がそうした要素と 作品の特色を考えるための指針として, 「ディベートに よって文学作品の何を<読む>のか」についての整理を, 次のように試みた。 (--・の後に作品の特徴を示した。 ) ぐり,賛成・反対の相対する2つの立場から,根拠を示 しながら論をたてていく,ルールに則った討論」と定義 されている。ディベートは, AかBかという相対する2 つの立場に立って,時間,発言順序,勝敗の決定といっ たルールた則っておこなう,ゲーム性をもった討論であ る。ここで注意しなければならないことは,そうした 討論の場だけが,本論でいうディベート学習指導ではな いということである。本論では,いわゆる「ディベート マッチ」だけがディベートなのではなく,討論を組み立 てるまでの過程,つまり, 「論題の決定」 「資料,デー タ,情報の収集と分析」 「論理の構築」 「討論会(ディ ベートマッチ) 」を含めたものを総称して「ディベ-ト」 と呼ぶ。さらにディベート活動後にディベートマッチの 記録をもとに「ディベートについての検討」をおこない, その中で学習者が自分たちの言語のあり様を見つめてい ①作品の描く価値(主題)を<読む> ・----寓話等(作品は個が内包する場合がある) ②作品に描かれた構造を<読む> -小説のように,比較的長く, 対立・対比的構造を持っ作品 ③作品の形象を<読む> ・--韻文のように,比較的短く, 多様な形象を導き出せる作品 なお,ここでディベートによって<読む>ものを価値, 構造,形象と3つに分けたが,その作品についてその1 つの要素だけを<読む>という意味ではない。その要素 を切り口にすれば他の2つの要素をも<読む>ことがで きるという意味である。 くという過程をも含めた学習過程を総称して, 「ディベー ト学習指導」と呼ぶことにする。 1.4国語科におけるディベート授業の現状 現在おこなわれているディベートを用いた授業の多く は, 「科学技術は人間を救えるか,救えないか」 「尊厳 死を認めるか,認めないか」 「学校週休2 []制に賛成か, 反対か」 「お弁当がいいか,給食がいいか」などのよう な論題について展開する<価値ディベート>または<政 策ディベート>と呼ばれるものがほとんどである(注2)0 こうした論題もそれぞれ意義があるが,一方でこうした 論題を用いた国語科の授業におけるディベートが, 「社 会科」 「道徳」 「特別活動」などの時間におこなうもの 2ディベートを用いた学習指導の展開 今回取り上げる実践は,兵庫教育大学学校教育学部言 語系コース4回生を対象におこなった。いわゆる「実習 事後指導」に当たる「実地教育Ⅶ」(往3)の授業の堀江が 担当した時間において, 「総合学習」 「音声言語指導」 のあり方,方法を学生に考えさせることを目的に展開し たものである。 2.1 3つの教材とその特色 今回の実践では,先の価値(主題) ・構造・形象の3 つの要素について,それぞれを<読む>のに通している と思われる作品を1つずつ用意した。 「アリとキリギリ ディベートで文学作品をく読む)学習指導 ス」 「夕鶴」 「スイッチョ」の3作品である。 【イソップ寓話「アリとキリギリス」 】 論題『キリギリスは悪者であるか,悪者でないかJ 「①価値(主題)を<読む>」のに適した作品として 取り上げた。 「アリとキリギリス」は,幼いころから誰も A 学 育 形 m B C 交 流 過 程 B A B 心 的 過 程 読 み 莱 学 をやめて,指導者が読み聞かせをするにとどめた。 表 * 出 安 このような具体的テキストを持たないものもひとっの 個 一の具体的テキストがない作品は,具体的な形象を<読 確 む>ことが難しくなるため,ディベートにおいては,主 諺 にその作品の措く主題(価値)を<読む>ことに焦点が * 当てられることになる。 位 【戯曲「夕鶴」木下順二】 置 論題『つうは与ひょうと別れるべきか,別れるべきではないか』 づ 「②構造を<読む>」のに適した作品として取り上げ け 刺 潔 < 文 題についてディベートをおこなう際に,ひとつひとつの 心 化 -t- 表現が持っ形象を確認する作業よりは,形象が複雑に結 > びついた作品構造に注目することになる。そして,そこ から作品が持つ価値(主題)を考えたり,形象を<読 ん>だりすることにつながっていく。 【詩「スイッチョ」原田直友】 論題『空欄には,明るい,うれしそうな言葉が入るか, 同 い。しかし,情報が少ないだけに,ひとつひとつの限ら と の 集 < 団 ユ 1. 王 ∃ 冒し iFlu 一 中 心 やすい. 「スイッチョ」のディベートにおいては,微細 > に文章表現を<読み>,形象の多様さを活用することに よって,作品の構造や主題に迫っていくことが可能にな るのではないかと考えた。 斉 2.2実地教育vllにおけるディベート指導の計画 示した3つの条件に対応している。 異 質 と ^ 交 疏 < 立 E3 欲 潔 導 過 程 ゆ れ 潤 性 化 潤 人 内 で 読 み の 再 構 築 確 伝 第3 次…個の読みの位置づr1 と読みの深化.拡充 ⑤く 小集団の形成〉 . どの作品を、どちらの立場でディベートするか知 る ⑥く 個人での作品再読による理由の整理〉 .各自がなぜその立場に立つのか、その理由を再考 し、1つの理由につき黄色のカード (記名) 1 枚 に箇条書きにする0 (個人レベルの論拠の書き出しく 自説側〉) ※8 枚以上書くことを目標にする0 → プ レ 一 ン ス トミ ン グ (注:以下理由のことを、ディベートの論拠と考え、 論拠と呼ぶことにする〉 .個人で相手側の論拠を予想し、 1 つの論拠につき ピンクのカード(記名) 1枚に簡粂書きする0 →視点の変更 (他説側論拠の予想) (個人レベルの論拠の書き出しく 他説側〉) ※8 枚以上書くことを目標にする0 → 1レ Iン ス トミ 1/F (かく 読みの方法把握〉 OH P使用による、K J法的手法の理解 (論理構築の要領の理解) 第4 次…小集団による琵みの深化.拡充 ⑧く 小集団での読み (自説側) の拡散〉→ 「 百雷面珊 1 . グルI プのメン!、 」で追加理由 (請 ) を考える。 色のカl ド 一記 に記入するn ⑨く 小集団での読み (他説側) の拡散〉→挿 画画示扇酎 . グル一プのメンバーで、予想される相手側の論拠 を える …視点の!、 更 ※ピンク色のカード(無 括己 名) に言 己 入する0 ⑩く 小集団での読みの分かち合い〉 (論拠の類別) .模造紙上で 論拠 (両説) を朝占別に類別する 凹.=′V0 M^^^^^^^^^^^^^F ttx 'IサF 實 ; , 匹. ⑫く 小集団での読みの整理〉 .論拠の関連づけ (論理構築及び論拠の価値づけ) .作業過程で気づいた論拠の追加 →新たな∃ 害 え√ 岩 石差 削 のl 類蛍光のカ- ド(黄色. ピンク色) に記入する 〈 小集、での読みの再整理及び収束〉 .模造紙上で行ったK J法の結果を、フローチヤI トにまとめる。 (論拠の価値づけと立論作成) .グループで、 中心となる論拠を3 つ程度にしぼり キLiW n 800 字に文章化するO l j重畳聖墜劃 第5次…ディベートによる全体での読みの分かち合い ⑮く 全体での学習方法の把援…参加意欲の触発〉 (一 . ペI ト マいチの概略説明) フ lイ y lデイベl 卜マッチの概略を説明するD 拡 ※傍聴者も審判をfTうことを伝える0 ⑱〈 全体での読みの分かち合い〉 (ディベートマい ・ >c .ディ ベートマッチを行うrJ新たな読み (両言 削 O M M iM W . 個人の読みのゆさぶり〉 (ディベートマッチの判定 変 ⑰〈 結果発表) -ワ ン .デイベl ト マッチの判定結果を発表するO t-> ↓ 第6 次…個人の読みの再構築 個人の読みの再構築〉 さ ⑳〈 .デイベI トの立場を離れ 自由に戚相を書く lつ な …く 立論〉 「 別れるべき 派」…2 分 r別れるべき ではない派」 ・ 蝣 ・ 2分 … る …く 作戦タイム、…2分 … ㈱ / 「 別 れ る べ き で は な い 派」 蝣 蝣 蝣 3分 l 壬 と i プ こ 「 男 rれるベh lI」 …3 み ! く 作戦タイム〉…2分 蝣 蝣 10 …く 作戦タイム 〉…2分 !、 …く 最終弁論〉「 別れるべきではない派」・ ・ 蝣 2分 … ∴.…‖ ……▼ .▼ lt 則* I季づ阜埠」 ∵ :I等 l分…" 化 L1l > ディベートを用いて「アリとキリギリス」 「夕鶴」 なお,図の左上のA,B, Cの各項目は,本論の冒頭に 充 疏 れた表現から読み手が読み取る形象が多様なものになり 「スイッチョ」を<読む>授業を, 「学習指導過程」図の ような計画のもとに展開した。 紘 伝 父 た。こうした短い詩は,作品のもっ主題や構造を十分に 分析するほどの情報が異体的な言語として示されていな 自 質 小 暗い,悲しそうな言葉が入るか』 「③形象を<読む>」のに通した作品として取り上げ 指 初 第2 次…個別での3作品の読み 作品の黙読および聴き取り〉 発 (彭く .「 夕鶴」「スイッチヨ」は作品の黙読を行う0 の . 「アリとキリギリス」は、指導者の音読を聴く O =i ri iア 己 : @ く 3 作品に対する各自の立場の決定〉 み .論題に対する各自の立場を決める0 ※「スイッチ ヨ」については、空欄に予想される言葉を補う0 「文学作品」として,ディベートの対象にすることが可 た。この作品のようにテキストがある程度長い場合,請 習 第 1 次…ディベー トの理解 ①く 指導者の説明による理解〉 . プリント による、デイベI トの理解。 (むく 映像による理解〉 . ビデオ (N H K ニユI エl ジディベート ) 映像による ディベート の理解 が慣れ親しんだ寓話であり,その意味でテキストを個々 が内包しているため,作品をプリントして配布すること 能である。神話や民話のように,特定の作者が残した唯 43 44 3 <読み>の深化・生成・変容- 「夕鶴」の場合一 今回の実践では, 「アリとキリギリス」 「夕鶴」 「ス なった立場を認めることによって,作品の持っ新しい面 を発見することができるようになるのである。 イッチョ」の3つの作品についてディベ-トをおこなっ たが,本論では,紙幅の関係上「夕鶴」にしぼって論じ 3.2作品の構造を<読む> ていくことにする。 このように論題を設定してディベートをおこなうこと によって,どのように作品の構造が把握され,<読み> 3.1論題の設定について 田近淘-氏は,文学作品における「対立」 「対照」に ついて,次のように述べている。 (引用文および逐語録 の傍線と番号は論者がつけたものである。以下同様。 ) が深化・拡充・変容していったのかを,具体的にディベー トの逐語録および授業後の感想を挙げながら検証してい く。 (逐語録の「肯」は肯定側- 「つうは与ひょうと別 れるべきである」を, 「否」は否定側- 「つうは与ひょ うと別れるべきではない」を示す記号であり,番号は発 「対立」と言っているのは,ぶつかり合ったり矛盾し あったり,その逆に愛し合ったりなど,何らかの意味で 向かいあい,桔抗しあっているものの間の関係をさす。 また「対照」といっているのは,初めとあととの人物の 変容や,人物とその変容をもたらした状況などの間に見 られる関係をさす。 <中略>どのようなものの関係の上 に事件が展開しているのか(どのようなものの対立・対 照の関係として物語が展開しているのか)のとらえ方が 物語の<読み>の内容を決定する。 (注4) 「夕鶴」という作品は,かけひさのない無垢な愛の世 言者の区別をするためのものである。 ) 肯1それは,確かにそうです。え-と,良い面も あり悪い面もある,悪い面が出てきたという表現を しましょう。この図(図1 :論者注,以下同様)を 見て下さい。 えーと, 「夕鶴」に措かれている世界は,この図 (図1)の通りです。まず,与ひょうはここにいま すね,人間です。で,運ずと,惣ども人間ですから ここにいます。で,つうはこっちです。で,今生活 していた場面はここです(図1斜線部分)。で,つう 界に生きようとするつうと,惣どと運ずに表される物欲 は,こっち側になぜっうがあるかといえば,永辺で の世界に引き寄せられる与ひょうの姿が描かれている。 遊んでいるところや,ここで機を,機を織る場面を この二項対立構造をとらえることが,作品の<読み> 見るなといっていたこっち側は,つうだけの世界, に大きな影響を持っことになる。 「つうは与ひょうと別 で,与ひょうは人間です。良い部分も悪い部分も持っ れるべきか,別れるべきではないか。」という論題は, ています。それは事実です。だから,夕鶴に措かれ この「対立・対照」の二項対立の構造を浮き立たせるも ている世界はこれなんですよ。 のであると考えたのである。 「つうは与ひょうと別れる で,与ひょうの性格を疑われるという話だったん べきだ」と主張する立場では,おのずと視点はつうに傾 ですけれど,与ひょうが思っている人間像というの いていく(っうへの同化) 。つまり,愛するがゆえに布 はこの図(図2)のようで,つうも人間だと思って を織り,自分から与ひょうを遠ざけることになったっう るんです。これが与ひょうの考えなんです。 の悲しみ,最後の最後まで与ひょうへの愛のために命を 削りながら布を織ろつうのけなげさと一途さ,そしてぎ りぎりの中で,別れを決断したっうの苦しみを<読も う>とする。 また「つうは与ひょうと別れるべきではない」と主張 で,つうはどうかというとですね,つうも,バー ン,この図(図3)のように,つうというのは,与 ひょうや子どもたちは自分の世界の中にいるもんな んです。 ところが,つうの心の中にも人間,人間っていう する立場では,視点が与ひょうに傾いていく(与ひょう か,さっきのあの-,斜線じゃない部分(図1)が への同化) 。つまり,互いに愛し合っているのなら別れ わからない世界っていうので表されていて,それは る必然性がないこと,人がよいばかりに,わけもわから もう,あの文章の中に出てきている言葉なんですけ ず,突然愛を失うことになった与ひょうの辛さ,悲しさ れども,こっちの人間のことはわからないんですよ を<読もう>とする。 つうは。 このように,作品の二項対立構造が浮かび上がるよう 与ひょうとしたら与ひょうの気持ちのままでこう に論題を設定することによって,自分の<読み>だけで いう図(図2)あままでつき合う,つき合っていき はなく,<読み>の交流を通して異なった<読み>にも たいところを,つうはこう(図3)勘違いをしてで 出会うことができるようになり,それまではある-面か すね,で,与ひょうはもうこっちの部分(わからな らしか作品を読めなかった者が,他の<読み>を自分の 中に取り入れる。または取り入れないまでもそうした異 い世界の部分)も出てきてしまっているんですよ。 わからないところも。だから,与ひょうはこっちに ディベートで文学作品をく読む)学習指導 行ってしまうと,つうはわからないんですよ, 「あ んたはだんだんわからんほうに行ってしまうわ」と 言っとるんだから, 「夕鶴」で,措ける世界という のはこれです(図1)。 で,つまり私たちが言いたいのは,つうの考えと, 45 ている。 図2の構造は,与ひょうの視点からのものである。つ まり,与ひょうがつうを人間であると考えているため, お金を貯めて都へ行くことはつうのためにもなり,それ をっうは理解できるという認識に立っものである。 与ひょうの考えは食い違いがあって,その食い違い 図3の構造は,つうの視点からのものである。つまり, があるなら生活はできない。というのが私たちの論 つうにとって与ひょうは人間という物欲に生きる者のな 拠です。 かでも特別な人であり,純情無垢で,つうの世界で生き ることのできる人間であるという認識を表している。だ からこそ,二人は互いに通じ合い,愛し合うことができ ると考えるのである。 3,3平面的な<読み>から立体的な<読み>へ このように,ディベートによって作品の<読み>を深 めていくことによって,つうや与ひょうの姿,思いがし だいに鮮明になり,作品構造が浮かび上がってくるので ある。 作品の構造が把握できることだけが,文学作品を読む 目的ではない。構造の把握をさせることの意味は何かと いえば,それはそれが的確な作品の主題把握につながっ -与ひょう= (図2) ていくということである。 例えば, 「夕鶴」の場合,つうや与ひょうを一方的に 弁護したり,攻撃するのではなく,先の構造を把握する ことによって,二人がどうしても相容れない矛盾を抱え た存在であるのではないかということに気づく。つまり, 与ひょうを愛し,尽くせば尽くすほど与ひょうとの距離 が離れていくことになるつうの矛盾。つうのことを思い, よりよい生活を求めれば求めるほど一番大切なものを無 くすことになる与ひょうの矛盾に気づくのである。 その上で,さらに読み深めをおこなっていくことで, 多様な解釈が螺旋的に絡み合いながら, 「欲から離れる ことのできないのが人間の本性なのか。」 「どうしても わかり合い,通じ合うことができないことが存在するも のなのか。」 「死と引き替えにしてまで愛する人に尽く すという,悲劇的な姿を生んだものは何なのか。 」とい う人生に関わる問題が突きつけられることになる。つま り,平面的な<読み>が立体的な<読み>へと変化して いくのである。 3.4<読み>の深化・生成・変容過程を追う 学生たちは,図を活用しながら,図1のように作品全 ディベートを用いた授業の場合,小集団で活動する場 体から見た構造だけではなく,図2のように与ひょうの 面が多くなる。小集団の中で意見を交流し,さらにディ 視点,図3のようにつうの視点という3つの立場から作 ベートマッチにおいて他の集団の主張に出会い,自分の 品構造を浮かび上がらせようとしている。 <読み>の位置をさぐっていく。文学作品をディベート 図1は作品全体が表す構造である。かけひさのない無 によって読んでいく場合,こうした集団での学習活動の 垢な愛の世界に生きるつうの世界と,惣どと運ずに表さ 中で,ひとりひとりの<読み>が押しつぶされることな れる物欲の人間世界という二項対立の構造が明らかになっ く,互いに<読み>を認め,理解しあうことによって確 実に<読み>が深化・拡充していかなければならない。 46 そうしたひとりひとりの<読み>の変化を追うために, 次の(1) (2) (3)を試みた。 (1)論理構築を小集団でおこなうまえに,個の<読 つうはいつかつらい思いをしなければならない時 がくるはず。 アでは,つうに対して哀れみを感じている。また,イ み>の確認・整理をおこなう。 およびウのように,与ひょうが約束を破ったということ 〇日分が支持する立場についての考え・意見を黄色のメ モに,反対の側に立って推測した考え・意見をピンク から,別れるべきだと考えている。そして,エおよびオ のメモに記入させた。なお個の<読み>と集団の<読 み>を比較するために,メモには記名をさせた。 ○考え・意見をどんどん文字にしていくというブレーン ストーミングの手法を用いさせた. 0後で意見の整理がしやすいように, 1枚に1つの考え・ 意見を書くようにさせた。 (2)論理構築段階において,小集団によって<読み> の拡充をおこなう。 ○個人ではなく,小集団で力を合わせて考えたものの中 で,自分が支持する立場についての考え・意見を黄色 のメモに記入させた。さらに,反対の側から出るであ ろう考え・意見を予測してピンクのメモに記入させた。 のように,別れは与ひょうたちのためになるといったと らえ方をしている。 しかし,二人が本質的に異った世界に存在していると いう<読み>をこの段階ではおこなっておらず,別れが ぎりぎりの選択で,宿命的なものを持っているというこ と,そして,その宿命の持っ悲しみまではまだとらえき れてはいない。 北山さんの読みく与ひょうの視点一他説側の予測) アつうが人間でないと与ひょうが知り,それでもお 互いがそれを乗り越えて愛し合っていけるなら, 別れる必要はない。 イつうが鶴だとわかって,それでも好きなら,これか ら与ひょうがつうを守ってあげればよい。 なお,個の<読み>と集団の<読み>を比較するため り与ひょうが無理を言わない限り,つうは人間界で に,メモは無記名にさせた。 もやっていける。 エ与ひょうはここで反省して,また-からまじめな (3)論理構築段階において,小集団によって<読み> の整理と追加を次のようにおこなった。 生活を送り始めればよい。 オつうは与ひょうの気持ちも理解してあげるべき。 〇個と小集団でおこなった<読み>を出し合い,似たよ うなものをグルーピングして,それに見出しをっけさ せた。 て,ウおよび工のように,別れるまでにまだまだ双方に ○グルーピングしたく読み>において,相互に関連する わかりあう余地が残されていることを<読ん>でいる。 ものを線でつなぎ,その関係を明らかにさせた。 ○補うべき<読み>を小集団で話し合い,蛍光色のメモ アおよびイのように,二人に愛があることを前提とし しかし,与ひょうの,本質的に素朴で純粋な性格や,金 だけではなく愛までも重視する価値観までは,この段階 に追加記入させた。 ではまだ読めていない。 3.5北山智子さん(肯定派一別れるべきである)の場合 階において小集団で話し合うことによって,これに新た (1)の段階における<読み>で,与ひょうの視点に な<読み>を追加することになる。 以上は,北山さんの個の<読み>である。論理構築段 立ったものと,つうの視点に立ったものとを次に示す。 (用紙1枚に1つの意見が書かれている。意見整理の都 合上,論者が文頭の記号をっけた。以下同様。 ) 3.6小集団での新たな<読み>の追加 次に示す<読み>は,先の(2) (3)の手だてによっ て,北山さんが個の段階では読んでいなかったが,論理 北山さんの読み(っうの視点一自説側) ア与ひょうはつうの一途な思いがわかっていない。 構築段階で他のメンバーと互いに話し合う中で追加した <読み>である。 イ固く約束したのに,それが守れなかったから。 り好きな人との大事な約束が守れないような人とは 別れた方がよい。 小集団でのく読み)の追加 エこのまま一緒に暮らしていても,与ひょうはどん ○与ひょうはつうの世界の人間だったが,別の世界 どん堕落の道をたどっていきそうだから。 オ与ひょうに鶴だということがばれてしまったので もしこれからずっと一緒に暮らしていくにしても 見出しくつうと与ひょうは世界が違う) の人間になってしまった。 ○与ひょうの気持ちをくみとれる力がない。鶴だか ら別の世界の者どうしだから別れるのだ。 ディベートで文学作品をく読む)学習指導 ○人間の心を完全には持ち合わせていないっうにとっ ては,まっとうな恋愛観というものが生じるはず がない。 二人の住む世界は別のものになってしまっており,与ひょ う(人間)には,つうのように愛だけに生きるというの は,不可能なことではないかという<読み>が加えられ る。二人は所詮,別れるしかない運命ではないかという <読み>が,先はどの個の<読み>に追加されるのであ m ②話し合う場が必要であること。 ①二人の世界が違う 3.7ディベートマッチでの新たな<読み>の視点の追加 と判断したのはつうだけであって,与ひょうの気持ちを 以上のような個での<読み>,小集団での交流を経て, 理解しないのは,つうの倣慢さであるという<読み>を いよいよディベートマッチにおいて,相手側の与ひょう 知る。そして,それは人間をお金や欲望にとらわれた救 の視点での<読み>に出会う。 いがたい存在としてではなく,話し合うことで愛の尊さ に気づく可能性をもった存在としての認識を知ったとも 否1 はい,私 たちが 「夕 鶴 」の結末 ,つ うと与 ひ よ 言えよう。 うの別 れを否定す る論拠 は三つ あ ります0 第一 に二 人 はまだ愛 し合 ってい るとい うこと0 第二 に① 別 れ る原因 を作 ったの は運 ず と惣 どで あ り,与 ひ ようが 否2 え っ と ,ま ず ,あ ,約 束 を 破 っ た か ら と い う 話 が あ り ま し た が ,あ の 約 束 と い う の は ,① あ の 中 に つ 悪 いわけで はない とい うこと○第三 につ うの別 れ の う が い る と い う こ と が わ か っ て い た ら ,そ の 約 束 を 決断 が早急 す ぎる とい うことです0 第一 の論拠 につ 破 らな くて す ん だ ん で し ょ う け れ ど ,中 に 鶴 が い る つ いて説明 します0 ②二人 の別れの場面 をご覧 いた だ て い う こ と を ,運 ず と惣 ど が 言 っ て い っ た の で ,そ れ けれ ばわか るよ うに,与 ひ ようの もとを離 れ るつ う で ,あ の 一 ,② 中 に つ う が ほ ん と に い る ん だ ろ う か と は 「私 を忘れ な いでね ,私 もあん た を忘 れ ない 」と い う こ と で ,中 を の ぞ い て し ま っ た ,と い う こ と で ,一 二 人 の愛 の,え I ,二人 の愛 を心 の中で生 か し続 ける 概 に 約 束 を 破 っ た か ら も うだ め と い う話 に は な ら な ことを,与 ひ よ うに訴 え て い ます○ またつ うが飛 び い と 思 い ま す ○ く略 〉 立 った後 の与 ひ よ うの様 子 ,つ うの織 った布 を しつ か りつか んで,鶴 を目で追 うとい うところか ら与ひ よ ②機織りの様子をのぞかないという約束を破ったのも, うがつ うへの思 いを断 ち きれな いことがわ か る と恩 与ひょうのつうに対する思いからであって,悪気があっ います0 く 略〉 ての行為ではないこと。 (参与ひょうがつうの正体に気づ いていないことから,話し合いの余地がまだ残されてい ①与ひょうが欲深い人間ではなく,本質的には善人で ることを読んでいる。この<読み>を新たに知る。 あること。 ②愛しながらも別れていく二人の切なさ。純 個の<読み>をもとに同質の小集団による話し合いを 粋であるからこそ惣どと運ずに流されて愛を失い,戸惑 通して<読み>を深め,そしてディベートマッチにおい う与ひょう。愛すればこそ布を織り,それによって与ひょ て異質の<読み>に出会うことによって,個の<読み> うとの距離を開いてしまうっう。といった矛盾が新たに が深化・生成・変容されていくのである。 <読み>として加わる。 3.8ディベート終了後の北山智子さんの<読み> ディベート終了後に書いてもらった感想には,個の <読み>の深化・生成・変容の様子とその結果が次のよ うに描かれている。 子どもの頃「鶴の恩返し」の話を聞いたときには 「男の人が鶴を助け,そのお礼に恩返しにやってきた」 (わりと)いい話というイメージしかもっていなかっ たのですが, ①このように成長して改めて作品を読 み深めてみると,とても悲しくせつない物語だった 48 んだなあと今ごろになって気づきました。 否定派の意見の中に「二人は愛し合っているのだ から」というのがありましたが,私も初めは愛があ ればどんな障害でも乗りこえられるのでは-と思っ たりもしていたのですが,いくら愛があっても実際 北山さん自身が⑤で述べているように,ディベートを おこなうことによって,作品構造をとらえながら,<読 み>が深化・生成・変容していっているのである。 3.9作品の形象を<読む> 問題となるとなかなかそうも言ってられない部分も 前述したように, 「夕鶴」は,作品の構造を<読む>こ いくっかでてきました。最初は軽い気持ちで「別れ とに主眼をおきながらも,それを切り口として作品の価 て当然」の肯定派についたのですが,みんなで作品 価(主題) ,作品の形象を<読む>ことになる。ディベー を読み深め分析していくうちにどんどんそういう部 トを用いた授業において,構造の把握をおこなうことに よって,作品の価値(主題)まで<読む>ことができて 分が目についてきたのです。 ②与ひょうの堕落して いく生活や, ③動物と人間の境目でとまどう「つ う」・-など様々な壁があります。やはり二人でこ れから暮らしていっても,どこかで無理が生じてき て④愛しあっているがゆえに余計に傷っけあって いることを,北山さんの例で明らかにした。ここでは,ディ ベートマッチの逐語録の中から,形象を<読もう>とし ている部分の一例を引用する。 しまったり,苦しんでいくように思えるのです。お 互いが強く愛しあっているので,こういうかたちで 別れるのはやりきれない思いがします。でもここで 別れずに「めでたしめでたし」で終わったとしたら, この作品の価値はそれほど高くなかったように思え るのです。読み終わって「え-なんでよ-」と言い たくなったり,どことなくしみじみとした気持ちに なってしまうところにこの作品の作品としてのよさ があると考えるのです。 ⑤このディベート大会がきっ かけとなって,作品を掘り下げていくうちに(自分 たちなりに)今まで知らなかった面や,考えたこと もなかったところに触れることができました。 ⑥で も,そうやって作品を知れば知るほど一層悲しみが 増していくのが皮肉だなあと思いました。 作品最後の場面には,②与ひょうが布を抱きしめて離 ②最初は純粋に愛だけを求めていたが,愛するゆえに さないという形象が措かれている。これを肯定側は① 物欲を知り,それによって堕落していく与ひょうの姿を 与ひょうが自分のとった行動を反省し,後悔しての行為 捉えている。 ③一方,愛のために人間界と聖なる世界と とく読み) ,与ひょうによって人間の欲といった問題を の間で悩み,苦しむつうの姿も読んでいる。 克服する契機をここに兄いだしている。一方否定側は, 愛があるからこそ破滅へ向かう二人を北山さんは④ 「お互いに強く愛し合っているので,こういうかたちで別 人間にとって欲望は切り離せないものとしながら, ③純 粋に愛するつうを無くした与ひょうの悲しみと哀れみだ れるのはやりきれない思いがします」ととらえ,その姿 けをこの部分から<読もう>とする。 に(彰のように「とても悲しく,せつない」という言葉を 与える。そして(砂のように「作品を知れば知るほど一 層悲しみが増していくのが皮肉だ」と,人間世界の現実 をとらえるのである。 木下順二は「Aが一つの願望を以て着々とそれに近づ いて行く,のと同時にAはその願望から遠ざかって行く, ということ。もう一つ正確にいえば,願望が充たされて 行くことそれ自体の中に,願望の消え去って行かざるを 得ない原因がつくりだされて行くこと」(注5)をドラマの 根本要因として述べている。北山さんはディベートを通 じて,まさに木下順二の言う根本要因を兄い出すことが できるようになったといえよう。 4総合学習指導としてのディベート 4.1ディベート学習後の感想より 本論の冒頭部で,ディベートを用いることにより, 3つ の条件を満たす学習指導を展開できるのではないかとい う仮説を提示した。 ここではディベート後における学生達の感想を通して, 3つの条件が満たされたかどうかを検証する。 (各感想 の後にその感想を書いた人の名前を示した。 ) A,生徒が主体的に活動できるような多様で柔 軟な学習形態による授業 ディベートで文学作品をく読む)学習指導 〇人がディベートをしているのを聞いてみると,自分が 49 合的に身につくことを認識している。 恩いっかなかった意見などを聞くことができ,おもしろ このように,ディベートを用いた授業は,音声表現はも かった。普通の授業のように,ただ意見が出るだけでな く,聞いている人を納得させようと,一生懸命に話すので, とよりカードに書く,感想文を書くなど,文字表環によっ ても自分の考えを表出し,互いに伝え合い,分かり合う場 自分と違うほうの意見でも「なるほど,そうだったの が多く保障された授業であり,音声言語と文字言語の学 か。」とすぐに思ってしまうほどだった。また,相手の意 習活動を関連させた総合的な国語科の力を育成できるも 見に対して,即答で自分の意見をすらすら話す人には,た だすごいなと圧倒された。そういう人がどんどん教師に のであると考えられる。 なると,頭の回転もはやく,おもしろい授業ができるのか な。 <古田> C,それぞれが自分の考えや立場を語によっ て伝え合う場を持っ授業 ○これだけ1つの作品をじっくり考える機会は少ない。 自分たちと反対の意見を考えることによって,自分たち ○文学作品に対して読みとりが浅く,柔軟な考え方をす の意見もいろいろな角度から検討できるので,考えも深 ることがなかなかできません.ディベートをやるに際し, 複数のメンバーで意見を出し合って立論することで,基 まり,多くの意見も聞くことができ,楽しみながら作品 を読むことができた。 <野田> 古田さんは,教師中心の一斉指導を「普通の授業」と 本的には同じでも,自分では思いもしなかった観点に気 付くことができました。また,模造紙に考えを図化して まとめることで全く新しい疑問や,相手の論拠をより探 とらえ,ディベートを用いた授業との違いを認識してい くついた考えが出ることもあり,いい経験をしました。 る。このように,ディベートの授業は学習者の生き生き <略>国語というものには「答えは1つでないもの」と とした活動があり,そこには主体的に学習に取り組む姿 いう印象があったので,対立する2つの立場を設定する が感じられる。 ことについて不安でした。が,反対側の意見を考えたり, また,野田さんのように,ディベート授業を1つの作品 聞いたりすることでその作品についての読みがさらに拡 に関して多様な角度から,自分たちの意見を出し合い,検 がることは事実だと思います。 <後略> <北川> 討する授業ととらえている意見もある。教師中心の知識 ○ディベートをしてみて,ディベ-トが良い悪いは抜き 注入式の授業では忘れられがちな, 「学ぶこと-楽しい」 にして,これを繰り返していくことによって,例え少数意 という本来の図式をまさに実現したものとなっている。 兄であってもそれを相手に伝え,相手もそれを聞き入れ る姿勢を身につけられるだろうと思います。ディベート B ,「音声 言 語 活動 」と 「文 字言 語活 動 」 とを関連 づ ける総合 的授業 は例え9 9対1でも1の意見を伝えることかできるので, 意見を言うことの大切さを考えさせられた。他の教材の グループも意見をしっかり固めてのぞんだところと,そ ○人前で意見を言ったりするのが,苦手なはうなので,ディ うでないグループとでは,攻めと守りがはっきりして守 ベート自体はあまり楽しいとは思えませんでした。でも りのグループには不利な点もあったと思う。全体として 準備段階で,作品を読み深めていったり,実際の論戦のな は,新しい指導の一つとして,とてもおもしろく,楽しい かでいろんな意見が聞けたりしたことは,とても勉強に 授業であった。 <指宿> なりました。 「ディベートを学ぶ」ことも大切だと患い ○ディベートも楽しかった(少し恐かった? !)ですが, ますが「ディベートで学ぶ」こともかなり多かったと思 ディベートをするまでの過程が特に楽しかったです.立 います。それにしても,人前で自分の意見をはっきり話 論を考えたり,相手の意見を予想して模造紙の上で話し せるというのは,うらやましい限りです。 <北山> 合うのはなかなかでした。ディベートをして,クラスの ○最終日のディベートが本番だと思うのだけれど,それ みんなが色々な意見を持っていることに改めて気付きま までにグループごとに話をするのがすごく大切だと恩っ した。特に自分の参加しないディベートはきいていて た。その時問をとるのがわりと難しい。考えることとそ 「そんな考えもあるんだ」と驚くことが数多くありまし れを話すことの両方の力がつくと思う。 <安茂> た。自分の考えだけに片寄ることもなくなるし,きくこ とも大事だなと思いました。討論とかはあまり好きでは 北山さんは,ディベートマッチ(論戦)だけではなく, 論理構築を含めた総合的な学習から多くを学べたことを ないですが,ディベートには興味・関心をもっようにな りました。是非またやってみたい。 <藤本> 指摘している。また,安茂さんは論理構築の重要性に気 づき,ディベートを用いた授業全体で「考えることとそ 北川さんは,同質のグループの中にも差異を認め,それ れを話すことの両方の力がつく」と言語に関する力が総 を伝え合うことにより理解が深まることを述べていると 50 同時に,論理構築にKJ法的手法が有効であったことを べた多様で柔軟な授業の展開という点から考えると, 述べている。また,異質の<読み>であってもそれは互 「読むこと」 「書くこと」と関連づけた総合的展開をお いに打ち負かし合うのではなく,異質の<読み>を認め ることによって,<読み>が一層深まることを指摘して こなう方がよいように恩われる。 いる。 質の立場に立っグループで互いの意見を話し合ったり, 指宿くんも同様に,ディベートにおいては,少数意見で ディベートにおいては,個の立場を明らかにした後,同 資料を探したり,意見を文章にして交換・整理したりす あっても,それは無視されることはなく,伝え合い,認め る活動をおこなう。 「話す」 「聞く」ことはもちろん, 合う姿勢が身につくものであることを述べている。 「書く」 「読む」ことも含んだ総合的な展開が可能なの また,藤本さんも多様な意見を出し合い,認め合う(聞 である。 くこと)の大切さを述べている。ともすれば,ディベー トは「打ち負かし合い」の場であるという誤解を受ける C , そ れ ぞ れ が 自分 の 考 え や 立 場 を 言 語 ことがあるが,そうではなく,互いの違いを認め合い,理 に よ っ て伝 え合 う場 を持 つ 授 業 解することでより広く,深い作品の理解を可能にするも のであると考えられるのではないだろうか。 4.2仮説の実証について 学生の書いた感想から,ディベートを用いることによ 先にあげた,アメリカのディベートの入門用教科書の "GettingStarted in Debate" (注1)において,第1 章の「ディベートによってどのような力がつくのか. 」 という項に, 「(丑リーダーシップ②調査分析力③ り, 3つの条件を満足する学習指導を展開することが可 批判的思考力④心を開示する⑤主体的に考える力 能になるのではないかという仮説をある程度検証できた ⑥話す力⑦構成力⑧批判的に聴く力⑨自信 ように思われる。ここで,もう一度,ディベートを用いる ⑲協力とチームワーク⑪楽しさ」という要素が挙げ ことにより,3つの条件をどのように満足できるのかを 整理しておきたい。 られている。 ここで注目すべきことは, ③で「批判的思考力」を挙 げながらも,その後に(参のように「心を開示する」とい A , 生徒が主体的 に活動 で きるよ うな多様 で 柔軟 な学習形態 によ る授業 ディベートは,個別の学習,小集団での学習,一斉学習 というように様々な学習形態を用いることになる。教師 はこうした学習の場を設定・組織するという意味で全体 を統括するのであるが,いわゆる教師主導型,教授型の授 業ではなく,学習者が学習の場に自分で参加することを う要素を置いている点である。自己の主張に固執するの ではなく,認めるべき所は認吟,相手を受け入れる姿勢を 一つの力として位置づけているといえよう。 ともすれば,ディベートは,自己の主張をやみくもに通 し,相手を打ち負かすための手段,つまり「言い負かし合 い」の手段としてとらえられがちであるが,むしろそれ は「言い認め合い」の手段としてとらえるべきである。 ディベートによって文学作品を<読む>場合,論理構 求められる授業となる。学習者は受け身でなく,能動的, 主体的に参加せざるを得なくなるのである。 築段階において同質の<読み>を深め合い,ディベート また,ディベートは,相対する2つの立場から「論を戦 わせる」というゲーム性をもっていることから,学習者 の学習意欲を喚起し,授業の活性化がはかりやすいこと 互に認め合うことによって,最終的により高次の<読 も見逃せない利点である。 ディベートを用いた総合的授業の中で,それぞれが自分 マッチにおいて異質の<読み>を伝え合い,それらを相 み>を見出すための手段なのである。 コミュニケーション能力の育成という面から考えると, の考えや立場を言語によって伝え合う場を設け,言語に B , 「音 声 言 語 活 動 」 と 「文 字 言 語 活 動 」 とを関 連 づ け る総 合 的授 業 ディベートをはじめとする音声言語を重視した学習指 導が注目を集めるようになったのは,これまでの文字言 よって互いを理解し合う重要性を認識させ,相互理解の 方法を身につけさせることが可能である。この意味で, ディベートを用いた授業は, 「他者」理解,ひいては「国 際」理解の基盤を作ることにつながっていくといえるで あろう。 語偏重の指導に対する反省や,国際化社会での相互理解 につながるコミュニケーション能力の育成の重視という 背景がある。 音声言語指導は, 「聞くこと」 「話すこと」の取り立 て指導によって系統的におこなう必要もあるが, Aで述 4.3今後の課題 今回の実践は,学習指導過程の一覧表で示したように, 次のような過程で展開した。 ディベートで文学作品を(読む)学習指導 第1次-・ディベートの理解 51 ・作品をより対話的に読み,主体的に意味づけをおこな 第2次-個別での3作品の読み える力の育成。 第3次-・個の読みの位置づけと読みの深化・拡充 ・ディベート学習が終わった後も,自分の力で作品を読 第4次・-小集団による読みの深化・拡充 んでいける力の育成。 第5次.-ディベートによる全体での読みの分かち合い ○音声言語活動と文字言語活動を関連させた総合学習の 第6次-・個人の読みの再構築 展開。 ・ディベートマッチをめざして<読み><書き><話 国語科においてディベートを活用する意味を考えると, し><聞く>が総合的に,展開されるような学習の実現。 こうした基本的な指導過程をさらに変形・応用していく 必要がある。その変形・応用の柱の一つとなるものが, 注 <メタ・ディベート>とでも呼ぶべき方法である。 (l)Goodnight, Lynn. Getting Started in Debate. 学習者が個の<読み>を表出し,それを小集団で分か National Textbook Company, 1987. ち合い,小集団としての<読み>を形成し,そしてディベー (2)ディベートをその性格から分類すると, 「事実ディベー トマッチでそれを交流し合う。その後に,そうした学習 ト」「価値ディベート」 「政策ディベート」に3分類 できる。 活動の中で展開された言語活動を,例えば逐語録やビデ オでの記録などをもとに,学習者自身が見直していくの である。 ・「事実ディベート」 -論題が事実であるか,事実でな ディベートを単なる「言い負かし合い」 , 「言い放し」 ・「価値ディベート」 -良いか,正しいか間違っている の学習で終わらせないためには,こうした面の補強が必 か,有益か有益でないかなど,価値判断をともなうこ 要となるであろう。 また,次のような課題が残されている。 ○教材の選定の基準の整備と教材開発。 ・ディベートで「文学作品」の何を<読む>のか,そし いかを論じるディベート。 とを論じるディベート。 ・「政策ディベート」 -現状を変革するために問題提起 をするディベート。 北岡俊明『ビジネスディベートの方法と技術』 てそうした<読み>をディベートの中で展開するにふさ 1993年産能大学出版部刊より。 わしい教材を選定するための基準をさらに明らかにする。 ・ディベートで「説明的文章」を<読む>場合,何を (3)兵庫教育大学学校教育学部では, 「実地教育」がI ∼ Ⅷまであり,すべて必修科目となっている。 <読む>のか,そしてそうした<読み>をディベートの (4)田近淘- 『読み手を育てる、読者論から読書行為論 中で展開するにふさわしい教材を選定するための基準を 明らかにする。 (5)木下順二『ドラマの世界』 1967年未来社 へ』 1993年明治図書 ○技能指導とその系統化 ・ディベートを成り立たせるための技能とその指導法の 整備。 ・指導内容による系統化。 ○学習指導過程の学習指導方法の整備 (l)<読み>の表出・整理 ・ひとりひとりの<読み>をどのように生み出させ,そ れをどのように表出・整理させるか。 ・カード法(KJ法)的手法以外の方法の開発。 (2)<読み>の分かち合いの方法 <付記>今回は,大学生を対象にした授業を扱ったが, 井上は高等学校での「スイッチョ」を用いた実践をすで におこない,その分析をすすめている。 また,大学院生についても,堀江が担当している授業 ( 「国語学力評価論」 )において,総合学習実現のひとつ の切り口として, 「スイッチョ」を題材にディベートを 展開した。 これにより, 「スイッチョ」については,高校,大学,大 学院と実践がそろってきている。今後は,中学,小学校高 ・ひとりひとりの<読み>を集団の中でどのように分か 学年での実践をおこない,ディベートを用いた指導が,そ ち合わせるか。 れぞれの段階に応じて展開できる学習指導であることを (3)集団での<読み>のまとめ 実証することを計画している。 ・集団でひとっのく読み>を作り上げていく際,ひとり ひとりの<読み>の独自性をどのように考えるかの問題。 (4)ディベ-トマッチ ・全員が参加できるようなディベートマッチのあり方 ・全員がよく考えることのできる場の保障。 ○主体的に自分で読んでいく力の育成(自己教育力) 52 A Study on the Teaching of Reading Literary Works through Debate Yuji HORIE and Masahiko INOUE Recently Japanese teachers have struggled to change their stance towards instruction; from their existing teacheroriented approach to learner-centered approach. The learner-centered approach has a philosophy that is amied towards totalunderstanding of the contents through integrated learning activities. In this article, three trends in Japanese language teaching as LI are discussed: (1) the move to flexibly arrange learning activities.; (2) the move to integrate activities between comprehension area and expression area; and (3) the trend emphasis on interactive activities through language among learners. Debate can give classes those integrated learning activities. In debate-based instruction, reading, writing, speaking, listening, and thinking are interwoven, and a teacher is a critical facilitator for providing an interactive language environment. This is a valuable approach for learners to experience meaningful and authentic learning opportunities. This article describes theory of a debate-based instruction on reading literary works and practice in an undergraduate class. Key words: debate, Japanese language teaching as LI, reading literary works, reading instruction