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ボードレール研究動向(2002 年~2011 年)

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ボードレール研究動向(2002 年~2011 年)
ボ ー ド レ ー ル 研 究 動 向 ( 2002 年 ~ 2011 年 )
廣田 大地
こ の 10 年 に お け る ボ ー ド レ ー ル 研 究 の 動 向 を 簡 潔 に 言 い 表 す な ら ば 、 フ
ラ ン ス に お い て は ク ロ ー ド・ピ シ ョ ワ 、日 本 に お い て は 阿 部 良 雄 と い う 二 つ
の 大 き な 柱 の 喪 失 、な ら び に 残 さ れ た 研 究 者 の 間 で の 新 た な ネ ッ ト ワ ー ク の
構築という 2 点によって総括することが出来るのではないだろうか。
時 系 列 に 沿 っ て 主 な 出 来 事 を 挙 げ て い く と 、 ま ず は 2003 年 5 月 27 日 、
東 京 大 学 本 郷 キ ャ ン パ ス に て 、海 外 か ら も 研 究 者 を 招 い て 国 際 ボ ー ド レ ー ル
学会が開かれた。この学会の成果は、中地義和の編集により論文集
( Baudelaire et les formes poétiques, La licorne, Presses Universitaires de Rennes,
2008 )と し て 出 版 さ れ 、日 本 に お け る ボ ー ド レ ー ル 研 究 の 深 み と 広 が り を フ
ランス人の眼にも強く印象付けている。
一 方 関 西 で も 1997 年 以 降 ボ ー ド レ ー ル 研 究 者 に よ る 研 究 会 が 定 期 的 に 開
か れ て き た が 、 2007 年 5 月 、 日 本 フ ラ ン ス 語 フ ラ ン ス 文 学 会 に 併 せ て 、 初
め て 全 国 規 模 で の ボ ー ド レ ー ル 研 究 会 が 開 催 さ れ 、会 員 名 簿 の 作 成 、学 会 へ
の登録などの組織作りが進められた。阿部良雄の追悼記念の会として開か
れ た こ の 研 究 会 の 発 表 内 容 は 、『 水 声 通 信 』 18 号 、「 特 集 ・ 阿 部 良 雄 の 仕 事 」
( 2007 年 6 月 号 ) に 、 多 く の 著 名 な 研 究 者 の 論 考 と と も に 収 め ら れ て い る 。
フ ラ ン ス に お い て は 、 2004 年 の ク ロ ー ド ・ ピ シ ョ ワ の 没 後 一 時 停 滞 し て
い た ボ ー ド レ ー ル 研 究 誌 L’Année Baudelaire の 出 版 が 、 ソ ル ボ ン ヌ 大 学 の ア
ンドレ・ギュイヨーを中心に、3 度にわたる隔年号での出版を経ながらも、
年 刊 出 版 の ペ ー ス を 取 り 戻 そ う と し て い る 。 ち な み に 2011 年 12 月 に 出 版
さ れ た 最 新 の 第 13 ・ 14 号 は 、 阿 部 良 雄 追 悼 号 と し て 、 イ ヴ ・ ボ ヌ フ ォ ワ の
寄稿文、阿部良雄のコレージュ・ド・フランスでの講義内容とともに、計
11 名 の 日 本 人 研 究 者 に よ る 論 文 を 収 録 し て い る 。 そ の 一 方 、 ア メ リ カ の バ
ン デ ィ ー ・ ボ ー ド レ ー ル ・ セ ン タ ー に よ っ て 1965 年 か ら 発 行 さ れ て い た 論
文 誌 Bulletin baudelairien は 2005 年 に 第 40 号 を も っ て 休 刊 と な っ て し ま っ た 。
同 セ ン タ ー が 所 属 す る ヴ ァ ン ダ ー ビ ル ト 大 学 付 属 図 書 館 の WEB サ イ ト
( http://discoverarchive.vanderbilt.edu/handle/1803/4125 )か ら 、既 刊 号 を 全
て ダ ウ ン ロ ー ド 出 来 る よ う に な っ た こ と は 画 期 的 で は あ る も の の 、こ れ ま で
世界のボードレール研究を牽引してきた同誌の休刊が非常に悔やまれる。
上 記 二 つ の 研 究 誌 を 中 心 と し た フ ラ ン ス 人 研 究 者 と 英 語 圏 研 究 者 と の 間
に は 、 ク ロ ー ド ・ ピ シ ョ ワ の 死 後 、 密 接 な 交 流 が な か っ た も の の 、 2011 年
12 月 8 日 ~ 10 日 の 3 日 間 に か け て 、パ リ 4 大 学 、パ リ 3 大 学 、バ ン デ ィ ー ・
セ ン タ ー の 3 機 関 の 共 催 で 、ボ ー ド レ ー ル の 世 界 的 受 容 を 主 題 と し た 国 際 コ
ロ ッ ク( « Baudelaire dans le monde : Traditions critiques et traductions » )が
パ リ に て 開 か れ た 。 総 勢 30 名 を 数 え る 発 表 者 に は 、 西 ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 の み
な ら ず 、ア メ リ カ 、イ ラ ン 、ギ リ シ ャ 、ブ ラ ジ ル 、ロ シ ア 、ル ー マ ニ ア な ど
様 々 な 国 の 研 究 者 も 含 ま れ 、ボ ー ド レ ー ル の 受 容 が 世 界 的 な 現 象 で あ る こ と
が 確 認 さ れ た 。日 本 か ら も 3 名 の 発 表 者 が あ り 、世 界 的 に 見 て も 日 本 の ボ ー
ド レ ー ル 受 容 が 特 異 な も の で あ り 、こ の 詩 人 の 存 在 が 日 本 近 代 文 学 成 立 の 根
幹に深く関わっていることが各国の研究者にも伝えられた。
続 い て こ の 10 年 に お け る 特 筆 す べ き 出 版 物 を 挙 げ て お き た い 。 ま ず は
2002 ~ 2003 年 度 の ア グ レ ガ シ オ ン で『 悪 の 花 』が 19 世 紀 フ ラ ン ス 文 学 の 課
題に選ばれたことから、相次いで論文集が出版された。
- Lectures des « Fleurs du Mal », éd. Steve Murphy, Presses Universitaires de
Rennes, 2002.
- Lire « Les Fleurs du Mal », éd. José-Luis Diaz, Cahiers Textuel, n° 25,
Université Paris 7 – Denis Diderot, 2002.
- Baudelaire, une alchimie de la douleur : Études sur « Les Fleurs du Mal », éd.
Patrick Labarthe, Eurédit, 2003.
- Les Fleurs du mal : Actes du colloque de la Sorbonne, des 10 et 11 janvier 2003,
éd. André Guyaux et Bertrand Marchal, Presses de l’Université de
Paris-Sorbonne, 2003.
単 著 に よ る 論 文・研 究 書 に つ い て は 、現 在 の ボ ー ド レ ー ル 研 究 の 多 様 性 を
示 す こ と が 出 来 る よ う 、方 向 性 の 異 な る 研 究 の 中 か ら 重 要 と 思 わ れ る も の を
幾 つ か 挙 げ て み よ う 。 ア ン ト ワ ー ヌ ・ コ ン パ ニ ョ ン ( Antoine Compagnon,
Baudelaire devant l’innombrable, Presses de l’Université de Paris-Sorbonne, 2003 )
は 、 豊 か な 文 献 学 的 知 識 の 基 盤 の 上 に テ ー マ 主 義 的 分 析 を 積 み 重 ね 、『 悪 の
花 』に お け る「 数 」や「 無 限 」を め ぐ る ボ ー ド レ ー ル の 詩 学 を 鮮 や か に 浮 か
び 上 が ら せ た 。一 方 ス テ ィ ー ヴ ・ マ ー フ ィ( Steve Murphy, Logiques du dernier
Baudelaire. Lectures du « Spleen de Paris », Champion, 2003 )は『 パ リ の 憂 鬱 』を
読 み 解 く 中 で 、膨 大 な 先 行 研 究 を 整 理 し つ つ 、そ れ ぞ れ の 詩 篇 が 持 つ 社 会 学
的 ・ 間 テ キ ス ト 的 ・ 構 造 的 な 広 が り を 提 示 し た 。ま た 、ク ロ ー ド ・ ピ シ ョ ワ
と ジ ャ ッ ク・デ ュ ポ ン の 編 集 に よ る『 悪 の 花 』デ ィ プ ロ マ テ ィ ッ ク 版( Charles
Baudelaire, L’Atelier de Baudelaire « Les Fleurs du Mal », édition diplomatique
par Claude Pichois et Jacques Dupont, 4 tomes, Champion, 2005 ) で は 、『 悪
の 花 』の プ レ・エ デ ィ シ ョ ン を も 含 め た 各 詩 篇 の 印 刷 状 態 が 克 明 に 再 現 さ れ 、
詩 篇 の レ イ ア ウ ト や 詩 集 の 構 成 な ど の 細 部 に も 光 が あ て ら れ た 。他 に も ア ン
ド レ ・ ギ ュ イ ヨ ー ( André Guyaux, Baudelaire : un demi-siècle de lectures des
« Fleurs du mal » : 1855-1905, Presse de l’Université Paris-Sorbonne, 2007 )は 、
出 版 か ら 半 世 紀 に わ た っ て の『 悪 の 花 』の 受 容 問 題 を 詳 細 に 調 査 し 、こ の 分
野 の 研 究 へ の 新 た な 道 を 開 い た 。さ ら に は 先 日 、イ ヴ・ボ ヌ フ ォ ワ が こ れ ま
で半世紀にわたって発表してきたボードレール論が一冊の本として出版さ
れ て お り ( Yves Bonnefoy, Sous le signe de Baudelaire, Gallimard, 2011 )、 ボ ー
ドレールの詩的読解の最高峰として燦然と輝いている。
日 本 に お い て は 、 山 田 兼 士 (『 ボ ー ド レ ー ル の 詩 学 』、 砂 子 屋 書 房 、 2005
年 )、 岩 切 正 一 郎 (『 さ な ぎ と イ マ ー ゴ ― ボ ー ド レ ー ル の 詩 学 』)、 書 肆 心 水 、
2006 年 ) の 両 氏 が 、 そ れ ぞ れ 詩 人 と し て の 独 自 の 視 点 と 綿 密 な 分 析 と を 融
合 さ せ る こ と で 、新 た な ボ ー ド レ ー ル 読 解 を 提 示 し て い る 。し か し な が ら そ
れ に 劣 ら ず 近 年 印 象 的 な の は 、新 た な 世 代 の 研 究 者 に よ っ て 次 々 に 提 出 さ れ
ている多種多様な主題の博士論文である。執筆者の把握している限りでは、
清 水 ま さ 志( L’inspiration nordique de Baudelaire, 2003 )、海 老 根 龍 介( Baudelaire
et le progrès, 2005 )、 西 岡 亜 紀 (『 福 永 武 彦 論 ― 「 純 粋 記 憶 」 の 生 成 と ボ ー ド
レ ー ル 』、 2006 年 )、 陶 山 大 一 郎 (『 見 る こ と の 詩 学 ボ ー ド レ ー ル 『 小 散 文
詩 』に お け る 視 覚 の 問 題 』、2007 年 )、畠 山 達( La formation scolaire de Baudelaire,
2010 )、 伊 藤 綾 (『 ボ ー ド レ ー ル 十 九 世 紀 の 原 史 : ボ ー ド レ ー ル か ら 見 た ベ
e
ン ヤ ミ ン 』、2010 年 )、余 語 毅 憲( Littérature et drogues au XIX siècle, de Rabbe à
Baudelaire, 2010 )、 廣 田 大 地 ( Espace et Poésie chez Baudelaire : typographie,
thématique et énonciation, 2011 ) の 名 を 挙 げ る こ と が で き る 。 ま た 今 現 在 フ ラ
ン ス で 、ボ ー ド レ ー ル を 主 題 と し た 博 士 論 文 を 準 備 し て い る 日 本 人 留 学 生 も
多数おり、この勢いはしばらく続きそうである。
こ れ ら 全 て の 研 究 に 特 定 の 方 向 性 を 見 出 す こ と は お そ ら く 不 可 能 だ ろ う 。
取 り 扱 わ れ る テ キ ス ト が 、韻 文 詩 、散 文 詩 、美 術 批 評 を は じ め と し て 多 岐 に
わ た っ て い る こ と は 言 う ま で も な く 、研 究 手 法 に つ い て も 、実 証 主 義 、テ ー
マ 主 義 、社 会 学 的 ア プ ロ ー チ 、発 話 行 為 論 、生 成 研 究 な ど あ り と あ ら ゆ る 方
法 が 試 み ら れ て い る 。強 い て 言 う な ら ば 、日 本 国 内 お よ び 国 際 間 の 研 究 者 の
関 係 に お い て も 、研 究 方 法 に お い て も 、こ れ ま で 各 自 独 立 し て 存 在 し て い た
も の が 一 つ の ネ ッ ト ワ ー ク を 形 成 し 、有 機 的 に 組 み 合 わ さ る こ と で 、ボ ー ド
レールという詩人が持ちうる問題領域についての研究がよりいっそう深め
ら れ て い る こ と が 、 こ の 10 年 の 特 徴 と 言 え る の で は な い だ ろ う か 。
(大谷大学任期付助教)
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