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確率的フロンティア生産関数を用いた 中国生命保険会社の効率性評価
生命保険論集第 177 号
確率的フロンティア生産関数を用いた
中国生命保険会社の効率性評価
久保 英也
(滋賀大学大学院経済学研究科 教授)
劉
路
(東北財経大学応用金融研究センター 副教授)
はじめに
中国の生命保険市場は、ここ10年で急成長し世界有数の市場規模と
なった。今後も成長余地は極めて大きく、世界のトップクラスの生命
保険会社が相次いで誕生する可能性も高い。ただ、その実情は少ない
情報開示から明確ではなく、多くの先進国がそうであったように、市
場の急拡大の陰にある種のひずみを内包している可能性が高い。一般
に、保険事業は事業規模が保険会社の効率性や効果的なリスク分散を
決定する側面を有しており、市場シェア重視の経営戦略がとられがち
である。この時、保険募集上の問題や過大な販売経費が配当など契約
者利益を犠牲にすることも起こりがちである。何よりも、規模拡大の
経営が暴走し、保険会社の健全性を蝕んでいく姿は日本の1990年代に
も見られた。
本稿の目的は、確率的フロンティア生産関数により中国保険会社の
効率性を長期的に計測し、シェア重視の戦略が行き過ぎていないかを
判断することにある。多面的に計測した結果、市場は急速に拡大して
―41―
確率的フロンティア生産関数を用いた中国生命保険会社の効率性評価
いるものの、売上と利益の効率性は共に長期的な低下傾向を示してい
る。効率性のトレンド的な低下は、やがて経営の健全性にも影響する
ことから、生命保険会社の予防的な保険監督強化が必要である。
第1節 中国生命保険市場の概要と先行研究
中国における保険事業の歴史は1805年の清代にイギリスが広州保険
行(Canton Insurance Company)を設立したことに始まる。その後1865
年には上海に国内資本として初めて「義和保険公司」が設立された。
本格的な保険会社としては、洋務運動が盛り上がった1875年に設立さ
れた「仁和保険公司」
、
「済和保険公司」が最初である。第2次大戦後
の1948年には外資の保険会社が64社、国民党の党営会社が6社、そし
て内国会社が数社が存在していた。
しかしながら、1949年の中華人民共和国建国に伴い国営の保険会社
(中国人民保険公司、以下,PICC)が設立され、外資を除くすべての
保険会社がここに整理、吸収されることとなった。また、このような
状況下で1952年には外資系保険会社は中国からすべて撤退した。1959
年にはそのPICCの国内保険業務もすべて停止され、保険会社が中国国
内には存在しない時代が続くことになる。その後、1978年の改革開放
の方針に沿い1980年にPICCが業務を再開したのを皮切りに、1986年に
新疆建設兵団保険公司、1988年に平安保険公司、1991年に太平洋保険
公司が相次いで開業した。一方、1992年には外資系企業として初めて
アメリカの保険会社AIGが進出した。
法制度の整備も進み、1995年に「保険法」の施行、1998年には監督
機関である「中国保険監督管理委員会」が誕生、そして、2001年には
WTOに加盟するなど、規制緩和を進める体制づくりが大きく進んだ。
Swiss Re社(2011)の「World insurance in 2010」によれば、2010
年の中国の保険市場の規模は、
損害保険が716億ドル
(世界順位9位)
、
生命保険が1,430億ドル(世界順位7位)と生命保険市場は損害保険市
―42―
生命保険論集第 177 号
場の約2倍の規模となっている。
世界の同収入保険料シェアは5.7%と
アメリカの同20.1%、日本の同17.5%には及ばないものの、ドイツ
4.6%、イタリア4.9%に上回る規模となっている。また、現地通貨建
てでみた生命保険市場は1998年の885億元(約1.1兆円)から2009年に
は9,697億元(11.6兆円)とこの12年間で約11倍の規模まで、急成長し
ている。
生命保険会社の数は、外資の初参入が認められた1992年にはわずか
4社(内国資本会社3社と外国資本会社1社)であったものが、2001
年のWTO加盟時に13社(同5社と8社)
、そして、2010年には60社(同
33社、27社)にまで増加している。しかしながら、業容を内外資別に
みれば、保険会社の数とは異なり内国生保が収入保険料シェアの
94.7%を握り、かつ上位3社(中国人寿、平安人寿、太平洋人寿)の
同シェアは57.9%に達する内国会社による寡占市場となっている。一
方、外国資本のシェアは5.3%で、首位である友邦人寿(アメリカ資本
のAIA)でもシェアはわずか0.7%に過ぎない。規制緩和は進んだもの
の、外国資本に対する厳しい参入規制の存在がうかがわれる。この
5.3%は商業銀行分野における外国銀行のシェア2.1%よりは高い。た
だ、①商業銀行は内国銀行そのものに資本参加、②多くの金融スキル
において差別化ができている、など外資銀行のシェアの持つ大きな存
在感とは事情が異なる。
図1は中国の生命保険会社数(右目盛)と市場集中度を示すハーフ
ィンダール指数を1999年から2008年までプロットしたものである。保
険会社数の増加に伴いハーフィンダール指数(市場の集中度を示す指
標で、各社のシェアの2乗を足し上げた数値。同数値が高いほど市場の
集中度が高い。
)は1999年の0.5182から2008年0.2042まで低下し、市場
集中度は低下してきているものの、少数生保による競争が激しい市場
とされる日本の2008年同指数水準が0.1012であることを考えると、ま
さに少数の大規模会社による高い市場集中度が見られる。
―43―
確率的フロンティア生産関数を用いた中国生命保険会社の効率性評価
図1 中国生命保険市場の集中度
図1 中国生命保険市場の集中度
社
50
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
中国市場生命保険会社数(右目盛)
中国生保ハーフィンダール指数(収入保険料:左目盛)
日本生保ハーフィンダール(簡保込み、収入保険料:左目盛)
現在、中国では保険は保障より貯蓄の代替商品として捉えているた
め、販売されている商品は養老保険と終身保険が中心で、日本におけ
る主力商品である保障性商品(定期付き終身保険や医療保険)のシェ
アは小さい。2009年の養老、終身保険のシェアは85%(うち、有配当
保険が72%)
、医療・障害保険9%、変額保険6%となっている。
販売チャネルについては、銀行による窓口販売が49%と営業職員チ
ャネルによる販売の42%(共に2009年)とが拮抗している。ただ、2002
年以降は、前者が後者を圧倒している。また、営業職員は会社との雇
用関係がなく、むしろ日本でいう代理店に近く、給与体系も固定給部
分はなく、完全な歩合給制度である。
また、図1に示したとおり、保険会社の急増はその多くが市場に参
入して間のない、収益構造が未だ不安定な会社であることを物語って
いる。
第2節 確率的フロンティア生産関数の概要
一般に、産業や企業の効率性を測定する手法としては次の3つが考
―44―
生命保険論集第 177 号
えられる。すなわち、①株価を用いたイベントスタディー、②財務デ
ータを用いたパーフォーマンス分析、③フロンティア関数の推計、で
ある。中国の生命保険会社はディスクローズが未だ十分ではなく、ま
た未上場の会社も多いことから、①と②の方式は使えず、ここでは、
③の方式を採用する。フロンティア関数は生産関数と費用関数に大別
され、推計方法は線形計画法によるDEA(Data Envelopment Analysis)
とパラメトリックな方法に分類される。また、後者は想定する関数に
より、決定論関数型と確率的関数型に区分される。本稿では、個別会
社別にかつ決算年ごとに効率性を把握し、多面的に比較分析をしたい
ため、効率性を絶対値で評価できるパラメトリックな確率的関数、す
なわち「確率的フロンティア生産関数」を用いることとする1)。
ここで、生産関数、費用関数を用いて効率性を計測した先行研究を
鳥瞰しておこう。
確率的フロンティア生産関数についての理論研究としては
Battese, G.E, and T.Coelli [1988]とGreene. W [1993]が残差の中に
含まれる効率部分を算出する理論を示している。また、Waldman,D
[1982]は関数を計量的に推計する際の制約要因などについて分析、解
説している。
フロンティア生産関数を用いた実証研究としては、分析対象を都市
銀行とした原田喜美恵
(2004)
、
地方銀行を対象とした藤野次雄
(2004)
、
証券業界を対象とした松浦克己(1997)
、信用金庫を対象とした播磨谷
浩三(2004)などがある。また、一方、日本の生命保険会社の効率性
を計測したものとして、茶野務(2002)が1991~1997年度の個別会社
の効率性を計測している。久保(2006)も生産関数により、1992年~
2004年度の生命保険会社の長期の効率性変化を計測している。
また、損害保険会社については、1997~2005年度の生産性変化を見
た柳瀬典由・浅井義裕・富村圭(2007)や保険料率自由化など規制緩
和効果を測定した久保(2007)などが存在する。また、久保(2008)
―45―
確率的フロンティア生産関数を用いた中国生命保険会社の効率性評価
は2005年度までの生損保兼営保険グループの効率性も計測している。
確率的フロンティア生産関数のベースとなる生産関数は、企業(保
険会社)が生産活動を行う過程で、投入する資本、技術、人材、原材
料などと生産物(売上、付加価値、利益など)との関係を単純化した
ものである。一般には以下のような関数として表わされる。
産出=f(投入物a<たとえば資本>、投入物b<同労働>、
投入物c<同諸経費>、…)
ただし、競争社会では多くの企業は非効率な部分を有しているため、
最も効率的な企業の生産関数をFとすると、それ以外の企業の生産関
数は、
産出物=F(投入物a、投入物b、…)+非効率性u
と考えられる。また、当然、関数やデータには誤差が含まれるため、
産出物=F(投入物a、投入物b、…)+非効率性 u+ 誤差項v
と表すことができる。なお、この関数Fには任意の関数を持ち込むこと
ができる。また、非効率性を表す部分には半正規分布の仮定を、誤差
項には正規分布の仮定をそれぞれ置く。そして、非効率性を表すパラ
メータを最尤法により推計する。詳しいアルゴリズムは以下の通りで
ある。
確率的フロンティアモデルを y = x β + v − u , (i = 1,2,L, n) と表す。た
だし、vの分布として正規分布、uの分布として半正規分布、
i
v → N ( 0 ,σ v ), u →
2
f (y ) =
i
2
σ
N
φ(
( 0 ,σ u )
2
+
y −x
i
σ
i
i
i
i
を考える。このとき y の確率密度関数は、
β
i
)Φ ( −
λ( y − x i β )
i
σ
)
λ =σu
(1)
、 σv
(2)
となる。この時、
φ
また、 は、標準正規分布の密度関数、 Φ は、標準正規分布の累積
σ =
分布関数を表す。
今、 ε = y − x
i
i
i
β
σ +σ
2
2
v
u
とおけば、
(1)は、
―46―
生命保険論集第 177 号
2
f (y ) =
σ
i
φ(
ε
σ
i
)Φ ( −
λε
i
σ
)
と表される。
この対数を求めると、
Logf ( y ) = Log 2 − Logσ + Logφ ( ε i ) + Log (−
σ
i
λε i
)
σ
となる。
したがって、対数尤度関数は、
n ⎡
λ
⎤
Logf ( y ) = ∑ ⎢ Log 2 − log σ + Log φ ( ε i ) + Log Φ ( − ε i ) ⎥
σ
σ
i =1 ⎣
⎢
⎦⎥ となる。
よって、パラメーター β , σ , λ を最尤法により求めればよい。これに
よ り σ ,σ も 求 ま る 。 第 i 主 体 の 効 率 性 は 、 Battese and
Coelli(1988,Journal of Econometrics)が、
次のとおり提案している。
2
2
v
u
1 − Φ (σ * −
TE = E exp( − u i
ここで、
λ
= −
*i
v −u
i
εσ
σ
i
i
=
λ
1 − Φ (−
σ
σ σ
σ
2
2
σ
u
、
2
µ
σ
2
*
=
u
*i
*i
*
)
exp( − µ
*i
+
)
1
2
σ
2
*
)
*
2
v
2
ˆ
ˆ
したがって、パラメーターの最尤推定量を β , σˆ , λ とすれば、
TˆE
i
=
µˆ )
σˆ exp(− µˆ
ˆ
1 − Φ(− λ )
σˆ
1 − Φ (σˆ * −
*i
*
*i
*
*i
+
1 2
ˆ)
2σ *
ただし、
λˆ
*i
= − ε iσ u
σˆ
ˆ
2
2
σˆ σˆ
σ
2
σˆ
2
*
=
u
2
2
v
ε
i
=
y −x
i
i
βˆ
である。
フロンティア生産関数が導出する生産性は、資本と労働などの投入
物を投入した時にもっとも効率的に生産物を算出する最適生産性のラ
インから、各企業の効率性がどの程度乖離しているかを表すもので、
数値が高いほど効率性が高いことを示している(もっとも効率的な保
険会社=1)
。
―47―
確率的フロンティア生産関数を用いた中国生命保険会社の効率性評価
第3節 確率的フロンティア生産関数の推計
生産関数の被説明変数にあたる生産物は中国生命保険会社のデータ
制約から、①一般事業会社の売上高に相当する収入保険料、②損益計
算書上の経常利益、③負債の変動は売上(新規契約+保有契約)の変動
に連動するとみなした責任準備金の純増(責任準備金の積み増し-取
り崩し)の3つとした。②については、保険会社の期間損益をできる
だけ合理的に説明する必要から、本来、日本で公開されている「基礎
利益」が好ましい。基礎利益は1年間の保険会社の本業の収益力を示
す指標の一つで、一般会社の営業利益や銀行の業務純益に近い概念で
ある。それは、保険会社のいわゆる3利源益(死差益、事故率益+費差
益、利差益)の概念に近い。しかしながら、中国の生命保険会社は詳
しい損益計算書を公開しておらず、基礎利益を簡便法でも算出するこ
とはできない。また、生産関数では投入物として資本を投入要素とす
るため、減価償却を反映した利益、すなわちキャッシュフローを利益
概念に採用したいが、これもデータが公開されておらず、残念ながら
断念せざるをえなかった2)。
一般に、保険の販売が増えれば増えるほど当該年度の販売コストや
責任準備金の繰入が増加し、保険収支の赤字幅は拡大する。収入保険
料の増加は長期的には利益に貢献するものの、短期的には保険収支を
悪化させる。図2にその動きを記した。中国生命保険会社の保険収支
は、好調な収入保険料の増加が続いたものの、単年度の増加幅(純増)
は、2005~2006年にやや低下したことから、保険収支の赤字幅はさほ
ど悪化していなかった。しかし、2007年~2008年においては収入保険
料の増加幅が大きく、保険収支は一気に悪化している。
―48―
生命保険論集第 177 号
図2 中国生命会社の保険収支と投資収支
千元
400,000
1,200,000
300,000
1,000,000
200,000
800,000
100,000
600,000
0
400,000
-100,000
200,000
-200,000
-300,000
0
1999
2000
2001
2002
2003
2004
保険収支(左目盛)
収入保険料の純増(左目盛)
2005
2006
2007
2008
投資収支(左目盛)
収入保険料(右目盛)
中国保険会社の収益構造で特徴的な点は、投資収益の伸びが常に保
険収支の伸びを上回っている点である。多くの保険会社が設立されて
間がないため、一般に保険収支は大きな赤字を計上し、それを投資利
益が補うという収益構造にある。たとえば最大手の中国人寿は、保険
収支の赤字は4,548万元に対し投資利益はこれを上回る5,334万元で、
これらを合算した経常利益は786万元となっている。
本来、金融市場において資産運用を行う場合、資産の純増加による
投資収支の変動より運用先市場の各年の収益率の変化による投資収支
の変動が大きくなることが多い。中国の生命保険会社の資産運用は基
本的には債券や預金などの金利連動商品が主であるため、資産規模の
増加が投資収益の増加につながっているように見える。しかし、今後
大きく金利水準が低下した場合には予定利率リスクが急速に高まる可
能性もある。債券、預金ポートフォリオの中身の検討が重要になる。
一方、生産関数の投入物については、労働投入量を営業コストと内
務人件費に分け、前者を従業員数(内務職員)×賃金単価で算出した。
―49―
確率的フロンティア生産関数を用いた中国生命保険会社の効率性評価
賃金単価は、中国統計年鑑の平均賃金(4-20表:金融業・保険業)の
統計を利用した。また、中国の販売チャネルは代理店と銀行窓口販売
が9割を占めるため、営業人件費(販売コスト)は営業費用の数値をそ
のまま採用した。
なお、分析に際し、標本は生命保険各社のデータを時系列に揃えた
パネルデータとしたため、フロンティア生産関数が示す効率性には、
企業本来の経営努力に加え、各年度の「市場環境の差」が自ずと含ま
れる。企業の効率化努力と市場環境の良し悪しは峻別すべきものであ
り、本来過年度で保険会社の効率性を連続的に評価するには、市場環
境の差を調整することが望ましい。この調整には、生命保険業界合計
の効率性を年度別に求め、同値の1991年度から2008年度までの平均値
を基準としたデフレーター系列を作成し、これを用いた。各社の効率
性数値(いわば名目値)をこのデフレーターで除することにより市場
環境の影響を除去する(いわば実質値)
。
標本の選択にあたっては、生命保険会社の収益構造が安定するまで
には長い時間がかかることから、収支の変動が激しいと想定される設
立から日が浅い保険会社や小規模の保険会社は別区分とすることとし
た。すなわち、標本区分を、①大手(2008年の収入保険料20億元以上
かつ6年以上の決算期を有する会社(以下、選抜会社と言う)と②全
会社、の2区分に分け推計することとした。
確率的フロンティア生産関数の推計結果は表1に掲載した。標本数
は①の選抜全社で約110、②の全会社で240程度である。ただし、理論
的には生産物にマイナスの値は存在しないため、たとえば、経常利益
の実績が負値を取る場合、その標本は自動的に除かれることになる。
このため、経常利益を生産物として推計した場合、同利益がプラスの
会社、プラスの決算年のデータのみでフロンティアを計算することに
なる。負値をとる標本数が多い場合には、推計結果にややバイアスが
かかる可能性があることは踏まえておく必要がある。
―50―
生命保険論集第 177 号
表1 中国生命保険会社の確率的フロンティア生産関数の推計結果
選抜会社
資本
労働
定数項
σ
λ
歪度
標本数、LI
生産物
資本
労働
定数項
σ
λ
歪度
標本数、LI
全社
資本
労働
定数項
σ
λ
歪度
標本数、LI
生産物
資本
労働
定数項
σ
λ
歪度
標本数、LI
収入保険料①*
収入保険料②**
t値
標準誤差 パラメータ
t値
標準誤差
0.611087 6.24162 0.097905
0.096781
1.83894 0.052639
0.433871 9.68995 0.044775
1.18683
25.7762 0.046044
2.26836 3.34177 0.678789
-1.06423 -5.557349
1.90946
0.861083 5.10338 0.168728
1.0801
20.4153 0.052906
0.964147 1.20056 0.803081
-4.85704
-2.57302
1.88768
-0.17011
3.56419
115,-159.113
127、-99.3834
付加価値(経常利益+事業費)*
責任準備金の純増*
パラメータ
t値
標準誤差 パラメータ
t値
標準誤差
0.453243 10.0741 0.044991
0.569751
5.80331 0.098177
0.629076 23.2277 0.027083
0.430341
9.28262
0.04636
-0.10241 -0.29719 0.34461
3.63272
6.02556 0.602885
0.834353 16.9632 0.049186
0.73955
5.23279
0.1433
5.88099 1.63223 3.60304
1.17935
1.42163 0.829571
-2.76062
-0.20438
78,-79.2120
114、-169.433
パラメータ
収入保険料*
収入保険料**
t値
標準誤差 パラメータ
t値
標準誤差
0.668632 10.4188 0.064175
0.158363
1.95059 0.081187
0.544742 19.2352 0.02832
1.15559
20.7636 0.055654
0.885297 2.79765 0.316443
-1.07187
-4.1176 0.260314
0.727216
11.057 0.06577
1.08684
15.093
0.07201
-1.616 -3.86844 0.417741
-1.04068
-4.11891 0.252659
0.55888
0.57556
225,-319.449
242,-273.869
責任準備金の純増**
付加価値(経常利益+事業費)*
パラメータ
t値
標準誤差 パラメータ
t値
標準誤差
0.466691 4.22296 0.110513
0.20723
2.2463 0.092254
0.645643 21.0314 0.030699
1.10469
16.7606
0.06591
0.888158 1.64071 0.541324
-1.49524
-4.51618 0.331085
0.575398
14.028 0.041018
0.868445
11.7895 0.073662
10.2786 1.25989 8.15831 -0.961175
-2.78888 0.344646
-0.14764
0.28766
103,-138.613
237,-325.992
パラメータ
(注)推計期間は、1999~2008。LIは、Log likelihoodの略。
(注2)資本については、収入保険料①が総資本ストック、付加価値は株主資本、その他は資本コスト
を使用。
(注)労働については、人件費+その他コストとした。*印は事業費、**印は事業費+営業費用を使用
したことを示す。
―51―
確率的フロンティア生産関数を用いた中国生命保険会社の効率性評価
表1に示した各説明変数のt値は概して高く、一見推計は安定して
いるように見える。しかしながら、Waldman,Dが指摘する制約要因であ
る残差の歪度(歪度が負)を検証すると、必ずしもすべての構造式が
これを満足しているわけではない。収益構造が安定している選抜会社
については、
収入保険料①
(労働の説明変数を事業費だけとしたもの)
、
付加価値、責任準備金の純増の3つで歪度が負という制約条件を満た
している。一方、全会社については、逆に付加価値を生産物とした構
造式のみがこの条件を満たし、他の3つを生産物とした構造式はいず
れも満たしていない。やはり新興の生命保険会社が数多く入る全会社
の標本は、ばらつきや異常値が大きいものと考えられる。
第4節 推計結果と示唆
このWaldmanの制約条件を満たした構造式の推計結果を図3に示し
た。1999年から2008年までの10年間の中国生保険会社(選抜会社、全
社)の効率性の変化を示している。利益の効率性(付加価値)は、棒
グラフが示す全社もそのすぐ上の折線グラフの選抜会社についても効
率性は大きく低下を続けている。
図3 中国生命保険会社(選抜会社、全社)の効率性推移
0.8
0.8
0.7
0.7
0.6
0.6
0.5
0.5
0.4
0.4
0.3
0.3
0.2
0.2
0.1
0.1
0
0
1999
2000
2001
2002
2003
全社:付加価値(L:事業費+営業コスト)
2004
選抜会社:付加価値(L:事業費)
2005
2006
2007
2008
選抜会社:収入保険料①(L:事業費)
選抜会社:責任準備金純増(L:事業費)
―52―
生命保険論集第 177 号
同様に産出物を、売上効率を示す収入保険料や責任準備金の純増と
した場合にも効率性は緩やかに低下している。
中国の生命保険各社は、
市場の急速な拡大に対応するため、前倒しで積極的な投資や販売チャ
ネルの充実を進めている可能性が高い。
次に、個別会社の効率性の変化を見てみよう。まずは選抜会社の売
上効率(収入保険料)について、各社別・年度別にプロットしたのが
図4である。縦軸に売上の効率性(収入保険料)
、横軸に会社規模(収
入保険料の実額)
を取った。
近似線のRスクェアーも比較的高い0.3927
となっている。売上効率と生命保険会社の規模はある程度連動するこ
とが分かる。
選抜会社の売上効率(収入保険料)
図4 図4
選抜会社の売上効率(収入保険料)
1
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
y = 0.0341ln(x) + 0.3048
R² = 0.3927
0.3
0.2
0.1
100万元
0
0 50,000 100,000 150,000 200,000 250,000 300,000 350,000 同様に、図5に選抜会社の利益効率(付加価値)の分布を示した。
近似線のRスクェアーは0.2091と低下するが、利益効率を表す散布図
の近似線としてはまずまずの水準である。中規模でも効率性の高い会
社や決算年がある半面、規模が大きくかつ利益効率の悪い会社も多く
存在するなどばらつきが大きい。
―53―
確率的フロンティア生産関数を用いた中国生命保険会社の効率性評価
図5 選抜会社の付加価値効率
1
0.9
0.8
y = 0.0312ln(x) + 0.1518
R² = 0.2091
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
100万元
0
0 10,000 20,000 30,000 40,000 50,000 60,000 全会社の利益効率性(付加価値)をプロットすると図6のようにな
る。規模の小さい会社群がグラフの左に集中するため、図5の選抜会
社の利益効率以上に近似線のあてはまりがよい(Rスクェアーは
0.3634)ように見える。ただ、これはY軸寄りの小規模エリアに標本
が偏ったことが原因とみられ、選抜会社の分析結果の方が、中国の生
命保険会社の効率性を的確に表していると考えられる。
効率性
図6 付加価値と保険会社規模(全社)
図
付加価値 保険会社規模(
社)
1.2
1
y = 0.0451ln(x) + 0.0138
R² = 0.3634
0.8
0.6
0.4
0.2
付加価値規模
0
0
10,000
20,000
30,000
40,000
50,000
60,000
100万元
‐0.2
―54―
生命保険論集第 177 号
更に、選抜会社のうち代表的な個別会社について効率性を規模の観
点から分析してみよう。
図7は特徴的な個別会社について売上効率
(折
線グラフ)と会社規模(棒グラフ:収入保険料)を時系列で併せ示し
たものである。1999年から2008年にかけ多くの会社が売上高の増加に
伴い効率性が高まっている。中堅会社である新华人寿は2001年の収入
保険料は230万元が2008年には5,568万元(約24倍)と急速に増加し、
それに伴い売上効率も同0.6882から0.7817まで上昇している。一方、
最大手の中国人寿も収入保険料が同6,075万元から2億9558万元
(約4.9
倍)まで上昇しているものの、売上効率は逆に0.6243から0.5825へ低
下傾向が続いている。この効率性の低下傾向は大手の一角である平安
人寿も同様である。
100万元
図7
選抜会社の規模と売上高効率
図7 選抜会社の規模と売上高効率
350,000 1
0.9
300,000 0.8
250,000 0.7
0.6
200,000 0.5
150,000 0.4
0.3
100,000 0.2
50,000 0.1
0 中德安? 安?大2000
中德安? 安?大2002
中德安? 安?大2004
中德安? 安?大2006
中德安? 安?大2008
国寿集?2004
国寿集?2006
国寿集?2008
信?人寿2003
信?人寿2005
信?人寿2007
新华人寿2001
新华人寿2003
新华人寿2005
新华人寿2007
生命人寿2003
生命人寿2005
生命人寿2007
太平人寿2002
太平人寿2004
太平人寿2006
太平人寿2008
太平洋安泰2004
太平洋安泰2006
太平洋安泰2008
太保人寿2000
太保人寿2002
太保人寿2004
太保人寿2006
太保人寿2008
泰康人寿2000
泰康人寿2002
泰康人寿2004
泰康人寿2006
泰康人寿2008
中意人寿2003
中意人寿2005
中意人寿2007
中宏人寿1999
中宏人寿2004
中宏人寿2006
中宏人寿2008
中国人寿2000
中国人寿2002
中国人寿2004
中国人寿2006
中国人寿2008
平安人寿集?2000
平安人寿2002
平安人寿2004
平安人寿2006
平安人寿2008
民生人寿2004
民生人寿2006
民生人寿2008
友邦??2002
友邦??2005
友邦??2007
0
収入保険料(左目盛)
売上効率(収入保険料、実質、右目盛り)
更に、図8に示した利益効率を見るとその傾向は更に明確となる。
売上効率と同じく、新华人寿は1999年の経常利益が2,400万元が2008
年には60.3億元へ増加し、利益効率も0.2878から0.9507へ大きく上昇
している。一方、中国人寿は経常利益額は82.2億元から320.6億元へ増
えてはいるものの、利益効率は0.3547と低水準にとどまり、また2009
―55―
確率的フロンティア生産関数を用いた中国生命保険会社の効率性評価
年には更に0.3065へ効率性は悪化している。同様に平安人寿も経常利
益は1999年の30.6億元からピークの2007年に166.1億元に上昇したに
もかかわらず、利益効率は同0.4415(2001年)から0.3774(2007年)
に低下している。また、同社は、2008年にはリーマンショックの影響
から保有していた欧州の投資企業フォルティス株(発行総数の4.8%)
の市場価格が大きく低下したこともあり、
経常利益は637万元まで低下
している。
日本の生命保険会社は規模の拡大が基本的には効率性の上昇につな
がる構造を有しているが、それと逆動きを示している。
図8 選抜会社の規模と利益効率
100万元
図8 選抜会社の規模と利益効率
60,000 1
0.9
50,000 0.8
0.7
40,000 0.6
30,000 0.5
0.4
20,000 0.3
0.2
10,000 0.1
0 国寿集?2003
国寿集?2005
国寿集?2007
信?人寿2004
信?人寿2006
信?人寿2008
新华人寿2002
新华人寿2004
新华人寿2006
新华人寿2008
太平人寿2006
太平人寿2008
太平洋安泰2005
太平洋安泰2007
太保人寿1999
太保人寿2005
太保人寿2007
泰康人寿1999
泰康人寿2003
泰康人寿2005
泰康人寿2007
中意人寿2006
中意人寿2008
中宏人寿2005
中宏人寿2007
中国人寿1999
中国人寿2001
中国人寿2003
中国人寿2005
中国人寿2007
平安人寿集?1999
平安人寿2001
平安人寿2003
平安人寿2005
平安人寿2007
民生人寿2006
民生人寿2008
友邦??2005
友邦??2007
0
付加価値額(左目盛)
実質利益効率(右目盛)
結語
「自分の人生のリスク対応のために生命保険を購入する」という文
化が十分根付いていない中国において、保険法の整備と規制緩和を機
に、生命保険市場の拡大が続いている。2009年の1人当たり3,769ドル
という国民所得は台湾の1985年、韓国の1987年ごろの水準に相当し、
かつこの数値が都市と農村の格差が大きい中での平均値であるとすれ
―56―
生命保険論集第 177 号
ば、少なくとも中国都市部での生命保険の普及はこれから確実に加速
することになる。
この中で、十分な経営戦略や経営資源を有さず、また、中国の市場
特性を熟知しないまま参入する新規参入会社が増加している。本来、
保険業は収益性の面からもリスク分散の面からも保有契約額を大きく
することが重要な産業である。そのため、市場シェアの獲得を第一義
とする会社が自ずと増加する。効率性の低下が更なる量の拡大に進む
インセンティブとなることが日本の生命保険市場でも見られたことか
ら、この事態が長期化すれば保険会社の健全性にも影響し、経営破綻
の遠因ともなる可能性がある。中国の保険会社の効率性は、健全性の
観点からも継続的に計測することが求められる。
今回提案した確率的フロンティア生産関数を用いた効率性の測定
は、比較的公表データが少ない中でも各社の効率性を分析できる利点
がある。また、更にデータの開示が進めばより多面的に保険会社の効
率性を評価することができることから、保険会社の監督という観点か
らも重要な分析手法と考えられる。
この拙稿が中国生命保険市場の健全な発展の一助になれば幸いで
ある。
注1)確率的フロンティア生産関数とDEAとの差は次表の通り。
確率的フロンティア生産関数とDEAとの比較
確率的フロンティア生産関数
① 関数の特定化
必要とする。
DEA
必要としない
② 計測結果の
各事業体ごとの効率性を絶対値
事業体相互の相対的関係を示す。
効率性の意味
で示す。
(年度間比較に意味がない、
標準偏差の変化により、各社間の
格差の変化をみる。)
③ 産出物の定義
特定化した関数による。
複数の投入物と産出物を定義できる。
④ 統計誤差
想定する。
想定しない。
2)保険会社特有の生産物の選択については、久保(2007)に詳しい。
―57―
確率的フロンティア生産関数を用いた中国生命保険会社の効率性評価
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