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(4校)C 9~ 日本感性工学会会誌特集

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(4校)C 9~ 日本感性工学会会誌特集
感性工学 Vol.12 No.4
9. テキスタイル設計問題とメゾン営業 [61]
る よ う に 働 き か け る. し た が っ て テ キ ス タ イ ル メ ー カ ー
は 2014 年 2 月 の 時 点 で, ① 2013 年 9 月 に 提 案 し た も の を
9-1:問題の所在
シーズンの方向を指示するはるか以前に,テキスタイル見本
2014 年 2 月に販売しながら,②あわせて 2014 年 2 月に提案し
た 2015 年 SS の商品について 2014 年 9 月まで販売促進を行う
とともに,③ 2014 年 9 月に開催される 2015 年 AW の展示会
の設計を行わなければならない.P の設計主務者が自分の
に提案すべき内容の検討に入る.
テキスタイルメーカー Q はメゾン P の設計主務者が次の
頭脳に次のシーズンの課題を固定するかなり前の,すなわち
メゾンは,このほかに 2014 年 6 月頃,クルーズもしくは
1 次設計以前の思考過程について,Q の営業・設計試作関係者
は大きな関心を持つ.Q は P の主務者が何を考えるか大胆に
も予測している.Q の P への納入実績はその予測がある程度
リゾートと称する中間的な展示会を行う可能性もある.以上
はオートクチュールのランウェイショーを開催する.このよう
当たっていることを意味する.
にテキスタイルメーカーの製品開発と営業のスケジュールは
のプレタポルテのスケジュールに前後して,メゾンによって
つまり P の 1 次設計は毎シーズン繰り返される定型業務で
結構錯綜している.以上から推定すると,テキスタイルメー
はあるのだが,その過程は創造活動である.“プレタポルテ”
カーはメゾンの展示会のスケジュールにかかわらず,ファッ
のみならずオートクチュールやセカンドラインなど複数の
ション衣料の実需のシーズンのおよそ 2 年前からメゾンとの
プロジェクトが同時に走る.なかには「生みの苦しみ」も
コンタクトを取り始める.テキスタイルの展示会のスケジュー
あるけれども,第三者から見れば「いずれにしても大体は
ルも越えて,情報交換する動機と可能性は十分にある.
この辺に落ち着くはず」というルーティンの側面もある.
になる.以下,おもにイタリアのいくつかのテキスタイルメー
9-2:スケジュール
9-2-1:2 つの展示会のスケジュール
アパレル
カーから収集したエピソードを再構成して展開する.
営業
小売
P の主務者の「1 次設計以前」のクリエーションの前提的な
作業(主には情報収集)は Q の主務者に読まれていること
の展示会.当初は限定
されていた出展者も
徐々に自由化され,審
テキスタイル
premier vision(以下 PV)と,ミラノの UNICA がある.PV は
パリで毎年 2 回(2 月 9 月)開催.もとはリヨンの絹織物業者
査を経て各国のテキス
糸
展 示 会( ファッション
スタイルとメゾンの展
企画設計
ap 期中
ap 次期展示会
企画時期
ap 現展示会企
画時期
訪問②
tx 現展示会前
展示会
tx 期中
企画設計
訪問③
る.ファッション衣料の
前に開催される.テキ
展示会
tx 現展示会終
了後
受注納品 ap 展示会直後
タイルメーカーが出展す
ウィーク)は実需の半年
店頭販売
訪問①
世 界 的 に 有 名 な テ キ ス タ イ ル の 展 示 会 と し て, パ リ の
行事
図 9-1:Premiere Vision Paris 会場
ブースのなかの商談コーナー
展示会
tx 現展示会終
了後
y a 期中
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表 9-1:テキスタイルの営業スケジュール.ap アパレル,
tx テキスタイル,ya 糸・繊維の各メーカーの略.
の終盤である.その商品は 2013 年 9 月に開催した展示会で提
9-3:テキスタイルメーカーの負担
9-3-1:開発費用はテキスタイル側の負担
テキスタイルメーカー Q の営業・設計試作関係者の仕事は
①メゾン P から依頼された材料の探索・試作への対応,②受
注促進のための P への誇示(当社ここまでできるというプレ
ゼン)である.②はむろん①も Q の負担である.事実上の先
行投資(前払い費用)である.クライアントである P の要求
①は Q にとって絶対的課題ではあるのだが,先行投資に耐え
るか,Q の守備範囲に含まれるかを判断する必要がある.
というのも,Q の守備範囲に限りはある.Q の先に OEM
案したものである.いま実施したばかりの 2015 年 SS の展示
メーカーがあったしてもは設計製造できるものは限られる.
示会を交錯させて,メゾンに対するテキスタイルメーカーの
営業カレンダーは右のようになる(図 9-2)
.
9-2-2:テキスタイルメーカーの営業スケジュール
いま 2014 年の 2 月としよう.テキスタイルメーカーから
みれば 2015 年 SS の展示会が終了し,クライアントであるメ
ゾンは 2014 年 AW の展示会を終了する.メゾンはバイヤー
の受注を集計し,OEM 先に生産数量を指示するとともに,
テキスタイルメーカーに生地や糸の所要量を計算して発注を
する.テキスタイルメーカーから見れば 2014 年 AW の営業
会で提案した商品については,メゾンは 2014 年 9 月に実施す
P の要求は拡張しがちである.メゾンゆえに P の材量消費は
るランウェイショーで,モデルが着用する試作品に採用され
多種少量である.仮に採用されても比較的少量しか使用しな
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日本のファッション事業と国際プレゼンス
い(何万 M ということはまずない)
.つまりは生産ロットが
小さいという難点がある.
「メゾン P のランウェイショーに出ていた生地だから」と
9-3-3:テキスタイルの Stile 担当者
テキスタイルメーカー Q がメゾン P の設計主務者の「1 次
設計以前」を読むにも,Q に
追従買いを期待する Q もある.P によっては 2 年くらい停止
はそれなりの体制が必要で
条件を付けることもあるが,著作権はふつう Q に帰属する.
ある.Q の営業担当は主務
Q は多くのクライアント(P の集合)に営業する.逆に P は
多くのテキスタイルメーカー(Q の集合)に照会する.なかに
は Q3 は メ ゾ ン P 3 に 育 て て も ら っ た か ら 恩 義 が あ る か ら
「ウチは P3 専属」といっても,ある時点では切れてしまう.
者+アシスタントを同行し
売り手も多数と買い手も多数は互いに効率の良い状態では
る.東京から札幌ないし福
なく,流通論なら仲介業者を置が,手数料がチャージされ,
岡の距離であるから,慣れ
かつ,P のスティリズムに関する動きを知るのは難しくな
てしまえばどうということ
る.取引費用が増大することを恐れて,互いに取引先を制限
はないけれど,コンサルティ
しようとする方向に傾く.
ング営業はコストがかか
それゆえ展示会でブースを訪れる来訪者 P に Q は公平に
接しない.築地の場内で鮨屋 P が仲買 Q から鮮魚を仕入れ
て P を訪問する.イタリアの
主要テキスタイル産地から
パリ市内は 800–1l00 キロあ
図 9-2:Como の物プリント.
世界の流行を Como のプリン
ト業者が決めた時代もあった.
Serikos 社.
る.Q としては一定期間内に処理するクライアントの数を制
限しつつヒット率を高める.
るのに似る.売り手の出展者 Q と買い手の来場者 P の基本
テキスタイルメーカー
は,Q が proposal を用意し P を待つが,P が強いとは限らな
側の営業及び設計製作
い.P が買いを申込み(Inquiry),
Q が売りを申込み(Offer),
の 体 制 は,守 備 範 囲 に
P と Q が承諾(Acceptance)して取引は進む.しかし P の条
件(とりあえず swatch が欲しい)と Q の条件(着分だけで
よって変わる.コモの
なく最終的にある程度買うなら)は「不完全一致」である.
ウールに比べると描画
プリントはビエラの
したがって P も Q も裁量権を残す.展示会終了後検討し
の要素が多くなる.し
気に入らなければキャンセルする.Q は swatch を送らない
たがって,テキスタイ
(最初からわかれば応対しない),P は swatch が来ても発注
ル の ス タ イ ル(stile)
はしない.築地の場内とちがって,テキスタイルの展示会
を決めるテキスタイル
は cash & carry ではない.
メーカーの設計主務者
9-3-2:新規参入テキスタイルメーカーの障害
メゾン P にとっても「新しさ」は重要であり,取引費用が
と, そ の 主 務 者 の 名 を 受 け て 絵 画 を 描 く 職 務(デ モ グ ラ
むやみに増大しなければ,新しいものを見てみたいという意
意図する絵を迅速に描くことの仕事である.指示した絵を
欲がある.P の購買担当は設計主務者に代わって,短い時間
描ければ,インターンでも構わない.
でたくさんの swatch を見る,主務者の要求に近い swatch を
提案する Q を探すなど,効率よく勤務時間を配分する
ファー)は明確に分類される.デモグラファーは主務者の
テキスタイルメーカーの主務者にとって,ファッション
事業のカレンダーは与件であるから,次・次の次のシーズ
新規参入のテキスタイルメーカー Q2 はプロダクトアウト
ンに向かってメゾン
的に「こういうのができたから見てくれ」と掲げるが,P の
に提案を仕掛ける.
購買担当は,Q が P の設計主務者の 1 次設計以前(時期によっ
この裁量を委譲する
ては 1 次設計それ自体)を予習できているかを問う.Q がこ
ゆ え に, 主 務 者 は
の予習をせずに「偶然の一致」に依存すると,ヒット率が格
売上に相応の結果
段に悪くなる.
P の担当者は時間のロス,Q は経費倒れとなる.
責 任 を 負 担 す る.
Swatch は 色 柄 の バ リ エ ー シ ョ ン が あ り 製 作 費 用 が か か
る.効率よく swatch を製織する体制も必要である.ある購
テキスタイルメー
買担当者は,薄いもの・軽いもの・面白いものを探している.
にクリエーション一
しかし薄いからといって糸の番手を競うような提案は歓迎さ
筋の設計者は採用し
れない.80 番手でも 100 番手でも,見た感じは同じだと,
ない.
100 番手だからといって特別に高い評価を与えるとは限らな
い.
図 9-3:デモグラファー作業風景
カーのオーナーは単
実際に,設計者が
売上予算に数値責任
それでも新規参入の Q2 はこの原体験を繰り返し,「次の
持つべきかという質
シーズンで必要とするテキスタイルは ・・・」という仮説を設
問に対し,オーナー
定し提供するようになる.次第に採択確率が高くなり,メゾ
は肯定的な回答する
ンにとっても重宝なテキスタイル納入業者となる.
傾向があった.
図上 9-4:展示会の見本試作担当者.
図下 9-5:試織.Botto Giuseppe e
Figli 社.Biella.
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感性工学 Vol.12 No.4
9-3-4:テキスタイルメーカー主務者の予測思考
者も見せ物の部分は予測がつかない.しかしそれでも差し支
えはない.そこが商売になりにくい部分だからだ.しかし展
メゾン設計主務者の次シーズ
ンにおける 1 次設計を予測する
示物の部分,特に定番の部分は見える.したがって次シーズ
には,テキスタイルの主務者は
ン・次の次のシーズンの展開について仮説が立つ.
メゾンの主務者の 1 次設計以前
なお本研究でも,著名なメゾンの次のシーズンの定番商品
の思考過程を推定する必要があ
を予測するべく 2 つの課題を設定し,被験者に解決を求めた
る.データを基礎に何らかの仮
ところ,ある程度の正解で得られた.
説 を 立 て 演 繹 的 に 推 論 す る.
9-4:予測のベースと伝達
9-4-1:テキスタイルメーカーの予測の立脚点
「彼はこう考えるはずだから,
こういうテキスタイルを提案す
べきである」として,実際に費
テキスタイルメーカーの設計主務者に,メゾンの設計主務
用をかけて試織して提案に及
者の 1 次設計以前の思考過程を推定させる職務を割り当てる
ぶ.仮説演繹の方法であるから,
としても,メーカーのオーナーはそれが可能となるプラット
理論的に厳密であるはずはな
く,また,正確かどうかもわか
らない.ただこれまでの提案に
図 9-6:究極の糸染め在庫.
Fratelli Tallia di Delfino
社.Biella.
対する採択率や売上の実績など経験から正当化される.
ここで依拠すべきデータは,POS データのようなデジタル化
されたデーターベースではなくて,これまでの取引記録であ
ホームであるように会社(大規模ならばまさに企業官僚制)
を整備しておく必要がある.
イタリアのテキスタイルメーカーが集積しているビエラ,
プラート,コモのいくつかのテキスタイルメーカーのエピ
ソードを整理すると,例えば次のような傾向が見えてくる.
①メゾン(例えばメゾン)の stylisme 担当部門とは密接な
る.当然のことながらアナログとデジタルの 2 つ側面がある.
関わりを持とうとする.(具体的にはアシスタントクラスか
テキスタイルメーカーの設計主務者は,直接にあるいは
ら情報を得るための人間関係の構築その他であり,ささいな
アシスタントを介してシーズンごとに繰り広げられるメゾン
工夫から社交のレベルまでいろいろある.
)
の主務者との交渉を通じて,長年にわたりスティリズムを観
②頻繁にメゾンに営業する.(主にメゾンの購買部門.
)
察してきている.シーズンごとの取引内容,納入に成功した
③ メ ゾ ン 側 の 要 求 に 対 し か な り 短 い 時 間 で 反 応 す る.
(逆に提案したけれども納入できなかった)テキスタイルの
(商談は迅速かつほどほどに多頻度を好む.
)
属性や数量,納入した材料によってメゾンが設計した製品
④メゾンのわがままともいうべき要求に応える.
(ランウェ
(ファッション衣料)の「姿」「形」
,その製品を着用したメ
イショーの日程の関係で切羽詰まってくると,無理とも思え
ゾンの顧客の行動空間における「姿」「形」
,その製品の消化
率,メゾンの OEM 先の製造工程における納入材料での評価
や使い勝手なども熟知している.
る注文が出てくることもある.
)
⑥伝統を強調しつつ一方で新機能など新しいテキスタイル
を提案する.
(新機能繊維をウリとするテキスタイルメーカー
は多く,機能を技術的に説明すると同時に,ファッション用
語で語る.この企業規模でよく開発経費が出せるものだと感
心するほどに熱心である.
)
⑦新しいものを取り入れているということを強調する.
(例えば染色加工,整理加工にかなり力を注ぐ.
)
⑧分野により程度は異なるが,スタイル(stile)を構想する
職務と絵を描く職務を分離している.(前掲)
⑨スタイル(stile)の構想を職務とする者(テキスタイル
メーカーの設計主務者)はメゾンの stylisme を熟知してい
図 9-7:自慢のアーカイブ.検索システムにより PC で抽出でき
る.Lineapiu @ Plato, IT(糸商).Prato.
メゾンの沿革やブランドに込められたコンセプトや若干大
げさに言えば「哲学」も人一倍よく理解している.それ以上に,
る.(前掲)
⑩糸作りから染色整理まで一貫生産もある.(一貫生産ゆ
えに顧客要求に迅速に応えうる側面がある.
)
⑪例えば製織に特化する.(低収益機能を捨て得意領域に
特化し,顧客の特殊な要求に迅速に対応する)
この数年の展示会のトレンド,トレンドの傾向(トレンドを
⑫ 得 意 と す る 分 野 を 定 め て 深 堀 り す る.( い く つ か も
時間で微分した概念)
,それに対するメディアのコメント,そして
swatch を見せながら,これは他所では出来ない,こういう染
メゾンの売上に占める定番とトレンドの比率も暗記している.
め方は日本でやろうとしても採算合わないし無理だ.
)
その上で,メゾンのコレクション(ランウェイショー)が
⑬メゾンでの採用実績がある.(この生地はこの前のシー
見せ物(ショー)の部分と,展示物(トレンド+定番)があ
ズンでメゾン X に採用された,こちらはメゾン Y に採用さ
ると割り切っている.さすがのテキスタイルメーカーの主務
れたという自慢話の次々と続く.)
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感性工学 Vol.12 No.4
日本のファッション事業と国際プレゼンス
⑭メゾンの関心を引くことを重視しながらクリエーション
を進める.
9-6:テキスタイルの展示会
9-6-1:情報交換機能
⑮ 定 番 テ キ ス タ イ ル は フ ル カ ラ ー で 在 庫 を 持 つ こ と.
テキスタイルメーカーが次のシーズンないしは次の次シーズ
(在庫はメゾンの要求に迅速に応える手段のひとつである
ンについてメゾンの動向を知り得るのは,
テキスタイルメーカー
し,在庫はまたそれぞれのテキスタイルに対する需要がある
が対応可能な得意分野に限られる.これを拡張するには懇意
ことへの自信の表れでもある.
)
な営業マン同士が営業情報を交換して互いの守備範囲を補完
テキスタイルメーカーにこのようなプラットホームがあれ
しあうこともある.なにがしか社交に属する部分もある.展
ばこそ,設計主務者はメゾンの設計主務者の 1 次設計以前を
示会出展者の最大公約数的なメッセージは外部に公開され
推定できる.「設計チェーン」のプレイヤーとして参加でき
る.PV や UNICA がシーズンごとに発表するメッセージが浮
ることになる.
ついた副詞・形容詞が並ぶ文章になるのは無理もない(邦訳
9-4-2 トレンド情報の伝達
テキスタイルメーカー Q の営業はパリやミラノのメゾンあ
自体が著作権に触れそうなので割愛)
.
それでも,テキスタイルメーカー Q1 がメゾン A と取引を
るいはファストファッションだけではない.ニューヨークや
始めたことを同業の Q2 が知り,なぜ Q1 が A と取引を始めた
ロンドン,上海とか北京,あるいは東京にもクライアントが
のか知りたいと思ったら,展示会の Q1 のブースに行ってざっ
ある.各クライアントは展示会・ランウェイショーを開催す
と swatch を見て,この浮ついたメッセージ思い出せばある
る.設計主務者はテキスタイルの見本を収集させ説明を求め
程度の予想がつく.多分 Q2 の設計主務者は,A の主務者の
る.テキスタイルメーカーの設計・試作及び営業各部担当者
「1 次設計以前」の思考を改めて推理することで,新しい何
のスケジュールはいっそう錯綜する.販売代理店(エージェ
かをことを知るかもしれない.
ント)R を置き営業活動を整理することもある.
9-6-2:「1 次設計以前」の諸相
Q の営業マンはパリやミラノのメゾンとの事前交渉から,
テキスタイルの展示会はメゾンの設計主務者の「1 次設計
取引の範囲ではあるが(業者間情報交換は後述)
,次のシー
以前」に関する様々な情報の総合版かもしれない.メゾンの
ズン・次の次シーズンの傾向の一端を知る立場にある.いま
設計主務者の「1 次設計以前の思考過程」に対する,テキス
進行するメゾンとの取引内容の漏洩はないにしても,これら
タイルの設計主務者の仮設演繹的推定の総体が,PV ないし
の情報を相当程度抽象化し,昨シーズンの事例を絡めて説明
は UNICA のような展示会と位置づけられる.
したり,自ら想像をたくましくしてクリエーションして伝え
その意味では,浮ついた副詞形容詞による展示会のメッセー
ることは十分にあり得る.こうした情報を欲しがるのは東京
ジは,大変な意味を持つのだが,すでに知っていることだから,
のアパレル事業者のみならず,上海・北京はもとより,超大
メゾンにとってもテキスタイルメーカーにとっても相当部分は多
市場を後背地にもつ香港をはじめとして,Shenzhen・広州・
分さしたる意味を持たない.ファッションの業界にいながら,こう
杭州などにあるアパレルメーカーの設計主務者もまた渇望し
した丁々発止の現場に関係なかった人々にとっては新鮮である.
ている.したがって重要なセールストークとなる.
9-6-3:国際的な広がり
かつては PV は国内業者の催事であった.メゾンの設計主
9-5:テキスタイルとファストファッション
一方,Q による大手のファストファッション(以下 FF)
との取引は 2 種類に分かれる.①我が社はテキスタイルはメ
ゾン向けの高級品であるから FF は関係ない.② FF の数万 M
務者(その命を受けたアシスタントも含め)は外国で「珍し
の受注は魅力ゆえ,メゾンとは別のテキスタイルを準備して
のファッション衣料はパリ,ミラノで売れれば他の世界の主
い」テキスタイルを探索した.これに加えて,メゾンのファッ
ション衣料を含むファッション商品の市場が国際化してしま
うと,すなわち着用者の行動空間もまた国際化する.メゾン
積極営業する(イタリアの主要産地と Inditex の本社は約 2,000
要都市で売れるという仮説を持つにしても,テキスタイル
キロ)
.この場合,提案製品の納品とテキスタイル納品があ
メーカーの提案としてはヨーロッパ以外の有力市場の状況を
る.また,時折の「話題を呼ぶ商品」に使うテキスタイルを
考慮する必要がでる.クライアントは世界の主要都市に散在
納入する例もある.Q を経由して,トレンド情報が FF 設計
している.その時代時代の地球規模の経済に影響を及ぼす国
本部に伝わっている可能性はないとは言えない.
や地域の事情を全く無視はできない.
ただしこのことはこうした国や地域に独特な要因をメゾン
2000 年前後で,ファストファッションの OEM 先が中国ではな
く例えばイタリアなどの EU にあった頃は,「彼らは田舎者
主務者の 1 次設計に直ちに取り入れることを意味しない.
だった」「彼らが多少とも洗練された商品を作れたのは我々
成長著しい国や地域の主要都市でメゾンの商品を買える人々
(この産地で長年にわたってテキスタイル事業に従事してき
が,相変わらずパリ・ミラノ好みであるとの確認が先である.
た我々)の協力の賜物だ」「プロントモーダはもともとベネ
これは前掲したように,アルノーのいう「神秘性」に関係す
トン」という向きもある.しかし昨今のファストファッショ
る.これを見て,各地のテキスタイルメーカーが「それなら
ンの情報収集能力はそれをはるかに超えるものがあり,今で
俺でも出来る」
と PV 参加を望むのは当然の成り行きである.
も流行に追従もするけれども,もはや流行を作り出す能力も
持ち合わせている.
UNICA は相変わらずクローズ(2014 年 9 月展示会に初め
て日本のテキスタイルメーカーがオブザーバーとして参加する
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感性工学 Vol.12 No.4
らしい)であるが,当初クローズだった PV に日本のテキス
術.着用者を熱・紫外線から保護し,敏感に身体の温度を減
タイルメーカーの初参加は 2000 年であり,小松精練が誇る
らす.多くの熱を吸収するため「暗い色」にのみ適用する.
べき実績である.中国のテキスタイルメーカーはじめ,メキ
シコやトルコなど,EU 以外の出展者が増えている.
テキスタイルの展示会は,徐々に縮小傾向にあるが,ワー
ルドカップのテキスタイル版としては健在である.
⑧空気乾燥仕上 Finishing Air Dry:Torsion Effects を探求し
た.心地よい夏に誘うため見た目は「ふっくら」となるよう
に仕上げる.
⑨折り目効果 Effect Stropicciato:細かな仕上で,折り目に
パーマネント効果を与える純毛素材である.モダンな感じで
9-7:製品の特色と染色整理工程:Botto Giuseppe 社
9-7-1:色とテクスチャーの執着
とりあえず Botto Giuseppe 社製品のひとつの特色は色と
好評を博し汎用性がある.
テクスチャーにある.色に関する話題は,①定番,②クライア
属性変更は与えない.
ントの要求,③先染めに先だって何種類か染色した繊維(わた)
を混合,④糸染め,⑤糸染めした糸の織り,⑥後染め,⑦後
⑩カーボン仕上げ Carbon Finishing:カーボンブラシを使っ
た素材.桃のように心地が良い.ダメージに結びつく極端な
⑪アロエ:アロエの特性を活用した新しい仕上加工.より
柔らかく輝く.柔らかく皮膚に接触する.
染めにおける織物の種類と色の組み合わせ,⑧後加工などに
美術的とも技術的とも言い難い「歯の浮くような」内容だ
よる色出しの可能性である.また,あるテクスチャーを引き
が,この雰囲気のメッセーがベースとなり,メゾンの設計主
出す話題は,①糸の特性(例えばウール属性そのものに由来)
,
務者やアシスタント,購買担当者の認知度を高める.むろん
②糸の組み合わせ(例えばウールおよび絹・麻・綿および
全てが自社開発ではない.原糸・紡績メーカーはじめ,紡織・
ビスコース・竹・ ポリアミド)
,③糸と織り方の組み合わせ,
染色加工で適宜の OEM(あるいは ODM)先との取引を組み
④工夫された織り方(虹色真珠色を出す織り方)
,⑤組織の表
合わせる.企業規模と資金から見て,先端技術追従ではなく,
面(つや消し・シワ)などである.従来からの自社技術の他に,
自社に現場でも可能な先端風既存技術の組合せでもある.
M&A によって取得した技術,委託加工も含むと推定する.
非常に多様で屈託なく従来の技術を縦横に組み合わせ,少し
9-7-3:伝統と革新
Botto Giuseppe 社の広報資料を参考にしつつ,ヒアリング
でも新しい提案をしようと地味な努力を重ねる.結果とし
で強調していた部分を以下に紹介する.
て,次項に見るように,新機能を訴求する製品がラインナッ
・・・ 事業を続けていくために,伝統と研究の精神の維持し
プされ,パリ・ミラノのメゾンの関心を引き寄せている.
ていく.伝統とは最もすばらしい原材料を注意深く選択し,
9-7-2:製品の特色
以下の製品は Botto Giuseppe 社の新製品の訴求点・R&D
また製造工程の各段階において注意深く細かな部分を大切に
のテーマであり,メゾンの設計主務者にむけた「独特のメッ
研究と実験は創造への挑戦であって終りがない.それどこ
セージ」で,言い訳だが邦訳は稿者(大谷)の手に余る.
① Woolly.Elastic Fibers を使わないで,生地に本来の弾力
を与える.快適さと手触り外観に優れる.
②防皺性 Resistance・耐候性(Multi control Weather)
:純毛
に人工ファブリックを含め,テキスタイルに防水・防皺を施
すと同時に,手作業で通気と防汚加工を行う.
扱う.
ろか顧客の増大する要求に対して,確実に付加価値を提供で
きるように設計する.顧客が求める際限のない様々な現代的
テイストの要求は,研究と厳格な仕上加工によって,一定の
品質管理に耐える水準で実現が可能になる.
伝統と革新の間にはデリケートなバランスがある.クラ
シックなものが悲嘆に暮れることもないし,革新的なものが
③セカンドスキン Second Skin:特殊仕上でファブリック
過大に進むということもない. こうした選択は世代から世
に抗臭機能を付ける.匂い分子をウールに結合吸収させず,
代に伝えられおり,我々は 1 世紀以上も成功し続けている.
持続的に香りを忌避する.Anti-Drop, Anti-Stain And Natural
こ の こ と は ま た 世 界 中 で, イ タ リ ア フ ァ ッ シ ョ ン が 他 の
Stretch.路上の旅行者にも役立つテキスタイルである.
④明るい光 Bright Light:ウールの自然な輝きを誇張する
仕上加工である.高温高圧の工程を経て,A Look Reflections
On Minerals を引き出す.柔らかさを維持しほぼメランジュ
ファッションと区別される要因になっている.・・・
色.ドライクリーニングにも耐え安定する.
発した加工方法ゆえに「鮮やかな発色」かつ「手触りが良い」
⑤液体ウール Liquid Wool:独特のタッチ.普段見かけな
い人工と天然の中間を狙った仕上加工である.超不透明に見
たとえば Liquid Wool.ルイヴィトンやプラダに採用され
た自慢のウールだが,「ウールではない感じ,柔らかく,
ちょっと乾いた軽い感じのおしゃれ用」である.独自に開
の で あ っ て 通 常 で は 不 可 能 と い う. ま た,Multi control
Weather は「もっとも誇る加工方法」であり「耐水性があり,
えるが反射で透明になる.Mineral Composition は純粋なウー
汚れがつきにくく,モダンな肌触りもよい」,「一見何もな
ルだが,ウールでもあり非ウールである.
い感じ」「旅行者のように同じ服を長く着ても着くずれしに
⑥洗濯機で洗える Machine Washable:洗濯機で洗えるテキ
くい」となる.これが訴求点でありセールストークになる.
スタイルで,しかも柔らかな手ざわりを維持できる.イージー
このような新機能テキスタイルの提案はさらに拡大する
ケアに関する最新の成果である.
⑦氷冷ウール Ice Cold Wool:夏のウールを一新する新技
476
傾向にある.繊維工学のある部分がファッション工学に変
貌する可能性がある.
感性工学 Vol.12 No.4
日本のファッション事業と国際プレゼンス
10. ファッション工学を標榜
に依存する.この段階で設計の市場品質が担保されなけれ
ば,その埋め合わせを後工程に依存しても,それはほとんど
10-1:国際プレゼンスの低さに対する考え方
10-1-1:ファッション衣料とその製品設計
この研究でファッションとは人間が自らの身体を表現する
行動一般を意味し無自覚な行動を含むと考えた.
ファッションすなわち人間の身体表現に用いられるモノな
いしサービスをファッション製品(ないしはファッション商
意味をなさない.しかも今求められているのは,国際市場に
おけるファッション衣料の設計品質の問題である.日本の
ファッション事業,ことにファッション衣料の設計製造販売に
おいて,国際プレゼンスが欠如するのはこうした意味での設
計品質に問題があると推定される.したがって,ファッション
工学が解くべきひとつはまさしくこの問題のである.
品)と呼ぶ.人間の身体表現の程度や執着などの態様は主観
に任され,比較の対象次第で大きな差がある.しかしながら
ゼロということはなく,地球に生命を持つ 70 億人の人間に
10-2:解決策としてのファッション工学の構築
10-2-1:ファッション工学の領域
普遍的な行動であるとともに,その中に何らかの共通性が存
ファッション製品,ことにファッション衣料は間違いなく
在するゆえに,ファッション製品は工業製品として事業化(設
「もの」ではあるが,顧客が着用して,顧客が行動空間に身
計生産販売)されている.
を移し,その「姿」「形」を行動空間を構成する他者に評価
衣料はその中心をなす.衣料には身体保護機能と身体表現
をゆだねた際に,顧客は,少なくとも拒否されない,可能で
機能があり,全体に占める後者の割合をファッション性,相
あるならばその「姿」「形」に対して積極的な評価を受ける
対的にファッション性の高いものをファッション衣料と規定
ことを期待する.その要求水準が充足されたとき,初めて
してきた.こうした衣料に対して工学的な知見を適用し,あ
ファッション衣料はその機能を果たすことになる.「もの」
る種の繊維工学の体系(衣料に関する繊維工学)が形成され
はいずれもサービスポテンシャルを持ちうる.しかしファッ
てきた.しかも日本で消費される衣料の 95% が輸入依存で
ション衣料は他の製品と違って,人間の身体の一部である
あるばかりか,日本のファッション事業の国際プレゼンスは
ために,身につけている時間が異様に長いという特徴を持
乏しく,例えば日本の電機製品や自動車のような国際的な存
つ.衣料という「もの」が着用者である顧客に提供するサー
在感がファッション衣料には見られない.
ビスの量(提供時間)が他に比べて非常に大きい.サービス
我々はこの問題に関して,技術的および経営的な側面から
サイエンス,サービス工学の構築が話題になっている(吉川
検討を加えてきた.そして「製品設計」がその原因のひとつ
弘之など)
.ファッション工学はサービス工学の援用も考え
ではなかろうかと考えるに至った.
られる.
10-1-2:後工程依存型の製品設計
電機製品や自動車の場合は,製造の出発点において完全な
設計主務者の脳という媒体に固定されたら
「姿」
「形」という
情報が,様々なプロセスを経て,布地という媒体に固定される.
設計を前提としている.設計の品質として例えば市場との
この布地という媒体を巧みに扱うという目的から,既存の衣服
適合性および製造工程との適合性が求められる.したがって
を扱う繊維工学が獲得してきた様々な知見を再活用することに
量産開始までに市場との適合性が確認し,その後で製造部門
なる.この知見には,織物に関する工学のみならず,糸および染
は工程との適合性を検討し,問題なしとなれば設計図面通り
色整理に関する工学が非常に重要な位置を占める.
に量産する.その際の品質の基準はまさに設計図面である.
パリ・ミラノのメゾンとイタリアの産地に存在するテキスタイル
例えば設計図面で規定された寸法に対して sixth σ が適用され
メーカーとの取引関係から推察すると,いわゆる新機能の繊維
るなどの一連の生産技術が開発技術よりも増して適用され
の開発は重要なテーマである.それはある意味で最先端の領
る.こうした考え方はベンチマークとなり,ファッション製
域でもあるが,すでに開発 が済んだ技術の応用ないしは組み
品の製造工程に無条件に適応されたきらいはあるが,これが
合わせという領域もある.開発技術のテーマでもあるとともに,
必ずしも良い結果を生むとは限らないことも,この研究でわ
生産技術的なテーマでもある.日本の衣料市場における輸入
かってきたことである.
浸透率は 95% になろうとする現在,衣料に関する繊維工学は
ファッション衣料という製品の設計は,設計過程を経るご
消え去りかけている.次の世代はかつてこの学部(研究科)か
とに設計情報が追加されていく.製造工程に至ってもなお設
ら伝えた中国の 大 学 のいくつか の 繊 維・ファッション学 院
計情報が追加される.ファッション衣料の設計は一連の設計
(学部・専攻)に留学しなければ,その基礎知識も得られない
過程ならびに製造工程に依存している.いわば「設計チェー
という危機にある.そうなると,開発技術はもとより,生産技術
ン」を形成していると言って良い.
的なテーマの追跡は全く不可能になる.
この設計チェーンには製造工程も含まれることにご留意い
この報告ではほとんど触れなかったが,ファッション衣料
ただきたい. そして,設計の市場品質は「設計チェーン」の
の設計における情報処理技術の問題がある.一般化している
出発点である 1 次設計に依存する.この 1 次設計を司るのが
CAD/CAM の問題はもとより,テキスタイルの B to B 取引,
設計主務者である.1 次設計とは設計主務者の次のシーズン
これを可能にする生地のデジタル表現,触覚機能の代替,アー
は「これでいく」という指示にほかならない.設計主務者の
カ イ ブ の 検 索, 身 体 の 自 動 測 定 な ど, 主 に atelier 部 門 の
modelisme を支援するシステムに関する工学が,むしろ情報
1 次設計は設計主務者の設計前提,すなわち「1 次設計以前」
477
感性工学 Vol.12 No.4
工学の一部として発達しているが,これをファッション工学
はそれぞれ得意とする衣服の種類があり,製品ごとに発注を
寄りに取り組む必要がある.
依頼するサプライヤーは異なる.そのため,各製品を発注する
10-2-2:行列による設計過程の説明
既述(6-2-4:ファストファッションの設計過程と比較)で
サプライヤーを記した表が必要になる.これを行列 S で表す.
述べた如く,ファストファッションでは,「大日程以下小日
(10-2)
程に至る生産納品計画販売体系と,日々の設計業務と実績数
値(POS データ)を格納する膨大なデータベースが用意され,
店舗網等からの情報もとにプロダクトアウト的に設計」する
サプライヤーの総数を l とすると,行列 S は m×l 行列になる.
とした.そこで,データベースと店舗網等からの情報による
ここで,sij は製品 i を製造するサプライヤー j が製造する製品
改良過程に基づく製品設計のプロセスを簡単に行列で表記し
もともと地球に住む70億人の身体表現に関する現象をファッ
i の個数を表している.通常は一つの製品を一つのサプライ
ヤ−が製造することになるであろう.例えば,sij≠0 のとき
は,sik=0(j≠k)となってサプライヤー k は製品 i を製造しな
いことを示す.行列 S の値は,サプライヤー発注の時期を基
ションと規定した見返りとして,その内容を「混沌とした大
準に過去の POS データをもとに決定する.
て整理することを試みる.
本稿でも時折と記号と数式を挟んで説明した箇所がある.
空間」と表現せざるを得なくなった.しかも,そのコンテン
サプライヤーが発注すべきテキスタイルの量は,
ツは複雑そのものである,ファッションに関心ある者はは自
然言語を使って好きなように表現できる.しばしば文字によ
(10-3)
る説明は饒舌になりやすい(本稿筆者も自戒しなければなら
ないが)
.記号と数式を使うと単純に説明できるかもしれな
いという思いがあった.
で決まる.行列 S は l×n 行列になる.Mij はサプライヤー i
あえて形式論を進める. modelisme とは裁断したテキスタ
が発注すべき素材 j の総数を表す. これらの行列(データ
イルを組み合わせて製造する衣服を決定する過程と仮定して
ベース)に基づいて,各サプライヤーは発注された製品を
みる.設計を決定するにあたっては,上述のごとく設計者の
必要量製造することが可能になる.こうした説明の仕方を観
みならず,製造に携わる者も関与する.その過程で,デザイ
察するのも,ファッション工学の役割のひとつの現れである.
ンごとに使用するテキスタイルの量が決定される.この関係
(本項は高橋正人による)
10-2-3:関連する分野
を m×n 行列 D で表してみる
工学の定義に「①工学とは数学と自然科学を基礎とし,
(10-1)
②ときには人文社会科学の知見を用いて・・・ 」とある.う
ファッション衣料を中心に据えファッション事業において解
決すべき問題点を工学として捉えるとなると,この②は不可
一つの行が一つの設計(デザイン)を表す.m は製造する製品
欠になる.ファッション衣料の設計は経営資源が集積する会
数である.それぞれの行には,それに対応するデザインが存
社をプラットフォームとして実行される.言うところの設計
在している.列は各行の製品を一定数製造するために必要な
主務者にそれなりの裁量枠をなければならない.少なくも
テキスタイルの量を表している.n は製品を製造するために
「設計チェーン」の主宰者である.この問題は経営の問題と
必要なテキスタイルの種類である.ファストファッションでは,
短期間で多くの製品を製造しなければならない.そのため多
して扱うことになる.
イ タ リ ア の パ ロ マ 大 学 の 生 産 管 理 研 究 室 で は, 商 品 に
くは定番商品であり,全く新規に製造される製品は一部である
RFID タグをつけ,フィッティングルームに受信装置をつけ
と考えられる.ファストファッションにおける衣服の設計とは,
て試作回数を測定することにより,設計者の設計能力を測定
その都度その都度,行列 D の成分を微調整していく作業だと
しようとするプロジェクトが,あるメゾンとの共同研究とし
いってもいい.これらの成分 dij の中で,新規に設定する数値
て実施されている.しかも共同研究先のメゾンの店舗展開に
は,ごく一部である.多くは,定番商品であり,各成分は大き
従って国際的にデータ収集が行われている.つこういう考え
く変更を受けることはないと考えられる.しかし,シーズンご
方はファッション工学にとって非常に有用である.
とに調達できるテキスタイルの種類は変化する.また,ラン
今ファッション衣料において国際プレゼンスが非常に高い
ウェイを実施しないファストファッションなどでは,市場投入を
ファストファッションについては,情報処理システムの理解
してみた結果を反映してデザインを微調整し,行列の修正を
なしに,その事業を認識することはほとんど不可能である.
行っているのではないかと考える.このようにして,膨大な
ファストファッションと取引のあるテキスタイルメーカーあ
量の製品のデザインを短期間に行っているのだと思われる.
るいは CMT(裁断縫製仕仕上げ)業務を扱う OEM 先を player
このようにして設計に関する情報は行列の形にひとつの量
とする独特の「設計チェーン」
,ならびにさらに陸海空の輸
で表すことができた.次は製造にかかわるデーターベースであ
送業者・貿易保険代理店・商品センター(自社施設)・ピッ
る.デザインが決定した製品の製造を担当するサプライヤーに
キングシステムサプライヤー等を player とする「サプライ
478
感性工学 Vol.12 No.4
日本のファッション事業と国際プレゼンス
チェーン」の構成されている.これらの上位に ERP(SAP の
導入し,ファッション工学の構築とエンジニアの育成を図
R3 に代表される)のような統合データーベースが存在する.
る時期にきている.
情報に関するシステム工学的な枠組みなしにファストファッ
10-2-4:とりあえず概念装置らしきもの
ション事業を理解することは不可能である.
ファッション事業における国際プレゼンスの問題を扱う
一方,ファッション事業における e コマースの発達は,
non store リテイリングを促すとともに,click and モルタルの
予備的考察において,すでに示したように 34 個のキーワー
延長上にオムニチャンネルのような業態の開発ますます盛ん
若干の議論を展開してきた.とりあえず概念装置らしきも
になる.これもファッション工学における重要なテーマのひ
のの構築を試みようとした.
とつである.
こうした経営の問題は実験装置を用いるわけにはいかない
ので,概念装置を主役に処理するしかない.裁量枠が経営資
ドを抽出し,この問題を扱うのに便利な定義を行い,かつ,
ファッション事業
の内容
ファッション事業
の経営
ファッション事業
の国際競争力
背負ってきた.これによって体系化された知見は,被服の
ファッション,行動空間, 事業主体,企業規模, 販売基準,類似性基準,
フ ァ ッ シ ョ ン 衣 料, 企業官僚制,集権と 潤沢な世界市場,店舗
フ ァ ッ シ ョ ン 商 品, 分権,裁量枠(設計主 展開,e-Commerce,出
ファッション事業,既製 務者への配分)
,販売 店効果,顧客の行動空
服,拡張されたファッ 費 用( 商 品 力・販 売 間( グ ロ ー バ ル な 認
,競争条件,
「我が
ション事 業,着 用 者, 力)
,競合,一般管理 識)
国の」
「企業の」国際競
「姿」
「 形」
,設計者,設 費,リスクの存在
争力,
「我が国国際競争
計主務者,設計主務者
力」
と事業主体,ソブリ
の能力,対象顧客,
「姿」
ンサイクル
「形」
を表現する言語
設計製造に大きく貢献してきた.ことにその成果が atelier 部
表 10-1:予備的考察における 34 個のキーワード
源の配分(事業予算)と密接な関係があるので,リスクの問
題と表裏一体をなす.金融工学にう対しては様々な異論はあ
ることは確かだが,節度をもって応用すれば,事業モデルの
構築とシミュレーションは有効であり,ファッション工学の
一部として確立していく必要がある.
日本における衣料の研究は家政学の 1 分野として被服学が
門の modelisme に顕在し,世界に通用する水準にある.しか
し,stylisme についてはあまり関心を払うことがなかったの
多少とも牧歌的に取り上げたきらいのあるこれらのキー
かもしれない.これに隣接する美術の分野では,テキスタ
ワードは,より深く考察することにより数を減らすことがで
イルまでを守備範囲とし,それ以上の関心を持たなかった.
きるであろうし,これらの関係をさらに厳密に探索していれ
また,商学部経営学分野のマーケティングはどの商品にも
ば,この問題を議論するのに便利な枠組みとして組み立てる
通用する一般論の構築に心血を注いで体系化に努めた.その
ことができるであろう.そうすれば,概念装置らしきものが
結果,基本的な枠組みは整備されてきた.ファッション衣料
形成される.
のマーケティングについては,日本に特有な百貨店との消化
日本のファッション事業の国際プレゼンスが,電機製品や
取引を軸とする実務経験者たちがそれぞれの問題意識に従っ
自動車の事業分野に比べて低い,その原因を明らかにする作
て多数の著作がある.その点は心強いが,何と言っても日本
業は,ファッション業界を構成する「要因」と,その要因の
という 1 億人の市場に関しての考察である.この枠組みをそ
相互関係を推察する必要がある.何がどの程度にドミナント
のまま中国で援用しても,初期の段階はともかくも,いまと
な factor なのかは,シミュレーションをしてみないと「科学
なっては成果が上がりにくいのは無理もない.
的」の説得力は持ち得ないということになる.しかしなが
中国で生産して日本を市場にして販売するのは上手だった
ら,これまでの検討から,この 34 個のキーワードの組み合
けれども,その延長で中国を市場にして売るとなると別の
わせならびにその関係のどこかに,ドミナント factor が潜ん
問題が出てくる.日本のファッションの国際プレゼンスは,
でいることは確かであると考えている.よってさらなる精緻
インポートおよびライセンス契約にあり,外国のものを日本
化が必要であり,今後の作業課題である.ただし,我々には,
に取り入れて売るというビジネススキームであった.M&A
繊維工学・情報工学をプラットホームとするメリットがあ
は 上 手 な の だ け れ ど も, 後 の リ ス ト ラ は 苦 手 の よ う で,
り,ファッション事業の経営に大きな影響を与える技術的な
M&A であってさえもてその目的は日本で売る商品の確保に
課題について,本来の実験装置を用いることができる.
あった.その意味で,既述のように,オンワード樫山の海外
ラグジュアリブランドプロジェクトの去就は重要である.
ファッション工学の対象は人間の身体表現行為そのものに
あり,最終的には,混沌とした大空間から抽出してきた部分
そういう意味では国際市場で戦うという経験に乏しかっ
集合によって説明される対象顧客の行動空間における「姿」
た.繰り返すが,東京をはじめとする日本市場はそれほどに
「形」である.その「姿」「形」は同じ行動空間を構成する
芳醇だったのである.中国市場をそう簡単に取れないのは無
他者から一定の評価を受けるという要件を満たさなければな
理からぬ一面がある.
らない.ファッション工学は身体表現に有用なファッション
工学には「未だ存在しない状態やモノを実現」については
製品の設計製造販売に係る問題の解決に寄与すべきものであ
合目的に追求し実用上の価値を判断する作業が含まれるとい
る.繰り返しになるが,このようなファッション製品は,
う.その実施者をエンジニアというのであれば,日本のファッ
電機製品や自動車のように,ほとんどが見込生産であり,
ション事業の国際化を高める意味でも,今まさに衣料にかん
かつ,何らかの程度に「量産」製品であるので,エンジニア
する繊維工学の知見の一部を再構築し,関連する他の分野も
リングからの検討が必要になる.
479
感性工学 Vol.12 No.4
文 献
01:本研究の背景
[1] 「知的財産推進計画 2005」,知的財産戦略本部,首相官邸
政策会議,2005/06/10.
[2] 「新経済成長戦略」,経済産業省,2006/06.
[3] 「 産 業 競 争 力 の 強 化 に 関 す る 実 行 計 画 」, 閣 議 決 定,
2014/01/24.
[4] 「知的財産推進計画 2014」,知的財産戦略本部,首相官邸
政策会議,2014/06/20.
[5] 「日本ファッション産業の海外展開戦略に関する調査」,経済
産業省商務情報政策局 クリエイティブ産業課,2014/07/16.
02:ファッション事業の予備的考察
[6] 大谷毅:日本アパレルの国際化はマーケティングの問題
か技術の問題か,平成 23 年度繊維学会招待講演・タワー
ホール船堀,2011/06.
[7] J.G. March and H.A. Simon: Organizations John Wiley &
Sons, 1958.
[8] 20Years Dolce and Gabbana , Dolce and Gablbana Srl, 2005.
[9] Dean Merceron, Alber Elbazetal: Lanvin, Rizzoli, 2007/10/23.
[10] Annual_Report LVMH2013.
[11] オンワード樫山,有価証券報告書 2013,2014/02.
03:思い込みに関する問題
[12]「感性価値創造イニシアティブ − 第四の価値軸の提案−」
,
感性☆きらり 21 報告書,経済産業省,2007/06.
[13] 小島健輔:小島健輔の言いたい放題,http://apalog.com/kojima/
[14] 伊丹敬之:日本の繊維産業 なぜ,これほど弱くなってし
まったのか,NTT 出版,2001/04.
04:規模とマネジメントに関する問題
[15] 大谷毅:ミラノ“プレタポルテ”コレクションに至るスティ
リスタのクリエーション,繊維トレンド,79,東レ経営
研究所,2009/11.
[16] 魚津郁夫:プラグマティズムの思想,ちくま学芸文庫,
筑摩書店,2006/01.
[17] マックス・ウェーバー,世良晃志郎(訳)
:支配の社会学 1
(経済と社会),創文社,1960/7/1.
[18] 大谷毅:管理機構メモ(内部用),2014/07.
[19] 藤芳誠一,大谷毅:管理者の管理学,日本産業訓練協会,
1975 などから転用.
05:集権と分権に関するファッション事業の問題
[20] 大谷毅:ファッションビジネスに適する企業規模,東レ
経営研究所,繊維トレンド,69,2008/03.
[21] 大谷毅:営業利益を食べる一般管理費,東レ経営研究所,
繊維トレンド,71,2008/07.
06:工程実験・設計実験
[22] 大 谷 毅, 池 田 和 子, 伊 崎 晴 子, 正 田 康 博, 森 川 英 明:
ミラノのクチュールメゾンの設計過程と後工程の関係に
ついて,http://hdl.handle.net/10457/1182,文化ファッショ
ン研究機構・服飾文化共同研究拠点,2010/03.
[23] 池田和子,大谷毅:バリ・ミラノで販売可能な“プレタポ
ル テ ”の 設 計 生 産 実 験, 日 仏 量 産 見 本 の 制 作 と 評 価,
東レ経営研究所,繊維トレンド,85,2010/11,
[24] 大 谷 毅, 池 田 和 子, 伊 崎 晴 子, 正 田 康 博, 森 川 英 明:
プレタポルテの製造(素材と製品)工程が製品設計に及ぼ
す影響について ・・・ シャネルのデニム製品と設計過程 ・・・」
,
服飾文化共同研究報告 2009,2010/04.
[25] 大谷毅:アルマーニのスーツを日本で再現できるか,東レ
経営研究所,繊維トレンド,74,2009/01.
[26] 宮武恵子,大谷毅:ミラノ“プレタポルテ”の設計工程と
カルタモデロ(パターン)の機能,東レ経営研究所,繊維
480
トレンド,82,2010/05.
[27] 大谷毅,宮武恵子:ミラノのラグジュアリブランド ・ プレ
タポルテの設計過程,東レ経営研究所,繊維トレンド,
76,2009/03.
以下はファストファッションの設計過程・製造工程を扱ったもの
である.
[28] 大谷毅,矢野海児:H&M パリ市内店の商品から想定され
る 製 品 の 設 計 過 程, 東 レ 経 営 研 究 所, 繊 維 ト レ ン ド,
95,2012/07.
[29] 大谷毅,宮武恵子:ファストファッションの店頭陳列か
ら見た商品設計思想,東レ経営研究所,繊維トレンド,
97,2012/11.
[30] 大谷毅:イタリアのプロントモーダとファストファッションの
製品設計,東レ経営研究所,繊維トレンド,94,2012/05.
[31]大谷毅:ファストファッションの製造工程と東南アジア
縫製工場 ―カンボジア・バングラデシュ・インドネシアで
のヒアリングを基に―,東レ経営研究所,繊維トレンド,
92,2012/01.
[32] 大谷毅:イタリア産地から見たファストファッションの
東南アジア製造工程,東レ経営研究所,繊維トレンド,
93,pp.46-50,2012/03.
07:Modelisme の実験と Atelier 部門の設計
7-1: 日伊量産見本製作実験 ・・・D.Y.Jeoung【23】Bfri2010 に
続く実験として.
[33] Tsuyoshi Otani, KyoungOk Kim, Keiko Miyatake, Kimiko
Sano and Masayuki Takatera: Characteristics of the Design
and Production Process for Italian- and Japanese-Made
Tailored Jackets in the Global Market, Junzo Watada, Hisao
Shiizuka, Kun-Pyo Lee, Tsuyoshi Otani, Chee-Peng Lim
Editors; Industrial Applications of Affective Engineering,
pp.193-207, Springer 2014, ISBN978-3-319-04797-3.
[34] KyoungOk Kim, Keiko Miyatake, Kimiko Sano, Masayuki
Takatera and Tsuyoshi Otani: Comparison of high-end
tailored jackets for ready-to-wear produced in Italy and
Japan, International Journal of Affective Engineering,
13(1), pp.27-33, 2014.
[35] KyoungOk Kim, Keiko Miyatake, Kimiko Sano, Masayuki
Takatera and Tsuyoshi Otani: Research on jacket patterns
and specifications of ready-to-wear for high-end in Italy
and Japan, International Journal of Affective Engineering,
13(1), pp.35-41, 2014.
[36] KyoungOk Kim, Tsuyoshi Otani, Keiko Miyatake, Kimiko
Sano and Masayuki Takatera: Comparison of high-end
tailored jacket patterns and their appearances produced
in Japan and Italy, the 12th Asian Textile Conference
(ATC-12), G1-PO-10, pp.1070-1076, Oct. 24-26, 2013,
Shanghai, China.
[37] 金炅屋,大谷 毅,高寺政行:立体化技術がイタリア製ジャ
ケットのシルエットに及ぼす影響,第 15 回日本感性工学
会大会,予稿集 CD-ROM,B44,2013 年 9 月 5 日 -7 日,
東京女子大学.
7-2:modelisme 全般
[38] Yo Takahashi, Akito Sofue, KyoungOk Kim and Masayuki
Takatera: Automatic 3D Pattern Making Of Fitted Upper
Garments Considering Individuals’Figures And Shear Limit
Of Fabrics, International Journal of Affective Engineering,
12(2), pp.169-175, 2013.
[39] 石澤健,金炅屋,高寺政行:平織布のバイアス方向クリー
プ変形における芯地の効果,繊維学会予稿集 2013,68
(1),
CD-ROM,2G18,東京,2013/6/12-14.
感性工学 Vol.12 No.4
日本のファッション事業と国際プレゼンス
[40] Kyoung-Ok Kim, Yui Uchikawa, Masayuki Takatera:
Effect of Fabric Softener on Bending Properties of Cotton
Yarn, The 6th Textile Bioengineering and Informatics
Symposium TBIS 2013, pp.1001-1009, September 26-28,
2013, Xi n, China.
7-3:パターンに関する実験
[41] 金炅屋,高寺政行,大谷毅:衣服設計における熟達パター
ンメーカーの感性,第 9 回日本感性工学会春季大会予稿集
フラッシュメモリー,2A-02,2014/3/22-23,北海道大学.
[42] KyoungOk Kim, Asako Nozawa, Tsuyoshi Otani and
Masayuki Takatera: Study on elegance of a jacket appearance,
Proceedings of the 12th Asian Textile Conference (ATC-12)
G1-PO-11, pp.1077-1082, Oct. 24-26, 2013, Shanghai, China.
[43] KyoungOk Kim, Asako Nozawa, Tsuyoshi Otani and
Masayuki Takatera: A case study on elegance of a jacket
appearance using images and silhouette of jackets,
Proceedings of 1st International Symposium on Affective
Engineering 2013 (ISAE 2013), pp.7-12, March 6-8, 2013,
Kitakyushu, Japan.
[44] 鈴木智也,金炅屋,高寺政行:織物の曲面形成能の評価
法, 繊 維 学 会 予 稿 集 2014,69(1),CD-ROM,1C02,
2014 年 6 月 11 日 -13 日,タワーホール船堀.
[45] KyoungOk Kim, Tsuyoshi Otani1 and Masayuki Takatera:
The Effect of Sewing and Ironing Techniques on the Threedimensional Shape of High-end Jackets, Proceedings of
Aachen Dresden International Textile Conference, P38,
pp.1-6, November 28-29, 2013, Aachen, Germany.
[46] KyoungOk Kim and Masayuki Takatera: Effect of
Techniques in Clothing Manufacturing on Appearance of
High-End Jackets, Proceedings of 14th AUTEX World
Textile Conference CD-ROM, P31, pp.1-6, May 26 to 28,
2014, Bursa, Turkey.
[47] 金炅屋,大谷毅,高寺政行:立体化技術がイタリア製ジャ
ケットのシルエットに及ぼす影響,第 15 回日本感性工学
会大会,予稿集 CD-ROM,B44,2013 年 9 月 5 日 -7 日,
東京女子大学.
[48] KyoungOk Kim, Sho Sonehara and Masayuki Takatera:
Quantitative Assessment Of Jackets Appearances With
Bonding Adhesive Interlinings Using Two-Dimensional
And Three-Dimensional Analysis, International Journal of
Affective Engineering, 12(2), pp.177-183, 2013.
[49] 金炅屋,高寺政行:曲げとせん断剛性を考慮した接着芯
地の選択方法,繊維学会予稿集 2013,68(1),CD-ROM,
2G17,東京,2013/6/12-14.
[50] KyoungOk Kim, Shigeru Inui and Masayuki Takatera:
Bending rigidity of laminated fabric taking into account the
neutral axes of components, Text. Res. J., 83(2), pp.160-170,
2013.
[51] Kyoung Ok Kim and Masayuki Takatera: Effects of Adhesive
Agent on Shear Stiffness of Fabrics Bonded with Adhesive
Interlining, Journal of Fiber Bioengineering and Informatics,
5(2), pp.151-162, 2012.
[52] 柳田佳子:GAP 商品に見る設計品質とその背景,第 14 回
日本感性工学会年次大会,東京電機大学,2012/8/31.
以下は OEM 先の製造工程をテーマにしたものであるが,紙幅
の関係で本文では扱わなかった.
[53] 正田康博,大谷毅:ステイリスタの 1 次設計を商品化する
イタリアの CMT 工程(1)−アパレルメーカーの場合,
東レ経営研究所,繊維トレンド,80,pp.89-96,2010/01.
[54] 大谷毅,正田康博:ステイリスタの 1 次設計を商品化する
イタリアの CMT 工程(2)−ファブリカの場合,東レ経営
研究所,繊維トレンド,81,pp.50-57,2010/03.
[55] 正田康博,大谷毅:ミラノ ・ トリノで見たラグジュアリー
ブランド“プレタポルテ”の生産工程について,東レ経営
研究所,繊維トレンド,78,2009/09.
08:1 次設計以前の問題と国際プレゼンス
[56] 大谷毅:ミラノ“プレタポルデ”コレクションに至るステ
イリスタのクリエーション,東レ経営研究所,繊維トレ
ンド,79,2009/11.
[57] 矢野海児,大谷毅:パリメゾン P の設計製造過程と東京
進出 −百貨店 A とのライセンス契約でパリとおなじもの
ができるのか−,東レ経営研究所,繊維トレンド,83,
pp.37-44,2010/07.
[58] 鈴木明,大谷毅:バリ・メソン P の設計製造過程(2)−工レ
ガンスという情報の服飾造形による表現,東レ経営研究
所,繊維トレンド,84,2010/09.
[59] 大谷毅:ラグジュアリーブランドの本場,ヨーロッパで日
本アパレルを売るには,東レ経営研究所,繊維トレンド,
75,2009/03.
09:テキスタイル設計問題とメゾン営業
[60] 矢 野 海 児,大 谷 毅: ク チ ュ ー ル メ ゾ ン の テ キ ス タ イ ル
選択過程と繊維メーカーの販売促進,東レ経営研究所,
繊維トレンド,90,2011/09.
10:ファッション工学を標榜
[61] 大谷毅:国際化に向けた日本のファッションビジネスの経
営問題,東レ経営研究所,繊維トレンド,86,pp.64-72,
2011/01,
[62] 大谷毅:日本の大手アバレルがクチュール事業に参入し
て苦戦してきた背景,東レ経営研究所,繊維トレンド,
87,2011/03.
その他
[63] 大谷毅 ,菅原正博:Esmod の教育体系とファッションビ
ジネスの国際化,東レ経営研究所,繊維トレンド, 88,
pp.53-60,2011/05.
[64] 大谷毅,菅原正博:Esmod Paris のある実務家教授に師事
した留学生による上海 CMT 工場の起業,東レ経営研究
所,繊維トレンド,89,pp.73-78,2011/07.
[65] 藤本宏隆:生産マネジメント入門Ⅰ・Ⅱ,日本経済新聞社,
Ⅱ p.243 他,2001/06.
【科学研究費補助金】
本稿に直接関係するプロジェクト
○ 2010−2014 年度(基盤研究 A)23240100:大谷毅
「国際市場を前提としたファッションのマーケティング・
設計・製造過程と工学的体系化」
本稿と相互に関連するプロジェクト
○ 2012−2014 年度(基盤研究 S)24220012:高寺政行
「国際市場を前提とする服飾造形とテキスタイルの設計提案
に関する技術的経営的研究」
本稿に先行した科研プロジェクト
○ 2011−2013 年度(基盤研究 B)23300316:森川英明
「中世から近代にわたるアジア地域の生糸製糸技術に関する
工学的・社会学的研究」
○ 2008−2010 年度(基盤研究 A)20240067:大谷毅
「ファッションアパレルの設計・生産・マーケティングと
国際競争力強化に関する調査研究」
○ 2006−2007 年度(基盤研究 B)18300241:大谷毅
「シルクアパレル事業の日本におけるフィージビリティに関
する技術的経営的研究」
(2014 年 7 月 23 日受理)
481
感性工学 Vol.12 No.4
Abstract : In "Cool Japan," the government has been trying to promote
the internationalization of the fashion business by Japanese
companies as a national policy since 2005. The aim has mostly
failed, and only partially completed efforts have been confirmed.
Consequently, the presence of the Japanese fashion business
remains weak in the global fashion market. The purpose of this
paper is to explain the cause.
While the domestic fashion market has experienced rapid
growth over the 50 years following World War II, fashion
companies have not shown an interest in foreign markets.
Designers of ready-to-wear apparel have followed the fashion
styles of Paris and Milan. As long as fashion companies were
realizing growing revenues, top management of large-scale
fashion companies supported these trends. Top management did
not delegate significant discretion for designs to the chief of
design, and chief or creative directors had uncertain roles.
As a result, designers may have lost their creativity in a commercial
sense, and the chief of design is no longer responsible for sales.
Top management has given more priority to modelisme than
stylisme. Much interest was focused on mistakes in the product
details rather than customer profiles. Senior management understood that we had efficiently conducted our fashion business in
this manner.
It became impossible to assume the risk associated with international market expansion. In the 1990s, the price of the property
price in Tokyo decreased after collapse of the bubble economy.
It attracted the famous fashion houses of Europe to the burgeoning
commercial areas of Tokyo. On the other hand, Japanese entrepreneurs were unable to recover markets lost to the Europeans,
even by expanding into foreign markets.
Despotic leadership is necessary for the success of the fashion
business. As for the company form, possession and management
should be the same one. The entrepreneur should delegate the
necessary discretion to the chief of design. The chief’s discretion will depend on the decision premise, which precedes the
first stage of fashion design. The design of fashion clothing will
be added according to going through the manufacturing process.
The virtual "design chain" is determined by the chief of design.
The manufacturer of ready-to-wear is to "make to stock." If
nobody buy it, ready-to-wear would not exist, and the values are
not found. The defects are caused at the design of the first stage.
The cheif should owe its responsibility.
This business depends on the sensibility or affection of humans,
which is difficult to understand. However, the design chiefs of
the textile manufacturers have promoted abduction about the
decision premise of the chief designer at Maison. Therefore,
marketing activities are being conducted aggressively. The role
of a fashion designer of ready-to-wear clothing is different from
that of an artist.
From a large chaotic space, a "subset" is extracted. Subset is
action space that is shared by certain people. It is assumed that
a subset of these is represented by several people, model.
Therefore, the task of the chief gives silhouette in this model.
If we assume that the silhouette is supported by action space,
sellable products can be designed. Action space may exist
globally across the border. In many cases, global properties for
global markets are lurking among these.
482
著
者
紹
介
大谷 毅 (正会員)
1975 年 明治大学大院経営学研究科博士課程
単位取得退学.信州大学経済学部・繊維学部,
宮 城 大 学 事 業 構 想 学 部 各 教 授.2009年 信 州
大学名誉教授・研究特任教授.博士(学術),
ファッション事業研究に従事.
金 炅屋 (正会員)
2013 年 信 州 大 学 総 合 工 学 系 研 究 科 修 了,
博 士(工 学), 現 在 信州大学国際ファイバー
工学研究所助教,感性を考慮した繊維工学,
衣服工学,ファッション工学に関する研究に
従事.
髙橋 正人 (正会員)
東京工業大学大学院理工学研究科高分子工学
専攻博士課程修了博士(工学).東京都立大
学工学部工業化学科助手を経て信州大学繊維
学 部 感 性 工 学 課 程 准 教 授. 専 攻 高 分 子 材 料
学,シミュレーションを用いたリスク管理に
関する研究
乾 滋 (正会員)
1982 年 東京工業大学総合理工学研究科シス
テ ム 化 学 専 攻 博 士 課 程 修 了. 現 在 信 州 大 学
教 授, 博士(工学), 感性を考慮したテキス
タイル,衣服,製品の設計・評価への情報・
通信技術の応用に関する教育研究に従事.
森川 英明 (正会員)
1995 年 信州大学大学院博士課程修了,現在
信 州 大 学 教 授, 博 士( 工 学 ), 繊 維 工 学・
シルクサイエンスに関する教育研究に従事.
高寺 政行 (正会員)
1981 年 信州大学繊維学部卒,現在信州大学
先鋭領域融合研究群国際ファイバー工学研究
所長,教授,博士(工学),感性を考慮した
テキスタイル,衣服,製品の設計・評価に関
する教育研究に従事,2013 年 9 月より,日本
感性工学会会長.
ホームページ
この研究の詳細は,以下の URL を参照:
グローバルテキスタイル & モードビジネス(GTMB)研究会
http://gtmb.shinshu-u.ac.jp
または
http://gtmbgtmb.sakura.ne.jp
感性工学 Vol.12 No.4
日本のファッション事業と国際プレゼンス
査 読
本論文は日本感性工学会誌の特集記事(依頼原稿)である
が就任したときは,企業文化的ダメージが大きかった.
更にその後日銀出身の社長が赴任し,劇的に精神的文化的
が,著者の希望もあり一般の投稿論文と同様に査読に付した.
復活があり事業の黄金期を迎えた(80 ∼ 90 年代)
.組織とし
国際プレゼンスの高い日本の電機業界と自動車業界の製品
ては何も変更や改革がなく,企業の文化(=社長の世界観企
設計経験者から,本論文で描いたファッション業界(おも
業観)が劇的に変わることにより,組織運営がいわゆる,
にはパリ・ミラノメゾンとファストファッション)の設計
flat, fare, respect の方向へ変わった.企業としての理念,ブラ
がどう見えるかを話題とし査読者を選んだ.査読者と布川
ンドの理念,そして展開すべき商品への基本コンセプトが,
を交えた意見交換も行った.紙幅の関係で一部割愛した.
トップの責任として明確であれば銀行出身者といえどもかく
なお,自動車と電気製品のデザイン(設計)は機械 ・ 電気
の如きことが実現する.とすれば,このようなありようは
の設計ではなく,製品のスタイリング(おそらくは本論文
ファッションの業界でもまた可能ではなかろうか.このとき
でいう stylisme)を意味する旨,筆者(=投稿者)から連絡
竹川は事業部長として企画やデザインとともに設計主務者の
があった.文中敬称略,各査読者の略歴は稿末に記載した.
任を引き継いでいたと言える.これは自身が経験した一例に
(編集委員長兼本論文編集担当・布川博士)
過ぎないが,世には多くの委譲バージョンや組織運営が存在
すると考えるので,ファッション以外の業界でもこのような
【竹川亮三による指摘】
1:増える感性情報に反して企業組織は硬直化
例がいくらでもあるはずと思う.いかがであろうか.
例えば極端な例として,スマホのような製品は言ってみ
3:設計主務者と MOD(management of design)
「ファッション事業は going-concern でありベンチャー的
れば外部サービスを利用するための端末にすぎず,商品の
であり,電機業界のような大企業の企業官僚制とはなじま
価値はいかに効率よく自分の欲しい外部のサービスを享受
ない」のではという記述がある(p.448, 2-3-1).
できるかという利便性でありそれが商品力である.ところ
日本の電機メーカーのデザイン部門と商品企画部門,企画
でそのアーキテクチャやインタフェースのありかたを総合
責任者(本論文の設計主務者に該当)は,各部門のスタッフ
して考えられるのは,組織的には商品企画なのか,設計な
と協働して,その商品の企画目標やデザインの整合性を,
のか,デザインなのか.本論文でいうところの設計主務者
その商品が顧客の手元に届く最後の段階まで保つため,開発
はだれかということである.
のプロセスの全工程(≒修理 ・ サービスを含む)に関与し,
開発開始時点にマーケティング(含む宣伝,広告,マスコ
ライン(命令する立場)として総合的なマネジメントを行っ
ミ対策)を含む全員で共有・確認された企画趣旨,工程中に
てきた.この業務は感性と工学をつなぐマネジメント領域
歪むことなく,いかに再びそのターゲット顧客まで商品とし
である.工学的能力に加え,その商品のポジションをライ
て戻せるかということである.モノだけを丸裸で一人歩きさ
フスタイルのなかで理解する.感性インテリジェンスが主
せるのではなくて,いかにそのモノに委託された想いや文化
導する領域である.この場合の最重要活動は,電機企業と
や行動などをひとまとめにして,最終的に当初に設定された
言えども,初期の企画目標(= 1 次設計)以前の情報収集
情報の束として顧客まで伝えられるかが重要である.
にある.これは本論文(p.460, 5-2-1)にある通りである.
本論文での「ファッションは感性情報の分量が多いので,
この情報収集活動に後工程のスタッフも参加する.これ
電機のように企業官僚制では開発設計が出来ない」という
により,初期に設定される企画コンセプトの意味が初期段
観点には少しなじまない感があるが,むしろ 80 ∼ 90 年代の
階 で 非 記 述 的 に 共 有 さ れ る. た と え ば, 商 品 企 画 部 長,
組織的な柔軟さを,その後経営改革と称して削り落とした
プロダクトマネジャー,プロジェクトマネジャー,ファン
ことにより,かえって組織が硬直化(官僚制の弊害の復活)
クショナルチーム長,場合によってはデザインマネジャー
した.ないしはそのサイクルに入ったと感じている.著者
などが設計主務者としての責任を負う.初期目標達成のた
はこの点をどう考えであろうか.
めの全工程にわたるマネジメント(= MOD)は,ファッショ
2:企業官僚制と企業文化または創業者文化の継承
ン業界のような垂直統合的でない産業構造でも有効である
竹川はオーディオ専業という趣味性と感性的価値の強い
と考える.ファッション業界にそのような試みの意思はあ
企業にいた.入社から 10 年ほどは創業者=経営者が健在
るのかどうか.一方で,分業と統制(=企業官僚制)をも
(60 年代後半),竹川は海外商品企画責任者であった.開発
ちながら,MOD 的な柔軟さを併せ持つことを可能にする努
プロセスでの創業者の存在位置は,まさに本論文で述べら
力は,ファッション業界でもなされてきたとおもう.まさ
れている設計主務者そのものであり,竹川はいってみれば
に企業官僚制と設計主務者・創業者的個性の両立(ないし
モデリスト & それ以降の工程代表という立場だった.
その可能性)を論ずる必要がある.どう思うか.
企業としての理念,ブランドの理念,そして展開すべき
4:商品企画開発サイクル
商品への基本コンセプトのオリエンテーションは創業者の
確かにファッションのサイクルは忙しそうだが,AV など
ものである.彼らと現場を繋ぐ調整は就業時間だけでは足
でも大半は一年単位,なかには半年のライフサイクルで回
りずよく自宅まで訪問した.デジタル路線に乗り遅れ彼ら
す量販品も多い.年間のスケジュールには,クリスマスと
が去った後に,ファンド的な経費カットだけの再建屋社長
正 月 の 商 戦 の ピ ー ク と, 秋 か ら 年 始 の 主 展 示 会(日 本 の
483
感性工学 Vol.12 No.4
CEATEC,欧州の IFA Berlin,USA の CES)を照準に入れた
に販社設置または契約代理店によるセールスプロモーショ
新商品開発 ・ 導入が組み込まれる.そして誰にも頼まれな
ン.このような単純は図式ではある.各市場の細部の要求を
い商品を,見込みで作っているのもファッションと大差は
満足させるため,多くの派生商品を製造した.70 年代は竹
ない.サプライヤーと一緒に刺激しあい励ましあい,競争
川もヨーロッパ現地法人販社で商品企画 & マーケティング
と協創をして可能になった.
責任者であったが,ここではオフイスにいるよりも,随時ヨー
たとえば毎年,カスタム部品が発生する半導体企業や,
ロッパ各国の販売店や代理店の訪問調査を実施し市場状況把
メカニズム製造企業などの数十社の主たる協力企業とは,
握に努めた.欧州各販社や代理店の社長 ・ 企画担当との合同
中短期(1 ∼ 3 年先)の企画案を紹介し,協力の可能性を確認
会議(年 4 回)
,日本での世界会議(年 2 回)に出席し,現地
しあう為に,それぞれの事業責任者(役員)と重要スタッフ
MOD を通して双方向で情報の授受を充実する.自社が全世
が出席する会議を毎年定例的に行っていた.カスタムメードの
界を対象にして,ターゲット市場としたい共通の価値観・行
開発には多くのスタッフと期間(2 ∼ 3 年)を要する.同じよ
動パターン・行動空間をもつある集団が決まれば,次には世
うに主たる取引先のマーチャンダイザーとも,企業秘密ギリ
界でそれをどのように攻略していくのか.その中長期の戦略
ギリの情報を開示して,発注を安定させるのに多くの時間を
の組み立てのステップに入れる.
使った.そしてこのすべてに設計主務者は MOD の主宰者と
これが竹川がイメージする国際プレゼンス増強のイメー
なってきた.
ファッション業界ではどのようなのであろうか.
ジであるが,本論文からは日本のファッション業界では,
5:「後工程依存型の製品設計」(p.477, 10-1-2)
本論文 p.477 に「ファッション衣料の設計は設計過程を経
こういった組織的な往来が不活発である印象を持つ.さら
に実態の調査を展開していただきたい.
るごとに設計情報が追加される」とあり,さらに,しかもこ
の設計チェーンには製造工程も含まれる旨の記述 がある.
【和田精二による指摘】
20 年近く前,シリコンバレーで IT ソフト設計の社長と話し
電気製品の国際プレゼンスの強さが論文中で何度も強調
たことがある.彼らは日本の大手プロバイダーや通信業者や
されている.私の電機業界デザイン部門時代の経験から考
メーカーの仕事を請負う.米国の会社は,製品開発において
えられる原因等を参考まで記し査読に代える.
市場のユーザー調査を徹底的に行い,多くの時間と費用を詳
1:日本の電気製品に国際競争力があったのは,戦後の官
細なシチュエーション設定とそれを前提にした仕様つくりに
民一体のデザイン振興運動のおかげも大きい.産業工芸試験
かける.開発開始後の仕様変更は少なく,品質安定が早いの
所による海外著名デザイナーの招聘(昭和 31 年から 14 年間)
で結果的に経費が少ない.日本ではその逆で,仕様の絞り込み
や留学生派遣制度(昭和 30 年から 8 回)
,日本生産性本部の
に時間をかけないでスタートするので,動き出してからの仕様
海外デザイン視察(3 回)等々で始まり,高度成長時代には
変更が非常に多く,結果的に開発経費が膨らみ期間も伸びる.
企業内デザイン部門でもデザイナーの頻繁な海外出張,海外
契約に多くの条件を付けて契約書が厚くなって困っている.
駐在員制度,外国人デザイナーの国内デザイン部門での雇
「電機は製造の出発点において完全な設計を前提としてい
用,海外デザイン会社へのデザイン発注等を積極的に展開し
る」という指摘は正しい.しかし,その背景には,電機と
た.こうした経験を通じて海外デザイナーに対峙できる実力
言えども企画前の調査に時間をかけること,それを初期に
と対等意識を育成していった.
スタッフが共有し進行中に何十も出る設計変更や修正を,
2:ファッション事業と対比されるのは電気製品の中でも
コンカレントに確認し合った初期コンセプトの許容範囲内
家電製品であるが,家電製品には黒物と白物がある.日本
に収めるための MOD がある.途中で新規の解釈を加える
が海外メーカーに勝てたのはグローバルテイストが通じた
という事ではないことに言及しておきたい.このあたりも
黒物家電(音響や映像)で,ローカルテイストの白物家電で
ファッション工学の基本問題であるにちがいない.
はない.量産効果による価格力を武器に技術,営業,デザ
6:国際プレゼンスについて
AV 機器も,当初から海外市場で認められたわけではない.
欧米のモデルのコピーから始めた.最初の海外大市場は米軍
インによって世界市場を席巻した音響製品が国際プレゼン
ス と い う 視 点 か ら の 成 功 事 例 と な る. 音 響 製 品 の 場 合 は
日本のデザインがグローバルテイストとして通用したが,
の PX 市場(日本他各国に駐留)
,ベトナム戦争では国内市場
CRT 型 TV や白物家電は家具的要素や生活文化的要素が強
より PX 市場が大きかった.欧米輸出はまだ少くベトナム戦
いため,現地メーカーに容易に勝てなかった.
争終結後の販売落ちをカバーするため,欧州や米国への販売
3:家電製品の国際競争力が強かったのは,熾烈な国内競
に力を入れた(70 年中頃以降)
.しかし,経営トップは強い
争で勝つことに加えて海外市場でも勝つことを強いられた
意志をもって,世界の顧客の行動を的確に把握しようとし,
ため,企業内で関連部門が有効に組織化されていたことが
頻繁な現地販売店とのコミュニケーションを取り,常に国際
考えられる.企画・マーケティング・設計・製造・営業・
的な最前線の課題を自ら吸収しようとした.日本本社・日本
デザイン等の総合力によるところが大きいが,社内におけ
資本にこだわり,①現地高級品に挑み市場シェアの拡大と成
る海外部門の存在感と権威も極めて大きかった.
長,②海外市場に居を据え現場で連続した調査企画と開発計
4:高度成長時代には年 3 回のモデルチェンジを強いられ
画を実施,③日本で設計生産資材調達,④輸出強化,⑤現地
る製品(音響製品)も登場したが,この時代のデザイン部門
484
感性工学 Vol.12 No.4
日本のファッション事業と国際プレゼンス
では突出した個性的なデザイナーよりも役割を確実に果た
を い か に ビ ジ ネ ス に 活 用 さ せ る か が 問 わ れ て い る. 特 に
すデザイナーの方が企業貢献度も高かった.ひたすらモデ
ファッション業界においては,電機業界のように一つのブ
ルチェンジを繰り返し,物量で海外市場を拡大していった
ランドで商品ラインアップのハイエンドからローエンドま
感が強い.効率化が優先される一方で品質管理が疎かにな
で揃えるわけではないので主設計者のデザインコンセプト
る傾向も現れていたのもこの時代である.
の一貫性の幅(デザインでいえばテースト)をビジネスに
5:以上は家電製品が強かった時代の話である.強い技術
於いて戦略的にコントロールする能力(プロデュース力)
力に支えられて来た家電が低迷し,一部の機種でアップルや
が,重視されなければならない.選択肢が狭いなかで確実
サムソンの後塵を拝しているのは技術への過信もあるが,市場
にビジネスにつなげる戦略=家電でいうデリバティブモデ
戦略を読み違えた経営層の問題の方が大きいように思える.
ル(派生モデル)戦略が展開できる能力を持ったアトリエ
6:以上の諸点を,日本のファッション業界と対比すること
で,新たな知見が生まれるかもしれない.
機能も,日本では必要ではないか.
4:ファッションデザインにおける意思決定の時間と空間
についても論点がほしい.2 年先行した素材開発から,展示
【河原林桂一郎による指摘】
会やショーを通じて予測と精度向上を目指したプロセスが
日本のファッション業界は,電機や自動車業界の国際プレ
あるが,デザイナーのコミットが上流過程からできるのか,
ゼンスとの比較でいえば,プロダクトとプロセスの両面での
反対にデザイン決定を市場投入ぎりぎりの下流過程までで
イノベーションの相対的不足が感じられる.これは企画,
きるのかも重要な要素である.工業製品の場合は,要素技
設計から販売にいたる段階における MOD(デザインのマネ
術,要素部品開発から製品の作り込み(熟成)に至る全行程
ジメント)に由来する一面もあるように思われる.本論文は,
にデザイナーがコミットするほど,良い商品=売れる商品
日本のファッション商品で国際市場に通じる商品がないのは
が生まれやすい.電機業界では最近,ハードだけでなくソフ
なぜかを主題に,多岐に亘る調査,分析に基づき,ファッショ
トやサービスを含めたデザイン活動がデザイナーに要求さ
ン工学による解決を提起している.グローバルなオペレー
れているが,ファッション業界では,専業化されており,
ションが先行している電機業界の視点でファッション業界の
こうしたライフスタイルやコンテクストに関わるデザイン
国際化を俯瞰してコメントする.
提案をするデザイナーのポジションがないのではないだろ
1:ファッション産業という感性依存度の高い分野と機能
がより重視される工業製品分野との差はあるにせよ,デザイ
うか.インハウスデザイナーが育っていない,重視されて
いないのも一つの理由ではないだろうか.
ンによって製品に情報価値や記号的意味をもたらして顧客の
5:電機業界におけるデザイン評価は,企画段階から商談
非言語コミュニケーションにコミットするアビリティは共通
の場との連動性が高く,顧客,量販店のバイヤーなどへの
である.こうした非機能性の許容閾値の意図的コントロール
ヒアリングとフィードバックは徹底している.ビジネスと直
(適正露出化)こそ感性商品におけるマネジメントで最重要
結するこうしたプロセスは,デザイナーにとってはストレ
視しなければいけないが,日本のファッション業界に於いて
スが多いのは当然だが,必然でもある.ただ,そのタッチ
は,そうした感性のマネジメントを遂行する機能や組織,
ポイントは,何重にも組まれているので顧客の言いなりの
プロセスが経営者も企業官僚にも十分に発揮できていなかっ
ノンポリシーとは異なり,最終判断は企業の経営判断とな
たのではないか.こうした部分にも言及して欲しかった.
る.意見は聞き参考にするが,その通りにはしないのが鉄
2:尤もこうした反省は,近年の電機産業にも共通である
則である.ここがデザインのマネジメントの上で重要なの
といえる.グローバル化は先行したものの商品設計における
である.その意思決定をできるマネジメント能力こそデザ
過剰品質,過剰機能など新興国市場への対応で後塵を拝しつ
インとビジネスを結びつけるポイントであると考える.
つあるのが現状である.顧客の行動様式のグローバル化と
6:更に言及すれば,ファッション業界におけるジャーナ
ローカル化という二律背反の命題にきめ細かく対応できる
リズムが,作品志向のデザイナーに焦点を当てすぎている
マーケティング力や開発能力とそれに同期したデザイン力を
のではないだろうか.デザインが関係する業界では,ビジ
70 ∼ 90 年代の日本の電機産業は持ち得た.多くの失敗経験
ネスとのバランスで評価することや顧客にとってのライフ
を経て学習したことは,海外進出の相手先(パートナー)の
スタイルなどに目配りしたジャーナリズムがないと産業は
ニーズを素早く実現させるために現地情報を組織的に入手,
振 興 で き な い. コ ン テ ク ス ト デ ザ イ ン(文 脈 性 を 考 え た
分析し商品開発にフィードバックすることであった.その
デザイン)の視点が,業界にもジャーナリズムにも共通の
後,バブル期を経て集中と選択という大義により,こうした
プラットフォームとして必要であると思われる.デザイン
非効率,先行投資的活動は,切り捨てられ高付加価値路線に
ランゲージやボキャブラリーが共有でき,視覚化できるこ
転換し,少ない国内市場の中でパイを争い合った結果が,
とはデザインにとって重要なことである.こうした共通言
ガラパゴス化した商品を生む結果となった.
語化への努力も業界(企業)としてされても良いと考える.
3:今,デザイン思考をビジネスで生かそうという試みが,
その意味でメゾン系のファッション業界の発信力は,その
世界的になされているが,デザイナーの思考パターン(アブ
時期に相応しいアイコンとなっているように思える.それ
ダクションに代表される仮説構築や将来への洞察力)手法
がブランド力なのであろう.
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感性工学 Vol.12 No.4
7:ファッション工学の視点からもデザインにおける情報
りすぎるためか,商品計画の方から「こういうのもどうか」
価値,記号的意味は,視覚面だけでなく,商品の持つメッセー
と提案があっても,デザイナーの方が保守的になり「そうい
ジ力(イメージを結びつける情報)との関係などを通じて
うのは無理だ」となりがちだ.
今後,更に論じる必要もあるように思われる.
8:日本のファッション事業の国際化は正に進行中であ
り,グローバルな競争に勝ち抜くために戦略的デザインの
10:1 つの商品について知りすぎるよりは,むしろ雑学が
重要である.いろんなことをしているということが,意表
を突くアイデアを出すきっかけになる.
マネジメントが,今こそ必要である.本論文の提起した問
11:電機製品であっても,ファッション製品と似たような
題は,大きな意義があるのでファッションビジネス関係者
流通事情にある分野では,製品設計(スタイリング)のやり
による検討,活用が大いに望まれる.
方が似てくるかもしれない.そうなると互いに参考になる
ことがあるのではないか.この論文に描かれた範囲でファッ
【川口光男による指摘】
大手電機製造会社での業務経験を中心に,電機業界の設計
(スタイリング)事情を話題提供して問題提起し査読に代える.
ションデザインを見る限りでは,電機業界では組織全体を
動かして設計(スタイリング)を進めている感じがする.
12:デザインか役員にも見せるべきだと考える.それは
1:本部(全事業部)=デザインを作る,現場(商品企画)
必ずしも役員が実質的に決定すべきだという意味では無
= デ ザ イ ン を 使 う, 両 方 の 立 場 を 広 報 を 含 め 経 験 し た.
い.対営業・対技術部門でパワーが必要になる時もあるの
商品企画とは白物家電や家庭用業務用の空調,太陽光発電
で,常日頃から商品を通じてデザインの現場を社長に知っ
な ど の 新 事 業 分 野 を 含 ん で い た. 市 場 は 日 本 と ア ジ ア.
てもらう.デザイン部門の責任者は社長と直接話せる立場
中国は大きな市場だった.
に あ っ た ほ う が よ い. ま さ に, こ の 論 文 に あ る よ う に,
2:2000 年ごろまでのアジア市場は日本国内のモデルチェ
分業と統制,分権と集権,裁量権の問題である.
ンジする商品(旧商品)を輸出していたが, 今 は様変わり.
13:ときには売れない商品が出ることがある.売れない原
彼らは始終日本に来るので新しいモデルを知っている.
因は,スタイリングの問題もあるが,それだけではなく,営業
また雑誌をよく見ている.今は,基本的には外国に会社を
上の問題すなわち売り方の問題や,あるいは技術上の問題で
作って外国で企画設計して外国で販売する.
売れないこともある.競合他社がどの時点で新しい商品をぶ
3:ローカライズは商品によって異なる.一般的な製品は
現地企画の現地生産,高級品は日本で企画したものを輸出
(ノックダウンを含む)する.
つけてくるかにも大きく影響受ける.発売後の 2 ∼ 3 週間か,
あるいは 1ヶ月間で実績を出すということも重要である.
4:現地企画に日本からの出向者による指導がほとんどな
14:白物家電の業界でも外国製品が強い例がある.例えば
ダイソンの掃除機.ISO 基準が綿ゴミ(靴を脱いで部屋に入
い.育てるという方向だ.時折現地の企画担当者を日本に呼
る習慣)ではなく砂のゴミある(靴を履いたまま部屋に入る
んで研修する.その方が効率が良い.ただし日本で研修を受
習慣)なので,日本の製品開発には遅れがあった.そういう
けると現地では結構なステータスになるので,競合他社から
言い訳はともかくとして,ダイソンの掃除機の方が「かっこ
の引き抜きがあるから,彼らの給与を上げる必要があった.
いい」「よく吸い取る」と理解するお客もたくさんいる.
5:「水」関連分野は,家庭用のポンプからから公共工事の
15:日本の電機メーカーの技術をもってすれば,この程
上下水道システムまで扱えるという強みがあった.ある種
度の商品はできるはずなのだが,持っている技術が製品に
の垂直統合である.ある時期に効率が悪いと言われた垂直
結びつかない.この点については研究者からもよく指摘さ
統合であるが,基幹技術(開示しない技術)を使ってカスタ
れるけれども,研究者には,どうしてそういうことになっ
ム化するというビジネスは非常に強みなる.
てしまうについて,明快に説明することを求めてみたい.
6:部品は日本から送るケース(ノックダウン)もある.
し か し, 現 地 調 達 率 は 関 税 に 跳 ね 返 る こ と も あ る の で,
所定の規格にあったもの現地で探すことも多い.
7:白物家電ではロットの大きさが量販店との取引にも密
接な関係を及ぼす.
【服部守悦による指摘】
自動車のデザイナーとして,本論文で描いたファッション
衣料の設計がどう見えるかをテーマにコメントする.一部,
河原林の指摘を含む.
8:商品の種類によって担当期間は変わる.耐用年数の長
1:自動車の場合は,型費が高い,できるだけ共通部品を
い商品については,クライアントの信用を得るためにも担当
使う,工場の稼働率を平準化させる等々理由から,大量生
する期間が長くなる.しかし白物家電では担当商品を数年単
産が基本である.したがってグローバル機種では,最初か
位で変えていく.「新しいアイディア」が必要になるからだ.
ら世界で競争することが前提となる.得意なところに絞っ
9:デザイン部門と商品計画部門は時折コンフリクトな状
て後は OEM に任せるという考え方も出てはいるが,大メー
況になる.デザイナーはこれがイケるといっても,商品計
カーでは,フルラインナップを持ち,工場をいかにフル稼
画は今売れてるものはそのような商品ではない批判する.
働させるかの方がテーマである.
その逆の場合もある.新しさを提案するべきデザイナーで
2:仕向け国の法規や仕様に合わせることが必要なので,
あっても,同一商品の担当年数が長くなると商品について知
ローカライズの考え方は徹底している.在庫品や仕掛品が
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感性工学 Vol.12 No.4
日本のファッション事業と国際プレゼンス
国際間を移動することがない.1 つの仕様で製造した製品を
いろいろな国で売ることはできない.ファッションとは違
14:大きな組織の中でデザインしていく場合は,5 年から
10 年先の先行デザインをモデル化して,上層部にプレゼン
うかもしれない.
しておくことが必要である.ブランドを表現するためのテー
3:自動車も使って初めて価値がでる製品なので,形を決
マそのものが大切になってくる.
めていくときには,例えば運転している女の子が可愛く見
15:模倣(ミメーシス)は有効である.参考とする事物を
えるようにというような配慮もしながら,形を決めていく.
無 意 識 に 求 め て い る. 建 築 家 は コ ピ ー で 進 化 し て い る.
論文にあるように,行動空間におけるスタイリングは自動
いい仕事をして 1 年間好きにさせてもらい(させて),そし
車の設計の場合も設計作業に含まれる.
てまたいい仕事をする(させる).
4:顧客が日本人であるのかあるいはインド人であるのか
16:白物家電のライフサイクルは 4 年くらい.軽自動車も
によって,車の前の方と後ろのほうの表情を変えていく.
同じぐらい,ファッション衣料よりは長い.アパレルメー
基本の造形は変えないけれども,嗜好に合わせて,部分的
カーの QR は携電が該当するかもしれない.立ち上がりで
に変えていく.人種の違いもあるが,ライフスタイルの違
かなりの量を消化する.白物や軽自動車の業界でも,事実
いを考えて設計する.
上発売後 3 か月∼半年でピークになる例もある.デザイン
5:海外での販売を計画的に考える.昔は,日本で生産終
的にバリエーションを付してライフサイクルを長くする.
了した型をインドや中国へ持って行って生産しても売れた
17:デザイナーの考えるデザインは営業と一緒ではない.
が,今では情報社会で皆良く知っているので通用しない.
営業は現場をまわって他社製品の長所と販売員から店頭の
現地が独自に企画,設計する場合もある.ローカライズの
ナマの声を聴取して,いいとこ取り商品を安く(=大量に)
考え方である.
作れと迫ってくる.うのみにできない場合もある.役員が
6:日本では新車に少々の疵があると売れない.しかし若
い世代は変わってきているかもしれない.
MD 役になる.役員がどちらの案を採用するか,あるいはど
う扱うかは微妙である.
7:日本でスタインウエィと同じ材料,製法でピアノを
18:儲からなくてもその会社のアイデンティティになる製
作っても同じ音は出ない.これは職人と工人の差にあると
品も必要になる.それが全体の売上を伸ばすからだ.デザイ
いわれる.量産の限界であろう.
ナーは製品のポートフォリオに大いなる関心をもつべきだ.
8:シートのファブリックは 2 年先まで予測して決める.
シートファブリックメーカーが,自動車メーカーより出さ
れた次期モデルのコンセプトにもとづき,流行とクライア
ント(自動車メーカー)の好みを考慮して提案する.これに
対して,なるほどとかちょっと違うとか内々では感じるが,
その時点で決定的なことは言えない.
9:クルマのスタイリング決めるときに,いろいろな人の意見
を聞いて取り入れていけば,おのずから平凡なクルマになっ
ていく.社内に市場のニーズとの適合性を評価するグループ
を持つメーカーもあるが,いわば 70 点のクルマができる.
販売実績もそのような経過をたどるだろうけれども,ある程
度の普及を見ると売れ方が鈍ってくる.デザインに特徴を持
たせたいクルマを作るときは,海外に外注することもある.
10: イ ン ハ ウ ス デ ザ イ ナ の 定 義 と は 会 社 と 雇 用 契 約 の
関係にあるデザイナーのことである.委託契約では無い.
本当に新しいモノを生み出せるデザイナーというのは 10 人
に 1 人程度だろうか.基本デザインが採用されるのは 30 年
勤めて 2 回か 3 回あればいいほうだ.
11:リーダーだけでは設計は進まない.アシスタントと
いうフォローも必要だ. またクルマ全体ではなく 例 え ば
グリルやホイールなどの部品を担当する者も必要である.
12:デザインにかかるコストは売上と対比される.デザ
インの評価はディーラーの指摘と密接な関係がある.デザイ
ナー自身が市場を回り,常に現場の声を聴く.非常に厳し
いコメントがつくこともある.
13:デザインにおける「絵」の問題は,建築家が描く「絵」
とよく似ている.
【査読者】
竹川 亮三:
関大工卒,
(有)シンカデザイン代表取締役,元ケンウッドデザイン
(株)
社長
和田 精二:
千葉大工卒,
(公社)かながわデザイン機構理事長,元湘南工科大教
授,元三菱電機(株)デザイン研究所長,博士(学術)
河原林 桂一郎:
UC Berkeley 環境デザイン大学院修了,静岡文化芸術大名誉教授,
元(株)東芝デザインセンター長
川口 光男:
九芸工大卒,元日立(株)デザイン本部長,元日立アプライアンス
(株)
取締役商品計画本部長
服部 守悦:
武蔵野美大卒,静岡文化芸術大准教授,元スズキ(株)四輪デザ
イン部長
著者(大谷)からのメモ
多くの示唆は今後の議論に付すとし,若干の備忘を記す.
1:製品設計(プロダクトデザイン)の過程は,本来は商品の
コンセプトに拠るにせよ,多くが商品の流通事情(ないしそこ
に端を発する商品属性)に規定されると推察した.
2:ファッション製品の設計過程の特徴は,工業製品の延長
に位置付けた方が明確になると考えた.
3:日本の電機製品も自動車は面白い製品造りを苦手とする
が,必ずしもデザイナーの問題ではなさそうだ.
4:企業官僚制の語法は多少の行違いがみられたので調整した.
5:後工程依存の解釈(例竹川 5)に誤解を感じるが,指摘内
容は別の意味で興味深い.
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