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著作権法とは どのような法律か
学 上法 講 座 誌 新連載 第 1 著作権法を知ろう ― 著作権法入門・基礎力養成講座 回 野田 幸裕 Noda Yukihiro 著作権法とは どのような法律か 弁護士、弁理士 N&S 法律知財事務所設立所長。著作権法・商標法等の知的財産関連のビジネスコンサル・契約・訴訟等が専門。 前東京都知的財産総合センター法律相談員、一般社団法人日本商品化権協会正会員等。講演・著作等多数。 そこで、自らが他人の著作権を侵害しないよ はじめに う、また自らの著作物の権利を正しく保護でき 現代はインターネットや IT 技術が飛躍的に発 るよう、本連載を通じて著作権法の概要を説明 展しております。投稿動画が SNS で一気に拡散 したいと考えております。そのため本稿も学問 するなど通信技術の発達は、従前なら情報の受 的に著作権法を究めるというものではなく、気 け手でしかなかった人々がさほどの費用をかけ 軽に入門的な読み物としました。ただそうは ずに簡単に情報の送り手となる環境をもたらし いっても著作権法のルールの基本は条文であり、 ました。また IT 技術によるコンテンツのデジタ 条文の隙間を埋めるものは判例です。紙幅の許 ル化とインターネットによるネットワーク化は、 す限りできるだけ丁寧にこれらを紹介していき 一度デジタルコンテンツがインターネット上に ます。条文は少々退屈で取っつきにくいもので アップされれば、 立ち所に世界中を駆けめぐり、 あるかとは思いますが、本文中でそのまま読め 容易に複製・拡散され、その情報はアナログコ るように配置しておりますので、どうか読み飛 ンテンツとは異なり半永久的に消滅しません。 ばさずにお付き合いください。なお条文と判例 このような現代社会では、人々は他者が発信し を詳しく知りたい方は無償で閲覧できるサイト た文字や図画、映像、音楽などさまざまなコンテ として下記のものがありますので是非ご参照下 ンツに日常的に接するだけでなく、自らもその さい。 ようなコンテンツの創作の主体と成り得ます。 http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi (法令データ検索) http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/search1(判例データ検索) ところが人々は膨大なコンテンツの潮流に身 を置きながら、あるコンテンツがそもそも著作 著作権法の全体構造 物といえるものなのか、仮に著作物であるとし てそのコンテンツにどのような権利が発生し、ど そもそも著作権法という法律はどのような構 のような条件があればこれを利用できるのか、 造になっているのでしょうか? 著作権法 (以下、 著作物の利用について著作権者から許諾を受け 法) を章立てで順次見ていきましょう。 るためにはどのような権利処理が必要か、万一、 第1章では、法全体に関する 「通則」 を規定し 著作権を侵害した場合、どのような責任を負う ていますが、第1条では法の目的が 「 (著作物等 のかなどといった疑問について、さほど法的知 の)文化的所産の公正な利用に留意しつつ」 「著 識を持ち合わせないままコンテンツを取り扱っ 作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展 ているようにも見受けられます。 に寄与すること」 にあるとしています。つまり、 2016.4 国民生活 39 誌上法学講座 著作権の保護が目的ではありますが、著作権は 条) 、名誉回復措置 (法 115 条)などが規定され 権利の独占を許すものなので逆に文化の発展を ています。最後に第8章 (法 119 条以下) として 阻害しかねない側面があります。そこで、著作 著作権等を侵害した場合の刑事責任に関する罰 物の公正な利用という範囲で権利を制限しつつ 則が規定されています。 著作権の保護を果たそうとしています。また、 本稿でも概ねこの順序で説明して参ります。 通則では主な用語の定義 (法2条) 、 適用範囲 (法 6条以下)等が規定されています。 著作権侵害訴訟の 具体的イメージ 第2章では「著作者の権利」 が規定されていま す。本章では、はじめに著作権の対象となる著作 物とは何かについて著作物を例示し (法10条) 、 以上が条文からみた著作権法ですが、これだ その他の代表的著作物の形態として二次的著作 けでは具体的なイメージが伝わりにくいので、 物 (法 11 条) ・編集著作物 (法 12 条) を規定して 下記設例で考えてみましょう。 います。次にそのような著作物の主体である著 ●設例 作者とは誰かについて、著作者の推定規定 (法 X は、写真家で動物を被写体とするのが得意 14 条)を設け、法人や使用者が著作者となる場 であるが、写真だけで生活するのは厳しく、副 合として職務著作物(法 15 条)を規定しており 業として生徒から授業料を取り、プロの写真技 ます。また原則的には著作者と著作権者とは同 術を教える写真教室を経営していた。その生徒 一人物ですが、例外的に両者が異なる場合とし の1人 Y は近い将来、 「猫カフェ」を経営しよう て映画の著作物の著作者(法 16 条)が規定され と考えており、写真を上手に撮影できるように ています。また著作権は経済的権利であるのに なって写真を猫カフェの宣伝に利用しようと思 対し、著作権に関する一身専属的な人格権とし い、X の写真教室に通っていた。 て公表権・氏名表示権・同一性保持権という3 ある日の講座で、X が写真教室で撮影した猫 種の人格権を著作者人格権(法 18 条以下)とし の写真で、X の写真教室のパンフレットにも使 て規定しています。そして経済的権利である著 用している写真を撮影例の1つの作品として示 作権はいわば諸々の権利の束を表現する用語で し、その写真 A を写真教室の Y を含む生徒全員 すが、その束を構成する複製権など1つ1つの に教材用資料としてデジタルデータで提供した。 具体的な著作権の支分権(法 21 条以下)につい Y は後日、開業した猫カフェで自分が撮影した てその権利の内容等を規定しています。 猫の写真とともに、猫カフェの広告宣伝写真と もろもろ 第3章では出版権 (法 79 条以下) 、第4章は してこの写真 A を Y のウェブページにアップす 著作物を実演する役者や演奏家等の実演家の権 るとともに猫カフェの来場会員に無償で配布す 利、著作物の伝達等に関与するレコード製作者 るパンフレットにも写真 A を掲載していた。X および放送事業者の権利をまとめて 「著作隣接 は猫好きの他の生徒から Y が写真 A を使用して 権」 (法 89 条以下) として規定しています。第7 いることを聞き、直ちにウェブページとパンフ 章ではこれら著作権等の権利が侵害された場合 レットでの使用を止めるよう Y に警告した。し の効果について権利侵害の章として規定されて かし Y は X からデータ提供された際に 「自由に います。著作権等が侵害された場合の差止請求 使用してよい」との黙示の使用許諾があったと (法 112 条)、みなし侵害行為 (法 113 条)、損 言い、仮に使用許諾が無いとしても少なくとも 害賠償請求に関する損害額の推定規定(法 114 パンフレットでの写真 A の使用は、猫カフェ会 2016.4 国民生活 40 誌上法学講座 員(会員数 30 名)に限り無償で配布したもので (③)。また X はプロの写真家としてその写真の あって私的使用のための複製であるから違法で 著作権使用許諾料につきインターネットでの利 はないとしてパンフレットでの使用をやめよう 用なら1点○円、写真としての展示利用の場合 としない。 なら1点○円の使用料を求めており、Y のウェ そこで X は写真 A の使用差止めと損害賠償を ブページおよびパンフレットでの写真 A の使用 求めて訴えることにした。 料相当額は最低でも金○円を下らない」 (④)と ●X の主張 主張立証するわけです。 ●Y の主張 X が差止請求(法 112 条1項) を訴訟で主張す るためには、①原告 X がその写真 A の著作権者 これに対し Y は、⑤ X からの使用許諾があっ であること ②被告 Y がその著作権(複製権・公 たこと ⑥猫カフェのパンフレットへの掲載は私 衆送信権)を侵害する行為をしたこと ③差止め 的使用のための複製 (法 30 条)であることを抗 の必要性があることを請求原因事実として主張 弁として争うことになります。 立証する必要があります。また X が損害賠償請 まず⑤について、 「X は Y がその著作権を侵害 求を訴訟で主張するためには、上記①②のほか する行為をした (②)と主張するが、X は Y を含 に ④被告 Y の故意または過失 ⑤被告 Y の行為 む生徒全員に写真 A をデータ提供した以上、少 により X に損害が発生したことを主張立証する なくとも黙示で自由に使用してよいことを承諾 必要があります。具体的には X は Y に対し、以 した」 という主張です。 下のような事実を主張立証して差止めと損害賠 次に⑥については、 「仮に Y が X から個別の許 償を求めることになります。 諾を受けないまま勝手に写真 A をパンフレット 「写真 A は著作物性がある作品であり、平成 に掲載しても私的使用の複製に該当するので ○年○月○日、X が猫を写真撮影して創作した (法 30 条)X の承諾を得ずとも複製権侵害にはな ものである(①)。Y は X が写真教室で生徒に提 らない」 との主張です。法 30 条ではその著作物 示した写真 A に依拠して、Y のウェブページお が 「個人的又は家庭内その他これに準ずる限ら よび Y が経営する猫カフェのパンフレットに写 れた範囲内において使用することを目的とする 真 A をデッドコピー(そのまま丸写しする意) ときは、 (中略) その使用する者が複製すること する方法で、写真 A と同一の写真を有形的に再 ができる」 と規定していますので、Y は猫カフェ 製してウェブページおよびパンフレット上に複 のパンフレットへの写真 A の複製が私的使用の 製し、ウェブページをアップロードして公開し ための複製であることの立証に成功すればこの 公衆送信した(②)。X は Y に対し著作権侵害を 範囲では違法とはならないわけです。 警告したが、Y は黙示の使用許諾があった、少 ●争点 なくとも猫カフェのパンフレットへの掲載は私 さて X と Y のどちらに軍配が上がるでしょ 的使用のための複製であり違法性はないなどと うか。 して削除に応じようとはせず侵害の事実を争う 争点は Y の⑤⑥の抗弁の成否にかかります。 ので差止請求を求める必要性がある (③) 。また 設例の 「撮影例の1つの作品として示し、その Y は警告後も写真 A の使用をやめず (故意) 、少 写真 A を写真教室の Y を含む生徒全員に教材用 なくとも警告により著作権侵害のおそれがある 資料としてデジタルデータで提供した」 という ことを認識し得る可能性があり認識すべきであ X のデータ提供の合理的趣旨をどう見るかとい るにもかかわらず注意義務を懈 怠 (過失)した うことが抗弁⑤の成否のポイントでしょう。あ け たい 2016.4 国民生活 41 誌上法学講座 くまで X の本業はプロの写真家であること、写 猫カフェでの使用も含め自由に利用してよいと 真 A の提供の目的が写真教室の教材用であり他 の理解ならば、もともとY の通学動機が猫カフェ の転用を認めるような特段の事情がなければ黙 経営のための写真撮影技術の習得にあるので、 示での使用許諾は認められない方向に働きそう X から許諾料条件付きでも 「許諾します」という です。 一筆をもらっておけばよかったと思います。逆 また⑥の私的使用のための複製の抗弁ですが に X は教材が目的外使用されないよう入会規約 (法 30 条)、もともと私的使用限りで複製権の や入会契約書に教材の権利が X に帰属すること 制限を認めた趣旨は家庭等の私的領域における を明記し、いかなる理由によろうとも生徒 Y は 複製行為は把握することは困難ですし、このよ 許可なく複製や公衆送信などの行為をしてはな うな私的領域で複製が行われても権利者に与え らないなど禁止条項を記載しておけばよかった る影響は比較的軽微であるため著作権を制限す と思います。また少なくとも Y に相応の著作権 る趣旨にあります。この立法趣旨に加え 「個人 法の知識があれば訴訟沙汰にならずに済んだと 的」 「家庭内」という例示からすれば 「これに準ず 思います。 る限られた範囲」とは、複製される数が比較的 さて、次回からは設例の Y のようにならない 少数であること、家族に準じるような人的結合 ためにも著作権法の正しい法律知識の習得のた の比較的密接な関係が認められる範囲であるこ め 「そもそも著作権の認められるべき著作物と と、「個人的又は家庭的」 範囲での使用に準じる は何か」という著作物性から勉強していくこと ことから非営利的目的であるなどの制限がある にしましょう。 ものと考えてよいと思われます。 すると会員 30 名の会員制が比較的少数とい えるか、密接な関係が認められる範囲か、パン フレット自体は無償で交付されるものであって もこのような Y の利用が非営利的利用といえる かどうかがポイントになりそうです。すると会 員制といっても勧誘により徐々に数は増えるこ とが想定されており、猫カフェというのは猫好 き・猫による癒しを求める人に有料で猫と遊べ るサービスを提供する営利的事業であり、パン フレットもそのための宣伝ツールの1つである ことからすれば、私的使用の要件は満たさない ように思われます。 ●結論 訴訟になれば X は勝訴する可能性が高そうで す。しかし、つまらない争いです。なぜなら X は勝訴して留飲は下がるかもしれませんが費用 対効果は釣り合いませんし、Y にも何も得ると ころはないからです。 ではどうすべきだったでしょうか。Y が X は 2016.4 国民生活 42