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白檀とチーズは,天竺の香り?

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白檀とチーズは,天竺の香り?
日本史とのつながりで授業をおもしろく! 舶来品 からいざなう世界史
白檀とチーズは,天竺の香り?
∼1400年前の世界と日本∼
大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎 笹川裕史
もよばれ,今も教会では祈りの際にたかれている。
1 はじめに
本稿は,香木および乳製品と日本とのかかわり
《展開》
を切り口とした,古代東アジア世界の学習に挿入
「栴檀は双葉より芳し」の意味を問う。
せんだん
する授業案(1時間)である。ここまで先史時代
栴檀は,芽を出した頃からよい香りがある。す
や東アジア文明の成立をタテに追いかけてきた生
ぐれた人物は幼少期から人なみはずれてすぐれた
徒に,世界史のさまざまなつながりに気づかせ,
ところがあるというたとえである。さて,ここで
あらためて興味関心を喚起することをねらう。授
いう栴檀とは,白檀の中国名で,東アジアで好ま
業は,生徒への発問を軸に組み立てた。
れた香木である。原産地はインドだが,インドネ
シアやオーストラリアなどでも産出する。ひかえ
2 香木と日本とのかかわり
めな甘さをふくんだやさしい香りが生まれるまで
《導入》
50年以上かかるという。白檀は加熱しなくても芳
メシア(キリスト)の本来の意味は?
香を放つので仏像や仏具,扇子の骨や小箱などの
メシアとは「油を塗られた者」の意味である。
材料とされてきた。また線香の原料としては白檀
古代イスラエルでは,祭司や王の就任に際して,
が最も一般的である。
香料を混ぜた油(香油)を塗る習慣があった。
香料の歴史は古代インドにさかのぼる。煙から
ふん
じん こう
沈香という香木がある。
「沈」という文字が使わ
においを楽しむ焚香料,油脂や脂肪分をはだに塗
れている理由は?
る化粧料,飲食物に加えて食欲を高める香辛料な
沈香とは,ベトナム・タイ・インドネシアなど東
ど,その種類や用途は時代や地域で異なったが,
南アジアの特定の地域に生育する樹木に傷がつき,
西は液体,東は固体を中心に香料文化は発達した。
樹木内部に入った真菌類が樹液に作用してできた
オリエントの香油は地中海世界に伝わり,中世
芳香物質のかたまりである。これが水に沈むこと
ヨーロッパでは香料の原料を蒸留して精油をつ
から沈水香木,略して沈香とよばれた。沈香は日
くった。またハーブも蒸留し医療に使うように
照・気温・湿度・土壌などの諸条件が積み重なっ
なった。アロマテラピーである。こういった文化
て奇跡的に生まれる。沈香のなかでも最高の香り
を基盤に18∼19世紀にフランスを中心に香水が誕
がする伽羅は極めて高価で,乱伐されたため,現在
生する。
ではワシントン条約の希少品目に指定されている。
もつやく
西方では,液体でない香料(没薬と乳香)も使
漢代に香料がもたらされた中国では,南北朝以
われていた。殺菌作用のある没薬は鎮痛薬として
降より積極的に香料が求められた。南海貿易が最
も使用されたが,古代エジプトでは遺体の防腐処
も盛大であった宋∼元代には,輸入品の大部分が
理に用いられた。ミイラの語源は没薬(ミルラ)
香料・薬品となった。北宋期の朝貢貿易の記録か
だという説もある。また乳香は「マリアの涙」と
らは,占城・三仏斉・大食が主要交易国であり,沈
世界史のしおり 2015①
−2−
香と乳香が大量に輸入されていた。
「清明上河図」
11.6kg)。足利義政や織田信長など,時の権力者
には「劉家上色沈檀楝」
という看板の香料店が描か
がこの一部を切り取ったのは有名な話である。
れ,庶民も広く香を楽しんでいたことがわかる。
3 乳製品と日本とのかかわり
《導入》
紀元前後の頃に最も多く摂取されていた乳製品は
何か?
牛乳という答えが多いかもしれない。しかし生
乳は冷蔵しなければ数日で,暑ければ数時間で
腐ってしまう。また適切にパッキングしなければ
運べない。これらをふまえ,保存がきき運搬にも
便利なチーズを正解とする。チーズづくりに関し
〈図1〉
『明解 世界史A』p.22
ては紀元前3500年頃までさかのぼるなど諸説ある
(〈図1〉を見せて)法隆寺に伝わった白檀の原木
が,ここでは紀元前12∼13世紀の有名な民話を紹
には何が刻まれているのだろうか?
介する。
約20cmの刻銘は,ササン朝時代のパフラヴィー
「アラビアの商人が乾燥した羊の胃袋でつ
文字で「ボーフトーイ」という人名である。原木
くった水筒に山羊乳を入れ,ラクダに乗って砂
には「ニーム=シール」
(二分の一シール。シール
漠を横断する旅に出かけました。一日の旅を終
は重さおよび貨幣の単位)というソグド文字の焼
えて水筒をあけると,中は透明な水と白いやわ
印もある。この白檀の原産地から日本への輸送に
らかなかたまりになっていました。食べてみる
は,イラン系商人がかかわっていたと推測される。
と,すばらしい風味でした。」
平安時代の貴族たちは,
『源氏物語』にみられ
この話から,チーズの原料乳には牛乳のほかに
るように自己表現の手段として香(薫物)を用い
山羊乳があることがわかる。また羊乳や馬乳から
ていた。一方,武士たちも香を兜にたきしめて出
もチーズはつくられている。民話では羊の胃袋に
陣をした。やがて武士たちは,香木そのものに執
付着していたレンネットとよばれる凝乳酵素に
着を抱き,海外からの入手にいそしんだ。こうし
よってチーズができているが,ほかにもさまざま
て公家と武家の香文化が融合し,室町時代の東山
な凝乳法そして熟成法がある。チーズ(乳製品)
文化の頃には芸道としての香道が確立した。
といえばヨーロッパのものというイメージが強い
東大寺正倉院には,蘭奢待とよばれる沈香(伽
が,アジアを含めると,世界全体では1000種にも
羅)の原木が収蔵されている(長さ156cm,重さ
及ぶ種々さまざまなチーズが食されている。
らんじゃたい
フランス
モンゴル
西アジア
インド
〈図2〉チーズ文化の伝播
(齊藤忠夫・堂迫俊一他編
『現代チーズ学』ほかより作成)
チーズ文化の発祥地・熟成地
−3−
世界史のしおり 2015①
日本でチーズが大量消費されるようになった時期
《展開》
日本に乳製品が入ってきた時代は「飛鳥・鎌倉・
は「幕末の開国・鹿鳴館時代・大正デモクラシー・
戦国・明治」のいつだろうか?
終戦後」のいつだろうか?
正解は飛鳥時代である。6世紀中頃に渡来した
正解は終戦後である。チーズを初めとする乳製
呉の国の医師が牛乳の知識を伝えたとされている。
品は,明治時代に再登場した。1900年,函館のト
そして彼の子孫が,7世紀中頃に孝徳天皇に牛乳
ラピスト修道院がチーズを製造・販売している。
を献じている。乳製品の導入に朝廷は熱心に取り
しかし日本社会全体にチーズが普及するのは,
組み,7世紀後半には「乳の戸」という朝廷御用
1948年に学校給食へのチーズ導入後である。栄養
達の酪農家を定めるほどであった。
バランスのよいプロセスチーズは,その後,永ら
当時の文献には「酥(蘇)
」という文字がよく
く日本のチーズ文化を支えることとなった。
そ
出てくる。詳細は不明だが,牛乳を十分の一に加
4 整理
熱濃縮し,ある程度の水分を含んだものであろう。
これが日本でのチーズの原型と考えられている。
白檀とチーズが日本に伝えられたのは,ある宗教
と関連している。その宗教は?
正解は仏教である。ブッダが説法をした際には
華と香りが虚空からおり,香炉がひとりでに動き
まわり諸仏をたたえたという話がある。香をたく
ことによる功徳が強調されているのである。
仏教には乳製品に関することも多い。苦行を中
断したブッダが,村娘スジャータから乳がゆを与
ね
えられ心身をいやしたという話は有名である。涅
はん
槃の境地とは,乳製品の精製過程(五段階)でた
〈図3〉
『明解世界史図説エスカリエ 七訂版』巻末
とえるなら,乳→酪→生酥→熟酥の次の醍醐,す
鎌倉時代に乳製品が消えてしまった理由は?
なわち最高のものにあたると記した経典もある。
平安時代,乳製品は庶民の生活とは無縁の官牧
5 おわりに
で生産され,朝廷・貴族階級の独占物となってい
た。ところが朝廷権力が衰え,酥を献納する必要
仏教伝来というと,抽象的な教義だけが伝わっ
がなくなってくる。官牧も武士が支配するように
てきたという印象を抱く生徒も多い。しかし実際
なったが,彼らが乳製品を貴重なたんぱく質源と
は経典(文字・文具)
・寺院(建築)
・仏具(工芸)
・
して認識しなかったため,その需要がなくなって
儀礼(衣装)などさまざまなモノ,そして技術体
いった。さらに軍事面で牛よりも馬の飼育・利用
系が導入されている。白檀とチーズの伝来にも,
を重んじた結果,酪農・乳製品の文化が断絶した。
そのような背景があったことを強調しておきたい。
【参考文献】
13∼14世紀にユーラシア大陸を支配したモンゴ
ル人たちが遠征時に重用した食料は何?
モンゴル兵は一人につき馬5∼6頭を有して移
動した。その際,彼らは,ボルツとよばれる干し
肉とチーズのような保存食を携行した。栄養満点
の軽食がモンゴル兵の機動力を保障したのである。
稲坂良弘『香と日本人』(角川文庫,2011年)
松原睦『香の文化史─日本における沈香需要の歴史─』
(雄
山閣,2012年)
山田憲太郎『香料の道』(中公新書,1977年)
鴇田文三郎『チーズのきた道』(講談社学術文庫,2010年)
A・ドルビー 久村典子訳『チーズの歴史 5000年の味わ
い豊かな物語』(ブルース・インターアクションズ,2011年)
齊藤忠夫・堂迫俊一他編『現代チーズ学』(食品資材研究会,
2008年)
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